Contract
2015 年 6 月 5 日
内閣府消費者委員会 委員長 xx xx x同 消費者契約法専門調査会 御中
消費者庁 消費者制度課 御中
消費者契約法見直しに関する意見
消費者契約法の見直しとして提案されている種々の論点につきましては、消費者向けの事業を行う事業者の実務に大きな影響を及ぼすものが多く含まれていると認識しております。
2015 年 5 月末時点で想定されている各論点に関し、インターネット関連事業者及び一般消費者の視点で意見をまとめました。意見提出者は下記一覧の通りです。
今後のご検討にあたりご考慮いただきたく、お願い申し上げます。
なお、検討の進捗に伴い、必要に応じ、意見の追加・改訂版を提出したいと考えております。取りまとめに先立ち、個別事業者へのヒアリングと、ここに参加していない事業者・一般消費者からの意見提出の機会を是非設けてくださいますよう、併せてお願いいたします。
(団体)公益社団法人日本通信販売協会
一般社団法人モバイル・コンテンツ・フォーラム
(企業)ニフティ株式会社
楽天株式会社 ヤフー株式会社
(個人)xxxx(パナソニック株式会社)
xxxxx(一般社団法人 EC ネットワーク)*文責
目次
I. はじめに(総論)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
II. 消費者契約法総則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
(1) 「消費者」・「事業者」概念の在り方・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
(2) 情報提供義務・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
(3) 契約条項の平易明確化義務・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
(4) 条項使用者不利の原則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
(5) 消費者の努力義務・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
III. 不当勧誘に関する規律・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
(1) 「勧誘」要件の在り方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
(2) 断定的判断の提供・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
(3) 不利益事実の不告知・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
(4) 重要事項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
(5) 不当勧誘に関するその他の類型・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
(6) 第三者による不当勧誘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
(7) 取消権の行使期間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
(8) 法定追認の特則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
IV. 不当条項に関する規律・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
(1) 事業者の損害賠償責任を免除する条項・・・・・・・・・・・・・・・・・31
(2) 損害賠償額の予定・違約金条項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
(3) 不当条項の一般条項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
(4) 不当条項の類型の追加・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
I. はじめに(総論)
事業者及び一般消費者の視点に立ち、現在検討中の消費者契約法見直しについて疑問に思う点・懸念事項・要望を次の通り述べる。
1. 法改正の理由・目的について
今般の見直しが必要な理由について、規律の対象である事業者や一般消費者には、未だ十分な説明がされていない。悪質事業者の被害に遭った消費者の救済をしやすくするという目的によって、圧倒的多数の健全な取引に多大なコストと不便さを強要し、一般消費者の利益と国民経済の発展を阻害することにならないよう考慮いただきたい。法改正にあたっては、正確な事実認識を前提とし、法改正による効果と副作用を考慮したバランスの取れたものとなるよう、切に希望する。
消費者の救済を目的とした法改正であっても、適正な限度を超えて事業活動への制限を強化した場合、消費者に大きなデメリットを与える可能性がある。すなわち、事業者にとって顧客対応の負担やリスクが大きくなれば、その分はコストとして商品価格などに上乗せされ、一般消費者にしわ寄せがいく。のみならず、事業者は、取消し等のリスクの高い相手方(例えば高齢者)と契約する際に煩雑な手続きを要求したり、そもそも契約しないという経営判断を行わざるを得なくなる可能性もある。インターネット上のサービスには、青少年保護の規律を強めた結果、対応しきれずに青少年への提供を断念した事例が実際にある。このように、消費者の契約の自由・選択の自由が奪われることになりかねないのである。過剰な情報や意思確認プロセスを不要とする(もしくは不快に思う)消費者も存在することにも配慮すべきである。
また、「勧誘」要件を見直す理由として、特にインターネット取引、テレビショッピング、カタログ通販を取り上げ、「トラブルが増加傾向」という説明がなされている1が、引用されているデータ2の精査も行われていないことに加え、仮に個別の取引形態に問題があるとすれば、それを、消費者契約の基本法である消費者契約法の見直しに係る立法事実とすることには大きな疑問がある。
2. 事業活動への影響について
事業者は、通常、消費者契約法を、裁判規範としてだけではなく、他の行政規制法に
1 第 8 回消費者契約法専門調査会【資料 2】個別論点の検討(2) P.3
2 第 8 回消費者契約法専門調査会【資料 2】個別論点の検討(2) P.10-11(参考 2)
おける行為規制と同じく行為規範と捉えて、コンプライアンス体制を構築する。行為規範として有効に機能するためには、法の外延が明確に定められる必要がある。現在提案されている見直し事項の中には、適用範囲が不明確もしくは広過ぎて予見可能性が乏しく、現実的な対応が困難なものも含まれている。個別法との矛盾や二重規制となる事態も懸念される。
また、事業者が十分に注意を払って販売を行っていても、一定の消費者の不満や苦情は不可避的に発生する。通常の事業者は、自社の顧客対応窓口で解決を図ることがほとんどであり、裁判はもちろん、第三者が仲介するケースも非常に少ない。規律の対象には中小零細事業者も含まれるが、特にこれらの事業者は、消費者との関係において、相対的に弱い立場に置かれる場合も多い。1 人もしくは家族だけで運営するインターネット通販事業者も少なくなく、そういった事業者は、適用範囲が不明確な法規制には十分に対応できないことに加え、ネット上に悪い口コミが広がることへの恐怖や、対応にかける時間コストも考え、顧客の理不尽な要求も受け入れてしまう傾向がある。このような場面において、今般の消費者契約法の見直しがどのような影響をもたらすかについても、是非、考慮に入れて検討いただきたい。
3. xxな意見聴取への要望
消費者のニーズは様々であり、事業者の業種・業態・規模・業界構造・背景事情も千差万別である。消費者契約全てに適用される基本法である消費者契約法の見直しに当たっては、幅広い利害関係者からの意見聴取が不可欠であるところ、これまでの検討において、それが十分に行われているとは言い難い。
解決に繋げるために問題の所在を明らかにし、それが個々の業種・業態・取引形態等によるものであれば個別法による対応を検討し、消費者契約法については、債権法改正が実務にどのような影響を及ぼすかなども見定めつつ、丁寧な検討を行うことを希望する。
