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信託契約の成立要件についての覚書
学習院大学法学部准教授 x x x 人
− 目 次 −
1 .問題の所在
2 .条文からみる信託契約の成立要件
3 .信託契約の成立要件に関する議論
4 .成立要件と効果の区別
5 .結びにかえて
1 .問題の所在
信託が契約を介して用いられる場合、様々な用いられ方がある。
信託という制度の利用を考慮して「信託契約」の名の下に当事者が契約書面を交わすこともあれば、信託法所定の様々な効果を前提としつつも信託の言葉に触れずに契約書が締結されることもある。信託を用いるという意識すら当事者が有せず何らかの合意が交わされ、事後的に信託法上の効果を援用しうる場合もある。
いずれの場合においても、その合意は(少なくとも)「信託契約」(を一要素とする契約)であったと評価される。これが、「信託契約としての法的性質(法性)決定」がなされるということの意味である(1)。
「信託契約としての性質決定」は、平成18年の新信託法制定前後を通じて、活発に議論されている。その契機の一つは平成14年の最高裁判所判決に求められる(2)。最高裁は、公共工事請負代金前払システムに基づき管理さ
れた預金の帰属に関し、信託法の適用に基づく受託者からの倒産隔離効の有無が問題となった事案について、合意の「信託契約」としての性質決定を積極的な形で行い、受託者からの倒産隔離を承認した。この判断は注目を浴び、類似の状況においてどのような場合にまで信託契約として性質決定されうるかが、その後の議論の焦点の一つを形成した。
当該判決は、信託の成立要件が一般的な形で示されているわけではなく、信託の成立を事例判断的に認めたものに過ぎない。学説において、その後、信託の成立要件のあり方について散発的に議論が現れたが、判例における定式が必ずしも明瞭でないこともあり、信託契約の成立要件に関する限り、その内容はxxx明瞭ではない(3)(4)。そのような中において、学説における有力説とされる考え方は、旧信託法 1 条由来の要件を前提にし、それに加え、分別管理義務をも成立要件に加える趣旨の見解を提唱し、新信託法制定後も学説において一定の支持を集めている。
本稿は、平成14年の最高裁判決を前後する形で沸き起こった、受託者からの倒産隔離効
を導き出す前提としての「信託契約としての性質決定」に関してなされた学説の議論を踏まえつつ、有力説とされる見解が提唱されるに至った過程についての検討を行い、試論を示すものである。
2.条文からみる信託契約の成立要件
旧信託法下において信託の定義は 1 条に規定されていた(5)。「信託契約の成立要件」も、この定義規定から導かれると考えられており、伝統的に、次の二つの要件が導出されている。第一が「財産権の移転その他の処分が行われること」であり(以下、①要件とする)、第二が「当該財産権について、他人をして一定の目的に従った管理または処分をさせること」(以下、②要件とする)である。
この要件は、新信託法下では 2 条・ 3 条 1号が対応する(6)とされ、新信託法下においても旧法下で導出された要件とほぼ同様の内容が前提とされると理解されてきた(7)。
ただし、細かな点において変更が存在しないわけではない。例えば、旧法における②要件は、受託者が信託財産を「一定の目的」に従って管理処分すればよいと定めるものであったが、新法 2 条 1 項は、「専らその者の利益を図る目的」を除くという限定がなされており、その内容の具体化が図られている(8)。また、旧法では、②要件において、「一定ノ目的」に従った財産の管理処分が規定されていたところ、受託者の権限の範囲に関する新法26条の規定を受け、「その他の当該目的の達成のために必要な行為」といった要素も付加されている(9)。
また、①要件に関しても、旧法下においては、当事者の合意に加え、委託者から受託者への現実の財産処分を必要とするという意味において、信託契約を要物契約として理解する見解とも結びついていたところ、新法下においては、これを明確に諾成契約として定めることとなり、①要件の性格は変容している(10()11)。
3 .信託契約の成立要件に関する議論
信託としての「性質決定」に関わる成立要件の問題が、学説において正面から議論されるようになったのは、平成14年の最高裁判決の前後の諸判決以降である。旧信託法の規定を元に行われた学説の議論には、二つの側面が認められる。第一に、信託の成立要件が旧信託法 1 条という定義規定から求められる点を理論的に確認するところから信託の性質決定の問題を論じることになったという点であり、第二に、信託の成立要件が旧 1 条から抽出された要件に尽きるのかが問題とされた、という側面である。
学説において、第一の側面を確認した論文として、xxxxの論文を指摘できる(12)。
信託法における定義規定から抽出された
「成立要件」を前提とした上で、当事者の合意が当該「成立要件」に合致するかどうかという判断から「信託契約としての性質決定」作用が構成される。この点がxxxxにより明確に確認されることで、とりわけ民事信託のレヴェルにおける信託の応用可能性が実務的に意識され始めた(13)。
