概要(abstract) 第 1 実情と法規制
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
x x x x
概要(abstract) 第 1 実情と法規制
1 有料老人ホームの位置づけ―人生 100 年時代の社会インフラ
2 有料老人ホームの実情
3 有料老人ホーム入居契約の特徴
4 不返還条項の歴史と現状
5 不返還額の算定モデル第 2 不返還条項に関する紛争
1 概要
2 福岡・差止請求事件(福岡地判平 26・12・10)
3 東京・差止請求事件(東京高判平 30・3・28)
4 判決の評価
第 3 不返還条項とリスク負担
1 不返還条項の意味
2 不返還の理由の変遷
3 不返還条項は何に備えるものか
4 想定居住期間を超えて居住継続するリスクは誰が引受けるのが適切か第 4 不返還条項と保険との比較
1 不返還条項の保険契約該当性ないし類似性
2 不返還条項と代替的な保険契約
3 比較表
4 射幸性の比較
5 合理性の比較
6 xxさの比較
7 比較のまとめ
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第 5 保険との比較を踏まえた検討
1 保険契約に該当ないし類似すること
2 消費者契約法 10 条前段該当性
3 消費者契約法 10 条後段該当性第 6 新たな動き
1 有料老人ホームの破たんの増加
2 高齢者向け入居者用の団体年金保険の発売
3 最近の英国の状況からの示唆第 7 新たな動きを踏まえたまとめ
概要(abstract)
本稿は、有料老人ホームの入居契約のうち、前払金(入居一時金)の一部を初 期償却して不返還とする条項(以下不返還条項という)について検討するもので ある。この不返還条項については、事業者と消費者の契約における不当条項とし て消費者契約法 10 条に該当して無効となるかを争点とした裁判例が十数件あり、いずれも基本的には同法 10 条該当性を否定している。本稿は、現在の不返還条 項が入居者間の相互扶助を理由としていることから、類似する保険契約と比較し、さらに最新の実態や環境の変化を踏まえて、新たな方向性を示そうとするもので ある。
不返還条項と新種の保険とを比較して、射幸性、合理性、xxさの観点から問題点を整理したところ、不返還条項は、トンチン性を高めたと位置づけられている新種の保険より射幸性がさらに著しく高く(図表 5 参照)、また、いくつもの不合理性・不xxさが指摘されるものであることが明らかになった。そこで、この比較を踏まえて、保険法との対比で、不返還条項が消費者契約法 10 条に該当して無効となるという解釈論を試みた。
最後に、長寿化、有料老人ホームの倒産の増加、新種保険の登場などを踏まえると、日本の有料老人ホーム入居契約において、射幸性が高く不合理かつ不xxな条項である不返還条項を使用させないことが、現実的にも妥当な結論であるとした。
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
支払前
1 年後退去
-500
-1000
【図表 5】 損益図(図表 4 の数値に基づき作成)
損益図(単位:万円)
2 年後解約死亡
中間解約死亡
前年解約死亡
開始時一括
開始直後死亡
100 歳
①保険 1
②保険 2
③保険 3 ④保険 4
⑤不返還条項
第 1 実情と法規制
1 有料老人ホームの位置づけ―人生 100 年時代の社会インフラ
(1)内閣府「令和元年版高齢社会白書」(2019 年 6 月 18 日)
内閣府「令和元年版高齢社会白書」1)によれば、日本の高齢化率(65 歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合)は、2015 年時点で 26.6% と世界の主要国では一番高く(図表 1)、2018 年 10 月 1 日現在さらに増加し 28.1% となっている2)。
1)xxxxx://xxx0.xxx.xx.xx/xxxxxx/xxxxxxxxxx/x-0000/xxxxxx/00xxx_xxxxx.xxxx 2)内閣府「令和元年版高齢社会白書」2 頁。同概要版によれば次のとおり。「高齢化率は
28.1%/・我が国の総人口は、2018(平成 30)年 10 月 1 日現在、1 億 2,644 万人。
/・65 歳以上人口は、3,558 万人。総人口に占める 65 歳以上人口の割合(高齢化率)は 28.1%。/・『65 歳~74 歳人口』は 1,760 万人、総人口に占める割合は 13.9%。
『75 歳以上人口』は 1,798 万人、総人口に占める割合は 14.2% で、65 歳~74 歳人口を上回った。」
なお、2019 年 9 月 15 日付総務省記者資料 xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxx/xxxxxx/xxx/
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【図表 1】 世界の高齢化率の推移(内閣府「令和元年版高齢社会白書」7 頁)
(2)老後 2000 万円報告書(通称)(2019 年 6 月 3 日)
金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループでは、2019 年 4 月の会議に事 務局資料「人生 100 年時代における資産形成」3() 図表 2 はその一部)が配布され、長寿化に伴い資産形成が重要であるとしてそれに焦点をあてた政策を検討し、6 月 3 日付で報告書をまとめた4)。この中に、平均的な収支を前提に試算すると老
後は年金だけでは 2000 万円不足するという記載があり、政府が受取りを拒否し
たため幻の報告書となったが、「老後 2000 万円報告書」という呼称で報道され、広く周知された。長寿化して金融資産が不足する事態となるので、金融資産形成を促そうという方向性である。この試算には有料老人ホームの費用は含まれてい
topics121.pdf によれば、同日現在の推計値で高齢化率は 28.4% に増加している。 3)xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxx/xxxxx_xxxxx/xxxxxx_xx/xxxxxx/00000000/00.xxx
4)金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」 xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxx/xxxxx_xxxxx/xxxxx/00000000/00.xxx
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
【図表 2】 長寿化(金融庁金融審議会市場ワーキング・グループ事務局資料 2019年 4 月 12 日)
ない。図表 2 からは、長寿化の速度が伝わる。
(3)官邸「人生 100 年時代構想会議」とりまとめ(2018 年 6 月 13 日)
♛相官邸は、「人生 100 年時代構想会議」を設置して高齢者雇用促進策などを検討し、2018 年 6 月 13 日、継続雇用年齢の 65 歳以上への引上げに向けて環境整備を進めることなどを提言した5)。
(4)人生 100 年時代における有料老人ホーム
これらの文書からは、①相当な速さで高齢化が進み「人生 100 年時代」が到 来すること、そうなってもお金が不足しないように、②若い時から積み立てて運 用し貯める必要性、③高齢になっても働き続けて収入を得続ける必要性が伝わる。
②は生活費を確保する発想であり、有料老人ホームに入る資金は想定されていな
5)官邸「人生 100 年時代構想会議」とりまとめ xxxxx://xxx.xxxxxx.xx.xx/xx/xxxxx/ jinsei100nen/pdf/torimatome.pdf
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い。③は働き続ける知力体力があることが前提であり、有料老人ホームに入ることは想定されていない。有料老人ホーム関係の支出も考慮すると、さらに貯め、かつ働く必要があることになる。
他方、多くの有料老人ホームでは、「人生 100 年時代」到来が言われる前から、終身にわたって入居継続できる支払方式として、入居一時金前払い方式を用意し て高齢化のリスクを引受ける形を取り、最初にその何割かの額を償却する不返還 条項をセットにしてきた。
行政においては、世界で最も早く超高齢社会6)となった日本の住宅政策の課題として、「多様な高齢者向け住まいが整備されていく中で、その選択肢の一つである『有料老人ホーム』や『サービス付き高齢者向け住宅』については、近年、その数が大幅に増加しているが、契約やサービスの利用などに際して入居者が不利益を被ることのないよう、適正な運用を図っていく必要がある。」との指摘7)がなされており、令和元年版高齢社会白書においても、令和元年度の高齢社会対策の一部として、「有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅について、利用者を保護する観点から、前払金の返還方法や権利金の受領禁止の規定の適切な運用を引き続き支援する」(160 頁)としている。
老後は自宅で快適に暮らせることが一番であり在宅介護の充実がまずは重要であるが、それと合わせて、安心・安全に暮らせる住まいの供給も、社会インフラの問題としてますます重要な政策課題となってきたといえる。そして、有料老人ホームは、人生 100 年時代における社会インフラを構成する重要な部分である。
2 有料老人ホームの実情
有料老人ホームは、法的には、老人を入居させ、①食事の提供、②介護(入浴・排泄・食事)の提供、③洗濯・掃除等の家事の供与、④健康管理のサービスのうち、いずれかのサービス(複数も可)を提供する施設と定義されている(老人福祉法 29 条 1 項)。
厚生労働省の統計8)によれば、2017 年 10 月 1 日現在で、この定義に該当する
6)高齢化率 21% 以上の社会をいう。
7)厚生労働省・介護保険部会意見書(2013 年 12 月)23 頁
8)厚生労働省「平成 29 年社会福祉施設等調査の概況」2018 年 9 月 20 日公表 3 頁
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
「有料老人ホーム」は 1 万 3525 施設あり、前年に比べ 955 施設、7.6% 増加し
ている。定員は 51 万 8507 名で、前年に比べ 3 万 5715 名、7.4% 増加している。経営主体は、「営利法人(会社)」が 82.6% と最も多く、他に医療法人、社会福祉法人などがある。
52 万名弱という現在の定員は日本の人口比で 0.4%、高齢者人口比では 1.5% に過ぎないが、定員は今後も増加していくと見込まれること、サービス付き高齢 者向け住宅(以下、サ高住という)9)など他の高齢者向け住宅の契約にも影響が あること、人口の 28% を超える高齢者の契約に共通の問題を含むことなどから、有料老人ホーム入居契約の法律問題は重要である。
3 有料老人ホーム入居契約の特徴
有料老人ホーム入居契約には、次のような特徴がある。
① 契約の一方当事者が高齢者であること
② 入居契約と介護サービス契約を含むので契約内容が複雑であること
③ 契約期間が終身であることが多く、不確定であること
④ 入居者にとって人生に一度きりの初めての契約であることがほとんどであるのに対し、事業者は多数回契約するので、理解力・交渉力の格差が特に大きいこと
⑤ 入居一時金前払い方式の場合、多額の支払いを伴う契約となること、償却期間が定められ、多くは一部が初期償却される条項(不返還条項)を伴うこと
①②の事情により契約内容の理解が不十分となりがちであり、③の事情は前払いの対価の相当性に関する判断を難しくする。④の事情はこれらの程度を大きくする要因である。⑤の事情は、このような理解不十分・判断困難な状態が増幅された条件のもとでおこなう契約であることとあわせて、紛争要因となる。
入居一時金前払い方式の場合に問題となるのは、償却期間条項と不返還条項である。償却期間条項は、終身の契約でありながら償却期間を 3 年、5 年などと短く定められると、数年後の退去でもほとんど返還されないこととなり問題とな
9)サ高住は 2011 年に制度発足以来増加の一途を辿り、2019 年 9 月末時点で 24 万
7644 戸に達する(一般社団法人高齢者住宅協会集計)。
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る10)。これについては、償却期間を、平均余命等を勘案して決める想定居住期間 に合わせるという後述の事務連絡の基準が浸透すれば、縮小に向かう論点である。これに対し不返還条項は、後述の事務連絡でも容認している条項であり、現在も 多くの施設で用いられているので、本稿ではこれについて検討する。
4 不返還条項の歴史と現状
(1)入居に伴う費用
有料老人ホームの入居契約で顧客が支払うこととなる金員は、入居金(賃料)と食事・介護等サービス費用である。後者は月払いが基本であるのに対し、前者については、施設により①月払い方式、②前払い方式、③両者から入居契約者が選択する方式の 3 種類がある。②または③の方式を取る施設では、前払いの場合にその一部を初期償却などと称して返還しない扱いとしているところが多い。これが不返還条項である。
(2)不返還条項の歴史11)
初期の有料老人ホームでは、入居者の資金で建設するという意識があり、さら
