(1) ドイツの医療保険制度について、田中耕太郎「ドイツの医療保険制度に関する調査研究報告書」(健康保険組合連合会の HP)。
広島法学 43 巻4号(2020 年)- 234
ドイツにおける医療契約
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Ⅰ はじめに
ドイツでは、患者と医師もしくは病院との関係は、通常は、私法的性格を有する。このことは、私費の患者と開業医との関係のみならず、法定の健康保険(1)に加入する患者と契約医との関係にも当てはまる。私費または健康保険による患者が病院へ入院する場合も同様である。社会法典第5章(公的医療保険)76 条4項は、健康保険による患者の治療については民法の契約法に従った注意を義務付けていることから、通説は、健康保険による患者と医師ないし病院経営者との関係にも民法上の契約関係が直接に(病院経営者の属性にかかわらず)当てはまると考えていた(2)。そして、その後、立法者も明確にこれを肯定するに至っている(民法 630 条 a 第1項参照)。すなわち、立法者は、患者の権利法(BGBl. I S. 277)によって、医療契約を民法典の中に独立に成文化し、医療契約は特別の契約類型として民法 630 条 a から 630 条 h に規定された。
ただし、医療契約は、通常は、医師による活動の法的根拠となりうるが(民法 630 条 a 第1項)、個別に実施されるあらゆる医療措置の権限となるわけではない。個別の医療措置については、これを超えて、事案に即した正当化根拠(例えば、医学的適応性)が必要であり、加えて、患者の同意が必要である(民法 630 条 d)。医療措置は、患者の身体および精神の完全性への介入と
(1) ドイツの医療保険制度について、xxxxx「ドイツの医療保険制度に関する調査研究報告書」(健康保険組合連合会の HP)。
(2) BGH, Urteil vom 18.3.1980 - VI ZR 247/78, NJW 1980, S. 1452.
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なるからである。
医療を受ける場合には医療契約を締結するであろうが、契約を締結するという法律行為(医療契約)と、その医療を受けるかどうかの意思決定(医療同意)は分けて考えられなければならない。ただ、わが国では両者の関係がいまだあいまいであるようにも思われる(3)。本稿では、ドイツの医療契約法を概観するとともに、その中で患者の権利がどのように保障されているかを考察する(4)。
Ⅱ 医療契約の当事者
1 開業医による治療
患者の契約の相手方は、患者が相談をし、助言を求める医師であり、すなわち、診療所の所有者(Inhaber der Praxis)である。雇用された医師、助手、休日交替医によって治療される場合も、相手方は診療所の所有者である(5)。これに対して、主治医が、臨床検査医(Laborarzt)、病理医(Pathologe)、共同診察参加医(Xxxxxxxxxxxx)を使った場合は、主治医は、通常、患者の代理人として活動していると考えられ、主治医が患者の名においてそれらの医師との間で追加の契約を締結していることになり、患者は直接にそれらの医師に対して権利を取得し、義務を負担することになる(6)。医学上必要とされ、かつ、患者が予想しうる検査については、黙示の代理権授与が前提とされる(7)。しかし、それ以外については、患者の了解を得なければ無権代理となり、そ
(3) xxxx「医療ネグレクトに関する一考察」xxxx編『生命科学と法のxxx』(信山社、2018 年)230 頁以下参照。
(4) 本稿におけるドイツの医療契約法に関する叙述は、主として、Xxxxx Xxxxx/Xxxxxxxxx Xxxxxxxxxxx/Xxxxxx Xxxx, Arztrecht, 7. Aufl., München 2015, S. 59ff. によっている。
(5) Vgl. BGH, Urteil vom 16.5.2000 - VI ZR 321/98, NJW 2000, S. 2737.
(6) BGH, Urteil vom 29.6.1999 - VI ZR 24-98, NJW 1999, S. 2731.
(7) BGH, Urteil vom 14.1.2010 - III ZR 188/09, NJW 2010, S. 1200.
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の場合、それらの医師との契約については患者の追認(民法 177 条)が必要
となる。もし、患者が追認を拒絶した場合、主治医は民法 179 条に従って無権代理人の責任を負わなければならない。同時に、患者とこれらの医師との間には、事務管理の原則に従って、契約類似の関係も生じうる。このような共同診察活動は、共同治療とは異なり、単に診断や相談をその内容とする。これに対して、医師が他の専門分野の同僚を招く場合、通常は共同治療となる(ただし、その同僚が関わるのは特定の治療の局面に限られる)。治療におけるこのような様々な水平的分業の形態は、とりわけ損害賠償法上重要な意味を有する。
複数の医師が共同で職務を行うことで連携する場合、その具体的な協力形態は、一般の民法および会社法の原則に従って定まる。当事者がパートナーシップ組合(PartG)、有限会社(GmbH)、株式会社(AG)には至っていない場合は、民法上の組合となる。その具体的な形態は、当事者がどの範囲において、またどの観点から協力するかによって定まり、すなわち、民法 705 条の「共同目的(gemeinsamer Zweck)」が問題となる。類似または同じ専門領域の複数の医師が、対外的に一体として、共同の診察室、共同の施設、共同の精算において共同診療所(Gemeinschaftspraxis)を営み、その際、患者に対する個別の治療が、あるパートナー医師によるのと同じにように他のパートナー医師によっても提供されるとき、共同診療所のすべての医師は、患者に対して医療契約に基づいて履行責任を負う(8)。民法上の組合自体も契約の相手方にはなりうるが、医師による給付に過誤があった場合、個々の医師の責任も問題となる。すなわち、民法 31 条の準用によって、組合は契約違反についてのみならず組合員の不法行為についても責任を負うので、組合員は商法 128 条、129 条の準用によってこれらの債務についても責任を負わなければならない(9)。他方、共同での治療において、医師らが単に施設を共用している
(8) BGH, Urteil vom 25.3.1986 - VI ZR 90/85, NJW 1986, S. 2364.