上記問題意識に基づき、II.以降では、第 7 回から第 11 回の専門調査会に消費者庁から提示された個別論点につき、それぞれ次のような視点から意見を述べる。
1) 政策目的・必要性・有効性
2) 予見可能性
3) 実務への影響
4) その他(一般消費者に与える影響など)
II. 消費者契約法総則
(1) 「消費者」・「事業者」概念の在り方
(意見要旨)
・当事者間の実質的な格差の有無・程度を考慮して「消費者」の範囲を拡げるのは反対。
・当事者間に実質的な格差がない「事業者」に匹敵する消費者も存在。
・ 裁判例から考慮要素が明確になるのであれば、個人でない者がどのような場合に消費者とみなし得るかにつき、解釈で指針を示すべき。
1) 政策目的・必要性・有効性
現行法の定義から外れ、解釈でも対応できない類型に関しては、消費者として保護を及ぼすべき主体と考えるかという価値判断の問題と理解する。こうした個人事業主に対して消費者契約法の規律が及ばないとしても、問題の所在はどこにあり、それらに消費者契約法の規律を及ぼす必要があるのか(社会全体で見た場合誰が幸せになるのか。消費者にとって意味があることか。)について十分なコンセンサスができていない。また、不法行為など、消費者契約法以外の法律の適用によって適当な解決が図られる場合もあると考えられる。
加えて、インターネット関連サービスにおいては、形式的には消費者に当たる個人が入念な調査等を行い事業者に匹敵するほどの情報を得て契約を締結する場合も存在する。実質的な格差に着目すべきとするのであれば、こうした個人は「事業者」に当たるとするのが議論としては一貫しているものの、そのような議論はされておらず、論理一貫していない。
なお、「消費者」概念は、不当勧誘規制だけでなく、不当条項規制の適用の有無を分ける基準である。しかし、挙げられた 11 事例の大半は不当勧誘の事例であり、不当条項規制に与える影響については実質的に何も検討されていない。
2) 予見可能性
事業者の予見可能性という観点では、「消費者」の範囲を拡げることには極めて問題が大きい。現状、事業者は、契約の相手方が個人名かどうかという外形基準により、契
約条項や対応を区別している。継続的関係を前提とする相手と、何かあれば取消権を行使するかも知れない相手とでは、情報提供の範囲や程度が大きく異なる。
外形的に判別できない基準(実質的な格差の有無)によって当該契約に適用される規律が変わり得るという状態は、事業者にとっては予見可能性がないということである。特に「形式的には事業者に該当するが、相手方事業者との間に消費者契約に準ずるほどの格差がある場合」という類型には、予見可能性が全くないに等しい。
3) 実務への影響
上記の通り予見可能性が低くなる結果、これまで信頼関係に基づき問題なく行われていた取引が著しく不安定になる。
また、以下例示の通り、定型約款に基づいて多数の相手方と契約する場合は、一律の契約条項を用いることにこそ合理性がある。ある程度客観的な基準を設けたとしても、同じサービスにおいて複数の契約条項を用意しなくてはならないこと自体が不合理であり、非現実的である。
・ショッピングモールなど取引の場の提供者と出店者(開業準備中の個人を含む)との契約
・ショッピングサイトと個人アフィリエイトとの契約
・アプリマーケットと個人アプリ制作者との API ライセンス契約
更に、例えば零細の小売事業者が消費者とみなされる可能性があるとなった場合、それによる取引コスト増加を嫌う大手取引先(製造業者や中間流通業者)から契約を切られたり、事業者であれば購入できるもの(商品や広告等)が購入できないといった不利益を受けたりする恐れがある。事業者間格差の問題は、下請法や独占禁止法、民法の枠組みで検討すべきである。
4) その他
改正民法に定型約款に関する規律が置かれることにより、「事業者」「消費者」概念にも何らかの影響があることも否定できない。それを見極めた上で検討する必要がある。
「実質的格差」を基準とするのであれば、「消費者的事業者」による販売や個人間取引の規律にも焦点を当て、どこまでが民法、どこからが消費者契約法の対象範囲かを検討すべきであろう。
(2) 情報提供義務
(意見要旨)
・努力義務を法的義務とすることに反対。
・ 法的義務として規定する場合には、義務の発生要件および提供すべき情報の範囲について明確な基準が必要であるが、適切な要件設定は困難である。
1) 政策目的・必要性・有効性
事例 12〜17 及び 19 は、個別分野の行政規制法やガイドライン等において、情報提供すべき内容や範囲が詳細に定められている事例である。これらに違反し、消費者の被害回復が必要な場合には、裁判においてxxx上の義務を介し、適切かつ柔軟な解決がされている。金融商品販売法のように民事効果を定めている個別法もある。
事例 19〜22 については、そもそも紛争発生が事業者の情報提供不足に起因するのか、消費者側の思い込みや確認不足の問題に過ぎないかは議論の余地があり、必ずしも全てが取消しや損害賠償を認めるべき事例とも言えない。すなわち、これら事例からは、消費者契約法において一般的な情報提供義務を法定化する必要性は浮かび上がってこない。
事例 19〜22 の処理結果は不明であるが、現行法での主張も通らない(相手方事業者が聞く耳を持たない)事例においては、情報提供義務を定めたとしても、結局は裁判によらない限り、相談あっせんレベルでの解決は困難と思われ、正常な事業活動に負の影響を与えてもなお必要とするほどの有効性が認められるかにも疑問がある。
(第 7 回専門調査会【資料 2】より)
事例 12
事例 13
電気通信事業者との間で電気通信役務提供契約を締結し、パソコンと接続して行うパケット通信方式によるインターネット通信サービスを1週間利用したところ、通信料金として約 20 万円請求された。契約時には、携帯電話をパソコンにつないでインターネット通信をすると通信料金が高額になるおそれがあること等について説明を受けなかった。
事例 14
事業者(建築会社)から、xxを受けて所有地に容積率の上限に近い建物を建築した後にその敷地の一部を売却して返済資金を調達する旨の計画の提案を受け、建物を建てたが、売却予定地を除いた敷地部分のみでは容積率の制限を超える違法な建築物となることがわかった。
事例 15
全室オーシャンビューという眺望をセールスポイントとしている建築前のマンションの 1 室を購入したところ、電柱及び送電線によって眺望が阻害されていた。
事例 16
建築前のマンションの 1 室を購入したところ、嫌悪施設(変圧器付き電柱)がバルコニーの至近距離に存在し、リビングルームはふさがれたようになっていた。
シミ除去のためのレーザー治療を受けたところ、施術後、色素脱出、炎症性伊基礎沈着が生じた。医師からは、xxは 1 回レーザー治療できれいにいなり、副作用などの危険もほとんどないとの説明がされていた。
事例 17
事例 18
未破裂脳動脈瘤のクリッピング手術(略)を受け、直後にくも膜下出血が生じて患者が死亡した。クリッピング手術にはそれなりの危険性があるとは説明されたが、この点につき数値を挙げるなどして具体的に説明することはなかった。
事例 19
探偵業を営む事業者から探偵業が高収入である旨や仕事を紹介する旨の説明をされて探偵業を営むことを決意したが、仕事も収入もほとんど得られなかった。
携帯電話の機種変更をしたところ、スマートフォンを勧められ、同時に契約すると安くなると言われてタブレットと WiFi ルーターの契約もした。しかし、機器代金は高額
であり、通信料は安くならなかった。
コンビニの外でキャンペーンくじの声を掛けられ、くじを引いたところ、ウォーターサーバーが当たった。通常は有料の年会費やレンタル料金が無料だと言われたので契約した。後日、サーバーと水が届き、契約書を確認したところ、水を定期購入する契約になっていることがわかった。また、ウォーターサーバーについて 1 年未満で解約すると、5000 円のサーバー引取手数料がかかると書いてあった。
「年収 1 千万円以上のエリート」と結婚できると言われて結婚相手紹介サービスに入会したが、その「エリート」は会員の一部のみであり、別途、情報量や交際申込費用がかかることがわかった。
3 か月保証付きの中古車を購入したところ、納車から 2 か月が経たないうちにハイブリッドシステムの異常が生じたので、修理を依頼したところ、ハイブリッド車のエンジンは保証適用外と言われた。
事例 22
事例 21
事例 20
2) 予見可能性
情報提供義務を定めるのであれば、その中身について具体的に議論を行い、内容を詰めるべきである。そうした議論を経ないまま抽象的な情報提供義務を定めたとしても、予見可能性がないため行為規範としての機能も期待できないばかりか、かえって無用の混乱をもたらすおそれがある。
