〔岩波書店、1964 年〕144 頁など)。他方で、しかしながら、「社会通念上の不能」として語られているものの内実が「Nichtzumutbarkeit」(期 待不可能)であるとする見解(松坂佐一『民法提要 債権総論(第 4 版)』〔有斐閣、1984 年〕79 頁)や、「社会生活における経験法則または取引上の通念にし たがえば、債務者が履行を実現することについてもはや期待可能性がないということである」(於保不二雄『債権総論(新版)』〔有斐閣、1972 年〕 104...
民法(債権法)改正検討委員会 全体会議・第 1 読会
解説(参考資料)暫定版(2008/12/21 時点)
第3編 債権
第1部 契約および債権一般第1章 契約に基づく債権第4節 契約の効力
第2款 債務の不履行第 1 目 履行請求
[1]履行を請求することができない場合
2008/12/21
【Ⅰ-4-4】 (履行を請求することができない場合)
履行が不可能な場合その他履行をすることが契約に照らして債務者に合理的に期待できない場合、債権者は、債務者に対して履行を請求することができない。
〔関連条文〕新設
提案要旨
(1) 【Ⅰ-4-4】は、債権者が債務者に対して履行を請求することができない場合を掲げたものである(履行請求権そのものは、【Ⅰ-4-1】〔「債権者は、債務者に対し、債務の履行を求めることができる。」〕により基礎づけられる。)。
(2) 【Ⅰ-4-4】は、履行をすることが不可能な場合を一例とし、その他の場合を含め履行をすることが契約に照らして債務者に合理的に期待できない場合には、債権者が履行を請求することができない旨を述べたものである。履行することが合理的に期待できないかどうかは、契約内容に即して判断される。また、履行が期待できないことを理由に履行を請求することができないとされるためには、その期待不可能が客観的にみて合理的なものであることを要するものであって、たんに債務者の具体的・主観的な事情に照らすと履行をすることが期待できないというのでは足りない。
【Ⅰ-4-4】は、今日、「社会通念上の不能」として扱われている問題に関するものであるところ、現民法下では、履行することが債務者に合理的に期待不可能である場合も「社会通念上の不能」に含まれているとする見解がある一方で、「不能」概念と「期待不可能」概念とを区別する見解もある。しかし、不能概念に何を盛るかは別として、いずれの立場からも債務者にとって履行することが合理的に期待できない場合にまで債権者の履行請求を認める必要はないとする点では、違いがない。この意味で、【Ⅰ-4-4】は、現在の学説と実務に変更をもたらすものではない。
解説
1.債権者からの履行請求が否定される場合
【Ⅰ-4-1】で述べたように、債権には請求力が内在している。契約に基づいて債権者が債務者に対して履行請求することができることは、【Ⅰ-4-1】が基礎としているところである。しかし、いかに債権に請求力が内在しているといっても、個々の局面で、債権者が債務者に対して履行を請求することが否定されるべき場合がある。【Ⅰ-4-4】は、このような場合を定めたものである。
【Ⅰ-4-4】は、履行をすることが不可能な場合を一例とし、その他の場合を含め履行することが契約に照らし債務者に合理的に期待できない場合には、債権者が履行を請求することができない旨を述べたものである(なお、これ以外にも、条件・期限による制約もあるが、これについては、条件・期限に関する準則に従うことになる。)。
2.履行が不可能な場合
およそ履行が不可能な場合には、債権者は債務者に対して履行を請求することができない(履行が不可能な場合は、次の3に掲げた「履行することが契約に照らし債務者に合理的に期待できない場合」の一例である。)。
♣〔適用事例-1〕 Aは、Bに、自己所有の建物(甲)を売却した。引渡予定の日に、この建物が火災により焼失した。このとき、Bは、Aに対し、甲を自己に引き渡すよう請求することはできない。
3.債務の履行をすることが契約に照らして債務者に合理的に期待できない場合
履行することが契約に照らして債務者に合理的に期待できない場合には、債権者は債務者に対して履行を請求することができない。
【Ⅰ-4-1】で述べたように、債権には債務者に対する請求力が内在している。しかし、具体的な局面において、契約に照らせば債務の履行をすることが債務者にとって合理的に期待できないときには、このような行動は契約のもとで債務者に期待されていないゆえに、債権者が契約を根拠として債務者に対し契約に照らして合理的に期待できない行為をするよう請求することは正当化できない。
現民法下での学説では、債務者にとって履行することが期待できない場合については、
「社会通念」ないし「社会の取引観念」という補助概念を用いて「不能」概念を柔軟化することにより、「不能」の問題として処理するものが一般的である(xxx『新訂債権総論』
〔岩波書店、1964 年〕144 頁など)。他方で、しかしながら、「社会通念上の不能」として語られているものの内実が「Nichtzumutbarkeit」(期待不可能)であるとする見解(xxxx『民法提要 債権総論(第 4 版)』〔有斐閣、1984 年〕79 頁)や、「社会生活における経験法則または取引上の通念にしたがえば、債務者が履行を実現することについてもはや期待可能性がないということである」(xxxxx『債権総論(新版)』〔有斐閣、1972 年〕 104 頁)とする見解が、伝統的な有力学説により説かれている。もっとも、両者は、債務
者にとって履行が期待できない場合に債権者の履行請求を認めない点では一致しており、処理の違いは「不能」概念を広く捉えるか、狭く捉えるかの違いによるところが大きい。いずれの立場からも、債務者にとって履行することが合理的に期待できない場合にまで債権者の履行請求を認める必要はないとする点では、違いがない。この意味で、【Ⅰ-4-4】は、現在の学説と実務に大きな変化をもたらすものではない。
履行することが合理的に期待できないかどうかは、契約内容に即して判断される。また、履行が期待できないことを理由に履行を請求することができないとされるためには、その期待不可能が客観的にみて合理的なものであることを要するものであって、たんなる債務者の具体的・主観的な事情にかんがみれば履行を期待できないというのでは足りない。
♣〔適用事例-2〕 Aは、Bに、指輪(甲。時価相当額にして 30 万円)を売った。甲を載せ、B宅へとバイクで配送していたAは、湖にかかる橋の上で運転を誤り転倒し、甲が湖の中に落ちてしまった。現在の科学技術では、湖底を探査し、指輪を発見して回収することは技術的に可能であり、そのための専門業者も存在しているが、これに要する費用は、 400 万円ほどである。このような場合、400 万円を支払っての甲の湖底からの回収は契約に照らし期待されるべきでないゆえに、Bは、Aに対して甲の引渡しを請求することができない。
♣〔適用事例-3〕 Aは、Bに、航空機用燃料 2 トンを売却し、3 か月後にBに引き渡すこととされた。ところが、契約から 2 週間後に中東と南米の産油国数カ国を巻き込む大規
模な紛争が勃発し、原油価格が 10 倍に高騰し、それに伴い航空機用燃料の価格も 15 倍に急騰した。Aのもとに在庫はないし、航空機用燃料の調達には困難を極めている。このような場合、中東と南米の産油国数カ国を巻き込む大規模な紛争を売買契約においてA・Bが想定してこのようなリスクをBが引き受ける旨の合意があれば格別、そうでなければ、 Bは、Aに対して航空機用燃料 2 トンの引渡しを請求することができない。
[2]履行請求と同時履行の抗弁権
【Ⅰ-6-1】 (履行請求と同時履行の抗弁権)
双務契約において、債権者が債務者に対して債務の履行を請求したとき、債務者は、債権者が反対債務の履行を提供するまで、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、反対債務が履行期にない場合は、この限りでない。
〔関連条文〕 現民法 533 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-6-1】は、履行請求に対する同時履行の抗弁権を規律したものである。
現民法 533 条に特段の変更を加えたものではない。
(2) 債務不履行を理由とする損害賠償請求権と同時履行の抗弁権に関しては、【Ⅰ-7
-1-1】(2)に準則を設けている。また、解除権と同時履行の抗弁権に関しては、【Ⅰ-
8-1-2】(1)に準則を設けている。
解説
双務契約において、同時履行の抗弁権は、履行請求権が問題となる場面では、債権者からの履行請求に対する抗弁として機能する。この点については、異論がない。それゆえ、ここでは、通説が同時履行の抗弁権の要件としてきたものを維持するのが適切である。
そこで、【Ⅰ-6-1】は、履行請求がされた場合の同時履行の抗弁権を規律した。現民法 533 条に特段の変更を加えたものではなく、同条を履行請求がされた場面に特化して記
述したまでである。このことを受けて、現民法下で民法 533 条に依拠して論じられている債務不履行を理由とする損害賠償請求権と同時履行の抗弁権に関しては、【Ⅰ-7-1-
1】(2)に準則を設けている。また、解除権と同時履行の抗弁権に関しては、【Ⅰ-8-1
-2】(1)に準則を設けている。
[3]履行請求と不安の抗弁権
【Ⅰ-6-2】 (履行請求と不安の抗弁権)
(1) 双務契約において、債権者が債務者に対して債務の履行を請求したとき、債務者は、債権者の信用不安に伴う資力不足その他両当事者の予期することができなかった事情が契約締結後に生じたために反対債務の履行を受けることができなくなる具体的な危険が生じたことを理由に、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、債権者が相当の担保を提供した場合は、この限りでない。
(2) (1)に掲げた事情が契約締結時に既に生じていたが、債務者がこのことを合理的な理由により認識することができなかった場合も、(1)と同様とする。
〔関連条文〕
(1)・(2)とも新設 (現民法 1 条 2 項)
提案要旨
(1) 【Ⅰ-6-2】(1)は、双務契約において、債権者(A)が債務者(B)に対して債務の履行を請求したとき、債務者(B)は、契約締結後に、債権者(A)の資産・信用状態等が悪化したために資力が不足するなど、自己の反対債権の履行を受けることへの具体的な危険が生じたことを理由として、自己の債権を保全するため、みずからが債権者(A)に対して負担している債務の履行を拒絶することができることを認めたものである。
もっとも、自己(B)の債権の危殆化を解消するような内容の担保提供が債権者(A)
からされたときには、危険が回避されたものと評価できるため、債権者(B)に債務の履行拒絶権は認められるべきではない。【Ⅰ-6-2】(1)のただし書きは、このような考慮から、相当の担保が提供された場合の履行拒絶権の消滅を定めたものである。
(2) 【Ⅰ-6-2】(2)は、債権者(A)の資力不足等の事情により債務者(B)が自己の反対債権の履行を受けられないことについての具体的な危険が契約締結時に既に生じていたが、このことを債務者(B)が認識できたのが契約締結後であった場合についても、同様の処理をすることを認めたものである(認識の主体を債権者としたのは、上記の具体的危険を債権者〔A〕は認識していたが、これを隠蔽したり、債務者〔B〕に告げなかったために、この危険を債務者が認識できなかった場合にも債務者に履行拒絶権を認めるべきであるとの考慮に出たものである。)。
(3) これらは、いずれも、現民法下で、不安の抗弁権として論じられてきたものである。もとより、不安の抗弁権の理解についてはニュアンスのある諸説が主張されているところ、【Ⅰ-6-2】は、すべての双務契約関係を対象として、債権者の資力低下等に伴う債務者の反対債権の危殆化という観点から問題を捉え、危殆化状態における債務の履行拒絶権という構成で準則を立てた。この準則によれば、たとえ債務者が先履行義務を負担していない場合でも、債権者からの履行請求に対して、債務者は、同時履行の抗弁権により履行を拒絶できる(この場合は、引換給付判決となる。)だけでなく、【Ⅰ-6-2】に基づく不安の抗弁権により履行を拒絶することができる(この場合は、債権者の敗訴判決となる。)。
もっとも、このような考え方に対して、同時履行の抗弁権が認められる状況下では、債務者としては同時履行の抗弁権によって自己の反対債権の履行を確保することができるのであるから、この場合に不安の抗弁権を認める必要はなく、むしろ不安の抗弁権が認められるのは、同時履行の抗弁権によっては債務者が防御できない場合、すなわち債務者が先履行義務を負担している場合に限られるべきであるとの考え方もある。この考え方によるときには、【Ⅰ-6-2】に掲げた準則中の冒頭部分が、「双務契約において、債務者が先履行義務を負担している場合に、・・・」という表現になる。ちなみに、後者の考え方をとるときには、債務者が先履行義務を負担していない場合には、債務者は同時履行の抗弁権によるべきであり、不安の抗弁権に依拠することができないことになる。
(4) なお、債務不履行を理由とする損害賠償請求権と不安の抗弁権に関しては、【Ⅰ-
7-1-1】(2)に規律を設けている。また、解除権と不安の抗弁権に関しては、【Ⅰ-8
-2-1】(1)に規律を設けている。
解説
1.履行請求権と不安の抗弁権
(1)契約締結後の資力不足等の発生と不安の抗弁権
【Ⅰ-6-2】(1)は、双務契約において、債権者(A)が債務者(B)に対して債務の履行を請求したとき、債務者(B)は、契約締結後に、債権者(A)の資産・信用状態等が悪化したために資力が不足するなど、自己の反対債権の履行を受けることへの具体的な危険が生じたことを理由として、自己の債権を保全するため、みずからが債権者(A)に
対して負担している債務の履行を拒絶することができることを認めたものである。
♣〔適用事例-1〕 AとBは、BがAに工作機械を売却する旨の契約を締結した。この契約において、1 か月後にBが工作機械を先に引き渡し、その後に、Aが代金を支払うことが約定された。工作機械の引渡しがされていない段階で、Aは、取引先倒産のあおりを受けて、資力不足の事態におちいった。この場合、Bは、Aからの工作機械の引渡しを拒絶することができる。
♣〔適用事例-2〕 AとBは、BがAに 5 年間にわたり一定数量の化粧品(α)を継続的に販売する契約を締結した。契約締結から半年が経過した頃、Aの経営状態が悪化し、信用が急激に悪化した。販売代金回収不能の危険に遭遇したBは、以後のαの出荷を拒絶(停止)することができる。
(2)契約締結時に既に存在していた資力不足等の事後的判明と不安の抗弁権
【Ⅰ-6-2】(2)は、債権者(A)の資力不足等の事情により債務者(B)が自己の反対債権の履行を受けられないことについての具体的な危険が契約締結時に既に生じていたが、このことを債務者(B)が認識できたのが契約締結後であった場合についても、同様の処理をすることを認めたものである(認識の主体を債権者としたのは、上記の具体的危険を債権者〔A〕は認識していたが、これを隠蔽したり、債務者〔B〕に告げなかったために、この危険を債務者が認識できなかった場合にも債務者に履行拒絶権を認めるべきであるとの考慮に出たものである。)。
♣〔適用事例-3〕 AとBは、BがAに工作機械を売却する旨の契約を締結した。この契約において、1 か月後にBが工作機械を先に引き渡し、その後に、Aが代金を支払うことが約定された。工作機械の引渡しがされていない段階で、Bは、契約締結時点で既にAが資力不足におちいっていた事実を知った。Aの資産状況は、Aの元経理担当役員によりAの関係者にもわからないほど巧妙に隠されていたものであった。このような場合、Bは、代金の支払を拒絶することができる。
総じて、【Ⅰ-6-2】は、これまで不安の抗弁権として論じられてきた問題に関する準則である。
2.不安の抗弁権の基礎にある考え方
(1)「先履行の合意」の効力を剥奪するものとして、不安の抗弁権を位置づけるもの
不安の抗弁権は「先履行の合意」が存在する場面において認められるものであって、「先履行の合意」は先履行義務者(B)による後履行義務者(A)に対する信用供与に基礎を置くものと捉える立場である。そして、この合意の基礎となった信用供与を喪失させる事情が生じたときには、「先履行の合意」にもかかわらず、先履行義務者(B)が後履行義務者(A)からの履行請求を拒絶することができるとする。
この立場からは、債務者が先履行義務を負担していない場合には、債務者は不安の抗弁
権に依拠することができない。同時履行の抗弁権が認められる状況下では、債務者として は同時履行の抗弁権によって自己の反対債権の履行を確保することができるのであるから、この場合に不安の抗弁権を認める必要はなく、むしろ不安の抗弁権が認められるのは、同 時履行の抗弁権によっては債務者が防御できない場合、すなわち債務者が先履行義務を負 担している場合に限られるべきだからである(比較法的には、ドイツ民法〔新旧とも〕の 条文が、こうした考え方を基礎とした構成を採用している。)。
(2)自己の反対債権の保全という観点から、債務者の不安の抗弁権を位置づけるもの
不安の抗弁権を、債務者(B)が有する反対債権の危殆化という観点から捉える立場である。契約による自己の債権の履行を相手方から受ける地位が危ういものとなったとき、この者(B)としては、自己の債権を保全する措置として、みずからが債権者(A)に対して負担している債務の履行を拒絶することができるという枠組みで、不安の抗弁権を捉えるものである(比較法的には、スイス債務法、アメリカ法、ヨーロッパ契約法原則、ユニドロワ国際商事契約原則が、こうした考え方を基礎としている。)。
この立場からは、不安の抗弁権が問題となる場面は、異時履行の関係が認められる場面
(先履行義務が存在している場面)に限定されない。たとえ債務者が先履行義務を負担していない場合でも、債権者からの履行請求に対して、債務者は、同時履行の抗弁権により履行を拒絶できる(この場合は、引換給付判決となる。)だけでなく、不安の抗弁権により履行を拒絶することができる(この場合は、債権者の敗訴判決となる。)。
(3)本準則の立場
【Ⅰ-6-2】は、上記のうち、(2)の立場、すなわち、すべての双務契約関係を対象として、債権者の資力低下等に伴う債務者の反対債権の危殆化という観点から問題を捉え、危殆化状態における債務の履行拒絶権という構成で準則を立てた。
もっとも、このような考え方に対して、(1)の立場をとるときには、【Ⅰ-6-2】に掲げた準則中の冒頭部分が、「双務契約において、債務者が先履行義務を負担している場合において」という表現になる。
3.両当事者の予期することのできなかった事情
履行請求をした債権者の資力不足等が当初の契約において両当事者により予期されていたときには、債務者としては反対債務の履行を得られないリスクを覚悟のうえで契約関係に入ったのであるから、このことを理由に履行を拒絶することは認められるべきではない。
【Ⅰ-6-2】の「両当事者の予期することのできなかった事情」という表現は、このことをあらわしたものである。
4.反対債権の履行を受けられなくなる具体的危険の存在
