2) 金判1327号10頁, 金法1882号82頁, 判タ1317号72頁。 判批, 足立格・ NBL 916号4頁 (2009年), 浅井弘章・金判1327号1頁 (同), 渡邉雅之・ NBL 918号49頁 (同), 山下友信・金法1889号12頁 (2010年), 上山一知・金法1889号21頁 (同), 甘利公人・石ℝ満編 『保険判例2010』 264頁 (保険毎日新聞社・同) (保毎2010年2月10日号4頁所収), 山本哲生・金判1336号240頁 (同),...
神戸学院法学第42巻第 3・4 号 (2013年3月)
生命保険契約の無催告失効条項と消費者契約法10条
岡 ℝ 豊 基
はじめに
第1章 無催告失効条項の効力に関する主な判決例第2章 主な判決例にみる問題の所在
第1節 消費者契約法にふれていない判決例の整理
第2節 消費者契約法に関連する判決例にみる問題の所在第3章 無催告失効条項への消費者契約法10条適用の有無
第1節 消費者契約法10条の構成
第2節 消費者契約法10条前段要件の該当性第3節 消費者契約法10条後段要件の該当性
第1款 消費者契約法10条後段要件
第2款 約款規定に定める保険契約者の権利第3款 保険実務上の取扱・保険契約の特性
おわりにかえて
は じ め に
保険料が月払の生命保険契約の約款に, 第2回目以後の保険料は, 月単位の契約応当日の属する月の初日から末日までの間に払い込むこと,その払込については, 払込期月の翌月の初日から末日までを猶予期間とすること, 猶予期間内に保険料の払込がないときは, 保険契約は, 猶予
(1)
期間満了日の翌日から効力を失うことを内容とするものがある。 このい
わゆる無催告失効条項 (以下, 「本条項」 ということがある。) の効力を
(2)
巡って争われた事案について, 東京高裁平成21年9月30日判決では, 本
条項は, 消費者である保険契約者に重大な不利益を与えるおそれがあるのに対し, 本条項を無効にすることにより保険者が被る不利益はさしたるものではないから, 消費者契約法10条に違反する無効な条項であり,本条項が同条に違反するか否かは, 個別の当事者間における事情を捨象して, 本条項を抽象的に検討して判断すべきであると判示された。 これ
(3)
に対し, 保険会社が上告した最高裁平成24年3月16日判決では, 多数の
保険契約者を対象とするという保険契約の特質をも踏まえると, 約款において, 保険契約者が保険料の不払をした場合にも, その権利保護を図るために一定の配慮をした定めが置かれていること, 保険会社が消費者に配慮している事情があること等につき審理判断することなく, これを同条により無効であるとした原判決は破棄を免れないとして, 原審に差
(1) 日本生命・有配当終身保険 (H11) 普通保険約款8条・12条 (2006年),明治安ℝ生命・5年ごと配当付終身入院保険普通保険約款8条・12条 (2009年), 住友生命・定期保険普通保険約款17条・19条 (2012年) 等参照。
(2) 金判1327号10頁, 金法1882号82頁, 判タ1317号72頁。 判批, 足立格・ NBL 916号4頁 (2009年), 浅井弘章・金判1327号1頁 (同), 渡邉雅之・ NBL 918号49頁 (同), 山下友信・金法1889号12頁 (2010年), 上山一知・金法1889号21頁 (同), 甘利公人・石ℝ満編 『保険判例2010』 264頁 (保険毎日新聞社・同) (保毎2010年2月10日号4頁所収), 山本哲生・金判1336号240頁 (同), 鹿野菜穂子・金法1905号75頁 (同), 遠山聡・事例研レポ 245号1頁 (同), 神作裕之・保険判例百選160頁 (同), 山下典孝・速報判例解説 (法セ増刊) 8号155頁 (2011年), 榊素寛・リマークス42号94頁 (同)。
(3) 金法1943号76頁, 同1948号75頁, 金判1389号14頁, 同1395号14頁, 判タ1370号115頁, 判時2149号135頁。 判批, 足立格・NBL 974号4頁 (2012年), 渡邉雅之・金法1943号81頁 (同), 落合誠一・金判1391号1頁 (同),鬼頭俊泰・ひろば65巻5号63頁 (同), 中川敏宏・法セ689号126頁 (同),倉賀野伴明・ビジネス法務12巻7号10頁 (同), 土岐孝宏・法セ690号143頁 (同), 山下友信・金法1950号36頁 (同), 小野寺千世・事例研レポ263号1頁 (同), 村ℝ敏一・事例研レポ267号12頁 (2013年)。
し戻す旨の判決が下された。
最高裁は, 破棄差戻の判断ではあるが, 消費者契約法10条との関連において本条項の効力につき一定の方向性を示したものといえる。 そこで,本条項の効力に関する主な判決例および学説を踏まえながら, 本条項が消費者契約法10条に該当して無効になるか否かついて検討する。 本条項の効力に関する主な判決例を検討する場合, 消費者契約法制定前の判決例も含めることとする。 というのは, 本稿の趣旨は, 消費者契約法10条との関連において本条項の効力を検討するものであるが, 消費者契約法制定前の判決例からも本条項の効力を解釈するための示唆があると考えられるからである。
第1章 無催告失効条項の効力に関する主な判決例
(4)
【1】東京地判昭和48年12月25日判タ307号244頁
<事実の概要>
X (原告) の夫AがY生命保険会社 (被告) との間で, 被保険者A,死亡保険金受取人Xとする生命保険契約を締結した。 本件保険契約の約款には, 保険料が期日に払い込まれなかった場合において, 翌月の末日までの払込猶予期間内においてなお払込がなかったときは, 保険契約は翌日から失効する旨の条項があった。
Aが死亡したので, XがYに対し死亡保険金を請求したところ, Yは保険料不払により本件保険契約が失効したとして支払を拒否したので,本件約款の拘束力の有無が争われた。
<判旨>請求棄却。
「附合契約にあっては, 契約者が当該約款の内容を知っていたと否とにかかわらず, またそれによって契約するの意思を有していなかったとしても約款によらない旨の明示の表示のない限り, その約款全体を内容
(4) 判批, 大塚龍児・生保判例百選 (増補版) (1988年)。
とし, かつこれのみによる契約が有効に成立する……ものと解すべきである。 今日においては, そのような取扱いをすることが長い間の積重ねとその合理性の故にすでに商慣習として定着していると認められるべきであ」 り, 本条項を含む本件約款は商慣習に基づいて拘束力が認められる。
【2】東京地判昭和53年8月29日文研生命保険判例集2卷210頁
<事実の概要>
X (原告) の夫AがY生命保険会社 (被告) との間で, 被保険者A,死亡保険金受取人をXとする生命保険契約を締結した。 本件保険契約の約款には, 第2回以後の保険料払込については, 払込期日から2カ月の猶予期間があり, 猶予期間満了までに保険料が払い込まれないときは,保険契約は翌日から失効する旨の条項があった。
Aが死亡したので, XがYに対し死亡保険金を請求したところ, Yは保険料不払により本件保険契約が失効したとして支払を拒否したので,本件約款の拘束力の有無, 失効規定が公序良俗に反するか否か, および失効の主張が権利濫用に当たるか否かが争われた。
<判旨>請求棄却。
普通保険約款は 「所轄官庁の認可を必要とされており, この国の監督作用により約款の合理性は保証されるもの……であるから, 大量的画一的処理の要請の強い附合契約である生命保険契約においては, その約款の個々の条項について契約者がその存在を知っていたか否かは, その約款が当該契約においてその契約者を拘束する効力を有するか否かにかかわらないものと解すべきである。」
「失効の前に, 契約者に失効日を告知し, あるいは払込の催告をすべき義務を被保険者に課した場合の方が, それだけ契約者, 保険金受取人の保護が厚くなることは否めないが, 相当の払込猶予期間がある本件各約款の場合において, その定めを欠いたからといって, 著しく契約者側に不利益なものということはできない。 また普通保険約款は全体として
契約者・被保険者の利益の調整がはかられるよう個々の条項がさだめられているものであり, さらにその全体としての合理性を保証すべく所轄官庁で個々の条項を審査したうえ認可されるものであるから, ……失効について事前告知の規定があるか否かのみで失効規定が公序良俗に反するか否かを判断すること自体相当とはいえない。」
「契約締結時にも失効制度について説明もせず, 失効直前の集金時にもこの点の警告をしなかった本件の場合において, 契約者側は……本件各契約が失効していることを意識することなく行動していたことを推認されるが, Y側で失効についての警告をすることが契約者に対しより適切であるとはいえてもその義務があるとはいえず, またことさら失効直後に保険者 (ママ) が死亡することを予測して, 失効の効果を生じさせるため警告しなかったなどの特殊な背信的事情がある場合は格別として,本件の場合その失効の2日後に保険者 (ママ) が自殺することはY側にとっても全く不測の事態というべきであり右特殊な場合にあたる余地もないから失効したことについて契約者側に自覚がなかったことあるいは Yが自覚させなかった点をとらえてYの失効の主張が権利の濫用になるとすることはできない。
また, Yにおいて, 払込猶予期間満了後, 1, 2日経過後の保険料払込について失効扱いせずにそのまま受取った例があるというがそれは,本件のようにその期間満了の2日後に保険料の払込をしないまま自殺した場合とは, 事情を異にする場合であり, しかもその例の場合自体も必ずそうした便宜な扱いをする義務がYにあるわけでもないから, そのような例があるからといって, 本件でYが失効を主張することが権利の濫用になるともいえない。」
【3】東京地判平成9年12月22日判時1622号109頁
<事実の概要>
X (原告・被控訴人) の夫AがY生命保険会社 (被告・控訴人) との間で, 被保険者A, 死亡保険金受取人Xとする生命保険契約を締結した。
本件保険契約の約款には, 第2回以後の保険料払込については, 払込期日から2カ月の猶予期間があり, 保険料の払込がないままで猶予期間が過ぎると, 契約は猶予期間満了の翌日から効力を失い, 契約が失効した場合には, Yは解約返戻金と同額の返還金を保険契約者に払い戻す旨の条項があった。
Aが死亡したので, XがYに対し死亡保険金を請求したところ, Yは保険料不払により本件保険契約が失効したとして支払を拒否したので, XはYに対し, 保険金またはYの準委任契約 (Aとの間で, 営業職員B・従業員Cを介して本件保険契約を失効させないように維持管理する旨の契約を締結した) の債務不履行ないし使用者責任による損害賠償を請求した。
<判旨>一部認容, 一部棄却。 Aが利用していた保険料の自動貸付制度は 「解約返還金額が貸付保険
料相当額の元利金合計額を下回る……場合には, 利用できない仕組みになっており, 保険料支払義務……者は……自動貸付制度を利用しようとするからには, 自己の責任において解約返還金の残高を確認するなり,調査をして自己の債務が不履行にならないよう常に注意すべきであると Yが主張するように, AにおいてもBらを通じて確認する以外に解約返還金の残高等を確認する術を持ち合わせていなかったと推測されるから
……Bらに対して保険契約が失効しないよう保険の維持管理を依頼したものというべきであり, Bらから保険が失効になる場合は保険料の払込を促してもらえるものと認識していたと推認されること, ……BらにおいてもAの保険が失効しないようその維持管理に当たっていたものと認められること等の事実関係にかんがみると……Bらを介してAとYとの間で保険契約が失効しないよう保険を維持管理する旨の準委任契約が成立したものと認めるのが相当である。
そうすると, Yには, 右の準委任契約に基づき, Bらをして本件保険契約が失効しないよう維持管理すべき義務があったというべきであり,
