(2)相続税の沿革については、武田昌輔監修『DHCコンメンタール相続税法』(第一法規)参照。
土地等の売買契約締結後に相続が開始した場合の課税財産及び評価等について
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税 務 大 学 校研 究 部 教 育 官
1 研究の目的、問題点等
土地等の売買契約成立後、その契約に係る引渡しが未了の状態で売主又は買主に相続が開始した場合における相続税の課税財産がその取引の対象物である土地所有権であるのか、あるいは契約によって成立した売買代金請求権や土地の引渡請求xxの債権であるかということは、原則として民法等の規定に基づく私法上の法律関係を前提として考えなけばならないが、相続税法あるいは評価通達ではこれらの取扱いについて特に定められた規定はない。また、相続税の課税価格に算入すべき価額について相続税法22条は、「特 別の定めのある場合を除き、相続又は遺贈により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による」と規定し、いわゆる時価主義を定めているが、売買契約中の財産についての具体的な評価方法について定めた規定もない。このような中、売買契約中の相続財産については、特に実際の売買価額と相続税評価額との間の乖離が大きいものほど課税関係に大きな影響を及ぼすとともに、相続税の負担に大きな差異が生じることとなり重要な問
題であることから、その取扱いは慎重かつxxでなければならない。
本研究では、土地等の売買契約中に売主又は買主に相続が開始した場合における相続税の課税財産及び評価について、判例及び学説等の動向を踏まえながら考察するとともに、更に租税特別措置法69条の4(小規模宅地等の課税の特例)の趣旨にかんがみ、売買契約中の土地等について本特例が適用できるか否かという点について検討する。
2 研究の過程等
(1)判例の動向
売主に相続が開始した場合の事例として最高裁として初めて判断を示したものが最二小判昭和61年12月5日である。すなわち、「たとえ本件土地の所有権が売主に残っているとしても、もはやその実質は売買代金債権を
確保するための機能を有するにすぎず、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきであって、課税財産となるのは売買残代金債権である」とし、また、その価額は、具体的売買契約により顕在化している契約上の取引価額であると判示しており、その後の下級審判決においても踏襲されている。
一方、買主に相続が開始した場合の事例について最二小判昭和61年12月
5日は、買主は相続開始時点では所有権を有しておらず、相続税の課税財産に含まれるものは、土地の所有権移転請求xxの債権的権利であり、その財産の価額は、当該土地の売買契約における売買価額であると判示している。つまり、客観的な取引価額を顕現する売買契約が課税時期の直近において成立しているなど、その適正な時価が何らかの方法で明確にされている場合には、あえて評価通達を用いる必要はなく、その取引価額をもって時価とすべきであるということである。
ただし、売買契約成立時から相続開始までに長期間経過した場合の事例において、最三小判平成5年5月28日は、その相続財産は所有権移転請求xxの債権的権利であるとしながらも、評価額については、当該売買の対象となった農地の売買代金ではなく、農地と同一の財産的価値(相続税評価額)を有しているものと解するのが相当であると判示している。
そして、これらの判例を受けて現在の課税xxxの考え方としている。
(2)学説の動向
相続税の課税財産について学説は、その財産の評価額が問題であり財産の種類にはこだわらないとする説もあるが、売主死亡の場合においては、
①土地所有権自体を課税財産とする説、②売買代金債権を課税財産とする説があり、買主死亡の場合においては、多くは所有権移転請求権であるとしている。
また、当該財産の評価についてであるが、問題は、地価の上昇時又は下落時のいずれの時期においても相続開始時における相続税評価額と実際の取引価額とに乖離が生じていることである。それゆえに学説は、xx的な
問題として相続税法22条の「時価」の解釈としての評価通達の意義と性質、行政先例法性との関係、取引価額との乖離等の問題を中心に展開していく が、結論として①評価通達に基づいて評価するとする説と、②売買契約に よって具体的な取引価額が明らかとなっているためその取引価額で評価す るとする説とに分かれる。
(3)検 討
イ 相続税課税における「売買契約中」の期間
農地の売買において、農地法上の転用未許可等の状態での取引が多方 面にわたって行われている現状を考えた場合、私法上の契約に基づく 所有権移転時期が直接相続税の課税に影響するとしたのでは、例えば、前述のような売買契約成立時から長期間経過しているような事例に対 応できない。これは、相続税の課税上において「売買契約中」という 期間をどのように捉えるかという問題であるが、現行の課税xxxの 考え方ではこの取扱いが適用される範囲は、原則として土地等の売買 契約後、当該土地等の売主から買主への資産の引渡し前に売主又は買 主に相続が開始した場合であり、代金の決済という経済的側面は特に 重視していない。しかし、相続開始日において既に代金の決済を了し ているような場合においては、私法上の契約に基づく所有権移転とい う法律関係よりも、むしろ売買代金の受渡しという経済的実質に重き をおいて相続税の課税関係を整理すべきであろうと考える。もっとも 通常の取引においては、売買物件の引渡しと売買代金の受渡しとはほ とんどが同時期になるものと考えられることから、売買契約中に買主 に相続が開始した場合において、農地法上の所定の許可等が未了であ ったり、あるいは所有権移転登記が未了であった場合でも、原則とし ては物件の引渡しが完了しておれば相続税の課税価格に算入すべき財 産は土地所有権とし、当該財産の評価は、相続税評価額によることと なるのであるが、まれに物件の引渡しと売買代金の決済の日が異なる 取引が行われた場合には、契約に係る売買代金の決済を了しておれば
ここでいう「売買契約中」の期間からは除外すべきであると考える。ロ 売買契約中の課税財産等
土地の売買契約締結時における当事者に帰属する債権債務関係は、売主側は、債権として売買代金請求権を、債務として所有権移転義務を有し、一方、買主側は、債権として所有権移転請求権を、債務として代金支払債務を有することになる。そして、売主には所有権が留保されていることから当該土地所有権が存することとなる。これらの財産債務のうち、相続開始時において金銭に見積もることができる経済的価値のあるものが課税財産となり(相基通11の2-1)、現に存すると認められる債務が債務控除の対象になる。この場合に土地の売買契約中に売主と買主が同時に死亡したときを考えると、双方の債権債務関係は、それぞれ表裏一体の関係になるものと考える。
また、売買契約中における土地所有権に関して、買主側は、売買契約に基づく義務が履行されておらず当該財産の所有権が買主に移転していないことから、判例、学説のとおり所有権自体を課税財産とみることはできないが、売主側は、売買契約中であるとはいえ所有権が留保されている以上、土地としての経済的価値はあると認められることから、相続税の課税財産を構成するものと考える。そして、このように解することは、売主側において、土地所有権と当該土地の所有権引渡義務が等価であることを考えると、売買残代金請求権だけが残ることとなり、前述の売主に相続が開始した場合の判例と結果的に同じことになる。更には売主と買主の双方の課税関係において整合性がとれることになる。
ハ 評 価
相続税の課税価格に算入されるべき財産の価額は、相続開始時におけ る客観的な交換価値による価額によるのであるが、評価通達による評 価額が相続税法22条における時価であるということを考えた場合には、評価通達説の立場は明快であるように思われるが、同説においては、
余剰債務額の発生の問題が解決できない。これに対して、取引価額説が説くように相続開始時の直近に土地等の売買契約が成立しているなど、その客観的な価額が取引価額という形で明確になっている時までも当該土地等の時価を評価通達により算定することは、かえって相続税法22条の趣旨に照らして不合理であるばかりでなく、租税負担のxxをも害することになり、このような場合には、評価の原則に立ち返って実際の取引価額をもって時価とすべきであると考える。
ニ 小規模宅地等の特例の適用
小規模宅地等の特例の適用については、売買契約中の課税財産の性質が債権的なものであるとするならば、条文の規定から本特例における特例適用土地等の範囲を「債権」にまで拡大することは適当ではないと考える。一方、買主に相続が開始した場合の課税財産に「土地等」が含まれていないからといって本特例の適用を認めないとするのは、本特例が居住若しくは事業を継続していく上で欠くことのできない資産で生活基盤及び社会的基盤の継続などのために不可欠であり、相続人等の税負担の軽減を目的として創設されたものであるという制定の趣旨からして不合理であるとも考えられる。現に、本特例の取扱いとして、事業用建物等や居住用建物の建築中等に相続が開始した場合において、本特例が設けられている趣旨から本特例の適用を認める取扱いをしているものもある。このように考えると、たとえ課税財産の種類が「債権」であったとしても、本特例の制定の趣旨からその適用を認める余地はあるものと考える。しかし、本特例が政策的に制定されたものであり、条文の規定が特例適用対象を「土地等」に限定している以上、その解釈は厳密でなくてはならず、このような拡大解釈をすべきではないと考える。
3 結 論
以上のことから、売買契約中における課税財産は、売主に相続開始があっ
た場合は、所有権である土地及び売買残代金請求権が課税財産となり、所有権引渡義務が債務控除の対象となる。一方、買主に相続開始があった場合には、所有権移転請求xxの債権が課税財産となり、残代金債務額が債務控除の対象になるものと考える。また、その評価は、売買価額が通常成立すると認められる取引価額に比し著しく異なるところがないものであれば、その取引価額をもって相続開始時における時価とすることが適当であると考える。そして、このような取扱いをするのは、原則として売買契約締結日から売主から買主への財産の引渡しの日前に売主又は買主に相続が開始したときとするのが相当であるが、ただし、契約に係る売買代金の決済を了しておればここでいう「売買契約中」の期間からは除外すべきであると考える。
なお、小規模宅地等の特例の適用については、売買契約中の課税財産に本特例の適用要件である「土地等」が存在する場合に限り適用があるものと解する。したがって、現行法上では売主側においては他の適用要件を具備する限り本特例の適用はあり、買主側においては、特例の趣旨からは特例の適用を認める余地はあると考えるが、特例適用の対象となる課税財産の種類を所有権移転請求権のような「債権」にまで拡大することには何らかの法的措置等が必要であると考える。
はじめに 511
第1章 序 説 513
第1節 わが国の相続税制度 513
第2節 相続税の課税財産 515
第3節 相続税法上の財産の価額 517
1 相続税法上の「時価」の意義 517
2 地価公示価格 518
第4節 相続税法上の債務控除 521
第2章 評価通達の意義と役割 524
第1節 通達等の位置付け 524
第2節 評価通達の意義と性質 526
第3節 評価通達の行政先例法性 528
第4節 時価と相続税評価額の乖離について 531
第3章 課税xxxにおける取扱い 534
第1節 以前の考え方 534
1 所有権の移転時期が明らかである場合 534
2 所有権の移転時期が明らかでない場合 535
3 売買契約が行われた土地が農地である場合 535
第2節 現行における考え方 536
1 売主に相続が開始した場合 536
2 買主に相続が開始した場合 537
第3節 評価通達によらない「時価」の取扱い 537
1 相続開始前3年以内の取得資産の特例 538
2 負担付贈与等に係る土地等の贈与税の評価 540
3 路線価等によらない場合の評価額 541
第4節 所得税における課税時期の取扱い 542
1 所得税法上の収入すべき時期 542
2 譲渡所得における収入すべき時期の取扱い 543
第4章 判例等の動向 547
第1節 売主に相続が開始した場合 547
1 最高裁第二小法廷昭和61年12月5日判決(事例1-1) 547
(1)事案の概要 547
(2)判決要旨 548
2 名古屋高裁平成12年11月29日判決(事例1-2) 550
(1)事案の概要 550
(2)判決要旨 551
第2節 買主に相続が開始した場合 553
1 最高裁第二小法廷昭和61年12月5日判決(事例2-1) 553
(1)事案の概要 553
(2)判決要旨 554
2 最高裁第二小法廷平成2年7月13日判決(事例2-2) 555
(1)事案の概要 556
(2)判決要旨 556
3 売買契約成立時から長期間経過した場合(事例2-3) 558
(1)事案の概要 558
(2)判決要旨 558
第3節 裁判例の検討 560
第5章 売買契約中に相続が開始した場合の相続財産及びその評価 562
第1節 所得税の課税時期との関係 562
第2節 所有権移転時期との関係 564
1 所有権移転の時期 564
2 相続税課税における「売買契約中」の期間 567
第3節 売買契約中の相続財産 569
第4節 売買契約中の財産の評価 577
第6章 小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例 586
第1節 立法趣旨 586
第2節 制度の概要 587
1 特例のあらまし 587
2 改正の推移 588
(1)昭和63年改正 588
(2)平成4年度改正 588
(3)平成6年度改正 589
(4)平成11年度以降の改正 590
第3節 土地等の売買契約中に相続が開始した場合の特例の適用 592
おわりに 597
土地等の不動産の売買においては、売主から買主への所有権の移転について農地法上の許可又は届出や国土利用計画法上の届出等の法令上の許可手続きが必要であったり、不動産であるがゆえに代金が高額であり売買代金が分割で支払われたり、あるいは所有権移転登記手続きに日数を要することがあるため、売買契約が締結されてから引渡しが完了するまでに相当の期間を要するのが一般的である。
このようなことから、土地等の売買契約成立後、その契約に係る取引による引渡しが未了の状態で売主又は買主に相続が開始するケースが当然に起こり得るが、この場合における相続税の課税財産がその取引の対象物である土地所有権であるのか、あるいは契約によって成立した売買代金請求権や売買契約の対象物である土地の引渡請求xxの債権であるかということは、原則として民法等の規定に基づく私法上の法律関係を前提として考えなけばならないが、相続税法では特に定められた規定はない。また、相続税の課税価格に算入すべき価額について相続税法(以下「相法」ともいう。)22条は、「特別の定めのある場合を除き、相続又は遺贈により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による」と規定し、いわゆる時価主義を定めているが、売買契約中の財産についての具体的な評価方法を定めたものもない。
一方、相続税課税における土地等の評価については、相続により無償で承継する財産移転の際の評価であることから、納税者の申告に当たっての便宜等を考慮し、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56、直審(資)17(例規)。以下「評価通達」という。)による路線価方式等を採用するとともに、相続税課税のための評価であるという性格等をも考慮して、評価の安全性に配慮しているところである。
このような中、相続税の課税上、課税財産を土地等そのものとして捉えるのか、あるいは契約上の債権債務の関係として捉えるのか及びその評価額をいかに算定するのかということは、売買契約中における相続財産において、特に売
買価額と相続税評価額との間の乖離が大きいものほど課税関係に大きな影響を及ぼすとともに相続税の負担に大きな差異が生じることとなり重要な問題であることから、その取扱いは慎重かつxxでなければならない。
本稿では、土地等の売買契約が締結され、当該契約に基づく履行がなされるまでの売買契約中に売主又は買主に相続が開始した場合の土地等に係る相続税の課税関係を、相続税法22条における時価及び評価通達との関係を含め、地価が下落しバブル経済が崩壊した現在を背景として、相続財産は何か、また、その財産の時価をどう評価すべきかということについて、課税xxxの問題点も踏まえながら考察する。更に租税特別措置法(以下「措置法」という。)69条の4は、個人が相続や遺贈により取得した財産のうちに被相続人の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等があるときは、当該宅地等の価額に一定の割合を乗じ、相続税の負担の軽減を図っている特例であるが、本特例の趣旨にかんがみ、売買契約中の土地等について本特例が適用できるか否かという点についても検討する。
第1節 わが国の相続税制度
わが国の相続税は、明治38年に創設され、昭和24年までは被相続人の遺産全 体の額に対して課税する「遺産課税方式」を採用していた。この間、昭和21年 までは、旧憲法のもとにおける民法上の家族制度によって、家督相続と遺産相 続とに相続税の税率その他の負担の差等を設けていた。昭和22年には日本国憲 法の制定により民法が改正されたことに伴い、従来の家督相続制度は廃止され、これを受けて相続税法も遺産相続に対する課税一本となった。さらに、この年 の改正では、新たに贈与税が創設され、相続税に申告納税制度が採用された。
昭和25年にはシャウプ勧告に基づく税制改正により、遺産取得者の担税力に応じてxxであり、また、遺産の分割を促進し富の過度集中を抑制するという理由から「遺産取得課税方式」に改められた。シャウプ税制では、相続による財産の無償譲渡に対しては、被相続人に所得税を課税し、相続税は所得税を支払った後の財産について課税することとされた。すなわち、財産の無償譲渡に対し、まずその時点において譲渡所得が発生したものとして所得税を課税するものとしたのであって、いわば所得税の課税の基本的な考え方を採用したのである。したがって、被相続人の死亡に際しては、被相続人の納めるべき所得税をまず清算し、その後の所得税を控除した後の財産が相続人に相続されるという考え方に立ったものであった。また、贈与税も相続税に吸収して、相続、遺贈又は贈与による財産の取得者に対し、その一生を通ずる取得財産の価額を累積して課税する方式が採られた。
その後、昭和28年の改正では、遺産取得課税方式は維持しながらも、税務執行面で困難であるとの理由から一生を通ずる累積課税制度は廃止され、相続及び包括遺贈若しくは被相続人から相続人への特定遺贈により取得した財産については、その都度相続税を課税し、相続人以外への特定遺贈又は贈与により取得した財産には贈与税を課税する方式となった。
遺産取得課税方式は、新憲法のもとにおける平等原則の原則に立つ相続法の 趣旨に合致するうえ、取得者の担税力に応じた課税であるという点で長所を有 する。しかし、その後、遺産についての仮装分割防止の税務xxxの困難性や、分割容易な遺産と困難な遺産との税負担の不均衡、あるいは農業の零細化を促 進するおそれがあることなどの課税上の不xxが問題となった。そこで、昭和 33年の改正では、税制特別調査会における幅広い議論を踏まえ(1)、遺産取得 課税方式の建前を維持しつつ、このような不xxを除去するために、すべての 相続人が納める相続税の総額を遺産の総額と法定相続人の数とその法定相続分 によって算出するというわが国独特の制度である「法定相続分課税方式による 遺産取得課税方式」に改められた(2)。
この相続税の課税方式については、税制調査会「あるべき税制の構築に向けた基本方針」(平成14年6月)では、「相続人の数の減少傾向、農地に係る納税猶予制度の存在等、制度導入当時とは状況の変化が見られる。財産取得者の個人的担税力に即した合理的な課税を行うことはできないという遺産課税方式の問題点や、遺産の総額が同じであれば、分割方法にかかわらず税額の総額は一定であるという現行の方式のメリットは依然認められるが、法定相続分を基調とする取得課税による現行の体系については維持すべきである。」とし、また、贈与税改革の方向性として、「相続税・贈与税も累積課税化も含め、両者を一体化する方向で検討する」としている。さらに、「平成15年度における税
(1)昭和32年12月「相続税制度改正に関する税制特別調査会答申」では、次のように答申されている。
「相続税の課税体系の問題としては、それが理論的に満足しうるような合理的なものであっても、適正な執行が困難視されるようなものはさけるべきであり、むしろ理論的にある程度不満とする点があっても、税制の上においても、また、執行の上においてもxxな負担が実現できるようなものが望ましい。この意味において、相続税の課税体系においては、各相続人が相続により取得した財産を標準として課税する制度をとりながらも、相続税の総額は遺産の総額と相続人の数とにより決定できるような建前をとることが適当である。」
(2)相続税の沿革については、xxxx監修『DHCコンメンタール相続税法』(第一法規)参照。
「こうした状況を踏まえ、相続税・贈与税の一体化措置を平成15年度税制改正において新たに導入」することとし(3)、課税方式については、「この一本化措置は、相続時の累積課税方式とすることが適当であり、相続時精算課税制度
(仮称)として具体化を図ることとする」としている。
そして、この「相続時精算課税制度」は、受贈者の選択によりこれまでの贈与税制度に代えて、贈与時に贈与財産に対する贈与税を支払い、その後の相続時にその贈与財産と相続財産とを合算した価額を基に計算した相続税額から、既に支払ったその贈与税額を控除するという方式であり、平成15年の税制改正により導入されたが、これまでの相続税と贈与税との関係を抜本的に見直す制度として位置付けられる。
第2節 相続税の課税財産
相続とは、人の死亡によって、その人に属している財産上の権利・義務・法律上の地位を包括的に承継することである。相続の開始により、相続人は被相続人の一身に専属したものを除き、被相続人に属した一切の権利及び義務を承継する(民法896条)。また、遺贈があった場合には、その目的となった財産は原則として遺言者の死亡の時から受遺者に帰属する(民法985条1項)。したが
(3)前述の税制調査会『あるべき税制の構築に向けた基本方針』(平成14年6月)は、次のように述べている。
