Contract
155
著作権の譲渡登録と譲渡契約の準拠法――著作権の二重譲渡に当たるとしても背信的悪意者に該当するから対抗要件である譲渡登録なしに対抗することができるとされた事例
知的財産高等裁判所平成20年3月27日判決、知的財産高等裁判所平成19年(ネ)第10095号、著作権譲渡登録抹消請求控訴事件
早稲田大学法学部 教授 xx xx
事実の概要
X(原審原告、控訴人)は、日本、米国その他の諸国で「Von Dutch」という標章等を用いて被服等を製造販売する米国法人である。Y(原審被告、被控訴人)は、本件著作物にかかる著作権の譲渡登録名義人であり、韓国法人バンダッチオリジナル社の代表取締役を名乗り、
「Von Dutch(ブォンダッチ)」および「Flying Eyeball(フライングアイボール)」と称される図柄より成る標章を用いた被服等の日本への輸入、販売等に関与している。 Xは、Yに対して本件著作物にかかる著作権を有する ことの確認とともに、主位的に本件著作物についての真正な登録名義の回復を原因とする著作権譲渡登録手続きをすることを求め、予備的に本件譲渡登録の抹消登録手
続きをすることを求めた。
これらの標章は、即興でさまざまなものにペインティングを施す「ピンストライピング」という技法を確立したxxx・xxxxが創作し、これを自身の作品にサインとして用いるなどして広く知られるようになったものである。xxx・xxxxが1992(平成4)年に死亡して、その息子であるAとXがxxx・xxxxの創作した標章、デザイン、著作物、ロゴ、ドメインネームなどに関するすべての知的財産権を共同相続した。
AおよびBは、平成12年3月31日、当時Xの代表者であったCの仲介で株式会社xx商会(以下、xx商会)と次のような内容を有する契約(以下、本件譲渡契約1)を締結した。つまり、①AおよびBは、xx商会に対価 50万米ドルでxxx・xxxxの全知的財産権をxx商会に譲渡する。②xx商会は、AおよびB、あるいは、その指定する者に対して対価50万米ドルを、2回(平
成12年3月31日と同年4月10日)に分けて合計40万米ドルを、あらかじめ合意していた経費、料金、および、この契約に関連して既にAおよびBに支払った金員を控除して支払い、残りの10万米ドル(以下、本件留保金)を平成15年3月31日に支払う。
X(当時の代表者はCではない)は、xx商会と平成 14年5月15日にxx商会がXまたはその指名人に対し、総額40万米ドルの対価(50万米ドルから本件留保相当額10万米ドルを控除した残額)でAの全知的財産権を譲渡することを内容とする契約(以下、本件譲渡契約2)を締結し、平成14年6月4日、本件譲渡契約2に基づく対価40万米ドルをxx商会に支払った。
ところがYは、Xが本件譲渡契約1が売買契約ではなく譲渡担保契約であり、本件著作権はxx商会に移転していない、本件譲渡契約2は商標権を対象としたものであり、著作権を対象としたものではない、などと主張し、 Xが本件譲渡契約1および2により本件著作権の譲渡を受けたこと自体を争った。またYは、平成17年6月8日、 AおよびBに積極的に働きかけて、xxx・xxxxの全知的財産権の譲渡を受け(以下、本件譲渡契約3)、さらに、同年10月4日ごろ、Yが単独で著作権の登録申請を行うことを承諾する旨の記載のある書面(以下、単独申請承諾書)にAおよびBの署名を得て、この単独申請承諾書と本件譲渡契約3に基づき同年11月25日に本件譲渡登録を了した。なお、AおよびBは、本件譲渡契約
3についてYから代金その他の対価を受領していない。
原審では、YがXへの本件著作権のxxxxx対抗要
けんけつ
件の欠缺を主張することができる法律上の利害関係を有
する第三者であるか否かのほか、本件譲渡契約1の解除
の有無、本件譲渡契約2がAおよびBの同意を欠き無効であるか否かが争点となった。
原判決は、①本件著作物を創作したxxx・xxxxの子であり、本件著作権を共同相続したAおよびBからxx商会に対する本件著作権の譲渡と、AおよびBから Yに対する本件著作権の譲渡とは、x重譲渡の関係にあり、xx商会またはその転得者XとYとは対抗関係に立つから、Yは、Xへの本件著作権の移転につき、対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者
(著作xx77条)に該当する。②Xは、Yに対し、本件著作権の移転について登録(対抗要件)を了しない限り、本件著作権の移転を対抗することはできないところ、Xは、本件著作権の移転について登録を了していない。③ Yは、本件著作権の移転について、本件譲渡登録を了したから、Yに対する本件著作権の移転が確定的に有効となり、他方、Xは本件著作権を喪失した。④Yが背信的悪意者であるとは認められないなどと認定判断し、Xの請求をすべて棄却した。
Xは、これを不服として、原判決の取り消しと主位的請求または予備的請求の認容等を求めて控訴した。
控訴審におけるXの主張は次のとおりである。
(1)AおよびBからYへの本件著作権の譲渡の有無について、本件譲渡契約3は、売買の重要な要素である代金についての合意がなく、売買契約としては成立していない。なぜなら、①本件譲渡契約1および本件譲渡契約
2において、本件著作権を含むxxx・xxxxの全知的財産権の譲渡の対価が50万米ドルとされていること、
②Yが、xxに対し、本件著作物に関する著作権を代金
1億円で譲渡する旨を申し入れたことに照らせば、本件著作権を含むxxx・xxxxの全知的財産権の価値は巨額であるといえる。ところが、著作権登録申請書に添付された譲渡証明書(以下、本件譲渡証明書)では、譲渡にかかる代金の金額、支払時期、支払方法等が約定されていないし、その算定基準ないし協議により定めることも規定されていない。
弁理士xx・xxx作成の確認書(乙16)には、本件ライセンス契約において、YがAおよびBに対し相当な対価を支払う合意がされたことを確認した旨記載されているが、本件ライセンス契約におけるライセンス料と本件譲渡契約3における代金との関係についての言及はなく、
本件ライセンス契約におけるライセンス料とは別の一時金の支払いが合意されたことを裏付けるものでもない。
AおよびBは、Yから金銭の支払いを受けることを期待しておらず、実際、YからAおよびBに対して、本件ライセンス契約に基づくライセンス料、本件譲渡契約3に基づく譲渡代金、その他の金銭ないし対価の支払いは、一切なされていない。
その他、本件ライセンス契約におけるライセンス料がxxx・xxxxの全知的財産権の譲渡の対価を兼ねるものであることや、本件譲渡契約3の締結にあたり、同ライセンス料とは別に一時金が支払われたことを裏付ける証拠はない。