Yはかかる義務違反により本件保険契約を失効させてしまったものといえる。 したがって, Yは……Xに対し, 本件保険契約が失効したことによりXが被った本件保険金相当額の損害を賠償する義務がある。」
「AないしXは, YからA宛に発送された立替通知, 『保険料お払込み再開のおすすめ』 及び 『ご継続のおすすめ』 という失効通知の送達を受けたものと推認される。 そして, Aは……保険の維持管理をBらに委ねていたとしても, Yから送付されてくる郵便物の中には保険契約の失効を予告する等保険契約に関する重要事項が記載されたものがあることは十分承知していたものと認められ, これらの書類を開封して内容を読んでいたならば, 容易に本件保険契約の失効を阻止することができたといえるから, 本件保険契約が失効したことについてXらにも過失があったことは否定し難い……諸般事情を総合勘案すると, 過失相殺……する
のが相当である。」
(5)
【4】東京高判平成11年2月3日判時1704号71頁 (【3】の控訴審)
<判旨>原判決取消し, 請求棄却。
生命保険契約の加入, 継続, 解約など契約の管理は契約当事者の自己責任が原則である。 「本件契約の場合, Aは自動貸付による保険料立替制度を利用しその立替金の累積額はかなりの額に達していたから……保険が失効する危険性があることはある程度予想ができたというべきである。 しかも……多種多額の生命保険契約に加入……していたAや……Xとしては……生命保険契約の失効という事態が生じないよう細心の注意を払うべき立場にあった。」
Bらが, Aから依頼されて, Yから送付される郵便物を点検し, 保険について立替金残高の確認や立替可能期間の予測等各保険契約の状況把握に努めていたが, これらは 「YからA宛に送付されてくる郵便物の内
(5) 判批, 浦川道太郎=一木孝之・ジュリ1197号77頁 (2001年), 後藤巻則・判評502号28頁 (判時1725号206頁) (同), 潘阿憲・ジュリ1230号117頁 (2002年)。
容を確認することを中核とする補助的作業にすぎず, Bらは……個人的 に……Aの保険料の支払等に関する履行補助者的な立場において協力したに止まり, 本件保険契約の失効防止を含む維持管理の主体はAにあったと認めるのが相当である。」 「AやXはYから送られてくる各種保険関係の郵便物を未開封のまま保管しておき, 1年に数回来訪した折りに一括してBらに開封させてその内容点検を通じての各種保険の整理や内容把握をしてもらっていたが, そのようなやり方では……郵便物の保管ミスや紛失, あるいは内容点検のミス等の原因によって当該郵便物の内容が正確にBらに把握されないままとなることも当然あり得ることであって, AやXにおいて各種保険の整理と現状把握をBらに全て一任したり, Bらがそのような趣旨で管理を引受けていたとみることは相当ではない。したがって……BらがAに代わって本件保険契約の維持管理を受任し ていたと認定することはできず, ……準委任契約が成立したとは本件証
拠上到底認めることはできない。
そしてまた……C及びBらがAやXのために, その依頼によって年数回の訪問の際, Yから送付された各種通知等の確認, 整理, これらを通じての……多数の保険の現状把握をし, そのような関係が……約12年間続いたとしても, これをもってCないしBら又はYにおいて, A及びXのために本件保険契約を失効させないための事務管理が行われていたと評価するには足りない。 BがY……の収納保全職員Dに対してAらのため保険契約失効防止について連絡を依頼した……事実をもってしても, Bらについて事務管理の成立を認めるには足りず, いわんやYがBらと共同事務管理者の立場に立った等のXの主張を認めるには到底足りない。」 Bらは 「Aらの保険の整理と現状把握に努めてはいるが, それは前任者であるC以来の行き掛りやAがこれまで多数かつ多額の保険に加入してくれる重要な顧客であったため, いわゆるアフターケアないしアフターサービスの一環としてそうしたサービスに努めたものとみるべきで, その意味でXの業務と全く無縁であったとまではいえないにしても, その
ことからBらの行為が事務管理として行われたとか……Yの行為として行われたといえない」。
【5】名古屋地判平成12年11月10日生命保険判例集12卷549頁
<事実の概要>
X (原告) 代表取締役AはY生命保険会社 (被告) との間で, 被保険者A, 保険金受取人Xとする生命保険契約を締結した。 本件保険契約の約款には, 「保険料は, 会社の本店または会社の指定した場所に払い込んで下さい。 ただし, 保険契約者の住所……が会社の定めた地域内にある場所で, 便宜, 会社が集金人を派遣したときはその集金人に払い込んで下さい」 との定めがあり, Xは, 月払いかつ集金扱いとする選択をした。 さらに, 「猶予期間内に保険料が払い込まれないときは, 保険契約は猶予期間満了日の翌日から効力を失います」 と定められていた。
Aが死亡したので, Xが保険金の支払を請求したが, Yは保険料不払により本件保険契約が失効したとして支払を拒否した。
<判旨>請求棄却。
「保険約款上は, 保険料の払込場所が保険会社の本店又はその指定した場所と定められている場合であっても, 保険会社の集金担当者が保険契約者の指定する場所へ集金に赴くことが長年にわたり反復継続されている場合は, 保険契約者において集金担当者の来訪を待って保険料を支払えば足りるものと考え, そのため保険料払込期間を徒過してしまうことも考えられるところであり, 具体的事情によっては, それについて無理からぬ事情があり, 保険会社が保険料の払込みの延滞をもって契約の失効として取り扱うことが保険契約者にとって酷に失するものとして, 信義則上許されない場合もあり得るものと考えられる。 そして, それは,保険料払込みの延滞に至った経緯等について, 保険契約者及び保険会社双方の事情を勘案して判断すべきものと解される。」
Xの集金担当者Bは, 「繰り返しA自宅に電話し, さらに数回にわたりA自宅に赴いて, 連絡を請う旨を書いた名刺をや失効予告通知を郵便
受けに入れるなどしており, これによれば, Yとしては, 信義則上要求される保険料集金のための義務を果たしたものと認められる。」
「X, Y双方の事情を勘案して, Yが保険料の集金について信義則上要求される義務を果たしていないと認めることはできないから, Yが本件保険契約の失効を主張することが信義則に反するとのXの主張は, 理
由がない。」
(6)
【6】長崎地判平成19年3月30日判例集未登載
<事実の概要>
AはB生命保険会社との間で, 被保険者A, 死亡保険金受取人Cとする生命保険契約を締結した。 本件保険契約の約款には, 第2回目以後の保険料の払込期限は, 月単位の契約応当日の属する月の初日から末日までの期間 (払込期月) とする, 第2回目以後の保険料の払込については,払込期月の翌月初日から末日までを払込猶予期間とする, 保険料の払込がないまま猶予期間が経過したときは, 本件保険契約は満了日の翌日から効力を失う旨の条項があり, 保険料は口座振替で払い込まれていた。
BはY生命保険会社 (被告・控訴人) に組織変更して解散し, Yが本件保険契約を承継した。 AとYは, 死亡保険金受取人をAの子X (原告・被控訴人) に変更した。 Aが保険料を払い込むことなく死亡したことから, 本条項による本件保険契約の失効の有無が争われた。
<判旨>請求認容。
「口座振替は, 振替日に保険契約者指定の預金口座から保険者の預金口座に預金を振り替えることにより保険料を支払う方法であることから,振替の効力発生時に保険者が保険料相当額の預金債権を取得することにより保険料支払債務の弁済があったという, 代物弁済に当たる……。 口座振替は, 保険者が具体的な資金移動開始のための手続を採ることとなるので, 取立債務に準じた債務の履行方法ということができる。 そうす
(6) 判批, 甘利公人・事例研レポ225号1頁 (2008年), 広瀬裕樹・同226号8頁 (同)。
ると, 振替指定日に振替請求することを保険者の義務とみることができるから, 保険契約者が同指定日に振り替えされるべき金額相当の預金残高を有していたにもかかわらず振替ができなかった場合には, 弁済の提供があったものとして保険契約者の不履行を認めることができないといえるし, 仮に不履行を認めることができたとしても, 保険契約者の帰責性が認められない…… (福岡地判昭和60年8月23日判時1177号125頁,高松高判平成2年9月28日判時1394号150頁等参照)。」
「民法上の一般的な解釈論である, 不動産賃貸借契約に係る信頼関係破壊法理 (最判昭和41年4月21日民集20巻4号720頁等) を踏まえると,生命保険契約のような長期的・継続的契約において債務不履行を理由とする契約解除が認められるには, 軽微な債務不履行では足りず, 契約消滅という効果に見合うだけの債務不履行であることを要するものと解することも可能である。
そのような観点からみると, ……口座振替制度を採用したことにより,本件での実質的な支払猶予期間が約1か月にすぎなかったにもかかわらず, 亡Aによる未払保険金の支払は, 支払猶予期間を2日も経過しないうちに行われたものであったこと, そもそも本件保険料の口座振替不能の状態は, 口座振替日前後数日間においてのみ発生した稀有な事態であったこと等を前提に, 亡Aが, 本件保険契約上の責任が開始してから同契約が失効するまでの約6年間, 遅滞することなく74万7181円にも達する保科 (ママ) を支払っていたものであることを併せ考慮すれば, 仮に亡 Aに債務不履行が認められたとしても, それは軽微なものにとどまる」。
「以上を総合すれば, 本件事案で亡Aに対し本件失効約款を適用する
ことについては, 民法の規定からの乖離が大きく, 信義則に照らして相当とはいえない。」
(7)
【7】福岡高判平成19年9月27日判例集未登載 (【6】の控訴審)
(7) 判批, 甘利・前掲注(6)1頁, 広瀬・前掲注(6)8頁。
<判旨>原判決取消し, 請求棄却。
2 本件保険契約の失効について
(1) 本件保険契約では, 「振替日に保険料の口座振替が不能となったうえ, 振替日の翌月の応当日にその月に払い込むべき保険料と合わせて2か月分の口座振替が不能となり, さらに, その月の末日までに2か月分の保険料の支払がないときは, 本件保険契約は本件失効約款により失効するものとされている。
……本件預金口座の残高が口座振替予定額に達していなかったため,いずれの機会にも口座振替を実行できなかったところ, 亡Aは, 同年5月31日までに上記2か月分の保険料の払込みをしなかった……。
なお, 本件保険の約款において, 保険料支払債務は持参払が原則とされ, 口座振替による払込みは持参払の一方法と解される……から, 上記理由により口座振替ができなかった以上, 亡Aに責めに帰すべき事由があったというべきである。
そうすると, 本件保険契約は同年6月1日に失効したものである。 (2) Ⅹは, 保険料未払込額の総額が解約返戻金相当額を超えない場
合には, 民法の一般原則に従い, 保険料支払の催告 (541条), 契約解除の意思表示 (540条) が必要であると主張し, 本件失効約款の効力を争っている。
民法の解除に関する規定 (541条, 540条) によれば, 保険者が保険料の履行遅滞により保険契約を解除するには, 保険契約者に対し保険料の履行を催告し, その履行がないときに, 解除の意思表示を行うことにより, 保険契約を解除することができる。 これに対し, 本件失効約款は,約1か月の猶予期間を与える代わりに, 催告及び解除の意思表示を要しないとするものであるから, これらの点で, 民法の規定と比較して, 保険契約者に不利益な内容となっている。 他方, ……本件失効約款においては, 1回目の保険料未払によって失効することはなく, 1回日, 2回日の保険料未払が重なって初めて失効するものとされ, 口座振替扱特約
