Contract
最近の判例から
⑴−仮契約と売買契約の成立−
仮契約締結時に支払った交付金につき、売買契約が成立したとは認められないとして、返還の請求が認められた事例
(東京地判 平27・12・3 ウエストロー・ジャパン) 鎌田 晶夫
不動産売買契約の成立に向けて、売主、買主間で仮契約を締結し、交付金が授受されたが、期限までに契約条件がまとまらなかったため、買主が仮契約を解除し交付金の返還を請求したところ、売買契約は成立しており、買主の手付解除であるから手付金である交付金は返還しないと売主が主張した事案において、売買契約は成立していない、仮契約には解除返金特約が付されていたなどとして、買主の請求を認めた事例(東京地裁 平成27年 12月3日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Y(売主)は、A(不動産仲介業者)から Yの所有する土地建物(本物件)を売却することの提案を受け、売却する意向があることを連絡し、Aはそれを受けて、購入希望者としてⅩ(買主・不動産業者)を紹介した。Aは、売買契約書案を作成し、Yの意見を聞き、手直しを加えてYに再確認するという作業を繰り返して、最終的な売買契約書案を作成したが、そこにはⅩが売買代金全額の支払をするのと引換えに、Yは本物件の所有権移転登記手続に必要な書類を交付することが記載されていた。
平成24年7月、Y、Ⅹ、Aが集まり、本物件の売買契約の協議をしたが、Yが本人確認できる書類を持参していなかったことなどから、Ⅹ及びAは、Yに対し、その日のうちに売買契約を締結することは無理であると告げた。しかしYは、Ⅹ及びAに対し、その日の
うちに売買契約を締結して手付金を支払って欲しいとの要求をし続けた。協議が深夜に及び、Yの健康状態も心配されたため、仮契約
(本件仮契約)を締結することとし、Ⅹは交付金(本件交付金)250万円を支払い、Yは「手付金の一部」と記載した領収書を交付した。
<本件仮契約の内容>
①本日、手付金の一部として、250万円を買主は売主に渡します。
②売主は、買主に250万円の領収書を渡します。
③手付金残金など売買契約に関する諸条件については、平成24年9月初旬に両者が協議して決めることとします。
その後、Aは契約条件を調整しようとしたが、Yは、Ⅹより売買代金全額が支払われても、Yが引越を終えるまで、本物件の所有権移転登記手続を拒絶する旨を通知し、また、本件交付金をⅩに返還することも拒絶した。
Ⅹは、Yに対し、本件仮契約の解除及び本件交付金の返還を求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、ⅩのYに対する請求を認容した。
⑴ 平成24年7月に作成された契約書は、「売買仮契約書」という題目自体、売買契約書そのものではなく、その前提となる契約であることを示す記載がなされている。記載された契約条項も、交付金の交付及び受領の確認と、仮契約締結後に協議が続けられることを定め
たものとなっており、諸条件の協議が整えば売買契約を締結するという停止条件付きのもの又は売買契約締結に向けた協議継続の合意を表したものにすぎないと解釈されるべきである。
また、不動産売買契約においては、買主が売買代金全額の支払をするのと引換えに売主から所有権移転登記手続に必要な書類を得て、同登記手続を完了することがほぼ例外なく必要になるのに対し、これを拒絶するYの態度は本物件につき売買契約が成立したことと相反するものである。
Yは、売買代金全額が支払われたとしても、本物件を所持し続けたいという意思を有していたものと推認され、Yに売買契約を成立させた自覚や売買契約上の債務の履行に備える自覚があったとは認められず、本件仮契約締結時に、本物件をⅩが買い、Yが売るという意思の合致があったと認めることはできない。
加えて、Y自身、本件交付金で手付金の交付は完了していないと認識していたと認められ、Ⅹ及びY双方とも、本件仮契約締結時においては、手付金全額の交付という本物件の売買契約が成立したことを前提とした行為をしないことで合致していたと認められる。
以上を照らせば、本件仮契約は、売買契約そのものではなく、Ⅹ及びYに、売買契約成立のための準備を行う義務があることを確認した契約に過ぎず、本件交付金は、民法557条1項所定の手付金ではなく、売買代金の一部の前渡金に過ぎない。
したがって、本物件についての売買契約は成立していないから、Ⅹは、いわゆる手付流しによらなければ、売買契約を解除できない地位におかれているものではない。本件交付金は、ⅩとY間における本物件についての売買契約が成立しないことが確定した場合に
は、Ⅹに返還されるべきものである。
⑵ 仮契約書第3条の記載からすれば、Y自身、本物件の売買のためには、仮契約後もⅩと協議を重ねなければならず、その協議が整わなければ、売買契約が成立に至らない可能性が残っていることを自覚していたと言わざるを得ない。
さらに、Yは、本件交付金が手付金のすべてでないと認識していたのであるから、交付金が一種の前渡金であり、売買契約が成立しなければ返還しなければならない金員であることも自覚していたと認められる。
これらのことと、仮契約書において、売買のための諸条件の調整時期が平成24年9月と定められていたことに照らせば、本件仮契約には、解除返金特約が付されていたというべきである。ⅩとYとの間において、売買契約に関する諸条件は、平成24年12月時点で調整できなかったのであり、Ⅹは、解除返金特約により本件仮契約を解除し、本件交付金の返還を請求しうる。
以上により、Ⅹの請求は理由があるから認容する。
3 まとめ
本件仮契約締結時に、交付金が手付金の一部として授受されていたとしても、Ⅹ及びY間の売買意思の合致があったとは認められず、売買契約が成立したとは認められない、本件仮契約には解除返金特約が付されていたとする本件判示は、申込証拠金等の授受がある仮契約や購入申込をした後に、キャンセルとなり申込証拠金等の取扱いについて争いがあったときの参考になるものと思われる。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑵−所有権を失う可能性の説明義務−
