Contract
民法(債権法)改正委員会第17回全体会議資料
贈 与
09. 2. 7
第 2 準備会
I 贈与契約の定義
【II-11-1】贈与の定義
民法 549 条を以下のようにあらためる。
「贈与契約とは、当事者の一方が財産権を無償で相手方に移転する義務を負う契約である。」
〔関連条文〕民法 549 条
〔関連提案〕【II-11-3】
提案要旨
1 贈与契約を無償の財産権移転型契約として定義する。現行民法の起草者は、債務免除を贈与と解する余地に言及するなど、贈与を財産権移転型の契約と明確に位置づけていたわけではないが、今日の学説においては、贈与契約を無償の財産移転型契約と理解するのが一般的である。その意味で、本提案は、贈与契約の概念に関する現在の理解に変更を加えるものではない。そして、このように、贈与を財産移転型契約とすることは、贈与契約の外延を明確にするの
みならず、社会的に贈与と理解されている契約が財産の移転を内容とすることにも適合する。
2 贈与の成立要件については、現行民法 549 条の立場を基本的に維持する。ただし、549 条が「自己の財産」であることを贈与の要件としている点については、契約成立時に自己の物でなかったからといって贈与契約は無効にならないとする意味で、自己の財産であることは、贈与の成立要件とはしない。もっとも、他人物贈与について、贈与者は原則として調達義務を負わない(後述【II-11-10】参照)。
贈与の諾成性については、549 条を維持し、贈与は当事者の合意のみによって成立するものとする。549 条によれば、贈与が贈与者の意思の表示と相手方の受諾によって成立することは明らかであるのに対し、【II-11-1】には、贈与契約が当事者の合意のみによって生じることは直接規定されてはいないが、改正案では、契約に関する諾成主義の原則(【II-5-1】)が明文で規定されるので、贈与が諾成契約であるのが、法文上も明らかであることに変わりはない。
【解説】
1 贈与の定義
(1) 贈与を考察する際の観点
① 贈与は、現代の学説においては、財産移転型の契約として、有償の売買に対応する無償契約として位置づけられるのが一般的である。
② しかし、現行民法の立法者は、これとはやや異なった考えを有していた。すなわち、穂積は、贈与を所有権の移転に限るのは狭すぎるが、無償行為一般を指す1のは広すぎるとする。立法者は、諸外国の学説において、無償の労務の提供、他人のための担保の提供、債務の引受、債権の放棄、債務免除など、さまざまなものが挙げられていることを参照し、そのうえで、贈与を、自己の財産により相手に利益を与える契約とする2。そこでは、相手方に利益を与えることのほか、自己の財産3を用いることが、贈与の本質とされていた。
現行民法の学説には、労務の無償給付も「自己の財産」に含まれるとする見解もある4が、起草者は、ドイツの学説がこれを贈与とすることを紹介するにとどめており、起草者自身はこれを含むと明言してはいない。「財産」の意味に関する返答を見ると、むしろ、これについては否定的にも見える5。
③ 改正提案において、贈与をどのような契約として構成するかを検討するに際しては、着目すべき観点として、以下の諸点が考えられる。
(1) 贈与といえるためには、受贈者の財産を増加させることが必要か。
(2) 贈与といえるためには、贈与者は自らの財産を減少させることが必要か。
(3) 受贈者に利益を増加させる形式は何でもよいか、それとも、財物ないし財産権の移転であることが必要か。
(4) 無償であれば足りるか。その理由ないし動機づけは問わないか。
以下では、現行民法の起草者が考えた、「自己の財産により、相手に利益を与える契約」を出発点として、これらの観点から、贈与をどのような契約として構成しうるかについて検討する。
④ まず、(1) 「相手の利益になる」とは、受贈者の財産を増加させることが必要かどうか、それとも、財産の増加に限らず、受贈者のために無償で何かがなされれば足りるのか、が問題となる。たとえば、無償で楽器を演奏すること(「演奏のプレゼント」)は、受贈者の財産を増
1 その例として、ドイツの「ぶふた」、オーストリアの「らんげる」があげられている。これらの学説は、
「無償ニテ所有権ヲ与ヘル或ハ無償ニテ労役ヲシテヤルトカ種々ノコトデアツテ畢竟無償行為ヲ以テ他人ニ利益ヲ与ヘルト云フコトデアルカラ是ハ法律行為ノ総則ノ中ニ置カナケレバ往カヌト云フ説ヲ多ク且ツ有力ノ学者ガ唱ヘ」ているとされる。これらの学説は、穂積によれば、贈与を無償の法律行為として総則に規定すべきであると主張していた。
2 「本案ニ於キマシテハ最モ通常ニ行ハレマスル所ノ考ヘヲ標準ト致シマシテ兎ニ角自己ノ財産デナケレバ往カヌ夫レデ自己ノ財産ト云フモノヲ標準ニ致シマシタ苟モ自己ノ財産デアリマスレバ其所有権ヲ移転スル或ハ債権デアリマシテモ又ハ債務ノ免除ノヤウナモノデアツテモ自分ノ財産ト為ツテ居リマスルモノヲ償ヒナクシテ相手方ニ与フルト云フ位ノコトガ一番通常ノ自然ノ考ヘニ当ルコトデアラウト思ヒマシテ然ウ其広イ方ノ種々ノ之ニ類似シタモノ無償ニテ他人ニ利益ヲ与フルノガ悉ク贈与デアルト云フヤウナ風ノコトハ是ハ学説上デハ正シイカト思ヒマスケレドモ然ウ云フヤウナ風ノコトハ採リマセヌ自己ノ財産ト云フコトデ範囲ヲ極メマスル積リナノデアリマス」
3 「財産」とは、具体的には、「物質的ノ権利ニシテ民法ニ認メラレテ居ル所ノ即チ物権債権ノ全部ヲ含ム」とされている。
4 労務の無償給付も「自己の財産」に含むとする説(川井 111 頁),否定説(新版注民(14)19 頁等)及び
労務が通常有償で給付されるときは含まれるとする説(我妻 223 頁)とがある。我妻説の基礎は,当然増加すべき物が増加しない場合も,財産の減少に含まれるとするものであるが,否定説は,そのような場合には,通常財産の実体の減少を伴わないので贈与を構成しないとする(新版注民(14)19 頁以下)。
5 梅謙次郎は、民法要義巻之三 464 頁では、これを否定している。
加させないが、贈与にあたるか。受贈者の財産を増加させることが必要であるとすると、次の例 1 は、贈与にあたらないことになる。これに対し、例 2 では、受贈者の財産は増加しているので、これは贈与にあたる。
例 1 プロのピアニストである A は、友人 B の金婚式に特別出演し、ピアノの演奏をプレゼントした。
例 2 プロのピアニストである A は、友人 B の金婚式のお祝いとして、自分のコンサートのチケットをプレゼントした。
⑤ (2) の観点からは、起草者は、現行民法 549 条の「「自己の財産」という文言により、贈与者の財産が減少することを考えていたというが、贈与といえるために、贈与者は自らの財産を減少させることが必要か。言い換えれば、贈与には、贈与者の出捐ないし、広く言えば、何らかの自己犠牲が必要か。たとえば、他人から無償で物を取得して受贈者に与える行為は、贈与といえるか。起草者の考え方からいえば、つぎの例 3 は A に出捐があるという点では贈与にあたるが、例 4 は、贈与にあたらないことになる。
例 3 A は、B が経済的に困窮していることに同情し、B に対する自己の金銭債権 100 万円について債務を免除した。
例 4 A は、B が経済的に困窮していることに同情し、C の B に対する金銭債権を免除してもらってあげると約束し、C に事情を説明した結果、C は B に対する金銭債権 100 万円について債務を免除した。
さらに、先の例 1 において、A による無償の役務である演奏が出捐にあたらないとしても、つぎの例 5 のように、他人に有償で労務を提供させれば、出捐はあったことになるので、(2)の
観点からは、例 5 は贈与といえる。
例 5 A は、友人 B の金婚式のお祝いとして、プロのピアニスト C に 10 万円で演奏を依頼し、
B にプレゼントした。
⑥ 自己の財産の出捐を要するとする場合、それは現実の出捐が必要か。たとえば、保証人になること、担保権の設定などは、ただちに贈与者の財産の減少をもたらすわけではないが、これらも贈与に当たるか。
もし、現実の出捐が必要であるとすると、例 6 では、抵当権の設定そのものは贈与とはいえ
ない6。その場合、抵当権の実行時に贈与があったのかどうかが問題となる。
例 6 A は、息子 B が銀行 C から借りた事業資金を担保するため、自分が所有する甲地に C
6 注民(14)(柚木馨=高木多喜男)16 頁参照。これに対し、梅・前掲箇所は、既存の債権のために質権・抵当権等を無償で与えるのは贈与であるとする。
のために抵当権を設定することを B と合意した。
⑦ (3)「相手の利益になる」ことが贈与の本質だとして、受贈者に利益を得させる形式は何でもよいか、それとも、財物ないし財産権の移転であることが必要か、も問題となる。たとえば、物を無償で使用させることは贈与にあたるか。労務の提供はどうか。債権放棄、債務免除、担保権の放棄、用益権の設定などはどうか、が問題となる。学説のなかにも、用益権の設定は贈与になるとするものもある7。そうであるとすると、使用貸借も、長期にわたるのであれば、贈与になる可能性はないのかどうかが、問題となりうる。
⑧ 最後に、贈与概念を確定するにあたっては、(4) 無償であれば、その理由ないし動機づけは問われないか。それとも、好意ないし恵与の意思で行われたことを要するか、も問題となる。
無償契約における「無償」ということの意義は、1 つではない。たとえば、同じ無償契約でも、委任が無償であるのは、それが好意で行われるからではなく、委任による役務提供がむしろ役務提供者の名誉であり、報償になじまないとの考え方に基づくことは、よく知られている。また、使用貸借においては、当事者間の個人的関係が、無償性の基礎にあり、だからこそ、借主の死亡によって使用貸借は終了するとされている。
これに対し、贈与における無償性を支えているのは、相手方への恵与(特に財産承継の場合)、好意、感謝などの観念である。以下では、これらをまとめて、恵与とよぶことにする。
⑨ 贈与における恵与の要素は、また、贈与契約における合意の性質にも影響を与えている。というのも、贈与の合意は、実際には、目的物の内容・性質・数量について、両当事者が対等の地位に立って交渉し、その結果として締結されるものではない。何を贈与の目的とするかについての決定の主導権は贈与者にあり、受贈者は、その内容に受諾するかどうかを決定するという限度で、合意形成に関与するに過ぎない。このことにも現れているように、贈与は、単なる「売買契約から対価を除いたもの」とは異なる性質を社会的には有している。したがって、そこにおいて、贈与を特徴づけている要素として恵与の要素が存在することは否定できない。そこで、考え方としては、贈与であるためには、それが、恵与の意思で行われたことを要件とすることもありうる。
また、贈与において、合意の拘束力に関わる原則をそのまま適用するかたちで贈与契約を設計すると、贈与の実体と乖離するおそれがある。契約の無償性は、無償で債務を負っている者がどれだけのことを引き受けているかという点、および、相手方の期待あるいは信頼という観点から、合意の拘束力に関して、有償契約とは異なる考慮を要請するが、無償性が恵与に支えられていることは、合意の拘束力を貫徹すべきかどうかについて、いっそう慎重となるべき要素となる。
⑩ そのほか、贈与概念を確定するにあたって、無償という観点からみると、相手方に利益を与えること、すなわち、利益の供与が、法律上の義務である場合にはそれは贈与とならないことは明らかである。たとえば、親が扶養義務を負う子どもに食べ物を与えるのは贈与ではな
7新版注釈民法(14)[柚木・松川]は、物の無償使用の許予は贈与ではないが、用益権の設定は贈与になる
という。
い。
では、法律上の義務はないが、倫理的な義務に基づいて行われる場合はどうか。この点は、考え方が分かれうる。たとえば、委任においては、報酬を受け取らないことが倫理的に求められていると考えることもでき、それが好意を伴ってなされたとしても贈与ではないと解しうる。同様に、自分の配偶者の連れ子であるが養子ではない子どもの扶養や、内縁関係から生まれたが認知していない子どもの扶養について、法的義務がないことを理由に贈与ということができるか、問題となる8 9。
この点については、外国の立法例も立場が分かれている、ドイツ法は、このような場合も、一応贈与としつつ一般の贈与者に認められる返還請求権と撤回権を否定し(534 条)、スイス債務法 239 条 3 項は、さらに進んで倫理上の義務の履行にその贈与性を否定している。もっとも、これを否定するとなると、倫理的な義務と、常識として履行することが望ましいが義務とまではいえない場合などと、その区別は必ずしも容易でない。
⑪ そのほか、私立学校などで、入学金のほかに寄付をすることが入学条件となっている場合など、贈与をしないという選択肢が事実上存在しない場合も、贈与といえるかどうかが問題となりうる。
⑫ 一方、贈与が自分の名声や相手の好意を得ようとする目的や、世話になったことの礼として行われることは10、恵与の意図を必要とする考え方に立ったとしても、贈与であることを妨げないであろう(贈与の典型的な目的の一つは、相手の好意を得ることである。)。すなわち、恵与の意図は、利他的行為とは必ずしも一致しない。
(2) 2 つの考え方
① 以上(1)ないし(4)の観点についてそれぞれどのように考えるかにより、贈与をどのような契約と理解するかは異なりうる。
贈与をもっとも広く捉えると、贈与は次のように定義される。
A 案:贈与は、贈与者が無償で受贈者のために自己の財産または労務を用いる契約である。
この理解では、贈与者についても受贈者についても、財産の増減が要件とはされない。A 案によれば、贈与者の無償行為が受贈者のためになされれば贈与となる。たとえば、A 案では、例 1
における演奏のプレゼントも贈与であり、例 2 ないし例 6 は、受贈者に何らかの利益が与えられているという点で、いずれも贈与にあたる。同様に、現行民法の無償契約(無利息消費貸借、使用貸借、無償委任、無償寄託)は、すべて贈与の一類型ということになる。贈与の規定として A 案を採用するのであれば、財産権移転型の贈与は、贈与の 1 類型として、財産権移転型に
8 扶養義務のない者への扶養を例に挙げたうえで、倫理的義務の存在は贈与であることを排除しないものとする見解として、注釈民法[柚木・松川]25 頁参照。
9具体的には、現行民法 550 条によれば、当事者間で扶養料の支払いについて口頭の合意がなされた後に、支払義務を負った者が未履行部分について撤回できるかどうかについて結論が分かれうる。
10イタリア民法典 770 条 1 項参照。
ついてとくに問題となるルールを別におくことになろう。
② A 案の「受贈者のために」とは、広く受贈者が利益を受けることをいう趣旨であるが、(4)の観点から、恵与の意思を贈与の本質とみて、単に贈与者の行為の結果受贈者が利益を受けるというだけではなく、それが、贈与者の恵与の意思によることを要求することも考えられる。
実際、たとえば、自己の負う利息付消費貸借上の債務に基づいて抵当権を設定する場合にも、 A 案によれば、抵当権設定行為自体は無償であるとすると、これも贈与になりかねないが、これを贈与というのは妙である。したがって、とくに贈与を広く捉える場合には、好意ないし恵与の意思によってその範囲を区切ることも 1 つの方法ではある。
このような考え方によれば、現行民法の無償契約がすべて贈与になるわけではなく、贈与は、恵与の意思でなされた無償行為という典型性を有することになる。現行民法の他の無償契約について考えてみると、無利息消費貸借契約、使用貸借は、恵与の意思で行われることも多く、その場合には、贈与のひとつと考えることができよう。無償寄託は必ずしもそうではないかもしれない(たとえば、旅行先で、たまたま一緒になった見知らぬ人が、切符を買いに行く間、手荷物を預かってくれるような場合)。これに対して、委任が無償を原則型とすることは、その役務が高尚であって報酬の支払という観念に適合しないからであるといわれているが、このような考え方によれば、委任については、好意で行ったとしても、贈与の規定は適用されないといえそうである。
③ A 案に対しては、これに加えて、さらに、「受贈者の利益」を、受贈者のためにされるこ
とだけではなく、受贈者の財産の増加とする考え方もありうる。この考え方によれば、たとえば、例 1 における演奏のプレゼントは、受贈者の財産の増加をもたらさないので、贈与にはあたらない。これに対して、同じく無償の労務提供であっても、たとえば、無償で家の屋根を修理してもらった場合には、受贈者の財産に増加が生じるので、贈与となる。債務免除は、債権者・債務者の合意を必要とし、その合意が契約であるとすると、受贈者の財産の増加をもたらすので、贈与となる。
④ もっとも、何が財産の増加または減少にあたるのかは、必ずしも明確ではない。たとえば、民法の起草者は権利の設定、移転はすべて贈与にあたると考えていたようであるが、受贈者のために用益物権を設定することが贈与者の財産を減少させるかどうかは、議論の余地がある。確かに、用益物権が登記されれば所有者の土地の価値は一時的には減少する。しかし、用益物権の設定されている期間が長期にわたるのでなければ、その価値は用益物権の消滅とともに贈与者に回復されるのであり、厳密には財産の減少はないともいえる。用益物権の設定が贈与であるならば、使用貸借についても同じと考える余地もあるが、それでよいか、も問題である。
同様に、人的又は物的担保の設定についても、例 6 のように、担保を設定したからといって
直ちに贈与者の財産は減少するわけではなく、被担保債務が問題なく弁済されれば、贈与者は出捐をすることはない。贈与者が出捐するのは、被担保債権が履行されずに担保が実行されるときである。
また、債務免除や債権放棄などについては、贈与者の財産の減少を贈与の要件とするならば、例 3 のように、それが自己の受贈者に対する債権に関するのであれば、贈与にあたるが、例 4
のように、第三者の受贈者に対する債権が問題となる場合、贈与者が単に第三者に債務免除を働きかけたのであれば、贈与となるかどうかは、労務の提供を贈与と考えるかどうかによることになる。
さらに、労務の提供を財産の減少と捉えることができれば、演奏のプレゼントも贈与となるが、そうでない場合には、贈与ではないともされうる。また、贈与者が労務の提供をしなければ受贈者が自己の費用で労務の提供を受けなければならなかった場合、受贈者が出捐せずにすんだという財産的利益もまた、財産の増加といえるのではないかが問題となりうる。これらは、最終的には、贈与が想定する受贈者の財産の増加あるいは贈与者の財産の減少をどのように考えるかに関わるが、現在のところその手がかりとなる議論は見られず、一義的な基準を設けることは難しい。
⑤ このように考えると、A 案に、何らかの限定を付して贈与を定義するのは、非常に困難で
あることがわかる。また、A 案のように非常に広く贈与を捉えればもちろんのこと、A 案を出発点としてそれに受贈者の財産の増加あるいは贈与者の出捐という限定を加える場合にも、現在、社会的に贈与と理解されている態様の契約と、贈与契約の概念とが相当程度に異なる可能性がある。
⑥ そこで、つぎに、贈与を相手方に無償で利益を与える契約のなかで、とくに財物(権利も含む意)の所有権を無償で受贈者に移転する契約であると位置づけ、売買と対比させることが考えられる。そのような考え方によれば、贈与の定義は、つぎのようになる。
B 案:贈与は、贈与者が受贈者に自己の財産権を無償で移転する契約である。
さらに、B 案を基本にしつつ、売買との対比という観点を中心に据え、かつ、売買において目的物が売主の財物かどうかは重要ではないという立場をとるならば、贈与についても、目的物を自己の財物に限定しないこともありうる。
B 案によれば、債務免除や債務引受、債権放棄を契約として構成するとしても、それは贈与にはならない。無償の用益権設定、無償の利用の許諾も贈与にはならない。B 案は、A 案と比較すると、贈与を非常に狭く捉えるものであるが、財産権の無償移転という、明確な概念として提示することができる考え方である。
(3) 本提案の考え方
① これまでの検討より、贈与概念を確定するに際しては、様々な要素を考慮に入れる可能性があるものの、定義の明確性および、これまでの学説によって理解されてきた贈与概念および、社会的にも贈与の典型が財産権の移転を内容とすることなどを考えると、贈与の定義としてはこれを無償の財産権移転型の契約と定義する B 案が適切である。
また、A 案のように広く贈与を捉えるとすると、様々な態様の贈与が生じるため、結局のところ、贈与の下位類型を設定しなければならなくなる。その意味でも、贈与を広く捉えた一般的
