H23.7.14 甲建物の売買
論文式試験問題集
[民法]
[民 法]
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事実】
1.Aは,年来の友人であるBから,B所有の甲建物の購入を持ち掛けられた。Aは,甲建物を気に入り,平成23年7月14日,Bとの間で,甲建物を1000万円で購入する旨の契約を締結し,同日,Bに対して代金全額を支払った。この際,法律の知識に乏しいAは,甲建物を管理するために必要であるというBの言葉を信じ,Aが甲建物の使用を開始するまでは甲建物の登記名義を引き続きBが保有することを承諾した。
2.Bは,自身が営む事業の資金繰りに窮していたため,Aに甲建物を売却した当時から,甲建物の登記名義を自分の下にとどめ,折を見て甲建物を他の者に売却して金銭を得ようと企てていた。もっとも,平成23年9月に入り,親戚から「不動産を買ったのならば登記名義を移してもらった方がよい。」という助言を受けたAが,甲建物の登記を求めてきたため,Bは,法律に疎いAが自分を信じ切っていることを利用して,何らかの方法でAを欺く必要があると考えた。そこで,Bは,実際にはAからの借金は一切存在しないにもかかわらず,AのBに対する30
0万円の架空の貸金債権(貸付日平成23年9月21日,弁済期平成24年9月21日)を担保するためにBがAに甲建物を譲渡する旨の譲渡担保設定契約書と,譲渡担保を登記原因とする甲建物についての所有権移転登記の登記申請書を作成した上で,平成23年9月21日,Aを呼び出し,これらの書面を提示した。Aは,これらの書面の意味を理解できなかったが,これで甲建物の登記名義の移転は万全であるというBの言葉を鵜呑みにし,書面を持ち帰って検討したりすることなく,その場でそれらの書面に署名・押印した。同日,Bは,これらの書面を用いて,甲建物について譲渡担保を登記原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を行った。
3.平成23年12月13日,Bは,不動産業者Cとの間で,甲建物をCに500万円で売却する旨の契約を締結し,同日,Cから代金全額を受領するとともに,甲建物をCに引き渡した。この契約の締結に際して,Bは,【事実】2の譲渡担保設定契約書と甲建物の登記事項証明書をCに提示した上で,甲建物にはAのために譲渡担保が設定されているが,弁済期にCがAに対し
【事実】2の貸金債権を弁済することにより,Aの譲渡担保権を消滅させることができる旨を説明し,このことを考慮して甲建物の代金が低く設定された。Cは,Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったが,知らなかったことについて過失があった。
4.平成24年9月21日,Cは,A宅に出向き,自分がBに代わって【事実】2の貸金債権を弁済する旨を伝え,300万円及びこれに対する平成23年9月21日から平成24年9月21日までの利息に相当する金額を現金でAに支払おうとしたが,Aは,Bに金銭を貸した覚えはないとして,その受領を拒んだ。そのため,Xは,同日,債権者による受領拒否を理由として,弁済供託を行った。
〔設問1〕
Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づき,本件登記の抹消登記手続を請求することができるかどうかを検討しなさい。
【事実(続き)】
5.平成25年3月1日,AとCとの間で,甲建物の所有権がCに帰属する旨の裁判上の和解が成立した。それに従って,Cを甲建物の所有者とする登記が行われた。
6.平成25年4月1日,Cは甲建物をDに賃貸した。その賃貸借契約では,契約期間は5年,賃料は近隣の賃料相場25万円よりも少し低い月額20万円とし,通常の使用により必要となる修繕については,その費用をDが負担することが合意された。その後,Xは,甲建物を趣味の油絵を描くアトリエとして使用していたが,本業の事業が忙しくなったことから甲建物をあまり使用しなくなった。そこで,Xは,Cの承諾を得て,平成26年8月1日,甲建物をEに転貸した。その転貸借契約では,契約期間は2年,賃料は従前のDE間の取引関係を考慮して,月額15万円とすることが合意されたが,甲建物の修繕に関してxxの条項は定められなかった。
