Contract
民法(債権法)改正委員会第14回全体会議資料
契約の成立
09.1.24
I 諾成主義の原則
【II-5-1】諾成主義の原則
契約は、当事者の合意のみによって成立する。ただし、法令に反対の定めのある場合は、この限りではない。
提案要旨
1 【II-5-1】は、第1に、契約が当事者の合意のみによって成立すること(諾成主義の原則)を明文化するものである。
契約の成立に関する諾成主義について現行民法に規定はないが、現行民法も諾成主義を前提としており、判例・学説にも異論はない。
そして、諾成主義の原則は、契約の成立要件に関わる基本原則であるから、たとえ法律家にとっては当然であるとしても、xxの規定をおくことが適切である。実際、現在でもなお、一般市民の間には、ときとして、契約が法的拘束力を有するためには、契約書の作成が必要であるとの誤解も存在するところであり、一般市民にとって自明とまではいえない。
そこで、【II-5-1】は、契約は当事者の合意のみによって成立し、契約の成立には原則と
していかなる形式も必要ないことを明確にする。
2 第2に、本提案は、契約は、当事者の合意がなければ成立しないという原則も明らかにするものである。
契約の拘束力の根拠を何に求めるかについては議論があり、わが国においても、当事者間に生じた信頼など、意思以外の要素を契約の拘束力の根拠として考慮すべきであるとの見解も有力に主張されている。しかし、そのような見解にあっても、意思が契約の拘束力の契機としての意味をもっていることは否定されていない。現代において、意思が希薄化・空洞化している場面が少なくないことは事実であるが、意思が、契約の拘束の根拠としての意義を有している以上、合意がないにもかかわらず契約の成立を肯定すべきではない。
3 本提案の趣旨は、あくまで、従来のわが民法における原則を確認するにとどまり、従来よりも諾成主義の原則性を高めるものではない。したがって、法令による場合はもち
ろん、契約自由の原則により、当事者が契約の成立に契約書の作成などの特定の形式や、物の交付を要件とすることを妨げるものではないことは、従来とまったく異なることがない。
【解説】
① 契約の成立に関する諾成主義について現行民法に規定はないが、現行民法も諾成主義を前提としている。その原則性は、判例および学説によっても基本的に承認されている。
② そこで、従来の諾成主義の原則を明文化することにより、諾成主義の原則をあらためて確認し、契約の成立には原則としていかなる形式も必要ないことを明確にするのが
【II-5-1】である。
これに対しては、xx主義は当然の原則であってxxで規定するまでもないとの批判もありうる。しかし、現実には、一般市民の間には、ときとして、契約が法的拘束力を有するためには、契約書の作成が必要であるとの誤解も存在しており、法律家にとっては当然であるとしても、基本原則を明らかにする意味はある。諾成主義についてxxの規定をおく他の立法例としては、スペイン民法1258条、フランス債務法改正草案1127条、CISG11条、ヨーロッパ契約法原則2:101条がある。
③ もっとも、本提案の趣旨は、あくまで、従来のわが民法における原則を確認するにとどまる。言い換えれば、xxの規定をおくことにより、従来よりも諾成主義の原則性を高めようとする趣旨ではない。したがって、必要に応じて、法令または、契約自由の原則に従い、当事者の合意により要式契約や要物契約が認められることは、従来とまったく異なることがない。
④ 【II-5-1】本文の当事者の合意とは、契約を成立させる当事者の意思表示の合致の
ことをいう。その内容は、【II-5-2】で定める。
⑤ ところで、第4回全体会議に提出した提案では、契約の成立と効力の発生についてとくに分けることなく、当事者の合意のみにより「その効力を生じる」という表現を用いていた。確かに、契約は成立すれば原則としてその効力を生じるので、とくに両者を分ける必要はないともいえる。
しかしながら、たとえば、停止条件付売買では、合意のみによる売買契約の成立と、その効力発生を分けて考えることが可能であり、かつ、合意により契約が成立した以上は、契約の拘束力により、停止条件の成就以前であっても、当事者は契約内容についての合意を再度蒸し返すことはできないことを適切に説明することができる。
同様のことは、期限付の契約についても妥当する。また、契約を締結した当事者に錯誤があった場合についても、少なくとも規範的な意味で意思表示の合致があることが前提となると考えられる。
こうしてみると、従来と同様、むしろ、契約の成立要件としての意思表示の合致と、そ
れ以外の有効要件とを区別することに意味がないわけではなく、従来も、「契約の成立」という表現を用いることが一般的であることから、本提案では、契約は、意思表示の合致により成立する、という表現を用いることとした。
⑥ つぎに、【II-5-1】は、契約が当事者の合意のみによって成立することと同時に、契
約は、当事者の合意がなければ成立しないことを明らかにするものである。
当事者の合意がなければ契約は成立しないとする点に関しては、現代社会において、バス・電車などの交通機関の利用や、自動販売機からの物品の購入のような社会類型的行為に合意を見て取ることが困難な場合がある。そして、このような場合について、学説のなかには、意思の合致を見いだすことは擬制に過ぎるのであり、むしろ、端的に、事実上の給付の提供とその受領に基づいて契約が成立する場合を認めるべきであるとの考え方も存在する。
⑦ たしかに、契約の拘束力の根拠を何に求めるかについては議論があり、わが国においても、当事者間に生じた信頼など、意思以外の要素を契約の拘束力の根拠として考慮すべきであるとの見解も有力に主張されている。しかし、そのような見解にあっても、意思が契約の拘束力の契機としての意味をもっていることは否定されていない。現代において、意思が希薄化・空洞化している場面が少なくないことは事実であるが、意思が、契約の拘束の根拠としての意義を有している以上、合意がないにもかかわらず契約の成立を肯定すべきではない。
⑧ なお、本提案は、合意がなければ契約は成立せず、契約は合意のみによって成立することを定めるにとどまり、それを超えて、契約の定義について、一定の立場をとることを指向するものではない。
契約の定義については、契約が、法的効果を生じさせるあらゆる意思の合致を指すのか、それとも、契約当事者に何らかの義務を発生させる合意に限られ、当事者間の権利義務関係を消滅させる合意(合意解除など)は契約にあたらないのかどうか、あるいは、物権契約を認めるかどうかなどについて、学説の見解は分かれている。この点については、現時点で、立法により一定の方向性を決めることは適切ではないと考えられるため、本提案は、契約の定義については、今後も解釈に委ねることを前提としている(【II-5-2】解説③参照)。
II 契約の成立
【II-5-2】契約の成立
(1) 契約は、当事者の意思およびその契約の性質に照らして定められるべき事項について合意がなされることにより成立する。
(2) 前項の規定にもかかわらず、当事者が、契約を成立させる合意を留保したときは、その合意がなされるまで、契約は成立しない。
提案要旨
1 【II-5-2】は、【II-5-1】を承けて、どのような合意があれば契約が成立するかについて規定をおくものである。
現行民法には、契約を成立させる合意とは何かについて、xxの規定はない。しかし、 契約の成否をめぐる紛争を予防するためには、手がかりになる規定があることが望ましい。契約を成立させる合意について規定する方法としては、申込みおよび承諾に関する定義
をおくにとどめる方法もありうる。しかし、申込みと承諾による契約の成立は、契約の成立の1つの典型例に過ぎない。契約は、それ以外にも、契約当事者が契約内容について交渉しつつ合意を形成することによって成立する場合(いわゆる「練り上げ型」)もあり、契約の成否は、後者の類型について問題となることが少なくない。したがって、申込みおよび承諾の定義とは別に、契約を成立させる合意の内容について、一般的な手がかりとなる規定をおくことが適切である。
2 契約が成立するためには、まず、契約内容について合意がなされていることが必要である。その際、契約の内容のあらゆる部分について合意する必要はもちろんないが、少なくとも当事者が契約を成立させるために合意すべきであると定めた事項について合意がなされなければ契約は成立しない。
【II-5-2】(1)は、その趣旨を定めるものである。すなわち、「当事者の意思およびその契約の性質に照らして定められるべき事項」について合意がなされれば、その合意は契約を成立させる終局的な合意であると推定され、(2)による留保がなされていない限り、契約は成立する。
どのような合意がなされれば契約が成立するかは、何よりも、各当事者の意思を基準として、両当事者にとって、何がその契約に拘束力を生じさせるために定められるべき事項であると考えられていたかによって決まる。たとえば、売買の目的物と代金について合意したとしても、目的物の引渡しがなされるべき履行地について合意がされなければ契約を締結させるつもりはない、と当事者が考えていた場合には、その売買契約は、履行地につ
いての合意がなされるまでは成立しない。
そして、当事者が、いかなる点について合意をすれば契約は成立すると考えていたかを判断するに際しては、契約の性質も考慮される。たとえば、日用品の売買契約であれば、目的物および代金に関する合意が、契約を成立させるために定めるべき事項として重要であり、とくに当事者が異なる意思を表示しない限り、これらについて合意がなされれば、契約は成立する。これに対して、企業の合併など、より複雑な内容の契約をするときには、当事者が契約を成立させるために定めるべき事項は、様々な事柄に及びうる。
いずれにしても、契約を成立させる合意は、その内容について確定可能でなければ合意として有効ではないことは、法律行為一般の場合と同じである。
4 さらに、場合によっては、契約当事者は、契約内容として定められるべき事項につ
いてすべて合意をしてもなお、契約を成立させる合意をすることを留保することがある。たとえば、当事者が、契約の内容についてすべて合意しながら、その内容で契約を締結 する終局的な合意は、正式な契約書への署名を通じて行われる旨合意により定めることがある。このような場合、その契約は正式な契約書への署名を通じて契約を成立させる終局的な合意があるまでは契約の効力を生じさせないというのが当事者の意思と考えられる。このように、契約の当事者が、契約の内容として定めるべき事項については合意をして いたとしても、一方または両当事者が契約を成立させる合意を留保していた場合には、その合意は契約を成立させる終局的な合意とはいえない。その場合、両当事者があらためて、
契約を成立させる合意をしたときに契約は成立し、その効力を生じることを定めるのが、
【II-5-2】(2)である。
【解説】
① 現行民法には、契約を成立させる合意とは何かについて、xxの規定はない。しかし、契約の成否をめぐる紛争を予防するためには、手がかりになる規定があることが望ましい。
② また、契約を成立させる合意について規定する方法としては、申込みおよび承諾に関する定義をおくにとどめる方法も考えられないではない。しかし、申込みと承諾による契約の成立は、契約の成立の1つの典型例に過ぎない。契約は、それ以外にも、契約当事者が契約内容について交渉しつつ合意を形成することによって成立する場合(いわゆる「練り上げ型」)もあり、契約の成否は、後者の類型について問題となることが少なくない。したがって、申込みおよび承諾の定義とは別に、契約が成立するためには、いかなる合意が必要かについて、規定をおくことが適切である。
③ その前提として、契約を成立させる合意とはどのような合意であるのか、契約の定義について規定することも考えられるが、本提案では、契約の定義に関する条文をおくことはしない。
契約を複数の者の意思表示の合致と理解することについて異論はないが、合意と契約との関係については、学説の見解は分かれている。すなわち、わが国においては、伝統的に、当事者間に権利義務を発生させる合意のみならず、合意解除のように、当事者間の法律関係を消滅させる効果を有する合意や、和解の効果を法律関係の変動と理解したうえで和解もまた契約であるとする理解が一般的である。このように、当事者の意思に従って一定の法的効果を生じさせることを目的とする合意を広く契約とすることに対しては、それらがすべて契約なのではなく、当事者間に法的義務ないし債権を発生させる合意が契約であり、契約により法律関係が変動するとしても、それはその義務ないし債権が直ちに履行されることによるとの見解も主張されている。しかしながら、この点に関する議論はまた十分に深められているとはいえない。また、契約あるいは契約を成立させる合意について抽象的な定義をおくことは、必ずしも必要不可欠なことではなく、むしろ、具体的な紛争を予防するための具体的な手がかりとして、どのような合意があれば契約が成立するかを規定することが適切である。
将来的には、契約と合意の異同について整理をする必要があると考えられるが、本提案では、契約の定義規定はおかないこととする。
④ 契約成立するために、いかなる内容の合意が必要であるかについては、比較法的には、2つの考え方がある。
α型:契約の本質的構成要素に関する合意があれば、契約は成立する。
… 何が契約の本質的構成要素であるかは、典型契約ごとに決まっている。
ex. 売買は、物および代金に関する合意によって成立する。
β型:契約を成立させる合意とは、当該契約の効果を生じさせる意思の合致である。
ex. 売買は、所有権の移転と引き換えに代金を支払う合意によって成立する。
このうち、α型では、当事者が契約の本質的構成要素に合意することにより契約は成立するのに対して、β型では、当該効果を生じさせることを合意することにより、契約は成立する。
⑤ 現行日本民法は、典型契約の合意について、β型によって規定している。わが国の学説・判例の大勢もまた、契約を成立させる合意の内容としては、当該契約の効果を生じさせる合意を基本としてきた。
