Contract
<2009.8 MJS租税判例研究会 参考資料>
錯誤無効等に基因した贈与契約解除後に行われた贈与税更正の処分の効力
第xx 平成12年(行ウ)第6号
贈与税更正処分等取消請求事件大阪地裁平成16年8月27日判決
中央大学教授 xx xx
第1 事案の概要
1 有限会社C・I開発の設立と出資の経緯等
(1)平成2年7月24日、不動産の売買、賃貸及び管理等を目的として、代表者をxxxx(以下「xx」という。)として、株式会社xx(以下「xx」という。)が設立された。
(2)平成3年5月 15 日、1口の払込金額 100 万円で、出資者・xxが 510 口(払込金
額 51,000 万円・51%)、同xxxxx(以下「xxx」という。)が 490 口(同 49,000万円・49%)を出資して、不動産の賃貸及び管理業務等を目的とする有限会社C・I開発(以下「C・I開発」という。)が設立された。C・I開発の代表者にはxxの代表者のxxxxx就き、xxx及びその家族がC・I開発の取締役に就いた。なお、C・ I開発の設立の際の出資1口の引受金額 100 万円のうち、出資1口について1万円を超
える引受金額は資本準備金とし、その結果、C・I開発の設立時の資本金は 1,000 万円、資本準備金 99,000 万円(自己資本・10 億円)であった。
なお、xxxは、同日、オリックス株式会社(以下「オリックス」という。)から5億円を借り受け(最終弁済期限平成8年6月10日、利率年9.2%)、上記4億9,000万円の出資払込金の支払に充てた。
C・I開発は、平成3年ないし4年に3回の増資を行い、設立と同様の条件で資本準備金に組み入れた。その増資後のxxの出資持分割合の状況は、第 1 回増資後が 30%
(1,700 口中 510 口)、第2回増資後が 30.6%(3,300 口中 1,010 口)、第3回増資後が
30.8%(3,600 口中 1,110 口)である。なお、C・I開発は、設立時から平成8年2月
29 日までの各事業年度の間においては、C・I開発の出資持分を有する者に対して利益配当を行っていない。
(3)xxxのC・I開発の出資持分の原告らへの贈与と合意解除
xxxは、平成5年6月 15 日、C・I開発の出資持分(以下「本件出資」という。)
490 口について、xxxの長男・原告xxと、原告xxの子であり、xxx及びxxxと
養子縁組をしている原告xxに各 245 口をそれぞれ贈与した(以下「本件贈与」という。)。
そこで、原告らは、平成6年3月 15 日、被告税務署長に対し、本件贈与に係る本件出資について、評価基本通達 194 に基づき、本件基本通達 188-2が定める配当還元方式により、本件出資の1口当たりを 5,000 円と評価し、xxとxxの同評価額を各 1,225,000円と評価して、平成5年分の贈与税の申告をした。
ところが、xxがかかわる他社の同様の出資につき、出資者・xxが死亡した際の相続税評価額を5,000円として評価して相続税申告をしたところ、これが否認されて50万円の評価額とした更正処分が行われた。これを受けて、xxxは、生前贈与は、1口5,000円という評価額であることを前提として生前贈与したものであるから、これが50万円で評価されるのであれば贈与を解除することとし、平成6年6月19日付けの贈与者・xxxと受贈者・原告xx間及び贈与者・xxxと受贈者・原告xx間の各「贈与契約の解約の合意書」(以下「本件各解約合意書」という。)を締結した。なお、xxxは平成
7年10月31日死亡したが、xxxの遺産に係る平成8年6月22日付け遺産分割協議書には、原告xxが相続する財産として、本件出資490口が記載されている。また、被相続人xxxに係る同年7月31日提出の相続税の申告書のうち、相続税がかかる財産の明細書中には、本件出資490口が、1口の単価50万円で2億4,500万円、取得者は原告xxとして記載されている。
(4)本件各更正等及びこれに対する原告らの不服申立ての経緯
被告税務署長は、平成9年3月12日、原告らに係る本件申告について、本件出資の評価につき払込額と同額の1口当たり100万円として評価すべきであるとして、それぞれ課税価格2億4,967万0,640円、納付すべき贈与税額1億6,344万9,000円とする本件各更正及び過少申告加算税2,428万6,000円の本件各賦課決定を行った。
2 争点
(1)本件贈与の錯誤無効の成否
(2)本件贈与の合意解除の有無及びこれが贈与税の課税要件事実に与える影響
(3)本件出資の評価(配当還元方式の可否及びこれによらない場合の評価方法)
(4)本件各賦課決定について、国税通則法65条4項所定の「正当な理由」の有無
(5)本件裁決の固有の瑕疵の有無
(注)(3)ないし(5))の争点は省略する。
第2 争点についての当事者の主張
1 争点(1)(本件贈与の錯誤無効の成否)について
(原告ら)
(1)本件贈与は、平成4年8月に訴外xxxxx(以下「xx」という。)の死亡による相続税申告の際に、本件C・I開発の出資と同様のxx保有の(有)R・S開発(以下「R・S開発」という。)の出資が相続財産の評価として1口当たり5,000円で評価されていたことから、xxは、xxxに本件出資の生前贈与を勧めたところ、xxxは、本件出資の贈与をすることを決定し、平成5年6月15日、原告らに対し、本件贈与を行った。
(2)ところが、平成8年2月14日、xxに対して、R・S開発の出資の評価額は1口当たり50万円と評価されて更正処分が行なわれたことから、本件贈与についても多額の贈与税が課される可能性があった。
(3)ア 以上の(1)及び(2)に照らせば、本件贈与は贈与税が低額で済むということを前提として行われたものであるから、かかる意思決定の齟齬は、動機の錯誤である。xxxは贈与税が低額であることから、本件贈与をする旨を原告xxに明示して贈与したものでありれ、明示の表示をもって動機を表明していたから、本件贈与は錯誤に
より無効である。
(被告税務署長)
納税義務者が、納税義務の発生原因となる私法上の法律行為を行った場合に、法定申告期限を経過した時点で、当該行為をしたときに予定していたよりも重い納税義務が生ずることが判明したとしても、そのことを理由として、このような課税負担の錯誤により当該行為は無効であることを課税庁に主張することはできないと解すべきである。原告らにおいて本件出資の評価額が1口5,000円よりも高額であることを認識した時点は贈与税の法定申告期限(平成6年3月15日)経過後であることは、原告らにおいて自認しているところであり、本件贈与に関する錯誤無効を主張することは失当である。ましてや、xxxは租税回避の目的で本件贈与を行ったものであるから、それに失敗したからといって、錯誤無効でなどと主張することは、リスクなしに租税回避の試行をすることを認めよと主張するに等しく、到底採用されるべきではない。
2 争点(2)(本件贈与の合意解除の有無及びこれが贈与税の課税要件時事に与える影響)
(原告ら)
本件贈与の合意解除に至る経緯は、以下のとおりである。
(1)顧問税理士は、本件出資について、予期に反して、贈与税の財産評価として1口 50 万円に評価される可能性があることを報告した。原告らは、本件出資が1口当たり 50万円として評価されるのであれば、その贈与税額を本人の所得及び所有財産では支払いようがないことから、平成8年3月、xxxの共同相続人ら全員が参集して、本件贈与xxx遡及して合意解除することとした。そこで、法的知識がないこともあって、贈与者の生前の日付で、贈与者名をもって、受贈者との間での本件各解約合意書を作成した。なお、平成6年3月 15 日に受贈者である原告らは、本件贈与により取得した本件出資に
つき1口 5,000 の評価で確定申告を行っている。
(2)本件贈与の合意解除に基づいて、受贈者は本件出資を贈与者に返還し、本件出資は共同相続人の所有に帰すとともに、本件出資の発行会社における出資者名簿は訂正され、同内容に基づく法人税の確定申告が実施された。
本件では、平成5年6月15日に行われた本件贈与による本件出資の取得によって、受贈者の納税義務はいったんは抽象的に成立したものであるが、本件贈与は、平成8年3月に、遡及効を有する合意解除により本件出資は返還され原状回復が行われているから、贈与税の課税要件である贈与による財産の取得との要件を充足しないこととなり、いったん成立した抽象的納税義務は遡及して消滅しているから、その後に行われた本件更正等は違法と断ぜざるを得ない。
(被告税務署長)
贈与税は、個人が死因贈与を除く贈与によって財産を取得したときに、課税要件(納税義務者、課税物件、課税標準、税率)が充足して抽象的に納税義務が成立し、また、上記贈与に係る受贈者の贈与税申告により、その納付すべき贈与税額が確定するものであるところ、合意解除は、遡及効がなく、法的性質上、法定解除事由、取消事由ないし無効原因の存否にかかわりなく、当事者の合意により行い得る新たな契約であるから、本件贈与が法定申告期限後に合意解除されたとしても、いったん充足された課税要件事実が消滅することにはならないのであり、合意解除の主張は、それ自体失当である。このことは、このような合意解除によっていったん有効に成立した納税義務を免れさせる