がされた場合には, 2回目の口座振替の際に, 本来は, 2か月分の保険料の口座振替ができなければ, 債務の本旨に従った履行とはいえないにもかかわらず, 1か月分の保険料相当額の残高があれば, 既に経過している払込期月分の保険料については払込みがあったものと取り扱っており, これらの点では, 民法の規定と比較して, 保険契約者に利益な内容となっている。 また, ……Yは, 第2回以後の保険料について預金口座振替ができなかったときは, その翌月初めに, 保険契約者に対し, 書面を郵送する方法により, 口座振替不能であったことを通知するとともに未払保険料の振替や払込みを促し, 振替, 払込みのいずれもない場合には, 保険契約が失効することを通知していたものであり, この通知は未払保険料の履行の催告の実質を有するものということができる。
上記の諸点を考慮すると, 本件失効約款は, 民法の解除に関する規定 と比較して, 必ずしも保険契約者に不利益であるということはできない。そうすると, 本件失効約款は有効というべきであり, 民法の解除に関
する規定に従う必要があるとはいえない。」
3 信義則違反について
(1) 「亡Aは, 本件失効約款により本件保険契約が失効した日の翌日……, Yから送付された払込用紙をもって, 2か月分の未払保険料2万0926円をYに払い込んだものであり, この払込みの遅れは極めて僅かといえる。
しかも……その当時, 本件預金口座の残高が口座振替予定額に達しない状態となっていたのは, 同年4月26日から同月28日までの間と同年5月25日から同月31日までの間だけであった。
また……本件保険契約が失効した……当時, 本件保険契約の解約返戻金額は3万1216円……であり, 2回分の未払保険料2万0926円を上回っていた。 そうすると, 本件保険契約に自動貸付制度があったならば, 本件保険契約の失効は免れたものということができる。」
(2) 「Yは, 平成17年4月分の保険料の振替が不能であったため,
同年5月初めころ, その旨の通知と上記払込用紙を送付していたのであるから亡Aにとって, 同年5月の振替日に少なくとも1か月分の保険料相当額の残高を本件預金口座に確保し, 又は, 同月31日までに2か月分の保険料の払込みをすることは可能であったということができる。 そして, その当時の本件預金口座の残高の推移は, Yにとって全く与り知らない事柄である。
……亡Aは, 平成14年12月以降, 振替不能や1か月遅れの振替を繰り返していたことがあり, 平成12年には, 本件保険契約を失効させ, 本件保険契約を復括させたこともあり, 初めて本件保険契約の失効をきたしたものではない。
……亡Aは, 本件保険契約において保険料の自動貸付制度が採用されていないことや, 本件失効約款の存在を知っていたものと認められる。
さらに, Yは, ……本件保険契約の失効後, 亡Aに対し, 速やかに, 本件保険契約が失効したとして, 亡Aが払込んだ2か月分の保険料を本件預金口座に振り込んで返還したものであって, 本件保険契約の失効後,本件保険契約が継続している取扱いをしたことはない。
(3) 上記 (2) の諸事情を考慮すると, 上記 (1) の諸点をもってしても, Yが本件失効約款の適用を主張することが信義則に反するとい
うことはできない。」
(8)
【8】大阪地判平成20年3月12日判例集未登載
<事実の概要>
Ⅹ (原告・控訴人) はY生命保険会社 (被告・被控訴人) との間で,特定疾病保障保険契約を締結した。 本件保険契約の約款には, 保険料の猶予期間 (払込期月の翌月初日から末日まで) 中に保険料が払い込まれないときは保険契約は猶予期間満了の日の翌日より失効する旨の条項があった。
(8) 判批, 西原慎治・事例研レポ243号10頁 (2010年)。
Ⅹは, 入院加療を受けたことから, 保険金請求したところ, Yは, 保険料が払い込まれなかったことにより本件保険契約が失効したとして,支払を拒否した。
<判旨>請求棄却。
「Xは, ……1月31日までに保険料の支払いをしなかった……ため,本件契約は, ……3月1日をもって失効した。 契約の失効はYからの通知の有無や, Xが約款の内容を知っていたか否かにかかわらず, 約款の定め及び保険料不払の事実により当然に生じる。 そうすると, 本件契約の存続期間中に保険金支払事由が発生したとは認められない。」 Xによる, 本件契約の失効を主張することが権利濫用信義則違反にあたるという主張については, Xは通知書を見ていないのであり, 記載を前提として一定の期待を抱いた等の事実は存しない。
(9)
【9】大阪高判平成20年9月3日判例集未登載 (【8】の控訴審)
<判旨>請求棄却。
「本件契約に係る約款は……保険契約の失効は, Yからの通知や催告の有無にかかわらず, 保険料の不払いの事実によって当然に生じるものである。」
「Xの……主張は……保険会社から保険契約者に対する催告を要しないで当然に契約が失効するという取扱いでなく, 保険会社に保険料不払者に対する催告義務を課するものにほかならないところ, このような解釈は上記保険約款からすると成り立つ余地はない。 Yが本件契約にも立替払制度が適用になるとの誤解を与える行為をしたような場合には信義則上, Yに上記の催告義務があると解する余地はあるが, 本件において
は, かような事実関係は認められない」。
(10)
【10】横浜地判平成20年12月4日金判1327号19頁, 金法1882号91頁
(9) 判批, 西原・前掲注(8)10頁。
(10) 横浜地裁は, 争点2 (本件復活申込みを不承諾とすることの可否) について, 以下のように判示している (括弧内の数字等は判決文を踏襲)。
(11)
<事実の概要>
1. X (原告・控訴人・被上告人) は, 平成17年3月1日, Y生命保険会社 (被告・被控訴人・上告人) との間で, Xを被保険者とする生命保険契約を締結した (Xは, 平成16年8月1日に医療保険契約を締結している)。
2. 本件保険契約の保険料の支払は, 月払とされていたところ, 本件保険契約に適用される約款には, 月払の保険料の弁済期と保険契約の失効に関して, 次のような条項がある。
(1) 復活の不承諾が信義則に反し, 権利の濫用として許されないのは,不承諾とする正当な事由が存しない場合, 保険者側において積極的に保険契約者の保険料不払を誘発したような場合, 失効後, 保険者が保険契約者に対し, 復活させるかのような言動を繰り返し行った場合など, 特段の事情がある場合に限られる。
(3) 保険者は, 承諾の際, 保険契約者がり患している病気を考慮することは当然であって, 保険者の判断という趣旨からすると, 失効前後にり患した病気を区別する根拠は乏しく, 失効前に, YからXに対し, 復活の判断に影響を与えるおそれがある旨の説明がされていることをも考慮すると, 承諾することが合理性を欠き, 著しく正義に反するとはいえない。
ウ. 保険料の支払によって, 保険契約者側も, 猶予期間満了日まで支払事由が生じた場合には保険金の支払を受けられるという保険保護の利益を得ていること, 猶予期間経過による失効は, 保険契約者が, 払込期月およびその後1か月の猶予期間内に保険料を支払わなかったことによるものであって, 保険契約者側に帰責性が存するものであることに照らすと, 猶予期間経過によって結果としてXが主張する利益をYが得ることとなったとしても, これが著しく合理性を欠くものとはいえない。
エ. 保険料等領収証の 「復活保険料充当金を含む」 との記載からは本件金員が保険料であると判別し得ず, 他にXからYに対する本件金員の交付が保険料の支払であるとの事実を認めるに足る証拠はなく, 本件金員交付の際に, Aが, Xに対し, 告知事項により不承諾となる場合があることを伝えていることからすると, Aが本件金員を保険料として受領したとは考え難いことから, 本件金員が保険料として支払われたと認めることはできない。
(11) 事実の概要は上告審の判決文に従う。
ア 第2回目以後の保険料は, 月単位の契約応当日の属する月の初日から末日まで (以下, 「払込期月」 という) の間に払い込む。
イ (ア) 第2回目以後の保険料の払込については, 払込期月の翌月の初日から末日までを猶予期間とする。
(イ) 猶予期間内に保険料の払込がないときは, 保険契約は, 猶予期間満了日の翌日から効力を失う (以下, 「本件失効条項」 という)。
ウ 保険料の払込がないまま猶予期間が過ぎた場合でも, 払い込むべき保険料と利息の合計額が解約返戻金の額を超えないときは, 自動的に保険会社が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる (以下, 「本件自動貸付条項」 という)。
エ 保険契約者は, 保険契約が効力を失った日から起算して3年以内であれば, 保険会社の承諾を得て, 保険契約を復活させることができる。この場合における保険会社の責任開始期は復活日とする。
3. 本件保険契約の保険料は口座振替の方法によることとされていたところ, 平成19年1月を払込期月とする同月分の本件保険契約の保険料につき, 振替口座の残高不足のため, 同月中に払込がされず, 2月中にも払込がされなかった。 その結果, 本件保険契約は3月1日に失効した。
3月8日, XはYの担当者Aを介して, Yに対し本件保険契約の復活を申し込み, 同月分保険料を含めて3ヶ月分の保険料相当額を交付したが,
3月16日, Yは, Xの健康状態を主たる理由として, 本件復活申し込みを不承諾とする決定を下した。 これに対して, Xが本件保険契約の存在確認の訴えを提起した。
<判旨>請求棄却。
1 争点 (1) (本件各条項の有効性) について (1) 公序良俗違反について
本件各条項は, 払込期月内に保険料の払込がない場合にも 「保険契約を失効させず, 猶予期間内に保険料が払い込まれた場合には契約を継続するとしていること, 同期間は1か月であり, 通常, 金員の不払を理由
とする契約解除のために要求される催告の場合におかなければならないと考えられる期間よりも長めに設定されていること (最高裁昭和……30年3月22日……判決・民集9巻3号321頁及び最高裁昭和46年……11月 18日……判決・判例タイムズ271号169頁は……2日の期間を催告期間として不相当ではないとしている。), 本件各契約に適用される以前の約款も, 『払込期日から2か月を猶予期間とする』 というものであり, 現在の約款が1か月の払込期月とその後1か月間の猶予期間を設けていることと実質的にさほどの違いはないことに照らすと……本件各条項の規定が相当性を欠くとまでいうことはできない。」
(2) 消費者契約法10条の該当性について
ア 「本件各条項は, 猶予期間の経過により保険者からの催告や解除の意思表示を要することなく保険契約を失効させることを定める……ものであり……民法541条と比べ, 保険契約者の権利を制限しているものと考えられるから, 消費者契約法10条前段の……要件を満たすものであり,同法10条後段に……該当する場合には, 無効となる」。
イ 消費者契約法10条後段の要件を満たすかについて, 「[1] 本件各条項は, 本来の払込期限である払込期月内に保険料の払込みがない場合にも直ちには保険契約を失効させず, 猶予期間内に保険料が払い込まれた場合には契約を継続するとしている……こと, [2] 猶予期間は払込期月の翌月1か月……であり, 通常, 金員の不払を理由とする契約解除についての催告の場合におかなければならないと考えられる期間よりも長めに設定されていること, [3] 本件各約款上は, 保険料の払込みがないまま猶予期間が過ぎた場合であっても, ……保険料とその利息の合計額が, 解約返戻金額を超えない間は, 自動的に保険料相当額を貸し付けて保険料の払込みに充当し, 保険契約を有効に継続させること……契約失効の日から……3年以内であれば, Yの承諾により契約を復活させることができること……が……定められており, 契約を……存続させるように一定程度の配慮がされていることを考慮すると, 本件各条項によ
