Contract
契約の法的性質決定と法的観点指摘義務
客員弁護士
xxx xx
契約の法的性質決定と法的観点指摘義務
xxx xx
第1 問題の所在
当事者が双方間で締結された契約について代物弁済契約、仮登記担保契約のいずれであるかそれぞれ主張して争っていた事案において、最高裁がそれまでどちらの当事者も主張していなかった譲渡担保契約と認定して、破棄・自判した事例(後記第2判決)がある。
弁論主義によれば、事実に関する裁判資料の提出は当事者の責任に委ねられ、裁判所は当事者の主張していない主要事実を判決の基礎とすることはできない
(第1テーゼ)。この原則により、当事者は攻撃防御の対象を絞ることができ、弁論権の行使が実質的に保障されることになる。しかしながら、法令の解釈やその適用による法律的判断(法規の事実への当てはめ)は裁判所の職責あるいは専権事項(「我に事実を語れ、されば汝に法を与えん」「裁判所は法を知る」)であって、この場面に弁論主義の適用はなく、したがって、当事者がある法的観点を前提としてそれに当てはまる事実主張をしているときに、裁判所が同一の事実に基づいて別の法的観点を採用しても弁論主義違反の問題は生じないとされる1。
契約の性質決定・法的効果の付与は、証拠により認定された意思表示の内容を前提に、契約締結時の前後の事情等を勘案して行われる法律的判断2であるから、当事者の主張と異なる認定(性質決定等)をすることも許されることになる。判例も古くからこの理を明言し3、また、代物弁済契約や代物弁済予約に関し、当事者双方が本来型の代物弁済契約(予約)であることを前提としてその有効・無効を争っていた事案について、その実質は担保権と同視すべきであるとして清算義務を認めるなどの担保的処理を推し進めた一連の最高裁判決4は、上記法理を当然の前提としている。
しかしながら、契約の性質決定は裁判所の専権であるとしても、契約の性質について当事者と裁判所の認識に齟齬がある場合に、当事者に何ら防御の機会を与えずに判断してよいかが問われるべきであり、本判決を手がかりに、契約の法的性質決定と法的観点指摘義務の問題を検討してみることにする。
第2 最判平成14年9月12日判時1801号72頁、判タ 1106号81頁、金法1668号72頁
1 事案の概要
(1)Y1は、Xに対する貸付金の担保として、X所有の土地(以下「本件土地」という。)の上に根抵当権を設定し、その登記を受けた。しかし、Xは、借入金債務の大部分の弁済を怠るようになったことから、 Y1に対して、競売の申立てを控えるように依頼するとともに、「平成7年5月25日迄に当社が貴社依り借用している金銭を支払えなくなった場合は本物件
(本件土地)を貴社名義に変更する事と貴社の判断で第三者に売り渡すことを承諾致します」と記載した書面を委任状等とともに交付し、Y1もこれを承諾した(以下「本件契約」という。)。
しかし、約束の期日までにXが弁済しなかったため、Y1は、預かっていた書類を利用して本件土地について代物弁済を原因として自己への所有権移転登記を了した。その後もY1は、Xに対し、弁済すれば登記の抹消に応ずる旨を伝えて本件土地の買戻しを繰り返し要請し、Xも、買戻しができない場合には清算金の要求をしない旨の売渡承諾書の作成に応じ(以下「本件特約」という。)、また、利息の一部を弁済するなどしたが、結局Y1が指定した期日を経過しても買戻しはされなかった。そこで、Y1は、平成8年7月19日、本件土地について売買を原因としてY1からY2への所有権移転登記を了した。
(2)Xは、Y1及びY2に対して、本件各登記の抹消登記手続を求めるとともに、Y1に対して、仮にXが本件土地の所有権を喪失したとすれば清算金の支払を求める旨の予備的請求をした。Y1らは、本件契約は本来の代物弁済契約であって、Y1は登記原因どおりXから本件土地所有権を取得したと主張した(なお、 Y2は仮定抗弁として民法94条2項の類推適用の主張もした。)。これに対し、Xは、本件契約は金銭債務を担保するための停止条件付代物弁済契約であり、仮登記担保法の適用を受けると主張した。
