メタデータ 言語:出版者:琉球大学人文社会学部・琉球大学大学院法務研究科公開日: 2020-06-08キーワード (Ja):キーワード (En):作成者: 戸谷, 義治メールアドレス:所属: URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/46071
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保育園運営主体の変更に伴う事業譲渡と雇用契約の帰趨 : 社会福祉法人佳徳会事件
メタデータ | 言語: 出版者: 琉球大学人文社会学部・琉球大学大学院法務研究科公開日: 2020-06-08 キーワード (Ja):キーワード (En):作成者: xx, xxメールアドレス: 所属: |
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米軍北部訓練場の刑事特別法 2 条違反事件に関する意見書(xxxx)
《判例研究》
保育園運営主体の変更に伴う事業譲渡と雇用契約の帰趨
-- 社会福祉法人佳徳会事件 --
x x x x
Ⅰ 事案の概要
被告Y(社会福祉法人佳徳会)は、認可保育園Aを運営する社会福祉法人である。
原告Xは、平成 16 年に保育士の国家資格を取得し、平成 24 年頃から訴外特定非営利活動法人Zが当時設置していたAにおいてボランティアとして活動を始め、平成 26 年1月から保育士として採用されて稼働していた者である。
Zは子供の健全育成を図る活動等を目的として設立された非営利活動法人であり、その代表理事はCであって、平成 24 年2月にAを開園、その後平成 28 年3月末を以て保育園事業を閉鎖しAの運営から撤退している。
Zが運営していた当時のAには園児 36 名が通園し、保育士としてXを含めて 11 名が勤務していた。Aは当初は認可外保育所であったが、平成 28 年3月に熊本県から認可を受けて認可保育園となった。同年4月には園児 60 名、
保育士 13 名となっていた。Aの園長はCが務め、ほかに事務長Sが勤務して いた。なお、Yの設立及びAの認可の前後でAの運営主体が変更されているが、 YZ間に事業譲渡契約は締結されていおらず、また対価の支払いなどもなされ ていない。Aの所在地や電話番号などは変更されていなかった。
財政状況が逼迫していたZは、Yを設立して事業の一部を移管することを計画し、平成 27 年にYの設立が認可された。Yの理事長にはXが就任した。
Aは訴外国立療養所Bの敷地内にある旧看護学校の土地・建物を借り受けた 上でZが改修し使用していたところ、BはYに対して、その設立が認可された 場合にはAの用地を引き続き賃貸することを確約する確約書を交付しているが、結局新たな賃貸借契約は締結せず、Zととの契約が継続された。
平成 27 年 12 月4日、Xは全職員に対して「社会福祉法人への事業移管に
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伴う説明資料」を配付し、平成 28 年4月1日から保育園の運営主体が社会x x法人に変更されること、勤務継続を希望する職員については平成 28 年1月 末までに面談を実施することなどを説明し、身上調書の提出などを指示した。説明資料には法人概要や職員の雇用形態、今後の予定などが記載されていたが、試用期間や有期雇用に関する事項は何ら記載されておらず、また説明や書面で の明示もなされなかった。
原告も身上調書を提出して勤務継続を希望したが、平成 28 年2月の面談において、Cから、Xの健康上の理由により4月以降は採用できないとし、退職するように告げられた。
Xは他の保育士らとともに地域労組である訴外労働組合Lに加入して解雇の撤回などを求める団体交渉を申し入れた。
これに対してYは、Xを同年3月末で整理解雇とすること、同年4月1日に希望する雇用形態で新規採用すること、採用後は全員に試用期間を付すこと、試用期間中に考課を行い双方合意の上でその後の待遇を決定することなどを回答した。
同月 30 日、XはYに服務規律を遵守することなどを内容とする誓約書を提出し、さらに同年5月、労働条件通知書に署名押印した。それまで、特に契約期間についてYから説明はなされていなかったが、通知書には契約期間について平成 28 年4月1日から平成 29 年3月 31 日までと記載されていた。
同年6月 29 日、Yは試用期間後に本採用しないことを理由としてXを解雇する意思を表示し、同日中にXに到達した。これに対してXが解雇の無効などを主張して訴えを提起したところ、Yは同年 11 月、準備書面により懲戒解雇及び普通解雇の意思を表示した。さらに、平成 29 年4月4日、Yは準備書面により懲戒解雇及び普通解雇の意思を表示した。Yは解雇の事実を園児や保護者も目にする玄関前の職員一覧掲示板に掲示した。
Xは、同年6月までにA事務室内の施錠されたキャビネットから無断で入所児童の名前、生年月日、住所、入退所日などの個人情報が記載されたものを含む資料またはそのコピーを持ち出して持ち帰り、同年9月にはそれを携帯電話で撮影した上、これをxx市役所にメールで送信した。これにより同市役所子育て支援課にC及びSが呼び出され、平成 24 年から 27 年までの収支の精査