⑥ 比較法的には、典型契約の規定において、α型を採用し、本質的構成要素を客観的に定める例もある。しかし、契約の本質的構成要素に関する合意を契約が成立するための要件であるとすると、非典型契約とくに新種の契約について、いかなる要素についての合意が必要であるのか、予見できないという問題がある。
また、どのような合意がなされれば契約が成立するかは、何よりも、各当事者の意思を基準として判断されるべきである。
⑦ 他方、β型を採用する場合には、いかなる内容の合意があれば当該契約の効果を生じさせる合意であるといえるのかについて判断することは困難であり、この点について手がかりを与えることが必要となる。
というのも、β型においても、契約が成立するためには、契約内容の一定事項について合意がなされていることが必要であり、このことは、わが国においても異論なく認められている。その際、契約の内容のあらゆる部分について合意する必要はもちろんないが、少なくとも当事者が契約を成立させるために合意すべきであると定めた事項について合意がなされなければ契約は成立しない。
さらに、場合によっては、契約当事者は、これらの内容について合意がされてもなお、直ちに契約を成立させる意思がないことを明らかにしていることもある。言い換えれば、契約が成立するためには、契約内容についての確定的な合意があるだけでは足りず、その合意が終局的であることが必要である。
もっとも、通常は、契約内容として当事者が定めるべき事項について合意がなされたときは、同時にその内容で契約を成立させる終局的な合意もなされていると考えられる。
⑧ そこで、本提案は、従来と同様、契約の効果を生じさせようとする合意があれば契約は成立することを前提として、「当事者の意思およびその契約の性質に照らして定められるべき事項」について合意がなされれば、原則として、その合意は契約を成立させる終局的な合意であると考えられるので(【II-5-2】(1))、(2)による終局性の留保がなされていない限り、契約は成立するものとする。
⑨ どのような合意がなされれば契約が成立するかは、何よりも、各当事者の意思を基準として、両当事者にとって、何がその契約に拘束力を生じさせるために定められるべき事項であると考えられていたかによって決まる。たとえば、当事者が、売買の目的物と代金について合意したとしても、目的物の引渡しがなされるべき履行地について合意がされなければ契約を締結させるつもりはない、と考えていた場合には、その売買契約は、履行地についての合意がなされるまでは成立しない。
また、当事者が、いかなる点について合意をすれば契約は成立すると考えていたかを判断するに際しては、契約の性質も考慮される。たとえば、日用品の売買契約であれば、目的物および代金に関する合意が、契約を成立させるために定めるべき事項として重要であり、とくに当事者が異なる意思を表示しない限り、これらについて合意がなされれば、契約は成立する。これに対して、企業の合併など、より複雑な内容の契約をするときには、当事者が契約を成立させるために定めるべき事項は、様々な事柄に及びうる。
⑩ いずれにしても、契約を成立させる合意が、その内容について確定可能でなければ合意として有効ではないことは、法律行為一般の場合と同じである。すなわち、契約の確定可能性が欠ければ契約がその効力を生じないことは、論理的には、契約の解釈に関する条文からも導くことができる。この点、第4回全体会議への提案では、一般市民にとってのわかりやすさという観点から、重複を恐れず、契約内容の確定可能性が契約の有効な成
立のために必要である旨のxxの規定をおくこととしたが、【II-5-1】および【II-5-2】の他の規定との関係で、かえってその意味がわかりにくくなる可能性があるため。本提案では、確定可能性を必要とするxxの規定はおかないものとする。
⑪ さらに、場合によっては、契約当事者は、契約の内容を構成する事項についてそれぞれ合意をしてもなお、契約の成立を留保する場合がある。
たとえば、当事者が、契約内容について合意したうえで、その内容で契約を締結する終局的な合意は、正式な契約書への署名を通じて行われる旨定めることがある。このような場合、当事者がその契約の内容として定めるべき事項についてすべて合意してもなお、契約は正式な契約書への署名を通じた終局的な合意があるまではその効力を生じない。
このように、契約の当事者が、契約を成立させる終局的な合意をすることを留保していた場合には、契約の内容として定めるべき事項について当事者がすべて合意したとしても、契約は成立しないことを定めるのが、【II-5-2】(2)である。
⑫ これに関連して裁判上争いになった事例として、国土計画法によって定められた許可を取得することが契約締結の前提とされ、当事者は、許可が取得される前に契約内容を構成する事柄についてすべて合意していたが、正式な契約の締結が許可の取得後になされることが予定されていた場合に、当事者の一方が許可の取得後、正式な契約の締結前に翻意したとき、相手方は契約の成立を主張できるかどうかが問題になった事例がいくつかある。
そのなかには、当事者は契約の内容として定めるべき事項についてはすべて合意していたが、許可の取得があるまでは契約で定められた内容を実現すべき義務を負わず、したがって、それまでは契約を締結する終局的な合意がそもそも存在しないと解される事例も存在する。このような場合には、そもそも、正式な契約の締結までは、たとえ契約内容を構成する事項について当事者間で合意していたとしても、契約を成立させる合意はまだなされていないといえる。したがって、許可の取得後に当事者の一方が正式な契約の締結を拒絶した場合、契約はまだ成立していないので、相手方は、契約に定められた内容の履行を請求できない(その後に正式な契約を締結することを拒絶したことがxxx違反にあたるときには、損害賠償義務を負うことは、また別の問題である)。
【II-5-2】(2)は、このような場合には、契約内容として定めるべき事項について当事者
が合意したとしても、なお契約は成立せず、契約は、当事者があらためて契約を成立させることに合意したときにその効力を生じることを明らかにするものである。
このような場合、たとえば、許可が取得されるまでは契約を成立させる合意をすることが留保されている場合には、許可の取得という事実があれば、直ちに契約が成立するわけではなく、契約は、その事実が生じた後に当事者がその契約から効力を生じさせることに合意したときに成立し、その効力を生じさせる。もっとも、その事実が、正式な契約書への署名や、目的物の交付など、当事者の行為であるときには、その行為を通じて、契約を成立させる終局的な合意がなされたと考えることができる。
これに対し、たとえば、先の例でいえば、当事者は許可の取得前に契約内容を構成する事項について合意し、かつ、契約を成立させる終局的な合意をしたうえで、許可の取得を契約の停止条件とすることもある。後者の場合、契約内容に関する当事者の終局的な合意は形式の履践より前にすでに存在するので、各当事者は、許可の取得後に契約内容の変更を求めることはできないし、許可が下りた後に契約の履行を拒絶することは債務不履行となる。
≪比較法≫
(1) 本質的構成要素に関する合意を中心に規定する立法例(α型)
・スイス債務法2 条1 項
・ロシア民法典432 条1 項
cf.ドイツ民法154 条
(2) 法的に拘束される意思と、内容の確定性の両面から規定する立法例(β型)
・フランス債務法改正草案1105 条
・ヨーロッパ契約法原則2:101 条1 項、2:103 条1 項
(3) 契約の成立要件としての合意については規定を設けず、契約は申込みと承諾により成立すると規定する立法例
・オランダ民法典217 条(6.5.2.1)
・イタリア民法典1326 条1 項
・スペイン民法典1262 条(2002 年に追加)
・ ユニドロワ2.1条
III 交渉当事者の責任
1 交渉を不当に破棄した者の責任
【II-5-3】交渉を不当に破棄した者の損害賠償責任
(1) 当事者は、契約の交渉を破棄したということのみを理由としては、責任を問われない。
(2) 前項の規定にもかかわらず、当事者は、xxxxの原則に反して、契約締結の見込みがないにもかかわらず交渉を継続し、または契約の締結を拒絶したときは、相手方が契約の成立を信頼したことによって被った損害を賠償する責任を負う。
提案要旨
1 契約の交渉を開始した者は、契約自由の原則により、契約が締結されるまで、一度開始された交渉を継続するか中止するかは自由である。しかし、その例外として、取引上要求されるxxxxの原則に反して交渉を破棄した交渉当事者が、相手方に対して損害賠償責任を負うことは、従来から判例・学説によって認められている。
【II-5-3】は、これらをxxで規定するものである。
2 「xxxxの原則に反して、契約締結の見込みがないにもかかわらず交渉を継続しまたは契約の締結を拒絶したとき」とは、(a) 契約を締結する可能性がないにもかかわらず交渉を継続した場合および、(b) 契約締結が確実になるなど、契約締結に対する正当な信頼が相手方に形成された後に契約の締結を拒絶した場合の2つを含む。
このうち、(a)においては、契約を締結する可能性がないにもかかわらず、いたずらに交渉を継続したことがxxxxの原則に違反するかどうかが問題となるのに対して、(b)では、契約締結に対する正当な信頼が相手方に形成された後に契約の締結を拒絶したことが、それまでの経緯などに照らして、xxxxの原則に違反するかどうかが問題となる。
3 賠償されるべき損害は、相手方が契約の成立を信頼したことにより被った損害であって、伝統的な表現によれば、信頼利益に相当する。しかし、信頼利益という言葉に盛り込まれる意味自体が、この概念を用いる論者により様々であるため、本提案では、信頼利益という表現は用いず、その内容を直接に示す趣旨で、「契約の成立を信頼したことにより被った損害」とする。
【解説】
① 契約自由の原則には、契約を締結しない原則も含まれ、これは、交渉を開始した当事者にも当然にあてはまる。すなわち、契約が締結されるまで、一度開始された交渉を継続するか中止するかが各当事者の自由であるのが原則である。【II-5-3】(1)は、その原則を明らかにするものである。ここに、あらためて当事者は交渉の破棄のみを理由として責任を問われないことを規定することは、(2)が契約自由の原則の例外であることを明確にする意味がある。
② これに対して、例外的に、交渉を不当に破棄した当事者が責任を負いうることを規定したのが、【II-5-3】(2)である。
現行民法には、交渉過程における当事者の義務についてxxで定める条文は存在しない。しかし、交渉当事者がxxxに反して交渉を破棄した場合に、相手方に対して損害賠償責任を負う可能性があることは、従来から、「契約締結上の過失」の問題として議論されてきたところである。判例も、契約を締結しない自由を前提としながら、xxx上の義務に違
反して交渉を不当に破棄した当事者については、相手方に生じた損害の賠償義務を肯定している。
そこで、交渉当事者の義務および義務違反の効果としての損害賠償責任についてxxの規定をおくことが適切である。【II-5-3】(2)は、これまで判例において認められていた準則をxxで規定するものである。
③ その責任の性質について、判例は、特段に責任の性質を論じることなくxxxに依拠している(最判昭59・9・18判時1137-51〔建築途上のマンションの売買契約交渉破棄〕、最判平19・2・27判時1964-45〔商品の製造契約交渉破棄〕)。学説は、契約責任(契約責任類似の責任)として捉える見解、不法行為責任として捉える見解などに分かれている。この点、本提案が、契約の成立の箇所で交渉当事者の損害賠償責任について規定をおくことは、これを契約責任と捉えることを含意せず、不法行為責任と構成することを排除するものではない。
④ ところで、交渉当事者の損害賠償責任が問題になるのは、契約締結が確実であり、契約締結に対する正当な信頼が相手方に形成された場合には限らない。契約を締結する可能性がないにもかかわらず交渉を継続するなど、契約の締結が確実でなくても、交渉の継続がxxx違反と解される場合もある。実際、ユニドロワ原則2:15 条、ヨーロッパ契約法原則2:301条、パヴィア草案第1 編6 条2 項などの国際的立法提案では、契約を締結する意思がないにもかかわらず交渉を継続することが、典型的なxxx違反の行為とされている。
⑤ そこで、【II-5-l】(2)では、「xxxxの原則に反して、契約締結の見込みがないにもかかわらず交渉を継続しまたは契約の締結を拒絶したとき」に、当事者は相手方に対して損害賠償責任を負うことを定める。これには、(a) 契約を締結する可能性がないにもかかわらず交渉を継続した場合および、(b) 契約締結が確実になるなど、契約締結に対する正当な信頼が相手方に形成された後に契約の締結を拒絶した場合の2つを含む。
このうち、まず、(a) 契約を締結する可能性がないにもかかわらず交渉を継続した場合においては、いたずらに交渉を継続することがxxxxの原則に違反するかどうかが問題となる。具体的には、当事者が契約を締結する見込みがないにもかかわらず、相手方にそのことを伝えなかったために、相手方に契約の成立を信頼させ、不要な出費をさせた場合に、その損害を賠償すべきかどうかが問われる。このような場合、一般的には、xxx上は、契約を締結する見込みがない場合には、交渉を終了するか、若しくは、なお交渉を継続するときは、契約締結の見込みがない旨相手方に告知しなければならないと考えられる。ユニドロワ原則2:15 条、ヨーロッパ契約法原則2:301条、パヴィア草案第1 編6 条 2 項などが想定しているのは、主としてこのような場合である。
⑥ これに対し、(b) 契約締結が確実になるなど、契約締結に対する正当な信頼が相手方に形成された後に契約の締結が拒絶された場合、契約の締結を拒絶することが、それまでの交渉過程に照らしてxxxxの原則に違反するかどうかが問題となる。裁判例を見
ると、契約の成立が客観的に見て確実になるなど、相手方が契約の成立自体を信頼することが合理的となった後に、当事者が故意または過失により契約の成立を不可能にしたときは、xxxにもとづき、相手方が契約の成立に対する合理的な信頼にもとづきなした出費を賠償すべきものとされている(最判昭58・4・19判時1082 号47 頁、前掲最判平18・9・
