── GASB 基準書第60号「サービス委譲契約に関する会計および財務報告」の分析──
米国政府会計におけるサービス委譲契約に関する会計処理
── GASB 基準書第60号「サービス委譲契約に関する会計および財務報告」の分析──
x x x x
x x x x
中央大学商学部准教授兵庫県出身
一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了
キーワード
米国政府会計,サービス委譲契約,官民連携,官官連携,PPP,基準第60号,GASB,Service Concession Arrangements
Ⅰ.は じ め に
本 稿 は, 米 国 政 府 会 計 基 準 審 議 会
(Governmental Accounting Standards Board,以下 GASB とする)が2010年11月に公表した基準書第60号「サービス委譲契約に関する会計および財務報告」(GASB Statements No. 60, Accounting and Financial Reporting for Service
Concession Arrangements,以下,「基準第60号」とする)⑴ を通して,米国政府会計における
「サービス委譲契約 」(Service Concession Arrangements,以下,「SCA」とする)に関する会計処理・財務報告について,分析・検討することを目的とする。
本稿が分析の対象とする「SCA」は,官民連携もしくは官官連携(Public-Private Partnership
or Public-Public Partnership;PPP)の1種であり,近年,わが国においても「公共施設等運営権制度」として導入され⑵,その利用が促進されている。2017年5月には,企業会計基準委員会(ASBJ)より実務対応報告第35号として「公共施設等運営事業における運営権者の会計処理等に関する実務上の取扱い」(以下,実務対応報告第35号とする)が公表されており,明示こそされていないものの,その運営権者の会計処理の検討にあたっては,「基準第60号」の諸規程も参考にされたことが伺える⑶。
次節以降,「基準第60号」の内容を明らかにするとともに,そこで想定される会計処理がどのような考え方に基づくものなのかを検討する。特に,設例に基づいて,「SCA」に関する譲渡者(transferor)の会計処理を検討するとともに,「SCA」に関する運営者(operator)の会計処理もあわせて検討する。
Ⅱ.サービス委譲契約に関する諸規定
まず,「基準第60号」では,以下の4つのすべての規準を満たす,譲渡者と運営者との間の契 約 を,「SCA」 と 定 義 し て い る(GASB [2010], par. 4)。
⒜ 譲渡者は,重要な対価と交換に,資本的資産(capital assets)(「基準第60号」では
「施設」(facilities)と呼ばれるため,以下,
「施設」とする)の利用と運用を通じて,公共サービスを提供する権利と関連する義務を運営者に譲渡(convey)する。
⒝ 運営者は,第三者から使用料(fees)を徴収し,それによって運営のための費用を補償(compensate)する。
⒞ 譲渡者は,運営者によって提供することが要求されるサービスや,運営者は誰にサービスを提供することが要求されるのか,サービスに賦課される価格もしくは料金
(prices or rates)をいくらにするのか,といったことを決定する,もしくは修正するないし承認するための能力を有している。
⒟ 譲渡者は,契約終了時に,施設のサービス提供の有用性(service utility)における重要な残余持分(residual interest)に対する権利を与えられる。
なお,「SCA」の対象となる資本的資産には,インフラストラクチャー資産(infrastructure assets)⑷および備品(equipment),その他の有形資産・無形資産が含まれる。なお,規準の ⒝ に関して,運営者が第三者から設定された使用料(established fees)を受け取り,それらを譲渡者に送金するような「代理人関係」
(agency relationships)にあるような契約は, SCA の範囲から除かれている(GASB [2010], footnote. 4)。
また,「基準第60号」では,「SCA」に該当する契約を,以下のように例示列挙している
(GASB [2010], par. 5)。
