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特別条件付契約における承諾前死亡について
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■アブストラクト
特別条件付契約における承諾前死亡において,保険者に変更承諾(当初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み)の義務を課し,保険金を支払うべきかについては,学説上,肯定説と否定説に分かれている。
私見としては,当初の契約申込み時点における保険契約者の特別条件付契約の締結の意思が不明であること,及び保険法39条⚑項により,変更承諾義務は基本的に否定すべきであるが,例外的に,当初の契約申込み時点において,保険契約者が特別条件が付されても契約を締結する旨の意思を表明していた場合には変更承諾義務を認めるべきであると解する。
なお,保険者の実務としては,変更承諾を行うことも可能であると考える。
■キーワード
承諾前死亡,特別条件付契約,保険法39条⚑項
Ⅰ はじめに
生命保険契約は,保険契約者となるものが,契約の申込みを行い,保険者が承諾することによって成立する(民法522条⚑項,保険法⚒条⚑号参照)。通常,契約の申込みに際して,保険契約者となるものは,申込みの意思表
*令和⚒年12月18日の日本保険学会関東部会報告による。
/ 令和⚒年12月28日原稿受領。
示に加え,第⚑回目の保険料相当額を支払う1)とともに,被保険者となるものが自らの健康状態等に関して告知を行い,保険者がこれに対して承諾の意思表示を行う2)。この場合において,申込み,第⚑回目の保険料相当額の支払い,告知が行われた後,保険者による承諾の意思表示がなされる前に被保険者が死亡した場合に,保険金が支払われるべきであるかが問題となる。これが承諾前死亡の問題である。
承諾前死亡に関しては,保険法には規定がなく,最高裁判決も存しない。学説は,肯定説,否定説があり,かつては争われていたが,現在では,被保険者が保険適格体3) である限り,承諾前に死亡した場合においても保険金が支払われるべきであるとする考え方が多数説である。また,保険実務でも,こうした場合に保険金を支払う取扱いとしている4)。
1) ただし,日本生命保険においては,現在の新契約においては,第⚑回保険料相当額の支払いを,契約成立の条件とはしていない。また,約款上,いわゆる責任遡及条項を設けており,契約が成立した場合,申込みまたは告知のいずれか遅い時点まで遡って保障することとしている。
2) 承諾の意思表示は,通常,保険証券(保険法40条の契約締結時の書面)の交 付をもって代えられる(xxxxほか・保険法[第⚔版]251頁[xxx](有斐閣, 2019)参照)。
3) 保険適格体とは,保険契約の被保険者となりうるのに適当な性質・状態をいう(xxxx・生命保険法入門101頁(有斐閣,2006))。xxxxは,特別条件を付して保険契約を締結できる場合(特別条件体)を含めて保険適格体と解していると思われるが,本稿においては,まずは,保険適格体とは,特別条件を付さずに保険者が承諾できる場合をいうこととする。
4) 生命保険各社は,承諾前死亡について有責とする取扱いについて,昭和37年
⚗月⚙日の保険審議会答申⽛生命保険募集に関する答申⽜以来,実務に反映させてきたようである(xxxx責任遡及条項と承諾前事故の取扱い⽜保険学雑誌459号104頁(1972),xxxx⽛承諾前死亡事故負責の法理・免責条項における故意・過失条項⽜生保経営44巻⚔号55頁(1976)参照)。同答申は,⽛承諾前死亡については,第⚑回保険料相当額受領の当時または被保険者の診査の当時において,被保険者が当該条件による契約の被保険者として健康上の要件を客観的にそなえていたことが明らかである場合には,保険者の承諾がなされる前に被保険者が死亡しても保険会社が責任を負うという原則を更に徹底し,保険約款に記載されている遡及条項の実効性を確保することが必要である⽜とし
本稿は,保険者の保険契約引受時の査定の結果,特別条件が付される契約において,被保険者が承諾前に死亡した場合に,保険金を支払うべきかについて検討を行うものである5) が,まずは,特別条件が付されない契約における承諾前死亡に関する議論について検討した後,関連する下級審裁判例とともに,特別条件付契約における承諾前死亡について検討することとする。
Ⅱ 特別条件付とはならない契約における承諾前死亡
⚑.問題の所在
承諾前死亡は,保険契約の成立前に発生した保険事故に対して保険契約の本来的な給付事由である保険金支払いを行うかという問題である。したがって,一般的な契約法理に従うのであれば,契約が成立していない以上,契約当事者が契約上の履行義務を負うことはないし,契約するかどうかは自由に決定することができる(契約自由の原則,民法521条⚑項)ことになる。
この点,生命保険契約において,承諾前死亡の場合に,保険金支払いを認める考えは,生命保険契約の責任開始時期に関する約款条項を前提とする。生命保険契約においては,契約上の責任開始に関し,次のような条項6) が設けられていることが一般的である。
第〇条(責任開始)
⚑ 会社は,つぎの時から保険契約上の責任を負います。
⑴ 保険契約の申込を承諾した後に第⚑回保険料を受け取った場合第⚑回保険料を受け取った時
⑵ 第⚑回保険料相当額を受け取った後に保険契約の申込を承諾した場合第⚑回保険料相当額を受け取った時(告知前に受け取った場合には,
ている。
5) 特別条件付契約における承諾前死亡に関する最新の研究として,xxxx
⽛特別条件付承諾と承諾前死亡に関する諸問題⽜xx法学論集61巻⚔号219頁
(2020),xxx⽛いわゆる承諾前死亡と保険者の承諾・変更承諾義務⽜法学志林118巻⚒号⚑頁(2020)参照。
6) 日本生命保険相互会社・有配当終身保険(H11)普通保険約款参照。
告知の時)
当該条項の⑴は,契約成立後に保障責任が開始される時点を第⚑回保険料の支払時とする責任開始条項であり,⑵は,契約成立後に保障責任の開始時点を遡らせる責任遡及条項である7)。
責任遡及条項は,契約が成立した場合,契約上の責任は,契約成立後に開始するのが原則であるところ,契約の成立に向けて,保険契約者側がなすべき重要なことがらである契約申込み,告知,第⚑回保険料相当額の支払いをすべて終えた時点まで保障を遡らせることとしている。責任遡及条項は,保障責任の開始時点を,責任開始条項と同じ時点(保険契約者側の申込み,告知,保険料支払いの最も遅い時点)とし,保険者の承諾の時期を問題としない規定となっている。
責任遡及条項の目的,制定理由は,保険者が第⚑回保険料相当額の事前領収を行うときは,保険加入者がその時から保険保護を受けられるという事実上の期待をもつことがある点を考慮するとともに,第⚑回保険料相当額の事前領収が保険加入者にも一定の利益を与えるものとすることによって第⚑回保険料相当額の事前領収の円滑化をはかる趣旨である8)と解されている。
このような約款条項を前提にすると,客観的には,保険契約者側の申込み・告知・保険料支払い後,承諾前に被保険者が死亡していたとしても,保険者がそのことに関して不知である場合,保険適格体である限り契約の申込みに対する承諾がなされ,保険契約が成立し,責任遡及条項により,保障責任が遡及するため,保険金が支払われることになる。
7) 責任遡及条項を生命保険各社が導入したのは,昭和31年⚔月の約款改定の時である(xx・前掲注4)86~89頁,xxxxxx前死亡の問題点⽜生保経営44巻⚑号44頁(1976)参照)。
8) xxxx⽛生命保険契約にもとづく保険者の責任の開始⽜文研所報47号64~ 66頁(1979) [①文献],同⽛生命保険契約の成立および責任の開始⽜ジュリ734号33頁(1981) [②文献],同⽛生命保険契約における承諾前死亡⽜大阪学院大学通信26巻⚙号43頁(1995) [③文献],同・前掲注3)98~99頁,xxxx・保険法(上)328頁(有斐閣,2018)参照。
これに対し,会社が被保険者の死亡を知った場合に,承諾を拒絶できるとすると,保険金の支払いがなされないことになる。そうすると,保険金の支払いが,保険者の知・不知に左右されることになり,妥当ではないのではないか,したがって,このような場合に,保険者に保険契約の申込みに対する承諾を行う義務(承諾義務)を認めるべきではないかが問題となる。
⚒.裁判例
下級審裁判例においては,保険者の承諾義務を否定するもの(盛岡地判平成⚔年⚙月28日生判⚗巻158頁9))もあるが,一般論として,保険者には承諾義務を負う場合があることを前提にするものが多い。
すなわち,一般的には承諾義務があると認めるが,当該事例においては,承諾義務はないとするもの【Ⅰ類型】(東京高判平成⚓年⚔月22日生判⚖巻 345頁(原審:東京地判平成⚒年⚖月18日生判⚖巻207頁)10),東京高判平成
⚗年11月29日生判⚘巻303頁11),名古屋地判平成⚙年⚑月23日生判⚙巻24頁12),東京高判平成22年⚖月30日生判22巻224頁(原審:東京地判平成21年