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に過ぎず、患者に対して一体として対応しているわけではない場合は、個別に治療が行われているに過ぎず、主治医が契約の相手方になる。このような患者との関係は、内部的な取決めによって定まるのではなく、患者に対する対応(Auftreten)によって定まる(10)。
医師がパートナーシップ組合を結成し、患者に対して組合それ自体として対応しているときは、権利能力のあるパートナーシップ組合が契約の相手方となる(パートナーシップ組合法7条)。債務については、パートナーシップ組合のほか、原則上すべてのパートナーが連帯債務者として責任を負う(同法8条1項)。パートナーの一人が治療を単独で引き受けている場合は、組合のほかは、その医師のみが個人的に責任を負う(同法8条2項)。有限会社や株式会社についても、同様に会社のみが契約の相手方であるが、同時に不法行為に基づく主治医の責任は問題となりうる。
2 病院における治療
病院は、入院処置のほか、外来の治療(ambulante Behandlung)も提供する。外来診療病院の経営者と患者との契約は、開業医との契約に準ずる。外来診療部門が(契約医として認可を受けた)部長医によって運営されているときは、患者は部長医との間に契約関係が生じ、病院経営者との間には生じない(11)。部長医の不在中に当直の勤務医のみが診察をした場合も契約の相手方は部長医である(12)。これに対して、病院が直接に外来診療部門を運営しているときは、契約関係は病院の経営者との間に生ずる。すなわち、誰が病院の外来診療部門を運営しているかによって契約関係も決まることになり、また、社会保険法において外来の処置を施すことが認められ、報酬を受ける権利がある者は
(9) BGH, Urteil vom 3.5.2007 - IX ZR 218/05, NJW 2007, S. 2490.
(10) BGH, Urteil vom 8.11.2005 - VI ZR 319/04, NJW 2006, S. 437.
(11) BGH, Urteil vom 28.4.1987 - VI ZR 171/86, NJW 1987, S. 2289.
(12) BGH, Urteil vom 20.9.1988 - VI ZR 296/87, NJW 1989, S. 769.
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誰かということでもある(13)。ただし、病院経営者は病院に外来診療部門を開設している以上は組織としての責任は負わなければならない。例えば、外来診療部門を運営する医師に社会保険法上の契約医としての資格がなかった場合などは、民法 823 条 1 項(不法行為による損害賠償義務)に従って患者に対して責任を負わなければならない(14)。
病院における入院処置については、基本的には病院の資金調達に関する法制度によって定められている。具体的は、病院財政法(KHG)、病院診療報酬法(KHEntgG)によることになり、とりわけ精神医学、精神身体医学、精神治療学についは連邦入院費支給令(BPflV)が適用される(15)。患者との関係においては、これらの法令に従って3つの典型的な契約形態がある(16)。
通常は、病院の経営者が患者の唯一の契約相手である。したがって、統一的(einheitlich)または一体的(total)な病院契約が結ばれる。病院の経営者は、患者に対して、あらゆる医療給付(すなわち、民法 630 条 a 第 1 項にいう本来の「治療」)、ならびに、入院処置の範囲におけるあらゆる非医療給付(収容や食事の世話など)を行う義務を負う。これらを履行するため、病院経営者は、指導医ならびにその指示に従う医師、非医療サービス、職員を使用することができる。清掃や給仕のサービスのみならず、医療給付についても外部の者によって供給されるケースが増加している。すなわち、病院経営者と個別のケースについて雇用契約を締結した医師、または定期的に非常勤医師
(Honorarärzt)として活動する医師による医療が増えており、病院経営者はこのような方法によって医療の領域について負う義務の一部または全部を履行している。ただし、このよう場合においても、患者の契約の相手方は病院経
(13) BGH, Urteil vom 20.12.2005 - VI ZR 180/04, NJW 2006, S. 767.
(14) BGH, 前掲注(13), NJW 2006, S. 767.
(15) xxxx「診療報酬制度の構造と診療報酬決定過程」新潟 48 巻2=3号 59 頁(2015年)参照。
(16) xxxx「ドイツ 2013 年患者の権利法の成立」西南 46 巻3号 138 頁(2014 年)参照。
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営者のみである(17)。これと異なる合意をすることはできない。
契約病院(Belegkrankenhaus) では、自由業として活動する院外医師
(Belegarzt)(18)が治療行為を引き受け、院外医師がみずからそのサービスについて代金を請求する。契約病院は、院外医師による医療給付以外のもの、すなわち、収容、食事の世話、介護や薬剤のサービスなどについての給付義務を負う。したがって、患者はみずから院外医師との間で医療行為について契約を締結するとともに(医療契約〔Behandlungsvertrag〕)、病院との間では一般的な病院によるサービスについての契約を締結する(分離された病院契約
〔gespaltener Krankenhausvertrag〕)。なお、給付が不完全であった場合、その責任の所在を決する必要があるが、給付ならびに責任の範囲の厳密な限界付けはしばしば困難をもたらす(19)。
病院が医療給付も提供する場合、健康保険による患者も自己負担の患者も、追加的に個別に精算を行う医療給付を選択することができる(医療の選択的給付〔ärztliche Warlleistung〕)。この取決めには、通常、(病院所属の)どの医師からこの給付を受けるかの決定も含まれる。病院経営者は、この選択的給付を自ら引き受けて精算することもできるし、精算請求権を選択医師
(Wahlarzt)に譲渡することもできる。後者の場合、清算請求権を有する医師は、患者に対してみずから治療を行う義務を負う。病院診療報酬法(KHEntgG) 17 条3項、連邦入院費支給令(BPflV)16 条2文によれば、みずから報酬を請求し、選択治療に関与する医師は、報酬請求権を有すると同時に給付の義務を負う契約の相手方となるとされている(20)。院外医師と同様、選択医師が
(17) したがって、非常勤医師は、患者に対しては報酬を請求することができず、病院経営者に対してのみ請求できる。
(18) 院外医師とは、自由業で活動する医師であり、病院においてその施設やサービスを利用して患者を治療する。
(19) Vgl. BGH, Urteil vom 16.5.2000 - VI ZR 321/98, NJW 2000, S. 2737.
(20) BGH, Urteil vom 10.3.1981 - VI ZR 202/79, NJW 1981, S. 2002.
