山田 今回もやはり有期の問題が数多く出ておりますし,LGBT の問題なども同様です。本当はハラスメントの裁判例も多いと思うのですが,なかなか理論的に整理されていないのかなというこ
ディアローグ
割増賃金の支払いと労基法 37 条
雇止めの可否と不更新条項
労働判例この 1 年の争点
契約社員に対する退職金不支給と労xx旧 20 条
均等法 9 条 4 項違反の解雇
x x x x
(中央大学名誉教授)
× x x x x
(慶應義塾大学教授)
【目 次】
■ホットイシュー
1.契約社員に対する退職金不支給と労xx旧 20 条―メトロコマース事件
2.均等法 9 条 4 項違反の解雇―社会福祉法人緑友会事件
■フォローアップ
1.トランスジェンダーの労働者の化粧を理由とする乗務拒否―淀川交通(仮処分)事件
2.無期転換後の労働条件―ハマキョウレックス(無期契約社員)事件
■ピックアップ
1.自力救済としての争議行為の正当性―学校法人関西外国語大学事件
2.職場における差別的内容の文書配布―フジ住宅ほか事件
3.定年嘱託再雇用者の労働条件―名古屋自動車学校(再雇用)事件
4.偽装請負と申込みみなし制度―ハンプテイ商会ほか 1 社事件
5.私傷病による失職と合理的配慮―日東電工事件
6.劇団員の労働者性―エアースタジオ事件
凡 例
・判例の表記は次の例による。
(例)最二小判(決)令○・○・○
→ 最高裁判所令和○年○月○日第二小法廷判決(決定)
民集:最高裁判所民事判例集労経速:労働経済判例速報 労旬:労働法律旬報
労判:労働判例判時:判例時報
は じ め に
事務局 これより,「ディアローグ:労働判例この 1 年の争点」をはじめます。昨年度に続き,中央大学名誉教授のxxxx先生,慶應義塾大学教授のxxxx先生にご対談いただきます。まず
〈ホットイシュー〉で,この 1 年の特に重要な判例
を 2 件,ご議論いただきまして,続いて〈フォローアップ〉で,前回取り上げた判例について,その後およびそれをめぐる動向を 2 件,ご紹介いただきます。最後に,〈ピックアップ〉として,注目すべき新しい議論や,現代特有の事情を表していると思われる事案について 6 件,取り上げていただきます。それではどうぞよろしくお願いいたします。
xx 今回もやはり有期の問題が数多く出ておりますし,LGBT の問題なども同様です。本当はハラスメントの裁判例も多いと思うのですが,なかなか理論的に整理されていないのかなというこ
とで,今回は取り上げておりません。これから数年すれば,コロナをめぐる判決なども出てくるのではないかと思います。
xx 昨年は大変緊張しましたが,今年は 2 年目なので,少しリラックスしてできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
今年も,いろいろ重要な注目すべき裁判例が出されました。その中から今回取り上げた判例は,たまたまかもしれませんが,労働関係における差別とは何か,差別に対する労働法の規制はどうあるべきなのかということを改めて考えさせるものが多いように思います。これらは大変難しい問題で,私自身も確固たる見解を持っているわけではありませんが,個々の裁判例を検討するなかで,そういうテーマについてもxx先生のご意見を伺えれば嬉しいです。
xx それでは,ホットイシューで,まずメトロコマース事件です。これも昨年に引き続き重要な最高裁判決になると思います。ではよろしくお願いいたします。
ホットイシュー
1.契約社員に対する退職金不支給と労xx旧
20 条
―メトロコマース事件・最三小判令 2・10・13(労判 1229
事案と判旨
事実の概要
X らは平成 16 年,大手私鉄 T 社の完全子会社であるY 社に契約社員 B として採用され,有期労働契約を反復更新しつつ,約 10 年にわたり T の駅構内の売店において販売業務
(売店業務)に従事した。
Y 社の従業員は,正社員(無期雇用)・契約社員 A・契約社員 B に区分され,それぞれ異なる就業規則の適用を受けていた。正社員は職種の限定がなく,配転や出向を命じられることがあった。契約社員 A は契約社員 B がキャリアアップした形態であり,平成 28 年に無期雇用の職種限定社員に
号 90 頁)
変更された。契約社員 B は,1 年以内の有期労働契約を原則更新し,定年が 65 歳とされていた。契約社員 B の業務は売店業務に限定されており,配転や出向を命じられることはなかった。正社員の賃金は月給制で,本給(年齢給・職務給)と各種手当,賞与,退職金が支給されていた。契約社員 Aには,無期雇用に変更された際に退職金制度が設けられた。これに対して,契約社員 B の賃金は時給制で,本給と諸手当,賞与(定額)が支給されていたが,退職金は支給されていなかった。
Y は,契約社員 B から契約社員 A,契約社員 A から正社員への登用制度が設けており,原則として勤続 1 年以上の希望者全員に受験が認められていた。平成 22~26 年度の間には,それぞれ 134 名中 28 名,105 名中 78 名が合格した。平成 27 年 1 月当時,売店業務に従事する従業員 110 名の内訳は,正社員が 18 名,契約社員 A が 14 名,契約社員 B が 78名であったが,平成 28 年 3 月には,売店業務従事者が 56 名
に減少し,うち正社員は 4 名となった。
X らは平成 26 年ないし 27 年にY を定年退職し,賃金(本給,諸手当,賞与,退職金等)に関する正社員と契約社員 Bの労働条件の違いが労働契約法 20 条に違反するとして,Yに対し不法行為に基づく損害賠償等の支払いを求めて提訴した。
一審(東京地判平 29・3・23 労判 1154 号 5 頁)は,早出残業手当に関する相違についてのみ不合理性を認めたが,二審(東京高判平 31・2・20 労判 1198 号 5 頁)は,本給・賞与等に関する相違は不合理といえないとする一方,住宅手当等や退職金に関する相違の一部について不合理性を認める判断を下した。そして,退職金について,長期雇用を前提とする正社員には退職金制度を設ける一方,短期雇用を前提とした有期契約労働者に対して同制度を設けないことは一概に不合理であるとは言えないが,本件における契約社員 B は一定の雇用継続が予定されており,現に X らが約 10 年にわたって勤務したことを考慮すれば,退職金のうち少なくともxxの勤務に対する功労報償の性格を有する部分(具体的には正社員の 4 分の 1)に相当する額すら一切支給しないことは不合理である旨を述べた。
これに対し X らと Y の双方が控訴した。
【判旨】(破棄自判(反対意見,補足意見あり))
①「労働契約法 20 条は……有期契約労働者のxxな処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり,両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても……不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである」。
②「Y は,退職する正社員に対し……退職金を支給する制度を設けており,退職金規程により,その支給対象者の範囲や支給基準,方法等を定めていたものである。そして,上記退職金は,本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ,その支給対象となる正社員は,Y の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され,業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり,また,退職金の算定基礎となる本給は,年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。このような Y における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,Y は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,さまざまな部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給するこ
ととしたものといえる」。
③「そして,X らにより比較の対象とされた売店業務に従事する正社員と契約社員 B である X らの……業務の内容はおおむね共通するものの,正社員は……休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し,契約社員 B は,売店業務に専従していたものであり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また,売店業務に従事する正社員については,業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかったのに対し,契約社員 B は,業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更はなく,配置転換等を命ぜられることはなかったものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という)にも一定の相違があったことが否定できない」。
④「さらに,Y においては,すべての正社員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが,売店業務に従事する正社員と,Y の本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員とは,職務の内容及び変更の範囲につき相違があったものである。そして,平成 27 年 1 月当時に売店業務に従事する正社員は,同 12 年の関連会社等の再編成により Y に雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員 B から正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め,売店業務に従事する従業員の 2 割に満たないものとなっていたものであり,上記再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。このように,売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては,Y の組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。また,Y は,契約社員 A 及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の契約社員 B や契約社員 A をそれぞれ契約社員 A や正社員に登用していたものである。これらの事情については,X らと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法 20 条所定の「その他の事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という)として考慮するのが相当である」。
⑤「そうすると,Y の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて,売店業務に従事する正社員と契約社員 B の職務の内容等を考慮すれば,契約社員 B の有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が 65 歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず,X らがいずれも 10 年前後の勤続
期間を有していることをしんしゃくしても,両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない」。
xx それでは早速,メトロコマース事件の最高裁判決について報告させていただきます。これは昨年の 10 月に出された,労xx旧 20 条に関す
る 5 判決の一つで,既に判例評釈もたくさん出ております。
この事件の原告 X らは,大手私鉄の駅構内で販売事業を行っている Y 社に「契約社員 B」という形態で採用され,有期労働契約を反復更新して約 10 年間にわたって売店業務に従事し,65 歳で定年退職した方たちです。事実関係の詳細は事案と判旨をご覧いただくとして,Y 社の正社員と契約社員 B との間にはいろいろ労働条件の相違がありましたが,最高裁で問題になったのは,正社員には基本給と勤続年数に応じて退職金が支給されていたのに対し,契約社員 B には退職金が支給されていなかったことが,労xx旧 20 条の不合理な労働条件の相違に当たるか否かです。
この点について,原審は退職金不支給が一部不合理であると判断して注目を浴びました。その理由は,契約社員 B は臨時の短期雇用ではなく定年までの雇用継続が予定されており,実際にもXらは約 10 年にわたって勤務したことから,退職金の趣旨(xxの勤務に対する功労報償)が妥当するので,全く払わないことは不合理であるというものです。これに対して,最高裁は原審の判断を覆し,X らに対する退職金不支給の不合理性を否定しました。
判旨は,まず基本的な枠組みとして,退職金についても,他の労働条件と同様に,当該退職金の性質や支給の目的を踏まえて,20 条所定の諸事情,つまり職務内容・人材活用の仕組み・その他の事情を考慮することにより不合理性を検討すべきであるとしています。
そして,Y における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,Y 社の「退職金は……〔正社員としての〕職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,
Y は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,さまざまな部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる」と認定しました。
Y における正社員には,職種の限定がなく,配置転換を命じられる可能性がありました。これに対して契約社員 B は職種が売店業務に限定されており,配転を命じられることはありませんでした。ただし,過去の事業譲渡との関係で売店業務にだけ従事している正社員が少数存在しており,X らは,これらの正社員との比較を前提として退職金不支給が不合理であると主張したわけです。
判旨は,X らが選択した比較対象である売店業務に従事する正社員との関係で「職務内容」「人材活用の仕組み」を検討しつつ,これらの正社員の状況が大多数の正社員とは異なること,さらに Y 社に契約社員から正社員への登用を可能にする制度があることを「その他の事情」として考慮しています。そして,先ほどの退職金の目的に照らして上記諸要素を考慮し,たしかに原告らは,ある程度の継続雇用を前提として雇用され,実際に 10 年という長い間,売店業務に従事してはいたけれども,退職金不支給は不合理とまではいえないと判断しました。
この判決に対しては,賛否両論があり,既に多くの評釈が出ていますが,最初の大きな判断枠組み,つまり当該労働条件の目的や性質を踏まえて諸要素を考慮して不合理性を判断するという部分は,先行評釈でも指摘されているように,法改正後の短時間・有期雇用労働法(パート有期法)の 8 条を意識したものではないかと思います。
この枠組みは,同時に出された大阪医科薬科大学事件の判決とも共通しています。昨年のディアローグで,この事件の高裁判決(大阪高判平 31・ 2・15 労判 1199 号 5 頁)を取り上げた際にも議論しましたが,アルバイト職員のキャリアトラックが正社員と明確に異なるうえに長期勤続もしていない場合に,アルバイトに対する賞与不支給は不合理ではないとした最高裁の判断に,私も賛成です。
これに対して,本判決については少し疑問を感じます。たしかに,企業が長期雇用を前提に正社員を採用し,人事異動や教育訓練によりさまざまな職務を遂行できる人材に育てて活用する方針をとっている場合に,その人が簡単に辞めてしまっては困るので,長期勤続のインセンティブを強化するために退職金制度を設けることは十分理解できます。そして,契約社員がそのような人材育成・活用の対象でないのであれば,正社員と同じ退職金制度を適用しないことを不合理とは言えないだろうと思います。
ただ,先行評釈(xxxxx[本件を含む 5 判決の判批]労判 1228 号 5 頁)でも指摘されているように,退職金の趣旨・目的については,使用者が正社員の人材確保のために払っているんだと主張するだけでは不十分で,そのことが客観的に裏づけられる必要があると思います。つまり,就業規則のうえだけではなく,当該企業の実態として,正社員は長期的な人材育成システムの対象であり契約社員は違う,ということを認定する必要があると思うのですが,本件については,それを十分に裏づける事実があったのかという点に少し疑問を覚えます。
もう一つは,正社員と契約社員のキャリアトラックが実質的に異なるとしても,本件のように長期にわたり(一部の)正社員に近い内容の職務に従事してきた契約社員に対して,退職金を全く払わないことが不合理ではないのか,という点です。一般的に言えば,日本の退職金制度には長期勤続に対する報償としての性質があり,それは幅広い職務を遂行する基幹的な社員に限定されるわけではないように思います。もちろん,どのような退職金制度を作るかは使用者の自由ですが,一般には長期勤続自体に報いる趣旨を含むのではないでしょうか。本件でも,売店業務だけに従事する正社員や無期雇用化された契約社員 A には退職金が支給されていることを考えると,そのような趣旨が含まれていたのではないかと思います。そう考えると,xx裁判官の反対意見や原審のいうように,X らに全然退職金を払わないのは不合理ではないかと思うのですが,xx先生のご意見はいかがですか。
xx xxxされたように,本件退職金が長期勤続功労的性格を有するところ,契約社員 B である一審原告らは,1 年の有期雇用契約の更新が原則とされ,65 歳定年までの雇用が一応保障されていたこと,一審原告らは 65 歳定年まで約 10 年という比較的長期雇用にあったのですから,退職金を全く支給しないというのは問題です。さらに,契約社員 A には退職金が支給されていたとの事実は「その他の事情」において重要な意味を持つはずですが,本判決は,明確な理由も示さずにこの評価を排斥しています。xx裁判官の反対意見が指摘するとおり,「原審の判断をあえて破棄するには及ばない」のではないでしょうか。
正職員登用制度については後述させてください。
それで,賃金の目的,退職金の目的を問題にするというのは,パート有期法の規定を先取りしたと思うのですけれども,各賃金の目的・制度の目的という基準と,職務内容の同一性,配置の変更の範囲といった労xx旧 20 条とは,どういう関係になるのでしょうか。
xx そこは,労xx旧 20 条は,文言上,常に職務内容と配転とその他の事情の 3 つを考慮して不合理性を判断しなさいと言っているように読めたのに対して,パート有期法 8 条は,当該労働条件の性質に照らして関係のある事情をピックアップして考慮すればよいことを明らかにしたのではないかと思います。たとえば問題になっているのが通勤手当の不支給である場合は,その支給目的は(通常は)職務内容と関係がないので考慮しなくてよい。それに対して,本件で問題となった退職金の場合は職務内容と人材活用とその他の事情の全部が関係してくるため,3 要素すべてを考慮しなくてはならないことになるのだと思います。
xx 本件のような退職金の場合にも,その性格・目的を考察しながら,職務内容等の考慮要素を評価していくということですね。
xx ところで,先ほど伺ったご意見からしますと,本判決については,先生と私の考えはだいたい一致しているということでしょうか。
xx xxxxね。原審の認定事実からすれ
ば,長期勤続への報償という性格は認められているのですから,本件退職金の性格・目的からしても,少なくとも均衡原則が適用されるべき事案だったのではないでしょうか。
xx 少し気になっているのは,退職金の趣旨・目的の捉え方です。私たちの考え方は,一般的な退職金制度には長期勤続に対する報償という趣旨が入っているから,そのような趣旨を含まない制度であることが客観的に裏づけられない限り,契約社員でも職務が正社員とある程度重なっていて長期勤続した場合に全く支給しないのは不合理ではないかということです。これに対して,本判決の評釈の中には,正社員に支払われる退職金の趣旨は,幅広い職務を遂行する能力を持つ人材を確保し,そういうかたちで会社に貢献してきた人に報いるということであって,単なる長期勤続に対する報償を含むとは言えない,という立場をとるものもあります(xxxx[本件を含む 5 判
決の判批]ジュリスト 1555 号 34 頁)。
xx 本件では契約社員 A にも退職金を支給されていたのですから,やはり長期勤続への報償という性格が否定できないのではないでしょうか。本件退職金は長期勤続への報償という一般的目的以外に,多様な職務遂行への報償であるならば,そのことが就業規則や退職金規定に明記される必要があります。今後は,賞与や退職金の目的が明記されることが求められるのではないでしょうか。
正社員の職務内容は多様です。これは,どのような職務を行う正社員を比較対象者として選定するかという問題です。従来の裁判例を見ると職務内容が近い正社員が対象とされているはずです。本件退職金は,正社員としてさまざまな困難な仕事をこなしてきたことへの報償の側面と,長期間の継続勤務への報償との両面があるのですから,後者の面を評価して均衡的に退職金を支給するという理屈は成立すると考えます。先ほどの立論は,均等処遇として,100% の退職金請求,すなわち均等処遇論に有効だと思いますが。
xx そうですね。実際に配転等により幅広い職務を遂行してきた社員にしか退職金を払わないという制度であれば別ですが,それ以外の正社員
にも払っているのであれば,長期勤続への報償という趣旨を含むと考えていいのではないかと私も思います。
xx それから本件最高裁判決では,その他の事情のなかで正社員登用制度があるということが,不合理性を否定する理由になっています。しかし労xx旧 20 条は,あくまで有期雇用にとどまる労働者を対象として,均等もしくは均衡を求めるという趣旨ですので,正職員への登用制度があるということが果たして,退職金不支給の不合理性の理由と考えるのは疑問があります。判決の認定によれば,契約社員 A から正社員への登用試験の合格率が約 74% と高率であるのに対し,契約社員 B から契約社員 A への登用試験の合格率は約 21%に過ぎません。
契約社員 B は,いわば第一関門で排除されてしまっているのです。本件のように,5 人に 1 人しか合格できない登用試験をもって不合理性を否定する論拠とするのは問題ではないでしょうか。xx 登用制度の問題は,そもそもなぜ雇用形 態間の格差を法律で強行的に規制するのかという点に関わっているように思います。一般に,法が差別を禁止する根拠として,性別や人種のように個人の意思では変えられない属性を理由とする不利益取扱いは,個人の人権を侵害するものだから許されないと説明されることがありますが,雇用形態は契約上の地位であって個人の意思に基づくものなので,この議論は当てはまりません。しかし,現実には日本の雇用システムの下では,多くの非正社員が正社員になりたくてもなれないという現実があるため,強行的な法の介入による格差の改善が必要とされる。このように考えることができるとすれば,当該企業においては希望する人が正社員に登用される道が開かれているなら,そのことを労働条件相違の不合理性を否定する要素として考慮することは理にかなっているのではないでしょうか。ただ,おっしゃるように,登用の基準や合格率によっては重視すべきでない場合も
あると思います。
それから,登用制度が実質的に機能している場合にも,いろいろな事情で実際に利用できない人についてどう考えるかという問題もありますね。
xx 本件は有期雇用なのであまり問題はないと思うんですけれど,パートの場合には,家庭のさまざまな事情で登用試験を受けられないことが出てくるので,有期雇用のみを対象とする労xx旧 20 条とパート有期法 8 条とでは事情が違ってくるかもしれません。
xx はい。パートの場合は労働時間が短いこと自体がメリットというか,労働者が家庭の事情や健康上の理由から短時間労働のゆえにパートタイム雇用を選択していることが少なくなく,このような労働者にとってはパートのままxxな労働条件で働けることが重要です。パート労働者も多様なので,この前提が当てはまらない場合もあるでしょうが,一般的に言えば,有限雇用の場合と比べて,フルタイム社員への転換制度を重視すべきではないように思います。
山田 有期とパートとではちょっと違うと思うんですよね。
両角 はい。でも,パートについて登用制度の存在を全く考慮すべきでないとまではいえないですよね。
