高齢化の進展や IT 技術の進歩など社会情勢が大きく変化するなか,金融 ADR 制度や成年後見制度をはじめとする保険契約者等の権利保護に関わる制度や生命保険分野の取組みについて,その重要性が一層高まっている。
保険契約者等の権利保護と生命保険分野の対応
一 x x x
■アブストラクト
高齢化の進展や IT 技術の進歩など社会情勢が大きく変化するなか,金融 ADR 制度やxx後見制度をはじめとする保険契約者等の権利保護に関わる制度や生命保険分野の取組みについて,その重要性が一層高まっている。
また,マイナンバー制度が社会インフラとして定着し,将来的に,社会保障・税xxxの公的分野に加え,民間領域にもその利用範囲が拡大すれば,
⽛顧客が対面や書面等で手続きする事項を簡易化・自動処理化し,顧客の手続き負担を軽減する⽜,⽛安否情報を活用した保険金等支払いや保全サービスを従来以上に迅速・確実に実施できる⽜等のメリットが想定され,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に大きく貢献する可能性がある。
生命保険会社は,長期にわたる安心・保障を顧客に提供し社会保障制度を補完する存在であり,その役割を十全に発揮するためにも,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に資する諸施策に継続的に取り組むことが期待される。
■キーワード
金融 ADR,xx後見制度,マイナンバー制度
※平成28年10月29日の日本保険学会大会(立命館大学)報告による。
/ 平成29年⚑月⚖日原稿受領。
⚑.はじめに
民事司法の利用支援に関連し,損害保険分野においては,日常生活において生じたトラブル等に対応するため弁護士等に法律相談や訴訟を依頼することにより生じる経済的損失をてん補する権利保護保険(弁護士保険)が取り扱われている。現下,生命保険契約は保険法第二条において⽛保険契約のうち,保険者が人の生存又は死亡に関し一定の保険給付を行うことを約するもの(傷害疾病定額保険契約に該当するものを除く。)をいう。⽜と定義されており,生命保険契約として権利保護保険と同様の機能を提供することは難しいものの,少子高齢化が進展する中,保険契約者等の権利保護のための取組みは民事司法の利用支援にも関係しうるものであり,その重要性が一層高まっている。そこで以下では,生命保険分野・生命保険会社における保険契約者等の権利保護に係る取組状況を概観し,今後の課題等について若干の考察をすることとしたい。
⚒.生命保険分野における保険契約者等の権利保護のための取組み
(裁判外紛争解決制度)
⑴ 経緯・制度概要等
民事司法制度に関連する制度として,生命保険分野において,裁判外紛争 解決制度(以下,⽛金融 ADR 制度⽜という)が存在する。金融 ADR 制度 は平成21年⚖月に公布された⽛金融商品取引法等の一部を改正する法律⽜に より制度創設されたものであり,金融商品取引法のほか,銀行法,信託業法,保険業法等,金融業態ごとに一括して制度創設が行われた。金融 ADR 制度 は,金融商品・サービスが多様化・複雑化する状況等を踏まえ,金融商品・ サービスに関する苦情・紛争が発生した場合に,訴訟による解決では利用者 にとってコストや時間等の負担が大きい場合があることから,裁判外でトラ ブルを簡易・迅速に解決する手段として,利用者保護の充実・利用者利便の
向上のため重要な役割を果たすことが期待されている1),2)。
金融 ADR 制度は,①紛争解決機関を行政庁が指定・監督しその中立性・xx性を確保する,②金融機関は指定紛争解決機関との間で手続き実施基本契約を締結する(金融機関に紛争解決手続の利用や和解案の尊重等を求め,紛争解決の実効性を確保),③金融機関との間で生じたトラブルについて,利用者が指定紛争解決機関に対し紛争解決の申し立てを行う,④金融分野に知見を有する紛争解決委員が紛争解決手続きを実施し和解案等を提示する,
⑤金融機関は和解案等に基づきトラブルの解決を図る,ものである。
またその特徴として,手続きの簡易さ,柔軟性,迅速性,専門性,非公開性,低廉な費用等の性質を有している3)。
⑵ 生命保険分野における状況
生命保険協会は,平成13年度より民間生命保険分野の ADR 機関として
