Contract
最近の判例から
⑴−売買契約の成立−
作成された合意書は、売買契約締結の確定的な意思表示及びその合致がなされたとは言えないとして、売買契約の成立が否定された事例
(東京地判 平26・12・25 ウエストロー・ジャパン) xx xx
買主が、売主との間で、売主から本件各不動産を買い受ける契約(以下「本件売買契約」という。)が成立したとして、買主が売主に対し、本件売買契約に基づき各不動産の所有権移転登記手続を求めるとともに、各不動産の現地調査に協力するよう求めた事案において、買主が主張する基本合意では売買代金が確定しておらず、その他の諸条件も合意に至っていないことを理由に、基本合意により売買契約が成立したとする買主の主張は認められないとして所有権移転登記の請求を棄却し、また調査協力の請求としては、なすべき行為が特定されているとは言い難いとして却下した事例(東京地裁 平成26年12月25日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ 売主Y(被告)は、病院等を経営する医療法人で、Yは、老朽化した病棟の建替えのため、その保有する不動産を第三者に売却し、そのリースバックを受けることを希望していた。
⑵ Xは、平成25年初めから、Y側との交渉を重ね、XはYに対し、平成25年12月13日付けで合意書のドラフト(以下「本件ドラフト」という。)を送付し、平成25年12月19日付けで以下の内容の合意書(以下「本件合意書」という。)を締結した。
ア 本件合意書には本件ドラフトに記載のな
かった「当事者が本取引に伴うリスク等についてそれぞれが各自の責任で判断し、相手方に依拠しないものとする」旨の条項が加わった。
イ 本件合意書別紙の「当初バリュエーション」欄には、想定グロス賃料を前提に本件各不動産の取得価額である当初バリュエーション金額は、[325]億円以上と記載されている。ウ 所有権移転登記手続の時期、所有権移転の時期及び代金決済日についての定めはない。
また、X及びYの独占交渉権の条項はなかった。
⑶ XはYに対し、平成26年1月、不動産売買契約書のドラフトを送付した。また、Xは Yに対し、売買契約の主要条件を記載した書面を交付した。
⑷ Yは、本件各不動産の売却について、X以外の第三者とも並行して交渉しており、平成26年2月7日時点で、X以外に4つの売却案の提示を受けていた。
⑸ Yは、平成26年2月14日、Xに対し、Xは本件各不動産の買主の候補から外れたことを連絡し、同月17日には、同月18日から予定されていたXの本件各物件の現地調査の約束をキャンセルする旨連絡した。
⑹ これを受け、XはYに対し、他の競合先に劣らない最高の提案をするつもりである旨メールで連絡した。
Y側はXに対し、Xとの協議を打ち切ることを決定した旨の書面を送付した。
⑺ XはYに対し、本件売買契約に基づき本件各不動産の所有権移転登記手続を求めるとともに、本件各不動産の現地調査に協力するよう求め、提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ 本件ドラフト及び本件合意書の条項は、本件合意書別紙に記載された条件を基本として未調整の条件について今後協議・交渉した上で、正式に売買契約を締結することが予定されている内容となっていること、また、非常に高額な売買代金であるにもかかわらず、文言xxx金額は確定しているとは読めないこと、所有権移転登記手続の時期等や代金決済日、表明保証責任や瑕疵担保責任等についても本件合意書においては定められていないこと等の本件合意書の内容からすると、Xと Y間において、本件売買契約締結の確定的な意思表示及びその合致がなされているとは言い難い。加えて、Xは本件合意書を締結した後に平成26年1月のドラフト等を送付して本件売買契約の条件の検討を継続していること、Xは、本件合意書からは独占交渉権条項をあえて外したとし、実際にYはX以外にも本件各不動産の売却先の交渉を続けていたこと、さらに、YがXを本件各不動産の売却先から外したと通知した際に、Xは本件売買契約の不履行を問題とするのではなくY側にとって今後も最善の提案をするとメールで送信していることが認められるところ、これらの双方の対応は本件各不動産の売買契約の内容は定まっておらず同契約は未だ成立していなかったというYの主張に沿うといえる。
⑵ 以上によれば、本件売買契約が成立して
いることを認めるに足りないから、本件売買契約に基づくXの所有権移転登記請求は理由がないから棄却する。
⑶ XはYに対し、本件各不動産に係る現地調査に協力するように求めるが、Xが求めているYにおいてなされるべき行為がいかなるものかについて特定しているとは言い難い。したがって、Xの上記訴えについては不適
法として却下せざるを得ない。
3 まとめ
契約の成立要件としては特に意思表示の合致が重要であり、意思表示の合致は“申込”と“承諾”から構成される。本判決は、合意書において、売買契約の重要な申込内容である売買代金の下限値が示されているのみであり、その他当事者双方の履行期限等、必要な売買条件についても定められていない内容からすれば、XとY間において、売買契約締結の確定的な意思表示の合致があったとは到底言えず、売買契約の成立を否定した妥当な判断といえよう。
不動産売買においては、契約前に買付証明書、売渡承諾書の授受が行われることがあるが、買付証明書には、売買代金等の条件が記載されており、売主がその条件を承諾すると買主に売渡承諾書を交付することになる。
当事者双方の履行期限等売買の基本的要素についての確定的な合意が欠けている場合、買付証明書と売渡承諾書の交換だけでは売買契約の確定的意思表示があったとはいえず、売買契約の成立は否定されることから、購入する意思が確定しているのであれば、契約条件等を慎重に検討した上で、正式に売買契約の締結をすることが望まれる。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
⑵−売買契約の成立−
不動産取纏め依頼書により売買契約が成立している、または契約締結上の義務違反があるとした売主の請求が全て棄却された事例
(東京地判 平26・12・18 ウエストロー・ジャパン) xx xx
不動産取纏め依頼書を仲介業者に提出したが、その後売買契約の締結を断った買主に対し、売主不動産業者が、主位的には、売買契約は成立しており買主に債務不履行があるとして、予備的には、買主に契約締結上の義務違反による不法行為があるとして、損害賠償等を求めた事案において、不動産取纏め依頼書等をもって売買契約が成立したとも、買主に契約締結上の過失があったとも認められないとして、売主請求を全て棄却した事例(東京地裁 平成26年12月18日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成24年9月上旬頃、買主Y(被告・個人)及びその妻Fは、Yの取引先銀行担当者Cから不動産業者M社のDを紹介され、Dから本件土地及び建物(以下「本件不動産」という。)の購入につきセールスを受けた。
9月中旬頃、Y及びFは、本件不動産の現地を訪れた際、本件不動産の南側に接する隣地の私道通路部分(以下「隣地通路部分」という。)に長さ1m程度の太い杭が打たれていることに気づいた。
9月28日、Fは、本件不動産の内見に訪れた際、Dに対し、隣地通路部分通行の可否と境界承諾書の取得の有無の確認を依頼した。 10月1日、Fは、Yに本件不動産を2億
2500万円(税込)で購入する意向である旨の
記載のある「不動産取纏め依頼書」(以下「本件依頼書」という。)に署名押印をしてもらい、これをDに交付した。なお、本件依頼書には、「売主の承諾が得られ次第、売買契約の締結を致します。」との記載及び契約予定日平成24年10月17日との記載であった(以下
「本件第1契約」という。)。また、Dは、Fに対し、本件不動産をXが前所有者であるBから買取って売主となる旨説明した。
10月11日、Fは、Dから本件不動産に関する重要事項説明を受けた際、隣地所有者より境界承諾書は未取得であると聞いたとされる。
Yは、上記の事情をFから聞き、本件不動産は第三者に賃貸する予定であり、将来通行をめぐって境界隣地所有者とで紛争のおそれがあると考え、本件不動産の購入を見送る考えを固めた。
10月12日(金曜日)の夜、Yは、境界承諾書を入手できないならば本件不動産の取引はしない旨Dに告げた。さらに、Yは、本件銀行の翌営業日である10月15日(月曜日)にCに対し、10月16日にはDに対して、売買契約をしない旨改めて電話で伝えた。
10月15日、Xは、Bとの間で、本件不動産を代金2億1500万円(税込)で購入する旨の売買契約(以下「本件第2契約」という。)を締結した。
10月17日、Y及びFは、Xと初めて面談し、その際Xから違約金として4300万円の支払い
を求める旨告げられた。
後日Yは、本件訴訟代理人弁護士に委任し、 Xに対して、仲介業者であるDから複数の重要な事実について当初からきちんと説明されていなかったことなどから売買契約を締結しない旨の通知書を送付した。
その後Xは、Yに対し、債務不履行及び不法行為による損害金として違約金・転売利益分等の合計金額として3393万円余を請求した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を棄却した。 1.本件第1契約の成否及び債務不履行解除