その上で、平成14年判決に関わる事案が下級審において現れ始めた時期より、類似の事案との関係において、条文由来の要件の具体化の可能性についての検討を行ったのがxxxxxである。預り金の保護が問題となる裁判例の登場の中で、xxxxxは、xxxxの指摘が、受託者からの倒産隔離を前提とした「信託としての性質決定」を行う際の理論的な出発点となりうることを確認した上で(14)、受託者からの倒産隔離効を前提とした信託契約の成立要件が、旧法1条の①・②要件に尽きるのかを問題とした。xxxxxは、旧1条において①・②として位置づけられる成立要件はそのままでは不十分であるとし、各要件の理論的位置づけの確認とその内容の実質化の方向性を示唆する。
xxxxxによる要件の実質化は、2001年に公表された論文(15() 以下、x垣内[2001]と略称する)と2003年において公表された論文(16() 以下、道垣内[2003]と略称する)の二つの論文においてなされた(17)が、その後、実務・学説を含めて大きな影響をもったようにみえるのは前者である。xxxxxは、先の論文であるx垣内[2001]において、信託の成立要件として、①・②に加え三つ目の要件として「分別管理義務」の要件を要するとの見解を示唆した。
xxx[2001]
xxx[2001]において、xxxxxは、「信託契約としての性質決定」を考慮する際の前提として、①・②要件それぞれの、信託契約の成立要件としての理論的位置づけを確認するところから出発する。
xxxxxは、次のように説明する。
そもそも「信託とは、所有者でない者に所有者と同様の物権的救済を認めるという法理」である。分別管理された預金の帰属が問題となる場合、当該預金の管理を依頼した委任者に当たるものに対し、直接「所有権を認めることによって物権的救済を認めうるのであれば、そうすればよい」。これに対し、委任者に対して「所有権を認めることができない場合には、信託の成立を認め」、別の形で物権的救済を与える可能性が生まれる。この点との関連において、旧法由来の①要件は、委任者に所有権が帰属しないことを確認することで「所有権による救済を認めえない」点を確認する消極的な要件に過ぎないものとして捉えうる。このように理解すると、②要件は、所有権が認められないとされた委任者に、なお、信託法の適用によって、受託者からの倒産隔離という形で「物権的救済を認めるべきか否か」を判断するための要件ということになる(18)。
xxxxxは、物権的救済を認めるためには、さらに加えて、「分別管理がなされている」
かどうかが重要であるとし、道垣内[2001]は、この「分別管理義務」を信託契約成立のための第三の成立要件(③要件)として位置づける(19)(20)。
xxxxxによる以上のような考え方は、平成14年前後の最高裁判決出現の時点でxxx[2001]が大きな影響力を有していたことも相俟って(21)、実際、その後の学説において「有力説(22)」との評を得ることになる(23)。
その後の学説においてxxx説と共通した理解を提示するようにみえる代表的な論者が、xxxxxである(24)。xxxxxは、xxxxxによって提示された議論を前提としながらも、③要件に付加要件としての位置づけをより明確に与える可能性を示唆する(25)。
さらに、xxxxxは、③要件について、「受託者に財産の分別管理義務を課し、かつ、その義務履行を確実なものとするための具体的措置が合意されていること」として抽象的な分別管理義務のみならず、具体的な措置の定めがあることをも要件に付加して理解する余地をも示唆する(26)。
道垣内[2003]
以上のような形で、x垣内[2001]によって提示された要件論は、その後の学説に一定の影響を与えたと評しうるが、他方で、xxxxxは、x垣内[2003]において、信託契約の成立要件に関する議論につき、若干ニュアンスを変更したかにみえる論稿を発表する。
道垣内[2003]は、その出発点においては、従来必ずしも十分に議論がなされてこなかった「信託設定意思」概念を、信託の成立要件との関係においてどのように理解するか、という問題関心から出発する。
xxxxxは次のように説明する(27)。
そもそも、A が B から金銭を借りた際に、 A が当該金銭を事実上厳格に分別管理していたとしても、B に金銭消費貸借契約締結の意思しか存在しない場合には「信託」足り得ない(28)。(「信託」たりうるためには)「受託
者が信託財産についてあたかも財産権を有していない状態で当該財産を管理すべきこと」が「委託者の意思に基づくものでなければならず、当該財産が委託者から受託者に移転されるときの拘束として存在していなければならない(29)」。
以上のような形で、xxxxxは、信託設定意思の内容が、「受託者が信託財産についてあたかも財産権を有していない状態で当該財産を管理すべきこと」に対応するものであることを明らかにする。
xxx[2003]の特徴は、このような理解が、従来の②・③要件の理解にも影響を及ぼしているようにみえる点にある。
実際、xxxxxは、従来の②・③要件に関連し、道垣内[2003]において、x垣内[2001]における主張を踏まえつつも、大要、次のように指摘する。
