CONTENTS
Oike Library
御池ライブラリー
2017/4 No.45
借
CONTENTS
特 集 賃 貸
1 建物賃貸借契約終了一般 | 弁護士 | xx xx | 1 | |||||
2 土地賃貸借契約終了一般 | 弁護士 | xx xx | 4 | |||||
3 賃貸借契約の更新 | 弁護士 | xxx x | 6 | |||||
4 原状回復義務 | 弁護士 | xx xx | 0 | |||||
5 貸主の交代 | 弁護士 | xx xx | 12 | |||||
6 地震と賃貸借 | 弁護士 | xxx x | 14 | |||||
憲法・民事保全法 | 「忘れられる権利」について ─検索事業者に対する検索結果の削除請求を中心にして | 客員弁護士 | xxxxx | 16 | ||||
民 | 法 | 親権停止の事例の分析と今後の問題 | 弁護士 | xx xx | 19 | |||
民 | 法 | 相続預金と遺産分割 ─最高裁平成28年12月19日大法廷決定から | 弁護士 | xx xx | 21 | |||
民 | 事 | 訴 | 訟 | 法 | 公示送達の有効性について | 弁護士 | xxxxx | 24 |
会 | 社 | 法 | 上場会社における指名委員会の役割と後継者計画 | 弁護士 | xx xx | 26 | ||
労 | 働 | 法 | 同一労働同一賃金 | 弁護士 | xxxxx | 29 | ||
著 | 作 x | x | 幼児用椅子(TRIPP TRAPP)事件知財高裁判決とその後の裁判例 ─著作xxによる応用美術の保護 | 客員弁護士 | xxxxx | 30 | ||
著 | 作 x | x | XXXXXXによる音楽教室への著作権使用料徴収について | 弁護士 | xx x | 33 | ||
個人情報保護法 | 個人情報保護法の改正 | 弁護士 | xx xx | 36 | ||||
弁 護 士 法 | 弁護士法23条の2の照会に対し照会先が報告を拒絶した場合の不法行為の成否について ─最判平成28年10月18日から | 弁護士 | xxxxx | 38 | ||||
消 費 者 法 | クレジット名義貸し事案における割賦販売法35条3の13第1項の不実告知取消の可否 ─最三小判平成29年2月21日 | 弁護士 | xx xx | 40 | ||||
消 費 者 法 | クロレラチラシ差止め訴訟、最高裁判決の意義と射程 | 弁護士 | xxxxx | 43 | ||||
消 費 者 法 | インターネット通信契約の解約料について適格消費者団体の差止請求を認めた判決 ─京都地裁平成28年12月9日判決 | 弁護士 | xx xx | 45 |
御池総合法律事務所
x000-0000 xxxxxxxxxxxx xxxxxxxxxxxxx0x
TEL:000-000-0000 FAX:000-000-0000 E-mail:oike@xxxx-xxx.xx.xx
1 建物賃貸借契約終了一般
弁護士
xx xx
特集1
Q1-1 建物賃貸借契約(普通借家契約)の終了原因 建物を賃貸していますが、娘が結婚したことを機
に、娘夫婦に使わせてあげたいと考えています。建物の賃貸借契約が終了する場合としてはどのようなものがありますか。
A1-1
普通借家契約であれば、①更新拒絶、②解約申入れ、③賃借人との合意による解除及び④法定解除等が考えられますが、①及び②については、正当事由が必要とされます。
解説
定期建物賃貸借契約(いわゆる定期借家契約)や取壊し予定の建物の賃貸借以外の建物賃貸借契約(いわゆる普通借家契約)については、原則として、借地借家法(以下「法」という。)26条ないし28条、30条が適用され、契約の更新が保障されている。期間の定めがある普通借家契約を更新させずに終了させるためには、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に、賃貸人又は賃借人に対し、更新しない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知(更新拒絶)をしなければならず(法26条1項本文)、かかる通知には正当事由を要する(法28条)。当該通知を行った後でも期間満了後に賃借人が建物の使用を継続する場合には、さらに遅滞なく異議を述べなければならない(法26条2項)。
期間の定めがない普通借家契約の場合には、契約当事者は、いつでも解約申入れをすることができ(民法 617条1項)、賃貸人が解約申入れをした場合には、解約申入れの意思表示が賃借人に到達した日から6ヶ月を経過することによって終了するが(法27条1項)、解約申入れには正当事由が必要となる(法28条)。他方、賃借人からの解約申入れがあった場合には、民法の規定(民法617条1項2号)が適用され、特約がない限り、解約申入れの日から3ヶ月が経過すると普通借家契約は終了する。
このように、賃貸人からの更新拒絶及び解約申入れについては、いずれも正当事由の具備が必要とされ、その判断は、法28条に列挙された事情を考慮すること
によりなされる。具体的には、契約当事者双方の建物使用の必要性の有無、程度を比較衡量し、賃貸人に相当程度の建物の使用の必要性が認められる場合には、従前の経過、建物の利用の状況、建物の現状を勘案し、賃貸人の賃借人に対する財産上の給付が考慮され判断される。かかる財産上の給付は、通常はいわゆる立退料であることが多く、その内容としては、移転経費、借家権価格、営業補償などが含まれる。なお、更新拒絶についてはQ3-1-②を参照されたい。
そのほか、建物賃貸借契約の終了原因としては、賃貸人と賃借人の合意による契約の解除と、契約解除事由が生じた場合の契約解除が考えられる。後者については、Q1-2を参照されたい。また、建物が朽廃した場合には、当然に賃貸借契約が終了するものと解されているが、朽廃とは、時の経過により建物としての効用を失った状態であると考えられており、崩れる危険があり、使用することができない状態である。朽廃したか否かの判断は、個別具体的な事情によらざるを得ないが、朽廃を理由として賃貸借契約の終了が認められた事例(例えば、東京地判平成3年11月26日判時1443号128頁)は少ない。
Q1-2 建物賃貸借契約の解除一般
建物を賃貸しています。賃貸借契約はどのような場合に解除できるのでしょうか。
A1-2
解除事由としては、賃料不払、無断増改築、用法遵守義務違反等の債務不履行による場合と、賃借権の無断譲渡や建物の無断転貸の場合などが考えられます。但し、これらの解除事由の存在が認められる場合であっても、賃借人による行為が賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊しない程度のものである場合には、賃貸人による解除は制限されます。
解説
1 賃貸借契約の終了原因としては契約解除が挙げられるが、解除原因は、債務不履行による解除と賃借権の無断譲渡や建物の無断転貸の場合の2つに大きく分けられる。
2 典型的な債務不履行としては、賃料不払、建物の無断増改築を含めた用法遵守義務違反が考えられる。債務不履行解除の一般原則によれば、賃借人が債務を履行しない場合、賃貸人は、賃借人に対し、相当期間を定めて履行を催告した上、当該期間内に履行がないときには契約を解除できる(民法541条)。
しかしながら、賃貸借契約は、賃借人が継続的に目的物を使用収益することを前提としており、契約当事者間の信頼関係が基礎となっていることから、かかる信頼関係が破壊されていない場合には解除は認められないとされている。
賃料不払の場合、未払賃料について賃借人に対し相当期間を定めて支払を催告したにもかかわらず、当該期間内の支払がなかった場合でも、賃借人に
「賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意」が認められなければ解除が制限される(最判昭和39年7月28日判タ165号76頁)。したがって、通常は、1ヶ月分の賃料不払があった程度では、その他の特別の事情がない限り、賃貸借契約は解除できないと考えられる。賃料不払を原因とする信頼関係の破壊が認められるためには、(その他の事情にも左右されるが)一般的には3~ 4ヶ月分程度の賃料不払が発生していることが必要であろう。
また、建物賃貸借契約においては、賃借人による建物の増改築は当然には予定されておらず、用法遵守義務違反となり(他方、土地賃貸借契約の場合には、通常特約により無断増改築が禁止されている。)、賃貸人が相当期間内での原状回復(違反行為の中止)を催告したにもかかわらず、原状回復を怠った場合には原則として解除が可能になる。しかし、かかる違反が認められる場合であっても、無断で行われた増改築が契約当事者間の信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときには、賃料不払の場合同様、解除が制限されると解される
(最判昭和41年4月21日判タ191号82頁)。一方で、当該無断増改築の態様等からして、信頼関係の破壊が認められるような場合には、賃借人に対する催告を要せずして解除が可能になる(最判昭和47年11月16日判タ286号223頁)。無断増改築以外の用法遵守義務違反(その他の用法遵守義務違反の例については、 Q1-3を参照されたい。)についても同様であり、当該用法違反が契約当事者間の信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときには、解除が制限される。
なお、信頼関係が破壊されていないことは賃借人の側から主張立証しなければならない。
3 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができず
(民法612条1項)、これに違反して、第三者に賃借物を使用収益させた場合には、賃貸人は、賃貸借契約を解除することができる(同法同条2項)。このよう
に、賃借人による賃借権の無断譲渡及び賃借物の無断転貸は、賃貸借契約の解除事由となるが、債務不履行による解除の場合と同様、無断譲渡及び転貸があった場合でも、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には、賃貸人の解除は制限される(最判昭和28年9月25日判タ34号45頁)。例えば、個人事業主が会社組織に変更した場合には、賃借権の譲渡があったとしても、社会的・実質的には実体の変化がないことから、背信行為とは認められず、解除が制限される(最判昭和43年9月 17日判タ227号142頁)。なお、かかる特段の事情は、債務不履行の場合と同様、賃借人が主張立証しなければならない(最判昭和41年1月27日判タ188号114頁参照)。
Q1-3 迷惑行為を理由とする建物賃貸借契約の解除賃貸マンションを所有し、xxをしていますが、最 近、借主の方から隣室の深夜の騒音がひどいという苦情が出て困っています。騒音を発生させている借主と
の賃貸借契約を解除することはできないのでしょうか。
A1-3
騒音の種類、音量や頻度、隣人が受けている迷惑の程度にもよりますが、用法遵守義務違反による解除が認められる可能性があります。
解説
賃貸マンションにおいては、隣り合った部屋に複数の賃借人が居住することから、ある居住者の迷惑行為により、隣人間でのトラブルが発生しやすい。迷惑行為の類型としては、騒音、悪臭、通行妨害、いやがらせ・暴行・暴言、奇行、ゴミの不始末、ペットの飼育などが多いとされている。賃貸人としては、迷惑行為が悪質な場合に当該迷惑行為を行っている賃借人との契約を解除できないかと頭を悩ませることも多いと思われる。
この点、建物賃貸借契約の賃借人は、契約又は賃借物の性質から定まる用法に従って使用収益をしなければならないという用法遵守義務を負っている(民法616条1項、同法594条1項)。かかる義務違反は、賃借人による債務不履行であり、Q1-2で解説したとおり、賃貸人が相当期間を定めて違反行為を中止するよう催告したにもかかわらず(信頼関係破壊を理由に催告が不要となる場合があることはQ1-2で言及したとおりである。)、違反行為が継続し、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊された場合には、賃貸人は賃貸借契約
を解除することができる。すなわち、当該違反行為が当事者間の信頼関係を破壊する程度にまで至らない場合には、解除が認められないことになる。近隣への迷惑行為も、用法遵守義務違反の問題として整理され、迷惑行為を原因とする解除の可否を判断するに当たっては、賃貸借契約締結に至る経緯、近隣への迷惑の有無及びその程度、賃借人側の用法違反の理由、賃貸人側の用法違反による損害の程度等が考慮されるが、信頼関係が破壊されていると認められるためには、迷惑行為により建物が損傷しているとか、他の入居者が退去してしまい賃貸人に経済的損害が発生しているなどの事情が必要であると考えられる。
本件は騒音が問題となっていることから、当該騒音の種類、程度、時間帯、頻度、地域性、隣人が被っている迷惑の程度等がポイントになる。裁判例では、夜中に大音量で音楽を聴いたり、床を踏みならす行為が問題となった事案(東京地判平成23年1月31日ウエストロー・ジャパン)や、店舗及び住宅に使用されているマンション内の店舗のカラオケ騒音が問題となった事案(横浜地判xxx年10月27日判タ721号189頁)等で解除が認められている。本件は深夜における騒音とのことであり、当該騒音の種類、音量や頻度、隣人が受けている迷惑の程度によっては、他の入居者が退去してしまうおそれもあり、契約解除が認められる可能性はあると考えられる。
Q1-4 中途解約条項に基づく普通借家契約解除の可否
建物を契約期間3年として賃貸していますが、建替えのため、借主の方には退去していただきたいと考えています。改めて契約書を確認すると、4ヶ月前の予告があれば中途解約できると規定していました。この規定に基づき、賃貸借契約を中途解約することはできますか。なお、その借主と締結したのは定期借家契約ではありません。
A1-4
解除の理由とされている中途解約条項は、借地借家法30条に違反し、無効と解されますので、賃貸人は、当該条項に基づき、賃貸借契約を解除することはできません。
解説
本件で問題となっている普通借家契約には期間の定めがあるところ、期間の定めのある普通借家契約を終了させるためには、Q1-1で解説したとおり、期間満
了の1年前から6ヶ月前までの間に、賃借人に対し、更新拒絶の通知をしなければならず、当該通知は正当事由を具備している必要がある(法26条1項本文、28条)。また、期間の定めのない普通借家契約について解約申入れをする場合も同様に正当事由が必要とされている。このように、借地借家法は建物賃貸借契約の存続を保障し、賃借人の権利を強く保護している。
この点、本件で問題となっている中途解約条項は、期間の定めのある普通借家契約について、期間満了前であっても、4ヶ月前の予告があれば、賃貸人は中途解約できる旨規定するものであることから、上記借地借家法の規定に違反し、無効ではないかが問題となる。
過去に、このような中途解約条項を無効と判示した裁判例がある(東京地判昭和27年2月13xxx集3巻2号 191頁)。すなわち、賃貸人が6ヶ月前の予告があれば、中途解約できるという特約に基づいて、期間の定めのある建物賃貸借契約を解除したという事案について、裁判所は、特約の存在には争いがないことに言及した上、かかる特約は、賃貸人に対し、期間の定めのある建物賃貸借契約をいつでも期間の定めのないものとすることができる権利を与えたものと同様の効果を持つものであるが、旧借家法が解約申入れによる期間の定めのある建物賃貸借契約の終了を認めていないこと、賃借人は存続期間中賃貸人の意思のみによって使用収益の権利を奪われない法律上の利益を有しているなどとして、当該特約は無効であると判断した。かかる裁判例の結論からすれば、本件で問題となっている特約についても、借地借家法の規定に反する賃借人に不利なものとして、同法30条により無効であると解される。したがって、本件では、賃貸人は中途解約条項に基づき普通借家契約を中途解約することはできない。なお、建物賃貸借契約において、賃貸人の要求があ るときは、いつでも即時明け渡す旨の特約が規定されていても、当該特約は、賃借人の権利の安定を保障する借地借家法の規定に反し、賃借人に不利なものであるから、本件同様、無効な特約であると考えられる
(神戸地判昭和31年10月3xxx集7巻10号2806頁参照)。
Q1-5 定期借家契約の終了
建物を定期借家契約で貸しています。契約を終了させる場合、通常の建物賃貸借契約の終了と異なる点はありますか。
A1-5
定期借家契約は、契約当初の存続期間どおりに借家
関係が終了する借家権を認めるものであり、更新が認められず、期間満了により終了します。また、中途解約も原則として認められません。
解説
定期借家契約が認められたのは、旧借家法において、借家権に法定更新が認められ、更新拒絶には正当事由が必要とされるなど、強い存続保障が認められたことから、建物を貸すと戻ってこないおそれが強くなり、借家が供給されにくくなるという弊害が生じることになったためである。
そのため、定期借家契約においては、通常の建物賃貸借と異なり、更新が認められず、期間満了により、契約は終了する。ただし、契約期間が1年未満か否かによる区別がなされている。すなわち、期間が長期である場合、賃借人が期間満了を失念し、突然賃貸人から明渡しを求められたときに、代替の借家を見つけることが困難で、賃借人にとって酷な事態が生じうる。そこで、契約期間が1年未満の場合には、期間満了により契約は当然に終了するものの、契約期間が1年以上の場合には、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間
(通知期間)に賃借人に対し期間満了による契約終了の通知をしなければ、賃借人に契約終了を対抗できず、通知期間後に当該通知を行った場合には、当該通知の日から6ヶ月の経過をもって契約終了を対抗できるとされ(法38条4項)、賃借人が保護されている。
特集2
また、定期借家契約は、期間が定まっている以上、中途解約は原則として認められない。ただし、契約後の事情変更により、賃借人が建物に居住し続けることができなくなったときでも、賃借人に期間満了まで賃料の支払義務を負担させることは酷であることから、一定の場合に限り、定期借家契約の中途解約が認められている(法38条5項)。
2 土地賃貸借契約終了一般
弁護士
xx xx
Q2-1 土地賃貸借契約の終了原因
土地の賃貸借契約が終了する場合としては、どのよ
うなものがありますか。
A2-1
合意により終了する場合として合意解除が、当然に終了するものとして期間の満了が、一方的に終了させる場合として解約申入れ及び法定解除等があります。解説
合意解除は、賃貸人と賃借人とが合意により賃貸借契約を解除するものである。
合意による終了以外の終了原因として、まず、賃貸借契約に期間が定められている場合には、その期間の満了により、契約は終了する。ただし、旧借地法や借地借家法の適用がある場合には、一定の要件を充たすと借地契約が更新されたものとみなされる1。
また、賃貸借契約に期間が定められなかった場合
(民法617条)や期間が定められた場合でも解約権を留保した場合(同法618条)には、当事者の一方が解約の申入れをすることにより、賃貸借契約を終了させることができる場合がある。
さらに、賃借人が賃貸人に無断で賃借権の譲渡または転貸をした場合(同法612条2項)のほか、賃借人が債務不履行をした場合(同法541条)等に、賃貸人は賃貸借契約を解除できる場合がある2。
Q2-2 解約申入れ
所有している空き地を有効活用しようと考えて、駐車場として賃貸しました。特に期間を定めずに貸していたのですが、この度、その土地に別荘を建てることになりました。土地を返してもらうことはできるのでしょうか。
A2-2
建物の所有を目的とせず、期間の定めのない土地賃貸借契約においては、解約の申入れをし、1年経過後に土地を返してもらうことができます。
解説
賃貸借契約に期間が定められなかった場合(民法617条)や期間が定められた場合でも解約権を留保した場合(同法618条)には、当事者の一方が解約の申入れをすることにより、賃貸借契約を終了させることができる場合がある。
解約の申入れは、原則として、賃貸借契約の締結後、いつでもすることができる(同法617条1項前段)。解約の申入れがなされた場合は、その日から猶予期 間(土地の賃貸借では1年、建物の賃貸借では3ヶ月、
動産・貸席の賃貸借では1日)が経過することにより、賃貸借契約が終了する(同法617条1項後段)。この期間は、当事者の合意により変更することができる。
例外として、借地借家法の適用がある場合(Q2-3)には、期間の定めがなければ存続期間は30年とされるため(同法3条)、解約申入れによる契約の終了は認められない。
Q2-3 期間の満了と存続期間
所有する土地を、借地人が自宅を建てるために、期間10年間として賃貸し、借地人はその土地に自宅を建てて住んでいます。もうすぐ10年になりますが、借地人からは、まだ子どもも小さいし、新しく家を建てるお金もないから、10年経った後も住み続けたいと言われています。10年経った時に土地を返してもらえないのでしょうか。
A2-3
建物の所有を目的とする借地契約については、旧借地法または借地借家法が適用されます。
大正10年5月15日から平成4年7月31日までに締結されたものについては、旧借地法の適用により、堅固な建物の所有を目的とする場合には30年未満の期間を定めてもその期間は60年とされ、非堅固な建物の所有を目的とする場合には20年未満の期間を定めてもその期間は30年とされます。
平成4年8月1日以降に締結されたものについては、借地借家法の適用により、建物の種類を問わず、30年未満の期間を定めてもその期間は30年とされます。したがって、設問の事例では、10年を経過した時
点で返してもらうことはできません。解説
賃貸借の存続期間について、民法は、20年を超えることができないと定めている(民法604条1項)。
しかし、「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」(借地権。旧借地法1条、借地借家法2条1号。)については、旧借地法ないし借地借家法による修正を受ける(旧借地法は大正10年5月15日に施行され、借地借家法は平成4年8月1日に施行されている。大正10年5月15日から平成4年7月31日までに締結された借地契約に基づく借地権には旧借地法が適用され、平成4年8月 1日以降に締結されたものには借地借家法が適用される。)。
ここでいう「建物」については、生活や営業を保護するという観点から、工作物よりも狭く、生活し営業
を行うことが可能なxx物であることを要するという見解と、投下資本の維持・回収確保の観点から、維持・回収が要請される程度の資本が投下されたものであれば足りるという見解がある。いずれの見解においても、継続的に利用可能なxx物であることは必要とされ、仮設的で耐久性のないものは「建物」とはいえない。
また、「所有を目的とする」とは、「借地人の借地使用の主たる目的がその地上に建物を築造し、これを所有することにある場合」をいうとされる(最判昭和42年12月5日判タ216号120頁)。その判断にあたっては、契約内容、使用形態及び利用目的等が考慮される。
旧借地法が適用される場合、目的物たる建物が堅固なものかそうでないものかによって借地契約の存続期間が異なる。まず、堅固な建物の場合には60年とされ
(旧借地法2条1項本文)、契約で30年以上の存続期間を定めたときはその期間になる(同条2項)。契約で30年未満の存続期間を定めても、それは借地権者に不利な約定として定めなかったものとみなされ(同法11条)、 60年になると解される。次に、非堅固な建物の場合には30年とされ(同法2条1項本文)、契約で20年以上の存続期間を定めたときはその期間になる(同条2項)。契約で20年未満の存続期間を定めても、それは借地権者に不利な約定として定めなかったものとみなされ(同法11条)、30年になると解される。
借地借家法が適用される場合、建物の構造にかかわらず、借地契約の存続期間は30年とされ、契約でそれより長い期間を定めたときにかぎり、約定期間によるとされている(同法3条)。
以上の存続期間の修正のほか、更新の可能性もある。例外として、建物の所有を目的とする土地の賃貸借
であっても、「臨時設備の設置その他一時使用のために借地権を設定したことが明らかな場合」には、存続期間に関する規定が適用されない(旧借地法9条、借地借家法25条)3。
Q2-4 建物買取請求権
所有する土地を借地人が自宅を建てるために賃貸し、実際に借地人が自宅を建てて住んでいましたが、この程、期間満了で、更新もなく、借地契約が終了することになりました。土地の明渡しにあたって、借地人から、借地上に建てた建物を買い取ってもらいたいと言われています。買い取らなければならないのでしょうか。
A2-4
借地契約の存続期間が満了し、更新がなされない場合で、借地人がその権原により借地に建て、所有する建物が存続しているときに、借地人が建物買取請求をした場合には、xxは、その建物を時価で買い取らなければなりません。
解説
旧借地法及び借地借家法では、建物その他借地人が権原により土地に付属させた物を時価で買い取るべきことをxxに請求する権利(建物買取請求権)が認められている(旧借地法4条2項、借地借家法13条1項)。
借地人は、①借地権の存続期間が満了した場合に、
②契約の更新がなされないときは、③存続期間の満了時に賃借人が借地上に建物等を所有し、④借地人が買取請求をする時に建物等が土地の上に存在していれば、⑤xxに対して当該建物等を時価で買い取るべきことを請求する意思表示をすることによって、建物買取請求権を行使することができる。なお、第三者が借地上の建物等を取得した場合に、xxが賃借権の譲渡・転貸を承諾しないときも、同様の買取請求権が認められている(旧借地法10条、借地借家法14条)。