本件譲渡契約3は贈与契約であると解することもできない。①AおよびBは、従前、Yと特に深い人間関係があったわけではないこと、②本件譲渡契約3による譲渡の結果、AおよびBは、xx商会から本件譲渡契約1の債務不履行による損害賠償請求を受ける可能性があることに照らすと、巨額の価値を有するケネス・ハワードの全知的財産権を、Yに対して無償で譲渡するというのは経験則に反する。
(2)本件譲渡契約3は、AおよびBがYに対し、本件譲渡契約1における売り主の地位を譲渡することを前提とするものであるか否かについて、仮に、本件譲渡契約
3が成立していたとしても、以下のとおり、Yは、同契約により、xxx・xxxxの全知的財産権を負担付きで譲り受けたというべきである。すなわち、本件譲渡契約3は、Yが、AおよびBに代わってxx商会から本件留保金10万米ドルを回収する目的で、AおよびBの本件譲渡契約1における売り主の地位を承継することを内容とした契約である。したがって、本件譲渡契約1に基づくAおよびBからxx商会に対する本件著作権の譲渡と、本件譲渡契約3に基づくAおよびBからYに対する本件著作権の譲渡とは、二重譲渡の関係にあるとはいえず、Yはxx商会と契約当事者の関係に立つことになるから、Yは、xx商会から本件著作権を転得したXに対し、本件著作権の移転につき対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者には当たらない。
(3)本件著作権を含むxxx・xxxxの全知的財産権の価値は巨額であるにもかかわらず、本件譲渡証明書には、譲渡にかかる代金の金額、支払時期、支払方法等、
著作権を含む知的財産権の譲渡契約に通常記載されるべき対価に関する記載が一切なされていない。かかる簡易な書面により、本件著作権が譲渡されたとすれば、それはYが資産の譲渡を受けるのみではなく、負担を付されていたと解するのが合理的である。以上のとおり、AおよびBの本件譲渡契約1における売り主の地位の承継は、このような負担付きの売買というべきである。
本件譲渡契約3を締結した当時、AおよびBは、xx商会からの本件留保金10万米ドルの回収について、Yの助力を受けるために、本件譲渡契約1に基づく契約上の地位をYに対して譲渡するという意思を有していた。 AおよびBが回収の便宜のために譲渡の形式を採っ たことは、以下の事実に照らして明らかである。すなわち、①平成16年末において、AおよびBは、Xがxxx・xxxxの全知的財産権の所有者だと理解していたこと、②平成17年1月ごろ、BがYの代理人である弁護士から連絡を受け、Yが「Von Dutch」商標のライセンスを得ることに興味があるとの話を聞いた際、Bは、Yの代理人に対し、AおよびBが「Von Dutch」について有する権利はどのようなものであろうとxx商会との係争の対象になり得ると話していたこと、③本件譲渡契約
3の締結に際し、AおよびBが、Yの代理人から本件留保金10万米ドルの回収をYが手伝うと説明されていたこと、④AおよびBは、Yから、本件譲渡契約3に関し、なんらの対価の支払いも受けていないこと、⑤Aおよび Bは、本件譲渡契約1に違反する意図はなく、むしろ本件譲渡契約1の存続を前提にしていたこと(証拠略)、
⑥Yに無償でxxx・xxxxの全知的財産権を譲渡する一方、xx商会から本件譲渡契約1の債務不履行による損害賠償請求を受けることになるような選択をすることは、通常考えられないこと等の事実経緯に照らして明らかである。
Yは、本件譲渡契約3に関し、AおよびBに対してなんらの金銭、対価の支払いをしていないこと、平成17年7月7日、xx商会に対し、本件留保金の不払いを理由に本件譲渡契約1を解除する旨を通知したことなどからすれば、Yは本件譲渡契約1の存続を前提に契約当事者として行動していると解するのが自然であり、本件譲渡契約3の締結当時、Y自身も、Yがxx商会からの本件留保金10万米ドルの回収を手伝うため、本件譲渡契
約1に基づく契約上の地位をAおよびBからYが譲り受けるという意思を有していたといえる。
(4)本件譲渡契約3は、原審で主張したように虚偽表示であるほか、以下のとおり、訴訟信託に該当するという点においても無効である。
信託法(平成18年法律第108号)10条(同法による改正前の公益信託ニ関スル法律〔大正11年法律第62号〕 11条も同様)は、訴訟行為を主たる目的とする信託を禁止しているところ、①本件譲渡契約3には対価の定めがなく、AおよびBはYからなんらの対価も受け取っていないこと、②本件譲渡契約3は、Yが、AおよびBに代わって、xx商会から本件留保金10万米ドルを回収する目的で締結されたこと、③Yは本件譲渡契約3締結の直後である平成17年7月7日、xx商会に対し、「訴訟を始める」「法的処置をとる」ことを予告したうえで、本件留保金の不払いを理由に本件譲渡契約1を解除する旨を通知したことに照らせば、本件譲渡契約3は、実質的に訴訟信託に該当するものであって、強行法規ないし公序良俗に違反し、無効というべきである。
(5)原審で主張した事実および以下に主張する事実に照らせば、Yは背信的悪意者に当たる。①Yは、本件譲渡契約3により、AおよびBの本件譲渡契約1における売り主の地位を承継しており、本件譲渡契約1の契約当事者たる地位にあるため、そもそも対抗要件の具備は問題とはならない。②仮に、本件譲渡契約3が、Aおよび Bの本件譲渡契約1における売り主の地位をYに承継させることを前提にしたとはいえないとしても、Yは本件譲渡契約1の当事者に準ずる地位にあると評価されるから、Yが、Xに対し、対抗要件の欠缺を主張することは、xxxに反し許されない。一般に、先にされた売買契約の売主と近い関係にある者が第三者である場合に、当該第三者が同契約における譲受人に対して対抗要件の欠缺を主張することは、xxxに反し許されないところ(神戸地方裁判所昭和48年12月19日判決・判例時報993号51頁)、Yは、本件著作権を無償で譲り受けたうえ、xx商会に対して本件譲渡契約1を解除する旨を通知するなど、本件譲渡契約1の契約当事者として行動していることからすれば、本件譲渡契約1の当事者に準ずる地位にあるといえる。このような地位にあるYが、Xに対し、対抗要件の欠缺を主張することは、xxxに反し許され