不安の抗弁権が認められるためには、履行請求をした債権者の信用不安や財産状態の悪化等による資力不足その他の理由により、債務者が反対債権の履行を受けられなくなる具体的な危険が生じていることが必要である(履行を受けられないかもしれないとの単なるおそれが存在しているだけでは足りない。)。とりわけ、不安の抗弁権が現実に行使される
多くの場合は、企業間の基本契約に基づく継続的な取引関係において買主に信用不安が生じた場合であり、特定の売主からの製品供給への依存度が高い企業にとって出荷停止は致命的な打撃となりうるので、不安の抗弁権の中核となるこの要件は厳格に判断される必要がある。
5.相当の担保を提供することによる抗弁権の消滅
【Ⅰ-6-2】(1)の本文(および【Ⅰ-6-2】(2))により債務者に履行拒絶権を発生させるような事態が生じた場合でも、自己の反対債権の危殆化を解消するような内容の担保提供が相手方(債権者)からされたときには、履行拒絶権を認める意義が失われる。相手方(債権者)が相当の担保を提供したときには、自己の債権の危殆化状態が回避されたものと評価しうるため、債務者の履行拒絶権は認められるべきではない。【Ⅰ-6-2】 (1)のただし書きは、このような考慮から、相当の担保が提供された場合の履行拒絶権の消滅を定めたものである。同様のことは、学説でも承認されているところである。
6.損害賠償請求権・解除権と不安の抗弁権
債務不履行を理由とする損害賠償請求権と不安の抗弁権に関しては、【Ⅰ-7-1-1】 (2)に規律を設けている。また、解除権と不安の抗弁権に関しては、【Ⅰ-8-2-1】(1)に規律を設けている。いずれの場面でも、不安の抗弁権は損害賠償請求権・解除権の発生障害要件として機能する。
第3目 代償請求権
[1]代償請求権
【Ⅰ-7-14】 (代償請求権)
債務者の下で【Ⅰ-4-4】に定める事由が生じた場合において、債務者がこれと同一の原因により履行の目的物に代わる利益又は権利(以下、代償という。)を得たとき、債権者は、代償の価値が目的物の価値を上回らない限度で、債務者に対し、
代償の移転を請求することができる。
〔関連条文〕
新設 (なお、現民法 536 条 2 項ただし書き)
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-14】は、代償請求権に関する準則である。【Ⅰ-4-4】によれば、履行をすることが不可能な場合その他履行することが契約に照らして債務者に合理的に期待できない場合には、債権者が履行を請求することができない。この場合に、履行不可能・期待不可能を生じさせたのと同一の原因によって、債務者が履行の目的物に代わる利益や権利を取得した場合、債権者は、債務者が得た利益や権利(代償)の移転を請求することができる。
この準則は、民法典に規定がないものの、今日、履行不能の場合における代償請求権として認められているものである。代償請求権は、履行を義務づけられていた債務者が履行の目的物に代わる価値代償物(代償)を保持しているときには、債権者は、債務者に対してこの価値の移転を求めることができるとすることにより、債権者に目的物を得たのと同等の価値的状態を確保するとの目的で認められているものである。【Ⅰ-7-14】は、こうした今日の支配的立場を採用し、【Ⅰ-4-4】と平仄をあわせたうえで、準則として立てたものである。
なお、何が代償にあたるかは、解釈にゆだねられる。また、代償請求権は、履行が不可能・期待不可能となった場合に債権者が目的物を得たのと同等の価値的状態を確保するためのものであることにかんがみれば、こうした代償請求権の目的に照らし、債務者の得た代償が目的物の価値を上回らない限度で代償の移転を認めるのが相当である。それゆえ、
【Ⅰ-7-14】では、「代償の価値が目的物の価値を上回らない限度で」という上限を画している。
(2) 【Ⅰ-7-14】は、【Ⅰ-4-4】に掲げる事態が生じたときに債権者が債務者に対し履行に代わる損害賠償を請求することができるかどうかに関係なく、代償請求権を認めている。これは、債務者のもとに代償が存在する場合には、債務者が損害賠償責任から免責されるかどうかに関係なく――損害賠償について免責事由があったとしても――代償を債権者に得させることによって、目的物を得たのと同等の価値的状態を債権者に実現
することで債権者の利益(給付利益)を確保すべきであるとの考え方に依拠している。 もっとも、これに対しては、いくら代償であるとはいえ、本来の給付と異なる財貨を移
転することを求めるのは債務者の財産管理権に対する干渉となるため、その行使の機会はできるだけ制限されるべきであるとの理由から、代償請求権は他の方法がない場合に限って認められるべきであるとの見解もある(代償請求権の補充性を認める立場がこれである。)。後者に依拠するならば、【Ⅰ-7-14】の準則中に、「履行に代わる損害賠償を請求することができない限りにおいて」という旨の文言が付加されるべきことになる。
(3) 以上の考え方とは異なり、代償請求権を次のような観点から捉える考え方もある。それは、双務契約において一方の債務の履行が不可能・期待不可能となった場合において、債権者が契約を維持する(解除をしない)との決定をしたときに、債権者には自己の反対債務の履行をする義務が残るところ、このような場面での双務契約における対価的均衡(給付と反対給付の均衡)を確保するため、債務者に対する代償請求権を認めるべきであるというものである。
この考え方によれば、代償請求権が認められるのは双務契約の場面に限定され(したがって、贈与など片務契約の場合には代償請求権が否定される。)、債権者が履行に代わる損害賠償請求権を債務者に対して有する場合には代償請求権が認められる必要がなく、また、移転される代償について目的物の価値を上限とする必要もないということになる。この考え方をとる場合には、代償請求権の準則は、「双務契約において、一方の当事者は、相手方の下で【Ⅰ-4-4】に定める事由が生じた場合において、相手方がこれと同一の原因により履行の目的物に代わる利益又は権利を得たときには、履行に代わる損害賠償を請求することができず、かつ自らの反対給付を維持する限りにおいて、相手方に対し、その利益又は権利の移転を請求することができる。」という内容のものとなる。
解説
1.履行の不能・期待不可能と代償請求権
有効に成立した債権の履行が不能となった場合に、債権者は、もはや本来の給付の実現を請求することができない。しかし、履行不能を生じさせたのと同一の原因によって、債務者が履行の目的物に代わる利益や権利を取得した場合、債権者は、債務者が得た利益や権利(代償)の移転を請求することができる。これが、代償請求権に関する従前の一般的な定義である。
この準則は、民法典に規定がないものの、今日、履行不能の場合における代償請求権として認められているものである(なお、判例でも代償請求権が承認されているというのが一般的な理解であるが、そこで引用される最高裁判決〔最判昭和 41 年 12 月 23 日民集 20
巻 10 号 2211 頁〕の意義と射程に関しては、種々の議論がある。)。それによれば、代償請求権は、履行を義務づけられていた債務者が履行の目的物に代わる価値代償物(代償)を保持しているときには、債権者は、債務者に対してこの価値の移転を求めることができるとすることにより、債権者に目的物を得たのと同等の価値的状態を確保するとの目的で認められる。【Ⅰ-7-14】は、こうした今日の支配的立場を採用し、【Ⅰ-4-4】と平仄をあわせたうえで、準則として立てたものである。なお、何が代償にあたるか(たとえ
ば、損害保険金請求権は代償といえるか。)は、解釈にゆだねられる。
♣〔適用事例-1〕 Aは、Bに、代金完済までの所有権留保つきで絵画(甲)を売った。 Bへの引渡しがされる前に、Cが過失により甲を破損(全損)した。この場合に、Bは、 Aに対して甲の引渡しを請求することはできないが(【Ⅰ-4-4】にいう履行不可能)、 Bは、AがCに対して有する不法行為に基づく甲の交換価値相当額の損害賠償請求権の移転を、Aに対して求めることができる。
♣〔適用事例-2〕 Aは、Bに甲土地を売った。Bは、Aに代金の一部を先払いしている。その後、甲土地が収用の対象となった。Bは、Aが受領した土地収用にかかる補償金相当額の支払を求めることができる。
♣〔適用事例-3〕 Aは、Bに甲土地を贈与した。その後、甲土地が収用の対象となった。 Bは、Aが受領した土地収用にかかる補償金相当額の支払を求めることができる。
2.上限としての目的物の価値
代償請求権は、履行が不可能・期待不可能となった場合に債権者が目的物を得たのと同等の価値的状態を確保するためのものであることにかんがみれば、こうした代償請求権の目的に照らし、債務者の得た代償が目的物の価値を上回らない限度で代償の移転を認めるのが相当である。それゆえ、【Ⅰ-7-14】では、「代償の価値が目的物の価値を上回らない限度で」という上限を画している。
3.代償請求権の補充性について
【Ⅰ-7-14】は、【Ⅰ-4-4】に掲げる事態が生じたときに、債権者が債務者に対し履行に代わる損害賠償を請求することができるかどうかに関係なく、代償請求権を認めている。これは、債務者のもとに代償が存在する場合には、債務者が損害賠償責任から免責されるかどうかに関係なく――損害賠償について免責事由があったとしても――代償を債権者に得させることによって、目的物を得たのと同等の価値的状態を債権者に実現することで債権者の利益(給付利益)を確保すべきであるとの考慮に出たものである。
♣〔適用事例-4〕 Aは、Bに、代金完済までの所有権留保つきで甲建物を売った。Bへの引渡しがされる前に、AとCが甲建物を使用中に火を出し、甲が全焼した。この場合に、 Bは、Aに対して履行不可能を理由として履行に代わる損害賠償を請求することができるが、Bは、AがCに対して有する不法行為に基づく甲の交換価値相当額の損害賠償請求権の移転を、Aに対して求めることもできる。
もっとも、これに対しては、いくら代償であるとはいえ、本来の給付と異なる財貨を移転することを求めるのは債務者の財産管理権に対する干渉となるため、その行使の機会はできるだけ制限されるべきであるとの理由から、代償請求権は他の方法がない場合に限って認められるべきであるとの見解もある。代償請求権の補充性を認める立場がこれである。
後者に依拠するならば、【Ⅰ-7-14】の準則中に、「履行に代わる損害賠償を請求することができない限りにおいて」という旨の文言が付加されるべきことになる。
4.片務・無償契約と代償請求権:双務契約における対価的均衡確保のための代償請求権という理解について
代償請求権が認められるかどうかについて、次のような見解もある。それによれば、双務契約において一方の債務の履行が不可能・期待不可能となった場合において、債権者が契約を維持する(解除をしない)との決定をしたときに、債権者には自己の反対債務の履行をする義務が残るところ、このような場面での双務契約における対価的均衡(給付と反対給付の均衡)を確保するため、債務者に対する代償請求権を認めるべきであるというものである(前述した最高裁判決が代償請求権を説く際に現民法 536 条 2 項後段を援用している点に着目し、ここから、双務契約において危険負担につき債権者主義がとられている場面で、債務者が代償を取得した場合に、これを債権者に供与することにより当事者間の対価的均衡を確保するため、代償請求権が認められるべきであるとの帰結を導くものである。)。
この考え方によれば、代償請求権が認められるのは双務契約の場面に限定され(したがって、〔適用事例-3〕で示したような贈与など片務契約の場合には、代償請求権が否定される。)、債権者が履行に代わる損害賠償請求権を債務者に対して有する場合には代償請求権が認められる必要がなく(したがって、〔適用事例-4〕で示したような場合には、代償請求権が否定される。)、また、移転される代償について目的物の価値を上限とする必要もないということになる。そして、この考え方をとる場合には、代償請求権の準則は、「双務契約において、一方の当事者は、相手方の下で【Ⅰ-4-4】に定める事由が生じた場合において、相手方がこれと同一の原因により履行の目的物に代わる利益又は権利を得たときには、履行に代わる損害賠償を請求することができず、かつ自らの反対給付を維持する限りにおいて、相手方に対し、その利益又は権利の移転を請求することができる。」という内容のものとなる。
しかしながら、【Ⅰ-7-14】は、この考え方に立っていない。本解説の冒頭に掲げたように、片務・無償契約であれ、双務・有償契約であれ、債権者には履行の目的物に相当する価値の実現を受ける地位が保障されるべきであるから、債務者が履行の目的物に代わる価値を取得したのであれば、その価値代替物を債権者に移転することで債権者の満足を得させるべきであるとの観点から、代償請求権の制度を導入することを企図しているのである。
第4目 損害賠償
[1]債務不履行を理由とする損害賠償
【Ⅰ-7-1】 (債務不履行を理由とする損害賠償)
債権者は、債務者に対し、債務不履行によって生じた損害の賠償を請求することができる。
〔関連条文〕 現民法 415 条
提案要旨
【Ⅰ-7-1】は、債務不履行の効果として損害賠償請求権が発生することを示したものである。ここでは、債務不履行を理由とする損害賠償につき、債務不履行をxx的に捉える考え方を基礎としている。
解説
【Ⅰ-7-1】は、債務不履行の効果として損害賠償請求権が発生することを示した者である。ここでは、債務不履行を理由とする損害賠償につき、債務不履行をxx的に捉える考え方を基礎としている。
債務不履行の捉え方としては、わが国では、履行遅滞・履行不能・不完全履行という3類型で説明をするものが支配的地位を占めてきた。しかし、このような3分類に対しては、 (a)(それが特殊ドイツ的であるとの批判のほか)すべての債務不履行事例を包摂できないものであること(たとえば、履行拒絶事例)、(b)ひとつの不履行事例が複数の類型に分類可能なことがあるため法技術的に不適切であること、(c)不完全履行とされるものに多様なものが含まれうるため不完全履行概念は空虚な集合名詞にすぎないことなど、多くの批判が投げかけられてきた。
【Ⅰ-7-1】は、これらの批判を踏まえ、債務不履行というxx的な把握をすることを基本とするものである。もとより、個々の制度または個々の契約類型において特定の不履行類型にのみ妥当する準則が認められるときには、それぞれの局面で類型的処理をおこなうことを否定するものではない。
[2]損害賠償の免責事由――契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償の場合
【Ⅰ-7-1-1】 (損害賠償の免責事由――契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償の場合)
(1) 契約において債務者が引き受けていなかった事由により債務不履行が生じたときには、債務者は【Ⅰ-7-1】の損害賠償責任を負わない。
(2) 債務者が【Ⅰ-6-1】又は【Ⅰ-6-2】に定められた抗弁権を有しているときには、債務者は【Ⅰ-7-1】の損害賠償責任を負わない。
〔関連条文〕
(1)につき、現民法 415 条
(2)につき、現民法 415 条・533 条(・1 条 2 項)
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-1-1】は、契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償における免責事由を定めたものである。
(2) 【Ⅰ-7-1-1】(1)は、次の考え方に立脚している。すなわち、債務者は、契約を締結することにより、債権者に対し債務を負担するという拘束を引き受けている(契約の拘束力。ここには、【Ⅰ-4-2】(1)が定めるところの、履行過程におけるxxx上の誠実行為義務――債務者は債務の履行にあたり、xxに従い誠実に行動しなければならない――も含まれる。)。ここで、債務者が契約に基づいて負担した債務を履行しなかったとき(債務不履行)、債務者は債権者に対して損害賠償責任を負う(【Ⅰ-7-1】)。もっとも、債務不履行をもたらした事態(不履行原因)が契約において想定されず、かつ、想定されるべきものでもなかったときには、債務不履行による損害を債務者に負担させることは、契約の拘束力から正当化できない。契約のもとで想定されず、かつ、想定されるべきものでもなかった事態から生じるリスクは、当該契約により債務者に分配されていないため、このような損害を債務者に負担させることは契約の拘束力をもってしては正当化できないからである。それゆえ、【Ⅰ-7-1-1】(1)では、当該契約において債務者が引き受けていなかった事由により債務不履行が生じた場合に、債務者は損害賠償責任を負わない(免責される)ものとした。
(3) ここで、「責めに帰すべき事由」という表現を避けたのは、「責めに帰すべき事由」という概念が、学理上、行為者の行動自由の保障を核としたドイツ型の「過失責任の原則」と結びつけられて論じられてきたことを考慮し、帰責原理面で「過失責任の原則」をとらないことを示すためである。言い換えれば、これにより、「およそすべての契約上の債権につき、債務者が『無過失』(『過失責任の原則』でいうところの無過失)を証明しさえすれば免責される。」などというルールを本改正提案が採用したと捉えられることを回避したものである。
(4) 【Ⅰ-7-1-1】(1)は、結果責任の意味での無過失損害賠償責任を契約上の債務不履行の場面で採用するなどという提案をしているものではない。【Ⅰ-7-1-1】(1)は、従前、「帰責事由がない」ことの主張をもって「無過失の抗弁」と捉え、かつ、そこでの「過失」の意味をドイツ型の過失責任の原則の意味する過失(Verschulden)として―
―しかも画一的に――捉えてきた通説に対し、契約上の債権において債務者が債務不履行責任から免責されるかどうかは契約に基づくリスク分配が基準になること、したがって、契約のもとで想定されず、かつ、想定されるべきものでもなかった事態から生じるリスクは当該契約により債務者に分配されていないため、このような場合には債務者が免責されるべきことを明らかにしたものである。ここでは、損害賠償からの免責の枠組みを、ドイツ型の「過失」・「無過失」から、契約のもとでの履行障害リスクの引受けへと変更したにすぎない。
【Ⅰ-7-1-1】(1)で示した考え方は、債務者が契約によりいかなる債務を負担したのかを確定したうえで、次に、どのような事態について債務者が損失の負担をしないでよいのかを契約内容に即して判断し、債務者の「責めに帰すべき事由」の有無を評価しようとしている従前の実務の処理方法を明確にすることこそあれ、これと矛盾するものではない。
(5) 【Ⅰ-7-1-1】(2)は、債務者が債務の履行をしないことが同時履行の抗弁権、不安の抗弁権により正当化されるときに、債務者は損害賠償責任を負わない(免責される。)ことを示したものである。この点に関しては、現民法下での学説および実務においても異論のないところである。今回の改正提案では、現民法 533 条と異なり、【Ⅰ-6-1】と
【Ⅰ-6-2】において、同時履行の抗弁権と不安の抗弁権を履行請求に対する抗弁事由の形で規律することとしたため、これらの抗弁権が損害賠償責任との関係で正当化事由(免責事由)になる点を別途に規律する必要が生じた。それゆえ、債権に同時履行の抗弁権や不安の抗弁権が付着しているときには、債務者による履行拒絶が正当化されるために債務者が履行しないことが正当化される(債務不履行を理由とする損害賠償責任を負わない。)という点を明らかにするため、【Ⅰ-7-1-1】(2)の準則を置いたものである。なお、【Ⅰ
