Contract
「消費者契約法に関する調査作業チーム」論点整理の報告
平成 25 年 8 月消費者委員会
本報告は、消費者契約法に関する調査作業チームにおいて、平成 23 年 12 月から平成 25 年 5 月までの期間にわたり討議した結果についてまとめたものである。
目 次
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第 1 章 報告書の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2第 2 章 契約締結過程(広告)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8第 2 章-1. 誤認類型(+広告)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 第 2 章-2. 困惑類型・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 第 2 章-3. 取消しの効果、第三者の関与など・・・・・・・・・・・・・・20 第 2 章-4. インターネット取引における現状と課題(広告について)・・・・24 第 3 章 約款規制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41第 4 章 不招請勧誘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49第 5 章 適合性原則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56第 6 章 不当条項リストの補完・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・67第 7 章 不当条項規制に関する一般条項・・・・・・・・・・・・・・・・・95第 8 章 消費者公序規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・102第 9 章 各論・各種契約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・109第 10 章 継続的契約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・124第 11 章 消費者信用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・129第 12 章 人的・物的適用範囲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・144
<参考①>適合性原則に関する学説について・・・・・・・・・・・・・・・163
<参考②>ヨーロッパにおける消費者概念の動向・・・・・・・・・・・・・165
<参考③>国際消費者契約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・181
消費者契約法に関する調査作業チーム 討議経過・・・・・・・・・・・・・191消費者契約法に関する調査作業チーム メンバー名簿・・・・・・・・・・・192
【資料編】
参考資料 1 消費者契約法条文(抜粋)・・・・・・・・・・・・・・・・・・195参考資料 2 消費者契約法に関するこれまでの経緯・・・・・・・・・・・・200参考資料 3 消費者契約法に関する裁判例等の概況・・・・・・・・・・・・205参考資料 4 民法(債権関係)の改正に関する消費者契約関連の状況・・・・216参考資料 5 日弁連 消費者契約法改正試案・・・・・・・・・・・・・・・247参考資料 6 比較法条文一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・257
空頁
消費者契約法が平成 13 年 4 月に施行されてから、今年で 12 年が経過しました。これまで、同法は消費者取引の適正化に一定程度貢献してきておりますが、相談や裁判事例が集積され、その課題も指摘されてきております。平成 18 年には適格消費者団体による差止訴訟に関する手続規定が整備されましたが、実体法部分は制定当初のままとなっています。
平成 17 年 4 月に閣議決定された第 1 期消費者基本計画では、消費者契約法の見直
しが明記され、平成 22 年 3 月に閣議決定された第 2 期消費者基本計画でも、同法を
「民法(債権関係)改正の議論と連携して検討」すべきものとされています。
これを受け、第 1 次消費者委員会では、平成 23 年 8 月 26 日に取りまとめた「消費 者契約法の改正に向けた検討についての提言」において、民法(債権関係)改正の議 論と連携しつつ、早急に消費者契約法の改正の検討作業に着手することを求めました。また、第 2 次消費者委員会では、消費者庁における検討作業の進展に合わせて本格的 な調査審議を行いうる体制が整うまでの間、論点の整理や選択肢の検討等の事前準備 を行うための「消費者契約法に関する調査作業チーム」を平成 23 年 12 月に設置し、平成 25 年 5 月までの間、毎月討議を重ねてきました(計 17 回)。
本報告書は、この1年半にわたる討議を踏まえ、チームメンバーの有識者が、各論点の整理を中心に取りまとめたものです。
今後、本報告書をもとに事業者や消費者団体等も含め幅広い方からご意見をいただき、消費者契約法改正の本格的な検討に入る足掛かりとなりましたら幸いです。
最後に、本報告書制作にあたり、多大なる御協力をいただきました皆さまに心より感謝申し上げます。
消費者委員会の活動に、今後とも御支援・御協力賜りますようよろしくお願い申し上げます。
平成 25 年 8 月
内閣府消費者委員会委員長 河上 正二
第1章 報告書の概要
(文責) 河上正二消費者委員会委員長
1.はじめに
今回の報告書は、消費者契約法の実体法部分の見直しに向けた理論的分析が中心となっているが、従来の検討や実態調査等の成果にも配慮しつつとりまとめたもので、今後の改正への本格的審議のたたき台となることを期している。以下、今後検討されるべき課題として摘示されたものの要点のみ紹介する。
2.前提問題
まず、検討の前提として、民法(債権関係)改正と消費者契約法の関係、人的・物的適用範囲の問題、約款規制との関係について述べる。
(1)民法(債権法部分)改正との関係
本報告は、基本的には、民法(債権関係)改正の動向いかんに関わらず、現行法を前提に消費者契約法における規律として、どのような規律が全体として望ましいかを考える形で検討している。もっとも、民法典が、事業者法的配慮の下で修正される可能性がある場合には、消費者取引において留保すべき具体的規律を検討することとした。さしあたり、民法典には、中間試案で示されたような、民法と消費者契約法の諸規定を連結する上での源泉となる一般規定があることが望ましいのではないかとの意見がある。
(2)人的・物的適用範囲<第 12 章関連>
我が国における現状と諸外国における議論動向に加え、消費者契約法は消費者保護関連諸法との関係において受皿的な機能が期待されているとの立法趣旨に鑑みると、「消費者」概念の相対性の承認、概念の弾力化、ないし中間概念の創設も視野に入れて検討してはどうか。また、その延長線上の検討課題として、消費者契約法の適用範囲を消費者取消権と不当条項規制とを一括して考えられてきた適用範囲について、領域毎の適用範囲を考える可能性についても検討してはどうか。とくに、投資取引、不動産取引を含めるべきであり、これが重要な立法事実であるという点を考慮する必要があるのではないかとの意見がある。
(3)「約款規制」について<第 3 章関連>
約款の有する隠蔽効果がもたらす当事者意思の希薄化と合意による正当性保障の欠如に対して、何らかの手当が必要との認識は共有されている。約款問題は、消費者契約に限られない問題を含んでおり、少なくとも通則的規定は民法典に規定されるとしても、個別の補完が必要な場面では消費者契約法に規律を設けることが望ましく、その点についてさらに検討すべきではないかとされ、報告書では、①約款が契約内容となるためのいわゆる組入れの要件および効果を定める規定を設けることを検討してはどうか、②「不意打ち条項」については契約内容として効力を有しないとする規定を設けることを検討してはどうか、③約款中の条項や実質交渉を経ていない条項の解釈準則について、消費者の合理的な期待や理解の扱いを定める規定を設けることを検討してはどうか、④契約条項の定め方について、消費者契約法 3 条 1 項を改め、努力義務ではなく義務とする規定を設けることを検討してはどうか、といった具体的提案がある。
3.契約締結過程の規律
(1)契約締結過程(広告・表示・勧誘行為など)<第 2 章関係>
a.誤認類型(+広告)
契約締結過程に関するいる規律のうち、現在、不実告知、断定的判断の提供、不利益事実の不告知、情報提供努力義務として規定されている事項を中心に、現行法上の不適当な制限的要件や制限的解釈をあらため、消費者・事業者間に構造的な情報格差を前提に意思表示の瑕疵の拡張理論を具体化する形で取消規定を手当てするという本来の立法コンセプトに合致するよう取消要件を再構成することが求められる。また、情報提供義務違反については、努力義務という形ではなく、法的義務として消費者契約法に明確化し、損害賠償責任規定などを導入することが考えられる。
具体的には、①法4条1項2項)における「勧誘」要件を削除し、広告を含めることを検討してはどうか、②不実告知の対象となる重要事項を狭く限定する(法4条4項1号2号の列挙事由を厳格に解釈して限定する)必要はなく、「消費者の当該契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」について、契約締結の過程において事業者が不実告知をし、消費者が事実を誤認し、この誤認に基づき契約をした場合に取消しを認めることを検討してはどうか、③断定的判断の提供型(法4条1項2号)について、財産上の利得にかかわらない事項についての断定的判断の提供にも適用が可能であることを明確化することを検討してはどうか、といった検討課題があるほか、効果として、取消規定のほか情報提供義務違反に対する損害賠償責任規定を導入し、因果関係や損害額の推定規定を置くなどして、民法の損害賠償規定の具体化を検討してはどうか、が提案されている。さらに、法律の作り方として、まず、事業者の行為規範として不適切な情報提供や重要情報の不提供に該当する行為類型を列挙したうえで、取消・損害賠償・差止という効果別に付加的要件も含めて規定するという編纂方式を採用する可能性を検討してはどうか、といった課題がある。
b.困惑類型
困惑類型に関しては、現在、不退去および退去妨害による困惑として規定されている事項を中心に、現行法の限界が明らかであり、同条に関する立法コンセプトをさらに推し進める方向で、より広い場面を対象とできるように要件を改め、あるいは、新たな類型の追加するべく、次のような具体的提案がある。
① 現行の消費者契約法が規定する「不退去」「退去妨害」以外の類型を設けること、例えば、執拗な勧誘行為、契約目的を隠匿した接近行為などを検討してはどうか。② 従来型の困惑類型と上記の類型を包含する上位概念として、「意に反する勧誘の継続」と
「それによる困惑」を掲げ、その具体的な類型として、従来の不退去・退去妨害型や執拗な勧誘行為等を例示として示すということも検討してはどうか。③ 困惑類型の延長線上の問題として、民法の暴利行為規定とは別に、状況の濫用を理由とする取消しの規定を設けることを検討してはどうか。⑤ 困惑類型またはその延長線上に存する不当な勧誘行為について、取消しという効果だけではなく、損害賠償責任規定を導入してはどうか。その際、因果関係や損害額の推定規定を置くなどして、民法の損害賠償規定の具体化と立証責任の転換等を図ることが考えられる。
c.取消しの効果、法定追認など
取消しの効果、取消期間、法定追認、契約締結過程における第三者の関与については、解釈上の疑義があることや、現行法による解決には限界があることが、しばしば指摘されており、改正による説得的な解決を提供することが提案されている。
d.インターネット取引について(特に広告関連)
インターネット広告については、ターゲティング広告の発達など広告が消費者の意思形成に働きかける影響力が大きく、また,事業者からみてもその対応は個別の「勧誘」と異にする合理的な理由は見いだせない。しかし、現行法においては、インターネット広告に関する不当な表示については専ら景品表示法等に基づく行為規制が課せられているにとどまり、インターネット広告の不当な表示に起因する契約被害に対応する民事規定を欠く状況にある。そこで、消費者契約法4条の取消しの対象となる事業者の行為として,「インターネット広告」も含める方向で検討してはどうかとの提案がある。
(2)不招請勧誘<第 4 章関連>
消費者契約一般を対象に、不招請勧誘禁止そのものについて単独での実体法規範を考えるよりは、不当勧誘に関する一般条項(受皿規定)を置くこととしたうえで、その解釈・適用にあたっての一考慮要素とするのが、立法の早期実現という観点からは望ましいのではないか。また、不招請勧誘独自の実体法規範を定める方向についても、困惑取消類型の拡張という議論、損害賠償義務をもたらす不当勧誘行為規制といった議論も踏まえつつ、引き続き検討が必要である。
(3)適合性原則<第 5 章関連>
適合性原則は、もともとは投資サービス領域における業者ルールである。それを著しく逸脱した勧誘行為は不法行為法上の違法性を基礎づけるとする、民事効へと架橋する判例法理は確立しているものの、裁判実務においては極めて限定的にしか機能していないとされている。適合性原則に関する消費者被害の相談は多く寄せられているほか、高齢社会における消費者法のあり方として、適合性原則の立法化のニーズが高まっているということができる。過量販売、過剰与信等に関する特別規定など、適合性原則に密接に関連する法理は立法化されているところであるが、それらによる対応可能性とその限界等を見極めながら、適合性原則の立法化の必要性について、引き続き検討していくのが適切である。
4.契約内容の適正化
(1)不当条項リストの補完<第 6 章関連>
評価余地のないブラック・リストのほか、評価余地のあるグレイ・リストの存在は、消費者相談の現場での判断の指針となるだけでなく、契約条件を策定する際の指針として、事業者にとってもメリットがあることに鑑み、リストの補完・充実が検討されるべきではないか。
EU、韓国などでのリストに比して我が国のリストがきわめて貧弱であることは否めず、グローバルスタンダードに近づけることが必要である。この点、現実の発生しているトラブルにも配慮しつつ、リストの策定が検討されるべきではないか。なお、立法事実にこだわることによる「後追い」のデメリットに鑑み、危険性の予見できる条項は積極的にリスト化することが望ましい。
リストの文言については、学説でも指摘されているように、グローバル・スタンダードに合わせて、民法の条文程度か、これをやや具体化した程度の抽象度とすることが考えられる。
なお、学説、実務による消費者契約法改正提案の中には、過量販売に関する条項など、契約の目的物・対価そのものに関する条項をリスト化するものがある。例えば、「消費者に過量な又は不相当に長期にわたる物品又は役務を購入させる条項」をリストの候補として掲げる提案が見られる。これらの中心条項についての規制の可否については、消費者契約法 10 条の見直しにあたって再度検討する必要があるが、仮に規制するとしてこれらの条項をリスト化することの是非も問題となろう。つまり、不当条項リストに列挙するという形以外の方法、例えば、「消費者公序規定」による対応などもふまえて、検討する必要がある。
(2)不当条項に関する「一般条項」<第 7 章関連>
現行 10 条の表現については、見直しが必要ではないか。とくに、消費者契約法第 10 条前段要件は、「当該条項がない場合と比較して」といった文言に修正してはどうか。消費者契約法第 10 条後段要件については、「消費者の利益を一方的に害する」を維持するが、「信義則に反して」という要件については削除を検討してはどうか、といった意見もある。また、「消費者の利益を一方的に害する」か否かの判断要素を列挙すべきか、仮に列挙する場合にいかなる要素を考慮すべきかについては検討する必要がある。
なお、対価そのものへの介入は、原則として開示規制の手法によることが望ましいが、民法の暴利行為論に関する規律の在り方にも配慮しつつ、競争の期待できない局面では、消費者契約にとって有用な規律やセーフティネットとなる規律が模索されるべきではないか。また、消費者契約においては個別な交渉を経ているか否かは消費者契約では問わない方向で考えてはどうか。
不当条項規制の効果については、原則として全部無効とし、例外的に一部無効となりうるものを定めることを明文化してはどうか、が提案されている。
5.消費者公序規定<第 8 章関連>
従来の消費者契約法は、契約締結過程における不当勧誘行為規制と契約条項の内容に関する不当条項規制という二元的構成であったが、このような二元的構成だけでは不当な契約を十分に補足できない局面があり、契約締結過程と条項内容を融合した、新たな法規制のカテゴリーの創設を検討する必要がある。 そこで、対価に直接かかわる条項や、次々販売・過量販売に効果的に対処するには、無効とすべき不当条項の客観的評価にかかわる一般条項のほか、契約締結過程での問題と条項の不当性を総合して(合わせて一本)、契約の一部もしくは全部を無効化する「一般条項」の策定が検討されるべきではないか(客観的評価基準を超えた個別事情への配慮が可能となるような、一般条項として、民法 90 条の具体化したものが考えられないか、が提案されている。
6.各種契約について<第 9 章関連>
消費者契約法に、契約類型に即した規定を置くことについて検討することが必要である。この点については、現在進行中の民法(債権関係)改正との関係も問題となるが、現時点では、民法中に、各種の契約に即して消費者契約に関する具体的な特則を置くことになる可能性は高くない。そこで、あらためて消費者契約法において、このような各論的な規定を導入することの是非について検討する必要性は高いのではないか。特に消費者売買に関する一群の規律を設けることが検討されてよい、との意見がある。現在の消費者契約法では、契約締結過程および契約内容の規制に関する規定はあるが、契約の履行過程や不
履行における消費者の救済手段について、売買に即して基本的な規律を明らかにしておくことには意味があるからである。
7.継続的契約<第 10 章関連>
契約の継続性ゆえに強まる特徴として、①周辺事情の変化や当事者の状況変化が生じやすい、②既履行部分と未履行部分、あるいは不履行部分とそれ以外の部分との区別が生じるということを挙げることができる。そして、このような特徴があることに伴い、
1)消費者の長期拘束・消費者からの任意の中途解除と効果をめぐる問題、2)事情変更や事業者の債務不履行に対する消費者からの解除要件と効果をめぐる問題、3)事業者からの解除の可否をめぐる問題、4)契約内容・条件の変更をめぐる問題が生じている。このような問題に対処するため、継続的消費者契約の特徴に鑑みた法規定の手当てを行うことが考えられる。具体的には、継続的消費者契約における消費者の中途解除権
(任意法規)の導入、事情変更発生時の事業者の誠実対応義務等を検討してはどうかと
の提案がある。この問題の一部は、 不相当に長期の拘束期間、不相当に長い告知期間、更新拒絶要件の加重、事業者の解除権留保・解除要件の緩和、一方的契約条件の変更などに対応する法規定は、不当条項規制のグレイリストの導入問題とも検討が必要である。
8.消費者信用<第 11 章関連>
2 当事者間の取引に加えて、複合的な取引関係において消費者の利益を守るための規律が必要ではないかと考えられ、この点についての規律を検討すべきではないか。とりわけ、消費者信用が組み込まれた場合の 3 面関係については具体的な手当が必要ではないか、との問題意識から、いわゆる「抗弁の接続」の考え方の消費者信用一般への拡張の可能性についても具体的条文案を含む提案がある。
なお、我が国において、決済をいかなる法律でどのように規律するのかについては、民法
(債権関係)改正中間試案において審議中であり、なお立法政策の方向性が定まっているとはいえない。債権法改正において決済に関する法が規律されない場合は、ア)決済に係る特別法の中で消費者取引における決済に係る特別な規律を置くこと、及び、イ)消費者契約法の中で物・役務の対価の支払いという観点から規律することが考えられる。債権法改正の中で、中間試案で立法提案がされている「三面更改」の規定が導入される場合は、原則として抗弁の切断が定められることになるので、消費者契約法において補完的ルールを置いた上で、個別の決済手段と消費者取引の結びつきをふまえたルールについて、割賦販売法・資金決済法など特別法によって規律することも考えられる。
9.その他
抵触規定(渉外消費者契約における準拠法など)
基本的には「通則法」に委ねるべき問題とも言えるが、問題の重要性、消費者契約に関する規律の一覧性に鑑みると、消費者契約法において明文化することが望ましいとも考えられ、この点について更に検討すべきではないか。また、渉外消費者取引の拡大に鑑み、国際的調和・共通ルールの策定に向けた努力が必要ではないか。
現行法と本報告書の論点の関係 内閣府消費者委員会事務局作成
消費者契約法
調査作業チーム報告書
〇目的規定(1条) 〇「人的・物的適用範囲」【第 12 章】
〇消費者/事業者/消費者契約の定義(2条)
〇「契約締結過程<誤認類型(+広告)>」
【第2章-1】
〇事業者・消費者の努力義務(3条)
取消権
不当勧誘に関する規定
〇「不招請勧誘」【第4章】
〇「消費者公序規定」【第8章】
〇「適合性原則」【第5章】
消費者契約についての「勧誘をするに際し」
〇「契約締結過程<誤認類型(+広告)>」
〇不実告知(法4条1項1号)
⇒ 対象:「重要事項」(4項)
〇断定的判断提供(2号)
誤認類型
【第2章-1】
〇「インターネット取引」【第2章-4】
⇒対象「将来における変動が不確実な事項」
〇故意の不利益事実不告知(2項)
⇒対象:[利益告知]重要事項・関連する事項/
困惑類型
[不利益事実]重要事項
〇「契約締結過程<誤認類型(+広告)>」
【第2章-1】
〇「契約締結過程<困惑類型>【第2章-2】
〇不退去・退去妨害(監禁)(3項)
〇媒介の委託を受けた第三者(5条)
〇取消権の行使期間(7条)
*追認できる時から6か月/契約締結から5年間
不当条項規制
〇事業者の損害賠償責任免除条項の無効(8条)
〇消費者が支払う損害賠償額予定条項の無効(9条)
〇消費者の利益を一方的に害する条項の無効(10条)
〇「契約締結過程〈取消しの効果、第三者の関与〉」
【第2章-3】
〇「インターネット取引」【第2章-4】
〇「契約締結過程〈取消しの効果、第三者の関与〉」
【第2章-3】
〇「消費者公序規定」【第8章】
〇「不当条項リストの補完」【第6章】
〇「約款規制」【第3章】
〇「インターネット取引」【第2章-4】
〇「不当条項規制に関する一般条項」【第7章】
〇「消費者信用」【第 11 章】
※その他
(消費者契約法の規定とは必ずしも関連しない事項)
〇「各論・各種契約」【第9章】
〇「継続的契約」【第 10 章】
第2章 契約締結過程(広告)第2章-1.誤認類型(+広告)
担当:丸山絵美子(名古屋大学教授)
1.論点
① 誤認類型(消費者契約法〔以下、「法」という〕4 条 1 項 2 項)における「勧誘」要件を削除することを検討してはどうか。「勧誘」要件については広告などを含まないという制限的な解釈が存在するものの、このような解釈に合理的な理由はなく、事業者の行為が消費者の意思形成に影響を与えたかどうかが重要だからである。
② 不実告知型(法 4 条 1 項 1 号)は、事業者が積極的に虚偽の情報を提供する場合で
あり、不実告知の対象となる重要事項を狭く限定する(法 4 条 4 項 1 号 2 号の列挙事由を厳格に解釈して限定する)必要はない。「消費者の当該契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」について、契約締結の過程において事業者が不実告知をし、消費者が事実を誤認し、この誤認に基づき契約をした場合に取消しを認めることを検討してはどうか。
③ 断定的判断の提供型(法 4 条 1 項 2 号)について、財産上の利得にかかわらない事項についての断定的判断の提供にも適用が可能であることを明確化することを検討してはどうか。また、断定的判断の提供類型を設定することの意義については議論があるため、不実告知型・不利益事実不告知型・断定的判断の提供型の相互の関係、および三類型を設定することの意義について詳細に検討してはどうか。
④ 不利益事実の不告知型(法 4 条 2 項)について、法 4 条 4 項 1 号 2 号の列挙事由に該当する事項の情報不提供がある場合には、事業者の故意・過失を要件に、利益告知の先行を問わずに、当該情報の提供があれば契約しなかった消費者に取消しを認めることを検討してはどうか。また、利益告知の先行と故意の事実不告知を要件とする場合には、事業者の積極的な行為があった場合に等しいので、重要事項を列挙事由のみに限定する必要はなく、重要事項を「消費者の当該契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」とすることを検討してはどうか。
⑤ 取消規定のほか情報提供義務違反に対する損害賠償責任規定を導入し、因果関係や損害額の推定規定を置くなどして、民法の損害賠償規定の具体化を図るとともに、訴訟上の情報格差を埋めるような手当てを検討してはどうか。
⑥ 法律の作り方として、まず、事業者の行為規範として不適切な情報提供や重要情報の不提供に該当する行為類型を列挙したうえで、取消・損害賠償・差止という効果別に付加的要件も含めて規定するという編纂方式を採用する可能性を検討してはどうか。
⑦ 広告は、1)迷惑メールなど迷惑勧誘行為(招請の訪問・電話・ポスティングなども含まれる)の一つとして、禁止行為の違反などを民事効に結びつける可能性、2)消費者契約法 4 条の「勧誘」の解釈に広告などを含める方向での対応(①参照)、3)わかりにくい Web 広告やリンクなど約款における開示や不明瞭条項への対応、4)広告の契
約内容化と事業者の債務不履行の認定問題などを明確化する必要性といった問題と結びついている。広告が消費者契約法においていかに扱われるべきかについては、関連する各論的な報告の中で検討してはどうか。
<提案の趣旨>
本報告では、消費者契約法の契約締結過程に関する規律のうち、現在、不実告知(法 4 条 1 項 1 号)、断定的判断の提供(法 4 条 1 項 2 号)、不利益事実の不告知(法 4 条
2 項)、そして情報提供努力義務(法 3 条 1 項)として規定されている事項を中心に、現行法において合理的な理由なく置かれている制限的要件や制限的解釈を排し、また、消費者・事業者間の構造的な情報格差を前提に意思表示の瑕疵の拡張理論を具体化す る形で取消規定を手当てするという本来の立法コンセプトに合致するように取消要 件を再構成することを提案している。また、情報提供義務違反について努力義務とい う形ではなく、法的義務として消費者契約法に明確化し、損害賠償責任規定などを導 入することを提案している。
2.その背景・立法的対処の必要性
① 勧誘(法 4 条 1 項 2 項)
現在、消費者契約法にいう不実告知、断定的判断の提供、故意の不利益事実の不告知及び特定商取引に関する法律(以下、「特商法」という)の不実告知、故意の事実不告知は、契約締結の「勧誘」をするに際して行われることを要件としている。この勧誘要件について、消費者庁解説は、不特定・多数に向けられた広告・パンフレット等は勧誘に含まれないという解説を行っている(消費者庁企画課編『逐条解説 消費者契約法〔第 2 版〕』(商事法務、2010 年)108 頁)。しかし、学説では、広告・パンフレット等も消費者の意思形成に働きかけるものであり、広告等に不実告知があっても勧誘行為がない以上、不実告知取消の対象とならないとするような解釈には疑問が呈されている(池本誠司「不実の告知と断定的判断の提供」法セミ 549
号 19 頁以下、山本豊「消費者契約法(2)」法教 242 号 89 頁等多数)。実際、裁判例も、広告・パンフレットの記載を考慮して不実告知等による誤認に基づく契約と言えるか判断しており(京都簡判平成 14・10・30[仲裁センターパンフ]、東京地判平成 17・11・8[パチンコ攻略法広告]など)、広告・パンフレットは勧誘には該当しないという形で考慮の対象外とするような判決はみられない。このことから、立法論として勧誘要件を削除するという提案はすでに存在する(山本敬三「消費者契約法における締結過程の規制に関する現状と立法課題―不実告知・不利益事実の不告知・断定的判断の提供・情報提供義務を中心として」消費者庁『平成 23 年度 消費者契約法(実体法部分)の運用状況に関する調査結果報告』(平成 24 年 6 月)19 頁)。なお、広告・表示が不当でも、契約締結に至るまでに是正されることもあるとして勧誘要件の削除や拡大解釈に慎重な姿勢を示す指摘もある(国民生活審議会消費者政策部会消費者契約法評価検討委員会『消費者契約法の評価及び論点の検討等について』(平成 19 年 8 月)11 頁)。しかし、いったん不実告知が行われ、契約成立までに誤認が是正される場合は、誤認の存在や因果関係の問題として適切に考慮される
ので、勧誘要件について限定的な解釈をする理由とはならない。
② 不実告知(法 4 条 1 項 1 号)
消費者庁解説は、法 4 条 4 項 1 号 2 号にいう重要事項について厳格な解釈を示しているが、学説からは疑問が提起されている(沖野眞己「契約締結過程の規律と意思表示論」『消費者契約法―立法への課題〔別冊 NBL54 号〕』39 頁、池本・前掲注 2) 20 頁、山本敬三「消費者契約法の意義と民法の課題」民商 123 巻 4=5 号 513 頁、
道垣内弘人「消費者契約法と情報提供義務」ジュリ 1200 号 51 頁以下等多数)。不実告知取消権の基礎にある考え方は事業者が積極的な行為によって消費者を誤認させた以上は、取り消されてもやむを得ないというものである。したがって、消費者の契約締結の判断に通常影響を及ぼすべき事項について不実告知が行われれば取消しが認められてよく、法 4 条 4 項 1 号 2 号を例示と解釈する見解、あるいは列挙事項の「用途」「その他の内容」などを拡張的に解釈して対応する見解などが主張されている。判決においても、契約締結の必要性に関わる事情など厳密には法 4 条 4 項 1
号 2 号の列挙事項に該当しないものについても重要事項についての不実告知取消を認める傾向にある。たとえば、電話機リースにおける「従前の電話機が使えない」という告知(神戸簡判平成 16・6・25 WLJPCA06256001)、床下換気扇販売における
「家が危ない」という告知(東京地判平成 17・3・10 WLJPCA03100009)、進学塾における「合格率 97.5%」「創立 34 年」という宣伝(高松地判平成 20・9・26 消費者法ニュース 80 号 29 頁)などについて取消しが認められている。そして、特商法の不実告知取消規定は、すでに、契約締結の判断に通常影響を及ぼす事項を重要事項としている(特商法 9 条の 3、6 条 1 項 6 号 7 号など参照)。
消費者相談の事例をみると、「地震が来たら家が倒れる」(耐震補強工事契約)、「水道水は危ない」(浄水器販売契約)、「毛根組織が死んでいるので、自分の毛が生えることは望めない」(かつら販売契約)、「減税になる」(保険契約)、「管理組合からの依頼」(カビ防止サービス)など消費者契約法 4 条 4 項 1 号 2 号に該当しない事項に関する不実告知の例は相当数存在し、明確な条文改正による対応が必要な状況と言える。
ところで、民法改正において、民法 95 条の錯誤規定の改正が議論されており、中間試案の内容によれば、相手方が事実と異なることを表示したため、目的物の性質、状態その他意思表示の前提となる事項に錯誤生じた場合について、当該錯誤がなければ表意者はその意思表示をせず、かつ、通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは、表意者は意思表示を取り消すことができるとする規定が提案されている。これまでの錯誤に関する判例理論の具体化として提案されている規定ではあるが、民法の錯誤と比較して消費者契約法の不実告知に特有の領域はどこなのかを具体的かつ明確に議論する必要があろう(『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』参照)。