ないというべきであり、Yは背信的悪意者と評価されるべきである。また、一般に、専ら先にされた契約における譲受人を害する目的で、後にされた契約における譲受人が当該契約をしたときは、同人は保護されるべきではなく、また、後にされた契約における譲渡の対価が不当に廉価な場合は、専ら先にされた契約における譲受人を害する目的で後にされた契約がされたことが推認されるところ(最高裁判所昭和36年4月27日第xx法廷判決・民集15巻4号901頁、最高裁判所昭和43年8月2日第二小法廷判決・民集22巻8号1571頁)、①本件譲渡契約3にはなんら対価の定めはないこと、②AおよびBに対し Yから一切対価は支払われていないこと、③Yは、主体的にAおよびBに接近し、本件ライセンス契約にかかる契約書や本件譲渡証書に署名させたこと、④Yは、Xの日本におけるライセンシーである二幸に対し、本件著作権を1億円という高額で買い取るように要求したことなどの事情は、Yが、専らxx商会ないしXを害する目的で、本件譲渡契約3を締結したことを推認させるものである。したがって、Yは、保護されるべき第三者ではなく、背信的悪意者というべきである。
これに対する控訴審におけるYの反論は以下のとおりである。
(1)本件譲渡契約3は、以下のとおり、有効に成立した。
①本件譲渡契約3は、本件ライセンス契約の延長線上に位置するものであって、同ライセンス契約において既にライセンス料の支払いを約束していること、②本件譲渡契約3が対象とする著作権は、xxx・xxxxの全著作権のうちの一つにすぎないこと、③XとDとの訴訟(東京地方裁判所平成18年(ワ)第5004号事件)で問題となった日本における商標権はXが有していることなどの事情から、本件譲渡契約3の対象である「Flying Eyeball」標章を用いた商品は商品化されておらず、また、「Von Dutch」ブランドの商品についての日本における商品化は困難であって、本件ライセンス契約に基づくライセンス料を払うことができる状況にない。したがって、本件譲渡契約3について、明示的な代金の金額、支払時期等の約定がないとしても不自然ではない。
また、本件譲渡契約3は著作権の譲渡に関するものであるところ、著作権に関する登録申請には譲渡証明書(代金額や支払時期は記載要件ではない)を添付すればよく、
本件譲渡証明書はこれに該当する。
(2)Bの証言録取書およびAの証言録取書における同人らの供述中、Xの指摘にかかる部分は、以下のとおり、その内容に変遷があり、また、同一の事件のために作成されたAの陳述書およびBの陳述書の記載と異なるなど、いずれも信用性が低い。これは、上記証言録取書が、本件とは異なり、本件譲渡契約1の成否を主な争点とする事件(米国の裁判所において、Xを原告とし、C、AおよびBを被告とする事件)におけるものであるため、本件譲渡契約3について積極的な供述をする必要が乏しいからである。
(3)本件譲渡契約3は、本件ライセンス契約の延長線上の契約として締結されたものであるが、著作権の譲渡登録に関するものであって、同登録に必要な譲渡証明書には代金の額や支払時期等を記載する必要はない。
AおよびBが、Yと本件ライセンス契約や本件譲渡契約3を締結したのは、Xと裁判しても金銭的な満足が得られないからであり、訴訟信託をしたのは、xx商会との訴訟の費用が捻出できなかったからであって、なんら両者に矛盾はない。
(4)本件譲渡契約3が虚偽表示または訴訟信託により無効であるか否かについて本件譲渡契約3は、原審で主張したように虚偽表示ではなく、また、以下のとおり、訴訟信託にも当たらない。AおよびBは、平成17年7月、xx商会との本件譲渡契約1に関する係争についての権利をYに付与する書類に署名しているが、この訴訟信託は米国での裁判に関するものである。一方、本件譲渡契約3は、日本における著作権の譲渡登録に関するものである。このように、本件譲渡契約3と米国での訴訟信託とは、別の問題である。
(5)AおよびBからXへの本件譲渡契約1における売り主の地位の承継に関するYが背信的悪意者に当たるというXの主張は成り立たない。また、Xが指摘する神戸地裁昭和48年12月19日判決は、夫から妻に対する譲渡の場合であり、本件とは事案を異にする。さらに、①本件譲渡契約3は、本件ライセンス契約の延長線上の契約であるところ、同ライセンス契約では、AとBに合計5%のロイヤルティーの支払いを約定しており(第4条)、この支払いは決して低廉とはいえないこと、②本件譲渡契約3が対象とする著作権はxxx・xxxxの全著作
権のうちの一つにすぎないこと、③XとDとの訴訟で問題となった日本における商標権はXが有していることなどの事情から、本件譲渡契約3の対象である「Flying Eyeball」標章を用いた商品は商品化されておらず、また、
「Von Dutch」ブランドの商品についての日本における商品化は困難であって、本件ライセンス契約に基づくライセンス料を払うことができる状況にないことなど、本件譲渡契約3について、巨額の譲渡代金を約定することができなかった事情が存在する。したがって、Yが背信的悪意者であるということはできない。
判旨 一部原判決変更、一部請求棄却
1.判決の結論について
「当裁判所は、本件譲渡契約1及び2はいずれも有効に締結されたものであって、本件譲渡契約1は解除されておらず、また、本件譲渡契約2がA及びBの同意を欠き、無効であるということもできないから、本件著作権は、A及びBから、xx商会を経て、Xに移転しているところ、本件譲渡契約3は成立していないか又は虚偽表示により無効であって、A及びBからYに本件著作権は譲渡されておらず、少なくともYは背信的悪意者と認められるから、Yは、Xへの本件著作権の移転につき、著作xx77条所定の対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者に該当せず、したがって、Xの本訴請求は主文第1項(1)及び(2)の限度で認容すべきものと判断する(なお、Xは、著作権譲渡登録に関する主位的請求として、真正な登録名義の回復を原因とする著作権譲渡登録手続を求めているが、実体的な権利変動の過程と異なる登録を請求する権利は当然には発生しないところ、Xは、A及びB、並びにxx商会の承諾があることについて主張立証しないから、同請求は主張自体失当である。)。」
2.準拠法について
「(1)相続人が、その相続に係る不動産持分について、第三者に対してした処分に権利移転の効果が生ずるかどうかという問題に適用されるべき法律は、平成18年法律第78号による改正前の法例(以下「法例」という。) 10条2項により、その原因である事実の完成した当時における目的物の所在地法であって、相続の準拠法ではない(最高裁平成6年3月8日第3小法廷判決・民集
48巻3号835頁)。上記判例の趣旨に照らせば、本件著作権の譲渡は、アメリカ合衆国カリフォルニア州で出生した同国国民であった亡ケネス・ハワードの相続財産の処分であるものの(証拠略)、本件著作権の譲渡について適用されるべき準拠法は、相続の準拠法ではない。
そして、著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては、譲渡の原因関係である契約等の債権行為と、目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきである。
