Contract
甲社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争案件
乙社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争案件
報 告 書
(xxx消費者被害救済委員会)
平成30年8月
xxx生活文化局
xxxは、6つの消費者の権利のひとつとして、「消費生活において、事業者によって不当に受けた被害から、xxかつ速やかに救済される権利」をxxx消費生活条例に掲げています。
この権利の実現をめざして、xxxは、都民の消費生活に著しく影響を及ぼ し、又は及ぼすおそれのある紛争について、xxかつ速やかな解決を図るため、あっせん、調停等を行う知事の附属機関としてxxx消費者被害救済委員会
(以下「委員会」という。)を設置しています。
消費者から、xxx消費生活総合センター等の相談機関に、事業者の事業活動によって消費生活上の被害を受けた旨の申出があり、その内容から必要と判断されたときは、知事は、消費生活相談として処理するのとは別に、委員会に解決のための処理を付託します。
委員会は、付託を受けた案件について、あっせんや調停等により紛争の具体的な解決を図り、個別の消費者の被害を救済するとともに、解決にあたっての考え方や判断を示します。
この紛争を解決するにあたっての委員会の考え方や判断、処理内容等は、xxx消費生活条例に基づき、広く都民の方々や関係者にお知らせし、同種あるいは類似の紛争の解決や未然防止にご活用いただいております。
本書は、平成30年2月7日に知事が委員会へ紛争処理を付託した「甲社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争」及び「乙社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争」について、平成30年8月20日に委員会から、審議の経過と結果について知事へ報告されたものを、関係機関の参考に供するために発行したものです。
消費者被害の救済と被害の未然防止のために、広くご活用いただければ幸いです。
平成30年8月
xxx生活文化局
第1 | 紛争案件の当事者 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 1 |
第2 | 紛争案件の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 1 |
第3 | 委員会による処理開始・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 2 |
第4 1 | 当事者の主張 申立人Aの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 2 |
2 | 申立人Bの主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 4 |
3 | 甲社及び乙社の主張 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 6 |
第5 | クレジット会社への質問とその回答・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 8 |
第6 | 委員会の処理結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 9 |
第7 1 | 報告にあたってのコメント 本件契約における問題点、あっせん案の考え方 ・・・・・・・・・・・・・・・・ | 10 |
2 | 同種・類似紛争の再発防止に向けて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 18 |
■資 1 | 料 申立人Aからの事情聴取・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 24 |
2 | 申立人Bからの事情聴取・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 26 |
3 | 甲社及び乙社からの事情聴取 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 28 |
4 | 「アーティスト等育成所属契約に係る紛争(2件)」処理経過・・・ | 31 |
5 | xxx消費者被害救済委員会委員名簿 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 32 |
1 「甲社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争」
申立人A(消費者) 1名 20 歳代前半女性(声優志望)甲社(事業者) 1社 役務提供事業者
2 「乙社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争」
申立人B(消費者) 1名 20 歳代前半男性(歌手志望)乙社(事業者) 1社 役務提供事業者
第2 紛争案件の概要
申立人らの主張による紛争案件の概要は、次のとおりである。
【申立人A】
申立人Aは、スマートフォンで甲社の新人発掘オーディション 1というサイトを見て、応募した。書類審査に合格後、甲社で行われた集団審査にも合格し、平成 28 年
12 月に、甲社とは別の場所にあるスタジオで個別の実技審査を受けた。審査担当者 から、この演技ではオーディションのグランプリは無理だが、君にはいいものがある から一度事務所に来ないかと言われ、後日、事務所へ出向いた。そこで育成所属契約 の説明を受け、個別クレジット契約とともに申し込んだが、約 53 万円と高額なので、親に相談し、契約から数日後に甲社とクレジット会社にクーリング・オフを申し出た。個別クレジット契約は成立しなかったが、育成所属契約はクーリング・オフができな い旨記載された書面があるとして、甲社から申込費用と消費税を合わせた 40 万円近
い解約金を求められた。翌年 7 月末、甲社から契約の履行を求められ、消費生活セン
ターに相談したところ、甲社から解決金約 11 万円を提示された。レッスンや所属に係るサービスを受けていないので、高額な解決金の請求に納得できない。
【申立人B】
申立人Bは、平成 28 年6月頃に、スマートフォンで乙社の新人発掘オーディションというサイトを見て、応募し、実技審査までとおり、乙社から育成所属契約を勧められたが、高額なので断った。
平成 29 年5月頃、乙社から連絡があり、公募していないオーディションに、新人発掘オーディションの実技審査時に録音した申立人Bの音源を出してよいかと問わ
1 オーディションの流れ(甲社のオーディションサイトの「デビューまでの道のり」から)
れ、承諾した。後日、オーディションに合格したと乙社から連絡があり、今後の説 明をするというので事務所へ出向いたところ、まずは約 52 万円の育成所属契約が必 要と言われ、断れず契約した。しかし、印鑑を持参しなかったため、個別クレジッ ト契約の申込書については持ち帰り押印して乙社へ送るよう言われた。申込書を送 らなければ育成所属契約も成立しないと思い、乙社から申込書を送るよう再三連絡 があったが、無視していた。10 月に、約 52 万円の支払を求める催告状が内容証明郵 便で届いたので、消費生活センターへ相談し、契約解除通知書を書き、乙社に郵送 した。乙社は無条件での解約に応じないというが、契約は成立していないのだから、請求に納得がいかない。
第3 委員会による処理開始
本件は、平成 30 年2月7日、xxx知事からxxx消費者被害救済委員会に付託され、同日、同委員会会長より、その処理が、あっせん・調停第二部会(以下「部会」とい う。)に委ねられた。
部会は、甲社及び乙社の所在地が同一のビル内であること、申立人A及びBが本件育成所属契約を締結した端緒は「新人発掘オーディション」への応募であり、甲社及び乙社が実施したオーディションが類似していること、及び本件育成所属契約に係る契約書が共通していることなどから、甲社、乙社の関連性を念頭に置いて両社に連絡を取った。すると、甲社及び乙社は、その他複数社も含めたグループ会社であり、乙社チーフマネージャーが甲社についても委任を受けて、甲社及び乙社の説明を行うとの申出があったため、甲社と申立人Aとの紛争及び乙社と申立人Bとの紛争の審議を同時に進めることとした。
第4 当事者の主張
部会における事情聴取時の当事者の主張は、次のとおりである。
1 申立人Aの主張
(1) スマートフォンで甲社の新人発掘オーディションというサイトを見て、平成 28 年
9月頃に応募した。サイトには「オーディション出身者が続々デビュー」と書いてあった。
(2) 書類選考に合格したと連絡が来て、集団審査に行った。集団審査には 10 人くらいの人がいて、まず自己PRのような紙を書かされて、その後に1人ずつ演技などをして、終わった順から帰って行った。私は声優志望だったが、集団審査は歌手やxxxxの人もいた。
(3) 集団審査に合格したと電話連絡があった後、実技審査の案内メールが届いた。実技審査の会場は甲社の事務所ではなく貸スタジオのようなところだった。実技審査では、台本を見ながら演技をした。審査が終わった後、演技の録音を聞かされ、審査担当者から、「今の演技でグランプリはとれないだろう。本来ならここで面接は終わりなんだけど、でもいいものを持っているから、本気でやりたいなら、事務所に来て一度ちょっと話してみないか。」と言われた。事務所にもレッスン室があるから見学だけでもしてみたらどうか、話だけでも聞きに来てという感じの話だった
ので、見てみて考えようと思い、事務所に行く約束をし、SNSのIDを交換した。レッスンの話もあったが、金額も聞いておらず、費用のことは意識しなかった。
(4) その後、審査担当者から、事務所に行くときの持ち物として、住民票や印鑑、口座番号のわかる通帳やカードを持参するようSNSで連絡があったが、事務所に所属して頑張ってみましょうと言われていたので、所属する手続をするだけで、契約にお金はかからないと思っていた。
(5) 平成 28 年 12 月に事務所に行き、レッスン室などの見学の後、個室で、説明を受けた。パンフレットの図 2を見ながら、こういうふうにデビューしていくんだみたいな説明があった。契約期間は1年間。歌や演技のレッスンなどもあり、オーディションも紹介してくれると言われた。可能性は誰にでもあると説明されて、チャンスだなと思った。レッスンのスケジュールや内容は説明されたと思うが、覚えていない。レッスンスケジュール表は渡されなかった。
(6) その後、お金の話が出てきて、育成所属契約の話をされた。契約書(重要事項説明)は、担当者が読み上げてくれた。中途解約したとき、返金となるのはレッスン受講料でそれ以外(申込費用など)は返金されないという説明はあったが、そのときは、契約をやめることはないと思っていたので、じっくり考えることなく契約書にサインをした。
(7) 支払方法は、分割払いを希望した。約 53 万円という契約金額は高いなと思ったが、「月2万ぐらいだったら大丈夫でしょう。」と2万円の 30 回払いを提案された。クレジットカードで買い物をしたことはあるが、今回のような個別クレジット契約は初めてで、クレジット契約についてあまり理解していなかった。個別クレジット契約の審査が通らないときは、甲社との分割支払いになるという説明は聞いていない。その場合の支払額なども聞いていない。
(8) 全部終わった後、母に電話したら「払えないでしょう。」と言われた。ほかにク
2 育成イメージ図(申立人Aが契約時に甲社から配布されたパンフレットをもとに作成)
