② 国際的にみると、公契約法/条例制定の動きの先駆けとなったのは、英国議会下院の 3度にわたる「公正賃金決議」である。世界で初めて公契約法/条例を制定したのは 、フランスである。パリ市の動きを受け、フランス政府が大統領令「ミルラン命令」を発した。米国では、まず州法として制定され、連邦法としては「デービス・ベーコン法」 などが制定された。国際労働機関(ILO)第 94 号条約は、3 か国の法や決議を基に、1949 年に国際的な公正労働基準として条約化されたものである。 ③ 日本でも、ILO 第 94...
主
要
記
事
の
要
旨
公契約法と公契約条例
―日本と諸外国における公契約事業従事者のxxな賃金・労働条件の確保―
x x xxxx x x
① 公契約とは、当事者の少なくとも一方が国や地方自治体などの公の機関である公共工事や業務委託などの契約を指す。「公契約法/条例」とは、公契約の条項に、当該公契約による事業に従事する労働者の賃金等の労働条件の最低基準を定める「労働条項」を盛り込み、適正な労働条件を確保しようとする法や条例である。
② 国際的にみると、公契約法/条例制定の動きの先駆けとなったのは、英国議会下院の 3度にわたる「xx賃金決議」である。世界で初めて公契約法/条例を制定したのは、フランスである。パリ市の動きを受け、フランス政府が大統領令「xxxx命令」を発した。米国では、まず州法として制定され、連邦法としては「デービス・ベーコン法」などが制定された。国際労働機関(ILO)第 94 号条約は、3 か国の法や決議を基に、1949 年に国際的なxx労働基準として条約化されたものである。
③ 日本でも、ILO 第 94 号条約の採択を受け、昭和 25 年に公契約法案が作成されたが、経済界からの反発などもあり、国会提出はされなかった。公契約法制定の議論が再度活発になったのは、バブル経済崩壊後の長期不況を受けた公共工事削減や業務の民間委託進展などを背景に、これらの事業に従事する労働者の賃金低下が問題になってからのことである。平成 21 年には、国会提出はされていないものの、民主党国会議員を中心に「公共工事報酬確保法案」が作成されるなど、法制定に向けた具体的な動きもみられた。
④ 地方自治体における取組みは、議会での意見書等から始まった。総合評価入札方式を活用して賃金水準の確保を目指す具体的な取組みもある。一方、兵庫県尼崎市では公契約事業における労働者の賃金の下限水準を条例で定めた全国初の条例案が市議会に上程された。同条例案は市議会で否決されたが、その 4 か月後の平成 21 年 9 月にはxx県xx市が全国で初めて、次いで神奈川県xx市が政令指定都市では初めて、公契約条例を制定した。他の自治体でも公契約条例の制定や検討の動きが活発になっている。
⑤ 公契約法/条例の制定により、国と地方自治体が率先して、公契約事業に従事する労働者のxxな労働条件を確保することが、官民の労働者全体の労働条件や地域雇用の改善に波及効果を与えるとの意見もある。また、東日本大震災の復旧復興事業の多くが公契約事業となることも予想され、今後の議論の進展が望まれる。
レファレンス 2012.2 3
公契約法と公契約条例
―日本と諸外国における公契約事業従事者のxxな賃金・労働条件の確保―
社会労働課 xx xxx社会労働課 xx x
x x
はじめに
I 公契約法/条例とは
1 公契約法/条例とは
2 公契約法/条例の規制範囲
Ⅱ 国際的にみた公契約法/条例の沿革
1 英国の公契約法/条例
2 フランスの公契約法/条例
3 米国の公契約法/条例
4 ILO 第 94 号条約
Ⅲ 日本における公契約法制定の動き
1 ILO 第 94 号条約採択を受けた国内法整備の検討
2 公契約法/条例を求める動きの広がり
Ⅳ 地方自治体における公契約条例制定の動き
1 条例制定以外の方法による賃金水準の確保
2 条例制定による賃金水準の確保おわりに
国立国会図書館調査及び立法考査局 レファレンス 2012.2 53
はじめに
「公契約法/条例」とは、当事者の少なくとも一方が国や地方自治体などの公の機関である公共工事や業務委託などの契約(公契約)の条項に、当該公契約による事業で働く労働者の賃金等の労働条件の最低基準を定める「労働条項」を盛り込むことによって、適正な労働条件を確保しようとする法律や条例である。
日本国内では近年、公契約法/条例の制定や検討の動きが相次いでいる。平成 20 年ごろから超党派の国会議員の議員連盟で公契約法の制定が議論され、平成 21 年には民主党議員が中心となり法案を作成した。地方自治体においては、平成 20 年 12 月に兵庫県尼崎市議会に条例案が議員提案で提出された。同案は廃案となったものの、平成 21 年 9 月には、xx県xx市で全国初の公契約条例が制定された。その後も、神奈川県xx市、xxx多摩市及び神奈川県相模原市で公契約条例が制定されるなど、公契約条例を制定あるいは検討する自治体が相次いでいる。
本稿は、公契約法/条例の諸外国及び日本における沿革を整理し、今後の議論の一助とすることを目指すものである。このため、まず第Ⅰ章で「公契約法/条例」の定義を整理し、第Ⅱ章で諸外国及び国際機関における公契約法/条例の沿革を、第Ⅲ章で日本における公契約法制定を目指した動きを紹介する。そして最後に、第Ⅳ章では地方自治体における公契約条例制定の動きや制定された条例の内容を解説する。(1)
Ⅰ 公契約法/条例とは
1 公契約法/条例とは
本稿で用いる「公契約」という用語は、国際労働機関(International Labour Organization, 以下「ILO」)の「公契約における労働条項に関する条約」(1949 年、第 94 号条約。日本は未批准。以下「ILO 第 94 号条約」)に由来し、英文中の Public Contracts を日本語に訳したものである。 ILO 第 94 号条約によると、公契約とは、当事者の少なくとも一方が公の機関である契約をい う(ILO 第 94 号条約の詳細は、第Ⅱ章第4 節を参照)。
公契約法/条例とは、国の法律や地方自治体の条例によって、公契約の条項に含めるべき内容を定めるものである。国の法律である「公契約法」及び地方自治体の条例である「公契約条例」をまとめて、本稿では「公契約法/条例」と表記する。
2 公契約法/条例の規制範囲
( 1 ) 社会条項
公契約法/条例が対象とする規制の範囲をxxに捉えた場合、例えば、委託先企業の男女平等参画や障害者雇用、環境問題への取組みをも公契約法/条例の条項として盛り込むことが可能である(2)。こうした社会的価値の実現に関する条項を「社会条項」と呼ぶ。(図 1 参照)
( 2 ) 労働条項
ILO 第 94 号条約や本稿で紹介する諸外国の公契約法/条例は、公契約に盛り込むべき条項を、公契約事業に従事する労働者の賃金、労働時間その他の労働条件に関する条項に限定している。このような労働条件に関する条項を「労
( 1 ) 日本と諸外国の「公契約法/条例」については、xxxxx・xxxx「公契約における労働条項―公契約法/条例による賃金規制をめぐる動向と課題―」『調査と情報―ISSUE BRIEF―』731 号 , 2011.12.15. で紹介したが、本稿ではさらに詳細な解説を行う。
( 2 ) 全日本自治団体労働組合「資料 社会的価値の実現をめざす自治体契約制度の提言―政策入札で地域を変える―」(自治労/自治体入札・委託契約制度研究会最終報告 , 2001.10)『賃金と社会保障』1311 号 , 2001.12. 上旬 , pp.54-56.
働条項」と呼ぶ。本稿で「公契約法/条例」という場合、特に断りがなければ、この「公契約における労働条項」を規制するものを指す。
( 3 ) 賃金条項
労働条項のうち賃金に特化したものを「賃金条項」と呼ぶ場合がある。現在、日本における公契約法/条例に関する議論では、主に賃金に焦点があてられており、単に公契約法/条例と言った場合、公契約事業に従事する労働者の賃金の最低基準を定めるものと理解されることが多い。
Ⅱ 国際的にみた公契約法/条例の沿革
1 英国の公契約法/条例
( 1 ) xx賃金決議
公契約法/条例の沿革を国際的にみると、国レベルでの先駆的な取組みは、英国議会下院による「xx賃金決議」(Fair Wages Resolution)
である。この決議は 3 度にわたって行われたが、厳密には法令ではなく、決議に過ぎなかった(3)。
(ⅰ) 1891 年のxx賃金決議
1891 年に下院で可決された決議の内容は、次のとおりである。
本院としては、最近苦汗労働委員会(the Sweating Committee)において暴露された悪弊を除去する規定をつくり、下請段階において労働者が酷使されないような諸条件を設定し、それぞれの産業において世間相場として一般に認められている賃金が当該労働者に確実に支払われるようにすることは、およそ政府契約業者と契約を結ぶに当っての政府の義務であると考える。(4)
英国では 19 世紀前半から「苦汗労働」の存在が知られてい た(5)。「苦汗」は英語の sweating の訳である。請負制度のもとで、労働
␠ળ᧦㗄
↵ᅚᐔ╬
㓚ኂ⠪㓹↪
ⅣႺ㈩ᘦ
ഭ᧦㗄
ၞ⽸₂
図 1 公契約法/条例の規制範囲の概念図
社会条項
男女平等
環境配慮
障害者雇用
地域貢献
労働条件
(労働時間) (福利厚生)
(休日・休暇㧕)
賃金条項
最低賃金
労働条項
事業従事者の
ᬺᓥ ⠪ߩ
ഭ᧦ઙ
㧔ഭᤨ㑆㧕
㧔ෘ↢㧕
㧔ભᣣભᥜ
⾓㊄᧦㗄
ᦨૐ⾓㊄
(出典)筆者作成。
( 3 ) Xxxxx Xxxxx, The National Minimum Wage. Retrospect and Prospect , the Work Foundation, 2007, pp.13-14.
<xxxx://xxxxxxxxxxxxxx.xxx/xxxxxx/xxxx/xxxxxxxxxxxx/00_xxxxxxxx%00xxxxxxx%00xxxx.xxx>
( 4 ) イギリス労働省編(xxxxほか訳)『労使関係ハンドブック』日刊労働通信社 , 1966, p.346.(原書名:Ministry of Labor, Industrial Relations Handbook . 1961.); House of Commons, Hansard , Debates for 13 Feb., 1891: Columns 616-647. <xxxx://xxxxxxx.xxxxxxxxxxxxxxx.xxx/xxxxxxx/0000/xxx/00/xxxxxxxxxx-xxxxxxxxx>
( 5 ) xxxx「イギリスの全国最低賃金に関する一考察」『法学研究』42( 4 ), 2007.3, p.809.
者間の過当競争や労働組合の欠如などを利用して、極端な低賃金・長時間労働、劣悪な労働条件で労働者を働かせ、中間的で寄生的な搾取を行った請負人を「労働者の汗を搾り出させる人」
(sweater)と呼んだことから生まれたことばである(6)。こうした悪弊の仕組みを「苦汗制度」
(sweating system)と呼び、上院に設けられた特別委員会が実態を調査し報告した(7)。
下院におけるxx賃金決議は、この報告を受け、劣悪な事業者を公契約から排除し、政府自らが劣悪な労働条件で雇用する事業者と契約してしまう懸念を払拭するために行われたものである(8)。決議に基づき、xx賃金の支払いを義務付けた政府契約の条項はxx賃金条項(fair wages clause)と称されていた(9)。
(ⅱ) 1909 年のxx賃金決議
1908 年、xx賃金決議を統一的かつ効果的に適用させる方法を検討するため、英国大蔵省は各省の代表から成るxx賃金委員会(主宰者である当時のxx事務次官 Xxxxxx Xxxxxxx Xxxxxx x
x名をとり「マレー委員会」と称される)を設置した。同年、マレー委員会は、同じ職業に影響のあるすべての契約条項はあらゆる省間で統一的であるべきであり、調整を行うため契約当事者である各省の代表から成る委員会を設けるべきことなどを勧告した。(10)
1909 年 3 月、下院は、この勧告に基づき、新たなxx賃金決議を採択した(11)。この決議は適切な労働条件決定のための基準を 2 通り示し
た(12)。
1 つ目は、当該地域の各産業や部門における賃金や労働条件を定める労働協約が存在する場合の基準である。この場合は、政府と契約し、請負業務に従事するあらゆる事業者が、労働協約に定める水準を守らなければならない。これに違反した場合は、「罰金もしくはその他の刑」を科せられる。
2 つ目は、当該地域において関連する労働協約が存在しない場合に適用される基準である。この場合には、職業または産業における状況が類似した雇用者によって受け入れられている労働条件の一般的な水準を指標(benchmark)として採用しなければならない。
この 2 通りの基準は、まず第 1 の基準によって労働協約を尊重することにより、労使自治による決定を優先させた上で、第 2 の基準によって、労使自治による決定が成立していない分野については、政府が基準を定めることができるようにしたものである。
同決議は、政府契約事業の下請を、契約事業者が通常の事業のやり方で自ら行うことが不可能な部分について関係省が許可した場合に限って可能とした。この場合、下請業者においても同じ労働条件を適用しなればならない。
同年 6 月、大蔵省は政府契約についてのxx賃金条項に関する諮問委員会を設けた。この委員会がxx賃金条項の一般的な形式を勧告し、各省がその助言・勧告に従うことによって、xx賃金決議の内容を実行したが、「罰金または
( 6 ) xxxx「苦汗制度」『xxx百科全書 第 7 巻』小学館 , 1986, p.381.