山田 労契法旧 20 条は,「その他の事情」という柔軟な考慮要素を加えるものですから,登用制度を考慮し,労契法旧 20 条の「その他の事情」にはある程度広範なものが含まれますから,転換制度を評価することも許されますが,それはあくまで登用制度が機能している場合に限定されるべきです。また,一定の事情で,転換できない,あるいは転換したくない人への配慮も必要です。
若い人は結構,いろいろな目的があって,フルタイムで正社員は嫌だというのもあるので,それに応じて判断することが必要ですが,これは制度ですから,なかなか個人ごとの判断というのも,難しいところもありますよね。
それからもう一つ,パート有期法の 8 条の条文にも「指針」にも,退職金という文言が入っていないんですよね。何で退職金が抜けているのでしょうか。結構,日本では金額も大きい賃金制度ですが。
両角 最高裁は,退職金も基本的には賞与と同じように判断するという立場だと思うので,本判決を受けてガイドラインが改訂されるかもしれな
いですね。
山田 そうですね。その意味で,本件最高裁判決の影響は小さくないでしょう。
2.均等法 9 条 4 項違反の解雇
―社会福祉法人緑友会事件・東京地判令 2・3・4(労判 1225 号 5 頁)
事案と判旨
事実の概要
認可保育所等を経営する被告 Y 福祉法人の保育士として雇用されていた原告 X は,平成 29 年 4 月 1 日から産休を取得し,同年 5 月 10 日に第 1 子を出産した。平成 30 年 5 月 1日からの時短勤務による復職を X が申し入れたところ,Yは,X の園長等に対する反抗的・批判的言動および態度が Yの職場環境を悪化させ,保育園の業務に支障をもたらしたとして,同月 9 日付で X を解雇した。
【判旨】(一部認容)
(1)解雇権濫用法理の適用
「本件で認定できる X の言動等を前提とした場合,これらが就業規則(略)の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があり,理事長が解雇を相当と認めたとき」に該当するとはいえないから,本件解雇は,客観的合理的理由を欠き,社会通念上相当であると認めることもできず,権利の濫用として,無効であると解される」。
(2)均等法 9 条 4 項違反の成否
「均等法 9 条 4 項は,妊娠中の女性労働者及び出産後 1 年を経過しない女性労働者に対する解雇を原則として禁止しているところ,これは,妊娠中及び出産後 1 年を経過しない女性労働者については,妊娠,出産によるさまざまな身体的・精神的負荷が想定されることから,妊娠中及び出産後 1 年を経過しない期間については,原則として解雇を禁止することで,安心して女性が妊娠,出産及び育児ができることを保障した趣旨の規定であると解される。同項但書きは,「前項(9条 3 項)に規定する事由を理由とする解雇ではないことを証明したときは,この限りではない」と規定するが,前記の趣旨を踏まえると,使用者は,単に妊娠・出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず,妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証することする必要があるものと解される。
そうすると,本件解雇には,客観的合理的理由があると認められないことは前記(略)のとおりであるから,Y が,均等法 9 条 4 項但書きの「前項に規定する事由を理由とする解
雇でないことを証明した」とはいえず,均等法 9 条 4 項に違反するといえ,この点においても,本件解雇は無効というべきである」。
山田 最近,妊娠・出産にかかわる解雇をはじめとする不利益取扱いの事件が多いのですが,そのひとつである社会福祉法人緑友会事件を取り上げます。従来,労契法 16 条の解雇権濫用法理と,
均等法 9 条 4 項違反との関係をどのように捉えるのかとの論点はあまり議論されてこなかった気がします。しかし,妊娠・出産した事を理由とする労働者の解雇については労契法 16 条あるいは均等法 9 条 3 項の判断で足りるのであり,そうであ
れば,屋上屋を重ねて均等法 9 条 4 項を判断する必要がないことになります。そうすると,あらためて均等法 9 条 4 項の独自性が問われなければな
りません。労契法 16 条では解雇有効だけれども,
均等法 9 条 4 項でいくと解雇無効になりうるとい
うことでないと,均等法 9 条 4 項の存在意義はないとも考えられます。
本件は,保育士である原告 X が,園長の園運営に対して,それはおかしいんじゃないですか,変わっていないじゃないですか等の発言を具申したところ,園長が怒って帰ってしまったりして,それが反抗的・批判的言動・態度であり,職場環境を悪化させて,業務に支障をきたしたとして,普通解雇された事案です。X が 29 年 4 月 1 日から産休取得で,29 年 5 月 10 日に第 1 子を出産して,解雇が翌年の 5 月 9 日なんですよね。あと 1日で産後 1 年以内の解雇を禁止する均等法 9 条 4項とは無関係だったのですが。外国人女性労働者の言動を理由とする解雇が,一審では無効が二審では有効となったネギシ事件(東京高判平 28・ 11・24 労判 1158 号 140 頁)が均等法 9 条 4 項をめ
ぐる初めての事案ですので,本件が 2 件目だと思います。
まず本判決は,退職合意の成立を否定しています。それから,解雇権濫用のところですが,労契法 16 条の条文を挙げることなく,本判決は,客観的合理的理由および社会通念上相当と言えないから,就業規則の定める解雇事由に該当しないとして,解雇権濫用で本件解雇は無効と判断しています。
妊産婦,妊娠中および産後 1 年を経過しない女
性の解雇を原則無効とするという均等法 9 条 4 項は解雇無効規定であり,最初から解雇無効の効果
が発生するのに対し,解雇禁止規定の場合には,女性は自分が解雇されたこと,かつその理由が,自分が妊娠した,出産したからだということを証明しなければいけません。立証責任のハードルは高いと思います。その点で,均等法 9 条 4 項の独自性の一つは,立証責任の転換にあります。やはり,妊娠に伴う,つわりやホルモンバランスの悪化や産後鬱等で,かなり稼働能力が低下して,非常に解雇の危険が大きい。日本では,妊娠等を理由に解雇される,あるいは退職を求められるケースが多いことから,少子化対策もあるのでしょうけれども,妊産婦の権利を守るということで,解雇無効という異例の規定が設けられたわけです。この立証責任の転換が均等法 9 条 4 項の第一の特徴です。
ところで,解雇制限規定には,特定の理由に基づく解雇を禁止する解雇事由禁止型と,労基法 19 条や労契法 9 条 4 項のように,一定の期間のみ解雇禁止となる期間解雇禁止型とに分類できます。後者のタイプである労基法 19 条では,他に解雇理由があっても解雇できない,絶対的解雇禁止です。例外は,打切補償を支払う場合と,天災事変によるやむを得ない事由について行政官庁の認定を受けた場合に限定されています。
このように期間解雇禁止規定というのは,期間中は解雇を禁止される代わりに,禁止期間を過ぎればそれが解除されるわけです。その意味で,期間解雇禁止規定というのは,当該期間中については,解雇がきびしく限定されることになる。そう解さないと,労契法 16 条や均等法 9 条 3 項が存
在するにもかかわらず,均等法 9 条4項を設けた
意味がないでしょう。均等法 9 条 4 項但書についても,同項本文により付与された解雇無効という法的効果を覆すわけですから,同項但書の成立範囲は限定して考察されるべきです。本判決が,9条 4 項但書について,使用者は単に妊娠・出産等を理由とする解雇でないことを主張立証するだけでは足りず,妊娠・出産等以外の客観的合理的な解雇理由があることを主張立証することが必要であるとしているのも,この点を意識したものではないでしょうか。
それでは,どういった場合に均等法 9 条 4 項但
書に該当するかについて,均等法制定時の国会の政府側の答弁において明らかにされています。すなわち,最初から整理解雇が予定されていて,その中にたまたま妊娠労働者が含まれていたケースとか,著しい非行があった場合といったケースに限定されています。ここでは,妊娠・出産差別の余地がないケースがあげられているわけです。したがって,解雇権濫用法理の客観的合理的理由・社会通念上相当と評価される場合よりも厳格な解雇事由が求められるということではないかと思います。
両角 ご説明ありがとうございます。均等法 9条 4 項については,最近,いくつか裁判例が出てきていますが,何かよくわからないというか,納得がいかない感じがしており,山田先生の論文
(「男女雇用機会均等法 9 条 4 項の解釈について」労
旬 1888 号 12 頁)を拝見して,ぜひお考えを伺いたいと思っていました。
均等法 9 条 4 項は期間禁止型の規制で,労基法
19 条と近い性質を持っているというご指摘は大変興味深いです。労基法 19 条は,天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合にしか解雇できないと定めており,労働者の著しい非行等があっても期間中は解雇できないことになります。先生のお考えによると,均等法 9 条 4 項は,労基法 19 条より解雇できる場合が少し広く認められるのでしょうか。
山田 条文の文言から見れば,例外事由を明示的に限定し,かつ行政機関によるチェックを加えている労基法 19 条の方が,均等法 9 条 3 項の掲げる事由に該当しないことを証明すれば解雇無効の効果が覆る均等法 9 条 4 項よりも厳格な解雇禁止規定と考えられます。
両角 先生のお考えは,均等法 9 条 4 項は期間禁止型の規制なので,当該期間中の解雇が許されるのは,出産後 1 年経過するまで待って解雇することを求めることができないような,やむをえない事由によることを使用者が立証した場合である,と理解してよろしいでしょうか。
山田 ご指摘のとおりです。本文で解雇無効と定められたのを覆す事由というのは,相当なものでなければなりません。19 条但書とまでいかなく
ても,それに近いような形での正当化理由が必要だと思います。
両角 なるほど。本判決は,9 条 4 項本文の推定を覆すには,使用者は,妊娠等を理由とする解雇でないことだけでなく,解雇の客観的合理的理由があることを立証しなければならないと言っていますが,一般ルールである労契法 16 条が適用される場合においても,解雇に合理的理由があることの立証責任は,実質的にはかなり使用者側に転換されていますよね。だから,本判決のいう
「解雇の合理的理由」等が労契法 16 条と同じものを指しており,9 条 4 項はその立証責任を転換しているだけだとすると,先生がおっしゃるように,あまり存在意義がないような気がします。
山田 ご指摘のとおりで,9 条 3 項の解雇その他の不利益取扱いの禁止だけで十分なわけです。では,なぜ改めて解雇を無効にした 9 条 4 項の存在意義がどこにあるかというのが,あまり立証責任だけだと見えてこないと思うので,解雇制限の厳格化のほうに立法趣旨があったのではないかと考えます。
両角 均等法 9 条 3 項については,広島中央保険生協(C 生協病院)事件の最高裁判決(最一小判平 26・10・23 日労判 1100 号 5 頁) が出ています。解雇の事件ではありませんが,仮にあの判決の考え方が解雇にも及ぶのだとすると,使用者の主観的意図がどうあれ,解雇が妊娠・出産等を契機とするものであれば妊娠・出産等を理由とする解雇と推認され,使用者が例外事由を立証しない限り,違法無効とされることになります。行政解釈は「(妊娠・出産等を)契機とする」とは時間的近接を意味するとしており,もし 3 項をそのように解釈するとしたら,解雇理由に関する立証責任は 3 項でも転換されているので,4 項をどう解釈するかが問題になりますね。
山田 9 条 3 項をそのように解すると,立証責任についても,9 条 4 項と変わらないことになるかもしれませんが。最高裁によれば,9 条 3 項では,労働者の自由意思や,業務上の必要性があれば不利益取扱いとはならない訳です。しかし,9条 4 項では,解雇禁止期間を待つことのできないような事由が必要なので,立証責任の内容には差
異があるのではないでしょうか。
9 条 3 項ではないことを証明すれば覆るという
4 項但書の文言を,そのまま捉えてしまうと意味がないんですよね。だから,本判決のようにもう一つ要件を課して厳格化してくる必要性はあると思います。
両角 ただ,本判決をそのまま読むと,使用者は労契法 16 条の合理的理由や社会的相当性を立証する必要があると言っているようにも受け取れます。現行の 9 条 4 項の文言からは,そのような解釈がむしろ自然であるようにも思えますが,4項の存在意義を考えると,山田先生のご意見には非常に共感できます。
山田先生が最初に指摘されたように,9 条 4 項の解釈を考える上で,まずネックになるのは立法趣旨が明確でないことです。前に 9 条 3 項の立法過程を少し調べたことがあるのですが,3 項の趣旨もあまりはっきりしないけれど,4 項についてはほとんど議論がされていません。もし本判決が言うように,妊娠中及び産後 1 年は解雇を原則禁止することにより女性が安心して妊娠・出産できるようにすることが目的だとすれば,4 項の目的は妊娠差別の禁止や均等待遇ではなく,妊産婦の雇用保障です。しかし,そうだとすると,9 条 4項の文言は目的に合っていないように思えます。これは立法論ですが,妊産婦の雇用保障という 目的に合うかたちにするには,やはり労基法 19条のような形で解雇を原則禁止するとともに例外事由を具体的に明確にして,労働者が労働審判や民事訴訟を提起しなくても紛争が解決できるようにする,つまり,法律を見れば解雇が無効かどうかわかるし,労働者が最寄りの行政機関に相談すれば,解雇無効を前提に行政指導等を行えるようにすることが必要ではないかと思います。ただ現行法はそういう規定になっていないので,解釈論としては本判決のように考えるしかないのか,あるいは先生がおっしゃるように,但書について使用者が立証すべき解雇事由を厳格に解釈すべきなのか。4 項の文言からはやや離れた大胆な解釈で
すが,個人的には共感を覚えます。
山田 ご指摘のように,妊産婦は解雇されても訴訟を起こすことが困難であるとの認識のもと
に,解雇の脅威から守るための規定が均等法 9 条
4 項であることが再確認されるべきです。
両角 私もそう思います。大事な役割を果たし得る規定なのに,残念な気がします。
山田 9 条 3 項にはものすごく長い指針がありますが,4 項は全くなくて,条文をそのまま繰り返して書いてあるだけです。これは,あくまで私の推測ですが,妊産婦の解雇を抑止したいとの目的で 9 条 4 項本文ができたのですが,それではどんな場合でも解雇できないじゃないかとの反論に答えるかたちで但書が挿入されたと思われます。但書についてあまり議論されていないのではないかと想像します。だんだん行政通達も出されてくると思います。
両角 そうですね。でも,裁判所は今のところ,そういうふうには理解していないようですよね。本判決は,先に言及されたネギシ事件に比べれば,9 条 4 項の意義を意識した基準を示し,妊娠・出産に直接かかわりない理由による解雇についても無効という結論を導いてはいますが。
山田 一応,考慮はしていますよね。
両角 やはり,ここは立法の際に,4 項の目的と文言について,もう少ししっかり検討すべきだったのではないかという気がします。
山田 次の問題ですが,本判決が救済として,慰謝料を認めたというのが重要な点だと思います。通常,解雇無効の確認,バックペイが払われれば,損害は慰謝されたとされるのですけれども,本件では,弁護士費用 3 万円を含む合計 33万円の慰謝料支払いが認容されています。これは保育所も決まったために,復職も拒否されて,9条 4 項に反する解雇により入所を取り消された,精神的苦痛を受けたということで,単に賃金支払いだけでは慰謝されないとして認めたというのは,これは副次的な問題ですけれども,こういったケースにおいて慰謝料を認容した意味は大きいかと思います。
両角 たしかに,保育所が決まっていたのに復職を拒否され,保育所入所も取り消されるというのは,仕事と育児の両立を目指す女性にとって非常に大きな打撃ですよね。本件解雇は X と園長の人間関係を直接の理由とするもので,妊娠・出
産したから解雇するという主観的意図までは認めにくいケースですが,働く母親のワーク・ライフ・バランスに関する損害の大きさが考慮されたのでしょうか。
山田 仕事と育児を両立させて働く法的利益を侵害されたということだと思います。そうすると,妊娠・出産をしない男性についても当てはまることになりますね。
フォローアップ
1.トランスジェンダーの労働者の化粧を理由とする乗務拒否
―淀川交通(仮処分)事件・大阪地決令 2・7・20(労判 1236 号 79 頁)
事案と判旨
事実の概要
X は,平成 30 年 11 月にタクシー会社である Y と期間の定めのない労働契約を締結し,タクシー乗務員として勤務していた。X は性同一性障害の診断を受けており,生物学的性別は男性・性自認は女性であって,社会生活全般を女性として過ごし,勤務中も顔に化粧をしていた。
Y の就業規則には,「身だしなみについては,常に清潔に保つことを基本とし,接客業の従業員として旅客その他の人に不快感や違和感を与えるものとしないこと(以下略)」(本件身だしなみ規定)との定めがあった。なお Y は,女性乗務員が顔に化粧をして乗務することが本件身だしなみ規定に違反するものとは捉えていなかった。
令和 2 年 2 月 7 日,Y は,男性乗客から X に性器をなめられそうになったとの苦情(本件苦情)を受けた。そこで,同日,Y を含むグループ会社の A 渉外担当ら 3 名(A ら)が Xと面談して問いただしたところ,X は本件苦情は事実でないと否定した。A らは,苦情の真偽ではなく,そのような苦情を受けることが問題である旨,以前にも性的な趣旨の苦情があり,二度目となる以上は X を乗務させるわけにはいかない旨を伝えた。
また,A らは上記面談において,X に対し,「前話したときね,あのとき〔注:採用時〕はメイクしてなかった。……その状態で仕事するって言うたやん。あのときから今比べたら,かなり,やっぱり違和感あるって。違和感ある人,お客さんが乗ってきてや,不快な思いさすからや,苦情来んねや。会社として乗せられへん,当たり前の話や」「治らんでしょ。病気やねんから。なら,うちでは乗せられへん。それ
だけ」等と述べ,今後どうすればよいかは X が考えること
であり,他のタクシー会社で乗務することも方法の一つである旨を告げた。
同日以降,X は Y において業務に従事していない。X は,これが Y の責めに帰すべき事由による就労拒否に当たるとして,民法 536 条 2 項に基づく賃金の仮払いを求めて提訴した。
【判旨】(請求一部認容,一部棄却)
①「Y が,本件苦情の真実性又は存在自体を理由として, X の就労を拒否することは,正当な理由に基づくものとはいえない」。
②「本件身だしなみ規定は,サービス業であるタクシー業を営む Y が,その従業員に対し,乗客に不快感を与えないよう求めるものであると解され,その規定目的自体は正当性を是認することができる。……しかしながら,本件身だしなみ規定に基づく,業務中の従業員の身だしなみに対する制約は,無制限に許容されるものではなく,業務上の必要性に基づく,合理的な内容の限度に止めなければならない」。
③「本件身だしなみ規定は,化粧の取扱いについて,明示的に触れていないものの,男性乗務員が化粧をして乗務したことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,Y が,女性乗務員に対して化粧を施した上で乗務することを許容している……以上,乗務員の性別に基づいて異なる取扱いをするものであるから,その必要性や合理性は慎重に検討する必要がある。他方,男性乗務員の化粧が濃いことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,女性乗務員に対しても男性乗務員と同一の取扱いを行うものである限り,性別に基づいて異なる取扱いをするものと評価することはできない」。
④「A 渉外担当らは,本件面談において,X が乗務中に化粧をすることができることを前提としつつ,その濃さが,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えていたのではなく
……X が化粧をして乗務すること自体を,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えており,そのことをもって,X に対する就労拒否の理由としていたと認めることができる」。
「そうすると,X に対する化粧を施した上での乗務の禁止及び禁止に対する違反を理由とする就労拒否については,それ
らの必要性や合理性が慎重に検討されなければならない」。
⑤「社会の現状として,眉を描き,口紅を塗るなどといった化粧を施すのは,大多数が女性であるのに対し,こうした化粧を施す男性は少数にとどまっているものと考えられ,
……一般論として,サービス業において,客に不快感を与えないとの観点から,男性のみに対し,業務中に化粧を禁止すること自体,直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえない。
しかしながら,X は,医師から性同一性障害であるとの診断を受け,生物学的な性別は男性であるが,性自認が女性という人格である……ところ,そうした人格にとっては……外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ,女性として社会生活を送ることは,自然かつ当然の欲求であるというべきである。……外見を性自認上の性別に一致させようとすることは,その結果として……一部の者をして,当該外見に対する違和感や嫌悪感を覚えさせる可能性を否定することはできないものの,そうであるからといって……個性や価値観を過度に押し通そうとするものであると評価すべきものではない。そうすると,性同一性障害者である X に対しても,女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性があるといえる」。
「Y が,X に対し性同一性障害を理由に化粧することを認めた場合……今日の社会において,乗客の多くが,性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず……乗客から苦情が多く寄せられ,乗客が減少し,経済的損失などの不利益を被るとも限らない」。
⑥「以上を総合すると,X に対する就労拒否は,①本件苦情を理由とする点,② X の化粧を理由とする点のいずれにおいても,正当な理由を有するものではないから,X の責めに帰すべき事由によるものであるということができる」。
両角 次は,フォローアップの一件目,淀川交通(仮処分)事件です。昨年はピックアップで経済産業省事件の地裁判決を取り上げました(東京地判令元・12・12 労判 1223 号 52 頁)。経産省事件は,トランスジェンダーの職員に職場(最寄階)の女性トイレの利用を認めなかったことの違法性が争われたケースで,一審判決は国の賠償責任を認めて非常に注目されましたが,最近の報道によると,高裁判決は賠償責任を認めなかったようです。
今年取り上げる淀川交通事件は,トランスジェンダー(生物学的には男性・性自認は女性)のタクシー乗務員であるXが化粧をして乗務していたところ,乗客から会社(Y)に対して,Xにセクハラをされた旨の苦情が寄せられました。これを受
けてY社はXを呼びだし,化粧している限り乗務させることはできないと通告したうえ,翌日から乗務させなかったため,X が民法 536 条 2 項に基づく賃金の仮払いを求めた事件です。
Y 社は,X に対する乗務拒否は,上記苦情のほか,就業規則の身だしなみ規定に違反したことによるものだと主張しました。Y 社の身だしなみ規定は,従業員として旅客等に不快感・違和感を与えてはいけないという一般的な内容で,乗務員の化粧に関する具体的な定めはありませんでしたが,運用上,女性従業員が普通に化粧をすることは同規程に違反しないとされていました。
判旨は,この身だしなみ規定自体は合理的であるとしたうえで,女性に化粧を許しているのにXについては同規定違反として就労拒否することは,性別による異別取扱いに当たるので,その合理性や必要性を慎重に判断する必要があると述べています。そして,一般に男性乗務員に化粧を禁止すること自体は直ちに合理性を欠くとは言えないが,X のような人格にとっては,化粧により外見を性自認上の性別に近づけることが自然かつ当然の欲求であり,それに違和感を覚える人がいるからといって,その欲求が認められないとは言えないから,Y 社は X に対して女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要があるとし,乗務拒否には正当な理由がないと判断しました。