の成否 Xは、平成24年10月15日までに本件不動産
の売買に関する合意が成立していた旨主張する。しかし、本件不動産の売買に関するX及びY間の交渉経緯は、上記事案の概要のとおりであったと認められ、YからM社宛ての本件依頼書の差入れがされたが、Yは本件銀行から融資が受けられることを前提として購入を検討していたにとどまる上、その時点でYが融資申込手続を行っていた形跡もうかがわれないことに照らし、本件依頼書は本件不動産の購入を希望する意向を示したものにすぎず、同日時点本件依頼書をもってX及びY間において、本件第1契約に関する合意が成立するに至っていたとは認められず、10月15日時点でX及びY間で本件第1契約が成立していたと認めるに足りないというべきである。 2.YのXに対する契約締結上の過失の有無 Xが10月15日にBとの本件第2契約を締結 したのは、Dから同月15日までに必ず本件第 2契約を成立させておく必要がある旨の申入れがあったためであると認められ、他方、YからX又はDに対し、本件第1契約に先立って本件第2契約の契約書を提示するよう求め
た事実があるとはうかがわれない。また、Y及びFは当初から、隣地通路部分による通行の可否及び境界隣地所有者との紛争のおそれについての懸念を示し、Yの不安が払拭されなかったことが契約締結に至らなかった最大の理由であったと認められる。
そして、上記のようなYの意向は、Dにおいても十分認識していた上、FないしYとのやりとりについては逐次、DからXに対して報告されており、XもYの要望等を認識していたと認められ、Yに本件第1契約の契約締結に努めるべきxxx上の義務があったと認めることはできないというべきである。
3 まとめ
本件は、本来YがBから直接購入すべきところ、既にXが本件不動産を購入することが決まっており、Yは、Xから購入することとなった。Xは、Bから買取った後、仮にYが購入を翻意した場合、Xの転売先が無くなることから、Yから取得した本件依頼書をもって、転売先が確保されたとし、本件不動産を Bから買取ったものと思われる。
しかし、取纏め依頼書の提出のみでは、売買契約が締結されたわけでなく、判決のとおり購入を希望する意向を示したものに過ぎない。Dは、Yに対して、重説を行っているが、 Yは、隣地境界承諾書の取得を購入条件としており、売買契約が締結されたとは認められず、そもそもXがBから買取りこれをYに転売する方法に無理があったものと思われる。
なお、「買付証明書」の提出をもって売買契約が成立したとは認めることはできないとされた事例(奈良地裁 S60・12・26判決 RETIO4-8)も併せて参考とされたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑶−公序良俗違反と売買契約無効−
詐欺的勧誘を受けて土地建物を売却した高齢者の売買契約が公序良俗に反して無効であるとされた事例
(東京地判 平27・ 1 ・14 判例時報2250-29) xx xx
一人暮らしの高齢者(87歳)が、居住中の土地・建物を売却する代わりに、毎月、分割代金や生活保護費などを受領して、死ぬまで当該建物に居住することができるなどと勧誘されて締結した土地建物売買契約の無効を訴えた事案において、当該売買契約が公序良俗に反して無効とされた事例(東京地裁 平成 27年1 月14日判決 認容 判例時報2250号29頁)
1 事案の概要
本件は、都内A区に土地と建物(以下「本件土地建物」という。)を所有していた87歳の原告X(以下「X」という。)が、N社から、同社に対して本件土地建物を売却すれば、その代金として毎月10万円を、また、生活保護として毎月5万円をそれぞれ受領することができ、その他にも3万円、併せて1か月に20万円ほど受領することができ、しかも死ぬまで本件土地建物に居住することが可能である旨の説明及び勧誘を受け、平成25年2月21日、同社との間で本件土地建物の売買契約(以下
「本件売買契約」という。)を締結したものの、その後、同社から毎月10万円の支払いはなく、本件土地建物については、Xから、N社と代表者が同じである被告Y1社(以下「Y1」という。)に所有権移転登記が経由された後、被告Y2社(以下「Y2」という。)へと転売され、所有権移転登記がされたことから、 XはY2からいつ明渡を請求されてもおかしくない状況に置かれているとして、N社との
上記売買契約は錯誤により無効であるなどと主張、Y1及びY2に対し、本件土地建物の所有権に基づき、登記の抹消を請求したものである。
2 判決の要旨
裁判所は次のとおり判示して、Xの請求を認容した。 1.本件売買契約の効力について
⑴ 売買契約の意思の不存在について Xは、平成25年6月28日に認知症の診断を
受けているものの、同日の診断によれば発症時期は不明であり、Xが同年5月3日に自宅で転倒して後頭部を強く打ち付ける事故に遭っていること等に鑑みると、本件売買契約締結時にどの程度判断能力が低下していたかはどうかは明らかでなく、他にXに本件売買契約を締結する意思がなかったことを認めるに足りる証拠はない。Xは、本件契約書に自ら署名・押印し、登記手続に必要な書類を用意するなどしており、Xに本件売買契約を締結する意思がなかったとは認められない。
⑵ 錯誤無効について
本件契約書によれば、同契約に基づく分割金は月額3万円と記載されている。平成25年 2〜5月分の現実の支払額は3万円又は5万円であり、10万円よりxxxに低額であったが、Xは、領収書を交付しており、N社やその代表者に対して苦情を申出た形跡はない。以上からすれば、Xが本件売買契約により月額20万円を受領できると認識したものと認め
るには足りないというべきである。
⑶ 公序良俗違反について
本件契約書によれば、売買代金総額は「36万円」とされているものの、代金は毎月3万円ずつ合計119回に分けて支払うとされており、合計すると357万円となる。しかし、357万円との金額を前提としても、本件土地建物の固定資産税評価額は合計1188万3030円であり、固定資産税評価額の3割程度しかなく、都内23区内にある土地建物の売買価格としては著しく低廉であるというべきである。
Xは本件売買契約締結当時87歳の高齢であり、同契約の締結4か月後に認知症の診断を受けていることに加え、本件売買契約書は、売買代金総額がいくらか、毎月3万円の支払いがいつまでされるのかなど必ずしもはっきりしない不十分なものであるにもかかわらず、Xが署名・押印をするにあたり異議を述べた形跡もないことからすると、本件売買契約締結当時、Xの判断能力は一定程度は低下していたものと推測される。とすれば、Xは本件売買契約がXにとって不利なものであったことを正確には理解していなかったものと認められる。
本件売買契約締結後、N社はY1に所有権移転登記後、同契約からわずか2か月弱後に Y2に転売し、しかもその際、本件売買契約においてはXが本件土地建物を引き渡すべき時期は平成34年2月21日とされているにもかかわらず、平成25年8月9日までにXを退去させた上、本件土地建物をY2に明け渡す旨合意書を作成している。このような経緯に照らすと、N社代表者は、Xに対して本件土地建物に永住できる旨説明していたにもかかわらず、当初よりそのような意図を有していなかったことが強く疑われる。
以上によれば、本件売買契約は、代金額が著しく低廉である一方、Xにとってはリスク
の非常に大きい内容のものであり、高齢であり判断能力の低下していたXに対して、不確実な見通しに基づいた説明をし、また、生活保護等の受給について誤導的な説明をするなど詐欺的ともいえる言辞を用いた上で上記のような内容の契約を締結させたものであると認められるから、本件売買契約は、公序良俗に反し無効と評価されるべきである。 2.民法94条2項類推適用について
Y2は平成25年4月、Y1より本件土地建物を750万円で購入したが、同年8月16日付で購入契約を解除している。同解除により契約は遡及的に無効になっているのであるから、Y2は本件売買契約の効力につき利害関係を有する第三者に当たらない。よって、 Y2は民法94条2項類推適用によって保護され得る第三者には該当しない。
3.結論
以上のとおり、本件売買契約は公序良俗に反するものとして無効であり、かつ、Y2は民法94条2項類推適用により保護されるとの Y2の主張を採用することはできないから、所有権に基づく妨害排除請求としての本件各請求はいずれも理由がある。
3 まとめ
本件取引は、詐欺的な勧誘によって、高齢者が所有し居住する土地建物の所有権を取得して、転売益を得ようとした不正・不当な取引であり、公序良俗に反するとして、売買契約自体を無効とした本判決は妥当なものと評価できよう。
高齢者を狙ったxx商法の二次被害も絶えない状況にあるが、本件は、都内23区内の居住用不動産を狙ったものとして悪質性はさらに高いものであり、本件判決が同様な事案の再発防止につながることを望みたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
⑷−クーリング・オフ−
クーリング・オフによる契約解除が有効とされ、買主による手付金の返還請求が認められた事例
(東京地裁 平25・ 9 ・17 ウエストロー・ジャパン) xx xx
