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賃金と処遇
1 賃金の定義
【労基法の「賃金」】
労基法 11 条は、労基法上の賃金を「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と定義します。この規定から、①使用者が労働者に支払うもの、②労働の対償(対価)であるもの、という2つの要件を満たすものは、その名称(呼び方)を問わず、労基法上の賃金とされることになります。したがって、賃金、給料のほか、呼び方が給与、報酬、アルバイト代等であっても労働の対価であれば労基法上の賃金として保護の対象となります。また、家族手当、住宅手当や通勤手当といった使用者が支給基準を定めて支払う各種手当も労基法上の賃金に当たります。
これに対し、使用者が任意に労働者に支払う慶弔見舞金のように、任意的恩恵的な金銭給付は労基法上の賃金に当たりません。出張経費の精算も労働の対価ではないので賃金ではありません。なお、顧客が労働者に直接支払うチップも使用者による支払いではないので、賃金に当たらないと解されています。
【平均賃金】
平均賃金とは、労基法 12 条に基づき、労働者ごとに算出される金額のことをいいます。労基法 12 条は、この平均賃金の定義及び算定方法について規定しています。この平均賃金は、解雇予告手当(労基法 20 条)、休業手当(同法 26 条)、年次有給休暇取得日の賃金(同法 39 条)、業務上疾病、死亡等の場合の災害補償(休業補償
(同法 76 条)、障害補償(同法 77 条)、遺族補償(同法 79 条)、葬祭料(同法 80 条)、打ち切り補償(同法 81 条)、分割補償(同法 82 条 )、減給の制裁の制限額(同法 91 条)の算定に用います。
平均賃金は、その労働者に支払われた過去の賃金の額から、労働者が得られるであろう賃金の1日当たりの額を計算し、これを支給すること等によって労働者を保護しようとするものであり、「算定すべき事由の発生した日以前3か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額」です。「3か月」とは、暦日の3か月で、賃金締切日があるときは直前の賃金締切日から起算します。
平均賃金(原則)
=3か月間に支払われた賃金総額÷3か月間の総日数
なお、賃金が時給・日給・請負給で、上記の計算式で計算した金額が、以下の式
で計算した額を下回る場合は、以下の式で計算された額が平均賃金になります。
時給・日給・請負給の場合の最低保障額
平均賃金
=3か月間に支払われた賃金総額÷3か月間の実働日数× 100 分の 60
これらの賃金の総額の中には、時間外・休日労働の割増賃金、通勤手当、家族手当なども含まれますが、①臨時に支払われた賃金、②3か月を超える期間ごとに支払われる賃金、③通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないものは含まれません。
平均賃金を算定するための賃金総額から除外するもの
平均賃金の算定の基礎から除外 |
臨時に支払われた賃金(結婚手当、私傷病手当など) |
3か月を超える期間ごとに支払われる賃金(年3回までの賞与など) |
通貨以外で一定の範囲に属さないもの(法令、労働協約によらない現物給与) |
また、業務上負傷し又は疾病にかかり療養のために休業した期間、産前産後休業、使用者の責めに帰すべき事由により休業した期間、育児休業期間、介護休業期間、試用期間がある場合は、その日数及びその期間中の賃金は、その期間の総日数及び賃金の総額から控除して計算します。
2 賃金の決め方
(1)不合理な差別・処遇格差は許されない
使用者が労働者に対してどのような基準によって賃金を支払うかは、法令に反しない限りは、労使間の労働契約、就業規則、労働協約に基づき自由に定めることができます。法令では、「国籍」、「信条」、「社会的身分」(労基法3条)、「性別」(同法
4条)、「障害」(障害者雇用促進法 35 条)、「組合員、組合加入・結成、正当な組合活動」(労組法7条1号)等を理由に賃金について差別をしたり、不利益に取り扱ったりすることを禁止しています。
また、賃金を決めるにあたり、労働契約法の均衡の原則(労xx3条2項)、短時間・有期雇用労働者の不合理な待遇の禁止(パート・有期法8条)、通常の労働者と同視
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すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱の禁止(同法9条)、賃金について職務内容、職務の成果、意欲、能力又は経験等を勘案して賃金を決定する努力義務(同法 10 条)、派遣労働者の不合理な待遇の禁止(派遣法 30 条の3)等にも配慮する必要があります(9章参照)。
(2)年俸制
年俸制は、個々の労働者の仕事の成果や実績について、その労働者と使用者が個別的に話し合って、年単位で決定するものです。年俸制対象者であっても、原則として、労基法の労働時間、割増賃金に関する規制は適用され、時間外労働や深夜労働、休日労働には、36 協定の締結と割増賃金の支払いは必要です。ただし、管理監督者は法定労働時間、休憩、休日に関する規定が適用除外とされ(深夜労働の割増賃金の規定は適用)、高度プロフェッショナル制度対象者は法定労働時間、休憩、休日、深夜労働の規定が適用されません。