(2)著作権移転の原因行為である譲渡契約の成立及び効力について適用されるべき準拠法は、法律行為の準拠法一般について規定する、法例7条1項により、第1次的には当事者の意思に従うべきところ、著作権譲渡契約中でその準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、契約の内容、当事者、目的物その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきである(東京高等裁判所平成13年5月30日判決・判例時報1797号111頁参照)。」(以上、原審判決から引用)
「本件についてみると、A及びBとxx商会との間の本件譲渡契約1については、同契約に係る契約書(証拠略)において、日本法を準拠法とする旨の合意(10条)が存するから、本件譲渡契約1については、日本法が準拠法となる。他方、A及びBとYとの間で締結された旨 Yが主張している本件譲渡契約3については、準拠法に関する記載のない本件譲渡証明書及び単独申請承諾書以外には、同契約に関して締結された契約書等の書面は提出されておらず、準拠法についての明示の合意がされていると認めることはできない。しかし、Yは、本件譲渡契約3について、アメリカ合衆国国民であるA及びBが、韓国国民であるYに対し、我が国国内において効力を有する本件著作権を含むxxx・xxxxから承継した知的財産権を譲渡することを内容とするものである旨主張していること、Yは、当時、日本国内において、『Von Dutch』ブランドに関する事業を行っていたこと、Yは、日本国内(大阪市内)に事務所を有していたこと(甲 31の1、弁論の全趣旨)などに照らすと、本件譲渡契約3の成否及びその効力については、日本法を準拠法とすることが、当事者の合理的意思に合致するものと認め
るのが相当である。」
「(3)著作権の物権類似の支配関係の変動について適用されるべき準拠法は、保護国の法令が準拠法となるものと解するのが相当である。すなわち、一般に、物権の内容、効力、得喪の要件等は、目的物の所在地の法令を準拠法とすべきものとされる(法例10条)。その理由は、物権が物の直接的利用に関する権利であり、第三者に対する排他的効力を有することから、そのような権利関係については、目的物の所在地の法令を適用することが最も自然であり、権利の目的の達成及び第三者の利益保護という要請にも最も適合することにあると解される。著作権は、その権利の内容及び効力がこれを保護する国の法令によって定められ、また、著作権の利用について第三者に対する排他的効力を有するから、物権の得喪について所在地法が適用されるのと同様に考えるべきである
(前記東京高等裁判所判決参照)。
そして、本件著作物の著作者であるxxx・xxxxはアメリカ合衆国国民であったので、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約3条(1)(a)及び著作xx6条3項により、本件著作物は、我が国の著作xxの保護を受ける。
そうすると、本件著作権の物権類似の支配関係の変動については、保護国である我が国の法令が準拠法となる。」(この点も原審判決から引用)
3.本件契約1の解除について
「Yは、A及びBから、本件譲渡契約1をめぐるxx商会との間の紛争に関する権利の譲渡を受け、xx商会に対し、本件留保金の不払を理由に本件譲渡契約1を解除する旨の通知をしたことが認められる。しかし、本件譲渡契約1は、同契約に基づく当事者の契約上の地位や、当事者の権利義務を、他方当事者の承諾なく譲渡することを禁止しているところ(19条)、YがA及びBから上記権利の譲渡を受けたことをxx商会が承諾したことはもとより、A及びBからxx商会に対し上記権利の譲渡について通知したことも、主張されておらず、また、これらの事実を認めるに足りる証拠もない。したがって、 Yの上記通知により、本件譲渡契約1が解除されたということはできない。」
「Xは、本件譲渡契約2により、xx商会から、総額 40万米ドルの対価(xx商会がA及びBからケネス・ハ
ワードの全知的財産権を譲渡するに際し同人らに支払った対価の額である50万米ドルから本件留保金10万米ドルを控除した残額)で、xxx・xxxxの全知的財産権の譲渡を受けたこと、Xは、xx商会に対し、同契約に基づいてXがxx商会に支払うこととされた金銭を支払ったことが認められる。そして、本件譲渡契約2は、 Xとxx商会との間で10万米ドルの本件留保金請求権とxx商会のXに対する債権とを相殺処理する旨の合意を含むものというべきであり、また、同契約を締結することにより、xx商会は、A及びBが、Xに対し、本件留保金を受領する権利を譲渡したことについて、これを承諾したということができる。
そうすると、xx商会は、本件譲渡契約2の締結及び履行により、本件留保金10万米ドルの支払債務を免れたものというべきであるから、その不払いを理由として、本件譲渡契約1を解除することはできない。」
4.本件譲渡契約3の成否について
「本件譲渡証明書は、A及びBとYとの間において、 YがA及びBに代わって、アメリカにおいて生じていた、本件譲渡契約1をめぐるA及びBとxx商会間の紛争を処理するなどの目的で作成されたものであり、xxx・xxxxの全知的財産権を移転する意思は存在しなかったものと認定するのが相当である。したがって、本件譲渡契約3(Yが、A及びBから、本件著作権を含むxxx・xxxxの全知的財産権を譲り受ける旨の契約)は、譲渡に係る意思は存在しないのであるから、有効に成立していない。また、仮に、同契約が外形上成立していると見る余地があったとしても、虚偽表示により無効というべきである(民法94条1項)。」
5.Yが背信的悪意者かどうかについて
「本件譲渡契約3は、Yが、A及びBに対し何ら対価の支払をすることなく、一方的に、A及びBからxxx・xxxxの全知的財産権の譲渡を受けるというものであったことが認められる。これに対して、……YがDと締結した本件サブライセンス契約では、Yが、契約一時金 1000万円及びミニマム使用料合計4000万円の支払を受けるとされていたこと、及びYは、二幸に対して、本件著作権を1億円で譲渡する旨申し入れたことが認められる。このように、Yは、A及びBに対しては、何らの対価 の支払もしない一方で、Dからは、最低でも5000万円
の支払を受けることを予定し、さらに、二幸に対しては、本件著作権を1億円という高額な対価で売却しようとしたものというべきである(Yは、当審において、xxx・xxxxの全知的財産権の一つにすぎない本件著作権のみを取得しても、事業を遂行するは困難である旨の主張をしているところであるから、Yが二幸に申入れた本件著作権の譲渡対価1億円は、極めて高額であると解される。)。」