10)この論点を検討した最近のものとしてxxxx「有料老人ホーム入居契約」『講座 現代の契約法 各論 3』青林書院(2019 年 7 月)1 頁~26 頁のうち 17 頁~19 頁。 11)日本の不返還条項の起源を 1940 年頃の結核療養所に見出す民俗学者の論考がある。xxxx『ドイツ人の老後』法政大学出版局(1991 年)によれば、1940 年頃の日本 について、「かつてxxxxは、結核患者の世話に専念していたとき、病室の不足をお ぎなうための名案を思いつき、患者の家族自身の費用で療養小舎を建てさせていたこと があった」(163 頁)として、「まさしくこの建築方式こそが、彼の有料老人ホームで ある『エデンの園』や『ゆうゆうの里』にも応用されていたのだ。/結核療養小舎の場 合も、有料老人ホームの場合も、本人あるいはその家族自身の費用で建物を建てる。そ の後、短期間で退去または死亡した場合には(結核患者の場合は 3 年以内、老人ホー
ムの場合は 10 年、あるいは老人ホームにより 15 年以内)、その建築費を滞在期間で割ったものを消耗分として差引き、残りは返してあげる。その期間を過ぎてからの退去または死亡の場合は、建物を経営者側に無償で寄付する。じつに両者とも、まったく同じ方式に基づく料金体系によって経営されている」(164 頁)と整理している。
なお同書では、「結核療養小舎の場合には名案であったとしても、はたして有料老人ホームの場合には名案といえるのであろうか。」として、①期間は 10 年とか 15 年ではなく 20 年なり 30 年以内に退去または死亡した場合とすべきではないか、②有料老人ホームの場合には 2 回目からの入居者からも、同様に高額の入居金を徴収するという
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
に介護費用の負担にともなう経営問題も大きく、終身にわたる費用として多額の入居一時金を前払い方式で支払う条項が広く使われるようになった。その場合、この前払金の一部を入居時に償却して不返還とすること(いわゆる「初期償却」)を内容とする条項(不返還条項)がセットなることが多かった。2000 年の介護保険制度施行後は介護費用負担の問題は縮小したが、その後も不返還条項は残った。この条項があるため、契約者は解約・退去の際、居住していた期間や解約・退去の理由を問わず一定金額の返還が受けられず、施設を運営する事業者と契約者との間で多くのトラブルが生じていた12)。
このように前払金の返還についてのトラブルが多発したことから、内閣府消費者委員会は、2010 年 12 月 17 日、有料老人ホーム入居時の前払金について、短期解約特例制度(いわゆる 90 日ルール。90 日以内の解約の場合は前払金を全額返還するルール(実費は控除できる )の法制化・明確化、前払金の保全措置の徹底などを求める「有料老人ホームの前払金に係る契約の問題に関する建議」13)を出し、それを受けて、2011 年 6 月、老人福祉法が改正された(2012 年 4 月 1 日施行)。関連する部分は次のとおりである14)。
結核療養小舎にはなかった料金体系にある、③最悪なことはこの方式が他の日本の有料老人ホームにも模倣されて、このxxxx方式が日本のマンション風有料老人ホームでの料金徴収方法の通例になってしまったことであろう(165 頁)と批判し、「日本の有料老人ホームの料金体系は、入居者が長生きすればするほど老人ホーム側が損をするという仕組みになっている」(162 頁)、「日本ではけっきょく、入居者の回転が早ければ早いほど老人ホームの収益が上がる、というシステム」(162 頁)で、「これは入居者の老人にとって、その死を待たれているような雰囲気を生んでくるにちがいない。」
(157 頁)と指摘する。この指摘は、現在の不返還条項にもそのまま当てはまる。 12)国民生活センター「有料老人ホームをめぐる消費者トラブルが増加」2011 年 3 月
30 日、消費者委員会「有料老人ホームの契約に関する実態調査結果概要」2011 年 12月 17 日
13)xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxxx/xxxxxxxxxxxxx/0000/000000_xxxxx.xxxx
14)改正老人福祉法の解説として、xxxxx「有料老人ホーム契約をめぐる消費者支援の課題」国民生活研究 51 巻 4 号(2012 年)1 頁~29 頁のうち 1 頁~3 頁、xxxx「有料老人ホームをめぐる法令・判例の動向と今後の課題」現代消費者法 15 号
(2012 年)17 頁~26 頁のうち 20 頁~21 頁、嵩xxx「福祉サービス契約と不当条項規制-有料老人ホームの入居一時金をめぐる紛争を中心に」法学 77 巻 1 号(2013年)1 頁~34 頁のうち 11 頁~15 頁、xxxx「有料老人ホームへの入居契約について」xxxx・xxx見編『財産管理の理論と実務』日本加除出版(2015 年)255 頁
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29 条 6 項 有料老人ホームの設置者は、家賃、敷金及び介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として受領する費用を除くほか、権利金その他の金品を受領してはならない。
7 項 有料老人ホームの設置者のうち、終身にわたって受領すべき家賃その他厚生労働省令で定めるものの全部又は一部を前払金として一括して受領するものは、当該前払金の算定の基礎を書面で明示し、かつ、当該前払金について返還債務を負うこととなる場合に備えて厚生労働省令で定めるところにより必要な保全措置を講じなければならない。
8 項 有料老人ホームの設置者は、前項に規定する前払金を受領する場合においては、当該有料老人ホームに入居した日から厚生労働省令で定める一定の期間を経過する日までの間に、当該入居及び介護等の供与につき契約が解除され、又は入居者の死亡により終了した場合に当該前払金の額から厚生労働省令で定める方法により算定される
額を控除した額に相当する額を返還する旨の契約を締結しなければならない。
老人福祉法 29 条 6 項で、家賃、敷金及び介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として受領する費用以外の受領を禁止したことにより、不返還条項は使用されなくなると思われたが、2012 年 1 月 30 日に改正された老人福祉
法施行規則で不返還条項使用の余地が残され15)、2012 年 3 月 16 日改正の「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」及び同日付で発出された「有料老人ホームにおける家賃等の前払金の算定の基礎及び返還債務の金額の算定方法の明示について」と題する事務連絡16() 以下事務連絡という。)は、「想定居住期間を超えて
~272 頁のうち 268 頁~271 頁、xxxx「日本の有料老人ホーム契約の検討―入居一時金の扱いを中心に」xxxx・xx編著『高齢者支援の新たな枠組みを求めて』白峰社(2016 年)379 頁~434 頁のうち 403 頁~407 頁などがある。
15)同規則 21 条では、3 か月以内に退去した場合は、前払額-(月額賃料/30×入居日数)を返還することとし、3 か月を超えて想定居住期間内に退去した場合は、前払額-
(前払額-月額賃料/30×未経過日数)を返還することとした。後者は、法からは想定しがたい技巧的な定め方と言わざるを得ない。
16)xxxxx://xxx.xxxx.xxxxxxxx.xx. jp/choju/kenko/koresha/documents/000183767. pdf
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
契約が継続する場合に備えて有料老人ホームの設置者が受領する額」(以下、「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」ともいう)という概念をつくり、不返還部分に対価があるような形にして、不返還条項を正当化しようとした17)。
そのため、改正老人福祉法が施行された 2012 年 4 月以降は制度の運用に地域的不統一が生じており18)、多くの地域で不返還条項はなくならずトラブルが続いている。
(3)不返還条項の現状
上記入居金の支払い方式の 3 分類に不返還条項の有無も加え、全体を①不返還条項なし(毎月払い方式、前払い方式(不返還条項なし))、②不返還条項あり
(前払い方式(不返還条項つき)、毎月払い方式と前払い方式(不返還条項つき)の選択制)の 2 つのグループに分けて、xxxが公表する都内の有料老人ホー
ムに関するデータを集計すると、2014 年 3 月から 2015 年 8 月の間に、①不返還条項なしが 34% から 53% へと大幅に増え、②不返還条項ありの件数を上回った(【図表 3】)。その後も①不返還条項なしは増加し続けている。
2017 年に株式会社xx総合研究所が実施した調査19)によれば、毎月払いのみ
17)社団法人有料老人ホーム協会(2013 年から公益社団法人)の有料老人ホーム標準入居契約書では、2012 年の改正法施行後は、「初期償却率(%)10% 想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」(2013 年 10 月版など)という表現になっている。
18)老人福祉法 29 条 6 項を根拠に、xxxでは初期償却を認めず(初期償却をする施設 は不適合と表示。ただし営業は可能)、埼玉県は想定居住期間内に死亡または解約した ときは初期償却額に相当する額も含めて返還することを事業者に要求している(埼玉県 有料老人ホーム設置運営指導指針 11(2)五「想定居住期間内に契約が解除され、又 は入居者の死亡により終了した場合には、当該受領した額を返還すること。」)が、その 他の地域では、本件指導指針・事務連絡を前提とした不返還条項を容認している。なお、神奈川県は、容認したうえで、月払い方式と選択できるようにすることを求めている
(神奈川県有料老人ホーム設置指針 12(2)オ「前払い方式に加えて月払い方式を設定し、入居希望者がいずれかの方式を選択できるようにする」)。
19)株式会社xx総合研究所「平成 28 年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分) 高齢者向け住まい及び住まい事業者の運営実態に関する調査研究 報告書」(2017 年 3 月)(以 下 2017 年xx総研報告書という)26 頁 xxxxx://xxx. xxxx.xx.xx/xxxx/00-Xxxxxxxxxxxxx-00000000-Xxxxxxxxxxx/00_xxxxxx.xxx
現代法学 37
【図表 3】 有料老人ホームの料金体系(xxxの公表データに基づき集計)
※ 2012(平成 24)年 10 月 1 日公表のデータは母数が極端に少ないため参考値
または毎月払いを選択できる施設は 2014 年から 2016 年にかけて増加し続け、 2016 年には 8 割を超えている。他方、前払い方式のみまたは前払い方式を選択できる施設は減少傾向にはあるものの、2016 年時点で 29.8%(全額前払 15.9
%、一部前払で残り月払い 13.9%)となっている。
法改正後の不返還条項は、前払方式の入居一時金の一部(10%~30% が多い)を不返還額として初期償却し、短期の例外(入居後 3 か月以内の退去・死亡)を除き、想定居住期間内の退去や死亡、想定居住期間経過後の退去や死亡のいずれの場合も、一切返還しないという条項である。特に、入居後半年、1 年という時期に退去せざるを得ない事情が生じた場合に、どんな事情であれ返還しないので、その額が数十万円から数百万円、多い時は 1000 万円を超えることもあって、入居者の納得を得られにくい結果となる。
5 不返還額の算定モデル
当初、不返還部分の額は前払金の 3 割、5 割などと大まかに決められており、統一した算定モデルはなかったが、2012 年に事務連絡で、サ高住における終身建物賃貸借契約、有料老人ホームにおける終身にわたる利用権契約を締結する場合の前払金算定モデルが示されてからは、これによるものが増えている。このモ
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
デルの要点は次の通りである。
想定居住期間:入居後の各年経過時点での居住継続率をもとに居住継続率が概ね 50% となるまでの期間を考慮して設定。【前払金-不返還部分】の償却期間をこれに合わせる。
居住継続率:年齢・性別・心身の状況等に応じて簡易生命xxによる平均的な余命等を勘案して示す率20)
前払金の額:居住継続率が 0 となる年度における家賃等の前払金の残高が 0 となるよう設定
前払金=【1 か月の家賃等の額×想定居住期間(月数)】+【想定居住期間を超えて契約が係属する場合に備えて有料老人ホームの設置者が受領する額】
このように、事務連絡における前払金の計算は、大まかな保険数理に基づいている。ただし、生存率をもとにしたものであり、入居者が生存中に退去する確率は考慮していない。
第 2 不返還条項に関する紛争21)
1 概要
不返還条項に関する紛争のうち判決となったものは、2019 年 8 月現在で 11
20)居住継続率の語は用いているが、自発的退去、病気入院による退去は含まれておらず、年齢別・性別・心身の状況別による生存率に等しくなる。
21)不返還条項を詳細に検討した最近の論文として、xxxx注 14、xxxx前掲注
10 がある。
不返還条項の裁判例に関する論考として、xxxx「〈判例研究〉介護付有料老人ホームの終身利用権金不返還合意・入居一時金償却合意と消費者契約法 9 条 1 号・10 条