宅地建物取引業者と宅地建物取引業者には該当しない売主の共有する土地を購入した買主が、宅地建物取引業法及び特定商取引に関する法律によるクーリング・オフ制度に基づき、売買契約を解除する意思表示をし、手付金の返還を求め、売主が、売買契約の存続を前提として違約金の支払を求めて反訴した事案において、買主による売買契約の解除は有効であるとして、売主に手付金の返還を命じ、売主の反訴請求は棄却した事例 (東京地裁平成25年9月17日判決 本訴認容反訴棄却 確定 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Y1(被告)は、不動産の売買、仲介、管理並びに賃貸などを業とする会社であり、宅地建物取引業者である。Y2(被告)は、不動産の賃貸などを業とする会社であり、宅地建物取引業の免許は受けていない。
Y1及びY2は、土地を共同購入(持ち分は、Y1が100分の14、Y2が100分の86)したが、Y2の代表者が同土地上に自宅を建設することを止めたため、平成24年4月以降、 3億3000万円で売り出していた。
X(原告)は、Y1らの広告を見て、同土地を分筆した上、分筆後の土地を購入したいとY1に伝え、同年7月1日、Y1の担当者に資料などをXの自宅のメールアドレスに送って欲しいと依頼した。
Y1及びY2は、同土地を二筆に分筆した上、その一筆(本件土地)をXに売却するこ
ととし、Y1の担当者が、同年8月20日、売買契約書及び重要事項説明書の案をメールで Xに送信し、売買契約の締結を、Xが建築請負契約の締結を予定していた建設会社Aホームの事務所で行うことなどを提案したところ、Xはこれを了解するメールをした。
Xは、Y1及びY2から、同月28日、本件土地を1億4000万円で購入し(本件契約)、手付金として1000万円をY1に支払った。
本件契約を締結した場所は、Aホームの本店事務所であり、本件契約の際、Y2は立ち会わず、Y1がY2の代理人兼売主として契約を締結した。
その後、Xは、Y1に対し、同年9月9日到達の書面により、宅地建物取引業法37条の 2第1項に基づき、本件契約を解除する旨の意思表示を、Y2に対しては、同月15日到達の書面により、特定商取引に関する法律(特定商取引法)9条1項等に基づき、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
Xは、①Y1及びY2は本件契約に先立ち物件状況報告書を提示せず、本件契約締結後同書面を交付したに過ぎない、②本件契約締結後、Xが地盤調査をした結果、軟弱地盤であることが判明したため、本件土地を購入することを止め、クーリング・オフの通知をしたものである、③xx業者が不動産売買を行う場合にはxx業法のクーリング・オフの適用があり、xx業者以外の者が不動産売買を行う場合には特定商取引法26条の適用除外に該当しないので、同法のクーリング・オフの
適用があるなどとして、手付金1000万円の返還を求めて提訴した。
一方、Y1及びY2は、①XのY1の担当者に対するメールは、Xが自宅において作成し、自宅から送信したものであって、Xは、事務所等において買い受けの申し込みをしており、クーリング・オフ制度は適用されない、
②Y2は、宅地の販売を反復継続して行ったことがなく特定商取引法の適用はない、③Xが、Y1から強引な勧誘を受けたりしたなどの事情はないこと、本件契約の締結場所はXが選定したAホームの事務所であること、 Y1及びY2はXの要望に応えて土地の区画割案を作成したりしていたこと等に照らして、本件契約の解除は、xxx違反ないし権利濫用として認められないなどとして、違約金相当額から手付金を差し引いた残額400万円の支払を求めて反訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求を認容し、Y1及びY2の反訴を棄却した。
⑴ 本件契約の締結の際、Y1の担当者は、物件状況確認書を示して本件土地の状況を説明しておらず、本件契約後、Xに同書面を交付している。その後、Xが本件土地に建物が建てられるかを調査した結果、地盤が軟弱であることが判明した。また、本件契約の締結の際、Xは、Y1及びY2から、クーリング・オフについての法定書面を交付されなかった。
⑵ 本件契約の締結場所は、Y1及びY2の営業所ではなく、かつ、Xの自宅で本件契約の交渉がなされたものとは認められない。したがって、XのY1に対するxx業法37条の 2第1項に基づく本件契約の解除は有効である。また、XのY2に対する特定商取引法9条1項に基づく本件契約の解除は有効であ
る。よって、Y1及びY2は、Xに対し、手付金1000万円(不可分債務)の返還義務を負っている。
この点、Y2は、宅地の販売を反復継続して行ったことはなく特定商取引法の適用はないと主張しているが、分筆前の土地を購入し、本件土地をXに転売しているものであるので、Y2は特定商取引法の販売業者に該当し、特定商取引法の適用がある。
なお、本件契約の締結の経緯は、クーリング・オフの適用の有無と無関係であるので、 Y1及びY2の主張は採用されない。また、 Xの本件契約の解除はxxx違反ではないし、権利濫用にもならない。
以上のとおり、Xによる本件契約の解除は有効であり、Y1及びY2の違約金に関する主張はいずれも採用できない。
3 まとめ
本件では、売主の一方の会社はxx業者ではなかったが、同社は特定商取引法の販売業者に該当するとして、特定商取引法に基づくクーリング・オフが認められた。
しかし、xx業者と非業者である個人が共有する物件を売却する場合、当該個人売主が一般消費者であり、明らかに販売業者には該当しないような場合には、クーリング・オフによる契約解除についてはどのように判断されるのか。xx業者の持ち分のみの契約解除が有効とされ、個人売主の持ち分のみ売却されることになるのか、あるいは、その共有持分の割合によって契約全体の解除の可否の判断が異なるのかなど、興味が持たれるところである。
(調査研究部 次長)
最近の判例から
⑸−xx後見人による売買と善管注意義務−
被後見人の居住用不動産売却について後見監督人及び仲介業者に対する注意義務違反等に基づく損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 平26・ 9 ・24 ウエストロー・ジャパン) xx xx
被後見人の居住用不動産の売却について、被後見人が、契約締結当時の後見監督人と仲介業者に対し、両者の注意義務違反等により当該不動産が低廉な価格で売却されたとして、損害賠償の支払を請求した事案において、その売却代金は不法行為を構成させるほどの低廉な価格とはいえず、また仲介業者の媒介行為に関し注意義務違反は認められないとして、被後見人の請求が棄却された事例(東京地裁 平成26年9月24日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Ⅹ(原告 売主)は平成15年11月頃、認知症を発症し、有料老人ホームに入所した。
平成16年11月頃、A(Xの義理の甥)は弁護士Y1(被告)に、Xの介護費用に充当するため、X所有の居住用土地建物(以下、「本件不動産」という。)を売却する旨相談し、併せて仲介業者の紹介を依頼した。
Y1は、本件不動産を売却するにはxx後見人を選任する必要がある旨を説明し、仲介業者Y2(被告)を紹介した。
平成17年10月、東京家裁は、Aの申立によりXについて後見を開始し、そのxx後見人としてAを選任する審判をし、職権でxx後見監督人としてY1を選任する審判をした。
同年12月、東京家裁は、Aの申立を受け、 Y1の同意を確認した上で、本件不動産をa
社に代金7310万円で売却することを許可する審判をした。同月20日、Aは、Xのxx後見人としてY2の媒介により、a社と本件不動産につき代金を7310万円で売買契約(以下「本件売買契約」という)を締結し、平成18年2月21日に残代金を支払った。
同月6日、a社は、b社と本件不動産につき代金を9980万円とする売買契約(以下「本件転売契約」という。)を締結し、同月21日に残代金を支払った。さらにb社は、その4か月後、本件不動産を代金1億3800万円でcに売却した。
平成22年6月、東京家裁は、Xの財産をAの妻が使い込みをした報告をY1より受け、 Aがxx後見人を、Y1がxx後見監督人を辞任することを許可し、新たなxx後見人として弁護士Bを選任する審判をした。
X(代理人B)は、Y2は特定の不動産業者に声掛けをするのみで、指定流通機構にも登録せず、専任媒介業者として十分な売却活動をしたとはいえず、またY1は、それを漫然と見過ごし本件不動産の売却に同意を与えたため低廉な価格で売却されたとして、Y1らに対し、本件売買契約と本件転売契約の代金の差額2670万円の支払を求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示し、Xの請求を棄却した。
X(代理人B)は、Xの依頼で行われた本件不動産の鑑定評価(以下「本件評価」という。)が更地評価で9700万円であったことを理由に、本件売買契約の代金が適正価格に比して著しく低廉であると主張する。
