国際会計基準審議会(IASB)は 2014 年 5 月
はじめに
国際会計基準審議会(IASB)は 2014 年 5 月
28 日に、国際財務報告基準第 15 号「顧客との契約から生じる収益」( 以下「本基準」又は
「IFRS 第 15 号」という。)を公表した。また、米国財務会計基準審議会(FASB)も同日、会計基準更新書(ASU)第 2014─09 号「顧客との契約から生じる収益(Topic 606)」( 以下
「ASU 第 2014─09 号」という。)を公表した。 本稿では、本基準の概要について解説する。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。
1 | 本基準公表の背景及び理由 |
収益は、財務諸表利用者にとって企業の財務業績及び財政状態を評価する上で重要な数字である。しかし、従来の収益認識の会計基準は、国際財務報告基準(IFRS) と米国会計基準
(US GAAP)で異なったものであった上、共に改善の必要があった。
IFRS と US GAAP における従来の収益認識の会計基準には以下のような特徴があった。
IFRS 第 15 号「顧客との契約から生じる収益」の解説
xxxxx xxxx
(前)ASBJ 専門研究員
xx xx
特別企画 2
IFRS では、限定的なガイダンスしか示しておらず(例えば、複数要素契約の会計処理など)、複雑な取引への適用が困難な場合があった。
US GAAP は、大まかな収益認識の概念と特定の業種又は取引に関する多数の要求事項で構成されており、経済的に類似した取引について異なる会計処理が行われる結果となる場合があった。
このため、IASB と FASB は、収益認識に関する原則を明確化し、従来の会計基準を改善するため、共通の収益基準を開発するための共同プロジェクトに着手し、進めてきた。今般公表された IFRS 第 15 号と ASU 第 2014─09 号により、これらの改善目的は達成され、また、 IFRS と US GAAP において収益認識の会計基準は、ほぼ同一のものとなった。
2 | 本基準の内容 |
⑴ 目的及びコア原則
① 目 的
本基準の目的は、顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に関する有用な情報を財務諸表利
用者に報告するために、企業が適用しなければならない原則を定めることである、とされている(第 1 項1)。
② コア原則
上述の目的を満たすため、本基準のコアとなる原則として、企業は収益の認識を、財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込んでいる対価を反映する金額で描写するように行わなければならない、とされている(第 2 項)。
⑵ 範 囲
企業は、以下を除き、顧客とのすべての契約に本基準を適用しなければならないとされている(第 5 項)。
⒜ リース契約
⒝ 保険契約
⒞ 金融商品
⒟ 顧客又は潜在的顧客への販売を容易にするための、同業他社との非貨幣性の交換
⑶ 5 ステップの適用
IFRS 第 15 号の特徴の 1 つとして、5 ステップの適用がある。企業は、【図表 1】のステップを適用することにより、⑴②で述べたコア原則に従って収益を認識することとされている
(IN7 項)。
⑷ ステップ 1 からステップ 5 に沿った本基準の説明
以下では、⑶で記述した 5 ステップの順に本基準における要求事項を説明していく。
【図表 1】IFRS 第 15 号を適用するための 5 ステップ
ステップ 1:顧客との契約を識別する |
ステップ 2:契約における履行義務を識別する |
ステップ 3:取引価格を算定する |
ステップ 4:取引価格を契約における履行義務に配分する |
ステップ 5:企業が別個の履行義務の充足時に (又は充足するにつれて)収益を認識する |
① ステップ 1:顧客との契約を識別する
ⅰ 契約の存在
企業は、以下の要件のすべてに該当する場合にのみ、本基準の範囲に含まれる顧客との契約を会計処理しなければならないとされている
(第 9 項)。
⒜ 契約の当事者が、契約を承認(書面で、口頭で又は他の慣習的な事業慣行に従って)しており、それぞれの義務の履行を確約している。
⒝ 企業が、移転すべき財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できる。
⒞ 企業が、移転すべき財又はサービスに関する支払条件を識別できる。