「高齢化の進展に伴って相続による次世代への資産移転の時期がより後半にシフトしていることから、資産移転の時期の選択に対する中立性を確保することが重要となってきている。高齢者の保有する資産(金融資産のみならず住宅等の実物資産も含む)が現在より早い時期に次世代に移転するようになれば、その有効活用を通じて経済社会の活性化に資するといった点も期待されよう。このような観点から、相続税・贈与税の調整のあり方(生前贈与の円滑化)を検討すべきである。」
って、相続の開始により、被相続人が持っていた不動産、動産、債権、著作権、商標権などのような現実的な権利義務のほか、被相続人の売主たる地位や買主 たる地位など、いまだ権利義務として具体化していない財産法上の法的地位も すべて相続の対象となり、不動産の売買契約を締結した直後に売主又は買主に 相続が開始すると、当該相続に係る相続人は、契約上の売主又は買主たる地位 を承継することになり、登記移転義務、代金請求権、引渡義務、取消権、解除 権のほか、善意・悪意、過失・無過失などの主観的態様も承継する(4)。
一方、相続税は、人の死亡によって財産が移転する機会にその財産に対して 課される租税である(5)。民法における「相続」とは、被相続人からの相続に 対する財産の承継であるが、相続税法は、相続による財産の取得のほか、遺贈 や死因贈与による財産の取得に相続税を課税する旨を定めている(相法1条)。この場合において、相続の開始によって相続人が被相続人から相続により承継 する財産が何であるかは、相続税の課税上重要な意味をもってくるが、相続税 の課税物件である相続財産について、相続税法は、単に「相続又は遺贈に因り 取得した財産」と定めるのみで(相法2条)、同法3条から9条までに規定す る「みなし相続財産」を除いては、これを定義する規定は設けられていない。 しかし、相続税法上の財産とは、xx的にはいわゆる積極財産を指すものとさ れており、一般に有形無形を問わず金銭に見積もることができる経済的価値の あるすべてのものをいい、法律上の根拠がなくても経済的価値が認められれば 相続財産として相続税の課税対象になるとされている(6)。そして、この場合 の相続税法上の課税対象とされる財産には、被相続人の一身専属権及び債務等 の消極財産は含まないと解されており(7)、債務などの消極財産については、 その金額をその財産の価額から債務として控除することとされている(相法13
(4)xxxx『民法Ⅳ親族・相続』(財)東京大学出版会(2002)355頁
(5)xxxx『租税法(第八版増補版)』弘文堂(2002)383頁
(6)『税法用語辞典〔四訂版〕』税務経理協会(2000)414頁
(7)xxxx編『平成14年版相続税法基本通達逐条解説』(財)xx財務協会(2002) 197頁
第3節 相続税法上の財産の価額
相続税は、相続又は遺贈により無償取得した財産の価額を課税価格としてその財産の取得者に納税義務が課される税であるから、課税される財産に対し、異なる評価方法を用いることによって算出される税額が相違する結果となる場合がある。そこで、その財産の価額を決定するための具体的な評価方法が必要となるが、その価額は当然に適正な時価でなければならず、納税者間で財産の評価方法が異なることは、課税のxxの観点からも好ましくない。
1 相続税法上の「時価」の意義
相続税法では、相続又は遺贈により取得した「財産の価額」は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価」によると定め
(相法22条)、相続税の課税対象となる財産は、原則として時価主義によることを明らかにしている。しかし、その財産の価額を実際にどのようにして算定するのかについて、相続税法は、地上権、永xxx、定期金に関する権利、生命保険契約に関する権利及びxxのように、特にその評価の困難な若干の財産について法定評価(相法23条~26条の2(8))を規定するのみであり、その他の財産については、すべて財産の取得の時における時価により評価することになる。この場合の「財産の取得の時」とは、相続又は遺贈により財産を取得した時点であるが、この財産を取得した時点とは被相続人又は遺贈者の死亡の日である。したがって、相続又は遺贈によって財産を取得した後に何らかの理由でその価額が変化した場合でも、相続税の課税価格に算入されるべき価額は、相続時の財産の時価となる。そして、国税庁は、相続
(8)生命保険に関する権利の評価(相法26条)については、平成15年改正により3年間の経過措置を講じた上で廃止され、通達により評価されることとなる。
税課税の実務における上記「時価」の算定に関して評価通達を定め、法定評価以外の財産評価に関しては、この通達の定めによることとした。
評価通達には、相続税の課税価格の計算の基礎となる財産の価額を具体的 に算定するための評価方法が定められ、相続税法22条の「時価」については、
「課税時期において、それぞれの財産の状況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引によって通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による」と規定している(評価通達1 (2))。この場合の「通常成立すると認められる価額」とは、客観的な交換価値あるいはこの価額を示す価額であると解され、学説、判例ともに確立しているといってよい(9)。そして、この「時価」は、相続が発生した都度、それぞれの取得時期及び取得財産の状況に応じて評価される価額であり、評価に当たっては、その財産に影響を及ぼすべきすべての事情が考慮されるが
(評価通達1(3))、個別事情は客観的に認められるものに限定され(10)、主観的要素に基づくものは排除されることとなる。
なお、評価通達に関しては、第2章で詳しく取り上げる。
2 地価公示価格
ところで、「時価」の概念を法律上明確に定めたものとしては、地価公示法(昭和44年6月23日法律第49号)がある。同法に基づく地価公示制度は、標準地の適正な価格を定期的(毎年1回)に公示することによって、一般の土地の取引価格に対して指標を与えるとともに、公共事業用地の取得価格算定の基準とされ、また、国土利用計画法に基づく土地取引の規制における土地価格算定の基準とされる等により、適正な地価の形成に寄与することを目的として(同法1条)、昭和44年7月1日に施行された制度である。
そして、ここでいう「正常な価格」とは、「土地について自由な取引が行
(9)xxx・x掲書407頁、東京地判昭和53年4月17日(税資101号115頁)、東京高判平成7年12月18日(税資214号860頁)ほか参照。
(10)xxxxx『財産評価基本通達逐条解説』(財)xx財務協会(2000)7頁
われることとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる 価格」をいうものとされており、すなわち、市場性を有する不動産について、合理的な自由市場で形成されるであろう市場価値を適正に表示する価格、換 言すれば、売り手にも買い手にもかたよらない客観的な価値を表したもので あり(正常な価格の判定は、当該土地に建物がある場合や当該土地に関して 地上権その他当該土地の使用収益を制限する権利が存する場合には、これら の建物や権利がないものとして行われる。)(同法2条2項)、これは、相続 税法が時価の解釈基準としている客観的交換価値と同じ概念であると考えら れる。
地価公示は、相当数の標準地を選定(平成15年地価公示では31,866地点)し、その価格について行うこととされており、標準地は、「自然的及び社会的条件からみて類似の利用価値を有すると認められる地域において、土地の利用状況、環境等が通常と認められる一団の土地」でなければならないとしている(同法3条)(11)。
標準地の価格等が公示されると、土地基本法第16条の公的土地評価の適正化等の規定を踏まえ、土地の相続税評価及び固定資産税評価については、公示価格を基準として、その一定割合程度を評価割合として評価が行われるという効果が発生する(12)。つまり、相続税評価額が公示価格を基準として評
(11)地価公示制度については、国土交通省ホームページ(xxxx://xxx.xxxx.xx.xx/)xxx。
① 不動産鑑定士及び不動産鑑定士補は、地価公示の対象区域内の土地について鑑定評価を行う場合において、当該土地の正常な価格を求めるときは、公示価格を規準としなければならない(同法8条)。公示価格を規準にするとは、対象土地の更地としての価格を求めるに際して、当該対象土地とこれに類似する利用価値を有すると認められる1又は2以上の標準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する諸要因についての比較を行い、その結果に基づき、当該標準地の公示価格と当該対象土地の価格との間に均衡を保たせることをいうとされている(同法11条)。この場合、対象土地の価格判定の基準日と標準地の価格判定の基準日(毎年1月1日)とは異なるのが通例と思われるが、その際には、2つ
定されるという根拠はここにあるということがいえる。
一方、地価公示制度として都道府県地価調査というのがあるが、これは、 国土利用計画法に基づいて都道府県知事が毎年実施しているもので、地価公 示とともに国土利用計画法の土地取引の届出等についての価格審査の基準と されるほか、一般に公表されて土地取引の指標とされているものである。こ の土地調査は、地価公示と同じような方法で基準地の価格を調査するもので、価格時点は7月1日である。
平成15年地価公示価格結果によると、平成14年1年間の全国の動向として、
の基準日の間の地価の変動を考慮して、必要に応じていわゆる時点修正を行わなければならない。
② 土地収用法その他の法律によって土地を収用することができる事業を行う者は、地価公示の対象区域内の土地を当該事業の用に供するため取得する場合(当該土地に関して地上権その他当該土地の使用又は収益を制限する権利が存する場合においては、当該土地を取得し、かつ、当該権利を消滅させる場合)において、当該土地の取得価格(当該土地に関して地上権その他当該土地の使用又は収益を制限する権利が存する場合においては、当該権利を消滅させるための対価を含む)を定めるときは、公示価格を規準としなければならない(同法9条)。
③ 収用委員会は、収用に係る土地に対する補償金の額を算定する際には、事業の認定の告示のときにおける相当な価格に権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて算定することとなっているが、地価公示の対象区域内の土地について、この相当な価格を算定するときは、公示価格を規準として算定した当該土地の価格を考慮しなければならない(同法10条)。
④ 地価公示の対象区域内において土地の取引を行う者は、公示価格を指標として取引を行うように努めなければならない(同法1条の2)。
⑤ 地方公共団体、土地開発公社等は、公有地の拡大の推進に関する法律(昭和47年法律第66号)の規定に基づいて、地価公示の対象区域内の一定の土地を有償で譲渡しようとする土地の所有者等が都道府県知事に届出又は申し出した土地を買い取ろうとする場合は、公示価格を規準としなければならない(公有地の拡大の推進に関する法律第7条)。
⑥ 都道府県知事は、地価公示の対象区域内の土地について国土利用計画法の規定に基づいて基準価格(許可申請に係る土地の所有権の価額、不許可の場合の土地の所有権の買い取り価額、届出に係る土地の所有権の価額及び遊休土地の買い取り価額)を算定する場合は、公示価格を規準として算定しなければならない(国土利用計画法第16条第1項第1号、第19条第2項、第27条の5第1項第1号、第 27条の8第1項第1号、第33条)。
住宅地は△5.8%(前年△5.2%)、商業地は△8.0%(前年△8.0%)となっている。これは、図表1-1で示すとおり、いわゆるバブル経済崩壊後、地価は都市部を中心に12年連続して下落しており、現在の地価水準は、昭和60年代前半まで落ち込んでいる(13)。そして、土地の二極化・個別化が進展しているといわれているなか、全般的には再上昇は勿論、未だに先行き不透明の状況である。このため、バブル期のような土地神話といった土地の資産としての有利性はもはや無いといわれており(14)、このような現実から、地価高騰期に地価の抑制税制として創設された制度等が、その是非について問題とされているものがある。
図表1-1 地価公示価格指数(昭和58年=100)
(指数)
300
268.3
三大都市圏平均
250
地方平均
全国平均
199.3
200
148.8
150
108.5
109.7
100 110.3
58 59 60 61 62 63 元 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
(年)
第4節 相続税法上の債務控除
相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続又は遺贈により取得した財産の
(13)平成14年分の宅地に係る標準地における路線価等の変動率は、全国平均で6.5%の下落、10年連続のマイナスとなり、下落率も3年ぶりに拡大した。
(14)xxxx・xxxx『x産税制(固定資産税、土地税制、住宅税制)改革のあり方』税経通信57巻12号95頁
価額の合計額から、①被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)のうち、その者の負担に属する部分の金額、及び②被相続人に係る葬式費用の金額のうち、その者の負担に属する部分の金額を控除した金額によるものとされている(相法11の2、13)。この場合の債務とは、ある者が他の特定の者に対して一定の行為(給付)をすることを内容とする義務をいい、契約、法律等に基づいて発生するものであり、その態様は一様ではないが、
「被相続人の債務」とは、被相続人について発生している債務をいうものと考えられている(15)。そして、債務控除の対象となる債務は、相続開始の際現に存するものに限られていることから、相続によって相続人等に相続されない債務は、債務控除の対象にならないこととなる。
また、相続税法22条は「相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、 当該財産取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の 金額は、その時の現況による」と規定しており、この規定ぶりについて、取得 した財産の価額は、「時価により」としているのに対し、債務については、「現 況による」と規定している。これについて、相続税法はその課税価格の算出に 当たって、取得財産と債務の双方について、それぞれ現に有する経済的価値を 客観的に評価した金額を基礎とするものであるが、ただ、債務控除については、その性質上交換価値なるものがないため、交換価値を意味する「時価」に代え て、その「現況」により控除すべき金額を評価する旨定めているものと解され ている(16)。
それでは、実際にどのようなものが債務控除の対象として控除されるのであ ろうか。これについて相続税法14条1項は、相続税の課税価格の計算上、債務 控除の対象となる債務について、「確実と認められるものに限る」旨を定めて いる。この場合の「確実と認められるもの」とは、「債務が存在するとともに、債権者による裁判上、裁判外の請求、仮差押、差押、債務承認の請求等、債務
(15)xxxxxx『DHCコンメンタール相続税法』第一法規1257頁
(16)最三小判昭和49年9月20日(訟務月報20巻12号122頁)
者の債務の履行を求める意思が客観的に認識しえられる債務、又は、債務者においてその履行債務が法律的に強制される場合に限らず、社会生活関係上、営業継続若しくは債権債務成立に至る経緯等に照らして事実的、xx的に履行が義務づけられているか、あるいは、履行せざるを得ない蓋然性の表像のある債務をいうもの、即ち債務の存在のみならず履行の確実と認められる債務を意味する」(17)ものとされており、したがって、不確実なものは控除されないこととなる。ただし、債務が確実であるかどうかについては、必ずしも書面の証拠があることを要せず、また、債務の金額が確定していなくてもその債務の存在が確実と認められるものについては、相続開始時の現況によって確実と認められる範囲の金額だけが控除されることとなる(相続税法基本通達(昭和32年3月1日付直資22。以下「相基通」という。)14-1)。更には保証債務や連帯債務は、基本的には債務控除の対象とはならないが、保証債務にあっては、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため、保証債務者がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償権を行使しても返還を受ける見込みがない場合には、主たる債務者が弁済することができない部分の金額は、当該保証債務者の債務として控除される。また、連帯債務については、連帯債務者のうちで債務控除を受けようとする者の負担すべき金額が明らかとなっている場合には、当該負担部分の金額を控除し、連帯債務者のうちに弁済不能の状態にある者があり、かつ、求償しても弁済を受ける見込みがなく、当該弁済不能者の負担部分をも負担しなければならないと認められる場合には、その負担しなければならないと認められる部分の金額も当該債務控除を受けようとする者の負担部分として控除される(相基通14-3)。
(17)広島高判昭和57年9月30日(税資127号1140頁)
第1節 通達等の位置付け
国家行政組織法14条2項は、「各大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機 関の所掌事務について、命令又は示達するため、所管の諸機関及び職員に対し、訓令又は通達を発することができる。」と規定している。この場合の「通達」 とは、上級行政官庁が下級行政官庁に対して発する所掌事務に係る法令の解釈 に関する留意事項やその運用執行の指針としての命令をいう。
税務行政においても、上級行政庁(国税庁長官あるいは国税局長)から下級行政庁(国税局長あるいは税務署長)に対してこれまで多数の通達が発出されているが、この税務通達は、極めて重要な意味を有している。それは、納税者がする申告内容の適法性を判断する上で、税務行政組織内における取扱いの統一を図り、水平的xxを確保するという執行面の機能と、税務通達を公表することにより、税務行政庁としての統一的判断が表明されることによって、申告納税制度の下での納税者の便宜に資するものである(18)。したがって、税務通達、特に法令の解釈に関する通達は、税務行政にとっては行政内部の指針として重要かつ不可欠なものであるとともに、納税者が申告をする場合において納税者の予測可能性と法的安定性を与えるという重要な機能を果たしているということができる(19)。
このように重要な機能を有する税務通達であるが、通達は、あくまでも上級行政庁が下級行政庁に対して発する命令や指令であることから、行政官庁の内部組織において拘束力を有するものであり、国民及び裁判所を何ら拘束するものではない。したがって、通達は租税法の法源ではないことになる(20)。
(18)xxxx『x通達・改正通達の適用開始時期(上)』ジュリスト1013号135頁
(19)xxxx『x部通達・事務連絡・情報の公表による課税のxx性の確保』税理42巻2号47頁
(20)xxx・x掲書110頁、判例としては、最三小判昭和38年12月24日(訟務月報10
租税に関する通達は、その形態や性格に応じて種々の観点から区分すること ができる。まず、通達の内容から法令の解釈に関する留意事項を定めた「解釈 通達」とその運用執行を指示するための「執行通達」に分類することができ、 また、通達の形式面から「基本通達」と「個別通達」に区分することもできる。基本通達は、各税法の規定に関しての基本的な事項及び重要な事項について、 その解釈や運用の指針に関することを逐条的に体系化したものであり、個別通 達は、それ以外の事項の個別的事象における取扱いについての個別的にその解 釈、適用に対する取扱いを普遍的に示したものである。
一方、通達と同様に上級行政庁から下級行政庁に対して発せられるものとし て「情報」あるいは「事務連絡」等がある。これらもまた法令の解釈やその運 用執行を命令指示するためのものであり、当然に納税者には拘束性はないもの と解釈されている。しかしながら、この「情報」、「事務連絡」等による取扱い は、通達と同様、納税者の課税予測可能性を大きく左右するような重要な解釈 について出されるものがあり、実質的には法律の解釈や適用の指針として実務 的な機能を果たしていると位置付けられることから、これらのものについては、情報公開法の開示請求を待つまでもなく、迅速にかつ広くわかりやすく一般に 公表するとともに、納税者の適正な申告の助長となるようにする必要があるも のと考えられる(21)。
また、現実に日常の税務行政は、これらの通達等に則して執行されており、
巻2号381頁)などがある。
これに対し国税庁は、平成13年5月に「当庁においては、従来から、「情報」等の内容で納税者の適正な申告に有用と認められるものは、タックスアンサーをはじめとする国税庁ホームページへの掲載等を行ってきたところである。・・・当庁としては、今回の指摘も踏まえ、今後とも、こうした法令の解釈や適用の指針の積極的な公表に努めてまいりたい。」と回答している。
その意味においての通達等は、事実上、租税法における法源と同様の機能を有しているといっても過言ではない(22)。したがって、通達等による税務xxxの運用は、より一層の慎重さが要求されることとなり、法令に抵触する通達等は当然に許されないものと考えられる。
第2節 評価通達の意義と性質
相続税は申告納税制度を前提としており、相続又は遺贈により財産を取得し納税義務のある者は、自ら課税価格及び相続税額を計算し、相続開始のあったことを知った日の翌日から10月以内に相続税の申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない(相法27条1項)。この場合、納税義務者は、個々の財産について具体的に価額を測定し、相続税の税額計算の基礎となる課税価格を算出しなければならないが、課税価格の基礎となる個々の財産の時価の算定にあたっては、課税財産の種類形態が多種多様であり、具体的に相続が発生した段階で、これらのすべての財産の価額を客観的に評価することは、納税者にとってばかりか課税庁においても必ずしも容易ではない。
そのため、評価通達は、財産評価の基本的な方針を定めたのち、各財産の評価方法に共通する原則や各種の財産の評価単位ごとの評価のやり方を具体的に規定し、各種財産について画一的かつ詳細な評価方法を定めることによりその内部的な取扱いを統一するとともに、納税者間のxxを維持し、更には納税者及び課税庁双方の便宜等の観点からこれを一般に公開することにより、納税者の申告・納税の便に供することを目的として設けられたものである。具体的には、評価通達第2章以下において、各財産の「時価」の評定方法を網羅的に定めており、宅地については評価基準制度における路線価方式によって評価される等の標準的な評価方法が採用されている。