な規定を設けることには、疑問がある。
② B 案を採用した場合に問題となるのは、厳密にいえば贈与から外れるが、社会的には贈与と同じような機能を有する契約について、無名契約であるとして契約に関する一般的な規定が適用になる点である。とくに、それらの規定の多くは、有償契約を念頭において定められているだけに、それらをそのまま適用するのは適切ではない場面も少ないことが予想される。
しかし、これについては、贈与契約の理解は外延の明確な B 案によった上で、無償契約にある程度共通する規範があるとすれば、それを贈与の規定として盛り込んだ上で、贈与の規定を、他の無償契約にも、その性質に反しない限り準用することによって解決可能である(後掲
【II-11-22】参照)。
③ 以上より、【II-11-1】は、贈与の定義については、可能ないくつかの定義のうち、もっとも外延の明確な定義であり、かつ、これまでの学説によって理解されてきた贈与概念、すなわち、権利の移転を目的とする無償契約とする理解を採用する。このような理解は、贈与として一般に理解されている事象ともっとも一致する。
④ 移転する対象を財産権とするか財産ないし財物とするかについては、売買の場合と同様の議論があてはまる。現行民法の起草者は、有体物と権利を広く包含する趣旨で財産権と表現したとされるが、この点は、今日においては、物を無体物も広く含む理解とすることも可能であるともいえる。しかし、現行民法における物概念については、それを有体物と解した上でその規範を権利も含む無体物にも性質に反しない限り及ぼすか、あるいは、物を広く無体物と理解するかについては考え方が分かれうるところであり、いずれにしても、現行民法 85 条の改正が前提となる。そして、この問題を検討するには、根本的には、物ないし財物の概念と、権利との関係についても考察することが必要であり、これは、債権法改正の領域を超えると言わなければならない。そこで、本提案では、売買が、現行民法の起草者と同じように、物と権利を広く包含する意味で財産権という用語を用いているのに倣い、それと同じ意味で、贈与の対象を財産権と表現することとする。
2 贈与の成立要件
① 贈与の成立要件を検討するに際しては、まず、贈与が現代社会においてどのような状況で行われるのかを確認する必要がある。
贈与は、取引社会で用いられることは多くはない。贈与が現代社会において、用いられる場面は11 、(a)家族構成員の間でなされる、財産の承継に用いられることが多く、実際の紛争事例としてもこの場合が圧倒的多数である。かつ、これらの贈与には、財産の前渡しの性格をもつものが少なくない。
贈与が用いられる他の態様としては、日常的には、(b)家族や友人間で、親愛の情を示す象徴としての財産の移転、あるいは、(c)慣習などによって義務づけられるという側面もある贈与としての贈答(中元や歳暮、あるいは結婚・出産祝い、餞別など)がある。また、最近では、(d)慈善活動や、環境保護など、公益的活動を行う団体をはじめとして、団体に対する寄付も重要
11吉田邦彦「贈与法学の基礎理論と今日的課題(1)〜(4・完)」ジュリ 1183 号 156 頁以下参照。
となっている。これらの贈与には、黙示のものも含め、目的を限定した贈与が少なくないと思われる。(e)そのほか、贈与全体における数は少ないかもしれないが、災害のときの支援の際の贈与がある。この場合には、道義的に助ける義務があるほどではないが、「困ったときはお互いさま」あるいは、「自分も助けてもらったから、今度は助ける番だ」という、相互扶助につながる考え方が贈与を動機づける重要な要因となっていることが少なくない点に特徴がある。
これらの類型のうち、とくに(a)と(b)では、贈与は、合理的な計算に基づく理性的な意思に基づくというよりも、多分に情に支配されているという点で契約の拘束力の正当化根拠としての意思は希薄であるといえる。また、(c)については、贈与しないという選択肢がまったく取れないほどに社会的に義務づけられている場合には、たとえ贈与ではないとまでいえないとしても、贈与しないという選択肢は実際上とりにくいという点で、契約の拘束力の正当化要素としての意思は希薄であり、この点に、無償性と並ぶ贈与の特徴がある。
② このように、しばしば、情を基礎としてなされ、類型的に契約に拘束力を生じさせるに値する意思が希薄であることが知られている贈与契約について、合意のみによって完全な拘束力が生じるとすることは、難しい。
現行民法の起草者穂積もまた、贈与について、「無方式デ宜イカト云フト此諸国デ総テ無方式デ宜シイト云フコトガ何処ニモナイノハ幾ラカ是ハ矢張リ理由ノアルコトデアツテ当事者ノ反省ヲ促ス12トカ或ハ双方ノ間ノ権利関係ヲ明ニスルトカ云フヤウナ風ノ必要ガ幾ラカアリマス」と述べて、贈与者の熟考と権利関係の明確化の必要を指摘している13。
③ そこで、贈与について契約の拘束力をどのように考えるかが問題となる。これには、第 1
に、履行請求権を発生させるという意味で契約の有効な成立を認めるためには、何が必要か、という問題と、第 2 に、いったん有効に成立した契約した場合にも、契約からの解放を一般原則とは異なった形で認めるかどうか、という問題がある。
④ このうち、まず、契約の成立要件との関係では、贈与の合意における当事者の意思、とくに贈与者の意思の脆弱さを補う方法として、第 1 に、契約の完全な拘束力を生じさせるため
に、それに値する確固たる意思を求めるという方法、第 2 に、契約の拘束力を合意のみならずその合意の内容を履行する行為に求めるという方法がある。
⑤ 前者の方法としては、たとえば、書面の作成を契約の有効要件とすることが考えられる。さらに、遺言の場合のように、特定の形式により、特定の内容を記載することを求めること、あるいは、公正証書の作成を求めることもありうる14。もっとも、遺言は、死後の財産の処分に関わるものであり、紛争が生じた場合に遺言者に意思を直接確認することはできないため、特
12 この前の部分に、諸外国が贈与に方式を要求している理由として、「贈与ハ一方ニ於キマシテハ無償ニテ人ニ利益ヲ与ヘマスルコトデアツテ屡々之ヲ与ヘルモノノ意思ガ或ハ後トデ変ハリマスルヤウナ風ノコトモアリマスル一方ニ於キマシテハ贈与ト云フモノハ贈与者ガ受ケル物デアリマセヌカラシテ充分ニ贈与者ガ勘考ヲ致シテ自分ガ充分ニ考ヘタ上デナケレバ丸デ自分ノ利益ヲ失フテ他人ヲ利スルト云フヤウナコトヲサセヌ方ガ宜イ」と考えられたことが挙げられている。このことからすると、「反省」とは、贈与者による熟考のことを指していると考えられる。
13 梅は、後に民法要義のなかで、贈与も諾成契約とされて理由につき、自由の尊重ということを挙げているが、法典調査会ではそのような理由は挙げられておらず、贈与の諾成性についても積極的に主張されていない。その意味では、贈与の場面で起草者自身が契約の諾成性を重視していたとは必ずしもいえない。
14 旧民法では、慣習上の贈り物および現実贈与を除き、原則として公正証書の作成が要件とされていた(財産取得編 358 条 1 項)
定の形式の履践を通じて意思表示の内容を明確に残すという意味があり、その点で生前贈与とは異なる(ただし、死因贈与については、遺贈と同様の考慮の必要性が問題となりうる)。
⑥ しかしながら、書面の作成を広く贈与の有効要件とするのは、少なくとも生存者間贈与については、わが国において贈与を行う際の社会的な慣行と乖離しているのみならず、新しく設定する規範としても厳格に過ぎるように思われる。実際にも、書面の作成を贈与契約の有効要件とすると、書面を作成せずして贈与が履行された場合には、相手方は、贈与をした者の返還に応じなければならないが、そのような結果は、とくに贈与の目的が消耗品であった場合にはその清算が煩わしくなり、妥当とはいえない。
また、書面の作成を有効要件とする法制度において、ドイツ民法 518 条 2 項、スイス債務法
他方、書面の作成は、遺言の場合のように、意思表示の内容を明確に記録しておくことが必要なときには、有効要件とする意味が大きくなるが、贈与一般についてそのような要請があるとはいえない。
⑦ つぎに、第 2 の方法として、贈与契約を要物契約とする方法がある。しかし、要物契約
という技術は、贈与の目的が有体物ではない場合には対応できず、とりわけ、無体物である権利の移転を贈与の目的とする場合には、物の交付という概念を使うことが難しい。
⑧ これに対して、現行民法は、549 条において贈与を諾成契約としながら、550 条により、
書面によらない贈与については、履行が終わらない部分についての撤回を許容する。現行民法は、形式としては、贈与の諾成性を維持しているが、履行が終了していない部分の撤回を贈与者に許すことによって、実質的には、履行がなされた限度でのみ契約の効力を認める、要物契約と類似する機能を果たしている。
贈与を要物契約とするのと、550 条のように規定するのとの違いは、要物契約においては、贈
与者による意思表示がなくても履行請求はできないのに対し、550 条の構成では、いったん発生した受贈者の履行請求権が、贈与者の撤回の意思表示があってはじめて消滅することにある。しかし、その点を除けば、550 条は、書面によらない贈与について、贈与を要物契約とするのと同様の効果をもつ。というのは、要物契約もまた、実際的には、物の引渡を内容とする契約に限ってではあるが、履行がされた部分に限って契約の効力を認め、その返還を阻止するという機能をもつからである。
⑨ 以上より、本提案は、改正民法の方向性として、書面によらない贈与は履行がなされるまで「解除」できることを前提に(撤回ではなく解除とすることについては、後掲【II-11-3】参照)、贈与は現行民法と同様、諾成契約とする。すなわち、贈与について書面の作成を有効要
15「書面ナラバモウ完全ニ贈与契約ハ成立ツ然ラバ此書面デナクシテ口頭又ハ其他ノ意思表示ニ依テ為シ
タ贈与契約ハ如何ナモノデアルカト申シテ見マスルト云フト之モ諸国ノ規定ハ殆ンド一定シテ居リマスルケレドモ其書キ方ニ於テハ色々ニナツテ居リマス夫レガ為メニ此贈与契約ト云フモノハ成立タヌノデアル総テ成立タヌノデアル手渡ヲシタナラバ之ヲ取返ヘスコトハ出来ヌト云フ位ニ書イテアル所モアリマス」
(下線は引用者による)
件とすることが、わが国において適切でなく、要物契約とすることも贈与には適合しないことから、書面の作成や物の交付を贈与の有効要件とはしない。
550 条によれば、贈与が贈与者の意思の表示と相手方の受諾によって成立することは明らかであるのに対し、【II-11-1】には、贈与契約が当事者の合意のみによって生じることは直接規定されてはいない。しかし、改正案では、契約に関する諾成主義の原則(【II-5-1】)が明文で規定されるので、贈与が諾成契約であることが、法文上も明らかであることは、改正案においても変わりはない。
⑩ つぎに、本案は、贈与の成立要件として、恵与の目的ないし意図を要件とはしない。恵与として行われるということはどういうことか、何を基準にその有無を確定するのかは難しく、これを積極的に要件化することは困難だからである。実際にも、倫理的な義務については見解が分かれうるほか、これを贈与としないとしても、法的にも倫理的にも義務を負わない場面で無償の財産権移転ないし出捐をすること自体が、贈与者の恵与の意図を示している場合が少なくない。
とはいえ、すでに述べたように、理論的には、贈与は、単なる無償の財産権移転ないし出捐であるだけではなく、それが法的にも倫理的にも義務づけられないにもかかわらずなされる点に特徴がある。したがって、本提案は、恵与の意図を要件とはしないが、このことは、法的または倫理的義務に基づく贈与は贈与には当たらないとする解釈を妨げるものではない。むしろ、
「無償で」のなかに、対価を伴わないだけではなく、法的にも倫理的にも義務を負わないことを意味するという解釈の余地を残す趣旨を有する。
⑪ さらに、贈与を売買と同様、財産移転型の契約と捉える場合、財産を移転することの意味は、売買と同様、受贈者に取得させることであり、そこでは、他人の権利(以下、便宜上他人物という)についても自己取得義務を含むかどうかが問題となる。
この点については、贈与者の債務として後に検討するが、結論を先取りするならば、贈与の無償性および、そこから導かれる受贈者が給付を受けることに対する期待の保護の必要性が売買とは異なること、ならびに贈与の恵与的性格から、本提案は、贈与者に自己取得義務を課すことはしない(後掲【II-11-10】)。したがって、他人物贈与の贈与者は、目的物を自分が取得したときは、それを受贈者に移転する債務を負うが、自己取得義務は負わない。
⑫ しかしながら、他人物贈与の贈与者は原則として目的物を自ら取得する義務は負わないとはいえ、他人物贈与が有効であることは、売買の場合と変わりがない。そして、他人物贈与が有効であることを明らかにするには、現行民法 549 条のように「自己の財産」という表現を定義のなかに用いるのは的確ではない。
そこで、本提案では、定義としては自己の財産権であることを要求せず、他人物の贈与につき自己取得義務を負わない立場を別の条文で明らかにすることとした(後掲【II-11-10】参照)。
II 贈与の予約
【II-11-2】贈与の予約
(1) 贈与の予約は、受贈者による予約完結の意思表示により、当事者間であらかじめ定められた内容の贈与契約を成立させる合意である。
(2) 贈与は、受贈者が贈与の予約を完結させる意思の表示した時からその効力を生じる。ただし、贈与の成立につき特定の方式が必要とされているときは、贈与の予約について、その方式にしたがうことを要する。
(3) 予約が書面によってなされたときは、(2)によって効力を生じた贈与につき、贈与者は、贈与が書面によらないことを理由として贈与を解除することはできない。
(4) 予約完結権に期間の定めがあるときは、予約は、期間内に予約完結権が行使されなければ、その効力を失う。
(5) 予約完結権に期間の定めがないときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて予約を完結させるかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に予約を完結させる意思を表示しなかったときは、予約はその効力を失う。
〔関連条文〕新設
提案要旨
1 売買の予約に関する【II-7-17】16は、有償契約への準用規定を通じて、他の有償契約に準用されるにとどまり、無償契約には当然に準用されない。したがって、無償契約の予約について別に定める必要があるかどうかが問題となる。
ところで、贈与については、書面によらない贈与は履行が完了するまで解除できることとの関係で、贈与の予約が書面でなされなかった場合の予約の効力がどうなるかについて、疑義が生じうる。したがって、贈与の予約については、別に規定を設けることが適切である。
そこで、本提案では、贈与の予約について売買と同様の規定をおくとともに、受贈者に予約
16 【II-7-17】(売買の予約)
売買の予約に関する現民法 556 条を以下のように改める。
(1) 売買の予約とは、予約完結の意思表示により、当事者間であらかじめ定められた内容の売買契約を成立させる合意である。
(2) 売買は、予約完結権を有する一方当事者または双方当事者のいずれかが予約を完結させる意思を表示した時から、その効力を生じる。ただし、売買の成立につき特定の方式が必要とされているときは、売買の予約についても、その方式にしたがうことを要する。
(3) 予約完結権に期間の定めがあるときは、予約は、期間内に予約完結権が行使されなければ、その効力を失う。
(4) 予約完結権に期間の定めがないときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて予約を完結させるかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に予約を完結させる意思を表示しなかったときは、予約はその効力を失う。
完結権を付与する贈与の予約が書面でなされれば、贈与が書面でなされなくても、贈与者は贈与をそれが書面でなされていなかったことを理由に解除できないことを明らかにする。
2 また、双務契約である売買と異なり、片務契約である贈与において、贈与者のみが債務を負うため、贈与者が予約完結権を有するのは、贈与者が予約によって確定的に贈与に拘束されていることと矛盾する。したがって、売買の予約と異なり、予約完結権を有するのは、受贈者のみとする。これは、負担付贈与を片務・無償契約と位置づける本提案においては、負担付贈与にもあてはまる。
3 なお、【II-7-17】の売買の予約と同じルールを採用している本提案(4)および(5)については、
【II-7-17】(3)・(4)を準用する規定をおくことも考えられるが、【II-11-2】が【II-11-22】によって他の無償契約に準用されることから、準用の準用という形を避ける必要があるかも含め、規定の仕方については、今後の検討によるものとする。
【解説】
① 予約の規定はその必要性が最も大きいと考えられる売買契約の節に存置され(【II-7-17】)、有償契約への準用規定を通じて、他の有償契約に準用される。言い換えれば、予約の規定は無 償契約には当然に準用されないので、無償契約である贈与についても予約の規定を設ける必要 があるのであれば、別途、規定を設けなければならない。
② 予約完結権行使型の予約については、これを停止条件付本契約と解する見解も有力に主張されている。しかし、受贈者がほしいという意思表示をすることを停止条件とする贈与というよりも、端的に贈与の予約と性格決定するのが当事者の意思に適合的である。たとえば、下記例 1 の場合、乙が部屋の中に入ることを停止条件とする贈与が締結されたというよりも、1 週間の間、B は贈与を受けるかどうかを決めることができる権利を有したと解するのが、当事者の意思により適合的であると考えられる。すなわち、この場合には、端的に贈与の予約完結権を Bが取得したと解するのが適切である。
例 1 A は、自分のもっているソファー甲を捨てるのはもったいないと考えていたところ、Bと C が甲を欲しいといってきた。そこで、A が、B に甲をあげることにしたところ、B は、引っ越し予定の新居に甲が入るかどうかわからないので、1 週間待って欲しい、その間に決められなければ、C に譲ってもらってかまわないと答えた。3 日後、甲は B の新居に入ることがわかったが、結局、B は、ほかに気に入るソファーを見つけたため、5 日後、B は A に対し、せっかくだが甲は C に譲ってもらって欲しいと連絡した。
③ もっとも、売買などの双務契約の場合と異なり、贈与においては、贈与者のみが債務を負うため、贈与者が予約完結権を有するのは、贈与者が予約によって確定的に贈与に拘束されていることと矛盾する。同じことは、負担付贈与をあくまで片務・無償契約と位置づける本提案においては(後掲【II-11-14】以下参照)、負担付贈与にもあてはまる。
したがって、贈与の予約については、予約完結権を有するのは、受贈者のみとする。
④ 贈与の予約については、書面によらない贈与の取り扱い(【II-11-3】)との関係で、書面による贈与というためには、書面がどの段階で必要かが問題となる。この点、贈与の予約をした者は、予約完結権を相手方に付与するときに贈与についての終局的な同意をし、贈与の内容は決まるので、書面は予約時に必要となる。これに対して、予約完結の意思表示は、すでに内容の確定された贈与を実現させる意味を持つにとどまるので、書面は必要ない。言い換えれば、予約が書面でなされていないときは、予約完結の意思表示があった後も、履行が終わるまでは、各当事者は契約を解除することができることになる。反対に、予約が書面でなされていたときは、予約完結の意思表示が書面でなされていなくても、贈与者は贈与を解除することはできない。(3)は、そのことを明示する趣旨である。
⑤ なお、【II-7-17】(売買の予約)と同じルールを採用している本提案(4)および(5)については、【II-7-17】(3)・(4)を準用する規定をおくことも考えられるが、【II-11-2】が【II-11-22】によって他の無償契約に準用されることから、準用の準用という形を避ける必要があるかも含め、規定の仕方については、今後の検討によるものとする。
III 書面によらない贈与の解除
【II-11-3】書面によらない贈与の解除
550 条を、以下のようにあらためる。
