今回の消費者契約法立法の動きは、従来の消費者保護基本法や PL 法立法の動きと比較して、議論のバックグラウンドが異なっていた。つまり、従来の弱者としての消費者 を保護するための立法目的に加えて6、むしろ消費者と事業者との情報量・交渉力格差を縮小させ、市場メカニズム重視の社会システムに転換するための民事ルールとして消費 者契約法が必要であるとした点に特徴がある。そうであるならば、規制緩和の潮流の中で、このような消費者契約法を立法する意義、あるいは正当性根拠をどのように説明する かといった問題があった。
消費者契約法の 適用に 関する 序論的考察
- 介護サービス 契約、 金融リスク商品契約を 中心として-
目 次
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.規制緩和と消費者契約法
Ⅲ.消費者契約法の内容と評価
Ⅳ.規制緩和型契約と消費者紛争
Ⅴ.おわりに
xx研究員 xx x
x 約
Ⅰ. はじめに
規制緩和された市場において出現する新しい形態の契約である「規制緩和型契約」において、消費者と事業者との間に不可避的に生ずるであろう紛争の解決にあたって、消費者契約法は、どのような機能を果たすかについて論ずる。
Ⅱ. 規制緩和と消費者契約法
「消費者契約法と規制緩和」研究会における議論を紹介し、規制緩和の意味と、検討すべき問題の所在を明らかにする。その上で、消費者契約法が、経済効率性を阻害することにならないか、そして、現実の消費者紛争の解決にあたって、どのように機能するかについての検討内容を紹介し、次章以下における考察の基礎概念を提示する。
Ⅲ. 消費者契約法の内容と評価
情報提供に関する規定、契約締結過程に関する規定、不当条項規制に関する規定を中心にその内容を検討し、問題点を指摘した。特に、不当条項に関する一般条項である 10 条がどこまで拡張されうるかといった解釈問題が重要である点を指摘した。
Ⅳ. 規制緩和型契約と消費者紛争
介護サービス契約、金融リスク商品にかかる契約、そしてインターネット取引契約を「規制緩和型契約」ととらえ、消費者契約法との関連で考察した。これらの規制緩和型契約に関する消費者紛争においては、私法的規律である消費者契約法と、公法的視点からの適切な規制とが相互補完的に機能すべき必要性があることを問題点として提示した。
Ⅴ. おわりに
本稿は、あくまでも、規制緩和型契約に対する消費者契約法の適用に関する序論的考察である。今後、消費者契約法をはじめとして、本稿で検討した各種法律が施行されることにより、実際の消費者関連紛争がどのように規律されていくのか検討を深めていく必要がある。
Ⅰ. はじめに
(1)消費者契約法の成立と規制緩和の進展
消費者契約法は、本年(2000 年)4 月 28 日成立の上、公布され(2000 年 5 月 12 日法律第 61 号)、
2001 年 4 月 1 日から施行されることになった。
消費者契約法の立法を促した背景には、消費者契約をめぐるトラブルの増加がある。特に、1980年代頃から社会問題化していた、xx商事事件に代表されるような悪徳商法による被害者の救済が、民法を中心とした既存法によっては困難であるという事情が存在した。ところが、立法へ向けた動きが具体化する中で、微妙にそのモメントが変容し、むしろ、立法へ向けたモメントとしては、わが国で進展しつつある規制緩和、市場メカニズム活用のための基盤整備的な法律を制定しようとする性格が色濃くあらわれるようになった。
このような流れを受けて、国民生活審議会(以下「xxx」という)消費者政策部会は、1999 年 1 月に、規制緩和による市場メカニズム重視社会における、あるべき消費者法の立法提案として、「消費者契約法(仮称)の制定に向けて」と題する報告書(以下「最終報告」という)を公表した。一般に規制緩和とは、行政による公法的規制の緩和がイメージされるが、そもそも「規制とは何か」といった重要な問題が背後に存在することを指摘しなければならない。また、規制緩和が進展すると、従来の行政による事前規制中心型システムから、市場メカニズムを重視し、ルールを明確化した事後チェック型システムへの移行が生ずるとされるが、その場合に消費者問題にはいかなる法的対応が必要かについて、基本的に重要な問題が提起されるのである。
周知のように、わが国における消費者法は、当初「弱者」としての消費者の保護立法としての消費者保護法が制定され、それをベースとして発展してきた経緯がある。しかし、規制緩和を進めるためには、国家による規制は極力排除すべきこととされ、消費者法においても、市場メカニズムの論理の中での正当化根拠が求められることになる。前記の消費者政策部会「最終報告」は、規制緩 和の進行が消費者契約法を必要とするとしていた。今回成立した消費者契約法も基本的にはこの考え方が貫かれたとみてよいであろう。しかし、この
正当化の論理それ自体について、必ずしも、十分に論証されておらず、さらに広い角度からより踏み込んで議論・検討する必要があると考えられた。
(2)「消費者契約法と規制緩和」研究会の発足と検討結果
このような問題意識に立脚し、(財)xx火災記念財団は、xxx消費者契約法検討委員会委員長xxxx東大教授を座長に、xxxxx助教授、xxxxx上智大助教授と実務家による「消費者契約法と規制緩和」研究会(以下「本研究会」という)を 1998 年 10 月に組織した。研究会は、
(株)xx総合研究所を事務局として、98 年 10 月から 99 年 7 月にかけて合計 8 回実施し、規制緩和による市場メカニズム重視の社会における消費者契約法の基本的意義を検討してきた。
それと同時に、各論点の検討に最も相応しいと判断される研究者、消費者団体、事業者団体、行政機関などに対して幅広いヒアリングを実施し、報告書(以下「基本問題報告書」という)1を公表した。また、本稿でも紹介するxxxx東大助教授など、xx、司法界、行政機関、消費者団体の有識者が参加し、前記「基本問題報告書」の成果を報告するとともに、さらに議論を深めるべく、ワークショップが開催された2。
(3)本稿における論点と視点
本稿は、本研究会における議論を紹介するとともに3、規制緩和された市場において出現する新しい形態の契約(熟さない言葉ではあるが、本稿ではこれを「規制緩和型契約」ということにする)において、消費者と事業者との間に不可避的に生ずるであろう紛争の解決にあたって、消費者契約法がどのような機能を果たすかについて論ずるものである。規制緩和型契約としてとりあげるべきものは、規制緩和の進展とともに変容し、また新たに創出される市場において出現する契約類型である。
このような視点から、第一に、介護保険制度の施行により生ずる介護サービス契約(介護サービス利用者とサービス提供事業者との私的契約)をとりあげた。第二に、金融の自由化や規制緩和の進展による、新たな金融リスク商品の出現に伴う問題を検討するために、変額保険契約を事例とし
てとりあげる。第三に、規制緩和の進展により多様なサービスの展開がみられるインターネットによる契約についてもとりあげた。
具体的には、今後生起してくるであろう、規制緩和された市場取引における消費者との紛争を想定し、消費者契約法によってこれらがどのように規律されることになるかを論じてみたい。そして、本稿で論ずる規制緩和型契約においては、私法規範としての消費者契約法に過度の負荷をかけるのではなく、公法規範との適切な相互補完による消費者利益の確保が必要であることを明らかにしたい。
なお、本稿で主たる考察の対象とする消費者契約法をはじめ、「金融商品販売法」や「電子署名法」など、検討する法律の多くは、現在、制定・公布は行われているものの、施行されていない段階にある。したがって、現実の紛争類型への法律の適用という意味では、本稿は、本格的な検討ではなく、序論的考察とした次第である。
Ⅱ. 規制緩和と消費者契約法
本章では、本研究会における議論を紹介し、規制緩和の意味と、検討すべき問題の所在を明らかにする。その上で、消費者契約法が、経済効率性を阻害することにならないか、そして、現実の消費者紛争の解決にあたって、どのように機能するかについての検討内容を紹介し、次章以下における考察の基礎概念を提示したい。
1. 立論と分析方法
本研究会における規制緩和の意味づけは次のようなものであった。すなわち、「規制緩和は、市場における予期せぬイノベーションを促進し、国民経済の発展に寄与することになる。そして、国民経済の発展による利益は、消費者、事業者双方が享受する。規制緩和を進行させ、市場メカニズムをより機能させるべき状況の中で、消費者契約法は、消費者契約の締結、履行にあたって、効率的かつxxな取引を実現するために、契約自由への介入を行う手段である」4との立場から、主として、次のような方法論により分析を行った。
すなわち、法律論に偏することなく「法と経済学」、さらには、「ゲーム論」の成果を援用しつつ
分析を行った。さらに、本研究会での契約締結過程規制と契約内容規制に対するゲーム論的分析は、制度の安定を「ナッシュ均衡」を前提としてとらえ、「限定合理性」の行動モデル5を用いて説明している。
2. 規制緩和の意味と消費者契約法の位置づけ
(1)規制緩和潮流と消費者契約法
今回の消費者契約法立法の動きは、従来の消費者保護基本法や PL 法立法の動きと比較して、議論のバックグラウンドが異なっていた。つまり、従来の弱者としての消費者を保護するための立法目的に加えて6、むしろ消費者と事業者との情報量・交渉力格差を縮小させ、市場メカニズム重視の社会システムに転換するための民事ルールとして消費者契約法が必要であるとした点に特徴がある。そうであるならば、規制緩和の潮流の中で、このような消費者契約法を立法する意義、あるいは正当性根拠をどのように説明するかといった問題があった。
さらに、規制緩和がなぜ必要なのか、特に新たな立法に対する懸念を抱く産業界に対する正当性理論、さらには、市場メカニズム重視の経済社会システムへの転換が、消費者である国民に対してどのような利益をもたらすかについて必ずしも十分解明されていないのではないかとの疑問がありえたのである。
従来の消費者法は、弱者である消費者を保護するという「弱者保護の議論」に正当化の論理があった。したがって、従来の弱者としての消費者保護的思考が、市場メカニズム重視、すなわち、効率性重視という視点からどのように位置づけられるかという問題が存在する。市場メカニズム重視の経済社会システムの中で、消費者契約法の存在理由は何かという命題に帰結する。
(2)消費者利益の増大
この命題に対して、xxx教授は、「規制緩和も消費者契約法も、どちらも消費者利益の増大、すなわち国民経済全体の発展という同一目標に向けられた並列的な政策手段である」とされる7。
さらに、「規制緩和とは、有効かつ適切な規制を廃止する政策ではなく、その目的は、時代遅れの、あるいは無意味な規制をとり除き、それまで禁じ
られていた商品・サービスの提供を可能にして、より豊かで充実した消費生活を実現するところにあるはずである」という。
(3)規制緩和と消費者契約法の役割分担
そこで、仮に、「規制緩和と消費者契約法が同じ目標のための並列的な手段であるとした場合、この両者の役割分担は、どうあるべきかといった議論が必要になる。つまり、規制緩和が消費者の利益に結びつくプロセスをもう少し考えてみる必要がある」とされる。
さらに、「規制緩和が消費者利益に結びつくプロセスとして第xx的には、競争者が市場に参入してくることによって、サービスの対価や商品価格が低下することが考えられるが、これは、規制緩和の影響としては最もプリミティブなものである。むしろ、サービスの多様化、マーケティングの多様化、などを含めて、新しい経済活動が生まれてくることに意義がみいだせるのである。このような状況の中で、消費者契約法が果たす機能は、取引の相手方に対する信頼を通じて、取引が拡大し、社会的富が増大するための基盤になる」という。
「消費者が潤わないところに経済の発展はありえないとの考え方に立脚すると、消費者契約法を通じて、規制緩和のもたらす利益を社会に行き渡らせることも、『産業政策』として十分な意味を持つ」と考えるのである。
このような視点から、本稿では、規制緩和によって享受される新たな果実を社会に行きわたらせる上で桎梏となっていた既存の法制度を改革し、消費者の利益向上につながる新規競争市場の創設を促す「政策手段」として、消費者契約法やその他の法律を位置づけ論じている。
3. 契約締結過程規制と契約内容規制に関する法政策学的分析
xxx教授は、規制緩和に対して、消費者契約法をいかに正当化できるかの検討にあたり、まず、規制のタイポロジーを設定して説明される8。
(1)規制のタイポロジー
すなわち、規制を全面的に否定するのではなく、
「よい規制」と「悪い規制」は、どのように考えるべきかを整理する意味で、①社会的規制/経済
的規制、②事後的規制/事前的規制、③強制的規制/非強制的規制、④包括的規制/個別的規制、
⑤ルールによる規制/裁量による規制、⑥司法的規制/行政的規制という 6 種類のタイポロジーを設定して考えることが有益である。本稿では、そのうち、②と⑤についてのみ触れることにする。
まず、xxx教授は、②の「事前的規制と事後的規制」を効率性の観点とxx性の観点から考察される。結論として、「必ずしも、事前的規制よりも事後的規制のほうがいいという議論は、効率性の観点からもxx性の観点からも成立しえないこともありうる」とされる。つまり、事後的規制といわれる裁判規範としての消費者契約法の方が、事前的規制である許認可行政よりもよいと、単純にはいえないとの帰結になる。
次に、⑤の「ルール型規制と裁量型規制」に関しては、たとえば、市場における透明性の高いルールとして、消費者契約法が必要であるとの議論がされる。しかし、「およそ裁量の余地を一切排したルールなるものは不可能であり、この両者もいずれがよいか明確ではない」とされる。
現在の規制緩和論の中で、「よい規制」・「悪い規制」をタイポロジカルに決めて、事前的規制よりも「事後的規制」といわれる消費者契約法が優れているといった議論をすることは意味がないのである。結局、「規制の長所も短所も含め、いわば短所も選択する形で規制のタイポロジーを選ばなければならない」とされる。
(2) 消費者契約の不当条項規制に関するゲーム論的分析
その上で、xxx教授は、消費者契約法を上記のようなタイポロジーにとらわれず、「法政策学」的、すなわち、xxの観点と効率性の観点から評価される。市場との関係で、消費者契約法は、どのような位置づけが与えられるかを検討する訳であるが、とりわけ、契約締結過程の規制と不当条項の規制を、経済学的に効率化できるかということに関わってくる。
契約締結過程規制の正当性は、情報の非対称性から外部不経済の発生を市場の失敗として説明する新古典派経済理論からは比較的容易に説明しうるので、本稿では、専ら、消費者契約の不当条項規制に関するxxx教授の分析を紹介する。
すなわち、xxx教授は、英会話教室などの中途解約時の前払金返還に関する判決9を素材に、ゲーム論的に分析される(図表 1、2 参照)。なお、図表中のXを英会話教室、Yを受講者とし、規制のない状況では、Xが「不返還条項をおかない」という戦略Tと、「同条項をおく」という戦略Fをもち、Yは、「長期コース契約を選択する」という戦略Tと、「短期コース契約を選択する」という戦略Fをもっているとして表現される。
ゲーム 1 は、規制がない場合に何が起こるかを説明するものである。規制がない場合には(2、
2)のペイオフがナッシュ均衡解10となり、前払金が返還されず、消費者は長期契約を締結しないことになる(F、F解)。これが囚人のxxxxといわれているものである。
次に、消費者契約法で中途解約時の「前払金不返還」条項を無効にする規定を創設した場合のゲームを解くこととする。ゲーム 2 は、ゲーム 1と比較すると、αが付加されているが、αを付加することで、ゲームの均衡、すなわちゲームの解が移動することになる。これにより、英会話教室は払戻し条項を付け、消費者は長期契約を結ぶことになる。αの値を一定以上にすると、そのような帰結に落ち着くことをゲーム論的に示している。これがゲーム論的にみた市場の法規制の位置づけである。