建物買取請求権が行使された場合、建物等について、当事者間に売買契約が成立したのと同一の効果が認められる(大判昭和11年5月26日民集15巻998頁、最判昭和33年6月6日判時152号28頁、最判昭和42年9月14日民集21巻7号1791頁等。)。そのため、借地人は、同時履行の抗弁権(民法533条本文。前掲最判昭和42年9月14日等。)や留置権(同法295条1項本文。前掲最判昭和33年6月6日等。)により、建物代金の支払いがあるまで建物の引渡しを拒絶できる。この建物留置権の実効性を確保するために、その敷地についても留置権が認められている(大判18年2月18日民集22巻91頁等。)。ただし、その場合でも、存続期間の満了後は、土地を無権原で占有していることに変わりはない以上、地代相当額を土地所有者に不当利得として返還しなければならない(最判昭和35年9月20日民集14巻11号2227頁)。
買取価格は、建物等の「時価」とされる。ここでいう「時価」は、建物が現存するままの状態における価格である( 最判昭和35年12月20日民集14巻14号3130頁)。借地権そのものの価格は含まれない。建物の存在する場所的環境は参酌すべきとされる。
なお、借地借家法では、借地権の存続期間が満了する前に、xxの承諾を得ないで、残存期間を超えて存続すべきものとして建物が新たに築造されたときは、xxの請求により、裁判所が、代金の全部または一部
の支払いにつき相当の期限を許与できるとされている
(同法13条2項)。
借地人の債務不履行を理由としてxxが賃貸借契約を解除した場合に、借地人に建物買取請求権が認められるかどうかについては争いがあるが、判例は、信頼関係の破壊の観点から、建物買取請求権を否定する
(最判昭和35年2月9日民集14巻1号108頁)。
1 更新の詳細は、「3 賃貸借契約の更新」を参照。また、それに関連して、定期借地権については、御池ライブラリー 35号8頁を参照。
2 法定解除の詳細については、御池ライブラリー 39号6頁、同39号12頁も参照。
特集3
3 一時使用の賃貸借の詳細については、御池ライブラリー 35号1頁以下も参照。
3 賃貸借契約の更新
弁護士
xxx x
Q3-1
子ども3人が大学に進み、いずれも下宿することになり、賃貸マンションを借りました。更新について賃貸借契約書の記載が色々です。
①長男の契約書には、契約期間が書いてありません。 4年間そこに住み続けたいと言っていますが、その場合には、更新は考えなくてよいのでしょうか。
②長女の契約書には、契約期間が2年と書いてあります。2年以上住みたい場合に、賃貸人の方から断られることがあるのでしょうか。その場合、どのようなことを注意したらよいのでしょうか。
③xxの契約書には、契約の更新がない「定期借家契約」とあり、2年で明け渡すことが書いてあります。この場合、更新することができるのでしょうか。
A3-1-①
長男は「期間の定めのない賃貸借契約」を締結しており、「更新」ということは考えなくてよいです。但し、期間の定めのない建物賃貸借契約では、賃貸人から解約申入れがされる可能性があります。賃貸人による解約申入れは理由が限定されており、「正当の事由」が
ある場合にのみ解約申入れができ、その場合には申入れから6ヶ月を経過することによって賃貸借契約は終了します。どういう場合が「正当の事由」となるかは法律で例示されており、裁判例の蓄積もあります。 解説
期間の定めのない賃貸借契約は、民法ではいつでも解約の申入れをすることができ、建物の賃貸借は解約申入れから3ヶ月を経過したら終了するとされている
(民法617条1項)。しかし、借家は賃借人にとって生活の本拠であり、いつでも解約をされるのでは安心して暮らすことができない。そこで、特別法である借地借家法で民法の規定が修正されて、建物の賃貸人は、自ら使用することを必要とする場合その他「正当の事由」がなければ解約申入れができない(借地借家法28条)。また、終了の期間も解約申入れから6ヶ月後と延長されている(借地借家法27条1項)。
解約申入れができる「正当の事由」があるかどうかは、ⅰ)建物の賃貸人及び賃借人・転借人が建物の使用を必要とする事情がまず重要で、このほかⅱ)建物賃貸借に関する従前の経過、ⅲ)建物の利用状況、ⅳ)建物の現況、ⅴ)立退料などの申出を考慮して総合的に判断される(借地借家法28条)。
裁判例では、賃貸人が賃貸建物に住んで商売するしか生計の道がない場合(最判昭和26年4月24日判タ12号 65頁)、賃貸人が移転する代替建物を提供する場合(最判昭和32年3月28日判タ70号60頁)、建物が倒壊するおそれがあり解体ないし大修繕の必要がある場合(最判昭和35年4月26日判タ105号51頁)、正当な立退料を提供した場合などで正当事由があるとされている。立退料は正当事由の補完要素であるが、最近は敷地の高度有効利用の必要がある場合に立退料と併せて正当事由を認める傾向がある(東京地判平成2年9月10日判時 1387号91頁、同平成3年7月25日判時1416号98頁、東京高判平成12年3月23日判タ1037号226頁)。
なお、正当事由があり解約申入れによって賃貸借契約が終了した場合でも、賃借人が建物の使用を継続している場合には、賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときには、従前の契約と同一の条件で契約を更新したとみなされるので、注意を要する(借地借家法27条2項、26条2項)。
A3-1-②
長女は、契約期間終了時に賃貸人から更新拒絶をされる可能性があります。但し、賃貸人による更新拒絶は制限されており、解約申入れと同様の「正当の事由」
がなければできません。また、期間満了前の一定の期間までに更新しないという通知をしなければ、従前の契約と同一条件で契約を更新したものとみなされる
「法定更新」も規定されています。解説
期間の定めのある賃貸借契約は、民法では約束した期間が満了したら終了するとされている(民法616条による597条1項の準用)。しかし、借家は賃借人にとって生活の本拠であり、いつでも解約をされるのでは安心して暮らすことができない。そこで、特別法である借地借家法で民法の規定が修正されて、建物の賃貸人は、自ら使用することを必要とする場合その他「正当の事由」がなければ期間が満了しても更新を拒絶できない(借地借家法28条)。
更新拒絶ができる「正当の事由」があるかどうかの判断基準は、A3-1-①の期間の定めのない賃貸借契約の解約申入れの「正当の事由」と同じなのでそちらを参照してもらいたい。
また、民法619条1項で賃借人が期間の満了後も借家などの賃貸物の使用を続けている場合には、従前と同じ条件で黙示の更新がされたと推定されている。そして、借地借家法はこれをさらに修正して、賃貸人が約束された期間満了日の1年前から6ヶ月前までの間に賃借人に対して、ⅰ)更新をしないという通知、または、ⅱ)条件を変更しなければ更新はしないという通知のいずれかをしなかった場合には、従前の契約と同じ条件で更新をしたものとみなす、「法定更新」の制度を設けている(借地借家法26条1項)。民法では更新が推定されるだけのところ、借地借家法では更新されたことになるので賃借人の地位がより安定する。但し、更新された契約は期間の定めのないものとなるので注意を要する。
なお、正当事由があり更新拒絶がされた場合でも、賃借人が建物の使用を継続している場合には、賃貸人が遅滞なく異議を述べなかった場合には、従前の契約と同一の条件で契約を更新したとみなされる。この場合も期間の定めのない賃貸借契約となる(借地借家法 27条2項による26条2項の準用)。
A3-1-③
xxは、契約の更新がない「定期建物賃貸借」の要件を満たす場合には、更新できません。正当事由の制限や法定更新の制度も適用されません。但し、再契約は否定されず、優良な賃借人を選別する手段となっており、期間中問題が生じなければ再契約される可能性
が高いと考えられます。解説
期間の定めのある建物の賃貸借契約で、ⅰ)更新がないことを定め、ⅱ)書面(法律ではxx証書が例に挙げられているが、必ずしもxx証書である必要はない。)によって契約された場合には「定期建物賃貸借契約」または「定期借家契約」と呼ばれ更新ができない
(借地借家法38条1項)。合意更新、法定更新(借地借家法26条)、黙示による更新(民法619条1項)ができず、賃貸人の地位が強化されている。
定期建物賃貸借契約が有効となるには、書面で契約することのほか、ⅰ)賃借人に対して、この賃貸借契約は更新がなく、期間満了により終了することを書いた書面を交付して説明すること(借地借家法38条2項。最判平成24年9月13日裁時1563号335頁では、当事者の認識に関わらず説明書面は契約書とは別個独立の書面で行う必要があるとされている。)、ⅱ)賃貸人は定期建物賃貸借契約の期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に、賃借人に対して期間満了によって契約が終了することを通知することが必要となる(借地借家法38条4項)。ⅰを欠いた場合には通常の建物賃貸借契約となり、ⅱを欠いた場合には改めて終了通知を出したときから6ヶ月後に終了することになる。
定期建物賃貸借契約は再契約ができ、社会的には優良な賃借人を確保するための手段となっており、再契約する場合も多くある。期間中特にトラブルがなければ、再契約の可能性があるので、交渉してもらいたい。
賃借人の転勤、療養、親族の介護その他やむを得ない事情により、生活の本拠として使用することが難しくなったときには、期間満了まで借りる義務のある賃借人から解約の申入れができる。その場合は、申入れ日から1ヶ月の経過によって契約は終了する(借地借家法38条5項)。
定期建物賃貸借契約や定期土地賃貸借契約についての詳細は、御池ライブラリー 35号のQ4(8頁)、Q5(11頁)も参照してもらいたい。
Q3-2
当社は建設業を営んでいます。倉庫用地Aと資材置場Bの2つの土地をいずれも期間20年で借りています。倉庫は当社で建てて登記もしています。間もなく20年の契約期間が満了します。引き続き借りたいのですが、ABの両土地とも更新はできるのでしょうか。その場合の賃料や賃借期間などの条件はどうなるのでしょうか。
A3-2
建物所有を目的とした倉庫用地Aの借地契約は、借地借家法で存続期間が30年とされています。そのため更新をしなくてもそのまま使用できます。資材置場 Bは建物所有を目的としていないので、期間満了で終了することが原則となります。ただし、使用、収益をしていながら賃貸人が異議を述べなかった場合は更新したと推定されます。その場合の条件は従前と同じですが、期間の定めのない賃貸借契約となります。
解説
平成4年8月1日以降に契約した借地契約は、借地借家法3条が適用され契約の存続期間が30年とされ、特約でこれより長い期間が定められるだけである。したがって、倉庫用地Aの借地契約は契約期間を20年と定めても無効で、30年となり、更新の問題は起こらない
(平成4年7月31日以前の契約の場合には、旧借地法が適用されるが、その場合の存続期間は「2 土地賃貸借契約の終了原因一般」のQ2-3の解説を参照されたい。)。
あと10年経って30年の期間が満了しても、合意さえあれば更新は可能である。条件は更新のときに合意で決める。ただし、更新後の存続期間について特に定めなかった場合には、借地権の設定後最初の更新のときは更新の日から20年、その他は10年となる(借地借家法4条)。
更新合意ができない場合でも、倉庫用地Aのように建物所有を目的とする借地では、建物建築という投資をしている賃借人の地位を保護し、せっかく建てた建物を活かすため、契約の更新を容易にする制度が設けられている。
借地上に建物がある場合の賃借人に更新請求権が認められている(借地借家法5条)。期間満了する場合に賃借人が契約の更新を請求したときには、借地上に建物がある場合に限り、存続期間は借地権の設定後最初の更新の時は更新の日から20年、その他は10年となるほかは、従前の条件で契約を更新したものとみなされ、法定更新される(借地借家法4条、5条)。
期間満了後に賃借人が土地の使用を継続するときにも建物が存続する場合に限り、同様の法定更新が認められている(借地借家法5条2項)。期間満了時に借地上に建物が存続していなければ、賃借人の投資を保護する必要がなく、法定更新の適用はない。
この賃借人の更新請求や使用継続による法定更新に対して、賃貸人は遅滞なく異議を述べ、その異議に
「正当の事由」がある場合には更新を拒絶できる(借地
特集4
借家法5条1項但し書、2項、6条)。更新拒絶ができる「正当の事由」があるかどうかは、ⅰ)土地の賃貸人及び賃借人・転借人が土地を必要とする事情がまず重要で、このほかⅱ)土地賃貸借に関する従前の経過(途中で賃料支払の遅延などの債務不履行があったかどうかなど)、ⅲ)土地の利用状況(建物が居宅か店舗か、木造か堅固なビルか、老朽化の程度など)、ⅳ)立退料などの申出(額が正当かなど)を考慮して総合的に判断される(借地借家法6条)。
裁判例では、賃貸人が老齢・病弱・一人暮らしで長男夫婦が介護のために同居する必要があり、賃借人が社宅として利用している場合に低額の立退料で更新拒絶を認めた事例(神戸地判昭和62年5月28日判タ657号 223頁)、建物で洋服修繕業を営む賃借人へ立退料を提供せず、長女夫婦との同居を理由に更新拒絶したところ認められなかった事例(東京高判昭和56年4月22日判タ449号86頁)がある。裁判例では、賃貸人の必要性と併せて、相当の立退料を提供した場合に更新拒絶を認め、立退料が低額であれば認めない傾向がある(東京地判xxx年12月27日判時1353号87頁、同昭和61年12月26日判時1252号73頁)。
次に、資材置場Bのような資材置場、駐車場など建物の所有を目的としない借地契約は、賃借人が特に大きな投資をしているわけではないので、借地借家法のような保護は必要がないとされ借地借家法の適用がなく、民法の定めによることになる。期間の定めのある賃貸借契約は、民法では約束した期間が満了したら終了し(民法616条による597条1項の準用)、建物所有を目的としない借地も同様となる。但し、民法619条1項で賃借人が期間の満了後も借地の使用を続けている場合には、従前と同じ条件で黙示の更新がされたと推定されている。期間の定めのない賃貸借契約は、民法ではいつでも解約の申入れをすることができ、土地の賃貸借は解約申入れから1年を経過したら終了する(民法 617条1項)。
4 原状回復義務
弁護士
xx xx
X4-1 原状回復義務
このたび引っ越すことになり、居住用賃貸マンションを退去しましたが、日焼けにより変色した畳の交換費用と子どもが落書きしてしまった壁クロスの張替費用が敷金から差し引かれました。
これらの費用が敷金から差し引かれるのは仕方ないのでしょうか。
A4-1
子どもが落書きしてしまった壁クロスの張替費用については敷金から差し引かれるのはやむを得ませんが、日焼けにより変色した畳の交換費用については敷金から差し引かれるのは不当です。
解説
1 敷金は、賃料の支払いその他賃貸借契約上の賃借人の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付される金銭である。したがって、賃借人が損耗の補修費用を負担しなければならない場合には、その費用を敷金から差し引かれることもやむを得ない。
2 賃借人が補修費用を負担しなければならないかは損耗の内容によって異なる。
経年劣化等自然に生じる損耗(自然損耗)は、賃借人の使用とは無関係に、時間の経過により不可避に生じるものである。したがって、その補修費用を賃借人が負担しなければならない理由はない。
また、賃貸借契約は、賃借人が賃借物を使用し、その対価として賃料を支払うことを内容とする契約であるところ(民法601条)、使用にあたっては損耗が生じることは避けられないのであるから、使用の対価としての賃料には通常の使用によって生じた損耗(通常損耗)の補修費用も含まれている。したがって、賃借人は、賃料とは別に通常損耗の補修費用を負担する必要はない。
これに対し、賃借人の故意・過失によって生じた損耗(故意・過失損耗)は、通常損耗とは異なり、使用にあたって生じることが避けられないというものでもないから、使用の対価としての賃料に故意・過失損耗の補修費用までは含まれていない。したがっ
て、賃借人は、賃料とは別に故意・過失損耗の補修費用を負担する必要がある。
以上のような考え方は、最判平成17年12月16日判時1921号61頁、大阪高判平成16年12月17日判時1894号19頁をはじめ多数の裁判例で認められており、国土交通省住宅局の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(以下「原状回復ガイドライン」という。)でも、「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等について、賃借人が負担すべき費用と考え(る)」とされている。
3 損耗について、それが自然損耗・通常損耗にあたるのか、故意・過失損耗にあたるのかの区別は容易ではない。
この点、原状回復ガイドラインの別表1「損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表」が参考になる。そこでは、例えば、家具の設置による床のへこみ・設置跡、日照等で生じた畳の変色、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)、エアコン設置による壁のビス穴・跡、(ポスターやカレンダーを掲示するための)壁等の画鋲・ピン等の穴(下地ボードの張替が不要な程度のもの)などは通常損耗とされている。これに対し、賃借人の不注意で雨が吹き込んだことなどによって生じた畳の変色、落書きによる毀損、(重量物をかけるための)壁等のくぎ穴・ネジ穴
(下地ボードの張替が必要な程度のもの)などは通常損耗ではないとされている。
もっとも、同一覧表もあくまで「通常、一般的な例示」であり、実際は個別具体的な事情によるところが大きい。例えば、上記一覧表ではタバコ等のヤニ・臭いは通常損耗ではないとされているが、私見では、軽微なものについては、室内での喫煙が禁止されているなどの特段の事情のない限り、通常損耗にあたるのではないかと考える。
4 設例についてみると、日焼けによる畳の変色は通常損耗であるから、賃借人がその補修費用を負担する必要はない。他方、壁クロスの子どもによる落書きは故意もしくは過失損耗であるから、賃借人がその補修費用を負担する必要がある。
Q4-2 原状回復特約
賃貸人に畳の変色は通常損耗であると言ったのですが、賃貸借契約書に「賃借人は、故意又は過失を問わず、契約物件に損耗を生じさせた場合は、その補修費用を負担しなければならない。」という特約があると
言われました。
このような特約がある場合は、通常損耗の補修費用も負担しなければならないのでしょうか。
A4-2
このような自然損耗・通常損耗の原状回復費用まで賃借人の負担とする特約は不成立もしくは消費者契約法10条により無効となる可能性があります。特約が不成立もしくは無効の場合は、そのような特約があっても賃借人が通常損耗の補修費用を負担する必要はありません。
解説
1 Q4-1の解説のとおり、賃借人は自然損耗や通常損耗の原状回復義務を負わない。にもかかわらず、賃料とは別に、これらの補修費用を賃借人の負担とすることは賃借人に二重の負担を課すことになる。この点、名古屋地判平成2年10月19日判時1375号 117頁は、「故意過失を問わず本件建物に毀損、滅失、汚損、その他の損害を与えた場合は、賃貸人に対し損害賠償をしなければならない」という特約について、「賃貸借契約の性質上、そこでいう損害には賃借物の通常の使用によって生ずる損耗、汚損は含まれないと解すべきである。」として、通常損耗
についての損害賠償義務はないと解釈した。
2 また、消費者契約法が適用される賃貸借契約においては、このような特約は同法10条により無効となる(大阪高判平成16年12月17日判時1894号19頁、大阪高判平成17年1月28日Q&A敷金・保証金トラブル改訂版116頁)。
もっとも、消費者契約法は、平成13年4月1日施行であり、同法施行以前に締結された契約には同法の適用がない(但し、施行以前に締結された契約であっても、施行日以降に更新契約がなされていれば消費者契約法の適用がある。)。
また、消費者契約法は、消費者と事業者との間の契約(消費者契約)にのみ適用され、事業者間の賃貸借契約には適用されない。
したがって、消費者契約法が適用されない賃貸借契約においては、消費者契約法10条をもって無効主張することはできない。
3 もっとも、最判平成17年12月16日判時1921号61頁は、消費者契約法施行前の契約の事案で消費者契約法が適用されない事案について、「建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別
の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認 められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下『通常損耗補修特約』という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。」とし、通常損耗補修特約の合意が成立しているということはできないと判示している。以上より、原状回復特約については、不成立もし
くは消費者契約法10条により無効となる可能性が高いと考えてよいだろう。
Q4-3 補修の範囲、減価償却等
子どもが落書きしてしまった壁クロスの張替費用を負担することになりましたが、落書きしていない部分も含めて、新品のクロス代全額を請求されました。
これら全部を負担しなければならないのでしょうか。
A4-3
落書きしてしまった部分の張替費用を負担すれば足り、落書きしていない部分の張替費用まで負担する必要がないのが原則です。
また、新品のクロス代全額を負担する必要はなく、経過年数に応じた一定割合の金額を負担すれば足ります。
解説
1 補修の範囲
故意・過失損耗として賃借人が補修費用を負担しなければならないとしても、部分補修が可能である場合には、当該部分の補修で足りる。部分補修が可能であるにもかかわらず、当該部分以外の補修を賃借人に求めるのは自然損耗・通常損耗の補修費用を賃借人の負担とする結果となる。
原状回復ガイドラインも「原状回復は、毀損部分の復旧であることから、可能な限り毀損部分に限定し、毀損部分の修補工事が可能な最低限度の施工単位とすることを基本とする。したがって、賃借人に原状回復義務がある場合の費用負担についても、修補工事が最低限可能な施工単位に基づく補修費用相当分が負担範囲の基本となる。」ことを原則としている。
この点、原状回復ガイドラインの別表2「賃借人
の原状回復義務等負担一覧表」が参考になる。そこでは、例えば、畳は原則1枚単位、フローリングは原則㎡単位、壁クロスは㎡単位(もっとも、賃借人が毀損させた箇所を含む一面分までは張替費用を賃借人負担としてもやむを得ないとしている。)としている。
設例では、原則として、落書きしてしまった部分
(㎡単位)の張替費用を負担すれば足り、少なくとも落書きしていない面の張替費用を負担する必要はない。
2 負担の割合
Q4-1の自然損耗・通常損耗の性質からすれば、たとえ賃借人が故意・過失損耗を生じさせたとしても、同時に自然損耗や通常損耗も生じている。
したがって、賃借人が故意・過失損耗を生じさせた場合でも、その補修費用から自然損耗や通常損耗の補修費用を差し引いた金額のみを負担すれば足りる。
そして、年数及び使用が長期になるほど自然損耗・通常損耗が大きくなるから、経過年数によって賃借人が負担すべき割合は減少すると考えるのがxxである。
この点、原状回復ガイドラインも「賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させることとするのが適当である。」としており、例えば、壁クロスの場合、6年で残存価値が1円となることを前提に、年数が経つほど賃借人の負担割合は減少するとしている。もっとも、長期間の使用に耐えられる部位であって、部分補修が可能な部位(例えば、フローリング)や消耗品の性格が強く毀損の軽重にかかわらず価値の減少が大きいもの(例えば襖紙、障子紙、畳表)については、経過年数は考慮されず故意・過失損耗を生じさせた賃借人の負担としている。
設例についてみると、壁クロスは、経過年数に応じた割合の一定金額を負担すれば足り、仮に入居から6年以上経過していれば賃借人が負担すべき金額は1円となる。
5 貸主の交代
弁護士
xx xx
Q5-2 賃貸マンションが売買された場合の敷金
特集5
賃借しているマンションが売買され、オーナーが替わりました。その後退去することになったのですが、前のオーナーに差し入れた敷金の返還を新しいオーナーに請求することはできるでしょうか。
Q5-1 賃貸マンションが売買された場合
賃借して住んでいるマンションが売買され、オーナーが替わりました。新しいオーナーからは退去を求められています。この場合、退去しなければいけないのでしょうか。
A5-1
建物の引渡を受けた建物賃借権は、 新所有者に対抗できるため、退去する必要はありません。
解説
「売買は賃貸借を破る」のが原則である。よって、賃借人は新所有者に対し賃貸借を対抗できないのが原則である。
マンションの賃貸借契約は建物の賃貸借契約である。上記の例外として、建物の賃借権は賃借権を登記すれば新しい所有者に対抗できる(民法605条)。賃借権の登記がなくても賃借人が建物の引き渡しを受ければ、その建物について物権を取得した第三者に対抗することができる(借地借家法31条1項)。従って、前所有者との間でマンションの賃貸借契約を締結し、引き渡しを受けていた場合には、この契約に基づく賃借権を新所有者に対抗できるため、新所有者から退去を求められても退去する必要はない。
退去する必要がない場合、前所有者との間の賃貸借契約上の賃貸人の地位は原則として新所有者に引き継がれるた め( 最判昭和46年4月23日民集25巻3号388頁)、賃料は新所有者に支払うことになる。新所有者が賃貸人の地位を主張するためには、建物の所有権移転登記を経る必要がある(最判昭和49年3月1日民集28巻2号325頁)。
なお、マンションにつき区分所有の登記がなされていない場合であっても、借地借家法上の「建物」は「建物の一部であつても、障壁その他によつて他の部分と区画され、独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するもの」であれば足りるとされているため(最判昭和42年6月2日民集21巻6号1433頁)、マンションの一室であれば上記のように解することができる。
A5-2
できます。解説