9) 当判決は,約款は,保険契約成立前は法律上の効力を有するものではないこと,保険者は承諾するかどうかについて自由を有することから,xxx上,保険金を支払う義務はないとした。なお,東京地判平成13年⚘月31日生判13巻 688頁は,保険者の承諾義務を否定し契約に基づく保険金請求を否定するとともに,被保険者が精神病に罹患し通院治療を受けており,保険適格性がないものと判断してもあながち不合理とはいえず,承諾すべきことがxxx上要求されることもなく,承諾の拒否が違法となるものでないことは明らかであり,不法行為による損害賠償請求も否定されるとした。
10) 保険者が,診査結果により,医学的観点からは引受けても問題ないと判断し たが,高額契約であるので契約確認の調査の手続きを採ることとしたところ, 保険事故が発生した事例。保険事故発生後の確認の結果,契約申込の時点にお いて多くの取引上の債務等の滞納の発生,他の保険会社の高額の保険に加入し ていた事実等が判明した。評釈として,xxxx・事例研レポ80号⚕頁(1992),xxxx・事例研レポ97号17頁(1994)参照。
11) ⚑年前の胃潰瘍の治療について告知義務違反があった事例。評釈として,xxxxx=xxxx・事例研レポ116号⚗頁(1996),xxxx・事例研レポ 119号⚑頁(1996)参照。原審は,Ⅱ類型の新潟地判平成⚗年⚖月⚕日。
12) 被保険者となるべき者が契約転換の申込みの約半年前から投薬治療を受け,
⚗月29日生判21巻517頁)13),青森地判平成25年11月26日14)),一般的な承諾 義務があると解する余地があるが,当該事例においては保険者に承諾義務は ないとするもの【Ⅱ類型】(東京地判昭和54年⚙月26日生判⚒巻245頁・判タ 403号133頁15),札幌地判昭和56年⚓月31日生判⚓巻24頁・判タ443号146頁16),東京地判昭和61年10月30日生判⚔巻415頁17),青森地判十和田支部平成⚒年
⚘月⚙日生判⚖巻214頁18),新潟地判平成⚗年⚖月⚕日生判⚘巻152頁19),大
同申込みのあった⚒日後に肝癌などと診断され入院し,約⚒か月後に死亡した事例。評釈として,xxx・事例研レポ125号11頁(1997),xxx・保毎新聞 1997年12月⚑日⚒頁,xxxx・事例研レポ134号⚕頁(1998),xxxx・福岡大学法学論叢43巻⚓号287頁(1998)参照。
13) 特別条件付契約における承諾前死亡の事例。評釈として,xxx・事例研レポ247号⚑頁(2010),xxxx・事例研レポ253号12頁(2011),xxxx・金商1386号(xxxx=xxxx・増刊保険判例の分析と展開)50頁(2012),xxxx・法律のひろば66巻⚑号66頁(2013),xxxx・保毎新聞2015年⚘月25日⚔頁参照。詳細後述。
14) 特別条件付契約における承諾前死亡の事例。評釈として,xxx・事例研レポ285号13頁(2015),xx・法学研究(慶應義塾大学)89巻12号27頁(2016),xxxx・事例研レポ331号⚑頁(2020)参照。詳細後述。
15) 両手及び背部の湿疹の疾患により治療中(保険者は何らかの疾患により治療中の場合は契約申込みを承諾しない取扱い)であった事例。評釈として,xxx・判タ423号48頁(1980),xxxx・文研月報111号10頁(1981),xxxx・事例研レポ11号⚗頁(1985),xxxx・事例研レポ22号10頁(1986),xxxx・事例研レポ31号⚘頁(1987),xxxx・事例研レポ63号⚕頁(1990),xxxx・別冊ジュリ保険法判例百選108頁(2010)参照。
16) 医的診査(健康診断書の提出)を終えていなかった事例。評釈として,xx xx・判タ462号41頁(1982),xxx・前掲注15)⚗頁,xx・前掲注15)10頁,xx・前掲注15)⚘頁,xxxx・別冊ジュリ生命保険判例百選[増補版]230頁
(1988),xxxx・事例研レポ51号⚖頁(1989),xx・前掲注15)⚕頁,xxxx・別冊ジュリ商法(保険・海商)判例百選[第⚒版]84頁(1993)参照。
17) 特別条件付契約における承諾前死亡の事例。評釈として,xxxx・事例研レポ37号⚑頁(1988),xx・前掲注16)⚖頁参照。詳細後述。
18) 保険者が,告知をもとに心電図検査を要する旨の決定をしたが,心電図検査がなされないうちに保険事故が発生した事例。評釈として,xxxxx・事例研レポ99号⚕頁(1994)参照。
阪地判平成⚗年11月30日生判⚘巻310頁20),東京高判平成⚙年10月16日生判
⚙巻436頁(原審:東京地判平成⚘年12月19日生判⚘巻718頁)21))がある。また,承諾義務を負うとはいっていないものの,保険者が承諾しない合理的な理由があるもの【Ⅲ類型】(xx地判昭和54年⚒月⚑日生判⚒巻223頁22),東京地判昭和54年⚖月12日生判⚒巻240頁23),東京地判昭和60年⚖月28日生判⚒巻226頁24),東京地判昭和62年⚕月25日判時1274号129頁25),札幌地判平成⚒年⚓月29日生判⚖巻189頁26),水戸地判平成⚓年11月⚗日生判⚖巻424頁27))がある。保険実務が承諾前死亡において被保険者が保険適格体の場合は保険金を支払っていることもあり28),直接的に承諾義務を認めるものはみられない。
Ⅰ~Ⅲ類型の前後関係については,必ずしも時系列に沿っているわけではないが,概ねⅢ類型 Ⅱ類型 Ⅰ類型の順に推移している。Ⅰ類型においては,保険適格体に該当していたか等承諾前死亡の枠組みに沿って保険xx
19) Ⅰ類型の前掲・東京高判平成⚗年11月29日の原審。評釈は,注11参照。
20) 告知(診査)がなされていなかった事例。
21) 被保険者の自殺の蓋然性が高く,過去の入院の事実について告知義務違反があり,保険金額も高額であった事例。
22) 診査を終えておらず,⚕年間にわたり肝硬変症等による入院歴があった事例。
23) 第⚑回保険料相当額の支払いがなかった事例。
24) 被保険者が自殺した事例。仮に精神病による自殺であったとしても精神障害による治療歴についての告知義務違反があったとされた。
25) 受取人を契約者兼被保険者のいとこにする契約であったが,保険者は⚒親等以内の親族でない場合は原則として申込みを受理していなかった事例。評釈として,xx・前掲注16)⚖頁,xxxx・事例研レポ61号⚑頁(1990),xx・前掲注15)⚕頁,xxxx・ジュリ976号112頁(1991)参照。
26) フィリピンで射殺された事例。単に契約不成立を根拠とするのではなく,承 諾前死亡の事例として不支払とするには,申込み時点においてモラルリスク面 から謝絶とする事実があったのか,保険事故について自殺(嘱託殺人)又は受 取人による故殺と認定されるのか等についての判断が必要であったと思われる。
27) 短期間に多額の保険に加入し自殺したと認定された事例。
28) 日本生命保険生命保険研究会・生命保険の法務と実務[第⚓版]130~131頁 [xxxx](きんざい,2016)参照。
払いの要否の根拠が明示されているのに比べ,Ⅱ類型,特にⅢ類型においては,必ずしも承諾前死亡の枠組みに沿って根拠が明示されているわけではなく,裁判例の中には,その根拠があいまいなもの29)も散見される。
今日においては,Ⅰ類型が基本であり,承諾前死亡の場合に承諾義務を認めるという一般論だけでなく,保険適格体該当性等承諾前死亡の枠組みに沿って明確な認定が必要とされていると考えられる。
具体的に,これまでの裁判例において,承諾義務がない等により保険金を不支払いとした根拠を分類すると,①第⚑回保険料相当額の支払いがなかったもの30),②告知(診査)が完了していなかったもの31),③告知(診査)内容から申込み内容では引受けができなかったと判断されるもの32),④告知義務違反があったもの33),⑤(告知義務違反があったかどうかは認定せず)健康面から保険適格体ではなかったとするもの34),⑥道徳的危険(モラルリスク)の面から申込み内容のままでは保険引受けができなかったと判断されるもの35),⑦自殺等免責事由に該当するもの36) があげられる。
29) 前掲注26)・札幌地判平成⚒年⚓月29日等参照。
30) 前掲注23)・東京地判昭和54年⚖月12日参照。
31) 前掲注22)・xx地判昭和54年⚒月⚑日,前掲注16)・札幌地判昭和56年⚓月 31日,前掲注18)・青森地判十和田支部平成⚒年⚘月⚙日,前掲注20)・大阪地判平成⚗年11月30日参照。
32) 前掲注15)・東京地判昭和54年⚙月26日,前掲注17)・東京地判昭和61年10月 30日,前掲注13)・東京高判平成22年⚖月30日(原審:東京地判平成21年⚗月 29日),前掲注14)・青森地判平成25年11月26日参照。
33) 前掲注24)・東京地判昭和60年⚖月28日,前掲注11)・東京高判平成⚗年11月 29日(原審:新潟地判平成⚗年⚖月⚕日),前掲注21)・東京高判平成⚙年10月 16日(原審:東京地判平成⚘年12月19日)参照。
34) 前掲注12)・名古屋地判平成⚙年⚑月23日,前掲注9)・東京地判平成13年⚘月31日参照。
