Contract
2012年(平成24年)2月16日
日本弁護士連合会
<「消費者契約法日弁連改正試案」の提言に当たって>
1 消費者契約法の制定と意義
消費者契約法(以下「本法」という。)は,消費者・事業者間の情報・交渉力格差の是正という観点から,消費者契約に関する包括的民事ルールを規定する民法,商法の特別法として,2000年(平成12年)4月に制定され,2001年(平成13年)4月に施行された。
本法が施行されてから既に10年以上が経過した。その間に本法が消費者の権利実現のために果たした重要な役割,裁判例の蓄積,実務への定着等によって,今や本法は消費者の権利実現のために欠かせない極めて重要な法律となっている。
2 実体法改正の必要性
もっとも,本法の施行後も消費者契約被害の発生は後を絶っておらず,現在もその被害の実情は深刻かつ多数である。
この点,本法の私法実体法規定は,もともと制定過程において提唱されていた第16次国民生活審議会消費者政策部会中間報告等に比して縮小・後退した内容で制定された経緯があり,本法制定時の衆議院商工委員会及び参議院経済・産業委員会の附帯決議でも,施行後の状況について分析・検討を行い,5年を目途に見直しを含めた措置を講ずることとされていた。また,2005年(平成17年)
4月に閣議決定された「消費者基本計画」では,「消費者契約法施行後の状況について分析・検討するとともに,消費者契約に関する情報提供,不招請勧誘の規制,適合性原則等について,幅広く検討する。」,「平成19年までに消費者契約法の見直しについて一定の結論を得る。」とされていた。さらに,2010年
(平成22年)3月に閣議決定された「消費者基本計画」では,「消費者契約法に関し,消費者契約に関する情報提供,不招請勧誘の規制,適合性原則を含め,インターネット取引の普及を踏まえつつ,消費者契約の不当勧誘・不当条項規制の在り方について,民法(債権関係)改正の議論と連携して検討します。」とされた。加えて,2009年(平成21年)11月から開始されている法務省法制審議会民法(債権関係)部会における民法改正論議の中でも,新たな消費者保護規定の要否や内容が論じられている状況にある。
このように,現在の消費者契約被害の実情,本法制定時に積み残した課題,本法制定後の社会状況や議論の進展等を考慮した場合には,本法の私法実体法規定を現行法よりも充実させる方向で法改正することは急務である。
3 当連合会の従前の活動と今般の提言
この点,当連合会では,本法制定過程において「消費者契約法日弁連試案」(1
999年(平成11年)10月)等を提言し,本法施行後も「消費者契約法の実体法改正に関する意見書」(2006年(平成18年)12月14日)や,「消費者契約法の実体法規定の見直し作業の早期着手を求める意見書」(2011年
(平成23年)11月24日)等を公表し,本法の私法実体法規定のあるべき改正内容や早期見直しの必要性を提言してきた。
今般,当連合会が提言する「消費者契約法日弁連改正試案」(以下「本試案」という。)は,消費者契約被害の実情や本法のこれまでの施行状況及び議論状況等を踏まえ,日々消費者被害の救済に当たっている法律実務家の視点から見たあるべき消費者契約に関する包括的民事ルールという観点より,本法の私法実体法規定の改正試案を提言するものである。
4 本試案の前提ないし留意点
なお,本試案は,あくまでも現行の民法の規定,及び,現行の民法と消費者契約法の役割分担の在り方を前提としている。また,本試案は,法務省法制審議会等における民法(債権関係)改正論議は視野に入れつつも,将来的な民法の諸規定の在り方や民法と消費者契約法との役割分担の在り方といった問題については,特定の立場を前提としていない。すなわち,本試案は,民法改正論議において消費者契約に限定しない形での立法の是非が議論されている問題も含んでいるが(例:約款規制,複数契約の無効など),民法典における上記のような立法について積極的に反対する趣旨ではない。また,本試案の提案内容の一部を民法典で立法することが望ましいか否かという問題(民法典への消費者概念導入の是非及び内容という問題)は,本試案とは別に議論されるべき問題と位置付けている。
最後に,本試案は,そこに列挙されていない消費者保護規定の立法の必要性を否定する趣旨ではない。本試案は,現代社会で立法化が必要な消費者契約に関する私法実体法規定の全てを網羅したものではなく,今後も,消費者契約に関する包括的民事ルールを定める法律としてその内容の充実に向けた検討を重ねてゆくこととしている。
消費者契約法日弁連改正試案
第1章 総則
第1条(目的)
この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,消費者の利益を不当に害する事業者の行為により消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合についてその意思表示を取り消すことができることとするとともに,消費者の利益を不当に害する契約条項を無効とする等のほか,消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
第2条(定義)
1 この法律において「消費者」とは,個人(事業に直接関連する取引をするために契約の当事者となる場合における個人を除く。)をいう。
2 この法律(第43条第2項第2号を除く。)において「事業者」とは,法人その他の団体及び事業に直接関連する取引をするために契約の当事者となる場合における個人をいう。
3 この法律において「消費者契約」とは,消費者と事業者との間で締結される契約をいう。
4 この法律において「適格消費者団体」とは,不特定かつ多数の消費者の利益のためにこの法律の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する法人である消費者団体(消費者基本法(昭和43年法律第78号)第8条の消費者団体をいう。以下同じ。)として第13条の定めるところにより内閣総理大臣の認定を受けた者をいう。
第2章 消費者契約
第1節 契約の成立
第3条(事業者の情報提供義務)
1 事業者は,消費者契約の締結に先立ち,消費者に対し,消費者が理解することができる方法で重要事項について情報を提供しなければならない。
2 前項において「消費者が理解することができる方法」とは,一般的に消費者契約の当事者となる消費者が理解することができる方法,消費者が特に詳しく説明を求めた内容については消費者が当該内容を理解することができる方法,及び消費者契約の当事者となる消費者が理解することが困難であると認められる事情がある場合に当該事業者が当該事情を知っていた又は知り得べきときには当該消費者が理解することができる方法をいう。
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
一 前条第1項に規定する情報提供を行わなかったこと。
二 重要事項について事実と異なること(主観的評価を含む。)を告げること。 三 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,不確実
な事項につき断定的判断を提供すること。
四 ある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨(主観的評価を含む。)を告げ,かつ,当該重要事項について当該消費者 の不利益となること(主観的評価を含む。当該告知により当該不利益となるこ とが存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を告げなかったこと。 五 当該事業者に対し,当該消費者が,その住居又は業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず,それらの場所から退去しないこ
と。
六 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず,その場所から当該消費者を退去させないこと。
七 当該消費者を威迫すること。
八 当該消費者の私生活又は業務の平穏を害すること。九 当該消費者に心理的な負担を与えること。
十 当該消費者の知識が不足していること,加齢,疾病,恋愛感情,急迫した状態等によって判断力が不足していることを知っていた又は知り得べき場合であ って当該消費者に対し勧誘を行うべきでないにもかかわらず勧誘を行うこと。 十一 あらかじめ当該消費者の要請がないにもかかわらず,当該消費者を訪問し,又は当該消費者に対して電話をかけ,ファクシミリ装置を用いて送信し,若し
くは電子メールを送信すること。
十二 当該消費者の知識,経験,理解力,契約締結の目的,契約締結の必要性及び財産の状況に照らして不適当な勧誘を行うこと。
十三 消費者の利益を不当に害する行為を行うこと。
2 本法における「重要事項」とは,消費者が当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの(不確実な事項を含む。)をいう。
3 第1項の規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは,これをもって善意の第三者に対抗することができない。
第5条(媒介の委託を受けた第三者及び代理人)
1 前条第1項の規定及び民法(明治29年法律第89号)第96条第1項の規定のうち詐欺による意思表示の取消しの規定は,事業者が第三者に対し,当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託(以下この項において単に「委託」という。)をし,当該委託を受けた第三者(その第三者から委託を受けた者(二以上の段階にわたる委託を受けた者を含む。)を含む。次項において「受託者等」という。)が消費者に対して前条第1項各号に規定する行為及び民法第96条第1項に規定する詐欺行為をした場合について準用する。
2 消費者契約の締結に係る消費者の代理人(復代理人(二以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)を含む。以下同じ。),事業者の代理人及び受託者等の代理人は,前条第1項各号及び民法第96条第1項(前項において準用する場合を含む。次条及び第7条において同じ。)の各規定の適用については,それぞれ消費者,事業者及び受託者等とみなす。
第6条(解釈規定)
第4条第1項の規定は,同項に規定する消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示に対する民法第96条の規定の適用を妨げるものと解してはならない。
第7条(取消権の行使期間等)
1 この法律の規定による取消権は,取消しの原因となっていた状況(心理的な影響を含む。)が消滅した時から3年間これを行使しないときは,時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から10年を経過したときも,同様とする。
2 会社法(平成17年法律86号)その他の法律により詐欺又は強迫を理由として取消しをすることができないものとされている株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出が消費者契約としてされた場合には,当該株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出に係る意思表示については,第4条第1項(第5項第1項において準用する場合を含む。)の規定によりその取消しをすることができない。
第8条(追認及び法定追認の排除)
民法第122条ないし第125条の規定は,この法律の規定による取消しについては適用しない。
第9条(消費者契約約款)
1 この法律において,「消費者契約約款」とは,名称や形態のいかんを問わず,事業者が多数の消費者契約に用いるためにあらかじめ定式化した契約条項の総体をいう。
2 消費者契約約款は,事業者が契約締結時までに消費者にその消費者契約約款を提示して(以下「開示」という。),当事者の双方がその消費者契約約款を当該消費者契約に用いることに合意したときは,当該消費者契約の内容となる。
3 消費者契約の性質上,契約締結時に消費者契約約款を開示することが著しく困難な場合において,事業者が,消費者に対し契約締結時に消費者契約約款を
用いる旨の表示をし,かつ,契約締結時までに,消費者契約約款を消費者が知ることができる状態に置いたときは,当該消費者契約約款は当該契約締結時に開示されたものとみなす。
4 消費者契約の類型及び交渉の経緯等に照らし,消費者にとって予測することができない消費者契約約款の条項は契約の内容とならない。
第2節 契約の内容
第10条(契約条項の明瞭化)
事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について消費者にとって明確かつ平易な表現を用いなければならない。
第11条(契約条項の解釈準則)
消費者契約の条項が不明確であるため,その条項につき複数の解釈が可能である場合は,消費者にとって最も有利に解釈しなければならない。
第12条(不当条項の無効)
1 消費者の利益を不当に害する消費者契約の条項(以下本法において「不当条項」という。)は無効とする。
2 消費者契約の条項であって,当該条項が存在しない場合と比較して,消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重するもの及び事業者の責任を制限又は免除するものは,不当条項と推定する。
第13条(不当条項とみなす条項)
次に掲げる消費者契約の条項は,不当条項とみなす。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の一部を免除する条項
五 消費者契約が有償契約である場合において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には,当該消費者契
約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。以下同じ。)に,当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項。ただし,次に掲げる場合を除く。
イ 当該消費者契約において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該事業者が瑕疵のない物をもってこれに代える責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合で,当該責任に基づく義務が履行された場合
ロ 当該消費者と当該事業者の委託を受けた他の事業者との間の契約又は当該事業者と他の事業者との間の当該消費者のためにする契約で,当該消費者契約の締結に先立って又はこれと同時に締結されたものにおいて,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該他の事業者が,当該瑕疵により当該消費者に生じた損害を賠償する責任の全部若しくは一部を負い,瑕疵のない物をもってこれに代える責任を負い,又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合で,当該責任に基づく義務が履行された場合
六 損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める消費者契約の条項。ただし,これらを合算した額が,当該消費者契約と同種の消費者契約につき,当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えない部分を除く。
七 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日
(支払回数が二以上である場合には,それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.
6パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるものについて,当該超える部分。
八 契約文言の解釈,事業者の消費者に対する権利の発生若しくは行使の要件に関する判断,又は事業者が消費者に対して負担する責任若しくは責任免除に関する判断について事業者のみが行うものとする条項
九 消費者の法令に基づく解除権を認めない条項
十 民法第295条又は第505条に基づく消費者の権利を制限する条項。ただし,民法その他の法令の規定により制限される場合を除く。
十一 事業者が消費者に対して役務の提供を約する契約において,当該消費者の事前の同意なく,事業者が第三者に当該契約上の地位を承継させることができるものとする条項
十二 事業者が契約上,消費者に対して有する債権を第三者に譲渡する場合に,消費者があらかじめ異議をとどめない承諾をするものとする条項
十三 消費者が限度額を定めない根保証契約(一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約をいう。)をする条項
十四 事業者が任意に債務を履行しないことを許容する条項
十五 事業者の債務不履行責任を制限し又は損害賠償額の上限を定めることによ
り,消費者が契約を締結した目的を達成することができないこととなる条項
十六 民法その他の法令の規定により無効とされることがない限りという旨の文言を付加して,最大限に事業者の権利を拡張し又は事業者の義務を減免することを定める条項
十七 他の法形式を利用して,この法律又は公の秩序若しくは善良の風俗に反する法令の規定の適用を回避する条項。ただし,他の法形式を利用することに合理的な理由があり,かつ,消費者の利益を不当に害しない場合を除く。
第14条(不当条項と推定する条項)
次に掲げる消費者契約の条項は,不当条項と推定する。
一 消費者の一定の作為又は不作為により,消費者の意思表示がなされたもの又はなされなかったものとみなす条項
二 一定の事実があるときは,事業者の意思表示が消費者に到達したものとみなす条項
三 消費者に対し,事業者の債務の履行に先立って対価の支払を義務づける条項四 消費者の権利行使又は意思表示について,事業者の同意を要件とする条項,事業者に対価を支払うべきことを定める条項,その他形式又は要件を付加する
条項
五 事業者の消費者に対する消費者契約上の債権を被担保債権とする保証契約の締結を当該消費者契約の成立要件とする条項
六 事業者が消費者に対し一方的に予め又は追加的に担保の提供を求めることができるものとする条項
七 事業者の保証人に対する担保保存義務を免除する条項
八 消費者の利益のために定められた期限の利益を喪失させる事由(民法第13
7条各号所定の事由を除く。)を定めた条項
九 事業者に対し,契約上の給付内容又は契約条件を一方的に決定又は変更する権限を付与する条項
十 消費者が通常必要とする程度を超える多量の物品の販売又は役務の提供を行う条項
十一 消費者が通常必要とする程度を超える長期間にわたる継続した物品の販売又は役務の提供を行う条項
十二 事業者が契約の締結又は債務の履行のために使用する第三者の行為について事業者の責任を制限し又は免除する条項
十三 消費者である保証人が保証債務を履行した場合における主債務者に対する求償権の範囲を制限する条項
十四 事業者の消費者に対する債務の履行責任,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任,瑕疵担保責任その他の法令上の責任を制限する条項
十五 消費者の法令に基づく解除権を制限する条項
十六 事業者のみが消費者契約の解除権を留保する条項
十七 継続的な消費者契約において,消費者の解約権を制限する条項
十八 期間の定めのない継続的な消費者契約において,事業者に対し,解約申し入れにより直ちに消費者契約を終了させる権限を付与する条項
十九 消費者契約が終了した場合に,前払金,授業料などの対価,預り金,担保その他の名目で事業者に給付されたものの全部又は一部を消費者に返還しないことを定める条項
二十 消費者に債務不履行があった場合に,事業者に通常生ずべき損害の金額を超える損害賠償の予定又は違約金を定める条項
二十一 消費者契約が終了した場合に,給付の目的物である商品,権利,役務の対価に相当する額を上回る金員を消費者に請求することができるとする条項
二十二 事業者の証明責任を軽減し,又は消費者の証明責任を加重する条項
二十三 管轄裁判所を事業者の住所地又は営業所所在地に限定する条項,法律上の管轄と異なる裁判所を専属管轄とする条項その他消費者の裁判を受ける権利を制限する条項
第15条(不当条項の効果)
1 不当条項に該当する消費者契約の条項は,当該条項全体を無効とする。ただし,この法律その他の法令に特別の定めがある場合を除く。
2 前項の場合においても,消費者契約の他の条項は効力を妨げられない。ただし, 当該条項が無効であった場合には当該消費者が当該消費者契約を締結しなかったものと認められる場合,当該消費者契約は無効とする。
第3節 その他の規定
第16条(消費者契約の取消し及び無効の効果)
1 この法律の規定により消費者契約が取り消された場合又は無効である場合,消費者は,その契約によって現に利益を受けている限度において,返還の義務を負う。
2 前項の場合において,事業者が行った行為の態様等が極めて悪質であるときには,当該事業者は,消費者に対し,利益の全部又は一部について返還を請求することができない。
第17条(複数契約の取消し,無効及び解除)
1 一の消費者が締結した複数の消費者契約について,各契約の目的が相互に密接に関連しており,社会通念上いずれかの契約が存在するだけでは契約を締結した目的が全体として達成することができない場合であって,各契約の相手方である事業者がそれを知っているときは,消費者は一の消費者契約の取消原因又は無効原因に基づき,複数の消費者契約全部の取消しないし無効を主張できる。
2 一の消費者が締結した複数の消費者契約について,各契約の目的が相互に密接に関連しており,社会通念上いずれかの契約が履行されただけでは契約を締結した目的が全体として達成することができない場合であって,各契約の相手方であ
る事業者がそれを知っているときは,消費者は一の消費者契約の解除原因に基づき,複数の消費者契約全部の解除を主張できる。
第18条(損害賠償請求権)
事業者が不当勧誘行為を行ったとき,又は不当条項を含む消費者契約の申込み若しくはその承諾の意思表示を行ったときは,消費者は,事業者に対し,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
第19条(継続的契約の中途解約権)
消費者は,消費者契約にかかる継続的契約を,将来に向かって解除することができる。
第4節 補則
第20条(他の法律の適用)
1 消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の効力については,この法律の規定によるほか,民法及び商法の規定による。
2 消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の効力について民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときは,その定めるところによる。
第5節 準用規定
第21条(準用規定)
事業者間の契約であっても,事業の規模,事業の内容と契約の目的との関連性,契約締結の経緯その他の事情から判断して,一方の事業者の情報の質及び量並びに交渉力が実質的に消費者と同程度である場合,当該契約においては当該事業者を第2条1項の消費者とみなして,この法律を準用する。
第3章 差止請求(略)
第4章 雑則(略)
第5章 罰則(略)
附則(略)
消費者契約法日弁連改正試案解説目 次
第1章 総則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1第 1 条 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1第2条 定義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第2章 消費者契約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5第1節 契約の成立・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5第3条 事業者の情報提供義務・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 第4条第1項本文 不当勧誘行為による取消し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 第4条第1項第1号 情報提供義務違反・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 第4条第1項第2号 不実告知・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 第4条第1項第3号 断定的判断の提供・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 第4条第1項第4号 不利益事実の不告知・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 第4条第1項第5号ないし第10号 不退去・退去妨害等・・・・・・・・・・・・・・21 第4条第1項第11号 不招請勧誘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 第4条第1項第12号 適合性原則違反・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 第4条第1項第13号 不当勧誘行為の一般条項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 第4条第2項 重要事項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 第4条第3項 第三者効・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 第5条 媒介の委託を受けた第三者及び代理人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 第6条 解釈規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 第7条 取消権の行使期間等・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 第8条 追認及び法定追認の排除・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 第9条 消費者契約約款・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49