( 7 ) Fifth report from the Select Committee of the House of Lords on the sweating system; together with an appendix, and proceedings of the committee , 1890. available by House of Commons Parliamentary Papers Online.
<xxxx://xxxxxxxxxxx.xxxxxxxx.xx.xx/xxxx.xx>
( 8 ) Coats, op.cit .( 3 )
( 9 ) House of Commons, Hansard , Debates for 10 Xxxxx, 0000: Columns 415-458.
(10) イ ギ リ ス 労 働 省 編 前 掲 注( 4 ), p.241; Fair Wages Committee, Report of the Fair Wages Committee with appendices , 1908. available by House of Commons Parliamentary Papers Online. <xxxx://xxxxxxxxxxx.xxxxxxxx. xx.xx/xxxx.xx>
(11) 同上 , pp.346-347; House of Commons, op.cit .( 9 )
(12) 以下、決議の内容について、同上 ; Xxxxx, op.cit .( 3 )
その他の刑」については法律上の争いを伴うため、実際には採用されなかった。(13)
(ⅲ) 1946 年のxx賃金決議
その後の状況の変化を受け、1946 年に新たなxx賃金決議が下院で採択された。1909 年の決議にあった「罰金その他の刑」を削除し、決議の遵守について争いとなった場合には仲裁に付すこととした。xxな賃金と労働時間に加え、xxな作業条件の保障も義務付けている。契約業者は、決議の内容を作業場に掲示し、労働者に周知させなければならない。公契約を結ぶ省は、応札する業者が過去 3 か月以上この決議に従ってきたという証拠を提出するよう求めなければならない。(14)
この決議は、1949 年に採択された ILO 第 94号条約の起草に反映され(15)、1950 年、英国はその最初の批准国となった。
(ⅳ) xx賃金決議の拡張適用と法律への具体化xx賃金決議は、政府の公契約にのみ関係す るものであったが、多くの国有産業や地方政府もxxな賃金の支払いを求める条項を契約に挿入してきた。また、決議自体は、議会の意向を表明したものに過ぎないが、これらの決議の原則は、公共機関に関するいくつかの法律(16)に
盛り込まれ、具体化されている。(17)
( 2 ) ILO 第 94 号条約破棄とxx賃金決議取消しxx賃金決議は、特に下請の包含によって 4
分の 3 世紀にわたり非常に幅広い経済部門に適用されてきたことを通じ、政府の基準(法令)ではない労働協約を守る習慣を広めることに、この決議以上に貢献した政府の措置はない(18)と評価されている。
しかし、1979 年に発足した保守党のxxxxx政権は、1982 年に ILO 第 94 号条約を破棄した。同年、英国議会は 1946 年のxx賃金決議を無効とする決議を行い、翌年、xx賃金決議は効力を失った。その後、新たな決議は行われていない。
さらに、保守党政権は地方政府法を改正して、地方における公契約の執行時に労働者の雇用条件等には言及しない、という規定を置いた。保守党政権がこうした措置をとったのは、民営化と規制緩和政策を実行する準備のためであった。(19)
( 3 ) xx賃金の復活
1997 年にxxx首相率いる労働党が政権についた後も、xx賃金決議が復活することはなかったが、地方におけるxx賃金政策の禁止は解除された。労働党政権は 2001 年に地方政府ベスト・バリュー規則(20)を制定し、地方政府が自ら必要と判断した場合には公契約の執行時に労働条件に言及する道を開いた。xx賃金政策を最初に復活させたのは労働党左派のxxx
(13) 同上 , pp.346-347.
(14) 同上 , pp.243-244; House of Commons, Hansard , Debates for 14 Oct., 1946: Columns 619-718. <xxxx://xxxxxxx. xxxxxxxxxxxxxxx.xxx/xxxxxxx/0000/xxx/00/xxxx-xxxxx>
(15) Coats, op.cit .( 3 ), p.13.
(16) 公共サービスに自動車を提供する業者に関する 1930 年の道路交通法、民間輸送業者に関する 1938 年の路面輸送業
賃金法(第 2 部)、民間航空業に関する 1949 年の民間航空業法、砂糖有限公社に関する 1956 年の砂糖法など。
(17) イギリス労働省編 前掲注( 4 ), pp.244-245.
(18) Xxxx Xxxx-Xxxxxx, Labour and the Law , 3rd edition, London : Xxxxxxx, 1983, quoted in Coats, op.cit .( 3 ), p.14.
(19) xxxx「イギリス建設産業の労働条件と労働協約」xxxほか『建設産業の労働条件と労働協約―ドイツ・フランス・イギリスの研究』旬報社 , 2003, p.253.
(20) The Local Government Best Value (Exclusion of Non-commercial Considerations) Order 2001 . <xxxx://xxx.
xxxxxxxxxxx.xxx.xx/xxxx/0000/000/xxxxxxxxx/xxxx>
グストン市長が率いた大ロンドン市である。大ロンドン市は、2002 年に公務関係組合のユニソン(UNISON, 組合員 130 万人超(21)の英国最大の労働組合)との間で「被用者のためのxx雇用契約条項」に関する合意を成立させた。xxxxは他の自治体にも同様の措置を働きかけている。(22)
2 フランスの公契約法/条例
世界で初めて公契約法/条例を制定したのは、フランスである(23)。自治体レベルでは、パリ市が、1888 年に公共土木工事に関する請負契約書の中に労働条項の挿入を義務付けたのが
始まりとされている(24)。パリ市の措置は、参事院(コンセイユ・デタ : Conseil d’Etat)(25)により「労働の自由を侵害し、市参事会(Conseil municipal)の権限を超えるもの」(26)として無効判決が下された。これに対し、フランス政府は、 1899 年の大統領令(xxxx命令(27))により、公共土木事業等の契約条件書に賃金や労働時間等の基準を定めた労働条項を挿入することを国レベルで規定した(28)。
ミルラン命令は、①国、②県(départements)、
③ 市 町 村(communes) 及 び 慈 善 団 体
(établissements de bienfaisance)のそれぞれに対する 3 つの命令から成る(29)。概要は表 1 のと
表 1 ミルラン命令(フランス)の概要
内容 | ①国、②県、③市町村及び慈善団体に対する命令の違い | |
適用範囲 | 国その他の公法人の名において締結する公共工事又は調達に関する契約。当該契約履行のため、現場又は作業場において作業する労働者。 | 命令①②③すべてに適用 |
下請に関する規定 | 企業は行政機関の許可がなければ、事業の一部を下請負に譲渡することはできない。 | 命令①②③すべてについて、義務規定 |
労働条件に関する規定 | 契約条件書の条項として規定: ・企業は労働の行われる地域に一般的に適用される賃率により、労働者の種類毎に、しかも各職業に従って平等なxxの賃金を支払うこと。 ・企業は被用者に週1日の休日を与えること。 ・労働の性質及びその事業の行われる地方によって定められた比率に従ってのみ外国人労働者を使用すること。 ・就業時間を労働の行われる地域のxxの就業時間に限定すること。 | 命令①(国に対して)は義務規定 命令②③(地方自治体等に対して)は労働条項を「挿入することができる」 |
実効性担保の方法 | 契約条件書の条項として規定: ・行政官庁は実際に労働者に支払われた賃金と計算書所定の賃金との差額を調査する。実際の賃金が少ない場合には、企業に対して負っている額及びその保証金から控除して、損害を受けた労働者に直接に補償する。 | 命令①は義務規定 命令②③は労働条項を「挿入することができる」 |
契約条件書の条項とは別に規定: ・労働条件に関する違反が繰り返されるときは、一定期間または無期限に入札から排除することができる。 | 命令①は大臣 命令②③は権限を有する行政官庁が決定する |
(出典)① Décret du 10 août 1899 (J.O. 11 août 1899 pp.5397-5398); ② Décret du 10 août 1899 (J.O. 11 août 1899 pp.5398-5399); ③
Décret du 10 août 1899 (X.X. 11 août 1899 p.5399); xxx・xxxx、xxx・xxxxx(xxxx・xxxxx訳)『労働法提要』梓書房 , 1932.(原書名:Xxxxx Xxxxxxxx et Xxxx Xxxxx, Precis de legislation industrielle. 1927.); xxxx「フランスの最低賃金制」
『季刊労働法』9 号 , 1952.8, p.126. を基に筆者作成。
(21) UNISON website. <xxxx://xxx.xxxxxx.xxx.xx/xxxxxxxxxx/>(2012 年 2 月 1 日時点)
(22) xx xx注(19), pp.254-256.
(23) xxxx「公契約規整の到達点と課題―xx市契約条例を中心に」『季刊・労働者の権利』290 号 , 2011.Sum., p.84.
(24) 以下、フランスにおける公契約法/条例の沿革について、xxxx「公契約規制の理論と実践」『労働法律旬報』 No.1581, 2004.8.10, p.50. 参照。
(25) xxxxx・xxは、政府の準備する法令案などの諮問に応ずるとともに行政裁判の最上級裁判所としての権限を持つ。xxxx編『フランス法辞典』東京大学出版会,2002, p.112.
(26) xxxx「フランスの最低賃金制」『季刊労働法』9 号 , 1952.8, p.126.
(27) 発意者である当時の商務大臣xxxxの名をとり「ミルラン命令」と呼ばれている。
(28) ミルラン命令についての詳細は、xxx・xxxx、xxx・xxxxx(xxxx・xxxxx訳)『労働法提要』梓書房, 1932(. 原書名:Xxxxx Xxxxxxxx et Xxxx Xxxxx, Precis de legislation industrielle . 1927.); xx xx注(26), p.126.参照。
おりである。
なお、現在のフランス公契約法典(Code des Marchés Publics)には、使用者による社会保障・労働法上の義務の履行の確認等の間接的な規制が残るのみとなっている。産業部門別の労働協約により、賃金等の労働条件の最低基準を直接保障するシステムが確立し、結果として、公契約に労働条項を設ける必要がなくなった。(30)
3 米国の公契約法/条例
( 1 ) 州法による規制
1891 年にカンザス州で米国の州法として最古の公契約法が成立した。同州及び同州内の地方自治体がスポンサーとなる公共工事に従事する労働者に対して、その工事が予定されている地方において一般的に通用している賃金の支払いを請負人に義務づけるものであった(31)。同様の州法はその後、他の州にも広がり、1979 年の時点で、全米 50 州中の 41 州に公契約法が存在した。1979 年以降 9 州が法律を廃止し、又は裁判所により無効とされたため、現在は 32 州に存在する(32)。
例として、ミネソタ州労働産業省のウェブサ
イトでは、州公契約法本文や地域別職種別の一般的賃金(prevailing wage)等が閲覧できる(33)。支給されるべき賃金が支払われなかった場合に労働者が異議を申し立てるための書式も、同ウェブサイトからダウンロードできるようになっている。
( 2 ) 連邦法による規制
連邦レベルの公契約を規制する法律として、建設産業(2,000 ドルを超える契約:下記参照)に適用されるデービス・ベーコン法(34)、物の製造及び供給に関する事業(1 万ドルを超える契約)に適用されるウォルシュ・ヒーリー公契約法(35)、労務の供給に関する事業(2,500 ドルを超える契約)に適用されるマクナマラ・オハラ・サービス契約法(36)等がある。
最初に成立したxxxx・xxxx法は、公契約法/条例を議論する際、しばしば言及される代表的な立法である。1964 年の改正により、医療保険、有給休日等の「付加給付」も「最低賃金」の概念に含まれるようになった(37)。
デービス・ベーコン法の要点は表 2 のとおりである(38)。
(29) 同上
(30) xxxx「フランス建設産業の労働条件と労働協約」xxほか 前掲注(19), pp.130-132.
(31) xxx「公契約規制立法にかんする一考察」『早稲田法学』64( 4 ), 1989, p.446.