xxx上、情報提供義務を認めるべきか否か、提供すべき情報の項目や内容、義務違反時の効果として民事効果も認めるべきか否かは、個別法において、それぞれの目的や趣旨との関係から丁寧に検討すべきである。
3) 実務への影響
提案によれば、情報提供義務違反と判断された場合、損害賠償の責を負うことになる。また、別の提案において、不利益事実の不告知の要件緩和が議論されており、契約を取消される可能性もある。こうした影響は非常に大きいため、事業者は、情報提供に不足がないように行動する。
情報は、当然ながらわかりやすい形で提供されなければならないので、事業者が行う
情報提供とは、多くの情報の中から、一般的な消費者にとって重要と思われる情報を「選んで」限られたスペースに表示するよう工夫し、相対的に重要でないものを「落とす」取捨選択の作業である。しかし消費者が商品購入にあたり重要と思う点は千差万別であるため、「全ての消費者にとって重要な」情報を提供しようとすれば、どの情報についても「提供しない」という選択は取れない。結果として、これまで再三指摘されている通り、商品パッケージの説明文が情報過多で読みにくくなり、店頭での説明も長々とせざるを得なくなる。「不足のない情報提供」と「わかりやすさ」のどちらに重点を置くかは受け取る側の消費者によっても異なり、その 2 つの要請を、誰もが納得する形で両立させることは非常に困難である。
また、実務上、次のような情報は、消費者が求めるものであっても提供不可能である。
・ 商品の原材料配合率、加工方法、原価など、製造業者のみが有する(小売業者に対し開示されていない)情報
・ 仕入先等との契約において、消費者への開示が禁じられている情報(モデルチェンジやバージョンアップの時期など)
・割引セールの開始日
4) その他
一般的な商品であれば、ネット、実店舗を問わず、購入できる店の選択肢は広い。(i)多くの情報が個別の消費者の事情や個性に応じて親切に提供され、返品保証もあるが価格はやや高い店、(ii)一般的・平均的消費者を想定した必要最小限の情報が定型的に表示されているのみであるが簡単に注文できて価格の安い店など、多様な形態が存在して消費者が選択できるのが健全な市場である。
業種や、契約の目的となっているサービス・商品等の性質等の差異を考慮せずに、情報提供義務を一般的・抽象的な形で法的義務として規定することにより、事業者は、一般的・平均的消費者を想定した定型的な情報提供に止めることができず、上記(ii)のようなビジネスの存続が難しくなる、あるいは運用コストが上がって、上記(ii)のようなサービス・商品を利用したい消費者が低価格のメリットを享受できなくなる、といった状況は避けるべきである。
物品の配送を伴わないデジタルコンテンツやサービスの取引には、海外の事業者も多く参入し、日本の消費者が日常的に利用している。広汎な情報提供にかかるコストや損害賠償リスクの高さを嫌って健全な事業者が撤退した後、欺瞞的な方法で販売を行う事
業者だけが市場に残り、交渉もままならずに消費者被害が増える、という事態も大いに懸念される。
また、その情報が事業者から提供されていればより親切だったというレベルの問題について、消費者の確認不足や思い込みとも思われるケース(事例 20、事例 21)の責任を事業者に全て負わせることは消費者のモラルハザードに繋がり、自ら情報を収集しようとする一般消費者との間に不xxが生じることを懸念する。
契約にあたり、消費者にも、情報を入手する努力は当然求められる。必要な情報が提供されていなければ質問して然るべきであるし、質問しにくいと感じる相手方とは契約しない自由もある。
(3) 契約条項の平易明確化義務
(意見要旨)
・努力義務を法的義務とすることは反対。
・何をもって平易明確とみるかについて一般的な基準を作るのは困難である。
1) 政策目的・必要性・有効性
事例 23 は平易明確でないことは明らかであるが、規約のわかりにくさは本事例の問
題点の 1 つに過ぎず、他にも行政法違反や契約の無効・取消しを主張できる要素が数多く含まれる悪質な事例である。本件の解決が困難なのは、当該事業者(海外事業者)の所在が不明で、まともに交渉が成立しないという理由であり、平易明確化義務が法定化されたとしても解決には何ら寄与しない。
事例 24 と 25 は現行法でも裁判で救済されており、改めて法定化する必要はない。
(第 7 回専門調査会【資料 2】より)
事例 23
事例 24
ダイエット食品「スリム X」(仮称)の無料サンプル(送料のみ負担)を申し込んだ場合に、無料サンプルの利用後、登録解除をしない限り定期購入プログラムに移行する旨を長文かつ難解な記述で説明する条項(以下略)
建物及びその建物に収用された設備・什器等を保険の目的とする保険契約の約款
「第1条 当会社は、この約款に従い、次に掲げる事故によって保険の目的について生じた損害(略)に対して、損害保険金を支払います。
(1) 火災 」
【事業者の解釈】
事例 25
「事故」とは、偶発性を有するものをいい、火災による保険金を請求する場合には、保険契約書において、その火災が故意等に基づかないことの立証を要する。
建物及び家財等を目的とする店舗総合保険の約款
「台風、せん風、暴風、なだれ等の雪災(融雪こう水を除きます。)によって保険の目的が損害を受け、その損害の額が二○万円以上となった場合には、その損害に対して、損害保険金を支払います。」
【事業者の解釈】
「雪災」とは、異常な気象状況によって生じた雪による災害をいい、異常性のない日常的な雪によって万一被害が生じたとしても、保険金支払の対象とはならない。
2) 予見可能性
契約条項は正確でなくてはならないため、きちんと書こうとすれば、平易ではなくならざるを得ない場合もある。わかりやすさを優先した場合は、正確でなくなる恐れがある。十分な情報提供と同様、わかりやすさと正確性は実務においては両立が非常に難しい。それは各種法令におけるxxにも当てはまることである。
望ましいバランスは個別分野によって全く異なり、業種・業態や取引内容に応じて柔軟に対応せざるを得ないものであって、予見可能性のある形で、一般的に「平易明確とは何か」を定めることは不可能である。
3) 実務への影響 上記 2)の通り。
4) その他
平易明確化義務を予見可能性のある形で規定できないにもかかわらず、無理に法的義務とした場合には、解約したい別の理由がある消費者によって、「契約条項がわかりにくい」とのクレームが、損害賠償請求や代金の支払を拒否したりする際の手段に用いられ、客観的には事業者が平易明確化について最善を尽くしていたとしても、事業者が拒否しにくくなる事態が危惧される。
最終的に要求に応じるかどうかはさておき、事業者の対応コストの増加は避けられない。そのコストは、商品価格等の形で、理不尽な要求をしない大多数の消費者に転嫁されることになる。
(4) 条項使用者不利の原則
(意見要旨)
・研究者にしか正確な意味を理解できない(平易でない)規定を置くことには反対。
・必要性もない。
1) 政策目的・必要性・有効性
条項使用者不利の原則を明文化しなければ解決不可能な事例や場面が想定できない。第 7 回専門調査会【資料 2】29 頁以下では、条項使用者不利の原則について、「約款
又は事業者が提示した消費者契約の条項について、一般的な契約解釈の手法で解釈しても、すなわち、当事者の共通の意思を探求し、共通の意思がない場合には、当該契約に関する事情の下で当事者がその条項をどのように理解するのが合理的であるかを探求しても、なお多義的である場合に、条項使用者にとって不利な解釈を採用するのがxxxの要請に合致するとの考え方」との説明がされている。
このような解釈は、研究者にとっては常識かもしれないが、一般人が正しく理解することは困難である。契約解釈の一般原則についての民法上の規定が存在していないなかで、条項使用者不利の原則が規定されるということになれば、この困難はより強まる。
定型約款について民法に規定が新設されることもあり、それによる影響を見極めるべきである。
(5) 消費者の努力義務
(意見要旨)
・第 3 条第 2 項の削除に反対。
1) 政策目的・必要性・有効性
消費者基本法第7条第1項には、「消費者は、自ら進んで、その消費生活に関して、必要な知識を修得し、及び必要な情報を収集する等自主的かつ合理的に行動するよう努めなければならない」とされている。消費者契約法第3条第2項における消費者の「情報活用努力義務」と「内容理解努力義務」はここから導き出されたものと理解されるので、当然、維持されるべきである。
この条項が削除された結果、契約締結に必要な情報が事業者から提供されているにも関わらず、消費者が当該情報を活用せず、内容を理解するよう努力しなかったことにより合理的意思決定ができなかった場合、その責任を事業者に負わせることになるとすれば、xx性を欠く。