A5-1のとおり、賃貸マンションの引渡を受けているなど、対抗力のある賃借権の目的建物の新所有者は、建物賃貸借契約の賃貸人の地位を引き継ぐ。この場合、引き継がれる「賃貸借の内容は、従前の賃貸借契約の内容のすべてに亘るものと解すべきであって、賃料前払のごときもこれに含まれるものというべきである。」とされている(最判昭和38年1月18日民集17巻1号12頁)。
敷金の返還義務も新オーナーに引き継がれる(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)。よって、賃借人は、新しい賃貸人に対し、敷金の返還を請求することができる。
Q5-3 賃貸マンションが相続された場合
賃借しているマンションのオーナーが死亡され、相続人から退去を求められています。この場合、退去しなければいけないのでしょうか。
退去を求められない場合、相続人が複数いるときは誰に賃料を支払えばいいでしょうか。
A5-3
相続人からの退去の求めには応じる必要はありません。
相続人が複数いるときの賃料は、賃貸人の地位を承継する者が決まればその者に対し支払い、この者が決まらない間は賃料を各相続人に対し相続分に応じて支払うことになります。
解説
賃貸人が死亡した場合、相続人は賃貸物件の所有権を相続するとともに、賃貸借契約の賃貸人の地位を相続する。よって、賃借人は相続人との間の賃貸借契約に基づき賃貸物件を賃借することができるので、相続人からの退去の求めに応じる義務はない。
相続人が一人の場合には、その者に対し賃料を支払うことになる。
相続人が複数いる場合には、相続開始から遺産分割
までの間に共同相続に係る不動産から生ずる金銭債権たる賃料債権は、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し、その帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないとされている(最判平成17年9月8日民集59巻7号1931頁)。従って、賃貸物件の遺産分割協議が整うまでは、賃料につき、各相続人に対し相続分に応じて支払い、遺産分割協議が整い、当該物件の所有者が決まった後は、その者に対し支払うことになる。
相続人が誰かが不明な場合には、債権者不確知として賃料を法務局に供託することになる。
Q5-4 賃貸マンションが競売になった場合
賃借しているマンションが競売になり、競落した人が新しいオーナーとなりました。新しいオーナーからは退去を求められています。退去しなければならないのでしょうか。
A5-4
競売の原因となった抵当権の設定時期が賃貸借契約よりも前であった場合には退去しなければなりません。この場合、競落人の買受時から6ヶ月の猶予期間があります。
抵当権の設定時期が賃貸借契約よりも後の場合には退去する必要はありません。
解説
この問題は、賃貸借契約時の物件の法的状況により結論が異なる。
まず、賃貸借契約時に既に差押えがされている場合には賃借権を競落人に対抗することはできないので、競落人から退去を求められれば、直ちに退去する必要がある。
次に賃貸借契約後に抵当権が設定された場合には、賃借権を競落人に対抗できるので、退去する必要はない。
賃貸借契約時に抵当権が既に設定されていて、その後競売になった場合には、賃借権を抵当権に対抗できないので、競落人に賃借権を対抗できず、退去する必要があるのが原則である。この場合、競売の買受人の買受の時から6ヶ月を経過するまでは退去する必要はない(抵当建物使用者の引渡しの猶予、民法395条)。引渡しの猶予を受けるためには、買受人から建物使用者が相当の期間を定めて使用の対価につき1ヶ月分以上の支払の催告を受けた場合に、建物使用者がその相当の期間内にその履行をする必要がある(民法395条)。
従前は、短期賃貸借(民法602条、建物の場合3年以内)は競落人に賃借権を対抗できるとする短期賃貸借制度があったが、平成16年4月1日施行の改正民法により従前あった短期賃貸借制度が廃止された。しかし、その経過措置として、改正附則において、「(短期賃貸借に関する経過措置)第5条 この法律の施行の際現に存する抵当不動産の賃貸借(この法律の施行後に更新されたものを含む。)のうち民法第六百二条に定める期間を超えないものであって当該抵当不動産の抵当権の登記後に対抗要件を備えたものに対する抵当権の効力については、なお従前の例による。」とされた。そのため、平成16年4月1日時点で短期賃貸借であった場合には短期賃貸借の期間は競落人に賃借権を対抗できる。なお、期間の定めのない建物賃貸借も短期賃貸借と解されている(最判昭和39年6月19日民集18巻5号795頁、同昭和43年9月27日民集22巻9号2074頁)。短期賃貸借で保護される期間は、契約時を起算点として、差押え後に到来する更新時までである(最判昭和38年8月 27日民集17巻6号871頁)。
競落人に賃借権を対抗できる場合、退去後に競落人
に対し敷金の返還を請求できる。
Q5-5 賃借土地が売買された場合(建物所有目的の場合)
建物を建てるために賃借し、建物を建てて建物の登記をしています。この土地が売買され、新しいオーナーから明渡を求められています。この場合、明渡に応じなければならないでしょうか。
A5-5
明渡に応じる必要はありません。解説
建物所有目的の土地の賃貸借は建物につき登記すれば新所有者に賃借権(借地権)を対抗できる(借地借家法10条1項)。従って、明渡の必要はない。
Q5-6 賃借土地が売買された場合(駐車場の場合)駐車場として賃借している土地が売買され、新しい
オーナーから明渡を求められています。この場合、明渡に応じなければならないでしょうか。
A5-6
明渡に応じる必要があります。解説
この場合、通常賃借権の登記はないので、借地借家
6
法の適用はなく、賃借権を新所有者に対抗することはできず(A5-1)、明け渡す必要がある。
6 地震と賃貸借
弁護士
xxx x
Q6-1 地震による借地上の建物の倒壊と再築
私は、xxx年から借地上に木造建物を建てて居住していたのですが、地震により建物が倒壊し居住できなくなりました。そこで、今度は耐震構造の鉄筋コンクリート造りの建物を再築しようと思います。しかし、xxは、当初の契約では木造住宅を建てる目的であったとクレームをつけてきました。鉄筋コンクリート造りの住宅を建てることはできないのでしょうか。
A6-1
この事案は、旧借地法の適用があり、木造建物を建てることを目的とする借地契約である以上、鉄筋コンクリート造りの建物を再築することはできず、木造など非堅固な建物の再築に止めざるを得ません。
なお、再築自体については、仮に契約で、地震によって建物が滅失した場合には借地権が消滅する旨の特約が定められていても、そのような特約は無効であり、再築はxxの承諾なしにできます。
解説
借地権は、建物が滅失しても消滅しないので、借地人は、賃貸人の承諾なく、建物を再築することができる。
しかし、旧借地法では、契約時の借地権の存続期間について、鉄筋コンクリート造りなど堅固の建物の所有を目的とするものについては60年、その他の建物の所有を目的とするものについては30年と定められていた(借地法2条1項)。したがって、旧借地法の適用がある借地契約の場合、借地上に築造する建物の種類の定めは重要な借地条件となっていた。したがって、木造建物の建築が借地条件となっている以上、堅固な建物を再築することはできない。
ただし、条件違反とされた場合にも、常に契約解除が認められるわけではなく、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは解除が許されないことがある。
Q6-2 建物滅失による再築後の借地期間
地震で借地上の木造住宅が倒壊しました。契約は平成10年に行っており、存続期間は30年としました。今度は耐震構造の鉄筋コンクリートの建物を建てようと思います。借地期間はどうなりますか。
A6-2
xxの承諾があるか、xxからの異議がなければ、新築の日から20年間に延長されます。
解説
質問事例には、平成4年8月1日に施行された借地借家法が適用され、契約当初の借地権の存続期間は、建物の種類を問わず30年と法定された。そして、借地権の存続期間が満了する前に建物が滅失した場合において、残存期間を超えて存続する建物を再築したときは、借地権設定者の承諾があれば、承諾のあった日または再築された日のいずれか早い日から20年間に延長される(借地借家法7条1項)。借地権者が借地権設定者に残存期間を超えて存続する建物を再築する旨通知をし、借地権設定者が2ヶ月以内に異議を述べなかった場合も承諾したものとみなされる(同条2項)。
これに対し、借地権設定者が上記期間内に異議を述べた場合は、借地期間は延長されない。また、更新の際には、借地権設定者が異議を述べたことは、「正当事由」の判断にあたり、借地権設定者に有利に斟酌されることになる。
Q6-3 地震による賃借建物の損傷1
賃借中の建物が、地震で損傷しました。この震災および私の居住地域は、罹災都市借地借家臨時処理法の適用が政令指定されました。
家主からは、建物が滅失したので、契約は終了したから明け渡してほしいと言われています。明け渡す必要がありますか。
A6-3
家主の主張するような「建物の滅失」にあたる場合は、契約の目的物が消滅して賃貸借は終了します。しかし、罹災都市借地借家臨時処理法の適用がある場合には、特別の救済措置がとられています。
これに対し、「建物の滅失」にあたらず、修理が可能であれば、家主の請求は、解約申入れに止まるので、正当事由といえるかどうかの判断が必要になります。いずれにしても、慌てて明け渡すのではなく、家主との間で、話し合う必要があります。
解説
1 地震で借家が滅失した場合
建物が滅失すると、賃貸借の趣旨は達成されなくなり、契約は当然に終了する。しかし、地震で借家が滅失した場合には、罹災都市借地借家臨時処理法の適用対象となる。「滅失」については、建物賃貸借終了事由としての滅失と同意義に解すべきと考えられる。そして、建物賃貸借の終了事由としての滅失について、最高裁は、火災のケースで、「賃貸借の目的となっている主要な部分が消失して賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否かによって決めるべきであり、それには消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかも斟酌すべきである」としている(最判昭和42年6月22日判時 489号51頁)。
地震による建物滅失の場合は特別法である罹災都市法により、滅失した建物の借家人は、①政令施行の日から2年以内に、借家の敷地所有者に申し出ることにより、他の者に優先して、相当な借地条件でその土地を賃借できる(罹災都市法2条、25条の2)、
②政令施行の日から2年以内に、借家の敷地の借地権者に申し出ることにより、他の者に優先して、相当な対価でその借地権の譲渡を受けることができる
(罹災都市法3条)、③その敷地に新たに建築された建物について、その完成前に申し出ることにより、他の者に優先して、相当の借家条件でその建物を賃借することができる(罹災都市法14条)と定められている。
2 借家の修復が可能である場合
建物が滅失に至らず、修理可能であれば、賃貸借契約は継続する。したがって、家主に対し、原則として借家の壊れた部分の修繕を求めることができる
(民法606条1項)。もっとも、修繕義務はどんな場合でも生じるというものではなく、①必要な修繕であること、②修繕が可能であること、という2つの要件を満たす場合に生じるとされている。
①については、修繕しなければ賃借人が契約によって定まった目的(本事例では住宅としての利用)にしたがって使用収益できない状態となったことをいう。
②については、物理的、技術的に修繕が不可能である場合だけではなく、賃料等の賃貸借条件に照らして修繕に過大な費用がかかるなど、経済的不能といえる場合も修繕義務はないとされる。
Q6-4 地震による賃借建物の損傷2
賃借中の建物が、地震で一部損傷し、家主に修理を求めていますが、なかなか修理をしてくれません。この場合、家賃をまけてくれと求めることはできますか。
A6-4
使用収益できない割合に応じて賃料の一部の支払いを拒絶することができます。
解説
賃貸人にどのような場合に修繕義務が生じるかについては、Q6-3で説明したとおりである。賃貸人が、修繕義務を履行しない場合、賃借人は、それによって被った損害の賠償を請求することができる。そして、この損害賠償請求債権をもって賃料債務と相殺することも可能である。また、賃借人は自ら修繕して、その修繕費の償還(民法608条1項)を請求し、もしくは償還請求権と賃料債務との相殺をすることもできる。
さらに、賃借人は、使用収益できない割合に応じて賃料の全部または一部の支払いを拒絶することもできる(大判大正10年9月26日民録27輯1627頁、大判大正5年5月22日民録22輯1011頁)。
参考文献
xxx・xxxxx集『新版注釈民法(15)債権(6)増補版』(有斐閣、平成8年)
関東弁護士会連合会編集『Q&A災害時の法律実務ハンドブック』改訂版(新日本法規、平成23年)
xxxxx『実務解説借地借家法改訂版』(青林書院、平成21年)xx唱編『借地借家の法律相談』(青林書院、平成8年)
xxxx『民法講義Ⅳ-1』(有斐閣、平成17年)
xxxx『基本講義債権各論Ⅰ契約法・事務管理・不当利得』(新世社、第2版、平成21年)
xxxxxxか編『コンメンタール借地借家法』(日本評論社、第3版、平成22年)
xxxxxか『Q&A借地借家の法律と実務』(日本加除出版、初版、平成23年)
仙台弁護士会編『Q&A賃貸住宅紛争の上手な対処法』(民事法研究会、第5版、平成24年)
xxxxか『借地借家の法律相談』(青林書院、初版、平成8年)xxx『民法概論』補訂版(有斐閣、平成22年)
xxx『民法Ⅱ 債権各論』第3版(東京大学出版会 平成23年)京都敷金・保証金弁護団『Q&A敷金・保証金トラブル改訂版』
(ぎょうせい、改訂版初版、平成22年)
国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
(再改訂版)」(国土交通省ホームページ)
xxxx『〔改訂版〕借地借家の正当事由と立退料 判定事例集』
(新日本法規、平成21年)
東京弁護士会不動産法部編『マンション・オフィスビル賃貸借の法律相談』(青林書院、平成20年)
xxxx『実務裁判例 借地借家契約における各種特約の効力』
(日本加除出版、平成24年)
xxxx「賃貸住宅における迷惑行為に関する一考察」(RETIO No.92、52頁、平成26年)
「忘れられる権利」について
「 検索事業者に対する検索結果の削除請求を中心にして
客員弁護士
xxx xx
第1 はじめに
「人は忘れる。しかし、インターネットは忘れない。だからこそ、『忘れられる』ことが権利として承認される必要が生じている。」1
デジタル化やインターネットの発達に伴い、情報の拡散の速度と範囲は飛躍的に拡大した。そして、個人にとって不都合な情報も、サーバーから消去されない限り、半永久的にウェブ上に残り続けることになる。しかも、検索エンジンの発達により、情報拡散の危険性はますます増大している。
近年、「忘れられる権利」をめぐる議論がグローバルな規模で盛んに行われている2。その権利の根拠・内容については未だ各国共通の定説はないようであるが、検索サービスとの関連で語られる「忘れられる権利」(“right to be forgotten”)における「忘れられる(忘却)」には、日常用語とはかなり異なり、情報の拡散防止を目的とした意味内容が付与されている3。すなわち、「忘れられる権利」は、上記のようなネット環境を背景に、これ以上情報が拡散し、人々の目に触れることを防ぎ、人々が早く忘れてくれるような措置
(情報の削除又は非表示)を求める権利である4。論者によっては、「忘れてもらう権利」と呼称しているが 5、この呼び方のほうが実質をとらえているといえる。上記のような「忘れられる権利」が個人情報・プライバシーの保護の重要問題として、広く議論されるようになった背景には、インターネット上の情報検索に不可欠なインフラとなった検索サービスの関連で、検索結果の削除義務という新しい問題が発生したことにある。
このような中、先頃、最高裁は、インターネット検索サイトであるグーグルに対して自身の逮捕歴に関する記事の検索結果を削除することを求めた仮処分申請事件において、一定の場合には、検索事業者に対して検索結果の削除を求めることができることを認める判断を示し(ただし、結論としては、削除を否定した原審決定を支持した。)6、新聞等に「忘れられる権利」との関係で大きく取り上げられた7。今後、この最高裁決定を契機として、「忘れられる権利」についての
議論がさらに活発化し深化するものと期待されるが、以下、その議論の先触れとして問題状況を紹介することとする。
忘れられる権利」について
-検索事業者に対する検索結果の削除請求を中心にして
客員弁護士 xxxxx
第2 「忘れられる権利」とは
1 「忘れられる権利」の意義
「忘れられる権利」は、元来はフランスで議論が重ねられてきた権利であるが、2012年1月、欧州委員会がデジタル時代に対応した権利として提案し、後記欧州連合(EU)司法裁判所の裁定が出されたこともあって、脚光を浴びるようになった。その後、欧州議会は、2016年5月、「EUデータ保護規則」を制定し、「削除権(忘れられる権利)」を明文化した8。もともと「忘れられる権利」は、必ずしも検索エ ンジンのみを対象とした権利ではないが、「忘れられる権利」が最も有効に行使されうる対象が検索エンジンと考えられることから、検索エンジンのサービス提供者(検索事業者)に対する検索結果の削除請求が「忘れられる権利」と関係づけて議論されるよ
うになったものである。
なお、アメリカでは、欧州と異なり、表現の自由に対する萎縮効果の危惧などの理由から、「忘れられる権利」については消極的な姿勢のようである9。
2 欧州連合(EU)司法裁判所の2014年5月13日裁定 スペイン在住のXは、社会保険料の滞納によって
自宅が競売手続に付され、その公告が大手日刊紙に掲載された。その後、グーグルで検索すると、この記事の電子版が検索結果として表示されたため、Xは、滞納した社会保険料はすでに完済しており、10年以上前の記事はもはや適切さを欠くとして、グーグルに対して検索結果の削除を求めた。この事案について、欧州連合(EU)司法裁判所は、2014年5月 13日、「当初は正しい検索処理も、時間がたてばプライバシー保護に反することがある。」などとして、検索結果の削除請求を認めた10。これは実質的に「忘れられる権利」を承認したものと評価されている。このような裁定がなされた背景には、検索結果の表示は、インターネットの利用者による当該情報へのアクセスを容易にし、情報の伝播という点において決定的な意味を有しうるので、リンク先のウェブページの公表よりも、プライバシー権への重大な侵害になるという認識があった11。
3 我が国における議論
我が国においても、検索事業者に対して検索結果の削除を求める訴訟又は仮処分申立てが多く提起さ
れるようになっている。こうした背景には、近年、新聞等の電子版、インターネット上の掲示板や個人のブログ等において、名誉・プライバシーを毀損又は侵害する記載が多く見られるようになっていることがある。これらの記事等に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求をするほか、掲載者本人又はサイト管理者に対して削除請求をするのが基本である
12。しかし、いったん拡散してしまった情報につい
て個別のウェブサイトごとに削除を求め、その情報を消し去ることは著しく困難である。また、投稿者やサイト管理者等がわからない場合には削除請求をすることができない。
そこで、このような場合に、当該個人情報自体を削除するのではなく、大手検索サイト(グーグル、ヤフー等の検索事業者)における検索結果を表示させない手段が検討されるようになった。大手検索サイトの検索結果の表示が阻止されると、多くの人々は当該頁にアクセスできないことから、個別の削除と同等あるいはそれ以上の効果を生むことになるからである。
検索事業者に対する検索結果の削除請求で特に問題となったのが、犯罪に関する報道の検索結果である。
第3 時の経過と犯罪報道
1 前科等の公表と不法行為の成否
最高裁は、ノンフィクション「逆転」事件判決(最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁)において、「ある者が刑事事件の被疑者とされ、さらに公訴を提起されて有罪判決を受け、服役したという事実(前科等にかかわる事実)については、みだりにこれを公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有する。…そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。」と判示し、一定の場合には、前科等の公表が不法行為を構成する余地を認めている。
2 ウェブサイト管理者に対する犯罪報道の削除請求近年、上記最高裁判決や、名誉・プライバシー等 の侵害に基づく小説の出版差止めを認めた最判平成 14年9月24日判タ1106号72頁(「石に泳ぐ魚」事件)等もあって、犯罪発生当時にインターネット上に掲載
された報道記事や転載された記事について、一定時間の経過後にウェブサイト管理者に対し、仮処分等により削除を認める裁判例が多くなっている13。しかし、検索サイトに表示される検索結果について、検索事業者に対して削除を求めることができるかについては、見解が分かれていた。
3 最高裁平成29年1月31日決定(本件最高裁決定)
(1)事案の概要
申立人は、児童買春禁止法違反で罰金50万円の略式命令が確定していたが、約3年を経過しても、グーグルの検索で自分の居住する県名と氏名を入力すると、逮捕を報じる記事が表示され、「事件を反省して新しい生活を送っており、更生が妨げられる。過去の犯罪情報を実名掲載する公共性は高くなく、違法である。」などと主張して、グーグルに検索結果の削除を求める仮処分申請をした。この件について、さいたま地裁は、検索サイトに表示された逮捕の報道について、事件から3年経過後もネットに表示され続ける公益性は低く、申立人が受けた不利益は重大で平穏な社会生活が阻害されるおそれがあるとして、検索結果の削除を命じた14。
しかし、抗告審の東京高裁平成28年7月12日決定は、削除請求について、表現の自由、知る権利への影響が大きいとして、地裁決定を取り消して仮処分申請を却下した15。
(2)本件最高裁決定
最高裁は、「個人のプライバシーに関する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである。」としたが、検索事業者に対して検索結果の削除を求めることができるかについては、「プライバシーの保護が情報を公表する価値よりも明らかに優越する場合に限って削除できる。」として、削除には厳格な条件を満たす必要があると判示した。そして、児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという事実は、「児童買春が社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、xxx公共の利害に関する事項である」として、申立人が妻子と共に生活し、本件の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとして、削除を否定した原審の判断を是認した16。
4 本件最高裁決定と「忘れられる権利」
(1)検索事業者に対する削除請求に関しては、検索事業者は検索結果を機械的・自動的に表示する媒介者に過ぎないとして責任を否定するのがグーグル側の主張であり、この理由で検索事業者の削除義務を否定する下級審の裁判例もあったが、本件最高裁決定が、検索結果の提供は表現行為であるとして検索事業者に削除義務が認められる場合のあることを肯定した意義は大きい。
(2)上記さいたま地決は、「犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』を有するというべきである。」と判示したことから、我が国で初めて
「忘れられる権利」を認めたものと報道された。しかし、上記東京高決は、「忘れられる権利」については「そもそも法律xxxの根拠がなく、その要件及び効果が明確でない。」としたうえ、本件削除請求権については、「その実体は人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならず、『忘れられる権利』について独立して判断する必要はない。」とした
17。そして、本件最高裁決定は、「忘れられる権利」
については何ら言及していない。
(3)これまで我が国では、「忘れられる権利」は、まったく新しい権利ではなく、名誉毀損、プライバシー侵害に該当する情報について、人格権に基づく個人情報の削除請求に関する議論の延長線上の問題と位置付ける見解が多かった18。しかし、
「忘れられる権利」については、そもそも日本では欧州のような「忘れられる権利」の概念は不要であるという見解19、従来のプライバシー権侵害に基づく個別のサイトを対象とする削除権とは異なるとする見解20があるほか、現在のネット環境の下で「個人の尊厳」「幸福追求権」が侵害されないために「忘れられる権利」が有意義であるとする見解21も存する。「忘れられる権利」とプライバシー権、自己情報コントロール権・自己決定権との関係についても議論があり、本件最高裁決定を契機に、「忘れられる権利」に関する議論がさらに活発化するものと思われる。
5 日本の犯罪報道の在り方と「忘れられる権利」 多くのヨーロッパ諸国では、犯罪報道は日本ほど
にテレビや新聞で取り上げられず、逮捕された場合に実名報道されることは多くないといわれる。これに対し、我が国では、逮捕されても、実際に起訴に
至らないケース(嫌疑不十分、起訴猶予等)が3~ 4割を占めるにもかかわらず、逮捕の段階から実名で報道され、しかも、プライバシーに関することをいろいろと暴き立てられることも多い22 。こうした犯罪報道の在り方については、それ自体検討を要する問題であるが、現状を考慮すると、ネット検索で過去の前科・逮捕歴が容易に他人に知られることにより、「犯罪者」という烙印が人々の記憶から永久的に消えないようなネット環境には大きな問題があると思われる。
