【No.2004-004】
速報重要判例解説
【No.2004-004】
「いわゆるサブリース契約と借地借家法32条1項の適用の有無
【文献番号】 28082710
【文献種別】 判決/最高裁判所第xx法廷(上告審)
【判決年月日】 平成15年10月23日
【事件番号】 平成14年(受)第852号
【事件名】 建物賃料改定等請求本訴、収入保証額確認等請求反訴事件
【裁判結果】 一部破棄差戻し、一部破棄自判、一部却下
【裁判官】 xxxxx xxxx xxx xxxx
【参照法令】 借地借家法32条
《本件判決についての解説》
1.事実の概要
X(原告・控訴人・上告人)とY(被告・被控訴人・被上告人)は、昭和62年、Y所有の土地上に共同でビルを建築してそれぞれの区分所有とし,同ビルのYの区分所有部分をXが賃借して第三者に転貸することを目的として、Xが一括借り上げすることを合意した。
XとYは、その後,上記計画の実現に向けた準備を行うとともに、賃料についての交渉を進め,平成4年9月、XがYに対し10年間にわたり1平方メートル当たり月8047円の賃料を保証する旨の合意をし、平成5年3月19日、この賃料保証特約等を内容とする確認書を取り交わした。なお、上記保証賃料額は,Yが借入れを予定していたビル建築費用についての銀行融資の返済等を考慮して決定されたため、当時の賃料相場より高額なものとなった。
Yは、建築資金として11億円の銀行融資を受けることとした上、平成7年3月22日, Xの関連会社である訴外Aと共同で本件建物を建築し,専有部分の区分所有権を取得した。
Yは、平成7年3月22日、Xとの間で、本件建物について、賃貸期間を平成17年3月
21日までの10年間とし、賃料を月約1064万円(1平方メートル当たり8047円)とする旨の合意(以下「本件契約」という)をし、Xに対し,本件建物を引き渡した。なお、 XとYは、本件契約が期間満了,解約その他の事由により終了する場合には、転貸借契約における転貸人の地位をYが承継することを合意している。
平成7年3月から6月にかけて、賃料相場が3.3平方メートル(1坪)あたり月額1万
5000円程度に下落したのを受けて、Xは、その後、Yと賃料額について協議したが,協議が調わなかったため,平成7年10月24日、Yに対し,同年11月分からの賃料を月約
509万円に減額すべき旨の意思表示をした。
Xは,平成7年11月分及び同年12月分の賃料として月約1064万円を支払い、平成
8年1月分から平成14年2月分までの賃料として月940万円を支払った。
平成10年、X・Y間の調停が不調に終わった後、Xは、借地借家法32条に基づき賃料減額請求権を行使し、本件契約の平成7年11月分以降の賃料額が月509万7735円であることの確認,および平成7年11月分から平成10年1月分までの過払賃料(約1億2
306万円)の返還とこれに対する年1割の割合による法定利息の支払い等を求めて訴を提起した(さらに、原審では、平成17年3月22日以降の賃料額が転貸料の85%相当額であることの確認を追加)。これに対し、Yは、平成12年に、本件契約の賃料保証特約につき、賃料保証期間が平成7年7月1日から平成17年3月21日までであり,この間の保証賃料額が月約1064万0840円であることの確認、平成8年1月分から平成14年2月分までの未払賃料約9604万とこれに対する年6%の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めて反訴を提起した。
第1審(東京地判平成13年6月20日金判1136号45頁)はXの訴えを棄却、Yの反訴を認容。原審(東京高判平成14年3月5日判時1776号71頁・金判1138号2
0頁)(注1)も、Xの控訴を棄却、Yの付帯控訴を認容した。Xから上告受理申立て。
2.判決の要旨
一部破棄差戻し、一部破棄自判、一部却下(注2)。
原審判決が、「本件契約が建物賃貸借契約に当たり、これに借地借家法の適用があるという以上、特段の事情のない限り、賃料増減額請求に関する同法32条も本件契約に適用があるというべきである。
本件契約には賃料保証特約が存し、Xの前記賃料減額請求は、同特約による保証賃料額からの減額を求めるものである。借地借家法32条1項は、強行法規であって、賃料保証特約によってその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第8
61号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁、最高裁昭和54年
(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照),Xは、本件契約に賃料保証特約が存することをもって直ちに保証賃料額からの減額請求を否定されることはない。
