直接影響を与えることを規定したILO94号条約
【学習資料6】
公契約条例の運用と重層下請け構造
はじめに
公契約条例の制定はxx県xx市に始まり、xx市や国分寺市において条例案が公表されました。両市とも2010年12月議会において採択の方向となっています。
いよいよ全国の地方自治体に公契約条例が広がる気配がみえてきました。関係自治体や労働組合では条例の制定とともにその内容を下請業者や現場従事者に徹底し、条例をどのように機能させるかに関心が移行しつつあります。
一方で、建設現場の生産構造は、「構造改革」路線のもとで厳しい低価格競争の反映として重層下請制がいっそう複雑に深化しています。
以下に、重層下請構造のもとでどのようにして労働者に条例を適用させていくのか、また公契約条例の制定が果たして重層下請構造の解消につながるのか、などについて考えてみます。
重層下請 「最末端の現場労働者」に
直接影響を与えることを規定したILO94号条約
公契約とはいうまでもなく公共機関と民間受注者との間に取交される契約です。しかし、
その効力は受注者と契約する下請業者、さらに下請業者と再下請業者との契約を通過して、重層下請の最末端の下請業者のもとに働く労働者に効力を及ぼします。
ILO 94号条約の第1条3項には「この条約は、下請負業者又は契約の受託者により行なわれる作業に適用する。かかる適用を確保するため権限のある機関は適当な措置を講じなければならない」と規定されています。そこには「下請業者が行なう作業に適用する」と明確に述べられています。
これまで、日本の公共機関は元請・下請間、下請・再下請間などの民・民契約には関与しないというスタンスを取るのが常でした。しかし、ILO94号条約は民・民契約を前提とする、現場労働者の賃金・労働条件に影響力を発揮することを目的としています。
同時にILO94号条約は「かかる適用を確保するため権限のある機関は適当な措置を講じなければならない」と規定しています。民・民契約のもとでも規定された賃金・労働条件を現場労働者に保障する体制等の措置を行うよう公契約双方の機関に義務付けています。
複雑な重層下請構造のもとで条例をどう機能させるか
建設現場の重層下請構造は低価格競争と中間搾取のもとでいっそう複雑に深化しています。垂直的には元請以下、業種・工程ごとに数次の下請業者が連なっているケースが多くなっています。
図表1はその事例ですが、条例の基準賃金が一日20, 000円以上と仮定した場合、受注者が一次下請にそれを保障する請負契約をしても、各層次間の下請契約において10% の中間搾取が行なわれた場合、労働者を使用する四次下請には賃金支払い原資が14, 500円しか残らないことになります。しかし、四次下請が条
例どおりの賃金20,000円以上を支払わねばならないことになれば、その経営は極めて厳しくなります。
また、重層の深化により請負者が不明確なグループ請負という形態も広がっています。
図表2は三次下請から一人親方が四次下請として請負い、一人親方が職人を集めてグループ請負を行なう形態ですが、報酬を一人親方と職人たちで分配することになります。このような場合、条例どおり賃金が支払われるかどうか、きわめて不確実になります。
さらに図表3は三次下請が請負った工事を細分化して一人親方( 個人請負労働者) に仕事を請負で依頼する形態ですが、三次下請業者は労働者を雇用することなく外部の一人親方に個人請負形態で仕事を依頼・指示します。
このような場合、三次下請業者が条例賃金に責任を負うかどうか曖昧になる可能性があります。
このような複雑な重層下請形態や労働者の使用形態の曖昧状況のもとで、条例をどう機能させ、現場従事者に条例で規定する賃金等を保障するかが、重要な検討課題となっています。
重層下請の下で現場従事者および
その賃金等実態をどのように把握するか
公契約条例対象工事の契約が公共機関及び受注者において取り交わされるとともに、現場に従事する労働者への条例内容の適用責任が双方に義務付けられます。受注者は適用労働者の把握および賃金等が条例内容をクリアしているかの把握が義務付けられます。また公共機関はそれをチェック・調査、是正等実施の管理・監督が義務づけられます。
適用労働者の範囲は、xx市では9月議会での条例改正により一人親方( 材料、機械等持ちを除く)も労働者の範囲に追加した。またxx市、国分寺市の案では一人親方( 材料、機械等持ちを含む) を適用労働者に含めることとなっています。そのため、受注者は重層下請構造のもとで複雑な就労形態で働くすべての現場従事者について、工事の着工から完成に至るまでの従事者の氏名および月々の賃金等受け取り実態を把握しなければなりません。
工事が大規模になり、下請業種が多岐になればなるほど、複維な重層構造のもとで、元請受注者はすべての従事者を把握することが困難となります。