本件最高裁決定の事案も、申立人は逮捕されて略式手続で罰金刑に処せられたとはいえ、xxではなく、罰金刑の執行も終わって平穏な私生活を続けていることを考慮すると、申立人のみならず家族にとって、インターネットで申立人の過去の逮捕歴が簡単かつxxにさらし続けられることは酷であり、社会復帰して家庭生活を営む利益を重視して、社会に「忘れてもらう」ことを選択してもよかったのではなかろうか。
第4 終わりに
多かれ少なかれ、誰にも社会から忘れてもらいたい
「過去」というものがあるだろう。多くの裁判例で問題となっている逮捕歴や前科が代表的なものであるが、ネットに流出したAV出演の情報や、自分が投稿した写真、ブログやフェイスブックに書き込んだところ「炎上」により拡散してしまった記載などである。このようにしていったん社会一般に知られることとなった個人の不都合な情報について、これを「忘れられる権利」というかはともかくとして、本人の一方的意思により抹消を認めてよいかは問題である。この点については、個人に関する情報を当該個人がコントロールすることを当然のこととみるか、個人に関する情報は、当該人物を社会がどう把握するか判断する重要な情報であり、それは私益を超えているとみるかによって評価は分かれることになる。自分にとって都合の悪い情報を削除して、過去を恣意的に編集することにより、実在の「私」(実像)とは異なる都合のよい「私」
(虚像)を作る自由を認めてよいか、特に、選挙で公職
者を選んだり、その専門的知見や人間性をも評価して仕事を依頼しようとする場合には、犯罪歴や処分歴・事故歴を含む当該人物の過去の情報はその人物を評価するうえで重要な情報であり、「忘れられる権利」を根拠に安易な削除を認めることには慎重でなければならないであろう。
親権停止の事例の分析と今後の問題
xxxx
しかし、人は過ちを犯す存在である。それが社会規範に反していた場合に相応の制裁が必要であろうが、上記のとおり、インターネットによる社会的制裁は、出版物等によるプライバシーxxの侵害と比較できないほど過度なものになりやすい。「忘れられる権利」は、人間には非理性的な側面があり、ときに愚行を犯すものであることを認めたうえで、それでもなおその者を社会に再び迎え入れることを保障しようとするものといえる23 。このようなことから、「忘れられる権利」については、もっと前向き・積極的に検討されてよいと考えられる。
(平成29年3月15日脱稿)
1 xxx「『忘れられる権利』について考える」法セミ741号(2016年)1頁参照。
2 「忘れられる権利」に関する各国の議論状況についてはxxxx編『ネット社会と忘れられる権利』(人文社、2015年)140頁以下参照。
3 xxxx「『忘れられる権利』について─検索サービス事業者の削除義務に焦点を当てて」論究ジュリスト18号(2016年)24頁、xxx「忘れられる権利と検索エンジンの法的責任」比較法雑誌50巻1号(2016年)35頁参照。
4 xxxx「『忘れられる権利』の位置付けに関する一考察」岡山大学法学会雑誌65巻3・4号(2016年)493頁参照。
5 xxx「忘れてもらう権利─人間の『愚かさ』の上に築く権利─」 Law & Practice 7号(2014年)153頁参照。
6 平成28年(許)第45号平成29年1月31日最高裁第三小法廷決定。最高裁ウェブサイトxxx.xxxxxx.xx.xxの裁判例情報参照。
7 京都新聞2017年(平成29年)2月2日付朝刊参照。
8 xx・前掲法セミ1頁参照。
9 xx・前掲159頁、xx・前掲比較法雑誌56頁参照。
10 xx・前掲506頁、xx・前掲25頁参照。
11 xx・前掲25頁、xxxxx「GoogleとEUの『忘れられる権利
(削除権)』」自治研究90巻9号(2014年)96頁参照。
12 法的対処の方法については、xxxx「インターネット上の名誉毀損、プライバシー侵害の法的対処」東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『情報・インターネット法の知識と実務』
(ぎょうせい、2016年)2頁以下参照。
13 裁判例については、プロバイダ責任制限法実務研究会編『最新プロバイダ責任制限法判例集』(弁護士会ブックセンター出版部 LABO、2016年)25頁以下、xxx「検索とプライバシー侵害・名誉毀損関する近時の判例」法律のひろば68巻3号(2015年)51頁参照。
14 さいたま地決平成27年12月22日判時2282号78頁。なお、申立人代理人による本決定の評釈Law & Technology 72号(2016年)41頁参照。
15 日本経済新聞2016年7月13日付、xx・前掲法セミ2頁参照。
16 前掲・注6参照。
17 日本経済新聞2016年7月13日付、xx・前掲法セミ2頁参照。
18 xx・前掲24頁参照。
19 「座談会 インターネット上における権利侵害の問題」 Law & Practice 9号(2015年)297頁(xxxx発言)参照。
20 xx・前掲法セミ1頁、同・比較法雑誌56頁参照
21 xxxx「『忘れられる権利』の憲法的基礎としての『個人の尊厳』『幸福追求権』」xxxx編『ネット社会と忘れられる権利』
(人文社、2015年)64頁参照。
22 xx・前掲64頁参照。
23 xx・前掲165頁参照。
親権停止の事例の分析と今後の問題
弁護士
xx xx
0 はじめに
親権停止制度は、平成23年の民法改正によって、新たに設けられた制度である。
親権停止制度が出来るまで、民法上、親権者の親権を制限する方法としては、管理権の喪失は別とすると、親権喪失しか規定がなかった(民法834条)。親権喪失は、読んで字のとおり、親権者の親権を喪失させることから、親権者や未xx者に対する影響も大きいため、その要件も厳しく、また、慎重な審理が必要とされている。
その結果、一時的な親権の制限が必要となる場合、例えば、緊急の手術に親権者が同意しないような「医療ネグレクト」事例等では、当該制度での対応が出来ず、やむを得ず、親権喪失を本案とした親権者の職務執行停止及び職務代行者選任の保全処分が利用されていた。しかし、これに対しては、本来の制度の趣旨や目的に合わない利用であるとの批判もなされていた。このような状況下において、平成23年の民法改正に よって、親権喪失よりもより軽微な要件で、親権を一時的に制限する制度として、親権停止制度が定められ
たのである。その停止期間は最長で2年間とされた。
2 親権停止の要件
親権停止の要件は、条文上、「父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するとき」とされている(民法834条の2)。親権喪失の要件が、「父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するとき」とされていることと比較すると(民法834条)、親権の行使及び子の利益を害する程度がいずれも「著しい」ことまでは要求されておらず、その要件は軽減されていることがわかる。
ただし、条文上の上記要件は抽象的であり、要件該当性は、事例ごとに判断せざるを得ない。
3 親権停止が認められた事例
(1)審判内容が公開されている事例
審判内容が公刊物上公開されている親権停止関連事例は、審判前の保全処分の事例を含めても僅か5例に過ぎない。しかも、うち2例は、本案と保全処分の関係にあるため、実質的には4例しか公表されていなかった(平成29年2月15日時点)。いずれも親権停止が認められた事例である(ただし、厳密には事例3は別。)。
[事例1](宮崎家裁平成25年3月29日家庭裁判月報65
-6-115)
親権者による未xxに対する関わりが不十分、同居の期間も短い、未xx者の意向を無視して高校を退学させる、医療行為に同意しない、という事情が認められた事例。
[事例2](東京家裁平成27年4月14日判例タイムズ 1423-379)
緊急手術が必要でありながら、親権者が輸血に同意しなかった事例。無輸血の手術を行う予定ではあったが、輸血が必要になった場合に備えて、親権代行者を選任した審判前の保全処分の事例。手術後、親権停止の本案は取り下げられた。
[事例3](和歌山家裁平成27年9月30日判例タイムズ 1427-248)
親権停止の審判の取消しが認められた事例の中で、停止にかかる事情が記載されていた。
これによると、もともと、親権者が、同居する男性による未xx者らに対する性的虐待を止めるどころか、招致していた等の事情から親権の停止がなされた。
なお、その後、親権者は、当該男性と関わりを絶ち、新たに再婚した男性と平穏な家庭を築き、未xx者らもその元で生活している事情を考慮して、親権停止の取消しが認められた。
[事例4](千葉家裁平成28年3月17日、平成28年3月31日LLI / DB判例秘書登載)
前者が親権者の職務執行の停止及び職務代行者の選任の保全処分、後者が本案事件であった。
未xx者は軽度精神発達遅滞等の障害を有しているため、特別支援学校に進学することが適切であったが、親権者が療育手帳の取得等の諸手続に応じなかったという事例。
(2)厚生労働省が発表している事例
また、厚生労働省が発表している事例では、以下のようなものが挙げられている。
[平成24年度]
① 未xx者の意向や児童相談所の方針に反対して
適切な関わりをしない事例
② 親権者が外科的治療に同意しない事例
③ 未xx後見人による援助が必要であったが、親権者の所在は明らかであるものの連絡が取れないため、未xx後見人の選任を目的として申し立てた事例
④ 親権者の状態が悪く、適切な養育が困難な事例
[平成25年度]
① 宗教的な理由により輸血の同意がとれなかった事例
② 腎機能の悪化による透析が必要な未xx者が登録していた臓器移植ネットワークへ、親権者が登録抹消手続きを行った事例
③ 性的虐待がなされていたため、親権者への引き取りを阻止した事例
④ 親権者の同居男性による性的虐待があり、親権者が当該男性との同居を希望したため、親権者らによる引き取りを阻止した事例
⑤ 親権者が、未xx者の高校卒業後の自立を妨げていた事例
[平成26年度]
① 親権者が養育を放棄し、児童相談所からの働きかけに一切応じなかった事例
② 障害のある未xx者に対し、登校させず、施設での訓練も拒否した事例
③ 輸血に同意しなかった事例(上記事例2と同じ事案と思われる。)
④ 親権者の身体的虐待があり、施設入所後も接近行為を繰り返した事例
⑤ 母に精神疾患があり、養育困難であった事例
[平成27年度]
① 精神症状の治療のための入院の同意が得られなかった事例
② 未xx者に手術の必要性があるが、親権者と連絡が取れず、同意が得られなかった事例
③ 親権者による手術拒否の事例
④ 児童福祉法28条審判後、親権者が未xx者との関わりを拒み、自立が困難な事例
⑤ 親権者が、未xx者の意向等に応じず、合理性なく、同人の18歳以降の進学と自立を妨げた事例
(3)小括
以上の事例を分析すると、親権停止が認められた事例は、①医療ネグレクト等、医療行為が必要であるにもかかわらず親権者の同意が得られない場合
(医療ネグレクト型)、②未xx者の能力に応じた進
学や自立等を親権者が妨げている場合(自立阻害型)、又は③虐待によって親権者と未xx者を引き離す必要がある場合(親子分離型)の概ね3パターンに分類できる。
①の医療ネグレクトについては、これまで親権喪失を本案とした保全処分でも対応できていたが、親権停止制度によって、制度の趣旨と目的に即した適切な対応が可能となった。
また、②の自立阻害型は、これまでの制度では適切な対応が困難であり、親権停止制度ができたことによって未xx者のより十分な保護が可能となったものと思われる。
なお、③の親子分離型は、児童福祉法28条の申立てによっても実現可能である。上記の事例では、いかなる理由で、あえて親権停止が申し立てられたのかは不明である。学説上は、親権停止と児童福祉法 28条の申立ては、後者が前者に優先すべきであるという見解があるが、実務的には両者は申立人の選択に委ねられていて、優先関係がないまま運用されているといえそうである。
4 親権停止の今後の問題点
親権停止は最長で2年間であり、再度の親権停止の申立てがなされなければ、停止終了後には、改めて親権者による未xx者への関わりが必要になる。
ところが、特に上記の自立阻害型や親子分離型では、主に児童相談所が主導して親権を停止することになるが、親権を停止した児童相談所が、停止終了後の関わりに向けて親権者と未xx者間の調整を行わざるを得ないところに、極めて困難な問題が潜んでいる。すなわち、親権停止によって、親権者は、児童相談 所に対し不信感、不満感を有するようになるだけでなく、これまでの関わり方を否定されることから、未xx者との今後の関わりを拒否する意向を固める結果を招く場合は少なくない。そのため、一度親権停止を行ってしまうと、親権者による適切な親権行使がなされなくなって、その後、停止し続けなければならなく
なる事例が生じる可能性が否定できない。
そうすると、2年ごとの申立てを繰り返すことで、実質的には親権喪失と同様の効果を招きかねない。そのような法の趣旨の潜脱を回避するため、裁判所としては、申立てが重なる程に、その要件の判断を厳しくしていくことが当然に予想される。
再度の申立ての事例はまだ公表されておらず、当職の実経験に過ぎないが、再度の申立事例での要件該当
性の判断では、親権停止中の児童相談所と親権者との関わりを丁寧に調査しており、裁判所も再度の停止には極めて慎重であったとの印象を持った。
相続預金と遺産分割
-最高裁平成28年12月19日大法廷決定から弁護士 xx xx
親権停止後の保護者と未xx者の関わり方は極めて難しい問題であり、再度の申立てにおける要件該当性の判断も、結局のところ事例ごとに判断していかざるを得ないため、事例の集約が待たれるところである。
相続預金と遺産分割
最高裁平成28年12月19日大法廷決定から
弁護士
xx xx
第1 はじめに
マスコミでも大きく取りあげられたが、最高裁判所は、大法廷の決定によって、遺産である預金等について遺産分割の対象となるとの判例変更をした。
従前は、最判昭和29年4月8日(判タ40号20頁)が金銭債権等の可分債権が遺産にある場合には、相続分に応じて当然に分割され、遺産分割の対象とはならないとしていることを受けて、預金等についても同様の可分債権として遺産分割の対象とはならないとしていた
(最判平成16年4月20日判タ1151号294頁)。
今回の最高裁大法廷決定は、この平成16年最判を変更したものである。
第2 相続手続の概要と預金の当然分割の不当性
1 相続においては、法律が相続人の「法定相続分」を定めており、これを前提に特別受益(生前に受けた贈与等)や寄与分(相続人が被相続人の財産の維持、増加に寄与した場合に当該相続人に加算されるもの)を除加算等して「具体的相続分」が算出され、この「具体的相続分」に見合うように遺産を分けることになる。
例えば、遺産として1000万円分の財産があり、相続人として子A、Bがいる時、法定相続分は各2分の 1だが、Aが生前に被相続人から200万円分の財産の贈与を受けていた場合、これはAの特別受益となって、具体的相続分はA400万円分、B600万円分となる(生前贈与分を加えて1200万円をみなし相続財産とし、各自のみなし相続分を600万円として、ここ
からAについては特別受益200万円を差し引くという計算をする。)。
2 そして、不動産などの大きな遺産が生前贈与されて特別受益となっており、遺産としては預金しか残っていないような場合、この預金債権が当然分割されて遺産分割の対象とならないとすると、それだけでは極めて不xxな結果となる。
例えば、相続人が子A、Bの2人で、Aが1000万円相当の生前贈与を受けており、遺産は預金が800万円だけだったという場合、もし、預金800万円が当然分割になるとすれば、A、B各自400万円を取得して終わることになり、結果、全体でAは1400万円、 Bは400万円を取得することになる。他方、遺産分割するとすれば、特別受益を加えた1800万円がみなし相続財産となり、各自のみなし相続分は900万円となって、Aは既に1000万円分の生前贈与を受けていることから具体的相続分はなく、800万円の預金はBのものとなる(100万円足りないが、これはやむを得ない。)。
このように、預金が当然分割されるとしてAが 1400万円を取得するという結果が、如何に不合理かは言うまでもない。
しかし、実際にAが預金のうち400万円を取得してしまった後に、Bが400万円をAに請求することができるのかは、実はそう簡単なことではない。不当利得となるかが問題であるが、Aはあくまで当然分割された預金の払戻を受けたに過ぎず、「法律上の原因」が存するので不当利得とはならないとも考えられるからである。敢えて法律構成を考えると、預金債権が当然分割される際の「相続分に応じて」の
「相続分」は、「法定相続分」ではなく特別受益等も考慮した「具体的相続分」であるとすれば、Aが預金400万円を取得する「法律上の原因」はないことになる(昭和29年最判も平成16年最判も「相続分に応じて」としか述べていない。しかし、前後の文脈からは「法定相続分」を前提としているようには見える。また、預金を払い戻す金融機関の側からすると、法定相続分であれば分かりやすいが、具体的相続分であるとすれば、金融機関には全く不明な事柄になるため、いきおい払戻を請求する相続人に極めて厳密な立証を求めざるを得ないことになる。)。こうしたことを考えると、BがAに400万円を請求するためには、払戻を求める相続人と金融機関の間では
「法定相続分」により分割されるが、相続人同士の間では「具体的相続分」により分割されるという考
え方を取る必要がある(ちょっと見るとおかしな理屈に見えるかもしれないが、法概念の相対性として、法解釈としてはあり得ないものでもないと考えられる。)。
こうした点について事後的な修正を図った判決例等は見当たらないようである(実務的には、預金も遺産分割の対象とした形で協議等がなされることが多かったためではないかと考えられる。)。
3 今回の最高裁の事案は、一方相続人の特別受益が大きく、預金を遺産分割の対象としなければ、極めて不xx、不xxな事態が生ずる事案であった。
第3 決定内容
1 最高裁の決定理由は、概ね以下のとおりである。
① 相続場面においては、預金等は、現金と同様に不動産等の直接分割することが難しい遺産がある場合に、分割を適切に行うための調整手段としての意味を持つ。
② 預金契約の性質は消費寄託であるが、入出金の都度金額は変動するものの1個の預金債権として同一性を保持し、預金者が死亡した場合でも消滅せず、法的には、死亡後に入金等があっても1個の債権として同一性を保持しながら存在する。
③ 預金者死亡後に口座に入金された場合、当然分割を前提とすれば、入金の都度各相続人に相続分に応じて振り分けられるということになるが、煩雑であり、そのような理解は当事者の合理的意思に反するとも言える。
④ 定期貯金については、払戻が制限されることから、当然分割するとすれば分割された貯金の利息計算が煩雑になり、払戻を制限していた趣旨に反する結果となる。
こうした理由から、最高裁は、銀行の普通預金、ゆうちょ銀行の通常貯金、定期貯金は、相続によっても分割されず、遺産分割の対象となるとした。
2 従前、最高裁は、預金も当然分割されるとの前提を取りながら、現金は分割されることなく遺産分割の対象となると判断しており(最判平成4年4月10日判タ786号139頁)、また、預金取引履歴の開示請求に関して、預金契約は消費寄託契約の性質を有しつつ、振込入金の受け入れ、自動引き落とし等の委任事務も包含されることから委任ないし準委任契約の性質も有するとしていた(最判平成21年1月22日判タ 1290号132頁)。
現金を当然分割とせずに遺産分割の対象としたの
は、上記①の理由に整合的である。
預金契約を委任ないし準委任契約の性質をもつとした点については、委任契約は委任者(預金者)の死亡により本来は終了することになってしまうが(民法653条1号)、消費寄託としての性質も合わせ持つ点を考慮して、最高裁は、預金者の死亡によっても預金契約は終了せず、預金契約自体が相続人の準共有状態となると判断したものと考えられる。
第4 最高裁決定の射程
1 今回の最高裁決定は、上記の平成16年最判を変更すると明示しており、昭和29年最判の変更には言及していない。
したがって、可分債権が当然分割となるとの判例自体には変更はなく、今回の決定は預金等についての判断であることは明らかである。貸金債権や不法行為等の損害賠償請求権など1回的な金銭債権は、可分債権として債権者の死亡により相続人に当然分割されるという扱いに変更はないと考えられる。
なお、最高裁は、遺産に収益不動産がある場合の賃料の取扱について、相続開始後に発生した賃料は、相続人に当然分割して帰属し、遺産分割の対象とならないとしていた(最判平成17年9月8日判タ 1195号100頁)。これは、収益不動産自体が遺産であり、遺産分割までは不動産の共有状態となり、共有持分権に基づいて賃料が各相続人に帰属すること、後の遺産分割に遡及効があるとしても既発生賃料には遡及効は及ばないとの理由に基づいている。この判例にも変更はないと考えられる。
2 今回の最高裁判決で具体的に取り扱った預金等は、上記のとおり、銀行の普通預金、ゆうちょ銀行の通常貯金、定期貯金であったが、銀行等の定期預金も含まれることになると考えられる。定期預金も最高裁判示の理由にそのまま合致するからである
(理由中に「定期預金等」という言葉も使われている。)。
3 また、最高裁は、従前、定額郵便貯金(最判平成 22年10月8日判タ1337号114頁)、投資信託受益権、個人向け国債(最判平成26年2月25日判タ1401号153頁)、投資信託で償還金が投資信託販売会社の被相続人名義の口座に入金された場合(最判平成26年12月12日判タ1410号66頁)については、当然分割とならず、遺産分割の対象となるとしていた。
もちろん、これらの判例についても変更はない。
4 貸金債権や不法行為等の損害賠償請求権などの1
回的な金銭債権は、上記のとおり昭和29年最判の射程であり、当然分割となると考えられるが、一定の契約関係に基づいて、継続的に発生する債権、例えば私的年金の受給権のような定期金債権(但し権利者の死亡により消滅しない場合)などがあるとすれば、今回の最高裁決定や上記の賃料についての最高裁判決を前提とすると、判断は相当微妙なものとなってくる(遺産の法定果実である賃料と、契約自体に基づく定期金債権は性質が異なることから、契約の性質にもよるが、当然分割とはならないとの判断もあり得ると思われる。)。こうしたものについては、今後の事案の積み重ねが必要になると思われる。
5 このように、今回の最高裁決定は、貸金債権や不法行為債権などの1回的な金銭債権には及ばないと考えられる。
しかし、仮に、相続人のいずれかに特別受益があり、遺産として残っているのはこうした債権のみである場合には、上記に述べたように不平等な結果となりかねないのは同様である。xx裁判官の補足意見は、こうした点についてのものである。今回の最高裁決定を前提にすると、今後、昭和29年最判が変更されるか、上記に述べたように不当利得法理等に基づく調整が図られる必要があると考えられる。
第5 実務の対応
1 今回の最高裁決定を受けた金融実務、特に金融機関の対応は、必ずしも明快な結論が得られない場面も少なくないと考えられる。
2 相続人から払戻請求
従前、預金等は当然分割されるとの前提で、遺産分割協議未了の状態でも、単独の相続人から金融機関に法定相続分に応じた預金の払戻請求がなされることがあった。これに対する金融機関の対応は、金融機関ごとに異なっていたが、遺言が不存在であることの確認などのために、他の相続人に照会をするなどして、払戻に応じてきた金融機関も少なくない。
しかし、今回の最高裁決定により、預金等も遺産分割の対象となるため、遺産分割協議書や相続人全員の同意等がなければ、金融機関としては払戻には応じられないことになる。
この点で、被相続人の未払の医療費など喫緊に支出しなければならないものがあった場合でも、相続人全員の同意が得られないと預金の払戻を受けられないこととなる。今回の最高裁決定において、xx裁判官ほか4名の補足意見では、このような喫緊な
公示送達の有効性について
xxxxx
支出が必要な場合は、遺産分割審判前の保全処分として仮分割を求める保全処分の活用が考えられると指摘されている。今後、こうした手続についても保全処分の要件等が深められていくことが望まれている。
3 相続預金口座への入出金
相続預金口座への入出金については、これまでの実務では、いったん口座凍結し、家賃等の振込や口座引落などは、相続人から依頼があった場合に、個別に検討して対応していた金融機関が多かったと思われる。
今回の最高裁決定によれば、預金契約は、準共有状態で相続人に帰属することになるため、これをxxに見れば、入金は受け入れ、口座引落等についても、生前の契約関係がそのまま引き継がれることから引き落とすことにもなりそうである。
しかし、例えば、家賃については、上記のように、相続人に当然分割される性質のものであるにもかかわらず、いったん相続預金口座に入金された場合には、単独相続人からの払戻請求には応じられないこととなると考えられ(xx裁判官の補足意見もこれを前提としていると考えられる。)、いたずらに紛争化してしまう可能性も否定できない。口座引落についても、その内容によっては、遺産としての相続預金から支払うことに異議のある相続人が出現しないとも限らない。
したがって、金融機関としては、上記の従前の対応を変更することは、実際には困難ではないかと考えられる。
法的には、最高裁は預金契約上の地位が共有ないし準共有状態で相続人に帰属することを前提としているが、預金口座への振り込みや口座引落は、委任ないし準委任としての性質を有することから、預金契約のうち、こうした委任ないし準委任の性質を有する事務については、委任の終了事由についての民法653条1号により、被相続人の死亡によって終了すると考えて、相続人から依頼があった場合には、個別に検討して新たな委任事務として入金の受け入れや口座引落等に応ずるということになるのではないかと思われる(共有状態の預金口座の管理行為として、相続人の過半数の同意を得るということになるであろうか。)。但し、今回の最高裁決定の理由からは、相続後に預金口座に入金がなされることが前提のようにも見えるので、一概にこうした解釈が可能かは、さらに検討が必要である。
公示送達の有効性について
弁護士
xxx xx
第1 はじめに