レジットカードを使っていたり、生活費にもお金を使うので、契約はクーリング・オフしようと思った。
(9) クーリング・オフのハガキを甲社に郵送した後、母が甲社とクレジット会社と話をしており、個別クレジット契約については成立していないと母から聞いた。
(10) 甲社に母が問い合わせたところ「ハガキは届いているが、規約にあるとおりク ーリング・オフはできない。」、「クレジット契約が不成立でも当社との契約は成 立となる。」、「解約するにしても契約金額 53 万円 3のうち申込費用と消費税を合 わせた 40 万円近くは支払ってもらう。支払えば契約解除できる。」などと言われ、クーリング・オフに応じてもらえなかった。
(11) その後、甲社から一定期間猶予後に一括支払いするという内容の確認書が届いたが、これを書かなかったら契約がなくなるかなと思って、そのままにしていた。平成 29 年7月末頃に、マネージャーと顔合わせするので連絡をくださいというメールが届いたので、母に相談した後、消費生活センターに相談に行った。甲社から解決金として 11 万 3,000 円という金額を提示されたが、断った。
(12) レッスンを受けていないし宣材写真もとっていないので請求には納得できない。何も支払わずに終わりたい。集団審査や実技審査などのときに録音したものや撮影 したものは、もう使ってほしくない。
(詳細は資料1のとおり)
2 申立人Bの主張
(1) 平成 28 年6月頃、スマートフォンで乙社の新人発掘オーディションサイトを見た。グランプリの場合、1年以内のメジャーデビューができて、ほかにも舞台とかいろいろな活動ができるというようなことが書いてあったので、良いと思い、歌手部門に応募した。スマートフォンから、書類審査用のプロフィールと自分の写真を送った。
(2) 書類審査に合格し、集団審査に進んだ。審査は事業者の事務所で行われた。15 名 程度でのグループが4つか5つくらいあった。1グループずつレコーディング室の ようなところに呼ばれ、まず自己紹介をして、どういう歌手になりたいのか発言し、特技があれば特技をやったり、最終的に自分の得意な歌をその場で歌うという形の 審査だった。
(3) 集団審査に合格すると、指定されたレコーディングスタジオに行き、そこでマンツーマンでレコーディングや面接をする実技審査があった。実技審査後、その場で
「グランプリにはなれないけど、是非、うちの事務所でアーティストとして所属を前向きに考えたいから、いろいろ話があるからまた来てね。」などと言われた。
(4) 後日、事務所に行くと、事務所に入ってもらって教育するからということを説明
3 費用の内訳
申込費用※
レッスン受講料
申立人A 約 37 万円(入所金6万円、保険料5千円を含む) 12 万円(月1万円)
申立人B 約 36 万円(入所金5万円、保険料5千円を含む) 12 万円(月1万円)
消費税 総額(税込)
約4万円 約 53 万円
約4万円 約 52 万円
※申込費用は、入所金、保険料のほかに「所属登録費」「事務手数料」「宣材撮影」「施設整備費」「育成充実費」
「プロフィール作成」「営業方針策定費」「システム使用料」「その他管理費」である(いずれも役務提供時期は不明)。
されたが、最後にお金の話になり、育成所属契約は 50 万円以上かかる契約だと知った。金額が金額なので「それはちょっと高いです。」と言って、契約書を持ち帰る形で退席した。その後、いろいろ連絡が来たが、「ちょっと無理ですね。」という形で契約を断り、契約書は送り返さなかった。
(5) 一年後、「公募していないお勧めのオーディションがあるから音源を使ってもいいか。一年前に録音した音声をオーディション先に送るだけだから、何にもしなくていい。合否が出たらまた報告する。」というメールがあった。オーディションに合格したら、アルバムの制作に入れる、CDを出せる、活動に参加できるということだったのでオーディションへの応募を承諾した。
(6) その後、「受かりました。CDデビューできる。もしやるとしたら契約まで流れがあるから、その流れを説明したい。だから事務所に来て。」という連絡があったので事務所に行くことにした。オーディションに合格したのだからCD制作に関係した契約の話だと思っていた。ただ、一年前のこともあるので、有料の育成所属契約を勧められても困ると思い、印鑑は持参しなかった。
(7) 事務所に行くと、いきなり約 52 万円の育成所属契約の話をされた。CDデビューに関する話は一切なく、技術的に不足しているので、事務所に入って育成枠で頑張り、一年後に事務所に所属できるかどうかを判断するという説明を受けた。デビューについて聞いても「いや、ちょっとそれは待っていて、とりあえず先に育成所属契約だから。」と流されてしまった。ギャラは最初のほうは出ないけど、もし楽曲が売れれば歩合がでるかもしれないという話はあった。
(8) 契約書の重要事項説明は、はい、チェック、チェックという感じで、次々に丸を つけていくよう促され、解約時の返金対象がレッスン受講料のみであることや分割 支払いを滞納すると残額は一括支払いとなることについてなど説明されたとは思う が、内容をよく理解して丸をしていたわけではない。レッスン受講料以外の申込費 用の内訳について、具体的な説明はなかった。申込費用のうち「保険料」について、どういう保険なのかと聞いたが、答えてもらえなかった。
(9) 担当者から「分割払いなら月々これぐらいがいいんじゃない。」という提案があり、月3万円という支払金額になった。個別クレジット契約の審査に通らなかった場合、乙社との直接の分割支払いになるという説明は何も聞いていない。それに関した書類などももらっていない。
(10) 印鑑を持って行かなかったので、育成所属契約書には指印を押したが、個別クレジット契約の申込書は持ち帰った。その後、乙社から何回か提出を促す連絡があったが、育成所属契約をしてもデビューできないと思い「デビューの話がないと送り返せないです。」と言い、申込書は送り返さなかった。育成所属契約と個別クレジット契約の二つの契約が一緒になって契約が成立すると思っていたので、個別クレジット契約の書類を送らなければ、育成所属契約も成立しないと思っていた。
(11) その後連絡はなかったが、しばらくしてから約 52 万円の支払を求める催告状が内容証明郵便で届いた。消費生活センターに相談し、契約解除通知書を書き、乙社に郵送した。
(12) 大学生の自分が払える金額ではない。契約はなかったことにしてほしい。オーディションの際に録音した音源等はほかに使用しないでほしい。
(詳細は資料2のとおり)
3 甲社及び乙社の主張
(1) 甲社、乙社の関連会社には、O社、P社、Q社など複数ある。関連会社はグルー プ会社として、経理など共通して処理できる業務については、共通して行っている。
(2) 業務内容については、甲社も乙社も、基本は同じで、タレントの育成及びマネジメント、いわゆる芸能事務所のマネジメント機能を主な業務としている。
(3) オーディションは、それぞれの会社がネット広告(以下「オーディションサイト」という。)で募集している。グランプリ特典として1年以内にメジャーデビューと掲げている。
(4) オーディションの基本的な流れは、書類審査、集団審査、実技審査、その次に最 終審査があり、そこでグランプリを探すというもの。オーディション参加費はかか らない。歌手志望者、声優志望者などに分けてオーディションを行っていないのは、幅広く人材を発掘する必要があるからだ。
(5) 書類審査、集団審査等の各審査ごとに毎回合否を出し、基本的に電話とメールで審査結果を伝えている。100 名の応募があれば 20 名から 30 名程度が書類審査から集団審査に進み、20 名弱が実技審査に進む。
(6) 実技審査では、レコーディングブースのあるスタジオで一人ずつ個別に歌ってもらって録音をして、音をチェックするなどの実技の審査と面接を実施している。録音した音源の著作権は会社に帰属していると考えている。商品化するなどは考えていないが、1年は保存している。実技審査を通過した後は、最終審査に進むが、実技審査でほとんど落選する。1人も最終審査に通らない場合も多い。ただし、不合格でも良いものを持っている人については育成所属契約を勧める。
(7) 弊社のグループが出来上がってから5名程度のグランプリを出し、実際に1年以内にデビューさせている。オーディションサイトに「オーディション出身者が続々デビュー」と記載したことについて、続々とまでは言えないのではないかと指摘されたが、グループ全体ではグランプリのほかにも数十名が専属契約 4となり、デビューしている。ただし、デビュー者の中に有名といえるほどの人はまだいない。専属契約というのは、レコード会社との契約と考えてもらうと分かりやすい。グループ会社のQ社と契約を結ぶが、契約に当たり費用は発生しない。ギャランティーも出る場合がある。
(8) オーディションの結果、育成所属契約締結となった場合について、FAQには
「稀に、専属所属契約(専属契約)には至らないが、しばらく様子を見たい、と思う 方とは、準所属契約を結び、新人育成からスタートして頂く場合があります。この 場合、一部費用のご負担をお願いしております。」と書いているが、いくらの費用 を負担してもらうかは表記していない。準所属契約とは育成所属契約のことである。
(9) 実技審査の段階で、これぐらいの費用がかかると説明している。ただし、実技審査の日と同じ日には契約手続きはしない。消費者に一度帰って、検討していただくことにしている。契約する前提として、年間での契約であること、レッスン受講料
4 本件育成所属契約には、「消費者が希望した場合、本契約を終了し、別途、専属アーティスト・タレント契約を締結することができる。但し、専属アーティスト・タレント契約への移行を保証するものではなく、また、専属アーティスト・タレント契約については、報酬の支払いを保証するものではない。」という「専属アーティスト・タレント契約への移行」という契約条項がある。
以外の費用が返金できないことなどは、申込者に対し重ねて確認をしている。中途解約を認めないのが原則というわけではないが、1か月以内でやめるということは想定していないし、契約後すぐにサービス提供しているので、レッスン受講料以外の費用は返金しないという規定にしていた。
(10) 育成所属契約締結後の育成期間中はライブ活動をしてもギャランティーは出していないし、ライブ活動の参加も保証していない。デビュー・ブッキング、プロモーション、またはプレゼンテーション等の機会を保証するものではなく、アーティスト・タレント育成活動の内容については事務所の任意の判断による。事務所の判断に一切の異議を述べないことを確認する契約条項を契約書に設けている。どういうサービスを提供し、どういう支援をするかは約束できないので、契約書に書いていない。
(11) 信販会社での審査等が否決になった場合、自動的に自社分割支払い(以下「自社割賦」という。)になるという規定 5を置いている。これは、過去に、信販会社の審査に落ちた方について自社割賦で対応したことがあって、それ以降、同様の場合はそのようにしてきた。お金がないのでやりたいことができないまま旬の時期が過ぎてしまい、夢がかなえられないということをなくしてあげたいので、自社割賦対応を行っている。しかし、自動的に自社割賦になるとする特約については、問題があると認識したので、仕組みから考え直したい。なお、申立人のAさんは信販会社での審査が否決となっている。
(12) 申立人のAさんには、実技審査の時に審査担当者が、契約書面は渡していないが、費用について話している。その際、本人から、育成所属契約を結んで、お金を払ってやりたいですという申出があったと認識している。