35) 前掲注25)・東京地判昭和62年⚕月25日,前掲注26)・札幌地判平成⚒年⚓月 29日,前掲注10)・東京高判平成⚓年⚔月22日(原審:東京地判平成⚒年⚖月 18日)参照。
36) 前掲注24)・東京地判昭和60年⚖月28日,前掲注26)・札幌地判平成⚒年⚓月 29日,前掲注27)・水戸地判平成⚓年11月⚗日,前掲注21)・東京高判平成⚙年
このうち,③~⑥については,保険適格体該当性の判断に包含され,保険契約者側の契約申込み,告知(診査),第⚑回保険料相当額の支払いがなされれば,被保険者が保険適格体である限り,保険者の承諾義務を肯定し,免責事由等に該当しない限り保険金が支払われるという承諾前死亡の枠組みに沿っているといえる。ただし,ここでいう保険適格体の概念は,相当xxな領域をカバーするものとなっており,保険適格体という用語に適合しているか若干疑問を感じる。私見としては,承諾前死亡の枠組みの背景となる考え方は,保険事故が発生していなければ契約が成立していたであろう状態であったかどうか37)が判断されているものと考える。
⚓.学説の状況
学説においては,現在は,こうした場合に保険者に承諾義務を認め,保険金を支払うべきであるとするのが多数説38) であるが,かつては,承諾義務を
10月16日(原審:東京地判平成⚘年12月19日)参照。
37) 同旨,xx・前掲注4)39頁参照。xxxx,⽛当該の死亡事故なかりせば承諾したであろう申込⽜に対しては,これを承諾すべきであり,保険金を支払うべきである,というのが結論であるとする。前掲注14)・青森地判平成25年11月26日等参照。
38) xx・前掲注3)100頁,xxxx・前掲注8)330~333頁,xxxx⽛判批⽜別冊ジュリ生命保険判例百選[増補版]61頁(1988),xxx・商法Ⅳ(保険法) [改訂版]293頁(青林書院,1997),xxxx⽛生命保険契約の成立⽜xxx・現在裁判法体系25生命保険・損害保険19~27頁(新日本法規出版,1998),xxxxx⽛生命保険契約の成立⽜xxx=xxx・新裁判実務体系19保険関係訴訟法222~230頁(青林書院,2005),xxxxx・商取引法[第⚘版]507頁
( 弘文堂,2018 ),xxx・保険法入門149~150 頁( 日本経済新聞出版社, 2009),xxxx=xxxx・保険法解説222頁[xxxx](有斐閣,2010),xxx・保険法198~199頁(成文堂,2018),xxx・保険法概説[第⚒版]198頁(中央経済社,2018),xxxx・スタンダード商法Ⅲ保険法76~79頁[𡈽𡈽xxx](法律文化社,2019),xxxxほか・前掲注2)258頁[xx],xxx
⽛生命保険契約における危険選択とxxxxの原則 とくに承諾前死亡および復活時の承諾義務について ⽜共済と保険の現在とxx254~260頁(文眞堂, 2019),xxxx=xxxx=xxx・ポイントレクチャー保険法[第⚓版]204
~207頁(有斐閣,2020)等参照。
法的に認めることに関して,強い疑問があるとする見解39)が存在した。
xxxxは,保険者に諾否決定の自由がある以上,保険者が任意に応じることで慣行化されることはともかく,そこに規範的性格をもたせることには甚だ疑問である40)とする。約款の解釈としてそこまでの義務を負わせられるか疑問であるし,仮にxxxを根拠とした場合にどのような要件が備われば認められるか解決が難しく,また,保険制度の本質的要請である危険の選択という問題に関係しているため,困難な問題である41)とする。
これに対し,承諾義務を認める見解(xx説)は,承諾前死亡の場合に承諾義務がないものとすると,保険者が被保険者の死亡の事実を知らずに承諾した場合のほかは,保険者が承諾することは原則としてなく,約款の責任遡及条項は,実質的意味の甚だ少ないものにならざるを得ないため,保険者の承諾義務を認めるべきである42)とする。また,被保険者たるべき者の保険適格性を要件とすることにより,保険者が,危険選択について有する利益と保険加入者の利益の調和点とすることができる43)とし,保険者は,被保険者たるべき者が保険適格体である限り,xxx上,申込みを承諾して保険契約を成立させる義務があると解すべきである44)とする。
また,xxxの具体的な内容については,⽛責任遡及条項を含んだ約款に
39) xxxx・続保険契約の法的構造183~184頁(有斐閣,1956),xxxxxx前死亡について⽜保険学雑誌436号60~62頁(1967),xxxx・生命保険契約法の理論と実務503~504頁(保険毎日新聞社,1997,初出は1968),xxx・前掲注15)xx・事例研レポ14頁(講師コメント),同・前掲注15)xx・事例研レポ12頁(講師コメント),同・前掲注15)xx・事例研レポ⚘~⚙頁(講師コメント)参照。
40) xx・前掲注39)183~184頁参照。
41) xx・前掲注39)184頁参照。
42) xx・前掲注8)[①文献]90~91頁参照。
43) xx・前掲注8)[①文献]90~91頁参照。
44) xx・前掲注3)100頁参照。xxxxは,⽛責任遡及条項に関する上記の解釈が保険加入者の利益の保護という政策的目的を加味した,政策論的な解釈であることは事実である⽜(xx・前掲注8)[①文献]91~92頁)とする。
よる生命保険契約の締結を目的として交渉関係に入った保険者にあっては以後同条項を有名無実化するような行動は許されない⽜というxxxを援用するとする見解45) がある46)。
xxxxxxは,理論的根拠をxxxに求めることについては,多様なケースについて柔軟な処理ができるというメリットはあるものの,承諾の拒絶ができないという契約法の一般原則からは導かれない強い効果をxxxより導くことは問題であり,端的に,責任遡及条項により保険者は承諾前死亡の場合に関する限り承諾するかどうかの自由を放棄し,被保険者が保険適格体である以上は承諾する義務を自ら負ったものと解すべきである47)とする。
以上の見解の他に,承諾前死亡の場合に保険金を支払うべきであるとする見解として,若干の根拠や内容が異なるが,概ね,申込み,告知,第⚑回保険料相当額の支払いが終了した時点で,被保険者が保険適格体でなかったことを解除条件とする保険契約が成立する(解除条件付即時契約成立説)とする見解48)もある。この見解に対しては,契約は申込みと承諾によって成立す
45) xxxxx・前掲注18)鹿島・事例研レポ10頁(講師コメント),同・前掲注 11)xx=xx・事例研レポ14頁(講師コメント)参照。同見解を引用するものとして,x・前掲注13)⚙頁,xx・前掲注38)256頁参照。xxxxも,⽛責任遡及条項中の契約成立前の保険者の行動にかかわる事項を定めていると解される部分は,保険者に対しては契約成立前においてすでに拘束力があると考えるべきであろう⽜(xx・前掲注8)[②文献]34頁)とする。
46) また,かつては,外観理論を根拠とする見解もみられた(xxxx⽛契約の成立時期と効力発生時期-約款の比較研究-⽜生保経営22巻⚓号21頁(1954),同・保険契約法論Ⅰ(生命保険)234頁(千倉書房,1966),同・前掲注4)54頁参照)。なお,xxxxはこの見解に立っていない(xx・前掲注8)[①文献] 93頁参照)。
47) xxxx・前掲注8)331頁参照。当見解に対しては,保険契約の申込みの段階において,責任遡及条項を根拠として保険者の承諾義務を認めるのは困難ではないか(x・前掲注5)14頁)との疑問が呈せられている。
48) xxxx・現代の保険事業企業規制の論理163~166頁(同文舘出版,1992,初出は1974),xxxxx⽛承諾前死亡と契約の成否⽜生保経営44巻⚓号20~ 21頁(1976),xxxx⽛生命保険契約の成立に関する一考察 我が国の約款と慣習を中心として ⽜文研所報50号16~26頁(1980),xx・前掲注13)71頁
るという基本的な原則に反する49) 等の批判がなされており,この見解を否定する裁判例50)もある。
また,責任遡及条項を付した約款による保険契約を保険者は締結することを前提としているのであるから,承諾前死亡の場合でも保険金を支払うとの約束の申込みを保険者が行っており,保険契約者側が責任開始に必要な行為を行えば,承諾前死亡の場合の保険金支払についての合意(約束)は成立している51)とする見解もある。
保険法制定前商法642条との関係については,仮に商法642条が当事者の一方が保険事故の発生したことを知っている場合に,一律に契約が成立することを排除する趣旨であるとすれば,約款の定める責任遡及条項及び承諾前死亡の場合に保険金支払いを認めることは許されないのではないかが問題となるが,xxxxは,商法642条は,事故の発生または不発生の確定を知る関係者が相手方の不知に乗じて不当の利得を企画する弊害を防ぐ趣旨の規定であり,責任遡及条項及び承諾前死亡において保険者が承諾することが同条により許されないものではない52)としていた53)。
参照。
49) xx・前掲注3)104頁,x・前掲注5)14頁参照。
50) 即時契約成立説を否定する裁判例として,前掲注16)・札幌地判昭和56年⚓月31日,前掲注12)・名古屋地判平成⚙年⚑月23日参照。
