Contract
(社団法人)日本仲裁人協会
仲裁人倫理規程(平成20年2月4日制定)
<仲裁人としての資格>
1. 仲裁人としての資格
仲裁人は、その選任に際して、当該案件に必要な知識・経験および時間的余裕の有無を検討して、選任の諾否を決定しなければならない。
<仲裁人の行動基準>
2. 一般
(1) 仲裁人は、常にxxにかつ独立してその職務を行わなければならない。仲裁人は、仲裁手続終了後においても相当な期間は、そのxx性および独 立性に疑いを生じさせるような行動を慎まなければならない。
(2) 仲裁人は、仲裁に関する法令、仲裁機関の規則、当事者間の合意および仲裁人契約上の当事者との合意を遵守し、誠実に、かつ、できる限り迅速かつ効率的にその職務を行わなければならない。
(3) 仲裁人は、正当な理由がなければ辞任することができない。仲裁人が正当な理由により辞任する場合は、当事者および他の仲裁人の利益に適切な配慮をしなければならない。
(4) 仲裁人は、その判断の実質形成を他の者に行なわせてはならない。
3. 通信
(1) 仲裁人への就任の依頼を受けた者(以下「仲裁人候補者」という)は、その就任を受諾するに当たって、自己のxx性または独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の有無、仲裁判断をするに必要な能力の有無、および、仲裁手続を遂行するために必要な時間の有無を判断するために必要な限度において、その依頼をした者に対し照会をし、また、仲裁人を依頼した者によるかかる照会に対して答えることができる。ただし、仲裁人候補者は、本案について協議してはならない。
(2) 単独仲裁人または第三仲裁人の候補となる仲裁人候補者は、その選任について、当事者または当事者が選任した仲裁人の一人から単独で交渉を受けた場合には、他の当事者または他の仲裁人に対し、その交渉に同意しているかどうかを確認し、遅滞なくその交渉の内容を知らせなければならない。
(3) 当事者が選任した仲裁人が、第三仲裁人を選任する場合には、各仲裁人は、その選任について自己を選任した当事者の意見を聴くことができる。ただし、その意見は、本案に関わるものであってはならない。
(4) 仲裁人は、本案に関し当事者の一方とのみ通信を行ってはならない。
(5) 仲裁人が当事者の一方とのみ通信を行った場合には、(3)による場合を除き、仲裁人は、遅滞なくその内容を他の当事者および他の仲裁人に知らせなければならない。
4. 手続
(1) 仲裁人は、当事者を平等に扱い、各当事者に主張立証のための十分な機会を与えなければならない。
(2) 仲裁人は、充実した手続を迅速に遂行するよう努めなければならない。
5. 守秘義務
(1) 仲裁人は、当該案件およびその仲裁手続について守秘義務を負う。
(2) 仲裁人は、仲裁手続に関係して取得した秘密情報を、自己もしくはその他の者の利益を得るために、または他人の利益に不利な影響を与えるために用いてはならない。
6. 報酬および費用
仲裁人の報酬および費用は、相当なものでなければならない。仲裁人は、当事者および他の仲裁人に、要求があればその報酬および費用を開示し、それらの根拠を説明しなければならない。仲裁人は、当事者間の異なる合意のある場合を除き、当事者の一方と報酬および費用につき個別に取り決めてはならない。
7. 和解
仲裁人は、当事者双方より予め明示の承諾を得た場合には、和解を試みることができる。
<利害関係開示>
8. 利害関係開示
(1) 仲裁人(仲裁人候補者も含む。以下同じ。)は、当事者に対し、自己のxx性および独立性に疑いを生じさせるような状況および事実(以下「利害関係」という。)を書面により開示しなければならない。他の仲裁人がいる場合には、仲裁人は他の仲裁人に対しても、利害関係を開示しなければならない。
(2) 仲裁人が利害関係を開示するにあたり開示すべきか否かについて判断することが難しいと考える利害関係については、原則としてそれら利害関係を開示すべきである。
(3) 仲裁人は、新たに仲裁人の知るところとなった利害関係についても、当該利害関係を開示しなければならない。
仲裁人倫理規程作業部会仲裁人倫理規程検討資料
目次
序 仲裁人倫理作業部会について 6
1.基本方針 6
2.検討事項の分担 7
3.これまでの経緯 8
4.本倫理規程の位置付け 9
Ⅰ 総則 9
1.倫理規程の射程 9
2.その他の規律 11
Ⅱ 仲裁人としての資格 11
Ⅲ 仲裁人の行動基準 13
第1 一般 13
1.xx・独立の原則 13
2.誠実な職務遂行 15
3.その他の規律 16
第2 通信 19
1.仲裁人候補者と仲裁人を依頼した者との通信 19
2.仲裁人と当事者との通信 22
3.その他 24
第3 手続 26
1.平等の扱い、主張立証の機会 26
2.手続の充実、迅速 27
3.関連する事項の検討 27
第4 守秘義務 28
1.規程の必要性 29
2.サンプルの分析 29
3.検討 30
第5 報酬および費用 31
第6 和解 34
第7 広告(情報提供) 36
Ⅳ 利害関係開示 37
序 仲裁人倫理作業部会について
1.基本方針
司法制度改革審議会の意見書をもって始まったわが国の司法改革は、国民が統治主体たる地位にふさわしい役割を果たすxxかつ自律的な社会の構築を目指し、法の支配の貫徹の一環として、裁判とADR(代替的紛争解決)とが対等の選択肢としてその魅力を競い合う総合的紛争解決システムを築き上げることをその狙いの一つとしている。
ADRの活性化を図るため、新「仲裁法」(2003年)および「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(2004年)が制定されている。仲裁や調停が民事紛争のxxな解決のためのトゥールとして実効的に機能していくためには、今後、種々の補完的施策を講じ、また、制度運用上の工夫を凝らしていかなければならない。このような情況にあって、仲裁人に関する倫理規程の明確化を図ることは、ADRがその透明度を高め利用者の信頼をかち得て魅力的なものに成長していくための要の一つである。
日本仲裁人協会は、常設機関仲裁であるとxx・xxx仲裁であるとを問わず、さまざまな仲裁に関わる仲裁人等からなる団体(社団法人)であることからして、わが国における仲裁制度を高い水準において運営していくためのxxの規範である仲裁人倫理の策定に努め、仲裁の質を高めその実効性確保に寄与すべき責務を負うべきものである。倫理規程に含まれる事項は、内容的にも多様で、性質上も多彩である。そこで、法律に規定のある重要な事項、法の根幹をなす理念やxxなども含め、その範囲は極めて広いことから、仲裁人倫理という切り口から仲裁人のモラールの高揚を図るに必要な事項を総合的に検討すべきものと考えられる。
このような観点から、仲裁人倫理に関する基本的考え方、一般的動向、ガイドライン、さらには個別倫理の諸規程を公表し、広く関係者に検討の資料を提供することが有意義な第一歩であると考えられる。当作業部会は、随時審議の内容を研究部会などの会合において呈示し、各会員の意見を聴くためのさまざまな機会を設け、継続的作業を通じて具体的規模の起草に努めてきた。
本倫理規程が、仲裁人倫理に関する関心を喚起し、その論議を深めるスプリングボードとして倫理確立の里程標となり、ひいては仲裁制度の発展に寄与するものとなることを望みたい。
仲裁人倫理規程の策定にあたっては、検討すべき先決問題ないし前提問題(内国 仲裁と国際仲裁の区分、第三仲裁人と当事者選定仲裁人の区分、仲裁人以外の関係 者との関係、仲裁判断後の行動指針の設定など)などが少なくない。これらの問題 の中には、倫理規程に関する検討の過程でおのずと定まってきたものもあり、また、最後まで見解が分かれるものもある。後者については注釈において両論を併記して、将来の深化に待つこととしている。
仲裁人倫理には、単なる禁止の集合ではなく、仲裁制度の展開の中で刻々と具現していく理想を内包する部分があり、この段階での性急な決着は、時期尚早のきら
いがあり、議論の成熟を妨げるおそれもあろう。究極の理想に向けての持続的な検討こそが、当作業部会のメンバー共通の願いであり、開かれた討議の場から仲裁人xxの確立に向けての賢慮ある規程が時の経過とともに形成されていくものと期待される。本規程及び注記が、常設仲裁機関、仲裁人、仲裁代理人、仲裁当事者、さらには広く仲裁制度に関心ある法律家その他の多くの方々にとって参考となれば、まことに幸いである。
本規程は、2008年という時点におけるプロダクトであり、仲裁の制度的成長と理論的深化に伴い不断に更新されていくべきものである。この段階においては日本の仲裁は、十分な実績をあげているとはいえず、今後の発展を目指して懸命な模索の過程にある。仲裁の振興のためになされるべき事柄は多義にわたるが、当事者および代理人(弁護士等)等が仲裁のxxさに対し信頼感をもち、紛争解決の実効性が現実に確保されることが重要である。仲裁への期待に応えるためには、何よりも有能でxxな仲裁人が当事者の意向に沿った形で選ばれ当事者にとって納得のいく活動を行うことが肝要である。仲裁人は、裁判官と較べてxxxに錯綜した社会関係のただ中での活動を求められており、仲裁人倫理の基底には、現実の圧力に抗して厳守されるに十分な共感が存しなければならない。倫理規程は、単なる建前ではなく、確固たる信念に支えられ共通認識として定着しなければならない。
仲裁人倫理規程がもつ意味合いは、仲裁人が置かれている厳しい環境、高度の専門性の要請、上訴審による再度の吟味の機会の不存在などからして、極めて大きいというべきである。そこで、機関仲裁やxx・xxx仲裁に携わる多様な分野の仲裁人が集う共通討論の場である日本仲裁人協会にとって、事前規制から事後救済へと社会的コントロールの場が移ってきており、事後救済の場において、公と民が適切な役割を分担していくには民間機関に対する高度の信頼が築き上げられることが切実に要請されている今日、仲裁人倫理の確立は急務であるといえよう。仲裁人倫理は、法的要請を超える理念を体現するものであるにとどまらず、法的要請の範囲内にあるものについてもその遵守のための内面の強化に資するものでもあり、その水準も、新しい状況の中で変容を続け、また、より高度なものへと進化していくと期待されよう。
※ なお、日本の法律の規程と同様の規程を倫理規程に盛り込む必要があるか否かにつ いては、とりわけ議論があった。この点については、法律上の義務よりもxxの規 律を設けるのが倫理規程であるという指摘も頷ける部分が多いが、以下の理由から、限定的な立場を採らないことにした。①倫理規程として仲裁人が内面的に自覚すべ きものは重ねて倫理規程に取り込む必要があること、②仲裁人が複数の法域にわ たって仲裁に当たる場合も少なくないこと、③仲裁の利用者にとっても仲裁人の遵 守すべき倫理規程が明確になることが望ましいこと。