-7-1-1】(2)は、これらの抗弁権、とりわけ同時履行の抗弁権に関する存在効果説と行使効果説をめぐる議論について、特定の立場から判断を下したものではない(この点に関しては、なお解釈にゆだねられている。)。
解説
1.本準則の対象
【Ⅰ-7-1-1】は、契約上の債務について、債務不履行を理由とする損害賠償責任が問題となる場合における債務者の免責を定めた準則である。その他の原因に基づいて発生した債務について、債務不履行を理由とする損害賠償責任が問題となる局面で債務者の免責をどのように考えるかについては、【Ⅰ-11-1】の解説を参照せよ(以下、本項目の解説中で債務不履行というときには、もっぱら契約上の債務の不履行を意味するものとする。)。
2.債務の不履行を理由とする損害賠償責任の正当化(損害帰責の根拠)
(1)学説継受後の支配的立場――過失責任の原則のもとでの行動自由の保障
債務不履行を理由とする損害賠償について、これまで、学説上では、明治末期以降、ドイツ民法理論を継受した学説において、「過失責任の原則」(Verschuldensprinzip)を基礎
とする立場が採用されてきた。そのうえで、債務者に故意・過失が存在した場合およびxxx上これと同視すべき事由が存する場合に、債務不履行を理由として債権者に生じた損害を債務者に帰責することが正当化されると考えられてきた。
この考え方は、債務者の行動の自由を保障するという観点から損害帰責の当否を問い、債務者の故意・過失またはこれと同視すべき事由がない場合に損害帰責を認めたのでは債務者の行動の自由を保護できないと捉え、こうした結論を導いたものである。
(2)本準則の立場――「契約の拘束力」の視点
契約上の債権にあっては、債務者は、契約を締結することにより、債権者に対し債務を負担するという拘束を引き受けている(契約の拘束力。ここには、【Ⅰ-4-2】(2)が定めるところの、履行過程におけるxxx上の誠実行為義務――債務者は債務の履行にあたり、xxに従い誠実に行動しなければならない――も含まれる。)。この場合において、債務者が契約に基づいて負担した債務を履行しなかったとき(債務不履行)、債務者は債権者に対して損害賠償責任を負う(【Ⅰ-7-1】)。
このように、契約上の債権において債務不履行による損害賠償が問題となる局面では、債務者は契約を締結することによって債権者に対し債務を負担している(規範的拘束を受けている)――契約により、一般的な行動の自由に対する制約を受けている――のであるから、およそ債務者の行動の自由の保障などという帰責の原理が妥当する状況にはない。契約により債務内容を実現することを義務づけられた結果として、その行動の自由におのずから制約がある債務者について、債務不履行により債権者に生じた損害の帰責を説くにあたり、行動の自由の保障を基礎に据えた「過失責任の原則」を損害帰責の根拠とすることには、理論的に問題がある。
ここでは、債務者が債務不履行を理由として損害賠償責任を負担するのは、契約による債務負担という拘束を受けた債務者が当該契約により義務づけられたことをおこなわなかったという点に求められるべきである。要するに、契約に拘束されていること――契約の拘束力――が、債務不履行を理由とする損害賠償責任を債務者に負わせることの根拠(帰責事由)となる。
それゆえに、また、契約により債務者が債権者に何を義務づけられていたのかという債務内容の確定が、ここでの損害帰責にとって第一の重要課題となる。
3.損害賠償責任からの免責①――「契約において債務者が引き受けていなかった事由」
(1)債務不履行をもたらした事態(不履行原因)が「契約において債務者が引き受けていなかった事由」である場合
1で述べたように、契約上の債権において、債務の履行がない場合に債務者は債権者に対し損害賠償責任を負うところ、この責任は契約の拘束力に基礎を置くものである。
このとき、いかに債務不履行が生じているとはいえ、その債務不履行をもたらした事態
(不履行原因)が契約において想定されず、かつ、想定されるべきものでもなかったときには、債務不履行による損失を債務者に負担させることは、契約の拘束力から正当化できない。そのような事態が発生するリスクを債務者が引き受けることは、当該契約のもとで考慮されていないものと評価されるべきだからである。したがって、この場合には、債務
者は、損害賠償責任を免れることができる。
【Ⅰ-7-1-1】(1)は、契約上の債務(【Ⅰ-4-2】(1)の定める履行過程におけるxxx上の誠実行為義務を含む。)につき、債務不履行を発生させた原因が「契約において債務者が引き受けていなかった事由」である場合に損害賠償責任からの免責を認めることで、このことを明らかにするものである。
♣〔適用事例-1〕 Aは、BからBが製造販売する「神戸牛ロース味噌づけ」セットを 500 個購入した。ところが、この商品に用いられていた牛肉は神戸牛ではなく、原産地も不明の乳牛の肉であることが判明した。Bは、xxの取引相手である大手の牛肉卸専門業者Cからこの商品用の肉を神戸牛として購入しており、この取引はCを完全に信用しての取引であった。しかし、Bは、Aからの債務不履行を理由とする損害賠償請求に対し、みずからの無過失を主張して免責を受けることはできない。
♣〔適用事例-2〕 Bは、Aに、コンピュータ・システムを発注した。このシステムの仕様は、家屋の購入を考えている者に対してBがその希望に合致する売り物件の詳細情報を発信できるという特別の仕様のものであった。このシステムの設計にあたっては、Bから Aに対して詳細な説明と指示が出され、それに応じてAはシステムを設計した。ところが、完成後に、このコンピュータ・システムは、システムの欠陥により、完全には機能しなかった。このような場合、Bがおこなった説明・指示の不適切さについてAが引き受けることは契約において予定されていないゆえに、Bからの損害賠償請求に対し、Aはこのことを主張・立証することにより、その責任を免れることができる(この例については、ヨーロッパ契約法原則 9:505 条のIllustration1 を参照)。
(2)「契約において債務者が引き受けていなかった事由」と「過失」との異同
【Ⅰ-7-1-1】(1)は、「契約において債務者が引き受けていなかった事由」をもって、債務者の損害賠償責任からの免責事由としている。この概念が、過失責任の原則に基礎を置く「過失」(Verschulden)の概念と異なる観点に出たものである点は、3で述べた
(「過失」の意味を従前の伝統的学説〔鳩山・xx・xx・xx・xxx〕が用いるのとは異なる意味で用いることは理論的にはありうるものの、同一概念を用いつつその語意のみを変えるというのは、伝統的学説のもとでの理解を蓄積してきた多くの民法学者、他分野の学者および実務家にもたらす混乱が大きいため、採用しがたい。)。
(3)「責めに帰すべき事由」という表現の回避
なお、ここで、「責めに帰すべき事由」という表現を避けたのは、この概念のわかりにくさ・多義的性質もさることながら、「責めに帰すべき事由」という概念が、伝統的学説において、学理上、行為者の行動自由の保障を核としたドイツ型の「過失責任の原則」と結びつけられて論じられてきたことを考慮し、帰責原理面で「過失責任の原則」をとらないことを示すためである。
言い換えれば、学説継受後のわが国の支配的民法学説において過失責任の原則のもとで認められてきた(ドイツ的な意味における)「無過失の抗弁」という考え方を本準則が追認
し、「およそすべての契約上の債権につき、債務者が『無過失』(『過失責任の原則』でいうところの無過失)を証明しさえすれば免責される。」などというルールを採用したと捉えられることを回避したものである。
3.結果責任の意味での無過失損害賠償責任主義との異同
(1)損害賠償からの免責の枠組み――契約のもとでの履行障害リスクの引受け
【Ⅰ-7-1-1】(1)では、結果責任の意味での無過失損害賠償責任主義を契約上の債務の不履行の場面で採用するなどという提案をしているものではない。【Ⅰ-7-1-1】 (1)は、「帰責事由のない」ことをもって「無過失の抗弁」と捉え、かつ、そこでの「過失」の意味をドイツ型の過失責任の原則の意味する過失(Verschulden)として――しかも画一的に――捉えてきた学説継受以降の通説に対し、契約上の債権において債務者が債務不履行責任から免責されるかどうかは契約に基づくリスク分配が基準になること、したがって、契約のもとで想定されず、かつ、想定されるべきものでもなかった事態から生じるリスクは当該契約により債務者に分配されていないため、このような場合に債務者は免責されるべきことを明らかにしたものである。ここでは、損害賠償からの免責の枠組みをドイツ型の「過失」・「無過失」から、契約のもとでの履行障害リスクの引受けへと変更したにすぎない(この意味で、【Ⅰ-7-1-1】(1)は、「帰責事由が不要の損害賠償責任」を債務不履行責任で採用すべきであるなどという提案をしているものではない。帰責事由という語を用いて表現するのであれば、現民法 415 条の損害賠償=「帰責事由を要件とした損害賠償」、改正提案の損害賠償=「帰責事由が不要の損害賠償」という対比ではなく、現民法 415 条の〔通説が理解する〕損害賠償=「過失を要件(帰責事由)とした損害賠償」、改正提案の損害賠償=「契約によるリスクの引受けを要件(帰責事由)とした損害賠償」という対比で捉えられたい。)。
(2)「契約において債務者が引き受けていなかった事由」と「不可抗力」との異同
「契約において債務者が引き受けていなかった事由」は、「不可抗力」概念とも、観点を異にするものである。不可抗力とは、(論者によるニュアンスがあるものの)一般には、「外部から生じた原因であり、かつ防止のために相当の注意をしても防止できない事件」と定義されている。そこでは、人の力による支配・統制を観念することができる事象(自然現象・社会現象)か否かが基準とされているのであって、厳密にいえば、「契約によるリスク分配」という観点からの免責事由の立て方ではない(なお、不可抗力概念において「契約によるリスク分配」を問題とする立場をとるのであれば、不可抗力概念は【Ⅰ-7-1-
1】(1)における「契約において債務者が引き受けていなかった事由」と軌を一にするところがある。しかし、不可抗力概念のこのような用法について、わが国で共通理解が形成されているわけではない。)。
【Ⅰ-7-1-1】(1)の「契約において債務者が引き受けていなかった事由」とは、上述のように、債務不履行をもたらした事態(不履行原因)が契約において想定されず、かつ想定されるべきでもなかった場面で、当該事態から生じる不履行による損失を債務者が引き受けることは「契約の拘束力」から正当化されないとの観点から捉えられるものである。ここでは、当該事由が契約において債務者が引き受けなかった事由か否かが、免責の
可否にとって決定的となる。免責事由自体が、個々の契約のもとで――当該契約の内容や契約締結に至った事情などから契約解釈を通じて――個別的・相対的に評価されるわけである。これと、およそ人の力による支配・統制を観念することができる事象か否かという観点から――個々の契約の内容や契約締結に至った事情などから切り離して――捉えられる免責事由である「不可抗力」とは、視点を異にする。
4.【Ⅰ-7-1-1】(1)を問題としなくてもよい場面
【Ⅰ-7-1-1】(1)は、【Ⅰ-7-1】のもとで債務不履行が認められたことを前提として、債務不履行をもたらした原因(不履行原因)が契約で想定されていなかったものであったときに、債務者を損害賠償責任から解放するものである――損害賠償責任の成立障害に関する準則としての【Ⅰ-7-1-1】(1)――。ところで、債務のなかには、その内容が履行過程の具体的状況下での事態を前提として、具体的事情に即して確定されるというタイプのものがある。診療債務に代表されるような誠意債務・最善努力義務・手段債務型の債務が、これである(【Ⅳ-5-2】において解説中で述べられている「役務提供者が締約で定めた目的または結果を実現するための一定の注意義務を負うことを約する場合」も参照。)。
この種の債務にあっては、【Ⅰ-7-1-1】(1)のもとで想定されている考慮は、既に、履行過程の具体的状況下での事態を前提として債務内容を確定し、債務不履行責任の成否を判断する際に取り込まれている。ここでは、帰責・免責の判断は、【Ⅰ-7-1】の準則のもとでおこなわれる債務の内容が何か、および債務の不履行があったか否かの判断に尽きる。その結果、この種の債務にあっては、【Ⅰ-7-1】のもとでの債務不履行責任の成否判断とは別に、【Ⅰ-7-1-1】(1)のもとでの判断をおこなう必要がない(ここでは、帰責と免責の判断とが一体的におこなわれる。)。
もっとも、このような理解をしつつも、なお、【Ⅰ-7-1】・【Ⅰ-7-1-1】(1)では、いわゆる結果債務・手段債務二分論を準則中に示していない。これは、結果債務・手段債務それぞれの定義ないし語意について債務二分論肯定論者・否定論者において一致をみていないこと、結果債務・手段債務二分論をどのような目的・観点から用いるのかについても諸説があること、結果債務・手段債務二分論を採用したときには全ての債務が結果債務か手段債務のいずれかに画一的に二分されることになる――中間的なものが認められない――のではないかとの懸念が学説では根強いこと(結果債務・手段債務混合型の債務があるのではないかとの批判、結果債務・手段債務二分論は債務内容や免責に関する問題の段階的処理〔債務内容や免責事由の柔軟な処理〕に問題を残すのではないかとの批判などがあること)を考慮したことによる。
もとより、以上に述べたことは、債務内容(債務の外縁・限界)を確定する「指針」として、ユニドロワ原則 5.1.4 条が採用しているような特定結果達成義務・最善努力義務に関する準則を設けることまで否定するものでない。また、特定の契約類型においてこのような債務二分論による処理が貫徹可能であるときに、当該類型において債務二分論を基礎とした規律群を設けることを否定するものでもない。
5.現民法 415 条下での実務との整合性
債務不履行を理由とする損害賠償に関する公表裁判例では、債務者の「責めに帰すべき事由」(さらに、「過失」)について、学理レベルでの「過失責任の原則」とは異なり、行動の自由をどこまで保障すべきかという観点からというよりは、むしろ、契約を締結し債務を負担した債務者が当該契約のもとで何を債務として負担したのか、そして、契約に照らせばどのような事態について債務者は免責されるのかという観点から、その有無を判断している。このことには、「責に帰すべき事由は故意過失より広い概念といってよい」とのxxxの説明(xxx『新訂債権総論』〔岩波書店、1964 年〕105 頁)が、少なからぬ影響を及ぼしているようにも感じられる。こうした実務による損害帰責に関する処理方法は、
【Ⅰ-7-1-1】(1)のように「契約において債務者が引き受けていなかった事由」と字句表現されることによって、そこでおこなわれている判断枠組みがより明確になることこそあれ、判断枠組みの質的転換が求められることになるものではない。今回の改正提案で否定しようとしているのは、もっぱら、過失責任の原則(Verschuldensprinzip)と結びつけられたドイツ的な過失(Verschulden)概念により帰責事由を説明する伝統的な学理体系(しかも、わが国における債権総論の主要学説が伝統的に基礎に据えてきたもの)である。
6.損害賠償責任からの免責②(債務不履行の正当化事由)――同時履行の抗弁権・不安の抗弁権
【Ⅰ-7-1-1】(2)は、債務者が債務の履行をしないことが同時履行の抗弁権、不安の抗弁権により正当化されるときに、債務者は損害賠償責任を負わない(免責される。)ことを示したものである。この点に関しては、現民法下での学説および実務においても異論のないところである。今回の改正提案では、現民法 533 条と異なり、【Ⅰ-6-1】と【Ⅰ
-6-2】において、同時履行の抗弁権と不安の抗弁権を履行請求に対する抗弁事由の形で規律することとしたため、これらの抗弁権が損害賠償責任との関係で正当化事由(免責事由)になる点を別途に規律する必要が生じた。それゆえ、債権に同時履行の抗弁権や不安の抗弁権が付着しているときには、債務者による履行拒絶が正当化されるために債務者が履行しないことが正当化される(債務不履行を理由とする損害賠償責任を負わない。)という点を明らかにするため、【Ⅰ-7-1-1】(2)の準則を置いたものである。
なお、【Ⅰ-7-1-1】(2)は、これらの抗弁権、とりわけ同時履行の抗弁権に関する存在効果説と行使効果説をめぐる議論について、特定の立場から判断を下したものではない。【Ⅰ-7-1-1】(2)は、同時履行の抗弁権・不安の抗弁権が存在しているときには履行拒絶が正当化され、したがって債務不履行責任が成立しないとみる立場からも、これらの抗弁権の効力が認められるかどうかは抗弁権を有する者の権利行使意思によるとみる立場からも、説明がつく。この点に関しては、なお解釈にゆだねられている。
[3]損害賠償の免責事由――契約以外の原因に基づいて発生した債務の不履行を理由とする損害賠償の場合
【Ⅰ-11-1】 (損害賠償の免責事由――契約以外の原因に基づいて発生した債務の不履行を理由とする損害賠償の場合)
契約以外の原因に基づいて発生した債務の不履行の場合に免責を認める規定が必要か否かについて、検討をおこなうこととする。
〔関連条文〕 現民法 415 条
提案要旨
(1) 「契約及び債権一般」に関する箇所に置かれた債務不履行を理由とする損害賠償の規律のなかには、もっぱら契約に基づく債権についての債務不履行を理由とする損害賠償のみを対象としたものがある。損害賠償の免責事由を定めた【Ⅰ-7-1-1】(1)と、損害賠償の範囲を定めた【Ⅰ-7-5】が、それである。
(2) このうち、【Ⅰ-7-1-1】(1)に対応する免責が契約以外の原因に基づいて発生した債務の不履行についても設けられる必要があるかどうかについては、①物の返還を目的とする不当利得類型については、物が滅失・損傷した場合に物の返還義務が(全部または一部の)価額返還義務に転化し、この価額返還義務については債務者の免責の余地がないこと(その結果、物の滅失・損傷による不当利得返還義務の債務不履行を理由とした損害賠償という構成をとるまでもなく、価値返還が可能となること)、②不法行為に基づく損害賠償債務の履行遅滞の場合のように、契約以外の原因に基づく債権における債務不履行を理由とする損害賠償については、およそ免責の余地が現実には観念しづらいこと、③そもそも法定の債務においては、債務を成立させるという評価のなかで、当該債務の不履行にかかるリスクを債務者に負担させるべきであるとの態度決定がされている(その結果、債務不履行があったと評価されたにもかかわらず、免責がされるということは、法定の債務のもとでのリスク分配と矛盾する)のではないかとも考えられる。
他方で、しかしながら、④物の引渡義務が天災地変のために履行遅滞に陥ったときの遅延賠償請求権の成否を考える際には、なお免責の余地があるのではないか、また、⑤金銭債務の場合にも、本改正提案におけるように損害賠償責任につき特別扱いをしないこととしたときには、なお免責の余地があるのではないかとも考えられる。
