①ʼʼ 【重過失の評価根拠事実】ex.1)Yは,本件売買契約当時,不動産③者であった。 ex.2)本件売買契約の直前に,私鉄から別の場所に駅ができることが公表 されていた。∵重過失は規範的要件であるから,主要事実(=要件事実)は,重過失それ⾃体ではなく,重過失の存在を基礎づける具体的事実となる。
第2章 売買契約に関する紛争
1 売買契約に基づく代⾦⽀払請求訴訟
⑴ 事例
売主Xが,買主Yとの間で令和2年4⽉1⽇に代⾦を 1000 万円とする甲⼟地の売買契約を締結した。Xは,Yに対して,同契約に基づき代⾦の⽀払を請求する訴えを提起した。
⑵ 訴訟物
ア 主たる請求──代⾦⽀払請求
売買契約に基づく代⾦⽀払請求権 1個
解 説
■訴訟物の個数
判例・実務のとる旧訴訟物理論にしたがえば,訴訟物は請求権ごとに形成される。契約に基づく請求権は契約ごとに発⽣するものであるから,同請求権を内容とする訴訟物の個数も,契約の個数によって定まる。本事例の場合には,売買契約は1個であるから,訴訟物も1個となる。
■⼀部請求
判例によれば,1個の債権の数量的な⼀部についてのみ判決を求める旨を明⽰した請求の場合,その部分のみが訴訟物となる(最判昭 37.8.10)。具体的には,訴状のよって書き(8⾴参照)において明⽰するのが通例である。
イ 附帯請求──利息請求(575 条2項)
(ア) 遅延損害⾦説による場合の訴訟物
代⾦⽀払債務の履⾏遅滞に基づく損害賠償請求権 1個
(イ) 法定利息説(⼤判昭6.5.13)による場合の訴訟物
法定利息請求権 1個
⑶ 請求の趣旨
被告は,原告に対し,1000 万円を⽀払え。
⑷ 請求原因
ア 代⾦⽀払請求
① | 【原告・被告 売買契約の締結】 Xは,Yに対し,令和2年4⽉1⽇,甲⼟地を代⾦ 1000 万円で売った。 |
解 説
■概要
売買契約に基づく代⾦⽀払請求権の権利根拠事実について,冒頭規定説の⽴場から検討すると,売買の冒頭規定たる⺠法 555 条は「売買は,当事者の⼀⽅がある財産権を相⼿⽅に移転することを約し,相⼿⽅がこれに対してその代⾦を⽀払うことを約することによって,その効⼒を⽣ずる。」と規定していることから,売買契約の成⽴によって直ちに債権が発⽣することがわかる。したがって,①「売買契約の締結」が権利根拠事実となる。
次に,売買契約の締結が認められるためには何が必要であるか,すなわち売買契約における本質的要素は何かを検討する必要がある。⺠法 555 条にしたがえば,契約の当事者のほか,双⽅の債務の内容である代⾦と⽬的物がそれぞれ確定している必要がある。
さらに,同種同様の契約が反復継続して締結されうることから,個々の請求権を特定するために締結⽇を⽰すのが⼀般的である。もっとも,締結⽇それ⾃体は要件事実でなく,時的因⼦にすぎない(20 ⾴参照)。
■代⾦⽀払時期の合意──抗弁説
売買契約においては,代⾦⽀払時期の合意は本質的要素ではなく,付款にすぎない。条件⼜は期限という法律⾏為の付款の位置付け及びその主張⽴証責任の分配につい
ては⾒解が分かれている。
条件⼜は期限が,その対象となる法律⾏為の成⽴要件と不可分なもの,ないしはその⼀内容をなすものとし,契約に基づき履⾏請求をする場合に,その契約に条件⼜は期限が付されているかどうかは,履⾏請求をする当事者が請求原因として主張⽴証すべきとする⾒解がある。
これに対し,契約に基づき履⾏請求をする場合の前提となる契約の成⽴要件は,⺠法の典型契約の冒頭規定に定められた要件が⼀般に契約の成⽴要件にあたるという⽴場(冒頭規定説)を前提に,売買代⾦債権の発⽣に必要な要件は,売買契約の締結だけであり,条件や期限の合意は要件にはならないとする⾒解がある。この⾒解によれば,例えば,代⾦⽀払期⽇が問題となっている事例において,売主が代⾦⽀払請求をするためには,確定期限の合意及びその期限の到来を主張⽴証する必要はなく,買主が確定期限の合意を抗弁として,これに対し売主がその期限の到来を再抗弁として,それぞれ主張⽴証することになる。
【論点】
論点① 代⾦額・代⾦額の決定⽅法の主張⽴証は必要か。 | 必要である。 ∵売買契約が成⽴するためには⽬的物の確定のほか,代⾦額⼜は代⾦額の決定⽅法が確定していることが必要である(⺠法 555 条)。 |
論点② 請求原因として代⾦⽀払時期の主張⽴証は必要か。 | 不要である(通説)。 ∵売買契約が成⽴するための要件は,財産権(⽬的物)の移転及び代⾦⽀払についての各合意のみである。 |
論点③ 売主の⽬的物所有,引渡しの主張⽴証は必要か。 | 不要である。 ∵売買契約は他⼈物についても有効に成⽴する(⺠法 561 条)。また,売買契約は諾成契約であり,⽬的物の引渡しも売買代⾦⽀払請求権の発⽣要件ではない。 |
⇐応⽤
イ 利息請求(遅延損害⾦説の場合)
XY間の売買契約には代⾦⽀払期⽇を令和2年4⽉ 15 ⽇とする約定があった。
【原告・被告 売買契約の締結】 (XはYに対し,令和2年4⽉1⽇,1000 万円で甲⼟地を売った。) ∵当該要件事実は,主たる請求の請求原因として主張⽴証されることになるから,遅延損害⾦請求の請求原因としてあ らためて主張⽴証する必要はない。 | |
② | 【履⾏期の経過】 令和2年4⽉ 15 ⽇は経過した。 |
③ | 【基づく引渡し】 XはYに対し,令和2年4⽉1⽇,①の契約に基づき甲⼟地を引き渡し,かつ所有権移転登記⼿続をした。 |
解 説
■⺠法 575 条2項本⽂にいう「利息」の法的性質
⺠法 575 条2項本⽂にいう「利息」の法的性質については,遅延損害⾦説と法定利息説(⼤判昭6.5.13)の争いがある。両説は同条の「利息」を遅延損害⾦とみるか法定利息とみるかで異なり,法定利息説は,履⾏遅滞の有無にかかわらず,⽬的物の引渡しがあった時から買主に法定の代⾦の利息⽀払義務を負わせるとする⾒解である。これに対して,遅延損害⾦説は,⺠法 575 条2項を,売主が⽬的物の引渡しをするまで果実を取得できる反⾯,買主は遅滞に陥っても遅延損害⾦の⽀払を不要としたものと考える⾒解である。⺠法 575 条は,利息と果実を等価値と考えて売主,買主両当事者のxxを図る趣旨であり,履⾏遅滞になっていない場合にまで積極的に法定の利息
の発⽣を認めるべきではないことから,⼤審院判例の存在にもかかわらず,実務では遅延損害⾦説がとられている。そこで,ここでは遅延損害⾦説に即して説明を加える。
■実体法上の成⽴要件──遅延損害⾦説
遅延損害⾦説によると,利息を請求するために,原告は,請求原因として代⾦⽀払債務の履⾏遅滞に基づく損害賠償請求権の発⽣原因事実を主張⽴証する必要がある。代⾦⽀払債務の履⾏遅滞に基づく損害賠償請求権の請求原因事実については,⺠法 415 条,419 条,及び 575 条が規律する。伝統的通説にしたがえば,実体法上,債務不履⾏による損害賠償請求権の発⽣要件は,(ⅰ)債務不履⾏,(ⅱ)債務者の帰責事由,
(ⅲ)債務不履⾏の違法性,(ⅳ)損害及びその数額,及び(ⅴ)債務不履⾏と損害の間の因果関係である。
■要件事実の検討
第1に,(ⅰ)債務不履⾏は,代⾦⽀払債務の発⽣原因事実及び債務不履⾏の事実により構成される。このうち,前者は,主たる請求の請求原因事実としてすでに主張⽴証されている場合には,附帯請求において再度主張⽴証する必要はない。後者については,履⾏期の種類によって異なり,売主は,(a)確定期限の合意及びその期限の経過(⺠法 412 条1項),(b)不確定期限の合意,その期限の到来,買主の履⾏請求⼜は期限の到来を知ったこと及びその⽇の経過(同条2項),(c)売主が買主に対して代⾦⽀払を求める催告をしたこと及びその⽇の経過(同条3項)のいずれかを主張⽴証する必要がある。なお,(a)については,履⾏遅滞責任は,履⾏期限の当⽇に履⾏があれば発⽣させるべきでないことから,⺠法 412 条1項の「期限の到来した時から遅滞の責任を負う」との⽂⾔にもかかわらず,「確定期限の経過」が要件事実となる(20