「(1) 贈与契約が書面でなされなかったときは、各当事者は贈与を解除することができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りではない。
(2) 負担付贈与契約が書面でなされなかった場合において、受贈者がすでに負担を履行したときは、各当事者は、履行の終わっていない部分についても、贈与を解除することができない。」
〔関連条文〕民法 550 条
提案要旨
1 書面によらない贈与の拘束力につき、現行民法 550 条を基本的に維持し、履行が終わらない限り、贈与の解除を認めるものとする。これは、贈与は、しばしば、贈与者の情を基礎に契約が締結され、合理的な意思に裏付けられていないことから、書面の作成を通じて自らが行う意思表示の意味を意識していない贈与については、履行がなされていない限りにおいて、贈与者に贈与の解除を許す趣旨である。
贈与が書面によるかどうかの違いに意味をもたせる理由は、書面の作成が、贈与者の意思を書面で確認するだけではなく、一定の形によって契約を締結することにより、非法の世界ではなく法の世界での契約として贈与を行うことを贈与者に自覚させ、それにより、強い法的拘束力を生じさせるに値する確固たる意思を担保する役割を果たすところにある。
したがって、贈与契約における書面とは、保証契約と同様、「契約が書面による」ことであるとすべきである。すなわち、贈与が書面でなされたとは、贈与契約の当事者間で作成され、贈与契約の内容を記した書面が作成されていることをいう。
2 贈与契約がその内容を記録した電磁的記録によってなされた場合に、それが書面によって
なされたといえるかどうか(保証契約につき、民法 446 条 3 項参照)は、一般論として、契約が電磁的記録によってなされた場合に、それを書面による契約書と同視できるかどうかという問題のほか、贈与において書面を要求する趣旨に照らして、贈与契約がその内容を記録した電磁的記録によってなされた場合にも、書面を要求した趣旨が満たされるかによる。
【II-11-3】の趣旨が、書面を作成することの意義が、贈与者の意思を確認するだけでなく、無償で受贈者に財産権を移転する義務を法的に負うことを贈与者が自覚することにあるということからは、書面による贈与といえるためには、贈与が電磁的記録によってなされたときにも、両当事者が書面を作成したことが必要と考えられる。
3 負担付贈与が書面によってなされなかったときにおいても、負担が履行された後は、贈与者も受贈者もともに贈与を解除できないものとするのが、【II-11-3】(2)である。これは、学説の支配的な見解を採用するものであり、裁判例にも一致する。
【解説】
① 改正案においては、贈与は、無償契約であり、かつ、贈与契約締結がしばしば合理的意思に裏付けられていないこと(=拘束力の正当化根拠としての意思の脆弱さ)を理由として、現行民法と同様、贈与契約の拘束力については例外を設けることを前提として、諾成契約とされている(【II-11-1】)。
② 現行民法 550 条は、贈与を成立させる合意があれば、もはや契約からの解放は原則として認められないという意味での契約の拘束力を贈与契約にそのままあてはめることはせず、書面によらない贈与については、履行がなされていない部分についての履行義務からの解放を認めることを通じて、書面によらない贈与契約の拘束力を、贈与の意思に従った行為によって補完している。このような現行民法の考え方は、維持されるべきである。
③ そこで、本提案は、現行民法 550 条と同様、贈与が書面によらない場合には、履行がなされない限り、贈与者による無理由解除を認める。すなわち、贈与契約は当事者の合意によって有効に成立するので、書面によると否とを問わず、受贈者は贈与者に対して目的物の引渡等契約の履行を請求できるが、書面によらない贈与については、贈与者および受贈者は、贈与の履行がなされるまではそれぞれ契約を解除できる。もっとも、実際に問題となるのは、多くの場合、贈与者による解除と考えられる。そこで、以下では、おもに、贈与者による解除を想定して検討を行う。
④ 現行民法は、この場合の贈与の解消について、贈与の撤回という法律用語を用いているが、撤回は、一般的に、法律行為の効力がまだ生じていないか、あるいはその効果が未確定の間に、意思表示の効力を将来的に消滅させる場合に用いられるのに対して、ここでは、すでに有効に成立した契約を一方的な意思表示によって解消することが問題となるので、解除という
用語を用いるのがより適切である。したがって、現行民法の撤回を解除にあらため、本提案では、以下、贈与の解除という表現を用いる。
⑤ 民法 550 条を維持することに対しては、書面によらない贈与は履行が終わるまでその効力が不安定になり、受贈者の利益を不当に害しうる場合があるのではないかとの批判がありうる。たとえば、寄付によって運営している慈善事業団体にとっては、確実な収入の予想に基づいて事業計画を作成する必要があるので、あとから贈与者が贈与を解除することは受贈者にとって事業の推進を不当に妨げる可能性がある。しかしながら、この不安定性は、受贈者が書面によって贈与契約を締結していれば回避でき、かつ、このような場合の多くは、書面の作成を要求することが社会的に適切ではないともいえないので、とくに大きな不都合はないと考えられる。
⑥ では、贈与が書面でされるとは何を意味するか。
現行民法 550 条における書面によらない贈与について、判例は、その趣旨を、贈与者の意思を明確にすることおよび、贈与者が軽率に贈与をすることを防止することにあるとしつつ17、書面性を非常に緩やかに解している。すなわち、判例は、贈与者の贈与の意思が明確にされていれば足りるとし、受贈者の意思表示が書面でなされることは必要ないとしている。そして、第三者との間で作成された書面についても、書面性を認めている。
⑦ しかしながら、裁判例において贈与の書面性が争われた事案をみると、そのほとんどが、贈与者が自分の財産を承継させる目的で死の直前に贈与を行っているか、または、死因贈与を行い、贈与者の死亡後に相続人が贈与を取り消したという事案である。たとえば、最判昭 60・ 11・29 民集 39・7・1719 は、72 歳で死亡した贈与者の死亡の 4 ヶ月前から 2 ヶ月前にいくつかの贈与がされたという事案に関わる。
このうち、死因贈与はその効果が遺贈と近く、遺贈と同様の形式性が要求されてしかるべきともいえる場面であり、また、死の直前に財産を承継させる目的の贈与についても、その実体は、遺贈に近い。したがって、これらの場合に贈与の書面性を緩く解する判例の立場は正当とはいえない。
一方、相続財産の承継とは関係のない事案を見ると、たとえば、大判昭和 13・9・28 民集 17
巻 1895 頁は、銀行が預金の払い戻し不能状態に陥ったので、大蔵省の勧告に基づき、善後策として数名の取締役が監査役とともに一定の私財を銀行に提供する旨、大蔵省に提出した私財提供書の写しが銀行に差し入れられた場合に、この私財提供書の写しを書面による贈与と判断している。しかし、本件では、そもそも、「大蔵省の勧告に基づいた」本件私財の提供が贈与といえるのかどうか、疑問の余地もあるほか、私財提供書の写しを書面による贈与ということができるかどうかについても、疑問がある。
⑧ 贈与が撤回され得ないようになるために、贈与契約に書面の作成を要求する趣旨は、当事者の意思を書面で確認するだけではなく、贈与者が軽率に贈与をすることを予防することにあるというこれまでの判例・学説を前提とするならば、贈与の書面性は、それにふさわしいも
17 判例は、贈与が撤回され得ないために贈与が書面でなされる必要があることの趣旨を、「主トシテ一方ニハ贈与者カ贈与ヲ為スニ当リテハ其意思ノ明確ナルコトヲ期シ他ノ一方ニハ贈与者カ軽忽ニ贈与ヲ為スコトヲ予防セントスル」ことにあるとする(大判明 40・5・6 民録 13 輯 503 頁参照)。
のである必要がある。すなわち、贈与の内容形成は贈与者の主導によってなされるとはいえ、贈与は契約である以上、贈与の内容が明確であるためには、贈与の当事者および、移転されるべき財産権の内容が書面になされることが必要である。それにより、同時に、一定の形によって契約を締結することにより、非法の世界ではなく法の世界での無償契約として贈与を行うことを贈与者に自覚させ、それにより、強い法的拘束力を生じさせるに値する確固たる意思を担保することも可能である。
⑨ したがって、贈与契約における書面とは、保証契約と同様、「契約が書面による」ことであるとすべきである。【I-11-3】(1)が、「贈与契約が書面でなされなかったとき」とするのは、この点を明らかにする趣旨である。
すなわち、「契約が書面による」ということは、贈与契約の当事者間で作成され、贈与契約の内容を記した契約書が作成されていることを意味する。言い換えれば、書面の記載により、贈与の当事者、贈与の意思および、贈与の目的が確定可能であることが必要である。具体的に書面に記載されるべき内容を条文化することも考えられないではないが、契約の成立要件をあてはめれば足りるので、とくに条文で明記することはしない。保証契約も同様の規定が採用されている(民法 446 条 2 項)。
契約の書面は、贈与契約の締結時に作成されることは必要ではないが、契約書が作成されない限り、書面によらない贈与と扱われる。
⑩ 贈与契約がその内容を記録した電磁的記録によってなされた場合に、それが書面によってなされたといえるかどうか(保証契約につき、民法 446 条 3 項参照)は、一般論として、契約が電磁的記録によってなされた場合に、それを書面による契約書と同視できるかどうかという問題のほか、贈与において書面を要求する趣旨に照らして、贈与契約がその内容を記録した電磁的記録によってなされた場合にも、書面を要求した趣旨が満たされるかによる。
【II-11-3】の趣旨が、書面を作成することの意義が、贈与者の意思を確認するだけでなく、無償で受贈者に財産権を移転する義務を法的に負うことを贈与者が自覚することにあるということからは、書面による贈与といえるためには、贈与が電磁的記録によってなされたときにも、両当事者が書面を作成したことが必要と考えられる。
⑪ つぎに、贈与が書面によらない場合、550 条によれば、贈与は撤回できるが、履行が終わった部分については、撤回できない。同条の考え方は、書面によらない贈与の効力を認めることには消極的であり、履行の終わった限度でその給付保持力を認めれば足りるというものである。たとえば、100 万円の贈与について、30 万円が受贈者に引き渡された後も、残額 70 万円については、贈与者は贈与を撤回できる。
⑫ 書面によらない贈与の解除をいつまで認めるか、また、履行が一部分なされた、あるいは着手されたときに、残部についても 1 つの契約として解除は全体についてできないとするか、それとも、残部についてはなお解除ができるとするかは、書面によらない贈与の拘束力をどの程度認めるべきかにかかる。
この点、様々な贈与のうち、(b)家族や友人間で、親愛の情に基づいてなされる贈与や、(c)共同体の習慣に基づいて半ば義務づけられた贈与については、書面によって贈与がなされることはまず考えられないが、これらは、非法と法の領域にまたがるものとして、返還請求を認め
ないという限度でその拘束力を肯定すれば足りるといえる。
これに対して、(a)家族財産の承継や夫婦関係を築く前提としての財産の移転について、書面によらないことを理由にいったん有効に成立した贈与契約を、履行が終わるまで解除できるとするのは、受贈者の法的地位を不当に不安定にするおそれがないかどうか、検討の余地がある。とりわけ、親族間の生前贈与では、贈与者と受贈者との関係から、とくにわが国においては、受贈者が書面の作成を要求しにくい状況があることにも留意すべきであろう。このような場面を前提とすると、現行民法 557 条の解約手付と同様、履行の着手があれば、以後は贈与全体について解除できないとしたうえで、忘恩行為があった場合などについては、独立の解除事由として検討することも考えられる。
しかしながら、他方で、書面によらない贈与について、履行の着手があれば以後は贈与を解除できないとするのは、贈与の無償性および契約の拘束力の根拠としての贈与者の意思の脆弱性を理由として書面によらない贈与の解除可能性を認める趣旨に反するおそれがある。実際、(a)家族財産の承継などの場合においても、贈与の目的物が複数の場合に、その一部について履行をすれば他の目的物についても解除できないとすることには、書面によらない贈与の解除を認める趣旨からして、これを否定すべきであろう。そうだとすると、問題となるのは、贈与がある目的物についてどの程度履行されれば、もはや贈与者による解除を許すべきでないかであり、これは、結局のところ、550 条についてと同様、何をもって履行が終わったと解するかによる。
なお、死因贈与については、遺贈と同様の考慮が必要であることはすでに述べたとおりである。
一方、(d)慈善団体などへの寄付については、契約の拘束力強化を望む受贈者は書面により契
約を締結すべきであるとしても、当事者に不当な負担になるとは思われず、一時的な感情によりよく考えずに慈善団体や宗教団体への寄付が行われる可能性があることを考慮すれば、書面によらない贈与について、履行が終わっていない限り贈与の撤回を認めても、とくに問題はないように思われる。
⑬ 550 条の立場は、贈与を諾成契約とした上で、贈与の無償性を理由にその拘束力を弱める
ことを、履行が終わっていない部分の解除というかたちで認めるものであるが、以上のように考えるならば、これはわが国における贈与の用いられかたに適合しているといえる。したがって、550 条は基本的に維持されるべきである。
そこで、【II-11-3】(1)は、550 条と同様、書面によらない贈与について、贈与が履行されない限り贈与者による贈与の解除が可能であるとし、ただし、履行されてしまった部分については贈与の解除を否定することにより、贈与者がすでに履行したものの返還を求めることは否定する。これは、既成事実の容認という限度で書面によらない贈与の法的拘束力を肯定するものである。
⑭ 何をもって履行が終わったといえるのかは、それぞれの契約の趣旨によって様々に異なりうるので、解釈に委ねることにする。具体的には、たとえば、不動産の贈与について、引き渡されたが未登記の段階において、解除ができるかどうかなどが問題となりうる。これに対して、所有権移転登記の移転がなされた場合には、現行民法 550 条の履行に当たると解されており、この解釈は、改正案でも維持されると考えられる。また、債権の譲渡など、無体的な権利
を贈与の目的とする場合にも、履行が終わったといえるために第三者対抗要件まで備えることを要するか、それとも、債務者対抗要件で足りるとするかは、議論が分かれうるところであるが、解釈に委ねることとする。
⑮ そのほか、贈与者が瑕疵のある物を受贈者に引き渡した後に、債務の履行がなされていないことを理由に贈与を解除できるかどうかが問題となりうる。本提案は、無償性を初めとする贈与契約の特徴から、贈与者は、瑕疵のある物を給付した場合にも原則として瑕疵のない物の給付をすべき義務を免れるとすることから(後掲【II-11-11】参照)、この場合、贈与者は不完全な履行を理由として契約を解除することはできない。また、【II-11-11】によれば、贈与者が瑕疵の存在を知りつつそれを受贈者に告げずに目的物を受贈者に引き渡したときは、受贈者は贈与者に対して代物請求または修補請求をすることができるが、このような場合も、理論的には、贈与者が履行する意思に基づいて履行行為を行っている点で、贈与がまったく履行されていない場合とは区別されるのであり、また、このときにも贈与が書面によらないことを理由に贈与者が契約の解除をするのは、信義則に反するといえる。したがって、贈与者が瑕疵のある物を給付した場合にも、贈与者は、書面によらないことを理由とする解除はできないと解される。
⑯ さらに、負担付贈与の場合については、別に考える必要がある。即ち、負担付贈与については、受贈者が負担を履行した後も、贈与が履行されていない限りは贈与者は書面によらないことを理由に契約を解除できるかどうかが問題となる。
この点、裁判所は、下級審裁判例ではあるが、東京高判昭 50・6・18 判タ 330・271、横浜地
判昭 39・8・29 下民集 15・8・208318は、福岡地裁久留米支部判昭 53・6・20 判タ 371 号 132頁19が、いずれも書面によらない負担附贈与契約の受贈者が負担についての履行を完了した場合には、両当事者はともに贈与を取り消し得ないとしており、反対の解釈をする裁判例は見られない。また、学説においても、受贈者が負担を履行した後は、贈与者がまだ履行していなくても、もはや贈与を撤回できないとすべきであることが指摘されている。
そこで、本提案は、負担付贈与について、負担が履行された場合にも、当事者は解除できないとする学説および裁判例に従い、負担が履行された後は、贈与者も受贈者もともに契約を解除できないものとする(【II-11-3】(2))。
⑰ 負担付贈与の拘束力については、負担のない贈与の場合と異なり、受贈者が履行を終えていなくても、履行の着手があれば、受贈者の贈与に対する期待は保護に値すると解する余地もある。しかし、負担付贈与もあくまで無償契約であるから、書面によらない贈与については、履行がなされた限度でその効力を認めれば足りるとして、書面によらない贈与に弱い拘束力しか認めない本提案の考え方によれば、負担付贈与における受贈者の期待も、あくまで負担の履行を完了した場合に保護されるに値する。したがって、本提案では、負担付贈与についても、同様に、履行が終わったかどうかを基準とする。
18「負担付受贈の受贈者がその負担についての履行を完了した場合にはその贈与契約は原則として拘束的
なものになり両当事者ともその取消をすることが許されない」と判示。
19 「本条にいわゆる履行とは負担付贈与における負担の履行をも含み、書面によらない負担付贈与において各当事者が取消しうるのは両当事者とも履行を終わらない間に限り、いずれか一方が履行すればその後は各当事者はこれを取消しえないものと解するのが相当である。」と判示。
⑱ 最後に、本提案では、贈与が解除された場合、受贈者は、解除時に利益を受けている限度において返還義務を負うのを原則とする(後掲【II-11-12】参照)。しかし、書面によらない解除が問題となる場面では、とりわけ、目的物が引き渡されれば履行は完了するため、解除による受贈者の目的物の返還は問題になる場面は考えにくい。そのため、本提案では返還義務の範囲に関する規定をおいていない。
IV 忘恩行為(背信行為)を理由とする解除
【II-11-4】忘恩行為(背信行為)を理由とする解除
(1) 贈与者は、つぎに掲げる場合、贈与を解除することができる。
1 受贈者が贈与者に対し虐待、重大な侮辱その他の著しい非行を行ったとき
2 受贈者が詐欺または強迫により、書面によらない贈与の解除を妨げたとき
3 経済的に困窮する贈与者からの法律上の扶養義務の履行請求を受けた受贈者が、その履行を拒絶したとき
(2) 贈与者が死亡した場合、贈与者の相続人は、(1)の解除をすることができる。
(3) 前 2 項により贈与が解除されたときは、受贈者は、解除原因が生じた時に受けていた利益の限度で返還義務を負う。
〔関連条文〕新設
【II-11-5】忘恩行為(背信行為)を理由とする解除の行使期間
(1) 【II-11-4】 (1)および(2)に基づく解除は、贈与者又はその相続人が解除権を行使しうる時から 1 年以内にしなければならない。
(2) 前項の規定による解除は、贈与の履行がなされてから 10 年を経過した後は、履行の終わった部分についてすることはできない。
〔関連条文〕新設
提案要旨
1 現行民法の起草者は、忘恩行為を理由とする解除を認めることは、贈与を他人に恩を売るためのものとみなすのとほとんど同じであって、道義上問題であることを理由に、忘恩行為を理由とする解除を採用しなかった。
しかし、贈与は、恵与の意思を不可欠の成立要件とはしないけれども、当事者間の情愛や信
頼関係を基礎として、その絆を前提としてなされることの多い無償契約である。そうであるとすれば、受贈者が単にその基礎となる人間関係を破壊しただけではなく、贈与者の身体または人格を著しく害する行為をしたときは、贈与の基礎が失われており、かつ、そのような行為をした受贈者に対する制裁として、贈与の解除を認めることも可能である。
現行民法においても、遺贈につき受遺欠格事由が定められており(965 条・891 条)、学説も、
受贈者に重大な忘恩行為があった場合にまで受贈者に贈与の利益を保持させることは、道義的に許されないなどの理由で、忘恩行為による解除を認めるべきであるとの見解が有力である。