これら両面から、免責のための準則が必要か否か、また、必要であるとすれば、どのような準則を採用するか(「その他の債務において、債務の発生原因に照らせば債務者の負担とするのが相当でない事由によって債務不履行が生じたときには、債務者は損害賠償責任を負わない」といった類の準則にするか。)について検討する必要がある。
【Ⅰ-11-1】は、以上の理由から、免責のための規定が必要か否かの検討を促す方向を示したものである。
[4]履行遅滞を理由とする損害賠償
【Ⅰ-7-2】 (履行遅滞を理由とする損害賠償)
債権者は、【Ⅰ-7-1】のもとで、債務者に対し、次の各時点から起算して、履行遅滞を理由とする損害の賠償を請求することができる。
(ア) 債務の履行について確定期限があるときは、確定期限の到来した時
(イ) 債務の履行について不確定期限があるときは、その期限が到来したことを債務者が知った時、又は債権者が債務者に対して期限到来の事実を通知した時
(ウ) 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者が履行の請求を受けた時
〔関連条文〕 現民法 412 条
提案要旨
【Ⅰ-7-2】は、現民法 412 条に対応するものであり、その内容および同条の解釈論として支持されているところを踏襲したものである。それゆえ、現民法下での理論と実務に変更を加えるものではない。
解説
(1) 【Ⅰ-7-2】は、現民法 412 条に対応するものであり、その規律内容および同条の解釈論として支持されているところを踏襲したものである。
(2) なお、不法行為に基づく損害賠償請求権が履行遅滞に陥る時期として、今日の判例・通説は、(明確な論拠を示すことなく)これを民法 412 条 3 項の例外と捉え、不法行為時としている。しかし、研究者・実務家のなかでは、この判例法理に対する批判にも根強いものがある。そこで、今回の民法改正では不法行為法の改正には立ち入らない点にかんがみれば、不法行為に基づく損害賠償請求権が履行遅滞に陥る時期については、新たな準則を規定として新設することは避け、なお解釈にゆだねておくことが望ましい。それゆえ、(ウ)については、不法行為に基づく損害賠償請求権が履行遅滞に陥る時期についての規律を含めていない。
[5]履行に代わる損害賠償
【Ⅰ-7-3】 (履行に代わる損害賠償)
債権者は、次の各号に掲げる事由が生じたとき、【Ⅰ-7-1】のもとで、債務者に対し、履行に代わる損害の賠償を請求することができる。
(ア) 履行が不可能なとき、その他履行をすることが契約に照らして債務者に合理的に期待できないとき
(イ) 履行期の到来の前後を問わず、債務者が債務の履行を確定的に拒絶する意思を表明したとき
(ウ) 債務者が債務の履行をしない場合において、債権者が相当の期間を定めて債務者に対し履行を催告し、その期間内に履行がされなかったとき
(エ) 債務を発生させた契約が解除されたとき
〔関連条文〕新設
提案要旨
【Ⅰ-7-3】は、債権者がどのような場合に履行に代わる損害賠償(填補賠償)を債務者に対して請求できるかに関して規律したものである。そのような場合として、履行が不可能または期待不可能な場合-(ア)-、債務者の意思に基づく確定的履行拒絶の場合
-(イ。履行期前の履行拒絶の場合を含む。)-、債務者が履行しない場合において催告後相当期間を経過した場合-(ウ)-、および債務を発生させた契約が解除された場合―(エ)
―をあげている。
(ア)では、現民法下での理論を踏まえたうえで、【Ⅰ-4-4】に沿って準則を立てている。(イ)については、履行期前の履行拒絶の場合に填補賠償を認めることは、この問題を意識的に論じる文献中で承認されているところである。(ウ)も、学説では疑義を示すものが一部にあるものの、過去の大審院裁判例のもとで承認されているものである(。エ)は、現民法下での解釈論を踏襲するものである。
解説
1.履行の不可能・期待不可能および契約解除による填補賠償請求権
今日の学説・実務によれば、債務の履行が不能の場合、または債務を発生させた原因である契約が解除されたときには、債権者は、債務者に対して、履行に代わる損害賠償(填補賠償)を請求することができる。今回の改正に際しても、このルールについて基本的に変更を加える必要はない。【Ⅰ-7-3】の(ア)と(エ)は、この旨を定めたものである。もっとも、【Ⅰ-7-3】の(ア)では、履行が不可能な場合その他履行をすることが債 務者に合理的に期待できない場合としている。これは、【Ⅰ-4-4】と平仄をあわせたこ
とによる。
2.確定的不履行による填補賠償請求権
わが国の伝統的理論は、履行が可能であるにもかかわらず債務者が履行をしない場合に、履行遅滞を理由とする損害の賠償(遅延損害の賠償)は認めるものの、この状況下で履行に代わる損害賠償(填補賠償)を認めることには消極的である。わが国の民法および民法
学は遅れた履行に対して寛大であり、填補賠償が認められるためには債務を発生させた契約の解除を待たなければならないとの立場が支持されているのである。そして、その背後には、履行請求権が履行不能または解除を原因として、填補賠償請求権(履行に代わる損害賠償の請求権)に転形する(したがって、「履行請求権が存続している状況下では、填補賠償請求権は発生しない。)との理解――履行請求権と填補賠償請求権の両立の否定――がある。
その一方で、従前より、債務の本旨に従った履行がされない状況下で、債権者が債務者に対して相当期間を定めて履行の催告をし、期間内に履行がされないときには、債権者は債務者に対し、填補賠償を請求することができることが認められている。大審院判決でも、この旨を示すものがある(大判昭和 8 年 6 月 13 日民集 12 巻 1437 頁)。
たしかに、多くの債務不履行の事例では、債権者としては、履行がされないのであれば相当期間を定めて催告をし、相当期間が経過したときに契約を解除し、填補賠償を請求すれば足りる。それゆえに、この種の準則は無用であるかにみえる。しかし、債権者がみずからの負担した給付義務(反対債務)を維持しつつ、相手方からの給付については履行に代わる損害賠償(填補賠償)を獲得することに利益を有する場面では、契約の解除をしないで、履行が遅延した後に相当期間つきの催告をしてその期間が経過すれば填補賠償を請求できる可能性を債権者に認めてやる意味がある(たとえば、特定物と特定物の交換契約の場合。次の〔適用事例-1〕)。
さらには、履行期到来の前後を問わず、債務者が履行拒絶の意思を確定的に表明した場合にも、解除を待つまでもなく、債権者が債務者に対して填補賠償を請求することを認めてよい。従前の学説でも、履行拒絶類型を自覚的に論じる立場からは、履行期前または履行期後に債務者が債務の履行をその真意に出て終局的・確定的に拒絶した場合には、履行不能の場合に準じて履行に代わる損害賠償が認められてよいとされている。
そこで、【Ⅰ-7-3】の(イ)と(ウ)は、①債務者の意思に基づく確定的履行拒絶の場合(履行期前の履行拒絶の場合を含む)と-(イ)-(〔適用事例-2〕)、②債務者が履行しない場合において催告後相当期間を経過した場合-(ウ)-(〔適用事例-1〕)にも、債権者が債務者に対して填補賠償(履行に代わる損害賠償)を請求することができるものとした。これらは、講学上で、確定的不履行といわれることもある場合である。
♣〔適用事例-1〕 AとBは、4 月 4 日に、Aが所有している絵画(甲)とBが所有している壷(乙)を交換することで合意した。その際、甲・乙の引渡しは 6 月 6 日におこなわれることが約定された。6 月 6 日にAがB宅に甲を持参したところ、Bは、甲の受取りと乙の引渡しを拒んだ。現在は、7 月 7 日である。Aとしては、もはや不用になった甲をBに引き取ってもらいたいし、そのうえでBから乙の価格相当額の賠償金を得たい。それゆえ、甲・乙の交換契約を解除したくない。この場合、Aは、Bに対して、相当期間を定めて乙を引き渡すよう催告をし、これでもなおBが引き渡さなければ、乙の価格相当額の賠償を請求することができる。
♣〔適用事例-2〕 Aは、Bから絵画(甲)を 4 月 4 日に代金 500 万円で購入した。そ
の際、甲の引渡しは 4 月 30 日におこなわれることが約定された。4 月 18 日になって、B
はAに連絡を入れ、4 月 4 日の売買契約はなかったことにしてくれといい、30 日に予定されている甲の引渡しはAからの請求があっても絶対におこなわないと表明した。現在は、 4 月 22 日である。この時点で、Aは、確定的履行拒絶を証明することにより、Bに対し、甲の価値相当額の賠償を請求することができる。
3.履行請求権の優位性
【Ⅰ-7-3】の(イ)と(ウ)に該当する場合には、債権者は――契約が解除されていない以上、また履行が不可能・期待不可能となっていない以上――債務者に対する履行請求権を失うものではないが、履行請求権とともに、填補賠償請求権をも手にすることになる。(イ)と(ウ)に該当する場合には、債権者としては、履行請求をしてもよいし、填補賠償請求をしてもよい。
また、【Ⅰ-7-3】によれば、債務者が債務の履行をしないときに、履行の不可能・期待不可能という事態が存在しない場面で、かつ解除もされない場面では、(イ)または(ウ)の要件を満たしたときに、はじめて填補賠償請求をすることができる。これは、債権者としてはまず履行請求をすべきこと(履行請求権の優位性)をも意味する。
♣〔適用事例-3〕 Aは、Bから、工作機械(甲)を代金 300 万円で購入した。引渡予定の日に、Bは、Aに甲を引き渡さなかった。この状況下で、Aは、Bに対して甲の引渡しを求めることはできるが、甲の交換価値相当額の賠償を求めることはできない。このような填補賠償をAが請求できるには、Aとしては、(Bからの終局的・確定的履行拒絶がないのであれば)契約を解除するか、または、相当期間を定めて甲の引渡しを催告し、相当期間内に甲の引渡しがされなかったことを要する。これまでは、Aは、Bに対して、(遅延損害金の支払とともに)甲の引渡しを請求することができるにとどまる。
[6]履行遅滞後の履行の不可能・期待不可能と履行に代わる損害賠償
【Ⅰ-7-4】 (履行遅滞後の履行の不可能・期待不可能と履行に代わる損害賠償)
履行遅滞後に【Ⅰ-4-4】により債権者が履行を請求することができなくなったとき、債権者は、債務者に対し、履行に代わる損害の賠償を請求することができる。ただし、債務の履行が遅滞なく行われたとしても同一の結果が生じていた場合は、この限りでない。
〔関連条文〕新設
提案要旨
【Ⅰ-7-4】は、現民法下の学説で、遅滞後の不能に関するルールとして異論なく認
められているものを明文化したものである。【Ⅰ-7-4】は、この点において、現民法下での理論と実務に本質的変更を加えるものではない。なお、【Ⅰ-7-4】では、【Ⅰ-4
-4】と平仄をあわせるべく、【Ⅰ-4-4】に沿って定式化している。
解説
【Ⅰ-7-4】は、いわゆる遅滞後の不能に関するルールを示したものである。遅滞後の不能の場合の填補賠償についての考え方自体は、現民法には規定がないが、学説で異論なく承認されているところである(現民法下での解釈は、旧ドイツ民法 287 条〔現ドイツ
民法でも 287 条〕を継受し、定着したものである。)。【Ⅰ-7-4】は、この点において、現民法下での理論と実務に本質的変更を加えるものではない。
そのうえで、【Ⅰ-7-4】では、履行請求をすることができない場合につき【Ⅰ-4-
4】と平仄をあわせるべく、【Ⅰ-4-4】に沿って定式化している。
[7]損害賠償の範囲――契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償の場合
【Ⅰ-7-5】 (損害賠償の範囲――契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償の場合)
(1) 契約に基づき発生した債権において、債権者は、契約締結時に両当事者が債務不履行の結果として予見し、又は予見すべきであった損害の賠償を、債務者に対して請求することができる。
(2) 債権者は、契約締結後、債務不履行が生じるまでに債務者が予見し、又は予見すべきであった損害についても、債務者がこれを回避するための合理的な措置を講じたのでなければ、債務者に対して、その賠償を請求することができる。
〔関連条文〕 現民法 416 条
提案要旨
【Ⅰ-7-5】は、損害賠償の範囲に関する基本準則である。
【Ⅰ-7-5】では、契約に基づくリスク分配を基礎にして賠償範囲を決すべきであるとの立場を基礎として、いわゆる予見可能性ルールを採用したうえで-(1)-、契約締結時に両当事者が予見できた損害のみならず、契約締結後、債務不履行の時点までに債務者に予見すべきであった損害についても、契約に即して債務者に損害回避のために誠実な行動を促すべく、この損害を損害回避のための合理的な行動をとらなかった債務者に負担させるルールを採用した-(2)-。なお、損害の発生について債務者が意欲または認容した損害、つまり、債務者に損害惹起の故意がある場合の損害については、故意による場合は債務者が損害の発生を認識しているがゆえに(1)・(2)により処理できるため、独立のルールとして
立てていない。
現民法 416 条が起草の際に予見可能性ルールを採用していたとの理解からするならば、
【Ⅰ-7-5】(1)・(2)は、損害賠償の範囲が相当因果関係によって定まるとの考え方を採用していないが、現民法と基本的に同様の考え方に立脚するものであり、また、最近の国際的な傾向にも合致するものである(なお、予見の対象は、「事情」ではなく「損害」としている。)。
解説
1.損害賠償の範囲に関する準則を定立するにあたっての基本的立場
【Ⅰ-7-5】は、契約上の債権における債務不履行を理由とする損害賠償における賠償範囲の確定に関する準則である。
契約上の債権における債務不履行を理由とする損害賠償に関して、現民法は 416 条に一般準則を定めている。そこでは、1 項で債務不履行から通常生ずべき損害が賠償されるものとされたうえで、2 項で特別事情によって生じた損害についても当該事情を当事者が予見できた場合には賠償範囲に含まれるとされている。この 416 条は、予見可能性ルールを基礎に据えたものであるところ、予見すべき当事者については債務者、予見の時期については債務不履行時とするのが判例である。また、ドイツ民法理論を継受した学説は、同条において相当因果関係の理論が採用されているものとみており、これを前提とした裁判例も――とりわけ下級審において――少なくない(そこでは、予見可能性基準というか、相当性基準というかで結論が分かれるとは考えていないのが大勢である。)。なお、近時の学説は、416 条を相当因果関係の理論から切り離し、立法当初の意味に立ち返り、契約におけるリスク分配という観点から捉えなおすものが有力であるところ、そこでは、予見すべき当事者、予見の時期について様々な見解が主張されている。
【Ⅰ-7-5】は、契約上の債権における債務不履行を理由とする損害賠償範囲の確定のルールとして、債務者の不履行行為(作為・不作為)を基点とした相当因果関係の理論を基礎とせず、両当事者が合意した契約を基点とし、当該契約に照らせば債務者が負担すべきとされる損害が何かという観点から、①債務者が契約締結時に予見し、または予見すべきであった損害、および、②契約締結後に予見し、または予見すべきであった損害であって、合理的な措置を講じれば回避できたものについて、債務者に賠償させることとした。
2.契約に基づく損害リスクの分配
最近の考え方が、契約上の債権における債務不履行を理由とする損害賠償の範囲を考える際に、契約に基づく損害リスクの分配を重視する点については、規定の改正にあたっても考慮すべきである(比較法的にみても、多くの法制が予見可能性ルールを基礎に据えるのは、この点を考慮に入れてのことである。)。相当因果関係論は、債務発生原因・責任原因と賠償範囲とを切り離し、不履行と評価された行為(作為・不作為)と損害との間の因果関係の相当性を探るという手法を採用しているが、債務の履行がされていれば実現されていたのと同様の価値的状態を金銭で債権者にもたらすという債務不履行の損害賠償制度の目的を考慮したときには、むしろ、債権の発生原因である契約と賠償範囲との関連づけ
を図ること、すなわち、債権者の置かれるべき状態を、当該債権を発生させた原因である契約に即して判断していくという手法をとるのが優れている。
そして、このような観点からは、まず、契約締結時に債務者が予見し、または予見すべきであった損害については、その損害発生のリスクを考慮したうえで債務者が契約を締結して債務を負担した以上、債務不履行をおかした債務者が負担すべきものと考えられるから、賠償範囲に入ってくることには問題がない。【Ⅰ-7-5】(1)は、こうした考え方に立脚したものである。
なお、予見可能性ルールを支持する立場は、上述したように、ここで、両当事者の予見可能性を問題とすべきだとしているが、予見可能性を事実的な予見可能性ではなく、規範的な予見義務の意味で捉えたときには「、その損害は、当該契約において、両当事者により、債務者が予見すべきものと評価された」との意味で予見義務の名宛人(予見すべき当事者)を債務者とすることは、契約のもとでの「両当事者」の予見可能性を問題とすべきだとする考え方と背馳しない。むしろ、債務不履行責任を負う債務者として当該契約のもとでここまでの損害は予見すべきであったという義務規範を債務者に対して示すという意味で、債務者の予見を前面に出すほうが優れていると考え、【Ⅰ-7-5】(1)のような文案にした。
♣〔適用事例-1〕 Aは、みずからが所有している切手のコレクションを 100 万円で友人のBに売った。切手の引渡しは、1 か月後とされた。Bは、売買契約から 3 日後に、美術品買取・販売業者Cに、このコレクションを 200 万円で売却する契約を結んだ。この転
売契約には違約金条項があり、引渡しがされなかったときにはBはCに違約金として 250万円を支払うものとされていた。A・B間の契約で定められた引渡期日を過ぎても、Aは Bに切手のコレクションを引き渡すことができず、BはCに対して違約金 250 万円を支払うことになった。Aは、Bから転売契約を締結したことを知らされていなかった。このような場合、AがB・C間で転売契約がされその違約金として 250 万円もの金額の支払が約定されていたことを予見する必要がなかったときには、この金額を損害賠償としてBに支払う必要がない。
3.契約締結後・債務不履行までに生じた事情の考慮
債務不履行の場合における損害賠償の範囲を考える際に、契約に基づく損害リスクの分配を重視するということは、賠償範囲確定にあたって契約を尊重する必要性(両当事者の合意を基点とする損害リスクの分配の必要性)を説くものであっても、賠償可能な損害が契約締結時に債務者が予見すべきであった損害に限定されなければならないとされる必然性は、どこにもない。
むしろ、契約締結時点で債務者が予見していなかった債権者の損失であっても、契約締結後、債務不履行までに債務者がその発生または拡大を予見すべきであったものについては、契約を締結することで契約利益の実現を保障した以上、債務者は、契約締結後も、債権者の損害を回避し、契約利益が債権者のもとで実現されるよう、誠実に行動すべきであるとの規範(損害回避義務。履行過程における行為義務〔付随義務・保護義務ともいわれているもの〕の一種。【Ⅰ-4-2】(1)参照)を介して賠償範囲に組み込むことに、契約