(32) カンザス州の州法は 1987 年に廃止されている。Xxxxx Xxxxxxx, Kansas and Prevailing Wage Legislation , Prepared for the Kansas Senate Labor and Industries Committee, 1998. <xxxx://xxx.xxxxxx.xxx/xxxxxxxxxxx/xxxxxx_ prevailing_wage.pdf>
(33) Minnesota Department of Labor and Industry,“Prevailing wage -- about.”<xxxx://xxx.xxx.xx.xxx/XX/ PrevWage.asp>
(34) Davis-Bacon Act of 1931, Pub. L. 71-798, 46 Stat. 1494. 40 U.S.C. §§3141-3148; 日本語訳(1940 年改正後)について、労働省大臣官房労働統計調査部編『外国労働法全書』労務行政研究所 , 1956, pp.759-761; 労働省大臣官房労働統計調査部・国立国会図書館調査及び立法考査局編『アメリカ労働法令集〔一〕』(外国労働法令集 V)1955, pp.84-86.参照。
(35) Xxxxx-Xxxxxx Public Contracts Act of 1936, Pub. L. 74-846. 49 Stat. 2036. 41 U.S.C. §§35-45; 日本語訳(1952 年改正後)について、労働省大臣官房労働統計調査部編 同上 , pp.761-765; 同(1936 年法制定時)について、労働省大臣官房労働統計調査部・国立国会図書館調査及び立法考査局編 同上 , pp.86-89. 参照。
(36) Service Contract Act of 1965, Pub. L. 89-286, 79 Stat. 1034, 41 U.S.C. §§351-358.“XxXxxxxx-O’Hara Service Contract Act”と通称されている。
(37) op.cit (. 34); xx xx注(31), pp.449-452. 米国では、医療給付等は企業内の付加給付となっている。
(38) 同上
表 2 xxxx・xxxx法(米国)の概要
対象契約 | 連邦政府が一方当事者となる、公共建築物の建設、改築等又は公共土木事業についての 2,000 ドルを超える契約が対象となる。 |
対象労働者 | 対象契約に基づく工事に従事するすべての労働者(下請労働者を含む) |
労働条項の内容 | 対象労働者に対し、最低賃金((A) 基本的な時間賃金又は賃率 (B) 医療給付、年金給付、失業給付、有給休暇等)を支払う旨の条項を設ける。 |
実効性担保の方法 | ・契約違反による工事停止の場合、連邦政府が留保した請負業者に支払うべき代金のうち労働者に支払われるべき賃金については、会計検査院長が直接労働者に支払わなければならない。 ・会計検査院長は、契約に違反した企業の名簿を、連邦政府関係機関のすべてに配付する。当該企業及び関連団体は、3年間連邦政府の契約に参加する権利を剥奪される。 契約の条項として規定: ・契約には、請負業者又は下請負業者は支給すべき賃金をすべての労働者に無条件に支給すること、支給賃金を作業現場の目につきやすい場所に掲示すること等を定めた規定を含まなければならない。 ・契約には、違反の場合に連邦政府は請負業者の工事続行の権利を停止することができる旨の規定を含まなければならない。 |
(出典)Davis-Bacon Act of 1931, Pub. L. 71-798, 46 Stat. 1494. 40 U.S.C. §§3141-3148; xxx「公契約規制立法にかんする一考察」
『早稲田法学』64( 4 ), 1989, pp.449-452. を基に筆者作成。
( 3 ) 公契約を対象とした生活賃金条例
1990 年代に始まった米国の生活賃金(リビング・ウェイジ:Living Wage)運動は、当該地域において生活するのに十分な水準の最低賃金を求める運動である。この運動は、ILO 第 94 号条約を特に意識したものではなく、その基本的考え方はできるだけ多くの労働者の最低賃金を引き上げることであったが(39)、国際的な公契約法/条例制定の流れや、日本における公契約法/条例を求める運動にも影響を与えた(40)とされている。
生活賃金運動の目標は、医療給付、疾病休暇、有給休暇、雇用継続条項(委託業者が変わっても労働者はそのまま継続雇用する条項)、情報公開、環境基準などに拡大している。生活賃金は 2006
年時点で 140 の郡、市及び大学などで採用されているという(41)。
(ⅰ) 公契約における生活賃金条例
1990 年代前半にxxxxxx州ボルティモア市において、教会関係者によるホームレスの救
済活動の際、食糧を受け取る貧困者の中に市の公共サービス関連の仕事についている人が多いことが発見されたことから、市の委託の仕事に目が向けられた。そして、これが生活賃金運動の広がりの発端となった。
1994 年には、ボルティモア市で、市との契約で役務を提供するすべての事業者の下で働くすべての労働者を対象に時給 6.10 ドル以上を強制適用する条例が制定された。この条例は全米で初めての生活賃金条例であり、公契約事業に従事する労働者の賃金額を定めたという点で、公契約条例としての性格も併せ持つ(図 2 参照)。
(ⅱ) 公契約に限定しない生活賃金条例
米国の生活賃金運動では、公の機関が関与する公契約に限らず、当該地域の労働者全体に適用される地域独自の最低賃金を「家族を扶養し、自尊心を維持し、市民生活に参加する資力と余暇の両方を持ち得る」(42)水準に定めることを求める動きがある(43)。
2002 年 2 月には、ニューオーリンズ市で事
(39) xxxxx「公契約法・条例制定の意義・現状・課題―xxなグローバル化へ向けての対抗戦略」『賃金と社会保障』 1502 号 , 2009.11. 下旬 , pp.39-41; Xxxxxxxxxxx Xxxxx et al.,“The Effects of the Living Wage in Baltimore,”Working Paper , No.119, Feb. 1999, Economic Policy Institute, pp.3-4. <xxxx://xxx.0xxx.xxx/00x0xx0xxxx0x00x0x_x0x0xxxx0. pdf> この小節の記述は、両資料に基づく。
(40) 同上
(41) 米国生活賃金キャンペーンのウェブサイトによる。2012 年 1 月現在はサイトが閉鎖されている。<xxxx://xxx. xxxxxxx.xxx/xxx/00000000000000/xxxx://xxxxxxxxxxxxxxxxxx.xxx/xxxxx.xxx?xxx0000>
業を展開しているすべての企業を対象として、連邦最低賃金に時給 1 ドルを加えた金額を自動的に最低賃金とする条例が住民投票で採択された。2002 年 9 月、ルイジアナ州最高裁判所は、条例が州の権限を侵すため、州憲法違反とする判決を下しており、条例は効力を発していない。(44)
4 ILO 第 94 号条約
( 1 ) 条約の概要
英国、フランス及び米国で確立していた公契約法や決議を、第二次世界大戦後に国際的なxx労働基準として条約化した ILO 第 94 号条約が、1949 年に採択された(45)。
条約は、当事者の少なくとも一方が公の機関
ᄾ⚂ߦ߅ߌࠆ␠ળ᧦㗄
↵ᅚᐔ╬
㓚ኂ⠪㓹↪
ⅣႺ㈩ᘦ
ᄾ⚂ߦ߅ߌࠆഭ᧦㗄
ၞ⽸₂
⾓㊄એᄖߩഭ᧦ઙ
ᄾ⚂ߦ߅ߌࠆ⾓㊄᧦㗄
図 2 公契約条例と生活賃金条例の関係
公契約における社会条項
男女平等
環境配慮
地域貢献
障害者雇用
公契約における労働条項
賃金以外の労働条件
公契約における賃金条項
生活賃金を上回るxx賃金
公契約における生活賃金
民間契約を含む地域全体の 生活賃金
生活賃金条例
↢ᵴ⾓㊄ࠍ࿁ࠆ
ᱜ⾓㊄
ᄾ⚂ߦ߅ߌ
ࠆ↢ᵴ⾓㊄
᳃㑆ᄾ⚂ࠍ
ၞోߩ
↢ᵴ⾓㊄
↢ᵴ⾓㊄᧦
(出典)筆者作成。
(42) Xxxxxxxx X. Xxxxxxxx, A living wage: American workers and the making of consumer society , New York: Cornell University, 1997, p.3; xxxx「生活賃金運動の問題提起」『労働調査』435 号 , 2005.9, p.38.
(43) なお、日本政府は、公契約に限定して最低賃金法に定める地域別最低賃金を上回る最低賃金額を条例で定めることは、法律上特に問題ないとの判断を示しているが、地域全体の最低賃金を条例で定めることは、最低賃金法との二重規制となることを問題とし、地方自治法(昭和 22 年法律第 67 号)に違反すると答弁している(第 171 回国会参議院
答弁書第 64 号「参議院議員xxxxx提出最低賃金法と公契約条例の関係に関する質問に対する答弁書」2009.3.6.
<xxxx://xxx.xxxxxxx.xx.xx/xxxxxxxx/xxxx0/xxxxxx/xxxxxxx/000/xxxx/x000000.xxx>)。現行の日本の最低賃金法(昭和 34 年法律第 137 号)による地域別最低賃金制度では、フルタイムで年間を通して働いても、生活保護水準を下回る
水準に最低賃金が設定されている地域があるため、現在、その解消が進められている。平成 23 年度の地域別最低賃金
額の改定では、地域別最低賃金額が生活保護水準と逆転していた 9 都道府県(北海道、xx県、埼玉県、xxx、神奈川県、京都府、大阪府、兵庫県、広島県)のうち、6 都府県で逆転を解消したが、なお、3 道県(北海道、xx県、神奈川県)で逆転現象が続いている(厚生労働省「平成 23 年度地域別最低賃金額改定の答申について」2011.9.13.
<xxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxx/xxxxxx/0x0000000000xx0x.xxxx>)。最低賃金法は、生活賃金を保障する規制に完全にはなり得ていないのが現状である。
(44) xx xx注(42), p.40; Xxxx X. Xxxxx-Xxxxxxx, The Political Economy of the Living Wage: a Study of Four Cities , New York: X.X.Xxxxxx, 2004, pp.167-175;“Chapter 5 Minimum Wage,”Home Rule Charter of the City of New Orleans , effective MAY 1, 1954 (as amended through October 2, 2010), p.193. <xxxx://xxx.xxxx.xxx/XXXX/ City-Information/City-Charter/>
であり(第 1 条第 1 項( a ))、公の機関による資金の支出と契約の他方当事者による労働者の使用を伴い(第 1 条第 1 項( b ))、①土木工事の建設、変更、修理若しくは解体、②材料、補給品若しくは装置の製作、組立て、取扱若しくは発送、又は③労務の遂行若しくは提供に対する(第 1 条第 1 項( c ))契約に適用される。公の機関と公契約を締結した業者のみならず、下請負業者にもこの条約は適用される。
批准国は、対象となる公契約について、同一地域の同一性質の労働に対するものに劣らないより有利な賃金、労働時間その他の労働条件を関係労働者に確保する労働条項を挿入しなくてはならない。これは、その職業に相応しいxxな賃金等の労働条件を求めたものであり、生活に必要な最低賃金にとどまらず、その地域における賃金相場以上の賃金を要求しているという解釈(46)もある。(図 2 参照)
条約は、批准国の中央機関によって査定
(award)される公契約を対象としている。地方自治体の公契約に関して適用されるか否かについては議論があるが、適用される方法及び範囲は批准国の裁量に委ね、弾力的に適用する余地を批准国に与えている(47)。
( 2 ) 第 84 号勧告
ILO 第 94 号条約と同時に「公契約における労働条項に関する勧告」(第 84 号勧告)(48)が採択された。勧告は、私的使用者が補助金を交付され又は公益事業を行うことを許可される場合においても公契約における労働条項の規定と実質的に同様な規定を適用することを求めている
(第 1 条)。公の機関が契約の当事者とならない
事業についても、条約のコントロールのもとに置くべきことを規定しており、条約の適用範囲を拡大しようとするものと理解できる(49)。なお、条約は、批准国にその規定の実施を義務づける法的拘束力を有するが、勧告は、政策や立法等の指針であり、批准という行為を伴わず、法的拘束力までは生じない。
( 3 ) 批准国
ILO 第 94 号条約を批准した国は、フランス、イタリア、英国、マレーシア・サバ州、マレーシア・サラワク州、フィリピン、シンガポールなど、62 か国・地域(表 3 参照)であり、このうち、英国は 1950 年に批准したが、1982 年に破棄しているため、現在有効な批准国は61 か国・地域である。
なお、米国及び日本は批准していない。
Ⅲ 日本における公契約法制定の動き
1 ILO 第 94 号条約採択を受けた国内法整備の検討
( 1 ) 一般職種別賃金額の告示をめぐる動き 日本には、現在求められている公契約法とは
逆に、政府契約に係る事業の労務費(賃金)の上限額の基準として「一般職種別賃金額」を定める「政府に対する不正手段による支払請求の防止等に関する法律」(昭和 22 年法律第 171 号、
以下「不正支払防止法」)が昭和 22 年 12 月から
昭和 25 年 5 月まで存在した。
この法律は、戦後の物価統制の一環として、連合国最高司令官の指令(覚書)を受けて制定されたもので、政府自らがヤミ価格や不当な高
(45) Labour Clauses (Public Contracts) Convention, 1949. <xxxx://xxx.xxx.xxx/xxxxxx/xxx-xxx/xxxxxx.xx?X000>; xxxx注(23), p.52; 条約の日本語訳は、労働省編『ILO 条約・勧告集(第 7 版)』労務行政研究所 , 2000, pp.398-400. を参照。
(46) 全日本自治団体労働組合 前掲注( 2 ), p.55.
(47) xxx「ILO 九四号条約の概要とその適用をめぐる諸問題」『世界の労働』57( 6 ), 2007.6, p.17.
(48) Labour Clauses (Public Contracts) Recommendation, 1949. <xxxx://xxx.xxx.xxx/xxxxxx/xxx-xxx/xxxxxx.xx?X000>;勧告の日本語訳は、労働省編 前掲注(45), pp.896-897. を参照。
(49) xx xx注(31), pp.441-442.