2.検討事項の分担
Ⅰ General Principles:xxxx
Ⅱ Arbitrator Qualification:xxxx
Ⅲ Conduct of Arbitrator
1. General:xxxx
2. Communication:xxxx
3. Proceedings:xxxx
4. Confidentiality:xxxx
5. Cost and Fee:xxxxx
6. Settlement:xxxxx
7. Advertising:xxxxx
Ⅳ Disclosure:xxxx
Ⅴ Duty of Parties(見送り)
Ⅵ Examples of Conflict of Interests(保留)
1. Non-Waivable Red List
2. Waivable Red List
3. Orange List
4. Green List
なお、倫理規程案を検討するに当たって参照した諸機関の倫理規程は、本資料において次の略称で表記する。
IBA | IBA Rules of Ethics for International Arbitrators |
AAA | The Code of Ethics for Arbitrators in Commercial Dispute by an ABA Task Force and special committee of the AAA |
CIArb | Code of Professional and Ethical Conduct by the Chartered Institute of Arbitrators |
CRC | Code of Ethics by the Cairo Regional Center for International Commercial Arbitration |
SIAC | Code of Ethics by the Singapore International Arbitration Center |
CAM | Code of Ethics by the Camera Arbitrale Nazionale e Internazionale Milano |
HKIAC | Code of Ethical Conduct for Arbitrators by the Hong Kong International Arbitration Centre |
3.これまでの経緯
日本仲裁人協会が2002年に発足して間もなく「仲裁人倫理」に関する検討グループが発足し、倫理規程の制定のために審議を重ねてきた。2005年に、より横断的な基盤に立って作業の進捗を図るため、当作業部会が理事会の議決を得て発足し、その際、若干のメンバーの変更・追加が行われた。
当部会は、2006年6月14日の研究会(JAA研究部会の会員のための行事)等におけ
る討論結果を踏まえて、各素案についての更なる討論を行い、次いで総括のための集中討論を行い、2006年11月28日に再度の研究会における討論を行い、その上で作業部会内での内容調整を行った上で、2007年2月に会員一般に向けての公表を行い、広くコメントを求めた。会員のコメントを踏まえて更なる改定作業を重ね、2007年 4月に合議およびメールでの意見交換を行い、7月20日の最終会合において作業部会としての「仲裁人倫理規程」をまとめた。その後更に検討を行い、2008年2月の理事会で、最終的に本倫理規程の公表が決定された。
4.本倫理規程の位置付け
本規程をどう位置付けるかについて、作業部会では以下の点をめぐって意見が交わされた。
① 訓示的なものとして自戒のための基準として扱う。
② 戒告、業務停止、退会命令その他制裁の対象とすることを検討する。
③ 本倫理規程案を仲裁人協会の「規定」に織り込んで、その違反には仲裁人会員名簿からの削除をもって臨む。
④ いずれにせよ、各規定の内容いかんで異なり一律には決定しがたく、さらなる検討を要する。
いずれにせよ、サンクション付きのものとする場合は、告知聴聞等の手続についても検討の要がある。
最終的な結論としては、当面は「訓示規定」とするのが妥当であるということに落ち着いた。
Ⅰ 総則
倫理規程の全体構造に関する部分、及び、総則的部分である。仲裁人の仲裁手続における責務、仲裁人のxx性・独立性など、仲裁人の行動基準の総則的部分と重なり合う部分があるが、その部分については、そちらに譲る。
1.倫理規程の射程
(1)国内仲裁と国際仲裁の区分を設けるべきか。
国内仲裁と国際仲裁の間に仲裁人として遵守すべき基本的な倫理に違いがあるわけはなく、区分を設けることなく共通に適用される倫理規程とすべきである。また、仮に倫理規程に区分を設けた場合には、わが国で行われる仲裁のxxさに関して外国からあらぬ疑いをかけられる可能性を否定しきれないという点も考慮すべきであろう。
なお、多くの他の団体の倫理規程も同様に区分を設けていないが、NAFのPreamble
のようにこの点を明確に示している例もあり注目される。
また、仲裁法は、国内仲裁と国際仲裁の区分を設けていない。
(2)第三仲裁人と当事者選定仲裁人に区分を設けるべきか。
当事者選任の仲裁人と第三仲裁人の間には、xx性・独立性については差異があ るとの見解もある。すなわち、当事者選任の仲裁人は自分を選任した当事者の利益 を代弁する役割を担うことを許される、あるいはそのような役割を担うべきである、との見解である。
しかしながら、以下の理由から、かかる見解は採用されるべきではなく、その結果、倫理規程において区分を設けることも適切でない。
①当事者選任の仲裁人といっても、当事者の代理人ではなく裁判官に近い立場で紛争解決にあたるべきこと。
②仲裁法が忌避および利害関係情報開示の場面で両者に差異を設けていないこと。
他の倫理規程においても、xx性・独立性に関して、当事者選任仲裁人と第三仲裁人の間に差異を設けるものは見当たらない。なお、AAA Canon IX Aには、当事者選任の仲裁人も第三仲裁人同様の中立的な立場であると推定する( all three arbitrators are presumed to be neutral and are expected to observe the same standards as the third arbitrator)との規定がある。また、IBA (5 ) Scope には、双方に適用される旨の規定がある。
(3)仲裁人以外の者へも射程を及ぼすべきか。
仲裁人以外の者の行為規範をも提示するような仲裁に関する総合的な倫理規程を創設することも一つの考え方といえる。しかし、日本仲裁人協会という仲裁人の団体が作成する倫理規程であるという点、まだ初めての試みであるという点を勘案すると、まずは手堅く、倫理規程の対象を仲裁人のみに限定すべきである。
なお、他の団体の倫理規程の中には、調停人をも対象とすることを明示するAIC para. 1のようなものや、鑑定人も対象となり得ることをする明示するCAM Art. 1 para. 2のようなものもある。
(4)仲裁判断が下された後の段階にも射程が及ぶ旨の一般規定を設けるべきか。
仲裁人のxx性・独立性に関する規律として、例えば仲裁手続終了後に当事者の一方から仕事の依頼を受けるというような事態は、仲裁人の信頼性ひいては仲裁手続自体がxxなものであったかを疑わせることになるという観点から、仲裁判断が下された後についても「合理的期間」はxx性・独立性を疑わせるような行動を差し控えるべき旨の規定を置くことは望ましいといえる。
しかし、そのような個別の規定以外に、一般規定として、仲裁判断が下された後の段階にも倫理規程の射程が及ぶ旨の規定を設ける必要まではないであろう。 なお、AAA Canon I Gには、この種の規定が置かれている。
2.その他の規律
(1)当事者の権利の放棄・喪失に関する規定を設けるべきか。
上記の1.(2)の観点、および、仲裁人にしっかりとした倫理意識を有してもらうという観点から、この種の規定は設けるべきではない。
なお、他の団体の倫理規程の中には、IBA (4) のようにこの種の規定を置くものもある。
(2)仲裁人の仲裁手続における責務に関する一般規定を設けるべきか。
仲裁人の行動基準の総則的部分を参照
(3)仲裁人のxx・独立に関する一般規定を設けるべきか。
仲裁人の行動基準の総則的部分を参照
Ⅱ 仲裁人としての資格
(規定案)
仲裁人は、その選任に際して、当該案件に必要な知識・経験および時間的余裕の有無を検討して、選任の諾否を決定しなければならない。
【規定案についてのコメント】
仲裁人の資格に関し規程案のような趣旨の規定を倫理規程にいれるのが適当である。仲裁人が当該事案に適する資格を有することは、仲裁手続が迅速且つxxに進められ、当事者が納得できる妥当な内容の仲裁判断がなされる為に必須不可欠な条件であり、このことは、仲裁に対する信頼を得る為に、周知徹底されるべきである。しかし、仲裁人は、本来当事者が自由に選任できるもので、仲裁法には仲裁人の資格に関してその適性を保証するxxの規定はない。仲裁人は、その選任を受ける際に、自らの良心に従い、自己の資格の適性について判断しなければならない。
正に仲裁人の倫理の問題である。
(1)仲裁人としての資格要件
仲裁人としての資格要件として、大別すると、次の様な事項が倫理規程に規定されている。
ア 仲裁人のxx性及び独立性(Impartiality and Independence)
IBA,NAF,SIAC,CAM,AAA
イ 経験と能力(Experience and Ability)
CAM,AIC,CIArb,HKIAC,CRC
ウ 言語(Language) SIAC ART.1
エ 時間(Time) SIAC,CAM,CRC
オ 辞任義務 全当事者から辞任要求があった場合の辞任義務
AAA CanonⅡG
以下“(1)仲裁人のxx性および独立性”を除く事項に関して検討する。
(2)経験と能力(Experience And Capacity)
どのような経験と能力を要求するに関して、当該案件を“professional manner”で処理できる、“suitable experience and ability”等の規定がなされている。“professional manner”を挿入するとその定義なのかの問題を生じるし、倫理規程であることを考えれば、仲裁人となろうとする者に適格性(competence)、即ち、当該案件を処理するに必要な知識と経験を有するか否かの判断をする義務を課すことで十分と考えられる。