⒟ 契約に経済的実質がある(すなわち、契約の結果として、企業の将来キャッシュ・フローのリスク、時期又は金額が変動すると見込まれる)。
⒠ 企業が、顧客に移転する財又はサービスと交換に権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高い。対価の金額の回収可能性が高いかどうかを評価する際に、企業は、顧客が期限到来時に当該対価の金額を支払う能力と意図だけを考慮しなければならない。
上記⒠について、企業が権利を得ることに
1 本稿において特に明示しない限り、記述された項番号は IFRS 第 15 号における項番号を示す。
【図表 2】契約変更の状況ごとの取扱い
状 況 | 要求されている取扱い | |
1 | 契約の当事者が契約変更を承認していない(契約変更はまだ存在していない)。 | 契約変更が承認されるまで、本基準を既存の契約に引き続き適用する。 |
2 | 契約変更が存在し、以下の両方の要件が該当する。 ⒜ 別個のものである約束した財又はサービス (ステップ 2 を参照)の追加により、契約の範囲が拡大する。 ⒝ 契約の価格が、追加的に約束した財又はサービスについての企業の独立販売価格と具体的な契約の状況を反映するための当該価格の適切な調整とを反映した対価の金額の分だけ、増額される2。 | 契約変更を独立した契約として会計処理する。 |
3 | 契約変更が存在し、上記 2 で記述した要件には該当しない。 | 約束した財又はサービスのうち契約変更日現在でまだ移転していないものを、以下のような方法で会計処理する。 ⒜ 残りの財又はサービスが、契約変更日以前に移転した財又はサービスと別個のものである場合には、企業は、契約変更を既存の契約の終了と新契約の創出であるかのように会計処理する。 ⒝ 残りの財又はサービスが別個のものではなく、したがって、契約変更日現在で部分的に充足されている単一の履行義務の一部を構成する場合には、企業は、契約変更を既存の契約の一部である かのように会計処理する。 |
なる対価の金額は、企業が顧客に価格譲歩
(price concession)を提供することにより対価に変動性がある場合には、契約に記載された価格よりも少なくなることがある、とされている
(第 9 項⒠)。つまり、価格譲歩が顧客に期待されている等の状況により対価に変動性があると判断される場合には、契約に記載された対価の満額の回収の可能性が高くなくても、本基準の適用範囲外とはならない。
また、本基準適用の目的上、各契約当事者が他の当事者に補償することなしに完全に未履行
の契約を解約する一方的な強制可能な権利を有する場合には、契約は存在しない。次の両方の要件に該当する場合には、契約は完全に未履行であるとされている(第 12 項)。
⒜ 企業がまだ、約束した財又はサービスを顧客に移転していない。
⒝ 企業が、約束した財又はサービスと交換に、いかなる対価もまだ受け取っておらず、受け取る権利もまだ得ていない。
ⅱ 契約の結合
企業は、次の要件のいずれかに該当する場合
2 例えば、企業は、同様の財又はサービスを新規顧客に販売する際には生じるであろう販売関連コストを企業が負う必要がないことにより顧客が受ける値引きについて、独立販売価格を調整する場合がある(第 20 項⒝)。
には、同一の顧客(又は顧客の関連当事者)と同時又はほぼ同時に締結した複数の契約を結合して、単一の契約として会計処理することが要求されている(第 17 項)。
⒜ 契約が単一の商業的目的を有するパッケージとして交渉されている。
⒝ 1 つの契約で支払われる対価の金額が、他の契約の価格又は履行に左右される。
⒞ 複数の契約で約束した財又はサービス(又は各契約で約束した財又はサービスの一部)が、ステップ 2 における要求事項に従うと単一の履行義務である。
ⅲ 契約変更
契約変更とは、契約の当事者が承認した契約の範囲又は価格(あるいはその両方)の変更である。契約変更が存在するのは、契約の当事者が、契約の当事者の強制可能な権利及び義務を新たに創出するか又は既存の権利義務を変更する改変を承認した場合であるとされている(第 18 項)。
契約変更に関しては【図表 2】のような取扱いが要求されている(第 18 項~第 21 項)。
② ステップ 2:契約における履行義務を識別する
契約開始時に企業は、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、当該約束により顧客に移転する財又はサービス(あるいは財又はサービスの束) が別個のものである