ところで,本件契約は、不動産賃貸業等を営む会社であるXが、土地所有者であるYの建築したビルにおいて転貸事業を行うことを目的とし、Yに対し一定期間の賃料保証を約し, Yにおいて,この賃料保証等を前提とする収支予測の下に多額の銀行融資を受けてビルを建築した上で締結されたものであり、いわゆるサブリース契約と称されるものの一つである。そして、本件契約は,Xの転貸事業の一部を構成するものであり、それ自体が経済取引であるとみることができるものであり,また、本件契約における賃料保証は、YがXの転貸事業のために多額の資本投下をする前提となったものであって、本件契約の基礎となったものということができる。しかし,このような事情は、本件契約に借地借家法32条が適用されないとする特段の事情ということはできない。また、本件契約に転貸借承継合意が存することによって、Yが解約の自由を有するということはできないし,仮に賃貸人が解約の自由を有するとしても、賃借人の賃料減額請求権の行使が排斥されるということもできない。ただし、賃料減額請求の当否や相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情を総合考慮すべきであり、特に本件契約においては、上記の賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情をも考慮すべきである。」
3.本件判決についてのコメント
(1) サブリース契約では、転貸借について賃貸人が包括的な承諾を与えていること、賃料自動増額改定特約が存すること、「賃料保証」がなされていること、長期の契約期間、中途解約禁止等の特徴がみられる(注3)。これまで、xxxxxの法的性質および借地借家法32条の適用につき、主として形式説(借地借家法32条適用肯定説)と実質説(適用否定説)が主張され、学説間で活発な議論がなされたきた(注4)。しかしながら、本件判決、並びに最3小判平成15年10月21日金判1174号4頁(住友不動産対センチュリータワー事件、以下①判決という)、最3小判平成15年10月21日金判1174号10頁(住友不動産対xx倉庫事件、以下②判決という)の3件の最高裁判決は、全て、サブリース契約が建物賃貸借契約に該当することを前提として、賃料増減請求に関する借地借家法32条が適用されること、および、同条が強行規定であることを明言した(注5)。
ただ、本件判決の説示からは、サブリース契約で借地借家法32条の賃料増減請求権が排除される独断の事情があることが示唆されている。同法39条のような定期借家権における適用排除の特約以外に、どのような事由がこれに当たるかは、なお検討を要する。
(2) サブリース契約の特徴の一つである賃料自動増額改定特約については、近時、借地法借家法11条1項の地代等増減請求権が同種の地代に関する特約によっても排斥されないことが、本判決と同じ最高裁第1小法廷によって明らかにされた(最1小判平成15年6月12日民集57巻6号595頁、以下③判決という)。この③判決の「不相当性」の判断要素は、「その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情」、すなわち、「土地の価格が将来的にも大幅な上昇を続けると見込まれるような経済情勢の下で、時の経過に従って地代の額が上昇していくこと」であった。他方、①判決は、最低賃料保証と賃料自動増額改定特約の双方を具備するサブリース契約について、賃料減額請求の当否・相当賃料額請求の可否を検討する上で「総合的に考慮」する事情として、「賃料額が決定されるに至っ
た経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情、とりわけ、当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場とのかい離の有無、程度等)、……転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等)、……敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等」を列挙する(注
6)。両者を比較すると、③判決では単に賃料自動改定特約締結の前提たる地価上昇の予想のみが上げられているのに対し、①判決ではサブリース契約に固有の様々な事情が考慮される点が顕著に異なっている。特に、銀行借入金の返済予定まで考慮せよとの説示は、賃料を鑑定する責務を負う不動産鑑定士に過大な負担をかけることになる(注7)。
本件判決の事案において、平成5年3月および4月、X・A・Y間で作成された確認書では、「XはYに対し、ビル竣工後10年に限り賃料を保証し、その算定方法は建物総専有面積×Yの事業比率(3割)×賃料保証単価(1坪あたり月額26600円)=合計月額10
64万円とする。」「賃料保証期間満了後、または、転貸料の85パーセント相当額が前掲の賃料保証額を超えたときは、その時点以降、XはYに対し、転貸料の85パーセント相当額を保証すること」とされていた。つまり、本件判決は、賃料自動増額改定特約がなく、最低賃料保証のみである点が、①・②判決の事案と異なっている(注8)。このように、賃料保証が賃料自動増額改定特約を伴わない場合、その保証額は、将来貸付金条項一定の割合で増額された賃料まで保証することまで含ます、あくまで賃料保証合意の成立時の額を保証するものである。その意味するところは、「賃料を下げずに当初の合意の額のまま据え置く」ことであって、減額請求権の行使までは保証特約は有効、行使後は特約に拘束されなくなる、ということになる(注9)。もっとも、本件で賃料自動増額改定特約が盛り込まれなかったのは、既に近傍の建物の賃料相場が下落し始めた(平成5年)後に本件サブリースが開始された(平成7年3月)からであって、そのような状況下ではこの種の特約がなされる前提を欠いていたからであろう。