(3)言語
当該案件に使用される言語に関する適切な知識を有していなければ就任を辞退する義務がある。言語は前項の「経験と能力」の1要素とも考えられ、国内外に適用される仲裁人の倫理規程において、殊更言語に関する適格性をxxで規定する必要性はないのではないかと考えられる。
(4)時間
事案を迅速に処理できるか否かは、仲裁人がその選任を受ける際に検討すべきことである。その為には、仲裁人は、当該事案に関して、迅速且つ妥当な判断をなすに必要な知識と経験を有することが必要であるが、このような知識と経験があっても、極めて多忙であり、当該案件を迅速に処理できる時間的な余裕がなければ、仲裁手続の遅延という結果を生じるxがある。このような事態を生じるxがあること
が予見される場合、仲裁人はその選任を受諾すべきではない。
(5)辞任義務
両当事者から辞任要求がなされた場合辞任すべきことを規定する。しかし、仲裁法は当事者の合意による仲裁人の解任を仲裁人の任務の終了事由を規定しており
(仲裁法21条1項3号)、倫理の問題としてこのような辞任義務を倫理規程に入れる必要はないと考える。
Ⅲ 仲裁人の行動基準第1 一般
仲裁人の行動基準のうち総則的部分である。全体の総則(General Principles)、手続に関する規律(Proceedings)とも重なり合う部分がありうる。
1.xx・独立の原則(fairness、impartiality and independence、free from bias、free from outside pressure)
(規定案)
(1)仲裁人は、常にxxにかつ独立してその職務を行わなければならない。仲裁人は、仲裁手続終了後においても相当な期間は、そのxx性および独立性に疑いを生じさせるような行動を慎まなければならない。
【規定案についてのコメント】
(1)xx・独立であるべきとの原則を規定するかどうか。
相対立する当事者の間に立って紛争を解決する仲裁人の最も基本的な行動指針であり、倫理規程にも規定すべきである。多くの倫理規程にその趣旨の規定がある。 AAA Canon I C、AAA Canon I D、AAA Canon V B、IBA Article 1、NAF Cannon Two A等。
仲裁法は、xx性・独立性を疑うに足りる相当な理由があるときを仲裁人の忌避事由とし、また仲裁人はxx性・独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実を開示しなければならないとする(仲裁法18条)。仲裁人がその職務を行うについてxxかつ独立であるべきことは当然の前提とされていることに特に異論はないものと思われる。
なお、平等取扱い(AAA Canon IV A)もこれに含意されるものと考える。
(2)当事者選任の仲裁人と第三仲裁人の間に差異を設けるかどうか。
当事者選任の仲裁人と第三仲裁人の間には、xx性はともかく、独立性については差異があるとの見解もある。すなわち、当事者選任の仲裁人は自分を選任した当事者の利益を代弁する役割を担うことを許される、あるいはそのような役割を担うべきである、との見解である。
しかしながら、以下の理由から、倫理規程において差異を設けることは適切でないとの結論に至った。
①当事者選任の仲裁人といっても、当事者の代理人ではなく裁判官に近い立場で紛争解決にあたるべきこと。
②仲裁法が忌避および利害関係情報開示の場面で両者に差異を設けていないこと。
③xx性と独立性は通常セットで考えられることが多く、独立性には問題がxxxxxであるということを認めてよいのか問題であること。
他の倫理規程においても、xx性、独立性に関して、当事者選任仲裁人と第三仲裁人の間に差異を設けるものは見当たらない。もっとも、AAA Canon IX Aは、当事者選任の仲裁人も第三仲裁人同様の中立的な立場であると推定する( all three arbitrators are presumed to be neutral and are expected to observe the same standards as the third arbitrator)と規定する。
なお、日本における仲裁の現状に鑑み、当事者選任仲裁人が当事者の理解者・代弁者的な役割を果たすことはあり得るのであって、このこととxx性・独立性とは両立するのではないか、という議論もなされた。これに対しては、①理解者・代弁者的な役割を認めればxx性・独立性があいまいなものになってしまい、利用者の信頼を失うのではないか、②国内の仲裁については仲裁と調停が混じっているようなものもあり、そのような場合に仲裁人が理解者・代弁者的な役割を認めてよいかどうかは別の問題としてあるかもしれないが、問題としては小さいのではないか、等の指摘がなされた。
(3)xx・独立を疑わせる行動をしないことまで規定するかどうか。
xxらしさ(appearance)が重要であるとして、特に規定するほうがよいか、xx・独立であることはそれらを疑わせる行動をしないことを含意するので、あえて規定する必要がないと考えるかが検討された。
AAA Canon I C、NAF Canon Two Aはいずれもappearanceに言及していることから、規定することとした。
なお、当事者からのgiftやsubstantial hospitality享受の禁止(CIArb Part 2 Rule 2 para. 4)、当事者のadvocateやadvisorとなってはならないとの規律(CRC Article 4)につい
ては、これに包含されると考え、独立には規定しないこととした。
(4)仲裁手続終了後までを規律するか。その場合の期間を定めるか。
仲裁判断に影響を与える可能性ということから考えると、仲裁人のxx性・独立性の規律は仲裁手続期間中だけでよいようにも思われる。しかし、例えば仲裁手続終了後に当事者の一方から仕事の依頼を受けるというような事態は、仲裁人の信頼性ひいては仲裁手続自体がxxなものであったかを疑わせることになる。
AAA Canon I C、NAF Canon Two Aは、いずれもこれを規定する。したがって、規定する方向で検討した。
期間については、とりあえず「相当な期間」として特に数字では示さないこととし、何が相当な期間かは解釈に委ねることとした。AAA Canon I C、NAF Canon Two Aもいずれも「合理的期間(reasonable period)」というのみである。
なお、期間の限定は不要という考え方もありうることが指摘されたことを付記する。理由は、①xx・独立を疑わせるかどうかの判断の中に期間の問題も吸収される(「合理的期間」「相当な期間」といっても対象となる行動の問題性の度合いと相関関係にある)、②「合理的期間」「相当な期間」後であればxx・独立を疑わせる行為をしていいとの誤解を招く、というものであった。
(5)用語=「独立・不偏」か「xx・独立」か。
いずれもありうる。仲裁法では、xx・独立という用語を用いる。仲裁法と違う言葉遣いをすると、その異同が問題となりうるので、とりあえず仲裁法と同様に「xx・独立」という用語を使用することとした。
2.誠実な職務遂行(diligence)
(規定案)
(2)仲裁人は、仲裁に関する法令、仲裁機関の規則、当事者間の合意および仲裁人契約上の当事者との合意を遵守し、誠実に、かつ、できる限り迅速かつ効率的にその職務を行わなければならない。
*「当事者間の合意」は、手続に関する当事者の合意であって仲裁法の強行規定に反しないものを意味する。
【規定案についてのコメント】
(1)誠実な職務遂行義務を規定するか。
仲裁人の職務は、委任契約ないしそれと類似する契約とされる仲裁人契約上の義務の履行という側面を有する。したがって、契約上の善管注意義務及び信認義務を負うものであるが、これを倫理規程としても確認的に規定するものである。基本的な義務であり、規定すべきであるとする考え方と、あまりに当然のことなのであえて規定するまでもないという考え方があったが、規定することとした。
他の倫理規程にも規定する例がある。IBA Article 1、IBA Article 7、NAF Canon One B 等。
なお、「当事者間の合意」は、手続に関する当事者の合意であって仲裁法の強行規定に反しないものを意味する。
(2)迅速性や効率性を規定するか。
IBA Article 7、NAF Canon One B、AAA Canon I Fなど、誠実にということだけでなく、迅速性や効率性(経済的効率性)を規定するものもある。仲裁人の仕事の効率性が当事者の経済的負担にダイレクトに跳ね返ることの多い仲裁では、迅速性や効率性を倫理規程に規定しておく意味はある。したがって、規定することとした。
(3)法令、規則、当事者の合意遵守を規定するか。
これも基本的なことなので確認的に規定するという考え方と、あまりにも当たり前のことなのであえて規定するまでもないという考え方がありうる。
また、規則と合意のみの遵守を規定し、法令遵守は規定しないという考え方もありうる。
AAA Canon I E、NAF Canon One Eは、合意および規則の遵守を規定する。いずれも規定することとした。
(4)倫理に反する規則、合意には拘束されないことを規定するか。
AAA Canon I Eは、仲裁人は倫理規程と矛盾する規則、合意に従う倫理上の義務を負わないと規定する。
しかし、倫理と規則、合意の関係は微妙であり、必ずしも一般化できないのではないか。倫理と規則、合意の深刻な抵触はそれほどあるとは思えないし、もしあるとすれば、そもそも仲裁人に就任すべきではない(就任する前に規則や合意を点検せよ)というのが第一の規律になるはずではないか、との議論がなされた。
これらの議論を踏まえ、規定しないこととした。
3.その他の規律
(1)辞任に関する規律を設けるか。
(規定案)
(3)仲裁人は、正当な理由がなければ辞任することができない。仲裁人が正当な理由により辞任する場合は、当事者および他の仲裁人の利益に適切な配慮をしなければならない。
【規定案についてのコメント】
AAA Canon I. X, X. Iは、辞任に関する規定を設けている。正当な理由がない限り辞任できない、報酬不払いが正当理由にあたること、辞任に際してのプロトコール等を定める。
辞任が自由にできるかどうかは、規則や合意の定め、さらには仲裁人契約の解釈による。一律に倫理規程で辞任に正当理由を要求するかどうか、明確な禁止として規定するかについては意見が分かれるところであるかもしれないが、辞任に正当な理由が必要であることおよび辞任の際の配慮義務の限度で規定することとした。
