Contract
オーディション合格を契機としたレッスン契約に係る紛争案件
報 告 書
(xxx消費者被害救済委員会)
平成30年5月
xxx生活文化局
xxxは、6つの消費者の権利のひとつとして、「消費生活において、事業者によって不当に受けた被害から、xxかつ速やかに救済される権利」をxxx消費生活条例に掲げています。
この権利の実現をめざして、xxxは、都民の消費生活に著しく影響を及ぼ し、又は及ぼすおそれのある紛争について、xxかつ速やかな解決を図るため、あっせん、調停等を行う知事の附属機関としてxxx消費者被害救済委員会
(以下「委員会」という。)を設置しています。
消費者から、xxx消費生活総合センター等の相談機関に、事業者の事業活動によって消費生活上の被害を受けた旨の申出があり、その内容から必要と判断されたときは、知事は、消費生活相談として処理するのとは別に、委員会に解決のための処理を付託します。
委員会は、付託を受けた案件について、あっせんや調停等により紛争の具体的な解決を図り、個別の消費者の被害を救済するとともに、解決にあたっての考え方や判断を示します。
この紛争を解決するにあたっての委員会の考え方や判断、処理内容等は、xxx消費生活条例に基づき、広く都民の方々や関係者にお知らせし、同種あるいは類似の紛争の解決や未然防止にご活用いただいております。
本書は、平成29年10月19日に知事が委員会へ紛争処理を付託した「オーディション合格を契機としたレッスン契約に係る紛争」について、平成30年5月23日に委員会から、審議の経過と結果について知事へ報告されたものを、関係機関の参考に供するために発行したものです。
消費者被害の救済と被害の未然防止のために、広くご活用いただければ幸いです。
平成30年5月
xxx生活文化局
第1 紛争案件の当事者 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 1
第2 紛争案件の概要 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 1
第3 委員会による処理開始と当事者の主張
1 申立人の主張 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 1
2 相手方甲の主張 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 2
3 相手xxの主張 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
第4 委員会の処理結果 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5
第5 報告にあたってのコメント
1 あっせん案の考え方について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5
2 同種・類似被害の再発防止に向けて ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 9
■資 料
1 申立人からの事情聴取 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 14
2 相手方甲からの事情聴取 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16
3 相手xxからの事情聴取 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 18
4 「オーディション合格を契機としたレッスン契約に係る紛争」処理経過 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 19
5 xxx消費者被害救済委員会委員名簿 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 20
申立人 (消費者)1人 20 歳代女性
相手方甲(事業者)1社 役務提供事業者
相手方乙(事業者)1社 個別クレジット事業者
第2 紛争案件の概要
申立人の主張による紛争案件の概要は、次のとおりである。
平成 29 年5月中旬、映画のメインキャスト募集と書かれた無料オーディションのサイトを見て、応募をした。サイトには、有名俳優を起用したことのある監督の映画にセリフのある役で出演できるとあり、合格すれば、そういう監督の映画にメインキャストとして出演できると思った。オーディションでは、20 人ほどで自己PRと演技をした。
翌日、電話連絡があり良い人材なのでやる気があるなら最終面談を行いたい、合格であれば契約をするから印鑑等を持って来るようにと言われた。約束の日に事務所へ行くと、来てもらった時点で合格だ、映画出演のためのレッスンを受けてもらうと、1年間のレッスン受講契約を勧められた。映画に出て有名事務所の目にとまればスカウトされるなどとも言われた。レッスン料約 70 万円は入学金が三分の二を占め、3年のクレジッ
ト払いの支払総額は約 95 万円だった。レッスンスケジュールと企画のパンフレットを渡され、監督がレッスンの講師を担当するから、監督に気に入られたら良い役がもらえるなどと説明された。あなたは主役の顔だと言われたことが嬉しくて、がんばりますと答え契約した。
xxxxの受講が始まる7月に入ってから、インターネットでこの企画の評判を調べ たところ、エキストラに近い役しかもらえない旨の書込みがあったため、やめたいと思 った。7月上旬に解約を申し出たところ、約款どおり入学金分を支払うよう求められた。消費生活センターのあっせんで請求額は半分になったが、一度もレッスンを受けていな いのでそれでも高いと思う。
第3 委員会による処理開始と当事者の主張
本件は、平成 29 年 10 月 19 日、xxx知事からxxx消費者被害救済委員会に付託され、同日、同委員会会長より、その処理が、あっせん・調停第二部会(以下「部会」という。)に委ねられた。
部会における事情聴取時の当事者の主張は、次のとおりである。
1 申立人の主張
(1) 演技に興味があり5月中旬インターネットで調べていると、メインキャスト募集と書かれた相手方甲の無料のオーディションを見つけた。ウェブサイトには、有名俳優を起用したことのある映画監督の作品にセリフのある役でデビューできるなどとあったので、受かったらそのような監督の映画にメインキャストとして出演できると思った。ウェブサイトには、レッスンに 72 万円が掛かるということは書いて
- 1 -
なかったと思う。応募したところ、翌日、電話があり、オーディションの日時が決まった。
(2) 当日、事務所に行くと 20 人ほど来ており、エントリーシートを書いた後、自己 PRと二人一組の演技をした。審査者にテレビドラマの監督をしたという人がいた。
(3) 翌日夕方電話があり、良い人材なので、もしこれから芸能活動をしていく気があるならば、最終面談をするので来てほしい、合格だったら契約するから印鑑等を持って来るようにと言われた。契約とはこれから映画に出るための所属のような契約だと思った。有料のレッスン受講契約のことはそれまで一度も聞いておらず、担当者からの連絡メールでも、この電話の時も話がなかった。
