第1章 労働法の役割 p2
第1部 労働法総論
第1章 労働法の役割 p2
第2章 雇用関係法
1.労働契約の内容の規律(形成/補充) p2~4
2.雇用関係法における重要な法律 p4~6
3.雇用関係法における労働者・使用者の概念 p6~7
4.就業規則 p7~8
5.労働憲章・雇用平等 p8
6.雇用関係の成立 p8
7.労働契約上の権利義務 p9~10
8.人事 p10~11
9.労働基準法上の賃金 p11~12 10.労働時間 p13~14
11 年次有給休暇 14~15
12 年少者・女性の保護 p15
13 育児・介護休業法 p15
14 労働災害 p15~16
15 懲戒 p16
16 雇用関係の終了(解雇以外) p16
17 解雇 p16~17
18 非xx雇用 p17~19
第3章 集団的労働法
1.労働組合法の意義 p20
2.労使関係の当事者 p20~21
3.労働組合の運営 p22
4.団体交渉 p22~23
5.労働協約 p23~24
6.争議行為 p24
7.組合活動 p24
8.不当労働行為 p24~26
第4章 雇用保障法 p27
第2部 労働保護法(雇用関係法)
第1章 労働契約の当事者
第1節.労働契約の意義 p30
請負契約との区別 / 委任契約との区別
第2節.労働者の概念 p30~37
第3節.使用者の概念 p38~46
第1.労働契約上の使用者 p38 第2.労働基準法上の使用者 p38第3.使用者概念の拡張 p38~46
黙示の労働契約 / 法人格否認の法理
第2章 就業規則
第1節.意義 p47
第2節.法的性質 p47
第3節.効果 p47~49
契約内容補充効 / 最低基準効
第4節.就業規則に関する規制 p50~51
第5節.就業規則の不利益変更 p51~62
労xx 9 条・10 条の適用範囲 / 「労働者の不利益に…変更」 / 変更の合理性
第3章 労働憲章・雇用平等
第1節.労働憲章 p63~65
強制労働の禁止 / 契約期間の制限 / 賠償予定の禁止 / 前借金相殺の禁止 / 強制貯金の禁止等中間搾取の禁止 / 公民権行使の保障
第2節.雇用平等 p66~84第1.xx待遇 p66~67第2.男女平等 p67~84
男女同一賃金の原則 / 男女雇用機会均等法 / 性差別と公序違反 / セクシャル・ハラスメント
第4章 雇用関係の成立
第1節.募集・採用 p85~90
募集・職業紹介・労働者供給 / 採用の自由とその制約 / 労働条件の明示義務
第2節.採用内定 p91~95
法的性質 / 採用内定の取消し / 採用内定中の法律関係
第3節.試用期間 p96~98
試用中の法律関係 / 試用期間の終了と延長
第4節.期待的利益の侵害を理由とする損害賠償請求 p99~100
第5章 労働契約上の権利義務
第1節.権利義務内容の決定 p101~102
第2節.労働契約の基本原則 p103
対等決定による合意原則 / 均衡配慮の原則 / ワークライフバランスへの配慮原則 / xxxx原則権利濫用禁止の原則 / 労働契約内容の理解促進
第3節.基本的義務 p104~105
1.労働者の義務 p104~105
労働義務 / 債務の本旨に従った履行 / 誠実労働義務・職務専念義務
2.使用者の義務 p105
賃金支払義務 / 就労請求権(労働受領義務)
第4節.付随義務 p106~111
1.労働者の職場規律維持義務 p106
2.労働者の誠実義務 p106
3.使用者の配慮義務 p106
4.プライバシー権・人格的利益の尊重 p106~111
配慮義務 / プライバシー / 秘密保持義務 / 競業避止義務
第5節.使用者の労働者に対する損害賠償請求・求償請求 p112
第6章 人事
第1節.人事考課 / 昇進・昇格 / 降格 p113~119
第1.人事の概説 p113~114
職能資格制度 / 職務等級制度
第2.人事考課 p114~115
契約上の根拠 / 法令による制限 / 人事考課の違法性判断(xx評価義務論)
第3.昇進・昇格 p116~117
第4.降格 p117~119
職能資格制度における降格(職位・役職の引下げ)/ 職能資格制度における降格(資格等級の引下げ)職務等級制度における降格
第2節.配転・出向・転籍・休職 p120~140
第1.配転 p120~129
配転命令の争い方 / 配転命令権の根拠 / 配転命令の法的性質 / 契約・法令による配転命令権の制限配転命令権の濫用
第2.在籍出向 p130~134
出向命令の争い方 / 出向命令権の根拠 / 出向命令権の濫用 / 出向期間中の法律関係 / 復帰命令
第3.転籍 p135
転籍の要件(新契約締結型・譲渡型)/ 転籍後の法律関係
第4.休職 p136~140
意義 / 休職の要件 / 休職期間中の法律関係 / 休職の終了
第7章 賃金
第1節.賃金の意義 p141~153
第1.労働基準法上の賃金概念 p140~143
賃金の分類 / 賃金の要件
第2.賃金の分類 p144~153
1.賞与(一時金) p144~146
2.退職金 p146~150
3.企業年金 p150~151
4.年俸制 p151~152
5.平均賃金 p152~153
第2節.賃金請求権 p154~157
第1.賃金請求権の発生 p154~156
現実の労働 / 危険負担の法理
第2.賃金請求権の変動 p156~157
昇給 / 減給 / 消滅
第3節.賃金の支払方法 p158~163
通貨払の原則 / 直接払の原則 / 全額払の原則 / 毎月一回以上一定期日払の原則 / 非常時払出来高払の保障給
第4節.解雇期間中の賃金請求と中間利益の控除 p164~166
第5節.休業手当 p167
第8章 労働時間
第1節.労働時間規制 p168
1.原則
1 日 8 時間 / 1 週 40 時間
2.例外
災害・公務の必要による時間外労働等 / 36 協定 / 適用除外 / 高度プロフェッショナル制度の対象労働者恒常的例外
第2節.労働時間の概念 p169~172
労基法 32 条の労働時間 / 本来の業務の準備行為に要した時間 / 不活動仮眠時間 / その他
第3節.労働時間の計算とその特例 p173~181
第1.変形労働時間制 p173~177
1 ヶ月単位 / 1 年単位 / 1 週間単位
第2.フレックスタイム制 p177~179
第3.みなし労働時間制 p179~181
事業場外労働のみなし労働時間制 / 裁量労働のみなし労働時間制(専門業務型裁量労働制・企画業務型裁量労働制)
第4節.休憩・休日 p182~185
第1.休憩 p182~183
休憩時間の長さ / 休憩の与え方 / 休憩付与義務違反 / 休憩時間自由利用の原則
第2.休日 p184~185
事前の休日振替え / 事後の休日振替え
第9章 時間外労働
第1節.36 協定による時間外・休日労働 p186~192
労使協定の締結・届出 / 労使協定で定めるべき事項 / 36 協定の効果 / 労使協定の要件
第2節.割増賃金 p193~202
割増率 / 割増賃金を支払うべき労働 / 割増賃金の算定基礎
第3節.例外 p203~206
1.全面的適用除外 p203~205
農業・水産・畜産に従事する者 / 管理監督者・機密事項取扱者 / 監視・断続従事労働者
2.高度プロフェッショナル制度 p205~206
3.災害・公務の必要による時間外労働 p206
4.恒常的例外 p206
第10x x次有給休暇
1.意義 p207
2.年次有給休暇権の成立要件 p207~208
3.年休の日数・単位 p209
4.年休権の法的構造 p209~210
5.年休付与医務 p210~211
6.時季指定の手続要件・時間的限界 p211
7.年休自由利用の原則 p211~212
8.年休権行使の効果 p212~213
9.時季変更権の行使 p213~216 10.計画年休 p217
11.年休の消滅 p217
年休の買上げ(事前の買上げ・事後の買上げ)/ 消滅時効
12.年休取得を理由とする不利益取扱い p218~219
第11章 年少者・女性の保護 第 1 節.年少者の保護 p220~221第2節.女性の保護 p222~223
第12章 ワークライフバランス
第1節.育児支援 p224~225
第2節.介護支援 p225~226
第3節.不利益取扱いの禁止 p226~227
第13章 労働災害
第1節.労災補償 p228
第1.制度概要 p228~229
意義 / 労働基準法上の災害補償 / 労災保険法
第2.業務災害 p229~233
災害性の傷病・死亡 / 職業性疾病
第3.通勤災害 p233~234
第2節.労災保険給付と他の給付との調整 p235~237
労働基準法上の災害補償責任との調整 / 民事損害賠償との調整
第3節.安全配慮義務 p238~240
第14章 懲戒
第1節.懲戒の意義 p241
第2節.懲戒の根拠 p241
第3節.懲戒の種類 p241~242
第4節.懲戒処分の有効要件 p243~245
第5節.就業規則上の懲戒事由 p245~252
企業xxx活動・組合活動 / 企業外の行為 / 経歴詐称 / 内部告発 / 企業が行う企業秩序違反事件についての調査への協力拒否 / 所持品検査拒否 / 長期間の無断欠勤を理由とする諭旨解雇 / 懲戒処分後に判明した非違行為を処分理由に追加することの可否
第6節.懲戒権行使の長期間留保 p252~254
第15章 雇用関係の終了(解雇以外)
第1節.合意解約 p255
第2節.辞職 p255~257
期間の定めのない労働契約 / 期間の定めのある労働契約 / 辞職に関する問題点
第3節.定年制 p257~259
定年制の類型 / 定年制の合理性 / 高年齢者雇用安定法による規制
第4節.当事者の消滅 p259
当事者の死亡 / 使用者の法人格の消滅
第5節.企業組織の変動 p259~262
合併 / 事業譲渡 / 会社分割
第16章 解雇
第1節.解雇の意義 p263
第2節.就業規則における解雇に関する定め p263
第3節.法令等による解雇の制限 p264~271
時期的制限 / 解雇予告 / 解雇理由による制限 / 労働協約による制限 / 解雇権濫用法理 / 解雇事由の追加主張
第4節.解雇事由の具体例 p272~275
傷病 / 能力不足・成績不良・適格性欠如 / 無断欠勤・遅刻・早退過多・勤務態度不良 / 暴行脅迫・業務妨害行為・業務命令違反・不正行為・内部告発・企業外非行等
第5節.整理解雇 p276~282
第6節.変更解約告知 p283~285
第7節.解雇と不法行為 p286
第17章 非xx雇用
第1節.有期雇用労働者 p287~300
第1.期間制限 p287
第2.期間途中の解約 p287~288
第3.平成 24 年の労働契約法改正 p288~300
1.無期労働契約への転換申込権 p288~292
2.雇止めに関する判例法理の明文化 p292~299
雇止め制限の判例法理 / 判例の雇止め法理の条文化
3.期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違の禁止 p300
第2節.短時間・有期雇用労働法 p301~314
1.9 条と 8 条の適用の先後関係 p301
2.通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止(9 条) p301~303
3.不合理な待遇の禁止(8 条) p303~305
4.判例 p305~314
第3節.労働者派遣法 p315~323
1.労働者派遣の意義 p315~316
2.一般・特定派遣事業の区別の廃止 p316
3.労働者派遣事業の規制 p316~317
派遣対象業務 / 派遣可能期間
4.労働者派遣契約 p318
5.事業主の講ずべき措置等 p318~321
6.労働保護法規・労働組合法の適用 p321
7.派遣労働者の解雇・雇止め p321~323
第3部 労働組合法
第1章 労働組合法総論
第1節.労働組合法の意義 p326
第2節.労働組合法の機能 p326~327
民事・刑事責任の免除 / 労働協約の規範的効力 / 不当労働行為制度
第3節.労働基本権 p327~328
1.労働基本三権の内容 p327
2.労働基本三権の関係 p328
3.労働基本権の法的効果 p328
国家に対する効果 / 私人間効力
第2章 労使関係の当事者第1節.労働者 p329~336第2節.使用者 p337~345
労働契約関係に隣接する関係 / 労働契約関係に近似する関係
第3節.労働組合 p346~349
第1.労働組合の類型 p346
法適合組合 / 規約不備組合 / 自主性不備組合 / 2 条本文の自主性要件も満たさない団体
第2.労働組合法 2 条の要件 p346~349
労働者主体性 / 自主性 / 目的 / 団体性
第3章 労働組合の運営
第1節.運営のルール p350
任意団体 / 組合民主主義の原則 / 組合規約
第2節.組合員資格 p350~352
加入 / 脱退 / ユニオン・ショップ協定
第3節.便宜供与 p353~356
組合事務所・掲示板 / 在籍専従・組合休暇 / チェック・オフ
第4節.労働組合の財政 p357~358
組合財産の所有形態 / 組合費の納入義務
第5節.労働組合の統制権 p359~361
組合員の協力義務 / 労働組合の政治活動 / 個々の組合員の言論の自由 / 違法争議指令の拘束力統制処分の司法審査
第6節.労働組合の組織変動 p362~365
解散 / 組織変更 / 分裂
第4章 団体交渉
第1節.団体交渉の意義・機能 p366
第2節.団体交渉の当事者 p366~367
第3節.団体交渉の担当者 p367~368第4節.義務的団交事項 p369~370 第5節.使用者の交渉義務 p371~374
第6節.団交義務違反の救済方法 p375~377
第5章 労働協約 第1節.意義 p378弟2節.機能 p378
第3節.法的性質 p378
第4節.労働協約の当事者(締結主体) p378~379
第5節.協約締結権限 p379~381
第6節.労働協約の対象事項 p381
第7節.労働協約の要式性 p381~383
第8節.労働協約の効力 p384~395
第1.規範的効力 p384~389
内容 / 規範的効力の客観的範囲 / 労働協約による労働条件の不利益変更
第2.規範的効力の人的範囲 p390~393
原則的な人的範囲 / 事業場単位の拡張適用 / 地域的な一般的拘束力
第3.債務的効力 p393~395
債務的部分 / 債務的効力の性質 / 平和義務
第9節 労働協約の終了 p396~401
有効期間の満了 / 解約・解除 / 目的の達成 / 当事者の変更 / 反対協約の成立 / 労働協約のxxx
第6章 争議行為
第1節.争議行為の意義 p402
弟2節.争議行為と組合活動の区別 p402
第3節.争議行為の法的保護 p403
民事免責 / 刑事免責 / 不当労働行為制度
第4節.争議行為の正当性 p4412
1.主体 p404~405
労働組合 / 管理職組合 / 争議団 / 自主性不備組合 / 部分スト / 山猫スト / 非公認スト
2.目的 p405~406
政治スト / 同情スト / 経営・生産・人事に関する事項 / 抗議スト
3.手続 p407~408
団体交渉を経ない争議行為 / 予告を経ない争議行為等 / 組合規約違反の争議行為 / 平和義務・平和条項違反
4.手段・態様 p408~412
一般的基準 / ストライキ / 怠業 / ピケッティング / ボイコット / 職場占拠 / 経営者の私宅付近での争議行為 / 指名スト
第5節.違法争議行為と民事責任 p413~414
損害賠償責任 / 懲戒処分
第6節.争議行為中の賃金カット p415~418
ストライキ参加者の賃金削減 / 部分スト・一部スト不参加者の賃金・休業手当 / ストライキ以外の労務提供を伴う争議行為
第7節.使用者の争議行為への対抗手段 p419~422
操業の自由 / ロックアウト
第7章 組合活動
第1節.組合活動の意義 p423
第2節.組合活動の法的保護 p423~424
民事免責 / 刑事免責 / 不当労働行為制度
第3節.組合活動の正当性 p425~430
1.主体 p425~426
未組織労働者の活動 / 自発的活動 / 組合内少数派の活動 / 政党構成員としての活動
2.目的 p426
3.態様 p426~430
就業時間中の組合活動 / 企業施設を利用した組合活動 / 街頭宣伝活動
第4節.勤務時間中の組合活動と賃金カット p431
第8章 不当労働行為制度
第1節.総論 p432
意義 / 不当労働行為の類型
第2節.不利益取扱い p433~438
不利益取扱いの禁止事由 / 不利益取扱いの態様 / 不当労働行為の意思 / 不利益取扱いに該当する法律行為の効力
第3節.支配介入 p439~457
第1.総論 p439
意義 / 趣旨 / 具体例 / 他の不当労働行為との両立
第2.成立要件 p440~443
支配介入行為・支配介入の意思 / 支配介入行為の使用者への帰責
第3.使用者の言論の自由・施設管理権との関係 p443~448
組合に対する使用者の意見表明 / 職場集会に対する警告 / 組合掲示板からの組合掲示物の撤去
第4.複数組合の併存と不当労働行為 p448~457
1.集団的賃金・昇格差別 p448~449
2.中立保持義務 p449~457
併存組合間の便宜供与差別 / 団体交渉を経た別異取扱い(同一条件の提示・残業差別)
第4節.労働委員会の救済命令 p458~466
意義 / 目的 / 労働委員会 / 申立人適格 / 救済利益 / 要件裁量の不存在 / 救済命令の内容 / 救済命令の限界救済命令の効力 / 除斥期間
第4部 労働紛争の解決制度
第1章 労働紛争解決制度の全体像 p468
第2章 個別労働紛争の解決制度 p469~472
第1.裁判外紛争処理 p469~470
総合労働相談 / 助言・指導 / xxxx
第2.司法的紛争処理 p470~472
労働審判法の制定経緯 / 制度概要 / 個別労働紛争解決の要請事項への対処 / 訴訟への移行
第3章 集団的労働紛争の解決制度 p473~477
争議調整 / 不当労働行為救済制度
第4章 保全訴訟 p478~479
第1部 労働法総論
第1章 労働法の役割 p2
第2章 雇用関係法
1 労働契約の内容の規律(形成/補充) p2~4
2 雇用関係法における重要な法律 p4~6
3 雇用関係法における労働者・使用者の概念 p6~7
4 就❹規則 p7~8
5 労働憲章・雇用平等 p8
6 雇用関係の成立 p8
7 労働契約上の権利義務 p9~10
8 人事 p10~11
9 労働基準法上の賃金 p11~12
10 労働時間 p13~14
11 年次有給休暇 14~15
12 年少者・女性の保護 p15
13 育児・介護休❹法 p15
14 労働災害 p15~16
15 懲戒 p16
16 雇用関係の終了(解雇以外) p16
17 解雇 p16~17
18 非xx雇用 p17~19
第3章 集団的労働法
1 労働組合法の意義 p20
2 労使関係の当事者 p20~21
3 労働組合の運営 p22
4 団体交渉 p22~23
5 労働協約 p23~24
6 争議行為 p24
7 組合活動 p24
8 不当労働行為 p24~26
第4章 雇用保障法 p27