(東京地判平 21・5・19)」現代消費者法 7 号(2010 年)92 頁~106 頁、xxxx
「消費者契約法に関連する最近の消費生活相談・裁判例の動向と検討」NBL976 号
(2012 年)54 頁~55 頁、嵩前掲注 14・1 頁~34 頁、xxxx「有料老人ホームと入居金問題」実践xx後見 49 号(2014 年)53 頁~58 頁、xxxx注 14 のうち 265頁~267 頁、xxxx「施設サービスの契約条項の検討」現代消費者法 29 号(2015年 12 月)11 頁~21 頁、xxxx「有料老人ホームにおける入居一時金の初期償却条
現代法学 37
事件、15 判決が把握されている22)。これらは、不返還条項について、原則として23)公序良俗に反せず消費者契約法 10 条あるいは 9 条 1 号には該当しないので無効とならないという点で一致している。
このうち法改正後の入居契約が対象となったのは次の 2 事件(5 判決)であり、いずれも適格消費者団体による不返還条項使用等の差止訴訟である(いずれも請 求棄却)。今後の不返還条項について検討するには、法改正後の入居契約に関す る判決が重要であるので、ここではこの 2 事件の判決を見ることとする。
2 福岡・差止請求事件(福岡地判平 26・12・10)(注 21 ⑨。以下平成 26 年福岡地判という)(控訴審のxxx判平 27・7・28〔注 21 ⑩〕は差止めの要件を満たさないとして控訴棄却。内容につき判断していない。)
本判決は、前払金(入居一時金)の 20% の初期償却条項につき、「入居一時金は、入居者が、本件施設の居室等を原則として終身にわたって利用し、各種サービスを受け得る地位を取得するための対価であった」とし、入居一時金の中で
項と消費者契約法 10 条」xxx編『高齢者を巡る判例の分析と展開(増刊金判 1486号)』2016 年 44 頁~47 頁、xxxx「有料老人ホーム契約に対する不当条項規制について」行政社会論集 28 巻 2 号(2016 年)47 頁~69 頁、xxxxx「有料老人ホーム入居契約における権利金不返還条項と初期償却条項の不当条項性判断についての一考察」『早稲田民法学の現在―xxxxx先生・xxxx先生・xxx先生古稀記念論文集―』(2017 年)417 頁~438 頁、xxxx「介護付有料老人ホームの入居一時金を償却する旨の特約の効力」実践xx後見 68 号(2017 年)109 頁~116 頁、xxxx「高齢の消費者と不動産取引―有料老人ホーム入居契約を素材に―」現代消費者法 44 号(2019 年)53 頁~61 頁がある。
22)①東京地判平 18・11・19LLI/DB、②東京地判平 21・5・19 判時 2048・56 頁、③東京地判平 22・9・28 判時 2104・57 頁、④東京地判平 24・8・30WLJ、⑤名古屋地判 24・8・31LEX/DB、⑥東京地判平 24・12・13WLJ、⑦東京地判平 26・2.3 判時 2222 号 69 頁、⑧名古屋高判平 26・8・7WLJ(⑤の控訴審)、⑨福岡地判平 27・7・
28 金判 1477・53 頁、⑩xxx判平 27・7・28 金判 1477・45 頁(⑨の控訴審)、⑪東京地判平 28・2・25WLJ(償却期間が主たる争点)、⑫東京地判平 29・3・15WLJ、
⑬東京地判平 29・4・25WLJ、⑭東京高判平 30・3・28WLJ(⑬の控訴審)、⑮最判平 30・12・14(未登載)(⑭の上告審)。
①~⑩につきxxxx注 14 のうち 411 頁~424 頁、①~⑮につきxxxx前掲注 10 のうち 9 頁~15 頁に概要が整理されている。xxxx注 14 は 22 頁~25 頁で①② のほか不返還条項に関する ADR 事件(xxx被害救済委員会)を 4 件紹介している。 23)入居可能月前の契約締結月を償却期間の起算月とした条項、一般居室から介護居室
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
初期償却条項により償却される部分は、「契約が入居者の終身にわたり継続することを定額で保証するための対価的要素(多数の入居者のうち、一部の者の入居期間が 15 年を超えて継続する場合に、当該一部の者のみに超過期間の家賃相当額等を負担させるのではなく、多数の入居者が入居時に同一割合の負担をすることで、そのうちの誰が 15 年を超えて継続したとしても新たな負担を生じさせないという、いわば相互扶助的な要素であり、この場合、初期償却される額は将来に備える保険の保険料に類似する性格を持つといえる。)及び将来において隣接介護付有料老人ホームに優先的に入居する権利ないし機会を確保するための対価的要素」であるとして、消費者契約法 10 条前段該当性を否定した。
また、「初期償却条項による支払が権利の対価であると位置付けることは老人福祉法 29 条 6 項により許容されないと解されるが、前記第 3 の 1 のとおり、被告が敢えて同条項に反して、権利金名目で初期償却部分の取得を説明することは考え難く、そのような形で本件初期償却条項を利用するおそれは認められない。」とも判示した。償却期間条項についての判示は省略する。
3 東京・差止請求事件(東京高判平 30・3・28〔注 21 ⑭〕。以下平成 30 年東京高判という)(最判平 30・12・14〔注 21 ⑮〕上告不受理・棄却で確定)
(1)概要
本判決は、前払金(入居一時金)の 10%~20% の初期償却条項(前払xx部不返還条項)について、前払金のうち、「想定居住期間内の家賃相当額」とは区別された「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて事業者が受領する額」を不返還とするものであると認定し、これを前提に、一審判決(東京地判平 29・4・25〔注 21 ⑬〕)同様、この不返還条項の消費者契約法 10 条該当性を否定した。本判決の事案の特殊性24)に関連する部分を除いて要点を紹介すると次の
に移る際にも二重に初期償却する条項について、消費者契約法 10 条により無効としたものはある(前注の⑧)。
24)本判決の事案は、「前払金額=月払い月額家賃×想定居住月数」であり、そのうちの一部(10%~20%)を不返還とする契約であることから、「想定居住期間内の家賃相当額」の一部を初期償却して不返還とするものに見えるところが特殊である。前払金から不返還部分を差し引いた残額を想定居住月数で割った額が前払いの場合の月額賃料であるとして、それは月払い月額賃料より少ない金額となっている。前払いによるディスカ
現代法学 37
通りである。
(2)消費者契約法 10 条前段
「本件入居契約は、賃貸借の要素は含むものの、複合的な非典型契約であって、賃貸借契約そのものではない」から「本件契約書において建物賃貸借契約上賃借人が負うべき負担以外の負担を課す条項が含まれていても、そのことから直ちに建物賃借人である消費者の権利を制限し又は義務を加重するもので法 10 条前段に該当するということはできない。」「超過期間のための受領金は、入居者が、将来、想定居住期間を超えて居住する場合の費用を相互扶助の観点から前払方式を選択した入居者全員で分担するものであり、想定居住期間を超えた場合に、追加出資を求められることなく居住を継続することができるという自らの利益を得るための費用ということができるから、対価性がないということはできないので」、
「入居者が上記の対価性を有する金員の負担をすることとしても、賃貸借契約における一般的法理等又は民法の賃貸借契約に関する規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は義務を加重するということはできない。」として、 10 条前段に該当しないとした。
(3)消費者契約法 10 条後段
「本件不返還条項により不返還とされる超過期間のための受領金は、……相互扶助的な性格を有しており、仮に入居者が想定居住期間に応じた負担しかしないとすれば、これを超えた入居者が生じた場合に事業者に大きな負担が生じることとなることに照らせば、入居者全員の負担額を抑えつつ、これにつき不返還とすることにも合理性がないということはできない」として、10 条後段にも該当しないとした。
ウントと見ても、前払いする金額が多い方が、ディスカウント率が高くなるわけでもない。例えば月払い月額賃料 34 万 1000 円の部屋について、入居時年齢 76 歳で前払い方式の場合は月額賃料 28 万 9850 円、それより前払いの額が少ない同 86 歳で前払い方式の場合は月額賃料 27 万 2800 円となる。
この前払い方式の月額賃料に想定居住月数を掛けた金額のみを支払って不返還部分を支払わない選択(賃料をまとめて支払ってかつ保険に入らない選択)はできないことになっており、前払い方式の月額賃料は契約書その他の文書に明示されていない。
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
(4)保険法関係
本件では、予備的に保険法との比較における不当条項性も争われた。
ア 消費者契約法 10 条前段該当性
本判決は、「本件入居契約は、本件旧契約から表記を修正したものの、前払金及び不返還部分の算定方法を変更したものでないことは、当事者間に争いがない」ところ、「本件旧契約が不返還としていたものが、保険料すなわち被控訴人が想定居住月数を超えて契約が継続する場合に備え受領する金額であることは明らかであ」り、また、「超過期間のための受領金は、入居者が、将来、想定居住期間を超えて居住する場合の費用を相互扶助の観点から前払方式を選択した入居者全員で分担するものであ」るとして、本件不返還条項が保険料と呼ばれた対価性のある支出であり相互扶助の観点からの分担であることを前提としつつも、①本件不返還条項を含む本件入居契約と保険契約とは異なる性質のものであり25)、
②想定居住期間経過後には賃料が不要となるだけで金銭が支払われるわけではないから26)、生命保険ではないとし、類似しているだけでは比較の基礎を欠くとして27)、保険法との関係でも 10 条前段該当性を否定した。
25)この判断は、賃貸借契約との比較を否定する場面では、賃貸借契約とは別の対価性ある支出であるとして入居契約のうち賃貸借部分からの独立性を強調しながら、保険法との比較を否定する場面では、入居契約に含まれる条項であるから性質が異なるとして入居契約との一体性(内容からするとサービス契約とは無関係であるので、結局賃貸借契約との一体性)を根拠にしており、判示自体に矛盾を抱えている。
26)現物給付の生命保険についての議論は後注 56 参照。
27)この判断は、保険法における財産上の給付は「(生命保険契約……にあっては金銭の支払いに限る……)」(2 条 1 号)とされていることを指摘して、不返還条項部分の契約は、賃料が不要となるものであって金銭の支払いではないから、生命保険契約ではないとして保険法の適用による場合との対比をしないとの結論を導いたものであるが、これは保険法で金銭の支払いに限るとした経過を軽視して導いたものと言わざるを得ない。金銭の支払いに限定したのは、生命保険契約の現物給付は消費者保護上懸念があるからである。生命保険契約より消費者保護上懸念される相違点がある類似契約は、消費者保護上懸念される相違点があることで生命保険契約ではないから消費者契約法 10 条前段に該当しないという論理になる。しかし、消費者契約法 10 条前段は、消費者保護上懸念される相違点だけ異なる場合は当然対比されるべきであり、その相違点が、消費者の権利を制限しまたは義務を加重する条項に該当性するかも含めて検討すべきものといえる。
現代法学 37
イ 消費者契約法 10 条後段該当性
本判決は、①相互扶助の観点から「超過期間のための受領金」を不返還とすることに合理性がないとはいえず、その算定方法も直ちに不当であるとはいえないこと、②本件不返還条項は相手方と入居者の利害が対立する関係を生じさせ、相手方が恣意的に入居者の早期退去を促進する状況を作出する事態を誘発する危険を内在するとしても、相手方は適切に老人ホームにおけるサービスを提供する義務を負っているから、直ちにそのような危険が誘発されるということはできないこと、③入居者は前払金の一部不返還を甘受すれば本件入居契約を解約することが可能である以上、本件不返還条項は入居者の居住・移転の自由を制限するものとはいえないこと、④入居希望者には前払方式の他に月払方式という選択肢があることなどの個別の判断や事情を羅列して、保険法との関係でも、消費者契約法 10 条後段該当性も否定した。
4 判決の評価
以上のとおり、法改正後の有料老人ホーム入居契約に関する事件は福岡と東京の差止請求事件のみであり、いずれも、不返還部分の説明として保険料という語が出てくる(「相互扶助的な要素であり、この場合、初期償却される額は将来に備える保険の保険料に類似する性格を持つ」(平成 26 年福岡地判)、「不返還としていたものが、保険料すなわち被控訴人が想定居住月数を超えて契約が継続する場合に備え受領する金額であることは明らかである。」(平成 30 年東京高判))。
そしていずれの判決も、不返還部分は保険における保険料に相当するような対価性のある支出であることを理由に、消費者契約法 10 条前段に該当しないとしている。この論理は、対価性がある条項の不当条項性審査は中心条項についての審査になるので、10 条前段の問題ではなくなるという判断と思われる。
しかし、中心条項であるか否かの区別をすることは容易ではないし、入居契約の一部を構成する条項について、入居とは別のものの対価であるとして中心条項であると評価し、それだけの理由で 10 条前段に該当しないとすると、不当条項規制の潜脱が行われるおそれがあるので、このような判断は、妥当ではない。有料老人ホームの入居契約に含まれる不返還条項が、保険における保険料に相当するような対価性のある外形をとっている場合に、それが消費者契約法 10 条に該
