CONTENTS
特集
労 働 契 約 法
本年 3 月 1 日から労働契約法が施行された。労働契約に関する民事的なルールを体系的にまとめた法律の誕生である。本法の誕生にあたり,労働者サイドと使用者サイド間において厳しい戦いが繰り広げられた結果,法律はわずか 19 条というものになったが,この法律の使い方を入念に検討
した上で,ぜひ問題解決に役立てていただきたい。
CONTENTS
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2
3
労働契約法総論
労働者の労働契約法の活用と留意点
労働契約法への対応上の使用者側弁護士としての留意点
※以下,短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の
一部を改正する法律を,改正パートタイム労働法という。
会員 xx xx(30 期)
1労働契約法総論
労働契約法が07 年秋の臨時国会で成立し,本08年3 月1 日から施行されている。施行にあたり,主管庁である厚生労働省はJ リーグのxx選手を起用してTVCM,ポスター貼り出しなど,異例ともいえる広報を行ったが,一般の関心もマスコミ報道も,同時期に施行された改正パートタイム労働法に比べ,大変低い状況にある。本稿は,普段の業務では労働法にはそれ程関係がないと考えている会員の皆様に労働契約法の基本を知り,関心を持っていただくことを目的とする。
第 1 労働契約法の目的・意義・必要
1 法の目的
労働契約法は,労使の「自主的な交渉の下で」の
「合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより」「合理的な労働条件」の決定・変更が「円滑に行われるようにすることを通じて」「労働者の保護」を図りつつ,「個別の労働関係の安定」に資することを目的とする(1 条)。
2 法の意義
労働契約も契約である以上,改めて規定するまでもなく,「合意原則」が当然に妥当する。にも拘らず,合意原則が規定されたのは人を使う・雇われて働く場面において,労使とも契約=合意に基づくとの理解や観念が希薄だからである。就職ではなく就社といわれるように,契約を結んで働くというよりは,会社に入る。従って,会社の命令には従わざるをえず,文句を言うときは辞めるときと思っている人が大多数であるし,多くの経営者は自分はオール
xxxx,嫌なら辞めろと意識している。このように,身分的・前近代的でウエットな日本の会社と労働者の関係を,契約=合意に基づくものであることを覚醒させ,近代的でドライな契約関係に法化させることが本法の大きな意義である。
今日,日本の被雇用者(労働者)は5 千数百万人であり,人を雇っている会社・個人(使用者)は数百万にのぼる。労働者とその家族が全人口の約8 割を占め,多くの(主として,正社員)労働者は1 日の大半を会社とその縁辺で過ごしている。このように,労働法は普通に働く人にとって,最も身近な法であるはずである。しかしながら,普通の労働者が日常的に労働法を意識・活用することはなく,労働法はマイナーな法であった。労働基準法,労働組合法及び労働関係調整法が労働三法と呼ばれるが,労xxが適用される場面はほとんどなく,労組法も労働組合に加入しなければほとんど関係なく,通常の労働者が知っているのは労基法とこれを主管する労基署である。
3 法の必要―労基法の限界
しかし,会社と労働者の間で生じうる様々な問題に労基法は極めて不十分にしか対応できていない。人たるに価する生活を確保すべき「最低の」労働基準を定めた法であり,「標準的な」労働契約のあり方を示す法ではないからである。例えば,1 日8 時間週 40 時間を最低基準たる法定労働時間と定め,これを超えて労働させるには36 協定の締結・届出を要し,現実に働かさせた場合には割増賃金を支払えと労基法は定めるが,では,労働者は残業命令に従わなければならないのか,換言すれば,労働契約上,使用者は(どんな場合に)残業命令権を有するのかについては何らの定めも置いていない(定めがない以上,
監督官庁にはこの点について口をはさむ権限がな 労
い)。あるいは,常時10 人以上の事業場においては 働
契
就業規則を作成・届出よと労基法は定めるが,その 約
就業規則にどのような契約上の効力があるのかにつ 法
いては黙して語らない。
4 判例の立法化
このような使用者対1 人の労働者の間の個別的労使関係(使用者対労働組合の間の集団的労使関係については,労組法が規律している)について労働契約上の権利義務関係の存否・内容は,立法を欠く中,裁判所が判断してきた。例えば,残業命令の効力については日立製作所武蔵工場事件(最判平3. 11. 28 労判594 号),配転命令の効力については東亜ペイント事件(最判昭61. 7. 14 労判477 号)など代表的な判例があり,判例法理として確立していた解雇権濫用法理は03 年の労基法改正において,18 条の2 として挿入された。
本来,最低労働条件を定める労基法と労働契約についての基本的なルールを定める法とは車の両輪として存在すべきところ,これまで判例に委ねてきた部分についての立法化を図るものとして労働契約法が定められたのである。従って,新法とはいえ,従来の判例を基本的に踏襲する内容となっている。その意味では実務上,本法によって大きな変化が生じるものではない。
第 2 労働契約法の内容① 労働契約の基本的考え方
労働契約法は大きく3 つの部分から成る。労働契約の基本的考え方を定めた総則部分(1 ~ 4 条),労
労 働契約と就業規則との関係を定めた部分(6 ~ 13
働 条),個別的事項に関して定めた部分(5 条及び14 ~
契
約 17 条)である。この外,適用範囲に関し2 条(18,
法 19 条)が置かれている。
1 定義
2 条は,本法の適用対象たる労働者及び使用者の定義規定であって,労働者については基本的に,労基法上の労働者と大きくは変わらない。他方,使用者については「使用する労働者に対して賃金を支払う者」と規定され,労基法10 条とは大きく異なり,労働契約の当事者に限られる。