第1章 労働法の役割 労働契約は私法上の契約であるから、契約自由の原則により、その契約内容を労働者と使用者の合意により自由に決定できるはずである。しかし、一般に労働者は使用者に比べて交渉力や情報量の面で大きく劣位するため、労働契約について契約自由の原則を貫徹すると、労働者が不利な契約内容を押し付けられることになりがちである。そこで、労働法は、実質的な意味での契約の自由(さらには、市場機能)を回復させるために、労働基準法や労働契約法、労働組合法などにより特別な法的規律を設けている。 労働法は、対象領域に着目して、①雇用関係法(労働保護法)、②集団的労働法、 ③雇用保障法に分類することができる。司法試験・予備試験における出題範囲は、 ①②であり、③が出題されたことは過去に 1 度もない。 第2章 雇用関係法 雇用関係法とは、個々の労働者と使用者との間の雇用関係を規律する法律の総称である。代表的なものとしては、労働基準法、労働契約法が挙げられる。これらは、労働条件の最低水準を定めるとともに、基本的人権に関する規律や労働契約に関する基本的ルールを定めている。 1.労働契約の内容の規律(形成/補充) 労働条件は、労働契約の内容により決せられる。 労働契約の内容を規律する代表的なものとしては、労使間の合意(労契 3 条 1 項・8 条)、就業規則(労契 7 条本文・10 条本文)、労働協約(労組 14 条以 下)、強行法規の一部(労基 32 条等)が挙げられる。1) [図解] 労働条件に関する労働契約の内容 労使間合意 就業規則 労働協約2) 強行法規の一部これらの間には、優劣がある。 ①労使間合意・就業規則・労働協約は強行法規を下回ってはならないから、 「労使間合意・就業規則・労働協約 ≧ 強行法規」となる。 ②労使間合意は就業規則の水準を下回ってはならないから、「労使間合意 ≧就業規則 ≧ 強行法規」となる。 ③労使間合意・就業規則は労働協約を下回ることも上回ることもできないか | A A 速修 384 頁 1(3)イ |
1) ほかにも、労使慣行(民 92 条)やxxx(民 1 条 2 項、労契 3 条 4 項)なども挙げられる。
2) 厳密には、外部規律説からは、労働協約は労働契約を外部から規律するにとどまる(契約内容の修正は伴わない‐速修 384 頁)。
ら、労働協約は、労使間合意・就業規則に優先して、労働条件を労働者にとって有利にも不利にも規律する(有利原則否定説)。 (具体例) case1:Y 社では、就業規則においてアルバイトの時給について定めておらず、採用面接の際に、その都度、アルバイトの時給について合意をしていた。 ➡X が Y 社との間で「X の 1 年目の時給を 1000 円とする」旨の合意をしていれば、X の 1 年目の時給に関する契約内容は、上記合意により、「Xの 1 年目の時給を 1000 円とする」という内容になる(合意による契約 内容の確定)。その結果、X の 1 年目の時給は 1000 円になる。3) case2:Y 社では、就業規則で「1 年目のアルバイト従業員の時給を 1000 円とする」旨を定めていた。 ➡1 年目のアルバイト X の時給に関する契約内容は、原則として、就業規則により、「1 年目の時給を 1000 円とする」という内容になる(合意原則に対する例外)。4)5) case3:Y 社には、同社従業員によって組織されるZ 労働組合があり、Z 労働組合と Y 社との間で、「来期は、Z 労働組合の組合員全員の基本給を 10%アップする」旨の労働協約を締結した。 ➡基本給 10%アップを内容とする労働協約の規範的効力が Z 労働組合の組合員 X にも及ぶことにより、X の基本給に関する契約内容が「来期は、基本給を 10%アップする」という内容に規律される。その結果、X の今期の基本給が月額 30 万円であれば、来期の基本給が月額 33 万円まで上がる。 case4:Y 社は、従業員 X との間で、「1 日 8 時間を超える法定時間外労働をしても、X には残業代を一切支払わない」旨の合意をした。 ➡労基法では、1 日 8 時間を超える法定時間外労働に対しては、一定額の残業代(割増賃金)を支払わなければならないとされている(労基 37 条 1 項)。そうすると、X・Y 社間における「1 日 8 時間を超える法定時間外 労働をしても、X には残業代を一切支払わない」旨の合意は、労基法 37 条 1 項違反により無効となる(労基 13 条前段)。その結果、X・Y 社間における労働契約のうち、「1 日 8 時間を超える法定時間外労働に対する残 | この原則ルールに対する例外である労xx 7 条但書については基礎編で説明する。 1 日 8 時間労働の原則(労基 32 条 2 項)。 |
3) 労働協約は、労使間合意に優先して、労働条件を労働者にとって有利にも不利にも規律する。したがって、Y 社とZ 労働組合との間で「アルバイト 1 年目の時給を 1200 円とする」旨の労働協約を締結していた場合には、X が Z 労働組合の組合員であれば、X の 1 年目の時給は 1200 円となる。反対に、労働協約が
「アルバイト 1 年目の時給を 900 円とする」という内容である場合には、X の 1 年目の時給は 900 円となる(ルール③、不利益変更の限界については速修 387 頁[論点 1])。
4) 労働協約は、就業規則にも優先するから、「アルバイト 1 年目の時給を 1200 円とする」旨の労働協約が
ある場合には、組合員である X の 1 年目の時給は 1200 円となり、「アルバイト 1 年目の時給を 900 円とする」旨の労働協約がある場合には、X の年目の時給は 900 円となる(ルール③)。
5) 労使間合意は就業規則の水準を下回ってはならない。したがって、X が Y 社との間で「X については、アルバイト 1 年目の時給を 900 円とする」旨の合意をしていた場合であっても、X のアルバイト 1 年目の
時給は 1000 円となる(ルール②)。理論構成としては、就業規則の最低基準効を定める労xx 12 条を用い
ることになる(速修 49 頁・2)。
業代の支払い」に関する部分について、空白が生じる(何も定められていないことになる)。この空白部分を労基法上のルール通りに規律するのが、労基法の直律的効力である(労基 13 条後段)。労基法の直律的効力により、「1 日 8 時間を超える法定時間外労働に対する残業代の支払い」に関する契約内容は、「1 日 8 時間を超える法定時間外労働に対して、労基法 37 条 1 項所定の額による残業代を支払う」という内容に修正される。 2.雇用関係法における重要な法律 雇用関係法とは、個々の労働者と使用者との間の雇用関係を規律する法律の総称である。 例えば、労働基準法、労働契約法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、短時間・有期雇用労働法、労働者派遣法、最低賃金法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法などである。 これらは労働条件の最低基準を定めるものであり、その違反に対しては法が直接に介入し、個々の労働契約の内容を法の定める水準にまで規律することもある。 特に重要なのは、労働基準法と労働契約法の 2 つである。 (1)労働基準法ア.内容 労働者保護のために、個々の労働契約の内容、さらには労働の態様に対する規制を設けている。また、休業手当請求権(26 条)や年次有給休暇権 (39 条)などの権利付与についても規定している。 イ.機能 労基法は、その実効性を確保するために、①刑事法規としての側面、②民事法規(私法法規)としての側面、③行政取締法規としての側面を併せ持つ。 (ア)罰則 労基法の違反について、罰則がある(117 条以下)。 (イ)民事法規としての機能 ① 強行的効力 労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効となる(13 条前段)。 ② 直律的効力 ①の強行的効力により労働契約に空白部分が生じた場合、空白部分は労基法で定める基準により補充される(13 条後段)。 これにより、労基法の定める労働条件の最低基準が確保される。 ③ 権利付与効力 例えば、休業手当請求権(26 条)、割増賃金請求権(37 条)、年次有 | A |
給休暇権(39 条)は、労働基準法自体に基づいて発生するものである。これらについても、強行的効力・直律的効力が認められる。
(ウ)行政取締法規としての側面
労働基準法の規定には、使用者に対して一定の措置を講ずべき義務を課しているものがあるが(例えば、就業規則の届出義務を定める 89 条柱書)、これらの多くは公法上の義務を定めるにとどまり、義務違反により直ちに私法上の請求権が発生するとは限らない。つまり、労働基準法上の義務の多くは、労働基準監督制度(97 条以下)による監督の対象として定められているものなのである。
(2)労働契約法
労働契約上の労働条件についての規律を定めた法律である。労働契約法が制定されるまでは、使用者の安全配慮義務、就業規則の設定・変更、懲戒処分、普通解雇、有期雇用労働者に対する期間満了後の雇止めなど、労働法の規定がない問題については、判例法理による解決に委ねられていた。
平成 19 年に、これまでの判例法理を明文化する形で労働契約法が制定さ
れた。その後、平成 24 年の改正により、これまで判例法理に委ねられていた有期雇用労働者の期間満了後における取扱いについて明文が設けられ(18条、19 条)、さらに有期雇用労働者と無期雇用労働者との間における労働条件の不合理な相違を禁止する規定も新設された(20 条)。6)
労働契約法の規定のほとんどは、私法上の効力を有する。理念規定(3 条 1 項ないし 4 項、4 条)であっても、条文や契約の解釈などの際に取り上げられる形で、私法上の効力を生じることがある。
(3)その他
本講義では、労働基準法・労働契約法のほかに、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、労働者災害補償保険法、短時間・有期雇用労働法、労働者派遣法を取り上げる。
[図解 1]労働条件の最低基準
法律・就業規則が定める最低基準を超える労働条件 | この実現自体を保障する法律はなく、憲法 28 条・労組法が、最低基準を超える労働条件の実現に向け た労働組合による団体交渉を保護している | |
就業規則が定める労働条件 (最低基準効-労契 12 条) | ||
強行法規が定める最低基準 (労働基準法、最低賃金法等) |
6) 平成 30 年改正により旧労契法 20 条は削除され、短時間・有期雇用労働法 8 条に統合された。
[図解 2]直律的効力の作用の有無 [直律的効力を用いない場合] 労働契約 1 日 8 時間労働の原則(労基 32 条 2 項)に違反し、強行的効力(労基 13 条前段)により、 1 日の労働時間の定めのうち、1 日 8 時間を超 10 時間労働/1 日 える部分だけが無効になる。したがって、直律的効力(労基 13 条後段)を用いることなく、1 基本給 日の労働時間に関する契約内容が 1 日 8 時間となる。7) 福利厚生等 [直律的効力を用いる場合] 労働契約 まず、時間外労働に対して割増賃金を支払わない旨の契約部分は、時間外労働に対する割増 時間外労働に対して割増 賃金支払義務を定める労基法 37 条 1 項に違反賃金を支払わない し、強行的効力(労基 13 条前段)により無効となる。これにより、労働契約のうち、時間外 基本給 労働に対する割増賃金の支払いに関する部分が空白となる。 福利厚生等 次に、直律的効力が作用することにより、労働契約の内容(空白部分)が、時間外労働に対しては労基法 37 条 1 項所定の割増賃金を支払 うという内容に規律される(労基 13 条後段)。 3.雇用関係法における労働者・使用者の概念 (1)労働者 例えば、労働基準法における労働者は、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」をいい(労基 9 条)、これに当たるかは、契約の形式・名称ではなく、就労の実態(使用従属関係の有無)を基準として判断される。 case5:X は、Y 社との間で「業務委託契約」という名称・形式の契約を締結し、 Y 社の工場内において、Y 社の従業員の指揮監督の下で、作業に従事していた。X・Y 社間にも労働基準法が適用されるか、X・Y 社間の契約の名称・形式が「業務委託契約」であることから問題となる。 ➡ある契約関係にある当事者間に労働基準法が適用されるかは、契約の名 | A 速修 30~46 |
頁
7) 詳解水町 119 頁では、強行的効力により「1 日 10 時間労働」のうち「1 日 8 時間を超える部分」だけが無効となるという理論構成ではなく、強行的効力により「1 日 10 時間労働」という部分が全体的に無効となり、直律的効力により、「無効となった 1 日当たりの労働時間」に関する契約内容が「1 日 8 時間」に修正されるという理論構成を採用している。
頁
8) 黙示の労働契約の成立が認められた場合、解雇の有効性にかかわらず、X の Z 社に対する地位確認請求が認められる。これに対し、法人格否認の法理により Z 社の X に対する包括的雇用責任を認めるためには、 Y 社が解雇後も X に対する包括的雇用責任を負っていることが必要であるから、解雇が無効であることまで必要とされる(法人格否認の法理は、Y 社のX に対する責任をZ 社に肩代わりさせる法理だからである)。
称・形式ではなく、就労の実態を基準として判断される。 労働基準法の適用の有無? 業務委託契約 X Y 社 (2)使用者 使用者は、原則として、労働者が労働契約を締結した相手方(雇用主)を意味する。もっとも、黙示の労働契約や法人格否認の法理により、使用者概念が元々の雇用主以外の者にまで拡張されることがある。 case6:X は、Y 社との間で有期労働契約を締結し、Z 社の工場内に派遣され、そこで作業に従事していた。 Y 社は、Z 社との労働者派遣契約が終了することを理由に、X を期間満了前に解雇した。X は、Y 社による解雇は無効であるとして、Z 社に対して労働契約上の地位の確認を求めることができるか。 ➡労働契約上の「使用者」は、原則として、X の雇用主であったY 社だけである。 もっとも、X・Z 社間における黙示の労働契約の成立が認められたり、法人格否認の法理によりY 社の独立の法人格(会 3 条)を否定することができる場合には、Z 社も X の「使用者」として、X に対する包括的雇用責任を負いうる。8) ①労働者派遣契約 Y 社 Z 社 ③解雇 ②有期労働契約 ④労働契約上の地位の確認 X(派遣労働者) 4.就業規則 (1)意義 労働契約の内容は、労使間合意により設定されるのが原則的な在り方である(合意原則/労契 1 条・3 条 1 項)。 しかし、多数の労働者に共通する労働条件(=集団的労働条件)を統一的 に設定する必要性から、一定の手続・要件の下に、使用者が就業規則の新設 | A 速修 47~62 |
により労働者たちの労働契約の内容を一方的に規律することが許容されている(労契 7 条本文)。 要件は、①就業規則の実質的「周知」(労働者が知ろうと思えば知り得る状態にしておくこと)と、②就業規則の「合理」性である(労契 7 条本文)。 なお、一旦設けた就業規則を変更することで労働条件を労働者にとって不利益に変更することも、「周知」・「合理」性を要件として、許容される(労契 10 条本文)。この場合の「合理」性は、労契法 7 条本文の「合理」性よりも厳格に判断される。 (2)効果 就業規則には、①労働契約の内容を規律(修正を含む)する契約内容規律効と、②最低基準効(労契 12 条)がある。②により、就業規則を下回る労使間合意は無効とされ、当該労使間の労働契約の内容が就業規則通りとなる。なお、就業規則と異なる内容の労使間合意のうち就業規則の内容よりも労 働者に不利益でないものは、就業規則に優先する(労契 7 条但書・8 条)。9) 5.労働憲章・雇用平等 (1)労働憲章 労働基準法は、戦前みられた封建的な労働慣行を排除するために、各種の規定を設けている。 (2)雇用平等 憲法 14 条の平等原則の理念を実効あらしめるために、私人間の労働契約についても、労使間の交渉力格差などにかんがみ、雇用平等を実現するための法的規律が設けられている。 例えば、労働者の国籍・信条・社会的身分を理由とした労働条件の差別を禁止する労働基準法 3 条、女性であることを理由とする賃金の差別を禁止す る労働基準法 4 条、男女雇用機会均等法などが挙げられる。 セクシャル・ハラスメントに関する問題も、ここで取り上げる。 6.雇用関係の成立 (1)募集・採用 労働契約は諾成契約であり(民 623 条、労契 6 条)、使用者による募集に対して労働者が応募し、使用者が選考のうえ採用するという形をとることが多い。 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなればならない(労基 15 条 1 項前段)。 | ①は契約内容補充効とも呼ばれる。 C 速修 63~65 頁 B 速修 66~84 頁 B 速修 85~90 頁 |
9) 就業規則により労使間合意(個別的労働契約)で定められている労働条件を不利益に変更することも可能である(速修 51 頁 1(1)。
(2)採用内定 大学 4 年生の X は、令和 3 年 5 月にY 社から採用内定の通知を受けた後、同年 8 月に Y 社から採用内定を取り消す旨の通知を受けた。 令和 3 年 5 月に採用内定の通知を受けた時点で X・Y 社間に労働契約が成立しているのであれば、Y 社による採用内定の取消しは(留保解約権の行使による)解雇に当たる。そして、解雇が無効であれば、X・Y 社間の労働契約が存続することになる(X がY 社に対して労働契約上の地位の確認を請求すれば、それが認められる)。 これに対し、令和 3 年 5 月に採用内定の通知を受けた時点では X・Y 社間に労働契約が成立していないのであれば、Y 社による採用内定の取消しは解雇に当たらないし、採用内定の取消しが違法であったとしても X・Y 社間に労働契約が存在しないという法律関係に変化はない。したがって、X がY 社に対して労働契約上の地位の確認を請求してもそれは認められず、労働契約が締結されていた(あるいは、締結される)であるという期待的利益(等)の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(民 709 条)が認められ得るにとどまる。 (3)試用期間 入社後に労働者の職務能力・適格性を判断するという試用目的で、労働契約に期間が設けられることがある。試用目的で付された期間は、特段の事情のない限り、契約期間とは区別される試用期間である。 case7:X は、Y 社との間で、「入社後 3 カ月間の勤務状況を見た上で、本採用をするかどうかを判断する」旨の条件が付された労働契約を締結し、期間満了時に「従業員としての適格性を欠く」との理由で本採用を拒否された。 上記でいう「入社後 3 カ月」の期間が有期労働契約における契約期間である場合には、期間満了により X・Y 社間の労働契約が終了するから、本採用拒否は解雇に当たらないし、その適否にかかわらず X・Y 社間の労働契約が終了したという法律関係に影響はない。 これに対し、上記の期間が試用期間である場合には、本採用拒否は(留保解約権の行使による)解雇であると理解されることが多いから、解雇が無効と判断されれば、X・Y 社間の労働契約が存続することになる。 7.労働契約上の権利義務 (1)基本的義務 ア.労働者の労働義務 労働者は、「使用者に使用されて」労働に従事する義務を負う(労契 2 条 1 項、6 条)。 労働者の労働義務の内容(「債務の本旨」の内容)は、使用者による適法な指揮命令(労務指揮権の行使)によって形成される。 使用者の指揮命令権(業務命令)は労働契約を根拠とするから、その範 | A 速修 91~95 頁 B 速修 96~98 頁 ※雇止め法理を明文化した労契法 19 条の適用可能性は度外視する。 ※試用期間の性質の捉え方によっては、本採用拒否は解雇に当たらない(速修 96 頁[論点 1])。 B 速修 104~105 頁 |