もっとも、忘恩行為を理由とする解除については、解除原因が広く認められたり、不明確であると、当事者間の法律関係が不安定になるほか、家族財産の贈与に関しては、贈与者が解除可能性を振りかざして受贈者を支配しようとするおそれもある。
そこで、【II-11-4】では、受遺者欠格事由および相続人の廃除事由を参考に、受贈者の贈与者
に対する行為が贈与者に対する背信行為といえる限定的な場合について、贈与者に贈与の解除を認める。
このような解除権は、伝統的に、忘恩行為による解除とよばれているが、本提案が意図とすることころは、「忘恩」行為に対する制裁ではないので、名称については、今後、なお検討する必要がある。括弧書きで背信行為と書いてあるのは、その趣旨である。
2 解除権者は、贈与者である。ただし、贈与者が死亡した場合には、相続人は贈与者の地位
を承継し、契約を解除することができる。(【II-11-4】(2))。
3 贈与契約は片務・無償契約であって、受贈者は、贈与の履行が終わった後は、自己の物としてこれを扱う権限を有するので、贈与が解除された場合、受贈者は、解除時に利益を受けていた限度で返還義務を負うのが原則である(後掲【II-11-12】)。しかし、忘恩行為を理由とする解除については、受贈者は、解除原因である忘恩行為をした後は、贈与者による解除を覚悟すべきであり、解除原因が発生した後解除がなされるまでに利益の消滅が生じた場合でも、贈与者に解除原因発生時に現存していた利益を返還すべきであると考えられる。そこで、【II-11-4】 (3)は、贈与の解除における受贈者の返還義務に関する【II-11-12】の特則として、受贈者は、解除原因の時に受けていた利益の限度で返還義務を負うものとする。
4 忘恩行為を理由とする解除については、当事者間の法律関係を早期に安定させるため、解除権の行使期間を短期に限定する必要がある。とりわけ、忘恩行為については、贈与者が原因事実を知ってから何もしなければ、受贈者を始めとする利害関係人は贈与者が受贈者を宥恕したと理解するのも十分に理がある。そこで、【II-11-4】(1)および(2)を理由とする解除は、贈与者またはその相続人が解除権を行使しうる時から 1 年内に限ってできるものとする(【II-11-5】 (1))。解除権を行使しうる時とは、原則として、贈与者が解除原因を知った時である。しかし、贈与者が受贈者に虐待されているときなどには、解除原因を知っていても贈与を解除することができない場合もありうるため、解除原因を知った時を基準とすると、贈与者が解除権を行使し得ない場合が生じうる。【II-11-5】(1)が、解除原因を知った時ではなく、解除しうる時を起算点とするのは、そのためである。
贈与者が解除権を行使することができた時から 1 年以内に死亡した場合、贈与者の相続人は、
贈与者が解除権を行使し得た時から 1 年間に限って解除権を行使することができる。これに対
して、贈与者が解除権を行使することができないまま死亡した場合、1 年の期間は、相続人が解除権を行使し得た時、すなわち、解除原因に当たる事実を知った時から起算される。
また、贈与の履行が終わって長期間が経過した後に忘恩行為がなされた場合に、それを理由としてすでになされた贈与の効力を贈与者が解除することは、受贈者の法的地位の安定を不当に害するものであるといえる。
そこで、忘恩行為を理由とする解除は、贈与の履行がなされてから 10 年を経過した後は、履
行の終わった部分についてすることはできないものとするのが【II-11-5】(2)である。10 年という期間は、同じく形成権である取消権について、取り消しうる法律行為があったときから 10 年経過後はもはや取消しができないのに倣ったものである。
【解説】
1 受贈者の忘恩行為(背信行為)を理由とする解除
① 贈与にも、他の契約と同様、事情変更の原則などの一般原則が適用されるが、そのほか、贈与に特有の解除原因として、外国には、忘恩行為(フランス、ドイツ、イタリア、スイス、ケベックなど)や、贈与者の困窮(ドイツ、スイス)を理由とする解除が認められている法制もある。
しかしながら、贈与は、恵与の意思を不可欠の成立要件とはしないけれども、当事者間の情愛や信頼関係を基礎として、その絆を前提としてなされることの多い無償契約である。そうであるとすれば、受贈者が単にその基礎となる人間関係を破壊しただけではなく、贈与者の身体または人格を著しく害する行為をしたときは、贈与の基礎が失われており、かつ、そのような行為をした贈与者に対する制裁として、贈与の解除を認めることも可能である。現行民法においても、遺贈につき受遺欠格事由が定められている(965 条・891 条)。
③ 学説においても、受贈者に重大な忘恩行為があった場合にまで受贈者に贈与の利益を保持させることは、道義的に許されないなどの理由で、忘恩行為による解除を認めるべきであるとの見解が有力である。具体的には、受遺欠格事由を準用すべきであるとの見解などが主張されている。
④ その一方で、わが国において、忘恩行為による解除が議論されるのは、主として家族財産の贈与についてであることにも留意が必要である。すなわち、一方で、親が子に将来身の回りの世話や介護をしてもらうことを期待して家族財産を承継させた場合、それが負担付贈与とはいえないときは、受贈者が贈与者の期待に応えなかったことのみを理由として贈与を解除することはできないが、受贈者が贈与者に虐待を加えたりした場合には、贈与の基礎を失わせる背信行為を理由に、贈与者に目的物の取り戻しを認めることが正当であり、望ましいこともあ
20 法典調査会・民法議事速記録 9(法務図書版)290 頁。
りうる。しかし、他方で、忘恩行為の範囲が過度に広かったり、あるいは、範囲が不明確であると、当事者間の法律関係が不安定になるほか、家族財産の贈与に関しては、贈与者が解除可能性を振りかざして受贈者を支配しようとするおそれもないわけではない。たとえば、家族財産の承継において、忘恩行為による解除を認めることにより、親が、子どもおよびその配偶者を、贈与の解除可能性を振りかざして家内使用人化する事態を生じさせかねず、忘恩行為による解除がそのような状況を作り出すことに寄与することは回避されなければならない。したがって、忘恩行為の範囲は、明確であると同時に、相当程度限定的にすべきである。とくに、わが国において贈与が家族財産の承継のために用いられることが多いことを考慮すると、忘恩行為による解除が認められるのは、受遺欠格事由と同程度の忘恩行為に限定すべきである。
⑤ 比較法的に見ると、ドイツ民法 530 条 1 項が、「受贈者が贈与者またはその近親者に対す
る著しい非行により重大な忘恩につき責めを負うとき」21、また、ケベック民法 1836 条 2 項が、
「受贈者が贈与者に対し、贈与の性質、当事者の能力およびその状況に照らして、著しく非難されるべき行為をした場合」として忘恩行為を抽象的に定めるのに対して、フランス民法 955
条、イタリア民法典 801 条では、忘恩行為が限定列挙されている。
⑥ 本提案は、忘恩行為を理由とする解除について、受遺欠格事由(民法 965 条による 891
条の準用)および、推定相続人の廃除事由(民法 892 条)を参照し、それらに列挙されている事由を基本にして、これらに、法律上の扶養義務の不履行を加えたものである。
もっとも、これらの行為は、贈与者に対する著しい背信行為ではあるが、それを「忘恩行為」とよぶのが適切かどうかについては、なお検討の余地がある。ここでは、これまでの例に倣って、さしあたり、忘恩行為という用語を用いることとする。
これらの事由に該当する場合には、贈与が書面によると否とを問わず、また、履行がなされているかどうかと問わず、贈与者は贈与を解除することができる。
⑦ 【II-11-4】に列挙されている事由のうち、まず、「 1 贈与者に対し虐待、重大な侮辱
その他の著しい非行」とは、贈与者に対する虐待、重大な侮辱が著しい非行の例示であることを示す。したがって、著しい非行は、贈与者に対する行為であることが必要である。
また、虐待は、児童虐待や高齢者虐待などで一般に用いられている用語と同じく、有形力の行使だけではなく、言葉によるもの、さらに、病気について必要な治療を受けさせないなど不作為によるものも含む。
つぎに、「 2 受贈者が詐欺または強迫により、書面によらない贈与の贈与者による解
除を妨げたとき」とは、書面によらない贈与がなされたが、受贈者が詐欺または強迫により、贈与者から贈与の履行を受けた場合などをいう。
⑨ また、「 3 経済的に困窮する贈与者からの法律上の扶養義務の履行請求を受けた受贈
者が、その履行を拒絶したとき」とは、経済的に困窮している贈与者からの法律上の扶養義務の履行請求が現実にあったこと、および、受贈者がそれを拒絶したことを要件とする。このような場合には、経済的に困窮している贈与者との関係で、受贈者に贈与の利益を保持させることは、道義的にも問題があることから、このような場合に解除を認めるのが 3 の趣旨である。
21 ただし、ドイツ民法典は、義務的贈与および儀礼的贈与については、忘恩行為による撤回を否定する(534条)。
⑩ 解除権者は、贈与者である。ただし、贈与者が死亡した場合には、相続人は贈与者の地位を承継し、契約を解除することができる。(【II-11-4】(2))。
⑪ そのほか、忘恩行為に関しては、履行の前後によって、解除原因となる忘恩行為の範囲を別にし、履行がなされるまでは、より広い範囲の忘恩行為について贈与の解除を認めるべきであるとの見解も主張されている。
しかしながら、履行の前後で道義上許されない忘恩行為の内容が変わるものではないこと、家族財産の贈与について、贈与者が忘恩行為を理由とする解除の可能性をちらつかせて贈与の履行を遅らせる可能性がないわけではないことから、履行前と履行後とを区別して、贈与が書面による場合にも、履行前には履行後よりも広い範囲の忘恩行為を理由とする解除を認めることには慎重になるべきであると考えられる。
したがって、本提案では、忘恩行為を理由とする解除事由は、履行の前後を問わず【II-11-4】
が適用されるものとする。
⑫ 贈与が受贈者の忘恩行為を理由に解除された場合、受贈者は、解除原因が生じた時に受けていた利益の限度で返還義務を負うものとする(【II-11-4】(3))。贈与契約は片務・無償契約であって、受贈者は、贈与の履行が終わった後は、贈与の目的物の所有権を完全に取得しており、本来、解除がされるまでは目的物を自由に処分できるのであるから、贈与が解除された場合、受贈者は、解除時に利益を受けていた限度で返還義務を負うのが原則である(後掲
【II-11-12】)。しかし、忘恩行為を理由とする解除については、受贈者は、忘恩行為のあった時から、贈与者による解除を覚悟すべきであり、悪意の占有者と同視することができるので、それ以降に受贈者に利益の消滅が生じたとしてもそれを考慮する必要はないからである。したがって、【II-11-4】(3)は、贈与が解除された場合の受贈者の返還義務に関する【II-11-12】の特則として、受贈者は、解除原因が生じた時に受けていた利益を限度として、返還義務を負うことを定めるものである。
⑬ もっとも、解除後、受贈者が実際に目的物を返還するまでに、目的物が不可抗力により滅失・損傷した場合にも、解除原因が生じた時に受贈者に利益が存していた限度で受贈者が贈与者に価額返還義務を負うと解すべきかどうかについては、さらに検討を要する。同様の問題は、法律行為の無効・取消しの場合にも生じるが、受贈者は、詐欺・強迫により目的物を取得した場合と異なり、初めから取消しの可能性のある行為により目的物を取得したものではない。そうだとすると、受贈者は、解除原因が生じた後に生じた利益の喪失に関する負担をすべて負うべきではない。むしろ、解除後に目的物が滅失・損傷した場合については、解除により、受贈者は目的物を善管注意義務をつくして保管する義務を負うので、その義務違反があったかどうかの問題として処理するのが適切である。したがって、贈与が解除された後に目的物が滅失・損傷した場合には、それが受贈者の善管注意義務違反に当たらないときは、受贈者は価額の返還義務を負わないと解すべきであろう。
2 解除権の行使期間
① 忘恩行為を理由とする解除については、当事者間の法律関係を早期に安定させるため、解除権の行使期間を短期に限定する必要がある。とりわけ、忘恩行為については、贈与者が原
因事実を知ってから何もしなければ、受贈者を始めとする利害関係人は贈与者が受贈者を宥恕したと理解するのも十分に理がある。したがって、贈与者が忘恩行為に該当する事実を認識してから長期間が経過した後に解除権を行使するのは、法的安定性を不当に害することになり、回避すべきである。その意味で、現在検討されている解除権の消滅時効より解除権の行使期間を短くすべきではないか。
② 外国の立法例を見ても、忘恩行為を理由とする解除権の行使期間を短期に制限している例が多い。たとえば、フランス民法典 957 条、ケベック民法典 1837 条、イタリア民法典 802
条、スペイン民法典 652 条は、忘恩行為のあった時または贈与者が忘恩行為を知った日から 1
年以内に解除がなされなければならないとする。同様に、オランダ民法典 185 条は、無効原因
について贈与者が知った時から 1 年以内とする。また、ドイツ民法典 532 条も、撤回権者が権
の発生を知ったときから 1 年を経過したときは、撤回権が排除されるとする。そのほか、忘恩
行為を理由とする解除は受贈者の生存中しかできないとする立法例として、ドイツ民法532 条、
フランス民法典 957 条、ケベック民法典 1837 条がある。
③ 【II-11-5】(1)は、これらの立法例を参考に、贈与者が贈与を解除するかどうかの判断をするのに 1 年間は十分であろうこと、他方、法律関係の早期安定が要請されることを理由に、
【II-11-4】(1)および(2)を理由とする解除は、贈与者またはその相続人が解除権を行使しうる時から 1 年内に限ってできるものとする(【II-11-5】(1))。解除権を行使しうる時とは、原則として、贈与者が解除原因を知った時である。しかし、贈与者が受贈者に虐待されているときなどには、解除原因を知っていても贈与を解除することができない場合もありうるため、解除原因を知った時を基準とすると、贈与者が解除権を行使し得ない場合が生じうる。【II-11-5】(1)が、解除原因を知った時ではなく、解除権を行使しうる時を起算点とするのは、そのためである。
贈与者が解除権を行使しうる時から 1 年以内に死亡した場合、贈与者の相続人は、贈与者が
解除権を行使し得た時から 1 年間に限って解除権を行使することができる。これに対して、贈与者が解除権を行使することができない状態のまま死亡した場合、1 年の期間は、相続人が解除権を行使し得た時、すなわち、解除原因に当たる事実を知った時から起算される。
そのほか、上記の立法例には、忘恩行為を理由とする解除は受贈者が生存している間に行わなければならないとするものもあるが、現在のところ、わが国において、そのような限定をする必要はないと思われる。
④ さらに、忘恩行為を理由とする解除の対象となる贈与は、忘恩行為がなされた時から何年以内のものに限るとするかどうかも問題となりうる。【II-11-4】では、忘恩行為の要件を相当に限定していることなどを考慮すると、そのような限定を付す必要はないようにも思われる。
しかしながら、贈与の履行が終わって長期間が経過した後に忘恩行為がなされた場合に、それを理由としてすでになされた贈与の効力を贈与者が解除することは、受贈者の法的地位の安定を不当に害するものであるといえる。
そこで、忘恩行為を理由とする解除は、贈与の履行が終わってから 10 年を経過した後は、履
行の終わった部分についてすることはできないものとするのが【II-11-5】(2)である。10 年という期間は、同じく形成権である取消権について、取り消しうる法律行為があったときから 10 年経過後はもはや取消しができないのに倣ったものである。もちろん、忘恩行為を理由とする解
除においては、贈与契約そのものには瑕疵がない点で、取り消しうる行為とはまったく異なるが、ある行為がなされてから、どれだけの間はその行為の効力を否定することができるかという観点から見たときには、同様に考えることができるのではないかと思われる。
V 贈与者の義務
1 必要な考慮要素
① 契約法の一般原則によれば、いったん契約が有効に成立した以上、当事者は、契約で定められた給付を合意に従って履行しなければならず、それがなされなかった場合、相手方は、給付の完全な履行を求めることができると同時に、債務不履行によって相手方に生じた損害の賠償を請求することができる。
② しかし、契約を遵守すべきことはすべての契約にあてはまるとはいえ、無償契約である贈与契約には、いくつかの点において特有の要素があることも考慮する必要がある。
第 1 に、家族構成員の間でなされる財産の承継や、家族・友人間で親愛の情を示す象徴とし
てなされる贈与にとくに見られるように、贈与は、合理的な計算に基づく理性的な意思に基礎づけられているとはいえず、多分に情に支配されていることが少なくない。その意味で、贈与の場合、契約の拘束力の正当化根拠としての意思は希薄であり、したがって、合意の遵守について売買など他の契約と同様に考えることは必ずしも適切ではない。
第 2 に、第 1 点とも関係するが、贈与契約も当事者の合意によって成立するとはいえ、契約
の内容を決めるに際して主導的な役割を果たすのは贈与者である。受贈者は、贈与を引き出す働きかけにおいて重要ではあるが、合意というレベルでは、贈与者の決めた内容について、それを受諾するかどうかを決定する役割を果たすに過ぎない。そして、その消極的な役割を正当化しているのは、贈与が、贈与者の出捐により受贈者に一方的に利益を与えるという性質を有することである。その意味で、契約であるといっても、贈与の合意における贈与者と受贈者との関係は、他の契約とは異なる。贈与契約においては、無償性と、贈与における恵与の性格により、贈与者が、贈与契約の内容決定における主導的な役割を果たしている。
第 3 に、贈与が無償であることから、贈与者の負担は贈与者が初めに決めた限度での財産の
減少にとどめるべきであると考えられる。そうすると、たとえば、契約の目的物に瑕疵があった場合に、修理や代物を給付する義務を通じて、新たな出捐を贈与者に課すことが適切かどうかが問題となりうる。
第 4 に、有償契約と無償契約とでは、契約が履行されることに対する相手方の保護されるべ
き信頼ないし期待は異なる。すなわち、売買における買主のように、対価を支払うことを前提に特定の給付を受けることに合意した者は、当事者間で合意した対価に相当する物を受け取るべき正当な信頼を有し、したがって、たとえば債務者である売主は、相手方のこのような信頼ないし期待に応えなければならない。しかし、贈与契約のように対価のない場合には、同じことはあてはまらない。無償契約において、自らは契約によって何の負担も負わない者の抱く信頼ないし期待は、あくまで対価を伴わないものであるので、その法的保護も、それに見合った内容となることに十分正当性はある。
第 5 に、契約の拘束力を理由に、有償契約の場合と同様に贈与者に契約の実現とそれができなかった場合の責任を要求することは、贈与のインセンティヴを減少させる効果がある。したがって、無償行為を社会的にどのように位置づけるかも、問題となりうる。たとえば、社会生活の維持と発展のために、無償行為を活用・促進しようとするのであれば、贈与者の責任について一定の軽減を認める必要がある。
③ これらの要素を考慮すべきことは、贈与者の責任についてのみならず、債権法の規定を贈与契約に適用する際にも広くあてはまる。
現行民法では、担保責任の軽減に関する規定のほかは、特定物の引渡しに関する善管注意義務(400 条)、債務不履行の場合の免責(415 条)などについて、贈与に関する条文上の例外は設けられていない。学説上も、契約総論および債権総論の規定はそのまま贈与にも適用されると解されている。
しかし、契約総論の規定は双務・有償契約を主に想定して定められており、債権総論の規定も、念頭に置かれている債権は契約によって生じる債権、とりわけ双務・有償契約の債権が中心である。そうだとすると、これらの規定をそのまま無償契約に適用すべきではない場合もありうる。むしろ、上に述べた贈与契約の特徴からは、贈与者の義務の内容の確定および、義務が履行されなかった場合の責任の両面について、それぞれ、贈与契約の無償性を十分考慮に入れるべきである。
