消費者(相続人)X が税理士法人Yと税務代理等につき委任契約を締結したが、この契約にはYの過失によりXに生じた損害につき、Yは報酬額を上限として損害を負担し、X はその余の請求を放棄する、という責任制限条項が定められていた。Y が相続税申告等に際し、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例を適用せずに課税価格を計算した
消費者問題を考えるうえで参考になる判例を解説します
国民生活センター 消費者判例情報評価委員会
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消費者(相続人)X が税理士法人Yと税務代理等につき委任契約を締結したが、この契約にはYの過失によりXに生じた損害につき、Yは報酬額を上限として損害を負担し、X はその余の請求を放棄する、という責任制限条項が定められていた。Y が相続税申告等に際し、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例を適用せずに課税価格を計算した
ため、この特例を適用した場合と比べX は過大な税額を納付した。判決はY の過失を認め
被告:Y(税理士法人)
『判例時報』2483 号89 ページ)
A:X の親。Aの相続人はX3 名のみ
(横浜地方裁判所令和2 年6 月11 日判決
となるとして、Yの損害賠償義務を認めた。
責任制限条項は消費者契約法10 条により無効
原告:X(A の子3 名を併せてX とする)
て債務不履行責任の発生を肯定し、かつ前記
を消費者契約法10 条により無効とした事例
税理士法人との相続税申告代理委任契約の責任制限条項
事案の概要
A が2016 年11 月に死亡し、A の子3 名(X)が相続した。X 税理士法人Yと、この相続に関する税務代理、税務相談及び税務書類の作成に係る委任契約を同年12 月に締結した。報酬額 契約で定められた算定方法に従い最終的に約350 万円となったが、遺産総額等に応じ算定される部分があったので契約締結時に 具体的な金額 示されていない。XがYと契約した背景に、Aが生前所属していた農業協同組合からYを紹介されたことがあった。
この委任契約の契約書に、受任者(Y)が本件契約に基づいて行った委任事項の業務について、受任者の過失により委任者(X)が損害を受けたとき 、受任者 委任者より既に受けた本件相続に係る報酬の額を上限として損害を負担するものとし、委任者 その余の請求を放棄する、という内容の責任制限条項が定められていた。判決によると、日本税理士会連合会の相続税に関する税務代理委任契約の参考書式に 損
害賠償額の制限条項がなく、広く相続税の税務申告代理に係る委任契約で一般的に設けられていたとも認められないとされる。
Y この契約に基づき業務を遂行し、相続税申告、修正申告を代理して行い、Xに相続税本税額として合計約2 億9000 万円を納税させた。しかしこの際Y 、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(租税特別措置法 69 条の4。以下、特例)を適用せずに課税価格を計算し、そのため特例が適用された場合と比べX 約1900 万円、過大な税額を納付した。
そこでX 、Yに Xの相続税額が最も低くなるよう、事実関係及び関係法令を正しく調査したうえで、これを正しく解釈、適用しつつ、税務代理業務を遂行すべき注意義務を負っていたが、これに反したとして、債務不履行また不法行為に基づき損害賠償を求め提訴した。
争点 、① Y の過失の有無 ②損害 ③本件責任制限条項の有効性(消費者契約法10 条該当性)、である。本稿で ③を中心に検討する。判決
③について、本件契約の消費者契約該当性、及
び10 条前段該当性 容易に認めている。実質的な争点 10 条後段該当性である。
なお① 特例の適用に関する過失の判断で、特例の適用を可としている。しかし実 本件のような事情下での特例の適用の可否について定説がなく争いがあるが、本稿で 省略する*。本判決 Yの過失について、一般に税理士等と納税者との税務申告代理の契約で 、納税者である依頼者が納めるべき税額を法律上可能な範囲でできるだけ少なくすることが税理士等の債務の内容に含まれ、税理士等 、特例の適用可能性がある場合、適用の可否について検討し、適用が可能ならば特例を適用したうえで税務申
告代理をすべき委任契約上の注意義務を負うと
かか
した。そして、特例に関わる書類がYに交付さ
れ、またそれをめぐる状況から、Xが特例を受けることを希望しているとY 認識したとしている。そして、仮に特例の適用の可否につき検討し困難と判断したならXにその旨伝えられてしかるべきだが、そのような形跡がないため、 Y 申告時点までに適用の可否を検討していなかったとして注意義務違反を認めている。
理由
前記③の責任制限条項の有効性(10条該当性)のうち、10 条後段のxxxに反して消費者の利益を一方的に害するものに該当するかどうかに絞って紹介する。