さらに、重要なこととして、ゲーム論的に規制をモデル化すると、市場規制というのは市場における取引ゲームであるゲーム 1 における均衡を、均衡の外に作用して別の均衡T、Tに移動させるものであると定義することができる。α>1という条件を満たしている限り、この規律は効率的だということになる。なお、T、T解は、ゲーム 1におけるF、F解(ナッシュ解)をパレート支配している唯一の解(パレート解)であり、社会的に効率的な解であるということができる11。また、ふたつのペイオフを足すと7となり、全ての解の中で最大となる。これが別の社会的効率性の基準
であるカルドア・ヒックス基準と言われるものである。したがって、この解は両方の基準から見て効率的であり12、社会的に望ましい解であるといえる。
(3)消費者契約法による適格付与市場の設計
消費者契約法を立法した場合、このαによって市場に勧誘することになり、αを一般的資格という意味で適格と呼ぶとすると、消費者契約法はこの適格を設計するものということができる。これを消費者契約法による適格付与市場の設計という13。
そして、この適格をパスしたものは、何ら規制にかかることなく、市場の中で自由に取り引きされる。いったん適格を設計しておけばあとはそれを市場における交換にゆだねることができるのである。
さらに、効率性の観点だけでなく、xxの観点から裁判官がロジスティックにこのαを決定できるので、個別的なxxの実現も図ることができるのである。このように、xxx教授は、「xxxx的な規制をつくり出す試みとして、消費者契約法は正当化できる」との結論を導かれるのである。
4. 経済学的視点から見た消費者契約法立法
さらに、経済学的視点から、xxx教授は、次のように分析される14。
(1)情報の非対称性に関する議論
「経済学における自己責任論に関連し、規制緩和を行う場合に、自由に競争させるということを強く主張することがあり得るが、消費者は自己責任を持つべきである、あるいは、消費者は当然に自己責任を負うべきであるとの結論は経済学の議論からは出てこない」とされる。そして、「市場メカニズム重視の中で、どのような消費者契約法立法が必要かについて、経済学の観点からは、市場メカニズムの重視、あるいは効率性の観点から考えても、ある程度の消費者保護は必要であるとい
《図表1 》ゲーム1 《図表2 》ゲーム2
Y
X
T
F
T
(3、4)
F
(1、3)
(4-α、1+α) (2、2)
Y
T F
X T (3 、4※) (1 、3 ) F (4※、1 ) (2※、2※)
うのがまず第1のポイントである」とされる。
つまり、前提条件が満たされていれば効率性が担保され、望ましい取り引きが行われることになる。その前提条件の中には、消費者が適切な情報を得ていることも含まれている。消費者が、十分な信頼ある情報を確保できなければ、効率性のある取り引き自体が実現しなくなるのである。
(2)情報伝達の信憑性と責任の明確化
情報の非対称性があれば取引が行われないとすると、当事者である売り手の企業は、むしろ積極的に情報提供することになるように考えられる。そうすれば、情報の非対称性が解消し、xx性も確保され、効率性も確保されるといった道筋ができるはずである。しかし、情報の信憑性の問題があり、売り手からの情報が正確なものであることが担保される仕組みが必要となる。
したがって、「消費者契約法の不実告知による契約の取消条項(4 条 1 項 1 号)は、情報の伝達をスムーズにして格差を是正することになり、効率性の観点からも有意義である」とされる。ただし、
「効率性の観点からは、不実の告知を行うものを罰することが主眼ではなく、むしろ、正確な情報を伝達することによって、市場に残っていく形で取引がスムーズに行われることが望ましい」とされる。消費者契約法が施行されることにより、事業者がより積極的に正確な情報を開示し、消費者との情報格差を解消することで、市場取引が活性化することが期待できる。
また、責任の明確化という重要なポイントがある。責任が不明確であると、消費者は裁判してみなければ、保護されないのではないかと心配になり、本来であればなされるはずの取引が行われないことがあり得る。責任の明確化という点からも消費者契約法において、契約の取消といった法的効果を事業者に及ぼすことは、効率性の観点からも評価される。
(3)規制緩和との関連での包括立法の必要性
規制緩和との関連について、「経済学的には、ある程度の消費者保護の観点が必要であるが、スピードの激しい、かつさまざまな分野の異業種間で起きているような規制緩和の中では、どうしても今までのような消費者保護の業法的な形式のも
のが不十分であったりする。そういう意味からすると、横断的で包括的な保護がかかるような形式の立法が必要である」とされる。
5. 今後の議論の展開
以上、主として、消費者契約法に関連した「法と経済学」的視点からの分析結果を紹介した。
ここで、規制緩和と消費者契約法立法の意義を総括し、今後の議論の展開に関して考えてみたい。
(1)規制の効率性と消費者契約法立法
消費者契約法立法をめぐる議論において、常に通奏低音として存在していた、以下のような議論の対立が、果たして、同一平面上で議論すべき問題なのかどうか、そして議論すべき問題とした場合、そのいずれかの主張に正当性根拠を見いだしうるか否かに関して、懐疑があったように考えられる。あるいはこの両者の主張がコンパティブルに成立しうるという結論もあり得るかもしれない。すなわち、消費者側からの「規制緩和によって 消費者契約法が必要である」という主張と、事業者側からの「消費者契約法は規制緩和の流れと整合的ではない」という主張の対立である。この命題は、筆者らが各界有識者に対して行ったヒアリ
ング結果からも、同様の反応が得られている。
消費者は、規制緩和をすると、そこに何らかの空白状態が生まれるので、ルールあるいはセーフティーネットを作って対処する、それが消費者契約法立法であるという考え方に立った議論を行い、事業者もその議論に乗って、たとえば、認可を受けた約款であるのに、消費者契約法の判断を重ねるのは、二重の規制になり、屋上屋を重ねるものであるとの反論につながっていたのが一般的であった。つまり、規制なき社会あるいは規制なき世界を想定した議論というのが規制緩和論議にあり、いかなる規制をどの程度まで緩和すべきかが明確に提示されないまま議論がなされる傾向があった。この議論の底流には、日本における行政モデル優位の発想があると考えられる。つまり、取引を業法によって規律しようとする発想であり、事後的紛争解決手段である司法の役割に多くを期待しない傾向があったのではないだろうか。
したがって、いかなる規制をどの程度まで緩和するか、換言すれば、いかなる規制をどの程度す
ることが消費者利益の増大化を実現するのかとの視点からの検討が不可欠と判断される。規制緩和の窮極的目標が、消費者利益の最大化に最終的に帰結する以上、このことはむしろ当然であり、新古典派経済学の論理とも整合するものである。
この命題に関しては、本稿においてxxx教授は、消費者契約法立法は、効率性を阻害しないことをゲーム論的に説明されている。
(2)消費者契約法における不当条項規制の正当性
また、xxx教授が分析されたように、消費者契約法による一種の市場規制を正当化する議論も、一面では、消費者取引市場は情報不完全による市場の失敗をもたらすものと言えるか否かにかかっていると考えられる。消費者契約法の民事ルールの中核は、契約締結過程規制と、契約内容規制
(不当条項規制)であり、情報の非対称性による外部効果発生の抑止を目的とした契約締結過程規制は、新古典派的経済理論からも正当化根拠は比較的容易に得られる。このことは、経済学者であるxxx教授からも、情報の非対称性の解消を通じた消費者の自立確保という視点からの正当化根拠が示されたものと考えられる。
これに対し、不当条項規制は、新古典派的な立場からは正当化の余地はない、あるいは少ないといった見解が多かった。しかし、果たしてそのようなことがいえるかについても検討を行った。それに対する回答として、単純化を行った上であるがゲーム論を用いて分析することで、社会的効率性を害さない形で、不当条項規制の正当性が説明しうることを示しえたものと考える。
(3)消費者契約法議論の今後の展開
本研究会による検討を総括するとすれば、規制緩和のなかでの消費者契約法の位置づけについて、消費者に自己責任を求めるための実質的支援とする見解に立っても、イノベーションの果実を享受するための道具であるとの見解に立っても、消費者契約法は効率性を阻害せず、しかもそのことの理論的な基礎づけが可能であることである15。
さらに、いかなる場合に効率性が害されないかのより立ち入った条件の検討が、今後さらに必要である。本稿のテーマも規制緩和型契約に対して消費者契約法の規律がどのように機能するかを検
討するものである。
Ⅲ. 消費者契約法の内容と評価
消費者契約法は、全 12 条からなる法律であるが、立法過程で指摘されていながら、団体訴権など合意が得られず法律条文に規定されなかった内容が、衆参両院における附帯決議として示されている。そこで、本法を理解し、その評価を行うにあたって、本法の立法過程に即して検討を加えることも有益ではないかと考えられる。本章では、立法に至る間に議論された学説を敷衍しつつ、消費者契約法の主要条文について検討する。その上で、有料老人ホームの入居契約など、次章において検討する「規制緩和型契約」に対して、消費者契約法を適用する上での問題点を明らかにする。
1. 消費者契約法立法に至る段階での議論
1980 年代から 90 年代にかけて、豊田商事商法やマルチ商法、原野商法など消費者取引において攻撃的取引ともいわれる商法が横行するようになった。このような商法では、消費者側で、錯誤や詐欺・強迫による契約の無効・取消の要件事実を立証できないまでも、これらに近い勧誘方法が行われたことが問題となった。すなわち、合意は行われたが、その意思あるいは意思を形成する過程に問題がある場合に、「合意の瑕疵」として、合意の効力をめぐる議論がさかんに行われるようになったのである16。さらに、この問題の背景には、高齢消費者の違法な勧誘に対する攻撃耐性の弱さを問題とする「適合性原則」といった消費者契約法や金融サービス法にもつながる議論の萌芽があったとみるべきであろう。
一方、欧米諸国では、1970 年代の後半から 80 年代にかけて、この種の「消費者契約法」立法が完備されながら、日本で立法できなかったのは、製造物責任法(PL 法)が遅れて立法された状況と類似していた。消費者契約法は、経済効率性を阻害するとの意見に対しては、欧米諸国ですでにこの種の法律が存在する意義はあるはずであり、むしろ「経済効率性」という観点からも、この種の法律は重要な役割を果たしている可能性があると仮定するのが自然であると考えられる17。
さらに、すでに他国に 20 年近く遅れて立法する
以上、他国の法律に追随する必要はなく、インターネットに代表されるような電子商取引の進展や新たな商取引の現状を踏まえた立法こそが望まれていた18 19。他国の法律規定が、すでに、現在のテクノロジーの進展を阻害する非効率なものとなっている可能性も否定できないからである。
また、消費者契約法の議論が熟しつつあった中での 1999 年度の日本私法学会における報告や議論を受けて、北川教授は、消費者契約法の議論において、情報や自己決定のような一連の道具概念が立法論議でもつ役割とその限界についてなお検討が望まれる20として、必ずしも議論が熟していないことを示唆されていた。北川教授の抱かれる問題意識は、本研究会において議論されていた問題領域と共通するところが多かったと考えられる。
北川教授は、消費者契約法は、事業を不当に拘束し萎縮させるものでなく、事業者・消費者間にある取引情報格差を解消し、事業者の情報提供義務を通じて消費者が信頼できる消費者取引市場を確保するためのものとされる21。これは、経済学的には「情報の非対称性」として論じられる問題であり、情報格差の他に、「情報伝達の信憑性」の問題でもある。すなわち、嘘をつけばペナルティーが課されるという仕組みがあれば、情報の非対称性を解消するインセンティブが作用し、市場における効率性が達成される。ここに、新古典派経済学的にも正当性の根拠が与えられるのであり、契約の取消しといった客観的なペナルティーを課す消費者契約法の意義が認められる22。
事業者にこのような義務を課すことは、事業者にとって過剰な「規制」となるものではなく、主として事業者間取引のなかで形成されてきた信義則上の義務群(契約締結上の過失論など)を、事業者間以上に情報格差の存在する消費者取引に敷衍するもので、その限りで裁判例の潮流に沿ったものであり、合理的である23。
しかし、上記のように、民法の学説・判例が事業者間取引で形成してきた契約法理論や消費者契約に関する紛争事例で形成されてきた公序良俗、信義則違反による契約無効の法理が、民法の特別法である消費者契約法において、具体的な規定がないという理由で否定されかねないのではないかといった危惧がなお残ると主張されていた24。
2. 消費者契約法の具体像
消費者契約法立法をめぐる様々な議論を受けて、 1999 年 11 月 30 日の第 11 回消費者契約法検討委員会において、「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」(以下「検討委員会報告」という)がまとまり、国生審消費者政策部会(同年 12 月 14 日
および 24 日開催)に報告され、委員会報告通り承認された(正式には「消費者契約法(仮称)の立法にあたって」が参考資料とともに、公表された)。その後、法案が作成され、閣議決定の上、 2000 年通常国会へ提出され(内閣法 56 号)、衆院商工委員会、参院経済・産業委員会の議論を経て成立した。消費者契約法に関しては、民主党議員提案の消費者契約法案(第 146 回国会提出衆院法
18 号)も提案されていたが、最終的に衆院商工委員会において撤回され、上記閣法が成立した。基本的には、検討委員会報告の内容が維持されたものと考えられるが、衆参両院の委員会において、重要な附帯決議が行われた。
以下に、消費者契約法について、検討してみよう。本稿で論ずる規制緩和型契約に対する消費者契約法適用上の問題点を分析するにあたって重要なのは、消費者契約法が、①消費者と事業者との間にある情報・交渉力格差の存在を前提としたこと、②労働契約を除き、適用除外を認めない包括的内容であること、③無効とすべき条項の列挙の他に、一般条項が挿入されたことの 3 点であり、この点を中心に論ずる。
(1) 消費者契約法制定に対する基本的考え方・目的
消費者契約法は、消費者と事業者間の情報・交渉力格差を前提に、事業者の不適切な契約勧誘行為によって、消費者が誤認・困惑した場合の契約の取消と、不当条項を無効とすることで消費者利益を擁護する途を開いた(1条)(本稿では、特に断りのない限り、消費者契約法条文については、法令名を省略する)。
さらに、当事者間の情報格差を縮小し、対等当事者として効率的な市場取引が実現できるように、事業者には情報提供の努力を、一方、消費者には情報を理解すべき努力が求められるとして(3 条)、双方の努力規定とした。立法へ至る過程においては、事業者に情報提供義務を課すことを明示する
学説や意見が多かったが、結局情報提供義務は規定されなかった。
この点に関しては、検討委員会報告において、消費者トラブルの背景には、消費者と事業者間には情報、交渉力に構造的格差があり、単純に消費者に自己責任を問い得ない状況があるとの問題意識に立脚していた。その上で、消費者に自己責任を求めることが適当でないと考えられる状況にある場合には、契約締結過程および契約条項に関して消費者が契約の全部又は一部の効力を否定する手段を与えるものとしていた。