所有権を失う可能性が高いことの説明がなかったとした、買主の元売主等に対する賠償請求が認容された事例
(東京地判 平29・9・29 ウエストロー・ジャパン) 室岡 彰
買主が、所有権を取得できなくなる可能性が極めて高いことを秘して売却したとして、主位的に、売主と元売主に詐欺による共同不法行為に基づく売買代金相当額等の支払いを求めるとともに、予備的に、元売主に信義則上の告知義務違反による共同不法行為等に基づく売買代金相当額等の支払いを求めた事案において、買主の請求が認容された事例(東京地裁 平成29年9月29日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
A所有不動産(以下「本物件」という。)は、平成23年7月25日付けでAからその妻Bに、同年8月3日付けでBからC、更に、Cから本物件を1300万円で購入した宅建業者Y1
(被告)に所有権移転登記がされた。
Aは、Bが本物件を無断で売却したとして、 Y1を相手とし、東京地裁に、真正な登記名義の回復に基づく所有権移転登記手続を求め提訴(以下「別件訴訟」という)した。
平成25年1月23日、東京地裁は、Aの請求を認容し、Y1に本物件の所有権移転登記手続を命ずる判決を言い渡した。Y1は、これを不服として東京高裁に控訴した。
同年3月頃、Y1は、本物件の売却先Y2
(被告)を紹介され、本物件の購入代金回収のため、別件訴訟が控訴審で係属中であるものの、本物件をY2に売却することとした。 Y1から本物件を売却予定と聞いた別件訴 訟の訴訟代理人であった弁護士は、訴訟係属
の状況下での売却に難色を示したが、Y1に、 Y2から「Y1が控訴審判決でも敗訴する可能性があり、この事実経緯を承知した上で買い受け、裁判結果により損害を受けてもY1に損害賠償請求等、一切の責任を問わない。」とする確認書(以下「本件確認書」という。)を受領するようにアドバイスした。
平成25年4月8日、Y1とY2は、代金 1000万円とする本物件の売買契約を締結し、本件確認書も受け渡しされた。更に同日、 Y2とX(原告)は、代金1300万円(内100万円は支払い留保)とする本物件の売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。なお、Y1とY2の売買契約は、第三者の
ためにする契約とされ、Xも直接登記移転先となる旨の意思表示をしたことで、Y1から Xに本物件の直接所有権移転登記がされた。平成25年8月28日、東京高裁は、Y1がA を相手とした控訴を棄却した。その後、Y1は、最高裁に上告した結果、最高裁では、本物件は控訴審口頭弁論終結前に、Y1からXに所有権移転されており、Y1に所有権移転登記手続を求められないとして、第一審判決
を破棄し、Aの請求は棄却された。
一方、平成25年7月19日、Aが、東京地裁にXを相手方として申したてた本物件の処分禁止の仮処分が認められ、その後、Aは、Xに本物件の真正な登記名義の回復に基づく所有権移転登記手続請求訴訟を提起した。
平成27年5月19日、東京地裁が、AのXに対する請求を認容し、その後、同判決は確定
した。Xは本物件の所有権を失ったため、 Y1らに支払代金1200万円等の支払いを求め提訴した。なお、Y2は口頭弁論期日に出席せず、答弁書等の提出もなかった。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を認容した。
⑴ Y1らの共同不法行為責任について Y2は口頭弁論期日に出席せず、答弁書等
の提出もないため、Xが主張する、あたかも確実に所有権を取得できるかのように振る舞い、Xを欺罔したとの請求原因事実を自白したものとみなし、Y2は詐欺による不法行為に基づく損害賠償を支払うべき義務を負うが、Y1の詐欺による共同不法行為責任については、売買契約の当事者はY2とXであり、 Y1がXを直接欺罔したとは認められず、XのY1に対する請求については理由がない。
⑵ Y1の信義則上の告知義務違反による共同又は単独の不法行為責任について Y1が、直接の取引当事者ではない後続の
取引当事者に、別件訴訟等について伝えるべき一般的な告知義務があると解することは、 Y1に不可能を強いるものと言える。しかし、 Y1は、いわゆる不動産業者であり、また、損失の回収についても、Cへ担保責任等を追及せず、本物件を流通させることの危険性を十分認識したにもかかわらず、売買により危険を創出したといえる。また、Xへの直接移転登記に必要な手続もしており、X、Y1、 Y2は本物件取引において相互に密接な関係にあったといえる。
そして、Y1は、遅くとも決済時点までに本物件がXに売却されることを認識し、その際、Y2が別件訴訟の存在及び経過をXに告げず、あたかもXに確実に所有権を取得できるかのように振る舞い、Xを欺罔したことを
現認したにもかかわらず、同決済において終始無言で何らの措置もとらなかった。
このような事情下では、Y1は、Xに対し、別件訴訟に敗訴し、今後所有権を喪失する可能性があることを告知すべき信義則上の義務を負っていたと認められるが、Y1は、Xに何らの告知もしなかったのであるから、同義務に違反した過失があると認められ、Xの Y1に対する主張には理由がある。
以上、Y2には詐欺による、また、Y1には信義則上の告知義務違反による不法行為が成立し、これらは決済現場で共同して行われたことから、Y1らは、連帯してXの損害を賠償すべき義務を負うと認められる。
そして、Xは、Y2らから別件訴訟に敗訴しており、今後所有権を喪失する可能性があるとの告知を受けていれば、本件売買契約を締結しなかったと認められるため、Xは、支払代金1200万円相当と、Y1らの共同不法行為と相当因果関係のある弁護士費用120万円を損害と認めるのが相当である。
3 まとめ
宅建業者であるY1は弁護士が難色を示しているにもかかわらず、所有権紛争のある状況下で本件不動産の売却を強行し、結果Y2の詐欺の片棒を担いだかたちになっている。宅建業者に自己の所有に属しない不動産の 売買契約の締結を規制する、宅建業法第33条の2の制度趣旨からしても、宅建業者が所有権紛争のある不動産を売却することは問題行為であり、後日責任を問わない旨の覚書を買主より受領したとしても、買主の転売先より不法行為責任が問われる可能性もあることから、不動産の売却は所有権紛争の解決後に行