(1)ある消費者契約の条項が、xxxに反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否か 、消費者契約法の趣旨、目的(同法1 条参照)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
(2)本件責任制限条項、消費者である税務申告者に対し、自身に生じ得る損害の額、すなわ
ち、本件責任制限条項により自身が負担することとなるリスクの程度を見積もることが困難な段階で、損害賠償請求権の一部を放棄させるものであると評価できる。(理由として、本件責任制限条項が単にYの損害賠償責任を制限するのみで、しかもこれにより報酬額が低廉な額に抑えられているともいえないので、本条項 業務遂行により生ずる損害リスクを既払いの報酬相当額を除きすべて消費者Xに転嫁するものであること、及びXが契約締結時点で、遺産総額や課税額、さらに税務申告代理に過誤があった場合に生じ得る損害額の程度を見積もること容易で ないことを挙げる。加えて、Yに損害賠償責任リスクを税理士職業賠償責任保険の加入で回避可能だったことを指摘している。)
(3)本件契約、一般の消費者であるX が、Aの相続発生後所定の申告期限内に、税務の専門家である税理士を構成員とする法人であるYとの間で締結した相続税の申告代理に係る委任契約であり、このような契約の締結前に、他の税理士ないし税理士事務所との間で相見積もりを取得するなどして、契約条項の内容を比較するなどして契約締結の可否を決めること 通常期待し難く、契約締結過程における双方の情報量や交渉力に 、大きな差があるということができる。(理由として、本件責任制限条項のような条項が、相続税の税務申告代理に係る委任契約において一般的に設けられていたと 認められないことも指摘している。またYが一般的に契約締結時に遺産や報酬の見込み額を示さず、事務員がルーティンワークとして責任条項を読み上げ、定型の説明を行うだけで、消費者からの個別の質問に回答できる体制に なっていないことも挙げる。)
(4)本件契約の締結に至る経緯からすれば、契
約締結の日までに、Xにおいて、農業協同組合との関係性、他の税理士に相談する時間や費用
* 本件評釈である王学士「特定同族会社事業用宅地等としての小規模宅地等の特例の適用対象該当性と損害賠償責任限定条項の有効性」(『月刊税務事例』54 巻10 号95 ページ)が詳細に論じているので参照してほしい
等のコスト等に鑑みて、Y以外の税理士に見積もりをとることを検討しなかったとしても、格別不合理なことと いえない。(理由として(3)に挙げた事情、及びYが契約締結の際に遺産や報酬見込み額を示さず、本条項に対するXの質問の際にもXが負担することとなるリスクの程度が推測可能な情報をまったく提供しなかったことを挙げる。さらに本条項が付随的条項に過ぎないことも指摘している。)
(5)本件責任制限条項 、Yの債務不履行により Xに生ずる損害の額と、Y が放棄する報酬の額との差額が多額に及ぶような場合にも、当該報酬の額を超える損害をXのみに負担させることとなる点で、xxxに反し、消費者の利益を一方的に害する内容を含むものということができる。
(6)本件責任制限条項の一般的な性質等及び本件契約の締結に至った経緯に加え、消費者であるXと事業者であるYとの間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮すると、本件責任制限条項 、xxxに反して消費者の利益を一方的に害するものであると認めるのが相当である。
判決、以上の理由で10 条後段該当性を肯定し、本条項を無効として損害賠償を認めた。損害として、X が求めた過大税額(約1900 万円)及び税理士費用(Y に責任追及するため調査や意見書作成を依頼した費用約32 万円) 全額認容し、弁護士費用 本件が税法についての専門的な知見を要する紛争であり弁護士に依頼することが必要不可欠であると認められることを考慮し、損害額の1 割を認めた。他方慰謝料 認めなかった。
解説
1 本件責任制限条項の消費者契約法10 条後段該当性
本判決 本件条項の10 条後段該当性判断に当たり、(1)で先行する最高裁判決(参考判例①)を引用している。同判例 居住用建物賃貸借の
更新料条項に関する判決であるが、それ以外の 契約に関する多くの下級審判決でも引用されており、10 条後段該当性についての基準となりつつある。本判決もこれを用いて検討している。具体的に (2)で、消費者に生じ得る損害の 額・リスクの程度を見積もることが困難な段階で、損害賠償請求権の一部を放棄させるものとしている。税理士からの説明がなければ課税額や報酬額も推測できない状況下で契約を締結する本件契約で 当然そうなる ずである。免責に応じ報酬額が低くなっているかを検証している点、税理士法人側のリスク回避手段(税理士職業賠償責任保険への加入)を指摘している点
も、注目に値する。