また、前述のとおり、評価通達は「通達」である以上、当然に「法令」では
(22) xxx・x掲書111頁
ないため法的拘束力を有するものではないが、相続税法における財産の価額が客観的交換価値であるということを前提に、課税上の一応の目安として採用されたものとして合理性が認められており(23)、特別の事情のない限り、評価通達による評価は適正妥当なものというべきであるが(24)、評価通達以外の方法により、具体的により的確な時価を把握できる場合には、その方法によるのが相当とされる性質のものと解されている(25)。
そしてこのことは、評価通達では課税時点におけるすべての財産に対し、個 別具体的に網羅することには限界があることから、評価通達6項の規定におい て、課税時期において評価通達によらないで評価する「特別な事情」が存する 場合、あるいはこの通達の定めによって評価することが著しく不適当と認めら れる場合には、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価を行うこととされて いることからも伺える。この点に関して、東京地裁平成7年4月27日判決(26) は、相続税法7条における低額譲渡を判定する場合の「時価」が争われた事案 であるが、評価通達について、「評価通達によりあらかじめ定められた評価方 法によって、画一的な評価方法を行う課税実務上の取扱いは、納税者のxx、 納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であり、一般的には、これを形式的にすべての納税者に適用して財産の評価を行うことは、租税負担 の実質的xxをも実現することができ、租税平等主義にかなうものであるとい うべきである。しかしながら、財産評価通達による画一的評価の趣旨が右のよ うなものである以上、これによる評価方法を形式的、画一的に適用することに よって、かえって実質的な租税負担のxxを著しく害し、また相続税法の趣旨 や財産評価通達自体の趣旨に反するような結果を招来させる場合には、財産評 価通達に定める評価方法以外の他の合理的な方法によることが許される」と判
(23)名古屋高判昭和50年11月17日(税資83号502頁)
(25)xxx『x担付贈与等規制通達により問い直される相続税法上の「時価」』税理 32巻11号6頁
示し、評価通達によらないで他の評価方法を用いて評価することを例外的に認め、更にその具体的な基準を示している。
第3節 評価通達の行政先例法性
行政先例法とは、納税者の納税義務を免除・軽減し、あるいは手続要件を緩和する取扱いが、一般的にしかも反復・継続的に行われ(行政先例)、それが法であるとの確信(法的確信)が納税者の間に一般的に定着した場合には、慣習法としての行政先例法の成立を認めて税務行政庁もそれによって拘束されるべきであり、その取扱いを変更するためには法の改正を必要とするものである
(27)。
前述のとおり、相続財産の評価について相続税法は時価主義を採用しており、実際の課税実務上においては、評価通達によりこれらの時価を評定していると ころである。この評価通達を慣習法としての行政先例法として位置付けること ができるかどうかについて学説では争いのあるところである。
行政先例法の成立に積極的な見解としては、評価通達の基本的内容は、長期 間にわたる継続的・一般適用とそれに対する国民一般の法的確信の結果として、時価を上回るものでない限り、行政先例法として法的拘束力をもつと位置付け ることができ(28)、特段の理由がない限り特定の土地について評価通達と異な る方法を用いて高く評価することは違法であるとする(29)。
この見解に対しては、評価通達が行政庁のみならず納税者にも周知され、そ
(28)xxxx『x地(買主の死亡)』税経通信39巻15号145頁
(29)行政先例法の成立を認める説としてxxxxxxは、次のように述べておられる。
「財産の評価が、評価通達に従って財産の種類によっては時価より著しく低い価額で評価されているような場合には、その評価が一般に行われている限り、平等原則との関係で、むしろ通達による評価を超える評価は許されない。」(『判例時報』 995号154頁)
れなりの定着をみており、行政先例法性の成立を認める余地はあるとしても、土地の評価における最も重要な評価水準については、通達自体には示されておらず、個々の路線化等に法的拘束力を認めることは困難であり、評価通達についても、その定着ぶりにもかかわらず、あくまで評価の目途を与えるという性質を有するにとどまり、行政先例法たる性質を有するとみることは困難であるとする見解(80)や、特定の事実関係が長期にわたって継続的に存在している場合のその法的価値を否定すれば法的安全性を害することになるが、法意が明白な条項に関しては行政先例法の成立を認める余地はないとする見解(81)がある
(82)。
現在、評価通達は、土地(宅地)の評価方法として路線価方式と倍率方式とを定めており、その評価額は、地価公示価格、売買実例価額及び不動産鑑定士などの地価事情精通者の鑑定評価額や意見価額などを基として、地価公示価格水準のおおむね8割程度により評定されている。これは、土地の価額には相当の値幅があることや、路線価等は相続税及び贈与税の課税に当たって1年間適用されるため、評価時点であるその年の1月1日以後の1年間の地価変動にも耐え得るものであることが必要であること等の評価上の安全性に配慮したものである(83)。このように評価通達では、土地の評価を一般に通常の取引価額よりも低目の価額で評価することとしており、このような土地評価の方法をみる
(80)xxxx『x続税・贈与税における資産評価―土地の評価を中心として』日税研論集7巻23頁
(82)xxxxxxx、消極的であるとする立場をとりつつ、次のように述べておられる。
「相続税財産基本通達に基づく相続税評価額は相続税実務において広く適用されている。その意味では相続税財産評価基本通達に基づく相続税評価額は法社会学的には法源性を有するといってよい。つまり、相続税評価額が人々にとって『生ける法』になっているわけである。広く適用されている通達による取扱いを特定の場合のみ排除することは現行法のもとでは法執行の平等原則(憲14条参照)および法の一般原理である信誠実の原則からいって違法であるといわねばならない。」(『争点相続税法[補訂版]』勁草書房(1996)199頁)
と、土地の評価は、真にあるべき取引価額というよりは、標準的あるいは平均的取引価額を基礎にして行われているといえる(34)。このように考えると、評価基準に基づく時価算定基準は、相続税法に定める時価、つまり客観的な交換価値を算定するための便宜ないしは一応の目安であるに止まり、多分に税務執行の便宜を考慮して作成されたものであるから、それは相続税法上の時価に具体的にアプローチする簡便的な一手段であって、いわば申告の適正性のチェックを目的とした課税実務上の執行基準にしかすぎないものともいえる(35)。
また、評価通達による個別の財産の評価は、その価額に影響を与えるあらゆる事情を考慮して行われるものであるから、ある財産の評価が通達と異なる基準で行われたとしても、それが直ちに違法となるわけではないと解されているが(36)、課税財産の評価の方法によっては相続税における税額計算に大きな影響を与えることから、財産評価に関する基本的、原則的な事項は、少なくとも政省令で規定することが望ましいとする意見もある(37)。ただし、行政xxxの立場からは、評価通達のすべてを法定化することには、経済社会の急激な変化に対応できないことや財産の種類によっては常に修正を加えていかなければならないという技術的な性格のものをすべて法定化とすると、かえって課税のxxが害されるおそれが生じるとの観点からもリスクが大きいと考えられる。従来の判例をみたところでは、多くの場合に評価通達の合理性が是認されて おり(38)、また、路線価等による評価額がそれぞれ通常の取引価額より低いことを理由に路線価等によらない評価は否定されている。すなわち、裁判の段階
(34)xxxx『土地(売主の死亡)』税経通信資産税重要判例紹介特集号39巻15号143頁
(35)xxxx『相続税法上の土地評価を巡る若干の問題について』税務大学校論叢21号252頁
(37)xxxxx『相続税・贈与税における資産評価』日税研論集7号16頁、xxxx
『租税回避行為と防止通達-今回の相続税評価通達を巡って-』税理33巻12号2頁ほか
(38)評価通達の合理性について判示したものとして、最三小判昭和49年6月28日(税資75号1123頁)、東京高判平成7年12月18日(税資214号860頁)などがある。
第4節 時価と相続税評価額の乖離について
昭和60年頃からのバブル景気による地価の高騰は、土地の相続税に対する資産としての有利性を助長し、公的土地評価のより一層の適正化・均衡化が求められることとなった(40)。これを受け、平成4年度の税制改正大綱により相続税の土地の評価額をそれまでの公示価格ベースの7割から8割に引き上げることとなった。その論拠は、土地基本法16条にいう「国は、適正な地価の形成及び課税の適正化に資するため、・・・公的土地評価について相互の均衡と適正化が図られるように努めるものとする」を受けてのことであるが、バブル期においては、評価通達による土地評価額は通常の取引価額よりも大幅に低く、特に農地に関する評価額は、政策的な配慮もあって通常の取引価額を大幅に下回っていた。そのため、相続税法にいう「時価」と評価通達に定める「時価」との間に大きな乖離が生ずる結果となり、評価の安全性に配慮した「かため」の評価の効果として、通常の取引価額と相続税評価額との開きに着眼した相続税の負担を回避しようとする行為が横行するようになり、このような行為を放置しておくことは課税のxxの見地からみて、その弊害が大きいものとなっていた。したがって、8割評価への移行は、土地の取引価額と評価額の開差を利用
(39)xxxxx著『資産課税の理論と課題』税務経理協会(1995)193頁
(40)土地基本法(xxx年12月14日法律第84号)、総合土地政策推進要綱(平成3年
1月25日)、土地税制のあり方についての基本答申(平成2年10月30日政府税制調査会)
した租税回避行為を規制するためにも必要なことであったと考えられ、土地と土地以外の財産間における評価の中立性を維持する上においても重要なことであると考えられた。
しかしながら、皮肉にも評価水準を8割へ移行したとともに地価は下落し
(41)、今度はバブル期とは逆の意味での乖離が起こるようになった。いわゆる
逆転現象といわれるような時価よりも評価額の方が高くなる現象である。しかも、路線価等の基となる売買実例価額は、課税時期より前の売買実例に係るものであり、公示価格も課税時期より前の売買実例価額を基としており、更には精通者意見価額も課税時期より前の売買実例から算出されることが多い。したがって、路線価等の評定と課税時期までの間には相当のタイム・ラグが生じるのが常であり、地価変動と相まって時価との乖離は増幅し、一層顕在化することとなった。
いずれにせよ特に地価の上昇期あるいは下落期において、評価通達による評価基準制度は、相続税法上の本来の「時価」から乖離するので望ましくないとする意見もあるが、前述のとおり納税者の便宜や課税のxx等を考慮した場合には、おおむね支持されているところであり(42)、評価基準制度に基づく評価額にこのような弊害があるとしても、路線価等を廃止することには、課税実務上の評価の基準を失うだけに混乱を招き、課税xxx、弊害が大き過ぎるもの
「8割評価の導入後は、地価の下落により相続税評価額が相続税納付のために土地を譲渡する際の売却価格を上回るおそれが原因となって、物納が増加。現在の物納件数の多さは異常であり、税収の確保の観点からも好ましくない。
土地神話が崩壊し、相続税納付のために土地を売り急がなければならない状況を考慮すると、土地の有利性を減殺するために、その評価を8割にする必要性はもはや失われた。むしろ、相続発生後に地価が下落する状況が継続していることを踏まえると、時価を公示地価の7割を目途とし、評価に余裕を持たせることが適当ではないか。」
(42)xxxx『資産デフレ下の時価の考え方』税経通信53巻13号82頁
と考えられる(43)。
(43)xxxx『措置法69条の4の廃止と評価通達の関係』税理39巻5号22頁
土地等の売買契約の締結後、その契約に係る取引の完了前に売主又は買主に相続が開始した場合のような特殊な状況における相続税の課税対象となる相続財産及びその評価方法については、相続税法、相基通あるいは評価通達では特に定められた規定はない。そこで国税庁では、このような場合における課税xxxの考え方の統一性を図っていたが、その後、相次いで最高裁の判断が示されたことから、これらの判決の趣旨を踏まえたところで、更にその考え方を整理している。
本章では、これらの課税xxxの取扱いの考え方の概要について考察するとともに、課税xxxにおいて相続税の課税財産の評価を評価通達によらない
「時価」の取扱いをしているもの、更に所得税における課税時期の取扱いについて検証する。
第1節 以前の考え方
売買契約が行われた土地等について、その売買契約締結後に売主又は買主に相続が開始した場合における取扱いを次のような考え方によっていた。
1 所有権の移転時期が明らかである場合
売買契約が行われた土地について、この契約に基づく所有権移転時期が明らかである場合においては、相続開始時においてその土地の所有権が売主又は買主のいずれにあるかによって、相続税の課税財産が土地であるかどうかを判定し、この場合のその所有権を有している売主又は買主のその土地の評価額は、評価基準に基づき評価した価額によることとしていた。すなわち、土地の売買契約を行った売主について相続の開始があった場合には、その相続開始時にその売買契約に係る土地の所有権が買主に移転しているときは、相続開始時において売買代金の未収部分があれば、その未収部分の金額(未
収金)が課税価格に算入されることになり、また、相続開始時に売買契約が行われた土地の所有権が売主に留保されているときは、その売買契約が行われた土地が相続税の課税財産となり、課税価格に算入すべき土地の価額は、評価基準によって評価した価額になる。この場合において、売主である被相続人が受領した売買代金(前受金)があるときには、その金額を債務として控除することとなる。
一方、土地の売買契約を行った買主について相続の開始があった場合には、その土地の所有権が買主に移転しているときは、その土地が相続財産となり、課税価格に算入すべき土地の価額は、評価基準によって評価した価額による こととなる。この場合の未払代金は、債務として控除する。また、その土地 の所有権が売主に留保されているときは、既に支払った売買代金相当額(前 払金)が課税財産となる。
2 所有権の移転時期が明らかでない場合
売買契約が行われた土地について、この契約に基づく所有権移転時期が明らかでない場合に、売主について相続の開始があった場合には、売買契約が行われた土地の所有権は、相続開始時において売主である被相続人にあるものとして上記1により取り扱う。ただし、その売買契約が行われた土地の譲渡者を被相続人とする譲渡所得の申告があった場合には、その売買契約が行われた土地の所有権は相続開始時において売主である被相続人にないものとして取り扱う。
一方、買主について相続の開始があった場合には、その売買契約が行われた土地の所有権は、原則として、売主がその売買契約を行った土地に関する譲渡所得の申告を契約ベースで行っているかどうかにかかわらず、相続開始時において買主である被相続人にあるものと推定して取り扱う。
3 売買契約が行われた土地が農地である場合
売買契約が行われた土地が、その権利移転につき農地法の規定により許可
又は届出を要する農地又は採草放牧地である場合には、その許可があった日又はその届出の効力が生じた日に、所有権が移転したものとして取り扱う。ただし、その許可のあった日又は届出の効力の生じた日後に所有権が移転すると認められる場合においては、その所有権の移転の時期別により判定することになる。
第2節 現行における考え方
上記による考え方は、土地等について売買契約締結後に相続の開始があった場合に、相続税の課税時期において当該契約に基づく所有権が売主又は買主のいずれにあるのかを判断ポイントとして課税財産を土地とするか否かを区分している点で、また、売主の譲渡所得の申告との関係についても整合性が保たれている点で、課税執行側、あるいは納税者においてもある意味で理論的でわかり易い考え方であったということがいえる。
しかし、反面、この考え方では課税財産が土地であるのか債権であるかの基準を所有権の有無によって判定しているため、その判定にあたって納税者の恣意を許す結果となり得ること、また、売買代金の受渡しという経済的実質に見合っていないなどの問題点があった。
さらに、昭和61年以降、相次いで最高裁判決が出されたことから(44)、国税庁は、当該判決の趣旨を踏まえて、その考え方を土地の所有権が売主に留保されているのか、あるいは既に買主に移転済みであるのかにかかわらず次のようにした。
1 売主に相続が開始した場合
土地等の売買契約締結後、当該土地等の売主から買主への引渡しの日(農
地法所定の許可又は届出を要する農地等である場合には、当該許可の日又は当該届出の効力の生じた日後に当該土地等の所有xxが売主から買主へ移転したと認められる場合を除き、当該許可又は届出の効力の生じた日)前に売主に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、当該売買契約に基づく相続開始時における残代金請求権とする。
2 買主に相続が開始した場合
同様に買主に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、原則として当該売買契約に係る土地等の引渡請求xxとし、当該被相続人から承継した債務は、相続開始時における残代金支払債務とする。
ただし、当該売買契約の日から相続開始の日までの期間が通常の売買の例に比して長期間であるなど当該取得価額の金額が当該相続開始の日における当該土地等の引渡請求xxの価額として適当でない場合には、別途個別に評価した価額による。
なお、買主に相続が開始した場合において、相続財産を土地等とする申告があったときにおいては、それを認める。この場合における当該土地等の価額は、当該土地等について旧措置法69条の4(相続開始前3年以内の取得資産の特例(次節参照))の規定の適用がある場合を除き、評価通達により評価した価額によることになる。
また、当該売買契約に基づき被相続人たる売主又は買主が負担することとなっている当該売買の仲介手数料その他の経費で、相続開始の時において未払いであるものは、当該被相続人に係る債務となる。
第3節 評価通達によらない「時価」の取扱い
評価通達には、相続税の課税価格の計算の基礎となる財産の価額を具体的に算定するための基本的な事項が定められているが、すべての財産に対して対応できているわけではない。そこで、評価通達6項は、「この通達の定めによっ
て評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と規定して、特殊な状況にある財産については、これに応じた合理的な評価方法により評価することとしているのである。
それでは、具体的にどのような場合に評価通達6項が適用されるのだろうか。これについて評価通達上では明確にされていないが、国税庁は、評価通達とは 別の個別通達等により、その取扱いを明確にしているものがある。
本節では、これらの評価通達によらない「時価」の取扱いとして、①相続開始前3年以内取得土地等(旧措置法69条の4)、②負担付贈与等に係る土地等又は家屋等に贈与税の評価(xxx年3月29日付個別通達)及び③路線価等によらない場合の評価額(平成4年4月事務連絡、平成12年6月5日付個別通達)について、それぞれの制定の趣旨等を踏まえ検証する。
1 相続開始前3年以内の取得資産の特例
この特例は、個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに、その相続開始前3年以内に被相続人が取得した土地等又は建物等がある場合には、被相続人の居住の用に供されていた土地等又は建物等を除き、その土地等又は建物等の相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続税法22条の規定にかかわらず、その土地等又は建物等の取得価額によるという特例である(旧措置法69条の4)。
このような規定が立法されたのは、昭和50年代後半から同60年代においての地価高騰にからみ、相続税対策と称して相続開始直前に借入金で土地等を取得することにより、土地等の相続税評価額と取引価額との開差を利用した税負担回避行為が横行していたことに対処するための措置として設けられたものである。すなわち、税制調査会の「税制の抜本的見直しについての答申」(昭和61年10月)では、このような税負担回避の問題に対して、「制度面を含め、何らかの対応策を検討すべきである」と提言しており、本条項が審議された衆議院税制問題等に関する調査特別委員会(昭和63年10月18日)において、当時の主税局長は、他の形態で財産を保有している者との間での負
担のバランスを図る必要性等から本制度を提案した旨説明している(45)。 しかし、この特例制度が時価と相続税評価額との差額を利用した節税策へ
の対抗策として制定されたものであったが、その後、地価は下落し続け、この特例の存在自体に疑問を生ずるとの意見や、更には時価が低下しているにもかかわらず、取得価額で相続税を課税するのは憲法29条に違反するのではないかという意見も出されていた(46)。
このような状況下で、本特例の適否が争われた事案が大阪地裁平成7年10月17日判決(47)である。本判決では、「本件特例は、相続税の租税負担回避行為の防止という立法目的との関連で著しく合理性を欠くことが明らかといえない」としながらも、「本件事案における土地の実勢価格が取得時の半分以下となっていることにかんがみ、本件のような事案についてまでも本件特例を無制限に適用することは、財産権の侵害の疑いが極めて強く、仮に財産権の侵害とまではいえないとしても、少なくとも本件特例を適用することにより著しく不合理な結果を来たすことが明らかであるというような特別な事情がある場合にまでこれを適用することは法律の予定していないところであって、本件に本件特例規定を適用することはできない」と判示した。
この判決を契機に本特例は見直されることとなり、平成8年度の税制改正により廃止されることとなったが(48)、このように、地価の急激な高騰によ
