Contract
🞏 労働契約法は、労働契約に関する基本的な事項を定める法律(労働法)として、平成
19 年公布、平成 20 年に施行しています。
🞏 労働契約法の内容は、次のとおりです。
第一条 (目的)労使合意の原則その他労働契約に関する基本的事項第二条 (定義)「労働者」と「使用者」
第三条 (労働契約の原則)労働契約の 5 原則
すなわち、①労使対等の原則、②均衡考慮の原則、③仕事と生活の調和への配慮の原則、④xxxxの原則、⑤権利濫用の禁止の原則の5つです。
第四条 (労働契約の内容の理解の促進)労働契約の内容は書面により確認する第五条 (労働者の安全への配慮)安全配慮義務
第六条 (労働契約の成立)労働者及び使用者が合意することによって成立
第七条 労働契約の内容は、労働者に周知した就業規則で定める労働条件による第八条 (労働契約の内容の変更)合意による労働条件変更ルール
第九条 (就業規則による労働契約の内容の変更)合意によらない不利益変更第十条 就業規則による労働契約の内容の変更ルール
第十一条 (就業規則の変更に係る手続)第十二条 (就業規則違反の労働契約)
第十三条 (法令及び労働協約と就業規則との関係)第十四条 (出向)出向命令権濫用の禁止
第十五条 (懲戒)懲戒権濫用の禁止第十六条 (解雇)解雇権濫用の禁止第十七条 (契約期間中の解雇等)
第十八条 (有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)転換ルール第十九条 (有期労働契約の更新等)有期労働契約の雇止めルール
第二十条 (船員に関する特例)船員法の適用を受ける船員の一部適用除外
第二十一条 (適用除外)国家公務員及び地方公務員、同居親族のみ使用する場合
🞏 この労働契約法は、これまでの個別労働関係の争いについて最高裁判例が確立してきた労働契約の理論のルールを集大成したようなものに有期労働契約ルールのような新しいルールを加えたような民法の特別法です。
🞏 どういう法理論のルールかというと、まず、①労働契約上の安全配慮義務、次に②就業規則の不利益変更など労働契約変更ルール、そして、③有期労働契約の更新に係る雇止めルール、④懲戒権、出向命令や解雇権など権利の濫用禁止のルールなどです。
これらの労働契約のルールの元となった最高裁判例を見ることで、法理論の理解を深めることが重要です。
<安全配慮義務に関する裁判例>【第5条に関する裁判例】
① 陸上自衛隊事件(最高裁昭和 50 年2月 25 日第三小法廷判決) p4
陸上自衛隊員が、自衛隊内の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した事例で、国は、公務員に対し、公務遂行のための場所、施設、器具等の設置管理又は指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配 慮義務を負っているものと解すべきであるとして、国の公務員に対する安全配慮義務を認定した。
② xx事件(最高裁昭和 59 年4月 10 日第三小法廷判決) p5
宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された事例で、使用者は、報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負って いるものと解するのが相当であるとして、会社に安全配慮義務の違背に基づく損害賠償責任があるとされた。
<就業規則の法的性質・変更の効力に関して基本となる裁判例>
【第7条、第9条及び第10条に関する裁判例】
③ 秋北バス事件(最高裁昭和 43 年 12 月 25 日大法廷判決) p6
就業規則の変更により、定年制度を改正してxx以上の職の者の定年を 55 歳に定めたため、新たに定年制度の対象となった労働者が解雇された事例で、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、そ の適用を拒否することは許されないと解すべきとし、不利益を受ける労働者に対しても変更後の就業規則の適用を認めた。
<就業規則の法的性質に関する裁判例>
④ 電電公社帯広局事件(最高裁昭和 61 年3月 13 日第xx法廷判決) p8
健康診断受診の業務命令を拒否した労働者に対して、懲戒処分を行った事案で、秋北バス事件の最高裁判決の考え方を踏襲し、就業規則上の労働者の健康管理上の義務は合理的であり、労働契約のx xとなっているとし、健康診断の受診拒否は懲戒事由に当たり、懲戒処分が有効とされた。
⑤ 日立製作所武蔵工場事件(最高裁平成3年 11 月 28 日第xx法廷判決) p10
就業規則に、36 協定に基づき時間外労働をさせることがある旨の定めがあったが、労働者が残業命令に従わなかったため、懲戒解雇した事例で、秋北バス事件の最高裁判決の考え方を踏襲し、就業規 則は合理的であり、労働契約の内容となっているとし、懲戒解雇は権利の濫用にも該当せず、有効とされた。
<就業規則の変更の効力に関する裁判例>
⑥ xx市農業協同組合事件(最高裁昭和 63 年2月 16 日第三小法廷判決) p11
農協の合併に伴い、新たに作成・適用された就業規則上の退職給与規定が、ある農協の従前の退職給与規定より不利益なものであった事例で、秋北バス事件の最高裁判決の考え方を踏襲した上で、就 業規則の合理性について、就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうとし、新規則の合理性を認めて、不利益を受ける労働者に対しても拘束力を生ずるものした。
⑦ 第四銀行事件(最高裁平成9年2月 28 日第二小法廷判決) p13
就業規則により定年を延長する代わりに給与が減額された事例で、秋北バス事件、xx市農協事件 の最高裁判決の考え方を踏襲し、さらに合理性の有無の判断に当たっての考慮要素を具体的に列挙し、 その考慮要素に照らした上で、就業規則の変更は合理的であるとした。
⑧ みちのく銀行事件(最高裁平成 12 年9月7日第xx法廷判決) p15
労組(従業員の 73%が加入)の同意を得て行われた賃金制度が見直され、特定の労働者が管理職の 肩書きを失い、賃金を減額された事例で、第四銀行事件までの最高裁判決の考え方を踏襲し、就業規 則の変更は合理的なものということはできず、就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、不利益を受ける労働者らにその効力を及ぼすことができないとした。
<就業規則の周知に関する裁判例>
⑨ フジ興産事件(最高裁平成 15 年 10 月 10 日第二小法廷判決) p17
就業規則に基づき労働者を懲戒解雇したが、懲戒事由に該当するとされた労働者の行為の時点では就業規則は周知されていなかった事例で、就業規則が拘束力を生ずるためには、拘束力を生ずるため には、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するとし、懲戒解雇を有効とした原審を破棄し、差し戻した。
<解雇権濫用に関する裁判例>【第16条に関する裁判例】
⑩ 日本食塩製造事件(最高裁昭和 50 年4月 25 日第二小法廷判決) p18
ユニオン・ショップ協定に基づき労働者を解雇した事例で、使用者の解雇権の行使も、それが客観 的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当であるとし、本件解雇を無効とした。
<期間の定めのある労働契約の雇止めに関する例>
⑪ 東芝xx工場事件(最一小判昭和 49 年 7 月 22 日) p19
契約期間2か月の臨時従業員の労働契約が5回ないし 23 回にわたって更新された後、雇止めの意思表示をした。基幹臨時工が2か月の期間満了によって雇止めされた事例はなく、そのほとんどが長期間にわたって継続雇用されており、当事者双方ともいずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと解するのが相当であり、雇止めの意思表示は右 のような契約を終了させる趣旨のもとにされたのであるから、実質において解雇の意思表示にあたるとして、期間満了を理由として雇止めをすることは、xxx上からも許されないものといわなければならないとした原審を支持し、本件雇止めを無効とした。
⑫ 日立メディコ事件(最一小判昭和 61 年 12 月 4 日) p20
二か月の労働契約を五回にわたって更新してきた臨時員に対する不況に伴う業務上の都合を理由とした契約の更新拒絶につき、解雇に関する法理を適用すべきであるが、臨時員の雇用関係は短期的有 期契約を前提とするものである以上、更新拒絶はやむを得ないものとして、原審の判断を正当とした。
⑬ 龍神タクシー事件(大阪高判平成 3 年 1 月 16 日) p21
雇用契約は臨時雇いとして期間 1 年のものであったが、その実質は期間の定めのない労働契約に類 似するものであって、雇用の継続を期待することが合理的な契約であるとして、その打切りについてはxxx上特段の事情が必要であるとし、その特段の事情は認められない以上、本件更新拒絶は、xxxに照らし許されないものというほかはない。
⑭ 学校法人立教女学院事件(東京地判平成 20 年 12 月 25 日) p22
一年の労働契約を2回にわたって更新してきた嘱託職員を雇止めしたが、嘱託職員として担当すべき業務は、窓口業務、現金等出納業務等の恒常的な事務であり、嘱託雇用契約は、職員の妊娠等臨時の需要に対応した一時的なものではなく、もともと更新が予定されていたほか、更新が 2 回に限られ
る等更新の上限に関する説明が 2 回に限られる等更新の上限に関する説明をされることがなかったこ とから、本件雇止めは、解雇権濫用法理の適用がある。
⑮ 亜細亜大学事件(東京地判昭和 63 年 11 月 25 日) p24
雇用期間を一年とする大学非常勤講師の雇用契約が二〇回更新された場合につき、非常勤講師の賃金等の雇用条件、や拘束性などから、この雇用契約の更新拒絶に解雇法理は類推適用されないとして、雇止めが適法とされた事例。
⑯ 旭川大学(外国人教員)事件(札幌高判平成 13 年 1 月 31 日) p25
期間一年の労働契約を締結し労働契約を 10 回更新していた外国人教員が雇止めされたが、本件労働契約は、控訴人を期間1年間の特任教員として雇用するというものであり、被控訴人が平成10年から実施する語学教育改革の必要性やその内容及び被控訴人の経営状況を考慮すれば、本件雇止め を有効と認めるべき社会通念上相当な客観的合理的理由があると認めることができる。本件雇止めが権利の濫用ないしxxx違反になると認めることはできないとした。
➃ 恵和会宮の森病院(雇止め・本訴)事件(札幌高判平成 17 年 11 月 30 日)p26
病院 Y に準社員として期間の定めのある労働者として雇用された X が、3 回目の契約期間満了の際に、笑顔がないなどの理由により、雇用契約が更新されなかった。笑顔がない、などの理由による雇 い止めは、合理性・相当性に欠け、無効であり、不法行為に該当するとした。
⑱ 近畿コカ・コーラボトリング事件(大阪地判平成 17 年 1 月 13 日) p27
期間一年の労働契約を締結し労働契約を5回更新していた労働者が説明会等での説明を受けるなどして、不更新条項等の内容について理解・認識した上で、そのような不更新条項等が付された契 約書に特に異議を申し立てることもなく署名・押印しているような事例等では、労働者の雇用継続への期待に合理性は認められないとした。
⑲ 報徳学園(雇止め)事件(神戸地xxx判平成 20 年 10 月 14 日) p28