2 基本原則
3 条は労働契約の原則として,5 項目を定める。
1 項は,労働契約が「対等の立場における合意」に基づくことを定め,改めて合意原則を確認している。「対等の立場」は労基法2条1 項にも定めるところであるが,労働契約の成否やその内容の判断において1 条の「合理的な労働条件」と相まって,労働契約や就業規則の限定解釈を根拠づけるなど重要な機能を有するものと考えられる。
2 項は,「就業の実態に応じて,均衡を考慮」すべきことを要請する。均衡処遇については改正パートタイム労働法8 条乃至11 条が定めるところであるが,本法は短時間労働者(約1200 万人)に限らず,短時間労働者ではないフルタイムパート(擬似パート)も含む全ての労働者に適用される。
3 項は,「仕事と生活の調和にも配慮」することを求める。いわゆるワーク・ライフ・バランスを要請する規定である。育児介護休業法は「仕事と家庭生活」の調和を図ることを目的とするが,本法は家庭生活(育児や介護の必要・責任)に限らず,生活全
般についての仕事とのバランスを求めるものであって,単身労働者も子のない夫婦労働者も対象となる。例えば,過労に至るような長時間労働の改善を求める根拠となりうる規定である。
なお,2 項,3 項は具体的な請求権を根拠づける規定とはいえないと解されるが,契約解釈の指針となることはもちろん,個別的・集団的労使交渉において有力な根拠となろう。
4 項,5 項は,民法1 条2 項,3 項と同じく,xxxxの原則と権利濫用禁止を定め,労働契約においてもこれらの原則が妥当することを改めて確認している。
3 理解促進措置
4 条は,契約内容の理解促進と題して,①使用者に契約内容の「理解を深めるようにする」ことを求め,②労使双方に,「できる限り」契約内容を書面で確認することを求める。
特に,①は,契約内容(労働条件)を使用者が一方的に決定・変更することが多い現実に鑑み,単なる努力義務ではなく措置義務として理解促進,具体的には十分な事前の説明,疑問への誠実な回答,労働者の意見の真摯な検討等を使用者に求めるものである。なお,改正パートタイム労働法13 条は,労働条件の「決定をするに当たって考慮した事項」の説明義務を使用者に課している。
②に関しては,労基法15 条,労働基準法施行規則 5 条,改正パートタイム労働法6 条が労働条件の明示義務として,主要な事項について書面による明示を求めているところであるが,他方,使用者が一方的に作成した書面の内容が直ちに契約内容となるかという点が問題となろう。
第 3 労働契約法の内容②
労働契約と就業規則との関係
労働契約法は,「労働契約の成立」と題して,6 条において合意されるべき要素(労務の提供とこれに対する賃金の支払),7 条において合意なき労働条件に関し就業規則がこれを補充しうる要件(合理性と周知)を定め,「労働契約の内容の変更」と題して, 8 条において合意による変更,9 ~ 11 条において就業規則の変更による変更に関して定めている。さらに,就業規則と個別契約(12 条)及び法令・労働協約(13 条)との優劣関係を規定するが,12,13条は労基法の規定(92 条,93 条)に沿ったものである。
1 問題の所在―使用者の就業規則作成権限
ところで,労基法は常時10 人以上の労働者を使用する事業場の使用者に対し,一定事項につき就業規則を定めるべしとする(89 条)。就業規則の作成・変更にあたっては過半数代表(過半数組合,これがないときは過半数代表者たる個人)の意見を聴き,その意見書を添付して就業規則を労基署長に届出なければならない(89 条,90 条)。また,就業規則は所定の方法で労働者に周知させなければならない(106条1 項)。しかし,就業規則の作成・変更につき労働者側が関与しうるのは意見を聴取されるだけであって,たとえ労働者側から反対の意見が述べられたとしても使用者は何ら拘束されず,反対意見を添えて届出れば,受理される。このように,労基法上使用者は一方的に(労働者の同意を要せず)就業規則を作成・変更しうるとされ,これが合意原則に基づく労働契約とどのような法的関係にあるのか,労働契約法の最大の問題である。
2 判例法理 労
この極めて困難な課題はこれまで判例に委ねられ, 働
契
就業規則による不利益変更法理が形成され,理論的 約
な問題を抱えつつも,実務的には40 年を経て定着し 法
てきた。
この問題に取り組んだ最初の最高裁判例(大法廷)が秋北バス事件(昭43. 12. 25 労判71 号)である。同最判はまず,就業規則の法的性質につき,「労働条件を定型的に定めた就業規則は,一種の社会的規範としての性質を有するだけではなく,それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり,経営主体と労働者との間の労働条件は,その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして,その法的規範性が認められるに至っている(民法92条参照)ものということができる。……当該事業場の労働者は,就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず,また,これに対して個別に同意を与えたかどうかを問わず,当然に,その適用を受けるものというべきである。」とした。これを受けてその後の最判はさらに「当該就業規則の規定内容が合理的なものである限り,それが労働契約の内容をなす」としている(電電公社帯広局事件・昭61. 3. 13 労判470 号)。
次いで秋北バス事件最判は,「新たな就業規則の作成又は変更によって,既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として,許されないと解すべきであるが,労働条件の集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なものであるかぎり,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒否することは許されないと解すべきであ」る,と判示した。その後の最判により,上記合理性の判
