しかし、とりたてて契約終了後の時点での行為義務として特徴づける必要はなく、契約の余後効(Nachwirkung)という視点を否定し、契約の継続効(Fortwi rkung)という観点から誠意契約的な債務の一例として、明示された契約期間終了後にも契約債務が存在し続けることがあることを承認すると主張する(29)。
契約責任の時間的延長に関する一考察(2)
―契約xxx論を素材にして―
x x x x
序 章 はじめに
Ⅰ.問題の所在
Ⅱ.🎧研究の対象と意義
Ⅲ.🎧稿の構成
第xx 日🎧における契約xxx論の展開
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.学説の理論展開
一.学説の分類と分析視角二.契約xxx論の萌芽
三.契約xxx論の定着 ―義務構造論との接合―
(以上、白鷗法学24巻3号)四.契約xxx論の深化(今日の見解)―契約xxx論の限界―
五.今日における契約xxx論の到達点 ―理解の異同と問題点―
Ⅲ.裁判例の傾向分析
一.裁判例の分類と分析視角 二.履行請求が認められた事例
三.損害賠償請求が認められた事例
四.裁判例からみる契約xxx ―義務の多様性と不明確な点―
Ⅳ.小括
第二章 ドイツにおける契約xxx論の展開
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.裁判例の傾向分析
一.裁判例の分類と分析視角 二.履行請求が認められた事例
三.損害賠償請求が認められた事例
四.裁判例からみる契約xxx ―義務の多様性と不明確な点―
(以上、🎧号)
第三章 契約xxx論の理論的基礎第四章 契約xxx理論の検証
終 章 むすびに
四.契約xxx論の深化(今日の見解)―契約xxxの限界―
(一)xx(勝)説
1 妥当領域 ―想定されている場面―
眺望及び日照の良いマンション販売後に、同一業者が当該マンションの眺望及び日照を阻害するマンション建設しない義務、賃貸借契約終了後の目的物保管義務、雇用契約終了後の競業避止義務、委任契約終了後の顛末報告義務、および委任契約または雇用契約終了後の秘密保持義務、が挙げられている(1)。
2 契約xxxの意義
xx(勝)教授は、「契約のxxx」として、債務の履行におけるxxxから本来の給付の終了後、つまり契約の主たる債務が適切な履行により消滅した後もなお契約当事者間に一定の作為・不作為をなすべき「付随的義務」が認められるという(2)。
3 義務存立基盤としての債務関係の理解
xx(勝)教授は、契約締結によって債務の履行を期待する関係が生まれることで、xxx上、相手方の信頼を裏切らないように行動することが求められる債権者と債務者との関係を「債権関係」と定義し、この債権関
(1) xxxx『債権各論講義ノート』(成文堂、1994)207頁、同『法律学講義シリーズ 債権総論』(弘文堂、2000)51,164頁。
(2) xxxx・前掲注(1)『各論』207頁、同・前掲注(1)『総論』164頁。xxxx教授は、付随的義務、付随的注意義務および付随義務という呼称が似た用語を用いている。xxxx教授によれば、付随的義務は、「債権の内容の実現に向けられた義務、給付義務を実現するための義務」と定義づけられ(xxxx・前掲注(1)『総論』
3,4頁)、付随的注意義務とは、「債務の本旨にしたがって履行義務を実現するよう配慮すべき義務、履行・給付に向けられた義務」と定義づけられるが(xxxx・前掲注(1)『総論』142頁)、付随義務については定義を明らかにしていない。また、付随義務を付随的義務または付随的注意義務と同義のように扱っている部分が見受けられる(xxxx・前掲注(1)『各論』208頁、同・前掲注(1)『総論』163,164頁)。本稿では、xxxx教授がいずれの用語を用いていたとしてもその意図しているところに相違はないと考え、xxxx教授の理論分析にあたっては、いずれも「付随的義務」という呼称を用いて叙述していくこととする。
係から個々の債権が発生するとする(3)。
また、契約による責任には、基本的な契約責任(給付義務)と補充的な契約責任(付随的義務)とが存在し、付随的義務は契約の準備・締結・交渉段階、契約の履行段階、契約終了後の段階とに区別することができるxxx上の注意義務であるという(4)。また、保護義務は、付随的義務とは区別された、契約の相手方の生命・身体・人格・財産(完全性利益)の安全性を確保すべきxxx上の義務であるとする(5)。
4 被違反義務の性質
xx(勝)教授によれば、契約の主たる債務が適切な履行により消滅した後もなお付随的義務が存するとしており、契約xxxで問題となる義務はxxxを根拠とする付随的義務であるという(6)。
5 義務違反の効果と責任性質
眺望及び日照阻害事案につき、損害賠償や建設工事の禁止を求めることができるかについて、付随的義務違反を理由として、建物建築されないという信頼が損なわれたことによって被った損害につき損害賠償を請求できるにとどまるとし、建築禁止については、不作為特約がない限り困難であるという(7)。すなわち、損害賠償請求が可能であるが、不作為請求(一種
(3) xxxx・前掲注(1)『総論』7,51頁。また、xxxx教授は、個々の債権が消滅したとしても債権消滅後の清算について義務があるとしている(xxxx・前掲注(1)『総論』7頁)。なお、xxxx教授は、給付義務、付随的義務および保護義務が同一の債権関係から発生するのかについては言及していない。
(4) xxxx教授は、債務者の義務として、給付義務、付随的義務、保護義務、を想定しているが、契約のxxxとして、付随的義務が認められるとしていることから、契約xxxで問題となる義務には給付義務、保護義務が含まれないという趣旨に思えるが、これについて明言はしていない(xxxx・前掲注(1)『各論』208頁、同・前掲注(1)『総論』164頁)。
(5) xxxx・前掲注(1)『各論』208頁、同・前掲注(1)『総論』164頁。
(6) xxxx・前掲注(1)『各論』208頁、同・前掲注(1)『総論』164頁。なお、xxxx教授は、契約の主たる債務が適切な履行により消滅した後も付随的義務が「継続する」や「存続する」という表現をしているが、履行過程における付随的義務と同一であるかは明らかでない。
(7) xxxx・前掲注(1)『各論』207頁。
の履行請求)については困難であるという。また、契約xxxで問題となる義務である付随的義務は補充的な契約責任という一種の契約責任を生じさせると説く(8)。
(二)🎧田説
1 妥当領域 ―想定されている場面―
xxxxは、日本における不動産開発業者による土地の売却後の環境瑕疵事件・値下げ販売事件、会社退職後の競業避止義務に関する事件、フランチャイズ契約終了後の旧加盟者の競業避止義務に関する事件、という複数の裁判例を挙げている(9)。
2 契約xxxの意義
xxxxは、契約の終了後にも契約的拘束のxxxとしてなおxxx上の義務である「契約のxxx的義務」が存在し、その違反は「契約終了後の過失」責任として認められるという(10)。また、xxxxは、契約終了後におけるxxx上の義務違反を発生させる一般的な基準として「信頼の惹起」と「信頼の裏切」というメルクマールを挙げている(11)。
3 義務存立基盤としての債務関係の理解
xxxxは、契約交渉によって生じた強められた信頼に基づく各種の行為義務を生じさせる「法定債務関係」が存在し、契約の成立の前後を問わずに統一的に把握されるという(12)。
(8) xxxx・前掲注(1)『各論』208頁。
(9) xxxx『現代民法額の課題 契約規範の成立と範囲』(一粒社、1999)258,268- 312頁。また、日本の裁判例以外にもドイツの裁判例も複数紹介している(xx・同注261-264頁)。
(10) xx・前掲注(9)255頁。
(11) xx・前掲注(9)268,269頁。このことから、xxxxは、信頼を惹起した後にこれを裏切ることに対して責任を負わせることができるという有用性を見いだしていると思われる。
(12) xxxx「『契約締結上の過失』理論について」xxxほか監修『現代契約法大系第1x xx契約の法理(1)』(有斐閣、1983)214頁。
この「法定債務関係」から、契約上の義務は給付義務に尽きず、契約準備段階に入った後は契約から生じる付随義務が契約終了後にも認められ、また、付随義務以外に保護義務もまた認められることとなるという(13)。なお、xxxxは、付随義務と保護義務との相違は、前者が「意思に基づく債務=主たる債務に付随するという意味で用いられているもの(給付義務の一内容となるもの、あるいは「給付利益」の保護が問題となる場合)」であるとし、後者が、「意思に基づかない債務=主たる債務から独立して存在するxxx上の債務(給付義務とは発生原因を異にする別個独立の義務、あるいは「完全性利益」の保護が問題となる場合)」であるとしている(14)。
以上のことから、xxxxは、給付義務は「法定債務関係」ではなく当事者意思を根拠に直接に導かれ、保護義務は「法定債務関係」に基づくことを明らかにしている。しかし、付随義務については、意思に基づき発生し、「法定債務関係」の存在によって契約終了後においても存続すると解しているのか、保護義務と同様に「法定債務関係」に基づく義務であるのかは明らかでない。
4 被違反義務の性質
xxxxは、契約xxxで問題となる義務を「契約のxxx的義務」と呼び、xxx上の義務として付随義務と保護義務が存在することを明らかにしている(15)。
履行過程においては、付随義務、保護義務以外にも給付義務が存在しているが(16)、両者においてともに存在する付随義務と保護義務とでは、その内容が異なるのか否かについては明確にはされない。
(13) xx・前掲注(9)214,256-258頁。
(14) xx・前掲注(9)214,215頁。
(15) xx・前掲注(9)225,258,278頁。
(16) xx・前掲注(9)258,278頁。
5 義務違反の効果と責任性質
xxxxは、「契約のxxx的義務」違反は、契約責任規範に服する債務不履行に該当するために、それぞれの要件が満たされるならば、差止めや、債務不履行としての損害賠償請求権、契約解除権が発生すると説く(17)。
(三)xx(x)説
1 妥当領域 ―想定されている場面―
xx(x)教授は、654条に定められている委任契約の善処義務、賃貸借契約終了後の有益費償還義務、競業避止義務、消費者取引における一定期間の交換部品等の供給義務、を挙げている(18)。
2 契約xxxの意義
xx(x)教授は、契約上の義務の拡大現象、特に契約責任の時間的拡大の議論の1つである「契約終了後のxxx」として「契約終了後の権利義務」があるという(19)。xx(x)教授は、個別具体的に「契約終了後の権利義務」に言及している(20)。すなわち、654条に定められている委任契約の善処義務については、契約は終了したが引継ぎなしにいきなり仕事を辞められては困るためであるとし、賃貸借契約終了後の有益費償還義務については、継続的な契約関係の終了に際して、それまでの関係を清算するためであるとし、競業避止義務について、契約によって緊密な関係に立った者は、その終了後においても、相手方がその契約関係にあったことのために不当な不利益を被らないようにしなければならないという。
3 義務存立基盤としての債務関係の理解
xx(x)教授は、契約上の義務の発生根拠を「関係的契約理論」とい
(17) xx・前掲注(9)260頁。
(18) xxx『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会、1997)106,107頁。
(19) xxx・前掲注(18)『民法Ⅱ』107頁、同『民法Ⅲ 債権総論・担保物権[第3版]』
(東京大学出版会、2005)138,139頁。
(20) xxx・前掲注(18)『民法Ⅱ』106,107頁。
う観点から理論化を試みている。すなわち、xx(x)教授は、当事者間で時間の経過とともに進行する事実上の契約(または契約類似の)関係である「契約プロセス」という観点から契約を観察し、様々な権利義務が契約プロセスの進行とともに変動しているということを捉え、この変動の重要な要因は契約の前提をなした事情の変化であるという(21)。この契約プロセスは社会関係の中で成り立っており、当事者の孤立的な合意に支配されず、契約プロセスの中で当事者の相互関係が密度を高め相互に依存関係が強くなるほど、xxxを通じて実定契約法に吸い上げられた内在的契約規範(背景の社会関係に内在する規範)への依存度が高くなり、この内在的契約規範が実定法の中に次第に取り込まれ「関係契約法」と呼ばれる規範群を形成しており、この考えから、関係の維持・継続そのものが価値を有するという(22)。
xx(x)教授の見解は、契約プロセスという観点で当事者の関係を捉え、関係的契約規範においてその関係に応じた債権・債務が認められると解することができるであろう。
4 被違反義務の性質
xx(x)教授は、「関係的契約理論」から、当事者の間に成立する関係そのものに由来してxxxを介して契約の効力が認められるとしている(23)。そのため、契約xxxにおいて問題となる義務の性質については言及しておらず、また、「関係的契約理論」から、当事者が形成した関係そのもの、すなわち契約プロセスのなかで債権・債務を理解しているが、履行過程における義務と契約xxxで問題となる義務との間にどのような相違があるかは明言していない。
(21) xxx『契約の時代』(岩波書店、2000)91,92頁、同・前掲注(19)『民法Ⅲ』 14,15頁。
(22) xxx・前掲注(21)『契約』69,92,93頁。
(23) xxx・前掲注(18)『民法Ⅱ』107,108頁。
5 義務違反の効果と責任性質
xx(x)教授は、契約xxxで問題となる義務の違反によって、損害賠償責任が発生するとしている(24)。また、xx(x)教授は、契約xxxで問題となる義務違反時の責任性質を契約責任とみる(25)。xx(x)教授によれば、契約xxxで問題となる義務は一般に社会生活上の注意義務というよりも、特定の契約ないし契約類似の関係に立った当事者の信頼を根拠にしているということが適切であるという。契約上の債権・債務の発生根拠を当事者の意思に求める伝統的契約法理論ではこれらの義務の説明に無理が生じるとして不法行為責任構成をとる見解に対して、「関係的契約理論」に立脚することで対処することができるという。
(四)xx(x)説
1 妥当領域 ―想定されている場面―
xx(x)教授は、ドイツでの議論を参考にし、営業用建物賃貸借契約を締結した者は、契約終了後も、賃借人が取り付けた移転先を示す立て看板を受忍する義務、雇用契約終了後の退職した被用者のために一定の証明書を交付する義務、賃貸借契約終了後に賃貸人はかつての賃借人の置き忘れたものを保管しておく義務、専売契約を締結していた者は、契約関係終了後、当該商品と類似する紛らわしい名称を用いて同種の商品を販売しない義務、眺望の良さを前提として土地を売却した開発業者は、その後その眺望を害する建物を建築してはならない義務、委任関係ないし雇用関係終了後の守秘義務、商品の売却後に商品の危険性を認識するにいたった売主の買主に対し危険を報告する義務を挙げる(26)。特に、日本においても眺望の良いマンション販売後に眺望を阻害するマンションを建設したものに対
(24) xxx・前掲注(18)『民法Ⅱ』139頁。
(25) xxx・前掲注(18)『民法Ⅱ』139,140頁。
(26) xxxx『新契約法体系Ⅳ 契約法』(有斐閣、2007)113頁。
する(不法行為)責任を肯定した裁判例が類似の事件であるという(27)。
2 契約xxxの意義
xx(x)教授は、「契約の継続効(xxx)」という表題のもと、「契約のxxx」は契約期間終了後もなお継続する当事者間の特別な義務であるとして、その存在を明らかにしている。xx(x)教授は、合意された契約期間が終了した後にも、漠然とであれ契約期間終了後にも契約義務が存在し続けることは社会の一般人も契約当事者も意識しているのが通例であり、契約当事者を含む社会の一般人の意識の反映であるという(28)。
しかし、とりたてて契約終了後の時点での行為義務として特徴づける必要はなく、契約のxxx(Nachwirkung)という視点を否定し、契約の継続効(Fortwirkung)という観点から誠意契約的な債務の一例として、明示された契約期間終了後にも契約債務が存在し続けることがあることを承認すると主張する(29)。
3 義務存立基盤としての債務関係の理解
xx(x)教授は、厳格な文言解釈態度(厳正契約的解釈)をとるのではなく、xxxを内包した柔軟な解釈態度(誠意契約的解釈)をとることで、「債権関係」の重層的理解を脱し、その債権・債務の中核的部分以外の義務の存在が承認され、付随義務や保護義務等については全てが契約合意から導かれる単層的な契約ないし債権の構造という理解が生じるために、給付義務・付随義務構成をとる必要性は失われると主張する(30)。
4 被違反義務の性質
xx(x)教授は、xxxを内包した誠意契約的解釈によって、契約中で明確に示されていなくとも契約両当事者が含意していた内容が契約債務になるとしていることから、契約xxxにおける義務の発生根拠は、契約
(27) xx・前掲注(26)『契約』113頁。
(28) xx・前掲注(26)『契約』114頁。
(29) xx・前掲注(26)『契約』112,114頁。
(30) xxxx『新民法体系Ⅲ 債権総論』(有斐閣、2005)53-68頁。
合意であるといえよう(31)。また、xx(x)教授は、契約合意から導かれる単層的な契約ないし債権の構造という理解を採用されていることから、契約xxxで問題となる義務の性質についても同様に考えられるようである。
5 義務違反の効果と責任性質
xx(x)教授は、契約xxxで問題となる義務違反時の効果として損害賠償責任が生じるという(32)。また、「契約の継続効」は契約合意から導かれる債務であると解するために、当然その違反は契約債務不履行の問題だとされる(33)。
(五)xx説
1 妥当領域 ―想定されている場面―
xxxxは、日本の裁判例から、雇用契約終了後の競業避止義務や秘密保持義務、診療後の療養指導義務、物品納入後のアフターサービスの提供その他の助言義務・情報提供義務、を具体的場面として挙げている(34)。
2 契約xxxの意義
xxxxは、契約目的の確保あるいは当事者が保持している完全性利益保護のため、給付偽の履行後、または契約終了後であっても、契約目的の確保または相手方が保持している完全性利益保護のために、給付義務の履行後または契約終了後であっても「xxx上の注意義務(いわゆる契約のxxx)」として一定の行為義務が存在する場合があるとい
(31) xx・前掲注(26)『契約』113,114頁、同・前掲注(30)『総論』68頁。
(32) また、xxxxは、債務不履行の効果として損害賠償と双務契約の解除であるとし、契約xxxが問題となる事案でも解除が問題となりうると言及しているが、解除は実態として重大な不履行があった場合に問題となるのであり、解除が問題となるのは例外的であり、かつ法律構成として解除権行使がxxx違反ないし権利濫用に該当するという(xx・前掲注(26)『契約』113頁)。
(33) xx・前掲注(26)『契約』114頁。
(34) xxxx『新債権総論Ⅰ』(信山社、2017)182頁。
う(35)。
xxxxによれば、「xxx上の注意義務(いわゆる契約のxxx)」は、契約によって契約両当事者によって下された評価もしくはxxxに基づく評価を加えたとき、相手方の保持している完全性利益の保護が契約関係の正常な展開に資するかどうかの問題であり(36)、契約の効力が及ぶ範囲の確定に関する契約解釈の問題、または事件類型によっては不正競争行為による不法行為の問題として処理すれば足るとする(37)。
3 義務存立基盤としての債務関係の理解