割増賃金を年俸額に含めて支払う場合(管理監督者や高度プロフェッショナル制度の適用対象者を除く)には、①通常の賃金部分と割増賃金部分が明確に区別されていて(明確区分性)、②割増賃金部分が労基法 37 条によって計算された額以上であって(金額的確性)、③あらかじめ定められた時間数を超えて労働した場合には追加の割増賃金を支払う必要があります。
判例では、各年の年俸額について労使間で合意ができないときは、最終的には使用者が決めることができるとしているものもあります。ただし、使用者が一方的に年俸額を極端に引き下げる場合には、権利の濫用として無効となると解される場合もあります。
3 賃金の額
(1)最低賃金
最低賃金制度とは、最低賃金法(最賃法)に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないとする制度です。最低賃金は、国によって都道府県ごとに時間額で設定されており、地域別最低賃金(最賃法9条1項)と特定の産業に適用される特定最低賃金(同法 15 条1項)とがあります。特定最低賃金は、特定地域内の特定の産業の基幹的労働者とその使用者に適用されます(18 歳未満又は 65 歳以上の方、雇入れ後一定期間未満で技能習得中の方、その他当該産業に特有の軽易な業務に従事する方などには適用されません。)。特定
最低賃金と地域別最低賃金が異なる場合には、より高いほうが適用されます。なお、xxxにおいては、平成 26 年以降、特定最低賃金を地域別最低賃金が上回ったことから、現在においては全業種において地域別最低賃金が適用されています。
最低賃金を下回る賃金を定める労働契約は、その部分について無効となり、無効となった部分は、最低賃金によることになります(同法4条2項)。
令和 5 年 10 月1日発効のxxxの最低賃金は前年から 41 円引き上げられ、時間額 1,113 円になりました。
xxx最低賃金
時間額 | 発効日 (特定最低賃金は直近の発効日) | ||
地域別最低賃金 | 1,113 円 | R5.10.1 | |
特定最低賃金 | 鉄鋼業 | 871 円⇒◯地 1,113 円 | (H26.3.23) |
出版業 | 857 円⇒◯地 1,113 円 | (H24.12.31) | |
自動車・同附属品製造業、船舶製造・修理業、舶用機関製造業、航空機・同附属品製造業 | 838 円⇒◯地 1,113 円 | (H24.2.18) | |
はん用機械器具、生産用機械器具製造業 | 832 円⇒◯地 1,113 円 | (H22.12.31) | |
電気機械器具、情報通信機械器具、業務用機械器具、時計・同部分品、眼鏡製造業 | 829 円⇒◯地 1,113 円 | ||
各種商品小売業 | 792 円⇒◯地 1,113 円 | (H21.12.31) |
※時間額欄の金額に◯地を付したものは、地域別最低賃金が適用されます。
(1)使用者は、最低賃金以上の賃金を、臨時・パート労働者・アルバイトを含む全ての労働者に支払わなければなりません。
(2)最低賃金は「、時間額」のみとなっており、月給制、日給制、時間給制等全ての給与形態に「時間額」が適用されます。
(3)最低賃金の対象となるのは、実際に支払われる賃金から次の賃金を除外したものです。①臨時に支払われる賃金(結婚手当など)、②1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)、③所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)、④所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)、⑤午後 10 時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)、⑥精皆勤手当、通勤手当及び家族手当。
(2)休業手当
①休業手当の意義
労基法 26 条は、使用者の責(せめ)に帰すべき事由によって労働者を就労させな
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かった場合には、労働者の請求や立証の有無に関わらず、平均賃金の 60%以上を休 業手当として労働者に支払うことを義務づけています。使用者が休業手当を支払わないときは罰則の適用(労基法 120 条)のほか、裁判所への申立てにより未払いの休業手当のほかに、同一額の付加金(同法114 条)の支払いを命じられることがあります。民法 536 条2項においては、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行 することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」としており、これを労働関係に当てはめると、使用者の責めに帰すべき事由によって労務提供ができない場合には、使用者は、賃金の支払いを拒むことができないとなります。この民法 536 条2項の規定は、当事者間の合意によって排除することができると解されていますが、労基法において使用者の休業手当の支払義務を定め、労働者の保護を図りました。また、民法 536 条2項では、「この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」としており、休業により、労働者が他で収入を得た場合(その収入は「中間収入」と呼ばれます。)には、その分は使用者は支払わなくてもよいとしますが(中間収入の控除)、労基法 26 条の休業手当は、中間収入の有無、額は問わず、使用者