③ 断定的判断の提供(法 4 条 1 項 2 号)
消費者庁解説によれば、法 4 条 1 項 2 号にいう「将来における変動が不確実な事項」とは、財産上の利得を得るか否かを見通すことが契約の性質上そもそも困難である事項であると説明されている。そして、裁判例は、「変動」要件を厳格に解釈す
ることはしないが、投資取引、パチンコ攻略法に関する紛争が圧倒的に多く、その他も内職商法など財産上の利得にかかわる事例を適用対象とし、かつ明確に断定が行われている事例でのみ、法 4 条 1 項 2 号の適用を認める傾向にある。相談例にみられる、エステサロンによる「このままでは肌はぼろぼろ」、教材販売事業者による
「確実に成績があがる」といった財産上の利得にかかわらない断定的な言明は対象外とされている。このような相談事例に対し断定的判断の提供による取消権によって対処すべきか検討する必要がある。また、投資取引等では、断定口調を避けて、利益となるような事実だけを強調するといった事業者の行動がみられるが、このような事業者の行動は、断定的判断の提供による取消しの射程外となる。不利益事実の不告知取消規定の射程との関係を精査したうえで、消費者に具体的な事実誤認はないが、事業者の情報操作で、本来しないであろう判断をしてしまった場合に、取消しを認める必要がないか検討する必要がある。
④ 不利益事実の不告知(法 4 条 2 項)
不利益事実の不告知による取消しを認めた判決には、まず、契約客体の性質その他の内容(東京地判平成 18・8・30 WLJPCA 08308005:眺望・採光・通風の良さを強調したが、隣地に建物建設の予定があったことを告げなかった。東京地判平成 20・10・
15 WLJPCA 10158005:空気清浄で環境抜群の別荘地と告げたが、産廃処分場の建設計画があったことを告げなかった。東京地判平成 2・6・19 判時 2058 号 69 頁:一般的に医学的に承認されていない術式であることを告げなかった)や取引条件(神戸地姫路支判平成 18・12・2 WLJPCA 12286006:自社の契約が一番得と説明したが、実際には標準より割高となるものであった。東京地判平成 22・2・25 WLJPCA 02258009:設備設置費用がかからないが、解除時の買い取り義務を説明しなかった。大阪地判平成 23・3・4 判時 2114 号 87 頁:前払い金が契約解除時の違約金となることが告げられなかった)と言えるような事項の不告知が問題となっている事例がある。すなわち、不告知の対象が商品・サービス(附帯的なものを含む)の内容や契約条件と言えるような場合であり(法 4 条 4 項 1 号 2 号列挙事由に該当する)、事業者自らが提供する商品・サービスの内容や事業者が設定・提示した取引条件が正確に伝えられないため、後のトラブルが発生しているというケースである。このようなケースでは、利益告知要件や故意要件をあまり厳格に問わずに、告げられていない内容や取引条件が消費者の判断に通常影響を及ぼすような事項であれば、取消しを認める判決も少なくない。事業者が提供する商品の性能・内容や取引条件という基本事項
(狭義の重要事項)については、過失による情報不提供についても、消費者が当該情報を得られたならば契約をしなかったと言えるのであれば、取消しを認めてよいのではないか。
これに対し、商品の内容や取引条件とは言えない事項について、情報の不提供があ った場合に、これをいかに扱うべきかは別途考察を要する。この問題に関連し、最判 平成 22・3・30 判時 2075 号 32 頁は、変動が不確実な将来の価格は重要事項に含まれ ないという判断を示した。事業者の不適切な情報提供や必要な情報の不提供によって、消費者がリスク性のある金融商品を元本保証があると誤認した場合、元本保証かリス クがあるかといった事項が商品の性質・内容として狭義の重要事項に該当することに
異論はない。問題は、投資取引における具体的リスク(相場変動要因たる事実)について、不実の告知があった場合、あるいは多くの者が投資に踏み切るような上昇要因だけ告げ、多くの者がおよそ投資を控えるような暴落を示す事実を隠ぺいという形で情報操作がされる場合、詐欺や損害賠償請求(場合によっては、過失相殺)による保護に留めるべきかどうかである。少なくとも、虚偽の事実情報を積極的に流し、消費者の判断を誤らせた場合は、不実告知における重要事項解釈の一般的傾向と同様に、列挙事由を問わず、消費者の判断に通常影響を及ぼすべき事項という要件をクリアできる事実であれば、不実告知による取消しを認めてもよいのではないか。また、消費者の判断に通常影響を及ぼす利益事実だけを強調し、不利益事実を隠ぺいする場合、これを故意・重過失で行っているのであれば、利益告知先行型の不利益事実不告知による取消しを認めてもよいのではないか。
不利益事実の不告知型については、不提供が問題となっている情報の種類に着目し、要件の再構成を考える必要があるのではないか。
⑤ 損害賠償規定など
消費契約法施行後も、不適切な情報の提供や重要情報の不提供がある事案において、情報提供義務違反を理由に、民法 709 条による損害賠償責任を認める裁判例が相当数 存在している。損害賠償という解決について、消費者契約法で手当てすることを検討 してよい状況であると言える。
3.比較法的な動向との関係
消費者契約に特有の取消権を、意思表示の瑕疵の拡張理論の具体化として立法した例は他の国にはみられない。
ドイツ法では、民法の錯誤(119 条 1 項)、詐欺(123 条 1 項)規定のほか、契約締結上の過失論(311 条 2 項)があるが、これらは消費者契約に限定されるものではない。消費者契約に対しては、通信取引やタイムシェアリング、消費者信用取引など個別の消費者取引に対して、情報提供義務に関わる規定が導入されている状況にある。フランス法では、民法の錯誤・詐欺規定(1109 条、1110 条、1117 条)のほか、一般的な情報提供義務(違反は不法行為責任となる)の導入が提案されているが(カタラ草案、司法省草案、テレ草案参照)、これらは消費者契約に限定されるものではない。フランス消費者法典には一般的な情報提供義務が規定されているが、効果について消費者法典には明示されていない(L.111-1 条)。イギリス法では、消費者契約に限定しない形で、不実表示の法理が展開しており、消費者契約に対しては、EU 消費者法の影響を受けて、個別取引に対する法令で一定の情報提供義務が手当てされている状況にある。
EU 消費者法は、各指令において、訪問販売、通信取引、消費者信用など各取引別に必要な情報提供に関する規定の整備を要求してきたが、2011 年の消費者権利指令は、通信取引契約及び訪問販売契約について、事業者の情報提供義務をまとめて規定するに至っている。
PECL、DCFR、CESL といったオプション方式の EU 契約法をみると、PECL では、消費者契約に限定せずに、錯誤・詐欺規定のほか、損害賠償責任に結びつく一般的な情報提供義務規定を設定するという立場が示されている。DCFR と CESL では、一般的な錯誤・詐
欺規定のほか、消費者契約と事業者間契約とに分けて、異なる内容の情報提供義務規定が置かれている状況にある。
4.立法を考えるとした場合の留意点
① 民法(民法改正)との関係を整理する必要がある。「消費者」「消費者契約」概念を踏まえ、特別法として契約締結過程に関する規律を意思表示の瑕疵の拡張理論の具体化というコンセプトで設定する意義を確認する必要がある。また、錯誤規定の改正などが民法改正において実現する場合、消費者契約法の契約締結過程に関する規律に特有の取消し可能領域はどの範囲となるのかを具体的にかつ明確に論ずる必要がある。
② 不告知型において取消要件を緩和する場合、消費者自らが収集すべき情報や消費者が当然知っているべき事項についてまで、事業者に情報提供義務を課すような結果とならないように、要件を設定する際には留意する必要がある。
③ 損害賠償責任規定を導入する場合、過失相殺の規定と関連して、消費者の過失をどのように扱うべきか検討する必要がある。また、取消規範との評価矛盾問題なども整理する必要がある。
5.その他(関連問題など)
誤認類型や広告に関わる消費者契約法の規律を考えるにあたっては、個別訴訟を念頭に置いた取消しや損害賠償請求の要件のみならず、差止めの要件や集団的消費者被害回復における違法行為の確認要件に関する議論とあわせて検討を進める必要がある。
(参考資料)
消費者庁企画課編『逐条解説 消費者契約法〔第2版〕』(商事法務、2010 年)
『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』
山本敬三「消費者契約法における締結過程の規制に関する現状と立法課題―不実告知・不利益事実の不告知・断定的判断の提供・情報提供義務を中心として」消費者庁『平成 23 年度 消費者契約法
(実体法部分)の運用状況に関する調査結果報告』(2012 年 6 月)
(これに加筆・修正したものとして同「消費者契約法の改正と締結過程の規制の見直し」平野仁彦ほか『現代法の変容』(有斐閣、2013 年))
日本弁護士連合会『消費者契約法日弁連改正試案』(2012 年)
山本哲生「消費者契約法における誤認に基づく取消しの対象」北法 63 巻 3 号
尾島茂樹「民法(債権法)改正と消費者・序論」金沢 54 巻 1 号「民法(債権法)改正と消費者・補
論」金沢法学 54 巻 2 号
後藤巻則「契約締結過程の規律の進展と消費者契約法」NBL958 号
宮下修一「消費者契約法 4 条の新たな展開(1)(2)(3・完)」国民生活研究 50 巻 2 号 3 号 4 号
日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『コンメンタール消費者契約法(第 2 版)』(商事法務、
2010 年)
丸山絵美子「消費者取消権」法時 83 巻 8 号
民法(債権法)改正検討委員会『詳解 債権法改正の基本方針Ⅰ序論・総則』(商事法務、2009 年)
『諸外国の消費者法における情報提供・不招請勧誘・適合性の原則[別冊 NBL121 号]』(商事法務、 2008 年)
山本敬三「消費者契約法の意義と民法の課題」民商 123 巻 4=5 号道垣内弘人「消費者契約法と情報提供義務」ジュリ 1200 号
池本誠司「不実の告知と断定的判断の提供」法セミ 549 号
山本豊「消費者契約法(2)」法教 242 号
沖野眞己「契約締結過程の規律と意思表示論」『消費者契約法―立法への課題〔別冊 NBL54 号〕』(商事法務研究会、1999 年)
沖野眞己「消費者契約法(仮称)」の一検討(3)」NBL654 号
第2章-2.困惑類型
担当:鹿野菜穂子(慶應義塾大学教授)
1.論点
① 困惑類型として、現行の消費者契約法が規定する「不退去」「退去妨害」以外の類型を設けることを検討してはどうか。例えば、執拗な勧誘行為、契約目的を隠匿した接近行為などを検討することが考えられよう。
② 従来型の困惑類型と上記①の類型の両方を包含する上位概念として、「意に反する勧誘の継続」と「それによる困惑」を掲げ、その具体的な類型として、従来の不退去・退去妨害型や執拗な勧誘行為等を例示として示すということも検討してはどうか。
③ 困惑類型の延長線上の問題として、民法の暴利行為規定とは別に、状況の濫用による取消しの規定を設けることを検討してはどうか。
④ 新たに問題となりうる多様な不当勧誘行為を適切に捕捉するために、不当勧誘行為に関する一般規定(受け皿規定)を併せ立法化することを検討するべきではないか。
⑤ 困惑類型またはその延長線上に存する不当な勧誘行為について、取消しという効果だけではなく、損害賠償責任規定を導入してはどうか。その際、因果関係や損害額の推定規定を置くなどして、民法の損害賠償規定の具体化と立証責任の転換等を図ることが考えられよう。
〈提案の趣旨〉本報告では、消費者契約法の契約締結過程に関する規律のうち、現在、不退去および退去妨害による困惑(法 4 条 3 項 1 号 2 号)として規定されている事項を中心に、現行法の限界を明らかにし、また、同条に関する立法コンセプトをさらに推し進める方向で、より広い場面を対象とできるように取消しの要件の改正し、あるいは、新たな類型を追加することを提案している。
2.その背景・立法と的対処の必要性
法 4 条 3 項に関する裁判例は不退去・退去妨害のいずれにおいても少ない(不退去型
で 4 件、退去妨害型で 6 件の裁判例を確認できるに過ぎない)。もっとも、司法研修所
「現代型民事紛争に関する実証的研究―現代型契約紛争(1)消費者紛争」3~5 頁によると、消費者紛争につき国民生活センター及び消費生活センターへの相談件数は年間約 100 万件に上るが、実際の「不満」はその約 20~25 倍ともいわれていること、相談のあった紛争においても、その圧倒的大多数は裁判手続を経ることなく終了していることが指摘されており、これを見ると、判決に至るものは少ないとしても、実社会における消費者紛争は少なくないと思われる。そして、その中には、後述の通り、意に反する勧誘を続けられて契約を締結してしまったという事例も多く聞かれるところである。
現在の法4条3項の困惑類型については、当初、「退去すべき旨の意思を示し」たこと
(不退去型)又は「退去する旨の意思を示し」たこと(退去妨害型)が要件とされているため、適切に被害の救済を図ることが困難なのではないかとの指摘もあった。しかし、
消費者契約法施行後の裁判例においては、ここにいう「意思を示し」には、黙示的に示した場合も含まれるとして、柔軟な解釈が一般にとられているので、当初危惧されたような弊害はこの点では生じていない。しかし、4条3項については、なお以下の点を、大きな問題として指摘することができる。
① 困惑類型の対象の拡大の必要性について(論点①・②関連)
第一に、現行消費者契約法が、困惑類型として、不退去・退去妨害の二つの類型しか規定しておらず、対象となる行為類型が限定的だという点を指摘することができる。
確かに、現行消費者契約法の制定時において最も問題の大きかった不当勧誘は、不退去・退去妨害型であったが、実際には、例えば隣人の家とかエステの施術中などにおける強引な勧誘や、勤務先への執拗な電話勧誘なども問題となっている。消費者は、交渉力において劣位にあり、意に反する勧誘が継続して行われることによって、困惑し契約してしまうという事態が、ここでの問題の本質だと考えられるが、そうだとすると、困惑による取消しを、「不退去」「退去妨害」という狭い範囲に限定する必要はなく、困惑類型をさらに追加するということが考えられる。先に言及した執拗な勧誘などもその例であろう。
もっとも、一方で具体的な類型を示すことによる明確化の利点はあるものの、類型を追加するというだけでは、この種の多様な不当勧誘行為を全て捕捉することは難しい。そこで、「不退去」「退去妨害」、あるいは「執拗な勧誘」等のさらなる類型などを例示として掲げながらも、それを包含する上位概念として、「意に反する勧誘の継続」と
「それによる困惑」という形に取消要件を改めることなどにつき、検討することが必要であろう。
② 状況濫用による取消規定の導入と不当勧誘の受け皿規定の導入(論点③・④関連)第二に、「困惑」という概念にそのまま該当しないとしても、その延長線上にある問 題群がある。消費者庁「平成23年度消費者契約法(実体法部分)の運用状況に関する調査結果報告」(以下「消費者庁報告」という)にも詳述されているとおり、裁判例には、事業者の不退去・退去妨害以外の態様による不当な困惑惹起行為によって消費者契約が
締結された場合につき、民法90条の公序良俗違反により契約の効力を否定したものや、不法行為に基づく損害賠償請求により被害救済を図ったものが少なからず存在している。その中には、事業者が消費者の判断力の低下、心理的な不安、誤解状況、立場の弱さなどにつけ込んで勧誘するというものが多く見られる。より具体的には、高齢者の判断能力の減退につけ込んだ勧誘行為、霊感商法など不安心理につけ込んだ勧誘行為、先物取引など複雑でリスクのある取引につき消費者の知識の不十分さにつけ込んだ勧誘行為、従業員などの立場の弱さにつけ込んだ勧誘行為などの例が見られる。
このような事例においては、事業者からの情報の提供にも問題があることが多いが、法4条1項2項の要件を充たさないこともあり、情報提供面での不適切さ以外の諸要素を伴うことにより、深刻な被害を引き起こしている面がある。これらの問題事例につき、民法90条の適用が肯定された例もあり、また、現在法制審議会民法(債権関係)部会において審議が進められている民法改正の「中間試案」においては、90条に「暴利行為」類型を設けることが提案されているものの(第1,2(2))、民法の一般法としての性格から、その要件はなお厳しく、同規定による解決には限界がある。
そこで、消費者契約法において、消費者契約における当事者の情報・交渉力格差と従 来の被害実態を踏まえて、これに対処できる規定を設けることが必要であると思われる。具体的には、事業者が消費者の判断力の低下、心理的な不安、誤解状況、立場の弱さな どにつけ込んで勧誘することにより、消費者が本来であれば不要とするような契約を締 結したといった状況濫用を要件とするような取消規定の導入を検討することが考えら れよう。具体的にどのような要件にするべきなのかについては、さらに検討を要する。
以上のように、法4条3項に関し、困惑類型の追加と要件の見直し、状況の濫用による取消規定の新設などにより、現在補足できていない問題にある程度対処できるものとは思われる。しかし、歴史的にも、時代と共に不当な勧誘行為の態様は変転してきたのであり、今後、新たに問題となりうる多様な不当勧誘行為を適切に捕捉するためには、不当勧誘行為に関する一般規定(受け皿規定)を併せ立法化することも、併せて検討するべきであろう。
③ 損害賠償規定(論点⑤関連)
既に触れたように、消費契約法施行後も、事業者が消費者に対して意に沿わない勧誘を継続することにより困惑を惹起させ、あるいは状況を濫用するなどして契約を締結させた事案において、その不適切な勧誘が不法行為に該当するとして、民法 709 条による損害賠償責任を認める裁判例が相当数存在している。そこで、消費者契約法においても、これらの不当な勧誘行為の効果として、損害賠償という解決について手当てすることを検討してよい時期にきているのではないかと思われる。
民法 709 条とは別にこれを規定することの意味としては、不法行為規定の明確化(消費者契約に即して違法な行為を掲げること)のほかに、場合によっては損害や因果関係について推定規定を置くといった対応も考えられるかもしれない。この点まで含めて、今後、効果面についての検討も必要であろう。
3.比較法的な動向との関係
EU 消費者法は、各指令において、訪問販売、通信取引、消費者信用など各取引別に、勧誘方法に関する規制の整備を要求してきたが、2005 年の不公正取引方法指令
(2005/29/EC)は、誤認惹起行為とは別に、「攻撃的な取引方法」を特に不公正な行為として定めており(5 条 4 項)、消費者を困惑させる行為、強制、不当威圧などが「攻撃的な取引方法」に該当することが、具体的に規定されている(8 条、9 条、付表Ⅰ)。この指令は、不公正な取引方法の禁止を規定するものではあるが(5 条)、民事効としては差止めの対象とされるに止まり、契約の成立、有効性、効果に直接影響することが予定されているわけではない(3 条(2 )。しかし、同指令で禁止される「攻撃的な取引方法」の類型は、従来の大陸法における良俗違反(ドイツ民法 138 条など)、英米法における不当威圧や非良心性の法理、オランダの状況濫用の法理なども踏まえながら設けられたものであって、指令の直接の要請以外の面でも、各国の民事法ルールに影響を及ぼすことがありえよう。
ドイツ法では、民法の良俗違反(138 条)が、困惑類型や状況の濫用に該当する事例に対する対処として一定の役割を果たしてきたし、そのほか、問題となる事例につき、錯誤(119 条 1 項)、詐欺・脅迫(123 条)、信義則(242 条)、契約締結上の過失(311
条2項)などによって解決した裁判例もある。もっとも、これらは消費者契約に限定されるものではない。不正競争防止法では、「過大な迷惑」を不公正な行為の一類型として定めているので(UWG7 条、3 条)、事業者の勧誘行為がこれに該当すると認められれば、その効果として、差止請求、損害賠償請求、利得剥奪請求の対象とされる(同 8 条
~10 条)。
フランス法では、関連する規定として民法の公序良俗(6 条、1133 条)、錯誤・強迫・詐欺規定(1117 条)があり、特に誤認類型については錯誤・詐欺規定の拡張によって消費者等の利益保護が図られてきたという経緯があるが、個別法においては、取引類型ごとに勧誘規制を設けるという手当がなされてきた。フランス民法改正草案の中には、相手方の窮乏状態や衰弱状態を利用した場合にも「強迫」が存在するのであり、その衰弱状態の認定においては、当事者の脆弱性が考慮される旨の規定提案も見られる(例えば、カタラ草案第 1114-3 条)。もっとも、その適用は消費者契約に限定されるものではない。なお、フランス消費法典には、刑事規制に係る規定として、脆弱さの濫用(消費法典 L.122-10 条~L.122-10 条)に関する規定が置かれており、また、刑法典には、もろさの濫用(刑法典 L.233-15-2 条~L.233-15-4 条)の規定がある。
オランダ法では、民法第 3 編 44 条 4 項に、状況の濫用による取消しの規定が置かれている。この規定は、高齢者を含め、取引力の不均衡による弱者保護に用いられているとされる。
イギリス法では、個別の取引類型ごとの立法のほかに、関連する一般契約法理として、経済的強迫、不当威圧、非良心性の法理などがある。このうち、特に消費者契約との関係が深いのは、非良心性の法理であろうが、その適用要件はなお厳格である。
PECL では、消費者契約に限定したルールではないが、強迫(4:108 条)のほか、過大な利益取得または不公正なつけ込み(4:109 条)に関する規定が置かれている。DCFR や CESL においても同様である(DCFRⅡ.-7:207 条、CESL51 条)。
4.立法を考えるとした場合の留意点
① 民法(民法改正)との関係を整理する必要がある。現行法の公序良俗違反との関係や、現在民法に導入する論議が進められている暴利行為規定との関係で、消費者契約の特性を踏まえ、特別法として規律を設ける意義を確認する必要がある。
② 損害賠償責任規定を導入する場合、過失相殺の規定と関連して、消費者の過失をどのように扱うべきか検討する必要がある。また、取消規範との評価矛盾が生じないかといった問題なども整理する必要があろう。
5.その他(関連問題など)
困惑類型に関わる消費者契約法の規律を考えるにあたっても、個別訴訟を念頭に置いた取消しや損害賠償請求の要件のみならず、差止めの要件や集団的消費者被害回復における違法行為の確認要件に関する議論とあわせて検討を進める必要がある。
(参考資料)
第2章-1に掲げられたもののほか、
・村本武志「消費者取引における心理学的な影響力行使の違法性――不当威圧法理、非良心性ないし状況の濫用法理の観点から」姫路ロー・ジャーナル 1=2 号 193 頁以下(2007 年)。
・内山敏和「オランダ法における状況の濫用(1)――我が国における威圧型不当勧誘のために」北海学園大学法学研究 45 巻 3 号 1 頁以下。
・司法研修所編『現代型民事紛争に関する実証的研究――現代型契約紛争(1)消費者紛争』(法曹会、 2012 年)
第2章-3.取消しの効果、第三者の関与など
担当:丸山絵美子(名古屋大学教授)
1.論点
【取消しの効果】
① 消費者契約法(以下、「法」という)に基づく取消しの効果について、不当利得返還・原状回復規定の特別規定を設けることを検討してはどうか。
② 消費者が法に基づき契約を取り消した場合、消費者は現に利益を受ける範囲で返還する義務を負うことを原則とすることを検討してはどうか。
③ ②の場合において、商品が消費・使用され、役務が受領された場合、利益は現存しないものと推定する規定を置くことなどを検討してはどうか。
④ ②③の規定を置く場合、これらの規定は民法 708 条の規定の適用を妨げない旨を明記することを検討してはどうか。
⑤ 消費者による取消前に、消費者が商品を受領している場合、事業者がその商品を引き取るまでの間、消費者は自己の財産と同一の注意をもってその商品を保管する規定を置くことを検討してはどうか。また、事業者が引取りについて合理的な措置をとるべき規定などを置くことを検討してはどうか。
【取消期間】
⑥ 法 7 条の取消期間の起算点について、「誤認であったことを知った時」「困惑を惹起する行為及びその影響から脱した時」など、起算点は、消費者が不当な影響を免れて自由な意思決定ができるようになった時を指すことを明確に示す規定を置くことを検討してはどうか。
⑦ 法 7 条の期間制限を民法よりも短期とする合理的理由はなく、少なくとも民法とあわせることを検討してはどうか。
【法定追認】
⑧ 法に基づいて取消しが行われる場合、法定追認(民法 125 条)の適用がないことを明記することを検討してはどうか。
【契約締結過程に第三者が関与する場合】
⑨ 法 5 条 1 項の媒介委託を受けた第三者及び代理人について「、媒介の委託」に限らず、事業者が勧誘や契約締結の交渉に自ら関与させた者(複数段階にわたる場合にはそれらの者も含む)の行為を対象とすることを検討してはどうか。また、これらの者への直接的な責任追及は妨げられない旨を明記することを検討してはどうか。
⑩ 民法 96 条 2 項と同趣旨の規定を法に明文化することを検討してはどうか。
<提案の趣旨>
取消しの効果、取消期間、法定追認、契約締結過程における第三者の関与については、解釈上の疑義があることや現行法による解決には限界があることが指摘されている。現行法だけでは不合理な解決となる可能性があることから、新たな規定を設ける
ことにより、解釈上の疑義を解消し、かつ現行法では対応に限界のある問題に対し法改正による説得的な解決を提供することが提案の趣旨である。
2.その背景・立法的対処の必要性
① 取消しの効果に関する規定の必要性
現在、取消しの効果について消費者契約法に特別の規定はなく、民法の解釈論に委ねられている。双務契約において契約が取消し・無効となった場合、受領した現物を返還し、現物返還が不可能な場合には、客観的価値を返還することが原則と考えられている。しかし、消費者が、事業者の 4 条該当行為によって契約を締結し、取消前に、役務を受領し、商品を費消してしまった場合、たとえば、シロアリがいないにもかかわらず、シロアリがいるという不実告知によって、シロアリ駆除サービス契約を締結し、役務が提供された後、消費者が不実告知を理由に契約を取り消すような事態において、消費者が役務の客観的価値を返還しなければならないとすると、消費者はいわば利得を押し付けられることになる。事業者の行為によって、消費者に意思・意思決定のゆがみが生じている場合に、利得の押しつけに対処するため、不当利得返還・原状回復規定の特別規定が必要な状況にある。なお、判決では、契約の必要性自体について誤認を惹起されているケースや困惑ケースでは、原告および被告の主張の仕方も影響しているが、受領物が現物で残存していれば事業者がそれを原状回復し、現物がない場合は、単に事業者からの代金返還のみが認められる傾向にある(神戸地判尼崎平成 15・10・24、大阪高判平成 16・7・30、東京簡判平成 16・11・15、東京地判平成 17・3・10、神戸地裁尼崎支部判平成 18・12・ 28、東京地判平成 21・6・19 判時 2058 号 69 頁など)。
② 取消期間の起算点と長さ
消費者には短期での権利行使を期待できない場合が多く、また、困惑のケースにおいて物理的な退去の時点を起算点とすると(大阪高判平成 16・7・30 兵庫県弁護士会 HP は、物理的な退去の時点を取消期間の起算点とした)、心理的な影響から脱していないにもかかわらず、取消期間が起算してしまうという問題がある。裁判例には、勧誘場所から物理的に退去したあとにも、事業者の言動によって困惑していたなどとして起算点を後ろにずらす解釈を示すものもみられるが(東京簡判平成 15・5・14 消費者法判例百選 34 事件)、短すぎる期間制限に対する対処療法的な判断であり、安定した解釈論とは言えない。法改正によって、自由に意思決定できる時点を権利行使期間の起算点とすることを明確化すること、期間制限を現行法によりも長くすることが必要な状況にある。なお、民法改正の議論において、追認することができるときを、「取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、追認権者が取消権を行使することができることを知った後」とすることが提案されており、また、取消権の行使期間を追認可能時から 3 年、行為の時から 10 年とする改正が提案されていることを踏まえ(『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』参照)、追認可能時の具体化の仕方に留意し、消費者契約の場合に、取消権の行使期間を民法よりも長く設定する必要がないかを検討する必要がある。
③ 法定追認の適用除外
法に詳しくない消費者が、退去妨害や不退去の現場から逃れたあと、後日、事業者に請求されるまま、支払いをしてしまうことがあり得る(大阪高判平成 16・7・ 30 兵庫県弁護士会 HP は、後日の支払いをもって法定追認を認めた)。法定追認を認めてしまうと、取消権を付与した意義がなくなってしまうことが多く、法定追認規定の適用がない旨を明記することが必要な状況にある。
④ 契約締結過程に第三者が関与する場合の拡大
事業者が、第三者を契約締結過程における勧誘や情報提供に自ら関与させた場合、その行為に第三者の行動を事業者に帰責する根拠を見出すことが可能なので、「媒 介の委託」に限らず、勧誘や情報の提供を任せた者の行動について、事業者に帰責 できることを明確化する必要がある(裁判例では、立替払い契約について、法 5 条 1 項の適用が問題となっている事例が多い。たとえば、大阪簡判平成 16・1・9 国民 生活、東京簡判平成 16・11・8、小林簡判平成 18・3・22 消費者法ニュース 69 号 188 頁など)。様々な形態で、事業者が第三者を契約締結過程の勧誘、情報提供のた
めに用いている状況があり、「媒介の委託」という概念では、法 5 条 1 項の適用に疑義が生じる可能性があるからである。
また、事業者が自ら用いていない第三者の不実告知などの行動であっても、これについて事業者が知って契約している場合には、民法 96 条 2 項と同趣旨の規定を法に設け、消費者に取消しを認めてもよいと考えられる。
3.立法を考えるとした場合の留意点
① 不当利得返還・原状回復規定の特別規定を消費者契約法に設けるとした場合、こ のような改正と同時に、取消しの要件が緩和され取消しできる場面も拡大されると すれば、すべての場面にそのような特則を適用してよいか検討する必要がある。ま た、民法 96 条を用いる場合との原状回復ルールの整合性などを検討する必要がある。
② 取消期間を長期化し、法定追認制度を適用しないという法改正を行う際、とりわけ、このような改正と同時に、取消しの要件が緩和され取消しできる場面も拡大されるとすれば、完全に履行が終わった契約を安定化させる制度的工夫も必要ではないか検討する必要がある。
③ 「媒介の委託」ではなく、「勧誘や契約締結過程の情報提供の委託」を受けた第三者の行為を、複数段階の委託も含め広く事業者に帰責する場合、帰責の範囲が広すぎないかについて検討する必要がある。
(参考資料)
消費者庁企画課編『逐条解説 消費者契約法〔第 2 版〕』(商事法務、2010 年)日本弁護士連合会『消費者契約法日弁連改正試案』(2012 年)
『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』
佐久間毅「消費者契約法 5 条の展開―契約締結過程における第三者の容態の帰責」現代消費者法 14号
宮下修一「消費者契約と媒介:消費者契約法 5 条の意義」静岡大学法政研究 16(1-4)
日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『コンメンタール消費者契約法(第 2 版)』(商事法務、
2010 年)
民法(債権法)改正検討委員会『詳解 債権法改正の基本方針Ⅰ序論・総則』(商事法務、2009 年)丸山絵美子「消費者取消権」法時 83 巻8号
丸山絵美子「消費者契約における取消権と不当利得法理(1)(2・完)」筑波ロー・ジャーナル創刊号、2 号
角田美穂子「特商法上の取消の効果について」横浜国際経済法学 14 巻 3 号
池本誠司「消費者契約法 5 条によるクレジット契約の取消」国民生活研究 47 巻 4 号