⽛裁定審査会⽜を運営してきたところ,平成22年⚙月に保険業法に定める指定紛争解決機関として金融庁より指定を受け,平成22年10月より生命保険業務・外国生命保険業務に関する苦情処理手続および紛争解決手続等の業務を実施している。
当該業務の実施にあたって,生命保険協会は,保険契約者から申出のあった苦情について申出内容やご意見・疑問等を整理し解決に向けたアドバイスや会社相談窓口の紹介等を行う生命保険相談所(以下,⽛相談所⽜という)を設置・運営し,相談所で解決できない場合は,当事者である生命保険会社に対し解決依頼や和解のあっせん等を行う。また,相談所が適正な解決に努めたにもかかわらず,当事者間で問題の解決がつかず紛争に発展する場合が
1) 金融審議会報告⽝金融分野における裁判外紛争解決制度(金融 ADR)のあり方について⽞2008年12月17日。
2) 平成28年⚕月時点で,金融 ADR 制度において紛争解決機関の指定を受けている団体は,金融xxxに応じて⚘団体存在する。
3) xxxx・xxxx・xxxx・xxxx・xxxx(2011)⽝詳説 金融 ADR 制度 第⚒版⽞商事法務 31頁以下。
あり,こうした場合に,中立・xxな立場から裁定(紛争解決支援)を行うべく,相談所の中に⽛裁定審査会⽜を設けている4)。また,生命保険相談所および裁定審査会の中立性・xx性を確保するため,運営状況のチェック等を行う提言・諮問機関として⽛裁定諮問委員会⽜が設置されている5)。
【図表⚑】紛争解決(裁定)手続の流れ
(出所:生命保険協会ホームページを元に筆者作成)
4) 裁定審査会への申立ては,相談所が保険契約者等からの苦情申出を受け,生命保険会社に苦情の解決依頼を行い申出人と十分に話し合いをしてもらうも,原則として⚑ヶ月を経過しても当事者間でなお問題が解決しない場合に認められる。
5) 裁定諮問委員会は,学者,弁護士,医師,消費者代表の学識経験者および協会常勤役員からなる⚕名の委員で構成し,生命保険相談所長からの諮問・相談に応じ,相談所の業務のxx・円滑な運営を図るため,相談・苦情等の受付,苦情処理手続および紛争解決手続について検証・評価を行い,生命保険相談所は委員からの意見等を踏まえた業務改善を図っている。
⑶ 生命保険協会⽛裁定審査会⽜の主な特色6)
①裁定型の手続き
裁定審査会では,当事者双方の互譲による解決をあっせんする⽛調停型⽜ではなく,⽛裁定型⽜による手続きを採用している。⽛裁定型⽜とは,裁定審査会委員が当事者双方(申立人,相手方保険会社)から提出された申立書,答弁書,反論書や証拠書類等の書面,および当事者双方への事情聴取に基づき,事実関係の確認を行い,申立内容について理由を付して一定の結論を出し,これを当事者双方に提示する手続きのことをいう。
生命保険制度は,相互扶助の仕組みで成り立っており,全ての保険契約者はxx・xxに扱わなければならず,契約内容は生命保険約款により一律に定められている。また,生命保険契約では,保険事故が生じた場合,支払保険料を超える多額の保険金等が支払われるため,制度が不正に利用されるおそれがあり,それを防止することは生命保険制度の健全な運営のためには不可欠となる。このような生命保険の特性を踏まえ,裁定審査会では⽛裁定型⽜の紛争解決手続きとしており,当該整理は妥当と考えられる。
他方で,金融 ADR 機関には,制度導入の趣旨から,個々の紛争に即した柔軟な解決を行うことが求められており,裁定審査会においても,法令や約款に基づけば申立人の請求が認められない場合であっても,募集人の不適切な対応等,保険会社側に考慮すべき事情が認められた場合には,その点を踏まえた積極的な和解提案を行っている。
保険会社側には,紛争解決の実効性を確保する趣旨から,裁定書による和 解提案を⽛受諾しなければならない⽜とする片面的拘束力が定められており,申立人が受諾すれば和解成立となる。但し,保険会社側に実質的に受諾義務 が存在するものの,裁判での解決を望む場合は,申立人の和解受諾後⚑ヵ月 以内に会社が訴訟提起すれば,法律上⽛結果受諾義務違反⽜には問われない。
6) 生命保険協会ホームページ(http : //xxx.xxxxx.xx.xx/xxxxxxx/xxx/xxxxx/),xxxx・xxxx・xxxx・xxxxx・xxxx・xxx⽛生命保険協会⽛裁定審査会⽜の現状と課題⽜⽝法律のひろば⽞2012.12号 56頁以下。
