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消費者契約法改正を巡る動き
― 多様化する商取引・消費者・事業者 ―
内閣委員会調査室 xxx xx
はじめに
消費者契約法(平成12年法律第61号、以下「本法」という。)は、第1条でその目的として「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」があることから、
「事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとする」と規定している。
本法は平成12年に制定されたが、その後、インターネットが普及し、オンライン上での売買契約が一般化するなど、商環境は著しく変化している。また、高齢化に伴い、高齢者に係る契約にまつわるトラブルも増加しており1、こうした面からも消費者に係る契約の在り方を見直す必要性が指摘されるようになった。
以上のような状況を受けて、本法については改正に向けた検討がなされ、平成28年の常会に改正案が提出される方向である。本稿では、これまでの経緯と予想される改正点、その方向性と今後の見通し等について概観する。
1.制定当初の消費者契約法の概要とその後の法改正
本法は、平成13年4月1日から施行された。民法(明治29年法律第89号)では契約は対等な当事者間の自由意思に基づく行為とされているが、消費者と事業者の間で締結される
「消費者契約」については、両者間における情報や交渉力の格差が現実的には存在するため、消費者にとっては不利になりがちという事実がある。そして、消費者・事業者間の格差は、経済活動の進展と新たな商品・サービスの登場でより拡大する傾向にあり、消費者が不本意な契約締結を強いられるような「消費者トラブル」も増加傾向にあった。そうした事態を防止・解決するため、民法と消費者・事業者間の取引に係る個別業法の隙間を埋める包括的な民事ルールとして本法が制定されるに至った。
制定当時の本法の内容は、消費者と事業者との間で締結される契約を「消費者契約」と定義付けた上で、①事業者は、消費者契約の明確化、平易化に配慮するとともに消費者契約締結の勧誘に際しては消費者の権利義務などの消費者契約の内容についての情報提供に努めなければならない、②事業者が消費者契約締結の勧誘に際して重要事項について事実と異なることを告げるなどして消費者に事実誤認が生じた場合は、契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができる、③消費者契約の条項のうち、事業者の損害賠償
1 消費生活相談件数は、本法が全面施行された平成13年度は約65万件であったが、平成20年代は毎年度約90万件台前後で推移している。また、高齢者に関する相談件数は平成20年度の約16万件から、平成26年度は約26万件へと増加している(「平成26年度消費者政策の実施の状況」102頁)。
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立法と調査 2016. 1 No. 373(参議院事務局企画調整室編集・発行)
責任を免除する等の消費者利益を一方的に害する条項については、その全部又は一部を無効とする等であった。
なお、両院の委員会審議の過程において、本法については「必要に応じ施行後5年を目 途に本法の見直しを含め適切な措置を講ずる」ことを求める旨の附帯決議がなされている。
本法の施行後、平成18年に、消費者の被害の発生又は拡大を防止するため、内閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体が事業者等に対し差止請求することができることを内容とする「消費者契約法の一部を改正する法律」(平成18年法律第56号)が制定されたが、消費者契約の契約締結過程及び契約条項の内容に係る部分(いわゆる「実体法部分」)については改正されていない。
この後、本法については、差止請求制度の対象の拡大に係る法改正(平成20年法律第29号)が行われているが、実体法部分については改正されないまま現在に至っている。
2.消費者契約部分に係る見直しに向けた検討
本法制定後の改正は、1.で述べたように適格消費者団体に係る差止請求制度を中心に行われてきたが、消費者契約を巡る状況についても、制定後約15年を経て大きく変化している。
こうした状況を受けて、平成22年3月に策定された第二次消費者基本計画においては、
「消費者の自主的かつ合理的な選択の機会の確保」の項において「消費者契約法に関し、消費者契約に関する情報提供、不招請勧誘の規制、適合性原則を含め、インターネット取引の普及を踏まえつつ、消費者契約の不当勧誘・不当条項規制の在り方について、民法