第2節 契約の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53第10条 契約条項の明瞭化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53第11条 契約条項の解釈準則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55第12条 不当条項の無効・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57第13条 不当条項とみなす条項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62第14条 不当条項と推定する条項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77第15条 不当条項の効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
第16条 消費者契約の取消し及び無効の効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95第3節 その他の規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・97第17条 複数契約の取消し,無効及び解除・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・97 第18条 損害賠償請求権・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・101 第19条 継続的契約の中途解約権・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
第4節 補則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・104第20条 他の法律の適用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・104
第5節 準用規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・106第21条 準用規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・106
第3章 | 差止請求 | (略) |
第4章 | 雑則 | (略) |
第5章 | 罰則 | (略) |
附則 | (略) |
消費者契約法日弁連改正試案解説
第1章 総則第 1 条 目的
【条文案】
第1条(目的)
この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,消費者の利益を不当に害する事業者の行為により消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合についてその意思表示を取り消すことができることとするとともに,消費者の利益を不当に害する契約条項を無効とする等のほか,消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
【解説】
1 現行法
<第1条(目的)>
この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,事業者の一定の行為により消費者が誤認し,又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに,事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とするほか,消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
現行法は,消費者契約の契約締結過程の適正化に向けた法規範として,誤認
・困惑の2類型に関する取消規定しか置いていない。しかし,後述のとおり,それ以外の取消事由も追加すべきである。
また,現行法は,私法実体法規定としては,上記のような取消規定の他に不
当条項規制を定めているだけであるが,消費者契約に関する包括的な民事ルールを定める法律として,継続的契約に関する中途解約権条項など,その他の民法上の原則に関する消費者契約の特則規定を広く規定することを視野に入れる必要があると考える。
したがって,それらあるべき法改正の方向性に適合するように,目的規定である1条も改正すべきである。
3 改正試案の提案内容
(1) まず,今般の改正試案では,取消事由の追加に合わせて,「誤認」「困惑」という文言を削除している。
(2) また,継続的契約に関する中途解約権条項など,現行法にある消費者契約の取消し及び不当条項の無効を定めた規定以外の規定を広く消費者契約法に規定することを視野に入れて,「無効とすること等のほか」と「等」を付加している。
第2条 定義
【条文案】
第2条(定義)
1 この法律において「消費者」とは,個人(事業に直接関連する取引をするために契約の当事者となる場合における個人を除く。)をいう。
2 この法律(第43条第2項第2号を除く。)において「事業者」とは,法人その他の団体及び事業に直接関連する取引をするために契約の当事者となる場合における個人をいう。
3 この法律において「消費者契約」とは,消費者と事業者との間で締結される契約をいう。(以下省略)
【解説】
1 現行法
<第2条(定義)>
1 この法律において「消費者」とは,個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。
2 この法律(第43条第2項第2号を除く。)において「事業者」とは,法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。
3 この法律において「消費者契約」とは,消費者と事業者との間で締結される契約をいう。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 本法の目的は,消費者と事業者との間の情報・交渉力格差に鑑み,消費者の利益の擁護を図ること等にある(1条)。ところが,2条1項が定める「(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)」という除外規定は,事業者に対して情報・交渉力に劣る消費者として本法の保護を及ぼして然るべき場合をxxに除外してしまうおそれのある規定ぶりとなっている。
(2) 例えば,全国的に問題となった節電器被害事件では,高額な節電器が飲食店等の個人事業者(居酒屋,お好み焼き屋など)向けて販売された。この機器は実際にはただの電圧変換器に過ぎず節電効果はほとんどないばかりか,強制的に供給電圧を低くするため,使用した電化製品に悪影響を及ぼしかねない物であった(電圧の異なる海外で日本製の電化製品を使用するような状態となる。)が,購入した事業者は電気に関連する取引を行う事業者ではないため,販売業者の「月々の電気料金が安くなる」「効果がある」といった勧誘に対して,交渉力,情報力の格差においては,一般個人と何ら差違がない状況での取引に晒されていた。
上記のような紛争事案について,被害者に対する本法による保護を「消費者に当たらない」という理由で一切認めないことは問題である。本来,個人事業者であっても当該事業と間接的にしか関連しない契約であれば,相手方事業者との間に構造的な情報・交渉力格差があるのであるから,本法の目的からは,消費者として保護すべきである。
(3) この点,特定商取引法においては,たとえ事業者であっても事業目的と直接に関連しない取引については,クーリング・オフ等の消費者保護規定が適用されることが明らかにされている。
まず,「特定商取引に関する法律等の施行について」と題する平成18年
1月30日付経済産業省商局第1号経済産業大臣官房商務流通審議官通達第
5節第1条では,「(法26条第1項第1号)の趣旨は,契約の目的・内容が営業のためのものである場合に本法が適用されないという趣旨であって,契約の相手方の属性が事業者や法人である場合を一律に適用除外とするものではない。例えば,xx事業者名で契約を行っていても,購入商品や役務が,事業用というよりも主として個人用・家庭用に使用するためのものであった場合は,原則として本法は適用される。特に実質的に廃業していたり,事業
実態がほとんどない零細事業者の場合には,本法が適用される可能性が高い。」とされている。この通達は,事業者であっても,自己の営業の部類に属さない商品・役務について,消費者と同様の保護を与えようとした趣旨と理解できる。
(4) また,実際の裁判例でも,事業者の取引行為であっても,事業と直接関連しない取引については,なお消費者保護法の適用対象として保護に値すると判示したものが存在する。
例えば,名古屋高判平成19年11月19日判タ1270号433頁は,印刷画工がリース会社と締結した電話機リース契約につき,特定商取引法におけるクーリング・オフ規定の適用の可否が問題となった事案において,特定商取引法の適用を肯定し,デザイン業を営んでおり,個人事業者であるから特定商取引法は適用されないとした原判決を取り消している。
また,東京地判平成20年7月29日消費者法ニュース77号178頁は,社会保険労務士が締結した電話機リース契約につき,特定商取引法におけるクーリング・オフ規定の適用の可否が問題となった事案において,リース物件である電話機は具体的業務との関係で業務上の必要性に乏しいこと等を理由に,特定商取引法の適用を肯定している。
さらに,大阪地判平成20年8月27日消費者法ニュース77号182頁は,建築設計業等を営む株式会社が締結した電話機リース契約につき,特定商取引法におけるクーリング・オフ規定の適用の可否が問題となった事案において,リース物件である電話機の機能は具体的業務との関係で業務上の必要性に乏しいこと等を理由に,株式会社に対してすら特定商取引法の適用を肯定している。
3 改正試案の提案内容
今般の改正試案の提案内容は,現行法が有する問題点ないし疑義を解消するため,特定商取引法の通達や裁判例を参考に,現行法2条1項及び2項の事業者の定義規定(消費者からの除外規定)を「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」から「事業に直接関連する取引をするために契約の当事者となる場合における個人」と改正することで,個人が消費者契約法上の消費者に該当する場合を拡張することを提案するものである。
なお,今般の提案内容は,現行法の理念ないし解釈論からも導き得るところかもしれないが,現行法が有する上述のような問題点ないし疑義を解消するために,あえて明文化を提案するものである(条文中,「第43条・・・2号」は現行法のままである。)。
第2章 消費者契約第1節 契約の成立
第3条 事業者の情報提供義務
【条文案】
第3条(事業者の情報提供義務)
1 事業者は,消費者契約の締結に先立ち,消費者に対し,消費者が理解することができる方法で重要事項について情報を提供しなければならない。
2 前項において「消費者が理解することができる方法」とは,一般的に消費者契約の当事者となる消費者が理解することができる方法,消費者が特に詳しく説明を求めた内容については消費者が当該内容を理解することができる方法,及び消費者契約の当事者となる消費者が理解することが困難であると認められる事情がある場合に当該事業者が当該事情を知っていた又は知り得べきときには当該消費者が理解することができる方法をいう。
【解説】
1 現行法
<第3条(事業者及び消費者の努力)>
1 事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮するとともに,消費者契約の締結について勧誘をするに際しては,消費者の理解を深めるために,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない。
2 消費者は,消費者契約を締結するに際しては,事業者から提供された情報を活用し,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努めるものとする。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 現行法の問題点
① 消費者契約法は,事業者と消費者との間に存在する情報の質及び量並びに交渉力の格差を正面から認めている(1条)。従来民法では契約当事者は,互いに必要な情報を収集し,分析し,判断する対等な当事者であることが前提とされてきた。しかしながら,現実社会の取引において,事業者
と消費者との間では情報力と交渉力において構造的な格差があることが認識されるようになり,これが消費者契約法1条に結実し,さらに同条はこれら格差にかんがみて,事業者の不当勧誘行為により誤認・困惑した場合に消費者の取消権を認め,また不当な契約条項を無効とすることにより,消費者の利益の擁護を図ることなどを目的とするとその立法根拠を明らかにしている。このように消費者契約法の立法は,情報力格差から生じる消費者被害の救済と防止をその主要な目的としていたことは疑いのないところである。
事業者と消費者との間の情報の質及び量の格差を是正するためには,情報力に優る事業者から消費者への情報の提供を義務づけることが不可欠である。
② ところが現行法3条1項(後段)は,事業者は消費者契約の締結を勧誘するに際して,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならないと規定しているものの,法的義務とはしていない。そのため事業者がこの努力義務に違反した場合でも,直接的な法的効果が生じず,また具体的な救済手段が規定されていないため,消費者契約法が本来予定していた情報力格差を是正して消費者の利益擁護を図るという立法目的が十分に果たされない結果となっている。平成16年改正の消費者基本法は,事業者に対して,その供給する商品 及び役務について「消費者に対し必要な情報を明確かつ平易に提供すること」を責務とする規定(同法5条1項2号)を置いており,また同じく平成16年改正の特定商取引法が,重要事項の故意の不告知を禁止行為として取消しの民事効果を与えていることなどと比較しても,消費者の利益擁護の上で不十分なものとなっている。なお,消費者契約に関する情報提供については,平成17年及び平成22年消費者基本計画の中でも検討事項
とされている。
(2) 情報提供義務の明文化の必要性
商品先物取引をはじめとする投資取引,あるいは変額保険などの金融取引,あるいは診療契約などでは説明義務違反,あるいは情報提供義務違反が認められた裁判例は多い。
上記の契約類型だけでなく,消費者取引一般についても,商品・役務自体あるいは契約内容の複雑化・多様化の進行,急速な社会変化への対応力に乏しい高齢者の増加などによって事業者と消費者との間の情報力の格差は一層拡大しつつある。耐震効果について十分な説明のないまま耐震建具等のリフ
ォーム契約をさせる,指導内容について説明をせずに学習指導付きであるとして学習教材を売りつける,一般に必要とされる追加サービスについて説明をしない冠婚葬祭サービスなど契約の重要事項について説明をしない,あるいは不十分な説明によって引き起こされる消費者被害は枚挙に暇がない。
消費者契約法の立法を提言した第16次xxx中間報告では,事業者が重要事項について情報を提供しなかった場合には消費者に取消権を付与するとされていたが,その後情報提供義務の導入に反対する事業者側の強い意見を反映した形で努力義務に変遷していった経緯がある。
情報力の格差が存在する状況のもとでは,消費者は事業者の誤った情報の提供により,または契約締結の判断に必要な情報を提供されなかったことにより,意図に反する契約を締結させられるなどの被害を受けることになりやすい。このような情報力の格差の弊害ゆえに締結された契約は,消費者に契約締結に必要な判断材料となるべき適切な情報が与えられていないのであるから,消費者に自己責任を問う前提が欠けているといわざるを得ない。
裁判例でも情報力に格差のある当事者間の取引(金融取引,投資取引,診療契約など)において契約上のxxxとして情報提供義務あるいは説明義務を肯定されており,前記のとおり構造的に情報力格差が認められる消費者取引一般においても被害事例は多く,それら被害の救済・防止のためには情報提供義務が法的義務として明確にされる必要がある。
近時の民法改正に関する議論においても,契約の性質,各当事者の地位等に応じた情報提供義務の明文化が検討されているが(債権法改正の基本方針
96頁),前記のとおり,消費者契約は事業者による情報提供の必要性が類型的に高いものであり,消費者契約法においても事業者の情報提供義務が明文化されることが必要である。
3 改正試案の提案内容
(1) 法的義務化
消費者の自己決定権を実効性あらしめるための手段として,事業者の情報提供義務を法的義務として明確に規定すべきである。この点について法的効果と切り離して情報提供義務だけを規定することは前例がないとする考え方もあるが,消費者契約における基本原則を鮮明にする上で,また事業者が情報提供を怠って行った取引が違法であるということを明確にするためにも,情報提供義務を規定する意義がある。
また,情報提供義務の対象としては,重要事項,即ち消費者が当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものとするの
が相当である(重要事項については改正試案4条2項を参照)。
さらに,情報提供の方法については,一般平均的な消費者が情報内容を理解できる方法にとどまらず,個別の契約における消費者の具体的な能力や属性を考慮した方法で提供されるべきことから,当該消費者が特に詳細な説明を求めた事項,及び当該消費者が理解することが困難であると認められる事情があるときに当該事業者が当該事情を知っていた又は知り得べき場合については,それに適した方法によることを明記した。
(2) 消費者の努力条項の削除
現行法3条2項は消費者の努力を定めているが,立法当初から弊害が生じることはあっても,何らの有益性も認められないという批判や指摘があった。事業者側がこの条項を逆手にとっていたずらに消費者の責任や過失を強調するおそれがあり,情報力と交渉力の格差是正を目的とする消費者契約法の立法目的に反する結果となることが考えられるので,端的に削除すべきである。
第4条第1項本文 不当勧誘行為による取消し
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
【解説】
1 現行法
<第4条1項本文>
消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 「勧誘」についての問題点
現行法は,事業者が消費者契約の締結について「勧誘」をするに際し,不当な勧誘行為を行った場合の意思表示の取消しを規定しているが,不特定多数に向けられた広告,チラシ等が含まれるか否かについて「勧誘」の解釈上疑義が生じている。
「勧誘」とは,消費者の意思形成に向けて働きかけることであり,口頭の説明のほか,商品や包装,容器に記載された表示,パンフレットや説明書,書状,電話,インターネットによる表示,広告,チラシ等事業者が消費者の意思形成に向けて働きかける手段は広くここに含まれるものと解すべきである(コンメンタール消費者契約法(第2版)65頁~67頁,xxxx「消費者契約法」(有斐閣 2001年(平成13年))73頁等)。
これに対し,消費者庁逐条解説(第2版)108頁は,「特定の者に向けた勧誘方法は『勧誘』に含まれるが,不特定多数向けのもの等客観的にみて特定の消費者に働きかけ,個別の契約締結の意思形成に直接影響を与えているとは考えられない場合(例えば,広告,xxxの配布,商品の陳列,店 頭に備え付けあるいは顧客の求めに応じて手交するパンフレット・説明書,約款の店頭掲示・交付・説明等や,事業者が単に消費者からの商品の機能等に関する質問に回答するにとどまる場合等)は『勧誘』に含まれない。」ものとしている。
しかしながら,不特定多数向けの広告,パンフレットや説明書,xxx等が「個別の契約締結の意思形成に直接影響を与えているとは考えられない」というのは消費者契約の実態から離れたものであり,不特定多数向けのものであっても個別の契約締結の意思形成に影響を与える場合があるのが実際である。現にこれまでの判例も不特定多数向けのパンフレットや説明書も「勧誘」であることを前提とする立場に立っている(xxx判平成14年3月1
2日消費者法ニュース60号211頁,xxx判平成14年10月30日消費者法ニュース60号212頁))。
また,評価検討委員会報告書においても「消費生活相談事例においては,広告に掲載された不実告知に相当する内容を信じた消費者の事例が見受けられるほか,近年のインターネットの普及に伴い,インターネットの画面上で不実告知に相当する内容が掲載され,それを信じた消費者がトラブルに巻き込まれる事例も見受けられる」「インターネット取引における広告・表示や商品・包装・容器への表示など,必ずしも客観的に見て特定の消費者に働きかけているとはいえないが,性質上,消費者がその情報によって契約締結の意思を形成しており,契約締結の意思形成を直接的に働きかけていることが
多いと考えられる場合(契約締結に直結する広告・表示)のほか,不特定多数向けの広告・チラシなどであっても,当該消費者がその情報によって契約締結の意思を形成している因果関係が認められる場合は,取消しの対象として捉えるべきとも考えられる」ことが指摘されている(11頁)。
さらに,平成22年消費者基本計画においては,「消費者契約に関する情報提供,不招請勧誘の規制,適合性原則を含め,インターネット取引の普及を踏まえつつ,消費者契約の不当勧誘・不当条項規制の在り方について,民法(債権関係)改正の議論と連携して検討します。」とされているところである。
よって,不特定多数に向けられた広告等であっても,それによって消費者が誤認による意思形成を行って契約を締結する場合があり,そのような場合には「勧誘」を広く解釈して取消しを認めるべきであるが,上記のように「勧誘」から広告等を除外する限定的な解釈も存在するため,解釈上の疑義を解消し,適用範囲を明確化する必要がある。
(2) 因果関係の立証責任
不当な勧誘行為が行われた場合の不当な勧誘行為と意思表示との因果関係について,現行法は消費者に立証責任を負わせているが,大阪高判平成16年4月22日消費者法ニュース60号156頁,xxx判平成16年11月
15日最高裁HP等多くの裁判例では,不当行為が行われた事実が認定された場合には厳密な因果関係の検討をすることなく,因果関係を認めている例が多い。これは,不当な勧誘行為が行われ,消費者が取消しを主張していることから,当該不当行為が原因となって消費者の意思表示が行われたことを事実上推定しているためであると思われる。
因果関係については,このような不当な勧誘行為の認定が行われれば事実上推定されている裁判実務の運用実情,不当な勧誘行為は差止訴訟の対象となったように,そもそも行うこと自体が許されない行為であること,消費生活相談現場において事業者が因果関係の立証を不当に要求する例があること等から,不当な勧誘行為が行われた際の取消権行使の実効性を確保するため,不当な勧誘行為が認定されれば原則として取消しを可能とし,不当な勧誘行為がなかったとしても,契約締結に至ったと考えられる場合は,例外的に取消しができないとして,因果関係の立証責任を事業者に負わせるべきである。
3 改正試案の提案内容
(1) 「勧誘又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し」
「勧誘」に関する解釈上の疑義を解消するために,「勧誘をするに際し」を,「勧誘又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し」に改正し,消費者契約の締結について事業者が消費者の意思形成に働きかける手段は,特定の消費者に対するものだけではなく,不特定又は多数の消費者に対して誘引するための手段として行われる広告等の表示も含めて広く対象となることを明確にすべきである。
(2) 因果関係の立証責任の転換
不当な勧誘行為が行われた際の取消権行使の実効性を確保するため,不当な勧誘行為が認定されれば原則として取消しを可能とし,不当な勧誘行為がなかったとしても,契約締結に至ったと考えられる場合は,例外的に取消しができないとして,因果関係の立証責任を事業者に負わせるべきである。
第4条第1項第1号 情報提供義務違反
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
一 前条第1項に規定する情報提供を行わなかったこと。
【解説】
1 現行法
規定なし。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
事業者の情報提供義務が法的義務であることを明確にすることにより,その違反は当然に違法性を帯びることになり,消費者は不法行為あるいは債務不履行に基づく損害賠償請求権を従来より行使しやすくなる。
それだけではなく事業者が情報提供義務に違反した場合,消費者に意思表示の取消権を付与すべきである。現行法4条1項,2項は不実告知,断定的判断の提供,不利益事実の不告知による取消しを規定し,一定の誤った情報の提供
により消費者が誤認して意思表示をした場合に取消権を付与する規定を設けて いる。このような場合には判断の基礎になる情報が事業者によって歪められていたことから,意思表示をした消費者に自己責任を問えないとしたものである。契約締結に際して,事業者からその契約を締結するか否かを判断するのに必
要な重要事項に関する情報が提供されなかったために,消費者が誤った判断して意思表示させられた場合についても,同様に自己責任を問う前提が欠けているのであるから,誤った情報が提供された場合と同様に,消費者に取消権が付与されるべきである。
なお,情報提供義務違反に基づく取消しについては,近時の民法改正に関する議論においてもその明文化が検討されているが(民法改正中間論点整理76頁),消費者契約においては一般法である民法以上に消費者に取消権を認める必要性が類型的に大きいといえる。
3 改正試案の提案内容
事業者の情報提供義務違反について,消費者に取消権を認めるのが相当である。
第4条第1項第2号 不実告知
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
二 重要事項について事実と異なること(主観的評価を含む。)を告げること。
【解説】
1 現行法
<第4条1項1号(不実告知)>
消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認
をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
一 重要事項について事実と異なることを告げること。当該告げられた内容が事実であるとの誤認