(13) 新人向けの業界内オーディションの企画があって、申立人Bさんの過去の音源 を聞いたところ、良かったので、本人に参加してみますかという話を振ったところ、してみたいですということだった。本来は所属していないと応募できないが所属し たことにして応募しようとの説明をした上で、業界内オーディションを受けて、合
5 本件育成所属契約では、消費者が分割支払いを希望する場合は、甲社あるいは乙社の「提携する信販会社 を利用することとし、支払方法、振込先、手数料等全て、信販会社の定めに従うもの」とする契約条項が置 かれていた。さらに、「消費者の分割クレジット(個別クレジット)の利用が信販会社への申込みの拒絶など により不可能である場合に限り、契約代金の分割支払を認めるものとし、消費者は甲社あるいは乙社に対し、契約代金を分割支払(自社割賦)により支払うものとする」旨の契約条項を定め、「信販会社の審査等で否 決になった場合は、自動的に自社分割支払いとなります。この場合、別途、分割支払いに関する明細をお受 け取りください。」としていた。
一括支払
現金振込又はクレジットカード支払
支払方法
分割支払
信販会社の
個別クレジット
与信否決等
自動的
自社割賦
なお、一般的な個別クレジット契約の申込書には、「契約の成立時点」についての契約条項が置かれ、クレジット会社との立替払契約が不成立となった場合、役務提供契約・売買契約(本件の場合は育成所属契約)も申込時に遡って成立しなかったものとする旨規定されている。本件においても、信販会社2社(丙社及び丁社)の申込書には同様の契約条項が置かれていた。
格した。したがって、この企画に参加するためには、育成所属契約を締結することが前提となる。
(14) 育成所属契約を勧誘する行為態様として特定商取引法上の規制対象に該当するような過程は踏んでいないという前提で、契約時に渡した書面に「クーリング・オフの対象外」と記載していたが、該当する場合はクーリング・オフを認める。誤解を与える文言であると認識したので、是正していく。
(15) 育成所属契約に「分割支払い債権の譲渡の承諾」6という契約条項を入れている が、譲受人を空白にして未確定のままで将来の債権譲渡について異議なき承諾をし たときの効力は無効とするという裁判例があるのは、ご指摘のとおりなので、今後、削除を検討する。
(16) 育成所属契約の費用の内訳は、申込費用とレッスン受講料で、サービス内容は、レッスンの提供がメイン。今後は、費用の名目で説明のつかないものはなくし、説明できるものも平均的な額の設定にしていく。
(詳細は資料3のとおり)
第5 クレジット会社への質問とその回答
個別クレジット契約が審査等で否決された場合、個別クレジット契約の契約条項に基づき、育成所属契約も不成立となるのではなく、自動的に自社割賦の取扱いとなって、育成所属契約は成立となると解釈しうる甲社、乙社の規定(以下「自社割賦に関する規定」という。)について、部会では、本件契約の問題点の一つであると考えた。
そこで、甲社あるいは乙社の提携する信販会社の丙社及び丁社の2社に対し、両社ともに申立人らとは契約関係にはないが、自社割賦に関する規定についてどのように考えるか書面により質問することとした。質問にあたっては、そのほか、甲社及び乙社の勧誘行為、提供する役務の内容、本件育成所属契約をクーリング・オフ対象外とする取扱いについても質問した。以下は、丙社、丁社からの回答の概要である。
1 自社割賦に関する規定の存在について
丙社、丁社ともに、規定の存在を知らなかったと回答した。
2 自社割賦に関する規定にかかる見解について
丙社は「当社のクレジット申込書においても、(立替払契約が不成立となった場合に役務提供契約・売買契約も立替払契約の申込み時に遡って成立しなかったものとする規定を)契約条項として定めており、矛盾する」ため、問題であると考えると回答したが、一方で、丁社は「個別クレジット契約が否決の場合に現金一括払いに限られることなく加盟店での分割払いの手段が開かれており、利用者の不利となる条項ではない」ため、問題はないと考えると回答した。
3 甲社及び乙社の勧誘行為が特定商取引法に定める訪問販売(アポイントメントセールス)に該当する可能性があることについて
丙社、丁社とも、オーディション実施のため、消費者を来訪させ、オーディション
6 本件育成所属契約には、「分割にて消費者が支払いを行う場合、その分割債権を甲社あるいは乙社が金融機関などに譲渡、担保差し入れることを、消費者は事前に承諾するものとする。」という「分割支払い債権の譲渡の承諾」という契約条項がある。
の実施過程で、xxxx等の契約について勧誘し契約締結するという行為が、特定商取引法に定める訪問販売に該当する可能性があるとの考えであった。しかし、甲社あるいは乙社の勧誘行為が、これに該当するとは考えていなかったと回答した。
4 甲社及び乙社の提供する役務の内容について
役務の内容について、丙社は「音楽スクールのレッスン」との認識であったと回答し、丁社は「アーティスト・タレント養成、ダンス・ヴォーカルレッスン」との認識であったと回答した。
5 本件契約締結時に交付される書面にクーリング・オフ対象外と記載されていることについて
丙社、丁社とも、そうした取り扱いがなされていたことを知らなかったと回答した うえで、丙社は「一律にクーリング・オフ対象外と記載することは適切ではない」と 回答し、丁社は「クーリング・オフ対象取引の場合、クーリング・オフ妨害になると 認識している。個別の勧誘状況に応じ適切な書面交付を行うべきところ、一律にこの ような書面交付を行うことは個々の取引に対する取引形態を認識しないことに繋がり、法定書面未交付になり得、改善すべきと考える」と回答した。
第6 委員会の処理結果
部会は、平成 30 年2月 19 日から同年6月 21 日までの7回に渡って開催された。
(処理経過は資料4のとおり)
紛争は、あっせんの成立により解決した。合意書の内容は、次のとおりである。
【合意書の内容】
申立人Aと甲社との間、申立人Bと乙社との間で、締結したアーティスト・タレント育成所属契約(以下「本件契約」という。)について
(1)申立人Aと甲社
1 申立人Aと甲社は、本件契約は不成立又は無効であること、若しくは役務提供前に解除されたことを確認する。
2 甲社は、保有する申立人Aに係る写真や画像、収録音源・録画データ等の個人情報(以下「申立人Aの個人情報」という。)の利用を停止したうえで、合意書締結後 10 日以内に消去する。なお、甲社に関連するグループ会社が申立人 Aの個人情報を保有していた場合も同様に消去することとする。
3 申立人Aと甲社の間には、本件に関して、本あっせん条項以外に、相互に何らの債権・債務のないことを確認する。
(2)申立人Bと乙社
1 申立人Bと乙社は、本件契約は不成立又は無効であること、若しくは役務提供前に解除されたことを確認する。
2 乙社は、保有する申立人Bに係る写真や画像、収録音源・録画データ等の個人情報(以下「申立人Bの個人情報」という。)の利用を停止したうえで、合意書締結後 10 日以内に消去する。なお、乙社に関連するグループ会社が申立人 Bの個人情報を保有していた場合も同様に消去することとする。
3 申立人Bと乙社の間には、本件に関して、本あっせん条項以外に、相互に何らの債権・債務のないことを確認する。
第7 報告にあたってのコメント
1 本件契約における問題点、あっせん案の考え方
(1) はじめに
申立人Aと甲社間及び申立人Bと乙社間のアーティスト・タレント育成所属契約
(以下「育成所属契約」という。)は、以下のように不成立または無効である。仮に有効に成立したとしても契約は役務提供前に解除されている。そこで、申立人Aは甲社に、申立人Bは乙社に何らの債務を負うものではない。
ア 育成所属契約は、育成所属契約の規定及び個別クレジット契約の規定から不成立ないし無効と解される。
イ 仮に、育成所属契約が有効に成立したとしても、その契約は特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)の訪問販売(アポイントメントセールス)に該当し、法定事項を記載した契約書面(以下「法定書面」という。)が交付されていないことから、申立人A及び申立人Bはクーリング・オフ権を有し、すでに、その権利を行使しているので、育成所属契約は解除されている。
ウ 育成所属契約は、特定商取引法の業務提供誘引販売取引に該当する余地があり、前述のイと同様に、契約は解除されたといえる。
エ 育成所属契約は暴利行為で民法 90 条に違反し無効となる余地がある。
さらには、育成所属契約にはいくつかの不当な条項ないし問題のある条項がみられる。以下、これらにつきxx、説明していくことにする。
(2) アーティスト・タレント育成所属契約の成立・効力
本件育成所属契約には、「支払方法で分割支払を希望する場合は、甲社あるいは乙社が提携する信販会社の分割クレジット(個別クレジット)を利用することとし、支払い方法、振込先、手数料等全て、当該信販会社の定めに従うものとする」と規定する契約条項が置かれていた。そして、個別クレジット契約には、「役務提供契約・売買契約は、その申込みがあった後、販売店が申込者に代わって立替払契約の申込みをした時に成立するものとしますが、その効力は立替払契約が成立した時から発生します。また立替払契約が不成立となった場合には、役務提供契約・売買契約も立替払契約の申込時に遡って成立しなかったものとします」と規定する契約条項があった。また、本件育成所属契約には、個別クレジットの利用が信販会社の申込みの拒絶などにより不可能である場合に限り、契約代金の分割支払を認めると規定した契約条項があり、契約書の「費用の支払いについて」では、「信販会社での審査等で否決になった場合は、自動的に自社割賦支払い(自社割賦)となります。この場合、別途、分割支払いに関する明細をお受取ください」、「自社割賦支払の際でも分割手数料が発生しますので、ご了承ください」と「自社割賦に関する規定」が書かれている。なお、割賦販売法4条では、自社割賦であっても、事業者には書面交付義務が課されている。
ア 申立人Aの場合
申立人Aにあっては、信販会社の審査により、個別クレジット契約が否決されて
いる。そこで、個別クレジット契約の「立替払契約不成立時は役務提供契約・売買契約も立替払契約の申込時に遡って不成立になる」との契約条項によれば、申立人 Aと甲社との育成所属契約は不成立となる。本件育成所属契約の「全て信販会社の定めに従う」との規定からしても、そのように解される。したがって、改めて申立人Aと甲社とで「育成所属契約」が締結されない限り、その契約が成立しているとはいえない。本件にあっては、改めて育成所属契約を締結したというような事実は見られないことから、申立人Aと甲社との育成所属契約は成立していないと解さざるを得ない。
もっとも、申立人Aと甲社間との個別クレジットを利用した育成所属契約は不成 立となるとしても、「信販会社での審査等で否決になった場合は、自動的に自社割 賦支払いとなります」との自社割賦に関する規定により、改めて申立人Aと甲社と の契約が締結されなくても、自社割賦を利用した申立人Aと甲社との育成所属契約 が成立するとの解釈も考えられなくはない。だが、その規定は、あくまでも費用の 支払いに関するもので、申立人Aが甲社と改めて育成所属契約を締結した場合には、改めて自社割賦の合意がなされなくても、その契約は自動的に自社割賦となるとい うものにしかすぎないと解される。仮に前述のような解釈が可能であるとしても、 自社割賦による育成所属契約にあっては、支払回数、支払期間、分割手数料は重要 な事項であり、それらの合意がなければ、自社割賦を利用した申立人Aと甲社との 育成所属契約は成立しないといえよう。