第2部 労働保護法(雇用関係法)
第1章 労働契約の当事者 p30~46
第2章 就❹規則 p47~62
第3章 労働憲章・雇用平等 p63~84
第4章 雇用関係の成立 p85~100
第5章 労働契約上の権利義務 p101~112
第6章 人事 p113~140
第7章 賃金 p141~167
第8章 労働時間 p168~185
第9章 時間外労働 p186~206
第10章 年次有給休暇 p207~219
第11章 年少者・女性の保護 p220~223第12章 ワークライフバランス p224~227第13章 労働災害 p228~240
第14章 懲戒 p241~254
第15章 雇用関係の終了(解雇以外) p255~262
第16章 解雇 p263~286
第17章 非正規雇用 p287~323
第2節.配転・出向・転籍・休職 第1.配転 企業内における労働者の配置の変更をいい、転勤(勤務地の変更)と配置転換 (職務内容の変更)に分類される。 配転には、技術改新などに伴う労働力の需要の変化への対応、労働者の能力・適性に応じた配置の調整、多様な業務を担当させることによる能力開発、異動による組織の活性、会社の不況時に、解雇を避ける手段として余剰人員を抱えた部門から他の部門に労働者を異動させる(雇用調整)といった機能がある。 1.配転命令の争い方 配転命令に不服がある労働者は、配転命令が無効であるとして、配転先での就労義務の不存在確認の訴えを提起することになる(仮処分の例としては、配転命令の効力の停止や、配転先での就労義務を負わない地位を仮に定めるというものが挙げられる)。 配転命令に従わなかったことを理由に懲戒解雇を受けた労働者は、違法な配転命令に従わなかったことを理由とする懲戒解雇は無効であるとして、従業員たる地位の確認及び民法 536 条 2 項に基づく賃金の支払いを求めて訴えを提起することになる。 配転命令の無効確認の訴えは、過去の法律関係の確認を求めるものとして、確認対象の適否という観点から、確認の利益が否定される。 配転前の職種・勤務地で就労すべき地位にあることの確認を求める訴えについては、労働契約上の義務の存在の確認を求めるものであることから、原則として確認の利益が否定される。もっとも、労働者が職種・勤務地限定の合意を主張する場合には、労働者には契約上限定された職種・勤務地を超えた就労を拒む利益が認められるから、このような地位の確認を求めるものとして、確認の利益が認められる。 2.配転命令権の根拠 これには、労働契約の締結自体が根拠になるとする包括的合意説、特約が必要であるとする特約説、労働契約の締結とは別個の労働契約上の根拠が必要であるとする契約説がある。判例・通説は、契約説である。 [論点 1]配転命令権の根拠 労働条件対等決定の原則(労基 2 条 1 項)及び合意原則(労契 1 条、3 条 1項)に照らして労使双方の意思を尊重しつつ、企業組織の中における配転の機能に配慮する必要もある。 そこで、使用者に配転命令権が認められるためには、就業規則(労契 7 条) や労働協約(労組 16 条)による契約上の根拠が必要であるが、労使間の特約までは不要であると解する(契約説‐判例)。 | A 司 H21 司 H26 司 R4 司 H26 概説 180 頁 概説 180 頁 土田 884 頁、菅野 728 頁 山川 85 頁、西谷 242 頁 A 司 H21 司 H26 司 R4 東亜ペイント事件・最判 S61.7.14 (百 62) |
3.配転命令の法的性質 包括的合意説によれば、配転命令は、使用者が職種・勤務地という労働契約の要素(労働条件)を一方的意思表示によって変更する命令とされ、その法的性質は法律行為(=形成権の行使)とされる。特約説からも同じ帰結となる。これに対し、契約説の多くは、配転命令が合意の範囲内であれば、それは労 働契約の履行過程にすぎず、合意の範囲外であれば契約変更の申込みにとどま るため、事実行為であるとする(事実行為説)。 両者の違いは、労働者が訴訟において配転命令の効力それ自体を争うことができるかどうかという点に表れる。 もっとも、契約説の中にも、配転命令の法的性質について、職種・勤務地は労働契約の重要な要素(労働条件)であり、それらを一方的に変更する配転命令は労働契約内容の変更を意味するから、配転命令は、それが労働契約の予定する範囲内のものであっても、労働契約の変更をもたらす法律行為であると解すべきであるとする見解がある。 4.契約・法令による配転命令権の制限 (1)契約による制限ア.総論 労使間で労働契約締結時に勤務地・職種を限定する合意をした場合には、勤務地・職種の限定については、労使間の個別的合意が就業規則の配転条項の契約内容補充効に優先することになるから(労契 7 条但書)、使用者には配転条項を根拠として一方的に配転を命ずる配転命令権が認められず、労働者の個別的同意を得ずに発せられた配転命令は無効となる。1) 使用者が労働契約締結時に配転条項を周知させた後、労働契約の展開過程で職種・勤務地限定の合意を行った場合、労契法 8 条の適用により、使用者の配転条項に基づく配転命令権は否定される。 [論点 2]黙示の職種・勤務地限定合意 (論証 1)職種限定合意 ①採用時における職種の特定の有無 ②職務の性質(専門性など) | 土田 412~413 頁 概説 175 頁 概説 175 頁 A 司 H21 司 H26 司 R4 日産自動車村山工場事件・最判H 元 12.7 |
1) 労使間に職種・勤務地限定の合意がある場合であっても、使用者は、労働者の同意を得ることで、配転を行うことが可能である。もっとも、信義則(労契 3 条 4 項)及び労働契約内容の理解促進の責務(労契
4 条 1 項)に照らし、労働者の同意について、労働者の自由意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が
客観的に存在することが要求される(概説 175 頁、山梨県民信用組合事件・速修 52 頁)。
2) 判例は、③・④をあまり重視していない。契約後の事情である③・④が契約時の黙示的合意を推認する力は弱いからである。同事件の原審も、「X らが 10 数年間から 20 数年間ほぼ継続して機械工として就労してきたことは明らかであるが、そこから直ちに、X らを機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が黙示に成立したものとまでは認めることがで」きないと述べて、結論として黙示の職種限定の合意を否定している(最高裁は原審の判断を是認)。
3) 下級審裁判例には、就業規則に配転命令に関する規定があることを職種限定合意の成立を否定する事情の 1 つとして考慮するものもあるが(日産自動車村山工場事件・東京高判 S62.12.24、安藤運輸事件・名古屋高判 R3.1.20・R3 重判 2)、説得力のある説明だとはいえないだろう(私見)。
③当該労働者の勤続態様 ④職種を同じくする他の労働者の勤続態様 (論証 2)勤務地限定合意 以下の要素を総合考慮して判断する(判例)。 ①採用時における勤務地の特定の有無 ②職務の性質(特定の場所に対する依存性など) ③当該労働者の勤続態様 ④他の労働者の勤続態様 (論証 3)職種・勤務地限定合意 以下の要素を総合考慮して判断する(判例)。 ①採用時における職種・勤務地の特定の有無 ②職務の性質 ③当該労働者の勤続態様 ④他の労働者の勤続態様 (判例)大手自動車メーカーで 10 年から 20 数年勤務してきた機械工 事案:X ら 7 名は、大手自動車メーカーY 社に雇用され、製造部車軸課において、機械工として 10 年から 20 数年勤務してきた者である。Y 社は、世界の自動車業界の趨勢に対応して、自動車の生産体制を変更することになり、それに伴い村山工場の車軸製造部門を大幅に他工場に移転することとなったため、同工場の第 3 製 造部で就労していた機械工ら約 500 名が従前の仕事を失うこととなったが、他方で、同工場で新たに生産を開始することとなった新型車のプレス加工・車体組立・塗装等の各工程の要員として約 800 名の従業員が必要となったことから、第 3 製 造部所属 500 名余りの機械工らのほぼ全員を、新型車の新型車のプレス加工・車体組立・塗装等の仕事にあたらせることとし、X らに対する配転命令はこの計画の一環として実施されたものである。 要旨:原審は、「X らは、Y 社…に機械工として採用され、…十数年間から二十数年間ほぼ継続して機械工として就労してきたものであることは明らかであるが、右事実のみから直ちに、X らと Y 社との間において、X らを機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立したものとまでは認めることができない。かえつて、Y 社の就業規則…48 条には「業務上必要があるときは、従業員に対し、転勤、転属、出向、駐在、又は応援を命じることができる。前項に定める異動のほかに、業務上必要があるときは、従業員に対し、職種変更又は勤務地変更を命じることができる。従業員は、正当な事由がなければ第 1 項及び第 2 項の命令を拒むことができない。」との規定があり、本件配転前にも機械工を含めて職種間の異動が行われた例のあることが認められること、並びに我が国の経済の伸展及び産業構造の変化等に伴い、多くの分野で職種変更を含めた配転を必要とする機会が増加し、配転の対象及び範囲等も拡張するのが時代の 一般的趨勢であることなどに鑑みると、X らについても、業務運営上必要がある | A 日産自動車村山工場事件・最判H 元 12.7 |
場合には、その必要に応じ、個別的同意なしに職種の変更等を命令する権限が Y社に留保されていたとみるのが、雇用契約における当事者の合理的意思に沿うものというべきである。」と述べて、職種限定合意の成立を否定した。 最高裁も、「X らと…Y 社との間において、X らを機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立したものとまでは認めることができず、X らについても、業務運営上必要がある場合には、その必要に応じ、個別的同意なしに職種の変更等を命令する権限が被上告人に留保されていたとみるべきであるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ」ると判示している。 イ.裁判例の傾向 (ア)職種限定 a.肯定例 ・病院の検査技師・看護婦(師)・大学教員など専門職・特殊技能職について、職種限定が認められる傾向にある。 ・アナウンサーについて、職種限定を認めた裁判例もあるが、近年では、否定された例もある。 ・採用時の状況から秘書業務について職種限定を認めた例もある。 b.否定例 長年機械工として従事した自動車会社従業員の車のプレス加工・車体組立・塗装等への配転、技能職のセールス・エンジニアへの配転について、職種限定を否定した例がある。これらは、技術改新や経済状況の変化に対応しつつ従業員の雇用を維持する手段という側面もあるが、新たな職務に対応するための教育訓練などの配慮が要請され、そういった配慮の有無・程度が、配転命令の権利濫用の判断において考慮され得る。 (イ)勤務地限定 a.肯定例 ・現地採用の補助職 ・農業を兼業する現地採用者 ・採用時から家庭の事情による勤務地限定が認められた ・コース別管理における一般職についても、勤務場所が一定地域に限定されているのが通常である b.否定例 ・コース別管理における総合職は、幹部候補生として、配転による能力開発を予定していることが多いから、勤務地限定が認められることは少ない。 ・求人票や募集広告における勤務場所の記載は、勤務地限定の根拠と認められることが少ない ・海外勤務については、商社などの総合職などが職務上予定されてい る場合を除いては、生活環境の大きな変化をもたらすので、勤務地 | 九州朝日放送事件・最判 H10.9.10 |
限定が認められなくても、労働者の意思の尊重が望まれる (2)法令による制限 配転命令が組合への加入や正当な組合活動を理由とする場合には、不当労働行為にあたり、労組法 7 条 1 号を通じて当然に無効となる。 また、性別を理由とする不利益な配転命令は、均等法 6 条 1 号違反として無効である。 5.配転命令権の濫用 (1)判断枠組み 使用者の配転命令権の「行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない」(労契 3 条 5 項) [論点 3]配転命令権の濫用の判断枠組み 配転命令には、企業内での労働力の配置についての人事権の行使として、原則として使用者に広い裁量が認められる。 そこで、①業務上の必要性がない、②不当な動機・目的に基づく、又は③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるなど、特段の事情が存する場合でない限り、権利濫用(労契 3 条 5 項)にならないと解する(判例)。 (2)各要件 ア.①業務上の必要性 これは、㋐A A 配転自体の必要性と、A㋑A 配転の対象として当該労働者を選択したことの合理性からなる。4) ㋐は、「労働力の適性配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する」など多様・広範に認められる。 ㋑A A は、「当該勤務先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定するのは相当でなく、…企業の合理的運営に寄与する」点があれば足りる。 イ.②不当な動機・目的の不存在 会社の不正行為の追及・経営批判に対して報復的な行われた配転命令や、退職勧奨に応じない労働者を退職に追い込む目的で行われた配転命令が典型である。 特に不当な動機・目的の存在を疑わせる事情がない事案であれば、人選基準の合理性が認められることにより、不当な動機・目的の不存在が推定される。 ウ.③労働者の不利益 労働者の不利益としては、主として、㋐職種・職務内容の変更に伴う労働者の能力・経験の活用、キャリア形成面での不利益、㋑勤務地の変更に | 医療法人新光会事件・最判 S43.4.9 (速修 439 頁・4) A 司 H21 司 H26 司 R4 東亜ペイント事件・最判 S61.7.14 (百 62) 東亜ペイント事件 東亜ペイント事件 ケンウッド事件・最判 H12.1.28 土田 424~428 頁、詳解水町 538~ 539 頁 |
4) ㋐㋑を区別する場合とは、例えば、生産需要の大幅な変化により Y 社 A 工場に余剰人員が生じる一方で、B 工場で人員補充の必要が生じたという場合であり、㋐B 工場への人員補充のために配転を行う必要性と、㋑配転の対象者として当該労働者を選択したことの合理性が問題となる。
伴うワーク・ライフバランス面での不利益(労契 3 条 3 項)、育児・介護面 での不利益(育介 26 条)、㋒賃金をはじめとする労働条件面での不利益が挙げられる。また、㋓職種・職務内容や勤務地の変更に伴う労働者本人の健康面での不利益が問題となることもある。 (ア)職種・職務内容の変更 長期雇用制度の下では、労働者は多様な職種・職務を経験してキャリアを形成するのが通常であるから、職種・職務の変更による不利益を過大視するのは適切ではない。 もっとも、同一職種によるキャリア形成の利益が重要視される特殊技能職の労働者については、そのキャリアや技能を生かせる職場への配置に努めたか否かが権利濫用の判断要素となる。 (イ)私生活・家庭生活上の不利益 裁判例は、本人又は家族の病気による転勤困難の事案については権利濫用を肯定する一方で、単身赴任を含む通常の遠隔地間転勤、通勤時間の長時間化による育児の保育上の支障については、労働者が通常甘受すべき不利益にとどまるという傾向にあった。 もっとも、現行法の下では、転勤の際の育児・介護状況への配慮が義務付けられている(育介 26 条)とともに、仕事と生活の調和への配慮 (ウ)労働条件面の不利益 配転は、企業内人事異動であるから、賃金減額を伴ってはならない。すなわち、職能資格制度においては、基本給は職務ではなく資格と連動しているから、配転を理由に基本給を引き下げることはできず、職位引下げに伴う役職手当の引下げのみが許容され得る。基本給を引き下げるためには、資格の引下げという意味での降格の要件を満たす必要がある。 これに対し、職務(仕事)と基本給の結びつきを強めた職務等級制度の下では、配転に伴う基本給の引下げも許容され得る。もっとも、配転が基本給減額に直結する以上、配転命令権の濫用自体について厳しく判断し、基本給減額という重大な経済的不利益を正当化するに足りるだけの高度の業務上の必要性・人選の相当性と手続の履践を求めるべきであ | 概説 178~179 頁 概説 177 頁 速修 118 頁・2 |
5) 平成 13 年改正の育介法の下では、就業場所の変更を伴う異動命令の際には育児・介護状況への配慮が義務付けられるから(育介 26 条)、この配慮義務の履行の有無・態様が、権利濫用の判断に影響を及ぼし得
ることとなる。また、労契法(平成 19 年制定・平成 20 年施行)の下では、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・
バランス)への配慮も求められる(3 条 3 項・訓示規定)から、労働者の生活全般について、使用者による配慮が要請され、権利濫用について使用者に厳しい判断がなされる可能性がある。なお、帝国臓器製薬事件
(最判 H11.9.27)は、夫婦がともに従業員である会社において夫のみに転勤命令が発令され、妻が辞めない限り単身赴任を強いられるという事案について、労働者の不利益に対して相当な配慮がなされていることなどを考慮して、転勤命令を有効と判断した。
6) 職能資格制度の場合、配転は基本給に影響する資格引下げ(降格)に直結しないから、資格引下げの適法性は配転とは別に判断される。これに対し、職務等級制度では、配転と職務等級の変動が連動しているため、配転が有効とされれば、職務等級の引下げも特段の根拠を要することなく有効とされ、賃金引下げをもたらす。したがって、配転命令自体の権利濫用判断を厳格に行うべきである。もっとも、配転と職務等級とが連動せず、分離して運用されている場合には、降格については配転と別に判断され、「労働者の同意又は