り保険契約の失効という保険契約者にとって重大な不利益が生じること,本件各条項が……保険者側の利益に配慮して定められたものであることなどのX主張の事実及び本件に現れた一切の事情を考慮しても, 本件各条項が消費者契約法10条後段の要件を満たすとはいえない」。
(3) 信義則違反について
ア 「本件各条項は, 信義則という民法1条2項に規定する基本原則に反してXの利益を一方的に害するものではない」。
イ 「前記 (2), イの……事情に加えて, [1] Xは, 本件保険料の未納に至るまで, 5回にわたり本件……保険料の未納をし, その内, 2回は, 猶予期間内にも支払わずに本件……契約を失効させ, その後に復活の手続をとっており, 上記各未納の際には, AからXに対し……契約が失効しても復活の手続が執れるものの, 復活時には一定の健康状態でなければ契約が継続できないため, 保険料未納には注意するよう伝えられており, 平成18年10月又は同年11月のいずれかの未納の際, Aは, Xから……大腿部の一部が壊死したとの連絡を受けたため, Xに対し……契約が失効した場合, 復活に影響を与えるおそれがあることから, 保険料未納を発生させないように特に注意する旨説明した……こと, [2] Yは, 本件保険料の未納後でかつ本件保険料の……猶予期間内である平成 19年2月14日, Xに対し, 同月の保険料振替え時に本件保険料も併せて振替えをすること, 同月中に本件保険料の支払がない場合には本件……契約が失効することなどを記載した通知書を送付し……コンビニエンスストア払込票も併せて送付した……ことを併せ考慮すれば, Yにおいて本件保険料がその猶予期間内に支払われなかったことを根拠として本件
……契約の失効を主張することを信義則上制限すべきとはいえず……Yが本件各契約の失効を主張することが信義則上許されないものともいえない。」
(4) 本件各条項の1か月という猶予期間は, 「金員の不払を理由とする契約解除の前提として通常要求される催告の場合に求められる期間
よりも長めといえることに照らすと, 猶予期間を払込期月の翌月1か月のみとしている点についても, 公序良俗に反するとも, 信義則に反するとも……消費者契約法10条後段の要件に該当するともいえ」 ない。
【11】東京高判平成21年9月30日 (【10】の控訴審)
<判旨>請求認容。
1. 本件約款によれば 「保険料の払込期月は当該月の初日から末日までの間とされるが, 払込期月の翌月の初日から末日までが猶予期間とされているから, 保険契約者が遅滞の責任を負うこととなる 『期限の到来した時』 (民法412条1項) は, 猶予期間の末日が経過した時である」。本件約款上, 「払込期月又は猶予期間の末日が経過した場合に保険者が保険契約者に対して保険料支払の催告ないし督促をする旨の定めは置かれておらず, 保険料の支払がないまま猶予期間の末日が経過すると, 本件……保険契約は, 直ちに, 保険者から保険契約者に対する解除の意思表示がなくても, 当然に, その効力を失う」。
本条項は, 「保険契約者がその保険料支払債務を履行しない場合に保険者がその履行の催告をすることを要しないとしている点及び保険者が保険契約者に対して契約解除の意思表示をすることを要しないとしている点において, 同法の公の秩序に関しない規定 (同法540条1項及び541条) の適用による場合に比し, 消費者である保険契約者の権利を制限している」。
2. 「保険契約者側にとって, 保険契約が……終了することになった場合の不利益の度合いは極めて大きいところ, 保険料の支払を口座振替の方法にした場合は, 保険契約者の……不注意や口座振替の手続上の問題から保険契約が失効することがあり得るのである。 そして, このような事態が生ずるのを防止するため, 民法の原則どおりに, 保険契約が終了する前に保険契約者に保険料の支払を催告するという手順を踏む必要がある」。 本条項により保険契約者側が被る不利益は大きい。
3. 本件で問題なのは, 本条項が 「消費者契約法10条の規定により無
効となるかどうかであって, Yが約款外の実務において」 督促通知を送付する措置をとっていることは本件約款の 「有効性を判断する際に考慮すべき」 でない。
本件約款には 「解約返戻金の範囲内で保険料自動貸付けの制度が設けられているが, それにより保険契約の失効を防ぐためには十分な解約返戻金がなければ意味のないものである」。
「保険契約の復活の申込みをする場合には, 復活申込みの時点における被保険者の健康状態等の告知を要し……復活には保険者の承諾を要することとされているところ, 復活が認められない場合も十分あり得る」。
「保険契約が失効した場合でも, 保険契約者は保険契約を復活させることができるから, 保険契約者が被る不利益が小さいということは必ずしもできない」。
本条項は, 「消費者である保険契約者側に重大な不利益を与えるおそれがあるのに対し, その条項を無効にすることによって保険者であるXが被る不利益はさしたるものではない……から, 民法1条2項に規定する基本原則である信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するものである」。
4. 本件で問題なのは, 本条項が 「消費者契約法10条の規定により無効であるかどうかであり」, 個別の当事者間における事情を捨象して,当該条項を抽象的に検討して判断すべきである。
【12】最判平成24年3月16日
<判旨>破棄差戻。
11】の上告審)
(1) 「本件約款においては……第2回目以後の保険料の弁済期限は各払込期月の末日であることが明らかである。 本件約款に定められた猶予期間は, 保険料支払債務の不履行を理由とする保険契約の失効を当該払込期月の翌月の末日まで猶予する趣旨のものというべきである。」 そうすると, 本条項は, 「保険料が払込期月内に払い込まれず, かつ, その後1か月の猶予期間の間にも保険料支払債務の不履行が解消されない
場合に, 保険契約が失効する旨を定めたものと解される。」
(2) 本条項は 「保険料の払込みがされない場合に, その回数にかかわらず, 履行の催告 (民法541条) なしに保険契約が失効する旨を定めるものであるから, この点において, 任意規定の適用による場合に比し,消費者である保険契約者の権利を制限するものである」。
(3) 本条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たるか否かについて検討する。
「ア 民法541条の定める履行の催告は, 債務者に, 債務不履行があったことを気付かせ, 契約が解除される前に履行の機会を与える機能を有するものである。 本件各保険契約のように, 保険事故が発生した場合に保険給付が受けられる契約にあっては, 保険料の不払によって反対給付が停止されるようなこともないため, 保険契約者が保険料支払債務の不履行があったことに気付かない事態が生ずる可能性が高く……履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める本件失効条項によって保険契約者が受ける不利益は, 決して小さなものとはいえない。
イ しかしながら……本件各保険契約においては, 保険料は払込期月内に払い込むべきものとされ, それが遅滞しても直ちに保険契約が失効するものではなく, この債務不履行の状態が一定期間内に解消されない場合に初めて失効する旨が明確に定められている上, 上記一定期間は,民法541条により求められる催告期間よりも長い1か月とされているのである。 加えて……本件自動貸付条項が定められていて, 長期間にわたり保険料が払い込まれてきた保険契約が1回の保険料の不払により簡単に失効しないようにされているなど, 保険契約者が保険料の不払をした場合にも, その権利保護を図るために一定の配慮がされている」。
ウ 「Yにおいて, 本件各保険契約の締結当時, 保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う態勢を整え, そのような実務上の運用が確実にされていたとすれば, 通常, 保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付く
ことができると考えられる。 多数の保険契約者を対象とするという保険契約の特質をも踏まえると, 本件約款において, 保険契約者が保険料の不払をした場合にも, その権利保護を図るために一定の配慮をした上記イのような定めが置かれていることに加え, Yにおいて上記のような運用を確実にした上で本件約款を適用している……のであれば」, 本条項は 「信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらない」。
「(4) そうすると, 原審が本件約款に定められた猶予期間の解釈を誤ったものであることは明らかであり」, 本条項について, 「Yが上記 (3) ウのような運用を確実にしていたかなど, 消費者に配慮した事情につき審理判断することなく, これを消費者契約法10条により無効であるとした原審の判断には, 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある」。
<須藤正彦裁判官の反対意見>
「第1に, ……猶予期間……についていえば……民法541条で求められる催告期間より長い1か月としたということが, 債務者 (保険契約者)の権利の制限 (不利益) にどれだけ配慮しているのか甚だ疑わしいところである。
……単純に, 民法541条により求められる催告期間と本件の失効の猶予期間の1か月とを比較するのは正しくなく, 弁済期限たる払込期月末日から督促通知の到達日までの期間が1か月という期間から差し引かれた上で比較されなければならない」。
「第2に, 本件自動貸付条項も, 解約返戻金が応分に発生していなければ保険契約者には貸付けがされるわけではないから意味があるものとも思えない。」
「結局, 本件配慮条項が消費者たる保険契約者の権利の制限 (不利益)を緩和する程度は相当に低く, そうすると, 消費者の利益を一方的に害するものには当たらないとする結論を導く根拠として実質的に意味があり得るのは, 払込みの督促の実務の確実な運用ということに殆ど尽きる
といってもよいように思われる。」
払込み督促の実務では, 「督促通知をすることも, その運用が確実であることも, あくまで事実上のものにしか過ぎない。 払込みの督促をすべきことが約款上規定されているわけでもないから, 法的義務とはならず, 法的保護の埒外にある。 そもそも, 督促通知の実務上の運用が確実にされているということがどのようにして確かめられるのか疑問であるが, そのことは別にしても, 『確実』 といわれる実務の中で, 万一, 保険会社が現実に督促通知を行わなかったとしても, 保険契約者は, 保険会社を相手としてなすすべもない。」 督促の実務上の運用は 「法的に何ら担保されてなく, これを廃止するのに何らの障碍もない。 つまり, 保険会社がコストカット (経費節減) を実施することが求められる場合, 人件費等を少なからず要するとみられるそれは, 経済合理性に基づいて高い優先順位でコストカットの対象となり得, 容易にそれを廃止するか,そうでないとしてもきわめて形骸化したものにし得るといえる。
そうすると, 実務上払込みの督促を行っていることにより, 民法541条を適用しないことによる保険契約者の権利の制限 (不利益) がカバーされるものとまではいい難い。」
第2章 主な判決例にみる問題の所在
第1節 消費者契約法にふれていない判決例の整理