支払回数、支払期間については、個別クレジットと同様なものとする合意があったと解釈できなくはない。分割手数料の支払いについては、自社割賦に関する規定に「分割手数料が発生しますので、ご了承ください」と書かれていることから合意があったとみることができよう。しかし、分割手数料の具体的な金額については、解釈により決めることは困難である。したがって、甲社から「分割支払いに関する明細」が渡されていない以上、分割手数料の具体的金額の合意はなく、確定はされていないため、自社割賦を利用した申立人Aと甲社との育成所属契約は無効ないし不成立と解さざるを得ない。
イ 申立人Bの場合
個別クレジット契約は、「役務提供契約・売買契約は、その申込みがあった後、 販売店が申込者に代わって立替払契約の申込みをした時に成立するものとしますが、その効力は立替払契約が成立した時から発生します」と規定する。申立人Bは、支 払いに個別クレジットを利用した育成所属契約を締結したが、申立人Bは、個別ク レジットを申し込まなければ育成所属契約も成立しないと思い、個別クレジットの 申込書類を乙社に提出しなかった。申立人Bが申込みをしていない以上、立替払契 約は成立していないため、個別クレジット契約の上記の規定によれば、申立人Bと 乙社間の育成所属契約の効力は発生していないといえよう。
また、「信販会社での審査等で否決になった場合は、自動的に自社分割支払いとなります」との自社割賦に関する規定は、その文言からすれば、個別クレジットを利用するとしながら、結局、個別クレジットの申込書類が提出されなかった場合には、適用はないと解される。仮に適用があるとしても、申立人Aの場合で述べたように、その規定は、あくまでも費用の支払いに関するものでしかない。そこで、申立人Bと乙社との育成所属契約は不成立ないし、成立しているとしても効力が発生
していない(立替払契約が成立することはありえないので、育成所属契約の効力が発生することはありえない)。以上、乙社が育成所属契約に基づき代金等の請求をなすには、改めて、申立人Bと乙社間で育成所属契約が締結されていたことが必要である。だが、本件では、そのような事実は見られない。さらに、仮に、申立人Bと乙社との育成所属契約が改めて締結されなくても、自社割賦を利用した申立人Bと乙社との契約が成立するとの解釈をとったとしても、申立人Aの場合で述べたように、自社割賦を利用した申立人Bと乙社との育成所属契約は、その契約の重要な事項が確定していないため、無効ないし不成立と解さざるを得ない。
(3) クーリング・オフによる契約解除
仮に、いずれの育成所属契約が有効に成立していたとしても、申立人Aと甲社間及び申立人Bと乙社間の育成所属契約は、特定商取引法に規定する訪問販売、業務提供誘引販売取引に該当し、クーリング・オフがなされ解除されたと解される。
ア 訪問販売該当性―アポイントメントセールス該当性
申立人A、申立人Bは、いずれの場合にあっても、勧誘目的を告げられずに、メール等の政令指定された誘引方法で来訪要請された、ないしそれに法的に同視できると解される。したがって、本件育成所属契約は特定商取引法に規定するアポイントメントセールスに該当する、すなわち訪問販売に該当すると解される。
(ア) 勧誘目的の明示
甲社は、実技審査のときに育成所属契約について話をしていると主張したが、 申立人Aは、実技審査の時には、「今のこの演技でグランプリはとれないだろう。本来ならここで面接は終了なんだけど、でもいいものを持っているから本気でや りたいなら、事務所に来て一度ちょっと話してみないか。」などと言われ、事務 所に行く約束をしている。レッスンの話もあったが、金額も聞いておらず、費用 のことは意識しなかったという。その上で、後日事務所に行き、レッスン室を見 学の後、パンフレットの図を見ながら、「育成所属契約」について説明を受け、 契約に至ったと述べている。
このことからすると、申立人Aは、書類審査、集団審査を通り、実技審査を受け、グランプリはとれないであろうと言われたとしても、「いいものを持っているから本気でやりたいなら、事務所に来て一度ちょっと話でもしてみないか」と言われたのであるから、場合によってはグランプリをとれるかもしれない、グランプリはとれず、レッスンを受けるにしても事務所に所属して声優などの活動もできるのではないかと期待をもって事務所に出向いたと考えられる。50 万円を超える高額な費用のかかる「育成所属契約」のような契約の締結が目的だと明示されて、事務所に来るように勧誘されたとみることはできないであろう。
申立人Bは、1回目のオーディションの経緯等から育成所属契約が有料契約であることを事前に認識していた可能性はある。しかし、「オーディションに合格したのだからCD制作に関係した契約の話だ」と思い乙社に出向いたと主張していることからも、乙社が申立人Bに育成所属契約の締結が主たる勧誘目的であることを事前に告げているとは思われない。
(イ) 政令指定された誘引方法
乙社は、申立人Bに契約の締結が勧誘の目的であることを告げずに、電話、メ
ール等の政令指定された誘引方法で来訪要請しているので、申立人Bと乙社の契約はアポイントメントセールスに該当する。
イ 営業所以外の場所においての訪問販売該当性(Aの場合)
特定商取引法2条1項では、営業所等以外の場所において、役務提供契約の申込みを受け、若しくは役務提供契約を締結して行う役務の提供を「訪問販売」と定義している。
甲社は「実技審査のときに、本人から、育成所属契約を結んで、お金を払ってや りたいですという申出があったと認識」していたと主張するが、それが仮に事実で、申立人Aの育成所属契約に対する申込みがあったと認められた場合、営業所以外の 場所(実技審査の会場は営業所以外の場所)で、本件育成所属契約の申込みを受け ていることになるので、特定商取引法で規定する「訪問販売」に該当することにな る。
ウ 業務提供誘引販売取引該当性
特定商取引法 51 条によると、業務提供誘引販売取引の要件は、「(ⅰ)業務提供誘引販売業者が、(ⅱ)「業務提供利益」を収受しうることをもって顧客を誘引すること、(ⅲ)「特定負担」を伴うこと、(ⅳ)商品の販売または商品の販売のあっせん、あるいは役務の提供または役務提供のあっせんにかかる取引」である。ただ、クーリング・オフの適用にあっては、(ⅴ)業務を事業者等によらないで行う個人でなければならない。
ここでは、「(ⅱ)業務提供利益」を収受しうることをもって顧客を誘引するこ と」が主として問題となるので、これを中心にみていこう。なお、販売にあたって、契約書等で取引の相手方が「利益」を「収受」すること(具体的には、業務を提供 してそれによって収入が得られること)を条件として明示しているような場合に限 定されるものではなく、勧誘時の説明等によって、実態として、「利益」を「収受 し得る」との期待を抱かせて、商品を購入等するよう誘えば、本条に該当すること
7 消費者庁取引対策課、経済産業省商務・サービスグループ消費経済企画室編「平成 28 年版 特定商取引に関する法律の解説」(商事法務、2018 年) [以下「平成 28 年版 特定商取引に関する法律の解説」] 52 頁参照
になる。現実に「利益」を「収受」したかどうかを問わない 8。
本件育成所属契約では、「育成活動については、アーティストスキルxxxの育 成活動の一環であり、一切報酬が支払われない」と規定する契約条項がある。他方、
「専属アーティスト・タレント契約(以下「専属契約」という。)の移行を希望する場合は、育成所属契約を終了し、別途、専属契約を締結することができる。(略)専属契約については、報酬の支払いを保証するものではない。」と規定する契約条項もある。甲社及び乙社(以下「本件事業者」という。)は、専属契約について
「専属契約はレコード会社との契約と考えてもらうとわかりやすい。契約に当たり費用は発生しない。ギャランティーも出る場合がある。」と主張している。育成所属契約の先に、報酬が支払われる可能性のある「専属契約」があるとすれば、申立人らの契約の動機は「将来的な芸能活動」、すなわち、報酬を伴う専属契約への移行と考えることもできるので、「(将来的な)芸能活動」という業務の提供またはあっせんするとして誘引された業務提供誘引販売取引の可能性も生じる。
また、本件事業者が「育成期間中(略)ライブ活動の参加も保証していない」と申し述べているとおり、育成活動においてのライブ活動等の活動(以下「ライブ活動」という。)の機会は保証されていないのだから、ライブ活動は、育成所属契約において提供されるレッスン(実習)のような「役務」ではなく、不定期に発生する無報酬の「業務」と考えることもできる。契約書に、ライブ活動の機会は保証しないと書かれていても、ライブ活動の可能性が全く否定されたわけではないであろう。芸能活動を夢見る申立人らからすれば、ライブ活動を行うことは、将来の利益を得られる芸能活動につながり得ることから、たとえ無報酬であったとしても、業務提供誘引販売取引をするか否かの意思決定において社会通念上判断要素となり得るものといえる 9。そこで、(ⅱ)の要件を満たし業務提供誘引販売取引に該当する余地がある。
エ クーリング・オフについて
以上から、仮に、申立人Aと甲社間及び申立人Bと乙社間の育成所属契約が有効に成立していた場合でも、それらの契約は、訪問販売に該当する、また、業務提供誘引販売取引にも該当する余地がある。そこで、申立人A及び申立人Bは、いずれもクーリング・オフ権を行使することが可能である。しかも、本件契約書にはクーリング・オフに関する記載が見当たらないばかりか、契約書と同時に交付される
「割賦販売申込書」には「クーリング・オフの対象となる、訪問販売等ではございません」と記載されている。申立人Bに交付された「分割払いをされる方へ」という書面にも同様の記載がある。
このように、法定書面が交付されていないことから、申立人らは事業者が法定書 面を交付するまでいつまでもクーリング・オフ権を行使できる。また、契約関係書 類に「クーリング・オフ対象外」と記載していることは、不実告知によるクーリン グ・オフ権の行使妨害にあたり、申立人らが誤認してこれを行使しなかったときは、改めてクーリング・オフの告知書面を受領した日から起算して8日間(訪問販売)、 20 日間(業務提供誘引販売取引)が経過するまでは、クーリング・オフ期間は延長
8 「平成 28 年版 特定商取引に関する法律の解説」367 頁
9 「平成 28 年版 特定商取引に関する法律の解説」367 頁
される。本件では、甲社、乙社いずれからもクーリング・オフの告知書面は交付されていない。
申立人Aは甲社に、申立人Bは乙社に、契約解除(クーリング・オフ)の通知書をそれぞれ送付しており、たとえ、それらクーリング・オフの申出が、契約締結後
8日ないし 20 日経過した後であるとしても、クーリング・オフにより、それらの育成所属契約は解除されたと解される。
(4) 民法 90 条違反による無効の可能性
本件育成所属契約は、レッスン等を主体とする育成指導と本件事業者らの事務所に所属する契約が一体となったものである。育成指導では、各種レッスンを受け、その対価としてレッスン受講料 12 万円(月額1万円×12 ヶ月分)を支払う契約である。レッスン費用が月に1万円というのはあまりに低額で、育成所属契約が目指す
「芸能事務所の専属所属及びCDデビューまたは芸能界デビュー」につながるのか疑問がないではないが、法的には問題はないとみることができよう。だが、「育成所属」(本件契約書には、育成アーティスト・タレント・モデル・声優または役者として事業者に育成所属すると記載がある)契約によって、消費者はどのようなサービスの提供を受けるのか明確でない。レッスンについてはレッスン受講料が明確に定められている。とすれば、申込費用約 37 万円(入所金、所属登録費、事務手数料、宣材撮影、施設整備費、育成充実費、プロフィール作成、営業方針策定費、システム使用料(年間発注費)、保険料、その他管理・維持費等)が「育成所属」することの対価とみることができそうである。他方、消費者が育成所属契約により得られると思われるサービスとしては、「アーティスト・タレント育成活動」(以下