一方、消費者の個別具体的属性を考慮することなくカテゴリカルに構造的情報格差を是認することに対する批判が加えられ、「消費者」という概念で一律に従来の民法規範を超える法的保護を与えるに相応しいメルクマールかどうか疑問であるとの主張が行われた25。さらに、「高齢消費者」に対する特別な配慮に関連し、これらの者を一律な保護の対象とすることは、かえって高齢者の自立的生活に対する不当な干渉にもなりかねないとの主張もされる26。しかし、消費者ないしは高齢者という概念をメルクマールとして、これらの者に契約からの離脱といった特別の法的権利を行使する権限が付与されることは、その権限を行使することに合理的な理由の立証を必要とする限り、自立的生活への不当な干渉ではないと考える。
事業者にとってもどのような情報提供行為によりどのような効果が生ずるか、明確に予見しうる規範であることが求められ、このことが裁判上の解決だけでなく、裁判外の解決における明確な指針ともなるのである。
また、検討委員会報告は、契約の効力を否定する方法として、民法の詐欺・強迫(96 条)に加えて契約の「取消」権が与えられるに相応しい行為についての考え方を示すとともに、消費者契約において用いられた場合に契約を「無効」とする条項(ブラックリスト)を定めていた。無効とする条項は、従来の民法規範の中で形成されてきた、公序良俗(民 90 条)、信義誠実義務(民 1 条 2項)違反による契約の無効を敷衍したものと考えることができる。
(2)適用範囲
消費者が事業者と締結した契約を消費者契約と
定義し、幅広く対象とする(2 条)。すなわち、基本的には、適用除外を認めない趣旨ととらえられる。この点に関し、第 16 次国生審消費者政策部会中間報告「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」(1998 年 1 月)(以下「中間報告」という)では、消費者と事業者間で締結される全ての契約を対象とし、包括性を確保すべきとしながら、法の趣旨に合致しないと考えられる契約については、適用除外を検討することが必要であるとして、適用除外の契約類型があり得ることを想定していた。
事業者とは、一定の目的をもった同種の行為を反復継続的に行う者をいい、営利を目的としたものに限定されず、国、地方公共団体、あるいは公益的団体なども含まれると解される。したがって、従来、行政契約ととらえられる分野についても、消費者契約法が適用される可能性がでてくるわけであり、「中間報告」段階で考えられていた以上に適用範囲が広がったものと解される27。
このように適用範囲が広がった場合の問題として、そもそも、行政庁と消費者との間で契約が結ばれているかどうか自体議論のあるところであり、従来、契約関係が成立しないというのが通説的理解であるとされている。一方、これらに広く契約関係を認めてもいいという立場もありうるところであり、このような立場からは、国立大学の入学金や NHK の受信料についても契約と考えてさしつかえないと主張される。また、行政主体が高齢者や身障者を介護したり施設で保護するなどの社会福祉に関する「福祉の措置」は、実務的には、被保護者の意思と法的には関係のない、行政主体による一方的な職権措置と解されているが、このような解釈に対しては学説の批判が強く、むしろ契約の存在を認めるべきではないかとの主張もある28。
一方、これら事業者の相手方が法人の場合は、消費者契約とはしないので、消費者とは「自然人」に限定される。また、消費者が事業者に財、役務又は権利の提供を行う契約についても消費者契約法の対象とする。
ただし、労働契約については対象とはしない。したがって、包括的立法としての本法において、労働契約が唯一の対象除外契約とされる。
(3)情報提供に関する努力規定
事業者は、消費者の理解を深めるために必要な情報を提供するよう努めなければならず、消費者も、提供された情報に基づき、権利義務の内容について理解するよう努めることが求められるとして、上述したように、消費者・事業者の双務的な努力規定とされた。
情報提供の問題に関しては、消費者と事業者の構造的な情報格差の存在を前提とした上で、消費者に自己責任を求める上での必須条件として29、当該格差是正のために事業者に情報提供義務を課すべきであると主張されることが多かった30。沖野教授は、情報提供義務を明示的に規定し、「当該取引における給付とその対価性を判断するに通常必要な重要な事項について、当該消費者に理解できる形で、説明しなくてはならない」とし、その違反に対して取消権を認めるよう主張されていた31。一方、「中間報告」、「最終報告」とも、情報提供の必要性と違反の場合には取消権を付与することが提案されていたが、義務として明示的に定めることまではされていなかった。
さらに、情報提供義務に関しては、次のような主張があり得る。事業者といっても、事業者間の規模の格差が大きく、日本では、大多数の事業者が中小事業者であり、一律に事業者は消費者に比較して消費者契約の対象となる製品やサービスの情報量において優位しているとはいえない。一方、現在では、マスメディアやインターネットを活用して消費者製品やサービスについて十分な情報を享受している消費者も多数いるところから、単純に消費者が事業者に比して情報量が不足しているとはいえない、といったものである。
しかし、果たしてこのような論拠は正当化できるだろうか。たとえば、PL 法における製品の欠陥は、製品が通常有すべき安全性を欠いている状態
(PL 法 2 条 2 項)をいい、当該「安全性」を確保するためには、製造者は、製造上の欠陥を排除することはもちろん、製品に内在する「危険」情報を指示・警告すべき義務も含まれると解される。ただし、PL 法においても、製造者に対して、「危険」情報の提供義務は明示されてはおらず、「指示・警告上の欠陥」の有無は、製造者に過失があるかどうかによって判断される。つまり、製造者が、製品を流通においた時点において、製品の設
計・仕様などの変更を行った上でなお回避しえない危険を予見できる場合に、当該「危険」情報を提供しなかったことを過失として認定するのである。また、PL 法においても、前述のような中小事業者と消費者との位置関係は同じであるが、中小事業者の義務や責任を軽減する規定はない。
このように、PL 法では、欠陥の有無の判断にあたって、情報提供まで含めた義務を規範的に読み込んでおり、このような視点から、サービスに関する PL 法ともいえる消費者契約法においても、事業者の消費者に対する責務には情報提供を行うべき義務を明示的に規定するしないに関わらず、信義則上の義務として肯定されるとの解釈もありうる。
ただし、何が重要事項であるかに関する要件が明確でないまま、事業者に情報提供義務を課すことになれば、どこまでの事項を開示すべきか不明確であると主張されるであろう。また、一般的・抽象的なレベルでの重要事項だけでなく、当該消費者にとって具体的に特に重要であるとされた主観的な事項についても、重要事項として考えるべきかどうかとの議論もありうるところである。
一方、民法には情報提供義務を定めた具体的な規定はない。説明義務や情報提供義務は現に民法上も議論されているが32、情報提供義務、ないし情報提供責務に関連して、何が提供すべき「重要事項」であるか一律に規定し難いのは事実であろう。個々の取引形態毎に、「重要事項」は何かについて、裁判例を積み重ねることによって、個別に解釈されていくようになるのが現状であろう。
しかし、そうとはいっても、今後消費者契約紛争において、裁判外の紛争解決手段(Alternative Dispute Resolution:ADR)による解決が多くなることが想定される状況があり、かつこのような ADRに委ねる方向性が合理的と判断されるならば、「重要事項」に関する事実認定のメルクマールを、従来のような裁判上の和解や判決などによる判例形成機能を通じて明確化していくのではなく、できるだけ明確な「重要事項」の基準が予め設定される必要がある。
一方、情報提供義務に関しては、すでに、保険業法(1995 年 6 月 7 日法律第 105 号)など各種業法には重要な事項の開示義務が定められている例も多く33、判例においても信義則などを理由として
事業者の説明義務が語られることが多いと指摘されている。また義務違反の効果が通常は損害賠償責任に結びつけられるにとどまることに留意すべきとされる34。
前述の沖野教授の説をはじめとして、なんらかの形式で情報提供に関するルールを設定すべきとの提言が多かったが、情報提供義務を定めた上に、取消権を付与することに対しては、事業者側からの反対意見が強く、結局、妥協策として上記のように、努力規定といった形式で定めることとされた。
なお、努力規定といっても、事業者側にだけ一方的に情報提供を求めるのではなく、私的自治・自己決定原則のもとで契約を締結する一方の当事者である消費者も、提供された情報を活用し、契約内容を理解するように努めるべきであるとの考えから、双方に対する規定として定められたものである。
(4)契約締結過程
消費者は、事業者との契約締結において、事業者による一定の契約誘因行為に関連し、「誤認」、または、「困惑」によって消費者契約を締結した場合は、当該消費者契約の申し込みまたは承諾の意思表示を取り消すことができるとされていた(「最終報告」12 頁)。
消費者契約法上の契約締結過程における取消原因となる誤認とは、下記 2 つの事項のいずれかに関し、消費者が、消費者契約締結へ向けた判断を行う上で影響を及ぼす重要なもの(これを重要事項という)について、事業者が「不実のことを告げ」(4 条 1 項 1 号)、または「告知した事実に密接に関連する消費者に不利益な事実を故意に告げない行為」(同条 2 項)により、消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示を行うことをいう。
① 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容(4 条 4 項 1 号)
② 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件(同項 2号)
また、事業者が物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの価額などに関する
「将来の変動が不確実な事項について断定的な判
断を提供し、その断定的判断の内容が確実であるとの誤認」(4 条 1 項 2 号)によって締結された契約である。
上記 2 つの重要事項に加えて、「検討委員会報告」で規定されていた「当該消費者契約の消費者の解除権の有無」については、消費者契約法において規定されていない。
これらは、契約の中心的要素であり、契約締結に際して、事業者と消費者の情報格差の解消が消費者に自己責任を負わせる前提であるとの消費者契約法の基本原理からすれば、このような情報が開示されることが契約締結の前提になるのではないかとの問題点を指摘しうる。その上で、取消しに結びつく事業者の具体的な行為を三種に限定しているが、とりわけ、第三の行為類型である「告知した事実に密接に関連する消費者に不利益な事実を故意に告げない行為」が不明確である。つまり、「告知した事実に密接に関連する消費者に不利益な事実」とは何をいうのか、そして「故意」の内容は何かが問題とされなければならず、さらに、事業者は契約内容となる事項以外は、告知しない方がいいといったことになりはしないかといった疑問が呈される35。
故意に関し、「中間報告」では、事業者が「重要事項」に関する情報を提供しなかった場合には、消費者に取消権を付与するとしており、この不提供には事業者の故意を要件としていなかった(「中間報告」18 頁)。しかし、「最終報告」においては、産業界からの強い反対を受け36、事業者から消費者への情報の不適切な提供(この中には不提供も含まれると解釈される)を理由として、消費者が契約を取り消すことができるか否かについては、消費者利益の確保と取引の安全の確保とを比較考量しながら、検討する必要がある(「最終報告」30頁)といった慎重な言い回しになっており、「最終報告」に連なる道筋が引かれたものとも解釈しうる。
さらに、消費者が契約を取消しうる「困惑」とは、次のような行為により消費者が契約を締結することをいう。すなわち、①消費者の住居などにおいて、勧誘行為を行う事業者に対して、退去すべき意思表示をしたにも関わらず、それらの場所から事業者が退去しない(4 条 3 項 1 号)、②事業者の勧誘場所から、消費者が退去すべき意思表示
をしているにもかかわらず、消費者を退去させない(同項 2 号)ことにより、消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示を行うことである。
この定義により、執拗な電話勧誘などの物理的な身体の移動が伴わない勧誘や、霊感商法・催眠商法などの不当な心理操作による商法などが対象にならないことに着目する必要がある。これらの商法は、従来から問題とされ、また、民法では対処することが難しい類型であるところから、このような商法への対処を欠いたのでは、消費者契約法制定の意義は相当減殺されるのではないかとの主張がある37。効率性、情報の信憑性、責任の明確化といった経済学的観点からも、合理的な説明が困難であると考えられる。
また、消費者契約法における取消しの法的効果は、民法の準用か、それとも消費者契約法独自のものになるのか議論されなければならない。民法上、未成年者などの行為無能力者の取消しの場合、行為無能力者は、現存利益の範囲で償還の義務を負うことになる(民 121 条)が、消費者契約法における「取消し」の効果は、民法と同じでよいのか、たとえば、民法の法定追認をそのまま消費者契約法に持ちこむのは問題が出てくるだろうとの指摘もありうるだろう。特に、有料老人ホーム38の入居契約に関連し、検討すべき課題であるように考えられる。
この点に関しては、次章において論ずることにする。
ていたところである40。
まず、類型的には高齢消費者を主たる対象とする介護保険制度について、消費者契約法との関連において検討してみたい。
次に、金融リスク商品について、変額保険訴訟を事例としてとりあげ、新たに立法された金融商品の販売等に関する法律(以下「金融商品販売法」という)(2000 年 5 月 31 日法律第 101 号)における重要事項の告知義務との関連にも言及して論ずる。
最後に、新たに立法された電子署名法に言及しつつ、インターネット取引への消費者契約法の適用について論じてみたい。
1. 介護保険制度と消費者契約法
(1) 介護保険制度の概要-措置から契約へ
1997 年 12 月に公布された介護保険法(1997 年
12 月 17 日法律第 123 号)による介護保険制度は、
本年 4 月 1 日から施行されている。介護保険制度は、高齢者介護を社会全体で負担するとの共同連帯の理念に基づき(介護保険法(以下「介」と表示)1 条)、要介護者は、介護保険制度により、介護サービスを提供する事業者との私的な契約を通じてサービスの提供を受け、介護保険の対象となるサービスについては、一割の自己負担を除き保険で給付される関係になる41。事業者は契約に基づいてサービスを提供する義務を負い、被保険者は権利として介護サービスを享受するという仕組みである。
個々の地域における介護サービス事業への民間参入の促進や介護保険法上、有料老人ホームが在宅サービスに位置づけられるなど、介護保険制度は、高齢化を背景とした規制緩和による新規事業創出・拡大の典型と考えられる。
従来の高齢者介護は、行政の措置制度のもとで事業者に委託して行われていたが、介護保険制度では、事業者と介護サービス利用者との契約関係へ変化したのである。したがって、契約関係に移行したからには、どのようなサービスがどれだけ提供されるか、当事者間の権利義務関係はどうなっているかなどを契約書に定め、当事者間で取り交わしておくことは、問題が発生した場合に的確な処理が行われるためにも意義がある42。しかし、介護保険法はもとより、政省令を含めて、厚生省
は、有料老人ホームを除いて契約書の締結を義務づけていない43。
(2)介護保険制度において生ずる問題
本稿執筆時点では、介護保険制度施行後 3 ヶ月あまりが経過したにすぎず、介護保険制度の下で、いかなる問題が生じているか類型的に分類し検討するには、時期尚早かもしれない44。また、この時点で生じている問題は、制度発足に伴う初期の混乱として、当事者間に不可避的に生ずるものであり、制度の定着とともに、自然と解消していく性質のものが多いのかもしれない。