4) その他(市場へのアナウンス効果)
実務への影響もさることながら、本条項があえて削除されたことの意味が、マスメディアを通じ一般消費者に歪められて伝わる可能性が高いことを危惧する。「法改正により、消費者はどんなに不注意でも責任を問われることはなくなった」「どんなに怪しい取引であっても安心して契約できる」等の誤ったメッセージが伝わることは、消費者市民社会の醸成にとってマイナスである。
III. 不当勧誘に関する規律
(1) 「勧誘」要件の在り方
(意見要旨)
・広告等を不当勧誘に関する規律の対象とすることには反対。
・どのような要件を満たす広告等を対象とすべきかにつき、明確化は困難である。
1) 政策目的・必要性・有効性
背景説明として、「様々なインターネットトラブルが発生している」「テレビショッピングやカタログ通販等の通信販売に関するトラブルも増加傾向にある」ことが挙げられている3が、事実認識に疑問がある。
インターネット通販のトラブルとされているものの多くは、海外事業者による模倣品販売など詐欺的なケースであり(別紙 1)、消費者契約法で解決できる問題ではない。テレビショッピングやカタログ通販のトラブルは増えていないことを示すデータ(別紙 2)も参照されたい。
インターネットを含む通信販売は、提供する事業者にとっても、購入する消費者にとっても取引方法の 1 つに過ぎず、他の取引形態と異なる規律を置く必要は基本的にはない。隔地者間取引やネット取引の特性に応じた行為規制及び契約上の規律については、既に特定商取引法や電子消費者契約法において手当済であり、広告に関する景品表示法の規制は、取引形態を問わず同じ基準が適用されている。
ネット上に商品情報が掲載されている状態(事例 1-1 や 1-2)は、スーパーマーケットの店頭に商品やチラシが陳列されているのと同じ状態であり、消費者が、商品パッケージの外側や商品の横に表示された POP 広告を見て、特に店員と会話することなく購入を決めることが「勧誘」に当たらないのであれば、事例 1-1 や 1-2 は、「勧誘」には当たらない。
3 第 8 回消費者契約法専門調査会【資料 2】個別論点の検討(2) P.3
(第 8 回専門調査会【資料 2】より)
インターネット上のオークションサイトで、「修復歴なし」の中古車を約 76 万円で落札した。
ネット検索で、100%必ず儲かると謳っている情報商材を 5 万円で購入した。
事例 1-2
事例 1-1
「勧誘をするに際し」という要件を「契約の締結に関して」等に置き換える(下記【乙案】)、あるいは「勧誘」の概念を拡げ「勧誘(不特定多数に向けたものを含む)」とするとの提案4については、それらの文言から、契約締結の意思形成への直接的な働きかけであることを要する趣旨と読むことはできず、およそ全ての広告等が含まれるとも見える。もしも店頭に商品が陳列されただけの状態にも新たに不当勧誘の規律を及ぼすという趣旨であれば、その必要性について十分な議論が必要である。
(第 8 回専門調査会【資料 2】より)
【甲案】
現行法上の「勧誘をするに際し」という文言を維持した上で、広告等のうち①消費者の意思形成に直接的に働きかけるものであり、かつ、②当該広告等における記載や説明に基づいて消費者が契約締結の意思表示をしたこと(当該広告等における記載や説明と意思表示の因果性)が客観的に判断できるものについては、「勧誘」とみなす又は例えば「勧誘類似行為」とするなどして、不当勧誘に関する規律が適用されることを明らかにする考え方
【乙案】
「勧誘をするに際し」という文言に代えて、広告等による場合を含め、契約締結の意思形成への直接的な働きかけであることを要する趣旨から、「契約の締結に関して」又は「契約が行われる(締結される)までの間に」とする考え方
【丙案】
「勧誘をするに際し」という文言を維持した上で、個々の事案における解釈に委ねるとする考え方
提案には、「インターネットのショッピングサイトで契約を締結した場合には、当該
4 第 8 回専門調査会議事録
サイトに記載された情報を踏まえて申し込むことが通常と思われるので、当該サイトは、消費者の意思形成に直接的に働きかけているものといい得る。」とある5(テレビショッ ピング、通販カタログについても同様の記載)。しかし、「当該サイトに記載された情報 を踏まえて申し込むことが通常」という認識は実態とは異なり、論理的にも後段に繋が っていかない。サイトへのアクセス記録は、サイトを開いたことの証明にはなり得ても、サイトの中の当該情報を見たこと、当該情報を見たこと(のみ)に基づいて消費者が契 約締結の意思表示をしたことの証明にはならない。アクセス記録をもって、当該サイト が「消費者の意思形成に直接的に働きかけている」というのは論理の飛躍であり、到底 受け入れられない。
消費者が、商品購入の意思形成にあたり、どのような情報を参照しているかについては複数の調査データが公表されている6。「ショールーミング」という言葉もあるように、店舗で商品を見てネットで購入する、ネットで情報を得た商品を店舗で購入するといったことは日常的に行われており、ネットで購入した消費者がネットの情報のみに基づいて購入意思決定をするのが一般的とは、断じて言えない。
不特定多数に向けた広告等であっても「勧誘」と同視される要件については、インターネットとそれ以外の取引を区別することなく、共通の基準として設けるべきである。
2) 予見可能性
では【甲案】であれば、広告等のうち、どのようなものが勧誘と同視されるかにつき、予見可能性が確保できるだろうか。答えは否である。
① の「消費者の意思形成に直接的に働きかけるもの」という要件は、まさに現行解釈における「勧誘」概念そのものであり、要件としての意味をなしていない。
② の「当該広告等における記載や説明に基づいて消費者が契約締結の意思表示をしたこと(当該広告等における記載や説明と意思表示の因果性)が客観的に判断できるもの」については、前述の通り、客観的に判断できるとする論拠はない。
どのようなケースであれば「当該広告における記載や説明に基づいて消費者が契約締結の意思表示をしたことが客観的に判断できる」かは、やはり不明確である。
5 第 8 回専門調査会【資料 2】P.6
6 アドビシステムズ株式会社による調査結果
xxxx://xxx.xxxxx.xxx/xx/xxxx-xxxx/xxxx/000000/00000000_XxxxxXxxxxxxxXxxxxxxx.xxxx
株式会社エルテスによる調査結果
xxxxx://xxxxx.xx.xx/xxxxxxxx/0000.xxxx 等
消費者が意思表示の決め手となったものを後付けで主張することは可能であり、そのような形でも裁判規範としては機能するかも知れないが、事業者の行為規範としては機能しない。事業者にとっては、広告を企画する段階で、それが不当勧誘規制の対象となる広告かどうか(情報が不足していた場合に不利益事実の不告知とされる可能性があるかどうか)が明確になっていなければならないのである。
3) 実務への影響
適切な要件設定を行わず、全ての広告が不当勧誘の規律の対象となる可能性があるとなった場合には、情報提供義務の法定化と全く同じ問題、すなわち、現在は勧誘とはみなされていないチラシやパンフレット、ただ陳列されているだけの商品にも、不利益事実の不告知とされないよう、ありとあらゆる事実を記載することになり、消費者に伝わるべき情報が伝わりにくい状態になる。あらゆる情報の網羅性・無誤謬性を要求することは、事業者に過度の負担を求め、正常な事業活動を萎縮させることになる。
4) その他
広告に虚偽があってはならないのは当然であるが、不利益事実の不告知は個別の勧誘 場面について適用される規範であり、「一般的平均的な消費者の利益」ではなく「当該 消費者(=個別具体的な消費者)の利益」を問題としている」とされているところ7、 不特定多数に向けた広告に対し、個別の勧誘と同じ規律を適用することには無理がある。
誤認の問題は、契約締結に至るまでの意思形成の過程における瑕疵の問題であり、広告規制とは切り分けて考えるべきである。どのような態様の広告を規律の対象とすべきかという検討を行うのではなく、直接的に意思形成に働きかけて、意思表示の瑕疵を生じせしめる行為態様としては、どのようなものがあるのかを分析し、それを類型化し、基準として明確化させるという方向で検討を進めるべきである。
一方、広告は、景品表示法や特定商取引法、個別法やガイドラインにおいて規律されている。何が不当であるかに加え、実質的な表示主体が誰であるか(メーカー作成のカタログデータを小売が表示しているに過ぎない場合など)についての事例も、個別法の運用の中で蓄積されている。