信託の設定との関係において、委任者に所有権が存在しないことが信託の適用可能性を論ずる第一歩である。しかし、「売買契約において、売主が買主に完全に所有権を移転したからといって、そこに信託が生じるわけではない」。信託が成立するためには、「委託者からの離脱」に加え、「最小限対応した受託者の権利・義務」が必要である(30)。「信託法が適用され受益者に物権的救済が認められるのは、受託者が信託財産について、受任者が他人のために占有する財産と同様の状況にある場合、すなわち、信託財産についてあたかも自分に帰属していない状態にある場合…である。…そうであるとすれば、信託法の適用を認めるべき場合、すなわち、信託の成立を認めるべき場合とは、受託者に信託財産についての財産権があたかも帰属していない状態にある場合であるとすることができるのではなかろうか(31)」。
その上でxxxxxは、信託の成立には①要件と②要件が必要とされるが、②要件は、
「委託者の意思に基づいて、受託者が、信託財産の純粋な財産権帰属権者としては行動で
きず、そこからの利益は得られないという仕組みが整えられているか否か」(本稿では以下②’要件と表する)を判断する要件として理解されなければならない、とする(32)。
つまり、ここにおいては、道垣内[2003]における検討の出発点として措定された「信託設定意思」概念が、②’要件にかかるものであることが明らかとされただけではなく、従来③要件として位置づけられていた分別管理義務要件が、同時に、②’要件に包摂されたかのようにもみえる指摘がなされているのである。実際、xxxxxは、②’要件を指摘する際に、さらに加えた形で三つ目の要件が必要とは述べていない。
このようにみた場合、道垣内[2003]において最終的に提示される要件において、③要件たる「分別管理義務」要件の内容とその位置づけが変化しており、信託の成立要件のうち②要件にかかる管理処分の方法に関して③要件の内容も含めた形で②’として再配置され(33)、②と③とを別要件とはしていないようにも読めるのである。
新信託法の成立
以上のような状況の中で、2007年 9 月30日に新信託法が施行された。
先に見たとおり、新信託法において、旧信託法 1 条に関する部分は大きな変化はないと理解されている。しかし、信託契約の成立との関係においては、①要件との関係において
「諾成契約化」という修正が、②要件との関係においては、「専らその者の利益を図る目的を除く」という具体化がなされた。
また、受託者の義務との関係においては、受託者の各種の義務の任意規定化が行われたとされている点(34)にも注目が集まった。分別管理義務に関しても、要件の柔軟化が図られたとされる。「信託の登記又は登録をすることができる財産」以外のものについては、信託行為の中で別段の定めを置くことが可能とされており(新信託法34条)、分別管理義
務自体を免除するような定めが設け得るかは別として(35)、条文上は、任意規定の方向にかなりの程度舵が切られたと理解されている。新信託法における以上の変化を卒然と眺め るならば、成立要件との関係でも一定の変化
が存在すると理解することができる。
第一に、①要件に関しては、信託契約の諾成契約化が図られた点との関係で、当該要件に関しては、「財産権移転についての合意」のみが成立要件として規定されたと理解されうることになる。
また、分別管理義務に関しても、新信託法の制定過程では、信託の定義に「分別管理義務」の要件を付加するかという点も議論がなされ、最終的には、信託の要件として「分別管理義務」が規定されることはなかった(36)。
以上のような形で、新信託法においては、分別管理義務要件は意識されたものの、結局表面化することはなかった。
他方、xxxxxにおいても、道垣内[2001]においては分別管理義務要件が積極的に提示されたように見えたのに対し、道垣内[2003]では、当該要素は結局表面化しなくなっていた(37)。確かに、②’要件への解消といった読み方は可能にも思えるものの、信託契約の成立要件としての位置づけは若干後退したかにもみえる。その後も、学説においては、x垣内[2003]についてはあまり触れられず、依然として道垣内[2001]の枠組が、信託法成立後も、有力説として取り上げられることが多い(38)。しかし、分別管理義務といった要素も含めて信託契約の成立要件を考慮する際、xxしたところ新信託法の動向と同じ方向を先取りしたかにもみえるxxxxxにおける変化が何を意味するのかは興味深い。
この点に関連し、xxxxxにおける変化の内容を読み解く鍵を提示するように思われる指摘が存在する。それが、平成14年の最高裁判決についての分析を行う中で、x垣内[2001]を有力説として触れるxxxxである(39)。
xxxxは、まず、「信託の設定の認定は
信託法2条1 項・3条1 号(旧信託法1 条参照)の解釈の問題である」とした上で、「信託契約たるためには」信託の特色たる「受託者の信認義務…と同一法人格内での責任財産の分離(倒産の局面では『倒産隔離効』)」を「もたらす旨の合意内容を要することが『信託設定意思』の要件として論じられている」とする(40)。xxxxにおいて「信託契約の成立要件」の内容については明示的には触れられていないものの、新信託法 2 条 1 項・ 3 条 1号の解釈との関係における「有力説」として道垣内[2001]を引用しつつ、道垣内[2001]を、「信託の物権的効果に着目」することで責任財産分離を「もたらすメルクマールに分別管理義務の設定をあげる」見解として位置づける(41)。
その上でxxxxは、「有力説」(xxx
