Contract
2013 年度後期講義国際私法第 12 回 2013/12/25
契約
担当 xx x
x はじめに
・ 財産関係における大きな展開:①当事者自治、②柔軟化、③実質法的政策の混入、④細分化。
・ 国際契約を規律する通則法 7 条:当事者自治の原則の導入(「法律行為」→「婚姻」・「養子」等身分上の法律行為については個別に規定を設けているので、その適用対象は主として契約や信託などの一方的法律行為)。
・ 準拠法選択規則において用いられる連結素は客観的なもの。何故契約においては、当事者の意思という主観的要素が考慮されているのだろうか。
・ 法例 7 条:①当事者意思、②行為地。←①については殆ど議論されていない。←「殆ンド近世諸國ノ立法例ニ於キマシテモ例外ガ極ハメテ少ナイ」1。
・ 通則法においても、当事者意思は維持されている(7 条)。←連結政策自体について議論されていない。
・ だが、法的問題と一定以上の密接関連性を有する国家法を適用しようとする外国法適用制度において、当事者の意思のみにより(密接関連性を有しないと看做し得る国家法についてまで)準拠法選択を認めることが何処まで正当化出来るのかが、まず検討されねばならない。
・ 尚、通則法の下では、当事者自治の原則は維持されたものの、契約に関する規定は大幅に修正された。当事者の合意がない場合の最密接関連法の適用、及び、特徴的給付の理論の採用(8 条)、消費者契約・労働契約に関する特則(11・12 条)。
二 主観主義と客観主義
(1) これまでの展開
・ 中世:実体的、形式的成立要件共に契約締結地法により規律。→徐々に当事者意思の発想の介入(但し、当初は身分関係事件が問題となっていたことには注意が必要)。
・ 実体的成立要件については、16 世紀初め以降当事者自治(身分法分野を除く)→実定法化
(但し、フランス裁判例においては、20 世紀初頭迄契約準拠法は契約締結地法であった。また、サヴィニー自体は契約準拠法を履行地法としていた)。
① 完全な主観主義
・ 19 世紀末の民法における当事者自治の主張の波が国際私法にも影響。
・ 権利義務関係創出には当事者の意思の合致のみで十分。当事者はいかなる国家法にも拘束されない。→便宜上ある国家法を選んでいるだけ。実質法的選択。
・ このような「完全な主観主義」の帰結。
1 法例議事速記録 113 頁(xx)。
1
① 当事者は、契約をある特定の法に従わせる義務を有しない。
② 契約に適用される規定(契約内容の一部を構成)は契約締結時のもののみ。
③ 契約の問題毎に様々な国の法を選ぶことが可能(契約条項の一部に過ぎないから)。
④ 契約条項と矛盾する国家法の規定(当該契約の無効を導くような規定)は排除される。
・ 我が国の裁判例においても、このような前提をとっているように見受けられる判決もある。
【裁判例】 大判昭和 9 年 12 月 27 日民集 13 巻 2386 頁の二審判決
「本件公債より生ずる権利関係は当事者の意思解釈に依り之を決定し得べきものなるを以て我法例第7 条に依る準拠法の問題即ち本件公債に基く権利関係を定むるに付仏国法に依るや又は該証券自体の解釈に依り英国法に依る特約ありたるものやと認めるやに関係なく被控訴人は本件仏貨公債証券一枚に付額面通り現時通用する法貨を以って 500 法利札一枚に付同じく 12 法 50参を支払うべき義務あるに過ぎず」
・ また、xxxxx2:内容的には実質法上の契約自由の原則が国際私法上の当事者自治の根拠になるものであるとする。債権契約:人と人とが観念的に創造する関係。→その内容は、人の自然的性質、人と人との自然的・血縁的結合、人の物に対する直接の経済的利用関係から全然遊離した、純法律の世界において創造されたもの。→決定的な連結点を見出すことが困難。→当事者自治の可能性に道を開く。また、選択される法も、現存する国家法に限られず、例えば既に廃止されたある国の法制(帝政ロシア法、ローマ法)でも差支えないとする。
・ 但し、この立場は国際的には殆ど賛同されなかった。①法源論(当事者の意思の不安定さ、国際契約の第三者への影響、権利義務関係を創出できるのは国家法のみ)、②範囲(当事者は強行的性質を有する法規から逃れることは出来ない。法が当事者に従うのではなく、当事者が法に従う)。
② 客観主義への希求
・ その後の各国における議論においては、主観主義を修正し、契約固有の要請を無視することなく、準拠法選択規則の一般的な枠組の中に契約に関する規則を統合しようとするものも。