また、不当な表示によって利益を得た事業者には課徴金が課されることとなり、消費者への自主的な返金も推奨されているところ、強制的に取消権を与えられる不当表示の
7 消費者庁消費者制度課編『逐条解説消費者契約法』[第 2 版補訂版]120 頁
基準が景xx等とは別に定められることは、事業者に混乱をもたらす。各広告規制法における行政処分の基準との矛盾を避けるため、民事効果の要否や、その際の事業者の帰責性等の要件については、それぞれの広告規制法の中で検討すべきである。
なお、保険業法のように、広告規制と勧誘規制をはっきりと区別し、勧誘には資格が必要という分野もあるところ、解釈にあたっては、個別法との関係で事業者に混乱が生じないよう、留意する必要がある。
(2) 断定的判断の提供
(意見要旨)
・現行法の文言を維持した上で、個々の事案における解釈に委ねるべきである。
1) 政策目的・必要性・有効性
事例 2-1 から 2-3 は、現行法で「断定的判断の提供」と認められていると理解する。
事例 2-4 から 2-7 については、「成績」「痩身効果」「バストアップ効果」「運勢」などについて断定的判断と見えるものを提供されたとしても、平均的消費者であれば、利用者本人の努力や体質が結果に影響することは容易に想像できる(誤認は起こらない)と思われる。
現行法の文言は、財産的被害に影響しない事項を断定的判断の提供の対象に含まないとxx的に定めているわけではなく、客観的な効果・効能が問題となるケースは不実告知の問題として捉えることができるので、財産上の利得以外の事項を明示的に対象とする必要はない。
(第 8 回専門調査会【資料 2】より)
「半年後には上場し、上場時の公募価格は、幹事証券会社及び会計監査法人の試算によれば 50 万円で、安く見積もっても 40 万円は下らないであろう」との説明を受けて、未公開株式を購入したが、1 年経っても上場しなかった。
「毎回 3000 円から 5000 円の投資金で大当たりが引ける」、「100 パーセント絶対に勝
てるし、稼げる。月収 100 万円以上も夢ではない」、「お店 1 店につき滞在時間は約 2
時間で、平均 5 万円から 8 万円勝てる」、「パチンコ攻略情報代金は数日あれば全額回収できる」などという勧誘を受けて、パチンコ攻略情報を購入したが、提供を受けた
事例 2-2
事例 2-1
事例 2-3
情報は、難易度の高い特殊な技術を要求されるものであり、その情報どおりの手順を何度も試みたが成功しなかった。
外国為替証拠金取引をしていた事業者から、当該事業者が営業停止帆分を受ける可能性があると言われ、それまでの取引を清算すること等を内容とする和解契約の締結について勧誘された際に、同業他社の例を挙げ、「おそらく 6 ケ月ぐらいの営業停止になり、そうなると会社がつぶれ、預託金がほとんど戻って来ない、戻って来ないお金よりも、行政処分が出る前の今なら 100 万円は確実に返すことができる」と述べて、残金の返還請求権を放棄させられた。
事例 2-4
事例 2-5
「成績は必ず有名校合格の線まで上がり、有名校に合格できる」という事業者の説明に納得して、小学校 5 年生の長男の私立中学校受験のために、家庭教師派遣契約を締結したが、長男の成績は上がらず、有名校にも合格できなかった。
事例 2-6
痩身エステが体験できると路上で声をかけられ、店に行った。施術後、「高額だがこのエステコースを受ければ必ず痩せる」と言われ、契約をしてしまった。しかし施術を受けても肌が赤くなって痛いだけで何の効果もあがらなかった。苦情を言ったが、「全部受ければ効果がある」と言われ我慢してコースの大半を受けたが、全く効果がなかった。
事例 2-7
「確実に C カップになる」「必ず効果がある」とも言われ、バストアップのほか、手足をトリートメントするという美容機器を購入した。
易学院を経営する事業者から、「名前を変えたらあなたの運勢は良くなる」、などと言われて、改名及びペンネーム作成の契約をし、また、「印鑑の名前はその人の顔です。良い印鑑を持つと、名前同様に運命が変わります。絶対に印鑑は良い印鑑が必要です。」などと言われて、印鑑を購入した。
(3) 不利益事実の不告知
(意見要旨)
・故意要件・先行行為要件のいずれも、削除もしくは緩和に反対。
・第 4 条第 2 項は現行規定の維持を求める。
1) 政策目的・必要性・有効性
故意要件については、事案の内容を踏まえて柔軟に解されている裁判例も少なくないところ、あえて削除する必要性は乏しい。
先行行為要件は、取消権を発動するための要件であるとともに、不利益事実の範囲を確定するという重要な役割があり、削除は認められない。
2) 予見可能性
不利益事実の不告知について、「不実告知型」と「不告知型」の 2 類型に分けるとの提案がされている8が、そのような区別は抽象的には観念できたとしても、利益となる旨の告知と不利益事実との「関連性が強い」という基準が曖昧であるため、実際には、どちらにも解釈・主張が可能となる。裁判外の交渉において明確な規範として機能することはあまり期待できない。
また、先行行為要件が削除された場合、利益となる旨を告げたかどうかに関わりなく不利益事実の告知義務が発生することになり、結果的に「情報提供の義務化」と類似する。事業者にとっては、どんな情報をどこまで提供しなければならないか不明であり、予見可能性が全くないため、行為規範として機能しない。
3) 実務への影響
事業者は、消費者に誤認を与えないよう、購入意思決定に必要と思われる情報を、不利益なことも含めて、できるだけ正確に提供するよう努力している。しかし、商品そのものやパッケージにはスペースその他の制約があり、口頭での説明にも限界がある。「大事なことが説明されていなかった」との理由で後から取り消されるリスクは事業者にとって過大であるほか、要件を満たさない「ダメ元」や「無理筋」の要求も、今以上に増えることが予想される。
以下は、事業者が特に説明しなかった事実について、消費者から、当然説明すべきであったと取消しを主張された事例である。これらは現行法上「不当勧誘」に該当しないと考えられるが、それでも多くの事業者は、顧客対応の一環として返品を受け付けている。法改正により、これらが不当勧誘として法的な取消権の対象と主張される余地が拡大することを危惧する。
8 第 8 回専門調査会【資料 2】p.28 以下
・「超軽量」を売りにした新型パソコンの購入時、「処理速度が従来よりも少し落ちる」という説明はなかったので返品したい。
・家電量販店で購入した扇風機の音が思ったよりうるさいので返品したい。「お手入れ簡単」と言われたが、音についての説明はなかった。
・ネットのアジア雑貨店で購入したスカーフに独特の匂いがある。そんな注意書きはなかったので返品したい。
4) その他
「情報提供義務」のところで述べたとおり、情報は定型的であるが低価格での商品提 供を実現しているビジネスにも消費者の需要は確実にある。取消権を強めることにより、このようなビジネスの存続が難しくなる、あるいは運用コストが上がって、このような サービスを選択したい消費者が低価格のメリットを享受できなくなる、といった事態は、一般消費者の利益に反するものである。
消費者契約においては、事業者との格差を根拠に、消費者に自己責任を求める度合いを若干緩和したとしても、契約締結に当たってどのような情報を重視し、必要としているかは消費者しか分からない場合も多い。事業者としては、利益となる旨を告げる場合に、これによって存しないと通常考えられる不利益事実は告げなければならないという現行法の枠組みにより、既に十分な情報提供をしている。この枠組みを維持したうえで、事業者からの説明に疑義や不足があれば質問するなど、消費者にも、必要な情報を得るための努力を求める方が、より適切な解決を期待できる。
(4) 重要事項
(意見要旨)
・ 「重要事項」の拡大については、「契約締結の必要性」に限定し、必要以上に広く解釈されることがないよう、合理的な指針を示すべき。
・「不利益事実の不告知」に適用することには反対。
1) 政策目的・必要性・有効性
立法事実が指摘されている不実告知との関係で改正が必要であることは理解する。しかし事例 4-8 は、最高裁判例においても、将来の変動が不確実な事項であるとして適用が否定された事例である。将来の変動が不確実な事項についてまで事業者に告知を求
めることは適当ではない。なお、将来の変動が不確実な事項でないような事実については、上記の裁判例も否定したものではなく、現在の「重要事項」を拡大する必要はない。
不利益事実の不告知については立法事実が指摘されていない。
(第 8 回専門調査会【資料 2】より)
