Q1
知財法務の勘所Q&A(第44回)
共同開発契約に関する実務上の留意点
-成果の帰属を中心に-
xxxxxx・xx・xx 法律事務所 外国法共同事業
弁護士 xx x
Q1
企業間又は企業と研究機関の間で共同開発契約を締結する場合、生じた成果に対する知的財産権の帰属を定めることが必要だと思いますが、どのような点に注意したらよ
いですか。
A1
共同開発から生じた成果に対する知的財産権の帰属を定めることは、共同開発契約を締結する最も重要な目的の1つです。知的財産権の帰属の定めには、実務上よく用い
られるパターンがいくつかありますが、それぞれが法的に何を決めており、何を決めていないことになるのかをよく理解したうえで、事案にあった定めを置くことが重要です。
1.知的財産権の帰属の定めの重要性
共同開発から生じた成果に対する知的財産権の帰属を定めることは、いうまでもなく、共同開発契約を締結する最も重要な目的の1つです。成果の帰属を予め定めておくことで、有意義な成果が生じた場合にそれぞれの当事者がどのような権利を持つのかについての枠組みが定まり、それに応じて、共同開発の当事者は、どの程度のコストやリソースを投入すればよいのか、共同開発後のビジネス展開としてどのようなことができ、あるいはできないのか、判断できるようになります。また、魅力的な成果が実際に生じた段階で帰属を決めようとしても、当事者間で合意に至るのが困難な場合もあります。共同開発契約における知的財産権の定めには、予め枠組みを定めておくことで、爾後の紛争を防止するという意義もあると考えられます。
もっとも、重要な規定であるだけに、曖昧な定めにとどまっている場合は、紛争に発展してしまうリスクも少なくありません。典型的な紛争類型は、一方当事者が他方当事者に無断で成果の特許出願をし、他方当事者が共同開発契約に基づき自己の権利を主張する、という形のものです。
したがって、知的財産権の帰属の定めをする際には、その限界を理解したうえで、できる限り明確な定めを置いておくことが求められます。
2.日本法のxxxxx・xxx
実際の規定例を見ていく前に、日本法のデフォルト・ルール(すなわち、何も規定をしなかった場合はどうなるか)を確認しておきたいと思います。以下では、知的財産権の代表格である特許権に基づいて説明をします。
日本の特許法のもとでは、発明に対する権利は「特許を受ける権利」として構成されており、特許を受ける権利は、原則として、発明者個人に帰属します(特許法35条1項及び2項)。ただし、特許を受ける権利は譲渡可能であり、また、職務発明については、有効な契約又は勤務規則等により、使用者に原始的に帰属する旨を予め定めておくことが可能です(同法35条3項)。また、発明者が複数いる場合には、特許を受ける権利は、複数の発明者間の共有となります。
3.実際の規定例
以下では、実務上よく見られる実際の規定例を取り上げて、その法的な意味と限界を解説します。
⑴ パターン①-発明者性基準
第1の例は、「甲単独でなした発明は甲に帰属し、乙単独でなした発明は乙に帰属し、甲乙共同でなした発明は甲乙の共有とする。」というもので、最もよく見られる類型とといえます。
xx、xxxxx・xxxと同じ、当たり前のことしか定めていないように見え、実際にそのとおりではあるのですが、この規定は(そして、特許法上のデフォルト・ルールは)、あくまで「誰が発明したか」、すなわち発明者は誰かを基準としている点に留意が必要です。
発明者とは、裁判例上、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者(知財高判平成19年7月30日裁判所ウェブサイト、東京地判平成27年10月30日裁判所ウェブサイトなど)、より具体的には、技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者をいうと解されています(知財高判平成20年5月29日判時2018号146頁)。そして、管理者としてプロジェクトの一般的管理を行ったに過ぎない者、一般的な指導・助言を行ったに過ぎない者、補助者としてデータを取りまとめたり、実験を行ったりしたに過ぎない者、資金提供や施設利用の便宜を与えたに過ぎない者は、発明者には当たらないと考えられています
(前記知財高判平成20年、東京地判平成18年3月9日判時1948号136頁)。