本条項に関する主な判決例をみると, 従来, 保険料不払の場合において本条項の効力が正面から争われた判決例は少ないが, 本条項を有効とする判決例が多い。【6】以降の判決例が消費者契約法制定後のものであるが,【6】~【9】では, 民法の規定の解釈と絡め, 継続契約における催告の有無について検討するにとどまり,【10】~【12】において, 消費者契約法の規定の解釈が初めて争われていることから, 消費者契約法に関連する主な判決例にみる問題の所在を検討する前に,【9】までの判決例を整理する。
それは, つぎのような4つに大別できる。
(i)【1】【2】では, 本条項を含む約款の拘束力を認める形で, そ
(12)
の効力を認めているが, 本条項の内容について言及していない。
( ) 本条項の効力を判断するにあたり, 約款の文言以外の要因も基準となるとする判決例がある (【2】【5】【8】【9】)。【2】では, 保険契約者の利益調整が図られるよう規定が定められており, 失効の告知規定の有無で本条項が公序良俗に反するか否かを判断できず, 保険会社には失効の警告義務はなく, 保険会社の失効主張が権利濫用になるのは,失効直後に被保険者が死亡することを予測して, 警告しなかったなどの特殊な背信的事情がある場合に限られるとしている。【5】では, 保険会社が払込延滞をもって失効とすることが信義則違反になる場合は, その経緯等について, 保険契約者・保険会社双方の事情を勘案して判断すべきであり, 本件では, 集金担当者が, 電話をしたり, 連絡を請う旨の名刺や失効予告通知を郵便受けに入れており, その限りにおいて, 保険会社は信義則上要求される集金義務を果たしたとしている。【8】では,保険契約者が保険会社から送付された通知書を見ていないことから, 保険会社が契約の失効を主張することは権利濫用でなく, 信義則違反にあたらないとし, 控訴審判決【9】では, 保険会社は, 契約に立替払制度が適用になるとの誤解を与える行為をしたような場合を除き, 不払者に対する催告義務はないとしている。
( ) 保険契約の失効防止を含む維持管理義務の有無を判断している判決例がある (【3】【4】)。【3】では, 保険契約を維持管理する準委任契約が締結され, 保険会社に維持管理義務があるとしているが, 控訴審判決【4】では, 維持管理は契約当事者の自己責任が原則であるから,その主体は保険契約者にあり, 準委任契約が成立しておらず, 営業職員らの行為はアフターケアの一環であるとしている。
(12) 本稿では, 本条項を定める約款規定が契約当事者を拘束することを前提とする。
( ) 継続契約に関する民法の規定の解釈として行っている判決例がある (【6】【7】)。【6】では, 口座振替は取立債務に準じた履行方法であり, 不動産賃貸借契約に係る信頼関係破壊法理を踏まえると, 長期的・継続的契約で債務不履行による契約解除が認められるには, 契約消滅に見合うだけの債務不履行であることを要するが, 本件の債務不履行は軽微なものであり, 本条項を適用することについては, 民法の規定からの乖離が大きく, 信義則に照らして相当ではないとしている。 これに対して, 控訴審判決【7】では, 口座振替は持参払の一方法であるとしたうえで, 本条項と民法の規定とを比較し, 民法の規定 (540条, 541条)では, 保険契約を解除するには, 保険契約者に対し保険料の履行を催告し, 履行がないときに, 解除の意思表示を行う必要があるのに対して, 本条項は, 猶予期間を与える代わりに, 催告および解除の意思表示を要しないとしている点で, 民法よりも保険契約者に不利であるが, 本条項では, 保険料未払が重なって失効するものとされ, 口座振替の場合には,
1か月分の保険料相当額の残高があれば, 払込期月分の保険料の払込があったものと取り扱っており, 民法よりも保険契約者に有利であり, また, 保険会社は, 口座振替ができなかったときは, 書面を郵送し, 振替不能の旨を通知するとともに未払保険料の振替や払込を促し, 振替あるいは払込がない場合には, 契約が失効することを通知しており, 通知は未払保険料の履行催告であることから, 本条項は, 民法と比較して, 保険契約者に不利とはいえず, 有効であり, さらに, 本件では, 保険契約者が振替不能を繰り返しており, 保険契約を失効させ, 復括させたこともあって, 保険料の自動貸付制度が採用されていないことや, 本条項の存在を知っていたものと認められることから, 保険会社が本条項を適用することが信義則に反するとはいえないとし, 約款の文言以外の要因も基準となるとしている。
第2節 消費者契約法に関連する判決例にみる問題の所在
民法の規定に関連して判示している【7】によれば, 本条項の規定が
民法の規定に比して保険契約者に不利であるともいえることから, 民法の規定および原則との比較検討をする必要がある。
つぎに, 消費者契約法10条は, 民法, 商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し, 消費者の権利を制限し, または消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって (前段), かつ, 民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは (後段), 無効とすると定めることから,【10】【11】が判示しているように, 消費者契約法10条の消費者契約にあたる保険契約については, 消費者契約法の規定の解釈をする必要がある。
さらに,【10】において, 保険契約者側は, 猶予期間条項および本条項は, 合理性がなく保険契約者の利益を一方的に害する不当な約款条項であるが, 仮にそうでなくとも, 猶予期間を翌月1か月のみとし, その経過をもって保険契約が失効するとする規定に部分は, 公序良俗, 信義則に反し, または民法の任意規定に適用による場合に比し, 消費者の権利を制限しその利益を一方的に害しているゆえに消費者契約法10条に該当すると主張している。
これらのことから, 一般の契約に共通な法定解除権について債権者による履行の催告を定める民法541条の解釈および消費者契約法10条の適用範囲を検討し, 本条項が消費者契約法10条前段要件に該当して無効となるか否かを検討する必要がある。 そして, それを満たす場合にあっては, 消費者契約法10条後段要件に該当するか否かを検討する必要がある。また,【11】と【12】とを比較すると, 両者の違いは, 保険料支払債務
の履行期の解釈と約款外の実務の措置は約款の有効性の判断に際して考
(13)
慮に入れるべきか否かの2点にあることから, これらの点についても検
討する必要がある。
(13) 小野寺・前掲注(3)4頁。
第3章 無催告失効条項への消費者契約法10条適用の有無
第1節 消費者契約法10条の構成
消費者契約法10条がカバーする範囲は, 消費者契約の条項全体に及ぶものであり, 同条は, 不当条項の一般規定として重要な役割を有する強
(14)
行規定である。 同条に該当して無効となる条項は, 民法, 商法その他の
法律の公序に関しない規定の適用による場合に比し, 消費者の権利を制限し, または消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって (前段要件), かつ, 民法1条2項に規定する基本原則 (信義則) に反して,消費者の利益を一方的に害するもの (後段要件) でなければならない。
このことから, 民法541条の解釈の関連において, 本条項が消費者契約法10条前段要件および後段要件に該当するか否かを検討する必要がある。
第2節 消費者契約法10条前段要件の該当性
1. 民法541条の解釈
民法541条は, 当事者の一方が債務を履行しないときは, 相手方が相当の期間を定めてその履行を催告し, その期間内に履行がないときは,相手方は契約を解除することができるとし, いわゆる相当期間付きの催告による解除を定める。 それゆえに, ここにいう催告とは, 債権者が債
(15)
務者に対して債務の履行を促すものである。
民法541条の趣旨の解釈について, 債務者が債務の本旨に従った履行をしないという状態が一定期間続くことにより, 債権者にとっては履行がされることへの信頼が挫折し, 契約を維持しこれに拘束されることについて債権者の有する合理的な期待と利益が脱落する場合には, 重大な不履行になる場合と等しい状況が出現するから, 債権者は, 契約を解除することにより, 契約関係から離脱できる権利が与えられてよいとする
(14) 落合誠一 『消費者契約法』 144頁 (有斐閣・2001年)。
(15) 山本敬三 『民法講義Ⅳ-1契約』 161頁 (有斐閣・2005年)。
(16)
見解がある。 これによれば, 民法541条が相当期間を定めて通知を要す
ると定めているのは, 債権者が適切な履行を欲していることを債務者に情報提供する意味を有するほかに, 債権者が履行のための最後の機会 (追完権) を債務者に与えているという意味をも有しているからであり,したがって, 相当期間付き催告の要否は, 履行のための最後の機会を債務者に与えるかどうかという規範的評価の入り込んだ視点から, 債務者
(17)
の追完権の許容限度と結びつけてとらえられるのが相当であるとする。
また, 最高裁は, 家屋の賃貸借契約において, 一般に, 賃借人が賃料を1か月分でも滞納したときは催告を要せず, 契約を解除できる旨を定めた特約条項について, これは, 賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることに鑑みれば, 賃料が約定の期日に支払われず, これがため契約を解除するにあたり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には, 無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当で
(18)
あるとして, 催告不要とする特約は有効であるという立場をとっている。
それゆえに, 民法541条が消費者契約法10条の対象となる任意規定であることは当然のことであろう。
2. 消費者契約法10条前段の解釈
消費者契約法10条にいう民法, 商法等の規定に関しては, 法律の明文
(19)
の規定のみを意味するとの見解がある。 また,【10】~【12】は, 本条項
(16) 潮見佳男 『債権総論 [第2版] Ⅰ』 437頁 (信山社・2003年)。
(17) 潮見・前掲注(16)438頁。 山ℝ到史子 「 ヨーロッパ契約法原則・ UNIDROIT 国際商事契約原則における契約からの開放システム」 大阪外国語大学国際関係講座編 『貝ℝ守教務停年退官記念論文集』 247頁 (大阪外国語大学国際関係講座・1998年), 森ℝ修 「民法541条催告の規範的要件化と要件事実論」 ジュリ1158頁106頁以下 (1999年) 参照。
(18) 最判昭和43年11月21日民集22巻12号2741頁, 判時542号48頁, 判タ229号145頁 (家屋賃貸借契約において1月分の賃料の遅滞を理由に無催告解除を許容する特約条項に関する事案)。
(19) 松本恒雄 「規制緩和時代と消費者契約法」 法セミ549号7頁 (2000年)。
によれば, 猶予期間の末日を経過をもって, 保険契約は将来に向かって当然に失効するから, 催告がなされない点において, 民法541条と比べ,保険契約者の権利が制限されるゆえに, 消費者契約法10条前段要件を満
(20)
たすとしている。
しかし, 消費者契約法10条にいう民法, 商法等の規定に関しては, 一般的に, 明文の規定の他に, 判例によって民法, 商法等の解釈として承
(21)
認された準則や不文の法理が適用されると解しており, 最高裁の立場も
(22)
同様である。 また,【12】に関して, 本条項の文言と任意規定である民
法541条の文言を単純に比較して, 任意規定の適用に比べて, 消費者である保険契約者の権利を制限するものであると判断しているように見え