佐久間毅「消費者契約法と第三者・代理」ジュリ 1200 号
沖野眞己「契約締結過程の規律と意思表示論」『消費者契約法―立法への課題〔別冊 NBL54 号〕』(商事法務研究会、1999 年)
第2章-4 インターネット取引における現状と課題(広告について)
担当:山田茂樹
(消費者委員会事務局委嘱調査員/司法書士)
1.論点
消費者契約法 4 条の取消しの対象となる事業者の行為として、「インターネット広告」も含める方向で検討してはどうか。
<提案の趣旨>
インターネット広告については、ターゲティング広告の発達など広告が消費者の意思形成に働きかける影響力が大きく、また、事業者からみてもその対応は個別の「勧誘」と異にする合理的な理由は見いだせない。しかしながら、現行法においては、インターネット広告に関する不当な表示については、専ら景品表示法等に基づく行為規制が課せられているにとどまり、インターネット広告の不当な表示に起因する契約被害に対応する民事規定を欠く状況にある。よって、(1)の提案をする次第である。
2.その背景・立法的対処の必要性
(1)インターネットにおける広告
① 広告の法的位置づけ
インターネット広告もその他の「広告」同様に、表示の例示としての位置づけであり、一般的に、私法上は「申し込みの誘引」にすぎないとされている。
消費者契約法との関連でいえば、「広告」は同法 4 条の「勧誘」にはあたらないとするのが立案担当者の解釈であるから(消費者庁企画課編「逐条解説 消費者契約法[第 2 版]」 108 頁は、「「勧誘」とは、消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程度の勧め方をいう。したがって、「○○を買いませんか」などと直接的に契約の締結を勧める場合のほか、その商品を購入した場合の便利さのみを強調するなど客観的にみて消費者の契約締結の意思の形成に影響を与えていると考えられる場合も含まれる。特定の者に向けた勧誘方法は
「勧誘」に含まれるが、不特定多数向けのもの等客観的にみて特定の消費者に働きかけ、個別の契約締結の意思の形成に直接に影響を与えているとは考えられない場合(例えば、広告、チラシの配布、商品の陳列、店頭に備え付けあるいは顧客の求めに応じて手交するパンフレット・説明書、約款の店頭提示・交付・説明等や、事業者が単に消費者からの商品の機能等に関する質問に回答するにとどまる場合等)は「勧誘」に含まれない。」とする。)、これに従えば、インターネット広告に記載された内容が虚偽である場合において、消費者がこれを真実であると誤認して当該商品を購入する意思を形成したとしても、同条に基づく取消しは認められないということになる。
なお、学説においては、「広告」であっても、消費者の意思形成に対して実際に働きかけがあったと評価される場合は、「勧誘」に当たるとする考えや(落合誠一「消費者契約法」 73 頁、山本豊「消費者契約法(2)」法学教室 242 号 87 頁、池本誠司「不実の告知と断定的判断の提供」(法セミ 549 号 20 頁)、道垣内弘人「消費者契約法と情報提供義務」(ジュリスト 1200 号 51 頁)など)、さらにこれを進めて「勧誘をするに際し」という文言を削除することも十分に検討に値するとする見解がある(山本敬三「消費者契約法における契約締結過程の規制に関する現状と立法課題―不実告知・不利益事実の不告知・断定的判断の提供・情報提供義務を中心として」(消費者庁「平成 23 年度消費者契約法(実体法部分)の運用状況に関する調査結果報報告平成 24 年 6 月」に掲載」)。
また、下級審判決においては、パンフレットの記載(京都簡判平成 14・10・30(法ニュース 60 号 57 頁・212 頁)、東京地判平成 17・1・31(国センくらしの判例集HP2007 年 3月))や雑誌広告(東京地判平成 17・11・8(判時 1941 号 98 頁、判タ 1224 号 259 頁)など)の記載を「勧誘」の一部と捉えた事案もみられる。
② 広告の分類
ア 媒体による分類
インターネット広告においては、【表1】のとおり、様々な場面において広告が表示されている。
【表1】インターネット広告の主な媒体別分類
分類 | 具体例 |
□検索サイト | Yahoo! Google |
□SNS | フェイスブック、ツイッター、ミクシィ |
□事業者以外の個々のWeb | ○アフィリエイト(第三者によるブログ等) ○アドネットワークを利用し、自社商品に関連性のありそうな第三者のWebに広告を掲載する |
□自社サイト(Web) | ショッピングサイトにおいては、サイト内に後掲のターゲ ティング広告の手法が用いられている場合がある(Ama zonなど) |
□電子メール広告 | ○メール自体が広告である場合 ○フリーメールアドレス、フリーのメーリングリストを利用している場合において一部に広告が掲載されている場合 ○広告メールの送信については、特定商取引法及び特電法によりオプトイン規制がとられている。もっともこの場合であっても、フリーメールやフリーメーリングリストの一部に広告を掲載する場合はオプトイン規制の適用除外とされている(例えば特商法 12 条の 3 第 3 号、規 則 11 条の4 第2 号) |
イ 広告手法による分類
インターネット広告においては、不特定多数向けのマス広告よりも、むしろ特定の対象にねらいを定める「ターゲティング広告」の手法が用いられている場合が多いとされている(総務省情報通信政策研究所平成 22 年 3 月「行動ターゲティング広告の経済効果と利用者保護に関する調査研究 報告書」(9 頁))。
ターゲティング広告の種類としては、【表2】のとおり、①検索連動型広告【図1】、
②コンテンツ連動型広告【図2】、③行動ターゲティング広告【図3】、④行動ターゲティング広告の一種であるリターゲティング広告【図4】、④属性ターゲティング広告などがある。上記①は「検索サイト」を利用し、特定の分野について情報収集等を行ったり、契約を検討しているいわば能動的な消費者に対して広告を行う手法であるのに対し、上記②ないし④は必ずしもそのような意思をもたない受動的・潜在的消費者に対する広告であるといえる。
なお、アフィリエイト広告(提携先の商品広告を自分のウェブサイト上に掲載し、その広告をクリックした人が提携先から商品を購入するなどした場合、一定額の報酬を得られる広告手法であり、Googleの「Google Adsence」、Yahoo!の「Y ahoo!アドパートナー」、Amazonの「Amazonアフィリエイト」などがある。)においては、その表示される広告につき、上記②及び③などの手法が用いられる場合がある。
【表2】主なターゲティング広告
広告の種類 | 概要 |
行動ターゲティング広告 | ○ 「行動履歴情報から利用者の興味・嗜好を分析して利用者を小集団(クラスター)に分類し、クラスターごとにインターネット広告を出し分けるサービスで、行動履歴情報の蓄積を伴うものをいう」とされる(一般社団法人インターネット広告推進協議会(JIAA)による「行動ターゲティング広告ガイドライン」3 条②)。 ○ 行動ターゲティング広告については、一般社団法人インターネット広告推進協議会(JIAA)が「行動ターゲティング広告ガイドライン」を定めて公表しているところ。 (http://www.jiaa.org/download/JIAA_BTAguideline2010_100603.pdf)。 〇 ユーザーがサイトを訪れたが、離脱した際に、アドネットワーク内の別サイトを訪れた際に、広告を表示させるという仕組みである「リターゲティング広告」も行動ターゲティング広告の一種である。 【検索サイトにおける行動ターゲティング広告】 (興味関心連動型広告) ○ インターネットを利用中のユーザーの過去の閲覧履歴や検索キーワードなどから、広告主の商品やサービスに興味がありそうな人に広告を表示する仕組み。 ○ 広告配信先の地域、配信時間、年齢層、性別を設定することができる (たとえば、ある検索サイトの場合、ID取得時に、郵便番号や性別、 |
広告の種類 | 概要 |
職業などの入力を求めるほか、購入商品、閲覧ページや広告の履歴、検索した検索キーワード、利用時間帯、利用方法、利用環境、IP アドレス、クッキー情報、位置情報、端末の個体識別情報などの情報を、当該サイトや提携サイトを利用した際に取得したり、当該サイトのWebメールを機械的に解析し、当該解析の結果を取得して広告の表示に利用する旨が記載されている。なお、これを望まないユーザーは中止のための手続きを別途することになる。)。 ○ Yahoo!の「インタレストマッチ」などがある。 | |
検索連動型広告 | ○ あらかじめキーワード(検索クエリ)を登録しておくと、ユーザーが当該キーワードを入力した検索した際に、検索結果の画面上に、広告主のWeb が掲載されるという仕組み。 ○ 例えば、「Yahoo!」の“スポンサードサーチ広告”や、「Goo gle」の“Googleアドワーズ”などがある。 |
属性ターゲティング広告 | ○ SNSサイトなどにおいて、ID会員登録する際に入力した利用者のプロフィールデータ(年齢・性別・居住地などの属性)を参考にして広告を配信する方法。 ○ 居住市町村、性別、年齢、誕生日、趣味・関心など詳細にターゲットを絞り込んで広告を行うことができるとされている。 ○ 例えば、あるSNSの場合、居住市町村、性別、年齢、誕生日、趣味・関心など詳細にターゲットを絞り込んで広告を行うことができるとさ れている。 |
【図1】検索連動型広告
検索サイト
検索!
検索
焼き芋 美味しい
・・・・・・・・・
広告
・・・・・・・・・
焼き芋ならX!
・・・・・・・・・
www.abcde@fghi
おいしい焼き芋を
●検索結果
● あらかじめキーワード(検索クエリ)を
登録しておくと、ユーザーが当該キーワードを入力した検索した際に、検索結果の画面上に、広告主のWebが掲載されるという仕組み。
● このケースでは消費者が検索サイトに
「焼き芋 美味しい」と検索ワードを入力した結果、検索結果と併せて広告が表示される。
さがそうかな・・
【図2】コンテンツ連動型広告
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
Aサイト(ブログなど)
●コンテンツ(情報)
● 自社商品(X社の例では「焼き芋」)とコンテンツ内容(文章等)の関連性が高いサイトに、広告を表示させる仕組み。
広告
焼き芋ならX!
www.abcde@fghi
○月○日
今日はとっておきの焼き芋を食べて
やまだの日々、ブログ★
● このケースでは消費者が何気なく訪れたAサイトで、取り上げられているテーマ
(焼き芋)と関連性の高いX社の広告が表示される。
なんとなくAサイトをみようかな
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
【図3】行動ターゲティング広告
Dサイト
● 過去のユーザーのサイト閲覧履歴や検
索キーワードなどから広告主の商品やサービスに興味がありそうな人に広告を表
■指揮者
広告
■ヴァイオリニスト
焼き芋ならX!
・・・・・・・・・
www.abcde@fghi
そういえば、美味し
示する仕組み。
● このケースでは消費者は別の目的でDサイトを訪れているが、過去の閲覧履歴などから、「焼き芋」に関するX社の広告が表示される。
⇒ 潜在的顧客層への広告
い焼き芋をさがし
ていたんだ!
* 過去に閲覧したサイト
Cサイト
「サツマイモの種類」
Bサイト
「焼き芋の作り方」
Aサイト
「繊維質豊富なオヤツ」
世紀の名演奏を聴く♪
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
【図4】リターゲティング広告(リマーケティング広告)
Eサイト
■指揮者
■ヴァイオリニスト
・・・・・・・・・
● ユーザーがサイトを訪れたが、離脱し、
アドネットワーク内の別サイトを訪れた際に、広告を表示させるという仕組み
● このケースでは消費者は別のサイトを訪れた際、以前訪れたX社の広告が表示されている。
⇒ 潜在的顧客層への広告
Cサイト
過去の
閲覧
そういえば、前に、焼き
芋でX社のサイトをみ
たなあ・・・
X社のサイト
Bサイト
広告
焼き芋ならX!
www.abcde@fghi
世紀の名演奏を聴く♪
(2)インターネット広告に関連する法令
① 広告(表示)規制に関する法令等ア 概要
特別法の概要については、【参考法令1】のとおりとなる。違反行為は措置命令、罰則等の対象となる。これら特別法における広告表示規制は、虚偽や誇大広告等を規制対象としている。なお、表示義務違反については、民事規定(取消権等)は規定されていない。
イ 不当景品類及び不当表示防止法
景品表示法は取引の種類を限定していないが、不当な表示の禁止(法 4 条)の規制対象は「自己の供給する」商品又は役務の取引に限定される。
ウ 電子商取引及び情報財取引等に関する準則
上記準則は、経済産業省において「電子商取引等に関する様々な法的問題点について、民法をはじめとする関係する法律がどのように適用されるのか、その解釈を示し、取引当事者の予見可能性を高め、取引の円滑化に資することを目的」として示されたものである。
同準則においては、Web上の広告について、景品表示法による規制(Ⅱ-4-1)、特定商取引法による規制(Ⅱ-4-2)、薬事法・健康増進法による規制(Ⅱ-4-3)、貸金業法等による規制(Ⅱ-4-3)についての考え方が示されている。
(3)契約の成立に関する法令等ア 特定商取引法
○ インターネット通販において、消費者が契約の申込となることを容易に認識できないような表示は禁止行為(主務大臣の指示対象行為)とされている(法 14 条 1 項 2 号、規則 16 条、「インターネット通販における「意に反して契約の申込みをさせようとする行為」に係るガイドライン」)
イ 電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律
消費者にインターネット取引の申込あるいは承諾の意思表示につき、要素の錯誤があった場合(誤クリックなど)における特例が定められている(法 3 条)。
ウ 電子商取引及び情報財取引等に関する準則
契約の成立時期(Ⅰ-1-1)、消費者の操作ミスによる錯誤(Ⅰ-1-2)、インターネット通販における分かりやすい申込画面の設定義務(Ⅰ-1-3)、ワンクリック請求と契約の履行義務(Ⅰ-1-4)についての考え方が示されている。
(4)相談事例
PIO-NETを分析すると(平成 24 年 1 月 1 日から平成 24 年 10 月 31 日までに集約された相談のうち「インターネット通販」をキーワードとして含むものを対象とした。)、
①虚偽広告によるもの(たとえば、情報商材を個人から購入したが広告と内容が全く違うなど)、②不利益事実の不表示によるもの、③事業者の威迫的あるいは執拗な勧誘のメールに関するもの、④インターネットの表示上の限界に起因するもの(Web上に掲載されている商品の画像からは確認できなかったキズがあった等)などがみられる。
また、在宅ワーク商法、美容整形トラブル、パチスロ攻略法、情報商材トラブル、サプリメントの購入など多岐にわたる類型において、検索サイトによる検索結果、検索サイトにおけるいわゆる検索連動型広告、メールマガジンに掲載された広告から当該事業者のW ebにアクセスした事案などがみられるほか、検索サイトにつき「検索の結果、当該We bが上位に表示された事業者だから選択した」など、検索サイトの検索結果が消費者の選択動機によるものが少なからずみられる。
3.立法を考えるとした場合の留意点
(1)インターネット広告の特徴について
インターネット取引においては、非対面取引であることから、広告が消費者の意思形成に与える影響が極めて大きいといえる(商品等の内容だけでなく、事業者そのものの信用性についてもWebに掲載された内容・体裁等が指標となりうる)。
事業者側からみると、インターネット広告は、事業者が様々な技術を駆使して、広告によって商品を購入してくれそうな消費者向けにターゲットを絞って広告を提供しており、事業者の行為態様としては、顧客名簿等なんらかの資料をベースに勧誘先を選定して勧誘を行うリアル取引と類似している側面があるということができる。
また、消費者側からみると、上記のとおり、特定のターゲット層に対する「広告」については、当該消費者の意思形成過程に与える影響がいわゆるマス広告に比べ大きいともいえそうである。
ただし,立案担当者は「勧誘」とは「消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程度の勧め方をいう」としており,契約締結の意思形成に影響を与える程度であれば,取消しの対象としているところ(消費者庁企画課編「逐条解説消費者契約法[第2版]108頁),①ターゲティング広告とマス広告を比較した場合,確かにマーケティング効果(契約に結び付く効果)はターゲティング広告の方がマス広告よりも大きくなるともいえるが,広告自体が意思形成に与える影響については,いずれも大差はないと考えられること(例えば,「バナナあります!」という広告をバナナが欲しそうなクラスタに対するターゲティング広告をした場合と,「バナナあります!」というマス広告をした場合,前者は広告対象者のニーズと広告内容が合致した結果,契約締結に至るケースも少なくないとは思われるが,「広告の意思形成に与える影響」という点では,いずれであっても「バナナを食べたい」という消費者であれば広告が意思形成に与える効果は差異はないといえるのではないか)からすれば,ターゲティング広告のみを「勧誘」と同視するという方向性は妥当でなく,
「広告」全体の問題として検討する必要があるというべきである。「広告」全般に関する論点については本報告書の第2章-1「誤認類型(+広告)」(8 頁~)を参照されたい。
(2)検索サイトにおける検索結果の意義
検索サイトにおける検索結果は、検索上位に表示されたサイトが必ずしも優れている、信頼がおけるサイトであるとは限らないにも関わらず(検索サイトの上位にサイトが表示されるように、いわゆるSEO対策がとられている場合も少なからず存在する。なお、検索サイトにおいては、不正に上位にスパムサイトが表示されないよう、様々な対策がとられている。)、PIO-NETの相談事例等をみると、検索上位にあったことで著名なサイトであると誤認したり、公式のサイトであるかのように消費者が誤信したケースがみられる。直接契約の相手方と会わずに契約がなされるインターネット取引において、検索結果が消費者にとっての相手方に対する信頼性の指標となっているともいえる現状がみられる。
(3)「消費者契約法に関する調査作業チーム」における議論状況
インターネット取引の場合において、個人の情報処理過程のどこに問題があったのかという点を詐欺の場合における意思形成過程のどこに問題があったのかという点よりも、さらに細かい分析をしたうえで、どのような民事責任を考えたらいいかを検討すべきではないかという意見や、当該広告表示につき相手が誤認するおそれがあることは十分認識をしていながら、黙って取引をしたという不作為が、例えば説明義務違反に当たるのではないかといった意見が出された。また、国際私法との関連でいえば、「法の適用に関する通則法」 11 条 6 項の「勧誘」の定義につき、個別的ではなくともある程度ターゲットを絞った広告であれば「勧誘」にあたるという考え方も示されている旨が紹介された(本報告書の<参
考②>国際消費者契約(181 頁~)を参照されたい。)。
4.その他(関連問題)
(1)事業者以外による広告
アフィリエイトなどのように、現行消費者契約法5条の「媒介の委託を受けた第三者」には必ずしも該当しないと解釈されうる第三者による広告がなされるケースがみられる。なお、景品表示法における不当な表示の禁止(法4条)の規制対象は「自己の供給する」商品又は役務の取引に限定されるため、アフィリエイト等におけるアフィリエイター等の第三者の不当表示は対象外となっている(一方、広告主のバナー広告(アフィリエイターがアフィリエイトサイトに掲載するもの)における表示は対象となりうる。消費者庁『「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」の一部改定について』(平成 24 年 5 月 9 日)を参照。)。
(2)第三者の「評価」が指標となることの危険性
インターネット取引においては、当該事業者の広告に加え、インターネット上における第三者の評価も意思形成に与える影響が少なからずあるところ、いわゆるステマ(ステルスマーケティング)(口コミ)の手法によって、外形的には「広告」とは認識することが困難な「広告」手法がとられるケースがみられる(消費者庁『「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」の一部改定について』(平成 24 年 5 月 9 日)では、口コミサイト(ステマ)につき、「口コミサイトに掲載される情報は、一般的には、口コミの対象となる商品・サービスを現に購入したり利用したりしている消費者や、当該商品・サービスの購入・利用を検討している消費者によって書き込まれていると考えられる。これを前提とすれば、消費者は口コミ情報の対象となる商品・サービスを自ら供給する者ではないので、消費者による口コミ情報は景品表示法で定義される「表示」には該当せず、したがって、景品表示法上の問題が生じることはない。ただし、商品・サービスを提供する事業者が、顧客を誘引する手段として、口コミサイトに口コミ情報を自ら掲載し、又は第三者に依頼して掲載させ、当該「口コミ」情報が、当該事業者の商品・サービスの内容又は取引条件について、実際のもの又は競争事業者に係るものよりも著しく優良又は有利であると一般消費者に誤認されるものである場合には、景品表示法上の不当表示として問題となる。」とする。)。
【参考法令1】広告(表示)規制
法律名 | 条文 |
●不当景品類及び不当表示防止法 | (不当な表示の禁止) 第四条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。 一 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの 二 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの 三 前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの 2 内閣総理大臣は、事業者がした表示が前項第一号に該当するか否かを判断するため必要があると認めるときは、当該表示をした事業者に対し、期間を定めて、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができる。この場合において、当該事業者が当該資料を提出しないときは、 第六条の規定の適用については、当該表示は同号に該当する表示とみなす。 |
※違反がある場合は措置命令(法6条)等の対象となる。 | |
※「自己の供給する商品又は役務」とされているため、アフィリエイト等は対象外となる。 | |
●特定商取引法 | (通信販売についての広告) 第十一条 販売業者又は役務提供事業者は、通信販売をする場合の商品若しくは指定権利の販売条件又は役務の提供条件について広告をするときは、主務省令で定めるところにより、当該広告に、当該商品若しくは当該権利又は当該役務に関する次の事項を表示しなければならない。ただし、当該広告に、請求により、これらの事項を記載した書面を遅滞なく交付し、又はこれらの事項を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)を遅滞なく提供する旨の表示をする場合には、販売業者又は役務提供事業者は、主務省令で定めるところにより、これらの事項の一部を表示しないことができる。 一 商品若しくは権利の販売価格又は役務の対価(販売価格に商品の送料が含まれない場合には、販売価格及び商品の送料) 二 商品若しくは権利の代金又は役務の対価の支払の時期及び方法三 商品の引渡時期若しくは権利の移転時期又は役務の提供時期 四 商品若しくは指定権利の売買契約の申込みの撤回又は売買契約の解除に関する事項(第十五条の二第一項ただし書に規定する特約がある場合には、その内容を含む。) 五 前各号に掲げるもののほか、主務省令で定める事項 |
※ 違反がある場合は、主務大臣の指示又は業務停止命令の対象となる(法14条、15条) | |
※ 誇大広告等の禁止違反については直罰規定あり(法72条3号) | |
(誇大広告等の禁止) 第十二条 販売業者又は役務提供事業者は、通信販売をする場合の商品若しくは指定権利の販売条件又は役務の提供条件について広告をするときは、当該商品の性能又は当該権利若しくは当該役務の内容、当該商品若しくは当該権利の売買契約の申込みの撤回又は売買契約の解除に関する事項 (第十五条の二第一項ただし書に規定する特約がある場合には、その内容を含む。)その他の主務省令で定める事項について、著しく事実に相違する表示をし、又は実際のものよりも著しく優良であり、若しくは有利である と人を誤認させるような表示をしてはならない。 | |
(承諾をしていない者に対する電子メール広告の提供の禁止等) 第十二条の三 販売業者又は役務提供事業者は、次に掲げる場合を除き、通信販売をする場合の商品若しくは指定権利の販売条件又は役務の提供条件について、その相手方となる者の承諾を得ないで電子メール広告(当該広告に係る通信文その他の情報を電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて主務省令で定めるものをいう。以下同じ。)により送信し、これを当該広告の相手方の使用に係る電子計算機の映像面に表示されるようにする方法により行う広告をいう。以下同じ。)をしてはならない。 |
法律名 | 条文 |
一 相手方となる者の請求に基づき、通信販売をする場合の商品若しくは指定権利の販売条件又は役務の提供条件に係る電子メール広告(以下この節において「通信販売電子メール広告」という。)をするとき。 二 当該販売業者の販売する商品若しくは指定権利若しくは当該役務提供事業者の提供する役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みをした者又はこれらにつき売買契約若しくは役務提供契約を締結した者に対し、主務省令で定める方法により当該申込み若しくは当該契約の内容又は当該契約の履行に関する事項を通知する場合において、主務省令で定めるところにより通信販売電子メール広告をするとき。 三 前二号に掲げるもののほか、通常通信販売電子メール広告の提供を受ける者の利益を損なうおそれがないと認められる場合として主務省令で定める場合において、通信販売電子メール広告をするとき。 2 前項に規定する承諾を得、又は同項第一号に規定する請求を受けた販売業者又は役務提供事業者は、当該通信販売電子メール広告の相手方から通信販売電子メール広告の提供を受けない旨の意思の表示を受けたときは、当該相手方に対し、通信販売電子メール広告をしてはならない。ただし、当該表示を受けた後に再び通信販売電子メール広告をすることにつき当該相手方から請求を受け、又は当該相手方の承諾を得た場合には、この限りでない。 3 販売業者又は役務提供事業者は、通信販売電子メール広告をするときは、第一項第二号又は第三号に掲げる場合を除き、当該通信販売電子メール広告をすることにつきその相手方の承諾を得、又はその相手方から請求を受けたことの記録として主務省令で定めるものを作成し、主務省令で定めるところによりこれを保存しなければならない。 4 販売業者又は役務提供事業者は、通信販売電子メール広告をするときは、第一項第二号又は第三号に掲げる場合を除き、当該通信販売電子メール広告に、第十一条各号に掲げる事項のほか、主務省令で定めるところにより、その相手方が通信販売電子メール広告の提供を受けない旨の意思を表示するために必要な事項として主務省令で定めるものを表示しなければならない。 5 前二項の規定は、販売業者又は役務提供事業者が他の者に次に掲げる業務のすべてにつき一括して委託しているときは、その委託に係る通信販売電子メール広告については、適用しない。 一 通信販売電子メール広告をすることにつきその相手方の承諾を得、又はその相手方から請求を受ける業務 二 第三項に規定する記録を作成し、及び保存する業務 三 前項に規定する通信販売電子メール広告の提供を受けない旨の意思を表示するために必要な事項を表示する業務 | |
●特定電子メールの送信の適正化等に関する法律 ※ 違反については措置命令(法7条)の対象。措置命令違反は罰則の対象(法35条) ※ 両罰規定あり(法34条) | (特定電子メールの送信の制限) 第三条 送信者は、次に掲げる者以外の者に対し、特定電子メールの送信をしてはならない。 一 あらかじめ、特定電子メールの送信をするように求める旨又は送信をすることに同意する旨を送信者又は送信委託者(電子メールの送信を委託した者(営利を目的とする団体及び営業を営む場合における個人に限る。)をいう。以下同じ。)に対し通知した者 二 前号に掲げるもののほか、総務省令・内閣府令で定めるところにより自己の電子メールアドレスを送信者又は送信委託者に対し通知した者 三 前二号に掲げるもののほか、当該特定電子メールを手段とする広告又は宣伝に係る営業を営む者と取引関係にある者 四 前三号に掲げるもののほか、総務省令・内閣府令で定めるところにより自己の電子メールアドレスを公表している団体又は個人(個人にあっては、営業を営む者に限る。) 2 前項第一号の通知を受けた者は、総務省令・内閣府令で定めるところにより特定電子メールの送信をするように求めがあったこと又は送信をすることに同意があったことを証する記録を保存しなければならない。 3 送信者は、第一項各号に掲げる者から総務省令・内閣府令で定めるところにより特定電子メールの送信をしないように求める旨(一定の事項に係る特定電子メールの送信をしないように求める場合にあっては、その旨)の通知を受けたとき(送信委託者がその通知を受けたときを含む。)は、その通知に示された意思に反して、特定電子メールの送信をしてはならない。ただし、電子メールの受信をする者の意思に基づき広告又は宣伝以外の行為を主たる目的として送信される電子メールにおいて広告又は宣伝が付随的に行われる場合その他のこれ に類する場合として総務省令・内閣府令で定める場合は、この限りでない。 |
法律名 | 条文 |
(表示義務) 第四条 送信者は、特定電子メールの送信に当たっては、総務省令・内閣府令で定めるところにより、その受信をする者が使用する通信端末機器の映像面に次に掲げる事項(前条第三項ただし書の総務省令・内閣府令で定める場合においては、第二号に掲げる事項を除く。)が正しく表示されるようにしなければならない。 一 当該送信者(当該電子メールの送信につき送信委託者がいる場合は、当該送信者又は当該送信委託者のうち当該送信に責任を有する者)の氏名又は名称二 前条第三項本文の通知を受けるための電子メールアドレス又は電気通信設備を識 別するための文字、番号、記号その他の符号であって総務省令・内閣府令で定めるもの 三 その他総務省令・内閣府令で定める事項 | |
(送信者情報を偽った送信の禁止) 第五条 送信者は、電子メールの送受信のために用いられる情報のうち送信者に関するものであって次に掲げるもの(以下「送信者情報」という。)を偽って特定電子メールの送信をしてはならない。 一 当該電子メールの送信に用いた電子メールアドレス 二 当該電子メールの送信に用いた電気通信設備を識別するための文字、番号、記号その他の符号 | |
(架空電子メールアドレスによる送信の禁止) 第六条 送信者は、自己又は他人の営業のために多数の電子メールの送信をする目的で、架空電子メールアドレスをそのあて先とする電子メールの送信をしてはならない。 | |