「認定した事実を総合考慮すると、Yは、Xが本件著作権の正当な承継者であることを熟知しながら、Xの円滑な事業の遂行を妨げ、又は、Xに対して本件著作権を高額で売却する等、加害又は利益を図る目的で、A及び Bに働きかけて本件譲渡証明書及び単独申請承諾書に署名させ、本件譲渡登録を経由したものと推認することができ、したがって、Yは背信的悪意者に該当するものと認めるのが相当である。」
「以上によれば、Yは、Xへの本件著作権の移転につき、対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者(著作xx77条)には該当しない。」
評釈
1.本件判決は、国際私法の観点からみれば、著作xx 渡の準拠法に関する従来の判例実務を踏襲して、その一例を加えたものといえる。しかし、この点については、これまで既にいくつかの事例が積み重ねられてきただけに、従来の判例実務でいいのかをもう一度検討してみる必要があると感じて本件判決を取り上げることにした。事例としては、やや複雑な事実関係に関するものであ るが、実質法上は、著作xx77条の著作権の移転登録における第三者に関係して、登録名義人を背信的悪意者と認定して登録なくして対抗することができることを認めた珍しい事例である。そこで、事実関係をやや詳しく
述べることにした。
筆者は、結論的に本件の判旨に賛成するが、理由づけには賛成できない点が残る。以下、著作権譲渡の準拠法を物権変動の準拠法と類似の方法で決定するのが適当か、本件における著作権譲渡契約、とりわけ、本件譲渡契約3の準拠法を当事者の合理的意思に基づき日本法と推認したのは妥当か、著作権の準拠法とされる保護国法の根拠や適用範囲をどのように考えるべきか、著作権譲
渡の対抗要件の準拠法の具体的適用は妥当かにつき、xx検討することにしたい。
2.判旨2(1)は、まず、相続人がした譲渡行為の準拠法は相続準拠法ではなく、譲渡目的物に関する物権変動の準拠法であるとして、最高裁平成6年3月8日第三小法廷判決(民集48巻3号835頁)を引用している。
しかし、最高裁で問題となったこの事案は包括承継主義を採る台湾の相続法上の遺産共有の性質に関連して判断したものである。つまり、遺産分割前の遺産が共同相続人のいわゆる遺産共有の状態にある場合における共同相続人の一部による相続持分の処分に関し、台湾法上はいわゆる合有の性質を持つものと考えられ、他の共同相続人の承諾のない処分を無効とみるが、物権の準拠法である日本法によると共有とみられ、そのような処分が有効になる事例に関するものであった。本件のように被相続人の本国法が米国カリフォルニア州法と認められる場合に、前記最高裁判決をそのまま先例としてもってくることができるかについては、検討を要する問題である。xxの相続実質法においては、人が死亡すると当該の 遺産はその遺産管理につき裁判管轄権を有する裁判所に帰属し、裁判所により選任された人格代表者がその遺産の債権債務を管理、清算して、残余財産がある場合にの
みそれを相続人に分配するいわゆる清算主義を採る。 つまり、遺産管理を経て残余財産が分配されるまでは、
相続人は相続財産について全く権限を有していないのが通常である(木棚xx『国際相続法の研究』〈有斐閣、 1995年〉236頁以下参照)。このような段階で相続人のした処分行為が物権変動の準拠法上有効であれば、相続準拠法上どのように規定していようとも有効とすることまで前記最高裁判決が判断しているとまで考えるのは、この最高裁判決の射程距離を拡張しすぎることになるであろう。
また、上記最高裁判例の事例とは異なり、遺産管理終結前であり、相続準拠法上、全く権利を有しない者がした処分行為は、その処分行為の準拠法である日本法上も有効とはいえないであろう。最高裁の判決があるので、一応挨拶しておく趣旨かもしれないが、そもそもAおよびBが被相続人であるxxx・xxxxの知的財産権を相続した点は、本件訴訟において争点となっていないのだから、この点に関する準拠法について言及する必要が
あったのかどうか疑わしい。それでも、裁判所が必要と考えるのであれば、カリフォルニア州における遺産管理が開始したのかどうか、開始したとすればそれが終了し、当該財産が相続人に分配されたかどうかを当事者に主張、立証させるべきではなかったであろうか。たとえ著作権譲渡の準拠法が日本法であるとしても、相続準拠法により全く権限を持たない者がした処分行為を日本法上有効と解することができないからである。もっとも、この点は、xxx・xxxxが死亡して8年近く経過した後の譲渡契約であるので、遺産管理が開始したとしても既に終了し、相続財産が相続人に分配されている可能性が高いであろう。そうだとすれば、この点の判断は結論に影響を及ぼさないのではないかと思われる。本件におけるAおよびBの相続による知的財産権取得を本件譲渡契約1および3の先決問題とみたとしても、本件判旨のように本件譲渡契約1および3の準拠法がいずれも日本法であるとすれば、結論に影響を及ぼすことはない。
次に、本件著作権譲渡の準拠法について、物権変動の準拠法に準じて、原因行為である契約締結等の債権行為と譲渡の目的である著作権の物権類似の支配関係の変動を区別して、それぞれの法律関係について別個の準拠法を決定すべきとする。筆者もかつて、工業所有権の譲渡について従来の通説的見解に立って同様の見解を主張したことがあり、学説上もこれが多数説である(『工業所有権に関する国際取引をめぐる国際私法上の諸問題』xxxx他編『xxxx教授退官記念論文集 国際取引と法』(名古屋大学出版会、1988年)204頁、xxxx『国際工業所有xxの研究』(日本評論社、1989年)282頁参照)。その後、東京高裁平成13年5月30日のいわゆるキューピー人形事件判決(判時1797号111頁)、東京高裁平成15年5月2日のいわゆるダリ事件判決(判時 1831号135頁)などのほか、さらに、本件判決が出されて、著作権の譲渡についても同様な見解が採られてきた。
しかし、著作権の譲渡についてまで物権変動の準拠法に準じて考えるのが妥当かどうかは、十分に検討しておく必要のある問題であるように思われる。なぜならば、特許権をはじめとする工業所有権は、物権のような有体物に対する支配権ではないが、その保護対象を登録を通じて公示し、保護対象に対して絶対的支配権を付与し、たとえ登録後にまねすることなく独自に保護対象を創作