「アーティスト・タレント活動」という。)が考えられる。育成所属契約の別の条 項でも、契約の目的を、〝アーティスト・タレントとしての技術、能力、業界マナ ーの向上育成をはかるアーティスト・タレント活動を目的とする″とある。しかし、そこでは、その活動には一切の報酬は払われないとしたうえで、‶デビュー・ブッキ ング、プロモーション、またはプレゼンテーション等の機会を保証するものでなく、その活動が行われることやその内容については、業者の任意の判断によるもので、 これについては何ら異議を述べないことを確認する″と規定されている。
要するに、消費者には「アーティスト・タレント活動」の提供を本件事業者に請 求する法的権利は全くない。他に何らかのサービスの提供を求める権利があるよう にも思われない。それにもかかわらず、消費者は極めて高額な金銭を支払う法的x xを負っていることになる。つまり、消費者は「育成所属」する契約にあっては、 全く、ないしほとんど何らサービスの提供を受ける法的権利がないにもかかわらず、高額な金銭を支払う法的義務を負うとする内容の契約である。
このように消費者に極めて不利益な契約は、消費者が冷静な状況下にあっては、 締結することはないといえよう。しかし、申立人らは、いずれも歌手や声優にxx がれており、書類審査、集団審査、実技審査と進み、それぞれの合格の度に、期待 がどんどん膨らんでいったであろう。そして、グランプリには届かなかったとして、本件事業者から育成所属契約の話を聞いたとき、もし契約を締結しなければ、歌手 や声優への道が閉ざされることになると思ってしまったことは想像に難くない。し かも、事業者側からは、申立人らには歌手や声優になれる可能性は全くないとは言
わないはずである。少なくとも努力すればなれる可能性が話されたであろう。歌手 や声優にあこがれ、「手に届きそうな段階」にきたにもかかわらず、それを断念す ることは、期待が大きければ大きいだけ困難である。そのような状況下にある申立 人らは、冷静に、契約の内容を理解、判断することは困難となっていたと推測され、そのために、申立人らは一方的に不利益な契約を締結してしまったと解される。他 人の窮迫、軽率、無経験などにつけ込んで、著しく不相当な財産的給付を約束させ る行為は暴利行為として、公序良俗に反して無効とされている 10。本件にあっては、 申立人らの芸能界デビューへのあこがれ・期待、無経験などにつけ込まれて、契約 が締結されたとみることができる。さらには、アポイントメントセールスや業務提 供誘引販売取引に該当する、ないし該当する余地がある不意打ち的な勧誘行為がな され、しかも、前述のように、申立人らにほとんど何らサービスの提供を受ける法 的権利がないにもかかわらず、極めて高額な金銭を支払うとの契約を締結している のであるから、「育成所属」する契約は、暴利行為として民法 90 条に基づき無効と なり、「育成所属契約」全体も無効となると解す余地が十分あろう。
なお、「アーティスト・タレント活動」の内容については業者の任意の判断によ るもので、何ら異議を述べられないとすることも妥当ではない。当然のことながら、消費者としては、当該「アーティスト・タレント活動」を行うか否かの自由がある というべきであろう。
(5) 中途解約時に「申込費用」を一切返金しないとする契約条項
本件育成所属契約では、中途解約を認めているものの、「レッスン受講料以外の契約金について返金、精算は行わず、全額消費者が負担する」と規定した契約条項がある。契約条項通りであれば、契約直後であっても、契約金額の約 75%を占める申込費用は、返金されないことになる。これは、「平均的な損害の額」を超え、消費者契約法9条1項の不当な契約条項に該当する。
具体性に乏しいもののレッスン形式や受講方法等については、契約書「レッスンについて」に記載がある。しかしながら、申込費用については、各項目の具体的な役務内容や提供時期についての記載は見当たらず、各項目での金銭が何に対する対価なのかが明確でないことが、そもそも問題である。たとえば、申込費用に「保険料」とあるが、何に対する「保険」なのか明確でない。
なお、契約書の「重要事項説明」の「(レッスン受講料)以外の費用に関しては、契約時に発生していますので、返金出来ません」の確認欄で、消費者が「理解でき た」に「○」をつけたとしても、それは、法的には何の意味もないといえよう。
(6) 自社割賦に関する規定
本件育成所属契約では、契約書の「費用について」において、「信販会社での審 査等で否決になった場合は、自動的に自社分割支払いとなります」と「自社割賦に 関する規定」を置いている。このような特約があっても、前記(2)アで述べたように、消費者と事業者間で改めて育成所属契約が締結されない限り、自社割賦を利用した 育成所属契約は成立しないと解される。そこで、この特約が機能することは多くな
10 最判昭和 32 年 9 月 5 日民集 11 巻 9 号1479 頁等参照
いともいえる。しかし、本件事業者は、改めて育成所属契約が締結されなくても、いわば「自動的に」、自社割賦による育成所属契約となると理解して運用する可能性がある。また、今後、解釈上、適法に自動的に自社割賦となるように規定を変えることも考えられないではない。しかし、信販会社での審査等で否決になったということは、当該消費者には、当該契約を締結するに十分な信用力がないことが明らかになったわけである。そのような場合に、たとえ消費者との合意によるものであれ、自社割賦を利用できるとすることは、結局は、消費者は支払困難に陥る可能性が高く、また、消費者が個別クレジットを利用した場合の保護が受けられなくなる可能性があることからも妥当とはいえない。
(7) オーディションサイトの表示について
本件事業者のオーディションサイトのFAQには「稀に、専属所属契約には至らないが、しばらく様子を見たい、と思う方とは、準所属契約を結び、新人育成からスタートして頂く場合があります。この場合、一部の費用のご負担をお願いしております。」と表記されている。本件事業者の主張によれば、準所属契約は育成所属契約のことである。しかも、オーディションでグランプリを獲得する者は稀で、応募者の多くは、費用負担のある育成所属契約を締結するようである。そうだとすれば、「消費者契約の内容について必要な情報を提供するよう努めなければならない」と規定する消費者契約法の趣旨からして、オーディション募集の時点でオーディションサイトにも、グランプリとなる割合、準所属契約(育成所属契約)の対象となる者のおおよその割合、さらには、消費者が契約内容を把握できるよう負担金額が明示されていることが求められよう。また、「出身者が続々デビュー」などの表示も実態が伴わなければ問題であろう。
(8) その他、不当な契約条項について
本件育成所属契約には、以下のような消費者にとって不当な、ないし法的に問題のある契約条項が含まれていることから、簡単に指摘しておきたい。
ア 分割支払い債権の譲渡の承諾
分割にて、消費者が費用の支払いを行う場合、その分割債権を事業者が金融機関などに譲渡、担保差し入れることを、消費者は事前に承諾させられている。譲受人が特定されていない事前の承諾は、学説上も無効とする見解が有力であり 11、裁判例 12も、「債権者に対して債権の譲受人欄を空欄にした譲渡承諾書を差し入れる方式で無限定に行った債務者の承諾は効力がない」とする。また、ここでの契約が消費者契約であることを考えると、この契約条項は消費者契約法 10 条に反すると解する余地があろう。
イ 消費者の氏名・肖像の利用
契約期間中のみならず、契約終了後も氏名・肖像が営業や宣伝目的で消費者に無償で利用され、かつ、いかなる方法で利用されても、消費者は異議申立ができない
11 xxxx「債権総論新版」(岩波新書、2011 年)520 頁
12 平成 17 年2月2日(東京地方裁判所判決)LLI/DB判例秘書 L06030447
との契約条項がある。これも消費者に一方的に不利な契約条項と言わざるを得ないであろう。
ウ 収録音源・録画データの利用
本件事業者が希望する場合、消費者は音声を録音されること、肖像をCDジャケット、WEB、写真、映画、テレビジョンに撮影・録画されること、及び、この収録音源・録画データを事業者が使用することを承諾すること、そして、契約期間中、契約終了後も、事業者が自由に発売 ・プロモーション等を行い、使用することを承諾するとの契約条項がある。契約終了後も、事業者が自由に発売 ・プロモーション等を行い、使用できる、つまり無償で、それらができるということであろう。しかし、それは、消費者に一方的に不利な契約条項といえよう。
エ 事業者による契約解除
本件事業者は、契約期間中でも即時解除できるとして、例えば、消費者が育成ア ーティスト・タレントとして充分な技術能力の向上が認められない時、またはアー ティスト・タレント活動を故意に怠ったと事業者が判断した場合等をあげる。また、消費者の違反により事業者に損害が生じた場合は、事業者は消費者に対し損害賠償 請求を行うことができるとする。しかし、別の条項に基づけば、アーティスト・タ レント活動の内容は事業者の任意の判断で、消費者は一切異議を述べることはでき ないとする。また、能力評価も事業者が行うということである。即時解除された場 合の消費者への返金についても規定がない。これらからすると、この契約条項も消 費者に一方的に不利な内容が少なくないといえよう。
オ 重要事項説明
契約書の「重要事項説明」で、消費者に「理解できた」として「○」印をつけさせているが、たとえ、消費者が納得していたとしても、そのことによって、不当な契約条項の効力が有効となるものではない。
2 同種・類似紛争の再発防止に向けて
(1) 事業者に対して
本件は、オーディションに合格すれば歌手や声優、タレントとしてデビューできるかのような広告を出し、オーディションに応募してきた者に対して、今回は合格できなかったが、当社に育成アーティスト・タレント等として所属し、レッスン等を受講するなど育成指導を受ければ、デビューの可能性が高まる、との勧誘をして、アーティスト・タレント育成所属契約を結ばせた事案であった。こうしたオーディションを入り口にしてタレント養成講座・タレント所属契約などの集客をする事業者は、本件事業者以外にも多数みられ、ネット上に広告を出している。応募する者の多くは 20 代前半の若年者であるが、こうした社会経験の乏しい若年者が、これらの広告を見て歌手や声優、タレントになる夢を実現しようと申し込んでいるようである。
しかしながら、この種のタレント養成講座・タレント所属契約では、以下に述べるように、応募する若年者の目的や希望が実現しない可能性が極めて高いのに、それが容易にかなうかのように誤信させられている場合や、あるいは締結された契約により提供されるものが支払われた対価と見合うのか否か不明である場合、さらには契約内容が不当な場合など、様々な問題点がある。
ア オーディションに過大な期待を寄せさせる広告の存在
この種のオーディションの広告には、たとえば複数の有名タレントの顔写真が多用されているものが散見される。あるいは、当該オーディションの合格者が、すぐにも、各方面でタレントとして活動できるかのような広告文言が記載されているものもある。
こうした広告を見た者は、それらの有名タレントがみな、当該オーディション合格を機にタレントになったと誤解しかねない。そして自分もオーディションに合格しさえすれば、すぐ、これら有名タレントのようになれるかのように錯覚し、応募してしまう可能性がある。
実態には合わない過大な結果を保証するかのような広告は、優良誤認(景品表示法5条一号)に該当する可能性がある。
イ 目的を告げずに事業者の営業所等に呼び寄せ、契約をさせる場合