ような取扱いを認めたならば、納税者間のxxを害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながることからもうかがわれるところである。
以下の争点・省略
3 争点(3)(本件出資の評価・配当還元方式適用の可否)
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件贈与の錯誤無効の成否) について
(1)原告において、本件出資に係る贈与税額について動機の錯誤が存したものということはできるが、申告納税方式を採り、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課して、適正な申告がされることを期している我が国の租税制度の下において、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間のxxを害すると共に、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊につながるものといえる。したがって、納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、同法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、同法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明したとしても、その法定申告期間を経過した後に、かかる課税負担の錯誤が上記法律行為の動機の錯誤であるとして、同法律行為が無効であることを主張することは許されないものと解するのが相当である。
(2)これを本件についてみるに、原告らは、本件出資の評価額が1口5,000円よりも高額であることを贈与に係る贈与税の法定申告期限(平成6年3月15日)経過後に知ったのであり、また、本件においては、専ら本件出資の評価額を低廉なものとするための方策として1対99の割合をもって資本金と資本準備金への振り分けをしているものであるから、評価基本通達188-2に定める配当還元方式を適用して本件出資の価額を評価することは、実質的な租税負担のxxを著しく害することが明らかであるところ、xxxも、子の原告xxらにxxxの財産を低額の税金の負担で移譲する目的で、本件出資に及び、その後本件贈与に及んだものと認められることに照らせば、原告らに本件贈与が無効であるとして納税義務を免れさせることは、納税者間のxxを害すると共に、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊を招来するものというべきであって、原告らの錯誤無効の主張は許されないものと解するのが相当である。よって、本件贈与が錯誤無効であるとする原告らの主張は理由がない。
2 争点(2 )(本件贈与の合意解除の有無及びこれが贈与税の課税要件事実に与える影響) について
(1)原告らは、本件贈与につき遡及して合意解除することとした旨主張するが、本件各解約合意書の作成日付は上記のとおり平成6年6月であり、原告ら主張の平成8年3月とは大幅に異なっており、原告xxの上記陳述ないし供述のとおり、本件各解約合意書自体は、xxxの死後作成されたものとも解され、さらに、原告の準備書面の主張からみると、本件出資に係る贈与税額が多額に上る懸念を抱いた原告xxにおいて、本件贈与の合意解除の書面を整え、また、本件贈与が合意解除されたことを前提とするxxxの相続税の申告を行ったことは認められるものの、原告らと他のxxxの相続人ら間において、現実に本件贈与を解除する旨の合意がされたのか否か、また、その合意がされたとしても、それがいつされたのかは、全く明らかではない。したがって、本件贈与
の合意解除の事実自体、これを認めることはできないものといわざるを得ない。
(2)ア なお、本件贈与の合意解除の事実が認められるとしても、合意解除は、納税義務の発生の原因となる法律行為について、同法律行為の当事者間の事後的な合意により、同法律行為を解消させるものである。してみれば、申告納税方式を採り、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課して、適正な申告がされることを期している我が国の租税制度の下において、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の事後的な合意解除の効果を認めて、当該納税義務を免れさせることは、納税者間のxxを害すると共に、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊につながるものといえる。したがって、納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、その法定申告期間を経過した後に同法律行為を事後的に合意解除したとしても、その効果を主張して当該納税義務を免れることは許されないものと解するのが相当である。
この点、法定取消権又は法定解除権に基づいて贈与契約が取り消され、又は解除された場合を除き、贈与契約の取消し又は解除があった場合においても、当該贈与契約に係る財産について贈与税の課税を行う旨規定する名義変更通達11項は、上記解釈に沿うものとして合理性を有するものと解される。
イ これを本件についてみるに、原告らが本件贈与を合意解除したとする時点が、本件贈与に係る贈与税の法定申告期限であり、そして、本件においては、専ら本件出資の評価額を低廉なものとするための方策として1対99の割合をもって資本金と資本準備金への振り分けをしているものであり、評価基本通達188-2に定める配当還元方式を適用して本件出資の価額を評価することは、実質的な租税負担のxxを著しく害することが明らかであるところ、xxxも、子の原告xxらに財産を低額の税金の負担で移譲する目的で、本件出資に及び、その後本件贈与に及んだものと認められることに照らせば、原告らに本件贈与を合意解除したとして納税義務を免れさせることは、納税者間のxxを害すると共に、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊を招来するものというべきであって、原告らの合意解除に基づく納税義務の消滅の主張は許されないものと解するのが相当である。
3 争点(3)(本件出資の評価(配当還元方式によることの可否及びこれによらない場合の評価方法))について ―参考―
(1)相続税法22条は、贈与により取得した財産の価額については、原則として、当該財産の取得の時における時価により評価すべき旨定めているところ、ここにいう時価とは、当該財産の取得時における当該財産の客観的な交換価値、すなわち、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解するのが相当である。
しかしながら、財産の客観的な交換価値というものが必ずしもxx的に確定されるものではないことから、課税実務上は、納税者間のxx、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から、相続税法が規定する相続税及び贈与税の対象となる財産の評価の一般的規準が評価基本通達により定められ、そこに定められた画一的な評価方法により同財産の評価をすることとされている。
そして、上記のように評価基本通達により画一的に適用すべき評価方法を定めた以上は、これが合理性を有する限り、納税者間のxx及び納税者の信頼保護の見地から、原
則として、全ての納税者との関係で評価基本通達に基づく評価を行う必要があり、特定の納税者あるいは特定の贈与財産についてのみ評価基本通達に定める方法以外の方法によって評価することは、たとえその方法による評価がそれ自体としては相続税法22条の定める時価として許容できる範囲内のものであったとしても、許されないものと解すべきである。
しかしながら、他方、評価基本通達に定められた評価方法によるべきであるとする趣旨が上記のようなものであることからすると、上記の評価方法を画一的に適用するという形式的平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担のxxを著しく害することが明らかな場合など、上記評価方法によらないことが正当と是認される特別の事情がある場合には、別の合理的な評価方法によることが許されるものと解すべきである。このことは、評価基本通達6において、評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価するとされていることからも明らかである。