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などをせざるを得ない事態に陥った。
以上の事案において、Xが雇用契約上の地位の確認のほか精神的苦痛を生じたことなどによる損害賠償等を求めたのが本件である。
Ⅱ 判旨(見出しは筆者)
一部認容・一部棄却
1 保育園事業移転の法的性質(1)
「被告は本件NPO法人から改修後の旧園舎という資産,補助金交付に係る事務報告,Bにおける保育施設の運営事業者としての地位及び本件賃貸借契約の借主としての地位を引き継いでおり,これは有機的一体としての保育事業の譲渡が行われたものといえる。したがって,被告は本件NPO法人から旧保育園に係る事業について譲渡されたものと認められる。」
「本件NPO法人と被告との間で事業譲渡があったからといって,当然に従前の雇用契約が被告に承継されるものではなく,従前の雇用契約が被告に承継されているか否かは,本件NPO法人と被告との間で雇用契約の承継について特別の合意がされているか否かで判断することになる。」
「被告と本件NPO法人との間で,雇用契約の承継まで行うとの合意があったとは認定できない。」
2 保育園事業移転の法的性質(2)
「被告と本件NPO法人は代表理事と理事が相互に共通しており,旧保育園と本件保育園の経営陣はほぼ同一である。また,……本件NPO法人は何らの対価関係もなく保育事業を被告に譲渡しており,Bも被告と本件NPO法人との関係を実質的に同一事業者と認識し,被告に対し新たな公募手続きを行わずに運営事業者としての貸付けを継続していることからすると,本件NPO法人と被告は実質的に同一事業者であるものといえる。」
「法人格を否認する要件である,法人格の濫用目的や法人格の形骸化について主張,立証する必要があるが,原告はこの点について何らの主張をしておらず,前記認定の事実関係においてもこれらの事実を認めることはできない。」
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3 使用期間設定の合理性
「原告は,……試用期間の定めについて認識の上,誓約書を記載したものと認められる。したがって,原告と被告との間には,試用期間の定めについての合意がなかったものとは認定できない。」
「もっとも,試用期間の定めが有効とされる理由は,雇用契約において,採否決定の当初は労働者の適格性の有無について必要な調査を行い適切な判定資料を十分に収集できないため,後日の調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨で一定の合理的な期間解約権を留保する試用期間を定めることが合理的である点にある。
本件においては,……被告は,本件NPO法人から旧保育園に係る事業の譲 渡を受けたものと認められ,原告は,事業譲渡を受けた本件保育園において 保育士として被告に雇用されたものである。そして,原告は,本件NPO法人 に平成 26 年1月から雇用され,本件NPO法人との雇用関係に基づいて,旧 保育園の保育士として2年以上勤務している。また,……本件NPO法人と被 告との間では代表理事と理事が相互に共通しており,旧保育園と本件保育園の 園長はいずれも被告代表者であり,運営体制も従前の体制とほぼ変わりはなく,保育事業の譲渡も無償で行われる等,保育事業の点においては,実質的に同一 の事業者であると認められる。したがって,被告は,原告を雇用するにあたり,原告の保育士としての適格性を判断するための情報は十分に把握していたもの といえ,原告と被告との雇用関係において,使用者の解約権を留保するための 試用期間を定める合理性はない。」
4 留保解約権行使の有効性
「被告が原告との試用期間満了により留保解約権の行使として原告を解雇することは,本件NPO法人において無効な解雇を,被告において有効な解雇として転換することに他ならず,試用期間制度を濫用するものといわざるを得ない。したがって,被告が留保された解約権の行使として原告を解雇することは試用期間制度の濫用であって認められ〔ない〕」
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5 契約期間設定の有無
「原告と被告との雇用経緯に照らすと,原告と被告との間で成立した雇用契約は期間の定めのない雇用契約であり,本件労働条件通知書記載の内容は原告と被告との雇用契約を期間の定めのある雇用契約へと変更させる労働契約の内容の変更にあたる。」
「労働契約の内容である労働条件は,労働者と使用者との個別の合意によって変更することが可能である(労働契約法8条)が,使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており,自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく,当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そして,その同意の有無については,当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷平成 28 年2月 19 日判決・民集 70 巻2号 123 頁参照)。」