④ 贈与者の義務の内容を確定するに際しては、先に挙げた第 2 の観点からは、贈与契約の
解釈に際しても、贈与の特徴を考慮する必要がある。というのも、まず、贈与者は、特定物を贈与の目的とする場合には、その物の所有権を移転するとともにその物をありのままの状態で受贈者に引き渡す義務を負うにとどまるのが、贈与契約の内容であることは少なくない。また、種類物の贈与に関しては、贈与者は、その物が自己の所有物でなくても、合意された種類物を調達する義務を負うのが通常であるが、贈与契約の内容は贈与者の主導で決まることから、たとえば、A 社製のビデオデッキ甲を 10 台と合意されていても、当事者は、同等の性能の製品であれば、それが B 社製のビデオデッキ乙 10 台であっても構わないという趣旨で贈与契約をしていることもある。すなわち、贈与者がどのような内容の義務を負ったかを確定するに際しても、贈与契約の無償性や、合意の形成の態様を考慮する必要がある。
⑤ 贈与者がその義務を履行しなかった場合の贈与者の責任についても、同様のことがいえる。もちろん、贈与も契約であるから、贈与者は、合意をした以上はその合意内容を完全に実現すべきことは、契約の拘束力に由来する点で他の契約と変わるところはない。しかし、契約の遵守がすべての契約にあてはまり、したがって、贈与者がその債務を形式的にも履行しない場合に、受贈者は贈与者に対して履行請求をできるのは当然であるとしても、贈与契約が無償契約であること、そして、無償で利益を受ける受贈者の保護されるべき期待は、有償契約におけるそれと同じではないことを考慮するならば、贈与者が債務を履行しない場合の損害賠償責任、あるいは、贈与者が瑕疵のある物を給付した場合の債務不履行責任について、売買契約のような有償契約と同じ責任を贈与者に課すのは妥当ではない。具体的には、贈与者が債務を履行できない場合については、有償契約の場合よりもより広く免責事由を認めることによって、債務を履行しなかった贈与者の責任を限定することが必要である。
比較法的にみても、贈与者の担保責任を免除するものが多い。そのほか、イタリア民法典のように、追奪担保(797 条)や物の瑕疵(798 条)について原則として贈与者を免責するほか、不履行または履行の遅滞についても、悪意または重過失の場合にのみ贈与者に責任を負わせる
(789 条)立法例もある。
⑥ そこで、本提案では、贈与者は財産権を移転する義務を負い、贈与者がそれを形式的にも履行しない場合には、受贈者は履行請求をすることができるが、履行に代わる損害賠償および、履行が履行期になされなかったことにより受贈者に生じた損害の賠償については、贈与の無償性から、贈与者は原則として免責されるものとする。しかしながら、贈与者が故意または重過失により債務を履行しなかった場合にまで免責される理由はないので、贈与者は、故意または重過失によって債務を履行しなかった場合に限り、受贈者に生じた損害を賠償すべき義務を負う(後掲【II-11-9】参照)。ここで、故意または重過失という表現を用い、義務違反という用語を用いないのは,ここで問題となっているのが,契約不履行責任の免責事由ではなく,贈与について、債務不履行責任の免責が阻却される事由だからであることには、留意する必要があります。
⑦ 現行民法においても、担保責任については 551 条により贈与者については免責されるのが原則である。贈与者の責任軽減を認める点で本条の考え方は維持されるべきであるが、その準則は、担保責任を債務不履行責任に再編する改正案に整合的に整理される必要がある(後掲
【II-11-10】および【II-11-11】参照)。
そのほか、以下では、贈与におけるこれらの特徴から、贈与について特別の規定を設ける必要があると考えられるものについて、検討を行う。
ところで、現行民法は、遺贈については、遺贈義務者に贈与者と異なる責任を認めている。すなわち、遺贈者が相続財産に属さない権利をとくに遺贈の目的としたときは、それが特定物の場合は、目的物が遺言者の死亡時に相続財産に属していなかったとき、遺贈は効力を生じないが(996 条本文)、目的物が不特定物のときは、遺贈義務者はその権利を取得して受贈者に移転しなければならない(997 条)。不特定物の遺贈については、目的物の追奪につき遺贈義務者は売主と同じ責任を負い、目的物に瑕疵があったときは、瑕疵のない物を引き渡さなければならない(998 条 2 項)。同様に、遺贈の目的である不特定物が追奪された場合、遺贈義務者は売主と同様の担保責任を負う(998 条 1 項)。他方、遺贈の目的である物又は権利が遺言者の死亡時に第三者の権利の目的であったとき、受遺者は遺贈義務者にその権利の消滅を請求できない(1000 条)。その理由は、特定物の遺贈においては、受遺者は、遺贈が効力を生じた時の現状においてその目的物の権利を取得する原則によると説明されている22。
⑨ 同じ無償行為である贈与と遺贈との間に存在するこの相違について、起草者の見解は明らかではない23。遺贈に限っていえば、起草者は、種類債権一般の原則がそのまま適用になると考えていたようである。学説にも、追奪の場合に代物請求を認めるべきであるとの主張が有力
22 上野・新版注釈民法 28 巻 249 頁など。
23 たとえば、梅は、物に瑕疵がある場合につき、551 条が適用になるのは特定物に限られ、不特定物については、贈与であっても、遺贈であっても、米 100 石をやろうといえば相当の米を 100 石やろうというので、虫食いであれば代物請求ができるかのように述べている。
である24。また、学説には、贈与についても、551 条の規定は特定物を目的とする贈与に適用が限定され、不特定物については、贈与の場合も遺贈と同じ結論が導かれるとする学説もある。これらの学説には、遺贈と贈与を通じて、不特定物については債務不履行、特定物については担保責任として代物請求を阻止するという考え方が垣間見られる。
しかし、このような考え方は、今回の改正の方向性とは必ずしも整合的ではない。
⑩ 一方、551 条を特定物にも不特定物にも適用するとする見解は、遺贈の場合との結論の相違について言及していない。
現行民法における贈与と遺贈を比較すると、契約か単独行為かという違いのほか、まず、遺贈は贈与と異なり、一定の形式を備えた書面によっておこなわれるべきことを要件としており、その意味で、贈与よりも厳粛な形式でなされた確固たる意思表示に支えられている点で、贈与とは異なる。
また、遺贈の場合、その履行をするのは相続人であることが多く、相続人は、相続財産をめぐって受遺者と利益が対立する立場にある。そのため、遺贈義務者に目的物の選定についてイニシアティヴを与えたり、瑕疵について免責することは、受遺者の利益を不当に害するおそれがあることを考慮する必要がある。
したがって、贈与と遺贈とにつき、これらの違いに留意して扱いをことにすることも考えられないわけではない。いずれにしろ、現在の民法改正の方向性は、必ずしも現行民法の遺贈の規定と整合的ではない部分もあるので、以下の検討に際しては、遺贈との整合性については、さしあたり考慮の外におくことにする。
2 贈与者の権利移転義務等
【II-11-6】
贈与者の権利移転義務、引渡義務、対抗要件を備える義務などに関する明文の規定はおかない。
〔関連提案〕【II-8-2】、【II-8-3】、【II-8-42】
提案要旨
贈与者が財産権移転義務を負うことは、【II-11-1】から明らかであり、贈与の目的物が有体物である場合には、贈与者が所有権移転義務を負うことは、受贈者がその所有権を現実に享受することができるよう、贈与者は目的物の引渡義務を負うことにつながる。同様に、目的物の権利移転について対抗要件の具備が必要な場合には、贈与者は、受贈者が権利を第三者にも対抗できるよう、対抗要件を具備させる義務を負うことも、贈与者の権利移転義務から導くことが
24 高木・口述相続法 491 頁、鈴木・相続法[改訂版]124 頁など。
できる。
この点、売買に関しては、定義規定の他に、売主の権利移転義務(【II-8-2】)、対抗要件を備える義務(【II-8-3】)、引渡義務(【II-8-42】)を定める規定がそれぞれおかれる予定である。これは、売買においては、売主がこれらの義務を負うことを明確にする必要があり、実際にも、義務違反の有無およびその効果が問題となることが多い。
これに対して、贈与においては、贈与者はこれらの義務を負うことは共通するが、贈与者が義務を履行しない場合の効果については、受贈者はその履行を請求できるものの、贈与者の債務不履行を理由とする損害賠償については故意または重過失の場合を除き、免責される。実際にも、贈与者がいかなる義務を負うかが争われることは少ない。
このように、贈与については、売買の場合のように、売買の定義とは別に、これらの義務の存在について明文の規定をおく必要は少ない。したがって、贈与については、これらの規定を別に設けることはしないものとする。
【解説】
提案要旨におなじ。
3 贈与の目的
【II-11-7】贈与の目的
贈与の目的物が種類のみによって指定されたときは、贈与者が給付すべき物を指定することができる。
〔関連条文〕新設
〔関連提案〕【I-3-5】
提案要旨
【II-11-7】は、種類物を目的とする贈与につき、種類物を債権の目的とした場合に関する提案【I-3-5】25の特則として、贈与者に給付物の指定権を付与するものである。
提案【I-3-5】によれば、種類物を債権の目的とした場合、債務者が契約により指定権を有する場合があることが認められている。このとき、債務者が指定権を行使してその給付すべき物を指定したときは、以後その物が債権の目的物となる。
贈与契約において、契約の内容を決める主導的な役割を果たすのは贈与者であること、贈与
25【I-3-5】債務の目的物の特定
「物の給付を目的とする契約において、目的物を種類のみで指定した場合には、債務者が契約上義務づけられた、物の給付のために必要な行為を完了し、又は債務者が契約上認められている、給付すべき物の指定権を行使したときは、以後その物を債権の目的物とする。」
の無償性およびその恵与的な性格を考慮するならば、契約の性質上、贈与者に目的物を指定する権利を付与し、それにより、贈与者が目的物を指定した後はその物を贈与の目的とするのが適切である。このことは、贈与の通常の当事者の意思にも合致している。
そこで、契約によって認められていると否とを問わず、種類物が贈与の目的とされた場合、債務者である贈与者は目的物を指定することができるとするのが、【II-11-7】である。
【解説】
提案要旨におなじ。
4 贈与者の保管義務
【II-11-8】贈与者の保管義務
贈与者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、目的物を保管する義務を負う。
〔関連条文〕新設
提案要旨
1 財産権の移転を目的とする贈与では、目的物の引渡しまでこれを適切に保管することは、受贈者が合意された内容の給付を受けるために非常に重要である。しかし、贈与は、取引行為 ではなく、しばしば親密な関係において締結される無償契約であるため、当事者が贈与者の保 管義務の有無およびその程度について合意により定めることは少ない。また、贈与が無償契約 であることから、その保管義務は、売主のように有償で財産権移転義務を負う債務者のそれと は注意義務の程度が異なる。したがって、贈与者の保管義務およびその程度を明文で規定する ことは、明示的な合意による規律を期待できない場合の多い贈与契約については必要である。
2 具体的には、贈与契約の締結により目的物の所有権が受贈者に移転するとしても、贈与者は、贈与契約の無償性から、目的物を、善管注意義務ではなく、自己の財産に対するのと同一の注意をもって保管する義務を負うものとする。
「自己の財産に対するのと同一の注意」は、無償寄託に関する民法 659 条に定められている。
「自己の財産に対するのと同一の注意」の意味については、学説上、注意義務の程度について、各人の注意能力を基準として注意義務の程度を考えるか、通常人の注意義務を基準として、退 任の物の保管に要する注意義務ではなく、自己の物の保管に要する注意義務で足りると考える かについて見解が分かれている。この点、少なくとも贈与については、その物が贈与者の財産 であり続けた場合と同様の注意義務以上の注意義務を贈与者に課すことは適切ではなく、他方、無償で目的物の権利移転を受ける受贈者は、贈与者の注意能力が通常人のそれよりも低いこと
のリスクを引渡しまでの間に負担することは、不当とはいえないことから、贈与者その人の注意能力を基準とすべきである。
このことを明示するために、新たな用語を作ることも考えられないではないが、「自己の財産に対するのと同一の注意」の解釈としてもそのように解する学説も主張されているところであり、従来も使われてきた表現を用いるのが適切であると考えられることから、本提案においても、「自己の財産に対するのと同一の注意」という表現を採用することにする。
3 なお、【II-11-8】では、贈与者の保管義務の程度が以上の理由により軽減されており、そ
の結果、贈与者に義務違反があったときは、債務不履行の一般原則に基づき、受贈者は贈与者 に対して損害賠償を請求しうることが前提となっている。言い換えれば、【II-11-9】で前提とされている贈与者の免責は、この場合には適用されない。これを明示する必要があれば、【II-11-8】 (2)として、たとえば、「贈与者が前項の義務に違反した場合、【II-11-9】は適用されない」旨の規定をおくことも考えられる。
【解説】
① 債権総則の規定は贈与にも適用されるという従来の学説によれば、現行民法においては、特定物の引渡しに関する善管注意義務(400 条)は、贈与者にも適用される。しかし、無償契約である贈与にも 400 条を適用して贈与者に善管注意義務を課すことは、贈与者に過大な義務を負わせるものであって適切ではない。無償寄託における受託者の保管義務(659 条)と比較しても均衡を失している。
財産権の移転を目的とする贈与では、目的物の引渡しまでこれを適切に保管することは、受贈者が合意された内容の給付を受けるために非常に重要である。したがって、贈与者には、目的物を保管することが要求されるが、贈与契約の無償性からは、贈与契約における贈与者の目的物の保管における注意義務の程度は、善管注意義務ではなく、自己の財産を適切に保管するために通常必要とされる注意で足りるとすべきである。
② ところで、第 1 準備会の提案【I-3-4】では、現行 400 条は廃止される方向が示されてい
る。それによれば、いかなる場合にいかなる程度の保管義務を負うかは、原則として、契約の内容によることになる。
保管義務の有無およびその程度を、それぞれの契約の趣旨および内容によらせることは、一般的には妥当するとしても、取引行為ではなく、しばしば親密な関係において締結される贈与契約においては、当事者が贈与者の保管義務の有無およびその程度について合意することは期待できない。そこで、有償契約の場合とは異なる贈与者の保管義務の内容につき明文の規定をおくことが、とりわけ明示的な合意による規律を期待できない場合の多い贈与契約については必要である。
したがって、400 条が廃止されるかどうかに関わらず、贈与契約における目的物の保管義務と
して規定をおくこととする。
③ そこで、本提案では、贈与契約の無償性から、贈与者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって目的物を保管する義務を負うものとする。
「自己の財産に対するのと同一の注意」は、無償寄託に関する民法 659 条に定められている。
「自己の財産に対するのと同一の注意」の意味については、学説上、注意義務の程度について、各人の注意能力を基準として注意義務の程度を考えるか、通常人の注意義務を基準として、退 任の物の保管に要する注意義務ではなく、自己の物の保管に要する注意義務で足りると考える かについて見解が分かれている。この点、少なくとも贈与については、その物が贈与者の財産 であり続けた場合と同様の注意義務以上の注意義務を贈与者に課すことは適切ではなく、他方、無償で目的物の権利移転を受ける受贈者は、贈与者の注意能力が通常人のそれよりも低いこと のリスクを引渡しまでの間に負担することは、不当とはいえないことから、贈与者その人の注 意能力を基準とすべきである。
④ そこで、このことを示すために、新たな用語を作ることも考えられないではないが、「自己の財産に対するのと同一の注意」の解釈としてもそのように解する学説も主張されているところであり、従来も使われてきた表現を用いるのが適切であると考えられることから、本提案においても、「自己の財産に対するのと同一の注意」という表現を採用することにする。
⑤ なお、【II-11-8】では、贈与者の保管義務の程度が以上の理由により軽減されており、そ
の結果、贈与者に義務違反があったときは、債務不履行の一般原則に基づき、受贈者は贈与者 に対して損害賠償を請求しうることが前提となっている。言い換えれば、【II-11-9】で前提とされている贈与者の免責は、この場合には適用されない。これを明示する必要があれば、【II-11-8】 (2)として、たとえば、「贈与者が前項の義務に違反した場合、【II-11-9】は適用されない」旨の規定をおくことも考えられる。
5 贈与者の債務不履行を理由とする損害賠償義務
【II-11-9】贈与の債務不履行を理由とする損害賠償
受贈者は、贈与者の債務不履行がその故意または重過失による場合に限り、贈与者に対し、債務不履行によって生じた損害の賠償を請求することができる。
〔関連条文〕新設
〔関連提案〕【I-7-1】26、【I-7-1-1】(2)
提案要旨
1 贈与者は、贈与契約により、財産権を受贈者に移転する義務を負い、贈与契約も契約である以上、その債務が履行されるべきことは他の契約と変わるところがない。したがって、受贈者が贈与を履行しない場合、受贈者は贈与者に対し、一般原則(【I-4-4】)に従って履行請求を
26 【I-7-1】(債務不履行を理由とする損害賠償)
「債権者は、債務者に対し、債務不履行によって生じた損害の賠償を請求することができる。」
することができる。ただし、形式的に履行はされたが、目的物に瑕疵があった場合については、贈与の無償性を理由に免責が認められることについては、【II-11-11】を参照。
2 しかし、無償契約である贈与の当事者の通常の意思として、贈与者は、目的物を契約内容に従って給付できないリスクをすべて引き受けているわけではなく、また、贈与者にそのリスクをすべて負担させることが合理的とはいえない。そして、売買など、当事者が合理的な計算に基づいて行う契約においては、契約によって当事者がどのようなリスクを引き受けていたかは、当該契約の解釈によって決まることが多いが、贈与については、当事者の意思は明瞭ではないことも多い。
そこで、贈与に関しては、贈与者は契約内容にしたがった給付を行うべき義務が履行されなかった場合の損害賠償義務につき、贈与者を原則として免責するのが妥当である。
しかしながら、贈与者が故意または重過失により債務を履行しなかった場合まで、贈与者を免責すべきではない。
そこで、本提案では、贈与者の債務不履行が贈与者の故意または重過失による場合に限り、受贈者は、贈与者に対して損害賠償請求をなしうるものとする。このことは、贈与者が瑕疵ある目的物を給付した場合の損害賠償義務(【II-11-11】)についても、共通する。
重過失という用語を用いるのは、ここでは、債務を履行しない債務者の故意と同視すべき主観的態様を問題としているからである。
3 もちろん、これは任意規定であるから、当事者が特段の合意により、贈与者に契約の一般原則と同様の責任を負わせる旨定めていた場合には、それによる。
【解説】
① 贈与者は、贈与契約により、財産権を受贈者に移転する義務を負い、贈与契約も契約である以上、その債務が履行されるべきことは他の契約と変わるところがない。したがって、受贈者が贈与を履行しない場合、受贈者は贈与者に対し、一般原則(【I-4-4】)に従って履行請求をすることができる。ただし、形式的に履行はされたが、目的物に瑕疵があった場合については、贈与の無償性を理由に免責が認められることについては、【II-11-11】を参照。
② しかし、無償契約である贈与の当事者の通常の意思として、贈与者は、目的物を契約内容に従って給付できないリスクをすべて引き受けているわけではなく、また、贈与者にそのリスクをすべて負担させることが合理的とはいえない。
たとえば、介護施設への入居が決まった A が、その子 B に、A が現在居住している家屋を贈