xxxxは、一方当事者(債権者)が他方当事者(債務者)から将来において一定の利益を獲得できる地位を取得し、他方では債務者がこの利益を実現するための拘束を受けることが法秩序によって保護される特定人間における相対的特別結合関係を「債権関係」であるという(38)。また、「債権関係」を債権者利益の実現に向けた協働関係として位置づけ、債権者利
(35) xx・前掲注(34)『新債権』182頁。なお、xxxxは、「契約終了後の保護義務」といった構成は、そのような「関係」や「義務」が契約に別個に存在するという印象を与えかねないこと、さらに、ドイツ特有の不法行為責任規範の狭隘さによるものと異なり、不法行為責任を契約責任に仮託しなければならない要請が高いわけでないことから、日本でこのような構成をとる必要はないという(xxxx『債権総論Ⅰ[第2版]―債権関係・契約規範・履行障害―』(信山社、2003)135頁)。
(36) ここでの完全性利益について、xxxxは、契約で目的とされた利益が実現した後に相手方が置かれている状況を念頭に置いているように思われる(xx・前掲注
(35)『債権』135頁)。
(37) xx・前掲注(34)『新債権』182,183頁。
(38) xx・前掲注(35)『債権』3頁、同・前掲注(34)『新債権』152,153頁。なお、xxxxは「債権関係」という相対的特別結合関係は契約締結によって生じるものの他、契約前の交渉段階や契約終了後の段階においても観念されるというが、この
「債権関係」は契約の前・中・後と続く同質の統一的なものとして捉えるべきではないという。すなわち、当事者が締結した契約によって生じる「債権関係」と、契約締結前の段階で存在している「債権関係」とでは、私的自治・自己決定に基礎づけられているか否かという明確な相違が存在しているという(xx・前掲注(34)『新債権』153頁)。また、xxxxは「ある義務が何に基礎づけられているのかということと、その義務が課される段階が契約締結前か後かということは、論理的に直結しない」と述べ、契約締結上の過失で問題となる損害賠償が契約責任としての性質を持たないとはいえないとしている(xx・前掲注(34)『新債権』121-123頁)。
益の実現過程である履行過程を履行に向けた債務者と債権者の具体的行為が積み重ねられる過程として捉えることで、履行過程の具体的状況毎に債務者および債権者に要求されるべき行為が観念されるという(39)。特に、契約によって形成される「債権関係」である「契約関係」とは、債権者と債務者は契約によって設定され法秩序によって実現を保障された債権者利益たる契約利益の実現という共同の目的に向かって協力すべき有機体であり、「契約関係」において契約利益実現に向け誠実に協力すべき規範的拘束が法秩序によって承認された規範を「契約規範」という(40)。
この「契約規範」の中で、給付結果ないし契約目的の達成に向けられた行為義務を、「給付義務」と「付随義務」とに分類する(41)。
「給付義務」とは、給付結果を債権者が請求権の作用に基づいて債務者に求めることができる利益と定義した上で、その給付結果を実現すべき義務と捉えることができるとし、給付結果は行為の目的であると同時に給付義務の対象でもあるという。
「付随義務」には、主たる給付結果を取り巻く「付随的利益」について配慮する義務としての「従たる給付義務」(契約目的達成のための従たる給付義務)と、履行過程の具体的状況下で給付結果を実現するために必要な注意を尽くして行為すべき義務としての「具体的行為義務」とがあるという。
「従たる給付義務」とは、給付結果実現それ自体のために必要なものではないが、債権者が給付結果取得を通して実現しようとした目的の達成のために必要な義務であり、給付結果に性質上必然的に伴う債権者の利益、すなわち給付目的物の十分な利用・受益可能性などの「付随的利益」に配慮すべき義務であるとする。「具体的行為義務」とは、給付結果を実現するために履行過程の各段階において債務者がなすべき義務であり、給付義
(39) xx・前掲注(35)『債権』24頁。
(40) xx・前掲注(35)『債権』503,504頁。
(41) xxxx『契約規範の構造と展開』(有斐閣、1991)144-146頁。
務内容が履行過程の各段階で具体化したものに他ならないという。
さらに、完全性利益侵害については、本来、不法行為責任規範に服するものであるが、債権者が債務者との関係においてその保護が正当化される利益状態と判断されるならば、換言すれば完全性利益を侵害する行為が給付結果及び契約目的を実現する過程としての「履行過程」に関連しているならば、「契約規範」に服する可能性があることを指摘する(42)。
完全性利益に配慮する義務の場面として、①完全性利益の保護が契約上で保障された給付利益(意思自治の原則の下に私人が自由に創造した利益)を構成している場合、すなわち完全性利益の保護が契約の主たる給付義務となる場合、②同様に完全性利益の保護が契約の従たる給付義務となる場合、③完全性利益の保護が給付利益を構成しているのではないが、契約上保障された利益を実現する目的でされた具体的行為に際して発生しうる完全性利益侵害から相手方の保護を図るべき義務、④およそ特別な事実的接触が存在すればそこにおいて生じうる完全性利益の保護の義務を挙げる。
①②の場合には完全性利益の保護が債権者利益(債権者により獲得することを目指された利益、契約利益)に組み込まれていることから契約規範に服し、④の場合には契約との接点を欠いているために不法行為責任規範に服するとなるが、③の場合には当該完全性利益の保護を契約規範に組み込むには給付利益の実現過程と完全性利益侵害との関連付けが重要であるとするために、その関連付けを明らかにする要件(43)を満たす場合には契約
(42) xx・前掲注(41)『契約規範』150頁。なお、xxxxは、近時、完全性利益を侵害しないように配慮すべき義務を「保護義務」と呼び、「給付義務」および「付随義務」とは異なる義務類型として承認しているように思われる(xx・前掲注(35)
『債権』161-169頁)。
(43) その要件は①契約上保障された給付利益を実現するために、債権者の完全性利益が債務者に開示されたこと、②そうして開示された完全性利益を保持・管理するために必要とされる注意を、債権者が債務者にゆだねたこと。③債務者による完全性利益の侵害が、給付利益を実現するための行為の中で生じたこと、④当該完全性利益侵害が、給付利益の実現に伴う特殊の危険の実現であること、として挙げている
(xx・前掲注(35)『債権』104頁)。
上の保護が与えられるとする(44)。
4 被違反義務の性質
xxxxによれば、契約終了後の段階における「xxx上の注意義務」は、契約目的の確保あるいは相手方の完全性利益保護のために存する一定の行為義務であるとされることから(45)、xxxxのいうところの「付随義務」と解される(46)。また、xxxxは、「xxx上の注意義務」について、当該契約によって下された評価の考慮、もしくはxxxに基づく評価を加えたとき、相手方の保持している完全性利益の保護が契約関係の正常な展開に資するものとして契約規範に組み込まれているかを論じるべきであるとし(47)、契約履行過程との区別については特に言及していない。
5 義務違反の効果と責任性質
xxxxは、「xxx上の注意義務」違反に際してどのような効果が生じるかについて明らかにしていない(48)。また、xxxxは、契約で目的とされた利益が実現した後に相手方が置かれる状態について、当事者の一方はどこまでの・どのような配慮をすべきなのかという契約解釈の問題ないし事件類型によっては不正競争行為による不法行為の問題として扱えば足るという(49)。すなわち、契約規範に組み込まれているならば契約責任として、そうでなければ不法行為責任として扱うべきであるという見解であると考えられる。
(44) xx・前掲注(41)『契約規範』146-152頁。
(45) xx・前掲注(34)『新債権』182,183頁。
(46) 近時のxxxxの見解によれば、相手方の完全性利益保護に向けられている義務を「保護義務」として「付随義務」から独立させているように思われる(前掲注(42)を参照されたい)。
(47) xx・前掲注(35)『債権』135頁。
(48) なお、xxxxは「xxx上の注意義務」の性質を「付随義務」または「保護義務」であると考えていると解されることから、場合によって履行請求・損害賠償・解除ができると解していると思われる(xx・前掲注(35)『債権』578頁)。
(49) xx・前掲注(35)『債権』135頁。
(六)「契約xxx論の深化」(今日の見解)の特徴
「契約xxx論の深化」の時期は、日本において定着したように思われる契約xxxが契約xxxに関する裁判例の出現によって、裁判例を用いた分析が可能となった時期と把握することができる。
この時期において、契約xxxの妥当領域として挙げられているのは、従来の議論で挙げられている場面のみならず、日本の裁判例において実際に問題となった場面を想定している。さらに、先行研究が存在するドイツの裁判例もあわせて紹介されている。
その上で、契約xxxは、上記の「契約xxx論の定着」の時期と同じく債務関係および義務構造論から論じられ、主たる給付義務の履行後であっても義務が存在すると裁判例から明らかにされている。
なお、義務存立基盤としての債務関係について、従来の議論に従う見解も存在するが、新たな視点も提示されている。すなわち、xx(貴)教授は「関係的契約理論」という観点から当事者間に成立した関係から義務を根拠付け、xx(x)教授は契約における合意を誠意的契約解釈によって
「単層的な契約(関係)」から義務を根拠付け、xxxxは契約利益・目的の実現のために形成された「拘束関係」から義務を根拠付ける、という点で正確にはそれぞれの見解は異なるものの、契約当事者に存する義務がいわゆる包括的かつ統一的な関係を根拠にしている点で共通していると考えられる。
その結果、xx(x)教授、xx(x)教授およびxxxxは、債務関係の理解から履行過程における義務と契約xxxで問題となる義務には相違がないと解しているように思われる。
このような見解において、履行過程であろうと給付義務の履行後であろうと契約上の義務の履行は、「債務の本旨」に従っているか否かで債務不履行があったか否かを判断する材料に過ぎず、その結果、契約xxxは不要となるとも目される。また、これらの見解に立脚すると、義務違反の効
果については、個別具体的に履行請求、解除権および損害賠償請求を検討すれば足ることとなる。
なお、従来の債務関係の理解または新たな債務関係の理解に立脚するとしても、契約xxxの義務違反による責任性質は、債務関係上の義務と解される以上、契約責任ということに異論はない。
このように、日本における裁判例および債務関係から分析を加えられた契約xxx論は、履行過程における義務と同質化を見いだされ、理論的限界を指摘されるに至っている。
五.今日における契約xxx論の到達点 ―理解の異同と問題点―
ここまで、今日に至るまでの契約xxxについて3つの時代区分に分けて分析を行ってきた。この契約xxxに関する分析結果を整理し、契約xxx論に残されている問題点を明らかにすることとする。
契約の主たる給付義務の履行後であっても、何らかの義務が存在しており、これらの義務は、債権者が有する利益(履行利益 and/or 完全性利益)の維持・保護に資するものであって今日では裁判例および学説上承認されている。
しかしながら、義務の存立基盤である債務関係の理解から、契約xxxについて懐疑的な見解が近時唱えられている。従来は、主たる給付義務の履行によって債務関係の一部に変化が生じるという共通理解の下で、契約xxxとして存する義務をどのように解するべきかという視点で分析が試みられてきた。債務関係について、「給付義務」を基礎づける債務関係と
「保護義務」を基礎づける債務関係とを峻別し段階的に捉えるか、峻別することなく一体的に捉えるかには相違が存する。前者の見解では、主たる給付義務の履行後においては保護義務を基礎づける債務関係のみが存続するとされることから、「保護義務」のみが契約xxxとして現れるということが唱えられている。これに対し、後者の見解では、履行過程における
債務関係との相違は明らかにされていないが、給付利益・給付結果が既に実現されていることに着目して、給付利益・給付結果の維持・保護に向けて「付随義務」や「保護義務」が契約xxxとして認められるとしている。このように、契約xxxとして認められる義務と履行過程における義務との相違が意識されていることから、後者の見解においても、履行過程と主たる給付義務の履行後とでは債務関係に何らかの変化が生じていることを示唆しているように考えられる。しかし、近時は、包括的かつ統一的な関係として債務関係を理解することで履行過程と主たる給付義務の履行後とで義務の理解に相違を認めることに懐疑的であると言えよう。換言すれば、履行過程と主たる給付義務の履行後とでは債務関係は同一であることから、両段階における義務は同列に扱えば足り、契約xxxとは履行過程における義務が残存しているものであると評価しているものと思われる。このように、債務関係に関する理解から契約xxxの限界が唱えられるに至っている。
債務関係に関する理解から、契約xxxの限界、換言すれば、契約xxxが履行過程における義務の問題と同列に扱うことができるという見解が近時存在するが、これらの見解には問題がないのであろうか。確かに、主たる給付義務が履行されたとしても、未だに給付利益・給付結果が実現されていなかったと評価されうる場合には、主たる給付義務の履行後における義務は履行過程における義務と相違ないと評価可能である(50)。しかし、主たる給付義務の履行後において給付利益・給付結果が実現してたと評価される場合には、契約xxxとして現れる義務は「給付利益・給付結果の実現」という目的に資するということはなく、義務の存立基盤としての債務関係を同一と解することができるのであろうか。例えば、アフターサービス義務
(50) 例えば、売主の売買目的物の用法を説明する義務や対抗要件を備えさせる義務が、主たる給付義務の履行後においても、未だに履行されていない場合が考えられる。
においては、履行過程ではそもそも問題となり得ない義務であり、診療録閲覧請求権においては、履行過程はもちろん認められようが、問題となる場面では、閲覧を求める理由が異なっているように思われる。さらに、裁判例では履行請求権が認められる場合と、損害賠償請求のみが認められる場合とがある。これらの相違はどこから導き出されるのであろうか。
今日、日本において契約xxxに関する裁判例が少なからず認められる。裁判所がどのような理解に立脚して判断しているのか、すなわち、契約xxxで問題となる義務の内容および義務違反の効果に相違が存在するのはなぜなのか、さらには履行過程における義務とどのような点で異なるのかについて、傾向分析を試みることが必要である。
Ⅲ.裁判例の傾向分析
一.裁判例の分類と分析視角
契約xxx論は、近時、理論的限界が論じられるものの、裁判例において問題となっていることは学説上認められている。近時の学説は、債務関係および義務構造論のなかで契約xxxに言及しているが、広く裁判例を分析した論考は少ない(51)。また、前節で学説の理論展開を分析した結果、学説上いくつかの問題点が残されていることが明らかとなった。すなわち、契約xxxで問題となる義務の内容および義務違反の効果に相違が存在するのはなぜなのか、さらには履行過程における債務とどのような点で異なるのかである。
本節では、日本における裁判例の傾向分析を通じて、上記で明らかとなった契約xxx論に関する学説上の問題点に関する示唆を得ることを目的とする。
(51) 日本の学説は、契約xxxの妥当領域として日本の裁判例を挙げているが、広く裁判例の傾向分析をした論考は少ない。そのなかで、xx・前掲注(9)は、契約xxxで問題となる不動産開発業者の義務、会社退職後および旧フランチャイジーの競業避止義務、について広く裁判例の傾向分析した論考である。
契約xxxに関する裁判例の傾向分析に際して、裁判例を、まず、義務違反の効果面で分類していくこととする。すなわち、契約xxxで問題となる義務違反に対し、履行請求が認められた裁判例と損害賠償請求のみが認められた裁判例とで分類する。その上で、契約xxxで問題となる義務を裁判所がどのように解しているのか、すなわち、義務の内容、義務の存立基盤としての債務関係、債務不履行(義務違反)の状態(給付実態)、義務違反の効果に焦点をあてて傾向分析することとする。
二.履行請求が認められた事例
(一)仙台地決平成7・8・24(判時1564号105頁)
1 事案の概要
被告Yは、マンション(以下、マンション全体のことを指す場合には「本件マンション」、買主らが専有する部分を指す場合には「本件各専有部分」と称する。)の眺望および日照の良さを強調し、購入希望者には眺望および日照が確保されることについての信頼を形成させる内容の広告をなし、 Yの販売担当者は眺望の良さおよび低層階でも日照が十分得られることを強調した販売方法を行っていた。原告Xらは、本件マンションの隣接地(以下、「本件土地」と称する。)にマンションが建つのではないかとYの販売担当者に質問したところ、日照権の問題、既存建物の歴史的重要性等を理由にマンション建築の可能性を否定していた。
平成4年9月ころから平成5年2月ころにかけて、Xらは本件各専有部分の眺望および日照の良さを主要な動機の一つとして本件各専有部分を購入し、本件各専有部分に入居した。
Yは平成5年9月ころ、Aから本件土地の買い受けについて打診を受け、平成6年2月28日に本件土地を買い受け、同年6月20日に、Yは本件土地上にマンション(以下、「本件建物」と称する。)を建築する旨の看板を設置し、以後、近隣住民説明会などを行ったものの、Xらが希望した本件建
物の設計変更、補償金の支払い、本件建物への移転については全く応じないまま、同年11月に本件建物の建築工事に着工し、Yは本件建物の販売を完了してしまった。
そこで、本件建物の建築によって、本件各専有部分からの南側の眺望は完全に阻害されるとともに、日照被害が生じるに至ったため、XらがYに対して、本件建物の建築工事の差し止めを求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
仙台地裁は、まず、Yが、本件マンションの販売に当たり、眺望及び日照の良さを強調するとともに、眺望及び日照が将来にわたって確保されることを期待される説明を行ってきたことを認定する。しかし、XらとYとの間の売買契約書及び重要事項説明書には、Yが本件マンションの眺望及び日照を保証したと解すべき記載がなく、Yが、本件土地の取得について打診を受けたのは平成5年9月であり、本件マンションの販売当時、 Yが、本件土地を取得する計画を有していたなど、Xらに対し、本件マンションの眺望及び日照を保証し得る地位にあったとは認められないことに照らせば、YのXらに対する右説明内容から、直ちに、YがXらに対し本件マンションの眺望及び日照を売買契約上保証したものと解することはできないと説示する。その結果、XらがYに対し、売買契約に基づき本件マンションの眺望及び日照を阻害する建物の建築工事の差止めを求める権利を有することは認められないと判示した。
ついで、本件各専有部分の眺望及び日照の良さについてのXらの信頼形成についてのYの関与の程度、Xらの信頼形成の合理性、当該信頼が売買契約締結に至ったXらの動機に占める度合、売買契約締結時からYによる本件建物建築時までの期間の長短、本件建物による本件各専有部分の眺望及び日照阻害についてのYの回避可能性、本件建物建築についてのXらとYの協議におけるYの誠実性の程度、本件建物によってXらが被る損害の程度等、右に述べた各事実に鑑みて、YはXらに対して、本件土地上に本件
各専有部分の眺望及び日照を阻害する建物を建築しないというxxx上の義務があると判示した。