う必要がある。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑶−地中埋設物の説明義務−
買主が主張する地中の転石の存在は、売主業者はその存在可能性について説明していたとして、買主の賠償請求を棄却した事例
(東京地判 平29・10・20 ウエストロー・ジャパン) 亀田 昌彦
老人ホーム建設用地として造成地を取得した買主が、地中に多数の転石があったとして、売主に対して工事費増額分とこれらの処分費等の支払いを求めた事案において、売主からの重要事項説明書の記載からもこれらの存在の可能性は明らかであるとして、請求が棄却された事例(東京地裁 平成29年10月20日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成23年10月、買主X(原告・医療法人)は、売主Y(被告・不動産業者)との間で、その所有にかかる土地(本件土地)につき、代金を3億1500万円とする売買契約を締結し、平成24年3月、XはYより本件土地の引き渡しを受けた。
同年11月、Xは本件土地上に老人ホームを建設すべく建設業者Aと工事請負契約を締結した。Aがこの工事に着手したところ、本件土地の地中に多数の転石(本件転石)が存在することが確認された。
Xは、
①Yは自ら本件土地の造成工事を施工し、本件土地の地中に多数の巨大な転石が存在していたことを認識しており、そのままの状態では建築工事に支障を来す、又は転石の撤去に多額の費用を要することを容易に予想できたのに、Xに本件土地の利用に関して障害となる上記事情を説明しなかったことは信義則上の説明義務に違反する。
②本件転石は直径約0.5mないし1mのもの
を中心に直径約2mのものまであった上、その量も合計1000トン以上と膨大なものであったため、通常の杭施工が困難であったから、本件土地は通常有すべき品質を欠く。また、地質、建築工事等について知識のないXは、Yの本件土地に岩はない旨の説明を信じていたから、本件転石の存在につき無過失である。したがって、本件転石は「隠れた瑕疵」に当たる。
と主張して、Yに対し、Xが工事費増額分及び転石処分費用等に要した費用等5131万円余の賠償を請求する本件訴訟を提起した。
これに対してYは、
①Yは本件土地の造成工事の発注者であるにすぎず、本件転石の存在を確定的に認識していたわけではない。また、Yは、重要事項説明書をXに交付した際、Xに対し、地中埋設物の可能性について説明を行っていたから、Yに信義則上の説明義務違反はない。
②本件転石の大きさは短辺0.3mに満たない程度のものが中心であり、この程度の大きさの転石はそもそも「瑕疵」には当たらない。また、Xは本件売買契約に先立つ重要事項説明の際にYから地中埋設物の可能性について説明を受けていた以上、少なくともXには過失があるから、「隠れた」瑕疵ともいえない。
と反論した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、Xの請求を棄却し、訴訟費用は全額Xの負担とした。
⑴ Yによる説明義務違反の有無について 認定事実によれば、Yが、本件売買契約の
締結の1週間前に行った重要事項説明の際に、Xに交付した重要事項説明書の特記事項欄には杭工法や地質についての記載があり、口頭によりこれを読み上げることにより、本件土地の地盤に岩が存在するために特定の工法が必要となったり、本件土地の地中埋設物としての岩の存在により土の入れ替えを含む特別な処理が必要となる場合があることを説明していたことは明らかである。
そして、この重要事項説明の際はもとより、本件売買契約の締結に至るまでの間に、Xから、杭工法や地質に関する質問がなされたり、追加資料の提出を求めることはなかったから、本件土地の地盤、地質等について重要事項説明書に記載されたところと異なる説明をあえてYがしたとも認められない。
以上のような事情を総合すれば、Yに信義則上の説明義務違反があったとはいえない。
なお、YがXに本件土地についての杭工法、地盤、地質等について、重要事項説明書の記載以上の具体的な説明を行うことがなかったとしても、土木や建築工事の専門家でないXにその詳細を説明する必要性や実益があったとはいえない(Xから本件建物の新築工事を請け負う工事担当業者において、上記重要事項説明書の記載を契機として、Yに問い合わせたり、自ら調査したりすれば足りる。)から、上記判断は何ら左右されない。
⑵ 隠れた瑕疵の該当性について
上記⑴で判示したところによれば、Xは、 Yから本件売買契約の締結に先立つ重要事項説明を受けた際に、本件土地の地中埋設物と
しての岩の存在可能性についても説明を受けたことにより、本件転石の存在を容易に予見することができたことは明らかであるから、 Xが本件転石の存在につき善意であったとしても、Xには過失があったというべきである。そうすると、仮に本件転石が「瑕疵」に当たる余地があるとしても(本件請負契約における工期の延長や代金額の増額の原因が、本件転石ではなく、本件土地の支持基盤の急傾斜を十分検討していなかったAにあった可能性を証拠上、否定し得ないため、本件転石が「瑕疵」に当たると断ずるのは相当ではない。)、これを「隠れた」瑕疵ということはできない。
3 まとめ
本件は土地の売買において、地盤や地中埋設物の説明義務違反の有無および本件転石は売主が担保責任を負う隠れた瑕疵に該当するかが争われた事案である。
本件では売主業者が重要事項説明において本件転石の存在により特別の処理等が必要になる可能性があることを説明していたと認定されたため、売主業者に説明義務違反はなく、したがって本件転石は「隠れた瑕疵」にも該当しないと判断された。
土地の売買にあたっては、地盤調査や土壌調査について本来は物件引渡し前に売主の負担で実施するのが望ましいが、実務においては手間やコストの問題から物件引渡し後に買主の負担で実施する場合も見受けられる。
媒介業者としては、売主に対して十分ヒアリングを行い、場合によっては専門機関による調査結果等を活用の上、買主に対して必要かつ適切な説明を行うことがトラブル回避のためには肝要と思われる。