(2)仲裁判断を他に委ねてはならないという義務を規定するか。
(規定案)
(4)仲裁人は、その判断の実質形成を他の者に行わせてはならない。
【規定案についてのコメント】
NAF Canon Five Bは、仲裁判断を他者に委ねてはならない旨規定する。
同趣旨の規定を設けるべきかどうかについては、意見が分かれた。事務所のパートナーである仲裁人が事務所の他の弁護士に仲裁判断書の起案をさせる、法律調査や事実調査を委ねることがあるといわれる。判断自体を他人に委ねることをやってはいけないという点はほぼ異論はないだろうが、判断に影響を及ぼしうる上記のような作業を委ねることもできないのか、できるとしてもその限界や条件はあるのかについては、見解が分かれ得るところであり、また、規定する場合には規定振りに注意しないと、逆に望ましくないプラクティスにお墨付きを与える結果となってしまう懸念も表明された。
しかしながら、仲裁の核心部分についての倫理規律であり、規定を置くこととした。
そして、ほぼ異論がない限度で、かつ意味のある規定として、規定案のようなも
のを考えた。「仲裁判断の実質形成」という言葉がわかりにくいかもしれないが、判断作用自体という意味である。すなわち、事務的な作業はもちろん、事実調査や法律調査、さらには争点や証拠の整理についても、仲裁人の指揮監督のもと、他者に委ねることを本規定で明示的に禁止するものではないが、判断作用自体まで他に委ねてしまうことは許されないということである。他方、事実調査、法律調査、争点・証拠整理その他判断作用自体ではないが単純な事務的作業ではなく、また仲裁判断に影響を及ぼしうる作業について、これを他者に行わせることを明示的に容認するものでもない。なお、検討段階では、「仲裁判断の実質形成」という文言が曖昧であり、射程が明らかにならないという意見も出されたが、これらについては、今後のプラクティスの積み重ねと議論に委ねられるべきものと考える。
法律調査や事実調査等を他者に委ねることが許されるとした場合でも、そのこと について当事者の合意を得るべきであり、実務上得ているのが通常であることから、規定案に「当事者の合意がない限り」という文言を加えるべきであるという指摘も なされた。確かに、仲裁人以外の者をこれらの作業に従事させる場合、当事者の合 意を得ておくべき、あるいは少なくとも得ておくほうが適切な場合も多いであろう。しかし、それは倫理の問題ではなく、機関規則、仲裁手続合意、仲裁人契約の解釈・ 運用の問題と位置づけるべきである。また、当事者の合意があれば他者に判断作用 自体を委ねることができるという帰結も、倫理規程としては相当でないと考えられ る。以上より、「当事者の合意がない限り」という限定を規定案に加える案は採ら なかった。
いわゆるアンパイア制(二人の仲裁人がまず判断し、その意見が一致しなかった場合に第三の仲裁人=アンパイアの判断で決することをあらかじめ合意した仲裁)については、仲裁の中ではごく例外的なものであるので、これを念頭に「当事者の合意がない限り」という限定を付するという案も採らなかった。本規定がアンパイア制を否定するものではないことを付記する。
なお、最高裁判所の判事も法律調査や判決書のドラフトなどをその調査官に委ねているのであるから、その程度の作業を仲裁人が他者に委ねても許されるのではないかという指摘もあり、議論がなされた。これに対しては、①裁判官は委任契約によるものではないが、仲裁人は当事者との委任契約によること、②最高裁等においては、その機関が補助するが、仲裁人においてはこれと異なる場合も多いこと、③調査を委ねる他者(補助者)の質の問題、等の指摘がなされ、最高裁の場合とパラレルに考えることはできないと考えられる。さらに、近年、仲裁の裁判化の傾向が指摘される中、それに歯止めをかける意味からも、最高裁調査官のシステムにならうことは避けるべきであるとの指摘もなされた。
その他、法律調査や事実調査等を他者に委ねることについては、仲裁人の守秘義務の観点からの検討も必要であることが指摘された。
第2 通信
通信という場合、① 仲裁人への就任の依頼を受けてその交渉に応じようとする者(仲裁人候補者)とそれを依頼する者との間で行われるものと、② 仲裁人選任後、仲裁人と当事者との間で行われるものとの2つに分けることができる。いずれの場合にも、仲裁手続のxxを確保する点から、仲裁人候補者および仲裁人が遵守すべき行為規範を考える必要がある。以下では諸機関の倫理規程を参照しつつ、倫理規程案を考える。
1.仲裁人候補者と仲裁人を依頼した者との通信
まず、①の問題について、仲裁手続のxxを確保するため、仲裁人候補者から仲裁人を依頼した者に対し照会する事項を制限すべき規定を設けるべきであるかが問題となる。その場合、どのような事項に制限すべきであるかが次に問題となる。
(1)仲裁人候補者から仲裁人を依頼した者に対し照会する事項の制限
(規定案)
(1)仲裁人への就任の依頼を受けた者(以下「仲裁人候補者」という)は、その就任を受諾するに当たって、自己のxx性または独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の有無、仲裁判断をするに必要な能力の有無、および、仲裁手続を遂行するために必要な時間の有無を判断するために必要な限度において、その依頼をした者に対し照会をし、また、仲裁人を依頼した者によるかかる照会に対して答えることができる。
【規定案についてのコメント】
仲裁人候補者は、仲裁人への就任を受諾するかどうかを決めるに当たり、自己が xx、適正かつ迅速な手続を行うことができるかどうかを判断しなければならない。したがって、そのために必要な事項を、仲裁人を依頼した者に対し照会することに なる。しかし、それによって仲裁手続のxxを妨げることになってはならないので、仲裁人を依頼した者に対する照会事項を制限すべき規定を設けるべきであると考 える。この考え方は、実質的にAAA III (B)(1)(a)、SIAC4.1に採用されている。この 点に関しIBA規程は、仲裁人候補者が仲裁人を依頼した者に対し、照会を「するこ とができる」ではなく、「すべきである」と規定するが(5.1)、仲裁人候補者は、自 己が仲裁人の資格を有すると判断した場合にのみ、仲裁人への就任を受諾すべきで あり、かかる判断をする上で必要な事項について当然に仲裁人を依頼した者に対し
照会をすることになる。したがって、これについては、規定を設ける必要は必ずしもなく、また規定するとしても、仲裁人の資格に関する事項として定めるべきであると考える。したがって、ここでは、仲裁人候補者に対し照会する事項を制限するという規律を採った。
仲裁人候補者が仲裁人を依頼した者に対し照会することができる事項を限定するとした場合、どのような事項に限るべきであるか。
第1に、仲裁人候補者は、法律上、仲裁人を依頼した者に対し、自己のxx性、独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実を開示する義務を負っているが(仲裁法18条3項)、xxx事実を仲裁人候補者が知らないが、仲裁人を依頼した者は知っている場合がありうるので、仲裁人候補者は、自己が知っている事実に加えて、仲裁人を依頼した者から開示される事実に基づき、自己がxx、独立に仲裁人の任務を遂行することができるかどうかを判断することになる(この点に関しIBA Guidelines on Conflicts of Interest in International Arbitration のGeneral Standards Regarding Impartiality, Independence and Disclosure(7)は、当事者にも開示義務を定める)。したがって、そのために必要な限度において仲裁人候補者が仲裁人を依頼した者に対し照会することは許されると解される(IBA5.1参照)。
第2に、仲裁人は、紛争の争点について適確に判断する能力、また、国際仲裁事件では、仲裁手続の言語を使用する能力を有しなければならず、仲裁人候補者は、これを判断するために必要な事件の概要、当事者の使用言語などの事項について仲裁人を依頼した者に照会をすることも許されると解される(IBA5.1参照)。
第3に、仲裁手続には通常迅速性が求められるが、仲裁人はそのために時間を割くことができなければならない。したがって、仲裁人候補者は、自己が仲裁人の任務を遂行するために必要な時間を割くことができるかどうかを判断するため、仲裁人を依頼した者に対し、予想される仲裁手続に要する時間などについて照会をすることもまた許されると解される(IBA5.1、SIAC4.1参照)。
上記3つの事項は、仲裁人候補者が仲裁人への就任を受諾するかどうかを判断するに必要かつ十分であり、これ以外に質問事項を追加する必要はないと考える。仲裁人候補者は、これらの自己審査の結果、自己が当該事件について仲裁人の資格を有すると判断した場合に限り、仲裁人への就任を受諾すべきである(IBA 2参照)。
また、仲裁人を依頼した者にとっても、仲裁人の候補者の中から最適な仲裁人を選任するため、仲裁人候補者に対しその必要な事項を照会する必要がある。その場合も、仲裁人候補者が仲裁人を依頼した者からの照会に対し答えることができる事項は、仲裁手続のxxを確保するため、上記の3つの事項に限定すべきであると考える(IBA5.1、AAA III (B)(1)(b)参照)。
(2)本案についての協議の禁止
(規定案)
(上記規定案(1)の但書)ただし、仲裁人候補者は、本案について協議してはならない。
【規定案についてのコメント】
仲裁人候補者が仲裁人を依頼した者と本案について協議することは、仲裁手続のxxを妨げることになりかねないので、これを禁じる規定を設けるべきであるかが問題となる。
仲裁人候補者が仲裁人を依頼した者との間で交わすことを許される通信内容の範囲を限定することに加えて、実務上生じ易い、仲裁人を依頼した者が仲裁人候補者と本案について協議することは、当事者がxx性を欠く仲裁人を選任し、手続のxxを妨げることにもなりかねないので、これはxxで禁じておく必要があると考える。この考え方は、実質的にIBA5.1およびAAA III B(1)(b)に採用されている。
(3)単独仲裁人または第三仲裁人の候補となる仲裁人候補者と仲裁人を依頼する当事者または仲裁人との通信
(規定案)
(2)単独仲裁人または第三仲裁人の候補となる仲裁人候補者は、その選任について、当事者または当事者が選任した仲裁人の一人から単独で交渉を受けた場合には、他の当事者または他の仲裁人に対し、その交渉に同意しているかどうかを確認し、遅滞なくその交渉の内容を知らせなければならない。