⾴参照)。
第2に,(ⅱ)債務者の帰責事由については,代⾦債務は⾦銭債務であって⺠法 419条3項の適⽤を受けるから,原告において主張⽴証する必要はない。
第3に,(ⅲ)債務不履⾏の違法性については,同時履⾏の抗弁権に存在効果を認める⾒解(存在効果説,通説)に従えば,代⾦⽀払債務の発⽣原因事実が主張⽴証されることによって同時履⾏の抗弁権の存在が基礎づけられてしまい,債務不履⾏の違法性阻却の法律効果が⽣じてしまう。そうすると,このままでは同要件を満たさず,主張⾃体失当となるため,原告において同時履⾏の抗弁権の法律効果を消滅させる事実を主張⽴証する必要がある(せり上がり)。そこで違法性阻却事由としての同時履⾏の抗弁権の効果を消滅させるために,反対債務の履⾏の「提供」を主張⽴証する必要がある。さらに,代⾦⽀払債務の場合,⺠法 575 条2項本⽂の規定から要件が加重され,
⽬的物の「引渡し」までが要件事実となる(不動産の場合は,登記の移転のみでは⾜りない。)。なお,「基づく」とは,契約上の義務の履⾏という意味をもち,要物契約における成⽴要素としての⽬的物給付と区別する意味がある。
第4に,(ⅳ)損害及びその数額については,まず,損害に関しては,法定利率(⺠法 404 条)の割合による損害を請求する場合には,⺠法 419 条1項・2項にしたがい主張⽴証を必要としない。次に,数額に関しては,代⾦⽀払債務の履⾏期と⽬的物の引渡しがあった時期のより遅い時期以降の期間の経過を主張⽴証する必要があるが,摘⽰は省略されるのが通常である。
第5に,(ⅴ)因果関係についても,⺠法 419 条2項により主張⽴証を必要としない。したがって,代⾦⽀払債務の履⾏遅滞に基づく損害賠償請求権の請求原因事実は, 確定期限の合意がある場合には,①売買契約の締結,②代⾦⽀払債務の履⾏期の経過,
③基づく引渡し,④履⾏期⼜は引渡し時(⽬的物が不動産の場合は,⽬的物を引き渡し,かつ所有権移転登記⼿続をした時)以降の期間の経過(ただし,摘⽰は省略されるのが通常)となる。
(ア) 請求原因②の具体的内容──代⾦⽀払債務の履⾏期に関する3形態 A 確定期限の合意がある場合
XY間の売買契約には,代⾦⽀払期⽇を令和2年7⽉ 31 ⽇とする約定があった。
【履⾏期の経過】
令和2年7⽉ 31 ⽇は経過した。
【代⾦⽀払債務の履⾏期につき確定期限の合意】
XとYは,請求原因①の売買契約に際して,代⾦⽀払債務の履⾏期を令和2年
7⽉ 31 ⽇とする旨の合意をした。
B 不確定期限の合意がある場合
XY間の売買契約には,XがAから甲⼟地の所有権を取得した時を代⾦⽀払期⽇とする約定があった。Xは,令和2年 11 ⽉ 26 ⽇,Aから甲⼟地を代⾦ 800 万円で
買い受け,Yはそのことを同⽉ 29 ⽇にXからの通知で知った。
【代⾦⽀払債務の履⾏期につき不確定期限の合意】 XとYは,請求原因①の売買契約に際して,XがAから甲⼟地の所有権を取得した時を代⾦⽀払債務の履⾏期とする旨の合意をした。 |
【不確定期限の到来】 AはXに対し,令和2年 11 ⽉ 26 ⽇,甲⼟地を代⾦ 800 万円で売った。 |
【買主 不確定期限到来の了知】 Yは,令和2年 11 ⽉ 29 ⽇,Xからの通知で,AX間の甲⼟地売買によりXが甲⼟地所有権を取得したことを知った。 |
【買主が了知した⽇の経過】 令和2年 11 ⽉ 29 ⽇は経過した。 |
C 期限の定めがない場合
XY間の売買契約においては,代⾦⽀払期⽇について特に定めていなかった。令和2年4⽉ 16 ⽇,XはYに対して,売買代⾦ 1000 万円を⽀払うように催告した。
【売主→買主 催告】 XはYに対し,令和2年4⽉ 16 ⽇,請求原因①の売買契約に基づく代⾦⽀払債務を履⾏するように催告した。 |
【催告期間の経過】 令和2年4⽉ 16 ⽇は経過した。 ∵⺠法 412 条3項は,債務者が「履⾏の請求を受けた時」から遅滞が⽣じるとする。もっとも,判例によれば,請求を受けた⽇に履⾏すれば履⾏遅滞責任が⽣じず,履⾏遅滞の違法性要件を満たさないのであるから,その⽇の経過した ことが要件事実となる(⼤判⼤ 10.5.27)。 |
【論点】
論点① 基づく引渡しの主張⽴証は必要か。 | 必要である。 ∵講学上,履⾏遅滞の要件として,履⾏をしないことが違法であることが必要とされている。これは,履⾏しないことについて債務者に正当な理由がないこと,すなわち,債務者が同時履⾏の抗弁権や留置権を有しないということであるから,原則として,履⾏遅滞の要件事実にはならないものと解されている。ところが,売買契約は双務契約であるから,代⾦⽀払債務の発⽣要件としての売買契約締結の事実によって,代⾦⽀払債務に同時履⾏の抗弁権(⺠法 533 条)が付着していることが基礎づけられている。そして,同時履⾏の抗弁権の存在は,履⾏遅滞の違法性阻却事由にあたると解されているので(存在効果説),この同時履⾏の抗弁権の存在効果を消滅させるために,反対債務である⽬的物の引渡しの「提供」が必要となる。これに加えて,575 条2項本⽂の要件を満たす必要があるため「引渡し」まで主張⽴証することが必要となる(不動産の場合は,登記の移転のみでは ⾜りない。)。さらに,これが契約上の義務の履⾏ として⾏われることを⽰すため,「基づく」が必要となる。 |
⑸ 抗弁以下の攻撃防御⽅法
ア 錯誤の抗弁及びそれ以下の攻撃防御⽅法
(ア) 抗弁1──基礎事情(動機)の錯誤(代⾦⽀払請求に対して)
①ʼ | 【基礎事情(動機)の錯誤】 Yは,本件売買契約当時,本件⼟地の近くに私鉄の駅ができる計画がなかったにもかかわらず,その計画があるものと信じていた。 |
②ʼ | 【基礎事情(動機)の表⽰】 Yは,Xに対し,本件売買契約の締結に際し,上記計画があるので本件 ⼟地を買い受けると述べた。 |
③ʼ | 【表意者による取消しの意思表⽰】 Yは,Xに対し,令和2年4⽉1⽇,本件売買契約を取り消すとの意思表⽰をした。 |
解 説
■法的意味
原告による代⾦⽀払請求に対して,被告は,売買契約締結の事実はあるが,その契約には動機の錯誤があるから取り消したと主張することが考えられる。これは,原告の主張する請求原因事実と両⽴し,かつその請求原因事実により⽣じる法律効果の発
⽣を障害するものであるから抗弁にあたる。
*錯誤の要件事実は①意思表⽰が⺠法 95 条1項1号⼜は2号に掲げる錯誤に基づくものであること,②その錯誤が法律⾏為の⽬的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること,③取消しの意思表⽰,④その事情が法律⾏為の基礎とされていることが表
⽰されていたこと,である。
■基礎事情(動機)の錯誤
基礎事情(動機)の錯誤は,基礎事情(動機)が表⽰されて意思表⽰の内容となれば,意思表⽰の錯誤となり得る(95 条2項)。
■錯誤が法律⾏為の⽬的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること
錯誤(⺠法 95 条1項)といえるためには,錯誤に基づいて意思表⽰がされただけでなく,錯誤が法律⾏為の⽬的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであることが必要である。
■表意者による取消しの意思表⽰
錯誤の効果は取消しなので,表意者によるその旨の意思表⽰が必要である。