この判決について,私は結論には賛成ですが,理論構成にやや違和感を持ちました。たしかに, X が生物学的にも女性であれば,化粧を理由に乗務拒否されることはなかったのですから,裁判所がこれを男女差別的な問題と捉えて,X を女性と同様に扱うべきだと判断したことも理解できます。しかし本質的には,本件は男女の均等待遇の問題というよりは多様性への配慮,すなわち,身だしなみ規定が男性・女性という二分法を前提とした運用をされている場合に,どちらの類型にも当たらない X のような労働者について,どのように規定を解釈・適用すべきかという問題であるように思えます。
また,私はこの問題に詳しくありませんが,生物学的にも性自認も女性である人と,X のようなトランスジェンダーの人では,化粧をすることの
意味が違う可能性もあるのではないでしょうか。つまり,後者の場合は,(個人により事情が違うかもしれませんが)外見と性自認を一致させるために化粧が不可欠であり,それゆえに化粧をする利益が法的に保護される必要があるのだとすれば,女性と同じ扱いをすることが必ずしも合理的だとは言えません。そうすると,これは確かに性に関わる問題ではあるけれども,男女差別ではなく,性の多様なあり方を踏まえた LGBT の労働者に対する配慮の問題として捉えるほうが適切ではないかと考えられます。本件では,そういう配慮の必要性を踏まえ,個別事情を考慮して身だしなみ規程を合理的に解釈したうえで,Xの化粧が違反に当たるか否かを判断したほうがよかったような気がします。
ただ,本件では,タクシー乗務員は社内で乗客と 2 人になる仕事なので,使用者として配慮することが難しいのはたしかです。たとえばオフィスワーカーなら同僚の従業員を啓発すれば解決できることでも,タクシー会社が個々の乗客の意識を変えることは難しいでしょう。したがって,本件において,トランスジェンダーの乗務員が化粧をすること自体は身だしなみ規定に違反しないが,女性にも認められないような濃い化粧をすることは許されないという判断も,結論としてはあり得るように思います。
山田 ありがとうございます。原告の方は,どのくらい,濃い化粧をしていたのでしょうか。これは判決文からわからないですよね。
両角 認定されているのは上司等の発言だけですが,それによると「すごく濃い」という趣旨のことを言っています。
山田 男性にしては濃いという意味かもしれないですけどね。というよりも,そもそも男性が化粧していること自体がおかしいということでしょうか。
両角 少なくともその人たちから見れば,違和感があるということですよね。
山田 本件では身だしなみ規定の議論から始まったために,男女間での議論になってしまいましたが,私も本件は,男女の問題ではなくて,まさにトランスジェンダーの問題として考えないとい
けないと思います。
LGBT 差別も一つの問題であるのですが,多様性,ダイバーシティ尊重の問題として考えるべきだと思います。従来の社会では,性自認が生まれながらの性に一致しないトランスジェンダーは,かつては障害者と同様に医学的に治癒されるべき精神障害の一種と考えられていました。しかし,現在では,WHO は「性の健康に関連する状態」という分類中の「性不適合」に変更しています。
ここでは,男女別身体,異性愛者,性自認と生来の性とが一致しているシスジェンダーであるという多数者に対し,トランスジェンダーという,従来の生物学的な分類とは異なる「多様な性」を尊重することが求められています。
ところで,差別禁止の場合には,ポジティブアクションを例外として,原則的に等しいものを等しく取扱うことが要求されますが,多様性というと,それを超えて使用者は一定の配慮が求められます。昨年取り上げた経産省事件では,性自認が女性である職員が女性トイレを利用しやすいようにする配慮が求められていました。ダイバーシティの議論によれば,このような配慮を求めることが可能になります。
ご指摘のとおり,本判決では,経産省事件一審判決のように,トランスジェンダーの人の人格権をどう評価するかという視点があまり出てきていない。その理由としては,本件は,降車措置が賃金請求権の可否における債権者の責めに帰すべき事由の該当性が争点であったことも影響していると考えられます。
両角 そうですね。参考までに外国でどうなっているかなと思って少し文献を見たのですが,本件のような問題を扱った例は見つけることができませんでした。ただ,労働者が宗教上の理由で特定の身なりをしていることを理由として就労拒否された場合に,それが宗教を理由とする差別に当たるかという問題があり,本件の化粧の問題と少し重なるところがあるような気がしました。たとえばイギリスの判例で,学校教員であるムスリムの女性がベールを着用して勤務していたところ,学校から就労を拒否され,それが宗教差別に当た
るかが争われたケースがありましたが,おそらく山田先生のほうがよくご存じではないでしょうか。
山田 イギリスのアズミ事件です。イギリスの中学校教諭であり,敬虔なムスリムであるアズミは,子供の頃から常にニカブを着用してきました。男性教員と一緒に授業をする必要があったのですが,イスラム教徒の女性は男性の前では顔を隠す必要があるとして,ニカブを着用して授業を実施したのですが,生徒たちが怖がるとか,発音が聞き取りにくいという苦情があり,その着用禁止命令に従わなかったことを理由として出勤停止処分を受けた事案です。雇用上訴審判所(EAT)は,本件処分の理由は,学校の指示に従わなかったことであるとして,宗教差別には該当しないと判断しました。
両角 つまり,彼女がムスリムだからではなく,学校の指示に反してベールをかぶっているから就労拒否されたのであって,直接的な宗教差別ではないということですね。間接差別には当たりうるのでしょうか。
山田 EAT の決定では,教員と生徒とのコミュニケーション確保に必要であったとして,正当化事由があるとして間接差別の成立が否定されています。逆にイギリスでは,シーク教徒については,労働安全衛生法では建設現場でのターバンの着用が認められています。原則着用禁止だけれども,それがシーク教徒の人格と切り離せないということなのでしょうね。LGBT などが宗教的規範と対立するのが常ですが,日本では,本件のように,不愉快,気持ちが悪いといった感覚的反対論や,多様性を尊重せず,画一化指向が強く,異なった者を排除しがちな感情論が忖度されることが,LGBT を排除しているのです。LGBT の持っている権利性というのがまだ明確になっていない。おそらく日本国憲法 13 条で,「性的」人格権の一つとして,性に関するアイデンティティを保障される権利というのが,これから議論されなくてはいけないと考えます。
両角 先生は,X のような労働者にとって,勤務中に化粧をすることは人格権に当たるとお考えですか。
山田 昨年の座談会では,ひげを生やすことが人格権であるか否かについて,両角先生と意見が対立しました。ひげと同様に化粧をすることは,本来個人的嗜好の問題と考えます。ただし,個人の嗜好も社会的関係のなかで人格権と評価されることがあります。両角先生が指摘されたように,性自認が女性である人は,女性トイレの利用や化粧はトランスジェンダーとして生きることの証でもあるわけです。この意味で,トランスジェンダーの人の化粧は,人格権の一つと考えられます。もっとも,これに対しては,女性は化粧をすべきというステレオタイプのジェンダー観であるとの批判が出てきそうです。しかし,トランスジェンダーの人々にとって女性の容姿をすることは,自己のアイデンティティにとって不可欠なものであることが忘れられてはなりません。
ただし,本件のようなタクシー運転手という,狭小な密室空間で乗客と1対1で対応するという特殊な業務形態であり,サービス業としてのタクシー会社としては,乗客の「苦情」に対応せざるをえないのも事実です。経産省事件控訴審判決
(東京高判令 2・5・27 判例集未掲載)もそうですよね。高裁判決は,トランスジェンダーの職員に対
する女性トイレ使用拒否は,他の職員の性的羞恥
心や性的不安などから保護する義務―安全配慮義務でしょうか―を根拠に挙げています。原審はそのような可能性は少ないとしていますが,控訴審は抽象的危険論を採用しています。また付言させていただければ,経産省事件控訴審判決の判断とは反対に,国の機関だからこそ,民間より先進的対策が可能であろうし,採用すべきであったものと考えます。現場で乗客の苦情があった場合にも,LGBT の運転手を雇用する企業としては,問題を説明していくことになるのではないでしょうか。
両角 ところで,先ほどの宗教差別のことなども考えると,本件は LGBT であることを理由とする差別の問題と考えることもできるのでしょうか。
山田 直接差別については,使用者の差別意図を立証できるかにかかっています。本件は微妙なケースですが,男性である以上化粧してはならな
い,性同一性障害は病気である,他社で乗務することも選択肢である等の発言からすれば,本件乗務拒否は性自認を理由とするものと評価することができそうです。
両角 そうすると,日本法ではまだ禁止されていませんが,LGBT 差別と合理的配慮にかかわる問題ともいえそうですね。
山田 LGBT はいずれも自己の意思によっては否定できないことに特徴があるので,労基法 3条の「社会的身分」に該当するのではないでしょうか。均等法のセクハラ指針では男女だったのを,LGBT も対象とするとの規定が入りましたが,具体的内容は皆無です。宗教的規範の強い国々でも,LGBT 差別・ハラスメントの法律が制定されているのですが,同質性を尊重し,多様性を認めないわが国だからこそ,LGBT 差別禁止法が必要だと考えます。
2.無期転換後の労働条件
―ハマキョウレックス(無期契約社員)事件・大阪地判令 2・11・25(労判 1237 号 5 頁)
事案と判旨
事実の概要
一般貨物自動車運送事業を営む被告 Y 社にトラック運転手として雇用されていた原告 X らは,労契法 18 条により有期労働契約から無期労働契約に転換されるに際して,Y との間において,正社員就業規則が適用されることが黙示的に合意されていたこと,そうでなくとも無期労働契約に転換した X らに契約社員就業規則を適用することは,正社員よりも明らかに不利な労働条件を設定するものとして,均衡考慮の原則(労契法 3 条 2 項)および信義則(同条 4 項)に違反し,就業規則の合理性の要件(同法 7 条)を欠いているから,転換後の労働条件については,雇用当初から無期労働契約を締結している正社員就業規則に基づく権利を有する地位にあること等の確認請求を求めた。なお,X らは,最高裁前訴判決(最二小判平 30・6・1 労判 1179 号 20 頁)において,労契法旧 20 条の不合理性の判断を受けている。これに対し, Y は,本件提訴が前訴の蒸し返しであり,訴えの利益を欠く等の抗弁を行っていたが,本判決は,本件訴訟は,前訴と争点を異にするものであるから,本件訴訟における X らの主張に前訴における X の主張と類似のものがあったとしても,本件訴訟が前訴における紛争の実質的な蒸し返しに当たるということはできないと判断していた。
【判旨】(棄却)
(1)正社員就業規則適用の合意の成否
「Y は,一貫して,無期転換後の無期契約社員が正社員になるとは考えておらず,正社員就業規則が適用されるものではない旨回答しているのであって,無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則の無期契約社員規定が無効となる場合には正社員就業規則が適用されるといった X らの考えを Y が了解したと認めるに足る事情は何ら存在しない」。
(2)無期転換に伴う労働条件の変更
「Y において,有期の契約社員と正社員とで職務の内容に違いはないものの,職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては,正社員は,出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか,等級役職制度が設けられており,職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて,将来,Y の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し,有期の契約社員は,就業場所の変更や出向は予定されておらず,将来,そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあることが認められる」。
そして,(略),無期転換の前と後で X らの勤務場所や賃金の定めについて変わるところはないことが認められ,他方で,(略),「Y が無期転換後の X らに正社員と同様の就業場所の変更や出向および人材登用を予定していると認めるに足りない」。
「したがって,無期転換後の X らと正社員との間にも,職務の内容及び配置の変更の範囲に関し,有期の契約社員と正社員との間と同様の違いがあるということができる」。
(3)就業規則の合理性判断
「そして,無期転換後の X らと正社員との労働条件の相違も,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じた均衡が保たれている限り,労契法 7 条の合理性の要件を満たしているということができる」。
「なお,無期転換後の X らと正社員との労働条件の相違が両者の就業実態と均衡を欠き労契法 3 条 2 項,4 項,7 条に違反すると解された場合であっても,契約社員就業規則の上記各条項に違反する部分が X らに適用されないというにすぎず,X らに正社員就業規則が適用されると解することはできない。すなわち,上記部分の契約解釈として正社員就業規則が適用されることがありうるとしても,上記各条項の文言及び Y において正社員就業規則と契約社員就業規則が別個独立のものとして作成されていることを踏まえると,上記各条項の効力として,X らに正社員就業規則が適用されることにあると解することはできない」。
「そもそも労契法 18 条は,期間の定めのある労働契約を締結している労働者の雇用の安定化を図るべく,無期転換により契約期間の定めをなくすことができる旨を定めたものであって,無期転換後の契約内容を正社員と同一とすることを当然に想定したものではない」。
「以上のとおり,正社員就業規則が労契法 18 条 1 項第 2 文の「別段の定め」に当たるとの X らの主張は,いずれも理
由がない」。
山田 次はハマキョウレックス事件です。これは労契法 18 条により無期転換した後の労働条件がどうなるかということが争点です。労契法 18条の文言からすれば,無期転換しても期間の定めが変わるだけで,別段の定めが設けられない限り,労働条件はそのままというのが基本的理解ということになります。ここでは,正社員就業規則が別段の定めに該当するか否かが問題となっています。なお本件では,皆勤手当等の諸手当の相違を不合理であると判断した別件最高裁判決(最二小判平 30・6・1 労判 1179 号 20 頁) が既に出ておりますが,その後,原告が無期転換したのですけれども,会社は,労契法旧 20 条違反とされた契約社員就業規則を変更すべきところ,同就業規則を変更することなく,諸手当相当分を賃金にプラスするというかたちで対応しています。法的に問題がないと言えばそれまでですが,ちょっと引っかかるところです。
それから,もう一つ,転換の前に会社は無期契約社員の制度を導入して,契約社員就業規則において,契約社員の定義に無期転換社員を加えています。無期契約社員の労働条件は従来と同じですが,契約社員就業規則では,合意のうえ,異なる条件を定めることができる旨の規定が追加されました。X は,平成 30 年 4 月 1 日に無期転換の申込みをして,同年 10 月 1 日に無期転換しましたが,11 月 2 日,Y は,X に対し,無期パート雇用契約書を交付しています。
それで,X は,正社員の就業規則が無期転換労働者に適用されるとの主張をしています。その根拠として,明示または黙示の合意があったことを挙げていますが,これは裁判所が否定しております。むしろ,無期パート雇用契約書に署名押印して,自分の無期転換後の労働条件は契約社員就業規則によるということを承知しているのだということです。
これに対して X は,就業規則のほかに無期転換契約社員に契約社員就業規則を適用することは,正社員よりも明らかに不利な労働条件を設定するものとして,均衡考慮の原則(労契法 3 条 3
項),信義則(同条 5 項)等に違反して,合意原則に反するという主張をしております。それからまた,就業規則の不利益変更に事実上当たるのだという主張に対しては,本判決は従来の労働条件と変わらないから,不利益変更には当たらないとして労契法 10 条は問題とはならないと判断されています。そこで,本判決は,労契法 7 条の就業規則の合理性を判断するのですけれども,ここでは労契法 7 条の合理性判断が,労契法旧 20 条の不合理性判断に似たかたちで行われています。つまり,労契法 7 条の合理性という文言を,労契法旧
20 条の不合理性と比べており,職務内容は同じだけれども,配置変更の範囲や人材等の仕組みは異なるから,処遇に相違があることは,労契法 7条の就業規則の合理性をクリアしているのだという立論なのですけれど,両者は果たして同じものなのかとの疑問が残るところです。
本判決は,たとえ労契法 3 条に違反しても,それは不法行為の問題はありうるにしても,正社員就業規則が適用されることはあり得ず,別段の定めがあったとは言えないから,労働条件が変わらないことは別に問題がないと判断しています。
ただ,この判決は,上記部分の契約解釈として,正社員就業規則が適用されるのではなくて,参照されることがありうると言っているのですが,どういう意味なのか。契約解釈として,直接適用はなくても,無期転換労働者の労働条件として,正社員の就業規則が参照されることの可能性は示唆されているということになります。
両角 まず「別段の定め」に関する判断についてですが,先生のご説明にあった通り,Xらは,無期転換に当たり,Yとの間に正社員就業規則を適用するという別段の合意があったと主張していますが,裁判所は,このような合意はなく,むしろXらに契約社員就業規則を適用する旨の合意があったと認定しています。
次に判旨は,契約社員就業規則の効力について,労契法 7 条の合理性を問題にしているわけですが,私はこの部分にやや違和感を持ちました。本件では当事者間に契約社員就業規則を適用するという合意が認定されましたが,この就業規則は無期転換した労働者について転換前と同じ労働条
件を定めているわけです。仮に,この就業規則の 合理性が否定された場合は但書の「別段の定め」がないことになり,労契法 18 条 1 項の原則に戻って転換前と同じ労働条件が適用されます。つまり,就業規則の契約補充効が及ぶか否かの違いはありますが,契約内容に関しては,結果は同じではないかと思うのです。転換前と異なる就業規則を適用するという合意がある場合は,その就業規則の合理性の有無により結果が変わってくるので,労契法 7 条や 10 条が問題となるわけですが。山田 労契法 7 条で就業規則が不合理とされた 場合には,不法行為に基づく請求はできるかもし
れませんが。
両角 たしかに,転換後の労働条件が違法とされる可能性とか,不法行為等の問題はありうると思います。ただ,転換後の労働契約の内容としては,別段の合意が認定されなければ転換前と同じ,というのが労契法 18 条 1 項の原則です。そのうえで,次に,その契約内容が労契法旧 20 条の類推適用や公序などにより違法無効とされうるか,不法行為に当たる場合があるか,という問題が来るように思います。原告の主張の仕方によるのかもしれませんが,本判決はそこの整理が明確ではない感じがします。
山田 そうですね。労契法 18 条の目的は,あくまで有期雇用労働者の雇用の安定を図るものであり,労働条件の向上を直接の目的とするものではないから,無期転換されても,期間の定めが変更されるだけで,原則としてその他の労働条件に変化はないことになります。これを,私は「無期転換のわな」と呼んでいます。「わな」というのはちょっと極端ですけれども,要するに,有期契約のままとどまっていれば労契法旧 20 条を援用できるけれども,無期転換してしまうとできない。恐らくは,あまり意識しなくて無期転換されていると思うんです。こうなると,果たしてこれがそのままでいいのか。ある意味で,無期転換しても労契法旧 20 条を準用できるかどうかという議論が一つ出てくるかなと考えます。
ご承知のように,無期転換後の就業規則の適用が問題となった井関松山製作所事件控訴審判決
(高松高判令元・7・8 労判 1208 号 25 頁)がありま
す。Y は,無期転換就業規則において,一審で不合理性が否定された賞与だけでなく,不合理性が肯定された諸手当も支給しないと定め,無期転換後はこの無期転換就業規則が適用されると主張しましたが,同判決は以下のように判断しています。本件無期転換就業規則は,無期転換前に定められていることを考慮しても,労契法 7 条により,諸手当を不支給とする規定が合理的であることを要求されるところ,同規則は,制定前の有期労働者の労働条件と同一であり,同就業規則の制定時に X らの加入する労働組合と交渉した経緯もなく,さらに,上記不支給を定めた同規則の合理性について特段の立証はしていない等を理由として,無期転換後についても不法行為に基づく損害賠償として,諸手当相当額の支払いを認容しています。
これに対して,本件では,無期転換労働者にも契約社員就業規則を適用し,前訴で不合理とされた諸手当の支給を規定せず,処遇改善費として支給してきたものです。
本件では,「有期」雇用契約社員の定義に「無期」雇用社員を含めたことの意味が問題となりますが,そのような就業規則の合理性は問題となりうるはずです。無期転換してしまえば,その労働条件が全く合理性が問われないということではないと思います。
それから,最後の問題として,これは同じく,問題を広げると,無期雇用社員同士で労働条件に差があった場合にどうなるかという問題があります。同様のことは有期雇用社員同士でもありうるわけです。現実に無期雇用社員同士の労働条件の相違が争われるケースが出てきています。
両角 先ほどの「別段の定め」は無期転換に伴う労働条件の変更の問題であるのに対して,今おっしゃった「無期転換のわな」は主として無期転換した労働者と正社員の処遇格差の問題です。無期転換社員と正社員の処遇の違いに労契法旧 20
条やパート有期法 8 条を類推適用すべきか否かについては,学説上も見解が分かれていますよね。私は確たる見解があるわけではないのですが,これらの規定の類推適用はともかく,その趣旨を踏まえた公序法理による救済は考えてよいのではな
いかと思っています。
無期転換後の労働条件については法規制が及ばず,労使自治に委ねられるとする見解も有力ですが,この見解の前提は,労契法旧 20 条は有期労働者と無期労働者の労働条件相違に関する規制なので,労契法旧 20 条等に基づく均衡待遇を求めるなら無期転換する前にアクションを起こすべきであり,それをせずに無期転換した場合は,正社員等との間に労働条件の相違については使用者との交渉等により改善を図っていくべきだということなのだろうと思います。
私自身は上記の考え方に少し疑問を感じますが,仮にそう考えるとしても,本件のようなケースは問題があるような気がします。というのは,最初に先生が言及されたように,本件の前訴において,契約社員に対する手当不支給を不合理と判断した最高裁判決が出ています。この判決を受けて,Y社は契約社員就業規則を改訂せず,手当を設けないで時給換算した処遇改善費を払っており,団体交渉で組合が制度改正を求めたのに対して,損害賠償として払うと回答したと認定されています。詳細ははっきりせず,契約社員全員に処遇改善費を支給していたのかもしれませんが,Xらにだけ払っていた可能性も否定できません。
本件でどうだったかはともかく,労契法旧 20条には直律効がないというのが判例の立場ですから,判決を受けた使用者がミニマムな対応をしようと思ったら,訴訟の当事者だけに差額分を損害賠償として払えばいいわけです。その場合,契約内容は変わっていないので,そのまま無期転換すると,不合理とされた部分を含む内容で無期労働契約が締結されることになります。もちろん,多くの使用者は制度を改正するのだろうと思いますが,このようなことが起こりうる以上,無期転換後は法的コントロールが及ばないと割り切ってしまうことには疑問を感じます。
山田 判決文ではわかりませんが,X ら以外の有期雇用従業員には,前訴判決で不支給が不合理とされた家族手当等を支払っていない可能性があります。契約社員就業規則に規定されていれば支給義務が生じているはずです。だから就業規則の変更がされなかったのでしょうか。あくまで損害
賠償であれば,原告以外の従業員に対する支払い義務は生じませんね。
先ほどの井関松山製作所事件控訴審判決は,無期転換後も全くの契約自由となるわけではないことを示しています。
両角 現行法の下では,労働者が転換前にアクションを起こして判決を得ても,なお不合理な契約内容が維持される可能性があるので,無期転換したら完全に私的自治に委ねられるのは,ちょっとどうかと思うのです。
そこで,転換後の労働条件の相違についても何らかの法的規制が及ぶと考えるとしたら,山田先生は先ほど労契法旧 20 条の類推適用に言及されましたが,公序法理はどうでしょうか。労契法旧 20 条ができる前の判例として,丸子警報器事件
(長野地上田支部判平 8・3・15 労判 690 号 32 頁)などがありましたが,あの公序法理はまだ生きているような気もしますが。