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
当して無効となるかは更に検討すべきである。
そこで、次にその検討の前提として、不返還条項とリスク負担について整理する。
第 3 不返還条項とリスク負担
1 不返還条項の意味
現在、一部の有料老人ホームで用いられている不返還条項の多くは、「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」という事務連絡の表現を採用している。この条項には、本人に限るか否かで 2 つの捉え方がありうる28)。
不返還部分が「想定居住期間を超えた本人の契約継続の対価」であれば、それは想定居住期間経過後の賃料を前払いするものであり29)、想定居住期間内に本人が退去する場合は返還すべきであるのは当然のことである。それを返還しない条項が消費者の権利(返還請求権)を制限するものであることは明らかであり、消費者契約法 10 条前段に該当する30)。
そのうえで、有料老人ホーム入居契約においては、(家賃、敷金及び介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として受領する費用を除くほか、)「権
28)xxxx注 14・425 頁は、入居一時金(前払金)には、①想定居住期間の利用料の前払い、②終身利用権の対価、③相互扶助・保険的要素という 3 種類があると整理されている。このうち、不返還条項に関するものは②③であり、法改正後は②を主張できないと考えられるので、③のみが残る。本稿では、さらにこれ以外に④想定居住期間経過後の利用料の前払いが考えられ、不返還条項としては④③という 2 つのとらえ方があると整理した。
29)前払いの対象は賃料に限られ、介護サービスや食事サービス等の対価は前払いの対 象にはならず、想定居住期間経過後も月払いしていくことになる。なお、たとえば前払 金(入居一時金)3000 万円の 15% である 450 万円が不返還額であるとして、それは 想定居住期間経過後の入居期間が 1 か月でも 10 年でも、同様にその全体の対価となる とすると、双方に射幸性があることになる。これと異なり、想定居住期間経過後の入居 についても期間に応じて清算するということなら、想定居住期間経過後も返還されたり、不足したりすることになる。事業者がこの不足を主張できないとすれば、事業者にのみ リスクがあることになる。
30)xxxx前掲注 10・22 頁も同旨をいう。
現代法学 37
利金その他の金品を受領してはならない」(老人福祉法 29 条 6 項)のであるから、対象期間前に退去する場合に対象期間の前払い賃料を返還しない正当な理由は存在しないし、一方で未利用期間の賃料が返還されないことにより消費者が受ける不利益は大きく、他方で事業者は、退去後は後の入居者から賃料を受けることができるので受領金を返還することにより不利益を被るとはいえないから、xxxに反して消費者の利益を一方的に害する条項となり、金額の多寡にかかわらず 10 条後段にも該当するといえる。
問題は、不返還部分に「想定居住期間を超えた本人または他人の契約継続に備 えた受領額」という意味を持たせる場合である。事務連絡や平成 26 年福岡地判、平成 30 年東京高判は、不返還部分にこちらの意味を持たせている。これは「入 居者相互扶助のために、入居者のうち想定居住期間を超えて契約が継続する者が いる場合に備えて受領する額」(平成 30 年東京高判)であり、事業者によって は「保険料」と呼ぶところもある31)。「かけ捨て」の保険料になぞらえれば、返 還されないのは当然のことと思わせる効果がある32)。
これが普通の保険ならば、保険者と事業者とは別になるので、入居契約に付帯した別の契約であると位置づけることができ、また保険者に対して保険業法の規制がかけられるが、不返還条項を保険契約であると見た場合、有料老人ホームの設置者が保険者の立場を兼ねるので、契約の区別があいまいであり、保険業法の規制監督も受けず33)、後述のとおり入居者と利害が対立する深刻な関係を作り出す。また、前払金のうちの不返還額について、将来の給付のために確保しておく
31)平成 30 年東京高判は、訴訟提起時点で使用していた契約書(旧契約書)には、不返 還部分について「保険料」と記載されていたことを前提に、「本件旧契約書においては、前払金の総額の算定に当たり『月額賃料』という用語が用いられているが、その実質は、
『前払賃料』と『保険料』の合計額を想定居住月数で除したものであり、『保険料』部分も含むものである」としている。
32)沖野前掲注 14・425 頁は、相互扶助・保険的要素であるとした場合、「償却がありうるが、償却の仕方は一律ではないこととなる」と整理しており、返還されないのが当然のこととは位置付けていない。保険でも解約返戻金があるのはむしろ普通のことであるので、このような記載になったのかもしれない。
33)保険業法の規制対象となるのは、1000 名以上の保険契約者がいる場合であり(保険業法 2 条 1 項 3 号、施行令 1 条の 4 第 1 項)、有料老人ホームの設置者は、一部の大手を除き、この要件を満たさない。
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
わけではなく直ちに償却して収入に計上してしまうし、入居継続率ではなく生存率で計算して額を決めている34)ので入居継続という給付条件と合わないなど、保険と見ると極めてずさんで問題のあるものとなる。
以下では、このような、入居者相互扶助のための不返還条項の問題を検討する。
2 不返還の理由の変遷
既述のとおり、有料老人ホーム業界では、多額の前払金(入居一時金)を受取りその一部(最近は 10%~30% が多い)を直ちに償却して不返還とすることで経営を成り立たせるビジネスモデルが主流となり、近年は月払いを採用する施設の増加に伴い減少傾向にはあるものの、まだ相当の割合を占めている。一度確立した「有利」な経営の仕組みは、持続されがちである。
当初は施設協力金、情報提供広報活動費、あるいは単に初期償却と称して不返還としていたものもあったが、2006 年 11 月 27 日の学納金訴訟最高裁判決35)のころから「施設を利用する権利の対価」という表現に集約されて不返還条項を継続し、2012 年の改正老人福祉法施行後は「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」、「入居者の相互扶助」「保険料」などと言い換えて不返還条項を継続してきた。このように、これまでの有料老人ホーム入居契約では、一貫して不返還条項が存在してきており、その理由に関する表現が時期により変遷してきたものである。「入居者の相互扶助」「保険料」というのもその現在の形にすぎない。
しかしこの間、2000 年に介護保険制度が開始し、2010 年の保険法施行で保険の柔軟性が増し、2012 年に改正老人福祉法が施行されて賃料等以外の授受が
34)事務連絡、前掲注 16 参照。居住継続率の語を用いているが、それは①死亡による退去のみを対象として、平均余命のみから算出したものであり、②居住者の意思による退去や③病気入院による退去は考慮されていないので、居住継続率ではなく生存率にすぎない。②③は施設によるばらつきが大きく統計処理するのは容易ではないが、実際の退去は②③が半分程度を占めるという調査結果もあり(2017 年野村総研報告書〔前掲注 19〕102 頁。後掲注 41 参照)、無視できない。
35)民集 60 巻 9 号 3437 頁。入学金は入学できる地位の対価であり(その地位は既に得
ており)、性質上解除や失効により返還義務を負うものではないから消費者契約法 9 条の問題にはならないとした。
現代法学 37
禁止され、2019 年には高齢者が人口の 28% 以上に増加しているなどの変化があるので、この不返還条項という慣行についてもこれらの変化を踏まえた検討が必要である。
3 不返還条項は何に備えるものか
そもそも、有料老人ホーム入居契約において不返還条項が生まれ、継続してき たのはなぜか。受け取って返さないのであるから、有料老人ホームの経営に資す るように見える。その背景には、入居者がいつまで居住継続できるかが不明であ るにもかかわらず、終身入居を約束したことがある36)。この場合はいつまで居住 を継続するか確定しないので、経営の観点からは、収入に不確定な部分が大きい。そこで、最初に多めに受け取って経営に不安がないようにしたいという発想であ る。事業者の立場からすると、入居者から一定額を受け取った後は、どんなに長 生きして居住を継続しても追加賃料は不要であるとすれば入居者を募集しやすい が、その募集方法では、想定居住期間経過後の居住について事業者がリスクを負 担することになるので、それに見合う仕組みとして不返還条項を位置付ける。
入居者の立場からすると、一方で自己資金は限られ、他方で平均余命より長く居住できる確率やどこまで長生きするかは不明であるので、終身居住権、終身建物賃貸借契約、保険料という言葉は魅力的である。最初に一定額を支払えば想定居住期間を超えて居住継続しても追加の賃料は発生しないということで37)、想定居住期間を超えて居住するリスクの一部を事業者に転嫁し、その代償として不返還条項を受け入れる。
このように、不返還条項は、入居者の想定居住期間を超えて居住継続するリスクの一部を事業者に転嫁する対価の形をとっている。したがって、不返還条項の問題は、入居者の想定居住期間を超えて居住するリスクを、誰がどのように負担
36)有料老人ホームが新たに登場したころは、新たに建設する前提で、調査、土地取得、建築、入居者募集、設備などに多額の費用を要することも理由としてあったと思われるが、現在は、それらは不返還の実質的な理由にもならない。これらは適切な賃料等の設定で対処すべき事柄である。
37)ただし、賃料以外のサービスの対価は月払いのため想定居住期間経過後もそれ以前と同様に必要となるし、介護サービス費用や医療費などは増加する傾向にあるので、長生きリスクは残る。
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
するのかという問題と密接に関連する。
4 想定居住期間を超えて居住継続するリスクは誰が引受けるのが適切か
(1)事業者がリスクを引受けると経営を不安定にすること
そもそも、事業者の経営の安定は、各入居者から、その施設の利用や受けるサービスの質・量に応じて適切に設定された対価を受けることで達成されるべきことである。現在の不返還条項は、これを前提に、さらに長生きリスクの引き受けの見返りとして不返還部分を取得するものという位置づけであり、長生きリスクの引受けを伴うことでむしろ事業者の経営を不安定にする要因となる。
不返還条項が、入居者の想定居住期間を超えて居住するリスクを引受けた対価であるのならば、事業者は、保険会社のように、不返還部分を、想定居住期間を超えて居住するリスクが現実化する時期、即ち想定居住期間経過時まで、そのリスクに備えて積み立てるのが合理的である。ところが事業者は、初期償却という表現通り、不返還部分を入居時に償却して当該年度の収入に計上する会計処理をしている38)。不返還部分であれば、老人福祉法上はその保全措置も義務づけられていないことになる39)。そのため、10 年後とか 15 年後とかに想定居住期間が経過してリスクが現実化したときには、不返還部分として得たお金は雲散霧消していておかしくない。このような不合理な制度のまま、不返還条項により入居者の想定居住期間を超えて居住するリスクを引き受けることは、事業者の経営の不安定化につながり、ひいては入居者にとっても不安材料となる。
(2)事業者がリスクを引き受ける手続が不明瞭なこと
不返還条項は、前払金(入居一時金)の一部を不返還とするものである。入居契約書では、前払金の総額が示され、初期償却による不返還額もそれを除いた額も、割合で示されるのみで金額では明示されないことが多い。また、この不返還
38)ただし埼玉県では、想定居住期間内の退去の場合は、「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」の返還が義務付けられているので、同県での開設者は、例外的に、初年度の収入には計上しない扱いとなろう。
39)老人福祉法 29 条 7 項は、前払金について「返還債務を負うこととなる場合に備えて」保全措置を講じなければならないと規定し、返還義務を負わない前払金の保全は求めていない。
現代法学 37
額は、賃料とは別の対価性のある支出であるとしても、前払い方式の場合に不返還部分の支出をしない選択肢がない。
したがって、入居者の立場からは、保険料を支払って保険に入る場合と比較すると、不返還条項を受け入れてリスク移転契約をする意識は希薄であり、かつ、それをしない選択肢がないので、不返還額と移転するリスクとのバランスの相当性の判断もされにくい。
(3)事業者がリスクを引き受けると入居者と危険な関係になること
有料老人ホームの入居契約は、事業者が入居者のためにその快適な生活を実現 すべく施設・設備とサービスを提供して尽力し、入居者はそれに応えて賃料やサ ービス料を支払い続けるという契約であり、本来、両者間の信頼関係が築かれて いくはずの契約である。そこでは、事業者が入居者本位で真摯に業務を行うほど、入居者から賃料やサービス料を得続けられ、感謝もされる関係にある。