(エ)労働者が自ら不利益性の高い選択肢を選んだ場合 現実的に選択可能なものとして労働者が選んだ選択肢よりも不利益性の低い選択肢が無い場合には、労働者が選んだ選択肢を前提として不利益の程度を判断するべきである。 これに対し、現実的に選択可能な選択肢の中に不利益性が通常甘受すべき程度にとどまるものがある場合には、これを選択せずにより不利益性の高い選択肢を選んだことによる不利益性は、労働者自身の選択の結果であるから、労働者が選んだ選択肢を前提として不利益の程度を判断するべきではない。 (判例 1)転勤と家庭生活上の不利益 事案:X は、昭和 40 年 3 月に大学を卒業した後、同年 4 月に Y 社に入社し、大阪事務所の第一営業部に配属され、昭和 44 年 4 月に A 社の大阪営業所へ出向し、昭和 46 年 7 月に出向を終えた際には Y 社の神戸営業所での勤務となり、昭和 48 年 4 月に 主任待遇となったところ、同年 9 月 28 日、Y 社より、広島営業所への転勤を内示さ れた、家庭事情を理由にこれを拒否し、同年 10 月 1 日、Y 社より代替案として名古屋営業所への転勤を内示されたが、これについても拒否した。 X は、本件転勤命令発令当時、母親(71 歳)・妻(28 歳)・長女(2 歳)とともに大阪府堺市内の母親名義の家屋に居住し、母親を扶養していたのであり、母親は、元気で、食事の用意や買物もできたが、生まれてから大阪を離れたことがなく、長年続けてきた俳句を趣味とし、老人仲間で月 2、3 回俳句会を開いていた。妻は、昭和 48年 8 月に B 社を退職し、同年 9 月 1 日から無認可の保育所に保母として勤め始める とともに、同保育所の運営委員となっており、同保育所は、当時、保母 3 名・パート 2 名の陣容で発足したばかりで、全員が正式な保母の資格を有しておらず、妻も保母資格取得のための勉強をしていた。 要旨:本判決は、「このような X の家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤が X に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。」として、転勤命令の権利濫用を否定した。 (判例 2)共働きで子どもの保育所への送迎を夫婦で分担している女性労働者に対する転勤命令 事案:X は、Y 社に雇用される女性労働者であり、東京都目黒区青葉台の企画室で庶務の仕事に従事していた。Y 社は、八王子事務所において、生産の需要見通しが大幅に増加して人員を補充する必要が生じたため、即戦力となる製造現場経験者であり、かつ、目視の検査業務を行うことから 40 歳未満のものという人選基準を設けたところ、その基準に合致するのは X だけであったため、X に対して八王子事務所への異動命令を発令した。 X は、本件異動命令発令時、東京都品川区旗の台で夫と 3 歳の長男とともに生活しており、青葉台の勤務先への通勤時間が約 50 分、港区の会社に勤務する夫の通勤 時間が約 40 分であり、長男の保育所への送迎については夫婦で分担して行っていた | ケンウッド事件・元原利文裁判官の補足意見 B 東亜ペイント事件・最判 S61.7.14 (百 62) B ケンウッド事件・最判 H12.1.28 |
就業規則上の根拠規定」、「降格事由該当性」、「人事権濫用」が問題となる(コナミデジタルエンタテインメント事件・東京高判 H23.12.27)(土田 409~410 頁)。
ところ、異動後は、通勤時間が約 1 時間 45 分となり、長男の保育所への送迎に支障が生じることとなる。 要旨:本判決は、①業務上の必要性・②動機・目的については、「Y 会社の八王子事務所においては、退職予定の従業員の補充を早急に行う必要があり、所定の人選基準を設けて、これに基づき X を選定して異動命令が出されたというのであるから、…業務上の必要性があり、これが不当な動機・目的をもってなされたものとはいえない」と述べ、③労働者の不利益については、「本件異動命令により X が負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく越えるとまではいえない」と述べ、異動命令の権利濫用を否定した。 (判例 3)運行管理業務から倉庫業務への配転命令に伴うキャリア形成面での不利益 事案:運行管理業務等に約 1 年 7 か月従事してきた労働者 X(運送業を営む複数の会社 で約 20 年間、配車業務や運行管理業務に従事し、その間に運行管理者の資格を取得し、運行管理業務や配車業務を担当すべき者として Y 社に中途採用された者)に対する倉庫業務への配置転換命令の有効性が争われた。 要旨:「X を運行管理業務以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意」の成立を否定した上で、権利濫用の判断において、「X が Y 社において運行管理者の資格を活かし、運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとする期待は、合理的なものであって、単なる X の一方的な期待等にとどまるものではなく、 Y 社との関係において法的保護に値する。…そうすると、配転にあったっては、X のこのような期待に対して相応の配慮が求められる。」と述べるとともに、「本件配転命令の配転先…における業務内容は、…前記…のX に期待に大きく反するものである。…倉庫業務の業務内容の範囲が不明瞭であり、今後…慣れない肉体労働…等の作業や現場作業を命じられる可能性が十分にあることも看過できない。…本件配転命令は…X の期待に大きく反し、その能力・経験を活かすことのできない倉庫業務に漫然と配転し、X に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、…権利の濫用に当たり無効」であると判示した。 本判決は、黙示の職種限定合意の成立を否定する一方で、「X が…運行管理業務や配送業務を担当すべき者として中途採用されたこと」、「実際、X は、採用後、直ぐに運行管理者に選任され、運行管理業務や配車業務を担当し、さらに、3 カ月弱で統括運行管理者に選任されている。」といった黙示の職種限定合意の存在を推認する積極的間接事実となり得る事実に着目して、X が運行管理者としての能力・経験を活かすことの期待について要保護性を認めることにより、「X のこのような期待に対して相応の配慮」をすべき義務を認め、結論として権利濫用を認めた。本判決については、「本判決は、その中間として、職種の「限定」までは認められないが、業務範囲についての労働者の「期待」が法的保護に値する場合があることを示し、配転命令が無効となる範囲を広げた点で意義がある。」と説明されている。 (3)賃金の低下を伴う降格的配転 配転命令と降格が同時に行われ、降格によって賃金が引き下げられる場合には、配転の要件に加え、降格の要件をも満たす必要がある。降格の要件を | B 安 藤 運 輸 事 件 ・ 名 古 屋 高 判 R3.1.20・R3 重判 2 R3 重判 2・解説 4 菅野 733 頁 |
満たさない場合、配転と降格が一体となって無効となる。 裁判例には、賃金の引下げに着目して一般の配転とは異なる厳しい基準で配転そのものの効力を判断するものと、配転・降格の有効性とは別に賃金の引下げの効力を問題にするものとがある。 [論点 4]賃金の低下を伴う降格的配転 例えば、Y 社において、X が配転(東京本店 店長 P 職→北海道支店 店員 Q 職)に伴い職能資格を引き下げられた(給与等級 3→給与等級 2)という事案では、X は、配転及び降格が無効であるとして、①北海道支店で店員として就労する義務の不存在の確認、②給与等級 3 の地位にあることの確認及び ③降格前後の基本給月額の差額分の賃金支払い求める訴えを提起することが考えられる。 1.配転命令に伴い降格も行われている場合には、配転命令と降格の双方の要件を満たす必要がある。 (1)配転命令 ア.まず、労働条件対等決定の原則(労基法 2 条 1 項)及び合意原則 (労契 1 条、3 条 1 項)に照らし、使用者に転勤命令権が認められるためには、就業規則などの契約上の根拠が必要であると解する。 Y 社では、配転について定める就業規則が「周知」されているから、就業規則の契約内容規律効(労契 7 条本文)によって Y 社の配転命令権が根拠づけられている。 イ.次に、…略… X の職種・勤務地を限定する旨の黙示の合意(労契 7 条但書)が成立していたとはいえない。 ウ.そして、…略…X の職種・勤務地を北海道支店の店員 G 職に変更する「業務上の必要」があったといえ、就業規則上の配転事由に該当する。 したがって、Y 社はX に対して配転命令権を行使し得る。 (2)降格 ア.まず、職能資格の引下げは労働条件たる基本給の引下げを伴うから、労働契約の内容変更として、労働者の個別同意又は就業規則等における明確な根拠規定が必要である。 Y 社の就業規則では、職能資格に関する降格規定があり、降格事由を具体的に定められているとともに、…略…公正な評価手続も定められている。そのため、降格規定は「合理的」である。また、これは「周知」されているから、降格規定の契約内容規律効(労契法 7 条本文)により Y 社の降格権限が根拠づけられている。 イ.次に、…略…X は就業規則上の降格事由に該当する。 ウ.したがって、Y 社は X に対して降格権限を行使し得る。 2.配転・降格の要件を満たすとしても、配転・降格は権利濫用(労契 3 条 5 項)に当たらないか。 最も重要な労働条件である賃金の低下を伴う降格的配転については、配 | 西谷 265 頁 A 日本ガイダント事件・仙台地決 H14.11.14 |
転の側面における使用者の人事裁量を重視した東亜ペイント事件判決の判断枠組みを用いるべきでない。 そこで、賃金の低下を伴う降格的配転については、降格と配転を一体的に捉えた上で、従前の賃金の減少を相当とする客観的合理性がない限り、降格と配転の双方が権利濫用(労契 3 条 5 項)により無効になると解すべきである(裁判例)。 この判断では、①労働者の適性・能力・実績等の労働者の帰責性の有無・程度、②降格の動機・目的、③業務上の必要性の有無・程度及び④降格の運用状況等を総合考慮する。 (判例)営業職従業員の降格的配転 事案:X は、Y 社に雇用され、賃金月額 61 万 3000 円で仙台営業所の営業係長(給与等級 PⅢ)に配属されていた。Y 社の給与体系は、職階ごとに分類して給与等級を割り当てており、等級が低い順から、PJ-Ⅰ、PⅠ~PⅢ、MⅠ~MⅢとなっており、営業事務職は PⅠ、営業職主任は PⅡ、営業係長は PⅢとなっており、本件配転命令時における X の等級は PⅢであった。なお、Y 社の就業規則には、「社員に支払われる給与は、職務内容、経験、能力、技術および/または特殊な技能や資格、学歴、その他会社が適当と認める要素を考慮して決定される」という降格の根拠規定があった。 Y 社は、X の平成 13 年における売上目標達成率が全国営業所の PⅢ職員 15 名中 14 位であり、売上実績が最下位であったことから、平成 14 年 3 月 5 日付けの辞令により、営業職(PⅢ)から営業事務職(PⅠ)への配転を命じ、給与等級を引き下げたところ、これにより、X の賃金月額は、61 万 3000 円から 31 万 3700 円に引 き下がった(基本給 56 万 5000 円→29 万、役職手当 8000 円→不支給)。 要旨:本決定は、「平成 13 年における仙台営業所の年間売上目標額は、同年の仙台営業 所における営業職員数が予定より 2 名増員され 7 名となることを前提として決定さ れたといえるが、実際には増員されず、仙台営業所の売上目標額を 5 名で割り振った上で X の目標額が決定されていることからすると、X の年間売上目標達成率 57.5%が他の PⅢ職員と比較して低迷しているからといって、これをもって直ちに本件配転命令の根拠とし得るかについては疑問がある」と述べたうえで、営業事務職への配転部分と給与等級 PⅠへの降格部分との関係については、「本件において降格が無効となった場合には、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠づけることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級 PⅠの営業事務職への配転命令自体も無効となり、本件配転命令全体を無効と解すべきであり、本件配転命令のうち降格部分のみを無効と解し、配転命令の側面については別途判断するべきものと解した場合、業務内容を営業事務職のまま給与については営業職相当の給与等級 PⅢの賃金支給を認める結果となり得るから相当でない」と判示した。 | C 日本ガイダント事件・仙台地決 H14.11.14 |
第2節.割増賃金
1.割増率
(1)時間外労働
2 割 5 分以上(労基 37 条 1 項本文・割増賃金令)
月 60 時間を超えた時間外労働部分については、5 割以上(労基 37 条 1 項但書の新設)。
月 60 時間を超えた時間外労働部分については、労使協定により、割増賃金の支払いに代えて、有給休暇を与える旨を定めることができる(3 項)。
(2)休日労働
3 割 5 分以上(労基 37 条 1 項本文・割増賃金令)
(3)深夜労働
2 割 5 分以上(労基 37 条 4 項)。
(4)時間外労働と深夜労働とが重複
5 割以上(規 20 条 1 項)。
月 60 時間を超える部分については、7 割 5 分以上(規 20 条 1 項括弧書)。
(5)休日労働と深夜労働とが重複
6 割以上(規 20 条 2 項)。
(6)休日に 1 日 8 時間を超える労働
3 割 5 分以上のまま。休日労働には 1 日の労働時間規制は及ばないため。
2.割増賃金を支払うべき労働
労基法 37 条 1 項でいう「労働時間」とは実労働時間であり、割増賃金が生じるのは、法定時間外労働・休日労働・深夜労働が現実に行われた場合である。
(1)所定の始業時刻よりも早く就労したが、所定の終業時刻より早く帰宅したため実労働時間が 1 日 8 時間を超えなかった場合
労基法上の割増賃金は生じない。
(2)前日(法定休日を除く)勤務が午後 12 時を超えて翌日に及んだ場合
原則として、翌日の勤務(午後 12 時以降の勤務)は前日の勤務の延長と扱われるから、翌日の勤務が時間外労働に当たるのであれば、時間外労働と深夜労働とが重複する場合(規 20 条 1 項)として、5 割以上の割増賃金を支払う必要がある。
ただし、法定休日である日の午前 0 時から午後 12 時までの労働は休日労
働となるから、前日の勤務が午後 12 時を超えて法定休日に及んだ場合には、
休日労働と深夜労働とが重複する場合(規 20 条 2 項)として、6 割以上の割増賃金を支払う必要がある。
(3)労働基準法の労働時間規制の枠には収まっているが、所定労働時間を超えて労働がなされた場合(法内超過)、法定外休日に労働がなされた場合
労基法上の割増賃金は発生しないが、就業規則等に定めがあればこれを根
A
司 H20
拠に割増賃金が発生する。 3.割増賃金の算定基礎 割増賃金の算定基礎となるのは、「通常の労働時間又は労働日の賃金」であり、労基法 12 条の「平均賃金」とは異なる。 (1)賃金が時間で定められている場合 時給○○円というその時間給である(規 19 条 1 項 1 号)。 (2)賃金が日・週・月・月週以外の一定期間により定められている場合 賃金額をそれぞれの 1 日・1 週・1 月・一定期間の所定労働時間で割った金額である(2 号ないし 5 号)。 ただし、日・週・月によって所定労働時間が異なる場合には、1 週・4 週・ 1 年における 1 日・1 週・1 月平均所定労働時間で割った金額となる(括弧書)。 (3)出来高払制その他の請負制によって賃金が定められている場合 その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には、賃金締切期間)において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における、総労働時間数で割った金額である(6 号)。 (4)労働者の受ける賃金が前各号の 2 以上の賃金よりなる場合 その部分について各号によってそれぞれ算定した金額の合計額である(7号)。 (5)除外賃金 ①家族手当、通勤手当(労基 37 条 5 項) ②別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1 ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(労基則 21 条 1 号~5 号)。 なお、除外賃金に当たるか否かは名称に関係なく実質的に判断される。例えば、年俸制の下で年俸額の一部として支払われる賞与は、除外の対象とならない。 これに対し、除外賃金に含まれない賃金を割増賃金の算定基礎から除外することは許されない。 [論点 1]割増賃金を労基法所定の計算方法によらずに一定額で支給することの可否 割増賃金を労基法 37 条 1 項所定の計算方法によらずに一定額で支給する制度を「定額残業代」制度という。 定額残業代には、(1)基本給などの総賃金のなかに割増賃金部分を組み込んでいる基本給組込みタイプと、(2)基本給とは別に営業手当、役職手当など割増賃金に代わる手当等を定額で支給する別枠手当タイプに大別される。 (論証 1)対価性を問題としない場合 労基法 37 条は同条所定の方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるから、①通常の労働時間の賃金に | 司 H30 A 司 H20 司 H30 司 R2 詳解水町 737 頁 高知県観光事件・最判 H6.6.13 等詳解水町 737 頁 |
当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができ、かつ、②割増賃金に当たる部分が法定計算額以上である場合には、同条所定の計算方法によらずに一定額を支給することにより割増賃金を支払うこともできると解する(判例)。 ①は、労基法 37 条適合性を判断する前提として割増賃金の計算を可能とす るための要件であり、②は、具体的な支給額として労基法 37 条適合性を判定するための要件である。1) (論証 2)対価性を問題とする場合 労基法 37 条は同条所定の方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるから、①使用者側が割増賃金として支払ったと主張している賃金部分が時間外労働等に対する対価として支払われるものといえることを前提として、②通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができ、かつ、③割増賃金に当たる部分が法定計算額以上である場合には、同条所定の計算方法によらずに一定額を支給することにより割増賃金を支払うこともできると解する(判例)。 ①は、②の判断の前提として問題となる要件であり、㋐当該労働契約に係る契約書等の記載内容、㋑使用者の説明及び㋒実際の勤務状況などを考慮して判断される(判例)。2) [帰結 1] Y 社に雇用されるX の基本給月額は 30 万(労基 37 条 5 項や規 21 条各号の各種手当は含まない。以下同じ。)であり、残業代については就業規則で「残業代は基本給に含めて支払う」とだけ定められている場合、基本給月額 30 万円のうち、いくらまでが通常の労働時間の賃金に当たる部分で、残りいくらが残業代に当たる部分であるのかが判別できないため、「残業代は基本給に含めて支払う」旨の就業規定は判別性を欠くものとして無効になる。3) そうすると、基本給月額 30 万円全額が「通常の労働時間…の賃金」(労基 | 詳解水町 737 頁 日本ケミカル事件・最判 H30.7.19 |
