Contract
労働契約法制はなぜ
法政大学大学院政策科学研究科教授 xxxx
建前は尊重、本音は…
当事者間の合意に法的な拘束力 を認める契約制度は、合意に基礎 をおいて展開される市場取引を支 える不可欠な基盤のひとつである。
当然、労働の分野でも、報酬を前提に働くことをめぐる、労働者と使用者との間に交わされる合意は、労働契約として法的な効力が担保される。現に労働基準法は、
「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきも のである」(2条1項)との基本理 念を掲げる。
ところが、その理念の現実化となるとたちまち、「労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない」
(同2項)というように、労働組合と使用者・使用者団体との間の合意である「労働協約」や、基本的に使用者意思の体現である「就業規則」に劣後するかのように規定され、法との関係でも「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする」(13条)といった消極的なニュアンスの位置づけがなされていた。
これは、いうまでもなく、労働関係においては契約当事者間の対等性が存在しがたいから、個別の合意に名を借りて、実は使用者に一方的に有利で労働者には著しく不利な事項が導入されかねない現実を懸念してのことであった。また、社会生活において契約的な発想に欠けがちな日本の状況も反映していた。
いざ紛争となると…
労働条件の最低基準を設定し、
実現しようとする労働基準法は、 監督官制度を設け、行政的な取り 締まりの体制をとる。したがって、規制対象となる労働契約に対して も、そのような眼で眺めるのは、 いわば仕方ない。
だが、労働市場もまた市場であ るかぎり、また、個人には職業選 択の自由(憲法22条1項)やx x追求の自由(同13条)がある 以上、労働関係の領域となるや否 や、契約意思がもっぱら抑止の対 象となって、猜疑の対象以外では ないといったことは、ありえない。抑制すべきは使用者の行き過ぎた 交渉力の行使であり、違法性であ り、容認しがたい無知や強欲や人 権侵害などであり、労使の真に自 由で合理的な契約意思ではない。
となると、労使間の契約交渉力格差を補訂する法的配慮と組み合わせながらならば、労働契約に体化された労使の自由な合意は、その当事者間の労働関係に関する判断のよりどころとなりうるし、むしろ労使自治の実現として尊重されるべきだということになる。
そこで、いざ労使紛争が発生す ると、採用から退職までの雇用関 係における是非を判定する基礎と して、労働契約の規定内容がどう であったかを確認する作業が不可 避となる。その際には、交渉xx 差などに配慮をした、労使の意思 の合理的な解釈が追求され、法令、労働協約、就業規則などに違反し ていないかも検証される。雇用関 係を支える枠組みが労働契約であ るとして、そこに盛り込まれた真 の内容がどうであったかを、法令、協約、規則、慣行、当事者意思な どを手がかりに、総合的に判定す る作業がなされるのである。
現代的な労働契約法へ…
それだけに、紛争処理の際の実 態判断では、労働契約が占める位 置はすこぶる重要である。ところ が、これまでの労働法分野におい ては、労働契約を総合的、体系的 に扱う法制が存在していなかった。主として民法の雇傭契約(623条 以下)の枠組みを用いて、内容の 合理的解釈の手段としてxxxや 権利濫用の禁止(同1条2項・3項)などに依拠しつつ、個別の判断が なされてきた。蓄積されてきた労 働判例法理がそれである。
だが、古色蒼然たる民法だけではとても対処できない多様性が労働現場に発生しており、個別法だけで対応するにも限界がある。いよいよ労働審判制度が動き出す現在、これまでの判例を理論的、体系的に再整理し、必要な補正を加えて労働契約法制にまとめ上げておかないと、思わぬ混乱も起きかねない。
多様性を包摂する枠組みとして、また、具体的な解釈適用のよりど ころとして、労働契約法制が求め られるゆえんである。欧州諸国では19世紀から20世紀にかけて なされた作業(労働契約法制と労 働審判制度の整備)を、日本はx xxをおいた今、行おうとしてい る。21世紀を展望する法制とし て実現することを切望したい。