1年ごとの常勤講師を3度更新した美術科常勤講師が雇止め(更新拒絶)された。解雇予告としての明確性や確定性に欠け、雇用回数制限の事前説明が不十分なことから、本件雇止めを解雇予告の効果として雇用契約を終了できないとした。次に、解雇権濫用法理類推適用について、本件契約が期間の定めのないものと実質的に同視できるものとは認め難いが、常勤講師の専任教諭採用実績から、評 価次第では専任教諭採用への期待合理性があることから、本件雇止めには解雇権濫用法理が類推適用され、3年限度の内規について十分に説明がなされ、被用者の納得を得ていたとの事情のない本件においては、雇止めに合理的理由は見当たらず、雇止めが解雇であれば権利濫用又はxxx違反により無効にとされるような事実関係の下でなされたものであるとして、請求を認容した。
解雇権濫用法理の類推適用等がなされた例
○東芝xx工場事件(昭和 49 年 7 月 22 日最高裁第xx法廷判決)
各労働契約は、期間の終了ごとに当然更新を重ねて実質上期間の定めのない契約と異ならない状態で存在しており、雇止めの意思表示は実質において解雇の意思表示に当たり、その効力の判断に当たっては解雇に関する法理を類推すべきものであるとした原審の判断を是認した。
○日立メディコ事件(最一小判昭和 61 年 12 月 4 日)
臨時的に雇用されるものではなく、ある程度の継続が期待されており、5回にわたり契約更新がされていることから、雇止めに当たっては解雇に関する法理が類推されるとした原審の判断が認定された(しかし、比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約であったことが、いわゆる終身雇用の期待の 下に期間の定めのない労働契約を締結している者とはおのずから合理的な差異があるべきとされた。)
○龍神タクシー事件(大阪高判平成 3 年 1 月 16 日)
臨時雇のタクシー運転手に対する 1 年間の雇用契約期間満了時の雇止めにつき、本件雇用契約は、その実態に関する諸般の事情に照らせば、実質は期間の定めのない雇用契約に類似するものであり、雇用 の継続を期待することに合理性を肯認できるものとして、更新拒絶が相当と認められるような特段の事情が存しない限り、期間満了のみを理由とした雇止めはxxxに照らし許されないとされた。
○学校法人立教女学院事件(東京地判平成 20 年 12 月 25 日)
派遣労働者として3年間勤務した後に、有期嘱託職員として 2 回更新後に雇止めされたが、担当して いた業務の恒常性、契約更新時の合意内容、更新時の事務局長等の説明等から本件契約が継続されるこ とに対する合理的な期待利益があるとされた。嘱託職員の雇用継続期間の上限を 3 年とする方針を理由 として雇止めとするためには、方針が出された時点で既にこれを超える嘱託職員には、その納得を得る 必要があるところ、本件雇止めは、方針を形式的に適用した一方的なものであり継続利用に対する合理的な期待利益をいたずらに侵害するものであって客観的に合理的な理由がないこと等から無効とされた。
○亜細亜大学事件(東京地判昭和 63 年 11 月 25 日)
20回更新されて21年間にわたった非常勤講師の雇用契約につき、専任教員との職務・待遇・拘束性の相違等から、それが期間の定めのないものに転化したとは認められないし、また、期間の定めのない契約と異ならない状態で存在したとは認められず、期間満了後も雇用関係が継続するものと期待することに合理性があるとも認められないとされた。
○旭川大学(外国人教員)事件(札幌高判平成 13 年 1 月 31 日)
外国人語学教員の労働契約は、実質的に、当事者双方とも、期間は定められているが、格別の意思表示がなければ当然に更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認めることは到底できず、期間の定めのない労働契約に転化した、あるいは、解雇に関する法理を類推すべきと解することはできないとされた
解雇権濫用法理の類推適用により雇止めが認められない場合の効果
1 従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係とされた例
○日立メディコ事件(最一小判昭和 61 年 12 月 4 日)(再掲)
解雇権濫用法理の類推適用によって解雇であれば解雇無効とされるような事実関係のもとに使用者が 新契約を締結しなかったとすると、期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解せられるとされた。
○龍神タクシー事件(大阪高判平成 3 年 1 月 16 日)(再掲)
雇用契約の更新拒絶が信義則に照らし許されないものとされた効果として、本件雇用契約の更新がなされ、その結果、従前と同一の条件により 1 年間、臨時運転手としての地位にあることを認めたが、更新 により、雇用契約が期間の定めのないものに転化するものではなく、また、当該 1 年間経過後に当然に再更新がされることになるものでもないとされた。
不法行為責任が問われた例
○恵和会宮の森病院(雇止め・本訴)事件(札幌高判平成 17 年 11 月 30 日)
病院準職員介護員(3 ヶ月試用期間、1 年契約、3 回更新)につき、職員は当然に更新されるとの期待を有していたといえ、また、病院側に長期雇用の意図があり労働者が継続雇用の期待を持つ状況にあったといえ、実質的に期間の定めのない契約と異ならず解雇権濫用法理が類推適用されるとした。また、当 該雇止めを無効として、雇用契約上の権利を有する地位を確認したほか、当該雇止めは不法行為に該当するとされた。
◆その他の裁判例
○近畿コカ・コーラボトリング事件(大阪地判平成 17 年 1 月 13 日)
7回にわたり更新したパートに継続打ち切りの説明会を開いたうえ、不更新条項付で期間1年とする労働契約に基づき期間満了で行った雇止めの効力が争われたもので、ある程度の継続期待が認められ解 雇法理が類推適用されるところ、不更新条項により契約終了の合意が成立していたと判示し請求を斥けた。
○報徳学園(雇止め)事件(神戸地尼崎支判平成 20 年 10 月 14 日)
常勤講師として雇用され、契約を3回更新後に雇止めとされた原告につき、「常勤講師の雇用は3年が上限」との校長らの発言があったが、原告は、当該発言前の時点において、すでに雇用継続に関し強い期待を有しており、かつ、期待するにつき高い合理性があるから、このような期待利益が遮断又は消滅した というためには、雇用継続を期待しないことがむしろ合理的とみられるような事情変更や雇用継続しないとの当事者間の新合意を要するとされた。
<安全配慮義務に関する裁判例>
陸上自衛隊事件(最高裁昭和 50 年2月 25 日第三小法廷判決)
【概要】
陸上自衛隊員が、自衛隊内の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した事例で、国の公務員に対する安全配慮義務を認定した。
(事案の概要)
陸上自衛隊員Aは、自衛隊内の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した。これに対し、Aの両親Xらは、国Yに対し、Yは使用者として、自衛隊員の服務につき、その生命に危険が生じないように注意し、人的物的環境を整備し、隊員の安全管理に万全を期すべき義務を負うにもかかわらず、これを怠ったとして、債務不履行に基づく損害賠償を求めて訴えをおこした。
(判決の要旨)
思うに、国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法 101 条1項前段、自衛隊法 60 条1項等)並びに法令及び上司の
命令に従うべき義務(国家公務員法 98 条1項、自衛隊法 56 条、57 条等)を負い、国がこれに対応して
公務員に対し給与支払義務(国家公務員法 62 条、防衛庁職員給与法4条以下等)を負うことを定めているが、国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場 所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。
もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあっては、更に当該勤務が通常の作業時、訓練時、防衛出動時(自衛隊法 76 条)、治安出動時(同法 78 条以下)又は災害派遣時(同法 83 条)のいずれにおけるものであるか等によっても異なりうべきものであるが、国が、不法行為規範のもとにおいて私人に対しその生命、健康等を保護すべき義務を負っているほかは、いかなる場合においても公務員に対し安全配慮義務を負うものではないと解することはできない。
けだし、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであって、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、公務員が前記の義務を安んじて誠実に履行するためには、国が、公務員に対し安全配慮義務を負い、これを尽くすことが必要不可欠であり、また、国家公務員法 93 条ないし 95 条及びこれに基づく国家公務員
災害補償法並びに防衛庁職員給与法 27 条等の災害補償制度も国が公務員に対し安全配慮義務を負うことを当然の前提とし、この義務が尽くされたとしてもなお発生すべき公務災害に対処するために設けられたものと解されるからである。
川義事件(最高裁昭和 59 年4月 10 日第三小法廷判決)
【概要】
宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された事例で、会社に安全配慮義務の違背に基づく損害賠償責任があるとされた。
(判決の要旨)
雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置す る場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。
もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上告会社は、A一人に対し昭和 53 年8月 13 日午前9時から 24 時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もって右物的施設等と相まって労働者たるAの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義務があつたものと解すべきである。
<就業規則に関する主な裁判例>
秋北バス事件(最高裁昭和 43 年 12 月 25 日大法廷判決)
【概要】
就業規則の変更により、定年制度を改正して主任以上の職の者の定年を 55 歳に定めたため、新たに定年制度の対象となった労働者が解雇された事例で、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないが、当該規則条項が 合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきとし、不利益を受ける労働者に対しても変更後の就業規則の適用を認めた。
(事実の概要)
被上告会社 Y は、就業規則を変更し、これまでの定年制度を改正して、主任以上の職にある者の定年を 55 歳に定めた(一般従業員については 50 歳)。このためそれまで定年制の適用のなかった上告人 X らは定年制の対象となり、解雇通知を受けた。
(判決の要旨)
元来、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」が、多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、統一的かつ画一的に決定され、労働者は、経営主体が定める契約内容の定型に従って、附従的に契約を締結せざるを得ないのが実情であり、この労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、
それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立し、その法的規範性が認められるに至っているということができる。