1) ①は判別要件や判別性、②は割増賃金額要件や金額適格性と呼ばれる(詳解水町 737 頁、山川 124 頁)。
2) ①対価性は、日本ケミカル事件(最判 H30.7.19)において明確に言及された要件であり、その後、国際自動車事件(最判 R2.3.30・百 40)でも問題とされている。
①対価性は、②③の判断の前提として問題となり得るものであるところ、対価性の存在が問題なく認められる事案では、①に言及する必要はないと考えられる。詳解水町 737~738 頁では、「判例は、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とを判別することができ(「判別」要件)、かつ、割増賃金にあたる部分が法定計算額以上でなければ(「割増賃金額」要件)、このような支払方法をとることはできないとの考え方を示している。…この法理の適用にあたっては、…対価性…が問題となり得る」とある。
国際自動車事件の重判解説では、同事件の最高裁判決が対価性は判別性の要件であることを示したとして、②判別性は、㋐通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法 37 条の定める割増賃金に当たる部分とが
明確に区分されていることと(「明確区分性」)、㋑明確に区分された労基法 37 条の定める割増賃金に当
たる部分が労基法 37 条の定める時間外労働に対する対価としての性質を有していること(「対価性」)の
2 つの要件からなると整理している。
3) 対価性を満たさない場合は、これを前提とする判別性も満たさないから、結論は判別性を満たさない場合と同じとなる。
37 条 1 項)として割増賃金の算定基礎となる。 また、割増賃金は 1 円も支払われていないことになる。 [帰結 2] Y 社に雇用される X の基本給月額は 30 万であり、残業代については就業規則で「基本給の 20%は残業代である」と定められている場合、判別性が認められるから、少なくとも、就業規則は判別性を欠くものとして無効になることはない。また、基本給 20%が労働基準法所定の計算方法による額以上であるならば、割増賃金額要件も満たすから、就業規則は有効である。 そうすると、基本給月額 30 万円の 80%である 24 万円が「通常の労働時間 …の賃金」(労基 37 条 1 項)として割増賃金の算定基礎となる。 また、基本給月額 30 万円の 20%である 6 万円が、毎月、残業代として支払われていたことになる。 [帰結 3」 Y 社に雇用される X の基本給月額は 37 万、1 か月の所定労働時間は 160時間であり、残業代については就業規則で「基本給のうち、5 万円は残業代である」と定められているとする。この事例では、(帰結 2)と同様、判別性が認められる。 他方で、X の残業時間が毎月 45 時間であったとする。X の割増賃金の算定基礎となる「通常の労働時間…の賃金」は、1 時間 2,000 円である((37 万円 -5 万円)÷160 時間)。そうすると、X に支払われるべき割増賃金額は、労働基準法所定の計算方法によると、毎月 112,500 万円である(2,000 円×1.25 ×45 時間)。したがって、「基本給のうち、5 万円は残業代である」とする就業規則の定めは、X との関係では割増賃金額要件を欠き、部分的に無効となる。具体的には、当該就業規則の定めは、基本給に含めて支払う残業代が 5 万円に固定されている限りで、労基法 37 条「で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約」として無効となり(労基 13 条前段)、5 万円を超える残業代の支払いの要否・内容という契約内容の空白部分については、労基法 37 条で定める基準(本事例では、残業 1 時間当たり 2,500 円の割増賃金を支払うという基準)により修正される(規律される)。したがって、X は、このような内容に規律された労働契約に基づき、1 か月あたり 62,500 円(112,500円-5 万円)の割増賃金の支払を請求することができる。 (判例 1)高知県観光事件 事案:X は、Y 社で雇用されるタクシー乗務員であり、所定労働時間は午前 8 時から翌日午前 2 時までであり、時間外労働・深夜労働の割増賃金は歩合給(毎月のタクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額)に含めて支給されていた。 要旨:本判決は、X に支給された歩合給の額が時間外・深夜労働の有無により左右されるものではないことに着目して、判別性を否定し、時間外・深夜労働について、労基法 37 条等の規定に従って計算した額の割増賃金を支払い義務があるとした。 | B 高知県観光事件・最判 H6.6.13 |
(判例 2)テックジャパン事件 事案:X・Y 社間の労働契約は、基本給を月額 41 万円としたうえで、月間総労働時間が 180 時間を超えた場合にはその超えた時間につき 1 時間当たり 2560 円を支払 い、月間総労働時間が 140 時間未満の場合にはその満たない時間につき 1 時間当 たり 2920 円を減額する旨の約定を内容とするものであり、この約定によると、月 間総労働時間が 180 時間以内である場合には時間外労働がなされても基本給 41 万円以外に賃金が支払われることはない。 Y 社の主張の要旨は、以下の通りである。 ①標準的な月間総労働時間が 160 時間であることを念頭に置き、実際の月間総労 働時間が 140 時間から 180 時間の範囲内である場合には賃金の増減はしないとする幅のある給与の定め方をすることにより、その範囲の中で勤務時間を適宜調節することができるようにしたものであって、合理性のあるものであり、このような趣旨なのであるから、X の基本給 41 万円には月間 180 時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当が実質的に含まれている。 ②仮にこの約定どおりの取扱いが認められないとしても、X はこの約定の趣旨を理解したうえで契約を締結しているのであるから、月間 180 時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権をその自由意思により放棄したということができる。 論点 1:判別性 本件約定においては、月額 41 万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて法定時間外労働の割増賃金とされているといった事情はうかがわれないし、法定時間外労働の時間は月により勤務日数が異なること等により相当大きく変動し得るものであるから、月額 41 万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と法定時間外労働の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。4) 論点 2:割増賃金請求権の放棄 X の毎月の法定時間外労働の時間は相当大きく変動し得るものであり、X がその時間数をあらかじめ予測することは容易でないことからしても、X の自由な意思に基づく法定時間外労働についての割増賃金請求権を放棄する旨の意思表示があったとはいえない。 (判例 3)日本ケミカル事件 事案:X は、Y の運営する薬局で薬剤師として勤務する労働者であり、(1)XY 間の本件雇用契約に係る契約書には、賃金について「月額 562,500 円(残業手当含む)」 「給与明細書表示(月額給与 461,500 円 業務手当 101,000 円)」との記載、(2)本件雇用契約に係る採用条件確認書には「月額給与 461,500」、「業務手当 101,000みなし時間外手当」「時間外勤務手当の取扱い 収に見込み残業代を含む」「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」との記載、(3)Y の賃金規程には「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったもの | A 司 R2 テックジャパン事件・最判 H24.3.8 A 日本ケミカル事件・最判 H30.7.19 |
4) 本件は、月間 180 時間以内の労働時間中の時間外労働に対する割増賃金に限って基本給に組み入れた事案であるところ、割増賃金を基本給に組み入れる旨の合意は、判別性がない場合には無効とされ、基本給全体(月額 41 万円)が割増賃金の算定基礎となる(大内 7 版 104 解説)。
とみなして、時間手当の代わりとして支給する。」との記載、(4)Y と X 以外の各従業員との間で作成された確認書には、業務手当月額として確定金額の記載及び「業務手当は、固定時間外労働賃金(時間外労働 30 時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」等の記載がそれぞれあった。
Y は、タイムカードを用いて従業員の労働時間を管理していたが、タイムカードに打刻されるのは出勤時刻と退勤時刻のみであった。X は、平成 25 年 2 月 3
日以降は、休憩時間に 30 分間業務に従事していたが、これについてはタイムカードによる管理がされていなかった。また、Y がX に交付した毎月の給与支給明細書には、時間外労働時間や時給単価を記載する欄があったが、これらの欄はほぼ全ての月において空欄であった。
要旨:「3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断して、X の賃金及び付加金の請求を一部認容した。
(1)いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み
(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。
(2)本件では、業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのかが X に伝えられておらず、休憩時間中の労働時間を管理し、調査する仕組みがないため Y が X の時間外労働の合計時間を測定することができないこと等から、業務手当を上回る時間外手当が発生しているか否かを X が認識することができないものであり、業務手当の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことはできない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)労働基準法 37 条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される…。また、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法 37 条等」という。)に具体的に定められているところ、同
条は、労働基準法 37 条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照)、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として
定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。 そして、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。しかし、労働基準法 37 条や他の労働関係法令が、当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために、前記3(1)のとおり原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない。 (2)前記事実関係等によれば、本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びに Y の賃金規程において、月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのである。また、 Y と X 以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから、Y の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。さらに、X に支払われた業務手当は、 1 か月当たりの平均所定労働時間(157.3 時間)を基に算定すると、約 28 時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、X の実際の時間外労働等の状況…と大きくかい離するものではない。これらによれば、X に支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから、上記業務手当の支払をもって、X の時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。原審が摘示する X による労働時間の管理状況等の事情は、以上の判断を妨げるものではない。 したがって、上記業務手当の支払により X に対して労働基準法 37 条の割増賃金が支払われたということができないとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。」 解説:本判決は、客観的な実態に基づいて判断されるべき強行法規である労基法 37 条の解釈として、労働者の主観的認識や抽象性の高い要件を取り込んでいた原審判決を軌道修正し、最高裁として、定額残業代の時間外労働等に対する対価性について、㋐契約書への記載や使用者の説明等に基づく労働契約上の対価としての位置づけ、及び㋑実際の勤務状況に照らした手当と実態のとの関連性・近接性を考慮する判断枠組みを提示したものということができる。この判断枠組みによれば、契約書への記載や使用者の説明が不十分である場合には契約上の対価といての位置づけ(㋐)を欠くとして、また、手当の性質や額が時間外労働等の実態と乖離している場合には実態との関連性・近接性(㋑)を欠くとして、対価性が否定されることになる。 (判例 4)国際自動車事件 事案:X らは、Y に雇用されタクシー乗務員として勤務していた労働者であり、歩合給 (1)の計算に当たり売上高(揚高)等の一定割合に相当する金額から残業手当等 | 詳解水町 738~739 頁 A 国際自動車事件・最判 R2.3.30(百 40) |
に相当する金額を控除する旨を定める Y の賃金規則上の定めが無効であるから、 Y は控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払義務を負うと主張して、 Y に対し、未払賃金等の支払を求めて訴えを提起した。
上記定めの下では、揚高が同じであれば、時間外労働、休日労働及び深夜労働
(以下「時間外労働等」という。)の有無やその時間数の多寡にかかわらず、原則として総賃金の額は同じとなることから、上記定めの効力や、上記残業手当等の支払により労働基準法 37 条の定める割増賃金が支払われたといえるかが争われている。
なお、歩合給(1)の算定に当たり、対象額 A から割増金及び交通費相当額を控除した金額がマイナスになる場合には、歩合給(1)は 0 円とされており、実際に、Xらに支払われた賃金について、対象額 A から上記の控除をした金額がマイナスになり、歩合給(1)の支給額が 0 円とされたこともあった。
要旨:「(1)ア 労働基準法 37 条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される…。また、割増賃金の算定方法は、労働基準法 37 条等に具体的に定められているが、労働基準
法 37 条は、労働基準法 37 条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法 37 条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない…。
イ 他方において、使用者が労働者に対して労働基準法 37 条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法 37 条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である…。そして使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法 37 条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり…、その判断に際しては当該手当の名称や算定方法だけでなく、上記アで説示した同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。
(2)ア Y は、X らが行った時間外労働等に対する対価として、本件賃金規則に基づく割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当)を支払い、これにより労働基準法 37 条の定める割増賃金を支払ったものであると主張する。そこで、前記(1)
で説示したところを前提として、上記主張の当否について検討する。
…割増金は、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定に当たり対象額 A から控除される数額としても用いられる。対象額 A は、揚高に応じて算出されるものであるところ、この揚高を得るに当たり、タクシー乗務員が時間外労働等を全くしなかった場合には、対象額 A から交通費相当額を控除した額の全部が歩合給(1)となるが、時間外労働等をした場合には、その時間数に応じて割増金が発生し、その一方で、この割増金の額と同じ金額が対象額 A から控除されて、歩合給(1)が減額されることとなる。そして、時間外労働等の時間数が多くなれば、割増金の額が増え、対象額 A から控除される金額が大きくなる結果として歩合給(1)は 0 円となることもあり、この場合には、対象額 A から交通費相当額を控除した額の全部が割増金となるというのである。