(4) 約束の日に事務所に行き、最終面談を受けた。エントリーシートを見ながら世間話をした後、来てもらった時点で合格だと言われた。映画に出ることは決まったから、出るためにレッスンを受けてもらう、レッスンの中で監督がメンバーを選ぶから、その監督の映画に出てもらうことになると言われた。どのような映画作品なのかも配役も決まっていなかったが、作った映画を映画祭に出すので、そこで他の芸能事務所の人の目にとまればスカウトされるようなことも言われた。面談の担当者にあなたは主役の顔だから重要な役がもらえるようなことを言われ、嬉しくて契約すると答えた。
(5) レッスンは7月から1年間で、代金が 72 万円と高額だったので驚いた。3年のクレジット払いで手数料込みの総額は約 95 万円になったが、バイトを週に1回増やせば大丈夫だなどと言われ、払っていけなくはないと思った。契約書の内容について、期間や費用などを説明されたが、あまり理解できていなくて、そのようなものかと思った。
(6) レッスンスケジュールと映画の企画のパンフレットを渡され、月十数コマあるから、出られるものにできるだけ出るようにと言われた。何人かで1本の映画を撮るという説明はなかった。監督は最後の方のレッスンに出て来るとのことなので、後半のレッスンにきっちり出ればよいかと思った。
(7) 翌日、クレジット会社から確認の電話があり、名前、住所、金額などを確認された。いろいろと聞かれ、中には意味が分かりにくい質問があったが、その内容を具体的に説明できない。
(8) 7月に入って、相手方甲のことをインターネットで調べてみたら、良くない書込みがあった。映画出演と言ってもほぼエキストラのようなもので、それでも映画に出たことになると書いてあった。エキストラと変わらないものに 100 万円近くも支払うのは嫌だったので、SNSでやめたいと伝えたら電話があり、事務所に手続に来るよう求められた。精算はどうなるのかを尋ねたが、来た時に聞くようにと言われたので心配になり、消費生活センターに相談した。
(9) 当初、入学金 48 万円は支払ってもらうと言われていたが、センターのあっせんにより、その半額でどうかと提案があった。しかし、一度もレッスンを受けていないので半額でも高いと思う。
(詳細は資料1のとおり)
2 相手方甲の主張
(1) 芸能界では、稽古やレッスンを受けていてもチャンスが回ってこないという新人
が多い。新人発掘のプロジェクトは、当社が制作する映画作品に、そのような新人をエキストラではなくセリフ付きのキャストとすることで、経歴となる映画作品への出演機会を与え、その作品を映画祭などで人に見せることを目的としている。当社ウェブサイトのオーディション応募者募集画面(以下「当社サイト」という。)に「出演決定すればエキストラではなく、しっかりとしたセリフ付きの役での映画出演をお約束」とあるのは、このことを指す。契約者は必ず映画に出すが、全くの素人もいるので演技のレッスンをする。その代金が 72 万円である。
(2) 当社サイトに、「多くの有名俳優・女優を起用した大御所監督作品に出演デビュー決定」、「今回のオーディション合格者には、彼らの監督作品への出演をお約束します」とあるが、これは大御所監督の作品に出られるという契約ではなく、当社で作る映画にキャストとして入れるという契約で、映画を作る監督たちは決まっているということである。当社では、監督がオーディションで審査し、契約者のレッスンを見て、各契約者の個性に合わせた脚本を書いてレッスンし、20 人程度のキャストで1本の映画を制作する。作品としての面白さよりも、新人に映画出演の経歴を与えることが目的である。レッスン期間は1年で、映画制作もその1年内を目途としている。
(3) 当社サイトに「次回、新作映画のメインキャストを大募集」や企画パンフレットに「映画のメインキャストとして活動、出演」とあるが、当社でいう「メインキャスト」とは、役名、セリフがあってカメラのスポットが必ず当たり、エンドロールに名前が載ることである。エキストラは名前すら載らないので、映画出演という経歴を書けるようにしているということである。1本の作品に出演する 20 人の中には主役と一番下の役の人とのランクはあり、そのことは契約時に説明している。しかし、一般にメインキャストというと主役やそれに準ずる役という委員会の指摘も理解できるので、修正の余地があるように思う。
(4) 当社サイトの「参加費も無料で映画デビューへの門を開けます」という記載については、そのとおりである。合格し当社の映画に出演する者が全員有料でレッスンを受けるわけではない。演技の技術を身に付けなければならない者に対して有料のレッスンを行っている。レッスン受講契約をせずに映画に出演する者は 20 人に一人くらいである。このように無料や半額の者がいるので、当社サイト上に 72 万円のレッスン料が掛かることを明示していない。また、オーディションに関して応募者へ送るメールでも同様の理由からレッスン料を明示していない。最初からレッスン料が掛かる旨を記載してしまうと、良い人材が集まらない可能性がある。ただし、その点が問題であれば改善を検討したい。
(5) レッスン受講生は、毎月受け入れている。レッスンの定員は 10 人から 20 人程度である。在籍の定員は、監督のスケジュールから映画を制作できる数ということになるが、現状では 200 人から 300 人が限界である。
(6) 解約に関して、8日間の無条件解約を定めたクーリング・オフ条項を弁護士の助言で設けている。中途解約も受けている。入学金、受講料にかかわらず一切返金しないで、それどころか解約金を取る事務所もあると聞くが、当社の場合は、未受講の受講料は返金する。レッスンから映画の制作費用を全て入学金と受講料でまかなっているため、途中で抜けられると困るという点も含めて、入学金 48 万円を返金しないと定めている。
(7) 本件の勧誘に関して、面談を担当した者は、映画も配役もまだ決まっていないので、主役とは断言していない。20 人の中にランクがあること、上に行きたいという気持ちが必要であることなどを説明している。説明にあたっては、絶対と断言しないように指示している。
(8) 本件では、クーリング・オフ期間経過後、レッスン開始前に申立人から解約申出 があった。当社の実費負担としては、クレジット会社への手数料が掛かっているが、クーリング・オフ期間を設け、その期間経過後には契約を履行する準備に入り、ま た、欠員が生ずれば対応も必要であるなど、手間も経費も掛かるという事情がある。これらの点を考慮してほしい。
なお、委員会からxxなあっせん案が示されれば従うつもりである。
(詳細は資料2のとおり)
3 相手xxの主張
(1) 通常、スクールやレッスンなどの役務が特定商取引法(以下「特商法」とい う。)の規制対象であれば、どのような役務か注意をし、店舗確認も含め調査する。しかし、相手方甲(以下、この節では「本件加盟店」という。)の提供する役務は、演劇のレッスンであり、特商法対象役務に該当しないと当社は認識している。役務 内容について、講師、時間割などのレッスン資料で確認している。
(2) 本件加盟店は生徒募集の広告を行っているとの認識であり、オーディション雑誌にも生徒募集の広告を出しており、提出を受けている。
(3) 当社の業務には、本件加盟店の行っているオーディションは関係がないと考えている。本件加盟店の勧誘方法に興味はなく、オーディションを開催してスクールの契約をしていることは知らない。本件加盟店のウェブサイトを当社の担当者がチェックしたかどうかはわからない。