表 3 公契約における労働条項に関する条約(ILO 第 94 号条約)批准国・地域一覧(批准年月日順)
批准国名 | 批准年月日 | 批准国名 | 批准年月日 |
英 国(注) | 1950 年 6 月 30 日 | ウガンダ | 1963 年 6 月 4 日 |
フランス | 1951 年 9 月 20 日 | モーリタニア | 1963 年 11 月 8 日 |
オーストリア | 1951 年 11 月 10 日 | ケニア | 1964 年 1 月 13 日 |
フィンランド | 1951 年 12 月 22 日 | マレーシア・サバ州 | 1964 年 3 月 3 日 |
グアテマラ | 1952 年 2 月 13 日 | マレーシア・サラワク州 | 1964 年 3 月 3 日 |
キューバ | 1952 年 4 月 29 日 | 中央アフリカ | 1964 年 6 月 9 日 |
オランダ | 1952 年 5 月 20 日 | ブラジル | 1965 年 6 月 18 日 |
ベルギー | 1952 年 10 月 13 日 | シンガポール | 1965 年 10 月 25 日 |
イタリア | 1952 年 10 月 22 日 | ガイアナ | 1966 年 6 月 8 日 |
イスラエル | 1953 年 3 月 30 日 | ギニア | 1966 年 12 月 12 日 |
フィリピン | 1953 年 12 月 29 日 | バルバドス | 1967 年 5 月 8 日 |
ウルグアイ | 1954 年 3 月 18 日 | イエメン | 1969 年 4 月 14 日 |
デンマーク | 1955 年 8 月 15 日 | モーリシャス | 1969 年 12 月 2 日 |
ブルガリア | 1955 年 11 月 7 日 | スペイン | 1971 年 5 月 5 日 |
モロッコ | 1956 年 9 月 20 日 | パナマ | 1971 年 6 月 4 日 |
シリア | 1957 年 6 月 7 日 | バハマ | 1976 年 5 月 25 日 |
コスタリカ | 1960 年 6 月 2 日 | スリナム | 1976 年 6 月 15 日 |
エジプト | 1960 年 7 月 26 日 | ジブチ | 1978 年 8 月 3 日 |
コンゴ民主共和国 | 1960 年 9 月 20 日 | グレナダ | 1979 年 7 月 9 日 |
キプロス | 1960 年 9 月 23 日 | セントルシア | 1980 年 5 月 14 日 |
ナイジェリア | 1960 年 10 月 17 日 | スワジランド | 1981 年 6 月 5 日 |
ソマリア | 1960 年 11 月 18 日 | アンティグア・バーブーダ | 1983 年 2 月 2 日 |
トルコ | 1961 年 3 月 29 日 | ドミニカ | 1983 年 2 月 28 日 |
ガーナ | 1961 年 4 月 4 日 | ベリーズ | 1983 年 12 月 15 日 |
シエラレオネ | 1961 年 6 月 15 日 | ソロモン諸島 | 1985 年 8 月 6 日 |
タンザニア | 1962 年 1 月 30 日 | イラク | 1986 年 4 月 25 日 |
カメルーン | 1962 年 9 月 3 日 | ノルウェー | 1996 年 2 月 12 日 |
ルワンダ | 1962 年 9 月 18 日 | セントビンセント及びグレナディーン諸島 | 1998 年 10 月 21 日 |
アルジェリア | 1962 年 10 月 19 日 | アルメニア | 2005 年 5 月 18 日 |
ジャマイカ | 1962 年 12 月 26 日 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | 2010 年 1 月 18 日 |
ブルンジ | 1963 年 3 月 11 日 | マケドニア旧ユーゴスラビア | 2010 年 9 月 6 日 |
(注)英国は 1982 年に条約を破棄したため、現在有効な批准国は 61 か国・地域である。
(出典)ILOLEX <xxxx://xxx.xxx.xxx/xxxxxx/xxx-xxx/xxxxxx.xx?X000> を基に筆者作成。
賃金による支払いを為すことを防ぐことを目的としていた(50)。
具体的には、国等のためになされた工事の完成、物資の生産その他役務の提供に関する代金の請求について内訳を提出させ(第 1 条)、労務費については労働大臣の告示する一般職種別賃金を超えない賃金額によらなければならない
(第 2 条)と規定されていた。
不正支払防止法の基本部分は、根拠となった覚書の廃止に伴い、昭和 25 年 5 月に廃止され
たが、一般職種別賃金額の告示に関する規定については、「国等を相手方とする契約における条項のうち労働条件に係るものを定めることを目的とする法律が制定施行される日の前日まで、なお、その効力を有する。」(51)とされ、継続された。この規定には、前年の ILO 第 94 号条約の採択を受け、国内法を整備すべき時期に来ている旨を明らかにする意図が含まれており(52)、告示による一般職種別賃金額を公契約法においても活用するため、公契約法制定時
(50) 第 1 回国会衆議院財政及び金融委員会議録第 42 号 昭和 22 年 11 月 29 日 p.3. xxxxx政府委員(xxxxxx)による提案理由説明。
(51) 政府に対する不正手段による支払請求の防止等に関する法律を廃止する法律(昭和 25 年法律第 190 号)
(52) 第 7 回国会衆議院xx委員会議録第 62 号 昭和 25 年 4 月 30 日 p.1. xxxxx政府委員(労働政務次官)による提案理由説明。
まで維持しようとするものであった。
( 2 ) 昭和 25 年の「國等の契約における労働條項に関する法律案」
(ⅰ) 法案の内容
昭和 25 年秋、労働省は、「國等の契約における労働條項に関する法律案」を作成した(53)。この法案は、ILO 第 94 号条約の採択を受けたものであり(54)、国等の公契約事業に従事する労働者の適正な労働条件の確保を目的とした公契約法案であった(55)。
同法案は、国、公団、公庫、専売公社及び国有鉄道などの国の機関を「国等」の範囲とし(第 1 条)、国等と国等以外の者との契約で国等以外の者が国等の注文に応じて、役務等の提供を行い、国等がその対価の支払いをなすものを対象とした(第 2 条)。工事の完成、物の生産及び役務の提供を「役務等」の範囲としており、幅広い業種及び職種を適用対象としていた。
その契約に盛り込まれるべき労働条項(第 4 条)は、労働条件のうち賃金にほとんど的が絞られ、同一地域における同種の職業に従事する労働者に対し一般に支払われている賃金を基準として定められる一般職種別賃金額(第 6 条 第 2 項)を下回らない賃金を支払わせようとするものであった。下請業者を含む(第 5 条 2 項)請負業者が労働者に一般職種別賃金を下回る賃金を支払うか、賃金を支払わなかった場合は、国等の機関は不足する賃金に相当する額の支払
いを留保することができ(第 7 条)、労働条項のうち重要な事項に違反した場合には、当該契約を解除できるものとされた(第 9 条)。
(ⅱ) 法案に対する議論
同法案は、同年の第 8 回臨時国会への提出が目指されていたが、xxx内閣は「関係方面の諒解が得られないことを理由として」(56)提出を断念した。引き続き、同年の第 9 回臨時国会への提出が「予想されていた」(57)が、結局提出に至らなかった。
同法案については、特に経済界からの反発が強かった。当時の日本経営者団体連盟(日経連)は、「日本の経済的、社会的実情に副わないのみならず関係業者の存在をも危殆に瀕しせしめる」(58)と主張し、また建設工業労務研究会、全国建設業者協会及び日本鉄道車両工業協会などが、憲法第 14 条の「法の下の平等」に違反という批判のほか、戦後間もない復興期ということもあり、時期尚早といった経済的観点からの反対論を展開した(59)。
( 2 ) 昭和 30 年代以降の主な議論
昭和 25 年に法案提出が断念された後も、公
契約法案の検討は続いていた。昭和 30 年代前
半には、政府は、日本では労働基準法(昭和 22
年法律第 49 号)や最低賃金法(昭和 34 年法律第
137 号)の適用範囲が広いため、公契約法の「実益は割合少い」としながらも、失業者が多い地
(53) 「一般職種別賃金の新構想と現状―國等の契約における労働條項に関する法律案の内容―」『労政時報』1116 号 , 1950.11, pp.2-17.
(54) 当時、日本は国際労働機関(ILO)に加盟していなかったが、「日本の国際貿易とのつながりその他の関係で、大体総会で採択されたものは、できるだけ国内法として消化して行く方がいい」(前掲注(52), pp.3-4. xxxx政府委員(労働省労働基準局長)の答弁)との考え方があった。
(55) 前掲注(53) 以下、同法案の内容は前掲注(53)による。
(56) xxx「一般職種別賃金を含む公契約法の問題」『労働経済旬報』4(109), 1950, p.17.
(57) 法政大学xx社会問題研究所編『日本労働年鑑(第 24 集)』労働旬報社 , 1952, p.857.
(58) 同上 , pp.857-858.
(59) xx xx注(56), pp.18-19.
(60) 第 28 回国会衆議院社会労働委員会議録第 13 号 昭和 33 年 2 月 28 日 p.12. xxxxx衆議院議員の質問に対するxxx労働省労働基準局長の答弁。
域に政府が集中的に発注を行い、有効需要を喚起する失業対策、不況対策の観点から「十分検討を加えたい」と答弁していた(60)。
ところが、昭和 30 年代後半には、「なお慎重なる検討を要するものだ」(61)と答弁が後退し、昭和 38 年、不正支払防止法のうち、公契約法の制定施行までという条件で効力が残っていた
「一般職種別賃金」の告示に関する規定が廃止され、同法は公契約法が制定されないまま消滅した。
昭和 40 年代以降は、公契約法の議論は下火になるが、ILO 第 94 号条約が未批准であることが、たびたび問題として取り上げられた(62)。その度に政府は、批准の前提となる国内法令の整備が困難であるとして、公契約法の制定や条約の批准を否定してきた。
2 公契約法/条例を求める動きの広がり
( 1 ) 公共工事削減、業務委託進展の影響
バブル崩壊後の長期不況による公共工事の入札競争の激化の影響を受けた建設業の従事者を中心に、平成 13 年ごろから公契約法/条例を求める動きが活発になった(63)。要求の焦点は、賃金額が下落を続けている状況を背景に、公契約法/条例における労働条項の中でも特に賃金の適正な水準を確保することに置かれた。
公契約における適正な賃金水準の確保を求める動きは、次第に建設産業以外の分野にも広
がった。背景には、平成 14 年度以降、急速に公共事業が削減される(64)一方、経費削減を目的とした民間委託が多分野で進展したことがある。この結果、公共サービスに従事する労働者の賃金が下落し、もともとは国や自治体の賃金の低い非常勤職員に関して使われていた「官製ワーキングプア」という言葉が、公契約事業に従事する労働者をも指して使われるようになった(65)。
最近では、全日本自治団体労働組合(自治労)や日本労働組合総連合会(連合)などの労働組合も、公契約法/条例を求める運動を本格化させている(66)。また、地方自治体においても、公契約法/条例の制定を求める動きが活発になり、実際に条例を制定する自治体も現れた(第
Ⅳ章参照)。
国レベルでも、これまで国や地方自治体が担ってきた公共サービスが民間委託される中で、官民の責任分担が不明確になること、公共サービスに従事する者の労働条件が悪化していること、その結果、公共サービスの質が低下し、結果的に国民が不利益を被るという問題が指摘されていることを受けて、公共サービスの受け手である国民の視点に立って公共サービスの理念・あり方を定める基本法として、公共サービス基本法(平成 21 年法律第 40 号)が制定された(67)。この法律は、理念規定のみで効力が弱いとの批判もあるが、特にその第 11 条が公共
(61) 第 38 回国会衆議院社会労働委員会議録第 25 号 昭和 36 年 4 月 11 日 p.18. xxxx衆議院議員の質問に対するxxx労働省労働基準局長の答弁。
(62) 第 102 回国会参議院地方行政委員会会議録第 7 号 昭和 60 年 3 月 26 日 pp.31-32. xxxxx参議院議員の発言 ;第 122 回国会衆議院労働委員会議録第 2 号 平成 3 年 11 月 22 日 pp.14-16. xxxx衆議院議員の発言など。
(63) xxxx「公共工事の分野から働くルールを求めて」『賃金と社会保障』1502 号 , 2009.11. 下旬 , pp.16-21.
(64) xxxx「公共事業の削減とその影響」『レファレンス』648 号 , 2005.1, pp.16-18.
(65) xxx「官製ワーキングプアと外部委託」『ガバナンス』119 号 , 2011.3, pp.23-25.
(66) xxxxx「公契約条例」(第 2 特集 政策・制度課題に対する労働組合の対応)『Business Labor Trend』2011.3, pp.42-43. 2008 年 6 月には、連合が「公契約に関する連合見解と当面の取り組み」を公表し、公契約に関する取組みを、連合全体の課題として位置づけ、強力に展開していくこととした。<xxxx://xxx.xxxx-xxxxx.xx.xx/xxxxxx/xxxxxx/ kou_keiyaku/data/kenkai_torikumi.pdf>
(67) xxxx「法令解説 国民の視点に立って公共サービスの在り方を規定―公共サービス基本法」『時の法令』1846 号 , 2009.11.30, p.41.
