Contract
複写・複製・転載禁止
傷病事案の裁判例を踏まえつつ労働契約法の基礎を理解する
就業上の配慮をめぐる労働者の同意の要否
つまこい法律事務所弁護士 xxxxx
契約
=当事者が一定の権利義務関係の発生・変動・消滅に
ついて合意すること
合意:当事者の申込みと承諾の意思表示の合致
(書面作成は成立要件ではない)
民法-契約等によって発生・変動・消滅する権利義務関係の要件と効果を規定する。
1.2.1 労働契約とは?
=「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意すること」 (労働契約法6条)
労働基準法労働契約法
労働契約によって発生・変動・消滅する権利義務関係の要件と効果を規定する。
権利(労務受領)
使用者
(債権者)
1.2.2 「労働し(た)」
義務(労務提供)
労働者
(債務者)
使用者の指揮命令権
権利(賃金受領)
労働者
(債権者)
1.2.3 「賃金を支払う」
義務(賃金支払)
使用者
(債務者)
労働契約-労務提供義務
労働者が健康な心身を保持できず、労働契約に定められた労務を提供できない(債務の不完全履行)。
→使用者は労務受領を拒否する。
⮚解雇(契約解除)
⮚債務不履行による損害賠償責任
《労働者が労務を提供するための契約内容》
① いつ(労働日・期間)
② 何時から何時まで(労働時間)
③ どこで(労務提供場所)
➃ 誰(労務提供先)に対し
⑤ どのような職務を行うのか(職種・業務内容)
⑥ 「労働の対償」としていくら支払われるのか(賃金)
《労働安全衛生法に基づく就業上の措置》
就業場所の変更 | 労務提供場所、職種・業務内容の変更。場合によっては労働日、労働時間の変更も。これに伴う賃金の変更。 |
作業の転換 | 職種・業務内容の変更。これに伴う賃金の変更。 |
労働時間の短縮 | 労働日、労働時間の変更。これに伴う賃金の変更。 |
1.6.1 労働者の自由な意思に基づく個別的同意
なし
あり
不要
《労働者の同意》
違反
無効
権利濫用
有効
《労働条件変更》
《安全配慮義務》
1.6.2 障害者雇用促進法36条の3にづく合理的配慮提供義務
労働者の自由な意思に づく同意
合理的配慮提供義務
≠
関係者間の情報共有と連携を基礎に、適正配置など合理的配慮の提供を協議する。
1.6.3 安全配慮義務に づく合意原則の修正
【東芝事件・最高判平26.3.24-40代女性のプロジェクトリーダーが長時間労働や業務負荷によりうつ病を発病して休職した事案】
[結論]損害賠償金・賃金約6400万円(遅延損害金含む)の支払命令(差戻控訴審)
「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わ
る労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」。
「(使用者)に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報」については、「労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある」。
【阪神バス事件・大阪高決平25.5.23-脊髄損傷により排便障
害のあるバス運転手に対する勤務配慮廃止が無効とされた事案】
[結論]次の内容以外の勤務シフトによって勤務する義務のないことの仮の確認
① 出勤時刻が午後0時以降となる職務を担当させること
② 前日の勤務終了から翌日の勤務開始までの間隔を14時間空けること
③ 時間外勤務とならない勤務を担当させること
① 会社分割前より、午後の遅い時間からの運番を担当させるとの
勤務配慮を受けていた。
② 会社分割にあたって、分割会社、承継会社、両社の各労組が
「勤務配慮は原則として認めない」との4者合意をした。
③ 4者合意後も、「勤務配慮願い」を提出し、午後からの勤務時間の短い勤務をしていた。
➃ 会社分割に伴い、転籍同意方式により同意書を提出した。
⑤ 転籍後も勤務配慮を受けた。
「相手方(労働者)が、申立外会社(分割会社)から本件勤務配慮等の労働条件を変更することについての具体的な説明を受けたうえで同意したものとまでは認めることはできない」。
転籍同意書により勤務配慮の廃止まで同意したことを否定した。