(イ) 再抗弁──表意者の重過失(抗弁1に対して)
①ʼʼ | 【重過失の評価根拠事実】 ex.1)Yは,本件売買契約当時,不動産③者であった。 ex.2)本件売買契約の直前に,私鉄から別の場所に駅ができることが 公表されていた。 ∵重過失は規範的要件であるから,主要事実(=要件事実)は,重過失それ⾃体ではなく,重過失の存在を基礎づける 具体的事実となる。 |
解 説
■法的意味
被告による基礎事情(動機)の錯誤の抗弁に対して,原告は,被告には重⼤な過失があったと主張することが考えられる。これは,被告の主張する抗弁事実と両⽴し,かつその抗弁事実により⽣じる法律効果の発⽣を覆して(⺠法 95 条3項柱書),請求原因事実の法律効果を復活させるものであるから再抗弁にあたる。
イ 弁済の抗弁及びそれ以下の攻撃防御⽅法
(ア) 抗弁2──弁済(代⾦⽀払請求に対して)
①ʼ | 【本旨に基づく履⾏】 Y(⼜は第三者(⺠法 474 条))はXに対し,1000 万円を⽀払った。 |
②ʼ | 【①ʼの履⾏が請求原因①の債務のためであること】 ①ʼの⽀払いは,請求原因①の債務に対する履⾏として⾏ったものである。 ∵①ʼだけでは,①ʼの⾦銭が何のために⽀払われたのか明らかでないため。 |
解 説
■法的意味
原告による代⾦⽀払請求に対して,被告は,当該売買契約に基づく代⾦⽀払請求権は,弁済により消滅したと主張することが考えられる。これは,原告の主張する請求原因事実と両⽴し,かつその請求原因事実により⽣じた法律効果を消滅させるものであるから抗弁にあたる。
(イ) 再抗弁──第三者弁済禁⽌(抗弁2に対して)
①ʼʼ | 【第三者弁済禁⽌の合意】 XとYは,請求原因①の契約に付随して,同契約に基づく代⾦⽀払債務について,第三者による弁済を禁⽌するとの合意をした。 ∵⺠法 474 条1項は,第三者弁済を原則として許容している こと,及び,第三者弁済は⼀般的に債権者の不利益とならないことからすれば,第三者弁済禁⽌の合意の存在は第三者弁済の無効を主張する者に主張⽴証責任がある(最判昭 35.10.14)。 |
解 説
■法的意味
被告が,⾃分以外の第三者が代⾦債務を弁済したと主張した場合,原告としては, 原告・被告間の売買契約においては,第三者による弁済を禁⽌する旨の合意があった ことを主張することが考えられる。この第三者弁済禁⽌の合意は,被告の主張する第 三者弁済の抗弁と両⽴し,かつその抗弁により⽣じる代⾦⽀払請求権の消滅という法 律効果を覆して請求原因事実の法律効果を復活させるものであるから再抗弁にあたる。
ウ 催告による解除の抗弁及びそれ以下の攻撃防御⽅法
(ア) 抗弁3──催告による解除(代⾦⽀払請求に対して)
①ʼ | 【買主→売主 催告】 YはXに対し,令和2年4⽉ 16 ⽇,甲⼟地の所有権移転登記義務の履 ⾏を催告した。 |
②ʼ | 【①ʼの後,相当期間の経過】 ①ʼの催告後,2週間が経過した。 |
③ʼ | 【買主→売主 相当期間経過後の解除の意思表⽰】 YはXに対し,令和2年5⽉1⽇,売買契約解除の意思表⽰をした。 |
④ʼ | 【解除に先⽴つ反対債務の履⾏の提供】 YはXに対し,③ʼの解除以前に請求原因①の債務に基づいて 1000 万円の⽀払の提供をした。 |
解 説
■法的意味
原告による代⾦⽀払請求に対して,被告は,当該売買契約に基づく代⾦⽀払請求権は,原告の債務不履⾏を理由とする解除により消滅したと主張することが考えられる。これは,原告の主張する請求原因事実と両⽴し,かつその請求原因事実により⽣じた法律効果を消滅させるものであるから抗弁にあたる。
■催告による解除の抗弁の要件事実
催告による解除の実体法上の要件は,(ⅰ)履⾏遅滞があること,(ⅱ)相当期間を定めた催告,(ⅲ)催告期間内の履⾏不存在,(ⅳ)債権者が催告期間経過後に解除の意思表⽰をしたことと解されている(⺠法 541 条,540 条1項)。
第1に,(ⅰ)履⾏遅滞があることという要件について検討する。履⾏遅滞の⼀般的な発⽣要件は,履⾏すべき債務の発⽣とその債務の履⾏期限の経過である(⺠法 412条)。まず,履⾏すべき債務の発⽣については,Yが所有権移転登記義務の履⾏遅滞による解除を主張する場合,所有権移転登記義務の発⽣は請求原因で基礎づけられているため,抗弁事実として改めて主張する必要はない。次に,債務の履⾏期限の経過については,期限の定めがある場合には,期限の定めがあること及びその期限が経過したこと,期限の定めがない場合には,債権者から債務者に対する履⾏の催告及びその
⽇の経過が要件となる(⺠法 412 条)。さらに,債務の履⾏がなかったことが解除権の発⽣要件となるのではなく,解除権の発⽣を障害する事実として,債務を履⾏したことについて債務者が主張⽴証責任を負うと解されている。また,履⾏遅滞の違法性については,主たる請求の請求原因①によって違法性阻却事由たる同時履⾏の抗弁権の存在効果が発⽣している以上,履⾏遅滞責任の成⽴を主張する者(買主)において同抗弁権の法律効果を消滅させるための事実を主張⽴証する必要がある(せり上がり)。この場合,⼀般的には,債権者による反対債務の履⾏の提供がなされた上で,催告・解除の⼿続が採られることになるため,「催告以前」に反対債務の履⾏がなされる必要がありそうである。しかし,債権者による反対債務の履⾏の提供は催告で定めた⽇になされることでも⾜りる(最判昭 36.6.22)ため,ここでの時的要素は「解除以前」とするのが正確である。
第2に,(ⅱ)相当期間を定めた催告については,期限の定めのない債務について履
⾏期が経過したことを基礎づけるための催告と契約解除のための催告を兼ねることができるとされている(⼤判⼤6.6.27)ので,本事例においても①ʼの催告があれば⾜りる。また,催告期間を定めなかった場合でも,催告から相当の期間を経過すれば解除することができ(最判昭 29.12.21),催告後相当の期間を経過した後にした解除の意思表⽰は,催告期間が相当であったかどうかに関係なく有効である(最判昭 31.12.6)から,催告に相当な期間を定めたことは要件事実にはならない。
第3に,(ⅲ)催告期間内の履⾏不存在については,履⾏遅滞の発⽣要件と同様,債務者たる売主において履⾏の提供の事実を主張⽴証する必要がある。
第4に,(ⅳ)債権者が催告期間経過後に解除の意思表⽰をしたことについては,「第
2に……」のところで述べたように,解除の意思表⽰は催告後相当の期間が経過した後になされる必要があることから,具体的には,催告後相当期間が経過したこと,その期間が経過した後に債権者から債務者に対する解除の意思表⽰がなされたこと,が要件事実となる。
したがって,履⾏期の定めのない事例における履⾏遅滞解除の抗弁の抗弁事実は,
①ʼ「催告」,②ʼ「催告後相当期間の経過」,③ʼ「買主から売主に対する相当期間経過後の解除の意思表⽰」,及び,④ʼ「解除に先⽴つ反対債務の履⾏の提供」となる。
【論点】
論点① 債務履⾏の事実の主張⽴証責任は誰が負うか。 | 債務者が負う。 ∵xxの⾒地から,履⾏義務を負っている者に債務を履⾏した事実についての証明責任を負わせるべきである。 |
論点② 1つの催告で,履⾏期が経過したことを基礎づける催告のほか,契約解除のための催告を兼ねることができるか。 | できる。 ∵⼆重催告を要求することは無⽤な繰り返しとなるため避けるべきである(⼤判⼤6.6.27)。 |
論点③ 売買契約の解除の事例において履⾏しないことが違法であることの主張⽴証責任は誰が負うのか。 | 解除を主張する者が負う。 ∵売買契約の締結の事実によって⽬的物引渡債務に同時履⾏の抗弁権が付着していることが基礎づけられるため,履⾏遅滞責任の成⽴を主張する者において同時履⾏の抗弁権の存在効果を消滅させる必要がある。 |