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医療給付に関して単独で契約の相手方になるのか、それとも、選択医師は選択的給付の手配義務を負う病院経営者と並んで契約と相手方になるに過ぎないのか、すなわち、その選択的医療給付が分離された契約なのか、あるいは一体的な(選択医師との追加契約を伴う)病院契約かについては、患者との取決めによって定まる。連邦通常裁判所は、追加の医療契約を伴う一体的病院契約を標準モデルとしている。すなわち、患者が医療の選択的給付について病院経営者の提案を受け入れたときは、病院経営者はその他の明確な取決めがない限りはこの給付についての義務を負うことになり、この給付に関する過誤については契約上および不法行為上の責任を負わなければならない(21)。というのも、特定の選択医師による選択的給付を選んだ患者は、通常、病院経営者を解雇しようとはしておらず、むしろ、追加的に給付を受け、選択医師と共に追加的な債務者を得ようとしているからである。連邦通常裁判所によれば、分離された病院契約のモデルに従って、法的義務が精算請求権を有する医師のみに帰せられるのは、患者による明確な指示がある場合に限られる。したがって、一般的な契約条件としてそのような内容の約款があったとしても、それだけでは足りない(民法 305 条 c 第1項)。しばしば、いわゆる
「圧力条項(Spaltungsklausel)」によって医療過誤による責任をすべて選択医師に押し付けようとすることがあるが、病院経営者が医療行為を契約上引き受けている限り、このような責任の制限は民法 309 条7号 a(生命、身体、健康の侵害の際の責任の排除の禁止)に反することになる。
3 患者側
(1)xx者
患者自身が医師と契約を締結しない場合もある。例えば、知人やホテル業者が患者のために医師を呼んだ場合、医師との関係は民法 164 条以下(代理)
(21) BGH, Urteil vom 18.6.1985 - VI ZR 234/83, NJW 1985, S. 2189.
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の一般原則に従う。すなわち、知人が他人の名で依頼する旨を医師に表示していない場合は、その知人が契約の当事者となる(民法 164 条2項)。知人が代理人として行為した場合は、患者がその知人に代理権を授与していたかどうか、または、当該患者が知人の無権代理行為を追認するかどうかが問題となる(民法 177 条)。患者との内部関係については、患者が知人に医師を呼ぶことを依頼していた場合は知人は委任に基づいて行動していることになるが、その他の場合は、事務管理が問題となる。
事故や病気、老齢のために法的な援助や保護が必要となる場合に備えて、xx者が信頼できる人物にいわゆる事前配慮代理権(Vorsorgevollmacht)を授与するケースが増えている(22)。必要な場合に患者の医療措置を手配することが信頼できる人物に委託(民法 662 条以下)されているとき、その者には医師ならびに病院・介護施設等の経営者としかるべき契約を締結する代理権も授与されている。その代理権に患者の医療措置への同意権も含まれうるかについては従前は議論があったが、1999 年の世話法(Betreuungsrecht)改正によって、医的侵襲への同意についても代理権を授与することが法律上認められた(民法 1904 条5項)。その場合、代理権は書面によって授与され、かつ、民法 1904 条1項1文または2項に挙げられた措置を明確に含むものでなければならない。ここで具体的に問題となるのは、健康状態の検査、治療行為および医的侵襲についての同意、不同意または(いったん与えた)同意の撤回であり、医療措置に際しての患者の身体の完全性への介入に関する決定である。他方、医療契約の締結については、書面による代理権授与は法律上厳密には必要とされていない。しかし、実務上は書面による授与が推奨される。代理権証書が提示されれば、医師は、その他の事情を知りまたは知りうべきでない限り、代理権を信頼することが許されるからである(民法172 条、173 条)。
(22) ドイツの事前配慮代理権(任意後見制度)について、拙稿「ドイツにおける任意後見制度の運用」公証法学 41 号1頁(2011 年)以下参照。
広島法学 43 巻4号(2020 年)- 226
老齢や精神疾患、精神障害のために自己の事務をみずから処理することができないxx者については、多くの場合、世話人(xx後見人)が選任され、世話人がその職務範囲においてxx者を法律上代理する(民法 1896 条、1902条)。世話裁判所が世話人に対して健康配慮(Gesundheitssorge)についての職務を委ねた場合、世話人は医療に関する契約を締結するだけでなく、治療措置に同意(Einwilligung)する権限も有することになる。なお、世話人は医療契約を締結することは常にできるが、他方で、医療措置への同意、不同意、同意の撤回に関しては、患者の推定的意思について世話人と主治医との間に意見の不一致があり、かつ、当該措置を行うこと、もしくは行わないことによって患者が死亡し、または重大かつ長期にわたる健康上の損害を被るような危険が存在するときは、世話裁判所の許可を得なければならない(民法 1904 条1項、2項、4項)。
なお、世話人が選任されていても、患者自身が継続的(民法 104 条2号、
105 条1項)または一時的(民法 105 条2項)な行為無能力ではない限り、すなわち、医療契約の締結に関して自由な意思決定をすることができない状態にない限りは、常にみずから医師との契約を締結することができる。旧法下の行為能力剥奪(禁治産)宣告とは異なり、世話人が選任されても被世話人の行為能力は制限されない。世話裁判所が例外的に同意の留保を命じ、かつ、その同意の留保が医療契約を含むものでない限りは(民法 1903 条)、被世話人はみずから医師との契約を締結することができる。患者自身が契約を締結できる場合は本人が契約を締結すべきであろう。世話人は本人が援助を必要とする場合のみ行動すべきだからである(23)。
(2)子、配偶者および生活パートナー
親が診察時間に子を医師の下に連れて行くとき、親は子のために必要な治
(23) Xxxxxx Xxxx, Rechtliche Betreuung und das Recht auf Freiheit, BtPrax 2008, 52f.