(46)xxx『租税特別措置法69条の4の廃止とその対応』税務事例研究31巻72頁
(48)特例制度が廃止に至った理由として、当時の「改正税法のすべて」では次のように説明されている。
「この取得価額課税の特例制度は地価上昇時のみを念頭において創設されたものではなく、土地の相続税評価額と実勢価額との乖離に着目した相続税の負担回避行為の横行という実態に対応するための措置であり、地価の上昇・下落の如何を問わず、取得価額に基づき課税することが、課税価格の客観性等の観点から適当であると創設されたものですが、直近においては、その適用件数は大幅に減少(首都圏では、その適用件数がピーク時の3分の1程度に激減しています。)するなど課税状況等からみてこの特例措置の存在意義は失われつつあるものと考えられます。
2 負担付贈与等に係る土地等の贈与税の評価
同じく昭和60年代に特に顕著となってきた土地等の不動産の通常の取引価 額と相続税評価額との開差を利用して、負担付贈与や個人間の低額譲渡等の 贈与税の税負担回避行為が行われるようになった。そこで、相続税について 昭和63年に前述の「相続開始前3年以内に取得等した土地等又は建物等につ いての相続税の課税価格の計算の特例」(旧措置法69条の4)の規定が創設 されたのを契機に、負担付贈与等の税負担回避行為に対して、税負担のxx を図るため、これらの手法に対する規制策として個別通達が発遣された(50)。この通達は、土地建物等の負担付贈与又は親子間売買に代表されるような低 額譲渡があった場合における贈与税の計算の基礎となる財産の価額は、評価 通達によるのではなく、当該財産を取得した時における通常の取引価額に相 当する金額によって評価することとしたものである。
この取扱いが設けられた理由は、負担付贈与や個人間の対価を伴う取引により取得した土地等については、通常の経済的取引と全く同一視することはできないものと考えられるため、このような取引により取得した土地等又は
また、この点に関しては、『平成8年度の税制改正に関する答申』(平成7年12月)においても、『この特例を直接地価動向と結び付けて議論することは適当ではないが、最近では、相続開始直前に土地等を取得して相続税の負担軽減を図ろうとする行為は見受けられなくなってきていることから、この特例は、廃止の方向で検討するのが適当である。』と、指摘されたところです。」
(49)xxxx『措置法69条の4に基づく課税処分の合憲性』税研65号79頁
家屋等の価額については、評価の安全性を配慮して定められた評価通達による評価による必要はなく、当該財産の通常の取引価額により評価することが適切であると考えられたためである(51)。
3 路線価等によらない場合の評価額
バブル経済が崩壊し、土地の価格は平成2年をピークとして下落傾向になったことにより、実勢価格と相続税評価額との開差が縮まり、さらには一部地域ではいわゆる逆転現象といわれるような時価よりも相続税評価額の方が高くなる現象が起こるようになった。このことから、地価高騰時と同じく相続税評価額が実勢価額を反映していないとの批判がされるようになった。
そこで、これに対応するために国税庁は、平成4年4月に「路線価等に基づく評価額が『時価』を上回った場合の対応等について」(事務連絡)を発遣した。この事務連絡では、「相続税の申告に当たっては、絶対的に路線価等に基づいて申告をしなければならないというものではなく、路線価等に基づく評価額を下回る価額で申告された場合には、個々の事案について個別的に、課税時期における相続税法上の『時価』の解釈として、その申告が適切かどうかを判断すべき」であるとし、具体的には、①各種地価動向調査等による評価基準日以後の当該土地周辺の地価動向を把握し、②例えば、当該土地が売却され、その売買価額を根拠として申告等がなされた場合には、他の事例との比較(場所的修正、時点修正等を行う。)から当該土地の売買が適正な価格での取引といえるものかどうかを判断し、あるいは③精通者(不動産鑑定士等)への意見聴取を行うなどして、当該土地の課税時期における
「時価」の把握を行うこととしたものである。
その後、更に平成12年6月5日付課評1-5「財産評価基本通達第5項
((評価方法の定めのない財産の評価))及び第6項((この通達の定めにより難い場合の評価))の運用について」(事務運営指針)においては、地価の
(51)xxxxx『具体事例による財産評価の実務』(2002)1312頁
大幅な下落その他路線価に反映されない事情が存することにより路線価等を基として評価通達の定めに従って評価することが適当でないと認められる場合には、個別に課税時期における地価を鑑定評価その他の合理的な方法により算定することとし、地価の大幅な下落等があった場合における簡便な地価の合理的な算定方法を次のように示している。
課税時期における地価=路線価等÷0.8×(1-時点修正率)
時点修正率:地価の年間下落率×1月から課税時期までの月数÷12地価の年間下落率:路線価や公示価格等の下落率による。
これらの取扱いは、評価通達が納税者の便宜のため、そして課税のxxのために画一的、統一的に定められているものであり、それ故に必ずしも個別事情等の配慮がなされておらず、また、相続税法22条にいう「時価」を常に適正に反映しているとは必ずしも言い難い現状を実質的に修正するものであり、それまで評価通達における評価額が「時価」であるとしていたものを、地価の大幅な下落等により評価通達の定めに従って評価することが適当でないと認められる場合には、課税の不xxを生ずることとなることから、相続税法22条の「取得の時における時価により」という原則に戻って、当該場合には評価通達6項の規定を適用して時価による申告を認めたものである。
第4節 所得税における課税時期の取扱い
1 所得税法上の収入すべき時期
所得税法(以下「所法」という。)は、各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額又は総収入金額について、「その年において収入すべき金額」とし(所法36条1項)、ここでいう「収入すべき金額」とは、実現した収益、すなわちまだ収入がなくとも「収入する権利が確定した金額」の意であり、いわゆる権利確定主義という法的な基準を採用しているものと解されている
(52)。
しかし、その後、課税所得に対する考え方の進展に伴って、課税所得は、 専ら経済的、実質的に把握すべきものであり、その原因となる行為が有効な ものか無効なものか、法律上所有権が移転しているものか否かには関係なく、現実にその利得を支配管理し、自己のためにそれを享受している限りは、課 税所得を構成するという考え方がとられるようになり、課税所得を形式的な 法律概念のみで捉えるという考え方には、いろいろな批判がされてきた(53)。
また、所得税の収入すべき時期について判例は、「旧所得税法がいわゆる権利確定主義を採用しているのは、課税に当つて常に現実収入の時まで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税のxxを期しがたいので、徴税政策上の技術的な見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することにしたものである」と判示している(54)。これは、資産の譲渡における権利確定主義が、その原因となる私法上の所有権移転という法律関係によるのではなく、専ら現実に利得を享受し、それを支配しているかという経済的事実関係に着目して行うべきであり、つまり、現実にその利得を支配管理し、自己のためにそれを享受している限りは、課税所得を構成するという考え方によるものである。
2 譲渡所得における収入すべき時期の取扱い
譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税するものである(55)。そして、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、原則として、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるのであるが、納税者の選択により、当該資産の譲渡に関
(53)xxxxx修『DHCコンメンタール所得税法』第一法規3141頁
(55)最一小判昭和43年10月31日(訟務月報14巻12号1442頁)
する契約の効力発生の日(農地法の規定により権利の移転について農業委員 会又は都道府県知事の許可を受けなければならない農地若しくは採草放牧地 の譲渡又は届出をしてする農地等の譲渡については、当該農地等の譲渡に関 する契約が締結された日)により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認めることとしている。この場合の資産の「引渡しがあった日」は、 資産の譲渡の当事者間で行われる当該資産に係る支配の移転の事実、例えば、土地の譲渡の場合には所有権移転登記に必要な書類等の交付という事実に基 づいて総合的な見地から判定した日によることとなるが、原則として譲渡代 金の決済を了した日より後にはならないこととなる(所得税基本通達の制定 について(昭和45年7月1日付直審(所)30(例規)、以下「所基通」とい う。)36-12)。
民法上、所有権その他の財産権の移転の時期については、特定物の売買において当事者が所有権の移転の時期を合意で定めたときは、その時期に所有権移転の効力が生じるが、その合意が明らかでない場合の所有権の移転の時期に関しては、学説でも争いのあるところである。これに対して、譲渡所得の収入すべき時期の判定は、私法上の所有権移転という法律関係によるのではなく、現実に利益を享受し、それを支配管理しているか否かという事実関係に着目して行うべきであるという考え方から、農地等以外の資産の譲渡による所得についての収入すべき時期は、原則として資産の引渡しの時とされている。これは、譲渡者が資産を引渡した時には、相手方に対してその譲渡代金を請求できることが確定的となり、譲渡代金相当額を収入すべき金額として認識し得る状態となったとみることができることから、その資産の引渡しを課税の時期の徴表としてとらえたものである。
これに対して農地等の譲渡による所得については、平成3年の所得税基本通達改正(56)前までは、農地等の譲渡による所得の収入すべき時期について
(56)平成3年12月18日付課資3-1、課所4-5「農地等の総収入金額の収入すべき時期」
は、農地法上の許可又は届出が所有権移転登記の効力要件となっていること から、原則として、これらの許可又は届出の効力が生じた日と当該農地等の 引渡しがあった日とのいずれか遅い日によるものとし、納税者の選択により、これらの日のいずれか早い日又は農地等の譲渡に関する契約が締結された日 により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認めることとされ ていた。しかし、実際に農地等以外の土地の中間省略登記による売買と同様 に、農地法所定の転用未許可のままで転売される事例がある現状から、譲渡 所得の収入すべき時期を何ら実質を伴わない許可・届出の効力発生時期とし て、その時まで課税を繰り延べることとすることは、経済的側面からみても 適切なものとはいえないという考えから、農地等の譲渡についても農地等以 外の資産の譲渡と同様に引渡しがあった日を収入すべき時期の原則としたも のである(57)。
また、資産の引渡しがあった時を収入すべき時期とする取扱いを基準として採用しているのは、売主が資産の引渡しを行った場合には、買主はもはや同時履行の抗弁権を主張する立場にならないから売主に譲渡代金の支払請求権が確定的に帰属し、この時点において、売主は資産の譲渡による利得を支配し得る状況に至ったとの考え方によるものと理解されている。このことからすれば、買主から譲渡代金の残額を受領すれば、売主はその時点で現実に
(57)平成3年12月の改正前の通達の取扱いでは次のような問題が生じていた。
① 農地等の譲渡契約に近接して譲渡代金の決済が了している場合又は引渡しが行われている場合であっても、数年後の許可・届出の効力発生の日を譲渡所得の収入すべき時期原則とする取扱いは、キャピタルゲインの実現に対する課税、担税力に応じた負担といった実現した所得に対して課税を行うという所基通36-1の取扱いとの整合性という観点から問題がある。
② 転用未許可農地等の譲渡は、農地等の所有権そのものの譲渡ではなく一種の期待権の譲渡ではあるものの、その取引の経済的実質に着目して、土地等の譲渡に対する課税と同様に取扱い、一方では、この転用未許可農地の譲渡は農地法上の農地等の譲渡ではないことから、農地等以外の資産として、収入すべき時期は、資産の引渡しがあった日となる。したがって、平成3年12月の改正前の取扱いによれば、当初の農地等の所有者に対する収入すべき時期とが逆転する場合が生ずるなど整合性に欠ける状況が生じていた。
資産の譲渡による利得を支配管理することになるから資産の引渡しの事実行為を確認するまでもなく、譲渡代金の全額を受領したときが正しく資産の譲渡に所得の実現があった時となり、譲渡所得の収入すべき時期はその時期後にはならないものと考えられ、現在の取扱いとなったものである(58)。
したがって、土地等の売買契約中に売主が死亡した場合における当該売買契約に係る資産の譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、原則として当該取扱いによることとなる。すなわち、農地等の譲渡の場合であれば、原則として当該売買契約に係る資産の引渡しがあった日(ただし、当該資産の引渡し以前に譲渡代金の決済を了している場合には、その日後にはならない。)の収入金額として、相続人が自己の収入として申告をすることとなるが、納税者の選択により、当該農地等の譲渡に関する契約が締結された日の収入金額として、被相続人の準確定申告書(所法124条1項)を提出することも可能となる。
(58)xxxx・xxxx・xxxxxx『平成14年版所得税基本通達逐条解説』(財)xx財務協会(2002)241頁
本章では、売買契約中に相続が開始した場合における相続税の課税財産及びその評価が争われた事案についての裁判例を、売主に相続が開始した場合及び買主に相続が開始した場合のそれぞれに区分して、その動向を考察する。
第1節 売主に相続が開始した場合
土地の売買契約中に売主に相続が開始した事例について、最高裁第二小法廷昭和61年12月5日判決及び名古屋高裁平成12年11月29日判決の二つの裁判例をみておくこととする。
1 最高裁第二小法廷昭和61年12月5日判決(事例1-1)
本件は、農地について売買契約が締結され、その手付金及び中間金を受領し、農地法所定の権利移動の届出後、残代金が未払いでかつ所有権移転登記がされるまでの間に売主が死亡した事案であり、相続税の課税財産が何であるか、また、その評価はどのようにされるべきかが争われた事案である。
(1)事案の概要
被相続人Aは、その所有する農地について、昭和47年7月7日、B社と の間で売買価額4,539万7,000円とする旨の売買契約を締結し、当該契約に 基づきB社に事実上当該農地を引渡して宅地造成工事を進行させ、売買契 約日に手付金600万円及び同年9月30日に内金1,000万円の合計1,600万円 を受領した後、同年11月25日に死亡した。なお、本件土地に係る農地法5 条1項所定の届出は、同年10月7日になされ、同月10月20日に受理されて いる。また、残金2,939万7,000円は、相続開始後の同年12月15日に受領し、同年12月16日に所有権移転登記がなされた。
被相続人の相続人Xらは、本件相続に係る相続税の申告に当たり、相続財産は被相続人が所有していた農地であり、その価額を評価通達により
2,018万5,438円と評価して課税価格に算入し、相続開始日までに既に収受した売買代金は債務控除の対象として相続税の申告した。これに対しY税務署長は、本件土地は相続財産に属せず、売買代金のうち未収入金2,939万7,000円を相続財産と認定して更正処分を行った。Xらは、当該処分の取消しを求めて本訴を提起したものである。
(2)判決要旨
第xx判決(東京地判昭和53年9月27日(59))は、本件売買契約においては、当事者間に本件土地の所有権の移転時期を売買代金完済の時とする旨の特約があり、代金完済の時が譲渡人の死亡後であったことから、相続開始当時所有権は移転しておらず、本件土地は相続財産に含まれることとなり、売買代金の未収入金は、相続開始当時には当該農地の所有権が移転していない以上、未だ被相続人の債権として確定していないから、当該未収入金は相続財産に属せず、また、既収の部分については、預り金として相続債務に属するものであると判示し、Xらの主張を全面的に認容した。控訴審判決(東京高判昭和56年1月28日(60))は、本件土地所有権が相 続財産に属するかどうかについては、一審と同様相続財産に含まれるとの判断を示した。すなわち、「売買代金の支払完了時に目的物件の所有権が移転するという特約がある売買においては、代金未払の間は所有権が売主に留保され、買主には移転しないのであるから、右所有権と対価関係にたつ売買代金債権も確定的に売主に帰属するに至らないとみるのが相当である。ちなみに、所有権留保の特約のない通常の売買においては、売買成立と同時に目的物件の所有権は売主から買主に移転すると同時に売主は売買代金債権を取得し、これに伴つて、資産的価値も所有権が債権に転化するとみられるのであるが、本件のように所有権留保の特約がある場合には、右のような法的及び経済的変動は代金支払の完了時まで確定的には発生し
(60)税資116号51頁、訟務月報27巻5号985頁、判例時報1000号69頁、シュトイエル 232号1頁
ていないとみられるのであ」ることから、「売買代金債権は確定的には被 控訴人らに帰属せず、したがつて、同債権を課税物件と解するのは相当で ないものというべく、本件土地の所有権をもつて課税物件と解すべきであ る。」とした。そして、当該土地の評価額については、まず、相続税法22 条と評価通達との関係に関して、「相続税法22条は、相続財産の価格は特 別に定める場合を除いて当該財産の取得時における時価による旨定めてい るのみで、同法は土地の時価に関する評価方法をなんら定めていないので ある。そこで、国税庁において財産評価通達を定め、その評価基準に従っ て各税務署が統一的に土地の評価をし、課税事務を行っていることは周知 のとおりである。したがつて、評価基準によらないことが正当として是認 されうるような特別な事情がある場合は別として、原則として、評価基準 による評価に基づいて土地の評価を行うことが相続税の課税のxxを期す る所以であると考えられる。」としたうえで、本件のように「相続開始時 における土地の評価額が取引価額によつて具体的に明らかになつており、 しかも、被相続人若しくは相続人が相続に近接した時期に取引代金を全額 取得しているような場合において、その取引価額が客観的にも相当である と認められ、しかも、それが評価通達による路線価額との間に著しい格差 が生じているときには、通達の基準により評価することは相続税法22条の 法意に照らし合理的とはいえ」ず、本件土地の評価については、「取引価 額をもつてすることが正当として是認しうる特別の事情があるというべき であり、その時価については売買代金と同額と評価すべきものである。」 とした。ただし、本件土地の売買に関しての手付金及び内金としての合計 金1,600万円は、「相続開始当時、現金、預金あるいはその他の相続財産に 混入しており、本件土地の価額の計算に当つては、手付金等1,600万円相 当分は、本件土地の価額から離脱しているとみて、これを控除するのが相 当である」として、一審判決を取り消し、被控訴人Xらの請求を棄却した。
これに対し上告審判決(最二小判昭和61年12月5日(61))は、第xx及び第二審判決が課税財産を土地所有権と認定したのに対し、「原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、たとえ本件土地の所有権が売主に残つているとしても、もはやその実質は売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎないものであり、相続人らの相続した本件土地の所有権は、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきであつて、本件において相続税の課税財産となるのは、売買残代金債権2,939万7,000円(手付金、中間金として受領済みの代金が、現金、預金等の相続財産に混入していることは、原審の確定するところである。)であると解するのが相当である」とし、本件課税財産は売買残代金債権であるとの判断を示し、評価額については、本件土地の価額を売買残代金債権と同額であるとした原審の判断を是認して上告を棄却した。
2 名古屋高裁平成12年11月29日判決(事例1-2)
本件は、農地の所有者であった被相続人が当該農地について売買契約を締結し、手付金を受領した後、約3年後に死亡し、相続税の申告後に農地法所定の届出がなされ、相続人である原告が売買残代金を受領した事案であり、本件における相続税の課税財産が本件土地か売買残代金請求権であるかが争われた。
(1)事案の概要
被相続人Aは、平成3年12月3日、B社との間で本件農地を6,628万 3,125円で譲渡する旨の売買契約を締結し、同日、手付金665万円を受領後、本件土地の引渡し及び売買代金完済前である平成6年12月25日に死亡した。なお、本件土地の農地法5条1項3号所定の届出は、被相続人の相続開
始後の平成7年8月2日付で受理され、同年12月18日に相続人らXは本件売買残代金5,963万3,125円の支払いを受けた上、本件土地の引渡しを完了
Xらは、本件相続に係る相続税の申告に当たり、本件土地の価額を評価通達により2,627万4,880円と評価し、また、本件売買の契約手付金665万円を債務として債務控除に計上した。これに対し、Y税務署長は、相続人が本件相続によって取得した財産は、本件土地ではなく、本件売買残代金請求権であり、その価格は本件売買代金から手付金を控除した残代金額 5,963万3,125円であると認定し更正処分を行った。相続人らは、当該処分の取消しを求めて本訴を提起したものである。
(2)判決要旨
第xx判決(名古屋地判平成11年10月29日(62))は次のとおり判示した。本件売買は、一団となった土地の買収の一環としてされたもので、買収
の進行状況に応じて履行されることが予定されていたものであって、そもそも、履行の完了までには相当の期間を要することが了解されていたものである。結果としても、本件買収事業は、その完了までに約4年間という当事者が予想していたよりも長期間を要したが、それは、本件事業に反対する者がいたり、B社の代表者の交代により、本件買収事業の方針が変わり、交渉をやり直したりしたためであって、本件事業が立ち消えとなったり、本件買収事業が不成功に終わるような事情が存在したためではない。そして、本件相続開始時の段階では、本件買収については、一応すべて の地権者との間で売買契約締結が完了していたのであり、本件売買は、履