この事案の下で「賃料減額請求の当否や相当賃料額を判断するに」際して総合考慮される事情は、「賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情」、特に「賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情」であり、「YがXの転貸事業のために多額の資本投下をする前提となったもの」であった。この説示は、減額請求の可否等を判断するに際して、賃貸人の側の融資返済の事情まで含めて減額請求の可否を検討せよということを意味するから、少なくともこの点では、①判決で挙げられている事情と帰一する。よって、サブリース契約において減額請求につき考慮される事情は、賃料自動改定特約と最低賃料保証特約の双方が存在する場合(①・②判決)だけではなく、後者のみしかない場合(本件判決)であっても、大きな差異はないということができる。最低賃料の保証であれ、賃料自動増額改定特約であれ、「どちらかの一方が欠けているから当該契約はサブリース契約ではない」とはいえないのであって、それぞれが、減額請求の可否を決するに際して考慮され得る主要な事情にすぎないのである(注10)。
(3) ところで、原審の淺生裁判官は、「多額の資本投下の負担を他人に負わせる見返りに賃料保証をしたのであるから、業者が賃料保証の効力を否定するのなら、多額の資本投下の負担をしたものを業者が引き受けるとかしなければ解決できないが、これをどうするのか。」「賃料の低下は予想できなかったというが、低下の可能性があるから、保証をするのであり、業者に可能性の認識がないとはいえない。予想したかどうかは、契約の効力に影響しないはずである」、との見解をかつて表明していた(注11)。これに対して、本件判決は、同裁判官の指摘するような事情は、本件契約締結の基礎たる事情ではあるが、サブリース契約に借地借家法32条の適用を排斥するものではなく、あくまで減額請求を認めるか、また相当賃料額の判断するに当たって考慮されるべき事情にすぎないとした。確かに、最1小判平成14年3月28日民集56巻3号662頁・金判1151号3頁(④判決)は、事業用ビルの賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了しても、賃貸人は、xxxxxx終了を再転借人に対抗できないとして、サブリース契約の共同事業性を強調し、賃貸人・転借人相互の諸事情を実質的に「正当事由」に近い枠組みで衡量している(注12)。しかしながら、包括的に転貸借の承諾がなされるサブリースで、一方で10年間の長期の契約であることを強調し、他方で最低賃料保証の存在をもって解約権の放棄であると解するは、実質的に借地借家法32条の適用を合意により完全に排除しうるというに等しい(注13)。最高裁が原審を破棄したのは、この点も理由の一つであると考えられる。
もっとも、本件第1審判決は、賃料保証月額が、近傍同種の建物の賃料相場と乖離し、将来の下落の可能性も認識した上での10年間の賃料保証であることから、減額請求を否定していた(注14)。まさに、本件判決で最高裁が指摘する、「賃料保証特約の存在や保証賃料
額が決定された事情」が既に考慮されていたわけである。また、前掲の最高裁②判決では、
「引き渡され、」賃借人が「その使用収益を開始する前」の賃料減額請求を否定する一方、およそ1年半後の第二次の減額請求を認めている。本件の場合、賃料減額請求が、契約内容確定・使用収益開始(平成7年3月)後約3ヶ月後であることに鑑みると(注15)、本件の差戻審で減額請求が再び否定される余地はなお残されていると解しうる。
(注1) 同判決の判批として、xxxx・金判1146号58頁がある。
(注2) 裁判所時報1350号6頁に掲載。
(注3) xxxx・最判平成15年10月21日(①・②判決)判批・金判1177号2頁。
(注4) 学説の整理につき、xxxx「サブリース契約の法的性質(1)」みんけん(民事研修)508号28頁以下、およびxx・前掲本件原審判決判批・金判1146号64―
65頁等を参照。
(注5) xxx「サブリースに関する最高裁判決の意義」金法1693号67頁。
(注6) 金判1177号8頁参照。
(注7) xxxx他「サブリース最高裁判決と実務対応(上)」金法1697号13頁〔xx発言〕。
(注8) xxxx「転貸目的の事業用建物賃貸借と借地借家法32条(上)」NBL77
5号42頁(2003年)。
(注9) xx・前掲NBL775号42頁。
(注10) 東京高判平成12年11月2日金判1118号34頁は、賃料の据置保証、自動増額特約のない契約を、サブリース契約ではないとしたのに対し、同判決の第1審である東京地判平成12年6月27日金判1118号37頁はサブリース契約であると判断した。xx・前掲金法1693号63頁参照。
(注11) xx重機「リスク三題」銀法 21579号9頁(2000年)。
(注12) xxxx・最判平成14年3月28日判批・法セミ575号(2002年)1
18頁。
(注13) xx・前掲本件原審判批・金判1146号67頁。
(注14) 本件第1審判決・金判1136号57頁参照。
(注15) 本件第1審判決・金判1136号57頁、xxxx・最判平成15年10月2
1日(①・②判決)判批・金判1182号63―64頁も参照。
(平成16年2月15日)著者:立命館大学法学部教授 xxxx