7.その後,Xは甲建物を使用していたが,平成27年2月15日,甲建物に雨漏りが生じた。Eは,借主である自分が甲建物の修繕費用を負担する義務はないと考えたが,同月20日,修理業者Fに甲建物の修理を依頼し,その費用30万円を支払った。
8.平成27年3月10日,Cは,Dとの間で甲建物の賃貸借契約を同年4月30日限り解除する旨合意した。そして,Cは,同年3月15日,Eに対し,CD間の甲建物の賃貸借契約は合意解除されるので,同年4月30日までに甲建物を明け渡すか,もし明け渡さないのであれば,同年5月以降の甲建物の使用について相場賃料である月額25万円の賃料を支払うよう求めたが,Eはこれを拒絶した。
9.平成27年5月18日,Xは,Cに対し,【事実】7の甲建物の修繕費用30万円を支払うよう求めた。
〔設問2〕
CD間の賃貸借契約が合意解除された場合にそれ以後のCE間の法律関係はどのようになるかを踏まえて,【事実】8に記したCのEに対する請求及び【事実】9に記したEのCに対する請求が認められるかどうかを検討しなさい。
2023年8月15日
担当:弁護士 xxxx
参考答案
〔論文対策ゼミ・民法〕
第1 設問1
1 CのAに対する甲建物の所有権に基づく妨害排除請求としての本件登記の抹消登記請求が認められるには、①Cが甲建物を所有し、②甲建物につきA名義の本件登記があることが必要である。本問では、②は認められるが、①は認められるか。
2 ①を基礎づけるため、Cは、次の主張(以下「主張1」という。)をすると考えられる。
すなわち、甲建物を所有していたBはAに対して同年7月1
4日に甲建物を1000万円で売却し(以下「BA売買」という。)、Aは同年9月21日に本件登記を具備したが、本件登記は存在しない譲渡担保契約を登記原因としているため無効であり、対抗要件(民法177条)を備えたとはいえず、甲建物の所有権が確定的にAに帰属したとはいえない。その後、CはBから平成23年12月13日に代金500万円で甲建物を買い受け(以下「BC売買」という。)、甲建物の所有権を取得した。
しかし、以下の理由から、Cの主張1は認められない。
すなわち、不動産登記が有効であるためには、原則として、 実体的権利関係に合致していることが必要である。もっとも、 登記は権利変動の態様よりも権利の現状の公示を重視するから、登記原因と異なる権利変動が行われても、登記が権利の現状に 合致する場合には、例外的に登記は有効となると考える。
本問では、本件登記は、存在しない譲渡担保契約を登記原因
としているから、原則として無効になるとも思える。しかし、 BA売買により甲建物の所有権は移転しており、それを示す本件登記は、甲建物の所有権の現状に合致しているから、例外的に有効である。これによって、Aは対抗要件を備えて確定的に甲建物の所有権を取得したといえ、Cの主張1は認められない。
3 そこで、①を基礎づけるため、Cは、次の主張(以下「主張
2」という。)をすると考えられる。
すなわち、前述のとおり、本件登記は虚偽のもので、CはAが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかった。 AとBが通謀して本件登記を作出したわけではないから、民法
94条2項を直接適用することはできない。しかし、本件登記はBの言葉を鵜呑みにしたAにより作出されたものであり、民法94条2項と110条の類推適用により、AはCに対して、 Bが甲建物の所有権を喪失したことを対抗できないから、その反射的効果として、Cが甲建物の所有権を取得した。
しかし、以下の理由から、Cの主張2は認められない。