送達とは、当事者その他の訴訟関係人に対し、法定の方式に従い、訴訟上の書類を交付してその内容を了知させ、又はこれを交付する機会を与える司法機関の訴訟行為である。当事者が確定判決に拘束される根拠は、法的安定と自己責任にあるとされる。ここで言う自己責任は、手続保障、すなわち告知と手続関与の機会の保障を前提とした自己責任と解する。送達は、この告知の重要な方法である1。他方で、送達場所や名宛人の所在が不明の場合であっても、送達が行われなければ、訴訟手続を進めることができず、当事者の裁判を受ける権利が実現されないことになる。そこで、法は、公示送達の定めを規定し、掲示場への掲示の方法によって名宛人が送達書類を了知する機会を与えられたものとみなし、これによって送達の効力を発生させることとした(民事訴訟法(以下、法典名略)110~ 113条)2。 もっとも、公示送達は、現実には名宛人に書類の内容を了知させることはほぼ不可能に近いため、要件該当性を慎重に判断しなければならない。そのため、公示送達の有効性が問題となることがある。
第2 公示送達の有効性
1 公示送達の要件
公示送達は、次のいずれかの要件を満たす場合にされる。①当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合(110条1項1号)、②第107条第1項の規定により送達をすることができない場合(同条項2号)、③外国においてすべき送達について、第 108条の規定によることができず、又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合
(同条項3号)、④第108条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後6月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合(同条項4号)である。本稿では、もっとも一般的な要件とも言える上記①について検討する。
2 当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合
「送達をすべき場所が知れない場合」とは、申立人が単に知らないというのではなく、申立人ないし通常人が誠実に探索調査しても、送達をすべき場所が判明しないという客観的事情が認められる場合をいう3。送達の場所が知れないことは、公示送達を申し立てた当事者が証明しなければならない4。
実務上、公示送達を申し立てる場合には、次の3つの観点からの証明資料が必要とされる。①受送達者の最後の住所等の場所がどこであるか、②最後の住所等に受送達者が居住または存在しないこと、③就業場所がないこと又は就業場所が判明しないことの3点である。一般的には、住民票、戸籍附票など公的機関作成の証明資料により①を、住所等についての当事者作成の詳細な調査報告書及び第三者作成の証明資料等により①及び②を、就業場所についての当事者作成の調査報告書等によって③を認定されるようである5。ここで言う報告書には、通常の場合、調査日時、調査者及びその資格、調査場所、電気ガスの使用状況、郵便物の受取状況、建物、部屋の外観、近隣者からの聴取結果、現地の写真などが要求される6。
3 要件を欠いた公示送達の効力
要件を欠く適式でない送達手続は無効であるから、公示送達の要件を欠く公示送達も無効である。旧法下においては、裁判長の許可によってされた公示送達は要件を欠いていても有効というのが通説実務であったが、当事者の申立てによる公示送達について裁判長の許可を要しないとした現行法下では採用することができない7。
4 公示送達の効力に関する裁判例
公示送達の効力について争われた裁判例を紹介する。
(1)東京高判平成21年1月22日判時2052号51頁
原審において、B(被告・控訴人)会社の本店所在地(代表者の住民票上の住所地と同じ)に宛てて特別送達を試みたが、転居先不明との理由で返送され、A(原告・被控訴人)がデパート内のBの商品販売コーナーへの送達を求めたものの、担当書記官が103条1項にいう営業所に該当せず補充送達等をするのにもふさわしくないとしたため、送達をなすべき場所が知れないとしてAの申立てにより、訴状等を公示送達の方法により送達した事案である。
本判決は、デパート内のBの商品販売コーナーが103条1項にいう営業所に該当するとし、同コー
ナーの存在を認識し、同コーナーにおいて送達をすることができることが調査をすれば容易に判明するにもかかわらず、これへの送達をせずにされた公示送達は110条所定の要件を欠き無効とした。また、仮に、同コーナーが営業所に該当しないとしても、同コーナーに電話又は普通郵便等によって連絡をし、Bの事務所等の所在地又はB代表者の住所地を問い合わせることが可能であったと認められるから、これらの調査をせずにされた本件公示送達は、同条所定の要件の有無について十分な調査を尽くさずにされたものとして、無効なものといわざるを得ないとした。
(2)札幌高判平成25年11月28日判タ1420号107頁
原審において、D(被告・被控訴人)会社の本店所在地及び代表者住所地に宛ててそれぞれ特別送達を試みたが、いずれも返送されたため、送達をなすべき場所が知れないとしてC(原告・控訴人)の申立てにより、訴状等を公示送達の方法により送達した事案である。
本判決は、Cによる居住確認時の状況(「地方におり上京の際立ち寄る程度で常時居住しているわけではない」「郵便受け内の郵便物については…
…帰宅の際、……確認している様子がうかがえる」、自宅の売却を予定しており「いつでも退去できるよう荷物は(代表者前住所)内にまとめてある」)、受送達者不在で配達できず保管期間が経過したためという返送の理由からすると、D代表者が代表者前住所に居住していた可能性が否定できないから、原審担当書記官は、執行官送達(99条1項)、マンション管理業者等に対する調査嘱託、普通郵便の送付など居住の有無を再度確認する措置を講じるべきであったとした。そして、そのような措置を講じなかった以上、相当な調査が尽くされたとは認められず、Dの住所等が知れない場合に当たるとは認められないとして、公示送達が無効であったと判断した。
(3)名古屋高判平成27年7月30日判時2276号38頁(上告・上告受理申立て)
原審において、F(被告・控訴人)の住民票上の住所地に宛てて送達を試みたが、宛所に尋ねあたらないとの理由で還付され、E(原告・被控訴人)の申立てにより、訴状等を公示送達の方法により送達した事案である。
本判決は、Eが、Fの職業・事務所・電話番号及びファックス番号を知っており、本件訴え提起
直後にはファックス番号を使用してFとやり取りをしていたのであるから、事務所に赴いてその所在地等を調べたり、電話番号に架電又はファックス番号に宛てて文書を送信してFと連絡をとり、現在の住所を問い質したりすることは容易にできたと考えられるし、弁護士法23条の2所定の照会申出をして自らこれを調査し、調査嘱託の申立て
(186条)をして裁判所に調査を求めることができたと考えられるが、これらの措置をとっていないこと、また、Eは、本訴提起の頃に、F宛てに発送した暑中見舞いの葉書の還付を受けていないのであるから、葉書が転送された可能性が高いことを容易に推測できたと考えられるが、公示送達の申立ての際にはこのことを裁判所に申し出ていないことなどから、本件公示送達は、110条1項1号の要件を満たさない申立てに基づきされたものとして無効であると判断した。
第3 無効な公示送達を受けた当事者の救済
無効な公示送達が行われた事案について、上記の裁判例はいずれも、控訴申立ては控訴期間が経過する前の適法なものであるとした上で、原判決を取り消し、差し戻した。
また、その他の方法として、上訴の追完(97条)や再審(338条)が考えられる。最判昭和42年2月24日判タ 205号89頁は、原告が知っていながら公示送達を申し立てた場合に上訴の追完を認めている。対して、最決昭和57年5月27日判時1052号66頁は、原告が被告の住所を知っているにもかかわらず公示送達を申し立てた事案において、再審事由にならないと判示した。もっとも、上訴の追完は、事由が消滅してから1週間以内という期間制限に服するのみならず、訴訟係属を知り得なかった当事者には、上訴審ではなく、その審級での審理を保障すべきであるから、原告の故意過失によって要件を欠くにもかかわらず実施された公示送達に基づく判決には、338条1項3号の手続保障欠缺による再審事由があると解すべきであるという見解もある8。
第4 おわりに
実際に、被告の住所地等への送達が奏功せず、公示送達の申立てを検討しなければならなくなることがある。もっとも、そのような場面では、冒頭で述べたように、両当事者の権利が衝突する状態にある。そのため、公示送達の要件該当性については、ときに難しい判断が求められる。本稿で挙げた裁判例は、公示送達
を無効と判断した貴重なものである。両当事者の権利が衝突している状態にあることを改めて認識し、公示送達の申立ての判断においても慎重さを欠かさないようにしたい。
1 裁判所職員総合研修所『民事実務講義案Ⅱ(三訂版)』1頁(司法協会、2008年)
2 xxx『x事訴訟法(第5版)』251頁(有斐閣、2016年)
3 xxxxほか編『注解民事訴訟法【Ⅱ】』396頁(青林書院、2000年)
4 xxxxxx『コンメンタール民事訴訟法Ⅱ〔第2版〕』417頁(日本評論社、2007年)
5 裁判所職員総合研修所・前掲注1 43頁
6 xxxx編・前掲注3 397頁
7 xxxx編・前掲注3 401頁
上場会社における指名委員会の役割と後継者計画
弁護士 xxxx
0 xxxx『x点講義民事訴訟法(下)(第2版補訂版)』785頁(有斐閣、2014年)参照
上場会社における指名委員会の役割と後継者計画
弁護士
xx xx
0 はじめに
報道等によると、昨年来、上場会社において指名委員会を設置する会社が急増しているという。その最も大きな理由は、一昨年導入されたコーポレートガバナンス・コードに、経営陣幹部の選・解任や最高経営責任者等の後継者の計画に関する原則が盛り込まれたことにある。さらに、近時いくつかの著名企業で最高経営責任者の交代に関して混乱が生じ、マスコミにも大きく取り上げられたことで、経営陣の選・解任、交代の問題が、時として大きな企業リスクとなり、企業にとっての重要課題であることが再認識されたという背景も指摘できよう。
そこで、本稿においては、この問題に関するコーポレートガバナンス・コードの原則を概観した上で、後継者計画と指名委員会の果たすべき役割について考えてみたい。
2 コーポレートガバナンス・コード1
(1)原則
コーポレートガバナンス・コード(以下は単に「本コード」という)においては、原則3-1において、次の内容を開示・公表し、主体的な情報発信を行う
べきこととされている。
(ⅳ)取締役会が経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続
(v)取締役会が上記(ⅳ)を踏まえて経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選任・指名についての説明
(2)補充原則
また、次の補充原則が設けられている。
4-1③ 取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者等の後継者の計画(プランニング)について適切に監督を行うべきである。
4-3① 取締役会は、経営陣幹部の選任や解任について、会社の業績等の評価を踏まえ、xxかつ透明性の高い手続に従い、適切に実行すべきである。
4-10① 上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、例えば、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである。
(3)すなわち、本コードでは、取締役会において、経営陣幹部の選任と取締役候補者の指名についてその方針と手続きを定め、これを開示した上で、xx性、透明性の高い手続きに従って適切に実行し、個々にこれを説明すべきこととされ、最高経営責任者の後継者計画についての監督も行うべきとされている。そして、会社の機関設計が指名委員会等設置会社ではなく、かつ独立社外取締役が過半数に至らない取締役会については「独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置」することなどによって独立社外取締役の関与・助言を得ることとされている。
もちろん会社の実情によりどのような機関設計をとるかは自由であるが、これによらない場合には、上場会社において採用しない理由の説明が必要となる。
(4)フォローアップ会議
これを受け金融庁のフォローアップ会議意見書
(2)2 では、「最高経営責任者(CEO)の選解任は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を実
現していく上で、上場会社にとって最も重要な戦略的意思決定であり、そのプロセスには、客観性・適時性・透明性が求められる」と指摘しており、人材の育成方針を定め、必要な実務経験を積ませつつテストを行い、候補を入れ替えながら人材を育成するとともに、資質を見極めるプロセスを設ける例などが紹介され、独立社外取締役の関与を得るため任意の諮問委員会等を活用することなどが指摘されている。
3 各機関設計における取締役と最高経営責任者の選任
(1)指名委員会等設置会社
もともと会社法は、社外取締役の関与も得て客観性のある取締役の選・解任を行うための機関設計として、指名委員会等設置会社(改正前の委員会設置会社)を用意している。指名委員会の委員の過半数は社外取締役で構成され(400条3項)、指名委員会が取締役の選任議案を決定(404条1項)する仕組みである(代表執行役の選定・解職は取締役会が行う(420条)ため、最高経営責任者の選任についての関与は間接的である。)。
しかし、指名委員会等設置会社という機関設計を採用する上場会社は多くなく、本コード導入後もわずかに増加したにとどまっているようである3。
(2)監査役会設置会社及び監査等委員会設置会社
これらの機関設計を採用する会社においては、取締役の選任議案を決定するのは取締役会であり(298条1項4項)、代表取締役の選定を行うのも取締役会である(362条2項)。
独立社外取締役の数は増加しているものの、取締役会の過半数に至らない会社も多くあり、本コードへの対応として、任意の諮問委員会として指名委員会を設置した会社が多数に及んだものと考えられる。
この委員会は法律上規定された委員会ではないため、その名称、位置付け、扱う内容、委員の構成等も様々なものが考えられる。その多くは、取締役会の諮問機関という位置付けで、その決定は法的拘束力も有しない。指名に関する委員会と報酬に関する委員会が1つとなっている場合や個別(あるいは一方のみ)になっている場合もあり、名称も指名委員会、指名・報酬諮問委員会、人事諮問委員会等と様々なようである。委員の構成も、過半数を社外取締役が占める場合とそうではない場合がある。
従って、こうした諮問機関としての指名委員会の
設置が、実質的に見て選任プロセスのxx性や透明性に資するものとなるのかは、具体的な制度設計や運用によるところが大きく、単に指名委員会が設置されただけでは十分なものとは言えない。
4 最高経営責任者(CEO)の交代プロセスとその後継者計画
(1)そもそも、本コードにおいて、経営陣幹部の選・解任や最高経営責任者等の後継者の計画が取り上げられることになった理由は、従来の我が国の最高経営責任者の選任が、現職・前職からの指名によって事実上決定される傾向にあり、客観的な基準がなく、その決定プロセスが見えない、との批判が高まっていた点にある。また、明確なルールや基準のもとで行われていない後継指名は、経営陣や大株主間の対立に巻き込まれやすく、長期に紛糾すると、ガバナンスに対する信頼の低下や株価の下落など、企業価値を毀損することにもなりかねない。
こうした問題は以前から指摘されていたところであり、我が国におけるCEO交代プロセスに関しては、経済界からも提言が行われていた。
例えば、経済同友会の「CEO交代プロセスのイノベーション」4 においては、「最適なタイミングで最適な人材にCEOの役割と責任を継承するメカニズム」の構築が重要テーマであることが確認され、そのためには、①業績評価プロセスの透明性を高めること、②CEO候補の選抜育成のためのサクセッションプランを構築すること、③客観性の高いプロセスを経て交代することが必要である等と指摘されていた。
また、同時期に出された「『経営者後継のベストプラクティス』CEO委員会報告書2006」5 においても、後継者育成計画にかかる「CEOサクセッションプラン」の策定や、管理職育成・取締役候補者・ CEO後継候補者の育成・選抜に段階的につながる人材育成システムの構築が提言され、これに実現するためには、現CEOと指名委員会が積極的に関与すべきであることが指摘されていた。
(2)これらの提言や本コードの指摘を踏まえ、またステークホルダーが多様化する中で我が国の上場企業が置かれている状況等に鑑みると、企業の持続的な成長や中長期的な企業価値の向上を図る上で、それぞれの会社に適合した後継者計画の策定や、透明性とxx性を確保したCEOの交代プロセスを実現することの重要性は増していると言わざるを得ないだ
ろう。
そのベースとなるのは、会社理念に裏打ちされたあるべきCEO像、取締役像の設定であり、そこから導かれる客観的な基準と、候補者に対する客観的な情報の評価プロセス、それを検証可能とする透明性などが確保されることが必要となろう。また、それを適時に行うための継続的な人材育成も視野にいれることが求められる。
そこで中心的な役割を果たすべきは、やはり取締役会ということになるが、CEOの選定は高い機密性が求められることや、幅広い知見や判断における客観性を担保するためには独立社外取締役の関与が望ましいことから、これを中心とした指名委員会と現CEOが協力しながら、後継者計画の実現を図っていくような仕組みが望ましいと言えよう。
(3)そのためには、まず取締役会においてサクセッションプランが十分に議論されて策定される必要があり、また指名委員会の実効性を確保する仕組みも必要であろう。諮問機関である場合にも事実上の拘束的な効果が付与されるような運用や規則、定款上の位置付けを行うということも考えられるところであるし、適格性のある独立社外取締役の確保も課題となる。
(4)もっとも、それぞれの上場企業にとっての最善の方法は異なりうる。経営陣と大株主との関係、従前からの経営のあり方や考え方などは、企業それぞれに事情が異なっており、事情に応じたあり方が模索されるべきである。
ただし、上場企業である以上は、株主等のステークホルダーに対し、経営陣幹部とりわけ最高経営責任者の選定について、求められる資質に照らして、合理的に適切なプロセスを経て行われたことを説明する必要がある。その観点からの検討が必要であろう。
1 xxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxxx/xxxxxxx/xx/xxxxxx0000000xxx- att/code.pdf
2 会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上に向けた取締役会のあり方
「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」意見書(2)(金融庁 平成28年2月 18 日)
3 上場企業のコーポレート・ガバナンス調査 日本取締役協会
(2016年8月1日)
4 「CEO交代プロセスのイノベーション~『企業イノベーション』の継続的な遂行を目指して~」 社団法人経済同友会(2006年)
5 「経営者後継のベストプラクティス」CEO委員会報告書2006日本取締役協会CEO委員会(2006年7月)
参考文献
「最高経営責任者の選任およびその前提となる後継者計画について」─持続的成長と中長期的な企業価値向上に向けた後継者の創り方─(xxx 商事法務No.2096(2016.3.25)25頁~)
労働法 同一労働同一賃金
xxxxx
「座談会 最高経営責任者の選解任・後継者計画等をめぐる近時の潮流と課題」(xxxx 商事法務No.2108(2016.8.5)6頁~)
労働法 同一労働同一賃金
弁護士
xx xxx
1 はじめに
東京地裁平成28年5月13日判決(xx運輸事件/労判 1135号11頁)は、定年後再雇用の嘱託社員につき、正社員と同様の就業規則の適用をすべきとし、差額賃金の支払いを命じたことから、これまでの人事制度の見直しを余儀なくさせるかのような判決であった。
ところが、その控訴審である東京高裁平成28年11月 2日判決(労判1144号16頁)は、原審と結論を全く逆にする控訴認容判決であった。この判決に加え、いわゆる定年後の社員の労働条件に関する判決がいくつか出ている。そこで、本稿では、これらの判決を概観し、現時点での議論状況を整理してみることにした。本稿は、OikeLibrary2016年10月号の特集・労働法「同一労働同一賃金」の続稿となる。
2 東京高裁平成28年11月2日判決(xx運輸事件控訴審/労判1144号16頁)
まず、原審は、定年後再雇用の嘱託社員であっても、有期契約に関する労働契約法20条の適用があることを前提にしていたが、控訴審でも労働契約法20条の適用は認めている。その上で、原審は、①有期契約労働者の職務の内容並びに②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず、労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について無期契約労働者との間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、③これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとし、結論として、賃金についての相違を正当と解すべき「特段の事情」はないと判断したが、この③「特段の事情」すなわち「その他の事情」(労働契約法20条)について、
控訴審はこれを認めた結果となる。
控訴審が認めた「その他の事情」とは、
・定年退職後の再雇用において賃金が引き下げられるのが通例であることは公知の事実であって差し支えないこと
・定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできないこと
・減額率も本件の会社と同規模の企業の平均の減額率をかなり下回っていること
・歩合給の設定や無事故手当の増額、調整給の支給等の事情
・労働組合との一定程度の協議等である。
3 東京地裁平成28年8月25日判決(L社事件/労判 1144号25頁)
xx運輸事件控訴審判決の少し前には、東京地裁で、満60歳に達した労働者の基本給及び割増賃金の額が、満60歳に達しない労働者よりも少ないことが不法行為を構成するという主張を退けた判決が出ている。主な判決理由は、
①会社が、若年層及び中年層の車両管理者を多く擁する必要があり、高年齢者は様々な健康問題や自動車運転に必要な能力・技能の低下等があるという認識の下、若年層及び中年層に対して手厚い処遇をすることは一定の合理性があり、企業の裁量として相当程度確保されるべきであること
②我が国において、定年後に採用される場合には定年前と比べて賃金水準が相当程度低く定められることは一般的に見られる現象であること
③原告が得ていた年収(高年齢雇用継続基本給付金及び在職老齢年金を含む)は、想定初年度専任社員等の賃金の約8割程度であって、格差が社会通念上不相当であり、不合理な差別であると断じることはできないこと
④原告は他社を定年退職した後の再就職であり、原告自身のおおよその労働条件については認識した上で入社していること
⑤業務の内容も、異動等については満60歳以上の場合は同意を得るなどの配慮があること、手待ち時間や運転時間の長さ等の点で差異があると言い得ること
などが挙げられている。
4 大阪高裁平成28年7月26日判決(ハマキョウレックス事件控訴審/労判1143号5頁)
同判決は、定年後再雇用の事案ではないが、「同一労働同一賃金」に関する近時の高裁判決として注目を浴びている。
同判決は、前提として、正社員と契約社員のドライバーの業務内容自体に大きな相違があるとは認められないが、正社員と契約社員との間には、広域移動や人材登用の可能性といった人材活用の仕組みにおける相違があることを認定している。
この認定を踏まえ、契約社員と正社員との労働条件の差異が労働契約法20条における「不合理と認められるもの」に当たるか否かについては、それが「期間の定めがあること」を理由とした不合理な相違であるか否かについて、個々の労働条件ごとに判断している点が特徴的である。具体的には、以下の判断結果となっている。
①無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当→その性質上、正社員及び契約社員のドライバーの両者に対して要請されるべきもの
②住宅手当、皆勤手当、家族手当、その他の労働条件
(賞与など)→正社員のみへの支給は「不合理と認められるもの」には当たらない
5 名古屋高裁平成28年9月28日判決(判例秘書判例番号L07120423)
この判決は、同一労働同一賃金に関する判決ではないが、定年後継続雇用の労働条件を検討する上で、確認しておきたい判決である。
この事例では、定年前にいわゆる事務職に就いていた社員の60歳の定年退職後の再雇用条件として会社が提示した以下の業務内容は、「…改正高年法の趣旨に反する違法なものといわざるを得ない」と判断されている。
〈会社が提示した業務内容〉
・シュレッダー機ごみ袋交換及び清掃(シュレッダー作業は除く)
・再生紙管理、業務用車掃除、清掃(フロアー内窓際棚、ロッカー)
本判決は、改正高年法の趣旨からすると、会社は60歳以前の業務内容と異なった業務内容を示すことが許されることはいうまでもないが、「両者が全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には、もはや継続雇用の実質を欠いており、むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから、従前
の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、そのような業務内容を提示することは許されないと解すべきである。」とし、本件会社の提示した業務内容は「それまでの職種に属するものとは全く異なった単純労務職としてのものであり