(イ) 再抗弁1──履⾏の提供(抗弁3に対して)
①ʼʼ | 【解除の意思表⽰に先⽴つ履⾏の提供】 Xは,Yに対し,抗弁①ʼの催告後,抗弁③ʼの解除の意思表⽰に先⽴って,甲⼟地の引渡し及び所有権移転登記⼿続をした。 ∵履⾏の提供は,解除成⽴以前になされる必要があるため, 時的要素として「先⽴つ」履⾏が必要である。 |
解 説
■法的意味
被告による催告による解除の抗弁に対して,原告は,被告による解除の意思表⽰に先⽴って,原告の債務の履⾏を提供したと主張することが考えられる。これは,被告の主張する抗弁事実と両⽴し,かつその抗弁の法律効果を覆して請求原因事実の法律効果を復活させるものであるから再抗弁にあたる。
(ウ) 再抗弁2──履⾏不能(抗弁3に対して)
①ʼʼ | 【解除の意思表⽰に先⽴つ履⾏不能】 抗弁③ʼの解除の意思表⽰に先⽴って,甲⼟地は滅失した(時的要素については再抗弁1と同じ)。 |
解 説
■法的意味
被告による催告による解除の抗弁に対して,原告は,被告による解除の意思表⽰に先⽴って,原告の債務が履⾏不能により消滅したと主張することが考えられる。これは,被告の主張する抗弁事実と両⽴し,かつその抗弁の法律効果を覆して請求原因事実の法律効果を復活させるものであるから再抗弁にあたる。
エ 履⾏不能解除の抗弁
(ア) 抗弁4──履⾏不能解除(代⾦⽀払請求に対して)
①ʼ | 【②ʼに先⽴つ⽬的物引渡しの履⾏不能】 令和2年4⽉ 10 ⽇,甲⼟地が⼟地収⽤を受けた。 |
②ʼ | 【買主→売主 解除の意思表⽰】 YはXに対して,令和2年5⽉1⽇,売買契約解除の意思表⽰をした。 |
⇐応⽤
オ 契約不適合責任解除の抗弁及びそれ以下の攻撃防御⽅法
売買の⽬的物が契約の内容に適合しなかった場合には,買主は,売主に対し,債務不履⾏の⼀般規定に従い,債務不履⾏を理由とする解除権(⺠法 541 条,542 条)を有する(⺠法 564 条)。
(ア) 抗弁5──契約不適合責任解除(代⾦⽀払請求に対して)【無催告解除の場合】
①ʼ | 【⺠法 542 条1項各号に該当する事実】 請求原因①の売買契約が締結された当時,甲⼟地には⼟壌汚染が存在していた(⺠法 542 条1項1号)。 |
②ʼ | 【買主→売主 解除の意思表⽰】 YはXに対して,売買契約解除の意思表⽰をした。 |
解 説
■法的意味
契約不適合責任解除は,債務不履⾏の⼀般規定によるから,この主張の法的意味も,
⼀般の債務不履⾏解除の場合と同様である。
■契約不適合責任解除の抗弁の要件事実
契約不適合責任解除は,債務不履⾏の⼀般規定によるから,その要件事実も,⼀般の債務不履⾏解除の場合と同様である。
⇐応⽤
カ ⼿付解除の抗弁及びそれ以下の攻撃防御⽅法
(ア) 抗弁6──⼿付解除(代⾦⽀払請求に対して)
①ʼ | 【⼿付交付の合意(⺠法 557 条1項本⽂)】 XとYは,請求原因①の売買契約に付随して,YがXに 100 万円の⼿付を交付するとの合意をした。 |
②ʼ | 【①ʼの⼿付としての⽬的物の交付(⺠法 557 条1項本⽂)】 YはXに対し,①ʼの⼿付として,100 万円を交付した。 ∵⼿付契約は要物契約であるから,契約成⽴要素としての ⽬的物の交付を要件事実として主張⽴証する必要がある。 |
③ʼ | 【被告→原告 契約解除⽬的による⼿付返還請求権放棄の意思表⽰ (⺠法 557 条1項本⽂)】 YはXに対し,契約解除のためにすることを⽰して,①ʼ②ʼに基づく⼿付⾦返還請求権を放棄するとの意思表⽰をした。 |
④ʼ | 【被告→原告 ③ʼの後,解除の意思表⽰】 YはXに対し,請求原因①の売買契約を解除するとの意思表⽰をした。 |
(イ) 再抗弁1──解除権留保排除の合意(抗弁6に対して)
①ʼʼ | 【原告・被告 解除権留保排除の合意】 XとYは,抗弁①ʼ②ʼの⼿付契約締結の際,当該⼿付契約の成⽴による約定解除権の留保はしないとの合意をした。 ∵⺠法 557 条1項により,⼿付は特段の意思表⽰がない限 り,解約⼿付としての性質を有するため,それに反する法律効果を主張する者がその事実につき主張⽴証する必要 がある。 |
(ウ) 再抗弁2──履⾏の着⼿(抗弁6に対して)
①ʼʼ | 【原告 抗弁④ʼに先⽴つ履⾏の着⼿(⺠法 557 条1項ただし書)】 Xは,抗弁④ʼの解除の意思表⽰に先⽴って,甲⼟地の引渡し⼜は所有権移転登記⼿続の履⾏に着⼿した。 ∵⺠法 557 条1項により,⼿付契約による解除権の⾏使は, 「相⼿⽅」が「契約の履⾏に着⼿」するまでに限られている。 なお,「履⾏に着⼿」したとは,客観的に外部から認識し得るような形で履⾏⾏為の⼀部をし⼜は履⾏の提供をするために⽋くことのできない前提⾏為をしたことをいうとするのが判例である(最⼤判昭 40.11.24,百選Ⅱ48 事 件)。 |
キ 履⾏期限の抗弁
(ア) 抗弁7──履⾏期限(代⾦⽀払請求に対して)
①ʼ | 【履⾏期限の合意】 XとYは,請求原因①の売買契約において,代⾦⽀払期⽇を令和2年4 ⽉ 15 ⽇にする旨を合意した。 ∵条件,期限は法律⾏為の附款であるから,この附款によって利益を受ける者,すなわち買主において主張⽴証責任を 負う(73 ⾴参照)。 |
解 説
■法的意味
原告による代⾦⽀払請求に対して,被告は,当該売買契約において代⾦⽀払債務の履⾏期限の合意をしたとの主張をすることが考えられる。これは,原告の主張する請求原因事実と両⽴し,かつその請求原因事実により発⽣する権利を⾏使することを阻
⽌するものであるから抗弁にあたる。
ク 同時履⾏の抗弁及びそれ以下の攻撃防御⽅法
(ア) 抗弁8──同時履⾏(代⾦⽀払請求に対して)
【⽬的物引渡債務と代⾦⽀払債務の同時履⾏の関係を基礎づける事実】 (売買契約は双務契約である。) ∵請求原因①で売買契約締結の事実が主張⽴証されることによって同時履⾏の抗弁権が存在していること⾃体も基礎づけられるから,同時履⾏の関係を基礎づける事実をあらためて主張する必要はない。 | |
①ʼ | 【被告 権利主張】 Yは,XがYに対し甲⼟地の所有権移転登記⼿続を⾏うまで,請求原因 ①の売買代⾦の⽀払を拒絶する。 ∵同時履⾏の抗弁は,権利抗弁であるから,権利⾏使の意思表⽰が必要となる。 |
解 説
■法的意味
原告による代⾦⽀払請求に対して,被告は,原告が所有権移転登記⼿続を⾏うまで代⾦の⽀払を拒絶するとの権利主張をすることが考えられる。これは,原告の主張する請求原因事実と両⽴し,かつその請求原因事実から発⽣する権利を⾏使することを阻⽌するものであるから抗弁にあたる。
(イ) 再抗弁1──先履⾏の合意(抗弁8に対して)
①ʼʼ | 【原告・被告 先履⾏の合意】 XとYは,請求原因①の売買契約において,売買代⾦の⽀払を甲⼟地の所有権移転登記⼿続よりも先に履⾏するとの合意をした。 |
(ウ) 再抗弁2──反対給付の履⾏(抗弁8に対して)
①ʼʼ | 【原告・被告 反対給付の履⾏】 XはYに対し,請求原因①の売買契約に基づき,甲⼟地の所有権移転登記⼿続を⾏った。 ∵履⾏の提供の継続ないし現実の履⾏がない限り,同時履⾏ の抗弁権は失われない(最判昭 34.5.14)。履⾏の提供の継続まで必要とされるのは,履⾏の提供をした者が,履⾏の提供後に⽬的物を転売してしまったなど,既に履⾏が不可能になってしまっているにもかかわらず,相⼿⽅に同時履⾏の抗弁を認めず,無条件に債務を履⾏せよとするのは妥当でないからである。これに対して,同様に存在効果が問題になる場合でも,契約の解除が主張されているときには,契約関係⾃体が解消されてしまう以上,履⾏上の牽連関係を維持する必要がなくなってしまうから,履⾏の提供 の継続までは不要である。 |