2 現行法の問題点と法改正の必要性
不実告知における「事実と異なること」について,事業者の主観的評価であって,客観的な事実によりxx又は真正であるか否かを判断することができない内容は,「事実と異なること」の告知の対象とはならないとする考え方がある(消費者庁逐条解説(第2版)109頁)。
この考え方に従えば,主観的評価であれば客観的な事実によりxx又は真正か否かが判断できないと考えられてしまう可能性があり,また,文言上「事実と異なること」と“事実”を用いていること等から,「事実と異なること」には主観的評価は含まないと解釈されてしまうおそれがある。
実際,福岡地判平成18年2月2日判タ1224号255頁は,「『事実と異なること』とは,主観的な評価を含まない客観的な事実と異なることをいうと解すべき」とし,主観的評価を完全に排除するかのような判断を示している。
しかしながら,主観的評価であっても,それが重要事項についてのものであれば,類型的に消費者が誤認し,それによって契約をしてしまう危険性が高いと考えられる。また,主観的評価であっても,例えば,「安い(安くない)」であれば品質等から客観的相場という比較対象事実が想定され,「新鮮(新鮮でない)」であれば客観的な収穫時期や保存方法等の比較対象事実があることから,xx又は真正か否かも客観的に判断し得る場合が十分あることから,事実に限定し主観的評価を一切排除することは妥当ではない。
要するに,単に主観的評価であることをもって,一律に告知対象から除外することは不当であって,そのような誤った解釈や運用がされることを避けるためにも,不実告知の告知対象として,主観的評価が排除されないことを明示すべきである。
なお,現行法4条2項における不告知の対象となる不利益事実についても,上記と同様に考えるべきであり,同条項の不利益事実は,「事実」という文言にかかわらず,主観的評価を含むとする明文化が必要である。
3 改正試案の提案内容
不実告知の対象に主観的評価を含むことを明示した。
第4条第1項第3号 断定的判断の提供
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して,次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
三 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,不確実な事項につき断定的判断を提供すること。
【解説】
1 現行法
<第4条1項2号(断定的判断の提供)>
消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
二 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。
当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 現行法の問題点
現行法4条1項2号は,取消権の対象となる「断定的判断」の内容につき,
「物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」と規定している。
このうち,「その他の将来における変動が不確実な事項」をどのように解釈すべきかについて,立法時から次のような争いがある。
①限定説(消費者庁逐条解説(第2版)115頁,xxx「消費者契約法(2)」法学教室242号87頁等)
「その他の将来における変動が不確実な事項」とは,その前に例示された
二つの概念に関連するものと捉え,消費者の財産上の利得に影響する事項に限られるとする考え方。
②非限定説(コンメンタール消費者契約法(第2版)71~73頁,xxxx「消費者契約法」(有斐閣 平成13年(2001年))79頁,xx巻x xxxx xxxx「アクセス消費者法(第2版)」(日本評論社,2
007年(平成19年)35頁~36頁等)
「その他の将来における変動が不確実な事項」の前に例示された二つの概念は,あくまで例示と捉え,「その他の将来における変動が不確実な事項」とは,消費者の財産上の利得に影響する事項に限定されないとする考え方この二つの考え方の違いは,「この健康食品を使えば体重が減ります」な
どといった,契約を締結するかどうかの意思決定に影響を与えるものの財産上の利得とは関係のない事項について,断定的判断が提供された場合に現れ,限定説によれば取消権は認められないが,非限定説によれば取消権が認められることになる。
「断定的判断の提供」に関する裁判例としては,①神戸地裁尼崎支部判平成15年10月24日消費者法ニュース60号214頁と②大阪高判平成1
6年7月30日兵庫県弁護士会HPがある(②は①の控訴審判決)。この事案は,易学受講契約及びそれに付随する改名やペンネームの作成,印鑑購入等の契約の勧誘に際して様々な不当勧誘がなされたというもので,「改名等をすれば必ず運勢や将来の生活状況が好転する」といった説明が消費者契約法の「断定的判断」に該当するかどうかが問題となった。①は非限定説に立って消費者契約法に基づく契約取消しを認めたが,②は限定説に立って消費者契約法に基づく契約取消しを認めなかった(事案自体は公序良俗違反により消費者側が勝訴)。この事案は高裁レベルで確定したため最高裁での判断は出ていないが,「断定的判断」の対象となる事項については,裁判例においても解釈が分かれている状況にある。
(2) 法改正の必要性
消費者契約法4条の規定は,民法上の詐欺・強迫の規定を補充・拡張したという側面と事業者の情報提供義務を具体化したという側面がある。事業者の情報提供義務の具体化という側面から「断定的判断の提供」の規定を見た場合,その対象となる事項を消費者の財産上の利得に関わる場合に限定すべき合理的理由はない。事業者が不確実な事項について確実だと断定的な判断を提供することは不適切な情報提供行為であり,このような不適切な情報提供行為による勧誘があれば,事業者と消費者との間の構造的な情報格差の中
で,消費者は,これを信じやすく,契約を締結するかどうかの意思決定に影響を受けやすい状況に置かれることから取消権を認めるのが「断定的判断の提供」規定の趣旨であるところ,このような状況は財産上の利得に影響する事項に限って生じるというものではない。よって,現行条文の解釈としては非限定説が妥当である。
評価検討委員会報告書においても「本号について,不確実な事項を確実であると誤認させることにより消費者の意思表示に瑕疵をもたらすことに取消権を認める根拠があると考えれば,断定的判断の提供の対象を必ずしも消費者の財産上の利得に影響するものに限るべきではないとも考えられる。」(
13頁)との指摘がなされている。
しかしながら,裁判例では解釈が分かれており,解釈上の疑義を解消しておく必要が生じている。
さらに,事業者と消費者との間の構造的な情報格差の中で,消費者が,断定的判断の提供といった不適切な情報提供を信じやすく,契約を締結するかどうかの意思決定に影響を受けやすい状況に置かれることは,「将来における変動」に限らず「不確実な事項」について断定的判断が提供された場合一般について言えることであって,「将来における変動」に関するものかどうかは重要ではない(債権法改正の基本方針34~35頁)。
3 改正試案の提案内容
事業者が不確実な事項を確実であると消費者に誤認させて契約を締結させることに取消権を認める根拠がある以上,現行法の「将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他将来における変動」は削除すべきである。
第4条第1項第4号 不利益事実の不告知
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
四 ある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨(主観的評価を含む。)を告げ,かつ,当該重要事項について当該消費者の不利益となること(主観的評価を含む。当該告知により当該不利益となることが存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を告げなかったこと。
【解説】
1 現行法
<4条2項(不利益事実の不告知)>
消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ,かつ,当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意に告げなかったことにより,当該事実が存在しないとの誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。ただし,当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず,当該消費者がこれを拒んだときは,この限りでない。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 故意要件の不当性
現行法4条2項は,事業者が消費者に対し,消費者に利益となる事項を告げた場合で,それに関連する消費者に不利益となる事実を故意に告げなかった場合に,消費者に取消権を付与するというものである。
本条項の「故意」については,「当該事実が当該消費者の不利益となるものであることを知っており,かつ,当該消費者が当該事実を認識していないことを知っていながら,あえて」の意味であるとする見解もある(消費者庁逐条解説(第2版)120頁)。しかし,これでは民法上の詐欺の故意と変わりがないことになり,本条項を規定する意味がなく,消費者側の立証も困難である。
本条項は,事業者に,消費者に対して適切に情報提供をさせようとするもので,事業者が消費者に対し利益となる事項を告げた以上,それに関連する不利益な事実についても告げなければならないとするものである。これは,判例上も多様な考慮要素を総合勘案し判断されている説明義務・情報提供義務の一場面であると考えられるところ,利益事実告知という先行行為がある
ことや,その告知により存在しないと消費者が通常考える不利益事実が生じたことからすれば,かかる不利益事実を告知すべき説明義務が当該事業者に発生するものと考えられる。
このように説明義務が発生しているにもかかわらず説明を怠ったことは,それ自体が事業者の落ち度であり,その意味で事業者には帰責事由が認められる。そうすると,このような説明義務の懈怠とは別に,事業者の帰責事由や故意・過失を要するとすることは,規定の適用範囲を極めて限定的にするものであり,かえって消費者保護が全うできない。
そもそも,不利益事実の不告知は,消費者にとって利益となることと不利益事実が表裏一体をなすにもかかわらず,利益となる旨を告げて,不利益事実は存在しないと思わせる行為であり,黙示の詐欺が認められるのと同様,不作為による不実告知と言えるところ,現行法においても不実告知(4条1項1号)の場合には,不実告知者には故意も過失も要求されないこととのバランス上も,故意・過失は不要とすべきである。
この点,民法改正に関する議論においては,「一定の事実について,相手方が事実と異なることを表示したために表意者が表示された内容が事実であると誤認し,それによって意思表示をした場合は,その意思表示を取り消すことができる」旨のいわゆる不実表示規定を設けることが検討されているところ,不利益事実の不告知については,全体として不利益事実を表示しないという不実表示がなされたと評価できると説明されているところである(民法(債権法)改正検討委員会「詳解 債権法改正の基本方針(1) 序論・総則」(商事法務 2009年(平成21年)9月)126頁,131~
132頁,法制審議会民法(債権関係)部会資料29「民法(債権関係)の改正に関する論点の検討(2)」12頁)。
(2) 不利益事実に主観的評価を含めるべきこと
不実告知においては,主観的評価であって,客観的な事実によりxxまたは真正であるか否かを判断することができない内容は「事実と異なること」の告知の対象とならないとする考え方がある(消費者庁逐条解説(第2版)
109頁)。
この考え方に従えば,不利益事実の不告知においても,主観的評価であれば客観的な事実により不利益か否かが判断できないと考えられてしまう可能性があり,また,不告知の対象が「不利益となる事実」とされ,文言上「事実」とされていること等から,不利益事実には主観的評価は含まないと解釈されてしまうおそれがある。
実際,福岡地判平成18年2月2日判タ1224号255頁は,不実告知につき「『事実と異なること』とは,主観的な評価を含まない客観的な事実と異なることをいうと解すべき」とし,主観的評価を完全に排除するかのような判断を示している。
しかしながら,不利益となる事実でなく,不利益となる主観的評価であっても,それが重要事項についてのものであれば,類型的に消費者がかかる不利益なことが存在しないと誤認し,それによって契約をしてしまう危険性が高いと考えられる。また,主観的評価であっても,例えば,「安い(安くない)」であれば品質等から客観的相場という比較対象事実が想定され,「新鮮(新鮮でない)」であれば客観的な収穫時期や保存方法等の比較対象事実があることから,不利益か否かも客観的に判断し得る場合が十分あることから,事実に限定し主観的評価を一切排除することは妥当ではない。
ちなみに,東京地判平成21年6月19日判時2058号69頁においては,当該手術の術式が医学的に一般に承認されたものとは言えないことを不利益事実と認定しているが,「当該術式が1%未満の病院でしか使われていない」等の客観的に確定できる不利益事実とは異なり,「医学的に一般に承認された(されない)」ということは相当程度評価を含んでおり,このような評価も「不利益事実」に含まれ得ることを示している。
したがって,文言上事実に限定されるかのように理解される「不利益となる事実」を「不利益となること」に変更した上で,その「不利益となること」には「主観的評価を含む」ことを明示すべきである。
なお,先行行為である利益告知については,その文言上も「利益となる事実」ではなく「利益となる旨」とされていること等からも,事実に限定されず主観的評価等が含まれると解釈されている(札幌高判平成20年1月25日では「金の相場が上昇するとの自己判断の告知」が,さいたま地判平成2
2年10月12日では「イラクディナールの価値は上がる等の告知」が,それぞれ利益告知と認定されている。)が,不利益事実の不告知について主観的評価が含まれることを明文化することで,かえって先行行為には主観的評価が含まれないという反対解釈がされるおそれがないとはいえないことか ら,念のため先行行為についても主観的評価が含まれることを明示すべきである。
(3) ただし書の危険性
本条項のただし書は,「当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず,当該消費者がこれを拒んだときは,」取消権は発
生しないとしている。事業者が消費者に対し不利益事実を告げようとしたにもかかわらず,消費者がそれをあえて拒んだ場合には,適切な情報提供を受ける権利を放棄したものとみなし,その危険は消費者に負担させようとする趣旨である。
このような趣旨からすれば,「当該事実を告げようとした」とは,消費者に当該事実を告げられないことの危険性がわかる程度の行為,即ち,告げようとした事実が先行の利益事実の告知により存在しないと消費者が通常考えるべき不利益事実だとわかる程度の行為であることが必要であるというべきである。
本条項の文言上も,「当該事実を告げようとした」の“当該事実”は直前の「当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)」を受けており,先行の利益事実の告知により存在しないと消費者として通常考える不利益事実を告げようとしたことが必要とされている。また,当該消費者としては,そのような不利益事実を告げようとされていることが分からない段階での説明・情報提供の拒否であれば,あえて拒んだと言えず,権利放棄を擬制できない。
ところが,xxxx書の解釈として,「当該事実を告げようとした」とのどのような行為を指すのか必ずしも明確ではなく,消費者があえて説明・情報提供を拒んだと言えず,権利放棄を擬制できないような場合まで含められ,不当に消費者の権利が制限される危険がある。
そもそもxxxx書の「当該事実を告げようとした」場合を,前記のように通常存在しないと考える不利益事実を告げようとすることが分かる程度の行為であると解釈した場合,それにもかかわらず敢えて説明を拒否する消費者は通常存在しないものと考えられる。また,それでも例外的に敢えて説明を拒否する消費者が存在するとしても,そのような場合には,当該消費者にとって当該不利益事実が告げられても当該契約を締結したものと考えられ,因果関係を欠くため,xxxx書がなくとも取消権は発生しないと考えられる。
以上のことから,xxxx書を置く必要はなく,かつ,xxxx書により不当に消費者の権利が制限される危険がある以上,xxxx書は削除すべきである。
3 改正試案の提案内容
(1) 故意要件の削除
現行法4条2項本文の故意要件を削除すべきである。
(2) ただし書の削除
現行法4条2項ただし書を削除すべきである。
(3) 先行行為(利益告知)要件の削除 ~今後の課題~
現行法では,事業者の予測可能性を確保する観点から,不利益事実の不告知の先行行為として利益告知が必要とされている。
しかしながら,利益告知がなかったとしても,消費者が当該契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべき重要事項について消費者の不利益となることを告げられなかった場合には,利益告知があった場合と同様に,消費者がかかる不利益なことが存在しないと誤認し,それによって契約をしてしまう危険性が高いと考えられる。
この点,特定商取引法においては,平成16年改正により,先行行為(利益告知)不要の事実不告知の取消権が認められている。また,評価検討委員会報告書においても,民法上の詐欺における沈黙の詐欺との対比から要件の緩和は相応に図られるべきとした上で,特定商取引法上の事実不告知による取消しには先行行為が不要であること等を踏まえて具体的な要件について検討すべきとされている(14頁)。
したがって,今後の課題として,不利益事実の不告知における先行行為(利益告知)要件の削除も積極的に検討されるべきである。なお,このように不利益事実の不告知について故意要件の削除に加え,先行行為も不要とすれば,実質的には情報提供義務違反による取消しの一場面と位置付けることができる。
第4条第1項第5号ないし第10号 不退去・退去妨害等
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
五 当該事業者に対し,当該消費者が,その住居又は業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず,それらの場所から退去
しないこと。
六 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず,その場所から当該消費者を退去させないこと。
七 当該消費者を威迫すること。
八 当該消費者の私生活又は業務の平穏を害すること。九 当該消費者に心理的な負担を与えること。
十 当該消費者の知識が不足していること,加齢,疾病,恋愛感情,急迫した状態等によって判断力が不足していることを知っていた又は知り得べき場合であって当該消費者に対し勧誘を行うべきでないにもかかわらず勧誘を行うこと。
【解説】
1 現行法
<4条3項(不退去・退去妨害)>
消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
一 当該事業者に対し,当該消費者が,その住居又は業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず,それらの場所から退去しないこと。
二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず,その場所から当該消費者を退去させないこと。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 現行法4条3項の困惑類型の問題点
① 現行法の創設経緯
そもそも現行法4条3項は,消費者と事業者との間に交渉力において格差があることを踏まえて,契約締結過程における,事業者のいわゆる威迫
・困惑行為によって消費者が瑕疵ある意思決定をした場合のルールを定めるものとして議論されてきた。第16次xxx中間報告では,「消費者契約において,契約の勧誘に当たって,事業者が消費者を威迫した又は困惑させた場合であって,当該威迫行為又は困惑行為がなかったならば消費者
が契約締結の意思決定を行わなかった場合には,消費者は当該契約を取り消すことができる。」という内容が提案されており,第16次xxx最終報告では,「事業者が,消費者を威迫するような言動(強迫まがいの威圧的な言動),消費者の私生活又は業務の平穏を害するような言動(例えば,長時間にわたり消費者を拘束する,夜間に消費者の居宅に上がり込む,消費者に不意打ち的に接近し考慮する時間を与えないなど,消費者の公私にわたる生活の安寧を乱すような行動)をした場合においては,消費者は契約を取り消すことができるとすることが適当である」と,行為の明確化を意識した表現となっていた。
ところが,最終的には,産業界の強い反対により後退し,現行法は,不適切な勧誘行為として従来議論されていた行為態様の中でも,もっとも極端な行為態様である,消費者xxからの不退去と,消費者の退去妨害という行為を限定的に取り上げたものとなってしまっている。
② トラブル事例に十分に対応できないこと
上記の経緯から,現行法4条3項では,困惑類型として,ア)不退去(同項1号),イ)退去妨害(同項2号)の2つだけが取消事由とされているところである。しかしながら,現実のトラブル事例としては,強迫まがいの抑圧的な言動により勧誘するケースや,消費者の公私にわたる生活の平穏を乱すような言動により勧誘するケースなどがある。例えば,電話勧誘販売において,事業者が執ようかつ威迫的な言動を繰り返すことにより,消費者がやむなく契約の応じてしまう例が多々見受けられる。かかるトラブルは,消費者の自己決定過程を著しく侵害しているにもかかわらず,上記の2つの類型では必ずしも十分に対処できず,不十分なものとなっており,上記の2つの類型に加えて困惑類型をさらに拡張する必要がある。
評価検討委員会報告書においても「消費生活相談事例においては,必ずしも場所的な不退去又は監禁を伴うわけではないが,電話による執拗な勧誘がされたり,断れない状況下で消費者がやむなく契約を締結していると見られる場合のほか,高齢者や認知症の傾向が見られる者等に対し,その弱みにつけ込むようにして不必要とも思える量及び性質の商品を購入させていると見られるいわゆるつけ込み型の勧誘事例も見受けられるところである。困惑類型の規定の在り方については,民法の公序良俗無効に関する裁判例,学説の傾向等をも踏まえ,さらに消費生活相談事例を収集,分析しながら,対象として拡張すべき勧誘行為の類型化について,消費者の属性をも考慮しつつ検討すべきである。」ことが指摘されている(14~1
5頁)。
そこで,現行法4条3項の不退去,退去妨害に加えて,さらに以下のものを取消事由として追加し,困惑類型を拡張すべきである。なお,現行法上の不退去,退去妨害は,以下の追加取消事由に複数該当することから,発展的に解消させる考え方もありうるが,これら2つの困惑類型に関する裁判例も集積されており,その存在意義が認められることから,そのまま存続させておくことにした。
3 改正試案の提案内容
(1) 当該事業者が当該消費者を威迫すること
現行法においては,上記のような2つの困惑類型に限定された結果,消費者契約に関する包括的民事ルールをつくるという当初の立法目的に鑑みれ
ば,不十分な内容と言わざるを得ない。例えば,「『買ってくれないと困る』と声を荒げられて,誰もいないのにどうしてよいかわからなくなり,早く帰ってもらいたくて契約した」場合や,「契約した覚えがないと断ると,『ここまで話が進んでいるのに無責任だ。勤務先へ行って上司に言う。』などと強く言われ,それは困るので契約を承諾した。」といった場合等は,現行法による保護の対象外となる可能性があり不都合である。かかるトラブルについて対処できるようにするためには,困惑類型につき,通常多く見られる場面にまで拡大しておくことが消費者保護の観点からしても適当である。この点,特定商取引法においては,「威迫」行為も事業者の禁止行為として掲げている(同法6条3項)。
以上より,取消事由の一類型として,事業者が消費者を威迫する勧誘形態を追加すべきである。なお,ここにいう「威迫」とは,「言語・動作・態度により,相手方に不安・困惑の念を抱かせること」であり,民法上の強迫(民法96条1項)にいう「脅して畏怖させる」程度までは至らなくとも,消費者に不安感を与えたり戸惑わせることで足りるというべきである。
(2) 当該事業者が当該消費者の私生活又は業務の平穏を害すること
現行法4条3項の趣旨は,消費者が,事業者から意思決定に瑕疵をもたらす不適切な勧誘行為を受けて,困惑して契約締結の意思表示をした場合には,消費者の意思表示に重大な瑕疵をもたらすことから,消費者が当該契約の効力を否定できることにしたものである。
しかしながら,消費者の困惑による意思表示をもたらす事業者の不適切な勧誘行為は上記不退去と退去妨害に止まるものではない。
例えば,長時間にわたる消費者に対する勧誘,不適当な時間帯での勧誘,
勧誘目的を隠匿した不意打ち的勧誘など消費者の公私にわたる生活の安寧を乱す言動,すなわち,事業者が消費者の私生活又は業務の平穏を害する言動もまた,消費者を困惑させ,消費者の意思決定に重大な瑕疵をもたらす不適切な勧誘行為であることは疑う余地がない。
(3) 当該事業者が当該消費者に心理的な負担を与えること
例えば,「先祖のたたりがある。このままでは子どもたちに不幸が及ぶ。」などと告げて高額な壷等を売る行為等のように消費者に心理的な負担を与えて契約を締結させる行為もまた,消費者の意思決定に瑕疵をもたらす不適切な勧誘行為であることは疑う余地がない(福岡地判平成11年12月16日判時1717号128頁)。
よって,消費者に心理的な負担を与える行為についても取消事由とする必要がある。
(4) 状況の濫用
① 状況の濫用法理とは
現在の我が国では,販売の意図を隠して消費者に接近した上で恋愛感情等を利用して契約させる恋人商法や,一時的な昂揚状態を利用するSF商法,社会問題となっている高齢者の判断力不足につけ込む次々販売や悪質リフォーム,上下水道の不具合という緊急事態に乗じて不必要かつ高額な工事を締結させるシール業者,呼ばれてもいないのに押しかけて高額な契約を締結させる葬儀業者・レッカー業者などについて,多数の深刻な被害が発生している。これらは,一時的ないしは恒常的に契約締結についての知識・判断力が消費者に不足している状況を業者が利用して契約締結がなされることに特徴がある。