(distinct)とき、それぞれを区分して履行義務として識別しなければならないとされている
(第 22 項)。
顧客に約束している財又はサービスは、次の要件の両方に該当する場合には、別個のものであるとされている(第 27 項)。
⒜ 顧客がその財又はサービスからの便益を、それ単独で又は顧客にとって容易に利用可能な他の資源と組み合わせて得ることができる
【図表 3】財又はサービスが契約の文脈の中で別個のものであることを示す要因
⒜ 企業が、当該財又はサービスを契約において約束している他の財又はサービスと統合することにより顧客が契約した結合後のアウトプットを示す財又はサービスの束にする重要なサービスを提供していない。言い換えると、企業が当該財又はサービスを、顧客が指定した結合後のアウトプットの製造又は引渡しのためのインプットとして使用していない。 |
⒝ 当該財又はサービスが、契約の中の別の財又はサービスの大幅な修正又はカスタマイズをしない。 |
⒞ 当該財又はサービスが、契約で約束した他の財又はサービスへの依存性や相互関連性が高くはない。例えば、顧客が契約の中の他の約束した財又はサービスに重大な影響を与えずに、当該財又はサービスを購入しないことを決定できるという事実は、当該財又はサービスが、当該他の財又はサービスへの依存性や相互関連性が高くはないことを示している可能性がある。 |
(すなわち、当該財又はサービスが別個のものとなり得る(capable of being distinct )。
⒝ 財又はサービスを顧客に移転するという企業の約束が、契約の中の他の約束と区分して識別可能である(すなわち、当該財又はサービスが契約の文脈の中で別個のものである
(distinct within the context of the con- tract )。
財又はサービスを顧客に移転するという企業の約束が、上記⒝に従って区分して識別可能であることを示す要因には、【図表 3】に記載のものが含まれるが、これらには限らないとされている(第 29 項)。
③ ステップ 3:取引価格を算定する
取引価格は、顧客への約束した財又はサービスの移転と交換に企業が権利を得ると見込んで
【図表 4】取引価格の算定にあたり影響を考慮すべき項目
項 目 | 取引価格の算定への影響 |
変動対価 | 下述の<変動対価の取扱い>を参照 |
重大な金融要素の存在 | 㾎契約が重大な金融要素を含んでいる場合3、約束された対価の金額を貨幣の時間価値の影響について調整をする(第 60 項)。 㾎当該調整をする目的は、財又はサービスが顧客に移転された時点で(又は移転されるにつれて)顧客が現金を支払ったとした場合の価格(現金販売価格)を反映する金額で収益を認識することである(第 61 項)。 㾎当該調整をする際に、企業は、契約開始時における企業と顧客との間での独立した 金融取引に反映されるであろう割引率を使用する(第 64 項)。 |
現金以外の対価 | 㾎現金以外の対価はxx価値で測定する(第 66 項)。 㾎現金以外の対価のxx価値を合理的に見積れない場合には、当該対価の測定を、約束した財又はサービスの独立販売価格を参照して間接的に行う(第 67 項)。 |
顧客に支払われる対価 | 㾎企業は、顧客に支払われる対価を、取引価格(したがって、収益)の減額として会計処理する(第 70 項)。 㾎ただし、顧客への支払が、顧客が企業に移転する別個の財又はサービスとの交換によるものである場合は、以下のように取り扱う(第 71 項)。 当該財又はサービスの購入を仕入先からの他の購入と同じ方法で会計処理する。顧客に支払われる対価が、企業が顧客から受け取る別個の財又はサービスのxx価値を超える場合には、その超過額を取引価格の減額として会計処理する。 顧客から受け取る財又はサービスのxx価値を合理的に見積れない場合には、顧 客に支払われる対価の全額を取引価格の減額として会計処理する。 |
いる対価の金額であり、第三者のために回収される金額(例えば、一部の売上税)を除くとされている(第 47 項)。
取引価格を算定する際に、企業は【図表 4】の影響を考慮することが要求されている(第 48 項)。
<変動対価の取扱い>
契約において約束された対価が変動性のある金額を含んでいる場合について、本基準では以下の 2 つのステップに分けた要求事項になっている。
⒜ 権利を得ることとなる対価の金額を見積る
(第 50 項、第 53 項)。
⒝ ⒜で見積られた変動対価のうち、一定の制
限をかけた範囲の金額のみ(制限の内容は後述)、取引価格に含める(第 56 項)。
~⒜権利を得ることとなる対価の金額の見積り~