(調査研究部 調査役)
最近の判例から
⑷−地中埋設物の解体撤去義務−
土地を更地渡し条件で購入した買主が、地中に残置されていた地下室の撤去費用支払いを売主と解体業者に求め、認められた事例
(東京地判 平29・10・3 ウエストロー・ジャパン) 亀田 昌彦
土地及び土地の借地権を更地渡しの約定で購入した買主が、地下室や解体ガラが地中に残置されていたとして、売主及び解体工事請負業者に対して、その撤去・処分費用の支払いを求め、認められた事例(東京地裁 平成 29年10月3日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成24年11月、買主X(原告・法人、不動産業者)は、売主Y1(被告・法人)との間で、Y1が所有する土地1及び土地2(本件土地)を売買する契約(本件売買契約)を締結した。本件売買契約にはY1の責任と費用負担において本件土地上の建物(本件建物)を解体し更地にて引渡す旨の特約(本件特約)があり、Y1は本件建物の解体工事をY2(被告・法人)に発注した。平成26年2月、解体工事が終了したとしてY1はXに対して本件土地を引き渡し、同日、Xは本件土地を不動産業者Aに転売した。
しかし、Aの本件土地での建物建築工事の際に地中から地下室(本件地下室)が発見されたことから、Xはその解体撤去費用等として、Aに対し1472万円余を支払った。
Xは、
①Y1にはXに対し、本件特約により、本件地下室を含め本件建物をすべて解体撤去する義務を負っていたにもかかわらず、本件土地の地中に本件地下室の躯体の一部並びに本件建物の解体によって生じた鉄筋及び
コンクリートガラ等(本件地中障害物)を撤去していないから、本件売買契約に係る債務不履行責任を負う。
②また、Y2はY1から本件建物を解体撤去することを請け負ったにもかかわらず、これを完成させず、故意に本件地中障害物を本件土地の地中に埋め戻したから、Xに対し、共同不法行為責任を負う。
として、Y1およびY2に対し、Xが本件地中障害物の撤去に要した費用等1472万円余の賠償を請求する本件訴訟を提起した。
これに対してY1およびY2は、
①Y1は、本件特約により地中の異物をすべて撤去すべき義務を負っていない。
②Y2は本件建物の解体工事を完成させており、本件地中障害物を埋め戻した事実はない。本件土地を分筆する前の土地2は、戦時中、防空壕として利用されていたことがあり、本件地中障害物は防空壕の一部であった可能性がある。また、本件土地と公道との間の地下にM区が設置した擁壁が存在しており、本件地中障害物はその擁壁の一部であった可能性もある。
と反論した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、Xの請求を認容した。
①本件売買契約には、Y1は、原告に対し、本件各建物を解体撤去して本件土地を更地にして、平成26年9月末日までに引き渡す旨及
び解体撤去の対象となる本件建物には本件地下室が含まれる旨が明記されているから、 Y1は、原告に対し、本件地下室を含め、本件各建物を撤去すべき義務を負っているものと認められる。
②認定事実のとおり、本件土地の地中には本件地中障害物が埋設されており、これが鉄筋、コンクリートガラ及び躯体であったことからして、Y2が本件地中障害物を完全に解体撤去せず、本件建物の鉄筋及びコンクリートガラとともに本件土地に埋め戻したものと認められる。そして、Y2の担当者は、週に2回程度は本件地下室の解体工事の現場を確認しており、本件地中障害物が残置されていることを認識し、またはこれを容易に認識することができた。
それにもかかわらず本件土地の地中に本件地中障害物が解体撤去されず残置されたのであるから、Y2には本件地中障害物を解体撤去しなかったことについて少なくとも過失があるものと認められる。
Y1についても、本件特約に係る本件建物の解体工事の履行補助者であるY2が本件地中障害物を解体撤去しなかったことについて過失がある以上、本件売買契約の債務不履行について責めに帰すべき事由がある。
よって、Y1は、原告に対し、本件特約に係る本件地下室を含めた本件建物を完全に解体撤去すべき義務を履行しなかったことについて債務不履行責任を負う。
次に、Y2は、上記のとおり本件土地の地中に本件地中障害物が解体撤去されず残置されたことについて過失があるから、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。そして、Y1の債務不履行責任とY2の不 法行為責任は、不真正連帯債務の関係にある
ものと認められる。
③これに対し、Y1およびY2は、本件地中
障害物は戦前に本件土地の地下にあった防空壕又は本件土地と公道との間の地下にあった M区が設置した擁壁であるから、Y1はこれらを解体撤去する義務を負わない旨主張する。
しかしながら、本件土地の地中に本件土地引渡当時まで戦前の防空壕が存在したことをうかがわせる証拠はなく、むしろ、本件建各物には本件地中障害物が存在したことからすれば、これとは別に上記防空壕が存在したと認めることはできない。
本件土地と公道との間の地下にM区が設置した擁壁が存在したことについてもこれをうかがわせる証拠はなく、本件土地と公道との間の地下に擁壁があったとすれば不自然であるといわざるを得ず、上記擁壁が存在したとは認められない。
④以上により、Xの請求はいずれも理由があるからこれを認容する。
3 まとめ
本件は土地の売買において、売主が地中に存在する地下室を解体撤去する義務の有無と、売主らが建物を完全に解体撤去したか並びに本件特約義務の違反及び売主らの共同不法行為責任の有無が争われた事案である。
土地売買契約書に解体撤去の対象として地下室が明記されていたことや、解体業者は地下室が残置されていることが容易に認識できたにもかかわらず実際に地下室が残置していたことから、買主の請求を全て認めた裁判所の判断は妥当なものと考えられる。
土地の更地渡し売買にあたっては、地中埋設物が問題となることが多く、媒介業者には、売主と買主の認識相違を回避するために、重要事項説明の適切な記載や、より明確な特約条項の表現が求められるところである。
最近の判例から
⑸−擁壁の瑕疵の説明義務−