・ 例:Batiffol の場所的位置付けの理論(Théorie de localisation):「当事者は、彼等の契約を単に場所的に位置付けるに過ぎない。裁判官こそがそこから準拠法を導き出すのである。」
・ 当事者意思:契約締結地、履行地、共同契約者の選択等、契約の主たる要素を配分。他方、準拠法選択条項にも示される。その他、契約中の多様な条項が特定の法と契約との関係を強調(計算通貨、合意管轄、典型契約等)。→裁判官による全体的判断。当事者意思は、準拠法選択規則により考慮される事実的要素に過ぎない(当事者意思と法の権威の調和、裁判官による柔軟な判断の可能性)。
2 xxxxx『世界法の理論』(1954 年)476 頁以下。
・ 我が国においても、「一定の契約と一定の法秩序との間には、他の法律関係と一定の法秩序との間の関係と異ならない関係が存在するといえるのではなかろうか」とし、当事者の意思によりそのような関係にある法律の適用を排斥することを認めることが不合理であるとする見解が見られた(但し立法論)3。→契約関係一般について連結素を考えるのではなく、「契約関係の各態様の差異に応じて個別的の考慮を払うならば、そのそれぞれについて必然的の結びつきをもった法秩序を発見することは不可能ではないのではなかろうか」。
・ また、解釈論上も、外国法適用制度が本来事案と最も密接な関連を有する法を適用する制度であるという理解の下、当事者意思を密接関連性に関する様々な諸要素のうちの一要素とした上で、極力客観的連結をここでも貫くべきであるとの主張も見られた4。→だが、同見解は裁判例・学説の支持を全く得ていない。←①通則法 7 条というxx規定の存在、②当事者の予測可能性を著しく害する。
③ 連結素としての当事者意思
・ 1980 年 6 月 19 日のローマ条約:当事者自治の原則を正面から導入(3 条 1 項「契約は、当事者が選択する法により規律される」)5。→その後は、学説上も、当事者意思の原則の準拠法選択における役割を積極的に再評価しようとする動きが主流。
・ 当事者に関係する諸利益:ある国家法の①内容、②知識、③中立性、④契約との関連性。また、⑤当事者の予測可能性(裁判と独立した契約準拠法の明確化)。各国法の利益も過度に侵害されはしない(適用意思の弱さ)。
・ 当事者の予測可能性が常に担保される、その意味で最低限の密接関連性が保障されるとい う点、また、強行的適用法規が契約準拠法に拘らず別途適用されるという前提を採用すれば、通則法 7 条が当事者意思を連結素としていることも一応正当化出来るように思われる6。
【参考文献】
- Xxxx-Xxxxxx Xxxxxxx, “Contrat”, Rép. intern. Dalloz [1998]
・ xxxxx『世界法の理論』(1954 年)468 頁以下
・ xxxx「國際私法上の意思自治の原則に關する一考察」xx先生還暦記念『商法の基本問題』(1952 年)
441 頁
3 xxxx「國際私法上の意思自治の原則に關する一考察」xx先生還暦記念『商法の基本問題』(1952 年)441 頁、454 頁以下(現代仮名遣いに改めた)。
4 xxxx『金融取引と国際訴訟』(有斐閣・1983 年)28 頁以下。法例時の議論であるが、通則法においても同様の立論が成り立ち得る。
5 ローマⅠ規則(Regulation (EC) No 593/2008 of the European Parliament and of the Council of 17 June 2008 on the law applicable to contractual obligations (Rome I), OJ L 177/6)でも踏襲(3 条 1 項)。
6 だが、さらに、客観連結に優先して当事者自治の原則を採用すべきであるとする積極的な根拠まで見出し得るだろうか(例えば、都市等における法的共同体の弱体化の下での適切な連結素としての当事者自治)。→今後の検討課題。
・ xxxx『金融取引と国際訴訟』(有斐閣・1983 年)28 頁以下
三 当事者の選択なき場合の契約準拠法の決定
(1) はじめに
・ 通則法 8 条:最密接関連法の適用。←特徴的な給付を行う当事者の常居所地法の推定(特徴的給付の理論)。
・ この理論の背景にある考え:双務契約においては、契約当事者の一方の給付は金銭による支払いという区別しにくい形式で行われる一方、他の契約当事者は財産乃至サービスを対象にした特有の給付を行う。そこで、その給付が契約に特徴を与える(財産の移転、有体動産の引渡、物の使用権の付与、輸送、医療、銀行、保険活動等極めて多様なサービスの提供)。