(3)原審は、本件契約の実質は停止条件付代物弁済契約であり仮登記担保法の適用を受ける仮登記担保契約であると認定した上、清算金の支払を不要とする本件特約は無効であり(仮登記担保法3条3項)、本件では清算金の見積額の通知がされていないから、本件土地の所有権は未だXからY1へ移転していないとして、XのY1及びY2に対する各抹消登記手続請求を認めた。
Y1らは、上告受理を申し立て、本件契約は担保
目的を有しない単なる消費貸借上の弁済方法についての合意であり、仮登記担保法の適用を受けないなどと主張した。
(4)本判決は、次のように述べて、原判決を破棄して Xの各抹消登記手続請求を棄却し、Y1に対する予備的請求について、清算の要否、清算金額等につき更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。
「本件契約は、これに基づく所有権移転登記手続 がされた後も、Y1においてXに債務の弁済を求めていた事実等に照らすと、目的不動産の所有権の移転によって債務を確定的に消滅させる代物弁済契約ではなく、仮登記担保の実行によって確定的に所有権の移転をさせようとしたものでもない。Y1は、本件土地を同人名義に変更した上で、なおも債務の弁済を求め、利息を受領してきたのであるから、本件契約は、債権担保の目的で本件土地の所有権を移転し、その登記を経由することを内容としていたもので、譲渡担保契約にほかならないと解すべきである。そして、譲渡担保において、債務者が弁済期に債
務の弁済をしない場合には、債権者は目的物を処分する権能を取得し、債権者がこの権能に基づいて目的物を第三者に譲渡したときは、譲受人は目的物の所有権を確定的に取得し、債務者はその時点で受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失うのであるから、本件においては、Y1からY2への本件土地の売却によってY2は所有権を確定的に取得し、Xは、清算金がある場合にY1に対してその支払を求めることができるにとどまり、本件土地を受け戻すことはできなくなったというべきである。」(xxxx裁判官の反対意見がある。)
2 本判決の法的判断(本件契約の性質決定)についての評価5
(1)判例によれば、代物弁済、仮登記担保(代物弁済予約、停止条件付代物弁済)及び譲渡担保の異同は次のとおりである6。
代物弁済は、代物の交付(財産権の移転)により既存債権を消滅させる契約であるのに対し、譲渡担保は、財産権の移転後も既存債権の存在を前提とする点において本質的に異なる。代物弁済予約や停止条件付代物弁済契約は、本来型もあるが、債権担保型が通常であり、これについては仮登記担保法の適用を受ける。
仮登記担保契約と譲渡担保契約とは、担保目的で財産権を移転することを内容とする契約である点で共通するが、所有権移転の外形(所有権移転登記)の
有無によって区別される。譲渡担保契約の場合は、譲渡担保権の設定によって、譲渡担保権者に所有権が移転し、その後に換価処分(清算手続)を完了した時点で譲渡担保権者が確定的に所有権を取得するのに対し、仮登記担保契約の場合は、担保権が設定されても所有権は移転せず、仮登記担保法の定める手続の実行により所有権移転の効果が生じる。
(2)このように代物弁済契約、仮登記担保契約及び譲渡担保契約については、どれに該当するかによって清算金支払義務の有無・方法、所有権移転時期、第三者の取引の安全などについて大きな差異が生じるが、現実にはこれらの性質決定は微妙で困難な判断を要する場合が少なくないといわれる7。
本件契約についても、合致した当事者の意思解釈からすれば本来的代物弁済契約とみる余地がある8。しかしながら、本判決の説くとおり、Y1への所有権移転登記後も双方が金銭債務の存在を前提とする行動をとっていることに照らすと、これを本来型代物弁済とみることは相当でない(清算金の支払を要しないとする点でも不当である。)。一方、登記原因はともかく、所有権移転登記がなされているのであるから、上記判例の区分基準に従えば、本件契約を譲渡担保契約とみるのが相当であろう(これを仮登記担保契約とみて抹消登記手続請求を認容することは、Xの行動に照らして虫がよすぎるといえるし、第三者の取引の安全を害することになる。)9。
本判決は、外形上代物弁済契約と見えても実質上の債権担保目的を認めて担保的処理を行う最高裁判例の系譜に繋がるものといえる。
第3 本判決の手続上の問題点-法的観点指摘義務違反?