に休業手当(平均賃金の6割の支払い)を義務付けています。
②使用者の責に帰すべき事由とは
休業手当の支払義務のある「使用者の責に帰すべき事由」には、使用者として不可抗力を主張し得ないあらゆる事由が含まれ、使用者の故意・過失はもちろんのこと、景気悪化や資金難、受注減少といった経営障害の場合にも休業手当の支払義務が生じます。
使用者が休業手当の支払いを免れることができる事由は限定的に解されており、単なる経営障害などは該当しません。しかし、不可抗力により、使用者が休業手当の支払義務を免れる場合もあります。
不可抗力とは、①その原因が事業の外部より発生した事故(天災事変その他自然現象によるもの(例えば水害による事業場の全損や大地震による作業所倒壊等)や大規模停電等)であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されています。②に該当するには、使用者として休業を回避するための具体的努力を最大限尽くしていると言える必要があります。具体的な努力を尽くしたと言えるか否かは、例えば、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分に検討しているか、あるいは、労働者に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないかといった事情から判断されます。
4 賃金支払いの原則等
労基法 24 条は、賃金の支払方法について5つの原則を定めています。これは、労働の対価である賃金が、確実に労働者本人の手に全額渡るように、罰則付きで賃金の支払いについて定めたものです。労基法 24 条1項に、①通貨払い原則、②直接払い原則、③全額払い原則が、同条2項に④毎月1回以上払い原則、⑤一定期日払い原則が定められています。
【通貨払いの原則】
賃金は、原則として、通貨(日本国内で通用する貨幣=「円」)で支払わなければなりません。これは現物給付を禁止したものです。ただし、労働協約に定めをすれば賃金の一部を現物で(例えば定期乗車券の供与)支給することが可能です。小切手・為替等による支払は、原則として禁止されていますが、例外として、労働者本人の同意を得た場合に退職手当に限り、小切手・為替による支払いが可能です(労xx
7条の2第2項)。
給与の口座振込は、①労働者本人の同意を得ること、②労働者が指定する銀行その他の金融機関の本人名義の預金又は貯金等への振り込みであること、③賃金支払日当日(午前 10 時ごろまで)に全額払い出しが可能であること、④賃金支払日に計算書(いわゆる給与明細)を交付することを全て満たす場合には、通貨払いの例外として認められています(労xx7条の2)。
なお、使用者が、労働者の同意を得た場合に、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払(いわゆる賃金のデジタル払い)ができることとなりました。令和 5 年 4 月 1 日以降に、資金移動業者が厚生労働大臣に指定申請を行うこととされています。
デジタル払いを実施するには、事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は労働者の過半数を代表する者と、賃金デジタル払いの対象となる労働者の範囲や取扱指定資金移動業者の範囲等を記載した労使協定を締結する必要があります。その上で、賃金のデジタル払いを希望する個々の労働者は、留意事項等の説明受け、制度を理解した上で、同意書に賃金のデジタル払いで受け取る賃金額や、資金移動業者口座番号、代替口座情報等を記載して、使用者に提出することが必要になります。
使用者は、労働者に対して賃金のデジタル払いを賃金受取方法として提示する際は、銀行口座か証券総合口座を選択肢としてあわせて提示しなければいけません。また、労働者に対して、同意書の裏面に記載された留意事項を説明してください。
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なお詳細は厚生労働省のホームページなどでご確認ください。 xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxx/xxxxxxxxxxxxxxx/xxxxx/xxxxx_xxxxxx/xxxxxxxxxxx/ zigyonushi/shienjigyou/03_00028.html
【直接払いの原則】
賃金は、直接労働者に支払わなければなりません。第三者の介在等による中間搾取の防止の観点から代理受領を禁止し、必ず本人に直接支払うことを義務付けたものです。労働者の親権者やその他の法定代理人に支払うことも禁止しています(労基法 59 条)。他方、賃金支払日に労働者が病気や長期出張等のために賃金を受領できないような場合に、家族等の使者に支払うことは可能とされています。
近年、労働者が給与の前借感覚で「給与ファクタリング」などを利用したことによるトラブルが多く発生しています。「給与ファクタリング」とは、業として、個人