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
表意者の重過失
<被告>
【抗弁】
錯誤(障害)
(78 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
第三者弁済禁⽌
<被告>
【抗弁】
弁済(消滅)
(79 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
1.履⾏の提供
2.履⾏不能
<被告>
【抗弁】
催告による解除
(消滅)
(80 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
<被告>
【抗弁】 契約不適合責任解除
(消滅)
(83 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
<被告>
【抗弁】
履⾏期限(阻⽌)
(85 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
1.先履⾏の合意
2.反対給付の履⾏
<被告>
【抗弁】
同時履⾏(阻⽌)
(85 ⾴)
イメージマップ
【訴訟物】
売買契約に基づく代⾦⽀払請求権
【請求原因】 売買契約
抗弁1
抗弁2
抗弁3
<原告>
【請求原因】
<被告>
【抗弁】
抗弁4
売買契約
履⾏不能解除(消滅)
(83 ⾴)
抗弁5 抗弁6
<原告> <被告>
【請求原因】 【抗弁】
売買契約 ⼿付解除(消滅)
【再抗弁】 (84 ⾴)
1.解除権留保排除合意
2.履⾏の着⼿
抗弁7 抗弁8
2 売買契約に基づく⽬的物引渡請求訴訟
⑴ 事例
買主Xが,売主Yとの間で令和2年1⽉ 15 ⽇に代⾦を 1000 万円とする甲⼟地の売買契約を締結し,同契約に基づき甲⼟地の引渡しを請求する場合
⑵ 訴訟物
売買契約に基づく⽬的物引渡請求権 1個
⑶ 請求の趣旨
被告は,原告に対し,甲⼟地を引き渡せ。
⑷ 請求原因
① | 【売買契約の締結】 YはXに対し,令和2年1⽉ 15 ⽇,甲⼟地を代⾦ 1000 万円で売った。 |
⑸ 抗弁以下の攻撃防御⽅法
ア 同時履⾏の抗弁(85 ⾴参照)
(ア) 抗弁1──同時履⾏(代⾦⽀払請求に対して)
【⽬的物引渡債務と代⾦⽀払債務の同時履⾏の関係を基礎づける事実】 | |
①ʼ | 【被告 権利主張】 |
イ 債務不履⾏解除の場合の特約等
(ア) 抗弁2──停⽌期限付解除(⽬的物引渡請求に対して)
①ʼ | 【被告→原告 催告】 Yは,Xに対し,令和2年4⽉ 16 ⽇,令和2年4⽉ 30 ⽇までに請求原因①の売買契約に基づく代⾦の⽀払をするよう催告した。 |
②ʼ | 【被告→原告 停⽌期限付解除の意思表⽰】 Yは,①ʼの催告に際し,令和2年4⽉ 30 ⽇が経過した時に契約を解除するとの意思表⽰をした。 |
③ʼ | 【停⽌期限の経過】 令和2年4⽉ 30 ⽇は経過した。 |
④ʼ | 【被告→原告 ②ʼに先⽴つ履⾏の提供】 Yは,Xに対し,令和2年4⽉ 14 ⽇,甲⼟地の引渡し及び所有権移転登記⼿続の提供をした。 |
解 説
■当事者意思の合理的解釈
相当期間を定めて代⾦⽀払の催告をすると同時に,債務者が催告期間内に代⾦⽀払をしないときは売買契約を解除するとの意思表⽰をした場合,これを「催告期間内に債務者が代⾦を⽀払わないこと」を停⽌条件とする解除の意思表⽰と解釈すれば,債権者において当該条件の成就を基礎づける具体的事実としての「催告期間内に債務者が代⾦を⽀払わないこと」について証明責任を負うことになる。
しかし,債権者は,通常の催告解除であれば「催告期間内に債務者が代⾦を⽀払わないこと」について証明責任を負わないのに対し,上記解除の場合にこれを負うとするのは均衡を失することになる。
そこで,⽴証責任の分配におけるxxの理念にしたがい,債権者による解除の意思表⽰を合理的に解釈し,「催告期間が経過した時に売買契約を解除する」との停⽌期限付解除の意思表⽰をしたものと捉えるのが妥当である。
⇐応⽤
(イ) 抗弁3──無催告解除特約(⽬的物引渡請求に対して)
①ʼ | 【履⾏期の経過】 XとYは,請求原因①の売買契約において,代⾦⽀払期⽇を令和2年4 ⽉ 15 ⽇とする旨の合意をし,同⽇は経過した。 |
②ʼ | 【原告・被告 無催告解除特約の合意】 XとYは,請求原因①の売買契約において,債務不履⾏を理由とする契約解除権の⾏使については債権者による催告を要しない旨の合意をした。 |
③ʼ | 【被告→原告 ①ʼ後,解除の意思表⽰】 YはXに対し,令和2年4⽉ 17 ⽇,請求原因①の売買契約を解除する旨の意思表⽰をした。 |
④ʼ | 【被告→原告 ③ʼに先⽴つ履⾏の提供】 YはXに対し,令和2年4⽉ 14 ⽇,甲⼟地の引渡し及び所有権移転登記⼿続の提供をした。 ∵請求原因①による同時履⾏の抗弁権の存在効果を消滅さ せるための抗弁事実である。 |
(ウ) 再抗弁──弁済の提供(抗弁2,3に対して)
①ʼʼ | 【原告→被告 解除の意思表⽰に先⽴つ弁済の提供】 Xは,Yに対し,令和2年4⽉ 15 ⽇,請求原因①の売買契約の代⾦ 1000万円を⽀払った。 |
ウ ⼿付解除の抗弁(84 ⾴参照)
(ア) 抗弁4──⼿付解除(⽬的物引渡請求に対して)
①ʼ | 【原告・被告 ⼿付交付の合意】 |
②ʼ | 【①ʼの⼿付としての⽬的物の交付】 |
③ʼ | 【被告→原告 契約解除⽬的による⼿付倍額の現実の提供】 |
④ʼ | 【被告→原告 ③ʼの後,解除の意思表⽰】 |
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
1.先履⾏の合意
2.反対給付の履⾏
<被告>
【抗弁】
同時履⾏(阻⽌)
(85,88 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
弁済の提供
<被告>
【抗弁】
停⽌期限付解除(消滅)
(88 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
弁済の提供
<被告>
【抗弁】
無催告解除特約
(消滅)
(89 ⾴)
<原告>
【請求原因】
売買契約
<被告>
【抗弁】
停⽌条件(障害)
<原告>
【請求原因】
売買契約
<被告>
【抗弁】
引渡し(消滅)
<原告>
【請求原因】
売買契約
【再抗弁】
弁済の提供
<被告>
【抗弁】
催告による解除
(消滅)
イメージマップ
【訴訟物】
売買契約に基づく⽬的物引渡請求権
【請求原因】 売買契約
抗弁1
抗弁2
抗弁3 抗弁4
<原告> <被告>
【請求原因】 【抗弁】
売買契約 ⼿付解除(消滅)
【再抗弁】 (84,90 ⾴)
1.解除権留保排除特約
2.履⾏の着⼿
※本⽂記載以外の抗弁例
抗弁5
抗弁6
抗弁7
第2章 書証
1 概要
⑴ ⽂書
ア ⽂書
⽂書とは,⽂字その他の記号の組合せによって,⼈の思想を表現している外観を有する有体物をいう。⺠事訴訟の証拠調べでは,⽂書は書証となる場合のほか,検証物となる場合がある。
⽂書としての成⽴要件は,①⽂字その他の記号の組合せが使⽤されていること,②
⼈の思想内容を表現している外観を有していること,及び③紙⽚等の有形物に表⽰され,外観上閲読可能であること,の3要件である。
【⽂書の成⽴要件】
① ⽂字その他の記号の組合せが使⽤されていること
② ⼈の思想内容を表現している外観を有していること
③ 紙⽚等の有形物に表⽰され,外観上閲読可能であること
①の要件に関しては,使⽤される記号は⽇常使⽤されているものに限定されず,思想内容を表現し得るものであれば暗号等でもよい。