・運営者が,施設(たとえば,第三者に施設の一部をリースすることになる複合施設)を設計・建設し,第三者から使用料を徴収する権利を獲得することになるであろう契約
・運営者が,既存の施設(たとえば,立体駐車場)を利用する権利と交換に重要な対価を提供することになり,その利用に関して第三者から使用料を徴収することになるであろう契約
・運営者が,譲渡者に対して施設(たとえば,新しい有料道路)を設計・建設し,建設のための原価を調達し,関連するサービスを提供し,関連する使用料を徴収し,契約終了時に,政府に施設を譲渡する契約
上記の例示において,共通している点は,運営者が第三者から使用料を徴収し,運営を行うとともに,施設への支配は譲渡者である政府が保有しつづけていることである。政府が第三者と結ぶ契約には,第三者が政府の資本的資産の設計・建設のみを行う契約や,公共施設を利用して付随的なサービス(ancillary service)を提供する契約⑸,サービス提供および管理契約
(service and management arrangement)⑹,譲渡者が運営者に対して支払いを行う契約などさまざまなものがある。ただし,それらはいずれも「SCA」には該当しないため,「基準第60号」の適用範囲からは除かれている(GASB [2010], paras. 30-34)。
「基準第60号」では,官民連携契約が本基準の適用を受けるかどうか,また受けないならば,いかなる既存の会計および財務報告の指針が適用されるべきかを決定するための,次頁図
1のようなフローチャートも提示している
(GASB [2010], par. 64)。
それでは,次に「SCA」を締結した譲渡者には,どのような会計処理が要求されるのか,
「基準第60号」の諸規定を確認していく。
「基準第60号」によれば,譲渡者は,「SCA」の対象となる施設が「既存の施設」ならば,自己の資本的資産として,施設を計上し続けるべきであるとされる(GASB [2010], par. 8)。つまり,資産に対する支配は運営者に移転しておらず,資産の消滅の認識は行われないことになる。
また,「SCA」の対象となる施設が,運営者によって購入もしくは建設される新しい施設,もしくは運営者によって改善された(improved)既存の施設ならば,譲渡者は,⒜ 新しい施設
図1 契約に適用可能な会計・財務報告の指針を決定するためのフローチャート
契約は,譲渡者が重要な対価と交換にサービス提供するための権利と義務を運営者に移転することを必要とするか?
No
Yes
既存の,もしくは建設・取得されるインフラ資産もしくは他の公共資産が,サービスの提供に利用されるか?
No
Yes
運営者(の費用)は,⒜ 譲渡者によって,もしくは ⒝利用者ないしサービス受取人によって,補償されるか?
⒜
⒝
譲渡者は,運営者が提供するサービスの内容,提供先,提供のための使用料についての決定権を有しているか?
No
Yes
譲渡者は資産に対する重要な残余持分を保持しているか?
No
Yes
契約は,本基準の適用を受ける SCA である
契約は,「民営化」⑻に該当し,資本的資産の売却/購入および規制に関する契約として説明される
譲渡者は施設に対する支配を保持しておらず,契約は,適切な場合,リース会計を利用して説明される
契約は,サービス提供管理契約か建設契約であり,既存の収益・費用の指針が適用される
契約は,サービス提供契約,管理契約,サービス提供管理契約のいずれかであり,既存の収益・費用の指針が適用される
契約は,本基準の適用を受ける SCA
である可能性がない
(GASB [2010], par. 64 を参照して作成)
もしくは(施設への)改善(improvement)⑺を,それが事業の用に供された時点のxx価値
(fair value)で「資本的資産」として計上し,
⒝ すべての契約上の義務(any contractual obligations)を「負債」として計上し,⒞ 資本的資産と負債の差額と等しくなる金額で,対応す る「繰延資源流入 」(deferred resource inflow)を計上すべきであるとされる(GASB [2010], par. 9)。
これを端的に仕訳の形で示せば,次のようになる。(なお,勘定科目については適当と考えられるものを用いており,「基準第60号」において示されたものではない。)
(借)施 設 ××× (貸)サービス委譲 △△△
⒝ 契約上の義務が,施設の運営に関係するサービス提供の最低限の水準もしくは特定の水準を保つために,譲渡者によって設定される約定(commitment)に関連している。(たとえば,施設に関して特定の警察・緊急サービスを提供すること,もしくは施設周辺の地域に対して最低限の保守を提供すること)
