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損害保険契約における 団体保険に関する一考察
──税理士職業賠償責任保険を中心として──
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1.本稿の目的
損害保険契約の中には,個人が保険契約者兼被保険者となり保険者と保険契約を締結する個人保険と,特定の団体が保険契約者となり,その団体の構成員等を被保険者として保険者と保険契約を締結する団体保険とがある。団体保険契約においては,保険者との間の契約は一つであるが,複数の被保険者が保険保護の対象となる特色を有する。
これまで,団体保険契約については,団体生命保険契約及び団体傷害保 険契約における被保険者同意の問題として,判例学説および立法論として,その法的問題について議論がなされてきたところである1)。
ところで,日本医師会医師賠償責任保険,税理士職業賠償責任保険,弁護士職業賠償責任保険等の専門家賠償責任保険や,法科大学院生教育研究賠償責任保険といった保険は,いずれも団体保険契約である。その法的性質は,他人のためにする責任保険契約となるが2),保険契約者である特定の団体(例えば,日本医師会,税理士会連合会,日本弁護士連合会,(財)日本国際教育支援協会)が,保険者との間で締結した保険契約の内容等について,すなわち,保険約款や特別契約条項に,被保険者が拘束力を受けることになるのか,その拘束力の法的根拠はどこにあるのかについて,従来必ずしも,団体保険の特色や,実務実態を考慮した議論がなされてきた
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とは思われない。また,団体保険契約の特色を考慮して法的問題について妥当な判断が下されたものか,議論を要すべき問題も顕在化している。
本稿は,専門家賠償責任保険でもある税理士職業賠償責任保険における免責条項の解釈が争われた最二小判平成15年7月18日民集57巻7号838頁3)を題材として,損害保険契約としての団体保険としての特色を明らかにし,その特色を前提とした,妥当な解釈とはいかなるものかを検討することを目的とするものである。
2.最二小判平成15年7月18日の概要
(1) 事実の概要
税理士であるX(原告,控訴人,上告人)は,平成7年7月27日,日本税理士会連合会を保険契約者,Y損害保険株式会社(被告,被控訴人,被上告人)外1社を保険者4),Xを被保険者とする税理士職業賠償責任保険に加入した(以下,この保険に係る契約を「本件保険契約」という。)。本件保険契約は,以後毎年更新された。Y社は,本件保険契約の幹事会社として,保険金の支払その他の対外的保険業務を担当している。
Xは,訴外有限会社A(以下「A社」という。)から委任を受け,平成
8年11月期及び平成9年11月期の各課税期間について,同社の消費税(地 方消費税を含む。以下同じ。)の申告(以下「本件申告」という。)に係る 手続を行った。ところで,A社は,消費税法(平成13年法律第6号による 改正前のもの)37条1項の規定の適用を受ける旨を記載した届出書(簡易 課税制度選択適用届出書)を既に提出していたので,本件申告に当たって は,上記各課税期間の初日の前日までに同条2項に規定する届出書(簡易 課税制度選択不適用届出書。以下「不適用届出書」という。)を提出しな い限り,同条に定める簡易課税制度による申告をしなければならなかった。ところが,Xは,この不適用届出書の提出を怠ったまま,簡易課税制度に よらない課税方式(以下「一般の課税方式」という。)で消費税額を算定
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し,これに基づき本件申告の手続を行った。 A社の上記各課税期間の消費税については,一般の課税方式によって算
定された消費税額の方が,簡易課税制度が適用されるものとして算定された税額よりも低額であったため,本件申告を受けた税務署長は,A社に対し,本件申告に係る消費税額を簡易課税制度を適用して算定された額とする旨の増額の更正をした。
A社は,上告人の上記行為により,更正により増額された消費税額相当額等の損害を被ったとして,上告人に対し,損害賠償を請求した。