【規定案についてのコメント】
当事者または当事者が選任した仲裁人が共同で単独仲裁人または第三仲裁人を選任する場合、当事者または仲裁人の一人が単独で仲裁人候補者と交渉することがあるが、その場合、仲裁人候補者は、他の当事者または仲裁人に対し、かかる交渉の内容を知らせるべきであるかが問題となる。また、その前提として、かかる交渉に同意しているかどうかを確認すべきであるかが問題となる。
実務上、仲裁人の数が1人の場合、当事者が共同で単独仲裁人を選任することがある(仲裁法17条3項、JCAA商事仲裁規則25条1項参照)。また、仲裁人の数が3人の場合にも、当事者または当事者が選任した仲裁人が共同で第三仲裁人を選任する
ことがある(仲裁法17条2項、JCAA商事仲裁規則26条3項参照)。実務上、当事者または仲裁人が共同で仲裁人を選任する場合、当事者または仲裁人の一人が代表して単独で仲裁人候補者と選任交渉をすることがある。その場合、仲裁人の選任手続の公正を確保するため、選任交渉に参加しない当事者または他の仲裁人に対し、その交渉の内容を正確に知らせる必要があり、仲裁人候補者がそれを伝達することが適当であり、その旨の規定を設けるべきであると考える。また、当事者または仲裁人の一人が単独で仲裁人候補者と交渉することは、当事者または仲裁人の間でそれが事前に了解されていることが前提となるが、仲裁人候補者がそれを確認することも必要であると考え、かかる規定を加えた。これと実質的に同じ規定は、IBA5.1に置かれている。
2.仲裁人と当事者との通信
(1)第三仲裁人の選任に関する通信
(規定案)
(3)当事者が選任した仲裁人が、第三仲裁人を選任する場合には、各仲裁人は、その選任について自己を選任した当事者の意見を聴くことができる。ただし、その意見は、本案に関わるものであってはならない。
* 「第三仲裁人」は、複数(Other arbitrators)であることを前提としている。
【規定案についてのコメント】
当事者が選任した二人の仲裁人が、第三仲裁人を選任する場合において、仲裁人は、その選任について自己を選任した当事者の意見を聴くことができる規定を設けるべきであるかが問題となる。
既に述べたように、仲裁人の数が3人の場合、当事者が選任した仲裁人が第三仲裁人を選任することがあるが、その場合、第三仲裁人の選任について、当事者が選任した二人の仲裁人が、自己を選任した当事者に対し意見を聴くことが許されるかが実務上問題となるが、仲裁人の公正・独立を害することにはならないと考えられる。また、当事者が信頼する仲裁人を選任することができる点が仲裁のメリットであること、国際的にも当事者の意見を聴くという実務は一般に存在すること等が指摘された。そうであれば、倫理規程の利用者の便宜を図る観点から、明示的に規定すべきであると思われる。
これに対し、仲裁人が自己を選任した当事者に対し意見を聴く際、本案に関わる情報まで聴取することになりかねないことから、規程案(1)および(4)において厳格な規律を仲裁人候補者および仲裁人に課して仲裁人の公正・独立を確保しようとしたにもかかわらず、この規定が抜け道となるおそれがあるため、むしろこ
のような規定は設けるべきではない、また、少なくとも両者の交信内容を相手方当事者が選任した仲裁人に伝えるべきであるという見解がある。
ここでは第三仲裁人の選任に関する意見の聴取にとどまる(本案に関わるものに渡らない)限りこれは許されるという立場から、仲裁人に対する指針として、これを許容する旨の規定を設けることが適当であると考えた(IBA5.2、AAAIII)(B)(2)参照)。また、後記規程案(5)において、一方当事者との通信内容の他方当事者への伝達義務から本規程案による通信を除外していることから、第三仲裁人の選任に関する意見の聴取をする過程で(結果的に)本案に関わる情報を当事者から得てしまった場合における他方当事者への伝達を義務づけるために、本但書を設けた。さらに、仲裁人は、実務上、第三仲裁人の選任について、その選任した当事者の同意を得ようとして、第三仲裁人の選任ができないことがあるが、かかる同意は必要なく、あくまでも当事者の意見を聴くだけであって、それを参考に自らの判断で仲裁人の選任を行うべきであると考える。これを倫理規程に盛り込むことも考えられようが、ここでは、かかる規定は置かなかった。
(2)仲裁人と当事者の一方とのみの通信
(規定案)
(4)仲裁人は、本案に関し当事者の一方とのみ通信を行ってはならない。
【規定案についてのコメント】
仲裁手続において仲裁人が当事者の一方とのみ交信することを禁じるべき規定を設けるべきであるかが問題となる。また、交信内容を本案に限定すべきであるかが問題となる。さらに、和解の斡旋を行う場合を除外すべきであるかも問題となる。
仲裁人は、仲裁手続の公正を確保するため、事件に関し当事者の一方とのみ通信を行うべきではないとする倫理規程があり(IBA 5.3、CRC 5、SIAC 4.3、CAM 9参照)、これと同じ規律をすることが考えられる。しかし、交信内容によっては、たとえば、審問の場所、時間など仲裁手続を実施するためのいわばロジスティックスに関するものである場合、仲裁人が当事者の一方とのみ交信することがすべて手続の公正に反することにはならないであろう(AAA III B(5)参照)。したがって、交信内容を本案に関するものに限定し(CIArb Part2, Rule 2, para.3、HKIAC 2, para.3)、それ以外のものに関しては、交信内容を他の当事者に伝えるということで手続の公正は確保できると考え、かかる規定を置いた(下記(3)参照)。
わが国の仲裁実務においては仲裁人が仲裁手続において和解の斡旋を行う場合、当事者の一方とのみ交信が行われることがあり、この場合を例外とすることが望ま
しいとの意見が多数である。しかしながら、当該例外を規定上明示するか否かについては、見解が分かれる。日本において行われる和解の斡旋が日本の仲裁実務の国際的評価を下げているという観点、または、当該文言が和解においては当事者の一方とのみの通信を許容するように読めるという観点から、当該文言を規定上明示すべきではないという意見がある。規定上は明示して「当該文言は、和解の斡旋を勧奨し、およびその際の当事者の一方のみとの交信を許容する趣旨ではない」といった注記を付するか、規定上は明示せず「当該規定は和解の斡旋の場合にも当事者の一方との交信を禁止する趣旨ではない」といった注記を付するか、結論は出ていない。上記案は、後者の見解に立ち、規定を置いていない。
また、「仲裁人は、仲裁手続中、……行ってはならない」と規定し、「仲裁手続中」に特記することも考えられるが、その場合、規程案(3)の交信もこれに含まれるかどうかが明らかでないので、かかる限定を設けなかった。
(3)一方の当事者との通信内容の他の当事者への伝達
(規定案)
(5)仲裁人が当事者の一方とのみ通信を行った場合には、(3)による場合を除き、仲裁人は、遅滞なくその内容を他の当事者および他の仲裁人に知らせなければならない。
【規定案についてのコメント】
仲裁人が当事者の一方とのみ通信を行った場合、その内容を他の当事者および他の仲裁人に知らせなければならない規定を設けるべきであるかが問題となる。
仲裁人と当事者の一方との交信が本案に関しない場合であっても、手続の公正を期するため、仲裁人は、その内容を他の当事者に伝えるべきであると考える。また、本案に関しては、当事者の一方とのみ通信を行うことを避けなければならないが、かかる通信が行われてしまった場合、当然にその内容を他方の当事者に伝えるべきである。もっとも、第三仲裁人の選任に関する仲裁人とその選任した当事者との交信は、他の当事者に知らせる必要はないので、適用から除外した。この伝達に関しても、重要性に鑑み、(4)と同様に規定を設けるべきであると考える。この考え方は、実質的にIBA 5.3、CRC 5、CAM 9に採用されている。
3.その他
(1)倫理規程と当事者の合意との抵触
仲裁人と当事者との通信の方法、内容を定める当事者の合意または適用される仲裁規則と倫理規程とが抵触する場合、当事者の合意またはかかる仲裁規則が優先するかが問題となる。AAA規程は、当事者の合意、適用される仲裁規則が優先される旨規定を設けている(III A)。仲裁廷は、当事者が合意により定める仲裁手続の準則に従わなければならない(仲裁法26条1項)。通信の方法、内容は、手続準則の1つであり、当事者の合意、適用される仲裁規則は、公序に反しない限り、常に適用されることになる。したがって、当事者の合意は、倫理規程に優先すると考える。しかし、この問題は、通信に限ったことではないので、規定を設けるとしても、総則で定めるべきであるように思われる。
(2)仲裁人の不正な通信行為に対する他の仲裁人による是正措置
仲裁人の不正な通信行為に対し他の仲裁人がとるべき措置を規定すべきかが問題となる。この点に関しIBA規程は、次のように規定する。すなわち、仲裁人が不正な通信を当事者と行っていることを知った場合、他の仲裁人に知らせ、共同で対応策を考えなければならない。通常、最初の対応策としては、不正行為をした仲裁人に対し、以後それを行わないよう要求することである。これによっても、不正行為が是正されない場合には、他の仲裁人と共同で、対応策を講じることができるよう他の当事者にそれを知らせることができる。仲裁人は、極端な状況に限って、他の仲裁人に書面でその意向を伝えた上で、仲裁人の忌避を検討することができるよう個別に当事者に対し、不正行為をしている仲裁人の行為を知らせることができる旨規定する。これと同様の規定をここに加えることも考えられるが、現実にこのような問題が生じることは稀であろうし、他の規定に比べて詳細過ぎるようにも思われるので、かかる規定は設けるべきではないと考える。
(3)通信の書面性
CIArb規則は、すべての通信は、審問手続を除いて、書面によるべきであるとするが(Par2 Rule2, para.3)、実務では電話会議などによる方法も採られているので、このような規定を設けることは適当ではないと考える。
(4)当事者の懈怠
AAA規程は、当事者の一方が、適当な通知を受けたにもかかわらず審問に現れない、または全当事者の明示の合意がある場合、仲裁人は審問に出席した一方当事者と事件について協議することができる旨規定し(III B(6))、これと同様の規定を設けるべきかが問題となる。これは、倫理規程で規定すべき事項であるとは必ずしも解されず、また、規定すべきであったとしても、仲裁人と当事者との通信の問題というよりは、むしろ不熱心な当事者がいる場合の措置に関する事項であるので(仲裁法33条3項参照)、ここで規定すべきではないと考える。