しかしながら、①本件不動産を売却する場合、本件建物(築後50年)の解体、残置物の処分等の必要があったこと、さらに、隣地との境界を確定するために測量をする必要もあったこと、②Aは、Xをその費用をもって介護するとの負担付きでXの財産全部の包括遺贈を受け、介護費用の支払等をしていたものの、Xの年金収入等や預貯金ではこれを賄い得ず、本件不動産を早期に売却する意向を有していたことが認められる。これに加え、本件転売契約の代金にはa社の転売利益が当然に加算されていることや、本件評価においても、本件不動産の更地価格は、公示価格を規準とする方法では8690万円、収益還元法では 5880万円と試算されていることをも考慮すると、Y1において本件不動産の売却につき同意を与えることが直ちに不法行為を構成するほどに、著しく低廉などというのは困難である。
Y1は、Y2から、本件不動産の特性、a社よりの「取り纏め依頼書」の購入価格の妥当性につき説明を受け、自ら路線価を調査したり、本件不動産の現況を確認した上で、本件不動産を7310万円で売却することにつき同意を与えたことが認められる。Y1及びY2において、本件土地が転売され、本件転売契約の事実を知り、又は、これを知り得たとは認められない本件において、Y1に本件不動産の売却に関し注意義務違反があったとまでいうのは困難である。
Y2は、当初、ワンルームマンション業者に本件不動産を売却することを検討していたものの、本件土地の間口が狭く、課税(狭小住戸集合住宅税)上の問題もあることから、
建売業者にこれを売却することとし、Aに対し、本件建物の解体費用、測量費用等の見積りを示した上、本件建物を解体し更地にすれば、高価での売却が可能になる旨の説明をしたものの、Aが資力の不足を理由に上記費用の支払を拒絶したことから、やむを得ず、現状のまま売却することにし、想定より高めの 9960万円とする物件紹介書を作成して、複数の建売業者に声掛けをした。Y2は、Aに対し、Y1を通ずるなどして、a社から取り纏め依頼書が提出されたことを報告し、本件特性に鑑み、上記の価格以上で本件不動産を売却するのは困難である旨の説明をして、その了解を得たことも認められる。よって、Y2に本件不動産の売買の媒介に関し注意義務違反があったというのは困難である。
3 まとめ
本件は、本件不動産の売買契約締結から、 2か月後に転売され、さらにその4か月後に再転売されているが、媒介業者らは注意義務違反等に当たらないとされた事例である。媒介業者が価格の妥当性について説明をしていたことやその売主の売却事情等を加味して、その責任を否定したもので、妥当な判断と思われるが、媒介した物件がその後に高値で転売された場合、売主等から、媒介業者は不当に低廉な価格で売却させたとして紛争が生じることは少なくない。
媒介業者は売却価格について紛争が生じることがないように、媒介時の価格の査定に当たっては根拠を示して提示しておくことは当然のこと、契約の交渉に際しては、買主の契約条件を正確に伝え、転売目的であるとき又はその可能性があるときは、その旨も説明しておくことが必要である。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑹−仲介におけるxxxx者の注意義務−
変更合意書への実印押印強要等を理由に買主がxx取引xx者に請求した損害賠償が認められなかった事例
(東京地判 平26・ 1 ・23 ウエストロー・ジャパン) xx xx
戸建住宅の売買契約において、買主が、売主側仲介業者の担当者から、変更合意書へ実印押印を強要されたこと、残金の振込手数料を負担させられたこと、売買契約締結時点で測量結果を秘匿されたことが、不法行為にあたるとして損害賠償を請求した事案において、買主の請求が棄却された事例(東京地裁平成26年1月23日判決 確定 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
本件は、X1(買主 原告 弁護士)及び X2(買主 原告 X1の妻)が、売主Dから戸建住宅を購入した際、当該売買契約の仲介をしたE社(売主側仲介業者 補助参加人)の担当であったY(被告 xxxx者)に、売買契約に係る変更合意書へ実印押印を強要され執務を中断させられた、残金決済時の振込手数料負担を巡る争いをYが放置した結果、これを負担することとなった、契約締結前に判明していた測量結果を、Yに秘匿されたまま公簿売買契約を締結させられたため、減額交渉の機会を奪われたと主張し、不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。
以前より住宅用地を探していたXらは、E社の広告で本物件を知り、懇意にしていた不動産業者b社のBを通じてE社に購入意向を伝え、現地内覧後に購入申込書を提出した。
(当申込書では公簿売買、民々境界承諾取得が条件とされていた。)。また、これに前後し、 Yは、既に入手していた土地現況測量図(境
界確認前の測量図面 測量結果は公簿面積より約0.26㎡少ない)等をBに交付した。
程なく、売主をD、買主をX1とする売買契約が締結された。同契約書には、売買対象面積は登記簿面積とし、売主は測量図作製と民々境界承諾取得は行うが地積更正登記は行わない旨定めがあった。また、Dがxx被後見人であったため、裁判所の許可を停止条件とする特約も付与されていた(なお、当日測量図面も交付された。)。
その後、決済日間際になり、Y及びBは X1が契約上の買主をX1、X2の両名に変更するつもりであることを司法書士から聞かされた。裁判所の許可取得のため、早急に変更合意書の作成が必要となり、YはDの後見人C(弁護士)と文案を作成した上で、Bに対しXらから実印で署名捺印を取得してくるよう要請した。翌日Bは両名から署名押印を取得してきたが、勤務先にいたX1の押印は認印によるものであったため、YはBに対し再度実印での押印を要請。結果としてX1は自宅に実印を取りに帰ることとなった。
決済日当日、売買代金残金の振込手数料についてBから売主が負担するよう要求があったが、裁判所の許可条件に反するため、Cがこれを了解することはなく、最終的にX1が振込手数料負担を了承し、その場は収まった。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xらの請求を棄却した。
⑴ 変更合意書への実印押印の強要について
(まず、X1主張の高圧的または怒りに任せた発言がYにあったとは認められないと判断。その上で、X1は家庭裁判所の許可審判が必要なことを認識していたはずなのに、買主の変更希望を関係者に速やかに伝えることを怠り、決済日直前の切迫した事態を招いたこと、事前にYはBに実印、押印を求めていたことについて触れた上で)、買主の追加変更等の契約の基本的重要事項の変更をする場合、当初の契約書に押印された印鑑と同じ印鑑を使用して、その旨の変更合意書を作成すること、そうした印鑑使用を仲介業者が契約当事者に求めることは、不動産取引上一般的によく認められることであり、社会的合理性も認められる。
こうした事情を考慮すれば、Yが、本件変更合意書に、本件売買契約書で使用したのと同じ実印の押印を要求したこと、同日中にY側でその内容を確認した上で、売主に発送したいと考え、その旨をX1に要求したことが、直ちに不合理とは言えない。
そして、X1は、本件変更合意書に対する Yの上記方針を容認し、これを了承して協力したものと認められる。そして、押印に関するX1の行動が、X1の意思活動の自由が違法な強要と評価されるほど制約されたとは認められない。…かかる自らの選択した行動に不満が残ったとしても、それをもって直ちに意思活動の自由の違法な制約(意思決定権の侵害)があったとは認められない。違法評価は客観的になされるべきものであり、…自らの主観的な自由意思のままで行われない場合を捉えて、直ちに意思活動の自由の侵害として違法評価を受けるとすることはない。
⑵ 振込手数料支出の強要について
売買残代金等の振込手数料は、弁済の費用として別段の意思表示のない限り、代金支払
債務を負う債務者である買主が負担すると考えることは一般的である(民法485条本文)。また、…売主側の仲介業者において、売主が表明する合理的な意向に逆らって、買主の利益のために行動し、買主の利益を守るために売主を説得するまでの義務は認められない。
…そしてX1は、Yから強要されることなく自らの意思で本件振込手数料を負担したものである。
※なお、縄縮みによる損害については、公簿売買前提で交渉が行われ、Xらに実測面積にこだわりをもっていたとも、その旨をYや仲介業者に意識させていたとも認められないとして、境界確認未完了の現況測量図上の面積差異を、告知すべき義務をYが負っていたとは認められないとしている。
3 まとめ
判決文や裁判資料からは、X1がYの物事の進め方に対し様々な不満を持っていたことが窺われる。本件はそのような中、押印や測量図の件を契機に取引xx者を訴えるといった形で発生した事案である。仲介の場合、当事者双方に100%の満足を感じてもらうことは難しいが、的確な指示や助言、細やかな説明に努めることで信頼関係を築き、本件のような紛争に繋がらないよう心掛けて欲しい。また、本件は、その判断過程において語ら れた、契約に関連する書面に契約書と同じ印鑑を押すことへの評価や振込手数料を送金者負担とする法的根拠、概要で触れられた裁判所許可を要する売買(xx後見人だけでなく破産手続き等の場合も同様)では、許可の前提となる取引条件は容易に変更できないという制約がある点等、実務において役立つ点が多い事案と思われる。こちらも是非参考とし
ていただきたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑺−分譲業者の説明義務−
