ハリソン東芝ライティング株式会社(以下「ハリソン東芝」)との間で3カ⽉の有期労働契約の契約更新を繰り返して勤務していた原告(以下「X」)が、ハリソン東芝におい てXとの労働契約を平成23年10⽉1⽇以降更新しなかったことが雇⽌めに当たり、同雇⽌めが解雇権濫⽤法理の類推適⽤により許されないと主張して、ハリソン東芝を消滅 会社として吸収合併した被告東芝ライテック株式会社(以下「Y」)に対し、労働契約上の地位確認請求および未払賃⾦請求等を⾏った事案である。
第19回 東芝ライテック(雇⽌め)事件
有期契約労働者が「今回をもって最終契約とする」と記載された雇⽤契約書に署名・押印した場合において、かかる不更新条項につき、「雇⽌めの予告」をしたものとして、契約の合意終了を否定しつつ、雇⽌めに客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性があったとして、雇⽌めは有効と判断した事例
掲載誌:労判1075号14ページ
東芝ライテック(雇⽌め)事件
(横浜地裁 平25.4.25判決)
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
ハリソン東芝ライティング株式会社(以下「ハリソン東芝」)との間で3カ⽉の有期労働契約の契約更新を繰り返して勤務していた原告(以下「X」)が、ハリソン東芝においてXとの労働契約を平成23年10⽉1⽇以降更新しなかったことが雇⽌めに当たり、同雇⽌めが解雇権濫⽤法理の類推適⽤により許されないと主張して、ハリソン東芝を消滅会社として吸収合併した被告東芝ライテック株式会社(以下「Y」)に対し、労働契約上の地位確認請求および未払賃⾦請求等を⾏った事案である。
[1]本判決で認定された事実概要は以下のとおり。
年⽉⽇ | 事 実 |
H4.10 | XはYに有期契約社員として⼊社。配属:B事業所の産業機器製造課 担当業務:ハロゲンランプの発光部であるコイルの製造作業 契約期間:3カ⽉ 賃⾦:⽇当8600円 |
H12.10.1 | Yはハリソン東芝に産業機器光源事業を営業譲渡。 これに伴い、Xはハリソン東芝と労働契約を締結し、従前と同⼀条件で勤務。 |
H20.12 | ハリソン東芝はリーマンショックによる事業の悪化に伴い、本社今治⼯場の派遣社員600名のうち、350名の契約終了。 |
H21.9 | ハリソン東芝は本社今治⼯場のすべての派遣契約を終了。 その後、主要商品である冷陰極放電灯(CCFL)製造の海外移転推進、合理化設備導 ⼊等による⽣産性向上、役員報酬返上、賞与⽔準⾒直し等の合理化諸施策を実施。 |
H22.1 | ハリソン東芝は上記合理化諸施策で業績が改善しなかったため、経営会議において事業構造改⾰(⼤幅な⼈員削減、B事業所を廃⽌して本社統合を⾏う等、以下「本件事業構造改⾰」)の実施を承認。同⽉25⽇に労働組合に本件事業構造改⾰の提案を ⾏い、承認を得る。 |
H22.1.26〜 | ハリソン東芝はXを含むB事業所の従業員に対し、本件事業構造改⾰の説明会を実施。 |
H22.2末頃 | Xの上司(以下「A」)とXが更新⾯談。 Aが、B事業所が閉鎖される予定のため、期間雇⽤従業員の仕事がいつまであるのか分からないので、H22.4.1からの契約はこれまでの3カ⽉ではなく2カ⽉としたい旨を述べ、Xもこれに同意し、期間をH22.5までとする労働契約締結。 |
H22.11〜 | AはXとの労働契約の更新⼿続きを⾏う際、B事業所の閉鎖時期がH23.9末⽇までであること、これに伴い、Xとの労働契約も同年9⽉末⽇までとなる⾒込みであると述べた。 |
H23.6.6 | XはAから今回が最終契約なのでそれ以降の更新はない旨告げられた上で、「雇⽤期間は平成23年7⽉1⽇から平成23年9⽉30⽇までとする。」「今回をもって最終契約とする」と記載された労働契約書(以下「本件労働契約書」)を提⽰され、これに署名・押印してハリソン東芝との労働契約更新。 この際、Xは本件労働契約書の記載につき、xxxx東芝に対し、特段の申し出も質問もしなかった。 |