(債権関係)改正の議論と連携して検討します」とした。消費者契約を巡る状況の変化のほか、本法が民法の特別法であることから、「消費者契約法を民法に統合するか」という点も含めて、民法の債権関係部分の改正の動きも本法改正の検討に影響を与えていた2。こうした状況から、民法改正に遅れることなく本法を改正することが望ましいとの認識 の下、平成23年8月26日、消費者委員会は、「消費者契約法の改正に向けた検討について
の提言」を消費者庁長官及び法務大臣に対して行った。
引き続き消費者委員会においては、本法改正に向けた本格的な調査審議を行いうる体制が整うまでの間、事前の準備作業として論点の整理や選択肢の検討等を行うため、同年12月より「消費者契約法に関する調査作業チーム」を設置し、17回の論議を行った上で平成 25年8月に「論点整理の報告」を公表している。
消費者庁においては、平成26年3月より「消費者契約法の運用状況に関する検討会」が発足し、裁判例、相談事例等の収集に基づき9回にわたる会議の後、同年10月に報告書を
2 なお、当初、法務省法制審議会においては、消費者契約法の民法への取り込み、あるいは一般法化も検討されたが、早い段階で見送られたとされる。また、民法の一般的規律の例外としての消費者契約の特則の導入についても、「民法典に『消費者』概念を導入することによる私法一般法としての民法の変容への懸念」等から、民法への消費者契約の特則の導入も見送られている(xxxx「債権法改正3 個人保証と消費者保護の規律」『JFL NEWS』59(日弁連法務研究財団、2015.2))。そして、民法の債権部分の改正は「民法の一部を改正する法律案(第189回国会閣法第63号)」として平成27年常会に提出されて継続審査となっている。
出した。この報告書は、消費者委員会における本法の見直しに向けた検討のための材料を整理したものと位置付けられている3。
この間、同年8月5日、内閣総理大臣より消費者委員会に対して、「消費者契約法について、施行後の消費者契約に係る苦情相談の処理例及び裁判例等の情報の蓄積を踏まえ、情報通信技術の発達や高齢化の進展を始めとした社会経済状況の変化への対応等の観点から、契約締結過程及び契約条項の内容に係る規律等の在り方を検討すること」という諮問がなされた。これを受けて、同年10月に消費者委員会に消費者契約法専門調査会が設置され、同調査会は17回の審議を行って平成27年8月に「中間取りまとめ」を行った。
なお、同年3月24日、第三次消費者基本計画が閣議決定されたのと同時に消費者政策会議で決定された「消費者基本計画工程表」には、消費者契約法の見直しについては消費者委員会における審議を経て平成27年度中に法案の検討と国会提出が行われる旨が示されている4。
「中間取りまとめ」作成後、消費者契約法専門調査会においては、3回にわたり関係団体等からのヒアリングを行ったほか5、事業者向け説明を行い、その中で出された意見を踏まえて、消費者庁の作成した「個別論点の検討」ペーパーも踏まえて更に審議を行っている。同調査会においては、法改正に向けての方向性が固まった論点については「報告書パート1」として取りまとめるとしており、これに基づき平成28年常会に改正案が提出されることとなる。それ以外の論点については引き続き検討して「報告書パート2」として取りまとめる方向であるとしている6。
3.契約締結過程に係る条文についての見直しの論点
本法の消費者契約部分の基本的な構造は、民法の特別法として、本法の規定により「不当」とされる契約については、意思表示を取り消すことができるというものである。意思表示の「取消し」により、契約は遡及して「無効」となり(民法第121条本文)、契約は締結時から「なかった」ことになる。これにより、消費者・事業者双方に原状回復義務が生じ、例えば商品の売買契約を取り消した場合、消費者は商品を事業者に返し、事業者は代金を消費者に返すという義務が発生する。
消費者契約が取り消された際の事業者側の負担が大きいことから、どのような場合に消 費者側からの「取消し」を認め得るかが、消費者契約において「肝」の部分となっている。現行の条文の下においても、これまでの裁判例や本法の逐条解説により取消しを可能とす る場合を少しずつ拡げる方向にあったとされるが、今回の改正に向けた検討では、取消し
3 消費者契約法の運用状況に関する検討会第9回議事録(平26.9.30)43頁
4 「消費者基本計画工程表」(平成27年3月24日 消費者政策委員会決定)25頁
5 ヒアリングの結果のまとめについては、第21回消費者契約法専門調査会「消費者契約法専門調査会『中間取りまとめ』に関する集中的な意見受付及び関係団体からのヒアリングの結果概要」(平成27年11月13日 消費者委員会事務局)を参照。