一方,申立人には裁定結果や和解案を拒否することは認められており,裁定の結果を問わず裁判で解決を図ることも可能である。
②⚒層体制の審理体制
裁定審査会は,⚖つの部会から成り,各部会は弁護士,消費生活相談員,生命保険協会職員各⚑名の合計⚓名の委員で構成されている7)。各部会で決定した裁定結果等については,原則,全委員で構成される全体会で再度の審理を経て最終決定を行っており,各部会の判断にバラつきが生じないよう,裁定審査会は⚒層体制で運営している。このような⚒層体制は,他の ADR機関では採用されていない場合が多いが,ダブルチェック機能が効果的に発揮され,事案間の平仄をとるとともに,xx・xxな結論を導くものと考えられる。
③手続きの迅速性・簡便性・アクセス容易性
裁定型かつ⚒層体制を採用していること等から,審理の長期化が課題となりうるが,申立件数が増加する中,部会の増設,各部会に弁護士委員を補佐する役割を担う補佐弁護士を事務局に配置する等の工夫により,効率化・迅速化が図られている。
また,裁定申立ては全国から郵送により申立書を送付することが可能となっており,生命保険相談所は,東京本部はもちろん全国各所(平成28年⚔月時点で53ヶ所)に地方連絡所を設置しており,裁定審査会への利用に係る照会等は地方連絡所でも実施されている。手続中も,地方都市の申立人においては最寄りの地方連絡所内のテレビ会議システムを介して,事情聴取を実施する等,簡易かつ迅速な手続き進行が目指されており,申立手続きに係るアクセスの容易性が図られている。
7) 相談所レポート No. 92によれば,平成28年⚑月より,弁護士委員,消費生活相談員委員を⚔名から⚖名に増員,同年⚖月より生命保険相談所職員の委員を
⚒名から⚓名に増員している。
④専門性及び質の確保等
前述のとおり,裁定審査会委員は,金融・保険分野の知識・実務経験を有する弁護士,消費生活相談員,生命保険相談所の職員で構成されている。また,他の金融商品にはない特徴として,生命保険契約には医学的判断が必要な事案が含まれることがあるため,事案の審理に当たって医学的な判断が必要となる場合には,委託先の専門機関を通じて,当該分野を専門とする医師から意見を求め,審理の参考としている。
⑷ 裁定審査会の手続状況
図表⚒は,平成13年度以降における裁定審査会申立件数,裁定手続終了件 数をまとめたものである。裁定審査会への申立件数は,平成20年から紛争解 決機関の指定を受けた平成22年前後にかけて急速に増加し,直近⚓年は200 件~300件前後で推移している8)。申立件数増加の理由には,各社の募集資 料や約款に⽛裁定審査会⽜について記載がされ広く周知が進んだこと,また,各社や外部の消費者行政機関も⽛裁定審査会⽜を紹介していること等が考え られ,裁定審査会の認知度は相当程度高まっているといえる。
図表⚓は,裁定手続きの終了件数を示したものである。裁定審査会は⽛裁
8) 専門的な見地から説明を行うことで申出人が納得した案件においても,個別事情の聴取や申出人の意向をより深く把握すれば苦情処理手続へ移行する可能性もあること,苦情処理手続に移行しなかった案件については,その後の申出人と各社との交渉状況をフォローすることで,苦情処理手続へ移行する可能性があること等が考えられる。そこで,生命保険相談所では,個別の事情を十分に把握し申出人の意向を踏まえたより適切・迅速な対応を図るため,平成26年 12月よりxx,⽛苦情処理にあたって,申出人から苦情に至った事情を丁寧に聞き,画一的な説明を行うことなく,個別の事情を十分に把握し,申出人の主張や理由,意向を踏まえ,適切に苦情処理手続への案内を行う。⽜⽛原則,苦情申出人に苦情処理手続への意向を確認し,希望があれば,速やかに同手続に移行する。⽜⽛管理者による相談件数集計システムへの記録対応内容の日々チェック作業に関し,要員を増員し,チェック機能の強化する⽜等の改善対応を実施している。苦情処理手続きを実施した件数の増加に伴い,平成27年度の裁定申立件数も増加している。
定型⽜を採用しているが,和解で解決を図ることが相当であると認めたときは,中立・xxな立場から裁定書による和解案を当事者双方に受諾勧告を行っている。当事者間で問題が解決されなかった苦情事案について,ADR 機関に解決を求める消費者の心情に鑑みれば,和解の可能性を探る視点をもち続けることは消費者から期待される姿勢であろうし,当事者双方の協力のもと和解率やあっせん率の向上に向けた努力は,互譲の精神に基づく ADR 制度に求められる大切な役割であろう。