H23.6.28 | Xは本件労働契約書に署名・押印したものの、同契約書記載の契約期間満了後も引き続きハリソン東芝において雇⽤を継続してもらいたいと考え、労働組合ユニオンヨコスカに個⼈加⼊。 |
H23.7.14〜 | H23.7.14、8.19、9.1の3回、団体交渉を⾏ったが、交渉はまとまらなかった。 |
H23.9.30 | ハリソン東芝はB事業所閉鎖、Xとの労働契約不更新。 なお、本件事業構造改⾰による⼈員整理(転籍、出向、退職)の結果、xxxx東芝の本社では、919名のうち429名が引き続き勤務することになり、会社全体では 1243名の正社員が684名と約半分に減少。 |
[2]主な争点
本件の主な争点は、①Xが「雇⽤期間は平成23年7⽉1⽇から平成23年9⽉30⽇までとする」「今回をもって最終契約とする」と記載された本件労働契約書に署名・押印していることにより、労働契約の合意終了が成⽴したか否か、②仮に合意終了が成⽴していない
(すなわち、Xは雇⽌めされた)として、解雇権濫⽤法理の類推適⽤により、雇⽌めが無効となるか否かの点である。
2 判断
本判決は、まず、上記①の点につき、以下の判断を⽰した。(傍線:筆者)
「これまで⻑年にわたってハリソン東芝に勤務してきた原告にとって、労働契約を終了 させることは、著しく不利益なことであるから、労働契約を終了させる合意があったと認めるためにはその旨の労働者の意思が明確でなければならないと解すべきである。……原告は、本件労働契約書に署名・押印する際に特段の申出や質問をしなかったことが認められるものの、雇⽤継続を望む労働者にとっては労働契約を直ちに打ち切られることを恐れて使⽤者の提⽰した条件での労働契約の締結に異議を述べることは困難であると考えられることに照らすと、これらの事実だけでは、原告が労働契約を終了させる明確な意思を有していたと認めることはできず、他に、xxxx東芝と原告の労働契約が合意により終了したことを認めるに⾜る証拠はない。
したがって、本件労働契約書の「今回をもって最終契約とする」との記載は、いわゆる 雇⽌めの予告をしたものであると解するのが相当であり、ハリソン東芝は、本件労働契約につき、契約期間満了⽇である平成23年9⽉末⽇をもって雇⽌めをしたものというべきである」
そして、上記②の点について、契約更新の回数は、XがYに⼊社してから合計76回、xxxx東芝に⼊社した後だけでも合計43回にも上っていたこと、Xの従事していた業務が基幹的なものであったこと等から、雇⽤継続の合理的期待を肯定し、解雇権濫⽤法理の類推適⽤を認めたが、他⽅、「今回をもって最終契約とする」旨の⽂⾔が記載された本件労働契約書にXが署名・押印している等の事情から継続雇⽤の期待利益の合理性の程度は⾼くないとした。
その上で、xxxx東芝が実施した合理化施策や本件事業構造改⾰の実施、同改⾰により、正社員が約半数に減少し、このような状況で期間雇⽤従業員であるXの雇⽤を維持するのは困難であったこと、Xへの説明や、団体交渉への対応により、⼿続き的に著しく相当性を⽋いているとはいえないこと等から、雇⽌めは有効であると判断した。
3 実務上のポイント
本件は、「今回をもって最終契約とする」と記載された雇⽤契約書に労働者が署名・押印していた事案であり、いわゆる不更新特約の効⼒が争われたものである。
有期雇⽤契約が反復継続して更新された場合、労働者が継続雇⽤の合理的期待を持つことがあり、その場合に、労働契約の終了を望む使⽤者においていかなる措置を講じるべきかという点は、実務上も重要な問題である。