本件賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給(1)…に係る部分は、出来高払制の賃金、すなわち、揚高に一定の比率を乗ずることなどにより、揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ、割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながるという上記の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、前記(1)アで説示した労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。また、割増金の額が大きくなり歩合給(1)が 0 円となる場合には、出来高払制の賃金部分について、割増金のみが支払われることとなるところ、この場合における割増金を時間外労働等に対する対価とみるとすれば、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることとなるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法 37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。
イ 結局、本件賃金規則の定める上記の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである…。そうすると、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法 37 条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。
したがって、Y の X らに対する割増金の支払により、労働基準法 37 条の定める割増賃金が支払われたということはできない。
ウ そうすると、本件においては、上記のとおり対象額 A から控除された割増金
は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法 37 条等に定められた方法により X らに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。」 [論点 2]違法な法定時間外労働に対する割増賃金支払義務 労基法 36 条の要件を満たさない違法な法定時間外労働についても、過重 労働に対する労働者への経済的補償といった労基法 37 条の趣旨が妥当する から、労基法 37 条の割増賃金の支払義務は発生すると解すべきである(判例)。5) | B 司 R2 小島撚糸事件・最判 S35.7.14 詳解水町 732 頁、菅野 516 頁 |
5) 上記[論点 2]は、使用者が確信犯的に違法な法定時間外労働をさせた場合に顕在化する。例えば、大手飲食店で接客業務に従事する従業員 X が 36 協定の締結なしに 1 日 10 時間、接客業務に従事していたとい
う事案では、X が接客業務に従事した時間のうち 1 日 8 時間を超える部分が労基法上の労働時間に該当す
ることは明らかであるから、上記[論点 2]が顕在化する。
これに対し、不活動仮眠時間の労働時間該当性が問題となった大星ビル管理事件(最判 H14.2.28・百 36、速修 169 頁)は、不活動仮眠時間の労働時間該当性が問題になっていることからしても、使用者が労働時間ではないと認識していた不活動仮眠時間について事後的に労基法上の労働時間該当性が明らかになっているため、使用者が確信犯的に違法な法定時間外労働をさせた事案ではない。こうした事案では、①まず初めに、法定時間内労働に属する不活動仮眠時間と法定時間外労働に属する不活動仮眠時間について「通常の労働時間の賃金」や「割増賃金」を支払うという内容に労働契約を解釈することができるかが問題となり、
②そのような契約解釈をすることができない場合には、労基法 13 条の強行的効力と直律的効力により、労
働契約を「法定時間外労働に属する不活動仮眠時間にも労基法 37 条所定の割増賃金を支払う」という内容に修正することになり、③②の通り修正された労働契約を根拠として割増賃金支払義務の発生が認められることになる。なお、厳密には、②において、労基法 13 条を適用する際に労基法 37 条を用いることになるため、上記[論点 2]における肯定説が前提になっていると思われる。
第3部 労働組合法
第 1 章 労働組合法総論 p326~328第2章 労使関係の当事者 p329~349第3章 労働組合の運営 p350~365 第4章 団体交渉 p366~377
第5章 労働協約 p378~401第6章 争議行為 p402~422第7章 組合活動 p423~431
第8章 不当労働行為制度 p432~467
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第4章 団体交渉 第1節.団体交渉の意義・機能 団体交渉とは、労働組合がその代表者を通じ、使用者との間で労働条件その他の労働者の待遇又は集団的労使関係の運営に関する事項について交渉をすることをいう。この団体交渉には、主として①ないし③の機能がある。 ①交渉力強化機能(個々人としては交渉力の弱い労働者が労働組合を組織して集団的な交渉を行うことにより、交渉力が強化される) ②ルール形成機能(労使間で協力して企業におけるルールを形成する) ③労使間のコミュニケーション機能(生産計画などにつき労使間で情報の共有・交換を行い、コミュニケーションの密接化を図ることができる) 第2節.団体交渉の当事者 使用者側の当事者とは、個々の使用者又は使用者団体であるが、使用者団体が団交の当事者となるには定款等の定めが必要である。これらの者が団体交渉の相手方として交渉義務を負い、合意が成立した場合に労働協約の当事者となる。労組法 7 条の「使用者」という文言上、使用者団体そのものは不当労働行為の救済手続において被申立人にならない。 他方、団体交渉の労働者側当事者の問題は、いかなる団体が自らの名において団体交渉の申し入れを行うことができるのか、また、交渉の結果成立した合意につき労働協約の当事者となりうるのか、という問題である。以下では、労働者側当事者について説明する。 1.「雇用する労働者の代表者」 これは、2 条の要件を満たす「労働組合」を意味すると解される。 労組法上の「労働者」(3 条)は、「使用」関係が要件とされておらず、失業者も含まれるから、解雇された労働者が撤回要求のために組合に加入したような場合も、「雇用する労働者の代表者」の要件を満たす。 2.単位組合 労働者が個人で直接加入する組合であり、労働者を直接代表する組合であるから、当然に団体交渉の当事者となりうる。 3.上部団体 上部団体とは、単位組合が企業別組合である場合における産業別組合その他の連合体などを意味する。 [論点 1]上部団体は団体交渉の当事者となれるか ①上部団体自体が「労働組合」の要件を満たすのであれば、㋐当該上部団体に固有な事項について交渉当事者となることができるのは当然である。 | A 司 H18 司 H22 司 H24 司 H28 司 H29 司 R2 司 R5 B B 司 H29 司 R2 B 司 R2 山川 254~255 頁、詳解水町 114 ~1146 頁 |
②上部団体が所属組合に統制力を及ぼしうるのであれば、㋑傘下の各組合に共通な事項、㋒単位組合に固有の事項のうち各組合の規約や慣行により上部団体に交渉権が与えられたものについても、交渉当事者となりうる。 ㋒の場合は、上部団体が単位組合と競合的に交渉権を有することになり、両者が連名で共同交渉を申し入れることがあるが、同一の交渉担当者が選任されるなど交渉を遂行する権限が統一されている限り、使用者は交渉を拒むことができない。 他方、A㋒の場合で上部団体と単位組合が別々に、あるいは上部団体のみ交渉を申し入れてきたときには、二重交渉により一方との交渉が無意味になったり、同一事項について矛盾した内容の複数の合意がなされるおそれがあるから、使用者は、交渉権限の調整・統一を求めることができ、それが可能となるまでは団体交渉を拒否できる。 [論点 2]企業内における複数の労働組合(企業内の併存組合など)からの共同交渉の申入れ 企業内に複数の労働組合が併存する場合に、各労働組合の闘争力・交渉力を強化するとともに、複数の労働組合の組合員相互に共通する具体的要求事項について統一的・画一的に解決することを目的として、これら複数の労働組合が使用者に対して共同交渉を申し入れることがある。 企業内における複数の労働組合から共同交渉の申入れがあった場合、両組合間で交渉を統一的に遂行しかつ妥結できるために、統一的な団体意思が形成されていることが必要であり、これを欠く場合には、使用者が共同交渉の申入れを拒むことができると解される(裁判例)。 上記のうち、交渉の統一的遂行のためには、要求内容の統一と統一代表(交渉担当者)の選定(交渉権限の一統一)が必要とされ、統一的妥結のためには、妥結権限と協約締結権限の統一が必要とされる。1) [論点 3]唯一交渉団体条項(一定の組合とのみ交渉に応じる旨の条項) 憲法 28 条は複数組合主義を採用し、複数の企業別組合にはそれぞれ別個の団体交渉権が保障されている。 そこで、使用者と多数組合の間で唯一交渉団体条項を合意したとしても、この合意は少数組合の団体交渉権を侵害するものとして無効であると解する。2) 第3節.団体交渉の担当者 現実に団体交渉を行う権限を有する者を意味する。 1.労働者側担当者 労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者(6 条)。 | B 旭ダイヤモンド工業事件・東京高判 S57.10.13、菅野 896 頁 B 司 H29 B |
1) これらを簡潔にまとめて、「交渉事項と交渉権限の統一」と表現することもある(詳解水町 1145 頁)。
2) この論点は、団体交渉拒否の「正当な理由」の有無として、要件検討の一番最後に論じるものである(平成 29 年司法試験の出題趣旨・採点実感)。
委任を受けることができる者には労働組合も含まれるとする裁判例があるが、組合の代表者への委任がなされたと解しうる場合もある。
委任の対象には、交渉そのものの権限や、交渉を妥結する権限、協約を締結する権限などがあり、これらが区別されて委任されることもある。
2.使用者側担当者
個人事業主又は法人の代表者がこれに当たる。
また、企業組織内における団交担当者として権限分配に応じて、労務担当役員や人事部長等が担当者となることもある。
団交の申し入れを受けた者の担当権限の存否が明確でない場合には、団交を求めた事項に関する実質上の決定権限などを考慮要素として担当権限を認定することになる。
なお、交渉の申し入れを受けた使用者側の者が交渉担当権限はあるが協約締結権限までは有しない場合、交渉を拒否するのではなく、交渉に応じた上で、合意が成立した時点で協約締結権限を有する者と協約成立の努力をするべきである。
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第4節.義務的団交事項 使用者が団体交渉に応じることを法律上義務づけられる事項をいう。 義務的団交事項は、①団体交渉を申し入れた労働組合の組合員の労働条件その他の待遇、及び集団的労使関係の運営に関する事項であって、②使用者が解決可能な事項に限られる。 1.組合員の労働条件その他の待遇 ①のうち、「労働条件その他の待遇」は、団体交渉を申し入れた労働組合の組合員についてのものであることを要する。 また、「労働条件その他の待遇」は、労働契約における労働者の待遇全般を意味し、賃金制度、労働時間制度、安全衛生・労災補償のほか、広く人事制度も含まれる。 [論点 1]非組合員の労働条件 労働条件その他の待遇のうち、義務的団交事項に該当するのは団体交渉を申し入れた労働組合の所属組合員のものに限られる。 なぜならば、労働組合は所属組合員の利益を代表する組織であり、非組合員の利益のために交渉する権限を有しないからである。 もっとも、非組合員の労働条件であっても、組合員の労働条件との関連性などに照らし、その帰趨が将来において組合員の労働条件に影響を及ぼす可能性が高い場合には、組合員の労働条件に関する事項として、義務的団交事項に当たると解すべきである(裁判例)。 (判例)新規採用者の初任給引下げに関する団体交渉 事案:X 労組は、Y 病院に対し、新規採用者の初任給引下げ(約 10%~34%)の白紙撤回を要求したところ、Y 病院は、新規採用者の初任給引下げは在職者には影響を与えないと述べて、団体交渉に応じようとしなかった。なお、本年度の新規採用者のうち、X 労組に加入したものは、いずれも採用後 1 年以内に加入している。 要旨:「非組合員である労働者の労働条件に関する問題は、当然には…団交事項に当たるものではないが、それが将来にわたり組合員の労働条件、権利等に影響を及ぼす可能性が大きく、組合員の労働条件との関わり合いが強い事項については、これを団交事項に該当しないとするのでは、組合の団体交渉力を否定する結果となるから、これも…団交事項に当たると解すべきである。」 新規採用者の初任給引下げにより労働者の間で入職の時期の先後によって賃金ベースが異なり、大幅な賃金格差があることは、格差是正のために既存組合員の賃金が抑制される可能性が高いから、その帰趨が将来において組合員の労働条件に影響を及ぼす可能性が高いといえ、組合員の労働条件に関する事項として、義務的団交事項に当たる。 解説:本判決は、「労働者相互の間に不満、あつれきが生ずる蓋然性が高く、このことは組合員の団結力に依拠し賃金水準の向上を目指す労働組合にとって看過しがたい 重大な問題である」ということも理由として挙げているが、このような組合員相互 | A 司 H18 司 H24 司 H28 司 R5 A 司 H28 司 R3(争議行為) 根岸病院事件・東京高判 H19.7 B 根岸病院事件 |
間の不満・軋轢による団結力の減殺は、団体交渉による組合員の労働条件その他の待遇の向上の実現について支障を来たすおそれがあるとしても、このような効果はあまりにも一般的・抽象的にすぎるから、これをもって、組合員間の賃金格差が将来において組合員の労働条件に影響を及ぼす可能性が高いとして、義務的団交事項該当性を肯定することには無理があるといえる(私見)。 [論点 2]経営・生産事項 会社の経営や生産に関わる事項をいい、新機械の導入、設備の更新、生産の方法、工場・事務所の移転、経営者・上級管理者の人事(役員人事など)、事業譲渡、会社組織の再編、業務の下請化などがその例である。 経営・生産事項については、企業が自由に決定することができる事柄であることから、これらについての団交を申し入れられた使用者が経営者の専権事項であるとして団体交渉を拒絶することがある。 しかし、経営・生産事項であっても、その決定が組合員の労働条件その他の待遇に影響を及ぼす場合には、その限りで義務的団交事項に当たる。1) 2.集団的労使関係の運営に関する事項 例えば、組合事務所や掲示板の利用などに関する事項である。 団体交渉は労働者の労働条件等の維持改善を目的としており、実効的な団体交渉を行うためには集団的労使関係の運営について労使自治によるルール設定を行う必要があるから、義務的団交事項に含まれるのである。 3.使用者が解決可能な事項 団体交渉は労使間の合意成立に向けられたものであるから、使用者が解決できない事項は義務的団交事項にあたらない。 したがって、組合員の労働条件その他の待遇に直接関係する立法や行政措置 に関する事項であっても、使用者が解決可能な事項ではないので、義務的団交事項にあたらない。 | B 司 H24 |
1) 例えば、職場再編成(いかなる製品を、いかなる作業組織で生産するかという生産計画)の問題は、労働者の職種・就労場所などに関する限りで義務的団交事項に当たる。
これに対し、労働条件のその他の待遇に関係のない事項、例えば軍需品の受注反対・公害をもたらす製造
工程反対などは、組合の社会的使命感に基づく要求事項であっても義務的団交事項に当たらない。
なお、例えば、経営・生産事項が労働条件その他の待遇に関係するものとして義務的団交事項に該当することが認められ、これらについて団体交渉を経た上で、「工場移転を 3 年間は行わない」、「新機械の導入を取りやめる」、「○○業務を下請化しない」といった労働協約(14 条以下)が締結された場合であっても、それ自体は「労働条件その他の労働者の待遇」ではないから、規範的効力(16 条)は認められず、労働協約の契約の効力としての債務的効力が認められるにとどまる。
第5節.使用者の交渉義務 [論点 1]誠実交渉義務 使用者の団体交渉義務としては、単に団体交渉のテーブルに着くだけで足りるのか、それとも、合意達成の可能性を模索して誠実に交渉する義務(これを「誠実交渉義務」という。)まで必要とされるのか。 労組法は、労働条件対等決定を実現するために使用者に団体交渉義務を課している(1 条 1 項参照)ところ、使用者が誠実に交渉をすることにより団体交渉による合意達成が促進される。 そこで、「団体交渉を…拒む」には、団体交渉に応じないことだけでなく、合意達成の可能性を模索して誠実に交渉する義務に違反することも含まれると解する(判例)。1) (判例 1)カール・ツァイス事件 事案:X 労組は、Y 社に対し、団体交渉時の賃金保障などの集団的労使関係の運営に関する事項を基本要求事項とし、これを併せて組合員の人事異動についても団体交渉を申し込んだところ、Y 社は、団体交渉の場において、基本要求事項については既に解決済みであるとして、人事異動については会社の権利であるから組合から何も言われる筋合いはないと答え、これに対して組合が反論したにもかかわらず、上記発言を繰り返すにとどまり、交渉が終了した。 本件では、労組法 7 条 2 号の「団体交渉を…拒む」という要件との関係で、使用者は団体交渉に形式的に応じるだけで足りるのかということが争点となった。 要旨:本判決は、「労働組合法 7 条 2 号は、使用者が団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止しているが、使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったとは認められないような場合も、右規定により団体交渉の拒否として不当労働行為となると解するのが相当である。このように、使用者には、誠実に団体交渉にあたる義務があり、したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるものと解すべきである。」と述べたうえで、結論として、誠実交渉義務違反による労組法 7 条 2 号の不当労働行為の成立を認めた。 | A A 司 H24 詳解水町 1160 頁、R4 重判 10 解説 [大内伸哉] 山形大学事件・最判 R4.3.18(R4 重判 10) B カール・ツァイス事件・東京地判 H 元.9.22(百 104) |
1) 裁判例・学説においては、誠実交渉義務の内容として、①組合の要求に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明し、必要な資料を提示すること、②組合の要求に応じることができないときは、その論拠を示して反論することが挙げられているが、誠実交渉義務の中核は、合意達成の可能性を模索することであり、①・②はそのための手段にすぎない(R4 重判 10 解説[大内伸哉])。
前記①・②の対応をとらないことのほかに、合意する意思がないことを当初から明言したり、不合理な条件に説明もなく固執することも誠実交渉義務違反となる。また、合意が成立したにもかかわらず労働協約書の作成に応じないことも誠実交渉義務違反となりうる。