オーディションを受ける目的で事業者の営業所等にやってきた者に対し、オーディション終了後、「不合格だが、この養成契約を締結して頑張ればタレントになれる可能性が高い」などと勧誘して、タレント養成契約等を結ばせる事業者は多く見られる。中にはほとんどオーディションと呼ぶべき実態さえなく、やってきた者に対し最初から契約の話しかしないような事業者も存在する。
顧客が、事業者の営業所等を訪ねた理由は、あくまでもそこでオーディションを受けることが目的であって、契約をする意思はないまま営業所等に行っている。これは、いわゆるアポイントメントセールスであり、事業者の営業所等内で契約がされたとしても、特定商取引法2条1項二号、施行令1条一号により訪問販売に該当することになる。
ウ 「契約することになる」などと予め告げられたとしても、説明と異なる契約をさせる場合
オーディションの申込み時などに「オーディション終了後、不合格でも契約をすることがある」などと告げられていたとしても、それを聞いた顧客が、実際に結ばされる契約内容と同じものを想定していたのかどうかは注意を要するところである。
タレント活動を行うにはマネジメントを行う会社に所属することが多いというのは一般に知られている。そのためオーディションに応募してくる者が、「オーディション後、会社と契約を結ぶ」という言葉を聞いても、自分がタレントの仕事をするためにマネジメントを受けたり、当該会社から給料等報酬を得て、タレントとしての仕事をする契約を結ぶものと想像している可能性もある。
そうすると、営業所等に行く前に、予め「オーディション後に契約をするかもしれない」と知らされていたとしても、応募者が、自ら費用を負担して、タレント養成契約をするという認識を有していたのかどうかは慎重に検討しなければならない。同じく「契約」という言葉を用いていても、想定する契約内容が異なっていたのであれば、応募者は事業者との間でタレント養成契約を結ぶ意思なくオーディションを受けに営業所を訪れた、ということになり、なおアポイントメントセールスに該当することは否定できない。
エ オーディションでの選別基準
タレント養成講座・タレント所属業者の行うオーディションが、応募した者の中
から才能ある者を選別する基準がどこにあるのか疑問を感じることが多い。
本件事業者のオーディションでも、1次審査、2次審査、3次審査と応募者は勝ち進んでいって、最終審査では多くが不合格となるようである。1人も最終審査は通らない場合もあるとのことである。だが3次審査後、「不合格にはなったが良い素質を持っている」などと言われて、タレント養成契約締結を勧められる者は何人もいるようである。
本件事業者のオーディションでは、1次審査は書類選考で、2次審査は、声優志望であっても歌手志望であっても一同に集め同じ課題をさせるなど、審査方法が選別に適したものなのか疑問を感じる。そうした中で、2次審査までは合格し、「3次審査は不合格だが、良い素質を持っている」などという判定にどの程度信頼性があるのか疑わしい。3次審査不合格者のうちどのくらいの割合の者が契約を勧誘されるのかも不透明である。
オ 契約における債務の内容と対価性
一般にタレント養成契約などと称する、タレントになるための教育等を授けることをうたう本件同種の契約では、事業者が顧客に提供する役務の内容が必ずしも明確でない場合が多い。
そもそもこの養成教育を受けさえすれば、必ず活躍できるタレントになれるなどというものがあるのか、という本質的な疑念がある。「活躍できるタレント」とは、おそらく、傑出した何らかの才能、努力、本人を際立たせるための周囲の演出、幸運などさまざまな要素の複合した産物だと思われる。そういう存在になるためのレッスンや授業などといわれても、あまりに漠然とし過ぎていて、契約内容が特定されているとはいえない。
そうだとすると、提供される役務は、たとえば歌唱力を伸ばすための声楽のレッスンであるとか、声優に必要な発音、発声のレッスンであるとか、ダンスの訓練であるとか、具体的で明確な内容でなければ、契約内容の特定が不十分だといわざるを得ない。
そうした明確な役務内容の摘示があって、さらに、担当する講師の力量、期間、授業回数などが示され、はじめて、支払う対価がそれに見合うものなのかが判断でき、消費者が契約を締結するか否かの判断ができるようになる。
契約内容が明らかでないなら、両当事者の意思の合致があったのかという疑問さえ生じかねず、問題である。
カ 中途解約について
タレント養成契約等の性質は、顧客に対し事業者が役務提供を約するものであるから、準委任契約の性質を持つと解される。また、一定の期間継続する契約である以上、当事者とくに委任者である顧客側の事情で中途解約の必要性が生じることは想定しなければならない。準委任契約が委任者においていつでも解約ができるものであることは、この趣旨である。従って、これについて、中途解約を一切認めない、一旦支払った金額は一切返金しないなどの条項が置かれている場合は、消費者契約法9条に該当する可能性がある。事業者は平均的損害を超えて、一旦収受した顧客の契約金の返還を拒むことは許されないということになる。
キ 自社割賦契約について
本件では、信販会社との個別クレジット契約が、審査が通らないなどの事由で成
立しなかったときは、自動的に自社割賦契約として成立する、との特約があったとされる。近時このような特約を設け、クレジット契約が通らなかった契約についての債務を、後日顧客に請求する事業者が増加している。
しかし、クレジット契約は、「顧客(消費者)・事業者(販売店)・信販会社」の三者により成立する契約であり、そのため三者間の関係を調整する債務の内容が取り決められている。たとえば、典型的な例としては、信販会社が受け取る手数料が、顧客の支払う毎月の分割金の中に含まれている。このような三者間の契約を、自動的に二者間の契約に読み替えることは、そもそも構造上困難であり、矛盾を生む。
また、クレジット契約は、信販会社の審査が通ることを条件に成立するものとしており、審査が通らなければ役務提供契約・売買契約も不成立になるとしていて、標準のクレジットの契約書にはその旨の記載がされている。上記の特約は、クレジット契約の標準的な記載にも反している。
一般にクレジット契約の成立が認められない事由としては、過剰与信を防止するためとか、契約内容に不適切なものがあるとか、顧客の意思が契約成立を求めていないことが確認されたなど、顧客保護の見地のものもある。そうした場合も含めて、一律に「自動的に自社割賦契約として成立する」と定めるのは、割賦販売法が定める顧客保護の規制を脱法することにもなりかねず、不適切である。
加えて、たとえ顧客自身は当初、当該役務提供契約・売買契約の締結を強く希望していたとしても、クレジット契約が通らない、与信限度を超えているなどの指摘がされたということは、それらを知らなかった当初とは事情が変わったと見るべきである。それでもなお契約締結を希望するのかどうかは、新たな事情を前提にして再度冷静に判断すべきものであるし、通常の顧客の意思もそうであると考えられる。とすると、顧客に冷静に再度検討する機会を与えず「自動的に」自社割賦契約が結ばれたとみなす、という特約は効力を認められるべきではない。
自社割賦を利用した役務提供契約・売買契約を顧客が希望する場合は、再度新たな契約を結び直す必要がある。
ク いわゆるファクタリングと呼ばれる債権譲渡について
事業者と顧客との間で割賦販売契約を締結し、事業者がその割賦金債権を回収業者(ファクタリング業者)に債権譲渡して資金を回収する仕組みが用いられる例が散見される。このうち、事業者と回収業者とはあらかじめ包括的債権譲渡基本契約を結び(密接牽連関係の構築)、顧客と事業者との間で発生した割賦債権を回収業者が譲受け、回収業者がその代金の全部または一部を事業者に支払うとともに、その後顧客から回収する仕組みを持つものは、割賦販売法の個別信用購入あっせんに該当する。
にもかかわらず、この、いわゆるファクタリングと称する仕組みを用いる回収業者は、無登録で業を行っており、債権譲渡後に顧客との間で個別信用購入あっせん関係受領契約を締結しようとせず、加えて抗弁の接続を認めないと主張することが多い。それは、こうしたいわゆるファクタリングに用いられる自社割賦用の割賦販売契約書には、裏面に不動文字で「債務者は、債権譲渡があった場合は異議なき承諾をする」旨の条項が盛り込まれているからである(将来の、譲受人を特定しない異議なき承諾の効力については「第7 報告にあたってのコメント 1(8)その他、
不当な契約条項について ア 分割支払い債権の譲渡の承諾」を参照)。
しかし、上述したように、このファクタリングと称するスキームは、割賦販売法の定める個別信用購入あっせんそのものである。無登録営業は許されないし、当然、抗弁の接続が認められる。
(2) 信販会社の加盟店管理について
本件では、2社の信販会社が利用されていたが、2社とも本件事業者が、信販会社の個別クレジット契約が審査を通らなかったとき自動的に自社割賦契約になるとの特約を設けていたことについて、「知らなかった」と回答している。そして、そうした特約を設けることについて、うち1社は問題ないとの回答を寄せている。
しかしながら、上述したように、クレジット契約が通らなかったとき「自動的に」自社割賦契約に移行するという特約は、顧客にとって不利益となる可能性がある特約である。こうした顧客にとって不利益になる可能性を含む特約を販売店が結んでいることを、信販会社が把握していないことは、加盟店管理の上からは問題である。信販会社は、標準的なクレジット契約書ではクレジット契約の審査が通らなかった場合は、役務提供契約・売買契約も不成立とする規定があるのだから、これに反していて、しかも顧客に不利益となる可能性もある特約を設けないよう、販売店に対し求め、是正させるべきである。これを改めない販売店には、加盟店契約としての利用を認めるべきではない。
また、本件においては、信販会社は販売店となる本件事業者と顧客となる申立人らとの間の契約内容を十分把握していなかった。本件事業者が提供する役務についてはレッスンという認識に留まり、顧客が育成アーティスト・タレントとして事業者の事務所に所属し、無償でライブ活動をする場合もあることを知らなかったようである。販売店と顧客との契約内容は、個別クレジット契約の対象となる契約内容そのものであるから、加盟店管理上、十分把握に努めるべき内容である。信販会社には、さらに、加盟店の営業内容を正確に知るべく、顧客からの事情聴取等も含め、調査を尽くすべきである。
(3) 消費者に向けて
容易にタレントになれるかのようなことをうたう広告は、若年者の夢を誘うものであるが、多くは本件類似の紛争を生む内容を含んでいることを知ってもらいたい。
「才能がある」、「逸材だ」などとほめられ、「もう少しの努力で夢が実現する」などと誘われると、冷静な判断ができにくくなる心情を理解できなくはないが、高額な契約の締結を瞬時に決断するのは止めてもらいたい。とくに本件のようなタレント養成契約等の対象者である若年者にとっては、支払が容易ではない額であるし、何よりも一定の期間を拘束する内容になっているのであるから、自分自身の生活、人生を左右するとも言いうる。慎重に、その事業者が信用に足る業者か、評判なども確認したうえで、周囲に相談するなどしてから締結すべきものである。
「契約」について、どのように考えたらよいか理解が難しいなら、最寄りの消費生活センターへ相談して欲しい。
(4) 行政に対して
ア タレント養成・タレント所属業等の規制について
この種の、タレント養成を標榜する事業者が多数存在するが、現状では行政が実態を把握する手段もなく、立ち入り検査等に入る手段が用意されていないし、違法な業務を是正させるのも容易ではない。