すなわち、民法94条2項の趣旨は、虚偽の外観作出に帰責性のある本人よりもその外観を信頼した第三者を保護する点にある。かかる趣旨は、虚偽の外観が通謀により作出された場合だけでなく、ⅰ本人がその意思に基づき自ら虚偽の外観の作出に積極的に関与したり、ⅱ虚偽と知りながらあえて放置したりした場合にも妥当する。そこで、これらの場合には、㋐虚偽の
外観、㋑㋐作出に関する本人の帰責性、㋒㋐につき第三者が善意であることを要件として、民法94条2項を類推適用して第三者を保護すべきであると考える。
上記ⅰ、ⅱのような事情がなくても、虚偽の外観が本人のあまりにも不注意な行為により作出され、その帰責性の程度が上記ⅰ、ⅱと同視し得るほど重い場合には、民法94条2項に1
10条も併せて類推適用することにより、第三者を保護すべき であると考える。この場合、上記ⅰ、ⅱと比較して、虚偽の外観作出について本人の意思的関与がなく、通謀虚偽表示をした本人に匹敵する帰責性がないから、第三者が保護されるためには、善意無過失(登記名義人が所有者であると信じ、信じたことについて過失がなかったこと)であることを要すると考える。本問では、甲建物につきAは譲渡担保権者であってBがその
所有権を完全かつ終局的に喪失していないことを示す本件登記という虚偽の外観がある(㋐)。また、本件登記は、Bの言葉を鵜呑みにして検討もしなかったAのあまりにも不注意な行為により作出され、上記ⅰ、ⅱと同視し得る帰責性がある(㋑)。もっとも、Cは、単にAが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかっただけで、Bが所有者であると信じたわけではない。仮に信じていたとしても、信じたことに過失があった。したがって、Cは、民法94条2項と110条の類推適用に
より保護されず、Cの主張2は認められない。
4 以上により、①は認められず、Cの請求は認められない。第2 設問2
1 DはCの承諾を得て平成26年8月1日に甲建物を適法にEに転貸している(以下「DE転貸」という。)から、CとDが平成27年3月10日にCD間の甲建物の賃貸借契約を合意解除しても、これをEに対抗できない(民法613条3項本文)。その結果、法律関係の簡明化の観点から、DE転貸におけるDの賃貸人たる地位がCに移転すると考える。
2 したがって、CE間には賃貸借契約の終了原因がないため、 CのEに対する甲建物の明渡請求は認められない。また、DE転貸における賃料は月額15万円であり、CはDの賃貸人たる地位を承継した以上、CはEに対して同額の賃料しか請求できず、月額25万円の賃料支払請求も認められない。
3 DE転貸では、甲建物の修繕に関してxxの条項は定められていないから、必要費の修繕費用の負担は民法により定まる。甲建物の雨漏りは、直ちに修繕しなければ使用収益が不可能 になるため、修繕が必要であり、かつ、急迫の事情があるといえる。したがって、Eにおいて修繕ができ(民法607条の2)、
その費用をDに請求することができる(民法608条1項)。 Cは、Dの賃貸人たる地位を承継しているから、Eは、Cに
対して、必要費償還請求として、甲建物の雨漏りの修繕費用3
0万円の支払を請求することができる。 以 上
3
2023 年 8 月 15 日
担当:弁護士 xxxx
予備試験答案練習会 論文対策ゼミ(民法)採点基準表 | 受講者番号 |
小計 | 配点 | 得点 | |
〔設問1〕 | (28) | 0 | |
CのAに対する本件登記の抹消登記手続請求の根拠が所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権であることを指摘していること | 2 | ||
所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権の要件を明示していること | 2 | ||
本件登記の有効性について論じていること | 10 | ||
本件登記が有効であることを前提として、94条2項の単独での類推適用ないし110条を併用しての類推適用によりCが保護されるか論じていること 又は 本件登記が無効であることを前提として、Cが甲建物の所有権移転登記を具備していないことを踏まえて、Cの請求が認められるか論じていること | 14 | ||