4 参照)。
[適用事例1]Aは、Bとの間で、自己の建物甲をBに売却する契約の内容についてほぼ確定し、数日後に契約書を作成して甲の売買契約を締結する旨を合意していたにもかかわらず、直前になって契約締結を一方的に拒絶した。
[適用事例1]の場合、契約内容がほぼ確定し、数日後に契約書を作成して甲の売買契約を締結する旨合意されにもかかわらず、Aが正当な理由なしに契約の締結を拒絶するのは、Bの契約成立に対する正当な信頼を損なう行為であって、取引上要求されるxxx上の義務に反しているといえる。したがって、Bは、Aに対して、Bが契約の成立を信頼したために被った損害、たとえば、契約の準備に要した費用、甲を購入するための銀行からの借入利息相当額等の賠償を請求しうる。
⑦ もっとも、(b)の場合においても、交渉を開始した者が、交渉過程において要求されるxxxxの原則に違反したことが問題となるのであって、(b)は、契約の締結拒絶が
契約自由の原則に対する例外として不当と評価される場合をすべて規律するものではない。たとえば、家を借りようとする者が外国人であることを理由に家主が賃貸借契約の締結を 拒絶した場合は、不当な契約締結拒絶の問題にあたるが、交渉当事者が契約の成立を信頼 させたことが問題になっているわけではないので、【II-5-3】(2)の対象とはならない。
⑧ どのような場合に交渉当事者にxxxxの原則に従ってどのような義務が生じるのかについて、裁判例は、相手方による信頼の惹起のほか、交渉過程における当事者の関係、交渉過程において当事者が行った取り決めなど、さまざまな要素を考慮して、総合的に判断している。具体的にどのような場合に、契約を締結しないことがxxxxの原則に反するのかは、取引ごとに、あるいは個別事情ごとに判断する必要がある。
⑨ 以上のどちらの場合にも、【II-5-3】(2)により賠償されるべき損害は、相手方が契
約の成立を信頼したことにより被った損害であって、伝統的な表現によれば、信頼利益に相当する。しかし、信頼利益という言葉に盛り込まれる意味自体が、この概念を用いる論者により様々であるため、本提案では、信頼利益という表現は用いず、その内容を直接に示す趣旨で、「契約の成立を信頼したことにより被った損害」とする。たとえば、[適用事例1]では、Bは、契約の準備に要した費用、甲を購入するための銀行からの借入利息相当額のほか、Bが、Cとの間ですでに甲の転売契約を締結しており、Cに対して違約金を支払った場合の違約金相当額、Bが、Aから甲を取得できると信頼して、居住していた賃借家屋
乙の賃貸借契約を解約したため、同等の物件を新たに賃借するために出捐した敷金および家賃の差額などが、損害賠償の範囲に含まれる。
≪比較法≫
(1) 交渉当事者の義務について規定する立法例
・ドイツ民法311 条2 項
・ギリシャ民法197 条・198 条(1)項
・フランス債務法改正草案1104 条
・ユニドロワ原則2:15 条
・ヨーロッパ契約法原則2:301 条
・パヴィア草案第1 編6 条
(2) 情報提供義務・説明義務について規定する立法例
・フランス債務法改正草案
・パヴィア草案7条
2 交渉当事者の情報提供義務・説明義務
【II-5-4】交渉当事者の情報提供義務・説明義務
(1) 当事者は、契約の交渉に際して、当該契約に関する事項であって、契約を締結するか否かに関し相手方の判断に影響を及ぼすべきものにつき、契約の性質、各当事者の地位、当該交渉における行動、交渉過程でなされた当事者間の取り決めの存在およびその内容等に照らして、xxxxの原則に従って情報を提供し、説明をしなければならない。
(2) 前項の義務に違反した者は、それにより相手方が被った損害を賠償する責任を負う。
提案要旨
1 【II-5-4】は、契約の一方当事者が、xxxxの原則に従い、相手方に対して情報提供義務・説明義務を負うこと、および、それに違反した交渉当事者は、それによって相手方が被った損害を賠償しなければならないことにつき、従来の判例・学説を確認するものである。
2 どのような要件のもとで情報提供義務・説明義務が発生するのかについて、その要件を定式化することは、わが国の学説・判例に照らしても困難であるが、考慮要素をできるだけ明確に示すことが望ましい。そこで、まず、情報提供義務・説明義務に関する裁判例に基づき、契約の性質、各当事者の地位、当該交渉における行動、交渉過程でなされた当事者間の取り決めの存在およびその内容を、情報提供義務・説明義務の有無の判断に際して考慮されるべき要素として列挙することにより、考慮要素の明確化を図るのが、
【II-5-5】(1)の趣旨である。
3 その際、xxxにより情報提供義務・説明義務が一方当事者に課されるのが、相手方が契約を締結するかどうかを適切に判断することができるためであることからすれば、情報提供義務・説明義務の対象は、これらの事項についてであることを、明らかにすることが適切である。【II-5-5】(1)が、情報提供義務の対象を、「契約を締結するか否かに関し相手方の判断に影響を及ぼすべきもの」と定めるのはその趣旨である。
4 情報提供義務・説明義務を負う者が、それに違反して、xxxに従って情報を提供し、または説明をしなかった交渉当事者は、それにより相手方が被った損害を賠償する責任を負う(【II-5-5】(2))。具体的には、相手方が契約を締結しなければ被らなかったであろう損害を賠償しなければならない。
【解説】
① 契約の交渉過程において、各当事者は、必要な情報は自ら収集すべきであるのが原則であるが、複雑な金融商品や、あるいはコンピューターシステムのように、専門的知識を要する場合などには、各当事者に自ら情報を得てそれを理解すべきことを期待することはできない。
すなわち、交渉当事者は、相手方が契約を締結するかどうかを判断するために必要な情報をつねに相手方に提供しなければならないわけではないが、契約の交渉過程において要求されるxxxに基づき、相手方が契約を締結するかどうかを適切に判断するために必要な情報を提供し、説明をする義務を負う。このことは、消費者契約と否とを問わず、判例・学説によって認められている。【II-5-4】は、この点について、xxの規定をおくものである。
② もっとも、どのような要件のもとで情報提供義務・説明義務が発生するのかについて、その要件を定式化することは、わが国の学説・判例に照らしても困難であり、判例もまた、多様な考慮要素を総合的に勘案して、情報提供義務・説明義務の有無を判断している。
しかしながら、少なくとも、どのような場合にxxxxの原則に従って一方当事者に相手方に対する情報提供義務・説明義務が生じるのかを判断するに際して、考慮すべき要素を少しでも明確化することが必要である。
そこで、【II-5-5】(1)では、情報提供義務・説明義務に関する裁判例に基づき、契約の性質、各当事者の地位、当該交渉における行動、交渉過程でなされた当事者間の取り決めの存在およびその内容を、情報提供義務・説明義務の有無の判断に際して考慮されるべき要素として列挙する。
③ また、xxxにより情報提供義務・説明義務が一方当事者に課されるのは、相手方が契約を締結するかどうかを適切に判断することができるためであることからすれば、情報提供義務・説明義務の対象は、これらの事項についてであることを、明らかにすることが適切である。【II-5-5】(1)が、情報提供義務の対象を、「契約を締結するか否かに関し相手方の判断に影響を及ぼすべきもの」と定めるのはその趣旨である。
[適用事例1]
不動産販売業者であるA社は、新築マンション甲の販売にあたり、「東向きのベランダから京都の大文字山が一望できる風光明媚なマンション」と銘打って、広告をし、販売活動をしていた。この広告を見て、甲の購入に関心をもったBは、甲の東側には空き地があるのを見て、契約交渉の際に、A社の従業員Cに対し、空き地の現況と将来について質問した。Cは、同地にマンションの建築計画が持ち上がっているのを認識していながら、このことをBに告げることをしなかった。Bがマンションを購入して入居後、空き地に高層マンションが建ち、東側の眺望が妨げられた。
[適用事例1]においては、本件契約が不動産という重要な財産を目的とする売買契約であること(契約の性質)、不動産販売会社であるというAの地位、および、Aが、甲の東向きのベランダから京都の大文字山が一望できると宣伝していたこと(交渉における当事者の行動)、他方、そのような宣伝をしていたAの従業員Cからすれば、Bにとって、そこに高層建物が建築されてその眺望が妨げられないかどうかは契約を締結するかどうかを判断するに際して影響を及ぼすべき事項であることは容易に想定できるから、CはBに対して、xxx上、同地にマンションの建築計画が持ち上がっているという情報を提供する義務を負うと解される。
④ 情報提供義務・説明義務に違反して、xxxに従って情報を提供し、または説明をしなかった交渉当事者は、それにより相手方が被った損害を賠償する責任を負う(【II-5-5】 (2))。具体的には、相手方が契約を締結しなければ被らなかったであろう損害を賠償しなければならない。
IV 申込み
1 申込みの定義
【II-5-5】申込み
(1) 申込みは、その承諾により契約を成立させる意思表示である。
(2) 申込みは、それにより契約の内容を確定しえなければ、その効力を生じない。
提案要旨
1 現行民法には、申込みの定義に関する規定はないが、申込みと申込みの誘引との区別は、実際上もしばしば問題になるところである。しかし、両者の区別は、法律家には知られているとしても、一般市民には必ずしも明らかではない。両者の区別を明らかにするためには、申込みが、それに対する承諾により契約を成立させる意思表示であることを条文上も明記することが適切である(【II-5-5】(1))。
2 また、xxは、申込みに対して、単に「はい。」ということで足りるから、契約内容が確定可能であるためには、申込みによって契約内容を確定可能であることが必要である。したがって、申込みは、それにより契約の内容が確定可能でなければその効力を生じないものとする(【II-5-5】(2))。
【解説】
① 現行民法には、申込みの定義に関する規定はないが、申込みと申込みの誘引との区別は、実際上もしばしば問題になるところである。しかし、両者の区別は、法律家には知られているとしても、一般市民には必ずしも明らかではない。両者の区別を明らかにするためには、申込みが、それに対する承諾により契約を成立させる意思表示であることを条文上も明記することが適切である(【II-5-5】(1))。
② その際、申込みがその効力を生じるための要件として、申込みの意思表示から、契約内容を確定しうることが必要かどうかが問題となる。
この点、承諾が単に「はい。」ということで足りることからすると、契約内容が確定可能であるためには、申込みによって契約内容を確定可能であることが必要である。また、契約内容を確定しうる申入れが、申込みの誘引と区別された一定の拘束力のある申込みに値することを考えると、申込みが効力を生じるための要件として、申込みの意思表示によって契約内容を確定しうることが必要であるとするのが、【II-5-5】(2)の趣旨である。
③ 比較法的に見ると、同様に、申込みの確定性をその要件とする立法例は少なくない
(フランス債務法改正草案1105-1条、CISG14条1項、ユニドロワ原則2.2条、ヨーロッパ契約法原則2:201条1項など)。また、フランス民法のように、xxの規定はないが、学説・判例によって同様の結論が導かれているところもある。
④ 申込みの効力が生じるための要件として申込みにより契約内容を確定しうることを要求する本提案の考え方に対しては、かりに申込みによっては契約内容が確定可能でなくても、承諾によってそれが補充され、申込者がとくに異議を述べなかった場合に、広い意味での変更を加えた承諾として、その効力を認めることができるとして、申込みにより契約内容を確定しうることを申込みの効力要件とする必要はないとの指摘もありうる。
しかしながら、上の場合にも、承諾により申込みが補充されたといえるかどうか、あるいは、承諾が果たして申込みに変更を加えたものであるかどうかを判断するためにも、申込みにより契約内容が確定可能であることが必要な場合が少なくない。このように考えるならば、やはり、申込みとして効力を生じるためには、それにより、契約内容を確定することが可能である必要がある。
2 申込みのとりやめ
【II-5-6】
申込みの取りやめに関するxxの規定は設けない。
提案要旨
申込みの取りやめ(=(=申込みが効力を生ずる前になされる申込みの撤回)の問題は、それについて規定する必要があるとしても、意思表示一般についても問題になることであり、とくに申込みについてのみ規定をおくべきものではないので、規定をおくことはしない。
【解説】
① 申込みが効力を生じる前、すなわち、相手方に到達する前に、申込者が申込みを否定する新たな意思表示をすることを、申込みの撤回と区別して申込みの取りやめ、あるいは申込みの中止、破棄などと表現することがある。
国際的な立法例を見ると、CISG15 条、ユニドロワ2.3 条2 項では、申込みの取りやめを申込みが効力を生じた後になされる申込みの撤回と区別して規定している。
② わが国では、従来、申込みの取りやめに関する議論がなされたことはほとんどないが、申込みの取りやめの意思表示が申込みと同時に到達した場合にどうするか、など、申込みの取りやめについても規定する必要がないわけではない。
しかしながら、同様の事態は、申込みの取りやめのみならず、解除の意思表示をしたが、それを取りやめた場合など、意思表示一般について問題となる。
したがって、申込みの取りやめは、特定の意思表示とその取りやめの意思表示との同時到達の一つの問題として扱うべきであり、かりに規定をおくとしても、総則における意思表示の到達のところで規定するのが適切である。
いずれにしても、契約の規定としておく必要はないので、規定を設けることはしない。
3 申込みの撤回・失効
【II-5-7】期間の定めのある申込みの撤回・失効
(1) 承諾の期間を定めてした契約の申込みは、その期間内に承諾されなかったときは、その効力を失う。
(2) 前項の申込みは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回する可能性を留保していたときは、この限りでない。