山田 同一(価値)労働同一賃金原則を公序論に持ち込み,パート従業員の賃金が正社員の 80
%を下回れば公序違反となるとして,一種の均衡的救済を示した判決ですね。丸子警報器事件では,同一(価値)労働同一賃金原則でしたが,ここで公序の基礎をなすものは何でしょうか。
両角 丸子警報器事件は,工場で働く臨時社員と正社員が同一労働に従事しているにもかかわらず大きな賃金格差があったケースで,格差の一部が公序に反するとして不法行為の成立を認める判決が出されました。また,京都市女性協会事件
(大阪高判平 21・7・16 労判 1001 号 77 頁)では,結論として公序違反は認められませんでしたが,判旨は一般論として,非正規労働者の賃金が,正規労働者と「同一(価値)労働であるにもかかわらず,均衡を著しく欠くほどの低額である場合は,改善が図られなければならない」と述べています。
つまり,これらの判決がいう公序は,労契法旧 20 条やパート有期法 8 条の均衡待遇と比べると,かなり限定されたものです。もっとも,立法的発展は公序の内容に影響を与えうるので,現在であれば労契法 3 条 2 項やパート有期法,労契法 18条等の趣旨を踏まえて,公序の内容をもう少し充
実させることも可能だと思いますが,パート有期法の均衡待遇がそのまま一般原則として公序になるわけではない気がします。
山田 労契法旧 20 条準用論ではなくて公序論ですね。
両角 確固たる意見ではないのですが,類推適用を認めると,どんどん広がって均衡待遇が一般原則のようになってしまう可能性があるのではないでしょうか。
山田 現に無期同士の労働条件の相違が問題となっている裁判も始まっています。これは当然,労契法旧 20 条の適用にはならず,公序の問題となるのでしょうね。水町先生によれば,無期雇用労働者であるが,実態としては「非正規」労働者として扱われ,客観的・具体的な理由なく低い待遇とされている労働者については,正規・非正規労働者の待遇格差の是正という本改正法の趣旨に照らし,パート有期法 8 条を類推するか,公序良俗違反として,適切な法的救済を図ることが考えられようと述べられています(水町勇一郎『「同一労働同一賃金」のすべて―改正法施行とその先を見据えて』(有斐閣)153 頁)。
このことは,本件のような無期転換した労働者にも同様のことがいえるかが問題です。本件はパート有期法施行以前の事件ですので,労契法旧 20 条の類推適用が可能であったかが問題となりえます。旧パート法,パート有期法を通じて,短時間労働者を意味するパートタイムから,いわゆるフルタイムパートには差別禁止規定の適用はありません。パートタイム労働者の定義によれば,いわゆるフルタイムパートには同条の適用がありません。
短時間労働者の定義には当たらないので,労働時間が短いパートには適用されるにもかかわらず,より近いフルタイムパートには及ばないというのはおかしいですよね。そこで,フルタイムパートには,パート有期法の 8 条・9 条の準用ないし類推適用というのを考えるべきだと思うんです。それと同じように,有期雇用労働者よりも無期転換労働者のほうがより正社員に近い無期契約労働者であることからすれば,無期転換労働者に対して,労契法旧 20 条あるいはパート有期法の
類推適用が可能かどうかです。もっとも,同条自体は,特段の規定がない限り,労働条件に変更はないと規定されているから難しいところですが。そのような解釈が無理であれば,本判決でも言 及されている労契法 3 条 2 項の均衡原則および無期正社員と無期契約社員との間における労働契約
上の平等取扱い原則(裁判例は否定していますが)により,同様の結論が導けないかと考えています。以上のように,無期転換後の労働条件を,労契法旧 20 条とは区別される労働契約上の平等原則からアプローチするかどうかが問われるべきです。
ところで,労契法 18 条は,無期転換がもたらす意味があまり理解されないで施行されたというところはありそうですよね。無期転換すれば正社員になれるかのような。
両角 それは,とても重要な問題だと思います。無期転換制度に関する周知が足りないというのはおっしゃるとおりで,均衡待遇の説明義務
(パート有期法 14 条)と同じように,労契法 18 条に関しても使用者の説明義務を強化することが必要だと思います。
山田 同感です。パート有期法 14 条ももちろんですが,労契法 4 条の説明と理解は,労働契約全体を貫くとても大事な手続規定だと考えます。長期にわたり正社員と同じような仕事に従事していれば,なぜ正社員と労働条件が違うか疑問に思うのは当然です,そのときにこれは仕事は同じだけど,ここが違うから労働条件も違うと説明すれば,労働者も納得できるわけです。使用者が待遇の相違を説明できなければ,処遇を均等ないし均衡にすることを求めているのが,労契法旧 20 条の趣旨と考えるべきではないでしょうか。このことをあらためて確認したのが,パート有期法 14条だと考えます。したがって,労契法旧 20 条の適用がなくなることを告知せずに,労働条件の改善を図らない場合には,不法行為責任を負うこともありえます。被侵害利益は,不合理性を争う権利・利益です。
実体的判断も重要ですが,無期転換に伴う有利・不利を説明させたうえで,無期転換させる信義則上の義務が使用者にはあると考えます(労契
法 3 条 4 項参照)。
両角 無期転換に関する調査でも,多くの方が労働条件は当然上がると思っていて,賃金が上がらないことが不満という声も多いようです。あとは,賃金が上がらないのに責任だけ重くなったとか。でも,それは労契法旧 20 条やパート有期法
では直接救済できないわけです。労契法 18 条もパート有期法 8 条も大変意義のある規定ですが,二つ合わさったときに困った現象が起きることがあって……。
山田 単独の条文では問題がないのが,二つの条文の適用の際に起こる問題ですね。
ピックアップ
は認められず,むしろ,X2 組合において,団体交渉によって要求事項の実現を図るというよりも,自らの要求事項を自力執行の形で実現する目的で本件争議行為を行ったといわざるを得ない場合には,もはやその目的及び態様において,争議行為としての正当性を欠くものと解されるものであって,許されない争議行為というべきである」。
「本件争議行為 1 は,指名された一部の組合員が,自ら選択した業務の一部のみを約半年間にわたり行わないというものであるところ,本件争議行為 1 が行われた時点においては,X2 組合と Y との間のこの点をめぐる団体交渉が,長年にもわたり平行線をたどり,膠着状態にあったもので,その対立点において上記(略)のような事情が認められるにもかかわらず,X2 組合が,新たな提案や資料の提出等をしないだけでなく,従前の要求に固執しながら,その時点まで 5 年
以上(一部の控訴人は 3 年以上)にわたって続けていた特定
の授業担当科目週 2 コマの実施の拒否をさらに続けるもので
あったことに照らせば,本件争議行為 1 は,これによって団体交渉における交渉の行き詰まりを打開するなど団体交渉を機能させてその内容を実現することを目的としたものとは認められないもので,むしろ,X らの団体交渉における担当コマ数を週 6 コマとするという要求を単に自力執行の形で実現する目的に出たものといわざるを得ない。また,態様においても,長期間にわたり業務命令が発せられている授業科目のうち特定の授業科目を担当せず,その結果,Y としては,その授業科目を,他の教員に担当させざるを得なくなったこと
(略)に照らすと,本件争議行為 1 は,態様において,結果としてX2 組合がY の人事権を行使するものであり,これらの点にかんがみれば,本件争議行為 1 は,その目的及び態様に照らして正当なものであるということはできない」。
(争議行為 2 に対する判断省略)
1.自力救済としての争議行為の正当性
―学校法人関西外国語大学事件・大阪高判令 3・1・22
(労経速 2444 号 3 頁)
事案と判旨
事実の概要
被告である Y 大学法人は,原告 X1 らに対し,週 8 ~ 10コマ(給与規程上,6 コマを超えると増担手当支給)の講義を担当すること,および留学生選考面接委員兼教員実習委員を担当することを命じた(本件業務命令)が,X1 らは,約 5
年にわたり,争議行為として,週 6 コマを超える講義担当を拒絶し(本件争議行為 1),また上記委員の業務担当を拒絶した(本件争議行為 2)。
Y は,本件業務命令違反を理由として X1 らをけん責処分
(本件懲戒処分)とし,その記載内容を大学キャンパス内の 4 カ所に掲示した。X1 らの所属する X2 労働組合および X1らは,本件懲戒処分が,懲戒権濫用もしくは正当な争議行為になされた不当労働行為であり,違法無効であること等を主張していた。
これに対し原審判決(大阪地判令 2・1・29 労判 1234 号 52 頁)は,X1 らの請求をすべて棄却していた。
【判旨】(控訴棄却) 本件争議行為の正当性
「憲法 28 条は,勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利を保障しているところ,その本旨は,労使間の団体交渉によって,労働組合を組織する労働者と使用者との間の労働契約関係の内容をなす労働条件が対等の立場で決定されるようにすることを保障する趣旨のものと解される」。
「X2 組合が,本件争議行為を,主観的には上記目的を実
現するために行ったものであったとしても,Y において,団体交渉を拒否し,あるいは不誠実な団体交渉を行ったものと
山田 次に,近年では珍しい争議行為の正当性が争われた学校法人関西外国語大学事件控訴審判
決を取り上げます。本判決は,いわゆる団交中心主義を採用して,自力救済としての争議行為は正当性がないと判断したものとして話題を呼びました。
本件は教員の担当コマ数をめぐる紛争であり,給与規程上は 6 コマを超えると増担手当が出ることになっていたのですが,X1 らは,6 コマが契約上の担当コマ数であると主張したのに対し,大学のほうは,週 8 コマから 10 コマまで業務命令として講義の担当を命ずることができると主張していました。これに対し,X1 らが 5 年にわたって週 6 コマを超える講義担当を拒否する争議行為を
行ってきました。これが争議行為 1 で,学内委員
の業務担当を拒否したことが争議行為 2 というこ
とになります。今回は,争議行為 1 を中心に取り上げます。
Y は,本件業務命令違反を理由として,X1 らを譴責処分の懲戒処分としました。これに対し, X らは,本件懲戒処分が懲戒権の濫用であること,あるいは正当な争議行為を理由とする懲戒処分であって,いずれにせよ違法無効であるという主張をしています。一審判決,本件判決ともに,本件争議行為 1 が正当なものではないとして X1らの請求をすべて棄却しています。本件争議行為 1 の正当性判断の問題に絞っていきたいと考えます。
問題は,本件争議行為をどう評価するかということになりますけれど,これは当然,憲法 28 条の労働基本権,すなわち団結権,団体交渉権,争議権の関係をどう理解するかという問題で,それぞれ独立した別個の権利と理解する説と,それから本件のような,団体交渉中心主義,憲法 28 条の保障の本旨は,労使間の団体交渉によって,労働組合を組織する労働者と使用者との間の労働契約関係の内容をなす労働条件等を団体交渉で対等の立場で決定する手段として,争議権が承認されているのだと考えます。したがって,争議権行使の目的は団体交渉にあって,その達成手段として争議権があるという理解になるのでしょうか。
本判決は,この立場に依拠して,労働組合が本件争議行為を,主観的には上記目的を実現するため,団体交渉を促進するために行ったものとは認
められず,むしろ X2 組合において,団体交渉によって要求事項の実現を図るというよりも,自らの要求事項を自力執行のかたちで実現する目的で本件争議行為を行ったと言わざるをえない場合には,もはや争議行為の目的自体だけでなく,その態様においても正当性を欠くとしています。
これをどう評価するかということですが,私は,団交中心主義説には与しません。なぜなら,憲法 28 条は,「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する」と規定するように,少なくとも文言上は労働三権を態様に扱っています。もちろん団体交渉が労使関係や労働条件設定において重要な役割を果たすことは当然ですが,それに限定されるものではありません。したがって,争議の正当性は団体交渉のみによって決定されるものではありません。
もっとも団交中心主義によっても,争議行為の正当性判断には一定の幅がありうると思います。団体交渉中心主義を取った場合でも,本判決のような結論に至るのかも重要な課題です。
本判決は本件争議行為 1 が行われた時点においては,X2 組合とY法人との間の団体交渉は,長年にわたり平行線をたどり,膠着状態にあったもので,組合が新たな提案や資料の提出をしないだけでなく,要求に固執しながら,長い人は 5 年以
上にわたって続けていた増担 2 コマの拒否をさらに続けるものであったことに照らせば,本件争議行為 1 は,団体交渉の行き詰まりを打開するなど団体交渉を機能させてその内容を実現することを目的としたものとは認められないもので,むしろ自力執行のかたちで自分たちの主張を実現する目的のために争議行為が行われたものであると判断しています。また同判決は,態様においても,長期間にわたり業務命令が発せられている授業科目のうち特定の授業科目を担当せず,その結果,Yとしては,その授業科目を他の教員に担当させざるをえなかったことに照らすと,本件争議行為 1は,態様において,結果として組合が法人に人事権を行使するものである点で,争議行為は目的・態様に照らして正当ではないという判断がされております。
本件ストは一種の部分ストですが,5 年と長期にわたる部分的労務提供拒否というだけで,正当性を失うことはないと考えられます。5 年にわたり継続したというのは,単なる労務不提供にとどまらない,目的自体が正当性を欠くとしています。続けて本判決は,態様面でも正当性を欠いており,法人の人事管理権を侵害して,人事権を行使しているのだという評価をくだしております。しかし,これはオーバーな表現であり,争議行為とは使用者の有する指揮命令権(人事権)を一時的に排除することを本質とするものですから,それが不作為にとどまる限り正当なものであり,使用者の人事権侵害・行使と表現することは,妥当ではありません。それから,本判決は,X1 らが増担 2 コマを拒否したことから,代わりの教員を確保しなければならなかったことを正当性を欠くと評価する一つの根拠としているようですが,争議とは業務の正常な運営を阻害する行為である
(労働関係調整法 7 条)ことが忘れられています。しかし,何と言っても,自力救済としての争議行為自体が正当性を欠くというのが,本判決の最大の特徴です。
団交中心主義によれば,文字通り団体交渉が目的で,争議が手段ということになるのかどうか。労働基本権というのは,それぞれ独立した権利として私は考えておりますので,団交中心主義のほうはどういう理屈を取るのか,両角先生のご意見を伺いたいと存じます。それと,争議行為の目的を,団体交渉における交渉の行き詰まりを打開して,団体交渉を機能させて要求を実現することを目的とする。これも,ずっと団体交渉を行っても,この問題については解決がつかなかったわけですから,果たしてこの争議が,裁判所の言う,行き詰まりを打開するためのものと評価できないのかどうかということも問題になると思います。それから,団体交渉が行き詰まってしまったら,もう争議に出ていいというのが,団体交渉中心主義でも,団体交渉が行き詰まり,もうお互い意見が出尽くして解決できない場合には団体交渉から外れてもいいというのが,団交中心の考えだと思います。それから,団交中心主義を取った場合でも,このようなケースもやはり正当性を失うこと
になるのかどうか。
ちなみに,ちょっと古い判例ですけれども,配転命令を拒否して指名ストが行われた新興サービス事件(東京地判昭 62・5・26 判時 1232 号 147 頁)というのがありました。指名ストと並行して,組合が譲歩するかたちで団交の努力をした点で正当性があるという判決があります。これも一種の,団体交渉を促進するというのが争議の基本的な枠組みということかもしれません。しかし,争議権というのは,労働者が自力救済的に権利を実現するのが争議権と考えております。有名な刑事ドラマの表現を借りれば,本判決は,「争議は現場で起きているんじゃない,会議室で起きているん
だ!」ということでしょうか。
両角 これは大変興味深い事件ですね。
私は,この判決の結論に賛成ですが,最初に読んだ時には,これはそもそも争議行為なのだろうかという疑問を持ちました。本件では,組合員らが大学から命じられた講義や学務の一部を拒否したわけですが,だいぶ時間がたって使用者側に
「争議行為としてやっているのか」と聞かれるまで,組合自身に争議行為だという認識がなかったようにも思えたからです。もし組合員が契約上の義務は 6 コマだという見解に基づいて 2 コマ分を拒否して,それを後から争議行為だと言い出したのであれば,争議行為ではなく単に業務命令拒否と見るべきではないのか,そのあたりがわからなかったのです。
しかし,よく読んでみると,組合は最初に「団体行動権の行使として拒否する」という通知をしていたようですし,途中からは争議行為として行うとの決定・通告をしているので,争議行為だという前提で考えると,山田先生がおっしゃるように,これは労務の一部不提供なので,それ自体は争議行為の態様として基本的に正当性があります。しかし本件では,判決が言うように,組合はこの一部ストによって事実上,週 6 コマという要求を実現し,いわば自分たちは何も失わない状態で,そのまま争議行為の終結に向けた団交上の働きかけもせずに何年も続けていたわけで,これはやはり要求実現そのものを目的としている点で正当な争議行為とはいえないように思います。私
は,基本的に団交中心主義で考えているのですが。
山田 たしかに,業務命令を拒否し続けると懲戒処分を受ける可能があるので,正当な争議行為との主張に切り替えたことはあったかもしれません。争議行為をどう定義するかという問題とも関わってきますが,業務阻害の実態と組合の争議意思が明確に存在する場合には,争議行為と言えるのではないでしょうか。判決文からはわからないのですが,X1 らは Y から一方的に担当コマ数を指定されているとの主張もあるようですが,大学教員の専門性から,その担当科目や担当コマ数を一方的な業務命令としてできるかは疑問ですが,この問題には,これ以上触れません。それから争議の目的が達成しているとの指摘ですが,これを自力執行と呼ぶかどうかは別として,争議形態によっては,一応目的が達成されてしまうケースは当然あります。先ほどの配転拒否闘争も,配転拒否という状態は一応達成されているのですし,残業拒否闘争も然りです。その意味で,業務命令拒否闘争では,すべて目的が達成されてしまいますが,だからといって,それを理由に正当性が否定されるいわれはないのではないでしょうか。それから,本判決で賃金カットが行われたかどうかは不明ですが,担当コマ拒否闘争の場合には,増担 2 コマ分の手当が支給されないということになるのでしょうか。これを,あえて賃金カットと呼ぶか否かでしょうが,争議参加の X1 らが何も失っていないことが,直ちに正当性を欠くことになるのでしょうか。通常は労務不提供の場合には,ノーワーク・ノーペイの原則により賃金を失います。しかし,これは従来通りの業務遂行の場合であり,残業拒否闘争のように,付加的労働拒否の場合には,スト参加者が不利益を受けることのないケースもありうるので,正当性とは必ずしも関係しないと考えます。
それから,団交が行き詰まったときに,新たな提案や資料の提出が労働組合にのみ求められ,それをしないと争議行為の正当性が否定される理由は何なのでしょうか。おそらく,本判決が団交中心主義を争議の大前提として設定してしまった以上,このような論理が必然的に出てきてしまうの
だと思います。しかし,団交中心主義を前提としても,団交が行き詰まったときには,争議行為は許されると思うのですが。
両角 まず最後の点ですが,この判決は,一般的に組合が団交の行き詰まりを打開する努力をすべきだと言っているわけではないと思います。本件では,団交における対立点として,契約上のノルマが 6 コマか 8 コマかという問題と,週 8 コマが過重な負担かどうかという問題があり,判旨は,大学はいずれの点についても十分な説明を尽くしていると認定したうえ,前者については採用時に 8 コマの合意が認定できる,後者については
教員の就労実態から一般に週 8 コマが過重だとは言えない,と述べています。つまり裁判所は,これらの事項について,団交における大学の立場や説明には合理性があり,大学が組合の要求に応じないのも無理からぬところがあるので,組合の側が大学を説得すべき立場にあったと考えているのではないでしょうか。この判断が適切であるかどうかは,また別の問題ですが。
山田 なるほど,本判決の認定によれば,増担 2 コマという表現自体間違っているのですね。
両角 はい,労働契約は最初から 8 コマないし 10 コマだろうと。その判断が適切かという問題は別にあります。
ただ,業務命令が正当かどうかと,争議行為が正当かどうかは直接関係がなく,仮に労働契約上のノルマが 8 コマで大学の業務命令が適法であっ
たとしても,それを 6 コマにしろという組合の要求は,当然,団体交渉事項となりうるし,その実現をめざして組合が争議行為をすることもできますよね。
むしろ本件では,団体交渉における組合の要求は,契約上のノルマを 8 コマから 6 コマにしろと
いうことより,契約上のノルマが最初から 6 コマだと認めろということに重点があったように見えます。権利紛争的というのか,労働契約上の権利義務の内容についてずっと団交で議論していて,組合の主張を使用者が認めないので,2 コマ分を拒否して就労実態を組合の主張する契約内容に合わせた,そのあたりが特徴的であるように思いました。
ところで確認させていただきたいのですが,山田先生は,本件は正当な争議行為だとお考えなのでしょうか。
山田 本件争議行為は,過大負担を解消するための担当コマ数減少要求が目的なのか,抗議ストであるかが判然としませんが,目的・態様の面でも正当ですし,行き詰まっていた団交は争議開始後も継続されていたことから,団交中心主義によっても,正当性は否定されないと思います。
両角 たしかに,団交中心主義をとっても,要求実現型の争議行為がおよそ正当性を有しないとは言えないと思います。先ほど先生が言及された新興サービス事件でも,組合が配転命令の撤回を求めて指名ストを実施し,組合員らが配転先への赴任を拒否したケースで,争議行為の正当性が肯定されています。ただ,団交中心主義の立場からすれば,そのような争議行為も,要求を実現すること自体を目的として行うのではなく,団体交渉において使用者から譲歩を引き出すことを目的として,団体交渉を進める手段として位置づける必要があるということになるのだと思います。組合は団交を進める手段のつもりだったのに,使用者がすぐ配転命令を撤回するなどして団交外で要求が実現される場合もありうるかもしれませんが,結果としてそうなった場合には正当性は必ずしも否定されないのではないかと思います。
しかし本件の場合は,使用者は譲歩しておらず,毎年 8 コマの業務命令を出し続けているなか
で,組合は一部ストにより 6 コマという要求が実現された状態を何年も継続していたわけですよね。つまり,争議行為によって要求が実現された状態を妥結に向けた働きかけもしないまま長期間継続していた,そこから,本件ストは要求実現自体を目的としたものであり,正当性を欠くと判断されたのではないかと思うのですが。
山田 事実上,それはもう目的を達成しているわけですよね。
両角 争議行為によって要求を実現する状態になったこと自体よりも,その後の対応というか,その状態を漫然と続けていたことが問題なのではないでしょうか。
山田 X2 組合としては,争議をいったん終了
させて,団交を申し出ろということでしょうか。でも,団体交渉は続いていたようですが。しかし,譲歩するのは労働組合だけでなく,使用者にも譲歩する必要はあると考えますが,争議の正当性と業務命令の相当性とは必ずしも同一ではないものは当然としても,本判決が使用者の譲歩を求めていないのは,その前提として,やはり本件業務命令が正当であるとの前提があるのでしょうか。もしそうであれば,改めて本件業務命令の正当性が問われることになる気がします。
両角 具体的な事情にもよると思いますが,本件のような状況では,単に団交を続けるだけでなく,争議行為の終結に向けて,組合が積極的な働きかけをすべきだったと判断されたのではないでしょうか。
ところで,判旨は,組合が使用者の人事権を行使する結果になるから,態様の点でも正当性を欠くと述べていますね。でも,ここの部分は先生がおっしゃったように少しおかしいですよね。
山田 そうですね。争議行為は使用者の指揮命令権を排除するものであり,人事権を行使しているわけではないですよね。
両角 X らが 8 コマのうちどの 2 コマを拒否するかを自分で決めていたことは,人事権に関係するかもしれませんが,他にやりようがないですし。判決は,その点ではなく,組合員が拒否した分の講義や学務を他の教員に担当させなければならない事態に大学を追い込んだことを問題としているようですが,そもそも争議行為とはそういうものですよね。