1 法的観点指摘義務の意義・概念
(1)法的観点指摘義務とは、裁判所が当事者の主張しているのとは異なる法的観点(あるいは法律問題)または主張されていない法的観点を判決の基礎としようとするときは、裁判所はその点を指摘して当事者に攻撃防御の機会を与えねばならない義務をいう。この法的観点指摘義務については、ドイツ簡素化法 278条3項(1976年)(現行ドイツ民訴法139条2項)及びフランス民訴法16条(1982年)がxxで規定したことを契機に、1980年代以降、我が国でもこれを認める見解が有力となり、現在では、学説上広く承認されている10。
(2)我が国では、旧民訴法127条1項、現行民訴法149
条1項を根拠に、裁判所は事実に関する釈明のみならず、法的評価にわたる事項についても釈明権を行使してきており、釈明義務違反等に関する従来の裁判例の中には、正面から明言してはいないが、実質的には法的観点指摘義務に関するものと評価できるものが少なくない11。最近のものでは、xxx違反という当事者が主張していない法律構成を控訴審がとるのであれば、原告にその点を主張するか否かを促し、被告には十分な反論反証の機会を与えるべきであったとして破棄・差戻しをした事例12があり、これは、裁判所が「訴訟の経過等から当事者に予測困難な法的構成を採る場合」に、法的構成の当否を含め当事者に十分な攻撃防御の機会を保障すべき手段として釈明義務を認めたもので、実質的に法的観点指摘義務違反を肯定した事例とされている13。
2 法的観点指摘義務の観点からみた本判決の評価
(1)本判決は、原審の判断には判決に影響を及ぼす明らかな法令違反があるが、確定した事実に基づいて法律適用をやり直せば裁判ができると判断して破棄・自判している。本件では、Xの所有権に基づく抹消登記手続請求に対し、Y1らはXの所有権喪失の抗弁として本件契約を代物弁済契約であると主張したところ、Xは仮登記担保契約であると反論し(積極否認)、原審は仮登記担保契約であると判断した。このように本件契約が譲渡担保契約であるという主張は最高裁に至るまで当事者のいずれからも提示されておらず、原審にも、このような法的観点についての認識はなかった。
(2)この点について、xx裁判官は、当事者が主張し、争っている法律構成と異なる譲渡担保契約と認定することは、当事者の主張しない所有権取得原因事実を認定するものでXに対する不意打ちであり、弁論主義に反する疑いがあり、本件ではY1らの代物弁済の抗弁が成立しないことになるので、Xの請求が認容されるのはやむを得ない旨の反対意見を述べている14。
(3)しかしながら、本件においては譲渡担保契約の主要事実自体は各当事者の主張の中に現れているので、弁論主義違反ということは困難であろう15。とはいえ、当事者がそれまで主張してきたものと異なる法的見解に基づいて破棄・自判してXの請求を棄却したのは、当事者には法的評価についても争う機会が与えられるべきであるという法的観点指摘義務の点からは問題があると考えられる。特に、本件では、最上級審自身が、当事者に意見陳述の機会を与
えることなく、それまでと異なる法的見解に基づいて破棄・自判した(不服申立ての機会が与えられない)点について疑問も出されている16。
ただし、本件については、契約の法的性質決定
(法的評価)だけに誤りがあり(法令違反)、実質的な攻防は原審で尽くされていて新たな防御方法(主張立証)は考えにくい事情にあった。原審の釈明権不行使の違法(法的観点指摘義務違反)を指摘して破棄・差戻しをしなくても、Xの防御の機会を不当に奪ったことにはならないと考えられる。したがって、本判決のとった措置は実際上の処理として必ずしも不相当とはいえないであろう17。
第4 おわりに
1 実務上、争点整理手続等において、裁判官は当事者の主張の過不足、証拠の評価、法的構成の適否・問題点等を指摘し、紛争の実情に即した真の争点を把握し、それに沿う証拠調べを行うことが期待されている。弁論が活性化し、充実した弁論によって真の争点を整理・確定することが行われるならば、法的観点指摘義務違反が問題となるようなことは通常生じることはないとも考えられる。しかし、法律問題に関しては裁判所に判断権が属していることから、適切な法的構成や法解釈上の立場についての裁判所と当事者の認識との間に齟齬が生じやすいという構造的な問題がある。また、当事者が紛争の実質や真の争点に気づいていないこともあり得るから、法的観点について裁判所からの積極的な指摘により、当事者の主張立証が適切となり、事案の真相に合致した解決が図られる場合もあろう。法の解釈・適用に関して裁判所は当事者の見解に拘束されない
(自白も認められない。)にしても、当事者に攻撃防
御の機会を与えなくてもよいというわけではない。裁判所自身が誤っていることもあり得るのである。法的観点指摘義務は、当事者が不意打ちを受けることなく、攻撃防御方法提出の機会を十分に保障する機能を有するもので、弁論権の実質的保障を図るための有用な概念であるといえる。