上記のような深刻な社会的事実からすれば,消費者の知識・判断力不足を利用して,事業者が消費者に契約を締結させた場合には,消費者に契約からの離脱を認めるべきである。しかし,現行法では,これらの事例はxx後見がなされている場合や公序良俗に反すると判断される場合以外は直接的には救済されない。このような「状況を濫用」して契約締結をさせられた消費者は真意から契約を締結したとは言い難いことから,事業者が消費者の知識不足・判断力不足をいわば利用して契約を締結させた場合を取消事由に追加すべきである。
事業者には,消費者の知識不足・判断力不足の状態を知り又は知り得べき場合には契約が取り消されるリスクを負わせてしかるべきであるから,事業者が消費者のそのような状態を知り又は知り得べきであるにもかかわ
らず契約を締結させた場合は取消事由とすべきである。なお,消費者が「既におかれている状況」を利用するだけでなく,そのような状況を作出した上で,その状況を利用する行為もこれに含まれていると解すべきである。評価検討委員会報告書においても「消費生活相談事例においては,必ず しも場所的な不退去又は監禁を伴うわけではないが,電話による執拗な勧誘がされたり,断れない状況下で消費者がやむなく契約を締結していると見られる場合のほか,高齢者や認知症の傾向が見られる者等に対し,その弱みにつけ込むようにして不必要とも思える量及び性質の商品を購入させていると見られるいわゆるつけ込み型の勧誘事例も見受けられるところである。困惑類型の規定の在り方については,民法の公序良俗無効に関する裁判例,学説の傾向等をも踏まえ,さらに消費生活相談事例を収集,分析しながら,対象として拡張すべき勧誘行為の類型化について,消費者の属性をも考慮しつつ検討すべきである。」ことが指摘されている(14~1
5頁)。
② 比較法の規定
この点,オランダ民法典第3編44条には,以下のような条項がある。
「1.法律行為は,それが強迫,詐欺または状況の濫用の結果として行われた場合は,取り消すことができる。(略)3.相手方が法律行為を-必要性,依存性,気まぐれ,異常な精神状態または経験不足といった-特殊な状況の結果として行う気にさせられていることを知り,または知るべきである者が,そうすべきでないにもかかわらず,相手方にその法律行為をなすように促した場合は,状況を濫用している。」(xxxx・現龍谷大学法科大学院教授の訳では「窮状,依存状況,軽率さ,異常な精神状態,経験のなさなどの特段の事情によって相手方が法律行為をなすに至ったことを知り,または知ることができた者が,そのことを知り,または知るべきであった事情の下では当該法律行為の成立を妨げるべきであったにもかかわらず,その成立を求める場合,状況の濫用となる」とされている。)
(コンメンタール消費者契約法(初版)288頁,1999年日弁連試案)。
③ 内容
よって,事業者が状況の濫用を行った場合は,消費者に取消権を付与する規定を追加すべきである。
第4条第1項第11号 不招請勧誘
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
十一 あらかじめ当該消費者の要請がないにもかかわらず,当該消費者を訪問し,又は当該消費者に対して電話をかけ,ファクシミリ装置を用いて送信し,若しくは電子メールを送信すること。
【解説】
1 現行法
規定なし。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 不招請勧誘とは
不招請勧誘とは,消費者の意向を無視した,あるいは消費者の希望しない勧誘のことを意味する。不招請勧誘は,消費者に契約意思がないにもかかわらず,不意打ち的に勧誘を行うものである。例えば,事業者が,あらかじめ消費者の承諾を得ることなく,一方的に自宅や勤務先等を訪問したり,勧誘の電話(携帯電話を含む)をかけたり,ファクシミリや電子メールを利用するなどして勧誘を行う方法である。平成17年基本計画では「取引を希望していない消費者に対する勧誘(例:消費者への電話やメールなどによる一方的な勧誘)」とされている。
(2) 不招請勧誘による消費者被害の実態
実際に多くの消費者被害は,依然として無差別の電話勧誘や訪問販売などの不招請勧誘によって発生している。
(独)国民生活センター「不招請勧誘の制限に関する調査研究」(200
7年(平成19年)2月)によれば,PIO-NETに入力された2000年度から2006年度の消費生活相談の相談内容のうち,販売方法の中で「訪問販売(家庭訪販,職場訪販)」又は「電話勧誘販売」に関する相談は,全相談のうち約15%を占めており,その割合は高い。また,契約当事者の年齢をみると,「訪問販売」「電話勧誘販売」ともに,70歳以上の相談の割
合が増加しており,被害の高齢化が見られる。さらに,2005年度の相談のうち,「訪問販売」と「電話勧誘販売」の相談(両者の不招請勧誘率は9
8.5%と算定されている)を類型化して分析した結果,これらの販売方法による問題点として,①望まない勧誘によって消費者の生活が脅かされていること,②販売目的の隠匿,重要事項の不告知,虚偽告知,迷惑行為という勧誘が行われていること,③苦情申し出ができない高齢者や判断能力が不足している人への次々販売,④クーリングオフの不活用,⑤業者の倒産や行方不明などが指摘されている。
また,(独)国民生活センター「2010年度のPIO-NETにみる消費生活相談の概要」(2011年(平成23年)8月25日)における主な問題商法の上位販売方法・手口としては,1位のインターネット通販,2位のワンクリック請求に続いて,3位が電話勧誘販売,4位が家庭訪販となっている。このうち「電話勧誘販売」では,未公開株などの株やインターネット接続回線に関する相談が多く,契約当事者は60歳以上が多く,「家庭訪販」では,新聞,ふとん類,放送サービスに関する相談が多く,契約当事者は60歳以上の女性が多い結果となっている。
(3) 不招請勧誘からの救済の必要性
① 不招請勧誘は,消費者が冷静かつ自由な判断をする機会を阻害し,不当な契約を誘発する勧誘方法である。
上記のように不招請勧誘について多くの被害相談が寄せられており,現に生じている消費者被害の温床となっている。特に,常時住所にいることが多く,判断能力に衰えが生じている可能性が高い高齢者に対する消費者被害はそのほとんどが不招請勧誘によるものである(第27回近畿弁護士会連合会大会シンポジウム第1分科会「消費者契約法の改正~もっと使える消費者契約法を目指して~」基調報告書197頁「高齢者被害から見た消費者契約法改正の必要性」参照)。
② 不招請勧誘は,時間や状況を選ばずに無制限に消費者個人の生活圏に入り込むものであり,住所や勤務先等に対して行われた場合,消費者の平穏な私生活を侵害する。
第26回近畿弁護士会連合会大会シンポジウム第2分科会「不招請勧誘の規制と消費者取引の適正化」基調報告書47頁の「弁護士の家族に対するアンケート結果(訪問勧誘,電話勧誘に対する意識のアンケート)」では,自宅への訪問販売は予定外に来られること自体が迷惑などの理由から,電話勧誘は勧誘を断っても話をやめない,電話の相手をして時間をとられ
ること自体が迷惑などの理由でほぼ全員が迷惑であると答えている。また,
(独)国民生活センター「第37回国民生活動向調査」(2007年(平成19年)3月)の「訪問販売と電話による勧誘-不招請勧誘-」の調査結果では,ア)「訪問販売に来て欲しくない」が92.7%,「訪問販売で商品やサービスを購入したくない」が90.8%,「訪問販売は原則禁止して,消費者から依頼があった場合だけ訪問してもよいようにする」が
56.8%とそれぞれ最も多く,イ)「電話勧誘をして欲しくない」が9
1.4%,「電話勧誘で商品やサービスを購入したくない」が96.4%,
「電話による勧誘は原則禁止し,消費者から依頼があった場合だけ電話をかけてもよいようにする」が72.8%とそれぞれ最も多くなっている。この結果からも,消費者の要請のない訪問販売や電話勧誘が,消費者にとって多大な迷惑となっており,個人の平穏な生活を侵害するものであることを如実に示している。
③ 不招請勧誘の問題性は,各地の地方自治体の消費生活条例の改正において,不招請勧誘を不当行為として禁止する条項を制定していることからも,不招請勧誘の禁止の必要性は共通の認識であるといえる(群馬県,xx県,京都市,神奈川県,北海道,xxx,熊本県,徳島県,兵庫県,奈良県xx市,大阪府,堺市の各消費生活条例)。また,奈良県xx市などでは,消費生活条例に基づいて訪問販売を拒絶する意思表示を示す「訪問販売お断り」ステッカーを配布するなどして,不招請勧誘を拒絶する運動も進められている。
また,平成17年消費者基本計画において,不招請勧誘の規制について検討することが挙げられ,平成22年消費者基本計画においては,消費者契約法の不当勧誘規制の在り方の一つとして,不招請勧誘の規制について検討することとなっている。さらに,評価検討委員会報告書においても,「本法上の困惑類型(第4条第3項)の規定の在り方について検討するのと合わせて,引き続き検討すべきである。」との指摘がなされている(28頁~
29頁)。
④ 以上から,不招請勧誘は消費者被害の温床であり,定型的に消費者の私生活の平穏を侵害する勧誘方法と考えられるので,事業者による不招請勧誘から消費者を救済する規定を置く必要がある。
(4) 不招請勧誘禁止の在り方
① まず,勧誘形態としては,被害事例の多いア)消費者の住所又は勤務先への訪問販売(被害事例としては,ふとん類,リースサービス,浄水器な
ど),イ)消費者の住居又は勤務先に対するⅰ)電話勧誘(被害事例としては,サラ金・フリーローン,資格講座,分譲マンションなど),ⅱ)ファクシミリ勧誘(被害事例としては,利息制限法及び出資法違反の高金利被害,ヤミ金融被害など),ⅲ)電子メール送信勧誘(被害事例としては,出会い系サイトやアダルトサイトに通じるメール,架空請求の前提となる契約の勧誘など)を対象とすべきである。これの勧誘形態は,定型的に消費者の私生活の平穏を侵し,その冷静な判断を侵害する勧誘方法と考えられる。
② 消費者による予めの勧誘拒否の意思表明を要件とするか否かで,オプトイン(事前に要請又は同意なき限り勧誘してはならない)とオプトアウト
(事前の勧誘拒否を表明した消費者に勧誘してはならない)があるが,オプトインを採用し,これに反した勧誘を禁止すべきである。不招請勧誘は定型的に消費者の私生活の平穏を侵し,その冷静な判断を侵害する勧誘方法であり,消費者が冷静かつ自由な判断をする機会を阻害するものであり,事前の勧誘拒否の表明を待つまでもなくこれを禁止すべきである。
金融商品取引法38条4号では,訪問販売と電話勧誘についてオプトインの不招請勧誘禁止が規定されているし,2009年改正の商品先物取引法214条9号でもオプトインが採用されている。これらの法規は金融先物取引の危険性や複雑性を重視したものであろうが,不招請勧誘が定型的に消費者の私生活の平穏を侵害する勧誘方法であるが故に,金融商品取引契約だけでなくすべての消費者契約について参考にされるべきである。
なお,不招請勧誘の禁止によって,事業者の営業の自由に対する制約となりうるが,営業の自由などの経済的自由は,憲法22条1項の「公共の福祉」によって制約されることが許容されているところ,消費者の私生活の平穏を侵害する不招請勧誘をオプトインにより禁止することは,営業の自由に対する不当な制約とはいえず,許容されるものと考えられる。
③ 消費者の要請に応じて住居等に訪問して販売することは,オプトインにおいても,禁じられる不招請勧誘とはならない。御用聞きや,数年おきのメンテナンスが必要な商品に関して訪問して注文等を聞くことは,消費者の具体的な要請がなくとも,消費者の要請があったとの推定が働くと考えられる。
また,一旦消費者の要請に応じて住居等に訪問して販売したあとの再度の訪問も,消費者の要請がなければ,原則として不招請勧誘にあたると考えられるが,実際には消費者の要請が推定される場合もあり得よう。
(5) 不招請勧誘の効果
不招請勧誘は,定型的に消費者の私生活の平穏を侵し,その冷静かつ自由な判断を侵害する勧誘方法であることから,消費者被害の温床となっている。したがって,かかる勧誘方法を禁止する必要性は高く,そのためには不招請勧誘によって締結された契約に関する意思表示を取消しの対象とすることが効果的である。
また,不招請勧誘は,全く無防備な消費者に対して,突如として行われる不意打ち的なものである上,消費者契約の特性として,事業者と消費者との間では知識及び交渉力の差が大きいため,消費者が十分に契約の必要性,契約内容や契約条件などを理解できないまま,事業者の勧誘文言に幻惑されてしまうことがほぼ常態化しているといえる。このように,不招請勧誘は,定型的に消費者の私生活の平穏を害し消費者を困惑させて契約をさせる勧誘方法であり,消費者契約法4条3項の不退去,退去妨害と同様に,消費者の正常な意思表示が害されていると考えられる。したがって,不招請勧誘によって契約が締結された場合には,民法96条,あるいは消費者契約法4条3項(困惑類型)に準じて,消費者に意思表示の取消権を付与すべきである。さらに,平成22年消費者基本計画における不招請勧誘の規制の検討も,消費者契約法の不当勧誘の規制の在り方の一つとして位置づけられており,不招請勧誘を消費者契約法に規定することは,その規定の仕方として適当な
ものであると考えられる。
このように,被害事例の多さ,消費者契約法の趣旨,市場のxxの確保の必要から,不招請勧誘について民事効を定める必要性は高いというべきであり,理論的にも民法の意思表示理論や消費者契約法の困惑類型との整合性に鑑みて,不招請勧誘の民事効として,消費者に取消権を認めるのが相当である。
3 改正試案の提案内容
以上のことから,不招請勧誘を取消事由の一つとして規定した。
第4条第1項第12号 適合性原則違反
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に
対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
十二 当該消費者の知識,経験,理解力,契約締結の目的,契約締結の必要性及び財産の状況に照らして不適当な勧誘を行うこと。
【解説】
1 現行法
規定なし
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 適合性原則とは
「適合性原則」の意義については,平成17年消費者基本計画では,「高齢者や若者など消費者の特性(知識,経験及び財産の状況等)に応じた勧誘を行わなければならないという原則」とされており,また,「狭義」と「xx」に分類し,「狭義の適合性原則」として,「ある特定の利用者に対してはいかに説明を尽くしても一定の商品の販売・勧誘を行ってはならないとのルール」とし,「xxの適合性原則」として,「業者が利用者の知識・経験
・財産等に適合した形で販売・勧誘を行わなければならないとのルール」とされることもある(評価検討委員会報告書26頁)。
もともと適合性原則は,アメリカにおいて,1930年代から証券業者の自主規制機関の規則という形態で定められていたものである。
我が国においては,昭和49年の大蔵省証券局通達(「投資者本位の営業 姿勢の徹底について」昭和49年12月2日蔵証2211号)で言及された。この通達では「投資者の意向,投資経験及び資力等に最も適合した投資が
行われるよう十分配慮すること,特に証券投資に関する知識,経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については,より一層慎重を期すること」とされていた。平成4年改正証券取引法54条1項1号では「有価証券の買付け若しくは売付け又はその委託について顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠ける場合又は欠けるおそれのある場合」,xx大臣が是正監督命令を出せるとして,xx上,適合性原則が明文化された。
平成10年改正証券取引法43条本文は「証券会社は,業務の状況が次の 各号のいずれかに該当することがないように,業務を営まなければならない」
とし,1号で「顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており,又は欠けることとなるおそれがあること」を掲げた。平成18年改正で証券取引法が金融商品取引法に改められ,同法40条1号の適合性原則の考慮要素として「金融商品取引契約を締結する目的」が加えられ,同条本文は「金融商品取引業者等は,業務の運営の状況が次の各号のいずれかに該当することのないように,その業務を行わなければならない。」とし,1号で「金融商品取引行為について,顧客の知識,経験,財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて投資者の保護に欠けることとなつており,又は欠けることとなるおそれがあること。」としている。
商品先物取引の分野では,旧商品取引所法の平成16年改正で,法215条として商品取引員の行為規範としての適合性原則が明文化され,平成18年改正で「受託契約を締結する目的」が考慮要素に追加された。また,金融商品販売法8条2項では,勧誘方針において定める事項の一つの事項とされ,同法3条2項では,説明義務の内容につき同原則にそった方法程度が規定されている。
投資に限られない分野においては,国民生活審議会消費者政策部会「21世紀型の消費者政策の在り方について」(2003年5月)は「事業者は,消費者の知識,経験,理解力,資力等の特性を考慮した勧誘・販売を行わなければならないとする考え方は,消費者契約に広く適用されるべき原則であり,その旨を法的に明確化する必要がある。また,明らかに当該取引に対する適合性を有しない消費者に対し,過大なリスクを伴う商品・サービスを積極的に勧誘・販売してはならないとする考え方の導入を,取引類型に応じて検討する必要がある。」としている。
これを受けて,消費者基本法(平成16年5月改正)5条1項3号は,「消費者との取引に際して,消費者の知識,経験及び財産の状況等に配慮すること」を事業者の責務としている。
また,特定商取引法においても,訪問販売等における禁止行為として,「顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘」が挙げられている(施行規則7条3号等)。
そして,平成17年消費者基本計画において適合性原則について検討することが挙げられ,平成22年基本計画においては,消費者契約法の不当勧誘規制の在り方の一つとして,適合性原則について検討することとなっており,評価検討委員会報告書においても,引き続き検討すべきことが指摘されている(26頁~27頁)。
(2) 適合性原則違反による消費者被害
① 適合性原則違反が問題となる事例としては,次のようなものがあり,投資分野において裁判例が蓄積されている。
ア 証券取引における事例
例えば,大阪高判平成20年6月3日金判1300号45頁は,「顧客の適合性を判断するにあたっては,…具体的な商品特性を踏まえて,これとの相関関係において,顧客の投資経験,証券等投資商品の取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」とし,投資信託等についてリスク性の高い投資商品であるとした上で,顧客に投資経験がなく積極的な投資意向もなかったことや,歯科医免許を有しているとはいえ経済や投資商品について関心が低く特段の知識を有していたとか積極的に理解に努めていた形跡もないこと,資産の大半が担当社員の勧誘により本件商品に費やされたことなどを総合考慮し,適合性原則違反を認めた。
最高裁も,水産物卸売業者が,10年間にわたり累計1800億円に達する日経平均株価オプション取引をしたが,途中10億円の含み損を抱えるに至り,これを穴埋めするため,プット・オプションの売り取引を中心に行い2億円を超える損失を被ったという事案で,「顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である。」として適合性原則違反が不法行為法上の違法となり得るものであることを認めている(最判平成17年7月14日判時1909号30頁)。
イ 商品先物取引における事例
商品先物取引事案に関する裁判例においても,適合性原則違反が問題とされている。例えば,神戸地判平成21年3月27日(兵庫県弁護士会HP)は,「当時71歳と高齢で,…食料品製造販売を行っていたものの,利益は上がっておらず,年額250万円の年金と預貯金の取り崩しで生活していた者であった。…先物取引には消極的であったにもかかわらず,××の積極的な勧誘により本件取引を開始している。…合計約2900万円の預貯金及び株式等…は老後の生活資金,あるいはそれを得るための事業のための資金であるというべきであり,…原告を先物取引に勧誘することは,適合性原則に反し,違法である」とした。この
ほか商品先物取引において適合性原則が問題となる事案では,生活保護世帯に対する勧誘や借入の勧誘,年金生活者に対する勧誘や高齢者に対する勧誘などが見られる。
ウ 投資分野以外の事例
例えば,若年層相手の連鎖販売取引への勧誘において,学生や働いて間もない十分な収入がない若年者等商品を購入する資金のない者や社会経験に乏しい者に対し,「みんな消費者金融から借りている。」などと契約を締結するために消費者金融からの借入を勧めて勧誘し,その契約を締結させる等,相手方の知識,経験,財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行うことが問題となった事例が,以下のようにある。アースウォーカー事件(平成17年6月20日付け取引停止命令 経 済産業省近畿経済産業局)適合性原則違反(特定商取引法第38条第1
項第4号,特定商取引法施行規則第31条第7号)
認定事実「同社の勧誘者は,約20万円から50万円の支払を含む連鎖販売契約に対し,知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる未xx者を含む学生,若年層をターゲットとした勧誘を行っており,特定負担に見合う額を支払えない者に対しては,組織的に消費者金融を紹介して,金銭を借りさせて契約代金を支払わせている。」
ライブリー事件(平成20年3月28日付け業務停止命令 三府県(大阪府・京都府・兵庫県)合同処分)適合性原則違反(特定商取引法第3
8条第1項第4号,特定商取引法施行規則第31条第7号)
認定事実「勧誘者は,大学生やアルバイトで収入を得ている若者に対して勧誘を行い,「お金がない。」という者に対しては,「すぐ返せるからサラ金で借りたらよい。」等と告げ,消費者金融業者を紹介して,金銭を借り入れさせて契約代金を支払わせる等,連鎖販売取引の相手方の知識及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行ってい た。」。
② 対処すべき被害事例
高額かつ不要なリフォーム工事契約を次々に締結させる悪質リフォーム問題,普段着物をほとんど着る機会がない消費者に対し支払能力を超える高額の着物の売買契約を次々と締結させる例,高齢者等の消費者に明らかに不必要な量の布団等を販売する例,普段それほど電話を利用していない高齢者等に対し高額な多機能電話機のリース契約を締結させる電話リース問題,経済的にも仕事上も長期休暇をとる余裕のない若年者に対し高額の
レジャークラブ会員権の契約を締結させる例等,消費者の知識,経験,理解力,契約締結の目的,財産の状況のほか,契約締結の必要性の点からも問題となる被害事例は極めて多い。
なお,過量販売に関しては,特定商取引法においては,訪問販売における過量販売解除権が定められており(9条の2),割賦販売法においても,過量販売に該当する訪問販売契約に利用した個別信用購入あっせんについての解除権が定められている(35条の3の12)。
(3) 適合性原則違反の効果
本改正試案で提案する適合性原則の考慮要素としては,一般的に挙げられる,消費者の知識,経験,財産の状況,契約締結の目的や理解力のほか,上記のような被害事例への対応の必要性にも鑑み,契約締結の必要性も加えるのが相当である。
違反の効果としては,上記のとおり,適合性原則は,投資分野や訪問販売等の分野では法律上の原則として規定され,また,消費者基本法においては事業者の責務とされており,消費者契約における事業者が守らなければならない一般的責務であるといえるものであって,このような責務は,消費者保護のために重要な役割を果たすものであるから,民事上の効果を付与すべきである。
そして,適合性原則に反する勧誘は,消費者に対し適合しないにもかかわらず適合するものであるかのように勧誘しているものといえ,知識及び交渉力において劣位の消費者は,契約の内容や必要性等について理解できないまま,事業者の勧誘文言に惑わされて,正常な意思決定が歪められて契約を締結させられたといえ,真意から契約を締結したとは言い難い。このような場合には,誤認あるいは困惑の状況に置かれた場合に準じ、取消しうべきものとして消費者に契約からの離脱が認められるべきである。
適合性原則は,知識及び交渉力において劣位の消費者に対し,事業者が勧誘をするにおいての基本的ルールなのであって,これに反する勧誘行為は否定されなければならず,上述のように,適合性原則違反により消費者に被害が発生している状況や,消費者契約法の趣旨からすれば,消費者契約法上の取消事由の一類型に追加して,取消しを認める必要性が高いといえる。
さらに,平成22年消費者基本計画における適合性原則の検討も,消費者契約法の不当勧誘の規制の在り方の一つとして位置づけられており,適合性原則を消費者契約法に規定することは,その規定の仕方として適当なものであると考えられる。
以上より,適合性原則違反について,消費者契約法上の不当勧誘行為の一類型として取消しを認めるべきである。
3 改正試案の提案内容
以上より,適合性原則違反(当該消費者の知識,経験,理解力,契約締結の目的,契約締結の必要性及び財産の状況に照らして不適当な勧誘を行うこと)を取消事由の一つとして規定した。
第4条第1項第13号 不当勧誘行為の一般条項
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
十三 消費者の利益を不当に害する行為を行うこと。
【解説】
1 現行法
規定なし。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
事業者の消費者に対する不当勧誘類型について,誤認類型,困惑類型,状況の濫用法理,不招請勧誘禁止,適合性原則違反による取消し等の個別規定を整備することによって,現時点で多発している消費者トラブル・消費者被害の多くについて,消費者契約法による一応の対応が可能になると考えられる。
しかし,現代社会では,日々新たな不当勧誘行為が事業者によって生み出されており,直ちに個別規定には該当しないものの,知識や交渉力において優位に立つ事業者がその知識力や交渉力を濫用して,消費者の利益を不当に害する態様の新たな勧誘行為を行う場合が十分想定される。こうした個別規定では対応しきれない新手の不当勧誘行為により,消費者の自由な意思決定が歪められ,消費者が不本意な内容の契約を締結させられるおそれが大きい。
そこで,今後考えられる事業者の新たな不当勧誘行為に厳正かつ迅速に対処