平成27年度に裁定手続きが終了した事案は239件あり,そのうち,和解が成立したものが81件・和解が成立した割合は約34%(平成26年度は24%)となっており,和解に向けた弾力的な解決を目指している状況が窺われる。
なお,審理結果のうち⽛和解による解決の見込みなし⽜とされたものが, 105件・約44%を占めるが,これは,申立件数の中で⽛契約取消もしくは契約無効請求⽜が上位を占めていることが少なからず関係するものと考えられる。これらの申立内容においては,契約当時の契約プロセスにおける瑕疵が主張されることが多いが,法律上の論点に照らして書面上の問題はないというケースが多いこと,数十年以上前の契約締結時乃至当該締結プロセスにおける錯誤無効等を主張されるケースもあることから,裁定判断が難しく,結果として不調に終わる事案も多いのではなかろうか。
過去の契約時における錯誤等の事実認定は,厳密な証拠調べ手続を備えている裁判所の手続きにおいても容易ではないはずであり,ADR 機関においては,更に困難なものと考えられる。その点,苦情原因が発生した日から一定年数を経過した申立ては取り扱わないといった制度も一考の余地はあるかもしれないが9),長期性という生命保険契約の特性を踏まえたうえで,保険契約者等の権利保護としての ADR の存在意義に立ち返れば,そのような取扱いは慎重に検討されるべきであろう。
9) 英国 FOS(金融オンブズマンサービス Financial Ombudsman Service)では,苦情の原因が発生した期日が⚖年を経過したものは取り扱わないとしている。
【図表⚒】裁定審査会への申立件数の推移
(出所:生命保険協会・生命保険相談所⽛相談所リポート⽜No. 92<平成27年度版>)
【図表⚓】裁定手続終了件数
(出所:生命保険協会・生命保険相談所⽛相談所リポート⽜No. 92<平成27年度版>)
図表⚔は,平成27年上期の金融 ADR 機関毎の紛争解決所要時間である。 金融 ADR 機関毎に事案,申立件数,特色等が異なる点は留意が必要である が,裁定審査会が必ずしも,迅速性の観点から劣っているものではないこと が見て取れる。前述のとおり,裁定審査会において,部会増設や補佐弁護士 制度の導入等の取組みを進めてきたことによるところが大きいと思われるが,
引き続き,審理の迅速化を課題に掲げ,例えば,裁定審査会を運営する側の取組みのみならず,ADR の一方当事者である保険会社においても,答弁書等の更に迅速・正確な作成に努めるといった取組みを進めることも肝要であろう。
【図表⚔】金融 ADR 機関毎の紛争解決所要時間(平成27年⚔月~⚙月)
(平成27年12月⚔日⽛第50回金融トラブル連絡調整協議会⽜資料より作成)
⑸ 相談所における紛争解決手続きに係る改善取組み状況10)
相談所では,より中立性・xx性,利便性等の高い業務運営を図ることを目指し,実効性のある手続きの確保,利用者の利便性・信頼感の向上のための取組みを行っている。例えば,生命保険相談所では,利用者からの相談・照会等への対応,苦情処理手続をxxかつ適確に遂行するために,苦情受付や同手続を行う職員を対象に,金融商品取引法の関連諸規制や金融 ADR に関する知識,業務に役立つ知識等について定期的に研修会を実施している。また,生命保険相談所の利用者の率直な声(感想・意見・要望等)を苦情解決手続および紛争解決手続の運営見直し等に活かし,より中立性・xx性,
10) 生命保険協会・生命保険相談所⽛相談所リポート⽜No. 91<平成26年度版>, No. 92<平成27年度版>。
利便性等の高い業務運営を図っていくことを目的に,平成24年⚔月より,申立人や保険会社を対象としたアンケート等に取り組んでいる。
平成27年度における利用者アンケートにおける主な設問への回答状況を見ると,①相談員の応対態度については,親切(丁寧)だった・どちらかと言えば親切(丁寧)だったとの肯定的な回答が⚘割弱となっており,また,②裁定審査会事務局職員のサポートについては,役に立った・どちらかと言えば役に立ったとの回答が半数を超える等,一定の評価を受けていることが分かる。他方で,③申立受理から結論が出るまでの所要期間や④裁定書の記載内容の分かりやすさについては,肯定的な回答が半数に届いておらず,その点は留意が必要であろう。