つまり,SCA に関する負債は,(施設が既存のものかどうかにかかわらず,)基本的に,将来支出額の割引現在価値によって測定されることになる。
SCA の対象となる施設(資本的資産)は,当初認識・測定の後,譲渡者の会計帳簿におい
て既存の減価償却,減損および開示に関する諸
〈資本的資産〉
契約負債
〈負 債〉
繰延サービス □□委譲契約収入
〈繰延資源流入〉
要求の対象となる。また,SCA の契約期間中に,運営者によってなされた施設への改善は,それらがなされるにつれ て,「資本化」
(capitalize),つまり当該資産の帳簿価額に加算されるべきであり,それらもまた減価償却,減
借方に計上される「施設」はxx価値で測定されるが,貸方の「サービス委譲契約負債」をどのような金額で測定するかが問題となる。この金額が決まらないと,それらの差額として計上される「繰延サービス委譲契約収入」(繰延資源流入)の金額が決定できないからである。
「基準第60号」によれば,譲渡者は,契約期間にわたり,財務資源(financial resources)を犠牲にする特定の義務について,負債を認識すべきであり,SCA に関連する負債は,契約上の義務が重要(significant)であり,かつ,以下の2つの規準のいずれかを満たしているならば,それらの現在価値(present value)で計上されるべきであるとされる(GASB [2010], par. 10)。
⒜ 契約上の義務が,施設に直接的に関連している。(たとえば,施設の資本的改善
(capital improvements),保険もしくは維持のための義務)
損および開示に関する諸要求の対象となる
(GASB [2010], par. 11)。
ただし,もし契約の内容として,施設を譲渡当初の状態もしくは改善された状態で譲渡者に返還することを運営者に要求しているならば,施設の減価償却は行われるべきではないとされる(GASB [2010], par. 11)。施設が原初の状態
(ないし改善された状態)で返還されるのであれば,支配の継続している政府にとって,もし契約期間にわたり減価償却費を計上してもそれらは実現しない(not realize)ため,減価償却を通じて施設の帳簿価額を減額することは適切ではないと考えられているためである(GASB [2010], par. 50)。
また,施設が事業の用に供されたときから契約期間にわたり,体系的かつ合理的な方法で,対応する繰延資源流入が減少させられ,収益が認識されるべきである(GASB [2010], par. 11)。
さらに,「基準第60号」(par. 10)に従って,
譲渡者が財務資源を犠牲にする契約上の義務を負債として計上していたならば,譲渡者の義務が果たされるにつれて,負債を減少させるべきである。また,義務が果たされるにつれて,繰延資源流入が計上されるべきであり,契約の残存期間にわたり,体系的かつ合理的な方法で,関連する収益が認識されるべきであるとされる
(GASB [2010], par. 11)。
なお,SCA が運営者からの前払いや分割払い(up-front or installment payment)を要求することがある。その際に,譲渡者は,⒜ 運営者からの前払額もしくは分割払い額の現在価値
(present value of installment payments)を資産として計上し,⒝ すべての契約上の義務を負債として計上し,⒞ 資産と負債の差額と等しくなる金額で,対応する繰延資源流入を計上すべきであるとされる。また,この繰延資源流入が減少させられるにつれて収益を認識すべきであるが,契約期間にわたり,体系的かつ合理的な方法で,収益は認識されるべきであるとされる(GASB [2010], par. 12)。
つまり,譲渡者にとって,SCA に関して受け取る運営者による前払い額は,現金等を増加させることになり,分割で受け取ることになる金額の総額が契約上わかるのであれば,その現在価値を計算して,未収金等の金銭債権を計上することになる。また,譲渡者が履行すべき契約上の義務があれば負債として計上した上で,資産と負債との差額をいったん繰延資源流入として計上しておき,契約期間の経過等に応じて,収益化していくことになる。
「基準第60号」は,SCA を締結した運営者の会計処理も規定しているので,これも確認しておく。なお,前述のように実務対応報告第35号で会計上の取扱いが検討されているのは,この運営者の会計処理である。政府は SCA を締結することにより,譲渡者となるだけでなく,運営者となることもある。政府実体(governmental entity)が運営者となっている場合,これを特