51) xxxx・前掲注11)⚕頁参照。同旨,xx・前掲注12)305~307頁参照。xx弁護士は,承諾前死亡の場合に保険金の支払拒絶をできる場合は,保険契約上の抗弁による拒絶のみならず,承諾前という特殊性に鑑みて,より広い範囲で支払拒絶できると考えるべきであるとする。
52) xx・前掲注39)187頁参照。
53) また,xxxxは,具体的に,①保険契約者が申込みの時にすでに事故の発生を知っている場合でも有効な契約の成立を認める旨の約定,及び②保険者側が承諾の時すなわち契約成立以前に事故不発生の確定を知っていた場合にも有効な契約の成立を認める旨の約定は許されないと解すべきであるが,③申込みの後,保険者の承諾によって契約が成立するまでの間に保険契約者又は保険金受取人が事故の発生を知った場合でも有効な契約の成立を認める旨の約定,及び④保険者が事故の発生を知って承諾した場合でも契約は有効とする旨の約定
保険法39条⚑項は,⽛死亡保険契約を締結する前に発生した保険事故に関し保険給付を行う旨の定めは,保険契約者が当該死亡保険契約の申込み又はその承諾をした時において,当該保険契約者又は保険金受取人が既に保険事故が発生していることを知っていたときは,無効とする⽜と定めている54)。立案担当者によれば,同条は,保険給付を受けることが不当な利得となる
場合に限って,遡及保険についての定めを無効としている規定である55)とし,同条は,保険契約者等が保険契約の申込み時に保険契約者等が保険事故(給 付事由)の既発生について悪意である場合に限って保険契約を無効としてい ること,保険者の責任を保険契約の申込みよりも前にさかのぼらせるものを 対象にしていることから,責任遡及条項が無効になることはない56)としてい る。なお,保険法は,承諾前死亡の問題そのものについては何らかの解答を 与えたものではない57)とされている。
2017年の民法(債権関係)改正の影響については,改正民法526条との関係が論じられている。同条をそのまま適用した場合,契約者と被保険者が同一人である場合で,同人が申込み・告知・第⚑回保険料相当額の支払い後,保険者の承諾前に死亡した場合,保険者が死亡の事実を知れば申込みの効力が否定されるため,承諾することができないことになる58)。
この点,改正民法526条が任意規定であることを考慮し,申込者としては,一般的には死亡の場合に保険契約の成立(それに基づく保険金の支払い)を
は,有効と解してよいとしていた(xx・前掲注8)[②文献]32頁参照)。
54) 保険法制定前商法642条は契約(保険契約全体)を無効とするのに対し,保険法39条⚑項は,遡及条項(保険給付を行う旨の定め)を無効とする。
55) xxx・一問一答保険法61頁(商事法務,2009)参照。
56) xx・前掲注55)63頁参照。
57) xxxx=xx・前掲注38)222頁[xx],xxx=xxxx=xxxx・保険法改正の論点33頁[xxxx](法律文化社,2009),xxx・逐条解説保険法500頁[xx](弘文堂,2019)参照。
58) 一方,契約者と被保険者が異なる場合で被保険者が死亡した場合には,同条は適用されないので,承諾義務が生じることになり,自己の生命の保険契約か他人の生命の保険契約かで結論が異なることになる。
望むため,申込みの有効性が確保されることを期待するのが通常の意思であ ることから,①保険会社が,申込者が申込後に死亡等しても申込は効力を有 する旨を申込書等に明記しておくこと,あるいは,②約款や重要事項説明書 等において,責任遡及条項が定められていることをもって同条の適用が制限 される特段の合意があるとすることも一定の合理性があるとの見解59)がある。また,保険法39条⚑項が,改正民法526条の特則として理解できるとする見解60) があり,この見解に従うと,改正民法526条が強行規定であるとしても 問題にならないことになる。
⚔.私 見
承諾前死亡において,契約者による申込み,第⚑回保険料相当額の支払い,被保険者による告知(診査)がなされ,被保険者が保険適格体である限り, 保険事故が発生しなければ保険契約が成立する状態にあったのであるから, 保険者の知・不知によって保険金支払いが左右されることは妥当ではなく, xxxを根拠に,保険者に法的義務として承諾義務を課すべきであると考え る。責任遡及条項を含んだ約款による生命保険契約の締結を目的として交渉 関係に入った保険者にあっては,以後同条項を有名無実化するような行動は 許されないというxxxを援用すべきである。
また,ここでいう保険適格体とは,保険者が保険契約の申込みに対する承諾を行える状態にあることが必要であるから,健康状態はもとより,他保険契約の重畳状態等道徳的危険の観点からも保険契約の締結ができる状態であ
59) xxx・新しい民法と保険実務64頁[xxxx](保険毎日新聞社,2019)参照。同じく,民法(債権関係)改正の承諾前死亡への影響について論じるものとして,xxxx⽛承諾前死亡と債権法改正の影響⽜生保経営87巻⚖号45頁
(2019)参照。同論文では,生命保険契約の申込みが,⽛部会資料にいう⽛暫定的・経過的な意思表示⽜ではなく,ほとんど⽛確定的⽜な意思表示である⽜(61頁)ことも考慮している。
60) xxxx・前掲注8)333頁,xxxx・前掲注5)221頁,x・前掲注5)⚖頁参照。
ることが必要である61)と解する(道徳的危険が存する場合に承諾義務を否定する裁判例として,前掲・東京高判平成⚓年⚔月22日(原審:東京地判平成
⚒年⚖月18日)62) 参照)。
保険適格性の有無の判断基準は,各保険者の基準によるか,何らかの客観的な基準によるべきかについては,通常の場合の生命保険契約の諾否の決定の基準は,原則として各保険者が自由に決定しうるところであるから,各保険者の基準によるべきである63)と考える。
そして,判断の基準時は,責任遡及条項による保険者の責任開始の時であ るが,その判断の資料は,保険者がその当時入手していたものに限定されず,事後に入手できたものも根拠として良い64)と考える。
更に,この保険適格体に特別条件を付せば保険者が承諾できる場合を含むかどうかについては,後程検討する。
被保険者が申込みの当時,保険適格体であったことの立証責任については,学説上,保険者の引受基準は保険加入者側には知りえないことであるから, 保険者が立証責任を負うべきであるとの見解65)が主張されているが,承諾 前死亡は,xxxにより例外的に承諾義務を負わせて責任を負わせるもので
61) xx・前掲注8)[③文献]50頁,xxxx・前掲注8)333頁参照。私見としては,承諾前死亡において道徳的危険も考慮の対象にすべきであると考えるが,それを保険適格体の概念に含めるべきかについて若干疑問を感じる点は,既に述べた通りである。
62) 評釈は,注10参照。
63) xx・前掲注8)[②文献]34頁,xxxx・前掲注8)333頁参照。前掲注10)・東京高判平成⚓年⚔月22日参照。
64) xx・前掲注8)[②文献]34頁,xxxx・前掲注8)333頁参照。
65) xx・前掲注8)[①文献]97頁,同・[②文献]35頁,xxxx・前掲注8)333頁,xx・前掲注12)11頁,xxxxほか・前掲注2)259頁[xx],x・前掲注 13)⚖頁,x・前掲注38)198頁参照。xxxxは,承諾前死亡の要件について,
⽛責任遡及条項の下で保険者が第一回保険料を受領したときは,保険者は申込の承諾義務を負う。但し,責任発生の時に被保険者が保険適格体でなかったときはこの限りでない⽜と定式化する。
あるから,保険金請求者側が負うべきとの見解66)も主張されている。また,立証責任の一般原則に従い保険適格性の有無について保険金請求者側に立証責任があると考えた上で,事実上の推定によって保険金請求者側の立証責任を緩和することで妥当な結果が導かれるとする見解67)も主張されている。裁判例においては,立証責任が保険金請求者側にあるとするもの68),立証責任は保険金請求者側にあるが,保険金請求者側が一定の立証をすれば,保険者において引受基準を満たしていないことを立証する責任を負うとするもの69)がある。
この点,私見としては,引受基準が保険者の内部基準であり,外部からは 知りえないことに対する配慮は必要であり,保険者の引受基準が他の保険者 と異なる特異なものであった場合等においては,保険金請求者側が,責任x xの当時,被保険者が保険者の引受基準に該当するであろう状態にあったこ とを立証すれば要件充足が推認されるなど推認の手法を採用することが合理 的であると考える。その上で,既に述べた通り保険適格体の概念はかなりx xな領域をカバーする要件であり,この要件の立証責任を負う側は,承諾前 死亡による保険金支払い全体の立証責任を負うといっても過言ではないため,承諾前死亡が契約自由の原則に対する例外的なものであることに鑑み,最終
66) xx・前掲注38)230頁,xxxxx・前掲注11)xx=xx・事例研レポ14頁(講師コメント),xx・前掲注12)17頁,xxx・前掲注12)xx・事例研レポ18頁(講師コメント)参照。
67) xxxx・前掲注13)17頁参照。