労働基準法の定めは、いずれも、社会的規範たるにとどまらず、法的規範として拘束力を有するに至っ ている就業規則の実態に鑑み、その内容を合理的なものとするために必要な監督的規制にほかならない。このように、就業規則の合理性を保障するための措置を講じておればこそ、同法は、さらに進んで、「就
業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」ことを明らかにし、就業規則のいわゆる直律的効力まで背認しているのである。
右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範として の性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。
新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善に待つほかない。
停年制は、〈中略〉人事の刷新・経営の改善等、企業の組織及び運営の適正化のために行われるものであって、一般的にいって、不合理な制度ということはできない。また、本件就業規則については、新たに設けられた 55 歳という停年は、産業界の実情に照らし、かつ、Y 会社の一般職種の労働者の停年が 50 歳と定められていることとの比較権衡からいっても、低きに失するともいえない。
しかも、本件就業規則条項は、停年に達したことによって自動的に退職するいわゆる「停年退職」制を定めたものではなく、停年に達したことを理由として解雇するいわゆる「停年解雇」制を定めたものと解すべきであり、同条項に基づく解雇は、労働基準法第 20 条所定の解雇の制限に服すべきものである。さらに、本件就業規則条項には、必ずしも十分とはいえないにしても、再雇用の特則が設けられ、同条項を一律に適用することによって生ずる過酷な結果を緩和する道が開かれているのである。
しかも、原審の確定した事実によれば、現に X らに対しても引き続き嘱託として、採用する旨の再雇用の意思表示がなされており、また、Xら中堅幹部をもって組織する「輪心会」の会員の多くは、本件就業規則条項の制定後、同条項は、後進に譲るためのやむを得ないものであるとして、これを認めている、というのである。
以上の事実を総合考慮すれば、本件就業規則条項は、決して不合理なものということはできず、同条項制定後、直ちに同条項の適用によって解雇されることになる労働者に対する関係において、Y 会社がかような規定を設けたことをもって、信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、X は、本件就業規則条項の適用を拒否することができないものといわなければならない。
※民法(明治 29 年4月 27 日法律第 89 号)(抄)第 92 条
法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。
電電公社帯広局事件(最高裁昭和 61 年3月 13 日第一小法廷判決)
【概要】
健康診断受診の業務命令を拒否した労働者に対して、懲戒処分を行った事案で、秋北バス事件の最高裁判決の考え方を踏襲し、就業規則上の労働者の健康管理上の義務は合理的であり、労働契約の内容となっているとし、健康診断の受診拒否は懲戒事由に当たり、懲戒処分が有効とされた。
(事案の概要)
Xは、Y公社帯広電報電話局に勤務し、電話交換の作業に従事する職員であった。Xは、昭和 49 年7月、頸肩腕症候群と診断され、公社の健康管理規程に定める指導区分のうち、最も病状の重い「療養」にあたることとされた。
その後、指導区分の変遷を繰り返し、Xは、本来の職務である電話交換の作業には従事せず、電話番号簿の訂正等の事務に従事していた。
Yは、昭和 53 年 10 月、Xに対し、頸肩腕症候群の精密検診を受診するよう、二度にわたって業務命令を発したが、Xはこれを拒否した。労働組合は、この検診が労使確認事項であるとしながらも、Xが受診拒否の意向を示しており、業務命令発出という形にまで発展したことを重視し、非公開で団交を行った。この際、Xは、会議室に立ち入り、組合役員の退去指示にも従わなかった。この間、Xは、約 10 分間
にわたり、職場を離脱した。Yは、Xに対し、受診拒否が就業規則 59 条3号(上長の命令に服さないとき)の懲戒事由に該当し、また、職場離脱は、同 59 条 18 号(第5条の規定に違反したとき)所定の懲戒事由に該当するとして、懲戒処分をした。
(判決の要旨)
一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がそ の雇用する労働者に対して業務命令をもって指示、命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。
すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがって、使用者が業務命令をもって指示、命令することのできる 事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものであって、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる。
ところで、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでな く、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められるに至っており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきであるから(最高裁昭和 43 年 12 月 25 日大法廷判決〈秋北バス事件〉)、使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の内容となっているということを前提として検討すべきこととなる。
換言すれば、就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の
内容をなしているものということができる。
公社就業規則及び健康管理規程によれば、公社においては、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、要管理者は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているのであるが、以上公社就業規則及び健康管理規程の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねている趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、右の職員の健康管理上の義務は、公社と公社職員との間の労働契約の内容となっているものというべきである。
もっとも、右の要管理者がその健康回復のために従うべきものとされている健康管理従事者による指示の具体的内容については、特に公社就業規則ないし健康管理規程上の定めは存しないが、要管理者の健康の早期回復という目的に照らし合理性ないし相当性を肯定し得る内容の指示であることを要することはいうまでもない。
しかしながら、右の合理性ないし相当性が肯定できる以上、健康管理従事者の指示できる事項を特に限定的に考える必要はなく、例えば、精密検診を行う病院ないし担当医師の指定、その検診実施の時期等についても指示することができるものというべきである。
以上の次第によれば、Xに対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診方を命ずる本件業務命令については、その効力を肯定することができ、これを拒否したYの行為は公社就業規則 59 条3号所定の懲戒事由にあたるというべきである。
そして、前記の職場離脱が同条 18 号の懲戒事由にあたることはいうまでもなく、以上の本件における
2個の懲戒事由及び前記の事実関係にかんがみると、原審が説示するように公社における戒告処分が翌年の定期昇給における昇給額の4分1減額という効果を伴うものであること(公社就業規則 76 条4項3号)を考慮に入れても、公社がXに対してした本件戒告処分が、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の 範囲を超え、これを濫用してされた違法なものであるとすることはできないというべきである。
日立製作所武蔵工場事件(最高裁平成3年 11 月 28 日第一小法廷判決)
【概要】
就業規則に、36 協定に基づき時間外労働をさせることがある旨の定めがあったが、労働者が残業命令 に従わなかったため、懲戒解雇した事例で、秋北バス事件の最高裁判決の考え方を踏襲し、就業規則は合理的であり、労働契約の内容となっているとし、懲戒解雇は権利の濫用にも該当せず、有効とされた。
(事案の概要)
Xは、Yに雇用されてそのM工場に勤務し、トランジスターの品質及び歩留りの向上を所管する製造部低周波製作課特性管理係に属していた。
YのM工場の就業規則には、Yは、業務上の都合によりやむを得ない場合には、Xの加入するM工場労働組合(以下「組合」という。)との協定により1日8時間の実働時間を延長することがある旨定められていた。
そして、M工場とその労働者の過半数で組織する組合との間において、昭和 42 年1月 21 日、「会社は、
1納期に完納しないと重大な支障を起すおそれのある場合、2賃金締切の切迫による賃金計算又は棚卸し、検収・支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、3配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合、4設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、5生産目標達成のため必要ある場合、6業務の内容によりやむを得ない場合、7その他前各号に準ずる理由のある場合は、実働時間を延長することがある。
前項により実働時間を延長する場合においても月 40 時間を超えないものとする。
但し緊急やむを得ず月 40 時間を超える場合は当月1ケ月分の超過予定時間を一括して予め協定する。」
旨の書面による協定(以下「本件 36 協定」という。)が締結され、所轄労働基準監督署長に届け出られた。
上司であるA主任は、同年9月6日、Xに対し、残業をしてトランジスター製造の歩留りが低下した原因を究明し、その推定値を算出し直すように命じたが、Xは右残業命令に従わなかった。
Yは、後日Xに対し、始末書の提出を求めたが、このことにつき、2度にわたり争いが生じ、警備員に付き添われて、ようやく退場した。そこで、Yは、組合の意向も聴取した上で、それに従い、就業規則上の懲戒事由(しばしば懲戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込がないとき)に該当するとして、懲戒解雇した。
(判決の要旨)
思うに、労働基準法(昭和 62 年法律第 99 号による改正前のもの)32 条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる 36 協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に
適用される就業規則に当該 36 協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、 その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するを相当とする(最高裁昭和 43 年 12 月 25 日大法廷判決〈秋北バス事件〉、最高裁昭和 61 年3月 13 日第一小法廷判決〈電電公社帯広局事件〉)。