共同開発では、主として一方が研究に従事し、他方は資金や設備の提供を中心とする経済的な支援を行うという形態のものも多く存在すると思われます。また、プロジェクトの成功に当たっては、実際の研究開発活動のみでなく、大きな方針の決定や進捗管理が重要な意味を有する事例も多いはずです。しかし、発明者性の判断に当たっては、そのような貢献がいかに多大であっても、「発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与」していない以上、発明者性を基礎づける要素として考慮されません。
逆に、そういった貢献が成果の帰属に影響を与えるようにするためには、発明者が誰かとは無関係に帰属が定まるような定めにしておくか、少なくともそういった貢献も考慮要素となることを契約xxxしておく必要があると考えられます。
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また、この規定は、両当事者(実際には、両当事者の指揮命令下にある研究開発者)が共同でなした発明は、両当事者の共有となることを明らかにしていますが、共有割合までは定めていません。この場合、民法上の準共有の規定(民法264条、250条)が適用され、その持分割合は相等しいものと推定されます。これはあくまで「推定」ですので、これに反する証拠を挙げて推定を覆すことはできますが、その負担は、推定を覆そうとする側が負うことになります 。
⑵ パターン②-双方協議
第2の例は、「本開発においてなされた発明の帰属については、甲乙が協議して定める。」というものです。
これは、成果の帰属を契約段階では棚上げにして、将来の協議に委ねるものですが、当然のことながら、協議が整わないこともあります。これに関連して、東京地判平成28年10月24日裁判所ウェブサイトは、開発協力合意書において「…技術的成果の帰属、知的財産権を受ける権利、帰属及びその取扱い等については基本的に折半とするが、詳細につて[原文ママ]は別途協議するものとする。」との条項があった事例において、この条項は協議が整わなかった場合の権利変動を定めたものではなく、協議が整わなかった場合の権利関係は民法及び特許法に基づき定まる、と判断しています。
したがって、単に「協議して定める」というだけの条項では、協議をする以外は何も定めていないと扱われ、結局、成果の帰属は法律のデフォルト・ルールに従って定まる、ということになると考えられます。また、パターン②の亜型として、前記東京地判平成28年の事例のように、
「基本的に折半とするが、甲乙が協議して定める」、「共有を原則として、甲乙が協議して定める」といった規定例も見られますが、「基本的に」「原則として」といった書き方では、協議の方針を定めたにとどまり、協議が整わなかった場合に共有となることまで定めたものではない、と解される可能性がある点に留意が必要です。仮に協議が整わなかった場合に共有としたいのであれば、「協議が整わなかった場合は、甲乙の共有とする」と明記しておくべきと考えられます(ただし、最終的に共有となることを明確にしてしまうと、貢献が少ない側は協議に応じるインセンティブがなくなるという別の問題が生じますので、長所・短所は十分に検討する必要があります。)。
⑶ パターン③-共有
第3の例は、「本開発においてなされた発明は、甲乙の共有とし、[その持分割合は●とする/その持分割合については別途協議して定める/その持分割合は●、●…を考慮して定める]。」というものです。
この規定では、成果が当事者間の共有となることは明らかにされています。その意味で、⑵の規定にあるような問題点はありません。また、誰が発明したかにかかわらず、共有となるという定めになっていますので、例えば資金提供をしたに過ぎない者も、共有持分を獲得できることになります。また、後段の持分割合については、2分の1ずつとする、3分の2と3分の1など2分の1以外の割合とする、協議に委ねる、考慮要素を列挙するなど、さらにいくつかのパターンが考えられます。
もっとも、持分割合を協議に委ねるだけの定めですと、協議が整わない場合に共有持分を決定する考慮要素(より具体的には、発明者性以外の要素が考慮されるのか否か)が明らかになりません。したがって、特定の共有持分の割合まで事前に合意しておくことが難しいケースは多いと思われますが、可能であれば、決定基準なり何らかの合意を契約書に書き込んでおくことが望ましいと考えられます。