日影規制の適用がない場合の影響についての説明が不十分として説明義務違反が認められた事例
(大阪高判 平26・ 1 ・23 ウエストロー・ジャパン) xx xx
分譲マンションの住民らが、当マンションを分譲した分譲業者らが新たに南側の土地で始めたマンション建築に関し、日照阻害を理由とする建築工事差止めと、日照阻害又は分譲時の説明義務違反を理由とする慰謝料請求をした原審で、分譲業者らの説明義務違反を理由に慰謝料請求の一部が認められたため、これを不服とした分譲業者らが控訴した事案において、控訴審も原判決を支持し分譲業者らの控訴を棄却した事例(大阪高裁 平成26年1月23日判決 控訴棄却 上告棄却・不受理確定 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
本件は、Xら(被控訴人 xx分譲マンションの区分所有者)とYら(控訴人 xx分譲マンションの分譲業者兼南側マンション分譲事業主)との間で、xxマンション分譲時の説明義務違反が争われた事案である。
もともと、Xらが所有するマンション(以下「xx建物」という。)の南側の土地(以下「本件土地」という。)でYらが新たに分譲マンション(以下「南側建物」という。)を建築しようとしたのに対し、日照阻害を理由とした建築工事差止めと慰謝料の支払いを請求した原審において、前者は建物完成を理由に却下され、後者は日照阻害の程度が受忍限度内である事を理由に棄却されたが、合わせて主張していたxx建物分譲時の説明義務違反による慰謝料請求が一部認容されたため、これを不服としたYらが控訴したもので
ある(原審で認められなかった請求について は控訴されず、控訴審では争われていない。)。説明義務違反の対象となっているのは日影
に関する規制である。両建物が所在する地区
(以下「a地区」という。)は第1種住居地域に指定されているものの、埋立地である事から日影規制の適用外とされ、またこの点を補うため定められた要綱(以下「本件要綱」という。)においても、当時両建物の敷地はラグビー場として使用されていた事、南側で高層建物の建築が予定されていた事から、同要綱による規制の対象外とされ、結果として、日影に関する制約のない土地となっていた。
一般に、土地に日影に関する規制がない場合、その土地では日影の規制を受けることなく建築ができる反面(但し、同建物が影を落とす土地にも規制がない場合に限る。)、その土地に影を落とす建物にも日影による規制が適用されないという不利益がある。
分譲時の重要事項説明では日影規制がない事(「日影規制:なし」と記載)及び確定ではないが本件土地に関しても建築計画があり、建築される場合は法令により許容される建物が建築可能である事は説明されていたが、本件要綱による制限がない事やその結果、隣地建物による日照阻害が生じる可能性については説明がなく、Xらにもそのような不利益があるとの認識はなかった(Xらは、南側建物建築に関する第1回説明会の後に実施した市への問合せで初めて両敷地に日影に関する規制がない事を認識した。)。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Yらの控訴を棄却した。
〇xx建物販売時のYらの説明義務違反 Xらは、Yらが、xx建物を販売するに際
し、a地区における周囲の住居とは異なり、xx建物は本件要綱の適用区域外であり、日照が保護されていない事及びその意味を説明する義務を怠ったと主張する。
Xらにとって、xx建物を購入するか否かを検討するに当たっては、a地区の優れた住環境をxxにわたり安定的に享受することができるかが重要であり、優れた住環境の内容には日照の確保も含まれるのであるから、xx建物が含まれる区域の日影規制等についての情報や、本件土地にもマンションの建築計画があるのであればその情報も重要であったというべきである。他方で、Yらは、xx建物敷地及び本件土地には日影規制等がないという特殊な状況にあることを知ってこれらの土地を購入し、xx建物の販売の当時から、その特殊な状況を利用するかたちで本件土地上にもマンションを建築することを計画しており、計画が実現されれば、xx建物の日照に影響を与える可能性が十分にあったといえる。このような事情は、日影規制等が及び、それを上回る水準の日照が確保されているa地区の他の区域の建物との間に、住環境として少なからぬ差異をもたらすものであり、xx建物の住居としての価値を減少させるものであって、Xらにとって、xx建物を購入するか否かを検討するに当たって極めて重要な情報というべきである。
そうだとすれば、Yらは、Xらにxx建物の購入を勧誘するに当たり、xxx上、Xらに対し、xx建物が日照について日影規制等による保護を受けないものであり、Yらが本
件土地上にマンションを建築した場合に、xx建物の日照に影響が及ぶ可能性があることを説明すべき義務があったというべきである。
にもかかわらず、Yらは、重要事項説明書により、xx建物が建築基準法による日影規制の対象とならないことを説明したにとどまり、南側建物が建築された場合にxx建物の日照に影響が及ぶ可能性のあることを説明しないばかりか、(南側建物建築時の対応に関し)誤解を招くような説明をしている。
したがって、Yらは、上記の説明義務を怠ったというべきである。
3 まとめ
本判決は、建築基準法による日影規制の対象とならない事の説明をしたことは認めたが、これをカバーする条例の適用がない事やその場合に住人らのマンションに影響が及ぶ可能性がある事について説明しなかった事を理由に、説明義務違反を認めている。
本事案は同一分譲業者らが南側で建築している事及び分譲当時から計画されていた事や分譲時のセールストークの誤り等も加味された判断であり、本件判決の考えが直ちに標準的な考えになるとは言い切れないが、事案によっては(特に買主が消費者で情報格差があるような場合)、規制の存否だけではなく、その影響にまで説明義務が及ぶ場合があることを示している点には留意すべきであろう。
重要事項説明を行う者にとっては、どこまで詳細に調査説明すべきかは悩ましい問題であるが、本判例を踏まえると、買主目線に立って重要と考えられる事項(とりわけ、周辺や標準的な内容と比べ特殊な内容は格別)に関しては、詳しい説明を要すると言えよう。
最近の判例から
⑻−東日本大震災と液状化被害−
東日本大震災による分譲住宅の液状化被害について、販売会社の液状化被害発生の予見可能性を否認した事例
(東京地判 平26・10・ 8 判例時報2247-44) xx xx
東日本大震災により液状化被害を受けた分譲住宅の買主らが分譲会社に対して、分譲地の地盤改良工事を行わなかった義務違反、危険があることの説明義務違反による不法行為責任等に基づく損害賠償を求めた事案において、分譲会社は当時の技術的知見に基づく液状化対策実施していたなどとして、買主らの請求を棄却した事例(東京地裁 平成26年10月8日判決 棄却(控訴)判例時報2247号44頁)
1 事案の概要
大手デベロッパーであるY社(被告)は、 A県B市沖の埋め立て造成された造成地を住宅事業用地として取得し、昭和56年8月から同年9月、鉄筋コンクリートべた基礎を採用した建物を建築して分譲住宅として販売した。
平成23年3月11日、東北・関東地方で発生した大地震(いわゆる東日本大震災、以下「本件地震」という。)において、B市は震度5強を記録し、これにより本件分譲地は液状化により建物が傾くなどの被害が発生した。
買主ら(原告)は、本件分譲住宅の土地は、埋立地で地盤が弱く、大規模地震が発生した場合には液状化し、被害を受ける危険性があったのであるから、Y社は、①本件分譲地の地盤改良工事を行うべきであった、②地震による液状化のため本件分譲建物が傾く危険があることなどを説明する義務があったのにこれを怠ったから、不法行為による損害賠償責
任を負う等と主張して提訴した。
これに対し、Y社は、分譲時点の知見及び独自の調査・検討結果を踏まえ、本件分譲住宅建物の建築に当たり、新潟地震程度の地震により発生する程度の液状化への対策として、べた基礎を採用したのであって、当時想定された新潟地震をxxxに上回る規模の本件地震の発生及びこれによる液状化について、予見可能性はなかったなどと主張した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、買主らの請求を棄却した。
⑴ 液状化被害を防止する措置を講ずる義務違反について
①予見可能性について
被告Y社は、本件分譲地に相当規模の地震が発生した場合に、液状化が発生し、何の対策も講じなければ、液状化被害が発生するであろうことの認識はあったと認められるものの、E教授に検討を依頼して作成されたE教授報告書等に基づき、液状化対策として有効なものとして、当時の知見等によれば木造低層住宅としてはまだ一般的ではなかったべた基礎を採用した上で、本件分譲建物を建築したものであること、実際に、そのような対策を講じた本件分譲地では、B市で液状化の大きな被害が発生したA県東方沖地震でも液状化による被害は発生しなかったこと、本件地震は、振動時間が長期間の地震であり、そのような振動時間が液状化に大きく影響するこ