(4) 本件加盟店が映画出演を約束しているというが、当社は申立人への電話確認で、
「契約書に書かれている以外で何か約束事はありますか」と付帯役務の有無を確認している。申立人はないと回答していることから、スクール以外の付帯役務はないと考えている。
(事務局注:クレジット契約書には付帯役務が無い旨の記載があるが、本件加盟店の契約書には、レッスンと映画出演について記載がある。)
(5) 申立人は学生であり、アルバイト収入 60 万円、仕送り 140 万円余、合計 204 万円の収入として与信審査した。年間支払額が個別支払可能見込額を超過していない。与信期間は役務提供期間を超えているという指摘だが、そのようなことはエステなどにおいても普通にある。
(6) 中途解約件数が契約件数の一定割合に至ると調査を開始するが、本件加盟店の中途解約割合は、そこまで至っておらず、調査をしていなかった。
(7) 本件加盟店に係る当社と申立人の個別クレジット契約については、消費生活センターからの問合せがあり、支払い停止の処理をした。本件加盟店に事実確認し、申立人への説明不足が判明したため、早期解決を依頼した。本件加盟店から立替金の返還と経過手数料の支払いを受けており、申立人との間に債権債務はない。このことについて、当社から申立人へ通知は行っていないが、希望があるならば申立人にその旨通知する。
(詳細は資料3のとおり)
第4 委員会の処理結果
部会は、平成 29 年 11 月 17 日から平成 30 年3月7日までの6回に渡って開催された。
(処理経過は資料4のとおり)
部会において、あっせん案を作成し、申立人及び相手方甲へ提示したところ、双方が受諾したので解決した。
合意書の内容は、次のとおりである。
1 申立人と相手方甲は、本件レッスン受講契約が平成 29 年7月9日付の申立人による
申出により解除されたことを確認する。
2 申立人と相手方甲の間には、本件に関して、相互に何ら債権債務関係のないことを
確認する。
第5 報告にあたってのコメント
1 あっせん案の考え方について
本件は、映画出演についてのオーディションに関するウェブサイトを見てオーディションに参加した申立人が、その後行われた最終面談に際してオーディションの合格を告げられ、その場でレッスン受講契約を締結したものの、のちにその契約について解約の申出を行ったという事案である。本件契約に関する法的問題について、以下、 (1)特商法上の問題点、(2)消費者契約法上の問題点、(3)クレジット契約に関する問題点の3つに区分して、xx検討する。
(1) 特商法上の問題点
ア アポイントメント・セールスへの該当性
本件においては、まず、本件における勧誘方法がアポイントメント・セールス
(特商法2条1項2号)に該当するかが問題となる。
この点に関し、申立人は、平成 29 年5月中旬に相手方甲のウェブサイト内のフ ォームからオーディションへの応募を行っている。相手方甲のウェブサイトのオー ディション応募画面には、「多くの有名俳優・女優を起用したxxx監督作品に出 演デビュー決定」、「次回、新作映画のメインキャストを大募集」、「今回のオー ディション合格者には、彼らの監督作品への出演をお約束します」、「出演決定す ればエキストラではなく、しっかりとしたセリフ付きの役での映画出演をお約束」、
「参加費も無料で映画デビューへの門を開けます」といった表示があり、他方、オーディション合格者であっても映画出演のためには原則としてレッスン受講契約が必要となることについての表示はなされていなかった。また、オーディションの翌日に相手方甲の担当者から電話で最終面談の案内を受けた際にも、「映画に出るには、期間 1 年、金額 72 万円のレッスン受講契約が必要である」との説明はなかっ
たものと認められる(相手方甲から申立人へ送付されたメールにも、その旨の記載はない)。申立人は、最終面談のために事務所に出向いた際に、映画に出ることが決まったと告げられた後、72 万円のレッスン受講契約に関する説明を初めて受けて、レッスン受講契約の代金が高額だったので驚いたと述べている。
以上の本件事実関係を踏まえると、本件では、ウェブサイトでの表示に基づい たオーディションへの応募及び参加がなされた後に、最終面談に関して電話にて来 訪の要請がなされているところ、電話での来訪要請の段階まで一貫して、レッスン 受講契約の締結について勧誘するための意図や目的があることが告げられていない。したがって、本件契約は、相手方甲の営業所にて締結されているものの、契約締結 に関する勧誘の意図及び目的を告げない上での電話での来訪要請に基づいて締結さ れたものであり、不意打ち的な勧誘の要素が非常に強く、アポイントメント・セー ルスとして特商法2条における「訪問販売」に該当するものと認められる。なお、 ウェブサイトでの表示・広告については、特商法施行令1条1号所定の呼出手段に は含まれてはいないため、これによって販売目的を告げずに呼び出した場合には特 商法2条1項2号の適用対象となる「特定顧客」には該当せず、訪問販売に関する 規制は及ばないことになるが 1、本件においては、電話での来訪要請の段階におい ても契約締結に関する勧誘の意図及び目的が告げられていないため、アポイントメ ント・セールスに該当するものと判断される。
x 故意による事実の不告知による取消し(特商法9条の3)
アポイントメント・セールスとして特商法の規制対象となる勧誘行為が行われた場合、不実告知(特商法6条1項)や故意による事実の不告知(同2項)による誤認があったと認められるときは、当該契約の取消しを主張できる(特商法9条の
3第1項1号、2号)。
本件では、申立人は、相手方甲のウェブサイト画面の表示を見て、有名映画監督が監督する映画に、セリフのあるメインキャストで出演できると思ったと述べている。また、最終面談の際に、相手方甲の担当者から、「あなたは主役の顔だ」などと告げられたとも述べている。これらにより、申立人は、メインキャストで映画に出演できると判断して、その点を役務内容に含むレッスン受講契約の締結をしたと認められる。この点に関し、相手方甲からは、映画に主役として出演できることを契約締結に際して担当者が断言することはないと主張されているが、主役での出演を断言していないとしても、担当者が申立人に対して「あなたは主役の顔だ」と述べながら、映画に出る 20 人程度の出演者のうちの一人でしかないことを明確に
1 xxxx=xxxx=xxxx『条解 消費者三法』(弘文堂、2015 年)261 頁。なお、継続的な接触関係の後に契約締結の勧誘がなされた場合でも、特商法施行令 1 条 1 号に規定する来訪要請手段に端を発した一連の行為の結果として勧誘がなされた場合には、アポイントメント・セールスに該当するものと解される。この点に関し、平成 28 年特商法改正に伴う通達(特定商取引法に関する法律等の施行について(通達)〔平成29 年11 月 1 日〕)によれば、特商法施行令 1 条 1 号に規定する方法で呼び出した者に対し、対面で再度、別の日に特定の場所へ来訪することを要請する行為については、それ自体をもって直ちに本号に該当するとは言えないものの、勧誘する意図を一切告げないまま、来訪要請を継続的に行った場合は本号に該当することとなる、と述べられている。
告げていないことについては、本件における事実関係として認定できる。