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療を手配するという親権(民法 1626 条)に基づく義務を果たしていることに
なる。そして、通常は、親自身が医師との契約を締結し、民法 328 条(第三者のためにする契約)に従って子はその契約に基づいて給付を受けることができる(24)。きわめて特殊な場合のみ、親は子の名で契約を締結するが(民法 1626 条、1629 条1項)、通常は契約の相手方(民法 630 条 a にいう「患者」)は親であり、治療を受ける子ではない。医師の措置によって子が負傷した場合、親は子の看護などのための費用の増加(扶養の負担の増大)を自己の損害として主張することができる(25)。
父母の一方のみが子とともに医師の下を訪れることもある。もし医療契約が例外的に子との間で代理によって締結される場合、民法 1629 条1項が適用
される。それによれば、父母の一方による契約の締結は、民法 1629 条1項4文が定める緊急の場合のみ許される。さらに、父母の一方は、他方が単独で行為する権限を明示または黙示で与えることができる。連邦通常裁判所によれば、軽い病気やけがなどの通常の治療ケースについては、特段の事情がない限りは、医師は子とともに現れた父母の一方が単独で決定することを前提にできる(26)。ただし、重大かつxxな決定が問題となるときは、医師は父母の双方の同意を得なければならない。しかしながら、通常は、子とともに現れた父母の一方が、子に対してではなく、自身ならびにそこには居合わせない(共同して親権を有する)他の一方の親に対して契約上の義務を負わせることになる。このように父母が共同で義務を負うことについては、父母の一方が民法 164 条以下に従って他の一方を代理するか、もしくは、民法 1357 条(配偶者の日常家事処理権)に従って共同して義務を負うことによって生ずる(27)。
民法 1357 条によると、配偶者の一方は、家族の生活の需要(Lebensbedarf)
(24) BGH, Urteil vom 10.1.1984 - VI ZR 158/82, NJW 1984, S. 1400.
(25) BGH, 前掲注(24), NJW 1984, S. 1400.
(26) BGH, Urteil vom 28.6.1988 - VI ZR 288/87, NJW 1988, S. 2946.
(27) BGH, Urteil vom 15.5.1991 - VIII ZR 212/90, NJW 1991, S. 2958.
広島法学 43 巻4号(2020 年)- 224
を適切に満たすための行為について、他方配偶者に対しても効力を伴う形でこれを行うことができる。それらの行為によって、諸事情から別段の結果が生じない限り、配偶者の双方が権利を取得し、義務を負担する。医学上必要とされ、急を要する医療行為を必要としている家族構成員(配偶者または子)のために医師に相談することは、通常は家族の生活需要に属する(28)。しかし、医師に助言を求めることも、「その他の事情から生ずる」結果(民法 1357 条
1項2文)によっては、扶養義務者の負担の範囲(民法 1360 条、1360 条 a)を超えることもありうる(29)。ここで重要となるのは、夫婦の関係が外観
(Erscheinungsbild)上どのように現れているかである(30)。選択的給付、延期可能な治療、医学上必要ではない措置についての「適切性(Angemessenheit)」の判断は、そのようなよりxxの事務についてもその夫婦が前もって合意するのが常であったかどうかによる。それに当たる場合には、民法 1357 条による共同の義務が生ずる(31)。登録された生活パートナーについては、生活パートナーシップ法8条2項によって、民法 1357 条が準用される。
夫婦が離婚または別居している場合(民法 1357 条3項)、民法 1357 条は適用されない。非婚生活共同体(nichteheliche Lebensgemeinschaft)においても適用されない。したがって、そのような場合は、有効な代理権がない限りは、原則において患者自身のみが、もしくは子に治療を受けさせる父母の一方のみが医療契約に基づいて権利を取得し、義務を負担する(32)。別居または離婚した父母の他方の責任は、事務管理の原則によれば、ここでは問題とならな
(28) 配偶者について、BGH, Urteil vom 13.2.1985 - IVb ZR 72/83, NJW 1985, S. 1394. 子について、BGH, Urteil vom 28.4.2005 - III ZR 351/04, NJW 2005, S. 2069.
(29) BGH, 前掲注(28), NJW 1985, S. 1394.
(30) BGH, 前掲注(28), NJW 2005, S. 2069.
(31) この問題のさらなる詳細について、xxxx「診療契約の家事行為性について ―ドイツの議論にみる」東京商船大学研究報告 47 巻 87 頁(1997 年)。
(32) BGH, Urteil vom 15.5.1991 - VIII ZR 212/90, NJW 1991, S. 2958.
223 - ドイツにおける医療契約(xx)
い(33)。
未xx者が一人で医師を訪れ、みずから医療契約の締結に向けた意思表示をする場合、本人が行為無能力であるときは、契約関係はそもそも生じない
(民法 104 条1号、105 条1項)。本人が制限的行為能力であるときは、法定代理人の有効な同意がある場合のみ、本人との間に契約関係が生じる(民法 106 条以下)。また、未xx者が法定代理人の使者としてその意思表示を伝え、医師側がそれを承諾することによって、医師と患者の法定代理人との間で(権利を取得する第三者としての)未xx者のための契約(民法 328 条)を締結することも可能である。いずれにせよ、契約の有効性は、親が治療について了解しているかどうかによる。なお、法定の健康保険に加入している未xx者は、15 歳以上であれば、自己に許される医療措置を要求することができ、ただし、医師はこれについて親に通知する義務がある(社会法典第 1 章 36 条
1項1文および2文)。もっとも、親はこの未xx者の権限を制限することもできる(社会法典第1章 36 条2項)。未xx者の社会法上の行為能力は、医療契約の締結も対象とすると考えられているが、他方で、医的侵襲への同意は社会保障給付を受けることには当たらず、社会法典第1章 36 条の対象では
ない(34)。したがって、法定の社会保険に加入する 15 歳以上の未xx者につい
ては、医師は差し当たり治療を開始することはできるが、実際には、社会法典第1章 36 条1項2文を理由としてだけでなく、医的侵襲のために必要となる追加的な親の同意を得るためにも、治療開始後ただちにその親に通知をしなければならない(35)。これについては一定の議論はあるものの、連邦通常裁判所は、判断能力を有する未xx者には、親との共同の決定権はあるが、単独の決定権はないとする。したがって、本人の同意だけでなく、法定代理人
(33) BGH, 前掲注(28), NJW 2005, S. 2069.
(34) Xxxxxxx Xxxxxxx, Xxx xxxxxxxxxxxxxxxxx Xxxxxxxxxxxxxxxxxx xxx Xxxxxxxxxxxxxx, XxxXX
0000, X. 000, 000x.