提案要旨
1 承諾期間の定めのある申込みは、期間の経過までは申込みを撤回できないとするとともに、期間の経過により申込みの効力が失われるとする、現行民法521条は合理的な準則として維持すべきである。521条は、隔地者間にのみ適用される準則と理解されているが、期間を定めた申込みについては、対話者間であっても、相手方はその期間が経過するまでに承諾をすれば契約は成立すると期待するのは正当であり、この点について隔地者間の申込みと対話者間の申込みとを区別する理由はない。
そこで、【II-5-7】は、期間の定めのある申込みに関する521条の準則を、隔地者間における申込みだけではなく、対話者間における申込みにもあてはまるものとして規定する。
2 521条は、1 項で期間の定めのある申込みは撤回できないことを、2 項で期間の定めのある申込みの効力が存続する期間について定める。しかし、論理的な明確性の観点からは、まず、申込みの効力存続期間について定め、つぎに、申込者はその間、申込みを撤回
できない旨定めるのが適切である。【II-5-7】では、現行民法521 条(1)項と(2)項の順序を入れ替えている。
3 つぎに、期間の定めのある申込みについても、撤回可能性を留保した申込みをすることができるかどうかが問題となりうる。期間の定めのある申込みについても、申込者が反対の意思表示をしていたときは、その意思表示を尊重すべきである。これについては、法的安定性の観点から、承諾期間を定めた申込みについては、反対の意思表示をしていたとしても、撤回可能性を排除すべきであるという考え方もありうる。しかしながら、申込者が相手方に対して期間を定めたうえで撤回可能性を留保した申込みについて、当事者の意思を無視してまで、その撤回可能性を否定する必要があるとはいえない。
従来から、申込者による、撤回可能性を留保する意思表示の効力を認めるのが通説である。そして、当事者による反対の意思表示の効力を是認するのであれば、その旨、xxで規定するのが適切である(【II-5-7】(2))。
なお、撤回可能性を留保した申込みは、「拘束力を排除した申込み」といわれることもあるが、本提案では、わかりやすさという観点から「撤回可能性を留保した申込み」という表現を用いる。
4 承諾の延着と申込みの効力
【II-5-8】承諾期間内に到達すべき承諾の延着民法522条は削除する。
提案要旨
1 承諾の効力発生時期について現行法が採用する発信主義のもとでは、承諾の発信時に承諾の効力が生じる。現行民法の起草者は、延着した承諾が、通常であれば承諾期間内に到達すべきときに、申込者が承諾の消印などからそれを知りうるにもかかわらず何もしなくてよいというのでは、取引の安全を保持するために十分ではないと考え、現行民法522条が定められた。
2 これに対して、本提案は承諾につき到達主義を採用することを前提としている(後述【II-5-18】)。到達主義のもとでは、意思表示をした者が不到達および到達遅延のリスクを負うのは意思表示一般の場合と異なることはなく、特別の規定を設ける理由は存在しない。したがって、現行522条は削除する。
【解説】
② これに対して、後述するように、本提案では、承諾について到達主義を採用する(後述【II-5-18】)。承諾について到達主義を採用するときは、承諾は遅延した場合にはそもそも効力が生じておらず、意思表示をした者が不到達および到達遅延のリスクを負うのは意思表示一般の場合と異なることはない。したがって、承諾について特別の規定を設ける理由は存在しない。
③ もっとも、比較法的には、ギリシャ民法192 条のように、承諾につき到達主義を採用しつつ、現行民法522 条1 項と同様、承諾が通常であれば申込みの効力が存続している間に到着したと考えられる場合には、申込者がその旨遅滞なく通知しなければ承諾の効力が生じるとする立法例もある。しかし、承諾者が承諾の延着のリスクを負う到達主義において、通常であれば申込みの効力が存続する間に到着したであろうことを理由として、申込者に、遅滞なく通知をしなければ契約が成立する危険を負わせるのは適切ではない。
④ また、522 条については、申込者が契約の成立を回避するには、延着通知を発信すれば足りるのか、それとも、承諾者への到達を必要とするのか、が問題とされている。そして、発信で足りるとするのでは、承諾者を誤信から解放することにはならず、単に申込者にそのような行為義務だけを負わせることに意味はない。しかし、到達を必要とするとすれば、申込者に延着通知の不到達のリスクを負わせることになって妥当でないことになる。このように、この点については、十分な解決がなされているとは必ずしも言えない。さらに、「通常の場合には承諾期間内に到達したかどうか」の判断自体が、実際には必ずしも容易ではないなど、522条の準則は、承諾について発信主義を採用するか到達主義を採用するかにかかわらず、承諾が延着した場合のルールとして適切ともいえない。
このように、承諾に関する到達主義のもとでは、とくに例外規定をおく意義が存在せず、また、承諾が延着した場合の準則としても問題が指摘されている現行522 条の規定は、削除すべきである。
1 第 76 回法典調査会議事録参照。
【II-5-9】遅延した承諾の効力
遅延した承諾は、申込者が、これを承諾と扱う旨遅滞なく承諾者に通知したときは、承諾としての効力を有する。この場合、申込みの効力は失われなかったものとみなす。
提案要旨
1 承諾が遅延した場合、承諾が申込者に到達しても、その効力は生じないので、論理的には、当事者は契約を成立させるためには、新たに申込みをしなければならない。しかし、このような結論は実際的ではない。
2 現行民法523 条は、遅延した承諾の効力につき、申込者は、これを新たな申込みとみなすことができる旨の規定をおく。しかしながら、これを新たな申込みとみなすと、申込者は、それに対してあらためて承諾をする必要があるが、それは迂遠である。
そこで、基本的には523 条の考え方を維持しつつ、遅延した承諾を「新たな申込み」ではなく、有効な「承諾」と扱うことができるものとするのが、【II-5-9】の趣旨である。
【解説】
① 承諾が遅延した場合、承諾が申込者に到達しても、その効力は生じないので、論理的には、当事者は契約を成立させるためには、新たに申込みをしなければならない。しかし、このような結論は実際的ではない。
② この点、現行民法523 条は、遅延した承諾の効力につき、申込者は、これを新たな申込みとみなすことができる旨の規定をおく。しかしながら、これを新たな申込みとみなすと、申込者は、それに対してあらためて承諾をする必要があるが、それは迂遠である。比較法的には、オランダ民法223条(6.5.2.5a)(1)項、CISG21条(2)項、ユニドロワ原
則2.1.9条やヨーロッパ契約法原則2:207条が、遅延した承諾を承諾と扱いうるとしており、こちらのほうが合理的である。
また、承諾は、申込みを受け入れる旨の意思表示で足りるので、申込みの意思表示によって契約内容が確定可能でなければならないとする本提案の立場によれば、承諾の意思表示をそのまま申込みとみなすことはできない場合もある。
③ そこで、基本的には523 条の考え方を維持しつつ、遅延した承諾を「新たな申込み」ではなく、有効な「承諾」と扱うことができるものとするのが、【II-5-9】である。すなわち、申込者が、遅延した承諾を承諾と扱う旨遅滞なく承諾者に通知したときは、遅延した
承諾に承諾としての効力を認める。その際、論理的には、xxが遅延した結果、申込みはその効力を失っていることから、申込者が、遅延した承諾を承諾と扱う旨を遅滞なく承諾者に通知したときには、申込みは失効していないとみなすのが、第2文の趣旨である。
その結果、523 条によれば、申込者が新たに承諾の通知をした時に契約が成立するのに対して、【II-5-9】によれば、遅延した承諾が申込者に到達した時に契約が成立する。したがって、【II-5-9】によれば、迅速な契約の成立を認めることが可能となる。
④ 承諾の遅延は、申込みに期間の定めがある場合のみならず、期間の定めのない場合にも生じる。とはいえ、承諾の遅延がもっとも先鋭に問題となるのは、申込みに期間の定めのある場合であるから、現行法と同様、遅延した承諾に関する規定は、期間の定めのある申込みのところに設ける。そのうえで、期間の定めのない申込みについては、【II-5-9】を準用することとする(後述【II-5-10】(4)参照)。
5 期間の定めのない申込みの撤回・失効
【II-5-10】期間の定めのない申込みの撤回・失効
(1) 承諾の期間を定めないでした申込みは、相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的な期間が経過するまでに承諾がなされなかったときは、その効力を失う。
(2) 申込者は、前項の合理的な期間の満了前であっても、その申込みを承諾するのに相当な期間を経過した後は、撤回することができる。
(3) 申込者は、前項の相当な期間内においても撤回する可能性を留保することができる。この場合においては、申込みを撤回しなかったときでも、その相当な期間の経過により、申込みはその効力を失う。
(4) 不特定の者に対して期間を定めないでした申込みは、(1)項の規定にもかかわらず、その申込みを承諾するのに相当な期間の経過によりその効力を失う。
(5) (1) 項の合理的な期間を経過した後に承諾が申込者に到達した場合につき、
【II-5-9】(遅延した承諾の効力)の規定を準用する。
提案要旨
1 期間の定めのない申込みについて、現行民法524 条は、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間が経過するまでは、撤回できないと規定する。その理由は、被申込者の信頼保護・取引安全に求められている。申込みがいったん効力を生じた以上、相手方に生
じた信頼を保護すべきであるとすることには、今日まで異論はなく、したがって、相当期間が経過するまで撤回できないとする524条の考え方は、基本的に維持されるべきである。
2 問題となるのは、撤回可能な時期、すなわち、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間が経過すると、同時に申込みの効力も消滅するとすべきかどうかである。これを肯定すれば、申込者は相当期間経過後にあらためて申込みの撤回をしなくても、その後の承諾により契約が成立してしまうことはないのに対し、これを否定すると、申込みが撤回可能になった後も、申込者が申込みを撤回しなければ相手方の承諾によって契約が成立することがある。
3 本提案は、この点につき、期間の定めのない申込みは、相当期間が経過するまでは撤回できないが、相当期間の経過により直ちに申込みの効力が失効するわけではないという立場を採用する。というのは、申込者が期間を定めずに申込みをした場合に、申込者が撤回しないにもかかわらず、相当期間経過後は申込みの効力が自動的に失われてしまうとするのは、申込者に過度に有利であって適切ではないと考えられるからである。
具体的には、【II-5-10】(1)により、期間の定めのない申込みは、申込者が、相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的である期間が経過してはじめて、その効力を失う。言い換えれば、「申込みを承諾するのに相当な期間」が経過していても、相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的である期間が経過するまでは、申込みが撤回されない間に承諾をすれば、契約は成立する。「相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的である期間」は、その申込みの意思表示および契約の性質に照らして判断される。
4 ところで、商法508条1項は、「商人である隔地者の間において承諾の期間を定めないで契約の申込みを受けた者が相当の期間内に承諾の通知を発しなかったときは、その申込みは、その効力を失う。」と定める。本項の規定は、被申込者が商人の場合は、迅速に判断すべきことが被申込者にも要求されることに基づく。そこで、本提案を採用した場合に、商法508条1項にこれを存置すべき独自の理由があるかどうかが問題となる。先に述べたとおり、【II-5-10】(1)の「相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的である期間」の判断に際しては、当事者が商人であることも当然考慮されるので、商法508条1項の解決は、【II-5-10】(1)の合理的な期間が、商人である隔地者の間においては、承諾の通知をするために必要な相当の期間であると解することによって導き出すことが可能であり、商法508条1項を、【II-5-10】(1)とは別にとくに存置すべき理由はないと考えられる。
5 承諾期間の定めのある申込みについても、申込者は撤回の可能性を留保することができる(【II-5-7】(2))のと同様、期間の定めのない申込みにも、申込者は撤回の可能性を留保することができる。この場合には、法律関係を早期に安定させる必要があるので、相当期間の経過後は、その間に申込みが撤回されていなくても、申込みはその効力を失うものとする(【II-5-10】(3))。
6 以上は、申込みが特定の相手方に対してなされた場合の準則である。これに対して、申込みが不特定の者にされた場合については、別段の考慮が必要である。不特定の者に対してもすることができることは、現行民法でも当然の前提とされているが、申込みが不特定の者にされた場合には、法的安定性の観点から、申込みを承諾するのに相当の期間が経過した後は、申込みの効力は失われるのが適切である。このことは、同時に、不特定の者に対する申込みは撤回できないことを意味する(【II-5-10】(4))。
7 申込みが失効した後に承諾が申込者に到達した場合、遅延した承諾に関する【II-5-9】と同じ扱いがなされる。【II-5-9】は、期間を定めてした申込みのみに適用することが前提とはされていないが、その旨、明確にする趣旨で、【II-5-10】(5)項をおく。