〔設問2〕 | (12) | 0 | |
CD間の賃貸借契約が合意解除された場合にそれ以後のCE間の法律関係について論じていること | 6 | ||
合意解除後のCE間の法律関係を踏まえて、CのEに対する甲建物の明渡請求及び賃料月額25万円の支払請求が認められるか論じていること | 3 | ||
合意解除後のCE間の法律関係を踏まえて、EのCに対する必要費償還請求が認められるか論じていること | 3 | ||
裁量点 | (10) | ||
合 計 | (50) | 50 | 0 |
2023年8月15日 担当:弁護士 xxxx
令和5年度司法試験予備試験論文対策ゼミ民法 解説レジュメ
第1.総論
本問は、平成29年度司法試験予備試験の論文式試験の民法の過去問である。今までxx法曹会が実施する民法ゼミで取り扱ったことがなく、論理的思考力と基本的な知識の応用を試すことができる問題であることから、ゼミの課題とした。
第2.民法答案の書き方について
民法の答案を書くに当たっては、一定の思考の「型」がある。それを順番通りにまとめると、以下のとおりとなる。
◆民法の思考の「型」
1 当事者の実現したいこと
当事者の立場に立って、その当事者が何を実現したいのか考える。
2 法律効果
当事者が実現したいことを叶えるには、どのような法律効果(訴訟物、抗弁、再抗弁…)が発生すればよいか考える。
選択し得る法律効果が複数ある場合には、①効果の程度及び②主張立証の難易度の観点から、より法律効果が強く、主張立証しやすいものを選ぶ。
3 法律要件
その法律効果を発生させるためには、どのような法律要件が備わればよいか考える。必要に応じて、法律要件の意義を解釈によって示す。
4 要件事実(主要事実)
その要件に該当する事実(要件事実)が問題文中に存在するか考える。該当する(しそうな)事実があれば、なぜ当該事実が法律要件に該当する事実なのか、該当する理由(=評価)を示して当てはめる。
第3.問題の検討
1 出題の趣旨
(1)本設問は,①不動産の第1譲受人が備えた登記が実体的権利関係に合致しないために第2譲受人の登場を招いたという事案を題材として,第1譲受人が備えた登記の有効性に絡める形で,実体的権利関係に合致しない不動産登記を信頼して取引関係に入った第三者の保護の在り方を問う(設問1)とともに,②不動産の転貸借がされた後,原賃貸借が合意解除され
た場合に,転貸借がどのように取り扱われるかを踏まえて その際の原賃貸人と転借人との法的関係を問う(設問2)ものであり、民法の基本的な知識や,事案に即した分析能力,論理的な思考力があるかを試すものである。
(2)かかる出題の趣旨を前提とすると、設問1においては、まず、甲建物についてAが具備した本件登記の有効性を論じる必要がある。その際は、xxはBA間の売買契約により甲建物の所有権がAに移転しているにもかかわらず、所有権移転登記の登記原因が存在しない譲渡担保契約となっており、実体的権利関係と登記原因が一致しないことによって本件登記が無効になるか論じる必要がある。
次に、本件登記が有効であるとした場合には、甲建物につき存在しない譲渡担保契約を登記原因とする所有権移転登記があり、Bが甲建物の所有権を確定的に喪失していないことを示す虚偽の外観があることを踏まえて、民法94条2項の単独での類推適用もしくは110条を併用しての類推適用により、Cを保護することができないか、論じる必要がある。
なお、本件登記が無効であるとした場合には、Bを起点として甲建物がAとCに二重譲渡されたことになる。この場合、Cは甲建物につき所有権移転登記という対抗要件(民法17
7条)を備えていないことを踏まえて、Cの請求が認められるか否か論じる必要がある。Aが対抗要件の抗弁を主張した場合には、Cの請求は認められないということになろう。