●農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律 ※ 本条違反は消費者庁長官又は農林水産大臣の指示対象(法19条の14) ※ 命令違反については罰則あり (法24条8号) | (製造業者等が守るべき表示の基準) 第十九条の十三 内閣総理大臣は、飲食料品の品質に関する表示の適正化を図り一般消費者の選択に資するため、農林物資のうち飲食料品(生産の方法又は流通の方法に特色があり、これにより価値が高まると認められるものを除く。)の品質に関する表示について、内閣府令で定める区分ごとに、次に掲げる事項のうち必要な事項につき、その製造業者等が守るべき基準を定めなければならない。 一 名称、原料又は材料、保存の方法、原産地その他表示すべき事項二 表示の方法その他前号に掲げる事項の表示に際して製造業者等が 遵守すべき事項 2 内閣総理大臣は、飲食料品の品質に関する表示の適正化を図るため特に必要があると認めるときは、前項の基準において定めるもののほか、同項に規定する飲食料品の品質に関する表示について、その種類ごとに、同項各号に掲げる事項につき、その製造業者等が守るべき基準を定めることができる。 3 内閣総理大臣は、飲食料品以外の農林物資(生産の方法又は流通の方法に特色があり、これにより価値が高まると認められるものを除く。)で、一般消費者がその購入に際してその品質を識別することが特に必要であると認められるもののうち、一般消費者の経済的利益を保護するためその品質に関する表示の適正化を図る必要があるものとして政令で指定するものについては、その指定のあつた後速やかに、その品質に関する表示について、その製造業者等が守るべき基準を定めなければならない。 4 内閣総理大臣は、前三項の規定により品質に関する表示の基準を定めたときは、遅滞なく、これを告示しなければならない。 5 内閣総理大臣は、第一項から第三項までの規定により品質に関する表示の基準を定めようとするときは、あらかじめ、農林水産大臣に協議するとともに、消費者委員会の意見を聴かなければならない。 6 農林水産大臣は、第一項から第三項までの規定により品質に関する表示の基準が定められることにより、当該基準に係る農林物資の生産又は流通の改善が図られると認めるときは、内閣総理大臣に対し、当該基準の案を添えて、その策定を要請することができる。 7 第七条第二項並びに第十三条第一項、第四項及び第五項の規定は第一項から第三項までの場合について、同条第二項から第五項までの規定は第一項から第三項までの規定により定められた品質に関する表示の基準について準用する。この場合において、同条第一項から第四項までの規定中「農林水産大臣」とあるのは「内閣総理大臣」と、同項中「その改正について審議会の審議に付さなければ」とあるのは「その改正をしなければ」と、同条第五 項中「農林水産省令」とあるのは「内閣府令」と読み替えるものとする。 |
法律名 | 条文 |
●食品衛生法 ※違反は、都道府県知事による営業許可取消等の対象(法55条) ※さらに、刑事罰規定もある (法72条1項) | 第十九条 内閣総理大臣は、一般消費者に対する食品、添加物、器具又は容器包装に関する公衆衛生上必要な情報の正確な伝達の見地から、消費者委員会の意見を聴いて、販売の用に供する食品若しくは添加物又は前条第一項の規定により規格若しくは基準が定められた器具若しくは容器包装に関する表示につき、必要な基準を定めることができる。 2 前項の規定により表示につき基準が定められた食品、添加物、器具又 は容器包装は、その基準に合う表示がなければ、これを販売し、販売の用に供するために陳列し、又は営業上使用してはならない |
第二十条 食品、添加物、器具又は容器包装に関しては、公衆衛生に危害 を及ぼすおそれがある虚偽の又は誇大な表示又は広告をしてはならない | |
●健康増進法 ※ 「特別用途表示許可」を得ずに同表示をした場合は、罰則対象 (法37条2の2) ※ 「栄要表示基準」、「誇大表示禁止」違反行為は消費者庁長官の勧告等の対象となる(法 32条、32条の3) ※ 勧告等に対する違反に対しては罰則の対象(法36条の2) | (特別用途表示の許可) 第二十六条 販売に供する食品につき、乳児用、幼児用、妊産婦用、病者用その他内閣府令で定める特別の用途に適する旨の表示(以下「特別用途表示」という。)をしようとする者は、内閣総理大臣の許可を受けなければならない。 2 前項の許可を受けようとする者は、製品見本を添え、商品名、原材料の配合割合及び当該製品の製造方法、成分分析表、許可を受けようとする特別用途表示の内容その他内閣府令で定める事項を記載した申請書を、その営業所の所在地の都道府県知事を経由して内閣総理大臣に提出しなければならない。 3 内閣総理大臣は、研究所又は内閣総理大臣の登録を受けた法人(以下「登録試験機関」という。)に、第一項の許可を行うについて必要な試験 (以下「許可試験」という。)を行わせるものとする。 4 第一項の許可を申請する者は、実費(許可試験に係る実費を除く。)を勘案して政令で定める額の手数料を国に、研究所の行う許可試験にあっては許可試験に係る実費を勘案して政令で定める額の手数料を研究所に、登録試験機関の行う許可試験にあっては当該登録試験機関が内閣総理大臣の認可を受けて定める額の手数料を当該登録試験機関に納めなければならない。 5 内閣総理大臣は、第一項の許可をしようとするときは、あらかじめ、厚生労働大臣の意見を聴かなければならない。 6 第一項の許可を受けて特別用途表示をする者は、当該許可に係る食品(以下「特別用途食品」という。)につき、内閣府令で定める事項を内閣府令で定めるところにより表示しなければならない。 7 内閣総理大臣は、第一項又は前項の内閣府令を制定し、又は改廃し ようとするときは、あらかじめ、厚生労働大臣に協議しなければならない。 |
(栄養表示基準) 第三十一条 内閣総理大臣は、販売に供する食品(特別用途食品を除く。)につき、栄養表示(栄養成分(前条第二項第二号イ又はロの厚生労働省令で定める栄養素を含むものに限る。次項第一号において同じ。)又は熱量に関する表示をいう。以下同じ。)に関する基準(以下「栄養表示基準」という。)を定めるものとする。 2 栄養表示基準においては、次に掲げる事項を定めるものとする。一 食品の栄養成分の量及び熱量に関し表示すべき事項並びにその表示の方法二 前条第二項第二号イの厚生労働省令で定める栄養素を含む栄養成 分であってその正確な情報を国民に伝達することが特に必要であるものとして内閣府令で定めるものにつき、その補給ができる旨を表示するに際し遵守すべき事項又はその旨が表示された栄養表示食品(本邦において販売に供する食品であって、栄養表示がされたもの(第二十九条第一項の承認を受けた食品を除く。)をいう。次号及び次条において同じ。)で輸入されたものを販売するに際し遵守すべき事項 三 前条第二項第二号ロの厚生労働省令で定める栄養素を含む栄養成分であってその正確な情報を国民に伝達することが特に必要であるものとして内閣府令で定めるもの又は熱量につき、その適切な摂取ができる旨を表示するに際し遵守すべき事項又はその旨が表示された栄養表示食品で輸入されたものを販売するに際し遵守すべき事項 3 内閣総理大臣は、栄養表示基準を定め、若しくは変更しようとするとき、又は前項第二号若しくは第三号の内閣府令を制定し、若しくは改廃しようとするときは、あらかじめ、厚生労働大臣に協議しなければならない。 4 内閣総理大臣は、栄養表示基準を定め、又は変更したときは、遅滞 なく、これを告示しなければならない。 |
法律名 | 条文 |
(誇大表示の禁止) 第三十二条の二 何人も、食品として販売に供する物に関して広告その他の表示をするときは、健康の保持増進の効果その他内閣府令で定める事項(次条第三項において「健康保持増進効果等」という。)について、著しく事実に相違する表示をし、又は著しく人を誤認させるような表示をしてはならない。 2 内閣総理大臣は、前項の内閣府令を制定し、又は改廃しようとする ときは、あらかじめ、厚生労働大臣に協議しなければならない。 | |
●薬事法 ※法66条、68条違反は罰則の対象(法8 5条) | (誇大広告等) 第六十六条 何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。 2 医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の効能、効果又は性能について、医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事を広告し、記述し、又は流布することは、前項に該当するものとする。 3 何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器に関して堕胎を 暗示し、又はわいせつにわたる文書又は図画を用いてはならない。 |
(特定疾病用の医薬品の広告の制限) 第六十七条 政令で定めるがんその他の特殊疾病に使用されることが目的とされている医薬品であつて、医師又は歯科医師の指導のもとに使用されるのでなければ危害を生ずるおそれが特に大きいものについては、政令で、医薬品を指定し、その医薬品に関する広告につき、医薬関係者以外の一般人を対象とする広告方法を制限する等、当該医薬品の適正な使用の確保のために必要な措置を定めることができる。 2 厚生労働大臣は、前項に規定する特殊疾病を定める政令について、その制定又は改廃に関する閣議を求めるには、あらかじめ、薬事・食品衛生審議会の意見を聴かなければならない。ただし、薬事・食品衛生審議会 が軽微な事項と認めるものについては、この限りでない。 | |
(承認前の医薬品等の広告の禁止) 第六十八条 何人も、第十四条第一項又は第二十三条の二第一項に規定する医薬品又は医療機器であつて、まだ第十四条第一項若しくは第十九条の二第一項の規定による承認又は第二十三条の二第一項の規定による認証を受けていないものについて、その名称、製造方法、効能、効果又は性能に関する広告をしてはならない。 | |
(広告の制限) 第七十六条の五 指定薬物については、医事若しくは薬事又は自然科学に関する記事を掲載する医薬関係者等(医薬関係者又は自然科学に関する研究に従事する者をいう。)向けの新聞又は雑誌により行う場合その他主として指定薬物を医療等の用途に使用する者を対象として行う場合を除き、何人も、その広告を行つてはならない。 | |
●医療法 ※違反行為は中止命令・是正命令の対象(法6条の8第2項) ※虚偽広告、上記命令違反の場合は罰則対象 (法73条) | 第六条の五 医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関しては、文書その他いかなる方法によるを問わず、何人も次に掲げる事項を除くほか、これを広告してはならない。 一 医師又は歯科医師である旨二 診療科名 三 病院又は診療所の名称、電話番号及び所在の場所を表示する事項並びに病院又は診療所の管理者の氏名 四 診療日若しくは診療時間又は予約による診療の実施の有無 五 法令の規定に基づき一定の医療を担うものとして指定を受けた病院若しくは診療所又は医師若しくは歯科医師である場合には、その旨 六 入院設備の有無、第七条第二項に規定する病床の種別ごとの数、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の従業者の員数その他の当該病院又は診療所における施設、設備又は従業者に関する事項 七 当該病院又は診療所において診療に従事する医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療従事者の氏名、年齢、性別、役職、略歴その他のこれらの者に関する事項であつて医療を受ける者による医療に関する適切な選択に資するものとして厚生労働大臣が定めるもの 八 患者又はその家族からの医療に関する相談に応ずるための措置、医療の安全を確保するための措置、個人情報の適正な取扱いを確保するための措置その他の当該病院又は診療所の管理又は運営に関する事項 九 紹介をすることができる他の病院若しくは診療所又はその他の保健医療サ |
法律名 | 条文 |
ービス若しくは福祉サービスを提供する者の名称、これらの者と当該病院又は診療所との間における施設、設備又は器具の共同利用の状況その他の当該病院又は診療所と保健医療サービス又は福祉サービスを提供する者との連携に関する事項 十 診療録その他の診療に関する諸記録に係る情報の提供、前条第三項に規定する書面の交付その他の当該病院又は診療所における医療に関する情報の提供に関する事項 十一 当該病院又は診療所において提供される医療の内容に関する事項 (検査、手術その他の治療の方法については、医療を受ける者による医療に関する適切な選択に資するものとして厚生労働大臣が定めるものに限る。) 十二 当該病院又は診療所における患者の平均的な入院日数、平均的な外来患者又は入院患者の数その他の医療の提供の結果に関する事項であつて医療を受ける者による医療に関する適切な選択に資するものとして厚生労働大臣が定めるもの 十三 その他前各号に掲げる事項に準ずるものとして厚生労働大臣が定める事項 2 厚生労働大臣は、医療に関する専門的科学的知見に基づいて前項第七号及び第十一号から第十三号までに掲げる事項の案並びに第四項に規定する基準の案を作成するため、診療に関する学識経験者の団体の意見を聴かなければならない。 3 第一項各号に掲げる事項を広告する場合においても、その内容が虚偽にわたつてはならない。 4 第一項各号に掲げる事項を広告する場合には、その内容及び方法が、医療に関する適切な選択に関し必要な基準として厚生労働省令で定め るものに適合するものでなければならない。 | |
●家庭用品品質表示法 ※ 違反行為は、指示・公表(法4条)、表示命令(法6条)の対象となるほか、表示のないものの販売を禁止する「強制表示命令」の対象となる場合がある(法6条) ※ 命令違反は罰則対象(法25条) | (表示の標準) 第三条 内閣総理大臣は、家庭用品の品質に関する表示の適正化を図るため、家庭用品ごとに、次に掲げる事項につき表示の標準となるべき事項を定めるものとする。 一 成分、性能、用途、貯法その他品質に関し表示すべき事項 二 表示の方法その他前号に掲げる事項の表示に際して製造業者、販売業者又は表示業者が遵守すべき事項 |
●宅地建物取引業法 ※違反行為は業務停止等の対象(法65条2項、4項) ※誇大広告等の禁止違反は、罰則規定あり(法 79条4項) | (誇大広告等の禁止) 第三十二条 宅地建物取引業者は、その業務に関して広告をするときは、当該広告に係る宅地又は建物の所在、規模、形質若しくは現在若しくは将来の利用の制限、環境若しくは交通その他の利便又は代金、借賃等の対価の額若しくはその支払方法若しくは代金若しくは交換差金に関する金銭の貸借のあつせんについて、著しく事実に相違する表示をし、又は実際のものよりも著しく優良であり、若しくは有利であると人を誤認させるような表示をしてはならない。 |
(広告の開始時期の制限) 第三十三条 宅地建物取引業者は、宅地の造成又は建物の建築に関する工事の完了前においては、当該工事に関し必要とされる都市計画法第二十九条第一項 又は第二項 の許可、建築基準法 (昭和二十五年法律第二百一号)第六条第一項 の確認その他法令に基づく許可等の処分で政令で定めるものがあつた後でなければ、当該工事に係る宅地又は建物の売買その他の業務に関する広告をしてはならない。 | |
(取引態様の明示) 第三十四条 宅地建物取引業者は、宅地又は建物の売買、交換又は貸借に関する広告をするときは、自己が契約の当事者となつて当該売買若しくは交換を成立させるか、代理人として当該売買、交換若しくは貸借を成立させるか、又は媒介して当該売買、交換若しくは貸借を成立させるかの別 (次項において「取引態様の別」という。)を明示しなければならない。 2 宅地建物取引業者は、宅地又は建物の売買、交換又は貸借に関する注文を受けたときは、遅滞なく、その注文をした者に対し、取引態様の別を明らかにしなければならない。 | |
●旅行業法 ※ 違反行為は業務改善命令(法18条の3)、業務停止命令・登録取消(法19条)の対象。 ※ 罰金の対象(法31条10号、11号) | (企画旅行の広告) 第十二条の七 旅行業者等は、企画旅行に参加する旅行者を募集するため広告をするときは、国土交通省令・内閣府令で定めるところにより、当該企画旅行を実施する旅行業者の氏名又は名称、旅行の目的地及び日程、旅行者が提供を受けることができる運送等サービスの内容、旅行者が旅行業者等に支払うべき対価に関する事項、第十二条の十の国土交通省令で定める措置を講ずるために必要な業務を行う者の同行の有無その他の国土交通省令・内閣府令で定める事項を表示してしなければならない。 |
法律名 | 条文 |
(誇大広告の禁止) 第十二条の八 旅行業者等は、旅行業務について広告をするときは、広告された旅行に関するサービスの内容その他の国土交通省令・内閣府令で定める事項について、著しく事実に相違する表示をし、又は実際のものよりも著しく優良であり、若しくは有利であると人を誤認させるような表示をしてはならない。 | |
●貸金業法 ※違反行為は業務改善命令の対象(法24条の6の3第2項) ※誇大広告等の禁止違反は、罰則の対象(法 48条3号) | (貸付条件等の掲示) 第十四条 貸金業者は、内閣府令で定めるところにより、営業所又は事務 所ごとに、顧客の見やすい場所に、次に掲げる事項を掲示しなければならない。一 貸付けの利率(利息及び第十二条の八第二項に規定するみなし利息の総額 (一年分に満たない利息及び同項に規定するみなし利息を元本に組み入れる契約がある場合にあつては、当該契約に基づき元本に組み入れられた金銭を含む。)を内閣府令で定める方法によつて算出した元本の額で除して得た年率(当該年率に小数点以下三位未満の端数があるときは、これを切り捨てるものとする。)を百分率で表示するもの(市場金利に一定の利率を加える方法により算定される利息を用いて貸付けの利率を算定する場合その他貸付けの利率を表示し、又は説明することができないことについて内閣府令で定めるやむを得ない理由がある場合にあつては、貸付けの利率に準ずるものとして内閣府令で定めるもの)をいう。以下同じ。) 二 返済の方式 三 返済期間及び返済回数 四 当該営業所又は事務所に置かれる貸金業務取扱主任者の氏名五 前各号に掲げるもののほか、内閣府令で定める事項 |
(貸付条件の広告等) 第十五条 貸金業者は、貸付けの条件について広告をするとき、又は貸付けの契約の締結について勧誘をする場合において貸付けの条件を表示し、若しくは説明するときは、内閣府令で定めるところにより、次に掲げる事項を表示し、又は説明しなければならない。 一 貸金業者の商号、名称又は氏名及び登録番号二 貸付けの利率 三 前二号に掲げるもののほか、内閣府令で定める事項 2 貸金業者は、前項に規定する広告をし、又は書面若しくはこれに代わる電磁的記録を送付して勧誘(広告に準ずるものとして内閣府令で定めるものに限る。)をするときは、電話番号その他の連絡先等であつて内閣府令で定めるものについては、これに貸金業者登録簿に登録された第四条第一項第七号に掲げる事項に係るもの以外のものを表示し、又は記録してはならない。 | |
(誇大広告の禁止等) 第十六条 貸金業者は、その貸金業の業務に関して広告又は勧誘をするときは、貸付けの利率その他の貸付けの条件について、著しく事実に相違する表示若しくは説明をし、又は実際のものよりも著しく有利であると人を誤認させるような表示若しくは説明をしてはならない。 2 前項に定めるもののほか、貸金業者は、その貸金業の業務に関して広告又は勧誘をするときは、次に掲げる表示又は説明をしてはならない。一 資金需要者等を誘引することを目的とした特定の商品を当該貸金 業者の中心的な商品であると誤解させるような表示又は説明 二 他の貸金業者の利用者又は返済能力がない者を対象として勧誘する旨の表示又は説明三 借入れが容易であることを過度に強調することにより、資金需要者 等の借入意欲をそそるような表示又は説明 四 公的な年金、手当等の受給者の借入意欲をそそるような表示又は説明五 貸付けの利率以外の利率を貸付けの利率と誤解させるような表示又は説明六 前各号に掲げるもののほか、資金需要者等の利益の保護に欠けるお それがある表示又は説明として内閣府令で定めるもの 3 貸金業者は、資金需要者等の知識、経験、財産の状況及び貸付けの契約の締結の目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて資金需要者等の利益の保護に欠け、又は欠けることとなるおそれがないように、貸金業の業務を行わなければならない。 4 貸金業者は、貸付けの契約の締結を勧誘した場合において、当該勧誘を受けた資金需要者等から当該貸付けの契約を締結しない旨の意思(当該勧誘を引き続き受けることを希望しない旨の意思を含む。)が表示されたときは、当該勧誘を引き続き行つてはならない。 5 貸金業者は、その貸金業の業務に関して広告又は勧誘をするときは、資金需要者等の返済能力を超える貸付けの防止に配慮するとともに、その広 告又は勧誘が過度にわたることがないように努めなければならない。 |
法律名 | 条文 |
●割賦販売法 ※その他、29条の2、30条、35条の3の 2も同様の規定 ※違反行為は罰則の対象(法53条) | (割賦販売条件の表示) 第三条 割賦販売を業とする者(以下「割賦販売業者」という。)は、前条第一項第一号に規定する割賦販売(カード等を利用者に交付し又は付与し、そのカード等の提示若しくは通知を受けて、又はそれと引換えに当該利用者に商品若しくは権利を販売し、又は役務を提供するものを除く。)の方法により、指定商品若しくは指定権利を販売しようとするとき又は指定役務を提供しようとするときは、その相手方に対して、経済産業省令・内閣府令で定めるところにより、当該指定商品、当該指定権利又は当該指定役務に関する次の事項を示さなければならない。 一 商品若しくは権利の現金販売価格(商品の引渡し又は権利の移転と同時にその代金の全額を受領する場合の価格をいう。以下同じ。)又は役務の現金提供価格(役務を提供する契約の締結と同時にその対価の全額を受領する場合の価格をいう。以下同じ。) 二 商品若しくは権利の割賦販売価格(割賦販売の方法により商品又は権利を販売する場合の価格をいう。以下同じ。)又は役務の割賦提供価格(割賦販売の方法により役務を提供する場合の価格をいう。以下同じ。) 三 割賦販売に係る商品若しくは権利の代金又は役務の対価の支払(その支払に充てるための預金の預入れを含む。次項を除き、以下同じ。)の期間及び回数 四 第十一条に規定する前払式割賦販売以外の割賦販売の場合には、経済産業省令・内閣府令で定める方法により算定した割賦販売の手数料の料率 五 第十一条に規定する前払式割賦販売の場合には、商品の引渡時期 2 割賦販売業者は、前条第一項第一号に規定する割賦販売(カード等を利用者に交付し又は付与し、そのカード等の提示若しくは通知を受けて、又はそれと引換えに当該利用者に商品若しくは権利を販売し、又は役務を提供するものに限る。)の方法により、指定商品若しくは指定権利を販売するため又は指定役務を提供するため、カード等を利用者に交付し又は付与するときは、経済産業省令・内閣府令で定めるところにより、当該割賦販売をする場合における商品若しくは権利の販売条件又は役務の提供条件に関する次の事項を記載した書面を当該利用者に交付しなければならない。 一 割賦販売に係る商品若しくは権利の代金又は役務の対価の支払の期間及び回数二 経済産業省令・内閣府令で定める方法により算定した割賦販売の手数料の料率三 前二号に掲げるもののほか、経済産業省令・内閣府令で定める事項 3 割賦販売業者は、前条第一項第二号に規定する割賦販売の方法により、指定商品若しくは指定権利を販売するため又は指定役務を提供するため、カード等を利用者に交付し又は付与するときは、経済産業省令・内閣府令で定めるところにより、当該割賦販売をする場合における商品若しくは権利の販売条件又は役務の提供条件に関する次の事項を記載した書面を当該利用者に交付しなければならない。 一 利用者が弁済をすべき時期及び当該時期ごとの弁済金の額の算定方法二 経済産業省令・内閣府令で定める方法により算定した割賦販売の手数料の料率三 前二号に掲げるもののほか、経済産業省令・内閣府令で定める事項 4 割賦販売業者は、第一項、第二項又は前項の割賦販売の方法により指定商品若しくは指定権利を販売する場合の販売条件又は指定役務を提供する場合の提供条件について広告をするときは、経済産業省令・内閣府令で定めるところにより、当該広告に、 それぞれ第一項各号、第二項各号又は前項各号の事項を表示しなければならない。 |
●金融商品取引法 | (広告等の規制) 第三十七条 金融商品取引業者等は、その行う金融商品取引業の内容について広告その他これに類似するものとして内閣府令で定める行為をするときは、内閣府令で定めるところにより、次に掲げる事項を表示しなければならない。 一 当該金融商品取引業者等の商号、名称又は氏名 二 金融商品取引業者等である旨及び当該金融商品取引業者等の登録番号三 当該金融商品取引業者等の行う金融商品取引業の内容に関する事項であ つて、顧客の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものとして政令で定めるもの 2 金融商品取引業者等は、その行う金融商品取引業に関して広告その他これに類似するものとして内閣府令で定める行為をするときは、金融商品取引行為を行うことによる利益の見込みその他内閣府令で定める事項について、著しく事実に相違する表示をし、又は著しく人を誤認させるような表示をしてはならない。 |
第3章 約款規制
担当:沖野眞已(東京大学教授)
1.論点
① 約款が契約内容となるためのいわゆる組入れの要件および効果を定める規定を設けることを検討してはどうか。
② 「不意打ち条項」については、契約内容として効力を有しないとする規定を設けることを検討してはどうか。
③ 約款中の条項や実質交渉を経ていない条項の解釈準則について、消費者の合理的な期待や理解の扱いを定める規定を設けることを検討してはどうか。
④ 契約条項の定め方について、消費者契約法 3 条 1 項を改め、努力義務ではなく義務とする規定を設けることを検討してはどうか。
<提案の趣旨>
① 消費者契約において約款が用いられる場合、基本的に、用いられる約款が特定されそれを認識する機会が用意されたうえで、それを契約内容とすることに消費者が同意した場合に限り契約内容となる旨のいわゆる約款の組入れの規定の新設の検討を提唱する。
② ①の規定を設ける場合には、消費者契約において約款が用いられる場合、約款の組入要件を充たした場合にあっても、消費者にとって約款中に含まれるものと合理的に期待することができない条項については、個別の了解がない限り、契約内容とならない、または契約条項としての効力を有しないとする「不意打ち条項」の規定の新設、および、約款の定義に該当しない場合にあっても、消費者にとってその存在を合理的に期待することができない条項については契約内容から排除され、もしくは効力を有しないとする規定の新設の検討を提唱する。
③ 消費者契約における約款中の条項や実質交渉を経ていない条項の解釈準則を新設し、消費者の合理的な理解に即して解釈されるべきことや、内容を確定できない場合には消費者に有利な解釈がとられるべきことを定めることの検討を提唱する。
④ 消費者契約法 3 条 1 項を改め、消費者契約中の条項についてその内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう定めることを努力義務ではなく義務とする規定とすることの検討を提唱する。
2.その背景・立法的対処の必要性
① 消費者契約において紛争が生じた場合に、事業者から「契約はこうなっている」として約款中の条項が示されることが少なくない。そのような約款は、契約締結時に示されていたり、契約書その他の文書に印刷されている場合もあるが、契約締結後に送付されたり、紛争になるまで示されない場合もある。「約款」中の条項は事業者側が一方的に策定
したものであって、援用される条項が消費者をも拘束する力を当然に有するわけではない。「契約内容は、当事者の合意によるものとの基本的な考え方に立てば、契約選択時に開示されていないために消費者が知らなかった契約条件によって拘束されることになるとする考え方は、納得できるものではなく、きわめて不合理である」(村千鶴子「約款・不当条項・公序良俗」ジュリスト 1430 号 56 頁(2011 年))と指摘されている。
消費者契約法は、8 条~10 条において不当な内容の消費者契約条項を無効とする規定
(不当条項の内容規制)を設けているが、内容の審査以前にそのような条項が契約内容を構成し契約としての拘束力を有するための基本を明らかにすることは、消費者契約の適正化や安定の観点から必要である。
② また、消費者契約の苦情相談事例の分析から、消費者と事業者との認識ギャップがあり、具体的には、「a)消費者が契約締結の意思表示をしたと認識していないにもかかわらず、事業者は契約が成立していたと主張し、トラブルとなっている事案」のほか、契約内容や合意確認書面等の記載に関して、「b)消費者が想定していた契約内容とは大幅に異なる契約が成立していると事業者が主張して、トラブルとなっている事案、c)消費者の意識とは異なる書面等(確認書など)が作成され、トラブルとなっている事案」がみられることが明らかにされている。これらの認識ギャップへの対処は現行法においては規定がなく、「そうした消費者と事業者との認識ギャップを原因としてトラブルとなっている事案をいかなる手法で解決すべきかが、今後の課題の一つ」であると指摘されている
(「消費者契約に関する紛争の実態及び法的な論点について-『消費者契約に関する苦情相談の実態調査』研究会報告書-」9~10 頁(2005 年))。
このような認識ギャップの存在の原因はさまざまであるが、(ア)そもそも消費者がおよそ契約内容を知ることができない状態で契約が締結され全く知らない条項が紛争段階で持ち出されたり、(イ)約款等で言及されていた契約条件の中に消費者が合理的に予測できない条項が存在しそれが事業者によって援用されたり、(ウ)条項の意味内容についての理解が消費者と事業者との間で乖離がある中で事業者がその理解に沿った内容で契約はこうであると援用するなどが考えられる。このうち、(イ)は「不意打ち条項」の問題(論点②)に、(ウ)は条項の解釈の問題(論点③)に関わる。
③ 約款は事業者側の一方的な策定に係る契約条件であり、約款による取引は、契約条件をあらかじめ定型化することで多数・大量の取引を可能にするものであって、消費者が契約締結に当たり約款中の個々の条項を読み、吟味することは求められず、消費者としては約款によることを受け入れて契約をするか契約をしないかの選択しかないのが通常である。そのため約款中に消費者が予想できない条項や不当な内容の条項が入り込むという問題がある(日弁連消費者契約法改正試案 9 条の解説)。約款を契約内容に組入れるために、当該約款を契約内容とすることへの消費者の同意を必要とするとしても、その同意は、予想できないような条項や不当な内容の条項にまで及ぶものではなく、これらの条項を排除する仕組みが必要である。このうち、不当な内容の条項の排除は、現行法 8 条
~10 条により対処されるが、予想できないような条項の排除について現行法では十分ではない。
また、消費者と事業者との間の情報・交渉力の格差や事業者による一方的策定と消費者による受働的包括的同意という状況は、約款の定義いかんによるが、必ずしも約款による場合に限られない。約款の定義いかんによって約款には該当しない場合にあっても、同様に消費者に「不意打ち」となる条項が存在しうるため、消費者にとってその存在を予想するのが困難である条項については、個別に説明がされ了解されるのでない限り、契約内容を構成しない、もしくは条項としての効力を持たないとして同様の規律を設けることが必要である。
内容の不当性ゆえに条項を無効とするのではなく、そもそも契約内容となっていないとして、契約内容化から排除する手法は、判例・裁判例においても認められている。古くは、「例文解釈」の手法が見られる。また、建物賃貸借契約の終了の際の賃借人の原状回復義務に関し通常損耗分も賃借人負担とする条項について、賃借人に予期しない特別の負担を課すものであって、賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとする最判平成 17 年 12 月 16 日判例時報 1921 号 61 頁がある。
約款の組入れにおける同意の及ぶ範囲とは認められない「異常な」条項の例として、
――例としての当否につき議論があるが――「甲という物品についての売買契約を締結したところ、約款の中に乙という付属品の供給を継続的に受ける旨の条項が挿入されていた場合」などが挙げられている(民法(債権法)改正検討委員会編『詳解債権法改正の基本方針Ⅱ』95 頁(2009 年))。
④ 事業者から「契約はこうなっている」として条項が示される場合、当該条項の文言が曖昧であったり、多義的であったり、複数の条項にまたがりきわめてわかりにくく理解が困難であるという場合がある。契約内容となった条項の意味の確定において、事業者と消費者とで理解が異なる場合、あるいは事業者の理解が消費者の合理的な期待と食い違うような場合、どのように条項の意味内容や契約の内容を確定していくかについては、規定がない。また、そもそも、契約においては両当事者の共通の意図を探求するのが合意の意味内容の確定における第一の作業であるが、消費者契約において約款中の条項や交渉されていない条項の場合、消費者はその具体的な内容を認識していないことも稀ではなく、両当事者の共通の意図といってもそこには事業者の意図しか存在しない。このような事情から、これらの条項については事業者の理解が一方的に消費者に「押しつけられる」ことになりかねない。この局面において、消費者の合理的な理解や期待が考慮されるべきことが明らかにされることが、紛争解決の指針という観点や消費者契約の条項の適正化の観点から、望まれる。また、条項が多義的でその内容を一に確定できず、条項の内容が不確定ゆえに無効となりかねない場合において、消費者有利・事業者不利の不明確解釈準則を設け、最終的には、条項の起草の多義性の負担は事業者が負うことを明らかにすることが、望ましい。