[2001])において指摘される「分別管理義務」要件につき、倒産隔離効との関係において「義務付けのレベル」と「現実の分別管理のレベル」の二つのレヴェルにおいて区別する(42)。
xxxxによれば、「信託意思の設定の問題となる」のは分別管理義務の「義務付けのレベル」であるとされる。「一般財産から特定性をもって分別管理されることが義務付けられることが、信託の成立の要件であって、この義務が履践されているかどうかは別の事項である。分別管理の義務付けが合意されていない以上は、信託の合意とは認められない」。「義務付けのレベル」における分別管理合意が存在しない場合には、「仮に現実に分別管理がされていたとしても信託自体の成立が認められない以上、信託を理由とした倒産隔離は認められ」ず、「義務付けのレベル」における「分別管理合意」は存在するが「現実の分別管理のレベル」における分別管理が存在しない場合には、受託者の義務違反に基づく責任は追及しうるものの、倒産隔離効は認められない(43)。
これに対し、xxxxにおいて、後者の「現実の分別管理のレベル」の問題は破産管財人
への対抗との関係に結び付けられているようにみえる(44)(45)。
xxxxは、次のように指摘する。「受託者名義の財産が受託者の固有の責任財産を形成しないことを差押債権者等の『第三者』」に対抗するためには、「信託財産であることが証明でき」、「特定性をもって、分別管理され、保管されていることが必要(46)」である。信託財産であることの「証明」に際しては「少なくとも特定性を備え」なければならず、第三者にその点が「極力明らかにされる」という「意味での『公示』」が要求される。その上でxxxxは、「分別管理が尽くされていることはこの『公示』機能を果たすもの(47)」であると指摘する。この意味で、xxxxにおいて、「分別管理が尽くされていること」が、
「分別管理義務」要件に係る「義務付けのレベル」ではなく、「現実の分別管理のレベル」に紐づけられていると理解することが可能である(48)。
xxxxにおける以上のような指摘はもっぱら道垣内[2001]に着目したものではあるものの、x垣内[2001]の「分別管理義務」要件に関する分節化の視点を読み込む点からは、道垣内[2001]から道垣内[2003]への変化において、成立要件論上、何が残され、何が排除されたのか、についての手がかりを得ることができるように思われる。
既にみたとおり、xxx[2001]との比較における道垣内[2003]の特色は、「信託設定意思」の内容として③要件を②’要件に取り込んで理解する点にあった(49)。この変化は、表面的には、xxxxの整理における「義務付けのレベル」における分別管理義務概念に関する指摘に対応する。その上で同時に、この操作は、裏から見れば、道垣内[2003]では、成立要件レベルにおいて、③要件から
「現実の分別管理のレベル」の側面を捨象し、その残部を②’要件として再整理した、と理解することも可能なように思われる。xxx[2001]においては、xxしたところ「分
別管理合意」に対応する「義務付けとしての分別管理」の側面と「倒産隔離を可能にする程度の分別管理合意の存在」の二つの視点が混在していたようにみえたところ、道垣内
[2003]は、後者の視点を排除し、「信託設定意思」概念とともに「分別管理を排除しない程度の趣旨」の合意を「成立要件」レベルにおいて要求することにしたと考え得るように思われるのである。
以上のように考えると、道垣内[2003]が提示する「成立要件」は、①要件由来の「財産権移転」の存在とともに、「分別管理義務を排除する趣旨を含まない程度の合意」という意味での「②’についての合意」の存在といった要件に帰着し(50)、「倒産隔離を可能にしうる程度の現実の具体的分別管理」という効果面からの判断は成立要件からは捨象されたものとして、新たに理解しうるのではないか。
その上で、以上のような判断構造の実質は、現行信託法上の定義規定である新信託法 2 条 1 項に由来する「受託者が委託者から移転を受けた財産について、専ら受託者の利益を図る目的を除く一定の目的に従い財産の管理処分その他の行為を行う」という要件にも、類似の形で認めうるように思われる。仮にそうであれば、一歩進めて、信託契約の成立要件としては、新信託法 2 条・ 3 条 1 号で規定された上記の要件をそのまま前提とすればよいのでないだろうか。
4 .成立要件と効果の区別
確かに、道垣内論文においては、「分別管理義務」概念をメルクマールとして組み込むことで、倒産隔離効への配慮を行いたいという目的が要件論の構築の際の出発点に存在した。その意味で「分別管理義務」由来の文脈を成立要件レベルにおいて維持する必要性は理解できる。
しかしながら、道垣内[2001]において提示された「分別管理義務」要件は倒産隔離と
いう効果との関係を強調するあまり、当該要件が含む成立要件レベルの問題と効果レベルの問題を混同する部分があったように思われる。分別管理義務が倒産隔離効とのリンクを持ちうるのは、分別管理「合意」の存否のレベルのみにおいてではない。あくまでも、倒産隔離の成否という視点からは、信託財産の