放置すれば、場合によっては所属タレントの無償労働、報酬のピンハネ、さらに進んでアダルトビデオへの出演強要など望まない活動等労働問題へとつながる可能性があることも指摘しておく。
被害は若年で社会経験に乏しい者に集中しており、速やかに規制を強化することを考えるべきである。
たとえば、特定商取引法の特定継続的役務提供の役務類型に、「タレント養成契約等」を加え、債権債務の内容を適正に記載した書面交付義務、クーリング・オフ制度、中途解約と契約金の精算に関する規定を適用させるなど、多発する若年者被害を効果的に防止する手だてが必要だと考える。
イ いわゆるファクタリング業者に対する規制
上述したように、いわゆるファクタリング業と称して、個別信用購入あっせんを無登録で行う業者が少なくない。これを放置することは、個別信用購入あっせんに対する規制を強化して消費者被害発生を防止しようとしてきた割賦販売法の立法目的が無に帰すおそれがある。
いわゆるファクタリング業者が、自らの業を個別信用購入あっせんではないと主張する根拠は、販売店から割賦債権の債権譲渡を受けた後、顧客との間で個別信用購入あっせん関係受領契約を結ばない、という点である。顧客との間に個別信用購入あっせん関係受領契約がないものは、個別信用購入あっせんに該当しない、というのがファクタリング業者の主張なのである。彼らによると、個別信用購入あっせん関係受領契約がない以上、訪問販売、電話勧誘販売などの場合であっても、クーリング・オフの対象となる個別信用購入あっせん関係受領契約がないのだから、クーリング・オフの適用はないという。
しかし、このような主張を許すなら、個別信用購入あっせん業者自身が顧客との間で個別信用購入あっせん関係受領契約を結ぶか否かを選択し、結ばずにおくことによって、割賦販売法上の規制を回避できることになってしまう。極めて不当である。
したがって、行政はこうしたいわゆるファクタリング業と称する、無登録の個別信用購入あっせん業者を放置せず、適正に摘発・処分するべきである。
申立人Aからの事情聴取
項 目 | x x |
オーディション応募までの経緯 | ・スマートフォンで甲社の新人発掘オーディションというサイトを見て、平成 28 年9月頃に応募した。 ・サイトには「オーディション出身者が続々デビュー」と書いてあった。 |
オーディションについて | ・書類選考に合格したと連絡が来て、集団審査に行った。集団審査には 10 人くらいの人がいて、まず自己PRのような紙を書かされて、その後に1人ずつ演技などをして、終わった順から帰って行った。 ・私は声優志望だったが、集団審査は歌手やxxxxの人もいた。 ・集団審査に合格したと電話連絡があった後、実技審査の案内メールが届いた。実技審査の会場は甲社の事務所ではなく貸スタジオのようなところだった。 ・実技審査では台本を見ながら演技をした。 ・審査が終わった後、演技の録音を聞かされ、審査担当者から「今の演技でグランプリはとれないだろう。本来ならここで面接は終わりなんだけど、でもいいものを持っているから、本気でやりたいなら、事務所に来て一度ちょっと話してみないか。」と言われた。 ・事務所にもレッスン室があるから見学だけでもしてみたらどうか、話だけでも聞きに来てという感じの話だったので、見てみて考えようと思い、事務所に行く約束をし、SNSのIDを交換した。 ・レッスンの話もあったが、金額も聞いておらず費用のことは意識しなかった。 |
事務所での説明 | ・実技審査の後、審査担当者から、事務所に行くときの持ち物として、住民票や印鑑、口座番号のわかる通帳やカードを持参するようSNSで連絡があったが、事務所に所属して頑張ってみましょうと言われていたので、所属する手続をするだけで、契約にお金はかからないと思っていた。 ・平成 28 年 12 月に事務所に行き、レッスン室などの見学後、個室で、説明を受けた。 ・パンフレットのデビュー図を見ながら、こういうふうにデビューしていくんだみたいな説明があった。契約期間は1年間。歌や演技のレッスンなどもあり、オーディションも紹介してくれると言われた。可能性は誰にでもあると説明されて、チャンスだなと思った。 ・レッスンのスケジュールや内容は説明はあったが、覚えていない。時間割などはドアに貼ってあったが、レッスンスケジュール表は渡されなかった。 ・その後、お金の話がでてきて、育成所属契約の話をされた。契約書(重要事項説明)は、担当者が読み上げてくれた。 ・中途解約したとき、返金となるのはレッスン受講料でそれ以外(申込費用など)は返金されないという説明はあったが、そのときは、契約してもやめることはないと思っていたので、じっくり考えることなく、契約書にサインをした。 ・担当者から、分割払いもできると言われたので、支払方法は、分割払いを希望した。高いなと思ったが、「月2万ぐらいだったら大丈夫でしょう。」と2万円 30 回払いを提案された。 ・クレジットカードで買い物をしたことはあるが、今回のような個別クレジッ |
ト契約は初めてで、クレジット契約についてあまり理解していなかった。 ・個別クレジット契約の審査が通らないときは、甲社との分割支払いになるという説明は聞いていない。その場合の支払額なども聞いていない。 | |
ク ー リ ング・オフについて | ・全部終わった後、母に電話したら「払えないでしょう。」と言われた。ほかにクレジットカードを使っていたり、生活費にもお金を使うので、契約はクーリング・オフしようと思った。 ・クーリング・オフのハガキを甲社に郵送した後、母が甲社とクレジット会社と話しており、個別クレジット契約については成立していないと母から聞いた。 ・甲社に母が問い合わせたところ「ハガキは届いているが、規約にあるとおりクーリング・オフはできない。」「クレジット契約が不成立でも当社との契約は成立となる。」「解約するにしても契約金額 53 万円のうち申込費用と消費税 を合わせた 40 万円近くは支払ってもらう。支払えば契約解除できる。」などと言われ、クーリング・オフに応じてもらえなかった。 ・その後、甲社から一定期間猶予後に一括払いするという内容の確認書が届いたが、これを書かなかったら契約がなくなるかなと思って、そのままにして いた。 |
センターに相談した経 緯 | ・平成 29 年7月末頃に、マネージャーと顔合わせするので連絡を下さいというメールがあったので、母に相談した後、消費生活センターに相談に行った。 ・甲社から解決金として 11 万 3,000 円という金額を提示されたが、断った。 |
申立人のxx | ・xxxxも受けていないし、宣材写真もとっていないので請求には納得できない。何も支払わずに終わりたい。 ・集団審査や実技審査などのときに録音したものや撮影したものは、もう使っ てほしくない。 |
申立人Bからの事情聴取
項 目 | x x |
1 回目のオーディション応募までの経緯 | ・平成 28 年6月頃、スマートフォンで乙社の新人発掘オーディションのサイトを見た。 ・オーディションサイトはほかにもあったけれど、グランプリの場合、1年以内のメジャーデビューができて、ほかにも舞台とかいろいろな活動ができるというようなことが書いてあったので、良いと思い、歌手部門に応募した。 ・スマートフォンから、書類審査用のプロフィールと自分の写真を送った。 |
1 回目のオーディションについて | ・書類審査に合格し、集団審査に進んだ。審査は事業者の事務所で行われた。 ・15 名程度でのグループが4つか5つくらいあった。 ・1グループずつレコーディング室のようなところに呼ばれ、まず自己紹介をして、どういう歌手になりたいのか発言し、特技があれば特技をやったり、最終的に自分の得意な歌をその場で歌うという形の審査だった。 ・集団審査に合格すると、指定されたレコーディングスタジオに行き、そこでマンツーマンでレコーディングや面接をする実技審査があった。 ・実技審査後、その場で「グランプリにはなれないけど、是非、うちの事務所でア ーティストとして所属を前向きに考えたいから、いろいろ話があるからまた来てね。」などと言われた。 |
1回目の勧誘について | ・後日、事務所に行くと、事務所に入ってもらって教育するからということを説明されたが、最後にお金の話になり、育成所属契約は 50 万円以上かかる契約だと知った。 ・金額が金額なので「それはちょっと高いです。」と言って、契約書を持ち帰る形で 退席した。その後、いろいろ連絡が来たが、「ちょっと無理ですね。」という形で契約を断り、契約書は送り返さなかった。 |
2 回目のオーディションについて | ・一年後、「公募していないお勧めのオーディションがあるから音源を使ってもいいか。一年前に録音した音声をオーディション先に送るだけだから、何にもしなくていい。合否が出たらまた報告する。」というメールが届いた。 ・オーディションに合格したら、アルバムの制作に入れる、CDを出せる、活動に参加できるということだったのでオーディションへの応募を承諾した。 ・その後、「受かりました。CDデビューできる。もしやるとしたら契約まで流れがあるから、その流れを説明したい。だから事務所に来て。」と連絡があったので事務所に行くことにした。オーディションに合格したのだからCD制作に関係した契約の話だと思っていた。 ・ただ、一年前のこともあるので、有料の育成所属契約を勧められても困ると思い、印鑑は持参しなかった。 ・公募していないという、そのオーディションの主催者はわからない。レーベル先がどこかもわからない。今、考えると、本当にそんなオーディションがあったの かも疑わしいように思う。 |
・事務所に行くと、いきなり約 52 万円の育成所属契約の話をされた。CDデビューに関する話は一切なく、技術的に不足しているので、事務所に入って育成枠で頑張り、一年後に事務所に所属できるかどうかを判断するという説明を受けた。デ ビューについて聞いても「いや、それはちょっと待っていて、とりあえず先に育 |
事務所での説明 | 成所属契約だから。」と流されてしまった。 ・ギャラは最初は出ないけど、もし楽曲が売れれば歩合が出るかもしれないという話はあった。 ・契約書の重要事項説明は、はい、チェック、チェックという感じで、次々に丸をつけていくよう促され、解約時の返金対象がレッスン受講料のみであることや分割支払いを滞納すると残額は一括支払いとなることについてなど説明されたとは思うが、内容をよく理解して丸をしていたわけではない。 ・レッスン受講料以外の申込費用の内訳については、所属登録費いくら、事務所手数料いくらなどと読んだだけで、具体的な説明はなかった。申込費用のうち「保険料」について、どういう保険なのかと聞いたが、答えてもらえなかった。 ・xxxxは大学の授業みたいにコマ数が決められていて、場所は、「うちが持っているレコーディングスタジオとかレッスンスタジオでやるよ。」と説明を受けたが、契約書に書いてあるレッスンの別紙というものは見ていないし、受け取ってもいない。 ・支払いについては、分割支払いと一括支払いの現金払い、クレジットカード払いがあると説明された。担当者から「分割払いなら月々これぐらいがいいんじゃない。」という提案があり、月3万円という支払金額になった。 ・個別クレジットの審査に通らなかった場合、乙社との直接の分割払いになるとい う説明は何も聞いていない。それに関した書類などももらっていない。 |
センターに相談した経緯 | ・印鑑を持って行かなかったので、育成所属契約書には指印を押したが、個別クレジットの申込書は持ち帰った。その後、乙社から何回か提出を促す連絡があったが、育成所属契約をしてもデビューできないと思い「デビューの話がないと送り返せないです。」と言い、申込書は送り返さなかった。 ・育成所属契約と個別クレジットの契約の二つの契約が一緒になって契約が成立すると思っていたので、個別クレジット契約の書類を送らなければ、育成所属契約も成立しないと思っていた。 ・その後連絡はなかったが、しばらくしてから約 52 万円の支払を求める催告状が内容証明郵便で届いた。消費生活センターに相談し、契約解除通知書を書き、乙社 に郵送した。 |