(労働者)が使用者に対して有する賃金債権を買い取って金銭を交付し、当該個人を通じて当該債権に係る資金の回収を行うことです。労働者が第三者に賃金債権を譲渡した場合でも、労基法 24 条1項の規定により、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、賃金債権の譲受人は、自ら使用者(労働者の勤務先等)に対してその支払いを求めることは許されないと解されています。使用者が、賃金債権の譲受人からの要求に応じ賃金を支払った場合、使用者は下記の 24 条 1 項違反となりますので、注意が必要です。
【全額払いの原則】
賃金は、支払時期が到来しているものについて、全額を労働者に支払わなければなりません(労基法 24 条1項)。
賃金控除ができるのは、①法令によって認められた場合(租税、社会保険料及び雇用保険料の控除、財形貯蓄金の控除)のほか、②当該事業場の労働者の過半数組合ないし過半数代表者と書面の協定(賃金控除協定、24 条協定ともいわれます。)を結んで事理明白な範囲で賃金の一部を控除する(例、社宅・寮費の控除)場合です。なお判例では、組合費控除(チェック・オフ)の場合も労基法 24 条 1 項の労使協定を必要としています(最判平 1.12.11、済生会中央病院事件)。
また、判例は賃金締切り後の欠勤や計算ミスなど、やむを得ない理由で賃金の過払いが生じたときに、翌月(又は翌々月)の給料から過払い分を控除することについては、時期が接近しており、額が少額で、労働者に事前に通知すれば、労使協定がなくても「調整的相殺」は可としています(最判昭 44.12.18、xx県教組事件)。また、労働者の自由意思による賃金債権の放棄(最判昭 48.1.19、シンガー・ソー
イング・メシーン事件)は可能と解されています。さらに、使用者の一方的な相殺ではなくて、労使が合意で相殺を行い、その同意が労働者の自由意思に基づくと認められる合理的理由が客観的に存在するときには、相殺をしても全額払いの原則に反しないとする裁判例があります(最判平 2.11.26、日新製鋼事件)が、その意思表示は真に労働者の自由意思に基づくものでなければなりません。
【毎月1回以上払いの原則】
賃金は、毎月1回以上支払わなければなりません。年俸制の場合であっても、その支払いは毎月1回以上とする必要があります。毎月1回以上であればよく、1か月に1度の支払いのほか、半月払い、週払い、日払いでも可です。
なお、賞与や臨時に支払われる賃金(例えば慶弔見舞金等)には、毎月1回以上払いの原則及び次項の一定期日払いの原則は適用されません。①臨時に支払われる賃金、②賞与、③1か月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当、④
1か月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当、⑤1か月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給又は能率手当が、毎月1回以上・一定期日払いの例外になります(労xx8条)。
【一定期日払いの原則と例外(非常時払い)】
賃金は、一定の期日に支払わなければなりません。月給制で月末末日払いとすることは可能ですが、支払曜日(例えば毎月末の金曜日)を定めるのは違法と解されます。支払日が月によって異なってしまうからです。
他方、労働者及び労働者の収入によって生計を維持する者が、出産、疾病、災害、結婚、死亡、やむを得ない事由により1週間以上にわたって帰郷する場合で、労働者が請求する場合には、既往の労働に対する賃金を、労働者は、賃金支払い期前であっても請求でき、使用者は支払わなければなりません。これを「非常時払い」といいます(労基法 25 条、労xx9条)。既往の労働に対する賃金とは、請求までに既に労務提供がなされていて、使用者において賃金支払い義務が生じているものをいいます。
【賃金請求権の時効】
令和2年4月1日に、労働基準法における賃金(退職手当を除く。)の請求権の消滅時効は、3年に変更されました(労基法 115 条、143 条)。退職手当の時効は従前どおり5年、災害補償、年次有給休暇権の時効も従来通り2年です。
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労基法 115 条は、賃金の請求権の消滅時効を改正民法に合わせて5年間に延長しましたが(「この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から2年間行わない場合においては、時効によって消滅する。」)、経過措置として、労基法 143 条に、賃金(退職手当を除く。)の請求権の時効を、当分の間は、3年間とする旨の読み替え規定を設けています。
賃金請求権の新しい時効については、令和2年4月1日以降に賃金支払日がある賃金から適用になります。これは、労基法 115 条が「これを行使することができる時から」として、消滅時効の起算点が客観的起算点であることを明らかにしたためです。令和2年3月 31 日までに賃金支払日がある賃金については、従前の時効(2年)が適用されます。
令和2年4月1日に発生した賃金請求権の場合
消滅時効が完成しない!