(5)当事者からの厚遇等
IBA規程は、通信に関し、仲裁人は当事者から直接間接を問わず、贈り物、実質的な厚遇を受けてはならず、また、単独仲裁人または仲裁廷の長は、とりわけ、他の当事者がいないところで、当事者の一方と目立った社交上または職業上の接触を避けるよう細心の注意を払わなければならない旨規定し(5.5)、これと同様の規定を設けるべきかが問題となる。これも、通信の問題というより、むしろ仲裁人に課せられた一般的な行為規範であり、総則で扱うべきであると考え、ここでは規定すべきではないと考える。
(6)報酬の取決め
AAA規程は、当事者により選任される仲裁人は、報酬の取決めについてその当事者と協議してもよく、また、かかる取決めに基づく報酬、費用の書面による請求、その請求のみに関する書面による通信は、他の当事者に対し送付する必要はない旨規定する(III B(3))。このような仲裁人とその選任当事者との個別の取決めは、仲裁人の報酬が賄賂に繋がるおそれがあるので、避けるべきである。逆に、仲裁人の報酬は、仲裁人と全当事者とが協議して取り決めるべきであるという規定を設けるべきである(IBA6参照)。しかし、これは通信の問題というよりは、むしろ仲裁人の費用、報酬に関する問題であり、ここでは規定を設けるべきではないと考える。
(7)仲裁人選任の勧誘
CRC規程は、仲裁人選任を勧誘するために当事者に接触してはならない旨規定するが、これも、通信の問題というより、一般的な行為規範であると解され(IBA2.4参照)、ここで規定すべきではないと考える。
第3 手続
1.平等の扱い、主張立証の機会
(規定案)
(1)仲裁人は、当事者を平等に扱い、各当事者に主張立証のための十分な機会を与えなければならない。
【規定案についてのコメント】
本条は、2005年9月12日研究部会作業部会案(7.)の前段を承継したものであり、その前段に対応する。その内容は、訴訟手続および仲裁手続の双方に共通の基本原則であり、当然のものであるが、この基本原則が極めて重要であること、また、その実践が賢慮に依るところ大きいことにかんがみ、仲裁人が倫理としてこれを内面化することの意義は無視できないであろう。
AAA Canon Ⅳ A第一文は、この点について、「仲裁人は、平等な仕方で手続を進行すべきである。」としている(このほか、NAF Canon One C参照)。仲裁人が忍耐強く丁重に接することは、当事者等がその手続保障の機会を十分に活かすために有効である。このことを考えると、Ⅳ Aの第二文がこれに続けて「仲裁人は、当事者、その代理人および証人に対し忍耐強く丁重に接するべきである」との定めを置いているのは実質的に意味のあることであろう。そこで、この部分を本協会の仲裁人倫理規程にも取り込むことが検討に値する。もっとも、これは、わが国ではやや違和感を与えかねない表現であることから、とりあえず留保事項としておくのが適切であろう。
2.手続の充実、迅速
(規定案)
(2)仲裁人は、充実した手続を迅速に遂行するよう努めなければならない。
【規定案についてのコメント】
本条は、2005年9月12日研究部会作業部会案(7.)を承継したものであり、その後段に対応する。審理の充実および迅速ということは、前者は、仲裁人の専門的知見などとも関わり、また、後者は、仲裁人のアヴェイラビリティの要請などとも関わり、仲裁の特質として特に重視さるべき事項である。これらは、仲裁の特質というコンテクストにおいて仲裁人が倫理上の要請として内面的に重く受け止めるべきであることが強調されてしかるべきである。
3.関連する事項の検討
具体的事項として盛り込むことが考えられる事項には、以上の規程案で言及したもののほか、以下のものがある。なお、必要に応じコメントを付してある。
①当事者、その他の手続参加者、手続の適正、公正および公衆に対する責任の自覚(NAF Canon One A、AAA Canon I A, AIC para. 4 参照)
②適切な通知・主張立証の機会(AAA Canon Ⅳ B.)
法律上一義的で明確であって、重ねて倫理で規定することは必要ないであろう。
③代理人選任の権利(AAA Canon ⅣC.)
政策的例外を一律に封じてよいかは議論の余地がある。
④当事者欠席の場合の手続進行(AAA Canon Ⅳ D.)
法律の規定または解釈の問題として論ずれば十分であろう。
⑤職権による証拠調べの許容(AAA Canon Ⅳ E.)手続法規の問題として論じれば足りる。
⑥和解勧試の圧力禁止・調停への移行制限(AAA Canon Ⅳ F.)他の項目で検討する。
⑦相仲裁人関与の機会の保障(AAA Canon Ⅳ G.)
⑧当事者の提起するすべての争点の熟慮(AAA Canon Ⅳ A.)
法律上の明確な要請であり、規定することでかえって誤解を生ずるおそれもなしとしない。
⑨適正かつ独立の判断(AAA Canon Ⅴ B.)他の項目と関わる。
⑩仲裁義務移譲の禁止(AAA Canon Ⅴ C.)
⑪非対席審判の不許(NAF Canon Three A.)
本文で平等の扱いの次に言及することも考えられる。
⑫平等の扱い、外部圧力、社会的非難、批判の危惧、自己利益による影響の排除
(NAF Canon One C)
他の項目と関わり、そこでの規定の仕方の問題であろう。
【参考資料等】
・「仲裁人は、当事者、その他の手続参加者、手続自体の公正及び公衆に対する責任を認識すべきである」(NAF Canon One A, AAA Canon I A, AIC para. 4 参照)。
・「当事者が提出した以上の資料が必要であるときは、仲裁人は、問いを発し、証人を取り調べ、また、文書その他の証拠を提出するよう求めることができる」
(AAA Canon Ⅳ E.参照)。
・「相仲裁人は、手続のあらゆる段階に参加する機会の保障に互いに努めるべきである」(AAA Canon Ⅳ G.参照)。
・「仲裁人は、他の当事者の同席なくして当事者と事件について審議すべきでない。ただし、以下の場合はこの限りでない・・・」(NAF Canon Three A.参照)。
第4 守秘義務
(規定案)
仲裁人は、当該案件およびその仲裁手続について守秘義務を負う。
仲裁人は、仲裁手続に関係して取得した秘密情報を、自己もしくはその他の者の利益を得るために、または他人の利益に不利な影響を与えるために用いてはならない。
【規定案についてのコメント】
規程案の第1文は狭義の守秘義務に関する規程であり、第2文は秘密情報の不正利用禁止に関する規程である。両者は、必ずしも守備範囲が同一ではないので、重ねて規定する意味がある。一般に、両者を併せて広義の守秘義務として扱われることが多いので、本規程案でも同一条内の第1文と第2文という形式にした。
守秘義務は、仲裁人として選任された後のみならず、仲裁人候補者として当事者から接触を受けた段階から生ずるとも考えられる。そこで、規程案において仲裁人候補者に言及することも考えられる。しかし、サンプルにおいてそのような例がないこと、仲裁人候補者の守秘義務は仲裁人の守秘義務と範囲や性格が異なるところがあるので一緒に規定するには無理があること、仲裁人候補者の守秘義務の外延を確定的に述べることが困難であること、当事者の接触の態様によって守秘義務の発生の有無や範囲が異なりうること、仲裁人倫理規程としては仲裁人の守秘義務を定めることで十分と考えられることなどを考慮して、本規程案では仲裁人候補者の守秘義務を明示的に定めていない。
表現ぶりの問題として、「守秘義務」という四字熟語を使わずに、「秘密を保持しなければならない」というような動詞形で規定することも考えられる。しかし、「秘密を保持する」という言葉の意味するところが曖昧であるので、すでに熟語として定着している「守秘義務」の語を用いた。
1.規程の必要性
守秘義務は、仲裁に限らず、他人のプライバシーや秘密事項を扱うあらゆるプロフェッションにとって必須の職務倫理である。また、仲裁の場合は、訴訟に比べても、秘密保持の要請がより高いので、その観点からも守秘義務は特に重要である。したがって、守秘義務に関して規定を設けることに異論は少ないであろう。
2.サンプルの分析
ア.仲裁手続の秘密性を手続的な観点から定めた規程
仲裁手続においては秘密が保持されなければならない。(SIAC)
イ.仲裁人の一般的な守秘義務の観点から定めた規程
① 仲裁人は、仲裁手続および仲裁判断に関するすべての事項につき、秘密を保持しなければならない。(AAA)
② 仲裁人は、その職務に由来する信頼関係および守秘義務に忠実でなければならない。(CIAab, HKIAC, AIC)
③ 仲裁人は、評議および仲裁判断を含む仲裁手続に関係するあらゆる事項について絶対的な守秘義務を負う。(CRC)
ウ.仲裁人の守秘義務をやや具体的に定めた規程
① 仲裁人は、当事者と信頼関係にあり、いかなる場合も、仲裁手続の過程において取得した秘密情報を、自己もしくはその他の者の利益を得るためにまたは他人の利益に不利な影響を与えるために、用いてはならない。(AAA, NAF, SIAC, CRC)
② 当事者間に別段の合意がある場合または法律もしくは規則に定めがある場合を除き、仲裁人は、仲裁手続に関するすべての事項について秘密を保持しなければならず、また、いかなる時でも当事者以外の者に仲裁判断もしくは仲裁手続上の和解に関する秘密を開示してはならない。(NAF)
③ 仲裁人は、いかなる判断であろうと、それをすべての当事者に伝える前に他に漏らしてはならない。仲裁手続が複数の仲裁人による場合は、仲裁人は、評議の内容を他に漏らしてはならない。仲裁判断がなされた後において、仲裁人は、仲裁判断の執行または取消の手続きにおける援助をしてはならない。(AAA)
→ 一部、中立性に関する規程を含む。
エ.仲裁人の守秘義務と部分的または間接的に関連する規程
① 仲裁人は、判断を行うために必要な範囲において、同僚、調査補助者、その他の者の援助を受けることができる。ただし、そのことを仲裁人が当事者に伝え、かつ、当該援助者が本規程に従うことに同意した場合に限る。(AAA)
② 当事者からの求めがあった場合を除き、仲裁人は、管財人または受託者などの係争物または紛争と関連する別の職務に就いてはならない。仲裁廷は、仲裁廷の構成員を上記の職務に任命してはならない。(AAA)
3.検討
ウ③、エ①、エ②などは、AAAのような常設仲裁機関の規程としてはなじむが、仲裁人協会のように自ら仲裁を行う機関でない組織の規程としては、いかがなものか。
仲裁人協会という組織の性格に鑑みると、アのような手続的な観点からの規程ではなく、イのような仲裁人の責務の観点からの規程が望ましいのではないか。
イ②、ウ①前段のような「信頼関係(in a relationship of trust)」という言葉を用い