本稿では、制度施行前から指摘されていた様々な懸念と重ね合わせながら、確認された範囲の問題事例を分析するとともに、介護サービス契約の締結および契約約款に関連して、消費者契約法上問題となるであろうと考えられる事項を抽出の上、検討したい。さらに、介護保険制度特有の問題をプリンシパル・エージェント問題として論じていく。
まず、介護サービス契約の特徴を類型化すると、次のようなものであることを確認しておきたい。
① 契約当事者の契約締結能力
介護サービス契約における契約当事者は、介護サービス提供事業者と被保険者として権利を有する介護サービス利用者になるのが原則である。このような利用者は、意思能力の低下している高齢者本人になるのが少なくないと想定されるが、あくまで契約締結のできる程度の意思能力のある利用者本人を前提とした契約を想定する必要がある。契約の際に、利用者が意思能力のない場合には、成年後見制度45に基づく成年後見人との間で契約を結ぶことになると考えられる46。
したがって、消費者契約法に即して考えるならば、介護サービス契約の場合の「当該消費者」とは、意思能力の低下した、認識能力の衰えた、契約締結能力の劣った者と類型化した方がよいと考えられ、この類型に応じた消費者像を想定した契約行為を行うことが求められる47。
② 契約意識の未成熟性の問題
さらに、特別養護老人ホームなど、従来措置として行われていた介助が、契約関係に移行したと
しても、職員たる介助人が権利、義務関係に習熟するには、時間を要するものと考えられ、高齢者の人権侵害発生の可能性を否定し得ず、福祉的視点からの利用者保護の規定が必要である48。
また、介護は、典型的なサービス購入契約であり、サービスの内容の分類としては、いわゆるクリーデンス・クオリティー(信用品質)に該当するものであろう。つまり、サービスの内容は使ってみても評価しにくい性質をもったものである。したがって、サービスの質の評価を単純に行うことができず、サービスの質をめぐる争いは、不可避的に生ずることが予想される49。すなわち、訪問介護サービス契約のような場合、身体介護サービスと家事援助サービスおよびその複合型サービスに分かれるが、介護サービス利用者とサービス事業者との契約の内容は、サービス提供時間を除き、明確に定めることは困難である。さしあたり、事業者の負うべきサービス債務の内容は、種類債権の給付に関する民法 401 条 1 項の規定を手がかりに、中等のサービスの提供があったかどうかで判断せざるを得ないとも考えられる50。
公定価格として定められる介護報酬点数に従った価格でのサービス提供という性格から、今後、事業者間の競争を通じて、サービスの質が向上するのか、逆に、事業者のコストセイブに対するインセンティブによりサービスの低下といった事態に陥るか、慎重に見極めていく必要がある。
③ 介護サービス契約の分類と民間事業者参入
介護保険制度における介護関係契約は、居宅サービス契約、施設サービス契約、および居宅サービスの内容を決定する介護計画作成支援依頼契約の 3 種類に分類される。
法律で定める居宅サービスは、訪問介護、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導、通所介護、通所リハビリテーション、福祉用具貸与、短期入所生活介護、短期入所療養介護、痴呆対応型共同生活介護、特定施設入所者生活介護の 12 種類である(介 7 条 5 項)。居宅サービスを提供する事業者を指定居宅サービス事業者というが、従来からの福祉公社などの公的なものから、株式会社組織の企業まで、経営形態は多様なものがある。
施設サービス契約は、介護老人福祉施設、介護
老人保健施設または介護療養型医療施設の三種類の施設におけるサービス提供を受けるものである
(同条 19 項)。
今後、とりわけ居宅サービス事業においては、営利事業としての民間事業者が、中核的な地位を占めていくものと考えられる。まさに、規制緩和による新事業創出の典型であるが、その反面、事業者の提供するサービスをめぐる利用者との消費者問題が生ずる可能性を指摘しうる。すなわち、消費者問題は、消費者の当該サービス享受に対する権利意識が高まることによって生じてくるという側面がある。したがって、従来までの措置としての給付から契約上の権利義務関係への移行によって、利用者からの苦情の多発といった消費者問題につながると考えられる51。
(3) 介護サービス契約に対する消費者契約法の適用
前述したとおり、介護保険法は、契約書の締結を義務づけていないが52、介護サービス利用者と事業者間のトラブルを未然に防止するためには、契約書の締結の意義が強調されている。厚生省は、省令において、契約段階において明らかにすべき重要事項を文書で交付すべきことを定めているものの53、有料老人ホームの入居契約を除き、契約書の締結を事業者に義務づけてはいない。しかし、訪問介護サービスなどの居宅サービス事業は、介護保険制度により新たに出現した事業であり、未成熟な新規参入事業者も少なくないと考えられる。したがって、介護サービス利用者としては、提供されるサービス内容や、トラブルの際の解決方法など、できるだけ明確にしておく必要がある。契約書に具体的に書き込まれた方が望ましい項目としては、①提供されるサービスの内容、②介護サービス利用者のプライバシー保護、③契約の解除、④遅延損害金の定め、⑤損害賠償に関する項目、などが考えられる。消費者契約法との関連で直接問題となるのが、③、④、⑤の定めである。
(4)介護サービスに関するモデル契約書
措置から契約への移行に関して、上記のような契約条項を定めることの重要性が認識され、介護保険制度の施行に先駆けて、東京都、神奈川県、名古屋市などの地方自治体や日本弁護士連合会、
および介護サービス事業者団体などがモデル契約書を作成し、公表している。事業者は、これらのモデル契約書を参考にして契約書を作成していると考えられるが、実際に利用者との間で契約書を交わしているかどうか確証しがたい。
上記各モデル契約書については、厚生省令の定めや消費者契約法の立法経過を見据えながら作成された形跡があり、明確に消費者契約法上の不当条項規制に抵触する点は見出し難い。こうしたことから、消費者契約法を制定することが、一種のアナウンスメント効果を及ぼし、契約書から不当条項を排斥する機能を発揮したという評価も可能である。
たとえば、東京都版モデル契約書「訪問介護モデル契約書」54を参考に検討すると、消費者契約法の不当条項に直接関係する、上記③契約の解除
(モデル契約書 9 条)、④遅延損害金の定め(同 9
条)、⑤損害賠償に関する項目(同 11 条)に関しては、消費者契約法の不当条項規定に抵触し、介護サービス利用者の不利になるような規定は挿入されていない。
しかし、施設入所契約に関しては、事業者側の免責事由を詳細に規定したものもあるとの指摘もあり、また、法的紛争に発展した場合には、契約書の記載事項はさほど重要視されないとの指摘もありうるところである55。
(5)介護サービス契約固有の問題への対処
さらに、介護サービス契約は、典型的な消費者契約とは異なる性質を有していることを指摘しうる。
介護サービス契約は、長期的な継続的サービス契約であり、また、介護サービスの利用者毎の差異が大きく、事前に債務内容を確定することが困難な状況にある。すなわち、介護サービス契約の債務の本旨は、「行為債務」の履行であり、行為債務の不履行をめぐる争いが、消費者契約法によって解決可能なのかといった問題に帰着する。前述の種類債権の給付に関する民法 401 条 1 項による解釈に加えて、行為債務の不履行の有無を決する決め手となる概念が委任契約における善管注意義務(民 644 条)であり、介護サービス契約における債務の本旨が履行されているかどうか、この義務の履行をどのように確証していくか検討する必
要がある。つまり、提供されるサービスの質をモニタリングする仕組みをどのように形成していくかということである。概念的には、公正な第三者によるモニタリングが望ましく、これを後述のケアマネージャーが行う仕組みが現実的であり(ただし、ケアマネージャーの中立性自体問題がありうるところであり、後述する)、この仕組みを契約上も明示的に定めていくことが必要ではないかと考えられる。
したがって、モデル契約書の各規定が、消費者契約法の規律に照らして問題となるかという以上に、行為債務の不履行をめぐる問題にどのような解決があり得るかを探求することが求められているともいえよう。
(6) 契約離脱類型と契約継続類型における問題解決手法
このような視点から、従来からも指摘されていた有料老人ホームの不当勧誘にかかわる問題を取り上げて検討してみたい。典型的な事例が「個室入居」を約束していたのに、契約して入居してみると、個室が与えられないといった事例である56。
消費者契約法に即して解釈すると、入居者が個室を利用できるかどうかといったことは、契約の正否に影響を及ぼす重要事項であると容易に認定できる。それ故、不実表示を理由とする契約の取消し(4 条 1 項 1 号)といった主張が考えられる。このような不誠実なホームとの契約からは、一刻も早く離脱して契約関係を巻き戻した方がよい
(これを本稿では、契約離脱類型という)とも考えられるが、果たして、継続的な関係を維持していくことを目的とした契約の場合(これを本稿では契約継続類型という)、このような離脱型の解決でよいのかといった問題が提起されうる。
すなわち、契約の取消しや損害賠償では十分な保護手段となりえず、むしろ契約の存続・有効性を確保しながら、履行請求権を確保していく、または、契約内容の改定請求権を形成権的なものとして認めていくといった方向性も必要ではないかとの主張もありうる57。
特に、介護保険のように公的制度として、省令などで詳細な運営基準を定め、いわば管理された市場取引関係として創出された制度においては、契約当事者間の法的紛争を私法的解決にのみ委ね
るのではなく、公法的視点からの私法的な介入の方向性もあってよいのではないかと考えられる。
(7) 介護サービス契約とプリンシパル・エージェント問題
介護サービス契約では、契約当事者間の情報格差が大きく、また、後述のケアマネージャーが介在する契約類型として考察する必要があるところから、プリンシパル・エージェント問題といわれる経済学の分析手法による検討が有益であり、以下に、この分析手法を用いて考察を行う。
すなわち、プリンシパル・エージェントモデルとは、情報不均衡下にある二者の経済主体において、仕事を委託する側をプリンシパル、委託される側をエージェントとよび、前者が情報非保有者、後者が情報保有者の関係にあるとするモデルであり、保険者と被保険者、依頼者と弁護士、株主と経営者など多様な契約法理論への応用が考えられる。プリンシパルは、エージェントの行動(および行動が行われる環境)について情報が不足しているために、エージェントがどのように行動し、どのような成果をあげたかについて確実に知りえない。一方、エージェントは、プリンシパルを裏切るか協力するか、の主導権を握ることになる。したがって、プリンシパルは、エージェントの行動を監視(モニタリング)することが必要であり、この仕組みを法的に設計する必要があるが、また、そのための費用もかかることになる。
そこで、プリンシパル・エージェント問題の典型として、米国マネジドケアの問題点を説明した上で、介護保険制度において出現するプリンシパル・エージェント問題を分析することにより、このような関係において出現する問題への解決には、
消費者契約法は限界があることを指摘したい。
① 米国マネジドケアに内在する問題
介護保険制度を理解するための類似の制度として、米国における管理医療(マネジドケア)に内在する問題点を分析し、米国での議論を概観した上で、米国における経験を介護保険制度へ投影することにより、介護保険制度に内在する問題点を明らかにしたい。
そこで、まず、マネジドケアと介護サービス契約をめぐる当事者関係を整理すると、次のような図式化が可能である(図表 3 参照)。もちろん、医療サービスと介護サービスでは、サービス提供の内容自体の差異が大きいことは前提としながらも、契約モデルの設定という視点から類似性を見いだしうることを前提に論を進めたい。
マネジドケアは、医療における医師と患者の間に存在する情報の非対称性を軽減させることにより、不必要な医療資源の投入を抑制し、経済効率性を向上させる手段としてとらえられる。すなわち、上記のプリンシパル・エージェント関係に即して説明するならば、患者(利用者)がプリンシパルであり、医師(医療機関)がエージェントの関係になり、両者の間には、提供されるべき医療の質・量に関する情報格差が存在する。そこで、この両者の情報不均衡から生ずる問題を監視する機能を果たすものとしてマネジドケアの仕組みを説明する。
HMO58は、プリンシパルたる患者とエージェントたる医師の間に介在する監視者であり、HMO は、医師と患者間の情報非対称性を軽減させる役割が期待される。なお、図表 3 にあるように、現実には、 HMO 以外の第三者機関による監視が行われることも
≪図表3≫介護サービス契約とプリンシパル・エージェ ント問題
<マネジドケア>四者モデル <介護保険制度>三者モデル
事業主
(受託者)信認義務
保険契約
(代理受託者)信認義務
保険加入
第三者機関
情報非対称性の縮小
HMO
保険提供
医療費抑制の共通利害
包括前払い
診療行為の承認請求
医療機関
利用者
介護保険契約
(公法上の制度)
介護報酬請求 定額介護報酬
ケアマネー
ジャー
結託
サービス申し込み
利用者
介護事業者
市町村
(保険者)
(受益者)
受診抑制診療
(HMOの代理人)
抑制サービス提供
ある。
一方、HMO は、患者との関係では、HMO をエージェント、患者をプリンシパルとするプリンシパル・エージェント関係が成立し、HMO と医師との間は、HMO をプリンシパル、医師をエージェントとする二重のプリンシパル・エージェント関係を認識しうるので、患者との関係で、HMO は十分な監視者的役割を果たしえない危惧がありうる。
特に、以下の説明では、スタッフモデル型といわれる、医師が HMO に従属するタイプのモデルを想定する。
このような前提の下では、マネジドケアにおける医療費の固定費用前払い制故に、医師や HMO は機会主義的行動59にでる可能性を否定し得ず、さらに、エージェントたる HMO と医師が結託するという事態が出現する。
具体的には、抑制的医療といわれるような患者による医療サービスの選択が、実質的に制限される事態である。
② モラルハザードと逆選択
医療サービスに関して出現する機会主義的行動の背景には、医師と患者間に情報の非対称性があることは明らかである。マネジドケアや介護保険制度などの保険を例にとって、情報非対称性から、どのような市場の失敗が生ずるかをみると、モラルハザードと逆選択と呼ばれる問題が発生することが想定される。保険の場合に問題となる逆選択は、主として、加入者側の事情によるものであり、公法的保険制度として強制加入が要求される介護保険では、逆選択の問題は通常生じない。したがって、本稿では、主として情報非対称性から生ずるモラルハザードの問題を契約法的にどのように解決できるのか、またできないかを検討する。
モラルハザードの問題は、主として出来高払型医療(Fee for Service )において、深刻に出現する。通常、雇用者が加入する医療サービスの需給関係における当事者は、消費者(従業員およびその家族)、保険購入者(雇用者)、保険者、医療プロバイダー(医療機関)の四者であるが、とりわけ、モラルハザードの問題は、消費者と医療プロバイダーにおいて出現する可能性が高い。すなわち、消費者は、軽微な医療給付を得るために仮病を装い、一方、プロバイダーは、実際には行っていな
い医療行為について不正請求を行うのである。消費者側のモラルハザードは、需要が価格に弾力的である場合に出現する確率が高く、需要が価格に完全に非弾力的である場合には、ほとんど生じないと考えられる60。したがって、心筋梗塞やガンなどの重大な疾病では、消費者側のモラルハザードを問題とする必要はないが、プロバイダー側の不正請求へのインセンティブは、出来高払医療の場合、常に存在する。