とは、本件地震後に研究が進んできたものであり、内閣府の定める液状化被害の被害認定も、本件地震による液状化被害を踏まえて改定され、本件地震前には本件地震によるような液状化被害は想定されていなかったことが窺われること、本件分譲住宅の販売時には、液状化被害の判定手法も確たるものがなかったことなどが認められる。そして、上記のE教授報告書の内容は、それについて疑問を生じさせるような小規模建築物に係る当時の知見等を認めるに足りる証拠はなく、合理性を有するものと認められる。
以上を総合すると、被告Y社が、本件分譲地についてべた基礎を採用しているにもかかわらず、本件地震のような規模(継続時間の長さも含む。)の地震が発生し、液状化被害が発生することを予測することは困難であったというべきである。そうすると、本件分譲住宅の販売時に、今後発生する相当程度規模の地震により、本件分譲地に液状化による被害が発生することについて、予見可能性があったとは認めることはできない。
②結果回避義務違反について
被告Y社が、べた基礎を採用して液状化対策を実施していたにもかかわらず、本件地震のような規模の地震によって、液状化による被害が発生することについて予見可能性があったと認めることができないことは、上記①のとおりである。したがって、その予見可能性を前提として、結果回避義務としての地盤改良工事を実施すべき義務があったとの原告らの主張は採用することはできない。
⑵ 説明義務違反について
被告Y社は、E教授報告書等に基づき、本件各分譲住宅の販売時の知見、調査・検討結果を踏まえ、新潟地震程度の地震を想定した液状化による被害を防止する上で有効な対策として鉄筋コンクリートべた基礎を採用した
こと、いわゆるA県東方沖地震を始めとした B市における本件地震以前の震度5程度の地震においても、本件各分譲地に液状化による被害が発生しなかったこと、E教授報告書の内容は、当時の知見等に照らして不合理な点は認められず、被告Y社が、本件分譲建物の建築に当たり、E教授報告書等に基づき、べた基礎を採用したことが不十分であったということはできないことなどは、既に述べたとおりである。
そうすると、被告Y社らは、本件各分譲住宅の販売時に、原告らが主張する上記の説明義務を負っていたものとは認められない。
なお、本件は控訴されている。
3 まとめ
本件分譲地は液状化の危険性が高い「埋立地」であるが、当時の技術的知見に基づく建物の安全のための液状化対策がなされていたところ、今回の地震が、マグニチュード9.0、最大震度7、継続時間が極めて長く、余震活動も活発な日本観測史上最大の地震であったことから、本件分譲地だけでなく広範囲で液状化被害が発生したものである。なお、本件分譲地内の販売時期が異なる近隣の分譲住宅を購入した買主らも同様の裁判を提起しているが、平成26年10月31日、本件とほぼ同様の理由で請求が棄却されている。
全国で、これまでの想定を超えるような様々な自然災害が多発する中、不動産取引に関与するxx業者は、取引に際し、行政機関等が発信している防災情報を積極的に買主等に情報提供して、防災・危機管理意識の向上に寄与することが望まれる。
(調査究部上席xx研究員)
最近の判例から
⑼−用途変更確認申請−
建築基準法上の是正が必要な隠れた瑕疵により損害を被ったとする買主の売主等への請求が全て棄却された事例
(東京地判 平26・ 2 ・ 7 ウエストロー・ジャパン) xx x
ビルを購入した買主が、建築基準法上の是正が必要な隠れた瑕疵があり、仲介業者からその売買目的物の瑕疵の有無についての調査・報告がなかったことにより損害を被ったとして、売主には主位的に瑕疵担保責任に基づき、予備的に不法行為又は不当利得に基づき、仲介業者には調査報告義務の債務不履行に基づき、工事費用相当額および遅延損害金の支払を求めた事案において、買主の主張には理由がないとして、請求が全て棄却された事例(東京地裁 平成26年2月7日判決 棄却ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成18年11月6日、売主Y1(被告)は、都内で以下の建物(以下「本件建物」という。)の建築確認を申請し、建築をした。
種類 店舗事務所
構造 鉄筋コンクリート造地下1階地上6階床面積 地階 110.72㎡
1階〜6階 各階とも100㎡未満用 途 地階から3階につき物販店舗、
4階から6階につき事務所
なお、本件建物の地階への階段(以下「本件階段」という。)は、奥寄りは1階から2階へと上がる階段の底面部分が本件階段上部をふさぐ形となっていたが、天井ないし屋根はついていなかった。
Y1は、本件建物建築後、地下1階から4階を自ら改装工事をし、飲食店舗として使用し、又は、各階の賃借人に飲食店舗として使
用することを承諾し、xx各階の用途を飲食店舗へと変更し、地階も平成20年4月25日から飲食店舗として賃貸されていた。
平成20年5月30日、買主X(原告)は、仲介業者A(訴外)の仲介により、本件建物の売買契約を締結した。
その際、Xは、Aから指定確認検査機関である日本建築検査協会(株)作成の「①建築物の確認済証及び検査済証の交付を受けている。ただし、店舗は、確認申請時物販店舗となっていたが、現況ではB1、2〜4階が飲食店舗に変更されている。ただし、用途変更時期がずれており、各店舗は100㎡未満であることにより、用途変更の手続は不要であると思われる。②地上階及び地下階への階段は、法規定の避難階段となっている。」との記載がある建物状況報告書の交付も受けた。
同年6月30日、Xは、Y1に売買代金を支払い、本件建物の引渡しを受けた。
平成21年4月、Aは仲介業者Y2(被告)に権利義務を承継させて解散した。
平成23年7月29日、Xは、区から、本件階段が建築基準法施行令第123条の規定に適合することの明示を求める通知を受け、同日、区から本件階段の現況は法令で定めた避難階段の形状となっておらず、耐火性能を満たした壁・屋根・防火戸で囲うことが必要である旨の指導を受けた。
同年9月20日、Xは、地表部分に箱形の構造体により、本件階段が囲われる形状となる工事及び1階から6階の用途変更申請を行
い、11月18日、確認済証の交付を受けた。 Xは、Y1、Y2に対し連帯して同工事費
用868万円相当額の支払いを求め、提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示してXの請求を全て棄却した。
⑴ 地階の用途変更に伴う確認申請の要否 Xは、Y1が地階の用途を飲食店舗に変更
する際、床面積が100㎡を超えるため、確認申請をすべきであった旨主張するが、この点の取扱いは全国でばらつきがあり、また、日本建築行政会議も全国で統一指針を作れなかった旨回答していることが認められる。本件建物の地階は、エレベーターホール及び本件階段も含めて用途変更の基準床面積とする可能性もある反面で、店舗部分とエレベーターホールは壁で区画されており、店舗部分の床面積96.42㎡のみを算入し、用途変更の申請が不要とされた可能性も否定できず、本件建物の地階の用途変更申請がxx的に必要であったとはいえないというべきである。
⑵ 屋内避難階段に関する要件充足性 Xは、本件階段が屋内避難階段としての要
件を充足せず、法律上の瑕疵があったと主張するが、本件階段は、同要件を充足することを念頭に置いて検討され建築確認がされており、当時の区の担当者の見解としては本件階段が屋内避難階段としての要件を充足していると解されること、現時点でも、地階への階段が屋根のない形状であったとしても、屋内避難階段としての要件を満たしているとの見解である行政庁もあること、平成23年7月での区の見解が、本件階段が同要件を充足していないというものであるとしても、これは唯一の見解であるとはいえず、本件階段が法の要件を充足しない違法なものであるということはできず、本件建物は売買目的物として法
律上の瑕疵があるということはできない。
⑶ Y1の不法行為責任等の成否
本件建物の地階の用途を飲食店舗に変更した当時において、用途変更に係る確認申請をする必要はないとの見解もあり得たところであり、また、本件階段で屋内避難階段としての要件は充足しており、変更工事をする必要はなかったというべきであり、Xが本件建物の取得後、区から用途変更申請と本件階段の是正工事の指導を受けたのは、この時点における区の見解・運用に基づくものというべきであるので、Y1が用途変更申請をせず、本件階段工事をせず、本件建物を売却したことは何ら違法なものではなく、また、Xの不当利得についての主張にも理由がない。
XのY2に対する媒介業者としての調査報告義務に違反するとの主張も理由がない。
3 まとめ
用途変更部分の床面積が100㎡未満の場合、建築基準法第6条1項1号では確認申請は不要とされているが、重要なことは、対象床面積が100㎡未満か否かの判断は、行政により、また、同じ行政でも担当や時代により異なることである。
本件では、仲介業者に対する調査報告義務違反に基づく請求も棄却されているが、仲介業者が、建物状況報告書の交付の有無にかかわらず、所管行政窓口に出向き確認をしていれば、売買契約締結時点での行政からの指導の有無も確認でき、本件訴訟も生じなかったであろう。本来はここまでして仲介における調査業務を果たしたと言えよう。なお、冊子
「法令上の制限と調査のポイント」http:// xxx.xxxxx.xx.xx/xxxx/xxx/XxxxxxXxxxxx.xxxも用途変更に関する説明が掲載されているので、参考とされたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑽−残置された水銀と建物の瑕疵−