(23)
るとの指摘がある。 すなわち, この見解は, 基本的には, 消費者契約法
10条前段要件の意義について, 消費者契約における当該契約条項の定めが, 消費者の権利を制限し, または義務を加重しているかを判断する基準は, 当該事実関係に適用されるべき任意規定であり, 任意規定を判断
東京地判平成15年10月23日 LEX / DB インターネット (2件), 岡山地判平成16年2月18日 LEX / DB インターネット (3件とも学納金に返還請求に関する事案) を参照。
(20) 同旨, 神作・前掲注(2)160頁。
(21) 山本豊 「消費者契約法10条の生成と展開」 NBL 959号20頁 (2011年)。
(22) ①最判平成18年11月27日民集60巻9号3437頁・裁時1424号11頁・判時 1958号12頁・判タ1232号97頁・最判民事222号359頁 (学納金に返還請求に関する事案), ②最判平成18年11月27日民集60巻9号3597頁・裁時1424号 17頁・判時1958号24頁・判タ1232号111頁, 最判民事222号445頁 (学納金に返還請求に関する事案), ③最判平成23年3月24日民集65巻2号903頁・裁時1528号15頁・金判1378号28頁・判タ1356号81頁・判時2128号33頁・金法1948号90頁 (賃貸住宅の明け渡しに際し, 保証金のうち未返還分の支払に関する事案), ④最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁・裁時1535号13頁・金判1372号7頁・判タ1361号89頁・判時2135号38頁・金判1384号 35頁 (賃貸住宅の更新料の支払を約する条項に関する事案) 等。 小野寺・前掲注(3)5頁参照。
(23) 落合・前掲注(3)1頁。
の基準とするためには, 当該任意規定を合理的に解釈することが必要であり, 合理的に解釈された任意規定が基準となるとの解釈に立ったうえ
(24)
で, 消費者契約法10条にいう 「比し」 とは, 当該約款の現実の機能と任
意法規の適用が現実に果たしている機能との比較であり, 当該約款あるいは任意規定がその文言とは異なる機能を現実に果たしている場合に,その文言だけを比較するのでは, 現実に存在していないことになり, 不利益性についての意味のある比較にならないとする。
3. 保険料支払債務の履行期
本条項は, 第2回目以後の保険料支払債務は, 月単位の契約応答日の属する月の初日から末日までの間に払い込むことを要する払込期月の概念が定められており, 払込期月の翌月の初日から末日までを猶予期間とし, 猶予期間内に保険料の払込がないときは, 保険契約は, 猶予期間満了日の翌日から効力を失うとしている。
本条項について,【11】は, 保険契約者が遅滞の責任を負うこととなる 「期限の到来した時」 (民法412条1項) とは, 猶予期間の末日が経過した時であり, 本件約款上, 払込期月または猶予期間の末日が経過した場合に保険者が保険契約者に対して保険料支払の催告ないし督促をする旨の定めは置かれておらず, 保険料の支払がないまま猶予期間の末日が経過すると, 本件保険契約は, ただちに, 保険者から保険契約者に対する解除の意思表示がなくても, 当然に, その効力を失うと解されることから, 本条項は, 保険契約者が保険料支払債務を履行しない場合に保険者が履行の催告をすることを要しないとしている点および保険者が保険契約者に対して契約解除の意思表示をすることを要しないとしている点において, 民法の公の秩序に関しない規定 (民法540条1項および541条)の適用による場合に比し, 消費者である保険契約者の権利を制限していると判示している。 しかし, この解釈では, 本条項は履行期の翌日に催
(24) 落合・前掲注(15)148頁~149頁。
告も解除の意思表示もなしに自動的に保険契約が終了する旨を定めたこ
(25)
ととなり, 本条項の無効の判断を導く。
履行期については, 払込期月の末日が履行期となると解するのが一般
(26)
的であり, また,【12】では, 本条項において, 第2回目以後の保険料
の弁済期限は各払込期月の末日であることが明らかであり, 猶予期間は,保険料支払債務の不履行を理由とする保険契約の失効を当該払込期月の翌月の末日まで猶予する趣旨のものというべきであって, 本条項は, 保険料が払込期月内に払い込まれず, かつ, その後1か月の猶予期間の間にも保険料支払債務の不履行が解消されない場合に, 保険契約が失効する旨を定めたものと解されるとしている。
4. 消費者契約法10条前段要件の該当性
民法541条の解釈および最高裁の立場からして, 相当期間付き催告の要否は, 履行のための最後の機会 (追完権) を債務者に与えるかどうかという許容限度と結びつけてとらえられるのが相当であるとすれば, 当該契約が当事者間の信頼関係を基礎とする債権関係である場合, 債務者の履行遅滞が発生し, 契約解除にあたり催告をしなくとも不合理とは認められないような事情が存在する場合には, 必ずしも催告を要としないと解することができる。 それゆえに, 生命保険契約の約款規定として定められている本条項の有効性を民法の規定に関連させて判断するにあたっては, 催告をしなくとも不合理とは認められないような事情が存在するかどうかを検討しなければならない。
そこで, 消費者契約法10条にいう民法, 商法等の規定に関しては, 明文の規定のみを意味するとの見解があるが, 不利益性について意味のある比較をすべきであるという観点からすれば, 明文の規定の他に, 判例によって民法, 商法等の解釈として承認された準則や不文の法理が適用されると解するのが妥当であろう。 それゆえに, 本条項では猶予期間を
(25) 山下・前掲注(3)38頁。
(26) 山下友信 『保険法』 340頁 (有斐閣・2005年), 榊・前掲注(2)95頁等。
設けていることから, 保険契約者の利益を確保していると判断され, 消 費者契約法10条前段要件を充足するものではないと解することができる。さらに,【11】では, 本条項について保険契約者が遅滞の責任を負う こととなる 「期限の到来した時」 (民法412条1項) とは, 猶予期間の末日が経過した時であると判示されているが, 払込期月の末日が履行期となると解するべきであろう。 それゆえに, 保険契約が多数の保険契約者と対する附合契約であるゆえに,【12】において判示されているように,猶予期間は, 保険料支払債務の不履行を理由とする保険契約の失効を当
該払込期月の翌月の末日まで猶予する趣旨のものというべきである。 また, 本条項によれば, 猶予期間の末日を経過をもって, 保険契約は
将来に向かって当然に失効するから, 催告がなされない点において, 民法541条と比べ, 保険契約者の権利が制限されるゆえに, 消費者契約法 10条前段要件を満たすと解することもできる。
さらに, 民法上の契約解除要件である催告および解除の手続に関して
も, 多数契約を処理する便宜上, 個々の契約について催告および解除の
(27)
手続をとることも困難であるとの見解がある。 しかし, 経費面はさてお
き, 多数契約を処理するという理由でこの手続をとらないという理由にはならないように思える。 というのは, 保険契約者にとり当該保険契約は自己の経済的危険の分散において重要な意味を持つからである。
また, 保険契約上, 任意解約権を保険契約者に認めている以上, 催告
(28)
および解除の手続はさほど意味がないとの指摘があるが, 保険契約者は
自己の判断で保険契約を解約できることから, 本条項は保険契約者の権利を制限するものとはいえないのではないかと考える。
(27) 日本生命保険生命保険研究会編著 『生命保険の法務と実務』 213頁 (きんざい・2004年) (岩橋治幸筆)。
(28) 日本生命・前掲注(27)213頁 (岩橋筆)。
第3節 消費者契約法10条後段要件の該当性第1款 消費者契約法10条後段要件
1. 消費者契約法10条後段要件の解釈
判決例を見る限り, 本条項は民法541条よりも消費者である保険契約者の権利を制限するまたは義務を加重する面を持つものであると認識されているが, 本条項が消費者契約法10条に該当すると判断するにあたっては, 本条項の内容が, 民法1条2項に規定する基本原則 (信義則) に反する程度に至っているかどうか, さらには, 消費者の利益を一方的に
(29)
害するものにあたるかどうかを検討しなければならない。
消費者契約法10条後段要件について, 当該条項が消費者の利益を一方的に害して信義則違反 (民法1条2項) として評価されるにあたっては,当該契約の対象となる物品・権利・役務の性質, 当該契約の他の条項, 当該契約に依存する他の契約の全条項を含む契約時点でのすべての事情
(30)
を考慮して総合的に判断すべきであるとされる。 その際, 特に留意すべ
き事項として, ①当事者の情報力・交渉力の格差の程度・状況, ②消費者が当該条項に合意するよう勧誘されたかどうか, ③当該物品・権利・役務が, 当該消費者のほうから特別に求めたものかどうか, ④当該条項
(29) 竹 修 「生命保険契約の失効条項の効力」 立命館法学327=328号429頁 (2009年)。
(30) 落合・前掲注(14)151頁, 日本弁護士会連合会=消費者問題対策委員会 『コンメンタール消費者契約法 [第2版]』 198頁 (商事法務・2010年)。継続的契約としての生命保険契約と不動産の賃貸借契約を同列に扱うことは適切ではないが (竹 ・前掲注(29)420頁注(6)), 民法541条に関する判例として, 最判昭和43年11月21日民集22巻12号2741頁 (家屋賃貸借契約におい1か月分の賃料の遅滞を理由に無催告解除を許容した特約条項の効力について, 賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることに鑑みれば, 賃料が約定の期日に支払われず, これがため契約を解除するにあたり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には, 無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当であると判示している) 参照。
が消費者にとって理解しやすいものであるかどうか, ⑤消費者に当該条
(31)
項の基本的内容を知る機会が与えられていたかどうかがあげられている。
つぎに, 消費者契約法10条にいう 「消費者の利益を一方的に害する」 とは, 事業者が消費者の正当な利益に配慮せず, 自己の利益をもっぱら優先させて消費者の利益を害する結果をもたらすことを意味する。 当該条項が, 信義則に反して 「消費者の利益を一方的に害する」 かどうかは,消費者契約法10条後段要件の意義に関連して示している事情等を考慮して総合的に判断しなければならない。 つまり, 当該条項が消費者に不利益なことを規定していても総合的に判断して 「消費者の利益を一方的に
(32)
害する」 とは言えず, 本条に該当しない場合がありうるとされる。 そし
て, 消費者契約法10条により無効とされる可能性のある条項として, 事
(33)
業者からの解除・解約の要件を緩和する条項があるとする見解がある。
それによると, 民法540条1項・541条との関連において, 契約の性質からして一定の期日または期間内に債務者が履行しなければ, 債権者の契約の目的が達成されない場合 (定期行為の場合) などの正当な理由なく事業者が消費者の債務不履行の場合に相当な期間の催告なしに解除することができるとする条項については, 無効とすべきものということになる。
2. 検討の対象