本件の場合、右にみたように、YのM工場における時間外労働の具体的な内容は本件36協定によって定められているが、本件 36 協定は、Y(M工場)がXら労働者に時間外労働を命ずるについて、その時間を限定し、かつ、前記「1」ないし「7」所定の事由を必要としているのであるから、結局、本件就業 規則の規定は合理的なものというべきである。
そうすると、Yは、昭和 42 年9月6日当時、本件 36 協定所定の事由が存在する場合にはXに時間外
労働をするよう命ずることができたというべきところ、A主任が発した右の残業命令は本件 36 協定の
「5」ないし「7」所定の事由に該当するから、これによって、Xは、前記の時間外労働をする義務を負 うに至ったといわざるを得ない。
A主任が右の残業命令を発したのはXのした手抜作業の結果を追完・補正するためであったこと等原審の確定した一切の事実関係を併せ考えると、右の残業命令に従わなかったXに対しYのした懲戒解雇 が権利の濫用に該当するということもできない。
以上と同旨の見解に立って、Yのした懲戒解雇は有効であるから、〈中略〉原審の判断は、正当として是認することができる。
大曲市農業協同組合事件(最高裁昭和 63 年2月 16 日第三小法廷判決)
【概要】
農協の合併に伴い、新たに作成・適用された就業規則上の退職給与規定が、ある農協の従前の退職給与規定より不利益なものであった事例で、秋北バス事件の最高裁判決の考え方を踏襲した上で、就業規則 の合理性について、就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうとし、新規則の合理性を認めて、不利益を受ける労働者に対しても拘束力を生ずるものした。
(事実の概要)
七つの農業協同組合が合併して新設された農業協同組合である。旧農協には、従来より退職給与規定が存したが、合併後に新たに作成・適用した退職給与規定は、退職金支給倍率を低減させるものであった。
他方、給与額は合併に伴う給与調整等により相当程度増額されており、退職時までの給与調整の累積額はおおむね本訴の請求額に等しい。また、合併の結果、休日・休暇、諸手当等の面で旧農協当時よりも有利になり、定年も男子は 1 年間延長された。
(判決の要旨)
当裁判所は、昭和 40 年(オ)第 145 号同 43 年 12 月 25 日大法廷判決〈秋北バス事件〉において、「新 たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」との判断を示した。
右の判断は、現在も維持すべきものであるが、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該 就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
これを本件についてみるに、まず、新規程への変更により退職金の支給倍率自体は低減されているものの、反面、給与額は、合併の際延長された定年退職時までに通常の昇給分を超えて相当程度増額されているのであるから、実際の退職時の基本月俸額に所定の支給倍率を乗じて算定される退職金額としては、支給倍率の低減による見かけほど低下しておらず、金銭的に評価しうる不利益は、原判決がいうほど大きなものではないのである。
右のような新規程への変更によってXらが被つた不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件における新規程への変更は、それによって被上告人らが被つた不利益を考慮しても、なおY組合の労使関係においてその法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものといわなければならない。したがって、新規程への変更はXらに対しても効力を生ずるものというべきである。
第四銀行事件(最高裁平成9年2月 28 日第二小法廷判決)
【概要】
就業規則により定年を延長する代わりに給与が減額された事例で、秋北バス事件、大曲市農協事件の最高裁判決の考え方を踏襲し、さらに合理性の有無の判断に当たっての考慮要素を具体的に列挙し、その考慮要素に照らした上で、就業規則の変更は合理的であるとした。
(事実の概要)
労働者は、60 歳達齢により銀行を定年退職したが、銀行と銀行労働組合との間では、定年を 55 歳から 60歳に延長するかわりに給与等の減額、特別融資制度の新設等を内容とする労働協約を締結していたため、 55 歳以後の年間賃金は 54 歳時の 6 割台に減額となり、従来の 55 歳から 58 歳までの賃金総額が新定年制
の下での 55 歳から 60 歳までの賃金総額と同程度となつた。
(判決の要旨)
1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を 一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。
そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の 変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。
2 そこで、以下、右変更の合理性につき、前示の諸事情に照らして検討する。〈本件就業規則の変更による労働者の不利益はかなり大きなものであること、銀行は定年延長の高度の必要性があったこと、定年延長に伴う人件費の増大等を抑えるため、従前の賃金水準を変更する必要性も高度なものであったこと、定年延長のため従前の定年である 55 歳以降の労働条件のみを修正したこともやむを得ないこと、従
前の 55 歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえないこと、変更後の 55 歳以降の労働条件は、多くの地方銀行の例とほぼ同様であること、変更後の賃金水準も、他行や社会一般の賃金水準と比較して、かなり高いこと、定年が延長されたことは、明らかな労働条件の改善であること、60 歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決して小さいものではないこと、福利厚生制度の適用延長や拡充等の措置が採られていること、就業規則の変更は、労働組合との合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであることを認定した上で、〉〈以上について〉考え合わせると銀行において就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができる。〈中略〉
したがって、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、労働者に対しても効力を生ずるものというべきである。
みちのく銀行事件(最高裁平成 12 年9月7日第一小法廷判決)
【概要】
労組(従業員の 73%が加入)の同意を得て行われた賃金制度が見直され、特定の労働者が管理職の肩書きを失い、賃金を減額された事例で、第四銀行事件までの最高裁判決の考え方を踏襲し、就業規則の変更は合理的なものということはできず、就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、不利益を受ける労働者らにその効力を及ぼすことができないとした。
(事案の概要)
いずれも当時55歳以上の管理職・監督職階にあっ少数組合の組合員は、60 歳定年制を採用していた東北地方の中位行の銀行員であった。銀行は賃金制度の2度わたる見直しを行う際に、労組(従業員の 73%が加入)の同意は得たが、少数組合の同意を得ないまま実施した。この変更に基づいて、専任職発令が出され、管理職の肩書きを失うとともに賃金が減額した。
本件就業規則の変更は、同意をしていない原告らには効力が及ばないとして、専任職への辞令及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、従前の賃金支払を受ける労働契約上の地位にあることの確認並びに差額賃金の支払を請求する訴えを起こした。
(判決の要旨)
〈他の地銀では従来定年年齢がより低かったこと、経営効率を示す諸指標が全国の地銀の中で下位を低迷していたこと、金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考慮した上で、〉本件就業規則等変更は、銀行にとって、高度の経営上の必要性があったということができる。
本件就業規則等変更は、多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、高年層の行員について賃金を削減するものであって、従来は右肩上がりのものであった行員の賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするものである。もとより、このような変更も企業ないし従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、企業体質を強化改善するものとして、その相当性を肯定することができるものと考えられる。
しかしながら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。
就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者につ いて不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。したがって、このような不十分な経過措置の下においては、Xらとの関係で賃金面における本件就業
規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。
本件では、労働者の被る不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。
専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同 意しない労働者に対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。
したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、その効力を及ぼすことができないというべきである。
フジ興産事件(最高裁平成 15 年 10 月 10 日第二小法廷判決)
【概要】
就業規則に基づき労働者を懲戒解雇したが、懲戒事由に該当するとされた労働者の行為の時点では就 業規則は周知されていなかった事例で、就業規則が拘束力を生ずるためには、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するとし、懲戒解雇を有効とした原審を破棄し、差し戻した。
(事案の概要)
Xは、Y社の設計部門であるエンジニアリングセンターにおいて、設計業務に従事していた。Y社は、昭和 61 年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、同日から実施する就業規則(以下「旧就業規則」と
いう。)を作成し、同年 10 月 30 日、A労働基準監督署長に届け出た。
旧就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めていた。
Y社は、平成6年4月1日から旧就業規則を変更した就業規則(以下「新就業規則」という。)を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で、同月8日、A労働基準監督署長に届け出た。新就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定め
ている。
Y社は、同月 15 日、新就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用して、その従業員Xを懲戒解雇(以下
