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労働契約法20条に関する令和2年の最高裁5判決
弁護士
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労働契約法20条に関する令和2年の最高裁5判決弁護士
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第1 はじめに
令和2年10月13日、最高裁第三小法廷は、大阪医科薬科大学事件判決(労判1229号77頁)、メトロコマース事件判決(労判1229号90頁)を言い渡した。その2日後の15日、最高裁第xx法廷は、日本郵便(東京)事件判決(労判1229号58頁)、日本郵便(大阪)事件判決(労判 1229号67頁)、日本郵便(佐賀)事件判決(労判1229号5頁)を言い渡した。
いずれも有期労働契約を締結していた原告が、無期労働契約を締結している正社員との間の労働条件の相違が不合理であるとして提訴したものであり、労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの。本稿でいう「労働契約法」はこれを指す。)20条が問題となった。なお、同条は削除され、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に統合されている。上記5判決は、同法律8条の下においても参考になる。
各事件で争われた労働条件は多岐にわたるが、最高裁で判断の対象となった労働条件とそれに対する判断を紹介する。
第2 大阪医科薬科大学事件
1 判断の対象となった労働条件
教室事務員である正職員には、賞与(通年で基本給4.6月分が一応の基準。)や私傷病欠勤中の賃金(私傷病で欠勤した場合、6か月間は給料月額の全額が支払われ、同経過後は休職が命ぜられた上で休職給として標準給与の2割が支払われる。)が支給されるのに対して、アルバイト職員には支給されなかった。
この点、原審(大阪高判平成31年2月15日労判1199号5頁)は、賞与については支給基準の60%を下回る部分の相違は不合理とし、私傷病欠勤中の賃金については給料1か月分及び休職給2か月分を下回る部分の相違は不合理としていた。
2 判断
(1)本件における賞与の性質(労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲のxxxの趣旨を含むもの)やこれを支給する目的(正職員とし
ての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなど)を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等(教室事務員である正職員は、アルバイト職員と異なり、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があり、人事異動を命ぜられる可能性もあった。なお、アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていた。)を考慮すれば、教室事務員である正職員とアルバイト職員との間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえないとした。
(2)また、本件における私傷病による欠勤中の賃金については、雇用を維持し確保することを前提とした制度であるとして、正職員とアルバイト職員の職務の内容等に係る事情に加えて、アルバイト職員は、契約期間を1年以内とし、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいい難いことにも照らせば、上記制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえないとして、教室事務員である正職員とアルバイト職員との間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものとはいえないとした。
第3 メトロコマース事件
1 判断の対象となった労働条件
売店業務に従事する正社員には退職金が支給されるのに対し、契約社員Bには支給されなかった。
この点、原審(東京高判平成31年2月20日労判1198号5頁)は、少なくともxxの勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金、具体的には正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら一切支給しないことは不合理であるとしていた。
2 判断
本件における退職金が有する複合的な性質(職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等)やこれを支給する目的(正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなど)を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等(正社員は、販売員が固定されている売店におい
て休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあり、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性もあった。なお、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度が設けられていた。)を考慮すれば、契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえないとした。
なお、原審の判断を是認する反対意見(xxxx裁判官)がある。
第4 日本郵便(東京)事件
1 判断の対象となった労働条件
郵便の業務を担当する正社員には、年末年始勤務手当(12月29日から同月31日までは1日につき4000円、1月1日から同月3日までは1日につき5000円であるが、実際に勤務した時間が4時間以下の場合は、それぞれその半額。)が支給され、病気休暇(私傷病等により、勤務日又はxxの勤務時間中に勤務しない者に与えられる有給休暇であり、私傷病による病気休暇は少なくとも引き続き90日間まで与えられる。)が与えられていたのに対し、同業務を担当する時給制契約社員には年末年始勤務手当は支給されず、私傷病による病気休暇は1年に10日の範囲で無給の休暇が与えられるのみであった。
2 判断
(1)年末年始勤務手当について、郵便の業務についての最繁忙期であり、多くの労働者が休日として過ごしている期間において、同業務に従事したことに対し、その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものであるといえる。また、年末年始勤務手当は、正社員が従事した業務の内容やその難度等に関わらず、所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものであり、その支給金額も、実際に勤務した時期と時間に応じて一律である。上記の
ような年末年始勤務手当の性質や支給要件及び支給金額に照らせば、これを支給することとした趣旨は、郵便の業務を担当する時給制契約社員にも妥当するものである。そうすると、郵便の業務を担当する正社員と上記時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、両者の間に年末年始勤務手当に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえるとした。