労 断の要素は,「就業規則の変更によって労働者が被る
働 不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程
契
約 度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措
法 置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は従業員の対
応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべき」と整理された(第四銀行事件・平9. 2. 28 労判710 号,みちのく銀行事
件・平12. 9. 7 労判787 号)。
要するに最高裁は,合理的な就業規則規定は(労働者の個別の合意・同意がなくても)労働契約の内容となり,就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更することは原則として許されないが,変更された規定内容が合理的である場合は,これに反対する労働者をも拘束するとの法理を形成したのである。この判例法理に沿って7 ~ 11 条が規定された。同法によって従来の判例法理が変更されるものではないと国会においても確認されている。
3 入社時における既存の就業規則の効力(7 条)
7 条は,個別契約で就業規則が定める内容(労働条件)を上回る合意がなされた場合を除き(その場合は合意は当然に有効で,就業規則に優先する),既存の就業規則内容が合理的であること及び就業規則が既存の労働者並びに入社者に周知されていることを要件に,当該就業規則内容が労働契約の内容となると定めた(労働契約規律効)。本条は,「労働契約を締結する場合」の規定であるので,契約締結後に作成変更された就業規則には適用されない。周知を要件としたのは,フジ興産事件(最判平15. 10. 10労判861 号)によるものである。
4 就業規則の変更による契約内容の変更(9 ~
11 条)
9 条は,就業規則変更では不利益変更はできないとの原則を定め,10 条がその例外として,変更就業規則内容に合理性があり,かつ,変更就業規則が周知されている場合に限り,変更就業規則内容が契約内容となると定めた。合理性の有無は,「労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして」判断される。本条は,就業規則変更の場合の規定であり,「変更」には新たな条項の追加は含むが,就業規則そのものの新たな作成は含まない。
5 解釈上の課題
判例法理を立法化したとはいえ,課題は多い。
○同じく合理性を要件とするが,7 条と10 条ではその内容や程度は,どう違うのか?
○ 10 条但書の特約はどの程度の合意を指すのか?
○一般的・概括的に就業規則変更による契約内容変更について同意・合意がある場合,8 条・10 条の適用はどうなるのか?
○新たな就業規則の作成の場合,どう考えるのか?
○ 11 条は労働契約規律効の効力要件か? 7 条の場合は?
○周知の程度・内容― 労基法上の周知と労契法上の周知は同一か,4条1 項(理解促進義務)との関係は如何? などなど。
これらの課題は今後の労働契約法の解釈としての判例の集積に待つことになる。
実定法化されたとはいえ,不透明性(予測可能性の低さ)に変わりはない。他方,中小・零細を中心に会社・社長はオールマイティと認識している使用者には相当のインパクトがあろう。
第 4 労働契約法の内容③個別事象
労働契約法は14 ~ 17 条において出向,懲戒,解雇,有期契約につき規定を置き,また,5 条は判例法理として確立している安全配慮義務を定めた。
1 出向等
出向(14 条),懲戒(15 条),解雇(16 条)に関する規定は,3条5 項に重ねて,権利濫用として無効となりうるとするものだが,出向等の権限がいかなる場合に認められるのかについては定めておらず,濫用性判断の主要な要素を規定しただけである。なお,16 条の新設により労基法18 条の2 は削除されている。
2 有期契約
有期雇用契約については,期間途中の解雇(期間満了による雇止めではない)について,「やむを得ない事由」を要件として,16 条より厳しく規制をし,その立証責任を使用者に課しているが(17 条1 項),民法628 条のうち解雇につき規定したものである。
17条2 項は,「労働者を使用する目的に照らし」短期契約を反復・更新しないよう,使用者に配慮を求めている。要するに,1 年必要な臨時業務について有期で雇用する場合,2 ヶ月とか3 ヶ月の契約期間として何度も更新するのではなく,初めから契約期間を 1 年とされたいというものである。本項が直ちに民事的効力を生じさせるとはいえないであろうが,更新の合理的期待(による解雇法理― 16 条―の類推適用)の評価において,1 つの重要な事情とはなろう。また,「使用する目的」が賃金が安いからという場合,どう考えるのかはこれからの課題である。
第 5 労働契約法の課題 労働契
1 大きく育てられるか 約
全文19 条という小ぶりな姿で成立した労働契約法 法
は,例えば配転の規定を欠くように,労働契約(会社生活)の展開の中で生じうる様々な事象を取り込み「大きく育って」いくのか,そして,企業社会の常識の法として広く定着するのか,労使(特に労側)の取組みが求められるところである。また,労働契約法は非常勤も含む公務員は適用除外(19 条)とされているが,ことに非常勤公務員の労働者としての保護をどう図るか,あるいは,労働契約類似の契約形態で実質的には経済的に従属している「事業主」の保護をどう図るかも大きな課題である。
2 過半数代表者制度の整備
