⒁− LP ガス設備の売買予約契約−
最近の裁判例から
⒁− LP ガス設備の売買予約契約−
LPガス供給契約を解除した建売住宅買主に対する、ガス会社のガス設備売買代金等の支払請求が棄却された事例
(東京地判 令元・12・25 ウエストロー・ジャパン) xx x
建売住宅の買主が、ガス会社と締結した LPガス供給契約を解除したため、ガス会社が、主位的に、ガス設備の売買予約契約が成立したとして、ガス設備の代金支払いを、予備的に、利益調整合意に基づく残存価値分の支払い等を求めた事案において、売買予約契約は無効である等として、ガス会社の請求が全て棄却された事例(東京地裁 令和元年12月25日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成24年6月頃、ガス会社X(原告)は、建売業者から注文を受けて、建売業者が新築した建売住宅(本件建物)に、Xの費用で、 LPガスの戸外の設備(供給設備)及び戸内の設備(消費設備)を設置した。
なお、同設備の設置状況は、ガスメーターから建物へのガス配管は、建物の基礎xxを欠きこんで隙間なく設置されているため、基礎xxを削らなければ取り外すことができず、また、建物内の台所ガスコンロへの配管を取り外すには、キッチンの収納ボックス側面の板材を一部取り壊す必要があり、浴室外給湯器(屋外)に向かうガス配管も、外壁の穴のところでコーキング材で固定されているという状態であった。
平成24年9月、買主Y(被告)は建売業者との間で本件建物の売買契約を締結した。
その際、Y及びYの妻は、本件建物の売買契約書、重要事項説明書及びLPガス消費設備の所有及びガス供給についての説明確認書
により、建物代金にはガス設備は含まれておらず、Yらは、Xとガス設備について売買予約や貸与契約を締結する必要があること、ガス設備の所有権がXにあること、X以外のガス業者等を希望する場合は、ガス設備のうち、消費設備の買取代金をXに支払うことなどの説明を受け、これを確認した。
Yらが本件建物に入居した平成24年11月3日、Xの担当者が「液化石油ガス供給・消費設備の売買予約と貸与契約書」(本件契約書)を持参して来訪した。Yの妻は、本件契約書上のY側が署名すべき部分に、Yの名で署名押印をし、XとYとの間でLPガス供給取引が開始された。なお、本件契約書の主な規定は次の通りであった。
・XとYは、ガス設備の所有権がXにあることを確認した上で、消費設備をXがYに売り渡すこととして売買の予約をする。
・Yは、いつでも予約完結権を行使できる。 Xは、YがXとのLPガス供給取引を解除したときは、Xは予約完結権を行使できる。
・消費設備の売買代金額は、同契約成立時の消費設備の残存価値相当額とする。
平成27年10月頃、YはXに対し、LPガス供給取引の停止を申入れ、XとYとの間の LPガス供給契約は解除されたため、XはYに対し、消費設備につき売買予約完結権を行使する意思表示をし、消費設備の代金15万円余の支払いを求めた。
しかし、Yが支払いに応じなかったため、 Xは、売買予約契約により消費設備の売買が
成立したとして同設備の売買代金の支払いを求め、提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を全て棄却した。
(売買予約契約の効力) Yは、Yの妻は無権代理であるなどと主張
するが、Yの妻がYの使者として契約は締結されたというべきであり、平成24年11月3日、 XとYとの間では、本件契約書による売買予約契約が締結されたと認められる。
消費設備を撤去するには、基礎xxや外壁、台所収納ボックスの側面板材等を損壊しなければならず、本件建物と消費設備を分離・復旧することは、社会経済上著しく不利益である。また、ガス設備は、水道設備や電気設備と同様、日常生活を営む上で当然に住宅に整備される必要があり、その配管等もそれ自体で独立の経済価値を有するものではなく、機能的にも建物と一体のものととらえられる。
これらの事情からすれば、消費設備は、Xが設置工事を完了した時点で、全体として本件建物に強く付合したものと認められ、消費設備を含む本件建物の所有権は、住宅売買により、Yに移転したこととなる。
その一方で、売買予約契約は、Yが所有する消費設備について、その所有権がXにあることを確認した上で、これをXがYに売り渡す旨の売買の予約をするとともに貸与することを内容とするものということになり、売買予約契約は内容が原始的に不能であるというべきであるし、また、Yには、消費設備の所有権の帰属という法律行為の要素に錯誤があったというべきである。
以上によれば、売買予約契約は無効である。