締結後の債務者の不誠実な行動を抑止させるという点で意味がある。【Ⅰ-7-5】(2)は、こうした考え方に立脚したものである(立証責任の負担を考え、損害予見後に合理的行動をとったことの立証責任を債務者側に負担させるべく、(2)のような立て方をしている。)。もとより、上記の規範は両当事者が契約において設定したリスク分配という観点に変更を加えるものではない。それゆえ、両当事者が契約締結後に生じうる事情について債権者にその負担をさせる旨の合意をしていたときには、その合意が優先される。
♣〔適用事例-2〕 上記の〔適用事例-1〕において、Bは、Cとの間での転売契約を結んだその日に、Aに対して、転売契約を締結した事実を告げ、その契約書の写しを FAX 送信した。A・B間の契約で定められた引渡予定の日が来たが、切手のコレクション所在不明のため、AはこれをBに引き渡すことができなかった。このような場合、Aは、Bに対して違約金 250 万円相当額の損害賠償を支払わなければならない。
♣〔適用事例-3〕 土木業者Aは、ウナギの養殖業者Bから依頼を受け、ウナギを入れたままでBの養殖池の堤防の補修工事をしていた。約定の工期までに工事を完成させる目途が立った 12 月上旬、当地を季節はずれの台風がおそうことが報道された。このような時期に台風が来ることなどAもBも想定せずに、この時期に補修工事請負契約を締結していたのであった。Bは、台風の被害を防ぐために応急措置を施したが、台風の風雨で堤防が決壊し、ウナギが流出した。工期に工事を完成させることも不可能になった。このような場合、Bとしては、ウナギの流出回避のために合理的な措置を講じていなかったのであれば、流出したウナギの卸売価格相当額から算出される営業利益をAに賠償しなければならない。
4.故意の損害惹起についての特則
債務不履行をした債務者が意欲または認容した損害については、債務の不履行を奇貨とした債務者の濫用的行動を抑止するため、すべてを賠償の対象とすることに意味がある。
♣〔適用事例-4〕 ピアノ教師Aは、隣接する家屋の住民Bとの間で、夜 10 時以降は窓を開けてピアノをひかないとの合意をしている。それにもかかわらず、Aは合意から 1 か
月を過ぎたあたりから連日のように深夜 2 時頃まで窓を開けてピアノをひき、Bが注意をしてもやめようとしない。Bは不眠症にかかったうえ健康を害し、通院する日々を送っている。このような場合、Aは、予見の有無を問わず、ピアノ演奏と因果関係のあるすべての損害をBに対し賠償しなければならない。
国際的取引ルールのなかには、ヨーロッパ契約法原則のように、故意の損害惹起について特別の規律を設けているものもある。しかし、【Ⅰ-7-5】(1)・(2)では、債務者が予見した損害を賠償範囲に入れている。そして、債務者が意欲または認容した損害、すなわち、債務者に損害惹起の故意がある場合は、債務者が損害の発生を認識していることから (1)・(2)により処理できる。それゆえ、故意の場合については独立のルールを立てないこととした。
5.予見の対象――「損害」
【Ⅰ-7-5】では、現民法 416 条 2 項と異なり、予見の対象は、「事情」ではなく「損害」としている。債権者に発生しうる損害を当事者((1)では両当事者、(2)では債務者)がどのように認識・予見して契約上でリスク分配したのか(また、認識・予見のもとで損害回避の行動をすべきであったのか。)という観点から賠償範囲を画する準則を立てていく以上、認識・予見の対象は「損害」とするのが適切である。「事情」については、損害の予見可能性(予見義務)および(2)については合理的回避措置を判断する際に斟酌すれば足りる。
6.価格騰貴問題の処理
わが国の裁判実務では、物の価格の賠償が問題となる場面で、履行不能または解除後の目的物の価格騰貴問題を、現民法 416 条 2 項によって解決してきた。これに対し、多くの
学説は、騰貴前の価格と騰貴後の価格(騰貴価格)という 2 つの損害項目があるわけでないし、価格騰貴問題は賠償範囲の問題としてではなく、賠償額算定基準時の問題であると主張するものが多い。
本提案では、価格騰貴問題について、この問題を対象としたルール(【Ⅰ-7-6-1】・
【Ⅰ-7-7】・【Ⅰ-7-8】)を置き、それによる処理を図っている。
[8]損害賠償の範囲――契約上の債務の不履行以外の理由による損害賠償の場合
【Ⅰ-11-2】 (損害賠償の範囲――契約上の債務の不履行以外の理由による損害賠償の場合)
債務不履行以外の理由による損害賠償の場合には、当該損害賠償責任を基礎づける規範が保護の対象としている損害及びその損害の相当の結果として生じた損害が賠償される。
〔関連条文〕
現民法 416 条・709 条
提案要旨
損害賠償の範囲に関しても、【Ⅰ-7-5】を契約に基づく債権における債務不履行を理由とする損害賠償の範囲に関する準則として立てたときには、債務不履行以外の理由に基づく損害賠償、たとえば、不法行為を理由とする損害賠償や、契約交渉段階での義務違反を理由とする損害賠償、その他法定の損害賠償責任が定められている場合の賠償範囲に関して、これに対応する準則を設ける必要はないのかが問題となる。それというのも、現民法 416 条に相当因果関係の準則が定められているとの前提のもとで現在の実務において採用されてきたのとは違い、債務不履行における損害賠償範囲に関する準則(【Ⅰ-7-5】)をこうした債務不履行以外の理由による損害賠償の場面に準用ないし類推適用することは
否定されるべきこととなるからである。
もっとも、不法行為法その他法定の損害賠償制度については、今回の改正の直接の対象とされていない。そのうえ、とりわけ不法行為法体系をどのように理解するかに関しては、基本思想、要件・効果のそれぞれにつき、理論的にも実務的にも激しい対立の存するところが少なくない。それゆえに、【Ⅰ-7-5】に対応する不法行為の損害賠償範囲に関するルールを提案するときには、後日におこなわれることも否定されない不法行為法の現代化にとって支障になるものとなってはいけない。
そのようななかでは、今回の債権法改正に対応する最低限の措置として、現時点における理論の最大公約数的な共通理解、言い換えれば、できるだけ多くの理論から説明が可能な準則であり、かつ、民法 416 条の準用・類推適用のもとで展開されてきた実務に無用の影響を及ぼさないもの――(どの考え方からも、なんらかの説明を付加することによって)それほどの違和感なく受入れが可能なルール――、しかも、【Ⅰ-7-5】の基礎にある基本的考え方と矛盾しないものを用意しておくことが望ましい。
そこで、【Ⅰ-11-2】では、債務不履行の損害賠償範囲に関する【Ⅰ-7-5】の準則と同様に、規範の保護目的による賠償範囲の確定という考え方を基礎に据え、義務違反の結果として生じた損害と、その損害発生に続く相当な結果として生じた損害が、被害者に対して賠償されるべきであるとした。
解説
1.この種の規定を設けることの必要性
【Ⅰ-7-5】を前記のような観点(①相当因果関係説の否定、②規範の保護目的説からの賠償ルール〔予見可能性ルール〕の採用〔現民法 416 条が当初企図していた考え方への復帰〕)から立てたときには、債務不履行以外の理由に基づく損害賠償、たとえば、不法行為や契約交渉段階での義務違反を理由とする損害賠償、その他法定の損害賠償責任が定められている場合の賠償範囲に関して、これに対応するルールを設ける必要はないのかということが問題となる。それというのも、現民法 416 条に相当因果関係のルールが定められているとの前提のもとで現在の実務において採用されてきた枠組みとは違い、債務不履行における損害賠償範囲に関するルール(【Ⅰ-7-5】)をこうした損害賠償の場面に準用ないし類推適用することは否定されるべきこととなるからである。たとえば、不法行為における損害賠償の範囲に関して現民法 709 条に賠償範囲確定ルールが書かれているとみないのであれば、【Ⅰ-7-5】に対応する規定を、しかるべき箇所に設ける必要がある。
2.規定を設けるにあたっての方針
もっとも、不法行為法その他法定の損害賠償制度については、今回の改正の直接の対象とされていない。そのうえ、とりわけ不法行為法体系をどのように理解するかに関しては、基本思想、要件・効果のそれぞれにつき、理論的にも実務的にも激しい対立の存するところが少なくなく、実際に不法行為法では多種多様な見解が主張されている。そうした多種多様な見解をもとに現代の不法行為法の制度・準則としてどのようなものが適切かという議論を経てはじめて、不法行為法の体系的に一貫した解決(現代化)も図られるというも
のである。ところが、今回の改正提案では不法行為法そのものを直接の改正対象としていないゆえに、このような議論は、本委員会のもとで組織的に展開されていない。
それゆえに、【Ⅰ-7-5】に対応する不法行為の損害賠償範囲に関するルールを提案するときには、将来の不法行為法の現代化にとって支障になるものとなってはいけない。そのようななかでは、今回の債権法改正に対応する最低限の措置として、現時点における理論の最大公約数的な共通理解、言い換えれば、できるだけ多くの理論から説明が可能な準則であり、かつ、民法 416 条の準用・類推適用のもとで展開されてきた実務に無用の影響を及ぼさないもの――(どの考え方からも、なんらかの説明を付加することによって)それほどの違和感なく受入れが可能なルール――、しかも、【Ⅰ-7-5】の基礎にある基本的考え方と矛盾しないものを用意しておくことが望ましい。
要するに、【Ⅰ-7-5】を受けて債務不履行以外の理由に基づく損害賠償における賠償範囲に関するルールを設けるときには、次のような姿勢でのぞむべきである。
① 賠償範囲を画するルールは、相当因果関係の理論に依拠した準則とはしない。
② 賠償範囲を確定するルールは、規範の保護目的を考慮した準則とする。ここにいう
「規範」は、権利・法益侵害を回避するために行為者に課された規範を指す。
③ 現在の不法行為法の体系を決定づけてしまうような準則とすることは避け、現在の理論と実務の状況を踏まえ、できるだけ、どの考え方からも受け入れやすい準則とする。
3.規範の保護目的による賠償範囲の確定
【Ⅰ-11-2】では、債務不履行の損害賠償範囲に関する【Ⅰ-7-5】の準則と同様に、規範の保護目的による賠償範囲の確定という考え方を基礎に据え、義務違反の結果として生じた損害と、その損害発生に続く相当な結果として生じた損害(いわゆる後続損害・結果損害)が、被害者に対して賠償されるべきであるとした。
もとより、不法行為における損害賠償については、現民法 709 条に書かれている(「・・・侵害した者は、これによって生じた損害を賠償しなければならない」という部分に書かれている。)とみることもできないわけではない。このような理解のもとでは、【Ⅰ-11-
2】は、現民法 709 条の準則を具体化(ないし確認)したものということになる。
4.現民法下での処理との整合性
従来の相当因果関係の枠組みのもとでも、相当性という観点からの規範的評価がされるなかで、【Ⅰ-11-2】で示したのと同種の考慮がおこなわれていた。その結果、保護範囲説が登場して以降、相当因果関係の枠組みを否定しない立場からは、相当因果関係説に立とうが保護範囲説に立とうが、結論は変わらないとの理解が有力学説によって説かれているし、他方で、保護範囲説の論者もまた、その主張になる保護範囲説の考え方を、裁判例から導き出される準則に依拠して、正当化している。このような状況を踏まえたとき、
【Ⅰ-11-2】の準則を設けることによって、不法行為その他【Ⅰ-11-2】が対象とする具体の事案を処理する際に、従前の実務との径庭はないものと考えられる。
5.本準則の守備範囲
【Ⅰ-11-2】は、債務不履行以外の理由に基づく損害賠償を広く対象とするもので
ある。そこには、不法行為を理由とする損害賠償はもとより、契約交渉過程での義務違反を理由とする損害賠償、(論者によれば肯定される)事務管理の場面での損害賠償、さらには契約とは関係なく法律が特に定めた損害賠償について適用される。
[9]金銭での賠償
【Ⅰ-7-6】 (金銭での賠償)
(1) 債務不履行による損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭の支払によって行う。
(2) 損害を金銭に評価するに当たっては、債務の内容である給付の価値のほか、債務不履行により債権者が受けた積極的損失、債権者から奪われることとなった将来の利益及び債権者が受けた非財産的損失を考慮して、債務の履行があれば債権者が得たであろう利益の額を確定する。
〔関連条文〕
(1)については、現民法 417 条
(2)については、新設
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-6】(1)は、特別の合意がない限り、損害賠償の支払が原則として金銭でおこなわれることを示すことで、現物賠償を原則とすることを否定したものであり、現民法 417 条どおりである。
(2) 【Ⅰ-7-6】(2)は、債務不履行を理由として金銭賠償がされる場合に、どのような観点から賠償されるべき損害額が確定されるのかという点に関する指針を示したものであり、これまた、現在の理論と実務に変更を加えるものではない。
解説
【Ⅰ-7-6】(1)は、特別の合意がない限り、損害賠償の支払が原則として金銭でおこなわれることを示すことで、現物賠償を原則とすることを否定したものである(現民法 417条どおりである。)。
【Ⅰ-7-6】(2)は、債務不履行を理由として金銭賠償がされる場合に、どのような観点から賠償されるべき損害が確定されるのかという点に関する指針を示したものである。従来、債務不履行による損害には財産的損害と非財産的損害があり、さらに財産的損害は積極的損害と消極的損害からなるものとして捉えられるのが一般的であった。【Ⅰ-7-
6】(2)では、債務不履行による損害賠償に際してどのような観点から賠償されるべき損害額が確定されるのかを示すことが一般市民にとって有益と考え、債務不履行の場合に給付自体の価値その他、債務不履行により債権者が受けた積極的損失、債権者から奪われるこ
ととなった将来の利益、債権者が受けた非財産的損失を考慮して賠償額が確定されるべき旨を示したものである(ここには、債務不履行を理由とする損害賠償だからといって精神的損害の賠償が否定されるわけではないとの意味も副次的にこめられている。)。この点においても、【Ⅰ-7-6】(2)は、現在の理論と実務に変更を加えるものではない。
[10]物の価格の算定基準時
【Ⅰ-7-6-1】 (物の価格の算定基準時)
物の価格が賠償されるべき場合、債権者は、【Ⅰ-7-3】の各号に掲げた事由が生じた時点における物の価格を請求することができる。
〔関連条文〕 現民法 416 条
提案要旨
【Ⅰ-7-6-1】は、物の価格が賠償されるべき場合における価額の算定基準時に関する基本準則である。そこでは、【Ⅰ-7-3】の各号に掲げた事由が生じたことにより填補賠償請求権が成立した時点での目的物の価格相当額を債権者が請求できることを定めたものである。これは、現民法 416 条のもとでの判例実務の基本的考え方(不能時・解除時といった填補賠償請求xxx時点の価格をもって通常損害を算定するとのルール)を踏襲したものである。
解説
債務不履行を理由とする損害賠償において物の価格が賠償されるべき場合に、価格騰貴に関するいずれの立場をとるのであれ、填補賠償請求権が成立した時点での目的物の交換価格に相当する額を債権者が賠償請求することができる点については、異論を見ない。判例実務も、現民法 416 条のもとで、この考え方を物の価格が賠償されるべき場合における賠償額算定の基本準則として採用している。
【Ⅰ-7-6-1】は、この基本準則を明示したものである(これまで一般に言及されてきたことと比べると、填補賠償請求権の成立する場合が【Ⅰ-7-3】で拡げられている分だけ拡がっている。)。
[11]物の価格の算定基準時――代替取引がされなかった場合
【Ⅰ-7-7】 (物の価格の算定基準時――代替取引がされなかった場合)
物の価格が賠償されるべき場合において、債務不履行後に物の価格が上昇したときは、騰貴価格がなお維持され、かつ、債務者が当該価格騰貴を予見すべきであったのであれば、当該騰貴価格によって、賠償されるべき物の価格を算定することができる。ただし、債権者が代替取引をすべきであったときには、【Ⅰ-7-10】により、賠償額が減額される。
〔関連条文〕 現民法 416 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-7】は、物の価格が賠償されるべき場合において、債務不履行後に価格が上昇したときの算定ルールのうち、代替取引がされなかった場合に関するルールを定めたものである。
(2) 【Ⅰ-7-7】の本文は、物の価格が賠償されるべき場合において、債務不履行後に物の価格が上昇したときには、価格騰貴を債務者が予見すべきであり、かつ騰貴価格が維持されているのであれば、騰貴価格を基準として物の価格の賠償を請求することができるとしたものである。
(3) 【Ⅰ-7-7】のただし書きは、代替取引が可能な取引において、債権者が代替取引をすべきであった場合には、損害軽減義務違反を理由として【Ⅰ-7-10】により賠償額を減額するという考え方を採用している。この部分は、【Ⅰ-7-10】の規定を確認する意味で設けられたものである(代替取引をすることが義務づけられていない場合には、このような減額処理がされないことは、いうまでもない。)。
(4) 【Ⅰ-7-7】は、いずれもわが国の判例法理と学説の多数説の考え方を基本的に踏襲し、明文化したものである。
(5) なお、確定期売買に関しては、事業者間売買について、【Ⅰ-7-8-1】に、特則を別途に設けている。
解説
1.学説と実務の現状
わが国では、これまで、物の価値に相当する額の賠償が問題となる局面において、履行不能または契約解除後に物の交換価格に変動があった場合の物の価格の算定基準時の処理につき、長きにわたり議論が重ねられてきた。
このうち、代替取引がない場合における価格変動に関して、判例では、売買契約における売主の不履行に関するものであるが、現民法 416 条のもとで、次のような法理が確立している。
① 履行不能時または解除時の交換価格が、416 条 1 項の意味での通常損害である。
② ①の時点以降に価格が上昇したときには、価格騰貴という特別事情を①の時点で債務者が予見したか、または予見すべきであった場合に、騰貴価格での賠償が認められる。
③ ①の時点以降に価格の上下があったときに、中間最高価格でその騰貴価格の賠償が認められるのは、その中間価格での騰貴価格を確実に入手することが予見できた場合である。
④ いずれにせよ、債権者の転売意思の有無に関係なく、②と③の法理が妥当する(ここで目的とされているのが「転売利益」ではなく、目的物の「現有価格」だからである。目的物の「現有価値」を確定するために交換価格が規準とされているのである。)。
他方、多くの学説のように、価格騰貴の問題を金銭評価の基準時の問題として捉えたとき、そこでは、(a)金銭評価の問題を裁判官の裁量の問題だと捉える立場と、(b)債権者は自分の任意に規準時を選択することができるとする立場(実体的多元説。そのうえで、損害軽減義務の制約を課す。)が、有力に主張されている。もっとも、(a)の立場に対しては、金銭評価の問題をすべて裁判官の裁量的・創造的判断にゆだねることに対する警戒感がきわめて強い。
2.騰貴価格での賠償と損害軽減義務違反による減額