ることは、わが国には多少の違和感がある。また、イ③の「絶対的な(utter)」という言葉も同様である。
イ①は、違和感なく受け入れられるが、あまりにもシンプルにすぎ、これだけでは指針としての役割を果たさないきらいがある。
イ①、イ③、ウ①後段あたりを適宜組み合わせるのが妥当ではないかと思われるが、ウ②も入れるべきではないかという意見もある。
作業部会においては、「守秘義務」については、事例の公開との関係において、更なる検討が必要であるとの指摘がなされた。
第5 報酬および費用
(規定案)
仲裁人の報酬および費用は、相当なものでなければならない。
仲裁人は、当事者および他の仲裁人に、要求があればその報酬および費用を開示し、それらの根拠を説明しなければならない。
仲裁人は、当事者間の異なる合意のある場合を除き、当事者の一方と報酬および費用につき個別に取り決めてはならない。
【規定案についてのコメント】
報酬および費用の開示、それらの根拠の説明は、要求された範囲で行えば足りる。報酬および費用が仲裁廷総体に対する総額として決められる場合に、仲裁廷内部
の内訳についての開示や根拠説明が必要か否かという派生問題がある。上記規定の目的は、単に過度の報酬及び費用を当事者が負担せずに済むようにすることだけではなく、究極的には個々の仲裁人の公正性・独立性の担保にあると考えられることから、仲裁廷内部における報酬および費用の内訳についても開示や根拠説明の対象とすべきと考える。
(1)報酬の適正を担保するための抽象的概念の選択
日本の仲裁法は、モデル法に由来のない条文を設けて、当事者の合意がなく、仲裁廷が決定する場合の仲裁人の報酬は、「相当」な額でなければならない、とする (47条2項)。すなわち、仲裁法上は、仲裁廷が報酬を決める場合にのみ報酬が「相当」であることが要求されており、報酬が「相当」であることは常に要求されてい
るわけではない。しかし、倫理規程としては一般的に常に「相当」性を要求することが妥当と考える。機関仲裁の場合は、仲裁機関のルールに従っている限りは「相当」性が通常担保されている、という整理である。
他の団体の倫理規程での扱いはまちまちである(AAA Canon VII Aは、報酬取決めにおいてstandards of integrity and fairnessに従うことを要求する。 NAF Canon Four Cは、appearance of coercion or other improprietyを産み出すような交渉を禁止する。 CIArb Part 2 Rule 5、 HKIAC Rule 5は、報酬がreasonableであることを要求する。)。
(2)費用も射程に入れるべきか、また、その扱い
仲裁人の旅費などの費用についても、仲裁人の倫理に強く関わり、倫理規程の射 程に入れることは妥当と考える。その扱いについては、費用が報酬とは異なる側面 を重視して固有の扱いを規定することも考慮に値するが、他の規定とのバランス上、固有の扱いは規定せずに、報酬と同一の規範に服することとした。
他の団体の多くの倫理規程でも費用は射程に入っているが、その扱いは、倫理規程の詳細さによって異なる(CIArb Part 2 Rule 5、 HKIAC Rule 5は報酬と費用を同一に扱っている。CAM Art. 12 Para. 3は費用に独自のルールを定めている。)。
(3)何に対して「相当」であることを要求するか
仲裁人の報酬を決めるファクターとしては、(旧法下の裁判例であるが)東京地裁平成10年8月26日判決(判タ1001号246頁)、UNCITRAL仲裁規則39条などが参考となるが、いずれも事件の難易や請求額(又は解決額)などの幾つかのファクターを示しつつ、それらに限定せずに諸般の事情を勘案するという立場である。そこで、倫理規程においても「諸般の事情に鑑みて」などとすることも考えられる。しかし、考慮要素が広範であることを明示すると、不当に高い報酬を正当化する根拠に悪用される危険があり、また、機関仲裁の場合の適用関係に無用の疑義を招来するおそれがあると思われる。そこで、何に対して相当であるかは特に言及せず、合理的な解釈に委ねるべきと考える。なお、「諸般の事情に鑑みて」という言及をするとした場合には、幾つかの判断要素を例示するか否か、例示するとしてどのような要素を例示するかが更に検討を要する。
なお、CIArb Part 2 Rule 5、 HKIAC Rule 5は、報酬と費用がreasonableであることを要求しているが、その判断は、”taking into account all the circumstances of the case”としている。仲裁法47条2項は、何に対して相当であるかについては特に言及していない。
(4)機関仲裁の場合とアド・ホック仲裁の場合を区別すべきか
機関仲裁の場合の報酬決定については、仲裁人の倫理の問題というより、仲裁機関によるadministrationの側面が強くなる。そのため、機関仲裁の場合とアド・ホック仲裁の場合の違いを意識した倫理規程を策定することも案として考えられる。しかし、JAAの倫理規程は仲裁人が一般的に遵守すべき倫理を定めるものであることを考慮し、機関仲裁であるかアド・ホック仲裁であるかの区別は殊更しないこととした。報酬や費用の相当性との関係では、機関仲裁のルールに従っている限りはこれが通常担保されている、という整理である。
仲裁機関の定める他の倫理規程には、仲裁機関の内部機関が報酬取決めまたは増額請求のやりとりの連絡経路または主体となることが定められることが多い様子である(AAA Canon VII. B, NAF Canon Four C, CRC Article 4 bis (1), SIAC 5, Fees 5.1, CAM Arti 12 para. 2)。また、仲裁人が就任を承諾することをもって、仲裁機関の定める報酬体系に同意したものとみなす規定を設けていることも多い。しかし、こうした取決めは機関仲裁ならではのものである。
(5)仲裁人による報酬増額請求の可否
仲裁人が報酬増額請求をする局面はアド・ホック仲裁で想定し易く、触れる価値はあるとも考えられるが、常に増額請求を禁じることは、仲裁人へ就任する際の心理的負担となる可能性がある。そこで、「特段の事情がない限り」などという留保を付ける手も考えられるが、そのような例外を設けるのであれば、報酬の相当性を要求する一般的な条項の解釈でカバーされるのではないかと思われる。かかる判断に基づき、特段の規定は設けないこととした。
AAA Canon VII. Bは、特段の事情がない限り、仲裁手続中の報酬増額請求をしてはならない、とする。
(6)仲裁人に当事者に対する報酬の開示・説明義務を負わせるか
仲裁人の報酬が仲裁人の公正性・独立性に強い影響をもたらす要素であることに鑑みると、仲裁人の報酬の透明性を常に確保できるようにすることが望ましい。そこで、仲裁人には、要求があった場合には、要求された範囲で、報酬および費用を開示すべきものとし、また、それらの根拠について説明義務を負わせることとした。
AAA Canon VII Bは、当事者選任仲裁人の報酬については選任に関与していない当事者に対しては秘密でよいという立場である。CIArb Part 2, Rule 5, HKIAC Rule 5は、かかる区別をせずに、一律に開示・説明義務を負わせている。
(7)仲裁人の「中立性」と片面的な報酬額の取り決め
報酬に関する規定も倫理規程の一部であり、仲裁人の倫理規程は、(日本の仲裁法の表現に従えば)究極的には「公正性」「独立性」の担保のためにある。ところが、米国をはじめとするコモン・ロー諸国における国内仲裁においては、かねてから3人仲裁の場合の当事者により選定された仲裁人は「中立」(「公正性」+「独立性」)でなくてもよいとの考えに基づき、各自自己を選定した当事者と個別的に報酬につき交渉し、かつ受領してよいと解されることがある。そのため、かかるプラクティスに慣れた者が仲裁人に選任された場合には、かかるプラクティスと同様に報酬を決定しようとする傾向がある(かかる事態は、仲裁機関が仲裁人の報酬を管理する機関仲裁においては大きな問題とは通常ならないが、アド・ホック仲裁で仲裁人が自ら報酬決定を主導する場合にはとりわけ問題となりうる。)。しかしながら、国際仲裁においては当事者により選定された仲裁人も第三仲裁人と全く同程度に中立でなければならないと解されている。当事者により選定された仲裁人がその当事者と自由に報酬契約を締結して報酬を直接受領することは、その仲裁人の性質を当事者代理人に近いものとするおそれが強く、中立性の観点から望ましくない。
そこで、当事者選定仲裁人も第三仲裁人と全く同程度の中立性が求められることを前提として、仲裁人は当事者の一方と報酬および費用につき個別に取り決めてはならないことを明確にすることとした。もっとも、当事者がこれを許容する場合にも常にそのような取り決めを禁じることは過度の制約となると判断し、当事者間の異なる合意がある場合を除外することとした(なお、片面的な報酬取決めの法的許容性は、仲裁法47条1項の解釈に関わると思われるが、「仲裁法コンメンタール」はこの点について特に触れていない。)。
IBA Article 6 (Fees)は、上記と同様の立場である。また、ICC仲裁規則のAppendix
ⅢのArticle 2-4 (Costs and Fees)は、仲裁人の報酬および費用は仲裁裁判所が専属的に決定権限を有しており、当事者と仲裁人の間における別異の報酬の取り決めは、同規則に反する、としている。SIAC 5, Fees 5.1, CAM Art. 12, Para. 1も、片面的な報酬取決めを禁じている。
第6 和解
(規定案)
仲裁人は、当事者双方1より予め明示の承諾を得た場合には、和解を試みることができる。
1 二当事者間での仲裁を想定した。三当事者以上の仲裁の場合は「双方」が「全員」を意味するものと解釈されることを想定している。
【規定案についてのコメント】
上記規定は「明示の承諾」が必要であるとしているが、これは書面によらなくてもよい、という趣旨ではなく、承諾の方式について別段の高次の要請がある場合にはそれも満たさなければならないことは当然である。例えば、日本の仲裁法は、当事者間に別段の合意がない限り、当事者双方の承諾の方式が書面であることを要求しているので(38条5項)、同法が適用される場合には、当事者間に別段の合意がない限り、承諾は書面によらなくてはならない。
(1)仲裁人が和解の勧試をすることの可否、条件