に「行政運営者」(governmental operator)と呼んでいる(GASB [2010], footnote. 1)。
行政運営者は,施設を利用する権利およびその運営によって第三者から使用料を徴収する権利を,無形資産⑼として原価(たとえば,譲渡者への前払額,ないし施設の建設もしくは改善のために支払われた原価)で計上しなければならないとされる。また,SCA の契約期間中に,行政運営者によってなされる施設に対する改善は,その改善が施設の能力もしくは性能を向上させていれば,いわゆる資本的支出として扱われ,無形資産の帳簿価額を増加させることになる。さらに,計上された無形資産は,契約期間にわたり,体系的かつ合理的な方法で,償却
(amortize)されるべきであるとされる(GASB [2010], par. 13)。
また,SCA は,特定の状態において施設を返還することを行政運営者に要求することがある。その場合,行政運営者が知りうる情報⑽において,施設が特定の状態になく,施設をその状態に修復するための原価を合理的に見積もることができるならば,施設を修復するための費用と負債が計上されるべきであるとされる
(GASB [2010], par. 14)。
さらに,SCA には収益分配(revenue sharing)に関する諸規定を含むものもある。これは施設の運営による公共サービスの提供から得た収益を,施設の譲渡者と運営者で分配することを予め決めているものである。行政運営者は,施設の運営に関する稼得した収益と発生した費用のすべて(譲渡者に分配される収益の額も含めて)を計上すべきであり,譲渡者は,契約に従って稼得されたときに,分配された収益のみを認識すべきであるとされる(GASB [2010], par. 15)。
なお,「基準第60号」によれば,⒜ 報告期間に実施されているSCA の概要,⒝ 財務諸表において認識された SCA に関する資産,負債および繰延資源流入の性質と金額,⒞ 契約の下
で譲渡者に残された権利もしくは行政運営者に付与された権利の性質と範囲,⒟ 保証や約定
(guarantees and commitments)に関する諸規定に関する情報などを,譲渡者および行政運営者によって作成される財務諸表の注記として開示することが要求される(GASB [2010], paras. 16-18)。
以上が,「基準第60号」の概要である。これらの諸規定を受けて,具体的にどのような会計処理が行われることになるのか,次節において設例を用いて確認する。
Ⅲ.「基準第60号」が想定する会計処理⑾
それでは,SCA の対象となる施設が既存のものである場合の諸取引の会計処理について,
【設例1】で確認する。
【設例1】 既存施設(有料道路)を対象とした
SCA
3) 本契約は,基準第60号(par. 4)のすべての規準を満たしており,SCA に該当する。
4) 州政府は,本契約の下で,財務資源を犠牲にするいかなる契約上の義務も追っていない。
契約の開始時点において,州政府は,有料道路への支配が継続しているため,資本的資産
(10億ドル)として計上し続けることになる。また,MTA から受け取った前払額について, 30億ドルで繰延資源流入を認識する。一方, MTA は,有料道路の運営に関して SDOT に支払った金額の30億ドルで,無形資産を認識することになる。これらを仕訳の形であらわすと,次のようになる。(仕訳上の金額の単位は千ドル,以下同じ)
〈州政府(ないし有料道路機関事業基金)〉
(借)普通預金 3,000,000 (貸)繰延サービス 3,000,000
1) 州政府(譲渡者) は,州の交通局
(State Department of Transportation : SDOT)を通じて,都市有料道路機関
(Metropolitan Tollway Authority : MTA)
(行政運営者)に対して,州の有料道路機 x x 業 基 金(Tollway Authority enterprise fund)において,資本的資産として10億ドル($1,000,000,000)で計上されている有料道路を SCA の対象とした契約を締結した。
2) 本契約に基づいて,SDOT は,MTAから30億ドル($3,000,000,000)の前払いを受け取り(いずれも普通預金での授受とする),MTA は,有料道路の運営権と通行料金収入(toll revenue)を75年間,受け取る。
〈流動資産〉
〈MTA〉