サービスの実施に従事する労働者の適切な労働条件の確保等を国や自治体に求めていることから、これを公契約事業に従事する者の賃金水準の確保につなげることができるとの主張もある(68)。
( 2 ) 平成 21 年の「公共工事報酬確保法案」 こうした動きの広がりを受けて、国会におい
ても、国が関与する公契約事業に従事する労働者の賃金の具体的な下限額の基準を法律で定めようとする動きがみられた。超党派の国会議員で構成された議員連盟では、公契約法の制定が議論され、平成 21 年には、国が発注する公共工事における労働者の報酬の確保を図るため、
「国等が発注する建設工事の適正な施工を確保するための公共工事作業従事者の適正な作業報酬等の確保に関する法律(案)」(以下、「公共工事報酬確保法案」)が民主党参議院議員を中心に作成された(69)。
この法案の対象となる契約は、国及び特殊法人等が発注者となる公共工事である(第 2 条第 1 項、同条第 2 項)。案作成の過程では、業務委託も対象とすることが検討されていた。しかし、業務委託に関しては、作業報酬額の下限の決定の際に基準となる公的な基準が存在せず、多種多様な業務それぞれについて、都道府県ごとに、賃金の適正な基準を設定することは非常に困難であるとの理由から、業務委託は対象から外されることになった(70)。
対象となる労働者(公共工事作業従事者)には、労働基準法第 9 条に規定する労働者(71)だけで
はなく、自らが提供する労務の対償を得るために請負契約により作業に従事する者(いわゆる
「一人親方」)が含まれる(第 2 条第 4 項)。
作業報酬額の下限(基準作業報酬額)は、公共工事に係る作業のそれぞれについて、困難度及び作業が行われる地域ごとに、国土交通大臣が決定する。国土交通大臣は、基準作業報酬額の決定にあたっては、作業が行われる地域で国等以外の者が発注者となっている建設工事に従事する者の賃金を勘案し、厚生労働大臣などと協議し、中央建設業審議会の意見を聴かなければならない(第 4 条)。具体的には、公共工事設計労務単価(72)とその調査資料を参考にしながら、中央建設業審議会の議を経て決定することが想定されていた(73)。
作業報酬の支払いは、法律自体によって直接的に義務付けられるのではなく、発注者と受注者の合意に基づく契約条項に報酬の支払い等に関する項目を含める(第 5 条)ことにより、いわば間接的に義務付けられている。すなわち、受注者が支払うべき作業報酬の支払いを怠った場合、政令で定める期限までに、基準作業報酬額に作業に従事した時間数を乗じた額(既に支払われた報酬の額がこの額を下回る場合は、その差
額)を公共工事作業従事者が受け取れるようにしなければならない旨の条項を契約に定め(第 4 条)、受注者がこの義務を果たさない場合、契約上の義務に違反したことを理由として、国等は契約解除や入札資格の停止を行うことができる(第 7 条)。このような契約を根拠とする賃金の下限額の支払確保の方法は、自治体の条例に
(68) xxxx「なぜ、今、「公契約」適正化運動なのか―発注者責任に着目して」『賃金と社会保障』1502 号 , 2009.11. 下旬 , p.12;xxxx『公契約条例入門―地域が幸せになる〈新しい公共〉ルール』旬報社 , 2010, pp.87-89.
(69) 「国等が発注する建設工事の適正な施工を確保するための公共工事作業従事者の適正な作業報酬等の確保に関する法律(案)」『労働法律旬報』1719 号 , 2010.5. 上旬 , pp.68-71. 同案の解説として、xxxx「公契約規整の到達点と当面の課題」『労働法律旬報』1719 号 , 2010.5. 上旬 , pp.11-13.
(70) xx xx , pp.11-12.
(71) 職業の種類を問わず、事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
(72) 公共工事発注の際の予定価格の積算に必要な労務費を算定するため、国土交通省と農林水産省が公共工事等に従事する労働者の賃金実態調査を行い、47 都道府県別、51 職種別に毎年決定する 1 日 8 時間当たりの単価。
(73) xx xx注(69), p.12.
も取り入れられている(第Ⅳ章参照)。
公共工事報酬確保法案は平成 21 年 7 月に民主党のネクストキャビネットに報告されたが、同年の衆議院選挙における民主党マニフェストには掲載されず、国会には提出されていない(74)。
( 3 ) 政権交代後の状況
平成 21 年の衆議院選挙の結果、民主党が政権につくと、政府から、公契約法の制定によって公契約事業に従事する労働者の賃金の下限額の基準を定めることに関し、議論を進めることが重要であるとの見解が示されるようになった。xxxxx内閣総理大臣は、賃金などの労働条件は、労働基準法や最低賃金法などを守ることは当然とし、「その具体的なあり方は労使間で自主的に決める」ことが原則であるとしつつ、「公契約における賃金などの労働条件のあり方に関しては、発注者である国の機関や地方自治体も含めて幅広く議論を進めていくことが重要」との見解を示した(75)。後任のxxx内閣総理大臣も、同様の見解を示した(76)。関係大臣・政務官からも、同様の発言がなされている(77)。厚生労働省労働基準局長は、地方公共
団体での取組み状況の把握や発注の際の工夫のあり方、最低賃金制度との関係について、研究・検討を進めていると答弁している(78)。
Ⅳ 地方自治体における公契約条例制定の動き
地方自治体においても、公契約条例の制定又は制定に向けた取組みは、ここ 10 年程の間に活発になってきている。公契約における労働条項の中でも、特に賃金の下限額の水準の確保を求める動きが目立つことを受け、賃金の下限額の水準を決定することが、公契約条例の目玉になっていることが多い。
地方自治体における公契約法/条例に関する動きは、まず国や地方自治体に公契約法/条例の制定を求める議会の意見書(請願・陳情の採択も含む)から始まった。公契約条例の制定の検討を求める陳情は平成 13 年にxxx東大和市
議会において採択され、平成 14 年には国に公契約法の制定を求める意見書が神戸市会で可決された(79)。こうした意見書等の採択を行った地方議会は、平成 23 年 9 月 14 日現在で 42 都
道府県の 852 議会、意見書等の数は 870 件にの
(74) 民主党「【次の内閣】国民の皆さんのために素晴らしいマニフェストを 鳩山代表」2009.7.8. <xxxx://xxx0.xxx. xx.xx/xxxx/?xxxx00000>;「「公契約条例」広がるが進まない国での法制化―官製ワーキングプア解決の切り札」『週刊東洋経済』2011.2.26, pp.100-101.
(75) 第 174 回国会衆議院会議録第 6 号 平成 22 年 2 月 2 日 p.18.
(76) 第 177 回国会衆議院会議録第 3 号 平成 23 年 1 月 27 日 p.13. xxxx衆議院議員の質問に対するxxx内閣総理大臣の答弁;第 177 回国会衆議院会議録第 4 号 平成 23 年 2 月 15 日 p.27. xxxx議員の質問に対する答弁。
(77) 平成 22 年以降で公契約法/条例が取り上げられたのは、例えば、第 174 回国会衆議院国土交通委員会議録第 2 号平成 22 年 2 月 24 日 p.9. xxxx衆議院議員の質問に対するxxxx国土交通大臣の答弁 ; 第 174 回国会衆議院予算委員会第八分科会議録(国土交通省所管)第 1 号 平成 22 年 2 月 25 日 p.16. xxxxx衆議院議員の質問に対するxxx大臣政務官の答弁 ; 第 174 回国会衆議院総務委員会議録第 9 号 平成 22 年 3 月 23 日 p.14. xxxx衆議院議員の質問に対するxxxx総務大臣、xxx副大臣の答弁 ; 第 177 回国会参議院厚生労働委員会会議録第 9 号 平成 23 年 5 月 12 日 p.28. xxxxx参議院議員の質問に対するxxxxx副大臣の答弁。ILO 第 94 号条約の批准に関して、第 174 回国会衆議院予算委員会第二分科会議録(総務省所管)第 1 号 平成 22 年 2 月 25 日 p.18. xxxxxxx議員の質問に対するxxxx大臣政務官の答弁 ; 第 176 回国会参議院予算委員会会議録第 7 号 平成 22 年 11月 19 日 p.46. xxxx参議院議員の質問に対するxxxx厚生労働大臣、xxx内閣総理大臣の答弁。
(78) 第 177 回国会衆議院予算委員会第八分科会議録(国土交通省所管)第 1 号 平成 23 年 2 月 25 日 p.13. xxxx衆議院議員の質問に対するxxxx政府参考人(厚生労働省労働基準局長)の答弁。
(79) xxxx「公契約運動の前進で確かな建設産業を」『労働法律旬報』1719 号 , 2010.5. 上旬 , p.27.
ぼっている(80)。平成 17 年 6 月には、第 75 回全国市長会議において、「公共事業に関する要望」の中で「公共工事における建設労働者の適正な労働条件を確保するため、関係法令の整備を図ること」を求めていくことが決定された(81)。
意見書等にとどまらず、公契約事業に従事する者の賃金水準の確保のための措置を自ら講じようとする自治体も現れた。その手法は、大別して、①条例ではなく要綱等の文書による指導や入札方法の工夫によるもの、②条例によるもの、に分けることができる。表 4 は、代表的な自治体の取組みを、賃金の下限の確保の方法に着目して類型化したものである。
1 条例制定以外の方法による賃金水準の確保
北海道函館市が土木部長名で公表している
「工事、委託の施工上の留意事項」(82)は、公共工事の受注者に対し、市が発注する工事に従事する者の賃金額の下限の基準を具体的に文書で示した先駆的な例である。この文書は、「公共工事の積算については、二省協定単価(引用者注 公共工事設計労務単価(83))に基づく労務単価により積算しているため、この点に十分留意し、適正な賃金を支払われるよう配意」することを
求めている。文書は、受注した企業を法的に拘束するものではないが、市が受注者に対して直接「適正な賃金」の支払いを求め、その際考慮すべき具体的な基準として公共工事設計労務単価を示した点が注目された(84)。
また、公契約の入札時の評価項目に賃金の下限に関する項目を置き、公契約事業に従事する者の賃金の確保に取り組む企業が落札しやすくなるよう、入札制度を工夫する自治体もある。平成 20 年 9 月から導入されたxxxxx市の総合評価方式による公共工事請負入札は、その代表例である。xx市独自の評価項目である「格差是正への取組み」の一つに「建設労働者の適正な労務単価確保」をあげ、労務単価が公共工事設計労務単価の 80%以上であることが入札時の提出書類上で確認できた場合、技術評価点が加算される。工事完成検査時に、支払給与実績等が確認できる給与明細書、賃金台帳を提出させ、履行の確認を行うことになっている。(85)
2 条例制定による賃金水準の確保
総合評価入札方式では、賃金などの労働条件に関する項目は評価項目の一つに過ぎず、労働者の賃金水準の確保に必ずしも大きな効果が期
表 4 自治体による公契約における賃金下限額確保措置の類型
① 条例以外の手法によるもの | ||
「留意事項」「要綱」「指針」等による指導を行う | 北海道函館市要綱 | |
総合評価入札方式において、賃金を評価項目に含める | xxxxx市総合評価入札方式 | |
② 条例によるもの | ||
受注者に対し、定められた賃金の下限額以上の支払いを、条例で直接求める | 兵庫県尼崎市条例案xx県xx市条例 | |
受注者に対し、定められた賃金の下限額以上の支払い義務を、契約上の義務として規定する | 神奈川県xx市条例 |
(注)xxxx「政策目的型入札改革と公契約条例(上)」『自治総研』394 号 , 2011.8, pp.96-97; 同「政策目的型入札改革と公契約条例(下)」『自治総研』396 号 , 2011.10, pp.47-51. を参考に、筆者作成。
(80) xxx 連・賃金対策部「公契約条例(法)等の自治体に対する取り組み状況」2011.9.14. <xxxx://xxx. xxxxxxxxxxx.xxx/xxxx/00xxxxx/xxx/xxxxxxxxxx00000000.xxx>
(81) 全国市長会「第 75 回全国市長会議決定 要望事項 34 公共事業に関する要望」2005.6.8. <xxxx://xxx.xxxxxx. xx.xx/xxxxxxx/xxxxxx/x0000/00.xxx>
(82) 函館市土木部長「適正な工事の施工を!―工事 , 委託の施工上の留意事項―」<xxxx://xxx.xxxx.xxxxxxxx. xxxxxxxx.xx/xxxxxx/xxxxxxx-xxxxx.xxx>
(83) 注(72)参照
(84) xxxx「公契約条例(法)制定の新たな位置づけと問題提起(中)」『建設政策』103 号 , 2005.9, pp.16-18; xxxx注(68), p.11.