A社は,Xの上記行為により,更正により増額された消費税額相当額等の損害を被ったとして,Xに対し,損害賠償を請求した。
税理士職業賠償責任保険は,被保険者である税理士が,税理士としての業務の遂行に当たり,職業上相当な注意をしなかったことに基づき提起された損害賠償請求について,法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する旨の保険である。本件保険契約に適用される税理士職業賠償責任保険適用約款の「2.税理士特約条項」の5条2項には,「当会社は,納税申告書を法定申告期限までに提出せず,または納付すべき税額を期限内に納付せず,もしくはその額が過少であった場合において,修正申告,更正または決定により納付すべきこととなる本税(累積増差税額を含みます。)等の本来納付すべき税額の全部もしくは一部に相当する金額につき,被保険者が被害者に対して行う支払(名目のいかんを問いません。)については,これをてん補しません。」という条項(以下「特約条項」という。)があった。
Xは簡易課税制度選択適用届出書が提出されていたことの調査を怠り,不適用届出書の提出を怠ったために,A社に損害を与えたものであり,その損害は本件保険契約によりてん補されるべきであると主張し,XがY社に対し,更正額と申告額の差額に相当する保険金等の支払を求めて訴えを提起した。
第1審(東京地判平成11年9月13日民集57巻7号885頁,金判1097号13
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頁)は,文理解釈上免責条項の適用を肯定し,さらにXの主張を採用する と,過少申告等の違法な行為を誘発し,ひいては申告納税制度の根幹を危 うくするとして,Xの請求を棄却した。原審(東京高判平成12年7月19日 民集57巻7号888頁,金判1097号9頁)は,① 税理士が依頼者のために過 少申告等を行ったところ,後にこれが発覚し,本来納付すべき税額と過少 申告等に基づき納付した税額との差額の納付を命じられ,税理士が納付額 相当額の損害賠償をした場合に,税理士がその損害賠償額について損害を 被ったものとして保険によるてん補を認めると,過少申告等が発覚した場 合でもそれが発覚しない場合と同様の経済的利益を受けることとなり,過 少申告等の違法な行為を助長するおそれがある,② 免責条項は,そのよ うな違法行為を防止するため,形式的に過少申告があった場合には,その 原因となった税理士の過失の内容等を問うことなく,一律に,更正により 納付すべきこととなる本税等に相当する額について,保険によりてん補し ないとする規定であると解される,③ 本件においては,不適用届出書が 所定の期限までに提出されなかったことにより,本件申告時には簡易課税 制度によるべきことが確定していたから,形式的に過少申告があった場合 に該当し,特約条項が適用される,として,Xの控訴を棄却した。そこで, Xが上告したのが本件である。
(2) 判 旨
「本件は,……消費税につき,税理士が,所定の期限までに不適用届出書の提出を怠ったことにより,依頼者に有利な一般の課税方式の適用を受けることができなくなり,簡易課税制度が適用されて算定された税額が確定することとなったため,この税額と一般の課税方式が適用されるものとして算定された税額との差額が依頼者に生じた損害であるとして,依頼者からその賠償の請求を受けた事案である。このように,税理士の賠償すべき損害が不適用届出書の提出を怠ったという税理士の税制選択上の過誤により生じたものであるときには,依頼者に有利な一般の課税方式が適用さ
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れないことにより,形式的にみて過少申告があったとしても,特約条項の適用はないと解すべきである。このように解しても,不正な過少申告等にかかわった税理士が申告に係る税額と本来納付すべき税額との差額を依頼者に賠償し,その賠償に係る損害を税理士職業賠償責任保険によりてん補されることによって生じ得る納税申告に係る不正の助長を防止しようとする特約条項の趣旨,目的に反するものではない。