マネジドケアへの移行は、伝統的な出来高払医療において頻発する、不正請求や軽微医療に対する濫用を抑止することによる医療費の適正化を意図したものであったと考えられる61。
しかし、マネジドケアへの移行により、上記四者間の利害関係が変化し、新たな形態の不正行為が発生することになる。問題となるのは、消費者
(被保険者)一人あたりにつき、固定金額の支払いを受けるマネジドケアの形態においては、財政リスクが保険者から医療プロバイダー(病院・医師)へ移行するために、プロバイダーが十分な医療を提供しないという危険が生ずることである。とりわけ、心筋梗塞やガンなどの重大疾病において、抑制医療が生じた場合には、出来高払医療で生じた以上の深刻な問題が発生する。すなわち、出来高払医療において出現するモラルハザードの害は、財政的な問題で収まるのに対し、プロバイダー側に、自己の利益を確保するために抑制医療に向かおうとするモラルハザードが出現する場合、消費者(患者)の死という結果に帰結する可能性があるからである62。
このようなモラルハザード発生を抑止するためには、HMO にモニタリング機能を発揮させる仕組みを形成することであり、そのためには、立法によって法制度を設計する方法と、受託者としての信認義務(フィデュシャリー)として、患者に対する忠実義務を明確にする方法とがある63。
③ ケアマネージャーの位置づけとプリンシパル・エージェント問題
一方、介護保険制度においては、サービス利用者とサービス提供事業者との間の情報非対称が存在するため、事業者に抑制サービスの提供といった、モラルハザードが出現する可能性があると、理論的には考えられる。これをケアマネージャー
の位置づけとあわせて説明したい。すなわち、本稿では、ケアマネージャーを、上記米国での HMOに位置づけ、プリンシパル・エージェント問題として分析する。
まず、要介護認定を受けようとする介護保険被保険者は、保険者である市町村に申請し(介 27 条
1 項)、審査の上、5 段階の要介護度認定を受けなければならない64。要介護認定を受けた者(要介護認定者)は、要介護区分に応じた給付額の範囲で受けるべき介護サービスプラン(居宅介護サービス計画)を作成することになる。要介護認定者が、居宅介護サービス計画の作成を依頼する契約が介護計画作成支援依頼契約であり、これを行う者が居宅介護支援事業者である。なお、居宅介護支援事業を行う者として指定を受ける場合には、厚生省令で定める一定数のケアマネージャーと通称される介護支援専門員を置く必要がある(介 79 条 2
項 2 号)。
そこで、問題として考えられるのが、指定居宅介護支援事業者に所属するケアマネージャーが、指定居宅サービス事業者の所属でもある場合である。すなわち、事業者が、居宅サービス事業者の指定と、居宅介護支援事業者の指定を重複して得ている場合である。居宅介護支援事業者は、利用者の意思および人格を尊重し、常に利用者の立場に立って、特定の居宅サービス事業者に不当に偏することのないよう、公正中立に居宅介護サービス計画を立案することが求められている(厚生省令第 38 号 1 条 3 項)。
したがって、上記双方の指定事業者に所属しているケアマネージャーが、利用者と居宅サービス契約締結の媒介を行うことは、本来、法の趣旨からは適切でない65。すなわち、ケアマネージャーは、介護サービス利用者の受託者として、公正中立な立場からケアプランを作成すべき義務を負い、利用者に最適と考えられるケアサービス事業者の情報を伝えるべき義務を負っていると考えられる。
しかし、現実には、ケアマネージャーの資格を有する居宅サービス事業者の従業員が自社の居宅サービスを念頭においたケアプランを立案し、居宅サービス契約の締結を勧誘し、契約の締結を行う、利益相反とでもいうような事態が生ずることが想定される。さらに、居宅サービス事業者と居宅介護支援事業者とが別法人であったとしても、
居宅サービス事業者が、居宅介護支援事業者に契約締結の媒介を依頼する場合も同様である。
このような形式の契約形態であっても、ケアマネージャーが公正中立の立場で介護サービス利用者にケアプランを作成する限りは、厚生省令における運営基準上クリアされることになる。しかし、上記のような契約形態においては、必然的に自社を含めた特定の居宅サービス事業者のサービス利用を誘導する事態が想定されるのである。このことは、介護サービス事業者間の競争激化による利用者の奪い合いといった状況が出現したときに、より一層現実の問題となると考えられる66。
このような懸念があるにも関わらず、重複指定が常態として認知されていくとした場合、消費者契約法との関係では次のような問題が生じてくる。
④ 事業者に生ずるモラルハザードと消費者契約法
サービス提供事業者としては、時間あたりサービス金額が公定価格として定まっている以上、提供するサービスの量・質を抑制しようとするインセンティブが作用し、サービス提供を行うヘルパーの賃金を抑制するために、未熟練ヘルパーを投入することでサービスの質の低下といったモラルハザードが生ずる可能性がある。
さらに、ケアマネージャーが、介護サービス提供事業者と結託するような事態、つまり前述のマネジドケアにおける HMO と医療機関との結託類似のエージェントとしての機会主義的行動が出現した場合には、利用者の権利が阻害される蓋然性が高くなる。
ケアマネージャーと介護サービス事業者との結託により生ずる問題については、消費者契約法 5
条 1 項による一定の手当ては考えられる。
しかし、このようなモラルハザードの発生を抑止するためには、適切なモニタリングが機能するような仕組みを形成することが必要である。
⑤公法的視点からの行為規制
このような視点から、機会主義的行動を抑止するためのモニタリングに要する費用をも勘案して考察すると、保険者である市町村よりは、中立性を確保しつつ、市場の中で監視・評価の質を検証できるような枠組みを形成して、ケアマネージャーにモニタリング機能を発揮させるのが合理
的である。
さらに、介護サービス事業への参入障壁はできる限り低くしておいた上で、介護サービス事業者に対するサービス債務履行上の行為規制を明確にし、行為規制に違反した場合の私法的効果(不法行為の違法性要件具備など)を厳格にすることが重要である。ルールの明確化によって悪質業者が排斥され、適正に業務を行う業者が市場で消費者
(介護サービス利用者)に選別される仕組みができるのである。
特に、介護サービスは、医療サービスと異なり、サービス提供事業者の裁量の幅は大きくないと考えられる。そうであるならば、公法上の視点から、行為規制による標準化の余地は十分にある。これらの行為規制は、縦割りの業法によるものでなく、サービス業態規制的な法律としての介護保険法において行うやり方には合理性があると考える。
介護保険制度から生ずる高齢消費者被害の救済は、市場の立ち上げ、成長、そして成熟といった、制度の発展段階に即して、消費者契約法や民法などの私法的規律と公法的視点からの規制を相互補完的に考えるべき領域である。
(8)行政契約と消費者契約法
介護保険制度と消費者契約法との関連では、被保険者と保険者の関係についても付言しておきたい。
従来、年金や医療など社会保障の領域での保険料や保険金などの金銭の授受や受給資格の認定などは行政処分で行う場合が多く、行政処分であれば消費者契約法の適用にはなじまないとも考えられている。しかし、同じ社会保障領域であっても、介護保険においては、介護保険の受給権を得る場面では、被保険者は要介護認定を受けることが重要な要素であり、また、保険制度に基づく事業者とのサービス受給契約は完全に私的契約である。さらに、従来の措置から契約へといわれている介護保険制度において、公法上の契約とされている保険者である市町村との関係に、私法上の契約規律を及ぼすことも可能であるとの考え方もある67。
介護保険では、市町村が保険者となり、介護保険による保険給付を行うことになるが、被保険者と保険者との間に、上記のような「契約」関係の成立がありうるとの立場をとれば、被保険者が消
費者契約法や民法などの私法規定に基づき法的主張をなすことが可能かどうかといった問題が生ずることになる。消費者契約法上の事業者(2 条 2項)は、自然人以外で、法律上の権利義務の主体となることを認められているものをいい、この中には、国・県・市・町・村のような公法人、特別法による特殊法人なども含まれるとされている68。とりわけ、被保険者と保険者との関係で生ずるのは、保険者の行う要介護認定の当否をめぐる問題と、介護サービス提供事業者の行うサービスに起因する利用者と事業者との紛争に保険者がどのようにかかわるかの二つの問題である。
まず、要介護認定は、市町村毎に設置される介護認定審査会で行われるが(介 14 条、38 条 2 項)、当該認定処分に不服の者は、介護保険審査会へ再審査請求を行うことができる(介 183 条)。ただし、処分取消しの訴訟は、当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ、提起することができないとされている(介 196 条)。
一方、提供される介護サービスの質・量に関する紛争に関し、前述のように、公法的関係である国立大学の入学金納付や NHK の受信料を契約と考えることができるとの立場をとるとすれば、介護保険契約関係に、公法的救済と補完的に私法上の効力を及ぼしてよいと考えることも可能であり、契約からの離脱を定める消費者契約法を公法的関係である介護保険制度に及ぼした場合、保険者の選択の自由が可能になる。すなわち、介護保険法に定めるサービス供給が不十分な場合、不実表示として契約の取消しといった法的効果を及ぼし、サービス内容のよい隣接市町村との契約を行うことが可能かといった問題に帰着する。私法的効果を介護保険関係に及ぼすことにより、保険者間の競争を促進する仕組みを形成することも理論的には考えられる。
2. 金融リスク商品と消費者契約法
次に、金融リスク商品に対する消費者契約法の適用について検討したい。
従来、わが国では、ワラントその他証券取引関連での投資勧誘をめぐる紛争や変額保険をめぐる訴訟など、バブルの崩壊を機におびただしい数の判決が出現した。その中から、本稿では、金融リスク商品として、変額保険を事例としてとりあげ
検討を行う。変額保険は、銀行などの金融機関からの融資を受けた契約勧誘による契約締結の違法性をめぐる訴訟が多発したこともあり、社会問題化した経緯がある。
今後、金融の自由化や規制緩和の進展に伴い、新たな金融リスクを内在する商品(多様なリスクとリターンを組み合わせた商品)が多数出現してくる可能性が高く、事業者には、的確なリスク説明が求められている。規制緩和後の市場において、金融リスク商品の取引に起因して生ずる消費者紛争の解決に、どのような方向性が見いだせるかについて、すでに発生した変額保険の不当勧誘事例を素材に、これから問題になるであろう、消費者契約法の適用と金融商品販売法の適用をめぐる問題に言及し、論ずるものとする。
なお、上記の議論の前提として、保険業法などの取締法規違反と不法行為責任成立の正否をめぐる従来の学説、判例状況を概観する。
(1)保険契約締結過程の問題
保険契約の締結過程において、保険契約者に対する保険募集人ないしは保険会社の説明が尽くされなかった場合に、どのような法的問題が生じ、当事者間にどのような法的効果が生ずるかに関して、従来の法的処理のあり方について検討したい。消費者契約法に即していえば、契約締結上の重要な事項に関する不実告知または不利益事項の不告知の問題であり、保険業法上、重要事項の説明義務が尽くされたか否かという問題に帰着する。そこで、まず、公法としての保険業法上の取締法規違反と私法上の不法行為帰責の構造について整理しておきたい。
① 取締法規違反と不法行為帰責の構造
従来、公法・私法二分論によって、公法的規制の違反があっても、それだけで直ちに私法上の効果が生ずるわけではないということが、共通の理解であったとされる69。すなわち、一般に、公法上の取締法規又は営業準則に対する違背が、直ちに私法上も違法と評価されるものではないとされる70。
しかし、近時、公法と私法は峻別の方向ではなく、むしろ相互依存の関係に立つものとしてとらえ直すべきではないかと主張されるようになっている。
そこで、このような主張に沿って検討するならば、保険業法のような取締法規が不法行為法の領域においてどのような位置づけが与えられるか、以下、山本教授の所説71に従い概観しておきたい。
すなわち、取締法規は、伝統的な通説(相関関係説)では、「違法性」要件と「過失」要件の二つの箇所で扱われていることがわかる。通説では、第一に、「違法性」を、被侵害利益の態様と侵害行為の態様との相関関係において判断すべきとし、後者の侵害行為の態様を規範に対する違反という観点からとらえ、刑罰法規違反と公序良俗違反の中間に位置するものとして、取締法規違反をあげる72。第二に、「過失」を「普通人としての標準的な注意」の程度であるとし、取締法規は、この注意の具体的内容がどの程度のものかという問題との関連で扱われる。それによると、取締法規違反と過失とは「法的評価の面が異なる」ため、取締法規に違反しても、当然に過失があることにはならないが、実際には、取締法規違反があり、この違反と損害の発生との間に因果関係がある以上、過失が一応推定される。これに対して、取締法規を守っていても、それだけでは過失がないとはいえないとされている。このような通説の理論枠組みに対する最大の問題として、違法性の判断と過失の判断が交錯していると批判されている73。すなわち、不法行為の成立に「違法性」と「過失」を要件とする二元論を維持する立場では、取締法規違反を、過失に位置づけるもの、違法性に位置づけるもの、両者(違法性と有責性)に位置づけるものなど区々であるが、いずれにおいても、取締法規は行為義務違反との関係であつかわれている74。
一方、違法と過失を二元的にとらえる通説に対して、違法性と過失を区別しない一元論では、取締法規の体系的位置づけはむしろ単純である。つまり、過失を「損害の発生を回避すべき行為義務」の違反としてとらえる過失一元論75では、取締法規を過失要件に位置づけるしかない。さらに、違法性一元論では、取締法規違反を違法性要件に位置づけるしかないが、そこでいう「違法性」を加害者側の故意過失と、被害者側の権利侵害から構成されるとし、取締法規違反を前者の過失(行為義務違反という意味で)に位置づける76ので、結論として、過失一元論の位置づけと重なることになる。
したがって、いずれの立論からも、不法行為の正否を判断する基準として、加害者の行為義務違反を問題としており、取締法規があつかわれるのも、これとの関係においてであることが明らかになる。
そこで、行為義務をどのようにとらえるか、その判断枠組みを明らかにすることが重要になってくる。行為義務に関しては、平井教授の提唱する判断枠組77-①結果発生の蓋然性、②被侵害利益の重大さ(①と②について相関関係を考慮する)、③上記二つの因子と行為義務を課すことによって犠牲にされる利益との比較衡量-と、上述の通説における判断枠組み-相関関係理論において、刑罰法規や取締法規といった所与の規範を衡量因子とする-では、異なっている。つまり、平井教授の枠組みでは、あくまでも、上記①②③のような実質的な諸因子の衡量によって位置づけるとしているが、このような枠組みを支持する論者も、取締法規違反があれば、「過失」、すなわち、行為義務違反があるとしており、このような視角からは、通説が「過失」について述べているところと基本的に同様であるといえる78。
その上で重要なのは、取締法規といえども、一様ではなく、交通法規などと、本稿で問題とする取引関係に関する取締法規である保険業法などの経済法令では、扱いが異なることが指摘され79、経済法令違反の事実があっても、直ちに、「過失」、
「違法性」の推定が働かず、行為義務の存在と程度を積極的に基礎づけなければならないとされる。その際、「過失」ないし「違法性」を判断するにあたって、当該経済法令とその趣旨が、しばしば有力な手がかりとして考慮されている80。
② 保険業法における取締法規違反の効果