擁壁のひび等の隠れた瑕疵について、説明義務違反があったとして売主と仲介業者に求めた請求が棄却された事例
(東京地判 平29・9・12 ウエストロー・ジャパン) 室岡 彰
買主が、購入物件の敷地に係る擁壁のひび及びスラブの老朽化の隠れた瑕疵が存在したとして、主位的には、売主と仲介業者に、瑕疵に係る説明義務違反を内容とする共同不法行為に基づき、予備的には、売主に、瑕疵担保責任に基づき、諸費用を含む購入代金と転売価格との差額の支払を求めた事案において、買主は瑕疵が存する蓋然性について、十分な説明を受けたものと認められるとして、請求が棄却された事例(東京地裁 平成29年 9月12日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成26年3月、買主X1(原告・個人)は仲介業者Y4(被告)と、売主Y1、Y2(被告・個人)所有の昭和45年築の建物付土地(以下「本物件」という。)を見分した。
本物件敷地は、正方形に近い形状で、南東側及び南西側の境界部分は隣接地より高く、南東側境界部分のうち北側約2/ 3には高さ 1.95mのコンクリート擁壁が、南側約1/ 3には高さ2mの石積み擁壁(以下、両擁壁を併せて「南東側擁壁」という。)が、両擁壁上部には3段積みのコンクリートブロックがあった。なお、コンクリート擁壁の中央部には、縦に貫通する幅約5mmの亀裂(以下「ひびA」という。)が、石積み擁壁の南端から 0.5m位の位置に は、幅 約40mm、深さ
400mmに達する亀裂(以下「ひびB」という。)があった。
また、南西側境界部分には高さ2.3mの石
積み擁壁(以下「南西側擁壁」といい、南東側擁壁と併せて「南側擁壁」という。)が、その上部には3段積みのコンクリートブロックと、更に土に覆われた鋼製のデッキと支柱からなる人工地盤であるスラブがあった。
同年4月上旬、X1、X2(原告・個人)は本物件購入後、住宅建築を依頼する予定の建築会社から、現地調査報告や南側隣地からの撮影写真の提供を受け、スラブの存在を認識し、また、同じ頃、擁壁をやり直さなければならない可能性がある旨を聞いた。
同年4月20日、X1らは、Y4と売側仲介業者Y3(被告)媒介のもと、次の特約が付された本物件の契約書及び重要事項説明書等の説明を受け、売買代金を1950万円とする売買契約をY1らと締結した。
・建築物を建築する場合、地盤補強工事等が必要になる場合がある。同工事等を行う場合は買主の負担と責任において行う。
・買主は、敷地と隣接地間に高低差があり、建物を再建築する場合、関係行政庁より、擁壁工事・建物基礎工事等につき指導を受ける場合があること及び南側擁壁は検査済証が発行されていないことを了承の上、買い受ける。
同年5月26日までに、X1らは、本物件の引渡しを受け、同年6月13日までに、本物件建物を解体撤去した。
同年6月14日、X1は、敷地周辺で建築会社の到着を待っていた際、居合わせた東側隣地所有者から、ひびBの存在を知らされ、東
側隣地に立ち入り、これを目視で確認した。 X1らは、擁壁工事会社等に依頼し、擁壁 の補修とスラブ撤去費用の概算・仮見積書を出したところ、約850万の金額であり、X1らにとって、本物件購入及び建築資金以外に
追加調達できる金額ではなかった。
平成27年7月、X1らは、擁壁補修費等 850万円の支払いを求め、Y1らを提訴した。なお、平成28年12月、X1らは本物件を1650万円で売却できたことから、裁判所に請求減縮申立をし、請求額を変更し、諸費用を含む購入代金と転売価格との差額とした。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、X1らの請求を棄却した。
特約によれば、敷地に関して、建築する建物との関係で強度・地耐力が不足する瑕疵のほか、南側擁壁につき強度ないし安全性の不足あるいは法令不適合の瑕疵が存し得ることをあらかじめ想定し、かつ、これらの存在し得る瑕疵については、買主の負担と責任で対処することとして、当事者間で、売主の担保責任免除の合意(以下「責任免除合意」という。)がされたものと認められる。
ひびA、ひびBとも、ひびが存する擁壁部分の崩壊の原因となり得ることを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、擁壁工事会社作成の概算・仮見積書での擁壁部分の補強対策の内容が、いずれも擁壁部分の全体的補強を図るものであることから、ひびA、ひびBは、それ自体が修補を要する独立の瑕疵というよりも、南側擁壁のうちコンクリート擁壁部分及び石積み擁壁部分の強度ないし安全性の瑕疵に包含される事象と見るべきものであり、責任免除合意の対象とされる南側擁壁の強度等の不足の瑕疵に該当するものと認められる。
したがって、ひびA、ひびBは責任免除合意の効果により、瑕疵担保責任は免除され、また、スラブについても、安全性等の性能に問題があるとはいえず、また、X1らが契約締結前に、スラブの存在を認識しており、隠れた瑕疵に該当する属性を見いだせない。
X1らは、Y1らが、ひびの存在及びスラブの老朽化について説明すべき義務を怠ったとも主張するが、責任免除合意の特約の記載によれば、X1らは、南東側擁壁を含む南側擁壁に瑕疵が存する蓋然性について、十分な説明を受けたものと認めるのが相当であり、また、スラブについても、安全性等の性能に問題があるとはいえないことなどに鑑みると、Y1らの説明義務違反は認めることができないというべきである。
3 まとめ
本件では、建物を再建築する場合、関係行政庁より、擁壁工事等につき指導を受ける場合がある、擁壁は検査済証が発行されていない等の特約があることが判決の判断材料となっており、宅建業者が擁壁のある物件を取扱う場合に参考とすべき判例と言えよう。
また、住宅建築を前提とした場合の擁壁に関する紛争においては、買主に同行した建築会社等の調査・見解が裁判において判断の参考とされることが多いため、宅建業者においては、極力、買主側に建築会社の同行を求めることが肝要と言えるであろう。
なお、本件では、がけ条例については触れられていないが、擁壁のトラブルの大半は、がけ条例と関連する場合が多く、がけ条例の説明義務違反により、売・買の媒介業者に連帯して2000万円強の擁壁築造費用の賠償責任が認められた判例(RETIO107-100)もあるので、参考とされたい。