そうすると,本件に特約条項が適用されるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くす必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。」
3.団体保険としての税理士職業賠償責任保険の特色
(1) 保険契約関係者
税理士職業賠償責任保険(以下,「税賠保険」と略する)は,税理士が,日本国内で行なった税理士業務により業務を委嘱した顧客等に財産上の損害を与えた場合に,税理士が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補するものである。この保険は,日本税理士会連合会を保険契約者,同連合会会員である税理士を被保険者(但し,加入単位は,税理士事務所となっており,任意加入である),東京海上日動火災保険株式会社(以下,「東京海上日動」と略する)及び株式会社損害保険ジャパン
(以下,「損害保険ジャパン」と略する)を幹事会社とする複数の損害保険会社が保険者となる団体保険である。当該保険契約は東京海上日動と損害保険ジャパンとがそれぞれ幹事会社として,日本を東西に分け保険金の支払その他の対外的保険業務を担当し,損害保険ジャパンが東日本を,東京海上日動が西日本の幹事会社を務めている。
この保険に適用される約款は,他の専門職業賠償責任保険と同様に,基本約款として賠償責任保険普通保険約款(以下,「普通約款」と略する)
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があり,その特約条項として税理士特約条項(以下,「税賠特約」と略する)がある。普通約款と税賠特約との関係については,同特約14条において,「この特約条項に規定しない事項については,この特約条項に反しない限り,普通約款の規定を適用します」と規定されている。
(2) 法的特色,加入団体群の特色及び保険料算定方法
先述の通り,税賠保険契約の当事者は,東京海上日動,損害保険ジャパン及びその他複数の保険会社が保険者となり,当該保険の引受責任を負う一方当事者であり,他方,保険契約者である当事者は,日本税理士会連合会である。そして,税賠保険は日本税理士連合会会員である税理士を被保険者とする団体保険であり,その法的性質は,他人のためにする責任保険である。
被保険者が,日本税理士会連合会会員である税理士(但し,事務所単位 で加入し,当該事務所の履行補助者も含まれる)に限定されており,一種 の税理士の相互扶助的な側面を有するとも考えることができる。そのこと は,任意自動車保険のように,個々の被保険者の過去の事故歴によって保 険料の割引がなされているのと異なり,被保険者全体での過去の保険事故 発生率を基に保険料の割引等がなされていることからも理解できるわけで ある。すなわち,個々の被保険者において過去に事故を起こしていたとし ても,そのことを理由に,当該個人の保険料が高くなる仕組みとはなって おらず,加入単位となる税理士事務所に所属する税理士・職員数,填補額 の範囲によって保険料が決められているに過ぎないことからも理解できる。別の言い方をすれば,税賠保険金の給付を受けたリピーターであっても, そのことをもって保険料が増額されることにはなっておらず,税賠保険加 入の税理士全体が,相互に危険を負担していると考えることもできるわけ である5)。
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(3) 税賠特約5条2項の設定趣旨
税賠特約5条2項を含む免責条項に関して,「国税庁の見解(昭和53年)として,加算税・延滞税は,日本税制の根幹である申告納税制度を確保する役割を果たしており,このようなペナルティー的性質を有するものについて,これを損害として把握し保険によりてん補することは,税務行政上問題があると指摘された。そこで,免責事由のなかでこれらの見解をも配意している。」と説明されている6)。
税賠保険開発においては,保険会社,保険契約者である日本税理士会連合会国税庁,及び監督官庁とのそれぞれの協議に基づきなされている。ということは,免責事由の内容についても,税務行政上問題とならないような内容であることが必要となる。また開発の経緯から考えれば,少なくとも保険契約者となる日本税理士会連合会は,填補範囲や,免責範囲についても,保険者との協議において十分に認識をした上で,契約内容を決定したと考えるのが合理的であろう。