6 『日本消費者経済新聞』(平27.12.5)。なお、民法改正案の国会での審議が進んでいないため、民法に関わる部分の改正についても先送りされる方向になろう(消費者委員会消費者契約法専門調査会第21回議事録
(平27.11.13)19頁)。
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ができる場合をxxにより更に拡げられないかが焦点となっている。
(1)勧誘要件の在り方
本法第4条第1項は、「消費者契約の締結について勧誘をするに際し」一定の不当な行為をした場合に、消費者が意思表示を取り消すことができる旨を定めている。
「勧誘」とは「消費者の契約意思の形成に影響を与える程度の勧め方」をいうとされ、 特定の者への働きかけは「勧誘」に当たるが不特定多数に対する「広告」等は「勧誘」に は当たらないとされる7。しかし、不特定の者に対する広告等に不実告知等があった場合 も契約を取り消せるようにすべきではないかとの観点から、広告等も「勧誘」に該当する ようにすべきとの問題提起がなされ、「中間取りまとめ」においては、事業者が消費者と の間である特定の取引を誘引する目的でした行為については、不特定の者を対象とした行 為であっても、重要事項について不実告知等があり、これにより消費者が誤認したときは、意思表示の取消しの規律を適用することが考えられるとされ、適用対象となる行為の範囲 については、事業者に与える影響等も踏まえ、引き続き検討すべきとされた。
しかし、事業者側からは不特定の者に向けた働きかけとして広告等が取消しの規律の対象に含まれること自体に強い懸念が寄せられたこと8、また、裁判例においても「パンフレット」等を第4条の「勧誘」に含めているものがあり、「広告等」による「勧誘」をxxに明示しなくても現行法で「広告等」により誤認した消費者を救済することは可能であるとの指摘があることから、消費者庁が第22回消費者契約法専門調査会(平成27年11月27日)に提出した「個別論点の検討(10)」では、本法第4条における「勧誘」として「広告等」を明示するような条文改正は行わず、取消しの規律の適用対象となる行為の範囲については、今後の検討課題と位置付けることを提案しており、結論は「報告書パート2」に先送りされる見通しである。
(2)不利益事実の不告知
本法第4条第2項では、「消費者契約の締結について勧誘するに際し」、事業者が「当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ」かつ「不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意に告げなかった」場合には、消費者は意思表示を取り消すことができるとしている(不利益事実の不告知による取消し)。
本項では「利益となる旨を告げること」と「不利益事実を故意に告げないこと(いわゆる「故意要件」)」の2要件がそろって取消し要因となるとしている。
「中間取りまとめ」においては、この2要件の立証の困難性が指摘されていることを踏まえ、「不利益事実の不告知」については、「利益となる旨の告知が具体的であり、不利
7 消費者庁企画課編『逐条解説 消費者契約法[第2版補訂版]』(商事法務、2015年)109頁
8 特にネット販売の場合、パソコン操作だけで「契約」が成立するため、契約成立後「広告に漏れがあった」として取り消される事案が多発するとの指摘もあり、影響を懸念する声も大きい(『日本経済新聞』(平27.11.23))。
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益事実との関連性が強いため、不実告知といっても差し支えがない場合(不実告知型)」9と、「利益となる旨の告知が具体性を欠き、不利益事実との関連性が弱いため、不利益事実が告知されないという事実が際立つことになり、実質的には故意の不告知による取消しを認めるに等しくなる場合(不告知型)」とに類型化し、「不実告知型」については、本条第1項の「不実告知」と同視して取り扱い、不実告知においては事業者の主観要件を要求していないことから「故意に」の要件を削除することなどを検討すべきと指摘した。
消費者庁の「個別論点の検討(10)」では、消費生活相談員から「故意要件があっせん交渉の支障となっている」旨の指摘があるとする一方、事業者側からは「事業者が知り得ない不利益事実についても、消費者が不利益事実は存在しないと誤認しただけで全て取消しが認められる」との懸念もあるとし、引き続き、裁判例や消費生活相談事例を収集・分析して検討するのが適当との提案がなされた。不利益事実の不告知問題の前提としては、
「不利益事実とは何か」あるいは「全ての不利益事実をそもそも事業者は把握できるのか」という問題もあり10、こうした点も含めて「報告書パート2」に先送りされることとなろう。