事業者が、金の商品先物取引の委託契約の締結を勧誘する際に、東京市場における金の価格が上昇傾向にあることを告げ、この上昇傾向が年内は続くとの自己の相場予測を伝え、金を購入すれば利益を得られる旨説明したが、一方で、将来における金の価
格が暴落する可能性があることを示す事実を告げなかった。
事例 4-8
2) 予見可能性
立法事実が明確であり、裁判例においても認められている「契約締結の必要性」に限らずに、【甲案】のように抽象的に拡大することは、予見可能性の観点から、反対。【乙案】のように限定して明示し、1 号追加する形が良いが、それでもなお、「契約締結を必要とする事情」という文言は、必要以上に広く解釈される余地があることを危惧する。
(第 8 回専門調査会【資料 2】p.45 より)
【甲案】
同条項(注:法第 4 条第 4 項)各号が例示であることを明示し、又は、同条項各号を削除して、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」とする。
【乙案】
法第 4 条第 4 項各号の事項に加え、「消費者が当該消費者契約の締結を必要とする事情に関する事項」を「重要事項」に含める。
現行の解釈において、重要事項とは、「契約締結の時点における社会通念に照らし、当該消費者契約を締結しようとする一般平均的な消費者が当該消費者契約を締結する か否かについて、その判断を左右すると客観的に考えられるような、当該消費者契約についての基本的事項(通常予見される契約の目的に照らし、一般平均的な消費者が当該消費者契約の締結について合理的な意思形成を行う上で通常認識することが必要とさ
れる重要なもの)をいう」とされている9。予見可能性の観点から、この解釈を維持し、
「当該消費者契約の締結を必要とする事情」が、特定の消費者の個別的な事情(通常とは異なる動機など)を含まないことを明確にすべき。
3) 実務への影響
一般的な消費者が契約締結の際に重要と思うことについては、事業者側でできる限り想像を働かせるべきであり、虚偽を告げることは許されない。しかし、例えば、消費者が販売員に対して「芸能人の○○も使っているんですよね」と質問し、販売員が「そのような噂もありますね」と未確認の情報を伝えたところ、○○の大ファンであった消費者が購入を決め、後日そのような噂があるものの、噂自体が事実ではなかったとわかった、といった場合にまで取消権が拡大した場合は、実務への影響が非常に大きくなる。
(5) 不当勧誘に関するその他の類型
*事業者の行為により自由な意思決定がゆがめられる類型
(意見要旨)
・消費者契約法ではなく特定商取引法の問題として検討すべき。
1) 政策目的・必要性・有効性
執拗な勧誘・威迫等による勧誘で消費者の購入意思決定がゆがめられたという被害が、主に電話勧誘販売と訪問販売の場面で発生しているのであれば、現時点で、一般法であ る消費者契約法に規律を置く必要性は乏しい。特定商取引法の中で、再勧誘禁止規定や クーリングオフとの関係を整理した上で検討すべきである。
不招請勧誘については、どのような事例を対象としたいのかをまず議論すべき。
事例 1-1 から 1-4 は、正に電話勧誘の問題である。
事例 1-5 は、欺瞞的な広告手法ではあるものの、所定の手続きを踏めば解約でき、返 金されるケースがほとんどなので、実務上は、改めて取消権を付与しても意味がない。事例 1-6 の「支払が大変なので解約したい」という主張が認められるのであれば、契
約時点では納得していた(意思決定にゆがみがなかった)ケースであっても、勧誘を受
9 消費者庁消費者制度課編『逐条解説消費者契約法』[第 2 版補訂版]143 頁
けて契約したものは全て取消し可能ということになり、到底受け入れられない。
(第 9 回専門調査会【資料 1】より)
事例 1-1
事例 1-2
電話勧誘で、3 年前から次々に教材(総額 70 万円)を購入した。断っても何度も職場に電話があり、「私のため」「今回限り」などしつこく言われたため、契約してしまった。
事例 1-3
自宅の固定電話に、知らない業者から、「20 年前の学生名簿を見た」と言って賃貸用マンション購入の勧誘電話がかかってきた。会社名を名乗るのみで、電話番号は非通知だった。断ったのに、その後も何度も電話がかかってきた。自分は一人暮らしでもあり、怖いので穏便に対応しているが、脅すように畳み掛けられる。住所も知られているので、業者が来訪してきたり、嫌がらせを受けたりするのではないか。老後のための投資だと言われたが、必要ない。
事例 1-4
知らない事業者から、「先日注文いただきました健康食品が出来上がりました。本日送ります」と電話がかかって来た。「注文していない。送られては困る」と言ったところ、「注文を受けた記録が残ってるんだ。ふざけるな。すぐに届けるからな」と怒鳴られ、怖くて了解してしまった。
10 年前に職場への電話勧誘で行政書士資格取得鋼材の購入契約をしたが、資格は取っていない。3 年前に見知らぬ会社から電話があり「生涯契約になっている。継続の教材を送る」といわれた。仕事中で長話ができず承諾した。その後何度も電話があり、周囲が気になって断れないまま 3 回も教材を購入する契約をしてしまった。先日、思い切って、今度は契約するつもりはないと言ったところ、突然居丈高な口調に変わり、勤め先に出向くと脅された。
事例 1-5
事例 1-6
パソコンの画面上に、「パソコンが脅威にさらされている」といった警告画面がたくさん表示され、不安になり、わからないままクレジットカード決済をして、その警告画面で購入を勧められたセキュリティソフトをダウンローソ購入してしまった。
呉服屋貴金属を同一業者から勧められ、約 3 年間で 10 点以上契約したが、支払が大
変なので解約したい。訪問販売や点字会に誘われて合計 1000 万円以上の契約をした。
収入は年金のみで付き 14 万円だがクレジットの支払が 18 万円くらいになる。生活していけない。解約したい。
*合理的な判断をすることができない事情を利用する類型
(意見要旨)
・消費者契約法ではなく特定商取引法の問題として検討すべき。
1) 政策目的・必要性・有効性
高齢や精神的不安定等、合理的な判断をすることができない事情を利用する勧誘行為が不当であることは理解するが、それらの被害が、主に訪問販売と電話勧誘販売で発生しているのであれば、まず特定商取引法における行為規制の延長として、取消xx民事効果の要否を検討すべきである。
2) 予見可能性
事業者の行為規範として機能させるためには、どのような行為が不当で、事業者としてどのような行動が望まれるのかが明確でなくてはならない。悪質でないケースまでが無効や取消とならないよう、合理的に対象を限定できるかという点に疑問が残る。
3) 実務への影響
健全な事業者は、契約締結プロセスに不当性がないことを確保するため、日々悩みつつ、様々な業務フローを模索して手探りで対応している。例えば、一定年齢以上の者と契約する際には家族の承認を必須とする、家族から申し出があれば基本的に解約に応じる等である。しかし、このような対応は、家族間の問題に介入することにもなり、一歩間違えば人権侵害との批判を受けるものである。
会話の中で消費者の精神状態に不安を感じた場合、どのように確認をすれば良いのか。契約を拒否するのが望ましい行動か。その際、消費者本人にどのように理由を説明すべ きか。消費者があくまで契約したいと言った場合には、「契約締結時の判断能力には問 題がない」旨の念書を取れば良いのか。
高齢者等の保護と人権尊重とをどのようにバランスさせるべきかの指針がない状態でリスクを一方的に事業者に負わせることになれば、事業者は、リスクの高い取引を回
避する。すなわち、高齢者等には商品を売らないということにもなりかねない。
(6) 第三者による不当勧誘
(意見要旨)
・ 第三者の不当勧誘行為について、委託関係にない場合にまで取消し可能とすることには反対。
1) 政策目的・必要性・有効性
事例 2-1 は、事業者と第三者との委託関係を「裏付けることが困難」という事例であり、
「委託関係がない場合でも取消し可能とすべき」ことを示す事例ではない。
(第 9 回専門調査会【資料 1】より)
A 社から電話があり、「B 社のリゾート会員権が届いているか。これが届いているのは宝くじに当たっているようなものなので探すように」と言われ、探したら届いていた。 2〜3 日後、A 社から電話があり「絶対に高値で買い取るのでその会員権を購入してほしい」と言われ断ったが、「全国に顧客がおり、多くの人が先に購入してもらって我々が高額で買い受けている。絶対に嘘はない」などと誘われ信用して、B 社のリゾート会員権を 3 口分、315 万円で購入した。その後も「合計 5 口になればもっと高額で買い取る」と A 社から追加購入を煽られ、さらに 2 口分 210 万円振り込んだ。支払金額の合計は 525 万円になる。A 社はすぐ買い取りの準備をすると言っていたが、その後 A 社からの連絡は一切なく、連絡先もわからない。B 社に連絡したが A 社のことは知