団体生命保険契約においては,個々の被保険者に対しても告知義務を課し危険選択がなされる場合もある。他方,税賠保険契約の場合には,個々の被保険者に対して告知義務は課されていない。保険者は,日本税理士会連合会が提出する被保険者名簿に記載された者について,危険負担しなければならないこととされている。すなわち,保険者の危険選択の余地はないことになる。そのため,税賠保険の財政状況の健全性を確保する必要性も制度維持として重要な観点となる。後述するように,このような観点なしに,個人契約の場合と同様な解釈で,免責条項を捉える学説及び判例の立場には疑問がある。
4.約款の拘束力
団体保険契約において,保険契約者は特定の団体となるが,当該団体を 介して被保険者の加入の斡旋がなされるのが通常となっている。この場合,
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被保険者が当該団体保険に適用される保険約款に拘束力を受ける理由はどこにあるのかが問題となる。
保険約款の拘束力に関し,当事者当方が,特に保険約款によらない旨の 意思を表示しないで契約を締結したときは,反証のない限り,その約款に よる意思をもって契約をしたものと解されている7)。学説では,保険取引 については,保険約款によるということを内容とする商慣習又は商慣習法 が成立していることを根拠に当事者双方に保険約款の拘束力を肯定する見 解や,契約締結までに,契約内容の重要な部分について開示をした上で, それに従って加入をしたのであれば,契約当事者双方が保険約款の内容に 拘束されるなどの見解も唱えられている8)。これらいずれの見解を採用す るにせよ,保険者及び保険契約者である日本税理士会連合会は,税賠保険 に適用される約款内容を理解した上で,税賠保険契約を締結しているので,契約当事者が約款に拘束されることには疑問を差し挟む余地はない。
それでは,被保険者についてはどうか。税賠保険は,税理士がその業務を行うために加入を義務づけられている税理士会及びその会員である税理士に対する指導,連絡及び監督に関する事務等を行う日本税理士会連合会が,税理士の地位の向上を目指し,保険会社,国税庁,及び大蔵省と折衝を重ねて開発されたものである。税賠保険の加入に関しては,被保険者となる税理士に対してもパンフレット等で,その補償内容や免責事由についても説明がなされており,従来,特に,免責事由の範囲が著しく広いということは一般的に認識されている事項である9)。このような実体から考えても,約款の拘束力は,被保険者にも当然に及ぶことになり,そのことから不都合が生じることはないものと考える。
もっとも私見に対しては以下の反論が考えられる。すなわち,保険料の実質負担者は被保険者である。その被保険者である税理士の意思を反映することも必要ではないか。確かに,被保険者は実質的に保険料を出捐している。そのことから考えれば,被保険者の意思も反映して約款条項の内容を解釈することも必要であると考えられなくもない。しかし,保険契約者
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である日本税理士会連合会は,ある側面で言えば,その会員である税理士の利益を守るべき団体でもある。xxxな団体が,会員である税理士全体の利益を配慮し,税理士の社会的地位の向上を目指して開発したものが税賠保険制度である。税賠保険契約の内容が税理士の意思を反映していないとして約款の拘束力を否定する見解は日本税理士会連合会の役割を無視した考えであり妥当性を欠く。また,先述の通り,税賠保険は個々の被保険者に対して告知を義務付けておらず,保険者の危険選択は実質的に無いに等しい。そのことから,税賠保険制度の財政の健全性を考慮して填補範囲に制限が加えられている。税賠保険制度開発当初から填補範囲として含まれていないものを,被保険者の意思を反映していないとして容易に免責条項の適用を否定することは税賠保険制度の財政状況の健全性を害し,かえって税理士全体の利益を害することになる。これが果たして妥当な解釈だろうか。さらに,繰り返しになるが,税賠保険の仕組みは,パンフレット等で事前に被保険者は知ることができ,かつ専門的な知識を有する税理士ならば理解できるはずである。日本税理士会連合会の役割,税理士の事業者としての専門性,及び団体保険による税理士の相互扶助な制度から派生する税理士の利益享受等を考えれば,約款の拘束力は被保険者にも及ぶものと考えるのが妥当である。