最近の判例から
⑹−浸水被害の調査説明責任−
過去の浸水事故の調査説明義務違反があったとして売主業者と媒介業者への損害賠償請求が認められた事例
(東京地判 平29・2・7 ウエストロー・ジャパン) 西崎 哲太郎
戸建住宅を購入した買主が、引渡し後に地下駐車場への浸水事故があったことから、売主業者と媒介業者が過去の浸水事故の調査説明義務を怠ったとして、止水版設置費用や浸水事故があったことによる不動産価格減価分等の支払を両者に求め、請求の一部が認められた事例(東京地裁 平成29年2月7日判決一部認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
買主X(原告)は、平成25年12月、媒介業者Y1(被告)の媒介により、売主業者Y2
(被告)との間で、平成9年新築の地下1階駐車場、地上2階建ての中古住宅(Y2が競売にて取得した物件)つき、売買代金1億 700万円で売買契約を締結し、平成26年1月に代金支払いのうえ引渡しを受けた。
売買契約前、内見の翌日にXはY1に、地下駐車場と地下玄関の間に高さ90㎝の仕切りが設置されていることから駐車場内の浸水を心配して排水状況を問い合わせたが、Y1は
「平成17年の集中豪雨の際にも駐車場内に雨水の侵入はなかった」「排水ポンプが正常に作動することを確認した」と回答していた。また、Y2が作成した物件状況確認書(告 知書)では、浸水等の被害の有無につき「知
らない」と記されていた。 Xが本件不動産の購入後、少なくとも平成
26年7月及び同年9月、地下駐車場に雨水が流入する浸水事故が発生したため、Xは自動式止水版を設置して526万円余を支出した。
その後、Xが市役所に本件不動産の浸水履歴に関する個人情報開示請求を行ったところ、平成17年9月に本件地下駐車場において浸水事故があったことが判明した。
Xは、Y1・Y2(以下、「Yら」という)が不動産の売買契約ないし仲介契約上なすべき本件不動産の浸水被害に関する調査を怠り、事実に反する説明をしたため、これらの事実を認識しないまま本件不動産を購入し、損害を被ったとして、自動式止水版設置工事 526万円、本件不動産評価損535万円、自動車修理費用35万円、慰謝料500万円、弁護士費用150万円等、総額1,663万円余の損害賠償を求める訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、Yらの本件不動産の浸水履歴に係る説明義務違反を認め、以下の通りXの損害賠償請求を一部認容した。
⑴ Yらの調査・説明義務違反の有無
浸水事故が発生するような場所的・環境的要因からくる土地の性状は、その地域の一般的な特性として、当該土地固有の要因とはいえない場合も多い上、そのような性状は、同土地の価格形成の要因として織り込まれている場合も多いと考えられるのであるから、浸水履歴について説明義務があるというためには、浸水事故が発生する可能性について説明義務があることを基礎づける法令上の根拠や具体的事情等があり、また、そのような事態の発生可能性について、仲介業者等が情報を
入手することが可能であることが必要と解される。
本件においては、Xは、本件不動産の内見の翌日、地下駐車場と建物出入口との間に設置されている敷居につきY1に問い合わせた際、地下駐車場への雨水の流入について懸念を示しており、Y1としては、本件不動産の浸水事故に関するXの上記懸念を十分理解していたといえる。また、Y1は、原告からの上記指摘を受けて、実際に市役所へ問い合せ、少なくとも本件不動産所在の街区に浸水履歴があるとの回答を得ていたのであるから、本件不動産についても浸水事故発生の可能性があることを認識し得たものと解される。
そして、これらの事情に加え、地下駐車場の入口には排水ポンプが設置され、地下駐車場と建物出入口との間に敷居が設置されるなど、地下駐車場への雨水流入に対する対策とも考えられる設備が設置されていることに鑑みれば、Yらには、本件不動産の浸水履歴につきさらなる調査をし、正確な情報を原告に説明すべき義務があったというべきである。さらに、本件不動産の所有者であったY2 は、情報開示制度を利用して本件不動産の浸水履歴を容易に入手することができたと認められることを併せ考えると、売買契約締結に際し、被告らが、本件不動産所在の街区には浸水履歴があることを説明しなかったのみならず、Y2の前所有者の浸水事故はなかった旨の説明をそのまま信じ、本件不動産については、今まで浸水被害に遭っていないとの事実に反する説明をしたことについては、上記説明義務違反があるといわざるを得ず、売買契約上の債務不履行ないし不法行為が成立す
るというべきである。
⑵ Xが被った損害について
①Xは、本件売買契約締結に際し、同浸水履歴及び浸水被害の対策のための工事費用を考
慮して価格交渉する機会を奪われたのであるから、その損害額との相当因果関係が認められる。ただし、526万円を要した自動式止水版である必然性はなく、人力による簡易止水版設置工事費用212万円を相当の損害と認める。
②別の不動産業者の査定によれば、直近の浸水履歴を加味した本件不動産の査定価格と本件売買価格との差額は548万円となるところ、査定価格には一定の幅があることを勘案して、その50%に相当する274万円を損害と認める。
③その他、自動車修理費用35万円余、弁護士費用相当損害金として52万円を損害と認める。
④以上により、Y2らによる債務不履行ないし不法行為による損害金は574万5560円となり、当該損賠償債務はY1・Y2の不真正連帯債務となる。
3 まとめ
本事案では、Y1は市役所に浸水履歴の照会を行ったが、当該街区内での浸水履歴が存在する旨の回答は得られたものの、個別物件の浸水履歴の回答までは拒まれた経緯にあるようである。このような場合、現所有者(売主)であるY2と連携してY2から情報開示制度を申請して調査する方法が有り得たと裁判所は判示している。
近年、土地の有効利用の観点から地下室を設けたり、半地下形状としている物件が多くみられるが、これらの場合、台風や局所的集中豪雨により浸水被害が発生する可能性は当然に高まる。