消費者契約法10条後段の要件に関する以上のような解釈に基づき, 本条項がこの要件を充足するか否かを検討する場合, 当該保険契約に関する約款規定の他に, 保険者が遂行する実務上の取扱および保険契約の特性を総合して検討すべきである。 というのは, 保険契約者はこれらの総体において保護されていると考えるからである。 まず, 約款規定に定め
(31) 落合・前掲注(14)151頁~152頁。
(32) 落合・前掲注(14)152頁。
(33) 消費者庁企画課編 『逐条解説 消費者契約法 [第2版]』 224頁 (商事法務・2010年)。
る保険契約者の権利について検討するが, 具体的には, 猶予期間, 復活,保険契約者の保険契約からの離脱の機会の確保 (解約権), および, 保険料自動振替貸付・保険契約者貸付を対象とし, つぎに, 保険実務上の
(34)
取扱および保険契約の特性を対象とする。
第2款 約款規定に定める保険契約者の権利
1. 猶予期間の解釈
本条項では, 第2回目以後の保険料は, 月単位の契約応当日の属する月の初日から末日までの間に払い込むこと, その払込については, 払込
(35)
期月の翌月の初日から末日までを猶予期間とすると定められている。
本条項における払込期日と猶予期間との関連について, 猶予期間の末日は履行遅滞を治癒し, 契約の失効を防止できる期限を意味するものであり, 払込期日と猶予期間とは, 債務の履行をめぐり, 信義則上, 当事
(36)
者に要請される行為の面等で違いが生じるとされる。
【11】では, 保険料の払込期月は当該月の初日から末日までの間とされるが, 払込期月の翌月の初日から末日までが猶予期間とされているから, 保険契約者が遅滞の責任を負うこととなる 「期限の到来した時」 (民法412条1項) は猶予期間の末日が経過した時である, と判示されて
(37)
いる。 これに対して,【12】では, 第2回目以後の保険料の弁済期限は
各払込期月の末日であることが明らかであることから, 保険料が払込期月内に払い込まれず, かつ, その後1か月の猶予期間の間にも保険料支
(34) 竹 ・前掲注(29)418頁, 山下友信=米山高生編 『保険法解説』 694頁
~695頁 (有斐閣・2010年) (沖野眞巳筆) 参照。
(35) 日本生命・前掲注(1), 明治安ℝ生命・前掲注(1)住友生命・前掲注 (1)等参照。
(36) 山下=米山・前掲注(34)366頁 (沖野筆)。
(37) この解釈は間違いであると指摘されている (竹 ・前掲注(29)422頁注(9)参照)。 また, この解釈から, 任意規定との比較による有効性の判断過程において齟齬が生じているとの批判がある (遠山・前掲注(2)6頁,榊・前掲注(2)97頁, 山下・前掲注(3)39頁, 小野寺・前掲注(3)6頁参照)。
払債務の不履行が解消されない場合に, 保険契約が失効する旨を定めたものであると判示されている。
猶予期間の解釈について, 下級審の判決例であるが, 保険契約者の保
険料支払債務の不履行によりただちに保険契約を失効するものとはせず
(38)
に, 失効という効果の発生を猶予するものであると判示するものがある。
また, 前述のように, 払込期月の末日が保険料支払債務の履行期となる
(39)
と解するのが一般的であり, 猶予期間中に保険料が支払われれば当該保
険契約が継続することから, 猶予期間中は保険保護もなさなれ, 猶予期間は催告による解除における 「相当の期間」 (民法541条) と同じ機能を
(40)
果たしているといえる。
しかし,【12】の反対意見では, 本条項の猶予期間が催告期間 (民法 541条) より長い1か月としたということが, 債務者 (保険契約者) の権利の制限 (不利益) にどれだけ配慮しているのか甚だ疑わしく, 単純に, 催告期間と猶予期間とを比較するのは正しくなく, 弁済期限たる払込期月末日から督促通知の到達日までの期間が1か月という期間から差し引かれた上で比較されなければならないと主張されているが, 一般に相当と解される催告期間よりも長く設定されているのではないかと解す
(41)
る。
2. 復活
生命保険契約の約款には, 一般的に, 解約返戻金の請求があった場合を除き, 保険契約者は, 保険契約が効力を失った日から起算して3年以内は, 保険会社の承諾を得て, 保険契約を復活することができ, 保険会社が復活を承諾した場合には, 延滞した保険料を受け取った時, または,
(38) 東京高判昭和45年2月19日下民集21巻1=2号334頁・判タ248号256頁・金法576号21頁。
(39) 山下・前掲注(26)340頁, 榊・前掲注(2)95頁等。
(40) 小野寺・前掲注(3)6頁。
(41) 神作・前掲注(2)161頁, 竹 ・前掲注(29)422頁, 山下・前掲注(3) 38頁, 小野寺・前掲注(3)6頁。
告知が行われた時のいずれか遅い時 (復活日) から, 復活後の保険契約
(42)
の責任を負うと定められている。
【11】では, 復活の申込をする場合, 復活申込の時点における被保険者の健康状態等の告知を要し, 復活には保険者の承諾を要することとされていることから, 復活が認められない場合もあり得るゆえに, 保険契約が失効した場合でも, 保険契約者は保険契約を復活させることができるから, 保険契約者が被る不利益が小さいということはできないとして,考慮しない旨を判示されているのに対して,【12】は復活について言及していない。 このような【12】の姿勢について, 復活とは, いったん消滅した保険契約の効力を再び発生させるものであって, 保険契約者が復活を希望したとしても, 復活に際しては, 告知義務による危険選択があり, 保険者の承諾が要件とされ, 復活が承諾される限り, 元の保険契約が継続したのと同じ状態で保険契約が継続されるが, 失効時までは遡ら
(43)
ないという事情が考慮されているのではないかとの指摘がある。
復活は, 元の保険契約が継続したのと同じ状態で保険契約が継続する限りにおいて, 保険契約者を保護するものであるが, 保険契約の失効後であっても, 保険契約者が保険契約の復活を希望し, 所定の手続を整える場合に認められるものであることから, 失効後に被保険者に保険事故が発生しないなどの場合を含め, すべての保険契約者を保護するものとはいえない。 また, そもそも復活は, 保険契約が失効した後に機能するものであることから, 本条項が適用され, 保険契約が失効する前に保険契約者を保護する制度と比較すれば, 保険契約者に対する保護の度合が低いと言えなくもない。 しかし, 生命保険契約上, 復活という制度を設けることにより保険契約の暫定的な失効とし, 保険契約者において, 保険契約の失効により保険料支払義務から解放されることと, 保険契約上
(42) 住友生命・前掲注(1)22条参照。
(43) 山下・前掲注(3)43頁注(18)。 同旨, 潘阿憲・事例研レポ245号10頁コメント (2010年)。 山下・前掲注(26)352頁参照。
の地位を再び取得することとの選択の余地を認めているということは,復活を承認するにあたり, 保険者が再び危険選択を行うことを考慮しても, 継続的かつ長期の契約である保険契約において, 保険契約者を手厚
(44)
く保護する合理的なものであると評価できる。
3. 保険契約者の保険契約からの離脱機会の確保
生命保険契約上, 保険契約者は保険契約からの離脱の機会が確保されている。 すなわち, 生命保険契約の約款には, 個人年金保険契約などを除き, 一般的に, 保険契約者はいつにても将来に向かって保険契約を解約することができ, 解約返戻金が保険契約者に支払われると定められて
(45)
いる。 また, 債権者等 (差押債権者, 破産管財人その他の保険契約者以
外の者で保険契約を解除できる者) による保険契約の解約も認められており, 解約の通知が保険会社に到達した日の翌日から起算して1か月を
(46)
経過した日にその効力を生ずると定められている。
(47)
解約権は, 理由のいかんを問わない一方的な解除権である。 保険契約
者は, 自己の判断で保険契約から離脱することができるので, 解約権は保険契約者を十分に保護するものであるといえる。 約款に本条項が定められていない場合, 保険者は, 保険契約者が保険料を支払わない場合には, 民法の一般原則に従って, 当該保険契約者に対して相当の期間を定めて履行の催告をすることになり, 期間内に履行がない場合に, 保険契約を解除することになる。 しかし, 保険契約者が保険料不払を重ねている場合には, その度ごとに上記手続をとっていたのでは, 保険者において費用がかさむとともに, 有償契約かつ双務契約である保険契約上, 保険者の危険負担に対して, 保険契約者は保険料を負担しなればならず,そもそも当事者間においてこのような信頼関係が成り立っているはずの
(44) 山下=米山・前掲注(34)695頁 (沖野筆)。
(45) 住友生命・前掲注(1)31条参照。
(46) 住友生命・前掲注(1)33条参照。
(47) 山下・前掲注(26)639頁。
長期かつ継続契約としての本来の前提が崩れてしまう。 そこで, 生命保険契約の約款に本条項を挿入することによって, 保険者と保険契約者の給付上の均衡を保っているのではなかろうか。 保険契約者の解約権に対応する本条項とは, 保険者が保険契約における給付の対価的均衡を図り
(48)
つつ, 保険料を確保するための合理的な方法であると評価される。 それ
ゆえに, 本条項がある限りにおいて, 保険契約者は保険料支払義務を履行すべきであるという意味合いが強まるといえる。
4. 保険料自動振替貸付・保険契約者貸付
生命保険契約上, 保険契約者が保険料の支払いが難しくなった場合,保険契約者に保険料自動振替貸付 (立替) および保険契約者貸付が認められている。
まず, 生命保険契約の約款には, 猶予期間中に保険料が払い込まれないときでも, 保険契約者からあらかじめ反対の申出がなければ, 保険契約を有効に継続させるために, 保険料を保険契約者に対する立替金として貸し付ける, 未払込の保険料とその利息の合計額が, 保険料が払い込まれたものとして計算した解約返戻金をこえるときは, 保険料を立て替えない, 立替金は猶予期間満了の日に立て替えたものとする, 立替金の
利息は, 保険会社の定める利率で計算し, 次の猶予期間満了の日に元金
(49)
に繰り入れると定められることがある。 この場合, 猶予期間中に保険料
が払い込まれず, かつ, その保険料の立替が行われないときは, 保険契
(50)
約は猶予期間満了の日の翌日に効力を失うと定められることがある。 保
険契約者は, この制度により, 不注意の払込遅延による失効が防止されるという利益がある。 しかし, 他方, 自動振替貸付が保険契約者の同意なく自動的になされることから, 保険契約者が認識しないまま自動振替
(48) 竹 ・前掲注(29)419頁~421頁。 日本生命・前掲注(27)213頁参照。
(49) 住友生命・5年ごとの利益配当付終身保険普通保険約款20条~22条 (2012年) 参照。
(50) 住友生命・前掲注(49)23条参照。
貸付がなされ, 解約返戻金が消滅してしまう事態を防ぐために, 自動振替貸付が行われた場合でも, 猶予期間満了の日の翌日から起算して一定期間 (1か月・3か月など) 以内に, 保険契約者から払済保険もしくは延長保険への変更または保険契約の解約の請求があったときは, 保険会社は自動振替貸付を行わなかったものとする約定 (自動振替貸付の取消)
(51)
がなされている。
つぎに, 保険契約者は, 基準となる解約返戻金に保険会社の定める割合を乗じて得た金額の範囲内で, 貸付 (保険契約者貸付) を受けることができ, 貸付金の返済に際しては, 自動振替貸付金の返済に準じて取り
(52)
扱うと定められることがある。 解約をしないで解約返戻金の範囲内で保
険者から貸付を受けることができるとすれば, 保険契約を存続させつつ,
(53)
資金調達もできるので保険契約者の便宜に資することになる。