以上に鑑みると、本件契約における役務の内容である映画でのメインキャストとしての出演に関し、実際にはレッスン生 20 人で作成する映画の出演者のうちの一人であって必ずしも主役又は準主役になれるとは限らないこと、メインキャストと相手方甲が述べる役柄においてもセリフがほとんどなくエキストラに等しい役しかもらえない場合もあることという重要な事実について、契約締結の勧誘に際して相手方甲は申立人に告げていなかった。したがって、役務の内容に関する事項(特商法6条1項1号)について事実の不告知及びそれに関する誤認があったものとして、申立人は意思表示の取消しをすることができるものと認められる。本件では、申立人は7月9日付で相手方甲に対して本件契約を解約する旨通知しており、この解約通知は本件契約に関する取消しの意思表示を含むものと解されるため、以上の解約通知をもって本件契約は取り消されたものと認められる。この取消権行使の効果として、当事者は不当利得返還義務(民法 703 条)を負うことになるが、申立人はレッスンの受講を開始しておらずまた受講料についても未だ支払われていないことについて当事者に争いはなく、相互に返還すべき現存利益はないものと考えられる。
ウ クーリング・オフ(特商法9条)
アポイントメント・セールスとして特商法の規制対象となる場合、特商法所定 の事項を記載した書面の交付が事業者に義務付けられ(特商法4条、5条)、その 書面の記載内容が法定事項を満たしていない場合は、クーリング・オフ(特商法9 条)の起算日が開始せず、消費者はその後もクーリング・オフをすることができる。
本件契約書面を見ると、本件契約における役務の内容を特定する上で必要とな る事項(例えば、レッスンに基づく映画出演では、主役となる可能性はあるものの、基本的には 20 人程度の出演者うちの一人としての出演となること)についての十 分な記載がなされておらず、また8ポイント以上の活字での記載という要件も満た していないように見受けられる。
本件において、故意による事実の不告知による取消し(特商法9条の3)が認められる限りはクーリング・オフの可否は問題とはならないものの、特商法上の行為規制としての書面交付義務は、消費者に対する適切な情報提供のための重要な要請であり、この点に関する法令の遵守が強く求められる。
(2) 消費者契約法上の問題
ア 不利益事実の不告知による取消し(消費者契約法4条2項)
なお、本件契約がアポイントメント・セールスに該当せず特商法の規制対象とならないとしても、消費者契約法4条2項の不利益事実の不告知に該当する限り、以上の規定に基づく意思表示の取消しが認められる。
この点に関しては、特商法9条の3における故意による事実の不告知との関係において指摘した事実関係(本件契約における役務の内容である映画でのメインキャストとしての出演に関し、実際にはレッスン生 20 人で作成する映画の出演者のうちの一人であって必ずしも主役又は準主役になれるとは限らないこと、メインキャストと相手方甲が述べる役柄においてもセリフがほとんどなくエキストラに等しい
役しかもらえない場合もあるという重要な事実について、契約締結の勧誘に際して 相手方甲は申立人に告げていなかったこと)に鑑みれば、重要事項に関して、申立 人に、映画への出演が決まったと利益になることを告げる一方、上記の不利益とな る事実を故意に告げなかったものとして、申立人は不利益事実の不告知(消費者契 約法4条2項)による意思表示の取消しを主張することができるものと認められる。この場合の効果に関しても、特商法9条の3における故意による事実の不告知が認 められた場合と同様、当事者は不当利得返還義務(民法 703 条)を負うことになる ものの、相互に返還すべき現存利益はないものと考えられる。
イ 入学金の不返還特約条項について
本件契約書面においては、「クーリング・オフ期間経過後、中途解約については、既に支払い済みの入学金は返還できません。(入学金は、本校に入学し得る地位を 取得することへの対価であるため)」との条項が定められている。
本条項の意義に関しては、中途解約がなされた場合における返還義務の範囲について定めたものであって、特商法上又は消費者契約法上の取消権の行使によって意思表示が取り消された場合においてもなお入学金について返還義務を負わない旨定めたものと解することはできない 2。したがって、本件のようにその意思表示が取り消された場合には、本条項の適用の余地はなく、入学金が支払い済みであったならば、不当利得として事業者はこれを返還する義務を負うことになる。
なお、本件事案と異なり、特商法上又は消費者契約法上の取消権等が認められない場合には、本条項の効力についていかに解するかが問題となる。この点に関し、本件レッスン受講契約における「入学金」の法的性質が、大学の在学契約における入学金のように、入学し得る地位を取得する対価の性質を有するものとして、中途解約に際しての返還義務が否定されるべきものであるならば、本件レッスン受講契約における「入学金」の不返還特約については、「入学金」の返還義務の不存在という法的帰結について確認する趣旨の定めとして理解されることになる(最判平成 18 年 11 月 27 日民集第 60 巻9号 3437 頁参照)。しかしながら、上記最高裁判決において、大学の在学契約における入学金について、大学に入学し得る地位を取得する対価の性質を有するものとして中途解約時における返還義務が否定されたのは、まさに大学の在学契約の特殊性に基づいた取扱いに他ならない。すなわち、大学の在学契約は、大学教育に関する役務や施設利用の提供とそれに対する対価の支払い
2 契約に関し錯誤無効が主張された場合における不返還特約の効力につき、大学院の在学契約の予約に関する錯誤無効を認めた名古屋地判平成 19 年3月 23 日判時 1986 号 111 頁では、既納の授業料、入学料、入学検定料及び学位審査料については還付しないとの規定に関し、「民法 95 条の適用を排除する旨定められたものであるとか,在学契約の予約の要素に錯誤があり,その意思表示が無効とされた場合においても,なお,被告が返還義務を負わない旨定めたものであると解することはできない。」と判示し、入学金に関する被告(大学)の不当利得返還義務が認められている。また、ライセンス契約に関する錯誤無効が認められた東京地判平成 27 年9月 30 日(LEX/DB文献番号 25531757)では、イニシャル・ライセンスフィーにつき、本契約の中途解約による終了その他いかなる理由によっても一切返還されない旨の条項が置かれているものの、「同契約自体が、意思表示の瑕疵により無効となる」として、イニシャル・ライセンスフィーについての返還義務が認められている。