また、誰が発明者かに関わりなく成果を共有とする場合には、特許法のデフォルト・ルールで一旦帰属が定まった特許を受ける権利の持分を、当事者間で移転させる必要があり、かつ、その前提として、特許法のxxxxx・xxxに従い原則として個人に帰属するとされる特許を受ける権利が、事前の契約又は勤務規則等の定めにより(特許法35条3項)、あるいはそのような事前の定めがない場合には事後の譲渡により、企業や研究機関への帰属となっている必要があります。契約実務としては、共同開発契約に定める帰属の状態を達成する前提として、双方当事者が、それぞれの研究開発者との関係で、自己に特許を受ける権利が帰属する状態を確保する義務を負うことを規定するのが適切と考えられます。
Q2 成果の帰属を定める際に、他に考慮に入れるべき要素はありますか。
A2
特許を受ける権利が共有である場合は、共有者全員でなければ特許出願を行うことができません(特許法38条)。また、結果として特許が成立した場合にも、その特許権
は共有となり、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、持分の譲渡や担保化、実施権の設定ができないという制約がかかります(特許法73条1項、3項)。一方で、特許を受ける権利を一方の単独帰属とした場合は、他方は原則として何の権利も有していないことになりますので、ライセンスなどの必要な取り決めを行うことを検討する必要があります。
1.共同出願要件への対応
特許を受ける権利が共有に係る場合は、共有者全員でなければ特許出願を行うことができません(特許法38条)。共有者の一部のみで出願を行った場合は、特許の無効理由となります(同法 123条1項2号)。また、他の共有者は、持分の移転請求を行うことができます(同法74条1項)。
共有となった特許を受ける権利について、実際に特許出願を行う場合は、実務上、その費用負担をどうするか、その時期の判断をどう行うか、出願書類の準備をどのようなプロセスで行うかなど、共同出願に関する取り決めが別途必要になります。こういった事項について合意ができず、いずれかの当事者がNOと言えば、せっかくの成果を出願したいと思っても出願ができなくなってしまいますので、そのような状況を防止するという観点からは、共同開発契約において共同出願に関する主要な定めを置いておくことが望ましいとはいえます。しかし、実際には共同開発契約の段階でそのような事項についてまで交渉することが難しく、単に別途締結する共同出願契約において定める、とだけ規定する例が多いというのが現状と思われます。
2.特許の利用への対応
共同出願に対して特許が付与された場合、その特許権は共有となり、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、持分の譲渡又は担保化を行うことはできません。また、各共有者は、他の
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共有者の同意を得なければ、第三者に対する使用許諾ができません(特許法73条1項、3項)。一方で、特許を受ける権利が一方当事者の単独帰属とされ、その当事者が出願を行い特許が付与された場合には、他方は(法定の先使用権を除き)何らの利用権も与えられません。
共同開発の最終的な目的は、その成果を今後の当事者のビジネスに生かすことですので、成果の帰属のみを定め、その先の利用について何の手当てもしないのでは、共同開発契約を締結する目的が十分に達成できているとはいえません。もちろん、契約段階ではどのような成果が生じるのかが予測できず、成果の利用に関する事前合意が困難なケースもあるかと思います。ただ、ある程度開発テーマや開発目標が明らかになっているケースでは、当事者双方が成果を利用できる範囲やそれに応じた相互のライセンスなど、成果の利用に関しても基本的な定めを置いておくべきと考えられます。実務的にも、(ライセンス料や細かな条件は将来の合意に委ねるとしても、)成果の利用に関する基本的な枠組みは、共同開発契約の段階で合意している例が多いように思われます。
Q3
共同開発契約の締結後、その実施段階で、成果の帰属に関して何か注意することはありますか。
A3
特に成果の帰属に関して発明者性が基準となるような定め(前記A1のパターン①及び②)をした場合には、発明者の確定のため、そして万が一後日紛争が生じた場合へ
の備えのため、発明者が誰であるかを示す証拠を残しておくことが重要です。具体的には、発明の届出書、開発過程の成果が書かれた文書やメール、業務レポートや日誌、プロジェクトの関係者間のメールなどが挙げられます。