与する契約を書面で締結し、介護施設への入居時期などを考えて契約から 1 ヶ月後にその家屋を明け渡すことに合意していたが、諸手続に意外に時間がかかったため、履行期に目的物を Bに明け渡さすことができなくなった場合に、B がA に対して家屋を引き渡すよう請求できるが、 B は A に対して履行遅滞に基づく損害賠償をなしうるとするのは、贈与者に過大な責任を負わせるものであって、政策的にも、無償契約の活用を抑制する効果がある。
この点、売買など、当事者が合理的な計算に基づいて行う契約においては、契約によって当 事者がどのようなリスクを引き受けていたかは、当該契約の解釈によって決まることが多いが、贈与については、当事者の意思は明瞭ではないことも多い。
そこで、贈与に関しては、贈与者は契約内容にしたがった給付を行うべき義務が履行されなかった場合の損害賠償義務につき、贈与者を原則として免責するのが妥当である。
しかしながら、贈与者が故意または重大な義務違反により債務を履行しなかった場合まで、贈与者を免責すべきではない。
③ そこで、本提案では、贈与者の債務不履行が贈与者の故意または重過失による場合に限り、受贈者は、贈与者に対して損害賠償請求をなしうるものとする。このことは、贈与者が瑕疵ある目的物を給付した場合の損害賠償義務(【II-11-11】)についても、共通する。重過失という用語を用いるのは、ここでは、債務を履行しない債務者の故意と同視すべき主観的態様を問題としているからである。
同様の他の立法例として、イタリア民法典 789 条が、贈与の不履行および履行の遅滞について、悪意または重過失の場合にのみ贈与者に責任を負わせている。
④ もちろん、これは任意規定であるから、当事者が特段の合意により、贈与者に契約の一般原則と同様の責任を負わせる旨定めていた場合には、それによる。
⑤ ところで、目的物の財産権以上の出捐を引き受けていないのが贈与者の通常の意思であり、受贈者もそれ以上の期待をもつべきではないとすれば、A が贈与を履行しない場合の履行請求権の強制履行の方法にも、一定の影響は及びうる。たとえば、種類物の贈与契約を締結した贈与者が、故意または重過失によらずに種類物の引渡しを行わなかった場合、受贈者が、間接強制を用いることができるかどうかが問題となりうる。故意または重過失による債務不履行の場合を除き、贈与者に目的物である権利の移転以上の負担を負わせるべきではないとする本提案の立場からすれば、このような場合に間接強制を否定する余地もあろう。
6 他人の財産権の贈与
【II-11-10】他人の財産権の贈与
(1) 他人の財産権を目的とする贈与において、贈与者は、その財産権を自ら取得したときに限り、それを受贈者に移転する義務を負う。ただし、贈与者がその財産権を取得すべきことが合意されたときは、このかぎりでない。
(2) 前項本文の場合において、受贈者は、贈与契約が効力を生じた後、贈与の目的である財産を贈与者が取得するまでは、贈与を解除することができる。
〔関連条文〕新設
提案要旨
1 他人の財産権の贈与については、他人物売買の売主と異なり、贈与者は目的とされた財産権を他人から取得する義務を負わないのを原則とする。
他人の財産権が贈与の目的とされることは、贈与者が目的物の財産権が自己に帰属すると思っていたところ、そうではなかった場合に典型的に生じる。このとき、贈与者に目的物の財産権を取得すべき義務を負わせるのは、贈与の無償性からして過大な負担を負わせることになって適切ではない。もちろん、贈与者の意思表示について錯誤が成立する余地はあるが、むしろ、贈与の無償性およびその恵与的性格、さらに、贈与の無償性から導かれる、受贈者のもつべき期待の程度を考慮すると、一般的に、他人物の贈与については、贈与者の自己取得義務を否定するのが適切である。
2 その一方で、他人の財産を贈与する契約も有効であることに変わりがない。したがって、
贈与者は、他人から目的物の所有権移転を受けたときは、それを贈与者に引き渡さなければならない。そこで、本提案では、原則として、他人の財産権が贈与の目的とされた場合、贈与者は自らその権利を取得する義務は負わないが、自らその権利を取得した場合には、それを受贈者に移転する義務を負うものとする(【II-11-10】(1)本文)。
3 もちろん、本提案によっても、贈与者が他人物を取得して受贈者に無償で引き渡すべきことをとくに合意していた場合は、通常の贈与者の債務に加えて、目的物を取得する義務を贈与者に課した契約となる(【II-11-10】(1)ただし書き)。実際には、種類物の贈与については、贈与者が調達義務を負う合意がなされたと解される場合が多いであろうと考えられる。
4 もっとも、他人の財産権が贈与の目的とされた場合に、贈与者が自己取得義務を負わないとすると、受贈者の法的地位を非常に不安定にする。このことは、とりわけ、負担付贈与において問題となる。また、通常の贈与においても、受贈者は、贈与者が目的物を調達するかどうか分からないのであれば、他から同様の物を調達したいと思う場合にも、贈与者との関係が浮動的なままでは、不都合である。
そこで、他人の財産権が贈与の目的とされた場合において、贈与者がその権利の調達義務を負わないときは、受贈者は、契約が効力を生じた後贈与者がその財産権を取得するまでは、書
面による場合でも贈与契約を解除できるものとする(【II-11-10】(2))。これは、不安定な地位から解放するために受贈者に認められる解除権である。
なお、このように、債務者に債務履行がない場合であっても、債権者に契約からの離脱を肯定すべき局面は、ほかにもありうる。したがって、そのような場合についてより包括的に規定するか、それとも、個別に【II-11-10】(2)として規定するのかは、今後の検討による。
【解説】
① 他人の財産が贈与の目的とされた場合、贈与者は、それを自ら取得して受贈者に移転する義務を負うか。売買契約においては、他人物の売主は目的物を他人から取得して買主に移転する義務を負うが、贈与についてはどうか。
② 贈与であっても、贈与者は目的物を受贈者に移転させることに合意した以上、贈与者は受贈者に財産の移転義務を負うとする考え方もありうる。このような考え方によれば、贈与者の義務は財産の移転義務である点で売主の義務と基本的には変わらず、売買と贈与の違いは、対価の有無であり、贈与は無償で財産を受贈者に取得させることにその典型性が求められる。したがって、贈与の対象が売主に帰属しているかどうか、さらには自己の財産として移転するかどうかは重要ではない。
③ しかし、贈与の無償性および、そこから導かれる受贈者が給付を受けることに対する期待の保護の必要性が売買とは異なること、ならびに贈与の恵与的性格を考えるならば、贈与契約における贈与者の義務を売主と同一とすべきではない。
他人の財産権が贈与の目的とされる場合の典型例は、贈与者が目的物の財産権が自己に帰属すると思っていたところ、そうではなかったという例である。このとき、贈与者に目的物の財産権を取得すべき義務を負わせるのは、贈与の無償性からして過大な負担を負わせることになって適切ではない。もちろん、贈与者の意思表示について錯誤が成立する余地はあるが、むしろ、贈与の無償性およびその恵与的性格、さらに、贈与の無償性から導かれる、受贈者のもつべき期待の程度を考慮すると、一般的に、他人物の贈与については、贈与者の自己取得義務を否定するのが適切である。
④ そこで、本提案は、贈与者が受贈者に対して負うのは、特段の合意のない限り、目的となる財産権を自分から相手方に移転することにとどまるとする(【II-11-10】(1)本文)。それによれば、贈与者が他人から目的物の所有権移転を受けたときは、それを贈与者に移転しなければならないという意味で、他人物の贈与も無効ではないが、贈与者は他人から目的物の所有権を取得する義務は負わない。言い換えれば、贈与者は、他人から目的物の所有権移転を受けたときにかぎって、それを贈与者に移転する義務を負う。
⑤ もちろん、本提案によっても、贈与者が他人物を取得して受贈者に無償で引き渡すべきことをとくに合意していた場合は、通常の贈与者の債務に加えて、目的物を取得する義務を贈与者に課した契約となる(【II-11-10】(1)ただし書き)。実際には、不特定物の贈与については、贈与者が調達義務を負ったと解される場合が多いであろう。
しかし、贈与者が他人物であることにつき悪意であっても、それだけでは、自己取得義務は
課されない。他人の物を取得すべきことが合意の内容とされない限りはなお債務の内容とならないのであるから、贈与者が悪意であるだけでは目的物を受贈者に移転できなくても債務不履行にはならない。他方、現行民法 551 条ただし書きのように、他人の物であること知りつつそれを受贈者に告げないことから、ただちに、贈与者に目的物の権利を受贈者に移転すべき特別の法的責任を認めることには、論理的にも、実際的も、疑問がある。
⑥ もっとも、他人の財産権が贈与の目的とされた場合に、贈与者が自己取得義務を負わないとすると、受贈者の法的地位を非常に不安定にする。このことは、とりわけ、負担付贈与において問題となる。また、通常の贈与においても、受贈者は、贈与者が目的物を調達するかどうか分からないのであれば、他から同様の物を調達したいと思う場合にも、贈与者との関係が浮動的なままでは、不都合である。
そこで、他人の財産権が贈与の目的とされた場合において、贈与者がその権利の調達義務を負わないときは、受贈者は、契約が効力を生じた後贈与者がその財産権を取得するまでは、書面による場合でも贈与契約を解除できるものとする(【II-11-10】(2))。これは、不安定な地位から解放するために受贈者に認められる解除権である。
なお、このように、債務者に債務履行がない場合であっても、債権者に契約からの離脱を肯定すべき局面は、ほかにもありうる。したがって、そのような場合についてより包括的に規定するか、それとも、個別に【II-11-10】(2)として規定するのかは、今後、さらに検討する必要があろう。
7 目的物に瑕疵があるときの贈与者の責任
【II-11-11】目的物に瑕疵があるときの贈与者の責任民法 551 条をつぎのようにあらためる。
(1) 受贈者に給付された目的物に瑕疵があったときは、贈与者が目的物の瑕疵を知りながらそれを受贈者に告げずに引き渡した場合に限り、受贈者には以下の救済手段が認められるものとする。
1 瑕疵のない物の履行請求(代物請求、修補請求等による追完請求)
2 契約解除
3 損害賠償請求
(2) 【II-8-27】(a)ないし(c)、および(g)は、前項の場合にこれを準用する。
〔関連条文〕民法 551 条
〔関連提案〕【II-8-24】、【II-8-27】
提案要旨
1 贈与の担保責任について、現行民法 551 条は、贈与者は、贈与の目的である物または権利の瑕疵または不存在について責任を負わないことを原則とする。そのうえで、贈与者が知りながら受贈者に告げなかった瑕疵については、例外的に贈与者の責任を認めている。
現行民法の準則は、贈与の無償性から、担保責任を債務不履行と構成する改正案のもとでも、基本的に維持されるべきである。
2 担保責任を債務不履行責任と構成する改正提案のもとでは、551 条の準則は、次のように整理される。
まず、贈与も契約である以上、贈与者は契約の内容にしたがって、目的物の財産権を受贈者に移転する義務を負う。しかし、贈与が無償契約であることを考えれば、贈与者契約で定められた数量の目的物を受贈者に引き渡すことにより形式的に債務を履行したときは、目的物に瑕疵があったとしても、贈与者は債務不履行に基づく責任を免れるとすべきであるが、免責は、贈与者が故意またはこれと同視すべき重過失により債務を履行しなかった場合にまで及ぶべきではない。
これを目的物に瑕疵があった場合にあてはめると、贈与者が瑕疵の存在を知りつつ故意に瑕疵のある物を受贈者に給付した場合および、贈与者に、これと同視できるような重過失、すなわち、瑕疵の存在を知りつつそれを受贈者に告げることを怠った場合には、贈与者を免責すべきではない。無償契約であっても、故意またはこれと同視すべき態様で債務を履行しないことは、信義誠実の原則からして許されないからである。そして、瑕疵の存在を知っていた贈与者が受贈者にそれを告げることを失念していたとしても、これを引渡し時までに受贈者に告げずに目的物を給付することは、故意に瑕疵ある物を給付するのと同視すべき重過失があるといえ
る。受贈者にとっては、いくら無償契約とはいえ、契約に適合しない物を押しつけられるいわれはなく、贈与者が、瑕疵を知りながらそれを告げずに、受贈者が目的物をそれでも受け取るかどうか選択する機会を奪うことは、許されない。
以上のように、【II-11-11】では、551 条同様、贈与者は目的物の瑕疵について責任を負わな
いことを原則とする。551 条ただし書きについても結論は同じであり、それは、担保責任を債務不履行責任と構成する改正案においては、贈与者の債務不履行責任が免責されない場合と位置づけられる。すなわち、贈与者が瑕疵を知りながらそれを受贈者に告げずに瑕疵ある物を給付したときは、贈与者があえて告げなかった場合には故意の債務不履行として、また、そうではなくてもそれと同視すべき重過失があったものとして、債務不履行責任の免責は排除される。
3 「瑕疵」の定義については、売買に関する【II-8-24】27が贈与にもあてはまるものとする。そして、瑕疵にあたるかどうかの判断に際しては、当該契約が贈与契約であることも、【II-8-24】の「契約の趣旨」として考慮される。
4 贈与者に対する債務不履行責任の免責が排除された場合、受贈者に与えられる救済手段は
、債務不履行の一般理論による。具体的には、瑕疵のない物の履行請求(代物請求、修補請求等による追完請求)、契約解除、および損害賠償請求である。救済手段の相互の関係については、売買に関する【II-8-27】28が贈与にも準用されるものとする。
5 ところで、現行民法 551 条 2 項は、負担付贈与について、贈与者は負担の限度において、売主と同じ担保責任を負う旨定める。同項の趣旨は、必ずしも明確でないが、贈与によって受贈者に損害を与えるべきではないという贈与の無償性にあり、贈与者の債務と受贈者の負担との対価関係を認めたものではないとされている。そうだとすれば、同じことは、目的物に瑕疵があった場合に限らず、一般的に、受贈者が受ける利益の価額と負担の価額との関係について問題になるはずである。学説においても、出捐の価額が負担の価額に満たないすべての場合に同項を類推適用すべきであるといわれている。
そこで、本提案では、その旨の規定を負担付贈与について定めるとともに(後掲【II-11-14】)、
551 条 2 項はこれを削除する。
27 【II-8-24】
「目的物の瑕疵とは、目的物が備えるべき性能・品質・数量を備えていない場合等、目的物が、契約当事者の合意または契約の趣旨に照らしてあるべき状態と一致していない状態にあることをいう。」
28 【II-8-27】
各救済手段の認められる要件と相互の関係は、以下のとおりとする。
(a) (1)の代物請求は、目的物の性質に反する場合には認められない。
(b) (1)の修補請求は、修補に過分の費用が必要となる場合には認められない。
(c) (1)において、代物請求と修補請求のいずれも可能である場合、買主はその意思にしたがって、いずれの権利を行使するかを選択することができる。
この場合において、買主の修補請求に対し、売主は代物を給付することによって修補を免れることができる。
また、買主の代物請求に対し、瑕疵の程度が軽微であり、修補が容易であり、かつ、修補が相当期間内に可能である場合には、修補をこの期間内に行うことによって代物給付を免れることができる。
(g) (1)の追完請求が可能な場合、(4)の救済手段は、買主が相当期間を定めて(1)の追完請求をし、その期間が徒過したときに行使することができる。ただし、期間が徒過したときは、売主は追完請求の時点から損害賠償債務について遅滞に陥るものとする。
【解説】
① 贈与も契約であるから、贈与者は、合意をした以上はその合意内容を完全に実現すべきことは、契約の拘束力から導かれる、他の契約と同じ原則である。
② しかし、契約の遵守がすべての契約にあてはまるとしても、贈与契約には、すでに述べたような特有の要素があることも否定できない。すなわち、贈与の無償性のほか、とりわけ、贈与契約においては、贈与者はある財貨を受贈者に移転することを合意し、そのことによる自らの出捐を引き受けてはいるが、契約により贈与者が想定しているのは、目的物とされた物の移転であって、その目的物に瑕疵があった場合にもそれを越えてさらに出捐する可能性を引き受けていないのが通常であり、無償の出捐についてそれ以上の責任を課すべきではないこと、また、無償の出捐行為について、契約の遵守を理由に有償契約と同じ責任を課すことは、無償行為を行うインセンティヴを減少させる点で政策的観点からも望ましくないことを考慮する必要がある。
③ 現行民法もまた、贈与者の担保責任(551 条)を有償契約の場合と比較して相当に軽減し
ている。551 条の起草理由について、起草者(穂積陳重)は、代価の支払いがない贈与においては、贈与者は「夫レ丈ケノモノヲヤルト云フノデアツテ」相手方も「夫レダケノモノヲ貰ウト思フベキガ当リ前デアリマスカラ夫故ニ権利ノ瑕疵又ハ物ノ瑕疵ニ付テハ其責ニ贈与者ハ任ゼヌト云フコトニスルノガ正当」であり、これは「贈与の性質」から導かれると述べている29。起草者は、無償契約における贈与者の意思および受贈者のもつべき期待から、贈与者の担保責任を否定したことがわかる。
④ 瑕疵の存在を知っていた贈与者がその瑕疵を告げるべきことは、現行民法 551 条ただし書きも前提としている。もっとも、551 条ただし書きの解釈について、学説は区々に分かれている。民法の起草者は、贈与の担保責任として、物の瑕疵によってかえって受贈者の人身や財産に損傷を惹起した場合が想定されるとした上で、そのような損害について、贈与者が悪意の場合にのみ責任を負い、単なる過失では責任を負わないのが 551 条ただし書きの趣旨であるとしている。学説にも、起草者と同様、551 条は、受贈者の身体・財産などに損害を与えた場合の規定であると解し、目的物が特定物か不特定物かによって結論は異ならないとする見解が見られる30。
⑤ そのほか、551 条本文の適用範囲についても、学説の見解は分かれている。伝統的な通説は、これを特定物に限定し、不特定物の贈与においては、贈与者は、権利の瑕疵、物の瑕疵のない物を引き渡すべき義務があるとする。それによれば、不特定物については、贈与の場合も遺贈と同じ結論が導かれる。これに対して、担保責任を債務不履行責任とする見解によれば、不特定物にも 551 条が適用されるが、贈与者が瑕疵の存在を知って告げなかった場合にのみ贈与者が担保責任を負う理由は、必ずしも明確に説明されていない。
④ 贈与の無償性に基礎づけられた現行民法の準則は、担保責任を債務不履行と構成する改
29第 81 回法典調査会
30 来栖 240 頁、三宅(上)35 頁、新版注釈民法[柚木・松川]54 頁。
正案のもとでも、基本的に維持されるべきである。そして、担保責任を債務不履行と構成する改正提案のもとで、551 条の結論は、次のように説明することができる。
⑤ まず、贈与も契約である以上、贈与者は合意された内容通りの給付をなすべき義務を負う。したがって、目的物に瑕疵があった場合には、それは債務を履行したとはいえない。もっとも、瑕疵があるかどうかの判断に際しては、贈与契約における当事者の意思を十分に考慮する必要がある。すなわち、「瑕疵」の定義については、売買に関する【II-8-24】31が贈与にもあてはまるが、当該契約が贈与契約であることも、【II-8-24】の「契約の趣旨」として考慮される。また、贈与契約においては、契約の内容確定について主導的な役割を果たすのは贈与者であることに留意して贈与契約の解釈がなされる必要がある。
たとえば、贈与者が特定物を贈与の目的とした場合、贈与者がその物をあるがままの状態で給付する義務を負うにとどまるというのが贈与契約における当事者の通常の意思であると考えられる。そのような場合には、贈与者は、その特定物を特定の性質を有するものとして贈与契約の目的物をしない限り、目的物をあるがままの状態で受贈者に引き渡せば、債務を履行したことになる。
また、目的物が種類物の場合は、当事者の通常の意思は、当該種類物の性質・品質・数量を備えた物を給付することであるが、たとえば、下の例 2 の場合に、C 社製のプロジェクターであることは、一流メーカーの製品としての例示である場合もあり、その場合には、D 社も C 社に劣らない一流メーカーであって、引き渡された D 社製のプロジェクターがC 社製の製品と同等の性質を有する場合には、A には、債務不履行はないといえる。