「特定性」の有無が問題となるに過ぎない。実際、「分別管理合意」はあるが「現実の分別管理」が存在しない場合であっても、信託としての性質決定に影響があるわけではない。その場合、新信託法17条〜19条における識別不能等の処理が行われ、場合によっては倒産隔離効が減殺される帰結が生じ、また、信託法上の責任として受託者個人の責任が追及できることになるに過ぎない。倒産隔離を含む物権的保護の帰趨は、あくまでも現実の
「財産の特定性の有無」に依拠しているのであり、契約成立要件の問題とは異なる。それでもなお「分別管理合意」が「契約の成立要件」との関係で問題となりうるとすれば、それは、新信託法起草時に34条との関係で問題となったような、「分別管理義務を排除する特約が存在しない」といった消極的な側面を確認する場面においてのみであろう(51)。
積極的に信託の成立要件を論ずるとすれば、「受託者が委託者から移転を受けた財産について、専ら受託者の利益を図る目的を除く一定の目的に従い財産の管理処分その他の行為を行う合意」さえあれば信託契約は成立すると考えた上で、倒産隔離の問題は、「特定性」の証明のレベルで現れる「現実の分別管理」の問題に過ぎないと理解することが適切ではなかろうか(52)。
実際、平成14年最判も、信託の成立要件について一般的な判断を下しているわけではない。信託契約の成立を推認する重要な間接事実として現実の分別管理を意味する事実を認定したに過ぎず、それらに、成立要件としての意味を特に与えたわけではない(53)。そして、倒産隔離効の有無の判断は、以上のよう
な性質決定が行われた上で、特定性の有無の検討を元に、倒産隔離という物権的保護の可否の判断を行っているのである(54)。このロジックの順序からもわかるように、当該判決において、契約の成立要件と効果の問題が、同様の形で区別されていると理解することは十分に可能であろう。
以上のように考えると、信託の成立要件は、新信託法 2 条・ 3 条 1 号における「受託者が委託者から移転を受けた財産について、専ら受託者の利益を図る目的を除く一定の目的に従い財産の管理処分その他の行為を行う」という要件の存否に尽きていると考え得るのであり、現行法上においては、それ以上の要件を考慮する必要はないかと考えられる。
5 .結びにかえて
本稿は、信託契約における成立要件を、旧信託法時代から有力とされてきた学説の検討を介しつつ、「契約の成立要件」という狭い視点から再検討を試みたものであった。元来信託法にあまりなじみのない研究者にとって、信託法に関する議論には様々な文脈の議論が交錯しているようにみえる局面があり、議論の全体像がつかみにくい部分が存在する。信託の成立要件に関する問題もその一つであるように感じられる。そこでは、母法の一部としての英米法における信託の出自等も関連し、要件効果についても独特の議論がなされていると感じられることも少なくはない(55)。もちろん、信託という制度の本質まで遡れば、日本における一般的な成立要件とは異なる形で、要件を考慮しうることも考えられるであろうし、救済法理としての側面を強く打ち出すのであれば、成立要件を厳密に抽出すること自体不要ということになるのかもしれない。
本稿は、以上のような広い文脈の存在は頭の片隅には置きつつも、さしあたり、日本法における「契約の成立要件」のレベルで信託
契約の成立要件を考慮するとどのように理解できるのか、という点についての検討を試みたものに過ぎない(56)。
[なお、初稿脱稿時に沖野眞已「受託者の『忠実義務の任意規定化』の意味」『野村豊弘先生古稀記念論文集 民法の未来』(商事法務、 2014)451頁以下に接した。]
【注】
(1)「信託の性質決定」という視点から、問題の所在と学説の状況を詳細に整理したものとして、既に藤澤治奈「信託という性質決定に向けての覚書」立教法学77号(2009) 349頁以下が存在する。信託としての性質決定に関する学説の現状に対する認識の多くは、藤澤論文に多くを依拠する。
(2)最判平成14年 1 月17日民集56巻 1 号20頁。なお、当該判決については既に非常に多数の評釈・解説が出ているため、詳細はこれらの文献に委ねる。
(3)信託としての性質決定に関しては、委託者からの倒産隔離の視点も含めると、本稿が扱う対象よりもより大きな問題が存在する。譲渡担保・隠れた取立委任裏書・取立のための債権譲渡等と信託等の関係に焦点を当て、古い時期の判例の動向も含めた分析を行った近年の重要な論稿として、七戸克彦「信託法上の信託か、信託類似の他の法律関係か:『信託』概念の全容と信託の成立認定」法学研究82巻 1 号(2009)711頁以下
(4)広い視点から眺めてみると、信託の成立要件という問題は従来(旧信託法の段階)から、さまざまな形で論じられてきたといえる。例えば、四宮教授においては、その教科書の中において、「信託の成立要件」が論じられる前に「信託の特色」が挙げられ、他の類似の制度との比較が行なわれている[四宮和夫『信託法』(新版)(有斐閣、1989) 7 -10頁]。四宮教授が指摘する