行されることが相当程度確実になっていたものと認められる。
以上によれば、被相続人は、本件売買契約に基づく残代金請求債権を有していたものであるところ、本件土地の一部が農地であり、農地法所定の届出をしないと所有権が移転しないこととなっており、また、契約上、売買代金が完済され物件の引渡しが完了した時に所有権は移転する旨の定めがあり、本件相続時には、農地法所定の届出もなされておらず、土地の引
渡しもされておらず、本件土地の所有権が売主である被相続人に残っていたとしても、もはやその実質は本件売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎなかったのであって、本件相続財産となるのは、本件土地でなく、本件売買残代金債権であるというべきである。
もっとも、本件土地のうち一部は市街化区域内の農地であって、農地以外への転用を目的とする所有権移転のためには、農地法5条1項3号により、農業委員会への届出が必要であり、その届出を行わないで農地の売買を行っても、所有権移転の効力を生じないところ、本件相続開始時には、本件土地について農業委員会への届出は行われていなかったものである。しかしながら、届出が行われなかったのは、届出を行うことに法律上の 障害があったり、契約当事者に本件土地の所有権を移転しないでおく必要
があったからでなく、単に、本件買収事業の対象となった全土地について、まとめて届出を行うというB社の便宜のために、当事者双方の意思により 届出を保留してあったからにすぎない。したがって、届出が行われていな かったことは、本件相続財産は本件土地か、本件売買残代金債権かを判断 するに際し、決定的な事由となるものでなく、土地の所有権の実質が、本 件売買代金の担保にすぎないとの結論に影響を及ぼすものではない。
また、本件相続財産が本件売買残代金債権であるとすると、本件土地であるとして評価通達により評価される場合よりも税額が増えるから、実質上は、法律なくして増税をしたに等しいという原告らが指摘する租税法律主義違反との主張に対し、そもそも本件相続財産は本件売買残代金債権であるとした場合よりも低い相続税額で済むと考えていたことは納税者の誤解であり、これに反する結果が出たとしても、課税の範囲を拡大したり、増税を行っているわけではないから、租税法律主義違反の問題は生じないと判示し、Xらの請求を棄却した。また、控訴審判決(名古屋高判平成12年11月29日)もこれを支持している。
買主に相続が開始した場合の事案についての最初の最高裁判決は、第二小法廷昭和61年12月5日判決であるが、本節においては、本判決の他にその後に争われた事案で、最高裁第二小法廷平成2年7月13日判決及び売買契約成立時から相続開始までに長期間経過した事例として最高裁第三小法廷平成5年5月28日判決の3つの裁判例をみておくこととする。
1 最高裁第二小法廷昭和61年12月5日判決(事例2-1)
本件は、農地の買受人が売買契約成立と同時に売主に代金の一部を手付金として支払い、農地法所定の知事の許可を受ける前に死亡した場合における相続税の対象となる課税財産及びその評価が争われた事例である。
(1)事案の概要
被相続人Aは、昭和49年1月30日、B社との間で売買代金1,916万4,000 円で買い受ける旨の契約を締結し、同日手付金200万円を支払い、当該売 買に係る仲介手数料48万7,470円を支払うことを約した後、同年2月13日、農業委員会に対し、本件土地につき農地の所有権移転に関する農地法3条 による許可を申請をし、同農業委員会は同月26日にこれを許可する旨の決 議をして、同年3月7日付でAに通知した。しかしAは、同月28日死亡し、相続人Xは、上記の許可取消願を申請し、同年3月16日に本件契約にかか る売買残代金1,716万4,000円をBに支払うとともに、改めて同農業委員会 に対し、同条所定の許可申請をし、同年5月8日付でその許可を受け、同 年5月20日に本件土地の所有権移転登記をした。なお、相続開始時には本 件契約における仲介手数料48万7,470円は未払いであった。
Xは、本件相続に係る相続税の申告(修正申告)に際し、当該農地を相続財産とし、評価通達による評価額299万1,360円を算入し、当該売買代金の未払分及び仲介手数料1,765万1,470円を相続債務として申告したのに対し、本件農地は相続財産にならず、また、売買残代金及び仲介手数料は相
続債務にならないとしてY税務署長がなした更正処分等の適否が争われた事例である。
(2)判決要旨
第xx判決(名古屋地判昭和55年3月24日(63))は、農地の所有権移転を目的とする法律行為については、当事者において農地法3条所定の許可を受けない限り、所有権移転の効力は生じないのであるから、相続開始前に被相続人が農地の買受契約を締結し、土地の引渡しを受けて使用収益を始めていたとしても、その生存中に当該農地の所有権移転についての許可を受けない限り、当該農地は被相続人の所有とはならず、従って、本件土地は相続税の課税の対象となる財産とはなり得ないと判示した。
また、農地法の許可との関係については、農地所有権の移転には農地法
3条所定の許可を要するが、農業委員会はAからの許可申請を審議し、相続開始前に許可決議をしていたが、それは単なる農業委員会内部における意思決定にすぎず、いまだ許可としての効力は生じていないが、許可を得ていない段階においても、農地の売買契約自体はもとより契約として有効であり、売買契約の成立と同時に、買主は売主に対し、債権的請求権としての所有権移転請求権、所有権移転登記手続請求権、所有権移転許可申請協力請求権を取得し、一方特段の事由がない限り、当該契約の成立と同時に代金支払義務を負担するに至るものと解するのが相当であるとした。
そして、その評価については、基本通達にはその適用すべき財産の中に、当該各請求xxは含まれていないばかりか、その規定する各種財産の評価 に関し、全国的な課税のxxを期するため課税庁の評価方法として一般的 な基準を示したものであって、そこに定められている方法が絶対的なもの ではなく、他の方法により、より的確な時価を把握できる場合には、その 方法によるのが相当であると解すべきであるとした上で、具体的には、本
(63)税資110号666頁、訟務月報26巻5号883頁、判例時報980号43頁、判例評論267号 13頁、税務弘報29巻3号158頁
また、控訴審(名古屋高判昭和56年10月28日(64))判決においても原審判決は支持され、さらに、上告審判決(最二小判昭和61年12月15日(65))では、農地を譲渡した場合における所得税の取扱い及び農地の贈与を受けた場合の贈与税との取扱いとに極端な差異を生じるとの原告の主張に対して、「所論違憲の主張のうち、農地の譲渡に係る譲渡所得課税等における取扱いとの不均衡を前提とする主張は、右取扱いは専ら所得税等の課税時期に関するものであって相続税の課税対象となる財産のいかんの問題とは全くその性質を異にするから、その前提において失当というべきであり、また、『相続税財産評価に関する基本通達』の定める評価方法による農地の評価との不均衡を前提とする主張は、本件相続税の課税財産は具体的な売買契約によりその時価が顕在化しているとみられる前記債権的権利であつて、これを所論の通達に定める評価方法により評価するものとされている農地自体と同様に取り扱うことはできないから、やはりその前提において失当というほかない。」と判示した。
2 最高裁第二小法廷平成2年7月13日判決(66)(事例2-2)
本件は、最高裁第xx法廷昭和62年5月28日判決(67)の差戻控訴審である
(65)税資154号787頁、判例時報1225号56頁、訟務月報33巻8号2154頁、民集149号263頁、ジュリスト899号、シュトイエル298号1頁
東京高裁昭和62年9月28日判決(68)の差戻上告審判決であり、主たる争点は、被相続人が買受けた宅地の所有権移転の時期及び所有権移転の時期が相続x x後である場合における相続財産たる所有権移転請求権の評価である。
(1)事案の概要
被相続人Aは昭和50年6月14日B会社との間で、同会社所有の宅地を代 金6,826万円(後に6,505万6,200円となる。)で買受ける旨の売買契約を締 結し、同日手付金2,000万円を支払い、残代金は、本件宅地の実測図面の 交付及び所有権移転登記申請手続をするのと同時に支払うことを約した後、同年7月31日死亡した。ところが、実測の結果、公簿面積より減歩してい たので、地積更正登記等のために引渡しが遅れ、相続開始後の同年8月29 日に相続人であるXは、減歩相当額を差し引いた残金4,505万6,200円を支 払い、所有権移転登記を行った。
Xは、本件相続税の申告において、積極財産として、本件宅地の価額を相続税評価額である3,854万811円とし、消極財産として、未払代金4,505万6,200円として申告した。これに対しY税務署長は、相続開始時には本件宅地の所有権がいまだAに帰属していなかったとして、手付金2,000万円を課税価格に算入して更正処分を行った。
(2)判決要旨
売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨に出たものでない限り、買主に直ちに所有権移転の効力を生ずるものと解するのが相当であるが、これが売買契約において、最も主要な行為である代金額の確定、支払、目的物の所有権移転登記手続、引渡し等につき将来の一定の時期にすることを定めたときには、その所有権の移転は右将来の一定の時期になされるべき特別の合意がなされたものというべきである。
(68)税資159号833頁、第xx:浦和地判昭和56年2月25日(税資116号294頁、訟務月報27巻5号1005頁)、控訴審:東京高判昭和58年8月16日(税資133号462頁)
本件売買契約においては、残代金の支払、所有権移転登記申請手続はいずれも被相続人の死亡の時までに行われなかったのであるから、被相続人はその死亡の時までに本件宅地の所有権を取得したものということはできず、単に本件売買契約締結により同契約に基づく本件宅地の所有権移転請求権を有していたにすぎないから、控訴人は本件相続により本件宅地所有権を取得したのではなく、その所有権移転請求権を取得したにすぎないものといわなければならない。
相続税法22条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除くほか、当該財産の取得の時における時価による旨規定しているところ、土地の所有権移転登記請求xxの価格に関しては特別の定めがないため右時価というのは、相続開始時における財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解するのが相当である。
ところで、宅地所有権移転請求権の価額は宅地所有権の価額に準じて考えることができるところ、財産評価基本通達が市街地的形態を形成する地域にある宅地の評価については路線価方式によることを定め、個別財産の評価実務はこれに従って行われていることが弁論の全趣旨により明らかであるが、右基本通達は、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易なことではなく、また、納税者間で財産の評価が区々になることはxxの観点から見て好ましくないことにかんがみ定められているものと考えられ、また、個別の財産の客観的評価は、その価額に影響を与えているあらゆる事情を考慮して行われるべきであるから、右不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通営成立する客観的価額に相当する財産の評価が得られる事情が存するときには、この評価によることは、それが右基本通達と異なるものであっても、これを違法ということはできないと考えられる。したがって、本件においては、売主と買主との間の特別な関係に基づいて行われた異常な取引であったことを認めるに足りる証拠は何ら存在しないことから、売買契約において定められた代価は、相続開始時にお
ける本件宅地所有権移転請求権の不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する客観的価額に相当するということができる。してみれば、本件宅地所有権移転請求権の時価は前示6,505万6,200円ということになる。そして、Aは手付金2,000万円を支払っただけで、残代金 4,605万6,200円の支払債務を負担していたから、本件宅地に係る相続財産の純資産額は2,000万円となる、と判示した原審(東京高判昭和62年9月 28日)の判断を是認して上告を棄却した。
3 売買契約成立時から長期間経過した場合(事例2-3)
本件は、相続開始の約13年前に被相続人が取得している農地法所定の許可前の農地について、その相続に係る相続税の課税に関し、課税財産の種類とその価額が争われた事例である。
(1)事案の概要
被相続人Aは、昭和36年6月9日、Bから農地を代金400万円で買い受け、代金は全額支払い、同日、本件農地につきBからAへの農地法に基づく知事の許可を条件とする所有権移転仮登記がされた。その後Aは、昭和 49年3月14日当該農地につき農地法所定の許可を得ずに死亡し、Xらが相続した。
(2)判決要旨
第xx(東京地判昭和62年10月26日(69))判決は、Xらが農地法の許可がない限り本件農地の売買契約は法律上の効力を生じないから、本件農地の所有権の取得を目的とする財産上の権利は、既に支払った代金相当額の不当利得返還請求権としてしか評価できないとして、代金額400万円と同額に評価すべき旨を主張したのに対し、本件農地の所有権が移転するためには、農地法所定の許可が必要であり、右許可は所有権移転の効力発生要
(69)税資160号241頁、訟務月報34巻7号1527頁、判例時報1258号38頁、判例評論353号147頁
件と解すべきであるが、右許可前においても農地の売買契約が何らの法的効力を有しないと解すべきではない。すなわち、農地の売買契約は、最終的には買主に当該農地の所有権を移転させることを目的としてされるものであるから、売主は買主に対し当該農地の所有権を移転させるべく農地法所定の許可申請に協力し、右許可を条件として所有権移転登記手続、引渡し等をすべき債務としての所有権移転義務を負うものであり、他方、買主は売主に対し、農地法所定の許可申請協力請求権及び右許可を条件とする所有権移転登記手続請求権、引渡請求xx債権としての所有権移転請求権を取得するものと解するのが相当である。しかして、前記のとおり農地の売買契約は農地法所定の許可前においても法的効力を有するものであり、農地の買主に有する所有権移転請求権は、農地の所有権という財産権の取得を目的とするものであるから、財産的価値を有するものと解するのが相当である。本件農地の売買契約においては、売主がその所有権移転等に必要な一切の義務を履行することとして代金を400万円と定められ、右売買代金以外の金銭給付は予定されていないうえ、買主は売買代金の全額を既に支払っているのであるから、本件農地につき買主が取得した所有権移転請求権は本件農地の所有権と同一の財産的価値(相続税評価額)を有しているものと解するのが相当であると判示した。
ただし、判決では、「本件農地の相続当時における価格は、2,416万 8,083円であることは当事者間に争いがないから、その所有権移転請求権の価格は右の価格と認められる。」と述べているに止まり、評価通達による評価額と客観的取引価額との関係には直接触れていない。
そして、控訴審判決(東京高判xxx年8月30日(70))及び上告審判決
(最三小判平成5年5月28日(71))においても、原審の判断を支持してXらの控訴及び上告を棄却した。
売主に相続が開始した場合の土地に関する相続財産及びその評価について最高裁として初めて判断を示したものが事例1-1である。すなわち、売買契約上の義務が未履行の土地に関する相続財産の種類については、たとえ土地の所有権が売主に残っているとしても、もはやその実質は売買代金債権を確保するための機能にすぎず、独立して相続税の課税財産を構成せず、相続財産となるのは売買残代金債権であり、当該財産の評価については、独立した土地自体の評価方法に準じて評価するのではなく、当該売買契約における債権債務の総体として評価すべきであり、評価の対象となる課税財産は売買残代金請求権の債権的権利であって、その価額は具体的売買契約により顕在化している契約上の取引価額であるとしている。そして、その後の下級審判決(事例1-2)においてもこの見解は踏襲されている(72)。
一方、売買契約中に買主に相続が開始した場合における相続税の課税財産及びその評価額について最高裁は(事例2-1は農地、事例2-2は宅地について争われた事例である。)、いずれも相続税の課税対象となる財産に含まれるものは、当該土地の所有権移転請求xxの債権的権利であり、その財産の相続税の課税価格に算入すべき価額は、当該土地の売買契約における売買価額であると判示している。つまり、客観的な取引価額を顕現する売買契約が課税時期の直近において成立しているなど、その適正な時価が何らかの方法で明確にされている場合には、あえて評価通達を用いる必要はなく、その取引価額をもって時価とすべきであるということである。
ただし、売買契約成立時から相続開始までに長期間経過した場合の裁判例
(事例2-3)においては、その相続財産は所有権移転請求xxであるとしな
がらも、その評価額については、当該売買の対象となった農地の売買代金ではなく、農地と同一の財産的価値を有しているものと解して相続税評価額で評価するのが相当であると判示している。しかし、この事例の前提となった事実関係について見てみると、売買代金の全額が既に支払われていたことや、農地の売買契約締結後約13年経過した後に相続が開始しており、時の経過によってその売買の対象となった農地の価額は売買契約締結時に比べると著しく高騰していて、その売買契約における取引価額は、もはや相続開始時点における時価を反映しているとはいえないという特殊事情によるものと考えられる。つまり、この点で他の裁判例と事実関係が大きく異なっており、その相違点が異なる判決の主な原因となっていると考えられる(73)。
また、事例1-1及び事例2-1においては、同一日に最高裁第二小法廷が 売主死亡及び買主死亡の場合におけるそれぞれの事例について判断を示した事 案であるが、双方とも課税財産は債権的権利であると判示していることに対し、評価の原因たる「土地」の存在がなくなっているという意見(74)や、更には売 主又は買主の双方の課税財産及び債務の整合性がとれていないとの指摘もある ところである。
(債権)であり、この場合の評価額は、売買代金相当額であると判示している。また、③の事例は、宅地に係る事案であるが、相続財産は土地所有権移転請求権であり、評価額は取得価額であるとしている。
(74)xxxx『x買契約済みの土地の相続税評価額』税理第35巻第12号203頁
第5章 売買契約中に相続が開始した場合の相続財産及びその評価
これまで見てきたように、売買契約中に売主又は買主に相続が開始した場合の相続税の課税価格に算入される相続財産及びその評価における課税xxxの取扱い及び裁判所の判断については、おおむね図表5-1のように整理することができる。
本章においては、これまでの議論を踏まえ、所得税の課税時期の取扱いとの関係、所有権移転時期との関係について検討し、更に学説の動向を踏まえた上でこれらの問題点について若干の私見を述べてみたい。
図表5-1
区 分 | 課税xxxの取扱い | 最高裁判例 | ||
財産の種類 | 評価額 | 財産の種類 | 評価額 | |
売 主 に 相 続 が x x した場合 | 売買残代金請求x | x収入金額 | 売買残代金債権 | 売買残代金額 |
買 主 に 相 続 が x x した場合 | 引渡請求xx (注)2 | 取得価額 (注)1,3 | 所有権移転請求権 | 取得価額 |
(注)1 売買契約の日から相続開始の日までの間が長期間で、契約の対価が相続開始時の引渡請求権の価格として適当でない場合は、別途に個別評価する。
2 土地等を相続財産とする申告があったときは、それを認める。この場合の土地等の価額は、旧措置法69条の規定の適用がある場合を除き、評価通達により評価した価額による。
3 売買残代金は債務控除の対象となる。
第1節 所得税の課税時期との関係
売買契約中に売主又は買主に相続が開始した場合における課税関係については、その課税時期について所得税(譲渡所得)における収入すべき時期の取扱いと相続税の課税価格の計算の基礎となる課税財産との整合性について問題と
なる。
譲渡所得における収入金額に収入すべき時期についての所得税の取扱いは、既に第3章第4節で述べたとおり、原則として資産の引渡しがあった日によるのであるが、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認めることとしている。当該取扱いと同様に相続税でも農地を譲渡した場合の譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期の取扱いを認めて、売買契約の締結時に農地の所有権を取得したものとして相続財産に含めて申告があればこれを認めるべきであるとの考え方がある。しかし、この場合における所得税と相続税の課税時期の取扱いの関係について、名古屋地裁昭和55年3月24日判決(75)は、所得税の取扱いが、「所有権の移転について農地法3条所定の許可を法定要件とする農地の譲渡については、当該所得の帰属年度を決定するための原則的基準として右許可のあった日等をもって収益計上の時期とし、但し、譲渡所得者より自発的に売買契約締結日を収益計上時期として申告があった場合には、農地の譲渡人については農地法3条所定の適格性の制限がなく、また譲渡益の金額自体には変りがないことから、右申告を認容しても課税権の行使上特段の支障がないため、例外的に、右申告を認める取扱いをなしているものと解せられる」としているのに対して相続税は、
「相続開始という一定時点での相続財産の価額を課税標準として課税されるも のであるから、相続、遺贈によって取得されるべき財産が、相続開始時におい て確定的に相続財産と評価し得るものでなければならない」と判示し、農地の 所有権移転に係る所得税と相続税との課税関係の差異を説明している。つまり、譲渡所得課税の趣旨が資産の値上がり益を譲渡の際に清算するということにあ り、農地の譲渡の時期について所得税の課税上において弾力的な取扱いがなさ れているのは、譲渡所得の収入金額が課税時期のいかんにより変るものではな く、譲渡所得に関する措置法上の各種の適用を受けやすいように政策的に定め
