【Unit6】 雇用関係の成立[Case6] 1.X は、Y 社からの採用内定により X・Y 社間で労働契約が成立したことを前提として、採用内定取消しが無効であるとの理由から、①労働契約上の地位の確認、②2019 年 4 月 1 日以降の未払賃金の支払い(民法 536 条 2 項前段)、及び③不当な採用内定取消しにより生じた損害の賠償(民法 709 条、710 条)を求めて民事訴訟を提起することが考えられる。2.①の請求(1)まず、採用内定により X・Y...
【Unit6】 雇用関係の成立[Case6] 1.X は、Y 社からの採用内定により X・Y 社間で労働契約が成立したことを前提として、採用内定取消しが無効であるとの理由から、①労働契約上の地位の確認、②2019 年 4 月 1 日以降の未払賃金の支払い(民法 536 条 2 項前段)、及び③不当な採用内定取消しにより生じた損害の賠償(民法 709 条、710 条)を求めて民事訴訟を提起することが考えられる。 2.①の請求 (1)まず、採用内定により X・Y 社間に労働契約が成立したといえるか。 ア.採用内定の実態は多様であるから、採用内定の法的性質は、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即して判断するべきである。 具体的には、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即して、採用内定の時点で、労使間において労働契約締結の確定的意思表示の合致があったといえるのであれば、労働契約の成立が認められる。 イ.Y 社では、2019 年 7 月に内定通知がなされた後、10 月 1 日に内定式が開催され、しかも内定式直後のオリエンテーションでは内定から翌年 4 月 の入社に至るまでの経過と 2 月中旬における 3 日間の入社前研修に関する説明がなされている。これらのうち、特に入社前研修に関する説明は、翌年 4 月よりも前に労働契約が成立していることを前提にしていることを強く窺わせる。このことに、Y 社においては採用内定通知のほかに労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことも考慮すれば、Y 社からの募集に対する X の応募が労働契約の申込み、本件採用内定通知が申込みに対する承諾であるといえる。 したがって、本件採用内定通知により、X・Y 社間に、就労の始期を大学卒業後とし、通知書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約の成立が認められる。1) (2)では、採用内定取消しは適法か。 ア.採用内定により労働契約が成立している場合における内定取消しは解雇に当たり、これは民法 627 条 1 項所定の解雇権とは異なる留保解約権の行 使によるものであるから、解雇権濫用法理(労xx 16 条)が直接適用では | 速修 61 頁・論証 15 頁 大日本印刷事件(最判 S54.7.20・百 9・CB142) 速修 63 頁・論証 16 頁 |
1) 大日本印刷事件判決は、採用内定の事案において、㋐原告(内定者)による入社誓約書の提出、㋑原告が
「2 社制限・先決優先主義」の方針に従い、他社の応募は辞退し、内定を受けていた会社の指示に基づき近況報告書を作成・送付していた、㋒本件採用内定通知のほかに労働契約締結のための特段の意思表示をすることは予定されていなかったという事実関係に着目し、就労の始期を大学卒業後とし、誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した就労始期付解約権留保付労働契約の成立を認めた。
これに対し、コーセーアールイー[第 2]事件判決は、採用内々定の事案において、㋐入社誓約書の提出がなく、提出された入社承諾書も入社誓約や企業側の解約権留保を認める内容ではない、㋑X を含めて内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかった、㋒Y 社は平成 20 年 10 年 1 日付けで正式内定を行うことを前提として本件内々定通知をしたものであるところ、内々定後に具体的労働条件の提示・確認や入社に向けた手続等は行われていない、㋓本件内々定通知を発した人事担当者が労働契約の締結権限を有していたことを裏付けるべき事情が見当たらないという事実関係に着目し、「本件内々定は、…正式な内定とは明らかにその性質を異にするものであって、正式な内定までの間、企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではない…。X らも、そのこと自体は十分に認識していたのである」との理由から、就労始期付解約権留保付労働契約の成立を否定した。その上で、労働契約が確実に締結されるであろうという期待的利益の侵害を理由とする慰謝料の賠償請求(民法 709 条、710 条)を認めた(xxx判 H23.3.10・CB145)。