山田 組合の争議行為に対して,使用者には操業の自由がありますから,空いた講義をどうするかは使用者の判断です。本判決は,自力執行型争議は目的・態様の両面で正当性を欠くとしていますが,争議の目的と態様とは別個の判断が必要であると考えます。
2.職場における差別的内容の文書配布
―フジ住宅ほか事件・大阪地堺支部判令 2・7・2(労判 1227 号 38 頁)
事案と判旨事実の概要
韓国籍を持つ X は,平成 14 年に住宅流通等の事業を営む Y1 社と期間 2 カ月の有期労働契約を締結し,同契約を自動更新しつつ,コンピューター支援設計業務に従事していた。 Y1 社および同社の代表取締役である Y2 は,X を含む従業 員らに対し,中国人や韓国人等を誹謗中傷し侮辱する内容を記載した文書(本件文書)を大量かつ定期的に配布していた
(本件文書配布)。従業員らは本件文書の閲読を命じられてはおらず,上司が閲読を確認することもなかった。X 自身も,本件文書を閲読しなかったことにより Y らから不利益を受けたことはなく,Y2 らや他の従業員から在日韓国人であることを理由とする差別的言動を受けたこともなかった(教科書展示会への参加勧奨等に関する事実は割愛する)。
平成 27 年 1 月,X は代理人弁護士を通じて,Y らに対し本件文書配布等をやめるよう申し入れたが,拒絶されたため,大阪弁護士会に人権救済申立てをし,本件文書配布等が違法であるとして損害賠償等の支払いを求め提訴した。
【判旨】(請求一部認容。一部棄却)
(本件文書の配布に関する部分のみを取り上げる)
①「本件文書は,A 以外の者が著述した公刊物やインターネット上で配信された記事等,そして,それに対する従業員の感想文等から構成されているものであり,その内容は,中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判したり,在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者に対して激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり……わが国の国籍や民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなどの政治的な意見や論評の表明を主とするものではあるものの,韓国籍を有する X を具体的に念頭において記述されたものではないことは明らかであり,……本件配布の趣旨・目的……や……配布態様……からしても,本件配布が,X 個人を対象とする行為とは認められず,その結果についても,X が本件文書を閲読しなかったことにより Y らから何らかの不利益を受けたことがなく……Y らや他の従業員から在日韓国人であることを理由とする差別的な言動を受けたこともなかった……」。
「したがって,本件文書の中に……人種差別や民族差別を内容とする差別的言動若しくは人種差別や民族差別を助長する表現と評価することができる表現が含まれているとしても,それを配布した行為をもって,直ちに X に対する差別的言動として違法であると評価することはできない」。
②「使用者は,労働契約に基づいて,労働者に対して教育を実施する権利を有しており,その時期,内容及び方法は,その性質上原則として使用者の裁量的判断に委ねられている
ものと解される。しかしながら,労働者は……企業の一般的な支配に服するものということはできず……,使用者が有する上記裁量権は,労働契約上予定された範囲でのみ行使し得るものというべきである」。
③「使用者が,特定の国民に対する顕著な嫌悪感情に基づき,それらを批判・中傷する内容の文献や自己が強く支持する特定の歴史観・政治的見解が記載された文献等を就業場所において反覆継続して労働者に教育目的で大量に配布することは,それ自体労働者の思想・信条に大きく介入するおそれがあるのみならず,たとえ前記国籍を有する当該労働者に対して差別意思を有していない場合であっても……前記国籍を有する労働者の名誉感情を害するのみならず,当該労働者に使用者から……差別的取扱を受けるのではないかという危惧感を抱かせるのであるから,厳に慎まねばならない」。
「したがって,私的支配関係である労働契約において,使用者の実施する文書配布による教育が,その配布の目的や必要性……,配布物の内容や量,配布方法等の配布態様,そして,受講の任意性……やそれに対する自由な意見表明が企業内で許容されていたかなどの労働者がそれによって受けた負担や不利益等の諸般の事情から総合的に判断して,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり,その態様,程度がもはや社会的に許容できる限度を超える場合には違法になる」。
④「人は自己の欲しない他者の言動によって心の静穏を乱されないという利益を有し,この利益は社会生活の上において尊重されるべきものである上……,労働基準法 3 条は,使用者に対して,国籍を理由とする差別的取扱いを禁止し,労働者に就業場所において国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を保障していることからすると,就業場所において,国籍によって差別的取扱いを受けるおそれがないという労働者の内心の静穏は,前記一般的な内心の静穏以上に保護されるべきである。そうすると,使用者の前記言動により,労働者が前記内心の静穏な感情を害され,それが一般人からみても,国籍による差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な危惧感を抱いてしかるべき程度に達している場合は,差別的取扱いそのものを行ってはいないとしても,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を侵害するおそれが現実に発生しているというべきであり,それによる精神的苦痛を労働者において甘受すべきいわれはないから,その侵害の態様,程度が内心の静穏な感情に対する介入として社会的に許容できる限度を超えているとして不法行為が成立するというべきである」。
⑤「本件配布は……労働契約に基づき労働者に実施する教育としては,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり,その態様,程度がもはや社会的に許容できる限度を超えるものといわざるを得ず,X の人格的利益を侵害して違法というべきである」。
両角 次はフジ住宅ほか事件ですね。私から報告いたします。
この事件の原告Xは,Y 社に勤務する韓国籍の労働者です。Y 社では,社長が従業員の教育・啓蒙のため大量の文書を頻繁に配布しており,その中に中国人や韓国人を誹謗中傷・侮辱する内容が多く含まれていました。X がこの文書を配布しないでほしいと申し出たところ,X自身には配布されなくなり,その文書を読んでいないことで不利益な扱いを受けたり,在日韓国人であることを理由として差別的な言動を受けたりしたこともなかったと認定されています。しかし職場では文書配布が続いており,X はこれが不法行為に当たるとして訴えを提起しました。本件では,そのほか, Y 社が社員を教育委員会の教科書展示会に参加させたこと等も問題となっていますが,ここでは割愛し,文書配布に限定して取り上げます。
本判決は,X の損害賠償請求を認容しましたが,その中で,本件文書配布の差別該当性や不法行為該当性について詳しく検討しており,注目に値すると思います。
まず,労基法 3 条の国籍差別に当たるかどうかという点については,文書の内容や配付の態様から本件文書配布が X 個人を対象とするものとは言えず,X に対する不利益取扱いや差別的言動も認められないことから,X に対する差別に当たるとは言えないとしています。他方,使用者が差別意思を有しない場合も,特定の国籍の人を侮辱する内容の文書を配付することは,その国籍を有する労働者の名誉感情を害するのみならず,使用者から差別的取扱いを受けるのではないかという危惧感を抱かせるものであると述べています。そして,労基法 3 条の趣旨からすると,労働者が職場で国籍差別を受けるおそれがないという内心の静穏は,一般的な内心の静穏以上に保護されるべきであるところ,本件文書配布は X のそのような内心の静穏を害しており,社会的に許容できる範囲を超えているから不法行為に当たると判断しています。
私は,この判決の結論には賛成です。ただ判旨の理論構成については,現行法の下ではやむをえないかもしれないと思いつつも,本件の問題への
アプローチとして適切なのだろうかという,先ほどの淀川交通事件と同じような疑問を持ちました。
たしかに本件では,使用者が社員教育と称してきわめて不適切な内容の文書を配付したわけですから,これが労働契約に基づく使用者の権利を逸脱し,X に対する一種のハラスメントとして不法行為に当たると見ることもできると思います。ただ,この論理は基本的には日本人労働者にも当てはまるものです。つまり,日本人でも自分の職場で外国人を侮辱する文書が配布されたら非常に不快に感じることは十分ありうるので,本件配布は,労働者の国籍にかかわらず,その職場環境を悪化させる行為として不法行為に当たる可能性があると思います。
しかし,本件では,X 自身が属する韓国人という民族・集団を侮辱する文書が大量かつ頻繁に配布されていたわけですから,それは単に不快な環境だとか内心の静穏が害されるというだけではなく,その集団の一員である X 個人の尊厳を害する差別的行為と評価できるのではないかと思います。
ヨーロッパを見ますと,この点は山田先生のほうがお詳しいと思いますが,ハラスメントは差別の一類型であることが法に明記され,ハラスメントは人の尊厳を侵す目的または効果を持つ行為,脅迫的・敵対的・屈辱的な環境を生み出す行為と定義されています。本件の文書配付は,まさにこれに当たるのではないかと思います。もちろん,日本法ではハラスメントは差別として禁止されておらず,それと別に不法行為として救済する仕組みになっているので,ヨーロッパと同じように考えることはできません。ただ,これは立法論になってしまうのですが,本件のようなケースを人種差別・国籍差別として救済できないのは,法制度として問題があるのではないかと感じました。
本件について見ると,職場でX個人に対する差別的言動はなく,日本人の社員にも同じ文書を配っていて,申出後はXに対する配布をやめたこと等からすると,使用者の差別意思を認定することが難しかったのかもしれません。ただ,使用者は X が韓国籍であることを認識しており,韓国人
を侮辱する文書を職場で配ったら,X が日本人の社員よりも大きな不利益を受けることを容易に認識できたはずです。特に X を傷つけようと思って配布したのではなくても,X が傷ついてもいいと考えていたとすれば,そこから差別意思を認定することはできないでしょうか。
だいぶ前に,男女差別の事件ですが,住民票上の世帯主ではない労働者について本人給を 26 歳で頭打ちにする制度を労基法 4 条違反とした下級審判決(三陽物産事件・東京地判平 6・6・16 労判 651 号 15 頁)がありましたよね。
山田 世帯主条項という間接差別的事案につき使用者の差別意思を認定して,直接差別としての労基法 4 条違反を認定した事件ですね。
両角 はい。世帯主かどうかという基準は一見中立的だけれども,使用者がそれによって女性社員が大きな不利益を受けることを認識し認容していたことから,差別意思が認定されました。本件でも同じような方法で差別意思を認定することはできなかったのかな,と思います。
それから,そのような解釈が無理だとすると,労基法 3 条違反は成立しないのですが,もし国籍・人種について間接差別が禁止されていれば,本件配布が間接差別に当たる可能性は高いと思います。日本にはそういう法規定がないなかで,裁判所がハラスメントとして救済したことは評価すべきだと思います。ただ,繰り返しになりますが,本件文書配布のような行為を差別として救済できないのは,日本の差別禁止法制が貧弱すぎるのではないかと感じました。
山田 この事件を考察する前提として,ヘイトスピーチと,レイシャル・ハラスメントと人種差別,この 3 つをどのように関係づけるかが重要です。ハラスメントの場合には,その意図は問われないため,本件ではレイシャル・ハラスメントが成立することになります。
普通に考えても,外国企業で働く日本人労働者が,「ジャップはダーティだ!」と使用者が連日にわたり従業員に対し文書や発言をしていれば,単なる不快感だけでなく,人格権としての国籍に関するアイデンティティを侵害されたことになるはずです。差別ではないとしても,少なくとも職
場環境配慮義務の問題として捉えることができたはずですが,本判決が原告主張の職場環境配慮義務の点にほとんど言及していないのが不思議です。両角先生のご指摘のとおり,本件のようなヘイトスピーチを聞かされれば,日本国籍を有する者も不快でしょうが,やはり直接名指しされた国籍の人のほうが圧倒的に被害感情は大きいと思います。
あと,この判決は,労基法 3 条違反と言っているわけではないですよね。
両角 はい。
山田 すると,労基法 3 条の労働条件には,ハラスメントなどは含まれないんですかね。
両角 差別意図が認定できれば,ハラスメントが労基法 3 条違反の要件を満たす場合もありうると思います。
山田 単なる賃金・労働時間だといった狭義の労働条件ではなくて,そういう職場環境も含めて,セクハラ・パワハラ行為も労基法 3 条の「労働条件」に該当しうると考えます。刑罰の適用は別かもしれませんが。両角先生のお考えでは,これは個人ではなくて,一見,表面上は個人に向けられていないけど,実際には原告に向けられたものという理解でしょうか。
両角 認定事実を前提とすれば,Xを国籍のゆえに不利益に扱う意図までは認められないように思います。
山田 意図はないでしょうね。
両角 ただ,積極的な差別意思を認定できない場合に,間接差別が禁止されていればいいのですが,日本では人種や国籍については間接差別を禁止する規定がないので,先ほどの三陽物産事件のような考え方をとって,少し緩やかに差別意思を認定することも考えていいのではないかと思ったのです。
山田 三陽物産事件は,世帯主の従業員には実年齢の給与,非世帯主の従業員には 25 歳(のちに 26 歳)の基本給を支給するという間接差別的な賃金制度の事案を,直接差別,すなわち女性であることを理由とする賃金差別と認めて労基法 4条で救済した裁判です。つまり,制度を導入した意図と運用に注目したわけです。従来男女別制度
を採用していたのが,均等法施行を前にして,従業員構成を見て,世帯主条項を導入すれば女性の賃金を低く抑えられることを認識して導入して,かつ将来は世帯主になる可能性が大きいとして,非世帯主や独身の従業員社員を含めて,男性社員にはすべて実年齢給を支給するという運用をしていたという事案です。
両角 そうか,たしかに,三陽物産事件では男性には世帯主でなくても実年齢の賃金表を適用していたんですよね。だから差別意思を認定しやすかった。
山田 そうなんです。
両角 そうすると,本件を同じように考えるのは難しいかもしれませんね。それでは,やはり本件は差別ではなく,人格権侵害の不法行為として救済することになりますか。
山田 人格権侵害は認められるでしょうね。本判決は,職場における原告の静謐権(判決では静穏権),国籍に関するアイデンティティの権利といった人格権中心の議論が中心で,差別論的アプローチが不足している印象です。その理由が,差別的言動が原告に直接向けられていないというのが理由です。しかし,両角先生ご指摘のように,特定の個人への差別意図がなくても,特定の人種・国籍に対する差別意図が認定でき,かつ本件のように,従業員の中に対象国の従業員がいることを認識したうえでの言動と見られれば,特定個人への差別と解される可能性もあるのではないでしょうか。
集団に向けられるというのが国籍差別の特徴だと思うんです。やはりヘイトスピーチと差別との関係が理論化される必要がありますが,集団の中には個人も当然含んで考えるべきだと思うのです。差別の話に戻ると,使用者が朝礼で女性一般を蔑視する内容の発言をした場合,直接聞いた女性や,伝聞で聞いていた女性は,女性差別を理由として,不法行為の主張ができるかという問題がありますね。
もともと差別というのは,集団にレッテルを貼ることです。本判決は,特定の個人に対する差別的意図が必要であることを前提としているのでしょうか。
そのため,本判決は,人種差別とは認めていないんですよね。ただ,事案は異なりますが,教組が集めた寄付金を朝鮮学校に寄贈したことに反対するヘイトスピーチ団体が,これに抗議して教組事務局に押しかけ,暴力行為に及んだ徳島県教組事件控訴審判決(高松高判平 28・4・25 判例集未掲載)では,これらの行為を人種差別撤廃条約の定める「人種差別」と認定しています。これはあくまで,同条約上の「人種差別」が認定されたものですが,差別意図よりも差別的効果に重きを置いて,人種差別を認定していることが注目されます。
両角 本件は,現行法の下ではこう処理するしかなかったとも思えるのですが,立法論を含めて,先生がおっしゃるようにハラスメントと差別はどういう関係にあるのかとか,性別以外について間接差別禁止をどうするかとか,そういう議論は必要ですよね。
山田 日本では,公序論,権利濫用,人格権等の概念が発達しているので差別概念を用いる必要がなかった。これと反対であるのが英米法諸国であり,上記の概念がないので,差別でしか救済できない。日本は,そのぶん,差別概念が貧弱です。差別とハラスメントで重なるところはいっぱいあると思うんです。セクシュアル・ハラスメントの被害者のほとんどが女性なので,性的人格権侵害という側面と性差別という側面の両面があると思うのですが。
両角 日本は不法行為制度が発達していて,差別と言わなくても救済できるから,という考え方もあるかもしれないですが,問題の本質を考えると……。
山田 また,文書配布は現在でも続いていますので,不法行為としての損害賠償請求では不十分であり,差止めが問題となりますので,原告に対するどのような人格権を侵害しているかが明らかにされる必要があります。
英米法では差別概念が大きな意味を持っていますが,立法も含めて,日本の差別概念の検討がまだ不十分であることが理解できました。
本判決の最大の特徴は,就業場所において,国籍により差別的取扱いを受けるおそれがないとい
ものとされており,そのため,X らに比べて職務上の経験に劣り,基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回るばかりか,賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の 60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって,このような帰結は,労使自治が反映された結果でもない以上,嘱託職員の基本給が年功的性格を含まないこと,X らが退職金を受給しており,要件を満たせば高年齢雇用継続給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても,労働者の生活保障の観点からも看過し難い水準に達しているというべきである。
そうすると,X らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は,労働者の生活保障という観点も踏まえ,嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の 60%を下回る限度で,労働契約法 20 条にいう不合理と認められるものに当たるものと解するのが相当である」。
う労働者の内心の静穏の権利は,通常の静穏の権利よりも強く保護されるべきであるとする点と,現実に差別を受けていないとしても,それを受けるのではないかとの危惧を抱かせる使用者の行為は違法とされることがあることを示した点に求められるでしょう。
3.定年嘱託再雇用者の労働条件
―名古屋自動車学校(再雇用)事件・名古屋地判令 2・ 10・28(労判 1233 号 5 頁)
事案と判旨
事実の概要
自動車学校の経営を目的とする被告 Y の教習指導員(正職員)であった原告ら X は,60 歳で Y を定年退職し,以降,嘱託職員として 1 年の有期労働契約を締結していた。X らは,定年退職時時に比べ,基本給,賞与,家族手当等の待遇につき大きな相違があるのは労働契約法(旧)20 条に違反するとして,主位的に正職員就業規則が適用されることを前提に,労働契約に基づき本来支給されるべき基本給,賞与等の基差額の支払いを請求し,予備的に不法行為に基づく損害賠償を請求した。
【判旨】(一部認容)
(1)「その他の事情」
「本件において,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては,もっぱら,「その他の事情」として,X らがYを定年退職した後に有期労働契約により再雇用された嘱託職員であるとの点を考慮することになる」。
(2)基本給の相違の不合理性
「基本給は,一般に労働契約に基づく労働の対償の中核であるとされているところ,現に,X らの正職員定年退職時の毎月の賃金に基本給が占める割合は相応に大きく,これが賞与額にも大きく影響していたことからすれば,Y においても,基本給をそのように位置付けているものと認められる。 Y における基本給のこのような位置付けを踏まえると,上記の事実は,X らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る相違が労働契約法 20 条にいう不合理と認められるものに当たることを基礎付ける事実であるといえる」。
「X らは,Y を正職員として定年退職した後に嘱託職員として有期労働契約により再雇用された者であるが,X らの正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲に相違がなく,X らの正職員定年時の賃金は,賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であった中で,X らの嘱託職員時の基本給は,それが労働契約に基づく労働の対償の中核であるにもかかわらず,正職員定年退職時の基本給を大きく下回る
山田 本件は,定年再雇用労働者の基本給・賞与等の労働条件が低下したことが,労契法旧 20条違反と認められた事案です。本件は,職務内容と配置の変更の範囲が同一であること,定年後再雇用であるとの事実が「その他の事情」で大きく評価されることの 2 点は,長澤運輸事件最高裁判
決(最二小判平 30・6・1労判 1179 号 34 頁)と共通しています。
本判決の特徴は,前掲長澤運輸最高裁判決の判断枠組みに従いながら,反対の結論を採用していることです。本件における主たる議論になるのは 2 つあって,第 1 が比較対象者をどう選定するかということ,第 2 が,労契法旧 20 条の解釈に労働者の生活保障という観点を取り入れるべきか否かです。この 2 つに絞って見ていきたいと思います。
本件事案は,自動車学校の教習指導員であるX
が,60 歳定年で正職員を退職し,嘱託社員として 1 年の有期労働契約を締結したのですが,退職時に比べて,基本給,賞与や家族手当の額が大幅に低下したというものです。長澤運輸の場合は 79
%ですが,X らの定年前である 55 歳から 59 歳の賃金は,賃金センサスの平均値を下回っているだ
けでなく,X らの定年退職時と嘱託職員時の基本給を比べると,X1 は 18 万 1640 円から 8 万 1738
円と約 55%に減額され,最終年は 7 万 4000 円となっています。
X2 も定年後に 51 % になって, 最終年は 7 万 2000 円くらいになっており,新入職員の基本給も下回っているという状態でした。このように,職務内容と配置変更の範囲が同一であることの事情に加え,もともと正社員の基本給自体も低かったうえに,嘱託職員になって,約半分近くの大幅なダウンを受けて,最後は 7 万円台という生活困難な状況にあったという事実認定が結論に大きく影響したと考えられます。
X らは退職金を支給され,60 歳から高年齢雇用継続給付金,61 歳から老齢厚生年金の報酬比例部分を受給しているとの事実が,長澤運輸事件では,「その他の事情」として,不合理性を否定する理由として援用されたのに対し,本判決は,このことは定年後嘱託再雇用では通常生じる事態に過ぎないと一蹴しています。このほか,長澤運輸事件では,報酬比例部分が支給されるまでは補塡をしていたり,あるいは団体交渉をしていたり,約 8 割の基本給を維持するなど,相当の配慮がなされていることが,不合理性を否定する根拠とされていました。これに対し,本件では,そのような配慮もされておらず,X1 が分会長として説明を求めても,全く見直しもされなかったという事情も本件では不合理性を肯定する理由のひとつとなっています。