令和2年4月以降の消滅時効期間
ここで消滅時効が完成!
旧法における消滅時効期間
令和2年4月1日 令和4年3月31日 令和5年3月31日
※厚生労働省リーフリレット「事業主の皆さま、労働者の皆さま 未払賃金が請求できる期間などが延長されています」より(xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxxxx/000000000.xxx)
賃金請求権の時効の変更に伴い、労働者名簿、賃金台帳及び雇い入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働の関係に関する重要な書類の保存期間(同法 109 条)、付加金(同法 114 条)の請求もそれぞれ5年に変更されていますが、現在は、経過措置により、当分の間、それぞれ3年間となっています(同法 143 条)。
5 賞与・退職金の性格と在籍者支給条項
【賞与の性格と権利】
賞与(ボーナス、一時金)も「労働の対償」(労基法 11 条)であり、支給条件があらかじめ定められていれば労基法上の「賃金」となります。すなわち、労働者が賞与請求権を得るためには、労働協約、就業規則、労働契約書の賞与規定や明確な賞与支給の慣行などの根拠が必要です。
【在籍者支給条項】
就業規則の賞与規定等には、「賞与は支給日に在籍する者に支給する」旨の在籍者支給条項を設ける例がみられますが、このような在籍者支給条項は一般的には有効とされています(最判昭 60.11.28、京都新聞社事件など)。
もっとも、有効とされるのは自己都合退職のように労働者に退職日を選ぶ自由があることが前提です。また、賞与の支給日が例年より遅れた場合なども、在籍者支給条項の効力は及ばないと考えられます。
【退職金の法的性格と退職金請求権】
退職金も、労働協約や就業規則、労働契約によって支給条件が明確に定められている場合には、労基法上の「賃金」に当たります。労働者が具体的に退職金を請求できるようになるのは、退職という事実が発生したときであり、このときまでは、退職金の具体的な請求権は発生しません。
退職金の性格は、賃金の後払いとしての性格に加えて、従業員のxxの功に報いるために使用者が支給するという功労報償としての性格や労働者の老後の生活に対する保障の性格等をも併せ持つものと考えられてきました。
【懲戒解雇と退職金】
懲戒解雇に際し、退職金を不支給・減額することは、賃金の全額払いの原則に反しないのでしょうか。判例は、退職金が功労報償としての性格を有することから、退職金の不支給・減額は、労働者のxxの功を無にしたり、あるいは減殺したりするほどの重大な背信行為があった場合に認められるとしています。懲戒解雇だからといって当然に退職金の不支給・減額が認められるわけではなく、退職金の不支給・減額が妥当であるかを判断する必要があります。
【同業他社への転職と退職金の減額不支給】
使用者は、労働者が退職後に同業他社に就職して営業秘密が漏れたり顧客を奪われたりするリスクを防止するために、退職後、一定期間内に競業他社に就職することを制限したり(競業避止義務)、競業他社への転職を理由に退職金を不支給・減額することを就業規則等に定めることがあります。
このような競業を理由とする退職金の不支給・減額については、同業他社への就職を禁止する合理的理由や、それが禁止される期間・場所、制限する業務の範囲、その減額の程度等を考慮して、同業他社への就職がもたらす使用者に対する不利益の程度に応じて、有効性が判断されます(禁止期間が長すぎるとか、場所、業務が
3 賃金と処遇
広すぎる場合には退職金の減額等が無効とされる場合があります。)。
6 人事と処遇
労働者が従事する業務の内容や場所は賃金と並んで、仕事の種類や仕事の場所も労働者にとって重要な処遇の内容です。そこで、これらの変更となる配転や出向・転籍についてみておきましょう。
(1)配転命令
【配転の意義と配転命令権の根拠】
配置転換(配転)とは、同一企業内で労働者の業務の場所や業務内容を変更することをいいます。使用者が配転を労働者に命ずる権限(以下「配転命令権」という。)は、使用者が当然に有しているわけではなく、労働契約上の根拠が必要です。具体的には、労働協約や採用時に周知した就業規則に「業務の必要上、会社は従業員に配置転換を命ずることがある」などの規定を置いており、実際に想定される範囲で配転が行われる場合に、使用者は労働者に配転を命ずることができるのです。ただし、就業規則に配転規定がある場合でも、労働者と使用者との間で勤務地及び業務内容を限定する合意をしている場合には、その特約が優先されます。