「原告が本件労働条件通知書へ署名した行為は,原告の自由な意思に基づい てされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえない。したがって,原告と被告との雇用契約を期間の定めのある雇用契約へと変更す ることに原告の合意があったとは認められない。」
6 解雇の有効性
各解雇については被告の主張する事実が存在しないか、存在しても社会通念上合理的ではない。
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7 損害賠償
「本件労働組合から平成 28 年3月 28 日付で,原告らを3か月の試用期間中 に退職に追い込むことを目的としたパワーハラスメントが行われており,直ち にこれらを中止するように申し入れが行われ,同年6月 20 日にも違法な試用 期間満了による解雇を行わないように申し入れが行われているにもかかわらず,平成 28 年4月1日以降に続いた一部の保護者による苦情の申入れに原告が関 与したとの憶測の下に,解雇事由の有無について原告に聞き取り調査を行う等 の調査を尽くすことなく第1解雇を行っている。このような被告の態様には著 しい過失があり,被告は,不法行為に基づき違法な解雇により原告に生じた損 害について賠償する義務を負う。」
「違法な解雇が不法行為を構成する場合,同違法な解雇により侵害されるのは,原告の賃金請求権という財産上の請求権であり,その侵害行為によって権利者が被った財産上の損害がてん補されれば,権利者の精神的苦痛も同時に慰藉されるものである。しかしながら,本件においては,前記認定のとおり,原告は本件労働組合による労使交渉の結果,被告に雇用されたにもかかわらず,わずか6か月で被告の意思に反して解雇され,その解雇の態様も体調不良で欠勤していた原告の自宅に被告代表者及びZ 23 が訪れて解雇の通知をし,さらに,園児や保護者の目に触れる場所である本件保育園の玄関に貼ってある職員一覧に「原告は6月 30 日付で解雇されました。」と記載して張り出す等、合理性を欠く悪質な態様である。原告が,このような被告の行動により,B内にある本件保育園で保育士として勤務するという希望を絶たれ,長期間不安定な地位に置かれている状況を踏まえると,原告の精神的苦痛を慰藉するには賃金請求権での補てんを除いても,30 万円が相当と認められる。」
Ⅲ 検討
結論には賛成
はじめに
本件は、保育園に勤務する保育士について、保育園運営主体の変更に際してなされた雇用終了の有効性が争われた事案である。
判決は、変更の前後の運営主体について観察し、役員などの人的体制や、第
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三者との間での法的関係の処理を見ればいずれも同一の事業主体であるとした上で、原告労働者は引き続き保育園に雇用されているとした。
また、運営主体(使用者)の変更に伴って、試用期間を付したとの主張については、試用期間を付すことを正当化する理由を示した上で、事業主体の同一性からすればそもそも試用期間を付す合理性がなく、留保解約権行使は権利濫用であるとした。
さらに使用者は有期雇用契約の期間満了についても主張したが、原被告間の労働契約は無期契約として成立しており、有期契約に変更する合意は一応存在するものの、自由な意思に基づいてなされたものと認める合理的な理由が客観的に存在しないとして、結果的に合意はなく、よって無期契約として継続していると判断した。
本件使用者の行動は、経営主体の変更から労働契約の移転、一部労働者の雇用終了までその全ての過程で漏れなく杜撰であり、雇用契約上の地位確認を認めた裁判所の判断は結論において妥当と言える。
しかし、一方で前使用者であるNPOと現使用者である福祉法人が別法人であって、両者間に事業譲渡があったという前提で労働契約の承継や雇用期間設定の議論をし、他方でNPOと福祉法人は同一だという前提で試用期間及び留保解約権行使の問題を判断しており、NPO、福祉法人、労働者三者の法律関係をどのように捉えているのかについては混乱があるように思われる。
本稿では、三者関係を整理した上で、事業移転における労働契約の承継及び労働条件設定の在り方について若干の検討をすることとしたい。
1 事業譲渡
事業譲渡とは、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または一部を譲渡し、これによつて譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ、法律上当然に同法二五条* 1 に定める競業避止義務を負う結果を伴うもの」をいう* 2。
*1 商法25 条(当時)。現行商法16 条(平成17 年7 月26日法律第87 号の商法改正による)。
*2 寿興業事件(最大判昭 41. 2. 23 判時 438 号 50 頁)。
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保育園事業の全体がZからYに譲渡されているとすれば、これが事業譲渡にあたる可能性がある。