この点につき、労働契約法施⾏通達「労働契約法の施⾏について」(平24.8.10基発 0810第2)は、「いったん、労働者が雇⽤継続への合理的な期待を抱いていたにもかかわらず、当該有期労働契約の契約期間の満了前に使⽤者が更新年数や更新回数の上限などを⼀⽅的に宣⾔したとしても、そのことのみをもって直ちに同号[筆者注:労働契約法 19条2号]の該当性が否定されることにはならないと解される」として、使⽤者による不更新の⼀⽅的宣⾔だけでは、雇⽌め法理の適⽤を免れないとの⾒解を明らかにしている が、本件のように労働契約書に不更新条項を規定した場合の効⼒については、特に明らかにはしていない。
この点については、裁判例においても、①不更新条項による有期労働契約の合意終了の効果を認めるもの(近畿コカ・コーラボトリング事件 ⼤阪地裁 平17.1.13判決 労判 893号150ページ)、②不更新条項による雇⽤継続に対する期待利益の確定的放棄を認めるもの(本⽥技研⼯業事件 東京⾼裁 平24.9.20判決 労経速2162号3ページ)、③雇
⽌め法理の適⽤(解雇権濫⽤法理の類推適⽤)に当たり、不更新条項を付したことが、権利濫⽤を否定する⽅向にはたらく⼀事情となるとするもの(明⽯書店[製作部契約社員・仮処分]事件 東京地裁 平22.7.30決定 労判1014号83ページ)などがあり、必ずしも、不更新条項の効果に関して⾒解が統⼀されているわけではない。
このような状況において、本判決は、不更新条項を有効と認めるためには、「その旨の労働者の意思が明確でなければならない」とし、雇⽌めを恐れる労働者にとって、不更新条項に異議を述べることが困難であること等から、本件雇⽤契約書の不更新条項につい て、「雇⽌めの予告」をしたものにすぎないと判断した。
本件では、Xが本件労働契約書に署名・押印する際に特段の申し出や質問をしなかったことだけでは、Xが労働契約を終了させる明確な意思を有していたとは認められないとしており、雇⽌めを恐れる労働者と使⽤者の⼀般的な⼒関係に着⽬して、「労働契約を終了させる明確な意思」の認定を厳格に⾏う⽴場を⽰したものといえる。
もっとも、本判決は、解雇権濫⽤法理の類推適⽤に当たり、不更新条項を含む雇⽤契約書にXが署名・押印していたという事情から、Xの雇⽤継続の期待利益の合理性の程度が
⾼くないとしており、限定的ではあるが、不更新条項の存在が使⽤者の有利に働いている
ことも⾒逃せない。
このように、本判決は、不更新条項の有効性および効果について判断を⽰した事例の⼀つとして、実務上参考になると思われる。
【著者紹介】
⻲⽥xx xxxxxx
森・濱⽥xx法律事務所 弁護⼠
2009年弁護⼠登録。主な著書に、『労xx・派遣法・⾼年法 平成24年改正 Q&A』(商事法務・2013年4⽉刊、共著)がある。「労政時報」誌上にて、相談室 Q&A「社員のブログが原因で中傷メールが会社に届くなど業務運営に⽀障を来した場合、懲戒できるか」(第3838号-13.1.25)などを執筆。
◆森・濱⽥xx法律事務所 xxxx://xxx.xxxxxxxx.xxx/
■裁判例と掲載誌
①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別
(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであることを⽰す)
⾼裁 → ⾼等裁判所
地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順)
刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所)判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所)労経速:「労働経済判例速報」(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)