…全く別個の職種に属する性質のものである」と認められ、「…改正高年法の趣旨に反する違法なものといわざるを得ない」と判断した。
その結果、会社に対して、60歳から61歳までパートタイマー(賃金97万2000円(4時間×243日×時給1000円)+賞与29万9500円)として雇用されていた場合の賃金127万1500円を不法行為に基づく損害賠償金として支払いを命じている。
なお、「清掃業務等の単純労働を提示したことは、あえて屈辱感を覚えるような業務を提示して、控訴人が定年退職せざるを得ないように仕向けたものとの疑いさえ生ずるところである。」とも判示している。
6 まとめ
定年後再雇用社員の労働条件については、特にxx運輸事件第xx判決の後は、その賃金引き下げのためには定年前と大幅に業務内容を変える必要があるようにも考えられたが、他方で、名古屋高裁平成28年9月 28日判決は、「継続雇用の実質を欠」くような業務を提示することは許されない旨の判示をした。この名古屋高裁判決は特殊な事案であるものの、参考にすべき点はあると考えられる。
幼児用椅子(TRIPP TRAPP)事件知財高裁判決とその後の裁判例
―著作xxによる応用美術の保護―
xxxxx
xx運輸事件及びハマキョウレックス事件はいずれも上告・上告受理申立中とのことであり、明快な最高裁判決が待たれるところである。
幼児用椅子(TRIPP TRAPP)事件知財高裁判決とその後の裁判例
著作xxによる応用美術の保護
客員弁護士
xxx xx
0 著作xxによる応用美術の保護に関する従前の裁判例
著作権法上の難題の一つに、いわゆる応用美術の保護の問題がある。応用美術には、装身具等実用品自体
であるもの、家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど多種多様なものがある。これを絵画、彫刻等のいわゆる純粋美術と同様に著作xxで保護すべきかどうかという問題である。
従前の裁判例によれば、著作xxによる保護を受ける応用美術は、一品制作の美術工芸品(著作xx2条2項)と同程度に純粋美術並みの水準に達しているものに限られていた。その理由は、主として意匠法との関係にある。意匠法は、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起させるもの」(同法2条1項)を「意匠」として保護しているので、著作xxの保護対象である「美術の著作物」と意匠法の保護対象である「意匠」とは、視覚による美感にかかわるものである点で共通している。そこで、応用美術が著作xxと意匠法の双方によって保護されるべきなのか、それとも応用美術の保護について両法の間に区別を設けるべきなのか、ということが問題となる。この点について、従前の裁判例は、意匠法による保護が出願、審査、設定登録という特許庁での手続きを必要とし(登録主義)、保護期間も設定登録から20年と限られているのに対し、著作xxによる保護は何らの手続きをも必要とせず、保護期間も著作者の死後又は公表後50年と長いということから、意匠法の保護の対象となる応用美術を広く著作xxでも保護の対象とする場合には、意匠法が産業政策的観点から登録主義を採用し、保護期間も短く設定したことを空洞化することにつながるので、著作xxによる応用美術の保護に一定の制限を設けるべきであるというのがそ
の主たる理由である(大阪地裁平成12年6月6日判決-
街路灯デザイン事件等)。
しかし、最近、著作xxによる応用美術の保護について大きな転換を図るものといわれている判決が現れた。知財高裁平成27年4月14日判決(幼児用椅子(TRI PP TRAPP)事件)がそれである。この判決については、すでに、「御池ライブラリー」誌42号28頁以下で、xxxx「応用美術と著作権-知財高裁平成27年4月 14日判決を題材に」という表題の下に紹介されており、そこではこの知財高裁判決の判旨のような解釈・基準を前提とすれば、従前よりも著作権による保護が与えられる範囲を広く認めざるを得なくなるだろう、と指摘されている。確かに、幼児用椅子事件の知財高裁判決の基準によってその判断をするときは、応用美術の表現の創作性の判断が緩やかになり、その著作物性が認められ範囲が広がり過ぎるのではないか、とい
う懸念が生じる。果たしてどうか。ここで改めて幼児用椅子事件知財高裁判決の内容を検討したうえで、その後の裁判例をみることにしよう。
2 椅子幼児用椅子(TRIPP TRAPP)事件の知財高裁判決
(1)判旨
同高裁判決は、実用品である控訴人(原告)の幼児用椅子(TRIPP TRAPP椅子・控訴人製品)の著作物性を肯定し、著作xxによる保護を認めている(但し、被控訴人製品の幼児用椅子は、控訴人製品の幼児用椅子の著作物性が認められる部分と類似しているとはいえないとして著作権侵害を否定した。)。その主たる理由は以下の3点である。
4 4
4 4 4
4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
①応用美術の著作物性の判断基準:「応用美術は、装身具等実用品自体であるもの、家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり…、表現態様も多様であるから、応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。」(傍点は筆者)
②意匠法との関係:「著作xxと意匠法とは、趣旨、目的を異にするものであり(著作xx1条、意匠法 1条)、いずれか一方のみが排他的又は優先的に適用され、他方の適用を不可能又は劣後とするという関係は、xx上認められず、そのように解し得る合理的根拠も見出し難い。
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
加えて、著作権が、その創作時に発生して、何らの手続等を要しないのに対し(著作xx51条1項)、意匠権は、設定の登録により発生し(意匠法 20条1項)、権利の取得にはより困難を伴うものではあるが、反面、意匠権は、他人が当該意匠に依拠することなく独自に同一又は類似の意匠を実施した場合であっても、その権利侵害を追及し得るという点において、著作権よりも強い保護を与えられているとみることができる。これらの点に鑑みると、一定範囲の物品に限定して両法の重複適用を認めることによって、意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが一律に失われるといった弊害が生じることも、考え難い。
以上によれば、応用美術につき、意匠法によって保護され得ることを根拠として、著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は、見出し
難いというべきである。」(傍点は筆者)
4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
③個性ないし個性の発揮の選択の幅:「また、応用美術は、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とするものであるから、当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要があるので、その表現については、同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならない。応用美術の表現については、このような制約が課されることから、作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され、したがって、応用美術は、通常、創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が、上記制約を課されない他の表現物に比して狭く、また、著作物性を認められても、その著作権保護の範囲は、比較的狭いものにとどまることが想定される。
4 4
以上に鑑みると、応用美術につき、他の表現物と同様に、表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば、創作性があるものとして著作物性を認めても、一般社会における利用、流通に関し、実用目的又は産業上の利用目的の実現を妨げるほどの制約が生じる事態を招くことまでは、考え難い。」(傍点は筆者)
(2)問題点
4 4
4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
上にみた幼児用椅子事件の知財高裁判決における応用美術の創作性の判断基準を一言でいえば、応用美術における実用上又は産業上の利用目的にかなう機能の表現という制約の下での個性の発揮が認められるか否か、ということになる(判旨①及び③参照)。しかし、同判決では、応用美術における「個性」の選択の幅について触れるだけで、それ以上に「個性」の内容がどのようなものでなければならないかについて積極的な言及がない。この点で同判決の判示内容は応用美術の創作性の判断基準としては不十分なものといわざるを得ない。加えて、同知財高裁判決は、上記制約の下での応用美術の創作性の判断基準を他の表現物と同様にもっぱら「個性」に求めることにしても、「意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが一律に失われるといった弊害が生じることも、考え難い。」(判旨②)というが、その理由中で、前記の街路灯デザイン事件の大阪地裁平成 12年6月6日判決が指摘する意匠権と著作権における保護期間の差異に基づく弊害について全く触れるところがない点でも理由不備の誹りを免れない。幼児用椅子事件の知財高裁判決におけるこのような欠陥は、以下のようなその後の裁判例に照らしてみれば
一層明らかとなる。
3 幼児用椅子事件知財高裁判決後の裁判例
(1)概観
幼児用椅子事件の知財高裁判決後本稿執筆までの間に、応用美術の著作権による保護が争点になった裁判例は、下記の4件である。そのうち下記の①の裁判例だけが応用美術の著作権による保護を認め、
②から④の裁判例はいずれもこれを否定している。いずれの裁判例においても、上記の幼児用椅子事件の知財高裁判決による判断基準とは大きく異なっている。
(2)裁判例
①大阪地裁平成27年9月24日判決(ピクトグラム事件)
4 4
4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
同判決は、xxxや海遊館等の施設に関する大阪市の案内表示の図柄(ピトグラム)について、「その美的表現において、制作者であるP1の個性が表現されており、その結果、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているといえるから、それぞれの本件ピクトグラムは著作物であると認められる」と述べている(本件ピクトグラムの個性=創作性肯定)。これによると、応用美術における「個性」とは、「実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性」を意味することになる。同判決が応用美術における「個性」をこのように定義したのは、応用技術の範疇に属する印刷用書体に関する最高裁平成12年9月7日判決(ゴナ書体事件)の「印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない。」という判示内容に従ったものであろう。
②東京地裁平成28年1月14日判決(加湿器事件)
4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
試験管様のスティック形状の加湿器について、同判決の判旨は、「純粋な美術ではなくいわゆる応用美術の領域に属するもの、すなわち、実用に供され、産業上利用される製品のデザイン等は、実用的な機能を離れて見た場合に、それが美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えている場合を除き、著作権法上の著作物に含まれないものと解される。」というものである(本件加湿器の創作性=個性を否定)。ここでは、上記①の大阪地
裁判決の「美的特性」が「創作性」と言い換えられているが、その意味は異ならないであろう。
③東京地裁平成28年4月21日判決(ゴルフクラブシャフトデザイン事件)
4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
同判決は、「純粋な美術ではなくいわゆる応用美術の領域に属するもの、すなわち、ゴルフクラブのシャフトのように実用に供され、産業上利用される製品のデザイン等は、実用的な機能を離れて見た場合に、それが美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えている場合を除き、著作権法上の著作物に含まれないものと解される。」と述べている(ゴルフクラブシャフトデザインの創作性=個性を否定)。ここでも、「創作性」という表現が使用されているが、「美的特性」と同義であろう。
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
④東京地裁平成28年4月27日判決(幼児用箸事件) 同判決は「実用に供される機能的な工業製品な
4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
いしそのデザインは、その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り、著作xxが保護を予定している対象ではなく、同法2条1項1号の『文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』に当たらないというべきである。」と述べている。この判決では、「実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性」という概念を、個性=創作性の内容としてではなく、著作xx2条1項1号の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」に当たらないとされている点が特徴である。この判決はまた、原告が、上記の幼児用椅子事件の知財高裁判決の判旨に従って、応用美術の表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば創作性があるものとして著作物性を肯認すべきであると主張したのに対し、「著作権は原則として著作者の死後又は著作物の公表後50年という長期間にわたって存続すること(著作xx51条2項、53条1項)などをも考慮すると、上述のとおり現行の法体系に照らし著作xxが想定していると解されるところを超えてまで保護の対象を広げるような解釈は相当でないといわざるを得ず、原告の上記主張を採用することはできない。」として、応用美術の創作性に関する幼児用椅子事件の知財高裁判決の判断基準
を真っ向から否定している。さらに、この事件の
控訴審判決(知財高裁平成28年10月13日判決)は、上記第xx判決の理由をそのまま引用したうえで、「付加判断」として、「実用品であっても美術
の著作物としての保護を求める以上、美的観点を全く捨象してしまうことは相当でなく、何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような特性を備えていることが必要である(これは、美術の著作物としての創作性を認める上で最低限の要件というべきである)。」(傍点は筆者)と述べて、「美的という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは相当とはいえない。」という幼児用椅子事件の知財高裁判決の見解に異を唱えている。
4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
4 著作xxによる応用美術の保護の要件
幼児用椅子事件の知財高裁判決は、著作xxによる応用美術の保護について、純粋美術並みの高い創作性の要件を課していた以前の裁判例に反旗を翻し、一部の学説から主張されていた「個性(の発揮)」によるべきものとしたものであるが、前述のごとく、同判決によるこのような解釈・基準には種々の問題点があった。その後の裁判例が、個性という観点からだけではなく、おしなべて「美的鑑賞の対象となり得る美的特性
(創作性)」を備えているか否かを保護の要件としているのは、そのような問題点が背景になっているものと考えられる。この要件をすら「高い創作性の要件」として反対する学説もないではないが、上記の問題点が解決されない限り、従前の裁判例の見解が著作xxによる応用美術の保護の判断基準として生き続けるであろう。
JASRACによる音楽教室への著作権使用料徴収について
xx x
(本稿は、平成28年10月3日に御池総合法律事務所で開催された研究会の報告を基に作成されたものである。)
JASRACによる音楽教室への著作権使用料徴収について
弁護士
xx x
1 はじめに
先日、一般社団法人日本音楽著作権協会(JASR AC)は、音楽教室での指導者や生徒の演奏に対し、 2018年1月から年間受講料の2.5%の著作権料を徴収する方針を明らかにした。音楽教室での指導者や生徒の演奏が著作xxの「公の演奏」に該当するということ
を理由としている(法22条)。音楽教室がわが国の音楽教育の一翼を担っていることは誰もが認めていることであるが、その教育の過程で行われる演奏に対し著作権使用料を課金することは正当な取扱といえるのだろうか。
以下、検討してみたい。
2 演奏権との関係
音楽の著作権者は演奏権を有し(法22条)、何人も無断でその音楽を演奏することができない。ここにいう演奏は「公の演奏」でなければならないが、その意味は、不特定または多数を聴衆とする演奏行為が想定されている。音楽教室における演奏行為は、音楽教室が主体となって、不特定または多数の生徒を相手としているから、この「公の演奏」に該当する。
3 営利を目的としない演奏
JASRACはヤマハやカワイなどの民間の音楽教室に対しては著作権使用料を課金するといっているが、営利を目的としないxx高等学校や大学等の教育機関での演奏については、著作権が制限され、著作権使用料徴収の対象にはできないとされている(法38条1項)。この規定の適用を受けるためには、演奏が「非営利」で、音楽の提供が「無料」で行われ、かつ、指導者に
「報酬が支払われない」ことでなければならない。
音楽教室は、多くは、株式会社などの営利団体が事業主体であり、また、生徒が月謝を支払い、指導者には給与が支払われていることから、この規定の適用はないと考えられている。
なお、ヤマハ音楽教室は、一般財団法人ヤマハ音楽振興会が事業主体で、講師数9,000名、生徒数300,000名で、ちなみに、当期(H27.4.1~ H28.3.31)経常増減額はマイナス6億5,300万円である(同会ホームページ参照)。
4 著作xxと教育
著作xxは、教育に関しては一定の配慮を行っており、教育に関係した著作権権利制限規定を幾つかおいている。具体的には、上述した38条1項の他にも、公表された著作物に関して教科書用図書等への掲載(法 33条)、教科用拡大図書等の作成のための複製等(法33条の2)、学校教育番組の放送等(法34条)、学校その他の教育機関における複製等(法35条)等の規定などがあり、一定の範囲で、著作権者の許諾なしにその著作物を利用することが許されている。
しかし、このような権利制限規定の及ぶ範囲は決してxxではない。例えば、無許諾で他人の著作物を掲載できる図書は、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校又は中等教育学校その他これらに準ずる学校における教育の用に供される児童用又は生徒用の図書で、文部科学大臣の検定を経たもの等に限定されている。また、利用主体は、営利を目的としない学校その他の教育機関等に限定されているのである。
従って、同じく教育活動を担っている組織であっても、音楽教室、英会話教室、大学受験予備校、各種資格受験学校、学習塾等は、著作権法上の権利制限規定の恩恵を受けることはできないのである。彼らが他人の著作物を教材として複製配布するには、著作権者の許諾が必要である。
このように、現在の著作xxの下では、音楽学校における演奏行為等の利用行為はたとえそれが教育目的であっても、権利制限の対象にはならず、JASRACは著作権使用料の課金は著作権法上許容されると考えているのである。
5 豊かな社会の実現との関係
(1)京都には、京都市立京都xx音楽高等学校という音楽の名門校がある。多くの卒業生が東京芸大や京都市立芸大に進み、音楽家として活躍している。卒業生の中には、xxxx、xxx、葉加瀬xx、平林知子などがいる。同音楽高等学校における音楽教育がわが国の芸術文化の醸成に寄与していることは間違いのない事実である。
音楽教育を普及し、効率の良いものにするためには、彼らの学習環境から阻害要因を排除しなければならない。このような観点から、同音楽高等学校での音楽教育には、著作権法上の配慮が及んでいるのである。同音楽高等学校での演奏については、著作xx38条1項の権利制限規定が適用され、非営利、無料金、無報酬である限り、課金できないことになっている。音楽家の卵に著作権使用料を課金するということは、彼らの芸術活動に一種の「税金」を課すことになり、芸術家としての成長や芸術文化の醸成を阻害することになるからである。他方で、著作者が受ける損失に目を向けると、この程度の制限を加えても、他の領域で著作者の経済的利益が確保されていれば、著作者の経済的損失はそれほど大きくないと判断されたのである。立派な音楽家が育つためには、日々長時間の練習に堪えなければならないし、多くの楽曲に触れなければならない。芸術家
を育て、芸術文化を醸成させることは豊かな社会の形成にとって基本的条件といえるが、このような豊かな社会を実現する利益は、必要最小限度の範囲内ではあるが、著作者の経済的利益に優越すると考えるべきである。
(2)そこで、民間の音楽教室である。芸術教育は、学校などの教育機関のみが担っているのではないことを考えると、ヤマハやカワイなどの音楽教室の生徒の音楽演奏にも著作権料をかけてはならないのではないか。
この点、著作権法上の権利制限規定は、教育機関の形式的法形態によって区別されるべきではなく、教育を受けている生徒を主体として捉え、学校その他の教育機関の生徒と平等に扱うべきだという議論は尊重に値する。
(3)しかし、他方で、民間の音楽教室での演奏に著作権使用料が課金されないということになると、他の民間の教育機関との関係が問題になってくる。
英会話教室、大学受験予備校、各種資格受験学校、学習塾で利用される教材にも著作権が権利制限されなければバランスが取れないからである。仮に、著作権を権利制限するとした場合、このような広汎な教育機関での利用を許容しても、著作者の経済的利益は守られるのであろうか。その調整が課題になろう。
6 海外の動向
(1)日本も批准し、わが国の著作xxの法源でもあるベルヌ条約を見てみよう。ベルヌ条約はそのストックホルム改正条約(1967年)において著作権と教育の関係について規定をおき、加盟国がxxな教育目的による利用について権利制限することを認めた(10条2項)。民間の教育機関をこの制度の対象とするかどうかについては、加盟国の判断に委ねられており、明言していない。
ただ、委員会報告書では、「教育機関(educational institutions)には、大学、公立学校、私立学校を含むが、例えば、このような教育機関でない、一般大衆のための教育(general teaching available to the general public)は除外される。」としていることから、音楽教室のような民間の教育機関を排除する趣旨だったと思われる。しかし、これが、当時の立法趣旨であったかどうかは明確でないし、時代と共に教育機関の多様性と役割も変化してきている。
(2)英国では、特許権著作権意匠権1988法で、教育機
関(educational establishment)における音楽演奏について権利制限規定(Fair Dealing)をおいている
(34条)。演奏は、教師、生徒、教育上の指示を与えるその他の者によってなされなければならないとされている。音楽教室のような民間の教育機関については、わが国と同様に、権利制限規定の要件として
「非営利」を挙げて対象から除外している(32条1項)。
(3)米国でも、非営利教育機関における教師と生徒間の対面教育活動演奏は著作権の排他性から除外されている(米国著作xx110条1項)。また、商業的有利目的がなく(without any…commercial advantage)、かつ、無報酬または無対価(without payment of any fee or other compensation for performance)の公の演奏についても著作権の排他性が除外されている(同条4項)。
従って、民間の音楽教室などはやはり著作権の排他性から除外されることなく権利行使されてしまうのであろう。
7 結論
残念ながら、日本を含む各国の状況は民間の音楽教室にとって喜ばしくない状況である。
しかし、学校での音楽教育か民間の音楽教室かという教育機関の形式的相違によって保護のあり方が変わるというのはおかしいことである。
今後の課題としては、社会を豊かにするための教育活動は学校教育に限定されないことを認識して、より実質に踏み込んだ取扱が必要と思われる。著作xx38条1項にいう「非営利」の解釈としては、単に教育機関が、株式会社や一般社団法人または財団法人であるかといった法人の形態のみを見るのではなく、事業活動の目的が教育目的を主たるものとしているか、会計処理上余分な利益が蓄積されずに適正なバランスを維持しているか、他の収益事業との区別が会計処理上明確になされているか、指導者が学校の教師に相当する技量を有しているか、指導者の給与は学校の教師のものと同質のものか等の要素を総合的に考慮して判断すべきであると考える。その他の2つの要件の解釈についても、同様の配慮が必要である。