以上のように,本判決は,基本給・賞与の相違が正職員退職時の基本給の 60% を下回る部分については不合理として,均衡的救済を行っています。基本給の相違が不合理とされたのは,学校法人産業医科大学事件控訴審判決(福岡高判平 30・ 11・29 労判 1198 号 63 頁)に次いで 2 例目だと思います。長澤運輸事件の一審判決も基本給の相違を不合理と判断していますが,現在の裁判例が援用する個々の労働条件ごとに判断する方式ではありません。この判決が,定年退職後の事案で基本給の相違を不合理と認めた初の事案だと思います。本判決は,基本給について労働の対償であるという,基本給の法的性格も不合理性を肯定する理由として強調されていることも特徴といえるでしょう。
ここで,本判決の理論的課題である比較対象者の選定および労契法旧 20 条の判断に「労働者の生活保障」との観点を持ち込むことの可否です。まず,通常は原告である嘱託職員の比較対象者 は現存する無期雇用の正職員です。本判決によれば,比較対象者というよりも,労働条件を比べるという形で表現されており,Xらの「正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違について比較する」と表現されて
います。結局,X ら自身の定年退職時の賃金と,嘱託再雇用時の賃金とを比べて判断することになります。パート有期法によれば,比較対象者は
「当該待遇に対応する通常の労働者」と規定されているのに対し,労契法旧 20 条では,「期間の定めのない労働契約を締結している労働者」と,現存している無期契約労働者を前提としているようにも読めます。
ところで,比較対象者については,基本的には原告が自分で選択するというのが普通でしょうけれども,大阪医科薬科大学事件控訴審判決(大阪高判)での,比較対象者は客観的合理的に決定されるもので,原告は選択できないという判断を例外として,ほとんどの裁判例で選択自由説が採用されていますが,基本的には,原告が自由に選択できるということではないかと思います。
同様に定年後嘱託再雇用の事案である日本ビューホテル事件(東京地判平 30・11・21 労判 1197 号 55 頁)が挙げられます。同判決は,労契法旧 20条が比較対象すべき無期契約労働者の範囲を限定していないから,まずは原告が措定する無期契約労働者と比較対象し,被告が主張する他の正社員の業務内容や賃金額等は,「その他の事情」として,これらを含めて考慮要素に係る諸事情を幅広く総合的に条慮するという判断基準を採用すべきとしています。そのうえで,本件嘱託社員の労働条件と比較対象されるのは,同事業所において役職定年により営業課支配人の地位を離れた定年退職者となるが,原告以外にこのような正社員は存在しないから,定年退職前後の原告自身が比較対象者となると判断しています。これをどう評価するかです。小規模企業の場合や,賃金制度が明確になっていない場合には,比較対象者がなかなか
見つからない面があること,比較対象を選ぶときに,退職前の給料が一番高くなっていることから,原告は,定年退職時の基本給と比較することを選びたいということがあります。このように,比較対象者を自分にするというのは,定年後再雇用の事案のみではないかと思います。こういった比較対象の方法をどう評価するかというのが第 1の論点です。
第 2 の論点は,不合理性判断に労働者の生活保障という観点を持ち込むことの妥当性です。Xらの正職員定年時の賃金は,賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であったわけです。その中で, Xらの嘱託職員時の基本給は,それが労働契約に基づく労働の対償の中核であるにもかかわらず,正職員定年退職時の基本給を大きく下回るもので,半分ぐらいですね。そのため,Xらに比べて職務上の経験に劣り,基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給も下回るばかりか,賃金の総額が,正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の 60%をやや上回るか,それ以下にとどまる帰結をもたらしていることが指摘されています。したがって,これが労働者生活保障の観点からも看過し難い水準に達しており,この相違は不合理という結論に導くというものです。
以上の 2 つの論点に基づいて,本判決は,基本給の相違を不合理と判断しています。長澤運輸事件判決では,退職金や社会保険等の給付を受けていること,Y が賃金が下がらないように努力をしていること,労働組合との交渉の結果であり,労使の自治を反映したものであること等の理由から,賞与の差については不合理ではないという判断が下されたのですけれども,本判決では結論が反対となっています。すなわち基本給は一般に労働契約に基づく労働の対象の中核であること,Xら正職員定年退職時の毎月の賃金に,基本給が占める割合は相応に大きく,これが賞与額に大きく影響していたこと,Yにおける基本給の位置づけを踏まえると,上記の事実は,Xらの正職員定年退職時と嘱託職員時の基本給に係る相違が労契法旧 20 条にいう不合理と認められることを基礎づける事実として認められるとしています。
以上のように,基本給の支給相違との関係で,労契法旧 20 条の中での比較対象者の選定の特殊な選定方法と,もう一つが,生活保障という観点を均等・均衡原則のなかで議論できるのかどうかという 2 点に絞って報告させていただきました。
ところで,本件は,労契法旧 20 条の問題として処理されていますが,高年法 9 条の定年後継続雇用制度に伴う労働条件変更の可否の問題と考えることも可能だと思います。九州惣菜事件(福岡地小倉支判平 28・10・27 労判 1167 号 58 頁)という興味深い事件があります。定年時にフルタイム雇用を希望していたのに,短時間労働に変わり,賃金も定年退職時に 75%減額が提案されたが,労働者がこれを拒否したため,再雇用契約は成立せず,したがって労契法旧 20 条の適用は問題になりませんでした。これに対し,同事件控訴審判決
(福岡高判平 29・9・7 労判 1167 号 49 頁)は,合理
的理由もないのに,定年前賃金の 25%支給という本件提案が高年法の雇用継続制度の導入の意図に反し,不法行為を構成するとしています。本件でも,同様のアプローチがありえたのかと思います。
最後に,雇用の全期間において,職務内容および配置変更の範囲が同一であるという本件事案を前提にすれば,労契法旧 20 条だけでなく,新しいパート有期法 9 条の差別禁止規定にも該当することになるのではないでしょうか。
両角 わかりやすく整理してくださってありがとうございます。
まず,定年前の自分を比較対象とするのはどうかという問題ですが,先生が指摘された通り,定年後再雇用の場合は比較対象者の選定が難しいことも多いでしょうし,定年前の自分との比較を認めてもよいのではないかと思います。その場合は,定年退職後の雇用であることや,会社の賃金制度,他の年代の労働者の待遇等を「その他の事情」として考慮することが必要になってきますが。
それから,生活保障のところは私も気になりました。大まかに言うと,本判決は定年前後の基本給・賞与の差を不合理とした理由として,「下がりすぎだ」ということと「低すぎる」ということ
を述べていますが,特に後者が強調されていますよね。
山田 そもそも定年前の基本給が安すぎたのに,さらに嘱託雇用により下がったというダブル効果でしょうか。
両角 低すぎることを 1 つの事情として考慮することはできるかもしれませんが,労契法旧 20条の議論としては,メインはあくまでも定年前後の労働条件の相違,つまり下がりすぎのほうで行くべきだったのではないかと思います。本件では,職務内容も配転も定年前と同じなのに賃金は半分以下,長澤運輸事件のような労使の話し合いや配慮もないので,賃金センサス等について言及しなくても同じ結論を導けたのではないでしょうか。
定年後再雇用の賃金が低すぎるという問題は,本来はパート有期法とか労契法旧 20 条ではなく,最賃法とか,先生が言及された九州総菜事件のように高年法の趣旨とか,そちらの話になるように思います。
山田 ご指摘のとおり,平等原則は,俗にいえば,「貧しきを憂う」のではなく,「等しからざるを憂う」ものです。しかし,差別禁止規定とは異なり,均等・均衡原則を定める労契法旧 20 条は
「その他の事情」という考慮要素を総合判断に加味させている点からすれば,賃金水準の低さを考慮することも可能と考えます。
両角 あくまでも 1 つの事情として,ですね。それから,小さい点ですが,本判決は不合理と認めた手当不支給について労働契約上の賃金請求を認めていません。労契法旧 20 条に直律効がないのは確立した判例法理ですが,本件では「嘱託規定の定めのない事項には,正社員就業規則を準用する」旨の定めがありました。こういう規定がある場合は,就業規則の合理的解釈によって,一部不合理とした基本給等の部分は難しいですが,手当については労働契約上の権利を認めてもよかったのではないかという気がしました。
山田 本件では,嘱託規定に定めのない事項について,正職員就業規則を準用されているような特殊なケースでは,補充的効力が認められるはずです。やはり重要な意味を持っているということ
です。決して小さいご指摘ではないと思います。両角 本件のような場合にも就業規則の合理的 解釈の可能性を否定してしまうと,労働契約上の権利が認められる余地はほとんどなくなるのでは
ないかと思います。
それから,最後に指摘されたパート有期法 9 条の問題ですが,本件では職務内容も配転も定年前と同じですが,「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」という要件を満たすかという問題があるのではないでしょうか。定年後再雇用者の賃金が定年前より低い場合,それは有期雇用とかパートであることを理由とするものではなく,定年後再雇用だから低いのだと説明できる場合もあると思います。したがって,本件のようなケースにおいて,直ちに 9 条違反が成立するわけではないと私は思うのですが,山田先生のお考えはいかがですか。
山田 水町先生によれば,長澤運輸事件のように,定年後再雇用の有期雇用労働者について,定年前の無期雇用労働者と一定の待遇の相違を設けていることについては,定年後再雇用であることを考慮して設けられた待遇の相違であり,「有期雇用労働者であることを理由とした差別的取扱いには当たらない」と記述されています(水町勇一郎『詳解 労働法』(東京大学出版会)354 頁注 26)。このような考え方が一般的でしょう。これによれば,定年後再雇用における処遇の相違の問題を,不合理禁止規定と差別禁止規定とで分けて適用するということですね。しかし,まさに定年退職後の待遇格差こそ,平等原則から問題とされるべきであり,9 条の対象から看過されるべきではありません。「その他の事情」を加えて幅広い考慮要素を採用する不合理禁止規定とは異なり,差別禁止規定は厳格な要件を課しているのであり,この要件を充足するケースにも9条が適用されないのか理解できません。定年やその後の事情は,差別の合理性で判断されればいいのではありませんか。明文の除外規定もないのに,世の中それが一般的であることを理由として,差別禁止の対象から外すことは,差別禁止法理の基本原則に反するものだと考えます。
両角 定年後再雇用の場合に 9 条が適用されな
いのではなく,適用されることを前提として,個々の事案において問題となる各処遇の差異が
「理由として」の要件を満たすかどうかを検討する必要があるのだと思います。おそらく,水町先生もそのような趣旨でおっしゃっているのではないでしょうか。山田先生が言われるように,労働条件の違いに他の合理的な理由がある場合には,
(有期雇用等を)理由とする差別的取扱いではないと判断されるわけです。ただ,理由の競合とか,判断が難しい場合もありそうですね。
山田 定年後再雇用者の処遇については,賃金だけで考えるのか,それとも社会保険給付を含めて考察するのかは重要な論点です。
両角 たとえば,定年後は年金等があるから,その分だけ賃金を低くしたという場合は,9 条違反に当たらないということでしょうか。
山田 それは一般的には合理的理由になると思うんです。
両角 そうですね。一般的には,職務内容も人材活用も同じなのに賃金等に差がある場合は,雇用形態の違いを理由とするものと推認されることも多いような気もしますが,定年後再雇用の場合はちょっと事情が違いますね。
山田 9 条は差別禁止規定ですから,不合理な差別を禁止すると書いてなくとも,不利益取扱いに合理的理由があれば,差別は成立しないわけです。定年後再雇用であるという事情は,不合理禁止型規定の「その他の事情」で大きな比重を示したように,差別禁止型規定においても,その事情が合理性判断の重要な事由として考察されればいいのであって,最初から 9 条の対象から除外する必要はありません。
ところで,賃金の均衡原則を定めるパート有期法 10 条はもっと使ったほうがいい。パート法時代から,ほとんど使われないですよね。
両角 10 条は努力義務規定ですよね。
山田 努力する義務があるわけで,直ちに法的効力は導かれなくても,一つの解釈原理として機能する余地があるのではないでしょうか。やはり努力義務にとどまるということになりますか。
両角 たしかに 8 条とか 9 条の解釈・適用に当たって,10 条の趣旨を考慮するということはある
かもしれませんね。
ところで,もう一つ気になった点があるのですが,よろしいですか。
本判決は基本給の相違について不合理性を認めたということで注目されていますが,基本給の趣旨は労働の対償の中核であると言っていますよね。おそらく,そこから仕事が同じなら大幅に下がるのはおかしい,と考えたのではないかと思うのです。もちろん抽象的に言えば基本給は労働の対償ですが,実際には年功給・職務給・職能給などさまざまな考え方があり,それらを組み合わせた制度も多く,むしろ退職金・賞与と同じように複合的な性格の労働条件といえると思います。この判決は,Y における基本給や賞与の趣旨・目的に関する判断が非常にシンプルな点が気になりますが,それはおそらく,Y の賃金制度が就業規則等できちんと定められていないという本件特有の事情によるのですよね。
山田 ご指摘のように,賃金額もその都度決める方式になっていたり,就業規則の適用関係も不明確であったことから,基本給の性格も労働の対償性に収斂されたものと考えられます。したがって,本判決はあくまで事例判断と考えることができます。
両角 この点,問題となる労働条件の趣旨・目的が明確でなければ,相違が不合理と判断されやすくなることを示した判決ともいえるでしょうか。退職金や賞与については最高裁の判断が示されましたが,今後,基本給の相違について不合理性が争われた場合に,どのように判断されるのかが注目されますね。
山田 基本給は,賞与や退職金にも大きく影響するものですから。最後に,2 点ほど述べさせてください。第 1 が定年後再雇用者の賃金減少に関する差別禁止について,年齢差別という概念が問題になるのか否か,第 2 が不合理性判断の「その
他の事情」において,労契法 4 条の契約内容の理解促進,あるいはパート有期法 14 条の事業主の措置の説明のように,処遇に関する説明を果たしたかという手続き的側面が強調される必要があるのではということです。
4.偽装請負と申込みみなし制度
―ハンプテイ商会ほか 1 社事件・東京地判令 2・6・11
(労判 1233 号 26 頁)
事案と判旨事実の概要
Y1 社と Y2 社は,コンピューターのソフトウェア開発や労働者派遣事業および有料職業紹介事業を営む株式会社である。
平成 29 年 7 月 7 日,Y1 は Y2 との間で,別途締結する個別契約により Y1 が開発するソフトウェアの開発業務を Y2に委託する旨を定めた業務委託基本契約を締結した。同契約書(本件基本契約書)には,受託業務の従事者に対する一切の指揮命令はY2 が行い,Y1・Y2 間には派遣法の定める派遣先・派遣元としてのいかなる関係も存在しない旨が記載されていた。
同年 9 月中旬,Y2 代表者である A は X(SE)のことを知り,Y1 事業所において Y1 の社員である C らと共に X と面談した。同年 9 月 21 日,C は A に対し,X を開発作業者とする前提で顧客 B 社向けの業務(本件業務)を Y2 に発注する契約を締結する意向を伝えた。同日,Y2 は X との間で業務委託に関する基本契約と,本件業務の委託に係る個別契約
(本件契約)を締結した。
X は,本件契約に基づき,平成 29 年 9 月 26 日から同年 12 月 8 日まで本件業務に従事した。作業場所は秘密保持のため Y1 の事業所内のみとされ,座席も指定された。X を含む Y2 経由の開発作業者(X ら)は,Y1 社員との会議に参加し,作業の進捗状況を報告するよう求められていた。また Cらは,X らに Y1 社員が作成したスケジュール表で仕事の分担と作業予定を確認させ,作業中に発生した課題について報告させるなどした。他方,A は Y1 を介さずに X の作業時間を管理したことはなく,X の具体的な作業内容や進捗状況も把握していなかった。
B 社向けソフトウェアの納期は 11 月末であったが,本件業務は遅延し,C の判断で開発作業者が増員された。同年 12月 1 日,A は作業の遅れをカバーするために本件業務に加わり,初めて X の作業内容や進捗状況を把握した。
同年 12 月 8 日,A は,X に対し,同日をもって X との基本契約及び本件契約を解除する旨の意思表示をした(本件解除)。
平成 30 年 9 月 11 日,X の代理人 A は,Y1 代理人に対し, Y1 社は派遣法 40 条の 6 第 1 項 5 号により X に対し労働契約の申込みをしたものとみなされるところ,X は同申込みを承諾する旨の意思表示をした。
その後,X は,① Y2 に対し,本件解除は無効であるとして未払賃金等の支払いを,② Y1 に対し,上記承諾により Y1 との間に労働契約が成立したとして未払賃金の支払いを,③両者に連帯して不法行為に基づく慰謝料の支払いを求
め,提訴した(以下では,②に関する部分のみ取り上げる)。
【判旨】(請求一部認容,一部棄却)
①「Y2 社と X との契約は,形式上は業務委託契約の体裁を取っているものの,実質的には,Y2 社が X を月額 60 万円
……で雇用する労働契約であったと認められる」。「Y2 社と X との契約は,実態としては,Y2 社が X を……雇用関係の下,Y1 社の指揮命令を受けて,Y1 社のために X を労働に従事させるという労働者派遣の労働契約であったと認められる」。
②「Y1 社は,請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し,労働者派遣法 26 条 1 項各号に掲げる事項を定めず,労働者派遣の役務の提供を受ける者(同法 40 条の 6 第 1 項本文,5 号)に当たる」。
③「労働者派遣法 40 条の 6 第 1 項 5 号が,同号の成立に,派遣先(発注者)において労働者派遣法等の規定の適用を
「免れる目的」があることを要することとしたのは,同項の違反行為のうち,同項 5 号の違反に関しては,派遣先において,区分基準告示の解釈が困難である場合があり,客観的に違反行為があるというだけでは,派遣先にその責めを負わせることが公平を欠く場合があるからであると解される。そうすると,労働者派遣の役務提供を受けていること,すなわち,自らの指揮命令により役務の提供を受けていることや,労働者派遣以外の形式で契約をしていることから,派遣先において直ちに同項 5 号の「免れる目的」があることを推認す
ることはできないと考えられる。また,同項 5 号の「免れる目的」は,派遣先が法人である場合には法人の代表者,又は,法人から契約締結権限を授権されている者の認識として,これがあると認められることが必要である」。
④「C は,A を介することなく,X に対して直接,業務を依頼し報告を求めた理由について,『A から,X が Y2 社の責任者であるため,X に直接伝えてほしいと言われたからである。X は Y2 社に雇用されていると思っていた。』旨証言し
……,週に 1 ~ 4 回会議を開く等して作業の進捗状況の報告を求めた理由については,『納期が切羽詰まった状況下で,1日の遅れも致命的となってしまうため,問題が発生していないかを毎日確認する必要があった』旨証言するところ……,
(これらは)不合理とはいえない」。
「作業者に対する指揮命令と業務委託・請負における注文者の指図との区別は困難な場合があること,Y1 社は,過去に労働基準監督署ないし労働局から個別の指導を受けたこともなかったこと……を踏まえると,C において,『免れる目的』があったと認めるには無理がある」。
また,Y1 社・Y2 社間の本件基本契約書に,一切の指揮命令は Y2 社が行い,Y らの間には労働者派遣関係がない旨が記載されていることや,Y1 社及び C が業務を発注する前に, X ら外部の開発作業者との面接を常々行っていたこと等から,Y1 社代表者や C に「免れる目的」があるとまではいえない。
⑤以上から,Y1 社代表者や C において「免れる目的」が
あったとは認められないから,労働者派遣法 40 条の 6 第 1項 5 号が成立する余地はなく,X と Y1 社との間で労働契約は成立しない。
両角 それでは,次にハンプテイ商会ほか 1 社事件を取り上げます。
これは,いわゆる偽装請負について,派遣法上の申込みみなし制度( 同法 40 条の 6 第 1 項 5 号)の適用が問題となった事件です。この制度は,違法な労働者派遣を受けていた派遣先が,派遣労働者に対して契約申込みをしたとみなすことにより,派遣先による直接雇用の効果をもたらすものです。派遣法は,この制度が適用される場合を列挙していますが(同項 1 ~ 5 号),そのうち偽装請負(5 号)については「法の適用を免れる目的で」という要件を追加しています。本判決は,この要件について初めて判断した裁判例として先例的な意義があります。なお,本件では認められなかったのですが,ほぼ同じ時期に出された日本貨物検数協会(日興サービス)事件(名古屋地判令 2・7・ 20 労判 1228 号 33 頁) では,事案の違いもあり,
「法の適用を免れる目的」が認定されています。本件の事実関係は少しややこしいのですが,コ
ンピューターのソフトウェア開発を業とする Y1社と Y2 社が業務委託に関する基本契約を締結し,そこには受託業務の従事者に対する一切の指揮命令はY2 が行い,Y1・Y2 間に派遣法上の関係はない旨が記載されていました。Y1 社が顧客 A社から請け負った業務(本件業務)を Y2 社に発注するに当たり,Y2 社は本件業務に従事させる SE の一人として X に目星をつけ,Y1 社員である C と一緒に X と面談して C の了解をもらいました。そして,Y1 社と Y2 社は本件業務に関する個別契約を締結し,Y2 社は X と業務委託に関する基本契約と本件業務に関する個別契約(合わせて本件契約という)を締結したわけです。
本件業務の遂行に当たり,X の作業場所は秘密保持の関係で Y1 の事業所内に限定され,座席も指定されていました。X は Y1 社員との会議に参加し,C らに対して業務の進捗状況を報告し,Y1社員が作成したスケジュール表に従うよう求められていました。これに対して,Y2 社は,X の作業
の進捗状況や労働時間を直接把握することはありませんでした。そうしたなかで本件業務はいろいろな事情から遅延し,本件契約の締結から数カ月後に,Y2 社は X に対して契約解除の意思表示をしました。これに対して X は,Y2 社に対して解除の無効を主張するとともに,Y1 社に対しても派遣法上のみなし制により労働契約が成立したと主張し,未払賃金等の支払いを求めました。
本件にはいろいろな論点がありますが,今日は,申込みみなし制に関連する範囲に限定して取り上げたいと思います。
判旨はまず,Y1・Y2・X の関係が客観的には労働者派遣であったと認定しています。つまり業務委託の形式をとりつつ,Y1 は Y2 が雇用する Xを受け入れて指揮命令を行っていたわけで,これは客観的に偽装請負に当たりますから,派遣法 40 条の 6 第 1 項本文 5 号に該当する可能性があります。
ただし先ほど述べたように,5 号には 1 ~ 4 号とは違って「法の適用を免れる目的で」という要件が追加されています。判旨は,①この要件が追加されているのは,派遣先にとって労働者派遣と業務処理委託の区別が困難な場合があり,そのような場合に客観的に派遣法に違反しただけで派遣先に責任を負わせるのは公平を欠くためであり,②偽装請負の客観的事実から直ちに「免れる目的」を推認することはできないとしたうえ,③「法の適用を免れる目的」は,法人の代表者または法人から契約締結権限を授権されている者の認識としてあることが必要だと述べ,④本件において契約締結権限を有していたのはCであり,Cまたは Y2 代表者にそのような目的があったとは認められないとして,5 号の要件を満たさないという結論を導いています。
私は,派遣法については不勉強なのですが,上記の判断のうち③以下の部分に関してやや疑問を持ちました。
申込みみなし制度は,パナソニックプラズマディスプレイ事件の最高裁判決(最二小判平 21・ 12・18 民集 63 巻 10 号 2754 頁)において,悪質な偽装請負の事案でも,別に法的根拠がない限り,派遣法違反から派遣先との労働契約成立という私