目的物の価値に相当する額の賠償が問題となる局面において、当該の損害賠償請求権が成立した後に物の価格が上昇したとき、債権者としては、物の価格相当額の賠償を騰貴価格で請求することができるか。これについては、いくつかの考え方がありうるが、金銭評価を裁判官の裁量にゆだねるとの立場は、現在の学説における批判の強さと、実務における消極的姿勢にかんがみ、今回の改正案では選択しないのがxxである。そうなると、実体法上のルールとして騰貴価格での賠償問題をどのように立てるかを考えなければならない。
そこで、【Ⅰ-7-7】は、現在の民法学で有力となっている実体的多元説の立場を踏まえつつ、価格騰貴問題に関しての判例法理を基礎に据えた騰貴価格の賠償ルールを立てたものである。
ここでは、債権者としては、賠償請求権が成立した時点以降の価格騰貴につき、価格騰貴を債務者が予見すべきであったときに、騰貴価格を基準として物の価格相当額の賠償を請求することができるとしたうえで、債権者が代替取引をすべきであった場合には、損害軽減義務違反を理由として【Ⅰ-7-10】により賠償額を減額するという考え方を採用している(代替取引をすることが義務づけられていない場合には、このような減額処理がされないことは、いうまでもない。)。
♣〔適用事例-1〕 Aは、Bから中古車(甲)を 30 万円で購入した。当時の中古市場における甲と同車種の価格は、40 万円であった。引渡しは売買契約の 1 週間後と合意されていたが、Bが引渡し前に甲を運転中、みずからの運転ミスで中央分離帯に激突し、甲が大破した。まもなく、甲の製造会社から甲と同車種の製造中止が発表され、中古市場における甲と同車種の価格は、300 万円に急騰した。この場合、Aは、甲の大破した時点での甲の同車種の市場価格相当額を基準に履行に代わる損害の賠償を請求してもよいし、この後の騰貴をBが予見すべきであったことを立証して、騰貴価格 300 万円を基準として賠償を請求してもよい。もっとも、甲の価格が上昇しはじめて以降、Aに適当な代替取引をする機会があり、かつ代替取引がAにとって期待できたときには、損害軽減義務違反を理由と
して賠償額が減額されることがありうる。
♣〔適用事例-2〕 Aは、Bから中古車(乙)を 30 万円で購入した。当時の中古市場における乙と同車種の価格は、40 万円であった。引渡しは売買契約の 1 週間後と合意されていたが、Bが引渡予定の日になっても乙を引き渡さなかった。そこで、Aは 1 週間の期限をつけてBに乙を引き渡すよう通知をしたうえで、それでもなおBが引渡しをしなかったため、Aは売買契約解除の意思表示をした。まもなく、乙の製造会社から乙と同車種の製造中止が発表され、中古市場における乙と同車種の価格は、300 万円に急騰した。この場合、Aは、解除をした時点での甲の同車種の市場価格相当額を基準に履行に代わる損害の賠償を請求してもよいし、この後の騰貴をBが予見すべきであったことを立証して、騰貴価格 300 万円を基準として賠償を請求してもよい。もっとも、乙の価格が上昇しはじめて以降、Aに適当な代替取引をする機会があり、かつ代替取引がAにとって期待できたときには、損害軽減義務違反を理由として賠償額が減額されることがありうる。
3.中間最高価格での請求の場合
債務不履行後に物の価格が上下に変動するいわゆる中間最高価格事例に関して、xx丸事件で示されたわが国の判例法理によれば、価格騰貴後に物の価格が下落したにもかかわらず、下落前の価格で債権者が賠償請求をするためには、(価格騰貴の予見可能性に加えて)当該騰貴価格での利益取得が確実であったことが必要であるとされている。
もっとも、この確実性の要件のもとで判例法理が実現しようとしたことは、債権者にとっての代替取引可能性と損害軽減義務(【Ⅰ-7-10】)の法理に依拠することで、同様に実現可能である。実体的多元説の立場からも、この処理によって判例と同じ結論を導きうることが示唆されている。それゆえ、【Ⅰ-7-7】では、中間最高価格に関する準則を独立に設けてはいない。比較法的にも、中間最高価格に関する独自のルールを法典中で立てているものはない。
♣〔適用事例-3〕 Aは、Bから中古車(丙)を 30 万円で購入した。当時の中古市場における丙と同車種の価格は、40 万円であった。引渡しは売買契約の 1 週間後と合意されていたが、Bが引渡し前に丙を運転中、みずからの運転ミスで中央分離帯に激突し、丙が大破した。まもなく、丙の製造会社Cから丙と同車種の生産中止が発表され、中古市場における丙と同車種の価格は、300 万円に急騰した。しかし、その後、Cが多くの愛好者からの強い要望を受けて丙と同車種の生産再開を表明したことから、丙と同車種の価格は 60
万円にまで下落している。この場合、Aが下落前の 300 万円を基準にBに対して損害賠償請求することができるかどうかは、最高価格時に代替取引をせずにいて、その後に価格が下落したときに、なお現時点での価格よりも高い価格を基準として賠償請求をするAの態様が損害軽減義務に反する態度と言えるかどうか(最高価格時に代替取引をすべきであったと言えるかどうか)次第である。
4.事業者間での確定期売買の特則
事業者間の確定期売買における目的物の価格算定基準時に関しては、現商法 525 条に関
する商行為法 WG の報告書を受けて、売買の箇所に次のようなルール(【Ⅰ-7-8-1】)が設けられる予定である。
<参考>
【Ⅰ-7-8-1】
事業者間の売買において、契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達成することができない場合において、売主が履行をしないでその時期を経過したときは、履行期における目的物の価格をもって、賠償されるべき物の価格とする。
[12]物の価格の算定基準時――代替取引がされた場合
【Ⅰ-7-8】 (物の価格の算定基準時――代替取引がされた場合)
(1) 物の価格が賠償されるべき場合において、債権者が債務不履行後に代替取引をし、かつその代替取引が合理的な時期にされたときは、代替取引の額が不合理に高額であった場合を除き、この額をもって、賠償されるべき物の価格とする。
(2) 代替取引の額が不合理に高額であったときは、代替取引がされた時点において代替取引に要したであろう合理的な額をもって、賠償されるべき物の価格とする。
(3) 代替取引が不合理な時期にされたとき、賠償されるべき物の価格の算定は、
【Ⅰ-7-6-1】及び【Ⅰ-7-7】による。
〔関連条文〕 現民法 416 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-8】は、物の価格が賠償されるべき場合において、当事者が代替取引
(填補購入、填補売却など)をした場合における賠償額の算定ルールを定めたものである。
(2) 【Ⅰ-7-8】(1)は、債権者が代替取引をしたときには、その代替取引が合理的な時期にされたときは、代替取引の額をもって、賠償されるべき物の価格としたものである。これは、現在の判例法理を明文化したものである。
もっとも、このことが妥当するのは、代替取引の額が合理的であった場合である。これに対して、代替取引の額が不合理に高額であったときには、【Ⅰ-7-8】(2)は損害軽減義務の考え方を採り入れ、代替取引がされた時点で代替取引に要したであろう合理的な額をもって、賠償されるべき物の価格とした。このことも、過失相殺制度のもとでのわが国の学説および実務の考え方と整合性を有するものである。
(3) 以上と異なり、代替取引自体が不合理な時期にされた場合には、賠償されるべき物の価格を算定するにあたり、当該代替取引を考慮すべきではない。この場合には、代替取引がされなかった場合と同じ準則(【Ⅰ-7-6-1】及び【Ⅰ-7-7】)に従い、賠
償されるべき物の価格が算定されるべきである。
解説
1.代替取引がされた場合と物の価格の賠償に関する現状
物の価格に相当する額の賠償が問題となる局面において、当事者が代替取引(填補購入、填補売却など)をした場合において、賠償されるべき物の価格の問題をどのように捉えればよいのかについて、判例は、具体的な代替取引により債権者が被った損失が賠償されるべきだとしている。
① 買主が第三者との間で転売契約を結んでいたときは、原則として、転売利益が通常損害となる(大判大正 10 年 3 月 30 日民録 27 輯 603 頁、最判昭和 36 年 12 月 8 日民集
15 巻 11 号 2706 頁)。
② 買主が転売契約の相手方に損害賠償を支払ったときは、その損害賠償額は通常損害である(大判明治 38 年 11 月 28 日民録 11 輯 1607 頁)。
③ 売主からの履行がないため、買主が第三者から代替物を購入した(填補購入)ときは、その代替物購入価格が通常損害である(大判大正 7 年 11 月 14 日民録 24 輯 2169 頁)。
2.判例法理のルール化
【Ⅰ-7-8】(1)は、現在の判例法理をもとに、債権者が代替取引をしたときには、その代替取引の額をもって賠償されるべき物の価格とする原則を示したものである(ヨーロッパ契約法原則 9:508 条等も、この立場である。)。このルールを採用したときには、債権者が合理的な時期に代替取引をした以上は、物の価格に相当する額の賠償は、具体的におこなわれた代替取引によって決定される。
♣〔適用事例-1〕 Aは、Bから、1 か月間の展覧会開催のために、B所有の甲建物を、賃料 500 万円で賃借する契約を結んだ。ところが、展覧会開催の直前に、Bは、Aに対し
て甲建物の賃貸を拒絶した。やむなく、Aは、Cから、同規模・同質の乙建物を、賃料 550万円で賃借した。AはCに対して、填補賠償額として、50 万円の支払を求めることができる(ヨーロッパ契約法原則 9:506 条に関するIllustration 2 を参考にした。)。
3.不合理に高額な代替取引
もっとも、代替取引自体が合理的なものであったとしても、代替取引の額が不合理に高額であった場合にまで、代替取引の額を賠償額算定の基準とすることには問題がある。
そこで、【Ⅰ-7-8】(2)では、代替取引が不合理に高額なものであった場合に、損害軽減義務の考え方(【Ⅰ-7-10】参照)を採り入れ、代替取引がされた時点で代替取引に要したであろう合理的な額をもって、賠償すべき物の価格とした。このことは、国際的取引ルールのみならず、大陸法・xx法で認められているところである(ヨーロッパ契約法原則 9:506 条および同条についてのノート〔さらには、Illustration 2〕を参照。)。
♣〔適用事例-2〕 AはBに、アメリカ産小麦を 200 万円で売る契約を結んだ。履行期
に引渡しがされないまま、時間が経過した。Bは、催告の上、Aとの売買契約を解除し、同種同量の小麦をCから 400 万円で調達した。Cからの調達時点でのこの種の小麦の同量の平均的な調達価格は 250 万円であった。この場合には、250 万円が、代替取引時における填補賠償額となる。
4.代替取引が不合理な時期にされた場合
以上と異なり、代替取引自体が不合理な時期にされた場合には、賠償されるべき物の価格を算定するにあたり、それ自体が不合理と評価された当該代替取引を考慮すべきではない。この場合には、代替取引がされなかった場合と同じ準則、すなわち、【Ⅰ-7-6-1】及び【Ⅰ-7-7】に従い、賠償されるべき物の価格が算定されるべきである。
[13]金銭債務の特則
【Ⅰ-7-9】 (金銭債務の特則)
(1) 金銭債務の不履行による損害賠償において、債権者は、法定利率によって定められた額(約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率によって定められた額)の賠償を請求することができる。
(2) 前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。
(3) 債権者は、【Ⅰ-7-5】の定めるところに従い、(1)に定められた額を超えた損害の賠償を請求することを妨げられない。
〔関連条文〕 現民法 419 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-9】は、金銭債務における損害賠償の特則を定めるものである。
(2) 【Ⅰ-7-9】(1)と(2)は、現民法 419 条どおりである(法定利率については、【Ⅰ
-3-7】を参照せよ。)。
(3) 【Ⅰ-7-9】(3)は、現民法 419 条のもとでの判例および伝統的学説とは異なり、いわゆる利息超過損害についても債権者がこれを主張・立証できたならば賠償を認めている。最近の多くの学説は、利息超過損害については 419 条の規定するところではないとして、伝統的立場に批判的である。比較法の傾向も同様である。そこで、【Ⅰ-7-9】(3)は、こうした最近の立法傾向およびわが国の学説の傾向を踏まえ、金銭債務の不履行の場合に、債権者が利息損害以外の損害の主張・立証に成功したのならば、【Ⅰ-7-5】の枠内で、その賠償を認めてよいとの方向でのルールを提案するものである。
(4) なお、現民法 419 条 3 項は、当時のヨーロッパ大陸法の影響のもと、不可抗力をもってしても免責できないとすることにより、金銭債務の不履行の場合における絶対無過失責任を採用している。しかし、近時のヨーロッパ各国の立法例で、金銭債務につき絶対
無過失責任を採用した国はないし、金銭債務のみに特化した絶対無過失責任を認めることの正当化も困難である。したがって、今回の改正提案では、現民法 419 条 3 項の規律は採用せず、責任設定レベルでは、金銭債務の不履行の場合を債務不履行の一般準則(【Ⅰ-7
-1-1】(1)・【Ⅰ-11-1】)に従わせることとした。
解説
1.抽象的損害としての利息損害と、利息超過損害の賠償可能性
【Ⅰ-7-9】は、金銭債務における損害賠償の特則を定めるものである。【Ⅰ-7-9】 (1)と(2)は、現行法どおりである(法定利率については、【Ⅰ-3-7】を参照せよ。)。現行法との違いは、(3)にある。
【Ⅰ-7-9】の(3)は、いわゆる利息超過損害(金銭の運用による逸失利益、債権取立費用相当額の損害〔最判昭和 48 年 10 月 11 日判時 723 号 44 頁〕、債権取立てに要した弁護士費用など)についても債権者がこれを主張・立証できたならば賠償を否定しない点を示している点にある。
利息超過損害の賠償を認めないとする現民法 419 条に関する伝統的立場の背景には、①金銭債務が遅延にある場合の債権者としては、金銭を他から借り入れることで調達できるのだから、この調達利息に対応する利息損害をもって損害をみれば足りるという理解、②金銭債務の不履行の場合には債権者が金銭をどのような用途にあてるかは様々であり、損害の証明が困難であるという理解、および③債務者からの反証を許さないことによって損害額についての争いを防ぐという理解がある。
しかし、最近の多くの学説は、利息超過損害については 419 条の規定するところではな
いとして、伝統的立場の説く「利息超過損害の賠償は 419 条により認められない。」との命題を否定している。比較法の傾向も同様である(利息超過損害の賠償を否定していたフランス民法も既に改正ずみである。)。もっとも、わが国では、419 条の意義につき上述したような伝統的立場の壁があることから、その法的構成については、(416 条 2 項の活用論、独立の完全性利益侵害としての利息超過損害の処理など)種々の試みがされている。
そこで、【Ⅰ-7-9】(3 )は、こうした最近の立法傾向およびわが国の学説の傾向を踏まえ、金銭債務の不履行の場合に、債権者が利息損害以外の損害の主張・立証に成功したのならば、損害賠償の一般準則のもとでその賠償を認めてよいとの方向で、【Ⅰ-7-9】 (1)(2)で現行 419 条 1 項・2 項の規律を抽象的損害の算定ルールとして活かしつつ、前述した【Ⅰ-7-5】のルールの枠内で、これを超えた具体的損害の賠償の余地を認める立場を明示的に導入するものである(利息超過損害を無制限ないし無条件に認めるというのではない。)。
♣〔適用事例-1〕 Aは、Bに 500 万円を貸し付けていた。返済期日に、Bからの返済はおこなわれなかった。Aは、当日に返済を受けることを予定していた 500 万円で、Cか
ら希少価値のあるDワイナリー産 1990 年物赤ワインを購入してEに 650 万円で転売する
予定にし、CおよびDとの間で売買契約も交わしていた。しかし、Bが期日に 500 万円を払い込むことができなかったため、いずれの売買契約も解除された。Aは、Bに対して、
逸失利益 150 万円の賠償を請求することができる。
♣〔適用事例-2〕 Aは、Bに 500 万円を貸し付けていた。返済期日に、Bからの返済はおこなわれなかった。Bが返済に協力的な態度をとらないことから、Aは、Cに 100 万円の報酬を約束して、Bからの取立てを依頼した。CからBに対する取立てが成功した結果、Aは 500 万円と利息・遅延利息を回収できたものの、Cに対し、報酬として 100 万円
を支払うこととなった。Aは、Bに対して、債権取立報酬相当額 100 万円の賠償を請求することができる。
2.金銭債務と不可抗力の場合の免責――現民法 419 条 3 項の削除
現行 419 条 3 項は、不可抗力をもってしても免責できないとすることにより、金銭債務の不履行の場合における絶対無過失責任を採用している。これは「金銭に不能なし」とのヨーロッパ大陸法の伝統を汲むものと理解されている。
しかし、近時のヨーロッパ各国の立法例で、金銭債務につき絶対無過失責任を採用した国はない。わが国でも、阪神淡路大震災の際に、不可抗力の場合に金銭債務の債務者に免責の余地を認めないとする立法方式の不都合が露呈し、その結果として、責任発生を回避するための数々の措置がとられたことは、記憶に新しい。金銭債務の場合にのみ、免責事由を特別に強化することを正当化する理由も弱い。さらに、金銭債務の不履行において利息超過損害の賠償を認めるときには、(賠償範囲の確定ルールでの限定は可能であるが、その前に責任成立レベルでも)他の債務の不履行の場合と平仄をあわせておくことが望ましい。
それゆえ、今回の改正提案では、現民法 419 条 3 項の規律は採用せず、責任設定レベルでは、金銭債務の不履行の場合を債務不履行の一般準則(【Ⅰ-7-1-1】(1)・【Ⅰ-1
1-1】)に従わせることとした。
♣〔適用事例-3〕 20xx 年 6 月 30 日に、AはBから工作機械(甲)を 100 万円で購入
し、引渡しを受けた。代金は、1 か月後の同年 7 月 30 日に、AがBの事務所に持参して支
払うものとされていた。同年 7 月 30 日、Aが代金を支払うためにBの事務所を訪れようとしたところ、当地を大地震がおそい、Bの事務所に向かうどの道路も通行ができない状況になり、また金融機関等の振込・決済システムもすべてがダウンした。この場合、Aは、代金支払のための通常の手段が復旧するまで、Bに対して遅延損害金を支払う必要がない。
[14]債権者の損害軽減義務
【Ⅰ-7-10】 (債権者の損害軽減義務)
(1) 裁判所は、債務不履行により債権者が被った損害につき、債権者が合理的な措置を講じていればその発生又は拡大を防ぐことができた限度で、損害賠償額を減額する。
(2) 債権者は、債務者に対し、損害の発生又は拡大を防止するために要した費用
の賠償を、合理的な範囲で請求することができる。