Q4
成果の帰属に関する規定がどの範囲で適用されるかについては、どのような点に注意して規定を置いたらよいですか。
A4
成果の帰属に関する定めを含む共同開発契約が適用される範囲は、通常、共同開発のテーマ(物的範囲)と期間(時間的範囲)の規定によって画されます。したがって、
共同開発契約が必要十分な範囲をカバーするようにこれらの規定を置き、かつ期間については共同開発中に契約が切れることがないよう管理を行うことが必要です。
1.共同開発のテーマ
共同開発契約には、通常、共同開発のテーマが規定されます。共同開発のテーマは、単に共同開発の主題や目標を示すだけではなく、共同開発契約が適用される範囲を定める重要な規定となります。実際に、前記東京地判平成28年10月24日では、「『各種グルコース誘導体』の研究並びに開発業務」に関する開発協力合意書が締結された事例で、「グルコシルグリセロール」の開発が開発業務の範囲に含まれるかどうかが争われています。
共同開発のテーマは、技術的・非法律的な文言で書かれることもあり、契約書のリーガルチェックの段階でもさほど重視されないことが多いように思われますが、実際に紛争事例もあるように、場合によっては当事者の権利関係に多大な影響を及ぼす可能性のある重要な規定であることを認識しておくことが必要です。
契約上の規定の仕方としては、前記東京地判平成28年のように、抽象的なテーマで特定するという方法が1つあります。一方で、テーマとともに、具体的なプロセスや役割分担を別紙などで規定する例も見られます。こういった別紙は、本来的にはマイルストーンや役割分担を示すためのもので、共同開発のテーマを規定するためのものではありませんが、別紙を参照すれば、自ずと当事者が想定している共同開発のテーマも具体的に理解できることになります。
前者の方法は、柔軟性が高い一方で当事者双方に認識の相違が生じやすいという欠点があり、後者はその欠点はないものの、開発の進行に柔軟に対応できない(変更が生じるたびに別紙を変更しなければならなくなる)という欠点があります。
また、契約外の実務的な対応としては、紛争の予防と、万が一紛争になった場合の備えとして、テーマの決定の経緯(内部文書、議事録、メール等)を整理して保存しておくこと 、研究開発者の認識(何が共同開発の対象で、何が対象でないか)を統一しておくこと、共同開発の対象とそうでないものについて、作業時間や作業場所、場合によっては担当者を明確に区別すること、などが考えられます。
2.共同開発の期間
共同開発契約には、通常、共同開発の期間も規定されます。共同開発の期間は、共同開発契約が適用される時的範囲を定める規定です。
共同開発の期間については、特定の期間(「契約締結日から1年間」、「●年●月●日まで」など)で定めるケースや、一定の目標の達成・不達成と紐づけて定めるケースが考えられますが、そういった契約上の規定そのものよりも、その管理が重要と考えられます。
実務上よく見られる例として、共同開発の期間が1年など比較的短期間とされており、契約上の共同開発の期間が終了しているものの、契約期間延長の明確な合意がないまま実態として開発だけが続いている、というものがあります。実際にこのような状況から紛争に至った例として、大阪地判平成15年9月9日裁判所ウェブサイトがあります。この事例は、個人の研究者と企業との間で、知的財産権の帰属に関する定めを含む研究委託契約が締結され、しばらくの間は期間延長の覚書が締結されていたものの、ある時点から延長覚書が締結されなくなり、覚書が締結されなくなってからしばらく後に企業においてなされた発明について、研究者の側が共有持分を主張した、という事例です(結論としては、研究者の請求を認めませんでした。)。
日本においては、原則として契約(既存の契約を延長する契約も同様です。)に書面は要求されていないことから、契約延長を確認する書面がなかったからといって、直ちに契約が延長されていないことになるのではなく、契約が延長されたことを示す事情を主張立証することによって、裁判所に契約が延長されたと認めてもらえる可能性はあります。しかし、紙が1枚あるのとないのでは、その立証の負担に大きな差が生じますし、そもそもこのような無用な紛争を防止するためにも、契約を延長するのであれば延長を確認する書面を取り交わす(逆に自動延長条項がある場合には、契約終了時に解約通知を行う)ことが重要です。
以 上