5.最二小判平成15年7月18日の先例としての意義
前掲・最二小判平成15年7月18日は,税賠特約5条2項の設定趣旨を
「不正な過少申告等にかかわった税理士が申告に係る税額と本来納付すべき税額との差額を依頼者に賠償し,その賠償に係る損害を税理士職業賠償責任保険によりてん補されることによって生じ得る納税申告に係る不正の助長を防止しようとする」ことにあると解する。そして,その免責条項の設定趣旨から,税理士の賠償すべき損害が不適用届出書の提出を怠ったという税理士の税制選択上の過誤により生じたものであるときには,不正助
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長はないと判断し,免責条項の適用を否定した事案と解されている10)。 しかし,この最高裁の考え方は,税賠保険の法的性質や,保険契約者で
ある日本税理士会連合会と被保険者である税理士との関係等を一切検討することなく下された判決であり,その妥当性には疑問がある。すなわち,税賠保険は,税理士がその業務を行うために加入を義務づけられている税理士会及びその会員である税理士に対する指導,連絡及び監督に関する事務等を行う日本税理士会連合会(税理士法49条の 6・49条の13参照)と保険者との協議で契約内容等を審議しており,保険事故発生の際の支払についても日本税理士会連合会・弁護士・保険会社従業員で構成される調査委員会で審議した上で,学識経験者で構成される保険事故審査会に諮問されることとなっている11)。
既述の通り,税賠保険契約の法的性質は,他人のための責任保険契約で,約款の内容については,被保険者である税理士もその拘束力を受けること になる。当該免責条項の内容に付き,先に示したように,保険契約者であ る日本税理士会連合会は,故意又は重過失に関係なく,免責条項5条2項 に該当すれば,一律に免責の対象となることを理解した上で,税賠保険に 加入をしている。また,このように填補範囲が極めて狭いということは, 被保険者である税理士も十分に認識をした上で,従来,保険加入がなされ,それを基に保険料率が決定されてきたものである。
このような特殊性を有する専門家責任保険の特色を考慮に入れた場合,必ずしも絶対的な免責が不合理であるとまでは言えない12)。
仮に,不正な意図がない場合や,被保険者の軽過失しかない場合には, 税賠特約5条2項の適用を排除することになると,一般の保険と異なり, 税賠保険は,被保険者が税理士(当該事務所における履行補助者を含む) に制限されている(すなわち,被保険者集団が限定されている)ことから,保険料の高額を招き,税賠保険を維持することが困難となる13)。すなわち,逆選択を招き,有能な税理士が税賠保険の加入を取り止め,税理士の相互 扶助的な性質と,税理士の社会的地位の向上を目指すために開発された税
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賠保険の役割が機能しなくなる。
さらに,税賠特約5条2項は,税賠保険によって,徴税行政の支障となるような事態の発生防止,納税者間のxx性の確保といった国民経済全体の利益を図ることを目的としたものであり,被保険者の主観的な意図,因果関係に関係なく,一律に免責を認めるものである。この考え方に対しては,税賠保険自体にそのような目的を課すのではなく,租税措置法によって達成すべき目的であるとする見解がある14)。しかし,租税措置法によっても十分に,徴税行政のxx性が確保できているとは必ずしも言えない状況下において,税賠保険があることによって,徴税行政の支障を来すことは,社会的にも問題である。公益的な特色を有する保険事業からいっても許されることではない。
先例とされている最高裁判決においては,税賠保険の上述の特色について当事者間で主張立証がなされているわけではなく,先例としても重要性を持つものとは思われない。加えて,最高裁判決について,それを肯定する理論を検討するが,必ずしもその妥当性が明確ではないことを示す見解も示されているところである15)。