られているということもあり(76)(77)、課税xxxにおいて特に問題がないと認められるからである。また、所得税における所得の収益認識時期(申告時期)と法律上の所有権移転時期には直接的な関連性はなく、あくまで所得の認識時期は課税技術上の問題にすぎず、譲渡所得の申告があったからといって私法上の所有権の移転があったという根拠にはならないことからも両者の関係は必ずしも一致するものではない。そして、農地の場合においては買受農地が確定的に相続税の課税財産となり得るためには、相続開始までに農地法所定の許可を受けていることが必要であり、所得税の取扱いが契約締結日をもって収益計上の時期とすることが認められているからといって、利益課税の所得税通達の考え方をそのまま財産課税である相続税に当てはめて同様の取扱いを認める合理的な理由にはならないということである。
第2節 所有権移転時期との関係
1 所有権移転の時期
売買とは、当事者の一方(売主)がある財産権を相手方(買主)に移転す ることを約し、相手方がこれに対しその代金を支払うことを約することによ って成立する契約である(民法555条)。つまり、売買は財産権と金銭との交 換ということがいえ、また、金銭を対価として財産権を移転する有償契約で あり、契約の当事者が互いに対価的な債務を負担する双務契約であり、かつ、当事者の合意さえあれば成立する不要式の諾成契約である。
また、所有権の移転時期について、民法176条は、「当事者の意思表示のみ
(77)xxxx『x地の買受中に相続が開始した場合の相続財産とその評価』税経通信 35巻12号208頁
によって」効力を生ずると規定しており、意思表示以外の形式は特に不要で あるとされている(78)。具体的には、不動産の売買契約においては、その契 約完了と同時に所有権移転についての合意があったものと解し、原則として その時点で所有権移転の効力が生ずる(79)。ただし、当事者が特約によって、登記、代金支払又は引渡し等の形式行為のときを物権変動の効力発生要件と することを妨げるものではないと解されており(80)、契約において所有権移 転時期に関する特約条項を設けた場合には、その定められた時点が所有権移 転の時となるが、特約がない場合の所有権の移転がいつ行われるかについて は、学説上種々の論議がある。
かつての通説は、判例と同様、物権行為の独自性を否定し、本来の意思表示には物権行為としての意思表示も含まれると解し、売買契約に基づく所有権移転の場合には、原則として売買契約の成立時に所有権が移転するものと解していた。つまり、特定物売買においては契約成立時に所有権が移転するというように、物権変動が即時に生ずるのに障害がない場合には、契約と同時に物権変動があるとし、不特定物売買のように即時に物権変動が生ずるのに障害がある場合には、原則として障害が除去されたとき、ただちに買主に所有権が移転するとする説(81)である(82)。
しかし、特に不動産等の高価な目的物の売買において、目的物の引渡しも
(79)大判大正2年10月25日(民録19輯857頁)、最二小判昭和33年6月20日(民集12巻 1585頁)
(80)xxx・xxxxx『x冊法学セミナーNo.177基本法コンメンタール第五版/物権』日本評論社(2002)13頁
代金の支払いも全くされていない時点で所有権が移転するというのは、日常の不動産等の取引の実態からみても常識ではないと考えられ、学説には、物権行為の独自性を肯定し、本条の意思表示は物権行為としての意思表示でなければならないとしたうえで、その意思表示は、目的物の引渡し、代金の支払、登記、その他の外部的徴表を伴う行為がなされた時に所有権が移転するとする説(83)、物権行為の独自性を否定はするが、売買の場合には、その有償性のゆえに代金支払の時に所有権が等価的に移転し、また、代金支払いがなくとも登記、目的物の引渡しの行われた時点で所有権が移転するという説
(84)、売買契約当事者間において、ある一定の時期に所有権の全機能が売主
から買主に移転するのではなく、危険負担、果実収取権、費用負担義務、損害賠償請求xxの個別的権限ないし負担義務等が、取引のプロセスに応じてなし崩し的・段階的に移転するとする段階的所有権移転説(85)などがある
(86)。
今日の不動産取引では、多くの場合に売買契約書が作成され、当該契約書 に所有権移転の時期を明記するのが一般的となっており、代金支払いの時に 所有権が売主から買主に移転するとされているものが多いことから、当該契 約書において定めた特約事項の完了によって売主から買主へ所有権が移転す ることとされ、履行期までは売主に所有権が留保されているものと解される。そして、仮に売買契約書に所有権移転時期についての明示的な特約条項がな い場合であっても、最高裁は、代金の完済、所有権移転登記手続の完了まで
(84)xxxxx『所有xxの理論』岩波書店(1949)248頁、『民法Ⅰ総論・物権』有斐閣(1960)153頁
(85)xxxxx『x定物売買における所有権移転の時期』契約法大系Ⅱ 有斐閣
(1962)85頁以下
は所有権を買主に移転しないといった趣旨の契約である場合には、「常に売買契約締結と同時に売買物件の所有権が買主に移転するものと解さなければならないものではない」(87)と判示している。
一方、農地法2条1項に規定する農地若しくは採草放牧地(以下「農地等」という。)については、その権利の移転につき同法3条又は5条に規定する県知事等の許可や届出(以下「許可等」という。)が必要であり、その許可等の効力が生ずる前になした行為は、同法3条4項又は5条3項の規定により、その効力は生じないこととされている。したがって、農地法上の許可等は、農地等の所有権移転のための効力要件であり、売買契約を締結し、代金の授受を完了し、かつ、引渡しを済ませたとしても、農地法所定の許可等がない限り、その所有権が移転したことにはならず、売買契約に基づく債権的請求権、すなわち所有権移転請求権、所有権登記請求権、所有権移転許可請求権が存在するのみとなる(88)。
2 相続税課税における「売買契約中」の期間
それでは、今日のように農地等の売買が農地法上の転用未許可等の状態で 多方面にわたって行われている現状を考えた場合に、売買契約中の土地等で あって譲渡代金の決済がすべて完了している場合における相続税の課税財産 はどうであろうか。前述のとおり農地等の売買においては、農地法所定のx x移転の許可等がなければ所有権移転の効力はないのであるが、農地法のよ うな形式的な法的観点や私法上の所有権移転時期が直接相続税の課税に影響 するとしたのでは、例えば、事例2-3のように売買契約成立時から相続x xまでに長期間経過している場合のような事例等に対応できないこととなる。
(87)最二小判昭和38年5月31日(民集17巻4号588頁)
(最二小判昭和61年3月17日(民集40巻2号420頁))。
これは、相続税の課税上における「売買契約中」という期間をどのように捉 えるかという問題であるが、前述の課税xxxの現行における考え方によれ ば同取扱いが適用される範囲は、原則として土地等の売買契約後、当該土地 等の売主から買主への資産の引渡し前に売主又は買主に相続が開始したとき の場合であり、代金の決済という経済的側面は特に重視されていない。しか し、相続開始日において既に代金の決済を了しているような場合においては、形式的な法律的観点や私法上の法律関係よりも、むしろ売買代金の受渡しと いう経済的実質に重きをおいて相続税の課税関係を整理するべきであろうと 考える。もっとも通常の取引においては、売買物件の引渡しと売買代金の受 渡しとはほとんどが同時期になるものと考えられることから、売買契約中に 買主に相続が開始した場合において、農地法上の所定の許可等が未了であっ たり、あるいは所有権移転登記が未了であった場合でも、原則としては物件 の引渡しが完了しておれば相続税の課税価格に算入すべき財産は土地所有権
(89)とし、当該財産の評価は、相続税評価額によることとなるのであるが、
まれに物件の引渡しと売買代金の決済の日が異なる取引が行われた場合には、契約に係る売買代金の決済を了しておればここでいう「売買契約中」の期間 からは除外すべきであると考える(90)。そして、このことは、逆に売主に相 続が開始した場合における相続財産が預貯金等に化体している売買代金相当 額になることからも整合性がとれるものと考えられる。
(89)相続開始日において農地法所定の許可等を得ていないものについては、所有権移転の効力は発生しないことから、相続財産は所有権移転請求xxとなるが、この点については次節で述べる。
売買契約締結後における当事者に帰属する権利関係としては、売主側におい ては、留保された所有権のほかに売買契約によって生じた売買代金債権及び引 渡義務、登記協力義務等の債務が存することになり、逆に買主側においては、 所有権移転請求権、登記移転請求xxの権利と代金支払債務等が存することと なる。これらの権利義務のうち土地の売買契約の履行中に売主又は買主に相続 が開始した場合において、何をもって相続税の課税財産とすべきかについては、学説は分かれている。
(1) xxxxxxは、売主に相続が開始した事例1-1における控訴審判決を 受けて、本件売買契約に付された私法上の契約の特約の解釈を問題とし、本 件売買契約には売買代金の支払と同時に土地の引渡し及び所有権移転登記申 請を行う旨の特約があり、本件相続開始日が売買契約の履行期日前であると いう事実認定から、「本件土地所有権は未だ移転していないというべきであ るから、本件相続財産を土地所有権と解する本判決は正当である」としてい る。そして、相続財産を所有権留保によって担保された売買代金請求権(債 権)と解する見解に対しては、「相続開始時における相続財産は、観念的に は、特約により留保されている土地所有権と売買契約に基づいて生ずる売買 代金請求権、土地引渡義務・仲介手数料債務等の債務が混在していると解さ れる」とし、「しかし、課税対象となる相続財産は、債権であれ債務であれ、原則として、相続開始時において確実に存在したものを基礎として認定され るべきであり、特に、農地法のような法定条件付の所有権移転請求権を直ち に課税対象となる相続財産に含めることには疑問があると思われる。また、 売買代金請求権は、相続開始時には履行期前のものであるうえ、当該請求権 と対価関係にある土地所有権移転債務とは同時履行の関係にあるから、課税 し得べき権利として未だ確定しているとはいいがたく、課税対象となる相続
財産の判定は所有権の所在により決すべきものである。」(91)と述べておられ る。さらに上告審判決を受けて、「課税物件が土地所有権であるか、売買代 金債権であるかについては、土地譲渡契約を物権変動の側面から見るか、債 権債務の側面から見るかによって生ずるのであって、民法上はどちらの立論 も成り立えるが、債権債務関係の側面から見るのであれば、履行期日前にお いては、売主は売買代金債権を有する反面、土地引渡義務も負っており、こ れらは同時履行の関係にあるとともに、等価値であるはずである。とすれば、相続税の計算にあたっても、プラスの課税物件として売買代金債権を認定す るなら、マイナスの課税物件としての土地引渡義務を控除すべきであるから、結果として相殺されて零になるのではなかろうか。だからこそ、所有権はx xとして売主に残っているという権利関係と一致するのではなかろうか。ま た、そもそも、課税物件が土地所有権と認定されるか、売買代金債権と認定 されるかで、相続税額に違いがでてくるという結論も一般にはなかなか理解 されがたいであろう。なぜなら、前述したとおり、土地所有権も売買代金債 権も本来は等価値であるはずだからである。最高裁が本件課税物件を売買代 金債権と認定した理由は、①被相続人が土地の買主の場合に関する判例理論 との整合性を図ること、②通達による安い土地評価額を離れ、これを上回る 取引価額により相続税額を計算することにあったのであろうが、その目的の ために譲渡契約の物権的側面と債権的側面とを分離し、課税物件を区別する という手法はあまり技術的に過ぎるのではあるまいか。」と上告審判決を疑 問視し、「むしろ、控訴審判決のように、課税物件は『土地』と認定したう えで、譲渡契約が履行過程にあることをもって評価の特殊事情と捉え、個別 に評価するという手法の方が権利義務関係に合致するように思われる。」(92) と結論付けている。
(91)xxxx『x地(売主の死亡)』税経通信資産税重要判例紹介特集号39巻15号141頁
(92)xxxx『x続財産の種類-土地の売主の相続』別冊ジュリストNO.120租税判例百選(第三版)104頁
(2) これに対し、xxxxx授は、課税上の取扱いが農地の移転に係る農地法上の許可又は届出の効力の有無により相続財産が何になるかを区分していることに対して、農地の譲渡中に相続が開始した場合には、「その許可等が済んでいない場合にも、形式的には農地を相続するのであるが、相続があっても当該売買契約の効力に変りがないとすれば、積極財産として当該農地のほかに受領済の売買代金、残代金請求xxを相続し、債務として農地の所有権移転義務、仲介手数料支払義務等を相続するものと解することができ、これらの相続財産のうち当該農地と当該農地の所有権移転義務とが相殺されるとすれば、残るものはやはり当該売買契約上の売買代金請求権、仲介手数料支払債務等となる。」とし、必ずしも農地法上の許可又は届出の区分が相続税の課税財産に直接影響を及ぼすものではないとしている。すなわち、農地の売買契約中の相続財産については、その経済的価値に重点を置き、「農地の買受中あるいは譲渡中に相続が開始したとしても、当該売買契約等が相続人に有効に引継がれている限り、当該相続人の地位は、当該相続財産の法律上の資産名称のいかんによって何ら変わることはない。そして、かかる場合に当該相続財産を農地であると解しても、あるいは売買代金請求権ないし当該農地の所有権移転請求権であると解しても、その経済的価値は、当該売買契約に表示される売買代金が当該農地の通常の時価を顕現している限り、当該売買代金以外何ものでもない」とする(93)。
同説として、xxxxx士は、事例1-1の控訴審判決が相続財産を土地所有権とし、これを取引価額で評価すべきであるとの判決に対して、本件売買契約の法的性質について、「本件売買契約が残代金支払時に所有権を移転するとの契約であるとしても、契約として有効である以上、契約当事者間の権利義務関係は法律上保護されているものとして発生しており、所有権移転義務と同時履行の関係にある代金債権は確定的に売主に帰属するに至る」とし、また、この残代金請求権が相続開始後短期日内に現金化することが予定されていることに着目し、「このような債権を相続税の課税物件と解さないとの判断は理解に苦しむところである」と説く。そして、「本件土地売買契約が有効に成立していることを考えれば、本件における相続財産は積極財産として土地所有権と残代金請求権、そして債務として土地所有権移
更に同教授は、「課税財産の種類が異なるとしても、その評価を同じと解すれば、課税処分に何ら影響を及ぼさないため、売買途上の土地等について財産の種類を論議することは、あまり意味がない」とも述べられており、売主に相続が開始した場合の課税財産について、「不動産の場合には、売買契約の締結から引渡しが完了するまでは従前の財産で扱えば足り、売主に相続が開始した場合には、売買契約に係る土地の所有権は被相続人に留保されているはずであり、そうすれば土地等を相続財産と解すれば足りるはずであり、特殊技巧的に
転義務ということになる。」とする。ただし、「もっとも、この相続財産に土地所有権、残代金債権、土地所有権移転義務が含まれると解しても、この土地所有権と土地所有権移転義務は同価額による経済的には等価なものとして相殺されることになるので、課税物件として残るものは金銭面からのみ言えば、残代金債権ということになり、これは判決が課税物件の価額としている土地所有権に取引価額から受領済手付金等を控除した金額と差異はないことになる。したがって、ここであえて相続財産が何であるかを論じて判決を批判すること実益はないことになる」と結論付けている(『土地所有権移転請求権の評価-相続税に関して-』税法学380号10頁)。
また、xxxxxx、売主死亡の場合について、「相続の対象となる債権債務と所有権を経済的実質主義の立場から把えると、これを契約上の対価関係からみれば債権たる売買代金債権と債務たる所有権移転義務とが対価とみられるが、経済的価値からみると、土地の所有権と所有権移転義務とが同価値のプラスとマイナスで相殺され、売買代金債権が結果として残」り、さらに、「契約とは両当事者が、契約内容の実現に向けて努力すべきものであって債務不履行については損害賠償義務というペナルティが課される。解約手付という例外があるとはいえ、こうした法原則ないし法の真理は相続税の課税上も尊重されなければならない。被相続人は土地の所有権と引換えに売買代金を得る目的で契約を締結したのであって、その契約上の地位は相続開始と同時に相続人に引継がれる。したがって、相続人もまた売買代金を目的とすると考えるべきである。つまり、その構成の仕方はどうあれ、結果として相続税の対象財産は売買代金債権とみるべき」であるとしている。なお、買主死亡の場合については、「相続財産を手付金ないし前渡金とみるかであるが、たしかに法律的には金銭返還請求権である手付金ないし前渡金の債権は留保されてはいる。しかし、それが現実となるのは不可抗力(天災とか農地法許可がされない場合など)や相手方の契約解除によって履行が不可能になった場合であって、経済的実質からみればきわめて蓋然性の低いものであるから、相続財産を金銭債権とみることはでき」ず、判決のとおり「相続財産は、相続によって承継した契約上の買主の地位によって表象される所有権移転請求権である。」としている(『所有権移転前の相続財産評価の問題点(1)(2)』税務弘報32巻14号154頁、33巻1号150頁)。
各種の債権に置き換える必要はないはずである」とまで述べられている(94)。
(3) xxxxxx、売主死亡(事例1-1)の場合に関連して、買主に相続が 開始した場合における相続財産が、所有権移転請求権という債権的請求権で あるとする判決との関係で、「農地の売買成立後、所有権移転未済の状態に おける買主側の相続財産が債権的な所有権移転請求権とすれば、売主死亡に よる売主側の相続財産は、買主側の相続財産とされる所有権移転請求権に対 応するもの、すなわち、所有権移転請求権の対価である売買代金債権(土地 譲渡対価請求権)と解するのが整合的な考え方のようにみえる」とした上で、
「しかし、本件土地の所有権移転時期を売買代金の残金支払時とする特約があったとの事実認定を基礎とする限り、相続開始時点では、本件土地の所有権は被相続人にあったと言わざるを得ず、そうとすれば本件土地が相続財産に属することは当然である」が、ただし、売主である被相続人は、「残金につき期限付代金債権を確定的に取得していたとみるべきであり、その期限付売買債権は、本件土地と密接不可分の関係にあるから、相続財産が本件土地だとしても、それは通常の土地ではなく、既に売買の対象となっている特殊の土地(代金―現金に転化する過程中の土地)と解するのが正しいのではなかろうか。それは売主たる地位の付着した土地といってもよい。」としている(95)。
(4) xxxxxxは、買主に相続が開始した事例2-1の評釈として、「農地 法3条による許可が講学上の許可の性質をも有するか否かはともかくとして、それが講学上の許可の性質を有し、したがって当該許可があるまでは私法上 の法的行為の完全な効力の発生が阻止されるものであることには異論をみな い。したがって、本判決にもいうように、農地法3条所定の許可を受けない 限り、本件土地の所有権移転の効力は生じないというべきである(農地法3
(94)xxxx『x築途上の事業用建物に係る小規模宅地課税特例の適用の可否等』 TKC税研情報8巻2号7頁
(95)xxxx『x続財産の種類-土地か土地譲渡対価請求権か-』別冊ジュリスト No.79租税判例百選(第二版)111頁
条4項に「許可を受けないでした行為は、その効力を生じない」と定めている。)。そうであれば、本件土地(所有権)は相続開始時まで被相続人の所有財産ではなかったのであり、したがって相続人の相続財産には含まれ」ず、判決のとおり許可前の買主が有する債権的な所有権移転請求権が相続財産になるとしている(96)。
(5) xxxxxx、事例2-3の第xx判決の評釈において、「農地の売買契約後、農地法所定の許可を得ていない段階においても、所有権移転の効力こそ生じないが、売買契約自体は有効で、これに基づく債権債務は発生していると考えられるから、農地が相続財産となる余地はないが、買主が売主に対して有する所有権移転許可申請請求権や所有権移転登記手続請求xxの債権が相続税の課税財産となると解することは相当と考える」とし、「農地の売買契約は最終的には買主に当該農地の所有権を移転させることを目的とするものであり、売主の負担する所有権移転義務に対し買主の取得した権利は、許可申請協力請求権、引渡請求権、登記義務履行請求xxを包括した『所有権移転請求xx』なる資産として理解することは可能であるばかりでなく合理的である」と述べられている(97)。
(6) 以上のような学説等を踏まえ、以下検討する。
土地等の売買契約中に売主又は買主に相続が開始した場合において、当該契約中の財産に経済的価値があることはいうまでもないことから、被相続人に係る相続税の課税財産を構成することについては判例、学説とも異論のないところである。問題は、その財産の種類であるが、確かに法的概念における所有権移転時期の面から見ると、土地等の売買契約は、最終的には売主から買主へ当該土地等の所有権を移転させることを目的としており、ここでいう売買契約中という状態は、単に当該契約に基づき所有権を買主に完全に移転させるまでの過程(通過点)に過ぎないのであって、仮に売買契約中の当
事者に相続が開始した場合であっても当該売買契約の効力(98)が相続人に有効に引き継がれている限りその地位に変わりはないのであるとすれば、売買契約中の土地であれ所有権自体は存在するものであり、また、相続財産を構成するものであると考えられる。そして、売買契約中における土地所有権に関して、売主側には、売買契約中であるとはいえ所有権が留保されている以上、土地としての経済的価値はあると認められることから、相続税の課税財産を構成するものと考える。
次に、土地の売買契約締結時における当事者に帰属する債権債務関係についてであるが、売主側は、債権として売買代金請求権を、債務として所有権移転義務を有し、一方、買主側は、債権として所有権移転請求権を、債務として代金支払債務を有することになる。これらの財産債務のうち、相続開始時において金銭に見積もることができる経済的価値のあるものが課税財産となり(相基通11の2-1)、現に存すると認められる債務が債務控除の対象になる。この場合に土地の売買契約中に売主と買主が同時に死亡したときを考えると、双方の課税財産及び債務は、それぞれ表裏一体の関係になるものと考える。つまり、売主死亡の場合に相続する財産は買主死亡の場合に承継される債務となり、その価額も同額になるということである。