(3)不当勧誘行為に関するその他の類型
本法第4条第3項では消費者を困惑させるような勧誘の結果、消費者が契約を締結するに至った場合、消費者は契約を取り消せるとし、「困惑させるような勧誘」(いわゆる
「困惑類型」)として、不退去(同項第1号)、監禁(同項第2号)の二つの行為態様を規定している。
「中間取りまとめ」においては困惑類型に「執拗な電話勧誘」や「威迫」を加えることのほか、不招請勧誘、合理的な判断を行うことができない事情を利用しての契約締結についても、新たに取消し対象とすることを検討するとした。
消費者庁が第23回消費者契約法専門調査会(平成27年12月11日)に提出した「個別論点の検討(11)」では、「執拗な電話勧誘」と不招請勧誘については、特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号。以下「特商法」という。)の見直し及び運用の状況を踏まえて検討すること、「威迫」についても裁判例等を収集・分析して検討すること、「合理的な判断を行うことができない事情を利用しての契約締結」については、特商法第9条の2第
1項第1号にあるような客観的な「過量契約11」について取消しができる規定を新たに設けることを提案している。
(4)「重要事項」の規定の在り方
本法第4条第4項第1号及び2号は、同条第1項、2項に規定する「重要事項」につい
9 「不実告知型」の例としては、不動産屋が土地を売る場合、「眺望がよい」などと勧めておきながら、その隣接地に近々マンションが建つことを告知しないことといったものがよく挙げられる。
10 消費者委員会消費者契約法専門調査会第19回議事録(平27.10.23)17頁等
11 「事業者から受ける物品、権利、役務等の給付がその日常生活において通常必要とされる分量、回数、期間を著しく超えることとなる契約」と説明されている。
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て、「一 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容」、「二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件」と規定している。
消費者契約法専門調査会では、不当な取引からの救済を行いやすくするために「重要事項」の範囲を拡大することの議論が行われ、「中間取りまとめ」では、本法第4条第4項に「消費者が当該消費者契約の締結を必要とする事情に関する事項」を加えた上で、同項第1号及び2号に記載している事項を「例示列挙」とすることにより「重要事項」の範囲を拡大する方向性で検討することが示された。
「重要事項」の範囲の拡大については、「動機に関する事項を重要事項に含めると過度に取消権の対象が拡大する」といった懸念が事業者側から示されているが12、消費者庁の
「個別論点の検討(10)」では、第1号に定める「不実告知」の場合については、「消費者が当該消費者契約の締結を必要とする事情に関する事項」についても「重要事項」として同条第4項の所定の事由に追加して列挙することを提案している。
(5)不当勧誘行為に基づく意思表示の取消しの効果
意思表示を取り消した場合の消費者の返還義務の範囲について、少なくとも改正後の民法の施行後も消費者の返還義務の範囲を引き続き現存利益の範囲内とするためには、その旨の特則を本法に盛り込む必要がある。現在審議中の民法改正案では「取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす」(第121条)との条文を受けて新設の第121条の
2第1項において「無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う」と規定しており、改正後の民法が施行されれば、取り消した消費者は「購入した物」を完全な形で返却する義務が生じることになるからである。
「中間取りまとめ」においては、「消費者がダイエットサプリを一部費消した後に意思表示を取り消した場合には、新民法第121条の2の下では、費消した分の商品の客観的価値を消費者が金銭で返還しなければならないことになると考えられる」としつつ「そうすると、消費者が不当勧誘行為に基づく意思表示の取消しにより代金の返還請求権を得たとしても、事業者の有する上記客観的価値の返還請求権と相殺され、結局対価を支払ったのと変わらないことになってしまう」と指摘し、「少なくとも新民法の施行後も消費者が消費者契約法に基づき契約を取り消した場合の返還義務の範囲を引き続き現存利益の限度とするためには、その旨の特則を消費者契約法に設けることが必要と考えられる」とした。特則を設けることについては、消費者の「受け得」を懸念する意見もあったが、消費者 庁の「個別論点の検討(10)」においても、規定を設けないと、改正後の民法の規定では不当勧誘行為による「給付の押付け」や「やり得」を抑止できないとの観点から、明示ルールとして特則を設けることを提案している。そして、意思表示を取り消した場合の消費者の返還義務の範囲については、「当該消費者契約によって現に利益を受けている限度に