① 「転籍同意方式による契約は労働契約承継法の趣旨を潜脱するものであり、労働者と申立外会社間の労働契約は抗告人 (承継会社)に承継されるべきである」。
② 「4者合意の効力を認めることは、労働契約承継法が承継会社に分割会社と労働者間の労働契約を承継させることを労働者に保障した趣旨を実質的に失わせる」。
「4者合意中の勤務配慮に関する条項は公序に反し無効である」。
① 勤務配慮に関して黙示の個別的契約が成立していることを認
識する。
② 勤務配慮を廃止するのであれば、労働者に説明して理解を得た上で同意書に署名押印させる。
③ 勤務配慮を廃止する場合でも、経過措置(一定期間の存続、段階的な廃止)を設けるなどして労働者の不利益に配慮する。
➃ 多数回にわたる直前連絡による欠勤があり、排便障害が軽快しないのであれば、休職または解雇を検討する。
《労働者がメンタルヘルス不調により労働日や労働時間を減らすことを求めてきた場合、使用者はこの申し出を受け入れなければならないか?》
[結論]使用者が労働契約変更に応じる義務はない。
[効果]労働契約に定められた労務を提供できなければ、契約解除
=解雇となる。
[修正]ただし、労使の合意があれば、労働日や労働時間を削減す
ることはできる。
3.3.1 勤務軽減の可否を判断する際の考慮事項
【阪神バス事件・大阪高決平25.5.23】
① 勤務配慮を行う必要性
② 勤務配慮を行う相当性
③ 勤務配慮を行うことによる使用者に対する負担の程度
←企業の規模・業種・経営状況、勤務配慮の費用、労働者の職種
3.3.2 考慮事項の判断
① 必要性
排便のコントロールが困難であるという症状と、バスの運転が乗客、他の車両に乗車した者や歩行者等も含めた生命・身体等のx xの確保が強く求められる。→肯定
② 相当性
7年以上、午後の遅い時間からの運番のみを担当させるとの勤務
配慮が継続していた。→肯定
③ 使用者の負担
本人が当日欠勤しても、4名の運転士によりバスの運行に支障の
生じないような乗務分担の変更ができた。→過度な負担の否定
3.4. 勤務軽減に関する 本的考え方
① 労働契約の内容
就業規則等に定められていない限り、使用者が勤務軽減を義
務づけられるわけではない。
② 労働契約上の付随義務
安全配慮義務として勤務軽減の履行が求められることがある。
③ 労働契約に づく効果の権利濫用による修正
使用者に過度の負担がないのに必要かつ相当な勤務軽減をし ないまま、休職命令を発令しても権利濫用により無効となるので、休職前に必要な就業上の措置を講じなければならない。
3.5. 勤務軽減に関する企業の対応
① 私傷病を有する労働者の疾患の程度や業務に与える影響を調
査、把握する。
② 本人に専門外来を受診して治療することを勧める。
③ 身体・精神症状が重いときは年次有給休暇を取得する。年休
の日数が足りなければ病気欠勤とすることを勧める。
➃ 症状が重いのであれば、休職扱いにして療養に専念するよう勧める。
⑤ 休職しても、本人の身体・精神疾患が軽快せず、労務提供がで
きないときに、解雇を検討する。
【東亜ペイント事件・最高判昭61.7.14 -全国規模の会社に勤務する大卒営
業社員に対する神戸から名古屋への転勤命令が有効と判断された事案】
① 労働協約や就業規則に配転の定めがあること
② 実際に配転が行われるという前提で労働契約が締結されていること
労働者の包括的な事前同意→労働契約に基づき配転命令の権利の発生
配転命令権の行使の権利濫用→配転命令の無効
⮚ 業務上の必要性が存しない場合
⮚ 配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされた場合
⮚ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合
4.2.1 結論と事実経過
【鳥取県・米子市事件・鳥取地判平16.3.30-抑うつ状態により欠勤や休職を繰り返していた2年目の中学校教諭を分教室に配置転換したことから病状が悪化した事案】
[結論]33万円の賠償命令
《事実経過の認定》
① 平成12年4月1日、中学校教諭に補せられた。
② 同年11月、うつ状態と診断され、翌年3月まで休職した。
③ 平成13年度は3年生の補助担任等に当たったが、同年10月末頃からうつ状態が再現し、翌11月に約1週間の病休を取った。
➃ 平成14年2月の段階で、勤務軽減を要する健康管理区分B1であった。