そのほか、贈与者が贈与の目的物を移転する債務を負うに際して、その履行についてどれだけのリスクを引き受けていたか、他方、受贈者が所有権移転債務の履行について抱く期待がどの程度保護されるべきかについては、その無償性および恵与的な性格から、有償契約である売買とは異なる。贈与者は、売買における売主が通常引き受けるリスクを引き受けていないことも多く、また、受贈者にとって目的物の履行を受ける期待も買主と同程度に保護されるべきであるとはいえないことは少なくないと解される。いずれにしても、贈与者は、契約の内容に従って定められた目的物の権利を受贈者に移転する義務を負う。
⑥ そのうえで、贈与者の債務が履行されない場合の贈与者の責任について、これまで述べたことを前提として、具体的に検討する。以下の 3 つの例においては、A は債務を履行していない(例 2 について、贈与契約の解釈によっては、債務を履行したといえる場合があることは、上に述べたとおり。他の例についても、解釈の余地がある。)。
例 1 A は、自分の母校 B に、プロジェクターを 20 台贈与する契約を締結したが、10 台しか引き渡していない。
例 2 A は、自分の母校 B に、C 社製のプロジェクター20 台を贈与する契約を締結したが、実際に引き渡されたのはD 社製のプロジェクター20 台であった。
31 【II-8-24】
「目的物の瑕疵とは、目的物が備えるべき性能・品質・数量を備えていない場合等、目的物が、契約当事者の合意または契約の趣旨に照らしてあるべき状態と一致していない状態にあることをいう。」
例 3 A は、自分の母校 B に、C 社製のプロジェクターを 20 台贈与する契約を締結し、実際に C 社製のプロジェクターが 20 台引き渡された。しかし、そのうちの 3 台は、重要な部品が足りないため、機能しなかった。
⑦ このうち、まず、例 1 では、贈与者は自ら引き受けた出捐を超えないにもかかわらず、贈与で合意された目的物の履行を形式的にも履行していない。この場合には、【I-4-4】の一般原則にしたがって、受贈者は贈与者に贈与の履行を請求することができる。したがって、例 1 において、受贈者 B は、贈与者 A に対して、履行されていないプロジェクター10 台を引き渡すよう請求することができる。
これに対して、例 2 および例 3 においては、形式的には債務の履行がなされている。このような場合には、不完全であれ、形式的には履行がなされている債務について、瑕疵があるとはいえ給付を行った贈与者 A に対して、つねに追完請求を認めるのは、贈与契約の無償性および、贈与者は自ら予定していた以上の出捐を引き受けていないのが贈与契約における当事者の通常の意思であることから、過大である。むしろ、贈与者が当該種類物の性質・品質・数量を備えた物を給付しなかった場合であっても、贈与の無償性から、形式的に債務を履行した贈与者には、広く免責が認められてしかるべきである。
したがって、【II-11-11】(1)では、これらの場合、贈与者は債務を履行しているとはいえないが、債務不履行を理由とする責任は負わないものとする。
⑨ しかしながら、例外的に、贈与者が故意または重過失により債務を履行しなかった場合にまで、免責を認めるべきではない。
これを目的物に瑕疵があった場合にあてはめると、贈与者が故意に瑕疵のある物を受贈者に給付した場合および、故意と同視できる態様である重過失により瑕疵ある物を受贈者に給付した場合には、贈与者の債務不履行を免責すべきではない。無償契約であっても、故意またはこれと同視すべき態様で債務を履行しないことは、信義誠実の原則からして許されないからである。この点、贈与者が瑕疵の存在を知りながらあえてこれを給付するのは故意による債務不履行であり、また、瑕疵を知っていた贈与者が受贈者にそれを告げることを失念していたとすれば、これを引渡時までに受贈者に告げずに目的物を給付することは、重過失にあたると考えられる。受贈者にとっては、いくら無償契約とはいえ、契約に適合しない物を押しつけられるいわれはなく、贈与者が、瑕疵を知りながらそれを告げずに、受贈者が目的物をそれでも受け取るかどうか選択する機会を奪うことは、許されない。
⑩ 以上より、現行民法 551 条同様、贈与者は目的物の瑕疵について責任を負わないことを
原則としつつ、贈与者が瑕疵を知りながらそれを意図的に受贈者に告げなかったときは、贈与者があえて告げることを怠った場合には故意の債務不履行として、また、そうではなくても贈与者が瑕疵を知りつつそれを告げないことは重過失にあたるものとして、結果的に、贈与者が瑕疵を知りながら受贈者に告げていなかった場合には、債務不履行責任の免責を排除するのが
【II-11-11】(1)の趣旨である。
⑪ 債務不履行責任の免責が排除された場合、贈与者に与えられる救済手段には、瑕疵のない物の履行請求(代物請求、修補請求等による追完請求)、契約解除、および損害賠償請求があ
る。救済手段の相互の関係については、売買に関する【II-8-27】が贈与にも準用されるものとする(【II-11-11】(2))。
受贈者に認められる救済手段のうち、損害賠償については、現行民法 551 条 1 項ただし書きでは、瑕疵のある物が給付されたことにより受贈者の身体・財産などに生じた損害の賠償を指すというのが起草者の見解であった。これに対して、担保責任を債務不履行責任と構成する改正案のもとでは、賠償されるべき損害は、債務不履行によって受贈者に生じた損害となる。
⑫ もちろん、贈与者が、必ず合意された内容通りの目的物を引き渡すべき結果を請け負ったときには、【II-11-11】においても、贈与者は追完請求、修補請求にも応じなければならない。
⑬ ところで、現行民法 551 条 2 項は、負担付贈与について、贈与者は負担の限度において、売主と同じ担保責任を負う旨定める。同項の趣旨は、必ずしも明確でないが、贈与によって受贈者に損害を与えるべきではないという贈与の無償性にあり、贈与者の債務と受贈者の負担との対価関係を認めたものではないとされている。そうだとすれば、同じことは、目的物に瑕疵があった場合に限らず、一般的に、受贈者が受ける利益の価額と負担の価額との関係について問題になるはずである。学説においても、出捐の価額が負担の価額に満たないすべての場合に同項を類推適用すべきであるといわれている。
そこで、本提案では、その旨の規定を負担付贈与について定めるとともに(後掲【II-11-14】)、
551 条 2 項はこれを削除する。
8 解除と受贈者の返還義務
【II-11-12】解除と受贈者の返還義務
贈与が解除されたときは、受贈者は、解除時に利益を受けている限度において返還義務を負う。
〔関連条文〕新設
〔関連提案〕【I-8-2】
提案要旨
解除の効果に関する一般原則によれば、契約の一部をすでに履行している当事者は、相手方に対して、原状回復を請求することができる(【I-8-2】(1))。そして、目的物が滅失又は損傷している場合には、当事者は目的物の価額または損傷による減価分については償還義務を負う
(【I-8-2】(3))。
しかし、片務・無償契約である贈与が解除された場合に、贈与者の債務と対価関係に立つ債 務を負わない受贈者に、一般原則と同様の返還義務を負わせるのは、無償で利益を受けること を前提として契約を締結した受贈者に過大な負担を課すものであって妥当ではない。受贈者は、
贈与の目的物の所有権を完全に取得しており、本来、解除がされるまでは目的物を自由に処分する権限を有するのであるから、解除時に受けていた利益の限度で返還義務を負うにとどまると解すべきである。
そこで、その旨を規定するのが、【II-11-12】の趣旨である。
【解説】
① 解除の効果に関する一般原則によれば、契約の一部をすでに履行している当事者は、相手方に対して、原状回復を請求することができる(【I-8-2】(1))。そして、目的物が滅失又は損傷している場合には、当事者は目的物の価額または損傷による減価分については償還義務を負う(【I-8-2】(3))。
② しかし、片務・無償契約である贈与が解除された場合に、贈与者の債務と対価関係に立つ債務を負わない受贈者に、一般原則と同様の返還義務を負わせるのは、無償で利益を受けることを前提として契約を締結した受贈者に過大な負担を課すものであって妥当ではない。むしろ、むしろ、受贈者は、贈与の目的物の所有権を完全に取得しており、本来、解除がされるまでは目的物を自由に処分する権限を有するのであるから、解除時に受けていた利益の限度で返還義務を負うにとどまると考えられる。
そこで、無償契約である贈与が解除された場合には、受贈者は、解除時に受けていた利益の限度で返還義務を負うとするのが、【II-11-12】の趣旨である。
③ なお、解除後に目的物が滅失・損傷した場合については、受贈者は善管注意義務をもって保管しなければならず、その保管義務違反の有無の問題として処理すれば足りる。
VI 定期贈与
【II-11-13】定期贈与の当事者死亡による終了現行 552 条を維持する。
提案要旨
現行民法 552 条は、継続的贈与について、当事者の一方が死亡したときは、相続人はその権利を承継しないことを通常の当事者の意思として定めたものである。使用貸借と同様、定期贈与の継続的効力が、当事者間の特別な人的関係によって支えられていることに基づく現行 522条は、このまま維持するのが適切である。
1 回的給付を目的とする贈与についても、当事者が特別な人的関係に基づいて贈与を行い、その趣旨から、贈与が履行される前に受贈者が死亡した場合に、贈与は相続人に承継されるかど
うかが問題となりうることがないわけではない。しかしながら、1 回的給付を目的とする贈与の場合には、契約の趣旨により相続人への承継を認めるべきかどうかが分かれうるので、本提案では、継続的な贈与についてのみ規定をおくこととし、1 回的な給付を目的とする贈与については、契約の解釈に委ねることとする。
【解説】
① 現行民法 552 条について、民法起草者は、書生の学資など、長期にわたる贈与であるがいつまでと決まっていないことが多いので、その場合には、受贈者が死亡しても相続人は受贈者の権利を相続しないことを明らかにしたとする。その際、そうではない旨合意の内容から決まる場合もあることを前提とした上で、「通常の場合」について決めたという。
本条の適用は終身定期金に限られているわけではなく、継続的贈与について、当事者の一方が死亡したときは、相続人はその権利を承継しないことを通常の当事者の意思として定めたものである。使用貸借と同様、定期贈与の継続的効力が、当事者間の特別な人的関係によって支えられていることに基づく現行 552 条は、このまま維持するのが適切である。
② 1 回的給付を目的とする贈与についても、当事者が特別な人的な関係に基づいて贈与を行い、その趣旨から、贈与が履行される前に受贈者が死亡した場合に、相続人には権利義務が承継されない場合も考えられないわけではない。もっとも、贈与者の死亡については、相続人は、贈与者による贈与契約の締結により、その目的についてはそもそも相続を期待すべきではないから、その効力を否定する必要はない。考えられるのは、贈与契約締結後、その効力が生じる前に受贈者が死亡した場合である。
③ この点、現行民法は、遺贈について、遺言がその効力を生じる以前に受遺者が死亡した場合に遺贈の効力を否定する(994 条)その趣旨は、遺言者は特定の受遺者に向けられているのが通常であることによる。
同じことは、贈与についても妥当しうるが、遺贈と異なり、贈与については、継続的な贈与ではない限り、実際に、贈与契約の締結後その効力発生前に受贈者が死亡することは稀であり、かつ、その場合にも、契約の趣旨はさまざまでありうる。これに対し、死因贈与については、遺贈と同様、贈与契約成立からその効力が生じるまでの間に受贈者が死亡することは十分に考えられるので、死因贈与については、別途、後に検討する。
④ したがって、本提案では、継続的な贈与についてのみ規定をおくこととし、1 回的な給付
を目的とする贈与については、契約の解釈に委ねることとする。
VII 負担付贈与
【II-11-14】負担付贈与
「負担付贈与の受贈者は、贈与によって受けた利益の価額を超えない限度で負担を負う。」
〔関連条文〕民法 551 条 2 項
【II-11-15】
553 条は、削除する。
【II-11-16】贈与者の先履行義務
「負担付贈与の受贈者は、贈与者が受贈者に対して負担の履行を請求したとき、贈与者がその債務を履行していないことを理由に、負担の履行を拒絶することができる。」
〔関連条文〕民法 553 条
提案要旨
1 負担付贈与における負担の性質について、学説は、負担が贈与者の出捐より小さいことを要求しているものの、負担が贈与の目的物の価値を下回る場合を広く負担付贈与とする見解が少なくない。このような見解によれば、負担付贈与は、負担と贈与者の義務とに対価性はあるが、対価の均衡が取れていない契約を広く含みうる。
しかし、負担付贈与を、贈与契約の一類型に位置づけるのであれば、贈与である以上、負担がついていても、全体として片務・無償契約であるといえなければならない。その意味では、負担付贈与において、受贈者が負担を負わなければ贈与はなされなかったという原因関係が存在しても負担付贈与であることを妨げないが、相互の出捐が対価関係にない場合でなければ負担付贈与にはならない。贈与者の財産権移転義務と受贈者の負担が対価関係に立つ場合には、それは贈与ではなく、受贈者の負担が金銭の支払であれば売買、財産権の移転であれば交換、役務の提供であれば、無名契約となる。
したがって、たとえば、家族財産の贈与について、受贈者が贈与者を扶養する、あるいは介護するという負担が付されていた場合であっても、当事者の意思として、双方の債務に対価関係が認められる場合には、贈与とは別の双務・有償契約と構成したうえで、該当する規定を適
用すべきである。
そこで、本提案では、負担が贈与者の債務と対価関係に立たないことを表す意味で、受贈者の債務を「負担」と表現する。負担とは、贈与されたものの使途の制限も含め、広く受贈者が負う債務とする(【II-11-14】)。
2 負担付贈与は、特殊の贈与とはいえ贈与の一類型であり、贈与と負担とは対価関係にないのであるから、負担が贈与によって受贈者が受ける利益を超えることはない。
具体的には、受贈者は、負担の履行前であれば、贈与の価額を超える負担の履行を拒絶することができ、履行後であれば、贈与者に対し、差額につき、不当利得返還請求ができる。
3 負担付贈与が片務・無償契約であることを前提とする本提案においては、つぎに、負担付贈与にその性質に反しない限り双務契約の規定を準用するという現行民法 553 条が適切かどうかが問題となる。
双務契約の負担付贈与への準用については、学説にも、双務契約の規定のうち、双方の債務関係が対価関係に立つことを前提とする規定については、現行法でも「その性質に反しない」とはいえないとして、準用を否定する見解がある。たとえば、同時履行の抗弁権、危険負担がそれにあたるとされている。これに対して、解除については、準用に異論はない。
このうち、改正提案においては、危険負担制度は廃止が予定され、解除については、片務契約も含め、契約からの離脱を認める制度として構想されている。それによれば、負担付贈与についても、贈与者の義務および受贈者の負担のそれぞれについて、解除原因の有無を問題にすればよいことになる。
4 これに対して、同時履行の抗弁権については、受贈者からの贈与の請求に対して、贈与者
が負担との同時履行を主張することは、負担が贈与者の債務と対価関係に立たないことから適切ではないが、逆の場合は、同じではない。というのも、負担付贈与において、受贈者が、贈与を受けられるからこそ負担を負ったという関係にあることは否定できないからである。したがって、受贈者は、特段の合意のない限り、贈与者が自らの債務を履行せずに受贈者に対して負担の履行を請求してきた場合には、贈与者が債務を履行しない限り負担を履行しない旨の抗弁を主張することができる。
5 双務契約の規定の準用が問題となるのは、主として上の 3 つであるが、それ以外に、双務
契約の規定を負担付贈与に適用すべき場合があれば、個別的に準用すれば足り、一般的に準用する規定は負担付贈与の性質に反し、とりわけ、改正提案を前提にすれば、不必要である。
したがって、現行 553 条は削除し、負担付贈与の受贈者による先履行の抗弁を認めるのが、
【II-11-15】および【II-11-16】の趣旨である。
5 負担付贈与において、贈与の履行と負担の履行は対価関係に立たないが、それぞれの債務について、履行がなされなかったときは、債務不履行の一般理論が適用される。
【解説】
1 負担の意義
① 負担付贈与における「負担」は、学説上、一般に、受贈者が負う債務と解されている。
そのほか、少数説として、負担を、受けた利益を一定の目的のために使用する義務を課す贈与契約の付款と解する見解もある32。少数説の考え方は、外国の立法例にもみられる。
② 負担付贈与における「負担」とは何かについては、立法時にも議論されている。たとえば「、これをお前にやるから銭をお前はよこせ」といえば、それは負担付贈与なのか、売買や交換とどのように区別できるか、との質問が横田國臣委員によってなされている。その際、横田は、負担付贈与は、贈与の目的物の使途について負担を設ける場合に限るべきであるといっている。これに対して、梅謙次郎は、1 万円の価値のあるものをやる代わりに月々己れの息子に 10 円の学資をやってくれという場合、これを公債証書にすれば年 5 分の利息が取れるのに、こ
れでは年 1 分 2 厘の利息になるから売買ではなく負担付贈与であると説明している。
これらの例を見ると、現行民法の起草者は、通説と同様、贈与された利益の使用目的を負担と考えていたわけではなく、受贈者が負うあらゆる負担を負担付贈与の負担と理解する立場を採用し、そのうえで、贈与者の出捐と受贈者の出捐との間に対価のバランスが取れていない場合を広く負担付贈与とする考えであったようにもみえる。
③ 負担と贈与された利益との関係について、学説は、負担が贈与者の出捐より小さいことを要求している。これは、負担付贈与に双務契約の規定が適用される(民法 553 条)こととも関係する。では、負担が贈与者の債務の対価となっている場合にも、負担付贈与といえるのかどうか。この点については、負担付贈与における負担の給付には、対価の性質を有すると明言する見解もある33。それによれば、負担は対価であるが、負担付贈与においては、負担が贈与の価値を下回ることを前提とされているという。反対にいえば、負担付贈与における負担は贈与者の債務と対価的な関係に立ち、贈与の目的物の価値を下回れば、負担である。そのほか、対価の性質を有するとまでは云わないまでも、負担が贈与の目的物の価値を下回る場合を広く負担付贈与とする見解は少なくない。このような見解によれば、負担付贈与は、対価性はあるが、対価の均衡が取れていない契約を広く含みうる。
④ しかし、負担付贈与を、贈与契約の一類型に位置づけるのであれば、贈与である以上、負担がついていても、全体として片務・無償契約であるといえなければならない。その意味では、負担付贈与において、受贈者が負担を負わなければ贈与はなされなかったという原因関係が存在しても負担付贈与であることを妨げないが、相互の出捐が対価関係にない場合でなければ負担付贈与にはならない。したがって、債務についても、贈与者の財産権移転義務と受贈者の負担が対価関係に立つ場合には、それは贈与ではなく、受贈者の負担が金銭の支払であれば売買、財産権の移転であれば交換、役務の提供であれば、無名契約となる。
具体的な区別については、物の使用に関して、相場よりもかなり安い賃料を支払っていたとしても、それが当事者の意思によれば物の使用の対価であれば賃貸借であり、対価とはいえない場合には使用貸借であるのと同様のことが、負担付贈与にもあてはまるだろう。
したがって、たとえば、家族財産の贈与について、受贈者が贈与者を扶養する、あるいは介護するという負担が付されていた場合であっても、当事者の意思として、双方の債務に対価関係が認められる場合には、贈与とは別の双務・有償契約と構成したうえで、該当する規定を適
32 来栖・契約法 244 頁。
33三宅『契約法各論上』39 頁。
用すべきである。
⑤ 本提案では、負担が贈与者の債務と対価関係に立たないことを表す意味で、受贈者の債務を「負担」と表現する。