⑤ 事業者および事業者側が消費者契約中の条項を定めるにあたり、消費者にとって理解で
きるよう、その内容を明確、かつ平易に定め、そのわかりやすさを確保すべきことは、すでに現行法 3 条 1 項が明らかにしている。しかし、その内容は、配慮するよう努める義務という、配慮義務である上に努力義務として定められており、その効果は不透明で多分に訓示的規定であるとして批判されてきた。そして、現実には、「わかりにくい」、改善の余地の大きい約款や契約条項が少なからず存在している。わかりやすさは不断の努力によって追求していくべきものであるが、事業者・消費者間の情報・交渉力格差を基礎に据える消費者契約法にあって、②や③の基礎としても、実質的に起草の任を担う事業者側が、わかりやすく条項を起草する義務を負うことが明らかにされるべきであり、努力義務から一歩推し進め義務規定とすることが適切である。
3.比較法的な動向との関係
① 約款や標準化された条項について、相手方(消費者契約においては消費者)の認識の機会や注意が向けられる機会が与えられない限り、契約内容として効力を認められないという規律はかなり普遍的に見られる(ドイツ民法 305 条、韓国約款規制法、オランダ民法 6:231 条、ヨーロッパ契約法原則第 2:104 条)。ただし、約款という枠組みを用いるかどうかについては立法例は分かれている(付合契約性に着目するものや、交渉されていない条項として個別にとらえるものがある)。また、約款として規律する場合もその効果については、例えばドイツ民法は、契約内容の構成・不構成の問題とするが、オランダ民法は、約款によるという同意については約款の定義に関して約款使用者の相手方の定義において約款の適用を承諾した者と定め、約款によることへの同意をこのような形で組み込む一方、約款を了知する合理的な機会が与えられなかったことを約款中の条項の効力を否定する(無効とされ得る)事由としている(オランダ民法 6:231 条 c、233条 b)。また、契約書に明示されていない条項や締結時に明示的に参照されず認識されていない書面中の条項を契約内容とする旨の条項を不当条項と推測する形の規律も見られる(フランス消費法典 R132-1 条 1)。個別に交渉されていない条項についての主張・援用制限とするものもある(ヨーロッパ契約法原則第 2:104 条(1))。
② 不意打ち条項については、約款の組入れとの関係で組入れの範囲の問題として位置づける法制(ドイツ民法 305c 条)があるが(米国第 2 次契約法リステイトメント 211 条(3)ではそのような条項の存在を知ったならば同意しなかったであろう条項は契約内容とならないとされている)、その一方で、約款による規律を設ける場合にも不意打ち条項については条項無効という効果を結びつける法制がある(定型条項中の不意打ち条項の無効を定めるユニドロワ商事契約原則 2010・第 2.10.1 条(1)。韓国約款規制法 6 条②2 は不公正条項と推定される事由とする)。
③ 契約解釈準則について、いわゆる不明確解釈準則を定める法制は少なくない。不明確解釈準則の内容は必ずしも一律ではないが、近時の立法や提案においては作成者不利や事業者不利・消費者有利の解釈の優先を内容としている。(1993 年消費者契約における不公正条項に関する EC 指令 5 条、ドイツ民法 305 条 c(2)、オランダ民法 6:238 条(2)後段、フランス民法改正草案(テレ草案)140 条(2)、フランス民法改正草案(司法省
2008 年草案)155 条(2)、DCFR 第 2 編第 8 章 103 条、ヨーロッパ契約法原則第 5:103条、ユニドロワ国際商事契約法原則第 4.6 条)。ただし、また、消費者契約においてその合理的な期待の契約内容への取り込みを定める法制が見られる(イギリス不公正契約条項法 3 条(b))。
④ 条項の明確さ・平易さ・わかりやすさの確保の要請(透明化の要請)は、ドイツ約款規 制法において先行して規定されていたが、1993 年の消費者契約における不公正条項に関 する EC 指令 4 条 2 項・5 条において、消費者契約中の条項は、つねに平易かつ明瞭なこ とばで起草されなければならないとして、努力義務にとどまらない義務として定められ るとともに、その具体的な帰結として、消費者に最も有利な解釈の優先という形での不 明確解釈準則や、不公正条項かどうかの判断の対象として、明瞭かつ平易に表現されて いる限りにおいては中核的給付記述部分には及ばないとすることなどが定められている。透明性原則は、ヨーロッパ各国において努力義務ではない形で事業者の義務とされてい る(オランダ民法 6:238 条(2)。効果について、オランダ民法 6:231 条 a、フランス 消費法典 L132-1 条⑦、ヨーロッパ契約法原則第 4:110 条(2)など)。また、不意打ち 条項の無効を定めつつ、不意打ち性については記載の仕方も考慮要素となることを明示 するものがある(ユニドロワ商事契約原則 2010・第 2.10.1 条(2))。
4.立法を考えるとした場合の留意点
① 約款の組入れについては、約款を基軸とする限りは、消費者契約における約款に特有の問題ではなく、むしろ民法一般に規定するのが適切である。ただし、民法に一般的な規定が設けられる場合にも、次に述べるように消費者契約における事情を考慮して特に規定を置くことも考えられる。
仮に、民法に規定されなかった場合には、消費者契約法において規定を設けることが考えられる。その場合、消費者契約法において「約款」というアプローチを採用すべきかどうかが 1 つの問題である。
また、具体的な規律にあたっては、約款の定義の問題がある。約款の定式については、多数の取引での利用を想定するものであること、定型性をもった契約条項・条件であること、その総体であること、を要素として抽出することになるが、特に消費者契約においては、書面であるかどうかを問わないことや名称を問わないことを確認的に明らかにすることが有用であろう。
組入要件については、次の点に留意する必要がある。すなわち、(ア)約款によるという点についての消費者の同意・意思が鍵であること、(イ)「約款による意思」の前提として約款の特定や消費者の認識をどこまで確保するべきか、またそのために事業者にどのような行動が求められるかという問題として「開示」をとらえること、(ウ)消費者契約における約款の場合、約款の冊子を交付されても消費者はそれを読み、吟味して判断するのが困難である点に問題がある。したがって、「開示」があれば当然にすべて契約内容となるというものではなく、契約締結意思を左右する重要な条項については、個別の条項や内容についての明確な注意喚起や説明が必要であること。
このような観点からすれば、約款一般について民法に規定が設けられた場合においても、(イ)の観点からのより詳細な規律を設けることや、(ウ)の観点からの規定を別途設けることが考えられる。
(ウ)については、(契約締結の意思決定に影響を及ぼしうる)重要な契約条件についての情報提供義務の観点からも考慮する必要がある。
② 不意打ち条項は、約款の組入要件と対になって消費者の同意の範囲の外延を画するものとして位置づけられる。「不意打ち」性の判断の基準として、当該消費者を基準とするのか、それとも当該約款の利用において想定される平均的な顧客を基準として判断されるのかという問題、また、その判断において考慮されるべき事項・事情として、抽象的に約款を見て判断されるのか、それとも契約締結課程における個別事情を取り込んで判断されるのかという問題がある。約款自体は多数の取引において画一的な契約条件による取引を指向するものであることからすれば、まずは、当該約款の利用において想定される平均的な顧客を基準として不意打ちかどうかが判断されることになろう。その場合にも、約款だけが考慮事情となるわけではなく、顧客層を想定した説明の仕方などから、その存在を合理的に期待できないという場合もあり、それが排除されることにはならない。
また、約款が契約内容に組み入れられるのは個別の同意に基礎を置くことからすれば、個別事情における説明の仕方により、契約内容を構成する範囲から除外されることがあろう。ちょうど、個別合意によって約款の特定の条項が排除されることがある(個別合意が優先する)ように、逆に、個別説明等によって約款の特定の条項が到底期待できないものとして排除されることもあると考えられる。
個別の事情による、約款の特定の条項の排除については、約款による取引の大量画一取引性を減殺する面があるが、だからこそ、契約締結過程における契約内容・契約条件についての説明の適正さに留意が払われるべきであろう。なお、契約の特性によってはそのような排除が困難であるものも存在すると考えられる。
消費者にとって合理的に予想できる条項の存在は約款の利用の場面に限定されるものではない。そうだとすれば、約款に限らず、不意打ち条項の排除の規定を設けることが考えられる。上記のとおり、その場合においては、平均的な顧客の基準、あるいは取引慣行等の客観的・類型的な考慮要素のみならず、当該消費者を基準として具体的な契約プロセスにおける事業者の説明など具体的な考慮要素を勘案する必要がある。
「不意打ち条項」の効果については、約款の組入要件との関係では契約内容とならないという効果が理論的ではあり、約款の組入要件と切り離しても、合意の範囲の問題とすることが理論的には精緻であるが、不意打ち条項かどうかの判断においては内容――その当否を判断しての排除ではないとはいえ――の勘案が不可避であること、個別の条項について契約内容を構成しないという構成はわかりにくい面もある――契約条項としての効力を認められないという点では無効と同様であり、内容不構成と無効の二本立てとし、組入れによっていったん内容となった条項が、不意打ち条項と不当条項との二本立てで効力が認められなくなるという構造の複雑さもある――ことから、契約内容とならず、契約条項としての効力を否定されるという意味で「無効」とすることも考えられ
る。
不意打ち性については、条項の存在を予想し得ないというもののみならず、多岐にわたって複雑な定めとなっているために理解を期待できないような場合(複雑に仕組まれた対価内容の決定方法、給付内容の決定方法など)など、透明性の観点も「不意打ち」として考慮すべきではないかという指摘や、契約条項の不当性判断において、その一考慮として、当該条項が透明性を欠くことが考慮要素となりうることを明らかにすべきではないかという指摘がある。
③ 解釈準則について、いわゆる不明確解釈準則の導入の検討において、不明確解釈準則にどのような内容を盛り込むかについては、複数の可能性がある。端的に条項使用者の相手方や消費者に有利な解釈による、というのではなく、約款中の条項や個別に交渉されていない条項の意味について疑義が存する場合においては、その意味は、その条項が事業者によって提示されたことを踏まえ、消費者の利益を顧慮して解釈するものとする旨の規定を設けることも考えられる。
このほか、個別交渉条項(個別合意)の趣旨が個別交渉を経ていない条項より優先されるべき旨の規定を設けることなども条項の解釈準則として考えられる。
約款の場合には、個別の条項に対する意思が存在しないことが少なくないため、その解釈において平均的顧客を標準とした客観的解釈も説かれる。事業者の一方的な理解が通用するわけではなく、顧客や消費者の合理的な期待がとりこまれるべきであるという限りでは適切であるが、その一方で、個別の交渉の中での事業者の言明から期待が形成された場合のその期待の取り込みがおよそ遮断されるとすれば、契約の一般法理からは例外的な扱いであろう。もっとも、その取り込みを、情報提供や錯誤などの法理によって行うのか(特定の条項についての錯誤無効などの法律構成との関係を考える必要がある。)、端的に条項の意味内容の確定とするのかという問題がある。また、約款の場合には、定型的画一的な取引条件の普遍が重要な場合もあるため(例えば保険約款の場合)、個別事情がどこまで考慮されうるか、されるべきかについては、その観点からの検討も必要である。
④ 透明性原則については、不意打ち条項の考慮要素となり、また、透明性を欠く場合には不明確解釈準則の対象となりうる、不当条項の判断において考慮要素となるほか、特に契約の中心的給付条項についても、透明性を欠く場合には、不当条項審査の対象となることを確認するべきことが指摘されている。これらの諸種の効果の大元に、契約条項の透明性確保についての事業者の義務が存在すると考えられることから、少なくとも、事業者の義務を明確にしたうえで、透明性原則に立脚した規律を明らかにすることが望ましい。
5.その他(関連問題など)
① 不当条項の一般規定との関係
② 契約内容についての情報提供
③ 契約条項についての錯誤
④ 事業者の行為準則
⑤ 団体訴訟における働き方
⑥ 約款や標準化された契約条件の適正化の取組みのための手法
(参考資料)
「消費者契約法日弁連改正試案」9 条~11 条
「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」第 30
民法(債権法)改正検討委員会編『詳解債権法改正の基本方針』Ⅱ80 頁以下、157 頁以下(商事法務、 2009 年)
民法改正研究会編・法律時報増刊『日本民法典財産法改正 国民・法曹・学界有志案 仮案の提示』 468 条、469 条(2009 年)
横山美夏「約款」法学教室 394 号 4 頁(2013 年)
鹿野菜穂子「約款の透明性と組入要件・解釈・内容コントロール」鹿野菜穂子=中田邦博=松本克美編
『消費者法と民法 長尾治助先生追悼論文集』(法律文化社、2013 年)
鹿野菜穂子「約款による取引と透明性の原則」長尾治助他編『消費者法の比較法的研究』96 頁(1997 年)中田邦博「契約の内容・履行過程と消費者法」中田邦博=鹿野菜穂子編『ヨーロッパ消費者法・広告
規制法の動向と日本法』25 頁(日本評論社、2011 年)
村千鶴子「約款・不当条項・公序良俗」ジュリスト 1430 号(2011 年)山本敬三『民法講義Ⅰ総則』(第 3 版)297 頁以下(有斐閣、2011 年)
山本敬三「消費者契約における契約内容の確定」別冊 NBL54 号『消費者契約法――立法への課題』67頁(商事法務研究会、1999 年)
山本敬三「消費者契約法の意義と民法の課題」民商法雑誌 123 巻 4=5 号(2001 年)河上正二『民法総則講義』(日本評論社、2007 年)280 頁以下
河上正二『約款規制の法理』(有斐閣、1988 年)
山本豊「約款」内田貴・大村敦志編『民法の争点』219 頁(有斐閣、2007 年)
山本豊「契約の内容規制」別冊 NBL51 号『債権法改正の課題と方向――民法 100 周年を契機として』 57 頁(商事法務研究会、1998 年)
石原全「契約条件の適正化について」ジュリスト 1139 号(1998 年)
石原全「約款における『透明性』原則について」一橋大学法学研究 28 号 3 頁(1996 年)
上田誠一郎「約款による契約の解釈――いわゆる約款の客観的解釈を中心に」同志社法学 42 巻 4 号
(1990 年)
比較法資料(上記3.)
第4章 不招請勧誘
担当:角田美穂子(一橋大学教授)北村純子(弁護士)
1.論点
① とりわけ投機性が高い金融商品(店頭金融先物取引、店頭デリバティブ取引、商品先物取引)や訪問購入といった取引方法について、執拗な勧誘や利用者の被害の発生といった適合性原則の遵守をおよそ期待できない事態にかんがみて、そもそも顧客が要請していない限り勧誘自体を禁止すべきとする、不招請勧誘を禁止する行政ルールが蓄積されてきている。これらの規制は顧客の保護を目的とした法規定であることから、これらの規定に違反した[勧誘・販売]行為につき、民事上も違法となる旨の規定を導入することを検討してはどうか。
② 不招請勧誘に関する消費者被害の相談が多く寄せられている一方、裁判実務上は適合性原則違反、説明義務違反とあわせて民事責任を基礎づけるとされていることにかんがみ、不招請勧誘ルールの消費者契約法への導入にあたっては、不当勧誘に関する一般条項(受皿規定)を置くこととしたうえで、その解釈・適用にあたっての一考慮要素とする方向などを検討してはどうか。また、不招請勧誘独自の実体法規範を定める方向についても、困惑取消類型の拡張という議論、損害賠償義務をもたらす不当勧誘行為規制といった議論も踏まえつつ、引き続き併せ検討してはどうか。
<提案の趣旨>
(①について)
不招請勧誘ルールは、行政ルールの領域において、立法例の蓄積、拡充をみている。具体的には、とりわけ投機性が高い金融商品(店頭金融先物取引、店頭デリバティブ取引、商品先物取引)について金融商品取引法における禁止行為として、あるいは商品先物取引法上の不当な勧誘等の禁止として定められている。これらは、執拗な勧誘や利用者の被害の発生といった適合性原則の遵守をおよそ期待できない事態にかんがみて、そもそも顧客が要請していない限り勧誘自体を禁止すべきとする不招請勧誘規制が導入されてきたものである。さらには、平成 24 年 8 月の特定商取引法改正により、訪問購入に係る売買契約の締結について、勧誘を要請していないものにつきその勧誘を禁止するルールが導入されたことは注目に値する(58 条の 6 第 1 項)。ここでは、訪問購入における被害は単なる経済的損失にとどまらず、また、未然防止の必要性が極めて大きいこと、そして、在宅していることが多い高齢者、専業主婦に集中しているといった事情が考慮されている。
このほか、不招請勧誘禁止そのものではないものの、電子メール広告について承諾をしていない者に対する送信の禁止、制限がなされているほか、訪問販売については承諾意思確認の努力義務、再勧誘の禁止、電話勧誘販売についても再勧誘の禁止といった行政ルールも置かれている。
これらの規制は顧客の保護を目的とした法規定であることから、これらの規定に違反した[勧誘・販売]行為については民事上も違法となるといった形で、行政ルールに民事効を付与する旨の規定(行政ルールとの架橋)を導入するのが適切というべきである。その際の理論構成としては、「適合性原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となる」とした最判平 17・7・14民集 59 巻 6 号 1323 頁のほか、「他人の保護を目的とする法律に違反した者」も違法な権利侵害をしたとして「これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めるドイツ民法 823 条 2 項が参考になろう。
(②について)
不招請勧誘に関する消費者被害の相談は多く寄せられている一方、裁判実務においては、不招請勧誘を理由とする不法行為責任を認めた裁判例も、適合性原則等と相まった形で認めているほか、問題とされている領域も一定の領域に集中しているという傾向がみられる。したがって、消費者契約一般を対象に、不招請勧誘禁止そのものについて単独での実体法規範を考えるよりは、不当勧誘に関する一般条項(受皿規定)を置くこととしたうえで、その解釈・適用にあたっての一考慮要素とするのが、立法の早期実現という観点からは望ましいのではないか。また、不招請勧誘独自の実体法規範を定める方向についても、困惑取消類型の拡張という議論、損害賠償義務をもたらす不当勧誘行為規制といった議論も踏まえつつ、引き続き検討が必要であるように思われる。
2.その背景・立法的対処の必要性
消費者契約のトラブルの多くが不招請勧誘に起因しているということが指摘されており、「元を絶つ」実効性確保の要請が不招請勧誘に寄せられる期待の背景にある。
対処すべきとされている問題としては、常時住所にいることが多く、判断能力に衰えが生じている可能性が高い高齢者に対するもので、対応ができていないものとして詐欺的投資勧誘、苦情申し出がしにくい高齢者あるいは判断能力が不足している人への次々販売をあげることができる。
3.比較法
諸外国においては、「不招請勧誘」に対して一般的な形で取り上げて民事ルールを論じる国はなく、郵便、ファックス、電子メールといった個別問題対応型での処理がなされている傾向がある、もっとも、一般民事ルールとして扱われていないというわけではなく、各国により、契約締結上の過失、公序違反、状況の濫用の一場面として扱われている例がある(内閣府国民生活局「諸外国における消費者契約に関する情報提供、不招請勧誘の規制、適合性原則についての現状調査」(平成 18 年 3 月 )。
フランス消費法典
第2節 違法な取引方法第5款 攻撃的取引方法
L.122-11 条 Ⅰ.―取引方法は、それを取り囲む諸事情を考慮して、反復される執拗
な勧誘または物理的もしくは精神的強制の使用により、[以下]のときに攻撃的である:
1° 取引方法が、消費者の選択の自由を著しく歪めまたは歪める性質を有する[とき];
2° 取引方法が、消費者の同意を瑕疵あるものにし、または瑕疵あるものにする性質を有する[とき];
3° 取引方法が、消費者の契約上の権利の行使を妨げる[とき]。
Ⅱ.― 取引行為が、困惑行為、有形力を含む強制、または不当な影響を用いているか否かを判断するために、以下の要素が考慮される:
1° 取引行為が行われた時および場所、その性質および執拗さ;
2° 物理的または口頭による脅しの使用;
3° 生産物に関する消費者の決断に影響を与える目的で、事業者が、事情を知った上でする、消費者の判断を歪めてしまうほど重大なあらゆる不幸または特別な事情へのつけ込み;
4° 消費者が、自らの契約上の権利、とりわけ契約を終了させる権利または生産物もしくは供給者を変更する権利を主張しようとするときに、事業者によって課される、重大なまたは並外れた契約外のあらゆる障害;
5° 法律上可能でないにもかかわらず行われる、あらゆる訴訟提起の脅し。
L.122-11-1 条 [以下のこと]を目的とする取引行為は、L.122-11 条の意味において攻撃的と見なされる:
1° 契約が締結されるまでその場を離れることができないという印象を消費者に与えること;
2° 事業者がその場所を離れる旨またはその場所に再び現れない旨の消費者による求めを無視して、消費者の自宅への個人的訪問を行うこと。ただし、国の定める法が、契約上の債務の履行を行うために事業者が個人訪問を行うことを許可している場合は、この限りでない;
3° 電話、ファックス、電子メール、その他のあらゆる遠隔通信手段による、反復されかつ招請されていない勧誘を行うこと;(以下4°~8°略)
L.122-12 条 攻撃的取引方法を行う行為は、2 年を上限とする拘禁刑および 150000ユーロを上限とする罰金で罰せられる。
L.122-13 条 L.122-12 条に定める軽罪を犯した自然人は、最長で 5年間、直接的にまたは間接的に取引活動を行うことの禁止が科される。
L.122-14 条 L.122-12 条に定める軽罪を犯した法人は、刑法典 131-39 条に掲げる刑罰が科される。
L.122-15 条 攻撃的取引方法により契約締結に至ったとき、当該契約は、無効である。
4.立法を考えるとした場合の留意点
① 不招請勧誘ルールによって消費者契約トラブルの被害の「元を絶つ」意味は大きい。その法的介入根拠として、しばしば「私生活の平穏の侵害」が挙げられる。しかし、それによって生ずる損害については引き続き検討の必要がある(精神的損害以外の損
害について)。
② ルールの射程
消費者取引一般について考えてよいのか、勧誘態様も一般化可能かということも意識する必要がある。
③ 行政ルールと民事効との架橋の要件
適合性原則の最高裁判決は、行政ルールからの「著しい」逸脱という「著しい」という要件が入っているところ、ドイツ法的に「保護法規」性を認めることができる法規の違反(ドイツ民法823条2項)については「著しい」という要件を不要とすることも検討に値しよう。
また、再勧誘の禁止については、フランス法を参考に、これも保護法規に含めて考えることができるのではないか。
5.その他
不招請勧誘ルールは、広告規制のあり方のほか、困惑取消類型の拡張という議論、損害賠償をもたらす不当勧誘行為規制という議論、消費者公序規定の導入という議論とも密接にかかわるので、これらの議論状況も考慮に入れながら検討する必要がある。
(参考資料)
(1)消費者基本計画
・平成 17 年「消費者基本計画」
「消費者契約法施行後の状況について分析・検討するとともに,消費者契約に関する情報提供,不招請勧誘の規制,適合性原則等について,幅広く検討する。」
不招請勧誘を「取引を希望していない消費者に対する勧誘(例:消費者への電話やメールなどによる一方的な勧誘)」と説明している。
・平成 22 年「消費者基本計画」
「消費者契約法に関し,消費者契約に関する情報提供,不招請勧誘の規制,適合性原則を含め,インターネット取引の普及を踏まえつつ,消費者契約の不当勧誘・不当条項規制の在り方について,民法(債権関係)改正の議論と連携して検討します。」(施策番号 42)
(2)評価検討委員会報告書(28 頁~)
「本法上の困惑類型(第 4 条第 3 項)の規定の在り方について検討するのと合わせて、引き続き検討すべきである。」
(3)国民生活審議会消費者政策部会報告(平成 11 年 1 月)
「・・これらの裁判例を踏まえ,事業者が,消費者を威迫するような言動(脅迫まがいの威圧的な言動),消費者の私生活又は業務の平穏を害するような言動(例えば,長時間にわたり消費者を拘束する,夜間に消費者の居宅に上がり込む,消費者に不意打ち的に接近し考慮する時間を与えないなど,消費者の公私にわたる生活の安寧を乱すような言動)をした場合においては,消費者は契約を取り消すことができるとすることが適当である。なお,消費者の私生活又は業務の平穏を害するような言動とは,中間報告において用いられていた「困惑」の概念ないし手段を明確化・具体化し
たものである。」
(4)消費者契約法日弁連改正試案(2012 年 2 月 16 日)
「不招請勧誘は,定型的に消費者の私生活の平穏を害し消費者を困惑させて契約をさせる勧誘方法であり,消費者契約法 4 条 3 項の不退去,退去妨害と同様に,消費者の正常な意思表示が害され
ていると考えられる。したがって,不招請勧誘によって契約が締結された場合には,民法 96 条,あ
るいは消費者契約法 4 条 3 項(困惑類型)に準じて,消費者に意思表示の取消権を付与すべきである。」
(なお、不当勧誘行為についての損害賠償請求権も提言している。)第 4 条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
十一 あらかじめ当該消費者の要請がないにもかかわらず,当該消費者を訪問し,又は当該消費者に対して電話をかけ,ファクシミリ装置を用いて送信し,若しくは電子メールを送信すること。
(5)河上正二「消費者契約法の展望と課題」(現代消費者法 14 号)
「不招請勧誘の禁止
消費者契約トラブルの多くが、こうした不招請勧誘に起因することを考えると、かかる規律の導入も十分に検討されてよい課題である。」
(6)後藤巻則・NBLNo.958(2011.8.1)
「報告Ⅱ 契約締結過程の規律の進展と消費者契約法」
「不招請勧誘によって侵害される権利ないし利益が「私生活の平穏」であることに着目すると、困惑概念を拡張し、不招請勧誘規制を取り込むような方向で消契法を改正することが考えられる。ただし、事業者の勧誘行為によって消費者の私生活の平穏が害された場合であっても、契約の取消しまでは認めずに不法行為を理由とする損害賠償責任のみを認めることが適切な場合もある。そこで、私生活の平穏が害された場合の違法性の評価、ないしは誤認取消しを認める要件との比較などを含め、取消しの効果を導く「困惑」の要件をより明確にすることが必要である。」
(7)後藤巻則「わが国における不招請勧誘規制のあり方」現代消費者法 9 号
「4(3)不招請勧誘と不法行為
不招請勧誘がなされると、契約の締結には至らないが、被勧誘者が被害を受けているという事態も生じうる。この場面でも、不招請勧誘により侵害される権利ないし利益が「私生活の平穏」であることが重要な意味をもつ。この場合の強引な電話・訪問勧誘等による被害は、取消権では救済されないが、保護法益が私生活の平穏であるならば、違反の場合の損害賠償請求も可能となる。ここでの損害は、不招請勧誘によって侵害された私生活の平穏それ自体であるから、締結された契約によって生じた損害とは別物であり、慰謝料によって塡補されることが考えられる。このように民事
ルールを通じての救済を突き詰めていくことは、不招請勧誘による被害に即応した救済手段となる。」
(8)(社)商事法務研究会「消費者契約法(実体法部分)の運用状況に関する調査報告書」(平成 24 年 3 月)
後藤巻則「消費者契約法の運用状況と今後のあるべき方向性について」58 頁~59 頁
「(2)不招請勧誘についての裁判例
裁判例において不招請勧誘が問題とされた事例は多くない。消費者の側から不招請勧誘が主張された事案においても不招請勧誘については判断せず、あるいは不招請勧誘は否定して他の理由に基づく損害賠償請求を認めるものが見られる。不招請勧誘を理由とする不法行為の成立を認めた判決も不招請勧誘のみを理由としているわけではなく、適合性原則違反や説明義務違反と相俟って不法行為責任を認めるものである。否定例を含め不招請勧誘が問題とされた取引類型も、商品先物取引と外国為替証拠金取引に限られるようである。
(3)不招請勧誘と消費者契約法による規律
このように、裁判所が不招請勧誘規制の考え方を限定的にしか適用していないのは、不招請勧誘規制が不要だからではなく、むしろ不招請勧誘に対する適正な法的規制が欠けているからであろう。もちろん従来から不招請勧誘を個々の業法で規定することは行われているが、これによると、業者に対する行政処分(業務改善命令、業務停止処分、登録の取消など)が可能である反面、規制の対象が当該業法の適用範囲に限られるうえ、不招請勧誘規制違反の行為に民事的な効果を及ぼすことができないという問題がある。
そこで、不招請勧誘規制の考え方を消費者契約に包括的に適用されるルールとして、消費者契約法の中に位置づけることが適切である。
不招請勧誘があった場合には、まず、それにより不法行為が成立し、損害賠償が認められるということが考えられる。さらに、不招請勧誘規制違反行為の取消しを認めることも考えられるが、すでに見たように困惑概念を拡張するならば、取消しについては困惑による取消しに委ね、不招請勧誘について、例えば、「契約締結の要請をしていない消費者に対して、訪問し、あるいは電話をかけるなどして、契約締結を勧誘してはならない」といった、その違反の法的効果を明示しない行為規範として規定することも考えられる。行為規範としてであっても不招請勧誘規制に関する明文規定が置かれれば、不招請勧誘の違法性を認定する上での指標となろう。」
「不招請勧誘自体を認定した判決は多くはないが、違法性を認める理由として執拗な勧誘がなされたことを考慮した判決は少なくない。」
(9)津谷裕貴「不招請勧誘規制のあり方について(上)」(国民生活研究第 50 巻第1号(2010 年 6月))
「不招請勧誘規制の基本的視点、原則
このような状況を踏まえ、不招請勧誘規制、オプトインによる規制の必要性、正当性、規制のあり方を検討する際の基本的視点、原則を、(故)正田彬氏の『消費者の権利』新版(岩波新書)に見出した。
「国民が安心して生活するための基礎は国民の消費生活における権利の確立にある。人間の権利の尊重は、現代社会の基本原則である。したがって、事業者による事業活動は人間の権利の尊重を前提として成り立つものでなければならない。けっして、人間の権利と事業者の権利をどう調整す
るか、どう折り合いをつけるかという発想であってはならない」ということである。そして、「消費者の依頼を受けることなく、突然、消費者の生活の場である住居を訪問して事業活動を行うことは、消費者の生活の自由を侵害することにほかならない。『呼ばなければ来るな』というのが居宅・住居における事業活動についての市民社会の基本原則なのである。(略)事業者は消費者の市民としての権利を侵害しない範囲で事業活動を行うことが義務づけられていることをここでも確認しておく必要がある」とされる。
不招請勧誘は、消費者の生活の権利の侵害であり、「呼ばなければ来るな」という原則で、事業者の権利とどう調整するか、折り合いをつけるかなどという発想は御法度というのは、筆者にとって、目から鱗というべき見解である。」