【解説】
① 期間の定めのない申込みについて、現行民法524条は、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間が経過するまでは、撤回できないと規定する。その理由について、現行民法の起草者は、承諾の効力が生じるまでは申込みを撤回できるとすることも理論的には可能であるとしつつも、被申込者の信頼保護・取引安全の観点から、これを否定したと説明している2 。
② 比較法的に見ると、オランダ民法219 条、フランス債務法草案1105-2 条など、期間の定めのない申込みについては、承諾の効力が生じるまでは撤回自由とする立法例もある。これらの立法例は、申込みについて、撤回自由を原則とすることから出発し、期間の定めのある申込みについては撤回を認めないという方向で立法を組み立てていることが、その結論に影響していると考えられる。なお、撤回自由とする見解を採用し、かつ、承諾につき到達主義を採用すると、申込みの撤回は承諾が到達するまでは自由にできるという考え方も可能であるが、実際には、その例はない。
一方、承諾の効力発生時につき到達主義を採用しつつ、申込みの撤回は承諾が発信されるまでに限る立法例もいくつかある(CISG16 条、ユニドロワ原則2.4 条、ヨーロッパ契約法原則2:202 条、オランダ民法119 条など)。後者の考え方は、申込みの撤回自由と、相手方の信頼保護のバランスを取ろうとするものと解しうる。
③ このように、期間の定めのない申込みをいつから撤回できるとするかについて、比 較法的には考え方が分かれているが、わが国では、申込みがいったん効力を生じた以上、 相手方に生じた信頼を保護すべきであることは、今日まで異論はない。したがって、相当 期間が経過するまで撤回できないとする524条の考え方は基本的に維持されるべきである。
2 「被申込者カ申込ヲ受ケタル後承諾ヲ為スニ至ルマテハ往往ニシテ特別ノ調査ヲ為シ又ハ一定ノ準備ヲ為スコトヲ要スルコトアリ…(中略)然ルニ突然申込ノ取消ニ遭ハハ被申込者ハ意外ノ損失ヲ被ルコト稀ナリトセサルヘシ此ノ如キハ取引ノ頻繁ナル今日不便最モ甚シキ」(梅『民法要義』380 頁以下)
④ ところで、524条の「申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間」は、(ア)申込みの到達に達する期間、(イ)相手方が申込みを受けて承諾をするかどうか考慮し、承諾の通知を作成してこれを発送する期間、(ウ)承諾の通知が申込者に到達するに要する期間の総計を指すと解されている3 。もっとも、通信手段が高度に発達した現代社会においては、通知が相手方に到達するまでの時間は非常に短いことが多いので、現代では、524 条の「相当期間」は、(イ)が中心となる。
⑤ 問題となるのは、撤回可能な時期、すなわち、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間が経過すると、同時に申込みの効力も消滅するとすべきかどうかである。これを肯定すれば、申込者は相当期間経過後にあらためて申込みの撤回をしなくても、その後の承諾により契約が成立してしまうことはないのに対し、これを否定すると、申込みが撤回可能になった後も、申込者が申込みを撤回しなければ相手方の承諾によって契約が成立することがある。
商法508条1項は、前者の立場を採用しており、比較法的には、ドイツ民法147 条2 項、ヨーロッパ契約法原則2:206 条2 項が同様の規定を定める。しかし、524条の解釈については、学説の見解は分かれている。
⑥ しかし、相当期間の経過と同時に申込みは失効するという考え方に対しては、申込者は、自ら、期間の定めのない意思表示をしているのであるから、自らの行為によって生じた法的状態を自ら解消するためには、撤回をすべきであるのに、このような考え方によれば、申込者が申込みを撤回しなくても、相当期間経過後に自動的に申込みの効力が失われることが、相手方の利益との関係で問題があるといえる。すなわち、申込者の相手方は、前述④(ア)ないし(ウ)の期間である相当期間経過後は、撤回されるリスクを負担するが、A案のように、それをこえて、申込者が撤回しないにもかかわらず、相当期間経過後は申込みの効力が自動的に失われてしまうとするのは、申込者に過度に有利ではないかとの疑問がある。
⑦ また、現代において、「相当の期間」の中心は(イ)「相手方が申込みを受けて承諾をするかどうか考慮し、承諾の通知を作成してこれを発送する期間」であるといえるが、この期間はあくまで撤回可能となる期間であって、この期間の経過と同時に申込みの効力そのものが失われると解する論理的必然性は存在しない。
⑧ たしかに、申込の相手方が商人の場合は、迅速に判断すべきことが相手方にも要求されて然るべきであるが、契約一般について、同じことはかならずしも妥当しない。 実際、事業者が製品を消費者に売り込むときなどにも、期間の定めを設けることなく申込みがされることは少なくない。このような場合に、期間が定められていれば格別、そうではない場合にも、申込みを受けてから承諾をするかどうか考慮するのに相当期間が経過してしまえば申込みの効力が自動的に消滅するというのは、相手方との関係で、合理的な解
3 新版注釈民法(13)469 頁〔xxxx〕。
決とはいいがたい。また、場合によっては、申込者が、相当期間経過後も、相手方が承諾するときは契約を成立させるつもりで、申込みをあえて撤回しないことも十分考えられる。このような場合には、申込者の意図にも反するのではないかとの疑問も生じうる。
⑨ さらに、相当期間経過後は自動的に承諾適格が失われるとすると、本来は相手方が承諾をするかどうかを考慮することを中心とする相当期間の判断に際して、事実上、承諾適格が失われるかどうかも考慮されることが予想され、その結果、相当期間が申込者にとって不当に長期にわたる可能性も考えられる。
⑩ そこで、本提案では、期間の定めのない申込みは、相当期間が経過するまでは撤回できないが、相当期間の経過により直ちに申込みの効力が失効するわけではなく、相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的である期間が経過して始めて、その効力を失うものとする「。相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的な期間」は、その申込みの意思表示および契約の性質に照らして判断される。
⑪ では、本提案を採用した場合に、商法508条1項にこれを存置すべき独自の理由があ
るだろうか。先に述べたとおり、【II-5-10】(1)の「相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的である期間」の判断に際しては、当事者商人であることも当然考慮される。したがって、商法508条1項の解決は、【II-5-10】(1)の合理的な期間が、商人である隔地者の間においては、承諾の通知をするために必要な相当の期間であると解することによって導き出すことが可能であり、商法508条1項を、【II-5-10】(1)とは別にとくに存置すべき理由はない。
⑫ 本提案によれば、期間の定めのない申込みにおける相当期間は、申込者が撤回できない期間であるとともに、それ以降は、相手方が申込みを撤回されるリスクを負う期間となる。したがって、「申込みを承諾するのに相当な期間」の経過後、相手方はもはや承諾しないだろうと申込者が考えることが合理的である期間が経過するまでの間に、申込みが撤回されない間に承諾をすれば、契約は成立する。
⑬ ところで、承諾期間の定めのある申込みについても、申込者は撤回の可能性を留保することができる(【II-5-7】(2))のと同様、期間の定めのない申込みにも、申込者は撤回の可能性を留保することができる。この場合には、法律関係を早期に安定させる必要があるので、相当期間の経過後は、その間に申込みが撤回されていなくても、申込みはその効力を失うものとする(【II-5-10】(3))。
⑭ 以上は、申込みが特定の相手方に対してなされた場合の準則である。これに対して、申込みが不特定の者にされた場合については、別段の考慮が必要である。すなわち、不特定の者に対してもすることができることは、現行民法でも当然の前提とされているが、申込みが不特定の者にされた場合には、法的安定性の観点から、申込みを承諾するのに相当の期間が経過した後は、申込みの効力は失われるのが適切である。このことは、同時に、不特定の者に対する申込みは撤回できないことを意味する(【II-5-10】(4))。
⑮ 本提案を前提として、申込みが失効した後に承諾が申込者に到達した場合、遅延した承諾に関する【II-5-9】と同じ扱いがなされる。【II-5-9】は、期間を定めてした申込みのみに適用することが前提とはされていないが、その旨、明確にする趣旨で、【II-5-10】 (5)項をおく。
7 対話者間における申込みの撤回・失効
【II-5-11】対話者間における申込みの撤回・失効
(1) 対話者の間において契約の申込みを受けた者が対話の終了までに承諾をしなかったときは、その申込みは、その効力を失う。ただし、申込者が反対の意思表示をしたときは、この限りでない。
(2) 対話者間でなされた申込みは、対話が終了するまで、いつでも撤回することができる。
提案要旨
1 【II-5-11】(1)は、これまでの判例および多数説の見解に従い、対話者間の申込みは、対話の終了時にその効力を失う旨の規定を設けるものである。
もちろん、対話者間でも、承諾のための期間が定められることもあるし、また、期間が定められなくても、承諾するかどうか対話終了後に決定することが相手方によって示され、申込者がそれに異議を述べないこともある。すなわち、本提案は、通常の場合を想定したデフォルト・ルールを規定するに過ぎない。したがって、申込者が反対の意思表示を示したときは、申込みの効力の存続期間は、期間の定めがあれば【II-5-7】により、またそうでなければ、【II-5-10】により決定される。
2 また、対話者間では、相手の反応を察知し、それに対応することが可能であるので、対話継続中に、すでになされた申込みを申込者が撤回し、新たな内容の申込みをすることも許容されることが望ましい。それによって相手方の利益を不当に害するおそれもない。したがって、対話者間でなされた申込みは、対話が終了するまでは自由に撤回することができるものとする(【II-5-11】(2))。
【解説】
① 対話者間の申込みであっても、期間の定めのある申込みについて、現行民法521条が適用されることに、学説上異論はない。
② これに対し、期間の定めのない申込みについては、対話者間の申込みが商人間でなされた場合には、商法507条が適用される。しかし、商人間でなくても、申込みが対話者間でなされる場合、申込みの効力は対話の終了と同時に失われると解するのが多数説である。その理由は、必ずしも明示されていないが、対話者は、互いに相手の反応を察知し、それに応じた態度決定をすることが可能であると同時に、それが互いに期待されていることにあると考えられる。
判例も、大判明39・11・2 民録1413 頁が、対話者間における申込みは、普通の場合、ただちに承諾しなければ効力を失うと判示している。
③ 比較法的には、ドイツ民法147 条1 項が、商法507 条と同様の規定を定めている。
④ 【II-5-11】では、これまでの判例および多数説の見解に従い、 (1)項で、対話者間の申込みは、対話の終了時にその効力を失う旨の規定を設ける。
もちろん、対話者間でも、承諾のための期間が定められることもあるし、また、期間が定められなくても、承諾するかどうか対話終了後に決定することが相手方によって示され、申込者がそれに異議を述べないこともある。すなわち、本提案は、通常の場合を想定したデフォルト・ルールを規定するに過ぎない。したがって、申込者が反対の意思表示を示したときは、申込みの効力の存続期間は、期間の定めがあれば【II-5-7】により、またそうでなければ、【II-5-10】により決定される。
⑤ また、対話者間では、相手の反応を察知し、それに対応することが可能であるので、対話継続中に、すでになされた申込みを申込者が撤回し、新たな内容の申込みをすることも許容されることが望ましい。また、単純に申込みが撤回されても、相手方はそれに即座に応答して、自ら新たな申込みをすることも可能である。対話継続中に契約の締結に向けて何か準備をするということもないのが通常であるので、相手方の利益を不当に害するおそれもない。したがって、対話者間でなされた申込みは、対話が終了するまでは自由に撤回することができるものとする(【II-5-11】(2))。
8 期間の定めのない申込みの撤回通知の延着
【II-5-12】期間の定めのない申込みの撤回通知の延着民法527条を削除する。
提案要旨
承諾について到達主義を採用する改正案のもとでは、現行527 条を維持する意義は存在せず、むしろ、一般原則に従い、承諾と申込みの撤回のいずれが先かに効力を生じるかにより契約成立の成否を決定すべきであると考えられる。
したがって、527条は削除するのが適切である。
【解説】
① 現行民法527 条は、期間の定めのない申込みの撤回通知が延着した場合に、延着した旨通知をする負担を承諾者に負わせている。
承諾につき発信主義をとる現行民法では、たしかに、承諾者が、申込みの撤回通知の到着と承諾の発信とのうちどちらが先になされたかを知りうるので、承諾者に申込者に対し撤回の延着通知をさせ、それをしない場合の負担を負わせることが合理的と評価しうる。
② これに対し、後述するように、承諾について到達主義を採用する改正提案のもとでは、承諾の申込者への到達と申込みの撤回の承諾者への到着のどちらが先かは両当事者とも容易にわかるわけではないので、現行527 条を維持する意義は存在せず、むしろ、一般原則にしたがい、いずれの意思表示が先に効力を生ずるで契約成立の成否を決定すべきであると考えられる。
したがって、527条は削除するのが適切である。
9 事業者による不特定の者に対する契約条件の提示
【II-5-13】事業者による不特定の者に対する契約条件の提示
事業者がその事業に関して不特定の者に対し、契約の内容となるべき事項を提示した場合、その提示は申込みと推定する旨の規定をおく。