待できるわけではない(86)。そこで、より踏み込んで、条例制定という形で公契約における賃金水準を確保することを目指す自治体も現れた(87)。具体的な賃金の下限を条例で定めようとした初めての事例は、兵庫県尼崎市の条例案である(平成 21 年 5 月否決)。他の自治体に先駆けて公契約条例が制定されたのは、全国初の事例であるxx県xx市(平成 21 年 9 月制定)、政令指定都市初の事例である神奈川県xx市(平成 22 年 12 月制定)である。以下では、これら 3つの条例(案)の特徴を整理する(これら条例(案)の内容については、表 5 も参照)。
( 1 ) 尼崎市条例案
尼崎市の条例案は、理念を示した「尼崎市における公共事業及び公契約の契約制度のあり方に関する基本条例」(案)、業務委託を対象とした「尼崎市における公契約の契約制度のあり方に関する条例」(案)、公共工事を対象とした「尼崎市における公共事業の契約制度のあり方に関する条例」(案)の 3 つの条例案からなる(88)。
尼崎市条例案の最大の特徴は、「公契約」を公共調達によって実施される請負、業務委託、委任その他の契約及び指定管理者により行われる施設の管理と定義し(「尼崎市における公共事業及び公契約の制度のあり方に関する基本条例」第
2 条)、業務委託に関してのみではあるが、「公
契約」による業務に従事する労働者の賃金の最低額の基準を条例中で具体的に示したことである。また、労働者の雇用確保や契約の履行の確保にあたり、条例が市の責務として規制している範囲が広いことも特徴である。
業務委託を対象とした「尼崎市における公契約の契約制度のあり方に関する条例」(案)は、予定価格が 500 万円以上の「公契約」に適用さ
れる(予定価格 500 万円未満のものについては、適
用を除外することができる(同条例第 3 条))。対象となる労働者は、受注者、下請事業者、派遣会社のいずれかに雇用され、専ら当該公契約に係る業務に従事する労働者である(同第 7 条)。賃金の最低額の基準は、同市行政職で、高校卒業程度の者に適用される初任給を下回らないもの
(時間給で 945 円)と設定した(同第 8 条)(89)。
市は、「公契約」の締結又は指定管理者の選定に当たっては、これまでその業務に従事していた労働者の雇用が、新しい受注者のもとでも確保されるように努めなければならない(同第 4 条)。また、市は、労働者からの意見の申出を受け、その内容を聴き取り、調査を実施し、受注者に条例に違反する事実が認められた場合は、是正を求めなければならない。受注者が是正に応じない場合、市長は、事業者名等の公表、
「公契約」に係る契約の入札・指定管理者指定の際の評価点の引下げ、契約解除又は指定の取
(85) xx市「xx市総合評価方式について」<xxxx://xxx.xxxx.xxxx.xx.xx/xxxxx.xxx/0,00000,00,xxxx>; xx市「xx市 総合評価方式実施ガイドライン(第四次改定)」2011.4.1. <xxxx://xxx.xxxx.xxxx.xx.xx/xxxxx.xxx/0,00000,x,xx ml/48976/20110407-161657.pdf>
(86) xxxx「政策目的型入札改革と公契約条例(下)」『自治総研』396 号 , 2011.10, p.45. 例えば、xx市の総合評価方式では、労務単価に関する加点の配点は 2 点である(xx市「総合評価方式実施ガイドライン」 同上 , p.5.)。
(87) 自治体の条例制定への取組みを整理したものとして、xxxxx「自治体における公契約および指定管理者制度の現状と課題」『月刊社会保険労務士』46(11), 2010.11, pp.8-12;『週刊東洋経済』前掲注(74) 山形県公共調達基本条例は、公共工事の入札における基本的な理念を、要綱や規則等ではなく、議会の議決による条例という形をとった点で、公契約条例の制定に先んじた重要な事例であると評されている(xxxx「政策目的型入札改革と公契約条例(上)」『自治総研』394 号 , 2011.8, p.88.)。
(88) 条例案の本文は「尼崎市議会平成 20 年 12 月 2 日議員提出条例案関係資料」『労働法律旬報』1719 号 , 2010.5. 上旬 , pp.59-63. 参照。
(89) xxx「尼崎市議会での取組みから学ぶ」xxxxほか編『公契約を考える―xx市の公契約条例制定を受けて』xx社 , 2010, p.33.
表 5 公契約法/条例(案)の主な内容
公契約基本条例(案) 公契約条例(案)
名称 目的 適用される契約の範囲 賃金下限に関する規定 適用される労働者の範囲市、事業者及び市民の責務を明 - - -
らかにすることにより、社会的価値の向上に資する。
尼崎市公契約三条例案(平20.12提出)
【基本理念】市、事業者、市民は、公共事業・公契約の成果・サービスの質の維持、社会的価値の向上に努めなければならない。
公共サービスの質の維持、社会 公契約 高卒行政職初任給を下回らない 受注者、下請事業者、派遣事業
的価値の向上、地域経済の活性 ※基本条例に定義あり:公共調 額を市長が決定化、地域福祉の向上、雇用の確 達によって実施される請負、業
者のいずれかに雇用され、専ら当該公契約に係る業務に従事す
保 務委託、委任その他の契約及び る者指定管理者により行われる施設
の管理(予定価格 500 万円未満のものは適用除外が可能)
公共事業条例(案)
公共事業の質の維持、社会的価 公共事業 - -値の向上、地域経済の活性化、※基本条例に定義あり:公共調
地域福祉の向上、雇用の確保 達によって実施される公共工事
業務の質の確保及び公契約の社・公共工事等:予定価格 5 千万円 以下を勘案して市長が定める。 ・労働基準法第 9 条に規定する労
会的価値の向上を図り、市民が 以上 ・工事等:公共工事設計労務単価 働者のうち、受注者、下請事業者、
豊かで安心して暮らすことので・業務委託:予定価格 1 千万円(二省協定労務単価) 派遣事業者のいずれかに雇用さ
きる地域社会の実現
以上のうち、市長が定めるもの。・業務委託:xx市一般職職員給 れ、専ら当該公契約に係る業務その他、市長が特に必要と認め 与、建設保全業務労務単価、野 に従事するもの
野田市公契約条例
(平21.9制定)
るもの(※) x市が既に締結した業務委託契・公契約に係る請負労働者(自ら
※条例施行規則で定める。条例 約に係る労働者の賃金等 が提供する労務の対価を得るた
制定当初は、施設設備の運転管 ※具体的には条例施行規則で定 めに請負契約により公契約に係理業務及び保守点検業務、清掃 める。工事等については、公共 る業務に従事する者(資材の調業務であったが、平成 22 年の改 工事設計労務単価の 8 割を目安 達、機械の持込みを自らはしな正で、警備、電話交換、1 千万円 とする。業務委託については、い者に限定))
未満の清掃業務にも拡大
業務委託の内容により勘案される基準に基づき定められている。
※平成 23 年度の額
公共工事:職種別に時給 860 円
~ 3,020 円
業務委託:職種別に時給 829 円
~ 1,480 円
市の事務又は事業の質を向上さ・特定工事請負契約:予定価格 6 以下を勘案して市長が定める。・特定工事請負契約の場合:労働
せ、地域経済の健全な発展を図 億円以上 その際、xx市作業報酬審議会 基準法第 9 条に規定する労働者
り、市民の福祉の増進に寄与 ・特定業務委託契約:予定価格 (公労使 5 名以内)の意見を聴か であって、公共工事に従事する
川崎市契約条例
(平22.12改正)
1 千万円以上のうち規則等で定め なければならない。 者、又は、自らが提供する労務
るもの、または指定管理者との・特定工事請負契約:公共工事設 の対償を得るために請負契約に
施設管理協定(※) 計労務単価(市が工事費の積算 より公共工事に従事するもの
・市の指定出資法人及び PFI 事 に用いるもの) ・特定業務委託契約の場合:労働
業者が行う契約においては、指・特定業務委託契約:生活保護法 者であって当該委託業務に従事定出資法人及び PFI 事業者は条 第 8 条第 1 項の規定により川崎 するもの
例の措置に準じた措置を講ずる 市に適用される額
よう努力義務あり。 ※報酬審議会の答申による平成
※xx市契約規則により、特定 23 年度の額
業務委託契約の範囲は、警備、公共工事:職種別に時給 980 ~
清掃業務、施設維持管理、デー 3,320 円(公共工事設計労務単価
タ入力業務と定められている。
の9 割)
業務委託:時給 893 円
公共工事の適正な施工の確保を 公共工事(国または特殊法人等 国土交通大臣は、毎年、公共工 公共工事作業従事者:
公共工事報酬確保法(案)
(平21.6)
図り、良質な社会資本の整備に が発注者となる建設工事)寄与するとともに、国民経済の
健全な発展に資する。
事に係る作業の種類・困難度・・労働基準法第 9 条に規定する労地域ごとに支払われるべき作業 働者であって、公共工事に従事報酬の下限額(基準作業報酬額)するもの
を定める。基準作業報酬額を定・主として自らが提供する労務のめるにあたっては、当該作業と 対償を得るために請負契約によ同種の作業に係る賃金の額を参 り公共工事に従事する者
考にし、あらかじめ、厚生労働大臣その他関係機関の意見を聴かなければならない。
(出典)各法案・条例(案)を基に筆者作成。
名称 | 受注者の責務 | 発注者(国、市)の責務 | 委員会、審議会等の規定 | 実効性担保の方法 | |
尼崎市公契約三条例案(平20.12提出) | 公契約基本条例(案) | ・市と協力し、社会的価値の向上、地域経済の活性化、地域福祉の向上、雇用の確保に努める。 | ・市の責務:基本理念の実現に努める。公共事業、公契約の実施の際は、契約金額、成果品及びサービスの質、社会的価値の向上、地域経済の活性化、地域福祉の向上、雇用の確保の観点を重視。税金その他の財源で賄われていることを踏まえ、適正な執行に努める。 | - | - |
公契約条例(案) | ・市及び受注者の責務:パートナーシップの下、基本理念の実現に努める。 | - | ・市は、労働者からの意見の申出に基づき、事業者に報告を求め、調査を行うことができる。条例の趣旨に反する事実があった場合は是正を求めなければならない。従わない場合は公表、評価点の引下げ、契約解除(指定取消し)が可能。 | ||
公共事業条例(案) | - | ・市の責務:基本理念を踏まえて公共事業入札・契約制度を運用し、運用状況を点検し、必要に応じて見直す等、制度の改善に努める。 ・市長等:毎年度、議会に対し公共事業入札・契約制度の運用状況を報告する。 | 尼崎市公共工事等の公共調達に関する委員会: ・学識経験者から市長が委嘱する 8 人以内の委員で構成 ・入札参加者の資格の水準の審議の実施、公共事業入札・契約制度の改善に必要な措置を求めることができる。 | - | |
xx市公契約条例 (平21.9制定) | ・法令遵守、公契約に係る業務に従事する者が誇りを持って良質な業務を実施することができるよう、労働者の福祉の向上に努める。 ・賃金の下限額等を労働者に周知しなければならない。 ・下請負者、派遣会社が雇用する適用労働者に支払った賃金額が条例で定める賃金の下限額を下回ったときは、差額分の賃金を、連帯して支払う義務を負う。 ・建設業法、下請代金支払遅延等防止法を遵守し、下請負者との契約締結の際には、対等な立場における合意に基づいたxxな契約としなければならない。 | - | - | ・市長は、労働者からの申出があった場合等は、受注者への報告要求、立入検査が可能。違反があるときは、是正措置の命令義務がある。 ・受注者が従わない場合は、市長は公契約の解除が可能。受注者が条例に違反したときは、違約金徴収が可能。 ・契約解除により市が損害を受けた場合は、受注者は賠償しなければならない。 | |
xx市契約条例 (平22.12改正) | ・市の事務又は事業実施に携わる者としての社会的責任を自覚し、契約の適正な履行を通じ、市民の福祉の増進に寄与するよう努める。 契約で規定する内容: ・対象労働者の氏名、職種、労働時間、作業報酬の額等を記載した台帳の作成。 ・作業報酬下限額等を労働者に周知。 ・支払われるべき作業報酬が支払われていない場合、支払われるべき額を当該労働者が受け取れるようにする。 | ・条例の目的を達成するため、契約に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。 | 作業報酬審議会: ・事業者、労働者、学識経験者から市長が委嘱する 5 人以内の委員で構成 ・作業報酬下限額決定の際に、市長は審議会の意見を聴かなければならない。契約により市の事務又は事業の実施に従事する者の労働環境の整備を図るための施策に係る重要事項について、市長の諮問に応じて調査審議する。 | ・対象労働者は、支払われるべき作業報酬が支払われていない場合等は、市長または受注者に申出可能 ・市長に立入検査の権限 契約で規定する内容: ・受注者が契約に定める義務に従わない場合、契約解除が可能。その際、市は受注者に対し損害賠償責任を負わない。 | |
公共工事報酬確保法(案) (平21.6) | ・適正な作業報酬の確保その他の公共工事作業従事者の適正な就業条件の確保に努める。 契約で規定する内容: ・対象労働者の氏名、職種、労働時間、作業報酬の額等を記載した作業報酬台帳の作成。 ・基準作業報酬額等の掲示。 ・支払われるべき作業報酬が支払われていない場合、支払われるべき額を当該労働者が受け取れるようにする。 | ・国、特殊法人等:適正な作業報酬の確保その他の公共工事作業従事者の適正な就業条件の確保が促進されるよう、適正な予定価格の作成、十分な工期の設定等必要な措置を講ずるよう努める。 | - | ・国等は、受注者が契約に定める作業報酬の支払義務を果たしていない場合、契約解除が可能。解除後 3 年間は当該受注者の競争入札への参加を排除可。 ・各省各庁の長、特殊法人等の代表者:作業報酬台帳の調査 ・作業従業者:基準額以上の作業報酬が支払われていない場合等は、発注者または受注者に申出可能。 ・労働基準監督官、国土交通大臣又は都道府県知事等:支払われるべき報酬支払がされていない場合の発注者への通知 契約で規定する内容: ・請負契約に定めた事項に受注者が違反した場合、発注者である国等は、契約に定めた違約金を請求できる。 |
消しを行うことができる。さらに、労働者や労働組合から賃金その他の労働条件に関する協議を申し入れられた場合、市はこれに応じなければならない(同第 11 条)。条例案の作成に携わったxxxxによると、これは市が発注者の責任を負い、交渉の責任者となるべきであるとの考えを示したものである(90)。
これに対して、公共工事を対象とする「尼崎市における公共事業の契約制度のあり方に関する条例」(案)では、条例が適用される契約や労働者の範囲、賃金の下限額については、規定が置かれていない。尼崎市条例案で業務委託について特に詳細な規定が置かれた背景には、住民票の入力業務を一般競争入札に付した結果、同じ業務を担当してきた労働者の賃金が下がるなどの問題が発生し、労働者が雇用の継続などを求めてストライキを行ったという事件が条例制定の一つの契機になったという事情がある(91)。
xxxx条例案は、平成 20 年 12 月に議員提案で市議会に提出されたが、憲法や現行の他の法律との整合性(92)などをめぐって議論が紛糾し、平成 21 年 5 月に否決され廃案となった(93)。
( 2 ) xx市公契約条例
尼崎市条例案の廃案から 4 か月後の平成 21
年 9 月、xx県xx市において全国で初めて、賃金の下限額の基準を具体的に定める公契約条例が制定された。制定に至った背景には、xx
xxx市長の強い後押しがあった(94)。xx市条例の前文は、公契約による業務に従事する労働者の賃金の低下を改善するためには、「国が法律の整備の重要性を認識し、速やかに必要な措置を講ずることが不可欠である」と述べている。xx市が公表した条例の解説文書は、この前文は「国に[公契約法の(引用者注)]制定の動きがみられないことから、xx市が先導的、実験的に公契約条例を制定し、国に法整備の必要性を認識」させるために置かれたと説明している(95)。
xx市条例は、平成 21 年の制定以降、平成
22 年・23 年の 2 回改正されている。以下は、
平成 23 年改正後の内容である(主な改正内容は、
表 6 を参照)。
xx市公契約条例は、尼崎市条例と同様に、受注者の義務を条文中で直接定めている。内容では、①業務委託、公共工事の両方について支払うべき賃金の下限額の基準を示したこと(第 6 条)、②下請負者や派遣会社が労働者に支払う賃金額が前述の最低額を下回ったときは、受注者は、その差額分の賃金について、受注関係者と連帯して支払う義務を負うと明示したこと
(第 8 条)、③業務委託に関し、賃金の下限額を職種別に定めたこと(第 6 条。平成 22 年改正よ
り導入。平成 21 年の条例制定時は、職種にかかわら
ず一律であった)が主な特徴として挙げられる。条例では、公契約は「市が発注する工事又は 製造その他についての請負の契約」(第 2 条)と
(90) 同上
(91) 「記者が行く 尼崎で進む「公契約条例」議員提案の動き」『毎日新聞』(兵庫版)2008.10.13.