Zは特定非営利活動法人であるところ、特定非営利活動促進法には事業譲渡に関する規程は一切存在しない。ただし、「特定非営利活動法人の業務は、定款で理事その他の役員に委任したものを除き、すべて社員総会の決議によって行う。」(同法 14 条の5)とされていることから、事業譲渡についても当然に
社員総会の決議を要するものと思われる* 3。
本件の場合、社員総会が開かれた形跡がなく、さらに判決でもYZ間で事業譲渡契約が締結されていないとしている。そうすると、譲渡側においても何ら手続がとられず、当事者間にも何の意思表示も契約もないという状況でなお事業譲渡があったと言いうるかについては一定の疑問も残る。
労働者保護の観点からは、両使用者間に何らかの法律関係を認めることが好ましく、また本件の事実関係からも継続性が認められるためにこのような判断に至ったものと思われるが、後述の通り、事案の解決に本当に必要であったかについては疑問である。
実際にも病院事業の事例では、区医師会が運営していた総合病院が経営不振により閉鎖されることとなった際に、日本大学がその土地建物を借り受けて病院事業を再開した際に、新病院において不採用となった看護師らが、自
らの労働契約の承継を主張して労働契約上の地位確認を求めた事案 *4 にお
いて、裁判所は「営業譲渡の場合における雇用関係は、譲渡当事者の合意の有無・内容にかかわらず、労働者が希望し且つ全部又は一分の承継を排除すべき合理的理由がない場合には、当然に承継されるもので、雇用関係を承継する旨の明示の合意は必要でなく、まして、本件のような経営者の交代による事業廃止の場合には、旧経営者が労働者全員を解雇したかどうかは関係がない。この場合の解雇は、事務手続を明確にさせるためのもので、新
*3 株式会社の事業譲渡の場合には株主総会の特別決議が必要であるのに対して、財団法人の場合は社員総会すら開く必要がなく、評議員会の決議で足りる。特別決議を要するか否かは、保護すべき利益との関係で政策的に定められる問題であって、特別の規定を持たないNPOについては過半数の決議で足りると考えられる。
*4 日本大学付属練馬光が丘病院事件(東京地決平3. 12. 9労判 600 号 47 頁)。
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経営者による事業からの排除まで意味するものではないからである。旧経営者が労働者全員を解雇した上で営業を譲渡し新経営者が営業譲渡を受けるのと同時に雇用関係を承継するということは十分に成り立つ考えである。」としつつ、そもそも医療行為に連続性があるからと言って、営業譲渡に関する合意が何らなされていない以上、営業譲渡(事業譲渡)があったとは認められず、旧病院の閉鎖と新病院の開設に過ぎないとして、請求を却下している * 5。
2 事業譲渡と労働契約承継
本件の事業の移行が事業譲渡であるとして、原告らの労働契約上の地位は承継されたと言えるであろうか。
労働契約承継法はあらゆる事業再編に適用されるような誤解を与える名称で あるが、正式名称が「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」である ことからわかるとおり、会社分割の場合に限定して労働契約の帰趨を定める法 律である。そして、この労働契約承継法のほかには、企業の組織改編にともなっ て労働契約をいかに扱うべきかについて特別に定めた法律は日本に存在しない。
それでは、事業譲渡の場面においては、当該事業に従事していた労働者はどのように扱われるであろうか。
この点、かつては済生会事件*6が「経済的には、経営組織が包括的に新経
営主体に承継せられるのであるから、法律的にも、旧使用者との労働関係がそ のまま新使用者に包括的に当然承継せられたとみるのが相当である。」とする ように、当然に譲受企業に労働契約関係も移転すると考える裁判例も見られる。播磨鉄鋼解雇事件*7はより詳しく「労働契約関係は、個別的債権法的性格と
ともに組織法的性格をも有するものであつて、この特質にかんがみるときは、雇傭契約に関する規定や債権法的私法原理は労働契約には全面的には妥当せず、修正ないし排除されねばならないものが在するといわざるをえない。企業譲渡 と労働契約の帰すうの問題もこれに属する。営業は主観的観察においては商人
*5 日本大学事件(東京地判平9. 2. 19 労判 712 号6頁)も、病院経営の連続性は認めつつ、事業譲渡は否定した。
*6 東京地判昭 25. 7. 6 労民集1巻4号 646 頁。
*7 大阪高判昭 38. 3. 26 判時 341 号 37 頁。
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の継続的な営利活動を意味するが、客観的に観察すると、商人の一定の営業の ための組織的一体としての機能的財産であり、現代の企業においては、この組 織化された機能的財産は、これに企業に組み入れられた労働者の労力が結合し て、一体的な有機的組織体を構成している。企業からこの労働力を切り離すと きは、その一体的有機性は破壊される。企業に従属する労働者は、特定の企業 所有者あるいは企業経営者に対して労働を提供するというよりは、むしろ企業 自体に奉仕する人格的存在である。」として、当然に承継されるものとしている。