委譲契約収入
〈繰延資源流入〉
(借)有料道路 3,000,000 (貸)普通預金 3,000,000
運営権
〈無形資産〉
〈流動資産〉
その後,州政府は,有料道路に対して資本的資産に関する既存の指針を適用し続ける(たとえば,減価償却を行う)ことになる。また,契約期間を通じて,繰延資源流入の償却に関して定額法を採用するとすれば,毎年4千万ドル
($40,000,000/年=$3,000,000,000÷75年)の
収益を認識するとともに,繰延資源流入を同額だけ減少させることになる。
一方,MTA は,無形資産の償却について定額法を採用するとすれば,毎年4千万ドルを償却することになる。また,適用可能な既存の収益・費用の方針にしたがって,有料道路運営に関する収益と費用も認識することになる。これらの取引についても,仕訳の形で示してみる。
(ただし,政府による有料道路の減価償却や MTA による有料道路運営に関する収益・費用に関しては,ここでは金額を付さないものとする。)
〈州政府(ないし有料道路機関事業基金)〉
(借)減価償却費 ××× (貸)有料道路減価 ×××
3) 本契約は,基準第60号(par. 4)のすべての規準を満たしており,SCA に該当する。
4) LTA がトンネルを建設するコストは
40億ドル($4,000,000,000)である。(代 金は普通預金で支払ったものとする。)トンネルが事業の用に供された時点で
〈費 用〉
償却累計額
〈資産の評価〉
のxx価値は50億ドル($5,000,000,000)
(借)繰延サービス 40,000 (貸)サービス委譲 40,000
であり,その金額はトンネルの運営を通
委譲契約収入 契約収入
〈繰延資源流入〉 〈収 益〉
〈MTA〉
(借)運営権償却 40,000 (貸)有料道路
40,000
じて回収されることが予想される純キャッシュ・フローの現在価値を表してい
る。
〈費 用〉
運営権
〈無形資産〉
5) SDOT は,トンネルが事業の用に供さ
(借)普通預金 △△ (貸)通行料金収益 △△
〈流動資産〉 〈収 益〉
れた時点から,毎年,トンネルに対して
(借)有料道路補修費(修繕費)
〈費 用〉
◇◇ (貸)普通預金 ◇◇
〈流動資産〉
保険をかける(insure),契約上の義務を 負 う。 こ の 保 険 債 務(insurance obligation)の総額の現在価値は50万ドル($500,000)と見積られた。
SCA の対象となる施設が新たに設計・建設された後に運営されるものであった場合(また,政府が契約上の義務を負っている場合),上記の処理がどのように変化するかを,【設例
2】で確認する。
【設例2】 新規施設(トンネル)を対象とした
SCA
建設が完了し,契約が開始される時点で,州政府は,トンネルのxx価値に関して50億ドルの資産を認識するとともに,トンネルに保険をかける譲渡者の契約上の義務に関して50万ドルの負債を認識し,49億9,950万ドルの繰延資源流入を認識する。一方,LTA は,トンネルの設計・建設の原価である40億ドルで,無形資産を認識する。これら両社の取引を仕訳の形であらわすと,次のようになる。
1) 州政府(譲渡者)は,州の交通局(State Department of Transportation:SDOT)を通じて,地方隧道機関(Local Tunnel Authority:LTA)(行政運営者)に対して,新しいトンネルを設計・建設し,40年間にわたり運営させる契約を締結した。なお,契約期間終了後に,トンネルの運営は,SDOT に移転される。
2) LTA は,契約期間中,トンネルによって生み出される通行料金を徴収する権利が付与されている。
〈州政府〉
(借)運営権設 5,000,000 (貸)サービス委譲
500
定隧道 契約負債
〈資本的資産〉 〈固定負債〉
繰延サービス 4,999,500委譲契約収入
〈繰延資源流入〉
〈LTA〉
(借)隧道運営権 4,000,000 (貸)普通預金 4,000,000
〈無形資産〉 〈流動資産〉
その後,州政府は,建設されたトンネルに対して資本的資産に関する既存の指針を適用し続ける(たとえば,減価償却を行う)ことになる。(なお,トンネルの減価償却は,耐用年数 40年,残存価額ゼロ,定額法で行うものとする。)また,繰延資源流入の償却方法として定額法を採用するとすれば,毎年約1億2,499万ドル($124,987,500/年=$4,999,500,000÷40
年)の収益を認識するとともに,同額だけ繰延資源流入を減少させる。州政府はまた,収益および費用を認識するとともに,トンネルに保険をかける義務を充足するにつれて,負債を減少させる。