(利益調整合意の成否) Xは利益調整合意に基づき、Yに対し支払
請求権を有するとも主張するが、利益調整合意はおそらくは無名契約ということとなり、売買の予約以外の枠組みを参照すると法律構成としてあまりに複雑となり、契約当事者の合理的意思として想定されるものではない。また、Xの主張を認めるに足りる証拠もなく、 Xの主張は採用できない。
(民法第248条に基づく償金請求権の成否) Xが消費設備の所有権を付合により失った
当時の本件建物の所有権者は建売業者であり、仮に民法第248条に基づく償金請求権が発生したとしても、その債務の負担者は建売業者である。また、Yが同債務を承継したことを認めるに足りる証拠はないため、民法第 248条に基づく償金請求に係るXの主張は採用できない。
3 まとめ
本件の原告は、令和元年9月から12月に、いずれも東京地裁で、本件含め3件、同様の請求をし、その結果は棄却2件、認容1件といった状況である。また、同様の他の裁判例においても、ガス会社の請求が否定されているものが多く見られるが、認められた事例も見られ、一様でないようである。
LPガス設備に関する紛争は今後も頻繁に起こりうることから、xx業者は、国交省がxxx年に「ガス設備の所有権がLPガス会社にある場合にはその旨を説明すること。」と要請し、現在は「xx業法の解釈・運用の考え方第35条1項4号関係」にその旨も記載されていることから、LPガス設備の所有権に関する記載・説明は必須の業務と言えよう。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒂−事業者に対するガス設備買取請求−
LPガス会社のLPガス供給契約を中途解約した賃貸住宅の所有者に対する設備等の買取請求が認められた事例
(東京地判 平31・1・11 ウエストロー・ジャパン) xx xx
LPガス会社とガス供給契約を締結した賃貸共同住宅の所有者が、契約期間中に供給契約を他のLPガス会社へ変更したことにつき、 LPガス会社が供給契約に基づき、ガス設備の買取を求めた事案において、LPガス会社の請求が認められた事例。(東京地判 平成31年1月11日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成26年8月、Y(被告)は、アパート建設会社(本件建設会社)との間で、共同住宅
(本件住宅)を新築する旨の建築請負契約(本件請負契約)を締結した。
平成27年6月、本件住宅の完成・引渡し直前に、Yは、本件建設会社から紹介を受けた
Ⅹ(原告 LPガス事業者)と、「液化石油ガス設備貸与に関する契約書」により、LPガス設備の貸与に関する合意(本件ガス設備合意)を、ガス機器について覚書にて(本件ガス機器合意)合意した。
(本件ガス設備合意の概要)
①Ⅹは、本件住宅に対するLPガス供給のために、後記記載のLPガス供給設備及び消費設備(本件設備)を期間中、Yに無償貸与する。
②Yは、Ⅹ以外のLPガス業者が供給するLPガス又は都市ガスを本件設備で使用してはならない。
③Yの事由により契約解除するときは、Yは、
Ⅹから所定の計算方法で算出した金額で買取ることとする。本件設備一式:102万円
余
(本件ガス機器合意の概要)
①Ⅹは、Yの所有する本物件について、Ⅹが LPガスを継続供給できることを条件に、 LPガス機器及び工事費用を1回限り負担し、Yに無償で貸付ける。
②ⅩがYに貸付ける機器及び工事費用は次の通りとする。機器:給湯器14台 150万円余
③Yは、契約期間中にⅩ以外のLPガス事業者及び都市ガス事業者に変更する場合、前項の機器代金合計額を、所定の計算方法で算出した金額で買取ることとする。万一、清算なく、他業者への変更を着手した場合、 YはⅩに対し、違約金として1ガスメーターあたり2万円を支払うものとする。
平成28年7月、Yは、B社に対し、ガス供給を申し込み、ⅩからB社へガス供給契約を変更した。B社はこれを受け、切替工事を実施し、その後、本件共同住宅はB社からガスの供給を受けた。
Ⅹは、ガス機器の買取り等の清算未了のまま他のガス事業者への変更を行ったと主張して、Ⅹに対し、ガス設備の残存買取価格95万円余、ガス機器の残存買取価格135万円余並びに違約金28万円の支払を求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、ⅩのYに対する請求認容した。
(本件請負契約の内容について)