を中核的な要素としつつも、部分社会を形成する組織体である大学の構成員としての学生の身分を取得して大学の包括的な指導、規律に服するという側面や、大学における教育、研究の目的やその公共性から教育法規等によって規律され取引法の原理にはなじまない側面も有するなど、複合的な要素を有しており(前掲最判平成 18 年 11 月 27 日参照)、教育やレッスンを提供する契約一般と同列に論じることのできない特殊な性質を有しているため、その性質に基づいて中途解約時における返還義務が否定されることになる。それに対し、本件レッスン受講契約は、教育基本法上の学校による教育役務の提供とは無関係であり、実質的に見ても、オーディションに応じて毎月新たなレッスン生が契約し受講を始める本件レッスン受講契約における入学金が、契約書の記載のように「入学し得る地位を取得することへの対価」としての性質を有するものと認めることは困難である。したがって、本件レッスン受講契約における「入学金」は、中途解約に際してその返還義務が当然に否定される性質を有するものではなく、その不返還特約については、中途解約に際しての損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有する(したがって、その効力に関しては消費者契約法9条による規律が妥当する)ものと解される。そのため、本件レッスン受講契約に関して、その中途解約に際し支払い済みの「入学金」があったとすれば、その取扱いについては、消費者契約法9条により、当該契約と同種の契約の解除に伴って事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えない範囲において、その不返還特約の効力が認められることになる。
(3) クレジット契約に関する問題点
最後に、本件クレジット契約における問題点について述べておく。本件に関する意見聴取の際に、相手方乙クレジット会社は、相手方甲が提供している役務はレッスンであると認識し、オーディションなどの勧誘過程やレッスン生が出演する映画制作のことは知らない旨主張していた。この点、クレジット契約に関する書面においても付帯役務が無い等の記載がなされており、役務の内容や勧誘方法について相手方甲から相手方乙へ正確な情報が伝えられていなかった可能性は否定できない。クレジット契約の締結過程の適正化のためには、役務の内容や勧誘方法に関する正しい情報がクレジット会社に伝えられることが重要であり、またクレジット会社の側としてもより正確な実態把握に努めることが求められよう。
2 同種・類似被害の再発防止に向けて
(1) 消費者に対して
ア オーディションという誘引・勧誘手法について
本件において、契約のための誘引・勧誘手法は、オーディションであった。インターネット上には、オーディション情報が溢れている。しかし、消費者は、オーディションの実態を知る由もない。
実際に興業する演劇や映画の出演者を募集するオーディションでは、多くの経験者、俳優がオーディションに挑み、選ばれて出演している。しかし、素人でもよいとするオーディションでは、演技ができないことが前提となっているので、何らかのレッスンを必要とすると考えなければならない。その場合のレッスンが有料であるか否かは、消費者も確認することが重要である。
また、オーディションに参加する場合には、何のオーディションなのか、よく 確認することが必要であろう。例えば、本件のように映画に出演するといっても、どのような映画に出演するのか、その内容を知った上で、どの役のオーディショ ンをしているのか確認することが必要である。もし、その映画がポルノ映画やア ダルトビデオであったりするならば、オーディションに応募しなかったのにとい うことにもなりかねない。
そして、どのような作品か、その中のどの役なのかが不明なオーディションの場合は、どの役に選ばれるかは監督次第という結果に終わることも予想される。
結果として、消費者は、どのオーディションに応募するかを検討する際には、作品が定まっており、役に対しての出演者募集であること、未経験者の場合はレッスン料の有無が明確に記されていること、その他出演までの過程についても記載されていること、を事前に確認することが、自身を守ることになるので、十分留意すべきである。
イ 映画出演について
映画監督は、素人を用いて映画を撮ることもあるが、そのような手法を取るという明確な計画がなければ、通常は、演技のできる俳優を採用すると考えるべきである。
映画撮影は、監督と俳優とカメラマンだけで足りるのではなく、脚本家、照明、助監督、道具係、タイムキーパー及び編集など、著名な監督になればなるほど大人数になり費用が掛かる。このような費用を全て事業者が負担して素人である消費者を使うというのであれば、その費用に見合う収益がなければならない。
消費者が素人にもかかわらず映画出演できるとすれば、興行収益を見込めないものとして、その費用を一部負担する可能性を考えることができるであろう。
もちろん、学校の映画研究会程度の人数と予算で撮影するとしても、誰かがフィルム代などを支払わなければならない。
このような基本的な映画撮影の知識があると、素人をウェブサイトで募集し無料 デビューさせる映画を制作するというのであれば、映画撮影の練習にすぎないとか、映画といっても質の低いものかもしれない、ということまで考えることができる。 場合によっては、むしろ出演することが経歴上傷になる作品であることもあり得よ う。
消費者は、モデルになりたいとか、女優になりたいという考えを持っているのであれば、映画業界の実情も調査し、女優がどのようにして女優になっていくのかを調べてから、上記のような視点でオーディションを選択し、挑戦することが成功につながるのではないかと思われる。
ウ レッスン料について
本件契約では、申立人は一度も受講していないので、その質については知ることができないし、入学金と受講料合わせて 72 万円(クレジット払いでは支払総額
約 95 万円)という額が、1年間のレッスン対価として高額か否かについては判断できない。しかし、消費者にとっては自己のアルバイト収入(60 万円)からすると高額であることは間違いない。
消費者は、レッスンが自分に合ったものかを事前に体験できるなど、レッスンの質を確認することができない場合は、契約はせずにおくという選択肢を自己の中に持つことも必要であろう。
また、本件契約では、自己の収入からは大変高額なレッスン受講契約の一部として、映画一本への出演が含まれる一つの契約となっている。消費者は、レッスン料等について事前の十分な説明がないのであれば、映画出演できるということですぐに契約に応じてしまうのではなく、一度退席して他の友人や親に相談してから回答するという慎重姿勢が望まれる。
(2) 役務提供事業者に対してア 勧誘方法の問題点
事業者は、消費者に対し、契約内容を分かりやすく説明するなどの責務がある
(消費者基本法5条)。
同責務として、事業者は、第一に消費者の安全及び消費者との取引における公正を確保し、第二に消費者に対し必要な情報を明確かつ平易に提供すべきであり、第三に消費者との取引に際して、消費者の知識、経験及び財産の状況等に配慮すべきである(同5条1項1から3号)。
本件では、広告等においてメインキャストと表示しながら、実際には主役か端役か決まっておらず、契約書面に「映画出演」とだけ記載していることに問題があった。映画出演において主役と端役とでは全く意味合いが違ってくるのだから、このような情報提供を行った場合は、故意に重要事項を告げないと評価されても仕方がない。
また、契約以前に、ウェブサイト上で「参加費も無料で映画デビュー」と広告して広くオーディションという形式で契約者を募集し、オーディション応募時にレッスン料について明らかにしないという勧誘方法は、消費者に支払う金銭はないと誤認させる勧誘方法である。広く応募者を集めたいという事業者の要望を肯定するとしても、係る勧誘方法を取るのであれば、事業者は、遅くともオーディション時にはレッスン料を必要とすることを告げるべきである。また、オーディションによる選定が何人中何人選ばれるものであるかや過去の倍率実績も明らかにするべきである。そうすれば、例えば、消費者がどの程度の倍率を突破できたのか理解できて、主役になる確率も理解できる有益な情報となるであろう。