労働契約規律効が法定された就業規則に対し,意見を述べる権限を有する過半数代表者については,その適正な選出,権限を適切に行使するための保障等について適確な規定が存在しない。この過半数代表者は労基法等の規定により70 項目を超える事項について,労使協定の締結権限,労使で構成される諸委員会の委員選出権限,経営上の事項について通知を受ける権限等が与えられ,事実上,労働条件設定機能を有している(さらには,高齢者雇用安定法上の労使協定では継続雇用者の基準を協定する権限が付与され,雇用関係の存否にまで権限がある)。民間の組合組織率16 %という中で,ことに中小・零細企業における過半数代表者の機能・権限は相当なものが与えられているのであり,労働者保護を全うするためにその十分な整備は喫緊の課題である。
特集
会員 xx xx(30 期)
労働者の労働契約法の活用と留意点
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労 はじめに
働
契
約 労働契約法の制定について,労働者が本来期待し
法 ていたものは,非対等な労使関係のもとで労働者の保護を図るため,労働契約の成立から展開,終了ま
での全般にわたる労使を規律するルールを定めることであった。
しかし,成立した労働契約法は,きわめて不十分な内容といわざるを得ない。立法の審議の過程で労使の意見が対立し,議論が紛糾した条項の大半の法定化は見送られ,論争となったテーマのうち唯一,就業規則変更に関する判例法理のみが残り,その他労働契約の基本的考え方を定めた総則部分と,解雇権濫用法理,配転等の個別的事項を定めた部分からなる,全19 条の小規模の立法となったのである。
論争のあった就業規則の労働契約に対する効力の部分については,国会の審議で「判例法理を足しも引きもせず立法化するという基本的な考え方」であることが確認されている。就業規則の変更による労働条件の不利益変更に関する裁判では,合理性の判断要素について相互の比較考慮が慎重に行われてきた。判例法理それ自体が,具体的な事案では複雑で多義的なのだから,就業規則の変更による労働条件の不利益変更について,労働契約法の安易な解釈によって,お墨付きを与えるようなことはあってはならないことを,まず指摘しておきたい。
他方,労働契約法には,判例法理が確立しているとは必ずしもいえない事項について,新しくルールを定めた規定がある。労働者や労働組合の交渉を求める根拠としたり,労働契約の解釈や運用において,活用可能である。
総論を踏まえ,以下労働者側からみた労働契約法の活用と留意点について,指摘することとする。
第 1 労働契約の基本的考え方
1 労働契約の原則(3 条)
3 条は,労働契約の共通原則を定める。
(1)労使対等決定の原則(1 項)
労働契約の基本原則を示したものであり,労使対等な立場での合意によらずに締結された労働契約の無効を主張する根拠となり得る。又,合意によらない労働契約の変更は原則として認められない。
10 条は就業規則による労働条件の変更を定めているが,これは労使の対等な立場による合意によらない労働条件の変更であり,労働契約法自体が認める本項の例外に当たるという位置づけになる。従って,労働契約法上は,これ以外には合意によらない労働条件の変更は認められないのが原則である。
(2)均衡考慮の原則(2 項)
日本の非xx労働者の割合は,雇用労働者の
33.2 %となり(2008 年4 ~ 6 月期総務省「労働力調査」),賃金をはじめ処遇格差は著しい。わが国は,男女同一(価値)労働同一賃金の原則を定める ILO100 号条約及び女性差別撤廃条約,並びに公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値労働についての同一報酬を定める「経済的,社会的及び文化的権利に関する規約」を批准している。にもかかわらず,雇用形態の異なる労働者間の著しい処遇の不均衡に対し,これを規制する具体的な国内法の整備は進んでいない。
本項が,「均等」ではなく「均衡」という文言で,しかも「就業の実態に応じて」という条件が加えられている理念規定である点では不十分さは否めないが,労働契約の基本原則として均衡考慮原則を定め
たということは,意義がある。本法は,全ての民間労働者に適用されるので,労働契約法の特別法である改正パートタイム労働法8 条~ 11 条と相まって,非正規労働者の処遇改善要求の根拠として活用可能である。また,コース別雇用管理制度における総合職と一般職の労働条件の設定についても,均衡を要求する根拠となり得る。
(3)ワーク・ライフ・バランスの原則(3 項)
日本は1995 年にILO156 号「家族的責任平等条約」を批准しており,男女共に職業上の責任と家族的責任を調和させながら平等に働くことは,21 世紀の重要な政策課題と言われている。
本項は,労働契約を「仕事と生活の調和にも配慮しつつ」締結し,変更しなければならないことを定めるものである。この規定を根拠に,労働者側は,
「仕事と生活の調和」に配慮した労働条件や人事管理制度について要求し,話し合いを求めることが可能である。また,契約(就業規則を含む)を解釈する場合にも,この原則は参照される。例えば,転居を伴う配転命令について,これまでの裁判例では,労働者に対し「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を与えるといった特別の事情等がある場合にのみ,権利濫用となると判断され(東亜ペイント事件・最二小判昭61. 7. 14 労判477 号6 頁),特別の事情の認定については労働者側に厳しかった。今後は,あまりにも個人の生活に配慮を欠いた転勤命令については,本条の趣旨から,効力を否定されることが考えられる。
(4)信義則・権利濫用禁止法理の確認(4,5 項)
民法で定める信義誠実の原則(1条2 項)及び権利濫用の禁止(同条3 項)が,労働契約においても
適用されることを再確認したものである。これらの 労
原則が労働契約法に規定されたことにより,労働者 働
契
側は,労働関係におけるこれらの法理の内容をいっ 約
そう拡大,充実し,労働条件の改善をはかることが 法