おいて、返還の義務を負う」こととしている。
12 消費者委員会消費者契約法専門調査会第20回議事録(平27.10.30)18頁等
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(6)取消権行使の期間
本法では、取消権行使を第4条第1項から第3項までの規定により、民法よりも広く認める代わりに、第7条第1項において、取消権は「追認をすることができる時から6箇月間行わないときは、時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から5年を経過したときも、同様とする」とし、現行民法第126条の「追認できる時から5年」、「行為のときから20年」という期間よりも短く設定している13。
本法の取消権行使の期間については、「中間取りまとめ」においては「適切に伸長する」ことが考えられるとしたが、消費者庁の「個別論点の検討(10)」では、消費生活相談員において「騙されて契約していたことに気づいたときから6か月以上経っていた」との相談を受けた経験のある者が消費者庁実施のアンケートでは約37%、国民生活センターが実施したアンケートでは約73%に上ること、不当な勧誘を受けて契約を締結した消費者ができる限り救済されるよう手当されるべきであるといったことから、取消権の短期の行使期間を「追認することができる時から1年間」(現行は6箇月)に伸長することを提案している。
4.契約条項に係る条文についての見直しの論点
消費者契約においては、事業者が大量取引を迅速かつ画一的に処理しながら安定した契約を確保するため、一定の場合に事業者側の責任を免除・軽減することにより、消費者側の権利を制限したり一定の義務を課したりする場合がある。こうした契約形態は有用ではあるが、契約の在り方によっては消費者の権利を不当に制約する可能性も否定できないため、消費者にとって不当な契約条項により権利を制限する場合は、消費者の正当な権利を確保するために、当該条項の一部又は全部を無効とすることとしている。
今回の検討では、無効となる場合をどこまで拡大するかについて、議論がなされている。
(1)事業者の損害賠償責任を免除する条項
本法第8条は、柱書において「次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする」とした上で、第3号「消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項」、第4号「消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為
(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の一部を免除する条項」を規定している。
両号には「民法の規定による」という文言があるが、民法以外にも不法行為責任等について規定する法律はあり、民法に限定する必要はないとの指摘があった。これを受けて
「中間取りまとめ」では、「民法の規定による」との条文の文言を削除することを適当としている。
13 消費者庁企画課編『逐条解説 消費者契約法[第2版補訂板]』(商事法務、2015年)170頁
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(2)「平均的な損害の額」の立証責任
本法第9条は、柱書において「次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする」と規定した上で、第1号には「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」と定める。
この条文における「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」については、その立証責任は消費者側にあるとするのが最高裁判例である14。しかし、事業者の「平均的な損害の額」を消費者側が知ることは困難な場合が多いとして、「中間取りまとめ」では、「同種事業者に生ずべき平均的な損害の額」を超える部分については、「当該事業者」側に立証責任を転換することを含め検討すべきとした。消費者庁の「個別論点の検討(11)」では、最高裁判決は、消費者が「平均的な損害の額」の立証責任を負うとしつつ、「事実上の推定が働く余地があるとしても、基本的には」という留保を付けていることを踏まえて引き続き検討するとする一方、本法第3条第1項の趣旨(事業者の必要な情報提供についての努力義務)に照らして、事業者・消費者間で「平均的な損害の額」について問題が生じた場合は、事業者は必要な情報を提供するよう努めることを周知させるべきとの提案をしている。