(判例 2)山形大学事件 事案:山形大学を設置する Y 法人は、平成 25 年頃、その雇用する教職員等によって組織された X 労組に対し、(1)平成 24 年度の人事院勧告に倣って平成 26 年 1 月 1 日から教職員のうち 55 歳を超える者の昇給を抑制することにつき、団体交渉の申入れをした。 Y 法人は、平成 26 年頃、X 労組に対し、(2)平成 26 年度の人事院勧告に倣って平成 27 年 4 月 1 日から教職員の給与制度の見直し(賃金の引下げ)をすることにつき、団体交渉の申入れをした。 Y 法人は、平成 25 年 11 月以降、X 労組との間で、上記(1)及び(2)の各事項 (以下「本件各交渉事項」という。)につき複数回の団体交渉をしたが、その同意を得られないまま、同 27 年 1 月 1 日から上記(1)の昇給の抑制を実施し、同年 4 月 1 日から上記(2)の見直し後の給与制度を実施した。 X 労組は、平成 27 年 6 月 22 日、対労働委員会に対し、本件各交渉事項に係る団体交渉におけるY 法人の対応が不誠実で労働組合法 7 条 2 号の不当労働行為に該当するとして、Y 法人に対し、本件各交渉事項につき誠実に団体交渉に応ずべき旨及び上記団体交渉につき不当労働行為であると認定されたこと等を記載した文書の掲示等をすべき旨を命ずる内容の救済を申し立てた(以下「本件申立て」という。)。 労働委員会は、平成 31 年 1 月 15 日付けで、Y 法人に対し、本件命令を発した。本件命令は、本件各交渉事項に係る団体交渉における Y 法人の対応につき、昇給 の抑制や賃金の引下げを人事院勧告と同程度にすべき根拠についての説明や資料の提示を十分にせず、法律に関する誤った理解を前提とする主張を繰り返すなどかたくななものであったとして、労働組合法 7 条 2 号の不当労働行為に該当するとした上、Y 法人に対し、本件各交渉事項につき、適切な財務情報等を提示するなどして自らの主張に固執することなく誠実に団体交渉に応ずべき旨を命じ(本件認容部 分)、その余の申立てを棄却する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発した。要旨:本判決は、①「労働組合法 7 条 2 号は、使用者がその雇用する労働者の代表者と 団体交渉をすることを正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止するところ、使用者は、必要に応じてその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実に団体交渉に応ずべき義務(以下「誠実交渉義務」という。)を負い、この義務に違反することは、同号の不当労働行為に該当するものと解される。」と述べた上で、「団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合」であったにもかかわらず、誠実交渉義務違反による不当労働行為の成立を認めた。2) 次に、②「使用者が誠実交渉義務に違反した場合、労働者は、当該団体交渉に関 し、使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができず、誠実な交渉を通じた労働条件等の獲得の機会を失い、正常な集団的労使関係秩序が害されることとなるが、その後使用者が誠実に団体交渉に応ずるに至れば、このような侵害状態が除去、是正され得るものといえる。そうすると、使用者が誠実交渉義務に違反してい | A 山形大学事件・最判 R4.3.18(R4 重判 10) |
2) 本判決における「使用者は、必要に応じてその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして」という部分は、誠実交渉義務の内容のうち一部を例示したものである(詳解水町 1161~1162 頁)
日 本 事 件 ・ 東 京 高 判
る場合に、これに対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令(以下「誠実交渉命令」という。)を発することは、一般に、労働委員会の裁量権の行使として、救済命令制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたるものではないというべきである。」と述べ、誠実交渉義務違反により労組法 7 条 2 号の不当労働行為が成立した場合において、労働委員会は救済命令として誠実交渉命令を発することができるとした。 そして、③「団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合」にも誠実交渉命令を発することができるかについては、㋐「団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合には、誠実交渉命令を発しても、労働組合が労働条件等の獲得の機会を現実に回復することは期待できないものともいえる。しかしながら、このような場合であっても、使用者が労働組合に対する誠実交渉義務を尽くしていないときは、その後誠実に団体交渉に応ずるに至れば、労働組合は当該団体交渉に関して使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに、組合活動一般についても労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られるから、誠実交渉命令を発することは、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることに資するものというべきである。そうすると、合意の成立する見込みがないことをもって、誠実交渉命令を発することが直ちに救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱するということはできない。」、㋑「上記のような場合であっても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能であることが明らかであるから、誠実交渉命令が事実上又は法律上実現可能性のない事項を命ずるものであるとはいえないし、上記のような侵害状態がある以上、救済の必要性がないということもできない。」との理由から、 「以上によれば、使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、誠実交渉命令を発することができると解するのが相当である。」として積極に解している。 [論点 2]併存組合に対する誠実交渉義務 使用者が多数派組合との間で設置した経営協議会において多数派組合に対して行った資料提示・説明(あるいは協議)を経営協議会を設置していない少数派組合に対して行わないことは、誠実交渉義務違反に当たらないか。 使用者は団体交渉においても各併存組合に対して中立保持義務を負うが、各組合の組織力・交渉力に応じた合理的・合目的的な対応をすることまでは否定されない。 そして、使用者が多数派組合との間で設置した経営協議会において行った資料提示・説明は、それ自体としては、使用者・多数派組合間における経営協議会設置の取決めに基づくものであるから、直ちに少数派組合に対して同様の資料提示・説明をする義務があるとはいえない。 しかし、当該資料・説明の内容がその後の団体交渉における使用者の説明・ | B NTT 西 H22.9.28 |
協議の基礎となるものである場合において、少数派組合から同一交渉事項に関する団体交渉において交渉のために必要なものとしてこれと同一内容の資料提示・説明を求められたときには、団体交渉における使用者の実質的な平等取扱いを確保する観点から、必要な限りで、同様の資料提示・説明をする義務を誠実交渉義務として負うと解すべきである(裁判例)。3) [論点 3]団体交渉の日時・場所・出席者等の開催条件 使用者が団体交渉の開催条件を指定し、これに固執して団体交渉を拒否することが許されるか。 団体交渉の開催条件は合理的な範囲内で労使自治に委ねられている。 そこで、開催条件について労使間で合意が成立していない場合において、使用者が開催条件を指定し、これに固執して団体交渉を拒否したとしても、①そのことに合理的な理由があり、かつ、②当該開催条件に従って団体交渉することが労働者に格別の不利益をもたらさないときは、団交拒否につき「正当な理由」(7 条 2 号)があるといえると解する。 [論点 4]団体交渉の打切り 例えば、X 労組と Y 社は、会社再建・解雇撤回の要求事項について団体交渉を行っていたが、両者の主張は対立したまま平行線をたどり、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みがなくなっていたところ、Y 社は、これらの問題についてこれ以上交渉をする余地はないとし団体交渉を拒否した。 このような事案では、団体交渉の打切りにより「団体交渉を…拒む」ことについて「正当な理由」があるのかが問題となる。 ①労使双方の主張が対立し、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みがなく、団体交渉を継続する余地がなくなった場合には、②その後の事情の変更が生じない限り、団体交渉の打切りについて「正当な理由」(7 条 2 号)があると解する(判例)。4)5) なぜならば、この場合には合意に達する可能性がなく、団体交渉を継続する 実益がないからである。 | B B 池田電器事件・最判 H4.2.14 |
3) 西谷 677 頁では、「複数併存組合下で、使用者が多数派組合には労使協議機関において情報を提供して協議しながら、少数派組合には同様の情報提供や協議を行わない場合は、組合間差別として支配介入の不当労働行為が成立しうる」とされているから、誠実交渉義務違反が認められる結果、団交拒否及び支配介入の不当労働行為が成立することになる。
4) 打ち切り交渉については、誠実交渉義務違反の問題に位置付ける説明もある(ex.菅野 907~908 頁、荒木
691 頁、基本講義 244 頁)が、「…いきづまり状態になった段階では、使用者の団交拒否も正当とみなされ
うる」(西谷 685 頁)、「…団体交渉の継続を拒否していたことに正当な理由がないとすることはできない。」
(池田電機事件)として「正当な理由」の問題に位置付ける説明もある。「団体交渉を…拒否」と「正当な理由」のいずれの問題に位置付けるのかは、事案によって変わり得ると思われる。例えば、荒木 692 頁は、
「暴行・脅迫・監禁など社会的相当性を超える態様で交渉が行われる場合」については、「使用者が交渉を打ち切っても正当な理由が認められ…」として、「正当な理由」の問題に位置付けている。
5) いったん団体交渉を継続する余地がなくなった(交渉が行き詰まった)ために交渉を打ち切った場合であっても、②団体交渉の再開を期待せしめる事情の変更が生じたときには、使用者は交渉再開に応じる義務を負うこととなるが、②の事情の変更は、単なる時間の経過だけでは認めることが困難であると解されている(寿建築研究所事件・最判S53.11.24:交渉決裂後すでに 1 年半以上経過していた事案)。
第6節.団交義務違反の救済方法 1.労働委員会による救済命令 法適合組合は、労働委員会に対して救済命令の申し立て(27 条以下)を行う。団体交渉自体を拒否された場合には、①特定の理由による団体交渉拒否をし てはならない旨の命令、②当該事項に関する団体交渉に応ぜよとの団交応諾命令を申し立てるべきであり、誠実交渉義務違反の場合には、③誠実に団体交渉に応ずべき旨の誠実交渉命令を申し立てるべきである。1) 労働組合が救済命令を申し立てた後に、使用者が誠実に団体交渉に応じるようになった場合には、①~③を命じる救済利益が消滅するが、正常な労使関係の回復・確保という観点からは、④過去に団体交渉拒否等の不当労働行為があった事実を確認し、今後同様の行為を行わないようにする旨の文書の交付や掲示等を命ずる救済命令が出されることはある。 2.裁判所による司法救済 (1)団体交渉を求めうる地位にあることの確認請求 労働組合が使用者から団交当事者適格を否定されたり、特定の団交事項について団体交渉を求めうる地位を否定されることにより団体交渉を拒否された場合には、団体交渉を求めうる地位にあることの確認を求めて民事訴訟を提起することがある。 [論点 1]団体交渉を求めうる地位にあることの確認請求 労組法 7 条が憲法 28 条に由来し、労働基本権を保障するための規定であ ることからすれば、労組法 7 条には労使間における私法上の効力もあると 解すべきであるから、労働組合には労組法 7 条 2 号を根拠として、使用者に対して団体交渉を求めうる法律上の地位が認められる。 そうすると、労組法 2 条の要件に適合する労働組合は、団体交渉を求めうる地位(団交当事者適格)そのものを否定されている場合には、使用者に対して団体交渉を求めうる地位の確認を請求することができ、さらに、その地位を仮に定める仮処分の申請をすることもできることとなる(判例)。 また、団体交渉を求めうる地位は団交事項の内容によって左右されるものであるから、特定の団交事項について団体交渉を求めうる地位を否定された場合には、当該団交事項に関する団体交渉を求めうる地位の確認を請求する ことができるとともに、その地位を仮に定める仮処分の申請をすることもで | A 司 H18 司 H22 司 H24 司 H28 司 H29 司 R2 詳解水町 1168 頁、菅野 912 頁、概 説 383 頁 A 国鉄事件・最判 H3.4.23(百 111) |
1) 山形大学事件・最判 R4.3.18(R4 重判 10)は、「使用者が誠実交渉義務に違反した場合、労働者は、当該団体交渉に関し、使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができず、誠実な交渉を通じた労働条件等の獲得の機会を失い、正常な集団的労使関係秩序が害されることとなるが、その後使用者が誠実に団体交渉に応ずるに至れば、このような侵害状態が除去、是正され得るものといえる。そうすると、使用者が誠実交渉義務に違反している場合に、これに対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令(以下「誠実交渉命令」という。)を発することは、一般に、労働委員会の裁量権の行使として、救済命令制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたるものではないというべきである。」と述べ、誠実交渉義務違反により労組法 7 条 2 号の不当労働行為が成立した場合において、労働委員会が救済命令として誠実交渉命令を発することができるとした。
きることとなる。 (2)具体的団体交渉請求権 使用者に対し誠実交渉という具体的行為を請求する私法上の団体交渉請求権を意味する。 [論点 2]具体的団体交渉請求権 確かに、憲法 28 条及び労組法 7 条の規定は抽象的であるから、同条を根拠として使用者の具体的な作為義務を導くのは困難である。 また、団交紛争の相対的流動性により債務内容が不特定である(例えば、誠実交渉義務の内容として要求される給付の内容は、労働者側の態度やその時々の具体的状況により左右される相対的流動的なものであるから、間接強制の手続に乗せるのも困難である)。 そこで、原則として具体的団体交渉請求権は認められないと解する。 しかし、労働協約の定め、予備交渉、あるいは団体交渉についての従来の経過からして団体交渉の方法等がある程度具体的に特定されている場合には、使用者の債務内容が特定されているといえるし、使用者について特定された方法等で団体交渉に応じることが私法上の義務として形成されているともいえるから、具体的団体交渉請求権が認められると解する(強制執行の方法としては間接強制が用いられる)。 なお、具体的団体交渉請求権が認められる場合には、当該請求権の保全手段として、「団体交渉に応ぜよ」又は「団体交渉を拒否してはならない」という仮処分命令(団交応諾仮処分)を申請することができる。 (3)不法行為責任 ア.可否・位置付け 憲法 28 条の団体交渉権保障は労使間において労働者の団体交渉権を尊 重すべき「公序」を設定しており、また、労組法 7 条 2 号も団体交渉拒否禁止という労使間のルールを設定しているから、団交義務違反は不法行為上の違法性を基礎づけ得る。 ただし、損害賠償請求は、円滑な団体交渉関係を将来に向けて樹立するための手続ではなく、過去の違法行為についての補償措置であり、あくまで副次的な救済措置として位置づけられるべきである。 イ.賠償範囲 通常は、無形の損害の賠償に限られる。 ウ.権利主体 7 条 2 号が保障する団体交渉権は 2 条の要件に適合する労働組合を権利主体とするものであるから、7 条 2 号違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の帰属主体は、同法 2 条の要件に適合する労働組合に限られよう。 | B 西谷 687~688 頁 菅野 915 頁 菅野 916 頁 西谷 688 頁、荒木 694~695 頁 |
3.不当労働行為の成否についての労働委員会と裁判所の判断の同一性 不当労働行為の成否についての労働委員会の要件裁量は認められないと解されるから、労働委員会においても、裁判所においても、不当労働行為の成否に関する同一の判断に基づいて救済の可否が決まることになる。2) | 速修 450 頁・5 |
2) 不当労働行為に対する行政救済と司法救済の双方が問われている問題では、3についても簡潔に言及するのが望ましい(令和 2 年司法試験の出題趣旨・採点実感参照)。これは、不利益取扱い(1 号)や支配介入(3 号)についても同様である。
第8章 不当労働行為制度 第1節.総論 1.意義 労働組合法は、憲法 28 条の労働基本権保障を実効あらしめるために、不当労働行為制度を定めている。 労働組合法は、労働基本権保障のために刑事免責(1 条 2 項)・民事免責(8条)を定めているが、これらの規定による救済は、不利益取扱いや不当な団体交渉拒否、組合弱体化行為との関係では、十分ではない。 そこで、労働組合法は、使用者による労働基本権侵害行為が行われた場合に、これを除去・是正するとともに、そうした侵害行為のない対等・公正な集団的労使関係を将来に向けて形成することを目的として、不当労働行為制度を設け、使用者による一定の労働基本権侵害行為を禁止する(7 条)とともに、労働委員会(行政機関)による特別の救済制度(27 条以下)を定めたのである。 2.不当労働行為の類型 不当労働行為は、①不利益取扱い(7 条 1 号本文前段)、②黄犬契約(1 号本文後段)、③団体交渉拒否(2 号)、④支配介入(3 号本文前段)、⑤経費援助(3号本文後段)、⑥報復的不利益取扱い(4 号)に分類される。 このうち②⑥は①の、⑤は④の一類型とされるから、不当労働行為の基本類型は、不利益取扱い・団体交渉拒否・支配介入の 3 種類になる。 (1)黄犬契約 「労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること」(1 号本文後段)をいい、組合加入後に積極的に活動しないことを雇用条件とすることも含む。 (2)団体交渉拒否 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことをいう(2 号)。 (3)経費援助 「労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること」は、組合の自主性を損なう危険があるから禁止される(3 号本文後段)。 ただし、㋐労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議・交渉すること、㋑厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対して使用者が寄附すること、㋒最小限の広さの事務所を供与することは、例外的に禁止されない(3 号但書)。 (4)報復的不利益取扱い 労働者が労働委員会に対し使用者が 7 条の規定に違反した旨の申立てをしたことなどを理由とする不利益取扱いをいう(4 号)。 | B ①・④は第 2 節・3 節で取り上げるため、左では②・③・⑤・⑥を取り上げる。 |