したとしても、それを利用することが許されないという 意味において絶対的支配権であり、物権により近い性質を有する。その点で工業所有権は、著作権のように原則的に無方式で成立し、その権利の中核となるのが複製権であり、基本的には模倣を排除する権利である知的財産権と区別することができる。つまり、同一ないし類似の著作物を創作した者は、時間的にそれ以前に他人により創作した著作物があったとしても、それを独自に創作したのであり、模倣したものでないことを証明することができれば、その著作物を利用する権利を有することになる。この点では、著作権は有体物である客体、特に不動産に対する絶対的な支配権である物権と異なる側面を有する。例えば、日本法上特許権の移転(相続その他の一般承 継によるものを除く)および専用実施権の設定、移転、変更等については登録が効力発生要件とされ(特許法 98条1項1号、2号)、他の工業所有権にこれが準用されている(実用新案法26条、意匠法36条、商標法35条)のに対し、著作権の移転や処分の制限については登録が対抗要件とされている(著作xx76条)にすぎないのもこれと関連するであろう。それだけに、著作権の譲渡については、工業所有権の譲渡以上に物権変動になぞらえて考えるのが妥当ではない側面を有する。とりわけ、著作権に関する物権的な処分行為は、その原因となる債権行為と区別されずに実質法上規定され、ドイツ法にみられるような物権の処分行為に独自の行為を要求されることがないから、抵触法上もこれらを峻別するのが困難な側面を有することになる。xxxx・xxxx無体財産研究所の元所長であるxxxx(Xxxxx Xxxxx)教授の名前で出された無体財産に関する国際私法原則についての草案において、著作権の譲渡および利用許諾に関し、保護国法によるべき問題と譲渡および利用許諾の債務負担に関する契約の準拠法によるべき問題を具体的に挙げて規定しているのはこの点と関連があるように思われる。その後これを展開し、これらの問題について原則として契約準拠法に統一的によらしめて、例外的に権利自体の準拠法中の強行法規によるべき事項が、何にであるかを個別的に検討して、権利自体の準拠法によるべき問題に限って強行法規の特別連結に類するものとみて権利自体の準拠法によるとするアプローチがドイツにおいて有力に主張されているようである(Vgl. Schricker〈Hrsg.〉、
Urheberrecht Kommentar、3Auf(l 2006)Vor §§120ff. UrhG Rn.148f.〈Xxxxxxxxxxxx〉)。
もっとも、本件のように著作権譲渡の対抗要件としての登録が争点になる場合には、どのアプローチを採っても権利自体の準拠法によるべきことになり、結論自体に相違が生じないことになるであろう。しかし、著作権譲渡の準拠法の決定を物権変動に関する法例10条2項(法適用通則法13条2項)によって決定すべきものとみて、著作権の準拠法である保護国法を物権における所在地法と同視する見解は、今後検討すべき課題を残していることを指摘しておきたい。
3.本件判旨2(2)は、原因関係の準拠法にかかわり、本件譲渡契約1については日本法による旨の準拠法約款が存在するから法例7条1項により準拠法が日本法になり、本件譲渡契約3については準拠法約款が存在しないが、①米国の国民であるAおよびBが韓国国民であるYに対し日本国内で効力を有する著作権を含むxxx・xxxxから承継した全知的財産権を譲渡する内容であることを主張していること、②当時Yが日本国内で「Von Dutch」ブランドに関する事業を行っていたこと、③Yが大阪市に事務所を有していたことなどから日本法を準拠法とする当事者の合理的意思を推認し、これを黙示的意思としている。この点に関する判旨は、本件譲渡契約
1と3についてだけ準拠法を検討しているが、本件譲渡契約2については準拠法を決定しないでよいであろうか。二重譲渡のような対抗問題が生じるような関係が生じるかどうかを検討しようとするのであれば、Xが本件譲渡契約1および2によってAおよびBからxx商会を経て有効に譲渡を受けたかどうか、また、Yが本件譲渡契約3によってAおよびBから有効に譲渡を受けたかが問題となる。本件譲渡契約2の準拠法については当事者間の明示の合意がないのであるから、判旨の見解から論及するとすれば、黙示意思により日本法が準拠法となるものと考えられるであろう。
本件譲渡契約1は、AおよびBからXより資金力に勝る「Von Dutch」ブランド製品の日本への輸入販売を業とするxx商会が譲渡を受けるためのものであり、本件譲渡契約2はそれをxx商会からXに再譲渡しようとするものであるから、本件譲渡契約1について日本法による明示の約款があるとすれば、本件譲渡契約2について
xxxx・xxxxの全知的財産を対象とし、かつ、明 示の約款がないとしても、日本法による黙示の意思があったと認定するのが合理的であろう(この結論は、ちなみにその種の知的財産の譲渡契約における特徴的給付者は譲渡人になるからxx商会の事業所所在地の法である日本法が最も密接な関係がある法と推定されるから、法適用通則法8条を適用したとしても変わらない)。本件譲渡契約2の成立効力については当事者間の争点となっていないから準拠法に関する判断を示す必要がないとみたのかもしれないが、Yは、本件譲渡契約1についてのみではなく、本件譲渡契約1および2によってXが本件著作権の譲渡を受けたことを争っているのであるから(控訴審判決4頁クなど参照)、本件譲渡契約2についても準拠法を決定する必要があるのではなかろうか。ところで、本件については法適用通則法施行前の事例 であるから、法例7条が適用されるが、法適用通則法による改正前の法例7条2項は、当事者の意思が分明ならざる場合には、一律に行為地法、つまり契約締結地法によることを規定していた。しかし、交通、通信の発達により、契約締結地はしばしば偶然的に決定されることになり、当該契約と密接な関係を示す基準としては不十分なものとなっていたので、学説は黙示的意思を広く解して、契約書の文言や契約の具体的事情などから直接xx的に明らかになる場合に限らず、裁判所が諸般の事情から当事者の合理的意思を推認して黙示的意思を認めることにより、具体的に妥当な準拠法を選択しようとしてきた。判例も次第にこの学説の影響を受けて黙示的意思を認定するようになってきた。知的財産に関する契約については保護国法である日本法を準拠法とする黙示的意思があったとする判例が見られた。もっとも、そのうちの多くの事例は、一方当事者が日本人か、日本の会社である場合であった。本件譲渡契約3は、xxx・xxxxの有した全知的財産権に関する外国人間の譲渡契約について、日本法を保護国法とする著作権が含まれていること、譲受人が日本に事務所を有し、日本で事業を展開していたことを認定して、日本法による黙示意思があった
ものと認めた。
しかし、この譲渡契約が日本のみではなく、全世界の著作権を含むxxx・xxxxの全知的財産権の移転に関するものであるとすれば、日本の著作権が含まれたと