(2)病気休暇について、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障を図り、私傷病の療養に専念させることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。このように、継続的な勤務が見込まれる労働者に私傷病による有給の病気休暇を与えるものとすることは、使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。もっとも、上記目的に照らせば、郵便の業務を担当する時給制契約社員についても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、私傷病による有給の病気休暇を与えることとした趣旨は妥当するというべきである。そして、第1審被告においては、上記時給制契約社員は、契約期間が6か月以内とされており、第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存するなど、相応に継続的な勤務が見込まれているといえる。そうすると、上記正社員と上記時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく、これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえるとした。
第5 日本郵便(大阪)事件
1 判断の対象となった労働条件
郵便の業務を担当する正社員には、扶養手当(扶養親族1人につき月額1500円~ 1万5800円)、年末年始勤務手当、祝日給(祝日において割り振られたxxの勤務時間中に勤務することを命ぜられて勤務したとき及び祝日を除く1月1日から同月3日までの年始期間に勤務したときに支給されるもの)が支給さ
れるが、同業務を担当する時給制契約社員には扶養手当、年末年始勤務手当は支給されず、祝日給に対応する祝日割増賃金も年始期間に勤務したときには支給されなかった。
2 判断
(1)年末年始勤務手当については、日本郵便(東京)事件判決と同じ。
(2)年始期間の勤務に対する祝日給は、特別休暇が与えられることとされているにもかかわらず最繁忙期であるために年始期間に勤務したことについて、その代償として、通常の勤務に対する賃金に所定の割増しをしたものを支給することとされたものと解され、郵便の業務を担当する正社員と本件契約社員との間の祝日給及びこれに対応する祝日割増賃金に係る上記の労働条件の相違は、上記特別休暇に係る労働条件の相違を反映したものと考えられる。
しかしながら、本件契約社員は、契約期間が6か月以内又は1年以内とされており、第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者も存するなど、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく、業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれている。そうすると、最繁忙期における労働力の確保の観点から、本件契約社員に対して上記特別休暇を付与しないこと自体には理由があるということはできるものの、年始期間における勤務の代償として祝日給を支給する趣旨は、本件契約社員にも妥当するというべきである。そうすると、郵便の業務を担当する正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、上記祝日給を正社員に支給する一方で本件契約社員にはこれに対応する祝日割増賃金を支給しないという労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえるとした。
(3)扶養手当について、上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。このように、継続的な勤務が見込まれる労働者に扶養手当を支給するものとすることは、使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。もっとも、上記目的に照らせば、本件契
約社員についても、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。そして、第1審被告においては、本件契約社員は、契約期間が6か月以内又は1年以内とされており、第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存するなど、相応に継続的な勤務が見込まれているといえる。そうすると、上記正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、両者の間に扶養手当に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものというべきであるとした。
第6 日本郵便(佐賀)事件
1 判断の対象となった労働条件
郵便の業務を担当する正社員には、夏期冬期休暇
(夏期及び冬期に、それぞれ3日まで与えられる有給休暇)が与えられるのに対し、郵便の業務を担当する時給制契約社員には夏期冬期休暇が与えられていなかった。
2 判断
夏期冬期休暇が与えられているのは、年次有給休暇や病気休暇等とは別に、労働から離れる機会を与えることにより、心身の回復を図るという目的によるものであると解され、夏期冬期休暇の取得の可否や取得し得る日数は正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものとはされていない。そして、郵便の業務を担当する時給制契約社員は、契約期間が6か月以内とされるなど、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく、業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているのであって、夏期冬期休暇を与える趣旨は、時給制契約社員にも妥当するというべきである。そうすると、郵便の業務を担当する正社員と同業務を担当する時給制契約社員との間に職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、両者の間に夏期冬期休暇に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえるとした。
第7 考察
上記5判決は、具体的な事実関係の下において、各
労働条件の相違が不合理であるかどうかを判断している。決して賞与や退職金の相違は不合理でなく、扶養手当の相違は不合理であると単純に決まるものではない。大阪医科薬科大学事件判決やメトロコマース事件判決も、賞与や退職金について不合理と認められるものに当たる場合もあり得ると明示している。
他方で、いずれの事件も職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違があったにもかかわらず、賞与や退職金の相違は不合理でないとされ、各種手当の相違は不合理とされたのは、前者の支給要件や支給内容が一律でないこと、基本給と連動していることなどが影響していると思われる。この点、メトロコマース事件の判決の補足意見において、退職金は、その支給の有無や支給方法等につき、労使交渉等を踏まえて、賃金体系全体を見据えた制度設計がされるのが通例であると考えられるところ、退職金制度を持続的に運用していくためには、その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから、退職金制度の在り方は、社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる。そうすると、退職金制度の構築に関し、これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は、比較的大きいものと解されようとしているのも参考になる。