期待される。
2 労働契約の内容の理解促進(4 条)
4 条1 項が定める理解促進義務は,努力義務ないし訓示的規定ではあるが,労働者は使用者に対し,本条を根拠に,労働契約の内容や就業規則について説明を求めることができ,使用者がこれを拒否するような場合は本条1 項に反することになる。また,後に述べる就業規則の改訂による労働条件の不利益変更について,10 条は,その合理性判断の要件の一つとして「労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」と規定する。したがって,使用者が説明義務を果たしていない場合に,変更された労働条件の拘束力が否定される可能性もある。なお改正パートタイム労働法13 条は,本項に優先し,短時間労働者から要求があったときは,同項によって措置を講ずることが求められている事項について説明する義務が課せられている。
本条2 項の書面確認は「できる限り」「確認するものとする」という規定で不十分ではあるが,例えば,労働組合が使用者に対し,「労働契約の内容は書面とする」という規定を労働協約に入れることを要求して団交を申し入れた場合,使用者がこれを拒否することは難しくなると思われる。また,本項で書面確認について括弧内で有期雇用契約を含むことを明らかにしている。不明瞭な労働契約はトラブルのもとである。トラブルを防ぐうえでも,この条項の活用が望まれる。
特集
労 第 2 労働契約と就業規則との関係
働
契
約 1 問題点―労働契約と就業規則の関係
法 労働契約法は,労働契約の成立と変更に関し,6条から11 条までの規定をおき,さらに,就業規則
と個別の労働契約及び法令と労働協約との優劣関係を規定した(12 条,13 条)。この就業規則に関わる部分は,労働契約法の中心をなす。
論争のあった就業規則の労働契約に対する効力の部分については,前述のとおり,これまでの判例法理を再確認するものである。総論(5 頁)の
「問題の所在」でも指摘されているとおり,使用者が一方的に定める就業規則が,なぜ合意を基本とする労働契約の当事者を拘束するのか。なぜ就業規則の改訂により労働条件が不利益に変更されても,合理性があれば,労働者の同意の有無にかかわらず,労働者が適用を拒むことができないのか。就業規則の法的性格をめぐって,学説上「4 派 13流」と呼ばれるような多様な見解が展開されてきた。しかし,この理論的な問題に決着がつかないまま,裁判実務では,総論(5 頁)で述べられているように,秋北バス事件最高裁大法廷判決以降,就業規則による労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なものである限り,労働者を拘束するという判例法理が形成され,それに沿って,合理性の有無の判断基準の大枠が整理されてきた。しかし,具体的な事案では,その判断要素について慎重な利益衡量が行われてきたのである。
このように,労働契約法は従来の判例法理を確認したものであるといっても,その判例法理そのものが必ずしも強固に確立しているとはいえないのである。立法に際し,学者の中に,契約原理に
反する労働条件変更法理の固定化は避けるべきであるとして,成文化に慎重論があったのも,この点からである。就業規則と労働契約の関係について,労働契約法の安易な解釈によって,労働条件の一方的な不利益変更について,その効力を認めるようなことがあってはならない。
2 規定内容
(1)合意原則(6 条)
6 条は,労働契約は合意によって成立するという大原則を定めた。労働契約に関する合意原則は,本条の外に,労使対等な立場での合意による労働契約の締結という原則(3条1 項),労働契約の内容の変更に関する合意原則(1 条,3条1 項,8 条等)などにも現れている,基本原則である。
(2)合意なき場合の就業規則の労働条件設定効(7条)
7 条は,労働契約締結の段階について規定するものである。就業規則の定めに合理性があり,労働者(労働契約を締結しようとする労働者を含む)に周知されているならば,特にこれと異なる労働条件を合意しない限り,就業規則に記載された労働条件が労働契約の内容になるということである。しかし,就業規則がなぜ労働契約の内容になるのかという,基本的な問題点に答えないまま,本規定が定められたのであり,「合理性」や「周知」の要件についても,今後様々な解釈の余地がある規定であることに注意しなければならない。今後は,労働契約法の目的(1 条)を踏まえ,労働者保護のために労使の実質的対等の視点から,合理性について厳しく判断すべきである,と主張することになろう。
(3)就業規則による労働契約の内容の変更と不利益変更の要件と効力(9 条,10 条)
9 条本文は,8 条を受けて,労働契約の内容である労働条件は,就業規則の変更によっても労働者に不利益に変更できないことを原則として確認する。他方,但書で,変更後の就業規則の周知と一定の事情に照らして合理性が認められる場合は,例外的に就業規則の変更による不利益変更を認めるものである。合理性に関する判断要素に関しては,判例の累積により,判断の枠組みが確立しつつあるとはいえ,同じ事件で下級審と最高裁で結論が異なったり,同種事案で判断の枠組みは同じでありながら,具体的な事情のいずれを重視するかなどにより結論が異なっている(例えば,総論
〈6 頁〉で引用されている第四銀行事件とみちのく銀行事件は,7 つの要素から合理性を判断するという枠組は同じでありながら,前者の最高裁判決は合理性を肯定したのに対し,後者は合理性を否定している)。
従来の判例法理で合理性の判断要素とされたものは全て10 条の規定に含まれているものと解され, 10 条によって判断要素を絞り込んだものではないということに留意しなければならない。
第 3 個別事項に関する規定
労働契約法に新たに規定された条項は,その制定の趣旨,内容によって,労働者が有利に活用できる。
(1)使用者の安全配慮義務(5 条)
これまで,判例法理として認められてきた,労
働契約に付随する信義則上の安全配慮義務を,5 条 労