するためには,事業者の不当勧誘行為を禁止する一般条項を設けることが必要かつ効果的である。
3 改正試案の提案内容
消費者の利益を不当に害する態様の勧誘行為一般について,それが原因で消費者が意思表示をしたと認められる場合には,意思表示に瑕疵ある場合に準じて,これを取消事由とすることによって,消費者被害の受け皿を広げることが妥当である。
よって,事業者が消費者の利益を不当に害する行為を行った場合,民事効として取消権を付与する一般条項を追加すべきである。
第4条第2項 重要事項
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
2 本法における「重要事項」とは,消費者が当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの(不確実な事項を含む。)をいう。
【解説】
1 現行法
<4条4項(重要事項)>
第1項第1号及び第2項の「重要事項」とは,消費者契約に係る次に掲げる事項であって消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう。
一 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質,用途その他の内容
二 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 1号・2号が不要なこと
① 現行法4条4項は,取消しの対象となる重要事項について,①1号(物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質,用途その他の内容)又は2号(物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件)にあたる事項であって,かつ,②消費
者が当該消費者契約締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの,と規定されている。
「重要事項」は,本来は事業者が負う情報提供義務の範囲を画するために議論されていたが(第16次xxx中間報告),一般的な情報提供義務違反が取消し原因から外されたにもかかわらず,不実告知と不利益事実の不告知の範囲を画するものとして議論され,かなり限定的に規定されるに至ったものである。
ところが,重要事項をこのように限定した結果として,契約動機に関する不実告知,不利益事実の不告知が取消しの対象から外れてしまうのではないかという解釈上の疑義が生じている。
② この点,ア)1号及び2号を限定列挙ととらえ,契約動機に関する不実告知や不利益事実の不告知の場合に取消しを認めない見解も存在する(消費者庁逐条解説(第2版)143頁,xxxx「消費者契約法」(有斐閣,
2001年(平成13年)92頁)。
しかしながら,事業者が動機の錯誤を引き起こしている以上,民法の詐欺取消しないし錯誤無効の主張が認められる可能性もあり,消費者契約法
4条1項2項の基礎にある「事業者が積極的な行為によって消費者を誤認させた以上,契約を取り消されてもやむをえないという考え方」に照らせば,端的に消費者契約法による取消しを認めるべきであるとして,イ)1号及び2号を例示列挙ととらえる有力な見解も存在する(xxxx「消費者契約法と情報提供法理の展開」金融法務事情1596号11頁)。
また,ウ)1号及び2号自体は限定列挙ととらえつつ,「質,用途その他の内容」を拡張解釈(例えば,シロアリ点検商法の事例では,シロアリがいないのにシロアリがいると告げることで本来必要のないシロアリ駆除をさせており,給付対象の用いられる場面,すなわち「用途」の不実告知ととらえる)することで不都合を回避する考え方もある(コンメンタール消費者契約法(第2版)91頁,xxxxx「消費者契約法と情報提供義務」ジュリスト1200号49頁)。
ちなみに,契約動機に関する不実告知については,xxx判平成16年
6月25日及びxxx判平成16年10月7日(いずれも兵庫県弁護士会 HP)が存在するが,いずれの裁判例も重要事項該当性について特に争われておらず,契約動機が重要事項に含まれていることを当然の前提として判断している。また,東京地判平成17年3月10日(LEX/DB25
463934)は,契約動機に該当すると考えられる契約目的物を購入設
置する必要性・相当性等についても4項1号に含まれると判示している。
③ 仮に契約動機に関する不実告知等に取消しが認められないとすると,民法上の詐欺取消し,錯誤無効(動機の錯誤)によって保護される場面よりも適用範囲が狭くなってしまうが,これでは消費者と事業者との間の情報力・交渉力の格差に着目して消費者の利益擁護を図るために消費者契約法を制定した趣旨が没却されてしまう。
特定商取引法においても,平成16年改正で新たに取消権が認められたが,同法6条は不実告知による取消しの対象として1号から5号の例示列挙に加え,6号で「顧客が…契約の締結を必要とする事情に関する事項」,
7号で「…契約に関する事項であって,顧客又は購入者若しくは役務の提供を受ける者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」という包括規定を置き,契約動機に関する事項も取消しの対象に含まれることが明確になっている。これは,現行消費者契約法に対する上記のような批判を踏まえた立法であると考えられ,契約動機に関する被害事例への対応が看過できない問題であることを裏付けるものといえる。
民法改正に関する議論において,「一定の事実について,相手方が事実と異なることを表示したために表意者が表示された内容が事実であると誤認し,それによって意思表示をした場合は,その意思表示を取り消すことができる」旨のいわゆる不実表示規定を設けることが検討されているところ,消費者契約法4条4項の1号及び2号を例示列挙と考え,かかる不実表示の対象事実を「表意者の意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべき事項」にするという考え方が示されている(民法(債権法)改正検討委員会「詳解 債権法改正の基本方針(1) 序論・総則」(商事法務 2009年(平成21年)9月)126,129頁)。
以上のことから,現行法でも解釈によって契約動機に関する不実告知等を取消しの対象とすることは十分に可能であるが,消費者トラブルの多くが消費生活センター等裁判外紛争処理機関によって処理されている実情に照らせば,被害事例の多発している問題について法改正によって解釈上の疑義を解消する必要性は極めて大きいといえる。
(2) 不確実な事項を含むことの明文化
現行消費者契約法上,不確実な事項に関する不適切な情報提供による契約の取消しについて,将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供した場合には取消権が認められているものの,不利益事実の不告知による取消の対象にはならないと解釈されている(最判平成22年3月30日判タ
1321号88頁)。
しかしながら,不確実な事項であっても,重要事項に関連する利益を告知し,重要事項についての不利益事実(当該告知により当該事実が存在しないと通常考えるべきもの)を告知しなければ,類型的に消費者は当該事実が存在しないと誤認し,それによって契約をしてしまう危険性が高いと考えられる。
そもそも上記最高裁判例では,現行法4条2項や同条4項には「不確実な事項を含意するような文言は用いられていない」とされ,そのことを理由に形式的な解釈で消費者の取消権が否定されたが,先物取引において将来の価格は契約締結判断に大きく影響を及ぼす重要な事情であり,これを一切排除するような最高裁の判断を是正する必要がある。
よって,重要事項に「不確実な事項」を含むことを明示することが相当である。
3 改正試案の提案内容
(1) 1号・2号の削除
端的に1号・2号の限定列挙を削除することによって,契約動機に関する事項が当然に重要事項に含まれることになり,解釈上の疑義が解消される。
(2) 「不確実な事項を含む」ことを明記
「不確実な事項を含む」ことを明記することによって,将来の価格等の不確実な事項が明らかに重要事項に含まれることになり,消費者保護の全うが図られる。
第4条第3項 第三者効
【条文案】
第4条(不当勧誘行為による取消し)
3 第1項の規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは,これをもって善意の第三者に対抗することができない。
【解説】
1 現行法
<第4条5項(第三者対抗力)>
第1項から第3項までの規定による消費者契約法の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは,これをもって善意の第三者に対抗することができない。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
改正試案では,契約締結過程の不当勧誘行為による取消事由を4条1項各号にまとめたことから,第三者対抗力に関する規定もそれに応じて改正する必要がある。
3 改正試案の提案内容
現行法の「第1項から第3項までの規定」を「第1項各号の規定」に改正した。
第5条 媒介の委託を受けた第三者及び代理人
【条文案】
第5条(媒介の委託を受けた第三者及び代理人)
1 前条第1項の規定及び民法(明治29年法律第89号)第96条第1項の規定のうち詐欺による意思表示の取消しの規定は,事業者が第三者に対し,当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託(以下この項において単に「委託」という。)をし,当該委託を受けた第三者(その第三者から委託を受けた者(二以上の段階にわたる委託を受けた者を含む。)を含む。次項において「受託者等」という。)が消費者に対して前条第1項各号に規定する行為及び民法第96条第1項に規定する詐欺行為をした場合について準用する。
2 消費者契約の締結に係る消費者の代理人(復代理人(二以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)を含む。以下同じ。),事業者の代理人及び受託者等の代理人は,前条第1項各号及び民法第96条第1項(前項において準用する場合を含む。次条及び第7条において同じ。)の各規定の適用については,それぞれ消費者,事業者及び受託者等とみなす。
【解説】
1 現行法
<第5条(媒介の委託を受けた第三者及び代理人)>
1 前条の規定は,事業者が第三者に対し,当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託(以下この項において単に「委託」という。)をし,当該委託を受けた第三者(その第三者から委託(二以上の段階にわたる委託を含む。)を受けた者を含む。以下「受託者等」という。)が消費者に対して同条第1項から第3項までに規定する行
為をした場合について準用する。この場合において,同条第2項ただし書中「当該事業者」とあるのは,「当該事業者又は次条第1項に規定する受託者等」と読み替えるものとする。
2 消費者契約の締結に係る消費者の代理人(復代理人(二以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)を含む。以下同じ。),事業者の代理人及び受託者等の代理人は,前条第1項から第3項まで(前項において準用する場合を含む。次条及び第7条において同じ。)の規定の適用については,それぞれ消費者,事業者及び受託者等とみなす。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 現行法5条の活用状況
現行法5条は,信販会社が販売店等に対し立替払契約の締結について消費者を勧誘することを委託することは5条1項の委託にあたる等として,個別信用購入あっせん(個別クレジット)が利用された事案等において,消費者被害救済のために活用されている。裁判例においては,販売店の不退去あるいは退去妨害による勧誘行為により商品の購入と立替払契約の締結をさせられた事案において,現行法4条3項1号あるいは2号及び5条により,立替払契約の取消しが認められており(xxx判平成19年7月26日(独)国民生活センター報道発表資料(2008年10月16日),札幌地判平成
17年3月17日消費者法ニュース64号209頁等),また,販売店の説明においてクレジットの返済月額につき不実告知があったとして,現行法4条1項,5条により立替払契約の取消しが認められたものもある(xxx判平成16年11月29日(独)国民生活センター「月刊国民生活」2007年1月号64頁)。さらに,加盟店の役務等の内容が信販会社の立替払契約の「重要事項」にあたるとして,立替払契約の取消しを認めたものもある(xxx判平成18年3月22日消費者法ニュース69号188頁等)。立替払契約の取消しにより,信販会社に対する既払金の返還請求が可能となる。
現行法5条は活用の余地が大きいものであり,本改正試案においても現行法5条を維持した上で,下記(2)のとおり,詐欺取消しの場合も適用範囲に加える提案をすることとした。
(2) 民法上の詐欺取消しを含める必要性
消費者契約法4条による取消しは,民法上の詐欺・強迫(96条)による取消しの範囲を拡張するものとして定められたものである(現行法1条,6条)にもかかわらず,消費者契約における詐欺行為については,現行法5条に相当する規定が民法に存在せず,一般法である民法96条2項が適用され
ることとなる。そのため,消費者の意思決定に対する不当な働きかけという意味では,より悪性の強い詐欺行為の方が,第三者の関与した場合の適用範囲がより狭いという矛盾が生じ,不当な結果となっている。
現行法5条とりわけ1項の趣旨は,事業者が第三者に対して,代理権ではないものの取引の勧誘を行うに当たって何らかの対外的権限を与えていたような場合や,事実上の委任をしていたような場合,事業者としては第三者の不適切な行為によって不利益を被ってもやむ得ないし,消費者としても保護されて然るべきという点にある。事業者の行為が現行法4条違反であっても,詐欺行為であっても,その趣旨は何ら変わるところはないから,現行法5条の適用範囲に詐欺取消しの場合を含めるべく改正する必要がある。
なお,強迫(民法96条1項)については,そもそも第三者によるものであっても取消可能であるため,特に改正の必要はない。
3 改正試案の提案内容
本法による取消しに加えて,民法上の詐欺取消しの規定も適用範囲に加えた。
第6条 解釈規定
【条文案】
第6条(解釈規定)
第4条第1項各号の規定は,同項に規定する消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示に対する民法第96条の規定の適用を妨げるものと解してはならない。
【解説】
1 現行法
<第6条(解釈規定)>
第4条第1項から第3項までの規定は,これらの項に規定する消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示に対する民法(明治29年法律第89号)第96条の規定の適用を妨げるものと解してはならない。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
現行法4条の契約締結過程に関する本改正試案に対応するように改正する必要がある。
3 改正試案の提案内容
「第4条第 1 項から第3項までの規定」を「第4条第1項各号の規定」と改
正した。なお,「(明治29年法律第89号)」は,改正試案5条で規定するため削除した。
第7条 取消権の行使期間等
【条文案】
第7条(取消権の行使期間等)
1 この法律の規定による取消権は,取消しの原因となっていた状況(心理的な影響を含む。)が消滅した時から3年間これを行使しないときは,時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から10年を経過したときも,同様とする。
2 会社法(平成17年法律86号)その他の法律により詐欺又は強迫を理由として取消しをすることができないものとされている株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出が消費者契約としてされた場合には,当該株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出に係る意思表示については,第4条第1項各号
(第5項第1項において準用する場合を含む。)の規定によりその取消しをすることができない。
【解説】
1 現行法
<7条(取消権の行使期間等)>
1 第4条第1項から第3項までの規定による取消権は,追認をすることができる時から6箇月間行わないときは,時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から5年を経過したときも,同様とする。
2 会社法(平成17年法律86号)その他の法律により詐欺又は強迫を理由として取消しをすることができないものとされている株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出が消費者契約としてされた場合には,当該株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出に係る意思表示については,第4条第
1項から第3項まで(第5項第1項において準用する場合を含む。)の規定によりその取消しをすることができない。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 現行法の問題点
現行法7条1項は,4条1項から3項までの規定による取消権は,追認をすることができる時から6か月,契約締結の時から5年で時効によって消
滅するとしている。このように,民法上の詐欺・強迫による取消権が,追認することができる時から5年,契約締結の時から20年で消滅すると定められていることに比して短縮化されたのは,詐欺・強迫の場合よりも要件を広げたこととの均衡や,法律関係の早期安定の必要性によるものとされている。
しかしながら,消費者に対し,取消しの原因となっていた状況が消滅した時から6か月以内に取消権を行使することは一般的に期待できない上,少額被害という消費者被害の特徴を考えれば,費用対効果などに思い悩み,躊躇するうちに6か月が経過してしまうことが十分考えられる。また,交渉自体に一定の期間を要するため,交渉中に期間が満了してしまい,取消権を行使する機会を逸してしまうことも考えられる。
現に,近畿弁護士会連合会が消費生活センターを対象として行った消費者契約法に関するアンケート調査においても,相談事例で現行法の短期消滅時効のため取消権が行使できなかったとする回答が約23%寄せられている
(第27回近畿弁護士会連合会大会シンポジウム第1分科会「消費者契約法の改正~もっと使える消費者契約法を目指して~」基調報告書184頁)。さらに,長期の時効期間についても,保険契約や会員権契約など長期間継 続する契約もあり, これらは契約時から5年を超えて問題化することが
多いにもかかわらず,現行法では対応できないという問題がある。
短期消滅時効を6か月としていることの不都合性を示す判例として,xxx判平成15年5月14日(最高裁HP)がある。同判決は,退去妨害により困惑して絵画を購入させられた事案であるが,契約締結時を起算点と捉えると取消権の行使時期が6か月を経過していたことから,起算点を契約締結から1か月後の商品引渡手続時と捉えて,消費者を救済したものである。同判決は,その理由として,商品引渡手続は申込み時における契約と一体をなしている点を指摘しているが,6か月という現行法の規定が消費者被害の実態にそぐわないことの一例といえる。
このように,消費者に広く取消権行使の機会を与え,本法を実効あらしめるためにも,時効期間を延長する必要がある。法律関係の早期安定の要請があるにしても,現行法の規定は短きに失する。
なお,近時の民法改正に関する議論においては,民法上の取消権の行使期間について,短期消滅時効は3年,長期消滅時効は10年とする見解がある。法律関係の確定についてのみ設けられる期間として追認権行使可能時から5年は長すぎると考えられることから,これを短縮するものである。
もっとも,あまりに短い期間で取消権消滅を認めることは,欺罔者・強迫
者を過度に保護する結果になりかねないこと,取消原因は多様であるところ,取消原因の相違に応じて制限期間を異にすることは適当でないこと等を考慮し,これを3年としたものである。
他方,行為時から進行が開始する長期の期間制限については,20年が長すぎるとしても,詐欺に気づかないまま,あるいは強迫状態を脱しないまま年月が経過することを考慮し,これを10年としたものである(債権法改正の基本方針76頁)。取消原因の相違に応じて制限期間を異にすることは適当でないとの観点は傾聴に値する。
(2) 短期消滅時効の起算点
現行法は,短期消滅時効の起算点を「追認をすることができる時」としている。
「追認をすることができる時」とは,取消しの原因となっていた状況が消滅した時であるとされるところ,消費者契約法においては追認及び法定追認の規定は排除すべきであって(本改正試案8条),「追認をすることができる時」を起算点とするのは妥当でないことから,時効の起算点は,「取消しの原因となっていた状況が消滅した時」と改正すべきである。
時効の起算点に関し,誤認類型に関する裁判例としては,契約から約11か月後に取消の意思表示をした点について,誤認に気づいたときから起算すれば,まだ6か月を経過していないとして,信販会社の時効主張を排斥したものがある(xxxx判平成17年10月18日判例集未登載)。
他方,困惑類型の時効の起算点については,消費者庁逐条解説(第2版)
170頁では,事業者(不退去の場合)ないしは消費者(監禁の場合)の物理的退去時とされている。
しかしながら,物理的に退去したという場合でも,不退去・退去妨害による困惑状態が心理的に継続している限り,消費者に取消権の行使は期待しがたい。よって,物理的に退去した時と捉えるのは妥当でない。この点,大阪高判平成16年7月30日兵庫県弁護士会HP(いわゆる易学事件判決)は,暴利行為による公序良俗違反により契約は無効であるとして,消費者を救済したものの,物理的退去時を時効の起算点として,その後の金員の支払を「一部の履行」と捉えて法定追認を認めた判決であるが,時効の起算点を困惑状態から心理的にも脱した時と解すれば,公序良俗違反か否かの判断をするまでもなく,消費者契約法による取消しにより妥当な解決が導けたものといえる。
したがって,困惑による場合の時効の起算点については,心理的に困惑状
態から解放された時であるとして,これをxx上明らかにしておくべきである。実際の適用場面において,心理的影響の有無を考慮すべき場合とは,本改正試案4条1項5号ないし13号の適用のある困惑類型の事案となる。以上より,時効の起算点は,「取消しの原因となっていた状況(心理的影響を含む)が消滅した時」と改めるべきである。
3 改正試案の提案内容
(1) 時効期間
短期消滅時効については3年,長期消滅時効については10年とすべきである。
(2) 短期消滅時効の起算点
短期消滅時効の起算点は,「取消しの原因となっていた状況(心理的影響を含む)が消滅した時」とすべきである。
(3) 現行法7条2項は,第4条の改正提案をしていることに応じて,「第4条第1項から第3項まで」を「第4条第1項各号」と改正した。
第8条 追認及び法定追認の排除
【条文案】
第8条(追認及び法定追認の排除)
民法第122条ないし第125条の規定は,この法律の規定による取消しについては適用しない。
【解説】
1 現行法
規定なし。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
現行法11条1項により,消費者契約法上の取消事由についても民法122条ないし125条(追認及び法定追認の規定)が適用される。
しかしながら,消費者契約においては,誤認状態,困惑状態から脱した後でも,全部又は一部の履行といった法定追認事由が起こりうるのであって,消費者が,明確に意図しないまま,取消権を行使し得なくなってしまうことがある。いわゆる易学事件の大阪高判平成16年7月30日(兵庫県弁護士会HP)が,その最たる例である。
また,追認についても,「追認します」という書面への署名捺印を求められ,
それに消費者が安易に応じてしまうおそれがあることから,法定追認のみならず,追認についても排除する必要がある。この点,「騙されたことを知った後に立替金を支払っていたとしても,相手方に対して追認の意思表示がなされた訳ではないとして,追認の主張を排斥しクレジット契約の取消を認めた判例がある(xxx判平成16年11月29日(独)国民生活センター「月刊国民生活」2007年1月号64頁)。「追認」を限定的に解釈して取消権の行使を認めて消費者を救済するもので,前記追認排除と方向性を同じくするものといえる。
このように消費者契約法上の取消事由については,消滅時効期間内においてはいつでも取消権が行使できることとして,できる限り消費者に取消権行使の機会を与えるべく,追認及び法定追認の規定は排除すべきである。
なお,より悪質性の強い民法上の詐欺について,追認及び法定追認が認められることとの整合性が問題となるが,消費者契約においては類型的に,追認及び法定追認に該当する行為が行われやすいことから,消費者契約法の実効性を担保するためには,特に追認及び法定追認を排除する必要性があるものと考えられる。
評価検討委員会報告書においても,取消権の行使期間及び法定追認に関する規定の在り方については,今後も消費生活相談事例,裁判例の収集,分析を行い,逐条解説書には裁判例を適宜紹介するなどしてより適切な解釈に資するものとするとともに,引き続き検討すべきであるとされており(17頁),上記と同様の問題意識に立つものである。
3 改正試案の提案内容
消費者契約法上の取消については,追認及び法定追認の規定を排除すべきである。
第9条 消費者契約約款
【条文案】
第9条(消費者契約約款)
1 この法律において,「消費者契約約款」とは,名称や形態のいかんを問わず,事業者が多数の消費者契約に用いるためにあらかじめ定式化した契約条項の総体をいう。
2 消費者契約約款は,事業者が契約締結時までに消費者にその消費者契約約款を提示して(以下「開示」という。),当事者の双方がその消費者契約約
款を当該消費者契約に用いることに合意したときは,当該消費者契約の内容となる。
3 消費者契約の性質上,契約締結時に消費者契約約款を開示することが著しく困難な場合において,事業者が,消費者に対し契約締結時に消費者契約約款を用いる旨の表示をし,かつ,契約締結時までに,消費者契約約款を消費者が知ることができる状態に置いたときは,当該消費者契約約款は当該契約締結時に開示されたものとみなす。
4 消費者契約の類型及び交渉の経緯等に照らし,消費者にとって予測することができない消費者契約約款の条項は契約の内容とならない。
【解説】
1 現行法
規定なし。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 消費者契約約款に関する法規範の必要性