また更に,相談所では柔軟な解決に向けた運営見直しを行うべく,紛争解決手続きに関し,平成27年⚗月より,新たに,⽛全ての案件について事情聴取(面談)を案内,本部・連絡所以外の場所で事情聴取できる環境の整備,個別事情を反映・考慮した積極的な和解提案の実施,和解事案に対する認識共有(チェックリストの活用)⽜等の改善対応を行っており,今後その効果・結果も検証されていくものと思われる。
⑹ 小 括
生命保険会社における苦情・紛争解決に向けた取組みである生保 ADR においては,生命保険各社が支払適切性を再確認するための専門組織の設置,保険金・給付金の支払いに関する専門相談窓口の設置,社外弁護士等による支払い審査会制度の設置等に取り組んでいるなかで解決できなかった困難な事案が審査されていることもあり,他の ADR 機関との比較で和解率が相対的に低い旨が指摘されている。積極的な事情聴取によって,法令や約款に基づかない柔軟な解決の糸口となる個別事情の詳細把握に従来以上に注力することは和解率の一定の向上に寄与するものであろうし,また,和解件数の増加によって先例が集積され,今後,事案審理の際に考慮すべき事項(チェックリスト)がより充実することで,より幅広い和解提案につながっていくこ
とが期待される。
また,平成25年に金融庁より公表された⽛⽝金融 ADR 制度のフォローア ップに関する有識者会議⽞における議論の取りまとめ⽜では,金融 ADR の 現状として,ADR 機関は利用者保護に一定の役割を果たしていると評価す るも,利用者の信頼性向上や納得感等の面からいくつかの運用上の課題も指 摘されている。例えば,業界団体の事務局職員が紛争解決委員となることに ついて中立・xx性の観点から疑念が生じかねないとの指摘,苦情・紛争の 分析結果の加入金融機関へのフィードバックが不十分との指摘,複数の金融 業態が関係する事案の申立手続きがわかりにくいとの指摘等がある。また, これらの課題に対して,弁護士等との合議制や利用者アンケート・有識者に よる事後的な検証及び改善努力等により中立・xx性を担保する,苦情・紛 争の分析結果の加入金融機関へのフィードバックを推進する,利用者に対し より一層丁寧な説明,関係機関の連携を強化する等の方向性も示されている。
相談所においては,これらの指摘や対応の方向性を踏まえ,既述のとおり 多くの改善取組みを進めているが,高齢社会が進展するわが国の情勢を踏ま えれば,例えば,高齢者に該当する ADR 利用者の意見や課題に変化が生じ ていないか特段に注視し,適時の対応を行うことを通じて,保険契約者等の ADR 制度の期待・信頼を更に高めていくことができるのではないだろうか。
⚓.高齢社会を踏まえた保険契約者等の権利保護に係るその他取組み
(xx後見制度等)
⑴ 高齢社会の状況
生命保険会社において,保険金・給付金等の確実・迅速な支払いは最も基本的かつ重要な機能である。また,生命保険商品は一般に契約期間が長期にわたることが多いことから,生命保険会社は,契約加入時から保険金等の支払い時に至る契約期間全体を通じて,万全の顧客フォロー体制を整えていくことが重要となっている。
一方で,国内の社会構造・環境変化を見ると,我が国の総人口は,平成26
年10月⚑日現在で⚑億2ó708万人,そのうち65歳以上の高齢者人口は3ó300万人( 前年3ó190 万人),総人口に占める割合( 高齢化率)も26.0%( 前年 25.1%)と過去最高となっており,高齢社会が着実に進展していることがわかる。
⑵ xx後見制度
①制度概要11)
xx後見制度とは,認知症・知的障害・精神障害等の理由で本人の判断能 力が不十分な場合に,指定されたxx後見人が,本人に代わって財産管理・ 身上監護等を行う制度である。当該制度は,民法に基づく⽛法定後見制度⽜ と民法の特別法である任意後見契約に関する法律に基づく⽛任意後見制度⽜ に区分される。xx後見制度の活用によって,保険契約者等が認知症等によ り判断能力が不十分な状態となった場合であっても,xx後見人が代理で生 命保険契約に係る各種手続きを行うことで,迅速・確実な保険金等の支払い や保険契約者等の権利保護,紛争等の未然防止に繋がるものと思われ,高齢 社会の進展にともなって,制度の活用が更に広がっていくことが想定される。