イ アポイントメント・セールスの問題
本件では、レッスン受講契約締結という目的を告げずに消費者を呼び出してい る点で、アポイントメント・セールスに該当する。事業者は、勧誘時にレッスン受 講契約目的を明らかにしない場合は、特商法の適用があることに留意すべきである。
ウ 消費者契約法遵守義務
契約内容に解約違約金を定める場合には、事業者は、消費者契約法9条1号の趣旨及び学納金訴訟の最高裁判例を十分に理解した上で、入学金を違約金として設定する場合にも無効となる部分を生じさせないように金額の検討を行わなければならない。
エ 映画制作過程についての説明義務
最後に、本件契約は映画出演を含む契約であることから、どの監督が脚本を書くのか、スケジュールがどうなっているか等の正確な情報を消費者に提供することが求められる。消費者にも今後の予定もあるのであって、レッスンを受けていれば監督が選んでくれるというだけでは、いつ頃撮影に入り、いつ頃終わるかという見通しを持つこともできない。そもそも、映画出演契約というのは、作品名、監督名、配役名が全て明らかになって初めて成立するものである。具体的な役務が定まらない役務契約は、成立さえしていないともいえる。したがって、事業者は、オーディションをして映画出演をさせる契約をするのであれば、契約の中に上記を明記することが求められる。
(3) 個別クレジット会社及び事業者団体に対してア 個別クレジット会社に対して
本件において、都内在住の申立人は、都内に所在する相手方甲と、映画出演を役務内容に含むレッスン受講契約を締結し、相手方甲を加盟店とする相手方乙と個別クレジット契約を締結していた。相手方乙は、地方に本社を置くことから、当委員会の事情聴取の要請に対して、出席には応じたものの、電話会議でできないのか、わざわざ出席する必要があるのかと意見を述べた。しかし、個別クレジット会社の本社が遠方に所在していようと、加盟店が都内で個別クレジット契約を締結し実際に消費者トラブルを生じさせていたのだから、これらの消費者契約に関して誠実に対応することは、同様のトラブル防止のためにも、当然求められるべきと考える。また、個別クレジット会社は割賦販売法に基づき特商法の規制対象となる取引類 型の加盟店の事業内容や勧誘行為等について調査義務が課されているが、相手方乙は、特商法規制対象の取引類型であるか否かは加盟店の申告によるとし、対象ではないとの申告に基づき調査を行っていないと、加盟店管理義務を放棄しているかの
ような言動がみられた。
さらに、中途解約件数が契約件数の一定割合に達すれば苦情調査をするというが、契約件数にはよるものの、数パーセント中途解約件数があれば独自の調査をするク レジット会社が存在するなかで、十分な調査体制をとっていないとも考えられる。
個別クレジット会社は、加盟店契約をすることにより事業を拡大し収益を上げているのであるから、消費者に対して禁止された勧誘をしていないかなど加盟店の行為については、一層の管理及び定期調査を行い、また、関係行政との連携、連絡も密にするべきである。
イ 事業者団体に対して
相手方乙は、インターネット上で誰でも見ることができる加盟店の広告や、クレジット契約書面に添付することとされている加盟店契約書面に記載されていた契約内容について、「知らない」と述べていた。
個別クレジット会社による与信が大きな消費者被害を引き起こし、割賦販売法の改正に至ったことは記憶に新しい。事業者団体においては、こうした事例が何故起きるのかを研究し、会員クレジット会社に対して、適切な助言や注意喚起に努
めてほしい。
(4) 行政に対して
ア 若者に対する継続的な注意喚起と成年年齢引き下げに関する保護策
モデル・タレントデビューをうたって高額なレッスン受講契約等をさせるという勧誘形態による消費者トラブルは、当委員会にも度々付託されている。実態のないデビューで誘い、望まないレッスン受講契約をさせるというのであれば、そのようなことがあってはならない。このような消費者トラブルは、18 歳から 22 歳程度の若者に多くみられることから、継続的な注意喚起、啓発が必要である。
また、成年年齢の引き下げによって、現在は未成年者取消権で対応できる 18 歳
から 20 歳未満の消費者に対する保護に欠ける結果となるのであるから、夢に向かって頑張る若者に対する保護策を具体的に策定すべきである。
イ モデル・タレント関連の消費者契約に係る適切な相談対応
モデル、タレント、俳優、歌手等のオーディションに関連する契約の誘引・勧誘に係る消費者トラブルを分析し、一方的に不利益であったり、不当に消費者を契約により拘束したりする条項について、適切な相談対応ができる体制をとることや適時に注意喚起することを求めたい。
申立人からの事情聴取
項目 | 内容 |
契約の きっかけ | ・演技の経験やキャリアはないが、小さいころから女優に興味があった。 ・就活を控えて、挑戦するなら今しかないと思った。 |
相手方甲のウェブサイト画面 | ・5月中旬、相手方甲のウェブサイトで、映画のメインキャスト募集と書かれた無料オーディションを見つけた。有名俳優の映画を監督したことのある監督の映画にセリフのある役でデビューできるなどと書いてあった。有名俳優の映画の監督だったので、大丈夫な話だろう、そのような人が監督する映画にメインキャストとして出演できると思った。おカネが要ること、すなわち 72 万円のレッスン契約 のことは書いてはなかったと思う。 |
応募 | ・ウェブサイトの応募フォームに入力して応募した。翌日、電話があり、オーディションの日時が決まった。無断欠席するとキャンセル料が掛かると言われた。 |
オーディション | ・相手方甲の事務所に行くと 20 人ほど来ていた。 ・エントリーシートを書いた後、自己 PR と二人一組の演技をした。審査者は相手方甲の社長とテレビドラマの監督をしたとかいう人だった。 ・オーディションの終わりに、もし合格なら今日か明日までに連絡する、普通落ちるから受かることは奇跡だと言われた。 ・他の参加者との交流を禁じられたので誰とも話さなかった。オーディションは初めてなのでそういうものかと思った。 |
最終面談の連絡 | ・翌日夕方電話があった。良い人材なので、もしこれから芸能活動をしていく気があるなら、最終面談をするので来て欲しいと言われた。 ・最終面談で合格だったら契約するから印鑑と筆記用具を持って来るようにとも言われた。契約とは、これから映画に出るための所属のような契約かと思った。 ・オーディションの時もこの電話の時もおカネが掛かるという話はなかった。担当者から届いたメールにもおカネが掛かることは書かれていなかった。おカネが掛かるという話は、行って説明を受けるまでなかった。 |