(2)これに対し小会社については1株当たりの純資産価額によるべきものとされているところ、小会社について純資産価額方式が原則とされるのは、小会社は、事業規模や経営の実態からみて個人企業に類似するものであり、これを株式の実態からみても、株主が所有する株式を通じて会社財産を完全支配しているところから、個人事業者が自らその財産を所有している場合と実質的に変わりがないことにかんがみ、小会社の株式が会社財産に対する持分を表現することに着目するものと解される。上記原則的評価方法に対する特例として、同族株主以外の株主等が取得した株式の価額は、配当還元方式によるべきものとされているが、これは、事業経営への影響の少ない同族株主の一部及び従業員株主などのような少数株主が取得した株式については、これらの株主は単に配当を期待するにとどまるという実質のほか、評価手続の簡便性をも考慮したものと解されており、合理性を有するものといえる。
そして、本件贈与時点におけるC・I開発の各出資者の出資割合は、本件贈与時点(平成5年6月 15 日)においては、xxが 3,600 口中 1,110 口を出資しており、その出資割合が 30.8%であることから、xxが同族社員と評価されるのに対し、原告らが本件贈与により贈与を受けた本件出資はあわせて 490 口で、その出資割合は 13.6%であり、また、原告らは同族社員以外の社員に当たることとなる。したがって、評価基本通達の定めによれば、原告らが本件贈与により得た本件出資の価額の評価は、評価基本通達 188
-2に定める配当還元方式によるべきこととなる。
(3)次に、本件出資に評価基本通達188-2に定める配当還元方式がどのように適用されるかについて検討する。
ア 本件贈与がされた平成5年分の贈与税の計算に際しての本件贈与に係る本件出資の価額の評価は、xxの出資割合が30%を超えて同族社員と評価され、一方、原告らの出資割合は13.6%であり、また、原告らはxxの同族関係者に当たらないことから、評価基本通達188-2に定める配当還元方式によるべきこととなる。そして、出資1口当たりの資本の額が1万円とされ、C・I開発による配当が行われていないことから、配当還元方式によった場合の本件出資の価額は1口当たり5,000円となる。
イ 本件の事実関係を前提とすると、本件出資は、配当還元方式が適用されるように出資割合を調整した上、本件基本通達188-2が1口当たりの資本金の額を基準に評価する旨定めていることを利用して、本件出資に係る引受金額のうち1口当たり1万円のみを
資本金に組み入れ、残り99万円は資本準備金として、全額資本金に組み入れた場合の100分の1の評価額になるように設定することにより、極めて低額の税金の負担で、これを子である原告xxや孫であり養子である原告xxに贈与することを目的としてされたものと認められるところ、このような1対99の割合を持って舌資本金と資本準備金への振り分けは何ら合理性を有しないものであり、専ら本件出資の評価額を低廉なものとするための方策に過ぎないものといわざるを得ない。
以上によれば、本件のように、専ら本件出資の評価額を低廉なものとするための方策として1対99の割合をもって資本金と資本準備金への振り分けをしているような場合にまで、評価基本通達188-2に定める配当還元方式を適用して本件出資の価額を評価することは、実質的な租税負担のxxを著しく害することが明らかであるというべきであるから、上記評価方法によらないことが正当と是認される特別の事情が存するものといえる。
したがって、本件出資については、評価基本通達188-2に定める配当還元方式を形式的に適用することなく、他の合理的な評価方法により評価すべきものと解するのが相当である。
(4)本件出資の価額の評価
ア (ア)被告税務署長は、出資は会社資産に対する割合的持分としての性格を有し、会社の所有する総資産価値の割合的支配権を表象したものであり、社員は、出資を保有することによって会社財産を間接的に保有するものであるから、純資産価額方式によるべきであると主張するが、本件出資について純資産価額方式によって評価した場合、その価額が客観的な交換価値、すなわち、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合通常成立すると認められる価額と認められるか否かを吟味する必要がある。
そして、評価基本通達は、小会社については、その事業規模や経営の実態からみて個人企業に類似するものであり、これを株式の実態からみても、株主が所有する株式を通じて会社財産を完全支配しているところから、個人事業者が自らその財産を所有している場合と実質的に変わりがないことにかんがみ、小会社の株式が会社財産に対する持分を表現することに着目して、純資産価額方式を原則的評価方法とし、一方、事業経営への影響の少ない同族株主の一部及び従業員株主などのような少数株主が取得した株式については、これらの株主は単に配当を期待するにとどまるという実質をも考慮して、同族株主以外の株主等が取得した株式の価額の特例的評価方法として、配当還元方式によるべきものとしているところであり、かかる評価は合理的である。
(イ)そこで、本件出資について、xxxないし原告らにおいて、C・I開発に対する支配権を有していたものと認められるか否か検討する。
a この点、xxxが取得した本件出資の口数は490口であり、その出資割合は、本件贈与時点においては、13.6%に過ぎないし、また、C・I開発の設立やその後の事業運営の経緯となる事実等をみても、xxxがC・I開発の設立やその後の事業運営に積極的に関わっているものとは認められず、また、原告らが経営を支配しているという事実を認定することはできない。
b C・I開発が預貯金、公社債のようなリスクの少ない商品で運用しているなら、出資金とほぼ同額くらいで本件出資を買い戻す約束をすることが可能であろうが、C・I開発の地下げ事業は、預貯金、公社債等への投資とは異なり、安全確実でも換金容易でもない資産(借地権の底地)に投資するものであるから、出資金とほぼ同額くらいで本
件出資を買い戻すという約束は不合理であって、明確な裏付資料なしに認定し得るものではないのである。
c 以上から、本件出資について、xxxないしxxxから本件出資の贈与を受けた原告らにおいて、C・I開発に対する支配権を有していたものと認めることはできない。したがって、本件出資の価額について、被告税務署長が主張する純資産価額方式により評価することが相当であるとは言い難い。
イ この点については、上記認定のように、xxxないしxxxから本件出資の贈与を受けた原告らにおいて、C・I開発に対する支配権を有するものではなく、また、C・ I開発からの本件出資の払込金額相当額の回収を期待していたとはいえ、同回収が確実なものとして約束されていたとはいえないことにかんがみれば、本件出資の時価すなわち客観的交換価値としては、結局本件出資に対する配当を期待する限度に止まるものと解さざるを得ない。
したがって、本件出資の客観的な交換価値を把握することは非常に困難なものといわざるを得ないが、評価基本通達188-2の定める配当還元方式の考え方そのものは優れて合理的なものであることに照らせば、本件出資を評価するについても、上記配当還元方式の考え方を参酌して評価するのが、客観的な交換価値の把握方法として相当であると解される。
ウ もっとも、本件において、専ら本件出資の評価額を低廉なものとするための方策として1対 99 の割合をもって資本金と資本準備金への振り分けをしており、評価基本通達 188-2に定める配当還元方式を適用して本件出資の価額を評価することが実質的な租税負担のxxを著しく害することが明らかであって、上記評価方法によらないことが正当と是認される特別の事情が存するものといえる。
この場合、イ記載のとおり評価基本通達188-2の定める配当還元方式の考え方自体には合理性があり、上記資本金と資本準備金への1対99の振り分けが合理性の存しない租税回避目的のものと認められることにかんがみ、また、本件事業が順調に推移した場合には多額の配当あるいは状況に応じて払込金額相当額の回収自体も可能となることをも踏まえると、本件出資に係る払込金額(1口当たり100万円)全額を資本金に当たるものとした上で、評価基本通達188-2に定める方式に準じて本件出資の価額の評価をするのが相当と解される。
この点、原告らは、特に非上場会社においては、時価発行の場合、発行価格の2分の1 ぎりぎりまで資本準備金に組み入れるのが実態であるとして、本件出資の評価においても、
1口当たり100万円の払込金額のうち半額の50万円を資本金に当たるものとした上で評価基本通達188-2に定める方式に準じて本件出資の価額の評価をすべき旨主張する。
しかしながら、C・I開発に対する出資については、原告ら主張にように1口当たり 100 万円の払込金額のうち半額の 50 万円を資本金に充て、残り 50 万円を資本準備金に充てるといった取扱を行っていないのであるから、本件出資の価額の評価に際し、1口当たり 100 万円の払込金額のうち半額の 50 万円を資本金に当たるものとして評価することが相当であるとは認められない。