「本件懲戒解雇」という。)した。
その理由は、Xが、同5年9月から同6年5月 30 日までの間、得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的態度をとり、上司に対して暴言を吐くなどして職 場の秩序を乱したりしたなどというものであった。
Xは、本件懲戒解雇以前に、Yの取締役Bに対し、センターに勤務する労働者に適用される就業規則について質問したが、この際には、旧就業規則はセンターに備え付けられていなかった。
(判決の要旨)
原審は、次のとおり判断して、本件懲戒解雇を有効とし、Xの請求をすべて棄却すべきものとした。
(1)Y社が新就業規則について労働者代表の同意を得たのは平成6年6月2日であり、それまでに新就業規則がY社の労働者らに周知されていたと認めるべき証拠はないから、Xの同日以前の行為については、旧就業規則における懲戒解雇事由が存するか否かについて検討すべきである。
(2)前記2(3)〈Y社は、昭和 61 年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、旧就業規則を作成し、同
年 10 月 30 日、A労働基準監督署長に届け出ていたこと〉の事実が認められる以上、Xがセンターに勤務中、旧就業規則がセンターに備え付けられていなかったとしても、そのゆえをもって、旧就業規則がセンター勤務の労働者に効力を有しないと解することはできない。
(3)Xには、旧就業規則所定の懲戒解雇事由がある。
X社は、新就業規則に定める懲戒解雇事由を理由としてXを懲戒解雇したが、新就業規則所定の懲戒解雇事由は、旧就業規則の懲戒解雇事由を取り込んだ上、更に詳細にしたものということができるから、本件懲戒解雇は有効である。
しかしながら、原審の判断のうち、上記(2)は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくこと を要する(最高裁昭和 54 年 10 月 30 日第三小法廷判決〈国労札幌支部事件〉)。
そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和 43 年 12 月 25 日大法廷判決〈秋北バス事件〉)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる 手続が採られていることを要するものというべきである。
原審は、Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これをA労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼ
すことは明らかである。
論旨は理由がある。そこで、原判決を破棄し、上記の点等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
<解雇権濫用法理に関する裁判例>
日本食塩製造事件(最高裁昭和 50 年4月 25 日第二小法廷判決)
【概要】
ユニオン・ショップ協定に基づき労働者を解雇した事例で、使用者の解雇権の行使も、それが客観的に 合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当であるとし、本件解雇を無効とした。
(事案の概要)
Y会社と組合との間には、新機械の導入に関し意見の対立がみられたが、この間Xは、一部職場の女子 従業員に対し職場離脱をなさしめたほか、無届集会をしたこと、更に夏期一時金要求に伴う闘争に関し 会社役員の入門を阻止した等の事案が会社の職場規律を害するものとして使用者により懲戒解雇された。
なお、この時、組合委員長ほか他の組合員も、出勤停止、減給、けん責などの処分を受けている。組合は地労委に不当労働行為を申立て処分撤回の和解が成立したが、この和解には和解の成立の日をもって Xが退職する旨の規定が含まれていた。
しかし、Xに退職する意思は見受けられなかったところ、組合は、和解案の受諾にXのみの退職を承認したのは闘争において同人の行き過ぎの行動があったこと、受諾の趣旨はこれにより会社と組合との闘争を終止せしめ、労使間の秩序の改善を意図したものであることなどを背景に、Xが退職に応じないときは組合から離脱せしめることも止むを得ないと考えて同人を離籍(除名)処分に付した。
Y会社と組合との間には、「会社は組合を脱退し、または除名された者を解雇する。」旨のユニオン・シ ョップ協定が結ばれており、Y会社は、この協定に基づきXを解雇した。そこで、Xは、雇用関係の存在確認の請求を行った。
(判決要旨)
使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することが できない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。
ところで、ユニオン・ショップ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失つ た場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化を図ろうとする制度であり、このような制度としての正当な機能を果たすものと認められる限りにおいてのみその効力を承認することができるものであるから、ユニオン・ショップ協定に基づき使用者が労働組合に対し解雇義務を負うのは、当該労働者が正当な理由がないのに労働組合に加入しないために組合員たる資格を取得せず又は労働組合から有効に脱退し若しくは除名されて組合員たる資格を喪失した場合に限定され、除名が無効な場合には、使用者は解雇義務を負わないものと解すべきである。
そして、労働組合から除名された労働者に対しユニオン・ショップ協定に基づく労働組合に対する義務 の履行として使用者が行う解雇は、ユニオン・ショップ協定によって使用者に解雇義務が発生している場合に限り、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当なものとして是認することができるのであり、同除名が無効な場合には、前記のように使用者に解雇義務が生じないから、かかる場合には、客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がないかぎり、解雇権の濫用として無効であると言わなければならない。
(原判決(東京高裁昭和43年2月23日判決)を破棄差戻)
<期間の定めのある労働契約の雇止めに関する裁判例>
東芝柳町工場事件(昭和 49 年 7 月 22 日最高裁第一小法廷判決)
(事案の概要)
Xらは、Yに契約期間を2か月と記載してある臨時従業員としての労働契約書を取り交わした上で基幹臨時工として雇い入れられた者であるが、当該契約が5回ないし 23 回にわたって更新された後、Yは Xに雇止めの意思表示をした。
Yにおける基幹臨時工は、採用基準、給与体系、労働時間、適用される就業規則等において本工と異なる取扱いをされ、本工労働組合に加入し得ず、労働協約の適用もないが、その従事する仕事の種類、内容の点において本工と差異はない。
基幹臨時工が2か月の期間満了によって雇止めされた事例はなく、自ら希望して退職するもののほか、 そのほとんどが長期間にわたって継続雇用されている。Yの臨時従業員就業規則(臨就規)の年次有給休暇の規定は1年以上の雇用を予定しており、1年以上継続して雇用された臨時工は、試験を経て本工に登用することとなっているが、右試験で不合格となった者でも、相当数の者が引き続き雇用されている。
Xらの採用に際しては、Y側に長期継続雇用、本工への登用を期待させるような言動があり、Xらも期間の定めにかかわらず継続雇用されるものと信じて契約書を取り交わしたのであり、本工に登用されることを強く希望していたという事情があった。また、Xらとの契約更新に当たっては、必ずしも契約期間満了の都度直ちに新契約締結の手続がとられていたわけではなかった。
(判決の要旨)
原判決は、本件各労働契約は、当事者双方ともいずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと解するのが相当であり、したがって、期間の満了毎に当然 更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず、本件各雇止めの意思表示は右のような契約を終了させる趣旨のもとにされたのであるから、実質において解雇の意思表示にあたる、とするのであり、また、そうである以上、本件各雇止めの効力の判断に当たっては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推すべきであることが明らかであって、上記の事実関係のもとにおけるその認定判断は、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。
就業規則に解雇事由が明示されている場合には、解雇は就業規則の適用として行われるものであり、したがってその効力も右解雇事由の存否のいかんによって決せらるべきであるが、右事由に形式的に該当 する場合でも、それを理由とする解雇が著しく苛酷にわたる等相当でないときは解雇権を行使することができないものと解すべきである。
本件臨時従業員就業規則8条はYにおける基幹臨時工の解雇事由を列記しており、そのうち同条3号は契約期間の満了を解雇事由として掲げているが、本件各労働契約が期間の終了毎に当然更新を重ねて 実質上期間の定めのない契約と異ならない状態にあったこと、Yにおける基幹臨時工の採用、雇止めの実態、その作業内容、Xらの採用時及びその後におけるXらに対するY側の言動等にかんがみるときは、本件労働契約においては、単に期間が満了したという理由だけではYにおいては雇止めを行わず、Xらもまたこれを期待、信頼し、このような相互関係のもとに労働契約関係が存続、維持されてきたものというべきである。
そして、このような場合には、経済事情の変動により剰員を生じる等Yにおいて従来の取扱いを変更し て右条項を発動してもやむを得ないと認められる特段の事情の存しないかぎり、期間満了を理由として雇止めをすることは、信義則上からも許されないものといわなければならない。
しかるに、この点につきYはなんら主張立証するところがないのである。
もっとも、前記のように臨就規8条は、期間中における解雇事由を列記しているから、これらの事由に該当する場合には雇止めをすることも許されると言うべきであるが、この点につき原判決はYの主張する本件各雇止めの理由がこれらの事由に該当するものでないとしており、右判断はその適法に確定した事実関係に照らしていずれも相当というべきであって、その過程にも所論の違法はない。
そうすると、YのしたXらに対する本件雇止めは臨就規第8条に基づく解雇としての効力を有するも のではなく、これと同趣旨に出た原判決に所論の違法はない。
日立メディコ事件(昭和 61 年 12 月 4 日最高裁第一小法廷判決)
(事案の概要)
Xは、期間を定めてYの柏工場に臨時員として雇用され、期間2ヶ月の労働契約が5回更新されてきたが、Yは不況に伴う業務上の都合を理由に契約の更新を拒絶した。
臨時員制度は、景気変動に伴う受注の変動に応じて雇用量の調整を図る目的で設けられ、臨時員の採用は簡易な方法で採用を決定していた。柏工場においては、臨時員に対し、一般的に単純な作業、精度がさほど重要視されていない作業に従事させており、Xも比較的簡易な作業に従事していた。
Yは、臨時員の契約更新に当たっては、更新期間の約1週間前に本人の意思を確認し、労働契約書に順 次雇用期間を記入し、臨時員の印を押捺せしめていた。5回にわたる労働契約の更新は、いずれも期間満了の都度新たな契約を更新する旨を合意されてきたものである。
なお、Yは雇止めをXら臨時員等に告知した際、柏工場の業績悪化等を説明した上で、希望者には就職先の斡旋をすることを告げたが、Xはそれを希望しなかった。
(判決の要旨)