らないと言われ、解約にも応じてもらえなかった。
事例 2-1
3)実務への影響
勧誘概念が拡張された場合には非常に影響が大きい。
例えば、ソーシャルメディア上における商品の製造業者や販売業者による公式の投稿に対して、第三者が不当にコメントした内容によって消費者が誤認をした場合や、インターネットシッピングサイト上の商品ページにおいて当該商品を購入してもいない第三者が不当にコメントした内容において消費者が誤認をした場合など、事業者が第三者の行為の事実やそれによる消費者の誤認状態を知ることができたかどうかが不必要に争いになる可能性が非常に高い。
特に、過失については、その限界が不明確であり、インターネットで公開されている 情報は全て知ることができたと事後的に判断されるおそれがある。不当勧誘においては、民法の詐欺取消とは異なり二重の故意や違法性が不要とされていることと相まって、こ の過失という要件によって、第三者による不当勧誘行為を事業者に帰責することが妥当 であるかを選別することは困難である。
(7) 取消権の行使期間
(意見要旨)
・取消権の行使期間延長に反対。
1) 政策目的・必要性・有効性
立法時、民法に基づく取消権よりも行使期間を短く設定した趣旨として、「反復継続性、迅速な処理・取引の早期安定化への要請」「民法よりも取消しを広く認めることとのバランス」の 2 点が説明されている。これらの事情は、現在においても全く変わっていない。
6 か月を超えてから相談に来る場合があるとしても、期間を過ぎていることが解決の
障害となったのかどうか、事例 3-1, 3-3 からは不明である。
(第 9 回専門調査会【資料 1】より)
消費者が、街を歩いていたときに販売店の男性担当者から声をかけられ、何度も断ったものの絵画の展示場に連れて行かれ、購入を勧められた。断ったが、帰してもらえないような気がしたため、言われるままに契約書の契約者欄に署名押印をした。翌月、販売店担当者から連絡を受け、店に行くと、同担当者から、商品を引き渡すので納品確認書に署名押印するように求められた。消費者は、絵画を購入したつもおりはないし、受け取っても家には飾る場所がないからと断ったが、担当者がとにかく受取のサインをするようにと要求したため、サインをしないと帰してもらえなくなると思い、仕方なく納品確認書に署名押印した。その後、取消権を行使した時点で、売買契約の日から 6 か月以上が経過していたものの、納品確認書に署名押印した日からは 6 か月は経過していなかった。
数年前に、脅迫的な勧誘を受けたため、恐くてどこにも相談できなかったが、友人が同じようなケースで弁護士二相談して返金してもらったと分かった。私も取り戻せる
だろうか。
事例 3-3
事例 3-1
3) 実務への影響
消費者契約の対象商品の多くは、すぐに消費されてなくなったり、返品困難な状態になったりするものである。対象商品が存在しなくなった後も数年間にわたり取消権が残ることになれば、勧誘方法等が正当であったことを証明するため、事業者は取引記録を何年も保存しなくてはならず、実務上の負担は非常に重くなる。個人情報保護の要請にも反する。
(8) 法定追認の特則
(意見要旨)
・民法 125 条の適用について特則を設けることは反対。
1) 政策目的・必要性・有効性
挙げられた2つの事例はいずれも困惑類型における特殊なケースであり、消費者契約全般に対して、一律に法定追認の効力を否定したり制限したりする必要性は乏しい。特
別な事情がある場合は、「追認をすることができる時」や「追認がされたかどうか」の解釈を柔軟にすることで対応可能と考える。
(第 11 回専門調査会【資料 1】より)
厳しい口調で「ちょっと待ちなさい、貴方は、勉強しに来たんでしょ。」などと言って引き止められ、事業者の経営する易学院の部屋から退去することが困難な状態に陥らされ、易学受講契約を締結したが(法第4条第3項第2号の要件を充足する)、いったんそこを退去した翌々日以降に、易学受講契約の授業料等の一部を支払い、易学の授業も受講した。
SF商法のテント会場で、布団(30万円)を購入した。入り口がふさがれたうえ、販
売員が両側に付き添ったので逃げられなかった。5か月後、事業者から求められて支払いをしてしまった。
事例1-2
事例1-1
2) 予見可能性
法定追認を適用しない場合、取引の安定性が著しく害される危険性がある。
4) その他
別途、不当勧誘行為の対象の拡大の議論もなされており、その結論如何によって、法定追認の特則を設けたときの実務への影響は大きく異なる。実務への影響が明らかにならない状態においては、政策的な判断もし難いところであろうから、これらの論点に関し、並行して議論を進めるというやり方は不適切ではないか。
IV. 不当条項に関する規律
(1) 事業者の損害賠償責任を免除する条項(法第 8 条)
(意見要旨)
・ 人身損害の責任を一部免除する条項については、現行法の規定を維持した上で、第 10 条の解釈・運用に委ねるべき。
・ 不法行為責任を免除する条項について、「民法の規定による」との文言を削除することには反対しない。
1) 政策目的・必要性・有効性
軽過失でも免責が許されないとする裁判例は、まだそれほど蓄積されていない。(事例 1-1 もまだ確定していないと理解。)
現行法でも第 10 条で救済可能である。
(第 10 回専門調査会【資料 1】より)
プロ野球の試合を観戦中、打者の売ったファウルボールが原告の顔面に直撃し右眼球破裂により失明した事故について、プロ野球の試合観戦契約約款には、「主催者又は球場管理者が負担する損害賠償の範囲は、治療費等の直接損害に限定されるものとし、逸失利益その他の間接損害及び特別損害は含まれないものとする。但し、主催者若しくは主催者の職員等又は球場管理者の故意行為又は重過失行為に起因する損害につい
てはこの限りでない。」とする条項があった。
事例1-1
(2) 損害賠償額の予定・違約金条項(法第 9 条第 1 号)
(意見要旨)
・ 現行法の規定を維持した上で、第 10 条の解釈・運用に委ねるべき。
1) 政策目的・必要性・有効性
消費者側からの立証の困難さは理解するが、裁判実務においては、消費者から何らかの主張があれば、事業者から損害額について合理的根拠を示している。事実上、裁判手続における行為規範としての主張・立証責任は事業者が負っているとも言え、民事法の
原則を歪めて、改めて立証責任の転換について明文化する必要はない。
比較対象を「同種の事業を行う通常の事業者に生ずべき平均的な損害」とした場合は、同業種であっても他社のコスト構造は知り得ないので、事業者が立証することは困難になる。
(3) 不当条項の一般条項(第 10 条)
(意見要旨)
・前段要件を「当該条項がない場合に比し」と変更することには反対しない。
・ 後段要件の該当性判断に「平易明確でないこと」という要素を加えることについては反対。
1) 政策目的・必要性・有効性
前段要件の修正は、最高裁判例を条文で明確化する目的と理解する。
後段要件については、条項が平易明確であることと内容が不当であることとは異なる問題として区別して論じるべきであると考える。第 3 条の平易明確化義務との関係も不明である。
2) 予見可能性
事例 3-2 や 3-3 は、補償する場合をあらかじめ限定したり金額の上限を定めたりせず、
「一定の補償」という文言で交渉の余地を残しているという意味で、一律に免責するよりも不当性が低いとの見方もできる。「平易明確でないこと」が考慮要素に加わった場合、後段要件の該当性について、今よりも予見可能性が低くなることが危惧される。
第 10 回専門調査会【資料 1】より
フィットネスクラブ会則の「本クラブの施設利用に際して、本人または第三者に生じた人的・物的事故については会社は一切損害賠償の責を負いません。(中略)ただし、会社の調査により会社に過失があると認めた場合には、会社は一定の補償をするものとします。」という条項
フィットネスクラブとの契約における「会員等が施設利用に際して被った人的物的事故については、会社に過失がある場合には、相当因果関係のある範囲内で会社が一定
の補償をするものとします。」という条項
事例 3-3
事例 3-2
(4) 不当条項の類型の追加
(意見要旨)
・ ①〜④はいずれも、「任意規定や一般法理と比較して信義則に反し消費者の利益を一方的に害する条項」と一概には言えず、適切な要件設定が困難であって、不当条項の類型に追加することには反対。
1) 政策目的・必要性・有効性