第2節.不利益取扱い 不利益取扱いの不当労働行為の成立要件は、①不利益取扱いの禁止事由の存在、 ②「不利益な取扱い」の存在、及び③「故をもって」に対応する不当労働行為意思の存在(①の「故をもって」②が行われたこと)の 3 つである(労組 7 条 1 号本文前段)。 不利益取扱い禁止の趣旨は、組合員個人に対する不利益取扱いが、これを通じて組合活動一般を制圧ないし制約するという効果を伴うことにある。 1.不利益取扱い禁止事由 (1)「労働組合」 不利益取扱いからの保護を受ける「労働組合」は、労組法 2 条の要件を満たす組合でなければならない。 争議団などの労働者の一時的な団結体(労働組合組織を備えていないもの)については、「労働組合」に含まれるとする有力説もある。しかし、これは文理にそぐわないし、このような未組織労働者の団結活動については、「労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとする行為」として、不利益取扱いの対象になると解することも可能であるから、否定説でよいと考える。 なお、肯定説では、そのような団体の一員であることを理由とする不利益取扱いからの保護・救済を受け得るということに意義がある。 (2)「労働組合の組合員であること」 ア.特定の労働組合の組合員であること 不利益取扱い禁止の対象となる。 イ.組合員の種別 組合員のなかで特定種類の組合員であることも、不利益取扱い禁止の対象となると解される。例えば、組合の役員であることや、組合の方針活動について基本的見解を異にする複数の組合員集団(執行部批判派)に属することを理由とする不利益取扱いも、禁止の対象となる。 裁判例には、労働組合内部に上部団体支持派と反対派とがある場合において、上部団体支持派に所属していることを理由として賞与・昇格について差別的取扱いをしたことについて、不利益取扱い及び支配介入の不当労働行為が成立することを肯定したものがある。 (3)「労働組合に加入し若しくはこれを結成しようとする行為」 「しようとする」との文言から、加入・結成のための準備行為も含まれる。不利益取扱い禁止の対象は、労働組合を加入しようとしたこと、及び結成 しようとしたことであり、加入・結成したことを理由とする不利益取扱いは、加入・結成した「労働組合の組合員であること」を理由とする不利益取扱いとして、前記(2)の行為類型に該当する。 ア.「加入しようとする行為」 既存の労働組合に加入したいとの願望を表したり、加入のための相談・準備などを行うことをいう。 | A 詳解水町 1239 頁 司 H22 司 H24 司 H27 司 H29司 H30 司 R3 北辰電気製作所事件・東京地判 S56.10.22(百 99) |
イ.「結成しようとする行為」 組合結成の願望を表したり、組合結成の準備活動を行うことをいう。 ウ.未組織労働者の団結活動 未組織労働者が労働条件上の問題に当面して団結活動を行う場合には、このような組合結成の願望や準備が込められていることが多く、その限りで、不利益取扱い禁止の対象となる。 (4)「労働組合の正当な行為」ア.「労働組合の」行為 争議行為・組合活動の主体の正当性に対応する要件である。 組合員の行為のうち、労働組合の所定機関の決定に基づく行為、組合役員の組合代理人としての行為、組合所定機関の事前の明示又は黙示の授権に基づく行為などは、問題なく「労働組合の…行為」として保護を受ける。 イ.活動の種類 団体交渉、組合活動、争議行為が挙げられる。 ウ.「正当な行為」 争議行為・組合活動の正当性を意味する。 2.不利益取扱いの態様 「不利益な取扱い」は、①労働者の地位の得喪に関する取扱い(解雇、退職強要、採用拒否、労働契約の更新拒否、事業譲渡における雇用承継の排除)、②人事上の取扱い(不利益な配転、出向、転籍、降格、不昇格・不昇進措置)、③経済上の取扱い(賃金差別、昇給・賞与上の差別)、④精神的不利益を与える取扱い(嫌がらせ、ハラスメント等)に分かれる。 「不利益」性の有無は、それによって組合活動が困難となるかどうかという観点から判断される。 [論点 1]採用拒否 使用者は採用の自由を有する(憲 22 条 1 項)し、労組法 7 条 1 号本文前段は採用段階と採用後の段階とに区別を設けたものであると解される。 そこで、採用拒否は、それが従前の雇用契約関係における不利益な取扱いに | 基本講義 272 頁 基本講義 272 頁 基本講義 272 頁 A 司 H22 JR 北海道・日本貨物鉄道判 H15.12.22(百 103 基本講義 273 頁 |
事件・最
)
1) 「不利益な取扱い」では、上記基準でいう「それが従前の雇用契約関係における不利益な取扱いにほかならないといえる特段の事情」の存否を問題とし、不当労働行為意思では、禁止事由の存在を認定した上で、採用拒否が禁止事由の存在を認識し、そのことを動機として行われたものであるのかを問題にする。
2) 不当労働行為禁止規定には、これに反する法律行為を当然に無効にするという私法上の効力が認められる(医療法人新光会事件・最判 S43.4.9)ものの、法律関係を創出するという積極的な効力までは認められないから、採用拒否について不当労働行為が成立したとしても、不当労働行為禁止規定の私法上の効力として使用者・労働者間の労働契約関係が創出されることはない。また、労働委員会の救済命令には私法上の効力がない(詳解水町 1292 頁)から、労働委員会が使用者に対して採用命令を発したところ、使用者がこれに応じないという場合であっても、使用者・労働者間の労働契約関係が創出されることはない。
(判例)事業譲渡先における採用拒否 事案:医療法人 Y は、医療法人 X との間で病院経営に関する一切の事業を譲渡する旨の契約を締結し、その際、医療法人 Y から解雇された職員を採用するか否かは医療法人 X の専権事項とする旨の合意がなされた。 医療法人 Y の職員 B1・B2 は、A 労組の組合員でもあるところ、本件事業譲渡に伴い、医療法人 Y により解雇された。 医療法人 X は、医療法人 Y の職員を採用する方針をとったところ、予定した要員数を満たさなかったため、当初採用を希望しなかった者を説得したり、一般公募をするなどして要員確保を図ったが、B1・B2 については、両名の採用希望を知りつつ、採用面接すら行わず、採用しなかった。 要旨:本判決は、医療法人間で事業譲渡がなされ、譲受法人 X が譲渡法人 Y の職員のうち B1・B2(いずれも A 労組の組合員である)の採用を拒否したという事案において、「X による Y の職員…採用の実態は、新規採用というよりも、雇用関係の承継に等しいものであり、労働組合法 7 条 1 号本文前段が雇入れについて適用があるか否かについて論ずるまでもなく、本件不採用については同規定の適用があるものと解すべきである。…X…が B1 及び B2 に対して本件不採用に及んだのは、前記認定のような…採用の実態に照らすと、同人らをその従来からの組合活動を嫌悪して解雇したに等しいものというべきであり、本件不採用は、労働組合法 7 条 1 号本文前段の不利益取扱いに該当するものといわざるを得ない。」と述べ、①「労働組合法 7 条 1 号本文前段が雇入れについて適用があるか否か」について論じることなく、かつ、②Y の使用者性について明示的に言及することもなく、Y を「使用者」とする不利益取扱いの不当労働行為の成立を認めた。3) 答案例 1.B1・B2 は、X による採用拒否には不利益取扱いの不当労働行為(労組法 7 条 1 号本文前段)が成立するとして、労働委員会に対して、B1・B2 を X で採用するように命じる救済命令の申立てをすることが考えられる。 2.まず、B1・B2 に対する関係で X は「使用者」(労組法 7 条)に当たるか。 (1)労組法 7 条の目的は不当労働行為の排除・是正による正常な労使関係の回復にあるから、労組法上の「使用者」は雇用主に限られず、広く、労働契約関係又はこれに隣接ないし近似する関係の一方当事者を意味する。 (2)3(2)で後述する通り、本問では、X が実質的に Y の雇用関係を承継したに等しいといえる。そうすると、B1・B2 は本来であれば他のY 職員とともに X に再雇用されるはずだったのだから、X は、B1・B2 に対する関係で、労働契約関係に隣接する関係の一方当事者として「使用者」に当たる。 3.次に、X の採用拒否は「不利益な取扱い」に当たるか。 | A 青山会事件・東京高判 H14.2.27 |
3) 詳解水町 1235~1236 頁では、朝日放送事件判決の判例理論「とは別に、労働者と労働契約を締結している使用者の、労働契約締結の前後の時期(契約成立前または終了後)について、「将来において使用者となる可能性がある者」または「過去において使用者であった者」として、不当労働行為における使用者性が認められることがある。例えば、組合員の採用拒否など採用をめぐる問題について、使用者となる可能性があった者の不公正な行為が不当労働行為とされることがあ…る。」として、青山会事件・東京高判 H14.2.27を挙げている。
(1)…略…([論点 1]) (2)事業譲渡による権利義務の承継は特定承継であり、X が Y の職員を承継するかは事業譲渡契約の内容によるから、XY 間において Y の職員を承継するか否かを X の専権事項とする旨の合意がなされている本件においては、X による Y 職員の不採用が従前の雇用契約関係におけるものであるといえるためには、X が実質的に Y の雇用関係も承継したに等しいといえることが必要である。 本件において、X は、Y 職員について、B1・B2 の両名を除いて、採用希望者全員について採用面接をし、賃金等の条件面の折り合いがついた者全員を採用しているのであるから、実質的には Y の雇用関係も承継したに等しいとえる。したがって、X の採用拒否は、従前の雇用契約関係における取り扱いといえる。 4.「故をもって」に対応する不当労働行為意思は、使用者が認識した禁止事由を不利益取扱いの動機としたことを意味する。 X は、Y から事業を引き継ぐ時点で、X と対立状態にあった訴外労組と A 労組が同一の上部団体に所属していること、及び B1・B2 がA 労組の組合員であることについて知っていた。また、X は、B1・B2 に求職の意思がある旨を X に送付した文書の受領を一切拒否し、B1・B2 の面会申入れにも応じていない。さらに、Y が閉鎖に至った県からの行政処分の一因として、A 労組から県への指導要請が挙げられる。そうすると、X は、B1・B2 が A 労組に所属し、組合活動を行っていたことを嫌悪し、両名が A「労働組合の組合員であること」を認識し、そのことを動機として両名の採用を拒否したといえるから、不当労働行為意思も認められる。 5.したがって、不利益取扱いの不当労働行為が成立するから、上記の救済命令の申立てが認められる。 救済方法 1.行政救済 支配企業による従属企業の解散・事業譲渡・会社分割が不当労働行為の手段として行われた場合には、従属企業の労働者は、労働委員会に対し「新会社等への採用などを命じる」救済命令を申立てることができる。 なお、救済命令は、私法上の権利義務の確定(変動)といった私法上の効力を伴うものではないから、採用命令により、私法上、X と B1・B2 との間における労働契約が形成されるわけではない。救済命令の実効性は、確定した救済命令の違反に対する過料の制裁(労組法 32 条)により担保される。 2.司法救済 ・労組法 7 条 1 号には、これに違反する法律行為は同号により当然に無効になるという私法的効力が認められるが、同号に違反する採用拒否を受けた労働者と使用者との間に労働契約関係を形成するという私法的効力まではない。したがって、B1・B2による X に対する労働契約上の地位の確認請求が認められるためには、X と B1・ B2 との間における黙示の労働契約の成立や法人格否認の法理の適用が認められる必要がある。 ・地位確認請求が認められない場合、X の「故意」による違法な採用拒否によって X | 西谷 642~643 頁 菅野 1123 頁・1130 頁、リークエ 304 頁 西谷 642 頁 |
に雇用されることに対する期待的利益という B1・B2 の「法律上保護される利益」が「侵害」されたとして、これによって生じた慰謝料たる「損害」の賠償請求(民 709 条、710 条)が認められる。 [論点 2]配転 特に、労働者が労働条件その他の待遇の面では有利な取扱いを受けることになる栄転が「不利益な取扱い」に当たるのかが問題となる。 不利益取扱い禁止の趣旨は、組合員個人に対する不利益取扱いがこれを通じて組合活動一般を制圧ないし制約するという効果を伴うことにある。 そこで、同前段の「不利益」性は、当該取扱いにより組合活動に支障が生じるかどうかという観点から判断されるべきである(裁判例)。 (判例)組合幹部に対する配転命令 事案:X 社の従業員 B は、A 労働組合の執行副委員長として、パートタイム労働者の雇止めをめぐって無期限全面ストライキを指導していた。 B は、これまで所属していた工務部門における部署が解散したため、製造部門に おける機械のオペレーター(専門技術を要しない単純作業)への配転を命じられた。工務部門から製造部門の機械のオペレーターへの配転例は、これまで皆無であった。また、B は、この配転により、給与等級上 B よりも下のチームリーダーの指揮監 督を受ける立場におかれた。 要旨:本判決は、「本件配転命令が会社側の配転権の濫用により私法上違法・無効とされるものであるか否かの判断がそのまま不当労働行為の成否の判断につながるものでないことはいうまでもない。」と述べた上で、以下の事実関係に着目し、「当該職場における従業員の一般的認識に照らしてそれが通常不利益なものと受け止められ、それによって当該職場における組合員らの組合活動意思が萎縮し、組合活動一般に対して制約的効果が及ぶようなものである…という観点」を満たすとして、「不利益な取扱い」に当たるとしている。 ㋐A 工務部門から製造部門の機械のオペレーターへの配転例は、これまで皆無であったのだから、仮に X 社に反組合的意図がなかったとすれば配転先として別の部門が選ばれたであろうことが認められる。 A㋑B は、この配転により、給与等級上 B よりも下のチームリーダーの指揮監督を受ける立場におかれることになるのだから、従業員の一般的認識に照らして、仮に X社に反組合的意図がなかったとすれば配転先として選ばれていたであろう別の部門への配転に比して、現に選ばれた製造部門の機械オペレーターへの配転が不利益なものと受け止められる。 3. 不当労働行為の意思 不利益取扱いの不当労働行為の成立には、「故をもって」に対応する要件として不当労働行為意思が必要である。 ここでいう不当労働行為意思は、使用者が禁止事由を認識し、認識した禁止 | A 基本講義 272 頁 B 西神テトラパック事件・東京高判 H11.12.22 詳解水町 1246 頁 |
事由を不利益取扱いの動機としたことを意味する。 禁止事由の認識は、「事実の認識」であり「法的評価」ではないから、正当性の有無に関する判断の誤りは問題とならない。 [論点 3]動機の競合 不利益取扱いをする動機として、組合活動等のほかに、業務上の必要性など不利益取扱いを正当化する理由が併存している場合をいう。 (見解 1)決定的原因説 組合活動等と他の正当化理由とのいずれが決定的(優越的)な動機であったかどうかで判断する。 (見解 2)相当因果関係説 組合活動等がなければ不利益取扱いがなされなかったといえるかどうかで判断する。これは、組合活動等が決定的動機である必要はなく、当該不利益取扱いに欠くことのできない原因の 1 つであれば足りるとする見解である。 [論点 4]第三者の強要による不利益取扱い 使用者による不利益取扱いが第三者の強要によるものである場合、使用者に不当労働行為の意思は認められるか。 ①第三者に正当な組合活動等を理由として不利益な取扱いを求める意図があり、②使用者がこのような第三者の意図を認識しつつその求めに応じた場合には、第三者のそのような意図は使用者の意思に直結し、使用者の意思内容を形成するから、使用者に不当労働行為意思が認められる(判例)。 4.不利益取扱いに該当する法律行為の効力 不当労働行為禁止の規定は、憲法 28 条に由来し、労働者の団結権・団体行動 権を保障するための規定であるから、これに違反する法律行為は労組法 7 条を通じて当然に無効になると解する。 | 菅野 1020~1021 頁 B B 菅野 1022 頁 山恵木材事件・最判 S46.6.15 医療法人新光会事件・最判 S43.4.9 |
(参考文献)
・「詳解 労働法」第3版(著:水町勇一郎‐東京大学出版会) 元考査委員
・「労働契約法」第2版(著:土田道夫‐有斐閣) 元考査委員
・「基本講義 労働法」初版(著:土田道夫‐新世社) 元考査委員
・「労働法概説」第4版(著:土田道夫‐弘文堂) 元考査委員
・「労働法」第4版(著:西谷敏‐日本評論社) 元考査委員
・「プラクティス労働法」第3版(著:山川隆一‐信山社) 元考査委員
・「労働法」第3版(著:荒木尚志‐有斐閣)
・「労働法」第12版(著:菅野和夫‐法律学講座双書)
→「菅野〇頁」と表記
・「労働協約法」初版(著:野川忍‐弘文堂) 元考査委員
・「労働法」初版(著:野川忍‐日本評論社) 元考査委員
→「野川〇頁」と表記
・「労働法」第3版(著:川口美貴‐信山社)
・「ウォッチング労働法」第4版(著:土田道夫ほか‐有斐閣) 元考査委員
・「条文から学ぶ労働法」(著:土田道夫・山川隆一ほか‐有斐閣) 元考査委員
・「ケースブック労働法」第8版(監修:菅野和夫‐弘文堂)
・「労働判例百選」第10版(編:村中孝史・荒木尚志‐有斐閣)
・「最新重要判例200労働法」第8版(著:大内伸哉‐弘文堂)
→「大内〇解説」と表記(なお、〇には事件番号が入る)
・「重要判例解説」平成18年~令和4年(有斐閣)
・「Before/After 民法改正」第2版(著:潮見佳男ほか‐弘文堂)
→「B/A 民法改正〇頁」と表記
・「法学セミナー増刊 新司法試験の問題と解説」2006~2011(日本評論社)
・「法学セミナー増刊 司法試験の問題と解説」2012~2023(日本評論社)