取り扱う物件に浸水履歴を疑わせる事象がある場合、本裁判例を踏まえて宅建業者としては特に慎重な調査・説明が必要であろう。
(調査研究部主任調整役)
最近の判例から
⑺−浸水被害と瑕疵担保責任−
集中豪雨の際に建物の浸水被害が生じ得ることを買主は認識しており隠れた瑕疵に当たらないとされた事例
(東京地判 平28・12・8 ウエストロー・ジャパン) 西崎 哲太郎
購入建物において排水機能の瑕疵により浸水が生じ賃借人が退去するなどの損害を負ったとして、買主が売主に損害賠償を請求した事案につき、売主は重要事項説明において過去浸水被害が発生した事等を説明しており、隠れたる瑕疵にはあたらないとしてその請求を棄却した事例(東京地裁 平成28年12月8日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成25年10月、買主X(原告・個人)は売主Y(被告・宅建業者)より、本件土地及び建物(本件不動産)を4740万円で購入した。平成26年1月、Xは本件不動産をAに賃貸 したが、同年7月に浸水被害が発生し、同年
10月Aは本件建物から退去した。またXは、平成26年10月に本件建物をBに賃貸したが、平成27年5月と同年9月に浸水被害が発生し、同年11月にBは本件不動産から退去した。同年12月、YはXの要請により本件建物に
立ち入り、ユニットバスを解体して配水管等の調査を行ったが、浸水原因は判明せず、その後浴槽は外されたままの状態となった。
Xは、平成28年5月、本件不動産を第三者に5040万円で売却した。
XはYに対し、「①本件建物に排水ポンプが設置されていない瑕疵があり、そのため購入後3回の浸水事故が発生し借主が退去することとなった。②Yは浸水調査のためユニットバスを解体して退去したが、以降浴槽を取り外した状態で放置したことは不法行為に当
たる。」として、本件不動産の5か月半分の賃料に相当する158万円余の損害賠償を求める本件訴訟を提起した。
対してYは、「①本件建物の浸水事故は、異常な降雨量の局地的集中豪雨によるもので本件建物の瑕疵ではない。②排水ポンプは、地下排水設備に流入した雨水等を前面道路の公共排水設備へ流す補助機能を有するものに過ぎず、通常の排水能力の限界を上回るような局地的集中豪雨に対応することとは別次元の問題である。③本件売買前において局地的集中豪雨により浸水被害が発生したため、Yは本件建物に排水逆流防止弁を追加設置し、 Xにそれらの事情を説明し、これを前提として売り出し価格より1240万円減額して本件売買契約を締結した経緯がある。よってX・Y間では、浸水被害が生じたとしても、Yは損害賠償責任を負わない旨の合意があった。④ Xが主張する浴槽の放置については、Yは修復工事をしようとしたがXの妨害工事によってできなくなったものである」などと主張した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ Xが本件不動産を購入して以降、本件建物に合計3回の浸水被害があったことは当事者間に争いがなく、Xは、これらの被害の発生は本件建物の瑕疵に基づくものであると主張するが、局地的集中豪雨の発生直後に本件
建物に浸水被害が発生する原因については、 Xの主張・立証を総合しても明らかではない。 Xは、本件建物が前面道路より下がった半
地下状の1階部分を有する建物であること、局地的集中豪雨によっても近隣の建物に同様に被害が生じていないことなどから、本件建物の排水ポンプ不設置が瑕疵であるとするようであるが、専門機関の調査によっても排水ポンプの排水能力と降雨量との関係が不明であり、直ちに排水ポンプの不設置をもって本件建物の瑕疵と断ずることは出来ない。
⑵ 浸水被害が本件建物の瑕疵によるものであるかの検討はひとまずおき、Y主張の担保責任を負わない旨の合意があったか、また、これが「隠れた」瑕疵に該当するかについてであるが、「①Yは平成25年3月に竣工した本件建物を、当初5980万円で売りに出していたこと、②本件売買前に局地的集中豪雨が発生し浸水被害が生じたため、Yは、対策として本件建物に排水逆流防止弁を追加的に設置したこと、③YはXに対し、重要事項説明書に前記浸水被害に関する事情等を比較的詳細に記載し、口頭でも同内容の説明をした上、代金額を1240万円値引いた価格で本件売買契約を締結したこと。」等の事実が認められる。
「浸水被害が生じてもYは損害賠償責任を負わない」とする旨の重要な合意が書面化されていないことからすれば、Y主張の賠償責任を負わない旨の合意があったとは認められないが、本件売買契約の締結において上記のような説明がされていることからすると、Xは、局地的集中豪雨の際には本件建物に浸水被害が生じ得る物件であることを十分認識していたというべきであり、仮に本件建物の浸水被害が建物の瑕疵によるものであるとしても、少なくともX・Y間に隠れた瑕疵があったということはできないことは明らかである。
⑶ 証拠によれば、Yは浸水原因の調査のみならず浴槽の再設置を含む本件建物の復旧工事の実施について誠実に取り組んでいたことが認められ、Xが主張するYが取り外した浴槽等を放置したとの主張を認めるに足りる証拠はない。
⑷ 以上により、Xの主張はいずれも理由がないことからこれを棄却する。
3 まとめ
当機構特定紛争処理案件においても、売主業者・仲介業者が浸水に関する説明を行わなかったとして紛争となった事案があり、平成 27年度第1号案件、平成15年度第7号案件、平成7年度第1号案件などにおいて、売主業者らが買主に解決金を支払うことにより和解されている。
本件は、売主が過去の浸水履歴や対応状況を詳細に説明していたことから、仮に浸水被害が本件建物の瑕疵にあたるとしても「隠れた瑕疵」に該当しないと判断されたものであり、重要事項説明での記載・説明の重要性が示されたものと言える。
本件では書面化されていないことから、Y主張の賠償責任を負わない旨の合意は否定されているが、「本件不動産には浸水被害の履歴があり、今後も発生する可能性があること」
「売買代金の減額により、買主はその旨を承知・承諾して購入するものであること」が契約書等において明記されていれば、本件のようなトラブル回避に、なお役立ったものと思われる。