〔関連条文〕 現民法 418 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-10】(1)は、現民法 418 条を基本的に踏襲したうえで、債務不履行による損害の発生ないし拡大を抑止するために債権者に対しても合理的行動が求められるべきであるということ(損害軽減義務)、および、損害軽減義務の違反があれば賠償額が減額されることを明らかにしたものである。
(2) 【Ⅰ-7-10】(2)は、債権者は、損害の発生または拡大の防止に要した費用の賠償を、合理的な範囲で債務者に対して請求することができるとしたものである。これは、債務者による債務の不履行がなければ債権者はこのような費用を支出することがなかったであろう点にかんがみ、損害の発生・拡大の防止に要した費用については、それが合理的な額である限り、債務不履行につき責任を負わなければならない債務者に負担させるべきであるとの判断に出たものである。
解説
1.損害賠償額の減額に関する準則
現民法 418 条は、「債務の不履行に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」と定めている。同条は、債務不履行における過失相殺の規律として捉えられている。そして、債権者の過失が問題となる場合には、(i) 債務不履行の発生について債権者に過失がある場合、(ii) 損害の発生について債権者に過失がある場合、および(iii) 損害の拡大について債権者に過失がある場合が含まれるとされている。そのうえで、債権者の過失が存在する場合には、裁判所は必ず賠償額の減免をすべきものとされている。
債務不履行を理由とする損害賠償における過失相殺制度は、債務不履行から生じた損害について、その損害が当該債務を発生させた契約のもとで両当事者間にどのように分配されるのが適切かという観点から捉えられるものである。そこでは、契約上で債務者に課された債務の履行がないことを理由として債務者に対して帰責されることとなった損害の一部を、損害回避のための合理的措置をとらなかった債務者に対して負担させるこという、損害リスクの債権者への(再)転嫁が制度目的とされている。
このような理解のもと、【Ⅰ-7-10】(1)は、現民法 418 条が債務不履行による損害の発生ないし拡大を抑止するために債権者に対しても合理的な行動を求めるという観点から、賠償額の減額に関する準則(損害軽減義務に関する準則)を定めたものであると捉えたうえで、この旨を文言上でより明確にあらわしたものである。もっとも、このような賠償額減額準則を立てるにあたり、ここで問題となっているのが債権者・債務者間の契約に
よる損害リスク分配に関する規範であるうえに、不法行為法を含め過失相殺制度における
「過失」の意味――そもそも「過失相殺」の意味自体――について現在でも多種多様な理解がされていることから、【Ⅰ-7-10】(1)では、現民法 418 条と違い、「過失」という概念を避けている。
〔適用事例-1〕 Aは、Bとの間で、工作機械 10 台をBから購入する契約を結んだ。ところが、期日までに、Bは工作機械を引き渡さず、催告をして相当期間が経過してもなお同様の状況が続いた。そのため、Aは、Bとの売買契約を解除した。その後、世界的な建設ラッシュの波に乗り、同種の工作機械の価額が急騰しつづけている。Aは、工作機械を他から調達することが容易に可能であったにもかかわらず、代替取引をせず、高騰した価額での填補賠償をBに請求した。この場合、Aの請求額は、代替取引が合理的に可能であった時点での額まで減額される。
〔適用事例-2〕 Aが経営している工場にあった安全装置の不完全なプレス機に従業員 Bが左手を巻き込まれ、切断する重傷を負った。Bの側も、不用意に機械のプレス部分に手をもっていった行動があった。この場合、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償において、Bの不合理な行動を理由とした減額がされる。
なお、【Ⅰ-7-10】(1)を待つまでもなく、債務不履行が生じた主要な原因が債権者にあった場合に、【Ⅰ-7-1-1】(1)にいう免責事由に該当するとされて債務者が「免責」される場合がありうることは、いうまでもない(これも、現行法どおりである。)。
2.損害の発生・拡大の防止に要した費用の債務者負担
【Ⅰ-7-10】(2)は、債権者は、損害の発生または拡大の防止に要した費用の賠償を、合理的な範囲で債務者に対して請求することができるとしたものである。【Ⅰ-7-10】 (1)で、損害の発生・拡大の防止のための適切な行動を債権者に求めつつも、損害の発生・拡大を防止するための行動が債権者に求められることになったのは債務者の債務不履行によるものである点、言い換えれば、債務者による債務の不履行がなければ債権者はこのような費用を支出することがなかったであろう点にかんがみ、損害の発生・拡大の防止に要した費用については、それが合理的な額である限り、債務不履行につき責任を負わなければならない債務者に負担させるべきであるとの判断に出たものである(これと同種の規律はヨーロッパ契約法原則 9:505 条 2 項にも見出されるし、比較法的傾向でもある。)。わが国ではこの点に関する意識的な議論はないが、現在の理論からは、【Ⅰ-7-10】(2)に定めた費用の請求を認めるものと思われる。
〔適用事例-3〕 Xは、Yの山小屋を購入することに合意した。Yは、その山小屋について広く宣伝活動をしていた。その後、Xは契約の履行を拒絶した。Yは、代替取引をすることに決めた。その山小屋を他に売却するには、再度山小屋の宣伝をしなくてはならなかった。このとき、Yは、Xが合意した価格と山小屋の最終的な売却価格との差額に加え、追加的な宣伝に要した合理的な費用についての請求権を有する(ヨーロッパ契約法原則
9:505 条 2 項についてのコメント中にあげられている設例 6 を微修正したものである。)。
[15]損益相殺
【Ⅰ-7-11】 (損益相殺)
債務不履行により債権者が利益を得たとき、この利益の額を賠償されるべき損害の額から控除する。
〔関連条文〕新設
提案要旨
【Ⅰ-7-11】は、損益相殺に関するルールを明文化したものである。債務不履行を理由とする損害賠償において損益相殺が可能なことについては、異論をみない。これによって現在の理論と実務が変わることはない。
解説
【Ⅰ-7-11】は、損益相殺に関するものである。債務不履行を理由とする損害賠償において損益相殺が可能なことについては、わが国でも、他国でも異論をみない。そこで、このような一般準則を立てることにより、明文化を試みたものである。
[16]損害賠償額の予定
【Ⅰ-7-12】(損害賠償額の予定)
(1) 当事者は、債務の不履行について損害賠償額を予定することができる。
(2) 裁判所は、予定された賠償額が債権者に生じた損害に比して過大であるときには、その額を合理的な額〔/実損害の額〕まで減額することができる。
(3) 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
(4) 違約金は、賠償額の予定と推定する。
(5) 当事者が金銭でないものを損害の賠償に充てるべき旨を予定した場合にも同様の処理をする。
〔関連条文〕
現民法 420・421 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-7-12】は、現民法 420 条・421 条が定める損害賠償額の予定に関する規律を、賠償額の予定と違約金の関係も含め、【Ⅰ-7-12】(2)に定めた一点を除いて承継したものである。この点では、現在の理論と実務に変更は生じない。なお、消費者契約法 9 条の規定は、【Ⅰ-7-12】(2)の特則として維持されることになる。
(2) 【Ⅰ-7-12】(2)は、「過大な」金額が予定されていた場合に、「過大な」部分の保持を債権者に許さず、裁判所がその額を合理的な額まで減額できるとしたものである。これは、下級審裁判例の多くが採用する方向でもある。もとより、このような規定がなくても、現民法 90 条により同様の処理が不可能ではない。しかし、公序良俗規範の適用については無効とされた場合の効果を含め議論があることから、仮に公序良俗規範の理解につきどのような立場をとるのであれ、少なくとも「過大な」予定賠償額のうちの「過大」と評価される部分の減額は認めるべきであるとの観点から、前段のようなルールを置いたものである。
なお、これに対しては、「過大な」予定賠償額が約定されているときに、合理的な額まで の縮減を認めるルールとしたのでは裁判所による契約改訂を認めることとなる点を危惧し、そのような条項は全部無効としたうえで、これを任意規定により補充すべきであると考え る立場もある。この立場をとる場合には、実損害の額までの減額とするのが適切であると いうことになる。
解説
1.現行法のうち、維持される部分
【Ⅰ-7-12】は、現民法 420 条・421 条が定める損害賠償額の予定に関する規律を、賠償額の予定と違約金の関係も含め、【Ⅰ-7-12】(2)に定めた一点を除いて承継したものである。この限りで、現在の理論と実務に変更は生じない。
なお、消費者契約法 9 条の規定は、【Ⅰ-7-12】(2)の特則として維持されることになる。
2.過大な予定額の裁判所による減額
(1)減額の観点①:「過大」な部分の縮減による合理的な額への減額
現民法の規定と異なるのは、「過大な」金額が予定されていた場合に、裁判所がその額を合理的な額まで減額できるとしたことである。もとより、このような準則がなくても、現民法 90 条により同様の処理をすることが不可能ではない。現に下級審レベルでは、多く
の判決が 90 条を用いて合理的な金額への縮減をおこなっている。諸外国でも、今日、ほ
ぼ一致して、この種の裁判所による減額を認めている(ヨーロッパ契約法原則 9:509 条のコメントおよびノートを参照)。
【Ⅰ-7-12】では、こうした下級審裁判実務や国際的動向を視野に入れ、賠償額予定条項を原則として有効としつつも、「過大な」予定賠償額のうちの「過大」と評価される部分を債権者に保持させるのは不合理であるとの考慮点から、不合理な部分の減額処理
(「過大」と評価される部分を債権者に与えないことによる合理的な額への縮減)を裁判所
に許したものである。
♣〔適用事例-1〕 A(フランチャイザー)とB(フランチャイジー)は、フランチャイズ契約を締結していて、その中には競業禁止条項があった。そして、Bの債務不履行により契約が解除されたときにはBはAに対して 120 か月分のロイヤリティ相当額をAに支払うとの条項(賠償額予定条項)があった。Bが協業禁止に反する行為をしたため、AはBとの契約を解除したうえで、120 か月分のロイヤリティ相当額の支払をBに求めた。このような場合について、当該賠償額予定条項が営業自由を過度に制限するものとして 30 か
月分のみ有効とした判決がある(東京高判平成 8 年 3 月 28 日判時 1573 号 29 頁。多数の
同種判決があるところ、最近のものとして、東京地判平成 11 年 9 月 30 日判時 1724 号 65
頁〔サブライセンス契約の解除。賠償額予定条項に基づくロイヤリティ年額の 50 年分で
ある 7200 万円の請求に対し、合理的金額が 600 万円であるとして減額〕)。
♣〔適用事例-2〕 AはBに不動産を期間 4 年の約定で賃貸していた。賃貸借契約には、 Bからの中途解約の場合には期間満了までの賃料相当額を支払うとの条項があった。10 か月後にBが中途解約したところ、AはBに対し 3 年 2 月分の賃料相当額の支払を求めた。このような場合について、当該賠償額条項が解約の自由を過度に制約するものとして、1年分の限度で有効とした判決がある(東京地判平成 8 年 8 月 22 日判タ 933 号 155 頁)。
♣〔適用事例-3〕 AはBとの間でクリーニング取次業務委託契約を締結した。契約中には、BがAの競業者からの委託を受けないとの条項があり、Bの債務不履行により契約が解除されたときには 3 か月分の平均売上高の 12 か月分をBがAに支払うとの賠償額予定条項があった。Bが契約に違反して競業者からの委託を受けたことから、Aが契約を解除し、予定賠償額に基づき、Bに対し支払請求をした。このような場合について、当該賠償額予定条項が営業自由を過度に制限するものとして 4 か月分のみ有効とした判決がある
(大阪高判平成 10 年 6 月 17 日判時 1665 号 73 頁)。
以上の立場からは、過大な予定額の減額幅は、合理的な額までの減額であり、実損害までの減額ではない。実損害の証明をめぐる争いの事前抑止を目的として両当事者が賠償額の予定をするのであり、法がこれを許容している点にかんがみれば、裁判所としては、当事者が合意し決定した金額のうち、不合理と評価するところを削減すればそれで足りるとの考慮に出たものである。
(2)減額の観点②[別案]:条項全部無効と実損害の賠償
しかしながら、これに対しては、「過大な」予定賠償額が約定されているときに、合理的な額までの縮減を認めるルールとしたのでは裁判所による契約改訂を認めることとなる点を危惧し、そのような条項は全部無効としたうえで、これを任意規定により補充すべきであると考える立場もある。この立場をとる場合には、実損害の額までの減額(正しくは、任意規定の適用による実損害の賠償)とするのが適切であるということになる。
なお、消費者契約における賠償額予定条項の不当性を扱う消費者契約法 9 条に関しては、消費者契約に関する特則性を維持したうえで民法に取り込むことが予定されている(この場合における、賠償額予定条項が不当とされた場合の当該条項の効力に関しては、仮に【Ⅰ
-7-12】で合理的な額への縮減という枠組みが採用されたとしても、消費者契約における事業者・消費者の交渉力に関する非対等性にかんがみ、任意規定による処理をすること――したがって、「実損害」の賠償とすること――も否定されない。)。
[17]賠償者の代位
【Ⅰ-7-13】 (賠償者の代位)
債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。
〔関連条文〕 現民法 422 条
提案要旨
【Ⅰ-7-13】は、賠償者代位に関するルールであり、現民法 422 条を維持するものである。
解説
賠償者代位については、現民法 422 条の規定を維持する。同条については、学説・実務で大きな対立点も、変更への要請もなく、今回の改正で変更を加える必要を感じない。
第3編 債権
第1部 契約および債権一般第1章 契約に基づく債権第4節 契約の効力
第3款 受領遅滞・受領拒絶及び債権者の受領義務・誠実行為義務違反
[1]受領遅滞・受領拒絶
【Ⅰ-9-1】 (受領遅滞・受領拒絶)
(1) 債務者が債務の履行を提供したにもかかわらず、債権者がこれを受領しない場合、又は債権者の受領拒絶の意思が明確な場合には、債務者は、債権者が受領のために必要な準備を整えた上でこの旨を債務者に対し通知するまでの間、自己の債務の履行を停止することができる。
(2) (1)の場合において、債権者が履行を受領しないことにより増加した費用は、債権者が負担する。
(3) 物の給付を内容とする債務にあっては、(1)の場合において、債務者の保管義務が軽減される。
(4) 契約にあっては、(1)の場合において、その後に、債務者が契約上の義務を尽くして行動したにもかかわらず、履行が不可能となるなど履行をすることが契約に照らして債務者に合理的に期待できなくなったとき、債権者は、契約を解除することができない。
(5) 双務契約にあっては、(1)の場合において、債権者は、債務者からの反対債務の履行請求を拒むことができない。
〔関連条文〕 現民法 413 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-9-1】は、債務者が債務の履行を提供したにもかかわらず、債権者がこれを受領しない場合、または債権者の受領拒絶の意思が明確な場合における効果を定めたものである。
(2) 【Ⅰ-9-1】(1)は、債務者の履行停止権を定めたものである。履行停止権については現在の学説・実務では必ずしも意識的に議論されているものではないが、債権者が履行に協力する態度を再びとるまでは債務者の履行停止が正当化されるべきだと考え、この点に関する明示の規律を設けた。
(3) 【Ⅰ-9-1】(2)は、受領遅滞・受領拒絶の場合における増加費用の債権者負担の準則を定めたものである。この準則は、現民法 413 条のもとでの学説において異論なく認められているものである。
(4) 【Ⅰ-9-1】(3)は、物の給付を内容とする債務につき、受領遅滞・受領拒絶の
場合における債務者の保管義務の軽減を定めたものである。なお、従前の学説では、損害賠償責任の帰責事由・免責事由との関係で、受領遅滞前は「抽象的過失」が債務者に求められていたのが、受領遅滞後は債務者に求められる過失の程度は「具体的過失」または「重過失」で足りるとされていた。しかし、改正提案では【Ⅰ-7-1】・【Ⅰ-7-1-1】 (1)が損害帰責の原理として過失責任の原則を否定し、これに代わるものとして、損害帰責の根拠を「契約の拘束力」に求める立場を採用した。このとき、受領遅滞・受領拒絶を理由に債務者のなすべきことが「具体的過失」または「重過失」に軽減されるとのルールを採用するのは、【Ⅰ-7-1】・【Ⅰ-7-1-1】(1)の基礎にある損害帰責の基本原理に反する。受領遅滞・受領拒絶後の債務者の責任の極端な緩和をもたらすという不都合もある。他方で、債権者の受領遅滞・受領拒絶が、その後の債務者の保管義務に何らの影響も及ぼさないというのも不自然である。それゆえ、【Ⅰ-9-1】(3)では、履行の提供があったにも受領されず、または受領が拒絶された場合において、債務者の保管義務が軽減されることを認めたうえで、債務者の損害賠償責任からの免責を定める【Ⅰ-7-1-1】 (1)のもとで免責の可否を判断する際に債権者の受領遅滞・受領拒絶の事実を考慮しうるためのよりどころとした。
(5) 【Ⅰ-9-1】(4)は、契約上の債務につき、受領遅滞・受領拒絶の場合に、債権 者が、債務者が契約上の義務を尽くしたにもかかわらず生じた履行の不可能・期待不可能 を理由として契約を解除することを認めないとすることにより、債権者に契約から離脱す る機会を与えないようにしたものである。受領遅滞による危険の移転ということは、受領 遅滞の効果として学説上で広く認められていたものであるところ、今回の改正提案で危険 負担の問題を解除制度へと一元化する構想が採用されていることから、学説で危険負担制 度の問題として主張されている内容を解除制度に取り入れる形でルール化したものである。
(6) 【Ⅰ-9-1】(5)は、双務契約において、受領遅滞・受領拒絶の場合に、債権者が債務者からの反対債務の履行請求を拒むことができないことを明示したものである。みずからが債務の履行のためにできるだけのことをしたにもかかわらず、債権者が受領をしなかった場合または債権者が受領拒絶の意思を明確にした場合に、債務者からの反対債務の履行請求が履行面での牽連性を根拠に同時履行の抗弁(または先履行の抗弁)で封じられるというのは、受領をせず、または受領を拒絶した債権者の行為態様に伴う不利益を債務者に負担させるもので、このような抗弁を債権者が持ち出すこと自体が誠実なものとはいえないと考えたことによる。
解説
1.総論