(35) BGH, Urteil vom 16.11.1971 - VI ZR 76/70, NJW 1972, S. 335.
広島法学 43 巻4号(2020 年)- 222
としての親の同意も必要となる。なお、法定の健康保険に加入していない未xx者については、医師は治療の開始前に親が子の治療に同意しているかどうかを確認しなければならない。医師が未xxの患者の情報を信頼する場合は、自己の危険において信頼しなければならない。未xx者法の原則と同様、善意の医師は保護されないのである。
Ⅲ 契約の締結
他の契約と同様、医療契約も申込と承諾によって行われる(民法 145 条以下)。多くの場合は、契約は患者が医師の下に赴くことによって黙示的に締結されている。特別な方式は原則上要求されていない。ただし、患者が法定の健康保険給付が対象としていない給付を求めるときは(いわゆる「個人的な健康給付(IGeL)」)、別個に取決めをする必要がある。通説は、この取決めについて書面の形式を要求しているが(36)、法律上明確に書面の形式が要求されているのは、一部の場合に過ぎない(社会法第5章 28 条2項参照)。
医療契約においても、原則において契約の自治ならびに契約締結の自由が認められる。患者は自分が治療してもらいたい医師を自由に選択することができる。このことは、法定の健康保険に加入している患者についても同様である。ただし、3か月以内に根拠のある理由なく医師を変えることはできず、緊急の場合にのみ、他の医師を利用することができる(社会法第5章 76 条1項1文および2文、3項)。患者がこの義務に反した場合は、その費用は患者が負担しなければならない(社会法第5章 76 条2項)。
患者が医師を自由に選択できるのと同様に、医師もその義務に従った裁量の範囲において治療したい患者を選択することができる。医師職業規則
(MBO)7条2項2文によれば、医師は、緊急の場合または特別な法律上の
(36) OLG Hamm, Urteil vom 16.8.1999 - 3 U 235/98, MDR 2000, S. 576.
221 - ドイツにおける医療契約(xx)
義務がある場合を除いて、治療を拒否する自由がある。医師は、職業法上、契約の締結を強いられることはない。ただし、医師は、職業法上、私情を交えて恣意的に行動することは許されない。すなわち、医師が病人の引受けを拒否する際には、客観的な理由が必要である。拒否が認められうる場合としては、信頼関係が欠如している場合、医師に過大な負担となる場合、医学的に不必要な治療が要求されている場合などが考えられる。
Ⅳ 契約の内容
1 契約類型
契約当事者の義務、報酬請求権の発生および弁済期、過誤についての責任、契約の解除などに関して重要となるのは、医師と患者との契約が民法典のどの契約類型に分類されるかである。ここで考えられるのは、雇用契約または請負契約である(民法 611 条以下、631 条以下)。二つの契約類型間での区別は容易ではない。というのも、両者は広い意味において一定の行為に向けられており、また、民法は請負においては活動の成功を、雇用においては単なる活動のみを要求するが、このドグマ的基準も実務上しばしば疑問視されているからである(37)。例えば、外科医が負う給付義務は、例えば盲腸を除去することについては、それを医学の最新の知見に配慮して行う「仕事(Werk)」として理解されてきた。患者の権利法の立法者は、これまでの通説(38)に賛同して、患者の医学的治療に関する医師との契約を雇用契約の特別類型として規定した(民法 630 条 b 参照)。雇用契約として分類されることの意義は、医師が医学的治療を成功させる義務までは負わないことにある。というのも、望まれる成功は、必ずしも医師の影響力の及ばない多くの要因に左右される
(37) BGH, Urteil vom 16.7.2002 - X ZR 27/01, NJW 2002, S. 3323.
(38) BGH, Urteil vom 9.12.1974 - VII ZR 182/73, NJW 1975, S. 305.
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からである。医師にこの危険を負担させるのは、当事者の意思にも、契約の役割にも合致しない。手術の執刀医も、他の医師と同様、現在の医学の(あるいは医師の技能の)水準に従って患者を治療することを期待されているのである(民法 630 条 a 第2項)。
民法 630 条 a 第1 項の医療契約は、患者の医学的治療(medizinische Behandlung)を前提としている。すなわち、病気、身体上の障害、身体上の苦痛、精神上の障害などについて、それを予防し、診断し、治療し、軽減するための、人の身体に対するあらゆる措置ならびに侵襲である(39)。もっとも、病気の治療に関する契約だけでなく、美容手術などのいわゆる「願望医療
(Wunschmedizin)」も対象となる。例えば、不妊術、去勢術、性転換、妊娠中絶、生殖医療であり、これらの措置はこれまで雇用契約と考えられていた。したがって、「医学的治療」とは、治療職(Heilberuf)〔医師、歯科医、精神療法医、治療師など〕および健康専門職(Gesundheitsfachberuf)〔xxx、理学療法士、治療体操指導員、作業療法士など〕によるより高度なサービスであり、医学的専門知識を必要とする人に対して行われるものである。これによれば、純粋な介護や看護のほか、薬剤や眼鏡その他の治療薬や補助具の手配などは、医学的治療には含まれないことになる。
もっとも、(雇用契約の特別類型としての)民法 630 条 a の医療契約に該当するかどうかどうかは、当事者の具体的な取決め内容にかかってくる。それゆえ、例えば、医師が物の製作および納入の義務を負う場合などは(義歯の製作とサイズ調整など)、請負に関する規定が適用される。しかし、義歯に関連して治療を行う契約になると民法 630 条 a の医療契約となる。ちなみに、もし治療が全体として失敗に終わったとき、技術的給付の過誤が失敗の原因であったとしても、契約全体についての効果は、雇用契約に従って判断される(40)。
(39) BT-Drucks. 17/10488, S. 17.