最終面談 (1) 勧誘 | ・相手方甲の事務所で、担当者と面談した。 ・オーディションの時に書いたエントリーシートを見ながら世間話をした後、来てもらった時点であなたは合格だと言われて、驚いた。 ・映画に出ることは決まったから、そのために1年間レッスンを受けてもらう、その中で監督がメンバーを選ぶから、選ばれた監督の映画に出てもらうと言われた。報酬の話はなかった。受講者何人で映画一本作るという説明もなかった。 ・映画といっても、どのような映画なのか、監督も配役も決まってなかった。全国配給されるものではなく映画祭などに出す、そこに他の有名事務所の人が来るから、目にとまればスカウトされるなどと言われた。映画祭といっても小さなもののようだった。担当者にあなたは主役の顔だから重要な役がもらえるというよう なことを言われたのが嬉しくて、がんばりますと答え契約することにした。 |
最終面談 (2) 契約 | ・レッスン料の具体的な金額はその後に出て来た。72 万円と聞いてめちゃくちゃ高いと思った。3年のクレジット払いにすると手数料込みで約 95 万円ということだ った。かなり高いと思ったが、担当者からバイトを週に 1 回くらい増やせば全然大丈夫だよみたいなことを言われ、月々払っていけなくはないと思った。 ・契約書の項目、期間、費用、契約金額など、担当者から次々説明を受けた。あまり理解できなかったが、そのようなものかと思った。レッスン代のうち入学金が 48 万円だった。解約の説明は受けた記憶がない。 ・クレジット契約は、右側の条件欄は全部担当者が書いてくれた。左側の欄も名前 |
と住所を除き、アルバイト収入やどのくらい仕送りをもらっているかを担当者に 聞かれ、じゃあこのぐらいの金額だねと、担当者から言われたとおりに書いた。 | |
最終面談 (3) レッスンの説明 | ・レッスンは 7 月から 1 年間。レッスンスケジュールと映画の企画のパンフレットを渡されて、月に十数コマあるから、出られるものにできるだけ出るようにと言われた。 ・最初のレッスンは基礎的なことだが、最後の方に監督が出てくるから、そのレッスンに出た時に監督にいいなと思われたらその監督の映画に選ばれる。選ばれないことはなく、どこかには入れてもらえるということだった。 ・来年になれば授業もバイトも楽になるから、後半のレッスンにきっちり出ればよ いかと思った。 |
クレジット会社からの電話 | ・翌日、電話があった。名前、住所、金額などを確認された。 ・意味が分かりにくい質問があったが、その内容を具体的には思い出せない。自分の答えが自分に不利にならないか考えながら答えた。 |
解約の申出 | ・レッスン開始月の7月になって、もう一回、企画の詳細や評判を調べておこうとネットで調べたら、あまりいい書込みがなかった。 ・映画出演と言ってもほぼエキストラに近い役しかもらえない、それでも出たことにはなるみたいなことが書いてあった。 ・エキストラと変わらないのならば、100 万円近くも支払うのはいやだと思い、相手方甲に SNS でやめたいと伝えたら、電話があり、やめる手続きをしに事務所に来るよう求められた。おカネのことはどうなるのか支払わなくて済むのか尋ねたら、来た時に担当の人に聞くように言われたので、そのまま行くのは嫌だなと思 って消費生活センターに相談に行った。 |
申立人の希望 | ・センターのあっせんで、契約約款では返金しないとされていた入学金 48 万円の半額を支払うことで解約を認めるとの提案があった。しかし、一度もレッスンを受けていないのに高いと考える。 |
相手方甲からの事情聴取
項目 | 内容 |
企画の意義 | ・芸能界では、新人には、稽古やレッスンはしているがどこにも映画に出たことがない、チャンスが回ってこないという人が多い。 ・当社の新人発掘のプロジェクトは、最初から監督に来てもらい、監督が見ていいと思う人を、エキストラではなくセリフ付きキャストとして、当社が制作する映画作品へ出演させる。新人に経歴となる出演機会を与えるものである。 ・有名になるかは分からないが、そういう新人に映画に出る場を与えることが大事で、地方の映画祭などで見てもらい受賞するなど評価されれば次につながる。出なければ評価もされず次にもつながらない。 ・契約者は必ず映画に出すが、全くの素人もいるので演技のレッスンをする。その レッスン代が 72 万円である。 |
オーディション | ・応募書面だけでは判断しきれないので、基本的にオーディションに来てもらい対面で判断する。 ・オーディションでは、実技の動画を撮っている。それを監督及びキャスティングに関わる関係者全員で見て合否を審査する。 ・通過するのは一割くらい。監督、出演人数枠など作品を作るキャパとの関係で、契約者は月 20 人前後である。 |
映画の制作方法 | ・当社では、監督がオーディションで審査し、契約者のレッスンを見て、各契約者の個性に合わせた脚本を書いてレッスンし、20 人程度のキャストで一本の映画を制作する。作品としての面白さよりも、新人に映画出演の経歴を与えることが目 的である。 |
メインキャストとは | ・当社の企画パンフレットに映画のメインキャストとして活動、出演とあるが、メインキャストとは、役付きでセリフがあってカメラのスポットが必ず当たることである。ただ、主役とそうでない人と 20 人の中にランクはある。主役と 20 人のうちの一番下の役とはセリフの量は違うしスポットが当たる数が違う。そのことは契約の際に必ず説明している。 ・エキストラとメインキャストの一番下のランクとの違いは、セリフがあり役がありエンドロールに名前が載ることである。エキストラは、その他大勢であり、名前すら載らないので、映画出演という経歴を書けるようにしている。 ・一般にメインキャストというと主役やそれに準ずる役とのことではないかという 委員会の指摘も理解できるので、修正の余地があるように思う。 |
ウェブサイトの記載 | ・参加費も無料で映画デビューの門を開けるというウェブサイトの記載については、そのとおりであり、記載している内容に誤りはない。 ・また、大御所監督作品に出演デビュー決定、彼らの監督作品への出演を約束とあるが、それはその監督の作品に出られるという契約ではなく、当社で作る映画にキャストとして入れる契約ということで、映画を作る監督たちは決まっている。 ・合格し当社の映画に出演する者が全員有料でレッスンを受けるわけではない。演技の技術を身に付けなければならない者に対して有料のレッスンを行っている。 ・一方、経験経歴や売れる見込みなど、実際に会うとすごいという人もいて、レッスン受講契約をしないで映画に出演する者もいる。それは映画出演者の 20 名に一人くらいである。 ・そういう無料や半額の者がいるので、当社ウェブサイト上に 72 万円のレッスン料が掛かることを明示していない。また、オーディションに関して応募者へ送るメールでも同様の理由からレッスン料を明示していない。 ・最初からレッスン料を表示すると、応募者が激減し、有能な人材が集まらない可 |
能性がある。いい人材があって事業として成り立つわけである。しかし、そこが 問題であれば改善を検討していきたいと思う。 | |
レッスン内容 | ・レッスンは、基本的に月初に開始する。何クラスにも分けてレッスンを行っており、一つのレッスンの定員は 10 人から 20 人くらいである。 ・在籍の定員は、監督のスケジュールから映画を制作できる数ということになるが、現状では 200 人から 300 人が限界である。 ・1年間の契約である。1 年間、レッスンを提供し、映画制作もその 1 年内を目途としている。映画制作が 1 年3か月後になったら、3か月分は無料でその映画のキャストとしてのレッスンを提供している。 |