【配転命令の限界】
配転命令権が認められても、その濫用は許されません(労xx3条5項)。配転のための「業務上の必要性」がない場合や、組合嫌悪の情から左遷するなどの「不当な動機・目的」による場合、あるいは「労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を負わせる場合等は、配転命令権の濫用として当該配転命令は無効とされます(最判昭 61.7.14、東亜ペイント事件)。また、子の育児、又は家族の介護等を行っている労働者の配転・転勤には、十分配慮して行うことが必要になると考えられます(育児介護休業法(育介法)26 条)。
(2)出向と転籍
【出向命令の意義と根拠】
出向とは、出向元会社の従業員としての地位を残したまま(在籍のまま)、一定期間、出向先会社に雇用されて就業するものです(「在籍出向」ともいいます。)。
出向には、民法 625 条1項の「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。」が適用されますが、判例では、労働者の個別
の承諾のほか、就業規則の出向規定や労働協約の出向条項があれば、これに基づいて使用者は労働者に出向を命ずることができると解されています。
その場合も、出向元・出向先会社間の出向協定(出向契約)によって、出向先の労働条件、処遇、出向期間、復帰条件などが整備され、労働者にとって内容的にも著しい不利益を含まないことが必要です。出向命令権が肯定されても、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、濫用となるような出向命令は無効とされます(労xx 14 条)。
【転籍】
転籍(「移籍出向」ともいう。)の対象となる労働者は、転籍元との労働契約関係を解消し、新たに転籍先との間で労働契約を締結して、転籍先で継続的に勤務することになるので、労働者本人の個別的合意がなければ許されません(民法 625 条1項)。就業規則や労働協約に転籍に関する規定があったとしても、転籍には労働者の同意が必要であり、使用者は、労働者に一方的に転籍を命ずることはできません。
(3)合併、会社分割、事業譲渡に伴う労働者の所属・処遇に関するルール
合併、会社分割や事業譲渡が行われた場合、労働契約がどのように取り扱われるか等について、会社法、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成 12年法律 103 号)、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律施行規則(平成 12年労働省令第 48 号)、分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針(平成 12 年労働省告示第 127 号)、事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針(平成 28 年厚生労働省告示第 318 号)等が定められています。
合併の場合には、包括承継となるため、労働関係を含めた全ての権利義務が承継されます。すなわち、労働契約も同一の労働条件で存続会社・新設会社に承継され、労働協約についても同様に承継されます。
会社分割の場合には、労働契約承継法で、吸収分割契約又は新設分割計画に記載された権利義務が、当然に、承継会社等に承継されると定められています。(「部分的包括承継」と呼ばれています。)
この会社分割の場合には、労働契約承継法に基づく手続、ルールが適用されます。すなわち、会社分割を行うに当たり、①労働者の理解や協力を得るように努めた上で、②労働者・労働組合に対して労働契約の承継等に関する事項の通知を行い、③労働者に対して、一定の期間を設けて異議の申出の機会を設けること等の規定を定め、労働者の保護を図ることを目的としています。
3 賃金と処遇
事業譲渡については、その性質は特定承継(譲渡対象は、あくまで合意された範囲で承継)であるため、労働契約の承継(転籍)には承継される労働者の個別の承諾が必要です。