Field Eye
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フィールド・アイ
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中国から── ③
が更新されるため, 企業がその要求を満たさない者との契約締結を拒否するチャンスは, 第 1 回目の労働契約の期間満了時に限られる。 そこで, 第 1 回目の労働契約については, 労働者の適性・能力をよりよく把握するため, 固定期間労働契約の期間をなるべく長期化
早稲田大学教授
労働契約法施行のインパクト
xx xx
Xxxxxxxxx Xxxxxxx
させようとする論理が企業側に働く。
労働契約未締結の場合の使用者の責任は大きい。 つまり, 労働契約締結の義務を怠り, 雇用した日から 1カ月以上にわたって労働契約を書面で締結しなかった使用者は, 労働者に対し, 月ごとに賃金の倍額を支払わなければならない。 さらに労働者を雇用した日から 1 年以上にわたり労働契約を書面で締結しなかった場合には, 無固定期間労働契約を締結したものとみなされ, かつ, その使用者は, 労働者にその間の賃金の倍額を支払わなければならないのである。
2008 年始めより中国では 「労働契約法」 が施行されている。 そのことによる企業経営へのインパクトについて, 事例を踏まえて考えてみよう。
1 労働契約法のポイント
1990 年代から 2000 年代にかけての急速な経済発展の中で国有企業労働者のレイオフが行われるとともに,農村からの出稼ぎ労働者数が大幅に増加し, 労働力の超過供給が発生した。 このため, 労働契約の未締結や一方的・短期的解除, 試用期間の濫用といった問題が多発するようになった。
これらの問題に対応するために, これまでの使用者に有利と思われた 1995 年施行の労働法に代えて導入
されたのが, 労働契約法 (2008年1月1 日施行, 全 8章 98 条から構成) である。 従来の労働法と比較すると, 労働契約法は労働者の権利を大幅に拡大するなど,いわば 「社会的弱者」 である労働者の保護を重視する側面が極めて強いといえる。
労働契約の期間は, これまでの 1 年ごとの雇い止めが認められていたのと比べると大きく変化した。 労働契約法では, 労働契約の期間を定めるにあたって正しい対応をしないと企業側に不利益がもたらされる。 すなわち, 2 回連続して一定の期間を定める 「固定期間労働契約」 を締結し, さらにこれを更新するときは,原則として, 期間を定めない 「無固定期間労働契約」を締結しなければならない。
採用した労働者の適性・能力を全面的に把握するのに長い期間が必要であれば, 第 1 回目の労働契約を締結するにあたって, その期間を長くすることがより重要となる。 というのも, 第 2 回目の固定期間労働契約が期間満了となったときは, 原則として自動的に契約
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労働契約法は, 労使双方が協議して合意に達したときは, 労働契約を解除することができるものと定めている。 しかし, 労働契約法は, 使用者側が解除を提議して労働者と合意に達したときは, 使用者は, 労働者に対し経済補償金を支払わなければならないと定めている。 労働者の側から労働契約の解除が提議され, 双方がこれに合意したときは, 使用者の経済補償金支払義務は生じない。
これら以外にも, 労働契約法では, 規則制度の周知義務, 労働者の民主的参加が明記され, 試用期間や労務派遣などについても明確な定義がなされている。
2 日系企業の対応
労働契約法が導入され, 個別企業ではどのような対応がなされているのかを探る目的で 2008 年の 8 月末から 9 月初旬にかけて, 天津, xxの日系企業を駆け足で訪問したことがある。 若干の事例をかいつまんでまとめると以下の通りであった。
A 社 (電機メーカー, 独資, 1995 年設立, 従③員数約 1800 人) : 2007 年 12 月, 従来の会社規定で変えるべき項目を組合と企業の間で協議した。 現在, 組合の責任者は総務部長で, 従業員全員が組合に加盟している。 12 月末に, 10 年以上の長期勤続に伴う無固定期間労働契約者を増やさないため駆け込み的に雇用調整を実施する企業も多いようであるが, A 社はそれを行わなかった。 操業年数が短くて勤続年数が 10 年近くの従業員がまだ少なく, また長期勤続者に優秀な社員が多いためである。 ただし新入社員との初回契約期間を従来の 1 年から 3 年に変更した。 試用期間は 6カ月で, 2 回目の契約期間も 3 年間にする予定である。試用期間中に能力テストを導入し, 不適格者を見極め
No. 589/August 2009