ア.法定後見制度
法定後見制度は,本人の判断能力低下の度合い等本人の事情に応じて,
⽛後見⽜⽛保佐⽜⽛補助⽜の⚓つに分かれている(図表⚕)。法定後見制度においては,家庭裁判所によって選ばれたxx後見人等(xx後見人・保佐人・補助人)が,本人の利益を考えながら,本人を代理して契約等の法律行為をしたり,本人が自分で法律行為をするときに同意を与えたり,本人が同意を得ないでした不利益な法律行為を後から取り消したりすることによって,本人を保護・支援することとなる。
11) 法務省ホームページ:
xx後見制度~xx後見登記制度~(http : //xxx.xxx.xx.xx/XXXXX/xxxxx00. html)
【図表⚕】法定後見制度の概要
(出所:法務省ホームページ:xx後見制度~xx後見登記制度~を元に筆者作成)
イ.任意後見制度
法定後見制度は本人の判断能力が不十分である場合が対象だが,任意後見制度は,本人が十分な判断能力があるうちに,将来,判断能力が不十分な状態になった場合を想定して事前に備えておく仕組みである。具体的には,自らがあらかじめ選んだ代理人(以下⽛任意後見人⽜という)に財産管理等に関する事務について代理権を付与する契約(以下⽛任意後見契約⽜という)を公証人の作成するxx証書で結び,契約締結後に公証人の嘱託により法務局で登記が行われる。その後,本人の判断能力が低下した際には,任意後見人(任意後見受任者)や親族等が本人同意の下で家庭裁判所に対し⽛任意後見監督人⽜の選任の申立てを行い,家庭裁判所によって任意後見監督人が選任されることで,任意後見人が本人を代理して任意後見契約で決めた事務を
行うこととなる12)。
②xx後見制度の利用状況13)
xx後見制度の利用者数14)は平成27年末時点で19.1万人,平成27年のxx 後見関係事件(後見開始,補佐開始,補助開始,任意後見監督人選任事件) の申立件数は合計で34ó782件となっており,近年徐々に普及が進んでいる。 また,申立人と本人との関係について,申立人は本人の子が最も多く(全体 の約30%,10ó445件),次に市区xxx(約17%,5ó993件)となっている15)。
民法上,後見開始の審判の申立てができるのは,本人,配偶者,四親等内の親族,未xx後見人,未xx後見監督人,保佐人,保佐監督人,補助人,補助監督人又は検察官に限定されているが,市区xxxにおいても,老人福祉法等の法律によって,65歳以上の者・知的障害者・精神障害者について,その福祉を図るため特に必要があると認めるときは申立てをすることができることとされている。これは,xx後見の保護を必要とする者が放置されないようにとの社会的要請に基づき認められたものであり16),近年,市区xxxx区xxxの審判申立件数が逓増傾向にあることは,少子高齢化のみならず,日本の家族構成の変化(独居者の増加等)等,社会環境の大きな変化を受けた結果といえよう。
12) 平成26年における任意後見監督人選任の審判の申立件数は738件,任意後見契約締結の登記件数は9ó791件であり,高齢化の進展状況や法定後見制度の状況に照らして,必ずしもその利用が進んではいないように思える。
13) 生命保険とxx後見制度に係る詳細な論考として,xxxx(2016)⽛生命保険の支払請求においてxx後見制度の利用が果たす機能 ⽝xx後見の社会化⽞と⽝本人の権利擁護⽞の視点から ⽜⽝生命保険論集⽞第194号。
14) 後見開始,保佐開始又は補助開始の審判がされ,現にxx後見人等による支援を受けているxx被後見人,被保佐人及び被補助人並びに任意後見監督人選任の審判がされ,現に任意後見契約が効力を生じている本人をいう。
15) 最高裁判所事務総局家庭局⽝xx後見関係事件の概況 平成27年⚑月~12月 ⽞。
16) xxx・xxxx・xxxx(2014)⽝xx後見制度 第⚒版⽞有斐閣 28頁。
xx後見申立ての動機について見ると,預貯金等の管理・解約が最も多く