⑤ 同年3月、校長Cは、児童自立支援施設内の分教室(生徒数約10人)には校務分掌や部活がなく、土曜日も休日であるから、本校よりも楽になると述べ、同年4月 1日からの配置転換の内示をした。
⑥ 同年4月より分教室で勤務したが、10月、うつ状態と診断され、翌年2月まで休職した。
4.2.2 本人同意のない配置転換のリスク
「一般的な中学校から、『不良行為をなし、又はなすおそれのある児童等が入所するなどしている』児童自立支援施設内の分教室へと、原告を配置転換し、従前の人間関係を含めた原告の勤務環境を大幅に変更する」ことは、「原告に精神的負担を与え、うつ状態の悪化を招来する危険性のあるものというべきであり、そのことは、容易に予測できた」。
「本人の同意しない配転が、(うつ状態)の病状をかえって悪化させる可能性を考える必要があ(る)」。
「本件配転を命じるにあたり、本人の意思を十分に確認しないまま、専門家の意見をあらためて聴取することもなく、本件配転を命じたものであり、その結果、原告の病状の悪化を招いたものである」。
4.2.3 配置命令の違法性
「本件配転は、原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負
わせるものであった」。
「本件配転は、その決定に至る過程において、当時の原告の病状や治療の必要性、原告本人の治療についての意向を十分に確認することなく、これらに対する配慮を欠いたままなされ、その結果、一時的に原告の病状を悪化させるなどしたもので、違法といわざるを得ない」。
4.2.4 勤務地変更に関する企業の対応
① ゆとりがある事業場に転勤するとしても、逆効果になる可能性があること
を認識する。
② 転勤により病気を治すこと、転勤しても処遇の変更をしないこと、病気が軽快したら原職復帰させることを配置転換の基本方針とする。
③ 上記の各事項をよく説明し、転勤により治療を受けながら仕事を継続
してもらうこと等を説明して理解を得る。
➃ 主治医等の専門医の意見を聴取し、本人の意向を確認する。家族とも連携する。
⑤ 転勤に同意したとしても、自由な意思に基づくかどうかを見極める。
⑥ 病気を悪化させる可能性があれば、まずは休職して療養に専念することを検討する。
4.3.1 配転命令撤回義務
【ボーダフォン事件・名古屋地判平19.1.24-出向先に転籍し
た後にうつ病が悪化して自殺した事案】
《配転を命じることによって労働者の心身の健康を損なうことが予見
できる場合》
① 労働者が配転に対して有する不安や疑問を取り除くように努める。
② 労働者が配転を拒絶する態度を示したときは、配転命令を撤回
することを考慮する。
4.3.2 配転後の健康状態悪化
配置転換後に健康状態が悪化した場合、使用者はどのような措置
を講じるべきか?
【A鉄道(B工業C工場)事件・広島地判平16.3.9-30代男性
が出向中に精神障害を発病した事案】
① 当該労働者や配転先の上司に勤務状況や健康状態を確認する。
② 年次有給休暇の取得や医師の受診を勧奨する。
③ 配転を解除する。
➃ 休職を検討する。
4.3.3 企業の対応
① 当該労働者と面談し、健康状態を把握する。面談する際には、叱咤や激励をしない。
② 配転が必要とされる理由、配転先における勤務形態や処遇内容、復
帰の予定等について具体的かつ詳細な説明を尽くす。
③ 本人の健康を優先する趣旨であることを理解してもらい、配転に関する不安や疑問を取り除く。
➃ 配転による不利益を軽減、回避する措置を講じる。
⑤ 配転命令により病状が悪化するおそれがあれば、配転を断念する。
⑥ 配属先の上司だけでなく、衛生管理者や産業医と連携して必要かつ適切な措置を検討し、必要があれば、本人の同意を得て、家族や主治医からも事情聴取する。
5. 労働者が自由な意思に基づいて同意するために
① 労働契約上の信頼関係を維持することを基本方針とする。
② ○○命令権は労働契約に基づいて発生することを認識する。
③ 労働者が同意したとしても真意に基づくものとは限らないことを認識する。
➃ 就業規則や労働契約書に具体的かつ明確な規定を設ける。
⑤ 労働者に対して必要(十分)な情報提供や説明をする。
⑥ 事情変更が発生したら、再交渉を申し入れ、または応じる。
⑦ 労働者の不利益を緩和するなどの配慮をする。
Ⓑ 労働者の理解を得た上で同意書に署名押印させる。
⑨ 同意しないと解雇するなどと強要しない。