その上で、仙台地裁は、Yは 件土地を購入するか否か購入した上で件マンションの居住者に十分配慮した建物を建築することも選択することが可能であったこと、 件建物の建築についてのYとXらの交渉に際してなされた、Xらによる、 件建物の設計変更、眺望及び日照阻害についての補償、 件各専有部分と 件建物の居室との入れ替え等の要求に対し、 Yは、 件建物に設計変更の余地はなく、日照被害についても建築基準法等の規制の範囲内であるから補償はしないという態度に終始し、Xらとの話合いを決着させないまま 件建物の建築に着工し、 件建物の販売も完了しており、Xらとの交渉におけるYの姿勢には、客観的にみて誠実性を欠いており、 件建物の建築により、Xらの 件各専有部分からの南側の眺望は全く阻害され、低層階では少なからぬ日照被害を受けることになる
ことから、Yによる 件各専有部分の眺望及び日照を阻害する 件建物の建築は、自ら形成したXらの信頼を害しており、xxx上の義務に反するとした。
仙台地裁は、 件建物の建築工事は、すでに7階までの部分の躯体工事及びコンクリート打設を終了し、8階部分の工事に着手した段階にあると認定し、 件建物のうち少なくとも8階部分の建築が中止されれば、Xらの眺望及び日照がかなり改善されるとし、 件建物のうち7階までの部分については、すでに躯体工事及びコンクリート打設が終了しているのであるから、建築工事の続行の差止めを求めることによりXらの眺望及び日照が改善されるものではないと説示し、Xらは、少なくとも 件建物のうち
8階部分については建築の差止めを求め得ると判示した。
3 義務の内容
仙台地裁は、Xらに対してYが 件マンションの眺望及び日照を保証していなかったとして、Xは売買契約上の保証に基づく 件建物を建築しな
い義務を負っていないとした。
これに対し、売主は買主に対して、 件土地上に 件各専有部分の眺望及び日照を阻害する建物を建築しないというxxx上の義務があるとしている。
このxxx上の義務は、① 件各専有部分の眺望及び日照の良さについての買主らの信頼形成についての売主の関与の程度、②買主らの信頼形成の合理性、③当該信頼が売買契約締結に至った買主らの動機に占める度合、④売買契約締結時から売主による 件建物建築時までの期間の長短、
⑤ 件建物による 件各専有部分の眺望及び日照阻害についての売主の回避可能性、⑥ 件建物建築についての買主らと売主の協議における売主の誠実性の程度、⑦ 件建物によって買主らが被る損害の程度等、という事実を総合考慮した結果認められる義務であるとしている。
4 義務の存立基盤としての債務関係
仙台地裁は、 件土地上に 件各専有部分の眺望及び日照を阻害する建物を建築しないという義務は、売主と買主らとの信頼関係をはじめとする各種の事実を総合考慮した結果、xxx上の義務として認められるとしている。しかし、このxxx上の義務の存立基盤としての債務関係について、仙台地裁は言及していない。
5 給付実態
仙台地裁は、Yが売買契約締結後間もなく 件土地を取得し、Xらとの誠実な交渉をせずに、 件各専有部分の眺望及び日照を阻害しうる 件建物の建築を開始した結果、建築途中であるが、Xらの 件各専有部分の眺望及び日照が阻害されているという状況によって、Yが自ら形成したXらの信頼を害しているために、Yはxxx上の義務に違反していると判断している。
なお、 件では、 件建物の建築工事の差し止め請求の可否が争点であるため、具体的にどの程度の損害が生じているのかについては判示してい
ない。
6 義務違反の効果
仙台地裁は、建築がほぼ済んでいる部分(7階)については差止めを認めないが、未施行部分(8階部分[8階で完成予定])については建築工事の続行の差止めを認めた。
なお、 件では、 件建物の建築工事の差し止めが争点であったため、工事差し止め以外の効果については検討されていない。
(二)大阪地判平成27・3・12(裁判所ウェブサイト掲載(52))
1 事案の概要
原告Xは学習塾であり、被告Y1と平成20年12月24日から非常勤講師として、平成21年4月4日から契約社員として雇用契約を締結した。Xにおいては、Y1の採用以前に就業規則が有効に制定され、従業員に対する周知措置も十分に採られていた。この就業規則には、Xを退職した後2年間は、 Xで指導を担当していた教室から半径2キロメートル以内に自塾を開設することを禁ずる規定(以下、「 件規定」と称する。)が設けられていた。被告Y2は平成25年4月頃に学習塾Aの開設を具体的に検討し始め、Y1に 講師の就職を打診するなどし、同年7月8日にはY1の所在地およびY1が勤務していたXの教室(以下、「 件教室」と称する。)にほど近い場所(件教室から直線距離で約430メートル先)に店舗用物件を賃借し、後に学習塾開設に要する什器等の購入を済ませたものの、賃借した物件に看板を設置したほかは、特段の広告手段は講じなかった。この頃、Y1はAで講師
をすることを決意した。
Y1が同月10日にXに対し退職を申し出たので、XはY1と協議し同年8月
8日を退職日とすることが決められた。XはY1に対し、退職にあたって、
(52) 裁判所、「裁判例情報」、xxxx://xxx.xxxxxx.xx.xx/xxx/xxxxx/xxxxxx_xx/000/000000_ hanrei.pdf、(2018・9・25)。
退職者に秘密情報不所持の確認、退職後の秘密保持、開業に係る義務等を誓約させる誓約書に署名押印を求めたが、Y1はこれを拒否した。
Y1は、同月8日にXを退職したものの、翌9日に中学3年生向けの合宿の出発の際に顔を出し、Xを退職したことやAを開設することなどを塾生や保護者に説明していたが、Xはこのことを同月17日から19日にかけて塾生から聞き、Y1と面接したところ、Y1が 件教室から近い場所にAを開くこと、Y1の予想以上にXを退塾する者が見込まれることなどを聞いた。同月23日頃から、実際に保護者からの退塾届けの提出がみられるようになり、月末にかけて多数(8月当時在籍していた93人の塾生の内の66人)の退塾届けが提出され、そのほとんど(61人)がAに入塾した。同年9月
2日よりAはその営業を開始し、Y1、Y2が分担して運営し、後にY1がXに務めていた当時の同僚であった訴外Bを非常勤講師として招きアルバイトをさせていた。
訴提起と同日(平成25年10月24日)に、Xは、大阪地方裁判所にY1・ Y2が 件教室から半径2キロメートル以内において学習塾を開設・営業することを禁ずる仮処分を申立て、平成26年2月13日にこの申立てを全部認容する決定を大阪地方裁判所は行った。この決定の後、Y1・Y2はAの分室(以下、「 件分室」と称する。)を設置し、 件分室にてY1が授業を行うほか、 件教室からほど近いAに勤務するなどして、Aへの関与を継続している。
そこで、Xは、Y1・Y2に対し、平成27年8月8日まで 件教室から半径
2キロメートル以内において学習塾を開設・営業してはならないこと(以下、「 件差止請求」と称する。)、Aの開設・営業によって退塾した者が通塾した場合の得べかりし授業料等の売上の賠償(以下、「 件損害賠償請求」と称する。)を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
大阪地裁は、 件規定の有効性について、投下資 回収の機会を保護す
るための合理的なものであって、合理的な範囲で退職後の競業を禁止することが許容されると説示し、 件規定は、退職時に所属していた教室から半径2キロメートル以内という小中学生にとって通塾に適さない程度の距離と考えられる距離の限度で、自塾の開設のみを禁止するものであって、上記圏内であっても競業他社において勤務することは禁止していないこと、従業員の講師業務としての経験を活かして継続して講師業務を行うことは所定の地理的、時間的範囲及び態様以外では何ら制約されないことから、合理的な範囲内であると説示した。以上のことから、大阪地裁は、 Y1は就業規則に定められていた 件規定に基づく競業避止義務を負っていると判示した。
Y1が上記競業避止義務に違反しているかについて、Y1はAの運営に当初から不可欠の存在であったというべきで、 来代替性を有する単なる労働者の地位にあったとは評価できず、Y1が講師業務のノウハウおよび経験を提供し、Y2が資金を提供する、共同経営であったと評価すべきであると説示する。また、Y1は就業規則の 件規定から逃れるために、Y2との雇用契約を締結したものと考えられ、Aの運営に当初から不可欠の存在であってというべきで、 来代替性を有する単なる労働者の地位にあったと評価することができないため、Y1はY2と共同してAを開設したものというべきであって、このような態様によるAの開設は 件規定が禁止する態様に該当すると判示した。
その上で、 件差止請求について、Y1に対しては、上記の通り雇用契約上の義務の履行として差止めを受ける地位にあるとして、平成27年8月8日まで 件規定に定められた範囲内で競業行為をしてはならないとして、競業行為の差止め認めた。Y2に対しては、Xと何らの契約関係にあるものではなく、契約上の競業避止義務を負うことはなく、Y2はY1の競業避止義務違反の結果として塾生の移籍の利益を事実xxxしているが、民法上の一般条項を根拠に、XがY2の競業行為の差止めを請求することはで
きないと判示した。また、 件損害賠償請求について、Y1は上記の通り雇用契約上の債務不履行が存在するために、Y1・Y2の行為と相当因果関係のある退塾者数から、相当因果関係が認められる損害の範囲を画定している。すなわち、Xに所属していた前塾生が受講する通年授業の授業料、xx特別授業等の特別授業の授業料、通年の授業・特別授業向けに教材を販売した際の利益、それぞれの項目毎に検討して、Y1・Y2の行為と相当因果関係が認められる損害は、1417万5922円から経費として認められる3割を控除した992万3145円であると認定し、Xに生じた上記の損害を賠償する義務を負うとして、Y1にX対する損賠賠償を認めた(53)。なお、Y2に対しては、Y2はY1が 件規定によって禁止される競業行為を行うことを期待し、Y1もこれに応えてAの塾生として獲得することができたと説示し、その結果、Y2はY1の競業禁止規定違反行為に加担し、自由競争秩序に反する態様でAを開設したために不法行為責任を負い、Y2はXに対して損害賠償をしなければならないと判示した。
3 義務の内容
大阪地裁は、 件差止請求および 件損害賠償請求の根拠となる義務について、Y1は 件規定に基づき雇用契約上の競業避止義務を負っていると判示している。
なお、Y1の退職に際し、退職者に秘密情報不所持の確認、退職後の秘密保持、開業に係る義務等を誓約させる誓約書に署名押印をY1が拒否したことについて、大阪地裁は、就業規則の規定と同旨である各誓約書に署名捺印をしなかったのは、Aに務めることが各種誓約書違反になることを認識していたからに他ならないと説示するものの、これ以上言及していない。
4 義務の存立基盤としての債務関係
大阪地裁は、Y1の競業避止義務は、Y1がXの就業規則に定められている件規定によって生じており、雇用契約上の義務であると説示しており、
(53) なお、弁護士費用については、相当因果関係が認められないと判示している。
Y1が退職時に、秘密情報不所持の確認、退職後の秘密保持、開業に係る義務等を誓約させる誓約書に署名押印を拒絶したものの、これをもって競業避止義務に影響をおよばさないことを明らかにしている。しかし、Y1がXを退職しているにもかかわらず雇用契約上の義務である競業避止義務を負うこととなる存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
Y1は、 件規定に基づく競業避止義務を負っているとしても、その内容は自塾の開設を禁じるものであり、AはY2が主宰するものであって、Y1は Y2に雇用されているに過ぎないので、 件規定の適用がなく、競業避止義務に違反していないとの主張していた。これに対し、大阪地裁は、Y1は 件規定から逃れるためにY2との雇用契約を締結したものであり、Y1はY2と共同してAを開設したとして、Y1による競業避止義務違反を認めている。
6 義務違反の効果
大阪地裁は、Y1に対しては、雇用契約上の競業避止義務の履行として差止めを受ける地位にあるとして、競業行為の差止め認めている。
また、Y1は雇用契約上の債務不履行が存在するために、Xに生じた損害を賠償する義務を負うとして、Y1にX対する損賠賠償を認めた。なお、Y2は、Y1の競業禁止規定違反行為に加担し自由競争秩序に反する態様でAを開設したために不法行為責任を負い、Xに対して損害賠償をしなければならないと判示している。
三.損害賠償請求が認められた事例
(三)東京地判昭和38・4・19(判タ145号116頁)(54)
1 事案の概要
訴外Aが穀物取引に精通していたことから、原告X1は昭和32年10月にAに穀物取引を依頼し、AをX1の代理人として訴外Bとの間で穀物取引を開始し、利食い金47,000円がでたので、X1は同年12月4日、東京穀物商品取引所の会員兼仲買人である被告Yに対する穀物先物取引の委託証拠金として上記利食い金47,000円、AをしてYに預託させ、ついで、X1は同月14日にX1乃至X3所有の株式4,800株、昭和33年2月15日に50,000円の証拠金をそれぞれAをしてYに預託させた。
AはX1名義で、昭和32年12月4日からYと小豆および大手亡の取引を行い、昭和33年2月初め頃まで売付ならびに買付報告書をX1に送付していたが、その間、X1から別段異議の申出を受けなかった。
しかし、X1はもともと穀物の買付を希望していたにもかかわらず、Aが売玉を立てたことから両者間に意見の齟齬をきたし、Xは昭和33年4月10日、Yに対し従来AのなしたX1名義のすべての取引は自己の委任したものではないとして否認するとともに、X1自ら別途にX2名義でYに小豆の取引を委託し、Aのなした建玉についてはこれを放置したままで何らの処置をとらなかった。
その当時、 件取引の帳尻は239,000円の欠損となっていたため、Aはこれ以上欠損が大きくなるのを防止するため、同月23日、自ら300,000円を調達し、X1名義の 件取引の追証拠金としてYに預託するとともに、当
(54) 件は、原告である元委任者が元受任者のなした取引の相手方である被告に対して委託証拠金および証拠金代用証券の返還を求めているのであり、xxして、契約xxxとは無関係な事案のように思われる。しかし、 件の請求の根拠として、原告である元委任者が元受任者を解任した後に行った取引の有効性が焦点となる。すなわち、委任契約終了後に元受任者のなした法律行為が元委任者に帰属しうるのかという点に着目すれば、まさに契約xxxの問題そのものである。よって、 稿では 件を契約xxxに関する裁判例の一つとして取り上げることとした。
時残存していた小豆および大手亡の買建玉および売建玉を反対売買して手仕舞いにしたが、なお、514,600円の欠損を生じた。
そこで、YはX1に対して未収金の支払いを請求したが、X1はこれに応じなかったので、X1等名義の株式のうち、100株を除く4,700株を処分して未収金の弁済に充当したところ、X1はAに対しては証拠金預託の代理権を授与したのみであり、穀物取引の代理権は授与していないと主張して、委託証拠金および証拠金代用証券の返還を求めた。
2 判旨
東京地裁は、X1のAに対する代理権授与の範囲について、穀物取引のように時々刻々に価額が変動し、瞬時に損益を争う必要のある取引にあっては、その代理権の範囲についても普通一般の取引のように個々別々に代理権を付与することは少なく、また、委託証拠金についても、これが必要の都度差入れるのが通例であることから、他に特段の事由の認められない件にあっては、XはAに対し単に証拠金預託についての代理権のみならず、穀物取引の委託について包括的代理権を授与し、Yとの穀物売買の委託をすることを委任していた判示した。
さらに、東京地裁は、昭和33年4月23日以降にAのなした取引の効力が有効にX1に帰属するかについて、X1はAのした建玉を承認せずこれを自己の取引として決済することは期待しえない状態にあったのであるから、Aが昭和33年4月23日以降その建玉を反対売買により手仕舞としたことは委任終了後の措置として当然であり、また、建玉が経済界の急変により委任者の損失を拡大させることが必至の情勢にあるにかかわらず、委任者がその建玉を自己の取引と認めずこれを放置しているような場合は、その損害の拡大を防止するため委任終了の後であっても、なお、その玉を両建とすることができるものと解すべきであると説示し、Aが同日以後残存建玉のため反対の玉を建てて、両建とし、その限月に手仕舞をしたことも至当であり、ともにその措置はX1に対しその効力を生ずるものといわなけれ
ばならないと判示した。
以上のことから、654条に従った善処義務として、X1の損害の拡大を防止する義務をAが負っており、Aは適切にその義務を果たしているとし、 X1等名義の株式を処分して未収金の弁済に充当したことは適法であり、その効力はX1に生ずることから、Yに預託されている残りの100株はX1に返還されなければならないと判示した。
3 義務の内容
東京地裁は、昭和33年4月10日まではX1はAに穀物商品取引に関する包括的代理権を授与し、当該取引を委託する委任契約関係が存在していたが、同日以降については、委任終了の後であっても、委任者の損失を拡大させることが必至の情勢にあるにかかわらず、委任者が受任者のなした取引を自己の取引と認めずこれを放置しているような場合は、654条に従った善処義務として、その損害の拡大を防止する義務をAが負っていたと判示している。
すなわち、委任者の損失を拡大させることが必至の情勢にあるにかかわらず、委任者が受任者のなした取引を自己の取引と認めずこれを放置している状態が、654条に定められている「急迫の事情」に該当するとして、東京地裁は、Aが善処義務を負っていたことを認め、また、 件において、X1の損害の拡大の防止に努めることがAの善処義務の内容であると認めている。
4 義務の存立基盤としての債務関係
東京地裁は、昭和33年4月10日までX1とAの間に穀物商品取引を委託する委任契約関係が存在していたが、同日以降については、654条に従った善処義務をAが負っていることを明らかにしている。しかし、同日をもって委任家契約関係が終了しているにもかかわらず、Aが善処義務を負うこととなる存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付態様
東京地裁は、654条に従った善処義務として、X1の損害の拡大を防止する義務をAが負っていたと判示しているが、 件において、Aは適切にその義務を果たしていると判示しているので、債務不履行は存在しない。
6 義務違反の効果
件では、Aの負っているX1の損害の拡大を防止する義務に不履行はないとされていることから、義務違反の効果について言及していない。
(四)大阪高判平成5・7・30(判時1479号21頁)
1 事案の概要
Xは、鉄筋造7階建建物(以下、「甲ビル」と称する。)を所有しており、甲ビルに設置されているエレベーター(以下、「 件エレベーター」と称する。)につき、昭和56年8月から、 件エレベーターの製造販売メーカーの出資等によって系列化されていないいわゆる独立系保守業者である Aと保守契約を締結している。
件エレベーターは、昭和59年4月はじめころより、下降時にスタートショックを起こし、その後、同年5月にxxのエレベーター停止位置以外の場所で突然停止し、ドアが開かずに乗客が缶詰状態になる事故を起こした。
Aが、 件エレベーターの故障の原因を調査した結果、 件エレベーターの基板およびその他部品に不良箇所があることを確認し、右故障を完全に修理するためにはこれらの部品(以下、「 件部品」と称する。)の交換が必要であると最終的に判断した。そこで、Xは同月17日、 件エレベーターの製造販売メーカーの出資等によって系列化されたいわゆるメーカー系保守業者である被告Yの営業所に対し、文書で、 件部品の買付注文を行い、至急納品してほしい旨依頼した(以下、「 件注文」と称する。)。
Xは、Yから 件注文に対する回答が何もなかったため、Yの営業所に、