これに対して、両備バス不採用事件 *8のように「営業譲渡の場合には、営
業組織体即ち営業財産、得意先、営業の秘訣などが一個の債権契約で移転し得るも営業財産を構成する各債権債務については個別的に権利の移転又は債務の引受を要するものと考えられるから、ひとり雇用関係についてのみ当然に承継すると解することはできない。」とするのが現在の通説と言える * 9。
労働契約承継法のように労働契約の承継方法について定める法律が存在しないことから、民法 645 条1項の定める労働契約法上の債権譲渡に際しての労働者の同意を排除することはできず、そのため当然承継を肯定することは困難である。すなわち、まずは事業の譲渡人・譲受人間で譲渡人・労働者間の労務受領債権を譲受人に譲渡することを合意した上で、当該譲渡について労働者の合意を得るという過程が必要になる。
本件判決も譲渡人・譲受人間で労働者の承継について約定があることを要するとするが、通説に沿った解釈と言える。
ただし、タジマヤ(解雇)事件 *10が「被告が訴外会社に在籍した従業員全
員を雇用していることからすると、譲渡の対象となる営業にはこれら従業員と の雇用契約をも含むものとして営業譲渡がなされたことを推認することがで きる。」とするように、事案によっては、黙示の承継合意を認める余地がある。本件の場合、全従業員に対して説明資料を配付して説明を行い、実際にも多く
*8 岡山地判昭 30. 1. 29 労民集6巻1号 30 頁。
*9 xxxx「企業変動・企業倒産と労働契約」(日本労働法学会編『講座労働法の再生第2巻−労働契約の理論』(日本評論社・平成 29 年)267 頁。ほかに、東京日新学園事件(東京高判平 17. 7. 13 労判 899 号 19 頁)。
*10 大阪地判平 11. 12. 8労判 777 号 25 頁。
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の保育士が従前と同様に勤務していることからすれば、契約承継を推認することもありうる解決であったように思われる。
なお、本件の場合、承継に関する合意はおろか、xxの事業譲渡に関する合 意すら明確には結ばれていない(上記の通り事業譲渡としての体をなしている かどうかさえ疑問が残る)。そのため、労働契約の承継についてどのような合 意があった・なかったと言うことを議論することは困難とも言えるが、いちお う被告法人側は、譲渡人たるNPOとの雇用契約を終了(整理解雇)させた上で、新規に譲受人法人で雇用するという形式を選択している。そうすると、基本的 に労働契約を承継する合意は存在しなかったと考えられる。
この点、賃金水準の引き下げを企図して事業譲渡がなされ、会社提案通りに引き下げを受け入れて退職届を提出した従業員についてはいったん退職の上譲受人において雇い入れ、退職届を提出しなかった従業員については会社解散を
理由に解雇した事案において、xx自動車学校(大船自動車興業)事件控訴審
*11は、「原告ら8名及び亡Iに対する本件解雇は,一応,会社解散を理由とし ているが,実際には,被告会社の賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程 度下回る水準に改訂されることに異議のある従業員を個別に排除する目的で行 われたものということができるが,このような目的で行われた解雇は,客観的 に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないことが明 らかであるから,解雇権の濫用として無効になるというべきである。」とした 上で、「賃金等の労働条件が大船自動車興業を相当程度下回る水準に改訂され ることに異議のある同会社の従業員については上記移行を個別に排除する,こ の目的を達成する手段として大船自動車興業の従業員全員に退職届を提出させ,退職届を提出した者を被告会社が再雇用するという形式を採るものとし,退職 届を提出しない従業員に対しては,大船自動車興業において会社解散を理由と する解雇に付する,との合意部分は,民法 90 条に違反するものとして無効に なることが明らかである。また,本件営業譲渡契約4条の前記条項も,上記の 目的に沿うように,これと符節を合わせたものであることからすると,同様に,民法 90 条に違反して無効になるというべきである。」として、契約の承継を
*11 東京高判平 17. 5. 31 労判 898 号 16 頁
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認めた一審判決 *12を引用・支持している。
本件については、そもそも殊更に一部の労働者を排除するような明示的な合意があるわけではないので、わざわざ公序良俗を持ち出すまでもないとは思われるが、仮に排除の合意が認められるとしても、本件原告には解雇を正当化するほどの自由は認められず、また特に原告及び一部保育士のみを対象にして排除する意図が明確である以上、上記xx自動車学校事件と同様に考え、承継を許容することも可能であったと考えられる。