②の要件に関しては,⽂書は⼈の思想内容を表現するものであるから,単にその有形物の存在⾃体や外観が証拠となるにすぎない場合には,これにあたらない。
③の要件に関しては,⽂書は,書証となり得る程度に⼈の思想内容が記号等によって⼀定時間表現されていれば⾜りるため,表現の客体は有形物であればよく,その記載⼿段も限定されない。
イ 準⽂書
準⽂書とは,「図⾯,写真,録⾳テープ,ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で⽂書でないもの」(⺠訴 231 条)をいう。すなわち,⽂書の①ないし③の成⽴要件のいずれかが⽋けたものである。境界標のように境界線の位置情報を⽰すだけのものや,USBメモリのように記号等の情報がコンピュータを使⽤することで可視化できるもの等がこれにあたる。
準⽂書についても,⼀定の情報を有する点で⽂書に類似し,また,それ⾃体から情報を閲読することができずとも,適当な装置を利⽤すればこれが可能になることから,書証に関する規定が準⽤される(⺠訴 231 条)。
⑵ 書証
書証とは,⽂書に記載された特定の⼈の思想内容を証拠資料とする場合の証拠調べをいう。「書証の申出は,⽂書を提出し,⼜は⽂書の所持者にその提出を命ずることを申し⽴ててしなければならない」(⺠訴 219 条)。
書証としての⽂書は,過去のある時点における特定⼈の思想内容をそのまま記録したものであるため,「点」ないし動かし難い事実等を認定するうえできわめて重要な証
拠である。もっとも,事実認定においては,「点」の認定のみならず「線」の把握が必要不可⽋であることからすれば,⽂書が重要な証拠であるとしても,これに偏重してよいものではなく,⼈証と併せて総合的に考察する必要がある。
2 ⽂書の分類
⽂書の分類としては,①公⽂書・私⽂書,②処分証書・報告証書,③原本・謄本・xx・抄本といったものがある。
⑴ 公⽂書・私⽂書
ア 公⽂書
公⽂書とは,公務員がその権限に基づき,職務の執⾏として作成した⽂書をいう。
⺠訴 228 条2項により,⽂書の⽅式及び記載内容から判断される趣旨によって公⽂書と認められれば,真正に成⽴したものと推定される。同項は法定証拠法則と解されている(詳細は 205 ⾴参照)。また,公⽂書は,公務員がその職務権限内の事項について作成したものに限定される。したがって,公⽂書の成⽴要件は,①⽂書の⽅式及び趣旨から公⽂書と認められること,及び,②公務員がその職務権限内の事項について作成したものであること,となる。
x 私⽂書
私⽂書とは,公⽂書以外の⽂書をいう。
私⽂書の場合には,公⽂書と異なり,⺠訴 228 条2項のような規定はないことから,これを訴訟資料とするためには,まずその形式的証拠⼒についての⽴証が必要となる。もっとも,私⽂書の場合にも別の推定規定がある(同条4項。詳細は 206 ⾴参照)。
ウ 公⽂書と私⽂書が結合している場合
1つの⽂書に公⽂書たる部分と私⽂書たる部分がある場合には,いずれか⼀⽅に統
⼀して取り扱われるのではなく,それぞれの部分が公⽂書ないし私⽂書として扱われることになる。このような結合⽂書の例として,以下のようなものがある。
公⽂書たる部分 | 私⽂書たる部分 | |
内容証明郵便 | 証明部分 | その他の部分 |
登記済権利証 | 登記官によって記載された部分 | その他の部分 |
確定⽇付ある⽂書 | 確定⽇付の部分 | その他の部分 |
⑵ 処分証書・報告証書
ア 処分証書
処分証書とは,意思表⽰その他の法律⾏為を記載した⽂書をいう。公⽂書であると私⽂書であると,また,その法律⾏為が公法上の⾏為であると私法上の⾏為であるとを問わない。
処分証書は,⽂書の記載内容中に⽴証命題たる法律⾏為が包含されるため,その形
式的証拠⼒が認められれば,特段の事情がない限り,実質的証拠⼒も認められる。
イ 報告証書
報告証書とは,作成者の経験した事実認識を記載した⽂書をいい,受取証,商③帳簿,調書,⼾籍簿・登記簿謄本,⽇記,診断書等をいう。
報告証書は,処分証書と異なり,形式的証拠⼒が認められても,これによって必然的に実質的証拠⼒が認められるものではない。そして,報告証書の実質的証拠⼒は,作成者が,⼀定事項について,作成時点において,⼀定の事実認識を有していたことを内容とする。そこで,報告証書の実質的証拠⼒を認定する際の重要な考慮要素としては,以下のものが挙げられる。①作成時の近接性,②作成者の属性,③作成状況等が重要な考慮要素となる。
考慮要素 | 実質的証拠⼒ 弱 強 |
時間的近接性 | ex.)事実関係と離れた時期 ex.)事実関係に近接した時期 |
作成者の属性 | ex.)利害関係⼈・親族 ex.)利害関係がない者 |
作成状況等 | ex.)訴訟提起後に作成 ex.)紛争発⽣前に作成 |
⑶ 原本・謄本・xx・抄本
ア 概念
原本とは,最初に確定的に思想を表⽰するものとして作成された⽂書をいう。
謄本とは,原本の内容をそのまま完全に記載して報告する⽂書をいう。このうち,原本と同⼀である旨の,権限ある公務員の証明を付記した謄本を認証謄本という。
xxとは,謄本の⼀種で原本と同⼀の効⼒を有し,法定の場合に作成・交付するものをいう。原本を保存しなければならない場合,原本の使⽤と同⼀の効⼒を得させる
⽬的の⽂書をいう。
抄本とは,謄本のうち原本の⼀部を抜粋したものをいう。
イ 作成者
原本の作成者とは,その⽂書の思想内容を⽰した者である。これに対し,謄本・xx・抄本の作成者は,原本の作成者ではなく,写しを作成した者である。
ウ 証拠調べとの関係
⽂書を書証として提出する場合には,原本,xx⼜は認証謄本でしなければならない(⺠訴規則 143 条1項)。これらの⽂書は,原本の作成者ないし公的機関によって記載内容の正確性が担保されているからである。また,原本以外の⽂書を提出した場合でも,裁判所は,原本の提出を命じ,⼜は送付させることができる(同条2項)。
もっとも,謄本も,原本の存在とその成⽴につき当事者間で争いがなく,かつ,相
⼿⽅が写しをもって原本の代⽤とすることに異議がないときは,原本に代えて写しを提出することができる(⼤判昭5.6.18)。また,原本の写しそれ⾃体を原本として提出する場合もある。これらの場合には,⺠訴規則 143 条1項違反の問題は⽣じない。
原本以外の写しを証拠⽅法とする場合には,原本そのものではない以上,その実質的証拠⼒は割り引かれる。また,原本不所持の事実があることも,事実認定における重要な考慮要素となる。
3 ⽂書の証拠能⼒と証拠⼒
⑴ 証拠能⼒
⽂書の証拠能⼒とは,ある⽂書が裁判上証拠⽅法として⽤いられるための法律上の適格をいう。証拠能⼒を⽋く⽂書は審理の対象とすることができない。
法律上,⽂書の証拠能⼒には原則として制限がない。その根拠としては,弁論主義の下で訴訟当事者間の証明活動を尽くさせ,⼀⽅当事者が証拠不⾜による訴訟上の不利益を被ることを防⽌すべく,証拠能⼒ある証拠⽅法は原則として提出を認めたうえで,後は証明⼒(証拠価値)の問題として,裁判官の⾃由⼼証に委ねるのが適切であることが挙げられる。それゆえ,⺠事訴訟においては,刑事訴訟と異なり,伝聞証拠
(刑訴 320 条以下)の証拠能⼒も制限されていない(最判昭 27.12.5)。
もっとも,相⼿⽅に秘して採集された録⾳テープの証拠能⼒が争われた事案において,「その証拠が,著しく反社会的な⼿段を⽤いて,⼈の精神的⾁体的⾃由を拘束する等の⼈格権侵害を伴う⽅法によって採集されたものであるときは,それ⾃体違法の評価を受け,その証拠能⼒を否定されてもやむを得ない」ものとされた(東京⾼判昭 52.