(92) 公契約条例と現行法との関係をめぐる問題点については、xx・xxx xx注( 1 ), pp.9-10; xx xx注(68), pp.104-113.
(93) 「公契約条例案を否決」『読売新聞』(兵庫版)2009.5.16. xxxx(兵庫地方自治研究センターxx研究員)は、条例案は否決されたものの、この議論の間に尼崎市のアルバイト賃金が 943 円までに引き上げられたことは一つの成果であったと述べている(xx xx注(89), p.40.)。
(94) xxx・xxxx「特別インタビュー 全国初の公契約条例を制定 xx県xx市 自治体包囲網で国を動かしたい」『月刊自治研』604 号 , 2010.1, pp.50-58;「全国初 xx市「公契約条例」防げ官製ワーキングプア 市長「国を動かし、法整備促す」『東京新聞』2009.10.21.
(95) xx市「xx市公契約条例(平成 21 年 9 月 30 日公布)の概要」p.6. <xxxx://xxx.xxxx.xxxx.xxxxx.xx/xxxx/xxx/00- 1gaiyou-old.pdf>
定義されている。対象となる公契約の範囲は、
①工事又は製造の請負の契約の場合、予定価格が 5000 万円以上のもの、②工事又は製造以外
の請負の契約の場合、予定価格が 1000 万円以上のもののうち、市長が別に定めるものとした。工事又は製造以外の請負の契約については、予定価格が 1000 万円未満であっても、市長が適正な賃金等の水準を確保するため特に必要があると認めた場合は適用対象となる(第 4 条)。具体的には、予定価格 1000 万円以上の施設設備・機械の運転・管理、施設設備・機械の保守点検、施設清掃、電話交換・受付、警備・駐車場の整理が対象である。1000 万円未満のものでは、市内の一部施設の清掃業務が対象である(xx市公契約条例施行規則第 3 条)。
総合評価一般競争入札による落札者の決定及び指定管理者の選定は、条例の直接の適用対象ではないが、労働者の賃金の水準を確保するため、労働者の賃金を評価することが定められて
いる(第 15 条)。公共工事については、落札者決定基準に「労務賃金」にかかる評価項目を設け、公契約条例で定められている賃金の下限額以上になっているか否かについて評価を行う。評価の結果、落札者となった者に対し賃金の支払状況について履行確認を行い、履行されていないことが明らかとなった場合は、指名停止等を行う。指定管理者の選定については、申込時に労働者に支払う予定の賃金額を提出し、これが条例に定める下限額を満たさない場合は、失格となる(96)。
適用対象となる労働者は、労働基準法第 9 条に定める労働者であって、受注者・下請負者・派遣会社に雇用され、当該公契約に係る業務に専ら従事するものと定義されている。建設現場に多い「一人親方」については、条例制定当初は条文上適用対象には含まれなかったが(97)、平成 22 年の改正により、資材を自分で調達せず、かつ機械も持ち込まない者に限り、実質的
表 6 xx市公契約条例の主な改正内容
野田市技能職員・労務職員の用務員(18 歳)の初任給に地域手当の額を加えたものを、1 時間当たりの賃金に換算した額
業務委託
公共工事
賃金下限 額決定時 に勘案す る額
対象労働者
予定価格が 1000 万円以上の契約のうち、市長が別に定めるもの(施設設備・機械の運転管理及び保守点検、施設の清掃業務)
業務委託
公共工事
対象契約
平成 22 年改正
平成 21 年(制定時)
予定価格 5000 万円以上に引下げ
平成 23 年改正
予定価格が 1 億円以上 (改正なし)
予定価格が 1000 万円未満の場合で(改正なし)も、市長が適正な賃金等の水準を
確保するため特に必要があると認めた場合は、適用対象とした。(一部施設の清掃業務)
労働基準法第 9 条に定める労働者 「一人親方」の一部を適用対象に加(改正なし)
えた。(資材を自分で調達せず、かつ機械も持ち込まない者は、実質的に日雇労働者と同視できるとして、「請負労働者」と定義し、条文上適用対象に追加)
農林水産省及び国土交通省が公共(改正なし)工事の積算のために毎年度決定す
る公共工事設計労務単価を一時間あたりの賃金に換算した額の 8 割
(改正なし)
継続雇用の確保 (規定なし)
xx市職員の給料額(初任給に限(改正なし)らず)、建設保全業務労務単価等、
xx市が既に締結した業務委託契約に係る労働者の賃金等を勘案して定めることになった。
新規。市が長期継続契約制度の拡(改正なし)充等の措置を講じるものとし、受
注者等には、継続雇用について努力義務を課した。
(出典)xx市「xx市公契約条例(平成 21 年 9 月 30 日公布)の概要」;同「xx市公契約条例の一部を改正する条例(平成 22年 9 月 30 日公布)の概要」;同「xx市公契約条例の手引き」2010.7.20; 同「xx市公契約条例の手引」2011.11.1. を基に、筆者作成。
(96) xx市「xx市公契約条例の手引」2011.11.1, p.14. <xxxx://xxx.xxxx.xxxx.xxxxx.xx/xxxxxxx/xxx/xxxxxx-00_0. pdf>
に日雇労働者と同視できるとして、「請負労働者」と定義し、適用対象とした(第 2 条)(98)。
賃金の下限は、市長が定める。下限額は、公共工事に関しては、農林水産省及び国土交通省が公共工事の積算のために毎年度決定する公共工事設計労務単価を勘案して定める(第 6 条)。具体的には、xx県において定められている公共工事設計労務単価を一時間あたりの賃金に換算した額の 8 割とした(規則第 4 条第 1 号)(99)。
業務委託に関しては、xx市職員の給料表に定める額、建設保全業務労務単価(100)、xx市が既に締結した業務委託契約に係る労働者の賃金等を勘案して定める(第 6 条)。条例の制定当初は、基準とする額が「xx市一般職員給与条例別表第 1 の 2 の 3 の項 1 級に定める額(技能職員・労務職員の用務員(18 歳)の初任給)」のみであったが(101)、平成 22 年の改正により上述の
ように複数の基準が勘案されることとなり、改正以前は職種にかかわらず一定であった賃金の下限額が、職種ごとに設定できるようになった(102)。表 7 は、平成 22 年度、平成 23 年度の賃金の下限額である。
条例を施行したことで、清掃業務については、最低賃金(時給 728 円:平成 21 年度)ぎり
ぎりの水準であった労働者の時給を 100 円程度引き上げることができ、「官製ワーキングプア」の解消に向けて確実な効果があったという(103)。さらに、市が任用する非常勤職員に公契約条例で定めた基準(時給 829 円)を下回る者が存在していたため、これも是正したという(104)。
一方、賃金の下限をもともと上回っていた施設の設備と機器の運転管理業務及び保守点検業務については、実質的な効果はなかったという(105)。条例制定により、落札額は合計で前年
表 7 xx市公契約条例による賃金の下限額(時給)
公共工事 | 業務委託 【参 | 考】xx県地域別最低賃金 | |
平成 22 年度 | 例:大工 1,910 円 *業種により異なる。 | 一律 829 円 | 744 円 *平成 22 年 10 月 24 日発効 |
平成 23 年度 | 例:大工 1,870 円 *業種により異なる。 | 設備機器の運転・管理、保守点検 1,480 円 xx市文化会館の舞台の設備・機器運転、電話交換・受付・案内 1,000 円 | 748 円 *平成 23 年 10 月 1 日発効 |
警備・駐車場整理 950 円 | |||
施設の清掃 829 円 |
(出典)xx市「xx市公契約条例に規定する市長が定める賃金等の最低額」(xx市ホームページ「公契約条例に関する情報」)<xxxx://xxx.xxxx.xxxx.xxxxx.xx/xxxxxxx/xxxxxxxxxx.xxxx>;xx県労働局「xx県の最低賃金の推移」<xxxx://xxxxx- xxxxxxxxxxx.xxxxx.xxxx.xx.xx/xxxxxxx/xxxxx-xxxxxxxxxxx/xxxxx/xxxxxx/xxxxxx00_x00.xxx> を基に、筆者作成。
(97) 条例制定当初も、条例の手引では、「ひとり親方(個人事業主)については…(中略)…資材の調達を自ら行わず、かつ、建設機械その他の機械を持ち込まずに、労働に対する賃金のみの支給を受ける者は、適用労働者」となると記載している(xx市「xx市公契約条例の手引」2010.7.20, p.4.(国立国会図書館「インターネット資料収集保存事業
(ウェブサイト別)」より、2010 年 8 月 12 日に収集したxx市ホームページのデータから取得)<xxxx://xxxx.xx.xxx. xx.xx/xxxxxxxxxxx/XXX_XX_xx_xxxxx/xxxx:xxxxx/xxx/0000000/xxx.xxxx.xxxx.xxxxx.xx/xxxxxxx/xxx/XXX_XX_xx_ sougou-08_1.pdf>)。平成 22 年の改正は、これを条文中の規定として整備した。
(98) xx市「xx市公契約条例の一部を改正する条例(平成 22 年 9 月 30 日公布)の概要」p.6. <xxxx://xxx.xxxx. xxxx.xxxxx.xx/xxxx/xxx/00-0xxxxxx.xxx>
(99) 条例制定当初は、二省単価で区分されている 51 職種が適用対象となっていたが、現在はこれに 10 職種を加えた 61職種に該当する労働者が適用対象になっている(xx市 前掲注(97), p.3; 同 前掲注(96), p.3.)。二省単価に定めのない職種については、xx県の積算基準の設計単価を基に設定している(前掲注(96), p.6.)。
(100) 官庁営繕のため、毎年度、国土交通省が示す委託費算出のための単価。xx市 前掲注(98), p.9.
(101) xx市 前掲注(95), p.11.
(102) xx市 前掲注(98), pp.2, 8-9.
(103) 同上 , p.2.
(104) xx xx注(86), p.66.