6.新約款と最二小判平成15年7月18日との関係
最高裁判決後,税賠特約5条2項は次の通り,改訂がなされている。すなわち,「当会社は,次の各号に掲げる本税(累積増差額を含みます。)等の全部または一部に相当する金額につき,被保険者が被害者に対して行う支払(名目のいかんを問いません。)については,被保険者もしくは納税者(法人である場合はその使用者も含みます。)の不正行為の目的の有無,または被保険者の税制選択上の過失の有無もしくはその他の過失の有無を問わず,これをてん補しません。」として,被保険者の主観的な意図,因果関係に関係なく,一律に免責となる旨の明確な規定が設けられた。
この新約款についても前掲・最二小判平成15年7月18日の射程が及ぶの
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かが問題となる。前掲・最二小判平成15年7月18日は,① 特約条項の有効性を肯定した上で適用範囲を制限したものか,又は ② 税制選択の過誤による過少申告の場合の免責を含む特約条項を一部無効としたものか,明確ではない16)。税賠特約5条2項の文言上明らかに免責に該当する事案なのに当該条項の文言を大幅に修正・無視した結論を出したものであれば,前掲・最二小判平成15年7月18日は,約款条項を一部無効としたものと解し,新約款にも当該判例法理の射程が及ぶことになる17)。しかし,前掲・最二小判平成15年7月18日はそのような事案ではないと考えられるので,約款条項の有効性を前提として考えれば,新約款に判例法理の射程は及ばないと考えるべきであろう18)。
新約款がこのように改めることについては,保険契約者である日本税理士会連合会とも協議の上でなされていたと思われる。旧約款の合理性については既に説明したとおりである。私見では,新約款は旧約款規定の曖昧さを是正したものに過ぎず,契約自由の原則に従い填補範囲の明確化を図ったに過ぎないものと考える。従って,前掲・最二小判平成15年7月18日での判例法理は,新約款には及ばないと考える。
7.結 び
以上,税理士職業賠償責任保険を中心として,損害保険契約における団体保険の特色について検討を加えた。事業者である税理士を被保険者とする税賠保険においては,一般消費者を対象とする家計保険とは異なり,契約自由の原則が尊重されるべき側面が強いと考える19)。また被保険者集団が税務業務を行う専門家集団に限定されていることから,税務行政の障害とならないこと,税賠保険制度の財政状況の健全性確保,税賠保険制度における保険者と保険契約者である日本税理士会連合会の役割,団体保険契約としての特色等を総合的に考えたならば,最二小判平成15年7月18日で示された考えには合理性がないものと考える20)。近時,専門家の責任が問
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われる事件が社会的にも注目を浴びているが,この責任を填補する制度と して保険制度の重要性は益々高くなると思われる。これらの専門職賠償責 任保険が,団体保険といった個人保険とは異なる特色を有する点について,その制度設計も含めて,更にきめ細かい解釈論及び立法論が展開されるこ とが必要となるであろう。
〔追記〕 本稿は,(財)学術振興xxxx2005年度研究プロジェクト助成事業における研究成果の一部である。
1) 団体生命保険における被保険者同意の問題については,xxxx「他人の生命の保険契約」xxxxx編『新版生命保険の法律問題』(金判1135号)66頁以下(経済法令研究会, 2002年),xxxx「他人の生命の保険契約」xxx・xxx編『新・裁判実務大系19保険関係訴訟法』231頁以下(青林書院,2005年)等を参照。団体保険契約では,他人の生命の保険契約における被保険者同意の問題以外にも,損害保険契約の分野においても理論的に検討を要する法的問題がある。例えば,ホテル,遊園地等の場屋営業者が,施設賠償責任保険に入場者包括特約を付けた場合,被保険者は入場者となるが,個別具体的に入場者を特定することは困難であり,被保険者同意を個別に求めることも事実上不可能である。そのことから,包括的な同意を得て対応することが必要とならざるを得ないことになる。実務上,重要な問題であるが,本稿では検討の対象とはしない。