(3)また、設問2においては、適法な転貸借があった場合に、賃貸人と賃借人が原賃貸借を合意解除しても、これを転借人に対抗できない(民法613条3項本文)ことを踏まえて、合意解除後の各当事者間の法律関係がどうなるか論じた上で、賃貸人Cの転借人Eに対する甲建物の明渡請求及び賃料支払請求が認められるか、転借人Eの賃貸人Cに対する必要費償還請求が認められるか、論じる必要がある。
2 解説
以下では、ポイントとなるところに限定して解説を行う。より詳しい内容については、後記参考文献等に当たるなどして、各自で勉強していただきたい。
(1)事案の整理
H23.7.14 甲建物の売買
A
登記(譲渡担保)
B
H23.12.13 甲建物の売買
本件登記の抹消登記請求
H25.4.1 甲建物の賃貸借 H27.3.10 合意解除
C
D
必要費償還請求
H26.8.1 甲建物の転貸借
明渡請求及び賃料支払請求
E
(2)登記の有効性 ア 登記の有効要件
登記が存在していても、その登記が無効であるときは、登記の効力は認められず、その登記は抹消または変更されるべきである。登記の有効要件としては、形式的有効要件と実質的有効要件がある。
(ア)形式的有効要件
登記は、不動産登記法が定める手続に従ってされなければならない。その手続に従わない登記申請は却下される。
(イ)実質的有効要件
登記は、実体的権利関係に合致していることが必要である。したがって、例えば、Aが所有する甲土地について、売買を原因とするBへの所有権移転登記がされている場合であっても、実際にはAB間で売買が行われておらず、Aが知らないうちにBが登記手続をしていたときは、その登記は無効である(大判大正6・4・26民録23輯758頁)。
不動産登記は、不動産の権利関係について調査する手がかりであるから、原則として、物権の現状だけでなく物権変動そのものを正確に示すことが要請される。これを如実主義という。しかし、実際には、この要請はそこまで強いものではない。
例えば、前述の例において、その後にBがAから甲土地の所有権を取得した場合には、その所有権取得の時点から登記は有効となるとされている(最判昭和29・1・28民集8巻
1号276頁)。
また、登記が権利の現状には合致するが、権利変動の態様に合致しない場合について、下記参考文献に挙げた注釈民法(6)物権(1)203~204頁では、次のように解説されている。すなわち、権利変動の態様は登記簿に「登記原因」として記載されなければならない(不動産登記法59条3号)が、登記法は権利変動の態様よりも権利の現状の公示をより重視するものと解すべきであるから、登記簿上の登記原因と異なる権利変動が行われても、登記が権利の現状に合致する以上、登記は有効である。当事者は、登記原因の変更登記を求め得るにすぎない(東京高判大正4・2・1評論4民158)。
イ 本問の検討
如実主義の考え方からすると、本件登記は、登記原因が存在しない譲渡担保契約となっており、BA売買による甲建物の所有権移転という物権変動を正確に示していないから、無効ということになる。
一方、前述の注釈民法の考え方からすると、登記原因が存在しない譲渡担保契約であったとしても、甲建物の所有権がBからASに移転しているという権利の現状に合致しているから、登記は有効ということになる。
(3)民法94条2項・110条類推適用ア 類推適用を論じる際の注意点
民法94条2項の単独での類推適用や110条を併用しての類推適用については、各自の基本書・参考書等に詳しく解説されているであろうから、改めてここで詳しく解説することはしない。ここでは、これらの類推適用を論じる際に注意が必要な、①無過失の要否、②善意(無過失)の意義・対象、③善意(無過失)の時期、④本人が第三者に対抗できない事項について解説する。
なお、解説に当たり、本人(真正権利者)をP、虚偽の外観を有する者をQ、第三者をRと表記する。
イ ①無過失の要否
94条2項直接適用の場合、第三者Rが保護されるためには、善意であれば足り、無過失
までは要求されない(大判昭和12・8・10新聞4185号9頁)。94条2項が無過失を 求めておらず、虚偽の外観を自ら意識的に作出した本人Pの帰責性が相当大きいからである。