(6)以上から、評価基本通達188-2に定める方式に準じ、出資1口当たりの資本金額 を払込金額全額の100万円とした上で、本件出資の価額を評価するのが相当であるところ、これによれば、本件出資の価額は1口当たり50万円と評価すべきこととなる。
4 争点(4)(本件各賦課決定について、国税通則法65条4項所定の「正当な理由」の有無)について
(省 略)
第4 論点整理と研究
Ⅰ 錯誤無効に基因して経済的利得を返還した 後に行われた更正処分の効力
1 本件事案の前提事実
本件は、前記事実の概要に述べたように、100万円の払込金額のうち1万円を資本金に残高の99万円を資本準備金に組み入れたものであるが、その低額な資本金とした事実については当事者に争いがあるが、本判決は、xxxが租税負担の軽減を図り、その子供に財産を移転するために、本件出資に応じたものであると認定している。かかる問題は、判決の証拠に基づく事実認定に関する問題であるので、本判例研究においては、その判決の事実認定に従って論じることとする。
2 問題点の論点整理
原告らは、本件出資を配当還元方式により、1口5,000円と評価して贈与税申告を行っていたが、先行した別件のxx事案の相続税の更正処分において、R・S開発の出資の評価額が5,000円から50万円に評価されたことから、本件出資の評価も同様のリスクがあると考えて、本件贈与を解除して名義を贈与者の父に変更した。この間、贈与者のxxxの譲渡の申告が行われる等の事実関係の混乱が見られるが、ここでは触れない。また、当該更正の事実を知ったのは、平成8年以降であり、本件贈与の申告期限(平成6年3月 15日)以後であるが、合意解除の書面は、xxxの生前の6年6月19日付けとなっている等が指摘されている。それは、原告らの法律の知識欠如から遡及的に作成された文書のようでもある。しかし、ここでは、錯誤無効又は合意解除後の更正処分の効力という論 点について考察を加えるので、かかる事実認定に関する問題については言及せず、錯誤無効又は合意解除による原状回復後の相続税申告に対する更正処分の効力という論点に絞って考察することとする。
3 納税義務成立後の後発的事由による課税要件事実の消滅と納税義務の去就
国税通則法15条は、納税者の納税義務の成立につき、所得税は暦年終了時、法人税は事業年度終了の時、また、相続税及び贈与税については相続又は贈与により財産を取得 した時に納税義務が成立すると規定している。かかる納税義務の成立を「抽象的納税義務の成立」という。
この抽象的納税義務は、申告納税方式を採用する前記各税にあっては、原則として納税者の申告により具体的納税義務として確定し、無申告又は申告書に記載された課税標準や税額が法律の規定に従っていなかった場合、その他その税額が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長の処分により確定することとされている(同法16
①一)。この納税申告(確定申告)は、抽象的納税義務の成立時において発生している具体的事実に基づいて行われるものであり、したがって、国税通則法15条「納税義務の成立する時」までに発生していない事実は、当該申告に反映することはできないし、また、抽象的納税義務の成立時以後、確定申告前に発生した事実であっても、その発生した事実の効果が抽象的納税義務の成立時以前に遡及する効力を有しない場合には、抽象的納
税義務に影響を与えないから、確定申告に反映させることはできない。
一方、抽象的納税義務の成立時(贈与税は贈与による財産の取得のとき、所得税では暦年終了時)前に発生した事実が遡及効を有する場合には、確定申告に反映させる必要があるし、また、当該抽象的納税義務の成立時以後に発生した事実であっても、その事実の遡及効により、すでに成立した抽象的納税義務を消滅又は変更させる場合には、その消滅・変更後の事実を前提とした確定申告や更正処分等によって具体的納税義務が確定するのである。
すなわち、具体的納税義務が確定する前(申告又は更正等が行われる前)に遡及効を 有する法的事実によって抽象的納税義務が消滅、変更された場合には、当該消滅・変更前の事実に基づいて申告することも、また、更正等の対象とすることもできないということである。つまり、事後的であるとしても、法的効果として、抽象的納税義務が消滅又は変更されているにもかかわらず、かかる事実を捨象して、消滅変更されている抽象的納税義務の存在を擬制して申告又は課税処分を行うことはできないということであり、このことは、租税法における当然の法解釈である1。
また、法律行為が無効であれば、そもそも法的効力が発生していないから課税要件事実は存在しないことになるが、無効の行為であっても、その行為に基因して経済的成果を得ていれば、その経済的成果が課税要件を充足していることになるから、課税関係が発生することになる。しかして、その経済的成果が無効に基因して失われた場合には、上記と同様に解することになる(通法71二参照)。
4 本件贈与契約の錯誤無効に関する主張を排斥した本判決の論理
(1)動機の錯誤と無効
本件贈与契約は、本件出資の贈与税の評価額が配当還元価額であれば、受贈者も贈与税を負担できるという認識の下で行われたものであり、しかして、本件贈与は錯誤による契約である。そして、かかる錯誤は「動機の錯誤」であるから一般的に無効ではないものの、その動機が相手方に表示されている本件贈与契約の場合には、当該契約は「要素の錯誤」として無効というのが、現在の民法上の通説である2。
(2) 本判決の錯誤無効と納税義務に関する本判決の一般的解釈
~課税要件事実消失後の更正処分の是非~
ところで、本判決は、この点に関し一般論として、「申告納税方式の下で、安易にx x義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間のxxを害すると共に、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊につながるものといえる。」(要旨)と判示し、当初予定していたものよりも重い
納税義務が生じることが判明したとしても、その法定申告期間を経過した後に、xxx
............
課.税.負.担.の.錯.誤.が.上.記.法.律.行.為.の動機の錯誤であるとして、同法律行為が無効であることを主張することは許されないものと解するのが相当である、と判示している。
1 この点の解釈については、異なる判決もあるが、最高裁は所得税の事案について支持していると解される(後述参照)。しかし、確定申告期限後に生じた事実は、課税庁に主張することは許されないとするただ、課税実務の主張が学説によっても支持されており(xx・租税法)、混乱している論点である。
2 xxxx「動機の錯誤」(『民法判例百選』別冊ジュリストNO.136、44頁参照。
かかる判決の一般論の判示に関しての意図するところは必ずしも明確ではない。前段の「錯誤無効」は、動機の錯誤だけではなく要素の錯誤も含まれるように読めるが、後段は「動機の錯誤」としていることから、前段の「錯誤無効」は動機の錯誤に限定しているようにも読める。
しかし、いずれにしても、無効という概念は私法上の借用概念であるから、原則として私法上の概念と同様の意味内容として解釈すべきであるから、例えば、通則法71条二 号の「経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われた」という場合の「無効」は民法上の無効概念が前提でなければならない。そうであれば、民法上の通説である動機の錯誤が表示されている場合には、その「動機の錯誤」による法律行為は無効であるから、同号の期間制限の特例に規定する「経済的成果が、(動機の錯誤が表明されている法律行為の)無効であることに基因して失われた」場合には、租税実体法における課税要件事実が消滅したことになるから、すでに申告し納税義務が確定している場合には、その経済的成果の喪失の時から3年間の更正の期間制限の特例が適用されて減額更正の対象となるというのが、同条号の法解釈である。この場合、この経済的成果について申告している納税者の場合には、各税法(例えば所得税法152条・同令274条)の規定により更正の請求が認められるが、更正の請求が行われていない場合であっても、前記更正の期間制限の範囲内での職権減額更正が可能であることはいうまでもない。
また、その法律行為により経済的成果を得ていながら、その部分又は他の所得も含め
て申告していなかった場合には、抽象的納税義務は発生しているが具体的納税義務が未確定ということになり、そして、その後に当該経済的成果が法律行為の無効であること に基因して失われた場合には、抽象的納税義務は消滅し、具体的納税義務は確定する機会を喪失して課税関係は終結することになる。したがって、その無効行為により失われた経済的成果に対して具体的納税義務の確定行為である更正処分を行うことは、「所得なきところに課税する」、また「財産なきところに課税する」ということであり、租税法の解釈として許されないことである。