一方,LTA は,無形資産の償却について定額法を採用するとすれば,無形資産を毎年1億ドル($100,000,000/年=$4,000,000,000÷40
年)償却し,費用を認識する。また,LTA は適用可能な既存の収益・費用の方針にしたがって,トンネル運営に関する収益と費用も認識することになる。これらの取引についても,仕訳の形で示してみる。(ただし,LTA による隧道運営に関する収益・費用に関しては,金額を付さないものとする。)
〈州政府〉
1) xx 府(譲渡者) は,郡の公園区
(County Park District:CPD)を通じて, XYZ ゴルフ株式会社(非行政運営者) に対して,郡が所有するゴルフコースの
1つを10年間にわたり,運営・維持させる契約を締結した。
2) ゴルフコースおよび付属の設備は,郡のゴルフコース事業基金(Golf Course enterprise fund)において,帳簿価額50万ドル($500,000)で資本的資産として計上されている。
3) XYZ ゴルフ株式会社は,CPD に運営権取得の対価を分割払いすることに合意しており,それらの分割払いの総額の現在価値は150万ドル($1,500,000)と見積られた。
4) XYZ ゴルフ株式会社は,ゴルフコースの運営により利用者から使用料を徴収するが,徴収した収益の10%を CPD に支払うことに同意している。
5) 本契約は,基準第60号(par. 4)のすべての規準を満たしており,SCA に該当する。
(借)減価償却費 125,000 (貸)隧道減価償 125,000
既存の施設であれば,従来通りの会計処理がそのまま継続されるのに対して,新規施設であれば,その完成時のxx価値で資本的資産を計上することになる。(償却性の資本的資産であれば,減価償却等が行われる。)また,施設が既存か新設かにかかわらず,繰延資源流入の償却が行われ,SCA の契約期間にわたり,収益化されていく。
さらに,収益分配の規定を含む SCA に関する諸取引の会計処理について,【設例3】で確認する。
【設例3】 収益分配を含む既存施設(ゴルフコース)を対象とした SCA
〈費 用〉
却累計額
〈資産の評価〉
委譲契約収入 | 譲契約収入 |
〈繰延資源流入〉 | 〈収 益〉 |
(借)サービス委譲 | △△ (貸)普通預金 △△ |
契約負債 〈固定負債〉 | 〈流動資産〉 |
〈LTA〉 (借)運営権償却 | 100,000 (貸)隧道運営権 100,000 |
〈費 用〉 | 〈無形資産〉 |
(借)普通預金 | ◇◇ (貸)通行料金収益 ◇◇ |
〈流動資産〉 | 〈収 益〉 |
(借)隧道補修費 | 〇〇 (貸)普通預金 ○○ |
(修繕費) 〈費 用〉 | 〈流動資産〉 |
(借)繰延サービス 124,988 (貸)サービス委 124,988
6) 郡政府は,本契約の下で,財務資源を犠牲にするいかなる契約上の義務も負っていない。
〈郡政府(ないしゴルフコース事業基金)〉
(借)普通預金 140,000 (貸)未収金 140,000
〈流動資産〉 〈資 産〉
(借)繰延サービス 150,000 (貸)サービス委 150,000
委譲契約収入 譲契約収入
契約の開始時点において,郡政府は,ゴルフコースへの支配が継続しているため,資本的資
〈繰延資源流入〉 〈収 益〉
(借)普通預金 50,000 (貸)ゴルフコー
50,000
産(50万ドル)を計上し続けている。さらに,
XYZ ゴルフ株式会社からの分割払い額の現在
〈流動資産〉
ス分配収益
〈収 益〉
価値である150万ドルで,未収金(receivables)と繰延資源流入を認識する。未収金は一年基準が適用されることになろう。(なお,収益分配規定のもとで受け取られ,収益として認識されるであろう支払額を見積現在価値(estimated present value)で記録することはない。なぜならば,その金額はゴルフコース運営によって稼得される収益額に依存しており,見積ることができないためである。)これらを仕訳の形であらわすと,次のようになる。
〈郡政府(ないしゴルフコース事業基金)〉
(借)未収金 1,500,000 (貸)繰延サービス 1,500,000
Ⅳ.サービス委譲契約と PPP
─まとめに代えて─
前節までにおいて明らかにしてきたように, GASB は,サービス委譲契約に関する譲渡者および運営者の会計処理について,「基準第60号」によって規定し,その取引関係を明らかにしていた。