3 NPOと社会福祉法人は同一か?
判決は、事業譲渡に伴う労働契約の承継を否定した上で、NPOと社会福祉法人は実質的に見て同一であるから、契約は引き継がれたとする。
しかし同時に、法人格否認の法理を用いて両者が「実質的に同一」ということはできないとする。
「同一事業者」ではあるが「実質的に同一」な訳ではない。
おそらくは、法的な意味においては同一とは言えないが(法人格否認法理の否定)、概ね同じ組織なのだから試用期間は不要なはずだと言うことを説明するための方便として同一事業者を用いたものと思われるが、下記の通り不要な上に混乱を招くものであったと言える。
ところで、法人格否認の法理についても検討すると、新関西通信システムズ事件* 13において裁判所が、「債権者としては、労働契約が債務者に承継されることを期待する合理的な理由があり、実態としても日本通信システムと債務
者に高度の実質的同一性が認められるのであり、債務者が日本通信システムと の法人格の別異性、事業廃止の自由、新規契約締結の自由を全面的に主張して、全く自由な契約交渉の結果としての不採用であるという観点から債権者との雇 用関係を否定することは、労働契約の関係においては、実質的には解雇法理の 適用を回避するための法人格の濫用であると評価せざるをえない。」とするよ うに、高度の同一性が認められる二法人間において解雇法理潜脱の手段として 事業譲渡が用いられた場合には法人格否認が認められる余地がある。
*12 横浜地判平 15. 12. 16 労判 871 号 108 頁
*13 大阪地決平6. 8. 5労判 668 号 48 頁。
保育園運営主体の変更に伴う事業譲渡と雇用契約の帰趨 -- 社会福祉法人佳徳会事件 --(xxxx)
本件においては、法人の種類がxx的に異なること、必ずしも解雇法理潜脱が元々の目的と言うよりは、経営不振に伴って経営方法を変更しようとしたらたまたま一部労働者を排除できそうだからやってみたというような事案であって、直ちに法人格の否認が認められるかについては疑問も残る。
4 試用期間の設定
企業が労働者を採用するに際して試用期間を設け得ることは特に争いがなく、また試用期間の法的性質については事案によるものの、その多くは解約権留保 付き労働契約であると解している*14。
ブラザー工業事件 *15が「見習社員〔嘱託〕としての試用期間中における価
値判断の対象と試用社員としての試用期間中における価値判断の対象との間に実質的な差異はなく、見習社員は、試用社員と同様に、会社がその職業能力、業務適性、勤務態度等について検討し、会社のxx従業員としての適格性の有無を判断するために試用される期間中の従業員であると認めるのが相当である。」としたうえで、見習い期間終了後の雇用終了を留保解約権行使ではなく解雇の問題としたように、問題となっている期間以前に就労に関する能力を評価し得る場合には、試用期間としての実を伴っておらず、もはや留保解約権は行使できないと考えられる。
この点、採用内定の事案ではxxxx日本印刷事件で最高裁が「採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであつて、今日における雇傭の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができる」したように、試用期間は採用前にはわからないような問題がわかったときに、解雇よりは緩やかな基準で解約できることを保障する制度である以上、すでに能力がわかっている従業員にまでこれを適用することは原則として
*14 三菱樹脂本採用拒否事件(最大判昭 48. 12. 12 判時 724 号 18 頁)。
*15 名古屋地判昭 59. 3. 23 判時 1121 号 125 頁。
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許されないというべきだろう。
なお、仮に試用期間設定が妥当だとしても、留保解約権行使を正当化するような事情は本件には見当たらないため、いずれにしても試用期間に関連して雇用を終了させることは困難であったと考えられる。