ただし、所有権留保の特約のある売買契約において、売主は売買契約を締結した時点で一時的に所有権である物権と売買代金請求xxの債権とを両方を併せ持つこととなり、その両方の財産を相続税の課税対象とすることは、実質的に一つの財産に対して課税財産を二重に計上することとなるので適当ではないとも考えられる。しかし、当該財産を二重に計上するのではなく、
(98)売買契約が有効に成立すると、売主は売買の目的たる権利を買主に移転する義務
(財産権移転義務)と担保責任(民法561条~572条)を負い、買主は代金を支払う義務を負う(民法555条)という効力を生ずる。この売主の債務と買主の債務とは、すなわち双務契約であるから、双方契約者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまで、自己の債務の履行を拒むことができる抗弁権を有する(同時履行の抗弁権)(民法573条)。
売買契約を締結した時点で土地及び債権としてのそれぞれの財産を有していることから課税財産として計上するのであり、反対債務として同額の所有権引渡義務を控除することとなることから、結果的に課税価格には影響せず、二重課税とはならないものと考える。
そしてこのように解することは、事例1-1における上告審判決が判示するとおり、土地所有権の実質は当該契約に係る売買代金請求権を確保するためのものにしかすぎないものであり、所有権が買主に移転するまでの売買契約中という特殊な期間における相続税の課税においては、このような債権担保的機能しか有しないものは、それ自体独立した相続税の課税対象となる相続財産を構成しないとした判決と相続税の課税上においては結果的に同じことになり、更には売主と買主の双方の課税関係において整合性がとれることになる。
また、買主に相続が開始した場合に、所有権留保の特約のある売買契約が締結されており、当該契約に基づく義務が履行されていないため当該財産の所有権が買主に移転していないと認められる場合には、これまで見てきた多くの判例、学説が説くとおり当該財産の所有権自体を相続財産とすることはできず、売買契約を締結した時点で発生した債権的請求権としての所有権移転請求権が相続税の課税財産になるものと考える。もっとも、農地の売買においては、相続開始日において農地法所定の許可等を得ていないものは、農地法上買主への所有権移転の効力は発生せず、買主に相続が開始した場合における当該相続に係る相続税の課税財産は、所有権自体を有していないのであるから、売買代金の決済が了していた場合であっても所有権移転請求xxの債権になるであろう。しかし、前述のとおりその取引の経済的実質を見たときに、当該財産の評価を相続税評価額で行うとすれば、この場合の課税財産を当該農地の所有権としても、あるいは所有権移転請求権であるとしても相続税の課税に影響を及ぼさないこととなることから、課税財産を当該農地の所有権としても問題はないと考える。そしてこの理論は、農地の売買において農地法上の許可等を合意解除の条件とした売買契約が締結されている場
合であっても、当該契約が私法上有効なものである限り、農地法上の許可等の区分が相続税の課税関係に直接影響を及ぼさないこととなる。
以上のことから、売買契約締結後、当該資産の所有権が売主から買主に移 転していない段階において当事者に相続が開始した場合における課税財産は、売主に相続の開始があった場合は、所有権である土地及び売買残代金請求権 が課税財産となり、所有権引渡義務が債務控除の対象となる。一方、買主に 相続の開始があった場合には、所有権移転請求xxの債権が課税財産となり、残代金債務額が債務控除の対象になるものと考える。
しかしながら、前述のとおり課税xxxにおける現行の考え方では、買主に相続が開始した場合の課税財産を原則的には「引渡請求xx」としながらも、例外的な取扱いとして土地等としての申告を認めることとしている。この例外的な取扱いを認めた理由は、課税財産の種類を引渡請求xxの債権とすることによって、相続税法38条(延納)、措置法70条の10(相続税の延納の特例)あるいは後述する措置法69条の4(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)等の課税の特例が適用できなくなることへの配慮であると考えられる。
第4節 売買契約中の財産の評価
次に、売買契約中に相続が開始した場合における相続税の財産となる土地、売買残代金請求権及び所有権移転請求xxの評価についてであるが、問題は、前述のとおり売主又は買主に相続が開始した場合のいずれの場合においても相続開始時における相続税評価額と実際の取引価額とに大きな乖離が生じるときである(実際に、事例1-1における取引価額に対する相続税評価額の占める割合は44.5%、同じく事例1-2は39.6%、事例2-1は15.6%、事例2-2は59.2%であり、また、事例2-3における相続税評価額に対する取引価額の占める割合は16.6%となっている。)。つまり、これだけの開差がなければ問題とはならないのであって、それゆえに学説は、xx的な問題として相法22条の
「時価」の解釈としての評価通達の意義と性質、行政先例法性との関係、取引価額との乖離等の問題を中心に展開していくが、結論として大きく評価通達に基づいて評価する説(以下「評価通達説」という。)と売買契約によって具体的な取引価額が明らかとなっているためその取引価額で評価するとする説(以下「取引価額説」という。)とに分かれる。
(1) まず、評価通達説の立場をとるxxxxxx士は、事例2-1の控訴審判 決において、相続財産の評価について相続税法は時価主義を採用しているが、課税実務では時価の算定について評価通達が制定されており、評価基準の定 める基準が時価を上回るものでない限り行政先例法として法的拘束力を持つ と位置付け(99)、時価について評価の基準となるのは、相続税法にいう時価
(個別の取引価額)ではなく、評価通達の示す基準であると説く。そして、 土地の所有権移転請求権という債権の評価について、評価通達が「この通達 に評価方法の定めのない財産の評価は、この通達の定める評価方法に準じて 評価する」(評価通達5)と定めているので、当該土地の評価方法に準じて 路線価等で評価するという手法をとるのが相当であるとしている。また、所 有権移転請求権を評価通達によって評価した場合における売買残代金の債務 控除との関係については、「所有権移転請求xxの債権が評価通達に準じて 安く評価されているのに、残代金債務が額面どおりの金額で債務控除となり、そこの余剰債務額が発生するというのは全く不合理なことである」ことから、代金債務は、残代金を比率計算して低く評価し、余剰債務の債務控除は認め るべきではないとしている(100)。
(2) 同様に事例2-1の第xx判決における評釈においてxxxxxxは、平等原則との関係において、通達による評価が時価より低い場合であっても、その評価が一般に行われている限り、通達による評価を超える評価は許されないとした上で、「本件のような債権について評価通達は特に定めていない
(100)xxxx『x地(買主の死亡)』税経通信39巻15号146頁
が、本件債権の評価を本件土地の取引価額をもって判決が評価していること からもうかがえるように、本件のような債権はその目的となっている土地の 価額をもって評価するのが適当であり、もしそうであるとするならば、本件 債権についても土地に関する通達の評価額によるべきである。なるほど、土 地所有権移転請求xxの債権的請求権と土地所有権そのものとは同一の権利 ということはできないが、その評価、金銭的価値の上で同一のものと考える のであるならば、後者について通達による一般的になされている評価による のが自然である。判決は、二つの権利の間のいわば形式的な違いに重きを置 きすぎている」と説いている。また、代金等債務の評価と余剰債務控除額に 関しては、「特定の財産について著しく低い評価を認める通達の不合理さが 生ずる範囲をできるだけ狭めるためにも、問題となる積極財産の評価が著し く低くなされるときは、それと直接関連する債務についてもこれに応じて低 く評価すべきではないかと思われる。そうすると、本件の場合、本件債権の 評価額は本件土地の通達による評価に準じてなされるべきであるが、同時に、代金等債務についてもこれに応じて低く評価されるべきである」とする(101)。
(3) xxxxxx士は事例1-1に関して、評価通達の性質について、「一般 に、土地について想定される取引価額と通達評価額との間にはかなりの格差 が常に生じているが、評価時に実際の取引の成立がない場合には、この格差 の存在を予想しながらしかも通達評価額を妥当とするのである。そうすると、実際に取引が成立していようと、いまいとに拘らず、これら通常の格差が生 ずる範囲内では、同様に上記原則の適用をさまたげないものと解すべきであ る。そうでないと、評価時の直近前後に売買があるか、ないか、という偶然 が、同一物の評価を左右することとなり、バランスを失する」とし、本件に ついて、「実際の取引価額が評価額の2倍余ではあるが、他の農地例にてら して特に著しく格差が異常に大きいとの立証がない。つまり、この程度の格 差はあたりまえなのであり、『本件において右通達の示す基準によらずに、
取引価額をもって評価することを正当視すべき特別の事情がある』とはいえ ないから、通達評価額をもって所有権を評価すべきである。そして、このよ うに土地における取引価額と通達評価額との格差の存在が、前者を評価基準 とすべき上記特別事情でないとすれば、それにも拘らず取引価額をもって算 定することは、法の執行における租税平等主義(憲法14条)にも反するであ ろう」とし、所有権の価額の具体的な方法として、売主が手付金、内金を受 領することなく死亡した場合には、所有権を通達評価額そのままで評価して さしつかえないが、既に手付金等を受領している場合の売主の手元に残され た所有権価額についての評価額の算定については、実際の取引価額と通達評 価額との差額を「余剰相続財産額」と位置付け、「余剰相続財産の利得は、 売主がいまだ回収していない残代金債権に見合う残留所有権部分について生 じるのであって、すでに回収済の代金部分は貨幣価値として一般財産に混入 してしまうから、かかる余剰利得が生じないと考えるものである。この理は、売主が売買代金全額を受領した直後死亡した場合に、この受領した全代金が そっくり現金又は預金として相続財産を構成し、通達評価額を利用すること による余剰相続財産を創出しての利得にあずかることができないことからも うかがえる」としている(102)。
(4) これらの見解に対して、xxxxx士は、買主に相続が開始した場合について、評価通達が取引価額を大幅に下廻っているところで実際の税務行政が行われていること自体が違法であり、この違法状態を課税庁側が放置してきたのだから、その評価通達の適用を否定することはxxxに反するとし、余剰債務控除額に関しては、土地を買わなかった場合に対して、土地を買った場合は、総課税価額が減少することになり、納税者にとって不当な利益となるとの考え方も成り立つとしながら、「しかし、これは土地購入契約をすることにより、その者の財産の内容が変化したものであり、この変化は被相続人が作り出した結果であるから、ここでこの課税上の総課税価額が減少した
(102)xxxx『x例評釈【663】』シュトイエル235号5
としても極めて当然である」とし、これを容認する立場をとっている。つまりこの説によると、買主に相続が開始した場合における土地所有権移転請求権の価額は相続税評価額で算定し、債務控除としての残代金債務は残債務額で算定することとなる(103)(104)。
(5) 以上が評価通達説の見解であるが、評価通達による評価額が相続税法22条 における「時価」であるということを考えた場合には、評価通達説の立場は 明快であるように思われる。しかし、同説においては、買主側において相続 開始直前に借入金で取得した土地等がある場合に、当該土地等の評価額より も過大な債務控除額が発生するという余剰債務額の発生の問題が解決できな いこととなる。これについて、買主に相続が開始した場合に余剰債務額が発 生することは不合理であると余剰債務を否定するxxxxびxx説によれば、積極財産を評価通達により低く評価していることから債務についても同様に 低く評価すべきであるとの理論であるが、具体的な金額が明らかにされてい る債務の額を圧縮して評価するという技術的な方法には無理があるように思 われる。また、余剰債務額を肯定するxx説においては、特に評価通達によ る価額と実勢価額との乖離が大きいほど過大な相続債務を発生させる可能性 があることから疑問を残す結果となる。
(6) 一方、取引価額説の立場をとるxxxxx授は、農地の評価について、通
(104)評価通達説の立場をとるxxxxxx、事例2-1の第xx判決における評釈のなかで、次のように述べている。
「たしかに、所有権移転請求権という債権的請求権が土地ないしその上に存する権利と法的性質を異にするのは当然のことであり、また、相続財産の評価を相続開始時の時価で評価すべきであることも当然である。しかし、土地の所有権移転請求権は将来土地になるべき権利、というより土地にしかなりようのない権利である。すなわち、その経済的価値は土地の価額から所有権移転までに要する費用の額を控除した額のものでしかない。したがって経済的実質からみれば、まさしく『土地に準ずるもの』である。そして、事案においては、その所有権移転請求権は、農地として利用することを目的とする所有権移転請求権であって、経済的実質あるいは担税力の面からいっても『農地に準ずるもの』として評価されなければならない。」
(『所有権移転前の相続財産評価の問題点(1)』税務弘報32巻14号154頁)。
常は取引価額の成立していない相続財産等の評価に適用されることとなる評 価通達において、土地の価額を通常の取引価額を下回って評価することは合 理性のあるところであり、特に、農地については、農業基盤の維持等の政策 配慮が作用するだけに、ある程度の低評価もそれなりの合理性を有するとし ながらも、農地の買受中又は譲渡中に相続が開始し、当該売買契約等が相続 人に承継される場合における当該農地の評価については、既に通常成立する と認められる客観的な取引価額を顕現する売買契約が有効に成立している場 合には、当該土地等については当該売買契約上の効力が付着しているもので あり、当該土地等の価額は当該売買価額によって明確にされていることから、仮に農地法上の移転許可等が相続開始時と前後することにより法律的(形式 的)に農地を相続するものとしても、農地を常に評価通達の規定により評価 することは妥当ではなく、むしろ、農地の評価については、積極的に当該売 買価額を参酌すべきであるとしている。そして、評価通達との関係について は、取引価額で評価することこそ相続税法22条の立法趣旨なり、時価とは客 観的な取引価額であることを標傍する評価通達の原則規定の趣旨に合致して おり、この場合に評価通達の適用を排除することについては、納税者に有利 な通達の規定を特定の納税者についてのみ適用しない場合にその違法性が問 題とされる租税法律主義違反も、評価通達の原則規定の趣旨からみて、客観 的な取引価額が成立しているような物件についてまでも機械的に評価通達の 各資産に係る規定を適用することは相当とは思われず、この場合までも機械 的に評価通達を適用することは、余りに租税の負担xxを失しており、この ような場合には問われないものと解されるとしている(105)。
(7) xxxxx授は、買主死亡の場合における農地の相続財産を所有権移転請 求権とした上で、同請求権は農地の所有権移転を最終目的とするものである から、その価値は農地の所有権すなわち農地そのものの価値以上にはならず、評価通達5項の規定によって評価通達に定める「農地及び農地の上に存する
権利」に準じて評価すべきであるとする説については、相続財産は農地の所有権移転請求権であって、「農地及び農地の上に存する権利」とは異なるから、これを農地と同視して相続税評価額で評価することは適当でなく、単なる債権として評価すべきであり、売買契約が成立しており、その価額が当該農地について通常成立すると認められる取引価額に比し著しく異なるというような事情がない限り、その売買価額と仲介手数料の額の合計額、すなわち農地の取得価額をもって、当該農地の所有権移転請求権の時価と解することが適当であるとしている(106)。
(8) xxxxxは、取引価額説がより的確に時価を把握できる場合には常に取 引価額によるとする考え方を評価通達を定めた意味はなくなるとして批判し、評価通達説の方が説得力があるとしながら、「過大な債務控除額の発生を防 ぎ、かつ財産評価基本通達制定の制度的意味をそこなわないよう理論構成す るにはどうしたらよいか」と評価通達説の相続債務の処理の点で疑問をもち、結果として、「売買契約成立時から買主に所有権移転の効力が生じる時点ま で、財産評価基本通達の効力は中断し、この間は一般法である相続税法22条 の予定する時価=取引価額での評価にもどると解すれば、同通達の制度的意 味からもかなうし、かつ過大な債務控除額の発生も防止できる」との結論に 達している(107)(108)。
(106)xxxx『農地相続と課税価格の計算』税務事例12巻12号14頁
(107)xxx『x続財産・相続債務とその評価』ジュリスト899号113頁
xxxxx、事例2-1の第xx判決の評釈において、判決が評価通達による方法は絶対的なものではなく、他の方法でより的確な時価を把握できる場合には、その方法によるのが相当であり、請求権の時価を本件土地の取得価額と一致するとしたことに対し、仮に本件土地について農業委員会の許可が相続開始直前になされ、相続人が相続によって本件土地の所有権を取得したとしても特別の事情がない限り、評価通達によらないで評価することとなり、当該土地について客観的な取引価額が顕現し、それが適正な価額であるとするならば、農地についての評価通達を適用することの方が返って不合理であり、さらに、近隣土地の所有者死亡の場合、本件事例を適正な売買実例としてこれを比準させることが可能となり、まさに適正な
(9) 以上のような学説等を踏まえ、以下検討する。
相続税の課税価格の計算の基礎となる課税価格に算入されるべき財産の価額は、相続開始時における客観的な交換価値による価額によるのであるが、これらの取引価額説が説くように、相続開始時の直近に土地等の売買契約が成立しているなど、その客観的な価額が取引価額という形で明確になっている時にまでも当該土地等の時価を評価通達により算定することは、かえって相続税法22条の趣旨に照らして不合理であるばかりでなく、租税負担のxxをも害することになり、このような場合には、評価の原則に立ち返って実際の取引価額をもって時価とすべきであると考える。また、このような考え方についてxxxxx教授は、「評価通達の定める諸方式は、通常成立していない課税財産の評価に適用されるものであり、財産がストックの状態にある場合における一般的な基準として定められていると解すべきであるから、相続開始前に土地の売買契約が締結され、相続開始時にすでに移動を開始して
売買実例があればこれを資料として利用することはかえってxxの原則に合致し算定の客観性とxxを保たせる適切な方法であるとしている(『買受農地につき農地法3条所定の許可前に相続が開始した場合の相続財産とその評価』税務弘報29巻3号164頁)。
また、xxx氏は、「被相続人がその生前すでに本件土地について売買契約を締結し、同契約に定められた売買代金額が通常成立する取引価額として客観的に相当な額の範囲内のものであり、しかも右契約時と極めて近接した時点において相続が開始しているにもかかわらず、所有権留保の特約の存在により、相続の対象たる遺産が土地自体であるということから、その時価を当該売買価額でなく、あえてこれより遥かに低額の路線価額であるとするのは、常識に反し不合理である。そもそも、評価基準は、相続が開始した場合における一般的な評価基準を定めたものであって、本件のように、土地について現に客観的に相当な額の対価を定めた売買契約が有効に存在し、相続によって当該契約上の地位を承継する場合には、右評価基準を適用する余地はない。したがって、土地について被相続人がその生前すでに売買契約を有効に成立させている場合の相続は、このような契約の全く存しない土地の相続の場合と異なり相続人は相続に伴い、当該土地はいわば一体不可分の関係で付着している売買契約上の当事者としての地位をも併せ承継取得しているのであるから、相続にかかるこの契約上の地位を相続財産としての面から評価するに当たっては、当該契約価額(代金債権)をもってするのが適切である。」としている(『相続税贈与税判例コンメンタール〔改訂版〕』税務経理協会(1997)527頁)。
いる(フローの状態に入っている)ような場合には、その評価は、原則として、その契約によって形成された取引価額によって行うべきであろう。」
(109)と述べておられる。そして、前述の裁判例においても同様の判断が示
されているところである。更に取引価額説によれば、評価通達説によることによって生ずる取引価額と相続税評価額との乖離をなくすことができ、余剰債務額の発生を防ぐことができる。また、租税負担のxxの観点からも受け入れられるものと考えられる。
したがって、売買契約が成立しており、その売買価額が当該土地について通常成立すると認められる取引価額に比し著しく異なるところがないものであるとすれば、売主に相続が開始した場合における土地等、売買残代金請求権及び所有権引渡義務の価額並びに買主に相続が開始した場合の所有権移転請求権及び残代金債務の価額は、その取引価額をもって相続開始時の時価とすることが適当であると考える。
第6章 小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例
相続税における小規模宅地等についての課税価格の計算の特例(措置法69条の4、以下「小規模宅地等の特例」という。)は、個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等があるときは、当該相続又は遺贈により財産を取得した者のすべての特例対象宅地等のうちその個人が小規模宅地等の特例の適用を受けるものとして選択をしたものについては、限度面積の範囲内において、相続税の課税価格に算入すべき価額をその宅地等の価額に一定の割合を乗じたものとするという制度であり、相続人等の税負担の軽減等を目的として昭和58年度税制改正において法定化されたものである。
第1節 立法趣旨
昭和58年度の税制改正は、税制調査会の「昭和58年度の税制改正に関する答申」(昭和57年12月)の趣旨に沿って、特に中小企業者の相続税について中小企業の事業承継の円滑化を図る観点から議論が盛んになり、小規模宅地等の特例は相続税の取引相場のない株式評価の改正との関連で、同調査会の「個人が事業の用又は居住の用に供する小規模宅地についても所要の措置を講ずることが適当である。」との答申を受けて、それまでの通達事項(110)であったものを法律事項として措置法の改正によって法定化されたものである。