(約2.9万件),次に介護保険契約(施設入所等のため)(約1.2万件)となっているが,保険金受取を動機とする申立ても一定行われている(2ó692件)。しかし,xx後見制度が必要と考えられるケースとして,例えば認知症患者数は,平成24年時点で約462万人,65歳以上高齢者の約⚗人に⚑人と推計されていることを踏まえると17),制度が必要な人々に対し十分に普及している状況とは言いがたい18)。
③生命保険会社等の取組み
このような社会情勢のもと,一部の生命保険会社19)では高齢社会の進行, 未婚率の上昇等にともない,保険金等の受取人が保険金等の請求手続きを行 える状況にないケースが今後増加することが想定されることを踏まえ,保険 金等の請求手続き時にxx後見人の選任を必要とされる保険契約者等に対し,法的な手続きのサポートを行なえる司法書士の紹介を取次ぐサービス⽛xx 後見制度サポート⽜サービスの提供を開始している。具体的には,保険会社 が公益社団法人xx後見センター・リーガルサポート20)と協定を結び,xx 後見人選任や任意後見契約締結の手続きを支援する司法書士の紹介を希望す る顧客に対し,リーガルサポートの紹介・取次を行い,リーガルサポートが
17) 厚生労働省⽛認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)⽜
(http : //www. mhlw. go. jp/file/04-Houdouhappyou-12304500-Roukenkyoku-Nin chishougyakutaiboushitaisakusuishinshitsu/02_1.pdf)
18) xx後見制度の利用の促進に関する法律が平成28年⚕月より施行されており,xx後見制度の利用の促進に関する施策を総合的かつ計画的に推進するとされ ている。
19) 例えば,第一生命保険は平成25年より当該取組みを開始している。
20) 日本司法書士会連合会が中心となりxx後見制度等を普及させることを目的として平成11年12月に設立された団体。各都道府県に⚑支部(北海道は⚔支部),合計50の支部を有し,約6ó600名の司法書士会員により組織されている。
司法書士を無料で紹介する仕組みである21)。
本サービスの開始は,保険金等の支払いという生命保険価値発揮のために顧客が対応せざるを得ないxx後見人の選定に係る審判申立て等の法的な手続きのハードルを低くし,よりスムーズに保険金等を請求してもらい,保険金等を有効に活用できる環境を整備するものと位置づけられる。
今後も継続して,後見制度やその他関連制度等に関する顧客への情報提供や新たな取組みの研究(例えば,xx後見制度の普及に関連し,信託業界においては後見制度支援信託が導入されている。また,市民後見制度の普及に向けた行政等の支援も積極的に展開されている。),社内事務ルールの整備や必要な見直し(例えば,後見人と後見監督人がある場合に後見監督人の同意が必要な手続きの明確化等)を進めていく必要があろう。
⑶ 指定代理請求制度
任意後見制度に類似する制度として,保険会社が独自に設けている⽛指定 代理請求制度⽜がある。当該制度は,入院給付金や手術給付金,高度障害保 険金等の請求権者である被保険者本人が,意思能力をなくし請求できない等 の事情がある場合に,予め保険契約者等が指定した代理人(以下,⽛指定代 理請求人⽜という)が被保険者本人に代わり請求を可能とする制度である22)。当該制度は,通常,指定代理請求特約を付加することで指定代理請求人の設 定を行うが,特約を付加することによる保険料の増減はない。また,関連し て,契約者からの申込み(無料)により,被保険者・受取人・指定代理請求 人等にも契約内容や手続き・契約維持等に必要な情報を案内することができ る制度に取り組む保険会社もある。
当該制度は,被保険者本人が,意思能力をなくし請求できない等の事情がある場合の制度であることから,被保険者と保険金受取人が相違する契約で
21) 各弁護士会や税理士会等もxx後見に関する法律相談窓口を設けている。
22) 平成11年以降,各社において代理請求特約が新設されている。また,xx,特約内容の改正が行われている。
保険事故が生じた場合において,死亡保険金の請求を行う保険金受取人が意思能力を喪失する場面には対応しない点は留意が必要であるが,簡易な手続きで,被保険者が保険金等を請求できないときに備えることを可能とする制度として意義あるものと評価されよう。
⚔.まとめ