7.15)。
⑵ 証拠⼒
⽂書の証拠⼒とは,⽂書の記載内容が裁判官の⼼証形成に役⽴つ程度をいう。証拠
⼒は,以下で詳述する,形式的証拠⼒と実質的証拠⼒の⼆段階に区別することができる。
4 ⽂書の形式的証拠⼒
⑴ 総説
ア 概要
⽂書の形式的証拠⼒とは,⽂書の記載内容が作成者の思想の表現であると認定されることをいう。当該⽂書の記載内容のxx性等を検討するために最低限必要な証拠⼒である(⺠訴 228 条2項参照)。
⽂書の形式的証拠⼒は,その⽂書が特定⼈の意思に基づいて作成されたものであり,かつ,その⼈の思想内容が表明されたものと認められること(=「⽂書の真正」)をもって判断される。具体的には,①特定⼈の意思に基づいて作成されていること,②書証の記載内容が思想の表現と認められること,及び③作成したとされる者がその意思に基づいてその書証を作成したこと,の3要件を充たす必要がある。
【形式的証拠⼒の認定要件】
① 特定⼈の意思に基づいて作成されていること
② 書証の記載内容が思想の表現と認められること
③ 作成したとされる者がその意思に基づいてその書証を作成したこと
⽂書の形式的証拠⼒の認定要件からすれば,例えば下書きや習字のために書かれた
⽂書は,特定⼈の意思に基づいて作成されたものではあるが,思想を表現することを
⽬的としない⽂書であるから,形式的証拠⼒は否定されることになる。
⽂書の真正は,書証の信⽤性に関する補助事実であるため,裁判所は証拠調べの結果及び弁論の全趣旨からこれを認定することができ(最判昭 27.10.21),また,当事者が,その書証が真正に作成されたものであることを⾃⽩しても,審判排除効及び不可撤回効は⽣じない(最判昭 52.4.15)。
相⼿⽅が⽂書の真正を争う場合には,その理由を明らかにしなければならず(⺠訴規則 145 条),理由を明⽰せずに成⽴の否認や不知をするにとどまる場合には,申出を
した者による特段の⽴証を待たずして⽂書の真正が認定される。これは,⺠訴 229 条
及び 230 条の制裁規定とともに,理由なき否認を排斥して争点整理による審理の迅速・適正化を図ったものである。また,⽂書の形式的証拠⼒に争いがある場合には,筆跡や印影等を対照することで⽴証することになる(同法 229 条,⺠訴規則 146 条)。
イ 写しの形式的証拠⼒
⽂書の提出⼜は送付は,原本,xx⼜は認証謄本でなすのが原則である(原本提出の原則,⺠訴規則 143 条)。⽂書の偽造や筆跡等の微妙な違いを把握して,作成者の意思を正確に読み取るためである。
もっとも,⽂書の写しは,その原本が滅失している場合であっても,写しであることをもって証拠調べの対象から除外されるものではなく,写しに作成者の思想内容が正しく反映されているときには,写しも書証とすることができる。具体的には,①原本が存在すること,②原本において⽂書の真正が認められること,③写しが原本を正確に投影したものであること,の3要件を充たす必要がある。
【写しの形式的証拠⼒の認定要件】
① 原本が存在すること
② 原本において⽂書の真正が認められること
③ 写しが原本を正確に投影したものであること
⑵ ⽂書の作成者
ア 作成者の意義等
⽂書の作成者とは,その記載内容たる思想を表明した者をいう。そのため,名義⼈と作成者は必ずしも⼀致するものではない。例えば,偽造⽂書の場合,作成者は名義
⼈でなく,偽造した者である。このように,名義⼈と作成者の同⼀性は形式的証拠⼒を認定するうえで必須ではなく,偽造⽂書であっても,名義⼈の⽂書としてではなく,
偽造した者の⽂書として証拠申出をすれば,形式的証拠⼒が認められる。
イ 代理⼈による作成と作成者
本⼈に代わって代理⼈が⽂書を作成した場合に,作成者は本⼈と代理⼈のいずれであるかについて争いがある。記載内容の効果帰属という実質⾯を重視すれば,本⼈を作成者と捉えることになる(本⼈説)が,意思表⽰をなしたという形式⾯を重視すれば,代理⼈を作成者と捉えることになる(代理⼈説)。後者は,代理関係を表⾯化すべき点を重視する。
もっとも,署名代理の場合には,⽂書それ⾃体から代理関係を特定することが困難であるという消極的理由に加え,推定規定(⺠訴 228 条4項)を適⽤できるという積極的理由から,本⼈説が有⼒である。
ウ 挙証者による作成者の特定の要否
⽂書の形式的証拠⼒が認められるためには,作成者を特定する必要があるが,その際,「特定⼈」による作成であることさえ特定すれば⾜りるのか,それとも具体的な個
⼈による作成であることまで特定しなければならないのかについて争いがある。通説は,不意打ち防⽌の観点から,後者に⽴つ。この場合,挙証者の特定した個⼈以外の者が作成者であると認定されれば,その⽂書の形式的証拠⼒は否定されることになる。このような結果は,前者の⾒解からは当事者の意思に反すると批判されるが,これに対しては,裁判所の適切な訴訟指揮によって回避することが可能であるという反論が可能である。
⑶ ⽂書の真正の推定規定
ア 推定規定の法的性質
⽂書の成⽴に関しては,⺠訴 228 条が推定規定を定めている。この規定の法的性質については争いがある。法定証拠法則説は,推定規定は,⽂書の成⽴に関する経験則を根拠とする法定証拠法則であるとする(実務・通説)。この⾒解からは,推定規定は裁判官の⾃由⼼証主義の例外を定めたにすぎないものであり,当事者の証明責任に影響を与えず,したがって相⼿⽅は推定事実に対する反証をすれば⾜りる。
これに対し,法律上の推定規定説は,⺠訴 228 条は法律上の推定規定であるとする。この⾒解によると,相⼿⽅は⽂書成⽴の不真正について本証の責任を負うことになる。しかしながら,この⾒解では証明責任の転換をともなうところ,処分証書の実質的証拠⼒が強いことを踏まえると,当事者間に不xxを⽣じることや,裁判官の⾃由⼼証に対する過度な制約になるため,妥当でない。
イ 公⽂書に関する推定規定
「⽂書は,その⽅式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは,真正に成⽴した公⽂書と推定する」(⺠訴 228 条2項)。公⽂書とは,公務員がその権限に基づいて職務上作成した⽂書をいう。この推定規定は,公⽂書の場合,公務員はその作成時に官公署名等を明確にするのが原則であるとの経験則から,所定の⽅式及び趣旨により職務権限に基づいて作成されれば真正に成⽴したとの推定を働かせることができる,との根拠に基づく。
このように,公⽂書に関する推定規定は経験則に基づくことから,相⼿⽅は,公務員の意思に基づくものではない旨の反証を挙げることによって,この推定を覆すことができる。もっとも,裁判所は,公⽂書の成⽴の真否について疑義がある場合には,職権で当該官公署に照会することができる(⺠訴 228 条3項)ため,実際上争いが⽣じることは稀である。
ウ 私⽂書に関する推定規定
「私⽂書は,本⼈⼜はその代理⼈の署名⼜は押印があるときは,真正に成⽴したものと推定する」(⺠訴 228 条4項)。これは,後述するとおり,「署名⼜は押印」には作成者の意思に基づくことが要求されるところ,挙証者において相⼿⽅の主観的意思を
⽴証することは困難であるため,挙証者の証明責任を緩和することを⽬的とする推定規定であり,本⼈⼜は代理⼈が当該⽂書にその意思に基づいて署名⼜は押印した場合には,当該⽂書全体も同⼈の意思によりその思想内容が表明されたものであるとの経験則に基づく。
「本⼈⼜は代理⼈の署名⼜は押印があるとき」とは,その署名⼜は捺印が,本⼈⼜は代理⼈の意思に基づいて,真正に成⽴したときをいう(最判昭 39.5.12,百選 70 事件)。ここで押印の前提となる印章に三⽂判も含まれるかにつき争いがある。実印と⽐較し,三⽂判の保管・使⽤が厳重になされているものではないことを重視すれば,上記経験則が妥当せず,したがって三⽂判は含まれないとの⾒解に⾄りやすいが,三⽂判も銀⾏への届出印として通⽤しているという経済的効⽤を重視すれば,必ずしも三
⽂判の保管・使⽤が実印のそれと類型的に劣るものとはいえず,したがって三⽂判も含まれるとの⾒解に⾄りやすくなる。判例の⽴場は明確でないが,少なくとも印章を実印に限定してはいない(最判昭 50.6.12)。
⽂書の真否の証明のためには,⼈証調べのほか筆跡⼜は印影の対照によることができる(⺠訴 229 条1項)。相⼿⽅が⽂書の作成者として特定されている場合は,裁判所は,対照の適当な相⼿⽅の筆跡がないときは,対照の⽤に供すべき⽂字の筆記を相⼿
⽅に命ずることができる(同条3項)。相⼿⽅が正当な理由なくこの決定に従わないときは,裁判所は,⽂書の成⽴の真否に関する挙証者の主張をxxと認めることができる。書体を変えて筆記したときも,同様である(同条4項)。
エ ⼆段の推定
(ア) 概要