現代社会では,電車に乗って通勤(通学)する,携帯電話で話をする,電気を使う,インターネットを使う,クレジットカードを使う,DVD を借りる,旅行をする,宅配便を送る,預貯金をするといった,我々の日常生活の中の多くの消費者契約の内容が,いわゆる消費者契約約款によって規律されている。
ところが,現行法では,消費者契約約款に関する法規範を何ら規定しておらず,その法的拘束力の要件・効果は不明瞭である。また,実際問題としても,契約の一方当事者である事業者が作成・使用する消費者契約約款については,相手方への開示が十分ではなかったり,その内容が一方的なものとなっている例も多く(平成19年度不当条項研究会報告書の参考事例集を参照),これを放置しておくことは消費者保護の観点から考えて不合理である。さらに,約款については諸外国で多くの立法例もある。
よって,我が国においても,法律関係の明確化のために,消費者契約約款を律する法規範の明定が必要である。
(2) 消費者契約約款の定義
日常用語としての「約款」という言葉は,契約書や申込書から独立した規定集(例・保険約款集,預金規定集等)などを意味することもあるが,一方で,契約書や申込書の裏面に記載されている契約条項なども「裏面約款」と呼ばれている。また,事業者が作成した定型書式の契約書で契約条項に関す
る消費者との個別交渉が予定されていないものなどは,約款規制の趣旨が妥当する。この点,消費者契約約款について公約数的な共通要素を抽出して定義づけるとすれば,事業者が多数の消費者契約に用いるためにあらかじめ定式化した契約条項の総体と言いうると考える。
なお,特に消費者契約約款については,名称や形態のいかんを問わないという点を明文化しておくべきである。インターネット販売や店舗販売などでは,定型化された契約内容の重要な部分(例・返品・返金の条件など)が「会員規約」「ご利用規約」「お買物規約」「販売条件」「商品ガイド」「よくあるご質問とご回答」「Q&A」といった種々の表題の下に使用されている例も多く,「『約款』という表題が付いていない。」といった形式的な理由で約款規制が及ばなくなるのは不合理だからである。
(3) 消費者契約約款の組入要件
消費者契約約款を使用した消費者契約においても,法的拘束力の正当化根拠は契約当事者の意思の合致である。したがって,消費者契約約款に法的拘束力が認められるためには,原則として当該約款が契約締結時までに相手方に提示されていることが必要と考えるべきである。
この点,大判大正4年12月24日民録21輯2182頁は,普通保険約款の拘束力について,保険加入者は保険約款による意思で契約するのが普通であるから,特に約款によらない旨の意思を表示しないで契約したときは,反証の無い限り約款の内容による意思で契約したものと推定すべきであると判示している。しかし,上記の判例は約款の拘束力を緩やかに肯定しすぎており,少なくともあらゆる約款に対して一般化できるような論旨ではないと考える。
もっとも,消費者契約の性質上,契約締結時に消費者契約約款を開示することが著しく困難な場合については,例外を肯定して然るべきである。この場合の例外要件としては,事業者が,消費者に対し契約締結時に消費者契約約款を用いる旨の表示をし,かつ,契約締結時までに,消費者契約約款を消費者が知ることができる状態に置いたことを要するものと考える。
(4) 不意打ち条項
① 事業者から消費者契約約款が開示された場合でも,消費者は通常,契約の対象物の特質,価格,引渡期日など契約の中心部分に関する契約条項には注意を払うが,付随的な契約条項までは詳細な注意を払わないことが多い。一方,約款の使用者である事業者の立場ならば,消費者にとって通常予期できないような契約条項を消費者契約約款に忍び込ませることも容易
である。
② この点,消費者契約約款が開示されている場合においても,消費者契約の類型や交渉の経緯等からみて異常な内容で,その存在が消費者にとって通常予期できないような契約条項については,契約の内容にならないとして,消費者を保護しなければ社会xxに反する結果を招来する。このような観点から,いわゆる不意打ち条項の排除原則を立法化すべきである。
ドイツ民法305C条(旧約款規制法3条)でも,不意打ち条項は,約款組入れの一般的要件を補充する規定,即ち約款が契約の構成部分となるとしても,異例な条項は「当該条項は契約の構成部分とならない」と排除する位置づけで規定されている。
③ 我が国の裁判例でも,xx地判昭和62年5月21日判時1256号8
6頁は, 警備請負契約における自己都合解約の場合は期間満了までの警備料相当額の解約金を支払う旨の条項につき,Yが契約書を吟味せず, X担当者が右条項を説明しなかったのであるから,Yが右条項の存在を知らなかったのも無理からぬところで,Yにとって予期しないものであるから,右条項が合理的なものと認められない限り拘束力は認められないと判示し,上記契約条項を合理的な範囲で制限し,Xの請求を一部認めている。上記の裁判例などは,不意打ち条項排除の趣旨を踏まえて判示されたものと評価できる。
④ なお,不意打ち条項排除規定を定めなくとも不当条項規制のみで足りるとする考え方も存在する。
しかし,消費者を合理的に予測できない内容の契約条項から保護するという不意打ち条項排除規定と,消費者を不当な内容の契約条項から保護するという不当条項規制は,理論的に異なるものである。何よりも,不意打ち条項排除が問題となる事例には,契約条項自体は不当条項と評価できないものも存在する(例:消費者が売買契約を締結してある物品を購入したところ,約款の中に有償の保守点検条項や継続的な付属品購入条項といった予測できない契約条項が挿入されていた場合など)。
よって,不意打ち条項排除規定は,不当条項規制とは別に立法化する固有の必要性が高い。
3 改正試案の提案内容
(1) 今般の改正試案では,まず,第1項~第3項において,消費者契約約款の定義と組入要件に関するxx規定の立法化を提案している。
この点,近時の民法改正論議においては,事業者間契約を含めた約款の定義,組入要件の要否・内容等に関する立法化の是非が議論されているが
(民法改正中間論点整理「第27」部分を参照),今般の提案は消費者契約約款を対象としたものである。
(2) また,今般の改正提案では,第4項において,不意打ち条項排除規定を提案している。
不意打ち条項の定義ないし要件については,当該事例の経緯等の具体的事情を前提としつつ,同種の契約に消費者として関与することが予定された人々がみて当該異例条項を予測することができるかどうかという観点から(xxxxxx「注解ドイツ約款規制法」(同文舘出版(株) 199
9年(平成11年)47頁参照),「消費者契約の類型及び交渉の経緯等に照らし,消費者にとって予測することができない消費者契約約款の条項」としている。
また,その効果については,予測に反して奇襲を受けたような条項は合意内容とはならないというのが理論的であること,第16次xxx中間報告も「契約内容とならない」とされていたこと,ドイツ民法305C条も
「契約構成要素とならない」としていること等に鑑み,「契約内容とならない」としている。
第2節 契約の内容
第10条 契約条項の明瞭化
【条文案】
第10条(契約条項の明瞭化)
事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について消費者にとって明確かつ平易な表現を用いなければならない。
【解説】
1 現行法
<第3条(事業者及び消費者の努力)>
事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配
慮するとともに,(中略)するよう努めなければならない。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 契約条項はトラブルが起こった際の解決指針となるものであるが,消費者と事業者の間には情報の質及び量並びに交渉力に格差があることから,契約条項の表現があいまいであったり,消費者にとって理解困難な用語や表現のものであったりする場合には,事業者に有利な解釈がなされたり,消費者が十分な理解をしないまま契約に至り消費者被害が発生していることは,広く認識されているところである。このような事態の発生を防ぐため,消費者契約の条項については一般消費者が理解できるだけの明確性と平易性が当然要求されるのである(透明性の原則)。
第16次xxx中間報告書でも「我が国においては,保険業法,自動車損害賠償保障法において,所管官庁が行う審査の基準の一つとして,契約の内容が契約者等にとって『明確かつ平易』に定められたものであることを要求しており,また,EU指令においては,『消費者に提示される契約の全部又は一部の条項が書面による場合には,それらの条項は常に平易かつ明確な言葉で起草されなければならない』とされている。」との指摘がなされており
(参考「消費者契約における不xx条項に関する1993年4月5日付閣僚理事会指令」(1993(平成5)年4月5日,以下「1993年EU指令」という。)5条),よって同報告では,「契約条項は,常に明確かつ平易な言葉で表現されなければならない。」との提言がなされている。
(2) ところが,現行法3条1項は,この透明性の原則に関し,契約条項について明白かつ平易になるよう配慮するよう努めなければならないとし,単なる配慮義務あるいは努力義務にとどめている。
我が国では,消費者契約法制定後も,契約条項の明確化,平易化が十分に進んでいない。身近なものとしては,携帯電話の料金体系についてのトラブル・苦情が問題となっているところである。また,損害保険の保険金支払の問題については,消費者だけでなく,事業者までが十分に契約内容を把握できていなかったことから,多数の支払漏れが生ずる事態となった。なお,金融取引等においては,商品全体が消費者に十分には理解できないものが少なくなく,ロコ・ロンドン取引,仕組預金,ノックイン投信,年金保険などの問題が相次いでいるところである。上記のような社会問題は,現行法が透明性の原則に関して,単なる配慮義務,努力義務にとどめたことと無関係ではないと思料する。
(3) 契約条項が明確であり平易であることは,すでに述べたように消費者にと
って,商品・役務の選択という契約締結段階はもとより,商品・役務の利用という契約締結後の段階においても重要なことであり,さらに,現実にトラブルとなった際にも,解決指針となるものである。消費者と事業者の間の情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑み,契約条項の明確化・平易化は,単に配慮義務・努力義務とするだけでは不十分であり,事業者の義務として明示される必要がある。また,後述する消費者有利解釈の原則は,この義務の効果(あるいは派生原則)の1つとして位置づけられるべきである。なお,この義務を明示することは,契約条項の使用者の行為規範を明示するという意味も少なくない。
3 改正試案の提案内容
上記のような観点から,今般の改正試案では,契約条項の明確化・平易化を事業者の法的義務として明定することを提案している。
第11条 契約条項の解釈準則
【条文案】
第11条(契約条項の解釈準則)
消費者契約の条項が不明確であるため,その条項につき複数の解釈が可能である場合は,消費者にとって最も有利に解釈しなければならない。
【解説】
1 現行法
規定なし。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 消費者契約の内容となっている契約条項について,契約条項の不明確さゆえに,合理的な意思解釈を尽くしても,なお複数の解釈可能性が残り,明確な結論が得られない場合がある。
このような場合の解釈準則としては,事業者と消費者との情報,交渉力格差等やxxの理念(後述の使用者不利の原則)から消費者にとって有利な解釈を優先する,という原則(「消費者有利解釈」の原則)を採用すべきである。
ちなみに,約款においては,かかる場合に,同様の評価に基づき,また「表現使用者には複数の解釈可能性を残すことがないように明確に表現する義務があったのに,その義務を果たさなかったがゆえに,自己に不利益な解釈可
能性を負担しなければならない」との理解(フランス民法1162条は「疑いがある場合には,合意は債務を負わせた者に不利に,債務を負った者に有利に解釈される」としてこの旨を明言している)に基づき,「使用者(あるいは作成者)不利の原則」という解釈準則によるべきとされている。
同種の規定は,1993年EU指令をはじめ,イギリスの消費者契約における不xx条項の規則(1994年),フランス消費者法典,イタリア消費法典,ドイツ民法,オーストリア民法,ユニドロワ国際商事契約原則201
0,ヨーロッパ契約法原則等に存在しており(オーレ・ランドー/ヒュー・ビール編,xxxx・xxxx・xxxxxx「ヨーロッパ契約法原則Ⅰ・
Ⅱ」((株)法律文化社,2006年(平成18年)285頁~286頁),アメリカ合衆国の判例法や韓国約款規制法にもある。
(2) このような「消費者有利解釈の原則」については,現行法の立法化に際しても,「使用者不利の原則」あるいは「作成者不利の原則」から言っても,xxの要請の当然の帰結であると考えられるとされながら,xxでの立法化が見送られた。
また,生命保険契約の約款解釈に関する消費者契約法制定前の最判平成
13年4月20日民集55巻3号682頁で,xx最高裁判事は,この判決後も,保険者が保険約款において主張立証責任について疑義がないような条項を作成し保険契約者側に提供しないのであれば,作成者の責任を重視し,この判決のように主張立証責任を被保険者側に負わせたとするのがxxxないし当事者間のxxの理念に照らし適切を欠くと判断すべき場合も出てくる,と警告を発していた。
(3) しかし,消費者契約法制定後も,残念ながら,我が国では,「消費者有利解釈の原則(使用者不利の原則)」が,交渉実務や下級裁判所で必ずしも採用されていない現実がある。これは,我が国の代表的な約款である損害保険約款についてみても次のとおり明らかである。
① 火災保険契約における約款に,保険契約者,被保険者等の故意若しくは重大な過失等によって生じた場合,保険金を支払わないと規定していることをもって,損害保険会社(保険者)は,被保険者からの保険金請求に対し,前記最判平成13年4月20日が,生命保険における災害割増特約保険金について偶発的な事故であることの主張立証責任を被保険者に負わせていることを理由に火災が偶然のものであることの証明を求めていた(この件について最判平成16年12月13日民集58巻9号241
9頁は,この約款は保険者の免責事由を定めたものであり,被保険者は火
災が偶然のものであることの主張立証責任を負わないとした。)。
② また,自家用自動車総合保険契約約款中の偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対して被保険者に保険金を支払うとの条項をもって,主張立証責任を被保険者に対して負担させたものと解釈すべきかどうか争いがあり,名古屋高等裁判所金沢支部は,上記約款の条項にいう事故の偶発性については,被保険者が事故が偶然のものであることの主張立証をすべきであると解釈していた(同庁平成17年2月28日判決金判1244号48頁)。この判決に対し,最高裁判所は,上記条項について車両保険金請求者は保険事故の偶発性について主張立証責任を負わないとし,上記高裁判決を覆している(最判平成18年6月1日民集60巻5号1887頁)。
③ これらは,最高裁では結果的に消費者に有利な解釈を採用されているが,交渉実務や下級審裁判所では反対の結論が採用されていた実例であり,消費者有利解釈の原則が法定されておれば,かかる紛争は生じなかったものである。
(4) 上記のように,我が国では現行法施行後も裁判実務や交渉実務において消費者有利解釈の原則が必ずしも徹底されているとは言い難い。また,下級審における裁判例においても,かえって一般的な消費者の予測に反し,かつ,最高裁判所の判断とは正反対の解釈がなされている例すらあるのである。このように消費者有利解釈の原則の明定の必要性は極めて高い。
3 改正試案の提案内容
上記のような観点から,今般の改正試案では,消費者契約の契約条項に関する解釈準則として消費者有利解釈の原則の明文化を提案している。
第12条 不当条項の無効
【条文案】
第12条(不当条項の無効)
1 消費者の利益を不当に害する消費者契約の条項(以下本法において「不当条項」という。)は無効とする。
2 消費者契約の条項であって,当該条項が存在しない場合と比較して,消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重するもの及び事業者の責任を制限又は免除するものは,不当条項と推定する。
【解説】
1 現行法
<第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)>
民法 ,商法(明治32年法律第48号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 現行法10条の前段部分の問題点
① 現行法10条の前段部分,すなわち,「民法 ,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」という部分は,下記の理由から,不当条項の受け皿規定(一般規定)の要件としては不適切である。
② まず,比較の対象となるxxが存在しない限り,およそ不当条項の一般規定の適用の余地がないようにも読み得る文言である点で不合理である。特に,現代社会では民法典の典型契約には該当しない無名契約と位置付 けざるを得ないような新しい類型の消費者契約が少なからず存在するところ,それらの無名契約の契約条項について,直接に比較できる法規定がないといった形式的な理由だけでおよそ不当条項の一般規定の適用の余地が
ないとすれば,かかる結論は極めて問題である。
③ 学説でも,現行法10条の前段部分については,不文の法理や判例法等,民商法のxx規定以外の重要な法原則も含まれると解釈したり,問題とされる契約条項がなければ消費者に認められていたであろう権利義務関係と問題の契約条項が規定する権利義務関係とを比較して後者が消費者の利益を制限し又は消費者の義務を加重するとはいえない場合には本条は適用されないという当然のことを述べているに過ぎないと解釈したりして,弊害が生じないようなxx解釈をする考え方が多数である。
④ 裁判例においても,いわゆる学納金訴訟に関する最判平成18年11月
27日判時1958号12頁は,在学契約が無名契約であるとしつつ,1
0条の該当性判断において前段要件を欠くとは判示していない。
さらに,いわゆる更新料訴訟に関する最判平成23年7月15日金判1
372号7頁は,10条前段部分について「ここにいう任意規定には,xxの規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である」と判示している。
このように,現行法10条の前段部分については,最高裁判例も,xxの任意規定に限定されないことを明らかにしている。
⑤ ところが,消費者庁逐条解説(第2版)220頁には,上記前段部分について「民法,商法等の法律中の任意規定から乖離している場合」といった上記最高裁判例に抵触する解説が記載されている。この点からも,現行法10条の前段要件には文言上の問題があることが明瞭である。
よって,法規範の明確化という観点から,現行法10条の前段要件については,上記の最高裁判例の判旨を踏まえた文言改正が必要である。
(2) 現行法10条の後段部分の問題点
① 現行法10条の後段部分,すなわち,「民法1条2項の定める基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」という部分は,下記の理由から,消費者契約における不当条項の受け皿規定(一般規定)の要件としては不適切である。
② まず,現行の民法典と消費者契約法では立法趣旨が異なっているのであるから,消費者契約法で無効となりえる契約条項は,現行の民法典におけるxxxや公序良俗によって無効となる契約条項に限定されないはずである。
現に,いわゆる学納金訴訟に関する最判平成18年11月27日判時1
958号12頁は,授業料不返還特約を消費者契約法9条1号に反して無効であるとしつつ,民法90条には反しないと判示している。
さらに,いわゆる更新料訴訟に関する前掲の最高裁判例は,10条後段部分について,当該条項がこの要件に該当するか否かは,「消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮して判断されるべきである」と判示している。
このように現行法10条の後段部分については,最高裁判例も,消費者契約法の趣旨・目的に照らして諸般の事情を総合考慮して判断されるべきであることを明らかにしている。
③ ところが,消費者庁逐条解説(第2版)222頁では,上記後段部分について「xx上『民法第1条第2項に規定する基本原則に反し』と明記していることから,本条に該当し無効とされる条項は,民法のもとにおいても民法第1条第2項の基本原則に反するものとして当該条項に基づく権利の主張が認められないものであり,現在,民法第1条第2項に反しな
いものは本条によっても無効にならない。」といった上記最高裁判例の判旨に抵触する解説が記載されている。この点からも,現行法10条の後段要件には文言上の問題があることが明瞭である。
よって,法規範の明確化という観点から,現行法10条の後段要件についても,上記の最高裁判例の判旨を踏まえた文言修正が必要である。
④ なお,「消費者の利益を一方的に害する」という部分についても,xxxに反して不当に消費者の利益を害する契約条項であっても,一方的に消費者の利益を害しているとまでは言い難い場合には不当条項とならないかのように読める文言であり,消費者の利益と事業者の利益を比較考量して不当条項性を判断するという規範的要件の文言としてはふさわしくないと思われ,やはり文言修正が必要である。
(3) 個別交渉条項の適用除外の是非について
近時の民法改正に関する立法提案の中には,個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項について,これを不当条項規制の対象から外すという選択肢の可能性を示すものもある(債権法改正の基本方針【3.1.1.32】)。
しかし,そもそも事業者と交渉力の格差があることによって消費者に不当条項を押しつけることを防止するために本法の不当条項規制が設けられた趣旨からすれば,個別の交渉を経たとしても消費者契約に不当条項が入れられる可能性は否定できないのであり,かかる適用除外は採用すべきではない。
(4) 中心条項の適用除外の是非について
現行法10条については,契約の目的や対価など契約の中心部分を定める条項(いわゆる中心条項)の不当性が問題になっている場合にも適用されるのかという解釈上の争いがある。
この点について,中心条項に関する問題は,現行法10条の問題ではなく民法90条の問題と考えるべきであるという見解が有力である。消費者庁逐条解説(第2版)220頁も,同条前段要件の文理を根拠として「暴利行為等そもそも民・商法等の任意規定と無関係なものは本条の対象にならない」としている。
しかし,そもそも契約の中心部分と付随的部分が判然と区別できるか否かは疑問である。また,携帯電話の複雑な料金規定の例でも明らかなとおり,現代社会においては,仮に中心部分の契約条項であるという形式的な理由だけで消費者契約法の保護を一切及ぼさないとすれば不合理な事態となってしまう事例が現に存在する。現行法10条の不当条項規制は,中心条項についても及ぶと解釈すべきである(コンメンタール消費者契約法(第2版)18
8頁)。
今般の改正提案では,上記と同趣旨の考え方の下,12条は中心条項にも適用が及ぶとの解釈を前提としている。現行法10条前段要件の削除には,上記のような法解釈に対する文理上の疑義を取り除くという意義も存する。このように,今般の改正試案では,例えば高齢者に対する過量販売を定め た契約条項なども,それが消費者の利益を不当に害する契約条項であると評価できる限り,12条によって無効となりえる。また,上記のような12条
(一般条項)に関する理解をもとに,後述する14条においては,過量販売条項,長期間拘束条項を不当条項リスト(グレーリスト)の一つと位置づけている。
なお,今般の改正提案では,不当条項規制の一般条項である12条が中心条項にも付随的条項にも適用されるという考え方に立った立法提案をしているが,消費者契約の目的や対価などの中心部分の問題は不当条項規制とは別の規定(例えば,公序良俗規範の消費者契約法版など)で対処するといった立法提案の在り方も考えられるところである。
3 改正試案の提案内容
(1) 現行法10条の前段部分の改正提案
① まず,現行法10条の前段部分が有する前述のような問題点を抜本的に解決するためには,前段部分は不当条項規制の成立要件から削除すべきものと考える。
② もっとも,前段部分に記載されている任意規定からの乖離という観点,厳密には,当該規定が存在しない場合の原則的な権利義務状態と比較して消費者の利益を制限したり,消費者の義務を加重している契約条項か否かという観点は,問題となっている契約条項が不当条項か否かを検討するうえで,非常に有益な判断要素の1つであることは確かである。
実際問題としても,前段部分を単純に削除して後段部分のみにした場合には,不当条項性の判断要素に関する記載が全く無い条文となってしまうことから,判断基準が抽象的になりすぎるようにも思われる。
③ そこで,今般の提案では,前段部分を「消費者契約の条項であって,当該条項が存在しない場合と比較して,消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重するもの及び事業者の責任を制限又は免除するものは,不当条項と推定する。」というふうに文言を修正した上で,第2項で不当条項の推定規定として位置付けることとしている。
このような推定規定の考え方は,例えば,xx地判平成18年6月28
日(判例集未登載)も,「消費者契約法が,消費者と事業者との間の情報力・交渉力の格差を前提としていることに鑑みれば,消費者契約において,消費者に対し民・商法上の任意規定に基づく給付義務と比べて過大な負担を負わせる条項が設けられている場合には,消費者が事業者よりも情報量
・交渉力の面で劣位にあるがゆえに,事業者が提供するサービスの対価として均衡を失する過大な給付を強いられたと一応推定される」と判示しているところである。
(2) 現行法10条の後段部分の改正提案
① 現行法10条の後段部分は,要するに,消費者契約法の趣旨・目的に照らして,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮して判断されるべき規範的要件であるから,条文上の要件としては
「消費者の利益を不当に害する契約条項か否か」という判断基準で必要かつ十分である。
② そこで,今般の改正試案の提案内容においては,現行法10条の後段部分について,前述のような問題点の解決のために「民法1条2項の定める基本原則」という文言を削除するとともに,「消費者の利益を一方的に害する」という文言を「消費者の利益を不当に害する」という文言に変更している。