例えば、利息制限超過利息を取得していた納税者が、その部分を無効として借主から の返還請求に応じて返還した場合についてみると、例えば、その超過利息を含めた利息収入を個人が申告せず、更正・決定も行われていなかった場合、つまり、具体的納税義務が確定していない段階で、その返還が行われた場合に、その後に行われた税務調査において、すでに返還した制限超過利息を雑所得として更正又は決定処分を実施することはできないということである。すなわち、獲得していた経済的成果が無効に基因して喪失し、課税物件が存在しないことになったのであるから、課税関係が発生しないことは、むしろ当然であり、仮に、かかる無効による所得等の消滅を認めずに、現実の実体と異なる課税を行うことは、特別の規定がない限り許されない。
そして、このことは、判決がいう「納税者間のxxを害し、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊につながる」ということにならないことは言うまでもない。なぜならば、法律行為が私法上無効により、その無効に基因した経済的成果が喪失して課税要件事実が消滅した以上、それは租税実体法の課税要件を充足せず納税義務が消滅し、租税負担能力を喪失したものであるから、課税要件を充足している者との間において、納税者間のxxを害することなどありえないからである。それは、租税負担が過重となることが判明したために、当初の贈与が、表示された動機の錯誤により無効と評価される場合も同様である。そして、仮に、税負担の錯誤無効の場合には、かかる
解釈が採用できないというのであれば、私法の借用概念である「無効」につき、税負担の錯誤無効を除くという特別の規定を法定する必要があると解すべきことはいうまでもないことである。
また、具体的納税義務が確定する以前に、無効な法律行為に基因して経済的成果が喪失したことにより課税要件事実が消滅した場合には、そもそも租税法律関係は発生しておらず、発生する余地もないのであるから、「租税法律関係を不安定に」することはないし、申告納税方式の破壊にもつながらない。
本判決のいうように、「納税者間のxxを害し、租税法律関係を不安定にし、ひいて は申告納税方式の破壊につながる」ということが想定されるとすれば、国家と納税者の間で租税法律関係が形成されている場合、つまり、納税者がある法律行為により納税申告をして具体的納税義務が確定している場合(課税庁の更正決定を含む。)に、あらゆる錯誤無効を容認するとすれば、いったん確定した租税法律関係が不安定になるということがいえるかもしれない。しかし、所得税法はxxで無効に基因して経済的成果が失われた場合の更正の請求を認め、しかも、その「無効」の内容を限定して規定しているわけではないから、無効の内容に応じて更正の請求を認めないという解釈はxxの規定に違背した違法な解釈というべきであり許されないことである3。
したがって、その無効原因が動機の錯誤であれ、また、その動機が租税負担の錯誤に基因したものであれ、私法上、その錯誤が無効と認定される場合には、具体的納税義務の未確定な場合はもちろん、納税申告により納税義務が確定している場合でも、所得税の事業所得等及び法人税法のように継続的事業等に係る場合を別として4、課税要件事実の消滅として、更正の請求により又は職権により減額更正することが必要となる。このような場合において、租税法律関係の早期の安定性を図るために、法は更正の期間制限 (通法70・71)を措定しているところである。
本判決は、上記の判示に続いて、「法律行為の際に予定されていたものよりも重い納
...............
税義務が生じることが判明したとしても、その法定申告期間.を.経.過.し.た.後.に.、.か.か.る.課.税負担の錯誤が上記法律行為の動機の錯誤であるとして、同法律行為が無効であること
.............
を主張することは許されないものと解するのが相当である。」とも判示している。
ここでの論点は、①当初予定していた納税義務よりも過重であることが判明し、②その法定申告期限後において、③法律行為を無効として主張することは許されない、と認定したことである。しかしながら、かかる判示の前提が、すでに納税申告等により具体 的納税義務が確定している場合及び納税申告がなされていないために納税義務が確定していない場合の両方を予定しているのかどうかが明らかではない。前者の場合を予定した判示であれば、それは前述したように、無効に基因した経済的成果の消失による更正の請求が認められている以上採用できない解釈である。これと異なる解釈を採用したのが本判決であるとすれば、借用概念である「無効」を私法概念のそれとは別異に解するということであり、借用概念の解釈上疑義があるし、また、かかる解釈を現行法の解釈として採用することは租税法律主義に違背し許されない。
本判決は、後者の具体的納税義務が未確定の場合に限定した判示であると推察される
3 錯誤無効ではなく、取消しうべき行為や解除等の場面については後述する。
4 継続事業の所得の消滅の場合には、その消滅した年分又は事業年度の必要経費又は損金と控除により是正されることとされている。この点につき、所法 152 条・所令 274 条参照。
が、その場合には、何故に申告の法定期限という日の前後で、納税義務に異動が生ずる のかという点については何一つ論理的に説明されていない。なかんずく、この判示の疑問は、「②その法定申告期限後において、③法律行為を無効として主張することは許されない」という趣旨が、(a)法定申告期限後の課税上又は訴訟上の主張制限を意味するに止まるのか、また、(b)本件のように租税負担の錯誤無効に基因して原状に復したとしても(課税要件の所得又は財産の消滅・返還)、現行実定法における解釈として、当該年分の所得又は「贈与による財産の取得」という課税要件事実(課税標準)は消滅していないと解し、その後の具体的納税義務を確定する更正が可能である、と解しているのかが不明であるという点である。
この点は、判示が「法律行為を無効として主張することは許されない」としていることから、(a)の単なる主張制限ともとれるが、そうとすれば、前述したよう、私法上の錯誤無効に該当すれば、動機が租税負担の錯誤による無効であるとしても、法定申告期限後の更正の請求を認め、また、更正の期間制限の特例も認めていることと矛盾することになる。
加えて、本件のような錯誤無効による所得等の消滅の租税法の適用という問題は、事実関係の主張ではなく、法律解釈による条文の適用の問題であるから、その主張制限が 法的にいかなる意味を有しているのかということも不分明である。
次に、(b)のように実体法の解釈として、本件の租税負担の錯誤が無効であり、そ の経済的成果を喪失したとしても、課税要件事実は消滅しないという解釈は、もとより、ありえない解釈である。すなわち、具体的納税義務の確定前に、無効に基因して課税要件が消滅し抽象的納税義務は遡及的に発生していないことになった以上、それを本件更正のように具体的納税義務として確定させる理論的根拠を説明することができない5。また、(b)の解釈は、そもそも、無効に基因して経済的成果が失われたことから更正の請求が認められ、また、更正の期間制限が認められていることと矛盾することになり、当を得ない解釈である。
(3)本件贈与の無効と本件更正処分の効力
本判決は、本件贈与契約が錯誤無効であることを前提とし、その上、納税者の錯誤無効の主張を制限しているように思われる。その点についての疑問と問題点は前述したとおりであるが、このことは、本判決が理論的に不十分であり、そして、そのことを補充する理論的根拠が見出せない以上、本判決のこの点に関する判示は誤りといわざるを得ない。
そこで、次に、無効により所得等の課税要件事実が消滅した後に行われた本件更正処分の効力について、結論的に考察しておく。
贈与者の父xxxと原告らの本件出資の贈与契約は、当事者が1口の出資の価額が 5,000 円と言う前提で締結されたものであるから、当該契約は表明された動機の錯誤により無効であり、その無効に基因して、本件出資は贈与者のxxxに返還され名義も変更され、本件贈与前の原状に回復したことになるから、「贈与により取得した財産」という贈与税の課税要件事実は消滅したことになる。
したがって、本件の場合には、仮に、原告らの贈与税の確定申告により具体的納税義
5 その意味で、法定申告期限経過後の合意解除につき納税義務が消滅しないとした本件裁決及びこれと同趣旨と思われる贈与税個別通達はその理解を誤っている。この点については後述する。
務として確定した1口5,000円の評価での贈与税額についての更正の請求も可能である ともいえよう6。また、贈与により取得した財産の返還経済的成果の消失後に更正処分することができないことは、前述したとおりである7。贈与契約が無効を原因として、その 経済的成果(贈与財産の取得)が返還されたことにより、一旦、成立していた贈与税の抽象的納税義務が消滅した以上、具体的納税義務の確定は不可能であるということである。かかる解釈は、その経済的成果の返還による更正の請求が許されるか否かという手続