続いて(3)で、一般論として、他の税理士等との契約条件と比較検討する可能性を否定し(おそらく所定の期限内に申告しなければならない点が重視されたと推測される)、契約締結過程における双方の情報量や交渉力の大きな差を認定している。さらに(4)で具体的な契約締結過程に照らしても、比較検討をしなかったことに不合理性を認めなかった。
そして(5)で、X に生ずる損害額と、Yが放棄する報酬額との差額が多額に及ぶ場合でも、報酬額を超える損害をXのみに負担させる点で、xxxに反し、消費者の利益を一方的に害する内容を含むとした。
この判断 、参考判例①が建物賃貸借の更新料条項について、経済的合理性、公知性、従来判例が公序良俗違反等を認めていないことを簡単に挙げたうえで、更新料条項が賃貸借契約書にxx的かつ具体的に記載され,更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に、更新料条項に関する情報の質・量及び交渉力に看過し得ないほどの格差 ないとし、更新料が高額に過ぎるなど特段の事由がなければxxxに反し消費者の利益を一方的に害すると いえない、と判断しているのと比べ、非常に丁寧に検討し判断していると評価できる。結論も妥当
である。建物賃貸借契約で 他の賃貸物件との比較検討が容易である点 、本件と大きく異なるが、本判決 他の契約や他の条項の10 条後段該当性判断においても参考になろう。
なお本件当時の消費者契約法8 条1項1・2 号事業者の故意又 重過失によらない債務不履 行により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項を無効と していなかった
が、本判決 、同条 そのような条項について、いかなる場合も一律に有効とする趣旨で ないと解されるとし、同条1 項に該当しない条項が同法10 条に基づき、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮して無効とすることを妨げるもので ないとしている。当然の判断である。他方8 条1 項1・2 号に関して、2018(平成30)年改正(2019 年6月15 日施行)により、1号で 、当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項も、2 号で、当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項も、無効とする旨定められた。しかし本件責任制限条項、Yに責任の有無の決定権限を付与する条項(1 項)で なく、また故意また重過失による責任(2 号)でもないため、影響ないと考えられる。
2 専門家としての税理士の責任と免責条項
一般に、税理士等と納税者との税務申告代理の契約 委任契約と評価され、税理士 委任者に対し専門家としての❹管注意義務(民法644条)を負うと考えられる。本判決も「事案の概要」に記したとおり、特例の適用が可能ならそれを適用したうえで税務申告代理をすべき委任契約上の注意義務があると認めている。
専門知識のない消費者が相続税申告を自己に有利にするために税理士に申告を依頼する場合、税理士の過失で消費者に損失が出ても税理士 最大でも報酬額までしかリスクを負わず、それ以上の損害 消費者がすべて負担する趣旨
の責任制限条項が有効といえるか。しかもその報酬額 、契約締結時点で 知識のない消費者に 容易に知ることができないこともある。けれども責任制限条項が常に10条に該当すると いえない。一定の知識のある消費者の場合や、契約締結時に税理士側が報酬額や損害の予測等を適切に示し消費者側が検討できた場合、また報酬が低廉な場合などもあり得ること 、判決
うかが
から窺われる。事案ごとに検討する必要がある。
3 小規模宅地等の特例に関する注意点
事案の概要で述べたとおり、本件で 特例の適用の可否も争点であり、この点につき見解が一致しているわけで ない。このように専門家たる税理士であっても必ずしも最終的に正しいとされる結果を見通せないケース あり得る。しかしその場合でも、本件のように委任者が特例の適用を期待・想定していることを受任者が認識しているなら、委任者に対して状況を説明するなどの対応をすべきであろうし、本件 それがなかったためにそもそもY 適用を検討さえしていないと認定されYの過失が認められているのである。
なお本件 控訴されており、特例の適用の可否の判断が覆れば、それに続く判断も大きな影響を受ける可能性が高いこと 付言しておく。
参考判例
②〜⑤では近年の消費者契約法10 条適用肯定例を挙げた(○印は適格消費者団体による差止訴訟)
①最高裁判所平成23 年7 月15日判決(『民集』65巻5 号2269 ページ〔更新料〕)
②最高裁判所令和4 年12 月12 日判決(『民集』 76巻7号1696ページ〔フォーシーズ事件 ○〕)
③仙台高等裁判所令和3 年12 月16 日判決(『判例時報』2541 号5 ページ〔消火器 ○〕)
④津地方裁判所令和2 年8 月31 日判決(『判例時報』2477 号76 ページ〔インプラント治療費〕)
⑤名古屋高等裁判所平成26 年8 月7 日判決(裁判所ウェブサイト〔老人ホーム入居一時金〕)