68) 前掲注19)・新潟地判平成⚗年⚖月⚕日,前掲注12)・名古屋地判平成⚙年⚑月23日参照。
69) 前掲注13)・東京高判平成22年⚖月30日(原審:東京地判平成21年⚗月29日)参照。同判決は,⽛保険者内部の引受け基準が開示されていないことに照らすと,保険契約者が同基準を満たしていることまでの立証をする責任を負うものと解するのは相当でなく,保険契約者において,健康,モラルリスク等の観点から,被保険者の健康状態等の保険契約上の危険が一般的に当該保険が引き受けるものと推認される危険の範囲内にとどまることを立証した場合には,保険者において内部の引受け基準を満たしていないことを立証しない限り,保険者に承諾を拒否する合理的な理由がないものと認めるべきである⽜とする。
的にノンリケットになった場合の立証責任は,一般的には保険金請求者側が負うものと考える70)。
保険法39条⚑項との関係については,私見としても責任遡及条項が保険法 39条⚑項に該当し無効となることはないし,特別条件が付されない契約について承諾前死亡を認める場合(の責任遡及条項)も,同様に,保険法39条⚑項に該当し無効となるものではないと考えるが,特別条件付契約となる場合の承諾前死亡に関しては,後程検討する。
民法(債権関係)改正の影響71)については,私見としても,改正民法526条が問題になることはないと考える。
Ⅲ 特別条件付となる契約における承諾前死亡について
⚑.問題の所在
生命保険契約の申込みを受けて,保険会社は,告知書扱契約においては告知書の告知内容,診査医扱契約においては,診査結果等を基に当該被保険者の健康状態等を査定し,超過死亡率を算出する。その結果,標準体であれば契約を引受け,謝絶体であれば契約の引受けを謝絶し,特別条件を付せば引受け可能な場合には,契約者にその条件を付した形で契約を締結するか意思確認を行った上で契約者の承諾が得られれば,条件付契約として成立する。契約の条件には,いくつか種類があり,超過死亡率に応じて割増保険料を
70) ただし,立証責任が保険金請求者側にあるとしても,保険者としては,漫然と保険金請求者側の立証を待つのではなく,顧客本位の業務運営の観点から事実の解明に必要な事実の調査を行うべきである。
71) 本文記載の民法525条の他に,民法412条の⚒第⚒項が定められたことも影響 があるものと考える。同条項は,⽛契約に基づく債務の履行がその契約の成立 の時に不能であったことは,第415条の規定によりその履行の不能によって生 じた損害の賠償を請求することを妨げない⽜とする。原始的不能の場合であっ ても契約はそのためにその効力を妨げられず,その最も代表的な法的効果とし て,債務不履行を理由とする損害賠償を条文上に表記したのであり,これが唯 一の効果ではない(xxxx・民法(債権関係)改正法の概要62頁(きんざい, 2017)参照)とされ,承諾前死亡を認める根拠にもなると考える。
徴収する特別保険料領収法,契約後一定期間のリスクが高い場合に一定期間保険金を削減する保険金削減支払法,特定の部位に生じる疾病等を担保範囲から除外する特定部位不担保法などがある72)。
申込者の契約の申込みに対して,特別条件を付して承諾(変更承諾)した場合の法的な評価は,民法528条により,申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなされる73)と解される。
保険契約者となる者が承諾した場合に,特別条件付契約が成立し,通常は割増保険料の支払いをもって保障が開始されるが,保険実務としては,保障開始時点を,当初の契約の保障開始時点である,保険契約者側が当初の契約の申込み・告知・第⚑回保険料相当額の支払いのすべてを行った時点まで遡らせるのが通常である74)と思われる。
この場合に,特別条件付となる契約において,当初の契約申込み・告知・第⚑回保険料相当額の支払いの後,保険者のいわゆる変更承諾の前に被保険者が死亡した場合に,保険者は変更承諾(当初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み)を行う義務が生じるかが問題となる。
なお,段階を追って検討すると,①保険契約者の当初の申込み,第⚑回保険料相当額の支払い,告知(診査)がなされたが,保険者が未だ引受けの査定を行っていなかった段階75),②保険者の引受けの査定がなされ,特別条件
72) xx・前掲注8)[①文献]31頁,同・[②文献]29頁,日本生命保険生命保険研究会・前掲注28)125~126頁[勝亦映斗]参照。
73) 中西・前掲注8)[①文献]31頁,天野康弘⽛生命保険契約において特別条件等が付加された場合のクーリング・オフの起算日についての考察⽜共済と保険の現在と未来38~39頁(文眞堂,2019)参照。
74) 矢作健太郎⽛生命保険契約の成立と責任開始,特別条件の付加⽜出口正義・生命保険の法律相談83頁(学陽書房,2006)参照。
75) この段階において,承諾前死亡が発生した場合,保険者は引受査定を行う義務を負うかが問題となるが,私見としては負うものと解する。また,保険者の引受査定の結果,追加資料(医師の診断書等)が必要となった場合に,追加資料が提出されず保険者が引受判断できない場合は,保険者は承諾義務を負わないものと解する。
付きで承諾ができるとの査定結果が出た後,契約者にその旨の通知を行うまでの段階,③通知を行ったが契約者が承諾するかどうか悩んでいた等承諾する前の段階76),④契約者が特別条件を承諾したが,特別保険料を支払っていなかった段階77),⑤特別保険料を支払った段階に分けられ,それぞれの段階で考慮要素が異なってくると思われる。
⚒.裁判例
特別条件を付す契約において承諾前死亡が発生した裁判例として,下級審判決を⚓例検討する。
⑴ 前掲・東京地裁昭和61年10月30日判決78)
[判旨]請求棄却
⽛本件は,Yが第⚑回保険料充当金を受領し,被保険者の診査をした当時,被保険者の身体,健康,その他において保険契約の締結を拒否すべき事由が全くなかったのに,被保険者が承諾前に死亡したことを奇貨として保険契約締結の申込みを承諾しないという場合に当たらないから,信義則に基づく承諾があったとすることはできない。⽜
本件においては,保険会社が,被保険者の心電図異常の結果を受けて,特別条件(保険料割増)を付せば承諾を行うことができる旨の内部的な決定を行ったのち,契約者側に伝えようとして面会しようとしている段階で被保険者が死亡している。
本件において,原告は,信義則にもとづくY(保険会社)の承諾による保険契約の成立等の主張を行っているものの,約款の責任遡及条項にもとづく主張をしておらず,裁判所も責任遡及条項のことは考慮しないで判断している79)。また,原告は,保険者がいわゆる変更承諾を行う義務を負うとの主張
76) この段階で承諾前死亡が発生した場合については,注120参照。
77) この段階で承諾前死亡が発生した場合,契約者の特別条件付契約の承諾の意思は表明されているため,保険金を支払うべきであると解する。
78) 前掲注17)参照。
79) 中西・前掲注17)⚓頁参照。
も行っていない。
以上の留保はあるものの,当判決は,特別条件を付す場合については,責任開始時において,保険会社が契約の締結を拒否すべき事由がなかったのに被保険者が承諾前に死亡したことを奇貨として承諾しないという場合には当たらないので,信義則に基づく承諾があったとすることはできないことを根拠に原告の請求を棄却している。
⑵ 前掲・東京高裁平成22年⚖月30日判決(原審:東京地裁平成21年⚗月29日判決)80)
[判旨]控訴棄却
⽛本件においては,Aの健康状態81) は,保険契約上の危険が本件保険契約が引き受けるものと推認される危険の範囲にとどまると認められないものであったことは上記原判決認定のとおりであるから,本件保険契約の申込みに対する承諾を拒絶する合理的理由があると認められるところ,特別条件を付すれば当然に当初から保険適格性を有するものとみることができるものではなく,Y内部の決定をもって本件特別条件82) を付したことにより,本件特別条件付の保険契約における保険適格性があるものとして,本件特別条件を新たな提案として提示し,Xがこれを承諾してその内容で新たに保険契約の申込みがなされるものと解すべきである。したがって,本件保険契約の申込み
80) 前掲注13)参照。当判決の評価は分かれており,当判決の結論に対し,賛成するものとして,潘・前掲注13)⚓頁,松村・前掲注13)76頁,反対するものとして,山下典孝・前掲注13)14頁,甘利公人・前掲注13)潘・事例研レポ(座長コメント),河合・前掲注13)54頁,藤田・前掲注13)⚖頁参照。
81) 被保険者は,約⚑年半前に一過性脳虚血発作(TIA)かもしれないフラフラ感があり,以後,高血圧症で治療を受けており,降圧剤を処方され,朝夕に内服薬を服用していることを告知するとともに,心電図検査の結果,心電図
(ECG)T波に陰転が認められた。
82) 特別条件の内容は,年間保険料を819万1,600円から538万8,000円増額するとともに,死亡保険金の金額を契約日から⚑年以内に保険事故が発生した場合には25%(5,000万円),⚑年超⚒年以内の場合には50%(⚑億円),⚒年超⚓年以内の場合は75%(⚑億7,500万円)(ママ)に削減するもの。