同月31日、電話で問い合せたところ、Yの支店から、同年6月14日に、「保守部品のみの販売はしない。部品の取替え、修理、調整工事をYに併せて発注するのでなければ、 件注文には応じない。右工事費用はXが負担する。注文部品の納期は、6月14日から更に3か月先である。」という趣旨の回答がなされた。
同月16日、再び、 件エレベーターに不具合が起きたため、Xは、安全を図るため 件エレベーターの運行を停止させ、同年7月2日、独立系保守業者であるBに応急修理してもらい 件エレベーターを運行再開した。
Xは、同年10月24日、Yに 件部品の供給を催促したが 件部品は供給されなかった。
そこで、Xは、名誉・信頼毀損などの損害が生じていることから、Yに損害賠償を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
Yが 件部品の供給義務を負っているかについて、大阪高裁は、Aは、エレベーターの安全性に関して一定の資格ないしは能力を有しており、たとえその技術自体がYの技術自体に対比して相対的には劣るとみられるものであったとしてみても、Aは、その技術水準において、 件部品の単体での供給を受けて、 件エレベーターの現実的故障を修理するに足りる程度には達していたものであったとみてよいと説示した上で、エレベーターの所有者がその現実に発生した故障について修理に必要な部品を供給することを求めている場合、メーカー及びその子会社で当該メーカーのエレベーターの部品を一手に販売しているYが、当該メーカーのエレベーター及びその部品の数・耐用年数・故障の頻度を容易に把握し得ること及びエレベーターの所有者が容易にはそのエレベーターを他社製のそれに交換し難いのはいわば当然であることを考慮すれば、このような部品を一定期間常備し、必要の都度、求めに応じて迅速にこれを供給することは、エレベーターの販売者であるメーカーないしYが負うべき、当該メーカーのエ
レベーターを購入してこれを所有する者に対する、エレベーター販売に附随した当然の義務であると解するのが相当であると判示した。
大阪高裁は、Yが上記義務に違反しXの求めに応じて 件部品を供給しなかったことで、 件エレベーターを直ちに修理することができず、危険な状態で 件エレベーターの利用を甲ビルの住居者や使用者に強いることとなり、さらにBに応急措置をさせるために数日間エレベーターを停止させたことで、甲ビルの住居者や使用者に階段の利用を余儀なくさせたことで、Xの名誉および信用が害されたことにつきYに不法行為責任を認め、上記Xの名誉および信用毀損に対する慰謝料として10万円および弁護士費用として1万円をYはXに対し損害賠償をしなければならないと判示している。
3 義務の内容
大阪高裁は、エレベーター及びその部品の数・耐用年数・故障の頻度を容易に把握し得る販売者の特徴およびエレベーターという売買目的物の性質を考慮し、エレベーターの所有者がその現実に発生した故障について修理に必要な部品を供給することを求めている場合、部品を一定期間常備し、必要の都度、求めに応じて迅速にこれを供給することは、当該メーカーのエレベーターを購入してこれを所有する者に対して、エレベーターの販売者であるメーカーないし当該メーカーのエレベーターの部品を一手に販売しているYが、エレベーター販売に附随した当然の義務であるとした。
すなわち、エレベーター販売に特有の事情から、特段の合意なくとも、エレベーター修理等に必要な部品等の一定期間常備および供給は、エレベーター売買契約に付随した義務であると認めている。
4 義務の存立基盤としての債務関係
大阪高裁は、エレベーターの製造販売メーカーおよびメーカー系保守業者が当該メーカーのエレベーターを購入してこれを所有する者に対して当
該メーカーのエレベーターの保守に必要な部品等を供給する義務を負うことを明らかにし、さらにこの義務は、エレベーターの販売に附随した当然の義務としていることから、売買契約上の付随義務であるということを示している。しかし、Xがエレベーターを購入し設置されたにもかかわらず、売買契約上の付随義務がなぜ存在しうるのかという存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付態様
大阪高裁は、Xの求めに応じて 件部品をYが供給しなかったことで、直ちに修理することができず、危険な状態で 件エレベーターの利用を甲ビルの住居者や使用者に強いることとなり、さらにBに応急措置をさせるために数日間エレベーターを停止させたことで、甲ビルの住居者や使用者に階段の利用を余儀なくさせたことで、Xの名誉および信用が害されたと認定した。
なお、 件において 件部品が訴訟の前後で供給されたか否かは明らかではない。
6 義務違反の効果
大阪高裁は、上記の通りYの義務を認定し、その違反があったことについて不法行為責任を認めている。その結果、Yの不法行為と相当因果関係にある信用毀損に対する慰謝料および弁護士費用について、YはXに対し損害賠償をしなければならないと判示している。
(五)横浜地判平成8・2・16(判時1608号135頁)
1 事案の概要
被告Y1は、土地建物の売買及び建築請負工事を業とする会社であり、昭和55年以前から、数棟のマンションなどの敷地を所有ないし共有してリゾート開発を行っており、リゾートマンションを建築所有していた。土地建物の売買の仲介を業とする会社であるY2は、原告Xに対し、xxx年
12月17日、マンション(以下、「 件マンション」と称する。)の一室(以下、Xが購入した専有部分建物を「808号室」と称する。)を3966万4700円で売却した(以下「件売買契約」と称する。) 件マンションは、平成
3年7月17日ころ完成した。
Y1は、 件マンションの東側に位置し808号室からの眺望等を阻害する位置に建築するマンション(以下、「 件東側マンション」と称する。)を平成6年12月に完成させた。 件東側マンションは、 件マンションの東側約数十メートル隔てた場所に位置する、鉄筋コンクリート造地上11階建のマンションであり、 件東側マンションが建築されたため、808号室からの眺望は阻害されることになった。
そこで、Xは、 件東側マンションの建築計画があることを故意または過失によって秘したままXに808号室を売却した(主位的請求)、もしくは、被告らが808号室売却後、同室からの眺望等を阻害してはならないというxxxに違反して 件東側マンションを建築したことにより(予備的請求)、808号室の価格が下落するという財産的損害を被ったとして、被告らに対し、各請求につき債務不履行ないし不法行為(選択的併合)に基づく損害賠償を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
横浜地裁は、Xの主位的請求について、Y1が総合的なリゾート開発をしているものの、 件東側マンションの建築に至るまでの事情を考慮すると、 件売買契約当時、 件東側マンションの建築計画を有していた事実を認めることができないとして、その訴えを退けた。
これに対し、予備的請求については、被告らがXに対し、808号室を販売する際、同室からの眺望の良好さを大きなセールスポイントとし、 件マンション各室の価格を設定する場合も、眺望の良好さを要素のひとつとしていたこと、そして、Xは、 件マンションの販売に際してなされた説明等から、 件東側マンションの敷地に建物が建築される可能性がないこ
とを信頼して 件売買契約を締結したものと認められ、被告らもまた、 Xの信頼を十分窺い知ることができたものと解され、このようなXの信頼は、法的に保護されるべきものであり、Y1は、Xに対し、808号室の眺望を阻害する 件東側マンションのような建物を建築しないというxxx上の義務を負うものというべきであり、また、Y2も、 件東側マンション完成前から 件東側マンションの分譲業務を行うなど、Y1による 件東側マンションの建築に加担するような行為を行わないというxxx上の義務を負うものというべきであると判示した。
その上で、被告らは、 件東側マンションを建築することにより808号室の眺望を阻害する可能性があることを予想し、又は容易に予想できたものと認められるにもかかわらず、Y1が808号室からの眺望を阻害する件東側マンションのような建物を建築すること、及びY2が 件東側マンション建築前に 件東側マンション各室を分譲するなど、Y1による 件東側マンションの建築に加担することで、 件東側マンションが完成した平成6年12月には遅くとも被告らの上記のxxx上の義務違反の行為があったと判示した。
このxxx上の義務違反によってY1とY2は共同不法行為を構成すると説示し、 件東側マンションの建築によって808号室からの眺望が阻害されたことにより、808号室の眺望景観分に相当する価値の下落という財産的損害(694万8000円)をXが被ったとして、この財産的損害につきY1およびY2は損害賠償をしなければならないと判示した。
3 義務の内容
横浜地裁は、Y1が 件東側マンションの建築計画があることを故意または過失によって秘したままXに808号室を売却していなかったとしたことから、 件売買契約の締結に際して、被告らは 件東側マンションの建築計画の説明義務を負っていなかったとしている。
これに対し、 件売買契約締結に至るまでの事情を考慮し、それまで
に形成されたXの信頼が法的保護に値するとして、被告らが808号室売却後、同室からの眺望等を阻害してはならないというxxx上の義務を負っていると判示している。
具体的な当該義務の内容として、Y1は808号室からの眺望等を阻害する建物を建築してはならないというものであり、Y2は 件東側マンション完成前から 件東側マンションの分譲業務を行うなど、Y1による 件東側マンションの建築に加担するような行為を行わないというものであるとしている。
4 義務の存立基盤としての債務関係
横浜地裁は、Y1およびY2が808号室売却後、同室からの眺望等を阻害してはならないというxxx上の義務の存在を肯定しているが、この義務の存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
横浜地裁は、被告らは、 件東側マンションを建築することによる808号室の眺望阻害について予見可能性があるにもかかわらず、 件東側マンションのような建物を建築・分譲によって、 件東側マンションが完成した平成6年12月には遅くとも被告らの上記のxxx上の義務違反の行為があったとしている。
この義務違反の結果、Xは、 件東側マンションの建築によって808号室からの眺望が阻害されたことにより、808号室の眺望景観分に相当する価値の下落という財産的損害を被ったと認定された。
6 義務違反の効果
横浜地裁は、上記の通り、Y1およびY2の上記のxxx上の義務違反によって共同不法行為を構成すると説示し、Xの被った財産的損害につきY1およびY2は損害賠償をしなければならないと判示している。
(六)大阪地判平成22・11・29(判時2121号101頁)
1 事案の概要
被告Yは、昭和56年ころ、CMT掘進機を開発し、その後、CMT掘進機及び推進工法に関する特許出願をして、複数の特許権を取得した。原告Xは、昭和57年12月から平成10年4月にかけて、Yから、CMT掘進機6台を(種類によって値段は異なるが3300万円から7875万円)購入した。Xは、昭和57年ころから、Yから購入又は賃借したCMT掘進機を使用して、 CMT工事を施工してきた。Xは、各CMT掘進機を購入してから平成20年
8月に至るまで、Yに対し、CMT工事を受注する都度、CMT掘進機の改修を依頼し、Yはこれを実施してきた。
Yは、昭和63年4月、CMT工法の普及、研究開発および技術の向上を図ること等の目的でCMT工法協会(以下「旧協会」と称する。)を設立した。旧協会は、実質的にはCMT工事の宣伝、工事の営業活動、コンサルタント等を行い会員への工事斡旋を目的としていた。旧協会には、Yのほか、 Xを含む土木建設業者7社が加入し、Xは、旧協会の設立当初からの会員であった。旧協会では上記の通り会員への工事の斡旋を行っていたが、Xはたびたび他の会員との間で代金不払いや工事受注に関して問題を生じさせていたことが認められる。
その後、平成20年8月26日、Yは旧協会を解散し、同月28日、Xを除く旧協会の会員及び新規加入の一社を新会員とするCMT工法協会(以下「新協会」と称する。)を設立した。Yは、平成20年9月、Xに対し、主として、 Yは、Xが所有するCMT掘進機について、Xが既に着手しているCMT工 事に使用するものを除き改修しない。②Xは、新たにCMT掘進機を製作してはならない。③Xは、Xが所有するCMT掘進機を使用して工事を施工する場合でも、「複合掘進機」及び「CMT掘進機」の名称を使用してはなら
ない、旨の申入れをした。
そこで、XはYからCMT掘進機の改修を一方的に拒絶されたことでCMT
掘進機を用いた工事の受注および施工をすることができなくなったとして、Yに対して損害賠償を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
売買契約上の義務としてCMT掘進機の改修義務がYに存在するかについて、XY間で、CMT掘進機の売買契約の際に、Xが受注する工事に適合するようにCMT掘進機を有償で改修をするとの合意は存在するが、その合意は、個々の改修に係る請負契約において、どのような改修をいくらで実施するのかという合意の要素となるべき具体的な内容を含むものではなく、その改修の成否も不確定なものであると説示し、その上で、その合意は、Yは、Xの求めがあれば改修の契約交渉に応じ、XもYと改修の契約交渉に入ることを期待できるという程度の抽象的な約束にすぎず、そこに債務不履行や不法行為責任を問うことができるという意味での法的拘束力を認めることは困難であり、YにはCMT掘進機を改修すべき契約上の義務を認めることはできないとした。
ついで、xxx上の義務としてCMT掘進機の改修義務がYに存在するかについて、CMT掘進機の購入者が受注したCMT工事を効率よく施工するためには、CMT掘進機につき複数の特許権を有するYによる改修が必要であり、購入者もそれを期待した上でCMT掘進機を購入したといえ、その期待を裏切ることは許されないとして、顧客がCMT掘進機を購入した直後からYがその改修に一切応じないならば、債務不履行等の問題が生じる余地があると説示する。なおこのxxx上の付随義務には当然にその終期が存すると説示する。そのような義務が存続するかどうかは、その基礎としてのX・Y間の信頼関係のほか、通常その義務が存続すべき期間(CMT掘進機自体の耐用年数が参考となる。)、さらに、義務が履行されないこと
によるXの不利益の程度等を総合考慮の上、決せられるべきものであると説示し、これらの事情を考慮し、xxx上の改修義務は、遅くとも旧協会の解散時点(平成20年8月)には、消滅したものと認めるのが相当であ
ると判示した。
以上のことから、大阪地裁は、Yが負っている義務は既に消滅しているとして、Xの訴えを退けた。
3 義務の内容
大阪地裁は、YはXの求めに応じてCMT掘進機の改修する義務を負っているかについて、CMT掘進機の売買契約上の義務ではないが、売買契約に付随するxxx上の義務として認められるとしている。特に、売買契約に付随するxxx上の義務が生じるのは、CMT掘進機の性質上、CMT工事を効率よく施工するためには、CMT掘進機につき複数の特許権を有するYによる改修が必要であり、購入者もそれを期待した上でCMT掘進機を購入したために、購入者に存するその期待を裏切ることは許されないためであるとしている。
しかし、 件では、当該義務は既に消滅しているとしているが、ここで大阪地裁が、X・Y間の信頼関係のほか、CMT掘進機自体の耐用年数を参考とした通常その義務が存続すべき期間、さらに、義務が履行されないことによるXの不利益の程度等、を総合考慮して決せられるべきものであるとした点から、単に民法に定められている消滅時効期間で判断するものではないと考えていることがうかがえる。
4 義務の存立基盤としての債務関係
大阪地裁は、売買契約に付随するxxx上の義務としてYは適正価格で CMT掘進機の改修に応ずべき義務を負うことを明らかにしている。しかし、CMT掘進機が引き渡されたにもかかわらず、売買契約に付随するxxx上の義務がなぜ存在しうるのかという存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
大阪地裁は、Yが負っている義務は既に消滅していると判示していることから、 件において、Yに債務不履行は存在しない。
6 義務違反の効果
件では、Yが負っている義務は既に消滅していると判示されていることから、義務違反の効果については言及されていない。
(七)東京地判平成23・1・27(判タ1367号212頁)
1 事案の概要
原告Xは、平成19年6月15日、被告Yの開設する歯科医院(以下、「甲医院」と称する。)を受診し、被告との間で診療契約が締結された。Xは、同年8月17日から平成21年2月9日までの間、甲医院でインプラント治療等を受けた。Yは、平成20年10月2日、Xにインプラント体の埋入を行ったが、手術後同部位から出血があり、同月4日に止血のための縫合処置が行われた。また、Yは、平成21年2月7日、同部位にインプラント二次手術を行ったが、手術後同部位からの出血があり、Xは、同月8日に甲医院とは別の大学付属病院で縫合処置を受けた。Xは、同月9日にYの診察を受けた後、甲医院への通院を中止した。
Xは、Yに対し、インプラント治療等に関する説明、カルテを開示およびそのコピーを交付することを求めたが、Yは、いずれも拒否した。そこで、Xは、平成21年11月10日、カルテの開示及び損害賠償を求めて訴訟に及んだ。
なお、 件訴訟の過程において、カルテはXに対し開示され、インプラント治療の経過等が相当程度明らかになっている。
2 判旨
Yに診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務が存在するかについて、Xは甲医院におけるインプラント治療等を受けたがその過程でYに対する信頼を失っており、Xには、Yの診療行為の適否や、他の歯科医院に転院することの要否について検討するため、Yから診療経過の説明及びカルテの開示を受けることを必要とする相当な理由があったものと認めら
れ、Yは、上記のような状況の下では、診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担するxxx上の義務として、特段の支障がない限り、診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務を負っていたというべきであると判示した。
また、Yによる当該義務違反について、Xは、Yに対し、平成21年4月6日にカルテ開示を求めて以降、Yの指示に従って、個人情報開示請求書を作成、提出したり、その修正に応ずるなどしたほか、再三Yに対して文書を送付し、他の歯科医師に相談に行き、当該歯科医師からYに対して働きかけをしてもらい、最終的には弁護士に委任してカルテ開示を求めたものの、Yが応じなかったことから 件訴訟を提起するに至ったと説示し、Yによる当該義務違反があったと判示し、以上のような事情からXが精神的苦痛を被ったことを認定した。
以上のことから、Yの義務違反があったことについて不法行為責任を認め、Xが被った精神的苦痛に対する慰謝料として20万円および弁護士費用として2万円についてYはXに対し損害賠償をしなければならないと判示している。
なお、Xは、Yに対し、同年2月7日のインプラント治療で出血した部位の治療に関する説明を求めたにもかかわらず、その説明を受けることができなかったものの、 件訴訟において、カルテが開示され、当審における審理の過程により、当該部位の治療に関する事実関係を含め、YのXに対する治療の経過等が相当程度明らかになったことなどの事情が認められるとして、カルテの開示ついては理由なしとして棄却された。
3 義務の内容
東京地裁は、Yは診療契約に伴う付随義務または診療を実施する医師として負担するxxx上の義務として、診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務を負っていたと判示する。