企業は、変動対価の金額の見積りを、企業が権利を得ることとなる対価の金額をどちらの方法がより適切に予測できると見込んでいるのかに応じて、【図表 5】に記載のいずれかの方法を用いて行わなければならないとされている
(第 53 項)。
~⒝変動対価の見積りの制限~
企業は、⒜に従って見積られた変動対価の金額の一部又は全部を、変動対価に関する不確実性がその後に解消される際に、認識した収益の
3 実務上の便法として、契約開始時において、企業が約束した財又はサービスを顧客に移転する時点と顧客が当該財又はサービスに対して支払を行う時点との間の期間が 1 年以内となると見込まれる場合は、重大な金融要素の影響について調整する必要はない(第 63 項)。
【図表 5】変動対価の金額の見積り方法
見積りの方法 | 方法の説明 | 変動対価の適切な見積りとなる可能性がある状況 |
期待値 | 考え得る対価の金額の範囲における確率加重金額の合計にて算出 | 企業が特徴の類似した多数の契約を有している場合 |
最も可能性の高い金額 | 考え得る対価の金額の範囲のうち、単一の最も可能性の高い金額を選択 | 契約で生じ得る結果が 2 つしかない場合(例えば、企業が業績ボーナスを達成するかしないかのいずれかである場合) |
累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高い(highly probable) 範囲でのみ、取引価格に含めなければならないとされている(第 56 項)。
重大な戻入れが生じない可能性が非常に高いかどうかを評価する際に、企業は、収益の戻入れの確率と大きさの両方を考慮しなければならない。収益の戻入れの確率又は大きさを増大させる可能性のある要因には、以下が含まれる
(第 57 項)。
⒜ 企業の影響力の及ばない要因の影響を非常に受けやすいか
⒝ 不確実性が解消しない期間が長期間か
⒞ 類似した種類の契約についての企業の経験
(又は他の証拠)が限定的であるか
⒟ 類似の状況の類似の契約で、広い範囲の価格譲歩又は支払条件の変更を提供する慣行があるか
⒠ その契約には、考え得る対価の金額が多数あり、金額の幅が広いか
④ ステップ 4:取引価格を契約における履行義務に配分する
取引価格を配分する目的は、企業がそれぞれの履行義務に対する取引価格の配分を、企業が約束した財又はサービスを顧客に移転するのと交換に権利を得ると見込んでいる対価の金額を描写する金額で行うことである、とされている。
ⅰ 独立販売価格の比率による配分
上記の配分の目的を満たすため、企業は、契約で識別されているそれぞれの履行義務に対する取引価格の配分を独立販売価格の比率に基づいて行わなければならない(ただし以下のⅱ値引きの配分、ⅲ変動対価の配分で記述する特定の状況を除く)とされている(第 74 項)。
独立販売価格の最良の証拠は、企業が当該財又はサービスを同様の状況において同様の顧客に別個に販売する場合の、当該財又はサービスの観察可能な価格である(第 77 項)。
独立販売価格が直接的に観察可能ではない場合には、企業は、独立販売価格を配分目的に合致する取引価格の配分をもたらす金額となるように見積らなければならない(第 78 項)。財又はサービスの独立販売価格を見積るための適切な方法には、【図表 6】に記載のものが含まれるとされている(第 79 項)。
ⅱ 値引きの配分
下述の値引きの全体が契約における履行義務のうちの 1 つだけ又は複数(しかし全部ではない)に関するものであるという観察可能な証拠を有している場合を除き、企業は、値引きを契約の中のすべての履行義務に比例的に配分しなければならないとなっている(第 81 項)。
企業は、次の要件のすべてに該当する場合には、値引きをすべて、契約の中の(全部ではない 1 つないし複数の)特定の履行義務に配分し
なければならないとされている(第 82 項)。
⒜ 企業は通常、契約の中の別個の財又はサー
【図表 6】独立販売価格の見積り方法
アプローチ名 | 説 明 |
調整後市場評価アプローチ | 財又はサービスを販売する市場を評価して、当該市場の顧客が当該財又はサービスに対して支払ってもよいと考えるであろう価格を見積る。 |
予想コストにマージンを加算するアプローチ | 履行義務の充足の予想コストを予測し、当該財又はサービスに対する適切なマージンを追加する。 |
残余アプローチ | 取引価格の総額から契約で約束した他の財又はサービスの観察可能な独立販売価格の合計を控除した額を参照して行う4。 |
ビスの(又は別個の財又はサービスの束)それぞれを単独で販売している。