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なお、民法 630 条 a 以下は、患者の利益となる「医学的治療」に関する契約を想定している。したがって、他人の利益になる(fremdnützig)契約については(精子提供者、臓器や組織の提供者、被験者との契約など)、医療契約の規定においてその特殊性がどの程度適切に考慮されているかが入念に審査されなればならない(41)。
2 期間と終了
医療契約の終了については、雇用契約の規定に従う(民法 630 条 b、620 条以下)。医療契約の目的を達成すれば(例えば、病気の治癒)、契約関係は終了する。ちなみに、民法 627 条は、特別の信頼関係に基づく高度の種類のサービスが対象となっている権利関係についての解約告知を認めている。これは医療契約にも当てはまるので、重大な理由がなくてもいつでも解約できる。したがって、期限が定められた通常の解約告知は(民法 621 条、622 条)、医療契約に関しては実際上の意味をもたない。同様に、重大な理由に基づく特別の解約告知(民法 626 条)についても、通常は意味をもたないが、時宜を得ない(zur Unzeit)解約告知がなされる場合は(民法 627 条2項参照)、意味をもつ場合がある。
患者による解約告知については特別の制限はない。このことは、患者の自己決定権ならびに信頼を基礎とする医療契約の性質にも合致するものであり、職業法上も承認されている(42)。
これに対して、医師による解約告知が許されるのは、患者がサービスを損害なく早期に別途調達することができる場合に限られる(民法 627 条2項1
(40) OLG Koblenz, Urteil vom 7.1.1993 - 5 U 1289/92, NJW-RR 1994, S. 52.
(41) Xxxxx Xxxxx/Xxxxx-Xxxxxxx Xxxx/Xxxxxx Xxxxxxx, Handbuch des Arztrechts, 5. Aufl., München 2019, § 42 Rn. 65ff., 77ff.
(42) 医師職業規則(MBO)7条2項1文によれば、医師は、患者が医師を自由に交替させることができる権利を尊重しなければならない。
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文)。医師が時宜を得ない解約告知をした場合(例えば、緊急を要する侵襲の直前の解約)、医師は損害賠償義務を負う(同2文)。もっとも、この場合も、解約告知は原則において有効である。なお、時宜を得ない解約告知であっても、医師にとって契約関係の継続を期待できないような「重大な理由」(民法 626 条)があるときは、医師に損賠賠償義務はない。ただし、医師による解約告知権の行使は、一般法(例えば、刑法 323 条 c〔救助をしない罪〕)や職業法(医師職業規則7条2項2文参照)に基づく特別の制限に服する。それゆえ、患者が医師による治療を緊急に必要としている非常の場合、医師による解約告知や治療の拒否は許されない。
3 医師の契約上の義務
630 条 a 第1項の医療契約が締結されたとき、医師は患者の契約相手として合意した目的達成のために必要な医学的治療を行う義務を負う。その際、特段の約定がない限り、治療の時点における一般的に承認された専門的水準が維持されなければならない(630 条 a 第2項)。したがって、医師が病人を治療する際には、患者の疾病の治癒または苦痛の軽減を目的として、科学的な経験則に従って診断をし、企図される措置の医学的適応を確認し、患者に対して助言と説明を行い、簡便かつ迅速で侵襲の少ない方法によって治療を行わなければならない。
医師が患者に対して情報を提供し説明をする義務にはいくつかの側面がある。まず、医師が契約の目的を促進するためにどのように行動しなければならないかを患者に説明することによって、医師による治療の成功をより確実にすることができる。治療に関する情報提供義務については、民法 630 条 c第2項1文が定めている。これは、これまで判例・学説において発展してきた「保全説明(Sicherungsaufklärung)」ないし「治療上の説明(therapeutischer Aufklärung)」の原則を明文化したものである(43)。とりわけ、健康保険の対象となるかどうかといった、治療の経済的効果に関する情報提供はますます重
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要となっており、これについては、民法 630 条 c 第3項が定めている。また、民法630 条c 第2項2文によれば、治療の過誤が推測される事情がある場合は、患者の照会に応じて、または健康上の危険を回避するために、医師はその事情について患者に情報提供しなければならない。なお、治療を延期することができない場合、患者が情報提供を明示的に放棄した場合は、医師は患者に対する情報提供義務を負わない(民法 630 条 c 第4項)。また、患者に治療に関する十分な知識がある場合や、情報提供によって患者の生命や健康を危険にさらす恐れがある場合も、医師に情報提供の義務はないと考えられている(44)。
以上の情報提供義務とは区別されるものして、患者の自己決定のための説明義務がある(民法 630 条 e)。この説明義務は、特定の医療行為の実施について患者が自己の責任において決定を行うことができるように、患者にその知識を得させることである。医師による説明は、患者が医療措置のために必要とされる同意を与える際(民法 630 条 d 第1項1文)、実際の状況に即して自己決定権を行使することに役立つ。それゆえ、この同意は、患者の自己決定のための説明の要件を満たす場合のみ有効である(民法 630 条 d 第2項)。この説明義務は、民法 630 条 c による治療ならびに治療の過誤に関する情報提供義務との関係では、その内容というよりも、その機能や目的において区別される。
患者の治療記録の資料整備も、医師が細心の注意を払って患者を治療するための契約上の義務の一部であり(民法 630 条 f 第1項1文)、また職業法上の義務である(医師職業規則〔MBO〕10 条参照)。この義務には、「専門的見地からみて現在および将来の治療のために重要となるすべての措置およびその結果」を記録に記載することも含まれる(民法 630 条 f 第 2 項)。さらに、
(43) BT-Drucks. 17/10488, S. 21.
(44) BT-Drucks. 17/10488, S. 23.