特に労働者の一人親方化が進行するとともに、短期の請負仕事を時間に拘束されることなく、一人で作業を行う場合があります。そのため、工事現場の入口で入場者管理を行なうシステムを設置するなど、入退場の管理を厳密に行い、適用労働者をもれなく把握する必要が生じています。
次に、元請受注者は適用労働者の実態賃金が条例の最低基準を上回っているかを把握しなければなりません。下請業者に雇用されている労働者の場合は、下請業者の支払賃金台帳により把握することができます。この場合、重層下請のもとで労働者を雇用している最先端の業者の賃金台帳が必要とされるが、それが労働者の受取賃金とどのように照合するかという問題が生じます。
そのため、不定期的ではあっても元請受注者は労働者から直接受取賃金を確認することをしなければなりません。
また、出来高や請負で契約している労働者、材料や機械持ちで請負契約している労働者の賃金をどのように確定するかという問題もあります。
xx市では請負労働者( 一人親方) が受け取る工事代金をその間の労働時間で除して時間当たり賃金を算定しているようですが、材料や機械持ち労働者の場合はいっそう算定が難しくなります。そのため、元請・下請契約を含め、材工一括契約が当たり前になっている請負契約の現状の中で、材工別の内訳を明記し、労務費を明確化する方式に転換する必要があります。元請受注者が一次下請と契約する際に率先して実践する中で、一人親方と契約する下請業者に対し材料費、労務費、経費という請負契約の内訳を明確にするよう指導していく必要があります。
このようにして、元請受注者は現場労働に従事する一人ひとりの名前と賃金等の実態を日々把握するしくみを作らなければなりません。これまでのように現場従事者の把捉や待遇は下請業者任せとすることは許されなくなります。
一方、公共機関は元請受注者から定期的に労働者名と賃金等実態を記載した報告書及び証拠となる帳票類を提出させ、チェックするとともにその内容に誤りがないかどうか、現場に働く労働者に聞き取り調査することが求められます。
その際、公共機関は建設労働者を組織する労働組合など第三者機関を活用することも考えられます。特に労働者から公共機関または当該労働組合に調査等の申し出があった場合は直ちに現場立ち入り調査ができる体制が必要です。そのため、公共機関は日常の工事監督業務の中で現場によく出向き、現場労働者や下請業者とのコミュニケーションを強めることが求められます。
なお、その際労働者が申し出たことにより元請受注者等から不当な圧力や嫌がらせを生じさせることのないよう、公共機関等は申し出労働者の保護に十分留意することを明確にしておかなければなりません。
下請業者、現場従事者が公契約条例の内容を理解できるためにどのような措置が必要か
公契約条例適用現場で大きな問題になるのが、現場に関係する各層次の下請業者や現場従事者が条例内容をきちんと理解できる環境をどのように措置するかです。
日々変化する現場作業のもとで、その都度契約する重層下請各層次業者および現場従事者に条例内容を説明しなければなりません。特に図表1にあるように条例適用現場では下請各層次業者は労務単価を中間搾取して再下請業者に外注することができないことを下請契約時に明確にしなければなりません。特に元請業者はこれまでのような元請の立場を利用した強圧的な下請業者へのしめつけ、指値発注は決して許されません。そのため、元請
・下請契約からそのことを前提にした対等な立場からxxな契約を締結する必要があります。
xx市ではこの内容を重視し、9月議会で条例を下記のように追加改正しました( 第8条2参照)。
( 受注者の連帯責任等) 第8条2 受注者は、公契約に係る業務に従事する労働者の適正な労働条件及び当該業務の質の確保が下請業者の安定した経営に基づいて成り立つことを十分考慮して、建設業法又は下請代金支払遅延等防止法を遵守し、下請業者との契約を締結するに当っては、各々の対等な立場における合意に基づいたxxな契約としなければならない。
また、現場従事者に対しては、元請受注者が最低賃金額など条例の内容を現場従事者の新規入場時に書面にて説明し、違反があれば申し出をすること、またそれによる嫌がらせ
などは公益通報者保護法により禁止されていることなどを詳細に説明する必要があります。同時にこれらの内容を現場従事者が見やすい場所に掲示するなどが必要とされます。特に問題となるのは、図表2にあるような現場従事者がグループで請負う場合、 ある いは一人親方が請けた仕事をさらに一人親方に外注するような場合です。この場合、現場従事者の賃金等に責任を持つ直接の上位業者が明確な形態では存在しないことになります。今日、労働者の請負契約作業化が進行するとともに、曖昧な作業報酬分配形態の支払方式が蔓延しており、条例内容を貫徹する上で最大の障害となってくることが予想されま
す。
受注者の条例遵守の責務と違反に対する措置ばどうなるのか