をもって本件変更契約の申込みと解することはできない。また,変更後の第
⚑回保険料相当額の支払をしていないことからも,本件変更契約による保険の利益を受けるについて,YにおいてXの期待を保護すべき信義則上の義務を負う83)とはいえない。⽜
本件は,被保険者が高血圧性心肥大による急性左心不全により死亡した後,被保険者の死亡の事実を知らなかった保険会社が,特別条件を付せば承諾を 行うことができる旨の内部的な決定を行い,募集代理店に特別条件を提示す る予定であることを通知したが,顧問税理士を含め契約者側には伝えられて いなかった状態で,被保険者の死亡を知り,当該内部決定を撤回している。
本件において,原告は,Y(保険会社)は,本件変更契約の申込みをする信義則上の義務を負う等の主張を行っている。
当判決は,特別条件を新たな提案と位置づけ,Xがこれを承諾してその内容で新たに保険契約の申込みがなされるとするが,これは従来の一般的な考え方である,変更承諾は,当初の申込みの拒絶と新たな申込みであり,相手方がこれを承諾すれば特別条件付契約が成立するという理解とは異なる。
このような留保はあるものの,当判決は,Aの健康状態よりYが本件保険契約の申込みを拒絶する合理的理由があること,Xが変更後の第⚑回保険料相当額の支払いをしていないことから,Xの期待を保護すべきYの信義則上の義務を否定しており,特別条件付契約において承諾前死亡が発生した場合の保険金支払いを否定しているといえる。
83) 本判決は,責任遡及条項を含む約款が適用される生命保険契約の締結に際し承諾前死亡が生じた場合において,被保険者が当該生命保険契約の保険適格体であるときに,保険者が,信義則上,当該生命保険契約の申込みを承諾する義務を負うと解されるのは,このようなときには,保険者には当該生命保険契約の申込みに対する承諾を拒絶する合理的理由がないにもかかわらず,被保険者の死亡の事実を知った保険者に承諾拒絶の自由を認めることは,実質的に責任遡及条項の意味をほとんど失わせ,第⚑回保険料相当額を払い込んだ保険契約者の保険給付を受ける正当な期待を害することになるためであるとする。
⑶ 前掲・青森地裁平成25年11月26日判決84)
[判旨]請求棄却
⽛Yが亡Aの本件保険契約の申込みに対して,自らの内部基準に沿って本件特別条件を付した上で承諾することができると判断したことは不合理とはいえず,本件においては,Yが被保険者である亡Aが死亡していなかったならば本件保険契約の申込みを承諾したであろうと認めることはできない。したがって,Yが本件保険契約の申込みを拒絶することが信義則上許されない85)ということはできない。⽜
本件は,保険会社が,被保険者の健康状態(尿蛋白,不整脈)より,保険料を一般的な被保険者の⚓倍とする特別条件を付せば承諾を行うことができる旨の内部的な決定を行った翌日に被保険者が事故86)に遭い,その⚒日後に死亡している。
当判決においては,特別条件を付す契約において,承諾前死亡の場合に,保険者がいわゆる変更承諾を行う義務があるかについては,原告側からその
84) 前掲注14)参照。当判決の評価は分かれており,当判決の結論に対し,賛成するものとして,溝渕・前掲注14)14頁,反対するものとして,山本・前掲注14)
⚙頁,李・前掲注14)43頁,竹濵修・前掲注14)溝渕・事例研レポ22頁(座長コメント),金岡京子・前掲注14)山本・事例研レポ10頁(座長コメント)参照。
85) 本判決は,本件保険契約には責任遡及条項が含まれていることに加え,Y作成の重要事項説明書には前記のとおりの記載がされていたことに照らせば,かかる記載の条件が満たされた場合,すなわち,①被保険者が死亡していなかったならば保険契約の申込みを承諾したであろうと認められること,②Yが被保険者の死亡時までに同人の健康状態等の重要事項に関する告知を受けたこと,
③Yが被保険者の死亡時までに保険契約申込者から第⚑回保険料相当額を受領 していることの⚓つの要件を満たしている場合には,保険契約申込者は,Yが 保険契約の申込みを承諾した上で,責任遡及条項の規定にしたがってYが保険 契約上の義務を負うとの合理的な期待を有するものと認められる。そうすると,前記の各要件を満たす場合には,Yは,自ら作成した重要事項説明書の記載に 反して保険契約の申込みを拒絶することは信義則上許されないというべきであ り,保険金受取人に対し,Yが保険契約の申込みを承諾した場合と同様の義務 を負うものと解するのが相当であるとする。
86) 雪下ろし作業中に屋根の雪の下敷きとなる事故にあった。
旨の主張がなかったことから87),明示的には判断していない。
以上の留保はあるものの,当判決は,被保険者の健康状態から特別条件を付すことが合理的であり,被保険者である亡Aが死亡していなかったならば申込みを承諾したであろうと認めることはできないから88),保険者は承諾義務を負わないと判断し,請求を棄却しており,特別条件付契約において承諾前死亡が発生した場合の保険金支払いを否定しているといえる。
以上,特別条件を付す契約において承諾前死亡が発生した場合における下級審裁判例⚓例は,いずれも,特別条件付であれば承諾できる旨を保険契約者に通知する前に被保険者が死亡した事例であり,原告の主張が十分でなかったことや,裁判所の変更承諾の理解が一般的な考え方と異なっている(裁判例⑵)等留保すべき点はあるものの,⚓例すべてにおいて,保険金請求を棄却する旨の判決がなされている。そして,その根拠として,責任開始時に保険契約を締結できる状態にはなかったことがあげられている89)。
⚓.学説の状況
学説上は,特別条件を付す契約において承諾前死亡が発生した場合に,保険者がいわゆる変更承諾を行う義務を負うかについては,これを肯定する見解90)と否定する見解91) がある。
87) 山本・前掲注14)⚕頁参照。本件において原告側は,Y(保険会社)には信義則上本件保険契約を承諾する義務があると主張していた。
88) この理由は,保険事故が発生していなければ契約が成立していたであろう状態かどうかが判断されており,私見の承諾前死亡全体の枠組みの背景となる考え方に沿っていると考える。
89) 裁判例⑴においては,⽛保険契約の締結を拒否すべき事由が全くなかった⽜のではないこと,⑵においては,⽛本件保険契約の申込みに対する承諾を拒絶する合理的理由があること⽜,⑶においては,⽛被保険者である亡Aが死亡していなかったならば本件保険契約の申込みを承諾したであろうと認めることはできない⽜としている。
90) 中西・前掲注8)[①文献]102頁,同・[②文献]36頁,同・[③文献]54頁,山下友信・前掲注8)334頁,江頭・前掲注38)508頁,福島・前掲注38)24~25頁,甘利公人・前掲注13)潘・事例研レポ10~11頁(座長コメント),河合・前掲注13) 54頁,藤田・前掲注13)⚖頁,竹濵修・前掲注14)溝渕・事例研レポ22頁(座長
肯定説は,保険適格性は保険者の責任開始時における被保険者の状態を基準に判断すべきであること92),特別条件付でも保険適格性が認められること93) から,通常の場合と別異に取り扱う必要はないことを根拠とする。謝絶体ではないのであるから,保険者としては,仮に保険事故が発生(被保険者が死亡)していなかったとすればなしたこと,すなわち変更承諾(当初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み)をなすべきであり,それに対し,保険契約者(又はその遺族)が承諾することによって契約が成立し94),保険金が支払われることになるとする。
肯定説の中には,非常に高額の保険料になるなどの変更承諾であって,被保険者が生きていれば(すなわち,通常であれば)保険契約者になる者がおよそその新たな申込みを承諾しなかったであろうと思われる場合にも,保険者に変更承諾の義務を課すべきかの問題は残る95)など,被保険者が死亡しなかった場合を仮定した場合に,保険契約者が新たな申込みを拒絶した蓋然性が高い場合について留保するものもある96)。
コメント),李・前掲注14)42頁,金澤・前掲注38)199頁,山下典孝・前掲注38) 78~79頁[𡈽𡈽岐],山下友信ほか・前掲注2)259頁[竹濵],遠山・前掲注38)258~
260頁,甘利=福田=遠山・前掲注38)206~207頁,山下典孝・前掲注5)225~
242頁,山本・前掲注14)⚕~10頁,金岡京子・前掲注14)山本・事例研レポ10~
11頁(座長コメント)参照。
91) 潘・前掲注13)⚗~10頁,溝渕・前掲注14)19~21頁,松岡浩・前掲注16)大石・事例研レポ11頁(講師コメント),山下孝之・前掲注11)⚕頁,松村・前掲注13)74頁参照。
92) 中西・前掲注8)[①文献]101頁,同・[②文献]36頁,同・[③文献]54頁,山下友信ほか・前掲注2)259頁[竹濵]参照。
93) 山下友信・前掲注8)334頁参照。