日本では、裁判実務の影響もあり、仲裁人が和解の勧試をすることが当然視されることが多い(場合によっては、仲裁と称して実態は調停が行われている)状況下で、和解の勧試の可否や条件を倫理規程で規定することは抵抗を受ける可能性がある。しかし、当事者は仲裁人に対して裁断的判断を委任しているのであって、国際的には仲裁人が和解の勧試をすることが当然に可能とは考えられておらず、仲裁法も、当事者双方の承諾を仲裁人による和解勧試の条件とする(38条4項。但し、同項はモデル法に由来していない。)。仲裁法の定める法律上の要請を適切に満たすことを期して、和解の勧試には当事者双方の承諾が必要であることを倫理規程においても盛り込むこととする。また、当事者双方の承諾の方式については、仲裁法は、当事者間に別段の合意がない限り、書面であることを要求する(38条5項)。倫理規程においては、常に書面を要求することは当事者に過度の負担をかけるので適切とは思われないが、一方で承諾の有無が不明瞭にならないように、明示の承諾を要求するべきと考える。なお、規定を置く位置としては、「和解勧試の圧力禁止・調停への移行制限」の問題として、「手続」の部分に置くことも検討に値する。
IBA (4) Waiver by the Parties (d)は、当事者からの明示的な合意を条件とし、その合意を仲裁人の利益相反についての有効な権利放棄とする。AAA Canon IV Fも、全当事者から要請がない限りは和解勧試してはならないとする。
(2)和解勧試後に仲裁人が自らの公正性・独立性に疑問を持った場合に辞任することを要求すべきか
IBA(4) Waiver by the Parties(d) は 、 和 解 の 勧 試 後 に 、 仲 裁 人が”impartial”, ”independent”であり続けることができるか自ら疑問を持った場合には辞任すべきとしている。しかし、上記は抽象的には首肯できるかもしれないが、具体的に適用できるルールであるか疑問があり、また、公正性や独立性に疑義を生じさせる契機は和解勧試に限らないので、和解勧試を契機とする辞任をあえて規定することは他の規定とのバランスを失するのではないかと思われる。かかる判断に基
づき、特段の規定は設けないこととした。
(3)和解内容を仲裁判断とする場合に、和解に基づくことの明記を要求すべきか
NAF Canon Five C, AAA Canon V. Dでは、和解をした当事者双方の申立があれば、仲裁人がその内容を仲裁判断とすることができること、ただし、仲裁人がその内容の適切性に満足することが必要であることが規定されている。これは、日本の仲裁法でも趣旨として同様である(38条1項ないし3項)。モデル法にも由来する。
この点、NAFルール、AAAルールは、更に進んで、かかる仲裁判断においては、それが和解に基づくものであることの明記も要求する。しかし、当事者が和解によるものであることを秘しておきたいと考える実務上の要請も無視できず(例:株主代表訴訟などに対する予防として、第三者である仲裁廷からの判断を受けたという形式を期待する企業の経営陣の存在、保険の適用の確保)、また、そもそもかかる事項についてまで、倫理規程に含める必要があるか疑問である。そこで、特段の規定は設けないこととした。
(4)和解勧試における行為規範
CAM Art. 10は、仲裁人が和解勧試をする際には、仲裁判断結果をちらつかせて当事者の判断を左右してはいけない旨を定める。最終的に仲裁判断を下すものであるとの立場を利用して、当事者に対し不当な圧力をかけて和解に向わせることは不適当であるが、最終的な判断者からの和解勧試であるからこそ和解が成立することも多いと思われる。和解勧試の局面での処理の柔軟さを重視する観点から、和解勧試における行為規範については特段の規定は設けず、仲裁人の適切な行為の担保は、公正性・独立性を要求する一般規定に委ねることとした。
第7 広告(情報提供)
(1)広告(情報提供)について規定することの要否
日本の仲裁関係者の活動状況に鑑みると、広告(広告目的での情報提供)について規定する必要性を現時点で見出すことは困難と思われる。したがって、特段の規定は設けないこととした。
但し、仲裁人になろうとする者が行う広告(広告目的での情報提供)の内容が正確であることは重要であるので、今後の仲裁関係者の活動状況に照らして、倫理規程にかかる規定を盛り込むことを再検討する必要はある(その場合の規定の内容については、弁護士の広告規制を参照しながら、公正独立である仲裁人の職務に則したものとする必要がある。)。なお、日本における仲裁の利用の活性化の観点から、
仲裁人リストの配布等による公告(公告目的での情報提供)の重要性も指摘された。
AAA Canon VIIIは、仲裁人の広告は”accurate and unlikely to mislead”, “truthful”であることなどを要求している。
Ⅳ 利害関係開示
(規定案)
(1)仲裁人(仲裁人候補者も含む。以下同じ。)は、当事者に対し、自己の公正性および独立性に疑いを生じさせるような状況および事実(以下「利害関係」という。)を書面により開示しなければならない。他の仲裁人がいる場合には、仲裁人は他の仲裁人に対しても、利害関係を開示しなければならない。
(2)仲裁人が利害関係を開示するにあたり開示すべきか否かについて判断することが難しいと考える利害関係については、原則としてそれら利害関係を開示すべきである。
(3)仲裁人は、新たに仲裁人の知るところとなった利害関係についても、当該利害関係を開示しなければならない。
【規定案についてのコメント】
(1)開示義務に関する一般規定である。調査したどこの倫理規程にも規定されているものであり、内容的にはそれらとほぼ同旨である。仲裁法及びモデル法より一歩進んで、書面で開示することまでも求めるか否かに関して、法律上も書面を求められておらず、実務上も必ずしも書面で開示されてはいないから書面での開示の必要性はないとの意見もあったが、利害関係情報の開示の重要性、これに関連する紛争の回避の見地等から書面での開示を要するとの意見となった。
なお、他の仲裁人がある場合についてまで規定しておくことが必要かについては議論があった。
他の仲裁人に対する利害関係開示について、規定を置くことに積極的な立場からは、①他の仲裁人にも開示したほうが良いと思慮される利害関係について、規定がないために開示しづらかった経験があり、行動基準として明示したほうが親切であるとの指摘、②他の仲裁人にも開示したほうが仲裁廷としてより公正な判断ができるのではないかとの指摘があった。他方消極的な立場からは、③他の仲裁人に対して依頼人情報等を無闇に知らせたくないこともある、との指摘があった。
(2)「利害関係」のなかには、仲裁人の公正性および独立性に対してほとんど疑いを生じさせるようなことのない「利害関係」も想定されうる。そのような「利害
関係」について仲裁人は開示をすべきか否かについての判断を迷うことが考えられる。しかし、そのような場合であったとしても、当事者が仲裁人の公正性及び独立性の判断をする際の材料となるよう、仲裁人は「利害関係」を開示する必要性があると思われるため本項を策定した。もっとも、本項のような規定があるがゆえに仲裁人にとっては当事者に関するおよそすべてのことを開示しなければならず仲裁人のコンフリクトチェックが煩雑となるとの反論も予想されるが、当事者が入手可能な情報を得たうえで仲裁人の公正性および独立性について判断をさせることの方が優先されるべきことなのではないかと思われる。
(3)「利害関係」は、仲裁人選任後であったとしても生ずる場合がある。そのような場合であったとしても、仲裁人は事後に発生した「利害関係」を開示する必要があるのはもちろんのことであると思われる。そのための確認的な規定である。そのため、そもそもこのような規定を置く必要があるのかについてはなお議論の余地があるように思われる。また、このような義務の終期については仲裁手続終了後とすることに異論はあまり見られないと思われるが、始期については、仲裁人選任後からとするのか、当事者が仲裁人を選定しようと接触を始めたときから開始するのかについては議論の余地があるように思われる。
(4)その他、規程案では取り込まなかったものにつき簡単に触れることとしたい。ア.開示すべき内容についての仲裁人の調査義務
この点については、仲裁法には何らの規定もないところ、IBA(7)Duty of Arbitrator and Parties(c)では、この点を詳細に規定している。しかし、その他の 倫理規程(AAA、NAF)ではIBAほどの強い調査義務を課してはおらず、そも そも、この点に関する規定すらおいていないのが現状である。しかしながら、仲裁人の公正性に鑑みれば、弁護士はコンフリクトチェックを行うべきであり、実務上も行われるのが通常である。問題は、どこまで調査義務を倫理規程で課 すのかであるが、調査義務の強弱は、実務上大きな関心があるため、さらなる 検討が必要であり、規程案には盛り込まなかった。
イ.開示をしなかった場合の効果
JAAが定める仲裁人倫理規程においては、JAAは仲裁機関ではなく仲裁人の集まりからなる機関であるという実態を考慮すると、開示義務違反に対する効果(仲裁機関であれば以後仲裁人として選任しない等。)について定めることは適当ではないと思われるために規程案は置かないこととした。
ウ.公正性及び独立性に疑いを生じさせるような状況および事実(利害関係)の例示についての規定は本倫理規程案では盛り込まなかった。倫理規程のなかでこれらについてふれることが適当かについて議論のあるところであり、倫理規
程中でこれらについてふれるとした場合、「利害関係」の内容について熟考を要すると思われ、かつこの点についてはJAA内部において別途作業部会が設置されて検討されているということで、本規程案では具体的に例示しないこととした。
以上
※作業部会構成員
小島武司(桐蔭横浜大学法学部教授)(座長)
早川吉尚(立教大学大学院法務研究科・法学部教授)花水征一(弁護士・ユアサハラ法律特許事務所)
出井直樹(弁護士・小島国際法律事務所)中村達也(国士舘大学法学部教授)
三木浩一(慶應義塾大学大学院法務研究科・法学部教授)
日下部真治(弁護士・アンダーソン・毛利・友常法律事務所)小川和茂(立教大学法学部助手)
澤田寿夫(ICC国際仲裁裁判所副所長)
ジョン垣貫(べーカー&マッケンジー外国法事務弁護士事務所)手塚裕之(弁護士・西村あさひ法律事務所)
松元俊夫(社団法人日本海運集会所顧問)
大西まり子(弁護士・アンダーソン・毛利・友常法律事務所)宍戸一樹(弁護士・弁護士法人曾我・瓜生・糸賀法律事務所)飛松純一(弁護士・森・濱田松本法律事務所)
なお、本規程を作成するにあたって、高桑 昭 氏(当会会員)からも貴重なご意見を頂いた。