なお、東京地裁は、診療行為の適否や他の歯科医院に転院することの要
否について検討するといった、診療経過の説明及びカルテの開示を受けることを必要とする相当な理由が認められる場合には、特段の支障がない限り、診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務を負っていたというべきであると判示し、常に当該義務が認められるとしてはしていない。
4 義務の存立基盤としての債務関係
東京地裁は、診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担するxxx上の義務として診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務をYが負っていることを明らかにしている。しかし、甲医院への通院を中止した後も診療契約に伴う付随義務あるいはxxx上の義務として当該義務をYが負うこととなる存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
Xは、Yに対してカルテ開示を求めて以降、Yの指示に従って種々の手続をしたり、他の歯科医師に相談に行き働きかけをしてもらったり、最終的には弁護士に委任してカルテ開示を求めたものの、Yが応じなかったことから、Yの義務違反を認定している。
なお、 件訴訟の過程において、xxxはXに対し開示され、インプラント治療の経過等が相当程度明らかになっていることから、 件訴訟の過程において義務の履行がなされたと評価されたといえよう。しかし、東京地裁は、 件訴訟に至るまでにXが精神的苦痛を被ったことを認定している。
6 義務違反の効果
件において、XはYに対してカルテの開示及び損害賠償を求めていたが、 件訴訟の過程でカルテが開示され、Yによる治療行為の経過等が相当程度明らかになったことから、カルテの開示については理由なしとして棄却されているが、損害賠償については、Yは義務違反につき不法行為責任を負うとし、Xが被った精神的苦痛に対する慰謝料および弁護士費用に
ついてYはXに対し損害賠償をしなければならないと判示している。
(八)札幌地判平成23・3・24(消費者法ニュース89号178頁)
1 事案の概要
被告Yはガス器具メーカーであり、Yが製造したガス器具はYの関連会社であるAが販売していた。Aは全国に直営の営業所や出張所を設置するほか、全国各地のガス関連業者と契約を結んで製品の販売や修理を委託しており、契約を結んだ業者には「パロマサービスショップ」という名称の使用を認めていた。またYは、昭和55年、室内に設置するガス湯沸器を3機種(以下、「 件3機種」と称する。)の製造を開始した。
件3機種は、排気装置部、口火装置部、燃焼装置部及び安全装置部に別れている。安全装置部はコントロールボックス内の複雑な電気回路(以下、「安全回路」と称する。)で構成されており、安全回路内のハンダが劣化すると安全回路が切断された状態となり、安全装置が働いた場合と同様に燃焼が起きなくなるが、その構造上、適切な修理をせずとも改造(以下、「不正改造」と称する。)をすることで、支障なしに湯沸器が作動するものの、停電やプラグの差し忘れで商用電力が供給されず排気ファンが作動しない状態であってもメインバーナーが燃焼することで、大量の一酸化炭素が室内に充満するという非常に危険な事態を発生させ得ることになる。
件3機種は、ハンダ割れの故障が多発したため、コントロールボックスの在庫が不足し、サービスショップではコントロールボックスの補充に困難をきたすこととなった。Yはあくまでコントロールボックスの交換修理を行う方針を変更しなかったため、Aはコントロールボックス修理要領を作成し、ハンダの修理によってコントロールボックスの再利用をサービスショップ等に指示をしたものの、その方法は非常に難しく修理現場で行うことは不可能であった。そのような状況下で、ある場合には修理業者
の発案により、ある場合にはAの社員の示唆により、交換用コントロールボックスが入手できるまでのやむを得ない応急的な修理方法として不正改造が行われるようになり、在庫不足状況が解消されるまでの10年弱にわたり、多数の修理業者によって行われる事態が継続し、不正改造も全国的な広まりをみせた。
そのような状況下において、平成2年12月11日に、原告X1が所有しアパート経営を行っていた建物(以下、「 件建物」と称する。)の2部屋で一酸化炭素中毒によってBおよびCが死亡した。この死亡事故は、Bの部屋に設置されていた 件3機種のうちの1機種の湯沸器が、不正改造によって排気ファンが作動しない状態であるにもかかわらず燃焼を続けたため、不完全燃焼によって発生した一酸化炭素が大量にBの部屋とその真上のCの部屋に充満したことによって発生した。
そこで、ガス湯沸器の不完全燃焼による一酸化炭素中毒で2名が死亡した事故に関し、被害者の遺族等X2らが損害賠償を求め、また、X1が附帯請求として、 件建物の資産価値の減少分について損害賠償を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
札幌地裁は、Xらの訴えの根拠となるA及びYの義務について、自動車や医薬品が事故や副作用の危険と隣り合わせの製品であるのと同様に、ガス製品も火災や一酸化炭素中毒の危険と隣り合わせの製品であるから、ガス器具メーカーや発売元は、利用者の身体生命が危険にさらされないよう企業活動すべき社会的責務を負うと説示し、全国の消費者向けに 件3機種を多数製造販売したA及びYとしては、どんなに遅くとも、類似事件の発生した昭和62年には、自社製品によって利用者の生命身体に危害が及ばないように可能な限りの安全対策を講じる義務を負うものと解するのが相当であると判示した。
その上で、AおよびYが負っている自社製品によって利用者の生命身体
に危害が及ばないように可能な限りの安全対策を講じる義務に違反したことで、一酸化炭素中毒によってBおよびCが死亡し、さらにBおよびCが死亡したという死亡事故の結果、 件建物に関して財産的損害(前者につき合計8,706万2,152円、後者につき合計1,421万2,000円)が認められると判示している。
以上のことから、A及びYは、ガス器具を製造販売するメーカーとしての義務を怠って 件事故を発生させたものとして、709条に基づき、 件事故によって生じた損害を賠償すべき責任を負っていたと判示している(55)。
3 義務の内容
札幌地裁は、Yが自社製品によって利用者の生命身体に危害が及ばないように可能な限りの安全対策を講じる義務を負っていたと判示している。札幌地裁は、Yが不正改造によって死亡事故を誘発することをも認識し ていたこと、ガス器具の利用者は不正改造の有無が分からないのみならずガス器具の安全性を信じて疑わないことを鑑みつつ、ガス器具が備える危険性に着目してガス器具メーカーや発売元が当該義務を負っているとしている。また、 件において想定されたA及びYがとるべき安全対策は、徹底した全国一斉点検と利用者に危険を知らせる広報活動(警告措置)の実
施であるとしている(56)。
4 義務の存立基盤としての債務関係
札幌地裁は、自社製品によって利用者の生命身体に危害が及ばないように可能な限りの安全対策を講じる義務をAおよびYが負うことを明らかにしているが、この義務の存立基盤としての債務関係については、言及していない。
(55) なお、平成23年2月1日にYとAは合併したことから、YはAの損害賠償債務を合併により承継し、単独で損害賠償債務を負担するに至ったと説示している。
(56) なお、経済産業省の指示によって平成18年7月以降に行われた同様の広報活動(警告措置)では、2ヶ月も満たないうちにほぼ網羅的な一斉点検が実施されたとされる。
5 給付実態
AおよびYが負っている自社製品によって利用者の生命身体に危害が及ばないように可能な限りの安全対策を講じる義務に違反したことで、一酸化炭素中毒によってBおよびCが死亡している。さらに、札幌地裁は、BおよびCが死亡したという死亡事故の結果、 件建物に関して財産的損害が認められると判示している。
6 義務違反の効果
札幌地裁は、A及びYは、ガス器具を製造販売するメーカーとしての義務を怠って 件事故を発生させたものとして、709条に基づく不法行為責任を負い、 件事故によって生じた損害を賠償しなければならないと判示している。
(九) 福岡地判平成23 ・ 12 ・ 20 ( D 1 - Law. com判例体系、判例ID: 28182088(57))
1 事案の概要
原告Xは、平成15年10月から異型狭心症および不眠等のため、被告である病院Yを受診していた。Xが平成17年8月ころから体調不良を訴えて薬剤の処方の中止を申し出たことから、同年8月6日の処方を最後に、同剤の処方を中止し、その後、Xは、Yにおける薬剤の処方に疑問を抱くようになり、平成19年8月の受診を最後に、Yを受診しなくなった。
平成20年7月および12月、Xは他の医師にセカンドオピニオンを求めるためYを訪問し、Yに対しXのカルテの写しの交付を求めたのに対し、Xの主治医であった医師Aは、xxxのコピーを求める目的が適当であると判断できたら開示するとして、その交付をしなかった。平成21年1月、Xの長女は、Xの代理人として、Yを訪問し、Xのカルテの写しの交付を求めた
(57) X0-Xxx.xxx判例体系、xxxxx://xxxxxx.x0-xxx.xxx/xx_x/xxxxxx_xxxxxx?0&xxxxxx000 82088&noPopFlg=0&SEARCH_RESULT_POP=search_list、(2018・9・25)。
のに対し、Aは、その交付をしなかった。同年2月、Xは個人情報保護法上の認定個人情報保護団体である患者の権利オンブズマンに対し、苦情の申立てをし、その苦情に係る事情調査の一環として、X及び患者の権利オンブズマンの調査員は、同年3月、Yを訪問し、Yに対し、Xのカルテの開示を求めたのに対し、Yは、これを拒否した上、患者の権利オンブズマンの同年4月の勧告を受けた後も、その開示をしなかった。
Aは、Xの証拠保全の申立てに基づき同年8月にYにおいて行われた検証期日において、検証の目的物であるXのカルテについては改ざんする余地がない旨、Xが異常な対応であったため、開示した場合には悪用されると思われる旨を述べ、カルテ等の記載を見せることは拒否した上、検証の目的物の提示命令が発せられても、上記と同様の理由により、これを拒否し、検証が不能となった。
そこで、XはYに対して、xxxの開示を請求するとともに、カルテ開示請求権の侵害を理由に、損害賠償を求めて訴訟に及んだ。
なお、Y訴訟代理人弁護士は、 件訴えの提起後の平成23年6月2日、 X訴訟代理人弁護士に対し、YにおけるXのカルテの写しを送付し、同月22日の 件第1回弁論準備手続期日において、Xの請求のうちカルテの開示請求について請求の認諾をした。
2 判旨
福岡地裁は、診療契約の法的性質を準委任契約と説示した上で、受任者である医師等は患者に対し診療が終了したときはその結果を報告する義務を負うという(655条、645条)。そして、医療行為が医師の高度な専門的な知識や技術をもって行われる行為であり、医師がその内容、経過、結果等を最も知り得る立場にあるのに対し、患者は一般的にこれを容易に知ることが困難であると考えられること、医療行為の内容、経過、結果等は、患者にとってその生命、身体等に関わる当然に重大な関心を有する事項であり、患者の自己決定の前提となる自己情報コントロール権の尊重の観点
をも併せ考慮すると、医師等は、診療契約上の報告義務の一環として、少なくとも患者が請求した場合には、その時期に報告するのが相当とはいえないなどの特段の事情がない限り、患者に対して医療行為の内容、経過、結果等について説明及び報告すべき義務(顛末報告義務)を負うと解するのが相当であると判示する。
その上で、Yに顛末報告義務違反があったかについて、Yの医師であるAは、XがYを受診した際、Xに対し、その症状や処方の内容等について説明していたと考えられるものの、XがYの受診を中止した後、Xによる同人のカルテの写しの交付請求およびXの苦情申立てに基づく患者の権利オンブズマンによる勧告等を受けても、その交付をしなかったこと、YがXに対してYにおけるXの診療の内容、経過、結果等について具体的に説明したことをうかがわせる事情はなく、XがYの受診を中止した後には、Xと被告との間の信頼関係は相当程度損なわれており、YがXに対してXの診療の内容、経過、結果等を適切に報告する方法としては、カルテの写しの交付以外に想定し難いこと、Yが上記のXの開示請求を拒否するに当たって、Xのカルテを開示することによるXの身体等への影響を検討したことをうかが
わせる事情も見当たらないこと、Xの上記の開示請求が不当な目的に基づくものというべき事情が見当たらないこと、Xが処方せんのほか、Yにおける診療経過等が記録された資料を取得していたような事情はうかがわれないことなどを併せ考慮すれば、YがXに対してカルテの写しを交付しなかったことは、顛末報告義務違反であると評価されると判示している。
Yの顛末報告義務違反によって、Yにおける診療の内容、経過、結果等について十分に認識することができず、患者の権利オンブズマンに対する苦情の申立て等の手続をとることを余儀なくされるなど、Xが自己の身体に対する不安等を抱き、また、相当程度の労力、費用を要したことは容易に想定し得ることから、Xは精神的苦痛を被ったとして、Yの債務不履行責任を認め、Xが被った精神的苦痛に対する慰謝料として30万円について
YはXに対し損害賠償をしなければならないと判示している。なお、 件ではXはYに対してカルテの開示を求めていたが、 件訴えの提起後にxxxの開示請求について請求の認諾をされたことから、xxxの開示については理由なしとして棄却されている。
3 義務の内容
福岡地裁は、Yの顛末報告義務の一環としてのカルテの開示義務等について、診療契約が準委任契約であることから認められる義務であることを明らかにしている。
なお、医師等の負う顛末報告義務は、医師等の患者に対する説明及び報告の内容、方法等によっては患者の生命、身体に重大な影響を与える可能性があることから、医師等に説明及び報告の内容、方法等に一定の裁量が認められるというべきであるが、患者が医師等に対して上記の説明及び報告としてxxx等の開示を求めた場合には、患者の自己情報コントロール権を尊重する観点からも、医師等は、そのような方法により説明及び報告することが求められているといい得ると説示し、医師等の顛末報告義務については医師等に一定の裁量が認められることも明らかにしている。
4 義務の存立基盤としての債務関係
福岡地裁は、Yの顛末報告義務は、診療契約が準委任契約であることから655条により645条が準用されるために認められるとしている。その意味で、福岡地裁は法定義務の一種として認めていると思われる。しかし、なぜ診療契約が終了しているにもかかわらず、顛末報告義務が認められるのかという存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
福岡地裁は、Yの顛末報告義務違反があったと判示しているが、この義務違反の判断に際し、カルテ交付請求に応じなかったことのみならず、カルテ交付請求の妥当性、医師等の裁量権の逸脱などを総合考慮している。また、Yによる顛末報告義務違反によって、Xが自己の身体に対する不
安等を抱き、また、相当程度の労力、費用を要したことから、Xは精神的苦痛を被ったと認定されている。なお、 件訴えの提起後にxxxの開示請求について請求の認諾をされたことから、xxxは開示されているが、これをもってYに顛末報告義務違反があったことに影響を及ぼすのではないとしている。
6 義務違反の効果
件において、XはYに対してカルテの開示及び損害賠償を求めていたが、上記の通り、 件訴えの提起後にxxxの開示請求について請求の認諾をされたことから、カルテの開示については理由なしとして棄却されているが、損害賠償については、上記の通りYの義務を認定し、その違反があったことについて債務不履行責任を認め、Xが被った精神的苦痛に対する慰謝料についてYはXに対し損害賠償をしなければならないと判示している(58)。
四.裁判例からみる契約xxx ―義務の多様性と不明確な点―
これまで、契約xxxで問題となる義務が取り上げられた代表的な裁判例を分析してきた。この裁判例の分析結果を整理することで、契約xxxで問題となる義務の特徴を明らかにすることとする。
裁判例の分析から明らかとなった特徴の第一は、履行請求が可能と考えられる義務が多く存在しているという点である。すなわち、義務の内容をみていくと、履行請求が可能であると考えられるもの(裁判例(一)(二)
(三)(四)(五)(六)(七)(九))と、そもそも履行請求を前提としていないもの(裁判例(八))とが存在することが明らかとなった。学説においては、契約xxxで問題となる義務について、履行請求が可能であるかについて消極的にとらえる見解が少なからず存在していたが、裁判例から
(58) なお、 件で福岡地裁は、Yが不法行為責任を負うべき情状が存しないとして、不法行為責任の成立を否定している。
は、義務の内容として履行請求が可能であると考えられるものも多く存在していることが明らかとなる。
第二の特徴は、問題となった義務が従前の契約関係の存在を前提としていると考えられるという点である。すなわち、各裁判所で従前の契約と問題となった義務とが関係していることを明確に論じているものが存在している(裁判例(二)(三)(四)(六)(九 )。他方で、従前の契約との関係は明らかではなくxxx上の義務と説示しているものも存在する(裁判例
(一)(五)(八))(59)。このことは、義務の存立基盤としての債務関係の理解について多くの示唆を与えるものであるが、いずれの裁判所も債務関係をどのように理解するのかについて言及しておらず、明らかにされてはいない。
第三の特徴は、義務が問題となり得る時期に相違が存在していると考えられる点である。すなわち、履行過程において既に問題となり得る義務
(裁判例(一)(二)(五)(七)(八))と、主たる給付義務の履行後に初めて問題となり得る義務(裁判例(三)(四)(六)(九))とが存在している(60)。この点は、履行過程における義務との関係性を検討する上で重要な示唆を含んでいると考えられる。
第四の特徴は、義務違反によって侵害される利益の多様性である。裁判例を分析してみると、損害として認定されたものは、 信頼・精神的苦痛
(裁判例(四)(七)(九 )、②義務違反がなかったならば獲得されたであろう利益(裁判例(二 )、③財産的価値の下落(裁判例五)、④被害者の
(59) 裁判例(七)で問題となった債務については、東京地裁は「診療契約に伴う付随義務または診療を実施する医師として負担するxxx上の義務」と説示していることから、いずれかに分類することは困難であるとして、上記の分類に入れなかった。
(60) 裁判例(七)と(九)とは、いずれも医師等の診療記録の開示が問題となった事例であるが、裁判例(七)は、診療経過についても説明する義務が認められるとしていることから、まさに診療契約の履行過程から既に問題となり得る債務であるのに対し、裁判例(九)は、655条により645条が準用されることで認められる債務であると判示していることから、あくまで診療契約終了後を前提とした債務であるという特徴を有していると考えられることから、上記のように分類した。
生命(裁判例(八 )である。 については、慰謝料の問題とされる非財産的損害であり、②・③については、主たる給付義務の履行によって獲得された給付結果が侵害されており(61)、④については、純粋に完全性利益が侵害されている。このような被侵害利益の多様性は、義務の性質を検討するに当たり重要な視点となる。