その会計処理の特徴として,譲渡者は,SCAの対象となる資本的資産が既存のものであれば,契約の締結を経ても資産への支配が継続していると考えるため,認識を中止することな
く,自己の資本的資産として認識し続けてい
〈資 産〉
委譲契約収入
〈繰延資源流入〉
た。また,SCA の対象となる資産が運営者によって新たにxx・取得されたものであれば,
その後,郡政府は,ゴルフコース(および付属の設備)に対して,資本的資産に関する既存の指針を適用し続ける(たとえば,減価償却を行う)ことになる。また,契約期間を通じて,繰延資源流入の償却に関して定額法を採用するとすれ ば,毎 年15万ド ル($150,000/年=
$1,500,000÷10年)の収益を認識するとともに,繰延資源流入を同額だけ減少させることになる。(なお,分割払い額(たとえば,普通預金への入金$140,000があったものとする)も,受け取られる。)さらに,収益分配規定に基づき,ゴルフコースの運営から稼得される収益の 10%(たとえば,$50,000)を,収益として認識することになる。これらの取引についても,仕訳の形で示してみる。
それが事業の用に供された時点のxx価値で,新たに資本的資産を認識・計上していた。
さらに,譲渡者は,契約によって財務資源を犠牲にする契約上の義務を負っていれば,その将来支出額の現在価値で,負債を認識していた。認識される資産・負債に差額が生じていれば,契約期間にわたり収益が認識されるように,いったん繰延資源流入を計上し,体系的かつ合理的な方法で収益化していた。
一方,運営者は,施設を利用して公共サービスを提供する権利,およびその運営によって第三者から使用料を徴収する権利を,無形資産として原価で計上していた。また,計上された無形資産は,契約期間にわたり,体系的かつ合理的な方法で償却されていた⑿。なお,運営者が SCA に基づいて計上できるのは,施設の利用
権・使用料の徴収権のみであり,施設の所有権のすべてではないことに注意が必要であろう。施設の所有権は,譲渡者が継続して保有していると考えているからである。また,契約期間中に施設の運営において修繕等が行われる場合,その責任を譲渡者・運営者のいずれが負うのかによって,両者に要求される会計処理が異なる点も注意が必要であろう。
なお,GASB は,2020年3月に,基準書第94号「官民・官官連携および利用可能性支払契約 」(GASB Statements No. 94, Public-Private and Public-Public Partnerships and Availability
Payments Arrangements,以下,「基準第94号」とする)を公表し,官民・官官連携(PPP)に関する新たな包括的な基準を公表した。当然に SCA もその範囲に含まれているため,「基準第 94号」において,基準の諸要求およびそれに基づく会計処理がどのように変化したのか(それとも変化していないのか,また,変化したとすれば,なぜ変化したのか)について,今後の研究によって明らかにしなければならない。
また,「基準第60号」において検討された代替案や他の(国内外の)基準において要求される会計処理との比較により,提供される会計情報の違いについても,検討する余地があろう。少なくとも,わが国においては「実務対応報告第35号」で規定される運営権者側の会計処理だけでなく,政府等による譲渡者側の会計処理についても,早急に検討し,基準等の整備が行われるべきであることは論を俟たない。
注⑴ GASB は,「官民連携」に関するプロジェクトについて,2006年8月に,はじめてリサーチ・アジェンダに加えた。また,同年12月には,国際公会計基準審議会(International Public Sector Accounting Standards Board,以下,IPSASB)が,「サービス委譲契約」のプロジェクトをアジェンダに加 え,GASB と IPSASB は協働して,官民連携の利用の性質と範囲についての調査を実施していた。2008年4
月に当該プロジェクトはGASB のカレント・アジェンダに移行され,5月から討議が開始された。2009年6月に「公開草案:サービス委譲契約に関する会計および財務報告」を公表したが,公開草案に対する26通のコメントを考慮した結果,2010年6月に「再公開草案:サービス委譲契約に関する会計および財務報告」を公表することとなった。GASB は,再公開草案について22通のコメントを受け取っており,それらを考慮・再討議のうえ,2010年11月に「基準第 60号」を公表している(GASB [2010], paras.