契約書の内容 | ・8日間の無条件解約を定めたクーリング・オフ条項は、弁護士の助言で、設けた方が企業として安全だし消費者に対しても親切ということで設けている。 ・中途解約も受けている。中途解約については、芸能界では、解約金を取るところ、入学金、受講料その他一切返さないところもあると聞くが、当社は未受講の受講料は返している。ただ、レッスンから映画の制作費用の全部を入学金と受講料でまかなっているので、途中で抜けられると困るという点も含めて、契約書で 48 万円の入学金は返金しないとしている。 ・途中で抜けられると大変なので、契約の際には、まず、やらないならやらないとはっきり言ってくださいと確認することにしている。 ・今は、チェックシートで、クーリング・オフ条項や入学金は返金しないことなどの説明を受けたこと及びやる意思を確認している。 |
申立人に対する勧誘 | ・申立人の出る映画は、内容も配役もまだ決まっていないので、面談担当者は主役とは断言していない。20 人の中にランクがあること、上に行きたいという気持ちが必要であることなどを説明している。絶対という断言はしないように指示している。 |
解決案 | ・本件では、クーリング・オフ期間経過後、レッスン開始前に申立人から解約申出があった。当社の実費負担としてはクレジット会社の手数料しか掛かっていないともいえる。しかし、申立人を合格させたことで不合格となった人もいる、欠員が生ずればまたオーディションも必要で、クーリング・オフ期間終了で当社も一応の準備に入る、そういう手間も経費も掛かっている。ただ、申立人の意向もあるので、委員会から公正なあっせん案が示されればそれに従う。 |
相手方乙からの事情聴取
項目 | 内容 |
加盟店の調査 | ・東京に営業所はなく、本社で東京の加盟店も担当している。 ・当社としては、スクールやレッスンなどの役務が特商法の規制対象であれば、その役務が何か注意をして調査をする。加盟店が東京なら行って店舗の写真を撮るなどの調査をすべて自社でする。ただ、相手方甲の場合は特商法対象取引ではないと認識し、加盟店営業の代行会社に調査を依頼していた。 |
相手方甲との加盟店契約 | ・相手方甲の役務は、演劇のレッスンであり、演劇の生徒募集だと認識している。 ・雑誌広告等でスクール生募集の広告をしているとの理解である。オーディション雑誌の生徒募集の広告や講師・時間割を示したレッスンの資料などはもらっている。 ・相手方甲の勧誘方法に興味はなく、オーディションを開催してスクールの契約をしていることは知らない。当社の業務には相手方甲がオーディションを開催していることは関係ないと考えている。 ・相手方甲のウェブサイトを当社担当者がチェックしたどうかはわからない。 ・当社は申立人への電話確認で、契約書に書かれている以外で何か約束事はあるかと付帯役務の有無を確認している。申立人はないと回答していることから、スクール以外の付帯役務はないと考えている。 ・加盟店契約の際に、72 万円という契約金額がレッスンの内容に比して高過ぎないかを検討し、芸能界を目指すという自分の夢を叶えるのであるから、高過ぎると も言えないのではないかと判断した。 |
解約に関する調査 | ・中途解約の場合は解約理由を聞くが、引越し、繁忙などさまざまである。 ・社内的には中途解約件数が一定期間の契約件数の一定割合に至ると、特商法対象取引か否かに関わりなく、自社で調査することになっている。本件は、そこまで至っていないので、調査はしていない。 |
申立人への与信 | ・申立人は学生で、アルバイト収入 60 万円、仕送り 140 万円余、合計 204 万円の収入である。そうすると、年間支払額は省令が定める生活維持費を考慮した支払可能見込額を超過していない。 ・与信期間が役務提供期間を超えるとの指摘であるが、エステなどでも普通にあることである。別に決しておかしな話ではないと思う。 ・自分の夢をかなえるための出費として契約しているわけだから、返済が苦しいと感じるかどうかは、本人次第であろう。 |
本件への対応 | ・本件個別クレジット契約については、消費生活センターからの問合せを受けて、支払い停止の処理をした。加盟店に事実確認し、申立人への説明不足が判明したため、早期解決を依頼した。 |
契約関係終了とその通知 | ・規約により、相手方甲から立替金の返還と経過手数料の支払を既に受けており、申立人との間には債権債務はない。 ・契約関係の終了は、希望がなければ通常、通知していない。希望があれば申立人 に通知する。 |
その他 | ・加盟店に係ることとはいえ、地方からこのためだけに来た。電話会議など他の方法があればよかったと考える。 |
「オーディション合格を契機としたレッスン契約に係る紛争」処理経過
日 付 | 部会開催等 | 内 容 |
平成29年 10月19日 | 【付託】 | ・紛争案件の処理を知事から委員会会長に付託 ・あっせん・調停第二部会の設置 |
11月17日 | 第1回部会 | ・紛争内容の確認、申立人のヒアリング |
11月30日 | 第2回部会 | ・事業者のヒアリング |
12月 5日 | 第3回部会 | ・事業者のヒアリング |
12月26日 | 第4回部会 | ・法的問題点の検討、あっせん案の考え方等の確定 |
平成30年 2月 2日 | 第5回部会 | ・事業者にあっせん案の考え方等を示し、意見交換 ・あっせん案の検討 ・報告書骨子の検討 |
2月 6日 | (あっせん案) | ・あっせん案を紛争当事者双方に提示 |
2月22日 | (合意書) | ・合意書の取り交わし |
3月 7日 | 第6回部会 | ・報告書内容の検討 |
5月23日 | 【報告】 | ・知事への報告 |
東京都消費者被害救済委員会委員名簿 | |||
平成30年1月10日現在 | |||
氏 名 | 備 考 | ||
学識経験者委員 | (16名) | ||
石 川 博 康 | 東京大学社会科学研究所教授 | 本件あっせん・調停部会委員 | |
上 柳 敏 郎 | 弁護士 | ||
大迫 惠美子 | 弁護士 | ||
大 澤 彩 | 法政大学法学部教授 | ||
角 紀 代 恵 | 立教大学法学部教授 | ||
鎌 野 邦 樹 | 早稲田大学大学院法務研究科教授 | ||
川 地 宏 行 | 明治大学法学部教授 | ||
執 行 秀 幸 | 中央大学大学院法務研究科教授 | ||
角田 美穂子 | 一橋大学大学院法学研究科教授 | ||
千 葉 肇 | 弁護士 | 会長代理 | |
中 野 和 子 | 弁護士 | 本件あっせん・調停部会長 | |
野 田 幸 裕 | 弁護士 | ||
平 野 裕 之 | 慶應義塾大学大学院法務研究科教授 | ||
宮 下 修 一 | 中央大学大学院法務研究科教授 | ||
村 千 鶴 子 | 弁護士・東京経済大学現代法学部教授 | 会長 | |
山 口 廣 | 弁護士 | ||
消費者委員 | (4名) | ||
池 田 京 子 | 東京都生活協同組合連合会 常任組織委員 | ||
佐野 真理子 | 主婦連合会 参与 | ||
西 澤 澄 江 | 東京都地域消費者団体連絡会 共同代表 | ||
宮 原 恵 子 | 特定非営利活動法人東京都地域婦人団体連盟 理事 | ||
事業者委員 | (4名) | ||
小 林 治 彦 | 東京商工会議所 理事 | ||
佐 藤 成 知 | 一般社団法人東京工業団体連合会 専務理事 | ||
傳 田 純 | 東京都商工会連合会 専務理事 | ||
穗岐山 晴彦 | 東京都中小企業団体中央会 常勤参事 |