本件労働契約の期間の定めを民法 90 条に違反するものということはできず、また、5回にわたる契約の更新によって、本件労働契約が期間の定めのない契約に転化したり、あるいはXとYとの間に期間の定めのない労働契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたということもできないというべきである。
原判決は、柏工場の臨時員は、季節的労務や特定物の製作のような臨時的作業のために雇用されるものではなく、ある程度の継続が期待されていたものであり、5回にわたり契約が更新されているのであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めするに当たっては、解雇に関する法理が類推され、解雇であれば解雇権の濫用、信義則違反または不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しなかったとするならば、期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解せられる。
しかし、臨時員の雇用関係は比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約を前提とするもので ある以上、雇止めの効力を判断すべき基準は、いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない労働契約を締結しているいわゆる本工を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があるべきである。
したがって、独立採算制が採られているYの柏工場において、事業上やむを得ない理由により人員削減 をする必要があり、その余剰人員を他の事業部門へ配置転換する余地もなく、臨時員全員の雇止めが必要であると判断される場合には、これに先立ち、臨時員につき希望退職者募集の方法による人員削減を図らなかったとしても、それをもって不当、不合理であるということはできず、希望退職者の募集に先立ち臨時員の雇止めが行われてもやむを得ないというべきである。原判決の右判断は、本件労働契約に関する前示の事実関係の下において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
そして、原審は、次のように認定判断している。すなわち、Yにおいては柏工場を一つの事業部門として独立採算制をとっていたことが認められるから、同工場を経営上の単位として人員削減の要否を判断することが不合理とはいえず、本件雇止めが行われた昭和46年10月の時点において、柏工場における臨時員の雇止めを事業上やむを得ないとしたYの判断に合理性に欠ける点は見当たらず、右判断に基 づきXに対してされた本件雇止めについては、当時のYのXに対する対応等を考慮に入れても、これを権利の濫用、信義則違反と断ずることができないし、また、当時の柏工場の状況は同工場の臨時員就業規則74条2項にいう「業務上の都合がある場合」に該当する。右原審の認定判断も、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らしていずれも肯認することができ、その過程に所論の違法はない。
龍神タクシー事件(大阪高判平成 3 年 1 月 16 日)
(事案の概要)申請人は、平成元年一月二二日、一般乗用旅客自動車運送事業を主たる業務とする株式会社である被申請人に臨時雇運転手として雇用され、タクシー運転手として稼働してきた。
被申請人と申請人とが右雇用に際して取り交わした契約書には、契約期間を平成元年一月二二日から平成二年一月二〇日までとする旨の記載がある。被申請人は、右契約書記載の契約期間が満了する平成二年一月二〇日、申請人に対し、解雇予告手当を支払うことにより、同日をもって解雇する旨の意思表示をした。そこで、申請人は、被申請人の従業員たる地位の保全と賃金仮払いの仮処分を求めた。
(判決の要旨)
臨時雇運転手の雇用期間については、取り交わされる契約書上は一年の期間が定められているものの、昭和五四年の臨時雇運転手制度の導入以降、自己都合による退職者を除いては、例外なく雇用契約が更新(再契約) されてきており、被申請人において契約の更新を拒絶した事例はない。
また、雇用契約の更新の際には、改めて契約書が取り交わされているが、被申請人において、必ずしも契約期間満了の都度直ちに新契約締結の手続をとっていたわけでもなく、契約書上の更新(再契約)の日付が数か月も後日にずれ込んだ事例も存在する。
また、被申請人は、右臨時雇運転手制度の導入後においては、本雇運転手に欠員が生じたときは、臨時雇運転手で希望する者の中から適宜の者(五〇歳未満の者で、勤務成績が良好な者等)を本雇運転手に登用してこれを補充してきており、昭和五四年の右制度の導入後において、直接、本雇運転手として被申請人に雇用された運転手はいない。
申請人は、トラックの運転手として稼働していた者であるが、被申請人が田辺市ではしっかりした会社で安定した職場となると考え、被申請人に知人が勤務していたこともあり、被申請人のタクシー運転手の募集に応募した。
申請人は、本件雇用契約の折、被申請人の担当者から契約書のとおり一年限りで辞めてもらう旨の話は聞かされておらず、却って、申請人と同様に期間一年の契約で稼働している被申請人の運転手らは自動的に契約を更新されていると聞知していて、申請人の場合も、当然契約が更新され継続して雇用されるものと思って稼働してきた。
本件雇用契約は、平成元年一月二二日から平成二年一月二〇日までの期間の定めのあるものであって、これを期間の定めのない雇用契約であると認めることはできないが、右認定の被申請人における臨時雇運転手にかかる雇用契約の実態に関する諸般の事情に照らせば、その雇用期間についての実質は期間の定めのない雇用契約に類似するものであって、申請人において、右契約期間満了後も被申請人が申請人の雇用を継続するものと期待することに合理性を肯認することができるものというべきであり、このような本件雇用契約の実質に鑑みれは、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らして、従前の取扱いを変更して契約の更新を拒絶することが相当と認められるような特段の事情が存しないかぎり、被申請人において、期間満了を理由として本件雇用 契約の更新を拒絶することは、信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。
そこで、本件更新拒絶の効力について判断するに、被申請人は、本件更新拒絶は、被申請人の経営不振の中での人員削減の方針の下で、たまたま最初に雇用期間が満了する申請人に対し行ったものであって、合理的な理由がある旨主張するが、本件全疎明資料によるも、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らし、従前の 取扱いを変更して本件雇用契約の更新を拒絶することが相当と認められるほど被申請人において経営不振に陥り、人員削減の必要に迫られていたものと一応認めるには足りないから、その余の点について判断するまでもなく、右主張は理由がない。
また、被申請人は、本件更新拒絶は申請人の勤務成績が不良であることを理由とするものであるとも主張するが、本件全疎明資料によるも、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らし、従前の取扱いを変更して本 件雇用契約の更新を拒絶することが相当と認められるほど申請人の勤務成績が不良であったものと一応認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、右主張は理由がない。
その他、本件において、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らし、被申請人において従前の取扱いを 変更して本件雇用契約の更新を拒絶することが相当と認められるような特段の事情を一応認めるに足りる疎明はない。
そうとすれば、本件更新拒絶は、信義則に照らし許されないものというほかはなく、申請人の就労期間が一年にすぎず過去に契約の更新を受けたことがないとの点は、右の判断を左右するに足るものではない。
したがって、申請人は、本件雇用契約の更新を受け、その結果、従前と同一の条件により、平成三年一月二
〇日までの間、被申請人の臨時雇運転手の地位にあるべき者ということができる(ただし、もとより、右の更新により、被申請人と申請人との雇用契約が期間の定めのないものに転化するものではなく、また、平成三年一月二〇日の期間満了時に当然に再更新がされることになるものでもない。)。
学校法人立教女学院事件(東京地判平成 20 年 12 月 25 日)
(事案の概要)原告は、被告が運営するY1短期大学事務部総務課において、平成13年6月29日から派遣労働者として就労した後、平成16年6月1日から1年の雇用期間の定めのある嘱託雇用契約を締 結することにより嘱託職員として被告に直接雇用され、その後2度にわたって同様の雇用契約を締結し、平成19年5月31日まで就労していた。原告は、同年6月1日以降の嘱託雇用契約が締結されず、就労を拒絶されたことについて、地位の確認等を求めるとともに、本務(専任)職員と同等又はそれ以上の業務に従事していたにもかかわらず、その賃金の点で著しい格差のあることが労働基準法3条等に違反するとし、当該賃金差額相当分の支払を求めた。
(判決の要旨)
当該嘱託雇用契約は、職員の妊娠等臨時の需要に対応した一時的なものではなく、もともと更新が予定 されていたほか、原告が嘱託職員として担当すべき業務は、窓口業務、現金等出納業務等の恒常的な事務であった。
さらに、当該嘱託雇用契約を締結するに際し、被告からその更新が 2 回に限られる等更新の上限に関
する説明が 2 回に限られる等更新の上限に関する説明をされることがなかったのであるから、当該嘱託雇用契約がある程度更新されると原告が期待することは自然である。
さらに、1 回目の更新である平成 17 年 6 月 2 日に締結された嘱託雇用契約に係る嘱託雇用契約書には、当該嘱託雇用契約の更新に関する条項が追加され、「1 年後毎の契約更新とする。その後の更新については、契約期間満了時の業務量及び従事している業務の進捗状況により判断する。」、「原告の勤務成績・態度により判断する。」と明示されていたのであるから、原告と被告との間では、当該嘱託雇用契約の後に複数回の更新があり得ること、さらに、その更新が専ら原告が担当する業務の量の推移と原告の勤務態度とによって判断されるという合意があったということができる。
そうすると、被告における嘱託職員の制度が短期雇用のためのものであること、嘱託職員の雇用期間の状況を考慮しても、原告において、短大総務課の業務が減少したり、自らの勤務態度に問題がある等の事情がない限り、嘱託雇用契約の締結から3年が経過した後も、すなわち、本件雇用契約がなお数回にわた って更新されるという期待利益は合理的なものであるといわなければならない。かかる期待利益が漠としたもので(ママ)り、極めて程度の低いものであったということはできない。
また、2回目の更新である本件雇用契約の締結に当たっても、B事務局長等から原告に対し、「1 年契約で最大 3 年とし、更新の必要のない場合には 3 年で雇用終了とします。」との説明が(更新に先立つ説明会でなされたあいまいな説明に加えて)重ねてされたり、特段の必要がない限り本件雇用契約を更新しないと述べられたこともなく、その際に作成された嘱託雇用契約書においても、「更新の条件」として
「契約満了の際に更新の可否を判断する。」と、「更新の判断基準」として「業績評価の結果、契約期間満了時の業務量および人事配置状況により判断する。」と記載されているにすぎないから、これにより、被告における嘱託雇用の取扱いが被告が希望しない限り3年で終了するとされたと原告が理解したということもできない。