第五の特徴は、義務違反時の責任性質として、不法行為責任が認定されている事例が存在している点である。これまで分析してきた裁判例のうち、不法行為責任が認定されたものは裁判例(四)(五)(七)(八)である。これらのうち、特に裁判例(四)は従前の契約との関係性が言及されているにもかかわらず債務不履行責任構成を採っていない。このように責任性質が入り乱れていることは、不法行為責任との競合について検討するに当たり重要な視点を提供するものと考えられる。
以上の5つの特徴は、学説においては議論の対象となっているが主張が異なる点や、そもそも言及されていなかった点である。
Ⅳ.小括 ―日🎧における契約xxx論―
日 において、契約xxxが問題となる裁判例は少なからず存在しており、近時では学説においてその位置づけをどのように図るのかについて検討されることで契約xxx論が展開されている。ここまで日 における契約xxxに関する学説および裁判例について分析・検討を加えてきたが、これによって明らかとなった日 における契約xxx論の位置づけを示すこととする。
(61) ②および③について、給付結果と完全性利益とは完全に峻別することができないことから、被侵害利益を給付結果とした。例えば、裁判例(二)では、被侵害利益は学習塾の塾生が退塾していったことである。この点を検討してみると、債務者である被告Y1が雇用契約上の主たる給付義務の履行によって獲得してきた利益とみるならば給付結果と評価でき、他方、塾生はY1の主たる給付義務の履行によって獲得されたかもしれないが、既にその利益は学習塾に帰属しているのであるから完全性利益であるとも評価することができよう。裁判例(五)についても同様のことが妥当する。
まず、契約xxxとして問題となる義務の多様性が認められる。しかし、多くの日 の学説は履行過程における義務を前提にして義務構造論を展開しつつ、その枠内で従たる給付義務、付随的義務、保護義務の問題として取り上げているが、履行過程における義務と同じく扱うことは困難な場合が存在する。上述の裁判例の傾向分析からも明らかなように、契約xxxとして問題となる義務には、履行過程において既に問題となりうる義務のみならず、主たる給付義務の履行後にはじめて問題となりうる義務もまた存在することが明らかであり、さらに、履行過程では問題となり得ない獲得された給付利益・給付結果もまた被侵害利益として考えられる。このような点から、履行過程における義務と同様の視点で理解することができる義務がある一方で、同様の視点では理解し得ない義務もまた存在しているといえよう。
ついで、契約xxx論は義務の存立基盤たる債務関係について新たな視点を提供している。債務関係について日 の学説は種々の理解が存するが、義務の存立基盤として着目して大別すると、契約当事者に存する義務の存立基盤として包括的な債務関係が存するという見解と、保護義務と保護義務以外の給付義務を中心とする諸義務とでは存立基盤としての債務関係は異なるという二段階構造を有する債務関係が存するという見解に大別することができる。債務関係の二段階構造を認める見解においては、主たる給付義務の履行後には保護義務の存立基盤としての債務関係のみが存続すると唱えているものもある。しかし、履行過程における債務関係と主たる給付義務の履行後における債務関係との相違について、多くの見解は言及していない。しかし、裁判例の傾向分析から明らかとなったように、義務が問題となる時期の相違や被侵害利益が獲得された給付利益・給付結果となっている義務の存在から、両段階の債務関係を同一として捉えることが困難なものもあるように思われる。すなわち、履行過程における義務と同一内容が契約xxxとして問題となる義務、履行過程では問題とならず
主たる給付義務の履行後に問題となりかつ被侵害利益は獲得された給付利益・給付結果と解される義務、履行過程から主たる給付義務の履行後もなお一貫して純粋に完全性利益保護のみを目的としている義務、といった義務の多様性を鑑みても、全ての義務の存立基盤を給付利益・給付結果の獲得を目的としている既存の契約債務関係の継続として理解することは困難なのではないであろうか。そのため、義務の存立基盤としての債務関係が主たる給付義務の履行後に変容しているといった多様性を認めることができるのではないであろうか。
最後に、契約xxx論によって見いだされうる債務関係についての新たな視点は履行過程における義務との異同を明確にすることができ、これによって義務違反の効果や責任性質の理解にも繋がるのではないであろうか。すなわち、履行請求権が認められるときには既存の契約債務関係との関連性が明らかになるであろうし、契約責任としての性質をより鮮明に見いだすことができることとなろう。また、損害賠償請求のみが認められるとしても、損害賠償の範囲を比較するならば、履行過程における義務との異同や既存の契約債務関係との関連性、さらには責任性質として契約責任の限界規準もまた見いだすことができるのではないか。
以上のような日 における契約xxx論を位置づけからも明らかなように、今日までの契約xxx論には大きく3点の問題点が存在している。第一に、主たる給付義務の履行後における債務関係をどのように捉えるべきかが明らかにされていないという点である。履行過程においては包括的な債務関係を認める見解や債務関係の二段階構造を認める見解が存在し、主たる給付義務の履行後における債務関係は履行過程における債務関係とは異なることを志向する見解が存在するが、どのように異なるのかを明確には言及していない。第二に、契約xxxにおける被違反義務の性質が厳格に分類されていない点である。学説においては履行過程における義務との相違は被違反義務の性質からは明らかにされていないものの、裁判例をみ
ると、契約xxxにおける被違反義務は履行過程における義務とは異なると考えられるものが認められ、この被違反義務の多様性を被違反義務の性質に反映できていないと考える。第三に、義務違反の効果および責任性質について十分な検討がなされていないように思われる点である。契約xxxで問題となる義務違反の効果および責任性質について言及している見解が存在するが、多くが履行過程における義務を念頭に置いて分析を行っていると考えられる。上述の通り、契約xxxにおいて問題となる義務には多様性が認められるにもかかわらず、履行過程における義務を念頭に置いた分析が適切であるといえるのであろうか。
以上のように、近時の学説において限界が唱えられている契約xxx論は、従来説明することが困難だった法現象について新たな視点を提供している。しかし、今日の日 における契約xxx論は上述した新たな視点を提供するに留まっており、さらなる理論的発展が必要である。
第二章 ドイツにおける契約xxx論の展開
Ⅰ.はじめに
日 における契約xxx論は最初期においてはドイツおよびフランスの議論を参考に展開されていたが、契約xxx論が定着して以降、比較される外国は専らドイツである。以下では、日 の契約xxx論の展開に多くの影響を与えてきたドイツにおける契約xxx論の展開について検討・分析を加える。
検討・分析に先立ち、ドイツにおける契約xxx論の展開の特徴を明らかにしておく。
ドイツでは、ドイツ民法典(以下、「BGB」と称する。)が制定された当時に主たる給付義務の履行後に焦点を充てた議論はほとんど見受けられなかった。例えば、Xxxxxは通常の諸義務の消滅後であっても、債務関係が残っていることで、任意に給付をなす債務者の義務や債権者の満足の保
護権(Schutzrecht)が認められるとするが、契約の取消しまたは解除後の損害賠償請求権を基礎付けるために債務関係が存続するという意味で契約xxxへの示唆を含む言及をしているが、直接的には契約xxxの存在に言及していない(62)。
今日に至るまでドイツにおける契約xxx論は主に共通の裁判例を取り上げ、その整理・分析を通じて展開されてきている。すなわち、日 とは異なり特定の裁判例という共通の分析材料を用いた具体的な事案処理の中で発展してきたと考えられる。
以上のような特徴を有することから、ドイツにおける契約xxx論の展開の分析・検討にあたっては、まずは契約xxxに関する代表的な裁判例の傾向分析を行うことで、学説において前提としている契約xxxにおける義務の傾向を明らかにする。ついで、学説において契約xxx論がどのように展開されているのかを分析・検討することで、日 における契約xxx論の問題点に対する示唆を得ることとする。
Ⅱ.裁判例の傾向分析
一.裁判例の分類と分析視角
ドイツにおける契約xxx論は、裁判例の分析によって展開されてきている。学理上の議論は裁判例という共通の素材を用いていることから、x
(62) Xxxxxxxx Xxxxx, Der Rechtszwang im Schuldverhaltniss nach deutschem Reicharecht, 1903, S.89ff..この当時は専ら履行過程における給付義務を対象として論じられていたと考えられることから、給付義務の履行後に問題となる契約義務のxxxは想定されていなかったと思われる(Xxxxxxxxx Xxxxxxxxxx, Recht der Schuldverhältnisse, 1900, S.2ff..も参照されたい)。なお、1917年には雇用契約のxxxとして競業避止義務が論じられているが、義務の性質や義務違反の効果などについては論じられていない(Xxxx xxx Xxxxxx, Deutsches Privatrecht., 3Bd., Xxxxxxxxxxx, 1917, S.633f..)。また、日 における契約の解除にあたる用語として、ドイツには「Wandelung」と
「Kündigung」が存在している。特に、後者は継続的債務関係を将来に向かってのみ契約の効力を消滅させるために「解約告知」と和訳されることが多い。 稿では、特に「解約告知」という用語を用いずに「解除」を用いる場合には、「Wandelung」と「Kündigung」の両者を含意することとする。
約xxx論の展開を論じるにあたって裁判例は欠かすことのできないものである。
節で行うドイツにおける裁判例の傾向分析は、前章と同一の分析視角をもってあたる(63)。すなわち、契約xxxで問題となる義務違反に対し、履行請求が認められた裁判例と損害賠償請求のみが認められた裁判例とで分類した上で、契約xxxとして問題となる義務を裁判所がどのように解しているのか、すなわち、義務の内容、義務の存立基盤としての債務関係、債務不履行(義務違反)の状態(給付実態)、義務違反の効果に焦点をあてて傾向分析することとする。
二.履行請求が認められた事例
(一)RG 1927年5月31日判決(RGZ 117, 176ff.)
1 事案の概要
原告Xは商人Lと一緒に商会(Firma)で救急車の販売に関する事業を営んでいた。両者は1923年1月24日および同年3月26日付けの契約によって、その事業をBerlinにある商会に譲渡した(以下、「 件契約」と称する。)。その商会は新たに商会Y(被告)を設立し、その事業を営んでいる。件契約に際して用いられた契約書(以下、「 件契約書」と称する。)2 条によると、XとLは特許および類似の権利ならびに、取引関係や販路等の商会の譲渡を配慮して、事業譲渡後の救急車の販売利益を10年間一定利率でXに配分するということを合意していた。また、 件契約書3条に基づいて、1923年4月14日にXはYの業務責任者として任用されたが、同
年末日に退職した。
Xは退職後に再び救急車を販売しYと競業し始めた。これについて、Xは件契約書に有責にも違反しているためにXは売上金配分請求権を有して
(63) 日 における契約xxxに関する裁判例と同一の分析視角によって傾向分析をするで、日 における裁判例との異同が明らかになるとともに、問題点の比較にも有用であると考える。
おらず、むしろ、賠償義務すら負っているとして、YはXへの売上金配分を拒絶した。
そこで、Xは 件契約書2条に基づく売上金配分を求めて訴訟に及んだ(64)。
2 判旨
RGは、Xが競業避止義務を負っていたかについて、 件契約書には、事業譲渡と並んで、Xへの売上金分配およびXが新たに設立する商会の主要地位に就くことを明記していたが、競業禁止はXのY退職後については明記されていなかったが、契約書規定をBGB157条(65)に基づきxxxxに従って付与されなければならない有効範囲(Tragweite)を鑑みると、Yが競業者となったXに金銭を援助し、それによりXがYより低価格で品物を提供するよう促進するという結果は合理的かつ誠実な取引をする商人の推定上の意図と矛盾することとなるため、 件契約書にはxxxxに従ってYに譲渡された価値、特に競業行為により剥奪および減少させてはならない契約義務が加えられうると判示した。
その上で、Xが 件契約上の義務に違反しているかについて、Xが、販路をYに移転するという契約義務はXがYを取引の主要な買主に対し供給者として紹介したことで完全に果たされているが、過去でも現在でも取引の
(64) 原審は、 件契約書ではXに対する競業禁止は明示で規定されてもおらず、黙示の合意もないという理由付けをもって却下した。つまり、販路をYに移転するという契約義務を既にXは履行している為に、Xが退職した後にあっては競業をなしうる事をYは認めなければならないとした。
(65) BGBは2002年に債務法が改正され、それまでの条文から変更したものと、条文がそのまま維持されているものがある。 稿では2002年以前の条文で改正後に変更があったものを旧BGBとし、変更がなかったものおよび新たに定められたものについてはBGBと表記する。また、BGBの日 語訳にあたり、xxxx『ドイツ新債務法と民法改正』(信山社、2009)、ディーター・xxxxx原著、xxxx『ドイツ民法総論―設例・設問を通じて学ぶ―[第2版]』(成文堂、2015)、を参考にした。 BGB157条(契約の解釈)
:契約は、取引上の慣行を考慮して、xxxxが求めるように解釈されなければならない。
主要な買主に対しXは1924年3月以来同一の型の自動車製造および納品を通じてYと明らかに競業していると説示し、この競業により 件契約の目的が挫折するので、XおよびLから移転されたYの領域でXが活動することが問題であるとした。
なお、RGは、 件の事実の正確に評価していないとして破棄差戻しした。
3 義務の内容
RGは、 件契約書にY退職後にXが競業避止義務を負うことについて明記されていなかったものの、BGB157条に基づいたxxxxに従った契約解釈、特に、合理的かつ誠実な取引をする商人の推定上の意図を考慮することによって、競業行為によってYに譲渡された価値を剥奪および減少させてはならない契約義務を負っていると判示している。
4 義務の存立基盤としての債務関係
RGは、 件契約書には明記されていないもの、xxxxに従った契約解釈によってXは 件契約上の義務として競業避止義務を負っていると判示している。しかし、RGは、Xが販路提供等によって 件契約上の義務を履行した後にも競業避止義務が認められる存立基盤としての債務関係について、言及していない。
5 給付実態
RGは、Xによる競業行為を認定し、Xの 件契約書に基づく売上金分配請求を認めつつ、XがY退職後に競業行為まで認めたならば、競業者に金銭を援助し、それにより事業取引においてYより低価格で品物を提供することを促進することにつながると説示している。
なお、RGは、競業行為によってYにいかなる損害が出ているのかについて、明らかにしていない。
6 義務違反の効果
件ではXが売上金の分配を求めているが、Xが 件契約上の競業避止
義務に違反していることから、RGはXによる請求は認められないと考えているようである。すなわち、競業避止義務違反によって 件契約書に定められた売上金分配請求権が消滅するとも解されるが、破棄差戻しとしているために結論は明らかでない。
(二)LG Altona 1933年3月10日決定(LZ 1933, 873.)
1 事案の概要(66)
自由業を営む原告Xが被告Yとの間で賃貸借契約(以下、「 件契約」と称する。)を締結して借家(以下、「 件借家」と称する。)を事務所としていた。 件契約期間の満了によって 件契約が終了したことから、Xは事務所を他に移転することとなった。そこで、Xは事務所の移転先を指し示す看板(以下、「 件看板」と称する。)を 件借家に設置することを求めたが、Yがこれを拒絶した。
そこで、Xは 件借家への 件看板設置を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
LG Altonaは、 件契約期間満了による 件契約終了後の義務について、賃貸借期間の満了をもって賃貸借契約から生じる契約当事者の義務は原則としてやり遂げられるものであるが、その義務が未だに排除されていない結果として、取引慣習への配慮によって契約当事者についてのある種の義務が黙示の合意により基礎づけられるが、その義務は 来の賃貸借期間を越えて伸びていると説示する。
さらに、医師や歯科医、弁護士が転居の際にその事務所移転に関する看板を今まで事業を行っていた建物に設置することは一般的な慣習であり、そのような看板が必要とされるのは、職業規則によって事務所移転に関する巨大な広告は認められていないためであり、そのような人物に事務所と
(66) 件の引用元であるLZ1933, S.873.には事案の詳細について記載がなく、 件については引用元から明らかとなっていることを示すこととする。
して賃貸借する者は、賃借人が賃貸借関係の解消の際に事務所移転に関する看板の設置についての明白な利益を有していることを容易に想定しなければならないと説示する。
この状況下で、そのような看板の設置が賃貸借契約において明白に排除されていない場合、看板の設置は黙示で合意されたものと見なされなければならず、この看板設置によって賃貸人には損害をもたらさないとして、 Yは 件借家への 件看板設置について受忍義務を負っていると判示した。
3 義務の内容
LG Altonaは、一定種の自由業者に事務所を賃貸している者は、取引慣習を考慮して、賃貸借契約が終了した後に元賃借人の事務所移転に関する看板を設置することを受忍する義務を負っているとしている。なお、LG Xxxxxxが説示しているところによれば、賃貸借契約において当該受忍義務を排除することを合意することが可能であるとしている。
また、 件では取引慣習を考慮してYに当該受忍義務を認めているが、同様の事件であっても当該受忍義務は問題となった地域の取引慣習に認められていないとして、請求を退けたものもある(67)。
4 義務の存立基盤としての債務関係
LG Altonaは、賃貸借期間の満了により賃貸借契約から生じる契約当事者の義務は原則として終了するが、賃貸借契約上の義務が未だに排除されていないのは、取引慣習を考慮して契約当事者による黙示の合意によって基礎づけられ、 来の賃貸借期間を越えて存在することを明らかにし、看板設置につき明白な利益を有している賃借人と賃貸借契約を締結したにもかかわらず、この看板設置についての受忍義務を明確に排除する合意をしていないならば、看板設置について黙示の合意がなされていたとみなすとしている。
(67) KG Berlin 1910年1月11日判決(DJZ 1910, 1412.)
すなわち、当事者間の(明示または黙示の)合意によって賃貸借契約終了後の義務を基礎づけることができることを明らかにしているが、その結果、従前の賃貸借契約に基づく債務関係が残存していると解釈するのか、または従前の債務関係と異なる債務関係が存在するのか等については、明らかでない。
5 給付実態
件ではXが 件看板の設置を求めて訴訟に及んでいることから、Yが件看板の設置を認めていなかったということから、Yが看板設置につい ての受忍義務に違反していたことは明らかである。しかし、 件でXは損害賠償を求めておらず、Yの受忍義務違反によって具体的にどのような損
害がXに生じているのかは明らかでない。
6 義務違反の効果
件では、Xが看板設置を求めていたところ、Yは看板設置についての受忍義務を負っており、当該義務違反があったと認定されていることから、Yは 件看板の設置を受忍する義務を負っていたとされたと考えられる。
(三)RG 1939年10月5日判決(RGZ 161, 330ff.)