に明文化することにより,労働契約を締結すれば 働
契
当然に使用者が負うべき義務となった。この意義 約
は大きい。この義務が履行されずに生命や健康の 法
安全が害された場合に,労働者側は事後的に損害賠償を請求しうることはもちろんのこと,本条を活用して,使用者に対し直接に積極的な配慮を求めたり,健康を損なっている労働者を他の軽作業に異動させる等の配慮を求めることが可能になる。
(2)出向等(14 条,15 条,16 条)
14 条は出向について,15 条は懲戒について,それぞれ出向命令権や懲戒権の根拠には触れず,権利濫用として無効となる場合の判断要素を定める。 16 条は,2003 年に新設された解雇権濫用法理に関する労基法18 条の2 を労働契約法へそのまま移したものである。
(3)有期契約(17 条)
総論(7 頁)で指摘されている17 条1 項の規制は,期間途中の解雇に一定の抑制効果が期待されるが,実効性のほどは不明である。同条2 項については,労働者側が求めていた,少なくとも契約更新に合理的期待がある場合には更新拒否できないという規定ではなく,必要以上に短い期間を定め労働契約を反復更新することのないよう,配慮を定めたものでしかない。使用者の配慮を欠いた場合の民事的な効力については問題だが,雇い止めについて,解雇権濫用法理を類推適用する場合に,労働者側としては,更新の合理的な期待を主張する重要な要素として,本条の趣旨を主張可能である。
特集
労働契約法への対応上の
使用者側弁護士としての留意点
千葉大学大学院専門法務研究科客員教授・会員 岩出 誠(29 期)
3
労 はじめに
働
契
約 主に使用者側弁護士として労働契約法(以下,労
法 契法,法ともいう)につき,就業規則ほか人事管理をどう見直すべきかなどの観点から,法の主な条項
につき,実務対応上の留意点につき紙幅の許す限り指摘しておく(詳細は拙著『労働契約法って何?』
〈労務行政研究所,2008〉参照)。
第 1 留意点の要約
法の内容は,これまでの労働判例で確立した考え方を明文化したものが中心と言われているが,他方で,確立した判例理論とはかならずしも言えない内容も多く,積極的に新たな労使関係の構築に向けたものもある(法3 条3 項「仕事と生活の調和」等)。ただし,法自体は民法の特別法たる民事法であり,その違反につき,労基署による指導や是正勧告,罰則等の履行確保措置がある訳でもなく,一定の規定や労使協定を義務付けるものでもない。あくまでその理念や訓示規定の実現も含めて,労使の協議,合意,就業規則の制定・改正等の労使自治を通じて実現されるものである(厚労省の通達「労働契約法の施行について」平 20 ・ 1 ・ 23 基発 0123004 号
〈以下,施行通達という〉参照)。したがって,法をめぐる紛争は最終的には,労働審判,民事訴訟等で決着がつけられるべきものである。つまり,各企業の人事諸規程等につき,直ちに,見直すべき点は少ない。しかし,法の施行を契機として,中長期視点から,就業規則や諸規程や運用面で,作成・見直し,留意すべき点は多い。
第 2 法の各条項の留意点
1 労働契約に関する原則(法3 条)
(1)法における「労働契約の原則」の趣旨
本条は,労働契約の基本的な理念及び労働契約に共通する原則を明らかにしたものであるが(施行通達),この原則が,以下のように,今後,労働契約や就業規則の解釈,就業規則,業務命令等の合理性の判断,権利濫用の成否等において大きな役割を担うことが予想され,使用者側弁護士もこれを踏まえた準備が必要となろう。
(2)均衡考慮の原則(法3 条2 項)
まず,この均衡考慮の原則の法的性格,意義についても,議論は分かれ,最終的には,判例の集積を待つほかないが,条文自体の文理と置かれた位置等からは,理念の宣言をした訓示規定というほかないものの,実態的,かつ,改正パートタイム労働法の均衡処遇努力義務等との整合性,バランスからは,単なる訓示規定にとどまらず,労働契約や就業規則等に関する一つの解釈指針としての効力を有し,結局,努力義務的効力を有するとも解される。改正パートタイム労働指針等を踏まえると,改正パートタイム労働法の均衡処遇努力義務と同様,この均衡処遇に関する条文がない場合に比べれば,裁判所が,本条項を利用することは理論的にはあり得,今後の裁判例等の動向に留意しなければならない。
(3)ワーク・ライフ・バランス配慮の原則(法3条3 項)本条についても,その文理からは,前述の均衡考 慮と同様,訓示規定,解釈指針や実質的・努力義務的意義にとどまるものと解される余地が大きいものの,裁判所に与える影響も(2)と同様で,07 年12
月公表された「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」などにより,ワーク・ライフ・バランスの推進が政労使一体となった社会的要請となっており,今までは,転勤を断れなかった子の教育や共稼ぎ夫婦が単身赴任となるなどの問題についても,従来のように単純に「通常甘受すべき程度」では押し切れなくなってくることが予想され,転勤命令につき,法3 条5 項の権利濫用の要素として,ワーク・ライフ・バランスへの配慮義務の履行の程度が考慮され,配慮なき転勤命令は権利濫用として無効とされる可能性が大きくなった。
2 労働契約の内容の理解の促進(法4 条)
本条は,具体的な権利義務を設定するものではなく,ゆるやかな規範,訓示規定で,ここから,情報開示の法的履行請求権や,説明義務違反による損害賠償の根拠となるような情報提供・開示義務などは直ちには導かれないが,希望退職条件をめぐる説明の程度が問題となる事案や求人広告等でも,今後,微妙な影響を与え,説明義務を導きやすくなる可能性があり,かかる動向への対応を準備すべきである。
3 労働者の安全への配慮(法5 条)
本条の啓発的効果も踏まえ,使用者が安全配慮義務を負うことへの認識が深まり,安全管理体制・規程の整備と不幸にも同義務違反による災害発生時の損害賠償等への補償規程等の整備が,今まで以上に必要になった。