法的効果を導くことはできないという判断が示されたことを受けて立法されたものです。この制度が違法派遣に対する民事的な制裁であることから,派遣先が善意無過失である場合には適用されないのですが(派遣法 40 条の 6 第 1 項但書),5 号はさらに「法の適用を免れる目的」という要件が追加され,ハードルが高くなっています。
この「善意無過失」という要件ですが,「派遣法違反に該当する客観的事実自体を認識しておらず,かつ,そのことに過失がない」ことを意味するのか,「(事実は認識していても)違法だという認識がなく,かつ,そのことに過失がない」ことを意味するのか,という問題があります。私が参照した派遣法のコンメンタール(鎌田耕一・諏訪康雄編『労働者派遣法』(三省堂)299 頁)は,後者の見解を採っているようです。そうすると,5 号でプラスされている要件は,違法性を認識しつつ実行するという,主観的な脱法の意図を意味するのだろうと思います。
このことを前提とすれば,たしかに判旨が言うように,偽装請負に該当する客観的事実から,直ちに「免れる目的」を推認することはできません。しかし,判旨が,脱法の意図が会社代表者や権限を有する特定の個人の認識として必要としている点については,私自身は疑問があり,派遣先企業がそのような意図を有していたことを間接事実から推認できればいいのではないかと思います。本件では,Y1 社が Y2 社と基本契約を締結したときに,X のような受託業者への指揮命令はすべて Y2 が行う,これは労働者派遣ではないとわざわざ定めておきながら,実際には Y2 社はまったく指揮命令をせず,X は Y1 社員の指揮命令を受けていたという事実が認定されているので,そこから Y1 社について「免れる目的」を推認する余地はなかったのかな,という気もします。
他方で,最初に言及した日本貨物検数協会事件と比べると,本件はX の職業はSE で,仕事の進め方について一定の拘束を受けてはいましたが裁量もあり,報酬も比較的高く,契約形式から言っても,労働契約上の労働者に当たるかが微妙なケースだったとも考えられます。このことが,全体の判断に影響しているのかもしれないとは思いま
した。ちなみに,日本貨物検数協会事件のほうは,船舶貨物の検数などに従事する労働者について約 10 年にわたって偽装請負が続いていたケースで,裁判所は「免れる目的」を認定しています。だから,それは事案の違いということで説明がつくのかもしれません。
とりあえず私からは以上ですが,山田先生,いかがでしょうか。
山田 派遣法は三者関係ということもあり,かなり複雑です。派遣法 40 条の 6 第 5 号の派遣法等の規制を免れる目的(適用潜脱目的)が問題となった事案として,本件のほかに東リ事件(神戸地判令 2・3・13 労判 1223 号 27 頁) および日本貨物検数協会(日興サービス)事件があります。東リ事件では,業務請負契約を労働者派遣契約に切り替えれば,三六協定がなくとも増産に対応が可能と誤信して行われたもので,従前の業務請負の実態を糊塗するために労働者派遣契約を締結したものとはいえないとして,偽装請負が否定されています。これに対し,ご紹介のあった日本貨物検数協会事件では,適用潜脱目的は,主観的な認識とは必ずしも同一ではなく,派遣法等による規制を回避する意図を示す客観的な事情の存在により確定されるべきとして,客観説の立場を採用しているようです(もっとも,同判決は,申込み期間を徒過したとものと判断されています)。一般的には,客観説のほうが潜脱目的を認定しやすいのかもしれません。
ところで,日本貨物検数協会事件は客観説を採用していますが,基本契約書の内容とか,C らによる日常的な指揮命令があったということから,
「免れる目的」を認めることができるということですね。
両角 そういう解釈も可能だったのではないかと思います。
山田 本判決や行政解釈では客観説を否定しているようですが,それが外部に表示されていない限り,目的とか意図というのは,客観的な行為を通してしか判断できないと思うのです。
両角 正面から否定はしていないかもしれませんが,実際に,脱法の意図を示す言動や文書がある場合以外に,どのような間接事実があれば「免
れる目的」が認定されうるのか,という問題はありますよね。本件では,基本契約書の記載にもかかわらず,実際はもっぱら Y1 の社員が指揮命令をしており,詳しい認定はされていませんが,他の Y2 経由の SE についても同様だったと思われます。そうすると,先ほどのコンメンタールで
「免れる目的」を推認しうる場合の例として挙げられている,「受入れ労働者への指揮命令が日常的に行われており,それを会社上部も認識・認容していた場合」(前掲書 297 頁)に近いような気もします。
山田 これは,脱法の意図を示す言動や指示があったケースではないわけですよね。
両角 そのような言動は認定されていません。そもそも派遣法が 1 ~ 4 号と 5 号で要件を変え ているのは,1 号から 4 号に当たる行為は,たとえば無許可業者から派遣を受けたとか,禁止業務の派遣を受けたとか,それだけで十分悪質な行為であって,派遣先が善意無過失でない限りは責任を問われるのに対して,5 号は単独では必ずしも悪質性が高くないと考えられたからだと思います。判旨は,偽装請負の認識が難しい点をその理由として述べていますが,認識可能性の問題だけならば,善意無過失の要件で対応できそうな気も
します。
山田 「免れる行為」を厳格に解するのは,両角先生が指摘されるように,5 号の悪質性が強くないことも理由でしょうが,行政解釈では,①請負と派遣の区分(区分基準告示)の解釈が困難であることから,客観的に違法だけでは「免れる」には該当しないとされています。しかし,素人ではなく,業として行われるものであり,かつ派遣が許可制とされていることの均衡からすれば,区分の解釈が困難であるという理由には疑問を感じます。まさに,第三者である労働者を使用する者の責任があるからです。さらに,Y1,Y2 社の基本契約書には,「一切の指揮命令は Y1 社が行うこと,Y1 社,Y2 社には労働者派遣関係がないこと」が記載されていました。本判決は否定していますが,この内容からむしろ区分基準公示に反していることを認識していたことの表れといえるのではないでしょうか。
1 号から 4 号は,客観的な事実で割と立証が容易だけれども,5 号の場合にはその認識がなかなか難しいということから,法を免れるという規定が入ったという理解ですよね。
両角 はい。そこを強調すると,「免れる目的」が認められるのは,たとえば労働基準監督署などから偽装請負ですよと指導を受けても続けていたような,確信犯的というか,きわめて悪質な事例に限定されるという考え方につながる可能性もありますね。
山田 本判決では,労働局や労基署から指導を受けていないことも,理由に挙げていますよね。そうすると,行政指導を受けるまでは,「免れる」意図が否定されることになりかねません。ところで,「免れる目的」と,きわめて悪質とは,違う次元の話ですよね。
両角 はい。違法と認識しつつ法規制を回避しようとする意図があったかどうかということだと思いますが,先ほど申し上げた私の疑問は,それを特定の個人,本件では C の主観的意図として要求するのはどうなのかという点です。
山田 本判決は,法人代表者あるいは契約締結権を授権された者によって判断するとしていますが,後者についてはどうでしょうか。C は,役職としては普通の社員でしょうか。
両角 役職については認定がありませんが,おそらくX が従事していたA 社向け業務(プロジェクト)の責任者のような立場にあり,Y2 社との業務委託契約を締結する権限も持っていたようです。
山田 発注権限や SE の適格性判断もしていたわけですよね。
両角 そうです。面談も C がやっています。みなし制は偽装請負の現実の行為者を罰する制度ではなく,受入先企業と労働者の間に労働契約が成立するかどうかという話なので,その要件としては,C のような現実の行為者の認識ではなく,会社として脱法の意図があったと評価できるかどうかを問題にすべきではないかと思うのです。
山田 サンクションを受けるのは企業自身であって,個人ではないわけですから,役員クラスに限定すべきですね。
両角 ところで話が変わりますが,先生は,本件では X の労働者性が微妙だったことが判断に影響を及ぼしているとお考えになりますか。
山田 これは,X と Y2 社の間に指揮命令関係があるのですよね。労働者性が認められると,結論に差が生じるということになるのでしょうか。両角 はい。Y2 と X の関係が労働契約でなけ れば,そもそも派遣法は適用されません。ですから,もしY1 としては,X がY2 の雇用する労働者だと認識すること自体が困難だったと認めうるのであれば,「免れる目的」以前に,本文但書の善
意無過失に当たる可能性もあります。
山田 本判決では,指揮監督性および時間的・場所的制約を主たる理由として労働者性が肯定されていますが,請負との差異がたしかに微妙ではありますね。ところで,この偽装請負の期間となったというのは,どのくらいの期間でしたか。
両角 Y2 と X の個別契約が数カ月で解除されたので,期間としては短いです。
山田 「回避する意図」を示す客観的な事情の存在により認定すべきとして,客観説を採用する日本貨物検数協会事件では,10 年間にわたり,労働者派遣の役務の提供を受けていたという事情が指摘されていますが,客観説によれば,実際の判断で大きいのかもしれません。
両角 そうかもしれません。ただ,脱法の意図は最初からあることが多いと思うので,偽装請負の期間の長さとは直接関係ないような気もしますが。
山田 たしかに意図は一定の時点であればよいわけですね。
両角 問題を蒸し返して恐縮ですが,「免れる目的」というのは,偽装請負に該当する客観的事実も,それが違法であることも認識しているが,やってしまおうということだとすると,それは違法性の認識とは違うのでしょうか。
山田 認識していることと「免れる目的」とが同じかどうかですよね。
両角 ええ。違法性を認識しつつ実行すればいいのか,それとも積極的に偽装したりして法規制をかいくぐろうとする意図まで必要なのでしょうか。仮にそうだとすれば,5 号に当たるのは極め
て悪質な事例に限定されますよね。
山田 本件のような 5 号事案は,1 ~ 4 号の事案に比べて違法性が薄いからだと説明されていますが,やはりサンクションとの関連で考察されるべきです。たとえば,行為者に刑事罰とか行政罰を科すなら厳格な要件でしょうけど,民事上の契約の締結のみなしですから,そんなに悪質な場合に限定することに疑問を感じます。客観的な行為形態ではなく,主観的意図の立証はきわめて困難です。
5.私傷病による失職と合理的配慮
―日東電工事件・大阪地判令 3・1・2(7 労判 1244 号 40 頁)
事案と判旨
事実の概要
平成 11 年 4 月 1 日,原告 X は,半導体関連材料および光学フィルム等の製造販売を業とする被告 Y 社との間に,期間の定めがなく,職種限定のない雇用契約(本件雇用契約)を締結して,A 事業所で就労していた。平成 26 年 5 月 3 日, X は,趣味であるオフロードバイク競技の練習中に対向車と衝突する事故(本件事故)に遭遇し,頚髄損傷,頸椎骨折の障害を負い,年休・欠勤期間を経て,同年 10 月 4 日から平成 29 年 2 月 3 日まで休職していたところ,同日 Y は,休職期間満了により,X との雇用関係が終了したとの取り扱いを行った(本件退職処理)。これに対し,X は,休職期間満了時点において,休職事由が消滅していないとして,Y に対し,雇用契約上の地位確認および賃金支払い等を請求した。
Y 就業規則には,業務外の傷病によって長期間にわたり欠勤する従業員に対して休職を命ずることがあるとされ(10条),その期間が満了したときは社員としての資格を失うものとして,雇用契約が終了する旨定められている(12 条 )。
【判旨】(棄却)
(1)労務提供の可否
「X について定められた休職期間が 2 年 4 カ月間に及ぶ長期というべきものであること(略)に徴すると,Y の休職制度は,業務外の傷病を発症した労働者に対し,Y が定めた相応の日数にわたる休職期間において,治療ないし健康状態回復の機会を付与するとともに,労務への従事等を免除しながら雇用関係を維持しつつ,解雇を猶予する趣旨の規定であると解される」。
「そして,休職事由が消滅し,休職していた労働者が復職することとなる場合,当該労働者としては,いったん免除されていた労務を提供する義務を負い,他方で,使用者は,賃金支払債務を負担する関係に復することになるのであるか
ら,Y の休職制度において,休職事由が消滅したというため
には,当該労働者が雇用契約の債務の本旨に従った履行の提供ができる状態になっていることを要すると解される」。
「以上によれば,休職期間満了時において,X は,本件事故発生当時と同様の 1 週間当たり 5 日間,あるいは,それと大きな相違がない日数(例えば,X 主張に係る 1 週間当たり 4 日間又は 4.5 日間)にわたって,現実に A 事業所に出勤する形態で労務を提供することができるとは認められない。上記認定の X の健康状態及び後遺障害の状況を前提とすると現実的な A 事業所での勤務可能日数は,X 自らが希望として表明した 1 週間当たり 1 日若しくは 2 日間程度を超えるものであったということはできず,多くともその限度にとどまると認められる」。
「以上によれば,A 事業所での勤務可能日数等の点を度外視したとしても,X は,休職前の担当業務を通常程度行うことができると解することはできない」。
(2)合理的配慮の履行
「前記認定にかかる X の業務内容,後遺障害の内容,程度,身体能力及び健康状態,X の業務内容や就労に伴う危険性(クリーンルームで就業することの危険性を含む)等を勘案すると,合理的配慮指針に例示される程度の事業主に過重な負担とならない措置をもってしては,X の業務の遂行は到底困難と解される。このことは,Y が資本金 267 億円,従業員数 5000 人を超える大企業であること(略)を考慮しても,本件の事情の下では左右されるものではない」。
「以上に認定説示したところによれば,合理的配慮の提供があれば,休職期間満了時において,X が休職前の担当業務を「通常程度」行うことができた旨の X の主張は採用できないものである」。
「よって,X が休職期間満了終了時において,X が従前の担当業務を行うことができる健康状態を回復したとは認められない」。
「以上によれば,X は,休職期間満了時において,配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供を申出ていたとは認められない」。
(3)退職処理
「Y は,X からの復職の申出がなされて以降,X の意向や後遺障害の状態,身体能力,健康状態等を確認し,復職可能な選択肢を検討した上で,X と協議するなどしていたところ,最終的に X が A 事業所での従前の業務への復帰に固執していたことにより,Y において休職事由は消滅していないと判断され,本件退職処理がされるに至ったこと,X の後遺障害の状態,身体能力,健康状態に照らすと,事業主に過重な負担とならない措置をもってしては X の業務の遂行は到底困難と解される事は既に認定説示したとおりであり,Y において,改正障害者雇用促進法 36 条所定の「講じなければならない措置」をとっていないといえないから,Y が本件退職処理をしたことにつき民法 709 条の違法性があるということはできない」。
山田 次は,私傷病休職期間満了による失職と合理的配慮が争点となった,日東電工事件を取り上げます。最近では,精神障害としての私傷病失職をめぐる裁判例が多いのですが,本件は身体障がいの事案というのが特徴です。本件は,障害者雇用促進法が規定する合理的配慮についても一定程度判断された事案としても注目されます。
本件では,復職過程の一連の交渉において,Xが Y による合理的配慮を求めて,自ら復職条件を提出したというのが特徴ですが,結局約 2 年半の休職期間満了をもって退職扱いされました。本件の争点は,第 1 が,休職期間満了時点で休職事由が消滅していたか,第 2 が,Y による本件退職処理および交渉過程において違法性があったのか,第 3 が,Y が合理的配慮を尽くしたかです。 Y の就業規則には,業務外の傷病によって長期にわたり欠勤する者に対して休職を命じることがあり,期間が満了したときは社員の資格を失うと規定されていました。
本判決は,第 1 の論点については,休職事由が消滅しているか否かの判断において,債務の本旨に従った労務提供が可能であることが求められるところ,従前の職務を十全に履行できなくとも,他の配転可能な業務の提供を申し出ている場合には,債務の本旨に従った労務提供といえると判断した著名な片山組事件最高裁判決(最一小判平 10・4・9 労判 736 号 15 頁)が引用されています。
この点に関して,本判決は,X が上述のように下肢・上肢に重い障害を有しているところ,X が復職できるための条件である「休職事由の消滅」とは,休業前の担当業務を A 事業所において通常程度(1 週 4 ~ 5 日を通常の労働時間で就労すること)行えることであるところ,X は週 1 ~ 2 日の勤務のみが可能であり,通常程度の業務であるクリーンルーム内での業務遂行は困難と認定しました。さらに本判決は,X が A 事業所における業務についてのみ労務提供を申し出ていたこと,休職期間満了時において配置転換等を前提とした他の業務についての申し出をしていたとは認められず,休職期間満了時に休職事由が消滅していたとはいえないと判断しました。ここでは,Yは,Xから復職申出後,Xの意向や後遺障害の状態,身
体能力,健康状態等を確認し,復職可能な選択肢を検討したうえで,Xと協議などしていたところ,最終的にXが,A 事業所での従前の業務への復職に固執したことにより,Yにおいて休職事由は消滅していないと本判決は判断しています。
第 2 の論点については,復帰交渉に代理人弁護士の同席を認めなかったことも含めて,Y による雇用終了までの交渉手続・態様は相当なものであったこと,第 3 の論点については,X が求める配慮措置は Y のような大企業にとっても,「過度の負担」を強いるものであり,Y は十分な配慮を行ったとして,X の請求をすべて否定しました。
本判決の評価ですが,X の後遺症に関する評価によっては,結論がやむを得ないと考える半面, Y は復職条件として,従前の業務に週 5 日フルタイムで労務提供することにこだわっている印象がぬぐえません。障害の程度が高度であればあるほど,従前の業務をそのまま履行することが困難なことは明らかであるからです。
本判決では,片山組事件最高裁判決が挙げられているのですけれども,職種変更や転勤の可能性はなかったのか問題になりますし,いきなり復職前の業務にフルタイムで復帰できるかというオールオアナッシング的な復職条件だけでなく,まずは軽易な業務に従事し,その仕事ぶりをみながら業務範囲の変更を検討するという長期的な施策があり得なかったのかが問題となるのではないでしょうか。
それから,第 2,第 3 の論点とも関係するのですが,Xが在宅勤務は第一だけれども,勤務形態・勤務地等は相談に応じるというかたちでメールをしているのに対して,Y担当者はXと面談して,従前の事業所への復帰が前提で,在宅勤務や裁量労働制の適用ができないこと,休職前の業務が不可能であれば,雇用契約終了の可能性があると述べています。このような Y の対応がどのように評価されるかも問題となります。
本件では肢体不自由ということですから,障害者雇用促進法の「合理的配慮指針」を見ると,職場内の移動確保,机の高さ調節による作業可能化,スロープ・手すり等設置,出退勤時間,休憩・休職,通院への配慮,在宅・フレックスタイ
ム,長時間・夜間作業の回避,自家用車通勤といった障害者が勤務可能となる条件について配慮することを求めているのですけれども,これが,果たして本件ではYはこういった検討をしていたのかどうかが問題になります。繰り返しますが,これはあくまで本人の障害の状況との関連を否定できません。X の業務が生産技術開発業務(粘着塗工スタートロス削減横展開)であったということですが,具体的な業務内容はよくわからないのですが。
それで,この会社は 5000 人の大企業で,A 事業所には 2000 人が配置されているなかで,かつ職種限定がないということですから,他業務に配転可能性がなかったのかが検討されて然るべきではなかったのか,また,Y との交渉が行き詰っており,かつひとりで会社と交渉することの困難さを考慮すれば,代理人の同席を認める配慮が必要ではなかったのではという疑問も生じるところです。
しかし判決は,X の労働条件提示に対して,就労に不可欠な要求事項と見るのが合理的であり,それをのむかどうか文書で答えてくださいというのは,事後の労働条件を自分で限定したのだと判断しています。たしかに「のむのか」という文言は二者択一的な響きがありますが,この条件で検討してくれという意味にとることも可能でしょう。復職の要件としての「治癒」とは,従前の職務を通常の程度行える健康状態に復したときとする平仙レース事件浦和地裁判決(浦和地判昭 40・ 12・16 判時 438 号 56 頁)の考え方が通例です。
東海旅客鉄道事件(大阪地判平 11・10・4 労判 771 号 25 頁)においても,従前の業務遂行が困難な場合,他の業務も履行困難であるか否かを,企業規模,従業員配置,異動の可能性,職務分担変更の可能性を検討すべきであり,重量物取扱いや複数人員の配置,工具等の搬出搬入は他の者が担当する現行業務に変更を加えるといった配慮をすることを,障害者雇用促進法以前の裁判例で示されています。障害者雇用促進法指針では,障害者の要求が無理であると即断せず,現実可能なものを検討して,不可能な場合はその理由を説明することを,指針は求めているわけですが,こういっ
た説明がされたのかどうか,Xの申入れをXの最終回答として,駄目な理由も示さなかった場合には,配慮義務に抵触する可能性も出てきます。合理的配慮については,手続面からも問題になります。
両角 そうしますと,山田先生は,この判決の結論には反対ですか。
山田 本判決には,いくつかの疑問が残ります。X の仕事内容の内容・難易性,おそらく高度のものであったことは確かなのでしょうが,それが理系素人の私には読み取れません。同様に,Xの障害状況である下肢完全麻痺,上肢不完全麻痺という後遺症の程度ですね。車椅子での作業がまったくだめなのか,同僚等の介助があれば稼働可能であるのか等が,よくわかりません。配転措置や他の合理的配慮をしても Y での就労は不可能となれば,これは退職扱いが許されるのではないかと思います。また代理人との交渉に応じなかったことや,X の提案をどの程度検討して,それが不可能であることの説明を交渉過程の中できちんと説明したのかが問われそうな事案です。
両角 本件は,X に重度の身体障害があり,障害者雇用促進法上の合理的配慮の要請も関わってくるわけですが,仮に合理的配慮が足りなかったとすると,復職の判断にどう影響するのでしょうか。
山田 一応,理論的には,復職の問題と合理的配慮の履行というのは別の話でしょうね。合理的配慮を欠けば不法行為の問題にはなるでしょうけど,合理的配慮をしなかったから,復職が認められて退職扱いの効力が否定されると解するのは難しいでしょう。もっとも,キヤノンソフト情報システム事件大阪地裁判決(大阪地判平 20・1・25労判 960 号 49 頁)では,退職扱いを定めた就業規則を限定的に解釈して,軽減業務の提供等の配慮をすることなく,職種非限定の従業員を退職扱いにしたことは,就業規則の退職扱いの要件を充足しないとして,その効力が否定されています。これは,配慮義務の履行と雇用終了との関係を肯定するものです。
障害者雇用の合理的な配慮を欠いたから直ちに,自動失職(退職)の効力が否定される訳では
ないと思います。
両角 おっしゃるように,障害者雇用促進法上の合理的配慮をしたか否かは,休職事由の消滅に関する判断とは一応別の問題だと思います。ただ,原告側は,復職の判断に当たり,使用者が合理的配慮することを前提として,従前の業務をXが遂行することができるか否かを判断すべきだと主張しています。これまでの裁判例でも,復職後にしばらく負担を軽減すれば従前どおり業務を遂行できそうな場合等は,使用者はその配慮をすべきだということで,休職事由が消滅したと判断されていますが,原告の主張は,それをさらに進めて,障害者雇用促進法上の合理的配慮をすれば職務遂行が可能である場合は,復職を認めるべきだというものです。判旨は正面から判断を示さずに原告の主張を退けていますが,合理的配慮の要請をこのような形で復職の判断基準に読み込むことについて,山田先生はどのようにお考えですか。山田 障害者雇用促進法が配慮義務を同法「指 針」に規定したことが,片山組事件最高裁判決をはじめとする裁判例が形成してきた退職回避義務にどのように影響したかという問題に帰結すると考えます。同「指針」の内容は,従来の退職回避配慮義務の具体的内容を形成するものですが,同法「指針」に抵触する退職取扱いの効力が否定されるという意味での,私法的効力が認められるものではなく,一種の「行為準則」としての機能を果たすものではないでしょうか。その意味で,同法指針の配慮義務は,復職に関する要件の判断基準を,ただちに大きく変えるものではないと考え