提案要旨
1 不特定の者に対する契約締結の申入れのうち、店舗における商品の陳列、カタログやWEB への商品内容の掲載のように、不特定多数者に対して目的物と代金など、特定の契約を構成する内容が提示されている場合について、これを申込みと解するか、申込みの誘引と解するかが問題となることが多い。これらをすべて個別的に処理するという方法も考えられるが、紛争予防の観点からは、一定の典型的な場合については、解釈の基準となるルールを定めておくことが望ましい。
2 そして、事業者が事業の一環として、不特定の者に対し、商品を店に陳列し、カタ ログやWEB に商品と代金を掲載するなどの態様で契約内容を提示するときは、相手方は、
提示された契約内容の契約を締結できると期待するのが通常であり、このような正当な信頼を保護することが必要である。このことは、相手方が消費者であると否とを問わず、あてはまる。また、事業者であれば、申込みの拘束力を回避したければ、契約条件を提示しながらなおその条件では契約を締結しない可能性があるときは、その旨自ら留保することを十分に期待できる。
このように考えるならば、少なくとも事業者が事業の一環として、不特定の者に対し、特定の契約の内容となるべき事項を提示したときは、その提示を申込みと推定するルールを設けるのが適切である。このようなルールを設けることは、具体的にいつ契約が成立したかが問題となる場面についての解決を与えるだけでなく、事業者がカタログに商品を記載する場合などにおいて、その必要に応じ、申込みの誘引である旨留保することを促進し、ひいては契約の成否に関する紛争の予防にも資するものである。
そこで、本提案は、事業者がその事業に関して、不特定の者に対して、「契約の内容となるべき事項」を提示したときは、その提示は、申込みと推定する旨の規定をおく。このような提示が申込みと推定される理由が、相手方がそれを申込みと信頼するのが相当であることにその重要な基礎があることからすれば、「契約の内容となるべき事項」とは、具体的には、当該取引の態様に応じてその契約の内容を確定することができるだけの事項が提示されていることが必要である。
【解説】
① 不特定の者に対する契約締結の申入れのうち、商品の陳列、カタログやWEB への掲載のように、商品が不特定多数者に対して提示されている場合について、これを申込みと解するか、申込みの誘引と解するかが問題となることが多い。
② このうち、店頭で価格を示しておこなう商品の陳列は、申込みにあたるか、申込みの誘引にすぎないかは、場合によって異なると解されており、同じ行為についても、どちらと解すべきかにつき見解が分かれている。現実にも、さまざまな場合があり、どちらを原則とするかは、確かに難しい。カタログや広告、WEBへの掲載などは、注文が集中して在庫が足りなくなるおそれがあることから、申込みの誘引と解されていることが多いが、態様によっては、申込みと解すべき場合もあると考えられる。
③ 同じ行為について、申込みとするか申込みの誘引とするかの判断が分かれることは、比較法的にも、各国の法制が区々に分かれていることからも見て取れる。たとえば、
CISG14条2項は、反対の意思表示がない限り、公衆への申し入れを申込みの誘引と扱うのに対して、ヨーロッパ契約原則2:201 3項は、専門的供給者が、一定の価格で物品の供給または役務の提供をする旨を、広告若しくはカタログにおいて、または物品の陳列によって申し入れるときは、物品の在庫が尽きるか、または役務を提供する供給者の供給能力が尽きるまで、その価格で物品を売却し、または役務を提供する旨の申込みと推定する旨の
規定をおいている。そのほか、xxの規定のない国でも、申込みの誘引とするのを原則とするところと、申込みを原則とするところとに分かれている。
④ そこで、このような場合についても、個別の事例ごとに、それが申込みであるか申 込みの誘引であるかを判断すべきという考え方もありうる。しかし、紛争予防の観点から は、一定の典型的な場合については、解釈の基準となるルールを定めておくことが望まし い。少なくとも、事業者が事業の一環として、不特定の者に対し、商品を店に陳列し、カ タログやWEBに商品と代金を掲載するなどの態様で契約条件を提示するときは、相手方は、提示された契約内容の契約を締結できると期待するのが通常であり、このような正当な信 頼を保護することが必要である。また、事業者であれば、申込みの拘束力を回避したけれ ば、契約条件を提示しながらなおその条件では契約を締結しない可能性があるときは、そ の旨自ら留保すべきであり、それは十分に可能である。
このように考えるならば、少なくとも事業者が事業の一環として、不特定の者に対し、特定の契約の内容となるべき事項を提示したときは、その提示を申込みと推定するルールを設けるのが適切である。このようなルールを設けることは、具体的にいつ契約が成立したかが問題となる場面についての解決を与えるだけでなく、事業者がカタログに商品を記載する場合などにおいて、その必要に応じ、申込みの誘引である旨留保することを促進し、ひいては契約の成否に関する紛争の予防にも資するものである。
⑤ そこで、本提案では、事業者が、不特定の者に対して、代金や目的物、役務の内容など、特定の契約を構成する事項を提示したときは、その提示は、申込みと推定する。
この「事業者」とは、消費者契約における事業者と同様、事業としてまたは事業のために契約の当事者となる個人および法人その他の団体をいう。また、この準則は、相手方が消費者であると否とを問わずあてはまるので、対象は消費者契約には限定されない。
⑥ 「契約の内容となるべき事項」とは、その提示が申込みと推定される理由が、相手 方がそれを申込みと信頼するのが相当であることにその重要な基礎があることからすれば、
「契約の内容となるべき事項」とは、具体的には、当該取引の態様に応じてその契約の内容を確定することができるだけの事項が提示されていることが必要である。
⑦ なお、特定商取引法13 条は、販売業者等は、一定の場合に、書面により承諾または承諾しない旨を相手方に通知すべきであると定めているが、事業者は、本提案が適用される場合には、推定を覆さない限り、契約は相手方の意思表示によってすでに成立しているので、承諾しない自由はない。したがって、同法13 条の書面による通知は、すでに成立した契約の内容を相手方が確認することができるために、事業者にすでに成立した契約の内容に関する通知を行わせるものと理解されるべきものである。したがって、本提案を採用するときは、同法13 条について、本提案を前提とする同条の改正が必要となる。
10 交❹申込み
【II-5-14】
交❹申込みに関する規定は設けない。
提案要旨
交❹申込みによる契約の成立を肯定することには、偶々、同じ内容の意思表示が合致したことによって、ただちに、契約を成立させる意思の合致があったと認めてもよいのかどうかは、理論的に問題があるほか、実際上も、複数の申込みが交❹することも考えられるが、この場合に、契約が成立することを肯定すると、どの申込みとどの申込みとが合致したのか、特定できないことが生じうるという問題がある。
一方、交❹申込みを認めるべき必要性はさほど大きくはない。
したがって、交❹申込みによる契約の成立は否定し、その趣旨は、承諾に関する条文のなかで明らかになるよう規定する。
【解説】
① 交❹申込みによる契約の成立を肯定すると、2つの申込みの内容が一致していれば、新たに承諾を要することなく契約は成立する。これに対して、これを否定するとすると、両者のどちらかが承諾をした時に、契約は成立する。
② 通説は、交❹申込みによっても各当事者が相手方になした意思表示が合致していることを理由に、交❹申込みによる契約の成立を肯定する。
③ しかし、契約を成立させる意思表示は、申込みと承諾によるのであれ、練り上げ型 の合意によるのであれ、相手方の特定の意思を認識してなすことが前提とされている。偶々、同じ内容の意思表示が合致したことによって、ただちに、契約を成立させる意思の合致が あったと認めてもよいのかどうかは、理論的に問題がある。
④ また、実際にも、偶然、申込みが交❹した場合、契約当事者は、果たして、相手方からの申込みが到達した時に、契約は成立すると考えるのか、疑問がある。申込みが交❹したことをふまえ、承諾の意思表示をし、その時はじめて契約は成立すると考えることも少なくないと思われる。
⑤ さらに、同じ内容の契約を定期的に頻繁に締結している契約当事者の間では、複数の申込みが交❹することも考えられるが、この場合に、契約が成立することを肯定すると、どの申込みとどの申込みとが合致したのか、特定できないことが生じうる。
⑥ 比較法的に見ても、交❹申込みによる契約の成立を規定する例は見あたらない。
⑦ 交❹申込みによる契約の成立を肯定する理由としては、そのほか、あらためて承諾の意思表示をする手間を不要とすることにより、迅速な契約の成立を認めることができることが考えられるが、通信手段の発達した今日、新たな承諾を求めることは、契約当事者の負担にならないともいえる。
⑧ 以上より、交❹申込みによる契約の成立を否定することを前提として、交❹申込みに関する規定をおくことはしない。交❹申込みによる契約の成立を否定する趣旨は、承諾に関する条文のなかで明らかになるよう規定する。
11 申込者の死亡または行為能力の喪失等
【II-5-15】申込者の死亡または行為能力の喪失等
民法97条2項の規定は、相手方が、承諾を発信するまでに、申込者の死亡または、その意思表示について、意思能力を欠く状態となったこと若しくは行為能力の制限の事実を知った場合には、適用しない。
提案要旨
1 現行民法525条は、意思表示の発信後、表意者が死亡または行為能力を喪失しても、意思表示はその効力を失わないという民法の原則(97条2項)の特則である。
525条は、申込者が反対の意思表示をしていた場合も挙げるが、97条2項は強行規定ではないので、525条に特別の規定を設ける必要はない。起草者もまた、この点は認識していた。したがって、【II-5-15】では、現行525 条から、「申込者が反対の意思を表示した場合」を削除する。
また、その文言も、現行民法97条2項の改正案(【II-1-20】) 4 、にあわせて、現行525 条の「申込者の死亡若しくは行為能力の喪失の事実」を、「申込者の死亡または、その意思表示について、意思能力を欠く状態となったこと若しくは行為能力の制限の事実」とする。
2 本条の適用範囲については、申込み発信後到達までに限定されるか、それとも申込
み到達後にも適用があるかについては、学説上議論が分かれているが、本条が、当事者の通常の意思の推定に基づくことを考えれば、申込みの到達後承諾をするまでに申込者の死
4 【II-1-20】(表意者の死亡又は行為能力の制限 )
「意思表示は 、 表意者がその意思表示を発した後に死亡し 、又はその意思表示について意思能力を欠く状態となったとき 、若しくは行為能力が制限されたときであっても 、そのためにその効力を妨げられない。」
亡または意思能力を欠く状態となり、もしくは行為能力を制限された事実を知ったときも、申込み発信後到達と同様に扱うことが適切である。
以上より、【II-5-15】では、相手方が申込者の死亡または意思能力を欠く状態となり、もしくは行為能力を制限された場合を知ったかどうかは、相手方が承諾を発信した時が基準として判断することとする。
【解説】
① 意思表示の発信後、表意者が死亡または行為能力を喪失しても、意思表示はその効力を失わないというのが、現行民法の原則である(97条2項)。現行民法525 条は、申込みについてその例外を設ける規定である。
② 525条において、相手方が申込者の死亡または行為能力の喪失の事実を知ったときに、申込みがその効力を失う理由としては、起草者であるxxは、当事者の通常の意思を挙げており、同条は旧民法308条5項にしたがった規定であるとする5 。また、その例として、梅は、申込者が自分で着るために買った着物は、申込者の死亡により不要となると説明する。そのほか、学説は、承諾者は、申込者の死亡を知っていれば、申込みを信頼して承諾のための準備をすることもないので、相手方に不測の損害を与えるおそれはないと説明している6 。
③ 525 条は、申込者が反対の意思表示をしていた場合も挙げるが、97条2項は強行規定ではないので、525条に特別の規定を設ける必要はない。起草者もまた、この点は認識していた。したがって、【II-5-15】では、525条から、「申込者が反対の意思を表示した場合」を削除する。また、その文言については、現行民法97条2項の改正案(【II-1-20】)、にあわせて、525条の「申込者の死亡若しくは行為能力の喪失の事実」を、「申込者の死亡または、その意思表示について、意思能力を欠く状態となったこと若しくは行為能力の制限の事実」とする。
④ つぎに、本条の適用範囲について、申込み発信後到達までに限定されるか、それとも申込み到達後にも適用があるかについては、学説上議論が分かれている。たしかに、申込者が死亡した場合の契約の帰趨についての当事者の通常の意思については、申込みの発信後、申込みが承諾適格を有する間に、申込者が死亡し、または意思能力を欠く状態となり、もしくは行為能力を制限された場合も同じである。また、実際に契約の成否が問題となるのは、申込みの到達後の場合であるとの指摘もある。
⑤ これに対して、申込みの効力を失わせても相手方の正当な信頼を損なうことにならないという観点からは、申込みの到達後、相手方が承諾のための準備をすることは考えら
5 もっとも、xxは、相手方の知・不知により申込みの効力が左右される立法はどうかと、相当迷ったとも言っている。第 76 回法制審議会議事録参照。
6 前掲・新版注民(13)477 頁参照。
れる。法典調査会での議論でも、相手方が着物を準備したらどうなるか、という疑問が出されている。
しかしながら、承諾する間に相手方がおこなう準備は、自らのリスクで行うと考えることもできるので、むしろ、本条をおくことに意義があるとすれば、それは、当事者の通常の意思の推定にあると解すべきであろう。そうであるとするならば、申込みの到達後承諾をするまでに申込者の死亡または意思能力を欠く状態となり、もしくは行為能力を制限された事実を知ったときも、同様に扱うことが適切である。