(10)内閣府国民生活局「諸外国における消費者契約に関する情報提供、不招請勧誘の規制、適合性原則についての現状調査」(平成 18 年 3 月)
「諸外国においては、「不招請勧誘」に対して一般的な形で取り上げて民事ルールを論じる国はなく、郵便、ファックス、電子メールといった個別問題対応型での処理がなされている傾向があること、もっとも、一般民事ルールとして扱われていないというわけではなく、各国により、契約締結上の過失、公序違反、状況の濫用の一場面として扱われている例があることのほか、事前の差止めという効果を備えた民事ルールとして不招請勧誘禁止のルールを立てることには意義があるが、事業者の側の勧誘の自由(営業活動の自由)に対する過剰な介入にならない要件・効果規範を考察する必要があることを指摘する調査もある」(評価検討委員会報告書 28 頁~)
第5章 適合性原則
担当:角田美穂子(一橋大学教授)北村純子(弁護士)
1.論点
① 適合性原則を「過大なリスクを伴う商品・サービスを目的とする」消費者契約における「販売・勧誘ルールの原則規定」として消費者契約法に導入するあり方などを検討してはどうか。また、もっと広く適合性原則の実体法規範を定める方向についても、引き続き併せ検討してはどうか。
② 適合性原則について民事効果を伴った形での消費者契約法への導入を検討するにあたっては、消費者被害の実態、過量販売、過剰与信等に関する特別規定による対応可能性とその限界等を見極めながら、引き続き検討することとしてはどうか。また、具体的な在り方について、一般的な不当勧誘行為規制や消費者公序規定の導入といった議論も踏まえつつ、引き続き併せ検討してはどうか。
<提案の趣旨>
(①について)
適合性原則は、もともとは投資サービス領域における業者ルールである。それを著しく逸脱した勧誘行為は不法行為法上の違法性を基礎づけるとする、民事効へと架橋する判例法理は確立しているものの、裁判実務においては極めて限定的にしか機能していないとされている。他方、業者ルールの領域では、適合性原則は新たな機能を獲得する等、強化される傾向にある。
消費者法の領域においても、「消費者との取引に際して、消費者の知識、経験及び財産の状況等に配慮すること」を事業者の責務とするプログラム規定(消費者基本法5条1項3号)のほか、訪問販売、電話勧誘販売、連鎖販売取引、個人過剰貸付契約などの(広い意味での)
「過大なリスクを伴う商品・サービス」につき適合性原則が行政ルールとして導入されてい る。また、適合性原則そのものではないが、判断力の低下に乗じた契約締結、過量販売を禁 ずる行政ルールが導入されている。ただし、過量販売取引については解除権付与という契約 解放型の救済が認められるに至っている。これらルール化の拡充の背景事情として、適合性 原則に関する消費者被害の相談は多く寄せられていることのほか、高齢社会における消費者 法のあり方として、適合性原則の立法化のニーズが高まっている点を指摘することができる。
他方で、裁判規範としては十全な機能を果たしているとは言い難い状況、および、投資サービス分野を超えて消費者契約一般を対象とする民事ルールを定める消費者契約法への導入を検討するという2段階での展開を要することを踏まえれば、「過大なリスクを伴う商品・サービスを目的とする」消費者契約における「販売・勧誘ルールの原則規定」として消費者契約法に導入する在り方などが、考えられるのではないか。
また、もっと広く適合性原則の実体法規範を定める方向についても、引き続き併せ検討される必要があろう。
(②について)
適合性原則に関する消費者被害の相談は多く寄せられているほか、高齢社会における消費者法のあり方として、適合性原則の立法化のニーズが高まっているということができる。過量販売、過剰与信等に関する特別規定など、適合性原則に密接に関連する法理は立法化されているところであるが、それらによる対応可能性とその限界等を見極めながら、適合性原則の立法化の必要性について、引き続き検討していくのが適切であろう。具体的な在り方については、一般的な不当勧誘行為規制や消費者公序規定の導入といった議論も踏まえつつ、引き続き検討される必要があろう。
2.その背景・立法的対処の必要性
(①について)
(1)投資サービス領域における適合性原則
適合性原則は、もともとは投資サービス領域における業者ルールである。その意味には、狭義(一定の利用者に対してはいかに説明を尽くしても一定の金融商品の販売・勧誘を行ってはならない)と広義(利用者の知識・経験、財産力、投資目的等に照らして適合した商品・サービスの販売・勧誘を行わなければならない)のものがあると解されている(金融審議会第1部会「中間整理(第1次)」平成 11 年 7 月 8 日)。
法制の特徴としては、広義の適合性原則は実質的な説明義務と整理され、説明義務が尽くされたかどうかの解釈基準として、さらには勧誘の適正性確保のためのコンプライアンス・ルールとして規定されている。
法制上の中核をなす狭義の適合性原則は行政ルールとして規定されているが、最判平 17 年 7 月 14 日が、これを民事ルールと架橋する判例法理を確立している。ただ、民事ルールは、最近の下級審裁判例においては実質機能しておらず、他方で、説明義務が認められる事案が多いようであるが、これが広義の適合性原則に近づいているとの指摘がなされている(潮見佳男「適合性の原則に対する違反を理由とする損害賠償――最高裁平成 17 年 7 月 14 日判決以降の下級審裁判例の動向」民事判例Ⅴ(2012 年))。
また、リーマンショック以降、デリバティブの販売・勧誘規制が強化されるなか、適合性原則は合理的根拠適合性という新たな機能を獲得するに至っている点も見逃せない。
(2)消費者法の領域における適合性原則
先に指摘した立法例が蓄積していることにくわえ、消費者契約法に置くことの意味を考える際には、消費者法固有の必要性も十分に踏まえる必要がある。
たとえば、およそふさわしくない者にハイテクな機器を勧める、高額かつ不要な悪質リフォーム問題、若年者への高額レジャークラブ会員権契約、高齢者に多機能携帯電話を勧めるといった例である。これらは過大なリスクを伴う取引とは直ちに言い難いともいえ、これらをどのように考えるかも検討の必要性がある。
また、隙間事案への対応ということで、店舗取引における過量販売の問題も実際に存在するということから、これをどう受けとめるかも検討すべきである(店舗取引におい
て、高齢者と親密になった店員が呉服や宝飾品につき収入や財産状況に照らして過剰な量を販売するといった事案である)。
(②について)
(1)被害事例など
-1 若年層相手の連鎖販売取引への勧誘に関するアースウォーカー事件(平成 17 年 6 月 20 日付け取引停止命令 経済産業省近畿経済産業局)適合性原則違反(特定
商取引法第 38 条第 1 項第 4 号、特定商取引法施行規則第 31 条第 7 号)
-2 高齢者の被害事例
(ア)一人暮らしや日中独居が狙われやすい
(イ)次々販売により被害が拡大する
認知症高齢者に係る相談の場合、同一の業者や複数の業者から高額なふとんや健康食品などを次々と購入させられるケースが多い。認知症高齢者の場合には、被害に遭っているという認識が一般の高齢者よりも弱いということもあり、そのため被害の顕在化が遅れ、被害が拡大してしまう恐れがある。
また、次々販売のケースでは、支払能力を超えるなどの不適正な与信や、必要以上の量の商品を購入させる過量販売の事例も目立つ。
(ウ)理解力が不足しているのを知りながら契約させる
認知症高齢者や知的障害、精神障害のある人の場合、契約の内容や契約金額などを十分に理解しないまま契約してしまうケースも目立つ。本人の理解力が不足しているのを事業者側が知りながら契約させるケースもある。
※ 国民生活センター「判断力が不十分な消費者に係る契約トラブル-認知症高齢者に係る相談を中心に-」(平成 20 年 9 月 4 日)より
◎国民生活センター公表より(国センHP)
◯「注目のテーマ」「高齢者の消費者被害」
[2006 年 10 月 10 日:公表][2012 年 10 月 24 日:更新]
「全国の消費生活センターに寄せられた契約当事者が 70 歳以上の相談の件数は、
2004 年度に 10 万件を超え、2010 年度は約 13 万件で、相談全体の約 15%を占めています。」
◯「判断力が不十分な消費者に係る契約トラブル-認知症高齢者に係る相談を中心に
-」平成 20 年 9 月 4 日(記者説明会資料)
全国の消費生活センターには、精神障害や知的障害、認知症等の理由によって十分な判断ができない状態にある消費者の契約に係る相談(以下、「判断力が不十分な消費者に係る相談」)が毎年多く寄せられている。
国民生活センターでは、2003 年 4 月に「知的障害者、精神障害者、痴呆性高齢者の消費者被害と権利擁護に関する調査研究」をまとめ、判断力が不十分な消費者に係る相談についての情報提供を行った。当該調査研究では、判断力が不十分な消費者に係る相談件数が 2001 年度までの 5 年間に 2.6 倍になったとしているが、その後も件数の増加傾向は続いている。
直近の 10 年間でみると、2005 年度には 1998 年度の 5 倍以上の 12,607 件にまで達
し、2006 年度以降においても、年間 1 万件以上の相談が全国に寄せられている。 判断力が不十分な消費者に係る相談全体の傾向をみると、契約当事者が 70 歳代以
上の相談の割合が増加しており、認知症高齢者に係るトラブルが増加傾向にあることが伺える。
2003 年度から 2008 年度に受付けた相談における契約当事者の属性をみると、全体の約 63%が 70 歳代以上の高齢者であり、判断力が不十分な消費者に係る相談の中でも認知症高齢者に係るものが非常に多いことが伺える。
また、判断力が不十分な消費者に係る相談全体のうち、契約当事者が 70 歳代以上である相談の割合の推移をみると、1998 年度では全体の約 43%であったものが、2007年度には約 65%まで増加しており、最近の約 10 年間で認知症高齢者に係る相談が急増したことが伺える。
(2)裁判例
<高齢者、過量販売等に関する裁判例>
◯大阪地裁平成 18 年 9 月 29 日判決(最高裁HP)
クレジットを利用するなどして、販売店から呉服、寝具等を購入した事案につき、売買契約の公序良俗違反による無効に基づく既払金の返還請求等を認めた。
販売店らは、「継続的に、原告に対し、その認知機能が痴呆症によって低下し、判断能力が低下していることに乗じて、客観的にみて購入の必要のない高額かつ多数の呉服、寝具等をそれと知りつつ過剰に販売したものであるといえ」るとした。
◯高松高裁平成 20 年 1 月 29 日判決・判時 2012 号 79 頁
販売店及びクレジット会社につき、次のとおり判示して、公序良俗違反により無効、不法行為法上も違法として、責任を認めた。
購入者Cの「収入や保有資産、それまでの生活状況等に照らし、Cにとって着用機会の乏しい高額な着物等を短期間に多数かつ重複した形で購入することは、それ自体として異常な購買行動というほかない。」、「Cの異常な購買行動は、・・・肝性脳症に伴う精神神経障害に起因するものと推認するのが相当」、「通常の消費者が備えているべき判断力、自己制御力等の精神的能力の面で正常でなかったというべきである」等と認定し、「本件取引に係る商品の多くは高額な着物等であるところ、顧客の年齢や職業、収入や資産状況、これらからうかがわれる顧客の生活状況及び顧客とこれまでの取引状況並びにこれらから看取される顧客の取引についての知識経験や取引対象商品の必要性等の諸事情にかんがみて、このような高額の商品を販売する販売店においては顧客に対する不当な過量販売その他適合性の原則から著しく逸脱した取引をしてはならず、これと提携するクレジット会社においても、これに応じて不当に過大な与信をしてはならない信義則上の義務を負っているものと解すべきである」、「その不当性が著しい場合には、販売契約及びこれに関連するクレジット契約が公序良俗に反し無効とされる場合もある」等と判示し、当該事案における一定時期以降の契約につき「過量販売ないし過剰与信に該当するものとして、Cに対する販売ないし与信取引を差し控えるべき信義則上の義務があったというべきであ」るとした。
◯秋田地裁平成 22 年 9 月 24 日判決(判例集等未掲載)
呉服次々販売(原告は昭和 4 年生まれの女性(無職、年金受給者))につき公序良俗違反,共同不法行為であるとして,グループ主宰者,販売店,信販会社に対し連帯して既払い金全額を支払うようを命じた。
最初の契約から全体として公序良俗違反,不法行為となることを認めた。
◯奈良地裁平成 22 年 7 月 9 日判決(同庁同年(ワ)第 961 号事件)LLI/DB
認知症で管理能力が低下している原告に対して,これを知りながら,個人的に親しい友人関係にあるかのように思い込ませ,これを利用し,原告自身の強い希望や必要のない呉服や宝石等の商品を大量に買わせ続けた,このような売買は,その客観的状況において,通常の商取引の範囲を超えるものであり,民法の公序良俗に反するというべきである、購入の具体的場面において原告が商品を購入するとの態度を示していたとしてもこのことは変わらない、消費者保護法制による違法な勧誘方法が同被告においてされていないとしても,私法行為一般に適用されるべき民法 90 条が適用されなくなるものではない等として一部請求を認めた。
○大阪高裁平成 21 年 8 月 25 日判決・判時 2073 号 36 頁
認知症の高齢者の判断能力の低下に乗じてなされた,同人にとって客観的な必要性の全くない(むしろ同人に不利かつ有害な)取引といえるから,公序良俗に反し無効であるとされた。
◯大阪地裁平成 20 年 1 月 30 日判決
呉服販売店が、そのパート従業員に対しクレジット利用により呉服、宝石等を購入させた行為につき、公序良俗違反により無効、不法行為に該当等として、既払金の返還、支払拒絶しうる地位の確認及び弁護士費用の支払いを認めた。
月の給与額に対する各月の返済金額の割合や年収に比しての残債務額の大きさ等を考慮した。
◯大阪地裁平成 20 年 4 月 23 日判決・判時 2019 号 39 頁
呉服販売店が、その従業員に対しクレジット利用により着物等を購入させた行為につき、公序良俗違反により無効、不法行為に該当するとした。
支払額が給与額と匹敵する額であって、販売店がかかる状態を認識しつつ放置したこと等から、著しく社会的相当性を逸脱するものとした。
また、クレジット会社について、「販売店との強い提携関係の下で、原告が高齢者であり、販売店の給与と遺族年金からしか収入がないことを認識しながら、販売店が、継続的に従業員である原告に対して高額な自社商品である着物等を販売して、原告の過大な債務負担のもとで会社の利益を得ていたことを認識していた」と認定し、加盟店である販売会社が不法行為に当たる社会的に著しく不相当な商品の販売行為をしていることを知りながら当該商品の購入者と立替払契約を締結し、販売会社の不法行為を助長したものとして、販売店との共同不法行為に当たり、公序良俗に反して無効であるとした。
3.立法を考えるとした場合の留意点
・ 民法改正との関係
民法改正において、公序良俗の現代化(暴利行為論)、意思能力の定義、保証人の保
護のあり方等について、適合性原則の要請を一部実現するような提案がされている。このような提案がなされていること自体、適合性原則の要請というものを民事ルールのなかで受けとめる必要性を反映していると言うことができよう。そして、仮に、民法改正によって適合性原則の要請が部分的に実現されたとしても、これを消費者契約法に導入する意義とその必要性はあるのではないか。
・ 行為規範としての機能
導入の必要性を考える際には、適合性原則の機能を考慮にいれる必要がある。すなわち、適合性原則が勧誘の適正性を確保するための管理態勢を要請しているという機能に着目すれば、消費者契約法が販売勧誘ルールの原則規定として、固有の必要性があるといえるのではないか。
4.その他
適合性原則は、消費者公序規定の導入の検討とも密接にかかわるので、これらの議論状況も考慮に入れながら検討する必要がある。
(参考資料)
Ⅰ.投資サービス領域における適合性原則
(1)法令等
・定義(金融審議会第1部会「中間整理(第1次)」平成 11 年 7 月 8 日より)
狭義(一定の利用者に対してはいかに説明を尽くしても一定の金融商品の販売・勧誘を行ってはならない)
広義(利用者の知識・経験、財産力、投資目的等に照らして適合した商品・サービスの販売・勧誘を行わなければならない)
【狭義】
・金融商品取引法 40 条 1 号
「金融商品取引業者等は…該当することのないよう、業務を行わなければならない」
「金融商品取引行為について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて投資者の保護に欠けることとなつており、又は欠けることとなるおそれがあること。」
・商品先物取引法 215 条
「商品先物取引業者は、顧客の知識、経験、財産の状況及び商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて委託者等の保護に欠け、又は欠けることとなるおそれがないように、商品先物取引業を行わなければならない。」
【広義】
・契約締結前交付書面の記載事項について「実質的説明義務」(特定投資家除く)――顧客の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品の販売に係る契約を締結する目的に照らして、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明をすることなしでの契約締結を禁止行為
金商法 37 条の 3、金商品取引業等に関する内閣府令 117 条 1 項 1 号イ
・「説明は、顧客の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品の販売に係る契約を締結する目的に照らして、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度によるものでなければならない」 説明
義務が尽くされた否かの解釈基準 民事ルール(←損害賠償責任)の解釈基準 金販法 3 条 2 項、商取法 218 条 2 項
・勧誘の適正性確保の努力義務+「勧誘方針」策定・公表
「勧誘の対象となる者の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品の販売に係る契約を締結する目的に照らし配慮すべき事項」
金販法 9 条 2 項 1 号、商取法 220 条の 3 で準用、コンプライアンス・ルール(←50 万円以下の過料)
・顧客属性等をふまえた説明を行う等の体制を整備する義務 保険業法 100 条の 2、保険業法施行規則 53 条の 7
(2)裁判実務
【狭義】
最判平 17・7・14 民集 59 巻 6 号 1323 頁
「顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である。」
「具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」
(3)近時の動向
・金融庁「金融商品取引業者等の総合的監督指針」(平成 23 年 2 月改正)Ⅱ-2-3-1顧客属性等及び取引実態を適切に把握し得る顧客管理態勢
ヒアリングシートを顧客に交付し、顧客と金融機関相互で顧客が申告した情報を共有
・「合理的根拠適合性」
日本証券業協会の規則改定 ←―店頭デリバティブをめぐる紛争増加
勧誘しようとする有価証券等が少なくとも一定の顧客にとって投資対象としての合理性を有するものであることを求める。
Ⅱ.消費者法関係
(1)法令等
・消費者基本法 5 条 1 項 3 号
「消費者との取引に際して、消費者の知識、経験及び財産の状況等に配慮すること」を事業者の責務としている。
【狭義】
・特定商取引法施行規則 7 条 3 号、23 条 3 号
「主務大臣は…必要な措置をとるべきことを指示することができる」
「顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘」
・貸金業法 13 条の 2
「貸金業者は、貸付けの契約を締結しようとする場合において、前条第一項の規定による調査により、当該貸付けの契約が個人過剰貸付契約その他顧客等の返済能力を超える貸付けの契約と認め
られるときは、当該貸付けの契約を締結してはならない。」
(業務改善命令 24 条の 6 の 3、監督上の処分 24 条の 6 の 4)
【広義】
・電気通信事業法の消費者保護に関するガイドライン(平成 16 年 3 月、平成 24 年 10 月改訂版)26条(提供条件の説明義務)関係「契約締結の際の望ましい対応の在り方について」
「同法に規定する義務となるわけではないが、同法の趣旨を踏まえた契約締結の際の望ましい対応の在り方として、電気通信事業者等には…期待される」
●関連規定
・特定商取引法(7 条 3 号、9 条の 2) 7 条 3 号
「主務大臣は…必要な措置をとるべきことを指示することができる」
「正当な理由がないのに訪問販売に係る売買契約であつて日常生活において通常必要とされる分量を著しく超える商品の売買契約の締結について勧誘することその他顧客の財産の状況に照らし不適当と認められる行為として主務省令で定めるもの」
9 条の 2(通常必要とされる分量を著しく超える商品の売買契約等の申込みの撤回等)
「申込者等は、次に掲げる契約に該当する売買契約若しくは役務提供契約の申込みの撤回又は売買契約若しくは役務提供契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。ただし、申込者等に当該契約の締結を必要とする特別の事情があつたときは、この限りでない。
一 その日常生活において通常必要とされる分量を著しく超える商品若しくは指定権利の売買契約又はその日常生活において通常必要とされる回数、期間若しくは分量を著しく超えて役務の提供を受ける役務提供契約 」
(cf.割賦販売法 35 条の 3 の 12)
・特定商取引法施行規則
「老人その他の判断力の不足に乗じ、訪問販売に係る売買契約又は役務提供契約を締結」(7 条 2号等)
(2)政府公表資料
◯平成 17 年、平成 22 年消費者基本計画
・平成 17 年「消費者基本計画」
「消費者契約法施行後の状況について分析・検討するとともに,消費者契約に関する情報提供,不招請勧誘の規制,適合性原則等について,幅広く検討する。」
適合性原則については、「高齢者や若者など消費者の特性(知識、経験及び財産の状況等)に応じた勧誘を行わなければならないという原則」と説明がされている。
・平成 22 年「消費者基本計画」
「消費者契約法に関し,消費者契約に関する情報提供,不招請勧誘の規制,適合性原則を含め,インターネット取引の普及を踏まえつつ,消費者契約の不当勧誘・不当条項規制の在り方について,民法(債権関係)改正の議論と連携して検討します。」(施策番号 42)
◯消費者契約法評価検討委員会報告書(平成 19 年 8 月)
「適合性原則に関するルールの在り方等については、暴利行為論を現代の消費者取引に合わせて具体的にルール化することが考えられるところであるが、知識、経験、財産の状況など、個別事情による面が大きい民事ルールを消費者契約一般を適用対象とする消費者契約法に設けるべきかどうかについては、取引の促進に不当な影響を生じさせないとの観点をも考慮に入れつつ、また、困惑類型(第 4 条第 3 項)の対象の拡張により対処することができる範囲を見据えながら、引き続き検討すべきである。」(27 頁~)
◯内閣府国民生活局「諸外国における消費者契約に関する情報提供、不招請勧誘の規制、適合性原則についての現状調査」(平成 18 年 3 月)
「諸外国では、「適合性原則」に対して、一般的な形で取り上げて民事ルールを論じる国はなく、金融サービス・投資取引の場面で特化して用いられる特徴があること、また、適合性原則自体が強調されない諸国でも、公序良俗違反、錯誤、情報提供義務違反、状況の濫用などにより、民事上の効果(契約の無効・取消し、損害賠償等)が付与されうるとされた調査もある」(評価検討委員会報告書 27 頁~)
(3)学説・議論の動向
◯河上正二「消費者契約法の展望と課題」(現代消費者法 14 号 68 頁)
「消費者契約法において、消費者基本法 2 条 2 項にも示されている「適合性原則」をどのような形で反映させるべきかも大きな課題たりうる。」
○後藤巻則「消費者契約法の運用状況と今後のあるべき方向性について――困惑類型およびその周辺に位置する問題を中心として」消費者庁委託事業報告書 53 頁
「認知症高齢者、知的障害者、精神障害者などの判断能力に問題のある人の場合、誤認や困惑により契約してしまうというよりもそもそも合理的な判断ができないため、事業者に言われるままに契約してしまうことが多い。また、誤認類型や困惑類型に該当する可能性がある場合でも、記憶があいまいで契約当時の事実関係や意思を確認することが難しいため、事業者の不当行為等の存在を主張することができない。こうした判断能力に問題のある人を救済するためには、消費者契約法の誤認類型や困惑類型の強化といった方法とは別個に、新たな救済法理を導入することが必要である。
…この要請に応える法理として適合性原則がある。」
○大村敦志『消費者法[第 4 版]』(有斐閣・2010)22 頁
「消費者の多様化―――若年者と高齢者」―――「格別の保護が要請される」
「若年者に関しては、成年年齢の 18 歳への引下げとの関連…18・19 歳に限らず、経験の乏しい若年者に一定の保護を与えることは、若年者を自律する成年者と扱うことと必ずしも矛盾しないであろう。具体的には、無経験を理由に無効・取消しを認めることが考えられる。」
「高齢者は、豊田商事事件からリフォーム商法まで各種の悪徳商法の被害者となることが多い。その判断力の低下を考慮に入れた保護が講じられる必要があるが、『債権法改正の基本方針』が導入を提案している「意思能力」【1.5.09】は、このような要請に応ずるものと評することができる。」
◯潮見佳男「適合性の原則に対する違反を理由とする損害賠償」現代民事判例研究会編『民事判例 V2012 年前期』(日本評論社・2012)7 頁
民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅰ』83 頁は、「意思能力を、法律行為を構成する制度と位置づけて『法律行為をすることの意味を理解する能力』と捉え、『各種の制度ごとに、その種の法律行為をみずからしたといえるために必要とされる一種の資格要件』とす
ることを提案している…『意思能力の有無がこのように行為の種類と相関的に判断されることになるとすれば、従来、適合性原則の問題として考えられてきた場合のうち、とくに知的能力にかかわるものがこの中に取り込まれる可能性が出てくる』としている。ここで基礎に置かれている適合性の原則とは…投資不適格者を排除する法理として把握される意味のものである。」
◯民法(債権関係)の改正に関する中間試案・法制審議会民法(債権関係)部会第1 法律行為総則
2 公序良俗(民法第90条関係)
民法第90条の規律を次のように改めるものとする。
(1)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は,無効とするものとする。
(2)相手方の困窮,経験の不足,知識の不足その他の相手方が法律行為をするかどうかを合理的に判断することができない事情があることを利用して,著しく過大な利益を得,又は相手方に著しく過大な不利益を与える法律行為は,無効とするものとする。
(注) 上記(2)(いわゆる暴利行為)について,相手方の窮迫,軽率又は無経験に乗じて著しく過当な利益を獲得する法律行為は無効とする旨の規定を設けるという考え方がある。また,規定を設けないという考え方がある。
(概要)
本文(2)は,いわゆる暴利行為を無効とする旨の規律を設けるものである。大判昭和9年5月1日民集13巻875頁は,他人の窮迫,軽率又は無経験を利用し,著しく過当な利益を獲得することを目的とする法律行為は公序良俗に反して無効であるとし,さらに,近時の裁判例においては,必ずしもこの要件に該当しない法律行為であっても,不当に一方の当事者に不利益を与える場合には暴利行為として効力を否定すべきとするものが現れている。しかし,このような法理を民法第90条の文言から読み取ることは,極めて困難である。そこで,本文(2)では,これらの裁判例を踏まえ,
「困窮,経験の不足,知識の不足その他の相手方が法律行為をするかどうかを合理的に判断することができない事情」という主観的要素と,「著しく過大な利益を得,又は相手方に著しく過大な不利益を与える」という客観的要素によって暴利行為に該当するかどうかを判断し,暴利行為に該当する法律行為を無効とするという規律を明文化するものである。これに対しては,上記大判昭和9年5月1日の定式に該当するもののみを暴利行為とすべきであるという立場からこれをそのまま明文化するという考え方や,暴利行為の要件を固定化することは判例の柔軟な発展を阻害するとしてそもそも規定を設けないという考え方があり,これらを(注)で取り上げている。
◯民法(債権関係)の改正に関する中間試案・法制審議会民法(債権関係)部会第2 意思能力
法律行為の当事者が,法律行為の時に,その法律行為をすることの意味を理解する能力を有していなかったときは,その法律行為は,無効とするものとする。
(注1)意思能力の定義について,「事理弁識能力」とする考え方や,特に定義を設けず,意思能力を欠く状態でされた法律行為を無効とすることのみを規定するという考え方がある。
(注2)意思能力を欠く状態でされた法律行為の効力について,本文の規定に加えて日常生活に関する行為についてはこの限りでない(無効とならない)旨の規定を設けるという考え方がある。
◯民法(債権関係)の改正に関する中間試案・法制審議会民法(債権関係)部会第17 保証債務
6 保証人保護の方策の拡充
(4) その他の方策
保証人が個人である場合におけるその責任制限の方策として,次のような制度を設けるかどうかについて,引き続き検討する。
ア 裁判所は,主たる債務の内容,保証契約の締結に至る経緯やその後の経過,保証期間,保証人の支払能力その他一切の事情を考慮して,保証債務の額を減免することができるものとする。
イ 保証契約を締結した当時における保証債務の内容がその当時における保証人の財産・収入に照らして過大であったときは,債権者は,保証債務の履行を請求する時点におけるその内容がその時点における保証人の財産・収入に照らして過大でないときを除き,保証人に対し,保証債務の[過大な部分の]履行を請求することができないものとする。
(概要)
保証契約については,特に情義に基づいて行われる場合には,保証人が保証の意味・内容を十分に理解したとしても,その締結を拒むことができない事態が生じ得ることが指摘されており,保証人が個人である場合におけるその責任制限の方策を採用すべきであるとの考え方が示されている。これについての立法提案として,本文アでは身元保証に関する法律第5条の規定を参考にした保証債務の減免に関するものを取り上げている。これは,保証債務履行請求訴訟における認容額の認定の場面で機能することが想定されている。本文イではいわゆる比例原則に関するものを取り上げている。これらの方策は,個人保証の制限の対象からいわゆる経営者保証を除外した場合(前記(1)参照)における経営者保証人の保護の方策として機能することが想定されるものである。もっとも,以上については,前記(1)の検討結果を踏まえる必要があるほか,それぞれの具体的な制度設計と判断基準等について,更に検討を進める必要がある。
◯消費者契約法日弁連改正試案(2012 年 2 月 16 日)
「誤認あるいは困惑の状況に置かれた場合に準じ、取消しうべきものとして消費者に契約からの離脱が認められるべきである。」
(なお、不当勧誘行為についての損害賠償請求権も提言している。)
〔条文案〕第 4 条第 1 項 12 号 適合性原則違反
第 4 条(不当勧誘行為による取消し)
1 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をし,又は消費者を誘引するための手段として行う広告その他の表示をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為(以下「不当勧誘行為」という。)をしたときは,当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる。ただし,当該各号に該当する行為がなかったとしても当該消費者が当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合は,この限りではない。