比 700 万円(1.8%)増となった(106)。
( 3 ) xx市契約条例の改正
神奈川県xx市の条例は、昭和 39 年に制定された「契約条例」を大幅に改正したものである(平成 22 年 12 月改正)。公契約における労働条件を具体的に定めた、政令指定都市としては初めての条例制定の例として注目された。
xx市の公契約条例と比較した最大の特徴は、規制の方法にある。xx市条例が条文によって直接義務付けた事項を、xx市条例では、市と受注者の契約を根拠に生じる義務として定めた。契約上定めるとされている事項の中には、xx市では条文によって定めている受注者の契約違反があった場合の市長の契約解除権や、市の損害賠償免除規定も含まれる(107)。
内容では、①指定管理者との協定も適用対象とし(第 7 条)、指定出資法人や PFI 事業者についても条例に準じた措置を取る努力義務を課す(第 12 条)など、対象となる契約の範囲が広いこと、②「一人親方」も対象とするなど、適
用対象となる労働者の範囲が広いこと、③業務委託における賃金の下限額の基準に、生活保護基準を採用したこと、④賃金の下限額の決定に当たり、審議会の意見を聞かなければならないとしたことが特徴である。
xx市条例中に「公契約」という言葉は出てこないが、改正条例案の説明会資料では、公共事業に従事する労働者の賃金等について、条例等で定める最低額以上の支払義務を契約の相手方に定める契約を「公契約」と呼び、xx市条例ではこれを特定工事請負契約及び特定業務委託契約と規定すると説明している(108)。
特定工事請負契約とは、予定価格 6 億円以上の工事の請負契約をいう。特定工事請負契約において、賃金の下限額の適用を受けるのは、労働基準法第 9 条に規定する労働者及び自らが提供する労務の対償を得るために請負契約により当該特定工事請負契約に係る作業に従事する者であって、公共工事設計労務単価表の該当する職種に従事する者である(第 7 条)(109)。
特定業務委託契約とは、予定価格 1000 万円
表 8 特定工事請負契約・特定業務委託契約において、契約に定めるべき事項(xx市契約条例第 8 条)
受注者に関する事項 | 市長等に関する事項 |
・対象労働者の氏名、職種、労働時間、作業報酬額及び支払日等を記載した台帳を作成し、期日までに市長等に提出すること。 ・対象労働者の範囲、作業報酬下限額、労働者が申出を行う際の申出先等を掲示する等の方法により、労働者に周知すること。 | ・市長等は、受注者が資料の提出を行わなかったり、虚偽の報告をしたり、立入調査を妨害したり、是正の命令に従わなかった場合は、契約を解除することができること。その際、市は受注者に生じた損害を賠償する責任は負わないこと。 |
・作業報酬が支払われるべき日において、対象労働者に支払われるべき作業報酬が支払われていない場合は基準額(注)を、支払われた作業報酬が基準額を下回る場合はその差額を、規則等で定める日までに支払うこと。 | |
・対象労働者が、作業報酬が支払われるべき日において、支払われるべき作業報酬が支払われていない場合、又は支払われた作業報酬が基準額を下回る場合に、その旨を申し出たことを理由に不利益な取り扱いをしてはならないこと。 | |
・対象労働者からの申出に基づき、市長等から報告や資料の提出を求められた際にこれに応じること。調査の結果、違反が認められ是正を求められたときは、速やかに措置を講じ、市長等に報告すること。 |
(出典)xx市契約条例を基に、筆者作成。
(105) xx市 前掲注(98), p.2.
(106) xxx(xx市長)「私の視点 ワーキングプア 公契約で行政も責任果たせ」『朝日新聞』2010.4.16.
(107) xx xx注(23) , p.89.
(108) xx市「xx市契約条例一部改正の説明会」(2011.2.24)p.2. <xxxx://xxxxxxx.xxxx.xxxxxxxx.xx/xxx/xxx/xxxxxxxxxx bukaiseisetumeikaishiryou.pdf>
以上の業務委託契約のうち規則等で定めるもの又は指定管理者と締結する協定をいう。特定業務委託契約に係る作業に従事する者は、賃金の下限額の適用を受ける(第 7 条)。対象となる業務委託契約は、具体的には、警備、建物清掃、屋外清掃、施設維持管理、電算関連業務(データ入力)である(xx市契約規則第 67 条)(110)。
特定工事請負契約及び特定業務委託契約の契約においては、契約上の受注者の責務及び市の権利として、表 8 にある事項を定めるべきこととされている(第 8 条)。
対象労働者は、作業報酬が支払われるべき日において、支払われるべき作業報酬が支払われていない場合、又は支払われた作業報酬が基準額を下回る場合は、市長等又は受注者にその旨を申し出ることができる(第 9 条)。市長等は、労働者から申出があった場合、立入調査等を実施することができる(第 10 条)。その結果、受注者が契約に違反していることが判明し、市が是正を求めたにもかかわらず是正されない場合は、第 8 条に規定する契約の条項を根拠に、市は契約の解除等や指定の取消しを行うことができる。
賃金の下限額(作業報酬下限額)は、特定工事請負契約については市が工事費の積算に用いるxx市の公共工事設計労務単価(111)を、特定業務委託契約については生活保護法(昭和 25 年
法律第 144 号)第 8 条第 1 項に規定する厚生労働大臣の定める基準においてxx市に適用される額を勘案して決定する(第 7 条第 2 項)。業務委託の作業報酬下限額の基準に生活保護基準を採用した理由について、xx市は「最低賃金と生活保護費の逆転現象や『働くよりも生活保護を受給した方がよい』というモラルハザードに対応するため」と説明している(112)。
作業報酬下限額の決定に際し、市長は、作業報酬審議会の意見を聞かなければならない(第 7 条)。作業報酬審議会は、事業者、労働者、学識経験者から 5 人を市長が委嘱し、任期は 2 年である(第 11 条)。作業報酬審議会の審議の結果、特定工事請負契約については公共工事設計労務単価の 9 割、特定業務委託契約については具体的な額が答申された(113)。この答申に基づき、平成 23 年度、平成 24 年度の作業報酬下限
額は、表 9 のように決定されている。
表 9 xx市契約条例による賃金の下限額(時給)
公共工事 | 業務委託 【参 | 考】神奈川県地域別最低賃金 | |
平成 23 年度 | 例:大工 2,025 円 *業種により異なる。 | 一律 893 円 | 818 円 *平成 22 年 10 月 21 日発効 |
平成 24 年度 | 例:大工 1,980 円 *業種により異なる。 | 一律 899 円 | 836 円 *平成 23 年 10 月 1 日発効 |
(出典)xx市「平成 23 年度作業報酬下限額について」2011.3.25;同「「平成 24 年度作業報酬下限額」の訂正について(通知)」 2011.10.3;神奈川県労働局「神奈川県の最低賃金金額改正一覧」<xxxx://xxxxxxxx-xxxxxxxxxxx.xxxxx.xxxx.xx.xx/xxxxx_xxxxxx/ chingin_kanairoudou/toukei/xxxxxx_xxxxxxx/saichinsuii.html> を基に、筆者作成。
(109) xx市条例の改正に携わったxxxx弁護士は、6億円以上の工事は、件数でみれば年間十数件しかないが、工事量でみれば、xx市が発注する工事量の約半分以上に該当すると見積もっている(xx xx注(23), p.87.)。
(110) 具体的な種目は、xx市「「特定工事請負契約」及び「特定業務委託契約」に関する手引」2011.4, p.3. を参照。
<xxxx://xxxxxxx.xxxx.xxxxxxxx.xx/xxx/xxx/xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx0000000.xxx>
(111) 「xx市設計単価表のページ」<xxxx://xxx.xxxx.xxxxxxxx.xx/00/00xxxxx/xxxx/xxxxx.xxx> にxx市の公共工事設計労務単価表が掲載されている。単価は、二省単価等に基づき、適用時期までの動向を考慮して決定されている。平成 23 年度の額は、平成 23 年度二省単価において神奈川県に適用される額と同じ。
(112) xx xx注(86), p.58.
(113) 作業報酬審議会における作業報酬下限額の審議内容は、非公開となっており、具体的にはどのような議論を経て額が決定されたのかは明らかではないが、業務委託の作業報酬下限額の決定基準について、xxxx、19 歳以下の単身世帯の生活保護基準を基に算定したのではないかと推定している(同上 , p.58.)。
( 4 ) その他の自治体の動き
野田市、xx市における条例の制定を受けて、他の自治体でも条例の制定や検討の動きが活発になっている。平成 23 年 12 月の定例会には、複数の市で市議会に条例案が上程された。xxx国分寺市が上程した国分寺市公共調達条例案は、現在継続審議となっている(114)。xxx多摩市では全会一致で(115)、神奈川県相模原市では賛成多数で(116)、条例案がそれぞれ可決された。
条例の素案を公表し、市民の意見を募集している自治体もある。札幌市は、北海道内で初めてとなる公契約条例の制定に向け、平成 23 年
11 月から 12 月にかけて、公契約条例素案をパブリックコメントに付した(117)。
これらの動きのうち、特に賃金の下限額の基準について、国分寺市の条例案が注目されている(118)。公共工事に従事する労働者の賃金では、先行するxx市、xx市の公契約条例が公共工事設計労務単価に一定の率を乗じた額を基準としているのとは異なり、同単価をそのまま(10
割)利用する。業務委託では、賃金の下限額を、国やxxxで定期的に実施する賃金統計調査で示される産業別の賃金を勘案して定めるとしている。また、実効性の担保のため、条例に違反した受注者に対して、次回以降の入札時に評価点を引き下げる措置を盛り込んだ点も注目される。(119)
おわりに
ここまで、公契約法/条例における労働条項に関する諸外国や ILO の取組み、国や自治体における動きを整理してきた。公契約法/条例における労働条項の規制の範囲や方法は様々であるが、その目的は業種・職種に相応しい一定以上の労働条件を確保することを前提とした、xxな労働市場の形成を実現することで一致している。
公契約法/条例の制定により、国と地方自治体が率先して、公契約事業に従事する労働者のxxな労働基準を確立することが、他の自治体
(114) x x 寺 市「 平 成 23 年 第 4 回 定 例 会 委 員 会 で の 審 査 結 果 」<xxxx://xxx.xxxx.xxxxxxxxx.xxxxx.xx/ shigikai/10281/016011.html>
(115) 「平成 23 年第 4 回定例会会議結果」多摩市議会ホームページ <xxxx://xxx.xxxx.xxxx.xx.xx/xxxxxxxx/00/000000. html>;「公契約条例を全会一致可決 東京・多摩市議会」『しんぶん赤旗』2011.12.22. 条例の概要は、多摩市「多摩市公契約条例制定に向けた基本的な考え方」<xxxx://xxx.xxxx.xxxx.xx.xx/xxxx_xxxx/_xxxxxxxx_/xxxxxx/ koukeiyaku-kanngaekata.pdf>
(116) 「平成 23 年 12 月定例会 審議結果」相模原市議会ホームページ <xxxx://xxx.xxxx.xxxxxxxxxx.xxxxxxxx.xx/xxxx_ data/_material_/localhost/gikai/801000/pdf/kekka/2312.pdf> 議案本文は、「議案第 103 号 相模原市公契約条例について」(平成 23 年 11 月 21 日提出)<xxxx://xxx.xxxx.xxxxxxxxxx.xxxxxxxx.xx/xxxx_xxxx/_xxxxxxxx_/xxxxxxxxx/ gikai/801000/pdf/gian_103_136.pdf>
(117) 札幌市「(仮称)札幌市公契約条例素案についてご意見を募集します」<xxxx://xxx.xxxx.xxxxxxx.xx/xxxxxx/ keiyaku-kanri/xxxxx/koukeiyaku/documents/joreisoan.pdf>
(118) xxx国分寺市は、既に、平成 19 年に公共調達に関する包括的な指針である「国分寺市の調達に関する基本指針」を策定し、「xxでxxな入札・契約制度の確立」へ向けた個別目標の一つとして、調達する事業について、適正な労働条件や賃金を確保するため、実態を把握するための環境整備を図ること、また、市の調達にかかわる者に適正な労働条件や賃金水準を確保するよう努めることを求めていた(国分寺市「国分寺市の調達に関する基本方針」(平成 19 年 7 月 18 日 策 定 )<xxxx://xxx.xxxx.xxxxxxxxx.xxxxx.xx/xxxx_xxxx/_xxxxxxxx_/xxxxxxxxx/000000/x000000/ kokubunjikihonsisin.pdf>; xx xx注(87), p.98.)。
(119) 「違反者は総合評価点引下げ 国分寺市が公契約条例案」『建設通信新聞』2011.12.9;「公契約条例案 12 月定例会に上程 国分寺市、罰則規定含め説明」『建設通信新聞』2011.11.25. なお、尼崎市公契約条例案では、条例の趣旨に反する事実が認められた受注者が、市の是正の求めに応じない場合に、入札時の評価点を一定期間引き下げることができるとしていた(「尼崎市における公契約の契約制度のあり方に関する条例案」(第 11 条第 4 項))。
や民間の労働者の労働条件の改善にもつながり、日本の労働者全体の労働条件や地域雇用の改善に大きな波及効果を与えるとの意見もある(120)。
また、東日本大震災の復旧復興事業の多くは公契約事業となることが予想される。こうした事業に公契約法/条例を取り入れ、被災失業者を雇用し、一定水準以上の賃金を支払うことで、
被災地の消費需要を拡大し、地域経済の復興に資することも考えられる。一方で、賃金相場の上昇が地元の企業に与える影響も考慮する必要がある(121)。こうした点を踏まえ、公契約法/条例に関する議論の今後の進展が望まれる。
(xxx xxxxx)
(xxx xxx)
(120) xxxx「公契約の現状と課題 , 解決策について」『日本労働研究雑誌』595 号 , 2010 Special Issue, p.118.
(121) 公共事業で賃金相場が上昇してしまうと、民間事業で賃金支払能力の低い中小企業に労働者が集まらなくなり、経営を圧迫することなどが懸念されている。一方で、一定以上の賃金を支払うルールが民間に波及すれば、競争条件が対等となり、よりxxな競争が促されるという主張もある。「特集 ダメな雇用創出が震災復興を妨げる?」『POSSE』 vol.13, 2011.12, pp.70-186. 参照。