⒝ 企業が通常、それらの別個の財又はサービスのうちのいくつかを束にしたものも、それぞれの束の中の財又はサービスの独立販売価格に対して値引きをして販売している。
⒞ ⒝に記述した財又はサービスの束のそれぞれに帰属する値引きが、当該契約における値引きとほぼ同じであり、それぞれの束の中の財又はサービスの分析により、当該契約における値引きの全体がどの履行義務に属しているかの証拠がある。
ⅲ 変動対価の配分
契約の中で約束された変動対価は、契約全体に帰属する場合もあれば、契約の特定の一部分に帰属する場合もあるとされている( 第 84項)。企業は、次の要件の両方に該当する場合
には、変動性のある金額(及び当該金額のその後の変動)の全体を、特定の履行義務に配分することが要求されている(第 85 項)。
⒜ 変動性のある支払の条件が、企業が当該履行義務を充足するための努力(又は当該履行義務の充足の特定の結果)に個別に関連している。
⒝ 変動性のある対価の金額の全体を、当該履行義務に配分することが、契約の中の履行義務及び支払条件のすべてを考慮すると、上述の取引価格の配分の目的に合致する。
⑤ ステップ 5:企業が別個の履行義務の充足時に(又は充足するにつれて)収益を認識する 企業は、約束した財又はサービス(すなわ ち、資産)を顧客に移転することによって履行
義務を充足した時に(又は充足するにつれて)、収益を認識することが要求されている。資産は、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時に(又は獲得するにつれて)、顧客に移転されるとなっている(第 31 項)。
資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを獲得する能力を指し、他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を得ることを妨げる能力も含まれる、とされている(第 33 項)。
ステップ 2 に従って識別された履行義務のそれぞれについて、企業は、契約開始時に、企業が履行義務を一定の期間にわたり充足するのか、それとも一時点で充足するのかを決定することが要求されている(第 32 項)。
4 残余アプローチを使用できるのは、次の要件のいずれかに該当する場合だけである(第 79 項⒞)。
㾎企業が同一の財又はサービスを異なる顧客に(同時に又はほぼ同時に)広い範囲の金額で販売している(すなわち、代表的な独立販売価格が過去の取引又は他の観察可能な証拠から識別可能でないため、販売価格の変動性が高い)。
㾎企業が当該財又はサービスについての価格をまだ設定しておらず、当該財又はサービスがこれまで独立して販売されたことがない(すなわち、販売価格が不確定である)。
本基準の項番 | 要件の内容 | 検討のポイント(適用指針 B3 項~B13 項) |
第 35 項⒜ | 顧客が、企業の履行によって提供される便益を、企業が履行するにつれて同時に受け取って消費する。 | 一部の種類の履行義務では、当該評価は単純である (例、日常的又は反復的なサービス(清掃サービスなど )。 企業が現在までに完了した作業について他の企業が残りの履行義務を顧客に対して履行するとした場合に、作業の大幅なやり直しをする必要はないと判断される 場合には、この要件に該当する。 |
第 35 項⒝ | 企業の履行が、資産(例えば、仕掛品)を創出するか又は増価させ、顧客が当該資産の創出又は増価につれてそれを支配する。 | 当該判定する際に、企業は上述を含む支配に関する要求事項及び以下の【図表 9】の指標を適用する。 |
第 35 項⒞ | 企業の履行が、企業が他に転用できる資産を創出せず、かつ、企業が現在までに完了した履行に対する支払を受ける強制可能な権利 (顧客により契約が解約される場合に、少なくとも現在までに完了した履行について企業に補償する金額に対する権利を有している。 | <他に転用できる資産を創出しない> 当該評価の際、企業が当該資産を別の用途(別の顧客への売却など)に向けることを容易に指図する能力に対する契約上の制限又は実務上の制約の影響を考慮する。 <現在までに完了した履行に対して支払を受ける権利>企業が現在までに完了した履行に対して企業に補償する金額は、現在までに移転した財又はサービスの販売価格に近似した金額(例えば、企業が履行義務を充足する際に生じたコストに合理的な利益マージンを加算 したもの)である。 |
⒤ 一定期間にわたり充足される履行義務