4 合理的な就業規則の労働条件の定めが労働契約の内容となる効力(契約内容規律効)(法7 条)
(1)契約内容規律効の明文化
本条は,いわゆる契約内容規律効,すなわち,合
理的な就業規則の労働条件の定めが労働契約の内容 労
となる要件と効力が明文化されたものである。 働
契
約
(2)ただし書きの特約の意義 法
ただし書きについては,後述の法12 条の最低基準効に抵触しない範囲での就業規則とは異なる特約を締結した場合はそれによることを確認したものであるが,これに関連して,もともと,最低基準効の定めに例外・適用除外規定を設ければ(例えば,出向労働者への一部不適用等),その適用除外者には別の定めによることができる。したがって,実務的には,最近の雇用形態の多様化に対応すべく,契約社員等の様々な雇用形態別,さらには,受入や送り出した出向労働者にも適用除外規定を明文化しておくことが必要である。
5 就業規則による労働契約の内容の変更(法 9 条,10 条)
(1)就業規則の変更による労働条件の変更について法では,労使の合意原則と不利益変更の例外性の 指摘を加えた上で,合理性の判断基準がある程度明示されたが,就業規則の変更等による労働条件と労働契約の関係について,最高裁の就業規則不利益変更論をめぐる不透明性をそのまま引き継いでいるこ
とに留意すべきである。
(2)ただし書きへの留意の必要
法10 条ただし書きの「就業規則の変更によっては変更されない労働条件」として合意していた部分については,同ただし書きにより,法12 条に該当する場合を除き,その合意が優先するが,その内容の将来的な労働条件については,①就業規則の変更により変更することを許容するもの,②就業規則の変更では
特集
労 なく個別の合意により変更することとするものいず
働 れもがあり得るものであり,①の場合には法10 条本
契
約 文が適用され,②の場合には同条ただし書きが通用
法 され,疑問はあるが,施行通達は,個別同意が必要とされることになるとも解しており,かかる特約を締
結する場合には,①の要件を定めておく必要がある。
6 就業規則の変更に係る手続(法11 条)
就業規則の不利益変更の合理性判断において,労基法所定の手続遵守は,その不遵守をもって直ちに不利益変更を無効とすることはないが,法10 条の
「労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」の中にこの労基法上の手続の遵守状況が考慮されるものと解され,その遵守が合理性を高める意味で重要である。
7 出向命令権の権利濫用(法14 条)
本条は出向命令の有効要件自体については触れておらず,同条に基づき出向を命じることはできない。留意点としては,各企業においては,従前同様に,裁判例等の動向を踏まえ出向関連規程の整備等の対応が必要である。
8 懲戒権濫用の場合の処分無効(法15 条)
懲戒処分の一般的有効要件については,いわゆる相当性の要件を除いては本条では触れられていない。つまり,本条に基づき懲戒を命じることはできない。懲戒処分について,一般にその有効要件として,従来から指摘されていた,①罪刑法定主義,②平等取扱の原則,③相当性の原則,④適正手続のような基準につき,今後も不透明な中ではあるが,各基準を念頭に置いた懲戒規定の整備と適正な運用の対応が必要である。
9 有期労働契約のルールの明確化(法17 条)
有期労働者の期間中途の解雇について,各種の解雇事由を就業規則等によって定めても,最終的に,それらの事由が,民法628 条の「やむを得ない事由」に該当するか否かが問われることに留意する必要がある(施行通達同旨)。
また,本条2 項の配慮義務は,使用者に配慮を求めるものに過ぎず,仮に不必要に短い契約期間による労働契約が締結されたからといってその有期労働契約が法的に無効となるものではなく,当該契約が無期契約に転換したりすることはないが,法の各論の中に位置付けられることにより,有期労働契約の締結,更新及び雇止めに関する基準の改正(平成 20・1・23 厚労告示12 号)とあいまって,ルールが周知されて紛争の未然防止が図られるとともに,雇止め等をめぐる紛争が生じた場合には,判例上のいわゆる雇止め制限法理において,このルールに照らして必要な配慮をしたかどうかということが雇止めの合理性の考慮要素とされることが考えられ,短期契約の合理的「必要」性を主張・立証できない場合に,従前以上に雇止めが認められない要素とされる可能性は高まることに留意すべきである。
第 3 法施行に対応しての実務上の留意点
1 啓発的効果等への配慮の必要性
前述第1 でも触れたように,直ちに法施行に対応した就業規則等の変更や書式の変更が義務付けられるものではない。しかし,上記の第2 の解説で述べたように,訓示規定も含めて,個々の条文が微妙な影響を裁判等に与えることが予想される。即ち,今回立法化された定着した判例法理さえ知らなかった
労働契約法
第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は,労働者及び使用者の自主的な交渉の下で,労働契約が合意により成立し,又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより,合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて,労働者の保護を図りつつ,個別の労働関係の安定に資することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「労働者」とは,使用者に使用されて労働し,賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは,その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。
(労働契約の原則)
第三条 労働契約は,労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し,又は変更すべきものとする。