契約は、両当事者が納得した上で自由に取り交わすのが大原則であり、消費者契約も基本は同じである。消費者が、当該条項が自分にとって多少不利益であることを知りつつ、他のメリットとの引き換えとして納得して契約したとしても、形式的に不当条項に該当すれば有無を言わさず無効にするということは、消費者の意思を無視し、利益を害することにも繋がる。
条項の不当性は、当該条項が用いられる契約におけるあらゆる要素を総合的に考慮して個別に判断されるべきであり、ケースバイケースが原則である。この点、現行第 10条は、当事者自治への過剰な介入にならないようバランスを取っていると考えられ、事業者への基本指針としては十分である。
事業者は、個別業界、提供する商品やサービス、ビジネスモデルごとの特性に応じ、消費者の利益を一方的に害することとならないよう、注意深く契約条項を作成している。法務部門を持つ企業は、争いになれば、当該条項の必要性や正当性を主張する用意があ
る。理不尽な要求を拒否するために、基本的には発動しない「抜かずの宝刀」として置いている条項もある。個別事情を無視した共通ガイドラインは、少なくとも大手事業者は全く必要としていない。
一方、十分な法律知識を持たない中小企業や海外事業者に対するガイドラインとして、
「不当条項に当たり得る条項」について情報を提供することは有意義と考える。これまで裁判で不当条項と認定された事例や差止が認められた事例のアーカイブを参照可能としておけば、事業者も相談現場も活用できる。
各業界が、それを参考に、業界の事情に応じた不当条項リストを作れば足り、啓発や紛争予防という目的であれば、法律自体に書き込んで直ちに民事効果を持たせる必要は全くない。
個別の紛争解決という視点でも、第 10 条を根拠に不当条項に該当する旨の主張は現在でも十分可能であり、これ以上の具体化は必要ない。抽象的であるからこそ、主張がしやすいという側面もある。相手が認めるかどうかは別の問題だが、リストがあれば解決する訳ではない。
3) 実務への影響
どんな場合でも反証の余地なく無効となる条項を法律に定める場合は、「本当にどんな場合でも」無効とすべき条項かどうか、事業者がそのような条項を設けている理由は何か等、実態調査や意見照会を行い、ひとつひとつ丁寧に篩にかけるプロセスが必須と考える。その検討を十分に行わずに机上で条文を作成した場合、実務の実態から乖離した規律となる危険がある。
以下それぞれの条項につき、合理性がある場合や実務に影響する可能性について述べる。
なお、これ以外の条項について不当条項とするとの提案がされる場合は、追加的に意見を提出する予定である。例えば第 11 回専門調査会において言及のあった専属的合意管轄条項については、その条項があったとしても、消費者の便宜や利益のために必要があれば裁判所の判断により移送されるなど、実務上、妥当な解決が図られていると思われ、無効とする実益はないと考える。
① 法律に基づく消費者の解除権・解約権をあらかじめ放棄させ又は制限する条項
事業者が債務を履行しなかったり目的物に瑕疵があったりした場合に消費者が法律上認められている解除権を全面的に放棄させることは、確かに信義則に反して消費者の利益を一方的に害する場合も多いと考えられる。
しかし事例2-1-1は、そのような場合まで想定されているのかどうか疑問である。文言上、表現されていないが、事業者の意図としては、消費者の自己都合による解除を制限しているに過ぎず、法の規定に基づく解除は、本条項の有無に関わらず当然受けるものと考えている可能性がある。該当する事例がどれだけあるか、合理的な理由があるケースがないか、一般化する前に慎重に検討する必要があると考える(他の3類型も同様)。
第 11 回専門調査会【資料 1】より
携帯電話端末の売買契約に「ご契約後のキャンセル・返品、返金、交換は一切できません」という条項があった。
事例 2-1-1
② 事業者に法律に基づかない解除権・解約権を付与し又は事業者の法律に基づく解除権・解約権の要件を緩和する条項
サービスを提供する事業者は、一般にユーザーにサービスを利用してもらうことによ り売上を上げているのであるから、事業者側から解除を望むということは少なく、利用 を継続してもらう方にインセンティブが働く。従って事業者に解除権を付与する条項は、合理的な理由があって設けていることが一般的である。事前に開示された条件に消費者 が納得して契約を締結しているのであれば、無効とする必要はないものと考える。
特に、オークションサイト、オンラインゲーム、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)など、多くの消費者が利用する「場」を提供するサービスにおいては、場を安全に保つためのルールが不可欠である。ルールに違反して他の利用者に迷惑をかける利用者(消費者)は排除しなくてはならない。不正品が出回ったり、名誉毀損など他者への権利侵害が繰り返されたり、青少年が犯罪に巻き込まれたり、ウィルス感染の被害が広がったりすることを未然に防ぐには、「可能性」の段階で迅速な手当を行うことも必要である。これらの場合は、事業者の一方的な判断とならざるを得ないが、必ずしも信義則に反するとは考えられない。
勘案するポイントとして「要件の該当性の判断の客観性」が挙げられている10が、上記のような場合、事業者側の判断基準を開示することは、悪意を持った利用者に対し、それを迂回して更に悪事を働くための情報を提供することとなる可能性があるため、難しい。
③ 消費者の一定の作為又は不作為をもって消費者の意思表示があったものと擬制する条項
事例2-3-1、2-3-2はいずれも、「消費者が明確に意図しないうちに」という点が問題とされているが、その点が要件に適切に反映されていない。消費者が契約前に認識できるよう、事前にこの内容が明示されている場合は、何ら問題はないものと考える。
どのような内容・どのような対応を行っていれば合理性があると言えるのか、業態
第 11 回専門調査会【資料 1】より
ウォーターサーバーレンタル・水宅配の契約に関する無料お試しキャンペーン規約に
「無料お試し期間中に所定のキャンペーン終了手続きが行われず、貸出を受けた全てのレンタル商品がA社指定の配送センターに返却されなかった場合は、本サービスを継続して利用する意思があるものとみなし、有料サービスへ自動移行するとともに月額料金の課金が発生します」という条項があった。
ソフトウェアの使用条件に「理由のいかんを問わずメディアの包装を開封されたお客様は、下記の使用条件をご承諾されたものとみなします」という条項があった。
事例2-3-2
事例2-3-1
ごとの違いを勘案せず、一律の基準を設けることは困難である。
以下は日常的に行われている取引慣行であり、問題なく運用されている。これらを無効とすることや無効となるおそれを生じさせることは取引の安定性を著しく害する。
・ ニュースなど無償で閲覧可能なウェブサービスにおいて、利用者がページを開いたことをもって契約の成立を擬制し、緩やかな義務を課す(第三者の著作権を侵害しないよう求めるなどはこの方法によるしかない)
10 第 11 回専門調査会【資料 1】p.19
・ 返金や支払方法を、特段の連絡がない限り一定の方法で行うことに消費者が同意したとみなす(=手続きを定型化することにより迅速な返金を実現する)
・ 航空券を予約して(未払い)期限内に引き取らなかった場合、消費者が予約の意思を撤回したものとみなす(=予約時に代金支払を要求するよりも消費者の利益に資すると判断)
④ 契約文言の解釈権限や契約に基づく当事者の権利・義務の発生要件該当性又はその内容についての決定権限を事業者のみに付与する条項
評価が伴う事項に関しては、契約書を作るときに、いずれの当事者が判断をするか定めることは一般的であり、この点を明確にすることで紛争の回避に繋がっている側面もある。また、専門的な知識が必要なものに関して、事業者側が判断をするという条件は合理的である。特に、他の利用者の名誉毀損その他の損害を与える行為、セキュリティ上問題となる行為などに対しては、前述のとおり、事業者の判断のみをもって速やかに処理する必要性が高い。
消費者にとってより有利になるよう、こういった条項を設けている場合もある。これが認められない場合、事業者による柔軟な判断・解釈が困難となり、あらかじめ明記されていないものは一律不可という対応とならざるを得ない。
例えば、補償サービスで、1 から 10 の補償対象事由を列挙し、「これ以外にも当社の判断で補償します」という条項を置いていることがある。当初想定していなかった事由 11 と事由 12 が発生し、事業者の判断で、11 については補償対象とし、12 については対象外としたい。しかし「当社の判断で」という条項が無効とされてしまうと、11 についても補償することができなくなる。
以上