このように, 保険契約者に認められる保険料自動振替貸付および保険契約者貸付は, いずれも解約返戻金の範囲で認められることから, 保険料自動振替貸付について,【11】および【12】の反対意見では, それにより保険契約の失効を防ぐためには十分な解約返戻金がなければ意味のないものであるとしている。 これに対して,【12】では, 長期間にわたり保険料が払い込まれてきた保険契約が1回の保険料の不払により簡単に失効しないようにされているなど, 保険契約者が保険料の不払をした場合にも, その権利保護を図るために配慮がされていると一定の評価し
(51) 山下・前掲注(26)675頁~676頁。 住友生命・前掲注(49)22条参照。
(52) 住友生命・前掲注(49)41条・42条参照。 契約者は, 立替金の元利金の全部または一部を, いつでも払込むことができる旨等が定められている (住友生命・前掲21条参照)。
(53) 山下・前掲注(26)669頁。 保険実務の取扱上, 保険契約者貸付は, 保険契約者が保険料に充当する資金以外の資金の貸付として利用されることが多いということであるが, 理論上, 貸付を受けた資金を保険料に充当する余地もないではないことから, 保険料不払時の保険契約者保護の制度の
1つとして扱うこととした。
ている。 たしかに, これらの貸付制度は解約返戻金がある場合に限られるが, 解約返戻金がある場合には, その限度額において, 保険料の不払に陥った保険契約者の保護に資するものである。 それゆえに, 必ずしも十分とはいえないが, 保険料の不払を治癒するものであるといえる。
第3款 保険実務上の取扱・保険契約の特性
1. 保険実務上の取扱
【10】~【12】で示されているように, 生命保険業界では, 約款で催告を義務付ける代わりに, はがきによる未払保険料の払込の督促が行われており, 保険契約者が払込に気づかないまま保険契約が失効するという
(54)
事態を防いでいる。
【11】では, 当事者間における事情を捨象して, 約款条項を抽象的に検討して判断すべきであるとして, 督促通知をとっていることは本条項
(55)
の有効性を判断する際に考慮すべきではないと判示されている。【12】
の反対意見では, 督促通知は事実上のものにしか過ぎず, 法的義務とはならない, 督促通知がなされなかったとしても, 保険契約者は, 保険会社を相手としてなすすべもないことなどから, 督促通知を行っていることにより, 民法541条を適用しないことによる保険契約者の不利益がカバーされるものとまではいい難いとしている。 これに対して,【12】では, 保険契約の締結当時, 失効前に保険契約者に対して督促を行う態勢を整え, かつ, 実務上の運用が確実にされていたとすれば, 通常, 保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付くはずであるとし,
(54) 山下・前掲注(26)342頁~343頁。
(55) 約款規定以外の要素に言及する判決例が多い (最判平成23年3月24日・前掲注(22), 大阪高判平成22年2月24日民集65巻5号2345頁・金判1372号 14頁 [更新料条項および本件定額補修分担金条項は, 消費者契約法10条に該当し無効であるとした事案], 最判平成23年7月12日金判1378号41頁・判タ1356号87頁・判時2128号43頁・最高裁民事237号215頁・金法1948号97頁 [消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約が消費者契約法10条により無効ということはできないとされた事案] 等)。
権利保護を図る配慮をするとともに, このような運用をしているのであれば, 本条項は, 信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに
(56)
当たらないと判示されている。
そもそも, 催告 (民法541条) は, 保険契約者に保険料の不払による保険保護の喪失という不利益について注意を喚起させるために, これを
(57)
義務付けることが望ましいが, 生命保険業界では上記の方法をとってい
(58)
る。 たしかに, 督促は,【12】の反対意見がいう通り, 約款に根拠とす
る規定を持たないゆえに法的義務とはいえず, 保険契約者の保護を十分に確保できるものではないが, 督促を行うことは商慣習となっており,契約締結時, 督促を行うことが保険会社の実質的な義務になっており,
(59)
本条項の効力発生の法的要件になっているとの見解もある。 ただ, 督促
が商慣習となっており, 保険会社が法的義務を負っているか否か明確ではないとしても, また, 保険契約者が督促通知を受け取ることが権利として保証されておらず, 督促は保険実務上の措置に過ぎないとしても,保険契約者が保険料の不払の事態が生じた場合に, 督促のはがきが実際に送付されている限りにおいて, 保険契約者の保護が図られているとい
(60)
うことができよう。 そうであるとすれば, 実務上の確実な運用が大きな
(61)
課題となる。
(56) 督促通知は契約締結後の事情なので, このことを考慮することについて疑問を持つものがある (鹿野・前掲注(2)75頁)。
(57) 山下・前掲注(26)342頁。
(58) この方法が導入された経緯などについて, 山下=米山・前掲注(34) 690頁 (沖野筆), 小野寺・前掲注(3)7頁参照。
(59) 中西正明・事例研レポ243号17頁 (追加説明) (2010年)。
(60) 山下友信 「消費者契約法と保険約款―不当条項規制の適用と保険約款のあり方―」 生保論集139号31頁~32頁 (2002年), 同・前掲注(26)342頁
~343頁, 山下=米山・前掲注(34)692頁~693頁 (沖野筆), 小野寺・前掲注(3)7頁。
(61) 小野寺・前掲注(3)7頁。
2. 保険契約の特性
本条項の効力を考えるにあたり, 保険制度における保険契約の特性を
(62)
対象とすべきであろう。
まず, 本条項の効力を認める理由の1つとして, 生命保険契約の保険料支払債務は, 性質上, 民法の債務不履行の一般原則が適用される債務とは異なり, 債務不履行の場合には, 反対給付としての保障の提供を受けられなくなるにすぎず, 保険料払込の履行の強制はできないからであ
(63)
るとの見解がある。 とりわけ, 保険料が分割払の家計保険契約では, 保
険料が少額であることが多く, 保険料の強制履行請求に伴う経費との比較において, 保険会社が請求を躊躇することも考えられる。 さらに, 保険契約の性質上, 保険者による危険負担は保険契約者の利益のためであることから, 保険契約の継続を望まず, 保険料を支払わない保険契約者に対して, 保険契約を継続させことにより保険料の支払義務を負わせ,その履行を強制することの意味は乏しく, 保険契約者に解約権を認める
(64)
ことで均衡が図られているといえる。 そうであるとすると, 保険契約の
継続を望みながらも, 保険料の支払を失念した保険契約者に対しては,この者を保護するという観点から, 保険料の履行を強制することが望ましいといえなくもないが, 約款に定められたその他の制度によってこの者の保護を図ることができるのではないか。
つぎに, 保険料の不払が生じた場合, 損害賠償請求が現実的ではないということがあげられる。 保険契約者が保険料を支払わない場合には,保険者において保険料に相当する金額の収入が確保できなくなることから, 損害が発生するといえなくもない。 保険料の強制履行の場合と同じく, 損害賠償請求に伴う経費を考えれば, 少額の保険料を獲得することの意味が乏しいといえる。 さらに, これらのことは, 個々の保険契約に
(62) 山下=米山・前掲注(34)681頁~683頁 (沖野筆)。
(63) 日本生命・前掲注(27)213頁 (岩橋筆)。
(64) 山下=米山・前掲注(34)682頁 (沖野筆)。
おいて考えうることであり, 保険契約をいわゆる危険集団としてとらえると, 保険契約の不払により保険契約が失効した場合, その段階で保険者の危険負担が消滅し, その後, 保険給付を必要とするでき事が発生したとしても, 保険者は保険給付を行う必要はなく, それゆえに, 保険契約の失効によって, 当該保険契約者が危険集団から離脱したこととなり,その結果, 危険集団の観点からすると, 危険集団からの資金流出がなく
(65)
なったことで, 損害が発生したといえるかは疑問である。
さらに, 保険料支払債務を持参債務と解する以上, 保険契約者は保険料支払債務の履行期を保険証券と約款から知りうるのであるから, 本条項を定め, 大量処理の必要性からも合理性を有するものと解されるとし
(66)
ているとする見解がある。 しかし, 保険契約者が, 保険証券や約款規定
から保険料支払債務の履行期を理解するのは難しいのではないかと思え
(67)
る。
おわりにかえて
無催告失効条項が消費者契約法10条に該当し, 無効となるか否かについて検討する場合には, 保険契約の約款規定だけではなく, 当事者が保険契約の内容を遂行するにあたり行われる実務上の取扱などの保険契約者保護の制度を総合的に考えるべきであろう。 すなわち, 保険契約の約款規定には, 猶予期間が与えられていること, 猶予期間が満了しても保険料自動振替貸付により失効が防止されること, 一定期間内であれば保険契約者は貸付を取り消すことができること, 実務上の取扱として, 督促が実際に行われている限りでは, 本条項は, 民法の任意規定よりは保
(65) 保険料不払による強制履行や損害賠償請求の非現実性や保険契約者の解約権は, 強調すべきではないとの見解がある。 神作・前掲注(2)161頁参照。
(66) 日本生命・前掲注(27)213頁 (岩橋筆)。
(67) 神作・前掲注(2)161頁参照。
険契約者にとって不利益ではあるが, 消費者契約法10条に該当するもの
(68)
ではないと考える。
しかし, 督促の確実な運用については, 継続保険料の不払による失効処理において, 保険契約締結時に注意喚起情報として提示・説明が必要
(69)
とされるとの見解がある。 さらに, 保険契約における一連の保険契約者
保護制度は必ずしも十分ではなく, 約款によって誠実であるが不注意な保険契約者にもたらされる不利益な看過しがたいものがあるとの見解が
(70)
ある。 また, 督促を書面により行うことが契約失効の要件である旨を約
(71)
款上明らかにすべきであるとの見解もある。
無催告失効条項と消費者契約法10条との関係について判示した一連の判例や, それに関連する見解からすると, 本条項は, その内容について解釈が分かれること, 保険契約者の保護が必ずしも十分であるとはいえないことなどからして, 約款の改正が必要なのではないかといえる。 す
(72)
でに約款を改正している保険会社もあるが,【12】を契機として, 保険
契約者保護をその柱としている保険法の趣旨に沿った対応を促進する必要があろう。
(68) 山下・前掲注(26)342頁~343頁。
(69) 小野寺・前掲注(3)7頁。
(70) 山下=米山・前掲注(34)689頁 (沖野筆)。
(71) 神作裕之 「第4章 保険・金融関連の契約条項の現実と問題点」 消費者契約における不当条項研究会編・別冊 NBL 92号71頁 (2004年)。
(72) 日本生命・契約基本約款4条・7条 (2012年) では, 第2回以後の保険料の払込月を契約日の月単位の応当日の属する月の初日から末日までとし, 第2回以後の保険料の保険料期間を, 月ごと応当日からその翌月の月ごと応当日の前日までの期間とし, 保険料の払込が払込期月内になされなかった場合は, 会社は, 相当の期間を定めて保険契約者に保険料の払込を催告するとともに, その期間内に保険料が払い込まれなければ, 払込期月の経過後3か月目の月における月ごと応当日の到来をもって保険契約を解除することを保険契約者に通知する旨が定められている。