(3)消費者の利益を一方的に害する条項
本法第10条は「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」としている。前段の要件では「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定」(いわゆる「任意規定」)を挙げているが、この「任意規定」については、最高裁判例で「xxの規定のみならず、一般的な法理等も含まれると解するのが相当である」と判断されており15、それに合わせた形で前段要件を任意規定のみに限定しない形で見直すことを検討する旨の記載が「中間取りまとめ」でなされている。
また、本条前段の見直しについて、消費者庁の「個別論点の検討(11)」では、「債務不履行の規定に基づく解除権又は瑕疵担保責任の規定に基づく解除権を放棄させる条項を例外なく無効とする」規定を設けることを提案しているほか、前段に該当する条項の例示として「消費者の不作為をもって当該消費者が新たに契約の申込み又は承諾の意思表示をしたものとみなす」条項を挙げることを提案している。
14 最判平成18年11月27日民集60巻9号3473頁
15 最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁
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おわりに
本法は、契約の締結、取引に関する構造的な「情報・交渉能力の格差」が存在する場合が現実的にみて一般的であることに着目したものであるが、高齢化やインターネット社会における「情報弱者」の増加でこうした格差は更に拡大しており、現に被害も生じているとして、消費者団体等は勧誘要件等について見直しを求めている。
一方、事業者側は、インターネットなどを活用して「事業者と同等の情報力を持つ者」や「個人でインターネットで事業を立ち上げている」場合のように事業者とも消費者とも区分し難い存在もあり、消費者・事業者の区分の在り方とそれに基づき「消費者を圧倒的な取引上の弱者」として法改正することを疑問視している16。また、消費者契約の在り方を見直して事業者の負担を加重させることは、結局、商品・サービス等のコストに跳ね返り、必ずしも消費者の利益にはならないことを主張している。特に、中小事業者の多い業界においては、法改正が事業者の過度な負担につながる懸念が度々示されている。
高齢者等の「弱い消費者」を保護する必要性について異論は出ていないが、日々、大量に行われる消費者契約についての民事ルールである本法で、「弱い消費者」への個別の配慮を盛り込むことには、取引安全の観点からしても一定の限界があることは確かである。このように、消費者側と事業者側の本法見直しに向けての食い違いは大きく、特に事業 者から懸念が表明されていた「勧誘要件の在り方」や「不利益事実の不告知」については報告書パート2に向けて引き続き検討される方向である17。本法と同様に改正に向けて消費者委員会に専門調査会が置かれている特商法についても、「不招請勧誘」の禁止等について事業者側から強い懸念が示され、報告書の取りまとめに向けた動きが遅れている状況
にある。
また、近時、個人情報・プライバシーに対する「侵害」に対しては、消費者は従前より警戒感、拒否感を強めているところ、広告・勧誘といった事業者から消費者への「働きかけ」、特に「不招請勧誘」といったプライバシー領域に事業者側が踏み込んでくるような行為については、どこまで許容するかについて消費者と事業者との間でコンセンサスを得るのもなかなか難しい状況になっているように感じられる。
平成27年度末までにはまとめられるであろう「報告書パート1」に基づき平成28年常会に出される見込みの本法改正案に盛り込まれない事項については、引き続き検討が続けられていくとされるが、本法制定後約15年で消費者の意識や取り巻く情勢は大きく変化しており、そもそも「消費者」とは何かという議論も含めて多角的な視点での検討が求められることとなる。
(xxx xxx)
16 消費者委員会消費者契約法専門調査会第19回議事録(平27.10.23)2頁。なお、本法第2条第1項に定める
「消費者」の定義の見直しも「中間取りまとめ」では検討課題とされ、法改正の要否の判断は先送りされる方向である。
17 『日本経済新聞』(平27.8.10)
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