原告:X(消費者)被告:Y(事業者)
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国民生活センター 消費者判例情報評価委員会
タレントレッスン受講契約が特定継続的役務提供契約に該当するとして、クーリング・オフにより全額の返金を命じた事例
原告:X(消費者)被告:Y(事業者)
( 東京地方裁判所令和 4 年 3 月7 日判決 LEX/DB)
いま
とから、未だにクーリング・オフ期間は経過していないとして消費者のクーリング・オフ行使を有効と認め、全額の返金を命じた事例。
おり、消費者が受領していた契約書面の記載内容が特定商取引法に違反しているこ
タレントのレッスン受講契約を締結した消費者が、特定商取引法48条1項に基づき契約解除 ( クーリング・オフ ) し、あるいは予備的に契約の解除による返金を認めない旨の契約条項が消費者契約法9条1号(当時、現行法9条1項1号)及び10条に反し無効であると主張し、支払済みの入学金と受講料の返還を求めた事案で、当事者双方が本件契約が特定商取引法に定める特定継続的役務提供契約に該当することを認めて
事案の概要
なら
Xは、個人である。Yは、芸能プロダクションの経営及びエキストラの募集並びに各種学校・教室の生徒募集及び生徒管理等を目的とする事業者である。
せりふ
Xは、2019年4月上旬、Yとの間で、以下の約定で、Xが○○座においてオーディションに向けたレッスン(特定継続的役務提供である芸能及び演技等に関する専門的な用語、台詞等に係る語学の教授〔特定商取引に関する法律(以下、特商法)41条1項1号、特定商取引に関する法律施行令12条、同別表第四の三〕を含む。)を受講することを内容とする契約(以下、本件受講契約)を締結し、Yに対し、入学金及び受講料の合計48万円を支払った。
契約内容の概要は以下のとおりである。
(1)レッスン期間 2019年4月から2020年4月まで
(2)入学金26万円、受講料22万円
(全150コマ受講可能)
Xは、本件受講契約の締結に際し、Yから、「○
○座レッスン申込書兼契約書」(以下、本件契約書)及びレッスンに関する規則が記載された書 面(以下、「本件規則」といい、本件契約書と併せ て「本件交付書面」という)の交付を受けている。これらの各書面には、次のとおりの記載がある。
ア 本件契約書の「クーリングオフ制度の適用」に関する記述内容
「当社の受講生は、クーリングオフ制度による契約解除の権利があります。」
いかん
「本書面を受領した日を含む8日以内であれば、理由の如何に関らず、無条件に申込みの撤回及び契約解除ができます。その場合、一切の損害賠償や契約金の支払をすることなく、金額が返金されます。」
「クーリングオフは、書面及び電話連絡で行う事ができ、解約するという旨とその他法律の定める必要事項を記入の上、当社までお送りください。クーリングオフの効力は、書面を発信した時(郵便消印日付)から生じます。また、事業者が
虚偽の発言やクーリングオフの妨害を行い、手続きを行えない場 は期間が経過していても、クーリングオフが可能になります。」
イ 本件規則の返金に関する記述内容
第9条(返金)
「いかなる理由で本契約を途中で解除・解約した場であっても、入学金は一切返還しないこととします。」
第21条(解約規定)
「解約に際して入学金及び受講料、諸費用の返金
ただ
はありません。但し、諸事情がある特別な場 は、誠意ある双方の 意のうえ、速やかに手続きを行うものとする。」
Xは、本件受講契約に基づくレッスンを一度も受講することなく、2019年6月中旬到達の書面により、Yに対し、本件受講契約を解除するとの意思表示(以下、本件解除)をし、支払済みの入学金及び受講料の返還を催告した。
ところが、Xがクーリングオフの通知をしたにもかかわらず、Y は一切返金しようとしなかった。
そこで、XはYに対して支払済みの入学金及び受講料の 計48万円の返金を求めて本件訴訟を提起した。クーリングオフの通知に加えて、Xは、2020年2月中旬送達の本件訴状により、Yに対し、本件受講契約を取り消すとの意思表示をした。
本件訴訟における主な争点は、本件交付書面
(契約書及び規則)の交付をもって特商法42条
2項の書面の交付があったといえるか、であった。
理由(裁判所の判断)