本件建設会社は、本件ガス設備及び本件各給湯器を建築請負契約の内容とする意思がなかったこと、Yにおいても自らの資本で本件各給湯器を設置するのではないことを認識していたこと、本件請負契約の請負代金中に本件ガス設備及び本件各給湯器の調達及び設置の費用が含まれていなかったことに照らせば、本件ガス設備及び本件各給湯器については、本件請負契約の内容になかった。
(本件ガス設備及び本件各給湯器の所有権について)
Yは、本件ガス設備及び本件各給湯器について、本件請負契約により本件建設会社から承継取得したと主張するが、前記の通り、本件請負契約の内容になっていないから、承継取得は認められない。
また、Yは、本件ガス設備及び本件各給湯器が本件共同住宅に付合していると主張する。しかし、本件ガス設備の一部は本件共同住宅に従として付合したものと認めるが、その他のガスボンベ庫やガスメーター等は付合したと認められず、本件各給湯器の交換は容易であり、本件共同住宅に付合していると認められない。
したがって、本件ガス設備の一部は付合によりYに所有権があるが、その他の部分の所有権はⅩにある。
(本件各合意について)
本来Yが負担すべき本件ガス設備・機器の調達及び設置の費用について、Ⅹが支出し、代わりに、ⅩはLPガス供給販売で得た利益をもって補うことができるが、Ⅹが一定期間に満たない期間しかLPガスを供給できないのであれば、付合した部分については民法 242条に基づき、Ⅹの所有部分については本件各合意に基づき、本件ガス設備及び機器は Yの所有となるから、ⅩとYとの間で利益と損失を清算する必要が生じる。本件各合意は、
その清算について予め合意したと解するのが相当である。そして、本件各合意において、本件ガス設備・機器はⅩ以外のガス事業者が使用してはならないとされているところ、Yは、ガス供給をB社に変更したことからすれば、Yは、本件各合意を解除したということができるから、Yは、Ⅹに対し、本件各合意に基づき、本件ガス設備のうちⅩが所有する部分及び機器についてⅩから所有権を引き受けるとともに、Ⅹに対し、所定の計算方法により算出された金額を支払う義務を負う。
また、本件ガス機器合意には、清算なく他 業者への変更を着手した場合、YはⅩに対し、違約金として1ガスメーターあたり2万円を支払う旨の合意があるところ、Yが、その清算をしないうちにB社に変更をしたことは明らかであるから、違約金を支払う義務を負う。したがって、Yは、Ⅹに対し、ガス設備の 残存買取価格95万円余、ガス機器の残存買取価格135万円余並びに違約金28万円を支払う
義務を負う。
3 まとめ
本件のように相手方が事業者であるときは、LPガス会社の請求が認められた事例(東京地判 平27・1・30ウエストロー・ジャパン、東京地判 平26・6・25 ウエストロー・ジャパンなど)が見られるが、相手方が一般消費者であるときは、LPガス会社の請求が棄却された事例(東京地判 平28・1・27 ウエストロー・ジャパン、東京地判 平27・9・28 ウエストロー・ジャパン、東京地判 平22・11・12 ウエストロー・ジャパンなど)が多く見られる。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒃−温泉権−
高度な掘削技術により新たに湧出させた温泉について、慣習法上の物権としての温泉権は成立しないとした事例
(東京高判 令元・10・30 金融商事判例1587号22頁) xx xx
代物弁済により温泉権を取得したとする原告が、温泉が湧出する土地の所有者に対して、温泉権を有することの確認及び使用料相当額の損害金を求めた事案において、現代の高度な掘削技術をもって新たに湧出させた温泉については、原則として、慣習法上の温泉権を掘削地の所有権とは別の物権として成立することはないとして棄却した事例(東京高裁 令和元年10月30日判決 金融商事判例1587-22)
1 事案の概要
本件事案の関係者・経緯はやや複雑であるが、簡略化すると下記のとおりである。
本件土地建物をBより賃借し、g・hの各温泉を掘り当て旅館を営業していたAは、その後、賃料未払いにより賃貸借契約を解除された。
Bが、平成26年2月に本件土地建物よりAを立ち退かせ、平成28年8月にY(被告・旅館経営)に売却したところ、各温泉権(本件温泉権)を、AよりC(第三者)を経由して、平成27年3月に代物弁済により取得したと主張するX(原告)が、Yに対し、本件温泉権をXが有していることの確認及び使用料相当損害金を求める訴訟を平成31年に提起した。
一審は、仮に本件温泉権が成立したとしても、Xが明認方法による対抗要件を具備していない等として、Xの請求を全部棄却した。 Xは、温泉を利用する権利を有する旨を記 載した紙を本件各温泉の動力装置に掲示する等により、明認方法を施していたなどと主張