ところが、不返還条項が入ると、この関係は一変する。不返還条項により、入居者の想定居住期間を超えて居住するリスクを事業者が引き受けると、一定時期以降の入居継続が事業者にとっては不利な事実となる。そして、事業者はそのリスクの程度を左右できる立場であるので、両者は極めて危険な関係になる。
事業者は、そのリスクを小さくすると利益となり、かつ、それをできる立場でもある。たとえば、居住満足度を下げたり介護サービスの手を抜いたりすると、入居者は退去したり病院への転出を余儀なくされる。事業者が直接影響を与えなくても、例えば入居者間の対立を放置すれば、いずれ一方が退去していくかもしれない。これにより事業者は、「想定居住期間を超えて契約継続する入居者=賃料を支払わない入居者」の発生を減少させることができる。入居者をすべて想定居住期間内に退去させれば、不返還部分は実質的にもすべて利益となる。このような利益を最大化させるには、法による返還義務が明確である当初の 3 か月を超えたら速やかに退去するよう仕向け、入居者の回転率をあげるとよい。そうすれば「想定居住期間を超えて契約継続する入居者=賃料を支払わない入居者」は発生しないし不返還部分が頻繁に入ってくることになる40)。
40)執行前掲注 21・104 頁、坂井前掲注 11 参照
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
他方、事業者が入居者の居住満足度を上げ、介護に手を尽くすほど、入居者が想定居住期間を超えて契約を継続するリスクが高くなり、賃料を支払わない入居者が増加して事業者にとっては損になる。極端な場合は、賃料を支払わない入居者ばかりになって、経営に不安が生ずることすらあり得る。
事務連絡の基準に沿って想定居住期間を決めていれば、当初入居者の 50% が想定居住期間を超えて居住継続する計算で不返還額が定められる。しかしこれは平均余命を基礎とした計算であり想定居住期間中に生存したまま退去する入居者を含んでいないので、そのような退去者が 50% いるとすると41)、想定居住期間経過時には当初の入居者は 25% しか残っていないことになる。そこでたとえば想定居住期間が 10 年で、10 年以降の賃料減額が 25 であると見込んで 50 を受取ったが、それは今後 10 年間のやり方次第で 0 に近づいたり 100 に近づいたりするということになる。この場合に、100 に近づけようとすること、すなわち入居者のために真摯に業務を行うことは、損失を出す選択であるので、正しい経営判断とは言えなくなってしまう。
このように不返還条項は、事業者にとって、入居者本位で真摯に業務を行うほど不利益となり、手を抜くほど利益が大きくなる関係を作り出すものであり、事業者と入居者の間に危険な関係を作り出す条項である。もちろん、悪評が広まるリスク等も考慮すれば、事業者が手を抜くとは限らない(手を抜かない結果、破綻に向かうこともあるかもしれない)。ここでの問題は、事業者が実際に手を抜くかどうかということではなく、本来頼り頼られ感謝し感謝されて信頼関係が作り出されるはずの入居契約が、不返還条項が入ることにより、上記のような対立関係の契約に一変するということそれ自体である。
41)2017 年野村総研報告書(前掲注 19)102 頁によれば、2016 年 1 月 1 日~2016 年
6 月 30 日までの半年間に有料老人ホームを退去した者のうち、「死亡による契約終了」
(死亡前に病気入院して入院中死亡によって契約が終了する場合も含む)は、介護付有料老人ホームで 54.1%、住宅型有料老人ホームで 35.6% となっている。つまり、介護付有料老人ホームで 45.9%、住宅型有料老人ホームで 64.4% の入居者が、生存中に退去している。退去先は、病院診療所が最も多く、自宅、特別養護老人ホームがそれに続く。他方、想定居住期間経過後も居住を継続した入居者がどのくらいいるのか、どの程度経過して居住したのかについては、統計が見当たらない。
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(4)結論―事業者が引き受けるのは不適切
このように検討すると、事業者が、終身賃貸借、終身居住権という形で入居者 の想定居住期間を超えて入居契約を継続するリスクを負担することは、できない か、不適切であるといえる。他方、そのリスクに備えたい入居者の要望はある。 そこで、これを社会問題としてみた時に、より良い方法がないかを検討すべきで あり、その観点からは、リスク引受けの専門家である保険会社が関与することが 考えられる。すでに、それに応ずる保険がいくつか商品化されているので、次に、それを見て、不返還条項と比較することとする。
第 4 不返還条項と保険との比較
1 不返還条項の保険契約該当性ないし類似性
具体的な保険商品と比較する前に、不返還条項は、保険契約に該当ないし類似することを確認する。ここで比較する不返還条項は、不返還部分が、想定居住期間を超えた契約継続期間の自分の賃料(の全部または一部)の前払を不返還とするものではなく、想定居住期間を超えた契約継続に備えた自分または他人の賃料
(の全部または一部)の前払を不返還とするものである。
保険法は、保険契約について、「保険契約、共済契約その他いかなる名称であるかを問わず、当事者の一方が一定の事由が生じたことを条件として財産上の給付(生命保険契約及び傷害疾病定額保険契約にあっては、金銭の支払に限る。以下「保険給付」という。)を行うことを約し、相手方がこれに対して当該一定の事由の発生の可能性に応じたものとして保険料(共済掛金を含む。以下同じ。)を支払うことを約する契約をいう。」(2 条 1 項)と定義する。これによれば、①一方当事者の保険料支払い(一定の事由の発生の可能性に応じたものとして)、
②他方当事者の保険給付(一定の事由が生じたことを条件として)、③両者の対応関係(これに対して支払う)が要件である。講学上、これに、④収支相等の原則42)、⑤給付反対給付均等原則43)が加わると言われるが44)、監督法上は、①②③
42)収支相等の原則 保険を財政的に維持するために、保険料の総額と支払われる保険金の総額が釣り合わなければならないという原則。
43)給付反対給付均等原則 保険契約者間の公平を図るため、保険事故発生の確率が
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
を満たして保険のように見えるが④⑤についてはでたらめな、保険を装った詐欺商法を対象にできないのは不都合であるので、④⑤については緩やかに解されている45)。
保険法は、さらに生命保険契約について、「保険契約のうち、保険者が人の生存又は死亡に関し一定の保険給付を行うことを約束するもの(傷害疾病定額保険に該当するものを除く。)をいう。」(2 条 8 号)と規定している。
不返還条項は、①一方当事者である入居予定者が不返還部分を支払い(一定の事由の発生の可能性に応じたものとして)、②他方当事者である事業者が想定居住期間経過後の賃料を不要とする形の給付を約し(一定の事由が生じたことを条件として)、③両者には対応関係があるので(これに対して支払う)、保険の要件を満たしている。さらに、不返還額が保険数理に基づいて算出されているので、
⑤給付反対給付均等原則も一応満たしているが、④収支相等の原則だけは、不返還額算出基準(生存率)と支払事由(生存+入居継続)が一致しておらず不返還額が多すぎるので、満たしていない。④⑤を要件とする立場でも、保険よりも消費者に不利な方向で④を満たさないのであるから、少なくとも消費者契約法の適用に当たっては、保険法の適用による場合と対比すべきである46)。
高い保険契約者には高い保険料を、確率が低い保険契約者には安い保険料を負担してもらうという原則。「一定の事由の発生の可能性に応じたものとして」(①の括弧内)がそれを表現しているとみることもできる。
44)山下友信『保険法(上)』有斐閣(2018 年)6 頁~22 頁
45)一般には保険とは認識されていない業務が保険業に該当するかを検討した例として、大東建託株式会社の家賃保証業務の例がある。同社が、自社の行う家賃保証業務(対象建物に空き室が発生した場合に一定の条件下で 9 割ないし全額を保証するもの)について、偶然性がないこと、保険技術を利用しないことを根拠に保険業法に規定する保険業に該当しないことの確認を求めたのに対し、2006 年 4 月 6 日付金融庁回答書
(https://www.fsa.go.jp/common/noact/kaitou/036/036_05b.pdf)は、空室発生に偶然性がないとは言えず、「保険業に該当しないとは言えない」と回答している。そのため同社はこの業務を断念した。
46)平成 30 年東京高判は、不返還条項は保険ではないとしたが、矛盾や誤解をはらむ形式的なものであるうえ、保険に類似していること自体は否定していない。不返還条項の業務は保険数理も用いており、前注に記載した大東建託の家賃保証業務より保険に該当しやすいと言える。
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2 不返還条項と代替的な保険契約
(1)新しい保険の登場
近年、入居者から見て、この不返還条項の機能に代替しうる保険が登場している。トンチン性を高めた生存年金保険契約、それから、特定の有料老人ホームの入居者を対象とした団体年金保険契約である。以下、それぞれ、具体的な商品の内容を見たうえで、不返還条項と比較する。
(2)生存年金保険「グランエイジ」47)
日本生命保険相互会社(以下日本生命という)が 2016 年に販売を開始した年金保険「グランエイジ」48)は、従来の年金保険と異なり死亡保障がない年金保険である。純然たる生存保険としては日本初であり、パンフレットに「トンチン性49)を高めるとともに、解約払戻金を低く設定することで年金額(年金原資)を大きくしています!」とあるとおり、従来の年金保険より射幸性を高くした保険である。その後、他社でもこれに追随して類似した保険が発売されている。
この保険は、有料老人ホームの入居とは無関係であるが、受取り時期を想定居住期間経過時に合わせれば、それ以降の賃料額を補うことができる。
(3)団体年金保険「月額利用料サポートプラン」50)
太陽生命保険株式会社(以下太陽生命という)が 2018 年 12 月に販売を開始
47)日本生命サイト参照https://www.nissay.co.jp/kojin/shohin/seiho/choju/ 48)正式名称は、低解約払戻金型長寿生存保険・5 年期間保証期間付終身年金
49)トンチン性 死亡者の持分が生存者に移ることにより、生存者により多くの給付が与えられる割合のこと。この呼び名は、17 世紀にイタリア人銀行家のロレンツォ・トンチが、掛け金を出し合って生きている人だけで分ける年金(トンチン年金)を考案したことによる。トンチン性の高い商品は、長生きした人ほど年金の受取額が増え、最後の 1 人は全体を受け取ることになるので、射倖性が高い。
金融庁の監督指針は、トンチン性の高い商品について、次のとおり、商品特性の説明体制の整備を求めている。
「規則第 53 条の 7 第 1 項に規定する措置に関し、トンチン性の高い商品については、保険会社又は保険募集人が顧客に対して、その商品特性について十分説明を行うための体制が整備されているか。」(保険会社向けの総合監督指針Ⅱ-4-4-1-2(12))
50)太陽生命「ベネッセスタイルケアの高齢者向けホーム入居者向けの団体年金『月額利用料サポートプラン』の共同開発」https://www.taiyo-seimei.co.jp/company/
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
した団体年金保険「月額利用料サポートプラン」51)は、特定の事業者52)が運営する有料老人ホーム等の入居者向けの団体年金保険である。特定の事業者が運営する有料老人ホーム等の入居者で、加入日に満 87 歳以下の者が加入でき、保険料を一括支払いして、一定時期以降、終身で毎月年金を受取るものである。年金支払い開始前に、年金で受け取るか一時金で受け取るかを選択できる。団体保険であるため契約時に特定の事業者が運営する有料老人ホームの入居者であることが条件であるが、加入から 1 年経過すると入居者であることは条件ではなくなり、退去しても影響はない(加入 1 年未満に退居した場合は、退居時の積立金額を払い戻す)。3 年以降に開始する保険給付は入居継続と関連付けられていないので、生存率から保険料を算出することができる。不返還条項と異なって、保険者は、事業者と別の主体であり保険給付に関し保険契約者に影響を与える立場に立たないので、不返還条項のような危険な関係にはならない。
3 比較表
実際に商品化されている生存年金保険「グランエイジ」、団体年金保険「月額利用料サポートプラン」と不返還条項を比較すると、図表 4 の通りとなる。
図表 4 の①②は、日本生命の生存年金保険「グランエイジ」を 70 歳で契約した男性、女性の例(据置期間 10 年)であり、数値は日本生命の設計書(平成 30 年東京高判の甲 28 の 3、甲 28 の 4)に基づく。
図表 4 の③④は、太陽生命の団体年金保険「月額利用料サポートプラン」を
75 歳で契約した男性、84 歳で契約した女性の例(据え置期間 3 年)であり、数値は太陽生命の公表資料「ベネッセスタイルケアの高齢者向けホームご入居者向けの団体年金『月額利用料サポートプラン』の共同開発」および「株式会社 ITC有料老人ホーム蓮田オークプラザ入居者専用 月額利用料終身サポートプラン引受保険会社:太陽生命保険会社」による(但し投入金額を近づけるため、払込
notice/download/press_article/h30/301217.pdf 51)正式名称は、拠出型企業年金保険・遺族給付金付終身年金移行特約