ただ、このような判断を裁判所のみに委ねると、著作xxの行為規範としての安定性に課題を残すことが予想される。やはり、この問題は、豊かな社会実現のために重要な緊急の課題であるから、早急に著作xx改正によって対応することが望まれる。また、このように解しても、ベルヌ条約の精神にもとるものではな
いと考える。
個人情報保護法の改正
弁護士
xx xx
個人情報保護法の改正
弁護士 xx xx
1 はじめに
平成27年9月3日に成立した(同月9日公布)個人情報の保護に関する法律の改正法(以下「改正法」という。)が、平成29年5月30日から施行される。改正法施行令・規則も平成28年10月5日に公布されている(以下「改正施行令」「改正規則」という。)。
以下、改正点について詳述する。
2 主務大臣制から個人情報保護委員会の一元化へ
これまでは、各主務大臣が監督権限を行使し、ガイドラインも定めていたが、改正法では、平成28年1月1日に設置された個人情報保護委員会が監督権限を行使することになり(改正法第4章第3節)、ガイドラインも一元化されることになった。
同委員会が、「通則編」「外国にある第三者への提供編」「第三者提供時の確認・記録義務編」「匿名加工情報編」の4つのガイドラインを定め、同年11月30日に公表されている。平成29年2月16日には「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」と「Q&A」が公表されている。
なお、平成28年9月16日の同委員会の検討経過によれば、「各省庁のガイドラインのうち個人情報保護法に関するものは、原則として当委員会が定めるガイドラインに一元化するが、一部の分野については、個人情報の性質及び利用方法並びに現行の規律の特殊性等を踏まえて、上記のガイドラインを基礎として、当該分野において更に必要となる別途の規律を定める方向」とされ、別途の規律が必要と考えられる分野の例として、医療関連、金融関連、情報通信関連が挙げられている。これらについては、新たなガイドラインが、同委員会と金融庁などと連名で告示され、現行のガイドライン(告示)は廃止される。
平成29年2月28日付で、金融関連分野(金融・信用・債権管理回収業)のガイドラインが公表されている。
また、新たに、同委員会には立入権限も付与された
(改正法40条)。
3 全ての事業者に適用
現行法では、5000人分以下の場合、個人情報取扱事業者にあたらないとしてきたが、今回の改正では、このような小規模取扱事業者の除外規定がなくなった。
4 定義の明確化
(1)個人情報
現行法2条1項の「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」との規定がより詳細になった。改正法では、記述だけでなく、音声や動作等で表されたものも含むとされた。
(2)個人識別符号
「個人識別符号」として、身体的特徴(改正法2条2項1号)や、役務の利用や商品購入の際に割り当てられる番号等(同2号)も含まれることが明記された。前者は、顔認証データや指紋認証データ等が該当する(改正施行令1条1号、改正規則2条)。後者は、旅券番号や基礎年金番号や運転免許証番号等が該当する(改正施行令1条2号乃至8号、改正規則3・4条)。
なお、改正施行令・規則で指定されていない預貯金口座の番号等は、氏名・住所・生年月日等と紐付けて管理されていれば特定の個人が識別可能なものとして(容易照合性)、現行法でも個人情報に該当すると解されている。
このように、改正施行令・規則で指定がなくても、従来から個人情報と解されてきたものに変わりがないことは注意が必要である。
他方で、Q&A1-22では、携帯電話番号やクレジットカード番号は、個人識別符号に該当するとはいえないとされた(但し、容易照合性がある場合は別)。
(3)要配慮個人情報
「要配慮個人情報」として、身体・精神・知的障害(改正規則5条)や健康診断結果や逮捕歴等(改正施行令2条)が明記された。そして、要配慮個人情報については、原則として、取得時に本人の同意が必要となる(改正法17条2項柱書)。例外としては、国や地方公共団体等が公開している場合(同項5号)や人
の生命、身体、財産の保護のために必要がある場合で本人の同意を得ることが困難な場合(同項2号)や目視等で外形上明らかな場合(同項6号、改正施行令 7条1号)等がある。同項2号の例として、ガイドライン「通則編」3-2-2では、事業者間で、不正対策等のため、反社会的勢力情報のうち、過去の業務妨害罪での逮捕歴を共有する場合(事例2)や、不正送金等の金融犯罪被害の事実に関する情報を関連被害防止のため、他の業者から取得する場合(事例3)が挙げられている。
5 情報の取得・提供時の確認・記録義務
改正法では、名簿屋対策として、いわゆるトレーサビリティ制度が義務化された。
まず、第三者提供時には、提供年月日、第三者の氏名の記録を作成しなければならず(改正法25・26条)、第三者からの取得時には、取得経緯も確認しなければならない(同26条)。但し、これらは、改正法23条1項各号等に定める提供時には不要である。
なお、この確認・記録義務が正常な事業活動を行っている個人情報取扱業者に対して、過度な負担になることが懸念され、現実的な規制を構築する必要があるとされた(衆議院内閣委員会における附帯決議(平成27年5月20日)、参議院内閣委員会における附帯決議(平成27年8月27日))。
そこで、ガイドライン「第三者提供時の確認・記録義務編」2-1では、xxにより確認・記録義務が適用されない場合を規定している。同2-2では、解釈により確認・記録義務が適用されない場合を規定している。後者の解釈による適用されない場合とは、外形的には第三者提供であっても、確認・記録義務を課す必要性が乏しい場合とされており、本人に代わって提供がなされる場合が問題となる。ガイドライン2-2-1-1は、本人から別の者の口座への振り込みを依頼された仕向銀行が、被仕向銀行に対して、当該振込依頼にかかる情報を提供する場合(事例1)などを挙げている。
6 オプトアウト届出の必要性
オプトアウト手続とは、第三者提供される個人データについて、本人の求めに応じて提供を停止するとしている場合であって、あらかじめ、第三者提供が利用目的であること、提供するデータ項目、提供方法、求めに応じて提供を停止する旨を本人に通知し、または本人が容易に知り得る状態に置いた上で、本人の同意を得ることなく提供することをいう。現行法23条2項
にも規定があり、改正法23条2項では、要配慮個人情報を除くことが明記され、本人の求めを受け付ける方法も事前通知等に含むこととされ、個人情報保護委員会へオプトアウト手続を行っていること等の届出が必要とされた。届出内容は同委員会が公表を行い(同4項)、当該事業者もインターネット等の方法で公表しなければならない(改正規則10条)。
7 匿名加工情報
パーソナルデータ等のビッグデータの利用促進のため、匿名加工情報という制度が新設された。「匿名加工情報」とは、特定の個人を識別することができないように加工して得られる個人に関する情報であって、当該個人情報を復元することができないようにされたものとされている(改正法2条9項)。
そこで、改正規則19条1号乃至4号が、改正法36条1項の加工基準として、特定の個人を識別することができる記述等の削除、個人識別符号の削除、情報を相互に連結する符号の削除、特異な記述等の削除を定め、ガイドライン「匿名加工情報編」3-2が具体例を挙げている。また、改正規則19条1号乃至4号の加工を施した後も、個人を識別することが可能な場合もありえるため、同5号の定める適切な措置として、別表1で具体的な手法を掲載している。
なお、匿名加工情報を作成したときは、公表することが義務化されており(改正法36条3項)、識別行為(匿名加工情報を作成する際に削除された記述、個人識別符号その他加工方法に関する情報を取得し、または当該匿名加工情報を他の情報と照合すること)が禁止されている(同38条)。
8 外国への第三者提供
現行法では、第三者提供の第三者が国内か国外かを区別していなかった。改正法では、外国にある第三者に提供を行う場合、あらかじめその旨について本人の同意を得ることとされた(改正法24条)。ただし、外国にある第三者が、改正規則11条で定める基準に適合する場合、または改正法23条1項各号に該当する場合には同意は不要である。
9 まとめ
以上より、トレーサビリティ制度など、従前の管理を見直す必要のある改正が行われており、注意が必要である。
(平成29年3月27日脱稿)
弁護士法23条の2の照会に対し照会先が報告を拒絶した場合の不法行為の成否について
最判平成28年10月18日から
弁護士
xx xxx
第1 はじめに
弁護士法23条の2に基づく照会(以下「23条照会」という。)については、これまでの裁判例の集積により、 23条照会により必要な事項の報告を求められた照会先は、同照会をした弁護士会に対し報告をする公法上の義務を負うこと、ただし、報告をしないことについて正当な理由がある場合には報告を拒絶できることが共通の理解となっている。そして、正当な理由があるか否かについては、照会事項ごとに、報告をすることによって得られる利益と、報告を拒絶することで守られる利益との比較衡量によって決するべきと解されている。すなわち、照会先においては、23条照会による報告義務と個人の名誉やプライバシー、守 義務等との優劣という判断が求められることになる。
23条照会を巡っては、23条照会に応じたことにより照会先が守 義務違反等を理由に損害賠償責任を問われるという問題もあるが、本稿で取り上げる最判平成 28年10月18日(以下「本判決」という。金法2053号33頁)は、23条照会に対し照会先が正当な理由なく報告拒絶したことが不法行為に該当するのかが問題となった事案である。
第2 最判平成28年10月18日の内容
1 事案の概要
債務名義を有するAの代理人弁護士Bが、強制執行の準備のため、転居届の提出の有無及び転居届記載の新住所(居所)等について郵便事業株式会社に対する23条照会を申し出たため、弁護士会はこの申出を適当と認め23条照会をしたところ、郵便事業株式会社は報告を拒絶した。そこで、弁護士会は、報告を拒絶した照会先に対し、不法行為に基づく損害賠償と、予備的に弁護士会照会に対する報告義務を負うことの確認を求めた。
本件は、23条照会の申出をした弁護士や依頼者本人ではなく、弁護士会が原告となって、照会先に対
し損害賠償請求を求めて提訴した初めての事案と言われている。
弁護士法23条の2の照会に対し照会先が報告を拒絶した場合の不法行為の成否について-最判平成28年10月 18日から
弁護士 xxxxx
2 原審判決(名古屋高判平成27年2月26日金法2019号 94頁)の判断
原審判決は、23条照会に対する報告義務は郵便法 8条2項の守 義務に優越すると解するのが相当であるから、報告拒絶は正当な理由を欠く、と認定したうえで、照会先である郵便事業株式会社は、転居届に係る23条照会について、一律に報告しないとの方針を決定し、同方針に基づいて本件照会事項にも報告をしなかったものであり、比較衡量した上で対応を判断しなかった以上、漫然と拒絶をしたと評価でき、過失がある、とした。そして、23条照会が実効性を持つ利益(報告義務が履行される利益)については、弁護士会の法的保護に値する利益であり、正当な理由なく報告を拒絶する行為は、弁護士会のかかる法律上保護される利益を侵害するものであるから、弁護士会に対する不法行為を構成し、弁護士会は無形の損害を被った、とした。
3 本判決の判断
このように照会先の弁護士会に対する不法行為責任を認めた原審判決に対し、最高裁は、以下のとおり判示した。
「23条照会の制度は、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものである。そして、 23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきものと解されるのであり、23条照会をすることが上記の公務所又は公私の団体の利害に重大な影響を及ぼし得ることなどに鑑み、弁護士法23条の2は、上記制度の適正な運用を図るために、照会権限を弁護士会に付与し、個々の弁護士の申出が上記制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねているものである。そうすると、弁護士会が23条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適正な運用を図るためにすぎないのであって、23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されない。
したがって、23条照会に対する報告を拒絶する行
為が、23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないというべきである。」
以上のとおり、本判決は、弁護士会は23条照会に
対する報告を受けることについて法律上保護される利益を有していないとして、不法行為の成立を否定し、これを肯定した原審判決を一部破棄した。なお、予備的請求である、照会先が弁護士会に対し報告義務を負うことについての確認請求は、さらに審理を尽くす必要があるとして原審へ差し戻されている。
第3 考察
1 本件が提訴される契機となったと言われている東京高判平成22年9月29日(金法1936号106頁)は、本件と同じく、転居届の提出の有無及び転居届記載の新住所(居所)等について郵便事業株式会社に対し23条照会をしたところ、報告を拒絶されたため、報告拒絶が不法行為を構成するとして、損害賠償を求めた事案であった。ただし、原告は、依頼者個人であった。
この東京高判は、まず、転居届提出の有無や転居届記載の転送先について照会先が報告すべき義務は、守 義務やプライバシーに優越するものと解するのが相当であって、照会に対する報告を拒絶したことについて正当な理由があったとは認められず、報告義務違反があった、とした。そのうえで、照会先が23条照会に対する報告を拒絶したことにより、弁護士会が、その権限の適正な行使を阻害されたことは明らかであるところ、23条照会の適正な制度運用につき一定の責任ある立場に立つ弁護士会については、適正な権限行使を阻害されたことにつき、無形の損害を受けたと評価することもできるが、個々の弁護士の依頼者は、報告による利益を享受する立場にはあるものの、報告が得られない場合に直ちに法的保護に値する法益侵害があったと見ることは困難であって、不法行為は構成しない、とした。
このように、この東京高判は、依頼者には法的保
護に値する法益侵害があったと見ることは困難であるのに対し、弁護士会は無形の損害を受けたと評価することもできると判示しており、弁護士会による損害賠償請求については肯定される可能性が示唆されていた。前述の原審判決は、まさにこれと同じ理論に立って、弁護士会による損害賠償請求を認めたものであった。
2 そもそも23条照会に対しては直接の制裁規定がないところ、報告拒絶した照会先に対する損害賠償責任を求める意図は、23条照会制度に実効性をもたせることにあると考えられる。また、上記東京高判で
報告拒絶につき違法だと認定されたにもかかわらず、その後も郵便事業株式会社が報告拒絶の姿勢を取り続けたため、悪質であるということで、弁護士会が原告となって本件訴訟が提起されたという事情もあったようである。
しかし、この点は、本判決の補足意見において、
「原審が、照会が実効性を持つ利益の侵害により無形損害が生ずることを認めるのは、23条照会に対する報告義務に実効性を持たせるためであると解される。しかし、不法行為に基づく損害賠償制度は…義務に実効性を持たせることを目的とするものではない」と明確に否定されている。
また、本判決により、弁護士会は報告拒絶した照会先に対し不法行為責任を問えないことが確定したといえるが、上記東京高判等のこれまでの裁判例を踏まえると、個々の弁護士や依頼者についても、特別な事情のない限り、照会によって保護されるべき固有の利益がなく、報告拒絶により直ちに法的保護に値する法益侵害があったと見ることは困難であるから、不法行為を構成しないと整理するのが整合的であると考えられる。
そうなると、正当な理由がなく、裁判所からも報告拒絶が違法と認定されたにもかかわらず、報告拒絶の姿勢を変えないという本件のような照会先があった場合に、どのようにして23条照会の実効性を確保していくのか、課題が残る。
3 また、照会先が報告につき消極的な姿勢を取らざるを得ないのは、これまでに集積された裁判例によると、照会先には利益衡量に基づく独自の判断が求められていると解されるころ、照会先としては、少ない情報の中での利益衡量が容易ではないうえ、利益衡量の合理性が争われる危険性があるからであると考えられる。
この問題については、上記東京高判において、23条照会は、弁護士会が所属弁護士の照会申出を審査した上で行うものであり、濫用的照会を排除する制度的保障が設けられている以上、照会先としては、弁護士会が濫用的照会でないと確認したことを前提として、特段の事情のない限り、照会に係る個別事情等を調査することなく、守 義務等と報告義務との優劣を判断すれば足りる、と判示されており、参考になる。xxx「弁護士会照会の法理と運用─二重の利益衡量からの脱却を目指して─」金法2028号 6頁以下でも、23条照会をめぐって紛争が生じるxx原因は、利益衡量に基づく判断の主体が統一され
ておらず、弁護士会と照会先とがそれぞれ報告義務の判断をめぐる利益衡量の責任を負うところにあると指摘されている。そして、判断主体を統一すべく、具体的な方策としては、弁護士会による利益衡量に基づく判断の内容を照会先に具体的に伝達し、照会先としては、自らが保有している情報を加えて、弁護士会の利益衡量が合理性を有するかどうかの判断さえ行えば免責されるという形の実務運用を確立することが有効であるといった提案もなされている。
本判決を受けて、23条照会の安定的な運用のためには、照会の必要性や相当性については弁護士会の事前審査によって判断されているとして、照会先は 23条照会に対する回答をしたとしても守 義務違反等を問われることはない、という判断や体制作りが今後なされることを期待したい。
参考文献
xxx「弁護士会照会の法理と運用─二重の利益衡量からの脱却を目指して─」金法2028号6頁
xxxx「弁護士法23条の2に基づく照会への対応」金法2031号 40頁
xxxxx「弁護士照会を受けた照会先の不法行為責任を認めた事例の検討─名古屋高判平27.2.26と大阪高判平26.8.28」金法 2022号6頁
座談会「弁護士法23条の2の照会に対する金融機関の対応」金法 1991号6頁
クレジット名義貸し事案における割賦販売法35条3の 13第1項の不実告知取消の可否-最三小判平成29年2月
21日
弁護士 xx xx
座談会「地域金融機関における弁護士会照会制度の現状と課題」金法2040号6頁
クレジット名義貸し事案における割賦販売法35条3の13第1項の不実告知取消の可否
最三小判平成29年2月21日
弁護士
xx xx
第1 はじめに:クレジット名義貸しとは
いわゆる個別クレジット(割賦販売法上は「個別信用購入あっせん」)において、購入者が、xx、商品を購入する意思がなかった場合、信販会社(割賦販売法上は「個別信用購入あっせん業者」)との間で締結された個別クレジット契約(立替払契約。割賦販売法上は
「個別信用購入あっせん関係受領契約」)の効力を争うことができるか。
まず、前提として、購入者が、加盟店(割賦販売法上は「個別信用購入あっせん関係販売業者」)その他第三者から名義を冒用された場合は、個別クレジット契約の効果が購入者に帰属しないことは無論のことである。
では、購入者が、名義の使用につき承諾を与えていた場合はどうか。これがいわゆるクレジット名義貸しの問題である。
クレジット名義貸しについては、これまで多数の裁判例の集積があるところ、今般、平成20年改正で新たに創設された割賦販売法35条の3の13第1項の不実告知取消の可否をめぐって、表記の最高裁判決が出された。同条の解釈についての初の最高裁判決であると思われ、また、同種名義貸し事案の解決にとって参考となるため、紹介しておく。なお、信販会社が2社あり、同日付の最高裁判決が2つあるが、事案及び判旨は共通しているため、まとめて紹介する。
第2 事案の概要及び原々判決・原判決
1 事案の概要 Z呉服店の顧客であるYらは、Z代表者から「絶対
に迷惑をかけない」などと頼まれ、Zが加盟店となっている信販会社X1、X2との間で呉服購入代金についての個別クレジット契約を締結することについての承諾をした。
Zは、Xらから呉服代金相当額を一括で受領し、 Yらに対しては、クレジット代金の引落日までに引落口座にクレジット代金相当額を振り込んでいたが、その後、営業を停止し、破産手続をとった。
Xxは、Yらに対して、クレジット残代金の支払を求めて提訴した。
Yらは、平成20年改正割賦販売法(平成21年12月1日施行)の適用がある契約については、Z代表者の説明が同法35条の3の13第1項6号の「当該個別信用購入あっせん関係受領契約又は当該個別信用購入あっせん関係販売契約若しくは当該個別信用購入あっせん関係役務提供契約に関する事項であって、購入者又は役務の提供を受ける者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」についての不実告知にあたるとして取消を、また、旧割賦販売法下の契約については、旧法30条の4の抗弁の接続等を主張して、支払義務を争った。
2 原々審判決(X1につき旭川地判平成26年3月28日
判時2250号60頁、X2につき旭川地判平成26年3月28日判タ1422号120頁)
Xxの請求棄却。
(1)割賦販売法35条の3の13第1項6号該当性
原々審(一審)判決は、「名義貸しは従前から問題となっている販売業者主導で行われるクレジット取引の悪用事例の一つである」とし、「このような事例は、上記で述べたクレジット取引における立替払契約と売買契約との密接な牽連関係、あっせん業者と購入者との損失負担能力の差等に照らし、消費者保護の必要性が高い」とし、狭義の名義貸し事案における販売業者の購入者に対する「支払負担を不要とする旨の説明」は、立替払契約締結の動機に関する事項であって、この点の不実告知がなければ一般通常人も立替払契約の申込みの意思表示をしなかったであろうと考えられる点で重要性が認められるから、割賦販売法35条の3の13第1項6号の重要事項該当性を認めた。
また、一審判決は、上記判断を導くにあたり、割賦販売法の平成20年改正の趣旨や経緯についても触れ、改正時に、所管行政庁から、あっせん業者による加盟店調査義務の対象である同規則76条 11項5号の「不実告知等による誤認の有無」には、名義貸し事案における申込者の支払負担を不要とする旨の虚偽説明の有無も含まれる旨の説明がされている1 ことから、「同号と割販法35条の3の13第1項6号の文言の基本的部分は同一であることからすると、同号の不実告知の対象には、狭義の名義貸し事案における販売業者の購入者に対する
『支払負担を不要とする旨の説明』も含まれると解するのが同号の制定趣旨である」としている。
(2)保護から除外される名義貸しの分類
なお、一審判決は、名義貸しを分類し、「狭義の名義貸し事案の中でも、購入者が、販売業者においてクレジット取引を悪用してあっせん業者に損害を及ぼす意図であることを知りながらこれに積極的に加担したような場合には、もはや当該購入者を保護すべき前提を欠く上、その実態に照らし、購入者は不実告知された内容を誤認したとはいえない」とし、本件については、そのような害意をもって積極的に加担したことをうかがわせる事情は認められないとした。
(3)誤認の存否
Xらは、Zの支払が滞る場合には、自身に責任が及ぶことを認識した上で名義貸しに応じたので
あるからYらには誤認がないと主張したが、一審判決は、「たとえ抽象的な支払負担の可能性を認識していたとしても、Z代表者の説明によって、自身に支払負担が生じないことを信じて名義貸しに応じた」のであり「そのような高額な立替金の支払を負担することを認識していれば、およそ名義貸しに応じなかったと考えるのが自然であること」等からこれを斥けている。
(4)旧法下の抗弁の接続
また、一審判決は、旧割賦販売法適用下の事例についても、旧法30条の4の抗弁の接続(抗弁事由は、民法94条の虚偽表示)を認めた。
(5)xxx違反の不存在
Xらは、Yらが名義貸しをしておいてこれらの権利行使を行うことはxxxに反すると主張したが、一審判決は、本件特殊の事情(Yらが名義貸しに応じた経緯や、Yらへの電話確認が定型的で簡単なものにとどまったこと、一部契約書(申込書)に不正確又は不自然な記載内容があること、一部各月の割賦金の支払合計額が収入に比して多額になっているにもかかわらず、漫然と与信審査が通っていること、販売形態についての確認及び調査が適切に行われていたとは認められないこと)及び、一般的な事情(個別クレジット契約と販売契約との密接な牽連関係、信販会社と購入者との損失負担能力の差)に照らし、Yらの権利行使はxxxに反するものとは認められないとした。
3 原判決(X1につき札幌高判平成26年12月18日判例集未登載、X2につき札幌高判平成26年12月18日判タ1422号111頁)
原々判決破棄、Xらの請求認容。
原審(二審)判決は、Zは、実際に立替金をYらの口座に振り込む形で負担しており、負担意思が全くなかったわけではないとして不実告知にはあたらないとし、また、抗弁の接続の主張も、「保護に値しない背信行為」としてxxxに反するとして斥けた。
Xxは、これを不服として上告受理申立をした。
第3 最三小判平成29年2月21日(最高裁ホームページ)の判旨
原判決破棄、差戻し。
1 割賦販売法35条3の13第1項6号該当性
「改正法により新設された割賦販売法35条の3の13第1項6号は、あっせん業者が加盟店である販売業者に立替払契約の勧誘や申込書面の取次ぎ等の媒介行