94) ⽛この場合にも,保険契約は保険者の変更承諾に対して保険契約者が承諾を なすことによって成立する。保険契約者と被保険者とが同一人である場合など,保険契約者も死亡しているときは,保険者の変更承諾の意思表示は保険契約者 の相続人に対してなすべく,これに対する承諾もその相続人が行うことにな る⽜(中西・前掲注8)[①文献]103頁参照)。
95) 竹濵修・前掲注14)溝渕・事例研レポ22頁(座長コメント)参照。
96) 山下典孝・前掲注38)79頁[𡈽𡈽岐],金岡京子・前掲注14)山本・事例研レポ11
以上の変更承諾義務肯定説に対し,変更承諾義務を否定する見解は,①そもそも信義則に基づく保険者の承諾義務を認めること自体について,大森説のように有力な批判があったのであり,変更承諾の義務ないし特別条件を付した保険契約の申込みの義務まで負わせることは,申込みの義務を課すことのほうが,承諾の自由を制限する場合よりも,契約締結の自由に対する一層強度の制限となることに鑑み,保険者の契約自由が不当に制約されすぎること97),②保険者の特別条件の内容いかんによっては,(被保険者の死亡前には)保険契約者がこれを受け入れない可能性があったため,当初の第⚑回保険料相当額の支払いだけで,特別条件付契約について法的に保護されるべき合理的な期待を有するとはいえないこと98),③責任遡及条項は,特別条件付の保険契約が成立した場合まで,当然に適用されるものではなく,特別条件付契約が成立した場合に保障責任が当初の責任開始時に遡るのは,責任遡及条項の当然の結果ではなく,当該条項とは別の約定に基づくものであること99),④割増保険料も支払われていないので,責任遡及条項をそのまま適用することには無理があること100) 等から変更承諾義務を負うものではないとする。
これに対して,肯定説からは,①に対して,特別条件を付さない通常の承諾前死亡の場合と同様,保険者の契約自由は制約されるべきである101),あるいは,保険者の自由を過度に制約する場合は例外的に保険者の申込みの自由は守られるため問題にならない102),②に対して,保険契約者が,変更承
頁(座長コメント),山下典孝・前掲注5)242頁参照。山本教授は,当該特別条件付の内容であれば保険には入りたくないという契約者の意向が交渉段階で明らかであった場合には,そのような特別条件で変更承諾する義務はない(山本・前掲注14)⚙頁)とする。
97) 潘・前掲注5)23頁,同・前掲注13)⚙頁,溝渕・前掲注14)21頁参照。
98) 潘・前掲注5)25頁,同・前掲注13)⚙頁,溝渕・前掲注14)20頁参照。
99) 潘・前掲注5)28頁,同・前掲注13)10頁参照。
100) 潘・前掲注5)28頁,同・前掲注13)10頁,溝渕・前掲注14)20頁注34参照。
101) 甘利公人・前掲注13)潘・事例研レポ11頁(座長コメント)参照。
102) 山下典孝・前掲注5)242頁参照。
諾という仕組みが分かっていれば,保険者が変更承諾をしてくれるだろうと信頼するはずであり,この信頼の合理性は高く保護に値する103),あるいは,契約成立可能性の問題を考えると,契約成立可能性が低い場合は,変更承諾義務を否定することになると思われるが,それでは,契約成立可能性の高低により変更承諾義務の有無が左右されることになり,契約者間の公平を害する104),105),③に対して,約款の形式上は責任遡及条項は当初の申込みに係る保険契約についてのものとなっているとしても,契約成立に向けた義務の定めとしては,当初の申込みに対して変更承諾する場合があることを予定していると解することは合理的である106),④に対して,当初の第⚑回保険料相当額で一部弁済がなされており,割増保険料が支払われることは絶対的な条件ではない107) 等の反論がなされている。
⚔.私 見
基本的に否定説の考え方が妥当であると考える。
上記,肯定説と否定説の大きな相違点は,否定説が当初の契約申込み時点での保険契約者の特別条件付契約の締結意思の有無(特別条件付契約の成立
103) 山本・前掲注14)⚖頁参照。山本教授は,信頼と約束という観点から検討し,肯定説をとっている。当見解に対し,潘教授は,この信頼が法的に保護されるべき信頼といえるか,すなわちその信頼を裏切れば損害賠償責任などの法的効果が生じるか疑問である(潘・前掲注5)37頁注60)と批判する。私見としても,山本教授の指摘するいわば仮定的な信頼は,法的保護が必要なほど強いものではないと考える。なお,保険者が,当初の契約申込時に条件付となる旨の説明義務を負うかについては,注110参照。
104) 山下典孝・前掲注13)19頁,同・前掲注5)234頁,李・前掲注14)42頁参照。
105) しかしながら,潘教授は,契約成立可能性の高低により変更承諾義務の有無を判断するとの見解はとっていない。むしろ,このような客観的に判断することが困難な基準によることは妥当ではないとする(潘・前掲注5)27頁参照)。
106) 山本・前掲注14)⚗頁参照。
107) 甘利公人・前掲注13)潘・事例研レポ11頁(座長コメント),山下典孝・前掲注13)19頁,同・前掲注5)239頁参照。私見としては,当初の契約申込み時点において特別条件付契約についても承諾する旨の意思の表明がない限り,当初の契約の第⚑回保険料相当額の支払いは,特別条件付契約の第⚑回保険料相当額の支払いの一部弁済にはならないものと考える。
の可能性)を問題にするのに対して,肯定説は,原則として保険契約者側の事情は考慮せず,専ら保険者の義務の問題としてとらえている点である。
私見としては,承諾前死亡の問題は,契約が成立していないのに,契約上の給付義務を法的にいわば擬制的に負わせるべきであるとする問題であり,責任開始時点でそのまま保険契約が成立する状態にあったことが必要であるため,やはり当初の契約申込み時点において保険契約者の特別条件付契約の締結意思の有無,つまり客観的な特別条件付契約の成立可能性を問題にする必要があると思われる。そうでないと,当初の契約申込み段階では,契約の成立可能性が不明で(契約後に)保険事故が発生しても保険金が支払われるか不明であったのに,契約成立前に保険事故が発生した場合には,保険者がいわゆる変更承諾の義務を課される結果,保険金が支払われるという結果になり,不合理である。
この点,特別条件を付さない契約については,保険契約者としてやるべき ことを終えており,保険者の承諾を待つのみであるから,当初の申込み時点 において,客観的に契約が成立する条件が満たされており,契約の成立可能 性が確保されている。しかし,特別条件を付す場合には,契約の成立は,最 終的には保険契約者の承諾の意思表示にゆだねられており,当初の契約申込 み時点において,将来,保険事故が発生しなかった場合でも,保険契約者と なるものが特別条件付契約に対して承諾を行うかどうかは不明であるため, 契約が成立するかどうかは不明であるといわざるを得ない。特に,この場合,承諾の意思表示を行う申込者は完全な自由意思に基づいている。保険者であ れば,内部的な基準等により合理的な意思決定を行うため,将来の意思表示 についても合理的に予測できるが,申込者には全くそういう制約はなく,単 に翻意するということも十分に考えられるため,将来の意思表示を推測する ことはできない。
したがって,特別条件を付す場合は,当初の契約申込み時点で保険契約者の特別条件付契約の締結の意思の有無が不明(特別条件付契約の成立の可能性が不明)であり,そのまま特別条件付契約が成立する状態ではなかったの
であるから,保険者に対していわゆる変更承諾を行うことを法的な義務として課すことは妥当ではないと考える。
この点について,当初の契約申込み時点においても,保険契約者は,承諾 前死亡が発生した場合には,当然,保険料より保険金の方が多額であるから,特別条件付保険契約を締結する意思があるので,変更承諾を認めるべきであ るとの反論も考えられる。しかし,保険契約の締結の意思があるというため には,承諾前に保険事故が発生した場合に承諾する意思があるのみならず, 保険事故が発生していない場合でも承諾する意思があることが必要であると 考える。
また,当初の契約申込み時点において,保険契約者は少なくとも保障を受ける意思はあったのであるから,変更承諾を認めるべきであるとの反論も考えられる。しかし,保険契約は保険契約者による保険料の支払いと保険者による保障の提供によって成り立っており(保険法⚒条⚑号参照),保障を受ける意思のみでは,保険契約の締結の意思があったとはいえないと考える。更に,保険適格体の概念に条件付契約として契約締結できる場合も含んで いるため変更承諾を認めるべきであるとの反論も考えられるが,保険適格体という概念は保険者が危険選択について有する利益と保険加入者の利益の調和点である108) ので,その調和点をどう考えるのかという問題であるから,私見として既に述べた理由により,保険適格体の定義から条件付契約として
締結できる場合は原則として除くとする考え方も可能であると考える。
ただし,例外的に,当初の契約申込み時点において,保険者側より特別条件付となる可能性及び保険料の割増の程度等特別条件の内容について提示した上で,保険契約者がその場合でも契約を締結する旨の意思を表明していた場合109),110) には,保険者に変更承諾の義務を課すべきであると考える。