保険業法のような経済法令においては、法令違反の行為が直ちに不法行為法上の「過失」、「違法」を構成しないことは前述したが、その上で、さらに、取締法規を「侵害防止型法令」と「危険予防型法令」に分類し、加害者が前者に違反し、この法令が防止しようとした基本権(個人の生命・身体・財産)の侵害が現実に発生した場合には、原則として、それで不法行為の前提となる行為義務違反があったとみる考え方があり、このような法令として、証券取引法 42 条 1 項 1 号の断定
的判断の提供、及び 43 条 1 項 1 号の適合性原則違反をあげられている81。
このような視角から、保険会社及び保険募集人などの行為規制条項である保険業法 300 条 1 項各号行為をみると、1 号(不実告知、重要事項の不告知)、7 号(将来の見込みに対する断定的判断の提供)などは、侵害防止型法令とみるべきであり、このような行為によって現実の損害が生じていれば、行為義務違反として帰責されることになる82。
さらに、本条の規定により、保険会社及び保険募集人は、重要事項に関する説明義務を負うと解され、本条は、民法 90 条との関係では、効力規定
(強行規定)としての性格を有し、私法上の効力を直接付与している規定であるとも解釈される。したがって、保険業法 300 条 1 項に該当する行為のうち、特に侵害防止型法令と目される行為の義務違反は、民法 709 条不法行為の要件を自動的に充足することになるとも考えられる。また、保険業法 283 条は、保険会社は代理店など所属の募集人が保険契約者に加えた損害を賠償する旨規定しており、300 条に規定されている禁止行為が、私法的規定である 283 条の責任付与原因であると考えられる83。
先行裁判例をみると、事業者側の義務違反の効果としては、283 条に従い、保険会社は損害賠償責任を負うという形で規律され、不法行為的な解決が行われてきた。一方、契約者側の過失も勘案して、相当程度の過失相殺という形で割合的な解決が行われるのが、保険契約に限らず、銀行や証券会社が顧客に対して負う責任のあり方であった84。
③ 侵害防止型法令としての「情報提供義務」
今日、保険業法、証券取引法、銀行法など各種業法において、行為規制が条文上定められており、各種金融取引において、上記のような「過失」・
「違法」類型をより明確にし、侵害防止型法令として積極的に保護規範化する方向は合理的である。すなわち、変額保険契約といった金融取引においては、当事者間の情報の量・質における差異があり、契約者に対し一律に自己責任原則を貫徹させることには無理がある。一般に、契約当事者間における情報・専門知識のアンバランス故に、信義則上の情報提供義務を承認し、情報提供義務が課される典型局面の一つとして、不動産売買契約、
フランチャイズ契約の他、インパクト・ローン、変額保険、ワラント取引などの、投機的性格を持った金融取引があると説明される85。
このことは、情報の非対称性から外部不経済の発生を市場の失敗として説明する新古典派経済理論からも正当化根拠が与えられる。つまり、市場メカニズム重視、あるいは効率性の観点からも、望ましい取り引きが行われるためには、消費者が適切な情報を得ていることが前提条件となる。
そこで、行為義務違反を構成することになる告知すべき重要事項とは何かが、具体的に問題となるが、判断の際には、従来の裁判例によって、重要事項とされてきた事項を中心に考えていくのが相当である。
(2)変額保険訴訟における説明義務
先行裁判例によって、保険業法上、変額保険における保険者(保険会社または保険募集人)として説明を要する重要事項であると指摘されてきたものを中心に論述する。
すなわち、変額保険における保険の仕組みおよび元本割れリスクなどが、従来の裁判において説明すべき重要事項であると認められてきた。変額保険における従来の裁判例に関しては、保険業法は公法上の取締法規であり、それらに違反して締結された保険契約の私法上の効力に直ちに影響を及ぼさないとする点は、ワラント他証券取引の場合と同様であるとされる86 87。[1]東京高判平成 8・1・30 判時 1589 号 111 頁は、保険会社の募集員が変額保険の投機性・危険性につき十分な説明をしたとは見られず、また、将来の運用実績が 9%を下回ることがないことを強調し、断定的判断を提供するなど、その勧誘行為は違法であり、不法行為を構成するとされた事例である。なお、交渉に当たった契約者の妻には、株式投資の経験があり、保険会社の募集員が、変額保険が株式などの有価証券を主体とした運用をすることを説明したことに照らして、原告顧客側にも過失があったとして 6割の過失相殺を行っている。本件の上告審である
[2]最判平成 8・10・28 金融法務事情 1469 号 51頁は、原審判断を是認し、説明義務違反と断定的判断の提供により保険会社の不法行為責任を肯定した。
また、[3]大阪地判平成 9・7・31 判時 1645 号 98 頁は、保険料融資のための金銭消費貸借契約と
保険契約が密接に関連し、銀行が変額保険契約の締結に深く関与している場合、銀行は信義則上変額保険の内容、危険性についての説明義務を負うとして、説明義務違反による銀行および銀行使用人の不法行為責任を認めた。さらに、生命保険会社および生命保険募集人は、銀行使用人による先行説明を利用した以上、説明義務違反があるとして不法行為責任が認められている。なお、保険契約者の過失も認定し、2 割の過失相殺を行っている。
さらに、[4]横浜地判平成 8・9・4 判時 1587号 91 頁は、変額保険契約の締結について、保険契約者に要素の錯誤があり、かつ、保険契約者には重過失もないとして、保険会社は払込保険料相当額を不当利得として返還する義務があるとされた事例である。しかし、保険料払込資金のための銀行融資契約については、錯誤は成立せず、また、銀行担当者の説明が不十分であったとしても融資契約の解除までは認められないとされた。
一方、保険会社の損害賠償責任を否定したものとして、[5]大阪高判平成 7・2・28 判時 1547 号 64 頁は、変額保険の募集に際して説明義務違反がなかったとして、保険契約者の生命保険会社に対する損害賠償請求を棄却した。
(3)消費者契約法と金融商品販売法との適用関係
上記裁判例から、変額保険において主として問題となるのは、変額保険の投機・危険性に関する説明の有無と将来の不確実な運用実績に対する断定的判断の提供である。しかし、このような様々な行為義務類型に違反したとしても、直ちに民法上の損害賠償責任が生ずるものではなく、事業者の説明不足や断定的判断の提供などが不法行為と認定され、損害賠償が認められるには、裁判において個々のケース毎にこれらの義務の存否を争う必要がある。
① 金融商品販売法の制定
そこで、このような問題に対処し、顧客の被る損害を救済するために、予見性の高いルールを創設することが求められ、新たな立法が行われた。その一つが、消費者契約法であり、もう一つが、変額保険不当勧誘などの金融商品による紛争解決を意図した金融商品販売法である88。
ちなみに、大蔵大臣の諮問機関である金融審議
会最終答申「21 世紀を支える金融の新しい枠組みについて」(2000 年 6 月 27 日、以下、「金融審議会答申」という)においても、金融サービス分野は、 IT(技術情報)革命、グローバル化による非対面取引、クロスボーダー取引の発達や金融再編といった金融環境の急速な変化に、迅速かつ現実的に対応することが求められるとされており、銀行、保険、証券など業態ごとに縦割りの法体系を見直し、利用者保護とイノベーションの促進を図るため、機能的・横断的ルールとして、「日本版金融サービス法」が必要であるとしている。
その上で、金融審議会答申は、今後目指すべき機能的・横断的ルールの基本的枠組みとして、
(ⅰ)金融取引の当事者間の私法的な権利義務関係の明確化に関する「取引ルール」、(ⅱ)業者に対する行為ルールである「業者ルール」、および
(ⅲ)証券取引法の開示および公正取引確保のためのルールのように、市場取引参加者すべてに適用される一般的な行為ルールである「市場ルール」の、三種類のルール類型をあげている。さらに、同答申では、消費者契約法と金融商品販売法の位置づけを、(ⅰ)の取引ルールとして、金融リスク商品利用者の民事上の救済を充実させたものと評価している89。
② 「金融商品販売業者」の説明責任
消費者契約法は、事業者の情報提供に関しては、義務ではなく努力規定としているが(3 条)、契約締結にあたって、消費者が、事業者の重要事項に関する不実告知(4 条 1 項 1 号)、不利益事項の故意の不告知(4 条 2 項)、及び断定的な判断の提供
(4 条 1 項 2 号)によって誤認し、それによってなした意思表示を取り消すことができるとしている。一方、金融商品販売法(本②以外の箇所におい ては「金融」と表示)は、銀行、証券会社、保険会社などの金融機関(金融商品販売業者)に対して、商品内容の重要事項に関する説明義務を課す
(3 条 1 項 1 号以下)とともに、重要事項に関する説明義務違反の場合には、これによって顧客に生じた損害を賠償する責任を負うとした(4 条)。この規定により、義務違反があれば、不法行為による損害賠償における違法性の要件を満たすこととされる。さらに、賠償すべき損害額は、販売業者らが重要事項について説明しなかったことによっ
て生じた元本欠損額と推定する(5 条 1 項)。このように、説明義務を類型化して規定することに伴い、裁判における論争の焦点が因果関係の有無に移り、原告に新たな負担が生ずるのを防ぐ観点から、損害額の推定規定をおき、説明義務違反と顧客に生じた損害との因果関係の立証責任を被告側に転換していると説明される90。
金融商品にかかる紛争の私法的解決の根拠法としては、従来の民法に加えて、私法的救済機能を有する特別法として、この両法が位置づけられるが、これらと民商法、業法との適用関係が問題になる。たとえば、消費者契約法を中心に考えるならば、民商法を一般法、消費者契約法を特別法と考える。したがって、競合する範囲で、後者が優先適用されることになる。次に、金融商品販売法などの個別特別法ないし業法との関係では、消費者契約法を一般法と考え、個別特別法が優先適用されることになる91。
このように、金融商品に関する契約については、金融商品販売法が、消費者契約法に対して個別特別法の関係となり、同法において、私法的効果を伴う説明義務を課しているので、消費者契約法の契約締結過程のルールとの整合性を明確にする必要がある。つまり、両者の間には、契約の正否に影響を及ぼす重要事項として、金融商品・サービスについての情報提供に関する限り重複がある。そして、当該説明の瑕疵に起因した法的効果として、消費者契約法が取消権の発生とするのに対し、金融商品販売法は損害賠償請求権の発生を意図しているところに相違がある。また、金融商品販売法における情報提供の対象となる重要事項は、金融商品に内在するリスクに限定されるが、消費者契約法上の「重要事項」は、これに限定されるわけではない。また、金融商品販売法において、重要事項の説明義務の対象となるのは、いわゆるアマの顧客であり、それら以外のものは対象にならない(3 条 4 項)。
一方、消費者契約法では、事業者と消費者というメルクマールのみが存在し、プロの顧客、アマの顧客といった区別はない。
③ 具体的な適用関係
そこで、変額保険不当勧誘事件における裁判例から、これらの適用関係を具体的に考えると、変
額保険(金融 2 条 1 項 4 号)のような金融取引といえども、消費者契約法上、重要事項に関し、契約締結上の違法の構成要件が充足されるかぎり、取消の効果が認められるべきとの主張がなされているので92、保険商品に内在するリスクに関する説明の差異(説明を全くしない場合と、不十分な場合)によって、消費者契約法で取り消すことも可能であったり、金融商品販売法による損害賠償にとどまるといった帰結になることが考えられる93。さらに、変額保険不当勧誘事案では、上記[1]判決のように、将来の見通しに対する断定的判断の提供が行われることが多いところから、消費者契約法の取消要件を充足することになる。
金融商品販売法における損害賠償であっても、元本欠損額を損害額と認定するところから、消費者契約法による取消しと、同一の結果になるかもしれないが、両法では、過失相殺の有無が決定的に異なっている。先行裁判例においては、不法行為による損害賠償を認めながらも、過失相殺も行うというのが、一般的な解決のあり方であり、金融取引の場合、金融商品販売法によって、過失相殺を伴う処理が維持されるべきとの主張もありうる。しかし、変額保険契約の締結について、保険契約者の要素の錯誤を認め、保険会社に対し保険契約の無効による契約の取消しを命じた上記
[4]判決の場合の処理と同様、金融取引といえども、消費者契約法の契約締結過程における違法の構成要件が充足される限り、契約の効力を否定する取消しの効果を及ぼすことも可能であると考える。
今後、変額保険訴訟や証券投資違法勧誘事件などは、金融商品販売法を準拠法とするのが一般的な方向性であると考えられるが、前述のように、消費者契約法の適用が排除されるものではなく、裁判実務では、事案に応じた準拠法の選択が行われ、法的効果として、損害賠償となるのか、取消しといった形で契約の効力を否定するといった解決が行われるものと考えられる。
3. インターネット取引契約と消費者契約法
最後に、インターネット取引に関連した消費者紛争事例について検討する。インターネット取引は、電気通信サービス分野の規制緩和による通信料金の引き下げや、新規事業者の参入により、急
速に拡大してきた取引領域であり、本稿の検討対象となりうるものである。
(1)インターネット取引における消費者被害
取引領域の急速な拡大の反面、近年、インターネットにかかわる消費者被害が急増するとともに、その被害内容が多様化し、次々に新しい手口が登場しており、消費者保護の側面からの検討が必要とされる。
インターネット取引に関連した消費者被害の類型としては、インターネットショッピングに関するもの、プロバイダーとの契約に関するもの、消費者のプライバシーに関するものなどがあげられる。
また、インターネットサーフィン中に、自動接続でダイヤルQ2 につながり、多額の料金を請求された事例などが公表されている94。本事例は、消費者契約法の不当条項規制の問題というよりは、契約締結過程の誤認類型として規律することが可能であるが、むしろ、そもそも当事者間の意思の合致により契約が成立しているのかといった問題がある。
現在、インターネット関連で生じている紛争の多くは、消費者契約法の不当条項規制にはのりにくく、契約締結時の重要事項に関する不実告知、故意の不告知を理由とする取消しといった契約離脱型の処理が一応考えられる。
(2) インターネット取引関連の消費者被害に対する消費者契約法による救済の可能性
しかし、そのような主張・立証が可能であるとしても、相手方当事者を特定できなければ、被害者の救済は現実には困難である。
すなわち、インターネットショッピングにかかわる問題として、第三者が本人と称し、本人になりすまして取引が行われ、購入していない商品の代金が請求されるといった、いわゆるなりすましといわれる被害事例がある。
このような事例が、インターネット関連消費者紛争の中心であるとするならば、約款の不当条項性や契約締結時の誤認といった消費者契約法の規律では救済しきれない問題が生ずることになる。
このような視角から、わが国では、当事者間取引におけるなりすましのリスクを軽減させるもの
として、電子署名及び認証業務に関する法律
(2000 年 5 月 31 日法律第 102 号)が公布され、
2001 年 4 月 1 日より施行されることになっている95。この法律により、契約当事者間の真正性はかなりの程度確保されることになると考えられるので、責任の明確化に対する期待、すなわち、消費者契約法の適用場面の拡大を通じた市場取引の効率化の方向性がみえてくる。
(3)IT -インターネット主導経済における消費者利益の享受
一方、米国連邦議会上下両院でも、インターネットによる電子商取引(e-commerce)の一層の拡大に寄与することが期待される電子署名法