→契約の社会経済的な機能の表現。職業人側の法の適用を促すが、相手方は国際商取引のリスクを取っているのであり、不意打ちには当たらないとされる。
・ この理論の出発点はスイスの裁判例:当事者が沈黙している場合には、特徴的給付の履行地。→次に特徴的給付の債務者である契約当事者の住所地。←社会経済的に言えば、このような給付の債務者が機能を果たす場所が重要(Schnitzer)。
・ メリット:①予測可能性、②簡単、③他の条約(1955 年 6 月 15 日のハーグ条約)の解決に近い、④恣意的な危険は例外条項により排除出来る(後述、我が国には導入されず)、⑤修正もある:契約が一方当事者の一連の職業的活動において締結される場合、その当事者の主たる事業所、又は、特徴的給付が提供されるべき事業所(この修正は下線部の限定がなくわが国でも導入される)。
・ 特徴的給付の例:売買→売り手の給付、賃貸借→賃貸人、保険→保険業者、運送契約→運送業者、弁護士と顧客との契約→弁護士。
・ 特徴的給付が決定出来ない場合に特徴的給付に関する推定規定は適用されない。→裁判所による最密接関連法の直截の探求。
・ 例えば、①双方の給付が同様の性質を有する交換、②当事者のいずれも単に支払いを行うだけではない契約、③双方の給付に意義があり、一方が特徴的であると考えることが困難な契約。
・ 依頼者から作品の引受や引渡を伴う請負契約、排他的特約店契約(排他性条項は、競争禁止条項よりも特徴的ではない)、商業的技術援助条約、サービスフランチャイズ契約、会社が社員に対し行う会社株式の買戻し約束、和解契約等。
【労働契約・消費者契約】
一 問題の所在-弱者保護を意図する抵触規則
・ 労働契約や消費者契約においては、非対称的な交渉力により、弱い方の契約当事者が強い方の契約当事者により示される不利な選択を認めるという状況が生じ得る。
・ 各国実質法がそのような弱者の救済を図るべく特別法を制定しているが、各国実質法政策か
ら中立的であるべき抵触法も、そのような各国の配慮を準拠法選択に反映させるべきなのだろうか。
・ 消費者契約:通常の契約(売買、賃貸借等)と同様の特徴を有してもいるが、他面、消費者保護を目的とした一群の規則が存在しており、それが特徴的給付による客観的な場所的位置付け(弱者に不利に働く)に修正を要求するとされる。
・ 労働契約:関連法規及び国際労働関係の多様性→労働契約に最も相応しい場所的位置付けを行う要素の決定が困難であるとされる。
・ 我が国では、労働契約に関しては裁判例が分かれ、消費者契約については何ら特別の配慮を払って来なかった。このような状況は、我が国特有というわけではない(例えばフランスにおいても、消費者契約については固有の準拠法選択規則はなかった)。
・ だが、国際的には、様々な方法で抵触法においても弱者保護が図られている。そして、今回の法例改正、通則法制定において、とりわけローマ条約を参考に、我が国においても消費者契約・労働契約について特別規定が置かれることとなった。
二 各国における抵触法上の弱者保護
・ 弱者保護を抵触法上採用した場合にも、各国の方法は多様。大別して、①当事者自治の原則の制限乃至排除、②強行的適用法規としての適用がある7。その他、学説上は、③最も厚い保護を与える国の法の適用が主張されてもいる8。
(1) 当事者自治の原則の制限乃至排除
・ スイス法 121 条 1 項「労働契約は、労働者が通常自らの労働を行う国の法による」
・ 同 120 条は、消費者契約に関し、一定の場合に消費者の常居所地法を適用。
・ その他、不動産の賃貸借契約や保険契約において、弱者保護の観点から客観連結を行う国がある。
・ これらの規定の背後にある考え:弱者保護の観点から契約における当事者自治の原則の制限。
(2) 強行的適用法規としての適用
・ 各国は、濫用条項の禁止等の消費者保護規制を常居所や住所が自国にある場合に適用。
←自国の社会的・経済的目標の追求。
・ 多くの国が同一の目標を追求している場合には、双方的な表現が可能。→ローマ条約をそのように捉える立場もある。
・ ローマ条約:消費者契約についても当事者自治の原則を維持しつつ、「消費者が常居所を有
7 その他、公序則の活用も一応は考えられる。
8 以下の分類につき、Xxxxxx Xxxxx, “La protection de la partie faible en droit
international privé”, in: La protection de la partie faible dans les rapports contractuels
(L.G.D.J., 1996), 513, at 517-528.