1 事案の概要
ヴィーナス山の麓にZが保有する広大な土地があった。そこに被告Yが土地開発する為にその土地の一部を取得し売りに出された。原告XはYから3,950RMで売りに出されていた土地の一区画(以下、「 件土地」と称する。)を購入する契約(以下、「 件契約」と称する。)を締結し、そこに住宅用建物を建てた。
Xによれば、 件土地からの眺望が重要であって、背後に建物を建てないことと 件土地からの開けた眺望をYが保証したことから 件土地を取得したとされるが、 件契約に際して交わされた契約書(以下、「 件契
約書」と称する。)にはそのような内容は書かれていなかった。
その後、Yは 件土地周辺の土地をさらに取得し、そこに袋小路を敷設し、そこも建築敷地とするために以前の土地開発計画の変更を行った。そこで、Yは袋小路を挟んだ2つの土地の一方に建物と車庫(以下、これらの建物および車庫をあわせて「阻害建物」と称する)を建てた。
阻害建物によりヴィーナス山の眺望が阻害され、Xの所有する不動産の価値が下落したとして、XはYに新たな車庫の建設中止と損害賠償として 6,500RMを求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
売主が売買目的物の使用の適切性および価値について責任を負っているか、著しく減退させている場合に、そのような瑕疵は売主が責任を負わなければならない(旧BGB459条1項,462条,463条2文,480条(68))として、
(68) 旧BGB459条
1項:物の売主は、買主に対し、危険が買主に移転した時に、物にその価値又は通常の使用若しくは契約によって予定された使用に対する適性を無に帰せしめる又は減少させる欠点が無いことについて責任を負う。価値又は適性の重大で無い減少は考慮しない。
2項:売主は、危険移転の時に、物が保証された性質を有することについても責任を負う。
旧BGB462条
:459条及び460条により、売主の責めを負うべき瑕疵に基づいて、買主は、売買の巻き戻し(解除)または売買代金の引き下げ(減額)を請求することができる。
旧BGB463条
:売買の時点で、売られた物が保証された性質に瑕疵があるとき、買主は瑕疵担保解除または代金減額請求に代わって、不履行による損害賠償を請求することができる。売主が瑕疵を悪意で黙秘した場合にも、前文は同じく妥当する。
旧BGB480条
1項:種類のみで定まる物の売主は、解除又は減額に代えて、瑕疵ある物の代わりに瑕疵の無い物の給付を請求することができる。この請求権には、解除に関する464条乃至466条、467条1文、469条、470条及び474条乃至479条の規定を準用する。
2項:危険が買主に移転する時において物が保証された性質を欠くとき、又は売主が瑕疵を知りながら告げなかったときは、買主は、解除、減額又は瑕疵の無い物の給付に代えて、不履行に基づく損害賠償を請求することができる。
瑕疵担保責任について一般論を説示する。その上で、土地に一軒家を立てて住むためにXは土地を購入しかつXは今もなお山腹の眺望も享受していることから契約目的を達成しており、 件契約時の期待に反して、展望が阻害建物によって眺望が遮られているのみで、その種の建設敷地に通常ある性質は損なわれておらず、建設敷地をたった4アール取得する者は建物の隣接地が永続的に開けたままであるということを容易に期待することはできないが、 件土地の眺望を阻害する建物を建てず後背地の永続的に開けたままにしておくことを 件契約の前提としていた場合には、契約当事者が売買契約締結の際に存在するものとして前提としていた特質や長所を有していないとして、物に瑕疵があると評価されると説示する。しかし、件ではそのような前提は存在していないため、瑕疵担保責任に基づく損
害賠償請求等は認められないと判示した。
これに対し、損害賠償請求等が瑕疵担保責任に基づかない場合には、積極的契約侵害(旧BGB276条(69))または不法行為責任(BGB826条(70))に基づく請求が考えられ得ると説示する。
まず、積極的契約侵害は、債務者が給付義務の有責な違反により債権者に履行利益を越えた損害を生じさせたか、契約目的の達成が債権者に契約関係の継続を期待しえないほどに危うい場合に認められ、債務者の義務違反について契約に基づき責任を負うとして、積極的契約侵害について一般論を説示する。その上で、通常、契約責任は契約とともに終了するが、件ではXに対する積極的契約侵害となるYの行動は契約関係の完全に終了
(69) 旧BGB276条
1項:特別な定めがない限り、債務者は故意および過失について責任を負わなければならない。取引に必要な注意を払わない者は過失を負っている。827条, 828条の規定が適用される。
2項:故意による責任は債務者からあらかじめ免除されない。
(70) BGB826条(善良な風俗に違反する故意による加害)
:善良な風俗に反する方法で他人に故意に損害を加える者は、その他人に損害の賠償をする義務を負う。
した後、すなわち、既に 件土地の代金は支払われ、引渡され、所有権の譲渡がなされたので、Yが違反しうる契約上の給付義務はもはや存在していなかったが、契約交渉の着手から事前効が生じるのと同様に、完全な履行による契約の終了もまた契約上の義務のxxxを生じさせうると説示し、誠実かつ取引慣例上の契約履行の要請(BGB242条(71))から、債務者は 来的給付の後にも法的に一定の作為および不作為義務が残ったままでありうるという。
そのため、Xが後背地に阻害建物が建築されないという特別の前提のもとで 件土地を購入し住居を建てた後に、Y自身が阻害建物の建設に着手したならば、Yは誠実な債務者としての義務に対する積極的違反行為への非難を容易には免れないであろうと判示した。
ついで、不法行為によって損害賠償が義務付けられるのは、良俗に違反する方法で他人に故意に損害を与えた者に対してであるとして一般論を説示した後、Yが 件土地周辺地区の開発をもって意図的かつ計画的にXの損害を狙っていたというならばBGB826条における不法行為の要件を充足しうると説示する。
なお、原審が積極的契約侵害および不法行為について検討されなかったので、 件は新たな審理および決定のために原審判決を破棄差戻しした。
3 義務の内容
RGは、Yが瑕疵担保責任を負うことはないとしているが、誠実かつ取引慣例上の契約履行の要請によって、債務者は 来的給付の後にも法的に一定の作為および不作為義務が残ったままでありうるとしている。 件においては、 件土地からの眺望等を阻害する建物を建設しないという義務であると考えられる。
(71) BGB242条(xxxに従った給付)
:債務者は、xxxが取引慣習を考慮して要求するように給付を実現する義務を負う。
4 義務の存立基盤としての債務関係
RGは、Yが違反しうる契約上の給付義務はもはや存在していなかったが、完全な履行による契約の終了もまた契約上の義務のxxxを生じさせうるとして、 件土地からの眺望等を阻害する建物を建設しない義務が存在しうると説示している。しかし、完全な履行によって契約が終了しているとしつつなぜ当該義務が存在しうるのかについて、その存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
RGは、Yによる阻害建物の建設によって 件土地からの眺望等が阻害されていることを認めている。しかし、そもそも 件土地からの眺望等を阻害する建物を建設しない義務が存在するかについては明らかにしていない。その結果、具体的にどのような損害が生じているのかについても明らかにしていない。
6 義務違反の効果
件ではXは新たな車庫の建設中止および損害賠償を求めているが、RGによればこれらの請求の根拠となる義務が存在しうるとし、義務違反があったときにはこれらの請求が認められるかもしれないということを示唆するのみで、実際にどのような効果が認められるかについては明らかにしていない。また、不法行為に基づく損害賠償の可能性も明らかにしているが、これについても不法行為が存在したかは明らかにしていない。
(四)BGH 1954年12月14日判決(BGHZ 16, 4ff.)
1 事案の概要
女性用コートの製作卸売業を営んでいる原告Xは中間加工業社である被告Yに、ファッションデザイナーから取得した女性用コートの試作品のデッサンをコートの見 の製作の為に交付し、Xによる固有の仕立の利用のもので製作してほしいとの依頼に応えてYはこの見 を製作した。この
試作品の製作の報酬として25DMのみを受領した。この試作品を元にして Xが既製服としてA型との名称で売り出す女性用コート120着を生産・納品した(以下、A型の納品に至るまでのXY間契約を「 件契約」と称する。)。その後、A型は1着につき167DMで販売されることとなった。なお、 件契約に際して、競業他社のために同型のデッサンおよび試作品を用いてはいけない旨の合意は存在しなかった。
その後、YはXの同意を得ることなく、A型のコートの試作品を他の卸売業社Zに見せ、ZにA型を納品した。
そこで、XはZへのA型の納品により著しい損害が生じたとして、YにZへの納品の中止および損害賠償を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
BGHは、デッサンやデザイン、型紙ならびに、その見 に従って作成された試作品が造形的芸術の作品として予定された保護範囲にありうるのは、その美的価値が、世間で支配的な見解によって芸術的であるとされうる段階に達した場合、著作権があるとして保護が認められるものの、A型のデッサンおよび試作品にはそのような保護は認められないという原審の判断は妥当であると説示した。
ついで、 件契約上の義務について、試作品の製作に対する報酬がわずかであり、かつ、A型の生産に不可欠な材料が用いられていたとしても、A型の試作品を競業他社のために利用することによって得られるYの利益のみならず、競業によって生じるXの不利益もまた顧慮しなければならないとして、BGB242条に基づき双方の利益の考慮が必要であると説示する。
その上で、xxxxに従って競業他社へのA型の納品によるXの著しい不利益を顧慮して両当事者の契約意思を解釈すると、Xは同人の競業他社の為にA型をYが利用することは決して認めるつもりはなかったと解され、Yは、同人が認識可能な範囲で 件契約の目的とされた結果を
危険にさらしまたは挫折させうるあらゆる事項をしてはならないという両当事者の継続的義務として「契約上の保護義務」を負っていたと判示する。
そのため、Xの競合他社であるZへの納品によってXの更なる利益獲得の機会をYが明らかに分かっていながらもこれをわざと無視した場合には、 Yは誠実な契約の履行の要請に違反したと解されると判示する。
そこで、Yに義務付けられている契約上の保護義務の違反をしたならば、積極的契約侵害にあたり、これによりYはXに対し損害を賠償しなければならないと判示した。
なお、Yが当該契約上の保護義務に違反していたかについては明らかでないとして、原審判決を破棄差戻しした。
3 義務の内容
BGHは、著作権法上の問題ではなく 件契約上の義務の問題であるとして、BGB242条に基づき双方の利益の考慮した上で、Yは、同人が認識可能な範囲で 件契約の目的とされた結果を危険にさらしまたは挫折させうるあらゆる事項をしてはならないという「契約上の保護義務」を負っていたと判示する。
4 義務の存立基盤としての債務関係
BGHは、YがZへのA型を納入したのがXに対するYの 来的給付義務の履行後に初めて行われたか否かは明らかではないものの、xxxとして上記の「契約上の保護義務」が認められうると説示している。
このことから、上記の「契約上の保護義務」はYの主たる給付義務の履行前であっても履行後であっても存在しうることを示唆しているが、主たる給付義務の履行後であっても当該義務が認められるための存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
BGHは、YがZに対してA型を納品したことによってXの更なる利益獲得
の機会を喪失させていることを認めているが、 件では、Yが「契約上の保護義務」に違反しているかは明らかではない。
6 義務違反の効果
件では、XはYにZへの納品の中止および損害賠償を求めており、Yが「契約上の保護義務」に違反しているならば積極的契約侵害にあたり、これによって生じた損害を賠償しなければならないとしているが、Yが「契約上の保護義務」に違反しているかは明らかではなく、Zへの納品の中止が認められるのかも明らかではない。
(五)AG München 1970年5月6日判決(NJW 1970, 1852f.)
1 事案の概要
Yは約4年前に事務用品の専門店を商っているXから器具製作会社Sの口述筆記用録音機2台を買った。それ以来、YはXから機器の使用に必要なキャプスタン(テープxx機)を継続的に購入していた。1969年初秋にYがXにキャプスタンを注文したところ、今までのキャプスタンはもはや生産されないので、新型のキャプスタンを使用できるようにするために機器の改造が必要であり、この改造をしない場合にはYが所有している口述筆記用録音機は使用できなくなる旨がXから通知された。そこで、Yは自身の口述筆記用録音機の改造作業(以下、「 件改造」と称する。)をXに依頼した。Xは件改造を内容とする請負契約(以下、「 件契約」と称する。)の報酬請 求としてYに120,72DMの代金を請求したが、Yは口述筆記用録音機の改造は機器の技術的発展にともなって必要となるものであり、それをYは負担す
る必要がないとして 件契約に基づく報酬代金を支払わなかった。
そこで、XはYに 契約に基づく報酬代金の支払いを求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
AG Münchenは、請負契約に基づく報酬請求権が認められるには、報酬が客観的状況すなわち取引慣行、両当事者相互の地位、製造される製品の
種類や規模に従って、旧BGB632条1項(72)の意味で合意された場合であると説示し、Xはこの旧BGB632条1項の要件について立証していない判示した。
また、Xは事務用品の専門店を商っており、他の大量販売方式の店と比較して、機器自体の質や保証や交換部品やその原料の納品できるとの顧客の高い期待が正当化されるとして、BGB242条と関係している旧BGB433条(73)に基づいて、特別な合意なくとも買主に後々必要となるが、他方で入手しえない交換部品や生産用原料を相応の支払で納入する義務が一般的に認められると説示する。この「付随義務」の存続期間は最後に売られた機器の通常の耐用年数に関係づけられており、口述筆記用録音機の通常の使用期間はいずれにせよ4年間を越えることから、この付随義務をXは負っていると判示した。
また、Yは、今後もXからキャプスタンを購入することでXが将来にわたって相当の売り上げをも保証しており、Xによる 件改造は口述筆記用録音機の値段と比して高額ではないことからも、サービスの一環として無償でなされると考えていたが、いずれにせよ、旧BGB632条1項の要件をXは証明していないために、Xには報酬請求権が認められないとして訴えを退けた。
3 義務の内容
AG Münchenは、BGB242条および旧BGB433条から、Xが専門店である
(72) 旧BGB632条
1項:報酬に対してのみ仕事の製作を期待すべき事情がある場合、報酬は黙示に合意されたものとみなす。
2項:報酬の額について定めがないとき、公定価格が存する場合にはこれによる報酬を、公定価格が存しない場合には通常の報酬を合意したものとみなす。
(73) 旧BGB433条
1項:売買契約により物の売主は買主にその物を引渡し且つその物に所有権を取得させる義務を負う。権利の売主は買主にその権利を取得させ、且つその権利が物の占有をできる物である場合にその物の引渡す義務を負う。
2項:買主は売主に合意された対価を支払い且つ買い受けた物を引き受ける義務を負う。
ために生じるYに高い期待を考慮して、技術的機器の製作者ではない売主であっても最後に売られた機器の通常の使用期間の間は、製品の調整等を行う義務を負わなければならないと判示している。
なお、この義務を無償で果たさなければならないとは判示しておらず、相当程度の報酬が認められうるものの、 件においては、旧BGB632条1項の意味における合意についてXが立証していないとして報酬請求権を認めなかった点には注意が必要である。
4 義務の存立基盤としての債務関係
AG Münchenは、上記の製品の調整等を行う義務はBGB242条および旧 BGB433条から導かれる「付随義務」であるとしているが、売買契約の主たる給付義務としてXがYに口述筆記用録音機を引渡し所有権も取得させてから4年程経過しているにもかかわらず、この「付随義務」が認められる存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
件において、Xは 件改造を終えていることから、Xは上記の製品の調整等を行う義務を履行しており、報酬代金の支払いの可否が争われていることから、Xは自身の義務に違反していない。
6 義務違反の効果
上記の通り、Xは自身の義務に違反していないことから、義務違反の効果は明らかではない。
(六)LG Köln 1997年10月16日判決(NJW-RR 1999, 1285ff.)
1 事案の概要
原告Xは被告Yから、1984年から1987年にかけて数種類の統一的ソフトウェア一式(以下、「 件ソフトウェア」と称する。)の無期限の使用権限を取得し、そのソフトウェアを用いてXは同人の顧客の依頼を処理し報酬の支払いを受けていた。XとYは、1991年12月18日および1992年1月29日
付の契約で、1991年8月1日から 件ソフトウェアに関してメンテナンスを行う契約(以下、「 件メンテナンス契約」と称する。)を締結し、年間メンテナンス料金について合意した。 件メンテナンス契約に際して交わされた契約書9条1項には 「契約は一年毎に締結される。契約有効期間終了の8週間前に両当事者の一方により解約通告がなされないとき、契約は自動的に毎年更新される。」 との記載がなされていた。
1996年7月17日付の通知で、Yは組織再構成のため同日までに 件ソフトウェアの一部のメンテナンスをZに移転した事をXに通知し、Zが1997年7月
1日以降Yに代わってメンテナンスを遂行することを認めるよう請求した。
XがZによる 件メンテナンス契約の引継ぎについて同意しないことを考えて、Yは1996年9月27日付の通知で、YはXに対し同年12月31日に 件メンテナンス契約を解約する旨の通知をなした。同年年10月1日および同年11月19日の通知で、XはZによる 件メンテナンス契約の引継ぎを拒絶し、かつ、Yによる解約告知を契約に反するものとして拒絶した。そこで、Yは改めて1997年4月14日に 件メンテナンス契約を解約する旨の通知をなし、補助的に同年6月19日の通知をもって即時解約告知した。
Xは、Yによる解約告知は無効であるということを確認することを求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
自動車や機械のような多量生産により生産された技術上の工業製品の売主および製作者は一定期間交換部品の準備を義務付けられているように、ハードウェア製品やソフトウェア製品の供給者はその製品のメンテナンスを義務付けられており、統一的ソフトウェア製品の引渡しに関する両当事者の契約は、原告が 件ソフトウェアの取得によって目的とした給付結果を守るために、 件ソフトウェアのインストール供給だけでなく、 BGB242条に基づき、独立した付随義務として一定期間のメンテナンスを被告に義務付けていると判示する。
件ソフトウェアはXの経営に欠かすことのできないものであり、かつ、 件ソフトウェアのメンテナンスによって最新版でプログラムを利用できなければXにとって 件ソフトウェアは無価値となると説示し、もしも、メンテナンスを受けることができないならば、Xは予定された使用期間全体にわたっては使用することができないソフトウェアを購入したこととなるが、Xの支払った代価は予定された使用期間全体にわたっては使用することを認めるに足るものであったと説示する。
ソフトウェア提供者が長期間のメンテナンス義務を負うのは、ソフトウェア利用者のみならず、ソフトウェアを更に発展させ他の購入希望者に対するメンテナンスにも結びつけることができるというソフトウェア提供者の利益にも結びつけられると説示し、付随義務としてのメンテナンス義務の期間は両当事者の利益を顧慮に入れ、およびxxxx(BGB242条)に従い、 件ソフトウェアの「消費耐用周期」を経過した後の5年を含むと判示する。なお、この期間は、プログラムの実際上の使用期間や減価償却、税制上の控除期間ではなく、適切な期間を加算した消費耐用周期によって決せられるため、この期間を越えてメンテナンス義務を負うのではないと説示する。また、この期間はソフトウェアの最終購入者にインストールしたときと関連性があるために、個々の事案で検討が必要であると
説示する。
また、 件メンテナンス契約は 件ソフトウェア売買契約によって生じるYのメンテナンス義務を単に具体化するに過ぎないものであるから別々の契約ではなく、そのため、Yメンテナンス義務の予定より早い一方的な終了は 件ソフトウェアの売買契約の目的を脅かし、Xは不適切に不利に扱われており、メンテナンス契約においてメンテナンス義務の予定より早い終了を定めた 件メンテナンス契約の契約書の規定は無効または権利濫用であり、少なくとも最短のメンテナンス義務の終了まで顧慮しなければならないため、Yによってなされた各解約告知の表示は無効であると判示
する。
なお、Yがメンテナンスを行わなければならないのではなく、メンテナンス義務の終了まで第三者、例えば履行補助者たるZによって行わせることができると説示するが、 件では 件メンテナンス契約の各解約告知は無効であるとの請求について争われていたため、YまたはZがメンテナンスを行うのかは明らかにしていない。
3 義務の内容
LG Kölnは、 件ソフトウェアが最新版でなければ無価値となってしまうという性質に着目しBGB242条に従ってYが 件ソフトウェアについてメンテナンスを行う義務を負っているとしているが、このメンテナンス義務はソフトウェア売買契約によって生じるものであり、 件メンテナンス契約はこの義務を具体化するに過ぎないと説示している。
また、このメンテナンス義務の期間についても言及しており、プログラムの実際上の使用期間や減価償却、税制上の控除期間ではなく、適切な期間を加算した消費耐用周期から、 件ソフトウェアの「消費耐用周期」を経過した後の5年を含むと判示している。
なお、Yが負っているメンテナンス義務について、その履行に際して別途報酬を請求できるか否かについては言及していない。しかし、 件メンテナンス契約が有償契約であったことは明らかであるので、Yのメンテナンス義務は無償でなければならないとは考えていないものと解される。
4 義務の存立基盤としての債務関係
LG Kölnは、Yのメンテナンス義務を 件ソフトウェア売買契約によって生じる義務であると判示しているが、適切にインストールされた後にもなおメンテナンス義務を基礎づける存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
Yが複数回にわたって 件メンテナンス契約の解約告知をなし、最終的
に即時解約告知をなしたところで訴訟に及んでいることから、Yによる即時解約告知以後はメンテナンスを受けることができなかったものと解されるためYにメンテナンス義務違反があったといえよう。しかし、それによってどのような損害が生じたかについては明らかではない。
6 義務違反の効果
件においては、メンテナンス契約の解約告知が無効であるとして争われた事案であり、メンテナンス義務の違反によってどのような効果が認められるかは明らかでない。
三.損害賠償請求が認められた事例
(七)OGHBrZ Köln 1949年3月31日判決(NJW 1949, 504f.)