本件判決は、下記のように判断してXのクーリング・オフの行使を有効と認め、Yに支払済みの入学金と受講料の全額を返還すべき旨を命じた。
本件受講契約が特定継続的役務提供等契約
(特商法41条、42条)に当たることは当事者間に争いがなく、これを認めることができる。したがって、Yは、特商法42条2項により、本件受講契約の締結に際し、遅滞なく、クーリングオフ
(特商法48条1項)及び中途解約権(特商法49条1項)等の権利の内容を含む本件受講契約の内容を明らかにする書面をXに交付しなければならず、特商法48条1項、7項によりXが上記書面を受領した日から8日を経過するまでは、Xは無条件で本件契約の解除(クーリングオフ)をして、支払済みの金員全額の返還を求めることができることになる。
そこで、本件受講契約の締結につき、本件交付書面の交付をもって特商法42条2項の書面の交付があったといえるかについて検討する。
本件契約書には、クーリングオフに関する記載が存在するものの、同書面と同時にXに交付された本件規則には、本件受講契約の解除に関し、いかなる理由で本件受講契約を途中で解除・解約した場であっても、入学金は一切返還しない旨(本件規則9条)、解約に関して入学金及び受講料、諸費用の返金がない旨(同21条)の記載が存在し、他に、本件交付書面中に中途解約権
すべ
(特商法49条1項)に関する記載は見当たらない。そうすると、本件交付書面の記載内容からは、Xが特商法49条1項により中途解約権を行使することができ、その場 に、同条2項により YのXに対する違約金等の請求が制限される旨を理解することは困難であり、かえって、本件規則9条及び21条の規定を併せて読むと、解除によっても未受講分の受講料を含む支払済みの全ての金員が返還されないかのような誤解を招くおそれのある内容であるといわざるを得ない。このことからすれば、本件交付書面の交付をもって特商法42条2項の書面の交付があったということはできない。
以上を前提とすると、特商法48条1項に定め
る期間が本件解除時までに経過したとは認められないから、本件解除は、同条項による解除
(クーリングオフ)としての効力を有することになる。よって、Yは、Xに対し、特商法48条1項に基づく本件解除に基づき、受領済みの入学金及び受講料の計48万円の返還義務及びこれに対する同解除の日の翌日である2019年6月中旬から支払済みまで民法所定の年5分の割 による遅延損害金の支払義務を負う。
解説
近年では、街頭でのスカウトを装った勧誘だけでなく、インターネットによるオーディションの募集などを見た消 者が、自分からオーディションなどに申し込み、タレント・モデル・アイドル・声優などのオーディションの後に
「オーディションには選ばれなかったものの才能があるので惜しい」などの甘言を用いるといった勧誘をされた結果、高額なタレントやモデルなどの養成講座の契約を締結してしまうというトラブルが増加している。
この種の事案では、事業者は都市部に集中しているため、オーディションのために地方から東京や大阪などの都市部にやってきて被害にあうケースもある。被害は10歳代、20歳代の若者に多く、若者の夢に付け込む悪質性を持つケースがあることから、国民生活センターでは注意を呼びかけている*1ほか、政府広報などでも注意喚起がされている*2。
タレント等養成講座は、特定商取引法施行令では特定継続的役務提供として指定されておらず、同法の規制は及ばない。タレント等の養成講座の中には、アポイントメントセールスによるものが見受けられ、こうしたケースであれば、訪問販売としての規制が及ぶため、クーリング・オ
フができる可能性がある。例えば、事業者が電話でオーディションの日時などを指定して呼び出したケースなどは、これに当たる。
しかし、消 者がインターネット広告を見て、ウェブ上でオーディションに申し込むという方法で、ウェブでのやり取りだけでオーディションに出向いたというケースでは、特定顧客の誘引方法を定めた政令(特商法施行規則)1条1号の呼び出す手段が「電話、郵便、民間事業者によ
る信書の送達に関する法律第二条第六項に規定
も
する一般信書便事業者若しくは同条第九項に規定する特定信書便事業者による同条第二項に規定する信書便(以下「信書便」という。)、電報、ファクシミリ装置を用いて送信する方法若しくは法第四条第二項に規定する電磁的方法(以下