<一定期間にわたり充足される履行義務の判定>
【図表 7】の要件のいずれかに該当する場合には、企業は、財又はサービスに対する支配を一定の期間にわたり移転し、したがって、履行義務の充足及び収益の認識を一定の期間にわたり行うと判定される、となっている( 第 35項)。
<履行義務の完全な充足に向けての進捗度を測定するための方法>
一定の期間にわたり充足される履行義務のそれぞれについて、企業は、当該履行義務の完全な充足に向けての進捗度を測定することにより、収益を一定の期間にわたり認識することが
要求されている。進捗度を測定する目的は、企業が約束した財又はサービスに対する支配を顧客に移転する際の履行(すなわち、企業の履行義務の充足) を描写することである( 第 39項)。
進捗度の適切な方法には、【図表 8】の方法が含まれる(第 41 項)。
ⅱ 一時点で充足される履行義務
履行義務が【図表 7】等に従って一定の期間にわたり充足されるものではないと判定された場合には、当該履行義務は一時点で充足することになる。顧客が約束された資産に対する支配を獲得し、企業が履行義務を充足する時点を決定するために、企業は上述の第 33 項等の支配に関する要求事項を考慮し、さらに、支配の移
【図表 8】進捗度を測定するための方法
方 法 | 説明(適用指針 B15 項~B19項) |
アウトプット法 | 現在までに移転した財又はサービスの顧客にとっての価値の直接的な測定と、契約で約束した残りの財又はサービスとの比率に基づいて、収益を認識する。 現在までに完了した履行の調査、達成した成果の鑑定評価、達成したマイルストーン、経過期間、生産単位数又は引渡単位数などの方法が含 まれる。 |
インプット法 | 収益の認識を、履行義務の充足のための企業の労力又はインプット(例えば、消費した資源、費やした労働時間、発生したコスト、経過期間、機械使用時間)が、当該履行義務の充足のための予想されるインプット合計に占める割合に基づいて行う。 |
転の【図表 9】に挙げる指標を考慮するとされている(第 38 項)。
⑸ 契約コスト
ⅰ 契約獲得の増分コスト
契約獲得の増分コストとは、顧客との契約を獲得するために企業に発生したコストで、当該契約を獲得しなければ発生しなかったであろうものである(第 92 項)。企業は、顧客との契約獲得の増分コストを回収すると見込んでいる場合には、当該コストを資産として認識することが要求されている(第 91 項)。なお、実務上の便宜として、企業は、認識するはずの資産の償却期間が 1 年以内である場合には、契約獲得の増分コストを発生時に費用として認識することができる(第 94 項)。
契約を獲得するためのコストのうち、契約を獲得したかどうかに関係なく発生したであろうコストは、顧客に明示的に請求可能な場合を除き、発生時に費用として認識しなければならない(第 93 項)。
ⅱ 契約を履行するためのコスト
顧客との契約を履行する際に発生したコストが、他の基準(例えば、IAS 第 2 号「棚卸資産」、IAS 第 16 号「有形固定資産」又は IAS第 38 号「無形資産」)の範囲に含まれない場合には、企業は、契約を履行するために生じたコストが以下の要件のすべてに該当するときにだけ、当該コストからの資産を認識することが要求される(第 95 項)。
⒜ 当該コストが、契約又は企業が具体的に特定できる予想される契約に直接関連している。
⒝ 当該コストが、将来における履行義務の充足(又は継続的な充足)に使用される企業の資源を創出するか又は増価する。
⒞ 当該コストの回収が見込まれている。
企業は、一般管理費、契約を履行するための仕損した材料、労働力又は他の資源のコストのうち契約の価格に反映されなかったもの、過去の履行義務に関するコスト等については、発生時に費用として認識しなければならない(第 98 項)。
ⅲ 償却及び減損
ⅰ及びⅱに従って認識した資産は、当該資産に関連する財又はサービスの顧客への移転と整合的で規則的な基礎で償却することが要求される(第 99 項)。
また、これらの資産の帳簿価額が次の⒜から
⒝を差し引いた金額を超過する範囲で、減損損失を純損益に認識することとされている(第 101 項)。
⒜ 当該資産が関連する財又はサービスと交換に企業が受け取ると見込んでいる対価の残り
指 標 | 考慮する際の留意事項 |
企業が資産に対する支払を受ける現在の権利を有している | ─ |
顧客が資産に対する法的所有権を有している | 企業が法的所有権を顧客の支払不履行に対する保護としてのみ保持している場合には、企業の当該権利は、顧客が資産に対する支配を獲得することを妨げるものではない。 |