2 労働契約は,労働者及び使用者が,就業の実態に応じて,均衡を考慮しつつ締結し,又は変更すべきものとする。
3 労働契約は,労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し,又は変更すべきものとする。
4 労働者及び使用者は,労働契約を遵守するとともに,信義に従い誠実に,権利を行使し,及び義務を履行しなければならない。
5 労働者及び使用者は,労働契約に基づく権利の行使に当たっては,それを濫用することがあってはならない。
(労働契約の内容の理解の促進)
第四条 使用者は,労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について,労働者の理解を深めるようにするものとする。
2 労働者及び使用者は,労働契約の内容
(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について,できる限り書面により確認するものとする。
(労働者の安全への配慮)
第五条 使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をす
るものとする。
第二章 労働契約の成立及び変更
(労働契約の成立)
第六条 労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する。
第七条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において,使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には,労働契約の内容は,その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし,労働契約において,労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については,第十二条に該当する場合を除き,この限りでない。
(労働契約の内容の変更)
第八条 労働者及び使用者は,その合意により,労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
(就業規則による労働契約の内容の変更) 第九条 使用者は,労働者と合意することな
く,就業規則を変更することにより,労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし,次条の場合は,この限りでない。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし,労働契約において,労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については,第十二条に該当する場合を除き,この限りでない。
(就業規則の変更に係る手続)
第十一条 就業規則の変更の手続に関しては,労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第八十九条及び第九十条の定めるところによる。
(就業規則違反の労働契約)
特集
第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効とする。この場合において,無効となった部分は,就業規則で定める基準による。
(法令及び労働協約と就業規則との関係) 第十三条 就業規則が法令又は労働協約に反
する場合には,当該反する部分については,第七条,第十条及び前条の規定は,当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については,適用しない。
第三章 労働契約の継続及び終了 労
(出向) 働
契
第十四条 使用者が労働者に出向を命ずるこ
とができる場合において,当該出向の命令
が,その必要性,対象労働者の選定に係る 約
法
事情その他の事情に照らして,その権利を
濫用したものと認められる場合には,当該命令は,無効とする。
(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は,無効とする。
(解雇)
第十六条 解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。
第四章 期間の定めのある労働契約
第十七条 使用者は,期間の定めのある労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,その契約期間が満了するまでの間において,労働者を解雇することができない。
2 使用者は,期間の定めのある労働契約について,その労働契約により労働者を使用する目的に照らして,必要以上に短い期間を定めることにより,その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。
(以下省略)
労使共への啓発的効果を見据えて,実務面での慎重な対応が今まで以上に要請されることは間違いない。例えば,法の施行を契機として,安全配慮義務の履行状況の確認,出向命令時や懲戒処分時の権利濫用との非難回避の対応策の点検,就業規則の周知手続の履行状況,現行諸規程につき,作成・改正経緯も含めて,合理性の存否・内容の点検等を再吟味しておく必要はある。
2 規程類の整備の必要性
また,法4 条の労働契約内容の理解促進義務等と
書面化義務を踏まえて,正に,紛争防止と紛争発生時の有利な解決を目指して,上記1 の各点検を踏まえて,不足する就業規則等の制定・改正,諸規程の整備,労働契約書,辞令等の社内文書規程の整備と伝達等の書面化を促進することも期待される。もちろん就業規則の改正や新たな諸規程の作成に当たっては,法7 条に基づく吟味と,法10 条,11 条に基づき,改正に当たっての不利益変更への該当性の点検と該当する場合の合理性判断要素充足の有無の点検を行う必要がある。