「電磁的方法」という。)により、若しくはビラ若しくはパンフレットを配布し若しくは拡声器で住居の外から呼び掛けることにより、又は住居を訪問して」と限定列挙されており、ウェブサイトは含まれていないため、訪問販売の特定顧客に該当せず、クーリング・オフ制度の適用はないというのが、現状である。
本件は、契約に至る経過は訴訟においては主張されていないため、どのような経過で契約を締結するに至ったかは不明である。タレント養成講座等は、アポイントメントセールスによるものもあり、その場は特定顧客取引としての訪問販売としてクーリング・オフの適用があるため、どのように呼び出されたのかなど取引経過についても丁寧に事実関係を把握することが大切である。
一般的なタレント等の養成講座の事案では、講座の具体的内容は示されていないことが多いため、受講してみて講座の内容が期待していたものとは異なる(不十分な内容で納得できない
*1 国民生活センター「タレント・モデル契約のトラブルにご注意!」xxxxx://xxx.xxxxxxx.xx.xx/xxxxxx_xxx/xxxx/xx_xxxxxxx.xxxx
*2 政府広報オンライン「タレント・モデル契約のトラブルにご注意を! 契約前に「確認」「相談」「冷静な判断」を」
xxxxx://xxx.xxx-xxxxxx.xx.xx/xxxxxx/xxxxxxx/000000/0.xxxx
など)ことから紛争に発展することが少なくない。本件の事案では、受講契約の講座内容が事業者により示されており、講座の内容に「芸能及び演技等に関する専門的な用語、台詞等に係る語学の教授」が含まれていた点が特徴的であり、ポイントになっている。この点から、判決において
「オーディションに向けたレッスン(特定継続的役務提供である「芸能及び演技等に関する専門的な用語、台詞等に係る語学の教授」〔特定商取引に関する法律41条1項1号、特定商取引に関する法律施行令12条、同別表第四の三〕を含む。)を受講することを内容とする契約(以下「本件受講契約」という。)を締結し」たものと認定したわけである。
特定商取引法施行令12条、同別表第四の三では、「三 語学の教授(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校、同法第百二十四条に規定する専修学校若しくは同法第xx十四条第一項に規定する各種学校の入学者を選抜するための学力試験に備えるため又は同法第一条に規定する学校(大学を除く。)における教育の補習のための学力の教授に該当するものを除く。)」と定めており、「語学の教授」の対象となる語学は外国語に限定されていない。そこで、レッスン受講契約における「芸能及び演技等に関する専門的な用語、台詞等に係る語学の教授」が、政令で指定する語学の教授教室に該当するとしたわけである。この点について、Yも争わなかったようである。
タレント等養成講座の受講契約では、契約で
定められた講座の内容には定型的なものがあるわけではなく、事業者によって多種多様というのが実情である。したがって、可能な限り契約内容である講座の具体的な内容を把握することに努めることが事案の処理のうえでは大切であるといえよう。講座の中に特定継続的役務提供として指定されている役務が含まれている場 には、全体として一体の契約であることから、契約
全体を特定継続的役務提供として特定商取引法の規制を受けるものとして処理することができることとなる。本件判決は、この点が1つのポイントとなっている。
近年多発している、タレント等養成講座受講契約に関する消生活相談への対応や、紛争事例を処理するうえでの考え方の一例を示したものとして参考になる。
参考判例①は、芸能人養成スクールの学則中の契約解除の際には学納金を一切返還しないとする条項が消 者契約法9条1項1号に反するとして、適格消 者団体が差し止めを求めたのに対して一部認容した事例、参考判例②は、その控訴審判決である。②については事業者の上告は棄却され、確定している。
参考判例
①東京地方裁判所令和3年6月10日判決
(『判例時報』2513号24ページ)
②東京高等裁判所令和5年4月18日判決
(消 者機構日本ウェブサイト)
(本稿では、判決文からの引用部分において
「クーリングオフ」の表記とした)