52)当初は株式会社ベネッセスタイルケアの高齢者向けホーム入居者向けで開始し、その後、株式会社 ITC の設置する有料老人ホーム蓮田オークプラザ入居者向けにも販売されている。なお、前者は不返還条項(初期償却 30%)も使用しているが、後者は月払い方式のみであり不返還条項は使用していない。
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【図表 4】 不返還条項と保険の比較
①保険 1(グランエイジ 1) | ②保険 2(グランエイジ 2) | ③保険 3(月額利用料サポートプラン 1) | ④保険 4(月額利用料サポートプラン 2) | ⑤不返還条項 | |
払込開始 | 70 歳男 | 70 歳女 | 75 歳男 | 84 歳女 | 70 歳男女 |
払込期間 | 平準 10 年一括払 ○ 一時払 × | 平準 10 年一括払 ○ 一時払 × | 平準 × 一括払 ○ 一時払 × | 平準 × 一括払 ○ 一時払 × | 平準 × 一括払 × 一時払 ○ |
払込月額 | 6 万 2256 円 | 8 万 0118 円 | × | × | × |
払込総額 | 747 万 0720 円 | 961 万 4160 円 | 720 万円 | 720 万円 | 752 万4000 円 |
1 年後に退去 【損益】 | 影響なし 0 | 影響なし 0 | 影響なし 0 | 影響なし 0 | 支払 752 万 払戻 0 -752 万 |
2 年後に解約 or 死亡 【損益】 | 支払 149 万 払戻 100 万配当 α -49 万+α | 支払 192 万 払戻 128 万配当 α -64 万+α | 支払 720 万 払戻 717 万配当 α -3 万+α | 支払 720 万 払戻 717 万配当 α -3 万+α | 支払 752 万 払戻 0 配当 0 -752 万 |
中間時に解約 or 死亡 【損益】 | 支払 373 万 払戻 257 万配当 β -116 万+β | 支払 480 万 払戻 329 万配当 β -151 万+β | 支払 720 万払戻 ? 配当 β ?+β | 支払 720 万払戻 ? 配当 β ?+β | 支払 752 万 払戻 0 配当 0 -752 万 |
年金前年解約 or 死亡 【損益】 | 支払 672 万 払戻 481 万配当 γ -191 万+γ | 支払 865 万 払戻 610 万配当 γ -255 万+γ | 支払 720 万 払戻 717 万配当 γ -3 万+γ | 支払 720 万 払戻 717 万配当 γ -3 万+γ | 支払 752 万 払戻 0 配当 0 -752 万 |
年金額 | 60 万円 | 60 万円 | 84 万 2400 円 | 122 万 1600 円 | 396 万円 |
保証期間 | 5 年 | 5 年 | 0.5 年 | 0.5 年 | 0 年 |
年金開始 | 80 歳 | 80 歳 | 78 歳 | 87 歳 | 89 歳 |
受取期間 | 終身 | 終身 | 終身 | 終身 | 終身 |
開始時に 10年確定に変更 (1 | 支払 747 万 受取 795 万 06.4%) (1 | 支払 961 万 受取 1004 万 04.4%) | × | × | × |
開始時に一括受取に変更 (1 【損益】 | 支払 747 万 受取 773 万 03.5%) (1 +26 万 | 支払 961 万 受取 976 万 01.5%) (1 +15 万 | 支払 720 万 受取 722 万 00.2%) (1 +2 万 | 支払 720 万 受取 722 万 00.2%) +2 万 | × -752 万 |
開始直後死亡 【損益】 | 支払 747 万 受取 300 万 -447 万 | 支払 961 万 受取 300 万 -661 万 | 支払 720 万 受取 42 万 -678 万 | 支払 720 万 受取 61 万 -659 万 | 支払 752 万 受取 0 -752 万 |
平均余命で | 540 万円 (72.2%) | 720 万円 (74.8%) | ? 万円 (?%) | ? 万円 (?%) | 429 万円(※) |
損益均衡 | 92 歳 | 96 歳 | 86 歳 | 92 歳 | 91 歳 |
100 歳で 【損益】 | 支払 747 万 受取 1260 万 +513 万 | 支払 961 万 受取 1260 万 +299 万 | 支払 720 万 受取 1852 万 +1132 万 | 支払 720 万 受取 1648 万 +928 万 | 支払 752 万 受取 4356 万円 +3604 万 |
100 歳倍率 | 1.69 倍 | 1.31 倍 | 2.57 倍 | 2.29 倍 | 5.79 倍 |
商品審査 | 〇(認可) | 〇(認可) | 〇(認可) | 〇(認可) | × |
資金規制 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | × |
安全ネット | 〇(保護基金) | 〇(保護基金) | 〇(保護基金) | 〇(保護基金) | × |
※ 88×0.31+91×0.69=90.07 歳(当該施設の男女比による)
・ 計算値の端数は切捨て。
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
保険料の額を 2 倍に変換)。
図表 4 の⑤不返還条項の数値は、特定の有料老人ホームの料金説明文書(平成 30 年東京高判の乙 5)の記載に基づいたものである。入居時年齢 70 歳で、想定居住期間 19 年を経過したのちの賃料が不要となる点について、賃料不要額を年金ととらえ、月 33 万円×12=396 万円を年金額とみなして比較した(実際は、お金を受け取るのではなく賃料債務の不発生である)。
4 射幸性の比較
図表④作成に当たっては、金額で比較できるようにできるだけ近い払込金額にしようとしたが、入手できるデータの制約から、① 747 万 0720 円、② 961 万
41600 円、③ 720 万円、④ 720 万円、⑤ 752 万 4000 円と、少しばらつきが出
た。それでも、この程度の相違ならば金額の比較に十分意味があるので、図表 4のうちいくつかの場面における損益を折れ線グラフで表示した(図表 5)。配当は不確定であるので計算に入れていない。
「支払前」の損益はいずれも 0 である。以下、右に「1 年後に退去」「2 年後に
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
支払前
1 年後退去
-500
-1000
【図表 5】 損益図(図表 4 の数値に基づき作成)
損益図(単位:万円)
2 年後解約死亡
中間解約死亡
前年解約死亡
開始時一括
開始直後死亡
100 歳
①保険 1
②保険 2
③保険 3 ④保険 4
⑤不返還条項
現代法学 37
解約又は死亡」「(契約後年金開始までの期間の)中間時に解約又は死亡」「年金開始前年に解約又は死亡」「年金開始時に一括受取り」「年金開始直後に死亡」
「100 歳時」の損益を対比した。
このグラフで①②、③④、⑤の 3 グループを比較すると、それまでになく射幸性を高めたことで話題となった新商品である①②が最も射幸性が低く、その後に登場した、有料老人ホームの月額利用料サポート目的の③④が中間に位置し、最も射幸性が高いのが⑤不返還条項であることが容易に見て取れる。なお、事業者に退去させるインセンティブが生ずることや事業者の信用リスクを考慮し、⑤の 100 歳時に向けた急上昇の線は点線で表記した。
具体的には、不返還条項(⑤)は、生存年金保険「グランエイジ」(①②)よりも、次の点において射幸性が高く、全体としてみると射幸性が著しく高い。団体年金保険「月額利用料サポートプラン」(③④)はその間に位置する。
ⅰ 保険料の支払い方法
⑤は、保険料の支払方法が一時払いのみ53() 全額を直ちにリスクに賭け後戻り できない)である。これに対し③④は一括払いのみであり、初回分を除くと預け 金であって中途で解約すると未経過保険料として払戻しされるから、全額を直ち にリスクに賭ける一時払いのみよりは、リスクが少ない。①②は一括払いに加え、平準払(月払い)の選択肢もあり、リスクにさらす金額が少ない状態が長く、最 もリスクが小さい。
ⅱ 満期前解約の返戻金
⑤は、契約後 3 か月以内を除き、2 年後、契約後年金開始(想定居住期間経過)までの期間の中間時、年金開始(想定居住期間経過)前年など、どこで解約しても解約返戻金がまったくない(無解約返戻金型。射幸性を高める方法)。これに対し、これらの場合に①②は大半の額が戻り、③④はほとんどの額が戻る。
53)生存年金保険グランエイジに一時払いの選択肢はない。平準払い(月もしくは年払い)、一括払込(全期前納)、前納から選べる(同保険の「契約のしおり」(20 頁 https://www.nissay.co.jp/kojin/shohin/seiho/choju/shiori/01.pdf)。これに対し、不返還条項では、一括払い、前払の語を用いているものの、途中で退去しても一切返還しないことから、保険用語でいうと一時払いに該当し、これ以外の選択肢はない。
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
ⅲ 満期前退去の返戻金
⑤は、契約後 3 か月以内を除き、年金開始前(2 年後、中間時、年金開始前年など)は、どこで退去しても保険は解約となって解約返戻金がまったくない(無解約返戻金型。射幸性を高める方法)。これに対し①②は、退去は契約の継続には無関係であり、③④は契約後 1 年以内に退去すると解約となるがほとんどの額が戻り、1 年を超えたのちの退去は契約の継続には無関係である。
ⅳ 満期後退去の場合の給付
⑤は、年金開始後(想定居有期間経過後)に退去すると、そこで給付は終了する。これに対し①②、③④は、退去は年金の受取り継続には無関係であり、退去しても生存している限り受け取り続けることができる。
ⅳ 配当
⑤は配当がない(入居時に償却してしまい、運用していないので配当の余地がない)。これに対し①②、③④は配当がありうる。
ⅵ 満期時における選択
⑤は、年金受取り時の健康状態や都合に応じた修正(一時受取り等)ができない。これに対し、①②、③④はいずれも一括受取りの選択ができ、その場合の受取額は支払額を上回る。
ⅶ 年金の保証期間
年金開始直後に死亡した場合、⑤は、保証期間がないので得るものはない。これに対し、①②は、保証期間が 5 年あり、支出額の何割かは回収できる。③④は遺族年金という形で半年分が給付される。
ⅷ 倍率
⑤は 100 歳まで契約を継続すれば支出額の 5.79 倍もの利益となる。これに対し、①②は 1.31 倍~1.69 倍であり、③④は 2.29 倍~2.57 倍とその間の値となる。
5 合理性の比較
不返還条項(⑤)は、射幸性が著しく高いだけでなく不合理でもある。生存年金保険「グランエイジ」(①②)、団体年金保険「月額利用料サポートプラン」
(③④)等の生存保険と比較すると次のような不合理な点がある。
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ⅰ 審査・監督がない
①②③④のような販売されている保険は、すべて当局により、顧客の保護にも配慮した審査を経てその商品認可を得ており(保険業法 5 条 1 項 3 号、4 号)、一定の合理性が担保されているのに対し、⑤は、当局はもちろん誰の審査も受けておらず、合理性が担保されていない。
ⅱ 給付に備えた積立がない
①②③④のような、販売されている保険では、受入れ保険料を原資として保険 給付に備え責任準備金を積立てなければならず(保険業法 116 条)、その積立の 適切性については厳密に監督されている(保険会社向けの総合的な監督指針Ⅱ- 2-1 責任準備金等の積立の適切性)。それに対し、⑤では、前払金を受け入れ後、不返還部分についてはすぐに償却して収入に計上してしまうので、そのような体 制となっていないため、経営を不安定にするし、利害対立する危険な関係を助長 する。
ⅲ 経営の健全性規制がされず安全ネットもない
①②③④では、販売しているのが保険会社であり、保険会社自体が破たんしないために会計上の厳格なルールが設けられており(保険業法 109 条~122 条の 2)、さらに当局がソルベンシー・マージン比率を用いた健全性の状況を継続的に監視しているうえ、破たんしても保険契約者保護機構による安全ネットが整備されている(同法 259 条~270 条の 9)。それに対し⑤では、そのような体制がないうえ、ⅱに記した事情により破たんリスクは高まっている。
ⅳ 居住場所が制限される
①②はどこに居住しようと制限はない。③④は契約から 1 年間は当該施設に居住することが条件であるが、それ以降は制限がなく、また、当初の 1 年間のうちに転居する場合も支出額は大半が戻ってくる。これに対し、⑤では、想定居住期間経過まで生きているかだけでなく居住することまで賭けの対象となっており、自分自身の生活上の選択を制限する方向で影響を与える契約となっている。
ⅴ 算出根拠と支払い基準が対応しない
①②③④は、生存率を用いて保険料を算出され、生存していることを条件に保険給付されるので、算出根拠と給付基準は一致している。これに対し、⑤は、生存率で不返還額を算出し、生存+居住を条件に給付がなされるので、算出根拠と
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
給付基準は一致しておらず、不返還額が過大となっている。いくら元気に長生きしても、転居したら年金を得られない。
6 公正さの比較