(H.RES.523、S.761)96が可決され、大統領の署名を経て成立し(2000 年 6 月 30 日)、本年 10 月より施行されることになった。
米国は、契約を当事者間の内心の意思の合致のみでは有効とせず、その意思が書面や署名など一定の表示手段によるものである場合にのみ、法的に有効であるとする要式主義をとっている。この点、契約の際に、当事者間の意思の合致を合意ととらえる諾成主義を原則とするわが国と異なっている。
そのため、米国では、自動車購入、保険加入などにおいては、インターネット上の情報の交換だけでは最終的な契約は成立せず、契約書に署名が必要であるとされていた。たとえば、消費者がインターネットに接続し、保険に加入しようとした場合、保険契約に関する条件提示を受けても、消費者は、保険会社から送付される契約書に、(インターネットからダウンロードできるにしても)署名の上、返送する必要があった97。
したがって、電子署名法は、米国における契約成立に関する伝統的な要式主義を変更し、電子的な手段による契約の有効性を認める点で画期的な意味を有するものである。
現在、米国では、多くの消費者にとってインターネットによる情報検索は、とりわけ新車購入時には不可欠であるとされているが、消費者は、ディーラー店舗で、契約書を作成するなどの手続きが必要であった。しかし、電子署名法により、この要式行為が省略されれば、米国のインターネット自動車取引は加速されるものと考えられる。
IT(技術情報)-インターネット主導経済において、技術の進展によって享受される新たな果実を社会に行きわたらせる上で桎梏となっていた既存の法制度を改革し、消費者の利益向上につながる新規競争市場の創設を促すという意味で、電子署名法は、規制緩和ないし規制改革と共通の目標を有する政策手段であると評価できよう。
一方、電子署名法では、消費者は、通常の方式による契約か電子情報を受け取り、電子署名を行って契約を成立させるか、いずれかの契約方式を選択する権利が与えられる。また、事業者は、消費者が適切に電子情報を受け取ることができる機器(ハード)やソフトを保有していることを確認する義務を負い、さらに、事業者による医療保険の解除や電気の供給契約の停止に関する通知は、電子情報ではなく、文書で行うことが義務づけられるなど、消費者保護的な一定の規定がおかれていることが注目される。いわば、前述の介護保険法における公法的な消費者保護類似の規定がおかれているものと考えられる。
Ⅴ. おわりに
本稿では、まず、規制緩和のなかでの消費者契約法の位置づけについて検討した。結論として、消費者に自己責任を求めるための実質的支援とする見解に立っても、イノベーションの果実を享受するための道具であるとの見解に立っても、消費者契約法は効率性を阻害せず、しかもそのことの理論的な基礎づけが可能であるとの結論が得られた。
次に、消費者契約法の具体的な規律に関し、立法過程における議論に遡りながら検討を加えた。特に、情報提供義務が規定されなかった点、契約締結過程において霊感商法・催眠商法などの不当な心理操作による商法などの契約類型が除かれた点、さらに、不当条項が限定された点については、効率性、情報の信憑性、責任の明確化といった観点からも合理的な説明が困難であることを指摘した。また、不当条項に関しては、消費者契約法 10条の一般条項の解釈、適用範囲の拡大が今後の問題になる点を指摘した。
その上で、米国の動向や、日本における少数説を紹介しつつ、主として、介護サービス契約、変
額保険契約などをとりあげ、従来の紛争類型事例を参考にして、今後生起してくるであろう紛争類型を想定し考察を行った。
考察結果に即して、以下の三点を提示して本稿を締めくくることとしたい。
① 私法・公法の相互補完及び相互補完における相関的衡量の必要性
介護サービス契約の検討において指摘したように、私法的事後紛争解決規範としての消費者契約法に過大な負荷を負わせるのではなく、公法的な観点から行為規制を明確にするとともに、行為規制違反のサンクションを厳格にすることにより、私法と公法の相互補完的な規律を効かせることが、事後チェック型社会の追求すべきひとつの方向性ではないかと考えられる。事業参入障壁を極力低くするとともに、上記の補完性は、市場の成熟度合いとの相関関係において適切に判断していく性質のものである。
② 機能別・横断的法令の重要性
従来の縦割りの業法的規制ではなく、機能別・横断的な考え方にたった法令として、消費者契約法や、金融商品販売法が位置づけられる。さらに、金融リスク商品に関して、金融審議会答申が指摘している、「取引ルール」と、「業者ルール」、「市場ルール」の三つを、透明性をもった形で整備していく、「金融サービス法」制定の潮流は合理性がある。すなわち、このような潮流は、私法的規範である「取引ルール」と、公法的規範である「業者ルール」、「市場ルール」(これらは、従来の裁判例において、私法上の不法行為責任を基礎づける行為義務として考えられてきた)が相互補完的に機能するものであり、上記①の基本認識とも重なり合うものである。
③ 規制緩和による果実享受のための基盤法と一体となった消費者契約法の意義
さらに、インターネット取引における消費者紛争への消費者契約法の適用については、一定の限界があると考えられるが、新たに立法された電子署名法による法的基盤整備が進展することにより、消費者契約法の適用局面の拡大につながる道筋がみえる。
本稿は、あくまでも、規制緩和型契約に対する消費者契約法の適用に関する序論的考察である。今後、消費者契約法をはじめとして、本稿で検討した各種法律が施行されることにより、実際の消費者関連紛争がどのように規律されていくのか検討を深めていきたい。
1 本研究会における「消費者契約法と規制緩和」に関するこれまでの検討結果は、安田火災記念財団叢書「消費者契約法と規制緩和に関する基本問題報告書」No.60(1999.11)として公表されている。筆者は事務局の一人として本研究会に参加する機会を得、落合教授をはじめとする多くの研究者のご指導を受け、大いに勉強させて頂いた。この場を借りて諸先生方に感謝申し上げたい。
2 本ワークショップにおける議論については、「規制緩和と消費者契約法(上)(中)(下)」NBL678 号 6 頁以下、679 号 36 頁以下(1999)、684 号 56 頁以下(2000)参照。以下、「規制緩和」分載分(上・中・下)で引用。
3 本稿での研究会における議論と成果に関する引用は、あくまでも筆者個人の責任において行うものである。
4 基本問題報告書・前掲注(1)11-12 頁。
5 平井宜雄『法政策学』41 頁以下(有斐閣、第二版、1995)において、平井教授は、従来の経済学理論が前提とした決定モデルは、完全合理性を備えた経済人「ホモ・エコノミクス・モデル」であるのに対し、限定合理性を前提とした経済人の決定モデルとして、「サイモン・モデル」を提唱する。
6 消費者契約法立法の目的の一つが、わが国の消費者苦情の多くを占める契約関連苦情から消費者を救済することが必要であるとされている。
7 以下の記述は、規制緩和(上)・前掲注(2)8 頁以下に基づいている。
8 以下の記述は、規制緩和(上)・前掲注(2)12頁以下に基づいている。
9 大分簡判平 6・12・15 判時 1539 号 123 頁。契約条項中に契約解除に関する規定がない場合においても民法 651 条を準用(または類推適用)し、契約の解除を認めた裁判例をモデルにゲーム論的に分析される。
10 ゲームの「ナッシュ均衡解」とは、双方のプレーヤーに関して、一方のプレーヤーの戦略を前提として、それに対する最適反応になっている相手方プレーヤーの戦略からなる組のことである。
11 生産においても配分においても効率的な経済は、他の誰かを不利とすることなしには誰も有利にすることができないというパレート基準を満足する。そこで、パレート支配というのは、F、F解から T、T解へ移行することによりX、Yともにペイオフが増えることになるので、T、T解がF、F解をパレート支配しているという。
12 ただし、カルドア・ヒックス基準は効率性の基準ではなく、効用の個人間比較を前提とした強い価値判断が含まれたものであるとの批判があり得る。平井・前掲注(5)84 頁以下参照。
13 平井・前掲注(5)186 頁以下参照。
14 以下の記述は、規制緩和(上)・前掲注(2)15頁以下に基づいている。
15 1999 年 10 月の日本私法学会シンポジウム「『消費者契約法』をめぐる立法的課題」において、経済法学者である川濱教授は、消費者契約法を経済効率性の見地からのみ根拠づけることには懐疑的としながらも、当時検討されていた程度の消費者契約法の内容は、市場メカニズムの観点からもほぼ正当化でき、さらに、市場メカニズムの観点からの最低限の要請としても消費者保護法が必要とされていると、評価されていた。日本私法学会
「私法 62 号」58 頁(2000)。
16 山本敬三「民法における「合意の瑕疵」論の展開とその検討」棚瀬孝雄編『契約法理と契約慣行』149-150 頁(弘文堂、1999)。
17 ただし、松村敏弘「経済効率性と消費者法制」ジュリスト 1139 号 32 頁(1998)では、単にグローバル・スタンダードに合わせるといったことで思考停止することなく、他の先進国が間違って非効率的な法律を入れているのかもしれないし、あるいは、他国では効率的であっても日本では相応しくない可能性もあり、十分考える必要があるという。
18北川善太郎「消費者契約立法に残されたもの-覚
書」NBL676 号 11 頁(1999)では、今回の消費者契約法構想は高度情報社会の消費者契約法に対応していないという。ただし、この指摘は、同論文に
おいて、北川教授が、1998 年 10 月時点で提示した
「私見」に基づいたものである。
19 星野英一「現代における消費者契約法のあるべき姿」ESP331 号 5 頁(1999)では、遅れた立法は、それなりのメリットがあるはずであり、先行する諸国の事例を多数参照することができるとされる。
20 北川・前掲注(18)10 頁。
21 北川・前掲注(18)13 頁。
22基本問題報告書・前掲注(1)36 頁。
23 たとえば、内田貴「現代契約法の新たな展開と一般条項」NBL516 号 24 頁以下(1993)では、契約法に関する信義則が適用された公表裁判例の数は、 500 件を超えているとし、特に、1960 年前後以降、
「契約責任の拡大」の潮流として、新たな傾向の裁判例が登場すると分析する。その上で、そのような契約規範として 6 つの規範を提示する。すなわち、①契約締結上の過失、②一定の契約締結の際の情報提供義務(情報や専門的知識のアンバランスを背景に一種の fiduciary relationship(信認関係)が成立するととらえる)、③再交渉義務、
④契約関係にあるものの損害軽減義務、⑤契約解消の制限、⑥賠償額の軽減、である。
24 北川・前掲注(18)17 頁では、消費者契約法立法の混迷が民法で機能している消費者契約の民事ルールにも影響を及ぼすのではないかとの危惧を示される。つまり、「民法の特別法である消費者契約法が認めていないので民法では保護されない」という解釈の可能性も否定できないというのである。
25 河上正二「現代的契約についての若干の解釈論的課題」棚瀬孝雄編『契約法理と契約慣行』200 頁
(弘文堂、1999)。
26 河上・前掲注(25)201 頁。
27「最終報告」(26 頁)では、「行政主体についても当然に事業性が排除されるものではないと考えられる」として、「検討委員会報告」と同様の考えが示されていたとも解される。
28 国生審第 5 回消費者契約法検討委員会議事要旨
<http://www.epa.go.jp/99/c/19990723kokuseishi n-s.html >(visit2000/7/4)。
29 「最終報告」(27 頁)でも、「十分な情報に基づく自発的な意思決定こそが、自己責任を正当化する条件」とされている。
30 消費者契約法検討委員会に対する「改定具体案」についての意見として、情報提供義務の明示を求める見解が、弁護士委員、消費者団体委員、地方自治体委員などから多数提起されるとともに、日本弁護士連合会「消費者契約法日弁連試案、同解説」(1999 年 10 月 22 日)でも、情報提供義務を明示的に規定している(4 条 1 項)。
31 沖野眞己「『消費者契約法(仮称)の一検討
(1)』NBL652 号 20 頁(1998)。
32 内田・前掲注(23)25 頁において、内田教授は、契約法に関連した裁判例の分析から、一定の契約締結の際の情報提供義務を認めるものとして、医療契約、リース、フランチャイズ、不動産売買などさまざまなバリエーションがあり、さらに各種消費者立法においても契約内容の開示義務がみられるとする。
33 保険業法は、保険会社の役員や保険募集人らが、保険契約者に対して虚偽の事実を告げること、ならびに、保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為を禁止し(300 条 1 項 1 号)、さらに、上記行為規制違反の効果として、保険会社は損害賠償責任を負うといった私法上の規定も定められている(283 条)。
34 河上・前掲注(25)201 頁。
35 星野英一「「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」を読んで」NBL683 号 9 頁(2000)。
36 すなわち、民法の詐欺・強迫の成立については、裁判上、独立した要件として、特に二重の故意の存在を立証することが要求されており、あえて立法という方法を採らなくても、これまでの裁判例を整理、分析して類型化を図ることにより、個別事案における結論についての予見可能性や法的安定性を高めることが可能ではないか(「最終報告」 28 頁)、といった意見が産業界などから出されていた。
37 沖野眞己「「消費者契約法(仮称)」における
「契約締結過程」の規律」NBL685 号 21 頁(2000)。
38 老人福祉法(1963 年 7 月 1 日法律第 133 号)20条の 6 に規定の軽費老人ホーム、同法 29 条1項に規定する有料老人ホーム。
39 ただし、当該事業者が、瑕疵のない物をもってこれに代える責任、又は当該瑕疵を修補する責任を負う場合は、同号の適用はない(8 条 2 項 1 号)。
40 河上正二「序文」河上正二ほか『消費者契約法
-立法への課題-』2 頁(別冊 NBL54 号、1999)において、高齢社会において、成年後見法と消費者契約法は、車の両輪となって機能すべきものとされる。
41 法律上は、利用者がサービス利用料金を全額支払った後に、保険者である市町村から費用償還を受けるかたちになっているが(介 41 条 1 項など)、利用者が都道府県知事の指定を受けた指定居宅サービス事業者からサービス提供を受ける場合には、利用者はサービス利用時に利用者負担分だけ支払う現物給付方式となる(介 46 条 6 項)。
42 品田充儀「介護保険契約の特徴と法的問題-モデル契約書を参考として」ジュリスト 1174 号 72- 73 頁(2000)において、契約書の締結及び取り交わしは、本文中の理由の他、事業者が負うべき各種の説明義務の履行からも当然であるとしている。
43 厚生省「契約書における留意すべき事項について(案)」(2000 年 1 月 31 日)。
44介護保険制度発足に伴い生じている苦情を集約し
た最新のものとして、(社)全国消費生活相談員協会「介護など高齢者トラブル110 番」(2000年6月6日)がある。これは、5月中旬から下旬の4日間の介護保険制度をめぐる電話相談事例をまとめたものである。相談件数は331件あり、そのうち、契約・解約に関するものとして、101件が報告されている(重複回答)が、消費者契約法の事例問題として適切なものが少なく、本稿では、検討の対象としていない。
45 民法の一部を改正する法律(1999 年法律第 149号)、任意後見契約に関する法律(1999 年法律第 150 号)、民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(1999 年法律第 151 号)、後見登記等に関する法律(1999 年法律第 152 号)の 4 本の法律によるものであり、2000 年 4月 1 日より施行されている。