2 ただ、法的観点指摘義務についてはまだまだ検討すべき課題は多い。これを肯定する見解でも、「法的観点」の範囲、釈明義務との異同や関係(釈明義務の一態様とするかこれとは異なる独立のものとするか)、法的観点について裁判所の開示義務(当事者の開示請求権)を認めるか、違反した場合の規律
(どのような場合が破棄事由となるか等)などについ
て、論者の意見が必ずしも一致していない。その背景には民事訴訟法のxx理念についての考えの違いがあると思われる。法律構成の選択についての責任は当事者にあり、当事者が選択した法律構成について裁判所が過度に介入することは裁判所の中立性をおかし、審理をゆがめることになる。怠慢や能力不足により事案に適合した法律構成の選択を誤ったり適切な反論に失敗した当事者(代理人弁護士)をどこまで救済するのかということも問題になる。民事訴訟の審理における当事者主導の理念を重視する立場からは、裁判所の関与は謙抑的であるべきであり、義務違反となることは例外的となろう。一方、裁判所の後見的な役割を重視する立場からは、事案の真相を解明し、紛争の真の解決を図るために、裁判所は積極的に法的観点を開示すべきことになり、釈明義務違反とされる範囲も広くなるであろう。今後、具体的事例の検討を通じて、さらに議論が深められることを期待したい。
1 xxx『xx民事訴訟法体系』200頁(xx書店、増訂版、昭40年)、三ヶ月章『民事訴訟法』158頁(有斐閣、昭34年)、xxx『民事訴訟法』270頁(有斐閣、第3版補訂版、平17年)、xxxx『重点講義民事訴訟法(上)』453頁(有斐閣、第2版補訂版、平25年)
2 契約の性質決定・法的効果の付与をどのように定義づけるかは、
「契約(法律行為)の解釈」の意義・性質ともからんで大問題であるが、ここでは探求された契約当事者の合致した意思(事実問題)を前提に裁判所が行う法律要件へのあてはめ(包摂)・法的効果の付与(法律問題)としておく。
3 大判大正6年9月20日民録23輯1445頁(要旨)「裁判所は法律行為の法律上の性質を判断するにあたり訴訟当事者の意見に拘束されるべきものでないから、当事者がその法律行為をもって信託的売買としているにもかかわらず、裁判所においてこれを買戻約款附売買であると認定することも許される。」
4 例えば、最判昭和42年11月16日民集21巻9号2430頁は、当事者が停止条件付代物弁済契約であることを前提にこれが暴利行為として無効かどうか争っていた事案について、清算義務のある債権担保目的の契約であると判断した。こうした「契約解釈」は、法律行為の解釈の名の下になされた「裁判官による法律行為の内容改訂」(修正的解釈)であると評されている(xxx「法律行為の解釈方法」民法の争点Ⅰ[ジュリスト増刊、昭60年]33頁)。
5 本判決については多くの評釈がある。xxxx・判タ1154号58頁、xxxx・民商128巻2号87頁、xxx・法教271号113頁、xxx「銀行法務21」622号92頁、xxx・金法1694号4頁、xxxx「銀行法務21」630号54頁等
6 xxxxx「譲渡担保の法的構成と効力」民法の争点(ジュリスト増刊、平19年)151頁、xx・前掲59頁
7 xx・前掲258頁、xx・前掲59頁、xxx「判解」民事篇昭和 41年度416頁
8 xx・前掲113頁。なお、「抵当権実行特約」(流抵当特約)とみるのが相当であるという見解もある(xx・前掲95頁)。
9 xx・前掲113頁(本判決は結論の妥当性の見地から無難な譲渡担保契約という性質決定をしたと評価している)、xx・前掲 259頁
10 xxxx『民事訴訟新理論』(信山社、平8年)169頁、xx・前掲 454頁、xxx・前掲270頁、xxxx『民事訴訟法』(弘文堂、
第5版、平23年)492頁
11 xx・前掲451頁、xxxx「法的観点指摘義務」判タ1004号26頁
12 最判平成22年10月14日判時2098号55頁、判タ1337号105頁
13 xxxx「批判」平成22年度重判(ジュリスト1420号)162頁、xx・前掲493頁、xx・前掲461頁
14 これに賛成する見解として、xxx「弁論主義における『生の事実』と『法的に構成された事実』との関係についての一考察」判タ1209号34頁。Y1らは所有権喪失の抗弁(自己の所有権取得原因)の法律構成が拙劣であったのであり、この点で敗訴しても、それはY1らの責任であるとすることも一理あると思われる。
15 xx・前掲260頁
16 xx・前掲260頁、xx・前掲113頁
17 xx・前掲499頁は、本判決の法廷意見が法的観点指摘義務という論点を明確にしなかった点は残念であるが、破棄・差戻しをしたとしても、Y1らは譲渡担保構成に変更したであろうし、Xの主張の無理なことを見越して破棄・自判した点はむしろ落ち着きのよい結論であるとしている。