しても日本法によるとする黙示意思があったと認めるべきか疑問が生じる。Yの控訴審における反論の中に本件譲渡契約3が日本の著作権の譲渡に関するものとする主張もみられるが(14頁ウ)、裁判所はその点については認定してはいない。全世界の知的財産権の譲渡であったとしても、Yの事業に関する現状からみてあくまで当事者が主として対象としたのは日本の著作権であった点に日本法によるという合理的意思が認められるという趣旨であるとすれば、その点についてのより具体的で明確な叙述が必要になるであろう。
また、この種の知的財産譲渡契約については、外見上一個の契約で全世界の知的財産を譲渡しているように見えたとしても、各知的財産の、かつ、各国の権利ごとの契約が行われたものとみて、問題となっているのはあくまで日本の著作権を対象とする契約であるから、保護国法である日本法によるとするのが当事者の合理的意思に合致するというのであれば、そのような説明が必要になるであろう。この点に関する判旨をみる限りでは、当事者の日本法による意思の推認の根拠づけが十分でないように思われる。
さらに、判旨のこの部分は、法適用通則法の解釈適用について先例としていかなる意義を有するかは慎重な検討が必要である。法適用通則法8条は、7条による当事者による準拠法選択がない場合につき、法律行為当時における最密接関係法を準拠法として(1項)、一方の当事者のみが特徴的給付を行う場合には、特徴的給付者の常居所地法、当事者がその法律行為に関係する事業所を有する場合にはその事業所の所在地法によること(2項)を規定している。この点からみれば、黙示意思を広く解して当事者の合理的意思を推認するという方法は法適用通則法の下では使用すべきではないということになろう。本件判決が原審判決を修正して「当事者の合理的意思に合致する」としたのは、あるいは法適用通則法の黙示的意思の認定の先例とならないことをあえて示す趣旨が含まれているのかもしれない。ただ、最密接関係法の推定に使われている特徴的給付の理論は、単純な契約についてはともかく、知的財産権の譲渡や実施許諾のような契約上譲受人や実施許諾者が特別の義務を負担する複雑な契約の場合には使いにくいことが多い。
したがって、当事者の黙示意思を認定して処理するほ
うが妥当な事例が少なくないことも否定することができないであろう。
4.判旨2(3)は、著作権の物権類似の支配関係変動の準拠法を保護国法として、その根拠を法例10条に求め、著作権の内容や効力がこれを保護する国の法令によって定められ、また、著作権の利用について第三者に対する排他的効力を有するから、物権の得喪について所在地法が適用されると同様に考えるべきであるとする。そして、本件著作物の著作者が米国の国民であるので、ベルヌ条約3条1項a号および著作xx6条3項により、本件著作物が日本の著作xxの保護を受けるものとする。後半部分は、外国人法上の問題につき注意的にベルヌ条約と日本の著作権法上の規定に触れたにとどまるであろう。問題となるのは前半部分である。この点は、前記したキューピー事件やダリ事件に関する控訴審判決を踏襲するものといえよう。しかし、著作権のような無体物を客体とする権利には、有体物を客体とする物権とは異なり、客体の所在地法によることが適切でない性質を持つ。
著作物は無体物であり、その内容を知ることができれば、誰でも、いつでも、どこでも利用することができる性質、いわゆるユビキタス性ないし遍在性を持つ。したがって、それにつき所在地を擬制してその所在地法によることになじまない権利ということができる。それにもかかわらず、あえてこのような構成を採っているのは、著作権譲渡を物権変動に類似するものとみて法律構成をしたことと関連するように思われる。確かに、古くは、xxxx(Xxxxxx Xxxxx)やヌスバーム(Xxxxxx Xxxxxxxx)の学説のように、このような性質を持つ客体に関する権利についても客体の所在地を擬制する有力な見解があった(木棚・前掲書75頁以下参照)。
しかし、このような擬制そのものに無理があるだけではなく、もし、このような所在地の擬制によって保護国に権利の客体が所在するものと擬制し、著作権の準拠法を保護国法とするとすれば、保護国概念の混乱を招くことは避けがたい。また、著作権については、登録によって生じる工業所有権より偏在性が強いだけに、本源国における所在の擬制も可能になり、そのいずれがより妥当な擬制かは決着がつきにくいものになるであろう。保護国をそのような客体の所在の擬制から導くとすれば、保
護国概念が不明確になり、むしろこれを用いないほうがいいともいえそうである(xxxxx・判例紹介、コピライト514号30頁参照)。さらに、そもそも法例10条の所在地は、このような擬制的所在地を含むものと解するべきではない。
他方で、著作権侵害の事例における著作権の準拠法についてベルヌ条約5条2項2文の文言に直接的根拠を求めて保護国法によることを説く判決がある(東京地裁平成16年5月31日判決〈判タ1175号265頁〉)。
ウルマー教授が保護国法の原則という属地主義の抵触法的反映としての原則を説いたとき、実は伝統的な知的財産条約において暗黙のうちに認められてきた属地主義の原則を理論的に整理し、双方的抵触規定としての保護国法の原則を導いたのであるが、これを広く浸透させるためにベルヌ条約5条2項3文の文言に依拠したのである。これは一種のレヒット・ドグマティークとして、この条文を利用したのである。しかし、この条文の基礎となった規定は、1908年のベルヌ条約ベルリン改正会議のときであった。それまで同条約による著作権の保護を受けるためには、本源国の方式要件を満たす必要があったのである。しかし、本源国における方式要件の充足を証明することが必ずしも容易でなく、著作権の国際的保護が不十分になるところから、方式要件を撤廃して無方式主義を導入したのである。それまでは、この方式要件と関連づけられて、保護の範囲や著作者の権利を保全するために著作権者に保証される救済方法についても多くの場合、法廷地法だけではなく本源国法が累積的に適用されてきたのである。ベルヌ条約5条2項は、方式主義の撤廃に伴い、これらの問題については本源国法の要件を課することなく、専ら法廷地法によれば足りることにしたのがこの規定である。したがって、「保護が要求される同盟国の法令」というのは、法廷地法(必ずしも法廷地実質法規定に限らず、法廷地国際私法規定を含むともみることができる)を意味していたのである。ウルマー教授があたかもこの規定を根拠にして保護国法の原則を抽出したかのように述べたことによって、保護国法の概念は広く世界に普及した。しかし、同時に保護国法の概念に混乱が生じたことも事実である。保護国法を法廷地法と同義に解する見解が生じたからである。その点では、むしろ、保護国法の原則をベルヌ条約5条2項の