5 損害賠償
解雇が行われた後に、これが濫用であるとして雇用契約上の地位が確認されると、事実上解雇されていた期間に対応する賃金も支払われ、また地位確認の結果当然に爾後の賃金も支払われることになるから、原則としてそれを超えて損害賠償を使用者に請求することはできないというのが判例の一般的な考え方と言える *16。
但し、東京貸物社(解雇)事件 *17において会社側が解雇の事実を取引先な どに文書で通知した行為の不法行為該当性が争われたところ、判決は解雇は有 効であると判断しつつも、「本件解雇及び懲戒処分が有効であるからといって、被告が右事実を各取引先に文書で通知したことも直ちに不法行為に当たらない ということはできない。たとえxxであっても公然に事実を摘示してもって名 誉を毀損する行為は不法行為に当たるから,被告の文書の送付が右に当たるか どうか別途検討しなければならない。」とし、「このような文書を送付されるこ とによって、名誉を毀損され、社会的に信用を失い、広告代理店業やイベント 設営業を行う会社へ再就職したり、独立して営業を行うのが困難になることも また、容易に推認できる。そして、特に原告が大学時代に被告でアルバイト従 業員として勤務するようになって以来一貫して被告に勤務してきた……という 経歴に照らせば、原告は、再就職するにしても、独立するにしても、被告と同 業あるいはこれに関連する業務を行う可能性が高く、それだけに右のような文
*16 xx・xx商会事件(東京地判平 4. 9. 28 労版 617 号 31 頁。拙稿「労働契約終了と損害賠償請求の判例動向」(季労 242 号 45 頁)、同「日本的解雇與損害賠償」(2015年法制研究學刊(国立勤益科技大学通職教育学院)153 頁)参照。また、不当な解雇の場合における損害賠償請求の可能性について、xxxx『雇用修了の法理』(信山社・平成 22 年)98 頁、xxx「被解雇者の退職金請求・損害賠償請求の可否−インフォーマテック事件」(ジュリ 1384 号 154 頁)参照。
*17 東京地判平 12. 11. 10 労判 807 号 69 頁。
保育園運営主体の変更に伴う事業譲渡と雇用契約の帰趨 -- 社会福祉法人佳徳会事件 --(xxxx)
書を、いわばその業界に流布される不利益は甚だ大きいといわなければならない。」として 30 万円の損害賠償を認めているように、解雇の事実を公表する行為は不法行為に該当しうる。
本件の場合は職場に張り出しただけではあるが、園児やその保護者の目に触れる可能性のある場所であって、一定の損害賠償を認めることにも合理性があったものと思われる。
終わりに
最終的には、本件においては事業譲渡の議論をする必要は全くなく、
①NPOが開設する保育園(旧保育園)が閉鎖された
②旧保育園の施設を利用して社会福祉法人が新保育園を開設した
③旧保育園に勤務していた原告は(団体交渉の後)NPOとの雇用契約を解除した
④原告は新規に新保育園に期間の定めなく雇用された
⑤原告の雇用を有期雇用に変更する合意はなかった
⑥原告には試用期間を付す合理性がないか、あっても留保解約権を行使する合理的理由はなかった
⑦他に解雇を正当化する事情はなかった
⑧よって、原告は現在に至るまで期間の定めなく雇用されているという構造であったと思われる。
判決の数ヶ所に理解を妨げる不可思議な判断が挿入されているため、難解になっている。
結論においては妥当な判決であったと思われるが、NPOと社会福祉法人の関係に関する判断には一定の混乱があったように見られる。結果的には両者は全くの別物と解して差し支えなかったと考えられる。
(本稿は科研費(若手研究B)「企業倒産における労働者の利害調整の実態に着目した人員整理に関する比較法的研究」(17K13623)の研究成果の一部である)
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琉大法学 第 101 号