十二 当該消費者の知識,経験,理解力,契約締結の目的,契約締結の必要性及び財産の状況に照らして不適当な勧誘を行うこと。
第6章 不当条項リストの補完
担当:大澤 彩(法政大学准教授)
1.論点
① 該当すれば不当条項であるとみなされる「ブラック・リスト」と、不当条項であると推定される(当事者が不当性を阻却する事由を主張立証することによって不当性が覆る)「グレイ・リスト」を設けてはどうか。また、この他に例えば業種毎のリストなどを政令レベルで設けることも検討してはどうか。
② 不当条項リストのうち、特に裁判例で活用されており、それゆえに解釈論上・立法論上も多くの問題点が指摘されている違約金・損害賠償額の予定条項規制について、規制基準、立証責任、対象となる条項の種類などの点から詳細に検討してはどうか。
③ 実際の事案においては、そもそも問題となっている条項がいかなる趣旨のものであるかが不明確であり、具体的にどの不当条項リストに当てはまるかが問題となることがある。そこで、条項の性質決定に関する解釈準則を創設してはどうか。具体的には、不明確条項に関しては、消費者の合理的意思を重視する解釈準則を創設することを検討してはどうか。
2.その背景・立法的対処の必要性
①について
(1)現行消費者契約法においては、不当条項リストは消費者契約法 8 条、同法 9 条の 2種類しか存在せず、多くの条項が一般条項たる消費者契約法 10 条によってその不当性判断がなされている状況にある。
不当条項リストを設けることについては、①危険条項についての消費者や事業者の「情報提供機能」、ひいては「紛争予防機能」があること、②無効条項に対する予防機能と市場における「実質的競争促進機能」があること、③「裁判外での紛争処理機能」があることから(河上正二「消費者契約法の展望と課題」現代消費者法 14 号(2012 年)75 頁)、おおむね支持されている。多くの条項の不当性判断が消費者契約法 10 条に委ねられているわが国の現状を見ると、不当条項リストの以上の 3 つの機能を実現するには至っていないということができる。
そこで、従来の裁判例、学説、諸外国の立法例を参考に不当条項リストを充実させるべきである。
その際、該当すれば不当条項であるとみなされる「ブラック・リスト」と、不当条項であると推定される(当事者が不当性を阻却する事由を主張立証することによって不当性が覆る)「グレイ・リスト」を設けることが考えられる。不当とされる条項の中には、いかなる状況を考慮しても常に不当と言える条項のみならず、他の条項の存在、対価との関係など他の事情を踏まえれば当該条項の合理性が認められうる条項が存在する。リ
ストによる硬直的な不当性判断を避けるためには、ブラック・リストとグレイ・リストに分けてリスト化することがのぞましいのではないだろうか。我が国の学説や実務における諸提案や諸外国の立法例を見ても、ブラック・リストとグレイ・リストに分けて規定するものが多い。このように、ブラック・リストとグレイ・リストにわけて規定することについて、異論はそれほど多くないように思われる。
とりわけ、グレイ・リストをいかに上手く立法化するかが、不当条項規制の効率性を高める上で重要であると考える。不当条項の中には、契約内のその他の条項の内容や対価等を考慮すると、必ずしも常に不当とは言えない条項が存在する(具体例は後述する)。具体的には、契約の一部の条項においては当事者の一方に有利な規定が設けられているとしても、対価やその他の条項は他方に有利になっている場合もあり、リストを作成するとこのような条項についても効力を否定することになり硬直的な運用を招くという批判もある。そこで、対価やその他の条項の内容を考慮した上で不当性が覆る可能性があるものをグレイ・リストに定め、いかなる事情を考慮してもおよそ不当性が覆ることはないものをブラック・リストに定めることは、条項の不当性判断を硬直的なものとしないために有益な方法であると考える。
事業者から見ると、グレイ・リストでは不当性指標がかえってわかりにくいという批判もあるが、少なくともグレイ・リストに掲げることで事業者にとって契約条項策定段階で留意すべき点が明確になるというメリットがある。むしろ多くの条項の不当性判断が消費者契約法 10 条に委ねられており、裁判所によって条項の有効性判断が変わってくる現状の方が、事業者、消費者双方にとって条項の不当性に関する予測可能性を奪うものである。不当条項リストを充実させることは、消費者はもちろん事業者に対しても不当な条項となりうる条項の種類を明確に提示することに資するため、結果として市場において契約本体である商品の性能・品質と価格による競争に事業者が集中でき、実質的な競争を促進することになる(河上・前掲「消費者契約法の展望と課題」現代消費者法 14 号(2012 年)75 頁)。
ただし、それぞれのリストに掲げるべき具体的なリストの候補や、それらをブラック・リストとグレイ・リストのどちらに規定するかについては後に述べるように慎重な検討が必要である。
※消費者契約法制定過程
第 16 次国民生活審議会消費者政策部会中間報告(「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」)では、「不当条項リストを作成し、当然に無効とされる条項をブラック・リストとして、不相当と評価された場合にのみ無効とされる条項をグレイ・リストとして、それぞれ列挙する」とされており、9 種類 35 項目の条項が掲げられていたが、最終報告
(「消費者契約法(仮称)の制定に向けて」では、消費者契約法における証明責任が民事訴訟法の原則通りであっても問題ないこと、不当条項に関する規定が限定列挙と解釈されないような工夫が必要であること、諸外国でも必ずしもブラック・リストおよびグレイ・リストに分かれているわけではないことなどを理由に、中間報告の不当条項リスト
のあり方は最終報告では採用されなかった。
※主な学説・立法提案など(本報告別表も参照)
●法制審議会民法(債権関係)改正部会中間論点整理(2011 年)
5 不当条項のリストを設けることの当否
民法に不当条項規制に関する規定を設けることとする場合には、どのような条項が不当と評価されるのかについての予測可能性を高めることなどを目的として、不当条項規制に関する一般的規定(前記 3 及び 4)に加え、不当と評価される可能性のある契約条項のリストを作成すべきであるとの考え方があるが、これに対しては、硬直的な運用をもたらすなどとして反対する意見もある。そこで、不当条項のリストを設けるという考え方の当否について、一般的規定は民法に設けるとしてもリストは特別法に設けるという考え方の当否も含め、更に検討してはどうか。
また、不当条項のリストを作成する場合には、該当すれば常に不当性が肯定され、条項使用者が不当性を阻却する事由を主張立証することができないものを列挙したリスト
(ブラックリスト)と、条項使用者が不当性を阻却する事由を主張立証することによって不当性の評価を覆すことができるものを列挙したリスト(グレーリスト)を作成すべきであるとの考え方がある。これに対し、ブラックリストについては、どのような状況で使用されるかにかかわらず常に不当性が肯定される条項は少ないのではないかなどの問題が、グレーリストについては、使用者がこれに掲載された条項を回避することにより事実上ブラックリストとして機能するのではないかなどの問題が、それぞれ指摘されている。そこで、どのようなリストを作成するかについて、リストに掲載すべき条項の内容を含め、更に検討してはどうか。
●河上正二「消費者契約法の展望と課題」現代消費者法 14 号(2012 年)75 頁
「無効とする不当条項リストを策定する必要性については異論もある。特に『現時点で実務上問題になっていないような条項をあえてリスト・アップする必要はなく、規制緩和にも逆行する』との意見もないではない。そして、具体的に実際の問題条項が例示された場合も、『それなら、その業界での特定条項だけを特別法で規制すべきであって包括的に消費者契約法に規定する必要はない』と声高に立法事実の呈示を求めるとリスト化はなかなか進まない。結果として、再び特別法での後追い的対処にとどまることにもなりかねない。しかし、そもそも消費者契約法はそのような『いたちごっこ』を避け、包括的に不適切な取引活動に対処するための民事実体ルールを整備することを目的としたものであり、あらかじめ想定される不当条項をできるだけ具体的に策定しておくことに大きな意味があるとくべきである。さらに、次のようなさまざまな副次的メリットがある。
第 1 に、危険条項についての消費者や事業者への『情報提供機能』がある。ひいては、
『紛争予防機能』も発揮しよう。第 2 に、無効条項に対する予防機能と市場における『実質的競争促進機能』がある。事業者にとっては、無効条項リストの存在は、(それが硬直
的であればあるほど)契約条件の内容を工夫して自由な取引形態を生み出すことの制約 となる可能性があるが、逆に、一般条項による包括的な規制基準のみで、どのような形 で爾後的に条項の無効が争われるかが不透明なまま取引条件を策定せざるを得ないより、あらかじめ禁止された条項が明確であれば、権利・義務の分配を再検討したり、当該ル ールを前提に危険を分散させたり、価格への転嫁を図ればよいわけであるから、かえっ て経営戦略を立てやすくなるという面もある。グレイ・リストの場合でも、あらかじめ、 条項策定の段階で留意すべき点が明確になるというメリットがある。通常は競争の期待 できない付随的条項から危険条項が排除されることによって、結果として、市場では、 契約本体である商品の性能・品質と価格による競争に事業者が集中できるため、実質的 な競争促進が期待されよう。第 3 に、「裁判外での紛争処理機能」がある。公的機関や企 業の相談窓口などの苦情処理担当者にとって、問題解決や紛争処理のための指導指針が 提供されることの意味は大きい。一般条項のように裁量の幅が広い場合は、裁判所で争 ってみなければわからず、結局、裁判外での紛争解決機能はあまり期待できない。現に、 消費生活センターの相談窓口などでは、消費者契約法の中でもハードな要件をもつ 9 条 のような規定のほうが問題処理に役立っているようである」。
●日本弁護士連合会「消費者契約法日弁連改正試案」(2012 年)66 頁
「不当条項の不当性にも程度がある。すなわち、一定の要件を満たせば他の要素を考慮するまでもなく当然に無効とされるべき極めて不当性が高い条項(ブラックリスト条項)もあれば、当該条項が不当とされる蓋然性が高くはあるが、他の事情によっては当該条項に合理性が認められる条項(グレーリスト条項)もある。よって、種々の契約条項には不当性の程度に差異があることを端的に肯定し、ブラックリストとグレーリストという両リストをもって不当条項規制を整備すべきである」。
●大澤彩「不当条項規制関連裁判例の傾向から見る消費者契約法の課題」消費者庁委託調査『平成 23 年度 消費者契約法(実体法部分)の運用状況に関する調査結果報告』
(http://www.caa.go.jp/planning/23keiyaku.html)90 頁
「…このように、不当条項規制に当たって10 条が果たす役割および射程はきわめて大きなものとなっているが、10 条は一般条項であることから、条項が抽象的なものにとどまらざるを得ず、不当性判断が一律なものとはならない。その結果、事業者にとっていかなる条項が不当であるかを一義的に示す効果には乏しい。そこで、今後の消費者契約法の見直しに当たって不当条項リストの見直しは不可欠であろう。リストを設けることで、消費者(とりわけ、消費者団体訴訟を提起することができる適格消費者団体)はもちろん事業者にとっていかなる条項が不当であるかを示すことができる。また、裁判官にとっても条項の不当性について一義的かつ明確な判断基準を提供することとなり、ひいては条項の不当性について裁判官の判断次第になる余地を少なくし、法的安定性を保つことができる。実際の裁判例を見ても、比較的明確な不当性判断基準を有している消費者契約法8条関連事例においては、条項が無効となるかどうかが一義的に判断されている(例として、大阪地裁平成
20・6・10 平19(ワ)5823 号【A1-328】(2008WLJPCA06108003)。8条1項1号に照らして条項を制限的に解釈したものとして、東京地判平成20・7・16 平19(ワ)22625 号【A1-327】
(2008WLJPCA07168003))」。
(2)以上のブラック・リストとグレイ・リストの他に、業種毎のリストなどを政令レベルで設けることも検討に値する。
日本でも消費者契約法制定過程において学説によって政省令レベルでのリストの可能性が提案されていた。諸外国でも例えばフランスにおける濫用条項委員会による勧告をその例としてあげることができる。
もっとも、この場合にはリストを作成する主体、リストの法的効果、リスト更新頻度等を慎重に検討する必要がある。例えば、条項の無効という私法的効果を付与するのであれば、政省令で定めるのではなく法律で定めざるを得ない。しかし、更新頻度を高めるためには、法律よりも政省令の方が現実的とも言える。この点を検討する必要がある
(なお、フランスの濫用条項委員会勧告は、学説による批判はあるものの、法的拘束力を有さないリストであるととらえられている)。また、千葉恵美子「消費者契約法-国民生活審議会消費者政策部会中間報告を踏まえて」法時 70 巻 10 号(1998 年)17 頁で指摘されているように、「不当条項リストを法律の中に入れないで政令・省令で不当条項リストを定める方法については、この方法が事業者団体の構成員の遵守可能なルールを監督官庁とのすり合わせのうえで決定する手法を意味しているとすれば、規制緩和の流れに反する可能性がある」点についても留意する必要がある。
※主な学説
●沖野眞已「消費者契約法(仮称)の一検討(6)」NBL657 号(1999 年)54 頁
「また、問題視される条項は社会や取引の変化とともに変わりうるから、具体的場面における(事前・事後の)判断の困難さを感じるためには、個別具体的な条項の列挙・リストは、ときに応じて迅速に追加変更する必要がある。そのような機動性確保のためには、法律で定める(追加変更に法律改正の手続を要する)のではなく、政省令による(あるいはその他の形のガイドラインや公式解説による方が望ましい(中間報告 32 頁)。どのレベルで行うかはリストの性格にも影響する。つまり、条項の無効という私法的効果をもたらすものを政省令によって定めることはできずそれはやっぱり法律によらざるをえない(逆に民法の特別法ならば要件効果の形で構成するのが通常で、私法上の効果に直ちに結びつかないガイドラインは例外的である)とすれば(中間報告 32 頁)、機動性を確保するためには、政省令のレベルで、現在問題となり将来問題となる可能性のある個別具体的な条項を『不公正条項』のガイドライン(それに該当することで端的に無効となるわけではないが、『不公正条項』とされる蓋然性の高いものを示す)として列挙する。そして、法律中には、『不公正条項』の一般規定を一段具体化し、どのような場合に
『不公正条項』となるかにつき指針を与える規定を設け、それには私法上無効という効果を付与することが一案として考えられる。法律上の一般条項および「ミニ一般条項」、
政省令その他の形でのガイドラインとしての『不公正条項リスト』の三段階構成である
(論点 76 頁参照)…。」
●大澤彩『不当条項規制の構造と展開』(有斐閣、2010 年)459 頁
「…消費者契約法の中に設けられうる法的拘束力をもった不当条項リストはもちろん、フランスの濫用条項委員会の勧告にあたるような、より柔軟性をもった不当条項リストを行政機関が掲げることも考えられる。ここで、行政機関が掲げるリストについては、個別業種ごとのリストにするなど、できる限り細かい場面を想定したリストにすることが必要である。この点、フランスにおける濫用条項委員会の勧告の大部分が、個別業種ごとの不当条項リストであり、そのような個別業種ごとのリストが裁判所や消費者団体、事業者によって参考にされていたという事実は興味深い点である。業種の違いを無視した抽象的なリストを多数設けるだけでは、かえって裁判官や消費者、事業者の混乱を招くだけである」。
(3)いかなる条項を不当条項リストに列挙するか、また、列挙する場合にブラック・リストとグレイ・リストのどちらに列挙するべきかについては、これまでの裁判例や学説、諸外国の立法例(別表も参照)をふまえて検討する。その際、消費者契約法 10 条に違反して無効となる条項と言えるかどうかが判断基準となる。
不当条項リストに掲げる条項の候補としては以下のようなものがある。
○事業者の責任を不相当に軽くする条項
・事業者の債務不履行・不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
・事業者の債務不履行・不法行為(その者の故意又は重大な過失によるものに限る)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
・瑕疵担保責任の全部または一部を排除する条項
・事業者の被用者又は代理人による責任を免除ないし制限する条項
○事業者に一方的な権限を与える条項
・事業者に契約内容・条項の一方的な変更権限を与える条項
・事業者に契約内容・条項の一方的な決定権限を与える条項
・契約文言の排他的解釈権限を事業者に認める条項
・事業者は、正当な理由なしに自己の債務の履行をしないことができるとする条項
・事業者が第三者と入れ替わることを許す条項
○消費者の権利を不相当に制限する条項・消費者の義務を加重する条項
・消費者の同時履行の抗弁権(又は留置権)を排除又は制限する条項
・消費者の有する相殺権限を奪う条項
・消費者の権利行使に対価を設ける条項
・消費者に過量な又は不相当に長期にわたる物品又は役務を購入させる条項
・消費者に与えられた期限の利益を相当な理由なしに剥奪する条項
○契約の解除・解約に関する条項
・消費者の解除権・解約を制限する条項
・事業者に不相当な解除権・解約権を付与する条項
・事業者の解除・解約要件を緩和する条項
○消費者にとって過大な損害賠償額の予定(違約罰)を定める条項
・消費者の債務不履行について過大な損害賠償額を定める条項
・消費者の解除の場合に過大な損害賠償額を定める条項
・対価の不返還を定める条項
○意思表示に関する条項
・一定の作為又は不作為に表示としての意味を持たせる条項
・消費者にとって重要な事業者の意思表示が、仮に消費者に到達しなかった場合においても消費者に到達したものとみなす条項
・消費者の意思表示の方式その他の要件について、不相当に厳しい制限を加える条項
○紛争解決に関する条項
・消費者に不利な専属的合意管轄を定めた条項
・事業者の証明責任を軽減又は消費者の証明責任を加重する条項
・紛争解決に当たっては、事業者の選定した仲裁人による仲裁によるものとする旨の条項
・消費者が事業者に対して訴訟提起をしうる期間を不相当に短く制限する条項
○その他
・サルベージ条項
・脱法禁止条項
以上の条項をブラック・リスト、グレイ・リストのどちらに列挙すべきか、また、そもそもリストに掲げるべきか否かについては、前述したように今後も慎重な検討を要するが、以下のように主要な条項について留意すべき点をあげることができる。
a)事業者の責任を不相当に軽くする条項
この種の条項について特に問題となる点として、以下の点を指摘することができる。第 1 に、全部免責条項、故意又は重大な過失による責任を制限する条項についてはブ
ラック・リストとする点で国内の諸提案および諸外国の立法は共通している。そのことから、債務不履行・不法行為の全部免責の場合にはブラック・リスト、一部免責の場合にはそれが故意又は重大な過失による責任を制限するものであればブラック・リストという一応の区別が考えられる。この区別は瑕疵担保責任の全部免責条項・一部免責条項の区別にも妥当しうる。
第 2 に、軽過失による責任を制限する条項を列挙すべきかが問題となる。具体的には、そもそもリストに掲げるべきか否かについてはもちろん、掲げる場合には全部免責か一部免責かによって区別するのか、その場合にブラック・リスト、グレイ・リストのどち
らに掲げるべきなのかについて慎重な検討が必要である。1 つの方向性として、個別の事情を考慮して不当性を判断するのが妥当であるとすれば、軽過失責任制限条項はグレイ・リストとして定め、事業者に証明責任を転換することが考えられる。
第 3 に、人身損害の免責・責任制限条項について別途リスト化するか否かが問題となる。人身損害の免責・責任制限条項を別途リスト化する理由は、人間の生命・身体という法益の重要性および処分不可能性から、これらを免責することがおよそ不当であると考えられることによる。この点を重視すると少なくとも事業者の故意・過失によって人身損害が生じたにもかかわらず一切の責任を免除する条項は公序良俗違反となり、ブラック・リストに設けられるべきであることになる。
もっとも、人身損害に関する条項については、法令によって責任制限が認められている場合があることや、事業者が無限に人身損害のリスクを引き受けることは困難であることにも留意する必要がある。そのことから、人身損害に関する事業者の責任を一部免除する条項の扱いについては慎重な検討が必要である。
第 4 に、責任制限条項と債務免除条項を区別してリスト化すべきか否かについても検討する必要がある。現行消費者契約法によれば、事業者の目的物給付義務、作為義務、保護義務等、債務を免除する条項は少なくとも 8 条の対象とはならない。これらの条項
も実質的には 8 条に定められた責任制限条項であるが、本来は債務を免除する条項である以上、その債務を事業者が免除することの正当性は責任制限条項の妥当性判断とは理論的には異なるからである。
b)事業者に一方的な権限を与える条項
第 1 に、契約内容・条項の変更・決定権限を事業者に一方的に与える条項は、わが国の立法提案、諸外国ともにグレイ・リストとするのが一般的である。一旦成立した契約は両当事者の合意によってのみ変更できるのが原則であるが、日弁連 2012 年提案が指摘するように、わざわざ消費者の合意をとりつけることなく、新法・法改正への適合性が確保でき、あるいは給付の対価的均衡を保持できる等当該条項の合理性を一律に否定できない場面もあることを考えると、グレイ・リストとするのが妥当ではないだろうか。不当性を判断する上では、当初の契約が維持されることについての消費者の利益と、締結後の事情に契約内容を適応させることについての事業者の利益との間の考量を要するからである(潮見佳男=角田美穂子「不当条項リストをめぐる諸問題」河上正二ほか著
『54 消費者契約法-立法への課題』別冊NBL54 号(2000 年)176 頁)。
そのことから、変更に「正当な理由」があることを事業者が反証することが許されるグレイ・リストとして設けることが考えられる。
もっとも、契約内容自体の変更権限と、契約条項(付随条項)の変更権限を分ける可能性はありうる。例えば、フランスでは目的物の特徴や代価に関する条項の変更権限を設ける条項はブラック・リスト、それ以外の条項の変更権限を設ける条項はグレイ・リストとなっている。
また、「短期間での値上げや不相当に高い値上げを定める条項」、「事業者に給付期間に
ついての一方的決定権限を与える条項」についても、例えば、「契約内容、契約期間、価格、契約条件を一方的に決定・変更する権限を付与する条項」といった形でまとめることが考えられる。
さらに、「契約適合性の一方的決定権限を事業者に留保する条項」も類似のものとして問題となるが、この点は瑕疵担保責任や債務不履行責任を制限する条項と趣旨を一にするものであるとすれば前掲a)で検討する必要もある。
第 2 に、契約文言の排他的解釈権限を事業者に認める条項について、事業者を一方的に解釈権者とすることはいかなる理由によっても正当化されない(潮見=角田・前掲 178頁)。そもそもこの条項を有効とすれば、あたかも契約当事者の一方に一方的な契約内容の決定権を認めるのと事実上同様の結果になる可能性がある。このことから、ブラック・リストに掲げるのが適当であろう。
第 3 に、事業者は、正当な理由なしに自己の債務の履行をしないことができるとする条項について、諸外国では(グレイ・リストであることが多いが)リスト化されていることが多い。契約の拘束力を奪う点で常に不当とされるのではないだろうか(すなわち、ブラック・リストに掲げられるべきではないか)。
c)消費者の権利を不相当に制限する条項・消費者の義務を加重する条項
第 1 に、消費者の同時履行の抗弁権(又は留置権)を排除又は制限する条項、消費者の有する相殺権限を奪う条項については、どちらもブラック・リストとするのが多数である。消費者の防御的な権能を排除又は制限するものである以上、ブラック・リストに掲げるのが望ましいのではないだろうか。また、関連する条項として、日弁連 2012 年提案がグレイ・リストに掲げている「消費者に対し、事業者の債務の履行に先立って対価の支払いを義務づける条項」のリスト化も検討に値するが、対価の前払いを要求することがいかなる場合に不当とされるのかを緻密に検討する必要がある。例えば、長期間にわたる役務提供契約のような場合には対価の前払いを義務づけることの正統性が問題となるが、それ以外の取引ではいかなる場合に不当となり得るのか、慎重な検討が必要であろう。
第 2 に、消費者の権利行使に対価を設ける条項としては、例えば、裁判例上問題となっている更新料条項について、仮に更新料条項が更新という権利に対価を課すものであると性質決定するならばこのリストに該当しうる。もっとも、これについては条項の性質決定次第で当該条項の趣旨が異なることから、リストに掲げるとしても後述するように適切な条項解釈原則を定めた上で設けることが必要であろう。
d)契約の解除・解約に関する条項
消費者の解除権・解約を制限する条項については、これまでも消費者契約法 10 条に違反して無効とする裁判例が存在した(東京地判平成 15 年 11 月 10 日判時 1845 号 78 頁)。このこともふまえ、これらの条項について不当条項リストに掲げることが必要となる。とりわけ、消費者の法定解除権を排除する条項はブラック・リストに掲げるべきであろ
う。
この条項と類似するものとして、消費者を当該契約に長期間拘束することとなる条項が問題となるが、これについてはどの程度の期間が「長期」なのかとうい点は業種・業態によって異なることから、グレー・リストとして規定することが妥当であろう(河上正二「消費者契約における不当条項の現状と課題(横断的分析)」消費者契約における不当条項研究会『消費者契約における不当条項の横断的分析』別冊NBL128 号(2009 年) 99 頁)。
e)消費者にとって過大な損害賠償額の予定(違約罰)を定める条項これについては項を改めて後述する。
f)意思表示に関する条項
意思表示に関する条項は常に不当であると言うことは困難であることから、グレイ・リストに掲げるのが妥当ではないだろうか。実際にも、ほとんどの提案・諸外国法でグレイ・リストに掲げられている。
g)紛争解決に関する条項
このうち、これまでの裁判例や相談事例でも問題となっている消費者に不利な専属的合意管轄を定めた条項については、管轄裁判所を指定することにもある程度の合理性がありうる。裁判例においても、管轄合意条項は公序良俗規定や消費者契約法 10 条によって当然に無効となるわけではなく、有効な合意として尊重されるとしつつ、事案の特殊性を考慮して民事訴訟法 17 条による移送を認めた裁判例(大阪高判平成 16 年 55 月 1010日平 16(ラ)268 号)がある)。そうすると、仮にリストに掲げるとしてもグレイ・リストに掲げることが妥当である。
h)その他
以下のような条項が考えられる。
・サルベージ条項
近畿弁護士連合会『消費者取引法試案』169 頁
「1-5-2-15 消費者の利益を信義則に反する程度に害する条項につき、1-5-2-1 第 1 項に違反しない限度で有効と定める条項は、消費者の利益を信義則に反する程度に害するものとみなす」。
日弁連 2012 年提案
「民法その他の法令の規定により無効とされることがない限りと留保して、事業者の権利を拡張し又は事業者の義務を減免することを定める条項」
・脱法禁止条項
近畿弁護士連合会『消費者取引法試案』169 頁
「1-5-2-16 別段の法律構成を定める条項であっても、1-5-2-1 第 1 項に反し無効となることを回避する結果となる場合には、当該条項もまた、消費者の利益を信義則に反する程度に害するものとみなす」。
日弁連 2012 年提案
「他の法形式を利用して、本法その他公序若しくは良俗に反する法令の規定の適用を回避する条項。ただし、他の法形式を利用することに合理的な理由があり、かつ、消費者の利益を不当に害しない場合を除く」。
②について
(1)損害賠償額の予定・違約金条項について定める消費者契約法 9 条 1 号については、以下のような問題点が指摘されている。第 1 に、9 条 1 号では消費者契約の解除が否かにかかわらず一定の違約金等の請求を予定している条項は対象となっていない。第2 に「、平均的な損害」の算出方法や対象となる損害が不明確であり、それらのとらえ方の違いが実際の裁判例においても結論の違いを導いている。第 3 に、「平均的な損害」の立証責任について、最高裁は消費者が負うものと判断したが、これに対しては消費者が事業者の内部事情とも言うべき「平均的な損害」を立証することには困難が大きい。第 4 に、対価不返還条項など、解除時の清算条項の有効性判断をめぐる消費者契約法 9 条 1 号の射程が明らかではない。
(2)これらの問題点をふまえて、まず、現行法消費者契約法 9 条 1 号が対象としている消費者契約の解約に伴い、損害賠償の予定又は違約金を定める条項を規制対象とするにあたっては、以下の点を見直す必要がある。
a)立証責任の転換について
損害の立証責任については、これまでにも、当該事業者の損害の平均値を資料を持たない相手方消費者に立証させるのは困難であること、損害賠償の額の予定条項を作成しているのは当該事業者なのであるから、その算定根拠の資料提出を当該事業者に求めることはむしろ当然であること等から、損害の立証責任は当該事業者に負担させるべきとの考え方が示されていた。下級審裁判例でも、そのような結論を支持するものがあり、学納金返還請求訴訟の最高裁判決でも、現行法の文言上は損害の立証責任は消費者にあると解さざるを得ないとしつつも、事実上の推定によって、その不都合を緩和しようとしている。
「消費者契約法の評価及び論点の検討等について」(平成 19 年 8 月国生審消費者政策部会消費者契約法評価検討委員会)においても、「何らかの形で消費者による立証の困難性の緩和が図られるべきである。」と評価されている。
さらに、後述するように「平均的な損害」という文言だけでは、損害の平均値をとるという意味に過ぎないため、現行法では、「損害」の対象や、平均値の算出方法について
は、さらに法解釈をする必要があった。そのため、今回の法改正にあたっては「損害」の対象や、平均値の算出方法について具体的な基準を設け、その上で適切な平均値を算出していくという方針をとる必要があるが、こうした基準を設けても、そもそも、当該事業者の「損害額算定の基礎資料」がなければ算定は不可能である。
そうすると、適切な平均値を算出するには、事実上の推定や民訴法 248 条の活用といった、いわば場当たり的な対応では、いずれ限界が出てくるものと推察され、今般の改正を契機として、立証責任の転換は必須であると思われる。
具体的には、「消費者契約における違約金・損害賠償額の予定条項については不当性を推定し、事業者が当該契約が消費者の利益を害するものではないことの反証を行う」といったような規定を設けることが考えられる。
b)平均値の算出方法について
「平均的な損害」の算出方法について具体的な基準を設けることが考えられる。
例えば、近時の携帯電話の解約金に関する裁判例を見ると、解約金条項が解約の時期を一切問うていないことから、平均的な損害の算定に当たって本件契約を締結した顧客を一体のものとして判断した裁判例(京都地判平成 24 年 3 月 28 日)ものと、解除の時期的区分により同一の区分に分類される複数の同種契約の平均値を用いたもの(京都地判平成 24 年 7 月 19 日)とに分かれている。
※京都地判平成 24 年 3 月 28 日判時 2150 号 60 頁
「本件解約金条項は、顧客との間で本件契約を締結するにあたり、顧客の具体的特性、料金プラン及び解約の時期を一切問わず、一律に契約期間末日の 9975 円の解約金の支払義務を課していることが認められる。したがって、平均的な損害の算定については、本件契約を締結した顧客を一体のものとみて判断するべきである。」
※京都地判平成 24 年 7 月 19 日判時 2158 号 95 頁