文言から導くよりは、ベルヌ条約を含む伝統的な知的財 産条約が暗黙の前提としてきた属地主義から理論的に導かれる原則として保護国法を「その領域について保護が求められる国の法」と定義したほうがよかったのである。もっとも、ベルヌ条約の歴史にさかのぼってこのように考察することに対して、「解釈論上または実際上の意味があるものではない」とする学説もある(作花文雄『詳解 著作権法[第3版]』〈ぎょうせい、2007年〉671頁)。しかし、条約の解釈は条約の歴史を無視して解釈すべ きではないであろう。むろん、ウルマー教授が行ったように条約の文言を説得の技術として利用することは法解釈の方法としてあり得ることである。しかし、その結果、保護国法の概念につき混乱が生じ、かえって国際的コンセンサスを難しくするようであれば、この方法自体に反省が迫られるであろう。それよりも、私たちは、保護国法の原則がベルヌ条約や法例(法適用通則法)に直接根拠を持つ厳格な原則とみることは少なくとも著作権との関係では妥当でないことを認識すべきであろう。ベルヌ条約上も「保護国法」ではなくて著作物の本源国法が適用されることを予定する事項が、例えば、著作権の保護期間に関するベルヌ条約7条8項などにみられることに注意すべきである。また、著作物の最初の権利者や権利の譲渡性の決定のように著作物の本源国法によるほうが
妥当な問題があることも忘れるべきではない。
6.実質法の解釈問題になるが、以上述べた判旨2に従って定められた準拠法の解釈適用の部分についても簡単に触れておきたい。
判旨3は、AおよびBと上野商会の間で締結された本件譲渡契約1の解除の通知をYが上野商会にしたとしてもこの契約中に他方当事者の承諾なく当事者の権利義務を移転することができないとする条項があることに着目し、AおよびBが解除の意思表示をしなければその効力が生じないとするとともに、そもそも本件譲渡契約2においてXがAおよびBとの和解契約によって取得した 10万米ドルの留保金請求権と上野商会のXに対する債権を相殺したことになるので、上野商会は10万米ドルの支払義務を免れたことになり、留保金の不払いを理由に本件譲渡契約1を解除することができないとする。
さらに、判旨4では、本件譲渡契約3が虚偽表示によ り無効になるものとする。そのように解するとすれば、
Yは実体的権利をなんら有することがないものであるから、これを理由に本件著作権移転登録の抹消を認めてよいはずである。ところが、判旨5でYが背信的悪意者であるかどうかを検討して、背信的悪意者に当たるから、 Xは、本件著作権移転の登録がなくてもYに対抗することができるものとしている。論理的には、判旨4の結論で本件譲渡契約3が虚偽表示で無効であるとすれば、Yは無権利者となり、Xとの間で対抗関係が生じないから、登録なく自らの権利を主張することができるはずであり、Xからの登録抹消請求を認めていいはずである。
しかし、裁判所は、Yが背信的悪意者に当たるかどうかについても、Xの主張に対応して判断を示している。著作権法77条の登録に関する第三者については学説上物権に関する民法の規定の解釈に関する最高裁の判例から背信的悪意者を除くと解釈すべきことが主張されてきた(作花・前掲書429頁、渋谷達紀『知的財産法講義Ⅱ』
〈有斐閣、2004年〉170頁等参照)。しかし、これまでこの点につき明確に判断した判例は見当たらなかったように思われる。その点では新しい判例として注目される。ところで、著作権法77条で定める第三者を著作権法 の規定の趣旨から独自に決定することも理論上はできないわけではない(例えば、田村善之『著作権法概説[第
2版]』〈有斐閣、2001年〉510頁)。しかし、多数説のように民法177条に関するこれまでの学説や判例を参考にして考えるという態度が理論上妥当であろう。この点に関する本件判旨の意義を考えるために、少しだけ歴史的にさかのぼって考察してみたい。
旧民法においては、登記がなければ善意の第三者に対抗することができないものとされていた。ところが、明治31年の現行民法においては、「善意の」という限定をつけていない。その後の多数の判例も第三者の善意と悪意を区別しないものとし、通説もこれを支持した。その理由は、主として2つ挙げられた。1つ目は自由競争の強調であり、他人との自由な競争において自己が有利な地位を獲得するのは資本主義社会で認められてきた原則であるするのである。2つ目は、第三者の主観的態様を要件とすると取引の安全を害する危険性が生じることである( 石田喜久夫『物権変動論』〈有斐閣、1979年〉 201頁以下参照)。
しかし、その後背信的悪意者を第三者から除外する学
説や判例が有力になってくる。自由競争といっても、それは公正な競争でなければならず、信義則に反し、場合によっては犯罪になるような行為まで許容するものではない。特に不動産登記法には、詐欺または強迫により登記を妨げた者(4条)および他人のために登記をする義務がある者(5条)が第三者から除外されているのであるから、少なくともこれらと同じ程度の背信的悪意者、例えば、譲渡契約の証人や仲介者等は第三者から除外されるべきとされた。
このような背信的悪意者排除の法理は、昭和40年代に判例において確立され、単純に悪意かどうかという主観的態様の基準のほか、信義則という客観的基準を加えることによって説得性を持たせようとされてきた。しかし、その後の学説上は、背信性という要件を課することは加重な要件を課することになるのではないかと指摘する見解が有力になってきた。少なくとも登記制度が確立し定着している現在では、単純悪意者であっても、悪意で横領罪の構成要件を満たすような行為をした者にまで第三者とみて登記がなければ対抗することができないと解する必要はないとするのである(例えば、内田貴『民法1〈第4版〉』〈東京大学出版会、2005年〉458頁)。判例上も、背信性の要件は緩められ、実際上、悪意有過失者を排除するために利用されてきたという指摘もある。本件の事例についても、Yは、本件譲渡契約1の仲介者でもあるCの仲介によって既に本件譲渡契約1があることを知りながら同一の知的財産を対象とした本件譲渡契約3を締結した者であるが、仲介者自身ではなく、背信的な悪意を持つCにAおよびBの紹介を得て、自ら AおよびBに積極的に働きかけて契約を締結し登録した者にすぎない。その意味では、Yが典型的な背信的悪意者といえるかどうか問題があるともいえよう。
しかし、この判決も、背信性の要件を緩和する最近の判例や学説の流れの中でとらえれば、これに賛成することができるものといえる。なお、本件判例評釈として駒田泰士・速報判例解説、知的財産法No. 5、251頁以下、があるが、これによると単純悪意者であっても著作権法 77条の「第三者」に当たらないとする見解から、本件判旨に賛成されている(特に、253頁)。
(きだな しょういち)