為を行わせるなど、あっせん業者と販売業者との間に密接な関係があることに着目し、特に訪問販売においては、販売業者の不当な勧誘行為により購入者の契約締結に向けた意思表示に瑕疵が生じやすいことから、購入者保護を徹底させる趣旨で、訪問販売によって売買契約が締結された個別信用購入あっせんについては、消費者契約法4条及び5条の特則として、販売業者が立替払契約の締結について勧誘をするに際し、契約締結の動機に関するものを含め、立替払契約又は売買契約に関する事項であって購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものについて不実告知をした場合には、あっせん業者がこれを認識していたか否か、認識できたか否かを問わず、購入者は、あっせん業者との間の立替払契約の申込みの意思表示を取り消すことができることを新たに認めたものと解される。そして、立替払契約が購入者の承諾の下で名義貸しという不正な方法によって締結されたものであったとしても、それが販売業者の依頼に基づくものであり、その依頼の際、契約締結を必要とする事情、契約締結により購入者が実質的に負うこととなるリスクの有無、契約締結によりあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無など、契約締結の動機に関する重要な事項について販売業者による不実告知があった場合には、これによって購入者に誤認が生じ、その結果、立替払契約が締結される可能性もあるといえる。このような経過で立替払契約が締結されたときは、購入者は販売業者に利用されたとも評価し得るのであり、購入者として保護に値しないということはできないから、割賦販売法35条の3の13第1項6号に掲げる事項につき不実告知があったとして立替払契約の申込みの意思表示を取り消すことを認めても、同号の趣旨に反するものとはいえない。」
「上記事実関係によれば、本件販売業者は、改正後契約の締結について勧誘をするに際し、改正後契約に係る上告人らに対し、ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結であり、上記高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在することを告げた上で、『支払については責任をもってうちが支払うから、絶対に迷惑は掛けない。』などと告げているところ、その内容は、名義貸しを必要とする高齢者等がいること、上記高齢者等を購入者とする売買契約及び商品の引渡しがあること並びに上記高齢者等による支払がされない事態が生じた場合であっても本件販売業者において確実に改正後契約に係る上
告人らの被上告人に対する支払金相当額を支払う意思及び能力があることといった、契約締結を必要とする事情、契約締結により購入者が実質的に負うこととなるリスクの有無及びあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無に関するものということができる。したがって、上記告知の内容は、契約締結の動機に関する重要な事項に当たるものというべきである。」
「以上によれば、本件販売業者が改正後契約に係る上告人らに対してした上記告知の内容は、割賦販売法35条の3の13第1項6号にいう『購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの』に当たるというべきである。」2
2 差戻し
「上記告知の内容についての改正後契約に係る上告人らの誤認の有無及び改正前契約に係る上告人らが名義貸しに応じた動機やその経緯を前提にしてもなお改正前契約に係る売買契約の無効をもって被上告人に対抗することがxxxに反するか否か等」について更に審理が尽くされるべきとして、本件は、原審差戻しとなった。
第4 解説
1 割賦販売法35条3の13第1項6号該当性について判旨は正当である。
個別クレジット契約を悪用する加盟店の不当な行為について、損失を負担するのは購入者か、それとも提携している信販会社か。これが、従来から議論されてきたテーマである。近年は同種の提携リースにおいても同様のテーマが議論されている。
さて、名義貸し事案をどう解決するかも、そのうちの最重要問題の一つである。従来から「迷惑をかけない」などとして個別クレジット契約への名義貸しを要求する加盟店の不当勧誘が跡を絶たず3 、経済産業省(旧通産省)は、昭和57年、昭和58年、平成 4年、平成7年、平成14年、平成16年と加盟店管理通達を発し、繰り返し信販会社に対して注意喚起と指導を行ってきた。それが加盟店調査義務として立法に結実したのが、平成20年改正割賦販売法である。そして、同時に創設された不実告知取消(同法35 条の3の13)は、加盟店の不実告知に基づき個別クレジット契約を取り消せるという、従来の抗弁の接続規定を一歩推し進めた規定であるところ、これもやはり、加盟店との密接な関係上、防ぎ得たのは信販会社であるとして、信販会社に責任を負わせようと
した規定である。
そして、不実告知の対象事項である同条第1項6号とほぼ文言を同じくする同法施行規則76条11項5号の信販会社の加盟店調査事項には、名義貸し事案における申込者の支払負担を不要とする旨の虚偽説明の有無も含まれている。よって、名義貸しにおける虚偽説明が、上記不実告知の対象となる重要事項に含まれると解することは、ごく自然なことといえよう。
2 差戻しについて
ところで、原審差戻しの判断については疑問なしとしない。取消(旧法下事案にあっては30条の4の適用)に基づき、Xらの請求棄却の自判をすることも十分可能であった。既に、原々審において、Yらの誤認の有無、あるいはYらの権利行使がxxxに反するか否かについては、経緯を含めてかなり詳細な認定がなされており、これ以上事実関係についての審理を行う必要があったかどうかは疑問である。
差戻審が注目されるが、このうちxxx違反の判断基準については、旧法30条の4についてのリーディングケースである大阪高判平成16年4月16日消費者法ニュース60号137頁や広島高裁xxx判平成 18年1月31日判時1216号162頁などが、まず参考となろう。後者の基準を引用すると「旧割賦販売法30条の4は、①割賦購入あっせん業者と販売業者との間には、購入者への商品の販売に関して密接な取引関係が存在していること、②このような密接な関係が存在するため、購入者は、割賦販売の場合と同様に、商品の引渡がなされない場合等には支払請求を拒絶できることを期待していること、③割賦購入あっせん業者は、継続的取引関係を通じて販売業者を監督することができ、また、損失を分散・転嫁することができる能力を有していること、④これに対して、購入者は、購入に際して一時的に販売業者と接するに過ぎず、また、契約に習熟していないし、損失負担能力が低い等、割賦購入あっせん業者と比較して、不利な立場に置かれることなどの諸事情に鑑み、消費者の利益を保護するという社会的要請に応えるために、私法上の重大な特則として規定されたものである。したがって、購入者が割賦購入あっせん業者に対して抗弁を主張(対抗)することがxxに反すると認められるような特段の事情がある場合
には、抗弁の対抗が許されないことは、xxxの法
理から当然であるが、上記の同法30条の4の趣旨及び目的に照らすと、本件認定事実の下においては、
上記にいう『特段の事情』については、信販会社である一審被告らとの本件立替払契約締結に際し、購入者である一審原告らに何らかの過失や不注意があるだけでは足りないというべきであり、購入者である一審原告らにおいて、販売業者であるダンシングの本件モニター商法が公序良俗に反するものであることを知り、かつ、クレジット契約の不正利用によって信販会社に損害を及ぼすことを認識しながら、自ら積極的にこれに加担したというような背信的事情が有る場合をいうものと解するのが相当である。」としている。
本件についても、同基準が妥当するものと思われる。
1 平成21年5月28日第2回消費経済審議会特定商取引部会割賦販売部会合同会合の信用取引課長発言議事録(経産省Webサイト) xxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxxxxxx/xxxxxxX/0000000/xxxx ou02_record.html
2 なお、xxxx裁判官の反対意見がある。
クロレラチラシ差止め訴訟、最高裁判決(*1)の意義と射程
弁護士 xxxxx
3 xxxx「クレジットと名義貸し」御池ライブラリー 17号、 2003年
クロレラチラシ差止め訴訟、最高裁判決1 の意義と射程
弁護士
xx xxx
第1 はじめに─本判決の意義
平成29年1月24日、最高裁は、不特定多数の消費者に向けて行うチラシの配布行為が消費者契約法(以下、
「法」という。)12条1項及び2項にいう「勧誘」に該当し得るという判断を行った2。これにより、不特定多数の消費者を対象とする広告による働きかけであっても、「勧誘」に該当し当該契約を取消し得ることが明確にされた。
従前、法4条の「勧誘」に、不特定多数の消費者を対象とする広告、チラシの配布等が含まれるか否かをめぐり、これが含まれないとする見解3と含まれるとする見解4 が対立していた。本判決は、この争いに終止符を打つものである。
第2 事案の概要と訴訟の帰趨
1 事案の概要
京都の適格消費者団体である原告(KCCN 5)が、
クロレラ等を原料とする健康食品を販売する被告に対し、腰部脊柱管狭窄症や肺気腫が改善する等クロレラの効果効能を謳った新聞折込みチラシ(以下、
「本件チラシ」という。)の配布が、優良誤認表示(景xx10条1項1号、現30条1項1号)ないし不実告知(法 4条1項1号)に該当するとして、差止めを求めた事案である。
2 訴訟の帰趨
(1)第xx
第xxの京都地裁6 は、本件チラシの配布主体がサン・クロレラ社であると認定したうえで、医薬品的な効能効果を表示した本件チラシの配布行為は景xx10条の優良誤認表示にあたるとして、 KCCNの請求を認容した。
(2)控訴審
控訴審の大阪高裁7 は、xxxの配布主体がサン・クロレラ社であったことは認めたものの、遅くとも平成27年1月23日以降、本件チラシが配布されていないこと等から、優良誤認表示を行う
「おそれ」が認められないとし、差止めの必要性を否定してサン・クロレラ社の控訴を認容した。また、不特定多数を対象とするチラシの配布は法 12条の「勧誘」に当たらないと判示して、第xx判決を取り消した。
(3)本判決
最高裁は、「勧誘」要件について、不特定多数の者を対象とするチラシの配布行為も「勧誘」に含まれ得ると判示した8。
第3 本判決の解説
1 本判決の判示内容
本判決は、「勧誘」要件の解釈を行うにあたり、法1条、4条1項ないし3項、5項、及び12条の趣旨目的に言及したうえで、「事業者が、その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行うときは、当該働きか けが個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得るから、事業者等が不特定多数の消費者に向けて働きかけを行う場合を上記各規定にいう
『勧誘』に当たらないとしてその適用対象から一律 に除外することは、上記の法の趣旨目的に照らし相当とは言い難い。」とした(下線は筆者による。)。
結論として、「事業者等による働きかけが不特定
多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが法12条1項及び2項にいう『勧誘』に当たらないということはできないというべきである。」と判示した。
2 「勧誘」該当性の具体例の検討
(1)商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項の表示
本判決は、「その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その 他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行うときは、当該働きかけが個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得る」(下線は筆者による。)としている。この例示に従えば、当該事業者の商品等の内容や取引条件等に関する事項を具体的に認識し得るような広告は「勧誘」に該当するであろう。例えば、商品の仕様、価格、契約条件等を掲載したインターネット広告や、これらを表示、説明するテレビショッピング等が最たる例である。
(2)広告上に商品の内容、価格等の記載がない場合この場合にも本判決は、「勧誘」該当性を否定 していないものと考えられる。本判決で問題となった本件チラシには、具体的な商品の内容、価格、取引条件のいずれも記載がない。ところが、第xxは、本件チラシには事業者の連絡先が記載されており、そこにアクセスすると商品カタログ等が送られ商品を注文できるという一連の流れを全体として捉え、本件チラシの表示の不当性判断を行った。控訴審、本判決もこの点は否定していないのであるから、本件チラシも「勧誘」に該当し得ることを念頭に置いているものと考えられる。したがって、広告上に商品の内容、価格等の記載がない場合であっても「勧誘」に該当し得る。
1 最判平成29年1月24日裁判所ウェブサイト(以下、「本判決」という。)
2 本判決は、法4条1項ないし3項、5項、法12条1項及び2項に言及し、続く理由部分で「勧誘」についてこれら各規定を一括して論じているから、いずれの規定の「勧誘」の解釈に際しても射程が及ぶと考えられる。
3 例えば、消費者庁消費者制度課編『逐条解説消費者契約法』109頁(株式会社商事法務、第2版補訂版、平27)。
4 例えば、日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『コンメンタール消費者契約法』69頁(株式会社商事法務、第2版増補版、平27)。xxxx『不実の告知と断定的判断の提供』「法セミ」 549号20頁。xxxx『不利益事実の不告知』「法セミ」549号24頁。xxx『消費者契約法(2)』「法教」242号89頁。xxxx『消
費者契約法』73頁(有斐閣、平19)等。
5 京都消費者契約ネットワークの略称。
6 京都地判平成27年1月21日判時2267、83頁。
7 大阪高判平成28年2月25日金融・商事判例1490、34頁。
インターネット通信契約の解約料について適格消費者団体の差止請求を認めた判決
―京都地裁平成28年12月9日判決
xx xx
8 ただし、差止めの必要性の論点については、現に本件チラシの配布が行われておらず、不当表示のないチラシが配布され、本件チラシを将来にわたり配布しないことを明言していることから、差止めの必要性がないとして、上告受理申立は棄却された。
インターネット通信契約の解約料について適格消費者団体の差止請求を認めた判決
京都地裁平成28年12月9日判決
弁護士
xx xx
1 はじめに
平成27年4月、京都の適格消費者団体である京都消費者契約ネットワーク(以下「原告」という。)が、株式会社KCN京都(以下「被告」という。)に対して、被告の使用する約款の解約料条項が「平均的損害」(消費者契約法9条1号)を超えるとして、その使用差止を求めて提起した訴訟の判決が、平成28年12月、京都地裁にてなされた1。本稿では、本訴訟の概要を解説するとともに、消費者契約法9条1号について若干の考察を加える。
2 事案の概要
被告は、消費者とインターネット接続サービス契約を締結するにあたり、約款を使用しているところ、約款中には、解約料条項がある(以下「本件解約料条項」という。)。その内容は、被告の定める最低利用期間2年以内に消費者が解約した場合には、消費者に対し、当該サービスの残余期間分の利用料金の一括支払義務を負わせるものである。換言すると、被告と一度契約すれば、2年分の利用料金分は、利用料金・解約料という名目の違いはあるものの、必ず支払わなければならないということである。
3 原告の主張
消費者契約法9条1号は、事業者は消費者契約において、契約の解除に伴う損害賠償額の予定等を定めた場
合は、消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超える損害賠償を消費者に請求できないこととしている2。
本件解約料条項は、解約時に一律に残余期間の利用料金を一括して徴収するものであるが、被告は、解約によって消費者に対する役務提供義務を免れるのであるから、仮に契約が継続されていれば被告が支出するはずであったはずの経費の負担を免れており、「平均的な損害」の算定にあたっては、少なくとも支出を免れた経費分を差し引く必要がある。これにもかかわらず、残余期間の利用料金を全額徴収する本件解約料条項は、「平均的な損害」を超え無効である3。
4 被告の反論
被告は、1件の契約につき、初期工事費用として、約14万円を負担しているところ、解約によって、初期工事費用が被告の損害となる。そして、利用者の支払平均月額は、約4400円であるところ、初期工事費用を賄うためだけでも、2年以上の期間を要する。従って、最低利用期間内(2年間)のどの時期に解約があっても、初期工事費用という損害を回収することができず、本件解約料条項は、「平均的な損害」を超えないばかりか、それを下回るものである。
5 原告の再反論
解約するか否かにかかわらず、事業者が支出した費用は、解約との相当因果関係が認められないところ、初期工事費用は、2年間契約が継続していれば、被告が負担する経費であるから、「契約の解除」に伴い被告に生ずる損害ではない。
また、被告は、新規加入時の工事費用について、「引込工事負担金」2万1000円と「ONU取付工事費」1万 5000円を消費者が支払うものとした上で、被告が常時行っているキャンペーンによって、これを0円としており、最低利用期間内の解約の場合に、工事費用を負担すべきことは、約款上記載がないのであるから、解約によって工事費用を消費者に負担させる根拠はない。
6 その他の論点
(1)被告が支出を免れる費用
被告は、訴訟の終盤で、解約された一つの契約について、毎月のランニングコスト約178円の負担がなくなることを自白した。被告は、初期工事費用が解約に伴う損害に含まれることを前提として、本件解約料条項は初期工事費用を賄うのに充たない以上
は、約178円の支出を免れることは、結論の判断において意味を持たないと考えて、自白しても問題はないと判断したと予想される。あるいは、「ある契約が解除されても一切支出を免れる経費はない。」と強弁することはできなかったのかもしれない。
(2)逸失利益が「平均的な損害」に含まれるか
原告は、「平均的な損害」に逸失利益は含まれないと主張し、被告は含まれると反論していた。しかし、原告からすれば、①初期工事費用が解約に伴う損害と認定されてしまえば、その一事をもって、本件解約料条項は正当化され、②反対に、初期工事費用が解約に伴う損害でないと認定されれば、支出を免れる費用を全く損益相殺していない本件解約料条項が「平均的な損害」を超えることは明らかであったため、結局、逸失利益が「平均的な損害」に含まれるかは、原告にとって強い関心事とはならなかった。但し、これは、本訴訟が差止訴訟であるということも影響している。すなわち、原告は、本件解約料条項の使用差止を求めることまでしかできず、裁判所もこの点を判断すれば足りるからである。
7 判決
(1)初期工事費用は「平均的な損害」に含まれるか 被告が、初期工事費用14万2992円が解除に伴い事
業者に生ずべき「損害」である旨主張することを、裁判所は、「本件インターネット契約が契約者によって解約された場合には、同初期工事費用を契約者が負担すべきことを前提に、これをもって当初負担した被告の『損害』と構成するもの」と整理し、次のように判示した。
まず、初期工事費用を契約者負担とすべきと言えるかについて、「被告は、本件インターネット契約の新規加入者を獲得するため、初期工事費用の契約者負担はないことを強調した勧誘活動を行っている。このことは、名目こそ期間限定のキャンペーンとしているものの、実際には被告において常時行われているものであり、……本件インターネット契約の基本的・標準的な内容の一部となっているものといえる。そして……2年間の最低利用期間があり、この期間内に解約した場合は残余期間支払相当額を一括して支払う旨の説明こそあるものの、最低利用期間内に解約した場合に、上記キャンペーンが適用されなくなる、初期工事費用の契約者負担額が変更されるなど、初期工事費用の負担者及び額と最低利用期間内の解約を関連づけた記載はない。」として、
被告の主張を斥けた。加えて、解除と初期工事費用との間の因果関係について、「そもそも初期工事費用は、契約者による解約の有無にかかわらず、既に発生している費用である。……法的には『解除に伴い』生じる費用ではないのであるから、この一事をもっても、『解除に伴い』被告に生ずべき平均的な損害の算定上反映させることはできないというべきである。」とした。
(2)被告の「平均的な損害」とは何か
初期工事費用は損害に含まれないことを前提として、判決は、「……被告は、最低利用期間の利用料を確保する趣旨で、当該期間を設定し、契約者も最低利用期間の設定について合意していること、本件インターネット契約が解約された場合の被告の収支は、契約の種類に応じて3500円から5500円までの月額利用料の収入を失う一方で、少なくとも月額178円の支出を免れることに鑑みると、当該収支変動の差額分のうち最低利用期間である2年間の残余期間分は、解約がなければ、契約に基づき得られた利益を逸失するものであり、解除に伴い被告に生ずべき損害(逸失利益)であるということができるから、『平均的な損害』に当たるというべきである。……解約に伴って被告の生ずべき『平均的な損害』は、月額利用料から支出を免れた費用を控除した額であると認められる。」とした。結論としては、本件解約料条項には消費者契約法9条1号により無効な部分があるため、原告の差止請求を認めた。
8 考察
(1)初期工事費用は「平均的な損害」に含まれるか この点について判決は、①契約解釈の問題とし
て、初期工事費用を契約者負担とさせる根拠はあるかという問題と、②初期工事費用を被告の損害として構成できるかという2段階に分けて検討している。このような判断枠組みが何を意図したものかを明言することはできないが、単に②だけの問題としなかったということは、最低利用期間内の解約があった場合に、約款上、初期工事費用を契約者に負担させる旨及びその額について明記されていれば、別様の判断があり得たと思われる。しかし、少なくとも、契約時には予測できないような損害項目及び額を、後付けで「損害」であると主張することが排斥されたことには、大きな意味があるだろう。
(2)逸失利益について
判決の認定では、解約に伴って被告の生ずべき
「平均的な損害」は、月額利用料金から支出を免れた費用を控除した額とされている。そして、少なくとも被告の認めている月178円は差し引かなければならないと結論付けた。この認定の背景には、逸失利益も損害に含まれるとの判断がある。被告は、訴訟において1件あたりの純粋な利益は月額平均1034円であると主張していたから、これが損害に含まれないのであれば、解約料から1034円も控除すべきとの判断になったはずである。
「平均的な損害」に逸失利益が含まれるかについては、裁判例によって、見解が分かれており、今のところ統一的な解釈はない4。
平均的な損害概念を、あくまでも民法416条を前提としつつ、それを定型化した基準を消費者契約に関し強行法規化したものと位置付ける限り、同条の
「通常生ずべき損害」として賠償が認められる事業者の履行利益につき、これを「平均的な損害」に含めないとの解釈は考えられないとの見解もあるが、他方で、消費者が、消費者契約の解除に伴い、事業者から不当に損害賠償や違約金の出捐を強いられることのないように設けられたという本号の趣旨からして、事業者に認められるべき「平均的な損害」に逸失利益が含まれるのは、当該消費者契約の目的が他の契約において代替ないし転用される可能性のない場合に限られるというべきであるとの見解もある
5・6。後者は、他との契約を締結する機会を失ったこ
とによる損害といっても、消費者が当該契約を解除した後に、同一の契約の目的について他の顧客と改めて締結をし、そこから営業上の利益を得ることは、十分にありうることを根拠とする7・8。
本訴訟では、上記6(2)で述べたような事情もあって、逸失利益が損害に含まれるか否かは、結論において重要ではなかった。ゆえに、判決においては、
逸失利益は損害に含まれるという認定となっているが、本来は、解除時期の区分によって、他の消費者への代替可能性が考慮されるべきである。なぜなら、契約後1ヶ月の解約と、23ヶ月後の解約では、当該契約に充てたコストを他の消費者に回して代替ないし転用できる可能性は必ず異なるからである。
9 おわりに
本判決は、初期工事費用が解除に伴う損害に含まれないと判断した点で重要な意味をもつものの、上述したように無留保でこれを認めているわけではないことには注意が必要である。また、逸失利益が損害に含まれるかという点については、依然、課題は残ったままである。消費者契約法9条1号の訴訟について、消費者の前に立ち塞がる壁は大きい。
1 入稿時点で公刊物未掲載であるが、訴状と判決文については、京都消費者契約ネットワークのホームページ上で公開されている(xxxx://xxxx.xx/xxxxxxxx-keibulterebi.html)。
2 消費者庁消費者制度課「逐条解説消費者契約法」208頁以下(商事法務、第2版補訂版、平成27年)
3 原告は、消費者契約法9条1号違反のほかにも、本件解約料条項は、消費者の解約を認めさせないのと同様の効果を有するものとして、同法10条違反の主張もしていたが、判決では認定の対象とされなかったので、本稿でも割愛する。
4 例えば、携帯電話の契約の解約金が、消費者契約法9条1号に違反するか等が争われた3つの判決でも、その判断は異なった。これらの一連の訴訟の地裁判決については、さしあたり、xxxx「携帯電話利用契約をめぐる消費者問題」xxxxら『現代消費者法No.18』11頁(民事法研究会、平成25年)を参照されたい。
5 日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「コンメンタール消費者契約法」174頁(第2版増補版、平成27年)
6 xxxx「消費者契約の解除に伴う『平均的な損害』の意義について」xxxxx『特別法と民法法理』93頁以下(有斐閣、初版、平成18年)では、前掲注5記載の見解をさらに深化した見解が示されている。
7 前掲注6 135頁
8 日本弁護士連合会編「消費者法講義」101頁(日本評論社、第4版、平成25年)
編 | 集 |
後 | 記 |
今回の特集記事は、賃貸借でした。過去にも取り上げたテーマですが、多くの人に関わる問題ですから、気を付けるべきポイントも多く存在しています。是非ご一読ください。弁護士による論文は、各弁護士が、普段の業務などを通じて関心を持っている分野について記したものです。内容について、ご意見・ご感想など頂ければ幸いです。