申立人の希望 | ・大学生の自分に払える金額ではないので、契約はなかったことにしてほしい。金銭負担なしで、円満に解決したい。 ・オーディションの際に録音した音源等はほかに使用しないでほしい。 |
甲社及び乙社からの事情聴取
項 目 | x x |
甲社及び乙社と関連会社との関係 | ・乙社のチーフマネージャーをしている。甲社については、事情聴取の対象という立場として委任を受けてきた。 ・甲社、乙社の関連会社には、O社、P社、Q社など複数ある。 ・関連会社はグループ会社として、経理など共通して処理できる業務については、共通して行っている。 |
事業概要について | ・甲社も乙社も、基本は同じで、タレントの育成及びマネジメント、いわゆる芸能事務所のマネジメント機能を主な業務としている。 ・甲社、乙社と育成所属契約を締結しているのは、それぞれ 110 から 120 名程度。 |
オーディションについて | ・オーディションは、それぞれの会社がネット広告(以下「オーディションサイト」という。)で募集している。ほかの方法では募集していない。グランプリ特典として1年以内にメジャーデビューと掲げている。 ・オーディションの基本的な流れは、書類審査、集団審査、実技審査、その次に最終審査があり、そこでグランプリを探すというもの。交通費は負担いただくが、オーディション参加費はかからない。歌手志望、声優志望などに分けてオーディションを行っていないのは、弊社グループが歌一本でやっていける状況ではないため、幅広く人材を発掘する必要があるからだ。 ・書類審査、集団審査等の各審査ごとに毎回合否を出し、基本的に電話とメールで審査結果を伝えている。アカウントが交換できた場合はSNSを利用して連絡することもある。 ・少ない時でも1か月に 100 名弱、多い時で 200 名ほどの応募がある。100 名の 応募があれば 20 名から 30 名程度が書類審査から集団審査に進み、20 名弱が実技審査に進む。 ・集団審査では、審査員の前に出て、歌や特技を披露するなどのパフォーマンスを自由にやってもらった後、質疑応答で活動の経験などを聞いている。集団審査は1人の持ち時間が2分から5分程度と簡単なものになってしまうので、もう一回見たいと思った場合に、実技審査に進んでいく。 ・実技審査では、レコーディングブースのあるスタジオで一人ずつ個別に歌ってもらって録音をして、音をチェックするなどの実技の審査と面接を実施している。録音した音源の著作権は会社に帰属していると考えている。商品化するなどは考えていないが、1年は保存している。 ・実技審査を通過した後は、最終審査に進むが、実技審査でほとんど落選する。 1人も最終審査に通らない場合も多い。ただし、不合格でも良いものを持っている人については育成所属契約を勧める。 ・書類審査、集団審査と振り落としていった上での実技審査なので、自分は選ばれたというふうに思うかもしれない。しかし、実技審査の時に、次に進め ない人には、何がダメなのかを伝えている。 |
グランプリについて | ・我々がグランプリレベルだと評価する人材は簡単に見つからない。 ・弊社のグループが出来上がってから、5名程度のグランプリを出し、実際に 1年以内にデビューさせている。 |
専属所属契約について | ・オーディションサイトに「オーディション出身者が続々デビュー」と記載したことについて、続々とまでは言えないのではないかと指摘されたが、グル ープ全体ではグランプリのほかにも数十名が専属契約となり、デビューして |
いる。ただし、デビュー者の中に有名といえるほどの人はまだいない。 ・専属契約というのは、レコード会社との契約と考えてもらうとわかりやすい。グループ会社のQ社と契約を結ぶが、契約に当たり費用は発生しない。ギャランティーも出る場合がある。 | |
育成所属契約締結までの流れと費用について | ・オーディションの結果、育成所属契約締結となった場合について、FAQには「稀に、専属所属契約(専属契約)には至らないが、しばらく様子を見たい、と思う方とは、準所属契約を結び、新人育成からスタートして頂く場合があります。この場合、一部費用のご負担をお願いしております。」と書いているが、いくらの費用を負担してもらうかは表記していない。準所属契約とは育成所属契約のことである。 ・実技審査の段階で、これぐらいの費用がかかると説明している。ただし、実技審査と同じ日に契約手続きはしない。消費者に一度帰って検討していただくことにしている。 ・契約する前提として、年間での契約であること、レッスン受講料以外の費用が返金できないことなどは、申込者に対し重ねて確認をしている。中途解約を認めないのが原則というわけではないが、1か月以内でやめるということは想定していないし、契約後すぐにサービス提供をしているので、レッスン 受講料以外の費用は返金しないという規定にしていた。 |
育成所属契約等において提供する役務について | ・仕事をあっせんすることは契約書にも一切書いていないし、誤解がないよう注意して伝えている。(契約時の)重要事項説明でも読み合わせしている。 ・育成所属契約締結後の育成期間中はライブ活動をしてもギャランティーは出していないし、ライブ活動の参加も保証していない。 ・デビュー・ブッキング、プロモーション、またはプレゼンテーション等の機会を保証するものではなく、アーティスト・タレント育成活動の内容は事務所の任意の判断による。事務所の判断に一切の異議を述べないことを確認する条項を契約書に設けている。 ・どういうサービスの提供をし、どういう支援をするかは約束できないので、契約書に書いていない。本人の努力不足で実現しないということはあり得る ので、サービスを何も提供していないというのは違う。 |
自社割賦に関する規定について | ・信販会社での審査等が否決になった場合、自動的に自社割賦になるという規定を置いている。 ・これは、過去に、信販会社の審査に落ちた方について自社割賦で対応したことがあって、それ以降、同様の場合はそのようにしてきた。 ・お金がないのでやりたいことができないまま旬の時期が過ぎてしまい、夢がかなえられないということをなくしてあげたいので、自社割賦対応を行っている。しかし、自動的に自社割賦になるとする条項については、問題があると認識したので、仕組みから考え直したい。なお、申立人Aさんは、信販会 社での審査が否決となっている。 |
申立人Aの契約について | ・実技審査の時に審査担当者が、契約書面は渡していないが費用についてこのぐらいの金額がかかりますよと、話している。 ・その際に本人から、育成所属契約を結んで、お金を払ってやりたいですとい う申出があったと認識している。やりとりは、音声記録で残している。 |
申立人Bの契約について | ・新人向けの業界内オーディションの企画があって、過去の音源を聞いたところ、良かったので、本人に参加してみますかという話を振ったところ、してみたいですということだった。 ・本来は事務所に所属していないと応募できないが所属したことにして応募しようとの説明をした上で、業界内オーディションを受けて、合格した。したがって、この企画に参加するためには、育成所属契約の締結をすることが前 提となる。 |
今後の改善について | ・育成所属契約を勧誘する行為態様として特定商取引法上の規制対象に該当するような過程は踏んでいないという前提で、契約締結時に渡した書面に「クーリング・オフの対象外」と記載していたが、該当する場合はクーリング・オフを認める。誤解を与える文言であると認識したので、是正していく。 ・育成所属契約に「分割支払い債権の譲渡の承諾」という契約条項を入れているが、譲受人を空白にして未確定のままで将来の債権譲渡について異議なき承諾をしたときの効力は無効とするという裁判例があるのは、ご指摘のとおりなので、今後、削除を検討する。 ・育成所属契約の費用の内訳は、申込費用とレッスン受講料で、サービス内容はレッスン提供がメイン。今後は、費用の名目で説明のつかないものはなく し、説明できるものも平均的な額の設定にしていく。 |
解決案について | ・申立人A、申立人Bとも、ゼロ円和解をしたい。 ・これまで、契約書やコンプライアンス的なところは弁護士の指導を受けた上でそれを遵守してやってきたので、法律に関して問題ない範疇で行ってきたと考えていたが、改善するべき点は速やかに改善をしていきたい。 |
「甲社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争」及び「乙社とのアーティスト等育成所属契約に係る紛争」処理経過
日 付 | 部会開催等 | x x |
平成30年 2月7日 | 【付託】 | ・紛争の処理を知事から委員会会長に付託 ・あっせん・調停第二部会の設置 |
2月19日 | 第1回部会 | ・審議の進め方についての確認 ・紛争内容の確認 |
3月7日 | 第2回部会 | ・申立人A、申立人Bからの事情聴取 |
3月19日 | 第3回部会 | ・甲社及び乙社からの事情聴取 |
4月12日 | 第4回部会 | ・問題点の整理 |
4月26日 | 第5回部会 | ・あっせん案の考え方等の確定 ・クレジット会社への確認事項の確定 |
5月16日 | 第6回部会 | ・甲社及び乙社にあっせん案の考え方等を示し、意見交換 ・あっせん案の確定 |
5月18日 | (あっせん案) | ・あっせん案を紛争当事者双方に提示 (申立人Aと甲社、申立人Bと乙社とも受諾) |
6月18日 | (合意書) | ・合意書の取り交わし |
6月21日 | 第7回部会 | ・報告書の検討 |
6月28日 | (個人情報の消去) | ・甲社、乙社から個人情報の消去についての報告を確認 |
8月20日 | 【報告】 | ・知事への報告 |
xxx消費者被害救済委員会委員名簿 | |||
平成30年8月20日現在 | |||
氏 名 | 備 考 | ||
学識経験者委員 | (16名) | ||
x x x x | 東京大学社会科学研究所教授 | ||
x x x x | 弁護士 | ||
xx xxx | 弁護士 | 本件あっせん・調停部会長 | |
x x x | 法政大学法学部教授 | ||
x x x 恵 | 立教大学法学部教授 | ||
x x x x | 早稲田大学大学院法務研究科教授 | ||
x x x x | 明治大学法学部教授 | ||
x x x x | 中央大学大学院法務研究科教授 | 本件あっせん・調停部会委員 | |
xx xxx | 一橋大学大学院法学研究科教授 | ||
x x x | 弁護士 | 会長代理 | |
x x x x | 弁護士 | ||
x x x x | 弁護士 | ||
x x x x | 慶應義塾大学大学院法務研究科教授 | ||
x x x x | 中央大学大学院法務研究科教授 | ||
x x x 子 | 弁護士・東京経済大学現代法学部教授 | 会長 | |
x x x | 弁護士 | ||
消費者委員 | (4名) | ||
x x x x | xxx生活協同組合連合会 常任組織委員 | ||
xx xxx | 主婦連合会 参与 | ||
x x x x | xxx地域消費者団体連絡会 共同代表 | ||
x x x x | 特定非営利活動法人xxx地域婦人団体連盟 理事 | ||
事業者委員 | (4名) | ||
x x x x | 東京商工会議所 理事 | ||
x x x x | 一般社団法人東京工業団体連合会 専務理事 | ||
x x x | xxx商工会連合会 専務理事 | ||
xxx xx | xxx中小企業団体中央会 常勤参事 |
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