「信託の特色」は、旧信託法 1 条を前提として信託の定義から出発するものであり、それらは見方を変えれば、「信託の成立要件」の実質的内容を指し示すものとしても理解することもできる(近年、以上のような趣旨から四宮博士の見解を積極的に読みこもうとする見解も存在する。七戸・前掲注(3)716-717頁参照)。「信託の成立要件」の内容を広い意味で考慮するならば、信託法の条文(定義規定)にのみ還元され得ない「特色」・「本質的要素」を論じた上で、そこから信託という性質決定を可能にする要素を導き出す立論の方向も十分に考え得る(なお、この点に関連し、藤澤教授は、「信託契約としての性質決定」に関する学説の議論は、大別して二つの性格を有すると分析する(藤澤・前掲注(1)351頁)。第一が、「信託の構成要素」を明らかにすることから信託としての性質決定の問題にアプローチするものであり、第二に、信託としての性質決定という問題に対するアプローチの仕方そのものを問題とするものであるとされる)。しかしながら、信託に関する従来の学説においては、成立要件の内容が、各論者が念頭におく「信託の本質」の問題との間で混同して議論されてきたきらいがあり、要件論上の位置づけに関しては不明瞭な部分がなお残されているように思われる。本稿は、以上のような「本質論」とは一旦距離を置いた上で、成立要件そのものの問題をそれ自体として検討し直すことを試みるものである。
(5)旧信託法 1 条 本法ニ於テ信託ト称スルハ財産権ノ移転其ノ他ノ処分ヲ為シ他人ヲシテ一定ノ目的ニ従ヒ財産ノ管理又ハ処分ヲ為サシムルヲ謂フ。
(6)第 2 条1項 この法律において「信託」とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分及びその
他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。
第 3 条 信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
1 特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という。)を締結する方法
(7)天野佳洋・折原誠・谷健太郎編『一問一答改正信託法の実務』(経済法令研究会、 2007)20頁、小野傑・深山雅也編『新しい信託法解説』(三省堂、2007)15-16頁、藤澤・前掲注(1)357頁及び同359頁注12。
(8)この点は立法担当官の解説等においても明示されている。寺本昌広『逐条解説新しい信託法(補訂版)』(商事法務、2008) 32-35頁、佐藤哲治編『Q&A 信託法』ぎょうせい(2007)53-55頁、寺本振透編『解説新信託法』弘文堂(2007)4 頁。
(9)寺本昌広・前掲注(8)32-33頁参照。
(10)寺本昌広・前掲注(8)41-42注 1 、佐藤・前掲注(8)63-64頁
(11)この他、自己信託等、新信託法において認められた諸制度も含めて考える必要があるが、本稿で触れることができない。
(12)大村敦志「遺言の解釈と信託――信託法 2 条の適用をめぐって――」『トラスト 60創立20周年記念 論文撰集』(トラスト
60、2007)所収109頁以下(初出は、米倉明他著『実定信託法ノート』(1996)所収)。
(13)大村教授は遺言による信託に関する問題を論じる中で、「信託の成立要件」が旧信託法における定義規定である 1 条から理論的に抽出可能であり、また抽出されるべきことも指摘する。
(14)道垣内弘人「最近信託法判例批評(7)」金融法務事情1597号(2000)66頁以下、「同
(8)」金融法務事情1598号(2000)42頁以
下参照。
(15)道垣内弘人「最近信託法判例批評同(9・完)」金融法務事情1600号(2001)81頁以下。なお、この論文は2000年から連載が開始された論文であるが、道垣内[2001]と表記する場合には上記の第 9 回の連載を指すこととする。
(16)道垣内弘人「信託の設定または信託の存在認定」道垣内弘人・大村敦志・滝沢昌彦編『信託法理と民法体系』(有斐閣、 2003)所収 1 頁以下
(17)なお、その後、新信託法の制定を受け、新法制定の際に問題となった自己信託・目的信託の容認、受託者の義務の緩和等の問題も配慮した上で、道垣内[2003]の有効性を再説したものとして、道垣内弘人「信託の定義・信託の設定」新井誠・神田秀樹・木南敦編『信託法制の展望』(2011)21頁以下がある。ただし、本稿では、2011年の論文においても、道垣内[2003]において論じられた内容と実質的な変化がないと理解する。そのため、検討の中心を道垣内
[2003]に据える。
(18)以上の点につき、道垣内[2001]84頁
(19)「分別管理がなされていないときには、受益者に物権的救済を与えることは困難であると思われ、そうであるならば、わが国において、それを信託と呼称することにはあまり意義が認められないのではないか」
「さしあたっては、『財産権の移転』と『当該財産についての委任』にプラスして、分別管理義務を、信託を『発見』する際のメルクマールとして考えていきたい」と道垣内教授は指摘する。(道垣内[2001]84頁)。
(20)道垣内教授における以上の指摘においては「信認義務」の視点も交錯するものの、要件論のレヴェルでは当該義務は表面化しない(道垣内[2001]84頁)。また、後述の
「信託設定意思」の概念も、アメリカ法に対する言及との関係において道垣内[2001]の段階で既に顔を出す(道垣内[2001]84
頁)が、その要件論上の位置づけについてまで言及されているわけではない。