企業が資産の物理的占有を移転した | 物理的な占有は資産に対する支配と一致しない場合もある。例えば、買戻し契約や委託販売契約の中には、顧客又は受託者が、企業が支配している資産の物理的占有を有するものがある。逆に、請求済未出荷契約の中には、企業が、顧客が支配している財の物理的占有を有するものがある。 |
顧客が資産の所有に伴う重大なリスクと経済価値を有している | 約束した資産の所有に伴うリスクと経済価値を評価する際に、企業は、当該資産を移転する履行義務のほか、独立した履行義務を生じさせるリスクを除外しなければならない。例えば、企業が資産に対する支配を顧客に移転しているが、移転した資産に関連した維持管理サービスを提供する追加的な履行義務をまだ充足していない場合がある。 |
顧客が資産を検収した | 財又はサービスの支配が契約で合意された仕様に従って顧客に移転されたことを企業が客観的に判断できる場合には、顧客の検収は形式的であり、企業が財又はサービスの支配をいつ獲得したかに関する企業の判断に影響を与えない(B84項)。 顧客に提供する財又はサービスが契約で合意された仕様に従っていると企業が客 観的に判断できない場合には、企業は、顧客の検収を受けるまで、顧客が支配を獲得したと判断することができない(B85 項)。 |
の金額
⒝ 当該財又はサービスの提供に直接関連し、まだ費用として認識されていないコスト
⑹ 表 示
本基準では、契約のいずれかの当事者が履行している場合には、企業は財政状態計算書において、契約資産又は契約負債として表示し、対価に関する無条件の権利があれば債権として区分表示することとされている(第 105 項)。なお、本基準は、「契約資産」及び「契約負債」という用語を用いているが、企業が財政状態計算書においてそれらの項目に代替的な名称を用いることは妨げない(第 109 項)。
⑺ 開 示
開示要求の目的は、顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を企業が開示することである(第 110 項)。この目的を達成するために要求されている定量的情報及び定性的情報の開示のうち、主なものは【図表 10】のとおりである。
⑻ 発効日及び経過措置等
ⅰ 発効日
企業は、本基準を 2017 年 1 月 1 日以後開始する事業年度に適用することとされている。早期適用は認められ、その場合にはその旨を開示
【図表 10】開示要求項目
項 目 | 開示内容 |
顧客との契約(第 113 項~第122 項) | 認識した収益の金額等 㾎顧客との契約から認識した収益 㾎企業の顧客との契約から生じた債権又は契約資産について認識した減損損失収益の分解 㾎収益をどのように経済的要因の影響を受けるのかを描写する区分に分解する。 㾎分解した収益の開示と、各報告セグメントについて開示される収益情報との間の 関係 契約残高 㾎債権、契約資産及び契約負債の期首残高及び期末残高 㾎当報告期間に認識した収益のうち期首現在の契約負債残高に含まれていたもの 㾎当報告期間に、過去の期間に充足(又は部分的に充足)した履行義務から認識し た収益 㾎履行義務の充足の時期と通常の支払時期との関係、及びそれらが契約資産及び契約負債の残高に与える影響 㾎当報告期間中の契約資産及び契約負債の残高の重大な変動の説明履行義務 㾎履行義務を充足する通常の時点㾎重大な支払条件など 残存履行義務に配分した取引価格5 㾎報告期間末現在で未充足(又は部分的に未充足)の履行義務に配分した取引価格の総額 㾎それらをいつ収益として認識すると見込んでいるのかの説明(期間帯を使用した 定量的ベースか、定性的情報を使用して開示) |
顧客との契約に本基準を適用する際に行った重大な判断及び当該判断の変更(第 123 項~第 126 項) | 履行義務の充足の時期の決定 㾎一定の期間にわたり充足する履行義務について収益を認識するために使用した方法、及びその方法が財又はサービスの移転のxxな描写となる理由 㾎一時点で充足される履行義務について、支配の移転時期を評価する際の重大な判断 取引価格及び履行義務への配分額の算定に使用した方法、インプット及び仮定㾎取引価格の算定 㾎変動対価の見積りが制限されるのかどうかの評価㾎取引価格の配分 㾎返品及び返金の義務並びにその他の類似の義務の測定 |
顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産(第 127項~第 128 項) | 㾎顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストの金額を算定する際に行った判断 㾎各報告期間に係る償却の決定に使用している方法 㾎顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストから認識した資産について、資産の主要区分別の期末残高 㾎当報告期間に認識した償却及び減損損失の金額 |
5 実務上の便法として、当該履行義務の当初の予想残存期間が 1 年以内の契約の一部である等の場合は、履行義務について当該開示をする必要がない(121 項)。
移行方法 | 説 明 |
① IAS 第 8 号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」に従って表示する過去の各報告期間に遡及適用する。(ただし、右欄で説明する実務上の便法がある。) | 次の実務上の便法のうちの 1 つ又は複数を使用することができる(C5 項)。 ⒜ 完了した契約6 については、企業は、同一事業年度中に開始して終了した契約を修正再表示する必要はない。 ⒝ 完了した契約のうち変動対価のある契約について、企業は、比較対象報告期間における変動対価金額を見積らずに、契約が完了した日現在の取引価格を使用することができる。 ⒞ 適用開始日7 前の表示するすべての報告期間について、残存履行義務に配分した取引価格の金額及び企業が当該金額をいつ収益として認識すると見込んでいるのかの説明を開示する必要はない。 |
② 遡及適用し、本基準の適用開始の累積的影響を右欄の記載に従って適用開始日に認識する。 | 本基準の適用開始の累積的影響を、適用開始日を含む事業年度の利益剰余金期首残高(又は、適切な場合には、資本の他の内訳項目)の修正として認識する。この移行方法では、企業は、適用開始日時点で完了した契約となっていない契約にだけ、本基準を遡及適用する(C7 項)。 適用開始日を含む報告期間について、以下の両方の追加的な開示をする(C8項)。 ⒜ 財務諸表の各表示科目が、当報告期間に本基準の適用によって影響を受ける金額 ⒝ ⒜で識別された著しい変動の理由の説明 |
する(C1 項)。
ⅱ 経過措置
企業は、本基準を【図表 11】に記載の 2 つの方法のいずれかを使用して適用することが要求されている(C3 項)。
ⅲ IFRS 初度適用企業に対する経過措置
【図表 11】の①における実務上の便法は、初度適用企業にも認められる。その際に「適用開始日」は最初の IFRS 報告期間の期首として解釈する(IFRS 第 15 号の付録 D(他の基準の修正)によって追加された IFRS 第 1 号「国際財務報告基準の初度適用」の D34 項)。
しかし、【図表 11】の②の移行方法は、初度適用企業には認められない(BC507 項、BC508項)。ただしその代替として、初度適用企業は、表示する最も古い期間の前に完了した契約を会
計処理する際に、IFRS 第 15 号の要求事項の選択的な免除が設けられている。この免除によれば、初度適用企業は、表示する最も古い期間の前に、従前の会計原則に従って収益の全額を認識した契約のすべてを修正再表示することは要求されないことになる(IFRS 第 15 号の付録 D によって追加された IFRS 第 1 号の D35項、BC509 項)。
おわりに
2008 年に公表されたディスカッション・ペーパー、2010 年に公表された公開草案、そして 2011 年に公表された改訂公開草案を経て、ついに収益認識に関する新しい会計基準が公表
6 完了した契約とは、IAS 第 11 号「工事契約」、IAS 第 18 号「収益」及び関連する解釈指針に従って識別された財又はサービスのすべてを企業が移転した契約である(C2 項⒝)。
7 適用開始日は、企業が本基準を最初に適用する報告期間の期首である(C2 項⒜)。
された。その間 IASB と FASB は、それぞれのデュー・プロセス文書の公表のために非常に多くの審議を重ねた。また IASB と FASB は 1,500 通を超えるコメント・レターを受領し、
600 回以上の市場関係者とのミーティングをしたとのことである。IASB と FASB の多大な努力に心より敬意を表する。
また、この会計基準は前述したように、 IFRS と US GAAP の共通化した基準となっている。IASB と FASB の他のコンバージェンス・プロジェクトで共通化が難航しているものも多いが、収益という非常に重要な基準において共通化が達成されたことを大変喜ばしく思う。