⑥ 以上より、【II-5-15】では、相手方が申込者の死亡または意思能力を欠く状態となり、もしくは行為能力を制限された場合を知ったかどうかは、相手方が承諾を発信した時が基準として判断することとする。
12 申込みを受けた事業者の物品保管義務
【II-5-16】申込みを受けた事業者の物品保管義務
事業者がその事業に関して契約の申込みを受けた場合において、その申込みとともに受け取った物品があるときは、その申込みを拒絶したときであっても、申込者の費用をもってその物品を保管しなければならない。ただし、その物品の価額がその費用を償うのに足りないとき、又は事業者がその保管によって損害を受けるときは、この限りでない。
提案要旨
商法510条は、申込者が商人であると否とを問わず、申込みを受けた商人に申込みとともに受け取った物品保管義務を負わせる。同様の物品保管義務は、事業者にその事業に関する契約の申込みをした者の保護および、事業者としての責任という観点から、事業者がその事業に関して申込みを受けるとともに物品を受け取った場合にも認められる。
そこで、事業者がその事業に関して申込みを受けるとともに物品を受け取った場合、事 業者は申込者の費用で物品を保管すべき義務を負うことを定めるのが本提案の趣旨である。
ただし、物品の保管により事業者に損害を及ぼすのは不合理であって認めるべきではないから、商法510条ただし書きと同様、その物品の価額がその費用を償うのに足りないとき、又は商人がその保管によって損害を受けるときは、申込みを受けた事業者は物品の保管義務を負わないものとする。
なお、本提案が採用されれば、商法510条はその独自の意味をもたず、不要となる。
【解説】
① 民法の原則によれば、申込みと同時に申込者が物品を相手方に送付した場合、原則として、相手方はその物品を返還したり保管したりする法律上の義務はなく、事務管理が成立しうるにとどまる。
② これに対し、商法510条は、申込者が商人であると否とを問わず、申込みを受けた商人は、物品保管義務を負う旨定める。その理由としては、商取引の敏活と申込人の保護が挙げられる。
③ このうち、商取引の敏活という観点は、商取引に特有の要請であるともいえるが、申込者の保護は、申込みを受けた者が事業者である場合にもあてはまる。たとえば、パソコンが壊れた場合に、メーカーの修理部門にその修理を依頼するとともにそのパソコンを送付した申込者は、たとえそのパソコンが修理不能のためメーカーが修理契約を拒絶したとしても、そのパソコンを申込者の費用で保管することを信頼するのは当然であり、そのような信頼は正当な信頼として保護されるべきである。
他方、事業者は、事業を行っている以上、自らの事業に関して契約を締結すべく申込者が物品を送付してきた場合には、契約を締結しないとしても、契約締結過程におけるxxx上の義務として、当該物品を保管する義務があるといえる。
④ そこで、本提案は、申込みを受けた事業者の物品保管義務を民法に規定するものである。ただし、物品の保管により事業者に損害を及ぼすのは不合理であって認めるべきではないから、商法510条ただし書きと同様、その物品の価額がその費用を償うのに足りないとき、または事業者がその保管によって損害を受けるときは、申込みを受けた事業者は物品の保管義務を負わないものとする。
なお、【II-5-16】によれば、商法510条は【II-5-16】に吸収されて不要となる。
V 承諾
1 承諾の定義
(1) 承諾の定義
【II-5-17】承諾
承諾は、申込みに同意して、契約を成立させる意思表示である。
提案要旨
承諾の本質は、申込みによって示された内容に終局的に同意することである。
契約内容の確定は、申込みによって満たされているので、承諾自体によって契約内容が確定できる必要はない。承諾は、単なる同意でもかまわない。
以上の 2 つから、承諾の定義を定めたのが【II-5-17】である。
【解説】
① 承諾の本質は、申込みによって示された内容に終局的に同意することである。
契約内容の確定は、申込みによって満たされているので、承諾自体によって契約内容が確定できる必要はない。承諾は、単なる同意でもかまわない。
以上の 2 つから、承諾の定義を定めたのが【II-5-17】である。
② 比較法的には、申込みの定義はあっても承諾の定義はおかない立法もある。承諾の定義をおく立法例としては、たとえば、フランス債務法改正草案1105-5 条1 項、ヨーロッパ契約法原則2:204 条1 項がある。
③ しかしながら、日本法においては、承諾とは何かを明らかにすることが適切である。とりわけ、承諾の定義を明らかにすることは、従来、学説において議論されてきた、交❹申込みによる契約の成立を否定するという意味がある(【II-5-14】参照)。すなわち、承諾は「申込みに同意する」意思表示であり、申込みを前提とするので、交❹申込みがなされた場合に、遅れて到着した申込みが承諾と扱われることはない。
2 承諾の効力発生時期
【II-5-18】承諾の効力発生時期
(1) 契約は、承諾が申込者に到達した時に、その効力を生じる。
(2) 申込者の意思表示または取引上の慣習により、承諾の意思表示が申込者に到達することを必要としない場合は、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する。
(3) 前項の場合において、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に申込みの相手方に承諾の意思がなかったときについては、錯誤の規定を準用する。
* 電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律(平成 13 年
6 月 29 日法律第 95 号)4 条は、これを廃止する。
提案要旨
1 承諾についてとくに例外を設ける必要性はないので、承諾についても到達主義を採用する。到達主義は、意思表示に関する一般原則であるから、とくに承諾は到達時に効力を生じる旨の条文をおく必要はないとも考えられるが、発信主義からの大きな変更であるので、xxの規定をおく。
2 なお、現在、電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律(平成13 年6 月29 日法律第95 号)4条が、電子契約について民法の例外として到達主義を定める規定をおいているが、民法が到達主義を採用することにより、同条は不要となる。そこで、あわせて、同条を廃止することを提案する。
3 意思実現行為による契約の成立については、現行民法 526 条 2 項の考え方を維持する(【II-5-18】(2))。もっとも、意思実現行為による契約の成立を認めることの意義は、現行法と若干異なる点もある。というのは、承諾につき発信主義を採用しているため、承諾の意思表示とみとめるべき事実があった時に、その事実により承諾がなされたと解釈して契約の成立を認めることができる。これに対して、承諾につき到達主義を採用する本提案では、意思実現行為による承諾は、単に、承諾の意思表示と認めるべき事実を承諾の意思表示があったと解するだけではなく、承諾の意思表示が申込者に到達しないにもかかわらず、契約の成立を肯定することを認めるという意味をもつ。
4 意思実現行為による承諾も、申込者に到達することは不要であるにせよ、承諾である以上、承諾の意思をもって行われることが必要である。したがって、承諾の意思なくして意思実現行為を行っても、承諾の効力は生じない。この場合には、錯誤の規定を準用するものとする(【II-5-18】(3))。
【解説】
① 現行民法は意思表示につき、到達主義の原則を採用したうえで、承諾につき、例外として発信主義を採用する。
その理由としては、当時の、東京、大阪などの商慣習が発信主義を採用していたことや、発信主義によれば、承諾者は、発信するとすぐに履行に取りかかることができるという迅速性が挙げられる。
しかし、迅速性については、現代の通信手段においては、発信から到達までの時間は相当に短縮されており、到達主義を採用しても、迅速性に欠けることはない。
比較法的に見ても、到達主義を採用する立法例が圧倒的多数である。
② 他方、発信主義によると、承諾の通知が不着の場合に、申込者が契約は成立しなかったと誤信したために、他の相手方と契約を結んでしまうなどの問題が生じる。
③ 以上より、今日では、承諾についてとくに例外を設ける必要性はない。
到達主義は、意思表示に関する一般原則であるから、とくに承諾は到達時に効力を生じる旨の条文をおく必要はないとも考えられるが、発信主義からの大きな変更であるので、xxの規定をおくのが親切である。
④ なお、現在、電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律(平成13 年6 月29 日法律第95 号)4条が、電子契約について民法の例外として到達主義を定める規定をおいているが、民法が到達主義を採用することにより、同条は不要となる。そこで、あわせて、同条を廃止することを提案する。
⑤ つぎに、現行民法 526 条 2 項は、意思実現行為による契約の成立について規定する。現行法において、意思表示による承諾と異なるのは、申込者に対して承諾の通知をすることが必要ない点である。すなわち、申込者の意思表示または取引上の慣習により、特定の行為をすることを承諾と認めるべき場合は、その行為を行うことにより、被申込者に承諾の意思のあることが推測される。
【II-5-18】(2)は、526 条 2 項の考え方を維持し、申込者の意思表示または取引上の慣習により、承諾の意思表示が申込者に到達することを必要としない場合は、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立するものとする。
⑥ もっとも、【II-5-18】(2)は、現行法とその意味が異なるところもある。すなわち、現行法は、承諾につき発信主義を採用しているため、承諾の意思表示とみとめるべき事実があった時に、その事実により承諾がなされたと解釈して契約の成立を認めることができる。これに対して、承諾につき到達主義を採用する本提案では、意思実現行為による承諾は、単に、承諾の意思表示と認めるべき事実を承諾の意思表示があったと解するだけではなく、承諾の意思表示が申込者に到達しないにもかかわらず、契約の成立を肯定することを認めるという意味をもつ。
同様の規定を採用する他の例として、ユニドロワ原則2.6 条、ヨーロッパ契約法原則2: 205
条などがある。
⑦ 意思実現行為により契約が成立するには、被申込者が意思実現行為をしたことを申込者が認識することは必要ない。その結果、被申込者が意思実現行為をしたことを申込者が認識していなくても、契約は意思実現行為により成立する。
このように、被申込者が意思実現行為をしたことを申込者が認識していなくても、契約は意思実現行為により成立することを肯定することは、申込者との関係でもとくに問題はないと考えられる。
というのも、まず、申込者が自らの意思表示により意思実現による承諾を認めた場合は、申込者が自らそれを望んでいるので問題はない。また、取引上の慣習により意思実現による契約の成立が認められている場合にも、申込者は、自己の知らない間に意思実現行為により契約が成立する可能性を取引上の慣習により受け入れていると解される。
⑧ もっとも、意思実現行為による承諾も、申込者に到達することは不要であるにせよ、承諾である以上、承諾の意思をもって行われることが必要である。したがって、承諾の意
思なくして意思実現行為を行っても、承諾の効力は生じない。たとえば、シュリンク・ラップ契約については、その条項が有効と解される場合においても、特定の被申込者がその条項を知らずに開封したなど、行為時に承諾の意思がなかった場合には、承諾の効力は生じない。この場合には、錯誤の規定を準用するものとする(【II-5-18】(3))。
≪比較法≫
承諾の効力発生時期について
(a) 発信主義を採用する立法例
・スイス債務法 10 条 1 項
(b) 到達主義を採用する立法例
・CISG 18 条 2 項
・ユニドロワ 2・6 条 2 項
・ヨーロッパ契約原則 2:205 条 1 項
・オランダ民法 3:37 条 3 項
・ギリシャ民法 192 条
・ケベック民法 1387 条
・ロシア民法典 433 条 1 項
3 申込みに変更を加えた承諾
【II-5-19】申込みに変更を加えた承諾
(1) 承諾者が、申込みに条件を付し、その他変更を加えてこれを承諾したときは、その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなす。ただし、【II-5-2】に照らして申込みに実質的変更が加えられていないときは、変更がなされた部分を除いた内容で契約は成立する。
(2) 前項の規定は、申込者が、承諾者によって加えられた変更を契約内容とすることをあらかじめ拒絶する意思を表示していたか、または、その変更について承諾者に遅滞なく異議を述べたときは、適用しない。
提案要旨
1 承諾は、申込みに同意して契約を締結する意思表示であり、条件を付したり変更することは申込みの承諾とはいえないことから、変更を加えてこれを承諾したときは、その
申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなすとする現行民法 528 条を基本的には維持する。
2 そのうえで、例外として、契約の成立要件である合意について定めた【II-5-2】に照らして、申込みに実質的変更が加えられていないとき、言い換えれば、申込みおよび変更された部分を除いた承諾によって確定できる契約内容により、当事者はなお契約を成立させたであろう場合には、その承諾による契約の成立を肯定する。したがって、実質的な変更が加えられたかどうかは、各当事者の意思および契約の性質に照らして判断される。
3 【II-5-19】(1)ただし書きにより、例外的に契約の成立が認められる場合、申込みに変更が加えられた部分については、当事者の意思は合致していないのであるから、変更を加えられた部分が当然に契約内容となることはなく、その変更がなされた部分を除いた内容で契約は成立し、変更を加えられた部分については、必要があれば、解釈により内容を補充することになる。