売買建物に水銀が残置されていたことを理由とする買主の契約解除、損害賠償等の請求が棄却された事例
(東京地判 平26・ 7 ・25 ウエストロー・ジャパン) xx xx
買主が購入した区分所有建物に居住不能な水銀汚染があったとして、売買契約の錯誤無効、履行不能、瑕疵担保責任による契約解除、水銀を残置したことの説明義務違反による損害賠償等を求めた事案において、当該汚染は買主の内装業者が、残置されたガラス瓶の内容物が水銀であることを知らず、搬出中に誤って割った漏出事故によるものであり、売買契約時において建物に水銀汚染があったとは認められない、また売主に水銀を残置したことの買主への説明義務違反が認められるが、損害の立証が認められないとして、その請求を全て棄却した事例(東京地裁 平成26年7月25日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成24年6月、買主X(原告・xx業者)は、売主Y(被告・個人)との間で、区分所有建物をリフォーム後転売することを目的として、売買代金1350万円にて「本件建物内のYの残置物は、Xの負担にて処理する。Yは本件建物の隠れたる瑕疵の一切の責任を負わない」旨の特約を付した売買契約を締結した。
平成24年7月、Ⅹは本件建物の引渡しを受け、内装工事に着手したが、X委託の内装業者がその一室において、内容物が不明な容量 500ml位の蓋が付いた状態のガラス瓶28本を発見し、搬出しようとしたところ誤って2本を落として割り、水銀が本件建物内に散乱した。
内装業者は、ほうき、ちり取り、一般の電
気掃除機により散乱した水銀を集める作業を行ったが、平成24年8月の空気中の水銀濃度測定において、1.83〜3.08mg/㎥(労働安全衛生法に基づく作業環境基準における水銀の管理濃度:0.025 mg/㎥)と居住に適さない濃度の水銀汚染が測定された。
Yは、平成24年12月、水銀含有廃棄物等の処分専門業者に本件水銀汚染の除去を、Yの費用負担において依頼し、同業者の除去作業により、平成25年7月作業完了後の空気中水銀濃度は、0.0014〜0.0022 mg/㎥と居住に支障のない程度になった。
Xは、平成25年5月、本件建物に水銀汚染が判明したことにつき、売買契約の錯誤無効、履行不能、瑕疵担保責任による解除、瑕疵担保責任又は説明義務違反を理由とした売買代金相当額1350万円及び売買費用相当額367万円余の損害賠償を請求した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示し、Xの請求をいずれも理由がないとして全て棄却した。
⑴ 売買契約当時、本件建物に居住不能な程度の水銀汚染があったかについて Yは平成3年5月頃、Y経営の工場閉鎖の
際本件建物に合計約190kgに及ぶ水銀の入ったガラス瓶を持ち込み、以降保管していたことが認められるが、割れていない26本は水封された状態であったこと、本件建物内にxx居住していたYらに水銀中毒の症状が見られないことから、本件建物において水銀汚染は
なかったものと推認される。
本件建物にて高い水銀濃度が測定されたのは、Xの内装業者の漏出事故により水銀が散乱し、またその回収に水銀専用掃除機でなく一般の掃除機等を使用したことにより水銀が蒸発拡散した可能性が高いと判断される。よって、売買契約当時、本件建物に水銀汚染があったとは認められないことから、Ⅹの錯誤無効、履行不能、瑕疵担保責任を理由とする契約解除はいずれも理由がない。
⑵ 売主の説明義務違反に基づく不法行為の成否について
毒物である水銀が残置されていることは、 Xが本件売買契約を締結し本件建物を使用するに当たり重要な考慮要素となるものであるから、Yには説明すべきxxx上の義務があるというべきである。
Yは、本件売買契約に残置物特約があり、 Xも実際に本件建物内を確認した上で契約を締結していることからYに説明義務はないと主張するが、本件特約が意味する「残置物」とは、家財道具又はこれに類する物を意味すると解するのが当事者の合理的な意思解釈というべきであって、毒物である水銀が「残置物」に含まれると解することはできない。
⑶ 売主の説明義務違反により買主が被った損害額について Xは、Yの説明義務の違反により本件売買
代金相当額及び売買費用相当額の損害を被ったと主張するが、仮にYが本件水銀の残置を Xに告げていた場合に、Xが本件売買契約を締結しなかったとか、本件売買代金よりも低額にて本件売買契約を締結したであろうとする事実を認定する証拠はない。
また、Xが本件水銀残置の告知を受けていれば、売買代金の合意においてその処分費用相当額を控除していたとか、ガラス瓶の搬出において、これを慎重に取り扱い破損するこ
とはなかったといい得るとしても、Yはガラス瓶に入った水銀の廃棄処分費用や本件建物の除染費用を負担しているのであるから、X主張の損害はそもそも発生していないか、Yによって既に賠償されているというべきである。よって、X主張の損害の発生は認められないことから、説明義務違反の不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。
3 まとめ
本件は、居住用建物の売買において、売主が揮発性の毒物を告知せず残置し、買主が知らず誤って流出させたため、建物に汚染が発生してしまった珍しいケースであるが、「建物使用にあたって重要な考慮要素となる毒物の残置は売主にxxx上の説明義務がある。当該毒物は、残置物特約が意味する残置物に含まれるとは解されない」とした本件判示は実務上参考になると思われる。
売主残置物の撤去は、取引の安全性、不動産の管理責任明確化の観点から、不動産の引渡し前に売主の責任と負担で行われるのが一般的であるが、これを買主が行うとした場合には、本件のような事故も起こりえることから、残置物の内容の確認は重要である。
また、居住用建物に有害物質が保管されているとは、通常予想されないことではあるが、xx業者においては、念のため、売主に有害物質の保管の有無、保管履歴を確認し、また万一建物内に汚染が懸念させるような事象が認められれば、汚染調査の検討を売主・買主に打診する必要がある。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑾−老朽化した設備−
老巧化した空調設備が、売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできないとされた事例
(東京地判 平26・ 5 ・23 ウエストロー・ジャパン) xx xx
各階を区分所有建物とする建物の一部の階の買主が、専有部分の空調設備は老巧化し、修繕不能であったために損害を被ったとして、売主に対しては瑕疵担保責任に基づき、売却仲介をした業者に対しては不法行為責任に基づき、損害賠償金の支払を求めた事案において、設備の老朽化は、売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできず、また、仲介業者が調査、説明すべき義務を負っていたとはいえないとして、買主の請求を棄却した事例(東京地裁 平26年5月23日判決 棄却 控訴棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成24年5月15日、X(原告)は、Y1(被告)から、各階を専有部分とする区分所有建物(昭和57年6月築、鉄筋鉄骨コンクリート造、地下1階付地上10階建)の2階(213.55㎡)及び3階(208.94㎡)の2つのフロアー(以下「本件各建物」という。)を瑕疵担保の責任を負わない旨を条件に9000万円で購入し、 6月15日に引渡を受けた。なお、本件各建物の空調は、それぞれ建物屋上に設置された水冷式空調設備(以下「空調設備」という。)により行われていた。
本件売買において、宅地建物取引業者Y2
(被告)は、Y1との媒介契約に基づいて仲介業務を行った。
Xは、本件各建物を強い冷房能力が必要な PCカフェとしてテナントに賃貸することを
想定していたため、売買に先立ち行われた本件各建物の内見の際、既存の空調設備に加え、個別の空調機の室外機のベランダ設置が可能かどうかについて同行者に尋ねるなどしたが、屋上を見分することはなかった。
同年9月6日、3階部分が空室であったにもかかわらず電力を消費していたため、電力会社が漏電調査を実施したところ、漏電はないものの空調設備の室外機の待機電力によるものであることが判明した。
平成25年2月13日、Xは、次のように主張して、Y1及びY2に対して2450万円の損害の賠償を求めて提訴した。
①空調設備は、業務用エアコンの一般的な耐用年数である15年の2倍近い年数を経ている上、製造者は既に廃業しており、主要部品は製造されていないため、故障した場合は修理不能であり、これを新規の施設に交換するには総額1850万円の費用を要する。
②現在、空調設備は一応作動するものの、異常に電力を消費し、冷房効率も芳しくない。
③Xは、重要事項説明において、空調設備については何らの説明も受けておらず、内見の際にも、屋上に案内されることもなく、空調設備が上記のようなものであることを知らなかった。
④以上によれば、本件各建物には民法570条にいう隠れた瑕疵があるというべきで、 Y1は、本件各建物をxxにわたり使用していたので、空調設備の瑕疵について悪意であることは明らかであるから、瑕疵担保
責任免除特約に基づく免責は認められない。