94条2項の単独での類推適用の場合でも、同様に無過失は要求されていない(最判昭和
45・9・22民集24巻10号1424頁[百選Ⅰ21])。94条2項の単独での類推適用のためには、本人Pの帰責性として直接適用の場合と同等のものが要求されており、虚偽の外観を自ら意識的に作出した本人Pの帰責性が相当大きいからである。
一方、110条を併用しての類推適用の場合には、第三者Rが保護されるためには、無過失が要求される(最判平成18・2・23民集60巻2号546頁[百選Ⅰ22])。虚偽の外観作出に関する本人Pの帰責性の程度は、94条2項直接適用や単独での類推適用の場合と比較して、そこまで大きいといえないからである。
ウ ②善意(無過失)の意義・対象
94条2項直接適用の場合、善意の意義・対象は、当事者(PQ)間の意思表示が虚偽表示であることを知らなかったことである。
94条2項の単独での類推適用の場合は、外観が虚偽であることを知らなかったことである。94条2項の単独での類推適用が問題となった判例では、「右土地がBの所有に属しないことを知らなかった」と表現されている(最判昭和45・9・22民集24巻10号14
24頁[百選Ⅰ21])。
110条を併用しての類推適用の場合、善意・無過失の意義・対象は、虚偽の外観を有する者Qが所有者であるとの外観を信じたこと、信じたことについて過失がなかったことである。110条を併用しての類推適用が問題となった判例では、「Yは、Aが所有者であるとの外観を信じ、また、そのように信ずることについて過失がなかった」と表現されている(最判平成18・2・23民集60巻2号546頁[百選Ⅰ22])。
エ ③善意(無過失)の時期
94条2項直接適用の場合だけでなく、単独での類推適用、110条を併用しての類推適用の場合も、善意(無過失)の時期は、虚偽の外観を有する者Qと第三者Rが売買契約を締結した時点である。
94条2項の単独での類推適用が問題となった判例では、「その買受けにあたり」と表現されている(最判昭和45・9・22民集24巻10号1424頁[百選Ⅰ21])。
なお、権利外観法理の中には、例えば、即時取得(民法192条)など、取引行為時ではなく、占有移転時に善意無過失であることを要求するものもあるので、注意が必要である。
オ ④本人が第三者に対抗できない事項
94条2項直接適用の場合、本人Pが第三者Rに対抗できない事項は、通謀による虚偽の意思表示が無効であることである(民法94条2項)。
94条2項の単独での類推適用の場合は、虚偽の外観が真実でないことである。94条2項の単独での類推適用が問題となった判例では、「右土地の所有権がBに移転していないことをもってYに対抗することをえず」と表現されている(最判昭和45・9・22民集24巻10号1424頁[百選Ⅰ21])。
110条を併用しての類推適用の場合も同様に、虚偽の外観が真実でないことである。1
10条を併用しての類推適用が問題となった判例では、「Xは、Aが本件不動産の所有権を取得していないことをYに対して主張することができない。」と表現されている(最判平成
18・2・23民集60巻2号546頁[百選Ⅰ22])。カ まとめ
このように、94条2項直接適用、単独での類推適用、110条を併用しての類推適用のそれぞれの場合において、前述の①から④の中身が変化するため、整理して理解しておく必
要がある。 ケ 本問の検討
本問では、まず、譲渡担保契約を登記原因としてBからAに甲建物の所有権登記が移転しているという虚偽の外観がある。かかる虚偽の外観は、AB間の通謀により作出されたわけではなく、Aがその意思に基づき自らその作出に積極的に関与したり、虚偽と知りながらあえて放置したりしたわけでもない。直接的に作出したのはBであるが、Bの言葉を鵜呑みにしたAのあまりにも不注意な行為により作出されている。したがって、本件では、Cが本件建物を所有していることを基礎づけるため、110条を併用しての類推適用を検討することになろう。