られます。
それから,従来の裁判例を前提とすれば,合理的配慮の提供があれば,休職前の担当業務を通常程度こなすことができるという X の主張には主張があるのではないでしょうか。
両角 その点は私も気になっていて,本判決は,労働者による労務提供の申出に関する判断が厳しすぎるのではないかと思いました。つまり,私傷病で休職した労働者が復職を申し出たときに,本人の希望を聞くことは大切ですが,後遺症等があっても原職に戻りたいと答える人は多いのではないかと思うのです。別の仕事はどうかと聞
かれても,できれば元の仕事に戻りたいと。そのやりとりから,労働者が従前の職務以外の職務について労務提供の申出をしていないと評価すべきではないように思います。X は最終的に会社が原職復帰を認めるか否かを問う文書を提出していますが,そこに至る経緯を考慮すると,それ以外の仕事はやらないという趣旨ではなかったようにも思えます。
そもそも復職の可否は労働契約の終了に関わる問題であり,休職規定に基づく自然退職の要件該当性については,解雇規制の潜脱にならないような解釈が求められます。そして,労働契約に職種限定がない場合は,使用者は労働者の職務や勤務場所を決定・変更する権利を有するのですから,基本的には労働者が限定なく労務提供を申し出ていることを前提に,従前の職務への復帰が難しい場合は,他に配置可能な業務があるかどうかを検討し,具体的に労働者に提示すべきではないかと思います。もちろん,労働者が原職以外の業務をあらかじめ明確に拒否している場合は別ですが,本件はそういうケースではないのではないでしょうか。
ただ,本判決の結論に反対ではありません。事実関係がよくわからないところもありますが,Xの障害の程度からすると,Y 社には X が遂行できる業務はなかった可能性が高いと思います。
山田 やはり後遺症の状態によりますね。
両角 やりとりの中で,X は「B 事業所は難しい」「特例子会社はちょっと」みたいなことを言っていますが,会社が現実的に可能な復職先として明確に提示したものを拒否したわけではないと思うのです。
山田 以前の職場に復帰できるのがベストだけれど,特例子会社や B 事業所については,どのような就労状況になるのか等が十分に説明されなければ,ハイ行きますよということにはなりません。特例子会社を提示されて,それは困りますという話だけで終わっていて,その必要性とか,ほかの可能性はここしかないんだけどとか,そういう説明が十分になされたか不明です。それから,休職事由の消滅に関しても,本判決は,X から配置転換等を前提とした労務提供の申立てがなかっ
たとしていますが,X は,平成 28 年 9 月 20 日の面談で A 事業所にはこだわらないと発言しています。
本判決は,X のほうが拒否してきたというような捉え方をしていますよね。
両角 はい。本件では X が遂行できる業務がなく,提示するべき復職先がなかったのかもしれませんけれども。
山田 本当に,障害の程度・内容がわからないので。
両角 でも,本件は先ほど言及された東海旅客鉄道事件のケースと比較しても,かなり重度の身体障害があったケースで,時間をおくと改善するものでもなさそうですよね。
山田 その可能性は大きいのかもしれません,
両角 その意味では,一時的な傷病とは事情が違いますね。
山田 重度障害であれば,その状況を X にきちっと説明すべきであり,重度障害を認識しながら Y が以前の職場で従来通りの職種・労働時間で復帰することにこだわっています。
両角 ところで,復職の可否以外にも,X は,退職に関する処理や交渉過程について,会社が障害者雇用促進法上の合理的配慮をしなかったことが不法行為に当たるという主張もしていますが,判旨は会社が法の求める合理的配慮をしなかったとはいえないと述べています。この点について,山田先生はどうお考えでしょうか。
山田 X は不安で心細い状態におかれている訳ですね。この状態で,個人が企業と交渉することのしんどさを裁判所は理解すべきですね。代理人をつけて交渉したいという要望も拒否され,休職以前の職種において,就業規則通りの労働時間で就労することに固執した Y の発言も,本判決は問題ないとしているようです。X は,在宅勤務が難しければ,裁量労働制を希望すると述べたのに対し,Y は,裁量労働は育児介護休業の目的で設定されたとものとして,X の希望を拒否していますが,障害者の利用を拒否する理由とは言えません。あるいは,暫定的に軽易な就労をさせる試験的就労や,徐々に高度な就労に移行する段階的勤務等も検討されるべきであったとも考えられま
す。以上からすれば,Y の交渉過程における言動に問題はなかったのでしょうか。
労働者にはいろいろな意見を聞いているんですけど,Y のほうから代替案というのは出ていない印象です。
両角 たしかにそうですね。他方で,事実認定を読むと,会社の担当者も X に対してどういうふうに話を進めたらいいのか,言いあぐねている状況が伝わってくるような気がします。初めの方のやり取りでお互いの意思疎通が上手くいかず,だんだん硬直的になっていったという印象を受けます。労働者にとっても,会社にとっても,難しい場面ですよね。
山田 本当に,本件のように,重度の身体障害をもつ労働者の職場復帰をどうするかというのは,難しい問題だと思います。
6.劇団員の労働者性
―エアースタジオ事件・東京高判令 2・9・3(労判 1236
号 35 頁)
事案と判旨
事実の概要
X は平成 20 年 12 月頃,Y 社が運営する A 劇団に仮入団し,同 21 年 8 月 3 日,同劇団と入団契約を締結した。入団契約書には「乙は劇団の業務(会場整理,セット仕込み・バラシ,衣装,小道具,ケータリング,イベント等)に積極的且自主性を持って参加する」「Z は劇団および Y 社より受けた仕事は最優先で遂行する」旨の記載があった。
A 劇団は年間 90 回に上る公演を行っており,毎年末までに年間スケジュールを決定した後,各公演の数カ月前に稽古日程等を決定し,出演者は劇団の指定する場所で稽古を行っていた。公演の裏方作業は A 劇団員が分担して行い,人手が足りないときは有償で外部に依頼していた。なお劇団員は公演への出演を断ることができ,断っても不利益を受けることはなかった。
X は A 劇団員として小道具課に所属し,公演で用いられる小道具の準備・搬入・リスト作り等を行うほか,大道具
(公演のセットの入替え),音響照明などの裏方作業に従事した。Y は X に対して,平成 25 年 4 月以降,月額 6 万円を支払っていた。なお,公演に出演した劇団員には,チケットの売り上げ枚数等に応じて,1 公演当たり 2 万円程度が現金で支払われていた(チケットバック)。
X は平成 28 年に A 劇団を退団した後,Y に対して未払賃
金(最低賃金法および労基法 37 条に基づく賃金の未払分)
の支払いを求めて労働審判を申し立て,X に 200 万円を支払うよう命じる審判がされたが,Y が異議を申し立て,本件訴訟に移行した。原審(東京地判令元・9・4 労判 1236 号 52頁)は,公演への出演は任意であり労務の提供とは言えないが,裏方作業について X は労基法上の労働者に当たるとし, X の請求を一部認容した。これに対してXY の双方が控訴した。
【判旨】(控訴一部認容)
(ここでは労働者性に関する部分のみを取り上げる)
①「A 劇団において X が従事した業務は多様なものであるところ,X と Y が労働者と使用者の関係にあったか否かは,……X が,劇団における各業務について,諾否の自由を有していたか,その業務を行うに際し時間的,場所的な拘束があったか,労務を提供したことに対する対価が支払われていたかなどの諸点から個別具体的に検討すべきである」。
②「A 劇団は,年末には,翌年の公演の年間スケジュールを組み……年間約 90 本の公演を行っていたこと,本件入団契約においては,X は,A 劇団の会場整理,セットの仕込み・バラシ,衣裳,小道具,ケータリング,イベント等の業務〔以下,裏方作業〕……に積極的に参加することとされ,実際に……劇団員らは,各裏方作業について「課」又は
「部」なるものに所属して,多数の公演に滞りが生じないよう……業務を行っていたこと,X を含む男性劇団員らは,公演のセット入替え(バラシ及び仕込み)の際,22 時頃から翌日 15 時頃までの間,可能な限りセットの入替えに参加することとされ……X も相当な回数のセットの入替えに参加していたこと,音響照明は,劇団において各劇団員らが年間 4回程度担当するよう割り振りが決定され,割り当てられた劇団員らは,割当日に都合がつかない場合には交代できる者を確保し,割り当てられた公演の稽古と本番それぞれに音響照明の担当者として参加していたことなどが認められ,これらの点を考慮すると,X が,大道具に関する業務や音響照明の業務について,担当しないことを選択する諾否の自由はなく,業務を行うに際しては,時間的,場所的な拘束があったものというべきである」。
「また,X は,劇団員の D とともに小道具課に所属し……どの公演の小道具を担当するか割り振りを決め,別の公演への出演等で差支えのない限り,日々各公演の小道具を担当していた事実が認められるところ,公演本数が年間約 90 回と多数であって,X が,年間を通じて小道具を全く担当しないとか,一月に一公演のみ担当するというようなことが許される状況にあったとは認められないことなどからすると,Xが,本件劇団が行う公演の小道具を担当するか否かについて諾否の自由を有していたとはいえない。また,小道具は,公演の稽古や本番の日程に合わせて準備をし,演出担当者の指示にしたがって小道具を準備,変更することも求められていたことなどからすると,X は,A 劇団の指揮命令にしたがって小道具の業務を遂行していたものというべきである」。
「A 劇団は,裏方業務に相当な時間を割くことが予定され
ている劇団員らに対し,裏方業務に対する対価として,月額 6 万円を支給していたものと評価するのが相当である」。
③「確かに,X は,本件劇団の公演への出演を断ることはできるし,断ったことによる不利益が生じるといった事情は窺われない……。しかしながら,劇団員は事前に出演希望を提出することができるものの,まず出演者は外部の役者から決まっていき,残った配役について出演を検討することになり……,かつ劇団員らは公演への出演を希望して劇団員となっているのであり,これを断ることは通常考え難く,仮に断ることがあったとしても,それは Y の他の業務へ従事するためであって,……劇団員らは……Y の指示には事実上従わざるを得なかったのであるから,諾否の自由があったとはいえない。また,劇団員らは……他の劇団の公演に出演することなども可能とはされていたものの,少なくとも X については,裏方業務に追われ……他の劇団の公演に出演することはもちろん……アルバイトすらできない状況にあり,しかも外部の仕事を受ける場合は必ず副座長に相談することとされていたものである。その上,勤務時間及び場所や公演についてはすべて Y が決定しており,Y の指示にしたがって業務に従事することとされていたことなどの事情も踏まえると,公演への出演,演出及び稽古についても,Y の指揮命令に服する業務であったものと認めるのが相当である」。
両角 それでは,最後にエアースタジオ事件を取り上げます。本判決は,劇団員について労基法上の労働者性を初めて認めた高裁判決として注目されます。
本件の原告 X は,Y の運営する劇団と入団契約を締結し,公演への出演と稽古,大道具・小道具などの裏方作業に従事していました。本件の特徴として,X は主に裏方作業に従事しており,裏方作業に忙殺されてアルバイトもできない状態であったと認定されています。Y は途中からX に月額 6 万を支払っていましたが,X は退団後に,最低賃金法と労基法 37 条に基づき未払賃金の支払いを求めて労働審判を申立て,民事訴訟に移行したのが本件です。一審判決は,裏方作業についてXの労働者性を認めましたが,公演出演・稽古に関しては労働者性を否定したのに対して,控訴審である本判決は公演出演等についても労働者性を肯定しました。
本件で問題となった劇団員,そのほかミュージシャン,アーティストなどの芸能関係者については,一般に,経済的安定を求めず自分の夢を追求する人々というイメージがあり,稽古や公演に出
るのは自己実現,裏方作業も夢の実現に向けた修行や下積みと見られる傾向があります。しかし,言うまでもなく,夢を追求しているからといって法的に労働者性が否定されることはなく,客観的な就労状況に着目して,個別具体的に判断する必要があります。本件の場合は,実態を見ると Xは俳優よりスタッフに近く,年 90 回を超える公演スケジュールに従って裏方作業に従事することを余儀なくされており,使用従属性を認めやすい事例だったといえます。
したがって判決の結論には異論ありませんが,判断枠組みについては疑問があります。本判決は,X が劇団で多様な業務に従事していたことから,各業務について個別に労働者性を判断すべきと述べています。一審判決も同じ考え方に基づいて,裏方については労働者,公演については労働者ではないと判断したわけです。
たしかに,同じ契約当事者間に複数の異なる役務提供契約(たとえば労働契約と請負契約)が締結されていると解釈すべき場合もありうるかもしれません。しかし本件ではそのような解釈は必要なく,XY 間の法律関係は労働契約と考えるべきだと思います。なぜなら,X はほとんどの時間を裏方作業に従事していたわけですし,劇団員が公演に出演するには裏方作業を担当することが不可欠とされていて,両者は密接に関連していたと言えるからです。したがって,本件では,X の主たる業務である裏方作業に着目して労働者性を認めたうえで,仮に公演への出演がXの任意に委ねられているなら(この点は高裁判決では否定されていますが),その分は労基法上の労働時間に当たらないと判断すればよかったのではないかと思いま
す。
それから,本件とは少し離れますが,広い意味での芸能関係者の労働者性をどう判断すべきか,という一般的な問題もあります。芸能関係者には,個性や芸術性を評価されて高額な報酬を得ているような,明らかに労働者という類型になじまない人たちがいる一方で,X のように低劣な条件の下で労務を提供している人も多いと考えられます。
後者については,労働法の保護を及ぼす必要性
が高いようにも思えるのですが,仕事の性質上,判例の基準に当てはめると労働者性が認められにくい傾向があります。特に,判例は,労働基準法研究会報告(1986)などを踏まえ,業務遂行に関する指示や場所的・時間的拘束について,業務の性質から当然に必要とされるものと,使用従属性を根拠づける指揮命令とを区別する立場をとっています。そうすると,公演や撮影の日程に合わせて業務に従事する場合,時間的・場所的な拘束が強く,監督やプロデューサー等の指示を受ける立場にあっても,業務の性質上必要なものと位置づけられやすいように思います。
これらの芸能関係者に対して,雇用類似の働き方とか,別のルートで保護を及ぼすことも考えられるかもしれませんが,労働者性の判断基準を少し工夫することも考えていいような気がしています。
山田 一般に大きな劇団でない限り,舞台出演のほか,裏方,売店販売など,何でもやらされるのが通例でしょう。Y の劇団の規模はわかりませんが,以上の実地を考察すれば,原審のように,裏方と舞台出演とで契約類型を分けるのは疑問です。たしかに多様な就労形態が広がるなかで,単純に一つの契約類型に押し込めないこともあるでしょうが,本件ではその必要はないと考えます。劇団の性格上,主役クラスでない限り,公演に参加していない時間には裏方作業に従事するのが通例であるからです。
労基法の労働者性の判断について,基本的には従来の使用従属性と報酬労務対価性という基準にしたがって労働者性を肯定した本判決は支持されます。本判決では,劇団員という性格から,とりわけ諾否の自由の有無,時間的・場所的拘束性,指揮命令関係の存否および報酬の対価性に注目されているのが特徴と考えられます。
ところで,X が支給されていた月額 6 万円の報酬が裏方業務への対価と認定されています。労働者性の認定に当たって,報酬の性質そのものが問題になるけれども,その金額は問題となりません。たとえば,プロ野球のレギュラークラスと 2軍選手,それから俳優などでも主役級の人と大部屋所属・エキストラとでは報酬額が大きく異なる
わけですから,スポーツとか芸能などについては,労働者性の判断についても,対価の金額を考慮要素にするかが問題となります。労基法では,5年の有期労働契約の締結(同法 14 条)や高度プロフェッショナル制度(同法 41 条の 2)において, 1075 万円という数字が問題とされることはありますが。
それから,いわゆるアイドルの恋愛禁止違反をめぐる損害賠償請求事件がいくつか出ています。損害賠償を認めたものと,もう一つは,違約金や損害賠償予約を禁止する労基法 16 条の準用が問題となった事案で,労働契約かどうかは判断せずに,アイドルの出演契約を雇用類似の契約だとして,労基法 16 条を準用したケースもあります。ちなみに,恋愛感情は人としての重要な本質の一つであり,その感情の具体的表れとしての異性との交際,さらには当該異性と性的な関係を持つことは,自分の人生を自分らしくより豊かに生きるための大切な自己決定権そのものであり,異性との合意に基づく交際を妨げられないという自由は幸福追求権の一内容を示すものと判断されています。
本判決は,両角先生がご指摘されるように,労働者性の境界にある劇団員の労働者性を真正面から認めた判決と評価されるところです。また,労基法上の労働者にストレートに該当しなくとも,労働法規を類推適用していくというようなやり方もありえます。
たとえばイギリスでは,被用者(employee)に該当しない自営業者(self-employed)にも,差別禁止,個人情報保護,内部告発,安全衛生等の規定が適用されています。また日本でもタレントの無契約や事務所からの独立問題に対して,事務所の優越的地位に対する公正取引委員会の介入も話題になっています。
プラットフォームエコノミーの下での労働は,少なくとも従来の使用従属関係の理解だけでは困難となっているのかもしれませんし,劇団員やスポーツ選手等についても同様です。
両角 そうですね。たしかに,大学教員や SEのように裁量性がかなり高いけれども労働者に当たるとされている人がいる一方で,現実には相当
拘束されているのに非労働者とされる人達がいるのは事実です。先生がおっしゃるように,労働者性の判断基準が働き方の多様化に対応できていないという問題はあると思います。
ただ,今おっしゃった部分的な類推適用という方法は,労働契約法などについては可能だと思いますが,本件で問題となっている最賃法や労基法 37 条は難しいのではないですか。
山田 おっしゃる通りです。たとえば解約等の契約解釈に関わる場合と,本件の割増賃金のよう労基法が創設した制度では異なってくるでしょうね。
両角 本件は,芸能関係者と言ってもスタッフに近く,担当業務を割り振られ,劇団の決めたスケジュールに従って行う立場にあったので,判例の基準でも労働者性を認めやすいケースだと思います。これに対して,主役を演じるような俳優ではないけれど,所属する劇団の公演にかなり出演し,それ以外の時間は裏方をやっているようなケースを考えるとどうでしょうか。
山田 結構きついと思います。そうすると,俳優・タレントについては,諾否の自由の有無が個別労働関係法における労働者性の判断において大きな役割を果たしているといえるのかもしれません。
集団芸術としての演劇や映画における使用従属関係の捉え方でしょうね。カンヌ映画祭でグランプリを取った映画の撮影カメラマンが労災保険法上の労働者に該当するかが争点となった新宿労働基準監督署長(映画撮影技師)事件(東京高判平 14・7・11 労判 832 号 13 頁)が有名です。同事件では,時間的・場所的拘束について,集合芸術としての映画芸術の特殊性と見るのか,あくまで指揮命令関係と把握するのか,あるいは撮影についても,カメラマンが自己のセンスと裁量で撮影するのか,最終責任者である監督の指揮命令により撮影するかにより,労働者性判断に差異が生じました。これはカメラマンの事例ですが,劇団員にも共通する問題ではないでしょうか。俳優の演技などが,指揮命令かというと,やっぱり自己の才覚や演技力で実現する性格を否定できませんので,通常の指揮命令とは違う面があります。
両角 その事件ではカメラマンの労働者性が認められたのですよね。
山田 同じ労働者性の基準を用いながら,一審では労働者性が否定されていますが,高裁では認められています。それくらい労働者性の判断基準は微妙です。労基法の労働者概念では指揮命令というのは盤石のものになっていますけど,指揮命令だけの判断でいいのか。
両角 私は,当該業務の性質から必要とされる指示・拘束と,使用従属性を根拠づける指示・拘束を区別するという考え方について,区別しないと労働者の範囲が広がりすぎるという理屈はわかるのですが,今一つ腑に落ちない感じがぬぐえません。
山田 私もよく理解できていませんが,二分すること自体に,価値評価が入ってしまっている気がします。映画撮影という特殊性から,一定の時間に特定の場所に集合して拘束されることは,当該業務の性質から必要とされるもので,労働者性を基礎づける指揮命令とは異なるとする新宿労基署長事件の一審判決と共通する考え方に共通するものでしょうか。
両角 それもわからないではないのですが,映画の撮影だから拘束される場合でも,他人が決めた方法やスケジュールに拘束される点は同じですよね。個人的には,新宿労基署長事件の高裁判決はかなり説得的だと思っているのです。
それから,先生が先ほど指摘されたのは,指揮命令の判断方法よりもスケールが大きい話で,そもそも指揮命令を中心に労働者性を考えること自体が問題ではないかということですよね。
山田 就労形態の多様化に伴い,裁量性が強い働き方や,夢実現型就労が増加してくると,従来の伝統的な指揮命令関係とは異なる概念というか,指揮命令関係自体の多様さが認識されることが必要ではないかということです。
両角 この間,女優の片桐はいりさんのエッセイ(『わたしのマトカ』幻冬舎文庫)を読んでいたら,フィンランドでは,俳優を含む芸術家に対して国が一定の所得を保障していて,失業保険も支給されると書いてありました。こういう制度があれば苦労して労働者性を認める必要はないでしょ
うが,日本の状況を見ると,もう少し考えてもいいかもしれませんね。
山田 もう一つの方向は,現在の労働者概念を維持しながら,その就労実態に応じて,雇用類似の契約締結者への保護を拡大することです。
これから,最賃とか労災などで問題になると思いますけどね。自分でスマホ等を見ながら,注文があるところに行くような形態は,指揮命令と言えるかどうかというと,結構難しいですよね。
ですから,指揮命令自体の多様化に応じた労働者概念というのを考える必要があるのだと思います。
ちなみに,明治の旧民法では,「角力,音曲師,俳優と座元興業者(プロダクション)との雇用契約」と規定されていました。
両角 明治時代は,芸能関係者に対する支配が
もっと強かったのでしょうか。もっとも当時は,雇用契約だとしても現在のような労働法の保護があったわけではないですけれど。
山田 相撲取り,音曲師そして俳優,これは主に役者を意味しているでしょうから,現在の俳優とはイメージが違うのでしょうね。旧民法が雇用契約としているのは,相撲も含めて当時の代表的芸能が列挙されているんでしょうね。最近では,フリーランサー,ギグエコノミー従事者や一定の自営業者についても,部分的であれ,労働法法規の適用を及ぼしていくことも必要だと思います。ちなみに,1965 年 5 月,「東映俳優クラブ組合」
(代表中村錦之助)は京都地労委から労組法の労働組合と認められました。現在では,日本俳優連合
(理事長西田敏行)が 1963 年に設立されていますが,中小企業等協同組合法上の協同組合としての
法的地位が与えられているようです。コロナによる俳優の休業補償を求める動きがあったのも,記憶に新しいところです。
このように,従来の典型的な指揮命令関係とはいえないけれど,やはり法的保護が必要なケースが増えている訳です。今回の劇団員もそうですが,自己の才覚で働くような就労形態では,指揮命令関係は弱くなります。たとえば,最近では,事業者性が強いワーカーズ・コレクティブの組合員が労基法上の労働者に該当しないと判断されていますが,労働者類似の契約として立法的解決を図るか,それとも労働者概念を拡大するのかは議論が必要です。
両角 一度根本に戻って,工場労働者や会社員の指揮命令関係を標準とする労働者概念が,今後もこのままでいいのかを考えないといけないということですね。
山田 その通りですね。たとえば労組法 3 条の労働者性の判断基準である事業組織への組み入れが労基法でも参照されるかの検討も必要かもしれません。
今回も長時間にわたりありがとうございました。
両角 こちらこそ,大変勉強になりました。ありがとうございました。
(2021 年 7 月 27 日 東京にて)
やまだ・しょうぞう 中央大学名誉教授。主著に「わが国雇用平等法理の総括とその再検討」(新田秀樹他編『現代雇用社会における自由と平等─ 24 のアンソロジー〔山田省三先生古稀記念〕』(信山社,2019 年))など。
もろずみ・みちよ 慶應義塾大学法科大学院教授。主著に『リーガルクエスト労働法(第 4 版)』〔共著〕(有斐閣, 2020 年)など。