【Ⅰ-9-1】は、債務者からの履行の提供があったにもかかわらず債権者が受領をしなかった場合(従前の表現を用いれば、受領遅滞の場合)、または債権者の受領拒絶の意思が明確な場合(この場合には、もはや債務者からの履行の提供を要しないものと考えられる。)の効果を定めたものである
2.債務者の履行停止権
債務者の履行停止権については、現在の学説・実務では必ずしも意識的に議論されているものではない。しかし、債務者が履行の提供をした以上、債権者が履行に協力する態度を再びとるまでは債務者の履行停止が正当化されるべきである。そこで、【Ⅰ-9-1】(1)は、債権者が受領のために必要な準備を整えたうえでこの旨を債務者に対し通知するまでの間、自己の債務の履行を停止することができるものとした。
♣〔適用事例-1〕 Aは、Bに、大型テレビ(甲)を、代金後払の条件で売却した。引渡予定日に、Aは甲をB宅に持参したが、テレビの置き場所が確保できていないとの理由で、引取りを拒絶されたために、甲を持ち帰った。その後、Bは、Aに対して、「今日中に甲を持ってきてほしい」とのメールを入れた。このとき、Aが受領できる状態を整えて、かつ、その旨をBに通知していたのでなければ、Aは甲の引渡しを拒否することができる。
3.増加費用の債権者負担
増加費用の債権者負担は、受領遅滞を定める現民法 413 条の解釈において異論なく認め
られていたものである(なかでも、現民法 485 条ただし書きから推及するものが有力である。)。【Ⅰ-9-1】(2)は、これを受けて、学説において認められている準則を明文化したものである。
♣〔適用事例-2〕 Aは、Bに小麦 1 トンを売却した。引渡予定の日に、Aは、小麦 1トンをBに提供したが、Bによって引取りを拒否されたため、これを持ち帰った。その後、 Aは、この小麦 1 トンを保管するために、倉庫をCから賃借した。このとき、AはBに対して倉庫の賃貸料相当額の支払を求めることができる。
4.保管義務の軽減
現民法 413 条の解釈論として、学説では、受領遅滞の効果として現民法 400 条に定められた債務者の保管義務(注意義務)が軽減されることが説かれている。そこでは、債務不履行を理由とする損害賠償が問題となる場合に、受領遅滞前は「抽象的過失」が債務者に要求されていたのが、受領遅滞後は、免責のためには「具体的過失」で足りるとか、「重過失」で足りるというように説かれている(解除については、今回の改正提案で帰責事由不要の考え方が採用されているため、現状についての説明を省略する。)。
他方、今回の改正提案では、債務不履行を理由とする損害賠償について、過失責任の原則を否定し、「無過失」を免責事由としない考え方が採用されている。そして、これに代わるものとして、損害帰責の根拠を「契約の拘束力」に求める立場が採用されている(【Ⅰ-
7-1-1】の解説を参照)。このとき、受領遅滞・受領拒絶を理由に債務者のなすべきことが「具体的過失」または「重過失」に軽減されるとのルールを採用するのは、【Ⅰ-7-
1】・【Ⅰ-7-1-1】(1)の基礎にある損害帰責の基本原理に反する(受領遅滞・受領拒絶後の債務者の責任の極端な緩和をもたらすという不都合もある。)。この問題に関しては、履行の提供があったにも受領されず、または受領が拒絶された場合において、その後に生じた履行障害のリスクが債権者・債務者間の契約において債務者により引き受けられていなかったとき、はじめて債務者が損害賠償責任から解放されるべきものと捉えるのが適切
である。そうであれば、この場面での免責に関して、【Ⅰ-7-1-1】(1)とは別個のルールを設ける必要はないようにもみえる。
もっとも、他方で、債権者の受領遅滞・受領拒絶が、その後の債務者の保管義務に何らの影響も及ぼさないというのも不自然である。それゆえ、【Ⅰ-9-1】(3)では、履行の提供があったにも受領されず、または受領が拒絶された場合において、債務者の保管義務が軽減されることを認めたうえで、債務者の損害賠償責任からの免責を定める【Ⅰ-7-
1-1】(1)のもとで免責の可否を判断する際に債権者の受領遅滞・受領拒絶の事実を考慮しうるためのよりどころとした。
5.債権者の解除権の不発生
現民法 413 条の解釈論として、学説では、受領遅滞の効果として対価危険が債権者に移転するということが説かれている。双務契約において、受領遅滞後に債務者の責めに帰することのできない事由による履行不能が生じたとき、反対債務(債務者に対する債権者の反対給付義務)が存続するものとされているのである。
他方、今回の改正提案では、債務不履行一般に妥当する制度として、危険負担(対価危険〔契約の拘束力からの解放〕)の問題処理を解除制度に一元化する構想が示されている。ここで、解除制度への一元化構想をとる場合には、現民法下において受領遅滞の効果としてあげられている対価危険の債権者への移転に関する準則も、解除制度へと構成しなおすのが一貫する。
【Ⅰ-9-1】(4)は、解除制度への一元化構想を採用したときに、債務者からの履行の提供を受領せず、または受領を拒絶した債権者が、債務者が契約上の義務を尽くしたにもかかわらず生じた履行の不可能・期待不可能を理由として契約を解除することを認めないものとすることにより、債権者に契約から離脱する機会を与えないようにしたものである。契約から離脱する機会を与えないとすることで、債権者が反対債権(対価支払義務)に拘束されたままであること(=対価危険の債権者への移転)を債権者からの解除権の否定という形で表現したものである。
♣〔適用事例-3〕 Aは、Bに、絵画(甲)を売却した。引渡予定の日に、Aは甲をB宅に持参したが、Bにより引取りを拒否されたために、甲を持ち帰った。その後、A宅付近で大地震が発生し、甲が大破した。Bは、履行不可能を理由に契約を解除することができない。
このように、【Ⅰ-9-1】(4)は、現民法下で受領遅滞後の履行不能として処理されている問題を扱うものである。現民法下での処理と比較して、反対債務からの解放のために解除という形成的意思表示を要するか否か、履行不能による債務の消滅という枠組みを基礎とするか否かという点で違いがあるが、対価危険の処理という点では同質である。
6.債務者による反対債務の履行請求
【Ⅰ-9-1】(5)は、双務契約において、受領をせず、または受領拒絶をした債権者が債務者からの反対債務の履行請求を拒むことができないことを明示したものである。現在
の学説では、双務契約において、受領遅滞に陥った債権者はみずからの受領遅滞状態を解消するまでは債務者からの反対債務の履行請求に対し同時履行の抗弁権を出すことができないとするものも一部にあるが、多くは受領遅滞の効果として同時履行の抗弁権の排除までは導かない。
しかし、みずからが債務の履行のためにできるだけのことをしたにもかかわらず、債権者が受領をしなかった場合または債権者が受領拒絶の意思を明確にした場合に、債務者からの反対債務の履行請求が履行面での牽連性を根拠に同時履行の抗弁(または先履行の抗弁)で封じられるというのは、受領をせず、または受領を拒絶した債権者の行為態様に伴う不利益を債務者に負担させるもので、このような抗弁を債権者が持ち出すこと自体が誠実なものとはいえない。そこで、【Ⅰ-9-1】(5)を置き、受領遅滞・受領拒絶後の債権者は反対債務の履行請求を拒むことができないものとした。
♣〔適用事例-4〕 Aは、Bに、大型テレビ(甲)を、代金後払の条件で売却した。引渡予定の日に、Aは甲をB宅に持参したが、テレビの置き場所が確保できていないとの理由で、引取りを拒絶されたために、甲を持ち帰った。その後、Aは、Bに対してテレビの売買代金を支払うように請求した。このとき、Bは、受領できる状態を整えて、かつ、その旨をBに通知していたのでなければ、先履行の抗弁も、引換給付の抗弁も出せない。
♣〔適用事例-5〕 Aは、Bに雇われている工場労働者である。工場での労使紛争がこじれ、Aら労働者がBの工場に赴いたところ、会社が工場を不当に封鎖して、Aらは工場敷地内に入ることができなかった(履行の提供が可能であるが、受領拒絶された場合であり、受領遅滞が認められることを所与とする)。この状況が 1 か月続き、今日に至っている。 Aは、Bに対して、1 か月分の賃金の支払を求めた。このとき、Bは、支払に応じなければならない。先履行の抗弁も、引換給付の抗弁も出せない。
なお、次の〔適用事例-6〕は、以上で解説したことを総括する事例である。
♣〔適用事例-6〕 Aは、Bに、自己所有の中古バイク(甲)を売却した。引渡予定の日に、Aは甲をBのもとに持参したが、Bが引取りを拒絶した。その後、Aは、甲を自宅玄関前の路上にエンジンキーをつけたままで駐車していたところ、ある日、甲がなくなっていることに気づいた。この場合、Bは、AB間の売買契約を解除することができない(【Ⅰ
-9-1】(4))。Aは、Bに対して、甲の売買契約に基づいて売買代金の支払を求めることができる(【Ⅰ-9-1】(5))。他方、Bは、Aに対して、【Ⅰ-7-1】および【Ⅰ-
7-4】に基づいて、甲の価値に代わる損害の賠償(填補賠償)を請求することができる。いくら保管義務が軽減されるとはいえ、自宅前の路上にエンジンキーをつけたままで駐車していたバイクがなくなるという事態は売買契約において売主Aに割り当てられていたリスクというべきであり、Aは、甲の遺失をもって免責されない(もとより、売買代金債権との相殺は可能である。)。
7.関連する問題
(1)債務不履行そのものに債権者の義務違反が関与する場合--債権者の義務違反による履行不可能・期待不可能と債務者の解除権
現民法 536 条 2 項に対応する場合、すなわち、債務の不履行につき債権者の行為が介在する場合における解除権の成否(特に、〔従前の表現を用いれば〕履行不能となったことについて債権者に帰責事由がある場合)に関しては、【Ⅰ-8-3】を参照せよ。
(2)「弁済の提供」制度について
現民法には、債務者が弁済の提供をしたにもかかわらず、債権者がこれを受領しない場合における両当事者間の法的処理を担う制度として、弁済提供の制度(現民法 492 条・493
条)と受領遅滞の制度(現民法 413 条)とがある。この両者の関係について、伝統的学説も近時の学説も、受領遅滞につき法定責任説に立つか契約責任説に立つかに関係なく、多くは、492 条は債務者の責任からの解放(履行遅滞責任の免責)を定めたもの、413 条は受領をしなかったことを捉えての債権者からみた責任を定めたものとして、両者の対象とする領域を分離すべきだとしている。その場合、「弁済提供の効果」というときには、492条の効果を指すものとし、413 条の効果に「弁済提供の効果」を含めるべきではないことになる。
このとき、492 条は「弁済の提供→履行遅滞責任の免責」というルールを定めたものであって、そこでおこなわれているのは、「(債務の内容に照らして)おこなうべき提供行為をした」という債務者の行為に結びつけられた評価であり、「受領をしなかった」という債権者の行為に結びつけられたその他の効果と性質を異にする(この理解は、現民法起草段階での 413 条・492 条という 2 系統での規律の経緯とも合致する。)。
それゆえに、「弁済の提供→履行遅滞責任の免責」という現行 492 条・493 条に相当するルールを法典上で維持する場合、このルールは、「受領をしなかった」という債権者の行為(不作為)に結びつけられる効果を扱ったルールとは別条で規定すべきである。このように考え、【Ⅰ-9-1】、そして【Ⅰ-9-2】では、「履行の提供」(弁済の提供)という事実を要件として残しつつも、「履行の提供」(弁済の提供)による履行遅滞の免責に関する効果については、これに相当する規律を設けていない。後者については、【Ⅴ-1-1
1】(1)において、「債務者が、現実に債務の履行を提供した場合、債権者は、履行遅滞を理由とする損害賠償を請求することができず、履行がないことを理由とする解除をすることができない。」との準則が示されている。この点に関しては、【V-1-11】の解説を参照せよ。
[2]債権者による受領義務その他誠実行為義務の違反を理由とする損害賠償・解除
【Ⅰ-9-2】 (債権者による受領義務その他誠実行為義務の違反を理由とする損害賠償・解除)
債権者が受領義務その他xxに従い誠実に行動する義務を負う場合において、債
権者がこの義務に違反したとき、債務者は、債務不履行に関する規律に従い、債権
者に対して損害賠償を請求することができ、また、債務を発生させた契約を解除することができる。
〔関連条文〕
現民法 413 条・1 条 2 項・415 条・541 条以下
提案要旨
【Ⅰ-9-2】は、債権者が受領義務その他誠実行為義務(履行への協力義務)に違反したときに(債権者の誠実行為義務違反については、【Ⅰ-4-2】(2)を参照せよ。)、このことを理由に損害賠償請求権および契約解除権が債務者に与えられるべき場合があることを示したものである(なお、受領義務は、合意により成立することがあるのはもとよりのこと、合意がなくても、債権者の誠実行為義務〔協力義務〕の一内容として、個別具体の契約においてxxxに基づいて生じることがある。)。
解説
1.債権者の誠実行動義務違反を理由とする損害賠償・解除
【Ⅰ-9-2】は、債権者が受領義務その他xxに従い誠実に行動する義務履行への協力義務)に違反したときに、このことを理由に損害賠償請求権および契約解除権が債務者に与えられるべき場合があることを示したものである。債権者の受領義務・誠実行為義務については、【Ⅰ-4-2】(2)およびその解説を参照せよ(受領義務は、合意により成立することがあるのはもとよりのこと、合意がなくても、債権者の誠実行為義務〔協力義務〕の一内容として、個別具体の契約においてxxxに基づいて生じることもある。)。
このうち、受領義務違反に関しては、これまでの学説・実務では、受領遅滞の性質をめぐって、いわゆる債務不履行責任説と法定責任説の対立がみられた。典型的な債務不履行説は、およそすべての債権について債権者の受領義務を一律に肯定したうえで、この意味での受領義務違反を理由とする債務者の損害賠償請求権・契約解除権を認めるのに対し、典型的な法定責任説は、こうした債権一般に認められる受領義務を否定し、この意味での受領義務違反を理由とする損害賠償請求権・契約解除権を認めないというものであった。もっとも、法定責任説の立場にあっても、受領義務が契約上の合意から導き出される場合や「xxx上の受領義務」が認められるときには、受領義務違反を理由とする損害賠償請求権・契約解除権は認めるものが大勢であった。【Ⅰ-9-2】は、受領義務違反が契約またはxxxに基づいて肯定される場合に、「債務者の債務不履行」におけるのと同等の要件を充たせば債務者の損害賠償請求権・契約解除権が発生するものとしたものである。
加えて、【Ⅰ-9-2】は、上記意味での債権者の受領義務違反の場合のみならず、xxxに基づく債権者のその他の誠実行為義務(協力義務)違反の場合も対象とし、これらの義務違反の場合に、債務者の損害賠償請求権・契約解除権が発生するものとしている。
♣〔適用事例-1〕 水産業を営むAは、鮮魚専門商社Bに対し、Aが 2005 年 8 月から
2006 年 7 月にかけて水揚げしたサンマをすべて売り渡す旨の契約を締結した。ところが、
その年はサンマが豊漁で、魚価が例年の 2 分の 1 に暴落した。そこで、Bは、Aに代金を半額にするようにせまり、xxxの引取りを拒絶した。Aは、契約を解除したうえで、代金額とサンマの処分価格との差額を損害賠償として請求することができる。
♣〔適用事例-2〕 Aは、Bから 5 階建て単身者用マンション用建物の建築を請け負った。請負契約の中で、Bが敷地周辺住民の同意をとりつけた後にAが工事に着手することとされていた。ところが、契約を締結した後に、Bは、同意のとりつけに着手しようとせず、徒らに 3 か月が経過した。Aは、Bとの契約を解除することができる(これにより、Aには、別の顧客からの注文を受ける余裕ができることになる。)。
もとより、【Ⅰ-9-2】は、個々の契約類型で典型的に認められる受領義務その他の協力義務を、類型ごとに個別に規定することを妨げるものではない。
<参考>
【Ⅰ-4-2】 (債務の履行・債権の行使とxxx〔誠実行為義務〕)
(1) 債務者は、債務の履行に当たり、xxに従い誠実に行動する義務を負う。
(2) 債権者は、履行の受領その他債権の行使に当たり、xxに従い誠実に行動する義務を負う。
[3]受領強制
【Ⅰ-9-3】
(受領強制)
契約において債権者が履行を受領することを合意していたとき、債務者は、債権
者に対して、受領を強制することができる。
〔関連条文〕
現民法 413 条・414 条
提案要旨
(1) 【Ⅰ-9-3】は、契約において債権者が受領することが合意されていたときに、受領強制ができるとのルールを定めたものである。これは、受領することを内容とした契約上の合意があるときには、債権者に対して受領を求めることのできる債務者の地位が契約により保障されている点を考慮し、この場合には債務者に対する履行請求権を債権者が有している場合と同様に、債権者に対する債務者の受領強制を認めてよいとの考慮に出たものである。
(2) なお、受領することが合意されていない場合であっても、個々具体的な契約のも
とで、xxxに照らし受領義務が債権者に課される場合がある(債権者の誠実行為義務〔協力義務〕としての受領義務)。後者の場合の受領義務について、受領強制が可能かどうかについては、国内外で十分に議論がされていない。そもそも履行過程における債務者のxxx上の誠実行為義務についての履行強制自体についてすら、その可否を含め議論が成熟していない。それゆえ、【Ⅰ-9-3】では、受領が合意されている場合の受領強制についてのみ定め、xxx上の受領義務については、なお将来の議論の蓄積にゆだねることとした。
解説
【Ⅰ-9-3】は、契約において債権者が受領することが合意されていたときに、受領強制ができるとのルールを定めたものである。これは、受領することを内容とした契約上の合意があるときには、債権者に対して受領を求めることのできる債務者の地位が契約により保障されている点を考慮し、この場合には債務者に対する履行請求権を債権者が有している場合と同様に、債権者に対する債務者の受領強制を認めてよいとの考慮に出たものである。受領強制の内容と方法に関しては、履行強制に関する諸準則に従う。
もとより、大多数の場面では弁済供託を認めることで処理が可能であろうが、受領することを特に合意で引き受けている場合にその強制を否定する論拠に乏しいうえに、供託が現実に問題となりえないような場合には、受領強制を認める意味がある。
♣〔適用事例-1〕 Aは、Bからインド洋上の船舶(甲)に積載されているコーヒー豆を購入した。契約締結後にコーヒー豆の価格が暴落したことから、Aは、Bからの積み荷の引取りを拒絶するとの通知を出した。このとき、AB 間の売買契約中に受領することの合意があれば、Bは、Aに対して受領を強制できる。
なお、受領することが合意されていない場合であっても、個々具体的な契約のもとで、xxxに照らし受領義務が債権者に課される場合がある(債権者の誠実行為義務〔協力義務〕としての受領義務)。後者の場合の受領義務について、受領強制が可能かどうかについては、国内外で十分に議論がされていない。そもそも履行過程における債務者のxxx上の誠実行為義務についての履行強制自体についてすら、その可否を含め議論が成熟していない。それゆえ、【Ⅰ-9-3】では、受領が合意されている場合の受領強制についてのみ定め、xxx上の受領義務については、なお将来の議論の蓄積にゆだねることとした。