きの問題とは関わりなく、実体法上の解釈から導かれる論理であることに留意すべきである。つまり、更正の請求は、具体的納税義務の確定後に生じた課税要件事実の消滅又は減少による納税義務の是正に関する手続きであり、しかして、ここでの議論のように、具体的納税義務の確定前の課税要件事実の消滅又は減少の事実は、更正の請求とは無関係であるということである。
なお、敷衍するに、前述した国税通則法71条(更正の期間制限の特例)2号の無効に基因した経済的成果の喪失による3年間の更正の期間制限の特例は、国税の一般通則として相続税、贈与税に適用されることはいうまでもない。かくして、本件贈与の場合も、無効であることに起因して経済的成果(贈与により取得した財産)が失われているから、この特例対象となる。しかも、この規定には、「後発的事由の更正の請求」手続きの有無とは関わりなく、税務署長は、行政指針的義務としての減額更正義務を負担しているということである。
贈与により取得した経済的成果(財産の取得)が贈与契約の無効であることに起因して失われた場合につき、相続税法又は国税通則法に更正の請求に関するxxの規定を欠いているという法の形式的欠陥はあるが8、上記の更正の期間制限に関する国税通則法の規定によれば、本件贈与契約が無効であることに基因して、贈与財産の出資を贈与者へ返還し課税要件事実が失われている本件の場合には、確定申告の贈与税額が減額更正の対象になることは言うまでもない。
しかして、仮に、形式的解釈から、本件の場合には、更正の請求は認められないと解 するとしても、それは、国税通則法又は相続税法において、更正の請求が認められないにすぎず、相続税法における租税実体規定の解釈により、無効に起因して取得した贈与財産が失われた場合には、贈与税の抽象的納税義務は消滅しているのであるから、課税庁が当該贈与税の申告につき更正処分をするというのであれば、それは本件のような増額更正ではなく、国税通則法71条2号(無効に起因した経済的利得の返還)の「更正期間の特例」により、原告らの贈与税の申告により確定している申告税額を減額更正すべ
6 無効に起因して贈与により取得した財産を返還した場合の更正の請求については、相続税法には所得税法施行令274条のような更正の請求の特例の規定がなく、また、国税通則法23条2項でも直接規定するところではない。後述するように、かかる贈与契約の無効による財産の返還による課税関係の是正は、同法の同条項を準用して適用すべきことが合理的である。
7 それが可能であるのは、贈与財産の返還が再贈与(逆贈与)と認定できる事実関係がある場合に限定される。
8 最高裁昭和 57 年2月 23 日判決(サザツ事件・民集 36 巻2号 215 頁)は、青色申告承認取消処分が判決等で取り消され青色申告が復活した場合の繰越欠損金の控除は、納税者の更正の請求が許容されることを前提とした判示がなされているが、このような事例の更正の請求は、形式的には、国税通則法 23条2項の後発事由の更正の請求事由には該当しないが、納税者に、かかる減額更正を要求する権利を付与すべきであるという視点からの合理的な解釈というべきであろう。かかる解釈と同様に、贈与契約の無効を原因として贈与財産を返還して現状回復がなされているのであれば、同条項の更正の請求により救済を図るべきことは法の要請するところであると解される。
きことが、国税通則法の趣旨である。
以上のとおり、本件更正処分は、原告らが父・xxxから贈与により取得した本件x xを当該贈与の無効に基因して贈与者に返還し、贈与税の抽象的納税義務が消滅した後になされたものであるから、違法であり取消しを免れないと解すべきである。
5 合意解除後に行なわれた本件更正処分の効力
(1)合意解除の実態
以上のとおり、本件贈与契約は無効であり、本件更正処分は違法と解するが、百歩譲って、本件贈与契約が無効ではなく、相続人の原告らにより合意解除されたという認定に立つ場合の本件更正処分の効力を論ずる。なお、ここでの議論は、贈与契約の無効に起因して、契約の合意解除という法形式が採用され、贈与により取得した財産が返還された場合においても共通する議論であることを付言しておく。
(2)本判決の論旨とその前提論理の誤謬
本判決は、本件贈与が相続人間で合意解除されたこと自体を否定しているが、続いて、その合意解除がなされたことを前提として論を進めているので、この合意解除後に行われた更正処分の効力について検討を加えることとする。
本判決は、先に見た錯誤無効の場合と同様の論旨により、事後的合意により法律行為 を解消させるというものであることから、①納税者間のxxを害すること、②租税法律関係を不安定にすること、③ひいては申告納税方式の破壊につながること、と判示し、法定申告期限後に合意解除したとしても、その効果を主張して納税義務を免れることは許されないものと解すると判示して、合意解除による原状回復後に行われた本件更正処分は違法であるとする原告らの主張を排斥している。
ここでも、判決は幾つかの基本的な誤りを犯している。すなわち、①納税申告等によ り具体的納税義務が確定している場合の合意解除と、その納税義務確定前の合意解除に基づく原状回復により課税要件事実が消滅の場合とを混同して議論を展開していること、
②手続規定と実体規定とを混同して議論を展開していること、以上の基本的な国税通則法又は租税実体法の関連についての理解に誤りがある。
確かに、納税者が確定申告した後に、当事者の合意解除により確定した納税義務が自由に変更できるというのであれば、税収の早期安定という税制の要請に反して、租税法律関係を不安定にするということがいえようが、かかる合意解除がすべて確定した納税
9 このような解釈に対して、解除権(約定解除権・通法令6①二)には租税負担に関する解除条件は該当しないという解釈を採用するのであれは、解除権の行使による解除にも「やむをえない事情」による解除という制限を立法化するのが先決である。
義務の変更をもたらすものではないことはいうまでもない。本判決は、この点の国税通則法の制度体系を理解していないといわざるを得ない。
現在の国税通則法は、納税者の納税申告等により確定した租税債務額を増額する修正は納税者自ら行う修正申告(通法19)により是正を図り、一方、法定申告期限後の事後的事由による課税標準及び税額の減額の是正は更正の請求(通法23②他の個別税法の規定、以下、「後発的事由による更正の請求という。)により減額更正を求める制度を採用している。そして、かかる更正の請求が認められるのは、一定の事由に制限されているところ、本件のような税法不知による事後的事由による合意解除は、「法定申告期限後に生じたやむをえない事情(通法23②三)10」として政令で法定されている「当該契約後に生じたやむをえない事情(通令6①三)」には該当しないという解釈が判例理論として定 着している11。
したがって、確定した具体的納税義務を減額修正するためには、納税者からの更正の請求を待って、そして、その請求の理由が法所定の事由に該当する場合に初めて、税務署長の減額更正が行われるという制度であるから、確定した税額を合意解除により自由に変動させることにより租税法律関係が不安定となるものでもない。また、かかる更正の請求が認められる一定のやむをえない事情による合意解除に限定して、認められる減額更正であるから、納税者間の不xxをもたらすことになるものではなく、申告納税制度を破壊するものでもない。
本判決は、「原告らの合意解除に基づく納税義務の消滅の主張は認められないのと解 するのが相当である。」と判示しているが、ここでもその主張が制限されるということが、納税義務の発生・確定とどのように関連しているのかが明確ではない。訴訟における主張が制限されるというのが、xxxからのものであれば、別の議論がありえよう。しかし、本判決は、このような場合を想定しているのではなく、本件のように、納税申告により、納税義務が低額で確定している場合に、その確定した税額が誤りであり、多額な課税が行われる余地があるからといって、これを合意解除して原状に復して、その納税義務を消滅させ課税を免れるということを容認することはできないということであろう。
この場合、更正の請求が認められる合意解除であれば、本件のような申告期限後の解 除であっても、納税義務の消滅を認めて、その後に行われた更正処分は違法と言うことになるということを判決は理解しているのかどうかは不明である。しかし、本判決が、このような場合の合意解除を無視して更正処分を行うことが許されると理解しているとは思われないので、かかる理解を前提として、本件事案における本判決の論理的矛盾を検証する。
(3)租税実体規定による課税標準等の消滅等と手続規定(更正の請求)との関連
ところで、更正の請求が認められる場合の「やむをえない事情による合意解除」は、課税要件の充足が事後的に不充足となったということによる減額更正の請求事由である
10 前述した約定解除権による解除の場合には、いかなる事由の解除であっても、ここでの「やむをえない事情」に該当することとされている(通法23①三・通令6①一)。
11 東京地裁昭和60年10月23日(行集36巻10号1736頁)は、租税負担の知識の欠落あるいは誤解という主観的事実のみでは、「やむを得ない事情」には当たらないとする。