1 事案の概要
第二次世界大戦中に爆撃による損害を防ぐために、1944年に原告Xは鉄線入りガラスを倉庫業者である被告Yに寄託した。戦争により当該ガラスの一部は倉庫とともに破損した。戦後の1945年8月24日に、Y倉庫に残っていた破損を免れた鉄線入りガラスが占領軍によって接収され、市当局に引渡されてしまった。その際、占領軍は申出があれば接収を解いて、ガラスの返還に応じる用意があることをYに通知したものの、YはこのことをXに通知しなかった為に、Xは申出る機会を逸し、ガラスの返還をうけることができなかった。
そこで、XはYに失われたガラスに代わる現物賠償、予備的に金銭賠償を求めて訴訟に及んだ。なお、Xは市当局から接収されたガラスについて弁償を受け取っている。
2 判旨
OGHBrZ Kölnは、旧HGB417条1項(74),HGB390条(75)によると、倉庫業者は寄託されている物の損失および損傷について責任があるが、損失または損傷が通常の倉庫業者の注意により回避されえないであろう状況に基づく場合にはその限りではないと説示し、Yが責任を負う現物賠償の対象となるのは戦火を免れ壊れていなかったガラスであり、他方で金銭賠償を求める予備的請求の対象となりうるのは、破壊されたガラスに限られると判示した。
また、Yの帰責性なしに接収および破損が生じたとしても、保管者としての義務に適った通知をなしたならばそれらを回避したであろう場合に、旧HGB417条2項に基づき損害賠償を義務付けられる。旧HGB417条2項は物的価値減少、例えばカビ、壊れやすくなることや類似の現象の事案のみについて規定しているが、それを越えて、他の理由による価値減少、特に商品の全ての損失の危険を分かるよう状況を通知することを倉庫業者が義務付けられているということが明らかであり、それは旧HGB417条2項
(74) HGBは今日まで改正がなされており、裁判当時と今日の条文が異なる場合がある。そのため、 稿では2012年までに変更があったものを旧HGBとし、変更がなかったものについてはHGBと表記する。
また、旧HGBおよびHGBの日 語訳にあたり、神戸大学外国法研究会編『独逸商法[Ⅰ]商行為法』(2)(有斐閣(復刻版)1939)、(3 ・完)(有斐閣(復刻版)1940)を参考にした。
旧HGB417条
1項:物の受領、保管および保証を顧慮に入れた倉庫業者の権利義務については、問屋に適用される388条から390条の規定が適用される。
2項:物が無価値化するおそれがある変更が生じるとき、倉庫業者はこれについて遅滞なく寄託者に通知しなければならない。倉庫業者がこれを怠るとき、倉庫業者はそれによって生じる損害を賠償しなければならない。
(75) HGB390条(物の滅失および毀損ないし怠られた保証についての責任)
1項:問屋は自身の保管下にある物の滅失および毀損について責任を負う、ただし商人の通常の注意で回避しえない状況によって物の滅失および毀損が生じた場合にはその限りではない。
2項:問屋が委託者によって保証することを指示された場合、問屋は物の保証の不作為について責任を負う。
およびBGB242条の一般規定から導かれる副次的な意義であると判示する。その上で、占領軍による強制的な接収により寄託契約上の義務が履行不 能となり消滅し、ガラスをXの為に保管する義務という主たる義務の終了後においても、BGB242条の範囲内で義務関係のxxxとして通知義務がありうると説示し、さらに、被告が占領軍へガラス全てを引き渡すまで倉庫使用代金を要求したので、YはXにとって明らかに重要であった状況をXに通知するよう義務付けられているとみなされなければならなかったと判示する。また、Xは市当局から接収されたガラスについて弁償を受け取っている が、この弁償は損害賠償としてではなく接収による対価であると説示し、これをもって、XのYに対する損害賠償請求は妨げられないと判示して、
件を差戻しした。
3 義務の内容
OGHBrZ Kölnは、旧HGB417条2項およびBGB242条から、寄託物の価値減少、特に商品の全ての損失の危険を分かるようにする通知義務をYは負っていると判示している。特に、この通知義務は寄託契約が終了した後であってもなお存在しているとしている。
4 義務の存立基盤としての債務関係
OGHBrZ Kölnは、寄託契約が占領軍による寄託物の接収によって履行不能となり終了したとしても、上記通知義務をYが負っていたと判示している。しかし、履行不能によって寄託契約が終了したはずにもかかわらず、なお存在している通知義務を基礎づける存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
Yが上記通知義務に違反したことによって、接収されたガラスの返還を Xは受けることができなかった。これによってXは損害が生じていることは明らかであるが、Xは市当局から接収されたガラスについて受け取った弁償との関係で、具体的にどのような損害が生じているかについては明ら
かではない。
6 義務違反の効果
OGHBrZ Kölnは、Yによる通知義務違反が認められたならば、Yは損害賠償をしなければならないとしており、特に、現物賠償の対象となるのは戦火を免れ壊れていなかったガラスであり、他方で金銭賠償の対象となりうるのは、破壊されたガラスに限られるとして、賠償の対象も明らかにしている。
(八)BGH 1973年6月25日判決(BGHZ 61, 176ff.)
1 事案の概要
原告Xと被告Yはともに銀行であり、訴外Eは双方の顧客である。1970年
3月16日11時40分頃にXはEから名当人をYとする40,000DMの小切手が振り出されたので、YにEの当座預金の支払能力を問い合わせたところ、「正常である」と返答された。それに基づき、Xは小切手を受領し、その券面額を口座に入金したところ、Eは同日中にその額を引き出した。
ところが、YがXにEの当座預金の支払能力について回答した後の同日午後に、Eが破産状態に陥っているとの情報をYが入手したことから、YのEに対して有する債権を保全する為にEの口座を封鎖した。
翌々日、銀行が通常なす手続きを経て当該小切手がYに呈示されたものの、Yは支払いを拒絶した。結局、Xは後日破産したEから小切手額を回収することができなかった。
そこで、XはYに瑕疵ある小切手情報によって40,000DMの損害が生じたとして賠償を求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
BGHは、YがEに関する小切手情報を的確に回答したことを認めた上で、後の変更を通知する一般的指摘義務は、非常に広範囲に及ぶ小切手取引や、情報の口頭性、小切手の確認を書き留めない一般慣習を顧慮して、銀
行が互いに正当に要求することができるとするのは誇張であり、追加状況が生じる場合に小切手情報の受取人は、原則として、報告請求権を有さないと説示する。
しかし、 来的契約履行の後にも期待可能な範囲内でxxxxの見地の下で、ある種の「契約終了後の」作為義務および不作為義務が存在しえ、それにより契約当事者に過度なものではないが、先行する契約履行と関連した損害が存在するならば、それにより契約当事者は先行する契約履行と関連した損害を回避することができ、このことが以上の当事者の供述により認められうる限りで、 件はそのような事案に該当するとして、情報提供する銀行が例外的に非常に特別な事情の下で通知義務を負っていると判示した。
そして、今しがた小切手情報が与えられた事をYが知っており、Xに差し迫った不利益な結果をおよそ評価しえたのであるから、急いで自身の利害関係を配慮することを決定した場合、小切手は先行する報告にもかかわらず現金化されないであろうことを電話でXに通知することが、銀行取引において互いにxxxxに従って守られるべき配慮要請であったと判示し、原判決を破棄し差し戻した。
3 義務の内容
BGHは、原則として、提供済み情報が誤っていたことを通知する一般的指摘義務を常に認めることはできないが、 件では、例外的にYはZの小切手情報を修正する通知義務を負っていると判示している。この通知義務は、xxxxを考慮して、契約の一方当事者が先行する契約履行と関連した損害を回避するために認められるとしている。
4 義務の存立基盤としての債務関係
BGHは、Yが小切手情報を的確に回答した後であっても、例外的にYは小切手情報を修正する通知義務を負っているとしており、この義務は従前の契約履行と関連していることもまた明らかにしている。しかし、既にY
が的確に情報提供したにもかかわらず、なお存在している通知義務を基礎づける存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
BGHはYが小切手情報を修正する通知義務に違反したことを認めている。しかし、実際に義務が履行されたならばXに損害が生じなかったかについては判決文からは明らかではなく、具体的にどのような損害が生じたかも明らかにしていない。
6 義務違反の効果
Yは小切手情報を修正する通知義務に違反しているが、これによってどのような効果が生じるのかは明らかにしていない。しかし、BGHは損害が発生していることを示唆していることから損害賠償請求が可能であると解される。
(九)LG Tübingen 1989年5月22日判決(NJW-RR 1989, 1053f.)
1 事案の概要
原告Xはタクシーからの下車の際にうっかりしてカメラを置き忘れ、それに直ちに気がつき、被告であるタクシー会社Yにタクシー運転手に知らせるよう電話したが、Yの 部に勤める電話交換手Aは既にタクシー運転手は終業したと説明をしてそれを拒否した。しかし、実際には、Xの乗車したタクシー運転手はまだ終業しておらず営業を継続しており、Aは無線にて連絡可能であったにもかかわらずこれをしなかった。その結果、カメラは行方不明となり紛失した。
そこで、Xは紛失したカメラについての損害賠償として1,390DMを求めて訴訟に及んだ。
2 判旨
LG Tübingenは、旅客運送契約の主たる義務や 質的特徴は、人やその人の荷物を有償で輸送し、目的地へ届けることであり、契約履行中、輸送
者は人やその人の荷物の保護が義務付けられており、目的地へ送り届けることをもって 質的義務は履行されると説く。しかし、特別な状況に基づいてなお契約当事者の全ての関係が終了しておらず、既になされた輸送との密接的なつながりの中でいまだに存続し続けている限りで、一般的相互誠実義務(BGB242条)から 質的義務の履行後、つまり、契約終了後にもなお付随義務が生じると説示する。なお、車両に置き忘れられた乗客の物品についての一般的監督義務が存在しないという原審の判断は正当であるとしつつ、旅客運送契約の範囲内でタクシー事業者はタクシー車両に置き忘れられた物の確保の際にタクシー事業者に可能かつ期待できる限りにおいて有益な助力を果たす契約終了後の付随義務が存在すると説示する。件において、契約終了後の付随義務たるXの確保申請に従う義務の履
行を、Yの履行補助者である電話交換手が違反したことで、運転手に直ちに連絡をすれば防ぐことができたXのカメラの紛失という積極的債権侵害が発生しており、Yは同人の履行補助者たるタクシー 部の電話交換手の義務違反についてBGB278条(76)に従って責を負わなければならないとして、YはXに対して1,390DMを賠償しなければならないと判示した。
3 義務の内容
LG Tübingenは、車両に置き忘れられた乗客の物品についての一般的監督義務の存在を否定しつつ、旅客運送契約終了後の確保協力義務が存在し、それによる損害回避義務がYに存在していたという。
特に、旅客運送契約の履行過程において認められる義務と、乗客を目的地へ送り届けることをもって 質的義務は履行されたことで契約が終了した後の義務とには相違があることも明らかにしている。
(76) BGB278条(履行補助者の過失)
:債務者は、その法定代理人および債務者の債務の履行のために用いる者の過失
(Xxxxxxxxxxx)について、自らの過失と同じ範囲で責任を負わなければならない。 276条2項の規定は適用されない。
4 義務の存立基盤としての債務関係
件において、Yが旅客運送契約終了後の確保協力義務を負っているとされた。特に、LG Tübingenは、この確保協力義務が旅客運送契約の履行過程において認められる義務とは異なると説示しているが、旅客運送契約が終了したにもかかわらず、終了後に認められる確保協力義務を基礎づける存立基盤としての債務関係については、言及していない。
5 給付実態
Xがタクシー降車後間のなく、タクシーにカメラを置き忘れたから運転手に連絡して欲しい旨の要請があったにもかかわらず、Yの履行補助者であるY 部の電話交換手は虚偽の情報を伝え、この要請に応じなかったことは、上記の確保協力義務に違反しているとされた。なお、この確保協力義務違反によって、運転手に直ちに連絡をすれば防ぐことができたXのカメラの紛失という積極的債権侵害が発生している。
6 義務違反の効果
Yは同人の履行補助者たるタクシー 部の電話交換手の上記確保協力義務違反についてBGB278条に従って責を負わなければならないとして、YはXに対してカメラ紛失によって生じた損害を賠償しなければならないとされた。
四.裁判例からみる契約xxx ―義務の多様性と不明確な点―
これまで、学理上の議論の中で契約xxxが問題となっているとされる代表的な裁判例を分析してきた。この裁判例の分析結果を整理することで、学理上の議論の前提とされてきた義務の特徴を明らかにすることとする(77)。
裁判例の分析から明らかとなった特徴の第一は、履行請求が可能である
(77) なお、以下では日 の裁判例の傾向分析から明らかとなった特徴が認められるか否かに着目して整理することで、日 で認められた義務との異同を明らかにする手がかりを得る。
義務と履行請求を前提としていない義務とが存在しているということである。すなわち、義務の内容を見ていくと、前者に属すると考えられるもの
(裁判例(一)~(六)(九 )と、後者に属すると考えられるもの(裁判例(七)
(八))とが分類することができる。履行請求の可否という義務違反の効果に差異が存在することは、義務の性質を検討する上でも有用な示唆を与えるものである。
第二の特徴は、問題となった義務の全てが従前の契約関係の存在を前提としていると考えられるという点である。すなわち、全ての事案において従前の契約と問題となった義務とが関係していることが言及されており、ほとんどが契約上の義務であると言及されている(78)。さらに、これらの義務はBGB157条、242条によってxxxを介して種々の事情が考慮されることによって認められていることが明らかとなった(79)。これらのことから、義務の存立基盤としての債務関係について検討する際に多くの示唆を与えているが、いずれの裁判所も債務関係をどのように理解するのかについて言及しておらず、明らかにされてはいない。
第三の特徴は、義務が問題となりうる時期に相違が存在していると考えられる点である。すなわち、履行過程において既に問題となり得る義務
(裁判例(一)(三)(四)(七))と、主たる給付義務の履行後に初めて問題となり得る義務(裁判例(二)(五)(六)(八)(九 )とが存在している。この点は、履行過程における義務との関係性を検討する上で重要な示唆を含んでいると考えられる。
第四の特徴は、義務違反によって侵害される利益の多様性である。裁判例を分析してみると、損害として認定されたものは、 義務違反がなかっ
(78) 裁判例(八)で問題となった義務については、先行する契約履行と関係していると言及されているが、当該義務が契約上の義務であるかについては言及されていない。
(79) 取り上げた裁判例では、当事者の推定される意思(裁判例(一))、慣習(裁判例(二)
(三 )、当事者の利益(裁判例(四)(六)(八 )、当事者の地位(裁判例(五 )、目的物の性質(裁判例(六))、が考慮されていた。
たならば獲得されたであろう利益(裁判例(一)(二)(四)(五)(六)(七)
(八 )、②財産的価値の下落(裁判例(三)(五)(六 )、③契約と無関係な財産の喪失(裁判例(九))に分類することができる(80)。・②については、主たる給付義務の履行によって獲得された給付結果が侵害されており(81)、③については、純粋に完全性利益が侵害されている。このような被侵害利益の多様性は、義務の性質を検討するに当たり重要な視点となる。第五の特徴は、義務違反時の責任性質として、常に契約責任が想定され ているという点である。唯一、裁判例(三)のみが不法行為責任として構
成することが可能であることを示唆している。
以上のように契約xxxに関する裁判例を傾向分析することができる。しかし、ドイツにおける裁判例の傾向分析からでは明らかにならない点がある。第一に、義務の存立基盤としての債務関係をどのように解するのかについて明らかにされていないという点である。ドイツにおいては被違反義務のほとんどが契約上の義務であることが明らかにされているが、その存立基盤である債務関係は履行過程と主たる給付義務の履行後とでどのような相違があるかについては明らかにされていない。第二に、被違反義務の多様性が認められるが履行過程における義務との相違が明らかにされていない点である。問題となった被違反義務を契約上の義務と判示し、その性質についても言及している裁判例も存在している(裁判例(四)(五)
(六)(九 )。しかし、そこで言及されている被違反義務の性質からでは履行過程における義務との相違は依然として明らかにされていない。第三に、義務違反の効果が明らかにされていない点である。上記の裁判例の多くは、差戻しを命じる判決であるために義務違反に対する効果について示唆するものの、具体的にどのような効果が認められるのかについては明ら
(80) 裁判例(五)と(六)については、義務違反が生じたならば従前の契約によって獲得された対象を用いることができなくなるという特徴がある。そのため、両事案の被侵害利益は と②の両方に関係すると分類した。
(81) 前掲注(61)を参照されたい。
かにしていない。その結果、契約xxxで問題となる義務と履行過程における義務との相違が義務違反の効果面においても不明確なままである。
上述のように、ドイツの裁判例は不明確な点が認められるものの、古くから主たる給付義務の履行後においてもなお契約当事者間には多様な義務が存在していることを認めている。
( 学法学部講師)