4 しかし、場合によっては、申込者は、申込みにいかなる変更がなされた場合であっても、申込み内容がそのまま契約内容にならないのであれば契約を締結しないことを欲することもあり、そのようなときにまで、契約の成立を認めるべきではない。
したがって、申込者があらかじめ変更された内容では契約を締結しない旨の意思を承諾者に対して表示していたか、または変更を加えられた承諾の到達後、遅滞なく承諾者に対して異議を述べたときは、変更を加えられた承諾はそれがどのような変更であってもその効力を生じず、契約は成立しないものとする【II-5-19】(2)。
【解説】
① 申込みと承諾との関係について、承諾は、申込みに同意して契約を締結する意思表示であり、条件を付したり変更することはできない。したがって、申込みに変更を加えた承諾は、その変更が些細なものであっても承諾として有効ではないというのが、現行民法 528条である。承諾が、申込みに同意して契約を締結する意思表示であることからすれば、変更を加えた申込みを申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなす現行民法
528条は基本的に維持されるべきである。
② 一方、比較法的には、オランダ民法225 条1 項、2 項、UCC2-207 条、CISG19 条、ユニドロワ原則2. 1.11 条、ヨーロッパ契約法原則2 : 208条、パヴィア草案16 条7 項に見られるように、申込みの内容を実質的に変更しないときは、申込者が異議を述べない限り、承諾として有効とする例もある。
③ たしかに、承諾によって申込みに変更を加えることはできないのが原則であるとしても、契約の成立要件である合意について定めた【II-5-2】に照らして、申込みに実質的変更が加えられていないときにまで、契約の成立を否定し、契約が成立するために申込者が新たな承諾をする必要があるとするのは迂遠である。
そこで、例外的に、契約の成立要件である合意について定めた【II-5-2】に照らして、 申込みに実質的変更が加えられていないとき、言い換えれば、申込みおよび変更された承 諾によって確定できる契約内容により、当事者はなお契約を成立させたであろう場合には、その承諾による契約の成立を肯定するのが、【II-5-19】(1)ただし書きの趣旨である。この とき、実質的な変更が加えられたかどうかは、各当事者の意思および契約の性質に照らし て判断される。
④ 【II-5-19】(1)ただし書きにより、例外的に契約の成立が認められる場合、申込みに変更が加えられた部分については、当事者の意思は合致していないのであるから、変更を加えられた部分が当然に契約内容となることはなく、その変更がなされた部分を除いた内容で契約は成立し、変更を加えられた部分については、必要があれば、解釈により内容を補充することになる。
⑤ ところで、場合によっては、申込者は、申込みにいかなる変更がなされた場合であっても、申込み内容がそのまま契約内容にならないのであれば契約を締結しないことを欲することもあり、そのようなときにまで、契約の成立を認めるべきではない。
そこで、【II-5-19】(2)は、申込者があらかじめ変更された内容では契約を締結しない旨の意思を承諾者に対して表示していたか、または変更を加えられた承諾の到達後、遅滞なく承諾者に対して異議を述べたときは、変更を加えられた承諾はそれがどのような変更であってもその効力を生じず、契約は成立しないことを定める。
⑥ もっとも、【II-5-19】(2)に定められた事柄のうち、申込者があらかじめ変更された内容では契約を締結しない旨の意思を承諾者に対して表示していた場合については、
【II-5-2】の解釈により、契約の成立を否定することもできる。(2)は、この点について、疑義のないよう、【II-5-2】の準則を確認するものである。
また、申込者が遅滞なく承諾者に対して異議を述べることにより契約の成立が否定される例としては、たとえば、売買契約の申込者である売主がその使用する約款の内容をよく知らず、申込者の住所に裁判管轄を認める旨の条項に気がつかずにその約款を使用して相手方に申込みをしたところ、相手方から、裁判管轄について申込者の住所に管轄を認めない旨の条項を内容とする変更を加えた承諾がなされた場合、承諾者による変更を見て、はじめて裁判管轄の条項が自らにとって非常に重要であることを認識したというような場合が考えられる。このとき、申込者は、相手方に遅滞なく異議を述べることにより、契約の成立を妨げることができる。
VI 懸賞広告
1 懸賞広告の法的性質
【II-5-20】懸賞広告
ある行為をした者に一定の報酬を与える旨を広告した(以下、これを懸賞広告という。)者は、その行為をした者に対してその報酬を与える義務を負う。その行為をした者が、その広告を知らなかったときも、同様とする。
提案要旨
懸賞広告をした広告者は、知らずに指定行為をした者に対しても報酬を与える義務を負うことを明らかにする。
懸賞広告の法的性質について、これを単独行為と解するか、契約と解するかは、解釈に委ねるものとする。
【解説】
① 懸賞広告の法的性質については、これを単独行為と解する見解(単独行為説)と、契約と解する見解(契約説)とがある。懸賞広告の性質を単独行為と捉えると、その位置は別として、特別の規定が懸賞広告・優等懸賞広告の両者について必要となる。
他の国の立法例を見ても、懸賞広告を、契約と構成する国と、単独行為と構成する国とに分かれている。
② 懸賞広告の法的性質に関する両説の違いは、懸賞広告の存在を知らずに指定行為をした者(例:懸賞広告の対象となっていた迷子の犬を、広告の存在を知らずに広告者である飼い主に届けた者)に対して、広告者は報酬を与える義務を負うかどうかについてである。
すなわち、懸賞広告を単独行為と構成すれば、広告者は報酬を与えなければならないが、契約と構成すると、広告の存在すら知らない相手方については、意思実現行為による契約の成立を認めることもできないので、契約は成立せず、広告者は報酬を与える義務を負わない。もっとも、これを特殊な契約と解すれば、知らずに指定行為をした者に対する報酬を与える義務を肯定できるとの指摘もある。
他方、結果の妥当性という観点からは、広告者が指定した行為を行ったにもかかわらず、 広告の存在を知らなかったからという理由で、広告者が報酬を与える義務を負わないのは、結論として妥当とはいいがたい。
③ したがって、懸賞広告を単独行為と理解するか、特殊な契約と理解するかはさておき、【II-5-20】では、広告者は、知らずに指定行為をした者に対しても報酬を与える義務を負うことを明らかにする。
2 懸賞広告の撤回・失効
【II-5-21】懸賞広告の撤回・失効
(1) 【II-5-7】(期間の定めのある申込みの撤回・失効)は、懸賞広告者がその指定した行為をする期間を定めた場合について準用する。
(2) 【II-5-10】(4)項(不特定の者に対する期間の定めのない申込みの効力)は、懸賞広告者がその指定した行為をする期間を定めなかった場合について準用する。
(3) 懸賞広告者が、その指定した行為をする期間を定めなかったときは、その指定した行為に着手する者がない間は、その広告を撤回することができる。
(4) 前項の撤回が前の広告と同一の方法によらないでなされたときは、その撤回は、これを知った者に対してのみ、その効力を生じる。
提案要旨
【II-5-21】は、現行民法 530 条を基本的に維持しながら、これまで同条について問題とされていたいくつかの点について修正を行うものである。
まず、懸賞広告の撤回方法は自由に選択できることとした上で、前の広告と同一の方法によるときはその効力は撤回を知らない者に対しても及ぶが、他の方法によるときは、撤回は、これを知った者に対してのみその効力が生じることとする。
つぎに、指定行為をする期間を定めた広告の撤回および効力存続期間は、期間を定めた申込みと同様に扱う。すなわち、指定行為をするための期間の定めがなされた懸賞広告については、撤回できないものとする一方で、指定行為をするための期間の定めがなされていない懸賞広告については、指定した行為に「着手する」者がない間は撤回できるものとする。これは、懸賞広告者が、広告により義務を負うことから、指定行為をおこなった者がいない間は懸賞広告を撤回して自ら負った義務からの解放を認めることが適切であること、と同時に、530 条 1 項のように指定行為を完了していなくても、すでに指定行為に着手した者がいれば、その者には報酬に対する正当な期待がすでに発生しているので、懸賞広告者はもはや撤回はできないとするのが適切であることを理由とする。
そして、期間の定めのない懸賞広告の効力存続期間は、不特定の者に対する申込みと同様の規律にしたがわせるのが適切であるので、【II-5-10】(4)項(不特定の者に対する期間の定めのない申込みの効力)が準用される(【II-5-21】(2)項)。
【解説】
① 現行民法 530 条 1 項は、懸賞広告を撤回できる場合について定める。すなわち、指定行為が完了するまでは、広告と同一の方法によりいつでも撤回できるとしたうえで、ただし書きで、撤回できない場合について定める。
② しかし、530 条 1 項ただし書きに対しては、一方では、撤回できない場合を当該広告中に撤回しない旨の表示がなされている場合に限定すべきではないのではないかとの、他方では、本条が当事者意思の補充・推定規定であるならば、ただし書きは不要であるとの批判がある。
③ また、広告者が撤回できない意思表示をすれば、いつまでも撤回できないというのも問題がある。
④ さらに、530 条 3 項は、懸賞広告に期間の定めがある場合について、撤回する権利
を放棄したものと推定するが、指定行為が完了された後に、撤回する権利の放棄があったかどうかを争うのは法的安定性を欠く。
⑤ そこで、【II-5-21】は、懸賞広告の効力が存続する期間について、その指定した行為をする期間が定められている場合には期間の定めのある申込みの規定を、定められていない場合には期間の定めのない申込みの規定を準用する。
⑥ そして、期間の定めのない懸賞広告の効力存続期間は、不特定の者に対する申込みと同様の規律にしたがわせるのが適切であるので、【II-5-10】(4)項(不特定の者に対する期間の定めのない申込みの効力)が準用される(【II-5-21】(2)項)。
⑦ つぎに、指定行為をするための期間の定めがなされた懸賞広告については、撤回できないものとする一方で、指定行為をするための期間の定めがなされていない懸賞広告については、指定した行為に「着手する」者がない間は撤回できるものとする。これは、一方では、懸賞広告者が、広告により義務を負うことから、指定行為をおこなった者がいない間は懸賞広告を撤回して自ら負った義務からの解放を認めることが適切であること、他方では、現行530 条1 項のように指定行為を完了していなくても、すでに指定行為に着手した者がいれば、その者には報酬に対する正当な期待がすでに発生しているので、懸賞広告者はもはや撤回はできないとするのが適切であることを理由とする。
⑧ さらに、撤回の効果についてであるが、現行530 条2 項は、前の広告と同一の方法によって撤回できない場合に他の方法による撤回を認め、そのうえで、他の方法を用いた場合には撤回を知った者に対してのみ撤回の効力が及ぶとする。しかし、他の方法を用いた場合には撤回を知った者に対してのみ撤回の効力が生じるのであれば、前の広告と同一
の方法によることができない場合に限って他の方法の使用を認める必要はない。したがって、【II-5-21】では、撤回の方法は懸賞広告者が自由に選択できることを前提として、前の広告と同一の方法による撤回は、これを知らない者にもその効力を生じるが、他の方法による撤回は、これを知った者に対してのみ、効力を生じるものとする。
3 xxが同時に指定行為をした場合
【II-5-22】xxが同時に指定行為をした場合
最初に指定した行為をした者のみが報酬を受けるとした広告について、xxが同時にその行為を同時にしたときは、各自が等しい割合で報酬を受ける権利を有する。ただし、報酬がその性質上分割に適しないとき、又は広告において 1 人のみがこれを受けるものとしたときは、抽選でこれを受ける者を定める。
提案要旨
現行民法 531 条 1 項は、指定行為をした者がxxあるときは、最初にその行為をした者のみが報酬を受ける権利を有するとするが。これをデフォルト・ルールとする必要性はない。何人が報酬を受ける権利を有するかは、広告者の意思による。
これに対し、現行 531 条 2 項の規定は、広告者が広告において、最初に指定した行為をした者のみが報酬を受けるとしたときに、xxが同時に指定行為を行った場合について、なお意味がある。
そこで、【II-5-22】では、最初に指定した行為をした者のみが報酬を受けるとしたときのルールとして、現行 531 条 2 項を存続させる。
もちろん、【II-5-22】は強行規定ではないので、現行 531 条 3 項は不要である。したがって、3 項は削除する。
【解説】省略
4 優等懸賞広告
【II-5-23】優等懸賞広告
(1) 広告に定めた行為をした者がxxある場合において、その優等者のみに報酬を与えるべきときは、その広告は、応募の期間を定めたときに限り、その効力を有する。
(2) 前項の場合において、応募者中いずれの者の行為が優等であるかは、広告中に定めた者が判定し、広告中に判定をする者を定めなかったときは懸賞広告者が判定する。
(3) 応募者は、前項の判定に対して異議を述べることができない。
(4) 前条の規定は、xxの行為が同等と判定された場合について準用する。
提案要旨
現行 532 条は、優等懸賞広告が、応募の期間を定めていなければ効力を生じないこと(1 項)、優等者の判断を誰にするか(2 項)、応募者は、その判断に対して異議を述べることができないこと(3 項)、同等とされた場合の扱い(4 項)について、規定を設ける。これらの規定については、とくに変更を加える必要はないので、そのまま維持する(【II-5-23】)。なお、【II-5-22】では、現行民法 531 条 2 項に当たる規定が、1 条文となるので、それ
にあわせて、4 項の規定を修正する。