(21)平成14年判決の調査官解説も、以上の道垣内教授の見解に一定の理解を示すようである。中村也寸志「公共工事の請負者が保証事業会社の保証の下に地方公共団体から支払を受けた前払金について地方公共団体と請負者との間の信託契約の成立が認められた事例(平成14. 1 .17最高一小判)」『最高裁判所判例解説』法曹時報55巻8号(2003) 139頁以下(特に147-148頁)。
(22)沖野眞已「公共工事請負前払金と信託
―最高裁平成一四年一月一七日判決の再検討」『平井宜雄先生古稀記念 民法学における法と政策』有斐閣(2007)所収378− 379頁
(23)道垣内[2001]によって提示された枠組に触れるものは非常に多く、その扱い方には濃淡がみられるものの、その指摘そのものに対し異議を唱えるものはほとんど存在しないように思われる。
(24)佐久間毅「公共工事の前払金保証制度の下での前払金支払と信託契約の成立」ジュリスト1246号(2003)73-74頁。
(25)佐久間教授は平成14年判決について次のように指摘する。「本判決は、上記(1)と(2)の要件に加えて、受託者に財産の分別管理義務を課し、かつ、その義務履行を確実なものとするための具体的措置が合意されていることまで含めて、信託の成立を認めたものとみることも不可能ではない」。佐久間・前掲注(24)74頁
(26)佐久間教授による③要件に関する指摘はあくまでも「示唆」にとどまる。実際、佐久間教授は、本文のような理解は「不可能ではない」ものの、「本判決によっても、信託の成立要件は必ずしも明らかになったとはいえない」との留保を付す。佐久間・前掲(24)74頁
(27)なお、信託としての性質決定に際し、一般に、信託という意思表示の明示そのも
のが常に求められるわけではない点につき、沖野・前掲注(22)386頁参照。
(28)道垣内[2003]20-21頁。
(29)道垣内[2003]21頁。
(30)以上につき、道垣内[2003]7-8頁
(31)道垣内[2003]20頁
(32)道垣内[2003]25頁。
(33)なお、本文では、「信託財産についてあたかも自分に帰属していない状態にある」ことについてのメルクマールを「分別管理義務」として、この二つの要素を結び付けて理解した。しかし、道垣内[2003]においては、この点に関し理論的に不明瞭な点が存在し、厳密に読む場合には別様に解する余地がないわけではない。ただ、道垣内
[2003]において、「受託者に信託財産についての財産権があたかも帰属していない状態にある場合」というメルクマールを導出する過程で、道垣内[2001]までにおいて提唱されていた「分別管理義務」概念を同メルクマールと同視する扱いがなされているように見える点、そして、大村教授の理論を論じる過程で、上記の二つの要素を実質的には同一視させているように見える点等からは、本文のような理解は可能だと考える。
(34)学説の中には、新信託法における受託者の各種義務の(条文上の)任意規定化により、信託を構成する核が無くなるのではないかとの懸念を表明するものは少なくない。例えば、道垣内弘人『基調講演信託法改正と実務』ジュリスト1322号(2006)13頁、新井誠「新信託法の成立と信託法学の役割」新井誠編『新信託法の基礎と運用』(日本評論社、2007)所収 8 頁(初出、同「改正信託法の成立と信託法学の役割」法時79巻 3 号(2007) 1 頁以下))など。
(35)新信託法の立法担当官は「別段の定めを設けることができるのは、『分別して管理する方法』についてであり、分別管理義務自体を免除するような定めを設けること
はできない」と指摘する。寺本昌広・前掲注(8)139頁注 9 。
(36)この点につき、福田政之・池袋真実・大矢一郎・月岡崇『詳解・新信託法』78− 79頁、藤澤・前掲注(1)371頁
(37)なお、道垣内[2003]において提示された見解は、新信託法の成立を受けた後も踏襲されるべきことが、道垣内・前掲注
(17)21頁以下において明示的に指摘されている。そこでは、新信託法における分別管理義務の条文上の位置づけに関し、前掲注(35)の立法解説が引かれた上で、信託設定意思の中に分別管理の要素を包含させる立場が維持されている。
(38)例えば、すぐ後に引用する沖野教授の論文(前掲注(22)参照。この他、同「信託と破産」山本克己・山本和彦・瀬戸英雄編『新破産法の理論と実務』所収(判例タイムズ社、2008)49頁も同様に道垣内[2001]を引用する)も新信託法公布直後に公刊されたものであるが、成立要件に対する道垣内教授の指摘に関しては道垣内[2001]の指摘を前提とする。なお、前掲注(37)においても触れたとおり、道垣内教授においては、新信託法成立後の2011年の論文においても、道垣内[2003]の立場が踏襲されている。
(39)沖野・前掲注(22)365頁以下
(40)沖野・前掲注(22)378頁
(41)沖野・前掲注(22)378-379頁
(42)沖野・前掲注(22)379頁
(43)沖野・前掲注(22)379頁
(44)沖野論文そのものにおいては、この二つの要素のつながりは必ずしも直接的には指摘されていないが、「破産管財人への『対抗』の要件」との関係において指摘される
「分別管理」の問題は、「現実の分別管理」の仕組みのレベルに対応しており、本文のように結びつけて理解することは可能であると思われる。
(45)なお、この点に関する指摘自体は新し
いものではない。例えば、天野佳洋「預金者の認定と信託法理(上)」銀行法務21