して控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、原審と同じくXの請求を棄却した。
(温泉権が物権として成立したかについて)本件において、Xが主張する温泉権は、源
泉地から湧出する温泉をxxから直接採取して排他的に支配する物権であり、成文法上の根拠はなく、物権法定主義の例外の一つとされる。
このような温泉をxxから採取して利用する権利は、湧出地の土地所有権の権利の内容の一つに含まれ、土地所有権とは別の独立した物権としては成立しないのが原則であり、通常は、湧出地の土地所有者以外の者が温泉を利用する権利は、債権的法律関係により形成される。
例外的に、慣習法上の物権としての温泉権が湧出地の所有権とは別に独立の権利として成立しているのは、歴史の古い温泉であって、地表又はその近くに自然に湧出し、引湯が行われてきたが、明治時代の民法施行後に、温泉利用権の地域慣習法上の取り扱われ方が、債権法的構成によるよりも、物権法的構成による方がふさわしいと判断されたものと考えられる。
慣習法上の物権を認めるというのは、明治民法施行前の慣習法が明治民法と合致しない場合において、明治民法の規律よりも慣習法上の規律の方が社会経済の実態に適合しているときの緊急避難的な措置にすぎない。
現代の高度な掘削技術をもって何十メートルも地下を掘削し、新たに湧出させた温泉については、原則として、慣習法上の温泉権を掘削地の所有権とは別の物権として成立することは、ないと考えられる。掘削地所有者の所有権の一部を構成するものと考えれば足り、所有者以外の者が温泉を利用する権利は、賃借権や温泉利用契約などの債権的法律関係として構成すれば足りるからである。なお、本件各温泉の深さはg温泉150m、h温泉 379mである。
Xは、温泉を湧出させるためには多額の資本投下を必要とし,温泉権自体に極めて高い価値があるから、土地所有権とは別に、人工掘削によって物権としての温泉権が発生すると主張するが、多額の資本投下をしたから、債権的法律関係でなく物権が発生するとはいえない。温泉の利用、管理等については、債権的法律関係で処理することが通常は可能であり、投下資本の回収等については、その債権的関係の中で処理すべきものと考えられるからである。
したがって、慣習法の成立が肯定されない限り、土地所有権と離れた物権としての温泉権は認められず、温泉を利用する権利は、土地所有権の一内容をなすものとして湧出地の所有者に帰属し、それ以外の者は、土地所有者から債権的に温泉の利用を許されるにすぎないと解するのが相当であるところ、本件地域において、温泉権に関する地方的慣習法の成立を認める証拠等はないことから、本件温泉権は物権として成立していたとはいえない。念のため、Xが本件各温泉権の取得原因と して主張する本件代物弁済契約の成否について検討するが、認定事実等によれば、本件代物弁済契約は、債権を消滅させる意思も代物弁済対象財産の所有権を移転させる意思もなく、実体のない本件各温泉権の存在を主張し
て、経済的利益を取得しようという意図の下に締結されたものと推認するのが相当である。
(結論)
以上により、本件各温泉権が物権として発生したことを認めることはできないし、仮に物権として発生していたとしても、Xが本件各温泉権を承継取得したことを認めることもできないことから、Xの請求は全て理由がない。
3 まとめ
大審判 昭15・9・18は、地方慣習法により排他的支配権が認められる温泉使用権について、物権的権利を認め、第三者への対抗要件として、権利の変動を明認できる公示が必要としている。
物権の成立が認められる温泉権は、物権法定主義の例外として認められるものであることから、前記判例のほか、「地域慣習法による物権としての温泉権が認められた事例(xxx判 昭56・12・7 判例時報1044-383)」、「温泉利用権に関する地方的慣習法は成立していないとして、土地所有者の温泉掘削を認めた事例( xxx判 昭31・11・8 ジュリスト127- 74)」は、いずれも成立根拠として地域慣習法があることを必要としている。
人工的な温泉掘削(深さ274m)について、物権的権利を認めた事例(仙台高判 昭63・4・ 25 判例時報1285-59)が見られるが、これに対し本件裁判所は、物権の成立が認められる温泉権は、地域慣習法がある地域において、物権法定主義の例外として認められたものとの考えのもと、高度な掘削による温泉の投下資本の回収等は債権的関係(賃借権の設定等)により処理されるべきとして、本件温泉権の物権の成立を否定している。実務において、この判断は参考になるものと思われる。
(調査研究部上席xx研究員)