上述のとおり,「署名⼜は押印」は作成者の意思に基づくことが要求されるところ,最判昭 39.5.12 は,「⽂書中の印影が本⼈または代理⼈の印章によって顕出された事実が確定された場合には,反証がない限り,該印影は本⼈または代理⼈の意思に基づいて成⽴したものと推定する」ことを許容している。これは,わが国では作成者の意思表明を担保する⼿段として押印がなされており,第三者に印章を使⽤させることは稀であるため,その押印は作成者⾃⾝によるとの経験則に基づいて事実上の推定を認めたものである。
上記判決に従えば,成⽴を争う私⽂書に本⼈⼜は代理⼈による印影が存在する場合には,特段の事情がない限り,本⼈⼜は代理⼈の意思に基づく押印であるとの事実上の推定が及び(第⼀段階の推定),これにより⺠訴 228 条4項の「押印」の要件が充た
される結果,同項により⽂書全体が真正に成⽴したとの推定が及ぶことになる(第⼆段階の推定)。このような⼆段階による推定によって⽂書の真正を⽴証することを⼆段の推定と呼ぶ。この場合における印章は,実印に限定されておらず,三⽂判も含まれるが,経験則との関係上,その印章は⽂書の名義⼈のものでなければならない(最判昭 50.5.12)。
実質的証拠⼒
形式的証拠⼒
(⽂書の成⽴の真正)
……推定事実
第⼆段階の推定
228 条4項
推定 経験則
……前提事実
署名⼜は押印
(名義⼈の意思に基づくもの)
……推定事実
第⼀段階の推定
事実上の推定
(最判昭 39.5.12,百選 70 事件)
推定 経験則
印影
……前提事実
相⼿⽅による反証
【⼆段の推定の基本構造】
(イ) 相⼿⽅の反証
挙証者が⼆段の推定による⽴証を試みた場合に,相⼿⽅の防御⼿段としては,挙証者の主張⽴証に対し否認することのほか,各段階における①前提事実の存在に対する反証,②推定で働く経験則を排斥する事情の⽴証,ないし③推定事実の不存在の⽴証を⾏うことになる。
第⼀段階の推定は事実上の推定であり,第⼆段階の推定も法定証拠法則であるから,証明責任の転換をともなわない。このうち推定で働く経験則を排斥する事情の主張⽴証は間接反証にあたり,その事実⾃体については本証を必要とする⾒解も有⼒である。しかし,この考え⽅では法律上の推定説と実際上異ならないし,また,第⼀段階の推定における推定事実の不存在を⽰す事情と第⼆段階の推定における前提事実の存在を否定する事情とはほぼ重なるにもかかわらず,その事情の位置づけ次第で本証を要するか反証で⾜りるのかという差異が⽣じるのは妥当でない。したがって,相⼿⽅による防御⼿段としては,いずれも反証で⾜りると解すべきである。具体的な事情の例としては,以下のとおりである。
第 ⼀段階の推定 | ① | 前提事実の存在に対する反証 |
・本⼈及び代理⼈のいずれの印章でもない ・本⼈の印章による印影と当該⽂書のそれとが異なる ・名義⼈が他の者と共有,共⽤している印章である(最判昭 50.6.12) | ||
② | 推定で働く経験則を排斥する事情の⽴証 | |
・当該⽂書が作成された以前にそこで使⽤されている印章は盗難被害にあっていた ・⽂書中の印影は名義⼈の印章によるものであるが,名義⼈の同居⼈によってその印章が冒⽤された(最判昭 45.9.8) ・他⼈に預託した印章が使⽤⽬的外に使⽤された(最判昭 48.6.26) ∵取引関係者がその印章を他⼈に交付する場合には,その相⼿⽅に対し印章の使⽤⽬的を確認しないまでも,少なくとも主観的にはその使⽤⽬的を意識したうえでされることが,経験則上の取引通例であるから,他⼈に預託した事実だけでなく,使⽤⽬的外の使 ⽤であることを⽰す事情の⽴証が必要になる。 | ||
③ | 推定事実の不存在の⽴証 | |
・当該⽂書にある署名(⼜は押印)は,強迫を受けたため,⾃らの意思に反して⾏ったものである | ||
第 ⼆段階の推定 | ① | 前提事実の存在に対する反証 |
(第⼀段階の推定に関する①ないし③の事項がほぼ妥当する) | ||
② | 推定で働く経験則を排斥する事情の⽴証 | |
・当該⽂書は,その性質上,複数の者によって修正・加筆が加えられるものである | ||
③ | 推定事実の不存在の⽴証 | |
・本⼈がその意思に基づいて⽂書を作成した後に,他⼈がその記載内容を変造した |
(ウ) 裁判所による訴訟指揮
書証に関しては,多くの場合,挙証者は推定規定に基づく⽴証活動を展開することになるため,裁判所としても,そのことを念頭において訴訟指揮を⾏うことになる。まず,相⼿⽅が否認する場合には,その理由を聴取することになる(⺠訴規則 145 条)。次に,挙証者による第⼀段階の推定における前提事実ないし第⼆段階の推定における前提事実の⽴証を踏まえ,相⼿⽅による反証活動を促すか否かを検討することになる。
5 ⽂書の実質的証拠⼒
⑴ 定義
⽂書の実質的証拠⼒とは,真正な⽂書に⽰された思想内容が要証事実に対する裁判官の⼼証形成に役⽴つ効果を有することをいう。⽂書の成⽴について当事者間に争いがある場合には,まず⽂書の形式的証拠⼒を認定した後に,⽂書の実質的証拠⼒の有無を判断することになる。そして,⽂書の実質的証拠⼒は,裁判官が⾃由な⼼証によって決定すべき事項である。
なお,書証は,その証拠⽅法全体として処分証書ないし報告証書に区別されるものではなく,そこに記載された個々の証拠資料ごとに性質が決定されることに注意を要する。
⑵ 処分証書の実質的証拠⼒
処分証書は,その⽂書の性質上,形式的証拠⼒の審理判断は実質的証拠⼒の検討とほとんど重なるため,その書証が真正に成⽴したと認められた場合には,特段の事情がない限り,その記載内容である法律⾏為等がなされたものと認められる【命題①】。そのため,書証の記載及びその体裁から,特段の事情がない限り,その記載どおりの事実を認めるべき場合に,なんら⾸肯するに⾜りる理由を⽰すことなく,ただ漫然とその書証を排斥するのは,理由不備の違法を免れない(最判昭 32.10.31)。そこで,裁判所が,形式的証拠⼒の認められる書証があるにもかかわらず,当該書証の記載内容と異なる事実を認定する場合には,その理由を⽰す必要があろう。もっとも,実質的証拠⼒が認められることと法律⾏為等の解釈は別問題であるから,処分証書から認められる法律⾏為について不発⽣,消滅,無効,取消しの各事由があることを主張⽴証することはできる。
処分証書の実質的証拠⼒における上記特徴の派⽣効果として,処分証書の記載内容である法律⾏為が⼀般に根幹ないし重要なものであり,それゆえに同証書に記載されることが通常である場合,これに記載されていないときは,特段の事情がない限り,その法律⾏為は存在しないものと認められる(最判昭 47.3.2)【命題②】。
【処分証書の実質的証拠⼒】
【命題①】最判昭 32.10.31
推定
∴相⼿⽅は,実質的証拠⼒の存在を否定し⼜は減殺するた
めの「特段の事情」を主張⽴証する必要あり
【命題②】最判昭 47.3.2
∴挙証者は,上記経験則が妥当しないことや他に法律⾏為A
の存在を⽰す「特段の事情」を主張⽴証する必要あり
法律⾏為Aの記載なし
↓
不存在と推定
法律⾏為Aは重要
根幹ないし重要である法律
⾏為は,書証に記載されるのが通常との経験則
実質的証拠⼒
形式的証拠⼒
⑶ 報告証書の実質的証拠⼒
ア 報告証書の特徴
報告証書の場合は,処分証書と異なり,その⽂書の性質上,その形式的証拠⼒が認められれば実質的証拠⼒も原則として認められる,というものではない。そのため,裁判所が報告証書の実質的証拠⼒を評価するにあたっては,その記載内容のxx性の検討を経る必要がある。具体的には,その記載内容の報告者による知覚・記憶・表現の正確性,報告者の性格,記載内容の性質,知覚時と報告時の近接性等の事情を総合的に考慮することになる。
したがって,報告証書の中でも類型的に実質的証拠⼒の⾼いものでない限り,処分証書における【命題①】・【命題②】は妥当せず,裁判所はその書証の実質的証拠⼒を否定する際にその理由を逐⼀判⽰する必要はない(最判昭 38.6.21)し,相⼿⽅は常にその内容のxx性について争うことができる。
イ 具体例
考慮事由例 | |
領収書・受領書 | ・領収書・受領書の作成者と原本所持者の関係 ・領収書・受領書の記載内容及びその体裁と係争債務との関連性 (⽴証命題との関連性)……etc. |
帳簿等 | ・帳簿等を記載する者が同⼀であるか ・記載内容が機械的に記述することになじむか ・記載内容の性質が機械的に記述することになじむか ・帳簿等の記載者の同⼀性 ・帳簿等の記載内容の⽇時と記載時の⽇時の近接性……etc. |
陳述書 | ・⼈証において考慮すべき事項(212 ⾴参照) ・陳述書の⽬的(従前の陳述を実質的に修正するものか,形式的修正をはかるものにすぎないか) ・記載内容と他の間接事実との整合性……etc. |