公契約において条例内容の遵守責任は受注者に課されます。xx市の場合はその責任を元請受注者だけでなく、関係下請業者との連帯責任としています。具体的には労働者への賃金支払が最低の基準賃金を下回った場合は、その差額分を元請と関係下請業者で連帯して支払うこととしています( 第8条1項)。また条例違反による違約金を公共機関に支払う場合も同様としています( 第14条)。
つまり条例の遵守義務を重層下請の関係業者全体の責任としています。この受注者の連帯責任という規定は今日の元請・下請の片務的力関係の下では、下請関係者にその責任を覆い被せられる危険性があります。そのため、xx市では第8条2項を設け、対等・xxな元請・下請契約関係を規定しましたが、これが実行されるかが大いに注目されます。
第8条 受注者は、下請負者及び法の規定に基づき受注者又は下請負者に労働者を派遣する者がその雇用する通用労働者に対して支払った賃金等の額が市長が定める賃金等の最低額を下回った時は、その差額分の賃金等について、当該受注関係者と連帯して支払う義務を負う。
( 違約金) 第14条 市長は、受注者等がこの条例の規定に違反した時は、違約金を徴収することができる。
同時にこのような連帯責任という関係からみると、元請受注者にとって、図表2に示すようなグループ請負や一人親方請負形態などは下請業者としての存在が極めて曖昧な形態であり、連帯責任をかぶせることすら不可能になる危険性をはらんでいます。
従って、公契約における受注者の責務が明確になるに従い、元請受注者にとっては従来のような重層下請を活用した収奪構造を維持することが困難な環境が生じることが考えられます。
公契約条例の浸透ば重層下請構造の解消に 向かわせるのか
以上の考察からみられるように、公契約条例の全国への広がりと同時にその厳格な運用が実践されるならば、建設産業の半封建的な収奪のしくみである重層下請構造を解消に向かわせ、産業のいっそうの民主化に貢献すると確信します。その理由は、
第1に、公契約条例は賃金の最低基準を明確にするため、賃金( =労務単価) の際限のない切り下げに歯止めを掛けることになります。従って、一般的には条例の制定は今日の重層下請構造の深化を防止する役割を果たします。
但し、条例上の最低基準を決める対象労働者は労働基準法第9条に規定する労働者だけでなく、材料・機械持ち一人親方従事者を含むあらゆる曖昧な働き方を包含した現場従事者を対象にしなければなりません。なぜなら労働基準法上の雇用労働者のみ対象にすれば、条例の拘束から逃れるために、賃金の歯止めを掛けられた雇用労働者から雇用関係のない請負労働者等への移行が進みます。結果的に賃金の下落に歯止めが掛からず、重層下請構造の深化が続行することになります。
第2に、公契約条例が、公共機関と元請受注者との間で重層下請最末端の下請業者のもとで働く現場従事者の賃金の基準を決めるために、中間的下請業者による労務費の中間搾取を行なうことが困難になります。特に条例は元請受注者にその遵守責任を課しているため、元請受注者は 中間搾取の結果、労働者に最低賃金を下回る賃金支払いが生じることを避けるため下請の重層化を防止せざるを待なくなります。
第3に、今日の重層下請の複雑化の中で、グループ請負などのあいまいな請負形態が横行しています。元請受注者としてこのような作業報酬分配型の請負方式では条例遵守の責任を果たすことに強い懸念を生じざるを得なくなり、同時に連帯責任を果たさせることが困難となります。したがって、重層下請の最先端で横行しているグループ請負などが次第に禁止されるとともに、複雑な重層形態の解消に向かう可能性があります。
第4に、xx市をはじめxx市や国分寺市においても条例の適用労働者に一人親方( 請負労働者) を加えることにより、結果的に一人親方形態の重層化に歯止めが掛かることになります。一人親方の請負契約に含まれる労務費が明確となり、歯止めが掛かるならば、それ以下の一人親方契約は存在しなくなります。また、公共機関が一人親方を労働者として認定することにより、一人親方労働から直接雇用労働に移行する可能性も予想されます。
おわりに
公契約条例の普及はその派生的効果として建設産業民主化のxxの懸案であった重層下請構造の解消への展望を抱かせます。そのためには、賃金等の最低基準をどのレベルに設定するかが極めて重要になります。レベルが低ければ低いほど、これまでの重層下請構造は温存されたままになります。
欧米では当たり前になっている、産別労使交渉を展開することにより、賃金の全体的水準を高く設定する労働協約が締結されるなら、公契約条例のレベルはその成果と関係することにより引き上げることが可能となります。重層下請構造解消に拍車をかけるためにも、公契約条例の制定と地域における産別労働協約の締結を車の両輪として運動を強化することがいっそう重要となっています。
参考: 建設政策2010.11 xx xx