生命保険会社にとって,保険金・給付金等の確実・迅速な支払いは最も基 本的かつ重要な機能である。また,高齢化の進展や IT 技術の一層の進歩等,社会情勢は刻々と変化することから,本論で紹介した金融 ADR 制度やxx 後見制度をはじめとする保険契約者等の権利保護に係る制度,生命保険会 社・生命保険分野の取組みは,継続して見直し・改善を進めることが肝要と なる。
例えば,保険会社においては,保険金・給付金の支払いに関して,保険会 社の説明・対応に納得いただけない顧客がある場合に,支払部門からの詳細 説明,支払部門とは異なる部門の専属スタッフや社外弁護士による相談制度 を実施するケースがある。このような取組みは,専門的・中立的な第三者か ら,保険金等の支払いに係る充実した情報提供を行うものであり,保険契約 者等が持つ疑問や不満の解消に大きく寄与する取組みと考えられる。また, 専門機関等との連携を通じて行う各種相談サービス提供の範囲を,保険金・ 給付金の支払い以外の場面にも拡張し,附帯サービスの一つとして,弁護士 会や医療機関等の専門家の協力を得て,日常生活全般における一般的な法 律・税務等に係る相談や参考情報の提供,健康や介護等に係わる相談サービ スの導入等に拡大していくことが考えられる。附帯サービスの向上によって,保険契約者等が簡易に法律・税務等に係る専門情報を入手する,あるいは安 価に専門機関に相談することができるとすれば,顧客満足の向上のみならず,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に資する取組みとなりうる。
更に,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に大きく貢献する可能性があると思われるものとしてマイナンバー制度がある。マイナンバー制度は
平成28年⚑月にスタートしたが,マイナンバー制度がわが国の社会インフラ として広く定着し,将来的に,社会保障・税分野といった公的分野に加え, 生命保険事業をはじめとした民間事業の領域にもその利用範囲が拡大すれば,保険契約者等の利便性が一層高められる可能性がある。すなわち,適切な情 報管理と顧客の同意を前提に,マイナンバー制度を利用した官民(行政機関 と保険会社との間で)の情報連携基盤が構築され,災害時はもとより平時に おいても行政が保有する最新の情報(安否情報や住所情報)等が保険会社に おいても利用できるようになれば,例えば,⽛顧客にとって必要な各種通知 物について,住所異動等が生じていても迅速・確実に届けることができる⽜,
⽛事務処理において顧客が対面や書面等で手続きする事項を簡易化・自動処理化し顧客の手続き負担を軽減する⽜,⽛安否情報を活用した保険金等支払いや保全サービスを従来以上に迅速・確実に実施することができる⽜等のメリットが想定される。また,マイナンバー制度とその他の ICT 技術を組み合わせることで,保険契約者等の現況に応じて必要・役立つ情報を,行政や保険会社から,プッシュ型で適時に提供し電子的に事務手続きを進めることができるようになれば,利便性は革新的に高まり,ひいては,紛争等の未然防止を推し進めることに繋がるであろう。
生命保険会社は,長期にわたる安心・保障を顧客に提供し社会保障制度を 補完する存在である。その役割を十全に発揮するためにも,高齢社会の進展, IT 技術の革新的な進歩等,社会情勢の大きな変化を見通し,引き続き,保 険契約者等の権利保護等に資する諸施策について取り組むことが期待される。
(筆者は第一生命保険株式会社勤務)
参考文献
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xxxx(2015)⽛生命保険契約をめぐる消費者紛争事案に係る裁判外紛争解決手続(ADR)の判断枠組みと解決技法⽜⽝生命保険論集⽞193号。
xxxx(2016)⽛生命保険の支払請求においてxx後見制度の利用が果たす機能 ⽝xx後見の社会化⽞と⽝本人の権利擁護⽞の視点から ⽜⽝生命保険論集⽞第194号。
金融審議会報告⽝金融分野における裁判外紛争解決制度(金融 ADR)のあり方について⽞2008年12月17日。
金融 ADR 制度のフォローアップに関する有識者会議⽛⽝金融 ADR 制度のフォローアップに関する有識者会議⽞における議論の取りまとめ⽜2013年12月17日。