46 新井誠「介護保険契約と成年後見」自由と正義 51 巻 6 号 25 頁(2000)において、介護保険契約の締結を行う利用者は、判断能力を既に喪失していることが珍しくないとして、利用者の権利擁護の役割を担う保護機関の必要性を指摘され、この機能を担うものとして成年後見制度を位置づけられる。
47 品田・前掲注(42)70 頁において、介護保険契約の特徴を 3 点あげられるが、品田助教授も新井教授同様、契約の一方当事者たる利用者は、要支援もしくは要介護状態にある高齢者であり、契約当事者としては正確な判断能力が欠落している可能性を持つと指摘している。その上で、品田助教授は、家族などの近親者を介する三者間契約の雛形を提示する契約モデルを紹介されるが、契約において利用者が不当に不利な立場に置かれないことが重要であり、家族などの立会い・確認を厳密に求めていくことで足りるとされる。さらに、日本弁護士連合会「介護保険サービス契約のモデル案の発表にあたって」<http://www.nichibenren. or.jp/kaigohoken/no-1.htm>( visit 2000/5/23)においても、利用者本人の選択権の尊重の趣旨の他、利用料金の支払いなどを理由として、相続時の問題が生ずることを回避するためにも、三者間契約には否定的であり、利用者の意思能力に問題があると考えられるケースについては、成年後見人の選任が望ましいとしている。
48 このような観点から、特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準(厚生省令 46 号)では、
「入所者の意思及び人格を尊重した処遇」(同 2 条
3 項)、「円滑な退所のために必要な契約の終了に伴
う援助」(同 13 条 5 項)、「苦情処理」(同 29 条 1項)項目など、対等関係当事者間で要求されないような項目を契約書に定めることが要求されている。
49 家事援助において、料理の味があわないことなど、契約で定めようがないことがらについて、利用者からの苦情が多発している現状が報告されている(日本経済新聞 2000 年 5 月 30 日)。
50 長尾治助「サービスの欠陥とサービス提供業者の契約責任」星野先生古希記念『日本民法の形成と課題(下)』777 頁(有斐閣、1996)において、サービス契約においては、規格、等級、品質ごとの対価に関する合意がない場合は、中等に位置するサービスが給付の対象になると扱ってよいとされる。
51さわやか福祉財団の堀田力理事長は「高齢者から
の保険料徴収が始まる 10 月以降、介護保険を見る利用者の目はもっと厳しくなるだろう」と指摘している(日本経済新聞 2000 年 5 月 2 日)。高齢者
に対する制度施行直前の突然の保険料徴収一時猶予によって、権利義務関係への意識変化が、緩やかなものとなっていると考えられなくもない。
52 ただし、指定特定施設入所者生活介護事業者の運営基準に関する解除の制限(厚生省令 37 号 178条 2 項)など、省令によって、利用者の権利を不当に制限するような契約条件を定めることを禁じたり、賠償すべき事故発生時の速やかな賠償の履行(同 37 条 2 項)の定めなど、契約に関する基本的な枠組みが与えられているとも考えられる。
53 指定居宅サービス事業に関し、厚生省令 37 号 8条、指定居宅介護支援事業に関し、同 38 号 4 条など。
54 東京都利用者保護制度検討委員会編『介護保険指定事業者業務のガイドライン(2000 年度版)』98頁以下(東京都地域福祉財団、2000)。
55 品田・前掲注(42)72-73 頁。
56 国民生活センター・相談事例「広告に偽りがある『有料老人ホーム類似施設』」(1999 年 9 月)
<http://www.kokusen.go.jp/soudan/jirei/index
.html>(visit2000/6/15)など類似事例は多いと考えられる。
57 私法学会シンポジウム・前掲注(15)において、下森教授が指摘されており、さらに、裁判所あるいは裁判所外の機関が公権的に介入していく方向性を示唆される。これに対し、河上教授は、趣旨には賛成されながらも、取消権、損害賠償に加えて、このような別の形での効果を付与することは、伝統的な意味での契約効果のあり方として適合的か疑問を提示されている。私法 62 号・前掲注
(15)68-69 頁(2000)。
58 マ ネ ジ ド ケ ア に は 、 Health Maintenance Organizations (HMOs) 、 Preferred Provider Organizations (PPOs) 、 お よ び Independent Practice Associations (IPAs)が含まれ、これらを総称して、MCO’s という。Peter D. Jacobson and Scott D. Pomfret, “Farm, Function and Managed Care Tort: Achieving Fairness and Equity in ERISA Jurisprudence”, 35 HOUS. L. REV. (1998).なお、マネジドケアの種類、内容に関する詳細は、本号掲載の荒木由起子「米国における HMO 訴訟と HMO 事業の見直し」を参照されたい。
59 本稿では、平井・前掲注(5)80 頁に倣い、市場取引の中で、取引当事者が、完全な情報を得ていないために、取引に際し、「駆け引き」や真実を隠すなどの戦略的行動に出ることにより、取引費用が大きくなることをいう。
60 消費者は、重大な疾病については、保険による給付が得られるとわかっていても、医療に対する需要に変化が生じないものである。反対に、風邪などの軽微な疾病は、保険給付により自己負担が減少し、医療需要に対する価格が減少するとわかれば、医療に対する需要が変化し、ここにモラルハザードが出現する。
61 中泉真樹=鴇田忠彦『ミクロ経済学理論と応用』424 頁(東洋経済新報社、2000)では、HMO のようなマネジドケア型の保険は、保険者機能を充実させ、保険に伴うモラルハザードや逆選択を阻止するものとして肯定的にとらえている。
62 米国では、HMO の抑制医療をめぐり、多数の訴訟が提起されるとともに、患者の権利を強化する連邦法案も審議されている。特に、患者が州コモン・ローに基づき直接 HMO を訴えることができないとする、連邦法たる ERISA 法の専占条項をめぐる争いが問題となるが、そのような中で、本年 6月 12 日、注目すべき連邦最高裁判決が下された。す な わ ち 、 Pegram v. Herdrich, 120 S. Ct. 2143(2000)判決は、ERISA 法上の専占規定により、患者は HMO を直接訴えることができないとして、控訴裁判決を棄却したものである。しかし、今後さらに、連邦法案審議や州レベルでの立法動向など、HMO をめぐる帰趨に着目する必要がある。
63 前掲注(62)の Pegram v. Herdrich 事件は、 HMO の受認者としての忠実義務の有無が問題となったものであり、本最高裁判決においては、受認者責任は否定されている。しかし、本判決は、医療費コストの抑制という ERISA 法の立法意図に忠実な判決を行ったわけであるが、今後この受認者責任をどのように位置づけていくか、立法を含めて議論の展開がありうる。なお、樋口範雄『フィデュシャリー[信認]の時代-信託と契約』251 頁
(有斐閣、1999)も参照のこと。
64 5 段階の要介護認定の他に、要介護認定に至らず、在宅サービスのみを受けられる要支援認定がある。
65 2000 年 4 月 12 日衆院商工委員会議事録において、
(ケアマネージャーは、サービス提供)事業者と利用者との間のあっせんをするような業務は基本的に適当でないし、運営基準上はむしろ禁じられている、との政府参考人の答弁があり、この考え方が裏付けられる
<http://www.shugiin.go.jp/top/hon.htm> (visit2000/5/10)。
66 ケアマネージャーが介護サービス提供事業者の代理人とみなされるならば、ケアマネージャーが消費者契約法 4 条1項から 3 項までに規定する行為をした場合、5 条 1 項の規定により、契約の取消しが認められることになる。
67 このような考え方に対しては、2000 年 4 月 12 日衆院商工委員会議事録において、介護保険契約における保険者の法的責任に関する消費者契約法の適用について、介護保険制度は、介護保険制度に基づく公的な仕組みであり、民法上の契約とは異なる公法上の制度であるとの政府参考人の答弁がある。さらに、保険者と被保険者との関係は、公法的関係にあり、一般の民法(消費者契約法も含むという文脈がある)がこの間に適用されないとの経済企画庁長官の答弁がある
<http://www.shugiin.go.jp/top/hon.htm>
(visit2000/5/10)。
68 経済企画庁『消費者契約法の解説』 4 頁
(2000.5)
<http://www.epa.go.jp/2000/c/0605c-abridgment
.pdf>(visit2000/6/20)。
69 山本敬三『公序良俗論の再構成』240 頁(有斐閣、 2000)。初出は、同「取引関係における公法的規制と私法の役割-取締法規論の再検討(1)、(2)・ 完」ジュリスト 1087 号 122 頁以下、1088 号 98 頁 以下(1996)。
70 大阪高判平成 9・5・30 判時 1619 号 78 頁は、証券会社の従業員の、顧客に対する投資信託の勧誘行為における説明義務違反を認め、不法行為責任の成立を認めたものである。本判決において、証券投資信託法 20 条の 2 は、公法上の取締法規であって、これに違反したからといって直ちに私法上の損害賠償義務が生ずるものではないとし、さらに情報提供義務違反などが私法上も違法となるか否かは、上記取締規定や申合せだけで決まるものではなく、それも1つの資料として当該取引の
具体的状況などを総合的に判断して決めるべきであるとしている。
71 山本・前掲注(69)266 頁以下。
72 加藤一郎『不法行為』131 頁以下(有斐閣・増補版、1974)。
73 山本・前掲注(69)267 頁。
74 山本・前掲注(69)268 頁。
75 平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』27 頁(弘文堂、 1992)。
76 前田達明『民法Ⅳ2』122 頁(青林書院、1980)。
77 平井・前掲注(75)30 頁。
78 山本・前掲注(69)269 頁。
79 澤井裕『事務管理・不当利得・不法行為』141 頁
(有斐閣、1993)は、保護法規違反にも種々のレベルがあるとされ、道路交通法上の各種制限に違反する行為が被害をもたらしたならば、民事上の違法であるとされる。
80山本・前掲注(69)270 頁において、山本教授は、この点についてどのように評価し、理論化すればいいかが、近時の取引的不法行為をめぐる議論の焦点のひとつとなっていると指摘される。
81 山本・前掲注(69)274-278 頁。危険予防型法令は、侵害防止型法令と異なり、当該法令違反の事実のみでは、個人の基本権を侵害する蓋然性の認定は困難であるとする。
82 300 条 1 項は、その他、過当売買、乗換売買的行為の禁止(4 号)など行為規制として重要なものが規定されている。
83 保険業法上、300 条 1 項各号違反の効果としては、懲役を含む罰則規定が設けられている(317 条の 2・1 項 3 号)。したがって、このような業法規定から私法上の効果まで読み込むことに慎重な考え方もあるが、刑罰が課されるかどうかは、3号違反の程度によるものであろう。むしろ、消費者と事 業者の情報格差是正という観点からは、300 条が保 険会社に説明義務を課し、その義務違反の場合に、私法上の効果を認めることが効率性の観点からは 合理的であるとの結論になる。
84 証券投資不当勧誘訴訟に関し、歴史的には、顧客の救済は、規制違反の勧誘により締結された契約の効力を否定することで図られたが、裁判例は必ずしも好意的とはいえず、救済に限界のあったことから、契約自体は有効としつつ不当勧誘によ
り不法行為(民 709 条または 715 条)が成立するとする不法行為構成が模索されていき、京都地判昭和 43・11・26 判タ 234 号 206 頁を嚆矢として定着したとされる。清水俊彦「投資勧誘と不法行為」判タ 853 号 24 頁以下(1994)。
85 内田貴『民法〈2〉債権各論』27-29 頁(東京大学出版会、1997)。
86 潮見佳男「投資取引と民法理論(一)」民商 117巻 6 号、829 頁(1998)。潮見教授は、銀行借入一時払変額保険において、生命保険会社が公法上の規制に違反したときに、行政上の制裁などを受けることはあっても、上記規制に違反して締結された契約の私法上の効果が、その違反をもって直ちに否定されるものでないとする東京地判平成 7・9・ 25 判時 1572 号 62 頁を例にとって説明される。
87 潮見・前掲注(86)811-814 頁。すなわち、証券投資勧誘では、①「証取法の諸規定及び日本証券業協会の自主規制ルールは公法上の取締法規であり、それに違反したからといって、直に契約が私法上も無効となるわけではない」とした上で、
②「当事者の職業、社会的・経済的地位、年齢、経験等に照らして、当該取引を総合的に考察したときに、勧誘が社会的相当性を逸脱したものである場合には、当該勧誘が私法上も違法と評価されて損害賠償を発生させ」るが、③「違法勧誘を理由に損害賠償が命じられる場合でも、過失相殺による弾力的判断がなされ」、さらに、④「投資者が資力や相場に対する知識がなく、複雑困難かつ危険性の大きい取引に参加する的確性に欠けている場合には、このような者を取引に参加させないようにする義務がある」というものである。
88 金融商品販売法では、保険業を行う者が保険者となる保険契約の締結を「金融商品の販売」とする(2 条 1 項 4 号)ので、本法の対象となるのは変額保険に限定されない。
89 一方、金融商品販売法では、商品先物取引が除外されるなど対象商品が限られ、また、説明義務の範囲が、金融リスクを中心とした狭いものである こ と が 、 欠 点 と し て 指 摘 さ れ て い る 。
90 牧田宗孝「金融商品の販売等に関する法律の概要」NBL691 号 13 頁(2000)。
91 平田健治「消費者契約法の位置づけ」NBL688 号 36 頁(2000)および引用の文献参照。
92 山下友信「消費者契約法諸規定の位置づけ」河上正二ほか『消費者契約法-立法への課題-』244頁(別冊 NBL.54 号)。
93 山下・前掲注(92)244 頁。
94 国民生活センター・相談事例「自動接続でダイヤルQ2 につながるインターネット」(1999 年 11
月)<http://www.kokusen.go.jp/soudan/jirei/ index.html>(visit2000/6/20)。
95 本稿では、電子署名・認証に関する技術的側面の論述は最小限にとどめる。詳しくは、通商産業省「電子商取引の環境整備の一環としての法的課題の検討について」( 1999 年 8 月 19 日)< http://www.miti.go.jp/report-j/gdensy0j.html
>(visit2000/6/20)参照のこと。
96 連邦議会下院において、本年 6 月 14 日、 Electronic Signatures in Global and National Commerce Act(H.RES.523)が可決され、16 日には上 院 で 、 Millennium Digital Commerce Act
(S.761)が可決された。
97 Wall St. J., June 16, 2000.