108) 中西・前掲注8)[①文献]90~91頁参照。
109) 例えば,眼に疾患がある方に対し,特別条件として眼の部位不担保が付される可能性がある旨述べ,保険契約者がその場合でも契約を締結する旨を表明していた場合などが考えられる。
次に,私見において,基本的に否定説が妥当と考えるもう一つの根拠は,保険法39条⚑項との関係である。
保険法39条⚑項は,死亡保険契約を締結する前に発生した保険事故に関し 保険給付を行う旨の定めは,保険契約者が当該死亡保険契約の申込み又はそ の承諾をした時において,当該保険契約者又は保険金受取人が既に保険事故 が発生していることを知っていたときは,無効とすると定める。したがって,特別条件を付した場合において,承諾前死亡が発生し,保険者が変更承諾
(当初の契約の申込みに対する拒絶と特別条件付契約の申込み)を行った後,保険契約者が承諾を行う場合,多くの場合,保険契約者は被保険者が既に死亡していることを知っているため,当該保険契約は,保険法39条⚑項に該当し,無効となる111) のではないかと考えられる。
この点について,肯定説の多くは,保険法39条⚑項との関係で問題になることはない112)とするが,責任遡及条項が本条⚑項に抵触し無効となる可能性があるとする見解113)もある。
保険法39条⚑項との関係で問題となることはないとする見解は,保険法39条⚑項が防止しようとしている弊害は生じない場合であること114),同条は不当な利得の防止が趣旨であり,不当な利得とは,⽛事故の発生または不発
110) なお,保険者(営業職員等)が,当該被保険者の健康状態等に照らし,当初契約の申込み時点において,特別条件付となる可能性及び特別条件の内容について説明する義務を負うかが問題となるが,両者とも保険者の引受査定部門の査定を待たないと結論が出ないものであるため,当該説明義務は負わないものと考える。
111) 保険法39条⚑項により,条件付保険契約の責任遡及条項が無効になるとともに,既に死亡保険事故が発生しているので,保険契約全体も無効になると考える。
112) 山下友信・前掲注8)334~335頁,山下友信ほか・前掲注2)259頁[竹濵],山下典孝・前掲注38)78頁[𡈽𡈽岐],山下典孝・前掲注5)242頁,山本・前掲注14)
⚗~⚙頁参照。
113) 李・前掲注14)44頁,宮島・前掲注57)503頁[李]参照。
114) 山下友信・前掲注8)334~335頁,山下友信ほか・前掲注2)259頁[竹濵],山下典孝・前掲注38)78頁[𡈽𡈽岐],山下典孝・前掲注5)242頁参照。
生の確定を知る関係者が相手方の不知に乗じて不当の利得を企画する⽜ことを防ぐ趣旨であるので問題にならないこと115) を根拠とする。
しかしながら,仮に,保険法39条⚑項の解釈として,一般的に,⽛不当な利得とは,事故の発生または不発生の確定を知る関係者が相手方の不知に乗じて不当の利得を企画することを防ぐ趣旨である⽜と解釈するのであれば,妥当ではないと考える。なぜなら,このような解釈は,保険法制定前において主張されていた考え方であり,⽛事故の発生・不発生を知る関係者が主張すること⽜と⽛相手方の不知に乗じる⽜という⚒つの要素が組み合わされているが,このうち前者は,保険法39条の明文に採用され,後者は採用されていない。したがって,後者は,これを要件としないとする立法意思があると考えざるを得ない116)と考える。また,実質的に考えても,保険契約者が保険事故の発生を知った上で保険契約の申込みを承諾することは不当であり,それ以上,相手方の不知に乗じることまで求める必要はないと考える。
この点,立案担当者も,契約締結時にすでに保険事故や給付事由が発生している場合には,免責事由等がない限り,必ず保険給付を受けることができることになるが,保険契約者等がそのことを知りながら保険契約の申込みまたは承諾をした場合に保険給付の受領を認めることは,不当な利得を許容することになり相当でないことから,遡及保険の定めを無効とする117)とし,特に相手方の不知に乗じることが要件であるとはしていない。また,当該規定は,その性質上強行規定である118)としている。
115) 山本・前掲注14)⚘頁参照。
116) この点,保険法部会においては,部会委員から,無効とする場合を⽛保険契約の申込みの時に,保険契約者等が事故の発生の事実を知っており,かつ保険者が知らない場合⽜とするアイデアも出された(第⚑回議事録26頁)が,その後その案が採用されることはなかったようである。保険法部会第⚑回議事録 21~27頁,第⚘回議事録50~55頁・参考資料⽛いわゆる遡及保険に関する規律⽜,第14回・中間試案,第24回・要綱案参照
(法務省 HP http: //www.moj.go.jp/shingi1/shingi_hoken_index.html)。
117) 萩本・前掲注55)62頁参照。
118) 萩本・前掲注55)63頁参照。
それでは,次に,承諾前死亡の場合に限って,保険契約者が特別条件付契 約の承諾を行うことは不当ではないから保険法39条⚑項に該当しない119)と 解することはどうであろうか。たしかに,当初の契約申込み時点においては,保険事故は発生していないし,その時点で保険契約の申込者は保障を受ける 意思は存在していたのであるから,不当に利得を得ようとしていたわけでは ないとも考えられる。しかし,この時点の申込者の意思は特別条件付契約の 承諾の意思を含んでいるとは通常言えず,特別条件付契約については承諾の 意思表示を行う前段階でしかなかったのであり,保険法39条⚑項のいう⽛当 該死亡保険契約の承諾をした時⽜であるとはいえない。
したがって,特別条件付契約において保険契約者が承諾を行う場合,原則として,保険法39条⚑項に該当し,当該保険契約は無効になると解さざるを得ないと考える。そのため,そのような保険法上の強行規定に該当し無効となる契約の成立につながる保険者の変更承諾を法的に強制することは妥当ではないと考える。
ただし,例外的に,当初の契約申込み時点において,保険者側より特別条件付となる可能性及び保険料の割増の程度等特別条件の内容について提示した上で,保険契約者がその場合でも契約を締結する旨の意思を表明していた場合には,当初の契約申込みの意思表示に特別条件付契約の承諾の意思表示が包含されていたため,保険法39条⚑項に該当せず,その結果,保険者に変更承諾の義務を課してよいと考える120)。
119) この点,山本教授は,変更承諾は契約者の申込みに対してなされるものであり,契約者の申込みの時点では死亡が発生していないのだから,変更承諾を利用して保険による不当な利得を目論むことは考え難い(山本・前掲注14)⚘頁)とする。また,契約者に棚ぼた的な利益を与えることが問題であるが,棚ぼた的利益の排除にこだわるルールにする必要性は高くない(山本・前掲注14)⚙頁)とする。
120) なお,自説に従った場合,当初の契約申込み時点において,保険契約者が特別条件が付されても契約を締結する意思を表明していなかった場合には,保険者の変更承諾義務を否定するだけでなく,保険者が変更承諾を行ったのち,保険契約者が条件付契約について承諾の意向を表明するまでの間に承諾前死亡
なお,以上は,法的に保険者に対して変更承諾を行う義務を課すべきかどうかという問題である。保険者の実務としては,特別条件の程度が高い場合を除いて,当初の契約申込みに特別条件付契約についての承諾も包含されていたものとみなして,変更承諾を行い保険金を支払うこと,あるいは,一律に当初の契約申込みに特別条件付契約についての承諾も包含されていたものとみなして,変更承諾を行い保険金を支払うことも可能であると考える。
Ⅳ おわりに
かつて承諾前死亡が検討された際には,背景として,契約の申込みから保険者の諾否の決定までに時間がかかることから,その間の保険契約者側の保護の必要性が高いことがあった。しかし,現在では,IT 技術の採用により,申込み・告知情報の契約引受部門への即時報告,保険会社内のネットワーク構築などにより内部決定の迅速化が図られ,以前に比べ契約の申込みから保険者の承諾までの所要時間は大幅に短縮できており,その結果,承諾前死亡の発生件数は大きく減少している。そのため,現在では,承諾前死亡の論点について,あまり政策的な考慮をすることなく理論的に検討することができるものと考えている。しかしながら,保険者としては,今後も不断の努力を重ね,契約成立にかかる所要時間を更に短縮し,承諾前死亡が発生しないよう努めていく必要があると考える。
(筆者は日本生命保険相互会社勤務)
が発生した場合にも保険金支払いを否定すべきではないかが問題になる。この 場合,保険者が既に変更承諾していることを重くみて保険金支払いとすべきか,保険法39条⚑項との関係を重視して保険金不支払いとすべきかは,今後の検討 課題としたい。変更承諾義務を否定する見解の中でも,こうした場合は保険金 支払いを認めるべきであるとする見解(潘・前掲注13)⚙頁)と,今後の検討 課題とする見解(溝渕・前掲注14)21頁)がある。なお,実務においてこうし た場合に変更承諾の撤回を行わないこと,保険契約が無効であることを主張し ないことは可能であると考える。