第13条 不当条項とみなす条項
【条文案】
第13条(不当条項とみなす条項)
次に掲げる消費者契約の条項は,不当条項とみなす。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の
不法行為(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の一部を免除する条項
五 消費者契約が有償契約である場合において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には,当該消費者契約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。以下同じ。)に,当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条 項。ただし,次に掲げる場合を除く。
イ 当該消費者契約において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該事業者が瑕疵のない物をもってこれに代える責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合で,当該責任に基づく義務が履行された場合
ロ 当該消費者と当該事業者の委託を受けた他の事業者との間の契約又は当該事業者と他の事業者との間の当該消費者のためにする契約で,当該消費者契約の締結に先立って又はこれと同時に締結されたものにおい て,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該他の事業者が,当該瑕疵により当該消費者に生じた損害を賠償する責任の全部若しくは一部を負い,瑕疵のない物をもってこれに代える責任を負い,又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合で,当該責任に基づく義務が履行された場合
六 損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める消費者契約の条項。ただし,これらを合算した額が,当該消費者契約と同種の消費者契約につき,当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えない部分を除く。
七 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には,それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるものについて,当該超える部分。
八 契約文言の解釈,事業者の消費者に対する権利の発生若しくは行使の要件に関する判断,又は事業者が消費者に対して負担する責任若しくは責任免除に関する判断について事業者のみが行うものとする条項
九 消費者の法令に基づく解除権を認めない条項
十 民法第295条又は第505条に基づく消費者の権利を制限する条項。ただし,民法その他の法令の規定により制限される場合を除く。
十一 事業者が消費者に対して役務の提供を約する契約において,当該消費者の事前の同意なく,事業者が第三者に当該契約上の地位を承継させることができるものとする条項
十二 事業者が契約上,消費者に対して有する債権を第三者に譲渡する場合に,消費者があらかじめ異議をとどめない承諾をするものとする条項
十三 消費者が限度額を定めない根保証契約(一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約をいう。)をする条項
十四 事業者が任意に債務を履行しないことを許容する条項
十五 事業者の債務不履行責任を制限し又は損害賠償額の上限を定めることにより,消費者が契約を締結した目的を達成することができないこととなる条項
十六 民法その他の法令の規定により無効とされることがない限りという旨の文言を付加して,最大限に事業者の権利を拡張し又は事業者の義務を減免することを定める条項
十七 他の法形式を利用して,この法律又は公の秩序若しくは善良の風俗に反する法令の規定の適用を回避する条項。ただし,他の法形式を利用することに合理的な理由があり,かつ,消費者の利益を不当に害しない場合を除く。
【解説】
1 現行法
<第8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)>
1 次に掲げる消費者契約の条項は,無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不
法行為(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の一部を免除する条項
五 消費者契約が有償契約である場合において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には,当該消費者契約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。次項において同じ。)に,当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項
2 前項第五号に掲げる条項については,次に掲げる場合に該当するときは,同項の規定は,適用しない。
一 当該消費者契約において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該事業者が瑕疵のない物をもってこれに代える責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合
二 当該消費者と当該事業者の委託を受けた他の事業者との間の契約又は当該事業者と他の事業者との間の当該消費者のためにする契約で,当該消費者契約の締結に先立って又はこれと同時に締結されたものにおいて,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該他の事業者が,当該瑕疵により当該消費者に生じた損害を賠償する責任の全部若しくは一部を負い,瑕疵のない物をもってこれに代える責任を負い,又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合
<第9条(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)>
次の各号に掲げる消費者契約の条項は,当該各号に定める部分について,無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの
当該超える部分
二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には,それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われ
た額を控除した額に年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの
当該超える部分
2 現行法の問題点と法改正の必要性
(1) 新たな不当条項リストの必要性
① 現行法の不当条項規制の不十分さ
現行法では,10条で包括的な不当条項規制がなされている一方で(いわゆる一般条項),8条及び9条で具体的な不当条項がリストとして規定されている。
しかし,事業者と消費者間では契約の対等性が確保されていないため,両者間の契約において問題視されるべき不当条項は様々な業界において極めて多数多岐に及んでおり(平成19年度不当条項研究会報告書添付の「参考事例集」を参照),法的効力を否定すべき具体的な不当条項は8条及び
9条に規定されている契約条項に限定されるものではない。
また,消費者契約法は,消費者契約にかかる民事ルールの一般法であり,事業者と消費者間でなされる取引に関するxx規範となるべきものであるから,消費者被害の原因となっている契約条項は広く不当条項リストに追加して,その充実に努めるべきである。
そして,不当条項リストを追加することは,問題とすべき条項を具体化することにより当該条項の効力について契約当事者に予見可能性を与え不当条項の削減を促進するものとして,消費者のみならず事業者にとっても有益である。
② 不当条項規制はブラックリストとグレーリストの2種類とすべきこと 不当条項の不当性にも程度がある。すなわち,一定の要件を満たせば他
の要素を考慮するまでもなく当然に無効とされるべき極めて不当性が高い条項(ブラックリスト条項)もあれば,当該条項が不当とされる蓋然性が高くはあるが,他の事情によっては当該条項に合理性が認められる条項(グレーリスト条項)もある。よって,種々の契約条項には不当性の程度に差異があることを端的に肯定し,ブラックリストとグレーリストという両リストをもって不当条項規制を整備すべきである。そして,両リストの具体的条項を充実させることが,上記のとおり消費者及び事業者のそれぞれに契約条項の効力についての予見可能性を与え,不当条項の削除を促進させる意味で有益である。
(2) 現行法9条1号の問題点
① 平均的損害の立証責任
「平均的な損害を超えること」の主張立証責任について,現行法9条1号の文言と,立証責任に関する通説(法律要件分類説)を形式的にあてはめると,「平均的な損害を超えること」について消費者が主張立証責任を負うとの解釈が成り立ちうる。また,最判平成18年11月27日判時1
958号12頁も,消費者である学生が立証責任を負うと判示している。もっとも,事業者に生ずる損害について,消費者が資料を有しているこ
とは通常ありえず,主張立証責任の分配に関する上記の解釈をとった場合,事業者が資料を明らかにしない限り,消費者が「平均的な損害」について主張立証することは事実上困難である。
また,実際問題としても,「平均的な損害」について資料を有しているのは事業者であり,事業者に立証責任を負担させることが妥当かつxxである。
そこで,下級審の裁判例においては,「平均的な損害」の立証責任を事業者に課すものや,消費者が一応の立証を行えば,事実上の推定により,事業者が平均的損害について反証する必要があるとし,運用面において事業者に平均的損害の立証を要求しているものが存在する。前掲の最高裁判例においても,「事実上の推定が働く余地があるとしても,基本的には(中略)学生において主張立証責任を負うもの解すべきである」と判示されており,上記のような問題点を踏まえた運用面への配慮がなされている。
よって,上記の問題については,むしろ端的に事業者に立証責任を課すように現行法9条1号の文言を変更し,立法的な解決を図るべきである。
② 「解除に伴う」という限定の不合理性
現行法9条1号は,消費者契約が解約された場合の損害賠償の予定や違約金を定める条項について,平均的な損害を超えるものを制限する法規範であるが,契約条項において消費者契約の解約そのものを否定した場合,現行法9条1号には該当しないとの解釈がなされるおそれがある。
実際に学納金返還訴訟において,事業者側から,「入学辞退の時点で在学契約は成立していないから,学納金の不返還は契約解除に伴う措置ではない」「入学辞退や退学は,大学の許可により認められるものであり,学生に在学契約の解除権を認めるものではないから,9条1号の適用はない。」等の主張がなされた。また,社会に多く存在する継続的契約において,中途解約自体を禁止することにより,容易に現行法9条1号の適用を回避できるのであれば,同条の趣旨は没却される。
また,レンタルビデオの延滞金の問題をみても,「解除に伴う」損害賠償等ではないとの理由から,現行法10条の問題であると考えられているが,本来は現行法9条1号の趣旨と共通性を有する問題である。
そもそも現行法9条1号の趣旨は,事業者が過大な利得を得ることを禁じ,損害賠償等の規定が消費者に過酷な要求となることを回避することにある。そして,上記のような趣旨は,解除時における損害賠償等の場面に限定する実質的根拠はなく,損害賠償等一般についても同様であると考えられる。
よって,現行法9条1号の「解除に伴う」という限定は,削除することが望ましいと考える。
3 改正試案の提案内容
(1) 現行法8条の不当条項リストの継承(1号~5号)
<文言>
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の一部を免除する条項
五 消費者契約が有償契約である場合において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には,当該消費者契約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。以下同じ。)に,当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条 項。ただし,次に掲げる場合を除く。
イ 当該消費者契約において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該事業者が瑕疵のない物をもってこれに代える責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合で,当該責任に基づく義務が履行された場合
ロ 当該消費者と当該事業者の委託を受けた他の事業者との間の契約又は当該事業者と他の事業者との間の当該消費者のためにする契約で,当該消費者契約の締結に先立って又はこれと同時に締結されたものにおい て,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該他の事業者が,当該瑕疵により当該消費者に生じた損害を賠償する責任の全部若しくは一部を負い,瑕疵のない物をもってこれに代える責任を負い,又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合で,当該責任に基づく義務が履行された場合
<解説>
① 今般の改正提案においては,まず,現行法8条に規定されている5類型のブラックリストを,13条1号~5号として継承している。
すなわち,1号~4号は,債務不履行あるいは不法行為による事業者の損害賠償責任の全部を免除する条項,及び,故意又は重過失による場合の一部を免除する条項を無効とするものである。また,5号は事業者の瑕疵担保責任の全部を免除する条項を無効とするものである。
② ただし,現行法8条1項5号及び2項については,次のような観点から,
2項につき次のとおり改正することを提案している。
現行法8条2項は,同条1項5号に該当する契約条項であっても,同条
2項が定める場合に当たるときは,消費者には救済の手段が残されており,消費者の正当な利益が侵害されているとはいえないため,当該契約条項を無効とはしない旨を定めるものであると説明されている(消費者庁逐条解説(第2版)196頁)。
しかし,代替物給付や瑕疵修補等の同項が定める責任を負うこととされている場合であっても,その履行が適切になされなければ,消費者の救済手段確保の措置がとられているとはいえないのであり,そのような場合には,同条1項5号の適用が除外されることとなってはならない。
現行法の下においても,同条2項が適用される場合を限定する方向が示されているが(コンメンタール消費者契約法(第2版)152頁以下),上記問題点を解消すべく,同項が適用される場合を適切な範囲にxx上明確に限定しておく必要がある。
そこで,今般の改正提案では,「当該責任に基づく義務が履行された場合」にのみ無効としないこととしている。
③ なお,債務不履行あるいは不法行為による事業者の損害賠償責任について軽過失による場合の一部を免除する条項,事業者の瑕疵担保責任につい
て一部を免除する条項,損害賠償責任以外の事業者の契約責任について全部又は一部を免責する条項などは,現行法下においても,8条によって無効にはならないものの,消費者の利益を不当に侵害する契約条項は一般条項である10条によって無効となる。
上記の点を明確にするために,今般の改正提案においては,第14条に別途下記のグレーリストを定めている。
<第14条(不当条項と推定する条項)>
十四 事業者の消費者に対する債務の履行責任,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任,瑕疵担保責任その他の法令上の責任を制限する条項
(2) 現行法9条1号の不当条項リストの継承と改正(6号)
<文言>
六 損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める消費者契約の条項。ただし,これらを合算した額が,当該消費者契約と同種の消費者契約につき,当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えない部分を除く。
<解説>
① 今般の改正提案では,現行法9条1号のブラックリストを,13条6号として継承している。
② ただし,現行法9条1号の前述のような問題点を解消するために,その要件については,ア)「平均的な損害の額」の主張立証責任が事業者に存することをxx上明確にするとともに,イ)「解除に伴う」損害賠償責任に適用範囲を限定する文言を削除している。
(3) 現行法9条2号の不当条項規制の継承(7号)
<文言>
七 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には,それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるものについて,当該超える部分。
<解説>
今般の改正提案では,現行法9条2号のブラックリストを,13条7号と
して継承している。
(4) 新たな不当条項リストの追加(8号~17号)
今般の改正提案においては,下記のような新たなブラックリストを追加し,これを13条8号~17号として列挙している。
① 契約文言の解釈等に関する排他的権利を事業者に認める条項(8号)
<文言>
八 契約文言の解釈,事業者の消費者に対する権利の発生若しくは行使の要件に関する判断,又は事業者が消費者に対して負担する責任若しくは責任免除に関する判断について事業者のみが行うものとする条項
<解説>
契約当事者は自らが合意した契約内容に拘束される反面,合意していない事項については法的拘束を受けない。これは私的自治の原則から当然,消費者にも認められるべき権利義務状態である。ところが消費者の権利義務に関わる契約条項には,契約書の文言の解釈を排他的に事業者に認める条項や,事業者の消費者に対する権利の発生若しくは権利行使の要件についての判断権限を事業者に認める条項や,事業者が消費者に対して負担する責任若しくは責任免除に関する判断権限を事業者に認める条項が存在する。これらの条項を有効とすれば,あたかも契約当事者の一方に一方的な契約内容の決定権を認めるのと事実上,同様の結果になる場合が多く,消費者は自らが合意していない条項に不当に拘束され,その契約上の地位は著しく不安定かつ不利益なものとなる。このような契約条項には合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより無効とすべきである( 平成19年度不当条項研究会報告書4頁参照)。
② 消費者の法定解除権を認めない条項(9号)
<文言>
九 消費者の法令に基づく解除権を認めない条項
<解説>
事業者の債務不履行等を理由とする消費者の解除権は,事業者が債務を履行しない場合に消費者が契約から離脱することを認めるものであり,消費者の契約上の重要な権利である。同解除権を認めない条項は,民法その他の法令上認められた消費者の重要な権利を奪うものであり不当であって現行法においては10条が適用される典型的な場合の一つであるといえる。
しかし,実際には,「いかなる理由があっても契約の解除は一切認めません」といった契約条項等,事業者の債務不履行を理由とする解除権を否定する契約条項が多々見られる。このような消費者の法定解除権を排除する契約条項には合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより無効とすべきである。
③ 消費者の抗弁権を認めない条項(10号)
<文言>
十 消費者の民法第295条又は第505条に基づく消費者の権利を制限する条項。ただし,民法その他の法令の規定により制限される場合を除く。
<解説>
留置権及び相殺権は,いずれも契約当事者にとって担保としての機能を果たす権利であり,契約内容の如何に関かわらず最低限認められる権利である。これらの権利の制限は,どのような内容の契約であっても保障されるべき消費者の最低限の担保権すら奪う条項であるから,法令上制限される場合を除きその合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより無効とすべきである。
④ 役務提供契約における地位の承継に関する条項(11号)
<文言>
十一 事業者が消費者に対して役務の提供を約する契約において,当該消費者の事前の同意なく,事業者が第三者に当該契約上の地位を承継させることができるものとする条項
<解説>
建築請負契約や英会話学校・学習塾といった技芸の教授を内容とする契約において,請負業者が勝手に別の業者に請負人の地位を移転したり,特定の講師の名前で受講生を募集したにもかかわらず学習塾側で勝手に講師を変更したような場合,注文者あるいは受講生は,本来期待していた内容の給付を受けられなくなってしまう。つまり,事業者の作為を内容とする契約については,その作為の内容,質などが当該事業者が誰であるかによって大きく異なり,消費者もその特定の作為の内容,質に着目して契約を締結しているのであるから,このような契約において,消費者の事前の同意なく事業者が一方的に契約上の地位を第三者に移転できるとすると,消費者は不当に不利益を被ることになる。このような条項には合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより
無効とすべきである。
⑤ 債権譲渡と異議を留めない承諾に関する条項(12号)
<文言>
十二 事業者が契約上,消費者に対して有する債権を第三者に譲渡する場合に,消費者があらかじめ異議をとどめない承諾をするものとする条項
<解説>
民法上の債権譲渡については事前承諾が許容されており,かつ単に債権譲渡を承諾する旨の表示をした場合,異議をとどめない承諾(民法468条
1項)となると解されている。
しかしながら,消費者にこのような異議なき承諾を事前に強制する条項については,将来どのような抗弁事由が生じるか全く想定できない契約締結時において,一方的に異議なき承諾を求めている点で合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより無効とすべきである。
⑥ 包括根保証に関する条項(13号)
<文言>
十三 消費者が限度額を定めない根保証契約(一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約をいう。)をする条項
<解説>
保証債務を負担した消費者が支払不能に陥るケースは後を絶たず,特に保証の限度額の定めのない,いわゆる包括根保証人は,保証人の予想を超える過大な保証責任の追及を受けるおそれがある。平成16年法147号民法改正において,根保証についてはその効力が一部制限されたが,被担保債権の種類が限定されており,すべての保証に適用があるわけではなく,また,消費者契約においては,保証人と事業者との間には情報及び交渉力において大きな格差が存在するため,本法1条の趣旨を生かした保証契約の適正化は必須である。従前から裁判例でもxxxを根拠に根保証人の責任の範囲は制限されてきた(大阪高判平成10年1月13日金法1516号38頁,東京地判平成12年9月8日金法1608号47頁,名古屋地判平成16年6月18日判タ1182号219頁,東京地判平成17年1
0月31日金法1767号37頁)。また,上記のような問題を抜本的に解決するためには,民法等において個人保証自体の禁止が検討されるべきであることから,日弁連では個人保証の原則禁止等の抜本的な制度改正を求
めているところである(2012年1月20日「保証制度の抜本的改正を求める意見書」)。もっとも, 今回の提案では, 仮に何らかの理由により個人保証の原則禁止等といった制度改正が容れられない場合においても,少なくとも保証人が過大な責任に陥らないよう,限度額の定めがあることを保証契約の要件とし,限度額の定めのない根保証契約は消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより無効とすることを提案するものである。
⑦ 債務を履行しないことを許容する条項(14号)
<文言>
十四 事業者が任意に債務を履行しないことを許容する条項
<解説>
契約は,契約当事者間で合意した内容に当事者を拘束することをもって契約の目的を達成する法律行為であるから,契約の拘束力を実質的に失わせる条項は契約を締結することと矛盾し契約の有効性と背反する条項である。事業者が任意で商品や役務の提供を履行しないことを許容し,事業者が任意に提供しないことを選択すれば消費者は履行請求できないことになれば,消費者は契約を締結した意味を一方的に失わされることになる。このような条項には合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより無効とすべきである(債権法改正の基本 方針【3.1.1.33】〈ア〉参照)。
⑧ 債務を履行しないことを許容する条項(15号)
<文言>
十五 事業者の債務不履行責任を制限し又は損害賠償額の上限を定めることにより,消費者が契約を締結した目的を達成することができないこととなる条項
<解説>
事業者が債務不履行責任を負うとしてもその責任を低く制限し又は損害賠償額の上限を低く設定すれば,事業者は契約条項に違反しても,さしたる不利益を負わないために事業者は契約の実質的な拘束力から免れ,事業者は低廉な損害賠償金さえ支払えば消費者からの責任追及を不当に免れ得ることになる。このような条項は,上記14号の契約条項と同様,合意により契約を締結しその拘束力により契約目的を達するという契約の趣旨と矛盾するので合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項として,ブラックリストにより無効とすべきである(債権法改正の基本方
針【3.1.1.33】〈イ〉参照)。
⑨ サルベージ条項(16号)
<文言>
十六 民法その他の法令の規定により無効とされることがない限りと留保して,事業者の権利を拡張し又は事業者の義務を減免することを定める条項
<解説>