する国の法の強行規定が保障する保護が消費者から奪われる結果を招くことが出来ない」(5条2 項)とする。また、労働契約についても、基本的には当事者は合意による準拠法選択を行うことが可能。だが、そのような選択は、「選択なき場合に適用されるべき法の強行規定
(mandatory rules)が労働者に保障する保護が労働者から奪われる結果を齎すことは出来ない」と規定(6 条 1 項)。→常居所地法等の適用は、問題となる法規の内容(保障する保護)に依拠。→通常の準拠法選択規則の方法とは異なり、強行的適用法規の適用と考えられる
9。
(3) 最も厚い保護を与える国の法の適用
・ その目的を、弱者に最も手厚い保護を与える国の法の適用にあると捉え、契約と関連を有する法のうち最も保護の手厚い法の適用を裁判官は行うべきであるという立場も。
・ また、同様の観点から、当事者自治の原則を否定しつつ、選択的連結をすべきであるという立場もある。
・ だが、これらの立場については、弱者を最大限保護する法が最良の法とは限らないといった理論的な批判や、裁判所の負担を増やし、また論点毎の法適用を齎し契約を過度に細分化するといった実務的な批判が寄せられている10。
三 通則法の解決
・ 消費者契約・労働契約につき、原則としてローマ条約の解決を踏襲した特別規定が導入されることになった。
(1) 消費者契約(通則法 11 条)
・ 消費者の定義、当事者による法選択がない場合の常居所地法の適用はローマ条約と共通。
・ 消費者が常居所地法の特定の効果を主張せねばならないという点がローマ条約と異なる。
・ 適用範囲については、ローマ条約と異なり適用除外の場合のみを列挙している点で、広いようにも思われるが、運送契約についての適用除外を認めない反面、6 項 3 号 4 号のような固有の例外も設定されている(主観的要素の導入)。この点について、xxxxでは、「消費者
9 Xxxxx, at 525-527. だが、強行的適用法規に関する一般条項とは別に、このような特別条項
を作ったことで、この規定が最早強行的適用法規に関する規定とは言えないと考える立場もある。このような立場においては、契約に関しても、一定の点で消費者に好意的な実質法規が常居所地国にあれば(たとえ強行的適用法規でなくとも)適用されることになる。だが、この立場では、契約
に関し適用される準拠法の一貫性が損なわれるという問題があり、また、労働契約の場合と同様、結局いずれが契約準拠法か判然としなくなるという問題が指摘されている。尚、Roma I の下では、原則としては消費者常居所地法が適用される(6 条1 項)。但し、当事者自治の原則は排除されず、従来と同様の議論が当てはまる(6 条 2 項)。尚、「契約により逸脱出来ない条項」(such provisions that cannot be derogated from by contract)という文言からは、ここでいう規定は 強行的適用法規に限定されるものではないと解される。
10 Mayer, at 528-529.
が自己を消費者でないと偽った場合や常居所地を偽った場合、取引形態からして事業者が消費者の常居所地を知らないことが通常である場合等は、事業者の準拠法に関する予見可能性を保護する必要があると考えられる」11と説明されている(何処かの国の法を参照したのかにつき言及はなく、現時点では我が国の独自のものなのかどうか判然としない)。
・ 6 項 1 号 2 号の適用除外については、「事業者の準拠法に関する予測可能性」確保のためと説明される12。
・ 1 号:旅行中の契約の締結。2 号:ホテル滞在。
・ その他、6 項1 号2 号の「勧誘」については、ダイレクトメールや電話等による契約締結についての個別的な勧誘行為のみを指すとされ、ウェッブサイトに掲載される一般的な広告等は含まれないとされた13。
・ 4 号の例:弁護士が文房具を購入し、その事務所に届けさせたが、実際にはその文房具は家族へのプレゼントだった場合14。
・ 尚、方式について通常の選択的連結を妨げ常居所地法の適用を命じる規定があることに注意(3 項・4 項・5 項)。
(2) 労働契約(通則法 12 条)
・ 規定の仕方が違うのは、ローマ条約 6 条の二つの機能を区別しただけ。最密接関連法の推定については、「通常」という文言がないこと、最密接関連法に関する例外条項がないことなどの違いはあるが、殆ど同内容であると思われる。「最も密接に関係する地」というのも、表現は違うが同内容。→ローマ条約における議論が参考になる。
・ 大きく異なるのは、当事者が特定の効果を主張せねばならない点。→「審議会において、ローマ条約のような優遇比較を実際に行うのは困難であり、訴訟関係者への負担が過重となることが懸念されたため」15。
【参考文献】
- Xxxxxx Xxxxx, “La protection de la partie faible en droit international privé”, in: La protection de la partie faible dans les rapports contractuels (L.G.D.J., 1996), 513.
・ xxxx「消費者契約及び労働契約の準拠法と絶対的強行法規の適用問題」国際私法年報 9 号(2008 年)
29 頁
・ xxx「法の適用に関する通則法 12 条と労働契約の準拠法」一橋法学 7 巻 2 号(2008 年)309 頁
11 xxxx補足説明 45 頁。
12 xx・53 頁。
13 同上。
14 神前・解説 101 頁。
15 xx・前掲 52 頁。その前提として、xx・同 53 頁は、大審院判例や下級審判決が、「一貫して、法律行為における当事者の意思や不法行為における原因事実発生地につき、事実問題であって当事者の主張立証を要するものと解している」との誤った認識を示している。