2) 団体保険においては,保険契約者自体が実質上も保険料を負担する場合と,被保険者が実質的に拠出した保険料を,保険契約者が一括して保険者に支払を行う場合もある。後者の場合においても,これを他人のためにする損害保険と捉えるかにつき疑問がないわけではない。しかし,現行法体系の枠組みから考えれば,他人のための損害保険と考えることになる。
3) 本件については,拙稿「判批」判時1867号201頁~204頁〔判評549号39頁~42頁〕(2004年)において検討を加えているが,私見が十分に述べられておらず,読み方によれば誤解を与える箇所もある。そこで,再度,本稿において検討をすることとした。ただ,前稿と重複する内容があるが,この点予めお断り申し上げる。拙稿以外に,本件を検討する先行研究としては,xxxx「本件判批」ジュリ1269号114頁(2004年),xxxx「判批」法協122巻7号1282頁以下(2005年),xxx「判批」民事法情報209号79頁以下(2004年),xxxx「判批」税務事例37巻5号54頁以下(2005年),xxxx「税理士賠償責任保険と免責条項第2項の適用について」xxx教授退官記念論文集『変革期における税法の諸問題』所収306頁以下(大学教育出版,2004年),xxxx「判批」私法リマ30号98頁以下
(2005年),xxx「税理士の専門家責任と税理士職業賠償責任保険」xx学院大学紀要
(経営・経済・社会学編)2号1頁以下(2004年),xxxx「事例にみる税理士の専門家責任」税理事例35巻12号56頁以下(2003年),xxxx「税理士賠償責任・賠償責任保険をめぐる最近の裁判例」税理46巻14号2頁以下(2003年),xxxx「判批」民商130巻6
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号1153頁以下(2004年)等がある。
4) 最高裁判決で記載されている事実に従って説明しているが,後述しているように,税賠保険は,Y社及びA社を幹事会社として他の損害保険会社複数を含めた共同引受形態を採っているので,実際には,この2社のみが税賠保険を引き受けているわけではない。
5) このような特色は,例えば,日本医師会A会員を被保険者とする日本医師会医師賠償責任保険においても同様であり,リピーターによる損害を他の善良な会員が費用負担しているといった問題を生じている。xxxx「税務専門家の責任・リスクへの対応策」税大論叢47号491頁-492頁(2005年)では,税賠保険制度改革の方向性につき,強制加入を前提としてリピーター問題に関し,過年度分の保険金支払実績に基づいた保険料決定システム導入を提言される。保険技術的な問題もあり,詳細な検討が必要であろう。
6) xxx「税理士賠償責任保険」xxxx・xxxx編『専門家責任の理論と実際』368頁(新日本法規,1994年)
7) 大判大正4年12月24日民録21輯2182頁,最一小判昭和45年12月24日民集24巻13号2187頁等。
8) xxxx『保険法』111頁~112頁(有斐閣,2005年)参照。
9) xxxx「税理士賠償責任保険の免責条項」xxxx先生古稀記念論文集『損害賠償法と責任保険の理論と実務』346頁(信山社,2005年),xx・前掲484頁参照。
10) xx・前掲論文306頁。
11) xxxx『専門家責任保険の理論と実務』70頁(信山社,2002年)参照。
12) xxxx 「税理士職業賠償責任保険適用約款における免責条項の意義」xxxx・xxxx先生古稀記念『現代企業・金融法の課題(下)』598頁(信山社,2001年),xx・前掲(注9)343頁以下参照。
13) xx・前掲488頁では,最高裁判決の射程範囲が明らかでないことから,特約条項の適用が否定される範囲如何によっては,既に極めて厳しい税賠保険制度の財政状況がさらに悪化することを指摘されている。
14) xxxx「判批」上智法学45巻1号132頁(2003年)。
15) xx・前掲1292頁以下参照。
16) xx・前掲1294頁。
17) xx・前掲1294頁。
18) xx・前掲1294頁。
19) xx・前掲(注9)343頁参照。
20) xx・前掲(注9)343頁~346頁参照。