不返還条項(⑤)は、射幸性が著しく高く、かつ不合理であるにとどまらず、不公正でもある。生存年金保険「グランエイジ」(①②)、団体年金保険「月額利用料サポートプラン」(③④)等の生存保険と比較すると次のような不公正な点がある。
ⅰ 事業者が給付事由発生に影響を与える立場である
①②③④では、リスクを引き受ける保険会社は、保険事故の発生・不発生に影響を与えられない。これに対し、⑤では、リスクの引受人である事業者は、各参加者に対し、参加者が不利になる方向で影響を与えうる地位にある。賃貸人が、賃借人に対し、あなたが 10 年後もここに住んでいるかどうか賭けましょう、賭
け金は賃料の 2 年分、あなたが勝てば 10 年後以降の賃料はいりません、ただし
10 年以内に退去しても一切返金しませんと言われ、賭ける人はいない。どんな嫌がらせをされるかわからない、と恐れるのが通常の反応である。
ⅱ 射幸契約をしない自由がない
①②③④はその契約をするか否か、選択できる。そのうえ、金額を自由に設定できるし、途中でやめても大半又はほとんどが戻ってくるので、大勝負というほどの契約ではない。それに対し⑤では、入居一時金の前払い方式を選択すると、一部不返還という形で著しい射幸条項が不可避的に付帯しており、消費者にはこの著しい射幸契約をしない自由はない。不返還額が数十万円から数百万円、多い場合は 1000 万円を超える額となるので、普通の高齢者にとっては、人生の最後の場面で、どういうわけか一世一代の大勝負をさせられることになる。
ⅲ 判断がされにくい
入居契約のうち賃貸借契約部分における賃料と別に料金設定して合意し掛け金
(賭け金)を支出するのではなく、賃料の前払い方式を選択するとその一部が不返還という形で掛け金(賭け金)扱いとなる構造であるため、賃貸借とは別の合意として意識されにくく、契約しようとする消費者にとって、リスク移転契約をする意識は希薄であり射幸性が著しく高いことが意識されにくい。また、不返還
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額と移転するリスクとのバランスの相当性の判断もされにくい。
7 比較のまとめ
この様に、不返還条項は、トンチン性を高めたと位置づけられている新種の保険と比較しても射幸性がさらに著しく高く、また、いくつもの不合理性・不公正さを抱えている。
第 5 保険との比較を踏まえた検討
1 保険契約に該当ないし類似すること
第 4.1 に記載した通り、不返還条項では、不返還金額は生存率をもとに保険数理を用いて算出され、一定時期以降に生存・居住している場合に「それ以降の賃料不要」という賃料相当額の給付がなされるから、これは、不返還金額を保険料とし、想定居住期間経過後の生存(+居住)を保険事故、同経過後の毎月の賃料相当額を保険給付とする生存年金保険契約(一定時期以降に生存していると月々一定額が支払われる契約。生命保険の一種)ないしそれと類似する契約とみることができる。不返還条項の保険該当性ないし類似性は、第 4、3 の【図表 4】のとおり、市販の保険と比較できることからも明らかである。
2 消費者契約法 10 条前段該当性
(1)保険法の一般法理等との比較
そこで、第 4 の検討を踏まえて保険法の一般法理等との比較をすると、次のようになる。
不返還条項は、①保険者は受け取り保険料を保険給付のために積立てるという 保険法の一般法理の適用がある場合と比較して、不返還部分はすぐに償却されて、想定居住期間経過後の家賃分に充当すべく保全されないため、保険法では保険契 約者は責任開始前において保険契約を解除した場合は保険料積立金の払戻し請求 権があるのに54)、不返還部分について入居後 3 か月経過すると一切返還請求権
54)保険法 63 条は、「保険者は、次に掲げる事由により生命保険契約が終了した場合には、保険契約者に対し、当該終了の時における保険料積立金(受領した保険料の総額の
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
がないこととしており、想定居住期間経過前の解除において、不返還部分を返還しないこととしていること(権利の制限)、②保険者は保険事故発生の確率に影響を与えないという保険法の一般法理の適用がある場合と比較して、保険者である事業者が保険事故発生の確率を下げる方向(=入居者が望まない方向)で影響を与えることができる立場であること(居住満足度を下げたり介護サービスの手を抜いたりすると入居者は退去したり病院への転出を余儀なくされる)(権利の事実上の制限)、③保険法 2 条 1 号に規定する保険の定義(当事者の一方が一定の事由が生じたことを条件として財産上の給付を行うことを約し、相手方がこれに対して当該一定の事由の発生の可能性に応じたものとして保険料を支払うことを約する契約)と比較して、生存+居住を保険給付の条件としているのに生存率のみを基礎として保険料を算出しているため保険料が構造的に過大となること
(換言すれば、生前退去率に対応する分が対価のない取得になること)(義務の加重)の 3 点において、消費者の権利を制限し又は義務を加重する条項であるの
で、消費者契約法 10 条前段に該当すると考えられる55)。
(2)現物給付の生命保険とみる場合
不返還条項が、仮に賃貸借とは異なる対価性のある支出であり、かつ、金銭給付ではなく現物給付の生命保険であるとすると、それは保険法 2 条 1 号が、保険契約のうち、消費者の保護の観点から望ましくない類型として位置付けたものであるので56)、不返還条項は、保険法の適用がある場合に比して消費者の権利を
うち、当該生命保険契約に係る保険給付に充てるべきものとして、保険料又は保険給付の額を定めるための予定死亡率、予定利率その他の計算の基礎を用いて算出される金額に相当する部分をいう。)を払い戻さなければならない。」として、責任開始前における保険契約者からの解除などの場合における、保険者の保険料積立金返還義務が規定されている。なお、これは片面的強行規定であるので(65 条 3 号)、不返還条項が保険契約であれば、想定居住期間内の退去等の場合に不返還部分(保険料積立金)を払い戻さないとする条項は、保険法によっても無効となると考えられる。
55)これは通常の消費者契約法 10 条前段該当性の判断とは相当異なる構造である。中心条項の問題が関連する。
56)生命保険契約でも、理論的には現物給付もありうる。そして次のとおり現物給付は、条文の形式と保険法制定経過を総合すると、保険法が消費者保護の観点から普及させないこととした契約形態であるといえる。平成 30 年東京高判は、現物給付であるから生
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制限し又は消費者の義務を加重するものであると保険法自体が位置付けたものといえる。したがって、消費者契約法 10 前段に該当することは、比較をするまでもなく明らかということになる。
(3)対価性の観点から
保険は、損害保険、生命保険、傷害疾病定額保険という保険法の 3 分類のほかに、機能に着目して、保障性保険、貯蓄性保険、投資性保険の 3 つに分類することもできる。
この機能性 3 分類のうち、貯蓄性保険(終身保険、養老保険など)や投資性
命保険ではない、としてその先の検討を放棄してしまったが、これはこの点を看過した誤った姿勢と言える。
まず条文の形式から説明すると、保険法 2 条 1 号は、保険契約の定義として「保険契約、共済契約その他いかなる名称であるかを問わず、当事者の一方が一定の事由が生じたことを条件として財産上の給付(生命保険契約及び傷害疾病定額保険契約にあっては、金銭の支払いに限る。以下『保険給付』という)を行うことを約し、相手方がこれに対して……保険料(……)を支払うことを約する契約をいう。」と規定し、特に生命保険契約と傷害疾病定額保険に限定して、括弧内で「金銭の支払いに限る」として現物給付をその定義から除外している。これは、本来定義に入るものを特別な考慮に基づいて除外した形式であり、その特別の考慮は、制定経過を見ると明らかになる。
そこで制定経過を見ると、保険法制定の際は、生命保険契約における保険給付として、高齢者住宅や介護サービスなどの現物給付を認めるべきか、という点について、法制審 議会保険法部会や金融審議会金融分科会第 2 部会「保険の基本問題に関するワーキン グ・グループ」で議論が行われた。その結果、約束された給付の履行を確実にさせて契 約者の保護に遺漏なきようにするための監督法上の制度の整備が図られない現状では、 契約者保護の観点から認めないこととしたものである(法制審議会保険法部会第 23 回 会議議事録 20 頁~32 頁、特に 29 頁以下。山下前掲注 44・45 頁は業者の財務リスク を強調するが監督が困難であるという理由は共通。)。
なお、この際に、定額現物給付の有効性自体について意見が一致していないこと(同議事録 30 頁、31 頁)、仮に定額現物給付を生命保険の定義に入れないこととし、かつ有効であるとすれば、規制のない状態で野放しにされるのではなく、金融商品取引法 2
条 2 項 5 号に規定する集団投資スキーム持分の規制対象であると考えられていること
(同議事録 23 頁、31 頁)が示されている。保険は集団投資スキーム持分を規定した金融商品取引法 2 条 2 項 5 号柱書の要件を満たしているが、保険業法の適用があることなどを理由に同号ハで除外されている。生命保険の定義から外れるとすると、不返還条項を用いる有料老人ホーム事業者は、集団投資スキーム持分の組成・販売・運用業者に該当すると考えられ、その場合は、金融商品取引業の登録が必要となり、登録していな
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
保険(変額保険、変額年金保険、外貨建て保険など)の保険料支払いの対価は、保険給付であると考えられる。ところが、保障性保険(損害保険、定期保険、生存保険など)で返戻金のないもの(いわゆる「掛け捨て保険」)の保険料支払いの対価も保険給付であるとすると、保険期間中に保険事故が発生しない場合は保険給付がゼロで確定するので、対価がないことになってしまう。したがって、この「掛け捨て保険」における保険料支払いの対価は、保険給付以外に求める必要がある。それは、契約後の「保険事故があれば保険給付がされる」という確実な期待とそれによる安心感であると考えられる。この場合の保険契約者は、その期間中、確実な期待とそれによる安心感があれば、それで保険料に見合った対価を得たことになる。逆に言うと、一定期間の確実な期待とそれによる安心感の対価として、呈示された保険料額が見合っているかの判断が、保険契約をするかどうかの判断である。この場合に将来保険給付があれば、それは追加される対価ということになる。
この確実な期待と安心感は、契約が解除されると得られなくなるので、その場合は期間に応じた返還がされる。これは民法の大原則である双務契約における対価性の原則(対価のある支出は、対価を得られなければ返還される)に他ならない。
「掛け捨て保険」になぞらえて不返還条項の対価を考えると、それは「想定居住期間経過後も居住継続する場合には賃料が不要となる」という期待とそれによる安心感であると考えられる。この場合はこの期待が不確実なものであること、安心感が不安感を伴うこと57)は別としても、少なくとも、想定居住期間中に退去
ければその無登録営業の問題が生じる。
57)保険と異なり、この期待は不確実な期待であり、この安心感は不安感も伴う安心感である。
まず、前掲注 41 記載のとおり、介護付有料老人ホームで 45.9%、住宅型有料老人ホームで 64.4% の入居者が、生存中に退去しているという調査がある(転出先は病院診療所、自宅、特別養護老人ホームなど)。
それから、前払金を支払えば、経済的に一生安心できるものでもない。想定居住期間 経過後の賃料が不要となってもサービス費用は月々支払うので、相当額の自己資金がず っと必要となる。「老後 2000 万円報告書」で示されているような、普通に生活する費 用はかかるのである。それに加え、介護費用や医療費は年々増加する傾向のものである。前払金を支払ってもこれらの支出に対する覚悟は一生必要となる(これらが想定外に多
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したら、生存しているのにこの期待とそれによる安心感という対価を得られなくなるので、不返還部分は(全部ないし一部)返還されるべきである。それにもかかわらず、不返還条項は、想定居住期間中は、最初の 3 か月を除き、いつ退去しても一切返還しないという内容であるので、上記対価性の原則との対比で、消費者の権利(返還請求権)を制限する条項であり、消費者契約法 10 条前段に該当する。
3 消費者契約法 10 条後段該当性
(1)最高裁判決が示す考慮要素に沿った整理
消費者契約法 10 条後段該当性については、「消費者契約法の趣旨、目的(同法 1 条参照)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。」とする最高裁判所の判例(最判平 23・ 7・15 民集 65 巻 5 号 2269 頁。最判平 23・3・24 民集 65 巻 2 号 903 頁、最判平 23・7・12 集民 237 号 215 頁も同旨)に照らして不返還条項をみると、次のような要素が認められる。
まず条項の性質を見る。不返還条項は、前払金の一部を、入居後 3 か月以上経過したらいつ退去しようと死亡しようと返還しないこと、想定居住期間経過後も居住継続する場合の賃料は不要とすることを内容とする。
①これは、事業者と入居者の利害対立を引き起こし、事業者に、居住満足度を下げたり介護サービスの手を抜いたりして想定居住期間を超えて居住継続させないようにするインセンティブを発生させる性質を有する。想定居住期間経過後の