(2003)18頁等。天野教授は、「受託者の破産、信託財産たる預金の差押えのケースで」は、
「信託財産の独立性」の主張が必要となり、
「そのためには、信託の公示(信託法 3 条)が問題となるが、信託の公示のない金銭債権については、信託財産であることの証明ができればよく、そのため信託財産の特定が要求され、結局、分別管理義務(信託法 28条)が関係してくる」と指摘し、信託の「公示」・「証明」・「特定」を直接に「分別管理義務」に結びつける(同18頁)。これに対し、沖野教授においては、これら三つの要素の連結関係を直接的に理解する点については躊躇がみられる。
(46)沖野・前掲注(22)376-377頁
(47)沖野・前掲注(22)377-378頁
(48)沖野・前掲注(22)376-378頁
(49)そして、この点は、新信託法成立後に再度著された2011年の論文においても同様である。前掲注(17)参照。
(50)なお、道垣内[2003]が著されたのがは新信託法成立前であったため、信託契約は要物契約と解する余地があり、①要件を独立に観念する可能性が存在した。新信託法成立後の現在においては、①要件についても、①要件に係る合意が存在すれば足りるということになろう。
(51)このような特約が存在した場合であっても、私見では、当該特約が無効になるにとどまり、信託契約の成立自体が否定されることになるわけではないと考える(なお、同旨の指摘を行うものとして、能見善久「シンポジウム『信託法改正の論点』総論」信託法研究30号(信託法学会、2005) 9 頁)。例えば次のような具体例を考える。「信託契約」の名の下に、A から B に移転する資金について C の教育資金のために管理・処分することが定められたが、そこには Bの分別管理義務を免除するとの特約が付さ
れていた。私見では、当該特約についてのみ信託法34条 1 項に反し部分的に無効と扱われるものの、この場合においても信託契約が成立すると考えるため、もし B が実際には分別管理を行っていれば、倒産隔離効も認められることになる。これに対し、分別管理を信託契約の「成立要件」として明確に要求する立場からすると、上のような例の場合は信託契約としての成立が否定されるため、仮に B により厳格な分別管理が現実に行われていたとしても、倒産隔離効は否定されることになる。
(52)新信託法制定過程における審議会においては、信託の定義に関し、法 2 条 1 項に書かれている要素のみの場合には匿名組合出資等の他の契約類型との区別が困難となる、という問題点が指摘されていた(能見善久・道垣内弘人編『信託法セミナー 1 』
(有斐閣、2013)56-57頁藤田発言。また、同様にこの点につき触れるものとして、福田前掲注(36)78-79頁)。しかし、匿名組合の(条文上の)定義は①当事者の一方が相手方の営業のために出資をし、②その営業から生ずる利益を分配することを約する
(商法535条)というものであるから、信託と重なり合う場面はありえるものの、後者が前者を完全に包摂するという関係にあるわけではない。また、仮に、分別管理義務を信託の成立要件に含めたとしても、特約で営業者に分別管理義務を定めた匿名組合との区別がつきにくいというケースは残る。したがって、他の契約類型との重なり合いを排除できないからといって、他の要素を成立要件として加えるべきことになるものでもない。各契約類型における分別管理の位置づけについてみると、信託は、そもそも委託者の定める一定の目的のために設定されるものであるからこそ、かかる目的達成のために受託者による分別管理が重視され、他方、匿名組合は、もともと営業者の営業のために組織されるものであるか
ら、必ずしも分別管理が重視されるわけではないという帰結に結びつきやすい、という効果レベルの問題として捉えるべきではなかろうか。
(53)先の要件論との関係においては、受託者が「自らの利益を図ることなく信託財産の管理処分その他の行為を行う合意」の存在という新信託法における②要件にそのまま対応する間接事実が認定されているに過ぎない。
(54)民集56巻 1 号23−24頁
(55)信託についてのあるべき姿を、筆者自身の中で確たる形で前提とできていない点も影響しているように思われる。
(56)なお本稿では扱わなかったが、平成14年判決におけるような信託としての成立認定を擬制信託・救済法理としての信託として理解する場合、同様の次元において考慮され得るのか、という問題は存在する(例えば沖野教授も、平成14年判決の事案が、受益者が理論的には直ちに確定しえないような複雑性を有していることに着目し、擬制信託として捉える見解にも一定の理解を示している(沖野・前掲注(22)387頁))。擬制信託・救済法理としての信託として捉えることの可否について本稿で触れることはできないが、これらの側面を強く打ち出して倒産隔離効の適用の有無を考慮する場合には、民法の一般的な要件効果のレベルにおける成立要件の問題とは異なった形での考慮要素が認められる可能性がある。そのレベルにおいて、分別管理義務の存在を救済法理適用の必須要素として考慮することは十分に考えられるように思われる。なお、擬制信託としての側面を意識しながらも、要件論上の問題にも配慮を示し、「推定信託」といった用語の下に論じるものとして、新井誠「信託法(第 3 版)」有斐閣
(2008)186頁以下参照。
(たけなか さとる)