したがって、原告が既に有していた本件雇用契約の更新に対する合理的な期待利益が上記説明を受け たこと等により消滅等したということはできず、被告による上記取扱いを前提として本件雇用契約が締 結されたということもできない。そうすると、原告には、本件雇用契約が締結された時点において、本件 雇 用契約 がなお数回にわたって継続されることに対する合理的な期待利益があるといわなければならず、本件雇止めについては、解雇権濫用法理の適用がある。
被告は、平成 17 年 12 月 12 日、理事長室において、平成 17 年度第 8 回人事委員会を開催したが、同委員会においては、現状の嘱託職員の勤務形態と業務内容が本務職員と同様なものとなっているが、3 年を超えて来ようしている嘱託職員を雇止めとした場合には、不当な解雇と解釈され、労働争議において被告が不利となることから、その危険を回避するため、3 年で雇止めとし、4 年目以降も労働時間短縮等により本務職員との差異の明確化を図るべき等の意見が出され、結局、「雇用期間が 3 年を超える嘱託職員のうち、継続雇用を希望する有能な人材については、3 年間で雇い止めせずに勤務形態を変更(労働時間短縮等)して継続雇用する。更新の必要な場合には、3 年で雇い止めする。」との決定がされた。
被告は、原告の就業状況には何ら問題がなかったものの、①本件雇用契約の満了時に原告と嘱託雇用契約を締結してから3年となり、前記人事委員会の決定の雇用継続期間の上限に当たることになること、
②原告が担当していた業務を経理課の本務職員であったEに担当させることとすると、短大総務課で原告が担当すべき業務がなくなることから、原告を雇止め(本件雇止め)としたものである。まず、①の理由についてみると、嘱託職員の雇用継続期間の上限を3年とするという方針を理由として当該嘱託職員 を雇止めとするためには、当該方針があることを前提として被告との嘱託雇用関係に入った嘱託職員等に対しては格別、当該方針が採用された時点で既にこれを超える継続雇用に対する合理的な期待利益を有していた嘱託職員に対しては、当該方針を的確に認識させ、その納得を得る必要があるといわなければならない。
ところが、原告は、当該方針が採用され、その説明を受けた時点で既にこれを超える継続雇用に対する合理的な期待利益を有していたところ、当該方針の内容を的確に理解せず、ましてや納得などしていなかったことは、前記のとおりである。このような原告に対し、当該方針を形式的に適用して一方的に雇止 めとすることは、原告の継続雇用に対する期待利益をいたずらに侵害するものであって、許されない。
したがって、本件雇止めの①の理由は客観的に合理的なものではないというべきである。
次に、②の理由についてみると、原告が担当していた業務を経理課の本務職員であったEに担当させるとすること自体は、被告の適切な裁量に委ねられるべき人事に関する判断であるが、その結果として原告を雇止めとすることまでが当然に許されることとはならない。
人事配置の変更の結果として原告を雇止めとするためには、当該雇止めを正当化することができるに 足る、被告全体又は短大総務課の業務を適切かつ円滑に遂行するという観点からの人事配置の変更の必要性が求められるというべきである。
しかるに、本件雇止め当時、被告全体又は短大総務課の業務の適切かつ円滑な遂行上、原告を雇止めとしてまでその担当業務をEに担当させなければならない必要があったと認めるに足りる証拠はない。
また、仮に原告が担当していた業務を本務職員が担当すべき必要があるというのであれば、原告に対し、短大総務課内での担当業務の変更を命じたり、あるいは、本務職員となる意思があるか否かの確認等の手続が予めされるべきであって、原告は当時本務職員となる積極的な意思がなかったと認められるが、これは自らが嘱託職員として継続雇用されるという期待を前提としたものにすぎない。)、さらに、原告が担当していた業務をEに担当させるべき必要があるというのであれば、短大総務課内での担当業務の変更のほか、例えば、原告に対し、経理課の業務を担当する内容の嘱託雇用契約の締結を打診する等の手続が予めされるべきであり、これらの手続を経ないまま漫然と原告を雇止めとすることが社会通念上相 当であるということもできない。
そうすると、本件雇止めは、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められないから、無効である。
亜細亜大学事件(昭和 63 年 11 月 25 日東京地裁判決)
(事案の概要)
原告Xは、昭和38年4月1日、被告Yに亜細亜大学の非常勤講師を嘱託され(昭和43年度までは辞令上は専任講師)、昭和58年度までの21年間、当初は英語を途中からヒンディー語を教えてきたが、 Yは、昭和59年4月1日以降Xとの雇用契約が終了したとしてXの就労を拒否し、賃金を支払っていない。
Yは、毎年4月1日付けの辞令を交付して1年ごとに更新してきたが、辞令には月額賃金を記載することもあって、辞令交付の時期は毎年4月下旬であった。
亜細亜大学の教員には専任教員と非常勤講師とがあり、専任教員の採用に際しては相当厳しい資格条件が貸されているが、非常勤講師の場合はそれに準じる教育・研究能力があると認められる者も採用することができる。
非常勤講師は専任教員と異なり大学の役職又は校務を担当することもなく、また、あらかじめ期間を定 めて職任し引き続き職任する場合を除きその期間の満了によって雇用契約は終了するとされており、他に本務を持ってはならないとの制約はない(現にXは、他の2つの大学でも講義を行い、相当額の収入を得ていた。)。その他、賃金及び退職金等についても選任教員とは取扱いに差異があった。
(判決の要旨)
XY間の雇用契約は期間が一年と定められこれが更新されてきたものであることが認められる。
期間の定めのある契約が、期間の定めのない契約に転化したと認められなくとも、期間の定めのない契約と異ならない状態で存在していたと認められるか、又は、期間満了後も雇用を継続するものと期待す ることに合理性があると認められる場合には、解雇の法理を類推すべきであると解するのが相当である。
(講義が恒常的に設置されていても雇用期間の定めのある講師を雇用することは当然ありうることや専任教員と非常勤講師との処遇の相違等から、非常勤講師の嘱託に当たっては大学が裁量に基づき適任 者を選任することを予定したものであり、Yはいつでも適任者を選任することができること、Xの拘束の度合等からしてYとの結び付きの程度は専任教員と比べるときわめて薄いものであって、XはYとの雇用契約がそのような性質のものであることを十分に知り又は知り得たことを認めた上で、)XY間の雇用契約は、20回更新されて21年間にわたったものの、それが期間の定めのないものに転化したとは認められないし、また、期間の定めのない契約と異ならない状態で存在したとは認められず、期間満了後も雇用関係が継続するものと期待することに合理性があるとも認められない。
したがって、Yの更新拒絶につき解雇に関する法理を類推して制約を加える必要があるとはいえない。
旭川大学(外国人教員)事件(札幌高判平成 13 年 1 月 31 日)
(事案の概要)
Xは、外国人教員招聘規定に基づいて、被控訴人Yの設置・運営する私立大学において、雇用期間1年 の労働契約を6回にわたって更新し、次いで平成3年4月、「特別任用職員の任用並びに給与等に関する規定」の施行に伴い、雇用期間1年間、勤務年限5年間の内容で、新たな身分である特別任用職員(特任教員)として勤務する旨の労働契約を締結し、4回にわたって期間の定めのある労働契約を更新した。
Yは、平成8年3月末日をもって勤務年限が満了することから、Xに対し、労働契約を更新しない旨を通知し雇止めを行ったため、Xは、その無効を主張し、その無効確認を求めた。
(判決の要旨)
外国人語学教員は、従前、1年間ないし2年間で勤務を終了していたにもかかわらず、控訴人の場合には、2年間を超えて労働契約を更新していることが問題になり、平成元年4月、理事長からもその指摘を受けた。
控訴人は、平成3年4月1日付けで、被控訴人との間で、被控訴人の就業規則、特任規定及び新任用内規に基づき、特別の事情のない限り継続して労働契約を更新する勤務年限を5年間と合意し、期間1年 間とする特任教員として雇用する旨の労働契約を締結し、平成8年3月訂日までの5年間、4回にわたり、そのたびに契約書とともに、勤務期間合意確認書に署名・押印して、期間1年間の労働契約を更新した。
控訴人は、外国人語学教員及び特任教員として、年俸や研究費の支給、講義の負担、研究室の貸与などの点では、専任教員に準じた取扱いを受けたが、教授会の出席を免除され(実際にも教授会に出席することはなかった。)、恒常的に校務を分掌することもなく、控訴人の採用の方法、雇用契約の内容・形式や勤務形態は、専任教員のそれとは異なるものであった、控訴人は、被控訴人との労働契約の締結に当たり、被控訴人から予め更新しない旨の説明を受けた事実は認められないが、他方、被控訴人が、更新を約束したあるいは控訴人が更新を期待するのもやむを得ないとの言動をとった事実はない。
平成 9 年 3 月 25 日の訴訟上の和解の内容も、勤務年限を 2 年間とする期間 1 年間の労働契約の締結であると認められるから、控訴人と被控訴人との間の労働契約は、実質的に、当事者双方とも、期間は定め られているが、格別の意思表示がなければ当然に更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認めることは到底できず、期間の定めのない労働契約に転化した、あるいは、本件雇止めの効力の判断にあたって解雇に関する法理を類推すべきであると解することはできない。
したがって、控訴人と被控訴人との間の労働契約は、平成10年3月31日の期間の経過をもって、終了したと認めるのが相当である。仮に、本件雇止めに杜会通念上相当とされる客観的合理的理由が必要とされるとしても、前記認定の事実を前提にすれば、本件雇止めには、以下のとおり、社会通念上相当と される客観的合理的理由があったと認めることができる。
控訴人と被控訴人との間の労働契約が13回にわたって更新され、控訴人が旭川大学に14年間にわ たり勤務したことから、本件雇止めを有効と判断するためには、雇止めを有効と判断する社会通念上相当な客観的合理的理由が必要とされると解するにしても、控訴人と被控訴人との間の労働契約は、1年毎に期間1年間とする労働契約を締結してきたものであり、控訴人の教員の地位は、期間の定めのない労働契約による専任教員とは、採用の方法雇用契約の内容・形式や勤務形態において異なるものであるから、必要とされる客観的合理的な理由及びその程度は当然異なるものになる。
恵和会宮の森病院(雇止め・本訴)事件(札幌高判平成 17 年 11 月 30 日)
(事案の概要)
被控訴人は、平成10年5月、控訴人病院の準職員である介護員として雇用され、3ヶ月の試用期間を 経て1年ごとの契約更新を繰り返していたが、平成14年4月に所属長から、笑顔がない、不満そうなオーラが出ているなどとして、同年8月7日の期間満了をもって労働契約を更新しないとの内示を受けた。
これに対し被控訴人は、雇止めは無効であるとして、雇用契約上の地位の確認と賃金等の支払いを求めるとともに、雇止めにより精神的苦痛を受けたとして不法行為に基づく慰謝料等の支払いを求めた。
(判決の要旨)
被控訴人は、労働契約の契約更新を重ね、平成14年8月7日までの4年3ヶ月間、本件病院において 介護員として勤務していること、本件病院の介護員の多くが契約更新を重ねていることに照らせば、被控訴人は、本件労働契約は当然に更新されるとの期待を有していたといえる。
また、介護員は、その全員が準職員であるけれども、本件病院の職員の4割以上の人数を占め、準職員 の労働条件は、就業時間や定年退職の面において、看護師等の正職員とほとんど差異はないことに照らせば、控訴人は介護員を長期間雇用することを意図していたといえる。