額となって、支払いが困難になることもある。これらを含めた諸費用が支払えなくなれば、途中退去を余儀なくされることもある)。
さらに、たとえ入居者が健康でかつ資金を持っていても、有料老人ホームの経営が傾くこともあり、そうなると終身居住権は空虚な画餅となり、終の棲家ではなくなる。
そのうえ、不返還条項は、事業者と入居者の利害が対立する条項であり、経営の観点からは、想定居住期間経過後は、家賃を払わない既存の入居者より家賃に加えて不返還部分まで払ってくれる新しい入居者の方が望ましいので、事業者は想定居住期間経過後の入居者が当該有料老人ホームを終の棲家とすることを望まない。これが事業者の入居者へのサービス提供に影響するおそれがある。
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
賃料分が保全されていないので、経営上このインセンティブは無視できないほど強いものとなり、賃料なしで居住させる契約上の義務があるという形式的な理由では払拭できない危険な関係を作り出す。
②また、不返還条項は、途中退去を抑制し、基本的人権である入居者の居住・移転の自由を制限する効果を有するという性質も有する。有料老人ホームの特性
(入居時にそれまでの貯蓄や不動産等を処分して高額の前払金を用意する高齢者も少なくない。)を踏まえれば、経済的不利益さえ甘受すれば居住・移転の自由は制限されないというものではない。
③さらに不返還条項は、入居時に数百万円、場合によっては 1000 万円を超える金額を掛け金(賭け金)とするものであるうえ、射倖性が極めて高く、かつ途中退去者を想定しないで算出された金額を支払う不合理な賭けを行わせるものである。
④そもそも想定居住期間経過後の居住継続に備えた相互扶助のための資金と称して受取りながら初期償却してしまうので、言行不一致の条項といわざるを得ない(公序良俗違反の賭博契約ですら、賭け金は勝負が決するまで場におかれる)。
次に、契約が成立するに至った経緯を見る。入居契約が成立する経緯はさまざ まであるが、入居契約とセットになった別の相互扶助的な契約として不返還条項 を見ると、それが成立する経緯は、入居契約を締結して前払い方式を選ぶと自動 的についてくる契約であり、契約として十分には意識されない。入居契約書では、前払金の総額が示され、初期償却による不返還額も割合で示されるのみで金額で は明示されないことが多い。また、この不返還額は、賃料とは別の対価性のある 支出であるとしても、前払い方式の場合に不返還部分の支出をしない選択肢がな い。
したがって、入居者の立場からは、保険料を支払って保険に入る場合と比較すると、不返還条項を受け入れてリスク移転契約をする意識は希薄であり、かつ、それをしない選択肢がないので、不返還額と移転するリスクとのバランスの相当性の判断もされにくい。
情報の質及び量、交渉力の格差を見ると、不返還額の算定根拠について、入居者 が金額の妥当性を判断できるような情報は開示されていないので判断できないし、交渉力の格差があるため、入居者は、不返還条項のない前払方式や不返還条項の
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みという選択肢をつくれず、将来の不安、不返還条項が理解困難であることも相まって、その射倖性や利害対立関係に気づかず、前払方式を選択しがちである。
(2)結論
不返還条項は、①利害対立関係とすることで、事業者と消費者の信頼関係を破 壊して危険な関係としてしまうこと、②退去すると不返還額相当の損が確定する ので、入居者の居住・移転の自由を心理的・経済的に制限する効果を有すること、
③合意時には希薄な契約意識しかないのに射倖性が極めて高い内容であること、
④生存+居住を保険給付の条件としているのに生存率のみを基礎として保険料を算出しているため保険料が構造的に過大となること(生前退去率に対応する分が対価のない取得になること)、⑤相互扶助のためと言いながら初期償却する矛盾した内容であることなどが、消費者に一方的に不利であり、これと消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情とを総合考量して判断すれば、不返還条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであり、消費者契約法 10 条後段に該当し無効であるといえる。
第 6 新たな動き
1 有料老人ホームの破たんの増加
有料老人ホームの倒産が増えている。株式会社東京商工リサーチ(以下東京商工リサーチという)の調査58)によれば、2018 年の倒産では、「『有料老人ホーム』が 2.3 倍増と急増ぶりが目立つ。倒産事例では、同業他社との競争激化で入所者確保に苦慮する事業者の破綻が目立ち、経営基盤の脆弱な事業者を中心に
『ふるい分け』が進んでいることが窺える。」(東京商工リサーチ 2019 年 1 月 11日公開)としている。
有料老人ホームが破綻してしまえば、「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」を支払ったことに意味がなくなる。既に指摘したとおり、保険の場合は、保険会社の破たんに備えた周到な制度が構築されているが、
58)東京商工リサーチサイト http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20190111_01. html
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
【図表 6】 老人福祉・介護事業の倒産件数年次推移(東京商工リサーチ)
有料老人ホームではそのような制度はない。経営が苦しいから余分の取得が認められるという順序では本末転倒である。
2 高齢者向け入居者用の団体年金保険の発売
既述のとおり、2018 年 12 月、太陽生命は、ベネッセスタイルケアが運営する有料老人ホーム等の入居者向けの団体年金保険の発売を開始した59)。太陽生命は、2019 年 7 月には別の事業者が運営する有料老人ホームの入居者向けの団体年金保険も開始している60)。
この保険は、不返還条項が持つ様々な問題点をクリアし、かつ、不返還条項に代替しうる給付を行うことができるので、今後の普及が注目される。
団体生命保険であるので「契約時には特定の有料老人ホームの入居者であることが要件」であるが、その継続は 1 年で足り、それ以降は、居住継続は契約継続の要件となっておらず、保険給付の条件にもなっていない。したがって、生存率を保険料算定の基礎とし、生存を保険給付の条件とするので、当然のことながら、算定の基礎と給付の条件が一致している。また、居住継続が保険給付の条件
59)太陽生命・前掲注 50
60)株式会社ITC「有料老人ホーム蓮田オークプラザ入居者専用『月額利用料終身サポートプラン』」http://www.oakplaza.jp/wp/wp-content/uploads/2019/07/90524.pdf
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ではないので、有料老人ホームを設置する事業者と危険な関係にならない。
3 最近の英国の状況からの示唆
英国でも、日本の有料老人ホームやサービス付高齢者住宅にほぼ該当する高齢者専用居宅・施設の運営者が、入居時に前払金を受け取って返還しないことが問題とされている。菅富美枝「不公正な契約条項をめぐるイギリス消費者法の執行体制―高齢者専用居宅・施設への入所・入居をめぐる『公正性』への問題を中心として」(経済志林 86/ 3/4、277 頁~303 頁。2019 年 3 月 31 日)(以下菅富美江論文という)によれば次のとおりである。
英国の競争・市場局(Market and Competition Authority: CMA)は、2017 年 6 月 13 日、高齢者(65 歳以上)専用介護施設入所契約における高額の前払 金等の問題性について調査を開始し、同年 11 月 30 日には、違法行為の疑われ る介護施設に対して、前払金に関する契約条項等の使用中止、契約勧誘時の情報 提供の改善を促す通知をして、2018 年 11 月 16 日には、介護施設事業者に対し、業界をあげて消費者法上の義務を遵守するための「助言(advice)」61)を公表し た。
それに先立つ 2018 年 5 月 9 日には、「大手サンライズ社グループ(イギリス全土に 25 施設を有し、入居者数は 2000 人)が総額 200 万ポンド(対象者一人当たり平均 3000 ポンド)の自主的な返還に応じた。入所を確保される前から 2週間分のサービス費用に相当する前払い金を支払わされていたケースや、短期間で退所したにもかかわらず 30 日を過ぎていたということで一切返金されなかったケースもみられた。サンライズ社グループは、返金に加えて、今後は同様の契約条項を用いないことについて、引き受けを行った。」(菅富美枝論文 286 頁~ 287 頁より引用)
「助言」提示後の 2018 年 12 月 6 日には、「他の大手介護施設事業者である Care UK に対して、司法的処分の行われる可能性があることが報じられた。同社は、1600 人の入居者に対して、「事務処理費用 」と称する前払い金 3000 ポ
61)“UK care home providers for older people –advice on consumer law” https://assets.publishing.service.gov. uk/government/uploads/system/uploads/
attachment_data/file/759257/Care_homes_full_guidance_for_providers.pdf
有料老人ホーム入居契約における不返還条項の検討
ンドの返還を未だ実施していない。本費用は、商品やサービス提供との対価性が 認められず、実質上返金不能となっていることに加えて、こうした課金があるこ とが入所手続きの最後の段階になって伝えられるなどの点において、消費者法違 反があるとみられている。同社は、2018 年 8 月 1 日から本費用の課金を停止し ているものの、すでに受け取った費用についての返金を実施していないことから、裁判所を通して、条項使用についての差止め命令や返金を命じる執行命令が出さ れる可能性が高いことが CMA から通知されたのである。同法人は、2019 年 1 月 10 日までになんらかの回答をすることが求められている」(菅富美江論文
288 頁~289 頁より引用)という。
ここで問題とされているのは、3000 ポンド(約 39 万円)の前払金の不返還である。日本の有料老人ホーム入居契約の不返還条項で問題となっている額より相当少ないが、額が少ないから問題ない、とはされていない。消費者契約の公正さ確保の観点からは、金額の多寡が問題なのではなく、不透明な金員取得が広く放置されていることが問題なのである。日本の不返還条項の問題も、金額の多寡や割合の高低で結論を分けるような問題ではないと考えるべきである。
第 7 新たな動きを踏まえたまとめ
第 5 では、保険法との関係で消費者契約法 10 条の要件を当てはめる作業をし てみたが、典型的な当てはめ方とは異なるので、わかりやすいものにはなってい ない。本稿では保険との比較における素材を提供したので、このテーマについて、立法論62)も含め引き続き検討が進むことを期待する。
長寿化、有料老人ホームの倒産の増加、新種保険の登場を踏まえれば、これからの有料老人ホーム入居契約では、射幸性が高く不合理かつ不公正な条項である不返還条項を使用させないことが、現実的にも妥当な結論であると考える。
ただし、そこで留意しなければならないのは、長生きリスクは保険でも十分には引受けきれないということである。図表 4 に示した通り、100 歳まで生きた場合、投入額を 1 とした場合の取得額合計の比率は、トンチン性を高めた生存
62)法改正までしなくても、老人福祉法施行規則 21 条の改正で不返還条項をなくすことはできる。
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年金保険で 1.31、1.69、さらに射幸性の高い「月額利用料サポートプラン」で も 2.29、2.57 程度である。実現性、継続性、契約者の納得性を考慮すると、長 生きリスクに対応した保険ですら、この程度の数値にしかならない63)。これらは、終身年金であるので相応の安心感を得られるが、相当な元手がないと 100 歳ま での賃料全額をまかなう額とならない。
それでも、幻想に近いものを提供する不返還条項に頼るのは危険であり不当であることは、これまで述べてきたとおりである。最近の英国の例に見るように、不透明な金員取得が広く放置されている場合は、それを見逃すことなく契約の公正さを貫くことが重要である。不返還条項では前払金(入居一時金)の 10%~ 30% を不返還とするものが多く、これは金額にして数十万円~1000 万円を超える額に達する。それについて、納得性の高い使われ方をする道が普通に開かれているべきであろう。一般に建物賃貸借の賃料が月払とされているのには、賃借人の収入との関係だけではなく居住行為との関係でも合理性があったからであると考えられることにも留意したい。
(筆者は、本論文で取り上げた平成 30 年東京高判の控訴人代理人の一人であるが、この事件は既に終結しており、本論文は、当事者の立場を離れた一研究者として、その後の状況も踏まえて執筆したものである)
附記 本稿は 2017 年度東京経済大学国内研究費による研究成果の一部である。
63)まだ競合社が少なく競争原理が十分には働いていない可能性はあるので、この比率が多少は大きくなる可能性はあると考えられる。