21-26)。なお,「基準第60号」の諸規定は,経
済 的 資源 の 測 定 焦 点(economic resources measurement focus)を用いて作成される州および地方政府の財務諸表に適用されるべきであるとされ(GASB [2010], par. 6),2011年12月15日以降に開始する期間の財務諸表に対して適用されている(GASB [2010], par. 19)。
⑵ わが国では,「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(平成11年法律第117号,以下「PFI 法」)が1999(平成 11)年7月に制定され,2000(平成12)年3月に PFI の理念とその実現のための方法を示す
「基本方針」が,民間資金等活用事業推進委員会(PFI 推進委員会)の議を経て,内閣総理大臣によって策定され,PFI 事業の枠組みが設けられている(内閣府民間資金等活用事業推進室ウェブサイト「PPP/PFI とは」参照)。さらに, 2011(平成23)年に PFI 法が改正され,「公共施設等運営権制度」が導入された。
⑶ 実務対応報告第35号「公共施設等運営事業における運営権者の会計処理等に関する実務上の取扱い」における運営権者の簿記処理についての検討は,𠮷田[2022]を参照。
⑷ インフラストラクチャー資産(以下,インフラ資産)とは,通常,動かせない性質を有しており,ほとんどの資本的資産よりもかなり長期にわたって維持される,長期的な資本的資産である。インフラ資産の具体例には,道路,橋梁,トンネル,排水システム,上下水道,ダムおよび街灯システムが含まれる。インフラ資産は,ネットワークもしくはネットワークのサブシステムの一部であり,政府が適格なインフラ資産を資産管理システムを通じて管理しており,適格なインフラ資産が,政府によって制定・開示される状況の水準をおおよそ維持していることを立証していれば,減価償却が要求されず,当該資産に関してなされた(価値の付加
や改善のためのものを除く)すべての支出を発生した期間の費用とすべきであるという「修正アプローチ」(modified approach)が適用される(GASB [1999], paras. 19-25)。
⑸ 公共資産を利用して付随的なサービスを提供するとは,たとえば,公共の競技場内で飲食物や土産物を販売する供給業者を想定するとよい。それらはもちろん PPP には該当するが, SCA には該当しない。これらの契約は供給業者契約(Vendor Arrangement)とも呼ばれる
(GASB [2010], par. 32)。
⑹ たとえば,政府は市街路および歩道の清掃や雪の除去について,第三者と,サービス提供契約(service arrangement)を締結することがある。また,街路の実際の清掃や雪の除去に加えて,たとえば,従業員の雇用や他の供給業者との交流,サービス提供の運営に関する予算編成といったサービス提供に関連する管理機能についても,第三者に責任を持たせる場合,管理契約(management arrangement)を締結することになる。これらの契約においては,政府は第三者からサービス提供を受けているにすぎず,既存の諸基準に従って,期間費用を計上することになる(GASB [2010], par. 33)。
⑺ 基準書第34号「州および地方政府に関する基
本財務諸表─および管理者による討議と分析
─」(GASB [1999], par. 25)で定義されるように,「改善」(improvements)は,施設の耐用年数を維持するよりもむしろ施設の能力もしくは性能を向上させるものであ る(GASB [2010],footnote. 5)。
⑻ 政府がその資本的資産もしくはサービス提供を運営者に対して売却を通じてxx的に譲渡する際に,「民営化」(privatization)が生じる。譲渡者は,施設に関する責任および関連するサービスの供給を売却するが,資本的資産の売却
(ないし譲渡)を通じた民営化は,他の資本的資産の売却もしくは譲渡と同様に処理されるべきであると規定される(GASB [2010], par. 35)。
⑼ 行政運営者が計上する無形資産は,基準書第
51号「無形資産に関する会計および財務報告」
(GASB [2007],以下「基準第51号」)の適用対象ではなく,資本的資産の分類の外側で計上されるべきであるとされ る(GASB [2010], footnote. 6)。これは「基準第51号」の適用対象から,収入もしくは利益を直接的に得ることを主たる目的として取得もしくは創出された無形資産が除かれているからであり,行政運営者
が計上する無形資産は,この除外される資産に該当すると考えているからである(GASB [2010], par. 59)。
⑽ なお,行政運営者は,潜在的な状態の不備
(potential condition deficiencies)を識別するために,通常の運営の一部として既に実施されたもの,もしくは取り決め(agreement)によって要求されることがあるものをこえて,追加的な手続き(査定)を実施することまでは要求されていない(GASB [2010], par. 14)。
⑾ 本節における【設例1】,【設例2】および
【設例3】は,いずれも「基準第60号」の附属資料 D における説明例を一部修正したものである。なお,説明例は仕訳を示しておらず勘定科目については適当と考えられるものを用いており,「基準第60号」において示されたものではない。
⑿ SCA に関する国際的な基準としては,IFRIC解釈指針第12号「サービス委譲契約」(IFRIC 12,Service Concession Arrangements)も存在しているが,そこでは委譲者が運営者に与える対価を無形資産として処理するほかに,金融資産として処理することもある。「基準第60号」がなぜ無形資産処理のみを採用し,金融資産処理を採用していないのか等についての分析は,別稿に譲ることとする。
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