が、一方、やむを得ない事情に当らないとされている税法不知の場合の合意解除は、更正の請求という手続きが認められないというものであり、租税法律関係の早期の法定安定性という視座からの手続的制限であるということを、先ず、理解の前提に措く必要がある。
換言すれば、更正の請求の認められない合意解除であっても、その解除により収入した金員を返還した場合には、課税要件事実の消滅(例えば、所得の消滅)として、各税法の実体規定により課税標準額及び税額が減少する以上、税務署長は減額更正の指針的義務があるということである。それが通則法24条の更正の意義である。
この点の理解のために、幾つか例を挙げて検証しておきたい。
ア 更正の請求の手続きを経ていない場合の更正処分
先ず、通則法23条1項の原則的更正の請求に該当する場合に、法定の請求期間の法定申告期限から1年内に更正の請求を行わなかった場合には、更正に制限を受けることになるか。課税標準等は実体法上過大の違法状態にあるから、これを客観的xxの課税標準又は税額とするために、税務署長は減額更正することができるし、本来、これを知りえた場合には更正する義務(指針的義務)がある。つまり、更正の請求の手続規制と租 税実体法による課税標準等及び税額が過大又は消滅しているということとは別であるということである。したがって、税務署長が、法定申告期限から1年後に税務調査を実施して更正する場合、増額加算部分のみを更正し、更正の請求事由である課税標準の申告の過大部分の誤謬を減額しないで行なった更正は、客観的xxの課税標準等の額を超えた過大な更正処分として違法であり取り消されることになる。
この理は、後発的事由の更正の請求も同様である。すなわち、私法上、合意解除に遡及効がある以上、いかなる理由であろうとも合意解除に該当すれば、いったん充足していた課税要件が当該解除により事後的に消滅することになるから、納税申告をしている場合には、更正の請求を行ってその是正を図ることになる。一方、更正の請求が認められない合意解除であれば、手続きとしての更正の請求は制限を受けることになるが、各 税法の租税実体規定(課税標準等の発生・変更・消滅に関する規定)により、当該合意解除による原状回復により課税要件事実が消滅して納税義務が減少又は消滅するから、その後に、この合意解除を無視して更正処分を行うことは許されない。
イ 通則法22②と同①との関連(法定の更正の請求期間内の税法不知による原状回復)法定申告期限から1年内に、通則法23条2項の更正の請求が認められない「やむを得
ない事情以外の事情」により合意解除が行われ原状回復がなされ、法定期間内に原則的更正の請求(通法23①)が行われた場合には、かかる合意解除による更正の請求による減額更正は認められる。また、更正の請求のいかんにかかわらず、税務署長は減額更正する権限を有している。
つまり、通則法23条1項の本文「かっこ書」では、同2項の後発的事由の発生が「原則的更正の請求の期間満了の日後に到来するものに限る」と規定されていることから、当該原則的更正の請求の期間内における同項の後発的事由の更正の請求は、通則法23条
1項の原則的更正の請求として取り扱うこととなる。したがって、法定申告期限から1 年内に行われた同2項の後発的事由の更正の請求の対象とならない合意解除の場合には、通則法23条1項による更正の請求によることが認められると解すべきである。なぜなら
ば、合意解除が「やむを得ない事情」か「それに当らない事情」かということによって、税法上、異なる取扱いを受けるのは、更正の請求の制限であって、当該合意解除に至った事情によって、実体法上の課税標準等の額が異なるという解釈はありえないからである12。この差異を容認すべきと言うのであれば、それは立法による以外にはない。
別の角度から見ると、「やむを得ない事情」による合意解除が前記1年内の期間内に行われた場合には、通則法23条1項による更正の請求が認められるのに対して、同様の期間内に「やむを得ない事情以外の事情」による合意解除が行われた場合には、同条項の期間内の更正の請求が認められないということは、解釈上、整合性がないといえるであろう。
つまり、事情は何であれ合意解除に該当すれば、実体法上、遡及効をもって課税要件事実の減少、消滅の原因事実になるということであり、そのうち、「やむを得ない事情」による場合の更正の請求の期間の特例を設けたと解すべきである。そして、法定の後発的事由に該当しない「やむを得ない事情以外の事情」による合意解除については、本判決のいう租税法律関係の安定性の見地から、納税者からの減額更正発動の権利行使に制限を加えるための更正の請求手続きに関する期間とその事由からの手続制限と解すべきである。
ウ 継続事業による所得における合意解除の是正方法との比較論からの検証
ところで、継続事業を前提とする法人又は不動産売買等の継続事業を営む個人が、税 法不知に基因して売買契約を合意解除して原状回復した場合に発生した損失は、その原状回復の日を含む事業年度(年分)において前期損益修正損等として損金の額又は必要経費の額に算入され控除されることに異論を唱えるものはいないであろう。すなわち、このことは、いかなる事情による合意解除であっても、それが再売買ではなく私法上の合意解除であり、その利得した経済的成果が当該解除により返還されて消滅した以上、法人税法又は所得税法における租税実体法上の損失として認識されるということである。かかる税務処理が行われるのは、合意解除の事由いかんにかかわらず、租税実体法上は、課税要件事実の消滅又は変更の効果を前提としたものであるということであり、それがゴーイング・コンサーンの場合には、その課税要件事実の消滅等をその発生時の損金(必要経費)として所得金額から控除する是正方法が採用されているということである。
本件は、ゴーイング・コンサーンの場面ではないものの、資産評価額に関する贈与税負担の錯誤に基因して贈与契約が合意解除され、贈与により取得した財産を返還して原
12 この点については、見解の対立がある。筆者のような考え方を無制限説(xx説)といい、この見解に立つものとして、xxxx監修「DHCコンメンタール国税通則法」1巻1254頁、xxx「所得年度終了後に行われた合意解除の事実を申告に反映させることの可否」税務事例18巻6号(1986年)2頁、xxxxx「通常の更正の請求と特別の更正の請求との関係」シュトイエル328号1頁、xxxx「現物出資に係る錯誤・合意解除による『無効の効果の遡及の有無』と『国税通則法第23条第2項かっこ書の適用がある更正の請求にやむを得ない事情が必要か』について」(TKC税研情報1999年12月1日号39頁)等がある。これに対して、法定期間内の原則的更正の請求が認められるのは、後発的事由の更正の請求の事由に限定されるという制限説(二元説)がある。この説に立つものとして、xxx「錯誤又は合意解除による無効主張の可否」税理42巻6号(1999年)191頁参照。しかし、本文で指摘した実態的理由のほか、後発的更正の請求が創設される以前(昭和45年前)は、その後発的事由により課税要件事実の消滅、変更等が生ずれば、その事由に限定されず、原則的更正の請求により対処していたことからも、無制限説が妥当する。
状に服したのであるから、「贈与により取得した財産」という贈与税の課税要件は消滅したという租税実体法上の効果は異なるところはない。したがって、具体的納税義務は未確定のまま抽象的納税義務が消滅したものであるから、その後において、その存在しない「贈与により取得した財産」の評価額を誤りであるとして、増額更正により具体的納税義務を確定する処分を行うことは許されない。
なお、法定解除や約定解除に限らず合意解除によっても、法律上は遡及効を有しているというのが揺るぎない解釈であるが13、本訴訟において、被告税務署長は、合意解除は遡及効を有しないという主張を主位的に主張しているが、かかる主張が課税当局からな されるとは論外であり、心外であるというほかはない。従前の課税訴訟でも、合意解除についての争いがあるが、その中で、課税庁から遡及効はないなどという主張がなされたことはない。仮に、かかる見解が妥当であれば、「やむを得ない事情」による合意解除も遡及効はないということになり更正の請求は認められないことになるし、また、合意解除による利得の返還がなされていないとして、納税者の主張を排斥した後述の最高裁判決の事案が発生する余地もなかったことになる。本件被告税務署長の主張は、極めて不見識である。
(4)先例判決からの考察
以上の理論的な正当性について、以下、先例から検証する。
納税者が居住用財産の譲渡の特別控除が認められるとの認識の下で同族会社に対して行った土地譲渡について、同族会社に対する居住用財産の譲渡は特別控除の適用はないことが判明したために、その翌年の申告期限には申告せず、法定申告期限後に当該土地売買の契約の一部について合意解除した事実を反映した期限後申告を提出した事例について、税務署長が、解除前の所得を認定して更正処分を行った是非が争われた事件があ
る。 .....