なく類推適用される。
そして、内定取消しの適法性は、労働者の適格性の調査期間を企業に認めるという採用内定の趣旨・目的を踏まえて、㋐採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できない事実があり、㋑それを理由に採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できるかで判断される。
イ.確かに、Y 社における入社前研修には毎年内定者全員が出席していたことからしても、X が入社前研修に参加しないということは、Y 社において採用内定当時に知ることができないとともに、知ることが期待できない事実であったといえる(㋐)しかし、X には入社前研修に参加する義務がないとして、㋑を欠くのではないか。
(ア)確かに、就労始期付労働契約においては、入社前は労働契約の効力が発生しないのだから、内定者に労働契約上の義務を課すことはできないはずである。しかし、契約自由の原則のもと、内定者・使用者間の合意によって入社前の研修等の義務を発生させることができる。
もっとも、入社前研修に関する合意が成立している場合であっても、入社前には労働契約の効力が発生していないことからすれば、入社前研修にはあくまでも内定者の任意の同意によって行われるべきであり、入社後における業務命令のように一方的に命じてこれを行わせることはできないと解すべきである。そこで、使用者は、入社前研修と学業の両立が困難である場合には、入社前研修を免除するべきxxx上の義務を負う(労xx 3 条 4 項)と解すべきである。
(イ)確かに、Y 社はX に対し事前に入社前研修について説明しており、これに対し X から質問を受けたり異議を述べられたということもなかった。そのため、X・Y 社間において、X が入社前研修に参加する旨の黙示の合意が成立していたといえる。しかし、X は、大学で行われる修士論文の報告会や修了認定の口述試験のために入社前研修に出席することが困難であり、仮に報告会や口述試験に出席しないと修士課程を修了すること自体ができなくなってしまう状況にあった。このように、X は入社前研修と学業の両立が困難な状況にあったにもかかわらず、Y 社はX の入社前研修を免除するべきxxx上の義務を怠った。したがって、入社前研修に出席しなかったことを理由としてX の採用内定を取り消すことは㋑を欠く。
エ.よって、内定取消しは違法・無効である。
(3)以上より、①地位確認請求が認められる。
3.②の請求
X は、2019 年 4 月 1 日以降、X・Y 社間に存在する労働契約に基づき、賃金支払債務と対価関係に立つ労働義務を負っていたにもかかわらず、違法・無効な内定取消しという「債権者」Y 社の「責めに帰すべき事由」により同年 4 月 1 日以降の労働義務の履行が不能になっている。したがって、民法 536 条 2 項
前段に基づくものとして、同年 4 月 1 日以降の賃金の支払請求が認められる。 4.③の請求 (1)同年 4 月 1 日以降の逸失賃金相当額の請求 X は、採用内定取消しにより Y 社で労働することができなかった期間中の逸失賃金相当額の損害賠償請求をすることが考えられる。 ア.採用内定取消しが無効である場合、労働者には民法 536 条 2 項前段に基づく賃金請求権が認められるため、逸失賃金相当額の「損害」の発生を認めることはできない。そこで、違法な内定取消しによる逸失賃金相当額の 「損害」の賠償は認められないと解する。 イ.したがって、X には同年 4 月 1 日以降の遺失賃金相当額の「損害」が生じていないから、上記請求は認められない。 (2)慰謝料の請求 X は、違法な採用内定取消しにより精神的苦痛を被ったとして、これを慰謝するための慰謝料の賠償請求をすることが考えられる。 ア.採用内定取消しにより労働者が被る精神的苦痛は、就労始期以降の賃金が支払われる(民法 536 条 2 項前段)ことにより慰謝されるのが通常である。そこで、賃金の支払いによってもなお償えない特段の精神的苦痛が生じた事実が認められるときにはじめて、慰謝料という「損害」(民法 710 条)の発生が認められると解する。 イ.本事例ではそのような事実は認められないから、X には慰謝料という「損害」の発生は認められない。 したがって、上記請求も認められない。 以上 | 速修 243 頁・論証 85 頁 xx・xx商会事件・東京地判 H4.9.28(解雇の事案) 速修 243 頁・論証 85 頁 東京自転車健康保険組合事件・東京地判 H18.11.29(解雇の事案) |