例えば,事業者の責任減免条項や消費者の権利剥奪条項について「法律上無効とされない限りで当該条項は有効とされる。」等の契約条項が事業者によって定められていることがある(いわゆるサルベージ条項)。このような契約条項は,事業者が強行法規に違反しない限界まで権利を拡張し義務を免れうることを内容としているものであり,仮にかかる契約条項を有効とすれば,事業者は消費者に対して,消費者契約の条項が強行法規によりどこから無効なのかを示すよう迫りうることにもなりかねない。また,結果的に消費者が無効の立証を諦め泣き寝入りしかねない点において,現実的な弊害ないしその危険性が著しい。このような条項には合理性を認め難く,消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストにより無効とすべきである(平成19年度不当条項研究会報告書14頁)。
⑩ 脱法条項(17号)
<文言>
十七 他の法形式を利用して,本法その他公序若しくは良俗に反する法令の規定の適用を回避する条項。ただし,他の法形式を利用することに合理的な理由があり,かつ,消費者の利益を不当に害しない場合を除く。
<解説>
現実社会においては,事業者が契約の法律構成を組み替えたりすることによって,消費者契約法の不当条項規制や民法・特定商取引法等の強行法規を潜脱して消費者の利益を不当に侵害しようとしている場合がある(例
:消費者契約法9条1号の適用を回避するために,継続的役務提供契約を権利売買契約と法律構成する契約条項を定める場合や,継続的役務提供契約の中途解約自体を禁止する契約条項を定める場合など)。このような脱法行為は合理性を認め難く,法的効力を肯定することは社会xxに反する。そこで,このような他の法形式を利用して強行法規の適用を回避しようとする契約条項は,それ自体が消費者の利益を不当に害する契約条項として
として無効である旨を,ブラックリストにおいて明記しておくべきである
(平成19年度不当条項研究会報告書13頁)。
(5) 補足=他の不当条項リストの可能性
① 上記(4)で列挙した以外のブラックリストについても,現実の消費者被害の存否・内容,他の法令の運用状況や比較法的な観点等を踏まえつつ,さらに検討すべき問題である。
② この点,仲裁法附則第3条は,消費者と事業者の間の将来において生じる民事上の紛争を対象とする仲裁合意について,「当分の間」の措置として,消費者が解除することができるとする特例を規定している。
本特例の趣旨は,紛争発生前の仲裁合意においては消費者が仲裁条項の存在を認識していない場合が多いこと,訴権を失うという仲裁合意の効果の重大性等に鑑み,消費者の利益を擁護しようというものである。
仲裁法附則第3条は,「当分の間」として暫定的に定められている特例であるところ,消費者と事業者の間の将来において生じる民事上の紛争を対象とする仲裁合意については,その効果の重大性等からすれば,消費者の利益擁護のためには何らかの手当がされなければならない。そして,その措置としては,消費者契約法において,不当条項リストとして,消費者と事業者の間の将来において生じる民事上の紛争を対象とする仲裁条項を無効とすると定めることが考えられる。
評価検討委員会報告書においても,仲裁法附則第3条の特例を受け,不当条項リストの追加について検討すべきと考えられる条項として,「仲裁条項」が挙げられている(23頁以下)。
③ なお,上記(4)で列挙したブラックリストは,いずれも現行の民法典の規定を前提としたものである。この点,近時の民法改正議論においては,種々の新たな法制度の採用の当否が議論されているが,もし仮に民法典が改正される場合には,新民法典に対応した新たな不当条項リストを追加する必要がある。
例えば,消滅時効について契約当時者の合意により法律の規定と異なる起算点や時効期間を定められるようにすべきであるとの意見がある(債権法改正の基本方針【3.1.1.50】)。消費者保護の観点からは,消費者の債権の消滅時効に関して契約当事者の合意により法律の規定と異なる起算点や時効期間を定めることができるようにすること自体に反対である。しかし,もし仮にかかる制度が許容された場合には,例えば「消費者の事業者に対する債権の時効について,法律の規定よりも時効の起算点を
前倒し又は時効期間を短縮する条項」などは,消費者の地位を著しく不安定にする点で消費者の利益を不当に害する契約条項としてブラックリストに追加し,無効とすべきであると考える(民法改正中間的論点整理に対する意見書236,405頁参照,債権法改正の基本方針【3.1.1.3
5】〈エ〉参照)。
第14条 不当条項と推定する条項
【条文案】
第14条(不当条項と推定する条項)
次に掲げる消費者契約の条項は,不当条項と推定する。
一 消費者の一定の作為又は不作為により,消費者の意思表示がなされたもの又はなされなかったものとみなす条項
二 一定の事実があるときは,事業者の意思表示が消費者に到達したものとみなす条項
三 消費者に対し,事業者の債務の履行に先立って対価の支払を義務づける条項
四 消費者の権利行使又は意思表示について,事業者の同意を要件とする条項,事業者に対価を支払うべきことを定める条項,その他形式又は要件を付加する条項
五 事業者の消費者に対する消費者契約上の債権を被担保債権とする保証契約の締結を当該消費者契約の成立要件とする条項
六 事業者が消費者に対し一方的に予め又は追加的に担保の提供を求めることができるものとする条項
七 事業者の保証人に対する担保保存義務を免除する条項
八 消費者の利益のために定められた期限の利益を喪失させる事由(民法第1
37条各号所定の事由を除く。)を定めた条項
九 事業者に対し,契約上の給付内容又は契約条件を一方的に決定又は変更する権限を付与する条項
十 消費者が通常必要とする程度を超える多量の物品の販売又は役務の提供を行う条項
十一 消費者が通常必要とする程度を超える長期間にわたる継続した物品の販売又は役務の提供を行う条項
十二 事業者が契約の締結又は債務の履行のために使用する第三者の行為につ
いて事業者の責任を制限し又は免除する条項
十三 消費者である保証人が保証債務を履行した場合における主債務者に対する求償権の範囲を制限する条項
十四 事業者の消費者に対する債務の履行責任,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任,瑕疵担保責任その他の法令上の責任を制限する条項
十五 消費者の法令に基づく解除権を制限する条項
十六 事業者のみが消費者契約の解除権を留保する条項
十七 継続的な消費者契約において,消費者の解約権を制限する条項
十八 期間の定めのない継続的な消費者契約において,事業者に対し,解約申し入れにより直ちに消費者契約を終了させる権限を付与する条項
十九 消費者契約が終了した場合に,前払金,授業料などの対価,預り金,担保その他の名目で事業者に給付されたものの全部又は一部を消費者に返還しないことを定める条項
二十 消費者に債務不履行があった場合に,事業者に通常生ずべき損害の金額を超える損害賠償の予定又は違約金を定める条項
二十一 消費者契約が終了した場合に,給付の目的物である商品,権利,役務の対価に相当する額を上回る金員を消費者に請求することができるとする条項
二十二 事業者の証明責任を軽減し,又は消費者の証明責任を加重する条項 二十三 管轄裁判所を事業者の住所地又は営業所所在地に限定する条項,法律
上の管轄と異なる裁判所を専属管轄とする条項その他消費者の裁判を受ける権利を制限する条項
【解説】
1 現行法
規定なし。
2 現行法の問題点と法改正の必要性
現行法には,不当条項とされる蓋然性が高いものの,事情によっては当該条項に合理性が認められるという契約条項に関するリスト(いわゆるグレーリスト)が全く存在しない。
しかし,かかる一定の場合に不当条項となりうる契約条項のリストも,法律関係の明確化や予見可能性の確保という観点から,明定しておく方が望ましい。比較法的には,かかるグレーリストを定めている立法例が少なくない。
3 改正試案の提案内容
今般の改正提案においては,下記のような新たなグレーリストを提案し,1
4条1号~23号として列挙している。
なお,上記のとおり列挙したもの以外のグレーリストについても,現実の消費者被害の存否・内容,他の法令の運用状況や比較法的な観点等を踏まえつつ,さらに検討すべき問題である。
(1) 意思表示の擬制(1号)
<文言>
一 消費者の一定の作為又は不作為により,消費者の意思表示がなされたもの又はなされなかったものとみなす条項
<解説>
意思表示は,通常自己に特定の法律効果が及ぶことを自覚して行われる。もっとも,民法526条2項は,申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としないものとされる場合には,契約は承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立するものとしている。
しかし,意思表示があったとはいい難い,特定の時点における消費者の作為・不作為をもって,承諾の意思表示,権利行使放棄の意思表示等特定の意思表示を擬制する条項が使用されることが少なくない。「(勝手に送りつけた商品の)梱包を開披した場合には購入の意思表示があったものとみなす」などという条項や,「(長期間の役務提供契約について)契約終了の6か月前までに更新拒絶がない場合には,更新拒絶権を放棄したものとみなす」などという条項は,その典型例である。
このような意思表示擬制条項は,その擬制される法律効果の内容如何では,消費者に予期せぬ不利益を与える可能性が高いのであって,消費者の法的地 位を著しく不安定にするものであり,消費者の利益を不当に害する契約条項 である蓋然性が高い。
もっとも,意思表示があったと評価されてもやむを得ない消費者の作為ないし不作為に関する規定も考えられなくないほか,擬制された意思表示を取消す等回避措置が存在する場合等一概に意思表示擬制条項のすべてが不合理であるとも言い切れない。
ただし,消費者契約においては,事業者と消費者との間で情報の質・量並びに交渉力に大きな格差があり,それを是正するためには消費者の証明責任の軽減を図ることが必要かつ有効である。
よって,このような契約条項が消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置づけるのが相当である。
なお,本提案と同趣旨のxxは,ドイツ民法308条5号,韓国約款規制
法第12条1号などにも存在している。
(2) 意思表示の到達の擬制(2号)
<文言>
二 一定の事実があるときは,事業者の意思表示が消費者に到達したものとみなす条項
<解説>
隔地者間における意思表示は,到達主義が原則である(民法97条1項)。表意者が相手方の所在を知ることができない場合等でも公示による意思表示の手続を踏むことで,意思表示を到達させることができる(民法98条)。しかし,上記条項は,公示による方法を経ていないにもかかわらず,意思 表示が到達した場合と同様の法律効果を生じさせるものである。例えば,金銭消費貸借契約書やリース契約書の中には,消費者が住所変更の通知を怠った場合,事業者からの通知が延着又は不送達となっても,事業者は通常到達すべき時に到達したものと擬制できると規定しているものがある。かかる場合,事業者は,公示による方法をとった場合と比較して,時間的,費用的に有利となる反面,消費者としては,些少な落ち度で事業者の意思表示を到達
擬制されることになり,予期せぬ不利益を被る事態となってしまう。
したがって,当該条項は,法的地位を著しく不安定にする点において,消費者の利益を不当に害する契約条項である蓋然性が高い。
もっとも,表意者の意思表示が了知可能な状態に置かれた場合には,現実には了知していなくとも,意思表示が到達したものと認められるのであるから(最判昭和36年4月20日民集15巻4号774頁,最判平成10年6月11日民集52巻4号1034頁),このような場面を具体的に規定する条項などであれば合理性を肯定することができる。
よって,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条 項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該 条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(3) 対価支払の先履行(3号)
<文言>
三 消費者に対し,事業者の債務の履行に先立って対価の支払を義務づける条項
<解説>
民法533条は,有償双務契約における対価的牽連関係を有する債権債務について,同時履行の抗弁権を定めている。これは,契約当事者間のxxを確保するための権利である。また,請負契約では,報酬は仕事の目的物の引渡しと同時履行とされており(民法633条),請負人は報酬受領
に先立って仕事を完成させることが原則である。
しかし,消費者に対して対価支払の先履行を義務付ける条項は,上記のような同時履行の抗弁権や民法上の原則を排除し,事業者からの契約上の給付に先立って消費者に金銭支払義務を課すものであり,事業者から債務の本旨に従った給付を受けられないリスクを全面的に消費者が負わせることとなる点において,消費者に不測の不利益を及ぼすものであり,消費者の利益を不当に害する契約条項である蓋然性が高い。
もっとも,当該契約の性質,先履行が強制される金額の多寡,事業者の債務不履行の危険を消費者が負わない措置の有無等に照らして,先履行が合理性を有する場合も考えられる。
よって,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証すること
で当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(4) 要式や要件の加重(4号)
<文言>
四 消費者の権利行使又は意思表示について,事業者の同意を要件とする条項,事業者に対価を支払うべきことを定める条項,その他形式又は要件を付加する条項
<解説>
法律上,権利行使あるいは意思表示について,要式性が要求される場面ないし時的制限が課される場面は限定的である。
しかしながら,①消費者が法律上の権利を行使するために事業者の同意を要件とし,又は事業者に対し対価を支払うべきことを定める条項,②事業者に対する給付請求権の行使方法を限定する条項,③事業者又は第三者に対する損害賠償その他法定の権利行使方法に制限を課す条項など,消費者の法定の権利行使又は意思表示について,形式又は要件に関する制限を課す条項が用いられることは多い。
例えば,①権利行使に当たって事業者の同意又は事業者への対価支払を定める条項としては,不動産賃貸借契約における更新料支払条項を挙げることが出来る。正当事由がない限り貸主は契約更新を拒絶できないはずであるのに,更新料支払をしないことで契約更新が不可能となるとするのは,消費者の権利を奪う不当なものである。
また,②事業者に対する給付請求権の行使方法を制限する条項としては,保険金の請求,預金の払戻しなど消費者の請求行為に一定の手続が必要とさ
れているものを挙げることが出来る。しかし,これらの手続は,事故の発生,請求者と権利者の同一性などを証明するための方法でしかなく,それらが別の手段,方法で適切に確認できる限り,指定手続違背を理由に消費者の権利を奪うことは不当である。
そのほか,③事業者又は第三者に対する損害賠償その他法定の権利行使方法に制限を課す条項としては,消費者の損害賠償請求権の権利行使期間として極めて短期の期間制限を加えている例がある(標準宅配便運送約款では,荷物の毀損についての荷送人の責任が(荷送人が悪意の場合を除いて)着荷日から2週間以内に通知を発しないと消滅するとされている(同24条1
項)。また,標準旅行業約款では,旅行業者の過失により旅行者の手荷物に関して損害が発生した場合,損害発生の翌日から14日以内(国内)又は2
1日以内(国外)に通知があった場合に限り責任を負うとされている(同2
7条3項など)。しかし,損害賠償請求権がかかる短期間に消滅することは,通常消費者には予測困難である。
加えて,③事業者又は第三者に対する損害賠償その他法定の権利行使方法に制限を課す条項としては,事業者の定める機関による仲裁,あっせん以外の請求方法(訴訟を含む)を禁止する例や,エステティックサロン,ペットショップなど指定病院の診断書がなければ補償請求を認めないとする例もあるが,いずれも消費者の事業者に対する責任追求の手段を極めて制限するか,あるいは事実上奪うことに等しいものとなり不当である。
このように,消費者の事業者に対する権利行使や意思表示の形式又は要件を加重する契約条項は,消費者に予期せぬ不利益を与える危険性が高く,消費者の法的地位を著しく不安定にする。その意味において,消費者の利益を不当に害する不利な契約条項である蓋然性が高い。
もっとも,条項で規定されている一定の様式に従うことの困難性が乏しい場合,特定事項の証明方法として合理的な書類が要求されているに過ぎない場合,契約の性質上必要とされる制約である場合等合理性が存在する場合も想定できる。
よって,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条項であることを推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(5) 契約の成立要件としての保証契約の締結(5号)
<文言>
五 事業者の消費者に対する消費者契約上の債権を被担保債権とする保証契約の締結を当該消費者契約の成立要件とする条項
<解説>
賃貸借契約,入学契約,融資契約などにおいて,保証契約の締結を当該契約の成立要件とする条項は,保証人を立てることが難しい消費者にとって,住居の選択,学校選択,融資元企業の選択といった余地を非常に狭める結果となる。
他方,事業者は,保証人を立てさせる以外の方法により,自己の債権の履行確保が十分に可能な場合もあるところであり,そのような場合に敢えて保証人を立てることを契約の成立要件として要求することは,消費者に著しく酷であり,かつ予期せぬ不利益を与える危険性が高い。そこで,かかる当該条項は,消費者の利益を不当に害する契約条項である蓋然性が高い。そのため,日弁連は,個人保証の原則禁止などを盛り込んだ抜本的な制度改正を求めているところである(2012年1月20日「保証制度の抜本的改正を求める意見書」)。
よって,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(6) 一方的な担保徴求権限(6号)
<文言>
六 事業者が消費者に対し一方的に予め又は追加的に担保の提供を求めることができるものとする条項
<解説>
例えば,銀行取引約定書のうち銀行の一方的な増担保を定めた条項(「債権保全を必要とする相当の事由が生じたときは,請求によって直ちにxxの承認する担保若しくは増担保を差し入れ,または保証人を立て若しくはこれを追加します。」)は,銀行の一方的な判断で主債務者に過大な担保提供義務を課することになるとして問題とされていた。このように事業者が一方的に過剰な担保提供を要求できる条項は,消費者の利益を不当に害する契約条項である蓋然性が高い。
もっとも,事業者として債権保全のために適正な担保要求は認められるべきであるから,当該条項については,消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(7) 担保保存義務の免除(7号)
<文言>
七 事業者の担保保存義務を免除する条項
<解説>
例えば,銀行取引約定書のうち銀行の担保保存義務免除特約を定めた条項(「保証人は,xxがその都合によって担保もしくは他の保証を変更,解除しても免責を主張しません。」)は,少なくとも銀行が故意又は過失によって担保価値を減少させたような場合にまで免除特約の主張を認めるのはおかしいとして,従前より問題があるとされてきた。
民法504条で定められている債権者の担保保存義務を免除することは,法定代位者が享受すべき利益を事実上強制放棄させることになるから,消費者に予期せぬ不利益を与える危険性が高く,当該条項は,消費者の利益を不当に害する契約条項である蓋然性が高い。
もっとも,判例上,民法504条を排除する担保保存義務免除特約は,xxxによりその効力が制限されているとおり(最判昭和48年3月1日金法679号34頁参照),当該条項が合理性を持つ場合も考えられる。
そこで,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(8) 期限の利益喪失事由(8号)
<文言>
八 消費者の利益のために定められた期限の利益を喪失させる事由(民法第137条各号所定の事由を除く。)を定めた条項
<解説>
民法137条に規定されている期限の利益喪失事由については,あらゆる契約に共通する合理的な期限の利益喪失事由であるから,このような事由のみが期限の利益喪失事由として定められている限りは,不当に消費者の権利利益を奪うものとはいえない。
しかし,民法137条各号に規定された事由以外にも,消費者に対する信用不安が増大するとはいえない事由,あるいは期限の利益を喪失させるほどに重大ではない約定違反事由等により期限の利益を喪失する旨が定められていることは少なくない。このような些細な事情をもって期限の利益を喪失するとすれば,全額一括請求という形で消費者に事実上履行できない金額の債務を課す結果となるのであり,それは消費者に過大な予期せぬ
不利益を与えかねない。したがって,このような期限の利益喪失条項は,消費者の利益を不当に害する契約条項である蓋然性が高い。
もっとも,民法第137条各号規定事由以外の事由であっても,期限の利益を喪失させることが合理的であると判断される事由が存在することは否定できない。
そこで,民法第137条各号規定事由以外の事由が期限の利益喪失事由として定められている契約条項については,基本的に消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が期限の利益喪失事由の合理性を主張立証した場合にのみ有効とするグレーリストとするのが適切である。
(9) 給付内容等の一方的な決定ないし変更(9号)
<文言>
九 事業者に対し,契約上の給付内容又は契約条件を一方的に決定又は変更する権限を付与する条項
<解説>
契約当事者は,締結された契約に基づく給付の内容又は契約条件について拘束されるから,新たな合意がない限り一方当事者が片面的にその給付内容等を決定又は変更することはできないのが原則である。
しかし,「弊社が決定する条件で」あるいは「弊社が必要と判断した場合には○○○を変更するものとし」等の条項により,事業者に対してのみ,契約締結後の決定権限又は変更権限が留保されることが少なくない。留保された権限により,事業者は,当初の契約の拘束力を一方的かつ片面的に否定できることになるが,それでは他方当事者である消費者は,契約締結時に予測していなかった不利益を被りかねない。そして,決定又は変更にかかる不利益が契約内容の本質的な部分に関するものであっても,消費者は,当然に拘束されることとなり契約関係からの離脱もできないこととなる。
このような結論を容認する結果となる当該条項は,事業者が契約の拘束力を一方的かつ片面的に否定できることになる点において,消費者の利益を不当に害する契約条項である蓋然性が高い。
ただし,新たな法規制への対処,変化する経済環境への対応等を求められる事業者としては,当該条項の存在により,大量に存在する消費者取引について個別合意を取り付けることなく,新法への適合性が確保でき,あるいは,給付の対価的均衡を保持できる等当該条項の合理性を一律に否定
できない場面も考えられるところである。
よって,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
なお,本条項と同様の規定は,ドイツ民法308条4号,1993年E U指令,韓国約款規制法10条1項等にも存在している。
(10) 過量販売(10号),長期間拘束(11号)
<文言>
十 消費者が通常必要とされる程度分量,回数若しくは期間を超える多量の物品の購入又は役務の提供を行う受けることを許諾する条項
十一 消費者が通常必要とする程度を超える長期間にわたる継続した物品の販売又は役務の提供を行う条項
<解説>
小学校6年分の教材を消費者に一時に販売する契約,賞味期限の短い健康食品を消費者に一時に大量販売する契約など,過量販売による消費者トラブルは非常に多く,後を断たない。また,エステティックサロンや英会話教室などにおける著しく長期間の役務提供契約,新聞購読契約などにおける著しく長期間の継続的な物品販売契約など,継続的な契約の長期間拘束による消費者トラブルについても同様である。
そもそも消費者が日常生活で通常必要として購入・消費する程度の分量,回数,期間を超えたような物品の購入ないし役務の提供を約定内容とした契約などは,経験則上,本来であれば必要ないはずのものである。したがって,上記のような約定内容を定めた契約条項は,消費者の利益不当に害する契約条項である蓋然性が高い。特定商取引法においても,同法7条3号が訪問販売時の過量販売を禁止し,同法9条の2が過量販売解除権を規定している。
しかしながら,一定のまとめ買いを前提として通常よりも単価を安くした物品販売契約や,一定期間の契約継続を前提として通常よりも単価を安くした継続的な商品供給契約や役務提供契約など,合理的なビジネスモデルに基づく契約や,消費者にとってもメリットがある契約も存在するところである。
よって,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで
当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(11) 履行補助者の行為に関する責任の減免(12号)
<文言>
十二 事業者が契約の締結又は債務の履行のために使用する第三者の行為について事業者の責任を制限し又は免除する条項
<解説>
事業者が使用する第三者の行為については,履行補助者に故意・過失が ある場合に事業者の債務不履行責任を負うことは確立した判例法理である。また,報償責任ないし危険責任の法理といった観点から実質的に考えても,事業者が自らの判断により選定した第三者の行為については,事業者が責 任を負うことが合理的かつxxである。
この点,履行補助者の行為に関する事業者の責任を制限し又は免責を認める契約条項は,事業者が自らの判断により選定した第三者を使用するリスクを消費者に転嫁するものであり,消費者の利益不当に害する契約条項である蓋然性が高い。
よって,このような契約条項については,消費者の利益を不当に害する条項であると推定した上で,事業者が当該条項の合理性を反証することで当該条項が有効となる場合があるグレーリストとして位置付けるのが相当である。
(12) 保証人の求償請求権の制限(13号)
<文言>
十三 消費者である保証人が保証債務を履行した場合における主債務者に対する求償権の範囲を制限する条項
<解説>
保証人が保証債務を履行した場合,主債務者に対する求償権を行使することができるのが原則である。
しかし,上記条項はこれを制約するものであり,例えば,銀行取引約定書後書のうち保証人の求償権の行使を制限する条項などを指摘することができる。当該条項では,「保証人が保証債務を履行した場合,代位によってxxから取得した権利は,本人とxxとの取引継続中は,xxの同意がなければこれを行使しません。もしxxの請求があれば,その権利又は順位をxxに無償で譲渡します。」と規定されており,求償権行使を制約することから,保証人の利益保護の観点から問題が指摘されてきた。この