「事業者が解除の事由、時期等による区分をせずに、一律に一定の解約金の支払義務があることを定める契約条項を使用している場合であっても、解除の事由、時期等により事業者に生ずべき損害に著しい差異がある契約類型においては、解除の事由、時期等により同一の区分に分類される複数の同種の契約における平均値を用いて、各区分毎に、解除に伴い事業者に生じる損害を算定すべきである。」
しかし、結婚式場予約キャンセル事案やパーティ予約キャンセル事案をみてもわかるとおり、当該事業者に生じる損害額は、解除の時期的区分によって自ずと異なってくるものである。それにもかかわらず、事業者側の条項の作成の仕方が時期的区分を設けずに一律にしているかそれとも時期的区分をしているかといった事情によって、結論に差が出てくるというのは不合理といえないだろうか。
この点は、京都地判平成 24 年 7 月 19 日が述べているとおり、「解除の時期的区分に
よって損害に差が生じる契約類型においては、解除の時期的区分により同一の区分に分類される複数の同種の契約における平均値を用いて、各区分毎に、解除に伴い事業者に生じる損害を算定すべきである。」ということを、改正にあたっては明文化する必要があると考える。
c)「平均的な損害」の対象となる損害について
結婚式場予約キャンセル事件(東京地判平成 17 年 9 月 9 日)、自動車売買キャンセル事件(大阪地判平成 14 年 7 月 19 日)などでも、逸失利益は原則として損害に含まれないとしつつ、例外的に逸失利益が含まれる場合として、他の予約客を断ったか否かという事情や、あるいは、他の顧客に転売できないような特注品であった否かという事情を考慮するようである。そして、そこで得られた帰結については、常識的な判断という評価は得ているものの、理論的に考えれば「平均的な損害」というだけはあくまで損害の平均値を採用するというだけにすぎず、損害の対象をどのように限定するのかは、消費者契約法の趣旨に基づいて別の正当化根拠が必要であるとの問題意識も提示されている。
この点、学説としては、「同法 9 条 1 号は、従来、割賦販売法や特定商取引法において採られていた、消費者契約の履行前の段階においては契約解除に伴う損害賠償額は原状回復賠償に限定されるという原則を、全ての消費者契約に妥当する法理として一般化した規定であると捉えるものである。このような解釈論は、消費者契約においては事業者の主導のもとで勧誘・交渉が行われ、消費者は契約の内容について十分に熟慮することなく契約の締結に至ることが少なくないことから、契約解除に伴う損害賠償額を原状回復賠償に限定することによって、消費者が望まない契約から離脱することを容易にすることにより、契約の成立段階に起因するトラブルを回避するインセンティブを事業者に付与するという考え方に基づくものである。」という見解(森田宏樹「消費者契約の解除に伴う『平均的な損害』の意義について」潮見佳男ほか編『特別法と民法法理』(有斐閣、2006 年))、「特定継続的役務に関する特商法 49 条 2 項 1 号は、①給付されていない目的物の対価を請求できないという法理、②中途解約時の提供済みの役務の対価保持は認められるという法理、③特定継続的役務の特徴から導かれる自由な中途解約権の保障と通常生じる損害の加算容認という合理的清算にかかる法理から根拠づけられるところ、特商法 49 条 2 項 1 号の内容は、消費者契約法 9 条 1 号の平均的な損害を定型化した規定」と位置づける見解(千葉恵美子「損害賠償の予定・違約金条項をめぐる特別法上の規制と民法法理」山田卓生先生古稀『損害賠償法の軌跡と展望』(日本評論社、2008年)403 頁以下)、「履行の前後を問わず、消費者契約では民法 545 条 1 項から導かれる原状回復賠償への制限ルールが採用された」とする見解(山口幹雄「消費者契約法第 9条第 1 号における『平均的な損害』の意義と Avoidable Consequences Rule」明治学院大学法科大学院ローレビュー第 9 号(2008 年)95 頁以下)などがある。
以上を踏まえ、改正の方針として、解除に伴う損害は、信頼利益に限定し履行利益を含まないことを明文化することが考えられる。
そして、明文化に際しては、給付していない目的物、役務の対価(将来の逸失利益)は原則損害に含めないこととし、ただし、解約の時期的区分、契約の目的(当該消費者向けに限定された給付内容なのか否か)等に照らし、他の顧客を獲得する等によって代替することが不可能となり、利益を得る機会を喪失した場合は損害に含めると明示することが望ましいと考える。
なお、代替性を考えるにあたっては、契約の目的(当該消費者向けに限定される給付なのか否か)についての明記も重要と思われる。この点を意識しておかないと、特に履行後の解約において、逸失利益の限定が無意味となりかねない。
この点に関連して、前述した京都地判平成 24 年 7 月 19 日は、損害の対象に履行利益を含めることを前提としており、そもそもその前提が異なるが、以下のような判示をしている。「原告らは、本件通信契約は、大量の新規契約等が予定されており、ある契約の解約に伴い生じる損害は、別の契約により填補されることから、逸失利益を基礎に平均的損害を算定することはできない旨主張する。しかし、一般に、民法の規定に基づき損害賠償請求をする場合において、債務不履行を起因して他の契約を締結する機会が新たに生じたことにより、損害が填補されたとしても、逸失利益の請求は認められ、上記填補額は、損益相殺の対象となるにとどまる。また、当初の契約の債務不履行に起因して他の契約締結の機会を得たとはいえない場合には、上記損益相殺は認められず、損害(逸失利益)全額について損害賠償が認められる。法 9 条 1 号の解釈にあたっても、以上のような民法の規律を参照し、①解約に伴い、別の契約を締結する機会が新たに生じ、これにより損害が填補されたといえる場合には、解約に伴う逸失利益から上記損害の填補額を控除することにより平均的損害を算定するが、②解約に伴い別の契約を締結する機会が新たに生じたといえない場合には、平均的損害の算定にあたり、他の契約を締結することによる損害の填補の可能性を考慮することはできないと解する。そして、本件通信契約においては、ある契約が締結されることにより、他の契約を締結する機会を喪失するとはいえず、それゆえ、解約に伴い別の契約を締結する機会が新たに生じるともいえないから、他の契約を締結することによる損害の填補の可能性を考慮することはできない。」
しかしながら、このような代替性の考え方に従うと、役務提供の内容に属人性がなく、しかも大規模に役務提供していればいるほど、つまり抽象度の高いものであればあるほど「ある契約が締結されることにより、他の契約を締結する機会を喪失するとはいえず、それゆえ、解約に伴い別の契約を締結する機会が新たに生じるともいえない」として、損害の対象となってしまうことになる。
以上のように「平均的な損害」の対象については、民法理論のみから正当化することは困難であり、消費者契約特有のものとして説明する学説が複数存在したところであり、今回の見直しにあたって、この点を明文化する余地はあるだろう。
(3)もっとも、消費者からの解除にあたって消費者側に帰責事由がない場合(例えば、自己都合、債務不履行によらない場合)には、そもそも損害賠償を求めていいのかとい
う問題がある。この場合には民法 420 条の適用が排除されるという見解もあり、消費者契約法ではこの場合の損害賠償額の予定条項を無効とするという条文を入れることも考えられる。
※丸山絵美子「損害賠償の予定・違約金条項および契約解消時の清算に関する条項」消費者契約における不当条項研究会『消費者契約における不当条項の横断的分析』別冊N BL128 号(2009 年)148 頁以下
「消費者の債務不履行の事実や帰責事由を問わずに、あるいは民法によれば損害賠償 請求権がそもそも発生しない事態に向けて、一方的に消費者に損害を負担させる条項が、損害賠償額の予定条項として規制されるのかという問題がある。民法 420 条にいう『賠 償額の予定」に関して、通説は、責めに帰すべき事由の有無も損害の有無も関係なく、 債務不履行の客観的事実があれば、損害賠償額の予定条項に基づいて、債務者は賠償を 求め得るとするが、有力説によれば、債務者は、帰責事由がないことを証明して、損害 賠償額の予定条項に基づく支払い義務を免れることができるということである。後者の 見解によれは、例えば、不可抗力によって債務者が履行できなかった場合は、損害賠償 の予定条項はこの事態をカバーするものではなく、逆に、不可抗力による履行不能の事 態について損失転嫁や分配を定めている条項であれば、それは民法 420 条にいうところ の損害賠償額の予定ではないということになろう。ここには、『○月○日に履行がなかっ た場合には○○万円支払う」といった条項は、あくまで債務者の責めに帰すべき事由に よる債務不履行の事態に向けられているのか否か条項の趣旨の解釈レベルの問題と、危 険負担や損失分配の問題となる事態も含めて一定額を支払う旨の条項と解釈できる場合、そのような条項を損害賠償額の予定条項を規制する場合と同じ基準(たとえば、『実損害』を超えてはならない準則など)によって制限してよいのか、という問題が含まれている。
現行消費者契約法 9 条 1 号との関係では、民法によれば損害賠償など何ら負担を負わずに契約から解放されるべき事態に向けて一定額の支払いを要求する条項の不当性を、
『平均的な損害」基準によって判断してよいのかという問題として現れる。」
(4)次に、消費者契約の解除を伴わない、消費者の債務不履行(義務違反)に対する損害賠償額の予定・違約金条項についても規制を設ける必要がある。例えば、レンタルビデオの過重な延滞金料金、賃料相当損害金を過重する条項(賃料相当損害金の 2 倍や 3倍など)等、「解除に伴わない」場合であっても、損害賠償額の予定・違約金を定める条項は問題となるが、現行消費者契約法 9 条 1 号では、「解除に伴う」という限定があるため、規制対象から外れ、同法 10 条で審査せざるを得ない状況となっている。
比較法的にみても、損害賠償額の予定・違約金条項の規制は、契約解除の場合に限定されないモデルがほとんどで、「解除に伴う」という限定は、上記の日本の立法時の個別的な事情に伴うものに過ぎず、理論的なものではないことなどが指摘できる。
したがって、今回の改正にあたっては、解除に伴う場合のリストとは別に、解約を伴わない場合の、消費者の債務不履行による損害賠償、違約金の条項への規制のリスト化
を提案する。
※丸山絵美子「損害賠償の予定・違約金条項および契約解消時の精算に関する条項」消費者契約における不当条項研究会『消費者契約における不当条項の横断的分析』別冊N BL128 号(2009 年)147 頁以下
「解除にかかわらず、かつ金銭債務の支払い遅滞に限定せずに、消費者の債務不履行・義務違反に対し置かれている平均的な損害を超える損害賠償額の予定・違約金条項を、 不当条項リストに加えることは十分に考えられる。現行消費者契約法 9 条によってカバ ーされていない事例としては、たとえば、賃貸借契約において目的物返還義務違反が消 費者にあった場合に対して置かれている損害賠償額の予定条項などを挙げることができ る。現行消費者契約法 9 条が 1 号 2 号の範囲においてのみ損害賠償額の予定・違約金条 項の具体的規制を行っているのは、特商法などの規制モデルを参考に消費者契約法の条 文が練られ、かつ契約のキャンセル・代金支払いの遅滞といった事例が主として念頭に おかれたため、解除に伴うおよび金銭債務の支払い遅滞に対する損害賠償額の予定・違 約金条項をリスト化すれば差し当たり足りるとの判断があったのではないかと推測され、損害賠償額の予定・違約金条項に対する規制をかかる場合に限定することに必然性はな い。契約条項の実態をみた場合、消費者の債務不履行に対して損害賠償額の予定条項が 置かれるのは、金銭債務の支払い遅滞の事例に限られないこと、本来的な損害賠償額の 予定・違約金条項規制の理念からすれば、より広い形で損害賠償額の予定等条項にかか る不当条項リストが作成されてしかるべきであったことを理由に、不当条項リストの改 正を理由づけることは十分に可能である」。
(5)以上の他に、対価不返還条項として、(消費者契約が終了した場合に、)当該消費者契約の給付の目的物である商品、権利、役務の対価に相当する額(既履行給付の対価)を上回る金員を、理由なくして消費者に請求することができる(ないし不返還とできる)とする条項を無効とする旨の規定を設けることを検討する必要がある。このような原状回復に関する条項は事業者が対価を保持することに正当性があるかという観点からその有効性が問題となり、その際に「平均的な損害」の有無を考慮するだけで果たして十分といえるかは一考を要する。対価不返還条項も実質的には損害賠償額の予定条項と同じ機能を果たすので別途リスト化する必要はないという声もあろうが、後述するように文言上、不当条項リストを潜脱する余地をなるべく減らすためには別途リスト化するのが望ましいのではないか。
※これまでに示された改正試案
●丸山絵美子「損害賠償の予定・違約金条項および契約解消時の清算に関する条項」消費者契約における不当条項研究会『消費者契約における不当条項の横断的分析』別冊N BL128 号(2009 年)171 頁以下
提案①
(消費者による損害の負担を予定する条項の規制)
9 条 1 項 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
1 号 消費者の債務不履行に対し、損害賠償の額を予定し又は違約金を定める条項であってこれらを合算したものが、平均的損害を超えるもの 当該超える部分
2 号 消費者の債務不履行に対し、損害賠償の額を予定し又は違約金を定める条項のうち、消費者が支払うべき金銭を支払期日(支払期日が 2 以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合に対する条項については、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払いをする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年 14.6%の割合を乗じて計算した額を超えるもの当該超える部分
3 号 消費者契約の解除に伴い、損害賠償の額を予定し、もしくは違約金を定め、または原状回復請求権の範囲を定める条項であってこれらを合算したものが、平均的な損害を超えるもの 当該超える部分
2 項 解除に伴い生じる平均的な損害の算定にあたっては、解除の時期的区分、契約目的の代替性などが考慮される。
3 項 消費者の義務違反、または解除権の行使に対し、過大な違約罰を定める条項は無効とする。
○条 (対価の精算に関する条項)
契約の解除に伴い、既履行給付に対する対価の請求を予定し、もしくは前もって受領した対価の不返還を定める条項は、既履行給付に対応する対価を不当に上回る部分について無効とする。
○条 (消費者の責任を一方的に加重する条項)
消費者の支配領域外の事由によって生じた損害を、一方的に消費者に加重させる条項は無効とする。
提案②
(消費者による損害の負担を予定する条項の規制)
9 条 1 項 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
1 号 消費者の債務不履行に対し、損害賠償の額を予定し又は違約金を定める条項であってこれらを合算したものが、平均的損害を超えるもの 当該超える部分
2 号 消費者の債務不履行に対し、損害賠償の額を予定し又は違約金を定める条項のう
ち、消費者が支払うべき金銭を支払期日(支払期日が 2 以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合に対する条項については、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払いをする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年 14.6%の割合を乗じて計算した額を超えるもの当該超える部分
3 号 消費者契約の解除に伴い、損害賠償の額を予定し、もしくは違約金を定め、または原状回復請求権、既履行給付に対する対価の範囲を定める条項であってこれらを合算したものが、平均的損害を超えるもの 当該超える部分
2 項 解除に伴い生じる平均的な損害の算定にあたっては、解除の時期的区分、契約目的の代替性などが考慮される。
3 項 消費者の義務違反、または解除権の行使に対し、過大な違約罰を定める条項は無効とする。
4 号 消費者の支配領域外の事由によって生じた損害を、一方的に消費者に加重させる条項は無効とする。
●消費者契約法日弁連改正試案
(リスト)
13 条 6 号(7 号は省略)~ブラック・リスト~
損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める消費者契約の条項。
ただし、これらを合算した額が、当該消費者契約と同種の消費者契約につき、当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えない部分を除く。
14 条 19 号~グレイ・リスト~
消費者契約が終了した場合、前払金、授業料などの対価、預り金、担保その他の名目で事業者に給付されたものの全部又は一部を消費者に返還しないことを定める条項
14 条 20 号~グレイ・リスト~
消費者に債務不履行があった場合に、事業者に通常生ずべき損害の金額を超える損害賠償の予定又は違約金を定める条項
14 条 21 号~グレイ・リスト
消費者契約が終了した場合に、給付の目的物である商品、権利、役務の対価に相当する額を上回る金員を消費者に請求することができるとする条項
③について
(1)権利の実態が乏しいにもかかわらず、事業者側の主張する意思解釈論に引きずられる形で、特約の性質決定を行っていると思われる裁判例がする(例えば有料老人ホームの入居一時金不返還の事案)。
また、以下のような指摘もある(前掲大澤彩「消費者契約法(実体法部分)の運用状況に関する調査 結果報告」)。
「ある金銭を一定の権利の対価とし、すでにその権利を得ている以上、返還の余地はない、という論理は、学納金返還請求訴訟における入学金についても言われているところである。確かに『大学に入学する地位を得ている』、『老人ホームにおけるサービスを受ける地位を得ている』ことから対価を返還する必要はないという論理は一見もっともであるが、地位の対価として入学金や入居一時金の全額が妥当であると言えるのか、また、ある一定の金銭を『権利・地位の対価』と見るのか、それとも『授業料の前払い』、
『賃料の前払い』や『損害賠償の予定』と見るのかという性質決定によって返還の可否が分かれる(現に、老人ホームの一時金について、消費者契約法 9 条 1 号の適用を認めたものもある)点が問題として残されている。ヒアリングにおいても、入居時一時金は賃料の前払いに過ぎず、初期費用を差し引いて返還することに合理性がないとの声が見られた点はこの問題を示している。また、同じヒアリングにおいて学納金返還請求訴訟最高裁判決以後、権利の実態に乏しいにもかかわらず、『権利設定の対価」と契約書に書いて一時金を徴求する例があることが指摘されている。」
現に有料老人ホームの事案は、結局、裁判では対処ができず、高齢者住まい法や老人福祉法の改正などで、対応せざるを得なかった。
(2)趣旨が不明確条項を、事業者側の認識で意思解釈してよいのか、消費者側は、趣旨が不明確に対して適切な選択ができないのではないかという問題意識は、例えば敷引特約について、最判平成 23 年 7 月 12 日において岡部裁判官の反対意見が、下記指摘している。
「多数意見は、要するに、敷引金の総額が契約書に明記され、賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約を締結したのであれば、原則として敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものとはいえないというのである。
しかしながら、敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるのに、消費者たる賃借人がその性質を認識することができないまま賃貸借契約を締結していることが問題なのであり、敷引金の総額を明確に認識していることで足りるものではないと考える。敷引金は、損耗の修繕費(通常損耗料ないし自然損耗料)、空室損料、賃料の補充ないし前払、礼金等の性質を有するといわれており、その性質は個々の契約ごとに異なり得るものである。そうすると、賃借物件を賃借しようとする者は、当該敷引金がいかなる性質を有するものであるのかについて、その具体的内容が明示されてはじめて、その内容に応じた検討をする機会が与えられ、賃貸人と交渉することが可能となるというべきである。例えば、損耗の修繕費として敷引金が設定されているのであれば、かかる費用は本来賃料の中に含まれるべきものであるから(最判平成 17 年 12 月 16 日)、賃借人は、当該敷引金が上記の性質を有するものであることが明示されてはじめて、当該敷引金の額に対応して月々の賃料がその分相場より低額なものとなっているのか否かを検討し交渉することが可能となる。また、敷引金が礼金ないし権利金の性質を有するとい
うのであれば、その旨が明示されてはじめて、賃借人は、それが礼金ないし権利金として相当か否かを検討し交渉することができる。事業者たる賃貸人は、自ら敷引金の額を決定し、賃借人にこれを提示しているのであるから、その具体的内容を示すことは可能であり、容易でもある。それに対して消費者たる賃借人は、賃貸人から明示されない限りは、その具体的内容を知ることもできないのであるから、契約書に敷引金の総額が明記されていたとしても、消費者である賃借人に敷引特約に応じるか否かを決定するために十分な情報が与えられているとはいえない。」
(3)また、消費者契約法立法時の議論として山本敬三教授の指摘がある(「消費者契約における契約内容の確定」河上正二ほか著『消費者契約法-立法への課題-』別冊NB L54 号(1999 年)90 頁以下)。
「不明確準則の意味とその必要性」として、
「もっとも、不明確準則が一般的に消費者契約に特有のルールといえるかというと、そうではない。もともと、合理的な解釈を尽くしても複数の解釈可能性が残る場合に、それらの解釈可能性の一つにしたがって内容を確定するというものである。このような場合に、その部分を無効とするのではなく、あくまでも残された解釈可能性のうちの一つにしたがって内容を確定するのは、当事者がおこなった契約をできるかぎり尊重しようという考え方にもとづく。そのかぎりで、これは契約一般に妥当する解釈原則だということができる。
もちろん、そのうえで、どのような基準にしたがって残された解釈可能性のうちの一つを選ぶべきかということが問題となる。いうまでもなく、これがとくに問題となるのは、どの解釈可能性を選ぶかによって、当事者の一方が有利になり、他方が不利となる場合である。しかし、契約を尊重し、その効力を維持しようとするかぎり、どちらかの当事者が不利益をこうむることは避けられない。こうした場合に、一方の当事者に不利益を課すためには、その当事者にはそうされてもやむを得ない理由、つまり帰責性があることを要求するのが、民法の基本原則から出てくる考え方である。表現使用者の不利に解釈するという基準があげられることが多いのも、この理由から理解できる。・・・(略)情報力や知識に格差があることを考えると、それによる不利益はやはり事業者が負担してしかるべきである。その意味で、事業者に帰責性を擬制したり、少なくとも事業者には帰責性があると推定することは、十分に可能である。不明確準則の内容をこのようにとらえるならば、これを消費者契約に特有のルールとして明文化することには意味があるというべきだろう。」
(4)そこで、契約内容の確定の準則として、消費者の合理的意思を重視して内容決定するという準則を設けることを提案する。かかる準則の結果として、合理的意思解釈した内容が、たまたま作成者側からすれば不利な内容となっても、不明確条項を作成したという、いわば作成者側の帰責性を考慮すると、妥当ではないか。また、この準則を定めることで、更新料条項のように隠された対価条項を排除することが可能となる。
これまで提案されてきた作成者不利の準則あるいは契約条項の明瞭化とともに、不明確条項の解釈準則の一準則として提案する。
※これまでの立法提案
●消費者契約法日弁連改正試案
(解釈準則)
10 条(契約条項の明瞭化)
事業者は、消費者契約の条項を定めるに当たっては、消費者の権利義務その他消費者契約の内容について消費者にとって明確かつ平易な表現を用いなければならない。
11 条(契約条項の解釈準則)
消費者契約の条項が不明確であるため、その条項につき複数の解釈が可能である場合は、消費者にとって最も有利に解釈しなければならない。
3.比較法的な動向との関係
①について
諸外国では、1993 年EC指令別表のように不当とされる条項を例示するにすぎないリストも存在するが、現在では多くの国においてブラック・リストとグレイ・リストの 2本立てによるリスト化がなされている。例として、ドイツ民法典、フランス消費法典R 132-1 条、R132-2 条の他、ヨーロッパ契約法統合をめぐる動向においてもDCFR、 CESLのようにブラック・リストとグレイ・リストの 2 本立てによるリスト化が提案されている。
それぞれの立法例・立法案においていかなる種類の条項がどのリストに掲げられているかについては別表によるが、条項の種類によってはブラック・リストとグレイ・リストの仕分けについて共通するものも少なくない。
もっとも、例えばフランスの濫用条項委員会の勧告のように、ブラック・リスト、グレイ・リストに加えて業種毎のリストを設ける場合も参考に値する。
②について
諸外国では損害賠償額の予定条項などを契約の解除の場合に限定する規制モデルは確認できない。また、グレイ・リストとして設ける国が多いが、種類によってはブラック・リストとして設ける国もある。他に、前述した対価不返還条項のように契約解消時の清算に関する条項をリスト化している国も存在している。
③について
別添資料にあるように契約条項の明瞭化に関する規定を設ける国がある。大きく分けると、対価関連条項として審査対象外となる場合には明瞭化が必要である旨定める規定と、条項の不明確性が不当条項審査の際の考慮要素となる旨定める規定が存在する。
4.立法を考えるとした場合の留意点
①について
ブラック・リストとグレイ・リストを設けるにあたっては、以下の 2 点に留意する必要がある。
第 1 に、リストの文言の抽象度について。現行消費者契約法 8 条、9 条については、例えば消費者契約法 9 条 1 号が「解除の場合」に限定されているなど、リストの射程が文言上制限されている点を問題点としてあげることができる。この点については、確かに前述したリストの機能を発揮するためには、具体的かつ明確な基準を設けることで誰でも簡単に問題となっている条項がリストに当てはまるか否かを判断できるようにすることがのぞましい。しかし、あまりにも細かい文言でリストを設けると現行法において問題となっているように、リストの射程を狭める危険性がある。また、リストが細かい文言で射程が狭いものとなっていると、現在は想定されていないものの将来的に生ずる新たな不当条項について妥当な解決を行うことが困難になる。
そのことから、リストの文言については、学説でも指摘されているように、グローバル・スタンダードに合わせて、民法の条文程度か、これをやや具体化した程度の抽象度をすることが考えられる。
※河上正二「消費者契約法の展望と課題」現代消費者法 14 号(2012 年)76 頁
「…使い勝手や、リストの効用を発揮させるには、ある程度の具体性と明確な指標を用いた基準が必要となる。客観的に、誰にでも判定が容易な基準であることが、相談現場などの対応の際にも説得力を高めよう。しかし、消費者契約法の適用領域が広いことや、判断者にとって一覧性の高いリストであることが望ましいことをあわせ考えると、あまり細かな規定も非現実的である。したがって、比較的重要な条項や問題条項について具体化し、問題発見を容易にして無効となる場合の予測可能性を高めつつ、他方で、多様な局面の可能性を視野に入れて、包括的ながら簡明な指標と評価余地のある留保を組み合わせながら規定を整備することが適切である。不当条項リストは、グローバル・スタンダードに合わせて、民法の条文程度か、これをやや具体化した程度の抽象度とすることが現実的である。」
第 2 に、第 1 の点とも関連するが、リストにおける不当性の基準の定め方は慎重な検討を要する。例えば、リストに「過度に」「著しく」等といった要件を入れてしまうと、結局、不当だということを消費者が立証する必要が出てきてしまい、不当性の推定というグレイ・リストの機能を害するおそれがある。
第 3 に、条項との実質との関係でいかなる種類の条項をリストにおいてカバーすべきかを検討する必要がある。例えば、条項の「実質」を重視すると、対価不返還条項は消費者契約法 9 条 1 号の損害賠償額の予定条項とみることができ、また、債務免除条項も消費者契約法 8 条の責任制限条項とみることができる。しかし、実務上は、例えば老人ホームの入居契約のように、入居一時金を地位の対価や権利金と構成することによって
規制を免れるという弊害も生じている。あらゆる条項をリスト化することは困難であるが、形式的に区別可能なものをリスト化することは必要なのではないだろうか。
②について
前述のように、審議会の場では「平均的な損害」基準を維持することが多数の見解であったが、文言として、「平均的な損害」基準を維持するか、それ以外の「損害」概念を用いるか、諸外国にも見られるようにそもそも「損害」概念を用いないかはなお検討を要するように思われる。わが国における諸提案では、「平均的な損害」概念を維持するものを提案するものが多いものの、「当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであった損害が事業者に生じているときは、その損害額を定める部分については、消費者の利益を信義則に反する程度に害するものと推定されない」とする提案もみられる(民法(債権法)改正検討委員会編『詳解債権法改正の基本方針Ⅱ』(商事法務、 2009 年)135 頁以下)。また、わが国の裁判例でも「実損害」に比べて当該予定賠償額が過大であるか否かが 1 つの判断基準とされていたことも踏まえる必要がある。さらにいえば、違約金・賠償額の予定条項の有効性を判断する上で考慮要素となる「解除の時期」や「解除の事由」と「平均的な損害」の有無とのつながりが明確でない事案もあることや、損害てん補目的よりも履行確保目的で設けられている条項の場合には、単に「平均的な損害」や「実損害」と対比するだけでは条項の合理性を判断することが困難であることもふまえると、「損害」概念は、解除の時期や事由と同じく条項の合理性を判断する上での考慮要素にとどめる可能性を模索する必要も残されているように思われる。もっとも、消費者契約法の規制基準は団体訴訟における条項不当性判断基準ともなることから、「平均的な損害」のようにある程度抽象的な基準であることにも一定の合理性があることに留意しなければならない。
また、仮に「平均的な損害」基準を維持するとしても、前述したように、「原則として
『平均的な損害』には履行利益は含まれない」とする考え方を明示するにあたっては、民法の原則から言えば本来は履行利益が含まれること、そのことから、消費者契約であるとしてもどのような理論的根拠で信頼利益に限定されるということになるのかについては緻密に検討する必要がある。また、「平均的な損害」に含まれる損害の内容として、信頼利益と履行利益の区別という観点のみから論じることに限界はないのかについても留意する必要がある。
③について
約款規制のところで問題となる作成者不利の原則や契約条項の明瞭化ルールとの関係を整理しつつ、不明確条項の解釈準則として内容確定ルールを設けることが必要であろう。
5.その他(関連問題など)
学説、実務による消費者契約法改正提案の中には、過量販売に関する条項など、契約
の目的物・対価そのものに関する条項をリスト化するものがある。例えば、「消費者に過量な又は不相当に長期にわたる物品又は役務を購入させる条項」をリストの候補として掲げる提案が見られる。これらの中心条項についての規制の可否については、消費者契約法 10 条の見直しにあたって再度検討する必要があるが、仮に規制するとしてこれらの条項をリスト化することの是非も問題となろう。つまり、不当条項リストに列挙するという形以外の方法、例えば、消費者公序規定による対応などもふまえて検討する必要がある。
(参考資料) 別表を参照。
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