.こ.の.事.件.の.最.高.裁.平.成.2.年.5.月.11日判決(訟務月報35巻1号1080頁)は、「本件合意解
除の問題は、その成立時期でなく、上告人(納税者)における本件土地持分価額相当の
収入が、本件合意解除の結果、いつ、現実に消滅したかである。」(要旨、傍点・筆者)と判示し、合意解除の成立時期やその合意解除の理由は問題にせず、本件の場合、更正処分時においては、納税者はその売買により得た売買代金を返還せず収入は消滅していないから、当該更正処分は適法であると判示した。
この判決が判示する法的根拠は、本件売買契約が解除されているとしても更正処分時において、その譲渡により得た売買代金が返還され消滅していない以上は、譲渡による所得は消失していないから当該更正処分は適法であるというものである。この判決の論理は、無効による法律行為であっても、その無効行為に起因して経済的成果を得ている以上、その経済的成果が課税所得を構成し、一方、その経済的成果が消失した場合には、課税所得が消滅するという所得税法(例えば、所得税法施行令141条三号、同274条など参照)や国税通則法(例えば、国税通則法23条2項、同71条二号参照)の規定を合理的に解釈した判示である。
つまり、この判決は、「更正処分時において合意解除によって利得が返還され収入が 消滅している場合は、本件更正処分は違法である。」ことを明言した判決であり、高く
13 xxx他編集『民法(5)―契約総論―』有斐閣双書 196~197 頁。
評価できる。
これを本件に照らせば、本件贈与により取得した本件出資を合意解除して贈与により 取得した本件出資を返還し原状に復した以後に、その贈与財産の評価額を増額する更正処分を行うことは、消滅した課税要件事実(贈与により取得した財産)の存在を擬制して納税義務を確定するものであるから、xxの事実関係を逸脱した不当な課税処分として違法であるというのが、当該最高裁判決の論理的帰結である。
ところで、課税庁及び本判決は、大阪高裁平成8年7月 25 日判決(最高裁平成 10 年 1
月 27 日判決)の先例をベースにした理論であると思われるが、この事案は、土地の現物出資により会社を設立したものであるが、その土地の現物出資に対して譲渡所得課税がなされる事実を税務調査において指摘されて、錯誤無効又は合意解除によって土地の現物出資から金銭出資に変更したことが問題とされたものである。
本件控訴審判決は、本件現物出資の無効による主張とその撤回による現物出資の譲渡所得課税への影響を否定して、納税者の主張を排斥した。それは、この事案は、現物出資という法人の設立の組織行為に関する事案であり、本件のような双務契約による贈与契約とは異質の事案であること、加えて、原告納税者の税務調査が開始された後に、錯誤による無効の主張をしたものであり、いわば、非違が判明したら錯誤無効又は合意解除するという場合の主張制限を判示したものであり、しかも、現物出資前の原状回復が果たされているともいえない事案に対する判示である。したがって、本件のような双務契約による贈与契約とは異なる事案であり、また、本件事案は税務調査が開始されてから指摘されたものでもないから、本件には不適切な事案というべきである。
6 贈与税の個別通達について
これまでに論じた税法解釈の結論は、「名義変更等が行われた後にその取消等があった場合の贈与税の取扱いについて」(昭和39年5月23日付・直審(資)22・直資68)と異なるものである。本判決は、当該通達を摘示してその合理性を判示しているが、当該通達は、前述した理論的な解釈からも疑義がある。この点について簡単に触れておく。
当該通達は、その「8」において、贈与契約が法定取消権又は法定解除権により取消し 又は解除された場合には、贈与税は課税しないこととし、この場合には更正の請求が認められることを明らかにしている(同通達「9」)。一方、同通達「11」(「合意解除により贈与の取消しがあった場合の取扱い」)では、上記「8」の法定解除権以外による解除等、つまり、合意解除等による「贈与契約の取消し又は解除があった場合においても、当該贈与契約に係る財産について贈与税の課税を行うことに留意する。」と規定している。
しかしながら、この通達は、法定解除xxによる解除であれば、贈与税の課税要件事実が消滅するが、合意解除の場合には当該要件事実が消滅しないことの理論的根拠が何ら示されていない。前述したように、私法上、遡及効のある法定解除権の行使による解除であろうと合意解除であろうと、その私法上の法律効果に差異がない以上、この両者を租税実体法上別異に取り扱うことには合理的根拠は認められない。
税法上、両者の解除の税法的効果の相違、つまり、法定解除権の行使による解除の場合には、贈与税の課税要件事実が消滅し、その消滅後では当初の贈与により取得した財産の評価の誤りは更正できないが、合意解除であれば、その評価の誤りを更正できるという税法上の相違を合理的に説明することは不可能であるということである。私法上、遡及効により原状回復義務を有する法定解除と合意解除を、税法上、別異に取り扱うた
めには、税法において、特別の規定を要することはいうまでもない。しかして、かかる特別の規定が存在しない以上、いずれの贈与契約の解除も、私法上の贈与の法的効果が遡及的に消滅するのである。つまり、私法上の解除によって、贈与財産が返還されて贈与事実が消滅した以上、その存在しない贈与財産の評価額に誤りがあるとして更正することは許されないということであり、それは、更正の請求が許される法定解除xxの行使による解除か、それが許されない合意解除かによって異なるものではない。それが異なるのは、更正の請求という手続きが認められるか否かという点に過ぎない。
また、当該個別通達「11」は、国税通則法では、「やむを得ない事情による合意解除」 については、後発的な更正の請求を認めているにもかかわらず(遡及消滅)、本通達が、法定解除権と法定取消権による解除又は取消以外の合意解除については、「やむを得ない事情による合意解除」であっても、贈与税を課税するとしているが、当該通達は、「やむを得ない事情による合意解除」につき更正の請求を認めている国税通則法の規定と真っ向から抵触することになる。
さらに、法人から個人が贈与契約により受けた経済的利益は一時所得として課税されるが、それがやむを得ない事由により合意解除された場合には、国税通則法23条2項による更正の請求が認められ、その一時所得課税の減額是正が図られることになるし、また、当該法所定の事由に該当しない合意解除であれば、納税者は同条項の後発的事由による更正の請求ができないということにすぎない。つまり、法人から受けた一時所得課税は、いかなる事由による合意解除であっても、また、更正の請求のいかんにかかわらず、私法上、遡及効がある以上、当該所得は贈与時に遡及して消滅するから、所得が合 意解除により消滅した後に、当該所得の存在を擬制して増額更正の対象とすることはできない。
しかるに、これと同じ法的効力を有する個人間の贈与契約の合意解除につき、贈与による経済的成果(財産の取得)が失われているにもかかわらず、その事実を捨象し、いったん行われた贈与については、贈与税を課税するという当該通達の法解釈は理論的に破綻している。
小 括
14 xxx『課税・救済手続精説』財経詳報社(1999 年)123 頁。
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