したがって、本件雇止めに当たっては、解雇に関する法理の適用を受ける状況にあったというべきであるから、本件雇止めが著しく合理性、相当性を欠く場合は、権利の濫用として無効であると解される。
(被控訴人の介護人としての適格性の評価に、被控訴人が労働組合の執行委員であることがなにがしかの影響を与えていると認められること、所属長Nらが主として問題とする点は、笑顔がないなどとする多分に主観的な事柄であり、被控訴人の介護員としての不適格性について直ちに断じがたいことに加え)
被控訴人がNから勤務態度について注意を受けてから本件雇止めが決定されるまでの期間が2ヶ月程 度であること、被控訴人はこれまで1度も控訴人から懲戒処分を受けたことがないことなどを考慮すれば、被控訴人において、患者に対する対応や上司等からの指示等に対する態度について、控訴人の指摘するとおり介護職員として十分な配慮や活動ができておらず、なお改善の必要があり、このまま改善されなければ今度雇止めになる可能性があるとしても、被控訴人に対して、考課の際の面接以外の個別的な指導や研修が行われた形跡はなく、Nの着任以降も、面接の際に指摘が行われたものの、その後、本件雇止めの内示を受けた時点まで、個別的な指導や研修のみならず、雇止めになる可能性の指摘を受けたような事実も窺えないから、本件雇止めは、被控訴人にとって過酷であって、著しく合理性、相当性を欠くといわざるを得ない。
したがって、本件雇止めは権利の濫用で無効であるから、地位確認の請求は理由がある。控訴人は、本件雇止めにおいて、主として笑顔がないなどとする点を問題にする。
しかし、これらは多分に主観的な事柄であって、これを主に問題とする限り、雇止めの事由としては合 理性に疑問があるといわざるを得ない。
しかるに、控訴人は、本件雇止めをしているから、この点において、本件雇止めは不法行為に該当すると解される。
(また、)被控訴人の組合活動が本件雇止めの背景としてあることが窺える。
そして、これに加え、本件雇止めにより、被控訴人が実務に就く機会を奪われたこと等本件の諸事情を考慮すると、慰謝料として 45 万円が相当であり、これに対する弁護士費用として 5 万円が相当である。
近畿コカ・コーラボトリング事件(大阪地判平成 17 年 1 月 13 日)
(事案の概要)
本件は、清涼飲料の製造および販売等を行う被告と、平成元年から5年にかけてパートとして採用され、平成7年に、雇用期間の定めのあるパートナー社員労働契約書を作成していた被告従業員である原告らが、被告による各雇用契約の期間満了を理由とする雇止め(以下「本件雇止め」という。)について、本件雇止めには解雇に関する法理が類推適用されるところ、合理的な理由がないから無効であると主張するとともに、原告らと被告の間において各雇用契約を終了させる旨の合意はないなどと主張して、被告に対し、それぞれ被告の従業員たる地位にあることの確認等を求めた事案である。
(判決の要旨)
被告と原告らが平成7年4月にパートナー社員労働契約書を作成するようになるまでの間、本件各雇用契約に期間の定めがあったのか否かは、本件全証拠によっても明らかではない。もっとも、被告と原告らは、平成7年4月以降は雇用期間の定めのある契約を締結し、平成8年1月以降は、平成14年12月までの間、雇用期間1年の雇用契約の更新を続けていたと認められる。
したがって、本件各雇用契約は、少なくとも平成7年4月以降に関しては、期間の定めのある契約であって、その更新が繰り返されたことをもって、雇用契約自体が期間の定めのない契約となるものということはできない。
しかしながら、本件において、①原告らの従事していた業務は、被告がカップオペレーション業務を行
う限り必要な業務であって、特に臨時的な性質はなかったこと、②原告らは、集金業務を担当しないなどの一部の違いはあるものの、正社員と同様の業務に従事していたこと、③原告らは、被告に採用されてから本件雇止めまでの間については、9年ないし13年にわたって被告における勤務を継続しており、平成7年4月以降に限っても、7年以上にわたって勤務を続け、契約も7回にわたって更新され続けたこと、④契約更新の際には、被告が原告らに契約書を交付した上、原告らがこれに署名押印して被告に提出するという手続がとられていたものの、契約書の作成時期が新たな雇用期間の始まった後になることも あったこと、⑤契約書の作成に当たり、被告から原告らに対し、契約書の内容の確認を求めることがあっても、契約更新の意思について、明確な意思確認が行われることはなかったこと、⑥本件雇止めまでの間は、被告がパートナー社員を雇止めにしたことはなかったことが認められる。
そして、以上の事実を考慮すると、本件各雇用契約について、期間の定めのない契約と実質的に何ら異 ならない状態にあるとまではいえないとしても、その雇用関係は、ある程度の継続が期待されていたというべきであり、被告が雇止めによって雇用関係を終了するためには、解雇に関する法理が類推適用されるというべきである。
前記認定(略)によれば、①被告は、平成13年11月、原告らに対し、説明会を実施して、原告らを含むパートナー社員(フルサービスメイト)との間の雇用契約は、平成14年12月末をもって満了となり、以後の継続雇用はしないので、残りの有給休暇を全部使ってほしい、そして、平成14年度のパートナー社員労働契約書には、不更新条項を入れると説明した上で、平成14年度の契約更新の希望を確認したこと、②被告は、平成13年12月、原告らに対し、平成14年度の雇用契約に関する本件各契約書を交付したが、同契約書には、不更新条項の記載があるほか、従前作成されていたパートナー社員労働契 約書と内容が一部異なるものであったところ、原告らは、これに署名押印した上、確認印も押印していること、③同契約書については、原告らは1通を自ら保管していたが、被告に対して、異議を述べることはなかったこと、④原告らは、平成13年度の有給休暇の消化率は60%前後であったが、平成14年度は
100%であること、⑤1週間の所定労働時間が短いために雇用保険の被保険者とならないという取扱いを受けるおそれがあったパートナー社員の大半(フルメイトに限っても過半数)は、雇用保険の被保険者となるよう労働時間を増やすことを選択したことが認められる。
原告らは、本件各契約書の内容を読まなかったなどと述べるのであるが、原告らは、本件各契約書に自ら署名押印している以上、本件各契約書は真正に作成されたことが推定される(民事訴訟法 228 条 4 項)ものであり、被告が事前に説明会を行っていることをあわせて考慮すれば、不更新条項を含む本件各契約書の作成は原告らの意思に基づくというべきである。
以上のとおりであるから、被告と原告らとの間においては、平成14年12月末日をもって本件各雇用 契約を終了させる旨の合意が成立していたというべきであり、これを覆すに足りる証拠はない。
報徳学園(雇止め)事件(平成 20 年 10 月 14 日神戸地裁尼崎支部判決)
(事案の概要)
原告Xは、雇用期間1年の美術科非常勤講師として学校法人である被告Yに採用され、雇用期間満了に雇用関係を一旦終了。再び雇用期間を1年と定めて、被告の美術科非常勤講師として採用され、2回更新。16年には、1年間の期間を定めた常勤講師として採用、同契約は18年度まで更新された。
16年度の採用時には、校長から、1年間しっかり頑張れば専任教諭になれるとの発言があり、17年度の契約更新の際には、校長から、専任教諭としての採用は見送ってほしいが、通常は専任教諭が担当することになる中学校のクラス担任を受け持ってほしい旨告げられ、これを了承して常勤講師契約の更新をした。18年度の契約更新の際に、新校長から、常勤講師は3年を上限とする旨の説明を受け、翌19年度の雇用については白紙である旨告げられ、19年2月23日、YはXに対して雇用契約終了を通知。 Xは、平成19年度の雇用契約の締結を拒絶されたことに関し、合理的理由がなく、解雇権濫用法理に
より無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位の確認及び雇止め後の賃金の支払いを求めた。
(判決の要旨)
本件において、原告及び被告との間に、期間の定めを形式的なものとする旨の意思又は期待等があるとは認められず、本件契約が期間の定めのないものと実質的に同視できるものとは認められない。
しかし、有期雇用契約が期間の定めのない雇用契約と実質的に同視できない場合であっても、雇用継 続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合には、解雇権濫用法理が類推適用され、解雇であれば、解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しなかったとするならば、期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解される(最高裁第一小法廷判決昭和61年
12月4日最高裁判所裁判集民事149号209頁参照)。
そこで、本件各雇用契約において雇用継続に関する原告の期待利益に合理性があるかについてみると、原告は、常勤講師として採用された際、常勤講師としての勤務に対する評価次第では専任教諭として採用されることを期待していた旨供述し、そもそも、常勤講師制度の導入趣旨は、専任教諭採用のための実質的試用期間を設けることにあり、実際に、常勤講師として採用された者の多くがその後専任教諭として採用されている状況にあり、常勤講師の職務内容や勤務状況等をみても、専任教諭の勤務とほぼ変わるところのないものであったことが認められるのであるから、これらを認識していた原告が、常勤講師としての勤務評価次第では専任教諭としての採用を期待することは合理的なものということができる。
加えて、原告は、平成16年度に常勤講師として採用されるに先立ち、1年間頑張れば専任教諭になれる旨の激励を受けていたものであるから、原告の上記期待の合理性の程度は一層高いものというべきであり、継続雇用の期待を更に強めたことには十分な合理性があるものと認めることができる。
しかし、C校長らが原告に対し告げたとする雇用回数制限については、原告を含む常勤講師らに対し、制度導入当時から周知されていたものではなく、原告は、C校長らから上記雇用回数制限について告げられる前の時点において、既に雇用継続に関し強い期待を有していたことが認められ、かつ、上記期待を有するにつき高い合理性があると認められるのであるから、このような原告の期待利益が遮断され又は消滅したというためには、雇用の継続を期待しないことがむしろ合理的とみられるような事情の変更があり、または、雇用の継続がないことが当事者間で新たに合意されたなどの事情を要するものというべきである。
そうすると、C校長らから前記言動があった事実をもって、原告の雇用継続に対する期待利益が消滅したものとは認められず、このほかに、原告が雇用の継続を期待することを合理的とみることのできない事情も見受けられないから、原告は、本件雇止めの時点において、継続雇用を期待していたものと認め られ、かつ、雇用継続に関する原告の上記期待利益には合理性があるものと認めることができる。
したがって、本件雇止めには解雇権濫用法理が類推適用される。
また、本件雇止めの実質的理由は、常勤講師の雇用を3回を限度とする旨の内規によるところが大きいことがうかがわれるが、そもそも、上記内規自体、有期雇用契約が更新を繰り返すことで実質的に期間の定めのない雇用契約と同視される状態となることを避けるために設けられたものであることがうかがわれ、雇用継続に関する期待が生じるに先立って、この内規について十分に説明がされ、被用者の納得を 得ていたような事情のない本件において、このような内規に基づいてされた雇止めを合理的なものということができないことは明らかである。
よって、本件各雇用契約において、雇用継続の有無に関する被告の裁量の範囲が広いことを考慮しても、なお、本件雇止めに合理的理由は見当たらず、本件雇止めが解雇であれば権利濫用又は信義則違反により無効にとされるような事実関係の下でされたものとして、本件雇止めは無効であると認められる。