受贈者の負う負担の 1 つの典型は、慈善団体などに対する寄付などにおける、贈与された利
益の使途に関する制限である。そこで、目的物に関する使途の制限を、負担付贈与の 1 つの例として明らかにすることも考えられないわけではない。しかし、使途の制限の場合にも、そうでない場合と同様、受贈者の義務の内容、贈与者の債務との関係などが問題になり、特に、使途の制限につき特別の規定をおく必要はない。
そこで、本提案は、贈与されたものの使途の制限も負担に含めるものとして、負担を、広く受贈者が負う債務とする(【II-11-14】)。
2 贈与者の債務と負担との関係
① 負担付贈与は、特殊の贈与とはいえ贈与の一類型であり、贈与と負担とは対価関係にないのであるから、負担が贈与によって受贈者が受ける利益を超えることはない。
現行民法でも、負担付遺贈について、受遺者は遺贈の目的の価額を超えない限度で債務を負う旨の規定がある(1002 条)。また、比較法的には、イタリア民法 793 条 2 項が、「受贈者は、贈与された物の価額の限度内において、負担につき履行の責に任ずる。」と定めている。
② 受贈者は、贈与契約によって定められた贈与の目的より重い負担を負わないことは当然であるが、たとえば、贈与者が引き渡した目的物に瑕疵があった場合、受贈者は、瑕疵ある目的物の価額でしか負担を履行する義務を負わない。たとえば、A が B に工作機械を贈与し、それで A のためにある部品を作るという負担を B が負ったところ、贈与された工作機械に瑕疵があったため、当該部品を製造できない場合、B は、合意された部品を製作する負担を履行する義務を負わない。
③ 具体的には、受贈者は、負担の履行前であれば、贈与の価額を超える負担の履行を拒絶することができ、履行後であれば、贈与者に対し、差額につき、不当利得返還請求ができる。
④ 負担付贈与が片務・無償契約であることを前提とする本提案においては、つぎに、負担付贈与にその性質に反しない限り双務契約の規定を準用するという現行民法 553 条が適切かどうかが問題となる。
双務契約の負担付贈与への準用については、学説にも、双務契約の規定のうち、双方の債務関係が対価関係に立つことを前提とする規定については、現行法でも「その性質に反しない」とはいえないとして、準用を否定する見解がある。たとえば、同時履行の抗弁権、危険負担がそれにあたるとされている。これに対して、解除については、準用に異論はない。
このうち、改正提案においては、危険負担制度は廃止が予定され、解除については、片務契約も含め、契約からの離脱を認める制度として構想されている。それによれば、負担付贈与についても、贈与者の義務および受贈者の負担のそれぞれについて、解除原因の有無を問題にすればよいことになる。
⑤ これに対して、同時履行の抗弁権については、受贈者からの贈与の請求に対して、贈与者が負担との同時履行を主張することは、負担が贈与者の債務と対価関係に立たないことから
適切ではないが、逆の場合は、同じではない。というのも、負担付贈与において、受贈者が、贈与を受けられるからこそ負担を負ったという関係にあることは否定できないからである。したがって、受贈者は、特段の合意のない限り、贈与者が自らの債務を履行せずに受贈者に対して負担の履行を請求してきた場合には、贈与者が債務を履行しない限り負担を履行しない旨の抗弁を主張することができる。
⑥ 双務契約の規定の準用が問題となるのは、主として上の 3 つであるが、それ以外に、双
務契約の規定を負担付贈与に適用すべき場合があれば、個別的に準用すれば足り、一般的に準用する規定は負担付贈与の性質に反し、とりわけ、改正提案を前提にすれば、不必要である。
したがって、現行 553 条は削除し、負担付贈与の受贈者による先履行の抗弁を認めるのが、
【II-11-15】および【II-11-16】の趣旨である。
VIII 死因贈与
1 死因贈与の成立要件
【II-11-17】死因贈与の成立要件
(1) 死因贈与は、公正証書または自筆証書によってしなければならない。
(2) 自筆証書によって死因贈与をするには、贈与者が、契約内容の全文、日付および氏名を自署して押印し、受贈者が自署して押印しなければならない。
(3) 現行民法 968 条 2 項は、前項の場合に準用する。
〔関連条文〕新設
提案要旨
死因贈与は契約であるが、遺贈と同じく死後処分であることから、当事者意思を明確にし、紛争を予防するため、死因贈与契約は公正証書の作成または贈与者による内容の自書および当事者の署名・押印を効力要件とする。
【解説】
① 死因贈与も生前贈与と同じく契約であるが、財産の死後処分であり、贈与者の生存中は、贈与者の財産にマイナスは生じない。そのため、死因贈与は遺すものであり、与えるものではないといわれる。
死因贈与が贈与者の生存中に効力を生じないということは、贈与者による贈与の意思にも影響を与えうる。死因贈与をしても、贈与者が生きているうちにその財産減少は生じないため、安易に死因贈与をする可能性がある。もっとも、贈与者自身はそれによって不利益を受けることはないので、贈与者が安易に死因贈与をすることによって不利益を受けるのは、贈与者自身ではなく、贈与者の相続人である。より重要であるのは、その効力が生じるのは贈与者の死亡
時であるため、紛争が生じてから贈与者の意思を確認することはできない点にある。
② このように、死因贈与契約の効力は贈与者の死亡時に生じる、財産の死後処分である点で、遺贈と同様、当事者の意思を明確化して紛争を予防する必要があること、また、生前贈与と比較して、贈与者が安易に契約を締結する可能性があることから、慎重な契約の締結を促すため、生前贈与より厳格な方式を要求すべきである。
③ 具体的には、公正証書の作成を求めることが考えられる。しかし、わが国における死因贈与の慣行を考慮するならば、つねに公正証書の作成を要求するのは、当事者にとっては労力と費用の両方の点から煩瑣である。そして、同じ死後処分である遺贈については、自筆証書によることが認められているのに対して、死因贈与の成立要件としてより厳格な方式を要求する理由はない。
④ したがって、本提案は、遺贈と同程度の方式を求めることとし、公正証書によるほか、自筆証書による死因贈与も認めることとする。これに対し、秘密証書および特別方式は、契約である死因贈与になじまないことから、死因贈与については、公正証書と自筆証書の 2 つのみを認める。
遺贈と同程度に厳格な方式を求めることに対しては、遺贈が遺言という単独行為によって行われるのに対して、死因贈与は契約であり、受贈者が当事者として関与していることをどのように評価すべきかが問題となる。しかし、死因贈与は契約であるが、その内容を決定に際しては、贈与者が主導的役割を果たすことは他の贈与契約と同様であり、内容形成に対する受贈者の関与は希薄である。そして、受贈者は、契約の相手方であるが、無償で利益を受ける立場にあるため、受贈者が当事者として契約の締結に関わることにより、贈与者の意思を明確にし、あるいは、贈与者が安易に契約を締結することを予防することに寄与することにはならない。
そうであるとすれば、同じ死後処分である遺贈と比べて、死因贈与が契約であることを理由に、遺贈よりも緩やかな方式で足りるとする理由はない。とりわけ、死因贈与について、それが契約であり、受贈者に利益を受ける正当な期待が贈与者の生前に生じることを理由に、死因贈与の自由な撤回を認めない場合(後掲【II-11-20】)には、死因贈与について、贈与者が自分の行う死後処分の意味について慎重に行うことを促すため、厳格な方式を要求することが適切である。
⑤ まず、公正証書による死因贈与は、事業用定期借地契約と同様、契約書を公正証書によって作成すれば足り、遺言の方式に従う必要はない。この点は、死因贈与が契約であり、遺言とは異なることによる。
⑥ これに対して、自筆証書による場合には、贈与者が契約内容を自書しなければならない。これは、贈与者に契約の内容を意識させ、かつ、贈与契約の合意においては、他の契約と異なり、贈与者がその内容形成に主導的な役割を果たすことから、贈与者の意思をはっきりさせることを目的とする。
さらに、遺言の場合と同様、贈与者は署名、押印をしなければならない。もっとも、押印については、今日、その役割が従来よりも低下しているとの評価もありうる。したがって、押印は不要とし、署名のみにとどめることもありうる。
贈与者の死亡後の紛争予防のためには、死因贈与の加除変更の方式についても、遺言と同様
にすることが適切であるので、現行民法 968 条 2 項は、死因贈与に準用する。
⑦ そのほか、死因贈与は契約であるから、受贈者が合意したことをも自筆証書に記す必要がある。本提案では、紛争の予防という観点から、受贈者が合意したのは、まさに贈与者が自筆した当該内容についてであることを明らかにするため、受贈者についても署名と押印を必要とする。押印を不要とする可能性については、贈与者の場合と同様である。
2 遺贈の規定の準用
(0) 死因贈与と遺贈、生前贈与との関係
現行民法 554 条は、死因贈与について、その性質に反しない限り、遺贈の規定を準用する。これは、死因贈与も遺贈と同様、死後処分であることによる。
一方、遺贈が単独行為であるのに対して死因贈与は契約であるから、遺贈に関する規定のうち、契約にはなじまないものは、死因贈与に準用されないことに異論はない。たとえば、受遺者による遺贈の承認、放棄に関する規定(986 条ないし 989 条)は、死因贈与には準用されない。
反対に、死因贈与が死後処分である点から、遺贈と同じ扱いが必要であるもの()については、遺贈の規定を死因贈与に準用することに問題はないと考えられる。
また、目的物の権利の瑕疵が問題となっている 996 条ないし 998 条および 1000 条については、先に触れたように、遺贈に関する準則と、改正案が債務不履行として構成する贈与における贈与者の担保責任とでは、死後処分かどうか、単独行為か契約かという違いに解消されるとは必ずしもいえないような、実質的な考え方の違いが見受けられる。しかし、この点については、死因贈与についても、贈与者が贈与を履行しないうちに死亡した場合と区別する必要はないと考えられるので、改正案においては、死因贈与については、贈与と同様に扱うのが適切ではないかと考えられる。
そこで、以下では、遺贈の規定の準用の可否が学説上問題とされている主要な点について、検討を加える。
(1) 死因贈与の能力
【II-11-18】死因贈与の能力
遺言能力に関する現行 961 条は、死因贈与に準用しない。
〔関連条文〕民法 554 条
提案要旨
死因贈与は契約であることを理由として、能力については、遺贈が単独行為に関する規定であるからという理由で、遺贈の規定(961 条)は準用されないというのが多数説である。
また、本提案では、死因贈与は遺贈と異なり、自由に撤回できないことを前提とする
(【II-11-20】)。このように、死因贈与は撤回できないときには、契約であるという形式的な理由のみならず、実質的にも、死因贈与の能力については、契約と同様に考えることが適切である。
【解説】提案要旨におなじ
(2) 受贈者の死亡
【II-11-19】死因贈与の受贈者の死亡 現行 994 条は、死因贈与に準用する。
ただし、当事者が反対の意思を表示していた場合には、それに従う。
〔関連条文〕民法 554 条、994 条
提案要旨
死因贈与については、遺贈と同じく、贈与契約締結後、その効力が生じるまでに受贈者が死亡することが十分ありうる。そして、死因贈与は、受贈者個人に向けられている点で、遺贈と同じである。したがって、死因贈与において、受贈者が贈与者の生前に死亡した場合、受贈者の相続人が受贈者の地位を承継すべきではなく、死因贈与はその効力を生じないとすべきである。現行民法 994 条は、死因贈与にも準用する。
994 条 1 項は、あくまで当事者の通常の意思を規定した任意規定であるので、当事者が反対の
意思を表示していた場合には、それに従う。
【解説】提案要旨におなじ
(3) 死因贈与の撤回
【II-11-20】死因贈与の撤回
遺言の撤回および取消しに関する遺言の規定は、死因贈与に準用しない。
死因贈与の贈与者に対し、受贈者が【II-11-4】(忘恩行為による解除)に該当する行為をしたときは、【II-11-5】(解除期間の制限)を準用する。
〔関連条文〕民法 554 条、1022 条、1023 条
〔関連提案〕【II-11-4】、【II-11-5】
提案要旨
遺贈はいつでも自由に撤回することができる。
これに対して、死因贈与についても同様とすべきかどうかについて、判例は、最判昭 47・5・ 25 民集 26 巻 4 号 805 頁がこれを肯定するが、学説の議論は分かれている。
死因贈与が死後の財産処分であることを強調する見解は、遺贈と同様の方式による撤回を肯定する。しかし、遺贈が遺言によって単独でなされるのと異なり、死因贈与は、贈与者と受贈者との合意によって成立し、両当事者とくに贈与者は契約の拘束力に服し、また、受贈者にもすでに成立した将来の贈与に対する期待が生じる。したがって、遺言のように、死因贈与も自由に撤回できるとするわけにはいかない。
そこで、本提案は、撤回および取消しに関しては死因贈与に遺贈の規定を準用することはせず、贈与と同じ規律に服することとする。
死因贈与の撤回可能性について、贈与と同様に扱う場合、具体的には、忘恩行為による贈与の撤回が問題となる。そして、死因贈与についても、忘恩行為を理由とする契約の解消を認めることが妥当であるので、忘恩行為を理由とする解除の規定を、死因贈与にも適用することにする。遺贈については、欠格事由が 891 条によって定められているが、忘恩行為による撤回は、これより広い。
死因贈与については、贈与者が死亡するまで契約は効力を生じないので、用語としては、死因贈与の解除ではなく、撤回の語を用いることにする。
これに対して、死因贈与は公正証書または自筆証書によるので、書面によらない贈与の撤回は問題にはならない。
【解説】提案要旨におなじ
(4) 死因贈与における相続人の義務
【II-11-21】死因贈与義務者の債務
死因贈与によって生じる債務の内容およびその効力については、遺贈の規定を準用せず、贈与の規定による。
〔関連条文〕民法 554 条、991 条ないし 993 条、995 条ないし 1001 条
提案要旨
死因贈与は、贈与を履行する贈与者の相続人が、受贈者と相続財産の配分をめぐって利害の対立する関係にある点において、生前贈与とは状況が異なり、むしろ遺贈と近い。
しかし、現行民法の遺贈義務者の義務内容は、必ずしも、遺贈が死後処分であり、生前贈与とは異なる状況が当事者間において生じることを考慮して規定されているとはいえない。他方、現行民法の遺贈義務者の義務内容は、改正民法の方向性と整合的かどうかについても問題がある。
加えて、死因贈与において、贈与者の債務の内容および効果を贈与者と別異にする必要は、受贈者と贈与を履行する相続人の利害対立の点を除けばとくに存在しない。したがって、現在の状況においては、死因贈与における贈与者の債務の内容および効果については、遺贈の規定を準用せず、贈与の規定によるのが適切である。
【解説】
提案要旨におなじ
IX 無償契約への準用
【II-11-22】無償契約への準用
贈与に関する規定は、その性質に反しない限り、無償契約に準用する。
提案要旨
1 贈与契約には、無償契約に特有の規律が多く存在する。そして、これらの規律は、財産権移転型の贈与のみならず、他の無償契約にも妥当しうるものである。
たとえば、書面によらない契約の解除、忘恩行為を理由とする解除については、使用貸借や、さらには債務免除を契約とするなどにもあてはまる可能性がある。また、これらの無償契約が負担を伴ってなされた場合の処理についても、負担付贈与の規定を準用することが考えられる。また、債務者の債務不履行の場合の責任についても、贈与契約において贈与者の責任が軽減される理由は、その無償性に由来するものであり、同様のことは、委任など特別な場合は別として、他の無償契約についても原則として妥当しうる。
2 さらに、贈与の規定は、典型契約として採用されていない無償契約についてのモデルとし
ての役割をもちうる。というのも、契約法の一般原則は、有償契約を主として念頭においているが、これを無償契約にそのまま適用することは必ずしも適切ではないからである。債権法の規定についても、同様のことがいえる。したがって、典型契約として採用されていない無償契約については、どのような規律がなされるべきかを決めるにあたり、出発点となる枠組みが必要となる。
同様のことは、債務免除や、無償での担保権設定契約、保証契約など、贈与契約と社会的に類似した機能を果たす無償行為についてもあてはまる。
3 そこで、本提案では、贈与の規定を、他の無償契約についても、その性質に反しない限り準用することにより、非典型の無償契約に対する手当をすることとする。
もちろん、それぞれの契約の性質によって、贈与の規定が準用されるのが不都合な場合は当然存在するから、あくまで、贈与契約の準用は、当該契約の「性質に反しない限り」においてなされるものとする。
【解説】
① 贈与契約には、無償契約に特有の規律が多く存在する。そして、これらの規律は、財産権移転型の贈与のみならず、他の無償契約にも妥当しうるものである。
たとえば、書面によらない契約の解除、忘恩行為を理由とする解除については、使用貸借や、さらには債務免除にもあてはまる可能性がある。
また、これらの無償契約が負担を伴ってなされた場合の処理についても、負担付贈与の規定を準用することが考えられる。実際、無償契約が負担を伴ってなされた場合の処理については、贈与以外の無償契約には、規定が何もないが、無償契約が負担を伴うことは、他の無償契約についても広くあてはまることである。A が B に無償で家庭教師をするが、B はその際 A に食事を提供する、A は B に家を無償で貸すが、B は庭の雑草を抜く、など、有償とまではいえないが、無償契約に負担が伴うことは、日常的にしばしば見られるところである。このとき、負担付贈与の規定は、負担を伴う他の無償契約を規律するルールとして重要な意味をもつ。
そのほか、債務者の債務不履行の場合の責任についても、贈与契約において贈与者の責任が軽減され、あるいは免責が認められる理由は、その無償性に由来する。債務が履行されない場合の損害賠償責任や、瑕疵のある給付がなされた場合の責任の免責とその阻却を通じた責任の軽減は、現行民法には規定はないが、無償契約にある程度一般的にあてはまると考えられる。むしろ、無償であるにもかかわらず有償の場合と同一程度の責任を負うのは、委任など、例外的な場合であるともいえるのではないだろうか。
② さらに、贈与の規定は、典型契約として採用されていない無償契約についてのモデルとしての役割をもちうる。というのも、契約法の一般原則は、有償契約を主として念頭においているが、これを無償契約にそのまま適用することは必ずしも適切ではないからである。債権法の規定についても、同様のことがいえる。したがって、典型契約として採用されていない無償契約については、どのような規律がなされるべきかを決めるにあたり、出発点となる枠組みが必要となる。
③ そこで、本提案では、贈与の規定を、他の無償契約についても、その性質に反しない限り準用することにより、非典型の無償契約に対する手当をすることとする。
財産権移転型の有償契約である売買に関する規定が、性質を異にする目的物利用型や役務提供型の有償契約についても、その性質に反しない限り準用されるのと同様、贈与自体は、財産権移転型の契約と位置づけた上で、その性質に反しない限り、他の無償契約にも準用されるものとする。これは、売買の規定が、財産権移転型の典型契約でありながら、物の利用を目的とする賃貸借や役務提供契約をはじめとする他の有償契約一般に、その性質に反しないかぎり準
用されるのと対応する。その結果、典型契約にはない無償契約について、贈与の規定は、受け皿としての意味をもつ。
④ もちろん、それぞれの契約の性質によって、贈与の規定が準用されるのが不都合な場合は当然存在するから、あくまで、贈与契約の準用は、当該契約の「性質に反しない限り」においてなされるものとする。たとえば、忘恩行為を理由とする解除については、使用貸借や、さらには債務免除などにも準用される可能性があるほか、無償契約が負担を伴ってなされた場合の処理に関しては、役務提供契約も含めて、広く無償契約一般に準用される余地がある。
もちろん、それぞれの契約の性質によって、贈与の規定が準用されるのは不都合な場合は当然存在するから、あくまで、贈与契約の準用は、当該契約の「性質に反しない限り」においてなされるものとする。