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患者記録の「訂正および変更」も識別できるようにしておく義務がある(民法 630 条 f 第1項2文および3文)。これは、証拠物件としての患者記録の意義を考慮したものである(45)。資料整備は、医師のためではなく患者のために行われるのであり、患者の治療ならびに健康の保護に資するものである。それゆえ、患者はいつでも自身の患者記録の閲覧や謄本を請求することができる(民法 630 条 g)。
医師が守秘義務を負うのは、医師と患者との間の特別の信頼関係に基づく。この信頼関係が、個人情報に関する患者の自己決定権を尊重することを医師に義務付けている。したがって、医師には裁判所での証言拒否権があり(民事訴訟法 383 条1項6号、刑事訴訟法 53 条1項3号)、刑事手続における押
収の禁止も適用される(刑事訴訟法 97 条)。この義務に違反した場合、民事法上は債務不履行および不法行為が問題となり、刑事法上も処罰される(刑法 203 条1項1号〔職業上知りえた秘密の漏洩〕)。
原則において医療契約は契約当事者を個人的に結びつけるものである(民法 630 条 b、613 条1文)。したがって、医師の職務としては、患者の状態をみずから把握し、第三者の報告を精査することなく借用せず、重要な診断はみずから行うことが常に要求される(46)。患者の自宅への往診の義務も医療契約から生じうる(47)。このような個人的給付が原則であるが、給付が委託されうるものであり、それが医師の監督と指示の下に行われ、患者の同意(黙示でもよい)がある場合は例外である。
一体的病院契約においては、追加の取決めがない限り、病院経営者は患者に対して相応の資格を有する(専門)医師による必要な治療を提供すればよく、患者は、通常は、特定の医師(とりわけ部長医)によって治療され、手術されることを要求する権利は有していない(48)。それゆえ、患者による手術
(45) BT-Drucks. 17/10488, S. 26.
(46) Laufs/Kern/Rehborn, 前掲注(41), § 46 Rn. 3ff.
(47) BGH, Urteil vom 20.2.1979 - VI ZR 48/78, NJW 1979, S. 1248.
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への同意の有効性は、執刀医がだれであるかの説明がなされているかどうかによっては影響を受けない。ただし、患者が特定の医師によって手術されることを明確に希望している場合は、他の医師が侵襲を行うことは許されない(49)。しかし、原則においては患者には特定の執刀医を希望する権利はなく、ただ、疾病の種類と重大性から特定の医師による執刀が必要である場合には、例外的に病院経営者はその医師による執刀を保証する義務がある(50)。
分離された病院契約の場合は、追加の医療契約を伴う一体的病院契約と同様、患者は院外医師や選択医師に対して個別に医療サービスを要求することができる。したがって、それらの医師は、自身の専門分野を特徴づける核となる給付など、自身の専門知識が問題となるすべての医療活動をみずから行わなければならない。ちなみに、特段の約定がない限り、付随的な個別の措置については、当該医師による指導・監督の下に資格を有するスタッフによって実施することは許される(51)。患者が外科医による選択的医療給付を要求する場合、患者が信頼を寄せるところの執刀医によって手術が行われることはその患者にとっては重要な問題であり、このことは選択医師との追加的契約から明らかであるので、侵襲が個人的に行われることについての追加的な取決めは必要ない。ただし、選択医師が患者との間で特別の取決めをしている場合は、本来は選択医師が個人的になすべき給付についても、他の医師によって代理されうる。なお、連邦通常裁判所によれば(52)、このような個人的な取決めは書面によってなされなければならない。なぜならば、これは選択的給付の取決めの変更に当たり、変更については病院診療報酬法(KHEntgG)17条2項1文が書面によることを要求しているからである。また、このような
(48) BGH, Urteil vom 11.5. 2010 - VI ZR 252/08, NJW 2010, S. 2580.
(49) BGH, 前掲注(48), NJW 2010, S. 2580.
(50) OLG Stuttgart vom 3.12.1985 1a U 4/85, MedR 1986, S. 201.
(51) BGH, Urteil vom 20.12.2007 - III ZR 144/07, NJW 2008, S. 987.
(52) BGH, 前掲注(51), NJW 2008, S. 987.
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代理の可能性や、追加払いなくそのつど勤務中の医師によって治療される可能性については、前もって患者に明確に示されていなければならない。なお、定形書による取決めの場合は、民法 308 条4号、307 条2項に従って、それが予見できないような障害が発生した場合に限定されており、かつ、医師料金規則(GOÄ)4条2項3文、5条5項が定める「常任の医師である代理人」を名前を挙げて指名している場合のみ有効である。
4 患者の契約上の義務
(1)私費の患者
私費の患者は医師に対して医療契約に基づいて報酬を支払う義務を負う
(民法 630 条 a 第1項)。加えて、患者は治療に協力し、その成功に寄与し、医師の措置を支援し、医師の指示に従い、さらには病気に関して医師が禁止する行為を控えなければならない(民法 630 条 c 第1項)。これらの義務に違反した場合、法的に不利益を受けるおそれがある(たとえば、民法 254 条の共同の故意・過失ありとされるなど)。主たる義務に反した場合は、医療契約は即時に解除され、または、損害賠償が請求されうる。たとえば、患者が予約診療の日時に無断欠席した場合などである。
当事者が報酬について契約締結の際に明確に取り決めていなくても、医師はその活動についての適切な報酬を請求することができる。これは、医師が医療契約の範囲においてサービスを給付する通常のケースについてだけでなく、医師が製作物に対して債務を負う例外的なケースについても同様である
(民法630 条a 第1項、630 条b、612 条、632 条)。報酬の額は医師料金規則(GOÄ)および歯科医師料金規則(GOZ)によって定まる。これらは強行法である。これらの規則による契約の自由に対する制限は、自由業としての(利益を上げることのみを目的とするのではなく、患者のサービスのために働く)医療職の利益のために、また患者の保護のために正当化される。さらには、医師はその報酬について職業法の規制にも配慮しなければならない(医師職業規
213 - ドイツにおける医療契約(xx)
則(MBO)12 条参照)。
(2)健康保険による患者
法定の健康保険による患者については、契約に基づく報酬請求権の代わりに、契約医が構成員となっている保険医協会(KV)に対して、社会法上の報酬請求権が成立する(社会法典第5章 87 条 b)。このようにして、契約医は保険医協会がその構成員のために健康保険組合(krankenkasse)と合意した総報酬から分配を受ける(社会法典第5章 85 条)。承認を得た病院での健康保
険による患者の治療については、病院経営者は社会法典第5章 108 条、109条に従って社会法上の請求権を健康保険組合に対して取得する。社会法上の報酬請求権は社会裁判所の管轄に属する。
健康保険による患者と契約医もしくは病院経営者との間の契約は、患者の費用負担はないことが想定されているが(民法 630 条 a 第1項参照)(53)、例えば、患者が現物給付の代わりに健康保険組合による費用の償還を選択した場合(社会法典第5章 13 条2項)、あるいは、健康保険組合の給付目録にない医療給付(個人的な健康給付〔IGeL〕や入院中の選択的給付)を別個に合意した場合は、健康保険医よる患者に対する報酬請求権が生じうる。
保険による保障については、原則において、患者が危険を負担しなければならない。それゆえ、患者は担当の機関に対して費用補償について明確にしなければならい。したがって、医師は、法律上予定されている報酬については、原則において、健康保険による保障とは無関係に、患者に対して請求することができる(54)。ただし、医師が保険による保障が疑わしいことを認識できるときは、医師はこれについて患者に指摘しなければならない。医師が不注意でその指摘をしなかった場合、医師は民法 630 条 c 第3項に基づく契約上の
(53) BGH, Urteil vom 10.1.1984 - VI ZR 297/81, NJW 1984, S. 1820.