この特例の創設の趣旨について、当時の「改正税法のすべて」は、次のように説明している。
「被相続人の事業の用又は居住の用に供されていた宅地のうち200㎡までの
(110)昭和50年6月20日付直資5-17(例規)「事業又は居住の用に供されていた宅地等の評価について」
なお、同通達は、昭和58年3月31日付直評4、直資2-95により廃止された。
部分のいわゆる小規模宅地等については、それが相続人等の生活の基盤の維持のために不可欠のものであって、その処分について相当の制約を受けるのが通常であるところから、従来、通達による税務xxx、通常の方法によって評価した価額の80%相当額によって評価することに取り扱われてきていました(昭 50直資5-17)。
ところで、今回、取引相場のない株式の相続税の評価について改善合理化を行うこととされたことに関連し、税制調査会の『昭和58年度の税制改正に関する答申』において、『株式評価について改善合理化を図ることとの関連で、個人が事業の用又は居住の用に供する小規模宅地についても所要の措置を講ずることが適当である。』とされたことから、最近における地価の動向にも鑑み、個人事業者等の事業の用又は居住の用に供する小規模宅地の処分についての制約面に一層配意し、特に事業用土地については、事業が雇用の場であるとともに取引先等と密接に関連している等事業主以外の多くの者の社会的基盤として居住用土地にはない制約を受ける面があること等に顧み、従来の通達による取扱いを発展的に吸収して相続税の課税上特別の配慮を加えることとし、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例として法定することとされました。」(111)
第2節 制度の概要
1 特例のあらまし
この制度は、個人が相続又は遺贈(死因贈与を含む。以下同じ。)により財産を取得した場合において、その財産のうちに、その相続開始の直前において被相続人若しくは被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の事業の用に供されていた宅地等若しくは被相続人等の居住の用に供されていた宅地等又は国の事業の用(特定郵便局の敷地の用に供されているものに限られ
る。)に供されていた宅地等(以下「特例対象宅地等」という。)がある場合には、特例対象宅地等のうち、個人が取得した特例対象宅地等又はその一部でこの規定を受けるものとして選択したもの(以下「選択特例適用宅地等」という。)については、限度面積要件を満たす場合の選択特例対象宅地等に限り、相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、その一定割合を減額するというものである(措置法69条の4、措置令40条の2、措置規23の2)。
2 改正の推移
(1)昭和63年改正
昭和63年度改正では、小規模宅地等の特例についての税制調査会の中間答申(昭和63年4月)における「近時における異常な地価高騰に配意し、減額割合を引き上げることが適当である」との趣旨を踏まえ(112)、事業用宅地等の減額割合が40%から60%へ居住用宅地等の減額割合が30%から 50%にそれぞれ引き上げられた。また、事業用に含まれていた事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うものの用に供されていた宅地等が除外された(113)(114)。
(2)平成4年度改正
平成4年度改正では、減額割合が事業用宅地等については60%から70%へ居住用宅地に等が50%から60%にそれぞれ引き上げられたが、昭和63年の抜本改正において減額割合が大幅に拡充されたばかりであることに対し
て、税制調査会の「平成4年度の税制改正に関する答申」では、「事業用及び居住用の小規模宅地等の評価額から一定割合を減額する特例措置・・・については、先般の抜本改正において減額割合の引上げが行われたばかりであり、さらにこれを拡充することは、土地の資産としての有利性の縮減という方向に逆行することとなるから、基本的には適当でないと考えられる。」と指摘しつつも、「ただ、近年の異常な地価高騰により地価水準の地域間格差が一層顕著化し、大都市圏を中心として相続税の負担状況にその影響が及んできていることも否めないところであり、こうした問題に現実的に対応するためにも、本特例措置をある程度手直しすることも当面やむを得ないのではないかとの意見があった。」としており、健全な個人資産の形成と国民生活の安定に資する観点から減額割合の引上げを行うこととされた(115)。
(3)平成6年度改正
平成6年度の改正においては、事業に準ずるものの用に供する宅地等の適用対象への追加及び減額割合の引上げが行われた。すなわち今回の改正では、昭和63年の抜本改正によって特例の対象外とされた被相続人等の事業の範囲に事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で継続的に行うものが追加され、事業規模を満たさない不動産貸付等の用に供する宅地等も特例の対象とされた。また、減額割合を一定の要件に該当する小規模宅地等(特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等、特定居住用宅地等及び国営事業用宅地等)については80%とし、それ以外の小規模宅地等については一律50%とされた(116)。
(116)この結果、事業用宅地及び居住用宅地とも減額割合が同一とされることとなったが、これについて当時の「改正税法のすべて」では次のように説明している。
「従来、事業用宅地については、事業が雇用の場であるとともに取引先等と密接に関連している等事業主以外の多くの者の社会的基盤として居住用宅地にはない制約を受ける面があること等に顧み、居住用宅地より高い減額割合が設定されてきていました。しかし、近年の地価高騰の結果、特に大都市部における居住の継続が極
この改正の背景は、当時のバブル経済期の地価高騰によって、小規模宅地を所有する一般の人においても相続税が相続人の居住や事業の継続を困難にしているとの指摘があるなかで、税制調査会の「今後の税制のあり方についての答申」(平成5年12月)では、「地価高騰の結果、特に都市部において、相続税が相続人の事業の継続や居住の継続を脅かしているとの問題提起に対応するために、本特例措置を、その制度の目的に沿った仕組みとした上で、特例の減額割合の拡大について検討すべきである。」と指摘され、更に、「平成6年度の税制改正に関する答申」では、「事業あるいは居住が相続人により継続される場合に限って、その減額割合の拡大を図るべきである。」との答申を踏まえ、都市部における事業の継続や居住の継続に一層配慮すると同時に、制度本来の趣旨に沿った仕組みとするための見直しが行われたものである(117)。
(4)平成11年度以降の改正
平成11年度の税制改正では、より一層の事業の継続に資する等との観点から、特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等及び国営事業用宅地等について、その適用対象面積が200㎡までの部分から330㎡までの部分に引き上げられた(118)。
また、平成13年度税制改正では、この特例の基本的な趣旨・仕組みについては維持した上で、事業用又は居住用の宅地の実態を踏まえつつ、相続人の事業や居住の継続の円滑化へ配慮する観点から、適用対象面積について、①特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等及び国営事業用宅地等については400㎡まで、②特定居住用宅地等については240㎡までの部分
めて深刻な状況にある一方、事業用宅地については土地価額の上昇に伴う担保提供能力の増加といったメリットもあることでもあり、両者の間で差を設ける理由に乏しいことから、今回の改正で減額割合が拡大されるのを機に事業用宅地及び事業用宅地の減額割合は同一とすることとされたものです。」
に引き上げられた。そして、①、②及びその他の特例対象宅地等のうちいずれか2以上の宅地等を選択する場合には、限度面積の調整を行うこととされた(119)。
さらに、平成14年度税制改正においては、新たに創設された「特定事業用資産についての相続税の課税価格の計算の特例」(措置法69条の5)に伴い、小規模宅地等、特定同族会社株式等、特定森林施行計画対象山林に関する各特例から選択適用することとされたため、特例対象宅地等の選択の方法及び申告期限までの分割要件について整備が行われた。
以上、小規模宅地等の課税の特例における減額割合及び適用対象面積のこれまでの改正の推移を整理すると図表6-1のとおりとなる。
図表6-1 小規模宅地等の課税の特例の改正の推移(120)
区 分 | 抜本改正x | x63~ | 平4~ | 平6~ | 平11~ | 平13~ |
(1) 特定事業 用等宅地等 | 減額割合 | 40% | 60% | 70% | 80% | |
適用対象面積 | 200㎡ | 330㎡ | 400㎡ | |||
(2) 特定居住 用宅地等 | 減額割合 | 30% | 50% | 60% | 80% | |
適用対象面積 | 200㎡ | 240㎡ | ||||
(3) 上記以外 | 事業用 | 40% | 60% | 70% | 50% | |
減額 | ||||||
の事業用宅地又は居住 | 割合 | 居住用 | 30% | 50% | 60% | |
用宅地 | 適用対象面積 |
200㎡ | ||||
減額 | 事業規模 | 40% | 60% | 70% | 50% | |
(4) 不動産貸 付、駐車場 用、宅地等 | 割合 | それ以外 | 40% | 0% | 0% | |
適用対象面積 |
200㎡ |
(120)平成14年4月12日税制調査会基礎小委員会説明資料[10-7](相続税・贈与税関係)
(注)1「特定事業用等宅地等」とは、特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等及び国営事業用宅地等をいう。
2「特定事業用宅地等」とは、被相続人等の事業(不動産貸付業等を除く。)の用に供されていた宅地等で、被相続人の事業を引き継いだ親族等がその宅地等を取得した場合のその宅地等をいう。
3「特定同族会社事業用宅地等」とは、被相続人等が主宰する法人(被相続人等が株式等の半数以上を所有する法人)の事業の用に供されていた宅地等で、その宅地等を取得した一定の親族が引き続きその法人の事業の用に供している場合のその宅地等をいう。
4「国営事業用宅地等」とは、特定郵便局の用に供されている宅地等でその宅地等を取得した親族から、国が相続開始後5年以上引き続き国の事業の用に供するために借り受けることにつき証明がされた宅地等をいう。
5「特定居住用宅地等」とは、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等で、配偶者又は被相続人と同居していた者等がその宅地等を取得した場合のその宅地等をいう。
第3節 土地等の売買契約中に相続が開始した場合の特例の適用
それでは、土地等の売買契約中に売主あるいは買主に相続が開始した場合において、当該契約に係る相続人が取得した財産について小規模宅地等の特例は適用できるだろうか。
これについて争われた事案が国税不服審判所平成9年5月14日裁決である。 本件は、借地xxの売買契約中に売主に相続が発生した場合の相続財産が借地 xxであるか、売買残代金請求権であるかどうか、また、本件借地権に小規模 宅地等の特例の適用があるか否か争われたものである。本裁決では、相続財産 が借地xxであれば小規模宅地等の特例の適用があり、売買残代金請求権であ れば特例の適用要件である「土地等」に該当しないため特例の適用がないとし ている。そして、本件においては、相続開始前に既に引渡しがなされたと認定 し、相続人が相続により取得した財産は借地xxではなく本件売買契約に係る 残代金請求権であり、同相続人の取得した財産中に本件借地権がないことから、本件借地権の具体的な利用状況を検討するまでもなく本特例は認められないと して請求人の主張を排斥している。
前章で検討したとおり、売買契約中に相続が開始した場合において、当該相
続により財産を取得した相続人の相続税の課税価格に算入する財産は、売主に 相続開始があった場合は土地等の所有権及び売買残代金請求権であり、買主に 相続開始があった場合においては所有権移転請求権であるという結論を得た。 これをストレートに小規模宅地等の特例の適用要件に当てはめると本裁決が示 したような結論が導かれるであろう。すなわち、土地等の売買契約中に相続が 開始した場合における本特例の適用については、その土地等が相続開始日にお いて被相続人等の居住の用又は事業の用に供されており、措置法69条の4第1 項所定の要件を満たす小規模宅地等であって、これを当該相続に係る相続人が 相続又は遺贈により取得したときには小規模宅地等の特例の適用があるが(121)、その相続税の課税対象となる取得財産中に「土地等」が存在しなければ、本特 例が適用されないことになる。これは、買主である被相続人が相続開始時にお いて、仮に当該土地等を賃貸借等により占有していたとしても課税財産が「債 権」である限り同様の結論になる。
この問題は、相続税における小規模宅地等の特例の特例対象宅地等について措置法69条の4第1項が規定する「事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいう。)」の適用範囲をどのように解釈するかという点にあると考えられる。この点に関しては、売買契約中の課税
(121)売主に相続が開始した場合における本特例の適用について、xxxxxx次のように述べている。
「とりわけ特定居住用宅地等については、生活の拠点であり居住の継続の要請という観点から、売買契約等により既に引渡時期が定まっている土地等には、たとえ所有権が売主に留保されていても小規模宅地の特例には該当しないのではないかという考え方もできるが、被相続人である売主が居住の用に供していた宅地(生活の本拠)であるとする事実は厳に存在し、小規模宅地等の特例の規定においても引渡し期限のある宅地等は除外する規定はなく、さらに、特定居住用宅地として、本特例の規定の適用については、配偶者を除き当該宅地を相続した親族にそれぞれ、保有期間要件・保有者要件等を定めている点等を考えると、宅地等を相続した相続人が小規模宅地特例に係る要件を具備していれば、小規模宅地等の特例を適用することができる。」(『土地収用法に基づく売買契約成立後に相続開始があった場合の相続税の申告と「小規模宅地の特例」の適用の可否について』TKC税研情報6巻5号 76頁)
財産の性質が所有権移転請求xxの債権的なものであるとするならば、条文の規定を文理上厳格に解釈した場合には、本特例における特例対象土地等の範囲を「債権」にまで拡大することは適当ではないと考える。そうすると、買主側に相続が開始した場合においては、当該相続人には原則として小規模宅地等の特例の適用ができないこととなる。
しかし、前述のとおり小規模宅地等の特例が居住若しくは事業を継続してい く上で欠くことのできない資産であり、生活的基盤及び社会的基盤として十分 形成され、特に事業の用に供されているものについては相続人への事業承継に 便宜を図り、相続人等の税負担の軽減を目的として創設されたものであるとい う制定の趣旨を考えたときに、買主に相続が開始した場合における当該相続に 係る相続税の課税財産に「土地等」が含まれていないからといって、売買契約 中の土地等を取得した相続人に本特例が適用されないのは不合理であると考え る。現に、本特例の取扱いとして、事業場の移転又は立て替え中に相続が開始 した場合には、当該相続開始直前において当該被相続人等の当該建物等に係る 事業の準備行為の状況からみて当該建物等を速やかにその事業の用に供するこ とが確実であったと認められるときは、当該敷地について本特例の適用要件で ある「事業の用に供していた宅地等」として取り扱うこととしている(租税特 別措置法の取扱いについて(xxx年5月18日付直資2-208、以下「措基 通」という。)69の4-2)。更には被相続人等の居住の用に供されると認めら れる建物の建築中に、又は当該建物の取得後被相続人等が居住の用に供する前 に被相続人について相続が開始した場合には、当該建物の敷地の用に供されて いた敷地について本特例の適用ができることとしている(措基通69の4-5)。もっとも、これらの取扱いは、相続開始がなければ被相続人が当然に居住の用 又は事業の用に供したであろうと認められる建物の敷地である宅地等に本特例 の適用対象としたものであって、事業用宅地等については、建物が建築中等で あり相続開始の直前においてたとえ当該宅地が事業の用に供されていなかった としても、被相続人が生前に事業を継続する準備状態にあり、相続開始後も再 び事業を再開することが認められる場合において、当該敷地に本特例の適用を
認めたものであり、事業の継続性がない新たな事業用の建物の敷地にまで適用される趣旨のものではない。しかし、上記措置法通達における取扱いが「当該敷地の用に供されている宅地等に本特例の適用がある特例適用宅地等に該当しないこととすることが本特例が設けられている趣旨からみて実情に即したものといえない」(122)との理由から設けられたものであることを考慮すると、同様に売買契約中に買主に相続が開始した場合においても、本特例の趣旨から被相続人である買主とその相続人らが他の特例適用の要件を具備するときには、たとえ課税財産の種類が「債権」であったとしても、例外的な取扱いとして本特例が適用できる余地を検討しても良いと考える。ただし、このような例外的な取扱いをするのは、本特例が事業の用又は居住の用に供している建物の敷地である宅地等を適用要件としていることからすれば、措基通69の4-2における取扱いが原則として、その宅地等が相続税の申告期限までに現に生計を一にしていた親族等の事業の用に供されていることを要件としながらも、当該建物等が速やかに被相続人の事業の用に供されることが確実であると認められる場合において、例外的に当該敷地に本特例の適用を認めており、更には「相続開始の直前における被相続人等の準備の状況から単に被相続人等の事業継続の内心の意思の有無だけでは足りず、例えば建築中の工場の創業を前提として受注又は原材料の仕入れを行っている事実、建築中の建物等の新規入居者と賃貸契約を締結している事実、不動産仲介業に入居者の募集を依頼している事実など具体的な準備行為の状況のよって客観的に確認できることが必要である。」ということを要件としていることからも(123)、同様にその要件は限定的なものとしなければならないであろう。
しかし、本特例が政策的に制定されたものであり、条文の規定が特例適用対象を「土地等」に限定している以上、その解釈は厳格でなくてはならず、このような拡大解釈をすべきではないと考える。したがって、小規模宅地等の特例
(122)xxxxx『相続税・贈与税関係租税特別措置法逐条解説』(財)xx財務協会
(2000)18、25頁
については、売買契約中の課税財産に本特例の適用要件である「土地等」が存在する場合に限り適用があるものと解され、現行法上では売主側においては他の適用要件を具備する限り本特例の適用はあるが、買主側においては、前述のとおり特例の趣旨からは特例の適用を認める余地はあると考えるが、特例適用の対象となる課税財産の種類を所有権移転請求権のような債権にまで拡大することには何らかの法的措置等が必要になるものと考える。
以上、本稿は、土地等の売買契約締結後、当該所有権が買主に移転していない段階において売主又は買主に相続が開始した場合における相続税の課税関係を論じてきた。
つまり、売主に相続が開始した場合における課税財産は、所有権が売主に留保されていることから当該所有権としての土地等、預貯金等に化体している受領済の売買代金及び売買残代金請求権となり、所有権引渡義務が債務控除の対象となる。一方、買主に相続が開始した場合には、所有権移転請求xxの債権が課税財産となり、残代金債務額が債務控除の対象になる。そして、その評価は、売買価額が通常成立すると認められる取引価額に比し著しく異なるところがないものであれば、その取引価額をもって相続開始時における時価とすることが適当であるとの結論に達した。更に小規模宅地の特例については、売買契約中の課税財産中に本特例の適用要件である「土地等」が存在する場合に限り適用があるものと解する。ただし、たとえ課税財産の種類が所有権移転請求xxの「債権」であったとしても、被相続人である買主とその相続人が他の特例適用の要件を具備するときには、本特例の趣旨から例外的な取扱いとしてその適用を認める余地はあると考える。しかし、現行法上では、特例適用の対象となる課税財産の種類を所有権移転請求権のような債権にまで拡大することには何らかの法的措置等が必要であるとの結論に達した。
しかし、これらの問題のxx的な部分は、実際の取引価額と評価通達により評価した価額とに乖離が生じていることであり、基本的には相続税法22条に規定する「時価」の内容を評価通達という解釈で補おうとしていることに起因する。もっとも、評価通達に基づいて算出される宅地の相続税評価額が公示価格水準の8割で評価されていることは、評価の安全性及び中立性の観点から一応の合理性があると解されているが、特に地価の上昇時であれ下落時であれ地価変動が激しい時期においては、より一層の評価の安全性が求められるところであり、現行法制上避けることのできない問題である。
一方、税務行政上の観点からは、売買契約中に相続が開始した場合の取扱い 等のように、評価通達に基づかないで個別的な取扱いを要するものについては、評価通達が納税者の便宜や課税のxxの観点からおおむね支持されていること をかんがみると、その基準は明確にしておく必要があり、できる限り評価通達 において明確にすべき性質のものであると考える。そうすることにより税務行 政の執行を円滑にし、納税者の予測可能性と法的安定性にも資することになる ものと考えられる。
本稿では、土地等の売買契約中に売主又は買主に相続が開始した場合に限定して考察を行ったが、これらの問題は、土地等に限らず株式等の他の財産についても当然に問題となり、更には農地の売買契約において、農地法の許可等を合意解除の条件とした契約が締結されている場合で、売主又は買主の相続開始後に農地法上の許可等が得られなかったことにより、あるいは債務不履行等により相続人によって当該契約が解除されることが起こり得るが、このような相続開始後に生じた事由が相続税課税上どの程度考慮されるべきであるかといった問題もある。これらの問題点は、今回の研究に関連した非常に重要なテーマであると考えられることから、本研究を土台にして今後更に研究を続けていきたい。