最近の判例から
⑻−マンション分譲時の天井高の説明義務−
下り天井があることの説明義務を怠ったと主張する新築マンション購入者による分譲業者に対する損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 平29・1・16 ウエストロー・ジャパン) 中島 功二
売主(新築分譲マンション業者)からマンションを購入した買主(個人)が、売買契約の締結に当たり室内の下り天井の高さについての信義則上尽くすべき説明義務を怠ったとして、売主に不法行為に基づき損害賠償を求めた事案において、売主は、買主の意思決定に必要な説明義務を果たしていたとして、買主の請求を棄却した事例(東京地裁 平成29年 1月16日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成27年7月中旬完成予定の地上53階、地下2階建てのタワーマンション(本件マンション)の分譲業者である売主Yは、平成25年 7月中旬、買主Ⅹ(個人)との間で、本件マンション32階の一室である本件建物の売買契約(本件売買契約)を締結した。
本件建物は2LDKの間取りで、そのうち 4.5畳のベッドルーム(本件ベッドルーム)は、床面積にして約7.3平方メートルのうちの約 5.3平方メートルを占める部分の天井が下り天井となっており、本件ベッドルームの最高天井高が約2,550ミリメートルであるのに対して、下り天井部分の天井高は約2,150ミリメートルであった。
本件売買契約後、Xは本件マンション引渡し前の内覧会にて、初めて室内を見学した際、本件ベットルームの天井高の低さに驚き、Yに対し、圧迫感を感じさせられるほどの重要な事実について説明義務を怠ったと主張した。
しかし、Yは、「Xは、売買契約の締結に当たり具体的な購入動機等を示されておらず又、当社は、本件ベッドルームの天井に 2,150ミリメートルの下り天井部分が存在することについて図面にて正確な情報提供を行い、適切に説明していたことは明らかであって、何らの説明義務違反も存在しない」と主張した。
Xは、圧迫感を感じさせられるほどの重要な事実について、Yが本件建物の図面を含む図面集を交付しただけで、本件ベッドルームの床面積に対して3分の2もの大部分を高さ 2,150ミリメートルの下り天井が占めることなど具体的に説明義務を怠ったことは明らかであるとして、Yに対して、不法行為に基づき、慰謝料690万円の損害賠償を求め提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ Yは、Xがモデルルームを訪れた際に本件マンションの図面集を交付している。
その図面集においては、天井の一部が下り天井になっている場合がある旨、冒頭の1頁目で注意喚起するとともに、本件建物を含む各タイプの建物の平面図を各頁に掲載しており、本件建物と同じタイプの建物については、 1頁の紙面を割いて平面図を記載し、その平面図外右下の見やすい位置に天井高表を載せて、そこに各室の最高天井高を一覧化し、「下
り天井・・部分は除く。」と付記している。そして、天井高表から除外された下り天井
部分については、本件ベッドルームを含めて、その範囲及び天井高を平面図上に「CH= ・」という数値と点線(┄)の区画をもって正確に図示している。
加えて、Yは、本件建物購入の事前登録の申込に先立ち、Xに対し、図面集冒頭1頁の前記注意書き部分を「必ずご一読いただき、ご理解いただきますようお願い申し上げます。」と記載した重要事項説明の事前説明文書を交付しており、Xもこの事前説明文書の記載事項を確認した旨署名、提出している。
⑵ Xの主張する圧迫感において、こうした下り天井があることによって、本件ベッドルームを含めて、居宅建物としての通常の使用に支障が生じるものとは認められない。
また、上記のような圧迫感は、その感じ方に個人差があると考えられることに加えて、本リビングダイニングルームの下り天井部分の高さも、窓際の約2,150ミリメートルの部分を除けば、 約2,250ミリメートルないし 2,450ミリメートルであって、相応に圧迫感を感じさせる可能性があることや、天井高表によれば、下り天井でない部分でも天井高が約2,000ミリメートルないし約2,250ミリメートルの部分があることが認められることからすると、圧迫感の程度も、本件建物全体で見れば相対的なものにすぎないといえる。
⑶ 以上の事情に照らせば、本件建物に下り天井部分が存在し、これにより居住者が圧迫感を感じるようなことがあり得るからといって、それが直ちに居住者に精神的苦痛を生じさせるような性質、程度のものであるということはできず、そうであれば、顧客から天井高に関する特段の要望や問い合わせ等があれば格別、そのような事情がないのであれば、下り天井部分の範囲や高さを正確に図示した
図面集を交付し、同図面集において下り天井の存在について注意喚起するとともに、事前登録時にも改めて図面集の表記に注意を促すという手立てを講じている本件においては、 Yが、XであるXの意思決定に必要な正確な説明を行ったと評価すべきである。
3 まとめ
本件は、新築マンションの契約時未完成であった天井高において売主業者が、事前に説明義務を果たしたか否かを争った事案である。
契約時未完成物件では、完成された物件を見て契約するわけではないので、完成時に買主のイメージと違ったことでトラブルが発生しやすい。このような天井高のトラブルの他に、眺望・床フローリングや室内等の色調・階段の高低差などでトラブルが生じやすい。完成物件と顧客のイメージとの乖離を減ら すには、本事案のように買主に対して、事前に注意喚起をし、さらに書面等で丁寧に説明することが重要である。そのような面において本事案は、新築分譲業者にとって参考とな
る事案と思われる。
類似の裁判例として、「マンションの空気孔の位置が低いことが隠れた瑕疵に当たるとした買主のその瑕疵に対して、品質、性能を欠いていると認められず、売主に対する損害賠償請求が棄却された事例」(東京地裁 平成 21年3月16日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)も見られる。
(調査研究部調査役)