その際は、Cには善意だけでなく無過失が要求されること、善意無過失の意義・対象は、 Bが甲建物の所有者であると信じ、信じたことについて過失がなかったこと、BC売買の締結時に善意無過失であること、AがCに対抗できない事項は「Bが甲建物の所有権を(完全かつ終局的に)喪失したこと」であることに注意して論じる必要がある。
なお、本問において、譲渡担保の法律構成について論じるべきか悩んだ受講生の方もいると思われる。論じてもよいが、譲渡担保の法律構成が結論を大きく左右するわけではないため、論じることは必須ではないと思われる。所有権的構成、担保権的構成、設定者留保権説のいずれをとっても、被担保債権を弁済すれば所有権を失うことはないこと、それゆえに譲渡担保契約時に所有権が完全かつ終局的に移転することはないことは、共通の前提となっていると思われるからである。
(4)適法な転貸借があった場合に原賃貸借が合意解除された場合の法律関係ア 新設された条項
債権法改正により、民法613条3項が新設され、賃借人Yが適法に賃借物を転貸した場合には、賃貸人Xは、賃借人Yとの間の賃貸借を合意により解除したことをもって転借人Zに対抗することができないことが明示された。合意解除は賃借人の賃借権の放棄であり、権利の放棄は正当に成立した他人の権利を害する場合には許されないという考え方によるものであり、改正前民法のもとの判例・学説を明文化したものである。
合意解除後の法律関係については、諸見解があるが、転借人Zが賃貸人Xに対し転貸借を主張できるという関係を、法律関係の簡明化の観点から、転貸人Yと転借人Zとの間における賃貸人たる地位が転貸人Yから賃貸人Xに移転すると理解するのが多数説である。
イ 本問の検討
本問では、まず、DがCの承諾を得て適法に甲建物をEに転貸していることを踏まえ、C D間の賃貸借契約が合意解除されたとしても、Cは、そのことをEに対抗できないことを民法613条3項本文に基づいて論じる必要がある。
その上で、合意解除後の法律関係について、多数説に基づいて論じるのが簡明である。D E間の転貸借における賃貸人たる地位がDからCに移転する以上、Cは、DE間の転貸借における契約内容に拘束される。したがって、賃料として請求できる金額は、月額15万円となる。また、甲建物の修繕に関しても明文の条項は定められていない以上、民法607条の
2及び608条によって処理されることになる。第4.民法の学習について
1 努力がものをいうこと
民法に限らず、民事系科目は、努力がものをいう科目である。「民法ができない、不得意だ。」といっている受験生は、単に努力不足であることが多い。
基本書や予備校のテキストを読む際には、前述の「型」のように整理して読むとよい。普段から、本番と同様の思考訓練を繰り返しておけば、本番で慌てることはなくなる。
2 問題集を解くこと
民法は、勉強すべき量も膨大で、ただ漫然と基本書等を読んでいても身に付かない。問題集を解いて、問題意識を植え付けてから基本書等を読むということを繰り返してほしい。そうすれば、嫌でも必要な知識が身に付いていくようになる。
問題集は、なるべく優しめのものを選ぶべきである。そして、何度も繰り返し解いて、「その問題を見れば反射的に論点が分かる」というレベルにまで到達すべきである。また、その繰り返し解く過程で、自分の苦手な分野をピックアップしておくべきである。解ける問題を何度も解いても意味がない。解けない問題こそ何度も解くべきである。
【参考文献等】
1. 佐久間毅著「民法の基礎1 総則(第5版)」有斐閣 2020/4/10
2. 佐久間毅著「民法の基礎2 物権(第3版)」有斐閣 2023/3/30
3. 舟橋諄一編著「注釈民法(6)物権(1)」有斐閣 1967/1/20
4. 潮見佳男著「基本講義債権各論Ⅰ 契約法・事務管理・不当利得(第4版)」新世社 2021/11/2
5. 中田裕康著「契約法(新版)」有斐閣 2021/10/26
以 上
2023 年 8 月 15 日
担当:弁護士 伊奈達也