(54) BGH, 前掲注(28), NJW 2005, S. 2069.
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情報提供義務に違反したことになり、それによって生じた費用を損害賠償として引き受けなければならない(民法 280 条1項、249 条以下)。医師と患者の双方が健康保険組合が費用を負担するものと過失なく錯誤によって信じた場合は、その医療契約は主観的行為の基礎を欠くため変更されなければならない(民法 313 条2項)。その場合、患者は法律上規定されている報酬を支払わなければならない(55)。
Ⅴ 緊急の場合
医師が、意識を失っている者、その精神状態により行為能力を有しないxx者(民法 104 条2号)、法定代理人の同意のない未xx者を処置するとき、有効な契約は成立しない。法定代理人と連絡を取ることができず、あるいは、法定代理人をすみやかに選任することができないときは、医師は事務管理(民法 677 条以下)によって、また、身体の完全性への介入が問題となる場合は、患者の推定的同意(民法 630 条 d 第1項4文)に基づいて、患者を治療することができ、または治療しなければならない。なお、民法 681 条1文に従って、医師は患者の生命に関わる、または絶対的に医学的適応性のある医療措置を実施することができるが、それ以外の措置については、患者がみずから決定できるまで待たなければならない。
医師の活動が、患者の利益および患者の実際のもしくは推定的な意思に応ずるものであるとき、医師は費用の償還を求めることができる(民法 683 条
1文、670 条)。原則において、給付したサービスに対する報酬を請求することはできない。ただし、そのサービスが事務管理者の職業および営業に属する場合は、事務管理者は通常の報酬を請求することができる。このことから、医師には契約上の根拠がなくとも通常の報酬を請求する権利はある。もっと
(55) BGH, 前掲注(28), NJW 2005, S. 2069.
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も、医師がこのような緊急の治療を職業活動として行なう場合は、事務管理者の責任を故意また重過失がある場合に限定する民法 680 条を適用すべきでないとの見解が有力である(56)。もとより、医師が偶然通りかかった通行人として給付を行なう場合はこの限りではない(57)。
被請求者は、通常、医師によって「事務(Geschäft)」を施された患者である。ただし、その他の者が患者に対して扶養義務を負っており、医療行為もその扶養義務に含まれるときは、その者が医師に対して報酬を支払う義務を負う
(民法 683 条2文、679 条、670 条)。もとより、扶養義務者に対する償還請求が認められるのは、医師による救助が緊急を要するために、扶養義務者にしかるべき通知を行なったとしても(民法 681 条 1 文)、適時に扶養義務が履行されない場合に限られる(679 条)。患者の配偶者との関係においては、民法 1357 条が優先的に適用されるので、事務管理は問題とならないとされる(58)。したがって、扶養義務者への償還請求が実際に問題となるは、多くの場合は子に対する緊急治療である。
事務管理から生ずる困難な問題も、その後に無効な契約を追認し(民法 141 条)、あるいは医師と患者が契約の締結を追完することによって回避することができる。これによって医師は給付したサービスについての報酬を請求することができる。
Ⅵ おわりに
ドイツでは、契約を締結するという法律行為(医療契約)と、その医療を受けるかどうかの意思決定(医療同意)は明確に区別されている。
xx者については、いわゆる事前配慮代理権が授与されている場合(任意
(56) Vgl. Laufs/Kern/Rehborn, 前掲注(41), § 47 Rn. 15.
(57) OLG München, Urteil vom 6. 4. 2006 - 1 U 4142/05, NJW 2006, S. 1883.
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後見)でも、医療契約を締結する代理権とは別に、医療措置への同意権も認められるためには、代理権は書面によって授与され、かつ、当該措置を明確に含むものでなければならない(民法 1904 条5項)。健康配慮についての職務を委ねられた世話人(法定後見人)も、医療契約を締結することは常にできるが(民法 1902 条)、医療措置への同意については、世話人と主治医との間に意見の不一致があり、かつ、患者にとって重大な危険が存在するときは、世話裁判所の許可を得なければならない(民法 1904 条1項、2項、4項)。
また、法定の健康保険に加入している未xx者は、15 歳以上であれば、社会法上の行為能力があり(社会法典第1章 36 条1項)、医療契約を締結することはできるが、医的侵襲のためには親の同意は必要であり、治療開始後に医師はただちにその親に通知をしなければならないと考えられている。もとより、法定の健康保険に加入していない未xx者については、医師は治療の開始前に親が子の治療に同意しているかどうかを確認しなければならない。
さらに、医師による説明義務においても医療契約と医療同意の区別は十分に意識されている。すなわち、①医師が契約の目的を促進するためにどのように行動しなければならないかを患者に説明することによって、医師による治療の成功をより確実にすることができるという趣旨における説明義務と
(630 条 c)、②特定の医療行為の実施について患者が自己の責任において決定を行うことができるように、患者にその知識を得させるための説明義務があり(630 条 e)、両者はその機能や目的において区別されているのである。
ドイツでは、医療契約は雇用契約であることを基礎としつつ、その特性に配慮して、民法典にあらたに特別の規定を設けた。これによって、患者の権利の強化が図られたと評価できよう。今般のわが国の債権法改正においては医療契約を民法典に規定することは見送られたが、医療特有の説明義務など医療契約の特殊性もあり、以上のようなドイツの法状況は、わが国にも一定の示唆を与えてくれるように思われる。