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るようにした。 法律により, 労働組合への加入は試用期間中かどうかとは関係なく, 働き始める日からであり, また試用期間中の給与は正式に雇用するときの 80%以上でなければならない。 また, 管理者に対しての労働法勉強会を行ったり, 就業規則を組合と交渉しながら見直したりしている。 従業員のうち, 約 500 人 (全員女性) は農村からの出稼ぎ労働者である。 これらの労働者の雇用管理が難しいため, 政府系の派遣会社と契約を締結して派遣社員の形で雇用している。 今後雇用量を絞りながらもっと付加価値の高い生産を考えるという。
B 社 (製薬メーカー, 合弁, 1996 年設立, 従③員数約 300 人) : 就業規則に関して B 社は従来からきちんとやってきたので, 労働契約法に対応して変えるべきところは少ないが, 1 年ほど前からプロジェクトを作り, 就業規則の 1 割ぐらいの改定, 追加を行った。具体的には, まず, 採用のときに, 試用期間を明示すること, 次に, 労働契約期間に関して工場に勤める従業員は 1 年契約, 営業職は 2 年契約とした。 B 社では企業特殊技能を重視し, 長期雇用の方針をとっている。従業員が特に問題なければ, その後契約期間を更新することになっている。 生産が安定しており変動も少なく, 雇用調整も特に行っていない。 労働契約法により従業員が企業に対して請求権をもつようになることに対して, 組合を通じて従業員が請求する。 B 社の従業員の 3 分の 2 ぐらいが元中国側企業からきたので, 勤続年数は 10 年を超えている者が多く, 現在は既に無固定期間労働契約に変わっている。 製品の品質を維持するために, 工場の従業員は正社員の形で雇用している。 そして優秀な農民工を正社員に採用するルートを用意している。 労働契約法のメリットに関しては, 従業員と紛争が発生するときに, 解決基準が明確化されているので, 解決コストが下がるものと受け止めている。
C 社 (小売③, 合弁, 1998 年設立, 従③員数約 1300 人) : 2008 年現在, 従業員は約 1300 人であり,内の 1100 人ぐらいは正社員となっている。 C 社の初任給は地元の最低賃金よりxxxに高い。 C 社は労働契約法に対して, 就業規則を改定し, 労働契約期間の変更を行った。 以前の初回労働契約期間は一般社員が 1 年, ジュニア管理職が 2 年, 中層管理職 (課長クラス) が 3 年, トップ管理職 (部長クラス) が 5 年と,その後同じ期間で更新することになっていたが, 2008
年からは, 2 回目の契約期間を一般社員はそのままで管理職はすべて延長した。 一般社員の初回労働契約期間を従来のまま 1 年にしたのは, 働いてみてから長期
に勤めるかどうかを決めたいと一般社員からの希望があり, 労使双方が合意したためである。 労働契約法は企業の解雇行動を規制しているが, 社員が簡単に辞められることや, さらに, 社員が辞表を提出した翌日から会社に来なくなる場合, 企業経営に支障が生じるにも関わらず請求権が定められていないことなど, 労働者への保護が行き過ぎと, C 社は不xxに感じている。それと同時に C 社は労働契約法により社内の就業規則がさらに明確になるにつれて, 社員の就業規則や法律に従う意識が高まるようになり, メリットもあると評価している。
3 解釈と評価
以上から, 当座, 日系企業は就業規則の修正, 労働契約期間の変更にとりわけ取り組んでいるように見られる。
就業規則の見直しは以下の理由が考えられる。 第 1に, 現在の就業規則が労働契約法に一致しない場合,その内容を事前に修正しておく必要があるためである。第 2 に, 就業規則を綿密に設定する必要がある。 従業員に求めることをより明確に規定することで企業の権益を守り, 他方で, 就業規則に違反する従業員の行為に対して, 懲戒や解雇の正当な理由にするためである。
採用において企業は慎重となり, より厳しく選抜するだろう。 これは, 解雇が難しく, 長期雇用が見られる内部労働市場では当然のことで, 企業は採用の段階で, より多くの時間とお金をかけて自社にふさわしい人材を選別する必要が高まると考えられる。 熟練を要する職場や職種ではもともと定着率が高く, 実態として長期雇用が見られたため, 今回の労働契約法により大きな変化は生じていない面もある。
長期雇用を促進することで, 雇用を安定させるのは,既述のように, 労働契約法の目的の一つである。 中国では, 最初の 2 回は労働期間を定めて契約をし, 3 回目には従業員の希望によるが, 無固定期間労働契約を締結することになっている。 このような状況下では,企業は人事戦略として長期雇用の戦略をいやがうえでもとるようになるのではないかと考えられる。 長期雇用の中で, 適切な人的資源管理を実施し, 労働者のモラールを維持向上させるための工夫が不可欠となったことは明らかである。
xxx・xxxx 早稲田大学政治経済学術院教授。 最近の主な著作に 『国際人的資源管理の比較分析』 (有斐閣, 2006 年)。 社会政策・人的資源管理専攻。
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