⑤Y2は、Xに対し、重要事項説明において空調設備の瑕疵について説明すべき義務を負っていたにもかかわらず、故意又は過失によりその説明を怠った。したがって、 Y2は、不法行為に基づき、Xの被った損害を賠償する責任を負う。
⑥Xは、空調設備取替え費用1850万円、3階の賃借申込み撤回による逸失利益600万円
(月額100万円の半年分)の合計2450万円の損害を被った。
なお、本件訴訟提起後の同年3月1日、Xは、Xの依頼に基づき売買の仲介を行った宅地建物取引業者A(訴外)との間で、Aには、空調設備の隠れた瑕疵についての調査、報告義務を怠るなどの不適切な対応があったとした和解書を取り交わし、和解金として100万円の支払を受けた。また、Xは、同年8月20日の時点において、空調システムの管理会社による報告を受け、3階の空調の強制運転を断念した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、Xの請求を棄却した。
⑴ 空調設備は、業務用エアコンの法定耐用年数である15年を大幅に超える約30年を経過し、運転状況に特段の問題はないものの、老朽化が進んでおり、経年劣化により消費電力が増加し、また、新品時のような冷暖房効率は発揮できない上、近い将来正常に作動しなくなり、修理が必要となった場合には、空調設備の交換を余儀なくされるおそれがあるといえる。
⑵ 本件各建物のように、新築から長期間が経過したテナントビルの売買においては、これに付帯する空調設備も相応の経年劣化があ
り、上記のような問題点が存することは、容易に想定し得るものである。
⑶ 建物内見時の事実からは、Y1が、Xに対し、本件各建物の空調設備について一定の品質・性能を保証したような事情を認めるに足りない。
⑷ 以上によれば、本件各建物が売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできず、民法570条にいう瑕疵があるということはできない。
⑸ 宅地建物取引業者は、通常の注意をもって取引物件の現状を目視により観察しその範囲で買主に説明すれば足り、これを超えた取引物件の品質、性状等についてまで調査、説明すべき義務を当然には負わないというべきであるところ、空調設備について経年劣化に伴う問題点があることは、Xにおいて容易に想定し得たというべきであるから、Y2が調査、説明すべき義務を負っていたとはいえない。
3 まとめ
本判決は、中古建物の設備機器について、経年劣化により新品時の効率は期待できないこと、また、近い将来正常に作動しなくなったときには交換を余儀なくされることは容易に想定されるとして、そのことが瑕疵であるとはいえないと判示した中古建物の売買時の瑕疵に関する考え方の参考となる重要な判例である。
不動産業者には、中古建物の売買・媒介の際、紛争の未然防止のため、買主に対し、付属設備も経年劣化していること並びに交換部品が調達できなくなることがあることを告げておくことが求められる。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑿−認証申出の拒否−
宅地建物取引業に関する取引により生じた債権には該当しないとして、保証協会に対する認証請求が棄却された事例
(東京地判 平25・ 4 ・ 8 ウエストロー・ジャパン) xx xx
買主が、xx業者との間で行った不動産取引に関し、不法行為に基づく損害賠償請求権を取得したにもかかわらず、同社がその支払をしないとして、同社を会員とする保証協会に対して、xx業法64条の8第2項に基づき認証申出をしたところ、同協会がこれを拒否したため、申出者が認証を求めた事案において、当該損害賠償債権は、xxxに関する取引により生じた債権には該当しないとしてその請求が棄却された事例(東京地裁 平成25年4月8日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
X社(原告)は、A社(xx業者)から、平成21年4月頃、B社が所有する地上権付き建物及びC社の所有するその底地について、 B社及びC社との間で地上権の抹消や建物と底地の売却の合意ができており、底地の完全な所有権を取得し、これをデベロッパーD社に転売する話も既にまとまっているが、A社には資金がないため、X社が買主となってはどうかとの話を持ち掛けられた。また、X社は、A社からその頃、本件地上権の抹消に至る金額の上限を4500万円とすることなどを約定した、A社及びB社の記名押印のある「地上権抹消承諾書」(本件抹消承諾書)を受領した。
X社は、A社との間で、平成21年5月15日、本件建物及び本件地上権をX社がA社から 4400万円で買い受けることとし、手付金500
万円等と約定した「不動産売買及び地上xx 渡契約書」を取り交わした(本件売買契約)。また、X社とA社は、同日、B社がA社又
はその指定する者へ本件建物及び本件地上権を直接移転すること、A社がX社に買主たる地位を譲渡しB社がこれを承諾すること、B社はA社の指定に基づく直接移転による所有権の移転先をX社とすることを了解したことなどを約定した「地位譲渡確認書」(本件確認書)に記名押印し、同日中に、A社が、B社名義の記名押印がされた本件確認書をX社に交付した。
X社は、同日上記手付金500万円をA社に交付し、A社から、B社名義の記名押印のあるA社宛て領収書(本件領収書)の交付を受け、A社に交付した500万円がB社に渡ったものと考えた。
X社は、本件建物及び本件地上権の取得等に関する業務委託契約を別途A社と締結して、A社に3000万円程度の報酬を支払うことを考えており、同月20日、業務委託の報酬の内金として500万円を支払い、A社から領収書を受領した。
ところがB社は、本件抹消承諾書、本件確認書及び本件領収書を作成したことはなく、これらの書面のB社名義の押印はA社が偽造したものであった。X社は、A社に対し、上記手付金及び報酬内金合計1000万円を詐取された旨主張して、弁護士費用を加えた1100万円の損害賠償を求める訴えを提起し、東京地方裁判所は、平成23年1月26日、X社の請求
を全部認容する判決を言い渡した。 X社は、Y(保証協会:被告)に対し、平
成24年1月26日付けで、上記1000万円について、xx業法64条の8第2項に基づく認証の申出をしたが、Yは、同年7月3日、Yの会員であるA社とX社との取引は、全体として、 X社とA社による共同事業を目的とした契約であり、xx業法が保護するxxxに関する取引には当たらないとして、同申出を拒否した。
X社は、Yに対し、債権額1000万円の損害賠償請求権の認証を求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、X社の請求を棄却した。
⑴ 前提事実によれば、①X社は、A社から虚偽の話を持ち掛けられて、これを信じたこと、②X社は、他人物売買契約である本件売買契約を締結するとともに、本件確認書を作成・取得したこと、③X社は、A社に対して平成21年5月15日、手付金500万円を支払い、 B社名義の本件領収書を取得したこと、④X社は、本件建物及び本件底地の完全な所有権を取得してこれを転売することに関して、業務委託契約をA社と締結して、同社に利益分配することを考えており、当該業務委託の報酬の内金として500万円をA社に支払ったことの各事実を認めることができる。
⑵ 以上によれば、X社は、A社が進めていたと称する本件底地の地上げについて、これを同社だけで完成させることができなかったことから、当該地上げの事業に資金提供者として関与することとし、A社には業務委託報酬名目でX社から利益分配をすることを企画していたものであるから、A社を本件底地の地上げの実務担当者、X社を資金提供者としてA社とX社が共同して本件底地の地上げを
行い、D社への転売利益を両者で分配すると いう共同事業の合意が成立していたものと認めることができる。そして、A社に交付された手付金500万円は、同社を介してそのままB社に渡ることを予定して交付されたのであるから、X社による上記共同事業の一環としての資金提供であったとみるべきであって、これを独自の宅地建物取引と評価することはできず、売買の形式を借りた共同事業の一部の行為に過ぎなかったと認めるのが相当である。また、X社がA社に対して業務委託報酬の
内金として支払った500万円は、まさしく上記共同事業における利益分配の先渡しであったということができる。
そうすると、XがA社に騙取された合計 1000万円の損害賠償債権は、xxxに関する取引により生じた債権には該当しないと言うべきである。
3 まとめ
本件は関係する会社も多く、売買契約(他人物売買)とは別に業務委託契約が締結されるなど契約内容も複雑であるが、認証の申出者がxx業者の不法行為により取得した損害賠償請求権はxxxに関する取引により生じた債権には該当しないとして、その請求が棄却された。
本件事業は、訴外会社が底地の地上げからデベロッパーへの転売までの実務を、認証の申出者が資金提供を担うことが合意された共同事業とされ、xx業法が本来保護の対象とすべきxxxには当たらないとする裁判所の判断には肯ける。
なお、保証協会による認証に係る判例については、東京地判H25.5.27(RETIO93-148)、東京地判H25.4.22(RETIO92-138)など本誌においても多く事例を掲載しているので参考にされたい。